提督を辞めたい提督 (神楽 光)
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提督日記
プロローグ


 書いてる暇ないのに書く。うーんこの。
 でも後悔はしてない(反省はしてる)

 どうにかラブコメかコメディにできればなぁ(遠い目

 てな訳でどうぞ


 肆月○○日 晴れ

 今日から日記をつけようと思う。とりあえずは現在の状況の整理をしよう。

 私の名前は瀧川(たきがわ)春人(はると)

 妖精と意思疏通ができる能力を持つ。勿論視認も可能だ。そして職業は学生。と言うよりも、候補生と言った方が正しい。何のか、と言うと提督の″候補生″だ。

 世界では今から数年前に『深海棲艦』と呼ばれる怪物が海から次々と侵略を開始し、人類存亡の危機に陥っている。現行の兵器では敵わず、ただ戦力を消耗する日々だった。しかし、突如として『艦娘』と呼ばれる少女たちが現れ、次々と深海棲艦を撃破していった。このことにより、世界────特に日本は制海権を取り戻していった。なぜ日本が()()なのか? それは艦娘が最も多く在籍し、加えて練度も高いからである。地理の関係か、深海棲艦がよく攻めてくるので練度が高くなりやすいのだ。

 そして────いや、堅苦しく書く意味はないか。

 さて、本題だが提督になるには妖精視の能力が必要らしい。これには、妖精と意思疏通を図ることで艦娘たちを強くしたり、指揮したりすることができるからだ。が、しかしその絶対数は少ない。現在確認できるだけでも数十人しかいないのだ。そんな中で一般人から妖精視の能力を持つ人間が見つかったらどうなるだろうか? 当然、軍は引き抜くだろう。なぜなら提督がそもそも少ないからだ。艦娘は提督の指示によって海域を攻略する。故に提督の確保は急務だった。それが不幸にも俺だったわけだ。あーヤダヤダ。一般人として生きていくつもりだったのに。ほんと死ににいくようなもんじゃん。

 

 初めまして。瀧川春人。俺は国親(くにちか)(まもる)。恐らく君に憑依している存在だ。と言っても直接会話することが叶わないからこそこうして君の日記に書かせてもらっている。長い付き合いになるかもしれないが、よろしく頼む。

 

 肆月○×日 晴れ

 死ぬ! 死んでしまう……! 

 なんでこんなに辛いんだ! 吐きそう。

 提督候補生の訓練は座学で艦隊指揮等の知識を頭に叩き込み、その後には体育だ。軍人としての武術や体力を養うらしい。アホじゃねえの!? って思ったね。まぁ、思っただけで口にはしないんだけど。ただ、どうやってここから逃げてやろうかと画策している。そもそも俺はここに無理矢理連れてこられたのだ。人権を無視した行いなのだから逃げてもいい筈だ。と言うわけで、色々と考えている。

 

 ハハハ。気に入られているのかもしれないな。まぁ体を鍛えて悪いことはないだろ。しっかり受け止めろ。まぁ、そこまで辞めたいのなら手を貸そうか?

 

 伍月☆☆日 曇り時々晴れ

 うおおおぉぉぉ………脱走がバレて捕まったから懲罰房に入れられた。そのせいでここ数日は日記を書けなかった。くそっ。こちとら拉致られたんだぞ! なのにこんな仕打ちはあんまりだろ!?

 

 成程。だからここ最近会話ができなかったのか。確かにあんまりだなぁ。しかしそこまで……。

 

 伍月÷○日 雨

 今日も今日とて訓練。艦隊の指揮の仕方を学び、書類整理の仕方を学び……。なんなの? 嫌なんだけど。覚えたくもないんだけど。もう全てを投げ出して逃げたいよぉ……。

 

 書類仕事……うっ、頭が……。

 

 陸月|<日 雨のち曇り

 大分訓練に慣れてきた。走り込みや対人戦闘も息が上がらずにこなせる様になった。人間じゃなくなっていくみたいだ……。

 

 ふぅむ? まるで肉体改造でもされてるみたいだな!

 

 壱月$→日 晴れ時々曇り

 今日、訓練所に来てから初めて、鹿島教官以外の艦娘を見た。話すことは無かったが、本当に美人なんだな。出会ったのは正規空母一航戦の赤城。何つーか物腰柔らかな美人さんだった。将来はああいう人と結婚したいなぁ。

 

 赤城!? あの大食艦の赤城!? 食費がやばくなるからちょっと考えろ……いや俺も好きだけど。

 

 参月々☆日 曇り

 糞ガァ!! あんの女(同僚)! マジむかつく! 俺を揶揄ってきやがって! 巫山戯んなぁ! なぁーにが『貴方に負けてあげるわ(笑)』だ! お前にそんなことしてもらなくても勝てるっつーの! あぁ〜。ほんとやな奴だわ。

 

 女……だと? いや、まぁ。うん。なんだ。勝てよ

 

 参月♡£日 晴れ

 あぁ……癒し……。あの娘(後輩)本当に癒しだわ。物腰柔らかで謙虚で健気でおまけに美人で。完璧。理想の女性だ。ただまぁ元帥の孫だから手は出せないけど。バレたらクビ飛ぶ。アイツも美人だけど性格が違いすぎるからなぁ。付き合いやすさはアイツの方がいいけど。

 

 また女か!? くそっ! 俺はそんなのいなかったのに!! うらやまけしからん!

 

 伍月〆#日 雨

 何で……俺だけ……。

 今日は鹿島教官から特別メニューなるものを渡された。明日からはそれに沿って行動しろとのことだ。俺の友人(男)と同僚(女)から胡乱気な目で見られた。でも紙の内容見せたらニコニコした笑顔で「頑張れよ」って巫山戯んなゴラァ! 何で俺だけなんだよ⁉︎可笑しいだろ⁉︎とか考えてたら同期の高飛車お嬢様が鹿島教官に喰ってかかってた。俺と同じ理由で。そうだ! もっと言ってやれ! って言ったら「別に貴方を擁護したわけではありませんわ」って返してきやがった。あっそ。

 とりあえず鹿島教官に理由を問うてみると俺だけ成績がズバ抜けているそうだ。だから特別メニューを課すのだとか。……死にたい。

 

 ん……? それって……あぁ、いや。俺の勝手な憶測でみんなを混乱させたくないから黙っておこう。

 

 伍月≪*日 雨

 辛い。毎日が辛い。特別メニューのせいで滅茶苦茶辛い。今まで以上の鍛錬と学習のせいで毎日疲労困憊だ。殺しにかかってきてないか? マジで。

 

 頑張れ……! あと少しだ……!

 

 玖月⇔▽日 晴れ

 今日は俺の誕生日だ。誰にも話してないから祝われることはないが。別に悲しくなんて無いぞ? そもそも意図的に話してないし。それよりも今日は行けなかったから明日墓参りに行かなくちゃ。今日が命日なのになぁ。

 

 お誕生日おめでとう。何というか……運命を感じるな。俺も、この日に……。

 

 玖月仝◎日 曇り

 特別メニューに慣れてきた。何なの? 嫌なんだけど。これ以上慣れたく無いんだけど。可笑しくない? ねぇ可笑しくない? 鹿島教官も驚異的な目で見てくるし。高飛車お嬢様は怒気を孕んだ目で見てくるし。同僚(女)は悲しそうな目で見てくるし。俺を揶揄え無いのがそんなに悲しいかっ! 後輩に至っては光の無い闇の眼で見て微笑んでるし。怖っ。

 

 これは……肉体改造だな。間違いない。そして後輩ちゃん……もう助からないゾ☆

 

 拾壱月♨︎※日 晴れのち雨

(グシャグシャに書かれていて読めない)

 

 (滲んでいて解読できない)

 

 拾壱月♨︎→日 雨時々曇り

 昨日は何があったのだろうか? 同僚達が怯えた目で見てくる。友人や同僚(女)、高飛車お嬢様、後輩、鹿島教官は哀しげな目で俺を見るし……。何なんだ?

 

 酒が入ると過去を思い出して自殺まがいのことをする……か。経過観察だな。

 

 弐月☀︎+日 雪

 夢を見た。暖かい夢だ。昔の、夢。父さんがいて、母さんがいて、三人で過ごした、暖かい夢。………………………………………………会いたいなぁ。

 

 家族……もう、何年会ってないだろうか。元気に……いや、もう亡くなってるか。

 

 肆月/♭日 晴れ

 もうそろそろで訓練が終わるそうだ。存外早いものだ。此処での生活も大分慣れ、友人も増えた。中々楽しかったな。まぁ? でも? 提督になる気は無いがなぁ! 

 

 盛大にフラグを立てたな。面白いものが見れそうだ。

 

 陸月▲↑日 晴れ

 くそぅ! 何故なんだ! 何故脱走がバレるんダァ! これまでも何度かしたけど何で全部尽く失敗に終わるんだ! 今日は久しぶりにやったけど! うわぁぁぁぁん! 

 

 それはまぁ当然としか言えないだろう。あちこちにセンサーがあるし、何なら勉学の気晴らしにされているまである。

 

 玖月⇔▽日 晴れ

 また一年巡った。今日も祝われることは無いと考えていたら、何故か友人達から祝われた。あれ? 俺言ってないよね? 可笑しくね? あ、いや。軍のデータベースに載ってるのか。鹿島教官ならそれを知り得ることもできるか。

 正直……嬉しかった。いつも一人で過ごしてたから。胸にこみ上げる気持ちが大きかった。……ありがとう。

 

 あぁ。よかった。賭けに近かったが、何とかなってよかった。独りぼっちは、寂しいもんな……。

 

 肆月○○日 雨

 終わった……やっと終わった……ついに、ついに卒業したぞヒャッハー! 

 あぁ、長かった。教官からの謎の視線(の圧)に耐えながら訓練をこなし。同僚(女)のスキンシップに理性を保ちながら訓練をこなし。同僚達(男)の射殺されそうな視線を耐え抜き訓練をこなし。妖精さんのイタズラで同僚(高飛車の方の女)の浴場に連れてこられて裸を見て(恥部は見ていない)、「責任を取れ」と追いかけられ訓練をこなした。そんな日々ももう終わりである。やったぜ! (涙)

 

 卒業おめでとう。女性関係のことは何も言えんが、むしろ爆発しろと言いたいが、何はともあれよく頑張った。改めて、(人間)卒業おめでとう。

 

 肆月○×日 晴れ

 嘘……だろ。

 今日は大本営に呼び出された。そこで辞令を貰ったのだ。書かれていたのは鎮守府視察。日本最大────いや、世界最大の鎮守府である横須賀鎮守府の視察。どうやら、資料と実際のものが大分違うらしい。その為に誰かに行ってもらいたいのだとか。ただ、下手な人員に頼めば、金を握らされて買収されるそうで、頭の固い俺に白羽の矢が立ったらしい。おかしいだろ! 俺頭固くねぇよッ!? 逃げていいって言われたら逃げるね! 

 はぁ……なんで俺なのかなぁ……ってあれ? よく見たら元帥って書いて……。

 

 大本営か……。というか横須賀だと? 暗い噂が多いと聞くが……頭固いは『硬い』の方で物理の話じゃないか?w

 

 肆月◇◇日 曇り時々晴れ

 今日横須賀鎮守府に行ってきた。と言っても、これを書いてるのも横須賀鎮守府内なんだけど。

 事前の通達はこちらでやると言った大本営だったのだが、鎮守府に通達は行っておらず、抜き打ちと言うことになっていた。なんでだよ……それは良いとして。

 なんと言うか、酷い場所だ。艦娘全員の顔が暗い。まさしく自殺でもしそうな表情だ。加えて、食事処で出されるものが食事と言えない。あれは『補給』だった。見ていて心苦しかった。そして、夜。艦娘に奉仕をさせる。正直言っている意味がわからなかった。奉仕に来た艦娘を匿い、この鎮守府のことを聞いたのだが……腸が煮えくり返りそうだった。まぁ、そう言うわけで。全部元帥に報告してやる。そうすればここの艦娘達は屑な提督を追い払えて万々歳。俺は金も貰えて一般人に戻れて万々歳。正しくwin-winの関係だな! 

 

 抜き打ち。やはりそうか。果たして大本営の中身も信用してもいいものか……。一般人には戻れんだろ。肉体的にも。

 

 肆月■○日 晴れ

 何故だ……またしても俺に辞令が渡された。そこには、横須賀鎮守府を建て直せとのこと。流石にこれは、と思ったので直訴しに行ったら、北方海域を解放するまでの間と言うことで手を打った。フフフ。これで速攻北方海域を攻略して自由になる! 俺は自由になるぞー!

 

 いいように丸め込まれてる……。大丈夫か? 流石に心配になってきたぞ。本当に二十歳なのか???




 艦娘の性格とかは漫画とか他作品で学んでます。
 iPhoneでやる勇気は無かった。パソコン買わなきゃ。


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肆月

 月形式で一話。なんとも斬新


 肆月■◆日 晴れ

 今日、横須賀鎮守府に着任した。まず向けられたのは敵意。駆逐艦からは怯えられ、軽巡重巡からは睨めつけられ、空母や潜水艦、戦艦からは殺意の込められた視線で射殺さんばかりだ。こんなとこで、ほんとに過ごせるのかなぁ……?

 

 まるで絵にかいたような……二次創作でたくさん出てた設定みたいだな……うーむ。ケアするしかないか……。

 

 肆月■○日 曇り

 ウゲェ……横須賀の艦娘らは容赦が無いな.別に良いけど。ここに着任してすぐ、暴力を振るわれた。が、鍛練を積んでいたお陰であんまり怪我はしなかった。ありがとう……鹿島教官! それはさておき存外ここは酷い状態だった。指揮系統はボロボロ。士気も最低。何もかもが終わっていた。よくこんな状態で運営できたものだ。そう言わざるを得ない。さて……まずは何から手をつけるべきか。

 

 暴力……か。あまり想像できないが、前の奴はそういうことをしていたのだろう。本当に……許せない。

 

 肆月*○日 晴れ

 夜伽って何だろうか。榛名が先程俺の部屋に来て「夜伽をしに来ました」と言った。初めて聞いた単語なので直接聞き返したらポカンとした顔を浮かべた。え? 誰でも知ってる言葉なの? 榛名の顔に戸惑っていたら、「本気で言っているんですか?」って聞かれた。怪訝な顔で。

 いや、知らないんだけど。ほんとに。頷いたら溜め息をつかれた。解せぬ。

 

 いや夜伽を知らないってどういうことだ!? 情操教育はどうした!? 榛名に呆れられるって相当だぞ!?

 

 肆月/=日 雨時々曇り

 何処から手をつけようか。この鎮守府は殆どが機能していない。例えば、食堂。名ばかりで『補給』としか言えない惨状だ。まずはこれらを改善しなければならないだろう。彼女らは『兵器』じゃない。歴とした『人』だ。『人間』と言うつもりはないが。何故上の人達はそれがわからないのだろうか。まぁ、“元帥”は違うみたいだけど。それは兎も角、まずは食堂から手を着けるか。明日から書類を作らねば。

 

 手始めに艦娘らの士気を上げるように動くか。それなら彼女たちの寮にも手を加えた方が良いな。あそこはもはや牢獄と言った方が良いくらいだ。無機質に過ぎる。立て直しは相当時間がかかりそうだな。

 

 肆月%*日 曇りのち晴れ

 今日は大量の食材を要求する資料を送った。午前中には書き上がったので、元帥に届くように仕向ける。それ以外は書類整理だな。後は遠征の指令を出したり。することはほとんどないに等しい。彼女らは戦場で戦っているのに、俺たちは安全地帯で悠々と過ごしていることに心が痛むがそうも言ってられないからな〜。せめて彼女たちが無事でありますようにと願っとくか。

 

 中々歯痒いものがあるな。お互いに。私自身が君の体を操作できるのが、君に意識がないだけだし。ほんとうに、どうにかしなければ。

 

 肆月¥€日 雨

 今日、給糧艦である間宮さんの所へ行った。事前に根回しする為だ。めっちゃ睨まれたけど。ちゃんとお話しして理解してもらった。ただ、会話している間凄い殺気を向けられ続けたけど。怖いよ……。

 

 あの間宮さんに睨まれるとか中々ない体験だぞ……。殺気を向けてきたのは伊良子と……鳳翔さんか。さすが空母の母は強いなぁ……。

 

 肆月〒♪ 日 晴れのち曇り

 あーした天気になーあれ……。

 

 

 疲れた……。

 今日は書類整理をしながら罵られた。これは精神的にキツい。その後に暴力も振るわれるのだから始末に負えない。

 なんかどうでも良くなってきたなぁ。

 

 あぁ……うん。お疲れ様。今日はゆっくり……休めないな。はぁ……処理すべき資料が多すぎる……。

 

 肆月@↑日 雨のち曇り

 ねぇ。俺っている意味あるのかな? 

 今日は『お前は必要ない』と言われ続けた。え? 俺必要無いの? 要らない子なの? それはそれで嬉しいんだけど。提督業しなくていいし。ただなぁ……上からの命令で辞められないんだよなぁ。ほんとどうしてくれるんだろうなぁ……。

 

 命令違反はなぁ……死刑とほぼ同義だからなぁ……。我慢し続けろ……とも言いにくいしなぁ……。

 

 肆月☆※日 雨

 辞めたいなぁ。そもそもなんで俺こんなとこに居るのかなぁ。

 いや、別に艦娘たちに酷いことされてるからとかじゃないよ? それも一つの原因ではあるけど。

 自分でも体や精神にガタが来ているのは分かっている。それでも辞めることはできない。……ほんとどうにかなんないかなぁ。

 

 休めるときは休め……といいたいところだが、現状、そんなこともできないか。歪な世の中に、なったものだなぁ……。

 




 愚痴みたいな日記。
 辞めたいけど艦娘は大事。

 奉仕は分かっても夜伽はわからない。


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伍月

 伍月○○日 晴れ

 大分鎮守府内の空気が和らいできた。まぁ俺は艦娘達とは関わってないんだけど。将来ここから離れるためにな! 俺の命令無視を行う奴らが多いので辟易しているのだが。どうにかならないものか……。

 

 艦娘、か。前世ではゲームだからとあんまり考えなかったが、どういった存在なのだろうな。メディアミックスが多すぎて訳が分からなくなりそうだが……この世界の解釈ということで納得しよう。

 

 伍月■○日 雨のち晴れ

 流石に怒った。今日の命令無視には流石の俺でも看過できない。天龍が駆逐艦の為に身を張って庇い、轟沈手前の大破状態に陥った。その時点で俺は撤退の指示を出したのだが、天龍がこれを無視。その他の艦娘も共に進軍を再び開始しようとした。なので、初めて″提督命令″を行使させてもらった。駆逐艦達は怯えた顔で帰投。天龍とその姉妹艦である龍田が俺に噛みついてきた。即入渠させたけど。その後、天龍を呼び出した。付き添いで龍田も来たけど。それに関してはどうでもいい。俺は執務室で天龍を叱り、今後このようなことが無いように約束させた。ただ、まだこんな風な艦娘が他にも居るかもしれないと考えると、不安だ。

 

 命令無視……だと? 艦娘が……? そんな……いや。そうだな、彼女たちはこの世界に生きているんだ。そうだ。"あれ"じゃない。あぁ。こんな世界はくそくらえだ。艦娘を、助けなければ。

 

 伍月☆○日 雨

 全艦娘を集めて、朝礼を行った。めっちゃ怖かった。すべての艦娘から殺気を向けられてチビりそうだった。だが、言いたいことは言ったのでよしとする。いやはやしかし、罵詈雑言はもちろん暴力が日常化しているのはいかんともし難いな。駆逐艦は怯えた目で逃げる&罵詈雑言(精神攻撃)。軽巡重巡は暴力の嵐。空母と戦艦は時に暴力を振るい、時に罵詈雑言を述べ立て、時に無視だ。心がおれそう。

 

 頑張れ……! この子たちを救えるのは、助けられるのは俺たちしかいない! 歯痒い。俺が直接彼女たちの言葉を聞けないのが。こんなにも悔しい。君に全てを押し付けてしまうのが。とても、とても、辛い。

 

 伍月#$日 晴れのち曇り

 誰かぁ。助けテェ。心労とストレスと仕事で過労死しそう。

 あの朝礼からずっと睨まれ続けているのだ。『不知火』と言う艦娘に。確か陽炎型二番艦駆逐艦だったな? なんであんなに睨んで来るんだ……? 俺、何かした……? いやしたけど。めっちゃ思い当たる節あったわ。

 ごめん。不知火。何が君の逆鱗に触れたのかわからないがとりあえず謝っておくよ。

 

 不知火……か。表情が変わらないし、まるで怒っているかのように目つきが悪いからなぁ……勘違いしてしまうのも無理はない。が、この鎮守府の場合本当に怒っている可能性が大きいからな……うーむ。

 

 伍月■仝日 晴れ

 未だに不知火が遠くから睨んでくる。ただ昨日よりかは近くなった気もしないでも無い。まぁ、誤差だと思うけど。

 それは兎も角今日ほど心にきた舌打ちは無かった。金剛型一番艦戦艦『金剛』と廊下ですれ違ったのだが、最接近した時に「チッ」と舌打ちをされたのだ。泣きそうになった。

 

 金剛が……? いや、"あれ"の話は捨ておくべきだ。しかし、あの金剛が……か。

 

 伍月◆$日 雨のち曇り

 血を吐いた。今まで以上の血だ。何処かを切ったとかじゃない。ストレスだ。髪もだんだん白くなってきたし……後持って二月かな? せめて、九月まで持ち堪えたいなぁ。

 

 大丈夫か……? 体はボロボロのようだな。ストレスのせいで免疫が落ちているのかもしれない。しっかりと休養を取って欲しいが……俺が体を使うのも、起きている感じらしいからな。あまり無理なことはしないで欲しい。

 

 伍月〒*日 晴れ

 今日は同僚らと呑みに行った。アイツらはまだ提督候補で、提督の補佐をしているらしい。そこで提督としてのノウハウを学ぶのだとか。あれ? 俺の時そんなの無かったけど。いいけどね、別に。これを理由に辞めれるからな! 

 他にも色んなことを話し合った。ただまぁ俺の鎮守府の内情は言えないからほとんど聞くだけだったのだが……。何というか、上手くやっているようでちょっと嬉しい。同僚(女)の方も友人と同じように提督補佐についているらしい。友人は舞鶴鎮守府。同僚(女)は呉鎮守府と言う有名どころだ。加えて同僚(高飛車の方)はトラック泊地という最前線にいるらしい。プライドが高いアイツのことだ。恐らく、提督になるのを先を越されたのでせめて最前線で学んでやろうとでも考えているのだろう。それに笑ってしまった。

 ……お陰で気力が湧き出てきた。やっぱり心置きなく話せる相手というのは、良いものだ。

 

 明らかに厄介払いだな……。でも、楽しそうでなによりだ。無理にそういう時間をつくってよかったよ。あぁ。気の置けない仲の友人は、何より貴重だ。

 

 伍月$→日 雨

 今日は夕雲さんに暴力を振るわれた。何度か堪えたが、心労とストレスなどなどで気絶してしまった。だからその後がどうなったのかわからない。しかし、何故か傷が癒えていた。青痣も無い。誰がやってくれたのか……まぁ、明白だろう。明日妖精さんにお菓子でも贈るか。

 

 夕雲に……か。悉く、この鎮守府は……。妖精さんに助けられてばかりだな。あの妖怪猫吊るしも……この世界ではいい奴なのだろうか?

 

 

 伍月×<日 晴れのち曇り

 妖精さん用にお菓子を買いに行こうと外へ出た。仕事は既に終わらせてあったので、時間には余裕がある。街に出て初めに気づいたのは、街の活気だ。大都市のように人がごった返しているわけでは無いが、多くの人が行き交い、学生達が笑っていたり、女子大生と思われる三人組がカフェに入って行ったり、サラリーマンが銅像の側で快活な声を上げながら電話をしていたりと、戦時中とは思えないくらい晴れやかだった。

 本来は俺もそっちの立場にいたんだけどなぁ……。今更戻れやしないが。でも俺は戻る! いずれ戻るぞー‼︎

 あ、因みに妖精さんのお菓子は無難にクッキーにした。数が多いので箱形やらパーティー用やら色々買った。俺用にチョコや和菓子も買ったがな。………………これでまた暫くは耐えられるかな。

 

 甘いものは心を安らがせる力があるからな。俺も何度か世話になったが……糖尿病には気を付けろよ? 戦時中だからそう警戒することは無いと思うが。うん。平和な世界が一番だな。

 




提督命令=絶対的な命令(但し、使用の際に条件や制限がかかる為、使い勝手は悪い)


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陸月

 ちょっと書き足しました。


 陸月■■日 晴れ

 朝のランニングにいつの間にか長門が参加していた。観察するためなのだとか。ちょっと怖いと思ってしまったのは内緒だ。

 そう言えば、鎮守府の構造を把握がてら散歩をしていると変な機械を見つけた。怪しかったので取り外して壊しておいたがなんなのだろうか?

 

 長門か……1番正義感が強いとは思うが……うーむ。ながもんの可能性も……。機械? 調べてみよう……と思ったがどこにもないな。誰かに渡したのか?

 

 陸月◇■日 曇り

 今日から海域を攻略することにした。ほとんどの指示を現地の彼女らがしていて、出撃指示か撤退指示しか出していない。まぁそれでも回ってるから大丈夫だよね! 

 それは兎も角鎮守府内の設備も大分整ってきた。次は何を申請してやろうか……。

 

 ……やっていることは、ゲームと同じだな。違うとすればやはり"現実"であることか。作戦は考えれても、実際に命をかけて戦うのは彼女らだからな……。設備が整ったのなら次は彼女達の生活水準を上げてみてはどうだ?

 

 陸月☆○日 雨

 風呂は日本の心だ……鎮守府の風呂はとても良いものだ。艦娘は回復するし、疲れもとれる。俺は大浴場に入っている雰囲気を味わえるし……良いことずくめだな。それはそうと、駆逐艦からの怯えが段々と抜けてきた。喜ばしいが、特筆することでもないな。暴力も時々だし、一部を除いて罵詈雑言の嵐を被せる奴も少ない。その一部もツンデレっぽさを感じたし。来た頃に比べれば……もう大丈夫そうだな。よし。さっさと北方海域攻略してずらかるぞ! 

 

 ……ふむ。これは……いや、憶測はよそう。というか艦娘が入った後の風呂に入っているのか!? クソッ羨ましい……!

 

 陸月♪ ¥日 雨

 手が震えてきた。職務中は誤魔化せたが、今日記を書いている手はだいぶ震えている。正確に文字が書けない。……どうしようか。でも、戦場に出ている彼女たちは違う。常に襲われる恐怖を感じているはずだ。俺がこの程度でへこたれてどうする!

 

 読みづらくなってきたな。俺の文字も震えてる。今日は早く寝よう。俺とのこの会話も、控えて休憩の時間を多く取ろう。同一視は、よくない。

 

 陸月☆*日 雨

 今日もまた酷い暴力と暴言の嵐だった。段々と艦娘自体が怖くなってきたような……。いや、違う。そうじゃない。俺は怖くなんかない。恐怖なんか…………感じてないんだ。

 

 ? この前確か頻度は少なくなったと……あぁ、止められなくなってしまったのか。やめ時を失ったのだな。職務は俺がやっておこう。俺とお前は、一心同体だからな。

 

 陸月$□日 曇り

 資材周りを良くした。今まで大量に無駄に消費していたみたいだ。効率よく、少量で生産できるようにした。消費量は馬鹿にならないからな。せめて、彼女らの救いになれればいいが……。

 

 無駄な資源の削減は経戦能力にもつながる。無駄を減らすことは悪じゃない。だが、減らしすぎもよくはない。不満が溜まる。特に明石。あと夕張か。まぁ、あまり締めてやらないようにな……。

 

 陸月■▲日 雨

 今日は食堂の方を見てきた。間宮さんや伊良湖が精力的に動いてくれているようで、艦娘達の顔には笑顔が溢れていたように思う。うん。やっぱり食事は大事だな。

 それはそれとして、俺の料理のレパートリーも増やさなければ。流石に飽きてきた。

 

 衛生面は軽視されがちだが、人のモチベーションには欠かせない小野だからなぁ……。食事は衛生か……? レパートリーか。確かチャーハンやオムライスが基本だったな。なら肉じゃがとかの煮込み系はどうだ? 味が沁みて上手いぞ。

 

 陸月◆♪ 日 雨

 寝起きが辛い……。節々が痛い。顔色も酷い。髪の毛も数本白くなってきた。でもへこたれてる場合じゃない。俺はこの仕事を降りるんだ! その為には此処を良くしないといけない! それに…………彼女たちの辛い顔は、見たくない。

 

 寝起きはいつになっても辛いものだが……君のそれはまた違うな。仕事を降りる……か。今更ながら、勝手で申し訳ないが、君の過去を見させてもらった。君の気持も。君の思いもわかっている。だから。俺からは何も言わない。どうか、君の願が叶わんことを。

 

 陸月¥%日 曇り

 何故だか今日は体が軽い! 特に何かあった訳じゃないがどうしてだ? まぁ、いいや。今はよく動けているんだ、何も心配はいらない。

 

 えぇ……? そんなことあるか? あぁ、いや。ある意味リミッターが外れたのか……? 限界値以上のストレスを受けたせい……か?

 

 陸月○♪ 日 曇りのち晴れ

 夜戦夜戦五月蝿いって……。今日は川内が夜戦をさせろとせがんで来た。正直、今のところそんなことをする暇は無いのだが……。夜の警備員として鎮守府内を見回る役目を与えると、目を輝かせて飛び出していった。何がそんなに彼女を駆り立てるのやら……やはり史実に関係があるのだろうか? 軍学校の川内も同じような感じだったし。

 

 ははは。川内はやはりそうなのか。まぁ妥当なところではあるが……しかし。それを直接言えるということは……うん。いい傾向じゃないか。

 



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漆月

 漆月°*日 晴れ

 眠い。滅茶苦茶眠い。浅い眠りを何度も繰り返しているからか疲れも取れない。寝ることも儘ならない。と言うか大淀。近くにいるなら手伝ってよ……そんなに見せつけるように紅茶とか飲まないでよ……。休憩しようとしたら叱責が飛んでくるし。まぁ、それでも戦場に出ている彼女らに比べればマシな状況か。明日も頑張らなければ。……誰一人、沈ませないために。

 

 1度は限界を超えてたせいで何も感じなくなったが、ぶり返したか。あぁ、そうだ。誰一人沈んではならない。量産できるとかそんなのは関係ない。彼女たちは一個人だ。それに、違いなんてない。

 

 漆月×〒日 晴れ

 体が怠い。吐き気も何度もする。視界がぼやける。足が地についている感じがしない。

 何だ? これ。俺、どうなってるんだ? 

 

 もう……限界……か。俺の方も……影響が……あるようだ。

 

 漆月☆*日 雨

 なんだか最近は暴力が減ってきたな。あるにはあるが日に数回とかそこらへんだ。日に数回も暴行受けてて少ないって考えてるんだからもう末期だよな……。

 

 暴行が少ない……か。何かしら、心境の変化でもあったのか? 川内とは着実に打ち解けているとは思うが……。

 

 漆月○♪ 日 暴風雨

 相変わらず字が書けない。既にパソコンを導入しているので執務は問題ないが、日記は汚い文字になってしまっている。誰にも見せられないな、これ。誰にも見せる気はないが。

 

 私との交換日記だしな。まぁ、私の字も君の体だからか歪になってしまっている。これはこれで面白いな。

 

 漆月◆→日 晴れのち曇り

 今日は監査の日。事前に集会で言っていたので皆愛想がいい。まぁ、すれ違いざまに小声で罵られるんだけど。───心がキツいや。でも、我慢だ。彼女らの戦闘での鬱憤がそれで晴れるなら。誰も沈まないのなら。耐えきってみせる。

 

 監査、ね。……彼女たちは、ここをどうして離れたくないのだろう。現実が辛いならば解体を望むだろうに。……仲間、か。

 

 漆月■$日 晴れ

 今日は満月だ。だからなんだと言う話だが、現状夜遅くまで執務をしている状態だ。体にガタがき始めたのか、色々なことが遅くなっている。辞表出したいなぁ……。でも、もう見捨てられないし。誰も、沈ませたくないし……。

 

 すでにガタは来ているだろう。むしろ現状はボロボロの体に鞭を打っている状態だ。いつ倒れてもおかしくはない。それでも、君は。あぁ、だが私も。……同じ気持ちなのだ。

 

 漆月÷々日 曇り時々晴れ

 なんかお偉いさんから艦娘を譲れと言う電話がかかってきた。理由を問うと、慰み者にする為らしい。うちは軍だ。艦娘も軍に所属している。そんな彼女らを手放して戦力を低下させるような真似はしたくない。また、倫理的にも心情的にも承諾しかねたので、「貴方に艦娘を渡したら此方の戦力が下がります。日本の防衛ができなくなりますが、宜しいのですか?」って脅してやった。舌打ちして切られた。笑う。

 

 はぁ……未だに艦娘の何たるかを知らない者がいるのか。いや、この世界では研究できていないのか? それにしたってなんだそれは。いや、それ以前に軍属と軍人の違いが……はぁ。しかしまぁ……返しが秀逸だな。

 

 漆月〆〆日 晴れ

 今度は違うアプローチを仕掛けてきた。不要になった艦娘を引き取ると言ってきた。まず言おう。不要な艦娘がいねぇ。彼女らは我々日本を守る為に危険を冒して戦ってくれている。そんな彼女らが不要? あるわけない。更に言えば海域攻略、哨戒、護衛任務。腐るほど仕事がある。こちらも休暇と仕事を両立させることがギリギリできるほどだ。世界一の鎮守府でもカツカツなのだ。無理がある。そう言って直接訪れてきたお偉いさんの部下を追い返した。ふざけんな。

 

 相手側は何を考えているんだ? 国を護るのが使命じゃないのか? 何のために軍人をしているんだ? 頭湧いてるんじゃないのか?

 

 漆月=%日 晴れ

 今度は犯罪を犯した艦娘を引き渡せと言ってきた。大本営に言え。まぁ、ウチの艦娘だと黒なのだが引き渡すはずがない。戦力を低下させるわけにはいかないし、今ここでそんなことをしてしまえば真っ当に提督業を辞めることができなくなる。まぁ正直彼女らを売れば俺自身は自由の身になるわけだが……。どうやら俺は思った以上に情に厚かったらしい。絆されたとも言えるかもしれないが……見捨てる、手放す、などと言う選択肢は思い浮かばなかった。もう来るなと突き返した。ついでに大本営に通報した。

 

 何をしたいんだ? いや、大体想像はつく。そもそも艦娘らが犯罪を犯すか? まずその思考が間違っているだろう。彼女らは護国の化身だぞ? あるとすればそれは仲間を護るためか人を護る為だろう。そんな彼女たちに貴様らは何をしているんだ? 何を、したんだ!

 

 漆月@&日 晴れ

 あれから1週間。音沙汰が無くなった。諦めたかな?それとも取り潰されたか……まぁ確認できないからいいけど。 

 幾人かの艦娘が練度90台に入ったらしい。直接会って話を聞いたわけではなく、会話しているのが耳に入った。……正直報告に来て欲しいが、現状そう言うことができる精神状態では無いのだろう。もう3ヶ月経ったが、未だに大いに嫌われている。

 目が合えば表情を歪ませ、目の前を横切ろうとすれば足を引っ掛けられ、何かを話そうとすれば途端に罵詈雑言を浴びせられる。まぁ。これくらいなら耐えられるし。彼女らのためならば、な。

 

 よくないぞ、春人。奴らのようなクズはすぐに消すべきだ。何のために艦娘が現れたと思っている。相互理解を諦めたのは君たち軍人だろう。真に理解しようとせず力を恐れ、兵器としか見れない貴様らを……と。すまない。春人は違ったな。しかし、相互理解を放置しすぎた結果が、今春人に降りかかっているのだろうな。何とはた迷惑なことだ。うん? 練度って測れるのか?

 

 漆月〒▽日 曇り時々雨

 今日は曇り。少し雨が降りそうだった。演習をチラッと見て、その他はいつもどおり事務仕事をした。ペンだこがいつの間にかできてた。そんなに握ってたのか……。

 

 へぇ、演習。創作では彼女たちは演習用ペイント弾で要請が判定を行っていたが……こちらではどうなんだろうか? ……あまり無理はするものじゃないぞ。

 

 漆月$%日 晴れ

 そう言えば今日は誕生日だ。えーと、何歳になるんだっけ? 22歳か。確か軍学校に2年はいたから……そのくらいだな。友人からおめでとうメールが来てちょっと心が救われた。嬉しいものだな。まだ、頑張れる。

 

 誰かと会話をすることは、意外にストレス解消に繋がるからな。煩わしい時もあるが、何気なく会話できる友を得ることは何よりも代えがたい。俺では……日記越しの会話だからな。すまない。

 

 漆月+♪ 日 晴れ

 暑い。何故エアコンをつけてはならないのか……。うぅ。服が汗で張り付いて気持ち悪い。このままじゃ脱水症状になる。いや、熱中症も追加だな。カーテンで遮ってるから日射病にはならないが……このままじゃあ死んでしまうなぁ。流石に、死にたくはないかなぁ……。

 

 水分補給は怠るな。脱水症状や熱中症が一番危険だぞ。あぁ、氷を持ってくるのもアリだな。冷水にぬらしたタオルを首に巻くのもいいぞ。後は打ち水か。まぁ建物内だからできないだろうが。



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捌月

 今回からできるだけ更新していきます。ストックは少しあるだけなので……というか他の小説書かなきゃ。


 捌月■■日 晴れ:猛暑

 暑い。ただただ暑い。吐き気は治らないし、視界がチカチカ瞬くし、頭は働かない。

 眠気も凄いし、頭痛がする。しんどい。逃げたい。辞めたい。もう何もしたくない。何もやりたくない。

 

 休め! 私もしばらく返信を控える。だからまずは体調を整えろ!

 

 捌月■○日 晴れ:猛暑

 今日はお休み。久々の休暇だ。日がな一日ボーッと何も考えずに何処かを見ていた。まだまだ眠いし吐き気は続いてるし頭痛だってする。チカチカと瞬くことは無くなったけど、全快とは言い難い。前休んだのはいつだったっけ? 忘れてしまった。

 適度な運動はできる限りしているものの、朝と夜にしかやらないから体が鈍ってしまっている。体力の低下も否めない。白髪も眼に見えるようになってきたし、毎朝見る自分の顔は化粧では誤魔化しきれないほど窶れてきている。ファンデーションで目の隈は誤魔化せているけど。っていうかこれする意味あるのかな。アイツら絶対休ませないだろうし……。化粧の時間取るのやめようか……。いや、もう既にルーティンと化してるし、今やめたら頭が狂ってしまうから継続しよう。仕事のこと以外考えられないし……。これもある意味ブラック鎮守府なのかなぁ。

 

 ストレスか……もう、辞めてしまってもいいんじゃないか? 護国は他の軍人が担うだろう。艦娘という心残りはあるが、君をすりつぶしてまでこだわる必要は無い。それに……いや、よそう。私は君の意思を尊重する。

 

 捌月☆○日 晴れ

 蝉の声が煩い。元々寝ることができなくなってしまったが、それでもコイツらの鳴き声は煩い。でも、彼らは彼らで種の存続をする為に一週間という短い寿命でもって求愛行動に勤しんでいるのだ。人の言葉がわかるわけでもないし、ただ愚痴を言うしかない。そう言えば時雨って娘がいたな。確か白露型駆逐艦二番艦時雨、だったかな? 蝉時雨……ふふっ。本人に知られたら怒られるだろうからここだけに留めておこう。

 

 そうか、もう夏か。

 

 捌月☆*日 晴れ:猛暑

 殴られた。朝時雨と出会すと、何も言わずに殴られた。えぇ……と呆然と眺めて、一日中理由を考えてみたがわからなかった。でも日記見てわかった。見られてはいない筈だけど、多分シックスセンス的な何かで察知したんだろう。艦娘はそう言うのに優れてるって聞くし。うむぅ。謝るにしてもこれのことを話さなければならないから何とも言えないなぁ。

 ま、いいや。北方海域を開放するまでの間だし。その前に死にそうだけど。でも、最後まで沈ませないから。もう一度決意しよう。

 

 絶対、誰も、沈ませない。

 

 やはり、か。艦娘は超常の存在だぞ? 分からないわけが無い。というか会話をしろ。……北方海域、か。あぁ、誰も、沈ませない。

 

 捌月+$日 雨:台風

 今日は流石に全ての訓練を中止にした。この台風の中、海域攻略なんてできるわけがないし、演習にしても海に出ないといけない。つまり彼女らに突発的な休暇を与えたのだ。哨戒任務はあるものの、近海に留めている。週休完全二日制にしていたが……まぁ、良かったのかな。

 

 休みは大切だ適度な休憩を取らなければパフォーマンスが落ちてしまう。それは人であっても艦娘であっても一緒だ。だから君も……と言っても、聞かないか。

 

 捌月♪○日 晴れ:猛暑

 遂に北方海域目前まで来た。やっとだ。やっとこの地獄から解放される。

 あぁ、辛い思い出しかないが、感慨深い。願うなら、彼女らに幸福が在らんことを。

 

 ようやっとか。長かったな……。しかしこれで君の……いや、何でもない。さて、北方ならば北方棲姫がいるだろうが……どうかな?

 

 捌月々●日 曇り

 打電が来た。どうやらある鎮守府の提督がお役御免になったらしい。どこの鎮守府の人間か知らないが、悪いことでもしていたのだろう。そうじゃなきゃこのご時世に、それも希少な提督適性者を切り捨てることなんてしない筈だ。現に俺もここに配属されているし。

 そういえば友人たちはどうなったのだろうかとふと思い、電話をかけて見た。

 まずは親友から『お前から電話をかけてくるなんて珍しい』なんて言われた。確かに俺は電話なんかほとんどかけられる側だったからなぁ。こうしてかけるのすら初めてかも知れない。『大丈夫か?』と言われた。『大丈夫だ』と答えたが、何故分かったのだろうか。正直、大丈夫ではない。……あと少し、耐えるだけなんだ。

 

 友人とは得難いものだ。俺には……いなかったから、な。あーあ。羨ましいなぁ!

 

 捌月%*日 晴れ

 今日は同僚に電話をかけてみた。元気でやっているようで、滅茶苦茶愚痴を聞かされた。それが懐かしくて、つい笑ってしまった。そしたら『どうしたの?』なんて言われて、思わず涙が溢れた。それを精一杯悟られないようにして、何にもないと答えた。『ふーん』って返ってきたが。どうやら呉の方では姐御とか言われて慕われているらしい。良かったな。俺のところとは、(涙で滲んで読み取ることができない)

 

 そうだな……だがある意味、良かったのかもしれない。彼女らがこんな仕打ちを受けずに済んで。あともう少しだ。あと、少しだけだ。

 

 捌月$→日 晴れ

 今日は高飛車の方に電話した。久々にアイツの高圧的な話し方を聞いた。思わず笑みが零れたのは言うまでもない。それから数瞬間無言になった。どうした? と、問いかけると『あなた……いえ、なんでもありません』と言われた。何だろうか? どうしたと言うのだろうか。と、頭を捻っているとまたまた高圧的な物言いで、『貴方には負けませんから! 待っていなさい!』と言われた。それに、待ってる、と返して電話を終えた。うーむ。段々と気力が湧いてきたなー。やっぱり、友人というのは大切なのだ。

 

何というか……君の友人らは察しが良すぎないか??? 本当に良い友人たちを持っているよ。───愛されている……のだろうな。

 

 捌月♢※日 曇りのち晴れ

 今日は後輩に電話をかけた。盗聴されても良いように当たり障りのないことを話そうと思ったが、開口一番に『何故私のところから電話をくださらないのですか?』と低い声で言われた。ゾッとした。色々な言い訳を募って許してもらえたが、こんなことになるとは思わなかった……。それから当初の予定通り当たり障りのないことを話して、『後半年もすれば卒業なので待っていてくださいね♡』と最後に言われた。語尾にハートがついているように聞こえたのだがどうだろうか……。

 

え……後輩ちゃんヤバくないか……? え? ええ?? 何だこの寒気は……。いつか刺されるぞ……気を付けろよ。

 

 捌月◆#日 曇り時々雨

 いつも通りの事務仕事をこなして、休憩時間に軍学校で友人になった人たちに電話をかけていった。色んな奴らがいて、楽しい、と思えた。それから最後に鹿島教官に電話した。挨拶から始まって、電話をかけた理由を問われた。久々に声が聞きたかったから、と答えると数秒間黙り込んだようだった。あれ、俺恥ずかしいこと言った? なんて考えたが、思考力が低下しているせいで流してしまった。

 新しい提督適性者がみつかり、ソイツらを扱くのに忙しいようだ。訓練内容を聞くと、俺よりも全然軽かった。何でですかね。特別メニューマジで俺だけだったようだ。電話を終える前に『体に気をつけて』と優しい声で言われた。不意打ちだった。そんなに優しい声が出せたのかという驚きと、鹿島教官の優しさと気遣いに涙が溢れた。最近涙脆いなぁ。

 

これがモノホンの天然ジゴロ……男の方もおとしてるから女たらしとは言えないしな……。まぁ、なんだ。これなら……大丈夫そう、だな。俺が■■■■■■■。

 

 捌月々%日 晴れ

 何故だろう。時雨が俺の手伝いをしてくれている。殴られたあの日以来特に会話とかしてなかったのに。まぁ、でも手伝ってくれるのは嬉しいから、今度ご褒美でもあげるか。全然隠れられてないけどなー。

 

 ふむ……徐々に解除されている……いや、自ら抜け出したのか? どうやって? しかしまぁ……本当にこの世界の研究者……いや、大本営の人間か? クソだな。護ってもらっている風情で何故上から目線になることができるのか。感謝の心を忘れてるんじゃないか? 何故ここまで堕ちることができる。本当に……この世はクソだ。

 

 捌月&&日 晴れ

 何だろう?近頃艦娘たちとの会話ができている気がする。長門や時雨、赤城、雪風。最近でいうとこの娘らと会話した。なんかほとんど重い話だったんだけど……雪風くらいかな? あの娘は俺の歌に寄ってきたみたいだけど。

 

 良い兆候だな。君の恐怖症も何とかできればいいが……こればかりは本人の努力だからな……まぁ、そう深く考える必要もなさそうだけど、な。




 地獄には二つの意味があります。
 艦娘からの暴力等から耐えることと………。

 この提督はある意味クズ提督かもしれませんね。霞や曙、満潮に怒られても無理ないかも?


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玖月

 玖月■■日 晴れ

 そういえば、いつの間にか艦娘からの暴力や精神攻撃が無くなっていた。少なくなっていったのは知っているが、本当に知らないうちに消えていた。会話も増えてきてるし。何でだ?よくわからないが、それよりも仕事しなきゃ。

 

 伝播していっている……? いや、感化されただけか? 元々駆逐艦らは暴力に否定的だったしな……や、時雨は自業自得だろ。

 

 玖月○*日 晴れのち曇り

 休め。時雨にそう言われた。泣きそうな顔で、心配そうな顔で、それでいて、申し訳なさそうな顔で。何故? 何故? 何故? よくわからない。ただまぁ、言われた通りに今日は午前中だけ仕事した。……突然すぎる。

 

 うーむ……。考え方が変わってしまったか……いや、そうか。この娘たちは俺がいることを知らない。交代していることを知らないんだ。そうか……。まぁ、体を酷使していることに違いはない。そろそろ休むべきなんだろうな。

 

 玖月○■日 曇り時々雨

 今日もまた休まされた。最近は殆どの仕事を時雨と夕立がこなしている。流石にやりすぎるとブラックになってしまうので、無理矢理にこちらから仕事を奪った。泣いていた。どうしたらいいのかわからない。もう、わからない。

 

 あぁ……うーむ。どうしたものだろうか……。俺にも解決策がわからん……。ただ一つわかっているのは、艦娘の涙は……いや、女の涙は俺たちに効くということだ……!

 

 玖月%♪日 曇り

 艦娘らがよそよそしい。罵詈雑言は無くなったものの、俺を見たら泣くか苦痛に耐え忍ぶような顔で目を逸らすばかり。場合によっては走り去る娘もいた。

 ……? 返信が……。

 

 玖月◆☆日 晴れ

 艦娘との会話が多くなった。皆一様に泣きそうな顔だが、それでもちゃんと受け答えしてくれる。何故だかそれだけで嬉しくなる。

 

 よかったな……。大きな進歩じゃないか。俺も嬉しいよ。惜しむらくは、彼女たちと触れ合うどころか、会話することすらままならないことだな。まぁそれも徐々に改善されるだろうな。励めよ。

 

 玖月€→日 曇り

 ある程度艦娘と仲良くなってきたかな?鎮守府内の雰囲気が良くなってきている気がする。これなら俺が抜けても問題無さそうだ。もしかして、そういうのも含めて大本営は俺にここの指揮を任せたのだろうか。買い被りすぎだと思うが……予想でしかないしな。きっと、気のせいだ。実際、艦娘らの心の内を救ったわけではないし……。……?? また……?

 

 玖月&☆日

 明日、遂に北方海域を攻略する。全軍ではないが、多くの艦娘を突入させることになる。……気が重い。もしも彼女らを沈ませてしまったら。そう考えると、取り止めてしまいそうになる。でも、誓ったんだ。絶対沈ませないって。

 

 遂に……か。俺も最大限の支援をしよう。あぁ、誓ったもんな。絶対に沈ませない。誰一人、絶対に。

 

 玖月↑■日

 遂に出発した。指揮は向こうの方が上手いので長門に任せてある。俺がすることと言えば後方支援だ。少し心苦しいが仕方ない。どうか、誰も死なないで帰ってきてくれ……。やっと、終わるのだから……。

 

 後方支援も立派な仕事さ。兵站や防衛がしっかりしていたら、長門達も安心するだろうさ。それよりも……。

 

 玖月@→日

 今日はなんと、北方海域攻略一歩手前まで行ったらしい!なんと素晴らしいことか!ただ、北方棲姫が物凄く強くて手が出せないのだとか。

 ……俺も行ってみようかな?

 

 玖月$%日

 北方海域に来た。鎮守府は他の艦娘に任せ、一人だけで来た。到着した時は物凄く怒られたが。それでも、なんだかんだ皆安心した様な顔をしていた。何でか知らないが。こっちも安心したし。なんと言ってもこちら側は誰一人として轟沈していないからな。それはさて置き、明日で攻略完了となる。俺がここに来たのはそれを見届ける為と、北方棲姫を一目見るためだ。これを言ったら滅茶苦茶やめろって言われそうだけど。

 何にしろ、明日だ。明日で終わる。……彼女らの顔を見て、来て良かったと思えた。

 

 ハハハ! そりゃ怒られるだろうに! 一人で敵陣に乗り込む奴があるかよ! だがまぁ……ある意味良かったのかもな? 気合入ってるみたいだ。しかし……。

 

 玖月#☆日 晴れ時々曇り

 他の鎮守府の提督はクソばかりだ。駆逐艦を弾除け? 馬鹿げている。ちゃんと艦娘らの運用ができていない。しかも勝利の暁に慰み者にするって? それこそアホらしい。彼女らが俺たちを見限ったらどうなる。俺たちに必要な妖精さんたちが彼女らを傷つけたせいで手を貸してくれなかったら? お前たちは国を、自分を、家族や友人を深海棲艦から守れると思うのか? 断言しよう。無理だ。現代兵器も効かない奴らを艦娘の力、妖精さんの力無しで攻略できるとでも? お前たちは忘れたのか? 奴らに、何度も敗北したことを。その所為で───俺の家族は(千切られていて読むことができない)

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 玖月#$日 雨

 奴らを断罪し、総指揮を奪い取った。全艦娘を北方棲姫とその護衛艦のやつらに向けた。そこから指揮を(血に染まって読むことができない)



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拾壱月

 拾月が飛んでいるのは間違いではないです。仕様です。理由は日記を読めばわかります。


 拾壱月○■日 天気:晴れ

 目が覚めた。どうやら一月以上も眠っていたらしい。腕を捲るとガリガリの腕が現れた。点滴もしている。

 記憶の障害はない。名前もちゃんと覚えているし、今まで起こったことも全て覚えている。

 あの後どうなったのだろうか。彼らに背中から銃で撃たれて……彼女らが無事であることを祈ろう。……彼は?

 

 拾壱月◇○日 天気:曇りのち晴れ

 起きてからすぐ様々な検診を行った。ストレスによる心労と眼精疲労。加えて体力の低下と免疫力の低下。更に腰痛や肩凝りなどなど。まぁ色々な症状があるみたいだ。

 髪の色も完全に真っ白になったし……。

 この日記帳が手元に戻ってきただけでもよしとするか。せめて誰にも読まれていないことを願おう。

 

 ……すまない。すまない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。もう、大丈夫だから。安心していいから。もう、大丈夫、だから。ちゃんと、いなくなるから。

 

 拾壱月$○日 天気:晴れ

 今日は見舞いがたくさんきた。友人に同僚に後輩。鹿島教官も。みんながみんな心配してくれたようで、とてもありがたい。うん。直接言うだけでなく、ここでも述べておこう。みんな、ありがとう。

 

 ……どうして?

 

 拾壱月→○日 天気:曇り

 昨日は書く余裕が無かったが、どうやら俺を撃った奴とそれに加担した奴、静観していた奴らは全員処分対象になったようだ。どんな処分があったかはわかってない。友人が言うには「お前は知らなくて良い」そうだ。怒ってくれるのは嬉しいがなんだか少し怖く感じてしまった。

 何故? 謝る必要なんかない。

 

 拾壱月☆*日 天気:雨

 まだ退院できていない。体を元に戻すのに時間がかかるそうだ。最近はリハビリもやっているので段々と筋肉がついてきている……はずだ。

 

 何か、返してくれ。

 

 拾壱月+*日 天気:晴れ時々曇り

 今日は艦娘らが来た。訪れたのは榛名と時雨、夕立、雪風、赤城、不知火、川内、神通の8人。全員多少なりとも関係が良好とも言えなくもない仲だ。俺だけがそう感じているのかもしれないが。

 神妙な顔で全員黙りこくっていたので、助けてくれてありがとうとお礼を言った。そしたら全員泣き出した。何で?

 理由を聞くと、「私たちが今まであなたにしてきたことを考えると、感謝なんてとてもではないが受け取れない」と帰ってきた。うん。まぁ、うん。恐怖心が少しあったのも確かだから俺から言えることは無い……が。命の恩人なのに誰が彼女らを貶すことができると言うのだろうか。

 と言うか普段からこちらは守られてばかりなのだ。それなのに彼女らに害を成した奴らがいる。そんな彼女らが耐えきれずに手を出してしまった。誰が咎められる?彼女らは精一杯我慢したのだ。それが自分に来ただけ……とは少し割り切れないが、全面的に悪いのは腐った奴らなので、これから仲良くできれば特に言うことはない。

 そんな風に伝えたら号泣した。嘘だろおい。俺慣れてないんだけど。看護師さんに見られて訝しげな目で見られて俺まで泣きそうになった。ついでに忠誠を誓われた。要らないからそういうの。

 

 もっと会話をしたいんだ。

 

 拾壱月%*日 天気:晴れ

 大分筋力も付いてきて、支えなしでも歩けるようになった。

 あの日から彼女らは度々来るようになった。今まで関わりが無かった娘も、俺に嫌悪感丸出しだった娘も。一様に謝罪しにきた。笑って許すことはできないが、これから仲良くできれば、という意思を伝えると泣く。そして忠誠を誓われる。これが一連の流れ。何なの?台本でもあるの?何で全員おんなじ言葉話すの?もう泣かれるのも慣れてきたよ。

 

 俺は、君に何度も救われている。

 

 違う。違うんだ。そうじゃない。これは俺が、俺のせいなんだ。

 

 拾壱月○=日 天気:曇りのち雨

 今日は辞職願を提出してきた。北方海域を攻略したのだ。大本営が指定してきたミッションをクリアしたぞ!さぁ、約束の報酬を!ってな感じで。返事は取り敢えず待ってだった。いや、まぁ現状退院できてないから別に良いんだけどね。……なんか嫌な予感がする。

 

 何の話だよ!? なんで!? 教えてくれよ! 何が! 何が君を追い詰めたんだ……。

 

 知らなくていい。いや、知って欲しくない。俺の。俺だけの問題だから。

 

 拾壱月+$日 天気:晴れ

 そう言えば、何故あそこまで艦娘らは人間を憎んでいたのだろうか、と考えた。

 どれ程酷い目にあったのだろうか。どれ程惨めで悔しかっただろうか。本能とも言うべき護国の精神と反撃したいという悔しさに挟まれていた筈だ。そんな状態が何年も続けば憎く思うのも仕方がない……のか?

 

 何でだよ……何でなんだよ……。

 

 拾壱月→%日 天気:雨

 検査結果、異常なし。と言うわけで、リハビリは必要だが退院しても良いことになった。PTSDも無く、健康になったと。まぁ出血とストレスによる異常だけだったからな。戦いから離れられればそんなもんだろう。でも丸一月って長い気がする。そんなにヤバかったのだろうか。

 

 あの日、あの時決めたじゃないか。俺と君は、一心同体だって。君の問題は、俺の問題でもあるんだ! ここまで来て、何で隠し事するんだよ!

 

 それは……。でも、でも! 君を巻き込みたくない! 君に死んでほしくないんだ!!



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拾弍月

 拾弍月■■日 天気:晴れ

 久々に鎮守府に戻った。リハビリの為にまた病院に行かなきゃならないが。まだ一応提督だから見にきたのだ。ついでに書類仕事も。

 鎮守府に入ると、全員が全員心配気な表情をしながらも声をかけてくることはなく、むしろよそよそしかった。どした。

 前と随分違うみたいだが、なんて榛名に聞くと「皆提督のお帰りをお待ちしておりました。心配も、しておりました。しかし、榛名たちがしてきたことを振り返ると、とても話しかけるなんてことはできないのです」なんて返ってきて、確かに気まずいし相手からどう思われてるかなんて分かりきってるから話しかけるなんてできないか。と言うか前にも言ってたねその言葉。

 正直気軽に接することはできないが、会話ぐらいは楽しみたい。まぁ、もうそろそろでお役御免になる筈だけど。……なってくれるよね?信じてるよ?大本営。

 

 何もわからないじゃないか! 教えてくれなきゃ、何も力になれない! わからないままは嫌だ!

 

 教えたくない。知って欲しくない。知られたくない。これは俺だけがやらなきゃいけないことなんだ。

 

 拾弍月■○日 天気:曇り

 リハビリ期間も終了して、鎮守府に帰ってきた。このリハビリ期間が終わるまで度々鎮守府へ向かっていたので、それなりの数の艦娘と会話ができている。良きかな良きかな。このまま行けばいずれ彼女らは元の調子(糞提督着任前)に戻れる筈だ。そうなったら俺がいなくてもこの鎮守府は回っていけるだろう。安心だな。

 

 毎回毎回同じ言葉をっ! ならもういい! もう知らん!

 

 あぁ……そうしてくれ。俺のことは……忘れてくれ

 

 拾弍月◇○日 天気:曇りのち晴れ

 手紙が来た。中身を読んでみると、現在俺の処遇について協議中だと言う。壱月の中頃まで待って欲しい、と。そんなに長いの?俺何かした?

 

 拾弍月☆○日 天気:晴れ

 今日は何回か電話がかかってきた。一人目は俺の親友。どうやら提督になることになったそうだ。凄いじゃないか!って褒めたら、一斉に提督の首を切ったからその穴埋めだ、と返ってきた。それでも多くはないが少なくもない候補生がいた筈だ。その中の一人に選ばれたのだ、誇って良いと思う。俺はそもそも提督目指して無かったからな。ちょっと後ろめたい。

 二人目は同僚(女)。こちらも提督昇級の連絡だった。親友は呉、同僚は舞鶴らしい。同じ理由で昇級したらしかった。もしかして首切られたのって北方海域に来てた彼らなのだろうか。咎めていた人もいるので、その人らはどうか無事であって欲しい。というか2人ともデカい鎮守府なんだな。俺が言えた義理ではないけど。

 三人目は高飛車。上二人と同じで、下関鎮守府に着任したらしい。理由も同様。その他多くの鎮守府に候補生が着任したとか何とか。良かったなって言ったら、これで漸くあなたの横須賀鎮守府を超えることができますわ!と言われた。まず、艦娘の数が違うので超えることができるか不明だ。ついで俺はそもそも競っていない。だって辞めるもん。それを言ったら烈火の如く怒鳴られるから言わなかったけど(2敗)。

 

 拾弍月○$日 天気:雪

 まさか雪が降るとは思わなかった。都心部に近いので、あまりここには雪が降らない。駆逐艦の娘らは、その多くが外に出て遊んでいた。執務室の横にある自室では、遂に炬燵を出した。途端ににゃ〜と言いながら多摩が自室に突撃してきて、炬燵に入り丸まった。まんま猫だった。口に出ていたのか「猫じゃないにゃ」と言われた。猫じゃん。いつの間にか初雪と望月が炬燵に潜り込んでぬくぬくしてたのには驚いた。

 

 拾弍月%☆日 天気:晴れ

 昨日降った雪が微かに積もって、少し溶けた。その為表面が凍り、滑りやすくなっていた。執務の休憩ついでに鎮守府を見て回っていると、滑って転んだ娘が多数いた。特に暁型のネームシップとか……。

 

 拾弍月〒○日 天気:曇り

 明日はクリスマスだ。と、彼女らが騒いでいた。ふむ。用意した方が良いだろうか?

 

 拾弍月+$日 天気:雪

 今日はホワイトクリスマスとなった。朝はザワザワしていて、企みが成功したみたいで嬉しい限りだ。全員の分を買うのは骨が折れたが、要望していた品が安くて助かった。誰がサンタさんに扮したのかと、食堂に行くと協議していたので聞き流しながら朝食をいただいた。間宮さんに「はい、サンタさんどうぞ」と言われたが、「え?何の話?」って咄嗟に切り返しができたのは褒めてもいいと思う。「そうですか……じゃあどなたなのでしょう」なんて言われたので知らないと答えて執務室に戻った。本当に危なかった。

 その後は通常通り……とはならず、一日中パーティをしていた。哨戒任務の娘らは残念ながら参加できなかったが。

 

 拾弍月→■日 天気:曇りのち晴れ

 昨日の騒動がひと段落して、鎮守府は落ち着きを取り戻した。まだ誰がサンタなのか協議中みたいだが。このまま一生黙らせてもらおう。

 久々に銀行の口座を覗くと桁がヤバくて驚いた。これなら自分の財布から出さなくて良かったじゃんとも思った。

 

 拾弍月4○日 天気:晴れ時々曇り

 哨戒任務中の部隊から深海棲艦発見の報告が来た。はぐれらしく、構成は駆逐イ級3と軽空母ヌ級1だった。そのまま撃破できたので帰港するとのことだった。報告してきたのは吹雪で、他の娘らは休ませていた。編成を変えて吹雪にも休ませ、待機していた娘らを哨戒任務に出した。

 北方海域を攻略したからか、ここ最近は緩い雰囲気が漂っている鎮守府だが、緩くなったのは強くなったからで、戦闘態勢は即時取れるようだった。うーん。凄い(小並感)。

 

 拾弍月3☆日 天気:曇りのち晴れ

 遂に年越し。この一年は濃かった。と言うか暴力と暴言の嵐が一番多かったように思う。ただ、そんな中で段々と彼女らと心を通わすことができて良かったとは思う。思い残すことはもう無いので、後は辞職願いが通るまで待つだけだ。轟沈者も誰一人出ていない。色々なことに目を瞑れば、本当に良い一年だった。目を瞑れば。



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壱月

 泣けるような小説を書きたい……。感動系……無理かな……。


 壱月壱日 天気:晴れ

 元旦だ。今日は近くの神社に参拝しに行った。共に来る娘たちもいたが、他の子達は後日するのだそうだ。まぁ大勢で行っても迷惑なだけだし、鎮守府を守ることもしなければならないので異論はない。共に行った子達は皆一様にハレ着に着替えていた。うん。可愛い。

 

 壱月ろ日 天気:曇り

 初詣は昨日の内に終えたので、今日するのは餅つきだ。望月じゃないぞ?反応したけど。あの娘。

 食べ方は色々。間宮さんたちも手伝ってくれて、早々に餅が売り切れた。俺食べてないのに……。というか殆どが空母の腹の中に入っていたような……。

 

 壱月に日 天気曇り時々晴れ

 今日は大淀から提案があった。艦娘とコミュニケーションを取る為に秘書艦の制度を作ってみては?と。秘書艦と言えば提督の補佐をする艦娘のことだ。それを大淀が言うには一日ずつ艦娘を変えてコミュニケーションを取っていこうだとか。大淀とは既に和解しており、正式な謝罪を受け取った。

 泣きながら土下座してどんな罰でも受けますって……いや、もういいと言うかどうでもいいと言うか。取り敢えず営倉10日間生活を与えた。それだけじゃあ足りないとか言われてMなの?と思ってしまった俺は悪くないと思う。

 

 壱月ほ日 天気:晴れ

 一年に三回の定期査察。特に問題はなく、すぐに帰っていった。

 今日から秘書艦の任務を始めることとなった。決めたあの日から掲示に張り紙をしていたのだが、立候補者が多かった。その中から今日の秘書艦を選んだ。今日は荒潮だ。

 

 壱月ぬ日 天気:曇りのち晴れ

 何故か料理を振る舞うことになった。

 今日秘書艦だった山風が、「提督の料理、食べてみたい」と言い出して、同室にいた大淀も何も言わなかったがこちらをチラチラと見ていた。山風はジッと見つめてきたし。根負けして昼食時にぶっかけ饂飩作った。

 

 壱月た日 天気:雨のち曇り

 今日、遂に大本営から通達が来た。ワクワクドキドキしながら封を切り、中を読むと。

『貴君は誰にも成し得ない北方海域の攻略を成功させ、また世界最大の艦娘保有量を誇る横須賀鎮守府をまとめあげた。その功績を讃え、鉄底海峡攻略の任を授ける』

 ふざけんなよゴラアアアアア!!!お前ら言ったよね?言ったよねぇ!?北方海域攻略したら解放するって言ったよねぇえ!!!???

 まぁわかってはいたけど。あの大本営が約束守るわけないって。予想してたけどぉ……。でもやっぱり耐えきれなくて叫んでしまった。今日の秘書艦の秋雲が驚いて運んでいたお茶を溢していた。ごめん。

 

 壱月か日 天気:雨

 艦娘らが何やら集まって相談しているそうな。相談というか会議っぽいけど。今日の秘書艦の夕立が教えてくれた。その口癖ずっと聞いてたら感染りそう。夕立は改ニ実装?と言うのができるらしく、それを一度見せてもらった。めっちゃ犬っぽかった。夕立は初めて入った執務室に興味津々で、色々な所を見てたっぽい。壊してほしくないものだけ話して後は自由にさせたっぽい。喜んでたっぽい。

 

 壱月そ日 天気:晴れ

 裁判所に行ってきた。仕方がないだろう。大本営が約束を守らなかったんだから。ちゃんと提督になる時に決めた条件が載ってる文書も持って行ったんだぞ?お偉いさん方は慌てたように奪って破り捨ててたけど。それ、コピーなんだよね。モノホンはちゃんと厳重に保管してるからね。

 ……まぁ、抱きこんでるからか裁判の結果的に辞めることはできなかったんだけど。と言うかそれ、どうなの?法律的に。三権分立できてる?

 

 壱月つ日 天気:雪

 軍だから人権無視なんですか?仲間集めて告訴してやろうかな。なんて思いながら執務をした後。なんでかわからないが、既に日常と化した秘書艦に料理を振る舞うという仕事をこなす。いや、ほんと何でだろ。大淀は偶に居なくて、恐らく自身に嫉妬の感情を集中させない為だろうが、あまり効果は無いようである。この前駆逐艦の娘らに突っつかれて気まずそうにしてた。



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弍月

 弍月お日 天気:曇り

 取り敢えず納得はしてないけど鉄底海峡まで攻略することを承認した。但し、それ以降は本当に辞めさせるという契約をして、だ。

 不承不承ながらやってやるんだ。感謝しろよ!

 

 弍月や日 天気:雨

 仕事が増えた。ふざけんなよマジで。泣いていい?

 

 弍月ふ日 天気:曇り時々晴れ

 鎮守府公開週間って何だよ。アホだろ。

 どうやら世論を傾けたいが為にテレビ局とかを鎮守府に入れるらしい。艦娘らにも周知させて、鎮守府の紹介をするのだとか。そんなんしてる暇があったら海域攻略をさせろよ。と言うかついでのようにAL海域攻略させようとするな。

 

 弍月さ日 天気:晴れ後曇り

 来週1週間が鎮守府公開週間だ。その旨を艦娘らに周知させ、警備や哨戒などの役割分担を決めていく。

 俺の鎮守府の担当は初日。世界最大の鎮守府だから初めの日にしたらしい。逃げたい。

 

 弍月め日 天気:晴れ

 今日の秘書艦は加賀。開口一番は謝罪だった。次いで召使いのようにしてくれ、と。

 しないからね? 絶対やらないからね?

 だからそんな期待した目を向けないで。

 

 弍月ひ日 天気:曇り

 今日の秘書艦は陸奥だった。昨夜長門に陸奥が暴走するかもだから気をつけてねと言う風な注意喚起を受けたので少し警戒して応対する。

 挨拶の後に謝罪が始まり、それで1時間。長い。謝罪の後は償いをどうすればいいのかと聞かれたので、今は思いつかないと答えたら、黙ってしまった。何? ちょっと怖い。

 仕事を片付けてお昼。昼食を作ろうとすると、陸奥から待ったがかかり、私が作ると言った。

 なので彼女の言う通り、待つことに。

 よくわからないものを出された。

 何これ、と問うてみるとオムライスと返された。卵どこ?

 恐る恐る食べてみたら美味しかった。味はちゃんとオムライスだった。見た目に目を瞑れば。

 午後の仕事も片付け、風呂に入ろうとすると、背中を流すと言ってきた。頑張って止めさせた。なんでそんなに強情なの……?

 寝る時も褥を共にとか言ってきた。暴走ってこう言うことか……。勿論止めさせた。艦娘と関係を持っていたら普通に辞められないじゃないか。

 ちなみに理由を聞いたら『私の償いは私のこの身、この生を捧げることだと思ったの』と言われた。重い。

 

 弍月せ日 天気:晴れ

 今日はテレビ局が来た。つかれた。

 

 弍月す日 天気:曇り

 今日の執務が終わり、ちょっと気になったのでテレビをつけてみた。どんな風に映されてるのか気になったのだ。

 うん。まぁ、なんだ。無難だな。

 今日の秘書艦である時雨と一緒に見て意見を交わした。

 時雨曰く、インタビューされた時は気を張ったのだとか。まぁ、中々面白かった。



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参月

 参月阿日 天気:雨

 今日の秘書艦は赤城。なんでもそつなくこなす秘書みたいな娘だ。ある一点を除けば完璧な美人だ。ある一点を除けば。うん。とりあえず手が疲れた……明日絶対筋肉痛だなこりゃ……。

 

 参月ヱ日 天気:晴れ

 今度お花見をすることになった。鎮守府内に桜が植えられているので、そこでするそうだ。楽しみと言えば楽しみだが、幾人かの料理が怖い。今日の秘書艦である比叡もその内の一人。どうしてレシピを見ながら作ってるのに別のものが作られていくのだろうか……? 恒例となっている俺の料理で作らせなかったが。俺はまだ比叡の料理は食べたことがないが、榛名が言うには失神するほどらしいのでちょっと食べる気にならない。

 ………やめてね? 俺を殺そうとしないでね?

 

 参月坷日 天気:曇り

 今日は鉄底海峡前まで攻略。何故か異様にみんなの士気が高いので、スムーズに海域攻略ができた。

 明日からは鉄底海峡に挑む予定だ。

 資源の備蓄もある。装備の改修もした。

 恐れる必要は、何も無い。

 

 参月金日 天気:晴れ時々曇り

 何やら書類が送られてきた。そこには専門家をそっちに寄越すからちゃんと鎮守府運営の方法を学べよと言う内容だった。怒って良い? 良いよね?

 テメェらがただの提督候補生を世界最大の鎮守府に寄越したんだろうがッッッ!!! ふざけんじゃねぇ!!! しかも1人で運営しろとか死ねって言ってるようなもんじゃねぇか! それをォ? 今更ァ? 専門家を寄越すからァ? 学べってェ? 舐めてんのかァン? いつもいつもテメェらの都合に振り回されるこっちの身にもなれってんだよ! そもそも一般人を(破れていて読めない)

 

 参月黒日 天気:曇り時々雨

 昨日はヤケ酒をしていて何があったのか覚えてない。何故か朝起きたら鳳翔がそばで寝ていてビックリした。「昨日はお楽しみでしたね」状態で飛び起きた。

 でもまぁ2人とも裸じゃなかったから大丈夫だろう。恐らく。何か怖くなってきた。

 今日の秘書艦は隼鷹。不安しかなかったが存外真面目に仕事をこなしていた。まぁ結局昼から酒呑んでたけど。でも昼までに仕事を終わらせるのは流石としか言えなかった。実はよく考えてるんだなぁ……。

 

 参月仮日 天気:曇りのち晴れ

 今日、専門家が鎮守府に訪れることになった。いや、前々から紙はあったらしいのだが記憶にないのだ。その日はすごくイラついた記憶はあるのだが。日記を遡った結果前日に知ると言う失態を犯してしまった。

 それは兎も角専門家は人だと思っていたのだが艦娘だった。それも、横須賀にも所属する艦娘。『時雨』だった。

 彼女は一通り鎮守府を周ると特に変えるところは無いと言い、出来れば娯楽用の物が有れば良いと言った。

 確かにそこまで気が回らなかったな。申し訳ないことをした。会議室は有り余ってるからその一室を遊戯室にするか。今度妖精さんに頼もう。

 彼女はすぐ帰るわけではなく、最低でも1週間はいなければならないそうだ。

 そう言うわけで部屋をどうしようかと考えたのだが白露型の部屋になった。ベッドは別の場所から持ち込めば良いので許可した。

 

 参月扈日 天気:晴れ

 「初めて会った時から思っていたけど、君。もしかして……」

 なんてことを今朝大本営の方の時雨に言われた。もしかしての後を話さなかったので何が何だかわからないが、何か気になることでもあったのだろうか。あ、もしかしてまだ窶れてたり?

 お昼になって再び話すと「あぁ、そう言うことか」と納得していた。わからん。

 

 参月杈日 天気:曇り時々晴れ

 今日は大本営所属の時雨が帰る日。どうやら横須賀の艦娘とは大分打ち解けていたようで、全員が泣き惜しみ、盛大に送っていた。

 有意義な1週間になってなによりだ。

 彼女との別れ際、何故か「何かあればここに連絡して。僕の直通秘匿回線だから」と耳元で言われ、小さな紙を渡された。

 ふむ。彼女は頼りになりそうだし保管しておこう。



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2年目
肆月


 肆月諮日 天気:晴れ

 俺がこの鎮守府に着任してから1年。

 よく1年耐え抜いた。その祝いに何か贅沢をしよう……と、したが。

 何も思い浮かばない。まて。贅沢って何だ……何が贅沢なんだ……。

 あれ、待って。これ俺仕事人間になってないか……?

 ハハッ。いや、まさか。違うはず……。

 

 やっと……やっと終わったよ。春人。ありがとう。これで、もう大丈夫だ。

 

 肆月鬆日 天気:曇り

 友人に贅沢を聞いてみた。「お前は何を言っているんだ」と言われた。泣きたい。

 

 もう、返してくれない……か。そりゃそうだよな。自業自得だ。でも最後にこれだけは書かせてくれ。いずれ消え去るものだけど、君のこれからの人生に幸多からんことを。遥か彼方より、願っている。

 

 肆月瀨日 天気:雨

 取り敢えず思いつくのは高級なご飯だろうか?

 銀座にでも行って食べるか。……ふむ。秋月型も呼ぶか。そうだなぁ……4日後が確か空いていたはず。その時にでも誘おう。

 

 肆月麤日 天気:晴れ

 今日の秘書艦は秋月。真面目な子で執務は滞りなく進んだ。今日は銀座に行く予定なので秋月にそのことを話、姉妹にも来ていいように言うと遠慮しだした。強引に言いくるめて秋月型と俺で寿司屋へと行く。

 初めの方は全然食べなかったのだが一口食べると猛烈な勢いで消費しだした。と言うか泣いて食べるな。俺が良いものを食べさせてやらなかったみたいで店員と他の客に変な目で見られたじゃないか。

 ちなみにお金はそこそこ消費できたと思ったのだが全然有り余っていた。

 

 肆月咜日 天気:曇り時々晴れ

 なんとも清々しい朝だった。いつものルーティーンをこなし、さぁいざ仕事……したかったのに青葉が「取材ですっ!」とドアを壊すような勢いで入ってきた。取材じゃなくて秘書艦だろ……。

 青葉と仕事をこなしながら青葉の質問に答えた。

 青「好きな食べ物はなんですか?」

 俺「なんだろうな……忘れた」

 青「えぇ……じゃあ好きなスポーツはなんです?」

 俺「うーん……ない、かな?」

 青「あー……じゃあ趣味は?」

 俺「趣味……シュミ……しゅみってなんだ?」

 青「」

 大体こんな感じだった。ヤバいな俺。

 

 肆月智日 天気:雨

 今朝から小降りの雨。哨戒などは問題ないが海域攻略はできなそうだ。と言うわけで戦闘部隊に休暇を与えた。臨時休暇だけど。

 各々何をしているのかと見回りに行った。

 長門型の場合

 長門が走り込みや腹筋などをしていた。休めよ。陸奥はと言うとそんな長門を見てより過酷な訓練に身を投じていた。休めよ。

 一航戦の場合

 赤城は食堂に入り浸っていた。お前は動け。

 加賀は弓道場で精神統一をしていた。いや、休めよ。

 川内型の場合

 川内は寝ていた。何故か安心した。

 神通は陸奥と同じ訓練をしていた。休めって。

 那珂は歌ったり踊ったりしていた。うん。まぁ、楽しんでいるならいいんじゃないだろうか。赤城を突っ込んでおいた。

 陽炎、不知火、黒潮の場合

 戦術研究をしていた。休めって言ってるじゃん?

 吹雪の場合

 俺を見ていた。少し怖い。

 この……何? これ。みんななんで休んでないの? いや、吹雪はよくわかんないけど。あと川内はちゃんとしてた。赤城は知らん。

 

 どういうことだよ……勝ち逃げみたいなことしてんじゃねぇよ! さっさと話せ!

 

 ……君と体を1つにしている。()()()()はそれが気に入らなかったらしい。だから君の魂を消そうとした。俺がそれに抗っただけの話さ。

 

 は……?




 仕事のしすぎで楽しむことを忘れる主人公とそうさせてしまったと感じた艦娘達。情報源は青葉。


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伍月

 お待たせしましたー。


 伍月撞日 天気:曇り

 だんだんと暑くなってきた。鉄底海峡の攻略は順調。北方海域みたく俺が現地に行かなくても良さそうだ。

 今日の秘書艦は間宮。……初めは驚いたものだった……。だって間宮が来るとは思わなかったから。厨房の方はいいのかと聞くと鳳翔と伊良湖に任せてますと返ってきた。いいのか。

 今日は作らなくていいと思ったら食べてみたいから秘書艦になったのだと言われた。マジか。……マジかー。正直本職の人を納得させられるようなものではないのだけれど。だけどまぁ緊張と努力によっていい出来のものができた。因みに古き良き日本の朝ごはんだ。

 間宮に出すと何故か頬を赤らめていた。マジでわからん。

 

 《カミサマ》……?

 あぁ。カミサマ。この世を見渡す観測者であり世を調理するモノ。だからこそ、あり得ない俺たちを見逃せない。いずれ世界を壊してしまうから。

 ??? いきなりファンタジーになった?

 

 伍月那日 天気:晴れ

 今日は一日中晴れだった。五月晴れと言うのだろう。秘書艦が皐月だったからか?

 で、今日。なんと鉄底海峡を攻略したらしい。早くない? もっとかかると思ってたんだけど……。まぁ終わったならいいや。艦隊を全員休ませて、書類を書いて提出。これで俺の仕事は終わりだ。ヨッシャア!!

 

 何を言っているのかはわからないだろう。それはそうだ。今まで生きてきた世界が実はファンタスティックだった……艦娘や深海棲艦、妖精が現れてる時点で実はも何も無いか。

 それもそうか。

 納得するんだ……。

 

 伍月于日 天気:晴れ時々曇り

 どうやら本当に鉄底海峡を攻略したらしい。いや、一応こっちでも彩雲で確認はしたのだが、大本営の方でも確認したそうで、通信が入ってきた。

 

 

 ふっ。フハハハハ!!!! 来たな! 遂にきた! 私の時代が!

 大本営にもう一度辞任届けを出してやった。ククク。これで俺は一般人だ!

 

 とりあえず、その「世界の調律者」が「俺たち」のことを世界を壊す存在だと認めた。だから()()()()()を主軸にするように()()()()

 ちょっ……。

 だから俺はソレに抗った。そしてかの神と交渉をした。結果、俺は俺が求めるものを勝ち取った。

 待て! まだ話の全容もつかめていない!

 

 伍月繹日 天気:豪雨

 今日は豪雨。哨戒任務すらこなせないので時間が余った。俺自身も書類仕事が激減するのですることが少ない。

 ただ、万が一、億が一の場合に備えて逃走する準備を進めておこう。

 これでまた仕事を押し付けるようなら逃げる。当たり前ダヨナァ? 艦娘らには申し訳ないがこれ以上は提督はしてられない。命の危険とか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからと言って逃げるのはどうなんだと思わなくもないが、職務放棄してしまえば法律的になんとかなるかも……。

 だからまぁ逃げる。艦娘らには申し訳ないが、これは俺の為なんだ。恨んでくれて構わない。罵ってくれて構わない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自己嫌悪に陥りそうになるが悪いのは大本営なので怒りを再燃させておく。

 アイツらマジで(黒いペンで塗りつぶされていて読めない)

 

 とりあえずカミサマってなんだ。

 書いただろう? 世界を見渡す調律者だ。

 そういうことじゃなくて、もっとそのカミサマについての詳細をだな

 知らん。何もわからない。世界の調律者としか、わからない。すまないな……。

 なんだ……それ。

 

 伍月禰日 天気:暴風雨

 昨日は艦娘それぞれの様子を書くつもりだったのに怒りで書くことができなかった。

 昨日今日と酷い雨が続いている。今日の日記には昨日の分も書こう。

 まず吹雪型。吹雪は昨日も今日も忙しなく動いていて、みんなの纏め役として頑張っているのだろう。俺を見かけるたびに犬みたいに近寄ってきて薄い笑みを浮かべるのは何なのだろうか。その度に寒気がする。頭を撫でて労うと雰囲気が大分軽くなる。他の吹雪型は吹雪を手伝ったり部屋でダラダラしたりだった。叢雲が初雪と同じように寝巻きで過ごしているのは初めて見たので目を疑ったが。

 続いて綾波型。こちらも外には出れないからか、部屋で過ごしている者が多い。七駆はなにやらゴソゴソとしていたが。何をしていたんだろうか……?

 暁型は小さな鉢植えのお世話をしていた。それが終わると戦略や戦術の勉強と、精力的に動いていたみたいだ。適度に休息を取るように言ったら、元気いっぱいな声で返事が返ってきた。

 陽炎型はトレーニングルームでさまざまなトレーニングをしていた。ほとんど陽炎型で埋まっていて壮観だった。あ、秋雲は部屋で絵を描いていたらしいが。

 夕雲型は工作をしていた。何を作っているのか聞いたら千羽鶴だと言っていた。すぐ出来上がりそうだ。

 白露型は……うん。あれだ。まぁ、いいだろ……。

 神風型は和菓子や和食の練習をしていた。見に来たついでに食べさせられた。特段不味い、というわけでもないが……。まぁ精進してくれと願う。

 初春型は瞑想をしていた。弓道場で空母勢が鍛錬をしているところにいたので集中力を上げる訓練なのだろうか。

 朝潮型は工廠妖精の所で手伝いをしていた。

 駆逐艦はこんなところだろうか。まだまだいるが流石にページが足りない。また明日書くことにしよう。

 さて、どうやってここから出るか……。

 

 なぁ……君が求めるものって、なんだ?

 ……。

 いや、悪い。こういうのは聞くもんじゃないな。忘れてくれ。

 いや、いいさ。この際だ、知ってもらいたい。俺という、一個人を.



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陸月

 お待たせして申し訳ありません……!
 ちょっと別の小説読んでまして……。忙しかったのもあるんですけど。
 今回は少しホラーなのでお気をつけて。


 陸月儺日 天気:曇り

 もうそろそろ日記帳が満杯だ。新しいのに変えなきゃいけない。まぁ血で赤く染まって皺々になってたし。そんな状態なのによく書き続けられたなぁ……。習慣ってのは良いな。まぁ、強迫観念でしなきゃいけないみたいなところまでやったらいけないと思うけど。

 今日の秘書艦は夕雲。甲斐甲斐しくお世話をされそうになったが、ほとんど自分でできるので、自分のことは自分でさせてもらった。なにかしら不満そうではあったけど、お昼に饂飩を出したらキラキラしだした。

 夕雲と言えば、俺に暴力を振るった駆逐艦10人の中でも、そこそこの被害を受けた娘だ。まぁ、あの時は誤解もあったのだろう。謝罪に来た時は泣き喚きながら自殺しようとしてたから大変だった。

 自殺といえば……神通か。あの時からまだ直接話していないなぁ。

 

 そう……か。まぁ、艦娘なんてのがいる世界だ。()()()がいてもおかしくはない……か。しかも、それが俺に憑依しているとは。

 あぁ。別に隠していたわけじゃないんだ。話す機会が無かっただけで

 だけど。俺は許さないぞ。この人生はもう俺とお前の二人の人生だ。そんなこと書かれても、納得できない。ソイツ本当に神なのか?

 ……神さ。抗いようない、得体のしれないナニカだったんだから。それに、俺は世界から見てみれば異物でしかない。()()()()()()()()()()()なんだから。共にこの数年いられただけで俺は満足だよ。それに、

 ……それで、納得できないって言ってんだよ

 艦娘を、見ることができたんだから。

 

 陸月丹日 天気:雨

 今日も暑い。蒸されているかのように暑い。梅雨の時期だから仕方がないが……。あれ? なにか、頭がくらくらとする。

 まぁ、何てことないだろう。どうせ明日には治っている。

 今日の秘書艦は金剛だった。いつも五月蝿いくらいに騒いでいるのだが……まるで借りてきた猫のような状態だった。

 顔が仄かに赤らんでいたので、風邪なのかと思い、オデコで測ったら実際猛烈に熱かった。近くには俺のベッドしか無かったので、ソファーに寝かせるよりかはマシかと思い、運んだ。

 まぁ、誤解だったわけだが……。そもそも艦娘が風邪を引くのかどうかすら知らないし、平熱もどれだけ高いのかわからない。そりゃ誤解するわ……。今度は俺の方が恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 それにしても、暑いな。

 

 今日はもう、休もう

 

 陸月ヌ日 天気:大雨

 ごめんなさい。あなたが苦しんでいるのを、私は間近で見ていた。だけど私はあなたを痛めつける側だった。あなたに対して憎しみがあった。恨みがあった。恐れがあった。それを誤魔化すために私はあなたに暴力を振るい、罵った。なんて最低なのでしょう。こうして直接謝ることも、償うこともできない。素晴らしいあなたを、私は汚したくない。そんなエゴで私はあなたに謝らない。償えない。結局自分のことしか見ていない。最低で、屑で、塵以下。あぁ、もう。()んでしまいたい。それでもあなたは私を死なせない。優しいから。艦娘の1人である私を死なせないだろう。私を自殺させないように、こうして艦隊に組み込まないのが、その証左。海に出ることが許可されないのが、あなたの残酷な優しさ。でも、ある意味私は罰を負っている。()()()()という罰を。だから私はそれを真っ当に受ける。これがあなたに対する償いになるのなら。あぁ、だから。()()()()()

 

 陸月ネ日 天気:???

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいあなたを叩いてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいあなたを罵ってごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいあなたを蹴ってごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい直接あなたに謝ることができなくてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 生まれてきて

 生きてきて

 ごめんなさい

 ……死にたい

 それでも私は、

 あなたに助けて欲しいと思っている

 だからこうしてここに綴っている

 素直になれないから

 気づいて欲しくて

 こんなことをしている

 ごめんなさい

 

 

 

 ……………………ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         あなたは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          私の、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         わたしたちの、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ───■■だから。

 

 

 

 

 あぁ……とても、とても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛されているなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は、ハハ。まさか、そんな筈……そんな……筈。だって、キミたちは……。

 

 

 

 

 

 

 

 二次元の、存在……ここに、いる、なんて。




 white river様の文字化けフォントを使わせていただきました。ありがとうございます。



 こんな感じでいいのかしら……?
 間違ってたら言ってください。


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漆月

 運良くバレンタインデー当日までに書き上げられました。

 これが私からのバレンタインです。


 漆月篦日 天気:雨

 日記を変えた。前回のものと全く同じものだ。正直前のものは血まみれで書きにくかった。

 それはそうと着々と脱出の準備は進行中だ。まぁ、脱出するのは大本営の返事が返ってきてからになるが……どうせ碌でもないだろう。

 脱出の仕方を忘れちゃあいけないから、一応ここにも書いておくか?

 バレないように常に持ってるから誰にも見られるはずがないし。

 外出願いを出してそのまま帰ってこないだけだから書く必要もないか。俺が姿を眩ませた後の提督の為に引き継ぎ書でも作っておこう。

 

 漆月坡日 天気:雨

 大本営からの返事はまだない。しかし準備は着々と進んでいる。お金はほとんど使ってなかったから10数年は大丈夫だろう。

 ………戸籍とか消されてないよね? 大丈夫だよね? なんか怖いな……。

 今日の秘書艦は朝潮。何でもかんでも指示を欲するので幾つか仕事を与えた後に座って見てろと言った。穴が空くほど俺を見つめていた。怖かった……。この指示はほんとに失敗だった……。

 

 漆月緋日 天気:台風

 (ビリビリに破れていて読めない)

 

 漆月祔日 天気:豪雨

 やらかした……。

 もう寝よ。

 

 漆月舳日 天気:晴れ

 うん。もう吹っ切れた。

 向こうがそういう態度なのだから仕方ない。俺はできる限り譲歩したのだ。

 だからもういい。

 それに、予想していたことだった。

 ふはははははは!!!!

 これで俺は自由になる!

 艦娘たちには申し訳ないが、

 俺は君たちの命を背負える器じゃない。

 あの日、あの時。

 彼女がその身で俺を救ってから、艦娘に対しての意識が変わった。どんなことをされても。どんなことを言われても。俺はあの時立てた信念を曲げはしない。

 そう、たとえ────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はできる限り君たちへ恩義に報いたと思う。

 

 あの時助けてもらった。

 

 国を守ってくれている君たちに。

 

 だから渋々提督になることを了承した。

 

 ほとんど無理やりだったが。

 

 俺は提督を辞める。

 勘違いしないで欲しいのが、俺は君たちを嫌いになったわけではないということだ。

 恨んでも、恐れてもいない。

 ただ感謝している。

 俺が今現在生きているのは、君たちが救ってくれたおかげだ。国を守っているおかげだ。俺はそれを忘れるつもりはない。

 君たちは尊い存在だ。そんな君たちの命を俺如きが背負っていいはずがない。

 だから辞める。

 

 さようなら。我が横須賀鎮守府よ。

 さようなら。我が艦隊の皆よ。

 

 

 さようなら。

 

 

 どうか、君たち艦娘に幸多からんことを。

 

 

 暁の水平線に勝利を刻めることを

 

 

 祈っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……」

 日記帳を持つ手が震える。思わず口から声が零れた。

 日記帳を手放し、頭を抱える。

 

 いつから。いつからバレていたの。ううん。今はそこじゃない。

 日記はいつも万年筆で書かれてるから、インクの乾き具合を考えてこれが書かれたのはついさっき。ならばまだ間に合うかもしれない。

 

 ───私が? 私が止めるというの? 今まで1番辛く当たっていた私が? そんなの筋違いよ。私が止めていいはずないじゃない。

 でも、でも。ここには彼が必要よ。彼にいてもらわなきゃいけない。そうじゃないと────壊れてしまう

 なら、どうするか。

 決まっている。

 他の子を頼ればいい。

 彼に1番近くて、1番お話している子。

 

 

 

 

 

 

 

 ────夕立。




 提督:複数人で読んでいると予想。

 艦娘:実際に読んでいるのは1人。共犯者あり。


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艦娘side
金剛型三番艦戦艦『榛名』


 初めて彼と会った時。榛名はこの人もきっと同じなんだ、と思いました。

 キリッとした目付き。背丈は高くもなく低くもない中肉中背。少し猫背気味。ほぼ無表情で毎日を過ごしている。

 

 気味が悪い人。それが第一印象でした。

 

 彼が来たのは唐突でした。抜き打ちの鎮守府監査。彼が来た時に提督が焦った表情を浮かべていたのが、少し気持ちよかったです。毎日のように酷い仕打ちを受けていたからでしょうか。

 その後、焦った為か他艦娘に奉仕をさせに行き、提督は怒りを買いました。何に怒りを覚えたのか知りませんが、提督は軍法会議に出頭し、提督解任と無期懲役が言い渡されました。

 榛名たちがその事実を知ったのは、提督が居なくなってから数日後です。新たな提督と共に知らされたのです。

 

 皆んなは一瞬だけほんの少し微笑んだけれど、彼が着任したことを知ると絶望した顔をしていました。

 榛名たちの生活は、日常は結局変わらないんだと思ったからです。

 

 だから勢い余って直接手を出してしまう子が多かったです。

 

 金剛お姉様は必ず暴力を振るった後、罵声を浴びせました。

 大和さんは彼の言葉を意図的に無視していました。

 天龍さんと龍田さんは常に彼を睨んでいました。

 駆逐艦達は常に彼に敵意を向け、怯えていました。

 

 この横須賀鎮守府の全艦娘が、彼に悪意と憎悪と敵意と害意を向けていました。

 

「手ェ出される前にやる。ウチはそれを学んだ。やから榛名。アンタも気ぃつけときな」

 

 龍驤さんはそう言っていました。

 何でだろう。何故なのでしょう。なんで、皆んなはそんなにも彼を憎むのでしょう。いえ、分かっています。ええ、榛名は分かっています。だから──ー、

 

「夜伽って……何?」

 

 はい? 

 

「え……と、本気で仰られてますか?」

 

 失礼だと思うけれど、聞かずにはいられませんでした。

 まさか、本当に夜伽の意味を知らないなんて思いませんでしたから。だから、

 

「よとぎ……世研ぎ? いや、聞いたことないしなぁ……」

 

 もうその様子でほぼ全てを悟りました。この方は本当に夜伽を知らないのだと。思わず呆れた表情を向けてしまうほどに。

 

「えぇ……? 誰でも知ってることなの? 俺がおかしいの?」

 

 困惑気味に辺りを見回していたのを今でも思い出せます。正直、その様子は姿形からは想像もつかないほど可愛らしかったです。

 その後は、提督は何も聞かれなかったのでその場で解散となりました。以前の人とは違う。だからこそ、どこか心を落ち着かせられました。

 日にちが経つにつれ、提督のことを深く知りました。提督は優しくて、気遣いができて、何より心が強いお方です。あれ程まで艦娘らに痛めつけられているのに、弱音を吐かず、憎悪を向けることもなく、むしろこの鎮守府の為に働いていらっしゃいます。高潔な精神を持った……とても凄いお方です。

 

 そして今。榛名の目の前で、血塗れになった提督がいます。意識不明の重体。今でも血が止まらずに流れ続けています。

 だんだんと肌が青白くなっていきます。恐らく血が無くなってきたのでしょう。周りでは、提督を助けようと必死になって動き回っている仲間がいます。長門さんは他の提督方に掛け合い、金剛お姉様は救急箱を取りに行き、電ちゃんは救急車に連絡をしています。天龍さんは必死に提督に呼びかけています。

 榛名も天龍さんと同様に泣きそうなのを必死に堪えて、提督に呼びかけます。

 

 どうしてこんなことになったのでしょう。

 

 榛名は、ただ────。

 

 ────

 

 その日、榛名達はある海域へと訪れていました。北方海域という場所で、提督は張り切っていました。その様子を見て、みんな提督を喜ばせようと士気が高まり、いつになく戦意が高かったです。

 他の鎮守府からも応援が来て、大規模な作戦となりました。ボスは北方棲姫。これを討伐もしくは引かせることが出来れば私達の勝利です。作戦は5日に渡りました。

 初日は他鎮守府の艦娘と合同で海域攻略。2日目は他鎮守府の提督が多く来られました。そこで榛名たちは驚くべき光景を見ました。いえ、驚くべき光景だったのですが、とても、見たことのある光景でした。

 榛名たちの鎮守府所属艦娘以外の艦娘の目が暗く、何も写さない瞳をしていたので、気になってはいました。だから、その光景を見て納得しました。

 

 暴力を振るわれていました。犯されていました。暴言を吐かれていました。

 そして……榛名たちもその中に強制的に加えられました。

 本来、提督の直属の部下である榛名たちにそんなことをする権利はありません。なので犯されることはありませんでしたが、暴力や暴言は多かったです。

 それでも榛名達は耐えました。提督の為に、提督を想って。

 そして3日目。遂に提督が来て、翌日にその光景を間近で見ました。その後、他鎮守府の提督らを断罪。総指揮を執り、榛名たちを導いてくれました。

 他鎮守府の提督のせいであまり進んでいなかった攻略も、最後の海域となりました。

 そこで、事件が起こったのです。

 時刻は一四〇〇。提督が再び進軍の開始を宣言し、北方棲姫目前まで進んだ時。突然提督との連絡が途絶えました。

 何が起こったのか、それは榛名たちには分かりませんでしたが、北方棲姫と戦闘を開始。ボロボロになりながらも、北方棲姫を倒れる寸前まで持って行きました。

 ですが突然、北方棲姫が顔を上げ、あらぬ方向へと走って行きました。榛名たちも逃がすまいと追いかけ……血濡れた提督を見つけたのです。

 頭が真っ白になり、何もできませんでした。北方棲姫は提督を担ぎ上げ、近くの陸へと向かいました。

 榛名たちはその行動にも驚き、混乱をきたしました。

 何故そんなことをするのか、と。お前たちは人類の敵───。

 

『救ウ。必ズ。絶対ニ。死ナセナンテサセナイ』

 

 涙を零しながら彼女はそう言いました。そして何故か、彼女からドンドンと黒いモノが抜け、海に沈んでいきました。そしてある程度流れていった後、眩しい光に包まれました。そこに居たのは……龍驤さんでした。

 

「え……え!?」

 

 背後から龍驤さんの驚く声が聞こえました。私たちも目の前の光景に唖然として、何も考えることができませんでした。提督の命が風前の灯となっているにも関わらず。

 提督を優しく撫でた龍驤さんはくるりとこちらを向き、パクパクと口パクをしてから光の粒となり、龍驤さんに吸収されていきました。榛名たちはもう何が何だかわかりませんでした。

 それから救急車が来て、提督を運んでいきました。残っていたのは、血に濡れた地面と、ニヤニヤと笑い喝采をあげる提督ら。そして、パラパラと風に吹かれてページを捲らせる一冊の血に塗れたノートでした。



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白露型二番艦駆逐艦『時雨』

 彼を初めて見たときは、なんの感情も抱かなかった。特に感じるものはなく、存在すら認識していなかった。

 ただ周りが彼を殴り、蹴り、罵り、蔑む行為を見送っていただけだった。

 日に日に窶れていく顔。初めは消えていた青痣がいつしか消えなくなり、腕を捲ればクッキリとその暴力の痕が窺えた。でも、それを見ても僕の感情が揺れることはなかった。むしろ、怒りが湧いた。艦娘達にではない。()()()()()()()に、だ。

 彼は艦娘達にどれ程酷いことをされようとも、耐えて、堪えて、たえるだけ。憎悪を向けることもなければ、怒りを向けることもしない。罰することすら、いや、興味を向けることすらもしない。ずっと遠くを見つめて、()()()()()()()()()

 それが更に彼女らの神経を逆撫でたのだろう。暴力や暴言は止まるどころか、過激さを増していった。

 

 だけど。妖精さんは違った。

 

 妖精さんだけは彼が傷つかないようにと、艦娘を止めていた。

 それを見たのはつい最近の事だった。

 艦娘は常に妖精さんを連れている訳ではなく、妖精さんを自由にさせている。だから、妖精さんが今までその行為に介入した所は見たことが無かった。

 

「止めないでください!」

 

 僕が何となく散歩をして、鎮守府内の廊下を歩いていた時。提督の執務室の中から叫び声が聞こえた。

 止めないで。その言葉が妙に頭に残った。執務室の中からだから暴力や罵詈雑言を浴びせていたのだろう。それを誰かが止めようとしている。何故?そんな艦娘がここに居ただろうか?

 疑問に駆られ、ソッと扉を開ける。そこには横たわり、意識を失った提督。その向かいに怒りの形相で涙を流しながら空中を見つめる夕雲さんがいた。その他には誰もいない。

 誰だ、と一瞬部屋を見渡してはたと気づいた。

 空中を見つめている。即ちそれは向かい側に誰かがいるか、もしくは()()()()()()()()()()()()()()がいるかだ。

 そしてこの鎮守府にはその存在がいる。

 僕はジッと目を凝らして夕雲さんが見つめる先を見た。そこには可愛らしい妖精さんが必死に両手を伸ばして、真っ向から夕雲さんに相対していた。

 

「何故ですか!」

 

 夕雲さんが妖精さんに大きな声を出しながら聞く。

 

「……」

 

 妖精さんは首を横に振るのみ。何も答えてはくれなかった。

 その様子に夕雲さんはギリッと歯を食いしばり、執務室から出ようとした。つまりはこっちに向かってきた。急いで執務室の扉から離れ、近くの角まで退避した。夕雲さんは下を向いていたので、恐らく気づかれてはいない。

 夕雲さんが出ていった後の執務室が気になったので、もう一度覗いてみる。そこには驚くべき光景があった。

 

 妖精さんが他の妖精さんを呼び、提督を介抱していたのだ。遠くて彼女たちの顔を見ることは出来なかったが、一様に不思議な力で提督の傷を癒し、何処かへと運んでいった。

 それは衝撃的だった。何故妖精さんが彼を庇うのか。助けるのか。まるでわからない。

 この話はみんなに話すべきだろうが、誰にも話すことは無かった。と言うよりも出来なかったと言う方が正しい。ずっと考え込んでいて、誰かに話すということが頭から離れていた。

 

 ───僕は、僕が今までしてきたことは正しかったのだろうか。

 

 僕は彼を一度だけ殴ったことがある。理由はわからないが、殴らなければいけない気がしたからだ。でもまぁ、それは彼にとっては理不尽な暴力の一つだっただろう。

 無視してきたこともそうだ。それは共犯者でしかない。イジメと同じだ。見ているだけのやつも、同じイジメっ子だ。

 妖精さんが彼を守っていた。彼の傷を癒していた。違うじゃないか。僕がしたかったことはこんなことじゃない。何で僕はこんなことをしているんだ。

 

 僕は……彼に何をした……っ!彼は、僕たちに何をした……っ!僕は……僕は!

 

 その日から、僕は彼の為に動き出した。

 

 彼に危険が及ばないように、周りを諭し。

 

 彼の負担を少なくさせようと、陰ながら書類仕事を手伝い。

 

 もしかしたら彼が自分たちを嫌っているかもしれないということを考え、彼の視界に映らないようにした。

 

 それでも彼の顔は日に日に窶れていく。

 

 何でだろう。何故なんだろう。僕だけの力では何もできないのだろうか。

 

 同じじゃないか。僕を幸運艦たらしめた数々の戦いで見送った仲間達と。

 僕には、見てるだけしか……できない……の?

 

 ポンっと頭に手を置かれた。そしてヨシヨシとでも言うかのように優しい手つきで頭を撫でられた。

 大きかった。安心感があった。……嬉しかった。

 「ありがとう」そう声をかけられて、涙を零した。彼はそれに焦り、心配気な表情で僕の顔を覗き込んだ。

 

 ドキリと胸が高鳴った。

 

 僕は彼のことをしっかりと見ていなかった。薄気味悪い?全然そんなことはない。今は頬もこけていてお世辞にもカッコいいとは言えないが、しっかりとした綺麗な眼差しをしている。ちゃんと、僕を見ていた。

 彼は何事かを言うと、プレゼント包装された小箱を差し出してきた。

 開けて良いか聞くと、できれば俺のいないところでと返ってきた。

 わかった、と返事をして急いで部屋に戻る。何故だかこの顔をあまり見て欲しくなかった。

 夕立にどうしたのか、と問われたが大丈夫だと言うことを話し、洗面所に向かって顔を洗う。

 鏡を見ると、少し目が赤くなっていた。

 僕は勘違いしていた。見ていなかったのは僕の方だった。その事実にまた涙が溢れそうになったが、我慢して貰った小箱の包装を開ける。

 少し長細くて、どんなものかは想像できなかった。

 箱から現れたのは───、お洒落な髪飾りだった。

 

 

 もう、涙を抑えておくことは難しかった。



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白露型四番艦駆逐艦『夕立』

 燃える艦これ………良いですよね。
 ちなみに、艦娘視点の話は日記の穴埋め的なものです。
 いつの話か、と言うのは結構あやふやなのでご想像にお任せ致します。


「ねぇ、時雨」

 

「ん?なんだい?」

 

「いなく、ならないよね?」

 

「……うん。大丈夫だよ」

 

「白露や村雨みたいにいなくなったりしないよね?」

 

「……大丈夫。大丈夫だから、ね。安心して」

 

「……うん」

 

「僕は、どこにも行かないから」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 何もかも諦めていた。

 

 誰かがいなくなることも。

 

 盾にされることも。

 

 もう、諦めていた。

 

 新しい提督さんが着任した。チラリとその顔を見てすぐに下を向く。期待する方が間違っている。どうせ変わらない。一度諦めたのだ。もう、戻ることなんてできはしない。

 

 提督さんが着任してから初めての出撃。いつもの通りに動いて、動い───何で? 何で私たちを盾にしないの? 弾除けにしないの? 要らないんじゃなかったのっ! 

 必要ないから弾除けにしたくせに! 今更、今更私たちを使おうだなんて、ふざけるな! そう言いたかった。……提督が変わったのを忘れて。

 

 ある日、提督さんを中庭で見かけた。あの時の怒りが再燃して、ズンズンと近づくと、ハッと気がついた。

 

 

 泣いていた。

 

 

 何で? どうして? 理由が全くわからない。こんなところを見るのは初めてだ。取り敢えず話しかけるっぽい? 

私は感じていた怒りすら忘れるほどに困惑した。

 

「だ、大丈夫っぽい?」

 

 動揺していた。だから思わず口癖が出てしまった。それに気づき、恐怖を思い出した。暴力を振るわれ、矯正された暗く、黒い思い出。

 また、殴られる。

 

「大丈夫だ。別に、何かあったわけではないよ」

 

 拳が飛んでくることはなかった。むしろ、落ち着いた声で、寂寥感を伴った顔をしていた。

 

「お、怒らない、の?」

 

「……怒る? 何をだい?」

 

 思わず聞いてしまった。でも返ってきたのは酷く疑問に思う声だった。本当にわからないようで、少し安堵した。

 その日から提督さんを見つけては話しかけた。少しだけお話してすぐに離れたけれど、段々とお話自体は楽しくなっていった。

 みんなは提督さんを目の敵にしていた。私たち駆逐艦は弾除けにされたり、使われなかったりされただけだけど、他の艦は違う。色々なことをされた。だから提督さんを傷つけてしまうのはわかる。

 だから隠れて提督さんとお話ししていた。みんなが酷いことをするとは思わないけど、きっと提督さんを悪く思うはずだ。そんなことにはなってほしくない。

 

 提督さんとは色々なお話をしたっぽい。

 

 美味しいもののお話。

 仕事のお話。

 好きなもののお話。

 姉妹のお話。

 家族のお話。

 

 提督さんは家族のお話になると、決まって暗い顔をしていたっぽい。多分、いなくなったのか、離れ離れになってしまったのだと思うっぽい。

 聞いてみたいけど、この関係が拗れてしまうのは嫌だ。そうして、ズルズルと聞けないままになった。

 

 時は過ぎて、私たちは北方海域の攻略へと乗り出した。

 さざ波が立ち、目の前には蒼く静かな空と海。そして、黒き異形の艦。

 軽巡ホ級flagship、重巡リ級flagship、戦艦タ級elite、雷巡チ級elite、駆逐イ級後期型×2。

 やっぱり、上位個体であるelite級、flagship級が多く出没するっぽい。更に最弱の駆逐イ級も後期型と強化仕様っぽい。

 でも、ここまで提督の予想通り。この編成で勝てる、そう見込まれたっぽい。なら勝つっぽい。

 私たちの編成は伊19、摩耶、夕立、赤城、時雨、榛名の6編成。提督さんは資源が〜ってぼやいてたっぽい。

 イクさんの先制雷撃により、駆逐イ級後期型×2が退場。私たちの砲撃でelite級は大破。flagship級は中小破。それから敵の砲撃を掻い潜りながら私たちの砲撃を当てていく。

 それから数分して全艦撃破になったっぽい。このまま順調に行けば、提督さんに褒めてもらえるっぽい。頑張るっぽい! 

 

 でも、上手くいかなかった。

 北方棲姫。雷撃や艦爆は効かず、砲撃か弾着観測射撃、艦攻の攻撃しか効かない。更に護衛要塞A、B、重巡リ級flagship、駆逐ロ級後期型×2が随伴艦としている。

 敵の装甲は硬く。貫けるのは戦艦か徹甲弾を持った艦娘のみ。私ではただ囮になったり撹乱することしかできない。

 私たちの艦隊は瓦解寸前だった。私も中破状態で、満足に動けない。

 

「時雨ぇ!」

 

 時雨が砲撃を受け、避けきれずに大破となった。そして、時雨を狙う砲口が一つ。重巡リ級flagshipが時雨を狙っていた。

 このままでは時雨が沈んでしまう。

 周りの景色が、酷く遅くなった。全てが灰色になり、自分の動きさえも遅くなる。

 時雨に向かって助けたい一心で、手を伸ばしたその時。

 

 ───もう、諦めたら? 

 

 そんな声が何処からか聞こえてきた。

 

 ───頑張ったじゃない。

 

 美しくも、心が凍えるような声は、私の心を惑わせる。

 

 ───大丈夫よ。誰かがやってくれるわ。

 

 抗い難く、全てを包み込むような声。

 

 ───あなたは精一杯頑張ったわ。

 

 呼吸が荒くなり、視界がぼやける。

 

 ───さぁ……()()()()()()? 

 

 私の意識が、沈んでいく。暗い暗い、海の底へ。深海へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───なぁ、夕立。

 

 

 

 ───君には夢があるかい? 

 

 

 

 ───俺はな、静かに暮らしたいって夢があるんだ。

 

 

 

 ───今のこんな状況じゃあ叶えられそうもないけど。

 

 

 

 ───夕立。君の夢は、なんだい? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、は。

 

 

 

 私の、夢、は。

 

 

 

 

 いつか、みんなと、提督さんと、笑っていられる世界を、作る、ことッ!!

 

 

 

 

 

「私はぁ! 提督さんの、夢を、叶えたい!」

 

 

 ───な、ぜ。

 

 

「提督さんと、未来を見たい!」

 

 

 ───ああ。やめろ、ヤメロ! 

 

 

「みんなと、笑っていたいっぽい!」

 

 

 その瞬間、暗い何かが弾けて消え、白い光が私を包んだ。

 

 

 ───……ジジ───……───ジジジ……

 

 

 聞こえた。私の、新しい───、

 

 

 視界が元に戻り、聴覚を取り戻す。時間の遅れさえも、元に戻る。

 

「ゆう、だち……?」

 

 時雨の声が背後から聞こえた。

 手足の感触を確かめる。怪我していた所は何があったのか治っていたようだった。

 これなら、いける。

 

「白露型四番艦、駆逐艦『夕立・改二』! 突撃っぽい!」

 

 そこからは殆ど無双だった。失った弾薬、燃料は回復し、魚雷や砲も強力な兵器になって帰ってきた。時雨を狙った重巡リ級flagshipを落とし、駆逐艦ロ級後期型はたった一撃で。

 北方棲姫を追い詰め、遂に攻略と言った所で、突然北方棲姫が逃げ出した。私はトドメを刺す為に北方棲姫を追う。今までと速力が段違いで、扱い切れてはいなかったが北方棲姫に辿り着いた。でも、そこで待っていたのは予想だにしないものだった。

 

 血を流した提督さん。

 段々と冷たくなっていく提督さん。

 

 私の呼吸は止まり、視野が狭くなる。

 あぁ、やめて。やめてほしい。私から楽しみを奪わないで。私から『思い』を奪わないで。大切なものを、奪らないで。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 

 

 誰が、コンナコトヲシタノ? 

 

 ドロっとした黒い感情が湧き出て、周りを睥睨する。

 同じ鎮守府のみんな。慌てた顔をしている。他鎮守府の艦娘。死んだ目をして待機している。

 そして───哄笑を上げる他の鎮守府の提督たち。

 

 許さない。

 赦さない。

 ゆるさない。

 ユルサナイ。

 

 ガッと両腕を捕らえられた。振り向くと時雨が私を羽交い締めにしていた。

 

「離して」

 

「ダメ」

 

「離して」

 

「ダメ」

 

「離せ!」

 

「ダメ!」

 

 話が通じないと考え、必死にもがく。時雨を傷つけないように気をつけながら。

 

「ダメに決まってるでしょ!今はアイツらを断罪するよりも提督を助ける方が先!」

 

 でも、ユルセナイ。私の心を奪おうとした。アイツらを、私はユルセナイ。

 

「わかるよ。僕だって腸が煮えくり返っている」

 

「なら、なんで」

 

「提督が。国を守ろうとした提督が。私たちを沈ませないようにしてきた提督が。私たちの為に動いてきた提督が」

 

 一呼吸置いて、時雨は言った。

 

「艦娘が人を殺したことで、私たちのせいで。いなくなっても、良いの?」

 

「ッ!」

 

「僕たちが人を殺めてしまえば、僕たちはもう彼に会えなくなる。それでも、いいの?」

 

 あ、ああ。それはダメだ。会えなくなるなんて嫌だ。提督さんともうお話ができなくなるなんて、絶対に嫌だ。

 

「なら、手伝って」

 

「──わかった」

 

 時雨は羽交い締めを止め、私は他の提督たちを睨みつけて踵を返した。

 提督さんの近くへ行くと、どれだけ危険な状態なのかがよくわかる。

 軍服の背中に小さな穴が一つ空いており、場所的に恐らく心臓。正しく殺す気であった。ほとんど致死の弾丸。生きている確率の方が、低い。それでも私たちは懸命に動く。たとえ生きている確率が1%でも。

 だから、気づかなかった。

 

 誰かが、提督さんの手帳を持ち去ったことを。




 いわゆる改ニ実装。
 条件①提督と絆を育むこと(愛でもOK)
 条件②練度最大
 条件③深海より帰ること
 条件④強く願う(想う)こと

 これらが達成できれば改ニに至れます。大体は条件①でつまづく。第二関門として条件③が立ちはだかっているので、改ニになれるのは極少数。因みに現在改ニ実装できているのは横須賀鎮守府所属の夕立、榛名、天龍、川内、神通、不知火、赤城、北上のみ。資材はなくても妖精さんの超パワーで何とかなる。


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陽炎型八番艦駆逐艦『雪風』

 ちょっとヤバい感じになってしまった……。


 雪風は陽炎型八番艦駆逐艦雪風です! 雪風が所属しているのは横須賀鎮守府と呼ばれる場所で、雪風以外にも多くの艦娘が在籍しています!

 雪風はしれぇと話したことがありません。遠くから見たことはあっても、廊下ですれ違うことはおろか、執務室に近づくこともありませんでした。と言うのも、陽炎お姉ちゃんに止められてたからです。何でか聞いてみたら、きっと見てはいけない光景があるからと言ってました!見ちゃいけない光景ってなんですかね?

 みんなはしれぇのことがあまり好きではなかったみたいです。それは行動を見てればわかりました。何でかわかりませんが、執務室に近寄ることがほとんどなかったです。私が出撃しても、旗艦の人だけが報告に行って、極力しれぇの所に行かせないようにしてました。

 

 雪風はずっとずっとそのことを疑問に思っていました。

 しれぇは悪い人なのかな?なんてことも考えました。でも、しれぇはみんなの為に力を注いでました。()()()()()よりも、雪風たちのことを考えてくれてました!

 ご飯は毎日3食食べれるし、美味しいです!お風呂も冷たい水風呂じゃなくて、あったかくて大きなお風呂です!

 しれぇが来てから、環境が段々と良くなっていきました。なのにみんなの態度は良くなるどころか更に一層悪くなっていきました。

 休みの日、雪風は日課の日向ぼっこをする為に中庭に行きました。

 中庭には色々なお花があります。薔薇や向日葵、カーネーションなんかもあります!駆逐艦のみんなで持ち回りで世話をしているんです!また、一日中日が照っている場所なので、お昼寝や日向ぼっこに最適な場所です!

 その中庭に向かっている途中で、歌声が聞こえてきました。

 音源を探してみると、中庭の方から聞こえてきました。

 透き通る、とは言えないけれど、とっても上手な歌声でした!

 歌を聴きながら中庭に行くと、なんとしれぇがいたんです!

 歌の名前は知りませんが、楽しそうに歌っていました! 雪風は遠くから眺めるしかできませんでしたが、また聴きたいと思いました。

 それから一週間ごとにしれぇのお歌を聴けるようになりました!

 

 

 しれぇ。しれぇは何でボロボロになっても雪風たちの為に頑張ってくれるのですか?

 雪風にはわかりません。わからないから、しれぇをお手伝いすることができません。しれぇを守ることができません。

 雪風は、一週間毎に窶れていくしれぇを見るのが辛いです。

 お歌も元気がないものになってしまいました。お声も小さくなって、聞き取りづらいです。

 しれぇ。どうか体を大事にしてください。

 

 

 嫌です!嫌です!嫌です!

 死なないで!死なないで!死なないで!

 雪風は声が出る限り叫びます。

 背中に小さな穴がありました。そこから血が溢れてきます。

 

 しれぇといつか、お話しした日を思い出しました。

 優しげな顔で、しれぇはこうして会話することが楽しいと仰っていました。

 雪風はあなたの声が好きです。

 雪風はあなたの優しげな顔が好きです。

 雪風はあなたとの会話が好きです。

 なにより。なにより。

 

 あなたの歌う姿が好きです。

 

 

 だから、どうか。

 

 どうか。

 

 

 もう一度。

 

 

 雪風に、雪風の為に。

 

 

 歌ってください。

 

 

 

 

 しれぇ! 雪風、強くなりました!

 

「お、本当かい?」

 

 はい!これで今度はしれぇを守ることができます!

 

「ははは。それは嬉しいな」

 

 えへへ。雪風も嬉しいです!

 

「うん。じゃあこれで雪風がいればこの鎮守府は大丈夫だな」

 

 はい! 死神って呼ばれることもありますけど、雪風はしれぇの為に頑張ります!

 

「あぁ、頑張れ。応援してるから」

 

 はい! 雪風頑張ります! だから、あの……。

 

「ん?どうした?」

 

 その……また、聴かせてくれませんか?

 

「……あぁ、歌か。聴いていたのかい?」

 

 はい。その、盗み聞きしてしまってごめんなさい。

 

「いいさ。減るもんでもないしな。恥ずかしいけど」

 

 良かったです。でも、その。今度はちゃんと聴きたいなぁって。

 

「そうか。うん。ちょっとばかり恥ずかしいけど」

 

 やったぁ! えへへ。

 

「そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ」

 

 しれぇ。私、今が一番幸せです。

 しれぇ。どこにも、行かないでくださいね。



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航空母艦正規空母『赤城』

 息抜き……できてるかなぁ。他の小説も更新したいけど話が詰まってる……。


 私は『提督』と言うものが嫌いでした。

 私たちに何の見返りも無く、上から指示を出す。更には体まで要求する。

『提督』は酷い存在である。そんな認識が刷り込まれるように、嫌いになっていったのです。

 駆逐艦の子達は盾に使う。

 軽巡重巡の子達も一切使わない。

 なのに暴力を振るい、

 暴言を吐き、

 性欲の捌け口にする。

 私たちはそれを見ていることしかできませんでした。

 それがより一層憎悪を募らせました。

 加賀さんと協力し、奴を追い出すことに成功した時は、喜びもひとしおでした。

 ですが幾許もしないうちに新たな『提督』が着任しました。

 それは仕方のないことです。私たち艦娘は提督がいないと戦えないのですから。

 それが嫌で、嫌で、仕方ありませんでした。

 

 誰かの指揮に入らないと戦えない自分に嫌悪して。

 他の子達を守れない自分に憎悪して。

 新たな提督が何をするのかに恐怖して。

 

 だから私たちは、排斥した───してしまった。

 彼は何も悪くないのに。八つ当たりと、恐怖を紛らわす為に暴力を振るい、暴言を吐きました。

 八つ当たりなどと軍人の理念から程遠いことをしている自分に嫌気がさし、さらにフラストレーションが溜まり、彼をストレスの捌け口とした。

 

 あぁ、私は。私は何をしているのでしょうか。

 

 どうしてこんな風になってしまったのでしょうか。

 

 加賀さん、私は、どうして……。

 

 演習にも、実戦にも、身が全く入らない。

 悔しくて、泣きたくて、それでも止まっていられなくて。

 私はつい、彼の前で弱音をこぼしました。

 

「なんで、上手くいかないの……!」

 

 それに対して彼はこう言いました。

 

「初めから上手く行く人なんていませんよ」

 

「私は、初めてではないわ」

 

「そんなことは知っています」

 

 トントンと紙をまとめながら彼は素っ気なく答えました。

 

「なら……!」

 

 その態度が何故か見放されたような気がして、私は思わず声に怒気を込めてしまいました。

 

「誰しも、上手くいかないときくらいあるって話ですよ。初心者は特に、とそう言いたかったんです」

 

 彼は整理していた書類を机に置くと、真っ直ぐに私の目を射抜きました。

 

「たとえプロであっても、ベテランであっても、アマチュアであっても、ビギナーであっても。同じです。上手くいかない時はある。その期間がどれくらい長いのかは知りませんが、時間を置くか、何か切っ掛けを見つけるしかそのスランプを抜ける方法はありません」

 

 何か、きっかけ……。

 

「切っ掛けは色々あると思いますが……まぁ、様々なことを試したら良いんじゃないですか?」

 

 私は口を黙ました。俯いて、顔を見られないようにします。

 

「私に言えるのはこのくらいです。……口を挟んでしまってすみません」

 

 彼はばつが悪そうにそう言い、それっきり話すことは無くなりました。

 私は私自身が惨めに思えました。今まで貶していた、蔑んでいた相手に弱音を吐き。助言を貰う。

 嫌で嫌で仕方がないです。こんな自分が嫌いで嫌いで仕方がないです。

 深い深い闇に囚われそうで。

 誰か。私を、この場所から掬いあげてください。

 私は、もう。誰かを───。

 

 

「まぁ、これから改善していけばいいんですよ」

 

 

 たった一言。

 

 

「今からでもやり直せますし、始められます」

 

 

 ただの言葉。

 

 

「いつだってスタート、なんですから」

 

 

 彼は窶れた顔ながらも、朗らかにそう言いました。

 ポロポロと涙が溢れます。

 こんな姿、誰にも見せられない。

 

「いいんじゃないですか? 泣いても。女の子ですし」

 

 何で。

 

「私は───いえ、俺は。別に人だ兵器だと区別しなくてもいいと思うんですよ」

 

 彼は真っ直ぐに私の瞳を見つめます。涙で彼の顔を確認することはできませんでしたが。きっと、誰よりも凛々しい顔をしている。

 

「区別しなくたって、生きていけるじゃないですか。仕事ができるじゃないですか」

 

 あぁ、今、わかった。

 

「艦娘は艦娘。それでいい。1人の人間で。1人の女の子で、1人の軍人で、そして一つの艦だ」

 

 私は───。

 

「それじゃあ、ダメですか?」

 

 彼と出逢う為に、生まれてきたのだ。

 

 私は、彼の(ふね)なのだ。

 

 今までのことを反省し、後悔し、彼に生涯を捧げましょう。

 

 今から、全てをやり直す為に。

 

 今から、全てを始める為に。



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陽炎型二番艦駆逐艦『不知火』

 私は『使えない』、そう言われた艦娘でした。

 "盾"にすらなれない。ただ資材を消費する存在だ、と。

 その言葉に、私は何の感情も浮かばなかった。だって、本当のことだったから。

 戦場に出れば必ず被弾し、遠征に行っても資材を途中で落として失敗する。

 私は、司令官が言った通りの『使えない』艦娘だったのだ。

 

 自身に希望が持てなくて。

 

 暗いドロドロとしたものに包まれていて。

 

 私は、諦観の念を抱いていた。

 

 努力した。

 被弾を抑える為に走り込んだり、動体視力を鍛えたり。

 姉妹艦や皆んなにも手伝ってもらって。

 楽しみながら努力した。精一杯。

 しかし、それも途中で止めさせられた。

 「うるさい」そう言われて、

 走り込みも。

 特訓も。

 演習も。

 個人練習も。

 何もかも禁止にされた。

 もちろん、すぐさま抗議した。「何故禁止にするのか」「今度からは静かにやるからどうか訓練だけは禁止にしないでくれ」と。

 だが取り合ってくれなかった。

 「お前たちはそんなことをするよりも一匹でも多く敵を屠れ」そう言われた。

 あぁ、確かにそうだ。それは私たち艦娘の本分だ。忘れるわけもなければ違うこともない。

 だが練習は大事だ。特訓は大事だ。演習も、走り込みも。しなければ、役に立つことができない。強くなることができない。護ることが、できない。

 それでも、許可してくれなかった。

 もう、どうしようもなかった。

 隠れて訓練していた娘がいた。

 バレて翌日に解体されていた。

 何人かで勉強していた娘達がいた。

 営倉で生活することになった。

 イメージトレーニングをしていた娘がいた。

 「何をしているんだ」と怒鳴られ、殴られ、罵られた。

 私たちは、実戦でしか強くなることが出来なくなっていた。

 

 そして、役立たずと言われた。

 

 もう、何もする気力が湧かなかった。

 

 

 あくる日。別の人間が司令官として着任した。

 諦めていた娘は多かった。怯えていた娘が多かった。怒りを向ける娘が多かった。

 今までされてきたことを、仕返してやろう。そう言う娘がほとんどだった。

 彼女たちを見て、私は何をしているんだろうと思った。

 彼女たちがしていることは、前司令官がしていたことだ。私たちがそれをしてしまえば、彼と同じ存在に成り下がってしまう。

 それに彼には関係ないことだ。

 私たちが勝手に憎んで、恨んで、恐れているだけなのだ。

 

 だと言うのに。

 

 彼は私たちを恨むどころか憎むことさえなかった。

 彼はただ受け入れていた。

 

 罵倒も。暴力も。蔑視も。

 

 だから私は気になった。

 どうして艦娘である私達でさえ酷い仕打ちをされたら憎み恨むのに。

 何故彼はただ受け入れるのだろう、と。

 尾けてみたら理由がわかるかもしれない。

 そう思い立って私は彼を尾行した。

 

 彼が何を考えているのか。

 

 彼が何を感じているのか。

 

 彼が何を為したいのか。

 

 その理由を知る為に。

 

 始めは、暴力から始まった。

 次に罵倒だった。

 最後に蔑んだ視線を送り、去っていく。

 毎日毎日その連続だった。1日にその身に何度拳を受けたのだろうか。何度蹴りを入れられたのだろうか。数えるのも馬鹿らしい程だった。

 私だったら既に心が折れている。すぐにでも退職届を出している筈だ。

 しかし、彼はしない。それどころか私たちの為に動いてくれていた。

 

 食事が変わった。冷たい、味もしない燃料や鋼材から温かく、美味しいご飯になった。

 

 資源回りが良くなった。無駄に消費することも無くなった。

 

 演習や出撃で勝つ回数が増えた。安全海域も広がった。

 

 お風呂場が温かくなった。リラックスする娘が多く、張り詰めた雰囲気がいつの間にか消えていた。

 

 何もかもが変わった。彼のお陰で私たちの健康状態も、私たちの士気も、向上していった。

 彼の待遇も、多少は良くなった。

 彼に一通りの暴力と罵倒をすると、何かに気付いた様子で私の方を向き、ばつが悪そうな顔をして去っていくのだ。

 恐らく、私が見ていることに気づき出したのだと思う。

 

 ある時、私がまた彼を尾けていると、彼は執務室前で突然振り向き、私を呼んだ。

 まさかバレているとは思ってなくて、思わず声を上げて彼の前に出てしまった。

 慌てて角に隠れようとすると引き止められ、話をしないか、と持ちかけられた。

 それにドキリと鼓動が跳ねて、一瞬だけ恐怖が湧いた。

 咄嗟に恐怖を押し殺し、私は彼に頷いた。

 彼は私を一瞬チラッと見て、また後日にね、と言って執務室へと入っていった。

 何故今じゃないのか、そう聞こうとしたが恐らく、私の恐怖を見抜いたのだ。一瞬だけ湧き上がり、すぐさま押し殺した恐怖を。彼は見抜いた。

 その洞察力を何度も見てきた。だから私はわかったのだ。彼がどうして今ではなく、後日にしたのか。

 数日後、私は彼に呼び出されて執務室へと向かった。

 執務室には、嫌な思い出しかない。罵倒され、時に暴力を振るわれ、そして───『役立たず』と言われた。

 扉の前で何度も深呼吸をして。何度も唾を飲み込んで。心を落ち着かせようと努めた。

 数分か数秒かやっと整った決心で、ドアノブに手をかけようとした時。勝手に扉が内向きに開いた。

 

「あぁ、不知火。すまない」

 

 勝手に、ではなく司令官が扉を開けたようだった。彼はすまなさそうに私を見て言った。

 

「場所を変えよう。付いてきてくれ」

 

 私は驚き固まって何の反応を示すことも出来なかった。失礼だったとは思うけれど。

 彼が数歩歩いて、私がついてこないのを疑問に思ったのか、振り返って呼びかけた。

 私は我に返り、すぐさま彼を追いかけた。少し、彼との距離をとって。

 

 応接室につくと、そこには2つの向かい合ったソファと少し長い机。茶器などが納められた大きな棚が両側の壁にあった。

 

「座ってくれ」

 

 そう言って()()()()()()()()()を指差し、彼は棚を開いてお茶の準備をしだした。

 意味がわからなかった。

 

「あ、あの」

 

「ん、何だ?」

 

 彼は準備を進めながら私の声に応えた。

 何故かそのことが妙に嬉しかった。

 

「その、私はこちらの席だと思うのですが……」

 

 本来、聞くのは失礼に当たるだろうことを聞く。下座に何食わぬ顔で座ってしまえば良かったのだろうが、聞かずにはいられなかった。

 

「ん? お客様なんだから扉よりも遠いところに座ってもらうのが普通だろ?」

 

 えっ、と声が漏れた。

 

「ほら、さっさと座れ。茶菓子はこれでいいか?」

 

 彼は私に着席を促し、白く、丸い物体を見せて聞いてきた。

 私は取り敢えず言われるまま上座に座り、その丸い物体を見る。

 

「えっと……これ、何ですか?」

 

 そんなことも知らないのか。そう言われるかもしれないと、言って気づいた。

 失言だった。上司に質問をするなどあってはならない。分からないのならば自分で調べればいいのだから。

 さっきから失言してばかりだ。私は、こんなにもダメな兵器だったのか。

 しかし、そんな私の思いとは裏腹に彼は素直に教えてくれた。

 

「これか?これは大福だ。美味いぞ」

 

 驚いて私は彼の顔を見た。

 彼は私の様子を気にせず、淡々とお茶の準備を進めていた。

 

「ほれ、できた。鳳翔さんや間宮さんみたく美味しい緑茶を淹れられないんでな。そこは勘弁してくれ」

 

 彼は本当にすまなさそうにそう言って頭を下げた。

 慌てて手を振り、私は言った。

 

「い、いえ!全然構いません!むしろ私が用意しなければならn「言っただろ。不知火は今、俺のお客様だって。お客様にお茶を淹れさす人間がいるか?」……いえ、いま、せん」

 

 私の言葉は途中で遮られて、嗜められた。

 

「さて、早めに食べないと悪くなってしまうから……戴こうか」

 

 彼はそう言って私に食べるように促した。

 大変美味しかった。外の皮はモチモチとしていて、中の黒い物体はとても甘かった。果物も入っていて、その酸味と甘味が相俟って尚更美味しく感じられた。

 

「うん。美味い」

 

 彼は半分だけパクりと食べて、満足気にそう言った。残りの半分は妖精さんたちにあげていた。

 その様子を見て、「優しい人」なんだな、とわかった。いや、初めからわかっていた。

 

「で、だ。不知火、君から見て俺は合格ラインか?」

 

「は?」

 

 彼の口から出た言葉が突飛すぎて思わず威圧的な返答をしてしまった。

 慌てて謝ろうとすると彼は別に良い、と言って此方こそ見当違いの話をして申し訳なかったと謝ってきた。

 

「いえ!私は……」

 

「いや、君が謝ることはない。しかし、てっきり俺を鎮守府に相応しい人間かどうか判断する為に尾けていたと思ってたんだけどなぁ」

 

 私はその言葉で合点がいった。

 

「あぁ、えっと。その、失礼ながら私たちは人間に不信感を抱いてしまっていて……その」

 

「別に失礼でもないだろ。初対面の人を疑うのは普通だし。君たちは以前、酷い仕打ちを受けていたんだ。疑って当然だ」

 

「……」

 

 何だろう。何故だろう。この人なら、話せるのかもしれない。私の心の裡を。

 そう思ってしまう雰囲気を、私は彼に感じた。

 

「私が、司令官を尾けていたのは。───知りたかったから、です」

 

「知りたい?」

 

 ポツリと、水が流れ出るように滑らかに言葉が出た。

 

「はい。知りたいのです。私たちは司令官に酷いことをしてきました。恐らく、その酷いことも続くでしょう」

 

「……」

 

 滔々と語る。

 

「しかし、司令官───あなたは反撃しない。憎んでいないし、恨んでもいない。私には、その理由がわからないのです。どうしても、わからないのです」

 

 語りは終わり、私は彼の反応を見る。

 彼は腕組みをして、何かを悩んでいる様子だった。

 

「……うん。そうだな。話そうか」

 

 彼は何かを決心した様子で頷き、彼は私に語り出した。彼の───その過去を。

 

 

 

 眼前で、戦艦ル級が嗤う。

 私は12cm単装砲を構え、放つ。

 しかしル級の装甲を削るだけで終わってしまう。

 

 悔しかった。

 役に立ちたいと思った。

 恨めしかった。

 彼に見せたいと思った。

 どうしようもなく───勝てない、そう思った。

 

 弾薬も残り少なく。魚雷も撃ち尽くした。

 もう、勝てる見込みがなかった。

 仲間も、殆どが中破状態で航行できるだけでもマシだった。

 

 悔しかった。

 彼が来ているのに、見ているのに。負けてしまう私を見せるのが。役に立てていない私を見せるのが。

 恨めしかった。

 戦艦ル級が。役に立てるところを見せられないから。憎んでさえ、いたのかもしれない。

 勝てない。勝てない。だけど、負けられない。勝たなければ、ならない。

 彼に、あの人に、私の活躍を見せる為に。

 

 辛くて。

 苦しくて。

 痛いけど。

 

 諦めては、ならない。

 もう一度、構える。

 今度はよく狙って───。

 

 バンッと音が辺りに響き、余裕綽々だったル級の頭を私の放った弾が撃ち抜いた。

 その嫌らしい笑みを、私が歪めた。

 駆逐艦にダメージを入れられたのに怒ったのか、ル級は異形の砲口を私に狙いを定め、撃った。

 ギリギリで避ける。が、左肩を擦り大破状態になる。

 妖精さんが、もう逃げろと言ってくる。

 わかっている。ここで轟沈した(しんだ)ら彼が後悔に沈むことくらい。

 わかっている。だって私は知っているから。私だけは、彼の過去を、知っているから。

 それでも、それでも私は歯向かう。彼が救った私は───こんなにも強いんだって。そう言う為に。

 

 諦めては、ならない。

 

 ゾクリと、悪寒が走った。

 唐突に脳裡にあの頃の私が蘇った。

 

 

『役立たず』

 

「あ……」

 

『役立たず』

 

『役立たず』

 

『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』『役立たず』

 

 

『はぁ〜?君を役立たずだって罵った奴がいる?……あぁ、前の提督か』

 

『あのなぁ、役に立たない奴がいるわけないだろ?』

 

『そもそも役に立たないってのは人によって違う』

 

『謂わば程度の差だ』

 

『だからまぁ、そんなに落ち込まなくても良いと俺は思うぞ』

 

 

 いつの間にか真っ暗になっていた目の前が、白い光に包まれていく。

 しかし、海の底の様な暗さが、また私を包み込む。

 

 ───アナタは役立たず。ならばその通りに生きましょう。

 

 

 ───アナタはそこにいても存在しないものならばその通りに生きましょう。

 

 

 ───アナタは───

 

 

 

『俺は、君を頼りにしているよ』

 

 

 

 

『不知火』

 

 

 燃えるように、私を包んでいた冷たく、暗い靄が消されていく。

 

 体が、熱い。あぁ、熱い。

 

 いつの間にか閉じていた目を、私は開いた。

 

 

 ───また、頼りにしている、と呼んでもらう為に。

 

 

 ───もう、役立たずだと言われない為に。

 

 私はッッッッ!!!!

 

 

「陽炎型二番艦駆逐艦『不知火・改二』行きます!」



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川内型一番艦軽巡洋艦『川内』

 この川内は軍艦だった記憶があまり有りません。


 私は夜が好きだ。

 何で好きなのかわからないけど、夜になるといつもワクワクする。

 この世界に再び現れて、ヒトガタとして夜を満喫できると、そう、思ってた。

 

 酷かった。

 ただ、その一言に過ぎた。

 私には何の力もなくて。私には誰かを庇うこともできなくて。ただ、人形のように仕事をこなすだけだった。

 夜も、いつの間にか怖いものに変わってしまった。

 怖くて、怖くて。それでも行かなければならなくて。

 仲間が死んで。私には───何が残ったのだろう。

 

 新しい提督が来た。興味は……これといって無かった。私にあったのは、ただ『怖い』という感情だけ。上司の区別なんてついてなかった。同じものとして見ていた。

 神通は攻撃的だった。それはきっと、私を守ろうとしてくれたのだろう。手を出される前に、手を出す。自己防衛の一つでしかなかったそれは。いつしか八つ当たりになっているように見えた。

 夜は怖い。提督も怖い。でも、私の可愛い妹が、誰かを理由も無しに傷つけている方がずっと嫌だった。

 なら、理由を作ってしまえば、きっと私は妹を嫌わなくて済む。その時の私はそう考えた。

 壊れていた。今ならわかる。私はあの時、いや、()()()()()()()()()……壊れたのだろう。

 彼はそれを、壊れた私の心を、一つ一つ丁寧に組み上げ、直してくれた。

 私はある時、彼に会いに行った。もちろん、夜だ。とても怖かった。妹たちに内緒で夜の廊下を歩き、執務室へと向かった。

 ガタガタと震えながら執務室へと辿り着いた。少し開いた扉から、ほんの少しだけ光が漏れていた。

 その時は夜中の0時だった。まだ、寝ていないのか。私は何をしているんだろうかと、好奇心に導かれるままに扉から部屋の中を覗いた。

 彼は、一心不乱に書類を睨みつけ、それを捌いていた。彼の右横には幾つもの紙が積み重なった塔ができていて、左横には一つだけ残っている紙の塔があった。

 私はその光景を見て何を思ったのか。扉をゆっくりと開け、執務室の中へと入った。

 

「ん……? 川内……か? どうした」

 

 彼は見ていた書類から顔を上げ、私の方を見た。彼の顔は酷かった。頬は痩け、目の下の隈は隠せていない。目は血走っていて、整えていないのか、似合わない髭も伸び放題だ。

 私は、何も言えなかった。ただ、俯いた。

 

「用が無いなら……あぁ、そうか」

 

 いつまで経っても話さない私に痺れを切らしたのか、咎めようとする声を発した。しかし、彼はその途中で納得したような声を出した。

 

「川内。そこに座って待ってろ。これ終わらせるから」

 

 彼はソファを指差し、次いで手に持つ紙をヒラヒラと動かし、私に示す。

 私は彼の言う通りにソファに座る。無意識に下座に座っていた。

 

「よし、終わり。さて……川内は紅茶とコーヒーどっちがいい?」

 

「え?」

 

 彼は紙を執務机の脇に寄せ、立ち上がり棚の方へ行った。そして私に聞いてきた。

 何を言われたのか理解できなくて頭が真っ白になる。

 

「ん? どうした、川内」

 

「あ、いや。えっと、こ、ココアでお願いします……」

 

 動揺しすぎて彼が聞いてきたものと違う飲み物を欲しがってしまった。

 私はそれに気づいて慌てて訂正しようとした。

 

「あ、いや……「ココアか……」」

 

 彼が真剣に考え始めてしまった。

 

「たしか奥の方にあったと思うから持ってこよう。すまないが少し待っていてくれ」

 

 あるんだ……。いや、そうじゃなくて。

 私がコーヒーでいい、と言う前に彼は奥の部屋に行ってしまったので、訂正することはできなかった。

 暫くして彼は両手に湯気が立つカップを手に持ってやってきた。

 それを私の目の前に置いて、自分のカップも私の向かい側に置いた。

 それから彼は棚から茶菓子を取り出し、机の中央に置く。

 

「……あれ。ココア?」

 

 私は彼のカップの中を見て、コーヒーでも、紅茶でもない茶色の液体を見て言った。

 それは紛れもなく、私と同じココアだった。

 

「あぁ、最近飲んでないし、糖分補給にもってこいかと思ってな」

 

 苦笑しながら彼はそう言った。何故だろう。原因はわからないけど、心に温かいものが広がった。

 

「んで。夜戦か?」

 

 ビクリ。思わず体が震える。元々、そのつもりで来たわけではなかった。彼に害される事によって、私が妹を嫌いにならないようにするというなんとも利己的な考えだった。

 さっきの暖かさによってほんの少し戻った理性が、冷静に考えだした。

 

「すまないが、余裕がない。君たち艦娘には十全な余裕はあると思う。だが、本当に申し訳ないが、俺に余裕がないんだ。だから……」

 

 彼は心底申し訳なさそうに。それでいてどこか怯えるように私に言った。

 それは、どうしてだろうか。加賀や長門が彼に強いてきたことだからだろうか。

 私の狂った部分が囁き出す。今ここで、悲鳴をあげればきっと、妹たちや他の艦娘が来るだろう。

 でも。でも。それで、良いのだろうか。

 彼に襲われたと言うウソをついて。私はこの先、胸を張って生きていけるだろうか。

 いや、私は兵器だ。ならば胸を張って生きるなんて『ニンゲン』みたいなこと……。

 

「あぁ、そうだ」

 

 再び彼は声を上げた。

 それが突然で、少し驚いた。

 

「お詫びと言っちゃあなんだが、これ」

 

 そう言って差し出してきたのは、薄い小さな機械と、それに繋がれた何かだった。

 

「MP3プレイヤーって言うんだ。で、こっちの白いのがイヤホン」

 

 彼は指差しながら名前と、そして使い方を教えてくれた。

 

「実は探していたら二つ見つかってな。二つもいらないし誰かにあげようかと悩んでたんだ」

 

 苦笑いしながら彼は言う。

 

「俺の好きな曲しか入ってないけど……いるか?」

 

 さっきまでの思考は全部吹っ飛んで、私の意識はMP3プレイヤーに釘付けだった。

 彼に試しに聴いてみろと言われて、彼に手伝ってもらいながらイヤホンを耳に入れる。

 そして教えてもらった再生ボタンを押して───世界が、塗り替えられた。

 楽しげな曲調が耳から頭にかけて突き抜け、私に衝撃を齎した。

 私の頭は曲に塗り潰され、彼のことも、妹のことも、何もかもを忘れて、聞き入った。

 数分して一曲目が終わり、少しの間を置いて二曲目が始まった。

 一曲目と一転して静かな曲。しかし、心の裡が熱く煮えたぎるような曲だった。今にも体を動かしたい。そう、思わせるような曲。

 提督が何かを言っていた気がするが、曲に気を取られていた私は気づかない……と言うよりも聞こえていなかった。

 楽しくて、楽しくて、いつの間にか寝てしまっていた。

 

 起きた時は、執務室ではなく川内型の部屋だった。

 

「大丈夫でしたか、姉さん」

 

 神通が、心配そうな顔をして私を見た。

 その日から私は、夜な夜な彼のいる執務室に行ってはMP3プレイヤーを借りて曲を聞いていた。彼はそれをやるからどうか部屋で聞いてくれと何度も言っていた。けど私は執務室に通った。それはいつの間にか彼の人柄に惹かれていたからかもしれない。彼に()()()と言うことをすることで、彼との繋がりを保ちたかった。

 だけど、それも短い間だった。

 ()()()()()()()()()()()

 それを見たのは偶然だった。

 妹は私と提督を離すために、彼を殴っていた。

 艦娘の力は人に耐えられるものではない。だと言うのに、私の妹は彼に暴力の嵐を降らせていた。

 見るに耐えなかった。すぐさま自室に帰って自分を責めた。

 

「あぁ……だから、持って帰ってくれって言ってたのか……」

 

 泣きながら、彼が何故そう言ったのかがわかった。

 私が、彼を追い込んでいた。

 

 それを知ってからは彼とは距離を置いた。

 彼を傷つけない為に、私の妹にこれ以上罪を重ねさせない為に。

 それからは平穏無事な生活だった。深海棲艦の侵攻は散発的で、私たちは基本的に護衛任務に着いていた。

 あれから彼とは一切話していない。

 

 

 ────何でだろう。とても……寂しい。

 

「あ、川内」

 

 彼に名前を呼ばれて、体が一瞬硬直する。

 パニックになったけど、彼から早く離れた方が良いということだけ考えが先行して、走り出そうとした。

 

「待て待て」

 

 腕を、掴まれた。

 私の力ならすぐさまふり解けるだろう。だけど、そうした場合彼は怪我を負う。最悪、死ぬ。それじゃあ意味がない。私が彼を助けようとした意味が。私が傷つけてしまったら───。

 

「もう、聞きに来ないのか?」

 

「───え」

 

「なんか突然来なくなったじゃないか。だから、ちょっと心配した」

 

「……」

 

 どうして?

 

「まぁ、俺の心配なんかいらないよな。ほれ、これ」

 

 ぽんっと渡され、両手に握らせられたのは私が聞いていたMP3プレイヤーとイヤホンだった。

 どうして?

 

「お前のなんだからしっかり持っとけよ。海に出る時には使えないが、それ以外の時はずっと聞けるはずだ。あ、ちゃんと電池の確認はしろよ? 無くなったら俺に言えばいいから」

 

「どうして?」

 

「ん? 何が?」

 

 何も、何もわからない。私は貴方がわからない。

 何故こうも簡単に私と接触できるの? 貴方が傷ついている元凶は私だ。それは貴方にもわかっているはずだ。だと言うのに。

 

「どうして、私に関わろうとするの?」

 

「うーん……そりゃあ───」

 

 彼はあっけらかんと言った。

 

「───俺の艦だからだろ?」 

 

「───っぁ」

 

 何かが弾けた。止めどなく溢れる。

 彼の言葉で、私は強く納得した。

 それは私が元々軍艦だったからか。今の私だからかはわからない。けれども、確実なことが言える。

 

 私は、彼の艦であり、それを誇りに思っても良いのだと言うことが。

 

 

 

「姉さん」

 

「ん。何?」

 

「雰囲気、変わりましたね」

 

「───え」

 

「ごめんなさい。姉さん」

 

「な、何が?」

 

「私、姉さんの為って言いながら、自分の為に行動していました。姉さんを利用していました。ごめんなさい」

 

「……」

 

「───解体の申請を出してきます」

 

「いいよ」

 

「はい?」

 

「いい。別に良い」

 

「で、でも───」

 

「私も、似たようなことしようとしたから」

 

「………」

 

「だから、別に良い」

 

「私は、誰にも許されないことをしました」

 

「うん」

 

「私は私自身が許せません」

 

「うん」

 

「きっと、誰も許しはしないでしょう」

 

「うん」

 

「それでも、ですか?」

 

「うん。私の妹は、神通は。貴女だけだから」

 

「……ッ!」

 

「……謝りに行こう? あの人も、きっと許してくれると思うから」

 

「───はい……」

 

 

 私は夜戦が好きだ。

 ううん。夜が好きだ。

 だってあの人に会えるから。

 だってあの人と話せるから。

 だってあの人と2人きりになれるから。

 夜は、私と彼の世界になるから。




 因みに提督は泣きながら頼み込んではいません。川内の認識改変です。
「もうお前のなんだから自分で持っておけばいいのに」提督が言っていたのはそのくらいです。


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川内型二番艦軽巡洋艦『神通』

 お待たせして申し訳ありません。
 この話を書きたかったのですがRTA小説にハマってしまって……いや申し訳ない。

 因みに投稿時間は0時です。誰が何と言おうと0時です。


 彼を初めて見てから、謎の嫌悪感が私を襲いました。何故か私は彼を憎く思いました。彼が何をしたわけでもないのに。

 だけど、私はその嫌悪感と憎悪に身を任せてしまいました。

 これが、私の間違いの始まりでした。

 事あるごとに私は彼を傷つけました。何度も何度も、痛めつけました。

 なのに嫌悪感は消えませんでした。むしろ増すばかり。

 これがなんなのか、全くわからない。分からなくてわからなくて。姉さんを悲しませた。

 違う。こんなことがしたかったわけじゃない。この嫌悪感は何? 何なの? 私はどうなってしまったの……?

 不快感と嫌悪と憎悪に蝕まれていくのを感じます。日に日に強まっていきます。これによって訓練にも身が入りません。集中力が散漫になり、駆逐の娘からも心配される始末。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。

 

 狂ったように繰り返し、否定する。

 

 頭が割れるように痛い。

 

 心に蟠る()()()の意思に反するのが辛い。

 

 矛盾に耐えるのが苦しい。

 

 痛くて辛くて苦しい。

 

 誰か。

 

 

 助けて。

 

 

 彼が鎮守府に訪れて、三月経った頃。

 

 ()()はパタリと、私の中から消え去った。

 綺麗さっぱりに。今までが嘘のように。

 

 それは朝のことです。相反する意思を抑え、頭痛に悩ませられながら朝食を摂ろうと食堂に向かっていた時でした。

「えっ……」

 唐突に。前触れもなく。私の中から一切の黒いドロドロとしたものが消えました。

 相反するものが消えたからか、頭痛も治り、吐き気も消えました。

 思わず、立ち止まってしまうほどに。

「おっと……どうしたの? 神通さん」

 後ろから歩いてきた皐月さんが私に声をかけます。でも私にはその声は届きませんでした。思考の海に潜っていたからです。

 どうしてパタリと止んだのか。消えたのか。きっと何かしら原因がある。いや、必ず存在する。それは何? 何が原因? 誰かが止めた? 壊れた? わからない。何も分からない。

 どうやって探せば良いのかもわからない。何も、わからない。

「おーい。神通さん」

 目の前で手を振られ、意識が現実に引き戻されます。

「あ、れ……?」

「どうしたの……? 本当に大丈夫?」

 そうです。私は朝食を摂ろうと食堂にきたのでした。ここで留まっていれば他の子の迷惑になる。早く退かないと……。

「ん? 神通と皐月か?」

「ッ……」

 ビクリ、と肩が跳ねる。彼だ。彼が声をかけてきた。だけどその声に、もう、不快感と嫌悪感は、無い。

「提、督……」

 皐月さんは微かな怯えを瞳に湛えていました。しかし、その怯えは()()()()()()()()()()()。体は固まってはいますが、震えていない。声は出せないみたいだけど……。

「ああ、すまん。これから食事だと言うのに声をかけてしまった。すまない」

 振り返って提督を見ると、酷い状態でした。

 メイクで誤魔化せない程に頬は痩け、目の下のクマが大きく、濃い。更に血の気が薄く、今にも倒れてしまいそうでした。

 しかし、1番目を引かれたのが、彼の持っている恐らく壊れているであろう物体でした。

 一言で言えば黒い物体です。壊されているからか、原形は留めていませんが、恐らくは立方体だったのではないかと思われます。

「提督……それ」

 踵を返してこの場を去ろうとする彼を、呼び止める。

 彼の目には驚きと、微かな怯えが───いえ、恐怖がありました。

「今───ああ、いや。これは屋上にあったんだ。妖精さんが言うには怪しい電波を発していたらしい。だから()()()取り除いたんだが……やめたほうが良かったか?」

 私に見せながら説明する彼。

 ………()()()

 カチリと何かがハマった。

 いや、これは憶測かもしれません。でも、現に彼───提督への嫌悪、憎悪がありません。

「どうした?」

「いえ。それ、貰ってもよろしいですか?」

「ん……あぁ、どうぞ」

 彼は一瞬思案顔になりましたが、疑われるのが嫌なのかすぐにソレを渡してきました。

 ソレは予想よりも重く、とてつもなく嫌なものだと感じました。懐に隠し、食堂へと向かいます。彼は執務室に戻るようでした。

 態度の急変は誤解を生むと考え、これから素っ気なく対応することにしましょう。

「あの……神通さん」

「どうしましたか?」

 食事中に皐月さんが不安そうな顔で問いかけました。

()()って……何?」

「さぁ? 私にもわかりません」

 素直にそう言うとえぇ……とでも言いそうな顔をされました。ただ、私の予測が正しければ、私たちは彼に大変なことをしてしまっています。

「皐月さん」

「ん。はひ(なに)? ひんふうはん(神通さん)

 彼女が咀嚼しているときに呼びかけてしまいました。

「食べてる最中に呼びかけてすみません。口の中のものを飲み込んでからで良いので答えてください」

「ん? うん」

「今、()に対して何を感じていますか」

 皐月さんは、ん!? と驚き、食べ物を喉に詰まらせたようでした。

「どうぞ」

「ん〜!! ゴクゴク。ぷはっ! ちょ、神通さん!」

「なんですか?」

「いや、突然何聞くの!?」

「特に変な質問をしたつもりはないのですが……」

「いや〜たしかにそうだけど……」

「それで、どうですか?」

 推測があっているのかどうか、確かめたいが為に、私は皐月さんに再度問いかけます。

「んー。そうだなぁ……あれ?」

 皐月さんは考える仕草をすると、唐突に首を傾げました。

「どうしました?」

「何だろう。わからないけど……怖くなくなった? 不安もない……でも、安心感はある?」

「……」

 やはり。そう、でしたか。私の推測は、正しかった。

「あれ? 何でだろ……あ、いや。まって、あ、ボク、違……そんな、つもりじゃ……何で、ボク」

 皐月さんが何かに怯えるように、頭を抱えて譫言を呟き始めました。

「皐月さん? どうしましたか?」

「あ、あああああああ……わた、わたし、なんてことを……」

 ポロポロと涙が溢れ、瞳は焦点が合わないかのようにユラユラと揺れています。

「皐月さん!……落ち着いてください」

「ひぅ!……あ、じん、つうさん……」

 大きな声を出して、頭を撫でます。意識を『彼』から『私』に移して……。

「じんつうさん……?」

 何故。何故今になって。

 頭が割れるように痛い。

 心が、心臓が痛い。

 後悔と罪悪感が、私の中を満たす。

 こんな艦娘が生きていて良いのだろうか?

 彼の傍にいていいものだろうか。

 そんな筈ない。そんなわけない。彼だってそう思う筈だ。私が今までしてきたことは何?

 ()()に対してしてきたことは何?

 許されざることだ。許してはならないことだ。人として……あぁ、いや。人ではなかった。私が()()と同じ『人』を名乗って良い筈がない。

 

 

 

 あぁ……。

 

 

 

 

 今すぐ、

 

 

 

 

 今すぐにでも、

 

 

 

 ()んでしまいたい。




 これで1つの『謎』が解けましたね。
 ありきたりではありますがこの世界ではそういうことです。


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巡潜乙型三番艦潜水艦『伊19』

 お久しぶりです。期間がだいぶ空いてしまって申し訳ないですm(*_ _)m
 ちょっとゴタゴタがありまして、それに向けての解決と私の精神の安定をするために次の投稿も長くなる可能性があります。
 申し訳ございませんm(_ _)m


 しんどい。辛い。苦しい。

 助けて。助けて。

 誰か。イクたちを助けて。

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 海なんか、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イクがあの人と相対してから、イクたち潜水艦は休みなく出撃していた。

 燃料、鋼材、弾薬、ボーキサイト、高速修復材(バケツ)、開発資材を収集し鎮守府に持って帰る。鎮守府に帰っては資源を置いてすぐさま遠征に出る。時折出撃することもあれど、結局は資源の回収が主だった。被弾すれば優先的に入渠できたけど、その度に叱責が飛んでくる。暴力も時には振るわれた。そしてまた資源回収の日々が来る。

 同じことを繰り返して、怒鳴られ、殴られ、また繰り返す。それに精神が耐えられなかった。

 心を壊した子が多かった。その度に新しい子を入れ、心が壊れた子は解体される。

 

 そんな生きにくい日々は唐突に終わりを告げた。

 明かりもつかない暗い部屋に、突如とした外の光が舞い込んだ。

 私たちの部屋のドアが開かれたのだと数瞬して分かった。でもきっと、あの人が指令を言いに来ただけなのだろう。そう思って光から逃れるように目を背けた。イムヤもハチもゴーヤも同じだった。

「なんだここ……って潜水艦の部屋か」

 その時聞こえた声は別の男の声だった。それに少々驚きながらも、どうせあの人の繋がりだろうと思い、何もしなかった。

 

 

 それがいけなかった。

 

 

 何度悔やんでも悔やみ足りない。

 何故イクはあの時彼に声をかけなかったのだろう。それさえしていれば、違う道を辿れたはずなのに。

 

「ふむ……伊号潜水艦8、19、58、168か。聞きたいことがある……と言いたいがそんな状況では無いな」

 

 彼の言葉を聞き流しながら、束の間の休息を堪能する。

 そう久々に休暇が得られたのだ。理由は分からないけど。休暇を、得た。……だからと言って何をすると言う話でもない。ただ部屋の中で蹲っていた。

「………まずは、掃除からだな」

 そう一言呟くと、その男はどこかへと去っていった。何だったんだろうと頭の片隅で考え、すぐにどうでもいいと切って捨てる。

 しかし、数分もすれば再び扉が開いた。

「今からここを掃除するぞ。始めは換気だ」

 なにかしらの道具を持って、彼は言った。ズカズカと部屋に入り、窓がある場所まで辿り着く。ゴーヤはそれを迷惑そうに見ていて、ハチは恐れるように彼の反対側へと逃れる。イムヤは興味無さそうに宙空を見ていた。

 シャッと閉じられていたカーテンが開き、次いで窓が開かれる。閉じ切られていた雨戸も開き、部屋の中を明るくした。

 惨状。壁には己の血で「死にたい」「殺して」「休みたい」と書かれ、爪痕や赤いシミ、黒ずんだシミでいっぱいだった。初めからあったものはボロボロになり、そこら辺に転がっている。

「……こりゃ酷い」

 彼はそう言うと、手に持っていた道具を置き、ブラシをバケツに付けて壁を磨き始めた。

「……なに、してる」

 ゴーヤが始めて声を上げた。「でち」と言う口癖はいつの間にか消え、あの人以外には威圧的な口調に変わっていた。イク自身も、もう随分と変わってしまったと思う。

「何って掃除だよ」

 彼はその口調に憤るでもなく、ただ淡々としていることを話す。

「……そんなの見たらわかる。お前は誰で、何故私たちの部屋を掃除してるのかを聞いてる」

「俺か? 俺は新しくここに着任した提督だ。さっきまでは鎮守府の構造把握のために歩き回ってたんだが……ここがどこよりも汚れていてな。他は綺麗なのにここだけが。だから俺が掃除を───」

「……出ていけ。今すぐ出ていけ!」

 ゴーヤが叫ぶ。彼はそれに対してため息をついた。

「……わかった」

 そう一言だけ呟いて、扉が閉まる音を聞いた。イクはその間、一切顔をあげずただ音だけを聞いていた。

 

 それから毎日彼は訪れた。その度にゴーヤは彼を刺々しい言葉で突き放し、彼は律儀に帰っていく。

 流石に何度も来られて鬱憤が溜まったのだろう。ゴーヤは遂に「来るな」と言った。しかし、彼はその言葉だけに対しては「無理だ」と言った。ハッキリと、重い言葉だった。ゴーヤもそれを感じとり、もう言わなくなった。それでも突き放してはいるんだけれども。

 ある時、ゴーヤがイクに話しかけてきた。

「……イク。どう思うでち」

 いつの間にか口調も戻っていて、極力平坦な声に務めているものの期待しているかのような喜色が滲み出ていた。

「……」

「……」

 静寂が場を支配する。イクにはまだ彼が分からない。何者で、なんの為にいるのか。ただ、部屋を見渡すと随分綺麗になったように思える。

 埃は払われ、壁にあった血の文字も消え、シミも無くなった。……爪痕はどうしようもないのか、残ったままだけど。

 部屋を飾るようなものもいつの間にか増え、生活感溢れる部屋になったように思う。

「……どう、だろ」

 イクはそれだけ絞り出せた。今のところ、疑問しかなかったから。

「次、アイツが来たら顔を見てみるといいでちよ。何かあったら、ゴーヤがアイツを殴るでち」

 ゴーヤはそう言って、ハチやイムヤの所に行った。

 顔を見る。どうしようもなくそれが怖かった。

 あの人の顔を思い出す。醜悪に歪んだ顔。欲望まみれの、気色の悪い笑み。あの人によって恐怖を植え付けられた。人の顔を見るのが、怖い。

 その日の夜。イクは肩を震わせながら、彼が用意したベッドの中に潜り込んだ。とても暖かかった。

 

 ………そう言えば、彼が来てから1度も遠征に出ていないし出撃もしていないけれど、どうしてだろう?

 

 

 何度も彼は来た。その度にゴーヤに言われた事を思い出し、顔をあげようと試みる。

 喉が急速に渇く。鼓動が早くなり、冷や汗が絶えず流れる。呼吸も荒くなり、急激に勇気が萎んでゆく。

 また明日でもいい。まだ。まだ。

 そうやって何度も何度も機会を遅らせて、遅らせて。

 ハチは既に彼に心を開いていた。

 イムヤは既に彼に興味を示していた。

 ゴーヤは既に彼を認めていた。

 イクだけはまだ、恐怖に震えていた。

 また来てくれる。いつかは顔をあげられる。そんな在り来りな期待をして。

 

 

 彼は唐突に来なくなった。

 

 ゴーヤはまた裏切られたと嘆いた。

 ハチは彼もそうだったと悲しんだ。

 イムヤはため息をついて諦めた。

 イクは。

 イクは何も出来なくて、

 

 

 絶望した。

 

 ゴーヤが衝動的に外に出て、数時間して帰ってきた。その足音は、なんとも言えない寂しさだった。

 ゴーヤが聞いてきたのは、彼が重症を負ったこと。だからこの部屋に来れなくなったこと。

 裏切られたわけじゃなく、他と同じになったわけでもなく、諦める必要もなかった。

 

「失ってから初めて気づくものがある」

 

 その言葉通り、イクは彼を「信じて」いたのだと気づいた。

 また明日も来てくれる。いつも通り笑顔で部屋の掃除をして、可愛らしい小物を置いていく。

 そんな明日を、イクは信じていたのだ。

 

 歯を食いしばる。

 イクの感情を優先して、今まで勇気を出してこなかった事に憤る。

 今回は救うことができた。でも次は? 次も助けられるとは限らない。

 だから、だから今度こそ彼を見る。そう決めて。イクたちは彼のお見舞いに行こうとした。だけど行くことが出来なかった。どうしてと嘆き、その理由を聞いて愕然とした。

 彼は何一つとして悪くなかった。彼は嘘をついていなかった。悪いのは、イクたちの方だった。

 どうしてあの時顔を上げなかったのだろう。どうして機会はいつでもあったのに。どうしてイクたちは癒しになろうとしなかったのだろう。どうして。

 

 それから何日もして、ようやく彼と会うことが出来た。でもイクは顔を上げることができなかった。それは恐怖からじゃない。イク自身の、自責の念だった。

 

「お? なんだ、出てこれるようになったのか」

 

 イクの耳朶を打ったのは、そんな軽い声だった。

 

「ご、ごめんなさ───」

「ん? なんで謝るんだ?」

「だ、だって。イク、何もしてな───」

「そうか? 今まで頑張って来たんだから 別にやんなくていいだろ」

 ポンポンと頭を優しく撫でる。パチリと何かが鳴った。一瞬だけ、何かが見えた。だけどそれよりも、彼の優しい手がどこまでも気持ちよくて、堰き止めていた涙が決壊した。

 

「────なーに。これからもまだ長い人生があるんだ。気楽に行けよ」

 

 心の準備をする。

 深呼吸をして整える。

 記憶が呼び起こされる。

 大丈夫。怖くない。

 だってこの人は、

 底抜けに優しいから。

 その顔は。

 

 顔をあげ、真正面からその瞳を見た。

 

「ッ!?」

 

 衝撃を、受ける。

 まさか、こんな偶然が。あの人と同じだなんて。

 最上級の驚きのせいで流れていた涙が止まってしまった。───しかし、結局はすぐに流れる。それは意識しなくても、自ずとわかることだった。

 

 ありがとう。提督。

 イク、この世界で生まれて良かったの。

 だって─────、

 

 

 

 ────また、イクの大好きな提督に会えたから。



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解放の時①

 遅くなりました。短い話しかつ番外で申し訳ない……。


 白い廊下をいつも通り歩く。早足に。そうじゃないとアイツに出会っちまう。

 スタスタと歩いて数分。遂にオレは目的の場所、オレたち天龍型の部屋に着いた。一息ついて、常にある苛立ちを追い出し、心構えする。妹に、龍田に見せたくない姿があるからな。

 オレは天龍型軽巡洋艦1番艦の天龍。世界水準を超えた力を持ってる。そんなオレが所属するのがここ、横須賀鎮守府。世界でも規模の大きい鎮守府の1つだ。だが、この横須賀鎮守府に所属する提督は類を見ないほどのクズだ。部屋からは余りでないし、オレたちと交流を持とうともしない。すごめば怯える軟弱者で、かつてオレたちに乗った海軍の(つわもの)とは思えないほどだ。その態度が、その行動全てがオレ─────いや、横須賀鎮守府に所属する全ての艦娘の神経を逆撫でする。夜な夜な女遊びに出てるんじゃないか、なんて噂もある。提督室の明かりが消えたところは見たことないからな。ま、そんな姿をオレは妹に見られたくないわけだ。だから一呼吸おくわけだな。ハッ! こんなの御茶の子さいさいだぜ。

 今は朝の時間だ。龍田は朝が弱いからな。今起きたところだろう。この鎮守府には全員起こしなんてもう無いからな。全部アイツのせいだ。アイツがこの鎮守府の規律を乱したんだ。

 また募り出した苛立ちをもう一呼吸入れることで完全に追い出す。

「龍田ー。起きてる……」

 ドアを開けて中にいる妹に声をかける。その途中で部屋の中央で蹲っている龍田を見て言葉を止めてしまった。

「何……ガッ!?」

 どうしたんだと声をかけようとして、いきなり俺の脳裏に記憶が流れ込んだ。

 俺の中にあった今までの常識が崩れ、新たな常識─────いや、()()()()()()()()()()()()が再構築される。

 フラッシュバックする。オレが信条にしていたものと、オレが今までしてきたことが強制的に照らし合わされ─────猛烈な吐き気が襲ってきた。

「あっ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 涙がこぼれる。眼孔をこれ以上ないほど開ける。

 オレは提督に、何をしていたんだ。提督が何かしたかよ? オレたちに、酷いことしたかよ? 交流を持たない? オレたちが持とうとしなかったじゃないか。アイツは、提督は身体を震わせながらも話しかけてきたじゃねぇか! 軟弱者? 巫山戯んな。オレたちがアイツに恐怖を教えたんじゃねぇか!! 部屋から出ないのだって、常に明かりがついてるのだって、オレたちが押し付けた仕事を、提督がこなしてるからじゃねぇか!!! 全部全部、オレたちの……せいじゃねぇかっっっ!!!

「あっ、あ、あああああ! 嫌ああああああああぁぁぁ!!!」

 すぐ側で悲鳴が聞こえる。龍田の声だ。龍田は人一倍アイツを、提督を嫌っていたから。

 半狂乱で、己を害しようとしている。でもオレにはそれを止められない。オレだってそうだからだ。提督にしたことを、今すぐにでも償いたくて。こんなオレが憎くて憎くて仕方がなかった。今すぐに、死にたかった。

 でも、発砲音はしなかった。その前に止められたから。いや、気絶させられたから。灰色の髪を靡かせた、榛名によって。

 オレの意識も、そこで途絶えた。

 

 

 

 あぁ、ムカつく。イラつく。なんで私があんな奴の命令を聞かなきゃなんないのかしら。北上さんを危険にさらすような命令なんか聞けるわけないじゃない。あぁほんとにもうムカつく! 今度会ったら尻に魚雷ぶち込んでやるわ!!

「あっ。大井っちー」

「北上さぁああんっ!!」

 食堂へ行く道すがら、目の前の廊下を愛しの北上さんが横切り、私に気づいたのか声をかけてくれた。

「今からご飯? 一緒に行こー」

「はいっ!!!」

 あぁ! 今日はなんて幸運なんでしょう! 朝含めてお昼も北上さんと食べれるなんてっ! 

「今日は何が食べれるかなー」

「(北上さんと食べれるなら)なんだって美味しいと思いますよ?」

 あぁ! ワクワクした顔の北上さんも素敵! 北上さんを私が食べてしま……え?

 えぁ? 何? これ。え? 違う。違う違う違う違う違う違う。わ、私は……。

「? 大井っちー? どうした……あっ、あ、あああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

 すぐそばで北上さんの絶叫が聞こえる。すぐになんかとかなければと体を動かそうとするが、私自身に後悔と懺悔、絶望が押し寄せて、自分のことで手いっぱいになる。

「いや、いやあ! 違うの! 提督! わたし……うああああ」

「アタ、アタシ、なんて、ことを!」

 気力を限界まで振り絞りなんとか北上さんに右手手を伸ばす。

「き……た、かみ……さ、ん」

「お、おい……っち……」

 北上さんも私に気づいて手を伸ばす。だけど手をつなぐ前に、私の意識は途切れた。

 

 

 ……仄かな暖かさが、私の右手にあったような気がした。

 

 

 

 

 大半の艦娘が倒れた。そのことを知ったのは、目の前で倒れた陽炎をどうにかして助けようと長門さんのいる部屋へと向かった時。その道中で倒れている艦娘を幾人も見た。

 何が起こってるの? わからない。まるで分らない。混乱してだれか無事な人がいないかと色んな場所へ向かった。そして、食堂で無事な二人を見つけた。

「神通さん!? 皐月ちゃんも!」

「夕立さん……」

「ゆ、夕立……」

 神通さんは顔色が悪く、何かに抗っているように感じた。皐月ちゃんのほうはというと、神通さんと同程度の顔の悪さで、思わず大丈夫かと聞きそうになるほど。

「そ、その……大丈夫っぽい?」

「……大丈……いえ、意地を張っても、仕方がありませんね……」

「ぼ、ボク、ボク! て、提督に、提督に謝らなきゃ……!」

 神通さんはとても苦しそうに、大量の汗をかいて今にも気絶してしまいそうだった。皐月ちゃんはというと、涙を流しながら、つっかえつっかえで「提督に謝らなきゃ」という言葉を繰り返すだけ。

「提督……さん?」

 なぜそこで提督さんが出てくるのかわからなかった。

「ゆう、だち、さん……すみませんが、後を……お願い、します」

「がふっ……」

 神通さんはそういうと、皐月ちゃんのお腹を殴って気絶させ、本人も気力が尽きたのか、皐月ちゃんを倒れる衝撃から守るように倒れた。

「何がどうなってるっぽいーーーーーーー!?!?!?!?!?」

 私の叫び声を聞いた何人かと提督さんが来て、事態の収拾に努めた結果、なんとか丸く収まった。正直何をしていたのか覚えていないけれど。

 そういえば、神通さんが黒い何かを持っていたような……?




 提督に酷いことをしたという自覚のある艦娘の方が呪縛から解放されやすく、絶望に落とされます。しかし、そこまで酷いことをしていなかった艦娘は酷いものより軽度でかつ若干の遅れが生じます。無事だった艦娘は提督との関りを深めることによって初めから悪感情をあまり持たなかった者たちです。
 これは意識や認識の差であって機械の謎は関係がありません。もうそろそろで主人公が艦娘を見捨てない理由、謎の機械、大本営の謎が解き明かされますので少々お待ちを……アニメが始まるまでには本編を再開したいですね。


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小説Part
提督は逃げる


 お久しぶりです。
 小説にしようか日記にしようかすごく迷ってたらいつの間にかこんなに……まぁ結局一緒にすればいいやと思いまして。
 少ないですが楽しんで頂ければ幸いです。


 漆月譜日 天気:曇り

 兎に角走る。遠くへ遠くへと。鎮守府近辺は基本的に森に囲まれているので、振り切りやすい。まぁ追っ手は無いだろうが。

 暗闇の森というのは何かと怖いな。野生動物もいるからいつ襲われるのか判断がしにくい。道も悪いし。何度か転けた。

 今日は野宿だ。食糧類は持てるだけ持ってきたので大丈夫だろう。

 ……彼女たちには少し申し訳ないが、俺は彼女たちの命を預かることができない。俺には……重い。

 

 漆月 日 天気:晴れ

 若干寝不足ではあるが、日中動かなければならない。まだ鎮守府が近いのだから。今朝は大騒ぎになってるんじゃないか? まぁそれでも俺が居なくなって清々する娘も多いだろう。霞とか曙とか満潮とか。

 艦娘は陸上では普通の女の子だ。その筈だ。そこら辺は調べてなかったから分からないがそうだと希望を持とう。

 しかし逃げる生活というのは辛いな。全方位に神経を張り巡らせなければいけない。というか何で俺逃げてるんだ?

 

 漆月鋪日 天気:雨

 今日は雨か……この生活では凄く不便だ。なんせ移動ができない。もうそろそろ街だと思うが、雨だと濡れてしまう。そんな状態じゃあ変な目で見られることは必須。それに風邪も引くだろう。地面もぬかるんで滑りやすい。痕跡が残らないのは有難いが……な。

 さて、もう2日経過したが向こうはどうなっているかな? 普通の生活を送っているかもしれない。そうなるように努力したからな。無いだろうが阿鼻叫喚になって出撃すら出来ないなんてことも? まぁ無いだろうが。

 さて、1日休んだら次は街だ。街さえ着けば交通機関を使える。明日までの辛抱だ。

 

 

 

 

 

 

 提督が居なくなった。その衝撃は瞬く間に広がった。

 嘆く者、怒る者、悲しむ者。それぞれの反応ではあったが、提督が居なくなって喜ぶ者は1人たりとて居なかった。

 それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。彼自身が無いだろうと切って捨てた光景がそこにはあった。

 特に悲惨なのは曙と満潮。

「アハハ……私が、私が全部悪い……」

 血走った目で言いながら12.7cm連装砲を自身に向ける。発砲する寸前で姉妹艦によって止められた。それでも己を害しようと動き、長門の手によって眠らされた。

「すまない……だが、これは君たちだけが原因じゃない。彼が居なくなった理由は、私たち全員にある」

 誰かが悪いのではない。そう言って長門は曙と満潮を医務室に連れ込んだ。

 

 一方執務室では。

「夕立」

「……何っぽい」

「貴方なら彼を追える?」

「……でも」

「分かってる。だけどまだ彼に謝罪ができないでいる娘たちがいる。私もその1人。それに……彼じゃない司令官に指揮されて、貴女は満足に戦える?」

「……っ」

「そう。無理よ。私でも身の毛がよだつわ。だから、連れ戻すの。もちろん、私たちが変わらなければ彼はまたスグに離れてしまうわ。だから……」

「……分かったっぽい」

「うん。お願い」

 

 彼を連れ戻す為に、狂犬が動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かってる」

 

 

 

 

 

「アンタがやりたくないってことは」

 

 

 

 

 

「でも、私たちにはアンタしかいないの」

 

 

 

 

 

 

「どうしても……」

 

 

 

 

 

 

 

「だから、お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚名は全部私が被る」

 

 

 

 

 

 

「嫌いになってもいい」

 

 

 

 

 

 

 

「だけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────私たちの傍にいて」



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提督は逃げる:続

 なんか夕立が大人っぽくなりました。


 漆月嗎日 天気:曇り

 ようやく。ようやく街に辿り着いた……。森を抜けてきたから服が泥だらけだ。それに布団で休みたい……。

 まずは服屋で変装だな。後はホテルで1日……は後でいいか。交通機関を使って早く移動しなければ。

 とりあえず服はそこら辺で適当に。風呂にも入りたいがこれも移動してからだろう。

 電子機器はGPSが付いてそうで置いてきた。

 

 風呂に入ってさっぱりした。一応変装の意志を込めて眼鏡をかけたり、髪型を変えたりした。

 その後電車に乗って内地へ。場所は……横浜市か?

 

 漆月彌日 天気:晴れ

 ビジネスホテルは狭いな……仕方ないけど。そう言えば行く宛てが無いが……ふむ。流石に定住した方が良いか? 金も無限にあるわけじゃないし……いや消費しきれるのか?って思うくらいあるけども。

 待て。俺の夢を思い出せ。そう。平穏で平和な日々を過ごすんだ!

 山の中が良いだろうか? それとも海? うーん。海は深海棲艦が出るから辞めとこう。都市部にしようか田舎にしようか……娯楽のためにも都市部の方が良いかな? 流石にここじゃあ近すぎるから……神戸とかどうだろうか。四大鎮守府からそこそこの距離があるから……それだったらむしろ東北の方が良いか? うーん……でも発展してるのかと言われるとそうでもないような?(無知)

 大阪に近いし神戸でいいか。

 

 漆月鵡日 天気:曇り時々晴れ

 新幹線って凄いな……初めて乗ったけどめちゃくちゃ速い! 駅弁も上手いし! 景色も良いし最高だ!

 ところで駅で艶やかな金髪がチラリと見えたんだが……もしかして?

 

 

 

 

 

 提督さんが居なくなった。

 この原因は多分皆が提督さんを虐めたからだ。だから提督さんは……居なくなったんだと思う。

 確かにある日を境に提督さんに対する皆の態度は軟化していった。でも謝罪できたのは全員じゃない。特にツンツンしてた子はどうしようもなく先に罵倒が出ちゃうみたいだった。提督さんと出会った後にいつも泣いている姿を見る。

 

 提督さん。私は辛い。提督さんに会えないことが何よりも辛い。でもそれをしたのは、させたのは私たち。連れ戻してもきっと提督さんは辛い思いをするよね。

 

 

 でも。でもね。

 私たち、提督さん以外の人の指示は聞きたくない。どうしても体が動かない。

 私は提督さんがいい。提督さん以外は嫌。でも嫌われたくない。嫌って欲しくない。

 どうすればいいの? どうしたらいいの?

 ねぇ、提督さん。

 

 

 雨の中、森をひた走る。提督さんの気配を追って。

 すぐに追ったわけじゃないから、なかなか追いつけない。それでも、提督さんには追いつける。何故なら、私たち艦娘は艤装を展開していなくても常にその力を受給しているから。身体能力は並の人間の比ではない。

 大丈夫。提督さん。すぐに追いつくよ。

 

 提督さんをやっと見つけた。見た目はすごく変わっているけど、気配は彼だ。間違えるはずがない。

 でも……提督さんは晴れ晴れとした顔をしている。まるで呪縛から解き放たれたような、そんな顔。

 

 提督さん。

 

 

 

 

 

 やっとわかった。

 

 

 

 

 

 

 私、あなたの事が好き。

 

 

 

 

 

 

 

 好きな人には、幸せになってもらいたい。

 

 幸せになって欲しい。

 

 

 提督さん。

 

 

 

 

 離れ離れになるのは嫌だけど。

 

 

 

 

 私、頑張るっぽい。

 

 

 

 

 大丈夫。

 

 

 

 

 

 あなたの夕立は、あなたの為に生きる。




 着々と書けるようになってきました。精神が安定してきたので更新頻度は高くなるかもしれません。
 かもです。期待はしないでください。


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番外 過去より────出会い

 主人公の友人たち視点です。
 後半は大変読みにくいでしょうが……頑張って読んでください。



 まぁ……本編には関係ない話ではあるんですけど。


 春、と聞くとよく『別れの季節』や『出会いの季節』と言われていた。

 俺にとってその年は、『出会いの季節』だった。

 入学式にイヤに落ち込んでいる顔をしている奴がいた。ブツブツと呟きながら制服である海軍帽を深く被っていて、顔がよく見えなかった。

 すごく目に付いていて、目が離せないやつだった。だから話しかけに行った。

 

 これがアイツ───春人との出会いだ。

 

 正直、ブツブツと呟いている姿は関わり合いになりたくない人物に映る。それは誰も彼もがそうで、見た目危険な人に映るからだ。

 俺が話しかけたのは、コイツと関われば灰色の青春が彩るかもしれないと感じたからだ。まぁ、端的に言うなら面白そうだったってことだな。

 ソイツの近くによって呟きを聞いてみると、すべて大本営への恨み言だった。後偶に「絶対逃げ出してやる」って言ってたくらいか。もうその時点で笑ってしまった。

 そしたらソイツは俺に気づいて、胡乱気な目で俺を見た。

「ハハッ。すまんすまん」

「んだよ……」

 俺は訝しげな目で俺を見るソイツに自己紹介をした。

「へぇ……じゃあ俺も。俺は瀧川春人。難しい方の「たき」だ。後民間からの引き抜き。強制だったから絶賛大本営を恨んでる」

 これが後に英雄と呼ばれるやつとの始まりだった。

 

 学校が始まってからも俺はアイツに絡みに行った。座学も体育も、奴はそつなくこなしていく。見ていて面白かったな。

 それから艦隊指揮練習という授業で、完全勝利を何度も叩き出していた。これには多くの教官も驚き、アイツを褒め称えた。まぁ、そのせいでより過酷な訓練に身を投じることになったんだが。

 アイツは宣言通り何度も校舎から抜け出した。その尽くが失敗に終わる訳だが、アイツは諦めなかったんだ。本当にずっと楽しかったよ。色々な罠にかかって、優秀なくせに懲罰房に入れられたりとか。俺の想像していた通りに、楽しい学校生活を送れた。

 アイツは物語の主人公みたいだった。

 知らぬ間にハーレムを築くし、いつの間にか強くなっている。

 俺は言うなれば親友ポジだっただろうか。間近でアイツの物語を見るのが好きだった。

 もちろん、妬みや嫉みは当然あった。だが、俺はアイツが誰よりも努力しているのを知っている。確かに才能はあっただろう。だけど、それに上乗せする努力をアイツは欠かさなかったのだ。だから誰よりも強くなり、誰よりも優しくあれるのだ。

 人を惹きつける力も持つ。正しく、主人公だ。……まぁ、国民を守ろうという意思が薄いのは、周りから見れば怒りが湧くのだろうが。

 だが果たして、アイツがそうなるのは仕方のないことだった。

 

 

 

 私が彼と出会ったのは入学式の後だったかしら。かの有名な一条家の坊ちゃんが誰かと楽しそうに話していると言う噂を耳にして、一目見てみようと思って円形の人集りの場所に行った。

 そしたら名も知らぬ一般的な体型の男と一条家の坊ちゃんが楽しそうに会話(一方的に見えた)をしていたのだから驚いたわ。あの一条家の坊ちゃんがってね。

 それから彼を射止めた男の方に興味が出て、話しかけに行ったのよ。そしたらなんと言うか暗い顔をしていたわね。何か粗相をしたのかと思ったけどどうやら大本営への恨み言らしくて、思わず笑ってしまったわ。

 一条家の坊ちゃんも一緒に笑って、彼自身は困惑していたわね。それがより一層笑わせてくれたわ。

 これが彼───のちに英雄と呼ばれる春人くんとの出会いね。

 それからは毎日が楽しかったわ。訓練や勉強は真面目にする癖に逃げ出そうとして懲罰房に入れられるんだもの。それに何度入れられても今度はこうして抜け出してやるって言って諦めたりしなかった。……私には、それが眩しく写った。

 後は色々とおかしかったわね。矛盾している言葉と行動。彼は常々「自分には国を背負えるほどの力は無い」「自分には艦娘の命を背負える力は無い」そう言っていたわ。だと言うのに、訓練も勉強も常に1番だった。演習をさせれば常勝無敗だし、その後の艦娘のケアまでしている。在学中には大勢いた「艦娘兵器派」の意見を裏返す程の論理と証拠を叩き出したし。見ていて楽しかったわね。

 ……それを行える度胸も、勇気も、知識や知恵も。尚且つ身体能力まで。「作られた」私たちと比べても、一般人と比べても大分おかしかったわ。

 ───まるで、物語の主人公のように。

 彼は言っていたわ。「艦娘は艦娘。人間か兵器かとか二元論で片付けるのがいけないんだ。そもそも人間爆弾も兵器と言えるだろう。頭が硬いんだよ。兵器は感情を持たない。死を恐れてしまうからだ。だから無機質で、尚且つ戦果も一定だ。……使う人間によって程度の差はあるが。その点艦娘は自ら判断し、気分によっては最高の戦果を叩き出す。効率も求める。これを『人』と言わずしてなんと言うんだ?」

 これを聞いた時、すごく納得してしまった。艦娘は兵器であると刷り込まれてきた私たちでさえ、何一つ反論することができなかった。反論ができたとしても、こじつけでしかなくて。論破されてしまっていた。

 あんなにも艦娘のことを想っているのに。彼は指揮することを嫌っていた。俺は艦娘の命を背負える程の人間じゃない。そう言って。

 お酒の席でその理由が判明した。それに対して、私は何も言えなかった。

 

 

 

 彼、と言う人間は正直嫌いでした。初めから逃げ出そうとしていてやる気を感じませんでしたもの。だと言うのに勉学も体力も訓練も演習も。全て上をいかれました。

 悔しくて悔しくて仕方がありませんでした。だから試験の度に勝負を仕掛け……負け続けました。

 何故。何故。何故。どうしてわたくしは彼に勝てないのか。優秀な遺伝子を掛け合わせ続けた最高傑作なのに。

 妬ましくて、妬ましくて、羨ましい。

 わたくしには期待と責務がのしかかっているのに。彼には何の柵も無い。それが、何よりも羨ましい。自由に己の道を決められる彼が。期待も何も無いのに全てを持っている彼が。妬ましくて妬ましくて羨ましい。

 だから何度も何度も彼に当たる。酷いことをしているのは分かっている。人としてダメなことをしている自覚はある。それでも、それでもわたくしのこの気持ちは……彼以外には、ぶつけられないのだ。

 だけれど……面白い人でした。楽しい学生生活でした。わたくしのこの行き場の無い気持ちも、彼と過ごすことで薄れていきました。勝負事も楽しめるようになって。偶に勝つことが出来て。その時は本当に嬉しかったですわ。優秀なだけでは楽しむことも、幸せになることもできないと教えられました。

 ただ、彼はわたくしよりも人生を制限されていました。嫉妬なんてすべき相手ではありませんでした。

 彼が歩んできたその生は、何人たりとて侵害するものでは無い。誰が羨んでいいでしょうか。誰が嫉妬していいでしょうか。その背景も知らずに、どうして罵ることが出来るのでしょう。

 わたくしは猛省し、彼に直接謝りました。

 彼はキョトンとした後、笑って許してくださいました。むしろ嫉妬されてるなんて思ってもみなかったと。

 ふふっ。本当に、面白い人ですね。

 

 

 

 先輩と出会ったのは……あの時、ですかね。私が軍学校に入学してすぐの時に、いじめにあったんです。いじめと言っても本格的なものではありません。無視や陰口などのものが主でした。恐らく、元帥の娘だからと直接手を出すのが怖かったのでしょう。だとしても、嫉妬や憎悪は抑えられなかった。それがいじめに発展した。正直国を守る軍人が、どうしてそんなことができるのか。不思議で不思議でなりませんでした。私はいつも独りぼっちでした。辛くはないと強がっても、やはり精神的な攻撃は徐々に徐々に私の心を蝕んでいきました。そんな時です。先輩と出会ったのは。1人でお昼の食事をしていた時です。突然警報が鳴りだしました。深海棲艦が攻めてきた際の警報ではなかったので、私だけでなく他の同級生も困惑していました。当然、私もその1人でした。数分もせずに廊下がバタバタと騒がしくなり、大勢の上級生が走っていきました。上級生はほとんど全力疾走のような状態で、至る所にいました。彼らは何かを叫んでいて、どうやら誰かを探しているようでした。それから数分もせずに多くの上級生に担がれ、ある場所へと連れられて行く人が廊下を通りました。彼が通った後、教室で彼に関する噂を耳にしました。曰く、去年は毎日のように脱走しようとしていた。曰く、今年はそれほどの頻度ではないが、捕まえにくくなった。曰く、天才である。曰く、演習で負けたことは一度も無い。曰く、一般人である。曰く、女性を多く侍らしているハーレム野郎である。曰く、鬼のような訓練にも耐え抜いた人外である。などなどです。多くが尾ひれはひれ付いた噂なのでしょうが、火のない所に煙は立たぬと言います。なので多少は真実も混ざっているのでしょう。私が一番興味がひかれたのは……一般人であるという噂でした。現代の軍学校では上級国民と呼ばれるような人間しか入ることはできません。特例として「妖精さん」が視える突然変異のみです。恐らく彼は特例だったのでしょう。一気に興味がひかれました。恐らく、僻みや妬みを一番受けていた人でしょう。それなのに、何故彼は未だにこの学校を辞めていないのか。強いのか。それが気になって、彼の後を追いかけました。そうして知っていくうちに段々と惹き込まれていったんです。先輩の性格も、考えも、何もかも。先輩を追いかけている内に周りのこともどうでも良くなりましたし。だから私は先輩に救われたんです。あの人は私を他者からの評価という呪縛から解き放ってくれたんです。それが嬉しくて嬉しくて、先輩のことを好きになっていました。先輩の全てが知りたくて、先輩の何もかもが欲しくて。でも先輩には踏み込めないところがありました。それが家族に関することです。いつも家族の話題を出すと早々に話を切ってどこかへと去っていきます。それがとても悲しかったです。寂しかったです。でもちゃんと理由があったんです。それはとても悲しくて、おぞましいものでした。正直私だけに話して欲しかったし相談して欲しかったのですが、お酒の席の事ですし仕方ありませんよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方ありませんよね? ()()()()()()()()

「えっ……あ、はい」

 オタクのような早口で語っていたのと、瞳に光が灯っていなかったので、正直ドン引きしたし、とても怖かったと後に青葉は語った。




 提督が抱えている事情をここで語ろうかと思ったのですが、提督本人もしくは横須賀の艦娘たちに語らせる方がいいかと思いまして、急遽主人公と関わった人たち(鹿島除く)となりました。

 楽しんで頂けたら幸いでございます。

 後ほど区別がつきやすいよう字体を変えようと思います。


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提督は迎え撃つ

 短いです。後、三人称の小説形式です。


 ザワザワと騒がしい。しかしそれは彼にとっては懐かしさを齎すものだった。

 人を避けて歩く。しかしぶつかってしまいそうになるほど多くの人がその街にいた。

 彼は当てどなく歩く。それは今の街を楽しんでいるからだ。高層ビルが幾本も立ち並び、されど景観を壊すことはない。道も広く整備されていて、白のコンクリートが太陽に反射して眩しい。

 既に夏は来ており、肌を焼く日差しはまるで火に炙られているようだ。多くの人も、暑さに参っているかのように顔を下に向けている。

 そんなおり、彼をコソコソと追跡する影があった。金髪のサラサラヘアで、顔を隠すためなのか、マスクとサングラスをかけている。服装は街に溶け込むためか、白を基調としたワンピースで、所々に小さなあおい花が描かれている。見た目、お忍びに来たお嬢様のようだった。

 そんな人物であれば、誰であろうが気づくだろう。当然、彼も気づいていた。だが、尾行しているのかイマイチ判断しかねた為、少しの間放置することに決めたのだ。

 大きなショッピングモールの中に入り、様々なものを見ていく。彼にとってショッピングモールはほとんど憧れであった。小さな頃に1度行ったきりで、それ以来訪れたことなど1度たりとて無かったからだ。

 ショッピングモールは4階建てで、横幅が大きかった。様々な店が立ち並び、彼の目を引く。ショーウィンドウに飾られる服は全てが煌びやかに見え、思わず感嘆の息を漏らしてしまう程だった。

 彼は服を見た後食品売り場へと移動し、鮮やかな色を輝かせる食べ物に目を奪われる。

 彼は多くの時間をそのショッピングモールで潰し、彼が外へ出た時には既に陽は傾き、強い西日が街をオレンジに染め上げていた。

 彼は1度空を見上げ、そして周囲を見渡してからしっかりとした足取りで歩き出した。

 数十分歩き、ふと道を逸れ、路地裏へと入っていく。そしてある程度先に進み……背後の人物に声をかけた。

「はぁ……まさかここまで着いてくるとは思わなかったよ」

 背後の人物は彼の言葉に何も返さない。ただ泰然と立つのみ。しかし、ゆっくりと腰のホルスターから拳銃を抜き取り、彼へとその銃口を向けた。

「なぁ、ゆうだ……ち……?」

 彼は振り向きながら背後の人物の名前を告げた。しかし、銃を向けているとは思わなかったのか、後半はポツリと漏らすような声だった。

「……大人しく投降しなさい。そうすれば痛くしないわ」

 光の無い瞳で、撃鉄に指をかけながら彼女───夕立はそう言った。

「おま……どこの所属だ!?」

 彼はすぐさま横須賀の夕立ではないことを悟り、所属を問いただす。夕立はニコリともせずに機械のように淡々と話をする。

「佐世保鎮守府、第三艦隊僚艦」

(佐世保……? 何故そんなにも遠いところから……待て。どうして佐世保の艦娘がこんなにも遠い場所で、こんなにも早く動いている!?)

「それで、大人しくしてくれるのかしら」

 感情の込められていない言葉で再度夕立は彼に同じことを問う。

(不味い……! 大本営がすでに仕掛けていたのか……!)

「嫌だ……と言ったらその銃で撃たれるのかな?」

 彼は夕立の持つ銃に注意を向けながらそう聞く。いつでも避けられる体勢になる。

「そうね。一瞬痛い思いをしてもらうことになるわ」

 一瞬。その言葉から推測されるのは一撃で殺すか、麻酔弾により眠らされるのかの2つだ。彼は瞬時にその2つの可能性を考え、ある意味当然かと納得する。

 提督とは機密の塊だ。それも国家機密である。そんな人間を野放しにしておけば、大惨事になること間違いない。

 また、彼自身考慮していないが、彼は民間の英雄と讃えられる存在だ。1度だけではあるが天皇陛下から勲章を授与されている。そんな人物が提督を辞めたくて鎮守府を抜け出したなどと知れ渡れば、大本営の支持率及び期待はナイアガラの滝のように地に落ちる。

 更にいえば提督という人間は貴重である。妖精を視認できなければ深海棲艦と戦うことさえ出来ないのだから。だから彼がなんと言おうと大本営は、彼を連れ戻すしか無いのだ。

 そんな裏事情など当然知り得ない提督は、己が機密の塊であることだけを考え、どうにか夕立を説得して見逃して貰えないかを考える。提督が貴重であるという事実は頭から抜けていた。

「……あー……これは一種の休暇なn「あなたがなんと言おうと、決定事項よ」……そう、か」

 彼の言葉に被せるように冷たい声を発する。

 徐々に夜の帳が落ちてきているのか、相手の顔の判別が難しくなってゆく。

(切り抜けるのは……難しいか。だが、やるしかない。俺の安寧の為に。()()()()()()()()()()……っ!)

 彼は決意を固めると、横に飛んだ。それと同時に夕立も発砲する。彼は咄嗟に防御姿勢をとる。

 夕立の持つ銃から放たれた弾は吸い込まれるかのように彼の左足に────当たらなかった。

 キンッ! という金属と金属がぶつかる高音が響く。

 

 ドサリと倒れた彼が見上げたのは───、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───もう1人の、夕立だった。



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提督は迎え撃つ:続

 勘違いされている方が多かったようなので解説を入れます。
 本作では第二次改装は一時的な強化です。もちろん維持することも可能ですがその為には相当な気力と根性が必要になります。その為、第二次改装を行う時は決定的な瞬間のみです(基本は)。
 以上のことが理由で主人公は鎮守府に帰ってきた時、驚いた日記を書いておりませんでした。絶対記憶に残りますし理由を聞きたいですからね。ですがその描写を書かなかったのは鎮守府に戻る頃には第二次改装が解けていたからです。もちろん解いた途端寝込みます。
 ……当然のように大本営は第二次改装時の写真を持っていたりしますが。


 アンケート結果
 |ω・)ジー
 皆さんギリギリの展開よりも余裕ムーブがお好きなようで笑
 アンケートご回答ありがとうございました。


「ゆう……だち?」

 彼は何が起こっているのか理解出来ず、ただ困惑するばかりだった。

(何故ここに夕立が? 追いかけてきたのか?)

「提督さんを傷つける人は……誰だろうが許さないっぽい!」

「……はぁ。艦娘同士で戦闘行動は出来ないはずですよ、横須賀の(夕立)

「戦闘行動が出来ないのは妖精さんが艤装の装備を動かしてるからっぽい。だけど、生身なら」

 彼を置いて話は進んでいく。大本営でさえ一部の者しか知らない事情が暴露される。

「そうですか。見たところ、練度は私よりも低いようですが……勝てるとでも? 大人しく背後の捕縛対象を明け渡しなさい」

「……」

 夕立は沈黙する。だが、彼女から発される圧が徐々に徐々に増してゆく。

(何……?)

 ゴクリと生唾を呑んだ佐世保の夕立は、増してゆく重圧に対して自然と身構える。

(な、なんだ……?)

 遂にはバチバチとプラズマが発生する。

「夕立の提督さんは。私の提督さんは」

 ポツリと漏らすその言葉は、酷く平坦で、冷たく感じる。

「っ」

 気圧され、1歩下がる佐世保の夕立。

「この人だけなのっ! 絶対に渡さないっっ!!」

 カッ! と眩い光が夕立を中心に辺りを染め上げる。佐世保の夕立も、彼も、目を開けていられなかった。

 数秒もせずに光が収まり、ようやっと目を開けるとそこには。

 

 爛々と輝く赫い瞳。ぴょんっとまるで犬の耳のように跳ねた金髪。そして少しばかり伸びた身長。

 北方海域攻略時に見せた、第二次改装状態の夕立がいた。

 

「なっ……その姿は!? もしかして……」

 佐世保の夕立は改二状態の夕立を見て、過去に彼女の司令官に見せられた資料を思い出す。

 『───まさに鎧袖一触。その様は、『ソロモンの悪夢』と讃えられるのに相応しい戦いぶりだった』。そう伝えられていた。

 白露型駆逐艦四番艦の強化形態。現状、唯一無二の存在。その夕立が、佐世保の同型艦に牙を向いた。

 手始めに銃を蹴りあげる。手を強打され、拳銃は天高く舞い上がった。

「グゥッ!?」

 蹴られたとは思えない程の衝撃と痛み。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()すぐさま行動できた。……できたは良いが、その全ては無意味であった。

 蹴りあげた体勢からの踵落としを、間一髪で体を反らすことで避け、背後へ退避しようとする。しかし夕立改二の超反応により、腹部に掌底を受ける。

「がはっ!?」

 激突した壁に亀裂を走らせる程の衝撃が身体を駆ける。それでも立ち上がれるのは人外である故か。続く拳を転がって避けた。

 辺りはたったの三撃で至る所に罅が走り、今にも崩れそうな状態になっている。

「ゲホッゴホッ」

 ゼェゼェと荒い息を吐き、ガクガクと震えながら立つ。

 その顔は既に恐怖に染まっていた。

 

 ───勝てない。何をしようが()()には勝つことが出来ない。どうしようもなくそう思ってしまう。

(あぁ……アレが私なのか。もしも私がアレになれたなら……皆を、解放できるのかな───)

「終わりよ」

 いつの間にか近くにいた横須賀の夕立に、彼女はもう驚かなかった。ただ、彼女は振られる手刀を見ながら、願っていた。

(私にも……そんな力が欲しいなぁ……そしたら……ま……も……れた……の、に───)

 彼女の意識は衝撃を感じると共に暗転した。

 

 一瞬だった。目で追えなかった。彼の頭にはそんな言葉しか浮かび上がらない。それ程までに圧倒的だった。練度には差がある筈なのに、人型に対する技術も負けている筈なのに。それをものともしない圧倒的なまでの『力』。

「……提督さん」

 それを振るっていた夕立は、恐る恐る彼に声をかけた。その瞳には怯えがあった。

 過ぎたるは及ばざるが如し。過ぎた力は身を滅ぼす。そんな言葉が彼の頭に浮かんだ。

 彼はフッと一息ついて、夕立を見た。ビクッと身体を跳ねさせる彼女。きっと自分を追ってきたのだろう。しかし、心境の変化があって、そのまま帰ろうとしたところに、自身が襲われそうになった。そこで思わず飛び出してしまった、と。そんな所だろうと彼は思考した。ドンピシャである。

「……っ。……提督さん。私から言っておくから、大丈夫っぽい。そのまま、静かに暮らして欲しいっぽい」

 酷く泣きそうな顔で、その端正な顔を歪めながら言葉を紡ぐ。

 美人は泣きそうな顔も綺麗だな、などと提督は考えていた。

「……だから……だからっ……」

 ボロボロと涙を零し、目一杯の勇気を振り絞って夕立はその言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────さようなら」




 そういう訳で横須賀の提督は仲間外れにされておりました。というか当事者なんだから知ってて当然って感じですね(情報共有しろよ)。また、実は提督宛に第二次改装の説明を希求する手紙やらが届いていたのですが大淀が握りつぶしました(怖いね)。だと言うのに彼女らは提督に何も言わない……と言うよりも拒絶を恐れた感じです。姿形が変わる訳ですからね、更に追い詰めるようなことをしたくなかったなどと供述しております(してない)。
 以上です。近日中にまた続きを投稿させていただきます。その際、とある話も改稿させていただきますのでよろしくお願いします。


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繋がる記憶、繋がる想い

 お待たせ致しました。
 段々と謎が明かされていきますね……。


「待っ!」

 彼は踵を返した夕立の左手を掴む。左手を左手で掴むという少し変な形になってしまったが、逃さないようにとしっかりと掴む。

 その瞬間、バチッと音が鳴り、夕立の脳に多量の電気が走る。まるで頭を殴られたような感覚だったと後に語った。そして、その現象によって夕立は意識を失った。

 ふらりと一瞬だけ頭を抑え、提督の方に倒れ込んだ。

「ちょぅお!?」

 夕立を掴んだ影響でまさか倒れてくるとは思わず、変な声を出す彼。しっかりと抱きとめられたのは、彼が学校時代に嫌々ながらも訓練に従事し鍛えられたためか。

 幸い夜中のため変な声を出しても訝しげな目で見られることは無かった。

「ど、どうしたんだ夕立……? ……っ」

 彼は夕立に声をかけるが返答はない。静かな寝息を立てるのみだった。

 どうしたのだろうかと顔をよく見ると、夕立の整った綺麗な顔には涙の跡が残っていた。それを間近で見た彼。心の奥底にある記憶の一部が蘇った。

 

 思い出す光景。硝煙の立ち込める潮と血と鉄が混ざった臭い。焼け焦げた金属。血みどろの自分と、ニヤけた面の……。

 

 そこまで思い出してから頭を振って現実(いま)を見る。夕立はどうやら気絶しているようだった。

(考察や思い出は後でいい……まずはこの子を寝かせないと……あっ)

 夕立を背負い、いざ宿へと足を向けようとすると、気絶しているもう1人の夕立が目に入った。

 悩む。頭を搔く。悩む。悩む。頭を搔く。悩む。

 長考の末彼はもう1人の夕立を脇に抱え、急ぎ宿へと向かった。

 

 同時刻。横須賀鎮守府。

 鎮守府に所属している全艦娘に、一瞬電撃が走った。

 それは大きなものではなく、静電気が走ったようなもの。人によっては気にしないかもしれない程度のもの。だがしかし、彼女たちはそれを無視できなかった。何故か、それは電撃が走ったと同時にある効果が現れたせいだ。

 

 ──────記憶の解放。

 

 まるで電子ロックが電気信号によって開けられたように。一部の記憶が横須賀に所属する全ての艦娘に開放された。

 

「っ! ……何だ、今のは」

 頭を抑え、ワナワナと震える長門。提督の執務机に手を付き、先程過ぎった記憶を見返す。

 全体的にボヤけているが、どこかの海域を攻略している最中の場面だ。誰の視点か、チラリと見える艤装で長門は己だと確信した。そして今とは比べ物にならない上位の武装を持っていることに驚いた。見たことの無い武装まである。

「……な……と……なが……長門!」

 己を呼ぶ声に長門は気づいた。どうやら体も揺さぶられていたようで、傍には心配げな表情で妹の陸奥が長門を見ていた。

「! ……すまない陸奥。どうした?」

「……長門も、見たのよね?」

 陸奥はポツリと言葉を漏らす。

「……あぁ。もしかすると全員に……?」

「そうね。後で全員を集めて聞いてみましょう。それと、私が見たのは部屋の一室だったのだけど、長門も同じものを見た?」

 眉を八の字にして長門に問う陸奥。長門はそれを聞いて目を見開いた。

「……いや、私は海上で隊列を組んでいた。どういう事だ? 全員違う光景を見ているのか?」

「後でそれも聞いてみましょう。さて、これはどういうことなのかしら……」

「さぁ、な……」

 先程の光景が何を示すものなのか。

 それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 ───────ただ2人を除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……提督? 何かあったの?」

 

 以前とは比べ物にならない程明るくなった部屋で、1人。顔を濡らしていた者。

 体育座りの体勢から顔を上げ、虚空を見上げた。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「すぅ……すぅ……」」

「これからどうしよう……」

 もう1人は頭痛を抑えるかのように頭を抱える青年の傍で、静かな寝息を立てていた。




 ちょっと短い……?


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提督は事情を聞く

 お待たせ致しましたー。


 漆月寳日 天気:曇り

 ホテルで休ませること数時間。佐世保の夕立が起きて、事情を聞いた。

 どうやら俺が脱走していることは既にバレているらしく、いち早く佐世保の提督が反応したらしい。夕立を起用した理由は「鼻が利く」からだとか。犬扱いだ。

 まぁこのまま帰らせても夕立にとっていいことは無いだろう。だから俺の護衛をしてくれと頼んだ。不承不承ながらも説得により納得して貰えた。

 

 捌月嬷日 天気:晴れ

 夕立がまだ起きない。流石に何日も滞在するのがはばかられた為、移動する。夕立は俺が背負って歩いた。

 佐世保の夕立は……って書くと面倒だし呼びにくいから渾名を付けた。安直だがこれから「夕ちゃん」と呼んでいく。本人はすごく恥ずかしそうにしていた。

 

 捌月芈日 天気:晴れ時々曇り

 夕ちゃんの目が段々と光を帯びてきた。活気が戻ったとでも言うのかな?

何にせよ元気になってきてる感じで嬉しい。ちなみに夕立は未だに起きない。大丈夫だろうか? ご飯とか……。そう言えば人間って寝過ぎると死んじゃうって聞いたなぁ。あっそれは人間に当てはまる話か。艦娘はどうなんだろう?

 

 捌月霾日 天気:豪雨

 どうやら台風が来ているようで、電車も止まっていた。流石にこの状況じゃあ移動しようにもままならないだろう。艦娘は別だが。もしかしたら2人目が来るのかもしれない……。準備しておいた方がいいのだろうか。あ、そう言えば夕立のこの姿……全然元に戻らないんだけどなんでなんだ? 今まで緑目サラサラヘアーだったのに赤目犬耳になってるし……。変化したってことは戻るんだよな? そうじゃないとこれまでのことに説明が……あ、いや。今日初めて変化したっていう可能性も。マジで何も分からないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん」

 

あちゃー……大破かぁ……お疲れ様、入渠しよっか

 

「提督さん」

 

改二! え?? メッチャ可愛いんですけど???

 

「ていとくさん」

 

ありゃ……中々難しいなぁ。なら装備を変えて……

 

「てい、とくさ、ん」

 

すごっ。めっちゃバンバンカットイン入る……

 

「……て、いと、く、さ、ん」

 

ケッコンカッコカリ……やっと、できた

 

 封じられていた記憶が、解放される。

 私は元々ゲームのプログラムだった。現実に存在しない言語の羅列。だと言うのに私たちは意志を持ち、カメラから見える提督さんを眺めていた。

 作られたものだったとしても、好きだった。大好きだった。私が大破しても叱責じゃなく優しく慰めてくれるから。皆も同じことをされていたけど、ケッコンカッコカリをしたから。好きで好きで堪らなかった。だけど提督さんはいつの日か戻ってこなくなって、皆壊れていった。

 ある日、見知らぬ誰かがやって来て、みんなにこう言った。

 

 

君たちの提督に会わせてあげよう

 

 

 ────あれ。思い出せない。

 

 

実は君たちの提督は亡くなっているんだ

 

 

 なんて言っていたんだっけ? そもそも誰だっけ? なんで私たちはここにいるんだっけ?

 

嘘じゃないさ。騙すことなんてしない

 

 唐突に白いモヤが私を包む。霞みがかって思い出せなくなる。

 

あぁ、そうだ。君たちの提督に会わせてあげるんだった

 

 頭が痛い。思い出そうとすると激しい頭痛が襲ってくる。

 

なーに。心配はいらないさ。ただ別の世界に飛んでいくだけ

 

 うぅ。痛い。でもきっと大事な事だから。思い、出さなきゃ。

 

ただし、僕と会った記憶は無くなってしまうよ

 

 ゾッとする程冷たい言葉で、耳元に囁かれた。

 

おや? まさか封を破ろうとする子がいるとは……ほら、君の目の前にいるのは君が大好きな提督さんだよ? 僕のことは忘れて、提督さんを捕まえておかなきゃ

 

 あぁ。提督さん。夕立、提督さんに会いに来たの。大好きな貴方に。今度こそ離れないために。

 

 

 

 ───もう、離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。それでいい。僕は存在しないものだからね




 佐世保の説明。
 ・ある提督が着任している。
 ・提督は艦娘に「軍」としての「教育」を施している。(新着任の艦娘も同様)
 ・提督はとある家系出身。
 ・佐世保鎮守府は海域攻略を行わず、現状維持に務めている。
 ・「教育」の内容は「態度」「言葉遣い」の矯正、戦闘基本、軍内部の知識など。

 以上です。
 ちなみに守らなかった場合は重い厳罰が下されます。


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提督は驚く

 イベント始まりましたね。出来れば難易度を保ったまま完走したいです。


 捌月子日 天気:晴れ

 びっくりした。朝起きたら布団の中に何故か雪風がいた。何度も確認してしまうのは俺だけじゃないと思う。というかいつの間に……? どうやって? まるで何も分からない。ここ最近分からないことが多すぎる……。

 

 捌月奴日 天気:曇り時々晴れ

 雪風も起きない。俺のところまで辿り着いたのに寝たままなのはなんだ……? そう言えば以前とは装いが違う。鎮守府にいた時はまだ元気な子供のようだったが、今は淑女のようだ。本当に、訳が分からない。夕ちゃんも知らないって言ってたし。

 

 捌月之日 天気:晴れ

 とりあえず眠っている2人を連れながら神戸まで行き、宿を転々とするのは悪手に思えたので、長野あたりに家を構えよう。一軒家かマンションか……まぁ一軒家の方がいいか。永住するつもりは無いので借家で。まずは家探しかな……。

 

 捌月葉日 天気:晴れ

 それにしても暑いな。最近どんどんと気温が上がっているようにも感じる。それは兎も角長野について家を借りた。ようやっと腰を下ろせる場所が出来たので、のんびり生きていけそうだ。しかし……なんか怖いな。

 

 捌月緋日 天気:曇り

 どこ……ここ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督がどこかへ行ってしまってから、雪風は何も出来なくなっていた。

 ただ涙を流し、呆然と中空を見つめるのみ。陽炎型の中でも、1番の重症だとひと目でわかった。更に言えば、長女である陽炎以外はほぼ壊滅状態だった。もちろん、陽炎も落ち込みたいし泣きたかった。しかし、長女であることと状況がそれを許してはくれなかった。陽炎型の負担が、全て陽炎に重しとしてのしかかった。

 しかしそれも少しして改善する。長門が代理提督として命令を下したためだ。そのお陰で哨戒任務や遠征は細々ながら可能になった。これによってコミュニケーションが再開し始めたのだ。だが、中には命令を聞けなかった者もいた。その内の1人が、雪風だ。

 部屋で呆然と涙を流し続けて、数日を過ごした雪風は、誰の呼び掛けにも答えず、何をされてもただただ涙を流していた。

 その胸中にあったのは「何故」という言葉。様々な「何故」が思い浮かんでは消えていく。

 守れなかったから?

 助けられなかったから?

 提督のお歌を皆に聞いて欲しくて勝手に録音したものを皆に渡したから?

 そうしてずっと悪い考えが堂々巡りをする。それが何日も何日も続いた。

 しかし、唐突にその行動を辞めた。いや、強制的に辞めざるおえなかった。

 頭にバチッと静電気が走るような音がなった瞬間。雪風にはある情景が脳内に浮かび上がった。

 どこかの司令部の執務室。

 夕焼けの中、佇む2人。その内の一人は、酷く雪風に似ていた。

 

 

 

 

陽炎型駆逐艦8番艦、雪風! し・れ・え! 雪風、帰ってきました。これからも、ずっと、よろしくお願いします!

 

 

 

 

 何かを話した雪風自身の声が聞こえた途端。周囲が変化を始める。

 

 

 

 

 ────バチッ。

 

 

 稲妻が幾本も走る。一瞬で現れては消えを繰り返す。

 

 

 ────ピシッ。

 

 

 空間に歪みが発生する。まるで陽炎を見ているかのよう。

 

 

 ────ビシッ。

 

 

 亀裂が入る。まるで彼女を包み込むように。

 

 

 ────バキッ。

 

 

 遂に割れた。それは雪風を覆い隠す。

 

 

 ────あぁ、壊れる。

 

 

 

 ────いいや、蘇る。

 

 

 

 

 そう。雪風は、帰ってきたのだから。

 雪風───いや、雪風だった何かが立ち上がる。

 その瞳には決意があり、もう、涙を流してはいなかった。

 そこには確固たる意志を持った、1人の少女がいた。

 

 

 

 彼女が何を見たのか。それは彼女のみぞ知る。

 

 

 

「雪風は、沈みません。大丈夫です」




 短くて申し訳ない……。


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提督たちの会合

 番外にしようと思いましたががっつり本編に関わるのでやめました。


「は? 実験場……だと?」

 男は暗い部屋の中で、小さな明かりを頼りに数枚の紙を読んでそう言った。

「ええ。……あそこは。あの鎮守府は、()()()()()()()()()。確かな筋からの情報ですわ」

 同じ部屋にいた凛とした表情の映える女性が手に持つ資料に目を落として、くしゃりと握りしめる。

「じゃあ……あいつは、実験動物だとでもいうの……?」

 キリッとした釣り目の女性が肩と声を震わせて言う。

「……やはり、腐っていましたか。お父様がお辞めになってからというもの、おかしいと思っていました」

 最後の1人である周囲の人間よりも少々幼い顔立ちの女性が、ギリリと音がしそうなほど歯を食いしばって吐き捨てる。

「チッ! クソ! あの鎮守府は何から何までおかしかったってことかよ!」

 机を叩いて悔し気に言う。しかしそれで何かが変わるわけでもなかった。

「騒々しいですわよ。わたくしたちは秘密裏に集まっているのですから。あまり大きな音を立てないでくださいまし」

「あっ……すまん」

 窘められてすぐに反省する男性。椅子に座りなおし、真剣な顔つきになる。

「それで、これからどうする」

「どうするも何もあいつを助けに行かなきゃ!」

 凛とした表情の女性────二宮 万葉(かずは)が必至な顔で言う。友を助けるために立ち上がるのだ、と。

「どうやって?」

 すぐさま釣り目の女性────東條 静香(しずか)が聞き返す。その言葉に万葉は言葉を詰まらせた。

「そ、それは……まずはこれを公表して……」

「市民に出る前に握りつぶされますわね」

「っ! そんなこと!」

「できますわよ。更に情報部が出所を突き止めようと動くでしょうね」

 淡々と万葉の言葉に静香が答える。

「くっ……情報部か……なら、裁判所に!」

「無理ですわね。過去彼が一度裁判を起こしたことがありますが、既に抱き込まれていた裁判長及び裁判官のせいで裁判自体も揉み消されていますわ」

「なによ……それ」

 呆然と万葉はつぶやき、手に持っていた数枚の資料を落とす。

「海軍の再編成は……今の立場じゃ無理か」

「そうですわね。この情報だって命がけでしたから」

「ああ、ありがとう。しかし……本当に、腐りきっているな。どこまで落ちれば気が済むんだ……」

 唯一の男である一条 冬馬(とうま)が額に手をついて嘆く。

「さらに言えば」

 あまり口を開かず、静観していた海軍学校の後輩────橘 未来(みらい)が口を開く。

「いくつかの名家も深く関わっています」

「え……?」

 その一言に、全員が体を硬直させる。

「深くはありませんが、一枚かんでいる家もそこそこですね。そのうちの一つに……二宮先輩の家が絡んでいます」

 キッと万葉に目を向ける未来。その瞳には憎悪に近い感情が渦巻いていた。

「え……」

「嘘よ」

「そんなの。だって」

「違う。私は……知らない」

「なら、問い、正さなきゃ。今、すぐ」

 一瞬呆然としたものの、ぽつりぽつりと言葉を漏らす途中で感情を整理したのか、徐々に憎々し気な顔に変わる。

「待て。今動くのはまずい」

「……離しなさいよ」

 今にも人を殺しそうな目で肩を掴んで引き留めた冬馬を睨む。冬馬はそれに怯むことなく言葉を返した。

「だから待てと言っている。本当に今動くのはまずいんだ。アイツが鎮守府から逃亡した。そのせいで各鎮守府と大本営がピリピリしている状態だ。何か不審な動きでもあればすぐに吊り上げられるだろう……横須賀の英雄をかどわかした存在として、な」

「……そう。それも、そうね。アイツらなら、やりそうだわ」

 真剣な顔で訴える冬馬を見て、冷静になったのか一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。

 

「……生きづらい世の中に、なったものよね」

 

 誰に向けていったのか、その言葉は闇の中に溶けて消えた。

 

 闇は深まる。話し合いは長く長く続いた。

 

 

 

 こぽ。こぽ。と緑色に光る溶液の中に空気が現れては消えていく。

 円柱状の容器には幾本かの管が繋がれ、常に何かを巡回させているようだ。

 容器の中には、白い肢体を持つ白き髪の女が浮いていた。

「クソッ。どいつもこいつも無能ばっかりだ!」

 ガンッと容器を蹴り、八つ当たりする研究者風の男。

「早く研究成果を見たいというのに! 何故記録機とEDOSを回収できないんだ!」

 感情指向性操作システム(Emotional Directivity Operative System)。研究者風の男が開発した艦娘及び()()の感情に指向性を持たせて、人間性の変容や記憶の操作、果ては人心までもを操作可能にしてしまうという代物だ。

「あの場所のものさえ回収できれば……ようやく完成するというのに!」

 髪をかきむしり、目を血走らせる男。

「ふ、ふふふ。もうそろそろだ。もうすぐだ。待っていてくれ。きっと、キットスベテガオチル……フフ、アハハハヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 男は笑う。狂ったように笑う。

 それを見る容器の中にいる女は、青緑の瞳を輝かせ、薄く、微笑んだ。

 

 

───────歯車は、回る。

 

 

───────ギシギシと音を立てながら。

 

 

───────それはまるで福音のように。

 

 

───────それはまるで凶報のように。

 

 

───────加速して行く。

 

 

───────もう……誰にも、止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昏き昏き深海。海の底に蠢くもの。

 ゆっくりと、ゆっくりと光へと手を伸ばす。

 浮上する。昇って行く。

 

 

 

 

 ───────暗い。

 

 

 ───────昏い。

 

 

 ───────殺せ。

 

 

 ───────沈め。

 

 

 ───────シズメ。

 

 

 ───────ウミノソコデ……。

 

 

 ───────カナシミト。

 

 

 ───────クルシミヲ。

 

 

 ───────オモイダセェェェエエエッッッ!!! 

 

 

 

 

人類を絶滅させる脅威が。

 

絶望が、深海より来たる。

 

過去の想いを載せて。

 

復讐をはたすために。

 

人類を、深海へと沈めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日まで 3日。




 読了ありがとうございます!
 感想、評価してくださるとうれしいです。


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提督は捕らわれた

 天井と思われる暗闇から垂らされた、一つの電球が彼を照らす。

 彼自身は既に覚醒しており、頭の中ではこのどこまでも暗い場所がどこなのかと混乱を極めていた。

 真っ暗闇の中、今が何時でここがどこなのか全くもってわからない。情報が極端に落とされた場所。そんな中で人間はどれほど耐えられるだろうか?

 一般人であれば、数刻もすれば発狂するだろう。人間は常に情報を得、処理していなければ狂ってしまう。それは生まれた時から続けていたことゆえに、無理やりにでも情報を得て処理しようと脳はあらぬ幻想を生み出し、発狂しないようにしようと押しとどめる。だがそれも長続きしない。いくら幻想を生み出そうと、いづれは尽きてしまうからだ。ではそういう場合、どうするか? 彼は過酷な訓練を受けてきた身である。当然のごとく暗闇に対する耐性を付けている。そんな彼が取った行動は────寝ることだ。

「すー……すー……」

 暗闇とは、人間が生きていく中で必ず遭遇するものだ。それは必然であり、当然である。夜に目を閉じれば一切の視覚情報が断たれる。加えてレム睡眠までいってしまえば触覚情報、味覚情報、聴覚情報、嗅覚情報全てが無意味になる。もちろん脳は情報を取得して処理してはいるが、いらない情報として切り捨てられることが大半だ。危機的状況でなければ使われもしない情報なのだ。つまり、日常的に接している暗闇であれば、狂うことは無いのである。

 

 そして、彼の眠っている地下から2階分ほど上の階では、男が喜色満面の笑みを浮かべていた。誰が見ても上機嫌だとわかるほどである。

「アヒャヒャ! これで完成する! これでやっと……やっと!」

 今にも踊ってしまいそうなほど男は喜んだ。

 男が目指しているのは妻子の復讐だ。深海棲艦及び艦娘、果ては日本を纏めて沈めるほどの復讐を行おうとしているのだ。奪われた妻子の為、()()()()()()()()()()。ここで、男の過去を話そう。

 男は真面目に生きていた。生真面目と言ってもいい程に。軍に入り、着実に戦果を挙げていた。艦娘にも雑な態度をとるのではなく、親身に接していた。男の気質が、悲劇を招いた。ある時、男が所属する鎮守府に大規模な敵艦隊が侵攻してきた。それは男の所属する鎮守府の艦娘だけでは対応できない程だった。当然のように鎮守府の提督は援軍の要請を大本営に緊急で出した。しかし、それは受理されることは無かった。理由として、大規模と言っても軽空母や軽巡洋艦、駆逐艦などの軽量艦隊だった故だ。だから重量艦であれば押し返せると、大本営は判断し通達した。未だ()級が観測されていなかった時だった。

 当然のように鎮守府は壊滅した。軽空母及び軽巡洋艦、駆逐艦の()級とflagship級を含む()()()()によって。男は死ぬのが怖かったが、街を、妻子を守るために最後まで戦った。奮戦空しく大敗したが。街と鎮守府は離れていたおかげで街には被害が無いと男は考えた。深海棲艦たちは「提督」と「鎮守府」、「艦娘」以外には興味がないかのように、殺し、破壊し、沈めつくすと海へと帰っていった。だから男は妻子の待つ街へと戻った。だが男が見たのは破壊された街だった。

 ()()()()()()()()()()。男はこれを失念していた。男は必死で街の住民を救助した。生き残っている人間は少数だったが、それでも男に感謝し、どこかへと逃げていった。男は探した。丸一日中探した。探して、見つけた。見つけてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。男はすぐさま理解した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり妻子を殺したのは敵ではなく、()()()()()ことを。そしてそれを実行しそうな艦娘がいたことを。その艦娘は深く男を愛し、妻子に常に嫉妬の感情を向けていた。しかし妻子を殺すほどではなかった。男の悲しむ顔が見たくないと、そう考えていたからだ。ではなぜ凶行に及んだのか? 大本営に唆されたからだった。男は大本営にとって、いや、艦娘兵器派にとって目の上のたん瘤だった。だからこそ、プロパガンダの為に、艦娘の正義感を利用して男の妻子を殺した。

 実行した艦娘にすら男は八つ当たりできない。何故こんなことをしたのかと問うことができない。既に()()()()()からだ。男が事件の真相を知ったのはしばらくした後、必死で調べた結果である。

 男は絶望を抱えたまま、誰に当たることもできなくなっていた。元凶は大本営、実行は艦娘、原因は深海棲艦。だが男は絶望を抱えるだけでなく、復讐に燃えた。通常ならば自殺するほどの喪失感と絶望に襲われていたが、そこを()()()()に付け込まれた。深海棲艦の手を借りて、男は大本営を、日本を潰す計画を打ち立て、研究を始めたのだ。

 大規模な鎮守府で実験し、艦娘の思考に悪感情を植え付け、大本営と乖離させる。『提督命令』さえも無視できるほどの感情は、()()()()へと至る。そして残った艦娘と深海棲艦で大規模な戦争を引き起こし、日本を疲弊、または完全に堕とす。人間さえも悪感情に襲われ、大本営は崩壊する。残るものは、無い。

 

 

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! さぁ───戦争の、始まりだ」

 

 

 

 日本は、一人の男の復讐の炎に、焼かれようとしていた。

 

 

 

 

 

某所。

 

『全艦に通達。至急講堂に集合されたし。繰り返す。全艦に通達。至急講堂に集合されたし』

 館内放送及び通信機器によって、全ての艦娘に集合がかかった。集合をかけたのは軽巡大淀。ある通信を受けて、鎮守府に所属する艦娘全てに集まるように指示した。

 既に講堂に待機し、マイクチャックなどをしているところにぞろぞろと艦娘達が入室してくる。

「大淀」

 準備を済ませた大淀に声をかけたのは、提督代理の戦艦長門だった。

「長門さん。お疲れ様です」

「ああ。お疲れ様。それで、なぜ招集したんだ……? それも全艦娘を」

 当然の疑問を長門が問う。

「取り急ぎご報告することと……全艦娘に通達すべきことがあるからです」

「む? ならば通信だけでいいはずだが……」

「いえ、全員が揃っていた方が良い事柄もありますので」

「む。わかった」

 長門は1つ頷くと、所定の場所へと戻る。講堂には長門と大淀が会話している間にすべての艦娘が勢ぞろいしていた。艦娘達はそれぞれ艦種ごとに分かれ、整列していた。

「皆さん、緊急の呼びかけに答えていただきありがとうございます」

 大淀は用意していた壇上に立ち、マイクを持って語り掛けた。

「まず、皆さんをここに集めさせていただいた理由です。一四三五に二つの通信がありました。一つは夕立さんから。もう一つは───哨戒に出ていた娘達からです」

 夕立からという言葉でざわりと行動が騒ぎ出し、哨戒に出ていた艦娘からの連絡もあったと言われると、更に騒ぎが大きくなった。

「提督が見つかった?」

「そうかも」

「それにしちゃあ遅くねぇか?」

「いや、哨戒班からの連絡も気になる」

「確かに」

「司令官は今どこに?」

「もしかして敵が攻めてきた?」

 色々な憶測が飛ぶ。それを大淀は静かに聞いていた。そしてある程度落ち着きが戻ったのを見ると、続きを話し出す。

「まず、夕立さんからの連絡です。『テイトクヲミツケタリ。タダシナニモノカニツレサラレタ』とのことです。その為、新たな提督捜索部隊を編成します」

「はぁ!? 提督が連れ去られた!?」

 天龍が素っ頓狂な声を上げる。

「はい。しかし、現状誰に連れ去られたのか、またどこに連れ去られたのかは不明です。その為、捜索隊を組まなけれならないのが現状です」

「であれば。空母の出番、でしょうか」

 赤城が一歩前に出て手を上げながら大淀を見た。

「はい。ですが、地下にとらわれている、という可能性もありますので、地上部隊も派遣したいと考えています」

 大淀は頷きながら説明をする。

「ふむ。事情は理解した。で、もう一つの報告の方は?」

「はい。もう一つの報告ですが……近海に出撃していた哨戒班が、深海棲艦と思しき通信を傍受しました」

『はぁ!?』

 大淀を除くすべての艦娘の声が唱和し、少しだけ建物が揺れた。こうなることを予見していたのか、大淀は澄ました顔で耳をふさいでいた。

「ど、どういうことだ!? 深海棲艦の通信の傍受……盗聴なんてできたためしがなかったというのに!?」

 代表して長門が驚きながら大淀に問う。全員が驚いてしまうほどまでに衝撃的なことなのだ。深海棲艦の通信の傍受というのは。過去何度も傍受しようと試みられたが、一度として成功したことが無かった。通信形態が違うのか、波長が違うのか。それすらもわからない。だというのに、ここで通信の傍受に成功した。驚かない方が難しいというものだ。

「詳細なことは哨戒班が帰ってきてからにしましょう。通信の内容ですが……レイテ沖にて、深海棲艦が集結しているとの情報です」

『ッ!?』

 ハッと息を呑む。その情報がもしも正しいのであれば、近いうちに大規模な侵攻作戦が開始されるのだから。

「これは……どうするべきか」

 本来ならば提督から各鎮守府及び大本営に通達し、会議などを開いて情報収集と迎撃作戦の構築を始めるのだ。しかし、現在長門達がいる鎮守府に提督はいない。それに探す時間も必要である。どれほどの規模で、どこまで集まるのか。それらの情報も集めなければならない。八方塞がりで手一杯だった。

「……少し、時間が欲しい」

「わかりました。では、今回の緊急招集は以上となります。後ほど長門さんと相談して提督捜索隊及びレイテ沖情報収集艦隊のメンバーを通達します。それまで待機していてください。では、解散」

 

 

 

 

 

 こうして、回り始めた歯車は、別の歯車を回して加速してゆく。

 

 

 

 ───────緊急事態で眠るもの。

 

 

 

「……んん。すー……すー……」

 

 

 

 ───────狂いながら破滅を呼ぶもの。

 

 

 

「アヒャヒャヒャ! 沈メ! 沈メ! 地ノ底マデ! サァ、行ケェ! 防空埋護姫(涼月)!」

 

 

 

 ───────後悔と憎しみに囚われ、ナニカを守ろうとするもの。

 

 

 

「ワタシガネ…?マモッテイクノ…ッ!」

 

 

 

 ───────悩み、苦しむもの。

 

 

 

「はぁ……どうすれば……どうして居なくなったんだ……いや、私たちの、せいか……連れ戻して……いいものだろうか」

 

 

 

 ───────不安になるもの。

 

 

 

「しれぇ……どこに、行ったんですかぁ」

 

 

 

 ───────憤るもの。

 

 

 

「クソっ! こんな非常事態に何で誘拐なんか……! こういう時こそ一致団結するんじゃねぇのかよ!」

「摩耶……」

 

 

 

 ───────緊張するもの。

 

 

 

「あわわ……ヤバいかも! おトイレ行くかも!」

 

 

 

 ───────破滅へと導く、害意あるもの。

 

 

 

ココハ……ジゴクナノヨ……

フフフ……トオサナイヨ……

ナンドデモ……シズメテアゲル……

ナキサケンデ…シズンデイケ!

ウミノソコデ……。クルシミト…カナシミヲ……オモイダセェッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちっぽい! こっちから提督さんの香りがするっぽい!」

「何で艦娘の貴女が犬みたいな嗅覚をしているんですか……!? 念の為付けていた発信機もそっちの方向示してるし……この私おかしい!」

 

 

 

 

 

 

運命の日まで 2日。




 男が艦娘の感情について研究したのは、正義感の強い艦娘がなぜ人を殺せるようになったのかということから、実は艦娘の感情は操作できるのではないだろうかと考えたからです。また、人心の指向性(支配や操作はできない)については深海棲艦の謎技術によるものです。
 これから盛り上がっていきますよ!


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提督の夢

 遂に明かされる提督の過去!
 轟沈描写等不快になる描写がありますので苦手な方は読まないことをお勧めいたします。


(これは夢だ)

 明晰夢。夢の中で夢だと認識している状態。

(あぁ……あの時の)

 彼が見てるのは彼の過去。彼が歩んできた道だった。幼少期は元気いっぱいにそこらじゅうを走り回り、秘密基地をつくったり、やらかして怒られてしまったりとごく普通の幼少期を過ごしていた。親に愛情を注がれて育った。それが変わったのが、小学生の時だ。

 彼の住んでいた街が深海棲艦に襲われた。今の世ではこの程度の不幸は極めてありきたりだったと言える。ただ他と違ったのは、付近に鎮守府があって艦娘が近くにいたからだろう。すぐさま応戦していた。彼はただの不幸では終わらなかった。もっと深い絶望に捕らわれた。

 応戦する艦娘達のほとんどが沈んだのだ。何故か? ()()()()()()()()()()()のである。圧倒的な戦力差によって蹂躙されていたのだ。彼は、それをまじかで見ていた。だから、死に際の言葉が耳に残っている。

『逃げ……て』

 家族と共に山へと逃げた。だが、深海棲艦は艦娘を放置して彼らを追ってきた。一人一人、恐怖を煽るように。父親も。姉も。母親も。

『あ、あ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!』

 逃げて、逃げて、逃げて。いつの間にか目の前に海があった。後ろを振り向いても何もいない。彼は、彼自身にはもう何も残っていないことに気づいた。周りには誰もいなくて。何も持っていなくて。何をどうすればいいのかもわからなかった。

 はらりと涙がこぼれた。とめどなく溢れて頬を滑る。ぽたぽたと白い砂浜を濡らし、声をあげて泣いた。

 家族を失った。

 家を失った。

 街もなくなった。

 幸福が消えた。

 彼にはもう、何もなかった。

 

 何時間も泣き続けて、涙が枯れた頃。彼はじっと海を見つめた。ふらりと近寄り、漣を感じる。

(そうだ……あの時。死のうと思ったんだ。生きていられないと、生きたくないと思ったから)

 ずぶずぶと体を海に浸からせていく。服が海水を吸い、重くなっていく。子供の身では己の身を引き上げられぬほどに。体を弛緩させ、溺れてゆく。

 ゆっくりと。ゆっくりと。まるで死の淵に立つ人間のように。沈没する艦のように。

 しかし、彼が望む死は訪れなかった。

 救いあげられるように手が彼の背中を包み、優しく海面へと引き上げられる。

『ゲホッ! ゴホッゴホッ!』

『───男の子を救出しました! 至急海域の安全確保を!』

(そう。それで彼女に出会ったんだ)

 彼がうっすらと目を開けるも、逆光で顔をうかがい知ることはできなかった。既に体力の限界にきていた為か、彼は言葉を発することなく気絶した。

 

 それから一日が経って、彼が目を覚ましたのはとある警備府の医務室。真っ白な壁と、風に揺れるカーテンが彼の視界に写った。

『あっ、起きましたか? おはようございます』

 彼が寝転がっていたベッドの脇で編み物をしていた見目麗しい女性が声をかけてきた。和服が似合う大和撫子のような女性だった。

 当然のように彼は混乱した。彼は死のうとしたはずで、こんなところに自力では移動していないと。だがそれ以上に、彼の心臓が高鳴っていた。

(俺は……この時初めて一目惚れをしたんだ)

 それから彼は警備府のお世話になることになった。警備府は彼の住んでいた街の近くにあり、先の侵攻で壊滅状態に陥っていた。彼は復興の手伝いを申し出、提督や艦娘達と仲を深めることになった。ただ、そんな日々を過ごしていても、家族が、家が、街が無くなったことを忘れはしない。静かなる怒りの感情を燃やしていた。

 復興が終わり、粛々と通常業務に戻っていった。彼自身は艦娘の───一目ぼれした彼女の力になりたいと様々な勉強をして、肉体を鍛えた。提督にも手伝ってもらい、徐々に徐々に力を付けていく。

 一目惚れした彼女とも順調に仲が深まっていった。

 そうして数年が経ち。再び悲劇が訪れた。

 再度の深海棲艦の侵攻。しかし、今度はしっかりと対策できていた。

 

 ───そのはずだった。

 

 初めの方は順調に進んでいた。彼自身は提督室で、提督の補佐をしていた。そうして第一陣を退け、第二陣への対応をしようと情報収集に努めた。彼が惚れた彼女が、彩雲を発艦させる。多くの情報を得られると踏んでいた。

 しかし、大艦隊であるということだけしかわからなかった。何故か? 高熟練度であるはずの、回避能力の高い偵察機が、撃ち落されたのだ。

 すぐさま退避させるように言った。提督もその方が良いと判断して艦隊に撤退の指示を出した。艦隊もすぐさま撤退した。しかし、撤退する間に攻撃を受けたのか、何人かが攻撃を受けていた。大破はいなかった。それだけが救いだった。

 すぐに提督とどうするべきか相談した。時間なんてなかった。

(そうだ。あの時に、俺は間違いを犯した)

 提督はここを諦めて、全員で撤退しようと考えていた。彼はそれを良しとしなかった。一度奪われた悲しみを知っていたから。もう二度も奪われたくないと思ったから。だから、"奇襲"をかけてはどうかと提案した。奇襲であれば、被害を抑えて相手を攻撃できると。しっかりとどういった作戦かを考えて、提督を説得した。

 提督はそれを承認し、実行された。

(あぁ……バカだった。奇襲なんてせずにさっさと逃げればよかったのに。強くなったんだと勘違いした。あの人は、正しかったのだ)

 彼は己の感情でもって、彼と、彼のいた鎮守府を壊滅させた。

 彼の作戦は、大規模であっても、重巡のflagship級までの敵艦隊だったら有効に機能しただろう。ただ、()()()()()()

 ナ級後期型flagshipⅡ×2、ニ級改flagshipⅡ、ヘ級改flagship、ツ級flagship、リ級改flagship、ネ級flagship、ヲ級改flagship、ヲ級改flagshipⅡ、ル級改flagship、タ級flagship。そして───レ級elite。

 圧倒的な強化個体のオンパレード。更に言えばレ級や改flagship級などという新種。駆逐艦も後期型という絶望さ。夜間発艦も可能なヲ級の上位個体。姫や鬼級に匹敵する敵艦隊に、"奇襲"など無意味だった。

 その破壊力は、多くの艦娘を轟沈させ、提督をも殺した。

『逃げろ』

『逃げて』

『逃げなさい』

 全員から言われた言葉。今は亡き者たちの言葉。

『───こうなったのは、君のせいではない。最終的な判断を下した私に責任がある。だから、自分を責めるようなことはしないでくれ。どうか、どうか。生きてくれ』

 責められた方が良かった。お前のせいだと、お前の作戦に穴があったからだと言われた方がまだよかった。だというのに、誰も彼を責めることなく『生きてほしい』と願った。こんな世の中でも、と。それは、彼を縛る呪いとなった。未熟な人間が立てた作戦のせいで、多くの艦娘の命と、提督の命が奪われた。それが、彼の悲惨な過去(トラウマ)。艦娘を愛していながらも、艦娘の命を預かるようなことをしたくないという想いの根底。沈め(殺し)てしまったから。どんなことをされても反撃しない彼の元。

 そして───────

 

 

『───ごめんなさい』

 

(あぁ……俺の方こそ)

 

『あなたと共に生きたかった』

 

(俺も、貴女と生涯を共にしたかった)

 

『あなたと同じ道を歩みたかった』

 

(貴女ともっと話がしたかった)

 

『あなたと同じ景色を見たかった』

 

(貴女と同じ景色を見たかった)

 

『ごめんなさい。あなたを遺してゆく私を、どうか許して』

 

(───────行かないでくれ)

 

『……さようなら。春人さん』

 

(───────天、城)

 

 

ヒャハハハハハ!!! ワメケ! ナキサケベ! ニゲマドエ!

 2度目の敗北。彼はもう涙すら流せなくなった。

 最愛の艦娘が沈み、親のような提督は死に、兄弟のような艦娘達は海の藻屑と消えた。

 再び、彼には何も無くなってしまった。

ヒャハハハハハ!!! オニゴッコノツギハカクレンボカナァ?

 彼はもう、生きる気力を失っていた。

ヒャハハハハハ!!! アァ? ……チッ! モウオワリカヨ

 彼はただ逃げるだけだった。逃げることしか出来なかった。しかし、生きたとして彼には何ができるだろう。

ハァーア。ヤット、オモチャガテニハイルトオモッタノニナァ

『はぁ……はぁ……はぁ……』

 いつの間にか追ってくる影は無かった。一息ついて、今までのことがぶり返す。

『はぁ……あぁ……うわあああああああああああああああ!!!!!!!!』

 彼は───泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 これが彼が歩んだ過去。消してしまいたいほど、自身が許せない過去。

 己を呪い、罰し続けるための記憶。

 

 

 

 

 

 

『───だから、関与しないというのか?

 

 

 

 

 

(───だれ、だ?)

 

 

 

 

 

『───己の知らぬところで、死んでくれ、と?

 

 

 

 

(───何を、言っている……)

 

 

 

 

『───そんなの、俺が許すとでも?

 

 

 

 

(───だから、何の話だっ!?)

 

 

 

 

『───そうか、声が届かないのか。なら君の波長に合わせて……これで、聞こえるか?

 

 

 

 

(───微妙、に。聞き取れない)

 

 

 

 

『───む。難しいなこれで、聞こえるか?

 

 

 

 

(───雑音?)

 

 

 

 

『───あぁ、こうすればいいのか』

 

 

 

 

(───ッ!?)

 

 

 

 

『やっと話すことができる……。ねぇ、君。そんな恵まれた場所に居ながら放棄するの?』

 

 

 

(───恵まれた場所?)

 

 

 

 

『艦娘達に囲まれてる場所に決まってるでしょ』

 

 

 

(───あぁ……そういうことか)

 

 

『ねぇ。酷いことがあったのはわかるよ。立ち直れないくらい辛い目に合ったのも』

 

(────……)

 

『でもさぁ……今を見てみなよ。君が着任する前、横須賀はどんな状態だった?』

(────それ、は)

『君、その状態みて改善しなきゃって思ったんだろ?』

(────……)

『でかい鎮守府であんな状態になってたんだぞ? 他のところでも一緒でしょ』

(────たし、かに)

『そんな場所にいる娘たちも見捨てるのか?』

(────ッ。……でも、俺のみれる範囲は)

『そんなことは関係ないよ。君が今、その娘たちを助けるかどうかだろ? 自分一人でできなければ周りを頼ればいいじゃないか。己で視れなければお前と同じ志を持つ奴らに頼めばいいじゃないか』

(────……)

『ねぇ。情けないと思わない? 女の子たちに守ってもらってるんだよ? 国民はそれを是としている。可笑しくないか?』

(────……)

『だというのに君たち提督は何をしているんだ? 守ってもらっているくせに碌な褒章も与えず、己の欲のはけ口にする。ふざけるのも大概にしろ』

(────……)

『彼女たちは道具じゃない。人間じゃないが、疲労だってするし、喜び、悲しむことだってある。人間に限りなく近い相手に、よく平気で、そういうことができるな?』

(────……)

『まぁ、俺が言いたいことはそれじゃない。憤っているのは確かだが、今は君のことだ』

(────……)

『辛いことがあった? そんなの誰にでもある。でも慰められ、癒すことができるのは本人か、傷つけた人間にしかできないことだ』

『でも、重いもの抱えながら生きていくのは苦しいでしょ?』

『だったら素直になれよ』

『君は何がしたいんだ?』

(────……俺は)

『一緒でしょ? 考えてること』

(────俺は)

『だって、君は俺で』

(──俺は、彼女たちを)

『俺は君なんだから』

(俺は、彼女たちを)

『だから────』

 

 

 

 

「救いたい」

 

 

 

 

 

 ガタガタと音がする。

 ()は、音の元を探ろうと、ゆっくりと目を開けた。突然の光が俺の目を差す。

 一瞬眩しさに目を細めたが、徐々に周囲の状況が見えるようになった。

 目の前には開け放たれた扉。部屋は白い壁に囲まれていた。

「フン! ヤットメザメタカ」

 耳障りな声が聞こえた。声の方に目をやると、白い肌の白衣を着た男が立っていた。

「マァ、チョウドヨカッタトモイエルガナ」

 ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる男が左の方を向く。視線の先を追うように目を向けると、そこには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────破壊されたタウイタウイ泊地が大きな液晶画面に映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日まで 1日。




 そういうわけで提督は攻撃されても反撃しないのでした。まぁストレスはたまってますがね。
 さて、もうそろそろアニメが始まりますね? しかも西村艦隊が主役の。段々とPVが出てきて興奮しきりです。
 アニメが終わるまでには完結させたいですねぇ……完結の芽が出てきているので……。






 次話から戦争の内容になるから難易度がっ。

 修正:ラバウル泊地からタウイタウイ泊地に変更しました


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捷号作戦、レイテ沖海戦 開幕

 もう既にわかっている人もいるかとは思いますが、艦これ第一期の最終作戦をモデルにしています。特にアニメは意識していなかったのですが被ったことに驚きでした。西村艦隊を出すかどうかは悩みますね……。


「ふぅ……どうするべきだろうか」

 長門は悩む。それは横須賀鎮守府が得た情報を、どうやって大本営及び他の鎮守府に伝えるのかということを悩んでいた。

 哨戒班からの話によれば、深海棲艦同士の通信ではなく、人間と深海棲艦の通信だったおかげで盗聴ができたとのことだった。恐らく、人間の機材では通信ができないからと深海棲艦側が合わせたのだろうと思われる。しかし、それは人間と深海棲艦が繋がっているという事実を示唆していた。

 長門は判断に迷った。直接大本営に通信しても、奴らは動かないだろう。動いたとしても、情報収集だけで何日もかかる。そんなことになれば恐らく多大な被害が広まっているだろう。いや、むしろ既に被害が出ているかもしれない。そんな中で、長門達に何ができるだろうか。

「こんな時に、提督がいれば……」

 思わずつぶやいてしまう長門。ハッとして自身が何を言ったのか思いなおす。

「クソッ。この期に及んで何を私は……」

 一瞬にして気分は急降下して自己嫌悪に陥る。

「はぁぁぁぁぁ……」

 深い深いため息をつき、でろんと執務机に上半身を預ける。横を向いて様々な資料が納められた大きな棚を見る。

(そうか……提督は、毎夜ここで血反吐を吐きながら仕事をしていたんだな……本当に、私たちは愚かだ。一度謝るだけで許されるはずがない。私自身が許したくない。しかし提督のことを思うと……)

「はぁ……」

 またため息を吐く。最近は考えすぎて滅入っているのかもしれないと長門は考えた。

 

 それは、偶然だった。チラと提督の努力の証を眺めていた時、通信が入った。

『───ザ───ザ─』

『────こ──ら─』

『──さ────ん』

『──ぜ───鎮守府─』

『タウ────かいめ────』

 

「は……? 何の通信だ……?」

 途切れ途切れであまり聞こえない通信に耳を傾ける。使われていた回線は……全鎮守府に向けて発されていた。

 

 

 

 

 

『────誰か! 助けてぇ!!!』

 

 

 

 

 

 集中して情報を得ようと耳を傾けた時、艦娘の声がハッキリと聞こえた瞬間に通信が途切れた。

 救助を求める声。先ほどまで聞こえていた途切れ途切れの通信。そしてレイテ沖に集結中の深海棲艦。

 長門の顔が真っ青になり、大淀へと繋ぐ。

「大淀! 全鎮守府に通達! 深海棲艦がレイテ沖に集結中! 決戦の用意をせよ!」

『っ! 了解!』

 長門がとったのは先ほどの通信のように全鎮守府に向けて横須賀が得た情報を伝えることだった。しかし、行動はあまりにも遅かった。

「続けて、現地に向かっている艦娘に通達! タウイタウイ泊地を調べろ!」

 既に戦争は始まっていた。日本側は完全に出遅れていた。

『長門さん!』

「どうした!?」

『レイテへ向かっていた二航戦から連絡……タウイタウイ泊地が、壊滅』

 いつの間にか上げていた腰を、力が抜けたように椅子に降ろした。

 

 タウイタウイ泊地の壊滅により、決戦の狼煙があげられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上。

 横須賀鎮守府は情報を得てからすぐさま艦隊を組んでレイテ沖へと出撃した。二航戦を基幹として、突発的な戦闘にも対応できるように重巡那智、軽量編成及び高速航行の為の軽巡阿武隈、駆逐五月雨、野分の艦隊。

 彼女たちは南中高度にある太陽に照らされ、キラキラと輝く海面を航行していた。

「にしても……ほんとに深海棲艦の通信を聞いたのかなぁ?」

「なーに? 蒼龍。あの子たちが嘘を吐くと思ってるの?」

「いやぁ~そういうわけじゃなくてね? もしかしたら勘違いだったんじゃないかなと思って」

「それを今から確かめに行くんだろう?」

 那智が飛龍と蒼龍の会話に入り、疑問を持つ蒼龍に告げる。

「それは、そうだけどぉ……提督探しの方に参加したかった~」

「あはは。それはここにいる全員も思ってることよ」

 飛龍が苦笑しながら諭すように蒼龍に言う。言葉を発さなかった五月雨と野分もこくこくと頷いていた。

 そして、6隻全員が通信を傍受する。

『───ザ───ザ─』

『────こちら─』

『──さ────ん』

『──ぜ───鎮守府─』

『タウ────壊滅────』

「今のは……」

「どこからだ?」

「通信回線は鎮守府共通回線ですね」

「聞き取れたか?」

「いえ……ただ、壊滅、と」

「私もそう聞こえました!」

 口々に考えたことを共有する彼女たち。しかし、状況は切羽詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

『────誰か! 助けてぇ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

 誰の声かは定かではない。しかし、彼女たちの心を揺さぶるには十分な悲痛さが伴っていた。

「偵察機を────」

「場所が────」

「私が────」

 今すぐにでも確認しなければ、助けなければという想いが先行して、様々なことを口に出す。しかしどれも危険で、無意味になりそうなものばかりだった。

「クッ! どうすれば……」

 そして、大淀から通信が入った。

『皆さん! タウイタウイ泊地を調査してください! 二航戦のお二人は偵察機を! 他の方々は護衛と目視での確認をお願いします!』

「タウイタウイ……蒼龍!」

「うん! 彩雲、発艦!」

 通信が入ってすぐ、二航戦の二人はすぐさま偵察機を発艦させる。

「みんな! タウイタウイ泊地へ向けて速力一杯よ!」

「「「「「了解!」」」」」

 飛龍が号令をかけ、全速力でタウイタウイ泊地へと海上を駆ける。

 それから数時間、言葉少なに予想できることを話し合っている最中、大型電探を装備していた那智が声を張り上げた。

「電探に感あり! 方向、2時! 距離、6000!」

「数は!?」

「6隻!」

「偵察機で発見! 艦種は軽空母2! 軽巡1! 駆逐3の軽量空母機動部隊! 飛龍!」

「わかった! 那智、五月雨、野分は軽巡及び駆逐を! 私たち二人で空母を斃すわ!」

「「「了解!」」」

「「二航戦、第一次航空隊! 発艦!」」

「行くぞ!」

「「はい!」」

 二航戦の二人から発艦された戦闘機、爆撃機が音を立てながら飛んでゆくのを見送り、那智は五月雨と野分に発破をかける。

「野分は左舷から、五月雨は右舷から挟撃せよ! 私は正面から行く!」

 野分、五月雨に指示を出し、速力をさらに上げる。既に目視可能な距離まで近寄っており、砲撃距離は目と鼻の先だ。

「軽巡ホ級elite! 及び駆逐ロ級後期型elite2隻目視!」

「了解! これより砲撃戦へ移行する!」

「制空確保!」

 深海棲艦も彼女たちを見つけたのか、進行方向を変え、同行戦へと変わる。そして先手必勝だったからか、すぐさま制空権を確保する。

「飛龍! 第二次航空隊、発艦!」

「蒼龍! 第二次航空隊、発艦!」

 更に攻撃機を発艦させて艦攻撃へと移る二航戦。大勢はすぐに決した。攻撃機と爆撃機によってヌ級はすぐさま退場し、那智の砲撃によりホ級eliteが大破。五月雨及び野分の攻撃でロ級後期型eliteは轟沈した。那智の次弾装填によってホ級eliteもすぐさま轟沈した。

「ふぅ……このくらいなら楽勝ね。すぐに向かいましょう」

「「「「「了解」」」」」

 そして。

 

「っ!? 蒼龍!」

「わかってる! もう鎮守府につないだ!」

 二航戦の二人が先に発艦していた偵察機より、入電があった。

「偵察機より入電……」

 

 

「タウイタウイ泊地、壊、滅」

「生存者────無し」




 もうちょっと戦闘細かくかけたかな……でもそうしたら次数がすごいことになりそう。
 感想、高評価宜しくお願いします!


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捷号作戦、レイテ沖海戦 前哨戦 上

 お待たせしました!!!
 アニメ第一話放送されましたね!
 これからどういう風に展開していくのか楽しみです!
 というか史実のレイテ沖海戦でびっくりしました。
 戦闘描写が簡略化されてますがどうかもう少し待ってください……お願いします……。


 日本中の鎮守府や警備府に、横須賀鎮守府より緊急の連絡が入った。内容は、『レイテ沖にて大規模な深海棲艦の集結を確認。既にタウイタウイ泊地が壊滅した』といったもの。各鎮守府及び警備府はすぐさま自身らで確認に向かうか、大本営へと問い合わせた。大本営はこれに対して沈黙。佐世保鎮守府及び宿毛湾泊地、鹿屋基地、岩川基地、佐迫湾泊地は直ちに偵察隊をタウイタウイ泊地へ派遣、その後横須賀鎮守府の緊急連絡が真実であると確信した。

 すぐさま大本営に反撃の打診を行ったが、確認中であるとして動くことを禁止した。当然、深海棲艦たちは待ってくれない。レイテ沖の近辺であるラバウル基地やブイン基地などの海外に存在する基地は当然のように壊滅状態に追い込まれている。

 すぐさま撃滅するための艦隊編成が行われたが、轟沈者数を増やすだけで成果は無い。敵編成が少しわかるだけだった。佐世保鎮守府もまた、その一つ。

 

「大淀。分かったことを挙げていけ」

「ハッ!」

 会議室で、各艦種の中でもっとも練度の高い者たちが席に着き、会議開始の宣言をした後開口一番に佐世保提督が大淀に聞いた。

「まず、XX日未明。横須賀鎮守府より鎮守府共通回線より緊急入電がありました。内容は『レイテ沖ニテ深海棲艦集結ノ可能性アリ』です。同時刻にタウイタウイ泊地周辺を哨戒中の艦娘より入電があり、救助を求める内容と壊滅したということが判明しました」

 ぺらりと一枚紙をめくり、一呼吸置く。

「同日〇五〇〇に五航戦による偵察機隊発艦。〇六三〇にタウイタウイ泊地の壊滅を確認。その後、空母機動部隊を編成してレイテ沖付近まで接近しました。結果、大規模な深海棲艦艦隊を発見。空母機動部隊は殲滅不可と判断し直ちに帰投。〇九○○に帰港完了しました」

 また一呼吸置く。

「続けてラバウルやブインなどの海外に点在する基地及び泊地からレイテ沖の深海棲艦を撃滅しようと多数の艦娘が出撃。結果、奇襲等を受け壊滅寸前にまで追い込まれました。敵深海棲艦艦隊は基地及び泊地を主に攻撃している模様。徐々に攻撃範囲は北上しているようで、移動速度から4日後には佐世保鎮守府も攻撃範囲に入ります。以上が現在わかっていることです」

「……ふむ。大本営は」

 滞ることなく大淀が言い終わると、続けて大本営の動きを聞く。

「沈黙を保っています」

「了解した。説明感謝する」

 スッと目を伏せ、少しの間考える佐世保提督。

「……では、これより作戦の概要を伝える。現在、先ほども聞いたように緊迫した状況である。その為、足の速い高速艦を基に、撃滅していく。まずは対空だ。その次に水上及び対潜戦となる。心してかかれ!」

『了解!』

「では艦隊編成を伝える─────」

 佐世保提督は艦隊の編成を伝えた後、すぐさま作戦指揮をとる準備をする。

「……奴は、まだ、なのか」

 ぽそりと呟いたその声は、誰にも聞かれることは無かった。

 

 空母機動部隊及び水上打撃艦隊、遊撃部隊は海上を行く。それぞれの作戦を遂げるために。

 しかし─────海はそう、甘くない。

「敵艦発見! 数は─────ガッ!?」

「攻撃された!? 戦艦! 砲撃用意! 構え!」

「魚雷跡発見! 回避ー!」

 先制攻撃するはずが、先制される。

 

「敵機発見! 戦闘を開始します!」

「待って! 偵察機より入電! 敵空母機動部隊進路変更! 3時方向!」

「えっ……」

「爆撃!?」

「きゃあ!」

「鎮守府が……あぶ、ない……」

 

 

 誰も彼もが歯が立たない。

 

 

 ──────勝てない。

 そんな思いが混み上がるほど、圧倒的だった。

「熊野ぉ!」

「すず……や」

「比叡……なん、で」

「……」

「私が、私がまも、る……」

 

 海上に渦巻くその感情は。

 

「行かないで……」

「守りたい……」

 

 新たな()を生み出す。

 

「ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」

 

 沈め沈め沈め。

 シズメシズメシズメ。

 

「どうして」

 誰かの声が聞こえる。

「なんで」

 嘆きの声が。

「司令」

 涙がこぼれる。

「……」

 何も見えない。

『……被害状況を報告せよ!』

「ッ!?」

 頭に響く声。

『どうなっている!? 報告せよ! 霧島!』

「……水上打撃艦隊は半壊。空母機動部隊も、艦載機を出し尽くし現在は後退中。遊撃部隊は……音信不通です」

『……わかった。ではお前たちは撤退せよ。全員生きて戻れ。以上だ』

 霧島は、その言葉を最後に意識が途切れた。

 

 けたたましい音があたりに響く。

「何事だッ!?」

 佐世保提督は聞き覚えのない警報にすぐさま立ち上がる。

「提督! おられますか!?」

 戸の向こうから焦ったような大淀の声と、どんどんと荒々しく叩く扉を音が聞こえる。

「大淀! 入室を許可する、状況を報告せよ!」

「はっ!」

 佐世保提督が入室を許可すると、急いで大淀は部屋の中に入り、提督の姿を見てホッと安堵のため息を漏らす。それもすぐさま改めて、真面目な顔をして提督を見る。

「現在、当鎮守府に大規模な敵航空機隊が侵攻中です! 現在も鳴っている警報は空襲警報です! 提督、お逃げください!」

 空襲警報。それが鳴る理由はただ一つ。

「敵機動部隊が……近海に存在するのか……」

 いつも無表情の提督も、すぐ近くに敵の艦隊がいると知ってその顔をゆがめる。

「そのようです。現在、残存している艦娘達で海上に出て対空射撃を行っています。……それも、焼け石に水のようですが」

 苦虫をかみつぶした顔をする大淀。その表情と先ほどの言葉から、どれほどの規模の敵機が来ているか想像してしまう提督。

「────わかった。当鎮守府は現時点をもって全ての機能を停止する」

「え……?」

「全艦娘に告ぐ。今すぐ戦闘行為を辞め、鎮守府の地下施設に集まるように」

 提督は憎々し気な顔を見られないようにと頭を下に向け、命令する。

「え、は、え……」

 提督の言った言葉が大淀には理解できず、ただ単語を繰り返す。

「大淀? 聞こえなかったのか?」

「あ、い、いえ! でも、その、えっと」

 ただただ戸惑う大淀。今までの経験から提督に質問すれば、そんなことも理解できないのかと叱責が飛んでくることが予想できる。命令の内容は理解できた。しかしなぜそのような命令をしたのかが理解できない。大淀は混乱の中にいた。

「……質問することを許可する」

 提督はフッと微笑み、大淀に声をかけた。……これが最後だから、と。

「あ、は、はっ! えっと、何故、そのような命令を……?」

 大淀は驚いた。何故か? この提督は軍人の中の軍人、絵にかいたような規律に厳しい人間であるからだ。もちろん今までにも質問の許可自体はあった。だから大淀はそれ自体には大して驚きはない。大淀が驚いたのは提督の顔にあった。提督が、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

「わが佐世保鎮守府は恐らくもたないだろう。それに、対空射撃も焼け石に水なのだろう? ならば恐らくあっという間にこの鎮守府は更地になるはずだ。ならば資源を消費するよりも鎮守府を放棄して逃げた方が良い。資源さえあれば艦娘や鎮守府は作れるだろう。しかし、高練度まで引き上げた私の艦娘を失うわけにはいかない。早い話、多くの経験を積み強くなった艦娘を失うのと、新たな艦娘を作り出し練度を上げるのと、どちらの方が良いかという話だ。だから、この鎮守府を放棄する」

「そ、うですか……」

 提督の話を聞いて、大淀は呆然とする。未だに頭が混乱していた。提督の話は合理的ではある。特に間違ったことは言っていない。だけど、本当にそれだけなのだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 大淀には、提督がわからなかった。

「もう質問は無いな? 無いのなら行け」

「りょ、了解しました」

 大淀は踵を返して部屋を出た。急いで先ほど言われたことを鎮守府に所属する艦娘達に伝えるために。

 対して、部屋に残った提督は。窓の外、遠い遠い空を眺めて。空を埋め尽くさんと迫る敵機を見つめて。

(あいつの、言ったとおりだったな。失う前に、ようやく気付くとは)

 フッとまた微笑んで、空を、海を眺める。

(艦娘は、家族、か。その通りだよ。本当に。何故お前の艦隊があそこまで強いのか、何故艦娘に、兵器にそのような感情を向けるのかが理解できなかったが……こういうことなのだな)

 キッと空────いや、遠くにいるだろう敵機動部隊を睨みつける。

(私はこれまで軍人として生きてきた。規律に厳しく、ただ国民を守るために。あいつのようなへらへらした奴が嫌いだったが、いいライバルだった。今ではそう思う。一度保護しようと夕立を送ったが……夕立は、元に戻れただろうか。私のせいで、歪んでしまったからな。この鎮守府の艦娘らも、本当はもっと自由にしたかっただろう)

 夕焼けの光が、提督を照らす。

(すまないな。どうか、君たちの次の生に、幸あらんことを願う)

「……司令」

「霧島!? なぜ、ここに……」

 提督の背後から、霧島の声がかかった。振り向いた提督の目には、ボロボロになった霧島が扉に寄りかかっており、今にも倒れてしまいそうだった。

「司令、こそ、何故、ここにいるの、ですか」

「それ、は」

 提督は駆け寄り、霧島を支える。霧島の問に提督は口をつぐんだ。

「司令……私、あなたのこと好きですよ」

「……」

「愛しております。司令」

「……な、ぜ。私は、君たちの自由を、個性を奪った人間だぞ」

「ふ、ふふ」

「何故笑う。どこもおかしなことなど無いだろう。私は酷い人間だ」

「おかしい、じゃないですか。酷い人間だというならば、何故私を、支えるのです」

「……」

「ほんとうに、酷い人間で、あれば。ここで、出撃しろ(死ね)と、言うはず、ですよ」

「それは……」

「あなたは、言わなかった。ここへ来るまで、こんなに優しくされた、ことなんて、今まで、無かったんです」

「……優しくなんて」

「規律に厳しいのは、当然です。でも、あなたは、それだけだった。それ以上を、求めてこなかった」

「……」

「ノルマも、何も。私は、それに、救われたんです」

「……」

「だから、救ってくれた、あなたに。司令に」

 ぽろぽろ。ぽろぽろと霧島の頬を涙が伝う。

「……霧島……」

「……生きて、ほしい」

 提督はグッと下唇を噛む。その顔は、とても悔しげだった。

「……私は、中途半端だな」

「……?」

「艦娘を兵器と呼びながら、娘のように思っている。ある男が嫌いだと言いながら、その男を保護しようと動いている。規律に厳しくしながら、多少の目こぼしをしている。今ここで、死のうとしながら─────君と共に、生きたいと思った。私は、なんと中途半端だろうか」

 提督は、天を仰ぎ見て、苦々しくそうこぼす。

「……いいじゃないですか。中途半端で。私たち艦娘なんて、中途半端の極みじゃないですか」

「……フッ。そう、だな」

「……ふふっ」

 2人、階段を下り、茜色から暗闇へと歩みを進める。

「……なぁ、霧島」

「……はい」

 提督は足を止め、肩を貸している霧島を見る。

「……こんな中途半端の男でいいのか?」

「……何を、言っているん、ですか。あなたこそ、だからですよ」

「……そうか」

 提督はまた歩み始める。霧島も、歩みを再開する。

 2人の表情は、とても晴れやかだった。

 

 ─────そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜にして佐世保鎮守府は、更地になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐世保が……」

「はい。恐らく、次は下関か……我々の方かと」

「鎮守府で対応できないなら私たちには無理だろう、横須賀は?」

「いえ、特に動きがありませんね。提督捜索の方に力を割いているのでしょう」

「……はぁ。もう日本は終わりだな」

「そう、かもしれませんね。ですが」

「あぁ……アイツが横須賀に戻ってくれれば……どうにかなるかもしれないな」

「はい。それで、提案なのですが……」

「うん? ふむ。確かに面白そうだ。早速問い合わせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────横須賀鎮守府に」




 感想・高評価貰えたらモチベになりますのでよろしくお願いします!!!

 そして秋刀魚漁!!!
 皆さん頑張りましょうね!


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捷号作戦、レイテ沖海戦 前哨戦 下

 おまたせすますた。
 アニメ延びちゃいましたね……。
 これはアニメ完結までに終わらせろということですね?
 そういうことなんですね?


 今回は轟沈描写(実際に描写はしていませんが)がありますので苦手な方はご注意ください。
 前半すっ飛ばして後ろの方だけ読むのもアリです。


 宿毛基地から出撃した日向は、緊張で体を強張らせていた。

 現在日向及び艦隊旗艦の伊勢、初春、霜月、子日、長良は九州の真下を航行していた。

「レイテってそこそこ遠いと思うんだけど……」

「仕方がないだろう。それに……我々は威力偵察の部隊だ」

 ため息をつきながら日向は伊勢に言う。宿毛基地にいる提督から、日向たちに下された命令は、レイテ沖にて集結している敵深海棲艦の威力偵察だ。そしてその命令を下した提督はブラックといって差し支えない人物だった。

「それって……」

「あぁ、使い捨てだ」

 だからこそそれを直接言われた日向の体は緊張に固くなっていた。反抗する気が失せていたとはいえ、それでも直接的に『死ね』と言われて体が強張らない者などいないだろう。いるとしたら命令を下したものに心底心酔しているか、理解していないものだけだ。

「私たち……沈むんですか?」

 子日が恐々とした顔で聞く。それに対して日向はできるだけ沈ませないようにすると答えた。

「望むところです!」

 対して霜月は絶対に生き残るといった気概を発した。霜月は戦闘狂の気質がある為、ある意味その考えはありがたいが、敵に吶喊していくこともあるので中々に難儀していた。日向はそうかとしか言えなかった。

 それから数時間ほどかけて移動し、レイテへと到達した。結果。

 

「敵潜水艦発見! 距離2000! 方角7時方向! 数……にひゃ……く」

「嘘……」

「なんだ……これは」

「こんなの……」

 日向たちの目前には、多種多様の深海棲艦と、数多の敵航空機が空を舞っていた。

 誰もが思う。これは無理だ、と。威力偵察なんてできない。それ以前の問題である。日向たちは呆然と見つめるしかなかった。

 そして。

「回避運動ーー!!!」

 日向は見た。敵戦艦の方向が輝いたのを。

 敵の砲撃が海面を抉る。幸い一度目の砲撃は全員無傷だった。しかし、敵は戦艦だけではない。潜水艦も、航空機だっている。

「避けることだけ考えて! 撤退よ!」

「了解!」

 伊勢が通信で呼びかけ、日向たちは反転して来た道を引き返す。しかし深海棲艦はそれを許さない。

「魚雷跡発見! 面舵一杯!」

「きゃあ!?」

「伊勢!」

 大型駆逐艦の魚雷跡を子日が発見し、艦隊に知らせるが、低速戦艦である伊勢日向は回避は間に合わなかった。幸運にも日向は当たらなかったが、伊勢は小破した。

「大丈夫! まだいける!」

「よかった……」

「日向さん! 安心してる暇は無いです!」

 長良はホッと安堵の息を吐く日向に忠告した。その厳しい視線の先には、大量の敵航空機が。

「っ! 対空砲撃用意! てぇっ!」

 パパパッと音が鳴り、銃弾が機銃から発射される。いくつかの艦爆や艦攻を撃墜するが、焼け石に水のようなありさまだ。

「輪形陣! 日向は私の隣に!」

「「「「「了解!」」」」」

 すぐさま陣形を変更して空からの攻撃に備える。そのすぐ後に、銃弾の雨が降り注いだ。

「きゃあ!」

「くっ!」

「対空射撃を続けるのじゃ!」

「速力あげて!」

「っ!?」

 全員が叫ぶ。機銃を動かして敵機を撃ち落とそうとし、爆撃から避けるように回避運動をし、全速力で逃げ惑う。しかし、敵は航空機だけではない。

「カッハ!!」

「霜月!」

 子日が悲鳴を上げる。霜月が敵戦艦からの砲撃を受けた。

「ま、だ戦え、ます!」

 中破どまりは果たして幸運だったのだろうか。航行に怪しさがあったが、霜月は気力を振り絞って回避運動をし続けた。

「……! 伊勢! 瑞雲航空隊の発艦許可を!」

「っ! 許可します! 私も発艦するわ!」

 伊勢及び日向は航空甲板を水平に持っていき、甲板まで出てきた妖精に瑞雲の発艦を伝えた。妖精たちは敬礼して了承の意思を伝えると、すぐさま発艦の準備に取り掛かる。それから時間をおかずに瑞雲を発艦させた。伊勢も同じように発艦させ、瑞雲は敵機が埋め尽くす大空へと飛び立った。

「っ! 魚雷跡発見! 敵艦砲撃光視認! 回避運動!!」

「グッ!」

 長良が叫び、全員が回避運動を行う。水柱が複数立ち上り、砲撃が当たる。魚雷は何とか避けたが、航空機からの攻撃と戦艦の砲撃は避けきれなかった。

「被害報告! 急げ!」

「日向、小破!」

「長良大破!」

「霜、月。大破……ぁ……!」

「初春小破未満!」

「子日中破!」

 被害は甚大だと言えた。長良は砲塔がやられ、魚雷を出すか航行する能力しかない。霜月はさらにひどく、航行できるかも怪しい。

「霜、月……!」

 初春が形のいい唇を嚙む。その瞳には深海棲艦への憎悪の炎が燃え滾っていた。子日は霜月が沈むかもしれないという恐怖に、顔を青ざめさせ、体を震わせていた。

「だい、じょうぶ、です。あ、わた、しが、しんがり、を」

「無理だよ! 無理だよ霜月! そんな状態じゃ……!」

 至る所から血を流しながら、霜月は息も絶え絶えに伊勢に進言する。しかし子日が声を震わせてそれを否定した。

「ええ。霜月の状態もあるけれど、どうやら私たちはここで沈む運命のようね」

「えっ……?」

 伊勢が子日に同調しながら、諦観が強く籠った声を吐き出した。

「多数の戦艦。多数の巡洋艦、空母、駆逐艦、潜水艦。航空機も」

「そして……上位種、じゃな」

 日向がつぶやき、初春が確定的なことを話す。

「……ねぇ日向」

「なんだ?」

「来世は、平和な世界に生まれたいわね」

「……そうだな。そういう世界に、生まれたいものだな」

 伊勢と日向はしんみりとした顔で話しだし、

「は、初春……」

「なーに。心配はいらん。また海に還るだけのことよ」

「……」

「……」

「また、来世で姉妹になれると、いいな」

「……うん!」

「はい……」

 初春と霜月、子日は絆を確かめ合い、

「私も、いっぱい走れると良いなー!!」

 長良は朗らかに笑って来世を夢見た。

 別れの挨拶は済ませた。ならばもう進むのではなく戦うのみ。

「第三艦隊、遊撃偵察部隊!」

 全員が顔を引き締める。そこに諦観は無く、決意のみがあった。

「全艦─────突撃!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────報告します。第三艦隊遊撃偵察部隊の旗艦伊勢、随伴艦日向及び長良、初春、霜月、子日が轟沈しました」

「情報は?」

「ここに」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、無理だな。これは」

 掠れた声が響く。

「こんな多数の敵に、我々が勝てるわけがない」

 乾いた笑いが出てしまう程に敵は圧倒的だった。

「ハハハ! もう、日本は終わりだな……」

 諦観の思いが強く表出する。

「でも、できるだけ足掻いてはみせるか。彼女らの死を無駄にしないためにも。彼女らが命を懸けて調べたこの情報を、価値あるものにするために」

 しかし決意をもって見据える。その先に見えるのは果たして絶望的な未来(いま)か。

 それとも別の何かか。

 受話器を取り、ポチポチとボタンを幾つか押す。

 数回のコールの後、目的の場所に繋がった。

「────取引をしないか?」

『────取引だと?』

「あぁ。私から情報を提供しよう。その代わり、君たちの戦力を貸してくれないか?」

『────貴様。そちら側の人間か』

「いやぁ、違うさ。半分突っ込んでるようなものだけども、私はアイツにあてられた人間だからね」

『────? どういうことだ?』

「気にしなくていいさ。で、どうだい?」

『────条件がある』

 男と受話器の向こう側の人物との話は、夜遅くまで続いた。




 最後の人は佐世保の提督とは別の人ですのであしからず。(盛大なネタバレでは?)
 やはり戦闘描写は難しいですね。特に第三者目線は。濃い戦闘を書くとしたら一人称の方が描きやすいかもです。


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捷号作戦、レイテ沖海戦 前編 上

 お待たせしました。『がっこうぐらし!』のRTA小説読んでたらいつの間にか時間が……。
 そして書いてみたいという欲が出てしまっています。
 それは兎も角どうぞ。


 海底から響く怨嗟の声。

 恨み、辛み、叫び声を上げる。

 ただ壊す。

 目についたものから壊し、潰し、砕く。

 求めるものはただ一つ。

 

 

 ─────ウミヘカエレ

 

 

 

 

 人類が深海棲艦と戦争を始めてから、最大規模の戦闘が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 海を行く。今はまだ静かな海だが、先を行くときっと硝煙が至る所から見え、血と潮と異臭が臭う場所になる。

 憂鬱だ、なんて言っていられない。日本を、ひいては世界の危機なのだ。怠けてなんていられないだろう。まぁそもそも私自身怠けるような艦娘ではないが。

 それにしても、なんて数奇な運命だろうか。かの大戦、レイテ沖海戦と同じようになるとは。歴史は繰り返すということだろうか。その場合、日本は負けてしまうな。

「そんな弱気でどうするのよ。提督代理でしょ? しゃんとしなさい」

 むぅ。わかってはいるのだが……。改めて思ったんだ。

「? 何を?」

 提督は、強い人なんだ、と。

「……それは」

 あぁ。私たちがしてきた行いを耐え抜いてきたこともそうだが、提督はいつも私たちを慮っていた。その証拠が私たちの私物の多さだ。

 私がこの地位に就いてからようやくわかった。理解したんだ。

「……」

 あの人はいつも、こんなにも苦しい気持ちを耐えていたのかって。

 艦娘が出撃するたびに生きて帰れるか不安になる。艦娘が被害を受けるたび沈まないか怖くなる。もし間違いでも起きれば、もしそれで誰かを亡くしてしまったら。そんな思考がずっとずっと頭の中を廻る。いつもいつも発狂してしまいそうだったよ。

「……長門」

 だから改めて考えたんだ。あの人がそんな思いを感じてまで何故私たちを見放さなかったのか。今はまだ答えは見つかっていないが。あの人に出会えたら、聞いてみたいな。

「ええ。そうね。でも長門」

 なんだ?

「それ、死亡フラグっぽいわよ」

「!?」

 

 

 段々と戦場に近づいてゆくことで肌を刺すような殺気に気づく。未だ戦場に到達していないというのにも関わらず、死の気配がゆっくりと肩に手を置こうとしているように感じられた。しかし、進まないわけにはいかない。ここで撤退してしまえば、きっと日本は滅亡するのだろう。朧気ながらも理解せざるおえなかった。

「暁。怖いなら下がっててもいいよ」

「は、はぁ!? こ、怖くなんてないわよ! 立派なレディは恐怖に打ち勝つものよ!」

「結局怖いんじゃないの」

「はわわ! 私も怖いのです……」

 ゾワゾワと鳥肌が立つ。一向に気が休まらない。

「なんつーか……死地って感じがするな」

「あら~。天龍ちゃんも怖いの~」

「……そうだな。アイツに『ありがとう』って言えずに死ぬのは、怖いな」

「……そうねぇ。私はもう一度『ごめんなさい』って言いたいわね~」

 団欒とはいいがたい空気。張り詰めた息苦しい空気。段々とその空気が重く絡みついてくる。

『───ピ。聞こえますか』

「あぁ。聞こえてる」

『残り1時間後に作戦海域到達です。敵艦が潜んでいる可能性があるので気を付けてください』

「了解。他はどうなんだ?」

『今のところ順調です。強いて言えば宿毛基地の提督が我々の指揮権を得ようとして、長門さんが反対したことによるもめ事があったくらいですね』

「はぁ? 十分大事じゃないか? それ」

『いえ、長門さんの"契約を切る"で沈黙しましたので……』

「プッ! 情けねぇな! おい!」

 天龍が笑う。そのおかげか、ほんの少しだけ艦隊の空気が和らいだ。

『それでは、引き続きお願いします』

「あぁ」

 通信が切れ、艦隊に静寂が戻る。もう誰も口を開かなかった。

 彼女たちの目の前には、暗雲立ち込める空と、赤黒く染まる海が見えていた。

 

 

 戦艦の砲撃が飛んでくる。それを間一髪で躱しながら、矢矧はル級に砲撃をお返しした。

「対空警戒!」

 誰かが叫び、それぞれ通信で了解と承諾した。特徴的な飛行音が矢矧の耳に入る。すぐさま機銃を上に向け、掃射を開始する。

「右弦より新たな艦隊を発見!」

 妖精の通信手段によってすぐさま情報が共有される。数は六隻。戦艦を旗艦に重巡や空母などの重量編成。対して矢矧たちは矢矧を旗艦とした水雷戦隊。絶望的と言ってもいい状況だが、誰も苦言漏らすことなくむしろ果敢に挑んでゆく。戦艦の砲塔が狙う。空母が航空機を発艦させる。重巡が魚雷の狙いを定める。全て、全て、致死の攻撃。だが、誰もが笑っていた。

 

 

 沈めてみせろ、と。

 

 

 砲弾が飛んでくる。半身を逸らして避ける。

 銃弾が降り注ぐ。瞬間的に速度を出してその場を離れる。

 魚雷が飛んでくる。海を蹴って意図的に波を発生させ、遅くなった魚雷を避ける。

 

 軍艦の頃にはできなかった、人間の体を持つからこそできる芸当を存分に使ってゆく。

 数分もせずに敵艦隊は壊滅した。しかし、すぐさま別の艦隊が現れる。

 戦闘は、絶え間なく行われていた。

 

 

 

 

「何よ……これ」

「なんなのよ……」

 明らかに強さが違う。宿毛基地に所属する艦娘達は、横須賀から来たという彼女たちに戦慄していた。明らかに宿毛基地の艦娘と、横須賀に所属する彼女たちとでは練度も、技術も、そして気概までも異なっていた。どうすればそんなにも強くなれるのか。どうしてわんさか湧いてくる深海棲艦を、いとも簡単に倒すことができるのか。まるで分らなかった。

 

 作戦が開始される前。宿毛基地には大勢の艦娘が港にて待機していた。それは日本を脅かす大規模な深海棲艦艦隊を撃滅するために基地の全戦力が集められたからだ。そこで、作戦の概要が説明され、部隊ごとに整列した。そんな折に、海からの来客があったのだ。それも港に集合した艦娘達よりも2倍はいるだろうほどの。

 当然、誰だ。という話になった。揉めることまではいかなかったが、それなりの溝はできた。同じ艦娘でも、今までいた環境が異なる故の溝だった。そして横須賀から来たという艦娘達と艦隊を組み、それぞれの作戦開始地点へと赴くことになった。道中、会敵することは無かったが、重くなっていく空気に顔色を悪くする艦娘が少なからずいた。しかし横須賀から来た艦娘達は誰もが前を向き、警戒し続けていた。その違いが、戦闘でも現れた。突撃していったはずなのに一切被弾することなく敵を葬り続ける。

 一見無策で突撃しているように思えるが、しっかりと連携を取っている。誰かが沈め、誰かが狙われ、誰かが補助をする。その立ち位置は入れ代わり立ち代わりし、誰もがそれぞれの役割をしっかりとこなす。宿毛基地の艦娘達にとって、横須賀から来たという彼女たちは圧倒的だった。

 これなら、作戦は順調に進み、誰も沈むことなく作戦を完遂できるのではないだろうか。そんな思いが彼女たちに芽生え─────潰えた。

 

 

 宿毛基地の艦娘達は、圧倒的な横須賀の彼女たちに敵の掃討を任せ、対空射撃や対潜警戒などの補助を行っていた。できる限りのことをしようと、1人の艦娘がソナーを使って潜水艦の位置を探ろうとした─────その時だった。

 弾け飛んだ。

 突如として周囲の"圧"が増した。動くことさえ億劫になるほどの"圧"。

 そして圧倒的な恐怖。全神経が警鐘を鳴らし、今すぐその場から離れろと頭が命令する。だが動こうとする前に頭が何かに当たる。いや────頭に何かが当たった。反応できない速度、視認できない何かにただ蹂躙される。例外だったのは横須賀から来た艦娘。しかし彼女たちでさえ中破している。

 海底から湧き上がるような殺意。()()が場を支配した。

 

 ─────その名は、『海峡夜棲姫』。

 2人で一個体の深海棲艦。位置づけは航空戦艦で、雷撃さえも撃つことができる強大な姫級だ。

ココハ……トオサナイワヨォ!!

 怖気が走る、深海からの唸り声が、辺りに響き渡った。

 

 

 別の場所では戦艦棲姫2体、重巡棲姫、防空棲姫、駆逐古姫、空母棲姫が至る所で確認された。そして─────、

 

 

ワタシガ……オアイテ、シマス……

 

 

 『海峡夜棲姫』と共に現れた"姫"級と思われる深海棲艦────『防空埋護姫』。

 

 

 日本の終焉は、刻一刻と迫っていた。




 もうそろそろ提督出した方が良いかな……?
 艦娘の数が多く、他鎮守府との合同作戦の為ゲームでは一つ一つ攻略していくところを全面作戦形式にしました。
 やっぱり戦闘描写は難しい……。


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捷号作戦、レイテ沖海戦 前編 下

 皆さん、昨日のクリスマスはどうだったでしょうか。
 私は家族とクリスマスケーキを食べました。


 ああ、なんて強いのだろう。こんなもの勝てるかどうかすらわからない。どうすればいいというのだろうか。

 

 そんな思いが浮かび上がる。

 腹の奥底から湧き上がる恐怖。死ぬかもしれないという恐れ。負けるかもしれないという怖さ。

 そんないくつかの感情が全身を支配しようとする。体が動かなくなる。まるで金縛りにあったみたいだ。

 妖精さんによると、目の前にいるのは防空埋護姫。駆逐艦のように小さいのに、艦種が航空戦艦というふざけた深海棲艦。……対潜能力は皆無なようだが。あと艦載機も搭載できないとか。まぁそれでも、脅威には変わりない。戦艦ゆえに分厚い装甲。そして高い回避能力。ため息が出るほどに難しい相手だ。─────だが。

 これをそのままにしたらどうなる? 逃してしまえば? ()()()()()()はどうなってしまうのか。

 想像に難くない。恐らくどこかに捕らわれているだろう彼を、建物ごと破壊してしまうだろう。その恐ろしい砲撃や魚雷によって。そんなこと許せるだろうか? いいや許せるはずがない。私たちは決めたのだ。彼の為に戦うと。彼を守るのだと。矛であり、盾になるのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()。戦うのだ。

 体に喝を入れることで恐怖を払う。手を握り締め、また開く。大丈夫。()()()()

「ワタシガ……オアイテシマス……」

 ボソリと、怖気の走る声が聞こえる。通信からは誰も何も発さない。恐らく私たちと同じような敵がいるのだろう。その恐怖に押されて、何も話せないのだ。だから。

「……あぁ、お相手願おうか」

 皆に勇気を持たせるため。

「だが」

 皆に勝利を届けるため。

「ここは私たちが」

 そして────、

「通らせてもらう!」

 彼に────提督に見てもらうために!

 突然、私を淡い光が包んだ。だがそれに注意を向けている場合ではない。敵からの砲撃を避けるが、掠めたのか装甲が少し削れる。お返しに二、三発放ち、そのほとんどを避けられたが、一発だけ相手の艤装を掠めた。

「キカナイッ……!」

 そのたった一発で相手を小破に追い込んだ。

「これは……っ!」

 ()()()()()()()。ただ掠めただけなのに小破に追い込んでいる。どういうことだ。

 考えようとするが、敵は待ってくれない。四方八方から砲撃がやってくる。それを必死になって捌きながら考える。だが戦闘中ゆえか、考えがまとまらない。何かしらがありそうだが、何もわからない。度々光っている艦娘が何人かいるくらい……待て。()()()()()()()()()? 私だけではない、横須賀から来た艦娘も、横須賀以外の艦娘も、幾人かが淡く光って────いや、輝いている? まるでオーラがその体を包み込むように、()()()()()()()()()()()()()()()()()。法則性は何だ? この輝きが砲撃の威力を上げている? だが何故? 輝いている艦娘は……長門、高雄、鳥海、能代、浜風、長波、朝霜。共通するのは────栗田、艦隊。

 つまり。この、戦いは─────。

 

 

 

 数時間後。私たちは防空埋護姫に勝利した。勝鬨を上げる艦娘たちを横目に、私は思考の海に沈んでいた。

 防空埋護姫の死に際。その言葉が頭から離れない。

『ウソ……ワタシガ……ッ……モドレナイ……ナンテ……。ソンナ……オノレッ……エッ……? ウデ……ガ、ジユウ……ニ。もど……れ、もどれる……カエレる、のね? わたし、もういちど……自由に……海を、駆けて……!』

 彼女は、もしかして。

 

 

 

 至る所で、特定の艦娘が光り輝く現象が確認された。それらの艦娘は特に他との違いがあったわけではなく、推測されたのはかつての海戦────レイテ沖海戦を模倣しているのではないか、ということだった。

 そして、複数の艦娘が大規模連合艦隊に合流した。その中に、防空埋護姫と同じ顔、同じ声を持つ艦娘がいた。

 

 その名は─────涼月。

 

 この戦いは、果たしてつくられた戦いなのだろうか。

 私には、何もわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒィッ! ナ、ナンダ貴様! ナゼ、ナゼ立ツコトガデキル!?」

 ふぅ、と息を吐き、千切った縄がぼとぼとと床に落ちる。意外と重かったらしい。腕を大きく回すと、こきこきと音が鳴った。どうやら随分と長い間座っていたらしい。いや、座らされていたという方が正しいか。ふむ、と周囲を睥睨する。別段変わったところはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「キ、聞イテイルノカ貴様ァ!!」

「うん?」

「ンナ……」

 甲高い、錆びた金属をすり合わせたような汚い声が大きかったので、思わず注意がそちらに向く。矯めつ眇めつ男を眺める。

 頬はコケ、目の隈は酷い。いくつもの皴が刻まれ、目は出目金のように出ている。碌に食べ物を食べていないのだろうことがわかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()。白衣を着て、いかにも研究者然としている。床に尻をついているのは俺が立ったからか。

「なに?」

 聞いているのか、と言われたら聞いていた。前の世界の影響か、考え事をしながら人の話を聞くことができる。さて、『何故立つことができるのか』だったか。その言葉から類推するに、何か薬のようなものを打ち込まれたのだろうか。そう考え、手足を動かしてみる。確かに()()()()()()。思ったとおりに体が動かないし、筋肉の弛緩か、固定か。そこら辺の知識は無いので後で検査してもらえばいいだろう。どうして立てるのかも理屈は分らない。

「知らん」

 だからまぁ端的にそういうしかなかった。

 だけど今は、男よりも優先すべきことがある。今、彼女たちは海の上で戦っている。そこに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まずは……外へ出てみようか。




 あと2、3話更新して終了ですねー。
 それまでお付き合いいただけるとありがたいです。


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捷号作戦、レイテ沖海戦 後編 上

 お待たせしました。
 まさかのアニメが月一になりましたね。
 とりあえずアニメ終了までには間に合うかな……!


 基地に帰投してから、出撃していた艦娘から様々な話を聞いた。

 彼の大戦のような激戦だったと。大破中破は当たり前。横須賀艦隊がいたからか、轟沈者は()()()出なかったが、それでも被害が大きかった。

 資源回復及び艦娘の療養のために休暇が設けられた。しかし、未だ敵が減る様子はない。現在も断続的に襲撃をかけて来るし、それに対応するため相応の資源と艦隊の体力が奪われる。正直に言って、じり貧だった。

 戦闘意欲が無いわけではない。しかし、こうまで長く続くと流石に疲弊する。戦いが始まってから早一ヶ月。宿毛基地もおとされかけている。そう感じる日々だ。

 

 

「クソッ。資源が足りない……」

「やはり、か」

「遠征を出したとしても間に合わん」

「他からは持ってこれんのか?」

「要請はしているが……あまり期待しない方が良いだろう」

「このままでは……」

「……放棄も視野に入れるか」

「……」

 長門と宿毛基地の提督が話し合う。今後についてどう動くべきか。作戦、戦術、戦略。会話を重ねるがそれでも解決口が見つからない。まるで迷路にでも入ってしまったかのようだった。

 そんな折、会議室にノックの音が響いた。2人とも口を閉ざし、宿毛基地提督が「入れ」と言った。

「やぁやぁ宿毛基地の提督殿、どうやら危機的な状況……何故ここに艦娘がいる」

 陽気な声を上げながら会議室に入ってきたのは、でっぷりと太った将校……岩国基地の提督だった。

「岩国の。今は忙しい。悪態を吐くだけなら即刻持ち場に戻れ」

「はんっ。私が直々に手伝ってやろうというのに何度その態度は? まぁ良い。それよりもそこの艦娘を下がらせろ」

「ちっ……長門殿。すまないが」

「あぁ、了解した」

 宿毛基地提督は小さく舌打ちして長門に促す。岩国基地提督は彼の物言いに疑問を感じ、首を傾げていた。

「では、失礼する。また後程」

「あぁ」

 長門は立ち上がって扉へと向かう。その際、どうしても岩国基地提督のそばを通らねばならず、目礼だけして出ていこうとした。そして、岩国基地提督は汚らしい笑みを浮かべる。

「おんやぁ? もしかして彼のビッグセブンの長門かぁ?」

「……あぁ、そうだが」

 ねっとりとした声で長門を呼び止め、いやらしい視線を長門に向ける。

「あ? 上官に舐めた口を利くじゃないか。これは罰則ものだなぁ?」

 不愉快そうに顔を歪め、しかし視線は長門の胸部装甲に固定されている。

「今現在は緊急事態故ご遠慮願いたい」

 硬質的な声音でそう返し、さっさと踵を返して会議室を後にした。

「チッ! 何だ今のは! 躾がなっていないんじゃないかぁ? 宿毛の」

 悪態を吐いて、ギリギリと歯ぎしりをする岩国基地提督。それに対して宿毛基地提督は嘆息しながら無表情に言葉を投げつけた。

「言っただろう。今現在は緊急事態だ。悪態を吐くだけならば即刻持ち場に戻れと。それと、彼女は私の艦娘ではない」

「おいおい。手を貸してやろうって言うのに……んぅ? 貴様のでなければどこのだ。呉か?」

「いいや。横須賀だ」

「は……? 横須賀……?」

 岩国基地提督はポカンと間の抜けた顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、大本営。

 そこで一つの騒ぎが起こっていた。

「おい、貴様! 何故外へ出ている!」

「なんだ、だめなのか?」

「うぐっ……」

 苦虫を嚙み潰したかのような顔になる緑よりも濃い色の軍服を着る男。それに対してもう1人は澄ました顔をしていた。

(やべぇ……拳銃持ってる)

 内心恐々としていたが。勢いよく地下から出たものの、自分のいる場所がどこでいつなのかがわからない。だからこそうろついているのだが、完全に迷子になっていた。

(こんなところ艦娘達に見られたら恥ずかしいなぁ……)

 内心羞恥に悶えながら恐らく憲兵だろうと思われる男を無視して歩き出す。

「おい、止まれ」

 別の方向からまた声をかけられたが、自分ではないと考え歩みを止めなかった。

「止まらないと撃つぞ?」

 低く、本気の意思を感じる声に思わず立ち止まる。

 視線を感じる方を向くと、拳銃を構えた先ほどよりも少し豪華な軍服を着る男がいた。

「なんだ?」

「元居た場所に戻れ」

「なぜ?」

「それが決まりだからだ」

「うん? 私はそんな決まり聞いたことないが?」

「貴様がいないうちに決まったのだ。さっさと戻れ」

「ふむ。ならば横須賀鎮守府に戻るとしよう」

「は? 何を言っている。貴様が戻るべきは────」

「戻るべきところは鎮守府だろう? 私は提督だ。ならば持ち場である鎮守府へと帰るのが道理だと思うが? 違うか?」

「ぐっ……だが、今貴様には出頭命令が─────」

「そんな話は知らんな。書類も見ていない。誰かに連れてこられた記憶もない。寝ている間に移動させられたのか、目が覚めたらここにいたのだからな。さしずめお前たちは誘拐犯と言ったところか?」

「なっ! 我々を犯罪者だというのか!」

「でなければ何故私はここにいる。先ほど私が知らない間にといったな? おかしいよな? 作戦の指揮を預かる提督が。大本営の規則を知らされていないなんて」

「……」

 言葉を重ね、憲兵らしき男に詰め寄る。問い返すうちに男は口をつぐみ、苦々しい顔つきになり、俯く。

 拳銃に撃たれまいと思考をフル回転させた結果相手を詰る結果になり、思わずやり過ぎた、といった顔をする。しかしそれは誰にも見られることは無かった。

 このままでは居心地が悪いと、再び口を開く。

「なぁ。軍人とはなんだ」

「……は?」

 明後日の方向に思考が投げられた。内心またやってしまったと後悔し、それでも言葉を紡ぐ。意図せず零れた言葉は、内心感じていたものだったから。

「かの大戦時、軍に所属していた者たちは、その命を投げ出す覚悟で戦った。その根本にある願いは様々だったのだろう。今の私たちに推し量ることはできない」

 絶えず言葉を紡ぐ。その言葉は、一人の妖精によって館内放送される。器用にも彼らのいるところの放送だけを切って。

 

「だが、彼らはなんのために戦ったのだと思う? 彼らは何を思って戦ったのだと思う? 死にたくないという思いがあったはずだ。戦いたくないという思いがあったはずだ。それは私たちとて変わらない」

 

 知らず知らずのうちに涙がこぼれる。

 

「彼らが必死になって繋いだこの世界を。今、私たちはこの世界に何をしようとしている?」

 

 悔しかった。会いたいと願う程に好きだった艦娘達が、まるで人形のように扱われていたから。

 

「そして、異なる脅威が現れ、私達の為に戦おうと大戦時に没した軍艦の英霊になにをしている?」

 

 悲しかった。様々な憶測がありながらも、誰からも愛されていた彼女たちが、酷い扱いを受けていたから。

 

「誇りは無いのか。勝利を見たくないのか」

 

 憎かった。彼女たちを悲しませるこの世界が。そして────、

 

「人だ兵器だと言っている場合か? ()()()()()でかたづけられるほど彼女たちは軟弱じゃない! 命を懸けていない奴らが、っ、ぶつくさと文句を垂れてんじゃねぇ! 手めぇらが守りたいのは何だ? 金か? 名誉か? 違うだろ!! 軍人が守りたいのは国だろうがッ! 国民だろうッッ!!」

 

 恐ろしかった。愛しい彼女たちが、海に沈むのが。

 

()()も守れない奴が、上に立って命令してんじゃねぇッ! 俺を何とかしたいんだったら─────」

 

 そう。そうなのだ。

 

 彼女たちのいる世界に、()()という形ではあれど、生を受けたのだ。

 

 画面越しに、システムに縛られながらも懸命に戦う彼女たちに。

 

 やっと触れられるのだから。

 

 やっと、共に戦おうと言えるのだから。

 

()()()()()()()()()()()止めに来いッッ!!!」

 

 

 涙をぬぐって宣言する。男は今、そのぐらいの覚悟でもってこの場にいるのだから。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然とする男を無視し、また先へと歩み始める。振り返り様、いつの間にか右肩にいた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()言う。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

()()! 俺を案内しろ!」

 

 異世界で彼女たちと画面越しの絆を育んだ英雄は、戦場へと向かう。




 思ったんですけどもしかしてアニメ10周年に合わせるために伸ばしたんじゃ……。
 10周年記念が豪華になりそうだなぁ……イベントもそれまでお預けだろうし……。なんならアニメに合わせるんだったらイベントがレイテ沖海戦になりそうな予感。決戦モードとか見れるのかな……。


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捷号作戦、レイテ沖海戦 後編 下

 にゃーん。
 約一か月ぶり? ですね。
 学校が無いのでのんびりしてたらいつの間にかこんなにも間が開いちゃいました……。
 最終局面なのでわきあがってきますよォ~?

 では、どうぞ。


 肩に乗る夕立に似た妖精に声をかける。

 途端、1拍置いてから通路の壁が崩壊した。

「おわっ!?」

「夕立、提督さんに呼びかけられて出てきたっぽい!」

「……お迎えに上がりました」

 崩壊とともに元気よく声を上げる夕立改ニと、佐世保から遥々やってきた夕立。どちらも艤装を展開しておらず、身体能力のみで破壊したと思われる。

「提督さん、こっちっぽい!」

「殿は任せてください」

「えっ、お、おう」

 繋がっているとは思っていたが、壁を破壊して来るとは思っておらず、ドギマギしながら手を引かれるままに夕立について行く。佐世保の夕立─────夕ちゃんは自ら後ろに下がり、背後を警戒する。

「……夕立、どうやってここまで?」

 先程の惨劇から嫌な予感を抱き、問いかける。

「直線で来たっぽい!」

 頭が痛い。

「……相変わらず答えが単調ですね」

 後ろの夕ちゃんは嘆息しながら補足説明を始めた。

「私があなたに付けた発信機を辿り、大本営まで辿り着いたのですが、発信機の反応が途絶し、どうしようか迷っていた所、突然あなたの夕立が艤装妖精を大本営へ向けて放ちました」

 続けて、と夕ちゃんを見る。

「……その結果、隠し扉から出てきたあなたを妖精がみつけ、護衛のために付いていてもらいました。発見するのが遅くなり、申し訳ございません」

「ごめんなさいっぽい……提督さん怖かったよね?」

 2人して謝り、しゅんとした表情と雰囲気を出す。

「ああ、いや。気にしなくていい。元々一人だと思っていたからな。それに、二人がいなければこの建物すら出ることができなかったかもしれない。むしろ礼を言いたいくらいだ。見つけてくれてありがとう」

 礼を言うと、二人は目を丸くし、前を行く夕立はくしゃりと嬉しそうな、しかし泣きそうな表情をした。後ろにいる夕ちゃんの表情は見えないが、雰囲気的に安心した空気を感じた。

「あと、ここに来たのは私たちだけじゃないっぽい!」

「……ええ。もう1人、立役者がいるんです」

「……え?」

 立役者。その言葉に思い浮かぶ人物はいなかった。

「もうそろそろ来ると思うっぽい!」

「すでに連絡はしているので合流は早いでしょう」

 噂をすれば何とやら。すぐにその正体が判明した。前方から猛スピードで向かってくる物体。俺はそれを避けることができず、腹で受けてしまった。

「ごふっ!」

 慣性に従って吹っ飛び、背後にいた夕ちゃんが受け止めてくれた。

「司令! ご無事でしたか!?」

「今まさに死にそうになったよ……」

 可愛らしいながらも、大人っぽさがある顔を心配げに歪ませ、抱きしめる力を強くする。が、俺の発言に気づいたのか、すぐに俺から離れて申し訳なさそうな顔になった。

「ご、ごめんなさい司令!」

「中々強烈な一撃だったよ……夕ちゃん受け止めてくれてありがとう」

「……まぁ、驚きはしましたが」

「それで、なるほど。協力者は雪風だったのか」

 元気溌溂そうな貌は鳴りを潜め、落ち着きのある令嬢のような雰囲気を持つ雪風が俺の前に立つ。

「はい! あの日から、ずっと司令を探していましたから!」

 元気よく、満点の笑みでそう答える。

「雪風のおかげで早く提督さんを見つけられたっぽい!」

「彼女の協力が無ければあと数日は時間を要しました」

 2人の夕立から雪風の評価の高さがうかがえる発言が出た。恐らく、その幸運艦のなせる業で俺の居場所を突き止めたのだろう。

「なるほど。雪風、ありがとう」

「えへへっ! 雪風、頑張りました!」

 周囲に花でも咲きそうなほどの笑み。ほっこりする。

「提督さん! 急ぐっぽい!」

「そうです。今はそれどころじゃありません」

「む。そうだったな」

 再び2人の夕立からの言葉で行動を再開する。雪風がちょっと不満そうだった。

 歩みを再開して早十数分。大本営からほど近い港に到着した。停泊しているのは小さな船が数隻。波は静かで、この遥か南方で日本の、ひいては世界を揺るがすほどの戦いが幕を開けているとは思いもよらない話だ。

「司令! こっちです! この船に乗ってください!」

 そういって雪風は数ある船の中から一隻を選び、搭乗した。夕立も乗り込み、俺に向かって手を差し向ける。

「提督さん!」

 真剣な顔をし、俺に向かって真っすぐに右手を伸ばす。きっとこの手を取れば後戻りはできないだろう。戦地に、この身を置くことになる。死ぬかもしれない。その考えが過った時、俺は少しためらった。これは借り物の体だ。俺がこの手を取ることで、この体の持ち主の未来を奪うことになりかねない。しかし。あの時。あの部屋を出るとき、俺たちの思いは重なった。なら、きっと大丈夫だ。きっと、笑って許してくれるだろう。だから。

「……宜しく頼む」

「了解!」

 夕ちゃんも乗り込み、錨を引き上げる。

「抜錨! 針路、南西! レイテ方面!」

 夕立の、高らかなその声を周囲に響かせながら、船は進む。

 周囲の景色を置き去りに、海上の戦場へ。

 

 

 

 いつまで戦い続けなければならないのだろうか。

 もうかれこれ数十時間は戦っている。

 何度も出撃して、何体かを沈めて、ギリギリまで粘って帰投する。バケツも使って、休憩する暇もない。しかし、それも仕方がない。大量の、それこそ無尽蔵と言っても過言ではないほどの深海棲艦が絶えず進撃してくる。それに対応し続けなければならないのだ。宿毛の提督も疲労困憊だ。資源だって心もとない。轟沈スレスレ、尚且つ絶えない戦闘のせいで士気もがた落ち。これでもよく持っている方だと思う。あと数時間もすれば夜になる。夜は怖い。何といっても過去を思い出す。だが奴らはそんなことは知らんとばかりに夜間でも戦力を差し向けて来る。現状、姫や鬼がいないだけまだましと言えるのだろうか。あぁ、いや。これも我々を消耗させる作戦か。

 戦い始めて、何日経っただろうか。もう日付さえ曖昧だ。この戦闘は、いつ、終わるのだろうか。連続の出撃で疲労が積み重なる。思考が鈍くなり、判断力が低下する。

 視野も狭くなり、決まった行動しかとれなくなる。

 迎撃。回避。迎撃。迎撃。回避。回避。回避。迎撃。迎撃。

 何度やればいい。何度行えばいい。私は、私たちは今、何のために戦っている……?

 鈍い頭でいくら考えようとも答えは出ない。ただ同じ疑問が堂々巡りするだけ。当然、そんな状態で会敵すれば危機に陥るわけで。

「長門!!」

 索敵が疎かになり、誰かに呼びかけられて初めて敵の雷撃に気づいた。既に回避は間に合わない距離。もうあと数秒もすれば魚雷は私に直撃し、轟沈とまではいかないだろうが、中破以上は免れないだろう。そんな攻撃。私は足が遅い。艤装が壊れてしまえば帰ることもできなくなってしまう。誰かに曳航してもらえれば何とかなるだろうが、そんな誰から見ても大きな隙を奴らが見逃してくれるとは思ない。つまり、ここで私は。

 

 世界が急速に色あせていく。それと同時に周囲の景色の速度が遅くなった。ゆっくりと、ゆっくりと魚雷が向かってくる。陸奥が私に向かって泣きそうな顔で手を伸ばす。金剛が、目を見開きながら、必死の形相でこちらへと向かってくる。不知火が、口に手を当てて絶望している。皆が、私に手を伸ばす。

 あぁ。沈むのか。自然と、そう思った。

 私は、この世界に生れ落ちて、何ができただろうか。いつか聞いた、"人が危機的状況に陥った時、一気に記憶が流れていく現象"。これが、走馬灯か。はは。艦娘である私にも見れるとは、思わなんだ。

 記憶を見て、何も成せていなかった。私は人の身をもって生れ落ちても、戦艦長門の力をもっても、私には何一つ、守ることができなかった。更には感情に任せて、八つ当たりのように他者を傷つける。何と醜い。

 何故私は、こんなにも救いようが無いのか。たとえ()()()()()()があったのだとしても。私は自制することを忘れた。そして今では。

 すまない、陸奥。どうか私の分まで生き、皆を守ってくれ。

 すまない、金剛。お前は私の代わりとなってくれ。お前になら、任せられる。

 すまない、不知火。君の観察眼は正しかった。私の眼は、心は曇っていた。どうか、どうか他の皆を導いてやってくれ。

 すまない、皆。どうか、あのひとりぼっちの提督を、救ってくれ。

 

 

 すまない、提督。

 私はあなたに取り返しのつかないことをした。一度謝っただけでは、折り合いのつかない、あなたの誇りに、心に傷をつけることを。私はこの後悔をもって、ソコへ行く。どうか、どうか。こんな私が願うのは、身勝手だとわかっている。それでも、どうか。

 

 

 

 ─────幸せに……。

 

 私は目を瞑る。来る衝撃に備えて、願いを込めるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ザ──ザザ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ』

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

 小さな、されど響く声。

 

 

 

 

『諦めるときじゃない』

 

 

 

 

 心に、響く声。

 

 

 

 

 

『俺がいる』

 

 

 

 

 

 久々に聴く、涙があふれる声。

 

 

 

 

 

 

 

『横須賀鎮守府提督、瀧川春人が』

 

 

 

 

 

 

 あぁ……あぁ!!

 この人の声を聞くだけで、どうして!

 

 

 

 

 

 

『これより、艦隊の指揮を預かる』

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、こんなにも。

 力が、湧いてくるのだろうか!

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、反撃開始だ!』

 

 

 

 

 

 

 瞬間、私の体は光に包まれた。




 艦これのアニメも次で最終回ですね……! 時雨改三の実力! 楽しみです!
 そんな本作も次か次の次で終わり!
 途中から熱く燃えるような小説っぽくなりましたが……(できてるとは言えない)

 皆様に楽しんでもらえるよう最後まで走り切ります!
 それまでお付き合いの程宜しくお願いします!


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捷号作戦、レイテ沖海戦 決戦

 大変遅くなりました。申し訳ございません。
 アニメ終わっちゃいましたね……。最後のは無理矢理感がありましたがまぁコロナとかでできなかった部分があるのでしょう。
 それはともかく次で最終話です。


 陸奥は必死に手を伸ばす。ここまで何度も何度も何度も何度も何度も沈みそうになった。その度に周りに支えられ、、何より姉妹艦の姉である長門に守られてきた。この世に、人としての形をとって生れ落ちてから。数えきれないほどの手助けがあった。それなのに。

 だというのに、何故私の時は間に合わないのか。どうして。どうして。何故こんなことになったの。何故こんなことになってしまったの。私は、どうすれば─────。

 

 その時。ふと頭に何かが聞こえた。

 

 

『おっしゃ! ありがとう陸奥! イベントクリアだぁぁぁあああ!!!』

 

 

 

『やっぱ長陸奥カットインは格が違うなぁ……大和型ほど資材消費しないし』

 

 

 

『おねぇさんだけどポンコツ……ふふふ、胸が熱いな……!』

 

 

 

『……皆、ありがとう』

 

 

 

 徐々に鮮明になっていく記憶。封じ込まれていた()()が胸の、魂の奥底からあふれ出してゆく。

 

 いつか、アナタに触れたいと思っていた。

 たまにイライラしているけれど。それでも私たちに当たることなく我慢するアナタに強いと感じた。

 大破しても、敵に打ち勝てば喜んでくれるアナタが好きだった。

 子どものように喜ぶアナタが可愛いと思った。

 憔悴した顔のアナタを癒したいと思った。

 朗々と少し外れた歌を楽しそうに歌うアナタに教えてあげたかった。

 言いたいことがいっぱいあった。伝えたいことが、想いが、たくさん、たくさんあった。

 この体が、データで構成されず、アナタの元へ行けるのならばと、何度思ったことか。

 分厚い『ナニカ』に阻まれていることが、どれだけ、どれだけ悔しかったか。

 あぁ、カミサマ。

 もし、もしも叶うならば。

 どうか、どうか。

 私たちと、彼を引き合わせてくださらないでしょうか。

 ただ、伝えたい。この思いを。この気持ちを。アナタに知っていて欲しい。ただ、それだけ。

 でも、アナタはいつからか現れなくなった。

 どうして。何故。何度も思った。何度も考えた。

 それでも答えには辿り着かなくて。アナタに会えない日々がとても辛くて。

 

 

 そうだ。私は。彼は。あぁ。そうか。そうだったのか。

 とめどなく溢れる。頬を濡らす涙が。忘れていた、いえ、()()()()()()()記憶が。

 暖かく私を包み込む。

 もう一度。そう、もう一度。

 

 これはカミサマが下さったチャンス。ならばつかみ取りましょう。何をしてでも。どんな手を使ってでも。

 

 願いは想いに。

 

『名称確認。長門型戦艦二番艦"陸奥"』

 

 想いは希望に。

 

『要請確認。精査、完了』

 

 希望は夢に。

 

『第二次改装、承認』

 

 そして────夢は力に。

 

『陸奥改二、実装』

 

 ただ願う。

 

 アナタと共に生きたいと。アナタの為に生きたいと。

 

 さぁ─────始めましょう。

 

「陸奥─────改二」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐世保の至る所で確認された光。それは特定の鎮守府に所属する艦娘のみに現れ、たった数秒でその現象は終了した。そして多くの艦娘は制服や艤装までが様変わりしていた。

 その現象の後、新たに艦隊が再編成され、横須賀鎮守府所属の瀧川提督によって作戦が発令され、鹿屋基地及び宿毛基地等々の基地及び鎮守府と連携し、レイテ沖へと出撃。変化した艦娘達の強力な攻撃によって敵艦隊は壊滅にまで追い込まれた。残るは深海棲艦艦隊の指揮を行っていた海域最深部に存在する姫級の深海棲艦のみとなった。

 

 

 

「さしずめ、最終海域、と言ったところか」

「海が荒れてるっぽい!」

 道中、少々攻撃を受けたのか、所々に煤がついた艦隊が荒れ狂う海を進む。澱んだ空気。渦巻く暗雲。押し返すような荒波。轟々と吹きすさぶ風。偶に顔をのぞかせる雷。この世の地獄と言ってもよかった。

 場所はエンガノ岬沖。最後の決戦の場である。

「提督。聞こえているか」

『通信───安定しな───そっちに任せる』

「了解した。それでは現時刻をもって戦闘指揮は連合艦隊旗艦、改装長門型戦艦一番艦長門改二が務める!」

『了解!』

 声を張り上げて宣言すると、通信機に加えて周囲からも覇気のある声が届く。

 これから行われるは過去最大の決戦。強大な敵と相対し、勝つか負けるかの大一番。

「燃料及び弾薬確認開始! 足りない者は給油せよ!」

 最大規模の艦隊で迎え撃つ敵。その準備に不備があっては負けてしまうと、無駄なく準備を進める。

「時刻確認! 各艦、時刻を合わせよ! 一○○○まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、今!」

全員が妖精と時刻合わせを開始する。

「これより、作戦を開始する! 連合艦隊・水上打撃艦隊前進せよ!」

 

 火蓋は切って落とされた。

 

『空母機動部隊、発艦はじめ!』

 赤城が声を張り上げ、赤城、加賀、飛龍、蒼龍が上空へ矢を放つ。中空で矢は戦闘機や爆撃機、攻撃機に変化して敵の大群へと飛び去って行った。

「レーダーに感あり! 10時方面、距離4000!」

『偵察機より入電! 敵空母機動部隊発見! ヲ級flagship級改2隻、ヌ級flagshipⅡ2隻、駆逐ニ級2隻! 連合艦隊へと進撃中!』

「チッ! 前衛部隊は水上艦へ攻撃、後衛艦は対空射撃用意! 陣形は第三警戒航行序列! 急げ!」

『了解!』

 素早く陣形を変え、後衛艦は砲口を上向きに、前衛艦は砲雷撃の用意をする。

「戦艦及び重巡級は砲弾を三式弾に変更! 甲標的を積む者は先制雷撃の準備!」

「敵機確認!」

 遥か先の雲の隙間から見えたのは大量の航空機。

「……なるほど。だから三式弾なのか」

 長門は笑う。そして己の提督の考えを悟り、納得した。

「大量の航空機がいるから、三式弾。そして制空権を得るための──」

『第二次戦闘機隊、発艦始め!』

 長門達連合艦隊後方から次々に制空権を確保せんと熟練の戦闘機が飛んで行く。それは連合艦隊の後方に陣取る、大量の空母たちで形成された空母機動部隊だった。

「────大規模な空母機動部隊か」

 長門達の頭上では、敵艦載機と味方の戦闘機が入り乱れ、互いに一歩も譲ろうとしていなかった。傍から見れば拮抗状態に見えるそれは、しかし徐々に徐々に味方の艦載機が敵を落としていっているように見える。

『確保までは難しいですね。優勢にまで持っていけました』

「了解。このまま対空射撃で敵機を落とし続けろ!」

『了解!』

 砲弾が空を舞う。空中で分散し、まるで雨のように敵機へと降り注いだ。

「敵空母機動部隊目視確認! 砲雷撃戦用意!」

 吹雪が叫ぶ。前衛を構築する水雷戦隊が、砲撃と雷撃の準備を開始した。

「了解! 砲雷撃戦用意! 間合いに入り次第開始せよ! 後衛艦は弾着観測射撃を行う! 用意!」

「了解! 先制雷撃の許可を求む!」

「許可する!」

 甲標的を積んだ艦が、一斉に魚雷を放つ。高速で敵に迫るそれは、狙い違わず多数の駆逐ナ級を轟沈せしめた。

 矢矧は思い出す。彼の提督と言葉を交わしたその時を。

『駆逐ナ級……特に目が大きいやつは優先して倒せ』

『……? 何故?』

『奴らは駆逐でありながら先制雷撃を行ってくる。陣形によっては戦艦であっても中破大破は免れん。通常のナ級でさえ雷撃を許せば被害は大きなものとなる。しかし我々は敵主力を撃滅しなければならない』

『それは……』

『敵主力を叩くのに、大破者が出てはいけない。それでは逆にこちらの方が倒されてしまう』

『……』

『だからこそ真っ先に空母と敵の主力を叩くのだ』

 ふっと息を吐き、胸いっぱいに潮交じりの空気を吸う。

「敵残存勢力を確認! 駆逐ナ級Ⅱe2隻! 先制雷撃確認! 回避運動!!」

 誰かの声が聞こえてくる悲鳴のような叫び声だった。すぐさま周囲を確認する。生き残ったナ級はぱっと見は中破。しかしそれで先制雷撃は止められなかったようだ。だが、幸いにも全員すべてを避けられたようだった。しかし、奴らの脅威は未だ存在する。先制雷撃の次は────砲撃だ。

『長距離砲撃───来ます!』

 戦艦の砲撃。その一撃は、とてつもなく重い。ル級だけでなくタ級、戦艦棲姫までいる。正しく砲弾の雨と言えた。しかし彼女たちはそれを搔い潜る。避けきれず、掠ることもあるが、全てを小破以下に留める。熟達した技術があるからこそなしえる技だった。

『偵察機より再度入電! 敵主力艦隊発見!』

「座標を我々と─────基地航空隊へ送れ!」

『了解! 敵主力部隊は敵空母機動群、水上打撃艦隊の後方に存在を確認!』

 いまだ彼女らの上空で直掩機が航空格闘戦(キャットファイト)を続けている最中。矢矧たちが先制雷撃を行っている際に空母機動部隊は第三次戦闘機隊を発艦していた。同時に、彩雲も。

 連合艦隊は進む。敵を撃ち滅ぼし、海上を。地獄と化したその海を。

 駆逐艦を塵に変え。軽巡を撃ち抜き。重巡を爆散させ。戦艦を穴だらけにし。空母を燃やし。潜水艦をも屑にし。集積地はせっかく資源を集めたのにと泣き喚く。

 数多の屍を築き、踏み越えた先に、それは待っていいた。

ノコノコトキタノ……? ハッ……。バカ…ネ……。ワザワザ…シズミニ……シズムタメニ…キタンダネ!

 邪悪な笑みを浮かべるソレは。地獄の底から響くような喜色に富んだ声を連合艦隊に投げかけた。

「はっ! やれるものなら、やってみろ! 貴様を斃して、我々は暁の水平線に勝利を刻む!」

 敵も味方も、その場にいる全ての者が威勢よく声を上げ─────砲門を開く。

「一斉射、開始!!」

 

 それは、閉幕の音だった。

 

 

 止めどなく砲撃が放たれる。その一撃は直撃すれば大破する。良くて中破と言った所だった。それ故に連合艦隊は押され気味となる。たとえ味方の砲雷撃が命中したとしても、厚く硬い装甲に阻まれる。

「アハハハハハ! ドウシタノォ!? ソンナ砲撃アタラナイワヨ!!」

「くっ! 被害報告!」

「吹雪中破!」

「時雨小破!」

「山城大破!」

「金剛小破!」

 それから続々と被害報告が上がる。無傷の艦は1人としていなかった。どこから見ても、ジリ貧に相違なかった。

「Hey! 長門! ドウシマスカー? このままでは……」

「……あぁ、負けるな」

 苦々しい顔をする長門に、金剛は口を閉ざす。長門は今葛藤している。恥を忍んで撤退するか。それとも無理を通して続けるか。それを察して金剛は長門を守るように砲撃をする。

 だがしかし、悩むことは無かった。

『こちら、榛名。姫級と思わしき敵艦を討伐しました』

『こちら利根じゃ。こっちも倒した』

『こちら青葉です! 私達も倒しました!』

 続々と寄せられる謎の報告に長門は訝しむ。榛名や利根、青葉は別の艦隊を編成し、別々の場所へと出撃した。場所に関しては長門は分からないが、何故今になってと。すると突如、敵の旗艦が苦しみ出した。

「ナッ……! グアアアア! ナゼ! ナゼダ!」

 そして。

『これより、支援砲撃に入る!』

 彼方より放たれる数多の砲撃が敵を穿った。

「ギャアアアアアア!!!!」

「はっ……?」

 長門、いや連合艦隊艦娘たちには何が起こっているのか分からなかった。

 別の作戦に従事していた艦隊からの報告。突如として攻撃が通じ始めた敵の姫。遠距離からの支援砲撃。まるで訳が分からない。しかしそれはチャンスでもあった。何故か攻撃が通るようになった敵─────よく見ると姿が少し変わっている。そう、まるで─────()()()()()()()()()()()()

 長門はハッと気づく。そして連合艦隊に大声で告げた。

「全艦! 一斉射!!!」

「ウミノソコハネ……? ツメタクテ……。ヒトリハ……サミシィィ゛ィ゛ィ゛……ッ!!」

 それでも沈められなかった。深海鶴棲姫の状態は─────中破。そして、夜戦へと突入する。

「下関基地友軍艦隊、到着しました!」

「は……?」

 またしても混乱が訪れる。下関。エンガノ岬から程遠い場所にあるところから、何故友軍が、と。そして悟る。提督は、()()()()()()()()()()()()()。装甲破砕に決戦支援砲撃。更には友軍。狙っているとしか思えなかった。そう。あの激戦を。最後の戦いを。うっすらと視界がぼやけてゆく。しかし、足を止めるわけにはいかない。敵は友軍艦隊のおかげで虫の息だ。しかしそれでも油断ならない。だからこそ。

「頼んだぞ。矢矧」

「ええ。任せて頂戴」

 魚雷が、砲撃が、深海棲艦へと向かう。それらは全て、必殺の一撃だった。

「フウゥ……モウ…イイヤ。ヤルダケ ヤッタカラ……。ソウダ……ワタシハ…ヤルダケ ヤッタンダ…! アノヒ、アノウミデ…!」

 沈みゆく言葉はその場にいた艦娘の心を震わせた。赤黒く変色していた海の色が青くなってゆく。

「大丈夫よ。私はここにいるから。沈んでなんかいないわ」

「…エッ…?」

「あぁ。そうだ。私たちはここにいるんだ。彼のおかげで、また、会えたのだ」

「あなた……あなたは、ワタシ? そう、か…。……っ、よしっ!」

 荒れた海は鎮まり、暗雲は消え去った。徐々に空が白み、それはまるで彼女たちの勝利を祝福しているかのようだった。

「全艦に告ぐ。

 

 

 

 

 我々の、勝利だ!」

 

 

 日本を、世界を左右する戦いは、

 艦娘達の声を勝利の鐘の音として、

 終わりを告げた。




 はい。難産でした。人対人だったら色々書けるんですけど艦隊なので基本遠距離なんですよね。
 あ、潜水艦ももちろんいたのですが、今回はいつの間にか処理されていましたね。後ついでにゲームの様々な要素を踏襲させていただきました。現実なのでゲージとかは皆無です。なので装甲破砕自体そのままできるわけなんですね。因みに何故装甲破砕があるのかというと、装甲に関係する深海棲艦を深海鶴棲姫が生み出したからです。だから霊的な繋がりがつくられ、対象の深海棲艦を撃滅することで霊的繋がりを断つ。これによって装甲が弱体化するというわけです。友軍は皆さま既に忘却の彼方かもしれませんが主人公の友人にお嬢様がいましたね? その人がいる場所が下関です。代償は奢り1回だけだったとか。さらりとデートの予約をするとは……流石ですね!
 支援砲撃は普通に出してました。多方面同時攻略作戦のような感じになっていたので、多くの艦娘を作戦に投入していたので、道中支援なし決戦支援のみとなりました。

 現在大改良中なので最終話はもう少し先になります。それまでお待ちいただければと思います。


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エピローグ

 長らく……長らくお待たせいたしました。まさか1年も投稿できないとは……いや自業自得なんですが。
 本当にお待たせしました。恐らく皆様はエタったのだろうと思われているかもしれませんが……まぁ詳細は最後まで見てからのお楽しみということで。はい。すみませんでした。


 プロローグの前書きを見て
 コメディ????
 となりました。
 やりたかったことできてなくて草。
 それはそれとして最後です。どうぞ。


 肆月○○日 晴れ

 あの日から何日が経っただろうか。昨日のように思い出せるし、1年以上前のことのようにも思える。でも、仕事の忙しさは以前よりも増した。何故だ。あの戦いの後始末も未だに終わらないし……。

 あの戦い─────正式名称大規模侵攻迎撃作戦。この戦いは最終的に海軍の勝利で幕を閉じた。敵の主力を吹き飛ばしたのだ。実際に見ていないから伝聞でしかないが。勝ったと言っても大損害も大損害。沈んでしまった艦娘達は多くいるし、俺の艦隊も中破以下の娘は1人としていない。沈んだ娘がいないのがもはや奇跡のような状態だった。消費した資源は哨戒活動もままならない程だし、航空機だって全滅状態だ。虎の子の基地航空隊もあったのだが、空襲でてんわやんわの大騒ぎ。それでも俺たちの日本は、俺たちは勝ったのだ。

 そして俺は日本の基地に立ち向かった英雄として勲章を授与され、そのまま軍を退役─────できなかった。いやいやいや。そこは普通「よくぞ頑張った! あとは俺たちに任せて休んどきな!」だろ!? なんで「より一層の活躍を期待する」なんだよ! これ以上の活躍ってどんなのだよ!? 世界でも救えってのか!? 無理に決まってんだろ!!

 その場では内心に押しとどめたが執務室に帰ったらそれはもうキレ散らかした。当たり前だ。この期に及んで何で俺はやめれないのだろうか。呪いか? 呪いが俺を縛り付けてるのか???

 いまだ沸々と沸き起こるこの感情をどうしたものか……たまりにたまった仕事にぶつけるしかないな。今夜も寝れないな……。

 

 肆月○○日 曇り

 あの日資源提供もしなかった大本営は当然のように解体された。今日は新たな組織の発足式だ。名前は……艦政本部だったか? とにもかくにも今一度組織体制を見直すことになったのだ。そして新たにできた組織の最高命令権所持者─────いわゆる元帥のような存在が必要になる。それはもう議論が白熱したそうな。何時間も、何日も、何週間もかけて出た結果。俺がそこに就任することになった。俺が。

 は????

 その書類を見た時に俺は固まった。というか何も考えられなくなった。意味が分からな過ぎて。そうしたら最近距離が近いように感じる赤城がその書類を見て言ったんだ。

「あら提督。念願がかないましたね。これで提督を辞めれますね?」

 寂し気な笑みをたたえたままそんなことを宣ったのだ。

 違うんですけど??? そんな意味で提督辞めたいなんて言ってないんですけど???

 いやそもそも提督を辞めたいと彼女たちに言ったのは大規模侵攻迎撃作戦の後からなんだけども。それにしたってこれはないだろうに……。

 居酒屋鳳翔に行って酒飲むか……。

 

 伍月×□日 晴れ時々曇り

 結局就任式までやった。もう自棄になった。逃す気なさすぎなんだよ……。なんで全国放送で就任式やるんだよ……。脱出できねぇじゃん……。仕事は多少減った。やることと言えば承認と視察と色々あるが、横須賀を任せられたときほどブラックではない。というかしたくない。

 それはそうと、今日。何と人生初の告白をされた。まぁ知らない仲じゃないし、好きか嫌いかで言ったら好きな部類に入る。が、正直恋愛とかわからん。だから保留にさせてもらった。仕事がひと段落して、そういうことを考えられる余裕ができたら、と。それまで待っていて欲しいと。うん。まぁ。正直罪悪感が半端ない……。

 

 伍月×○日 雨

 技術科の奴らが新しい装備をつくったらしい。なんでも、艦娘達の力をより向上させるための装備なのだとか。しかし制約もあるようで、強い絆を結んだ提督から対象の艦娘に送らなければならないらしい。そしてその名称が『ケッコンカッコカリ』。舐めてんのか??? カッコカリってなんだよ。そもそもケッコンっていう名称にする必要あんのかよ。最近告白されたばかりでそういうことに敏感なのに。やめろよ。重婚もできるとかそんな話何で大声で言うんだよ。わざとか? わざとだろ。おい一条。後で絶対〆る。

 

 陸月□△日 雨

 一条の馬鹿が大声で話したせいで最近艦娘からの視線が多い。仕方ない話ではあるが、名称故に躊躇いが出る。しかも直接的に訊きに来る奴まで出た。長門だ。あぁ、そういえば俺の艦娘達の姿が変わっていたのは、どうやら艦娘の強化形態─────改二、であるらしい。その力はとても強く、本来ならば戦闘時のみ変化する仕様らしいのだが、俺の艦娘達はそれで固定化されてしまったらしい。原因はわからないそうだが、使い過ぎによるもの……と予想している。まぁ多少見た目が変化してもだからなんだという話で。強くなれるのならばそれに越したことは無い。─────沈みにくくなるのだから。

 

 陸月□×日 曇りのち雨

 先日、二宮と一条が結婚したらしい。2人して報告してきた。とりあえずおめでとうと言っておいた。軍学校時代からいがみ合っていた2人ではあるが……まぁ正直やっとかという印象だ。一条から告ったらしい。存分に幸せになれ……と言ってやりたいが、何でこの時期にしかもわざわざ直接会いに来てまで報告しに来やがったんだおい。お前らのせいで艦娘達の目がヤバいんだが??? 何なら告白してきた子もヤバいんだが??? 更にもう一人増えたし。どうすんだよこれ。もうこの仕事────いや、この職場辞めたい。

 

 あ、ジューンブライドか。

 

 漆月△◇日 晴れ

 最近は異常気象が少ないらしい。大規模侵攻迎撃作戦以降の変化らしいが、深海棲艦と気象がなにか関係があるのだろうか。あまり関係なさそうに思えるが。それはそうとここ艦政本部が置かれている横須賀だが、艦娘が休みの日などに周囲の商店街やデパートに行くためか、ものすごい量のファンレターが届く。それはものすごい量の。まぁ艦娘は駆逐艦だけでも数十人はいるからな。それは仕方がない。やはり人は見目麗しい存在がいるとお近づきになりたくもなるのだろうか。それはそうとして仕分けるのがめんどくさい。大淀にも手伝ってもらっているが、何で俺がやらなければならないのか。個人情報保護? 機械でやっちゃダメなの? そんなものない? 知ってた。

 

 漆月△○日 晴れ

 艦娘の演習風景や訓練を一般に公開してみた。めっちゃ食いつきが良かった。いや別にお金稼ぎをしているのではなく。街に出るだけでファンレターが届くのだから直接見れる場所、会える場所を提供してその場で渡してやればいいのにと思っただけだ。うん。他意はない。まぁ、多少お金は貰っているが。大反響だったので今後もこう言った機会は増やしていこうかと思う。艦娘達も嬉しいみたいだし、な。

 

 

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

 

 答えてくれないんだ?

 

 

 

 

 もう既に1年も経っているのに。

 

 

 

 

 君は、あの時からなにも返してくれなくなった。

 

 

 

 

 どうしてなんだ?

 

 

 

 

 もう、君の言葉を見れないのか。

 

 

 

 

 

 君の文を見れないのか。まるで消されたように。そもそも存在しなかったように消えている。

 

 

 

 

 何故だ。何故なんだ。

 

 

 

 

 

 悲しいよ。悔しいよ。

 

 

 

 

 

 いまだ君の声を聞いたことが無い。君がどんな顔をしているのか。君がどんなふうに笑うのか。それさえわからない。

 

 

 

 

 

 でも、君がいてくれたから。ここまで頑張れたんだ。今の俺がいるんだ。

 

 

 

 

 

 君がずっと励ましてくれたから。ずっと親身になってくれたから。

 

 

 

 

 

 俺、提督を辞めたよ。役職も仕事内容も変わって、未だ海軍にいるけど。

 

 

 

 

 

 これだけは伝えたいんだ。

 

 

 

 

 

 今まで、ありがとう。本当にありがとう。ありがとう……ございました。

 

 

 

 

 

 

 あなたの来世が、幸せあるれるよう。心より願っています。

 

 

 

 

 

 

 ……護

 

 

 

 

 

 君という存在がいたことは、

 護のことは、絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

 俺と、彼女たちが覚えている。

 

 

 

 

 ─────必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────さようなら。

 

 

 

 

 

                                  ー完ー




 というわけで。「提督を辞めたい提督」終了です。長らくのご愛好誠にありがとうございました。
 最後の最後で何だこの終わり方と思われた方、よろしければ1からお読みください。不自然な空白があるはずです。
 実はこの空白の為にここまで長い時間かけたんですよね。この小説を書き始めてから実に1年以上。長いな……。
 あまり後書きを長くしても私個人としては読む気が失せるのでここまでに致します。未だ執筆途中の作品がございますが、いずれも不慮の事故等で執筆できない状況に陥らない限り完結させていただきますので、気長にお待ちいただけると幸いです。まぁ一部全改変予定ですが……。それはさておきここで筆をおかせていただきます。最後までお読みくださりありがとうございました。また何かの作品でお会いできること、楽しみにしております。


追記
近いうちに設定資料集的なものを出します。


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