人探し屋の少女は何を思う (旅たまご)
しおりを挟む

1 1次試験

とある町のはずれ、そこには古びた家があった。窓から光が漏れ出ており、誰かが暮らしているようだ。

キィと小さな音が鳴り扉が開く。家の中から出てきたのは13~14歳ぐらいの少女だった。

白い肌によく目立つ紺色の髪を結ぶことはせず、胸のあたりまでのばしていて、黄色い目が猫のように輝いている。

少女は扉に何かを貼り付ける。それを見て満足気に頷いた後、家の中に戻っていった。

 

『人探し屋

しばらく留守にするため、依頼の際には下記の番号にご連絡ください。

*** *** ****』

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ザバン市 定食屋 『ごはん』

深緑色の髪をした少女が入っていく。訳あって染めているが、それに気づいている者はいない。レースやフリルが、多くあしらわれている服を着た少女は飲食店よりも、パーティー会場にいた方が似合っているだろう。

 

「お客さん。ご注文は?」

 

店員にそう聞かれると少女は

 

「ステーキ定食」

 

と騒がしい店内に似つかない高い声でこたえた。少女の見た目は店内でとても目立っている。どれだけ視線を向けられようと、少女は気にせず堂々としていたが、客の視線は消えなかった。

 

「焼き方は?」

 

「弱火でじっくり」

 

そう少女が注文すると、店員が奥の部屋へ案内する。部屋で少女は席についても目の前にある料理には手をつけず、何かを考えるように目をつぶっている。

 

エレベーターのように部屋が下がり、しばらくして地下の目的地へとたどり着く。扉が開くと、少女は目をあけて扉の向こうへゆっくり歩き出した。

コンクリートで固められたトンネルのような空洞だ。少女が何処を見ても映るのは多くの人ばかり。

視線を気にせず自分の番号札を受け取る少女は、この場でも同じく目立っていた。

ここはハンターの試験会場なのだから、仕方ないと言えるのだが。

 

「お嬢さん。新顔だね。」

 

そう話し掛けられて少女が振り返ると、16番の札をつけた中年の男性がいた。人当たりの良さそうな表情で明るく話している。

 

「オレはトンパ。分からないことがあったら何でも聞いてくれ。」

 

トンパが笑ってそう言う。

少女は無言だったが、どうでもいい、そう言いたげに顔を顰めている。

 

「あっと、そうだ。忘れるところだった。ほらお近づきのしるしだ。

お互いの健闘を祈ってカンパイ。」

 

睨みつけてくる少女と話すのが気まずくなったのか、少し慌てながらそう言ってトンパが取り出したのは、缶ジュース。

 

何の変哲もないように見えるが少女には違ったらしい。少女はそれを受け取るとすぐさま壁に叩きつけた。少女に似つかない怪力で缶ジュースは潰れて液体が滴り、壁にはヒビが入る。

トンパが酷く青ざめているが、少女は気にせずニッコリと笑う。見惚れてしまうような可憐な顔だ。

 

「あぁ。ちょっと手が滑って壁に叩きつけちゃった。でも缶ジュースに何か入っていたし、ちょうど良かったよね。

あなたもそう思うよね?」

 

手が滑っただけでは壁にヒビは入らない。トンパはそう言うか迷ったが言わないことにした。こちらに問いかけてくる少女が、少し怖く感じられたからだ。

 

「何か入っていた、ってそんな言いがかり───」

 

「新人潰しのトンパ、だったけ?」

 

言いがかりだという言葉は少女に遮られる。

事実を言われて驚いているトンパを他所に、少女はその場から離れ他の受験者を観察することに専念しようと、壁のパイプに座った。

 

少女が壁のパイプに座ってから何時間が経過しただろうか。

ようやくジリリリリリリリリリとベルがけたたましく地下に鳴り響き、受付時間の終了を告げる。

 

「ではこれよりハンター試験を開始いたします。」

 

そう言って出てきたのはスーツを着ている男性だった。物腰柔らかく話している。

 

「申し遅れましたが 私 1次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を2次試験会場へ案内します。」

 

2次試験会場まで担当官についていくこと。それが1次試験の内容だった。さしずめ持久力のテストといったところだろう。少女も迷わず、担当官へついて行った。

 

受験者達が走り出して3時間程経過した。およそ40㎞以上は走っているが、脱落者は未だ出ていない。

 

(退屈……ただ走るだけだし。)

 

サトツのすぐ後ろを走っていた少女だが、早々に飽きはじめていた。他の受験者は息を乱しているが、少女は何とも無いように息1つ乱さず走っていた。その様子を見て他の受験者が驚愕する。

 

しばらく走ると脱落者が増えた。普通の道ではなく階段になったからだろうか。30人程度脱落者がいたが、相変わらず少女は平然と走っている。

 

「いつの間にか1番前に来ちゃたね。」

 

「うん。だってペース遅いんだもん。こんなんじゃ逆に疲れちゃうよな。……結構ハンター試験も楽勝かもな。つまんねーの。」

 

そんな会話が聞こえて少女が横を向くと12歳ぐらいの少年2人がいた。1人は銀髪で青い目をしていて、99番の札をつけている。スケボーを持っているが走る邪魔にならないのだろうか。

もう1人は髪をツンツンとはねさせていて、目は黒色だ。こちらは405番の札をつけている。釣り竿を持っているがハンター試験で何に使うのか分からない。

少女が見ているとその視線に気がついたのか、釣り竿を持っている少年が話し掛ける。

 

「ねぇ!君、歳いくつ?」

 

「14歳だけど、それがどうかしたの?」

 

少女が素直に答えると、嬉しかったのか少年が表情を明るくする。

 

「オレはゴン!オレ達と同い年くらいの人がいるのが珍しかったから、話し掛けたんだけど歳上だったんだね。」

 

「まあ確かに珍しいよね。

私はエリーゼ、リゼって呼んで。で、そっちの名前は?」

 

「オレはキルア。というかそんな服着て動きずらくないのか?」

 

リゼの服装は誰から見ても、ハンター試験を受けるようなものではなかった。色は落ち着いて、とてもリゼに似合っているが、とてもこの場では目立っていた。

 

「動きずらいけど、これぐらいどうってこと無いかな。……ああ、そろそろ地下から出られる見たいだよ。」

 

リゼがキルアから前に視線を戻すと出口が見えてくる。明るい光が見えるので地上だということが分かる。

 

出た先は霧で覆われた湿原だった。湿原の臭いにリゼは顔をしかめる。確かに地下からは出られたが、空気が澱んでいてあまり良い場所とは言えない。

 

「ヌメーレ湿原、通称"詐欺師の塒"、2次試験会場へはここを通って行かなければなりません。」

 

(服が汚れそう。)

 

少なからず泥が付いてしまうため、リゼはあまりここを走りたくなかった。ただ走らないことは出来ない為、仕方ないと諦めることにした。

 

ハンター試験が終わればどうせ着ることも無いが、それでも自分から進んで服を汚したくなかった。そう思いながらリゼは軽く溜息をついた。

 

「それではまいりましょうか。2次試験会場へ。」

 

少しのトラブルはあったが2次試験会場へ向かうことは変わらない。

 

走っていく内にどんどん霧が濃くなっていく。目の前の人物がぼやけて見えるほど。

 

「ゴン、リゼ、もっと前に行こう。」

 

「うん。試験官を見失うといけないもんね。」

 

「違う。ヒソカから離れた方が良い。」

 

リゼが見た先には怪しい笑みを浮かべる44番の札をつけたヒソカ。

リゼは職業がらヒソカのことを危険だと知っている。まともな考え方をした人間だとは全く思っていない。

仕事以外で、絶対に関わりたく無いくらいには嫌っている。ヒソカがハンター試験を受けると知っていれば、リゼは今年、試験を受けることはしなかっただろう。

 

「リゼの言うとうり、アイツ霧に乗じてかなり殺るぜ。」

 

「とりあえず、早く前に行こうか。」

 

一刻も早く前に行きたいリゼは、じゃあお先に、そう言って不思議そうな顔を浮かべるゴンを放って走る速度を上げる。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

しばらく走ると2次試験会場に辿り着いた。リゼが走る速度を上げた後、後ろから追いついて来たのはキルアのみだった。ゴンは?と、聞くまでもなく表情を見て悟る。途中ではぐれてしまったのだと。

予想以上に暗いキルアを気遣ってリゼはあまり話かけない。

 

(ゴンは生きている。)

 

そうリゼが確信するのに時間はかからなかった。リゼの職業は人探し屋な為、ゴン1人の生存を知ることくらいは造作もない。

まあリゼはゴンが死んだとしても、残念くらいに思う程度であまり悲しまないが、生きてる分には良かったと思えた。

 

「ねぇキルア。良いこと教えようか?」

 

そう言いながらリゼが指をさした方向には、予想通りゴンがいた。

 

「どんなマジック使ったんだ?絶対もう戻ってこれないかと思ったぜ。」

 

駆け寄ってそう言うキルアの顔はどことなく嬉しそうだ。

 

(素直に『生きてて良かった』って言えばいいのに。)

 

呆れたリゼはその場で1つ溜息をつくとゴンの元へ向かう。

リゼは気づいていないが、その口元は少し緩んでいた。




主人公の番号は後々分かると思います。

12/6
加筆修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 2次試験開始

「あ!リゼもいたんだ。」

リゼに気づいたゴンが手を振ると、周りにいた他の受験者もリゼに気づく。

 

「数時間ぶりだね。ゴン。そっちの人達は?」

 

リゼの視線の先には金髪のゴンの知り合いらしい404番の受験者と、顔が腫れている403番の黒髪の受験者がいた。

 

「ああ。すまない。私はクラピカだ。で、こっちのが」

 

「レオリオだ。よろしくな。」

 

金髪の方がクラピカ、黒髪の方がレオリオという名前だった。

 

「ええ、よろしく。私はエリーゼ、リゼって呼んで。」

 

自己紹介を終えると、時間は正午に近づいていた。受験者が集まる前には白い大きな建物があり、不思議なうなり声が響いている。

壁には『本日 正午 2次試験スタート』

と書かれた紙が貼ってあり、正午に近づくにつれ、周りの受験者の緊張が高まっている。

そして、時計の針が正午を指し示したその瞬間、ついに扉が開いた。

 

中にいたのは2人の男女。

男の方は大柄で、うなり声のような腹の音が聞こえる。受験者がうなり声だと思っていたのは、腹の音だったようだ。

女の方は露出の高い服装をしており、スタイルの良さが目立つ。

 

「どお?お腹は大分すいてきた?」

 

「聞いてのとおり、もーペコペコだよ」

 

「そんなわけで2次試験は料理よ!!美食ハンターあたし達2人を満足させる食事を用意してちょうだい。」

 

試験官の言葉を聞いて受験者は動揺を隠しきれない。誰だってハンター試験で、料理をするとは思っていなかっただろう。

 

「まずはオレの指定する料理を作ってもらい」

 

「そこで合格した者だけが、あたしの指定する料理を作れるってわけよ。つまりあたし達2人が"美味しい"と言えば晴れて2次試験合格!!試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ。」

 

男性の方はともかく、女性の方はあまり食べそうには見えない。2次試験で多くの人数が落とされるだろう。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!!オレの大好物。森林公園に生息する豚なら種類は自由。」

 

「それじゃ2次試験スタート!!」

 

試験官の言葉を聞き、いっせいに受験者は走り出す。探し始めて10分程。リゼは豚を見つけた。ビスカ森林公園に生息する世界で最も凶暴な豚、グレイトスタンプ。大きな鼻で押し潰そうとしてきたが、倒すことは簡単だった。単調な攻撃を避けて、額を軽く叩けば気絶してしまったからだ。味はあまり気にしていないらしく、リゼは適当に焼いて合格していた。他の受験者も同じくあっさりと合格していた。

 

「あ〜食った食った。もーお腹いっぱい!」

 

その言葉と同時に鐘の音が鳴り響く。

 

「終〜了〜」

 

男の試験官の後ろには、豚の丸焼き70頭分の骨が積み重なっていた。明らかに男の体積よりも大きい。

 

「理論的におかしくない?」

 

「やっぱりハンターって凄い人達ばかりなんだね」

 

「ああはなりたくないけどな。」

 

キルアの言葉にリゼは全力で同意した。確かに凄いとは思っていたが、なりたいとは全く思っていない。

 

「豚の丸焼き料理審査!!70名が通過!!」

 

「あたしはブハラと違って辛党よ!!審査も厳しくいくわよー」

 

美食ハンターが審査を厳しくしたら、誰も合格出来ないのでは?そんな疑問を抱きつつ、試験官の言葉を聞くリゼ。

 

「2次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 

スシとは?そんな疑問をこの場の誰もが思った。ただ2人を除いて。

 

294番のハンゾー。スシは彼の国の伝統料理だった。

もう1人はリゼ。1度だけジャポンに旅行に行き、スシを食べたことがあった。尤も形状や味を覚えているだけで、作り方は知らないのだが。

 

「ふふん。大分困っているわね。ま、知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね。」

 

得意そうな顔で試験官は説明する。そんなに受験者がスシを知らないのが嬉しいのだろうか。

 

「ヒントをあげるわ!!中を見てごらんなさい!!ここで料理を作るのよ!!」

 

そこには所狭しと調理台が置いてあった。見れば、包丁も一通りは揃っていて、設備には困らない。

 

「最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なゴハンはこちらで用意してあげたわ。そして最大のヒント!!スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!それじゃスタートよ!!」

 

あたしが満腹になった時点で試験は終了。試験官のその言葉を聞いて、すぐにリゼは池に向かった。

 

(ス、という調味料を使ってゴハンを味付けしていた。具材は魚。)

 

スの代用品の果実と、池の魚を数匹捕り終わり、戻っていた時前方から受験者達が走って来るのが見えた。誰かがスシには魚を使うことをばらしたらしい。

 

「あっ!ズリーよリゼ!スシが何か知ってやがったな!」

 

「早い者勝ちって言葉知ってる?」

 

文句を言うキルアをおいてリゼは走り出す。調理台に戻ったとき受験者はいなかった。

 

(まずは魚を捌いて……)

 

そう思い、まな板の上に魚を置くが、スシを食べたとき見た魚とは違った。それもそのはず、スシに使われる魚はもっぱら海水魚だ。対してリゼが捕って来たのは淡水魚。そもそも森林公園で海水魚なんて捕れるはずが無い。

 

(迷っていても仕方ない。)

 

とりあえず頭を落とし、腹から内臓を取り出す。動作は少しぎこちないが、捌くことはできた。

果実を絞り、少しづつゴハンに混ぜていく。多少味は違うが仕方ない。魚はもう切り身にしていて、後は握るだけだ。何年か前、スシ屋の店主が言っていたことを頭の中で繰り返す。

 

『タネに体温がうつらないように、早く握るんだ。握りが強すぎてもいけない。シャリが堅くてほぐれないからね。シャリの形に、タネの切り方、他にも重要なことは多くある。10年以上の時間をかけて修行するんだよ。』

 

(あれ、これ無理じゃない?)

 

そんな考えがリゼの頭をよぎった。10年以上修行するくらいなのだから、今できるはずが無い、と。

リゼは諦めかけたが、とりあえず握ってみよう、とシャリを手にとる。

いくつか握ったとき、他の受験者が戻ってくる。見られないうちに、と皿を持って試験官のもとへ向かうとやはり、リゼが最初だったようだ。

 

「じゃあ、お願いします。」

 

そう言って出したスシは見た目が良いからなのか、なかなか好印象だ。

 

「見た目は及第点ね。味は……」

 

試験官がスシを食べる。少し顔が険しいものになっているが、味は大丈夫なのだろうか。

 

「初心者にしては良い方だけど……ワサビが無いわね。やり直し。」

 

(ワサビとは?)

 

リゼはスシを知っていたが、ワサビは知らなかった。リゼがスシを食べたのは10~12歳頃。どちらにせよ子どもだったリゼに店主は気をつかい、サビ入りのスシを出していなかったのだ。まあそんなことをリゼが知るはずも無く、ワサビのことを知らなかった。

 

「よし!!出来たぜー!!名付けてレオリオスペシャル!!さあ食ってくれ!」

 

そう言って自信があるレオリオが提出したのは、ゴハンに生きたまま魚をつきさしたようなゲテモノ。当然合格はしない。

ゴンやクラピカも挑戦はしていたが合格はしていなかった。むしろレオリオと同じレベルと言われている。

 

「そろそろオレの出番だな。」

 

スシを知っているハンゾーが自身の作ったスシを自慢げに渡すが……

 

「ダメね。おいしくないわ!」

 

試験官に一蹴された。

 

「な、なんだと!?メシを1口サイズの長方形に握って、その上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!!こんなもん誰が作ったって味に大差ねーべ!?」

 

「いや、バラさないでよ。」

 

思わずハンゾーの言葉につっこむ。スシの作り方をバラしてしまえば他の受験者が作り、試験官が満腹になってしまう。もう遅いのだが。

 

「お手軽!?こんなもん!?味に大差無い!?ざけんなてめぇ、鮨をマトモに握れるようになるには、10年の修行が必要だって言われてんだ!!キサマら素人がいくらカタチだけマネたって、天と地ほど味は違うんだよ、ボゲ。」

 

「んじゃそんなモンテスト科目にすんなよ!!」

 

ハンゾーの言っていることも一理ある。が、キレている試験官にはそんなこと関係ない。試験官の暴言は続く。ハンゾーが可哀想に思えてくるくらいに。

 

ハンゾーのスシの作り方を聞いていた受験者は、形だけ作ったものを持ち、試験官の前に並ぶ。当然、リゼの前には何人もの受験者が並んでおり、試験官が満腹になるまでに渡すことは出来ないだろう。

そして予想通り、

 

「ワリ!!おなかいっぱいになっちった。」

 

第2次試験 後半 合格者なし!!




話がなかなか進まない……

10/25
加筆修正しました。
ストーリーは変わっていません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 2次試験の終わりと飛行船での事

セリフ前の書き方を少し変えました。
余裕があれば、1話と2話も変えたいと思います。


試験官は携帯片手に大声で誰かに文句を言っていた。話の内容を聞くには、ハンター試験の関係者であるようだ。

 

(もしかして1次試験の前に札を配っていたアイツかな?)

 

リゼが思い浮かべたのはハンター試験の受験者に札を配っていた人物(?)だった。頭がグリンピースの様な豆だったので、人物と言うのかは謎だが……

 

「とにかく、あたしの結論は変わらないわ!2次試験後半の料理審査、合格者は"0"よ!!」

 

大声で試験官が宣言する。その言葉を聞いて受験者達は表情を険しくしているが試験官は気にせず、結論を変える気はないようだ。

 

(どうしようか……あの様子だと本当に合格者はいないようだし。)

 

リゼが考え込んでいると、

 

ドゴオォン!!

 

と調理台が砕ける音が聞こえた。リゼが音の聞こえた方向を見てみると、255番の受験者が額に青筋を浮かべ、試験官を睨みつけていた。おそらく試験の結果が気に入らないのだろう。

 

「納得いかねぇな。とてもハイ そうですかと帰る気にはならねぇ。オレが目指しているのはコックでもグルメでもねぇ!!ハンターだ!!しかも賞金首ハンター志望だぜ!!美食ハンターごときに合否を決められたくねーな!!」

 

大声で喚いている受験者だったが、リゼは全く強いと思わなかった。喚いている受験者よりもリゼの方がはるかに強いからだ。まあ喚いている受験者は実力差も感じられないようだが。

 

(馬鹿だな。試験官との実力差も分からないのに、賞金首ハンターになれる訳ないでしょ。なる前に死ぬか、一瞬で殺されて終わる。)

 

賞金首と聞いて、リゼの頭に知り合い達の顔がよぎる。目の前の受験者だったら一瞬で殺されてしまう。気にもとめられないだろう。自身も弱くは無い、と思っているリゼだが、知り合い達に勝てる確率が少ないことは分かっていた。

人探し屋だし人を探すのが専門で、そもそも戦いには向いていないのだ、とリゼは心の中で言い訳をしながら顔をしかめる。

 

(戦うのは好きじゃ無いし、まだ死にたく無いから敵対はなるべくしたく無いけど……)

 

職業上、リゼは恨まれやすい。なにせ金さえ払えば、どんな人物も探すのが人探し屋だからだ。

まあ探し出せずに恨まれることもあるが。リゼは自身の見た事が無い人物は探すことが出来ない。逆にリゼが見た事がある人物であれば、死んでいない限り誰でも探すことができる。

リゼ自身は戦うことは好きでは無い。恨まれず穏便に過ごせれば良い。そう思っていても少なからず、リゼに敵意を向けてくる者はいる。

嫌だなぁ、と思いつつリゼは大きく溜息をついた。

 

考え込んでいた時間は短いものだと思っていたが、いつの間にかリゼの知らない内に話が進んでいた。ギャーギャーと喚いていた受験者が倒れていて、ハンター試験の最高責任者、ネテロが試験官と話していた。近くにいたゴン達に話を聞くと、どうやらもう1度試験をするみたいだ。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

飛行船に乗り、着いた先は深い谷だった。リゼが下を覗き込む。谷底は見えなかったが、蜘蛛の糸の様なものは見えた。

 

「安心して。下は深い河よ。流れが早いから、数10㎞先の海までノンストップだけど。」

 

受験者に向かって試験官は言う。靴を脱ぎ裸足になりながら。

 

「それじゃお先に。」

 

トン、と軽い音をたてながら、試験官は谷へ飛び込む。

 

(まあ大丈夫でしょ。)

 

試験官もハンターだ。谷に飛び込むくらいで死ぬ訳が無い、とリゼは微塵も心配していない。ただ一部の受験者は驚き、目を見開いている。試験官の実力が分からないのだろう。プロのハンターということは知っているのに、強いことがあまり分かっていない。

 

「クモワシは陸の獣から卵を守るため、谷の間に丈夫な糸を張り、卵をつるしておく。

その糸に上手くつかまり、1つだけ卵をとり、岩壁をよじ登って戻ってくる。」

 

ネテロ会長が説明する数分で試験官は谷から戻ってくる。1部の受験者達は青ざめているが、

 

「あー良かった。」

 

「こーゆーのを待ってたんだよね。」

 

ゴンとキルア全く気にしていない。クラピカ、レオリオも同じ考えらしい。むしろ早くて分かりやすい、と笑っている。

 

恐怖で動けない受験者を他所に、リゼは谷へ飛び込んだ。

 

(これくらいで驚くなよ。)

 

どうせ落ちても死なないのだから、とリゼは内心動けてない受験者達に悪態をつきながら、手早く卵をとっていた。ヒラヒラとした服は動きずらそうだが、関係ないと言わんばかりに岩壁をよじ登っていく。

 

 

「あ、確かに美味しい。」

 

クモワシの卵は、市販の卵と比べると段違いに美味で、誰もが目を見開いている。リゼもその1人だ。

 

「美味しいものを発見した喜び! 少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね。」

 

そう言い切る試験官はとても満足そうに笑顔を浮かべていた。

 

(やっぱり怒っているより、笑っていたら良いのに。)

 

その方が美人に見えるのだから、とリゼは静かに溜息をついた。

 

 

2次試験 後半 合格者42名

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

飛行船の中、受験者の前にはネテロがいた。話をしているがリゼは全く聞こうとしない。興味がなさそうにあくびをしている。周りの受験者はリゼに呆れるか、睨みつけている。リゼは全く気にせずやはり話を聞いていない。

 

「ゴン!!リゼ!!飛行船の中探検しようぜ。」

 

話が終わるとすぐにキルアがゴンとリゼに話かける。彼も少しばかり退屈していたようだ。

 

「うん!!」

 

「分かった。」

 

面白そうという理由でリゼもキルアについて行く。まだまだ体力は余っていて、眠いけれど休む気が無い、というのもあるが。

 

飛行船の中はリゼが予想していたよりも広く、全てを見終わるころには1時間程経過していた。

 

「結構綺麗だね。」

 

飛行船から見える街は宝石の様に光輝いていた。

 

(でもやっぱり飽きるんだよねぇ。)

 

飛行船に乗る回数が多いリゼにとって夜景は見飽きていた。先程、結構綺麗だ、と言った理由もそれだ。そんなリゼとは反対にリゼの隣にいるゴンとキルアははしゃいでいる。

 

「キルアの父さんと母さんは?」

 

「んー?生きてるよ、多分。」

 

唐突なゴンの疑問にキルアが答える。多分、という曖昧な答えだが。

 

「何してる人なの?」

 

「殺人鬼。」

 

(あ、やっぱりそうだったんだ。)

 

僅かな血の臭いと1次試験での持久力。どちらも普通の子どものものでは無い。多分、暗殺者かな、とリゼは内心で溜息をつく。危険なことが好きでは無いリゼにとって、この予想ははずれて欲しいものだった。知り合ってから1日未満とはいえ、過ごした時間はそれなりに楽しく思えていたからだ。さすがに別れるのは惜しい。けれど危険な事に巻き込まれたくは無い。でもやっぱり……、とリゼの思考回路はぐるぐる回る。

 

「両方とも?」

 

「……っあはははは。私はともかくゴンは驚くと思ってたけど、まさかそんな風に言うとはね。」

 

まさかそんな風に言われるとは思っていなかったのだろう。キルアとリゼは少し驚いた顔をして笑っていた。

 

(眩しいなぁ)

 

リゼは光輝く街を見て静かに目を細めた。リゼには夜景が何故だか普段より明るく、輝いて見えていた。

 

 

「オレん家暗殺稼業なんだよね。家族ぜーんぶ。そん中でもオレすげー期待されてるらしくてさー。でもさオレやなんだよね。人にレールしかれる人生ってやつ?」

 

キルアが不満そうに話している。彼には彼なりの苦労があるのだろう。

 

(……予想は外れて欲しかったんだけど。)

 

家族全員暗殺者。その言葉を聞いて、リゼの背中に冷や汗がつたう。キルアの家族が誰なのか、確信したからだ。

 

「ゾルディック家……」

 

隣にいるゴンにも聞こえないくらいの、小さな声でリゼは呟く。危険な事には巻き込まれませんように、とほんの少しの願いを込めて。

 

 

「リゼの家族は何してる人なんだ?」

 

キルアの話が終わり、話題はリゼの事になる。

 

「家族は……分からないよ。捨て子だからね。」

 

リゼの話を聞いている2人は少し焦った顔になる。けれどそんな2人に構わずにリゼは明るく話している。

 

「小さい子どものころだったからかな?顔と名前も覚えてないし、あんまり家族っていう実感はわかないからどうでも良いよ。今頃もう、どこかで野垂れ死んでるんじゃない?」

 

ニッコリと笑ってリゼは告げる。別の話題になってもその場の空気は少しだけ重いままだった。

 

(忘れたんだから別に気にする事ないのに。)

 

リゼはそう思いつつ、笑顔で話を聞いていた。

 

 

「……?」

 

「?どうしたんだよ、リゼ。」

 

怪訝そうな顔で振り向いたリゼ。誰かが近づいている気がしたからだ。リゼが振り向いた先には誰もいないが、誰かに見られていた気がしていた。

 

「……何でもないよ。」

 

(危害をこちらに加えてこないなら良いか。)

 

こちらに危害を加えるつもりなら、もう既に攻撃されているはず。そう思い、リゼは少しだけ周りに警戒しつつも会話に戻った。

 

 

この場にいる3人全員が勢い良く振り返る。ゴンとキルアは同じ方向へ、リゼだけは2人と正反対の方向へ。リゼの目線の先にいたのはハンター試験の最高責任者、ネテロ会長。

 

「素早いね。年の割に。」

 

「今のが?ちょこっと歩いただけじゃよ。」

 

会長は何歳なのだろうか?そんな疑問を解消するためにリゼは目の前の人物を観察する。顔には皺があり、老いている気はするが実際の年齢は分かりずらい。

 

(100%勝てないだろうな。)

 

リゼは苦笑いを浮かべて考える。戦う気は絶対に無いのだが、ついリゼはそんな事を考えてしまう。実力差は明確。敵対したら絶対に負けるだろう、と。

 

「おぬしらワシとゲームをせんかね?もしそのゲームでワシに勝てたらハンターの資格をやろう。」

 

(ゲームの内容次第ではまだ勝てる。……多分。)

 

それに、ハンターの資格は早く取れるならその方が良い。リゼはそう思い、会長について行くことにした。ゴンとキルアもそのつもりのようだ。

 

会長の手には1つのボール。ゲームをするために場所を移動した。

 

「この球をワシから奪えば勝ちじゃ。そっちはどんな攻撃も自由!!ワシの方は手を出さん。」

 

「ただとるだけでいいんだね。じゃ、オレから行くよ。」

 

……諦めた方が良いと思うよ。リゼは思わずそう言ってしまいそうになった。ゲームのルールを聞いてリゼはすぐさま諦めたが、キルアはそのつもりは無いようだ。けれど今の状態のキルアでは、何十年かかっても無理だと確信しているリゼには無謀だとしか思えない。

確かにキルアは強い部類に多分、少しくらいなら入るだろう。年の割にはの話に限るが。

 

(ただ相手が悪すぎる。)

 

会長に勝てる人物は、両手の指で数えられる程度いるかも分からない。まさしく化け物だ。これで老いているというのだから、全く笑えない。

リゼはそんな考えを置いておいて、目の前の勝負を見る事に決めた。

 

(まあ一応手加減はするだろうし、ボールは取れなくても少しはチャンスはあるかな。)

 

リゼはやらないのか、と2人から言われているリゼ。本人は全くゲームに参加する気は無い。

 

 

「ガンバレー。」

 

リゼは全くと言っていいほど気持ちを込めていない声援を送る。リゼの目の前には汗だくになって、ボールを取ろうとしている2人の姿。このゲームが始まってから何時間も経過しているが、ボールを取れるどころか2人の手にもかすっていない。

 

(というかもうそろそろ眠いんだけど……)

 

時刻はすでに深夜となっている。リゼはゲームを見るのにも飽き、そろそろ寝ようかと考え始めていた。

 

目を閉じれば、時間をかけて周りの音はリゼの耳に入らなくなっていく。

ゆっくりとリゼは意識を手放した。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

試験官side

飛行船の一室。1、2次試験の試験官が集まっている。

 

「ねぇ、今年は何人くらい残るかな?」

 

この場では唯一の女性であるメンチが口を開く。

 

「合格者ってこと?」

 

そう聞き返したのは2次試験前半の試験官であるブハラ。

 

「そ、なかなかのツブ揃いだと思うのよね。1度全員落としておいてこう言うのもなんだけどさ。」

 

「でもそれはこれからの試験内容次第じゃない?」

 

(メンチみたいな試験官じゃ1人も残れないだろうし。)

 

メンチが2次試験で、受験者を1度全員落とした事を知っているブハラはついそう思ってしまう。無理も無いだろう。

 

「そりゃまそーだけどさー。試験してて気づかなかった?けっこう良いオーラ出してた奴いたじゃない。サトツさんどぉ?」

 

メンチが話しかけたのは1次試験試験官のサトツ。表情から感情を読み取れない。彼は少し悩んだ素振りを見せた後、

 

「ふむ、そうですね。新人(ルーキー)が良いですね、今年は。」

 

と答えた。

 

「あ、やっぱりー!?あたし129番が良いと思うのよね。」

 

サトツの言葉にすぐさまメンチは反応して、表情を明るくする。スシを知っていたからか、129番がとても気に入っているようだ。

 

「彼女は確かに良いですね。もう既に使えるようですし。」

 

 

噂された129番。

 

「 クシュンっ!」

 

(くしゃみをするときは誰かに噂されているって聞いたことあるけど、

……まさかね。)

 

本当に噂されているとは知らず、小さく肩をすくめて129番、リゼはゴンとキルアの元へ向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 3次試験

前回よりも少し長めです。


テスト期間が迫っているので次回の更新は遅れます。
ただでさえ遅いのに……
どうやったら更新早くできるんでしょうね。


リゼが目を覚ますと目の前にはネテロ会長と、大の字で寝ているゴン。

ゆっくりともう一度リゼは瞬きをしてみるが、目の前の光景は変わらない。夢であってほしい、とリゼは思ったが、昨夜ゲームを見ていた、という記憶が夢では無いと告げていた。

 

「おやお嬢ちゃん。起きたかの。」

 

そう話かけられたリゼも寝起きだからなのか、まだぼんやりとして反応していない様に見える。まあ実際は

 

(ゲームが終わったらいなくなると思ってたんだけど……)

 

ただ目の前に会長がいるという事実を認めようとせずに、現実逃避をしているだけだ。夢では無いと分かったらしい。時計を見て見ればまだ8時半。2度寝をしようか、と真剣に考え始めるリゼ。もう会長の事を考え始めたら負けだ、とリゼは思い始めている。

 

(シャワーに行ってこようかな。)

 

早くこの場を離れたいと思うリゼ。

もちろんお風呂に入りたい、という気持ちもある。リゼは一応会長にお辞儀をしてからドアから出た。無視はしていないということを教えるために。

ただ単に会話をしたく無いという気持ちだったのもあるけれど。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

『皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です。』

 

アナウンスが飛行船の中に響く。飛行船が到着したのは高い塔の頂上だった。見る限りは何も無い様に見える。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが3次試験のスタート地点になります。

さて試験内容ですが、試験官からの伝言です。

"生きて下まで降りてくること"、制限時間は72時間。」

 

説明が終わり、3次試験が開始する。リゼは下を覗き見て見るが、地面がぼんやり見えるか分からないぐらいの高さだった。1人の受験者が壁をつたって降りようとするが、怪鳥に食い殺されている。

 

「さてと、私は行くとしますか。」

 

リゼはそう言って隠し扉のもとへ向かう。ゴンとキルアには伝えなくても大丈夫だろう。リゼはそう思って2人には話しかけなかった。

ガコン、とかるく音をたてて、地面に仕掛けられた扉はひっくり返る。リゼが降りた先にあったのは小さな小部屋。

小部屋の前方にはタイマーがあり、その上には文字が書かれている。

 

『 孤独の道

君はここからゴールまでの

道のりを1人で乗り越えなけ

ればならない 』

 

リゼはその文を読むと、予想が的中したのが嬉しかったのか満足気に頷いた。わざわざ1人専用のコースと思われる、周囲に隠し扉が無い場所を選んでリゼはこの部屋に入ったのだ。必ず1人で進むために。

 

ヒソカ(アイツ)とは絶対に会いたくない……)

 

職業上ヒソカに顔を知られているリゼは、1次試験からずっと故意に関わるのを避けている。深緑色に髪を染めて、普段なら絶対にしないような服装をしているのにも訳がある。

ハンター試験を受けているリゼが "人探し屋" だと知られるのを防ぐためだ。とはいえ髪を染め、服装を変えたとしても気づかれてしまう可能性は少なからずある。リゼはそう思っていたのだ。

……ゴンとキルアに出会うまでは。

 

(新しい玩具(オモチャ)を見つけたら試験の間は、少し位夢中になってくれるでしょ。……多分。)

 

ゴンとキルアには少しばかり悪いとリゼは思っているが、考えを改める気にはならなかった。他人の平穏か、つかの間の自分の平穏か。リゼは自分の平穏を望んだ。

自分も巻き添えになってしまうのを避けるため、リゼは深く2人と関わりたく無かった。けれど、やはり

 

いつか2()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()とリゼは分かっているから。

 

2人と関わりたく無かったのは、そういう理由でもある。

 

こんなことを考えていても仕方ない、そう思いリゼは歩き出す。やけにリゼの足取りは重かった。

 

 

 

 

 

けれどゴンとキルアに関わってしまうのは、心の何処かでリゼは楽しいと思っているからだろう。

 

 

そうでなければリゼは、

 

 

 

 

1次試験でゴンがヒソカに目をつけられた時に、2人と関わらないために全力で動くはずなのだから。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

コツコツ、と狭い道にリゼの足音が響く。ハズレだ、そう思いながらリゼは歩いている。リゼが進み始めてから約3時間程が経過した。特にこれといって特筆することは無い。

誰とも出会わずに、ただただ道を歩いているだけだ。何故だか道は迷路になっていたけれど。

もう"孤独の道"なんていう名前では無く、"迷路の道"の方が似合うんじゃないか。だんだんリゼはそう思い始めていた。

そちらの方が、ハンター試験らしくは無いが、少なくとも可愛らしさはあるだろう。

 

 

 

更に9時間後

グルグルグルグルとひたすらに迷路は続く。

別に迷路を進むのはリゼにとっては苦ではない。ただ何時間も進んでいればさすがに嫌気がさしてくる。しかもこの道は階段が少なく、リゼの進むペースは早いが、実際はそこまで下には降りていない。

迷路の壁を壊せれば苦労はしないが、生憎最初の小部屋で試験官に禁止事項として伝えられた。

 

「……試験官。最初"この道"は1人で進まなきゃなんない、そういう風に書いてあったよね。」

 

リゼは途中にある休憩場所に着いた途端、溜息を軽くついた後話かけた。部屋の隅にあるカメラに。

試験官がこちらを見ていることを知っていたからだ。ちなみにリゼは休憩しようとは微塵も思っていない。

 

『……』

 

「聞こえていれば返答しなくてもいいよ。話を戻すけど"この道"はってことはさ、別の道だったら1人で進まなくても良いってことでしょ?」

 

スピーカーからは返答が無かったが、リゼは関係ないと言わんばかりに話を続けている。ルール違反では無いことを確信していたので、肯定はいらなかった。

少し不機嫌そうにリゼは立ち上がり、部屋の壁を見る。

 

 

ドゴン

 

 

そう大きく音をたてて壁が砕け散った。リゼが壁を殴りつけたからだ。もちろん素手で。

あたりに壁の破片が飛び散り、部屋はぐちゃぐちゃになっている。

加減をしたからそこまで酷くは無いはず。……多分。リゼはそう思いつつ、ぐちゃぐちゃになった部屋から目を背け、自身が殴りつけた壁を見ることにした。まだ砂埃は収まっていないが、ぼんやりとリゼが殴りつけた場所が見えてくる。

壁が厚かったのにも関わらず、穴が空いている。人1人が充分に通れる位の。

 

「ゲホッ、ゴホッ……何だいきなり……?」

 

「……半日ぶりって言えばいいのかな?ゴン、キルア。まあクラピカとレオリオは1日ぶりだけど。」

 

「「リゼ!?」」

 

砂埃が収まり奥が見える様になると、リゼは自身が空けた穴を覗いた。そこには咳き込んでいるレオリオと、リゼが現れたことに驚いているゴンとキルア。クラピカはリゼが素手で、壁に穴を空けたことに驚いている。あとは青ざめているトンパ。

 

(あー、ゴン達が進んでるコースだったか……)

 

まあ穴を空けてしまったんだから仕方ない、とリゼは3次試験でゴン達と関わらないことを諦めた。

 

「まあいろいろあって、自分のコース進むの嫌になったからこっちのコース着いて行っても良い?」

 

試験官からの伝言は

 

『"生きて下まで降りてくること"、制限時間は72時間。』

 

だった。だから途中でコースを変えることも、壁を壊すことも一応ルール違反では無い。だから最悪、床に穴を空け続ければ下に降りれる。

そうリゼが自信ありげに胸を張って宣言をする。

 

「まあ私は基本多数決にも参加出来ないんだけどね。」

 

ゴン達が進んでいるのは"多数決の道"。途中からコースを変えたリゼは多数決には参加出来ない。そうスピーカーから試験官に言われた。

 

「つーかこの穴どうするんだよ?」

 

キルアに文句を言われるが、リゼは知らない、と言わんばかりに顔を背ける。リゼ自身も空けた穴を塞ぐのは考えていない。

 

「にしても50時間か、長いね。」

 

ゴン達もいろいろあったらしく、50時間を小部屋で過ごすことになったらしい。

リゼは50時間を無駄にするのなら元の道に戻るか、と考えているが迷路を進みたくないので、元の道に戻る気はあまり無いだろう。

 

 

「キルア、さっきの技はどうやったんだ?」

 

クラピカが本を読んでいるキルアに話かける。

さっきの技?、と事情を知らないリゼが1人で首をかしげているとゴンが説明する。

どうやらキルアは試練官と対戦したときに、相手の心臓を奪い殺害したらしい。

 

「技って程のもんじゃない。ただ抜き取っただけだよ。

ただし────

ちょっと自分の肉体を操作して盗みやすくしたけど。」

 

キルアが手をのばす。手はビキビキと音をたてつつ、爪が刃物の様に鋭くなっていた。

見た目は血管が浮き出て、少しばかり気持ち悪いが、確かに心臓を抜き取るには最適だろう。

 

「オヤジはもっと上手く盗む。抜き取るとき相手の傷口から血が出ないからね。」

 

味方の内は頼もしい限りだ、とクラピカは思う。ゴンとレオリオは単純に驚いている。リゼはもう関心を無くして、座って読書をしている。

 

「リゼはどうやって壁を壊したの?」

 

次にゴンがリゼに話しかける。リゼが壁を素手で壊したのを不思議に思ったらしい。リゼが周りを見て見ると、キルアとクラピカ、レオリオもリゼを見ていた。

 

「どうやって、と言われてもね。軽く殴っただけだし……」

 

リゼの言葉にこの場にいた全員が驚く。そんなことは気にせず、

どう説明しようか……と悩むリゼ。

自分が通れる位で良いかな、と考えて軽く殴ったつもりだった。壁を壊せたことは説明することはできるが、まだ4人には早い話だろう。そう

頭の中でリゼは悩む。

 

「まあ多分、鍛えたらできるようになるよ。……保証はしないけど。」

 

詳しいことは説明せず、リゼは苦笑いしつつそう4人に言った。全員、納得はしていないが、リゼに聞くのは無駄だと分かったらしい。誰も深く追求はしなかった。クラピカは特に不満そうな顔をしている。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

50時間後

少し走ると2つの階段が見えてくる。登るものと降りるもの。どちらへ進むかは多数決で決めるようだ。

登る道を選んだが、結果は30分走って逆戻りとなってしまった。

 

その後も進んで行くが、多数決はやたらと多かった。

電流クイズ、○✕迷路、地雷つき双六、 etc

まあ罠がある度にリゼが破壊しているので、大きな怪我をせずに全員が進んでいる。

そして残り時間は1時間を切った。5人ともボロボロになっているが、リゼは少しも傷はついていない。

 

「見なよ、皆。どうやら出口が近いぜ。」

 

扉が開いて、キルアが指を部屋の中へさしてそう言うと、全員が部屋へ足を踏み入れる。

 

『 最後の別れ道

ここが 多数決の道 最後の

分岐点です。

心の準備はいいですか。

○→はい ✕→いいえ 』

 

そう書かれていた。リゼ以外の5人が多数決で決めるために、ボタンを押す。○が4、✕が1だったが詮索している暇は無い、と無視して指示が何かを聞く。

 

『それでは扉を選んで下さい。道は2つ……

全員で行けるが長く困難な道。

3人しか行けないが短く簡単な道。

ちなみに長く困難な道はどんなに早くても、攻略に45時間はかかります。

短く簡単な道はおよそ3分ほどでゴールに着きます。』

 

スピーカーから聞こえてくる機械音。その内容に少なからず動揺するゴン達。リゼは予想の範囲内だったのか、平然としている。

 

『長く困難な道なら○。短く簡単な道なら✕を押して下さい。

✕の場合壁に設置された手錠に、残された内の2人がつながれた時点で扉が開きます。

この2人は時間切れまでここを動けません。』

 

端的に言えば3人を見捨て、もう3人が合格出来る。部屋のいたる所に武器があるのは戦って、進む3人を決めろということだろう。

それぞれ表情を険しくする。ゴンだけはあることに気づいて嬉しそうな顔をしている。

 

「リゼ!前みたいに壁壊せる?」

 

「当たり前、絶対壊せるよ。」

 

多数決に参加出来ないため、黙っていたリゼにゴンは尋ねる。

他の4人はリゼとゴンのやり取りを聞いて、ゴンが言いたいことが分かったらしい。

長く困難な道の方から入って壁を壊し、短く簡単な道の方へ出る。

確かにこの方法なら全員が時間内にゴールできるだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「到着っと。」

 

短く簡単な道は滑り台になっていて、3分でゴールに着くことが出来た。タイマーを見てみれば残り時間にも余裕があった。

本当に素手で壁に穴を空けるとは思わなかったのだろう。リゼが壁に穴を空けたとき、レオリオとトンパは青ざめていた。

レオリオはともかくトンパは1次試験が始まる前、壁にヒビを入れたのを見ただろう、とリゼは心の中で悪態をつく。

 

 

 

 

 

 

(あんまり関わりたく無かったんだけど。)

 

結局、2人と関わっちゃったな、とリゼは自嘲しながら考える。

 

4次試験では絶対に……、と無理だろうなと思いつつもリゼは頭を働かせる。

自分自身が傷つかないために。

何処かで2人といるのが楽しいと感じる自身に嘘をついて、リゼは溜息をつく。

 

(ハンター試験……受けなきゃ良かったかな。)

 

 

 

『3次試験 24名合格』

 

アナウンスされた言葉もリゼの耳には届かないまま、ハンター試験は進んでいく。




主人公が思った以上に臆病だったり、暗くなりました。
……何故に?
というか未だに口調がつかめて無いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 危険

気づいたら前回の更新からほとんど一ヶ月経過してました。ホントごめんなさい。


次回の更新は早めにしたいと思います。
(できるとは言ってない)

今回は途中から一人称に変わります。


合格した受験者が塔から出る。リゼは試験官の話を聞くのが面倒とは感じていたが、4次試験の説明なのでネテロ会長の時とは違い、一応真面目に聞くことにした。

3次試験の試験官は周りの受験者に4次試験の説明をするため、受験者達の前に出る。目を細めニヤニヤと笑っているので「タワー脱出おめでとう。」と口では言っているが、素直に賞賛している様には見えない。むしろ嫌味か煽っているようにしか感じない。

ガラガラ、と音をたてながら小さな箱をのせた台が運ばれてくる。

 

「これからクジをひいてもらう。」

 

試験官の言葉に一部の受験者の間で動揺が広がる。

クジで何を決めるのか。そう受験者が呟いた言葉を聞き取ったのか、試験官はより一層笑みを深めている。

 

「このクジで決定するのは、狩る者と狩られる者。

この中には24枚のナンバープレート。すなわち今残っている諸君らの受験番号が入っている。」

 

試験官の言葉を聞いた直後、リゼは自身の服につけていたナンバープレートを隠した。もちろん周りにバレないように素早く。

 

 

狩る者と狩られる者。その試験官の言葉が正しければ4次試験では、多分誰かに狙われるということ。まあその予想が合ってなくとも、ナンバープレートを隠してもデメリットは無い。

正直に言ってしまうとあまり負ける気はしない。……ある2人を相手にしない限りは。

 

1人はもちろんヒソカ。ゴンの様に見逃される場合もあるが、それは将来的に強くなると判断される時だ。私ではその可能性は高いとも言いきれない。やっぱりそんな危険な賭けをしたくは無い。

 

もう1人は301番の……本名かは分からないが、ギタラクルという受験者だ。顔や服の至る所に針を刺していて、見た限りでは誰とも話そうとしていない。というか誰も話しかけようとしない、というのが事実だが。カタカタと不気味な音を鳴らしているし。ヒソカくらい実力も高く、見逃される気はしない。

少し特徴的な人物(変人)が集まりやすいハンター試験でも、ギタラクルに話しかけようとする様な馬鹿(命知らず)はいなかった。

 

 

試験官の話を聞きつつ、頭の中でリゼがそんな風に考えていると、カードをひく順番がリゼにまわってきた。これで自分が狙うプレートが決まるらしい。

 

(44番と301番になりませんように。)

 

リゼはこれが運頼みと知りつつも、そんなことを願わずにはいられなかった。リゼは頭を振って、とりあえず考えないようにすると、箱の中に手を入れてカードをつかんだ。そうしてゆっくりと、リゼは自身がひいたカードを見てみると、

 

301

 

つい先程思い浮かべた番号が、クッキリと書かれていた。

 

半ば諦めた様な顔で、手元のカードを握り潰して虚空を見続けているリゼを不思議に思ったのか、次に紙をひくゴンが通りすがりにリゼを見ているが、リゼは特に反応しない。

 

 

(……まだ方法はある、はず多分……)

 

時間が少したち、全員がカードをひき終わると少しずつリゼは頭がまわるようになった。まだ打開策はあると信じて考え始める。無い時は多分、リゼは諦めて来年のハンター試験を受けるだろう。

 

「それぞれのカードに示された番号の受験者が、それぞれの獲物(ターゲット)だ。奪うのは獲物のナンバープレート。」

 

リゼは先程、試験官の話を聞くのが面倒だと思っていたのとは裏腹に、今は真剣に試験官の話を聞いている。一言一句聞き逃さない様に聞いているせいなのか、若干睨んでいるように見える。

 

「自分の獲物となる受験者のナンバープレートは3点、自分自身のナンバープレートも3点、それ以外のナンバープレートは1点、最終試験に進むために必要な点数は6点。

島での滞在期間中に6点分のナンバープレートを集めること。」

 

試験官の話を聞き終わると、リゼはゆっくり息を吐き出した。少し面倒だがまだ方法はあると安心して。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

"自分と同年代なんて珍しい"、そんな軽い理由で二人と話した。ちょうどいい暇つぶしになる、そう思って1次試験では話していた。

思えばゴンがヒソカに目をつけられたとき、二人をすぐに避けていれば良かった。

そうすればクラピカと知り合う可能性は低く、こうして悩まされることも無かったんだ。

 

キルアが暗殺一家の一員だったこと。知ったときは驚いたが、特に問題は無い。世界最高の暗殺者は快楽殺人者ではないのだから、依頼がない限りは狙われることはないだろう。

 

今回、ゴンの獲物(ターゲット)はヒソカになったこと。本人の口から聞いたので間違い無く。これもまだ問題はない。自分には関係なく、目をつけられることのないようにすれば良いのだから。

 

別にこの二人に問題はない、とも言いきれないがまだこちらの二人の方が安全だったかもしれない。

 

一番の問題はクラピカだ。

4次試験が行われる島へ船で向かっている最中のこと。ゴンとキルアに話しかけられて面倒だと思いつつ、適当に返事をしていたときだった。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「リゼは何でハンター試験を受けたの?」

 

いきなり話題が変わってゴンがそう聞いてきた。軽い理由で受けたから、特に嘘をつく必要もなかった。だから普通に答えようとして、

 

「ただ──」

 

口を開いた瞬間だった。

 

「それは私も興味があるな。」

 

クラピカが話に入ってきた。何で興味があるのかは分からなかったけど、クラピカは特に危険な人物だとは思っていなかったから、このときは別に気にしなかった。

 

「期待してるほど大層な理由じゃないと思うけど。

ただ単にライセンスがあれば便利だし、あとはハンターの資格をもっていた方が会いやすい人がいるから。

職業柄、色んな人を覚えているほど都合が良いからね。」

 

人探し屋をするには、より大勢の人間を覚えて損はない。いつ、誰が、誰を探すために依頼するのか分からないのだから。

ハンターの資格をもっていた方が会いやすい人物。これはネテロ会長やそれぞれの試験官などがいい例だろう。ハンターに会うのなら自分がハンターになった方が楽だ。

 

「職業柄?リゼって何の仕事なんだよ?」

 

見れば私に尋ねてきたキルアだけでなく、ゴンとクラピカも興味がありそうにこちらを見ていた。

言わなきゃよかったかもしれない。そう思ったが顔には多分出てないだろう。

このまま秘密には出来そうにないので、とりあえず話が聞こえる位の距離にヒソカがいないかを確認する。

ヒソカに聞かれると色々と苦労する、というか変装している意味が無くなる。まあ現在ほとんど意味をなしておらず、今更な気もするが。

 

「人探し屋。誰か見つけたい人がいたら連絡してみて。料金次第で請け負うから。」

 

周りに聞こえずらいように声を潜めて言うと、何故かキルアがゴンを見ていた。

誰か見つけたい人でもいたのだろうか。でも人の話は最後まで聞けよ、そう文句を言いそうになった。ゴンは少しの間悩んでいたが

 

「リゼには悪いけど、やっぱり親父はオレの力で探すよ。」

 

しっかりと、そう言い切った。

ゴンなりの覚悟が決まっているのだろう。瞳は揺るぎなく真っ直ぐだった。

ゴンの事情も父親も全く知らず、何の話かも分からないし、興味もそこまでないが、とりあえず大切だということは伝わった。

というかリゼには悪いけど、って何だろうか。ゴンの父親を見つけられるとも言ってないし、協力するとも言ってない。

 

 

 

「……それは、誰でも探すことはできるのか。」

 

意外にも次に口を開いたのはクラピカだった。何でか知らないがこちらも真剣な雰囲気を出している。何となく怒っている気もするが、何かしただろうか。

何で?そう尋ねようと思ったが、一先ず質問に答えることにした。

 

「"誰でも"は無理だけど、ある程度なら大丈夫だと思うよ。」

 

「そうか……」

 

ゴンとキルアも珍しく真剣な表情をしているのがやけに気になる。この二人は事情を知っているのだろうか。

何故か分からないがこの話を聞くな、と警告が聞こえる気がした。ただの勘だが、自分にとって絶対に嫌な話だという確信があった。

 

 

 

 

「……幻影旅団を探すことは可能か?」

 

 

 

ビシリと音がしそうな程、自分が石の様に固まったのが確かに理解できた。は?と素で返さなかっただけマシだ。

 

幻影旅団、表情を見るに冗談では無い。クラピカは本気で言っている。

 

「……答えるなら、

一応 可能 だよ。にしても何で……」

 

よりにもよって探すことのできる幻影旅団なのか、その言葉は形にならず息が吐き出されるだけだった。クラピカに並々ならぬ事情があることは察せる。

例え馬鹿だと思っても口に出したら怒ることは分かっているつもりだ。

 

「クルタ族は知っているか?」

 

「……知ってる。昔、幻影旅団(蜘蛛)に狙われて──」

 

滅亡し(殺され)た。

幻影旅団に関係していたから忘れてない。しっかりと記憶がある。

 

クルタ族がもっている、世界七大美色の一つの緋の目。

クルタ族は怒りで目を(あか)く染める。緋の目の状態のまま殺害すると、その色は半永久的に保たれる。

オークションでも、頭部からくり抜かれた状態の緋の目を、数回見かける事があった。人体収集家には高く売れるからだろう。

私は眼球を見ても別に綺麗とも思わず、緋の目を買う意味が全く分からなかった事を覚えている。まあずっと分からないままで良いと思うけど。

 

話が逸れたが、クルタ族の生き残りであるクラピカが望んでいるのは───

 

「"復讐"はオススメしない、ってもやめる気はないか。」

 

私の言葉にクラピカは重く頷いている。

私が言ってやめるくらいの覚悟なら、もう既にやめている。たとえ死ぬとしてもクラピカは復讐をしようとする。でもせめて自分の実力くらい分かってから妄言を吐いて欲しい。

 

「まあクラピカの事情は分かったけど、"今は"無理だよ。

……ああ、私が言いたいのはどっちも。復讐にしても幻影旅団の居場所にしてもね。」

 

今は、と繰り返し強調して言えばしぶしぶといった表情で、睨みつけるのはやめてくれた。確かに悔しいのは分かるが、私にあたるのはやめろと言いたい。

 

絶対に今のままでは無理だ、これは確実に。怒らせるつもりは無いので言わないが、クラピカでは私にも勝てないだろうから。

けれど、もしも幻影旅団への復讐のためだけに全てをかけるなら、未来の話だが成功する可能性は結構ある。幻影旅団全員は無理だと思うが、数名は殺害できるだろう。

 

別に止めようなんて思って無い。復讐で死んだとしても本人が望んだことなのだから、勝手にしろとは思う。

だけど私を巻き込んでほしくなかった。私は別に幻影旅団に恨みがある訳でも無いんだから。

私が幻影旅団の居場所を教えて、クラピカの幻影旅団への復讐が半ば成功して(途中で終わって)しまったら。矛先が私に向かないとも言いきれない。そんな未来は想像したくない。

 

「……戦う相手との相性は考えないとしても、少なくともヒソカとまともに戦えるくらいにはならないと無理なんじゃない?

それぐらいの実力になったら居場所も教えるから。…………料金次第だけど。

 

最後の言葉が聞こえていたのか分からなかったが、顔が引きつらないように意識しながら笑みを浮かべる。

私の安全の為に復讐やめてくれないかな。そんな叶いっこない、自分でも馬鹿だと思うような願いを隠して。

ゴンとキルアはせめて何かを話してほしかった。少しくらいは真剣な空気が緩和されそうだったから。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

と、いうことがあった。

この後、滅茶苦茶に焦って一周まわって冷静に考えることができた。考えることができただけで、4次試験がスタートしそうな今も良い解決策は見つからない。

 

関わるのを避けるのは、人探し屋の連絡先教えたから無意味。というかいきなり対応が変わると変に思われる。

クラピカを殺すのは、ゴン達が犯人を探すだろう。これはバレた後ゴン達を殺さないように追い払うのが面倒。うっかり殺すと私がヒソカに殺されそう。

クラピカだけ金を積まれても依頼を受けない、となるとクラピカ自身が怒りそう。

幻影旅団の居場所が分かるって言ったから、もう嘘がつけないし。

それに、まだ実力不足だと言うのにも限界がある。確かにクラピカには才能と覚悟があるのだから。

 

もうクラピカが復讐を失敗することを願うしかない気がする。

あとはクラピカが幻影旅団を全員殺せれば───これは有り得ない。

 

もしものときは、世界中逃げまわれば大丈夫……とも言いきれない。私と似た、誰かを探すことに長けている奴もいるだろうし。何より疲れる。

 

 

クラピカの様に死んでも成し遂げたい事は全く無い。寧ろ死にたく無い。きっと誰より生にしがみついている。死にたく無いのは普通な考え方な気がする。普通何てものはよく分かっていないが。

 

誰に何を言われようと、変えるつもりは一切無い。だからどんな事があっても、クラピカに巻き込まれて死ぬなんて御免だ。

私はどれだけ意地汚く、何かを犠牲にしても生きていたい。きっと惨めに死ぬよりかは絶対にマシなはずだから。




レオリオが空気……すまない。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 4次試験と面談で

原作キャラとの関わりが少ない……
そして相変わらずレオリオが空気。


4次試験が行われる島へ受験者が順番で入っていく。3次試験では他の受験者より遅くゴールしたので、リゼの順番はまだ来ないだろう。

 

今はとりあえず4次試験に集中しよう……、リゼはそう問題を先延ばしにした。もう何も考えたくない、とどこか焦点の合ってない目をして虚空を見つめている。

 

4次試験が始まっていないのに、どこか疲れている様に見えるリゼは、元々目立ってはいたが、周りの受験者の視線をよく集める。本人はそれに気にする余裕も無い。それと同じように、ゴンとキルアもリゼの方を見ているが、放っておいた方が良いことを察したのか、話しかけることはしない。

 

順番が来たのでリゼも島へと足を踏み入れる。といってもその足取りは酷く重いものだった。だが、まだ目の焦点が合ってきたのでマシになった方だろう。

 

 

(さてと、誰を狙おうか。)

 

何分か経過して頭がまわるようになり、リゼは隠れて他の受験者には見つからないようにし、誰のナンバープレートを狙うのか考えていた。本来の自分の獲物(ターゲット)を狙う気は全く無いため、リゼは少なくとも三つナンバープレートを集めなければならない。

 

ただ誰でも良いとはいえない。

キルアやゴンの場合、二人はヒソカに目をつけられているため、関わらない方が良い。

それ以外の受験者なら、別に面倒なことが起きないのであれば誰でも良い、とリゼに特にこだわりはない。

 

クラピカが良いかもしれない。今年、ハンター試験に合格しなければ、幻影旅団(クモ)への復讐は遅れるはずだから。

クラピカも、自分は実力不足だったと納得してくれるだろう。結構怒りやすいので、少し不安だが。

 

考えれば考えるほど、リゼにはそれが良い思いつきのように思えた。

さすがにハンター試験に受からないように妨害したくらいでは、恨まないと思いたいが、どうだろうか。少し悪いと思ったが、安全の為なので仕方ないと割り切って、リゼはクラピカの居場所を調べた。

 

クラピカの居場所までは少し距離が遠い。4次試験は七日間あるのであまり急ぐ必要も無く、ヒソカや301番(ギタラクル)に会わないように警戒しながら歩いている為、時間はかかりそうだ。

 

 

そうしてリゼが移動していると他の受験者に会った。一人はゴン、とはいっても誰もリゼに気づいていない。

受験者は四人。一人の受験者が弓を持った受験者にナンバープレートを奪われていて、その様子をゴンが隠れて見ている。そしてそのゴンに見えないように距離をおいて隠れている、棍棒を持った受験者。

 

狙うなら弓を持った受験者だなとリゼは考え始める。

今、弓を持った受験者は二枚ナンバープレートを持っていて、実力も高くない。

ゴンのナンバープレートは危険があるので狙わない、と決めている。そもそもゴンに試験の間くらいは極力関わりたくない。

棍棒を持った受験者は、距離が遠くゴンを狙っているようなので、わざわざ行くのは面倒だとリゼは二人を狙わないことにした。

 

 

弓を持った受験者がゴンに見えないくらい離れたのを確認して、リゼは後ろから首を強く掴んだ。

受験者は酷く苦しそうに、リゼの手を外そうともがいている。ただ息ができなくなった状態な為、さほど力は入ってない。普通の状態でもこの受験者はリゼに勝てないが。

 

「二枚、ナンバープレートくれない?」

 

このままでは受験者が死にそうなことに気がついたのか、リゼはほんの少し息が出来そうなくらいに力を緩めた。

赤黒かった受験者の顔色が少しだけ元に戻っていく。

 

「分か、 った、から手、をは……」

 

誰だとか、何故二枚持っていることを知っているのか、受験者はそう聞かずに助かった。リゼは無駄なことを聞いたら、腕を折るつもりだったのだから。

リゼは受験者が二枚ナンバープレートを渡してきたのを見て、望み通り手を離した。地面に倒れこんで咳き込んでいるが、リゼは無視してクラピカの居場所へ向かう。

 

一瞬リゼはこの受験者を殺そうか考えたが、返り血が服に付くと面倒なので、すぐにやめて放っておくことにした。

リゼは53番と105番のナンバープレートを手に入れ、残り一枚で4次試験に合格できる。そう思うと自然とリゼの足取りは軽くなった。

 

 

 

クラピカの近くにゴンとキルア、レオリオがいると面倒なのでリゼはこの三人が何処にいるか確認する。

ゴンとキルアは遠くにいたがレオリオが近くにいた為、今は近づけない、諦めようか……そう考えて上を向いた時、リゼの目に回転しながら、こちらへ飛んでくるナンバープレートが映った。

 

誰かが投げたのか?何の為に?リゼの頭の中ではそんな疑問が尽きなかった。リゼは一瞬驚き硬直した後、とりあえず回収しようと大きく跳躍してナンバープレートをとった。番号は197番。

これでリゼが所持しているナンバープレートが三枚になった。このまま数日過ごせば試験はもう合格できるようになったので、クラピカを合格させない"ナンバープレートを手に入れるため"という建前が無くなってしまった。

 

どうしようかとリゼは一旦、クラピカの近くに行き様子を見てみた。本人に気づかれないように隠れている為、はたから見たらストーカーの様だが、幸いリゼの周りに人はいなかった。

クラピカの近くにレオリオがいて会話を聞いて見れば、二人は協力して獲物のナンバープレートを手に入れるらしい。

 

クラピカを合格させないようにするのは、諦めた方が良い。そう判断したリゼは残りの数日間、適当に歩きまわることにした。

もちろんヒソカや301番に会わないよう、細心の注意をはらいながら。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ヒソカと遭遇しそうになって、リゼは隠れた事もあったが、一応無事に4次試験は終了することが出来た。

終了時に周りを見てみれば、やはりクラピカも無事合格してしまっていた。リゼは残念だと思いながら軽く溜息をついたが、顔に出すことはしなかった。

 

残る試験はあと一つ、最後の試験の前に面談がある。どんな試験なのかは分からないが、きっと試験に関係することなのだろう。

リゼはそう考えながら壁に寄りかかって、自分の順番を待っていた。暇そうにぼんやりと、近くの窓の外を見つめている。

番号が若い受験者から、アナウンスで呼ばれている。この場にいる九人の中ではリゼは、比較的早く呼ばれることになるだろう。

 

『受験番号129番の方、129番の方お越しください。』

 

アナウンスで自分の順番が呼ばれたことを確認して、会長と面談をする第1応接室に向かう。

 

あまり乗り気では無く、リゼはできれば早く終わらせたいと思いつつ、扉を開けた。

部屋は小さい和室になっていて中央に机、向かい側に会長が座っている。手前に座布団があり、そこに座れば良いのだろう。リゼはそう判断した。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

私の目の前にはネテロ会長がいる。出来ることならあまり関わりたくはなかった。仕方ないと頭では理解しているので、一応真面目に面談を受けることにする。

 

「ではまず始めに、何故ハンターになりたいのかな?」

 

結構どうでも良い質問だった。ゴン達にも話した通り、大層な理由でもない。

 

「資格を持ってると便利だったし、ハンターになった方が会いやすい人がいるから。」

 

今年じゃなくて去年か来年にすれば良かった。最近、そう強く後悔している。

 

「では、おぬし以外の八人の中で、一番注目しているのは?」

 

一番、注目しているのは……?この質問に対しては、

 

「難しい。」

 

この一言しか出てこない。44 、301、404。全員に注目している、もちろん悪い意味で。良い意味で注目している奴なんて一人もいないが。

この三人の中で一番となると決められない。今現在、危険なのは301番(ギタラクル)44番(ヒソカ)だが将来一番危険なのは、もちろん404番(クラピカ)だろう。

全員一番と言ってしまっては駄目だろうか。──後から知ったが、複数人答えても良かったらしい。早く言ってほしかった──

 

「強いて言うなら…… 404番かな。」

 

一番身近にいるから巻き込まれそう。試験が全て終わったら、ヒソカはともかく、ギタラクルは関わることは無い。クラピカは可能性が低いけれど、幻影旅団は絶対に相手にしたくない。

私としてはもう関わりたくないし、できるなら今すぐ縁を切りたいが。それが出来ていないのが現実だ。

 

「八人の中で今、一番戦いたくないのは?」

 

また一番か。

面倒だと、そう思ったけれどこちらの質問の方が、割とすぐに答えが出た。

 

「301番。」

 

ヒソカは、見逃される可能性がある。私が見逃されるかどうかは別だけど。

クラピカ自身はそこまで危険な訳では無い。今なら私でもすぐに倒せるくらいだから別に良い。

一番、実力が不明で見逃される可能性が分からないから。そんな理由だ。

 

「というか、誰とも戦わないのが一番だと思う。別に誰かみたいに戦うことが好きって訳でもないし。」

 

戦わない選択肢があるなら、それが一番良いと思ってる。

 

そうネテロ会長に告げると、驚いたようにほんの少しだけ目を丸くしていた。どこに驚く要素があったのかは分からない。

好戦的に、勘違いされる行動をした覚えは全く無いが、ネテロ会長にはそう見えていたのだろうか。

……そうだとしたら、全力で否定したい。

 

 

 

面談が終わったので、足早にその場を去った。

少し冷たい廊下に私だけの足音が響いている。次の受験者がアナウンスで呼ばれるまで、部屋の前で待っていたので正確には一人では無かったが。

 

ネテロ会長に言った様に、私は自分に必要が無い限り、誰かと無意味に戦いたくない。4次試験で戦ったのは、あれが合格する為に必要なことだったからだ。

戦う事の何が面白いのか分からない。自分自身が危険な状態で、笑っているような人間の気がしれない。

戦って楽しく思うことを、否定はしない。

ただし、理解は出来なかった。

 

戦う事は命をかけてまでするような、楽しいものなのか?

そう思って試した事があった。

全く楽しくなかった。時間が無駄に消費されている気がして、すぐに止めた。

これは試す為という理由があったので、特に何も思わない。どれだけ身勝手な理由でも、理由がある事実が重要だと思う。理由無く戦うのは嫌いだ。

 

そもそも、人を痛めつけるのがあまり好きでは無い。

まあ大嫌いという訳では全然無かったけど。

 

それでも人を殴ったときの感触も、骨が砕ける音も、血の鉄に似ている臭いも、相手が苦しむ姿も、どれもあまり楽しく思えるものではない、とは一応思っている。けど、周りにその考えをもって無い奴らが多すぎる。

例えば、ヒソカや幻影旅団(クモ)のメンバー。まあヒソカも幻影旅団(クモ)のメンバーだけど、一応分けて考える。

 

ヒソカは強い人物と戦って、興奮するような変態。というか、殆ど強い人物と戦う事が生きがいなんじゃないかと思う。これもヒソカに関わりたくない理由の一つだ。

 

幻影旅団のメンバーは、団員によって違うこともあるが、好戦的な人物が多い。

人を殺すことを何とも思って無い、そういう所は私も同じだけど、私は少なくとも無意味に殺すことはないので、幻影旅団(クモ)のメンバーとは少し違うはずだ。……多分。

 

どちらにせよ、意味の有無という違いがあるだけで、人を殺すのに慣れているという事実は変わらない。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ずっと考えながら動かしていた足が止まる。ゴンとクラピカ、面談が終わったキルアが話しているのが遠くに見えたからだ。

なるべく関わりたくない、気づかれない内に別の場所へ行こう。そう思ってクルリと方向転換した。

 

 

 

ゴンは相手をするのが面倒で嫌い。五月蝿くて、鬱陶しい。

私には笑顔が眩しかったから、近くに居られない。どこまでも明るくて見てると自分が嫌になってくる。

 

クラピカは当たり前の様に、復讐を願っていることが嫌い。

クラピカが、手を血で汚してしまうことが嫌になる。止めることはしないが、人を殺しても虚しいだけだ。

 

キルアは強がっていることが嫌い。見栄を張ってばかりで、本音を伝えられない。

キルアは私の様に軽い理由で人を殺したことは無い。ゴンのことを友人だと胸を張って言えると思うのに、暗く考えすぎている。

 

頭の中でつらつらと、三人を嫌いな理由を並べたてる。それと同時に余計なことを考えてしまう。

正直に言うとするなら、三人といるのは楽しい。楽しいが自分の平穏の方が大切だ。

 

もしも、ゴンがヒソカに気に入られてなかったなら。

もしも、クラピカが復讐を望んでなかったなら。

もしも、キルアが暗殺者ではなかったなら。

 

もしも、私が人を殺したことがなかったなら。

もしも、私が弱くなかったなら。

もしも、私が臆病でなかったなら。

 

友人となる未来はあっただろうか。

頭によぎった妄想はあまりにもくだらなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 ハンゾー対ゴン



更新速度を犠牲にして文字数を……
リアルの方が忙しくなって、さらに不定期更新になると思います。
……本当に申し訳ない。


会長との面談が終わってから三日後。

試験会場のホテルの、何故かやたらと広い一室に受験者は集められた。

 

中央には布がかかったホワイトボードみたいなものがある。多分試験に使うとは思うけど、その試験自体が何をするか知らされていない。今いる部屋も広いだけで特に仕掛けは無いから、単純なものだとは思う。

 

最終試験ともあって会長はもちろん、これまでの試験官達もいる。前回の試験で、それぞれ受験者を尾行していた人達は試験官に入るのだろうか。

 

「最終試験は一対一の、トーナメント形式で行う。」

 

会長がそう話を切り出した。

予想通りの単純な試験だった。3次試験の塔を降りる試験より、ずっと分かりやすい。運が良ければ、合格は簡単だ。あくまでも、運が良ければの話だけど。

 

「その組み合わせはこうじゃ。」

 

会長がそう言うのと同時に、そばにあったホワイトボードにかかっていた布を外した。

 

普通のトーナメントとは一風変わったものだった。それぞれで試合数が変わっていた。最高で五回、最低でも二回。

どんなルールがあるのだろうか。面倒なルールでないことを願いながら、先に会長の説明を聞くことにした。

 

「最終試験のクリア条件だが、いたって明確。たった一勝で合格である!

つまり、このトーナメントは敗けた者が上に登っていくシステム。」

 

まだ会長が話している続きを聞きつつ、再度組み合わせを見てみる。

 

第1試合はどうでも良い。

問題は第3試合目からだ。

 

第3試合

第1試合の敗者 対 301

 

301、つまりギタラクルだ。この試合が私に関係無かったら良かった。せいぜい相手の受験者に同情するくらいだ。

でも、そのギタラクルが私と試合する可能性があるのだから、乾いた笑いをうかべることしかできない。

表をには、第3試合の線の上の上、つまり、第7試合のところにしっかりと私の番号があった。何度見ても、その事実は変わらない。

 

とてつもなく嫌だ。ギタラクルが敗け続けると私と当たる。実力的に無いとは思いたいけど、ヒソカのように強くてもわざと敗けるタイプかもしれない。

 

そもそも、私と戦う可能性のあるメンバーが問題だ。

 

ゴン、294番、ギタラクル、キルアのうちの誰か。

 

まだ、294番は良い。ハンゾーとかいう奴で勝てそうだから。まあギタラクルは論外として、ゴンとキルアはヒソカに目をつけられてる、特にゴン。キルアは実家が駄目。たとえ家出してるとしても傷つけすぎるのはアウト、だと思う。予測にすぎないけど、可能性はあるので心配しておくにこしたことはない。

 

考えてもどうにもならないので、とりあえず不安を振り切るように頭を振った。頭を振って現実がどうにかなるなら良かったが、生憎そんな簡単な世の中では無かった。

 

「戦い方も単純明快。武器OK、反則無し。相手に『まいった』と言わせれば勝ち!ただし、相手を死にいたらしめてしまった者は即失格!その時点で残りの者が合格。試験は終了じゃ。」

 

「一つ、質問しても?」

 

そう言うとこの場の視線が私に集まる。面倒だったけど、一つだけ確認しておきたかった。

 

「自分の試合では無いときに、受験者では無い人を……そこの黒いスーツを着てる人とかを殺害しても失格になるの?」

 

「勿論失格じゃ。最終試験が終わるまで、この場にいる誰かを殺してしまうと不合格、そう思ってくれて構わん。」

 

良かった、と思い切り心の中で安堵した。最終手段だけど、もし私がギタラクルと戦うことになったら、そのときは誰かを殺せば良い。本当に最後の手段として考えてよう。ゴン達の反応は面倒なことになるだろうけど、ギタラクルと戦うことに比べればまだマシだと思う。

 

「第1試合、ハンゾー対ゴン。」

 

ハンゾーとゴンが向かい合った。ハンゾーとやらには少し同情する。実力はハンゾーが圧倒的に高い。それでもこの勝負は、どちらかが諦めなければ終わらない。ゴンみたいな、単純で頑固な奴がすぐに『まいった』なんて言う訳が無い。

 

「始め!!」

 

その瞬間に、ゴンはすぐさま駆け出した。その行動は多分無駄。

ゴンとハンゾーでは実力差がありすぎる、そのことにゴンは最初から気づくべきだった。

私の予想通り一瞬で追いつかれ、首に手刀をうちこまれた。勢いよくその場に倒れたゴンは意識を失ってないが、すぐに動くのは難しそうだ。

 

まあこの後の展開はだいたい分かる。

 

『まいった』と言わせる為に、ゴンをひたすら痛めつけるだけだ。

 

私はゴンの実力不足なので自業自得だと思うが。まあそう言うと確実にクラピカやレオリオあたりが怒りそうなので、黙って見るだけにしてよう。下手に怒りを買いたくない。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

試合開始からおよそ三時間。

ゴンは、もう血反吐が出なくなるほどに痛めつけられていた。けれど、ゴンはとても運が良い。骨を折られたり、爪を剥がされたりもしていない。確かに痛いとは思うが、火で炙られることも無く、後遺症が残るような傷も無い。三時間たっているのに、全身の打撲ですんでいることに感謝した方が良い。

 

でもまあ、ゴンの頑固さもなかなかだ。生まれ育った環境を聞く限り、痛みには慣れていないはずなのに、三時間は耐えているのだから。

 

「いい加減にしやがれ!ぶっ殺すぞてめぇ!オレが代わりに相手してやるぜ!」

 

ついに見ていられなくなったのかレオリオが叫ぶ。

個人的には、無駄としか言えない。レオリオがハンゾーと戦ったところで、負けるに決まっている。

 

ルール上、勝負に介入はできないらしく、仮に今レオリオが手を出したとしても失格になるのはゴンの方だ。そう言われて、レオリオは押し黙った。

 

「大丈夫だよ、レオリオ……」

 

足は震えてボロボロだけれど、それでもレオリオに大丈夫だと言い切るゴン。心配をかけたくないのかは分からないが、強がっているように見えた。実力では勝てないことは、この三時間でゴンも分かっているはずなのだから。

 

そんなゴンの様子を見て、ハンゾーはゴンを動かないようにして左腕を掴んだ。

 

「腕を折る。」

 

ゴンが諦めないことが分かったのか、そう宣言した。

さすがにゴンも諦めるだろうか。

そう思ったけど──

 

「っ嫌だ!」

 

予想に反して『まいった』とは言わなかった。

 

バキリ、ポッキリ?

そんな効果音が似合うくらいに綺麗にゴンは腕を折られた。

歯を食いしばってゴンは痛みに耐えている。それでも叫ばなかったのは根性だろうか。

 

クラピカとレオリオはそれを見て激怒している。クラピカは冷静そうに見えて怒りやすい。

 

というかゴンの勝負は、周りがどうこう言っても何も変わらない。ハッキリ言えば無駄だ。それに心配するのはまだ分かるが、相手に怒るのは少し違う気がした。ハンゾーは『まいった』と言わせる為の行動をしているだけで、反則した訳ではない。今のゴンの状況も本人の実力不足が原因だ。

 

人によって考え方は違うと分かっているが、思わず二人に呆れて溜息をついた。その溜息が聞こえていたのか、クラピカとレオリオはこちらを向いた。

どうしよう、間違えた。焦ったけどもう遅かった。

 

「てめぇ、ゴンがあんなふうになってんのに何にも思わねえのかよ?!」

 

まあこうやってレオリオが怒るのは予想してたし、気持ちもわからなくもない。クラピカは何も言わないけど静かに怒ってる。レオリオが怒ることで、周囲の視線がこちらに向いた。

ルール説明のときに質問したから今更とは思うけど、注目されるのは都合が悪い。一次試験が始まる前に、トンパに貰ったジュースを壁に叩きつけて注目されたけれど、あれにはちゃんとした理由があった。ああいう性格だとキャラ付け(印象付けを)する為だ。だからわざわざ丁寧に相手した。普段だったら絶対もっと雑に話す。

私がハンター試験に絶対向いてない、ヒラヒラした余計な布が多い服を着ているのも、髪を染めているのだって探し屋と私が同一人物だとバレない為だし。まあほぼ意味なんて無い保険だけど。

 

心の中で強く後悔しつつ、ゆっくりと口をひらいた。

 

「確かに二人が心配するのも分かるけど……ゴンは、『大丈夫』って言った。だったら、その言葉を信じるのも────『仲間』ってやつじゃないの?」

 

目の前にいるレオリオとクラピカを見てそう言えば、二人は少し驚いていた。

綺麗事を久しぶりに言った気がする。『仲間』なんてものはよく分からないけど、一応嘘はついてない。ときには何かを信じるのも大切だと思っている。まあ二人が良い感じに勘違いしてくれるのを願う。

 

「私は、ゴンなら大丈夫だって信じてるよ。」

 

──ゴンなら大丈夫。

この言葉も嘘ではない。ハンゾーは痛めつけても、多分殺さないだろうと"信じてる"。それに、ゴンがどれだけ傷つくのかは分からないけど、ゴンが諦めなければ試合に勝てる可能性はある、と"信じてる"。

嘘はついてない、どれも本心で言ってる。レオリオとクラピカがどう勘違いするのかは分からないけど。

多分、 仲間(ゴン)が勝てることを信じている。そういう意味にとらえられるだろう。

その証拠に──

 

「その……さっきは、悪かったな。」

 

こうやってレオリオはすぐに謝ってきた。

 

「……私の方からも謝罪し──」

「全然気にしてないから別に謝罪なんてしなくても大丈夫だよ。」

 

私はクラピカの言葉を遮った。

謝罪されても迷惑なだけだったのも理由の一つだけど、なによりも今の状況が、周囲の視線がこちらに向いている状況が嫌だった。

他人に注目されるのは、好きでも嫌いでもない。だけど、この場にヒソカがいるときに注目されるのは嫌だ。

 

人探し屋と私が同一人物だと、ヒソカにバレない為にしていた細工が見破られる。

 

二人の意識を試合の方に戻すように促して、私自身も試合を見るフリをする。ペラペラと何かハンゾーが語っていたが全く頭に入ってこない。

 

私のことがヒソカにバレた、確実に。その証拠にさっきからヒソカがこっちを見ている。気持ち悪いので今すぐ止めてほしい、というか私に関わらないでほしい。

どうしようか。

 

そんな考えで頭が埋め尽くされていた。こんな風に解説できてるのは慌てすぎて一周まわって冷静になってるだけだ。

仕事でハンター試験(ここ)に来ていればまだ良かった。仕事を済ましてさっさと帰れるからだ。でも今私はハンターの資格をとる為にハンター試験(ここ)に来ている。最終試験が終わるまでは帰れない。今年はハンターになるのを諦める?来年も試験を受けるのはできればしたくない。時間はかかるし、振り返ってもハンター試験に良い思い出が全く無い。むしろ、もう二度と受けたくないと思えるくらいには嫌なことだらけだった。

という訳でハンターの資格をとるまでは逃げるつもりは無い。いや、危険になったら潔く諦めるが。

ヒソカにバレること自体はまだ、百歩譲って良い……としよう。最悪の事態は私がヒソカと戦うことだ。多分、大丈夫だと……そう思いたい。……大丈夫、か?考えれば考えるほど不安になってくる。あのヒソカが戦わないのなら、私にとっては有難いがそれはもうヒソカの皮をかぶった別人だ。

 

「足──斬り────れば─お前も──だろう─最後のた──だ。『まいった』と言ってくれ。」

 

ハンゾーの言葉で意識が一旦引き戻される。集中してると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。

どうやら私が考えていた間に事態は思ったより進んだらしく、ハンゾーはゴンの足を斬り落とすつもりらしい。仕込んでいた刃を出している。

やっとだ。この第1試合だけで三時間以上かかっている。遅すぎるとは思うが、それでも決着がつくのは嬉しい。そんなことを考えていると──

 

「それは困る!!」

 

──ゴンが、そう叫んだ。

 

何を言ってるのだろうか。

聞き間違いか見間違いだろうか。何でゴンはそんな堂々と大声でこんなことを言ってるのだろう。答え方を間違えたら、自分の足が切り落とされるのに。つい先程、目の前の相手に腕を折られたのに、何でそんなことを言えるのだろう。分からない、全くと言っていいほど分かる気がしない。

私の方がおかしいのだろうか。そう思って周りを見てみると、誰もが驚いていた。良かった。私がゴンの思考回路を分からないのは、いたって普通のことだったらしい。

対戦相手であるハンゾーも、まさかこんな風に言われるとは思ってなかったらしく、驚いて一瞬固まっていた。むしろ、ゴンがこう返答すると予測してたのなら、私はハンゾーのことを尊敬していただろう。

 

「足を斬られちゃうのは嫌だ!でも、降参するのも嫌だ!だから、もっと別のやり方で戦おうよ!」

 

ゴンはハンゾーに痛めつけられて頭がおかしくなっているのだろうか。実力差はゴン自身が充分にこの三時間で理解しているはずだ。そして先程の、足を斬り落とすというハンゾーの言葉は嘘ではないということに。

 

「なっ!自分の立場分かってんのかてめぇ!勝手に進行するんじゃねぇよ!舐めてんのか!その脚マジでたたっ斬るぜコラァ!」

 

「それでもオレはまいったって言わない!そしたらオレは血がいっぱい出て死んじゃうよ?そうすると失格になるのはあっちの方だよね?」

 

ゴンが死んだら確かにハンゾーは失格になるけれど、それでも失格になるだけだ。命を失うことと、失格になるのはつり合わない。そのことをゴンは理解しているのだろうか。

 

「それじゃお互い困るでしょ。だから考えようよ。」

 

ハンゾーは目を白黒させてたじろいでいる。ゴンがこんな返答をするとは思わなかったのだろう。

 

ここまでくるとこれは一種の才能だと思う。先程までの張り詰めていた空気が無くなったのだから。

ただ、事態が変わる訳ではない。ハンゾーが刃をゴンに突きつけた瞬間、再び空気が凍った。

 

「やっぱりお前は何にも分かっちゃいねぇ。死んだら、次もないんだぜ。かたやオレは、来年また挑戦すればいいだけの話だ!オレとお前は対等じゃねーんだ!」

 

ハンゾーかゴン、どちらかが一歩でも踏み出せばゴンは死ぬであろう距離。現に今も、少しづつではあるがゴンの額からは血が出ている。

そんな状況でも、ゴンの瞳は揺らがない。しっかりとハンゾーを見据えている。

 

「なぜだ。たった一言だぞ……?それで来年また挑戦すればいいじゃねーか!命よりも意地が大切だってのか?!そんなことでくたばって本当に満足か?!」

 

「……親父に会いに行くんだ。親父はハンターをしてる。今はすごい遠いところにいるけど、いつか会えると信じてる。でも、もしここでオレが諦めたら、一生会えない気がする。だから、退かない。」

 

そこに欠片も理屈など存在しない。けれどその理由はゴンにとって命よりも重いものなのだろう。ゴンの声は全く震えていなかった。

 

「退かなきゃ……死ぬんだぜ?」

 

そう言われても、ゴンは目線を逸らさなかった。ただ、まっすぐハンゾーを見ていた。

 

()()()()。オレの、負けだ。」

 

父親を探しに行く。

もう忘れてしまって思い出も何一つないけれど、私も昔はゴンのようにまっすぐな目をして、親を探したことはあったのだろうか。

何故だか、ふとそんな考えが頭をよぎった。




ヒソカにバレない為にしていた細工とかは、多分天空闘技場編で分かると思います。

原作の試合(トーナメント)との変更点
リゼが原作のイルミ(ギタラクル)の立ち位置
イルミが原作のポックルの立ち位置

ハンターの素質云々は大目に見て頂けると嬉しいです。

第3試合でハンゾーはイルミとあたることになります。
……絶望的ですね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 キルアの兄



何とか二月中に更新したい……
そう思った結果、今回キャラの口調が迷子になっていたり、誤字があるかもしれません。


「オレにはお前が殺せねぇ。かと言って、お前にまいったと言わせる術も思い浮かばねぇ。オレは負け上がりで次に賭ける。」

 

そう言ってハンゾーはその場から去ろうとした。三時間にも及んだ試合の決着。全てが丸く収まろうとしていた。そう、収まろうと"していた"のだ。

 

「そんなの駄目だよ!ズルい!」

 

ゴンがそう叫ばなければ、そのまま終わっていただろう。

 

(何でだよ、感傷に浸ってた私の気持ちを返してくれ。)

 

リゼは顔を引き攣らせながらそう思うが、そんなことは露知らずに堂々とゴンはハンゾーの方を見据える。まるで先程のように。硬直している。驚きではない、怒りでだ。この状況でゴンがズルいなどと言うとは、ハンゾーも誰も予想していなかった。リゼにいたっては驚きも怒りも通り越して呆れ果てている。きっと、まともに反応をすると疲れると察したのだろう。

 

「ちゃんと二人でどうやって勝負するか決めようよ!」

 

「……そう言うと思ったぜ。バカかこの!てめーはどんな勝負しようがまいったなんて言わねーよ!」

 

ゴンの頑固さを充分に理解したハンゾーがそう怒鳴る。

 

「だからってこんな風に勝ったって全然嬉しくないよ!」

 

「ゴン、嬉しいとかの問題じゃなくて。勝ちは勝ちだから。今何を言っても結果は覆らないから。」

 

言外に、さっさと諦めて無駄なやりとりを終わらせろとリゼは言う。もう三時間も待っているので、リゼは次の試合を初めたかった。すぐに終わらせて、一秒でも早くヒソカから逃げたかった。

 

「でもこんなの勝ったなんて言えないよ!」

 

「じゃあどうするんだよ!?」

 

「それをいっしょに考えようよ!」

 

(いや、納得しなくてもルール上では勝ったんだよ。)

 

テンポよく会話が進んでいく中で、言葉にはしないがリゼはツッコミを入れる。リゼとゴンの価値観の違いだ。勝ったのだから良いと考えるか、自分が納得できるかどうかを考えるか。

 

「要するに……オレはもう負ける気満々だが、もう一度勝つつもりで真剣に勝負をしろと。その上でお前が気持ち良く勝てるよーな勝負方法を考えろと。こーゆーことか?!」

 

「うん!」

 

「アホかーー!!」

 

まさにその通り。

リゼは、ハンゾーによって殴り飛ばされ目を回して倒れているゴンを見ながらそう呟いた。改めてゴンの思考回路を聞くとあまりにも酷いと思ったのだ。常人とは()()が致命的にズレている。リゼにはその何かがなんなのかも分からず、ゴンは狂っているのでもない。けれど、根本的な部分でズレている。見ている方が疑問を感じる程に。

 

「何でわざと負けたの?」

 

リゼが内心で独り言ちていると、ハンゾーにそう問いかけているキルアの声が聞こえた。

キルアとしては、この試合が不可解なものに見えたらしく、試合中も何度かリゼと同じように怪訝そうな表情を浮かべていた。

試合中にそれを見て、分かると何度かリゼは言いかけた。リゼ自身もゴンの行動は理解し難いものであった為である。

 

一方キルアは、リゼがそんな風に思っていたとはつゆ知らず、逆にリゼの放った言葉ばキルアの中で渦巻いていた。

 

『私はゴンなら大丈夫だって信じてるよ。』

 

(何であの状況で信じてると断言できるんだ……?)

 

リゼが勘違いするように本音を上手く伝えた影響か、リゼの思惑通りキルアには『どんなに不利な状況でも仲間を信じている』と、幸か不幸かリゼの思惑通りに伝わってしまった。

 

キルアはこれまでリゼと関わってきた短い間でも、なんとなく性格を理解しているつもりだった。

 

出会った当初は明るく振舞っていたが、何かがおかしかった。気を抜くと見逃す位の小さな違和感。演技をしているかのような、作り物めいた不自然さ。少しだけ興味が湧き、最初は暇つぶしのつもりで本当の性格を引き出してやろうと、積極的に関わってみることにした。

度々、リゼのそばにいる中で本質が見えたような気がした。容姿に似合わず面倒くさがりで、溜息をつくことが多い奴。ゴンとは対照的で、どちらかといえば自分に似ている。

最初のイメージはなんだった?そう思ったが本人曰く『人探し屋』をやっていると言っていた為、わざと周りに与える印象を変えているのだと納得した。

打ち解けていると、そう思っていた。

 

あの状況で、信じてると断言したことが信じられなかった。『仲間』、『信じてる』、把握していたはずの性格ではおよそ言うはずのないもの。けれどリゼは予想を裏切り、キッパリと言い切った。嘘をついているようには見えなかった。

 

面倒くさがりなリゼと『信じてる』と言い切ったリゼ。

 

どちらが本当なのかがキルアには分からなかった。

 

一方、リゼは──

確実に迫ってくる現実を前に絶望していた。

 

ゴンの言葉によって一時的には意識が逸れていたが、その後"ヒソカに正体がバレた"という事実に意識が向いたからだ。

ヒソカが獲物を見つけたような目でリゼを見ている為、リゼは先程から震えている。怖気ではなく、生理的嫌悪で。誰だって自身にまとわりつくような視線を感じれば、リゼのようになるのは仕方がないことだろう。

 

そんな中でもリゼにとって唯一幸いだったのが、周りに受験生がいたことだった。

ヒソカが攻撃を仕掛けようとしても、周りの受験生が邪魔でヒソカが仕掛けてくる可能性は低い。受験生の中にはヒソカが目をつけるキルア達がいるからだ。その為、すぐに戦闘になることはほとんどない。

そのことを理解しているリゼは、ヒソカに正体がバレた今、わざわざ隠す必要がないと判断し、自身が『人探し屋』であることを隠すのを諦めた。

 

「第2試合、クラピカ対ヒソカ──開始!」

 

戦いの火蓋が切られ、初めにクラピカが動き出す。ヒソカが強いと分かっている為、その動きに油断は一切ない。そして──

 

数十分後、決着がついた。

互いにボロボロであるのは、ただ単にヒソカが思い切り手加減していたからだ。今のクラピカを倒すことは、ヒソカにとって至極簡単なものだろう。クラピカはただヒソカの手の上で踊らされていただけだった。

その為、リゼの目には茶番のようにしか映らなかった。前回の試合のように何時間もかかる、なんてことは起こらずに短時間であっさりと決着がついたのでリゼとしては嬉しい。

 

結果はクラピカの勝利。

ヒソカがクラピカへ何かを呟いた後、『まいった』と宣言した。何を伝えたのかは本人達以外聞き取ることは出来なかった。ただクラピカが深刻そうな顔をしていた為、恐らく蜘蛛に関係することだとリゼは予測した。どうせヒソカが関わるのだからろくな事ではない、そう思ってリゼはこちらへ向かってくるヒソカを見ながら眉間に皺を寄せた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「久しぶりだね、リゼ♠」

 

「……白々しい。その気になれば最初から私に気づけるだろ。」

 

気づかなかったのは、ヒソカが私を見つけようとしていなかっただけ。

私としては都合が良かったけれど、いつバレるのか分からないのは心臓に悪かった。

 

「それで、何か用?こっちは暇じゃないからさっさと消えて欲しいんだけど。」

 

だから口調が不満気になっても仕方がない……半ば八つ当たりに近いけれど、ヒソカ相手ならどんな対応をしても問題ない気がする。というかその対応を周囲にさせるくらい、ヒソカは好かれていない。

 

「酷いこと言うね♣労ってくれてもいいと思うケド♦」

 

「……」

 

こういうとき、どんな反応をすれば良いのだろうか。とりあえず、返事をしないですぐにこの場から離れた。今はクラピカ達がいて良かった気がする。ヒソカよりクラピカ達といた方がまだ疲れない。

 

「お疲れ様……合格おめでとうの方が良い?」

 

近づいて何も言わないというのも違和感があるので、とりあえず当たり障りのない言葉をかける。

 

「……そうか。」

 

けれどクラピカはどこか嬉しくなさそうというか、放心状態な気がした。ヒソカに最後言われたことが気になっているのだろう、多分私の声もほぼ届いていない。なら、別に話しかけなくても良かった気がする。そんなクラピカを気遣って、レオリオもどこか居心地が悪そうにしている。私にはどうにもできないので、こっちを見ないでほしい。

 

「第3試合、ハンゾー対ギタラクル──開始!」

 

私にはこの勝負でどちらが負けるのかが重要だ。クラピカがどうなろうと知ったことではないし、関係ない。私としてはハンゾーに負けてほしい。前回の試合に続いて不憫だとは思うが、それでも──

 

「──まいった。」

 

──は、

 

息を呑んだ小さな音がやけに大きく感じた。カタカタと音をたてるギタラクルは、何を考えているか分からないような無表情だ。顔に何本も針を刺している奴の考えなど、元からあまり分かる気がしなかったけれど。それにしても、ハンゾーと戦わずに降参した理由は不明な点が多すぎる。実力はギタラクルの方が圧倒的に上。ここで負ければ、キルアと戦うことになるだけで──それが目的?ギタラクルは何らかの事情があってキルアとトーナメントで当たりたかった。そう考えるのが妥当だと思う……合ってるかどうかは分からないけど。

 

「第4試合、ヒソカ対ボドロ──開始!」

 

これ以上考えても仕方がないので、とりあえず第4試合を見ていることにした。といっても結果は分かりきっていることだった。ボドロが負ける。これはさすがに確実だと思う。だってボドロはヒソカが気に入りそうな玩具(おもちゃ)じゃない。ボドロは年老いていて、才能があっても残されている時間は多くない。だから、そんな相手にヒソカがわざと負けるのはありえない。

 

 

思った通りに試合は進んだ。ボドロはヒソカにボロボロにされ、最後にヒソカに何かを言われたと思ったらすぐに降参した。クラピカのときと同様にヒソカが何を言ったのか分からない。

第1試合が異様に長かったからだろうか、第3試合に続いてこうもトントン拍子に進むと少し不安になってしまう。もうすぐ私がギタラクルと戦うのかが決まるからもあるが。というかそっちの不安の方が大きい。個人的にはとてもキルアに負けてほしい。ハンター試験に来たのも暇つぶしだと言っていたような気もするし……多分。まあ、キルアはきっとハンター試験に落ちても特に問題はない、と思う。それにギタラクルと私に負けても、その後はレオリオかボドロだ。両方とも実力的には勝てる相手だ。だからキルア、私のためにここで負けてくれ。

そう願っても、ギタラクルが第3試合のように降参してしまったら無駄なのだろうけど。それでも願わずにはいられない。

 

「第5試合、キルア対ギタラクル──開始!」

 

緊迫した空気で試合は開始した。他の試合よりも空気が固まっているのは、試合を見ている私自身が緊張しているからだろう。それに周りの受験者達も、今まで謎に包まれていたギタラクルの試合ともあり、真剣な面持ちで見ている。ギタラクルは前回の試合で何もせず、すぐさま降参している、実力は充分にあるはずなのにだ。それに加えてギタラクル自身の容姿も奇妙……とても怪しげなので、そんな人物に興味をもたない方が無理な話だろう。

この場にいるほぼ全員が固唾を呑んで見守る中、ついにギタラクルは動き出した。

 

「久しぶりだね、キル。」

 

そう言って顔の針を抜いたのだ。

バキボキと、とてもじゃないけど人の顔から出なさそうな音をたてて、ギタラクルの顔が変形している。変わり終わったころには元の顔の面影が一切ないくらいに。変わるのを見ていたこっちだって同一人物なのか疑うくらいの変装なのだから、キルアに見抜けるはずがなかった。冷や汗をかき、目を大きく見開いて驚きつつも

 

「……兄……貴?!」

 

と、ギタラクルをよんだ。

……顔見知りであることはさっき理解したけど、まさか兄弟であったとは。キルアの髪は銀色、そしてところどころはねている。それに比べて

キルアの兄(ギタラクル(恐らく仮名))は黒色でストレート。美形なのは同じだけれど、あまり似ているとは言い難い。それに薄々理解していたが、キルアの反応を見るにあまり仲は良くなさそうだ。前も家が嫌で出てきたと言っていたから、キルアにとってこの展開は辛いものだろう。

 

「母さんとミルキを刺したんだって?」

 

「まあね。」

 

「母さん、泣いてたよ。」

 

近くにいるレオリオがそりゃそうだ、と言っているが本当にそうだろうか。普通なんてものからかけ離れた暗殺一家で母親をしているんだ。そんなに普通の反応をするのだろうか。その答え合わせは思ったより早くきた。

 

「感激してた。あの子が立派に成長してくれて嬉しいってさ。」

 

「はぁ?!」

予想どうり。悲しくて泣いたのではなく、嬉し泣きだったのは少し驚いたけど、暗殺一家の母親にはしっくりくる。他の受験者達は予想していなかったらしく、驚いて固まっているけど。

 

「でもやっぱりまだ外に出すのは心配だからって、それとなく様子を見に行くように頼まれてたんだけど。奇遇だね。まさかキルアがハンターになりたいなんてね。オレも次の仕事の関係上、資格がとりたくてさ。」

 

「別にハンターになりたい訳じゃないよ。ただ何となく受けてみただけさ。」

 

なら、別に今降参しても良い気がするのだけれど。というかそうしてくれるととても嬉しい。ハンターになりたい訳じゃない、そう言うのなら別に今降参してもキルアにとってデメリットはないと思う。わざわざ冷や汗をかき、顔が強ばるくらいの恐怖の対象と対峙する必要はないだろう。まさか逃げるのは嫌なのか?そんなことはありえないとは思うが、私は人の心が読める訳ではないので完全に予測するのは無理だ。

 

「……そうか、安心したよ。心置き無く忠告できる。お前はハンターに向かない。お前の天職は殺し屋なんだから。」

 

心置き無く忠告ってことは、ハンターになりたいとキルアが言っていたら忠告しづらかったのか?……弟を思うからこそ?だとしたらとても面倒な人間だ。弟のことを思って行動しているのに、その弟には嫌われているのだから。まあ全部が予測だから確証はないのだけれど。それでもキルアの意見も聞かずに無理矢理連れ帰ってしまうより、まだ理不尽ではないと思う。

 

「お前は熱をもたない闇人形。自身は何も欲しがらず何も望まない。陰を糧に動くお前が喜びを抱くのは唯一人の死に触れたとき。お前は親父とオレにそう育てられた。そんなお前が何を求めてハンターになると?」

 

「確かにハンターになりたい訳じゃない。けど、オレにだって欲しいものはある。」

 

「ないね。」

 

闇人形……言うほどキルアは闇でも指示に従う人形でもないと思うんだけど。年相応に騒ぐし、喜ぶし、悔しがるところもある。焦ったり驚いたりすることもある。随分と人間らしい人形だな。何となくイラッとしてギタラクルにそう言ってみたくなった。そんな度胸はないので黙ったのだけど。何で私はムカついたのだろう。

 

「ある!今望んでいることもある!」

 

「ふーん……言ってごらん、何が望みか。」

 

キルアは一瞬押し黙った。そこは躊躇したら駄目だとは思うが、見る限り兄に苦手意識があるのだろう。反論しただけでも良い方だ。

 

「どうした?やっぱりないんだろう。」

 

「違う!!……ゴンと……友達になりたい。もう人殺しなんてうんざりだ。普通に友達になって普通に遊びたい。」

 

「……呆れた。何言ってんのか分かってる?」

 

そう言うとキルアはこちらに目線を向けてきた。そんな絶望しきった顔はしなくても良い気がするんだけど。あと、レオリオはすぐに怒るな。人の話は最後まで聞いてろ。

 

「私が見る限り、とっくにゴンとキルアは友達だと思ってたけど。まあ普通なんて私も分からないけど、それでも私からは仲良さげに見えるし。それに、気になるならゴンに直接聞いてみたら?多分即答するよ、『友達だ』って。」

 

単純だから。悪いって訳じゃないけど、よく騙されそうではある。キルアとの相性は良さそうでもあるが。まあ友達なんてものを知らないから説得力はないと思うけど。

 

「そうなの?まいったな……そっちは既に友達のつもりなんだ……よし、ゴンを殺そう。」

 

「!!」

 

「殺し屋に友達はいらない。邪魔なだけだから。」

 

そう言ってギタラクルはスタスタと扉へ向けて歩き始める。

 

「今、ゴンを殺したらルール上そっちは不合格になるよ。そうすればキルアはハンターになって、せっかくの忠告が無駄になると思うんだけど、それでも良いの?」

 

「なら、合格してからゴンを殺そう。それなら仮にこの場にいる全員を殺したとしても問題ないよね?」

 

「ルール上では問題ない。」

 

……余計なこと言わなければ良かった。僅かな親切心でギタラクルへ忠告をしたら、自分の首を絞めることになってしまった。どうせハンター試験が終わったらすぐに帰る予定だったので、特に問題は(多分)ない。ゴンがギタラクルに殺されようが、キルアがハンターになれなかろうが、私には関係ないのだから。

 

「……なら、私から言うことは何も無いよ。」

 

度々会話に入ってしまったからなのか、ギタラクルが"また何か言うの?"と言いたげにこちらを見てきたので訂正する。別に私は兄弟喧嘩に首を突っ込もうという気持ちは微塵もない。私から見てあまりにも可笑しいやり取りだったから、ただそれだけだ。

 

「……キル。お前にオレが──」

 

ギタラクルが私に話している訳でもなく、話の内容にも興味はないので、聞き流すことにする。内容的には、『ゴンが殺されたくなかったらオレを倒してみせろ。』というのを、脅しを加えてギタラクルが長々と語っているだけだ。どうして簡潔に語らないのかはよく分からないが、どうやらギタラクルはキルアがハンターになることに反対しているらしい、ということは分かった。

そして試合は、

 

「まいった……オレの負けだ。」

 

というキルアの宣言と

 

「お前に友達を作る資格はないよ。」

 

というギタラクルの言葉で終わった。結局、最後までギタラクルの本名は分からないままだった。





文字数が多くなっているのに、話が進むのが遅くなる……

何故に?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 ゴンからの依頼

前回に続けて月の最終日ギリギリ……

不定期更新脱却の日は来るのか……?


少しばかりキルアには悪いが、私としては最高の結果と言って良い。ギタラクルと戦わずに済む。それだけで肩の荷が一つ降りた気分だ。落ち込んでいるキルアと対照的に、私の気分は明るい。顔にはギリギリ出していないけど、今すぐ笑い出したい気分だ。

そんな今、

 

「第7試合、キルア対エリーゼ──開始!」

 

私はキルアとの試合を始めようとしていた。第6試合がどうなったのかというと、レオリオがボドロの治療をすると申し出て、そちらの試合が後回しにされた。わざわざ対戦相手の治療をするとは、レオリオも意外と慈悲深い。私だったら絶対そんなことはしない。

……話が逸れた。とりあえず今は顔を歪めたキルアを前にしているんだけど……そのキルアが一向に動こうとしないのだ。呼吸も瞬きもしているのに、一歩もその場から動かずただこちらを見ている。

つい先程、ギタラクルがキルアを闇人形と言ったことに違和感を覚えたが、確かにこれは『人形』だ。

精巧に作られた顔がこちらを向き、眼窩にはまった真っ青のガラス玉が私を映している。細い銀の糸が少し眩しい。真顔なので威圧感はあるが、まあそれもそこまで気にはしない……ほら、やっぱり。()()()()()()()()。今のキルアは、そう言われた方がしっくりくるだろう。でも私は───

 

 

──気に入らない

 

 

とてもイラつく。自分でも何故かは分からないけど、見ているとひたすらに怒りたくなるのだ。

……そうだ、似ている。オークションにかけられていた奴に。自分の末路を理解して、勝手に絶望していた奴の顔に似ているんだ。今から自分自身が金持ちのペットになるのだから仕方ないことだろうけど。取り乱しもせず、ただ虚ろな目をしていた。人は絶望しすぎるとそうなるのだと分かった瞬間だった。どうりでイライラする訳だ。

まあ、そんなことに気づいて意味は無い。キルアにイラつきながらどうしようか考えていると───やっとキルアが動いた。やっとか、そう動こうとする口を止めて、キルアの方をしっかりと見た。そして、何故かキルアは審判の方に歩いていた。

 

「は?」

 

と、私が混乱したのも束の間、キルアは審判の胸部──心臓を貫いた。ビチャリと音をたてて辺りに血が飛び散り、審判が崩れ落ちる。鉄臭くなったのは嫌だけれども、私の方にまで血が飛ばなかったのは幸運だ。そしてキルアは試験会場の出口から出て行った。こちらの方に一度も振り返らず、人形のままで。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

大きな音をたててドアが勢いよく開かれる。そしてこちらにゴンが──正確にはギタラクルの方に──向かって来る。ちなみに今はハンターの規則とライセンスについての説明をされていて、漸く起きたゴンが乗り込んできたという状況だ。

余程怒っているのか、険しい顔のままこちらを見向きもせずに歩いていく。レオリオが呼びかけても反応しないので、本当に心の底から怒っているのだろう。

 

「キルアに謝れ。」

 

ゴンはギタラクルが座っている席にたどり着くと、目の前の相手に向かってそう言った。突然だったからなのか、とぼけているのかは分からないがギタラクルが「謝る?何を?」と聞き返す。それを見てより一層ゴンは眉間に皺をつくる。

 

「そんなことも分からないの?」

 

「うん。」

 

「お前に兄貴の資格はないよ。」

 

「?兄弟に資格はあるのかな?」

 

ギタラクルがそう言うと、ゴンは右手でギタラクルの腕を掴む。そして思いっ切り引いて、座っていたギタラクルを立ち上がらせる。ギチギチと音をたてていることから、ゴンがどれほど力を込めているのかが分かる。その様子をギタラクルは真顔で見ている。自分の骨が折れようとしているのにも関わらず、だ。しようと思えば防御出来るはずなのに、あえてしない。つくづく何を考えているのかが分からない。

 

「友達になるのだって資格はいらない!」

 

実力差は明確。前に言っていた通り、ゴンを殺してしまっても問題は……あ、あった。ヒソカがゴンに期待している。もしもギタラクルがヒソカの知り合いだったら、殺さない理由はその可能性が高い。

ちなみに今、ギタラクルは針を顔に刺したおかしい状態ではなく、きちんと試合のときのように元の顔に戻っている。真っ黒で長髪なので目立つには目立つのだが、まだ幾分かはマシだと思う。

ギタラクルは上手く立ち回らなければ敵対する恐れがあるので、観察しておいて損はない。ただ先日口出ししすぎたからなのか、あまり相手からよく思われてない気がする。私の主観なので事実は分からないが、警戒するのに越したことはない。まあ最初から関わらないことが一番良かったのだけれど。

 

そんな風につらつらと考えて、ギタラクルとゴンの言い争いを見ていた。どうせ関係ないし、興味もないのでこんな話は聞き流すのが良い。ライセンスの説明も、同じく考え事をしながら聞く内に終わりを迎えていた。

 

「リゼ!」

 

「……ゴン、私これから帰るところなんだけど。何か用事があるなら手短に済ませて。」

 

やっと安全な場所に帰れる。そう思ったとき何故かゴンに話しかけられる。とても嫌な予感がするので一刻も早く逃げたい。

そして、その嫌な予感はすぐに当たった。

 

「リゼならキルアがどこにいるのか分かる?」

 

「いや、私よりギタラクルに聞けば良いと思う。兄弟なんだから絶対知ってるでしょ。」

 

「それは嫌だ。」

 

「あっそう。で、質問に答えるけど、分かるよ。確かに私はキルアがどこにいるのか分かってる。そして、それを教えるなら『人探し屋』への依頼ということになるけど……そんな訳で──()()()()()()()()()()?」

 

せめてもの線引きだ。個人的ではなく、依頼主と人探し屋として。断るのも考えたが、私は仕事に私情は持ち込まないようにしている。仕事だと考えればまだ割り切れそうだし。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ということがあり、結局ゴンは私に依頼した。どうやら本人は私に『友達』として協力してほしかったらしく、不服そうな顔をしていた。

誰が誰の友達だって??そういう風に聞き返したかったけど、余計話が長くなりそうなので黙っていた。利点もなくゴンと関わるなんて有り得ないのに、そんな私を友達と呼ぶゴンはおかしいのだと再確認した。傍目から見る分にはまだ面白いが、巻き込まれるのはたまったもんじゃない。

 

そう思いつつも今ゴン達とキルアの実家に向かっているのは、私が仕事に私情は持ち込まない主義なのと、唯一私にも利点があったのだ。

 

『ジン フリークス』

 

そいつがゴンの探している父親だったのだ。聞いたときは思わず驚きつつゴンに詰め寄った。

 

『……今何て言った?ジン フリークス?あの?』

 

『親父のこと知ってるの?!』

 

『そのセリフは私のだからね?本当にジン フリークスなんだよね?勘違いじゃなくて?』

 

『ちょっと待てって。二人とも落ち着けよ。』

 

そう言ってレオリオが止めてくるくらいには、勢いがよすぎたらしい。

ジン フリークス──面倒だからジンで良いか──は、とんでもなく私が職業柄会いたいと思っている人物だ。別に尊敬もしていないしファンでもない。ただ会って顔を一目見てみたいだけで。

それには理由がちゃんとある。『ジンを探してくれ』という依頼がとても多いからである。何故だかは知らないけれど消息不明になることが多いらしく、しかも『十二支ん』なんていう会長が実力を認める12人のうちの一人。つまり結構な重要人物なので、いなくなると色々大変なんだろう。

ここまでは良いんだ。依頼が増える分にはそこまで困らないから。ただこの依頼を受けたときの私の方の負担が半端ない。そういう風に自分でしたので仕方ないのだけれど、流石に一日動けなくなるのはキツい。

その負担を減らす為には、相手の情報を一つでも多く集めなければならない。『百聞は一見にしかず』という言葉通り肉眼で見ると負担が大幅に減るので必死になって見に行こうとしている。ただ肝心の場所が分かっても、私が動けるようになった頃には別の場所にいる。

一つの場所にとどまれよ。そんな八つ当たりをしたことは20を優に超すだろう。

もしかすると、ゴン(息子)なら見つけられるかもしれない。そんな希望をもった。

 

キルアの実家はパドキア共和国のククルーマウンテンという山の中にある。山も私有地らしい。調べたらかなり有名らしく、バスツアーなんてものもある。それで良いのか暗殺一家。まあどうせ誰か侵入しても勝てるからなのだろう。

 

「なんで観光ビザを使うの?貰ったライセンス使えば良いでしょ?」

 

「これを使うのはヒソカに一発入れてから!」

 

「ヒソカに?……あー、一応忠告してみるけど、多分今のゴンじゃ無理だと思うよ。」

 

「え、そうなの?!」

 

「寧ろなんで大丈夫だと思ったんだ……?とりあえず今のままじゃ論外だよ。」

 

「だったら強くなるよ。キルアと一緒に!」

 

「それを言うのはキルアを連れ戻してからじゃない?」

 

場所を教えるだけで良いと思っていたが、それでは駄目だったらしく私も飛行船に乗っている。ふざけるな、いや本人はふざけていないのだろうけど。依頼ということと利点があった点を考え承諾したが、文句を言わないとは言ってない。

座席上、ゴンと会話が増えるのは仕方ないと思い諦めた。勿論ジンのことは不自然にならない程度に聞き出そうとしたが、ゴン本人もあまり知らないらしい。一瞬、使えないと思ったのがバレていないことを願おう。

 

そんなこんなでパドキア共和国に着いて、列車に乗って……髪を染め戻して、服装も動きやすいものにした。バスは一日一本なので時間はあったのだ。一刻も早く行きたいゴンは不満そうだったが、私としてはとても助かった。あんなヒラヒラした服装、私の趣味ではない。印象は変えれたけれど、それでも落ち着かなかった。髪だって無造作に後ろで結んだ。動いても視界を遮らなくてスッキリする。

 

最初は私を見て驚いていたが、ゴンは勿論クラピカとレオリオも話しているうちにすぐ慣れたようだ。早すぎる気もしたが別にデメリットはないので気にしないことにした。

 

 

「着いた、ここの一番奥にある屋敷の地下。そこにキルアがいる……流石に連れて行くのは無理だよ。私有地に無断で入る気ないし。」

 

「私有地ィ?まさかこっから先全部キルアの家なのかよ?!」

 

「その通りだけど?」

 

バスが停止したすぐに言ったのでバスガイドの説明を奪ってしまったかもしれない。まあこちらも仕事なので悪く思わないでほしい。

 

マジか……そう言っているレオリオと同じなのは心外だけど、私も最初知ったときはドン引きした。というか今でも軽く引いてる。家に山があって何が良いのか。自宅までの移動が面倒になるだけだ。

 

目の前にそびえる門は威圧感がすごい。何mあるんだ。侵入防止のためなのか常人だったら絶対開けられないと思うくらいには大きい。あくまで常人だったらの話だけれど。

 

「……で、話終わった?」

 

私がそう考えている内に揉め事は無事解決したらしい。騒ぎを起こした奴らは門の横にある扉から侵入して骨になってるけど。暗殺一家を殺そうとしたのだから自己責任だ。そもそも実力差が分からなかった方が悪い。ちなみに他の乗客達はそれを見て、慌ててバスに乗り込み去って行った。賢明な判断だろう。

 

私達は残って守衛──本人曰く掃除夫──の話を聞いている。まあ私はどうでもいいのでほぼほぼ聞き流しているが、ゴン達は違うらしい。どうやって門を開けるのかを聞いている。

 

「押しても引いても開かねぇじゃねぇかよ!……上だったりして。」

 

「単純に力が足りないんだと思うよ。こんな大きい門、相当分厚いに決まってる。」

 

「そこのお嬢さんの言う通り、この門は正式名称を『試しの門』といいましてね。この門さえ開けられないような輩はゾルディック家に入る資格なしってね。」

 

そう言うと守衛は上着を脱ぎ、門の正面に立った。どうやら一度門を開けるみたいだ。身体的には厳しいだろうに。

 

「ハッ!!」

 

勢いよくそう言いながら門を押していく。低い音をたてながらゆっくりと門が開いて、中の木々が目に入った。

 

「ご覧の通り扉は自動的に閉まるから、開いたらすぐに入ることだね。これが年々しんどくってねぇ。でも出来なくなったらクビだから必死ですよ。私なんかよりそこのお嬢さんの方がよっぽど出来るでしょうに。若いのは良いことだね。」

 

「リゼお前まさか開けるのかよ?!めちゃくちゃ重いコイツを?!」

 

「……そういえば3次試験のときも壁を破壊していたな。」

 

三人共余計なこと言うなよ。迷惑そうな顔をしたのに周りには伝わらなかったようだ。今にも面倒くさいことになる予感がする。

 

「何と言われても私はやらないよ。この先は私有地だって説明したでしょ。今危険を抱えて侵入する気はないから。」

 

ゴンまで話しかけてこなかったのが唯一の救いか。なんとか断りきることができた。 私が受けた依頼の内容は、キルアの場所を教えること。一応私も着いて行くことにはなっているが、それに私が案内することは入っていない。簡潔に言うと、依頼外だから門は開かない。それだけ。

 

「ちなみに一の扉は片方二トンあります。」

 

その言葉を聞いてレオリオが化け物かよ……とも言いたげな目でこちらを見てきた。クラピカも少し表情が固まっている。

まだ実際には開けていないのに。そもそも鍛えれば生身でもそれくらいは出来るようになる。

 

「話が終わったら呼んで。向こうの方見てるから。」

 

二人の視線が鬱陶しいのと、ゴンがやたら静かで嫌な予感がするので一回離れることにした。向こうと言ってもそこまで離れた場所に行くつもりはない。私は三人の場所が分かるが、三人は私の場所が分からないのであくまでも目が届くくらいの距離にしておく。

見渡す限り森だ。遠くの方に街が見えるだけで後はどこも同じ景色。はっきり言ってとても暇だ。ただ、面倒事にこれ以上巻き込まれるよりかは何倍も良い。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「門を開けるために修行する?」

 

私が離れてから色々あったらしく、結果から言うと守衛達使用人の家で門を開けられるようになるまで修行するらしい。使用人と言っても屋敷の方で働くのではないので二人しかいないらしいが、それでも家は十分な大きさをしていた。

 

「リゼはどうするんだ?あの門を開けることが出来るんだろう?」

 

「まあ……一応やってみるよ。」

 

なるべく効果があるように生身でしよう。どうせ依頼でここに留まる以外の選択肢はないし、身体を鍛えて損をすることはない。それに何かやらないと数週間くらいは暇な時間を過ごすことになる。それは避けたい。

という訳で私も修行に参加することにした。ちなみにこの家はドアやスリッパ、湯のみなど様々な物が重く作られているらしく、過ごしているだけでも自然に修行が出来るという仕組みだ。それに加えて上下90㎏の重りをつけた。ゴン達は50㎏からだった。全く力を使わずにやろうとしているのでなかなかに辛い。

そしてこの状態で門を開けるか検証することになった。私もこれには興味があるので協力はする。

ピトリと門に手を当てると冷たさがこちらに伝わってくる。そのまま両手でゆっくり力を加えてみる。足が地面を抉ったとき、やっと門が音をたてながら動いた。

生身でも開けられることは分かったけど、とても疲れた。まあそこまで期待はしていなかったし、1の扉を開けられて良かった。さすがに手を抜いた状態では2の扉は動いても全開には出来なかったので、2の扉を開けることを目標にしよう。

クラピカとレオリオも動かそうとするけれど、まだ二日目だ。多分二人がかりでも無理だろう。ちなみにゴンは片腕を折っているので治療に専念している。

 

「休憩するなら一回移動して。」

 

「分かってるっつーの!その移動すら一苦労なんだよ……!」

 

重りのせいで二人とも虫のように地面にへばりついいる。レオリオが息も絶え絶えに言葉を発するが、重いのは私も同じだ。というか私の方が重い。

 

二人をどかした後はまた門に手をつける。今度は生身でどれだけ耐えられるかを検証する。先程、靴では踏ん張りにくかったので、今度は裸足でやってみることにした。小石が足にくい込むが、慣れているのでどうってことはない。まだガラスとか瓦礫ではないだけマシだ。少なくとも出血はしにくいので安全だと思う。

グッと押せばまた門が開いた。そしてその状態でキープしていると、奥から人を食べるくらい大型の門番である犬──守衛曰くミケ──がこちらを見てくる。私の何倍もの大きさの狩猟犬がこちらを見ているのも問題だが、今はそれを気にしている場合ではない。門を維持するので精一杯だ。というか危うい。腕が震えてきた。汗が頬を伝うが拭っている余裕もない。なんなら足も震えてきた。

力を抜けば門が閉じ、体が崩れ落ちそうになる。なんとか足を引きずって木陰に入るとすぐに座った。やっぱり生身はキツい。これまで一応鍛えてきたとはいえ、体格的にもまだまだだ。生身の筋力だけだと私はキルアに劣るだろう。今回でその差が少しでも埋まると良いのだけど、そう簡単にはいかない気がする。

水を飲んで少しの間休み、再度門の前に立つ。今日は一日中これを繰り返す。多分明日はほぼ動けなくなるので、身体を休ませる。あと何週間かはこれをすることになるだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

この生活を続けること二週間。全員が門を開けることに成功した。ゴンは折られた腕が完治し、レオリオは2の扉を開けることができた。骨折がそんなに早く治るのかは謎だが、まあそれは考えても無駄な気がした。一応私も3の扉を開けることができた。悲しいことにほんの一瞬だが。

 

さて出発、とゴン達が屋敷に向けて歩き出そうとした瞬間、奥から本邸の執事が出てきた。私は少し前から気づいていたが、ゴン達は反応を見るに気づいていなかったらしい。三人とも警戒しているが、執事はそれを気にとめずこちらに近づいてくる。いきなり攻撃せずに姿を表したところを見るに敵意はなさそうだ。そう考えていると、

 

「貴方が『人探し屋』でよろしいでしょうか?旦那様がお呼びでございます。」

 

シワひとつなさそうな執事服に似合う口調でそう告げてきた。






執事はモブです。名前もありません。


5月15日
加筆修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 面倒な依頼

キャラの口調が掴めない……キャラ崩壊に注意してください。


「色々言いたいことはあるけど、まずは……何故私が呼ばれているのか聞いても良い?」

 

「申し訳ありませんが、私の口からは不可能です。本邸の方でその事について応答が可能だと思われます。」

 

どうしようか。別に敵意はないから同行しても良いとは思うんだが……

 

「今は依頼中なんだけど。また今度は無理?」

 

ここまで案内したんだから依頼終了にしても良くないか。私は内心そう思っているのだけれど依頼主(ゴン)がどう思ってるかは分からない。途中で依頼をやめるのも『人探し屋』としてはあまり良くない。私個人としては別にどちらでも良いのだが。

 

「旦那様は『すぐに連れて来い』と。」

 

「あーそれはまた困ったことになっ「そして、」た、?」

 

「──そのために多少、乱暴な手段を用いても良いと。」

 

「はぁ、本当面倒なことに……私には決められないから、今の依頼主に聞いてもらっても?」

 

本当びっくりした。神経すり減った気がするし、とても心臓に悪い。絶対その多少は命があれば良いってことだよね。敵意はないけど、命令だから仕方ないって感じがする。私だって仕事中だから仕方ないんだよ。

まあ全部依頼主(ゴン)に放り投げるけど。私に依頼したのだから、これくらいのことは引き受けてもらおう。流石に少し……ほんの少しだけ、哀れだから料金は少なめにしようかな。

 

「という訳で、どうする?私がここにいる奴に着いて行くことを許可するか。それとも許可しないで、こいつと少しの間敵対するか。あ、ちなみにどちらの場合でも私は何もしないで、流れに身を任せるよ。」

 

「……??うーん……」

 

私が問うとゴンは唸りながらも真剣に考え始めた。そろそろ使用人がしびれを切らす頃だから早くしてほしい。というか視線が怖い。

 

「オレ達も着いて行っちゃダメなの?」

 

「申し訳ありませんが、命令は『人探し屋』のおひとりでしたので……」

 

使用人(コイツ)も妙に礼儀正しい。中々に整った顔を本当に罪悪感があるように見せている。別に侵入者である三人を気絶させて私を連れ去る選択肢もあるだろうに。

 

「じゃあリゼはどっちの方が良い?」

 

「私は今、わざわざ依頼主であるゴンに聞いたんだけど。何でまた私に聞き返すの……」

 

「オレにはどっちが良いのかわかんないけど、リゼだったら分かるかなと思って。」

 

前言撤回。料金びた一文まけない。面倒だからゴンに擦り付けたのに。蚊帳の外であるクラピカとレオリオでも事の重大さを勘づいて深刻な雰囲気なのに。少しは二人を見習え。こっちが不機嫌そうな顔をしても何も反応しない。

 

「私個人の意見としては、着いて行きたい。もしかしたら、というかほぼだけど用件は仕事のことだろうから。」

 

敵対したってあっちが絶対勝つだろうし、とは言わなかった。三人全員が騒ぎそうだし。クラピカは微妙にプライドが高い。冷静になりきれない部分がある。まあ、面倒だからわざわざ指摘はしないけど。

 

「……分かった。じゃあ先にキルアに会ってよ。オレ達もすぐに追いつくから!」

 

「はい了解……という訳で、とりあえずよろしく。」

 

では行きましょうか。その言葉と同時に屋敷へ向かい始めた。

実際は私が道を知らないので追いかける形になっているが、三人の目には同時に消えたように見えたはずだ。今の三人には早すぎた。追いかけようとしたところで、速度の違いがありすぐに見失うだろう。コイツもそれが分かっているはずだ。

 

そうして会話も特になく進んで行くと、ようやく屋敷が見えてきた。城とまではいかないけど、入るのを少し躊躇うくらいには大きかった。大きくしたところで、移動が面倒だと思うのだけれど。情報が合っていればゾルディック家の人数は九人らしいが……九人に対して使用人の人数おかしくないか。ズラリと並んでいる使用人達を見てそう思った。ここに今休みの奴と、表に出てこない奴を含めて考えると……うん。まあ、暗殺一家だから、常識なんて当てにならない。

 

旦那(シルバ)様。『人探し屋』様をお連れしました。」

 

「……入れ。」

 

「失礼します。」

 

使用人に連れられて入ったのは応接室と思われる場所。想像していたよりも快適な空間だ。埃一つなくて、手入れが行き届いている。一つ言うのであれば、廊下と同じように少し薄暗いことだ。この部屋だけ明るくても眩しくて困るから文句はない。

ちょうど空いているソファがあるので、そこに座れということか。現当主が目の前にいることになるから個人的には嫌なんだけど、仕事の話なのでそうも言ってられない。先程から『人探し屋』としか呼ばれてないし。そもそも名前を聞かれたことも、教えたこともないんだけどね。わざわざそうする必要は無かったし。依頼人との関係なんてそんなものだ。

 

「……下がれ。」

 

私が座るのとほぼ同時に使用人を退出させた。私はそれを見届けた後、ゆっくり緊張を隠すように笑った。何度かこれまでで依頼をされたことがあるから初対面ではないけれど、余裕がないのはいつになっても変わらない。

 

「それでは、貴方の話を聞かせて貰っても?」

 

全くもって私らしくないな、そうは思っていても相手はお客様なのだから仕方ない。こんな口調、仕事以外だったら絶対使わない。違和感を押し込めつつ、相手が口を開くのを待った。

 

「キルアを暫く外へ出させることにした。」

 

「?」

 

良かった、と言うべきなんだろうか。というか何故今その話題をしたんだ。動揺を悟られないように表情は維持したままだ。

 

「ただ、キキョウが危険だと騒ぐだろう。前に軽く話したときは『せめて護衛をつけるべきだ』と言って聞かなくなった。だが、家の者では見失う可能性があるだろう。」

 

「……そこで、私ということですか。」

 

「ああ。」

 

「少々、『人探し屋』の仕事としては逸脱していますが……」

 

「報酬は言い値で払おう。」

 

受けるか、受けないか。ゾルディック家からの依頼なので、断りにくいし、キルアと関わる上での問題はなくなった。キルアと行動を共にすれば多分ゴンもセットで着いてくるが、まあ大丈夫……じゃない。ゴンがヒソカに一発入れるとか言ってた。

急速に頭が冷えていく。腹をくくるしかないかもしれない。

 

「……その依頼、お受け致しましょう。ただし、条件が一つ。ああ、勿論無理にとは言いません。」

 

「……何だ?」

 

「無料でこの依頼を受ける代わりに、ゾルディック家は『人探し屋』を殺害しないこと。それだけで十分です。」

 

金は個人的には満足出来るくらいに持っている。それに死んだらどうせ何も残らないのだから。本当にもしもに備えての保険だが、安全には過剰なくらいがちょうどいい。まあ安全をとるためにヒソカ(危険)の元へ行くことになるんだけどね。

そう思いながら緊張で小さく息を吐き出した。沈黙と視線が辛い。答えるならさっさと答えてくれ。

 

「分かった。その条件を飲もう。」

 

こちらとしても度々お前には助かっているからな。

付け加えられた言葉と同時に安堵した。緊張しながらゾルディック家の依頼を受けた過去の私よくやった。心の中で大きくガッツポーズする。勿論顔には全く出さないけど。

 

「では、依頼としてはキルア、様の護衛ということで間違いありませんね。期限はどのくらいでしょうか?」

 

「キルアが一度ここに帰って来るまで、だ。」

 

「この期限中に別の依頼を受けることは大丈夫ですか?」

 

「ああ、キルアが死ななければお前の好きにしていい。もしもの場合は連絡しろ。」

 

キルアに様付けするのは違和感がすごい。にしても、結構依頼が緩くて驚いた。死ななければいい、ということなら心理的に楽だ。応答しながら微笑んだ。心の中では顔が引きつってるけど。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

それからはトントン拍子に話が進み、とりあえず当主がキルアと話をつけるまで私は別室で待機中だ。早く話を終わらせてくれないだろうか。この屋敷は落ち着かない。それにとても暇だ。

ああ、そういえばあのとき別れてから暫く時間が経過したので、そろそろゴン達が来る頃だろう。というかもう着いていてもおかしくはない。

 

ぼーっとしつつ時間を潰していると、漸く扉が開いた。私が何かを言うよりも早く、見覚えのある銀の頭がその奥から姿を見せた。青い宝石のような目はちゃんと輝きを取り戻していて、どうやら人形のままではなかったらしい。

ここは素直に祝福しとようか、そう思って口を開き──

 

「オレ、護衛とか必要ねーから。自分の身くらい自分で守れるよ。」

 

「はぁ?」

 

そんな言葉しか出てこなかった。売られた喧嘩はそこまで買わない主義だけど、自分より圧倒的に弱い奴になめられるとカチンとくる。それにこちらだって好きでやっている訳では無い。仕事なんだ。

 

「ま、そういう訳だから。じゃあ──」

 

「──私ごときを見抜けないのに、護衛が必要ない?冗談も休み休み言ってよ。」

 

「?……ってその声?!お前まさかリゼか?!」

 

「ハイご名答。私がリゼでキルアの護衛だけど?何か文句ある?あるんだったらお前の父親に言って来い。」

 

「分かった、悪かったからそう睨むなよ……ってそうじゃねぇよ!お前見た目変わりすぎなんだよ!分かるかフツー!」

 

「髪の色と髪型、あと服装変えただけなんだけど?見てれば分かるでしょ。」

 

「分かる訳ねぇよ!髪はともかく雰囲気変わりすぎだろ!」

 

分かれよ。将来苦労するぞ。

大声でそんなくだらないことを言い合っていたら、ゆっくりとだが冷静になれた。キルアも家を出るからなのか中々にテンションが高い。というか普通にうるさい。

互いに落ち着いて、とりあえずゴンのところへ向かおう、ということになった。余程嬉しいのかいつもより足取りが軽いような気がした。多分クラピカとレオリオのことは気にしてないな。

 

「あ、そういやリゼ、一つ聞きたい事あるんだけど。」

 

「何?場合によっては黙秘するけど。」

 

「ハンター試験でゴンがあのハゲ(ハンゾー)と勝負してたときに、リゼはゴンを信じるっつってたけど、結局あれは冗談だったのか?」

 

「ああ、あれ。冗談ではないよ。何重もオブラートに包んで言ったから、嘘っぽく聞こえたかもしれないけど、私は別に嘘はついてない。」

 

「やっぱりかよ。あーあ、道理で違和感感じた訳だ。とんでもなくリゼには似合わねぇ台詞だったから、まさかとは思ってたけどよ。」

 

「そこまで言う?確かに私も似合わないとは思ってたけど。」

 

「最初の猫かぶった状態ならまだマシだったかもな。」

 

「いや、あれずっとやってると息が詰まりそうなんだよ。話しづらかったし、面倒だったからすぐ元に戻したんだけど。」

 

「あのときキャラ変わったから、驚いて思わずゴンと別人か疑ったんだぜ。まあ、知ってからはこっちの方がしっくりきたけどな。」

 

何かやたらと話すな。疑問が解けたからか今日はやけに話が進む。

まあ試験のときは意図的に興味がないフリをしたり、考え込んで話を聞いてなかったから、そう感じるのだろうけど。ゴンよりは突拍子のないことを言い出さないので、話すのは楽だったりする。あくまでもゴンよりは、を前提としてるけど。

 

「まあ、こっちも色々事情があったんだよ。あれは望んでやった事じゃない……っと、あそこじゃない?」

 

ゴン達の声が聞こえるし、多分あそこだろう。やっぱり本邸の方ではなく、使用人用の建物で待っていたらしい。途端にキルアが目を輝かせて駆け寄った。呆れるほど分かりやすい。

私が楽しそうに話しているキルアの後ろから顔を出すと、三人も私に気づいて最初にクラピカが話しかけてくる。

 

「良かった、無事だったのか。」

 

「予想してた通り、仕事の話だったからね。というかゴンはやけにボロボロだけどどうしたの?」

 

「ああ、ここに来るまでに色々あってな……」

 

不思議なことに、ゴンだけが怪我をしていた。キルアもいい勝負をしているが、ゴンは特に顔が酷い、街に出たら二度見されそうだ。興味はないので詳しくは聞かないけれども、隣を歩く私の身にもなってほしい。依頼だから仕方ないけど、出来れば一緒にはいたくないな。

未来を憂いつつ一つ溜息をついた。なんか最近溜息の数が増えた気がする。ハンター試験からは特にだ。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「そういやあよ、リゼ。お前はこの後どうすんだよ?」

 

レオリオがそう聞いてきた。先程からこの後どうするか話していたから、私にも聞こうということだろう。ちなみにゴンは色々したいことはあるが、まずはヒソカに一発入れることを目標にすると言っていた。今のままじゃ絶対無理だと思うけど。面倒なので黙っておく。

とりあえず、そのヒソカはクラピカによると九月一日、ヨークシンに来るらしく、まあこれでヒソカの居場所は分かった。

キルアがゴンと一緒に行動して、となると当然護衛の私は着いて行かなきゃいけない訳で。つまり、九月一日のヨークシンには必ず行くことになった。

 

 

そう、なった。なってしまった。

クラピカによると、当日は幻影旅団(クモ)が来るらしい。

 

……うん。

幻影旅団がヨークシンに来るのは元から予想してた。あいつら盗賊だし、世界最大のオークションに目をつけるのは分かっていた。

でもまさか、私が現地に行くことになるとは予想してなかった。薄々、ゴンがいる時点で嫌な予感はしたけれども。

 

 

本当に何故、私は依頼を受けたんだろう。

 

 

あのときの私をぶん殴りたい。猛烈に後悔してる。今から『やっぱ無理』なんて断れないし。キルアを死なせたら多分ゾルディック家と鬼ごっこをして、本当の意味で地獄を見るんだろう。どっちに転んでも終わってるんだけど。私が何をしたって言うんだ。いや、何人も殺したし、ろくな人生送ってないから諦めるけど。それでも文句は言う。

 

「……仕事。もう、非っ常に不服だけれど。」

 

「仕事?」

 

「キルアから聞いて。今の私にそんな気力はない。」

 

キルアの方に顔を向けると、いかにも面倒だという表情をしていた。焦りも一周回って、逆に私の脳内は落ち着いている。でも説明出来る程の知能までは回復してない。今の私には説明は無理だ。

 

「あー、なんかオレの親父に依頼されたらしいぜ、コイツ。オレの護衛だってさ。」

 

「……その話のついでだけど、ゴンは依頼した料金払え。」

 

気力はなくとも、料金の請求くらいはしないといけない。そう思って顔を上げて見れば───

 

「あ。」

 

間抜けな顔を晒すゴンがいた。

 

ふざけんな、ちょっと待て。

 

「……ねぇ。まさか、忘れてた……とか、言わない?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 天空にて

「……」

 

かれこれ数十分以上、無言でリゼはゴンの頭を叩き続けている。メトロノームのように一定のリズムで淡々と。その様子はどことなく不気味だった。先程から周囲の視線が集まっている。

それでも周りが止めないのは、今回の件が全てゴンに非があるからだろう。本人もそれを自覚して、反省中と書いてあるように見える程申し訳なさそうな表情だ。

 

「……あー、コホン。そろそろ話しかけても良いか?」

 

「………何。今、コイツの頭をマトモにするのに忙しいんだけど。」

 

「怖ぇよ!とりあえず落ち着けって。今は無理でも後からゴンに払わせれば良いだろうが。」

 

「そんなこと分かってる。私はただムカついてるだけ。」

 

キルアが話しかけても視線を動かそうとしない。そんなリゼとは反対にゴンは救いを見る目をしていた。余程精神的にくるものがあったらしい。何分か前にクラピカとレオリオも気まずそうな顔をして去って行っ(見捨て)たので尚更だろう。

 

「まあ、ゴンが話せるんなら好きにしていいけどよ……ゴン聞いてるか?とりあえずこれからどうする?リゼに支払いすんなら金稼がねぇと。というかオレも手持ちがキツい。」

 

「……うん。」

 

普段のゴンなら考えられないような、か細い声を出している。まあそれでもリゼの手は止まらないが。

 

「……天空闘技場。多分そこが効率よく稼げると思う。鍛えるのも同時に出来るから、ヒソカに一発入れたいなら尚更。どうせ今のままじゃ無理なんだから行ってみたら?」

 

多少棘は残りつつも、返事がきたことに内心安堵するキルア。未だにゴンに怒りの矛先が向いてはいるが、時間がたってそこそこ冷静になってきたらしい。

 

「天空闘技場?」

 

「……キルアに聞いて、多分知ってるから。」

 

「簡単に言うと、勝つと金が貰えて、負けたらなんもなし。というか実物見た方が早えよ。さっさと行こーぜ。」

 

とは言ってもまだ若干ゴンへの当たりは強いが。それでも無視されなかったことにゴンは安心して、天空闘技場へ歩を進めた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

漸く落ち着いてきた。やっとかよ、と言いたげにキルアが見てくるが、元はと言えばあれはゴンが悪い。依頼だけされて料金を忘れられたら誰だって怒ると思う。

まあ、それは後で支払わせるということに落ち着いた……腹いせとして利息を多めにつけようかな。天空闘技場に行けばどうせ稼ぐだろうし。

 

天空闘技場。

高いタワーになってて、勝ったら上の階に行ける。勿論負けたら下の階へ。ちなみに上の階に行く程支払われる金が増える。

200階になるとルールはちょっと変わるけど。まあ、要するに闘って勝てば良い。至極単純だ。

 

「天空闘技場へようこそ。こちらに必要事項をお書き下さい。」

 

そう言って手渡されたのは一枚の紙。名前、格闘技経験その他諸々を書けば良いらしい。名前か……まあ偽名にしておこう。私はどうせ二人のついでだし。

エリーゼ……エリー?前来たときはどんな名前をつけたんだっけ。多分どうでもよかったから忘れたな。同じ方が都合が良いから思い出すか。

……

 

……エラ、そうだエラだったな。安直だけどそれでいいかな。

 

名前の欄に『エラ』、それ以外を雑に書いて提出。これで手続きは終了。手早く済ませられるので嬉しい。

 

天空闘技場の中に入ると広い空間が広がっている。闘うステージが計16。周りには観客か順番待ちの奴らがいる。汗と血が飛び散り、賭けている観客の怒鳴り声が響く。広いけど、熱気がすごい。不快に感じて顔を顰めてしまうのも仕方ない。

 

「なつかしいなー、ちっとも変わってねーや。」

 

「右に同じ。相変わらず騒々しい場所だよ。」

 

「え?キルアとリゼ来たことあるの?」

 

キルアは暗殺者──元って言った方が良いかな──だから、幼少期に放り込まれていても分かる。多分200階では戦ってないと思うけど。話を聞いてみると予想通り、親の方針によって6歳の頃に来たらしい。そのときは二年かかったらしいが、まあ6歳なら早い方だろう。

 

「リゼはいつ来たの?」

 

「私?私が来たのは約4年前だよ。年齢が二桁になりそうなくらいの頃。あの時はただ単純に金が必要で……200階に入る気はなかったから、程よく負けて勝ってを繰り返してたかな。」

 

「……ズルくね?」

 

「頭を使ったと言ってほしいんだけど。」

 

まあ、キルアに着いて行かないとだから今回はその方法がとれないけど。それに4年前のように、今は金が必要な訳じゃない。

話しているうちにステージが空いた。そろそろアナウンスで番号が呼ばれるかな。ちなみに私は2056番だった。この番号、強くなると呼ばれることもなくなるし気にする必要はない。

 

「っと、私も行かないと。」

 

ゴンとキルアが呼ばれたすぐ後に、私も戦うことになった。見た目的に注目されるだろうから、あまり気乗りしない。どうせ気分は関係ないのだけれど。

 

「嬢ちゃん、なかなか綺麗な面してんじゃねぇか。痛い目見る前にお家に帰ったらどうだい?」

 

「見た目で判断する暇あったらさっさと仕掛けて来いよ。あ、それとも怖くて動けないの?」

 

大きい男の顔がみるみる険しくなっていく。これくらいの挑発で青筋たてて疲れないのか。少しその様子が面白かったので「まあ、雑魚だからね。仕方ないか。」と、わざと小馬鹿にした顔で言う。雑魚なのは事実だが、それでも侮っている相手に言われたら怒ってくれるだろう。

 

「調子に乗ってんじゃねぇよっ!!お前なんざ一瞬でぶちのめしてやる!」

 

「うるさい、騒がないで。」

 

どうやって片付けようか。本気でやったらミンチだし、それは服が汚れるので勘弁したい。あと臭いが凄いことになる。仕方ない、面倒だけど生身でやるか。

 

目の前に迫ってくる拳を屈んで回避。驚いている隙に足払いをして、軽く体制が崩れたので、腹を蹴った。奥へ吹っ飛んで行ったけど、まあ死んではいないだろう。

一拍遅れた大歓声に耳を塞ぐ。確かに見た目的には仕方ないけど。どうやらゴンとキルアも終わったらしく、ゴンは対戦相手を壁にめり込ませ、キルアは手刀で一撃。三人揃って目立ちすぎた気がする。

違った、四人か。私の目線の先には私達以外の子どもがいる。当然そいつの相手も地面に倒れてる。目立つのが私達だけではなくて何よりだ。それにアイツ────まあ、後で分かるか。

 

「2056番、君は一度来ているね。180階へどうぞ。」

 

「じゃあ遠慮なく。」

 

どうせすぐに二人も上がってくるだろう。ちまちま戦うのは面倒だし、こっちの方が簡単だ。多分キルアはゴンと上がるために50階にするだろうけど。護衛?まあ、200階まではキルアの相手になる奴はいないだろう。200階に来るまでは気を張り詰める必要はない。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

偶然にも上に上がるエレベーター内で、先程見かけた少年と再会した。周囲に人がいたので降りてから話そう。まあ聞かれて困ることは話さないが。

 

「押忍!自分ズシといいます!」

 

「私はエリーゼ、ここでは訳あってエラって名乗ってる。」

 

「オレ、キルア。」

 

「オレはゴン。よろしく、ズシ。」

 

降りてから話しかけると、あちらもこちらのことを覚えていたようだ。歳はゴンとキルアの二人より低くみえる。白い道着を着ているし、押忍と言っていたから、どこかの流派にでも所属しているのだろうか。

 

「さっきの試合、拝見しました。いやー凄いっすね。」

 

「何言ってんだよ。お前だって一気にこの階まで来たんだろ?」

 

「そうそう、いっしょじゃん。」

 

「いやいや、自分なんてまだまだっす!」

 

謙虚だ……キルアにも少しくらい見習ってほしい。確かに発展途上だけど、それを自覚して強くなろうとする姿勢は悪くない。

 

「ちなみに皆さんの流派は何すか?自分は心源流拳法っす。」

 

「「別にないよな……」」

 

「えぇっ!」

 

予想通り。ちなみに心源流拳法はネテロ会長がトップにいたはずだ。

 

「えっと、エラ?さんは……?」

 

「あ、私?私も特にないよ。というか誰かに師事したことはないし。」

 

「ど、独学っすか……それはまた凄いっすね。」

 

冷や汗をかいているけど、ズシがそう思うのも仕方ないだろう。私は特例で普通だったらそんな方法失敗する。

 

「ちょっぴり自分ショックっす。やっぱり自分まだまだっす。」

 

「ズシ!よくやった。」

 

「師範代!」

 

名前を呼んで出て来たのはズシの師範代らしいようで、眼鏡をかけていて荒事とは遠い顔をしていた。まあそこそこ実力はあるみたいだけれどね。ただ、少し抜けてる性格らしく、白いシャツがベルトからはみ出していた。

 

「おや、君は……」

 

「?ああ、そういうこと……まあ良いや。三人共、私は先にファイトマネー貰って来るから。じゃあ、ズシの師範代も機会があるならまた後で。」

 

三人が不思議そうな顔をするのを無視して、私はさっさと奥へ進んだ。私の態度であちらも察しただろう。変に呼び止めることはしなかった。三人……いや、ゴンとキルアの二人にはまだ早いことを話されても面倒だ。

 

「はい、こちらが先程のファイトマネーです。お受け取り下さい。」

 

ファイトマネーを受け取ったので、もう50階ですることはない。三人に一声かけて180階に行くとしよう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

200階まで上がるのはすぐだった。まあ、二回誰かを吹っ飛ばすだけだし。一日で上がれてしまった。味気ないが、まあ強いよりかは楽で良い。そんなふうに機嫌はそこそこ良かったのだけど、一気に急降下どころか落下させる出来事があった。

 

「キミもここに来てただなんて♦ボクは運が良いね♥」

 

「私の運は最悪だ。あと、邪魔だからそこどいて。」

 

「相変わらず冷たいね♠」

 

大方ゴンを追って来たのだろう。どこまでもウザイ奴だ。赤い髪が視界の中にちらついて鬱陶しい。ゴンの目的は達成しやすいので良かったが、私にとっては本当面倒くさい。ヒソカがキルアに危害を加えないと良いのだけれど。ゴンはまあ……頑張れ。

 

「……何の用?」

 

ヒソカの方に振り向き、できるだけ嫌悪が伝わる声を発した。本当近くにいるだけで気分が悪くなる。本音を言えばさっさと退散したいのだけど、どうやらコイツは一応私に用事があるらしく、逃げられる雰囲気ではなかった。というか逃げたら攻撃されそうで怖い。

 

「ゴンとキルアに念を教えてくれないかい♣」

 

「嫌だ。それをして私に何の利点があるの?」

 

「キミ、キルアの護衛になったらしいね♦それならキルアに強くなってもらうに越したことはないんじゃないかな♥」

 

「……どこでそれを?前にいたキルアの兄か?」

 

「御明答♠」

 

アイツか……まあ、それなら知っていてもおかしくはないな。とりあえずそれは置いておくとして、まずはこの状況をどうにかしよう。私は念を教える気はない。勝手に覚えていてほしい。

 

「一つ言っておくけれど、私はまともに教える方法を知らない。それに、ここには私以上の適任がいる。お前だって変に育ってほしくはないだろ?」

 

「ククク、確かにそれは勘弁してほしいなァ♣それに、キミが言うならそうなんだろうね♦」

 

「分かったならもう着いて来ないでくれる?」

 

「キミはボクの相手をしてくれないのかい♥見たところまだ試合の日程は決めてないだろ♠」

 

ゴンとキルアの話が終わったと思ったら次は私か。二人に狙いが定まったと思って安心したけど、そんなことも言ってられなそうだ。

 

「嫌だ。私は物好きじゃないから、他を当たって。」

 

「相変わらずつれないなァ♣」

 

「じゃあ、私はこれで。」

 

そう言って足早に去った。後ろを見ても追って来る気配はない。さすがにこの場所では仕掛けて来ないとは思っているが、それにしても心臓に悪かった。

私以上の適任とは今日出会ったズシの師範代だ。名前も知らないくらいだから性格なんて知らないが、オーラの雰囲気からしてお人好しな気がしたので問題ないだろう。

とりあえず受付を済ませたので、用意された部屋に少ない荷物を置いて来よう。同じ階にヒソカがいると思うと嫌になる。それでも仕方ないと思って歩いていると──携帯が振動した。

 

『リゼ、とりあえずこっちに来てくれ。聞きたいことがある。』

 

メール画面を開いて見えたその文字。どうせこの後は二人の方に行く気だったし、丁度いい。場所は……ああ、近くの宿か。ここからなら5分かからないくらいだろう。

 

『分かった。すぐ向かう。』

 

送信っと。

そして私はすっかり暗くなった外へ飛び出した。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ドアを控えめにノックし、返事をする前に開けた。あっちが呼び出したし、礼儀をそこまで気にする奴らでもないので大丈夫だろう。

 

「あ、リゼ。早かったね。」

 

「早速本題だけど、何を聞きたいの?」

 

そう私が尋ねると二人は不思議そうに顔を見合わせた。この会話で疑問を感じるようなことあったか?

 

「なんつーか、あれだな。」

 

「?何が?」

 

「リゼが素直に来るとは思わなくて……」

 

「ゴンと話してたときも、絶対文句言われる前提だったし。」

 

私だって文句言わずに来ることだってある。というか実際に来た……ヒソカから離れたいという理由もあるけど。

 

「二人共、人に物を頼む態度を勉強して来たら?」

 

「あ、戻った。」

 

イラっとしたので、頭に手刀を叩き込んだ。横で肩を震わせて笑ってるキルアと一緒に。二人共頭を抱えてのたうち回っている。少しでも反省することを願おう。

 

「で、聞きたいことは?」

 

これでくだらないことだったら殴ろう。まあ、わざわざ呼び出したのだから可能性は低いと思うけど。

 

「『ネン』って知ってるか?」

 

「……それどこで聞いた?ヒソカじゃないよね?」

 

さっき、ヒソカと話していた『念』のこと。タイミングが良いのか悪いのか、思わずヒソカが私に聞くように言ったのか勘ぐってしまったが、どうやら違うらしい。

 

「まずはどういう経緯があったのか。それは説明して。」

 

「実は───」

 

キルアの話を聞くと、どうやら私が去った後キルアがズシと対戦したらしい。そして勝ったは良いものの、あまりの打たれ強さに違和感を感じた。そしてズシと師範代──ウィングというらしい──が話していた『ネン』と『レン』。

 

「なるほどね。」

 

「こっちは話したよ。今度はリゼの番ね。」

 

「一つ最初に言うけど、先にズシに聞かなかったの?そっちの方が手っ取り早いでしょ?」

 

「「あ、」」

 

「二人揃って忘れてたのか……」

 

一つ溜息をついて、二人の方を見た。その表情から単純に忘れていたことが分かる。呆れたが、まあ過ぎたことだし後悔しても遅いか。

 

「じゃあ、これで解決ということで。明日にでも聞いてみれば?」

 

「今リゼに聞いた方が早いのに?」

 

「言っておくけど、私は最初から念を教える気はないよ。」

 

「何でだよ?」

 

「理由は三つ。一つ、私が独学なので間違ったことを教えても責任が取れないから。二つ、使い方を間違えると取り返しがつかないので、今教えてもリスクが高いから。三つ、面倒くさいから。」

 

「絶対最後のが一番本音だっただろ……」

 

そんなことはない……はずだ。面倒なのは事実だけど。誤魔化すように目線を逸らした。

 

「じゃ、私はもう戻るから。」

 

もう用事が無くなったのでそろそろ戻ろう。戻ると言っても護衛なのであまり遠くには行けないけど。やっぱり個室が用意される百階以上に早く上がって来てほしい。そうすればこうやって宿をとらずに済むのだから。






キャラの性格ってこんなんだっけ……?
だんだん主人公が面倒としか言わなくなってる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 試合と念




(更新を)頑張った結果がこれですよ(白目)




普段より大きめに足音をたてて廊下を歩く。室内からでも、誰かが通っていることが分かるくらいに。足音を極端に消していると違和感を覚えられることが稀にある。その対策だ。

そして昨日のように──場所は天空闘技場だが──ある部屋のドアを開けた。部屋の明かりが眩しい。まあ、つまりは二日連続で呼び出された訳だ。今日はヒソカにも会わず、部屋でゆっくりと過ごしていたので良いけど。

……護衛?キルアの場所は確認してるけど、 天空闘技場(ここ)の100階くらいなら殺せる奴はそうそういないだろう。

 

「で、どうだった?……と言ってもその表情(カオ)じゃ無理だったみたいだったけど。」

 

二人とも私の言葉に軽く反応した。キルアは特に不満そうだ。ゴンはそこまでではなさそうだが。対極的というか、反対だからこそ相性が良いのだろう。

 

「どういうことだよリゼ。あれ絶対誤魔化されてたぜ。」

 

「キルアの言うあれが何なのか知らないけど、まあそうだろうね。」

 

「どういうこと?」

 

「まだ早いってこと。少なくとも今は、念を覚える時期じゃない。200階に行けば嫌でも覚えられるけどね。安全は保証しないけど。」

 

「200階?やっぱ上に何かあるの?」

 

「そう解釈してくれて良いよ。とりあえず、念を覚えたいなら上を目指せば?」

 

「つまりはリゼの指示に従ってりゃあ良いんだろ。いいように転がされてるみてーで嫌だけどな。」

 

実質そう。但し、気づいたところで二人にはそれしか道は無い。ウィングが念を教えない限り、二人は私を頼るしか方法がないのだから。まあ、せいぜい頑張れ。二人の実力なら運が良くて一週間くらいで200階に上がれるだろう。

 

「一つアドバイスしとく。200階に上がったら、ウィングが念を教えるまで試合はしない方が良い。痛い目にあいたいなら別だけど。」

 

「分かった、ありがとう。」

 

「あ、もう一つ言うけど、ゴンの通帳の方から依頼料引き落としたから。多分今頃ここに来る前くらいになってるよ。」

 

「え?」

 

「いや、ぼったくりすぎじゃね?」

 

「忘れてなかったらもう少し低かったけど?」

 

忘れた分の利息を多めにしたのだから当たり前だ。全部持って行かなかっただけ感謝してほしい。慌てるゴンを後目に部屋を出た。

 

向かうのは200階の受付。私の試合がないか確認する。ヒソカだったら……そうだな、放棄しよう。私の敗けとなるが、別に10勝した後のフロアマスターになりたい訳でもない。キルアの護衛という依頼が失敗しなければ良いのだ。

まあ、つまり……

 

「カストロ?誰それ?」

 

私が無意味に試合をする理由はないということだ。カストロが余程のザコじゃなければの話だけど。試合の予定は三日後。どんな奴か一旦見て放棄するか決めよう。夜中だから明日にするが。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「朝早くに失礼、少し用事があるんだけど……」

 

予定通りカストロを見てみることにした。部屋に行って。これが一番手っ取り早い。評判を聞く限り、いきなり攻撃される可能性は少ないだろうし。もしものときは逃げるくらいなら出来るはずだ。

まあ、どうやら気配を読み取ると、居留守みたいだけど───

 

「───なんて、さっさと出てくれば?それとも、人間観察が趣味だったりするの?」

 

「これは驚いたな。まさか見破られるとは。」

 

わざとらしくそう言って出てきたのは、今部屋にいたはずの男。おそらくコイツがカストロだろう。こんな場面で思うのもなんだけど、予想以上に鬱陶しい服装というか……ヒラヒラしてる。やたら布面積が多いし、長髪だし邪魔じゃないのか?

 

「次の対戦相手がノコノコ訪ねてきて、何か仕掛けない訳ないでしょ。」

 

「ああ、その通りだよ。それで何の用かな、お嬢さん?」

 

「それは勿論、敵情視察だけど。一回くらいは見たくてね。」

 

「それで、お嬢さんのお眼鏡にかなったかな?」

 

「想像以上に面倒だな、とは思ってるよ。」

 

「それは良かった。」

 

そう、想像以上に面倒だ……性格が。お嬢さん、なんて態々言わなくても良いだろう。女性人気は高いらしいが、正直よく分からない。鬱陶しくて、拳を握った。

 

「戦う日を楽しみにしてるよ。」

 

そう言ってカストロは去って行った。部屋はここだけど入らなくて良いのだろうか。まさか、格好つけるために?さすがにそれは無いと思いたい。

……とりあえず、カストロの能力は何となく分かった。瞬間移動か、分身。幻影の可能性もあるけど、それは多分ない。拳を握って爪をくい込ませたが、何も起こらなかった。何より気配や声、それに甘ったるい香水の匂いはあったから、そこまで偽る幻覚となると制約が大きすぎるはずだ。

瞬間移動と分身、どちらにせよ問題ない。私との相性が良すぎる。いや、相性以前に勝てる相手だけれど。

計画変更だ、試合をしよう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

そうして迎えた試合当日。どこからバレたか分からないけど、ゴンとキルアも見に来ていた。それにウィングとズシも。ウィングはともかくゴンとキルアは何がなんだか全然分からないと思うけど。

 

「いよいよやってきました、この試合!エラ選手は可憐な見た目と裏腹に、これまで一撃で誰もを沈めてきた強者です!今日はどんな試合を見せてくれるのか?!そして、その実力はカストロ選手に届くのか?!」

 

会場に響く解説に思わず耳を塞いだ。いや、業務なのは分かるけど……さすがに少しうるさすぎた。

相手の方を見ていると目が合ったので、一応話しかける。何も言わないというのも気まずいし。

 

「宜しく。」

 

「こちらこそよろしく。出来れば手加減してほしいけど。」

 

「ハハ、それは随分と無理な相談だね。」

 

「そう、それは残念。」

 

残念だけど、こういった念使い同士の戦いで強くなれるのもまた事実。久しぶりに動かないと体が鈍る。

さて、終わるまで何分かかるかな……見たところ念を覚えて年月はそこまで経ってない。戦闘向きではない私でも大丈夫だろう。

 

「それでは試合、始め!!」

 

先ずは一応距離をとって相手の出方を見る。瞬間移動だとしたら、この状況はうってつけだけど……こちらに近づくということは瞬間移動の可能性は低い。それに腕にオーラが集まってるから多分近距離タイプ。

能力は消去法で分身かな。

とりあえず考えるのは後にして、こちらも迎え撃つことにした。と言っても、もう近くにカストロは来ていた。

こちらに迫って来ていた右腕の手首を掴み、左足を軸に顔面へ蹴りを放った。膝蹴りが飛んできたので、蹴りの方向を変えて太腿あたりを勢いよく踏みつける。カストロの足を踏み台にして、左足でこちらも膝蹴りを顔にしたが、左手によってそれは阻まれた。

切り替えるように後ろへさがると、意外そうな顔でカストロがこっちを見ていた。

 

「そんな間抜けな顔晒して何がしたいの?」

 

「いや、少し予想が裏切られたからね。まさか君がここまで動けるとは──」

 

「思っても見なかった?一つ言うけど、私みたいな嘘つきも世の中にはいる。最初の印象で判断しない方が良い。」

 

「……忠告痛み入るよ。」

 

カストロは私の実力を見誤った。二日前、私はわざとオーラを揺らした。表情だけ平静を装った、まだ扱いに慣れていない初心者のように。それにコイツは見事に引っかかったという訳だ。

そして、実力を見誤ったのはこちらも同じ。

予想以上に───弱い気がする。私が少し期待したのも悪かったけど……何かな。期待はずれな感じがする。ちょっと残念というか、まだ念を覚えてからの期間が短いんだろう。

というか、能力を出し惜しみするなよ。肉弾戦だから私との相性も何もなくなるだろうが。どうやら私の能力は使わないで良さそうだ。

とりあえず戦いを再開しよう。長くなりそうだ。

 

 

そして数時間後──

 

「───勝者、エラ選手!」

 

審判の声が響いても、観客は疲れ切った声しか出さなかった。それもそうだ。試合が嫌になるほど長引いたら誰だってそうなる。

私が狙ったのはスタミナ切れ。理由は知らないが、カストロは手の内を隠したがっているようだったので、肉弾戦で攻めただけだ。ひたすらに攻撃を避けて相手の集中力が切れる頃に、一層速い攻撃をする。一撃をもらったことに動揺して、オーラの消費は増える。気持ちは高ぶってるから、後になって気づいたときには残りのオーラは極わずか。

ちなみに能力は終盤になるまで使おうとはしなかった。まあ、結局オーラが足りずに使えなかったのだけれど。ホント、何がしたかったかは分からずじまいだ。

 

「お疲れ様、リゼ。」

 

「そっちもお疲れ、あんな地味だと見てて飽きたでしょ。」

 

「いや、地味ってか……」

 

「動きが速くて、目が慣れるまでは何が起こってるのか分かんなくて……もしかしてあれも念?」

 

「まあ、そういうこと。二人はもう少しで200階だっけ?」

 

「ああ、ちょうど今日にある試合に勝てたらな。」

 

今日か。まあ、中々に早いな。早い分、ヒソカの興味が移るから私としては嬉しい。

二人の試合の時刻が近づいてきたらしいので、二人と別れて私は自室に戻ることにする。そして部屋に足を向けると、後ろから足音が聞こえた。

振り返ってみるとカストロがいた。私がつけた傷の治療も受けずに走って来たらしい。ところどころ血がついてるし、息も上がっている。

 

「ありがとう。君のおかげで足りないものが分かった気がする。」

 

「へぇ……あんな地味な試合で何かを学べたんだな。まあ、頑張ってね。」

 

「ああ、もっと強くなってみせるよ。」

 

カストロがどうなろうが私には関係ないのでどうでもいいが、本人は満足そうだし良いか。それに今回は変に格好つけなかったから、顔つきが前より良くなった気がする。少しでも強くなって、願わくばヒソカあたりを殺してほしい……さすがに無理だな。強くなってもカストロにヒソカが倒せるとは思わない。大体手加減されて腕を落とせるくらいか。

 

にしても疲れたな。怪我も何もしていないが長時間動いていて、まだ窓の外が明るいのが信じられないくらいには疲れている。さっさと部屋に戻って休もう、そう思って足早に部屋へ向かった。

 

部屋に戻り、シャワーを浴びて着替えた。ああ、昼食はどうしようか。一食抜いたくらいで死にはしないが、まあ一応食べた方が良いだろう。一応買いたいものもあるし、外に食べに行くか。日差しが強く暑そうだが、この際それは仕方ない。どうせ入る店は涼しいだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

多種多様な店が建ち並ぶ商店街。舗装された道を一人で歩くのは勿論リゼだ。歩く度に揺れる紺色の髪……言うなればポニーテールという髪型をしていた。さすがの暑さに髪を上げていたかったらしい。薄水色のシャツと髪と同色のズボンを着ていて、引き締まった白い腕が眩しい。よく見ると腕にはうっすら無数の傷がある。

リゼはあまり着飾らないが、しっかりと顔立ちは整っている。ただ大抵顰めっ面か呆れるか無表情なので──仕事の際は除いて──顔立ちの良さはあまり意味が無い。

見た目だけ美少女が一人で歩いている。そんな訳で周囲の視線はリゼに向いていた。本人は全て無視しているが。

 

そのままリゼは一つの店に入った。こじんまりとした本屋だ。と言っても置いてある本は大体が教材や小難しい論文、辞書などで、物語は一切ない。しかし今回はリゼの目的がそこにあった。

古い店内で、リゼは片っ端から手に取っていく。手に取らなかったのは既に読んでいるものと、必要ないと判断したものだ。山のように積み上がった本を目の前に店員は気圧されているが、リゼは何も気にせずカードで支払った。金は余る程度には持っているので、これくらいで懐が痛むことはない。

本がパンパンに詰まった大きい紙袋を五〜六袋持った様子に、街ゆく人々は最初とは別の視線を向けた。美しい腕にどれだけの力があるかが分かったのだろう。両手が塞がらないように、全て片手で持っていたので尚更だ。

その状態で天空闘技場に辿り着き、エレベーターで上に上がり── エレベーターガールには三度見された──部屋に戻り、リゼは手に取ったものから見ていく。

文字を素早く目で追い、内容を理解する前にページをめくっている。ペラペラという音が室内に響いていき、紙袋から段々と本が出され整っていた室内に散乱する。

全ての本が散らばる頃には、もう日が暮れていた。

リゼは本を雑に積み重ね、部屋の隅へ追いやった。管理は全くなってないが持ち主は気にしていない。もしもここに本好きの某クモ団長がいたら空気が凍りついていただろう。

 

そんなことも露知らずリゼはソファに身を預け、蒸しタオルを目に当てていた。長時間酷使していた目をじんわりと温める。ほぐれていくようなその感覚がリゼは好きで、タオルを外した後も少しだけ頬を緩ませていた。

少しだけ湿って肌に張り付いた髪、温められて色付いた頬、やや細められた輝く黄色の瞳、緩やかな弧を描く淡い色の唇。普段は絶対に有り得ないが、とても絵になる光景だ。

このまま寝てしまおうか、

そう考えるくらいにリゼは上機嫌だった。そうして瞼を閉じかけたとき───机に置いていた携帯が震えた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

場所は変わって天空闘技場前のホテルの一室。

私の予想通りゴンとキルアはウィングに念を教わるようで。ただし、変態奇術師(ヒソカ)によって日が変わるまでという時限つき。

ウィングがいながら何故私が呼び出されたのか、それは……教える人数は多い方が良いよね、というゴンの一言(鶴の一声)。というか私は教えられないって前言っただろう。鶏か、ゴンの知能は鶏なのか……?

そんな訳で安眠を妨害された。私はあのまま朝まで惰眠を貪る予定だったのに。これはゴンを恨めばいいのか、元を辿ればヒソカのせいだ。もう全部アイツを恨もう。

 

「私は教えるの下手だから、質問があるなら全部ウィング……さん?に聞いて。」

 

「言い難いならウィングで良いですよ。」

 

それは良かった。歳上だから一応さん付けするか迷ったけど、本人が言うならいいや。

 

「ただ見てるだけって……リゼは何のために来たんだよ?」

 

「私が聞きたい。というか呼んだのはそっち(ゴン)でしょ。私だって来たくなかったし……一応見てるから、精々頑張って。」

 

あまりにも退屈なので借りるよ、と声をかけて近くにあった本を手に取る。何でページが破けてるんだ?まあ、気にしていても仕方ない。

 

 

それから何十分、もしかしたら一時間くらい経過したかもしれない。どうやらウィングは二人に念とは何かを教え終わったみたいで。これから体の精孔を開くらしい。何となく興味があるので本を閉じて二人をしっかり見ることにする。

 

「ちなみに、リゼさんはどちらの方法で精孔を開いたんですか?」

 

「さぁ?私自身よく分からないままオーラが見えてたから。正式な方法はやったことがない。」

 

「あ、教えなかったのはそういう理由だったんだね。」

 

「そういうこと。まあ、面倒だったのは事実だけど……」

 

とりあえず時間がもったいないので話もほどほどに、二人はウィングの指示に従い上着を脱いで背を向けた。背に触れない程度の位置までウィングは手を伸ばす。

ああ、なるほど。二人にオーラを飛ばして無理矢理に精孔をこじ開けるのか。敵意がないから成せることだ。危険そうだけど、二人は才能だけはイラッとするほどにある。ゾルディック家の暗殺者にジンの息子。血筋がこれだから才能はあるに決まってる。

 

二人の精孔がこじ開けられて、オーラが立ち上っていく。沸騰したときの湯気みたいに勢いよく。このまま何もしなきゃ死ぬだろう。

抑える方法は簡単。オーラを操って体に纏う……(テン)をすればいい。

まあ、私のイメージだと二人に合わない可能性もあるし黙っていよう。どうせウィングが指示をしている。

 

「これから、今度は敵意をもって君たちに念を飛ばします…… リゼさんもお願いします。」

 

「分かった。それくらいならするよ。」

 

纏よりオーラを練り上げる、つまりは練をすれば良いだけなのだからそれくらいは協力する。まあ、少し暗いかもしれないけど。それは我慢してほしい。

 

「「ッ」」

 

「これは……」

 

「まあ、そういう反応するよね。」

 

ヒソカのように気持ち悪く粘着する感じはないが、自分自身でも刺々しい気はする。心做しか青っぽく見えるし。

 

幻影旅団(クモ)なんかはもっと暗いから。ヒソカと戦いたいなら私で慣れときなよ。」

 

「兄貴よりは確かにマシか……」

 

私だって何故こんな風になったかはよく分からない。オーラは生命エネルギーみたいなものだし、多分私の性質が現れてるんだろう。私、こんな尖った性格だったか……?少々当たりが強いのは自覚してるけど。

……直す気は一切ない。

 

 





オーラが変だと強キャラ感が出る……気がしないこともないはず。
あんまり意味はないです。
というかズシが空気ですけど、あくまでもリゼの主観なので気にしないでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 治療中


三週間に間に合った……
ネーミングセンスには期待しないでください……ホントに。





つい先日のように、また私は二人の部屋に訪れた。但し今回は全てゴンが原因だ。

苛立ち混じりに足で蹴ってドアを開ければ、そこそこに広い──と言っても造りは私の部屋と同じだ──部屋の中と椅子に座ったキルア、そして腕にギプスをつけたゴンがいる。

 

「頭大丈夫?腕の前にそっち治してもらったら?というかハンター試験でも腕折ってたけど、学習しないね。」

 

「うぅ、だって……」

 

「だっても何もない。自分が思うままに行動するのは良いけど、周りに迷惑かけるなよ。」

 

「スゲー、リゼにまともな説教されてる。」

 

「どういう意味か聞いてもいい?」

 

睨むとキルアは目を逸らした。二人には確かに文句ばかり言ってる気もするが、別にまともなことを言っていない訳ではないはずだ……多分、あまり自身はないけど。

 

「そもそも纏だけ覚えたからって勝てる訳ないでしょ。相手は念を鍛えた期間も経験も()()()()()実力も上。才能だけで勝てるほど甘くないことくらい理解出来ない?」

 

溜息をつくと、何故か二人はキョトリとした顔でこちらを見ていた。

 

「何?」

 

「褒めてんのか説教してんのか分かんねーから。つーか、リゼが誰かを褒めるのは滅多にねぇだろ。」

 

「あんな雑魚の実力を見誤らない程度には、私の目は良いと思うけど。」

 

そう、雑魚なのだ。ゴンが戦って全治四ヶ月の怪我を負った相手でも雑魚だ。なんならカストロより弱いだろう。

ゴンが顔を殴りたいのはヒソカだろう。せめてアイツ……ギドだったか、相手に怪我を負ってるようでは夢のまた夢だ。

 

そう伝えるとゴンはより落ち込んだ。落ち込むくらいなら最初からしなければ良かったのにな。死んだら全部終わりなのに。

どうせウィングにも叱られるだろうし、このくらいにしておくか。足音が近付いて来たし、多分ちょうどウィングが来たんだろう。

 

まあ、ウィングの説教もそこそこに長かったので割愛する。

要約すると、腕が治る二ヶ月間──本当は四ヶ月だがキルアが嘘もついた──念に関わるな。纏の修行をしていないか確認するために、誓いの糸を結びつけておく……と、大体こういう話をしていた。

 

「ああ、そうだ……もし良ければズシの修行を見学してもいい?」

 

「ズシのですか、それはどんな理由で?」

 

「暇だから。私は当分試合をしないつもりだし、趣味と呼べるようなものも特にない。要は退屈なんだよ。もちろん、特に口出しはしない……別に嫌ではなかったらの話だけど。」

 

私には趣味がない……修行を趣味とするのだったら別だ。本は読むけどただ知識を得るためだけだから、好きでやってる訳ではない。修行を見ていたってそこまで面白くもないが、少しくらい退屈を紛らわせることは出来るだろう。

 

「そうですね……ズシに時々手本を見せてくれるなら良いですよ。リゼさんの年は勉強になりますから。」

 

「分かった、ありがとう。」

 

多分場所は前行った部屋で良いはずだ。あそこにいれば偶然ヒソカに会うこともない。ゴンが治るまでの数ヶ月、ゆっくり過ごさせてもらおう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

あまりにも時間があまったので、一応料理をしてみた。酷くもなく、特別美味しいという味でもない。微妙だ。

面白くはないので趣味にはできないな。今度は菓子でも作ろうか。そう考えながら皿を洗い終わったときだ。携帯が振動した。

ちなみに音はどうでもいいから初期設定のままだ。

 

画面にはとある名前が映っていた。気分が一気に急降下する。それでも無視ということにもできない……嫌だが仕方ない。

 

「はい、今回はどのような内容ですか?」

 

『ウボォーギンを探してくれ。報酬はいつも通りで。』

 

「分かりました。」

 

さてはまた携帯壊したな。あの脳筋。というか図体デカすぎて携帯使えるのか?絶対サイズが合わないだろ。

 

探し人(フィンダー)

対象について

名前はウボォーギン。

性別は男。

幻影旅団のメンバーで、No.11。強化系。

 

これ以上は追加しなくて良いか。変に加えて間違ってたらデメリットが多いし。

 

「###共和国の北西にある■■市。中央にある大通りの、宝石店の隣にあるホテルの最上階の8号室にいます。」

 

『分かった。礼を言う。』

 

「では、またの利用をお待ちしてます。」

 

嘘も方便だ。当分声は聞きたくない。今ので半分くらいオーラ減ったし、神経使うし。たかが一分程の会話だが、それでも疲れるものは疲れる。それにどうせ対象が動いたら報告しないといけないから、能力は発動し続けている。オーラはこれ以上消費することはないが、頭の中に常に情報が送り込まれている感覚が嫌だ。

 

フィンダー……突き止める人。ネーミングセンスなんて知ったことではない。自分の感性が大事なんだこういうのは。

能力は先程使った通り。誰かの居場所を突き止める。

相手の情報が多い程オーラの消費量が減り、反対にその情報を間違うか私と比べて実力が高い程、消費量は増える。あとは顔を写真か実際に見て覚えていないと探せない。死人も同じく無理だ。

ずっと発動し続けても、オーラを消費するのは最初だけ。但し同時に二人まで。だいたいこんな感じ。

 

『人探し屋』はこうして成り立っている……あともう一つ能力はあるけど。ただ、人探し屋以外で使うかと問われると微妙なものだ。明らかに戦闘向きではない。利便性に重きを置いている。まあ、世界を範囲に鬼ごっこをするなら、とても使い勝手がいい能力だと思う。

あ、あとカストロと相性がいいのはこういう理由だ。分身にしろ瞬間移動にしろ、私には居場所が分かるのだから。もうカストロに使う機会はないだろうけど。

 

ちなみに電話の相手はクロロ=ルシルフル。

クラピカが憎んでやまない幻影旅団(クモ)の団長だ。クラピカが知ったらまた怒るのだろう。暫く会ってないから、もしかしたら冷静に判断できるようになっているかもしれない。

こちらに依頼するのは、あちらも仕事があって団員を招集するときだけだから、そろそろ何かを盗むのだろう。今の時期だと、九月のヨークシンで行われる世界最大のオークションか。ああ、最悪だ。薄々分かっていたことだけど、キルアに着いていくなら私もヨークシンに行くことに……鉢合わせしないことを願おう。

 

頭を抱えながら窓を開けて外の空気を吸った。沈んだ気分も少しは明るくなってほしい。見渡す限り屋根ばかり。まあ200階だから当たり前のことだけれど。

ふと下の道路を見てみればやけに人が多い。そんなときは大抵誰かの試合が決まったときだけど……さすがに地上の声は聞こえない。

暇だし下へ降りてみるか。

 

一歩一歩近づくにつれて声が大きく聞こえてくる。人の波に呑まれそうだ。というか熱気がすごい。

なんとか騒ぎの中央まで行ってみると、あるチケットを売っていた。

ヒソカ対カストロ戦の。

どっちに賭けると通りすがりの奴に聞かれたけれど、勿論それはヒソカに決まっている。もし賭けるとしたらの話だけど。

そう思いながらチケットを買った。情報収集と暇つぶしには良いだろう。

 

「という訳で買って来たけどいる?」

 

「良いんすか?!自分、是非行ってみたいっす!」

 

「普段見させてもらってるお礼。それに一度能力者同士の戦闘は見ておいた方が良い。」

 

「ありがたく貰いますね。」

 

意外そうに見られたけど私も礼くらいはする。相手がまともであればの話だけど。ズシは真面目だし、ゴンのようにズレた感性をしているのではないし、キルアのようにひねくれてもいない。才能はあの二人には劣るだろうけど、それを差し引いても私の中で好感度は高い……二人が低すぎるだけか。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

そして試合当日。私はウィングとズシ、ついでにキルアと観戦しに来ていた。

ちなみにゴンはウィングに止められたらしい。腕が治るのに四ヶ月かかると言われていたはずなのに、一ヶ月で治したアイツはどんな体のつくりをしているんだろうか。そういえばハンター試験のときも回復するのは早かったな。

 

ああ、そろそろ試合が始まりそうだ。カストロがヒソカ相手にどれだけできるか。そして私のときには使わなかった能力を使うのか。実力次第ではヒソカに殺されそうだけど、本人は真剣な顔をしている。ヘラヘラ笑ってないだけ成長したということか。

 

開始の合図が鳴り、互いに動き始めた。攻防が続く中、カストロのまとっているオーラが増えた。能力を使う前兆だ。そのままヒソカに蹴り放ち、ヒソカはそれを回避──したはずだった。

カストロの脚がブレた。私から見てもヒソカは避けていたはずだったから、恐らくあれが能力なのだろう。

 

暫くすると本格的にカストロが能力を使い始めた。予想通り、分身だ。二人に増えた。一対二の構図をつくり出せるのか。分身に与えられたダメージも本体には関係ないみたいだけど、その分デメリットも多そうだ。

 

「あれも念かよ、何でもありすぎじゃね?」

 

「本人の能力次第でしょ、そんなの。それに言う程万能なものじゃない。」

 

制約も必要だから。今言っても全く分からないと思うけど。それにカストロのはあくまでも自分を増やすだけだ。圧倒的な実力差があれば問題ない。

そう考えてるうちに腕が飛んだ。もちろんヒソカの。長くオモチャと遊んでいたいのか完全に手を抜いている。はやく倒せばいいのに。

あ、もう一方も切られてる。ニコニコ笑ってるけど痛くないのか。メイクと相まってピエロらしいと言えばそうだけども。切られたはずの腕を繋げたように見せても面白くないのだから茶番にすぎない。

パフォーマンスなのか自分の腕から血塗れのトランプを取り出すし。ステージがどんどん汚れていく。

 

そろそろ飽きたのか、劣勢だった──本当は遊んでいただけだが──ヒソカがカストロを追い詰めていく。

戦闘中についた汚れは分身に再現出来ない。それを指摘されて動揺したのか動きが鈍る。だけどそれは一瞬のことで、深呼吸したカストロは分身を使ってヒソカに攻撃する。

冷静に判断できるようになったのは良いけれど、まだまだ詰めが甘い。カストロの体には、隠されたヒソカのオーラがくっついている。オーラが伸びている先にはトランプ。

終わりだ。

 

ヒソカの能力、伸縮自在の愛(バンジーガム)でトランプがカストロに突き刺さった。呆気なく死んだな。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

何週間か経過したある日。期限の二ヶ月間が過ぎたのでゴンも修業を始められるようになった。私個人としては騒がしいのでもっと後でも良かったけど。

そういうことで、二人は練の修業を始めた。その前にズシが凝をしたり他の選手が話しかけてきたりしたが、私個人としてはどうでもいいので割愛する。

凝は体の一定の場所にオーラを集め、練は平常時よりも多くオーラを練ることだ。練はその分スタミナ切れは早い。ちなみにズシは習得するまで合間合間で私が口出ししても暫くかかった。それをゴンとキルアは半日でコツを掴みかけている。ズシも複雑そうにしているが、こればかりは才能の差だな、諦めろ。

 

「そういえば、リゼのそれってどうやってるの?」

 

「それ?」

 

修業途中の休憩で、ゴンは何かを思い出したように私に話しかけてきた。指をさす先にはもちろん私。自分自身で体を見ても、いつものように微弱にオーラが立ち上って……ああ、そういうこと。

 

「これは絶の応用。念が使えない一般人でも普段から微妙にオーラは出てるでしょ。それと同じ状態にしてるって訳。まあ、要は周りに溶け込むためだよ。」

 

「確かに、言われてみれば……普段、兄貴みてーな威圧感はなかったな。」

 

強い雰囲気もなかったけど……と、キルアの呟きを私は聞き逃さなかった。思えなかったのではなく、私がお前等に思わせなかっただけだ。ムカついたので軽く頭を小突いた。

 

「絶だけ使ってちゃダメなの?」

 

「時と場合による。誰かを尾行したいときは絶。自分が念を使えないと、相手に思わせたいならこっちが便利。さすがによくよく見れば気づかれるけど。」

 

「すごい技術っすね……」

 

二人が視界の隅でやろうとしてるが、出来るはずがない。ズシを見習え二人とも。しっかり私の話を聞いているだろう。

 

「どうしてもオーラが調節出来ない……リゼ、何かコツとかないの?」

 

「特にない。体の精孔を全部ギリギリまで閉じるだけだから。慣れれば大丈夫になるはずだけど、最初は失敗しても仕方ない。」

 

というか一回で成功されると私が落ち込む。私だって一日でコレを出来た訳じゃない。使える程度になるのに半年はかかってる。

体からオーラを逃すイメージだ。纏みたいにまとってしまうと違和感からすぐに気づかれる。まあ、言わないけど。

 

「それがムズいんだっての……」

 

今回はキルアも悔しそうにしている。いいザマだ。そう思って鼻で笑ったら睨みつつも精孔をゆっくり閉じ始めた。まだまだ詰めが甘いな……というか練の修業は?私には関係ないので何も言わないでいよう。

 

「そういえば、コレの名前ってなんていうの?」

 

「さぁ?何となく練習し続けたら出来たから、名前なんて知らないよ。つけるのも面倒だったし。」

 

「じゃあオレ達で考えてみようぜ。いつまでも名前がないってのも不便だろ。」

 

「うーん、精孔を閉じるっすから(ヘイ)とか……?」

 

「あ、じゃあそれで。」

 

「早っ。こういうのってゆっくり考えるものじゃねーの?」

 

「結局オレ達何も言わずに終わった……」

 

ゆっくり考えたところで時間が無駄になるだけだ。どうせ名前にこだわっていたって何も変わらないのだから、閉で決まりだ。ブツブツと文句を言っているが知ったこっちゃない。それにキルアはともかくゴンにネーミングセンスはない気がする。

ところで……練の修業は?




ウボォーギンて携帯を間違って握り潰してそう(偏見)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 ヒソカと脅し

練の修行が終わって……というよりか一日で練を習得されるとズシが落ち込みそうだったので途中で止めさせた。適度な休息も大切だ。

 

「じゃあまた明日。」

 

そう言ってゴンと分かれた。部屋の位置の関係でキルアとエレベーターに入った。途端、互いに目配せをする。どうやら考えていることは同じようだ。

 

「……リゼ、気づいてるよな。」

 

「そりゃもちろん。」

 

あいつら……前に話しかけてきた三人組。一人はゴンが負けた奴。どうやらこちらに試合を受けてほしいらしく、私にも声をかけてきた。閉をしていたから丁度いい雑魚に見えたのだろう。

こちらに利点がないので断ったが、多分諦めていない。狙うとしたらズシ。人質にすればこちらに試合を受けさせられる。

 

「……予想通り。だけど少し遅かったかな。」

 

ズシはもう三人組のうちの二人に気絶させられていた。別に助けられない状況ではないけど……助けなくても良いか。

相手は私たちと試合をしたい。私は天空闘技場のルール上、試合を一定期間しないと天空闘技場にいられない。そして相手は雑魚だ。つまり、互いに利点はある訳で……キルアは微塵もそんなこと思ってないだろうけど。人質の価値は生きているからこそ。だからズシも殺されはしないだろうし。

私はただ黙ってことの成り行きを見守った。変に口を挟んでもややこしいことになりそうだったから。

ゴンとは試合をしない。その条件で話し合いが終わるのにそこまでかからなかった。

 

「約束。破ったら……」

 

おそらく暗殺者だったときの名残りなのだろう。多分キルアは殺す、と言いかけた。

 

「ウィングはどうするの?私はともかく、キルアは試合はするなって言われてたけど。」

 

「大丈夫だって。考えがある。」

 

それなら私が言うことは何もない。私とキルアの日程が被ってるから怪しまれるだろうけど。あとは相手が約束を破る可能性も高いな。三人組の一人がいなかったのも気がかりだ。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

部屋から廊下に出ると、十数m程先に見知った赤髪がいた。こちらを見つけると口を吊り上げて気持ち悪く笑ってくる。

私が部屋に戻り、扉の鍵を閉めるまで一秒もかからなかったと思う。どんどん気分が降下していくのをよそにノックが響いている。

ウィングの方には遅れて行くと連絡したので、そろそろ覚悟を決めるしかない。

 

「そんなに警戒してもらっても困るな♠」

 

「……今度は何?」

 

「二人の様子を聞きに♥果実がちゃんと育ってるか、確認も必要だろう♦」

 

「自分の目で確認した方が早いと思うんだけど。」

 

「だからこうして見に来ているんじゃないか♣」

 

「私は食用じゃない……」

 

私の返答を聞くとヒソカは面白そうに笑った。ふざけんな。こっちは鳥肌たつくらい嫌だってのに。私もヒソカの玩具の対象なのかと考えると気分が悪くなる。オーラを向けながら睨みつけてやったが、意に返さないところもイラッとする。

 

「とにかく、二人の様子だっけ?何で私がそんなことを教えなきゃいけないの?私に利点はないでしょ。」

 

「ここにいる間、キミとは戦わない♠」

 

「金輪際関わってこなくても良いけど……まあ、それでいい。」

 

二人の様子と言っても、特に何かある訳ではない。何となく伝えるだけではダメだろうか。詳しくとは言われてないので多分良いだろう。一瞬嘘をつこうかとも思ったが、嘘をついても意味はないので止めた。

 

「念の習得に関しては大丈夫。変に育つことは今のところなさそう。ただし、経験不足故かまだぎこちない。まあ、そこらへんは発展途上だから仕方ないとして、初心者だと侮って試合をふっかけてくる奴はいたけど多分、問題はない。このまま行けば、それなりに形にはなる……と思う。アンタが満足するには足りないと思うけど。これ以上聞く?私としては特に話すことはないんだけど。」

 

「ああ、充分だよ♥」

 

戦うのが楽しみだ、と気持ち悪い顔で体を震わせている。だから嫌なんだ、この変態が。これさえなければ……なくてもきっと嫌いだな。人格を変えないとどうにもならないだろう。マトモなヒソカも違和感が半端ないが。

 

「もう良いでしょ。さっさと帰ってよ。」

 

「客人にはお茶くらい出すのが礼儀じゃないのかな♦」

 

「それは客人だったらの話でしょ?」

 

やっとヒソカは帰るらしい。というか部屋のソファに座らせてやっただけでも感謝してほしい。それに私は、お茶を入れたことはない……のか?覚えてる限りなかったはずだ。当然マグカップもティーカップも、その他諸々の道具もここにはある訳がない。

 

「マチもキミもつれないなァ♣」

 

そう言いながらも、ヒソカはソファから立ち上がった。見てみると身長の分、それだけ手足も長い。戦うときはリーチの差がキツいな。

白く大きな手がドアノブを掴んで捻り、ようやく扉を開いた。廊下に出て姿が見えなくなったと思ったら

 

「知ってるかい♠果実は食用以外でも美味しいんだよ♥」

 

去り際に一言残して行った。私はそれに大きく舌打ちを返すことしか出来なかった。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

コツコツとどこか嬉しそうな足取りで男──ヒソカは歩いた。頭の中で思い浮かべるのは、先程まで自身と対面していたリゼのこと。冷たく睨みつけているその様子を思い返しては、頭の底から湧き出る感情に身を委ねる。

 

(美味しそうだったなァ♦)

 

今の彼女は前よりずっと期待出来るものになった。いや、突然変化したのだ。スイッチが切り替わったように突然。少なくともハンター試験のときは、果実と呼べるほどではなかった。

久々に会うと外面を偽りながらこちらに怯えるばかりで、密かに落胆したのだ。興味を失くしたと言ってもいい。

だが、今は人が変わったように敵意を真っ直ぐぶつけてきた。あれが演技だったとすれば、それはとても恐ろしいことだ。彼女はオーラを操るのに長けているので、有り得ない話ではないが。

 

(念能力、と考えた方がイイのかな♣)

 

思えば、会う度に性格は変わっていたはずだ。臆病、冷静、天然、純粋、辛辣、短気……あまりにも変わりすぎるそれは、念能力と考えれば辻褄があった。多重人格、とも言えるかもしれない。

彼女の念能力は人の居場所が分かるもの、としか認識していなかったが、やはり他にも能力はあるようだ。

何にせよ面倒だとは思う。時と場合によって性格が変わるなら、戦うのにはタイミングが重要だ。期待して裏切られるのは、とても避けたいことだ。

 

(暫く様子を見ておこうか♠)

 

全ては一番美味しくなるときを見極めるため。そしてあわよくば、ゴンとキルアをこちらに来させる餌にしたい。親しい者──リゼと彼らが本当に親しいのかは分からないが──が殺されればきっとこちらを殺す気で挑んでくるはずだから。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ズシ達の修行に更に遅れるとか、今はそんなことどうでもいい。そう思って大きめのベットの中に沈んだ。

 

天空闘技場にいる間はとりあえず安全だけど、いつ私もヒソカの玩具として遊ばれるのだろうか。勝ち目は薄いし、そのときが多分私の命日となるんだろうな。

今後ヒソカに会うとすればヨークシンだから……意外と早いな。幻影旅団もいるし、そっちの方に興味が向いてくれたら良いんだけど。そう簡単にいってくれたら苦労しない。

ウィングの方に参加出来ない旨を伝えながら、思考を巡らせる。

幻影旅団の方が私を気に入っているなら、ヒソカを止めてくれる可能性もあるが……その可能性は低いな。私以外にも人を探すことに長けている奴はいるはずだ。私が消えたって特別困りはしないだろう。

 

いざとなったら逃げようかと思ったが、残念ながらキルアの護衛という非常に邪魔なものがある。依頼を受けたことに今更ながら後悔した。

ヨークシンにいる間はヒソカに会わないようにしようかと思ったが、クラピカの方もあった。ヒソカも幻影旅団の一人だし、会わないことは難しいだろう。

 

もういいや。どうせ考えても無駄だ。

諦めて寝ようかと思ったが眠くはない。修行を見に行くほど気力は残ってない。というか今は外に出たくない。だけど何もすることがない。要するに暇なのだ。

……整理でもするか。部屋の隅にある無造作に置かれた本を見て思った。

整理ついでに部屋の掃除もしておくかと思ったが、実はそこまで汚れてない。そもそも私物が少ない。いくつかの服と本くらいだ。多分物欲はあまりない方なんだろう。家にもそこまで家具はないし。

ああ、家は今どうなっているだろうか。ハンター試験のために出て行ってから、一度も帰っていない。多分埃が積もっているだろう。というかキルアの護衛してたら帰れない気がする。まあ、大して重要なものも置いていないし、愛着なんてないからどうなってもいいのだけれど。

 

「暇だ……」

 

呟いて見ても何か変わるはずもなく。一応練を持続させてはいるけど、それ以外にすることがない。念能力の制約上、人の顔を見ていて損はないので、下を歩いている奴の観察でもしようと思ったが、この高さじゃ人の顔もよく見えない。

それでも何となく外を見ていると、ベットの上に置いてた携帯が振動した。依頼か、連絡か。どちらにせよ今の状況じゃ有難い。画面を見るとキルアからの電話だった。

 

「何か問題でも起きた?」

 

『悪いんだけど、昨日話しかけてきた能面野郎が今どこいるか分かるか?』

 

「分かるけど、経緯だけ聞かせてくれない?」

 

『ゴンにも試合ふっかけてきたから、脅すだけだ。』

 

というか受付で部屋を聞いて張り込みしてれば、確実に会える気がする。まあ、言わないけど。更に詳しく聞いて見れば、最初は試合当日に控え室に行くつもりだったが、私が人探し屋だということを思い出して、早いのに越したことはないと連絡したらしい。

 

「なるほど。じゃあ、料金いらないから私もついて行って良い?」

 

『こっちとしては助かるけど、どういう風の吹き回しだ?』

 

「一応護衛っていう立場があるし、能面……サダソだっけ?アイツがいなくなってくれれば、私は不戦勝になれるでしょ。」

 

だから利点はある。と付け加えると、キルアは納得したらしい。

どうせ金には困ってない。それにアイツ程度を探すだけだったら、料金も少ないだろうし。

電話を繋いで持ったまま能力を発動した。

 

「フィンダー、探す対象は──」

 

『フィンダー?何だよそれ?』

 

「今はちょっと黙ってて。」

 

声に出した方が雰囲気があるので言ったら、キルアに聞かれたらしい。後で尋ねてきそうだな。バラしたところで対策が出来ない能力だから、答えても良いのだけど。

 

名前はサダソ。性別は男で念能力者。あとは特に知らない。名前も噂で聞いたくらいだし。

もういいや。一応キルアを待たせているし手早く済ませよう。

 

「キルアの部屋から一階下の、曲がり角を右に……直接案内する方が早いな。とりあえず今からそっち向かうから、ちょっと待ってて。」

 

『オレの場所も分かってんのか?』

 

「調べるの面倒だから教えて。」

 

扉の近くに掛けてあった帽子をひっ掴んで、廊下に出る。ヒソカがいないのは事前に発動していた能力で分かっていた。オーラは減ったが、ヒソカとまた鉢合わせるよりマシだ。

 

 

何分かかかってキルアと合流した後、絶でサダソの部屋に向かう。しなくても問題ない気はするが念の為だ。

音を立てずにドアノブを回して、ゆっくりとドアを開く。幸いサダソは部屋の奥にいるので気づかれなかった。暗殺者だったときの名残りなのかキルアの動きは音が少ない。

 

サダソの姿が少し見えた瞬間、キルアは動いた。後頭部に触れるか触れないかというところまでナイフを近づける。少し息苦しさを感じる程度に練をして威圧しておく。キルアの殺気にも萎縮してるから、冷や汗の量がひどい。

 

キルアがサダソを脅し終わったので私も帰る。サダソが露骨にほっとしたのが分かる。私としては興味はなかったしどうでもいいけど。

 

「ゴンには今日のこと言わなくて良いの?」

 

「いいんだよ。黙っといて。」

 

「なら、そうしとく。」

 

キルアの顔が、どことなく暗く見えたのは気のせいではないはずだ。私には何を言えば良いのか分からなかったから、黙っておくことにした。





主人公のキャラぶれを能力のせいにしていくスタイルです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 能力とお別れ


特質系に作者は憧れています。


サダソの試合は無事不戦勝となったんだが、他二人の相手は終わってなかった。確かギドと……誰か。それぞれ義足と車椅子だったから、200階に来たときに、初めて念で攻撃されたのだろう。

面倒なので気は進まないが、戦うしかないだろう。

 

まずはギドと戦うことになった。武器の持ち込みは許可されているが、特に持ち込むものはなかった。ギドの方はゴンと戦ったときのようにコマを使うらしいが。

 

開始早々ギドは回転しながら、能力でコマを操る。と言っても単純な動きしかしてないので脅威ではない。それに、コマより多くのオーラがあれば問題ない。

時々オーラをまとった腕で叩き落としながら避け、回転しているギドの目の前まで行く。

 

「さてと、どうしようか。」

 

私の呟きに、手出し出来ないとギドは勘違いをしたようで、ニヤリと笑った……気がする。顔が隠れているので何となくだけど。実際は殴ろうか蹴ろうか迷っただけだ。

 

足にオーラ集めて腹を蹴れば、何かが折れたような声を出してギドは壁の方まで吹っ飛んだ。勢いよく音をたてて壁にめり込んだと思えば、もう気絶していた。もう少しくらいは耐えると思ったんだけど。

 

『──エラ選手の勝利です!』

 

大歓声に包まれる会場から出ると、通路にゴンとキルアがいた。次にギドと戦うであろうゴンは緊張もなく、自信に満ち溢れている顔だ。

 

「お疲れ様、リゼ。」

 

そう言うと、手をこちらに向けてきた……たまにはこういうことも良いか、と思って私も手のひらを軽くそれに叩きつけた。所謂ハイタッチだ。

 

「今度は負けないでよ。また怪我して迷惑かけられるのは勘弁したいから。」

 

「うん!」

 

大きく頷いたゴンを尻目に、私はあることを思い返す。蹴ったとき何本か骨が折れたはずのギドは、果たしてゴンと戦えるのかということを。まあ、ここで言うと空気が壊れる気はするので黙秘しておこう。

結局ギドは試合に出た。ゴンに義足を折られたけど、キルアと戦ってこれ以上怪我をするよりかは良い気がする。

 

ゴンとキルアが残りのリードベルトという奴と戦い、無事勝利を収めたので次は私の番だ。どう戦おうか。私にはキルアのような電気の耐性もないし、ゴンのような方法は警戒されている。

振り回される鞭と迫る車椅子を前に思考を巡らせた。

……ゴンの方法と似てるが仕方ない。思いついたのがこの一つだけだったのだから。ゴンが床を投げるのだったら、私は床を割ろう。

 

一気に前に飛び出した私を見て、相手は驚いた顔をした。まさかいきなり突っ込んで来るとは思ってなかったんだろう。ギリギリ鞭が届かない範囲で右足にオーラを全て集め、勢いよく床を踏みつけた。

こういうパワー型ではないけど、それでもクレーターは出来た。となれば、近くにいたリードベルトは体制を崩すわけで。車椅子だから尚更。その隙にがら空きだった顔面を思いっきり──と言っても死なない程度にした──殴りつけた。

わざわざ顔にする必要はなかったけど、座ってるから一番顔が殴りやすかったんだ。気絶したリードベルトの血まみれになった顔を見て、私にしては珍しく少しだけ……ほんの少し悪いなと思った。あの様子じゃ歯も何本か、それに鼻の骨も折れてそうだし。とにかく見た目が酷かった。観客も引いてて歓声を上げるどころではない。私としてはうるさくないから良いけど。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

試合が終わった数日後、ウィングのところへ集まると、念の四大行と呼ばれるものの最後……発の修行をするらしい。まずは自分の適正を見極める。その方法はいくつかあるけど、一番簡単な水見式だ。

グラスに水を注ぎ、その上に葉を浮かべる。ちなみにウィングは強化系だった……強化系は単純な奴が多いらしいが、まさかウィングも……?

 

「あ、そうだ。オレ達がやる前にリゼもやってみてよ!」

 

「……良いけど。どうなるかは私も分からないからね。」

 

「どういうことだよ?」

 

「能力の関係上、反応が変わることがこれまでに数回あった。」

 

「ちなみに、リゼさんの能力は?」

 

「別に教えても損する訳じゃないし、どうしてもって言うなら後で話す。」

 

キルアにはフィンダーと言ったのも聞かれているし、変にはぐらかすよりかは大まかに伝えた方が良いだろう。制約の詳細は絶対教えないけど。

そんなことを考えながらグラスに手をやり、その場で練をした。

 

「見たところ変化してないけど……?」

 

「もしかして才能ないとか?」

 

「そんな訳ないでしょ。ちょっと見てて。」

 

グラスを掴み、そのままひっくり返す。本来なら水が勢いよく落ちるはずだが、私の念で変化した水は溶けた飴のようにゆっくり机に落ちた。要するに、水が粘性になる。どっちかと言うと、飴より接着剤に似ている。一応水だから食べる──飲むと言うのか?──こともできる。喉に張り付くことがあるかもしれないが。

ちなみに私が雨の日に外で練をすると、雨が全部ベタベタするのでとても動きづらい。雨の日は絶対戦闘したくない。

 

「つまり……リゼさんは特質系すっか。」

 

「まあ、()()そういうことだ。」

 

「すごいんですけど……これ、どうやって落とせば良いんでしょうか?」

 

「あ………水だから、実害はない?はず……」

 

グラスと机にへばりついている水は、私にも取り方は分からない。ウィングの表情は笑ってるが、メガネの奥にある目が笑ってなかった。

そしてどこからか雑巾を取り出し、私を見てきた。これは私が悪いので、大人しく受け取っておく。三人も黙ってその様子を見ていた……気まずいから何か言って。

 

「……聞きたいのは私の能力、だっけ?」

 

机を拭いている間、何もしないのは時間の無駄なので、今のうちに先程言っていたことを済ましておこうと思う。

 

「確か……フィンダーって言ってたよな。」

 

「人探し屋の名前そのままの能力って言えば分かる?逆に言えばそれだけだから、戦闘には全く向いてない。」

 

「キルアの家が分かったのも?あのときは何もしてないように見えたけど……」

 

「念が見えなかったからでしょ。私の能力にエフェクトなんて出ないから。」

 

発動したことが分かりやすい能力なんて使いづらい……キラキラしたエフェクトなら目くらましになるか?

 

「反応が変わるのもその能力なの?」

 

「いや、それは別の。ややこしく言うと……自分を変えられる能力ってところかな。」

 

「全然わかんないっす……」

 

まあ、分からないように言ってるし。別にこの能力について説明しても良いんだけど、相手の能力について考えるのも修行だ。面倒だったとか、そういうことではない。

 

「うーん……リゼ、何かヒントとかない?」

 

「ヒントはさっき言ったでしょ。水見式の反応を変えられるって。とは言ってもほんの少しだけなんだけど……」

 

思考するのが苦手なゴンには少し難しいか。今も頭の上に?が浮かんでる。キルアは何となく分かってきそうだ。ズシはゴンよりマシだけど、正解にはたどり着かなそうだ。

三人の様子を見ながら、雑巾を片付ける。綺麗になったグラスは水を入れて葉を浮かべ、机の真ん中に置く。

そういえばウィングが何も言わないけど、私の能力は分かったんだろうか。

 

「思いついたら答え合わせしてあげるから。とりあえず、三人の水見式始めるよ。」

 

考え込んでいた三人も、私の言葉で水見式に意識が移ったようだ。あのまま考えていてもゴンあたりは終わらなそうだし。

最初にゴンが水見式をすることになった。結果は何となく予想がつくけど。

 

「水が増えた?」

 

やっぱりゴンは強化系だ。顔見知り(ウヴォーギン)に似て、単純だからそうだと思ったんだ。

残りの二人も水見式をして、キルアは水の味が変わる変化系、ズシは葉が動く操作系だった。それぞれの反応がより顕著になるように毎日修行をするようにと、ウィングに言われていた。

後片付けが面倒なので、私は気が向いたらにしよう。

部屋までの帰り道。キルアが何か言いたそうだったので横目で盗み見る。多分私の能力についてだろう。

 

「なあ、リゼ。さっきの話なんだけど、お前の能力って……過去をなかったことにするとか、そういうやつか?」

 

「まあ微妙に違うけど、おまけで正解。にしてもよく分かったね。正直ここまで早く分かるとは思ってなかった。」

 

「お前の性格だ。」

 

「性格……確かに()()()()()か。」

 

「そう言うってことは、やっぱ自分の性格を能力で変えてたんだろ。多分それだけのために能力つくった訳じゃないよな?」

 

「大当たり……少しだけ私の能力について話そうか。」

 

ゴンには聞かれても伝えるなよ。そう付け加えて言えば、キルアは大きく頷いて肯定した。考えさせることも重要だと分かっているのだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「私の能力は──全てを記憶して、忘れること。」

 

「……それ、矛盾してねーか?」

 

「そう言いたいのは分かるんだけど、これには深い訳があってさ。長いから今日は割愛しとくよ。全てを一瞬で覚える……瞬間記憶みたいなのと、それを部分的に忘れる能力。二つでセットになってる。」

 

語るには時間が全然足りない。それに、教える気は最初からなかった。自分でもたまに無駄だと思うこの能力だが、それでも便利ではある。

 

「自分の人格形成には幼少期が深く関わってるのは知ってる?もちろん遺伝とかも関係してくるんだけど、私の場合はそれをちょっといじくって部分的に忘れる。すると今までとは違う人格になるって訳。まあ、あくまで私だから本質はそこまで変わらないし、単なる私の考察だけど。」

 

「念の系統が変わったってのは?」

 

「才能とか素質とかは生まれ持つものだけど、育った環境によってそれが開花するかは変わるでしょ。私の場合は運良く二つの系統の才能があって、本来ならどちらか一方になるはずだった。」

 

キルアが暗殺者としての才能を開花出来たのは、ゾルディック家に生まれたから。言葉にはしてないが、充分察したらしい。

 

「今の私の系統は特質。だけど、能力で具現化にもなれる。ちょうど中間くらいの曖昧な感じにもね。」

 

「何を具現化すんだよ?」

 

「そこは秘密。またいつか教えるよ。」

 

いつになるかは分からないけど、というのは言わないでおく。互いの能力をを把握したいときに言おう。

どうせ知られても弱みにはならないが。それでも隠すのは大切だ。キルアが出ていったのを見て、内心独り言ちる。

だって、私が具現化するのは武器ではない。ただの本だ。私の記憶を詰め込む、というのが初めにくるけど。

 

落し物の探し方(ロストリメイク)

全てのことを記憶し、具現化した本に記憶を移すことによって、忘れることが出来る能力。最初は本はいらないはずだったが、本を具現化しなければならないという制約で、より細かく忘れられるようになった。

思い出すときには、その記憶が載ってるページを自分で破れば良い。他人が破っても効果はない。ちなみに、どれだけ忘れてページが増えても、見た目は変わらず漫画の単行本くらいの厚さだ。

耐久性は普通の本と同じで、火でも燃えるし、湿気や水でふやけることもある。攻撃には全く使えない。その代わり、オーラを全然消費しない。常時発動してるから、コスパの良さに重きを置いている。

 

一番最初は、全てのことを記憶するだけの能力だった。ずっと覚えていたい、と無意識に願うことで作り上げてしまったもの。覚えていたいのに、忘れるための能力を後からつくるなんて皮肉なものだ。私は何を覚えていたかったのか、もうそれすらも忘れてしまった。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

それから何事もなく時間が経過し、水見式を終えて──掃除が大変なので、という理由で私はやってない──とうとうヒソカとゴンの試合当日になった。修行が大半だったのでとても暇な日々だった。

ゴンが勝利する可能性?ゼロに近いな。ヒソカも油断してるし、一発殴るくらいなら出来そうだ。そんなことを思いつつ、私は観客席に座っている。

結果は目に見えているので、個人的にはわざわざチケット勝ってまで観に来る必要はなかったが、ズシとウィングに誘われたのだから仕方ない。あとはついでにキルアの護衛。

うわ。ヒソカに気づかれた。距離はあるのに何故だ?というかこっちを見て笑うな、ゾッとする。

 

「リゼさん。あの人とは友人っすか?」

 

「いやいや、赤の他人。強いて言うなら仕事上での客。それ以上でも以下でもない。」

 

ヒソカと友人とか有り得ない。勘違いでも困る。玩具とか果実とか、人をそう呼ぶところは百歩譲っていいとして、戦闘狂なのは私的にアウトだ。戦わないことが一番良い。

 

「一つ思ったんだけど、人探し屋ってそんな需要あるのか?」

 

「一般的には生き別れた親族だったり、生死不明の知り合いだったりを探す奴がくるけど。裏だと賞金首ハンターとかが依頼するくらい。」

 

一部団員の収集に依頼してくる奴もいるけど。アイツらはあくまでも例外だ。ヒソカは遊びたい相手を追い詰めるのに依頼してくる。

 

「だから依頼数はあんまり多くないんだけど、その分値段の方を高くして稼いでるってこと。賞金首なら尚更高いよ。ウィングとズシも探したい人いたら連絡して。」

 

「は、はい。分かったっす……」

 

値段が高いのを恐れてる顔だ。ズシ相手にそこまでぼったくりはしないよ。

 

「大丈夫。相手が賞金首だったり、ゴンみたいに私に案内しろって依頼内容だったりしなきゃ億はいかないから。」

 

「千万はいくんだな……」

 

「そこは想像に任せるよ。」

 

生き別れた親族なら、どんな値段を払ってでも会いたいという事例は多い。私に居場所が探せなかったら料金はとってないので、まだ良心的だと思う。

ようやく開始した試合を眺めつつ雑談を続けていれば、どうやらゴンはヒソカを殴ることが出来たようだ。プレートを差し出している。解説も何が何だか分からないだろうに、それでも仕事をしているのはすごい。私は全く聞いてないけど。

 

ぼんやりと眺めていれば、そこまで長引かずに試合は終わった。結果は言わずもがな。まあ、怪我が少なくて良かった。

 

そして、ゴンがヒソカを殴れたということは、天空闘技場を旅立てるということ。つまりはヒソカから離れられるということ。顔には出さないが、心の中でガッツポーズしている。

私がゴンから依頼料をぼったく……もらったので、目的の一つでもあった手持ちの金を増やすのは無理だったが、ハンターライセンスを使えるだろうし大丈夫だろう。多分。

 

「じゃあ、機会があればまたどこかで。色々ありがとね。」

 

「オス!こちらこそお世話になったっす!ありがとうございました。」

 

「……ズシ。」

 

「何すか?」

 

勢いよく礼を言うその様子に、つい言葉をこぼした。二人はもう歩き始めてしまっているし、元々言うつもりじゃなかったけど。この際それはいいだろう。

 

「才能の差ってのは簡単に埋めれるものじゃない。私だって今はこうでも、実力だけならすぐ二人に追い越される。でもズシにはその分多くの時間がある。この歳から念を始めて努力したというのは、大きなアドバンテージになるはずだ。私のキャラじゃないけど……途中で折れるなよ、ズシ。これでも期待はしてるつもりだからさ。」

 

「ッオス!!」

 

目を真ん丸にして驚いた後、ズシは勢いよく頭を下げた。思わず短く切られた髪の上に手を置いた。たまにはこんなセリフを言うのもアリだな。

 

「リゼさん。私からもありがとうございます。私からも声をかけたのですがそれでも落ち込んでいましたから。」

 

「どういたしまして。ウィングも会えるなら、またどこかで。」

 

手を振りながら、少し先で私を待っている二人のもとへ走る。

私らしくないことをしたな、とは思う。何となくズシのことを気に入っていたともあるが、多分一つの目標に向かって努力する姿を、昔の私と重ねたのだと思う。ズシのように素直ではなかったけど。

 

「遅えよ、リゼ。」

 

「何を話してたの?」

 

「まあ、色々?」

 

こういう出会いがあるなら、この旅も良いんじゃないだろうか。そう思いながら私は前を向いた。





主人公がズシ贔屓になった気がしますが、この後出番はないし、なんなら能力で忘れる可能性もあります。
能力を活用して性格と系統が変わるってのも、理論はめちゃくちゃですがあんま気にしないでください。作者はそこまで深く考えてません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 帰宅と記憶

遠くから聞こえる鳥のさえずり。後ろを振り返れば見える青い海と、そこに浮かぶ船。

……思った以上の田舎だ。空気は美味しい気がするが、特筆することもないただの島。

ここはゴンの故郷であるらしい、くじら島。私としても多分来たのは初めてだ。一回来てるはずなら、島の名前くらい覚えているはずだから。

 

ゴンについて行きながら、道を行き交う人々の顔を盗み見る。探し人(フィンダー)を発動するには、顔を覚えることが必要だ。くじら島に来ていないのなら、当然ここに住む人の顔を私は見ていない。ここの人を探す機会があるのか分からないけど、見ておく分に損は無い。

 

何分か歩いていると、こじんまりとした家が見える。多分そこがゴンの家だろう。家の前に女性がいる。ここからじゃ遠くて顔は分からないけど、ゴンの家族か保護者だろう。

 

「二人もお客さん連れて帰ってくるなら連絡してよ!何にも準備してないのに!」

 

「いえ、お構いなく……」

 

と言っても聞かないだろうな。もう既に慌ただしく走り回っているし。椅子に座って落ち着いているお婆さんとの対比が著しい。一般家庭の様子に慣れていないキルアが目を丸くしている。かくいう私も、どうしたらいいか分からなくて動けないのだけれど。

 

「とりあえず手洗いしてから洗濯物出しといて!女の子の方「リゼです。」リゼちゃんは先にお風呂入ってて!あ、着替えは大丈夫?私の貸そうか?」

 

「自分のあるので大丈夫です。」

 

「いつもこんなんか?」

 

「うん……」

 

バタバタと駆け回りながら、こちらに指示する声が飛ぶ。言われた通り、私は大人しく風呂に入って来よう。ところで、洗濯物は私も出すのか?三人分も洗濯するのは大変だろう。頭に疑問符を浮かべながらも、一応指示には従っておいた。

 

慣れない入浴剤の香りを感じながら首までお湯に浸かると、丁度いい温度で体が芯から温まる。他人の家の浴室ということで慣れないが、こういうのを極楽と言うのだろう。

そういえば、こんな風に風呂に入るのは久しぶりだ……勿論毎日シャワーで体の汚れは洗い流していたが。ゆっくり湯に浸かることが少なかっただけで。

自分の体を見下ろすと、大小様々な傷跡が目に入る。そこまで多くはないが、服で隠しておいた方が良いか。この傷跡を嫌っている訳ではないが、こういうときは面倒だ。あとは変装するときとか、見た目は良い方だと思うので余計に。

さすがに何十分と長居する訳にはいかないので、充分に温まった後浴室から出た。髪を乾かすのは面倒なので、ある程度拭いていつものように放置しようと思っていたら、食事の準備をあらかた終えたゴンの保護者──ゴン曰くミトさん、らしい──が近づいてきた。

 

「あ、ドライヤーはこっち。好きに使って良いからね。」

 

「いえ、別に髪には気を使わないので……」

 

「そんなに綺麗なのに勿体ない……じゃあ、もし良かったら私に髪を乾かせてくれないかな?」

 

なされるがまま、と言うべきか。楽しそうに輝く目を前に、私は断る理由も方法も持ち合わせてはいなかった。

ドライヤーから送られる温風は思ったより心地良かった。顔は見えないけど、ミトさん──何日かお邪魔させて頂くので、一応さん付けで呼ぼう──も楽しそうで何よりだ。

 

「私、小さい頃は妹が欲しかったんだ。こんな狭い島じゃ遊び相手も少ないし。リゼちゃんは兄弟欲しいとか思ったことある?」

 

「よく覚えてないですけど、なかったと思います。」

 

よく覚えてないというのは方便で、実際は能力で忘れただけだ。幼少期の私の細かい心情など覚えていても役にたたないからだ。

にしても、兄弟か……色々と面倒そうだから一人で良い気がする。

 

「リゼちゃんは、どこら辺の出身なの?あ、嫌だったら答えなくても良いよ。」

 

「……北西の方にある小さくて寒さが厳しい雪国でした。その代わり漁業は盛んで、この島みたいに船が多かったです。観光客は少なくてつまらない所でしたけど、いい所でした。」

 

真っ赤な嘘だ。私の出身なんて全く覚えてない。捨てられた場所も人には言い難いし、言ったら気を使われるのは目に見えている。口下手じゃなくて良かった。

それからも他愛ない話、特にゴンが迷惑をかけていないか聞かれた。本音を言うのは遠慮して軽く否定をしておいた。心配そうに聞かれると、ゴンの単細胞なところに困ってるなんて言えない。

 

「よし、出来た!勝手に結んじゃったけど良かったかな?」

 

「ありがとうございます。こちらこそ、忙しいのに良かったんですか?」

 

「大丈夫よ。ここには女の子も殆どいなくて、自分以外の髪の手入れをするのは久しぶりで楽しかったの。」

 

後頭部をゆっくり撫でていると、ミトさんが鏡を差し出してくれた。ハーフアップだっけ?これ。よく見てみると細かく編み込まれている部分もあって、私には全く分からない髪型となっていた。知識として女性向け雑誌も読んでおくべきか。

 

私の母親が、私に似ていたら──

 

──こんな見た目だったんだろうか?ふと過ぎった考えを確かめてみたくなった。母親のことは一ミリ足りとも覚えてないが、落し物の探し方(ロストリメイク)を発動すれば思い出せるだろう。何なら父親の方も思い出そうかな。

そう思って本を具現化させた途端、ミトさんの私を呼ぶ声が聞こえて来た。どうやらゴンとキルアの二人が風呂から上がったらしい。まあ、急ぐことではないし、今しなくても良いだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

食事を美味しく食べて、二人は近くの森に行くらしいが、私は港の方に行って来よう。そう思っていたら、出かけるならと、ミトさんの服──サイズを間違って買ったらしいもの──を着せられた。私は地味なTシャツやパーカーが落ち着くので全力で拒否したが、結局その願いは聞き届けてもらえなかった。

行く前からとても疲れたが、まだ島の住民全員の顔は見れてないので、気を取り直して進むことにする。

それに、母親のことも思い出したかったし。暫く進んで周りに誰もいないことを確認すると、落し物の探し方を発動した。

 

地味な表紙──別に何も書かれてない──をめくると、すぐに母親と父親らしき人について書かれたページが見える。書かれたと言っても内容はページを破らないと理解出来ない。思い出したいものが明確に定まっていると、こんなふうに最初に出てくる。

忘れた分だけページがあるので、一々探していたらキリがないのだ。

そう思いつつ港に行く途中の木陰に座り込み、ページを数枚勢いよく破った──

 

 

───

 

『エリーゼ。良い子にしていてね。』

 

『うん!おかあさん行ってらっしゃい!』

 

おかあさんは夜、家にいない。お仕事に出かけちゃうから。帰って来るのは私が眠った後。でもね、それは私のために働いてるんだって。私のおとうさんはまだいないけど、きっといつか私とおかあさんを迎えに来てくれるの。

私の髪はおかあさんとお揃いで、街の皆からとっても可愛いって褒められるよ。私の目だけはおとうさんと同じで黄色なんだって。でもおかあさんの青い目もキレイだから、私はそっちの方が良かったな。

 

おかあさんのお仕事は、キラキラした服を着て男の人とお話すること。やってみたいけど、お酒を飲むから大人になるまでダメって言われた。

一回だけおかあさんのお仕事を見たことがあるの。お化粧してて、お姫様みたいだったよ。それでみんなにエリーゼって呼ばれてた。おかあさんは私じゃないのにどうして?って聞いたら、エリーゼの名前は可愛いから借りたんだって言ってた。

 

 

『ねぇ、おかあさん。どこに行くの?お仕事?』

 

『ちょっとだけここで待っててね。すぐに戻るから……』

 

『うん、分かった……行ってらっしゃい。』

 

ねぇ私、良い子にして待ってるから……早く帰って来てね。ぜったい私を見捨てないでね。

 

寒いな。遅いな。

まだかな。

おかあさんはどこにいるの?

どこ?

 

 

私の母親は風俗嬢で、街の人の話を信じるならば、父親は私たちを残して蒸発。それが真実。私が産まれる前から働いている仕事の源氏名を、母親は娘である私につけた。何故そんなことをしたのか、今となっては分からないが、私はエリーゼという名前が嫌いだ。

叩きつけるような雨が鬱陶しかった日。私を置いて母親はどこかへ行った。仕事場に行くなら、私を流星街に置いて行ったりしないはずだから、きっと元から私は捨てられる予定だったんだろう。捨てるのだったら、最初から育てなければ良かったのに。そうすればちゃんと嫌えたのに。

 

母親は私を捨てた。

そのことが頭では分かってる癖に、無意識に母親を忘れたくないと望んで、落し物の探し方(ロストリメイク)を作ってしまった。唯一幸運だったのが、自分の適正の系統の能力だったことだろう。

 

捨てられた日から何年経っても、母親がどこにいるかを知りたかった。母親は私を捨てたのではなく、私を迎えに来れなかった事情がある……なんて考えを持って。

自分でも馬鹿な考えだって分かってる。そしてそれが可能性の低い話であることも。でも、何をしていたって頭の隅にはずっと母親のことがあるんだ。そう、それが鬱陶しくて仕方ないから。

だから探し人(フィンダー)を作った。

最初から人探し屋をするつもりはあったから。母親がどこにいるか調べるのは、能力を試すためだから。誰に聞かれている訳でもないのに、気づいたら必死に言い訳をした。

緊張と僅かな期待で震える手を見ないようにして、対象を設定した。それで、ついに探し人を発動した。

 

『え……』

 

 

頭の中に情報が流れ込んでくることを覚悟したのに、それが起こることはなかった。要するに、探せなかった。その理由には心当たりしかなかった。自分で制約をつけたのだから当たり前だが、そのときだけは気づきたくなかった。

そう。死人のことは探せない。そういう制約だった。死んでしまっていたら、何もできない。

だから何故私を捨てたのかも分からずじまい。その理由だけでも知れれば良かったのに。昔みたいな生活が出来るとは思ってなかった。期待してなかったと言えば嘘になるが、一回会って話すくらいは許されると思っていたのに。

現実は私に優しくなかった。流星街にいたときから理解していたはずの事実が、私の心にのしかかった。

死んでいるのなら、こんな記憶も覚えていたって意味が無い。ただ虚しいだけだ。

だから私は落し物の探し方に忘れられる能力を付け足した。

 

 

───

 

 

後味悪いというか、煮え切らないと言うべきか、母親の記憶は予想以上に嫌なものだ。どこか他人事のようにそう考える自分がいた。

こんなものなら思い出さない方が良かった。母親の見た目なんて気にしない方が良かった。

 

リゼという名前で呼ばせるのも、自分の名前が嫌いだったからで。偽名に使った『エラ』だって母親の名前じゃないか。記憶がなくても、無意識に癖となっていた。

落し物の探し方(ロストリメイク)を使っても本質は変わらない。つまりは、ずっと私は無意識に母親を追い求めていたのだろう。

母親のために能力をつくって。いつまでも過去に引きづられて。とても自分が馬鹿なことに気づいた。悲しくはないけど、無性に泣きたくなった。泣いたって何も変わらないのに。

 

過去の私の判断は正しかった。記憶に引きづられて鬱々とした気分になる。きっと今は酷い顔をしている。いっそ母親に瓜二つなこの顔も無くなってしまえば良い。そしたら少なくとも人攫いに狙われることはなくなるな。

 

「ああ……どうせならミトさんみたいな人が良かった。」

 

あんな人が保護者なゴンが羨ましい。もし、私もそこに産まれていたなら、戦いとは無縁の生活を送れていただろうか。そう、私が望んでいる生活を。

土台無理な話だと、くだらない妄想を自嘲して具現化した本を抱える。もう二度と思い出さないように。

私と似た女性を忘れながら、深くため息をついた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

プッツリと、突然始まったビデオのよう。直前のことを忘れると、いつもこんな感覚に陥る。まあ、あながち間違ってないんだけど。

思い出そうとしていた母親の記憶は、とても不愉快だった……ということだけ覚えていて、肝心の内容は全く覚えてない。私がそう判断したなら、私もそれに従おう。ややこしいな。この言い方だと私が二重人格っぽくなる。能力を使って性格を変えれるのだから、二重人格と言っても過言ではないんだが、ちょっと違和感がある。

木陰から出て明るい空を見上げると、予想以上に日が昇っていた。落し物の探し方は思い出すのは一瞬だが、私自身が記憶を理解するのに時間がかかる。

太陽だけでは時間は正確には分からないが、出発してから大分時間が経ってしまったことは分かる。港に行くついでに、とミトさんから買い物を頼まれているのだから、あまりに遅いと心配されるだろう。

腕時計でもつけていれば良かったな。手首に何かついているのは嫌なので、そう思っても行動には移さないのだけれど。

 

それから港について、市場を歩き回っていたら数時間が経過していた。市場自体は何の変哲もなかったのだけれど、わざわざわ来たのだし数十分で戻るのは惜しかったからだ。

途中で頼まれていた魚を買っていたら、おまけを差し出されることがよくあった。まあ、見た目だけなら綺麗だろうし、タダなので有難く受け取った。

 

戻る最中でふと後ろを振り返ると、夕日が水平線に沈むのがよく見えた。帰り道に夕日……ああ、何だか穏やかな気持ちになる。まるで私が普通になったように錯覚するような。

今だけは暫くこんな気分に浸っていても良いだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 ゲームと


土曜に間に合わなかったし、なんなら急いで書いたので色々おかしなところはあると思います。ゴメンなさい。


「グリードアイランド?とんでもなく高いゲームの名前でしょ……」

 

外でのんびりと日光浴をしつつ微睡んでいたら、無情にもゴンとキルアが叩き起こしてきた。そして開口一番、謝るでもなく発したのは、グリードアイランドというゲームを知っているかという質問だった。まだ夢半ばの脳でも正確に答えた私に感謝してほしい。

 

「何でそんなこと聞くの?そこまでゲーム好きだっけ?」

 

「もしかしたら、ジンの手がかりになるかもしれないんだ。」

 

「それを早く言えって。」

 

それなら早く協力したのに。一瞬で眠気が吹っ飛んだ。詳しく話を聞くとミトさんから、ジンがゴン宛に用意していたものを受け取ったらしい。そこにグリードアイランドのカードが入っていた、と。

 

「私も詳しくは知らないけど、買うのに最低でも九十億くらいないと無理だったはず。」

 

「九十億……」

 

「それで最低かよ……」

 

「まあ、ハンター専用のサイトで情報取り扱うやつあるから、多分それ使ったらもう少し分かるんじゃない?確か『狩人の酒場』って名前の。」

 

ハンターライセンス目当ての奴らが集まって来るから、ここじゃ使えないけど。九十億という言葉に慌てている2人に言い放った。

 

「その様子じゃ資金も足りないでしょ?まずは金稼ぎも兼ねて都市に移動する方が先。なんならクラピカとレオリオより先にヨークシンに行っても良いし。」

 

この二人に金がないのも半分私が理由なんだけどね。一億以上依頼料としてゴンから貰ったし。その責任として協力はしてやろう。何にしても一回、機械設備が整っている場所に行くべきだな。

ヨークシンにはあまり近づきたくないけど、九月じゃないからまだギリギリ幻影旅団は来ていないはず……多分。というかそう思いたい。どうせ九月にもヨークシンにいる予定だけどな。

嫌な未来を想像して私は深く溜息をついた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

ミトさんに約一日分の感謝を伝えてゴンの実家を後にした。何故か一番別れを惜しんだのが私だったが、ゴン曰くいつでも会えるから、らしい。大事な人が突然死なないとは限らないのにな。

目的地はもちろんヨークシン。このルートだと……そうだな、あそこに寄ろうか。

 

「二人とも、私の家に来る気はある?扱いで言えば一応『人探し屋』の事務所になるんだけど。」

 

家って言ってもここ最近はずっと帰りはしなかったけど。ハンター試験やら依頼やらで忙しかったから仕方ない。その考えを読んだのか、キルアが隣にいたゴンに話しかけた。

 

「どうするゴン?半年くらい帰ってねぇなら、ゴミ屋敷になってる可能性も……」

 

「確かにその可能性は充分有り得るけど、出かける前にゴミは捨てたし、多分せいぜい埃が積もってるくらいだから安心して。」

 

「じゃあ逆に物が全く無かったりとか?」

 

「いやいや、ちゃんと家具くらい置いてるよ。」

 

但し依頼人を応接するスペースだけだが。私室はほぼ何もない。ミニマリストというか、あまり家具には興味ないし、これと言った趣味もない。それに、よく外出しているので家にいる時間も少ない。家具を置く方が無駄だろう。

 

「今から宿泊先今から見つけるのも時間かかるし、そこまで言うなら行こうよ。」

 

「しゃーねーな。そうと決まればさっさと行こうぜ。」

 

よし。掃除の人手は手に入れた。私自身も家の状態がどうなってるか知らないので、そんなところを一人で掃除したくはない。

 

家の方向を知っているのは私だけなので、私が前に立って進む。途中途中しっかりゴンの足音で着いて来ているかは確認しているから、きっとはぐれることはないだろう。郊外の森を進んでいるから、足音が聞こえやすい。キルアは前の職業柄、足音は消されてるんだけどね。

 

十分程歩くと、開けた土地と一軒の家が見えてくる。勿論我が家……というか、人探し屋本店?支店も建てる予定はないが。

劣化した扉の張り紙を取り、扉を開けた。埃っぽい空気が押し寄せて来るので、咄嗟に服の袖で口元を覆った。

 

「お邪魔しまーす。って、わ!」

 

ゴンの驚きつつも咳き込む声をBGMに、とりあえず明かりをつけると部屋の様子が益々見えた。天井の隅には蜘蛛の巣が張ってあるし、床にも机にも埃が積もっている。埃っぽいので掃除以前に換気が必要かな。

 

「悪いけど、窓片っ端から開けて来てくんない?自由に部屋は見て良いから。殆ど空き部屋か倉庫だけどね。」

 

「結局こーなるのかよ!」

 

「埃が飛ぶから一旦落ち着いて。」

 

キルアは更に文句を言いたげだったが、ゴンに半ば引きづられる形でついて行った。名門育ちのキルアには慣れないだろうけど、我慢していてほしい。

蜘蛛の巣を取り、埃を叩いて棚を拭き、掃除機をかけて……落ち着いて座れる頃には数時間が経過していた。

 

「はい、勝手にコーヒーにしておいたけど良い?まあ、お茶請けになる菓子はないけど。」

 

「……最初の目的は忘れてねーよな?」

 

「それは勿論。けど、起動してる最中だからもう少し待って。」

 

棚の奥に、一度も使っていないコーヒー豆があった。見た目だけを重視して買った、恐らく最新型のコーヒーメーカー──いつ購入したかは忘れた──を見つけた。

応接室は落ち着ける空間になるように金をかけたので、少しの時間を待つには最適な空間だと思う。

座っているソファは質がいいし、上から吊り下げられてる明かりは、装飾が華美すぎることもなく照らしてくれる。壁にはシミひとつなく、雰囲気のある謎の絵画──芸術が全く分からので、良さも分からないが── が掛かっている。色々高級だが、成金めいた感じはないはずだ。

それもここだけのことだが。

一度奥の廊下に出れば、全くと言っていい程装飾品がなく、シンプルな空間がひろがっている。悪くいえば殺風景。

個人的には殺風景な方が好みだ……収納と寝具さえあれば良いと思う。そう話したら二人には呆れられたが。

 

「パソコンは細工してるから、探知されることはないよ。」

 

年に数回使うかどうかのパソコンで、宝の持ち腐れだから存分に使ってくれ。自分でも何で買ったか忘れるくらいどうでもいいんだ。

暫く時間がかかりそうなので、私は私室の方にいる。グリードアイランドは二人から聞けばいいや。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

暫くして二人から話を聞くと、私の記憶は大体合っていたらしく、最低でも八十九……ほぼ九十億近くの金が必要らしい。

 

「こっちでも思い出して見たけど、今年はオークションに運良くグリードアイランドが大量に出回るらしい。ただ、多分百億あっても無理だ。」

 

「どうして?」

 

「バッテラっていう大富豪が、ここ数年グリードアイランドの本体を買い占めてるらしいから。この期間でそこまで稼げるわけが無いし。」

 

「リゼの金合わせても、か?」

 

「百五十億超えてから数えてないけど、結構厳しいよ。個人的にはジンの情報欲しいし、手に入れたいんだけど。」

 

「百五十億?!」

 

だって使い道ないし。幻影旅団(クモ)の依頼が来てくれれば、なんとかなるとは思うけど……そんな都合よく来るわけないか。危険すぎるからか、あまり幻影旅団を探す依頼はない。きっとクラピカみたいな奴を除いて。

まあクラピカもそんな金持ってるわけないか。望みは薄い。

 

「二人が裏仕事受けられんなら良いんだけど。さすがにそれは難しいか。」

 

「裏仕事って……?リゼは受けたことあるの?」

 

「そりゃあ勿論。麻薬の運搬とかお偉いさんの護衛、これまたお偉いさんの誘拐から、どっかの組織の裏切り者とか賞金首の抹殺まで、本当になんでも。人探し屋始める前は受けてたかな。」

 

何故だか急に静かになったので、二人の方を見たらキルアは気まずそうにゴンを見て、ゴンは怒ったような戸惑っているような顔をしていた。

 

「何でリゼはそんなふうに軽く言えるの?それで死んだ人だっているんでしょ?」

 

自分が間違っていないという目で見てくるゴンはとても眩しく、それと同時にとてもイラつく。私からしたら、何故ゴンがそんなことを言えるのか理解出来ない。

 

「それがどうかしたの?死んだのはそいつが私より弱かったからでしょ。違う?」

 

「それでも、その人にだって家族がいたはずでしょ?何でそれを知ってて簡単に人を殺せるの?!」

 

「はぁ?」

 

「ゴン、一旦落ち着けって……」

 

ゴンの視界を遮るようにして、キルアはゴンの目の前に立った。私を落ち着かせるためかもしれない。ゴンの背後にある窓に写った私の目は、とても冷たかった。なんならゴンがジンの子じゃなかったら、殺していたと思う。

 

「……ゴン。アンタの常識が私と同じだと思わないで。私にはこういう生き方しかなかった。そんな世の中にしてきたのは私じゃない誰かで、私は自分が死なない為に行動してきただけだよ。それのどこが悪いんだ?」

 

家族がいたら、殺してはいけない?そんな甘いことを考えたら、私はここにいない。それにキルアだって仕事という名目で何人も殺してきているはずだ。私と同じじゃないのか。

 

「ゴンは、良くも悪くも馬鹿だよ。何も知らないからこそ、純粋にいられる。私だって純粋でいられるなら、そう成りたかったさ。」

 

その言葉で頭が少し冷えたらしく、怒りで立ち上がっていたゴンも大人しく私の向かいのソファに座った。その隣に暗い顔をしたキルアも。

 

「二人は流星街を知ってる?」

 

 

───

 

流星街は何を捨てても許される場所だ。ゴミは勿論、赤子だって。そこで産まれた子どもには戸籍すらない。そもそも大人まで生きられるかも分からないところなんだけど、私はそこに捨てられた。大体三歳くらいの頃だったかな。

そこで産まれてない私には戸籍はあるけど、多分もう死人扱いだ。

 

流星街に捨てられた後は死にものぐるいで生きてた。人間の生存本能ってやつ?私だって死にたくなかったから、生きるために何でもした。比喩抜きでね。

流星街はほぼゴミの山だから食料が少ないし、雨風を凌げる場所もない。あっても強い大人たちが取り合って使えないし。非力な子どもが生き残るのは簡単じゃなかった。念の存在に早く気づけたのは運が良かったとしか言いようがない。

念を身につけた後は少し生きるのが楽になった。襲ってくる大人も倒せた……いや、殺せた。殺さなかったら私が死ぬ。そんなときに一々家族がどうだって考えてらんないよ。私は女だったから尚更ね。気持ち悪いおっさんになんて抱かれたくないし。

 

流星街を出てからも生きていくのに必死だった。戸籍で死人ならマトモな仕事になんて就ける訳がない。文字の読み書きも教わってないし、法律とか社会常識なんて以ての外。

金がないなら飢え死にするだけだから、そんなら私みたいな奴も働ける裏の仕事しかないでしょ。流星街出身の奴なら死んでも問題ない使い捨ての道具としては優秀だし。

 

小さい頃からそんな生活してたら、今更変えられないでしょ?私はまだ殺しが好きじゃないんだからマシな方。

 

それでも殺人に抵抗を抱けって?

 

それは我儘すぎるだろう。能力的には出来るけど、過去の記憶の大半を忘れることになる。そうしたら念は体が覚えているかもしれないけど、それでも忘れる前より劣るだろう。

 

『人探し屋』として働く以上、場所を探せる私を狙う賞金首はそこそこいるし、実力が低くなったら私が死ぬ確率が増える。

 

 

───

 

「死にたくないから誰かを殺す。私のやってることはゴンから見たら認められないことかもしれないが、その原因を作ったのは誰だよ?……私じゃないだろ?私は望んで流星街に捨てられたんじゃない。」

 

それでも何か言うの?と睨んだら、ゴンは俯いていて表情は分からなかった。いい気味だと、顔には出さずに心の中で笑っていたら、突然ゴンが顔を上げた。予想以上の勢いに思わず笑いは止まったが。

 

「っごめん!オレ、リゼのこと何も知らなかった!」

 

「ああ、そう。」

 

……で?次の言葉を腕を組んで待つ。自身でも不機嫌な言い方をしたとは思うが、実際に不機嫌なんだから仕方ない。

 

「死にたくないなら、オレとキルアがリゼを守るよ!そしたら殺しはしなくて良いよね?」

 

「……ん?一応聞くけど何でそんなことになったんだ?」

 

ゴンは何としてでも私に殺人をしてほしくないようだけど、それだって我儘だろう。というかそれじゃ私どっかの姫様とか嬢様みたいに守られるの?それは自由に行動出来ないし嫌だ。なんなら二人と一緒にいない方が、クラピカ関係の問題はなくなるから安全なんだけど。

私が言いたかったのは、殺しについて何も口出しするなってことだったはずだけど、一体どこで論点を間違えた?

 

「というか私の行動をゴンが指図しないでよ。他人に人生を左右されたくない。」

 

「でも、仲間でしょ?」

 

誰と、誰が仲間?早く仲間という言葉を辞書で引いて来い。そしてもし仮に仲間だとしても、それが何だって言うんだ?私を二人が守るから私が殺しをしない、もう条件も滅茶苦茶だ。今現在もう裏の仕事── 『人探し屋』は除く──は受けてないのだから、それで納得してくれ。

 

「キルアもそれで良いよね?」

 

「キルアこれどう止めれば良いの?話全く聞かないんだけど……!」

 

ゴンの横で私と同じように呆けてるキルアをぶっ叩いて──中々いい音がした、結構痛そう──意識をこっちにもって来させて相談する。

 

「そんなことオレが知るかよ!?つーかお前が原因なんだからどうにかしろよ!つーかゴン。オレはリゼのこと守るなんて反対だからな!」

 

「私だって知らないし反対だよ!?」

 

二人にまだ力はないから正直言って戦うとき足でまといだとか、二人に守られるのは何か気持ち悪いとか、そもそもいつまで三人一緒にいるつもりだとか、色々言いたいことはあったけど、とりあえず嫌なことは変わらないので、一刻も早く止めたい。

 

説得するのに何時間もかかることを、この時はまだ知らない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18 金策とトラブル


個人的にはウボォーギンがしっくりくるけど、何話か前でウヴォーギンにしていました。短期間で心境の変化があったみたいです。
とりあえず今回はウボォーギン。





口喧嘩──あれを口喧嘩と呼ぶかは謎だが──は、とりあえず殺人を迫られたときに相談する、という結論に収まった収めさせた。

だからグリードアイランドを手に入れるため、金を稼ごうとしているんだけど……予想通りというか、結果は芳しくない。寧ろ減ってる。

そもそも自分たちでオークションに出品して、上手いこと売りつける……なんて上手くいく筈がない。

私はまず何もしてないんだけどね。仕方ない、家の至る所を掃除していたのだから。庭に生えていた雑草は抜いたし、汚れていた屋根と窓も拭いた。他の場所も掃除していたら予想以上に時間がかかった……というのは建前で、実際は協力する気になれなかったから別のことをしていただけだ。

 

金が集まらないのなら、最悪競り落とされたグリードアイランドのゲーム機を力づくで奪えば良い。気は進まないけど、いざとなったら仕方ない。

万が一の場合のためにそんなことを考えつつ二人と一緒に市場を見ていると、後ろから視線がきた気がした。殺気ではなかったので無視していたが、その正体はすぐに分かった。向こうからこちらに話しかけて来たからだ。

 

「よう。三人とも久しぶりだな。」

 

久しぶりに会ったレオリオはそのまま携帯電話を値切り始めた。やたらと声がデカいからギャラリーが出来てる。一桁代で値切る奴なんて珍しいよな。値切る方法は知っているから、少しだけ加勢しよう。

 

「ねぇ、おじさん。もうちょっとだけ、まけてくれない?」

 

ダメ?と普段の三割増高くした声で、首を傾げて尋ねる。少しだけ上目遣いで猫を二、三匹被ったような表情を維持しつつ。そうすれば大体まけてくれる。

後ろから二人の引いた声が聞こえるが全て無視する。

私の容姿だって立派な武器なんだ。自分のものを使って何が悪い。と、随分安くなった携帯電話を片手に持つ二人に力説したが、全く理解はしていない様子だ。金にうるさいレオリオだけは共感してくれたが。ここにいないが、クラピカには苦言を呈されそうだ。

 

「少しでも節約出来んなら良いでしょ。どっかの誰かが所持金減らしたんだし。」

 

「それを言うならリゼだって何かしろよ。」

 

「じゃあ、その何かって?」

 

「うーん……」

 

「やっぱスロットで……」

 

「それで失敗した奴は誰だっけ?」

 

と、こんな調子で話は堂々巡りだ。手っ取り早く金を稼げる方法なんてあったら元から苦労はしていない。かといって、カジノはリスクが高い。深くゴンとキルアと揃って溜息をついたとき、レオリオが口を開いた。

 

「いや、案外良い方法があるかもしれねーぞ。」

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

だだっ広い大通りに何の変哲もない机と、椅子が二つ。手前の椅子にはゴンが座って、キルアは輝くダイヤを持って、レオリオは司会進行。

私はただニコニコ笑って立っているだけ。見た目だけは良いんだから黙って立ってろ、と三人に言われた。髪は鬱陶しいのを我慢してほどき、洋服も一応着替えたので、一般的な少女に見えているはずだ。長袖だから傷跡は見えないはずだし。化粧で隠しても良いが、それには道具も技術もない。

私も後でゴンと代わるのだから、ただ突っ立っているだけが仕事だとも言えないが。

ゴンがしているのは腕相撲で、客の方が勝ったら証明書付きのダイヤを貰える。参加費は一回一万ジェニー。ホイホイと客は寄って来るので、効率的ではないが確実に──それも真っ当に──稼げる方法だと言えるだろう。

 

時間がそれなりに経過したので、渋々──外見には出していないが──交代する。ちなみに参加費が役三倍に釣り上がっても客足が途絶えないのは、ただ単に見た目で侮られてるからだ。その分私は苦戦している演技をしなければならないが、きっと普段から猫を被っているのだから楽勝だ。

 

数人に軽く勝って、早々に面倒になって来た頃、次の対戦相手を見て心臓が飛び出るかと思った。

そこにいたのは幻影旅団(クモ)の団員だったからだ。何故ここに?と思うより前に表情を取り繕った。顔を知っていて、そして知られていなくて良かった。

 

「すみません。女性が参加するなんて思っていなかったので……少し驚きました。お手柔らかにお願いしますね。」

 

なんて言葉も添えれば、きっと何も疑われない。心臓は強く脈打っているし、背中には冷や汗が伝っているけど、バレていませんように。ああ、本当に日頃から猫を被っていて良かった。

 

「レディー……ファイト!」

 

シズク=ムラサキ。そう……間違っていなければ、確かそんな名前だった気がする。比較的新しい団員の一人。

こんなことを考えるくらい余裕はあるのかと言われれば、腕力的には私の方が上だったようで肉体的には余裕──試しの門で鍛えてて良かった──だ。精神的には……まあ余裕な訳がない。負けるか勝つかでとても悩んでいる。

 

……勝つしかないよなぁ。負けたら三人がうるさそうだし。ダイヤくらい私の金で買えるが、少しでも資金を減らすのは避けたい。

 

そもそも常人なら、幻影旅団の団員とまともに腕相撲なんて出来る訳がないのだから、もう勝っても負けても注目されるのは避けようのないことだ。腹を括るしかない。

 

半ば諦めてシズクに勝ち、少し痛む腕を振っていると、ゴンとキルアが寄ってきた。多分私が全力で腕相撲をしていることに気づいたからだろう。

 

「二人ともさっきの客の顔、必ず覚えておいてね。」

 

「リゼの知り合い?それにしては何も言ってなかったけど……」

 

「いや、仕事で一方的に知ってるだけだよ。何があってもアイツには……アイツらには手は出すなよ。」

 

幻影旅団の一人、と言うと騒ぎそうだから言わなかったが、クラピカがいるなら衝突は避けられないのか、と思いつつ次の対戦相手に笑顔を向けた。さて一体、これはいつ終わるんだろうか。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

三人の話を聞いて、はぁ?と声を上げてしまったのは仕方ないことだと思う。

 

もう噂が広まっていて稼げないだろうと、三人を見送ったのが半日前。三人は逆にその噂を利用してコロシアム──それも比較的裏社会に近い──に行き、とあるかくれんぼに参加することになった。まあ人探し屋()がいるし、大丈夫だとでも思ったのだろう。問題はそこじゃない。

その探す相手が旅団のメンバーでなければ。

 

「つい昨日忠告したばっかりなんだが……?」

 

何でそんなに早く破るんだ。確かに幻影旅団だと言わなかった私も悪いけど。恨みがましく睨んでも事態は何も解決しなかった。

 

「さすがに幻影旅団は厳しいよ。探せたところでその後どうすんのさ?殺せるわけでもないのに。」

 

「仕方ねーだろ。それしか方法がなかったんだよ。」

 

「確かにそれはそうだけど……全くと言っていい程、賞金とリスクが釣り合ってないんだよ。もう何倍か増やしても安いくらいだ。」

 

そもそも三人は幻影旅団に手を出す危険性を理解しているだろうか。能天気な三人──キルアはまだマシだけれど──を見ていると不安しかない。

 

「マジかよ……そんなにヤバい奴らなのか?その幻影旅団って奴らは?」

 

「例えるのなら、ヒソカみたいに強いのが何人もいる感じ。」

 

キルア曰く、数年前に『幻影旅団には手を出すな』と言われたことがあったらしい。それも父親に。

それを聞いていて何故二人を止めない。

 

参加費は支払ってしまったので、今更探さないという選択肢はないらしい。やってしまったものは仕方ない……なんて割り切れるわけが無い。

 

「ちょっと、協力するかは考えさせて。」

 

とりあえず自室に戻って考えたい。そう伝えながら、ストレスで痛みそうな胃を抑えた。実際に痛んだことは一回もない。

ベットに倒れこんで、ボーっと天井を見つめた。もうこのまま何も考えないで寝たい。

 

その欲望が出たのか、考え続けるうちについ寝ていた。というか気がついたら早朝になっていた。三人に協力するか、結論は未だ出てこない。

 

枕を抱え込み、その柔らかさを実感していると、手元の携帯電話が振動した。何だか嫌な予感がするが、手に取らないわけにもいかない。

 

『依頼?』

 

もしもし、と態々言う気にもなれなかった。相手がヒソカだし、敬語も使うのが面倒だった。

 

『やぁリゼ♥今、時間空いてるかな♦ちょうど依頼があるんだけど♣︎』

 

『……内容は?』

 

『ウボォーギンを探してほしいんだ♠』

 

『あー分かりました。少々お待ちください。』

 

またか、と内心溜息をつきながら探し人(フィンダー)を発動して、その結果に一瞬息を飲んだ。衝撃的な事実だけれど、仕事なのだから伝えなければならない。

 

『いませんね。この世のどこにも、ウボォーギンという人間は存在いたしません。』

 

『……嘘じゃねぇだろうな?』

 

いきなり声が変わって少し驚いたが、近くに旅団のメンバーがいたのだろう。ノイズが混じっていて、誰の声だかは分からなかった。

 

『仕事で嘘はつかない主義なので。』

 

少なくとも、今の私は。だからウボォーギンが死んだという事実も、黙って受け入れてもらうしかもない。恐らく殺された。相手がクラピカではないことを願う。

 

『殺した奴は誰だ?』

 

『せめて名前さえお伝えくだされば、探せる可能性はありますが。』

 

地を這うような声が聞こえる。怒っていることは充分に分かっているから、早く電話をきりたいのだけれど。

というかヒソカは何故こんな嫌な依頼を持って来たんだろうか。腹いせとして数倍の料金を後で請求しておこう。フツフツと私も怒りがわいてくる。

 

その後も、ある程度の情報がないとウボォーギンを殺した相手を探すのは難しいことを、やんわりと伝えるのに神経を集中させた。激昂している人間を落ち着かせるのは難しい。相手が単純なら尚更。

 

ドッと疲れが襲ってきて、再びベットに倒れこんだ。そして事実確認をするためにすぐさまクラピカに電話をかける。まさか、と心臓が早鐘を打っているのが分かる。大分長いコール音の後に、やっと繋がった。

 

『……リゼか。何の用だ?』

 

疲れたような声が聞こえてくる。果たしてそれは仕事三昧だからなのか、ウボォーギンを殺したからなのか。

 

『朝早くから悪いんだけどさ、一つ確認したいことがあって。ウボォーギン、この名に聞き覚えは?とある賞金首で見た目としては野生動物みたいな感じの。』

 

『ない、と言ったら嘘になるな。それが、どうかしたのか?』

 

『それは一番そっちが知ってるんじゃない?ちょうど昨日の夜あたりかな?』

 

クラピカは随分会わないうちに少しだけ冷静になった気がする。こういう、まどろっこしい話ができるくらいには。昨日の夜、というのは当たるか不安だったが、黙り込んだのでおそらく正解だ。

 

『殺した。と言ったらどうするんだ?』

 

『そんなに殺気立つなって。別に私はどうもしないよ。依頼がこない限りね。幻影旅団はアンタの顔も名前も知らないみたいだし。』

 

『人探し屋』は中立だから態々教える気はない、と告げると張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。

にしてもやっぱり犯人はクラピカだったか……ウボォーギンに何の感情もないし、敵討ちだとか咎める気は一切ないが、仲間だと思われるのは一番避けたい事態だ。

何でこうも厄介な問題が重なるのか。もういっそ幻影旅団をクラピカが全員殺してくれればいいのに。寝起きの頭では、ついそんな空想をしてしまった。

とりあえず今しなければならないことは、下手な芝居をうつことだけだ。

 

『クラピカ。ゴンの手綱を握る方法を知らない?この間も色々苦労することがあってさ。』

 

『……?』

 

『知らないならいいや。朝早くにごめんね。ゴン達の愚痴を言うためだけに電話しちゃって。まあ久々にクラピカの声が聞きたいのもあったけどさ。』

 

私はただ友人──そんなふうには全く思っていないが──の声が聞きたくなって、電話をした。そんな筋書きだ。クラピカも察してくれたようで、話を合わせにきた。

 

『ああ、別に構わない。』

 

『じゃあ、また今度ね。』

 

そのときクラピカが生きているのかは分からないが。まあ死んでもこちらに被害がなければいいんだ。

 

私は何も聞いていない。そのことをより事実に近づけるために会話の前半を忘れてしまおう。幻影旅団には幸い私の能力はバレていない。ヒソカは……薄々勘づいているくらいか。

 

「あ、そうだ。」

 

会話を忘れるよりも、良い方法があった。多少リスクはあるが、まあ一かバチかだ。

私は落し物の探し方(ロストリメイク)を発動して、クラピカのことを全て忘れた。





主人公の誕生日っていつだろうと思ったので、とりあえず今日(十月十六日)します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19 計画


急いで書き上げた結果、やや文字数が少なくなってしまいました。すみません。


ゴン達三人に協力するか否か。

 

リゼの頭の中では、電話をしてから数時間ほどそれが駆け巡っていた。それで結論が出たかと言うなら、答えはNOだ。ただ時間を無駄にしただけにすぎない。

諦めることにしたリゼは、もういっそコイントスで決めようと、どこからかコインを取り出した。偶然にもそれは、幻影旅団(クモ)の中でのルールと一致していたが、本人は全くそのことを知らない。

 

表が出れば協力、裏が出たら放置。

もしくは旅団に殺されるか、暗殺者に殺されるか、である。勿論失敗すればの話だが、良い場合でもどちらも命は薄くなり、逃亡生活を続ける羽目になるのは変わらない。

 

ブツブツと唱えながら──傍から見たら完全に不審者である──コインを天井近くまで打ち上げた。自らの予想以上に高く上がったコインに慌てることなく、リゼは無事にキャッチすることができた。

 

さて、表か……裏か。

 

手をどけると、自身の未来の方向が決まるソレは、表を上にしてキラキラと輝いていた。

とりあえず今後の身の振り方が決まったのだから、とすぐさまリゼは自室をあとにした。何事も行動は早い段階からしておくべきだ、と昔の勘が訴えていたからだ。

 

探す対象は誰にするのか。ヨークシンにいる人物の中で、なるべく非戦闘員なのは……

 

と思考を巡らせながら、三人がいる部屋のドアを開く。寝起きのままの服装で寝癖もそのままだが、本人も三人も気にせずそのことを指摘する人物はここにいない。

 

「とりあえず、私はアンタ達に協力する。」

 

だけど、と驚くと同時に喜んだ三人をリゼは手で制した。

 

「それには幾つか条件がある。」

 

一つ目。細い人差し指が真っ直ぐたった。

協力するのは団員を探すことまで、捕まえるのは三人で行うこと。戦うのは護衛対象であるキルアか、自身の身に危険が迫ったときだけ。

戦闘面は全く期待するな、と宣言した後、レオリオが反論をしようとしたが、妙に威圧感がある──反論しないように纏うオーラを増やしているだけだ──今のリゼを見て、言葉を飲み込んだ。

 

二つ目。音でも鳴りそうなほど、ピンと中指──勿論人差し指もたっていて、所謂ピースの状態だ──がたてられる。

自身の念能力の詳細を聞かない、探らないこと。団員には相手の記憶を読み取れる能力者がいる可能性があるため、条件などを教えてしまうのはリスクが高い。

嘘をついて撹乱するのも候補の一つとして思案したが、ゴンやレオリオが確実に混乱するため、その案は一瞬で消えていた。

 

三つ目。整った形をした薬指がたった。

一応仕事の依頼として扱うので名目上、料金が無い代わりに今回の件は貸し一とする。

 

「最後に関してはあんまり気にしなくていいよ。口約束みたいなものだし。」

 

真っ赤な嘘である。この先何かあったときに利用しようとリゼは企んでいた。才能のことを踏まえると、将来どんな未知数な実力になっているか分からないので、貸しを作ることはとても重要だった。

 

「具体的に貸しってどんなことをすれば返せるの?」

 

「そうだな……一つ軽い願い事を聞くとか、それとも私が死にそうになったときに助けてくれるだけでいいよ?それだけなら良くない?」

 

「それのどこがそれだけだよ?リゼの願いで一生こき使われるとかもアリならヤバいだろーが。」

 

「まだ料金とらない分だけ感謝してよ。本当だったら、用意された賞金よりも高いんだから。」

 

「賞金が一人につき二十億……それより高いってぼったくりか?」

 

「人聞きの悪いこと言わないで。私はただ仕事に見合った報酬を貰いたいだけだし。一番分かりやすいのは金でしょ?」

 

レオリオが吐き捨てた結局世の中金だ、という言葉は決して間違っていなかった。確かに金があれば人間すらも買える場所はある。けれど金があるからといって、安全を買えるかと言われればそれは違う。死ぬときは呆気なく死ぬ。

そのことが分かっているため、リゼは金を道具だと思い、目標にはしていない。それを勘違いして何人も死んだ奴らがいた。決して同じ轍は踏まない。

リゼが優先することは常に生存なのだから。

 

 

協力することが決まってから、リゼはまず旅団の情報の中で忘れていることがないかを確認した。誓約故に、何人も実力者を探すのはオーラ消費が激しくそれなりにリスクが伴う。負担を少しでも減らせるように情報を思い出して損はしない。

それから何人か旅団のメンバーを探したが、作業は予想以上に難航した。

旅団を気づかれないように尾行するには、多く人がいる昼間が望ましいが、何故だか人のいない夜に行動しがちで、良いタイミングが見つからなかったためである。そして一人メンバーが殺された後だからか、数人で行動しており、リゼは思わずウボォーギンを殺した相手に悪態をついた。

 

旅団では買い出しが交代制で行われている。数日間に渡って居場所を探し続けた結果、分かったのはそのことだった。オーラが不足し疲弊した体を椅子に預けて、リゼは何度目かの自嘲を浮かべた。

 

協力すると言ったので、今更無理だと言うのも『人探し屋』の矜恃(プライド)──そんなもの実際ある訳がない。ただ出来ないと言うのが癪なだけである──に関わる。

 

オーラを回復させるための絶を緩めることなく、心の中でそっと決意した。決して独自で動いてるゴン達が、上手く金を稼いでいるのが悔しいとか、そんなことではない……のかもしれない。

中々に幼稚じみた思考が浮かぶ様に呆れた彼女を、椅子は優しく受け止めていた。

そのまま眠りに入ってしまうことを、リゼ本人もまだ知らない。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

「ほら、あの男と一緒に歩いてる女。違う、その左にいる目付き悪い方の。というかジロジロ視線向けないでよ、バレるでしょ。」

 

リゼの能力で旅団のメンバーを見つけたは良いものの、ゴンとレオリオの演技の仕方は壊滅的だった。

相手はあの幻影旅団なのだから、自然体にならなければすぐに違和感に気づかれてしまう。そう忠告するが、目の前には不自然に作り笑いを浮かべる二人がいた。単純な二人がそう簡単に表情を取り繕えるわけがない、と分かっていても散々な結果にリゼは溜息をついた。

 

「出来ないものは仕方ないな。そのために私が動きにくい格好してるわけだし……まあ可愛い女の子に緊張してると解釈してくれればいいけど。」

 

「お前はなるべく黙ってろよ。話を聞かれたら一発で終わるんだから。」

 

「……否定出来ないのが悔しい。」

 

口をムッととがらせるリゼは、緩く編まれた三つ編みと服装も相まって、一般的な少女のようだ。やや粗暴な言葉遣いと目付きの悪ささえなければ。

普段のように言葉を交わす二人に、緊張が激しいレオリオとゴンは目を白黒させた。

 

「それで尾行出来るの?絶を使っても視線は気づかれやすいのに。」

 

「絶?念の一種か?」

 

「ああ、レオリオは知らないんだっけ?」

 

実演しろ、と目で訴えたリゼにキルアは大人しく従った。色素が抜けるように、存在感が消える。

これくらい上手いなら大丈夫か、と内心でリゼは安堵した。あとはゴンの方だ、と目を向けると同じように絶が出来ており、本人曰くヒソカを尾行したことはあるらしいので、一つ懸念は消えた。

 

「リゼはオレ達と一緒に尾行するの?」

 

「いや、数百mくらい後から着いて行くよ。場所は能力で分かるし。」

 

それくらい離れていた方が仲間だと思われずに済みそうだ、と内心では思っていたが、決して顔にも声にも出さず気取らせない。猫を被ってる頻度が違うんだよ、と内心で呟いたこともだ。

 

ゴンとキルアはひと足早く尾行に移ったが、纏しか出来ないレオリオとリゼがこの場に取り残される。そして仲睦まじく談笑……する筈がなく、寧ろ気まずい雰囲気が広がっていた。互いのみで話すのは初めてだったからだ。どことなくレオリオの表情はぎこちない。

 

「そういや、何でリゼは協力することを決めたんだ?有難くはあるんだけどよ。」

 

「ただのコイントスだよ。個人的にはどうでも良かったからね。」

 

そうか、とどことなく無愛想な声が聞こえた後、なんでもいいから会話を続けようと今度はリゼが口を開いた。

 

「逆に聞くけど、何でレオリオはゴン達に協力するの?利点なんて大してないでしょ?」

 

危険すら付き纏うこの計画に何故協力したのかと念を押して聞くと、レオリオはさも当然だというような顔をした。

 

「仲間だから、だな。」

 

「ふーん。まあ世話焼きというかなんというか……」

 

もしかすると、それが普通の考え方なのだろうか。嫌な疑問が頭を過ぎるのを、目の前にあった飲み物を飲むことで追い払うと、リゼは会話を中断させるように本を具現化させた。

驚いているレオリオをよそに、尾行するための準備を始める。

現在リゼが探し人(フィンダー)で探し続けているのは、護衛対象であるキルアと旅団の一員である人間。名前はマチ。隣には同じく旅団の一員である人間──知っているのは顔だけだった──がいて、どちらかは必ず戦闘員である。ソースは勘と相手の見た目だ。

ここまで考えた後、大きく溜息をついた。気づかれるのは避けるため、仕方ない。と腹を括ると、意を決したようにリゼは口を開いた。

 

「この後、私は少しおかしな様子になるけど、何も聞くな。分かった?」

 

それを聞いたレオリオが頷く暇もなく、落し物の探し方(ロストリメイク)を発動させた。

忘れるのは──誰を尾行しているか。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

何でレオリオが目の前にいるんだ。ふと思ったのはそのことだった。レオリオはいつものように間抜け面をしていて、不思議な奴だと思ったけれど、私はコイツにかまう暇はない。

早く探し人の対象を尾行しなくてはいけない。

 

「んだよ。いつも通りのリゼじゃねーか。気をつけて行ってこいよ。」

 

眉を寄せたと思えば、勝手に納得してる様は奇妙だった。一体すぐ前の私は何を伝えたのか、皆目検討もつかない。

何か理由があって能力を使ったのは分かるが、何を忘れたのかさえ私は知らない。ゴン達に協力して、誰かを尾行する手筈だとは理解しているので、閉を使った。

そういえば、この動作を閉と名付けたのは誰だったんだろうか。オーラが勿体ないし、手間がかかるので思い出しはしない。そもそも大切な情報なら最初から覚えているだろう。

 

冷静な頭とは裏腹に、外面は機嫌良く歩いている少女のように振舞っているのだから、自分でも演技力に驚くくらいだ。

ただこれを続けるとなると嫌気がさす。もう探す対象すら忘れているのだから、どうせ雑に済ませても大丈夫だろう。

そう思って回り道をした。

と、思ったら探し人の対象同士の場所がグッと近づいて、同じ速度で移動するのが分かった。恐らく計画は失敗だ。

失敗したタイミングで、一番最近に忘れた記憶を取り戻す。と私が考えていたのは覚えているので、すぐさま落し物の探し方を使った。

 

 

計画失敗。ここまでは予想通り。旅団はウボォーギンを殺した犯人を探しているのは、前にかかってきた電話で知っている。だから多分捕まった二人がすぐに殺されることはない。というかヒソカが止めてくれる。

私はとりあえず二人が連行される旅団のアジトに行こう。

場所はしっかり覚えているのだから。

移動するための足は……車がないとやや面倒だな。幸い自宅はここから近く、車は何台かある。運転免許は知らない。事故がなければいいんだ。

 

法律上出せるスピードを無視しつつ、アジトへ向かう。本音を言うなら行きたくはない。それでもキルアが殺されたら私も殺される。暗殺者の手で死ぬのは勘弁だ。

 

仲間だから、などとレオリオのような腑抜けたことは言わないけど、それもまあ私らしくはある。もう危険でも笑うしかないと、引き攣る頬を無理やり上げた。

 





誤字脱字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 鎖野郎


毎回更新遅れててすみません。リアルの方の忙しさが落ち着いてきたので、次回はもう少し早く投稿できると思います。


能力を頼りに移動して、着いた先は廃ビルのようにボロボロになった建物。車は少し離れた場所に停めて来た。

護衛の役割を全うするのなら、間違いなくこの建物に入るのが正解だ。そのことはリゼも分かっていた。けれど、ハイそうですかと入れるほど無謀な人間でもなかった。

数十秒迷って、ようやくリゼは決心した。ちなみに絶を本気でしており、ついでに幻影旅団(クモ)のメンバーが室内にいるゴンに注目していたため、リゼの存在はまだ気づかれていない。それももうすぐ気づかれることになるが。

 

「突然すみません、人探し屋ですけど。子ども二人、まだ生きてます?」

 

能力によって二人が生きていることは知っていたが、確認しないのも変だと思い、口から出た言葉はそれだった。

明るくした口調とともに入ったリゼの目に写ったのは、正に修羅場。真ん中にいるゴンは、小柄な男に腕を捻りあげられている状態で、また別のメンバーと向かい合っているし、キルアはヒソカに首元にトランプを突きつけられている。そしてゴンとキルアを除いた全員が、当然こちらを警戒している。

先日腕相撲をしたシズクと、付き添いをしていた男はリゼの顔を覚えていたらしく、目を少しだけ丸くしている。無視するのも後々面倒かなと思って、リゼは軽く目を合わせ会釈をした。

 

「その声は……リゼ?!」

 

「正解。来ないと思った?なんなら私も来たくなかった。」

 

「……じゃあ何で来たんだアイツ?」

 

「それは勿論仕事だから。」

 

リゼがいる方向を向けない──少しでも動けばまた腕でも折られるかもしれない──状況でも普段のように話せるゴンを見て、名前を呼ばれた本人は軽く引いた。旅団の誰かがこぼした言葉に反応してしまうくらいには混乱している。

 

自身の周りにいる幻影旅団のメンバーを見て、リゼはなんとか笑みを浮かべ、ヒラヒラと無害をアピールするために手を振った。余裕そうに見えるが、心の中は荒れ放題だ。顔に出していないことが奇跡である。

 

「人探し屋……いや、リゼって言ったわね?アンタはコイツらの仲間かしら?」

 

ゴンとキルアをさして話しかけて来たのは、大きく胸元が開いたスーツを着た女。警戒していると分かる視線が突き刺さってくる割には、近づいて肩に手を置くので一瞬リゼは面食らった。

 

「護衛対象と依頼主の間違い……と、言いたいところだけど……一時的な協力関係にあることは認める。」

 

あくまで一時的な、と改めてリゼが念押しすると、女は形のいい目を細めた。射抜くような視線が嫌で、思わずリゼは目を逸らした。

 

「へぇ……あっちの元気なコはそう思ってなかったみたいだけど?」

 

「ああ、まだそんな甘いこと言ってたの?ちゃんと話したと思ったんだけどな。」

 

リゼが嘆くように溜息をつくと、ほんの少しだけ警戒は薄くなった。嘘ではないと判断されたらしい。今度は肩を組まれて、本音を言えば暑苦しくて嫌だったが、初対面で名前も知らないので何とも言えず、ただ相手の目を見ていた。

 

「じゃあ、本当に鎖野郎は探せないんだな?」

 

「……鎖野郎?」

 

「とぼけてんじゃねーよ。ウボォーギンを殺しやがった野郎だ。」

 

今度話しかけて来たのはゴンの目の前にいた男。先日、電話にて話していた男だ。確か名前はノブナガだったはず……とリゼが思考を巡らせた。

そしてこの場で嘘をついたら駄目だということも、冷えた空気から察している。何なら既に殺気を飛ばしているメンバーがいることも確認済だ。その代表例が目の前にいるノブナガだ。

 

「人探し屋としては情けない話だけど、名前を知らない限りは無理だな。それを調べるのは私の仕事じゃないので。」

 

調べるのは旅団の方だと言外に伝えると、とりあえず旅団のメンバーは渋々納得したようだった。そして肩にのせられていた腕も外された。「とりあえずは信用してあげる。」という言葉と共に。

 

「そういうことで、私は仕事しに来ただけなので。そろそろそっちの二人は回収しても大丈夫?」

 

未だ男と対面するゴンと、動けないままのキルアを指さして、リゼは尋ねた。鎖野郎の仲間ではないのなら、捕らえていても仕方ないかと呟く旅団のメンバーを見て、帰れるのかと内心で胸を撫で下ろしていた……が、ノブナガがその希望を打ち砕く。

 

ゴンとキルアを旅団の一員にしようと言い出したのだ。そして、そのために団長に会わせると。

リゼ個人としては、二人が旅団になろうとなるまいと良かったが、護衛対象と依頼主なのだから話は変わってくる。死なれると色々困るので、死なせないなら良いと言って、見張りとなるノブナガに押し付けた。

 

二人は脱走するつもりだと言うのは、はたから見ても明確だった。ゴンに至っては旅団にはなりたくない、と激しく怒りを露わにして完全に拒否していたからだ。

あらかじめ抵抗しないでおけば、後々監視の目が緩むかもしれないのに、と苦言を呈しそうになったが、リゼは空気を読んで黙っていた。それで目をつけられても困るからだ。

二人はノブナガと共に上の階へ。リゼは脱走の手助けをするかもしれないという疑い──決してそんなつもりは本人にはないのだが──から、一階へと放置された。

 

そして数時間後が経過した今……

暇である。

好奇心は猫を殺す……のではなく、退屈こそが人をも殺すものだとリゼは確信していた。

二人が解放されるのを待っている反面、それなりに警戒されているので外に出るという選択肢は選びたくない。けれど暇である。

矛盾した考えがぐるぐるとリゼの頭を巡る。ちなみに旅団はノブナガ除く全員が外へ出ているので話し相手はおらず、ノブナガと二人がいる部屋──空気が張り詰めていると容易に予想される──に入る程の度胸は持ち合わせていない。そもそもほぼ初対面の旅団を話し相手にする──まだヒソカならなんとかなるかもしれない──ような明るい性格でもない。そしてこんな状況で寝られる程、命知らずでもない。

となれば残されているのは思考することのみ。

 

(無謀な脱走とか考えていないといいけど……)

 

当然頭を悩ませるのは二人のこと。

最後に見たキルアの顔は酷いものだったから、アイツなら死んでもゴンを逃がすとか考えていてもおかしくない。とりあえずゴンがキルアを上手いこと止めて、あわよくば脱出してほしい。

 

その考えが全て合っていることをリゼはまだ知らない。

そして二人が無事に階段を駆け下りるのを見るまで、あと数秒。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

走って逃走しようとする二人を、自身が持つ車に押し込めてホッと安堵したのも束の間、ふとした疑問が頭をもたげる。信号が赤になったのを見計らい、リゼは口を開いた。

 

「ちなみにどうやって脱出したの?見張りがいたのに。」

 

流石に真っ向から倒した訳じゃないはず、と付け足せば、後部座席にいた二人は得意気な笑顔を見せた。

 

「ゼパイルさんに教えてもらったヨコヌキっていう方法でね──」

 

「待って、そのゼパイルさん?誰だっけ……知り合い?」

 

疑問符を浮かべるリゼに、二人は話を掻い摘んで説明した。市場で商品を競り落としていたときに知り合った人物で、競りにおける色々なことを教えてもらったらしい。

 

「ドアを通れないなら、別の方法で出ればいい。」

 

「それで壁を壊して出て来た、と。確かに予想外だったけど、一歩間違えたらリスキーだな……まあ何はともあれ命拾いして良かったね。」

 

金を稼ぐという目標は達成していないが、旅団から逃げることが出来たのだから、とりあえずは安心か。とほぼ独り言のようにリゼが呟いていると、後部座席にいたキルアが不思議そうな顔をした。

 

「実際そうとも限らないんじゃねーの?」

 

不安を煽る台詞に、リゼはまだ見ぬトラブルを予想して固まる。ただし運転は続けながら。とりあえずはその根拠を聞いてみようと、訳が分かっていないゴンと共に尋ねた。

 

「アイツらの言う鎖野郎がクラピカだからだよ。まだ確信は出来てねーけど。リゼは何か知ってるか?」

 

「鎖野郎が……えっと、誰って言った?」

 

「だから、クラピカだよ。」

 

まだ現実逃避でもしているのかと、キルアは呆れつつ言ったが、リゼの理解できないものを見る目を見て、言葉を詰まらせた。ちなみにゴンは鎖野郎がクラピカだという事実に驚いていて、自身の傍で繰り広げられる会話には気づいていない。

そして、リゼの口から衝撃の言葉が発せられる。

 

 

「いや、誰それ?」

 

「!?」

 

目を丸くして驚くゴンとキルアに、何か変なことでも言ったのかとリゼは不機嫌そうに眉をしかめた。

 

「ほら、ハンター試験を一緒に受けてて、金髪の……リゼ、本当に覚えてないの!?ヨークシンで会おうって約束もしたよね?」

 

「ヨークシンで会う約束を私がしたのは、ゴンとキルア、それにレオリオでしょ?」

 

それ以外に誰かいたか……?と悩むリゼを見てゴンとキルアの二人は戸惑い、顔を見合わせた。ただし正確に言えば、キルアはリゼがクラピカのことを忘れている理由に心当たりがあった。

おそらくクラピカが鎖野郎であることをいち早く知り、落し物の探し方によってそのことを忘れた。旅団にクラピカと繋がっていると思われないために。リゼならやりかねない。

 

(ゴンにこのことを伝えるべきか?)

 

一瞬悩み、旅団に情報を与えないことが第一だと、ゴンには悪いが黙っておくことにしたキルア。以前のリゼならば、この配慮を知った段階でそれはもう褒めちぎっていたことだろう。

残念ながら今のリゼはクラピカを忘れているので、そんなことは全く関係なくゴンと会話をしているのだが。

 

「もしかして頭でも打って、それで忘れてるとか?」

 

「いや、そんな簡単に記憶は飛ばないし、そんなヘマもしないよ。それに、それを言うなら二人の妄想って可能性も……?」

 

「絶対ない!レオリオだってクラピカのこと知ってるし、リゼだって同じなはずだよ。」

 

「分かってるよ。さすがに冗談だって。」

 

そして、リゼ自身も何故自分が忘れているかを理解している。その上であえて忘れたまま、無知を貫いているのだ。きっと思い出すべきときになったら思い出すだろうと、キルアは放置することを決めて、やたら真剣に忘れた原因を考える二人の意識をそらす言葉を言った。

 

「そういえばリゼ、お前ってまだ十四だよな?運転免許はどうしたんだ?」

 

「運転なんて勘でいけるよ。まだ事故はしたことないし。」

 

「まだ?」

 

「もし何かあっても、それこそ屋根でも蹴破って脱出すれば大丈夫だ。」

 

不安な顔をする二人を無視して、リゼはアクセルをグッと踏み込んだ。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

部屋の電気もつけずに隅で足を抱え込むと、ようやく安心出来た気がした。本音を言えば、ずっと神経を張り詰めていて疲れていたのだ。それこそ、レオリオとゼパイルとやらが、私の家で勝手に飲んでいても怒らないくらいには気力がなかった。

幻影旅団の前でこそ明るく振舞っていたが、声が震えていないか、上手く笑えているか、ずっと不安で仕方なかった。猫を被ることに長けていて、本当に良かった。

運転している最中でさえ追手が来るかが心配で、変にテンションが高かったし、ギリギリ二人には気づかれていなかったが、もう少しで事故を起こしそうになった。

極めつけは鎖野郎のこと。ゴンとキルア曰く私の知り合いらしいが、それは以前の私であり、現在の私にとっては全く関係がない……というのは暴論だろうか。

というか、以前の私に問いたい。何故鎖野郎のことを忘れたのかを。さっさと旅団に情報を売れば良かったはずだ。こうやって忘れてしまえば、それこそ庇っていると思われるのに。後始末に困るのは今の私なのだから、そこらへんをもう少し配慮してほしい。

それとも、鎖野郎のことを売ったら死ぬような状況だったのだろうか。旅団の一人を殺すような奴らしいので、その可能性は充分にある。

 

まあどれだけ考えても、以前の私の考えなんて理解出来ないのだけれど。そして考えても状況は変わらないので、とにかくやるしかない。未来を思って、ギュッと手を握りしめた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 制約





覚悟を決めたは良いものの、今はこれと言って特にやることも無い。強いて言うのなら、本来の目的である金稼ぎをどうするか、と考えるくらい。と、思っていたら、携帯が振動した。しかも覚えのない番号。

おそらく依頼だろう。それにしても、考えでも読んだようにピッタリなタイミングだ。

 

『はい、もしもし。こちら人探し屋です。要件をお伝えください。』

 

『リゼ、私だ。今からノストラード(ファミリー)のボスに繋ぐ。』

 

いや、誰だ?と言いかけた私は悪くないはずだ。誰だって聞き覚えのない声が私だ、と言ってくれば驚きもするだろう。なんなら一瞬詐欺師かと思う。まあ、私が忘れたであろう人物のことは放置して、とりあえずは依頼主の声に耳を傾けた。

 

『娘を、私の娘を探してくれ!金はいくらでも積んでやる!』

 

『承りました。娘さんの名前は何でしょうか?』

 

『ネオン=ノストラード、だ。探せるんだな?!』

 

『ええ、それは勿論。』

 

随分と切羽詰まった声が聞こえた。ボソボソと聞き取れない声で話されるよりは良いけれど、少し耳が痛い。

と、思いつつ発動した能力によって思い出した情報が頭を巡る。ノストラード組……百発百中の占いで名を上げているマフィアで、依頼主の慌てようからして、その占いをしているのが娘。もしくは単に親バカなだけか。なんにしても調べていて良かった。

 

探し人(フィンダー)。そう小さく唱えれば、すぐに位置が分かった。けれどこのまま単純に教えるだけでは、少々インパクトに欠ける。せっかくマフィアのトップが依頼をしてきたんだ。名を売っておくのに損はしない。

 

『貴方の北側にある大きなオークション会場の中。移動はしてませんね。四階の東側、奥から二番目の部屋にいます。』

 

依頼主(アンタ)の居場所も分かっている、と言外に伝えておく。反応は薄いので、イマイチ意味はなかったんだろう。でもスピーカー越しに安堵するのが聞こえてきたから、媚びることなら出来たはずだ。

 

『金はネオンが確認できてからだが、いくら欲しい?先に言っておけ。』

 

『まあ、初回ですので安くしておきますけど……8000万ほど頂ければ。』

 

娘が大切ならこれくらいは払えるよな。本当は数億くらいぼったくりたいけれど。そうなると二度と利用しない気がするので自重しよう。その分、次に利用したときに多少色をつけてもらうけど。

 

『万が一、私が失敗していたときは料金はいりません。ですが、それ以外の場合は必ず指定の口座に振り込みをお願いします。』

 

『ああ、分かった。』

 

『……では、次回をお待ちしております。』

 

淡々と告げると、幾分か落ち着いた声で依頼主が返事をした。娘が生きていたからなのか、それによって自らがマフィアの中を生き残れることなのか、どちらにせよ安心したのに変わりはないだろう。

どこの家でも子どもは大変だな、とキルアを思い浮かべて思った。

 

そんなことよりオーラの消費が心配だ。旅団を尾行するのに一回、護衛のためにキルア相手に一回、ノブナガが追って来ていないかを調べるのに一回、今の依頼で二回。

探し人(フィンダー)を発動した回数だけでも計五回だ。それも五回中二回が旅団という運の悪さ。更に落し物の探し方(ロストリメイク)も途中で何回か発動しているから、オーラの減りが半端じゃない。

結論を言うと、とても疲れた。絶で回復を促しているけれど、それでもまだまだ疲れた。もう一回依頼がきたら倒れるくらいには……と一人で考えていたときにふと疑問が湧いた。

 

ノブナガが何故私を利用しようとしなかったのか。ゴンとキルアを仲間にしたいのなら、二人が逃げたときに人探し屋である私を使えば、すぐに捕まえられていただろう。

まあ、二人の逃亡の手伝いをしていたのも私だけど。仕方ない、私だって帰りたかったんだ。それに、あのままだとゴンが爆発してトラブルを引き起こしそうだったし、色々な理由が重なったからだ。

で、何で私に依頼が来なかったのか。深追いする気はなかった?……それはノブナガの様子からしてなさそうだった。大分ゴンを気に入っていたし。車がなかったから?有り得るけど、念能力者なら走って追いつけるだろう。外へ逃げていることに気づいていなかった?……ゴンが敵意を素直に表していたから、逃げずに戦うと思われていたのかもしれない。考えついた中ではこれが一番有力だ。

 

……もう一つ、思い当たる節はある。

人探し屋が不要になった。鎖野郎を探せなかったから、他の私と似たような能力者を利用することにした、となってもおかしい話ではないのだ……実際には、落し物の探し方を使えば鎖野郎を探せるんだけど。

それを知らないなら私はただの約立たずで、用済みになっても仕方ない

 

どちらにせよ、旅団には暫く会いたくない。そう思いながら瞼を閉じた。

 

 

その私の願いが通じたのか、翌日私の耳には旅団が死んだという情報が入ってきた。とても驚いた。一瞬自分の耳を疑ったし、夢かと思った。悩みの種が一つ──そして依頼人が何人か──減ったと安堵したのもつかの間、それがガセネタだと知った。どうやったのかは知らないが、死体の画像も出回っているから本当かと期待したのに。一気に突き落とされた気分だ。

ちなみにそれを知ったのは、私の能力でだ。探し人は制約によって死人は探せない。つまり裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()ということ。そして見事に、死んだとされている旅団の団長の居場所が分かった。オーラは大幅に減ったが、正しい情報が手に入ったので良しとしよう。

ちなみに私はそのことを誰にも伝えていない。だから……

 

「旅団が死んだなら、クラピカどうするんだろうな。無気力になってねーといいけど。」

 

「でも、やっと仲間の眼を集められるでしょ?」

 

「ま、それもそうか。つーか問題なのはこっちだよな。旅団が減ったってことは、賞金かけられてるターゲットも減ったってことだろ?」

 

「残りのメンバーを狙えば良いんじゃない?」

 

ゴンとキルア、ついでにレオリオの三人はその情報を鵜呑みにして、こうして今後について話し合っているわけだ。ちなみに私はことの成り行きを静観している。聞かれない限り、教える気もない。

 

「クラピカのことも心配だし、一旦集合するか。」

 

という一声で、どこかに集まることになった。それはそうとして、三人が誰を心配して集まるのかを全く覚えていないから、きっと私は誰かを忘れたんだろう。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

『落し物の探し方』はいくつか複雑な制約がある。以前説明したんだっけ?まあいいや。とりあえず、そうでもしないと常に物事を記憶するなんてオーラが足りない。

覚えていないと言ったのもその一つ。私は能力で忘れた物事を記憶できない。言葉で言うと簡単だが、実際色々とややこしい。

たとえば私がゴンを忘れたとしよう。その状態でキルアからゴンという名前や容姿について聞いたとして。それだと私はキルアから話をされた、ということだけを覚えて、話された内容は記憶から抜け落ちる。

それでゴンがその状態の私に話しかけたとして。勿論ゴンの声も顔も全く覚えられないが、話した情報は新しいから記憶出来る。但し誰から話されたのかを忘れたまま。

つまり私が鎖野郎のことをいつまでも鎖野郎と呼ぶのは、二人から聞かされただろう本当の名前を記憶できなかったからだ。

そして、その状態で本人に会うととても面倒なことが起きる。そう、ちょうどこういうふうに。

 

「で、私の目の前にいるらしい奴は結局誰なんだ?」

 

「だから、さっきも言った通りクラピカだよ。それがどうかしたの?」

 

「初対面だから誰か知らないのは当たり前でしょ?というか、名前はなんて言うんだっけ?」

 

「クラピカだよ、クラピカ!分かるか?つーかお前初対面じゃねーだろーが!」

 

「何が分かるかって?というか私は誰と初対面だって言ったんだ?この目の前にいる奴か?」

 

「……キルア、リゼは一体どうしたんだ?」

 

「知らねーよ……ここに来る途中はこんなんじゃなかった。」

 

事の発端は数分前。ゴンとキルアが集合場所となった私の家に──広いし移動する必要も無いという理由からだ──例の知人?と連れてきて、三人が話しているの見て私が『誰と話してるんだ?』と、尋ねたことが始まりだった筈だ。

とりあえずはゴンとキルア、レオリオ以外に人がいることは分かった。名前は分からない。見た目はさっき見た筈だが、今はもう忘れた。三人とソイツから見たら私はとても滑稽だろう。

 

「リゼ、お前の仕事は何だ?」

 

「勿論人探し屋兼(一応)ハンターだけど……当然どうしたの?」

 

「ただの確認だよ。やっぱクラピカ以外のことは正常に覚えてるんだよな。」

 

素直に心配してくれているゴンとレオリオには少し悪いが、暫くはその……誰だっけ、コイツを忘れたままでいようと決めた。旅団の死亡情報の真偽を確かめたから、オーラがやや心もとないのだ。

 

「誰かの念とか?リゼ、心当たりはある?」

 

「ないことは無い、くらいかな。」

 

そう答えると、私の能力を知っているキルアからの冷たい視線が突き刺さった。黙ってろと目で訴えかければ、渋々理解はしてくれたようだ。物分りが良くて助かる。

 

「そのリゼに能力をかけた人を倒せば、元通りになるの?」

 

「いや、そうでもない。死後に強まる念ってのもあるし、そもそも候補が多すぎる……」

 

「じゃあ、お前一生そのままかよ?」

 

「さあ?とりあえず今はそういうことだから、私のことは別に気にしないでね。」

 

「……分かった。」

 

そうして、なんとも言えない空気のまま話は進んだ。

まあきっと、三人の表情を見るに楽しいんだろう。と静かに傍観してると、ゴンが何かを思い出したようにこちらを見てきた。

 

「リゼ、さっき言ってた死後に強まる念ってどういうこと?……さすがにこれは覚えてるよね?」

 

「ああ、大丈夫。でも死後に強まる念ってのは名前の通りなだけなんだけど。」

 

「うーん、クラピカの念の秘密を知るヒントにはならなそうかな?」

 

「念の秘密?」

 

「ほら、クラピカはどうやって旅団を倒せたんだろうと思って。」

 

「は、旅団を倒せた?鎖野郎のこと?」

 

「鎖野郎って言い方は覚えてるの?!」

 

「一応、というか今いる奴は鎖野郎なの?私としてはそっちの方が重要なんだけど。」

 

コクリと頷くゴンは私の驚きが分からなさそうだ。何とも会話が噛み合わないが……そうか、鎖野郎はここにいるのか。旅団に伝えたらどうなるんだろうか。少し気になるが試すのは止めておく。

 

「本人に直接聞いたら良いんじゃないの?」

 

「さっき聞いてみたんだけど、リゼの方がよく知ってると思うからって断られちゃった。確か制約と誓約?って言ってたんだけど……?」

 

「制約と誓約か、ハッキリ言うと今のゴン達が知っても意味ないと思うよ。」

 

「どうして?」

 

「制約と誓約は自分自身の能力につけるルールだから。まだ自分の能力も決めてないでしょ?」

 

私がそう言うとゴンは納得したが、それでも話は聞きたいようで私達以外の三人がいる場所まで引っ張られ、詳しく話してくれと頼まれた。特に急ぎの用事もないので、引き受けても良いだろう。私の説明で理解できるかは知らないが。

 

「制約と誓約。これは能力の中で、何をしないといけないとか何が出来ないとか、簡単に言うならルールだよ。リスクは大きいけれど、その分能力は強くなる。具体例が欲しいなら、そこにいる……鎖野郎さん?にでも聞いてみて。」

 

ぎこちなく話をふれば、多分返事をしてくれたと思う。鎖野郎曰く、自身の場合は能力を旅団以外には使えないらしい。これは私にとって初耳だったようでしっかりと記憶出来た。

ベラベラと長く話していて悪いが、この説明が合っているかは保証出来ない。だってこれは、昔に念能力者が話していたのを盗み聞きしただけだし、私にキチンとした師はいない。でも間違っていたら鎖野郎が訂正してくれる筈だから良いか。

なんて気楽に思っていたら、鎖野郎が爆弾となる情報を投下した。

どうやら鎖野郎は制約に自身の命をかけたらしい。つまりは旅団以外に能力を使ったら死ぬ。もう意味は無くなってしまったが、と鎖野郎は呟いた。

旅団が生きてると伝えたらどんな反応をするだろうか。興味が勝って、気づけば口角を上げていた。

 

「『死体は偽物(フェイク)』。分からなかった?」

 

その後聞いたのだけど私が放った台詞と、ヒソカが送ってきたメールの文面が一部被ったらしい。偶然とはいえ、言ったことを強く後悔した。





主人公の制約は、書いてて自分も頭がぐちゃぐちゃになったので、深く考えずに雰囲気で読んでもらえるとありがたいです。
また主人公の思考や話など、矛盾したりおかしくなっているかもしれませんが、能力で忘れたからということにしてください。お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 予言


クリスマスも年末も吹っ飛ばして新年一発目……にしても遅すぎますね、本当すみません。


「はぁ!?賞金が出なくても旅団を倒す?」

 

「リゼは納得出来ないかもしれないけど、それでもオレはアイツらのことが許せない!それにクラピカを手伝いたいんだ。」

 

「それなら仕方ないな……なんてそれで納得する筈ないでしょ。それに許せないって何の話?」

 

私が非難の声をあげているのは前述の通り、賞金が出ないことを承知の上で旅団を倒したいと、ゴンが言ったからだ。

とりあえずまずは理由を聞こうと、私は腕を組んだ。

 

私が旅団のアジトに突入する少し前、ゴンはノブナガと話をしていたらしい。ウボォーギンが死んだことと、殺した鎖野郎のことだ。そのときにノブナガが泣いていて、ゴンはそれが許せなかった。仲間が死んで泣くのなら、その気持ちを何故殺した人達に分けてやれなかったのだ、と思った……というのがゴンの話だ。

まあ、ゴンのような奴がそう思うのは仕方ないだろう。

 

私は、人なんて大抵そんなものだと思うんだけど。だって見知らぬ他人と親しい人、どちらが大切かなんて明白だろう。但し、殺しに身近な環境で生活したからか、一般的には少し歪に見えるのかもしれない。

それを言うと、またゴンと対立しそうだから黙っているが、ゴンの言い分はあまり受け入れられない。

 

「許せないのは分かったけど、それじゃあゲームの方はどうするの?」

 

「それについてはオレに考えがあるんだ。」

 

「考え?」

 

ゴンが自信満々に言うので、ゲームの方はそちらに任せる──本当にその策が通じるかは定かではないが──として。問題なのは、旅団との実力差である。強くなるのも一朝一夕にはいかないし、私も戦闘向きではないので主力は鎖野郎となる。果たしてその状態であの旅団を倒せるだろうか。可能性は低い。

 

「キルア、ゴンのこと止めれる?」

 

「無理に決まってんだろ。クラピカが断ってくんねーかなって思ってたところだ。」

 

「そうだよね……」

 

レオリオは……無理だな。ゴンには聞こえないように、二人して唸るようにして考えていたときに、一通のメールが来た。

 

『人探し屋、不要になったヨ♥』

 

ハートマークつきの連絡なんて送るやつ、一人しかいない。ヒソカだ。まあ内容が忠告だから読むけれど。不要……これはヒソカ単体ではなく、旅団にとって、と解釈すれば良いんだろうか。

とりあえず、久々にまともな連絡だったことに感謝して。それでも貸しが出来てしまったから、後で強者と戦闘する場を整える羽目になるだろう。だから嫌なんだ。

それはともかくヒソカからの情報を鵜呑みにするならば、旅団につくという選択肢は──元々薄かったが──完全に消えた。中立を破ったと解釈されてもおかしくないことをしたので、この行動は予想内だ。それを私が望んでいたかは別として。何だか手のひらの上で転がされるようでイラつくが、もし情報が真実だったときのことを考え、ここで私がとれる選択肢は一つ。

大きく溜息をついて、目の前のゴンと向き合った。

 

「……最初に言った条件はちゃんと覚えてるよね?仕方ないから協力するよ。」

 

喜ぶゴンを一瞥して、私は能力で記憶を少し変えた。鎖野郎……いや、クラピカを思い出して、その能力の制約を忘れた。これで捕まっても私から情報が漏れることはなくなる。まず捕まる気は全くないけれど。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

先日、ゴン達が訪れた旅団のアジト(仮)にて。先程まで使っていた携帯電話を手のひらで転がして、瓦礫の上にヒソカは口角を吊り上げた。

頭の中を巡るのは、真っ青な髪をした少女のこと。彼女もまた遊びたい玩具の一つである。信頼とも呼べないような薄い情を積み重ね、彼女とヒソカの関係は細く続いている。一方的に嫌われているが、ヒソカにとってそれは大したことではない。

遠くから長く見続けていたから、彼女の少しの変化に気づいた。何も一線を越えた関係を作らない彼女が、少しだけ雰囲気を柔らかくする瞬間があるのだ。どんなに性格が変化しようとも、不変だった筈のそれを変えたのは、ゴンとキルアだった。

 

つまるところ彼女は絆されつつあるのだ。それなら二人を目の前で殺れば、彼女は本気で遊んでくれるだろうか、と……そう思ってその瞬間が来ることに期待していた。ただそれは、彼女が自分自身の気持ちを自覚した後ではないと意味がない。大切な者を奪っても、彼女はすぐに忘れて元(青い果実)に戻ってしまうはずだから。

今はまだ無自覚だろうが、いつか戻れなくなる(忘れられない)くらいの信頼関係を築いたとき、ヒソカはそのときを待ち望んでいる。

 

だから、人探し屋が不要になった、というのもヒソカの真っ赤な嘘である。確かに旅団のメンバーの中で、人探し屋への印象はそこまで良くはない。だが裏社会では、『人探し屋を利用するときは、対象の人物の情報──最低限、名前は必ず──を教えなければならない』というのは暗黙の了解のようになっているため、そもそも旅団は鎖野郎の名前を知らなければどうせ探せないだろう、と最初から期待されていないのである。

ただ、本人がそれを気づいていないだけで。気づいているなら、ダメ元で聞いたノブナガの言葉を本気にするわけがないし、ゴンとキルアと行動してもらうためのヒソカの嘘を鵜呑みにする筈がない。

そうやって自分の望み通りにいっているため、ヒソカは非常に上機嫌である。ただし、数分前の話ではあるが。

 

クロロの奪った能力は百発百中の占いだ。それにより、ヒソカがクラピカと取引していること、そして何よりそう遠くない未来で、人探し屋が旅団の邪魔をする──そうするように仕向けたのはヒソカ自身だが──ことが露見してしまう。そうすれば、すぐに旅団は人探し屋を始末するか、少なくとも妨害しようとするだろう。

それは拙い。どうしようかと思考を巡らせながら、ヒソカは紙に自身の名前を記入した。まだ薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)により、紙面上の占いを書き換えられるのがせめてもの救いだが、それにしても状況は芳しくない。

 

何故ならノブナガの占いには、既に人探し屋のことが書かれていたのだから。

 

『案内人が緋の目を導き

菊が葉もろとも涸れ落ちる

少女の偽りに気をつけろ

彼女もまた鎖に繋がれているのだから』

案内人と少女、どちらも人探し屋のことだろう。どうやら彼女は予定の未来におけるキーパーソンらしい。旅団が段々と真実へ近づくのを聞きながら、ヒソカは改竄した占いをパクノダに手渡した。

『赤目の客が案内人を従えて

貴方に物々交換を持ちかける

客は掟の剣を貴方に差し出して

月達の秘密を攫って行くだろう』

大きな博打だ。クロロが占いの意味に気づかなければ、ヒソカは殺される。全てはクロロと戦うため、そして人探し屋を自分以外に殺されないため。

鎖野郎の掟の剣が刺さっている、という虚偽の占いの真実を暴くのを見て、一層ヒソカの口角が上がった。

 

「──……繋がれている、というところが鍵だな。ただ協力しているなら繋がって、というべきだ。それに『導き』と『従えて』だとニュアンスにやや齟齬が生じる。人探し屋にも掟の剣が刺さっている可能性は高いな。」

 

全てがヒソカの想定通りにいっていることを、旅団はまだ知らない。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

消去法で協力することを決めた数時間後。私はキルアとともに、もう二度と来ることはないと思っていた旅団のアジトに向かっていた。旅団を見張る監視役に名乗り出たキルアに、私が一応護衛として嫌々ながら着いてきたからだ。

私の能力で旅団が動いているのか分かるのでは?という、最初にレオリオから出された意見も間違ってはいない……が、私が同時に探せるのは二人までだし、対象の人間がオークションを狙って外に出るとも限らないのにも関わらず、それに賭けるのはリスキーなので、実際に確認した方が確実……ということだ。流石に団長であるクロロ(面倒だから敬称略)には能力をかけているけれども、これ以上オーラは消費したくない。

 

雨が降りしきる中、わざわざ濡れるのにも関わらず走って──車だと少し目立ちやすいからだ──到着した……んだが、先日とは違う光景が広がっていた。明らかに廃ビルが増えているのだ。

誰かの能力で増えたものだということは分かるけど、それ故に無闇矢鱈と建物に入ることも出来ない。それに密集しているビルのせいで、遠くから見張るのは難しそうだ。クロロの場所だけは分かるけど、迂闊に近づいて旅団の団員に鉢合わせたら目も当てられない。

八方塞がりでどうしたものかと悩んでいるとき、キルアの携帯が震えた。

 

『もしもし?』

 

スピーカーに切り替えてもらうと、電話の先にいるである奴の声が聞こえた。やや高い気がするので女性だろうか。

まあ会話の内容は割愛する。とりあえず電話をかけてきたのはクラピカの知人、というか仕事仲間で名前はセンリツ。クラピカから頼まれて助っ人として来たらしい。能力なのかは分からないが、とても耳が良い。雨音が響いていても、遠く離れたキルアの言葉を聞き取れるくらいには。

旅団の足音を聞けるので、見ずとも移動したか分かる。とても便利だ。正直私いらないんじゃ?とも思った。

 

「その、センリツ……さん?」

 

『慣れてないならセンリツで良いわよ。』

 

「じゃあお言葉に甘えて。単刀直入に聞くんだけど、足音って最長何m離れて聞こえる?」

 

『雨が降ってるから、明確には分からないけど……二〜三十m離れてても聞こえると思うわ。』

 

「私の能力があるから、それなら多分適度に距離を保ちつつ、尾行ができると思う。詳しく説明するためにもとりあえず合流するのが先かな?」

 

キルアの携帯を少しばかり拝借して、センリツと話をする。

要するに足音でクロロと他の団員がともにいる、ということさえ分かれば私の能力である程度遠くからでも尾行が可能になるということだ。大前提としてクロロが外に出てくることが条件なのだが、多少は尾行が安全に出来ると思う。

というのを合流して話したのだが、その直後に旅団が動き出した。それを伝えるとキルアは確認してくる、と建物を登って行った。だからセンリツと二人きりなのだが、正直言って話すことは特にない。黙って待っているのも気まずいので、自己紹介でもしようか。

 

「クラピカから聞いてるとは思うけど、ちゃんと名乗ってなかったな。私はエリーゼ、普段は人探し屋やってる。一応ハンターだ。あんまり名前は好きじゃないからリゼってよんでくれ。」

 

「分かったわ。さっき言ったと思うけど、私はセンリツ。ミュージックハンターをやってるわ。よろしくね。」

 

「こちらこそよろしく。」

 

真面目に返事をしてくる姿に好感が持てた。そしてまだキルアは帰って来ない。迷ってたりはしないよな?互いに口を開いたり閉じたりしているうちに目が合った。

 

「……何で名前が嫌いなのか、聞いても良いかしら?」

 

「笑い話にもならないくらい、つまらないけど?」

 

「大丈夫よ。」

 

特に隠している訳でもないが、本当に大した話でもない。それに理由のうち一つは忘れてしまったから、話せるのはもう一つの方だけだ。と念押ししてもセンリツの意思は変わらなかった。

 

「『エリーゼのために』……ミュージックハンターをやってるなら、私よりも詳しいか?どっかの誰か(ベートーヴェン)がつくった名曲。まあ、つまりはそれと名前が被ってるんだが……実際のところ、エリーゼは単なる間違いで、本当はテレーゼのためにという題名だ、と言われている。そうでしょ?」

 

「確かにその説が一番有力だけれど……」

 

「実際にそのエリーゼって奴がいたのかは知らないし、もしいたとしてもソイツと私は同じじゃない。馬鹿な考えだとは自分でも分かってるんだけどさ。自分()名前(存在)が間違いだった、なんてムカつくだろ?」

 

要するに気に食わないだけだが、それでも嫌いになる理由としては充分だ。予想以上に話が早く終わってしまったので、もう一つの理由を話せれば良いんだが、そちらは思い出さない方が良いと私の記憶が訴えかけてくる。それに──

 

「──キルア、いつまで盗み聞きするつもりだ?」

 

「げ、バレてる。」

 

建物の影から身を出すキルアの頭を叩いた。中々良い音がする。

 

「多分センリツには黙っておくように頼んだんだろうけど、無駄だよ。気配はなくても視線は感じる。というかそんな暇あったら報告してよ、対象がもう移動してるだろ!」

 

旅団の団員がクロロ(対象)と別々で行動していたとしても、私には気づけない。そう伝えながら三人とも違和感がない程度に急いで旅団を追った。





占いの文を考える時点で、作者の頭はこんがらがりました。
ああいう詩を上手くつくるってどうやるんでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 作戦


面白いって何だ……!と考えて迷走した結果がこれです。ギャグセンスが欲しい。


黒のコートに、これまた黒い髪をオールバックにして、額には逆十字の刺青を入れた男。耳には大きめのピアスをつけて、遠目から分かる顔の良さ……まあ怖くて正面からは見れないけれど。

そのクロロと他の旅団のメンバーを先程から尾行しているが、心境は荒れまくりで、なんなら同じ電車で揺られている私の頭は、緊張で約立たずに成り下がっている気がした。

閉を完璧に行って、そこらへんの一般人に溶け込んでいる自信はあるが、如何せんこの髪色は普段から目立つものだから、いつバレるかとてもヒヤヒヤしている。帽子の中に押し込めてはいるけど、無難な茶色に染めれば良かった。

そんなことを考えながら駅のホームに降りて、そのままゆっくり追っていく。気づかれている素振りはない。現段階ではとても順調に事が進んでいる。

そう、順調に進んでいたはずなんだがな……

何故こうも後先考えない人間が多いのか。特にクラピカ。旅団相手に多対一で勝てるわけでもないのに、旅団を追っかけて走ってしまった。ついでにゴンもクラピカを追って。たとえ能力が旅団特効にしてもさすがに無謀すぎでは、と思った私は悪くないはずだ。

そしてバレた、と思ったときにはもう遅く、旅団の六人は二手に分かれ、一方は目的地へ、もう一方は私達尾行者に向き合った。咄嗟に二人は隠れたけど、それも見透かされていて、私はまだ距離があるので状況は未だ悪い。

ただ、一番拙いのはクラピカ……つまりは鎖野郎のことが露見すること。キルアがクラピカの代わりに姿を現したのを見て、思わずその場でガッツポーズした。旅団を追っていたのが、ゴンとキルアだけであると勘違いさせているのだ。護衛──ある意味保護者とも言うのか?──の私がいないことに旅団は疑問を抱いていたが、まあ良しとしよう。

まただ、二人の安否は確認しないといけないので、会話を聞けるであろうセンリツに尋ねた。

 

「……大丈夫。捕まってはいるけれど、二人に危害は加えないみたいだわ。」

 

「ま、とりあえずは一安心ってところかな。」

 

この先どうなるかは分からないので危険な状況ではあるけど、少し心に余裕はもてそうだ。

にしても……

 

「クラピカ、今の状況は分かってる?」

 

「……ああ。私の失態で二人が身代わりになった。」

 

「それを分かってるなら、私からは何も言わないよ。せいぜい私の分を含めてセンリツに叱られるといい。」

 

クラピカは前よりか冷静に動けるようになったが、今回は感情を優先してしまった。本人もそのことは分かっているらしく、多少の怒りはあれど今すぐ旅団のもとに飛び出すことはなさそうだ。

 

そしてタイミングが悪いのか良いのかは分からないが、携帯が音を立てて振動した。電話だ。ちなみに知らない番号。何だかここ最近仕事の話が多い気がする。

 

「もしもし、こちらは人探──」

 

『前置きはいい!依頼だ。人探し屋、鎖野郎を今度こそ探してもらうぜ。』

 

ノブナガの声が聞こえたときに、すぐさまスピーカーに切り替えたので鎖野郎という単語がクラピカにも聞こえた筈だ。念の文字──指に纏わせているオーラを文字の形に変化させたもの、中々に難しい──で旅団だというのも伝えた。

そしてノブナガに応答しつつも、文字で指示を出す。同時並行でやるのは中々に難しいので、鏡に映したみたいになってしまうのは許してほしい。

 

「……ということは、名前が分かったんですね。」

。るすにとこたっあに撃襲 ろしをリフる殴を私

翻訳としては『私を殴るフリをしろ 襲撃にあったことにする』だ。クラピカが戸惑っているが、それはとても読みにくい文字に対してか、指示に対してか。前者だったら謝る。ただし心の中で。

 

『ああ、名前は──』

 

早く!

 

強く訴えかけると、漸く拳が飛んできた。その勢いに合わせて後ろへ強く飛ぶと、建物のガラスを突き破るのが分かった。空中で一回転して着地をすると、どうやら洋服店だったらしく、白いマネキンが近くに倒れている。

クラピカの拳と私の腕──勿論念でガードはした──がぶつかった音。ガラスが割れた音。この二つはバッチリ向こうに届いただろう。

そして何より店員の悲鳴、わざわざ殴られたのはこのためだ。私が自分で殴って壁やガラスを破壊するだけでは、音に違和感が出てしまう。

ちなみに携帯は途中で手放し、床に激突させた。バキバキにヒビが入っているが、辛うじてノイズ混じりのノブナガらしき声が聞こえた。半壊したそれを、私が割った窓から入ってきたクラピカが踏みつけて壊した。

 

「これで相手が勘違いしてくれると嬉しいんだけどね。」

 

「リゼ、それはいいんだが……」

 

「どしたの?」

 

「この店はどうするんだ?」

 

クラピカの言葉にあたりを見渡した。窓ガラスの破片が散乱した床と、近くには倒れた商品とマネキン。極めつけは怯える店員と客。腰を抜かしてる奴もいる。確かに酷い有様だ。

 

「今は時間がないから、とりあえず後で必ず弁償するよ。」

 

弁償にはさすがにハンターライセンスは使えないと思うし、財布にそんな何十万も入れてない。そう伝えながら荒れ果てた店を後にした。

というかヒソカ曰く、私は旅団にとって不要になったらしいのだが、つい先程の依頼は何だ。気が変わったか、ヒソカの嘘か。まあ、後で考えよう。

そして、急いで旅団と連れて行かれた二人を、途中で合流したレオリオとの四人で追っている最中、ふと思いついたことがあった。

 

「クラピカの名前はどこから旅団にバレたか知ってる?」

 

「記憶を探れる能力者が向こうにいるなら、おそらく私の同僚だろう。」

 

「同僚……だとすればクラピカの顔も知られているよな。それなら──」

 

「待て待て二人とも!オレにも分かるように説明してくれ!」

 

レオリオの言うことは尤もなのだが、旅団関係で神経をすり減らした私にはいささか面倒だ。分かりやすく面倒な顔を作りながらも、渋々口を開いた。

 

「ちょっと前に旅団が、鎖野郎の名前が分かるから探してくれって私のもとに電話をかけてきた。センリツが聞いていたけど、声の調子は嘘をついている雰囲気ではなかった。つまりは、クラピカの名前がどっかからバレてて、それがクラピカの同僚じゃないかって話をしていた。ここまでは良い?」

 

「ああ、分かったんだけどよ、リゼにかかった電話は、リゼにとったら客からの依頼だろ?断って良かったのか?」

 

「上手く誤魔化したから、私が暫く姿を見せない限りは大丈夫。まあ、携帯は壊れたけど。」

 

それはもう見事に粉砕させたので、データの復旧は無理そうだ。これを機に店を閉じてもいいかもしれない、と半ば冗談で考えるたら、意外にも良い案な気がした。その方が面倒事は確実に減るし……とりあえずそれは保留して、話を再開した。

 

「そして私に一つ思いついたことがある。旅団の注意を引き付けて、ゴン達を連れ戻せるかもしれない。上手くいく確率は……高い気はする。多分ね。」

 

「その言葉を聞くと不安が拭えないんだけど……本当に大丈夫かしら?」

 

三人は揃いも揃って呆れているが、自分でも名案だとは思うものを思いついたから安心してほしい。ただ、私のリスクが大きいという点を除いて。それで、と話を切り出すと、三人が注目するのが分かった。

 

「クラピカの同僚の記憶が探られたと仮定したとき、クラピカの顔は知られていると思う。」

 

「ああ、その可能性は高いだろうな。」

 

「そして、旅団の中にクラピカを恨んでいる奴は何人かいるでしょ。少なからずそいつらは、クラピカの外見を仲間から伝えられているだろうね。」

 

「そいつらがどうしたんだよ?勿体ぶらずにさっさと話せって。」

 

「分かったよ。つまり、クラピカの変装をして旅団の前に現れたら、注目は引き付けられるんじゃないってこと。」

 

三人はまた揃って沈黙した。それもそのはず。この中にクラピカに変装出来るやつは、体格的に私しかいない。そして旅団を刺激するようなものなのだから、変装役には多少なりとも危険が付きまとう。そのことが分かっているから三人とも黙った。

 

「却下だ。リゼの負担が大きすぎる。」

 

「いや、まだ話は終わってないけど。それに思いついただけで実行するとも言ってないし。」

 

「は?」

 

「いや「は?」じゃなくて、私一人で旅団を相手に出来るわけないでしょ。そんなことしたくないし。あくまで作戦の一つってだけで……というかこれ以外の案ないの?」

 

「……そうだよな、リゼはこういうやつだよな!やけに協力的だったから驚いたぜ。」

 

「そうだね、レオリオはこういう失礼なやつだったね。」

 

気軽に笑っていたレオリオを睨んでいると、隣でクラピカとセンリツが笑っていて、何だか怒る気力がなくなった気がする。

私だって時には危険な役を引き受けることだってある。今回はキルアが危険な状況というのも理由の一つだが。十人と少しの人数である旅団と、使用人含めて何十人──何百人の間違いか?──のゾルディック家でいえば、前者の方が逃げ回れる気がする。きっと。

笑う三人を見つつ、自分の未来を憂いてため息をついた。

 

 

♦ ♦ ♦ ♦

 

 

作戦決行の時が近づく。旅団はホテルのロビーにいるらしく、ゴンとキルアの無事も確認した……センリツが。襲撃に合った設定の私(変装前)の姿も見られると不味いので仕方がないことだ。

金髪のウィッグを被り、目には茶色のカラーコンタクトを入れて、色々体型を調整しつつクラピカから貸してもらった服──民族衣装のようなもので、何枚か予備があるらしい──を着る。

鏡に映った顔は、遠目からなら違和感には気づかれないくらいだ。鎖はないが、まあ大丈夫だと信じたい。要はそれっぽく見せられればいいのだから。

作戦は、クラピカの格好をした私が旅団の前に現れたとほぼ同時に、センリツがホテルの電気を落として、その一瞬で旅団の団長であるクロロをクラピカが攫い、その後人質交換を行うらしい。

私は現れて余裕があるなら攻撃する。ただそれだけのことだが、意外とこれが難しい。なにせ私は戦闘向きじゃない。

ゴンとキルアに停電のタイミングをレオリオが暗号で伝える……自衛の手段がない分、一番危険なのはレオリオなのでは?

まあそれは置いといて、停電のタイミングは七時ピッタリ。そして今は六時五十九分四十秒。やたらめったら時間が経つのが速い。心臓がおかしくなりそうだ。

残り五秒。四、三、二、一、

 

「(ゼロ!!)」

 

「ッ鎖野郎!?」

 

本日二回目、窓ガラスを破った先にいたノブナガが刀を抜いたとき、一瞬にして光がなくなった。

暗闇に対応する前に、全力でノブナガを殴って吹き飛ばす。数mは先の壁に勢いよくぶつかったのだから、脳震盪くらいは起こしていてくれ。

驚きながらも旅団を攻撃するゴンとキルアを視界の端で捉えながら、近くにいた小さい男──相手が被っているフードで顔も見えないので、性別は確かではない──を蹴り飛ばす。が、さすがに念で軽く防御されてしまった。

小さく舌打ちをして、私の姿を旅団が見ていることを確認しながら、私は逃走した。

去り際につけられた針──おそらく追跡用──を近くに歩いていた一般人につけたのは、少し悪いなと思った。別に恨みがあったわけじゃないが、どうか暫く囮になってくれ。

 

そうしてなんとか全力で逃げ果せた。何故か追っ手も来なかったので傷一つない。ちなみに変装は続行中だ。

それはいいんだが……とてもいい事なんだが。しかし、攫ってきたクロロを車内に入れるのはやめてくれ。とても狭いし、近くにいるだけで威圧感があるから、本当にやめてほしい。

視線でそう訴えたのだが、私の願いは届かず、寧ろ隣に座っている。

どうか大人しくしてくれますように。心の中でそう願った私を乗せて、車は目的地へ走り出した。






目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。