咲-Saki- 天元の雀士 (古葉鍵)
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人生の終局

「ツモ、役満、大三元! やったぁ、初めて役満あがれたよお祖父ちゃん!」

 

走馬灯というのは本当にあったんだな。

今際に見えた光景は、麻雀を覚えたばかりのオレが、初めて役満をあがったときの記憶。

麻雀を教えてくれた、大好きだった祖父がまだ生きていた幼き頃の思い出。

 

――どうしてこんなことになったんだろう。

 

麻雀と出会ってから、飽きることなく毎日のように牌に触れ、打ってきた人生。

幸い頭の出来がよく、大学生の頃には既にプロの雀士として認められ、これまでに数々の大会で優勝し、活躍してきた。

囲碁や将棋のプロに較べると、麻雀という競技の知名度や競技人口の割には、プロの雀士は年収や知名度、職業の社会的地位という点において不遇といえる職業だ。

生活のために弁護士の資格を取り、弁護士事務所に勤務する傍らで副業のプロ雀士を続けてきた。

世間から見れば弁護士という高収入の職業に就きながらも、時にはプロ雀士としての活動を優先していた俺は他人から見てさぞ酔狂な趣味人に見えただろう。

他人には酔狂に見えても、俺は自分に満足していた。

いや、それは違うかもしれない……本当は弁護士なんてやりたくなかった……ただ麻雀だけをやっていたかった……だけど、生きるために仕方なく弁護士という”副業”に就かざるを得なかった。

麻雀は運の要素が非常に強い。どれほど強くて実力があっても、全戦全勝どころか、半荘3回やって1回トップを取れればいいくらいだろう。

そんな競技だから、囲碁や将棋のプロように同じ人物がタイトルをいくつも獲得する、などということはあまりない。

その上、プロ麻雀界タイトルの賞金額は100万円~300万円程度で、一つ二つ獲得した程度では平均的なサラリーマンの年収にも及ばない。

タイトルの賞金だけで生活できるのは極一部のトップ雀士だけで、それ以外は何らかの副業で生活の為の収入を補完しなければならない、本当に不遇な職業なのだ。

まぁ、俺個人は毎年タイトルを複数獲得できていたし、自他共に認める日本最強雀士の一人だと胸を張って言えるがゆえに、副業がなくても生活に困らない極一部の雀士、という枠に当てはまっていたが。

だからといって弁護士を辞し、プロ雀士の収入だけで終生過ごしていけるかといえば、”否”と言わざるを得ない。

麻雀が運の要素に左右されるように、突き詰めれば俺のタイトル戦による収入も運次第という不安定さが付き纏うからだ。

そんな手前みそな自慢はともかく、俺はただ大好きな麻雀を続けていられれば、賞金が少なかろうと不満はなかった。

そう、不満などない。

だが、何千何万もの観衆に見守られ、スポットライトの光溢るる華々しくも輝かしい舞台で麻雀を打っている自分の姿を夢想したことがない、と言えば嘘になる。

そんな俺がある日……というか今日なんだが、大学時代の友人に誘われ飲みに行った帰り、その友人に「指導麻雀してくれ」なんて冗談交じりに頼まれたために雀荘へ寄ったことが今に至る発端だった。

多分に酩酊した状態で打っていたせいか、素人並に酷い麻雀を打ってしまった。そしたら、隣の雀卓で打っていたと思しき強面のオッサンが俺に絡んできたのだ。

プロ雀士である俺の顔を見知っていたのだろう、強面のオッサンは酒臭い息を吐きながら「プロ雀士なんてこんなもんか」「トーシロに負けて恥ずかしくないのアンちゃん?」なんてふうに俺を挑発してきた。

侮辱されてカチンとはきたが、お互い酔っ払いな上、酷い麻雀を打ったのは事実なので俺は反論しなかったのだが、友人が俺のために怒ってくれた。

売り言葉に買い言葉で、その友人と俺、強面のオッサンとその連れで賭け麻雀を打つことになった。

今にして思えば、おそらく強面連中のいつものやり口だったのだろう。

明らかに自分より弱い相手を見つけては挑発なり脅しなりで賭け麻雀に誘い、大金をカモる。

俺がプロだと知っていてもふっかけたのは、泥酔していてろくに打てないと思ったからだろう。

強面連中は俺を見誤った。泥酔していたのは事実だが、友人との麻雀は手を抜いていたというか、酔いのために鈍い頭で考えるのが億劫だったので合理性や考察を放棄したゆえの結果であり、酩酊状態で出せる実力の半分も出していなかった。

挑発されていささか機嫌を損ねていたこともあるが、友人の義憤に応えたいとも思い、そのとき出せる全力で強面連中のお相手をして差し上げた。

その結果、半荘3回全て俺の一人勝ち、さらに俺が狙い撃ちしたこともあって強面のオッサンは全て最下位に終わった。

結局、賭けで巻き上げた金額は総額20万円以上にもなった。

やりすぎたかな、と後悔したが、反面いい薬になっただろう、と俺はほくそ笑んだ。

巻き上げた金額も大概だが、彼らを嘲笑する気持ちが顔に出て、強面連中の屈辱をさらに刺激したのも今思えばまずかったと思う。

「持ち合わせがないから」と言われて、深夜でもお金を借りれる近くの「お自○さん」に何の警戒もせずノコノコついていった俺が愚かだった。

酩酊してたとはいえ、明らかに殺気だっていた強面連中の雰囲気を気にも留めなかった己の愚かしさの報いをそのとき受けることになった。

強面のオッサンに先導されて、裏路地を歩いていたとき。突然、背中に感じた激痛。走り去る誰かの影。友人と誰かが言い争う声。

背中が熱い。どこか大事な臓器を深く傷つけてしまったのかもしれない。

急速に全身が痺れ、視界が暗くなり、意識が遠ざかってゆく。

 

走馬灯が見える。

今はもういない大好きな家族たちと雀卓を囲み、ツモ牌に一喜一憂している、幼い頃の自分が――

 

嗚呼……目が覚めたらまた……麻雀を家族と一緒に……うち……たい……な…………

 




お約束の前世章。割とありがちな展開かもしれません。
現実的に弁護士とプロ雀士の兼業って可能なの? と作者としても
疑問なのですが、正直無理な気がしないでもない。
弁護士基本、プロ雀士活動はそれ以外に許された時間で融通、
と脳内設定。
前世のスペック確保とヒロインの親に絡めるためです。
ちなみに前世の主人公の享年は29歳。


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東場 第一局 一本場

割とありがち設定&展開かもしれません。
悩みを捨て去るあんイズムを信仰しています・w・


俺には前世の記憶がある。

なんてことを真顔で言われたら、普通の人は無視するか「疲れてるのか?」とでも言うだろう。

親切な人だったらきっと良い精神病院を紹介してくれるはずだ。

さて、画面の向こう、顔も知らない雀士たちの反応はどうだろう。

ディスプレイの画面に映し出されている、とあるネット麻雀のプレイヤーチャット欄。

そこには。

 

 

From:のどっち [貴方はどうしてそんなに強いんですか?もしかしてプロですか?]

 

To:しろっこ [俺の前世がプロ雀士だったからだ。俺には前世の記憶がある(キリッ]

 

From:のどっち [ふざけてるんですか? そんなオカルトありえません]

 

To:しろっこ [お堅いなーのどちゃんは。ジョークは社会の潤滑油だよん]

 

From:アナゴ [いやー良い勝負見せてもらったわぁ。ネット麻雀界最強を謳われる伝説のプレイヤー同士の頂上決戦。今回もしろっこさんの完勝やなぁ]

 

From:Touka [今回は最下位に甘んじてしまいましたが、次は私こそがトップに立って、お二人の伝説に終止符を打って差し上げますわ!]

 

To:しろっこ [いいねーそういう覇気のあるコ、おじさん大好きよ(はぁと]

 

From:アナゴ [きんもー☆ 最近、モバイルやPCのネットゲームでの出会い系行為の監視と取り締まりが強化されてるゆーから、冗談でも迂闊なこと言うとIDバンされるで]

 

From:Touka [私は殿方になんて全く、これっぽっちもきょーみありませんわっ! ちょっと麻雀が強いからって調子に乗らないでくださいまし!]

 

From:アナゴ [フリかもしれんけど、性別が特定されるような発言をネット上でするのは自重した方がええよー。まぁアバターでわかりやすいってプレイヤーもいるんやし今更かもしれんけど(チラッ]

 

From:のどっち [しろっこさんとの戦歴は今回で私の3連敗ですか…… しろっこさん、次はいつ打てますか? そちらのご都合に合わせます]

 

To:しろっこ [会話の流れをぶった切るのどちゃんにタンヤオの称号をあげよう]

 

From:アナゴ [OYAJIギャグキター (♯`・ω・) 全然おもろないわ……]

 

To:しろっこ [ヤダカワイイ まじすんませんでした……]

 

From:のどっち [真面目に答えてください]

 

To:しろっこ [ごめんごめん、悪気はないのよ。えーと、予定だっけ。ごめん、俺明日からしばらくINできないかも。ほら、4月だから色々あってさ。新しい環境に慣れるまで夜更かしは控えたいのよ]

 

From:Touka [それは残念ですわね。しろっこさんの麻雀は私と同じデジタル打ちの見本としてとても参考になるものですから、今後は私もお相手して願きたいと思っておりましたのに]

 

From:アナゴ [しろっこさんって新社会人とかなん?なんかもっと歳食ってるイメージやけど]

 

To:しろっこ [おじさんはぴっちぴちの十代だお]

 

From:アナゴ [はいダウト。そんなんどう考えてもありえへんわぁ]

 

From:のどっち [しろっこさんって学生なんですか?]

 

To:しろっこ [ひみちゅ☆ さて、時間も遅いしそろそろ乙るー。今日は一緒に打ってくれてありがとう。おやすみ再見!]

 

 

しろっこ さんがログアウトしました。

 

 

今日のネット麻雀はなかなか有意義だった。

レートでは俺にやや劣るが(←ココ重要)、俺とほぼ同等の高い評価を得ているネット麻雀界の強豪プレイヤー「のどっち」と打つことができた。

他の参加者も相当なやり手だったし、ほんと楽しかった。

ああいう相手と気軽に対戦できるのがネット麻雀のいいところだ。

それにしても打った相手とチャットすると、高確率で身元詮索されるんだよな。

年齢とか特によく聞かれる。名前や住所はともかく、年齢を隠すつもりはないので割と正直に十代って答えてるのにどうして誰も信用してくれないのか理解に苦しむ。

やっぱ「おじさんは~」とか、たまに寒いジョークを飛ばすことが原因なんだろうか。

まぁ実際精神年齢が前世との単純合算で40歳超えてるのも事実だけどね。

そーゆー加齢臭が言動にも出てるのかしら。ヤダ、ちょっと自重しなきゃ。

 

「……寝るか」

 

他人のせいにするのはアレだが、さっき対戦したアナゴさんのおかげでテンションがおかしくなってる。

なんつーか、稀有な人材だったなぁ。主に俺の相方が勤まる的意味で。

偏見かもしれんが、やっぱ関西人は面白い人が多そうだな。ヤーさんとか、怖い人も多いって聞くけど。

スジモンな人には関わりたくないよなぁ、前世でさくっ☆と殺されただけにトラウマだぜ。くわばらくわばら。

 

そんなわけで布団の中からこんばんわ。

最強(←ココ重要)のネット雀士”しろっこ”こと発中白兎(はつなかはくと)、15歳♂です。

ただいま2回目の人生を絶賛謳歌中。嘘か真か、前世の記憶もちだったりします。

もちろんリアルでそんなこと誰にも話さない。ただ、ネット上だと匿名なもんでつい口が軽くなる。

むやみやたらに喋ってるわけじゃないけど、まぁネット上限定の持ちネタみたいなものだから、痛い子扱いしないでほしい。

だけど、俺が前世の記憶をもってて、その前世が日本有数のプロ雀士だったってのは本当のことだ。少なくとも俺にとっては。

 

生まれ変わった俺は、6歳までは多少利発な程度の、割とどこにでもいる少年だった。

だけど、ひょんなことから生まれて初めて麻雀牌に触れたとき……怒涛の如く前世の記憶が蘇ってきたのだ。

いやー、あのときはほんとびびった。というか超混乱した。

だって想像してほしい。未熟な精神性しかもたない幼児の頭に30年近い人生の記憶が流れ込んできたんだぜ。

散々泣き叫んだ挙句に思考回路のブレーカーが落ちて気絶したよ。

その後すげー長い前世の記憶を夢で見て、起きたときには最適化完了☆って感じで前世の自分を受け入れられてた。

人格ベースは生まれ変わった俺のつもりだけど、1/3くらいは前世の自分が混じってると思う。

そのせいか、「白兎君ってふざけてるときと真面目なときのギャップが酷いよね。二重人格みたい」とか親しかった同級生の女の子に指摘されたりもした。

基本おちゃらけた性格の俺だが、状況次第では前世のように冷静かつ真面目な性格で振舞うこともできる。

まぁその状況ってのが結構限定されてて、ぶっちゃけると麻雀してるときと女の子と二人きりな状況のときのどちらかで性格が切り替わる。

とはいえ必ずしもそうなる、というわけではなく、ケースバイケースとも言える。

前世では弁護士でプロ雀士、なんてステータスもあって女性には割ともてたし、おかげで豊富といえないまでもそれなりの女性経験は積んだと思う。

女の子って言っても、精神年齢40歳超な自分からすれば同年代の女性はずっと年下のお子様なわけで、恋愛対象にならない……とまでは断言できないが、他の同年代の男の子みたいに女子と二人きりだと緊張する、なんて初々しさは持ち合わせていないはずなんだが。

ま、今のところさして弊害があるわけでもなく、気に病むことでもないんだけどね。

話を戻そう。

そんなわけで見事輪廻転生に成功した俺は、その瞬間からチートライフならぬ神童っぷりを遺憾なく発揮しましたとも。主に学業と麻雀で。

前世で東大法学部を優秀な成績で卒業した俺が小学生中学生レベルの学問に煩わされることなど無論なく、勉学に費やすべき時間を全て麻雀の研鑽と体力作りに費やすことができた。

幸い、発中家は裕福な家庭なうえに両親もいい人たちで、幼子が熱中するには少々異様な麻雀三昧と体力作りのトレーニング漬けの日々を鷹揚な笑顔でバックアップしてくれた。

今生ではとても良い両親に巡り合えたと我が身の幸運に感謝してる。

ちなみに麻雀は言わずもがなだが、体力作り(格闘技をいくつか習いました)に励んだのはひとえに前世の後悔ゆえだ。

理不尽な暴力や殺意が、いつ自分を襲ってくるかわからない。

平和な日本だからと油断してると、ちょっと人気のない裏路地に入り込んだだけで命が脅かされる場合もあることを文字どおり命を懸けて学んだのだ。

おかげさまで前世までひ弱だった俺が今ではすっかりムキムキのマッチョに!

……なってないけど。

いやね、そのね、俺さ、自慢だけど頭もいいし運動能力高いしおまけに麻雀プロ級だしで、欠点らしい欠点なんてないんだけどさ、唯一コンプレックスがあってね?

体が小柄なのよ。身長は169cmとそこそこあるんだけど。

問題は、見た目の筋肉がつきにくいタイプみたいでさ、いくら鍛えても腕とか足とか首とかが細いまんま。

実質的な身体能力はちゃんと向上してるんだけどね。

んで、顔も小さくて線の細い女顔なものだから、服装次第では未だに女の子に間違われることがあったりする。

まぁ俺の性格的にはそれすら会話のネタにできるからいいやーって思ってる程度なんだけど、さすがに去年の秋、中学生最後の文化祭で披露したネタは洒落になってなかったって反省してる。

何をやらかしたかというと、クラスの出し物が「女装メイド喫茶」という流行とお約束を取り入れてみました的な感じだったんだけど、胸パッド付きのメイド服とウィッグを装備した俺の見た目が完全無欠の美少女様になっちゃってね。

よせばいいのに調子こいてその姿でレスリング部の出し物であるベンチプレス大会に出場して120kgのバーベルを軽々と持ち上げて(錘がそれ以上なかった)優勝をさらい、「怪力美少女メイド」などと名誉だか不名誉だかわからん評判を得たことで学校中のマッチョ体育会系男子どもから熱い視線で視姦されたこととか、陸上部の出し物である校内トライアスロン大会に飛び入りで参加してぶっちぎりのトップでゴールを駆け抜け、「鉄人美少女メイド」などとありがたくもない称号を贈られて文化祭参加者の話題を独占したこととか、なんか話題になってるからミスコンでも出てみればって友人の冗談を真に受けて出場したら、他の参加者の女の子にぶっちぎりの大差をつけて優勝したせいで「(生まれる性別を)ミス(した)美少女メイド」という、余計なお世話だと心から叫びたくなる肩書きをいただいてしまい、おまけにそのときの写真が本人に無断でWEBコスプレコンテストに応募された挙句、女性部門最優秀コスプレ美少女大賞に輝いてしまってワールドワイドに恥をかいたりと、散々な目にあった。

いや当時は愉快犯的に楽しんでやってたし、120%自業自得なんだけどね。

ま、若気の至りってやつさ。精神年齢40歳超えてるけど。

そういえばそのときの文化祭で、胸が大きくてスタイルの良い、すごい美少女に出会っちゃったんだよね。

地元の子じゃなかったみたいだけど、文化祭に来てた他校の性質の悪い連中に校舎裏で絡まれてたところを白馬の王子様よろしく颯爽と助けてあげた。

軽いノリで言ってるけど、そのときの様子は絡まれるというか暴行二歩手前って感じだったから、俺が見つけなかったら深刻な事件になっていたかもしれない。

俺は前述の女装(メイド)姿だったから「正義の鉄人美少女メイドここに見参!」って名乗りを上げたよ。

「この美少女(のふりをしている変態)、ノリノリである」ってアナゴさんがいたら突っ込んでくれそうなくらいに堂々とね。

んで、チンピラどもはみっくみく……じゃなくてぼっこぼこにしてやんよ! で叩きのめした。

女の子ならぬ女装姿なら過剰防衛許されるだろって思って割と手加減しなかったからなー、確か4人いたけど全員文化祭が終わるまで校舎裏で気絶してた。暴力万歳。

その後、調子に乗った俺は同性のフリを続けてその美少女と一緒に楽しく文化祭を回ったわけだが、麻雀部の出し物(単なる雀卓一般開放・部員が面子に加わるというだけの学園雀荘だが)で足を止めた彼女に「麻雀する?」って冗談半分で聞いてみたらあらびっくり、「やります」のお返事。

俺にとっては嬉しいことに、前世の世界と違ってこの世界は麻雀という競技の社会的地位が高く、若い女性にも麻雀が結構普及している。

ちなみに前世の世界と今生の世界は細かいところで結構差異があるようだ。

麻雀のこともその一つ。それ以外にも気付いた差異はいくつかあるけど、俺にとってはどうでもいい。転生における世界観的科学考証もどうでもいい。

一種のパラレルワールドに転生したんだろ、くらいの認識でしかないし、それで十分だと思ってる。

それはともあれ、美少女と打ったら意外と強くてさらに吃驚。

とはいえ、さすがにプロ並である俺ほどではなく、半荘2回やったがどちらも俺がトップ、その子が2位だったけど。

文化祭のお客様だし接待麻雀してもいいかなーなんて最初は考えたんだが、あまりにも真剣な表情で彼女が打つもんだからつい大人気なく本気を1/4くらい出しちゃった。

まぁ1/4とかテキトーに言ってるだけだけどねっ☆

あれだよ、万が一負けたら「俺はまだ全然本気を出しちゃいないんだZE!」って言い訳するためにそうしてる。

俺は言い訳にすら妥協を許さない、用意周到な男の娘(へんたい)なのだ(キリッ

唯一あれがそのときの文化祭での良い想い出だなー、うん。

今にして思えば名前とか住所をきいとくべきだった。

そのときはイケナイ俺のおじさん魂こと悪魔のお告げがあって、「この胸のでかい美少女はお前のことを完全無欠の女の子って思ってるから多少セクハラっぽい愛称で呼んでもスイーツ()トークってことで許されるはずだ」なんて心の耳元に囁くもんだからつい誘惑に負けてしまい「おっぱいちゃん」って呼んでしまった。

思惑どおりと言うべきか、同性と認識されてたためか怒られたりはしなかった。

だっておっぱいちゃんって呼びたかったんだもん。

俺の中の天使が「だめだこいつ早くなんとかしないと……」とため息をついたのは言うまでもない。

そのせいってわけじゃないけど結局最後まで名前を聞く機会が訪れなかったんだよね。

文化祭終わった後も名前知らないし湿っぽい別れになるよりはって思って、「またね、おっぱいちゃん」って挨拶をして別れた。

別れ際の彼女の潤んだ瞳が今でも忘れられない。

話を戻すけどおっぱいちゃんってさ、可愛くてスタイル抜群で性格良さそうで麻雀も強くて、俺的に超優良物件なんだよね。いや女の子をそういうふうに言うのは失礼なんだけども。

あれほど俺にとっての理想を満たした女性なんて今後の人生でも出会えないに決まってる。まじ惜しいことした。

まだちょっと若いからってそういう検討を全くしなかったのが痛かったなー。

性別偽んなきゃよかた。不良から単身助け出すなんてコテコテのシチュエーションな出会い、今時少女漫画からすら絶滅してるほどのテンプレなだけに、女装の誤解だけきちんと解けば絶対ねんごろになれたに違いない。

うぅ、思い出せば思い出すほどまたあの子に会いたくなってきた。

だがそんな奇跡がまた起きるとは……まてよ、俺は輪廻転生などという超奇跡的体験をした存在だ。言うなれば神の子。

生まれたときにはきっと赤ちゃん語で「天上天下唯我独尊」とかいって生まれてきたに違いないほどの尊者だ。

そのような奇跡的神様パワーを持つかもしれない俺なら願えば実現できるはずだ! できるに違いない! 信じる者は救われる!

俺は明日の入学式でおっぱいちゃんと再会して甘酸っぱい麻雀を打つ、じゃなかった、青春を送るんだ!

 

「…………寝るか」

 

明日は早いからな。




序盤のハンドルネームでの会話、主人公以外の3人は全員原作キャラです。誰がどのキャラなのか、安易でわかりやすい名前だと思います。主人公の姓が安易だなーというかダサい(汗)。


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東場 第一局 二本場

視点名称は 咲-Saki- 阿知賀編 にちなんでます。
N=のどか です。
視点名称が冒頭に付かない場合は主人公視点だと思ってください。


episode of side-N

 

 

 

 

「はぁ……」

 

旧校舎の屋上にある麻雀部部室のバルコニー。

塀に背中を預けながら、左手に持った一枚の写真を眺めながらため息をつく。

写真に映っているのは、去年の秋頃に印象的な出会いをした同年代の女の子だ。

写真の中でその子はゴシックロリータなメイド服を身に纏い、見る者全てを魅了する艶やかな微笑を浮かべてモデルのような美しいポーズを取っている。

 

「はぁ……」

 

無意識にため息が再び漏れる。

この写真の女の子と再会したい。彼女とまた麻雀を打ちたい。

強くなったね、って褒めてほしい。そして、できればまた抱きしめてほしい。

そう、彼女との出会いは私にとって運命ともいえるものだった。

 

当時、親に付き合って遠縁の親類の家に訪れていた私が、隣といっていいほど近くにあった中学校がたまたま文化祭を開催していたことを知り、他校の文化祭がどんなものかという興味本意と暇つぶしを兼ねて行ってみたのだ。

そして、早々にその選択を後悔することとなった。

しばし見回った後、文化祭の人ごみに中てられた私は人気のない場所で休息したくて、一般客どころか生徒すらも滅多に足を踏み入れないような奥まった校舎裏にふらふらと入り込んでしまったのだ。

そこには先客がおり、それは煙草をふかしながら闖入者の私を睨む、4人の同年代の男の子たちだった。

喫煙場面を見られたからか、彼らは私を捕まえようとして立ち上がった。

危機感を覚えて踵を返そうとした私は、最悪なタイミングで持ち前の鈍くささを発揮してしまう。

踵を返そうとして足を縺れさせて転んでしまい、痛みに堪えて起き上がったときにはすでに周囲を彼らに囲まれてしまっていた。

捕らえた獲物を見るような彼らの目は私の胸ばかりを注視しており、手つきはいやらしく蠢いていて生理的に嫌悪を堪え切れなかったのを覚えている。

第二次性徴を迎えてからどんどん大きくなっている私の胸はどうやら男性からするとつい見てしまいたくなるものらしく、中学生に上がる以前から毎日のように経験した視線ではあった。

だけど、経験を重ねることと慣れることはまた別の問題で、むしろ歳を重ねる毎に男性の視線には恐怖感じみたトラウマを覚えるようになってしまっていた。

運動が比較的得意じゃない私は、小学生の頃は活発な男子ともいじわるな男子とも馴染めず、中学生に上がってからは胸のトラウマもあって意識的に男性を避けるようになってしまっていた。

そのような私が、見ず知らずの土地の人気のない場所で、嫌らしい笑いを貼り付けた男の子……不良数人に取り囲まれたときの恐怖感と絶望感は筆舌に尽くしがたい。

今もなお、そのときのことを思い出しただけで肌が嫌悪と恐怖に粟立つほどだ。

もはや大声を出して助けを求めるしかないと、大きく息を吸った私の口を素早く手の平で塞ぐ不良の一人。

その人は4人の中で最も体格が良く、一番嫌らしい顔をして私を舐めるように見ていたのを覚えてる。

私は絶望した。どんな暴力に晒されるのか、どれほど酷い目にあわされるのか。

お互いまだ中学生だからそう無体なことはしないだろうって僅かな希望もあったけど、中学3年生の私や、正確な年齢はわからないけど目の前の不良たちはすでに大人と体格的にはそれほど変わらないのだ。

良い意味でも悪い意味でも大人と同じことができる程度には成熟してしまっている。心も身体も。

犯罪の裁きに携わる両親の職業柄もあって、幼くしてレイプや性的悪戯といった性犯罪の被害にあった少女の話、悲惨な事件の内容をすでにいくつか聞き知っていた。

今の私が彼女らと同じ被害に遭わないという保証はない。

いやむしろ、かなりの確率で私は……

将来が真っ暗に閉ざされていくような絶望に晒され、涙が限りなく溢れてくる。

真っ当な良心を持った相手なら、もしかしたら涙を見て罪悪感に捉われたかもしれない。

相手が一人だったら、自分のしようとしてることに気付いてそれ以上の行為は思いとどまったかもしれない。

だけど、私にとってより最悪なことに、彼らは集団で気が大きくなっており、いまや口を塞ぐだけでなく私の右腕をがっちり捕らえて離そうとしない大柄の不良は私の涙を見て余計に嗜虐的な欲望をたぎらせたようだった。

私にもう成す術はない。身を竦めて無法な暴虐がすぎるのを待つかしかない、と自分の心を殺しかけたとき。

彼女が現れたのだ。

 

「正義の鉄人美少女メイドここに見参!」

 

この場の空気をぶち壊すように、明るく張りのある大声が響いたのだ。

その声に私はとてもびっくりして、絶望的な状況をつい忘れてしまったほど。

口を塞がれているがゆえに顔が動かせず、目だけを必死に動かして救い主になってくれるかもしれない声の主の姿を求める。

視界の隅に映る、こちらへと駆けて来る長い髪をした女の子の姿。

溺れる者は藁をも掴むというが、彼女は藁どころか物凄く太い鋼鉄のワイヤーだったと思う。

冷静に考えれば体格の良い不良4人のところへ向かってくる女の子一人、その子の身の安全も考えるなら「助けを呼びに行って!」と頼むのが最善だったはず。

なのに私は我が身可愛さに、必死に身体をよじって口を塞いでいる手から刹那逃れると、「助けてください!」と大声で叫んでしまった。

もし彼女がただ正義感に溢れるだけの向こう見ずで無力な女の子だったら、より最悪な事態になっていたかもしれない。

そのことに私が気付いて青褪めたとき――彼女はもう不良たちのすぐ側まで来てしまっていた。

ごめんなさい――! 己の失策を内心で彼女に謝り、目を瞑った瞬間。

信じられないことが起きた。

 

ズドッ!

 

鈍い音が聞こえ、目を開けた私の視界に映ったのは……文字どおり宙を飛んでいる不良の一人。

そして、左肘を突き出した格好で静止しているメイド服姿の女の子。

彼女は同性の私でも目を奪われるほどの美少女で、恐らくは何かの格闘技の技を繰り出したポーズが恐ろしく様になっている。

信じられないことだけど、彼女が肘鉄の一撃で不良の一人を3m以上も吹き飛ばしたのだ。

あまりのことに慄然とし、身動き一つせず立ち竦んでいた私は彼女が作ってくれた逃げるチャンスを愚かにもふいにしてしまっていた。

同じく呆然としている不良の手からは力が抜けており、逃げようと思えばそのときできたはずなのに。

だけど、結局は私の失態など彼女には何の差し障りになるものではなかった。

忘我から立ち直った不良の一人が「このっ!」と彼女に掴みかかろうとした瞬間、彼女の体がその場から消え失せ、バヂッ! という肉が肉を叩くような音がしたかと思うと、不良の頭部が斜め上に数十センチほど跳ね上がる。

そして重力に負けてどしゃっ、と不良の体が後ろに倒れこんだ。

代わりに不良がいた場所に立っていたのは、右掌を斜め上に突き出した姿勢の彼女。

どうやら掌底で不良の顎を撃ち抜いたみたいだった。

2度も同じ異常事態を目撃し、私は理解した。きっと不良たちもだろう。

彼女は全くもって”尋常じゃない”。

仲間二人の末路を見て、逃げ出さなかっただけでも大したものだと思う。

ただパニクってただけかもしれないけど、「アマっ!」と叫んで殴りかかる不良の拳を彼女は滑らかな動きで半身にずらしかわすと、次の瞬間には殴りかかった不良がまるで自分から身を投げ出したかのように空中前転し、強かに背中から地面に落ちた。

衝撃と痛みでウグッと呻いた不良の鳩尾を即座にかかとで踏み抜くという追撃で止めを刺す彼女の動きには、躊躇とか手加減とか容赦とか、そういう寛容めいた感情が全く抜け落ちてる。

圧倒的だった。仮に4人の不良が同時に飛び掛ってもこの人なら一蹴してしまうんじゃないかと思えるほどに強く、凛とした表情は美しかった。

私が彼女の勇姿に見惚れている間にも事態は進み、彼女はスタスタとこちらへ足早に近づいてくる。

最後に残った体格の良い不良は、私を手放して逃げるなり彼女へ攻撃するなりの行動を取るか、私を捕まえたまま人質に利用するつもりか、即座に判断を下せず迷ったようだった。

そして、ほんの数秒とはいえその逡巡は致命的だった。

「こっ、こいつガっ!?」ぐしゃ。

最後の不良が何かを言いかけた瞬間、鈍い音がした。

白目を剥いたかと思うと口から泡を吹いて膝から崩れおちる体格の良い不良。

どうやら、男性の急所を彼女に蹴り上げられたようだった。本当に容赦がない。

不良たち全てが地に伏せ、ぴくりとも動かなくなった校舎裏で、立っているのは私と彼女の二人だけ。

もし彼女に声をかけられるより先に、助かったんだという感慨を抱いていたら私はきっと、腰の力が抜けてへなへなと座り込んでいたに違いない。

 

「怖い思いをさせて、ごめんよ」

 

まるで今まで暴力を振るっていたことなどなかったかのように、爽やかな笑顔で私に微笑みかける彼女。

 

――どくん。

 

心臓が大きく胸を打つ。

 

「大丈夫?」

 

彼女はそう言って事の成り行きに呆然と立ち尽くしている私の頭を優しく撫でてくれた。

そこで初めて、私は助かったんだと、もう怖いことはないんだと、窮地を脱したことを実感した。

一度は止まっていた涙が溢れてくる。

嬉しいのか、ほっとしたのか、悲しかったのか、悔しかったのか、あらゆる感情がないまぜになってコントロールできない。

彼女はそんな私を慈愛の篭った手つきで頭を撫でてくれる。

私は彼女の胸に飛び込んで力いっぱい抱きつくと、さらに大声で泣き喚く。

 

「遅れてごめん」

 

私が泣きじゃくっているのがまるで自分のせいだと言うように、申し訳なさそうな口調で謝罪する彼女の言葉を聞いて、私はとても切ない気持ちになった。

どうして貴女が謝るんですか。

貴女の責任なんてこれっぽっちもないのに。私を助けてくれたのに。

そう口に出して言いたかった。

だけど、精神的に未熟な私は感情を抑えられず嗚咽しか出てこない。

その不甲斐なさと情けなさに更に泣きたくなる悪循環。

 

「もっと早く見つけていられれば、君が本当に怖い思いをする前に助け出せたから。幸い、体は無事だったみたいだけど、きっと心は傷ついただろうからね……だから、ごめん」

 

まるで私の心を読んだかのように語りかけてくる彼女。

さっきからずっと頭を撫でてくれている。

嗚呼、まるで幼い頃に怖い映画を見て泣き出した私を母が抱きしめてくれたときのような、深い母性と慈愛を感じる。

 

「この不届きな連中、うちの学校の生徒じゃないんだけどさ。同じ市内にある、いわゆる底辺校の連中……だと思う。君もこの学校の生徒じゃないよね。見覚えないし」

 

だいぶ落ち着いて涙は止まってきたが、感情がまだ収まりきってない私は返事の代わりにこくりと彼女の胸の中で頷く。

 

「やっぱり。でさ、何が言いたいかっていうと、うちの文化祭を楽しみに来てくれた君みたいな子を、他学校の学生のやったこととはいえ、校内で怖い目に遭わせてしまったのは事実だから。それが本当に申し訳なくて。それでもしよかったら、虫のいいお願いかもしれないけど、せめてこの学校と生徒たちは嫌わないでやってほしい。……ダメかな?」

 

そんなことない! 全然ない! 何もかも私の落ち度で、それを貴女が助けてくれたんです!

彼女の胸に縋りつきながら、何度も何度もふるふると首を振る私。

感謝の気持ちが少しでも届いてくれることを願って。

 

「ありがとう」

 

礼を言い、彼女は無言で私を撫で続ける。5分以上はそうしていたかもしれない。

気持ちが落ち着いた私はいつまでもそうしてはいられないと、彼女から身を離した。

頬に残る彼女の温もりがすぐに冷めていく。それが酷く名残惜しかった。

そして気付く、彼女の体から香る良い匂い。

これは……クチナシの匂いだろうか。

あまり香水には詳しくない私だけど、この匂いだけはずっと覚えていよう。

心に強くその思いを刻む。

 

「さてと。怖がらせたお詫びと念のためのボディガードを兼ねて、オレと一緒に文化祭を回ってくれますか、お姫様?」

 

可憐な見た目とは真逆な、とても男性的な言葉づかいで私に右手を差し出してくる彼女。

 

「はい……よろしくお願いします」

 

私がその手を取ると、にやっ、と楽しげに笑う彼女。

いや、むしろそれは……まるで悪戯が上手くいった少年の微笑みみたいだと、不思議な感傷に捉われた。

 

――どくん。

 

どくん、どくん、どくん…… なぜか胸がドキドキする。

繋いだ手のひらから暖かい温もりがじんわりと私の中へしみこんでゆく。

もしかしたら、これが私の初恋だったのかもしれない。

相手は女の子だったけど、でもそれがおかしいことだとはなぜかこのときの私はちっとも考えなかったのだ。

 

さて、そんな成り行きで彼女と出会い、その後は楽しく文化祭を堪能できた私だったが、彼女には何度も驚かされた。

何がといえば、そう……沢山あったけれど、一つは彼女がとても人気者だったことだ。

男子生徒とすれ違えば、「シロー、そのカッコでナンパとかシャレにならんぞー。ってうぉい、すっごい可愛い子じゃんか!」などと気さくに声をかけられ、女生徒とすれ違えば「シロせんぱーい、メイド服すっごい似合ってますよ! あ、隣の子って彼女ですか? うちの子じゃなさそうだけど、超カワユス!」なんて後輩の子が嬉しそうに寄ってくる。

また、先生ですらも「おーいシロー、頼むからうちの学校の評判貶めるような風紀にもとる行為は控えろよー」と、言葉とは裏腹の信頼と親しみを篭った笑顔を向けてくるのだ。

彼女が周囲の絶大な信頼と友情を勝ち得ていることが、出会ったばかりの私にも感じられ、我が身のことのように嬉しかったことを覚えている。

また、彼女が麻雀を打てる、いやそれどころか私がこれまで対戦した誰よりも強いと感じるほどの雀士だったことも驚きだった。

私がかつてインターミドルの地方予選、全国大会で戦った数多の強豪、ライバルたちの誰よりも、だ。

麻雀はたった半荘1回2回では実力差など測れない運の要素が強い競技だが、彼女は私と同じ、合理性を追求したデジタルな打ち方だったことがあり、その実力を把握できたのだ。

いや、それは正しくないかもしれない。

私にわかったのは彼女が私より強い、という一点の事実だけ。

彼女が手を抜いたようには見えなかったけど、全力だったという保証もない。

私と大して変わらない年齢でそこまで実力差があるとは思えないけど、曲りなりにもインターミドルチャンピオン、中学生で最も強い部類である私より、明確に強いということだけでも、本当に凄いことだと思う。

世の中は広い、私なんて足元にも及ばない打ち手がいっぱいいるんだ。

インターミドル王者なんて肩書きを手に入れて、天狗になりかけていた私にそのことを気付かせてくれた彼女に心から感謝したい。

そして、これはどちらかというと愉快半分不愉快半分なんだけど、文化祭を一緒に回って、ある程度お互いの距離感というものが計れてきた頃に、彼女が突然「おっぱいちゃんって呼んでいい?」なんてことを言い出したのだ。

あの申し出には唖然とした。いくらなんでも人の気にしてる身体的特徴をそんなふうにあげつらうなんて許せません! 一瞬カッとなりかけた私だったが、よくよく考えれば彼女は女性で、これまでの経緯からその性格を鑑みても、発言の動機に性的な嫌らしさや揶揄の意味があるとはとても思えなかった。

むしろ、やや都合の良い好意的な解釈かもしれないが、私との距離を縮めたくて、冗談めいた気安い呼び名として考えたことなのかもしれなかった。

なのでつい、「ん…貴女がそう呼びたいなら、構いません」などと了承してしまったのだ。

ただ、私が本心では歓迎してない呼び名だということを察してくれたのか、結局その呼び名を次に使ったのは別れの挨拶のときだけだった。

多分、別れが湿っぽくならないよう、冗談めかしたつもりで言ってくれたんだと、今にして思う。

そして、やはり彼女は人の心に敏感な、優しくて素敵な人だということも。

 

そんな、忘れがたくも切ない想い出に浸っていたためつい油断してしまった。

 

「あれ、のどちゃんそれ誰の写真だじぇ?」

「な、なんでもありません。これは……お友達の写真です」

 

私が写真を眺めて物憂げな表情をしていた場面を優希に見つかってしまった。

咄嗟に写真を背中に隠す。

まずい、優希は悪い子じゃないんだけど、好奇心旺盛だ。

間違いなく写真のことを詮索される。

 

「ま、まさかそれは!女子高生の憧れ……即ち彼氏の写真というやつか!? 親友の私を差し置いて高校入学後すぐに彼氏ゲットとは、やるなのどちゃん! とゆーわけで彼氏の顔を見せてほしいじぇ」

 

まるでそれがさも当然のように、両手のひらを差し出してくる優希。

全くこの子は……

 

「どうしてそういう結論になるんですか…… それに何度も言いますが、これはお友達の写真であって彼氏のものではありません」

「ほっほーぅ。そういう割には、さっきののどちゃん、すっごい切なそうな顔をしてたじょ。まるでもう会えない恋人を思いだしているかのようだったじぇ」

 

うぐ。優希はいつも余計なところで鋭い……

 

「そ……そんなことは……ありませんよ…… 優希の思い違いです」

「のどちゃん往生際が悪いじょ!」

「きゃあ!」

 

いきなり飛び掛ってくる優希。

突然の行動に仰天した私はバルコニーの床にしりもちを突いてしまう。

そんな私の目の前を、ひらり、と紙のようなものが横切る。

あの人の写真だ、びっくりしてうっかり手放してしまった。

まずい、優希に渡すわけにはいかない!

私にしては珍しいくらいに機敏に反応したと思うのだが、運動神経に恵まれた優希の俊敏さはさらにその上を行った。

私の目の前で舞い落ちる写真を空中で素早く掴み取る優希。

一瞬の早業だった。

 

「さてさて、私の嫁であるのどちゃんを奪ったにっくき男の顔、拝ませてもらうじぇー」

「あああ……」

 

もうダメだ。優希にバレたら最後、部長や染谷先輩、須賀君にまで話が伝わっちゃう……

 

「うおおおおおおおお! これはだじぇ!!」

「きゃ!」

 

写真を見た優希が突如大声を出してまたびっくりしてしまう。

 

「どうした優希! なんかあったのか!?」

 

異変を感じた須賀君がバルコニーに飛び込んでくる。ああ……来なくていいのに……

やっぱりトラブルメーカーの優希が関わると、事態がどんどん悪化してゆく。

わかってはいたことだけど、あまりのままならなさに内心で盛大なため息をつく。

 

「おお、京太郎よ、良いところに。お主も見るか?」

「え、何々? 何かあんの?」

「そのとーぉり。これを見よ! のどちゃんの大事な人が映ってる写真だじぇ」

「な、なんだってー!? ま、まさかのどかの彼氏?」

 

当事者である私を完全に置いてきぼりにして、優希と須賀君の二人で盛り上がっている。

高校で、この部活で知り合って以来、優希は須賀君とよくお喋りしているのを見かける。

傍から見てると、まるで数年来の友人のような気の置けない関係に見える。

優希は元々、私のような人見知りはしない子だけれど、それだけではないだろう。

ウマが合うとでも言えばいいのだろうか。それとも相性か。

いずれにせよ優希は須賀君にだいぶ心を開いているようだ。

そんな優希を見ていると、少し羨ましい。

屈託なく友人の懐に飛び込める優希の純真さと明るさが眩しく思える。

私も優希のように素直な気持ちで振舞うことができていたら、中学生や小学生の頃の友達と今でも縁が続いていただろうか。

穏乃や憧は今頃どうしているかな……

写真の件について隠し通すことを諦めた私は、なかば現実逃避気味に追憶に浸る。

 

「ふふふ、見たいか京太郎?」

「見たい! ぜひ見たい!」

 

そんな私を一顧だにせず、完全そっちのけでさらに盛り上がる二人。

 

「よかろう! ならば私に今度学食のタコスランチを奢るのが条件だじぇ!」

「なにぃー!? 交換条件かよ!」

「当然! タダで物を恵んでもらおうなぞ甘すぎるじぇ京太郎!」

 

タダも何も、その写真は私のであって優希にあげた記憶も貸した覚えもないのだけれど……

二人のやり取りを眺めていると、なんだか色々なものがどうでもよくなってくる。

 

「ランチは高い! せめてタコス1食分に負けてくれよ優希!」

「ほほう、京太郎よ。お主にとってのどちゃんの秘密はその程度の価値しかないものなのか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 

優希と須賀君がちらちらとこちらに視線を寄越してくるのが少々わずらわしかった。

何でもいいから早く終わらせて写真返して……

 

「さぁ、どうするのだ京太郎。見るのか?見ないのか?」

「あぁー、もう! わかったよ! 見ますよ! 見たいですよ! タコスランチもってけドロボー!!」

「よくぞ決断した。商談成立だじぇ」

 

ようやく話がまとまったのか、私の写真を須賀君に手渡す優希。

須賀君は興奮した面持ちで受け取った写真をまじまじと見つめた。

 

「おい、優希……この写真に映ってる子、めちゃめちゃ可愛いな」

「すっごい美少女だじぇ」

 

ええ、そのとおり。とても美しい心と身体の持ち主で、私の大切なお友達。

 

「で、一つ聞きたいんだが……このどっからどう見ても完璧な美少女にしか見えない女の子の、どのあたりがのどかの彼氏だって? 話が違うじゃねーか!」

「何を言っているか京太郎。私はその写真の子がのどちゃんの大事な人だと言っただけだじぇ。それをどう解釈したかはお主の勝手よ!」

「ぐぬぬ……間違ってないだけに言い返せない……」

「そもそもだな京太郎。お主、本当にその写真にのどちゃんの彼氏が映っていた方が良かったのか?」

「あ、いや、もちろんそんなことはないぞ、ははは……」

 

私に彼氏がいてもいなくても須賀君には関係ないことなのに、それを知りたがるのはどうしてだろう。

ただの興味本位なら正直止めてほしい。

 

「だからその写真に映っているのは私のお友達だと最初から言っているでしょう。乗せられた須賀君はともかく、優希は私の話をちゃんと信じてください」

「ごめん、のどちゃん。ちょっと悪ノリしすぎたじぇ」

 

私の気持ちを察して、そうやって素直に謝ってくれる優希だから、私はこれ以上怒れないし、叱らないのだ。

仕方のない子。こういうところが彼女の憎めないところで、だから私は優希が好きなのだ。

 

「ええ、それはもう許します。とりあえず、用が済んだのであれば写真を返却していただいてよろしいですか、須賀君?」

「あ、ああ。すまんのどか。俺もちょっと騒ぎすぎた」

「気にしないでください。別に見られて困るものでもありませんでしたから。問題ありませんよ」

 

そう、問題はない。

けれど、だからといって無作為に誰にでも見せびらかすほど安い写真ではない。

優希はともかく、須賀君は……まぁ、本人に罪があったわけではないし、今回は仕方ないと思って忘れよう。

だけど折角だから私も学食のAランチ、須賀君に奢ってもらう約束を取り付ければよかったかな?

 




展開があんイズム・w・
原作でのどかがレズ志向なのは元来の資質っぽいですが、昔から男性に自分の胸を不躾に視姦されたりからかわれたり(小学生男子なら平気でセクハラしそう)したことが原因で、異性に対して失望感や隔意が強く何の幻想も抱いてないというキャラ付けにしています。
異性恋愛不能者じゃないけど不具合ありって感じ。
百合は百合で美しいイメージの関係ですが、のどかの場合はどちらかというと正常恋愛できない=擬似的な恋愛感情、関係を同性に求めた代替行為が源泉、という位置付けです。
あくまで作者的解釈ですがが。


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東場 第一局 三本場

残念ながら俺は神の子ではなかった。

な、何を言っているかわからねーと思うが、俺も(以下略)

 

身体の弱い妹の療養のため、俺の高校入学に合わせて空気の良い長野の田舎に引っ越してきた俺と妹。

兄妹の二人で両親が用意してくれたマンションに住んでいる。

両親は仕事のため東京都内の自宅に残っており、週末には俺と妹に会いにマンションまで来てくれる。

俺たちが東京へ帰ってもいいんだが、妹の体調を気遣って両親の方から足を運んでくれるのだ。

そんな両親を俺は心から尊敬し、いつか必ず親孝行をすると心に決めている。

 

そういった背景があり、長野の田舎にある高校「清澄高校」に俺は入学した。

その際、かつて1日だけ行動を共にした理想の女の子ことおっぱいちゃん(仮称)と高校で出会えたらいいなーとか奇跡を願って入学式を迎えたのだが。

当然というかやはりというか、会えませんでした。ですよねー。

ちなみに俺の考えた再会説の根拠を解説するとこうなる。

おっぱいちゃんの発言には訛りがなかった。標準語を話してたってことね。西とか北とかってさ、割と方言や訛りがきついのよ。

だから標準語の彼女は、関東や中部地方、それも都市部に住んでたんじゃないかと推理した訳。

長野も訛りがないとは言わないけど、標準語圏内だから可能性はあると思ったんだよ。

たとえそれが麻雀で役満の九連宝燈を和がれるくらいに低い可能性でもさ。

まぁ全然期待なんかしてなかったさ。うん。

……ほ、ほんとに期待なんてしてなかったんだからねっ!

閑話休題。

 

俺は今、1年の教室が並ぶ廊下でとある人に話しかけられている。

3年の女生徒で、この学校の学生議会長を務めているお偉いさんだ。

(ちなみに学生議会長とは、一般的な学校における生徒会長の役職である)

名前は竹井久(たけいひさ)

セミロングの髪と凛々しい目鼻立ちをした、なかなかの美人さんだ。

何度か会話してわかったが、かなり知的な人で、容姿で人気を集めたというよりは人柄と能力を信頼されて学生議会長という要職を得たのだろうと思う。

清澄高校は入試偏差値が高い学校なので基本生徒には頭の良い者が多いが、テストで良い点を取れることと頭が良いことは別問題だからな。

賢い馬鹿、ってのは案外いるもんだ。

 

「ねぇ発中君。入部の件、検討してくれた?」

 

人好きのする魅力的な笑顔で聞いてくる。

くっ、なかなかやるじゃないか。だが俺にはおっぱいちゃんという心に決めた女性が(以下略)

竹久先輩の言う、”入部の件”というのは、彼女が部長を務めている清澄高校麻雀部に入部してくれないか、というお話についてだ。

 

「すみません、入部は辞退させてください」

「そこをなんとか頼めない?」

「俺、学校では麻雀活動するつもりないんですよ」

 

竹井先輩と高校入学以前の過去に知己を得た、ということはない。

彼女が入学して1月ほどしか経ってない新入生の俺を見出して声をかけてきた理由は、俺が中学1年生のときに全国中学生麻雀大会、いわゆるインターミドルの個人戦を制して日本一になったことがあるのを知っていたからだそうだ。

日本一の実績があるとはいえ、既に3年も前の事を覚えていたのは、当時中学3年生だった彼女も大会予選には出場しており、その流れで注目していた全国大会の中継で見た俺の活躍が印象的だったからだそうだ。

確かに当時はまだ小学生って言っても通用しそうな小柄で細面のガキにも関わらず、圧倒的な実力をもって他出場者を軽く蹴散らして優勝、神童とか言われて騒がれたもんな。

自分で言うのもあれだが、なまじ外見が良かったために余計それが加熱したし。

麻雀をやっている同年代の学生なら覚えている人はそれなりにいるだろう。

だけどあの騒ぎが俺を学生麻雀から遠ざけた一因なんだよな……

俺が学生という生活圏で麻雀と関わる気がないのは、一つは中学1年生時にインターミドル覇者になったことで周囲、特にマスコミに騒がれすぎて迷惑を被ったというか、面倒くさくなったことがある。

まぁ有名芸能人のスキャンダルとかに較べれば全然大したことのない騒ぎだし、注目されないよりは適度にちやほやされた方が嬉しいしで当初は気にしなかったんだが、当時小学生だった俺の妹にまでマスコミ記者が突貫したことで考えを改めた。

そして、俺が大会に求める価値の喪失と危惧がある。

全国大会の他参加者のレベルから言って、今後連覇を続けることは十分可能だ。いや、楽勝だとすら言っていい。

強者を求めて大会に出たが、毎年の出場者のレベルが多少変動したところで、この程度なら大会に無理にこだわる価値はない。

雀士としてキャリアを積むという意味では有りだが、俺の存在は別の競技に例えると、囲碁や将棋のトッププロ棋士が中学生の大会に出場するようなものだ。これはちょっと反則だろう。

俺のようなレベル違いの存在が混じったら、日々切磋琢磨して頂上を目指している中学生雀士たちのやる気を奪い、可能性を摘んでしまう恐れがある。

そう思って大会後に麻雀部を退部した。

大会は今後出ないことにして麻雀部では引き続き活動する、という方向も考えはしたが、やはり俺のような存在がいては大会に出て結果を残すことを周囲の者が期待し有形無形に求めてくるだろうし、同級生はともかく先輩方からすれば1年生の癖に、っていう面白く思わない部分もあるだろうしな。

自分の選択を傲慢かもしれないと思いもしたが、客観的に見ればベストの選択だっただろうと今でも思っている。

もちろん退部の際には部員や友人たちからは引き止められたし理由も詮索されたが、まさか「前世でプロ雀士だった俺が混じるのは反則だから」とか「俺が強すぎて他の学生雀士たちがやる気を失いかねない」なんて正直には言えんだろう。

「麻雀に興味を無くしました」なんて理由もまた、なまじな結果を出してるだけに理由としては最悪すぎる。

結局、妹の面倒を俺が見ないといけないからとか、習い事(主に格闘技ね)に時間を取られるからとかそれらしい理由をつけてなんとか誤魔化した。

 

「ふむ……理由を聞かせてもらっても?」

 

理由か……正直に言うわけにもな……

けど中学のときみたいに妹や習い事を言い訳にはしにくいんだよな。

妹をダシにすると家庭環境とか妹の健康とかまで話さないといけなくなりそうだし、習い事は長野に引っ越すのを契機に全部止めてるしで。

 

「理由は言えません、というのはダメですか?」

「そっか……ええ、言えないなら無理強いするつもりはないわ」

 

納得はしてないだろうが、あっさりと引き下がってくれた竹井先輩の少し困ったような苦笑を見ると、罪悪感というか、後ろめたい気持ちに苛まれる。

理由すら告げず一方的に断るのはなぁ……

まだ会ったばかりで人柄をよく知っているとはいい難いが、学生議会長まで務めている人なら人格は信用できそうだし、他言無用で話してみるか?

 

「うーん……そう言われるとちょっと申し訳ないですね。あの、竹井先輩の人柄を見込んで、他言しないということでしたら理由を話しても構いません。どうですか?」

 

竹井先輩はぱっと顔を綻ばせると、可愛い笑顔で頷いた。

 

「ええ、もちろん秘密にするわ。ぜひ聞かせて頂戴」

「まぁ、実際はそれほど深刻でも、込み入った理由でもないんですが。ただ、他人に言うと人格を疑われそうな理由なので、単純に言い辛いんですよ」

 

前置きを話すと、竹井先輩は真剣な顔で「ふむふむ」と相槌を打ってくれる。なんか話しやすい人だな。

 

「で、その内容ですが……誤解を恐れず言うなら、”フェアじゃないから”ですね」

「フェアじゃない……? まさか、年齢を誤魔化してるとか、麻雀で何かのイカサマをしているとか? ……な、わけないか」

 

自分で推論を口にし、すぐさま否定する竹井先輩。

”誤解を恐れず言うなら”という前半の台詞の意図を正しく理解してくれているからだろう。

ただ、「年齢を誤魔化してる」という部分は当たらずとも遠からずなんだよな。

いや、限りなく正鵠を射ていると言っていいか。

人生経験と精神年齢から言えば高校生の倍以上なわけだし。

 

「ええ、何らかの不正をしているとかそういうことじゃないです。俺という存在が学校の部活動で麻雀を打つ、ということそのものが”フェアじゃない”という意味ですよ」

「……なるほど。察するに君は「自分が強すぎるから」学生レベルの麻雀界には馴染まない、異質な存在だと言いたいのね? そして学生の大会に出場することをフェアな行為じゃないと考えている……」

「……その通りです」

 

俺の肯定に、竹井先輩は腕を組んで瞑目し数秒考え込む。

そして目を開けると小声で「よし!」と何かの気合を入れたようだった。

 

「これが他でもない発中君以外の人が言ったのであれば、凄い自信ね、って笑い話にも出来たんでしょうけれど、3年前の君の実力を見た限りでは否定できないわ。少なくとも私はその理由に納得できる」

「ありがとうございます」

「でも、その上で聞かせてほしいことがあるのだけれど、いいかしら」

 

なんだろう。俺のスリーサイズを聞きたいのだろうか。

ま、まさか「発中君って恋人とか、好きな人はいる?」なんて質問じゃあるまいな。

麻雀部に入部してくれたら私が彼女になってあげる、とか言われたらどうしよう。思わず頷いてしまうかもしれん。

竹井先輩、可愛いし頭良さそうだし人柄も良さそうだし麻雀という趣味の一致もあるしで、かなりポイント高いんだよな……

なんて不純な皮算用を一瞬考えてしまったのだが、竹井先輩の次の台詞は勿論そんなことではなかった。

 

「詰まるところ、学生で麻雀活動をしない、やりたくない理由の最たるところは大会など公の場に出ることが好ましくない、と考えているからよね」

「そうですね、それが大きいです」

 

俺の回答に満足したのか、しきりにうんうん、と頷いている竹久先輩。

 

「そこで提案なんだけど、大会に出なくてもいい、という条件の下でなら、発中君は入部を前向きに検討してくれるかしら?」

 

なるほど、そうきたか。

一度はあっさり引き下がってくれたものの、どうやら諦めてなかったらしい。

俺の話を聞いて説得の可能性を見出したのだろう。頭の切れる人だ。

そんな人にここまで必要とされてると思うと、さすがに心が動くな。

 

「そう……ですね。確かにその条件なら部活動を敬遠する理由はなくなります。ですが、やはりお断りします」

「あらま……理由を聞いても?」

 

竹井先輩は即座に断られたのが予想外だったのか、意外そうな顔をする。

俺は頷いて口を開く。

 

「竹井先輩がその条件を保証してくれたとしても、他の部員が納得するとは限りません。むしろ、なまじ実力があるだけに、大会に出ない俺を傲慢だとして疎ましく思う可能性が高い。そんなのは御免被りたいですし、部内の空気も悪くするでしょう。仮に竹井先輩の取り成しである程度上手く行ったとしても、それがずっと続くとは思えません。竹井先輩は来年卒業していなくなります。2年生になれば、部内である程度人間関係が出来ているだけに、大会に出てくれと望まれたら竹井先輩の庇護なしで断るのは難しくなります。その結果、やはり人間関係が悪化し俺は退部するかさせられるかとなり、最悪麻雀部そのものが空中分解しかねません。以上が理由です」

「……なるほど、一理あるわ。麻雀部の将来まで、よく考えてくれてのことなのね。ありがとう」

「いや、当然のことですよ。こちらこそ竹井先輩のご好意を無碍にしてしまってすみません」

「なーんて、感謝して諦められれば良かったのだけど。ごめんね、ますます発中君が欲しくなっちゃった」

 

やべ、最後の台詞だけ聞くと愛の告白にも取れるというか、誤解を招きかねない言い回しだ。オラちょっとゾクゾクしてきたぞ。

ぺろっ、と小さく舌を出して悪戯っぽく笑う竹井先輩。

ああもう年上なのに(いや、年下か?)可愛い人だな。

計算づくの仕草かもしれないけど、誘惑されてもいいかーって気になってくる。

 

「ね、発中君。それじゃ、入部しなくてもいいから、コーチとして麻雀部に来て欲しい、っていうのはどう?」

 

今度はそうきたか。まだ竹井先輩は戦意を失ってないようだ。

なんとしても俺を麻雀部に引っ張り込みたいらしい。

 

「一考の余地はありますが、それはそれで、部員ではない、しかも1年生に指導されるのは上級生の部員の反発を招きかねないという問題が出てきますよ」

「大丈夫。今のところうちの部には3年生が私だけ、2年生も一人だけ。今年新入生が3人入ってくれてようやく5人の小所帯だから。あ、そうそう、大事なこと言い忘れてたわ。うちの部は男女混合で女が4人、男は1人なの。唯一の男子部員は今年入部してくれた1年生なんだけど、自分以外異性ばかりって環境だと色々気まずかったり居心地悪かったりするかもしれないから、そういう意味でも発中君が入部してくれるとありがたいの。で、今の話を聞いてわかったと思うけど、個人戦はともかく団体戦は男女ともに人数不足で現状のままでは出られないわ。勿論、部員の人数不足はおいおい解決していきたいと思ってるけどね。そんな芳しくない部の状況を理由にするのはどうかとは思うけど、逆に考えれば発中君の危惧を回避できる余地はあると思うの」

 

どうかしら? と、期待の篭った眼差しで見つめてくる竹井先輩。

ふむ、今の話を聞いた限りでは、竹井先輩の言うように上手く行く可能性が高い。

俺だって本来、部活で麻雀ができれば好都合だ。

一人寂しくネット麻雀に耽るのも不健康なイメージが強いし、何よりいささか食傷気味でもある。

仮想で打つより現実の牌に触れて麻雀を楽しみたいのだ。

 

「わかりました。今この場で入部するとお返事はできませんが、仮入部というか体験入部的な形でいいなら、早速今日の放課後にでも部室にお邪魔させてもらいますよ」

「本当!? もちろん、私に異存はないわ! ぜひいらして頂戴!」

 

苦心の説得が実を結んだのが嬉しいのか、それだけ俺を評価してくれてるからなのかわからないけど、竹久先輩は本当に嬉しそうな表情で喜んでくれている。

なんかこちらも嬉しくなってくるな。

この笑顔を見れただけでも部室に行く価値がある、なんて気障なことを考えてしまう。

 

そこでタイミング良く昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。

 

「それじゃ、昼休みも終わったし、そろそろお暇させていただくわ。昼休みを長時間私の都合に使ってくれてありがとう」

「気にしないでください。俺としても有意義な時間でしたよ」

「そういってもらえると助かるわ。そうそう、部室の場所はわかるかしら?」

 

あー、そういや知らないな。

竹井先輩、色々と気の回る人で頼りになるな、ほんと。

まだ出逢ったばかりといって差し支えないのに、なまじな友人より親近感や信頼が内に芽生えていることに気付き、内心で苦笑する。

こんな人だからこそ学生議会長に選ばれたのだろうし、人の上に立てるんだろうな。

 

「いえ、すみません、知らないです」

「無理もないわ。旧校舎って知ってるかしら?」

「ええ、校舎の正面に立っている大きな建物でしょう?」

 

この高校の旧校舎はまだ取り潰されることなく残っており、一応はまだ現役の校外施設として活用されている、というのは知識として知っていた。

てかこの高校、学生数の割には規模が大きいというか、敷地が広いんだよな。

自然も多いし、前世と今生のほとんどを東京で過ごしてきた俺にとっては色々新鮮で、開放感もあって非常に気に入ってる。この高校を選んでよかったと。

もちろん都会が嫌いなわけじゃない。

都会と田舎、それぞれに良い面悪い面があり、そして俺はどちらの環境でも不満がないってだけだ。

 

「良かった。その旧校舎屋上の部屋が麻雀部の部室なの。本校舎からはちょっと歩くから不便だけど、屋上からの見晴らしはいいし、部室内の設備も整えてあるから気に入ると思うわ」

「なるほど、楽しみにしておきます」

「それじゃまた放課後に会いましょう。もし今日これなくなったら携帯に連絡を入れてくれればいいから。というわけで携帯の番号を交換しましょう」

「わかりました」

 

「どうぞ」と答えて携帯を出す。

俺の機種は最新型のスマートフォン。竹井先輩が出してきたのは藍色をした旧来の二つ折り形携帯だった。

ぱっと見、結構旧い世代のもので、かなり使い込まれてる感がある。

だからといって馬鹿にする気持ちは全くない。

むしろ流行だからとろくに使いもしないうちに次々と新しいものに飛びつくよりは、何倍も好感が持てる。

こういう小さなところでも、その人の性格が見えるものだよな。

 

「はい送信、と」

 

お互い手際よく操作し、赤外線通信でアドレスの交換を終える。

邪推したいわけじゃないし、竹井先輩みたいな人が相手ならむしろ歓迎なんだが、こうやって外堀をどんどん埋められていくんだろうなぁって気がちょっとした。

 

「発中君、部活に関係ないことでも、何か用事や聞きたいことがあったら遠慮なくかけてきてくれていいから。メールでもいいしね」

「ええ、何かあれば連絡します」

「学園生活で困ったことや相談事でもいいのよ。ほら、私ってこう見えても学生議会長だしね」

「なるほど、それもそうですね。そのときは遠慮なく頼らせてもらいますよ」

「ぜひそうして頂戴。それじゃ、今度こそ失礼するわね」

「はい、ではまた放課後に」

 

踵を返し、3年の教室へと去ってゆく竹井先輩。

予鈴からちょっと時間が過ぎてしまった。

教室が近い俺は大丈夫だが、竹井先輩は急がないと次の授業に遅刻しかねない。

にも関わらず、慌てる様子もなく歩いていく竹井先輩の後姿に人としての器の大きさを感じる。

自分の方が潜在的な実年齢はずっと上だからと、若い世代の人を見下していたわけではないが、竹井先輩のように若くして人品が成熟してる人もいるんだなって認識を改めた。

ひとしきり感心しながら去り行く背中を眺めていたら、突然竹井先輩が足を止め、こちらへ振り向いた。そして、

 

「白兎君! 次からはもっと気安く話してくれると嬉しいわ! 私のことも”久”って名前で呼んでくれていいのよ!」

 

あろうことか大声でそんなことをのたまった。

いや、距離があるからだろうけど、間違いなく他の人にも聞かれたぞ。

しかもこれは内容的に誤解を招きかねない発言だ。

天然の可能性もまだ否定しきれないが、かの徳川家康の大阪城攻めの如く外堀をえらい勢いで埋められている気がする。

その例えで言うと今回の会談は冬の陣ってとこか。

次に攻められたら俺は落城してしまうかもしれない。

間違いなく噂になるであろうことを予感して、俺は内心で大きくため息をついたのだった。

 




主人公の家族構成が明かされてますが、妹は中学1年生で高遠原中学(のどかの母校)に進学しています。
白兎の妹が主人公のサテライトストーリー「咲-Saki- 鳳凰の雀姫」シリーズも公開していますので、興味のある方はぜひご一読いただけると嬉しいです。(2012/07/20 現在公開停止中)


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東場 第一局 四本場

1話毎の文章量は結構まちまちです。


「あそこが部室か……」

 

放課後になり、緊急の用件が入ったりもしなかった俺は、帰り支度を整えるとクラスメートに別れの挨拶をして教室を後にした。

もちろん、竹井先輩との約束どおり麻雀部の部室に向かうためだ。

遠目に旧校舎の外観を確認すると、3階立ての建物の屋上に一軒家のようなものが建っている。

後付け感が酷いというか、外観の調和を著しく損ねている。

竹井先輩の言葉が正しければ、あの一軒家が麻雀部の部室だ。

旧校舎の入り口をくぐり、階段を登る。そして屋上まで辿りついた俺を両開きの大きな扉が出迎えた。

旧校舎外観における部室の違和感も酷いものだが、この立派な木製の扉もなかなかの存在感を主張している。

一般的な学校施設では恐らく校長室や理事長室の扉くらいでしかお目にかかれないレベルのものだ。

第一印象は大事だ。俺は自分の服装に乱れがないか確認すると、軽く深呼吸して扉をノックした。

 

「はい、開いてますよ。どうぞ」

 

招かれたとはいえ、部員の誰もいない部室に無断で入り込むわけにもいかないため、放課後になってから少し時間を置いてから教室を出た。

部員が少ないだけに誰もまだ来てなかったらどうしよう、と懸念していたが、幸いにして部員の誰かがすでに部室に来ているようだ。

扉の向こうから女生徒の声で返答があった。はて、どこかで聞き覚えがある気がする。

まぁ扉を開けばわかることだと思い、「失礼します」と一言断って扉を開けた。

部室内の様子が視界に飛び込んでくる。

正面に麻雀自動卓があり、髪の長い女生徒が奥側の席に座って牌の手入れをしているようだ。先ほどの声の主はこの子か。

彼女は椅子から立ち上がるとこちらへ歩いてくる。

 

「すみません、部長からお客様が来るとの連絡はいただいてたんですが、私も来たばかりで何の用意も出来てなくて…… とりあえずお茶でも入れますね」

 

スカーフの色で同じ1年生だとわかった。

頭の両脇に大きめのリボン形ヘアゴムで髪を結び、ツインテールが特徴的な女の子だ。

うお、胸が超大きい。制服の上からでも一目でわかるくらいの巨乳だ。

いかんいかん、胸に視線をやるな、下心ありと取られるぞ。第一印象でそれはまずい。

彼女の胸を凝視しようとしている本能を理性で制御して、彼女の顔に視線をやる。

 

「お……おっぱいちゃん?」

「えっ……!?」

 

見間違いようもない。去年の文化祭で出会った彼女、おっぱいちゃんだ。

え、まじ、何コレ。何のドッキリこれ? 何でこの子こんなとこにいるん。

いや、制服着てるし部室にいるんだから清澄高校の生徒で麻雀部員なんだろうけど、いくらなんでもありえなくね?

そりゃ確かに俺は神の子だから願えば叶うとかアホなことを考えていたのは事実だが、何この俺にとっての超ご都合展開。

まじ信じられん。どんだけ低い可能性だよ。偶然ってレベルじゃねーぞ。まさに奇跡的な再会だ。やばい超嬉しい。顔がにやける。

しかしあまりの嬉しさに顔が崩れていく俺とは正反対に、おっぱいちゃんは俺の台詞の内容が意味することを理解したのか、眦が釣り上がっていく。

そのとき俺は自分の失敗に気付いた。

まずい、よく考えたら俺は女装してたし、男だと最後までばれた様子はなかった。

つまり、俺にとっては奇跡的、運命的な再会でも、彼女にとっては出会って5秒でセクハラかました史上最低男にランクインされてるぞこれ。

やばいやばいまじやばい、すぐに弁解しないと大変なことになる!

 

「あのさ、実は……」

「最低!」

 

パンッ!

弁解しようと言いかけた瞬間、つかつかっと足早に距離と詰めてきたおっぱいちゃんに平手打ちされた。

平常心なら反射的に避けただろうけど、焦ってたので普通にもらってしまった。ナイスビンタ。

ごめんなさい、おっぱいちゃんと呼ぶのはもう止めます。代わりに天使みたいに可愛い子だからだから天使ちゃんと呼ぼう。

名前聞けば? って話かもしれないけど、さすがにこの剣幕の彼女には聞きづらい。

まずは落ち着かせてからだな。

 

「なんですか貴方は! いきなり人のこと……を……」

 

憤怒の容貌で怒りをまくし立てようとしていた天使ちゃんの様子が急変する。

何かに疑問を抱いているようなわからない顔で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

これは彼女も気付いたか?

 

「あの……さっき私のこと、何と呼ばれましたか?」

「言ってもビンタしない?」

「茶化さないでください、ちゃんと答えて!」

 

焦ったような、怒ったような剣幕で聞いてくる天使ちゃん。

茶化すだなどと心外な、俺はどんなときでも冷静沈着、慎重に事を運ぶ男なのだ。

だってビンタ痛かったんだもん。

 

「おっぱいちゃん」

「も……もう一度お願いします」

 

何この信じられないことを聞いたって顔。

いや確かにある意味初対面でセクハラかますとか前代未聞なことやらかしたけど。

 

「おっぱいちゃん」

「…………」

 

黙りこくっちゃったよ。やばい、沈黙が怖い。

怒りを溜めているように見えなくはないし。爆発する前に逃げた方がいいかなこれ。うん、逃げよう。

俺はどんなときでも(以下略)

と、一瞬考えてしまったんだが、この流れで逃げたら本当に最低男だよね俺。もちろんそんなことはしないさ。

俺からあれこれ話しかけるより、天使ちゃんのペースで話を持っていった方がいいだろうと考えた俺はそのまま彼女が口を開くのを待つ。

ほどなくして彼女は口を開いた。

 

「私と……以前に会ったことがありますか?」

「あるよ。去年の秋、俺の中学の文化祭で会ったよね、君と。そのときの俺、女装してたから今の姿を見てもわからないかもしれないけど」

 

どのみち再会したときには女装の件を話そうと思っていたのだ。俺はあっさり肯定した。

 

「ほ……ほん、とう……に?」

「うん。不良に絡まれてた君を助けて、その後一緒に文化祭回ったでしょ? 俺の勝ち逃げだったあのときの麻雀の続き、する?」

「うそ……嘘……あの人は……とても素敵な女の子で……」

「嘘じゃない。女装にはちゃんとした事情があったけど、結果として騙していたことは弁解のしようがない。本当にすまない。言い訳を許してもらえるなら、あのとき、不良共に酷い目に遭わされかけた君をフォローするには、同じ男じゃだめだと思ったんだ。自分で言うのも何だけど、女装がばれない自信はあったし、このまま女生徒として君に接するのが正解だろうと。そう、思ったんだ」

「…………」

 

俺の弁解を聞いて、天使ちゃんは俯いて再び黙り込む。

一つの隠し事が、喜ぶべき再会に大きく翳を落としてしまったことを俺は自覚した。

彼女の内面、その葛藤は想像できる。

俺の自意識過剰でなければ、彼女は俺に好印象を抱いてくれてたと思う。

なのに、信じていた相手は性別を偽り、自分を最後まで騙していたのだ。

彼女にとっては再会を素直に喜べないどころか、抱いていた好意が反転して憎悪や軽蔑に変わってしまう可能性も高い。

だが、俺は彼女に対してこれ以上、弁解も言い訳も重ねるつもりはない。

もし嫌われたとしてもそれは自業自得で、おまけにビンタの一つや二つ貰ったところで、そうすることもまた彼女の当然の権利だと思うからだ。

 

「……貴方に……また会ってお話したいって……あの日、別れた後からずっと思ってました……それが叶うことは多分ないとも……諦めてました…… だけど……それでも会いたいって思わない日はなかった…… どうしても会いたくなって……今年の3月に春休みを利用してあの中学校まで行きました。もう卒業して会えるとは正直期待してなかったけれど、偶然にも会えたらもう一度お礼を言って、あのとき聞きそびれた名前を教えてもらうつもりで…… でも、やっぱり会えなかった。思い余ってあの中学校の事務室で訊ねました。あのとき頂いたミスコンのポロライド写真まで見せて。見覚えのない生徒だし、個人情報だからどのみち教えられないって断られましたけど……当然ですよね。その後は、もう二度と会うことはできない、縁がなかったんだって、自分に言い聞かせてました……」

「…………」

 

天使ちゃんは俯いたまま、一言一言、噛み締めるような口調で語る。

その言葉に彼女の想いの深さを思い知らされる。

たった一日の交流で、これほどまでに好意を得ていたとは正直考えてなかった。

とても繊細で、思い込みが強そうな女の子だとは思っていたが……

 

「私……わかりません……貴方と再会したことを喜べばいいのか……貴方に騙されていたことを怒ればいいのか……ただわかるのは……少なくともこんな再会の仕方は……望んでなかった!」

「…………」

 

天使ちゃんはがばっと顔を上げて俺を見つめると、強い口調で否定の言葉を口にする。

そんな彼女の瞳が潤んだかと思うと、涙がツッ……と頬を伝い落ちた。ぽたり、ぽたりと、涙がこぼれてゆく。

彼女の内心は混乱し、ぐちゃぐちゃになっているんだろう。

その気持ちを落ち着かせない限りは何を言っても逆効果になりかねない。

元凶の俺が言葉を尽くすよりは、卑怯だと思われても余計なことをせず、彼女を一人にした方がいいかもしれない。

一旦引いて、出直すべきか。

約束を破ることになるが、事情を話せば竹井先輩も理解してくれるだろう。

 

「すまない。君がそこまで俺を……いや、何も言う資格はないな、俺には。卑怯な言い分と思うかもしれないけど、君がこの再会を望まないと言うなら、俺は消えるよ。お互い今日のことを忘れて、ずっと他人の振りをしてもいい。学校も学年も同じだから、完全には難しいかもしれないけど。ただ……君が男の俺を、この再会を受け入れられる余地があるのなら、俺は全身全霊で偽っていたことを償うつもりだ」

「…………」

「ごめん、余計混乱させたかもしれないね。とりあえず、今は俺はいなくなった方がいいと思う。一人の方が落ち着けると思うから。その後で、俺のことを許せるかどうか、ゆっくりでいいから考えて欲しい。君が答を出すまでいつまででも待つから」

 

そう告げて、俺は天使ちゃんに背中を向けた。

 




女装モノって正体バレせず話を重ねた方が面白いしバレたときのカタルシスも大きいんですが、本作品の趣旨はそこではないのであっさり暴露してます。いずれまた女装して活躍する場は出てきますが。
主人公と実際に言葉を交わした時間は短くとも、会えなかった半年の時間が思い込みの激しいのどかの好感度を熟成させています。
昔の想い出は美化されやすいって法則。
しかし幻想が裏切られ、それが反転したとき…… 次話をどうぞ。


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東場 第一局 五本場

episode of side-N

 

 

 

彼が私に背を向けて去ろうとしている。

彼女、いや、彼が言うとおり私は今、自分の感情を持て余している。

ずっと女の子だって、大切な友達になれるって信じてきた。そんな彼女が実は男だなんて、想像どころかちらっとでも考えたことはなかった。なのに、彼女は”彼”だった。

私にとって、それは期待を、幻想を裏切る残酷な真実だった。

彼は自分が女だなどと一言も言ってはいない。私がそう思い込んで勘違いをしていただけ。

あのときの状況から言って女装してたことも私を騙すためではないだろう。ただ真実を明かさなかっただけだ。けどそれすらも彼の言を信じるなら善意からなのだ。

彼に落ち度は何もなく、何も裏切ってなどいない。

理屈ではわかってる。だけど感情が納得しない。

何もかも許して再会を喜べばいいのか、幻想を壊されたことを嘆けばいいのか、期待を裏切られたことを怒ればいいのか……何が正しい選択なのかわからない。

彼は「いつまででも待つから」と言ってくれた。

それに、同じ学校で学年だし、今後も会おうと思えばいつでも会える。だから、今は彼の言うとおり一人になって落ち着いた方がいい。

無理に何かを話そうとしたら、酷いことを口にしてしまうかもしれない。

それは彼にとっても私にとっても不幸だ。それだけは避けたい。

それに、今この瞬間にでも他の部員が部室にやってくるかもしれない。それは良くない。今の私を見られたくない。

何も正しくないままに誤解され一人歩きし、ぐちゃぐちゃになってしまうだろう。

最善はこのまま彼を見送って、私は部室のバルコニーにでも出て落ち着くまでそこにいた方がいい。

涙の痕はきっと何か言われるだろう。少なくとも部長は見逃さないはずだ。何かあったかときっと聞かれる。その言い訳もこれから考えなくてはならない。

だからこのまま彼を見送るべきだ……すぐにまた会える、会えるはずだ、去年の別れのときみたいに、もう会えないなんて、悲しむ必要はない。

彼の背中が部室の扉をくぐり、階段へと消えてゆく……

ふと、あの日の光景が脳裏に蘇る。彼女の微笑みが、彼女の言葉が、私を抱きしめてくれたときの優しさが……

突然ズキッ、と胸が痛んだ。

荒れ狂っていた感情が、一つの方向性を得てゆく。

それは切ない、という感情のうねりとなって私の心を蹂躙した。

もう二度と会えなくなるかもしれない、そんな酷くネガティブな想像をしてしまう。

いやだ。いかないで。もう私を一人にしないで!

そのとき、私の口は勝手に言葉を紡いでいた。あるいは、それは心の声だったのかもしれない。

 

「いや……だめ……いかないで……! お願い、待って!」

 

私の視界から消えた彼を追い求めて、階段へと走る。扉の下をくぐり、階段を見下ろす。

私の大声に驚いたのだろう、踊り場のところでこちらを見上げている。

よかった、間に合った。

しかし、多分に衝動的だった私は咄嗟にかけるべき言葉もなく、ただ感情の突き動かすまま彼を求めて階段を降りようとした。

 

「あの……きゃ!」

 

焦って足元も見ずに踏み出したのがいけなかったのだろう、私の左足が最初の段を踏み超えてしまい……バランスを一瞬で失い、前のめりに転げ落ちようとした。

 

「飛べ!」

 

切迫した声の指示を刹那の間で理解し実行できたのは、基本運動神経の鈍い私にとってまぐれとも僥倖とも言える出来事だった。

神様が力を貸してくれたのかもしれない。

私はあらん限りの全力を右足に込め床を蹴った。飛ぶというより、前方へタックルするような跳躍だった。

一瞬の浮遊感。引き伸ばされた時間で彼の緊迫した表情とこちらへ手を伸ばしてくれるのが見えた。

目を瞑る。不思議と恐怖は感じなかった。

 

ぼふっ

 

次の瞬間、気がつけば私は彼に背中から抱きしめられていた。

彼は右腕を私の胸の下に差し込むようにして私の体を受け止め、勢いを殺しつつ自分の体へ巻き込むように抱きとめてくれたのだ。

その途中で彼の左腕は私のお腹のあたりに回されて姿勢を支えてくれていた。

つまり、胸の下とお腹のあたりを両腕で抱きしめられている形だ。

 

「…………」

「…………」

 

命の危険すらありえた、危機一髪のトラブル。その直後のことでお互い言葉が出てこない。

私を背後から抱きしめたまま、彼はふぅー、と長く吐き出すように安堵のため息をついた。

その吐息がうなじにかかり、私の背筋をぞくっと刺激する。

常ならば生理的嫌悪感を抱いたかもしれないその刺激を、私は心地よいとすら感じてしまった。

そのときになってようやく、危なかった、という恐怖と、助かった、という安心感を同時に実感した。

 

「……随分とお転婆だったんだな、君は」

「そ、それは貴方が飛べって……!」

 

からかうような彼の物言いに、反射的に反駁してしまう。不愉快だったからではなく、気恥ずかしかったからだ。

初めて出会ったときのように、またしても彼に危機を救われた。もしかしたら私と彼の相性はよくよくそういうものなのかもしれない。庇護者と庇護される者……

 

「はは、そうだね。……よく出来ました」

「あ、あの……ありがとうございました」

 

彼は私の拘束を解かぬまま、背後から優しい口調で囁いてくる。

その声には私の身を案じる至誠のいたわりが感じられ、私は礼を言うと共に深い安心感に包まれて脱力し、彼に背中に体重を預けるようにもたれかかってしまった。

足の力が抜けてずり落ちそうになる私を支えるため、「おっと」と抱えなおしてくれる彼の腕の感触で、抱きしめられているという今の状況を強く意識してしまった。

いまだにドクドクと心臓がかなりの勢いで鼓動を刻んでいる。

危機を脱して落ち着くどころか、そのボルテージはいささかも弱まる気配がない。

私の左胸を掴んでいる彼の右手にもその胸の高鳴りが伝わってしまっているはずだ。

恥ずかしい、彼は私の胸の高鳴りをどう受け止め、解釈しただろうか。

羞恥を覚えて俯くと、視線の先に私のコンプレックスでもある胸を鷲掴みしている彼の手が映る。

ワタシノムネヲカレガツカンデイル。

事態を把握したとき、私の頭は一瞬で沸騰した。

 

「……きっ……きゃぁぁあああ!!」

「うぉっ!?」

 

羞恥でオーバーヒートした私は大声で悲鳴をあげてしまう。

私は反射的に胸を庇うように前屈みに座り込もうとしたが、突然の狂騒に驚いた彼がより腕に力を込めて拘束したため阻まれてしまう。

 

「胸! 離してくださいっ!」

「うわ!? ご、ごめんっ」

 

私が指摘したことで彼もようやく自分がどこを掴んでいるか気付いたようで、慌てて謝罪しながら両腕の拘束を解いてくれる。

私を救おうとした一連の行為の結果としてそうなっただけで、故意の行いでないことは理屈ではわかっている。

だけど、生まれて初めて異性に胸を掴まれる体験をした私にそんな理屈は何の慰めにもならなかった。

彼を恨めしく思う気持ちが怒りとなってふつふつと湧いてくる。

階段の踊り場の床に、両足とお尻で「M」の字を描くような姿勢でぺたんと座り込んだ私は、両手で胸を隠しながら首だけ動かして背後の彼を恨めしく見つめる。

そんな私の顔は羞恥で真っ赤もいいところだったに違いない。

彼はバツの悪い表情で頬を掻いており、私の視線による呵責を受け止めながら何を言うべきか迷っているようだった。

 

「ごめん、本当に申し訳な……」

「この不届き者め、のどちゃんに何をしたーー!?」

 

ダダダダダッ!

 

彼が謝罪を口にしたところで、それを遮るように大声が階下より響く。そして木製の階段をすごい勢いで駆け上がってくる音。

とても聞き覚えのある声の主が私たちのいる踊り場に飛び込んできた。

 

「天誅ーー!!!」

 

その突然の乱入者は気合の篭ったかけ声と共に私へと……いや、私の頭上を飛び越えて背後の彼へ躍りかかった!

 

ガッ!

 

背後で鈍い音が聞こえたかと思うと、私の目の前にひらりと着地する小柄な影。それは……

 

「やるなきさま! だがのどちゃんに手を出した落とし前はきっちりつけてもらうじぇ!!」

 

右手を前に突き出して私の背後にいるであろう彼を指差した、親友の片岡優希の姿だった。

 



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東場 第一局 六本場

「そっちこそやるな。ナイスパンチ」

「キックだじぇ」

 

この小娘……できる!

狭い踊り場とはいえ、俺に回避を許さないほどの飛び蹴りを放ち、防御されたと見るや三角飛びの要領で即座に飛び退る身体能力といい、俺のさりげないボケに的確に突っ込む冷静さといい……

なんてアホなこと考えてる場合じゃなかった。

座り込んでいる彼女を間に挟んで突然の乱入者と対峙し、見るからに戦意旺盛な表情でファイティングポーズを取っている乱入者を観察する。

スカーフの色からすると1年生の女生徒だ。

体格はかなり小柄で制服を着てなければ小学生でも通用しそうな外見である。

顔もまた童顔で、今は怒りの表情でこちらを睨みつけているが、笑えばかなり可愛い子なんじゃないかと思う。

髪は肩にかからない程度の長さで、頭部の両脇を珠型アクセサリのついたシュシュで結んでいる。

察するに、この小柄な女生徒も麻雀部の部員で、部室へと階段を昇ってきた最中に悲鳴を聞きつけ、慌てて駆け上がって来た、といったところだろう。

俺を暴漢か何かと勘違いしているに違いない。

 

「誰だか知らんがちょっと待て、誤解だ誤解!」

「のどちゃんに悲鳴をあげさせた現行犯で誤解も豪快もないじぇ。大人しく我が正義の鉄拳を受けて己の罪を悔いるといいじょ!」

 

再び四肢に力を漲らせ、こちらへと飛び掛ってくる気配を見せる小柄な女生徒。

興奮すると人の話を聞かないタイプだなこいつ。しかもこんな狭い場所で暴れたら座っている天使ちゃんも巻き込みかねないというのに、分別まで失っていると見える。

多少身体能力が高かろうが無力化するのは容易だが、女の子に暴力を振るうのはなぁ……

座り込んでいる天使ちゃんをちらっと一瞥する。

被害者だと思われてる彼女が説明してくれれば誤解も解けるはずだ。

半ば他力本願な解決を頼もうかと考えたところでタイミング良く天使ちゃんが小柄な女生徒へ話しかけてくれた。

 

「優希、ちょっと落ちつ……きゃ!?」

「じぇい!」

 

対応を決めかねている俺の様子を見て、怯んでいるとでも判断したのか、小柄な女生徒はここが好機とばかりに地を蹴ると、手すりに足をかけて再び跳躍。

助走もないのにかなりの瞬発力、まるで猫のようだ。そして俺の頭めがけて横蹴りをかましてくる。

並の人間なら直撃か防御が精一杯の見事な奇襲だったが、俺にとっては想定の範囲内、余裕をもって対処できる攻撃だ。

狭いスペースとはいえ避けることもできたが、敢えて迎撃する。

 

パシッ!

 

「じょ!?」

 

合気道の応用技、左手で小柄な女生徒の蹴り足を上に跳ね上げることで空中のバランスを崩してやった。

結果どうなったかというと、足が天井めがけて虚空を蹴り上げ、頭は振り子の軌道で下方へと向かう。1秒後には頭から床に激突だ。

もちろんそんな危ない怪我をさせるつもりはない。

俺は素早く右手で小柄な女生徒の脚を掴み、頭がぶつからない高さへと吊り上げた。

 

「な、なんとっ!?」

 

俺の心理的な隙を突いたはずの奇襲をあっさり迎撃され、捕獲されたことに驚愕の声を漏らす小柄な女生徒。

 

「ふむ……白か」

 

俺の目の前でふらふらと揺れる、純白の布地に包まれた小ぶりなお尻。

女生徒の制服はスカートだから、逆立ち状態になれば当然、重力に負けてその役目を放棄することとなる。

もちろん、これを狙ってやったわけじゃない。抵抗できない形での捕獲が目的だ。

……ウソジャナイヨ?

 

「い……いやぁぁぁああ! 離して! 離してぇぇー!」

 

俺の直截な発言に、自らの状態を把握した女生徒が、悲鳴を上げながら身をよじって暴れる。

 

「俺の話を大人しく聞いてくれるなら離してあげるよ?」

「聞く! 聞きます! だから降ろして!」

 

必死で懇願する小柄な女生徒。

なんかやってることがほんとの暴漢みたいだよなぁ。

紳士を自認する俺としては大変遺憾に思わざるを得ない。

 

「了解」

 

そのまま手を離すと受身が取れなかった場合に危険なので、小柄な女生徒の左腋に左手を差し込み、俺の胸の高さまで上体を持ち上げると同時に右手で掴んでいる足を下ろしてやり、頭と足の上下を正しく戻してから手を離す。

床に足がつき、頭に上った血が下がってようやく安心できたのだろう、小柄な女生徒は腰が抜けたようにへたりこむと、

 

「酷い目に遭ったじぇ……」

 

俯き、疲れきった口調で呟く。

 

「人の話を聞こうとしないからだ」

「うぅ……私と同じようにしてのどちゃんも辱めたって話なら、もう聞かなくてもわかったじぇ……」

 

全然わかってなかった。

 

「人聞きの悪い誤解をするな、俺は無罪だ」

「私ものどちゃんもあんな辱めを受けたらもうお嫁にいけないじぇ……」

 

どうやら何が何でも俺を犯罪者にしたいらしい。だんだん相手をするのが疲れてきた。

 

「てか、天使ちゃ……じゃなくて、君も誤解だってこの子に説明してくれ……」

「あ……っ、ご、ごめんなさい、あまりのことに気が動転してしまって……ほら、優希も立ってください」

「う、うむ……」

 

俺と小柄な少女のバトルを呆気に取られて見ていた天使ちゃんはハッとした表情で我に返り、慌てて立ち上がるとへたりこんでいる小柄な少女に手を差し出し、引っ張り立たせた。

 

「おーい、優希ーのどかー、大丈夫かー!?」

「何があったんじゃー?」

 

そこで階段の踊り場にいる俺たち3人とは違う、第三者の声が階下から届く。

どうやら、小柄な女生徒の他にも麻雀部員たちがやってきたらしい。

やれやれ、この状況をなんて説明しようか。

体験入部の初日から見舞われたトラブルに、俺は頭を抱えたのだった。

 



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東場 第一局 七本場

井戸端会議ならぬ踊り場会議とでも言えばいいのか、旧校舎階段の狭い踊り場に5人もの人間が集まっていた。

トラブルの当事者である俺と天使ちゃんと小柄な女生徒、そして後から来た麻雀部員らしき男女の二人を追加しての計5人である。

 

「……と、いうわけでして……」

「善意と誤解による不幸な事故だったんですよ」

 

天使ちゃんの事情説明が一通り終わり、最後に俺が結論を述べて話が終わった。

俺と天使ちゃんの過去の関係は今説明するとややこしくなるのでそこは省いている。

説明したのは天使ちゃんだけど、彼女も俺と同じことを考えたのだろう、説明は階段を落ちそうになったところを助けてもらった、のくだりからだった。

俺としては隠すような後ろめたい事実は何もないんだが、冷静になって思い出してみると部室での天使ちゃんとのやりとりはまるで痴話喧嘩みたいな感じだったしなぁ。それを他人に説明するのは流石に恥ずかしい。

 

「なるほど、おんしが部長の言っていたお客様じゃったか。しょっぱなから部員が世話になったのぅ」

 

天使ちゃんの理路整然とした説明に納得したのか、後から来た二人のうち片方、ショートボブの髪型で眼鏡をかけている2年生の女生徒が礼の言葉をかけてくれる。

そこまで美人だとか可愛いってほどじゃないけど、愛嬌のある顔をした先輩だ。

話のわかる人のようで、可愛くても人の話も聞かずに襲いかかって来る雌豹のような女の子よりは好感が持てる。

いや、根に持っているわけじゃないんだけどね。罪はなくても誤解を招く原因を作ったのは俺のわけだしさ。

 

「ううう……自分が悪いとわかっていても、あんな辱めを受けた後では素直に感謝できないじぇ……」

「それは同情できますし、私にも原因があるので優希には申し訳ないですけれど、短絡的なのはよくないですよ」

 

パンツをばっちり見られたことが原因で未だにショボーンと凹んでいる小柄な少女と、慰めるような、それでいてやんわりと注意するような論調で彼女に語りかける天使ちゃん。

なんだか二人の関係がかいま見えるような微笑ましい光景だ。

 

「とゆーか、いきなりラッキースケベとか羨ましすぎるんですけど!?」

「注目するとこそこかよ!」

 

名も知らぬ男子部員の全く空気を読まない台詞に、俺は思わず突っ込んでしまった。

アホな感想を口にしたのは後から来た二人のうちもう片方、竹井先輩の話と、麻雀部員という俺の推測が正しければ恐らく1年生の男子生徒。

身長は平均より高めで、180cm近くはあるだろうか。正直羨ましい。

顔は醜男でも美男でもない。今のお馬鹿な発言による印象もあるが、なんだか能天気そうな顔をしている。良く言えば裏表のなさそうな感じの男だ。

同じ男として彼の発言に同意はできるが、女子が側にいるのに堂々とそれを言えるのはある意味勇者である。

案の定、女生徒3人の彼を見る目が生ゴミを見るようなそれになる。あーあ……

 

「須賀君……最低です」

「うわ……その発言は流石に引くじぇ……」

「われはそういうことしか頭にないんか」

 

やはりというかなんというか、女子組からふるぼっこである。それでようやく彼も己の失敗に気付いたらしく、引きつった顔で女子組の重圧に押されたかのように後ずさると、

 

「顔か! やはり美少年だから許されるのかー!? 顔差別反対! 全ての男子に平等な愛を!」

 

などと喚き散らした。

同性から妬み嫉みを受けるのは慣れてるが、この男子生徒の発言にはそうした暗に篭った険がそれほど感じられない。

あけっぴろげな性格だからだろうか、少なくとも悪い男じゃなさそうだ。

 

「単なる自爆だろ……」

 

俺の指摘に女子組の全員がうんうんと頷いた。

 




主人公と対比するという意味でも須賀君は三枚目に甘んじています。まぁ煩悩過剰なのは原作どおりだと思いますが(笑)


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東場 第一局 八本場

「それじゃ改めて自己紹介を。竹井先輩の勧めで、体験入部させていただくことになった発中白兎です。友人はシロとかシローとかあだ名で呼びます。まだ入部を決めたわけじゃありませんが、しばらくお世話になります。よろしくお願いします」

 

簡単な自己紹介をして、ぺこりと軽く頭を下げる。

ちなみに階段の踊り場から場所を移して、今は麻雀部の部室に5人で集まっている。

 

「今時の若者にしては礼儀がなっとるのう、感心感心。わしは2年の染谷まこ(そめやまこ)じゃ。よろしくの」

 

眼鏡のつるをひとさし指でくいっと動かしながら自己紹介をする2年の女生徒こと染谷先輩。眼鏡がキラッと光った気がした。はいはいお約束お約束。

 

「1年の片岡優希(かたおかゆうき)だじぇ。きさま、白兎といったな! お主とはいつか決着をつけてやるじょ!」

 

俺をびしっと指差しながら、威勢よく啖呵を切る小柄な女生徒。

片岡といったか、お前はお母さんから他人を指差しちゃいけませんって習わなかったのか?

 

須賀京太郎(すがきょうたろう)。俺も1年だ。麻雀部の男子は俺一人だったから発中が入ってくれると助かるよ。とりあえず俺もお前のこと、白兎って名前で呼んでいいか? 俺のこともキョウとか京太郎って呼んでいいからさ」

 

気さくに自己紹介したのは、これまで唯一の男子部員だった須賀京太郎君だ。

同性の部員がなかなか良い奴そうで安心した。良好な関係を築けそうだ。

俺が「ぜひそうしてくれ」と答えると、京太郎はにっ! と笑って馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してくる。

そしてヒソヒソ声で、

 

「なぁ、白兎は部長狙いか? それとも、他の女子? まさか、のどかだったり?」

 

と訊ねてくる。

ラッキースケベ発言もそうだが、露骨というか何と言うか、ブレない奴だなこいつ。

俺は苦笑しつつ問いに答える。

 

「女子部員の誰に対してもそういう意図はないつもりだが、強いて言うなら多分その「のどか」って娘かね」

「なにー!?」

 

俺の回答を聞いて、両手で自分の後頭部を掴み天を仰ぐ京太郎。

どうやら彼の意中の女子が俺と被っているらしい。

まぁわからんでもない、可愛いし性格も良さそうだもんな、天使ちゃん。名前はのどかっていうのか……良い名だ。

ちなみに天使ちゃん=のどか、と定義したのは言うまでもなく単純な消去法である。

 

「白兎さん……それが貴方のお名前なんですね。ようやく……知ることができました……」

 

自己紹介で残る最後の一人、天使ちゃんことのどかが、やや潤んだ目で俺を見つめながら万感を思わせる口調で呟く。

 

「私は、原村和(はらむらのどか)といいます。原っぱの村に、なごむの和です。今後ともよろしくお願いします、発中さ……いえ、発中君」

 

そう言って、見る者全てを魅了するかのような、柔らかい微笑みを俺に向けてくる。

つられて俺も「こちらこそよろしく、原村さん」と如才なく挨拶と微笑みを返す。すると彼女は赤面して俯いた。

原村和、か。

俺にとって、彼女と再会できたことはとても喜ばしいことだ。けど、彼女は俺のことをどう思っているのだろう。今の様子を見る限り、彼女も満更ではないようだが……

また、俺が女装していた件については、彼女の中で決着が着いたのだろうかが気になる。

いつまでも待つ、と言った以上詮索もしづらいし、どうしたものかな。

 

「あの……発中君、私のことは、”のどか”と……名前で呼んでくれませんか? 親しい人は皆、私を名前で呼んでくれますから……」

 

俺がのどかとの今後の付き合い方というか、距離の取り方を密かに悩んでいると、のどかは俯いていた顔を上げると真剣な表情でそう俺に訴えてきた。これは……脈あり、だよな?

無論、俺に否はなかった。

 

「わかったよ、のどか。俺のことも、名前かシロって呼んでいいから」

「は、はい……ありがとうございます……白兎さん」

 

恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑むのどか。

すると横から「ほほう」と面白げな声音でちょっかいが入る。

 

「”のどか”に”白兎さん”、か。お互い名前で呼び合うとは、お安い仲じゃないのぅ? のどか、危ないところを助けられて恋心でも芽生えたんか?」

「それは聞き捨てならないじぇ! 私の嫁であるのどちゃんを誑かすとは、ついに本性を現したな発中白兎!」

「ちょ、なんか二人の世界作っちゃってるんですけど!?」

 

他の3人からすれば今日出逢ったばかりなはずの、俺とのどかの親密そうな様子を間近に見て、三者三様の突っ込みが入る。

あー…… どう説明したらいいかな、これは。

 

「いや、実は俺とのどかって、中学3年のときに一度会ったことあるんだよ。名前は今日までお互い知らなかったけど、顔見知りだったからさ」

「そ、そうなんです。白兎さんには、昔お世話になって……だ、だから変な関係とかじゃないんです。本当ですよ?」

「「「ふーん……」」」

 

しれっと答える俺と、焦ったような口調で釈明するのどか。

回答を得てもなお半信半疑な3人は一様にジト目で俺とのどかの関係を危ぶんでいるようだ。

実際、嘘はついてないけど女装の件とか色々複雑な事情があるしなぁ。

 

「でも、のどちゃんが男子にここまで親しげな態度を取るのは初めて見たじぇ。昔付き合ってた彼氏だとか、そう言われても違和感ないじょ」

「そうじゃのう。のどかとはまだ短い付き合いじゃけんど、男には興味ありませんって態度は見てすぐにわかったくらいじゃしの」

「のどか……(涙目)」

 

まぁ俺の自意識過剰でなければ、傍目にわかりやすい程度にはのどかの好意を得ていると思えるから、染谷先輩らの推測もわからなくもない。

京太郎は恋破れる、って感じの絶望的な顔をしているだけだが。

トンビに油揚げをかっさらわれた気持ちなのかもしれない。すまん京太郎、のどかのことは諦めてくれ。

 

「あーっ!? 思い出した! 発中白兎、その名前はかの悪名高い女たらしの名前だじぇ!」

「……はぁ?」

 

いきなり、片岡が大声をあげたかと思うと、聞き捨てならないことを言い出した。

 

「女たらしとは穏やかじゃないのう」

「優希、白兎さんのこと何か知ってるんですか?」

 

唖然としてる俺を余所に、染谷先輩とのどかが片岡に事情を求める。

片岡はきっ、と俺を見据えると、つらつらと驚くべき内容のことを喋りだした。

 

「クラスメートの女子から聞いた噂を思い出したんだじょ。それによれば、発中白兎というイケメンがまだ入学して僅か1ヶ月程度でありながら、すでに何人もの女生徒と付き合い、弄んで捨てたという噂だじょ。それがほんとならとんでもない女の敵だじぇ!」

 

言い終わると同時に、びしっ! と俺を指差す片岡。

こいつこのポーズ好きだな!

 

「そ、そんな……嘘……」

「それはまた、物騒な噂じゃ。事実か、白兎?」

 

片岡の説明を聞いて、青褪めるのどかと、厳しい口調と視線で俺に答えを求めてくる染谷先輩。

俺ははぁ、と大きくため息をついた。

 

「あのな片岡。自慢じゃないが俺は一度たりとも女子と付き合ったことはないぞ。何だその根も葉もない無責任な噂は。名誉毀損で訴えるぞコラ」

 

俺が呆れたように答えると、信用できないのか片岡はさらに言い募る。

 

「けど、女子の間でそういう噂があるのは事実だじぇ。火のないところに煙は立たぬ、何か後ろ暗い理由があるに違いないじょ」

「ねーよ!」

 

僅か1ヶ月の間に何人もの女子を弄ぶって、どんだけ手の早い鬼畜だよ。まじないわー。

睨み合う俺と片岡。

しかし単に否定しただけでは不信感根強い片岡を納得させられるとは思えないし、片岡の言うことにも一理ある。火のないところにって部分だ。

噂とやらが片岡の捏造じゃなければ、確かに俺に何かしら原因があると考えられる。うーん……

放置しておくと折角仲良くなれそうなのどかをはじめ、女生徒ばかりな麻雀部での俺の立場が色々拙いことになりかねないだけに、脳みそをフル回転させて考える。

ほどなくしてこれか、という原因に思い当たった。

 

「あー、もしかしてさ。その噂、尾ひれがついてないか?俺が何人もの女生徒と付き合い振った、って話だが、”付き合い”って部分を削除すれば事実になるぞ」

「どういう意味だじぇ?」「意味です?」「意味なんじゃ?」

 

ただの言い訳とは違う、と感じたのか、興味を惹かれた様子の女子組。

 

「女子にとってあんまり愉快な話じゃないのは変わらないんだけどさ、実は俺、清澄に入学してからこの1ヶ月で4人……いや5人か、女子に告白されてるんだよね。で、それを全て断ってる。付き合ったという事実はないが、振ったという事実はあるのさ。悪意と故意で噂されてるとは考えたくないけど、多分それが原因じゃないか?」

 

そんな俺の推理に、「ほぇー」「なるほどのぅ」「そうだったんですか……」などと三者三様の反応が返ってくるが、概ね良好な感触だ。内容に説得力があると感じたのだろう。

女子組はその推理の信憑性を考慮するためか、皆黙り込む。次に口を開いたのは、その誰でもない男子の京太郎だった。

 

「そういや白兎ってさ、入学式で新入生代表の挨拶をしてなかったか?」

 

どういう意図があるのか、俺の女の敵疑惑とは関係のない話題を振ってくる。

俺は訝しみつつも、疑問に答えた。

 

「ん? ああ、そういうこともあったね」

「だよな。そういやどっかで見たことあるなーと最初から思ってたんだよ。同学年だしどっかですれ違ったとか、そう思ってたんだけど」

「それがどうかしたのか?」

「いやさ、新入生代表を務めたってことは、つまり1年生で一番入試の成績が良かったってことだろ? その上、白兎ってぶっちゃけイケメンだしさ」

 

そこまで説明されてようやく何が言いたいかを理解できた。

 

「あーなるほど。要はこのリア充死ね! って言いたいんだな?」

「ちげーよ! いやある意味違わないけど! お前、もてそうだなーと思ったんだよ! 女子から告白されたりはするだろうなと」

 

つまり京太郎は俺の釈明に合理性を与えようとして話題を振ってくれたわけだ。

恋敵の俺をフォローしてくれるなんて、なんていい奴なんだ京太郎。

お礼にいつか女装した暁には「キャー京太郎サーン!」と黄色っぽい声援を贈ってやろう。心の中で。

 

「確かに京太郎の言うとおり、白兎の外見は女子から好かれそうな好青年じゃけんの。それで告白されて、悉く振っちょればそういう噂もいつか出てくるかもしれん。辻褄は合うのぅ」

「私も白兎さんの潔白を信じます」

 

京太郎の援護射撃が功を奏し、染谷先輩とのどかの二人は納得してくれたようだ。

 

「のどちゃんと染谷先輩がそう言うなら、私もこれ以上疑うつもりはないじぇ」

 

付和雷同、ということもないのだろうが、同性二人の信用に倣ってか、片岡もようやく矛を収めてくれた。

それにしてもこいつ、ファーストコンタクトといい今といい、何かとつけて迷惑な奴だ。ある意味俺の天敵かもしれん。

そんなふうに俺が考えていると、

 

「あらあら、何だか楽しいお話をしてるのね」

 

からかうような口調の声にそちらを向けば、俺を麻雀部に誘った張本人こと竹井先輩が部室に入ってきたところだった。

 




主人公の容姿のことが出てきたので補足。
肩までかかる髪と女性的な顔立ちもあって、顔だけ咲と並べてみると主人公の方が女性に見えます。描写はありませんが声質も「声の低い女性」程度には高いので疑いをもたれません。ほんの少しだけ盛り上がってる喉仏くらいしか見分けるポイントないんじゃないかなってレベルです。


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東場 第一局 九本場

「改めて自己紹介するわね。私は竹井久、麻雀部の部長で、学生議会長も務めてるわ。今日は私の招待に応えてくれてありがとう、白兎君。麻雀部は貴方を歓迎します。これからよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、竹井先輩……いえ、部長」

 

つかつかっと軽快な歩みで部室に入ってきた竹井先輩は開口一番そう言うと、右手を差し出して握手を求めてくる。

おや、と思ったが、彼女なりの敬意の示し方なんだろうと察した俺は気負うことなくその手を握った。

身長は俺よりやや低い程度の竹井先輩だが、その手はやはり女性のそれで、男の俺より小さくて柔らかかった。

お互い軽く手を握り締め、にっこりと笑う。

 

「まことのどかには予めメールで白兎君のことを伝えておいたけれど、優希と須賀君は知らなかったわよね。白兎君は私が麻雀部に入部してもらえるよう頼んで来てもらった人なの。要はスカウトしたって訳」

 

簡潔に俺の体験入部の事情を説明する竹井先輩。

 

「そのことはさっきのどちゃんから教えてもらったじぇ」

「部長が自ら、ですか。男子部員で団体戦に出るための人数集め……ってわけじゃないですよね?」

 

出場に最低5名を必要とする大会の団体戦のために男子部員をスカウトした、という解釈は確かに成り立つが、そのためには4人もの男子部員をスカウトしてこなければならないのだ。

京太郎の疑問は、必要な労力や実現性、竹井先輩の性格まで考えて、その可能性を否定したからだろう。

竹井先輩は頷いて、

 

「その通りよ。それをこれから説明するわ。みんな、よく聞いて頂戴。今日からこの白兎君が、麻雀部のコーチとして部員を指導してくれることになりました。白兎君はまだ1年生だし、そのことに疑問を持つかもしれないけど、実力は確かよ。私が保証する」

 

と、俺のコーチ就任を皆に告げた。

若干1年生の指導者の出現に、部員たちの反応は様々であった。

染谷先輩は「ほう……」と呟いて眼鏡のずれを直している。冷静だ。

片岡はぽへっとした表情で俺の顔を見ている。これは理解が追いついてないな。暫くしてから「じょあー!?」と素っ頓狂な叫び声をあげた。

のどかは「な、なるほど……」と、驚きはしたものの、納得しているという感じだ。竹井先輩を除けば部員たちの中で唯一俺の実力を知っているからだろう。

京太郎は「な、なんだってー!?」と有名な某超常現象研究漫画の主人公よろしく素直に驚いている。ノリの良い奴だ。

 

「はいはい、みんな静かに!」

 

竹井先輩はそう言うと、ぱんぱん、と拍手を打って皆を落ち着かせる。

 

「皆が恐らく疑問に持つであろう白兎君の雀力について簡単に説明します。……と、いっても私もそれほど詳しいわけじゃないけれどね。まず、白兎君の麻雀に関する公式記録、実績についてだけれど、3年前の全中大会で日本一に輝いているわ。私はリアルタイムで大会の様子を見ていたけれど、白兎君は若干1年生の身でありながら圧倒的な実力で他の出場者を蹴散らしていたわ。それ以後は公式記録を一切残してないけれど、当時の実力ですでにプロ級かそれ以上だったと断言してもいい。もちろんここにいる誰よりも強いと言って差し支えないわ」

 

一息にそこまで説明し終えた竹井先輩がふぅ、と小さく息を吐く。

部員たちは話の内容が信じられないのか、シーンと静まり返っている。

 

「幸い、ここには本人がいるんだし、必要なら話の真偽は後で本人に確認して頂戴。とりあえずそういうわけだから、皆は2ヵ月後に控えている県予選まで白兎君にガンガン鍛えてもらうように。勿論私もだけどね」

 

続けてそう言った竹井先輩は「話は以上よ」と締めくくった。

 

「ぶちょー! ほんとにこの男はそんなに強いのか? 私や京太郎はともかく、のどちゃんは去年、全中覇者になってるじょ。それを指導できるくらいの実力といったら、並大抵では務まらないじぇ」

 

片岡の疑問も当然だな。どこの馬の骨とも知らぬ男がいきなり指導者面して現れてもすぐさま信用はできないだろう。

それはともかく、のどかもインターミドルの優勝経験者という話だが……去年の秋打ったとき、確かに女子にしてはなかなか強いと思ったが、なるほど納得した。

片岡の質問に答えたのは竹井先輩ではなく、反証の材料にされたのどかであった。

 

「白兎さんは強いですよ。少なくとも私よりずっと。以前打ったことがありますが、あっさり一蹴されました。たったの半荘2回でしたが、私では敵わないと素直に思える内容の麻雀でした」

「なんと!のどちゃん、それはいつの話だじぇ?」

「去年の秋です。私が全中で優勝した後のことですよ」

 

ふむむ……と考え込む片岡。

部内の実力者が保証した以上は話の信憑性を認めざるを得ないのだろう。それ以上の質問はしてこなかった。

 

「へぇ、のどかと白兎君は知り合いだったのね。しかも直接打ったことがあったなんて、ちょっと羨ましいわ」

 

からかうように笑う竹井先輩に、のどかは面映そうな表情を向ける。

 

「部長だってこれからいつでも白兎さんと打てますよ。そうでしょう?」

 

そう言って、のどかは俺の方へと顔を向けた。水を向けられた俺は頷いて提案を口にする。

 

「ああ、そうだな。……早速これから一局いかがです、部長?」

「あら、いいわね。ぜひお願いできるかしら」

「それじゃあ私はお茶を煎れてきますね」

 

竹井先輩は嬉しそうに了承し、のどかはお茶を煎れるために流しへと向かう。

 

「それなら私もしろうさぎの実力を確かめてやるじょ!」

「うちもちょっと興味あるけぇ、参加したいの」

 

話の成り行きに、参加の意欲を見せる片岡と染谷先輩の二人。

万言を費やすより自分の手で確かめた方が早いのは確かだろう。

てか、今片岡がおかしなことを言わなかったか?

 

「おい片岡、しろうさぎってのは誰のことだ」

「むろん、きさまのことに決まってるじぇ」

 

片岡は俺の問いに答えると、びしぃ! とこちらを指差した。

何度目だこのポーズ。こいつもいい加減キャラ付けがブレない奴だなー。

込み上げてくる頭痛を抑えるかのように、俺はこめかみを指で揉む。

 

「……シロとかハクとか言われるのはいいが、しろうさぎは却下だ。コーチだからと偉ぶるつもりはないが、せめて同級生に対する真っ当な敬意くらいは払え」

「断る! 私に言うことを聞かせたくば、実力を示してからにするんだな」

 

こいつは一度、痛い目を見た方がいいのかもしれない。

もっとも学習能力が高そうには見えないが……

 

「なるほど、つまり麻雀で俺が勝てば言うことを聞く、という解釈でいいんだな?」

「そういうことだじょ。だが、私が勝ったらずっと”しろうさぎ”と呼ばせてもらうじぇ」

「了解了解、それじゃ俺が勝ったらお前のこと”白パン娘”って呼ばせてもらうけどいいよな?」

 

俺の提案にうぐっ、と口ごもる片岡。

階段の踊り場で返り討ちに遭い、パンツを御開帳したことを思い出したのだろう。片岡の頬にツツッと冷や汗が伝う。

 

「あれー? それとも片岡さんは自分から言い出しておいて勝つ自信がないのかな~?」

「そ、そんなことはないじょ。きさまをコテンパンにしてぎゃふんと言わせてやるから覚悟しておくといいじぇ!」

 

こんな安い挑発に乗ってくるとはちょろい奴だ。

俺は片岡の勝気な性格から麻雀の打ち筋がどういうものかを想像する。

勝負はすでに始まっている。心理戦もそうだが、何より対戦相手の性格を把握することは特に重要なファクターなのだから。

 

「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ席についてもらえないかしら?」

 

声をかけられて気付けば、いつの間にか竹井先輩と染谷先輩は部室の奥にある全自動雀卓の椅子に着席している。

片岡との丁々発止に熱中して周囲が見えてなかったようだ。こういうときの俺は注意力が欠けてるな。

前世と併せて40年以上生きてきたと言っても、まだまだ未熟な面はある。

 

「あ、はい。すみません」

「今いくじょ」

 

催促された俺と片岡は雀卓に寄り、卓上に置いてある4つの牌のうち伏せられた二つの牌をそれぞれめくる。俺が「北」、片桐は「東」だ。

起家(チーチャと読む。荘家ともいう。いわゆる東家、最初の親となる人のこと)の片岡を基準として、時計の逆回りで南家が竹井先輩、西家が染谷先輩、北家が俺となる。

全員席に着いたところで、のどかが紅茶をもってきてくれた。

「どうぞ」と全員に紅茶が注がれたティーカップを配る。良い芳香が鼻腔をくすぐった。

早速一口すする。口当たりの良い温度で飲みやすい。味は、ティーバックで煎れたものだとは思うが、のどかが煎れてくれたものかと思うとそれだけで美味しく感じるな。

 

「それでは始めましょう」

 

竹井先輩の開始の宣言で、俺の清澄高校麻雀部における記念すべき初対局となる麻雀が始まった。

 




細かい差異ですが、原作だと部室に「流し」ってないんですよね。アニメ版だとあります。あらすじに「設定はアニメ基準」と書いたのはこういう理由からです。
あと、優希が原作以上に挑発的というか、攻撃的なのは、最初の悪印象が尾を引いているためです。というか、不信感が残ってる感じ。


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東場 第一局 十本場

麻雀用語をやたら()で括ってうんちくしてます。麻雀用語をある程度出さないとリアリティに欠けるし、説明ないと「麻雀あんまり知らないけど物語は好き」って読者が読み飛ばすかもしれないので。その分物語のテンポを悪くしてるので、必要かどうか悩むところです。


episode of side-N

 

 

対局が始まった。25000点開始のオカありのルールだ。

全自動雀卓から吐き出された牌の山から慣れた手つきで配牌(自分のところに最初の牌を持ってくる作業。親は14枚、子は13枚)を済ませ、そして手早い手つきで理牌(打ち手にとって把握しやすい・打ちやすいように牌を整理、並べ替えること)を行う。

昨日今日麻雀を始めたような初心者のいないこの面子では流石に皆、淀みなくその作業を終える。

私は白兎さんの1mほど後ろに立って、彼の麻雀の打ち筋を見学するつもりでいる。中学からの親友である優希はもとより、入部後僅か1ヶ月とはいえ部長や染谷先輩の打ち筋は大体わかっている。今見るべきはやはり白兎さんの麻雀だ。

去年に白兎さんと一度打ってはいるが、対局者としてではなく、傍観者としてならまた違った側面が見えてくるはずだし、私にとって得るものが必ずあるはずだ。

理牌が終わった彼の配牌を視認する。塔子(ターツと読む、数牌が連続して2枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)の多い五向聴だが、役牌である「白」の対子(トイツと読む、同じ牌が2枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)があり、点数より和了速度を重視するなら鳴いて早い段階でのテンパイが可能だろう。点数重視なら字牌を捨ててタンヤオ・ピンフを基軸にして組み立てるか、「白」の刻子(コウツと読む、同じ牌が3枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)を作って役牌+チャンタか……

当たり前のことだが、今の段階ではどれが最善か断定はできない。可能性と合理性を重視するデジタルな打ち手である私にとっての回答は無論存在するが、私と白兎さんが同じ答えを持ち合わせているとは限らない。いずれにせよ、大人しく見守る他はない。

序盤戦は誰も何の動きもなく、6巡目を過ぎたところまでの白兎さんの打ち筋を見た限りでは、「白」の字牌を残し、あとは順子(シュンツと読む、数牌が連続して3枚組み合わさっている形のことをそう呼ぶ)構成で組み立てようとしている。「白」は未だに他の誰も捨てていないので当然鳴いてもいないが、ツモ牌は良好で二向聴まで来ている。鳴いて手を早めずともこのままテンパイは可能だろう。そんなふうに考えていると、

「いくじぇ、リーチ!」

優希が先制のリーチをかける。

長く優希と打ってきたからこそわかるが、優希はなぜか東場だと手が早く、和了率も高い。しかし南場で失速するという、所謂先行型だ。集中力が持続しないのかもしれない。

そんな優希が調子に乗ったときの強さはかなりのもので、私でも大量得点リードを許してしまうこともままあるほどだ。

7巡目のテンパイリーチなら捨て牌から手を読むことは不可能ではないが、果たして白兎さんはオリるかリスクを覚悟して組み立てるか……現物を処理した。まだオリたとは断言できないが、ここから見える優希の捨て牌から判断するに、満貫か跳満はありそうな高目の手を想像させる。まだ東場の一局目、私ならオリる。

そんなことを考えているうちに優希がツモ番が来る。そして牌を手に取った瞬間、彼女の唇の端がニヤリ、と吊り上った。親指による盲牌(モウパイと読む、手触りでどんな牌かを当てること)でそれが和がり牌だということがわかったのだろう。

「どーん! リーチ一発ツモ! タンピンドラ1、6000オールだじぇ!」

私の予想どおり、高めの手を張っていた優希の親ッパネが炸裂し、一気にかなりのアドバンテージを奪う。

流石は優希、と褒めるべきだろう。私が打っていたとしてもこれはどうにもならなかったと思う。

「へぇ……」

点棒を優希に手渡した白兎さんが小さく感嘆する。多分に運の要素もあるが、それを含めて優希の雀力を評価しての声だろう。

それを聞いた優希は得意そうな顔で、「またつまらぬ役を和了ってしまった……」などとわけのわからない発言をしている。

東場第一局一本場。

またしても優希が本領を発揮した。

わずか4巡目でリーチをかけると、6巡目のツモ牌で和がる。

「ツモ! リーチチートイドラ1、4100オールだじぇ!」

親満で12300点のプラス、これで優希のリードはますます広がり、白兎さんら他の3人との間に約30000点もの大差をつけた。

「ふっ、口ほどにもないな、しろうさぎ!」

「そういう台詞は終わってから言え」

白兎さんは優希のトラッシュトークに淡々とした口調で答え、その声音からは動じた様子は読みとれない。親なら跳満、子なら倍満の直撃で逆転できる点差と考えれば、第一局で焦る必要は全くないのだ。

「そうねえ……優希が東場で強いのは知ってるけど、私が見たいのはそれすらねじ伏せて勝つ白兎君の力なのよね。本気を出してないとまでは言わないけど、3年前のインターミドルのときみたいに、派手に勝ってくれると嬉しいわ」

優希の尻馬に乗ったわけではないだろうが、白兎さんを相当高く評価している部長としては優希の独走を許しかねない序盤の結果が不満なのかもしれない。

「ふむ。そうですね、ではちょっと気合をいれますよ」

白兎さんはそんな部長のアジテーションに応えて、「ちょっとそこまでいってくる」みたいな軽いノリで期待を請け負った。

麻雀は半分運で決まる競技だ。気合を入れたからと配牌やツモ牌が良くなったりすることはない。むしろ気合が入りすぎて焦って判断ミスをしたりすることもある。白兎さんの言葉を疑いたいわけじゃないけれど、その自信に根拠があるとは正直思えなかった。

東場第一局二本場。

またしても優希の疾走が止まらない。わずか3巡目でリーチをかける。

「ポン」

白兎さんが初めて鳴いた。部長の捨てた「発」の牌をポンし、門前の2枚と合わせて和了への特急券を手に入れる。同時に優希の一発を潰す狙いもあるのかもしれない。だが、これだけ早い段階でのリーチを凌いで先に和了れる可能性は低いと言わざるを得ない。

「苦し紛れに鳴いたところで、私の勢いは止められないじょ」

「…………」

優希も私と同じ考えなのだろう、自信たっぷりに言ってのけるが、白兎さんは相変わらず動じた様子はなく、沈黙を守る。

白兎さんの気合という言葉の根拠が、早い段階で鳴いて手を早めることなのであれば、その程度で優希の勢いを殺ぐことはできないであろうことは明白だ。

しかし、白兎さんの打ちまわしをどちらかというと否定的に見ていたその時点での私の考えは、それほど間を置かずに覆された。

「ツモ。600・900」

鳴いた後、わずか4巡でテンパイを完成させると、その2巡後にツモ上がりをして優希の連荘を止めた。

「私の連荘を止めたのは褒めてやるじぇ。だが鳴いた上でそんな安手で和がろうとは、きさまの底の浅さを露呈するようなものだじょ」

「そういうのはいいから点棒よこせ」

余裕からか、あくまで大上段で語る優希の台詞にも一理ある。すでに大差をつけられている状態で和了に固執し安手で和がろうとするのは、まだ序盤とはいえ決して良手とはいえない。しかし、勢いに乗りかけた優希をシャットアウトし、「気合を入れる」と言った根拠の片鱗をかいま見たという意味ではこれからに期待がかかる。

東場第二局。

「ポン」

今度は2巡目で「中」の字牌をポンして役を作ると、5巡目で「発」を暗刻にしてさらに役を厚くする。

ここまでの白兎さんの打ち筋を見る限り、字牌を心もち大事にするくらいの特徴しか見えない。そういう意味では決してデジタルに徹底しているとは言えないが、それ以外の打ち筋は私から見て非常に合理的に打っているように見える。

「ロン。ザンク」

「あたたたた……まいったのぅ」

白兎さんは8巡目でテンパイし、その直後に染谷先輩を直撃して和がった。これで連続和了。点数の度合いでは優希に及ばないが、回数では並んだ。まだまだこの程度では有効な反撃と言えないが、優希の得意な東場を終わらせるという意味では着々と事態を早めていると言えるだろう。

「多少手を高めたところで、私から奪わなければ有利になったとは言えないじぇ」

「…………」

白兎さんは再三の優希の挑発を今度は完全に流す。不愉快ゆえの無反応というより、麻雀に集中していて余計な言葉は耳に入れないという印象を受ける。

子供じみた賭け事をしているせいもあるのだろうが、優希はかなり白兎さんを意識しているようだ。点数的に見ればほとんど被害を被ってなく、その差は未だに約30000点以上もあるというのに。

優希にとってのホームグラウンドとも言える東場がどんどん流れてゆくことへの焦りもあるのかもしれないが。

そして続く東場第三局。ここで初めて優希が決定的な打撃を受けることとなった。

「リーチ」

白兎さんの余計な装飾のつかない、宣告だけの言葉と共に千点棒が場に置かれる。

東場とはいえ、白兎さんに勢いを止められて精彩を欠く優希の早和がりは鳴りを潜め、逆に白兎さんが早い段階で手を完成させた。鳴くことなく7巡目で門前テンパイし、即座にリーチをかける。

後ろから見える白兎さんの手牌は、「白」「中」の暗刻と公九牌によって構成されている順子と対子。またしても役牌、そしてチャンタの満貫手だ。

直後の優希の手番。白兎さんの初めてのリーチに警戒したのか、「ぐぬぬ……」と唸りながらしばし長考する優希。その視線はひたすら白兎さんの捨てた牌に注がれている。

白兎さんの河(かわと読む、捨て牌を置くスペース)には公九牌と中張牌がバランス良く捨ててあり、僅か7個の捨て牌から役の傾向は読み取れない。例え私が優希の立場であってもそれは同じで、せいぜいスジを警戒することと、これまでの和がりの傾向から生牌(しょんぱいと読む。河にまだ1つも捨てられてない牌のこと)の字牌を捨てない、それくらいしか思いつかないだろう。

20秒ほど悩んだだろうか、ようやく決心したようで優希が捨て牌を河に置く。その牌は九ピンだった。傾向が読めないなら比較的安全な公九牌にしようと考えたのだろう。無難といえば無難な選択だが、今回に限っては悪手だった。

「ロン。12000」

「ひぃっ!」

一発が付いて跳満となり、高めの直撃を受けた優希が短い悲鳴とともに青褪める。これで優希は41400点、対して白兎さんは33900点。優希のアドバンテージがごっそりと削られた。

事ここに至っては優希も白兎さんの実力と脅威を認識せざるを得ないだろう。とはいえ、白兎さんの手牌を常に後ろから見ている私としては、ここまでの3連続和了の要因は多分に運の要素が高いと思えるが……。

デジタル打ちの私としては使いたい言葉ではないが、運も実力のうち、という格言は麻雀のためにあるような言葉かもしれない。

そして東場第4局、白兎さんの親番であり、優希にとっては強みを活かせる最後のチャンス。

ここでどちらが和がるか、それとも部長や染谷先輩が二人の勝負に待ったをかけるか、誰にとっても正念場となる中盤戦が始まった。

理牌が終わった白兎さんの手牌を視認する。

「!」

危うく、うっかり声を漏らしてしまうところだった。どんな理由であれ、後ろのギャラリーが配牌を見て大きく反応してしまったら、対局者はその反応から様々な想像をしてしまうだろうし、気にしないように努めてもやはりプレイへの影響は出る。観戦者が最もやってはいけないことの一つを犯してしまうところだった。

そのように私が驚いた理由。それは配牌が凄かったことだ。どのように凄いかと言うと、字牌の「白」「発」「中」がそれぞれ対子の計6個、そして更に「東」の刻子と良字牌が揃っており、上は大三元から字一色、安く作っても小三元や対々和が作れ、最低限はダブル場風牌による2飜が確定している。ここまでの良配牌など、滅多にあるものではない。しかしそれを引き当てた白兎さんは、打ち筋よりも特別に運が良いという方向での実力者なのだろうか。

1回の対局どころか、半荘の半分も終えてないうちに結論を出すのは全くもってナンセンスだけど、連続和了の要因が運に偏っているこれまでを目の当たりにすると、どうしてもそういう感想が湧いてくる。

いずれにせよ、まだ対局は終わっていないのだから、白兎さんの打ち筋も含めて引き続き見守り、最終的な結果をもって判断するしかない。

しかしそんな私の見解の先送りをあざ笑うかのように事態は進行していった。

「ようやく来たじぇ……リーチっ!」

優希が東場の最後になって復調したのか、覇気の篭った笑顔で千点棒を卓上に投げ入れると6巡目でリーチを宣言。十分に早いと言えるテンパイだ。形にもよるが、常ならばリャンメン待ち以上で十分上がれる可能性がある。

優希の捨て牌を見る限りでは第一局と似たような感じで、役も高そうである。

再び大きなアドバンテージを奪おうとした優希の期待と思惑は、しかしそれ以上の圧倒的な奔流によってあえなく打ち砕かれた。

「ロン。役満は大三元、48000」

先ほどまで和了の際は点数しか宣言してなかった白兎さんが、役満のときは対応が違うのか、それとも単なる気紛れか、役と点数を宣言した。

「じぇぇぇぇぇ!?」

「なんじゃと!」

直撃された本人だけでなく、染谷先輩までその早い巡目での役満に驚愕する。さも当然と涼しい顔をしているのは部長くらいだ。どこか鋭いところのある部長はこの可能性を少しでも予想していたのかもしれない。

親の役満直撃により優希の点数は吹き飛び、マイナスに転じたことで対局が終了した。結局、優希の専売特許であるはずの東場のみで決着を着けた。しかも当の優希をハコテンに追いやるという離れ業で……

私からすれば運が極端に偏っただけの幸運に恵まれた勝利としか思えないが、それは背後から過程を見ていたからこそ言えることであって、客観的に評価すればまさしく優希の完全敗北と言わざるを得ない結果だった。

優希は前のめりに雀卓に突っ伏すと、ぷすぷすと頭から煙を立てながら白く燃え尽きたようだった。

「あーあ。やっぱりこうなっちゃったか……。三元牌による役牌和了を2連続したあたりからもしやと思っていたのよねー」

部長が訳知り顔でそんなことを言いながら、頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれにもたれかかる。

まさか、役満で和がることを部長は読んでいたとでもいうのだろうか。部長は三味線を引くような人ではないが、流石にそれは考えられない。

役満は出にくいとはいえ、普遍的な意味で可能性を考慮するのは想像の埒外とまでは言えないが、限定的な状況から現実的な役満の可能性を予想するなど、もはや予知能力めいたオカルトだといわざるを得ないからだ。

「どういうことじゃ? まさか役満を予想してたとでも?」

「もちろん、確信があったわけじゃないわ。ただ、白兎君は3年前の大会でも似たような流れで大三元を何度も和がっていたのよ。だから今回ももしかしたら、と思った訳」

染谷先輩の質問に、推測の根拠を語る部長。

「似たような流れで、何度も……って、全中大会で、ですか?」

「そうよ。私の覚えている限りでは4回ほど和がっていたわ。ま、本人に聞いた方が確実ね、実際はどうなの? 白兎君」

未だ雀卓に突っ伏している優希を除き、その場にいる全員の視線が白兎さんに集中する。

「よくそんなところまで覚えてましたね、部長。俺が全中大会の際に大三元を和がった回数は6回ですよ」

別段自慢そうに語るわけでもなく、ただの事実を淡々と述べているに過ぎない、そんな白兎さんの口調と表情が、誇張ではなく本当の話なんだという説得力を強く感じさせる。

その答えに、私もそうだが染谷先輩も絶句している。

「6回か。白兎君の全ての試合を見れたわけじゃないから、4回よりは多いと思っていたけど……なんていうか、流石ね」

「いえ、運が良かっただけです」

部長の賞賛に、少し照れた表情で謙遜する白兎さんの声を聞きながら、私は内心でその事実の意味するところを考えていた。

全中大会の個人戦、それなりの試合回数をこなすが、その中で役満を和がれる頻度はどの程度のものだろう。打ち筋にもよるが、せいぜい1回和がれればかなり運が良い、といった程度だと思う。

とてつもなく幸運に恵まれれば2回くらいは和がれるかもしれないが、そんなのは1度の大会で一人二人いるかどうかだろう。

それが、6回。しかも全て同じ役である大三元和了。宝くじの1等を当てるのとどちらがより低い確率だろう。確率を計算する土俵は全く違うが、6回もの大三元和了の方が実現が難しいというか、奇跡的な現象に思える。

いずれにせよ、「運が良かった」の一言で納得できるレベルではない、はっきり言って「異常」の一言に尽きる。到底、人の為せる(わざ)とは思えない……

私の戦慄を余所に、それを異常とも思ってないのか、部長と白兎さんは部の今後の方針に話題を変えて喋っている。

「男子の団体戦出場は人数的に無理でしょうが、女子はあと一人部員が増えれば出場できますし、なんとかなりそうですね」

「ええ、私としても個人戦は興味なくて、何とかして団体戦に出場したいのよね。白兎君、知り合いの子多そうだし、麻雀打てるか興味のある人いない?」

「うーん、俺は地元出身じゃなくて、今年引越してきたばかりですから…… 同じ中学出身の知己とか、そういう人がいないんですよ。この1ヶ月で同級生を中心に友人知人は増えましたが、学生生活では麻雀に関わる気がなかったからそういう話を誰ともしたことがなくて、誰が麻雀できるかなんてのも把握してないんですよね。申し訳ないんですが」

「そっか、それは残念ね。あ、でも白兎君が麻雀部に在籍してるってことが広まれば、麻雀に興味がなくても白兎君に好意を持った女子生徒が入部してくれるかもしれないわね。さっきまこから聞いたわよ? すでに何人もの女の子を泣かせてるって」

部長は雀卓の縁に両手で頬杖をつきながら、あだっぽい流し目を白兎さんに向けながら、からかうように先ほど優希が持ち出した噂の話題を蒸し返した。

半ば冗談だろうけど、部長が言うように白兎さん目当ての女の子が入部してくるかもしれない、という可能性は十分に考えられる。白兎さんは魅力的な男性だ。外見だけでなく、人柄も良い。なんというか、相手の性格に合わせて付き合うことのできる人、といえば良いのだろうか。私のようなあまり冗談の通じない、生真面目な女性相手には適度に気安く、しかし必要なときはどこまでも真摯に接してくれるだろうし、優希のような天真爛漫な女性相手なら、相手と同じ目線で騒いだり冗談を言い合ったりと屈託なく付き合ってくれる。別の言い方をすれば、相手にとって心地よい距離感で接してくれるのだ。人付き合いの基本といえばそれまでだが、白兎さんはそうした距離感や空気を読むのが抜群に上手い。

動機が白兎さん目当てであろうと、同性の部員、同好の士が増えるのは嬉しいし、不純な動機だと否定するつもりはないけれど……もし、本当にそんな子が入部してきたら、白兎さんと親しげに話してたりしたら、と想像するとなんだか胸のあたりがもやもやする。

「や、勘弁してくださいよ。コーチングを真面目に受けてくれるかって問題もありますが、そういう動機で入部してきた子がいると部内の温度差が出来て空気を悪くしますよ。それにほら、俺はまだ体験入部というか、正式な部員じゃないわけですし、卑怯な言い方かもしれませんがそういうしがらみは持ちたくないんです」

「あはは、ごめんごめん。でも、その言い方だと部活では麻雀しか興味がありません、部内恋愛なんて考えてません、ってふうに聞こえるけど、それでいいの?」

そう言って、部長は白兎さんに向けてた流し目の矛先を私に変える。部長がどこまで私と白兎さんの関係を把握しているのかはわからないが、その態度からは明らかな言外の含みが感じられる。昨日までの私だったらそのことに気付かなかった。いや、気付いたとしても恋愛とか浮ついたことには興味がありませんと軽く流しただろう。

「いや、流石にそこまでストイックな人間じゃありませんよ俺は。普通に異性に興味のある青少年ですし、部活動と恋愛をきちんと分別してくれる人となら、そういった関係を築くのもやぶさかじゃありません」

恋愛の機微に疎い私でさえ気付いたのだ、少なくとも私より恋愛方面への造詣が深そうな白兎さんが部長の言外の揶揄に気付かなかったということはないだろう。しかし白兎さんは動揺など微塵も感じさせない口調でさらっと答えた。

これは私の想像でしかないけれど、私と同年代の男子なら、部長のような年上の綺麗な女性に思わせぶりなことを言われたら、余程経験豊富とかでもない限りは多少は慌てたり期待したりと反応がもう少し顕著だと思うのだが、白兎さんは落ち着いた受け答えといい、大人びた恋愛観といい、とても同い歳とは思えない精神的な成熟を感じる。

一般的に女性の方が男性より精神的な成熟は早いと言われている。

同年代の男の子が子供っぽく思えるような女の子にとっては、白兎さんのような精神的に成熟した包容力のある男性の方がとても魅力的に感じるだろう。私もどちらかといえばそういうタイプだ。

男性にはトラウマめいた隔意をどうしても抱いてしまうということもあるが、同年代の異性はトラウマがなくても恋愛対象としては意識できないだろう。身近な存在で言えば須賀君がそうだ。槍玉に挙げるようで申し訳ないけれど、優希と丁々発止とやり合ったり、ときどきお馬鹿な発言をしたりする彼に接して、友人としての好感は抱けても異性としての好意は持てないし感じたこともない。

勿論、年齢不相応に大人びた男子もそれなりにいるとは思う。だけどそれは一般論であって、少なくとも私の周囲では白兎さんほど大人びて包容力のある男性はいない。事実、先の部室で再会した際、思わぬ事実を知って狼狽していた私を落ち着かせようとしてくれた彼の真摯な眼差しと言動は、まるで父と同年代の男性に語りかけられているような「深み」を感じたほどだ。

そして、私の好みがそうであるように、部長もまた同年代の男性には興味を持たない、精神的に成熟した男性を求めるタイプなんじゃないかという気がするのだ。女の勘というものかもしれない。

「なるほどね、それじゃあ私にもチャンスがあるわけだ。ねえ、のどかはどう思う?」

つらつらとそんなことを考えていたら、部長は私の内面を見透かすかのようにいきなり話を振ってくる。私は慌てた。

「し、知りません! そんなこと、白兎さんの好みにもよるでしょうから、私からは何とも……」

心の準備が出来てなかった私はもろに動揺してしまい、どもりがちに無難な答えを口にする。

「確かにね。それじゃ、白兎君に質問しようかしら。私とのどか、どっちが女性として好み? 今後の参考にしたいから、ぜひ教えてもらえると嬉しいわ」

「なっ……!?」

いきなりなんてとんでもないことを聞くのだろう、この人は! 思わず呻いた私を部長は意味ありげな視線でちらっと一瞥する。

「そ、そんなプライベートに関わる質問をするのは、部長といえどもさすがに失礼です!」

「あら、どうしてのどかが怒るのかしら? 私が質問しているのは白兎君よ? それに、のどかも少しは興味があるんじゃないの?」

「そ、それは……」

ダメだ、口では部長に敵わない。それに、確かに私もその答えには興味がある。答えを知るのが怖いような気もするけれど……

もしかしたら、優希のような明るく元気のある子や、私のように無駄に胸が大きかったりしない、小柄で女性らしい体型の子が白兎さんの好みかもしれない。性格にせよ外見にせよ、私より魅力的な女性は沢山いるだろうし。

そう思うと、私と部長、たった二択の限定された選択だとしても、私には選ばれるという自信がどうしても持てない。でも、もしかしたら……

果たして白兎さんの回答は、しかし私の想像とはかけ離れたものだった。

「どちらも魅力的な女性だし、それを俺ごときが選ぶだなんて恐れ多いですけどね。それでも正直に答えるなら……好みで言えば部長かな?」

「あら、それは光栄ね」

「!」

はっきり選べば角が立つ、ゆえにせいぜいがどちらも褒めた上で片方なんて選べません、といった玉虫色で無難な答えをするだろうと考えていた。というより、普通はそう答える。

選ばなくていい場面であえてどちらかに優劣を付けるなど、要領の良い回答とはいえない。なのに。

あっさりとした白兎さんの答えを聞いて私は愕然とし、奈落につき落とされたような絶望感に包まれる。

好みで言えば部長の方が……そう、白兎さんは私がいることを知って入部したわけじゃない、むしろ部長に誘われて応えた人だ。その回答を裏付ける背景はあったのに、どうして私は一瞬でも選ばれるかもしれないなんて期待してしまったのだろう……。

そんな暗い感情に苛まれようとしたとき。白兎さんはおもむろに雀卓の椅子から立ち上がり私へと振り向いたかと思うと、かつて見たことのある悪戯少年の笑顔でにやっと笑った。

どくん。

私の心臓が強く胸を打つ。

「だけど、もし一生の伴侶として選ぶなら、俺はのどかを選びますし、今の時点でものどかのことが好きですよ」

「え……?」

今、白兎さんは何て言った?

「のどかのことが好きですよ」、そう聞こえなかったか? いや、待って、落ち着くんだ私。幻聴かもしれない。落ち着いて、恥ずかしいけれどもう一度白兎さんに聞いた方がいい。

私が軽く錯乱しかけていると、

「これはまた……ぶっちゃけたわね、白兎君。驚いちゃったわ」

「まさかの告白じゃのぅ。われ、一体何を考えとるんじゃ?」

「ちょっと待ったー! 私の許可なくのどちゃんに告るのは許さないじぇ!」

「おおおおおい!? 白兎、お前いきなり何言っちゃってんの!? 告白? 告白なの!?」

苦笑している部長以外からも、部員の皆が食いついてきた。別にひそひそ話をしていたわけではないので、白兎さんの爆弾発言を他の部員が聞きとがめたのも無理はないのだけれど。

皆、白兎さんの発言を同じベクトルで解釈しているようだった。もちろん、私もそうだ。というか、程度はあるにせよ他の意味には受け取れないだろう。即ち私への好意の告白だ。

恥ずかしさと嬉しさと戸惑いがごちゃまぜになった私の心は爆発寸前で、顔は真っ赤に染まっているに違いない。

「一生の伴侶とか、ちょっと大げさでしたかね。まあ、単純な女性の好みと、人生を共にしたいと思う女性と、今現在最も好意を抱いている異性とは、必ずしも一致しないってことかな。めんどくさい回答ですみません。あ、俺がのどかに好意を抱いてるっていうのはもちろん本音ですよ。だからって今すぐ付き合って欲しいとか言いたいわけじゃありませんが。まだ出逢ったばかりでお互いのことはほとんど何も知らないですしね」

驚くほど淀みなくしれっと答えた白兎さんは、冷めた紅茶が残っているティーカップを立ったまま掴んで口へと運ぶ。なんというか、小憎たらしいほどのポーカーフェイスだと言えよう。むしろ、皆の反応を面白がってる?

部長も似たような感じで、今の状況を楽しんでいるようだ。なんだかこの二人、変なところで息が合ってる気がする。

部長は優希や須賀君に視線をやって、手振りで「まぁまぁ」と落ち着きを求めると、白兎さんへの質問を重ねる。

「なるほど。つまり白兎君は女性に対して何を求めるかで選択が違ってくると言いたいのね」

「そうですね」

「ちなみにのどかより私が好みというのはどういうところが?」

「俺、年上好きなんです」

「そ、そう……」

私より部長が好みだという答えを突き詰めると、実に拍子抜けするような理由だった。いや、ある意味では重大な問題だけど……年齢は個人がどう努力しても埋められないのだから、こればかりはどうしようもない。

流石の部長も毒気を抜かれたような顔をしている。なんともコメントに困る回答だったのは想像に難くない。

「で、私のことはそれでいいとして、のどかはどうなのかしら?」

視線を私に向けて話を振ってくる。そう来ることを予想していなかったわけではないが、白兎さんの告白の衝撃から立ち直りきれていない私は赤面して俯くと、周囲にかろうじて聞き取れるくらいの小声で答える。

「わ、私は……その、白兎さんの好意は正直、う、嬉しいです……。でもそれはお友達としてといいますか……」

傍から見た私の態度は怪しいというか、白兎さんへの好意が明白なものとして映ったと思う。

白兎さんの直截な好意の告白。嬉しくはあるけど、恥ずかしい上にちょっと恨めしい。何も皆がいるところでおおっぴらに言わなくてもいいのに。根性の悪い言い方かもしれないが、皆に格好のからかいの材料を提供したのではないかという気がする。

「恋愛に関してはのどちゃんお子様だじぇ」

早速と言えばいいのか、優希がからかうように言う。恋愛経験皆無な私としては否定できないけれど、それは貴方もでしょう優希……。

事実とはいえ、優希の歯に衣着せぬ物言いに私がムッとしてると、私の反発を読み取ったかのように白兎さんが代弁する。

「へぇ。そういうからには白パン娘は経験豊富なのか?」

「じょ!?」

白兎さんの皮肉の篭った指摘に、二重の意味で痛いところを突かれたのか、優希はうぐっ、と言葉を詰まらせる。

中学時代、私の知る限りでは優希の男女交際履歴は私と大差ないはずだし、先ほどの勝負における賭け事の内容も忘れていないからだろう。敗北感という負い目を優希に自覚させつつ発言の不備を指摘する。相手の心理を計算した上での話術だ。

白兎さんはなかなか意地が悪い。

「そ、それは……」

「それは?」

優希が答えられないのが解っているだろうに、白兎さんはニヤニヤしながら容赦なく追い詰めた。

「ど……」

「ど?」

「どーせ私も恋愛経験ゼロのお子様だじぇ! ばーかーばーか!!」

ついに開き直った優希がやけっぱちにカミングアウトしたかと思うと、子供のような罵声とともに威勢よく雀卓の椅子から立ち上がってバルコニーの方へダダダッと走って出て行ってしまった。

私のしたことではないが、これは流石にやりすぎかもしれない。

白兎さんも同感だったのか、苦笑してバルコニーの方に大きな声で謝罪する。

「すまん優希! ちょっと言い過ぎた! 俺も恋愛経験は人のこと言えねーし、あんまり気にするな!」

自分が悪いと感じたらすぐ謝罪する潔い姿勢は優希とどこか共通しており、私は白兎さんにますます好感を抱く。

優希への呼び名も、元々の「片岡」ではなく、「優希」と名前に改めている。

多分、優希との距離感を掴んだ、という理由もあるだろうけれど、「仲直りしてこれからは仲良くしよう」という暗のメッセージが込められているのかもしれない。

「余計なお世話だじぇ、バカ白兎っ!」

バルコニーから発せられた優希の怒声が部室内に響く。その声は大きくはあったが、不機嫌さの表れというより照れ隠しのように私には感じられ、白兎さんと私は顔を見合わせてお互いにくすっと笑ってしまった。




麻雀戦描写回。拙いのはご勘弁を。あらすじにも書きましたが点数計算とか麻雀用語とか間違えてる可能性があります。調べながら書いたつもりですが。
あと麻雀部の採用ローカルルールがよくわかりません。原作だと序盤(コミックス1巻)で咲が親役満(四暗刻)直撃させてるのにも関わらず32000点でした。親だから48000点じゃ? 作品内の大会準拠ルールなのかな。よくわからん。


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東場 第一局 十一本場

「さて、早速なんだけれど、白兎君は一局打ってみて私たちの打ち方に気付いたところはあるかしら?」

外の風に当たって気を取り直した優希が何事もなかったかのような顔で部室内に戻ってきてから。竹井先輩が先ほどの対局の感想を俺に求めてきた。

俺は先ほどの対局を思い出しながら考える。

実を言うと最初は皆の打ち筋を観察するために様子見するつもりだったのだが、優希の挑発と部長のけしかけのため勝負を早々に終わらせてしまったので判断材料が少ない。

「うーん……正直、一局打っただけでは何とも。ただ、優希は鳴かれると途端に調子を崩す傾向がありましたね。調子良く打ててるときは爆発力がありますが、意図的に流れを変えられると挽回する手立てに乏しい。そんな感じかな」

「なるほど、短い勝負だったけれど、さすが良く見てるわね白兎君」

「いえ、根拠にそれほど自信があっての指摘ではありませんよ。あくまで今の一局だけで読み取れたものでしかありませんから。それはそうと、過去の牌譜ってあります? あるようでしたら見せていただきたいんですが」

日常的な対局まで全て記録しているとは考えにくいが、上を目指して麻雀に真摯に取り組んでいるのならばある程度は持っているはずだ。もしないのなら指導の為にもこれから記録してゆく習慣を強制しなければならない。話はそれからだ。

しかし、竹井先輩なら抜け目なく牌譜を揃えているだろうという予感があった。

そしてその予感は的中する。

「ええ、勿論あるわ。牌譜はパソコンで管理してるの。指導に必要ならプリントアウトしようか?」

「いえ、ざっと目を通せれば十分なので。ディスプレイで見せてもらえますか」

「了解。パソコンは見て解るようにこれね。どのフォルダに牌譜置いてあるか今教えるから来て」

部室入り口から見て右手の壁際に机があり、その上にデスクトップパソコンが鎮座している。

俺を手招きしてディスプレイが見える位置まで呼び寄せると、竹井先輩は椅子に座りパソコンの電源を入れた。OSが立ち上がり、慣れた操作で牌譜ファイルを呼び出す。

「これね。4人打ちできるようになったのは今年4月からだから、量は少ないけど。ああ、各人の過去平均点数グラフも出しておくわね。ちなみに牌譜作成用のアプリはこちら。部室のパソコンは好きなときに使っていいから」

「ありがとうございます。それでは早速見せてもらいますね」

「うん、よろしくね。時間はかかりそう?」

「見た感じそこまで量はないし、それほど時間もかからないかと。遅くとも今日の部活が終わるまでには結論を纏めておきますよ」

「そう? じゃ、終わったら声をかけて。皆を集めるから」

「はい、わかりました」

実務的な会話に終始しながら、竹井先輩と席を替わる。

俺が牌譜に目を通し始めたところで、背後の雀卓では馴染みの部員たちによる本日2回目の半荘が始まろうとしていた。

1回目の面子から俺と竹井先輩が抜け、のどかと京太郎が加わった面子だ。

俺が二人いればそちらも観戦して今後の指導の参考に出来ただろうが、生憎俺は一人しかいない。背後も気になるがまずは牌譜確認からだ。麻雀のように何事も必要なものから取捨選択して要領よくやらねばならない。

「ツモ! 三色ドラ1、2000に3900だじぇ!」

背後の麻雀では先ほどの敗戦の鬱憤を晴らすかのように、序盤から優希が飛ばしているようだ。

威勢の良い優希の声を聞きながら、俺は先ほどの対局と牌譜から読み取れる情報である想像をしていた。

優希はもしかしたらギフト、ないしはセンスの持ち主かもしれないと。もしそうであれば東場だけやたらと調子が良い理由も解るし、今後の指導で方向性を与えられる。

ここでいうギフト、センスというのは、俺がこちらの世界に転生してから麻雀を打つ内に気がついた、不思議な能力のことだ。オカルト的超能力と言い換えてもいい。

もちろん名称や定義は一から十まで俺の想像や解釈、極端に言えば妄想によるものでしかなく、学問的な根拠に著しく欠ける内容であり、一般的な知識や認識ではない。

前の世界では極論すると、デジタル的な打ち筋が一番安定して強かった。何が言いたいかというと、麻雀を打っていて「異常」だと思えるような打ち手はいなかったし、突き詰めれば運の偏り、個人差でしかないと納得できる程度だった。

だが、こちらの世界に転生してからというもの、俺は自分の不思議な能力に気付くこととなった。自分で言うのも気恥ずかしいが、まさしく超常と言っていいレベルの「力」だ。配牌の流れを操り、対局者の力と手牌を洞察し、幸運を引き寄せる天与の才。

そしてそれは俺だけに備わっている資質ではなく、程度の差はあれ他人も持ち得てる能力だということが、転生後これまでに麻雀を打ってきて解ってきたのだった。

俺が認識し定義した二種類の才能。

一つは、「ギフト」。これは、その人間が先天的に備えている超常的資質のことを指す。その内容は様々だが、特徴を挙げると、「努力で伸ばすことはできるが後天的に身に付けられる類の才能ではない」「道理を曲げた結果を出せる」「霊視するとギフトだとわかる」の3つだ。(最後の霊視云々というのは、俺が所有するギフトで判断できる)

ギフトを所有している人間は非常に少なく、俺以外では今のところ3人しか知らない。ちなみにそのうち一人は俺の妹だったりするが。中学1年になった俺の妹も麻雀部に入るとか言ってたから、ギフト全開したら案外1年生から全国大会優勝とかするんじゃね? なんてことを現実的に考えられるほど、ギフトホルダーは強いってかヤバイ。だって道理通じないんだもん。

何を言っているかわからねーと思うが、俺も何をされたかわからなかった……積み込みだとかガンパイだとか、そんなちゃちなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……を地で行く能力がギフトだ。

二つ目は、「センス」。これは、本人の性格や資質が麻雀になんらかの恩恵をもたらしている能力のことだ。後天的に身に付けることができる能力であり、虚仮の一念岩をも通す、の如く強烈に積み上げられた努力や思念が幸運を引き寄せたり、強いものだと超常的ともいえるほどの効果を発揮する。ゆえにギフトの定義とは共通項があり、麻雀で有利に働く超常的能力という広義ではセンスもギフトも同じ能力と言えるのだが……

俺自身がギフト持ちであり、霊視というギフトを持つがゆえに実感として言えることだが、ギフトとセンスは「似て非なるもの」なんだよな、明らかに。ニュアンス的に言うと、ギフトは掛け算だがセンスは足し算、みたいな。どちらもプラスするものだがその過程と結果は全く違う。

だからといってギフトホルダーにセンスしか持たない者は勝てないか、明確に優劣がつくのか、とは相性もあるしで必ずしも言えないのだが、基礎の雀力が同程度であれば、基本的にギフトホルダーに持たざる者は勝てないほどの差が生まれると言っていい。

まぁ、何でもかんでもデジタル的に比較できるものでもないんだが。麻雀は1対1で打つものじゃないからギフトホルダー以外が結託すれば対抗もしやすいし、その分紛れの余地が大きくなる。それに調子の良し悪しもあるし、またギフトも完全無欠ではなく、何がしかの制限があったりするしね。

とりま、そんなわけで優希はギフトホルダーかセンスユーザーかと思ったわけだが……

興味あるし、ちょっと「視て」みるか。幸い、今は俺のこと誰も注目してないし、ちらっと背後を見るだけなら誰も俺の「目」には気付かないだろう。長く付き合っていればいずればれることだが、そのタイミングくらいは適切に計りたい。

瞼を閉じ、意識を目に集中する。脳内にあるイメージのスイッチを押し、見たい世界のチャンネルを切り替える。「我が瞳は幽世映し出す鏡にして森羅万象見通す浄眼なるかな」

瞼を開ける。視界の全てに薄青の膜がかかっている。おし、問題なくギフトが発動した。

今、俺の瞳の色は蒼くなっているはずだ。これが俺のギフトの一つ、「天理浄眼」。この世ならざる物、霊的な存在を視認できる神秘の瞳だ。別名「鬼の眼」とも呼ばれ、古来よりこの瞳を持つ者は超越的な霊的資質を有するとかなんとか。まぁ除霊術だの魔術といったオカルトは知らんし習う気も関わる気もないからどうでもいいんだが。ちなみに中二っぽい呪文や名前はギフトを発動させやすくするための自己暗示のようなもの。

この眼の一番便利なところは、他人のオーラが一目で見えることだ。オーラとは、個人の体を覆っている不定の靄のようなもので、その色や輝きで感情や意志、果ては体調までと、様々な内面的情報を読み取ることができる。

麻雀で使うとある意味ガンパイ以上に視覚的情報を得られるものだから普段は使わない。だってインチキすぎるもん。だけど相手がギフトホルダーだったりセンスユーザーだったりする場合は使うこともある。超常能力を使うって意味では程度の差はあれ土俵が同じだしね。

また、ギフトやセンスが能力を発動させている場合、それがどういう力なのか”視える”。その能力がどのような法則の下でどのような働きをするのかをほぼ正確に見通し、理解することができるのだ。そして、この天理浄眼を発動させている限り、見破られたギフトやセンスが俺に影響を及ぼすことはできなくなる。まさしく”破邪”の力を秘めた魔眼なのだ。はいはい厨二病厨二病。いや、邪気眼乙と言うべきか?

どれ、優希はっと……

ちら、と顔だけ振り返って優希の横顔を見、数秒程度眺めた後にまたディスプレイに向き直る。

大体は解った。優希の能力はギフトではなく、センスのようだ。まぁギフトホルダーなんてそうそういるわけもないんだが。何万人に一人とか、下手したら何十万人に一人とか、恐らくそういうレベルだ、ギフト持ちの希少性は。

それはともかく、優希のセンスだが、どうやら場を支配する類の能力のようだ。別の言い方をすれば、自分の置かれている状況において望む結果を引き寄せる能力……かな。麻雀だと配牌が良くなるとかそういう効果をもたらすだろう。強力なものになると他者の行動や判断思考にまで影響が及ぶほどになるが、センスでそこまでの効果は望めまい。「場を支配する」、この手の能力は有形無形に汎用性があり強力なのだが、その代わりに大体何がしかの制限があったりする。

優希の牌譜と過去の平均点数グラフを見る。ここから導き出される推論は、「東場では強いが南場では失速する」センス、ということか。いや、この定義は正しくないな。多分、「東場のみで場の支配力を発揮する」センス、が正解か?

いずれにせよ優希の指導方針はこのセンスを伸ばし、活かしてゆく方向で決まりだな。

早速固まった考えに気を良くした俺は、再び牌譜の確認と指導方針の思案に没頭するのであった。

 

 

「はいはい、みんな静粛に!」

竹井先輩がぱんぱん、と拍手を打って皆の注目を集める。どうでもいいがこの光景を見るのは今日2度目だ。

俺の牌譜確認は思っていたより早々に終わり、指導方針も概ね結論が出たのでその旨を竹井先輩に伝えた。竹井先輩と相談してから皆に話すべきかとも考えたのだが、「必要なら後で相談しましょ」ということで、まずは俺だけの考えを発表することとなった。

結局、同じ面子で半荘2回を行ったのどかたち4人は疲れもあってか雑談に興じており、その話題の中心は俺とのどかの馴れ初めのことだったりする。

気になる話題だったので多少注意を向けて聞いていたが、最初は黙秘を貫こうとしていたのどかに業を煮やした優希が俺に話を振ってきたので、作業の邪魔になると気を使ったのどかが不承不承話し出したのだった。

俺としては別に余人に聞かれて困る内容でもないので放置していたのだが、俺が女装していた件のくだりで「えぇー!?」と驚愕の声があがっていた。まぁ無理もないと思う。

「あの写真の美少女が白兎!? マジすか!」とか、「生まれてきた性別明らかに間違えてるじょ」とかね。余計なお世話だ。

そんなこんなで盛り上がっていたところで、俺のターンが来たわけだ。

「それじゃ、白兎君からこれからの皆の指導について発表があります。白兎君、お願いね」

「はい」

皆が静まったのを見計らって竹井先輩が俺に発言を促した。

部員全員の視線が俺に集まるのを感じる。

「えー、とりあえず暫定ですが、皆さんの牌譜を見せていただいた上で、気付いた点を説明しながら話していこうと思います。一人ずついきますので、疑問な点などあれば話の後に質問をどうぞ。よろしいですか?」

ややかしこまって言う俺に、特に異論はないのか皆沈黙で了解の意思表示を示している。

「それではまず部長から。基礎雀力についてはなかなかのレベルです。もちろんまだ向上の余地はありますが、アマチュア基準なら十分高いと言えます。欠点を挙げるとすると、オリるべき局面の見極めが甘く避けられるはずの放銃(振り込んでしまうこと)が散見されるのと、序盤における牌の取捨選択が合理性をいささか欠くところですね。また、役作りに関しては柔軟な切り替えが出来ているところは評価できるのですが、時折、それが行き過ぎて役作りに迷走している場合も見受けられます。以上のことを踏まえて、今後は攻守の見極めと切り替えのメリハリを適切に行えるよう指導していくことを考えています。もちろん基礎雀力についても細かい部分を個人指導しながら伸ばしていくつもりです。以上、部長は何かご質問ありますか?」

「いえ、特にないわ。むしろ、よく少ない牌譜でそこまで見極められるものだと感心しきりよ。これからご指導御鞭撻よろしくお願いします、先生」

ややおどけたように言う竹井先輩。どうやら俺の指摘と指導方針に満足いただけたようだ。雀力と指導者としての力量が比例するとは限らないが、竹井先輩は俺の指導者としての資質も認めてくれたのだと思う。信頼を裏切らないよう頑張らねば。

「はは、こちらこそですよ部長。ところで、1点だけこちらからお聞きしたいところがあるんですが、よろしいですか?」

「あら、何かしら?」

「高い役や良形のテンパイが出来たときなどでたまに悪い待ちを選択しているようですが、理由あってのことです?」

悪い待ちになる代わりに高めを狙えるとかならいざ知らず、牌譜で確認できる範囲ではそうした理由が見当たらないのだ。折角の高めの四門張(○門張…○めんちゃんと読む。テンパイ時、和がり牌が○枚あるということ)ができるのに、それを捨ててわざわざ単騎待ちでテンパイしてたりする。初心者がやるならまだしもわかるが、部長レベルの打ち手が意味もなく行うはずはない。

「ああ、それはね……。もちろん理由があることなのだけれど、それを聞いても理解できないかもしれないわ。それでも?」

竹井先輩にしては珍しく歯切れが悪い物言いだ。俺は頷いた。

「ええ、聞かないことには判断できませんので、できればお願いします」

「わかったわ。私が悪待ちをたまにするのは、勿論それが必要だと思ってのことよ。合理性から言えばおかしい打ち方だと言う事もわかってる。ただ……経験則の話になるんだけど、良い待ちでは和がれないことが多くてね……。悪い待ちの時ほど和了れる感じがするのよ。だからかな」

「ふむ……」

なるほど、理解した。実際にその悪待ちをする場面を見せてもらわないと断言は出来ないが、ギフトやセンスに依るものと仮定すればそういうこともありえるだろう。悪待ちという制限がかかる代わりに高確率で和がれる、そういう能力かもしれない。

それに、合理性に則った待ちだと手が広い分和がりやすいと考えられるが、別の側面から言えば他人に読まれやすいということでもある。その見方で言えば悪待ちは意表をつけるとも言えるので、選択としては悪くないという理論の補強もできる。

その際の和了率を見る限りでも竹井先輩のそれはスタイルとして成功しているので、止めさせたり無理に手を加えるよりは、そのまま伸ばしていった方が良い結果を生むだろう。

「わかりました。それはそのままで結構です。今後もそのスタイルは維持してください」

「そう? 理解してもらえて嬉しいわ」

俺があっさり了承したのが意外だったのか、疑問符をつけたものの、すぐに翻して笑顔で頷いてくれる竹井先輩。

しかしそこで、竹井先輩ではない第三者が食いついてきた。

「そのままでいいんですか!?」

のどかだった。

あー、確かにのどかはデジタル打ち主義だし、理解できない気持ちは解る。俺や竹井先輩を信頼していないわけじゃないんだろうけれど、ギフトやセンスの存在を知り、麻雀理論に取り入れている俺のようにはあっさり認めがたいのだろう。

だけど、なんでもかんでも合理的に行えばいいってものでもないし、何事につけ固執するのは弊害が多い。

「うん。部長はそのスタイルで結果も出してるし、合理性で言えば確かにおかしく思えるかもしれないけど、これはこれでいいと思うよ」

「それは……偶然です。一時的なランダムの偏りを流れとかジンクスだと思い込んで心縛られてるだけだと思います」

余程認めがたいのか、落ち着いた口調だがしかし、一歩も退かないぞという意志がかいま見える。麻雀のこととなると、のどかは頑固になる性質があるようだ。

「世の中にはいろんな考え方の人間がいる。麻雀においても、デジタルな打ち方で運に頼らず長期的な視野で勝率を上げようとする人もいれば、流れがあると信じたりツモ牌に意味を見出す人もいる。はたまた超能力めいた不思議な和がりを連発するような存在までいたりするんだ」

「一理ありますが……超能力だとか、そんなオカルトはありえないと思います」

「じゃあ聞くけど、さっき俺が打ったときに大三元を和がったのはのどかの目にどう映った? 直接見てはいないだろうけど、全国大会で6回もの役満、しかも全て大三元という結果をどう考える?」

「そ、それは……確かに偶然、幸運だと言い切るには出来過ぎた結果だと言わざるを得ませんが……」

「何もオカルトの存在を一から十まで信じろと言うわけじゃない。ただ、人それぞれには最善と思うやり方があるってことさ。そしてそのやり方で結果を出しているのなら、理解はできなくても認め受け入れるべきだと俺は思うよ」

「…………」

強い言葉ではないが、のどかと意見が対立するのは俺としても心が痛む。だけど、好意を寄せた相手だからと手加減したり妥協したりするのはお互いの為にならない。そういうところは俺も大概頑固だなとは思うけど、仮に俺がのどかの恋人だったとしても、麻雀部の指導者と私人としての立場はきっちり分けて行動しないと他の部員の信頼を失うし、ろくな結果にならないだろう。

「私もね、ほんとは理論どおり打ちたいんだけど、のどかほど頭も良くないし”ここ一番”って勝負では悪い待ちにしてしまうの」

空気が剣呑になりかけているのを察した竹井先輩がとりなすように会話に介入してくる。流石のタイミングだ。

「大事な勝負だからこそ、その1回の勝率を上げるための論理的な打ち方をするべきなのでは……」

竹井先輩に視線を移したのどかは、持論を諦めていないのか、竹井先輩にターゲットを変えて説得を試みる。

確かに当事者である竹井先輩をそっちのけにして第三者が良し悪しを討論しても不毛ではある。

「じゃああなたは……たった1回の人生も論理と計算で生きていくの?」

なかなか上手い論理のすり替えだ。そういう切り替えしが出来る竹井先輩も十分以上に頭が良いと思う。

「そっ……それとこれとは話が違いますし……小学校の先生とかお嫁さんとか色々なってはみたいですけど……じゃなくって!」

思わぬ反撃に動揺したのか、年齢にしては幼気だと言わざるを得ない将来の夢をうっかり暴露するのどか。可愛いさすが天使ちゃん可愛い。

「麻雀は1回きりじゃないですよ」

「そうね……でも私にとって……インターハイは今年の夏1回きりなのよ」

「…………」

「それにねぇ、白兎君が言うように悪い待ちにしても結果を出せてる。それがオカルトだとは思わないけど、いつも勝っちゃうのよね」

勝負ありかな。これ以上意見をぶつけあっても建設的な話し合いにはなるまい。

のどかには悪いが、部の指導層二人が同じ考えを支持してるのだから、不満でもここは収めてもらうしかない。

「ま、承服しがたい気持ちも解るし、無理に納得しろとは言わないよ。俺や部長の考えが正しいかどうかは、今後の結果も見て判断して欲しい。のどかの言うとおり悪待ちが明らかなマイナスに繋がったなら、そのときは俺も部長も考えを改めるからさ。な?」

「……はい、白兎さんがそこまで仰るのなら……信じます」

「ありがとう、のどか」

にこっと微笑みかけると、のどかはぼっと火が着いたように頬を紅潮させて俯く。可愛い。

ふと横を見ると竹井先輩がにやにや笑っている。

「あらあら、悪い男ね君は。部内恋愛大いに結構だけど、ちゃんと責任は取るのよ?」

「せっかく話が落ち着いたのに茶化さないで下さいよ」

軽く竹井先輩を睨むと、竹井先輩は肩を竦めて「ごめんなさい」と謝った。どう見ても確信犯です本当にありがとうございました。

「こほん。とりあえず部長については以上で。細かいことはおいおい話し合っていきましょう」

「はーい」

先生と生徒の関係を演出したつもりなのか、可愛らしく間延びした返事をする竹井先輩。

普段のキリッとした印象の竹井先輩がこういう態度を取るとギャップでクるものがあるな……ギャップ萌えってやつ?

あざといさすが竹井先輩あざとい。

なんてアホな所感は置いといて、次は染谷先輩だ。

「えー、では次。染谷先輩」

「ほいじゃあよろしくの」

小さく片手を挙げて応じる染谷先輩。気さくな人である。

「染谷先輩ですが……基礎雀力は部長と同様、アマチュアとしては高いレベルです。攻守のバランスも良いですので、方向性としてはこのまままっすぐ実力を伸ばしていきましょう。次に欠点についてですが、特定のタイミングで妙な打ち方をしているというか、中盤あたりから打ち筋が乱れてますね? 中盤以外でも、早い巡目でリーチされたときや鳴かれた際などもそれが顕著なようですし。察するに対局者の手牌を意識してのことでしょうが、意識しすぎて早々に勝負を諦めたり捨て牌の選択を誤っているケースが目立ちます。常に他者の手の内を読み、放銃を避けるという意味では良い姿勢なんですが、もう少し打ち方に主体性を持った方が良い結果に繋がると思います。とはいえ、放銃を避ける、即ち防御という点では結果も出せていますので、染谷先輩が今までのスタイルを貫きたい、と希望するのでしたらその意志を尊重します。あと、これは欠点というわけじゃないんですが、ただの偶然か手牌が染まりやすい傾向にありますね? オカルト云々の話を蒸し返すつもりじゃないんですが、合理性追求以外の打ち方としてそうした特性を活かすスタイルを取り入れるのもいいかもしれません。打ち筋を手広く習得するのは良い面ばかりとも限りませんが、同じ打ち方しかできないと、洞察力のある相手からは読まれて逆用されかねないという可能性に繋がります。意外性の一手を得ることはそうした際にプラスに働きますよ。概ね以上です。何かご質問は?」

できるだけ簡潔にまとめたつもりだが、大雑把すぎる指摘では説得力もないし理解も得られない。結果としてそれなりの量になるため、一息に話すというよりは、ゆっくり目の口調できちんと話が相手の頭に浸透しているかを判断しながら喋っているつもりだ。

眼鏡っ娘だからってわけじゃないが、染谷先輩は知的な感じだし理解してもらうのに苦労はなさそうだが、問題はあとに控えている優希と京太郎なんだよな。

「よくもまぁ、牌譜だけでそこまでわかるもんじゃ。指摘に異論はないけぇ、指導はよしなにの。ああ、具体的にどうすれば、とか考えてるんけ?」

「そうですね……対応力を高めるために、色々な打ち筋の相手と打つのがベターだと考えています。例えば、プロ級の実力を持った上級者とか、麻雀始めたばかりの初心者とかね。実力の近い、中庸の相手と打つだけでは得られないものが身につくと思いますよ。その場合、問題があるとすれば、そういう相手とどうやって打つか、ですが。まぁ、これからはできるだけ俺と打ってください。完全に実現できるかはわかりませんが、バリエーション豊富になるよう工夫して打ちますので」

「なるほど、世話をかけるの。よろしく頼む」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

俺は頷き、染谷先輩の指導について話を終える。

「それでは次、優希君廊下に立ってなさい」

「真顔でいきなりボケるなだじぇ!?」

うん、いいね。ナイス突っ込みだ。

誤解しないで欲しいんだが、別に優希が相手だからと手を抜くわけでも、不真面目なつもりでもない。ただ、優希相手の場合は少し肩の力を抜いて接した方が理解を得やすいと思うんだ。って誰に言い訳してるんだ俺は。

「すまん冗談だ」

憤慨する優希を「まぁまぁ」と手で宥め、今度こそ真面目な話に移る。

「気を取り直して。まず、優希の雀力についてだが、正直先輩方に較べるといささか見劣りする。打ち方にかなりムラがあるし、振り込みも多い。その分短所を挙げるとそれなりの量になるので、特定の欠点を指摘して改善するというより、基礎雀力をひたすら鍛えるという方針が有効だと思う。簡単に言うと、個人指導を重点的に、かな。良い面としては、東場だと運にも恵まれるのか、南場に較べれば適切な打ち回しもあってかなりの爆発力を発揮する場面が多い。この長所は得がたい資質だと思うので、東場で徹底的に稼げるよう、集中力と思考力を鍛えていくべきだと思う。それでは、そのために有効な手立ては何でしょう、はい優希君答えをどうぞ」

別にからかったり意地悪のつもりで話を振ったわけじゃない。優希の性格だとただ単に聞いてるだけの授業は効果が薄いと見たからだ。ある程度刺激を与えつつ、自分で考えを深めるよう誘導した方が良い。

「えぇ……そんなのいきなり聞かれてもわからないじぇ……」

「せめて考える努力くらいはしてくれ」

「うーん……牌で石積みするとか?」

「…………」

集中力を養うという意味では間違っちゃいないけどな。しかし何と言うか、雀士にあるまじき思考だな、牌で石積みて。麻雀は確かに遊戯だけど、牌を他の用途に使って遊ぶなよと思う。

何とかの考え休むに似たり、とでも言うべきか。何にせよ俺を絶句させられる優希は只者ではない。もちろん悪い意味でだが。

「雀士としてそれはどうなのって感想がないでもないが、集中力を鍛える方法としては悪くない。だけど、それよりもっと良い鍛え方がある。もったいぶってもしょうがないのでずばり言うが、勉強しろ」

「ほへ? 麻雀の勉強ってことか?」

「すまん、言葉が足りなかった。学校での勉強のことだ。数学なんて特に良いな。数理的思考を鍛えるのは基礎雀力を高めるのに繋がるし、眠い授業を我慢して授業に臨むのは集中力を鍛える。もちろん、自宅学習も有効だ。成績も上がって一挙両得だぞ? というわけで頑張れ」

「ええぇぇ……それは正直勘弁して欲しいじょ」

心底嫌だといわんばかりに顔を歪めて憂鬱そうに言う優希。

「まぁ俺は先生じゃないし、どうしても嫌なら強制はしない。けど、そんな甘えた根性では強くなれないし、それどころか、京太郎にも差をつけられて部内最弱、なんてことにもなりかねないよ?」

「うぐ……」

さすがに部内カースト底辺は嫌なのか、優希は苦々しい表情で呻き、黙り込む。

「何も勉強だけやれって言うわけじゃない。基本はあくまで麻雀を打ちつつの個人指導だしな。副次的な鍛え方として、普段の授業や生活において”自分を鍛えるチャンス”と意識して臨めばそれだけでやる気が出て効果も上がるだろうって話さ」

「あい……頑張るじょ」

俺のフォローに少しは気を取り直したのか、意気消沈している様子なのは相変わらずだが返事は前向きだ。何がしかの課題やノルマを言い渡されなかっただけマシだと思っているのかもしれない。

甘いと思うなかれ。勉強が苦手な人間に無理やり課題を押し付けても効果は低いだろうしな。勉強を好きになれとは言わないが、自発的に取り組む意欲を持ってもらわなければ長続きしない。最悪、勉強嫌いが高じて麻雀に対する熱意を損ねかねないし。

辛く苦しい勉強を強制されてまで麻雀やりたくないよ、ってね。そうなってしまったら本末転倒もいいとこだ。

「ああ、そういえば。先の優希との対局で気付いたんだが、鳴かれたりして場を荒らされると途端に調子を崩すのな? 多分、集中しすぎて視野狭窄に陥ってるというか、自分にとって都合の良い”流れ”を脳内で作り上げてるから、そのイメージが崩されたとき対応が拙くなるという感じだと思うが。一言で言うと対応力が低い。その辺の改善も今後の課題かね」

牌譜確認とはまた別の、直接打つことで感じた優希の弱点を思い出し、それも付け加える。

耳に痛い話を続けられたせいか、優希は弱々しく「あーい……」と呟くのみ。こいつ、案外打たれ弱いな。メンタルも鍛えてやらないとセンスを活かせないどころか、強力なギフトホルダーと当たったらそのプレッシャーで勝負の前から投了しかねないぞ。

ある程度実力をつけてきたら、全開の俺と打たせて強者のプレッシャーに慣れさせないとな。

メンタルトレーニングの必要性について、口には出さなかったが今後の指導に混ぜていこうと心に決める。

「さて、次の方にいきます。原村のどかさん」

「は、はい!」

いよいよ自分の番だと期待と気負いがあるのか、真剣な表情で返事をするのどか。その様子が微笑ましくて、ついくすっと笑ってしまう。

「はは、そんな大層な話じゃないから、そう構えないでもう少しリラックスしていいよ」

「あ、はい……す、すみません」

のどかは恥ずかしげにはにかむと、肩の力を抜くためか目を瞑って小さくふぅ、とため息をついた。しつこいようだがそういう仕草の一つ一つが可愛いってか男心をくすぐるんだよな。GJ!

「うちのときと全然態度が違うじょ……」

外野うるさいよ。

「こほん。えーと、のどかの雀力はアマチュアとしてかなりのレベルにある。言い方は悪いが弱いプロとなら十分に渡り合えるほどだ。デジタル打ちとしてのスタイルもほぼ確立されている。なまなかな相手じゃ太刀打ちできないだろう。だが、より高いレベルを求めるならば当然欠点もある。まず、判断ミスがそれなりにあること。部活動における普遍的な一局、ということで気を抜いてたりするからかもしれないが、デジタルを徹底しきれてない。別の言い方をすればデジタル打ちとして完成度が低い。この点については基礎雀力を高めることを考えるより、思考力や頭の回転を良くする目的の鍛え方をした方が効果的だと思う。ここまではいいかな?」

「はい、わかりました。特に異論はありません」

素直に頷くのどか。

俺の台詞の前半、褒めている部分のときは面映そうにしていたのどかだが、後半の欠点の指摘からは真剣な表情で聞き入っていた。うん、真面目な生徒は教え甲斐があるね。

「それでは続き。ここで質問だが、のどかは自分に最も足りない要素が何であるかということを考えたことはある? まぁのどか限定じゃなく、デジタルの打ち手にはままある欠点、傾向なんだけど」

「えっ? ……いえ、深くは考えたことありませんが……」

のどかは「うーん……」と下顎に手を当てて考え込む。

10を数えるほど考え込んだ後、やや俯き加減の顔を上げて答える。

「自信はありませんが……デジタルな打ち方だと手の内を読まれやすい、ですか?」

「うん、それも正解の一つだね。合理性に則った打ち方は誰しもが理解しやすく既知の論理であるがゆえに、手牌の組み立ても読まれやすい。特に高レベルのデジタル派同士の対局だと、お互いが手の内を高精度で読み合うために流局が頻発し、千日手になりやすい。結果としてデジタル派としては皮肉なことに運の要素が勝敗に直結したりする」

「そうですね、確かにその通りです」

これまでの麻雀歴でそうした体験があるのか、のどかはこくりと頷いて同意を示す。

のどかはそこで何かに気付いたかのようにはっとした表情を浮かべ、口を開く。

「正解の一つ、ということは、白兎さんの本来言いたいことはそれではないと?」

「そうだね。俺が言いたかった正解、それは何か……デジタル打ちを徹底すればするほど気付きにくい、考えが及ばないある大事な要素があるんだ。簡単に言うと”対局者のコントロール”だよ」

「対局者の……コントロール?」

腑に落ちない、といった様子で小首を傾げるのどか。まぁあっさり理解できる、気が付く類のことならわざわざ指摘することではないので無理もないが。

「デジタル打ちというのは、他人に対しては受動的なんだよ。極端な言い方をすると場当たり的と言えばいいのかな。勿論デジタルは何手も先の可能性を考慮して打つものだけど、その判断において参考としてるのは、自分のツモ牌と他人の捨て牌だけだ。自分の手牌を合理的に構築する傍ら、他人の捨て牌から情報を読み取って被弾を抑え、役を作る。それを徹底すればするほど、自分が直接的に行える、知りえることのみに思考や手段が埋没し、限定されてしまうんだよ。結果的に”他の対局者を操る”という意識が欠落するケースが多いのさ。具体的にどういうことかというと、他の対局者の思惑、しようとしていることを読み取って、局面が自分に有利になるよう誘導するって手法に考えが及ばなくなる。わかるかい?」

「えっと……論理を理解はできますが、それがどのような弊害や必要性を生むんです?」

「そうだね……例えば、配牌が悪く、自分が和がれそうにないときに点数トップの対局者が高めの親リーチしたとする。この場合、デジタル派の打ち手が考え実行する選択はオリて振り込まないようにする、となるだろう。ここまではいいよね」

「はい」

「でもそのやり方だと、自分は振り込まないかもしれないが、他の対局者が放銃するかもしれないし、リーチから長引けば長引くほどトップがツモ和がりする可能性も高まる。いずれにせよ、自分とトップの差は拡がりこそすれ有利にはならない。そうだよね?」

「そうですね」

「だがここで、安手の一向聴だが鳴ければテンパイできる手牌の対局者が他にいたとして、自分はその手の内を読めてたとしよう。ならばどうする? 簡単だ。どうせ和がれずオリるしかないなら、自分の手牌からその対局者に鳴ける牌を提供してやればいい。その結果、安手でその対局者が親リーチしているトップより先に和がれれば、相対的にトップとの差は縮まるし親も流れて有利になる。極端な話、他対局者のテンパイが安手だと確信があるなら、わざと振り込んでやってもいい。要するにそうした他人の望んでいることを読み取って、自分が有利になるよう行動や選択を誘導する、という手法のことだよ。上級者になればなるほどこの要素が大事になってくる」

「なるほど……よくわかりました。確かに、私は他人の和がりを誘発して自分の有利に運ぶ、なんてことは考えたこともありませんでした。自分が和がり、他人には振り込まない。そのためにはどうすればいいか、ただそれだけを追求して……」

俺の言いたい内容を理解したのどかは、これまでの自分の打ち方を自省するかのように気落ちし、俯き加減に小声で喋る。

「勿論、和がりを誘発するだけじゃない。時には迂遠であっても捨て牌を工夫し、他の対局者に手の内を誤認させて自分の望む牌を捨ててくれるよう誘導するとかね。もっともそこまでいくとデジタルの打ち方とは相容れなくなるけど、先の話にも出たようにデジタル一辺倒だと読まれやすいから、そういう手法も身に付けておいた方がいいってことね」

「はい」

「まあ……相手の思考を読み、誘導するって手法も良いことばかりじゃない。必要以上に重視しすぎると振り回されて逆効果になりかねないし、その手法に慣れてないデジタル派が、その手の熟練者に対して軽率に行うと、”相手の思惑を読んで誘導しようとする自分の思惑を読み取られて逆用されかねない”こともある。ここまで行くともはや心理ゲームだね。もしのどかがそういう腹芸は苦手だと思ったら、あえて他人の思惑には我関せず、デジタルを貫いた方が良い結果を出せるかもしれない。なんだかさっきまでと言ってることが違うようで混乱させるかもしれないが」

「は、はあ……なるほど、奥が深いんですね……」

呆れたような、感心したような表情になるのどか。

「そのあたりは今後の指導で俺がよりよい方向性を見極めていくつもりだから、今回の話は参考までにということでひとつ」

「は、はい。よろしくお願いします」

言って、のどかはわざわざ雀卓の椅子から立ち上がったかと思うと、両手を前で組んで丁寧に頭を下げる。うん、育ちの良さを感じるな。

「うん、こちらこそよろしく。――それじゃ、最後に京太郎」

「おお、ようやく俺の番か! 待ってました!」

これまで存在感が全くなかった京太郎は、ようやく自分の出番だとばかりに嬉しそうにはしゃぐ。だがその期待には応えてあげられないのだよ京太郎君。

「えー、京太郎の指導についてだが。ぶっちゃけどこをどう改善する、ってレベルに達してないので、これといって特別な指導は考えてない。やるべきことはひたすら打つ、それに尽きる。OK?」

「ちょ、おま、一言で終わり!?」

「うん。残念ながら」

ばっさりと切って落とした俺の宣告に、ショボーンと肩を落とす京太郎。

「インターハイ個人戦まではそれなりのレベルになれるようちゃんと指導すっから。元気だせよ、な?」

雀卓の椅子に座っている京太郎の側まで近づいた俺は、うなだれる京太郎の肩をぽんぽん、と叩いて慰める。

「はい、それじゃあ白兎君、お話は以上かしら?」

「あ、はい。今俺が言えることは以上です」

竹井先輩が話の終わったタイミングを見計らって聞いてくる。俺は京太郎の肩に手を置いたまま頷いた。

「うん。お話ご苦労様」

「どういたしまして」

むしろこれからが本番だ。インターハイまであと2ヶ月。その間に目いっぱい皆を鍛えねば。俺と竹井先輩は顔を見合わせ、アイコンタクトで意志を共有する。

ふと風を感じ、窓の外へ視線をやると、オレンジ色に暮れなずむ春の空がどこまでも広がっている。前世の郷里で見た夕焼けの風景を思い出し、ふと切ない郷愁に囚われる。

前世より続く人生の旅路。俺はどこから来て、どこへ行くのか。その答えが、この仲間たちとならいつか見つかるかもしれない。

らしくない哲学的な物思いに、「それも悪くない」と誰にも聞こえない声で呟いたのだった。




ギフトとかセンスとかあんイズムに基づいて決めました。
主人公の厨二病全開な能力(ギフト)が開陳されて物語がいよいよいかがわしくなってきました(笑)。こういう独自設定を是とするか否とするかで続きを読むか打ち切るか読者様の好みが分かれる分岐話だと思っています。
牌譜については、4月以前は二人しか部員がいない=4人打ちができてない=まともな牌譜がない、という解釈でややぼかしながら書いてます。原作だとそれ以前の牌譜も存在してそうな言動(コミックス3巻中盤)もあるんですが、まこの実家(原作だと雀荘、アニメだと麻雀も打てる喫茶店←本SSはアニメ設定準拠)で4人打ちでもしてるのかな?大会個人戦には(部長は)高校1~2年生のときは出場してないみたいだし… 中学生以前の牌譜の可能性もありですがが。


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東場 第一局 十二本場

俺が麻雀部に入部してからはや1ヶ月が経過し、6月になった。

気温も暖かくなり、日によっては上着を脱ぎたくなるほど暑いときもある。そんなある日のこと。

昼休みに竹井先輩から気になるメールを受け取った。なんでも、俺が妹の病院定期検診の付き添いで不在だった昨日の部活中に女子生徒のお客様が来て部員と麻雀を打ったそうなのだが、竹井先輩いわく「面白い打ち手」だったそうな。

抜け目のない竹井先輩のことだから、多分その子の勧誘とか考えてるんじゃないかなーと思う。

そういや、昨日のどかからも気になる内容のメールが来てたな。(ちなみに俺とのどかは毎日のようにメールのやりとりをしてたりする。内容は部活のことだったり他愛のないことだったり様々)

そのメールの内容だが、「白兎さんは半荘3回をプレイして全部の点数をプラマイゼロに調整できますか?」とのことだった。

はて、妙なことを聞いてくるな?と首を傾げたものの、可能かどうかで言えば可能なので「相手次第だけど多分できるよ」と返しておいた。その返事は「わかりました、ありがとうございます」と、平易なものだったのだが…

どうしてそんなことを質問してきたのだろうとひっかかっていたのだが、竹井先輩からのメールで腑に落ちた。多分昨日来たというお客がそういう打ち方したんだろうなと。

放課後、担任の先生に用事を頼まれたためにやや時間が過ぎ、いつもより1時間以上遅く校舎を出て、旧校舎への道を歩きながらそのことについて考える。

毎回プラマイゼロか…変わった条件だが、意図的にやろうとしても普通は無理だろう。プラマイゼロを狙う意図はさておき、偶然だとしても3回連続というのは異常に過ぎる。

俺とてやれと言われれば出来る自信はあるが、実力が拮抗した打ち手相手では無理だろう。もっともそんな相手は今のところ心当たりはないが。いや、一人いたか。

東京で過ごしていた際にひょんなことから知り合った2歳年上の先輩の顔を思い出し、彼女なら今頃は俺に迫るほど強くなっているかもしれないと考えを改める。

俺の想像が的を射ているなら、昨日訪れたという女子生徒はかなりの実力派だと言える。どんな打ち手か是非会ってみたい。俺のいないときに現れるとは間が悪いってか縁が薄いのか?何にせよ今日も来てくれないかな。

竹井先輩の手腕に期待だ。

そんな他力本願なことを考えつつ、旧校舎の入り口をくぐり、階段を昇がる。

部室の扉の前まで来たところで、タタッと扉の向こう側からこちらへ走り寄る気配と足音を察知した俺は近い未来を予想して一歩退く。

その予想はあやまたず内側へと扉が開き、小柄な影がこちらへと飛び込んでくる。

 

「きゃ!?」

「おっと」

 

避けてもよかったのだが階段をすぐ後ろに控えた位置でニアミスはお互いに危険があると考えた俺は、部室から出てきた影を身体で受け止める。衝撃を後方へ逃がせるよう受け止めたので、お互いのダメージはない。

抱きとめた人物の頭部から長いツインテールの髪が伸びている。のどかだった。

ちなみにこれが京太郎だったら俺は素晴らしい反射神経を発揮して避けていただろうことは言うまでもない。

密着しているため、のどかの表情は見えないものの、どこか様子がおかしいのはすぐにわかった。普段は落ち着いた物腰ののどかが、部室から走って出てくるということは何がしか普通ではない状況にあるのだろうと推測が立つ。

 

「慌てて走ると危ないぞ、のどか。…どうかしたのか?」

「あ…白兎、さん…?」

 

声をかけられて顔を上げるのどか。至近距離で見つめ合う。俺の顔はいつもどおりの男前だったが、のどかの表情は普段と違う。目がやや充血しており、瞳の端に涙がうっすらと滲んでいる。…まさか、泣いてる?

何かのっぴきならない事件でもあったのかと、のどかから視線を外して部室を見ると、雀卓のあたりから部員の皆がこちらを注視している。

あれ、知らない顔の女子生徒が雀卓に座ってるぞ。スカーフの色からすると1年生のようだ。優希ほどではないが小柄な細身で、ショートカットの髪型をしており中性的な印象を受ける女の子だ。すごく可愛い、というほどではないが、なかなか整った目鼻立ちをしている。そして、どこか愛嬌のあるほけっとした顔でこちらを見ている。

うーん、状況がいまいち掴めないな。

 

「…で、もう一度聞くけど、どうかしたのか?」

 

のどかの柔らかな肢体に触れているのは心地良いが、いつまでも密着してるのは部員の視線が痛いので、のどかの両肩を軽く掴んでそっと引き離す。フレグランスだろうか、クチナシの良い匂いが鼻腔をくすぐった。

そこでようやくのどかも状況が飲み込めたようで、ぼっと赤面して俯いた。

 

「え…っと、その…何でも…ありませんから…」

 

この状況で何でもないってことはないだろう。そうは思ったが言いたくなければ触れないのが優しさだろうとも思い、視線を部室にいる皆へと移す。

とりあえず竹井先輩にアイコンタクトで事情の説明を求める。

竹井先輩は苦笑して肩を軽く竦めると、なんでもないことのように口を開いた。

 

「のどかは外に用事があったみたい。君が来るまでお客様を交えて麻雀を打っていたところよ。今日は遅かったのね、白兎君」

「ああ、すみません。放課後、先生からの頼まれごとを処理してまして…」

 

のどかの体面も考慮してくれたのであろう竹井先輩の言葉に、それほど深刻な事態ではないのだろうと内心胸を撫で下ろした俺は、のどかから手を離して部室に入る。

俺だけに聞こえる大きさで、のどかの「あ…」という名残惜しんでるような声が背中に届く。

 

「のどか、すまないが急ぎの用事じゃなければお茶を入れてくれないか?」

 

俺は顔だけ振り返ってそうのどかに声をかけてから鞄を扉横の部室の壁に立てかける。

 

「は、はい…。少し待っててください」

 

気を取り直したのか、のどかは小走りで流しの方へと向かう。何が理由で泣いていたのかはわからないが、今は誰にも顔を見られたくないに違いない。

流しでお茶を用意している間に表情の体裁を繕うつもりなのだろうと思う。まぁそのためにお茶の用意を頼んだわけだが。

 

「今日は珍しいことにお客さんがいるね。もしかして、昨日も来てくれたっていう人?」

 

喋りながら雀卓へと向かう。俺の視線はお客様と思しき1年生ガールに向けられており、その子はやや居心地悪そうに顔を伏せる。

 

「ええ、その通りよ。白兎君と同じ1年生の宮永咲(みやなが さき)さん。君が来るまでみんなと打ってたのよ」

「なるほど。…えーと、宮永さん、俺の名前は発中白兎。麻雀部に所属してる1年生。よろしくね」

 

1月を部室で共に過ごし、本人の意向もあって大概気安くなった俺は視線と会釈で竹井先輩に感謝を伝えると、宮永さんに早速声をかける。

 

「は、はい…こちらこそよろしくお願いします」

 

ちらっと俺の方を見たきり、再び俯いて少し困ったような口調で挨拶する宮永さん。もしかしたら結構人見知りする子なのかもしれない。

ならばと俺は女子生徒相手なら結構効果高いんじゃねって我ながら思ってるアルカイックスマイルで魅了を試みた。だが残念なことにこちらを見てくれない彼女に効果はなかった。

 

「部長、もしかして宮永さんは入部希望者?」

 

宮永さんから視線を外し、この状況で出てくるであろう当然の疑問を竹井先輩にぶつける。

 

「ううん、そうであれば私は嬉しいんだけど、残念ながら今はまだお客様よ。昨日須賀君が連れてきてくれたんだけど、今日は私が誘っちゃった」

 

やはり竹井先輩のメールにあった「面白い打ち手」というのは宮永さんのことっぽいな。

 

「へー、なるほど。京太郎もなかなか隅に置けないな、こんな可愛い子を連れてくるなんてさ」

 

俺の台詞に、頬を染めて「そ、そんなことは…」と消え入るような声で呟く宮永さん。

宮永さんへの評価にはリップサービスも多少含まれていたものの、概ね正直な感想で京太郎に話しかけたのだが。

 

「ちょ、そんなんじゃないって。中学が同じクラスで、知り合いってだけ」

「…さいですか」

 

俺のからかいに慌てて否定する京太郎。この様子だと確かに嘘はついてないように見える。

しかしまだまだ甘い、お前が即否定したもんだから宮永さんがムッとした顔をしてるぞ。適当に話を合わせて流せばいいのに。

宮永さんにしても京太郎にそこまで好意を抱いているようには見えないが、そこはそれ、好意のない相手からでも今みたく力いっぱい否定されたら不満に思うって。そんな複雑な乙女心を解さない京太郎君の春は遠い。

 

「それはともかく、宮永さんは麻雀が打てるんだよね?良ければ俺とも打って欲しいな」

 

どう?と宮永さんに問いかける。

 

「あ、えっと…」

 

滑舌が悪いわけでもなかろうが、宮永さんは返答に言い淀むと、ちら、と流しにいるのどかへと視線を向ける。

うーん、のどかの涙と何か関係がありそうな態度だ。

 

「白兎君。悪いけど宮永さんには東風2回だけって約束で来てもらったのよ」

 

答えづらそうにしている宮永さんをフォローするかのように、竹井先輩が事情を教えてくれる。

 

「ありゃ。てことはもう2回打ち終わってますか」

「そうね、残念ながら」

「そかー」

 

どんな麻雀を打つのか見てみたかったんだけどな。どうやら宮永さんとはとことん縁がないらしい。

 

「お茶が入りました、どうぞ」

「さんきゅ」

 

俺が頭の後ろに両手を組んで残念そうにしてると、ティーカップをお盆に載せたのどかがこちらへと歩み寄ってくる。紅茶の芳しい匂いがあたりに漂う。

のどかは礼を言う俺にかすかな微笑みを向け、雀卓脇に置いてある縦長の小さな3段テーブルの上にティーカップを置く。そして、用を終えたお盆を胸の前で抱えると宮永さんへ顔を向けた。

 

「私からもお願いします宮永さん。白兎さんと打っていただけませんか?」

「え…は、原村さん?」

 

のどかの言葉に意表を付かれたのか、驚いた顔でのどかへと振り向く。

 

「先ほどお見苦しいところをお見せしたことは謝罪します。ですから、お願いできませんか?」

「それは…その…」

 

重ねて懇願するのどか。

うーん、ほんと何があったんだろう。のどかが涙を見せるほど取り乱すことって何だ?さすがに本人には聞けないからあとで京太郎にでも訊ねるか…

そんなことを頭の片隅で考えながら、いまいち煮え切らない宮永さんに俺からも頼み込む。

 

「や、ほんと頼むよ宮永さん。東風1回だけでいいから。この通り!」

 

がばっと頭を下げて頼み込む。宮永さんは気が弱そ…じゃなくて人が良さそうなので、誠心誠意頼み込めば断れないタイプと見た。

それが功を奏してか、ほどなくして宮永さんは不承不承といった様子で頷く。

 

「…わかりました。もう1局打ちます」

「おお、ありがとう。助かるよ」

「ありがとうございます、宮永さん」

 

俺とのどかは二人して礼を言い、雀卓の空いてる席にのどかが、染谷先輩に席を譲ってもらって俺が座る。

さて、いわくありげな宮永さんとの初対局だ。オラわくわくしてきたぞ!

そういや東京にいた頃に知り合ったギフトホルダーの高校生雀士、照さんの姓も確か宮永だったな。なんか面影が似てるし、まさか血縁なんてことは…流石にないよな?

一人暮らしの可能性がある大学生ならいざ知らず、高校生で姉妹が県を隔てた学校に通うはずもなし。

 

「それじゃ、私も混ぜてもらおうかしら。優希、悪いけど変わってもらえる?」

「あいよ」

 

竹井先輩が優希に声をかけ、席を替わる。俺にとって宮永さんの実力は未知数だが、これで麻雀部のトップ3が卓を囲むことになる。この面子相手に宮永さんはどこまでやれるのか、はたして。

 

「咲ちゃんには度肝を抜かれたけど、白兎相手じゃ流石に分が悪そうだじぇ」

「確かにのぅ。真打登場ってやつじゃ」

 

俺の背後で優希と染谷先輩が勝負の行方について見解を喋っている。それを耳にした宮永さんが二人へと顔を向ける。

 

「発中君ってそんなに強いんですか?」

「そりゃあもう。なんせうちの部のコーチ様じゃけんの」

「そんじょそこらのプロより断然強いじょ」

 

言葉に誇張があるとは思わないが、さすがにそこまでてらいのない高評価を本人の前で口にされると面映い。

 

「まぁ咲も強いと思うけど、白兎相手は胸を借りるつもりで打った方がいいかもなー」

 

のどかの背後で観戦するつもりなのか、京太郎もまた会話に追従する。

 

「そうなんだ…」

 

どこまで俺のことを脅威に感じているかわからない微妙な表情でちらっとこちらに視線を寄越す宮永さん。

俺はにこっ、とできるだけ友好的な笑顔を浮かべて話しかける。

 

「ま、そのあたりは実際打ってみて確かめてもらえれば。良い対局になるようお互い気張りましょ」

「は、はい…」

 

遂に俺のアルカイックスマイルを直視した宮永さんはぽっと顔を赤らめて俺の顔に見惚れる。女性は大体皆そうだが、宮永さんも例に漏れず面食いなのかね。

 

「それじゃあ始めましょう。私が起家でいいかしら?」

「「「はい」」」

 

配置は竹井先輩が親で東家、南家が宮永さん、西家がのどか、北家が俺。

初めての相手と打つのは心が躍る。しかも強さに期待できそうな相手となればなおさらだ。

俺は対面に座る宮永さんを見据え、小さく気合を入れたのだった。

 




いよいよ原作主人公「咲」の登場です。原作とは違う白兎の存在が彼女に何をもたらし、どう導いていくのか。


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東場 第一局 十三本場

episode of side-S

 

 

 

思わぬ成り行きで始まった東風戦3回目の勝負。

その流れを作ったのは私の目の前に座っている男性――秀麗な容貌をした同級生、発中白兎君。

彼が部室に現れ、その姿を初めて見たとき、男子生徒の制服を着てるにも関わらず美人な女の子が来たなぁと素で思い込んでしまい、つい見呆けてしまった。

男装の麗人かとも一瞬考えたけれど、原村さんや本人の言動で男の人だと確信する。

それにしても先に打った二局で、私の麻雀が原村さんをどこか傷つけてしまったのか、涙を見せて部室から飛び出していったときはびっくりした。

そして、扉を開けた先で待ち構えていたかのように優しく原村さんを受け止めた人がいたことに更に驚いた。

あまりにもタイミングの良い登場だったので、映画かドラマのワンシーンみたいだなって思ってしまったくらいだ。

二人寄り添いながら仲睦まじく声をかわしているその光景は、控えめに言っても親密な関係のそれで、恋人同士なのかなと邪推をしてしまう。

駆けてゆく原村さんの涙を見たとき胸がチクリと痛んだが、発中君に向けている切なげな表情を見たときもズキッと胸が痛んだ。

原村さんから深い信頼と好意を得ている発中君が羨ましく、彼に初めて声をかけられたとき、つい素っ気無い態度を見せてしまった。

今日の私は少しおかしい。初めて麻雀で勝利する喜びを知って高揚したかと思えば、原村さんが私以外の誰かと親しくするのを目の当たりにして昏い感情を抱いてしまう。

まるで原村さんに恋をして、発中君に嫉妬しているようではないか。

原村さんの涙、発中君の存在。もうこの場にいるのはいたたまれないと思いはじめた私はそろそろお暇しようと考えていた。

だけど、原村さんの真摯なお願いと発中君の熱意にほだされ、つい3回目の勝負を請け負ってしまったのだ。

そんな心の葛藤と経緯があり――今、私はここにいる。

 

「お手柔らかにね」

 

僅かな時間、短い回顧に浸っていた私だったが、ふとかけられた声で我に返り、手元の配牌へと俯けていた視線を上げると対面に座っている発中君と目が合ってしまった。

発中君がにっこり、と屈託のない笑顔を向けてくる。

私は気恥ずかしさを覚えて直視できず、思わず視線を横へと逸らす。すると今度は右隣に座っている原村さんと目が合った。

無表情な原村さんの視線にはどこか険が含まれている気がして、私は少し怯んでしまった。

でもそれは、原村さんに嫌われているという私の思い込みのせいかもしれない。

いけない、今は麻雀に集中しよう。私は原村さんからも視線を外し、手元の牌に目を向ける。

発中君は麻雀部で最も強いと皆が口にしているし、部長である竹井先輩も昨日から自信ありげな言動をしていたしで、どちらとも油断のできる相手ではない。

原村さんに関しては言うに及ばずだ。

麻雀で勝つ楽しさを覚えた途端、勝利に貪欲になっている自分に気付き、我ながら現金なものだと可笑しくなる。

そんな私の手元に並んでいる牌の編成は、字牌と数牌がバランスよく入り混じった四向聴。

 

【手牌】二五六②③③④⑨南南白発  ドラ指標牌:①

 

老頭牌(ロートウパイと読む。数牌の1と9の牌を指す)が少ないので、チャンタは狙いにくいし、字牌を切って基本のタンヤオピンフ前提で狙うべきか。

順子の構成に対子が混じっているので、上手くすればイーペーコーも乗せられる。

作るべき役の目算をしつつ、卓上の王牌(ワンパイと読む。ドラ指標牌やカン鳴き時にツモる牌=リンシャン牌が置いてある山のこと)へと視線を向ける。

…感じる。王牌に詰まれている牌の気配を。

どのような牌がそこにあるかを感じ取り、私の得意とする嶺上開花を和がるために何が必要かを把握する。

それさえ理解すれば、あとはその完成形目指して適切に打っていけばいいだけ。

私は幼い頃から麻雀に関してはこうした一種の超感覚、超常的とも言える能力を持ち合わせていた。

家庭の事情で今では疎遠になってしまった姉も、超常的という点では似たような、それでいて私とは全く違う不思議な能力を有していた。

家族以外とは麻雀を打たない私だったから、そういう能力を持っているのが普通のことだとある時期までは思っていた。

姉がそんな私の誤った認識を正し、みだりに口外しないよう注意してくれなければ、他人にとっては眉唾な、怪しい能力があると吹聴する痛い子になっていたかもしれない。

私の能力…それは、裏返って見えないはずの王牌が何であるかを正確に読み取ることができるという能力だ。

読み取るという言葉にすると抽象的だが、映像的な表現をするなら脳裏に牌の模様が浮かびあがるようなものだと考えてもらって差し支えない。

調子の良いときは王牌だけでなく、山(ヤマと読む。ツモする牌の列のことを指す)のどこにどんな牌があるかも感じ取れる場合もある。

ただそうした超常能力を発動させるにはそれなりの集中力が必要とされるため、精神的な消耗もわりあい大きかったりする。

ある意味ガンパイしているような状態なので、かつてはイカサマやインチキかもしれないという罪悪感に捉われないでもなかったが、麻雀に没頭すれば嫌が応でもそうした「本来見えない情報」が不可抗力で頭に入ってくるし、姉に「そんなことをいちいち気にしてちゃ麻雀なんてできないし、そもそもそれは立派な咲の才能なんだから遠慮なく使いなさい」と言われたこともあって今では気にせず能力の恩恵を活かした麻雀を打っている。

とはいえ家族麻雀では姉も私と同じかそれ以上のインチキ能力を使ってたし、そもそも楽しくもない麻雀を余所でやろうなんて考えもしなかったから自分の能力の特異性を意識する機会なんてこれまでほとんどなかったのだが。

そんな私の超感覚によって見えたリンシャン牌は「八萬」。

残念ながら最初の手牌から嶺上開花を狙うのは遠いというか難しいと考えざるを得ない。

幸い自風牌の「南」があるので、タンヤオやホンイツを視野に入れて組み立てつつ、「南」を早い段階でツモれればタンヤオを諦めてドラ含みの役牌安和がりを狙うか。

方針を決めた私は「発」を河に捨てる。

 

「ポンよ」

 

1巡目から早速、部長が鳴いてくる。

三元牌を捨てる際は常にポンをされる可能性が高い。

こればかりはしょうがないが、部長視点で言えばこれで和了の特急券を手に入れたと言える。

安手でもいいから親で連荘し得点を伸ばす目論見なのだろう。

今の時点でいきなりオリる必要はないだろうが、6巡目を超えたあたりからは警戒してかからないといけない。

9巡目までにテンパイできなかったらオリる判断がいるだろう。

先の展開を想定しながら勝負を続行する。

部長の初鳴き以後の序盤は特に大きな動きもなかったのだが、中盤に差し掛かった7巡目で原村さんが捨てた「9ソウ」を再び部長がポンする。

二副露(フーロと読む。○副露と表現し、○回鳴いたということ)、部長はこれでテンパイしたかもしれない。

2度も鳴くと捨て牌と合わさって手の内を読みやすい(読まれやすい)が、それでも鳴いてきたということは、和がれる確率を下げてでも早テンパイを狙ってきたと言えるし、待ちに自信がある=手広い待ち、という見方も成り立つ。

対して私はそこそこ順調に手を進められたものの、今はまだ一向聴。1局目だし、ここは消極的にテンパイを狙いつつオリた方が良さそうだ。

部長の役として一番ありえそうなのはホンイツ、そして次にチャンタ。ホンロウやトイトイもありえる。

部長の河を見て危険牌を想像する。

ソウズが2個捨ててあるため、ホンイツの可能性はその分低いと言えるが、やはりソウズが一番の危険牌だ。

チャンタを想定して公九牌も捨てられない。

そして何より問題なのは、手元に現物がないことだ。

私は判断の手がかりを求めて部長だけでなく、原村さんと発中君の捨て牌も確認する。

1巡毎に対局者の捨て牌は頭に入れているが、現時点でもう一度、脳内でチェックを行う。

結果、私の手牌でもっとも危険が低いのは「二萬」だと判断した。

理由は既に場に2枚捨てられており、これで当たるようならカンチャン待ちか地獄単騎しかないということになる。

その場合、ホンイツはなくチャンタはありえるが、カンチャン待ちならトイトイはない。

これがリスクと可能性を考慮した最前の捨て牌であるはず。

完全な自信とは言えないまでも、いきなり当たるものでもないと楽観しながら「二萬」を河に置いた。

 

「ロン。トイトイ役牌ドラ1、親満で12000よ」

「え…」

 

【和了:竹井久】二⑧⑧⑧55() (ロン) 9(ポン)9 発発(ポン)

 

あうあう、いきなり初局から振り込んでしまった。

それにしても待ちが地獄単騎って… 捨て牌を見る限りではもっと手広い、可能性の高い待ちに出来ただろうに。

意表を付く狙いがあったのかもしれないが、独特の打ち方をする人なのかもしれない。

もしかしたら私のように何かが見えている可能性もある。

この人は、強い。実力者だということは事前に予想できてたことだけど、まだ心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。

部長の肩書きは伊達じゃなかった。

とはいえまだほんの1回和がっただけ。たまたまという可能性もある。だけど、楽観するよりは警戒するべき。

私はしょぼん、と肩を落としながら部長に点棒を渡す。

 

「ありー♪」

 

私とは対照的にニコニコしながら右手で点棒を受け取る部長。

そのとき、点棒を受け渡した私の左手が部長の右手中指に触れる。…皮膚が硬い。これは相当打っている証拠だ。

ピアノ演奏者の爪が伸びにくくなるのと同じように、麻雀を日常的に打ってる人は牌に触れる指の皮膚が硬質化する傾向にある。

 

「部長、いきなり飛ばしますね」

「まあね。部長として威厳を示さないといけないし、やるからには勝利を目指さないと。何より、強敵と打つ麻雀は燃えるわ」

「ふふ、部長らしいです」

 

発中君の感想に、飄々とした表情で返事を返す部長。そこに原村さんも小さく微笑みながら追従する。

私も会話に加わろうかと刹那考えたが、結局は何も喋ることができなかった。

別に排他的な雰囲気というわけじゃなかったのだけど、一人部外者であるという疎外感が口を開くのを躊躇させたのだ。

 

「ま、勝負はこれからよ。次にいきましょう」

「「はい」」

 

短い会話を挟み、東場第一局一本場が始まる。

自動卓から牌の山が吐き出され、順次、皆が自分の牌を山から取ってゆく。

言い訳かもしれないが、先ほどは冒頭に物思いに耽っていたことが尾を引き、配牌の時点から最後まで集中力に欠けていたと思う。

いきなり大量に失ってしまった点数をリカバリし、勝利へと繋げてゆく為にも今度は最初から油断せず、全力で集中し勝負に臨もう。

良い配牌が来ますように。そう念じつつ取り終わった牌を確認し、理牌する。

 

【手牌】一二()六④⑥22245北北  ドラ指標牌:発

 

赤ドラ含みの二向聴。

良かった、かなり良い配牌に恵まれた。これならきっと、和がることができるはず。

王牌、そしてリンシャン牌を確認(リーディング)する。

…ソウズの6、かな。

超感覚で得た王牌の情報と手牌から作るべき役と手順を検討する。

ヤミテン維持して三色同順を狙いつつ、最序盤のツモ牌次第では「北」の対子を切ってタンヤオにし、カン後に嶺上開花で和がる。これが理想だ。

幸いにして手元にある2ソウの刻子をカンできる気がするので、経験上きっとこの局は上手くいく。

そしてその予想は幸いにして外れなかった。

順調に手が進み、5巡目でテンパイが完成した。

 

「リーチ」

 

宣告し、千点棒を場に置く。

タンヤオドラ1は確保出来ているので確実を期すなら安手のヤミテン待ちが一般的には良いのかもしれないが、カンのツモ牌で三色を完成させ嶺上開花で和がるつもりの私にとってはリーチで役を厚くした方がいいという判断だ。

私のリーチ宣告に、皆は現物処理で対応してくる。

私の捨て牌を見て、高めだと判断したのだろう。3人全員からオリ気配を感じる。

例えそうでも、今の私には関係ない。

漲る自負を胸に、山へと手を伸ばす。

きた!

ツモ牌を掴み、盲牌でそれが私の待ち望んだ牌だと即座に判断した私は高らかに宣言する。

 

「カン!」

「「 ! 」」

 

カンの宣言を聞いて、原村さんと部長の二人が一瞬動揺し表情に表れたのが見えた。

私の打ち筋を知っているからだろう。反面、発中君は私の打ち筋を知らないゆえの無反応だ。

暗カン(門前で同じ牌を4つ集めカンした形のこと。鳴いてカンした場合は明カンという)の牌をオープンし、王牌へと手を伸ばす。

リンシャン牌を手に取り、事前に超感覚で「視た」牌であることを盲牌により確認する。

そしてそれは予想どおりソウズの6だった。

私はツモ和了を宣告し、右手で手元に和がり牌を置き、左手で裏ドラ指標牌をめくる。マンズの三だ。

 

「ツモ。嶺上開花、リーチタンヤオ三色ドラ2。倍満、4000・8000です」

 

【和了:宮永咲】二二四()六④⑤⑥45 (ツモ) 222(アンカン)

 

「ばっ、倍満!?」

「あらまぁ、やるわね」

「これはこれは…」

 

私の和了に対局者の3人が思わず、といった様子で感嘆を口にする。

原村さんは驚き、部長は警戒し、発中君は…いまいちよく判らない反応だ。

 

「おお!やるな咲!」

「また嶺上とかすごいじぇ」

「この面子相手にやるもんじゃのぅ」

 

高い手で和がった私を対局者の背後で勝負を観戦しているギャラリーの皆が口々に褒め称えてくれる。

やっぱりこんなふうに声をかけてもらえると素直に嬉しい。

まだ勝負の途中であからさまに喜色を表すわけにはいかないけれど、勝っても負けてもダメ、という制限を取り払われた麻雀はほんとに楽しいよ。

 

「たまたまだよ」

 

面映さではにかみながら返事をした私は、原村さんたちから点棒を受け取りつつ牌を崩して全自動卓の中央に開いた口中へ押し入れる。

よし、これで最初に失った点数は回復することができた。

高めだったとはいえ、まだたかだか1度和がっただけ。気を引き締めて次に臨もう。

次は東場第二局、私が親だ。

気合を入れなおした甲斐があったのか、再び良配牌に恵まれた私は安手ながら早和がりを決める。

6巡目からヤミテンで張っていた私に8巡目で原村さんが振り込んだのだ。

 

「ロン。場風牌・自風牌、4800です」

 

【和了:宮永咲】九九九⑥⑥⑦⑧⑨23東東東 (ロン)

 

「くっ…」

 

私に点棒を差し出しながら、少しだけ悔しそうに表情を歪める原村さんを見て、申し訳なさのような、罪悪感のような切ない感情が一時胸を苛む。

これは勝ち負けの遊戯、原村さんだってそれはわかってくれてるはず。

そう無理やり自分を納得させ、今は余計な感情に蓋をする。

 

東場第二局一本場。

二度あることは三度ある、ということなのか、またしても絶好の良配牌が手元に揃う。

最速のテンパイはリーチ前提での二向聴だ。

 

【手牌】二四五六七八③⑦⑧北北北中 九 ドラ指標牌:()

 

役作りの指針にするべく王牌に目を向け、リンシャン牌を視る。

脳裏に三萬の映像が浮かぶ。

これなら嶺上開花ができそうだ…!

そして狙うべき役は一通とホンイツに決まりだろう。

鳴いてでも和がれれば、嶺上開花込みで4飜が確定するから十分だ。

無理に門前テンパイで高めを狙うより、親なのだから早めテンパイの連荘狙いで点を稼げばいい。

脳内で手早く目算を立て、勝負に臨む。

タン…タン…、と捨て牌を卓上に置く音がしばし部室を支配する。

配牌は良かったが、流石に染め手と一通狙いでは牌の集まりが遅く、七巡目でようやく一向聴までこぎつけることができた。

あとは鳴くか自力ツモでテンパイすれば最後はカンで嶺上開花にできる。

テンパイが射程に入ってきた安堵と、そろそろ中盤のため放銃を警戒しないといけないという相反した内心の感情を表情に出さないよう気をつけながら牌を捨てる。

私の次番である原村さんが牌をツモったところで、場が動いた。

 

「リーチ」

 

この東風戦が始まって初めてとなる原村さんのリーチ。

言うまでもなく当たり前のことだが、都合良く私だけが順調に手を進めているわけではない。

せっかく積み上げた点数を奪われたりはしないぞ、と気負いつつ原村さんの捨て牌を確認する。

公九牌が多めに捨てられていることから、タンヤオピンフという基本形を前提とした形だと推測できる。

デジタルな原村さんの打ち筋と、七巡目という早い段階でのリーチを鑑みれば、捨て牌で偽装した上での裏をかいた待ち、という可能性は低そうだ。

何にせよ、和がれれば高めの手と思われるだけに、振り込むのだけは避けなければいけない。

手元にある浮いた牌は8ピン、幸いにして原村さんに対する現物である。

これで次の手番は凌げるけれど、その次までにテンパイできないようであればツモ牌次第だがオリることを選ばねばならない。

そんな私の危惧は幸いにして実現しなかった。

原村さんのリーチを受けて発中君は現物を処理、部長は現物ではないがほぼ安全と思われる九萬を河に捨てた。

 

「チーです」

 

ある意味でこれを鳴くことができたのは原村さんのリーチのおかげだろう。

一通ホンイツ狙いのために私の捨て牌はピンズソウズの中張牌に偏っている。

ここから私の手の内を分析すればチャンタや染め手が容易に想起されてしまう。

であれば、一番の危険牌であるマンズの老頭牌など迂闊に捨てれたものではないからだ。

しかし、中盤に差し掛かったとはいえテンパイが不確定な私より、明らかに警戒すべきはリーチを宣言した原村さんの方なのだ。

私は内心で皮肉のつもりではない素直な感謝を原村さんに向けながら、部長の捨てた牌をいただいて卓の右端に副露牌を寄せる。

これで私もテンパイ、あとはカンすることができれば…!

ここまで来れば手を崩す必要はない。

部長や発中君の手の内も気になるところだけど、強気で押してもメリットデメリットの吊り合いは取れるだろう。

鳴いたことで警戒を強めたのか、右方向から原村さんの強い視線を感じる。

そちらを向けば目が合ってしまうかもしれず、そうすれば恐らく気まずい思いをしてしまうだろうな、などと考えた私は自制心を総動員して視線を正面に固定し、当初の予定通り8ピンを河に捨てる。

私の現物処理を果たして原村さんはどう思っただろうか。

鳴いた以上はオリたなどとは考えないだろう。

いずれにせよ、リーチした原村さんが私の出方を見て待ちを変えることはできないし、私も攻めの方針を変えるつもりはない。

そんなことを考えている私をよそに、次番の原村さんがツモ牌を手に取る。

直後、「ッ…!」と原村さんが小さく息を飲んだのが気配でわかった。

一瞬、原村さんが和がり牌を引いたのかと思い和了の宣言を予想したが、どうやらそうではなかったようだ。

リーチ状態ゆえに和がり牌でなくば即座に捨てるのみにも関わらず、どこか躊躇う様子でツモ牌をしばし見つめていた原村さんがようやく捨てた牌を見て、原村さんの心境が理解できてしまった。

河に捨てられた牌は「北」。これまで1枚も場に出ていない生牌だ。

中盤まで来て字牌の生牌は普遍的に危険牌である。

まして、原村さんが恐らく一番警戒しているであろう私の打ち筋を鑑みれば、カンやポンをされかねない生牌などただでさえ捨てたくないだろうことは容易に想像できる。

リーチしてしまったがために捨てるしかなかったその牌を、原村さんはどんな気持ちで見つめていたのだろうか。

あまりにも私にとって都合良く、原村さんにとって裏目に出る展開に、同情心めいた感情が湧きあがるが、それはプライドの高い原村さんに対して抱いてはならない失礼で不遜な感情だろう。

心の葛藤を全て無視して、私は冷徹に宣言する。

 

「カン」

「………」

 

河からカン牌を取る際に見えた原村さんの顔からは表情が抜け落ちていた。

もはや結末を予感して脱力しているのかもしれない。

同情はいけないとわかっていながら、それでも原村さんにそんな表情をさせてしまったことが悲しく、お為ごかしだと理解しつつも、内心で原村さんに「ごめんなさい」と謝罪する。

王牌の端にあるリンシャン牌を手に取る。盲牌して間違いなくそれが三萬であることを確信した。

 

「ツモ。嶺上開花、一通ホンイツの一本場で4100オールです」

 

【和了:宮永咲】一二四五六中中 (ツモ) 北北北北(ミンカン) (チー)七八

 

四十符四飜、私の親満貫が成立する。

私が原村さんから点棒を受け取っている背後で京ちゃんたちが再び歓声を上げた。

 

「やっぱすげーな咲は!もしかしたら白兎にも勝っちゃうんじゃね?」

「高打点の三連続和了とか、まるで私みたいだじょ」

「しかし、のどかや白兎がこのまま負けっぱなしで終わるとも思えんがのぅ」

 

うう…褒めてもらえるのは嬉しいけど、原村さんの気持ちを斟酌すると聞こえよがしな賞賛は控えて欲しいかも…

後になって思えばそれは私の傲慢だったと思うが、このときの私はもう半分勝ったようなつもりに知らず知らず陥っていた。

点数は 私:46100 原村さん:12100 発中君:16900 部長:24900 という状況。

油断できるほど決定的なリードというわけではないが、東風戦という短い勝負で考えるなら、放銃さえ避ければ逃げ切れる点差とも言える。

親であるうちにもう一度か二度和がれればあとは守るだけで勝てるだろう。

心情的には苦い勝利になりそうだと思いつつも、筋道を過たぬようそんな皮算用を立てていると、

 

「もしかしたら宮永さんは…4人目かもしれないな」

 

かろうじて私に聞こえる程度の声量で、発中君がポツリと呟いた。

台詞の内容に心当たりがない私は、思わず聞き返す。

 

「あの…なんのことですか?」

「うん? …ああごめん、独り言。気にしないで」

「は、はぁ…」

 

片手で自動卓の牌回収口に手元の牌を押し入れながら、もう片方の手をぱたぱたと振ってなんでもないよと答える発中君。

気にしないで、と言われても、私の名前を絡ませた思わせぶりな発言を気にするな、というのは少々勝手な言い分だと思う。

とはいえこの場で問いただすほどのことでもなく、気にはなるが追求は後回しにするしかない。

 

「迂闊な発言だった、すまない宮永さん。これからの対応を考えててさ」

 

あからさまに納得してない私の反応を見て失言だと気付いたのか、発中君は即座に謝罪の言葉を口にする。

そして台詞の後半に、やはり私にとっては理解不能の、先ほどの発言と全く関連がなさそうな釈明を付け加える。

 

「これからの対応って、白兎さんもしかして…またですか?」

 

発中君の台詞を拾って、隣から原村さんがどこか呆れたような口調で口を挟む。

 

「原村さん、またって何です?」

「それは…」

 

私が聞くと、原村さんは顔をやや俯かせてで言い淀む。

単に私が嫌いで言いたくないのか、それとも余人には話せないような機密に関わることなのか。

答えてもらえないことに酷く落胆したところで、意外な方向からの回答があった。

 

「それはね、白兎君が”また”昼行灯してるんじゃないかってことよ。ね、白兎君?」

「否定はしませんが」

 

からかうような部長の言葉と視線に、苦笑して答える発中君。

普段の生活においてあまり耳にすることはない、昼行灯という表現が使われたことで、その真意を咄嗟に測り損ねた私は、つい部長に聞き返してしまう。

 

「えっと…どういう意味ですか?」

「…手を抜いてるってことですよ、宮永さん」

 

はぁ、とはっきりとしたため息をつきながら、部長へ向けたはずの質問に答えてくれたのは原村さんだった。

良かった、嫌われているわけじゃないんだ… 原村さんの態度に少しほっとしつつ、台詞の内容を吟味する。

発中君が手を抜いている…その意図はどうあれ、つい最近までプラマイゼロを徹底してきた私がその行為の良し悪しを語る資格はない。

問題は、手を抜かなければどれほどの麻雀を打つのか、という一点だろう。

 

「どうせ打ち筋を良く見たいからとかそういう理由でしょうけれど…あまり露骨なのは宮永さんに失礼ですよ、白兎さん」

 

半眼で発中君を見据えながら嗜める原村さんに、

 

「はい、のどかさんの仰るとおりです」

 

どこかユーモラスな仕草でしょぼん、と身を縮めて答える発中君。なんだか可愛い。

くすっ、という含み笑いが聞こえてそちらを向けば、雀卓に両腕で頬杖をついている部長が楽しげな表情で発中君に視線を注いでいる。

少々行儀が悪いが、大人びた雰囲気を持つ部長がそういうポーズを取っていると実に様になっていると思う。

 

「でもこれで宮永さんの打ち筋は理解できたでしょ? そろそろ白兎君の回答を見てみたいわ、私」

「…いいんですか(・・・・・・)?」

「対策くらい考えてあるわよ。まぁ、事後のフォローまで面倒見てくれるならそれが一番ありがたいけどね」

「…ご期待に添えるよう、善処しますよ」

 

部外者の私にはよくわからない内容のことを、なかなかのツーカーっぷりで打ち合わせる部長と発中君の二人。

私の名前が出た以上、私と今の麻雀に関係したことだろうとは想像はつくが、それ以上のことはさっぱりだ。

発中君は何かを諦めたような表情ではぁ、と小さくため息をつくと、表情を微笑に改めて対面の私へと視線を向ける。

 

「そういうわけだから、少しだけ(・・・・)お手柔らかにいくね」

「はぁ…」

 

要するにこれから本気を出す、とでも言いたいのだろうか。

ハッタリや挑発で言ってるようには見えないし…

真意を測りかねた私が困惑していると、おもむろに発中君は椅子に深くもたれかかって目を閉じた。

ギッ、という椅子の軋む音が不自然に大きく響いた気がした。

そして、五つ数えられるほどの僅かな間を経て、ゆっくりと瞼を開いた発中君の双眸と目が合った。

 

ゾクッ!

 

背筋に悪寒が走る。あまりのことに、私は目を疑った。なぜなら…

彼の瞳が高山で見上げた澄んだ空の色のように――

深い蒼に染まっていたから。

 




咲無双章。咲との初対局、話が長くなったので前後に分けます。
白兎の影がちょーうすい(笑)。
ちなみに咲がのどかの捨て牌をカンして和がった件ですが、
大会ルールである責任払いは適用していません。
原作でも語られていますが、割とローカルなルールなので。

いよいよ白兎のギフト、天理浄眼が周囲に初お目見えと相成りました。
次話での白兎vs咲戦をどうぞご期待ください。


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東場 第一局 十四本場

あ…ありのまま、今起こったことを話すぜ!

「白兎が大活躍するはずの手に汗握る麻雀バトルパートだと
思っていたらいつの間にかハートフル日常会話パートだった」

(中略)

後書き詐欺だとか作者迷走しすぎだとか、
そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……


「な……!」

 

それは誰の声だっただろう。

この場にいる皆が皆、驚愕の表情と共に絶句し、息を飲んでいる。

 

シーン……

 

沈黙による静寂が部室をしばし支配する。

 

「はく……と、さん……その目は、いったい……?」

 

衝撃から立ち直りつつあるのか、のどかが漸うといった感じで声を絞りだした。

 

「驚くよな、やっぱり。この瞳は俺のちょっとした特異体質で、頭を普段より使おうとするとこうなるんだ。症状としては目の充血みたいなものかな。以前医者に見てもらったけど、病気じゃないし健康や日常生活に差し障りもないから見た目意外は何の問題もないってさ」

 

とはいっても、それこそ見た目が一番の問題というか、インパクトありすぎというか。

 

「そ、そうですか……」

 

案の定、俺にとっては半ばテンプレとなっている説明、異常はありませんよアピールにも、衝撃冷めやらないのどかはどう反応していいかわからないという感じの生返事だ。

天理浄眼を初めて見た人は大体皆、気味悪がって引いてしまう。

無理もない。

長い期間を経て瞳の色が変わった、とかならまだしも、ほんの数秒でここまで劇的に色が変わるのを目の当たりにしたら、最低でも何らかの病気を疑うか、場合によっては「同じ人類ですか?」なんて笑い話にもならない疑いすらもたれかねないだろう。

目の充血です、なんて言い訳が通用するどころの話ではないのだ。

まぁ瞳が蒼くなったからと目からビームが飛び出すわけじゃなし、自分にとって害になるような変化じゃないとわかれば落ち着いて対応してくれるだろう。

そうなるまでしばし待つしかない。

 

「――白兎君の目……綺麗ね」

 

誰しもが押し黙る中、竹井先輩がぽつりと呟いた。

動揺を一切感じさせず、澄んだその声は本心から言っているとわかる。

竹井先輩へと視線を移せば、その表情もまた好意的な微笑を浮かべて俺を見つめている。

 

「知ってる? 蒼いサファイアは、紅いルビーと同じ素材の宝石なのよ」

 

そして、竹井先輩らしい、少し気取った詩的な表現で俺の瞳を褒めてくれた。

その言葉に、ジーンと胸に暖かい感情が灯る。

俺の瞳を気味悪がらずに、こんなふうに言ってくれた人は初めてだ。

やばい、今のはかなり嬉しいかも。

俺の中で竹井先輩への好意がぐんと高まった瞬間だった。

 

「ありがとう……ございます、部長。正直、褒めてもらえるとは思ってなかったので、なんだか嬉しいです」

 

竹井先輩の不意打ちに感激していた俺は、お礼を言おうとして途中でつっかえてしまう。

後半は滑舌を取り繕えたが、俺にしては珍しく動揺を見せてしまった。

やはりこの人は侮れない。

てらいのない俺の感謝の言葉を受けて、竹井先輩は「どういたしまして」とにっこり笑った。

 

くいくい。

 

ん?

左腕の袖を引っ張られる感触にそちらを振り向けば、のどかが右手で俺の袖を掴んでいた。

そして頬を赤らめながら俺を見つめ、

 

「わっ、わたしも……白兎さんの瞳はとても美しいと思います……」

 

と、少し恥ずかしげな口調で囁いた。

それはもしかしたら乙女の嫉妬的な竹井先輩への対抗心ゆえの行動だったのかもしれないが、彼女の白く明るい色のオーラが見えている俺には彼女の言葉が本心であると疑いを持つことはない。

 

「うん、のどかもありがとな。俺、この瞳のせいでのどかに引かれたりしないかって正直心配だったから、そう言って貰えて安心したよ」

 

実際、天理浄眼をカミングアウトするにあたって懸念してたうちの一つが、のどかに引かれたりキモがられたりしないかってことだった。

他の部員からならいいの、というわけでもないんだが、心寄せている異性の反応にナイーブになってしまうのは仕方ないというか、至極当然のことだろう。

安堵と感謝の気持ちを込めてのどかに微笑みかける俺と彼女の視線が絡み合い、しばしの間見つめ合う。

 

「い、いえ……私がそれくらいのことで貴方を嫌うなんて万が一にもありえません……」

 

そこまで言って恥ずかしさが限界に達したのか、表情を朱に染めて視線をふい、と逸らすのどか。可愛いさすが天使ちゃん可愛い。

 

「はいはい。そこの二人、イチャイチャするのは後でも出来るから、今は自重して頂戴。ほら、宮永さんも二人に中てられて顔真っ赤にしてるじゃない」

 

竹井先輩がぱんぱん、と拍手を打ち、注意なのか冷やかしなのか微妙な台詞で俺とのどかをたしなめる。

俺は公衆上等の覚悟でのどかとイチャついてるが、それが他人に対しての免罪符になるとは思っていない。

俺とのどかは正式に付き合っている恋人同士というわけではないが、さすがにこんなやりとりを続けていてはバカップルの謗りを免れないだろう。

てかあれだ。こんな傍目にも露骨にイチャついてる俺とのどかはどうして恋人同士になってないんだろう?

清澄高校麻雀部七不思議の一つだ。

というのは冗談で、単にお互い告白とか関係を決定付ける契機が今までなかったからなんだけど。

まあこんな友達以上恋人未満の甘酸っぱい関係も結構気に入ってる。10代の青春期だからこそ味わえる特権ですよ。

これがお互い20代を過ぎると、男女の関係には立場だの収入だの結婚を前提としたお付き合いか否かだのと、しがらみや打算的な心理が多分に介在してくる。

前世の経験からそれを知っている俺は、お互いの気持ちだけで恋愛できる今がどれほど貴重で大切な時間なのかを、ここにいる誰よりも深く実感しているかもしれない。

 

「そ、そんなんじゃ……」

 

そんな俺の物思いを余所に、部長の指摘に言い訳をしようとした宮永さんの声が尻すぼみに消える。

その指摘が図星であることを隠せないと思ったからかもしれない。

実際宮永さんは竹井先輩の言うとおり顔を真っ赤にして俯きながらも、ちらちらと上目遣いでこちらを観察している。

宮永さんはどうやらとても純情な子のようで、露骨に直視はできないけど興味はそれなりにある、という感じだ。

個人的には、高校生にして既にスレてたり、恋愛経験豊富ですって子よりはずっと安心できるというか、好感が持てるな。

 

「のどちゃんと白兎のバカップルぶりはもはや鉄板だじぇ」

「独り身にゃー目の毒じゃのう」

 

俺が入部してからこれまでの1ヶ月で、こういった俺とのどかのイチャコライベントは既に何度も発生していたりする。

それだけでなく、日を重ねる毎にその度合いが悪化してきているので部員の皆もいい加減慣れてきたというか、対応ぶりが堂に入ってきた。

 

「神は死んだ!」

 

神の子たる俺の目の前で何たる不遜発言をするのだ、京太郎よ。神にチクって天罰食らわすぞ。連絡先知らんけど。

のどかと再会できた一件で、俺はマジで神の子かもしれないという痛い妄想を半分くらい……いやいや、ほんのちょっぴりだけね? 信じちゃってたりなんかして。

とまぁ、冗談はさておくにせよ、これまでの付き合いで京太郎は元々麻雀には興味がなく、のどか目当てで麻雀部に入部したという動機と経緯を知っている俺としては申し訳ないという気持ちがないでもない。

欧米人のように恋愛は戦争だ、どんな手段を使ってでも勝った者が正義、みたいな肉食系恋愛観は持ち合わせていないのだ。

ただ、のどかに関しては俺が先約だし、それに見たところ、俺がいなかったとしても京太郎がのどかの心を射止めることが出来たとは正直思えん。

京太郎の外見の良し悪しはさておいても(酷)、二人の性格的な相性が良いようには見えないし。

そういう意味では優希との相性は良さそうなんだけどな……俺が入部する前から既にツーカーな感じだったし、京太郎にその気があれば案外春は近い気がする。

とはいえ、のどか狙いが明け透けだからこそ優希は京太郎に対して安心してちょっかいを出している感もあるし、その前提が崩れたらどうなるか読めない部分もある。

いずれにせよ、優希は顔の器量は良いし小柄で可愛いし明るく元気で一緒にいて楽しいしで、付き合える可能性があるなら十分特攻する価値はあると思うんだけどな。

なんてこと、当人じゃないから無責任に言えるが、好きだの惚れただのは理屈じゃないしね。

京太郎が今後誰とどういう関係を築くのかを俺が心配するのは余計なお世話というものだろう。

 

「あの……もしかして、原村さんと発中君はお付き合いされてるんですか?」

 

ド直球キタコレ。

俺とのどかの微妙な関係に大胆にメスを入れる宮永さんの一言に、「えっ、あっ、なっ!?」と超動揺するのどかさん。

いやー、初々しくていいねぇ。

って他人事じゃなかった。

どもって声の出ないのどかに代わり、もう一方の当事者である俺が答える。

 

「いやいや。仲が良いから誤解されやすいけど、恋人同士ってわけじゃないよ。俺たちの関係を正しく言うなら「友達と書いて想い人と読む」かな」

 

うん、即興で考えた割にはなかなか的確な表現だ。

「友達以上恋人未満」なんて割とありがちな表現より具体的かつ正確に関係性を表していると思う。

文学的にロマンチックというか、情緒のある表現は圧倒的に後者だが……

 

「そ、そうなんですか……」

 

俯いた視線の先で両手を擦り合わせながら、苦笑気味に言う宮永さん。

……あれ、俺の回答を聞いて、宮永さんは何かにがっかりしてるみたいな……?

彼女のオーラに視える(・・・)感情は、落胆……いや、失望? そしてもう一つの感情……これは嫉妬、か?

それらの感情の意味する答はなんだ? 単純に考えれば俺に好意を抱いたが、既に良い仲ののどかがいることを知って失望し、のどかに嫉妬したとか?

自意識過剰な推測かもしれないが、そう考えれば説明はつく。

だが、天理浄眼を発動させてから今に至るまで、短い間とはいえ俺に対する好意の感情は特に視えなかったんだよな。

むしろ若干の警戒、怯えが視えたくらいだ。まぁそれは俺の瞳を初めて見た人間のわかりやすい感情の発露なんだが……

経験上、好きとか嫌いとか、嬉しいとか悲しいといった感情はオーラに顕著に表れやすい。

サトリとかいう妖怪ほど具体的に心が読めるわけじゃないが、天理浄眼を発動させた俺から感情を完全に隠し通すのは不可能に近いと言っていい。

人間より精神規模の小さい動物の感情すら読み取る天理浄眼から心の動揺を完全に隠しとおせる輩がいるとしたら、それは仙人とか聖者とか、悟りを開けるレベルまで強固に精神性を高めた超存在だろう。

ちなみに何故そんなこと(悟り云々)を知ってるかというと、俺の天理浄眼のことを把握している祖父が昔ちらっと言ってたからだ。

さすがは日本有数の大企業のトップ、オカルト知識にまで精通してるとか博学さがまじぱない。

そういや、祖父からは他にも、まっとうな人間として生きたければその目の存在を隠せとか、少なくとも心が読めることだけは絶対誰にも知られるな等と注意されたっけ。

……いや、あれはむしろ警告だな。

前世の知識というか、真っ当な大人としての分別と判断能力を天理浄眼と同時に手に入れていた俺は、祖父の危惧するところの意味を理解し、当時からしっかりと弁えることができた。

心が読めるとかチートすぎるだろ……

他人がそんな能力を持ってると知ったら、俺だったらそいつには絶対関わりたくない。

だから日常生活では余程の事態(例えば、のどかがかつて不良に襲われた際、トラウマを軽減するための精神的な事後フォローを適切に遂行する為、とかね)でなければ使用しないし、麻雀においても通常は心を読んでまで勝負しようとは思わない。

まぁギフトホルダーや強力なセンスユーザーを相手取る場合は能力解析や能力妨害を目的として使わざるを得ないということはあるが。

だってさ、センスなら地力の差でまだなんとか捌きようもあるが、きちんと自分の特異性=ギフトの使い方を弁えてるレベルの打ち手だと、素でやりあうには土俵が違いすぎるってか無理に対して道理で戦う、という状態になるからね。

雀力というか麻雀の総合的強さをゲーム的デジタル表現で書き表すと、ギフトを使ってない俺:100 割と強いセンスユーザー:50(+30) 割と強いギフトホルダー:50(×4) みたいな感じになる。

なお、カッコ内の数値がセンスやギフトによる補正値ね。

数字にするとそのチートっぷりが一目瞭然である。

そしてゲームといえば家庭用の麻雀ゲームではありがちな、必殺技などと銘打った積み込みやガンパイといったレベルのインチキを地で使ってくる相手=ギフトホルダーに馬鹿正直に戦えるかアホらしい、って結論になる。

目には目を、歯には歯を、だ。昔の人はいいことを言った。

ま、なんだかんだ言っても結局はギフトを麻雀に使う自分の正当性を主張してるだけで、五十歩百歩の見苦しい言い訳だと言われればそれまでなんだが。

話を戻そう。

天理浄眼によって知り得た宮永さんの感情についてだが、結論するとよくわからん。

俺が好き+のどかに嫉妬、だと俺に対する好意が視えないし、しかしそうなると一体誰に対して嫉妬してるんだって話になる。

いや、のどかに嫉妬じゃなければ、消去法的に俺に嫉妬してるってことになるんだが、一体何に対して俺に嫉妬する?

トリガーは「俺とのどかが良い仲であることを知った」だよな。

そこから導き出される答えとしては……白兎好き&のどか恋敵、じゃなくて、のどか好き&白兎恋敵……か?

…………。

いや、まさかね!

それだと同性愛じゃん。百合百合(レズ)ってことじゃん。貴女の花びらに口づけをしてマ○ア様が見てる世界じゃまいか。

……違うよね?

デリカシー云々以前にとてもじゃないが怖くて聞けない。

 

「それにしても白兎君はこういう話題に強いわねぇ。からかわれたり冷やかされたりしても全く動じないし。ま、その分のどかが楽しませてくれるけどね」

 

新たなヒロイン候補かと思いきや、NTR(寝取り)キャラだったでござる。

そんな超展開を思わせる成り行きに戦慄してる俺をよそに、竹井先輩がいつもの調子でのどかとコミュニケーション(からかって)している。

 

「ぶ、部長! 冗談にしても酷すぎますっ!」

「あはは、ごめんごめん。慌てるのどかが可愛くて、ついね」

 

いやまて。ここは俺が限界ギリギリまで可愛く女装して宮永さんの前に姿を現せば、彼女の好意を得ることができるのではないか?

そしてそのままのどかと同じパターンで、ある程度好意を育んだ後にカミングアウトすれば、彼女を人として正しい道に戻してやることもできるのでは……

そう、これはカウンセリングであって決して邪な動機の行為ではない。いわば善意の人助けだ。

 

「可愛い子ほどつい虐めたくなる法則だじぇ」

「のどかを虐める……だと。(ピンク色の妄想中)――イイ! すごくイイ!」

「京太郎の鼻の下がえらいことになっちょるの……(汚物を見る目)」

 

だがまて。女装はいわば諸刃の剣だ。安易に実行して失敗したらダメージが色々と洒落にならない。

うっかり途中で女装バレして「白兎君チョーキモイんですけど。10m以内に近づかないで。このド変態!」とか(なじ)られてしまったら、ちょっとどきどk……じゃなくて社会的にヤバイわ。

のどかにも「やっぱり女装して私の気を引こうとしたんですね。キモいです。この救いようのない変態糞虫が」などと、どこぞの吸血忍者ばりの罵倒を受けてしまうに違いない。

 

「あのぉ…… 麻雀の続き、しないんですか?」

 

……あ。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

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「いや、ほんと失礼した。みんなにも申し訳ない、なんか俺のせいでグダグダになってしまって……」

「い、いえ…… お話はちょっと楽しかったですし、おかげで緊張も解けましたから気にしないで下さい」

 

宮永さんはそう言って、少し困った表情で右手を扇ぐ。

勝負の続行を失念して雑談に耽るなど、雀士のマナーとして最もしてはいけない行為だ。

それなのに麻雀部の部員全員よりも部外者である宮永さん一人の方が冷静だったというのは、あまりにも情けない話。

決して白兎さんだけの責任というわけじゃない。

せめてもの救いは、宮永さんの言ったように緊張が解けたこと……か。

白兎さんが蒼く染まった両の瞳を皆の前に晒したとき、直後に流れた空気は決して良いものではなかった。

驚愕、不安、怯え……不穏な空気一色だったと言っていい。

白兎さんに信頼を好意を寄せている私とて、正直に言えば最初から好意的に受け入れられたわけではない。

もっとありていに言えば、驚愕と怯えが6割、瞳の色が瞬時に変わるという現象に対して気味が悪いと生理的な嫌悪感を抱いてしまったのが3割、そして外見的にはとても綺麗だと、そのサファイアの双眸に吸い込まれそうな魅力を感じたのが1割。

それが掛け値なしの本音だった。

つまり好意的に感じたのは1割だけで、残り9割はネガティブな感動しか受けなかったのだ。

恐らく麻雀部の中で最も白兎さんに対して強い好意を抱いている私でさえこうなのだ。

他の部員や白兎さんと知り合ったばかりの宮永さんの抱いた感慨がどういった類のものであるかは容易に想像がつくといえよう。

もちろん私個人としては、それくらいのことで白兎さんに対する好意が薄くなったり、見損なったりすることはない。

それに身体的特徴で他人をあげつらう無神経さがどれほど人の心を傷つけるか、私は身を以って経験してきたが故に良く知っている。

驚きはしたけれど、今はもう、白兎さんの瞳は彼の個性、何ら差別する謂れのない外見的特徴であることを受け入れている。

だけど、それも言い訳。少なくとも、私に皆を責める資格はない。

でも、たった一人だけ、私たちを弾劾できる人がいる。

部長だ。

いや、そういう言い方は良くない……

部長は私を、皆を、白兎さんを、ひいては麻雀部そのものを救ってくれたのだ。

きっと、白兎さんは何の覚悟もなく蒼の瞳を晒したわけではない。

誰彼構わずに見せているとは思わないが、その瞳が他人からどう思われるかということを理解した上で、親しくなった人、近しい人には隠さないという態度を貫いてきたのではないか。

私の予想が正しければ、白兎さんはその度に大なり小なり苦い経験をしてきたと思う。

私が日常的に男性に胸を注視されるという経験を重ねて何年かを過ごしてきても、慣れるどころかトラウマになったのと同じで、白兎さんも覚悟や経験があるからといって心に痛みを覚えないということはないはずだ。

部長の一言がなかったとしても、時間を経れば私を含む皆が落ち着き、偏見や色眼鏡を捨てて白兎さんに接することができるようになっただろう。

だけどそうなるまでの短い時間で、白兎さんは疎外感と失望感、私たちは罪悪感というしこりを大きく育ててしまったはずだ。

そうならずに済んだのは全て部長のおかげ。

だから私は心から感謝している。

しかし同時に、最初から本心で白兎さんの瞳を綺麗だと感じ、素直に伝えることのできた部長に、私は苦々しい嫉妬を覚えずにはいられない。

醜く浅ましい感情と、彼に嫌われまいという焦燥があって、私は部長の二番煎じのような追従を白兎さんに言ってしまった。

「美しい」と思ったことは本心だけど、それ以外にもネガティブな感情を抱いたこと、嫉妬という発言の動機、そうした諸々が後ろめたい気持ちになって私に重くのしかかる。

それでも、「ありがとう。安心した」と白兎さんが答えてくれたときは心底安堵したし、嬉しかった。

――浅はかだったと思う。

今になって思えば、他者の心情に察しの良い白兎さんのことだ、私の欺瞞など見抜いた上で、内心の苦い感情を押し隠してそう言ってくれたに違いない。

やさしいひと。

白兎さんのことが好き。大好き。

きっと白兎さんも私と同様の気持ちを抱いてくれてると思う。

でも、ときどき白兎さんが見せる不思議な……そう、まるで親ががんぜない幼子を慈しむかのような保護者めいた眼差しが……私をとても不安にさせる。

異性として見られていないのではないかと……妹のような存在に思われているのではないかと……そんな想像が脳裏を掠め、どうしようもなく怖くなるのだ。

 

「白兎君だけのせいじゃないわ。私もかなり悪ノリしちゃったしね。とりあえず、勝負を再開しましょう」

「そうですね。時間も結構使ってしまったし、あまり遅くまで宮永さんを拘束するのは申し訳ないし」

 

部長が音頭を取り、白兎さんが実務や細部をフォローする。

この1ヶ月でもはやお馴染みとなったパターンは、こういう場面にさえ反映されている。

部の指導層という意味で立場が近く、また性格もどこか似通っているせいか、白兎さんと部長は出会って1ヶ月とは思えないほどの連携を時折発揮する。

そんな二人の距離の近さを目の当たりにする度、私の胸がちくりと痛む。

――ダメだ、一度ネガティブな感情に捉われるときりがない。感傷はよそう。後悔するのも後回し。

今はやるべきことをやらないと。

せっかく、白兎さんも協力してくれたおかげで実現した、宮永さんへの雪辱の機会。今日3度目の東風戦。

もしかするとこの勝負が宮永さんと打つ最後の麻雀になるかもしれないのだ。

大事に、真剣に、全力で向かい合わなければ後で必ず後悔する。

何より私は。

 

――宮永さんに、勝ちたい(貴女の麻雀を認めない)

 

そして、静かな戦いが再び幕を開けた。

 

 

 

 

東場第二局二本場。

理牌し、手元に並んだ13個の牌を確認する。

 

【手牌】三九①①⑤48東東西北白中 ドラ指標牌:四

 

字牌多めの六向聴(七対子狙いで四向聴)……か。

私には偶然はいらない――などと、普段から運不運による有利不利など関係ないと公言している私でも、勝負に賭ける意欲も新たに臨んだ直後にこの巡り合わせは正直きつい。

まさに出鼻を挫かれたような気分になる。

だが、この程度で意気消沈してはいられない。

むしろ、こういう状況だからこそ合理的な打ち方で打開する意味があると言える。

幸い、場風牌である「東」の対子がある。

これを鳴いて役を作れば、テンパイ自体は何とかなるだろう。

問題は、この形から最速でテンパイを作ったとしても安い役にしかなり得ないことだ。

トップの宮永さんとは30000点以上もの点差がある。

この差を即座に覆すには、役満か3倍満をツモるなり宮永さんに直撃させるしかないが、あまり現実的な可能性とはいえない。

となれば、安い手でもいいから和了を積み上げていくしかないのだが……問題は、これが東風戦だということだ。

私が親になった際に最低3回程度は連荘しないと逆転するまでの尺が恐らく足りない。

ましてここまでに1度も和がれていない私が、絶好調の宮永さん、実力者の白兎さんや部長を相手にそれだけの結果を出せるのか、という問題もある。

決して諦めたいわけではないが、私の常の倣いで計算的思考をしてしまうが故に、ここから逆転して勝利できる可能性の低さをどうしても意識してしまうのだ。

……何を考えている、私。

泣き言や不利な要素ばかり並べ立てても状況は改善しない、今は、私にできる最善を尽くしていくしかない。

最速の組み立てを検討する。

といっても、それほど多くの選択肢があるわけではない。

一か八かの国士無双……は、流石に無理だろうし、そもそもデジタル派の私にとって役満は半ば考慮の前提にない。

検討するとしたら、せめて最初の配牌時点で二向聴以上じゃないと可能性が低すぎて非現実的にすぎる。

ここは「東」と「①」の対子を鳴いてでもいいから刻子に取り、チャンタ狙いでいくのが理想か。

和がることを前提としたいので、「東」の場風牌さえ成立させてしまえば、最悪チャンタを諦めてでも和了優先だ。

まずは安手でもいいから和がって宮永さんの親番を奪う。

通常なら、この状況であれば私は高めの手を狙うだろう。

なりふり構わない安手で和がっても、勝敗的にはトップに利するだけなのだから。

しかし、もう1度宮永さんに連荘されたら、それこそ勝負が決まってしまいかねない。

デジタル派である私にとって認めたくはないことだけれど、「勝負の流れ」というものがもし本当にあるのなら、それを今掴んでいるのは他ならぬ宮永さんなのだ。

「流れを引き寄せたかったら、時にはセオリーを無視してでもとにかく和がった方が後々良い結果を生む場合もある」

白兎さんが私に教えてくれたことの一つだ。

でもその台詞のすぐ後に「もっとも、のどかには向かないやり方かもな」なんて、苦笑しながら言ってましたね……

多分、私がいつものデジタル論で反発する前に予防線を張って中和しておこうなんて意図があったのだと思うけど。

嶺上開花という稀な役を連発する不思議な打ち手、宮永さんに対抗するためには、同じ非論理的根拠の白兎さんのアドバイスに従ってみるのが良い結果を生むんじゃないかと、ふとそんな気がしたのだ。

普段の私なら決して認めることのないオカルト論を許容するかのような思考に、「らしくない」と内心で自嘲する。

手元の牌を眺めながらそんなことを考えていると、左隣の宮永さんが小さく「あれ……」と呟いた。

 

「……? 宮永さん、どうかしましたか?」

「うひゃ!? あ、いえ、な、なんでもないです……」

 

私に声をかけられて、何故かびっくりする宮永さん。

何でもない、と答えた割には、どこかそわそわした様子で目も泳いでいる。

 

「咲、もしかしてトイレでも我慢してるのか?」

 

宮永さんの背後で須賀君が著しくデリカシーに欠けた発言をする。

私は呆れた。まったく、須賀君は悪い人じゃないけれど、女性に対する配慮や気遣いが足りない。

そんな聞かれ方をされたら女性(宮永さん)は素直に「うん」と言えないだろう。

 

「そっ、そんなんじゃないよっ! 京ちゃんのバカっ!」

 

案の定宮永さんは激昂し、顔だけ背後に振り向いて怒鳴る。

 

「うわ!? す、すまん」

 

宮永さんの剣幕に驚いて、慌てて謝る須賀君。

憤懣やるかたない表情で「まったくもう、京ちゃんたら……」とぶつぶつ呟く宮永さんに、私は少々意外の念を禁じえなかった。

宮永さんのこれまでの態度から、大人しい女の子と思っていたというか、異性に対して声を荒らげるような激しさをもつ人だとは思っていなかったのだ。

それに、宮永さんの慇懃丁寧な言動から私となんだか似てるなと思っていたけれど、案外親しい人には気安くなる性格が彼女の「地」かもしれない。

私にとっては正直、そちらの(宮永さん)が好感が持てる――

 

「ま、他人の心なんて親しくてもなかなか見えないものだよ。そういう意味じゃ麻雀もね。何も視えないから(・・・・・・・・)他人の心を知ろうと努力するし、ツモ牌に一喜一憂したり見えない牌の裏を想像したりする」

「えっ……?」

 

まるで須賀君をフォローするかのように、白兎さんが宮永さんに声をかける。

話の流れに沿ってはいるが、白兎さんのどこか違和感のある迂遠な言い回しにわからない顔をする宮永さん。

私も白兎さんが何を言いたいのかよくわからない。

いや、言っていることそのものは別段、何もおかしなことではなく、気取った内容であるものの疑問に思うような部分はない。

ただ、なぜそんなことを今に言うのか、発言の意図が読めないのだ。

皮肉のつもりではないが、まさしく白兎さんの言うとおり「他人(白兎さん)の心なんて親しくてもなかなか見えない」ということなのかもしれないが。

そんな薬にも毒にもならないことを考えていると、

 

「あの…… もしかして、発中君は私の――のことを知ってるんですか?」

 

と、宮永さんがどこか切羽詰ったような表情で白兎さんへと問いかけた。

発言の半ばが小声で聞き取れなかったけれど、宮永さんは何を言いたいのだろう?

二人のこれまでの様子から初対面だろうし、お互いのことを事前に知っているという素振りはなかったが……

 

「いや、今日会ってから知りえた以上のことは知らないよ? もちろん、できればこれからも宮永さんとは親交を深めてお互いのことをよく知っていきたいと思ってるけどね」

 

白兎さんは気障にならない程度に爽やかな微笑を浮かべて、まるで告白めいたことを宮永さんに言う。

男女関係の機微に疎い私でも、これが宮永さんをナンパしてるとかモーションをかける意図ではないことは解る。

要するに、甘いマスクと言葉で宮永さんを麻雀部に勧誘(誘惑)してるのだろう。悪い人だ。

入部だけならまだいいが、私のように心まで取り込まれてしまわぬよう、彼女の為にも私の為にも切に祈る。

 

「そそそそうですか……」

 

滑稽なくらいどもりながら、顔を真っ赤にして俯く宮永さんも満更ではなさそうだ。

……彼女に勝たなければいけない理由が一つ増えた気がする。

 

「宮永さん」

「ひゃい!?」

 

これまで会話に加わっていなかった部長が宮永さんに声をかける。

ちょっと動揺しすぎでは? 文字どおり椅子から数cmは跳ね上がったんじゃないかってくらいの劇的な反応をしつつ部長へと顔を向ける宮永さんの様子はやはりどこか普通じゃない。

 

「白兎君との会話には私も興味があるけど、さっきみたいにならないように、麻雀を始めましょう?」

「あうう……ごめんなさい、私が打牌しないと進まないですよね……」

「うん、よろしく」

 

部長は冷静に現状の問題点を指摘し、ゲームの再開を宮永さんに促した。

いけない、私もついつい会話に引き込まれて日和ってしまっていた。

もう一度気を引き締めつつ、脳内シュミレートに従って私も1巡目の牌を捨てる。

紆余曲折があったものの、無事再開された勝負はしばし平穏に過ぎていく。

幸い、宮永さんのこれまでの和了パターンである早和がりは鳴りを潜め、8巡目で白兎さんの出した「①」をポンしてようやく一向聴に漕ぎ着けた。

 

【手牌】一二三九九⑤78東東 ①①(ポン)

 

しかし、問題はここから。

老頭牌を晒した以上、チャンタは間違いなく警戒される。

同様に、チャンタと組み合わせやすい役牌も警戒されるだろう。

まして「東」は生牌である。そろそろ中盤であることを鑑みると捨てられる可能性は低いと言わざるを得ない。

かといって「東」を捨ててジュンチャン狙いに変えたところで根本的な解決にはならない。

テンパイ流局を視野に入れて、「東」を自力でツモれるように祈るしかない。

しかし、宮永さんは私の思惑より一手先に進んでいた。

 

「リーチです」

 

9巡目、宣告と共に場に千点棒を置く宮永さん。

これまでに較べれば早いとは言えないが、オリるべきか悩む程度には手が出来上がってしまっている。

そして私が今ツモってきた牌は1ソウ、ここは宮永さんに対する現物として残しておいた⑤ピンを切って一発を避け、次に賭けるしかない。

 

「チー」

 

これまで全く何の動きも見せず、ずっと静かだった白兎さんが初めて鳴いた。

副露牌は (チー)④⑥ で、ここから判断するならタンヤオか三色、もしくはホンイツチンイツあたりだろうけど……

私の捨て牌を手元に持ってきて、代わりに捨てた牌は「東」。

 

「! ポン」

 

張った――! 「東」が場に出ることは半ば諦めていたけれど、白兎さんのおかげでテンパイすることができた。

ちらり、と私が白兎さんを一瞥すると、視線に気付いた白兎さんが唇の端を歪めてニヤリと微かな笑みを浮かべる。

リーチのかかった中盤で、危険の高い生牌の字牌なだけでなく、宮永さんのダブル役牌を成立させてしまうかもしれない「東」を切るのは正直ありえない選択だ。

白兎さんほどの人がそれを理解していないはずもないが、むしろ白兎さんだからこそ宮永さんの手の内を読みきって安全を確信して捨てたのかもしれないと、常人に対してであれば絶対に抱かない「まさか」を疑ってしまう。

いや、もしかしたら私のために……?

宮永さんの手の内を読むことが出来るのならば、私の手の内が読めないということはないはずだ。

まさかの可能性を疑いつつ、宮永さんの和がり牌じゃないことを祈って1ソウを河に捨てる。

 

「チー」

「「「 ! 」」」

 

幸い宮永さんの当たり牌ではなかったが、またしても白兎さんが鳴く。

先ほどと寸分違わぬ手つきで私の捨て牌を手元に持っていく白兎さんの男性とは思えないほどの白く華奢な繊手を目で追いながら、彼の意図がどこにあるのだろうかと考える。

新たに成立した副露牌は (チー)23 、これ単体ならチャンタや三色狙いと思えるが、先ほどの副露と兼ね合わせると、タンヤオチャンタに染め手を選択肢から消してしまっている。

残る可能性は役牌か三色程度しかない。

しかし三元牌は「白」「中」が河に2枚ずつ捨てられているし、白兎さんの自風牌である「西」は3枚捨てられている。

となると、現実的には「発」による役牌和がりくらいしか……

容易に結論の出ない推測に頭を悩ませる私をよそに、対局は進んでいく。

私も宮永さんも当たりがないまま、11巡目で私に転機が訪れる。

手元にツモってきた牌は「東」。今更といえば今更だが、これは……

通常ならここで安易な加カンをして不用意にリスクを高めることは選択にない。

だけど、この状況でドラ牌を増やして手を高めることができれば、逆転の為の大きな光明となる。

 

「!」

 

そのとき、私の頭にある仮説が閃いた。

もし白兎さんが私のために「東」を捨ててくれたのならば……あの謎めいた副露も私の為という仮定が生まれないか?

あまりにもありえない前提だが、白兎さんが王牌や山の牌の伏せられた裏を全てわかっていたとしたら?

副露の目的が、私に4枚目の(・・・・)「東」を掴ませることだったとしたら?

あまりにも都合の良い、いや、仮定に仮定を重ねたこれはもはや妄想といっていいレベルの仮説だ。

普段の私なら、いや、恐らく誰が聞いても一笑に付すだろう。

デジタル派(のどか)には、他人を操るという発想が足りない」

かつて白兎さんがアドバイスしてくれた言葉を思い出す。

脳裏でリフレインするその声が決意の一押しを私に与えてくれた。

 

「カン」

「!」

 

私の宣告に、宮永さんがぎょっとした表情で私へと顔を向ける。

王牌のドラ指標牌の隣をめくる。裏返った牌は「⑨」、まさかのドラ3追加……!

そしてリンシャン牌を手に取る。牌の凹凸を親指の腹で盲牌する――

 

ゾゾゾッ!

 

瞬間、私の全身を悪寒が走り抜けた。ありえない。こんなことはありえない!

私が掴んだリンシャン牌は……

 

 

「ツモ。嶺上開花、場風牌チャンタドラ3、3200・6200です……!」

 

 

私の和がり牌である、9ソウだった。

 

【和了:原村和】一二三九九78 (ツモ) 東東東(ミンカン)(ポン) ①①(ポン)

 

 

「う……嘘……!?」

 

宮永さんが呆然とした面持ちで、私の晒した和了牌を見つめている。

その気持ちは良くわかる。和がった当の本人でさえ、あまりのことに頭が真っ白なのだ。

むしろ、平然とした表情をしている白兎さんや部長の方がどこかおかしい。

まして、宮永さんの十八番である嶺上開花を和がったのだ。

これで衝撃を受けないわけがない。

 

白兎さん……貴方はなんて……なんて規格外の人なんですか……!

 

オカルトを疑うというレベルの話じゃない。

正真正銘オカルトと断言していい結果に私は戦慄する。

本来ならいいところ二飜・2600点の役が六飜・12600点に化けたのだ。

私の想像が正しければ、それを脚本、演出したのは間違いなく白兎さんである。

空恐ろしい気持ちを抱きながら、震える手で差し出された宮永さんの点棒を、私もまた震えを隠せない手で受け取る。

 

「さてと。お膳立ても整ったし、そろそろ――いくよ(・・・)

 

対局中は滅多に余計なことを口挟まない白兎さんが、何でもない口調でそう呟いた瞬間。

 

ゾクゥゥッ!

 

背中に氷柱を突っ込まれたかのような、とてつもない悪寒が背筋を走った!

 

 

「なっ!?」「ひっ!!」「くっ!」「じょ!?」「なぁ!?」

 

 

ガタタッ!!

 

私は思わず床を蹴って立ち上がっていた。宮永さんもだ。

部長も立ち上がりこそしなかったが、こめかみに冷や汗を浮かべ、怯えの孕んだ表情で白兎さんを見つめている。

そして、目に見えない水の中に取り込まれたかのような、奇妙な圧迫感が全身を包む。

 

「ウッ……プ」

 

宮永さんが吐き気を堪えるかのように、口を手で押さえてえづく。

 

「さ、咲ちゃん大丈夫か!?」

「おい咲! どうした!?」

「部長とのどかも変じゃ。一体何が起こっちょる!?」

 

優希が慌てて駆け寄り、少し椅子を引いて猫背な姿勢でえづきを我慢している宮永さんの背をさする。

宮永さんは激しく震え、瞼を閉じた両の目から涙が溢れて零れ落ちる。

 

一体何が起きた――?

 

突如勃発した不可思議な事態にフリーズしていた頭を再起動させる。

原因というか、元凶はなんとなくわかる。いや、感じると言った方が正しいか。

白兎さんだ。彼が口を開いた直後……測り知れぬ「何か」がこの場にいる皆を襲った。それは恐らく間違いない。

私が白兎さんへと顔を向けたのと同時に、

 

「白兎君。――貴方、一体何をしたの?」

 

部長がこれまでに一度も見せたことがないような、冷たく厳しい声と表情で白兎さんを詰問する。

 

「……特に何も。強いて言うなら――本性を見せただけです」

 

能面のように硬質な無表情、そして抑揚のない口調で白兎さんは答えた。

 

「ごめん宮永さん。予想はしてたけど、君が一番影響を受けたね。体調に影響が出るほどとは思ってなかったんだけど……いや、言い訳か。本当にすまない。今緩めたからすぐに落ち着くはず」

 

続けて、ところどころ理解の及ばない内容が混じった釈明を白兎さんが言った途端、全身の圧迫感が消える。

これは一体どういうことだろう。

白兎さんが私たちに何らかの危害を加えていた……?

正直考えたくないことだし、そもそもどのような手段によるものなのかもさっぱりわからないのだが。

 

「なるほど。宮永さんは単に中てられた(・・・・・)だけ、か……。白兎君の底がこれほどだったとは流石に予想してなかったわ。私も耄碌したものね」

 

どこか自嘲するような口調で、解ったような、しかし本人以外には意味不明なことを言う。

そこに白兎さんを責めるような響きはない。

私は白兎さんに事態の説明を求めたかったが、それを聞いたら何かが決定的に変わってしまう気がしてならず、そんな益体のない恐怖に負けて声を出すことができなかった。

 

「こん……な、の……わ、私の……お姉ちゃん、より、何倍……も、ヒドい……」

 

えづきの衝動のせいで呂律が上手く回らないのか、息も絶え絶えといった感じの声を口を押さえた手の隙間から漏らす宮永さん。

 

「こがぁ事態は初めてじゃの……白兎が何かしでかしたっちゅうことか?」

「したといえば、したわ。ただ、それはただ「気合を入れた」「本気になった」という程度のことで、白兎君が私たちに特に何かをしようとしたわけじゃない。まぁ事故のようなものかしら」

「気合を入れただけで咲ちゃんがこんなになるなんて、ちょっと信じられないじょ」

「それは受け取る側の個人差よ。宮永さんはここにいる誰よりも白兎君の真実(・・)に近いところにいた。だからより強く影響を受けてしまった……」

 

部長は染谷先輩や優希の疑惑と不信に、一人訳知り顔で答えると、宮永さんへと優しく声をかける。

 

「宮永さん、少しは落ち着いた? もし、まだ気分が悪いようなら今日はここまでにするけど……どうする?」

「…………」

 

部長に声をかけられても、宮永さんは無言のまま俯いている。

きっと続行するかどうかを考えているのだろう。

ようやくえづきの衝動と震えが落ち着いたのか、たっぷり10を数えるほど経ってから宮永さんは顔を上げた。

 

「……大丈夫です。続きをやります。いえ、やらせてください」

 

大丈夫だと、気丈な答えを口にする宮永さんの表情は未だやや青ざめているものの、口調はしっかりしている。

 

「本当に、体は大丈夫なんですか?」

「うん。心配してくれてありがとう、原村さん」

「い、いえ…… 当然の配慮ですよ」

 

律儀にお礼の言葉を口にする宮永さんの儚げな笑みを見たら、なぜか胸がどきまぎしてしまった。

この感情は一体……?

 

「申し訳ない宮永さん。俺の配慮が足りなかった」

「いえ、発中君は気にしないで下さい。私が勝手に驚いちゃっただけだから……」

 

真摯な表情と口調で、再度の謝罪を口にする白兎さんに、宮永さんは恥ずかしそうな表情でそう答える。

 

「それじゃあ、勝負を再開しましょうか。宮永さん、体調が悪くなったらすぐに言ってね。さすがに次また同じことがあったら対局は中止するわ」

「は、はい……」

 

部長が再開の宣言と共に、再び宮永さんに気遣いの声をかける。

同様のことが起きた場合に対局が中止となるのは残念だが、宮永さんの体調を鑑みればやむを得ない、妥当な対応だろう。

もっともこれは、ある意味白兎さん次第と言えるかもしれないが……

 

開始からこれまでで、波乱万丈に満ち満ちた対局がようやく後半を迎えようとしていた。

 




書いててgdgdに……じゃなくて順調に長くなったのでまさかの3部構成に。

次章をもって所謂「第1部・完」みたいな区切りとなります。


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東場 第一局 十五本場

いきなりギフトを全開にしたのは失敗だった。

同じギフトホルダーの宮永さんがこの場にいる面子の中で最も影響を受けるだろうとは予想していたが……

雀姫や照さん基準で考えたのがいけなかったな。

久し振りに手ごたえのある打ち手(ギフトホルダー)と対局したものだから、少々戦意に逸ってしまったのも影響を深刻にした原因かもしれない。

反省せねば。

さて、これからどうするか。

とりあえず宮永さんがギフトの恩恵なしでどの程度打てるかは確認できた。

なかなか安定した打ち筋だったし、基礎雀力は先輩たちに近いレベルだろう。

だが、それでも俺にとっては正直物足りない。

宮永さんも自分の能力が不調なことは先ほどの一局で気が付いただろうし、その状態で勝負が決まっても「全力を出せてなかった」という後悔や心残りが生まれるだろう。

何より俺がつまらん。

ギフトの封印された相手をこちらはギフト全開で叩きのめす……

天理浄眼の超常能力封印効果は、能力のない一般人や、弱いセンスしか持たない雀士相手に無双していい気になっているギフトホルダーの天狗の鼻を叩き折り、ギフトが如何に反則的なのか身を以って思い知らせるには大変便利な能力なんだが、対等に戦おうとする場合においては余計な能力である。ある意味一番天狗になってるギフトホルダーはお前だろってツッコミを受けそうな物言いだが。

今回の東風戦は宮永さんを凹ませる目的でやってるわけじゃないし、そもそも天理浄眼を使ったのは単に宮永さんがギフトホルダーなのかどうかの真贋を見極めるためだ。

基礎雀力も見たいなんて、つい色気を出して能力封印をかけてしまったが、目的は達成したことだし封印は解除しておこう。

俺は対面の宮永さんから視線と意識を外し、今しがた山からツモってきた牌の理牌に集中を傾ける。

 

「あ……れ?」

 

能力(ギフト)が正常に戻り、王牌が視えるようになったのだろう。

宮永さんは突然の能力の復調に驚いている。

天理浄眼の封印効果は、発動条件として「能力を封印する」という方向性の意志を視線に込めて、対象を一定時間注視しないと発動しない。

相手の能力強度にもよるが、封印をかける対象が一人だけならほぼ完璧にギフトやセンスを封じ込めることができる。

だが、複数人……最大で3人同時に封印することも可能だが、制限というかデメリットも当然大きくなる。

制限というのは、複数人全て均等に効果がかかるわけではなく、視線から外れている対象には効果が弱くなることだ。

具体的に言うと、対象がギフトホルダー基準なら「封印」ではなく、せいぜい「妨害」程度にしか効果が及ばない。

まぁそれでもかなり破格といえば破格の性能なんだが……

一方デメリットは、精神力の消耗、負担が増大することだ。

対象3人なら3倍、とまではいかないものの(体感的にね)、倍増するくらいには大きくなる。

半荘1回程度なら維持に何の問題もないが、インターバルなしに長時間続けられるものでもない。

もっともそんな機会は滅多にない。というか今までで一度もなかったりする。

いやさ、天理浄眼を単体相手に使う機会すら滅多にないのに、複数対象で使うケース=ギフトホルダー3人以上で雀卓囲む、なんて機会は普通ないよ。

インターハイの全国大会やプロの大会レベルならもしかしたらありうるかもしれないが……

で、封印効果を解除する場合は、天理浄眼そのものを解除するか、対象から視線を外して別の事に一定時間集中力を傾ければ効果は解除される。

逆に言うと封印効果を持続させるには対象の能力封印を常に意識し続けなければならない為、対象が一人だとしても精神的負担が結構馬鹿にならなかったりする。

一方、宮永さんの能力はギフトだと判明したわけだが、その詳細は現時点で(・・・・)「王牌を知覚し、カン材(同種牌を4つ)を集めることができる」だが、天理浄眼が見抜いた本質は「王牌を支配できる」だ。

ちなみにカン材を集める能力は王牌を支配するための派生能力のようだ。

つまり成長すれば王牌に干渉して嶺上開花に繋げるだけでなく、ドラ指標牌も操ることができる。

効果区分で言うと、「支配系」「知覚系」の二つの特性を有していることになる。これはヤバイ。

いやまぁ、やばくないギフトなんて一つもないんだけどさ。

よし、ここは汚れなき14歳の心で彼女のギフトに名前をプレゼントしよう。

王牌を支配する能力と嶺上開花を得意とする打ち筋をヒントに……「頂の花」にケテーイ。

頂の花・宮永咲。うん、なかなか良い二つ名ジャマイカ。

ちなみに、俺が今のところ定義しているギフト及びセンスの効果別区分だと、「全体効果系」「支配系」「妨害系」「知覚系」「超常系」の5つとなる。詳細は以下のとおり。

全体効果系……配牌やツモ牌を良くする。別名、幸運を引き寄せる能力。発動条件さえ合致すれば常時効果が持続するので大変便利。割と制限が緩いが、効果強度も低い。言葉にすると広く浅く。センスに多い能力。相性的には知覚系に強く、支配系に弱い。

支配系……特定の牌や役を支配し、任意のツモ牌を引き寄せ、対局者や場の流れをコントロールできる。対象が狭い分、効果は強烈。制限が厳しい。和がれば和がるほど効果を強めるのが特徴。ギフトに多い能力。相性的には全体効果系に強く、妨害系に弱い。

妨害系……他対局者の配牌やツモ牌の引きを弱くしたり、能力そのものの発動や効果に干渉して弱体化させる。強力なものになると思考や判断能力にまで影響を与える。制限や効果強度はまちまち。相性的には支配系に強く、知覚系に弱い。

知覚系……見えないはずの牌の裏を読むことができたり、対局者のテンパイ気配や手の内(役)、場の流れといった様々な”見えない情報”を知覚することができる。制限はないに等しく、ほぼ常時発動している。相性的には妨害系に強く、全体効果系に弱い。

超常系……上記4種で括れない能力の総称。別名、超能力。サイコメトリー、未来予知、霊視、憑依術……自分で言っててあれだけど、これはないわーってくらいなトンデモ能力を指す。制限とか効果とか相性とか全て独自のユニークアビィリティ。

この分類でいくと天理浄眼は「妨害系」と「知覚系」の二つを備えたギフトなんだが、正式区分は「超常系」になる。

理由は単純、効果が麻雀に限った能力じゃないから。

霊的質量を視ることで心の動きを読み、超常能力を解析し、能力封印までやってのける。

麻雀に関係のない過去話だが、地縛霊っぽいナニカを天理浄眼使って退治した(祓った)ことすらある。

浄眼ってのは伝説的な霊能力であって、本来麻雀とは関係がない歴としたオカルトなのだ。

まぁセンスはともかく、ギフトとなると天理浄眼ほどでなくとも、他の分野で実用的に活かせるレベルの能力だったりするんだが。

つらつらとそんなことを考えつつ、理牌の終わった手元を見る。

 

【手牌】①④2344578白白中中 ドラ指標牌:西

 

うん、良い配牌だ。

支配系(・・・)」の俺のギフトが効果を発揮してる証拠だ。

逆に言うと、同じ支配系ギフトを発動させている宮永さんの配牌は俺ほど良くはないだろう。

支配系はより強い支配系能力をぶつけられると効果を十全に発揮できない。

能力強度の格差は先ほど俺がギフト全開放した際に明確になっている。

今の宮永さんでは10回連荘したところで俺の支配力を上回ることはできないだろう。

とりま、狙う役はホンイツ役牌で決まりだな。

ヤミテンの満貫手で和がりを待ちつつ、イーペーが作れたらリーチを視野に入れて跳満狙いが妥当か。

どれ、必要な牌はどのへんにあるかなっと……

俺の体から白い靄のような外見をしたオーラが卓上へと広がり、牌や卓に染み込む様に消えていく。

次の瞬間、脳内に様々な情報が流れ込んできた。

「白」は2巡目でツモが可能、「中」は2回鳴いてずらせば9巡目でツモれるな。

「発」は宮永さんのところに1個、のどかのところに1個、山に1個、王牌に1個か。

これはダメだな。やはり最低2回は和がらないと大三元は無理か。

裏ドラは……うお、視えにくい。宮永さんの支配が少しは及んでいるということか。面白いじゃないか。

俺はドラ指標牌の真下の牌へと強く意識を傾ける。

……八萬か。手元にマンズはない、ドラは諦めるしかないか。

ソーズは宮永さんが結構持ってるな。

うへ、赤ドラ二つも持ってるじゃないか。万が一和了を許したら高めになりそうだな。

ここは点数重視より早めにテンパイして宮永さん直撃狙いでさくっと和がることにしよう。

方針を決めた俺は1打目に①ピンを切る。

そんな俺の捨て牌を宮永さんが強い視線で見つめている。

……よほど警戒されてるらしい。まぁ無理もないが。

俺は順調にツモ牌を引き、事前の目算どおり、僅か4巡目でテンパイを完成させる。

当たり牌は6・9ソウの二つ。

リーチして一発を取れれば跳満確定だが、逆に言うと一発が取れなければリスクを高めるだけで点数は変わらない。

通常の打ち手であれば、裏ドラへの期待や、序盤テンパイの優位性を活かしてリーチをするだろう。

だが、ギフトホルダーは裏ドラの有無どころか、何手先でどんな牌が手元に来て、どの対局者がどんな手を作っていて、捨て牌に何を選択するかというところまで程度の差はあれ視えて(・・・)いる場合が多い。

当然俺もその類だ。

点数を稼ぐことを前提にするなら順調に行って9巡目で跳満確定にできるが、宮永さんとのどかも手が早そうだ。

多少無理して山の牌を全て読めば何巡目だろうと海底だろうと完全コントロールして和がる自信はある。

でもやらない。だって計算めんどくさいし、何より全牌読み込み(リーディング)とか疲れるし、第一全てが解ってる麻雀なんてつまらなすぎる。

どうしても勝ちたい勝負なら容赦なく使うけどね。

俺の河に捨ててある牌は、 ①東④1 の4つ。

4巡目でこの捨て牌なら、テンパイしてると判断するには微妙だし、テンパイ前提と考えてもせいぜいタンヤオ程度しか警戒できないだろう。

そして当初の想定どおり、6巡目で宮永さんが9ソウを河に捨てる。

 

「ロン。8000」

「! ……はい」

 

まだ序盤の上、安牌を捨てたつもりがまさかの放銃に、ガクゥ、と小さく肩を落とした宮永さんが俺に点棒を渡す。

 

【和了:発中白兎】23344578白白白中中 (ロン)

 

 

「白に中か…… 始まったわね」

 

竹井先輩が俺の和がり牌を見てぼそっと呟く。

警戒しての発言かと思いきや、その表情は実に楽しげだ。

警戒にせよ期待にせよ、竹井先輩が何を言いたいのかは宮永さんを除けばこの場にいる全員が解っている。

ある意味俺のギフトの弱点とも言えるが、露骨に三元牌を集めて和がるので警戒されやすい。

しかし俺を警戒するあまり、俺の手元に暗刻で揃ってるのに、対局者が手元に来た4つ目の三元牌を手放せず、結果として役を作れないというケースも多発するから利点として働く面もある。

そんなわけで俺がギフトを発動させると三元牌の大半が手元に集まるので他の対局者の手牌や河から姿を消してしまう。

 

「あの……どういう意味ですか?」

「ああ、宮永さんは当然知らないわよね。フェアじゃないから一応教えとくけど、白兎君が本気を出すと何故か三元牌のほとんどが彼の手元に集まるのよ。不思議よね~」

 

思わせぶりな発言に食いついた宮永さんに、からかうような口調で俺の能力特徴を教える竹井先輩はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

言外に「信じるも信じないも貴女次第よ?」とでも言いたいのだろう。

宮永さんは信じていいのか疑うべきなのか決めかねた様子で、のどかへと顔を向ける。

その視線はどこか救いを求めるような色を帯びていた。

 

「……部長の仰ったことは客観的に言って事実です。……が、私は単なる確率の偏りだと思っていますから、それを参考にするかどうかは宮永さんが判断して下さい」

 

どこか突き放したような口調だが、宮永さんの求めた言葉を正しく答えている。

のどかは若干の人見知り傾向があるものの、他人に対して理由もなく反発や反感を見せる人間ではないし、機嫌が悪いからと態度が感情的になることもない。

しかし、宮永さんに対しては隔意というか、敵対心めいた感情が言動の端々に付き纏っているように見えて、今日部室に来て以降ずっと気になっていたのだが……

天理浄眼でのどかのオーラを観察する限りでは、宮永さんに対して若干の警戒があるものの、僅かに好意的な色も視える。

うーん……わからん。

二人の関係がよくわからず、もやっとした気持ちを抱いている俺をよそに、宮永さんはのどかがきちんと答えてくれたことに気を良くしたのか、ぱあっと破顔して笑顔を見せる。なかなか可愛い。

 

「わかった。ありがとう原村さん」

「い、いえ……部長の言うように宮永さん一人知らないのはフェアじゃありませんから……」

 

面映そうに応じるのどかの感情は、先ほどより僅かだが好意を深めているように見える。

ちょっと待て、これはまさかのNTRルートの危機(フラグ)!?

なんて冗談はともかく、この東風戦開始したときに宮永さんの能力というか打ち筋を知らなかったのは俺一人なんですがー、そこはスルーですかっ。

まぁいいけどね、俺は能力知られたところで特に痛手でもないし、元から宮永さんの打ち筋は自分で確かめるつもりだったし!

どうせ白兎にアドバイスなんて不要、とか思われてるに違いない。つまり信頼の証。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

……そうだよね?

 

俺にとって色々と疑問が残るやりとりを終え、親が俺へと移り、色々あったこの東風戦も遂にオーラスを迎える。

気を取り直した俺は山から牌をツモって理牌する。

 

【手牌】二三④⑤()18白発発中中中 5 ドラ指標牌:九

 

1度和がったおかげで俺のギフトによる支配が強まっているのを実感する。

ドラ含みの二向聴。これは高めになるな……

宮永さん以外点数がほぼ横並びになったから高めのツモ和がりでも問題ないし、宮永さんも慣れで耐性が多少は付いただろうから、ギフトの発動強度をやや強めてみるか。

 

「く……!」

 

やはりというか何と言うか、多少とはいえ影響はあったようで、額に脂汗を浮かべながらも、気丈に俺の重圧を耐える宮永さん。

……なんかいたいけな女子高生を嬲る悪者みたいな気分になってきた。

オラちょっとわくわくしてきたぞ!

ごめん嘘。宮永さん、正直すまんかった。

竹井先輩が少し心配そうな表情で宮永さんを観察してるが、声をかける気配はない。

きっと本人の意思を尊重するつもりなのだろう。

1打目に1ソウを切りながら、先ほどと同じ要領で必要な牌がどこにあるのかを視、いつ手元に来るかを計算する。

……よし、決めた。

少々アクロバティックな和了を決めてみせるか。

思わず口元がニヤリと悪戯めいた笑みの形に歪む。

目敏くそれを見つけた竹井先輩が声をかけてくる。

 

「白兎君、なかなか素敵な笑顔ね」

「はは、ありがとうございます」

 

竹井先輩のことだから、トラッシュトークというより天然の感想を口にしただけだろう。

ここ一ヶ月の付き合いでそれを解っている俺は軽く流す。

俺の悪者顔を見逃したのどかと宮永さんは会話の意味がわからずぽかんとしている。

そんなやりとりを挟みつつ、対局は順調に消化されていき……

 

「リーチ」

 

8巡目でのどかがリーチ。そして緊張した面持ちで河に「発」を捨てる。

俺の当たり牌かもしれないと危惧しているからだろう。

それでも敢えて危険を冒してリーチしたのは、オーラスで逆転するための乾坤一擲の賭けというわけだ。

今の点数状況は 俺:21700 竹井先輩:21700 宮永さん:31900 のどか:24700(リーチ棒で-1000) となっている。

のどかが確実にトップを取るには、満貫以上を狙わなければ宮永さんに逃げ切られる可能性が高い。

そして仮に今捨てた「発」で俺に和がられても、終局はしないのでチャンスは一応残るという計算なのだろう。

客観的に言えばその判断は間違っちゃいないが、俺が狙っていたのはまさにのどかの捨て牌だ。

 

「ポン」

「っ!」

 

俺が鳴いたことで一瞬息を飲むものの、栄和の宣言ではないことにすぐさまほっとした表情を浮かべるのどか。

ぬか喜びさせたようで心が痛むが、これで俺の準備は万全となった。

 

【手牌】一二三⑤⑤()白中中中 (ポン)発発

 

のどかがリーチを行い、俺が役牌を成立させたことで宮永さんと竹井先輩の表情に緊張が走る。

二人が捨てたのはのどかに対する現物、のどかと同様の理由で俺に振り込んでしまった場合は仕方ないと考えているのだろう。

そして11巡目、待ち望んでいた牌を手元にツモる。

 

「カン」

「「「 ! 」」」

 

加カンを宣言し、手元の「発」を右隅の副露牌に加える。

皆の表情は「まさか」という驚愕の一歩手前だ。特に宮永さんは緊張の度合いが一番濃い。

ドラ指標牌を1枚めくり、リンシャン牌を手元に持ってくる。

 

「カン」

「っ!?」「え…」「……」

 

驚愕、呆然、諦観……それぞれの表情に企みが上手くいったと会心の手応えを感じながら、再度ドラ指標牌をめくり、リンシャン牌を掴む。

追加されたドラ指標牌は八萬と「南」、解ってはいたことだが俺のギフトはドラといまいち相性が悪い。

念の為、リンシャン牌を盲牌して予想の牌と寸分違わぬことを確認した俺は都合3回目となる宣告を行った。

 

「ツモ。6000オール」

 

ガタッ!

 

「そん……な!」

 

宮永さんが信じがたいものを見た、という表情で椅子を蹴って立ち上がった。

 

【和了:発中白兎】一二三白中中中 (ツモ) ⑤⑤⑤(アンカン)() 発(ポン)発発(ミンカン)

 

 

のどかに続き、俺もまた宮永さんの得意とする嶺上開花で和がったことで、相当なショックを受けているのだろう。

人は自分の領域を侵す者を恐れる。

タンヤオだのピンフだのといった誰でも和がれる役を真似されるのとは訳が違い、本来相当稀な役である嶺上開花を他人にポンポン和がられては打ち筋のアイデンティティが揺らいでしまうだろう。

俺とてギフト発動させているにも関わらず目の前で大三元を和がられたら相当なダメージを受けるだろうから、その心理的衝撃は想像に難くない。

和がるだけなら別のやりようもあっただろうに、態々ダメージを与えるような手段を採ったことに多少の罪悪感を覚えないでもないが、能力者同士のぶつかり合いとは元来こういうものなのだ。

敵に精神的打撃を与え、自己の優位性を思い知らせる。

ギフトやセンスの強さとは精神力で基本的な強弱が決まるため、気後れしたり相手の勢いに呑まれたりすれば出せる実力の半分も出せなくなる。

もっともそれは能力など絡まない、どのような類の勝負でも適用される常識的な法理だが、ギフトやセンスを前提とした超常戦ではメンタリティの影響が特に大きい。

まぁ一般論としてそうだというだけで、能力格差的に明らかにオーバーキルしている俺が宮永さんにやったことは一種の弱いもの虐めであり、大人げないと責められても仕方のない行為かもしれない。

ただ、別の面から見れば手加減をしないということであり、今この状況で俺が出せる全力でお相手することが宮永さん(同類)に対してのせめてもの礼儀だと思っている。

――というわけで自己弁護完了、次はもっと全力で屠る!

俺は自重しない男だった。

 

「咲ちゃんならもしかして……と思ったけど、結局白兎無双で終わりそうだじょ」

「頑張れ咲! まだ逆転の可能性はある!」

「たまには白兎(チート)が負けるところも見てみたいんじゃがの」

 

観客たちがめいめい勝手なことを口にする。京太郎は珍しくまともなことを言ってるが……(酷)

あれれ、華麗に逆転を決めた俺に対する歓声がありませんよ皆さん?

どうやら俺には思ったほど人望がないらしかった。ぐぬぬ。

内心で今後の連中の指導をより厳しくしてやろうと公私混同な報復を胸に誓う。

俺は大人げもない男だった。

 

「宮永さん、こういう慰めが適切かは自信ありませんが……白兎さんのやることに一々驚いたり気にしたりすると身が持ちませんよ」

 

いたく実感の篭った声音で立ちあがったままの宮永さんに声をかけるのどか。

 

「えっ……と、どういう意味ですか?」

 

ようやく落ち着きを取り戻した宮永さんが着席し、のどかに聞き返す。

 

「そのままの意味です。白兎さんは色々規格外な人なので……普通はできないことをいとも簡単にやってのけるんです、いつも」

「い、いつも……ですか」

「いつも、です」

 

宮永さんの恐る恐るといった確認に、淡白な喋り方をするのどかにしては珍しく力を籠めて断言する。

のどかの言ってることは客観的に間違っちゃいないけど、もうちょっとオブラートに包んで欲しかった。

おかげでたった今、宮永さんの俺を見る目が45度くらい変わってしまったぞ。

俺へと向ける視線が警戒から畏怖へ、オーラに視える感情の表層に怯えが顕著に出てきている。

 

「いやまぁ、だからって取って食べたりはしないから、そんなに構えないで欲しいな」

「へぇ。でものどかはもうそろそろ取って食われそうな感じよ?」

「ちょっ……!?」

 

うさんくさい笑みにならないよう苦笑で取り繕いながら、印象回復を図る俺の努力は竹井先輩の一言で粉微塵にされる。

この人はほんと根っからの愉快犯だ。間違いない。

当ののどかは絶句し、何と答えたらいいやら咄嗟に言葉が出てこない様子で、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせている。

コントじみたこういうやりとりは割といつものことなんだが、のどかが爆発しないうちにフォローしないといけない俺の身にもなってほしい。

俺は内心で盛大なため息をついた。

 

「部長、真面目な話をしてるんですから茶化さないで下さいよ。のどかも落ち着いて」

「は、はい……すみません」

「ごめんなさい、ついね」

 

ついね、って、あんた絶対故意犯だろと。口には出さないが内心でツッコミを入れる。全く困った人だ。

まぁそういう茶目っ気旺盛なところも竹井先輩の魅力だなと思ってしまえるあたり、俺はもっと困った人かもしれない。

とはいえおかげで宮永さんは警戒を解いた様子で、まだいささか硬くはあるものの、表情にほのかな笑顔が戻っている。

怪我の功名だった。竹井先輩に感謝するべきか、割とどうでもいいことで一瞬悩む。

 

「さて。なんとなく結末が見えてきた気がするけど、最後の(・・・)一局を始めましょうか」

「「「はい」」」

 

部長らしく、締めるときは締める。さっきの一幕がなければ素直に格好いいと尊敬できたんだが。

それにしてもさりげなく「最後の」とか付けてるあたりが部長の先見性を感じるな。

単に諦めてるだけとも取れるが、竹井先輩はそんなヤワなタマじゃない。

俺もできれば次局で決めたいと思ってる。

俺が連荘しても対局が長引くだけだし、おためごかしかもしれないが、早く終わらせることが宮永さんのためだろう。

窓から外の様子を一瞥すれば、もう陽が落ちかけ暗くなってきている。

俺はのどかの和了後から発動させているもう一つの(・・・・・)ギフトを全開することに決めた。

白発中、2回の和がりで三元全てを支配した以上、俺のギフトに制限はもはやない。

俺は椅子にもたれかかると静かに深呼吸し、気息を整える。

ゆっくりと目を瞑る。

瞼を透けて届く外の光を意識から追い出し、天理浄眼の透徹たる視力を以って自らの心の在り様、即ち魂の本質を視る。

そこにはただ、「可能性」という名の未元の純白だけが在った。

 

 

()より始まり世界()()る。之即ち――――」

 

 

いつもは心の中で呟くだけの言葉を、敢えて口ずさむ。

俺が最強である証左。天元に(くら)す謂れ。本来ありえない、二つ目(・・・)のギフトの存在。

その名を……

 

 

 

 

元始開闢(げんしのかいびゃく)

 

 

 

 

呟いた。

 

 

――キン!

 

 

俺にだけ聴こえる、金属同士を打ち鳴らしたような、澄んだ霊妙な音が瞬時に広がる。

そして――

 

 

この瞬間、俺の勝利が確定した。

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

「「「 ! 」」」

 

俺が意味不明の呟きを喋り出したため、訝しむような表情でこちらを注視していたのどか、部長、宮永さんの3人が同時に顔を強張らせる。

また、宮永さんの背後で観戦している優希と染谷先輩の表情からも何かを感じ取ったという変化がありありと窺える。

 

「白兎君。また何かやらかした(・・・・・)の?」

 

また宮永さんに良くない影響が出るような行為は、部長として看過できないという責任感があるのだろう。

いつもは俺が本気を出す、即ちギフトを使って戦うことに好意的な竹井先輩としては珍しく、眉根を寄せてやや険のある言動を放つ。

 

「やらかした、とはお言葉ですね部長。ちょっと気合を入れるためのおまじないを呟いただけです。大した影響はありませんよ」

 

宮永さんにはね。

 

「ならいいけどね。それにしてもおまじないだなんて、白兎君って意外とそういう(・・・・)キャラだったんだ?」

「自分の名誉の為にも黙秘します」

 

竹井先輩は動機をなんとなく察しているようだが、さすがに「汚れなき14歳の心が暴走しました」とかカミングアウトするわけにはいかない。

 

「ふーん…… ま、いいわ。さくっと始めて終わらせましょう」

 

武士の情けか、俺の件はさらっと流して自動卓を操作する竹井先輩。

吐き出された牌の山からめいめいがツモっていき、初期の配牌が確定する。

能力者にとっては、この時点から勝負がすでに始まっていると言っても過言ではない。

強力な全体効果系能力を有する打ち手の場合、配牌の時点でテンパイ~三向聴の良手牌が揃っているものなのだ。

支配系でも、能力強度次第では同じ結果(良配牌)をもたらすが、本質的には全く違う。

全体効果系は「幸運によって良配牌に恵まれる」だが、支配系は「特定の牌や役、状況を支配して選択的に手元に引き寄せる」だ。

センスのほとんどは5つの効果別区分のうち、一種類しか効果を発揮しない。

しかしギフトは、俺が知る限りでは唯一の例外を除いて二種類以上の効果を有している。

例えば宮永さんの「頂の花」は支配系&知覚系ギフトだし、雀姫の「求鳳吹鳴(ぐほうすいめい)」は支配系&妨害系ギフトである。

センスが効果一種類に対しギフトは効果複数なんだからそりゃ強いよって話なんだが、先ほど言った”唯一の例外”である俺の「元始開闢」はギフトでありながらも支配系の効果しか持たなかったりする。

それだけ聞くとハズレ能力か? みたいな印象を受けるだろうが、実際はそうじゃない。

支配系だけに特化しているおかげなのか、他のギフトよりも制限が緩めな上、その能力強度は尋常じゃなかったりする。

何が尋常じゃないかと言うと、最速2回程度の和了で役満――大三元へと繋げられるからだ。

もっと具体的に言えば「白」「発」「中」の三種類だけにしか支配が及ばないが、常に手元へと引き寄せられるし、天理浄眼を発動させてなくとも、三元牌がどこにあるかをはっきりと感じ取れる。

(支配系能力は、支配対象に限って知覚できる特性もある。勿論知覚系ほど無差別な広範ではありえないが)

そんな、我ながら反則的(チート)なギフト、「元始開闢」が最大限発動すると……

 

【手牌】八②⑦1白白白白発発中中中 発 ドラ指標牌:八

 

――こうなる。

 

 

東場第四局一本場。

俺は既に一切の手加減を捨てており、従って天理浄眼による超知覚も全開だ。

封印効果は使っていないが、能力の片輪である知覚系だけでも並のギフトホルダーを完封できるくらいの性能と自信がある。

超知覚によってもたらされたこの一局に関わる全情報が脳内に溢れる。

その規模と精密さはちゃちなガンパイなんて目じゃない。

文字通り、全ての(・・・)牌が見えている。

――2巡目で1ソウをツモり雀頭にする。

――4巡目で⑧ピンをツモり塔子を作る。

たったのそれだけで役満をテンパイする。

その後3巡する間に勝負は終わるだろう。

既にして圧倒的優勢な俺に対して勝機があるのはこの場に一人しかいない。

全て見えている俺だから解る、それはほんの僅かな可能性。だが、ゼロじゃない。

天元(オレ)に抗い、あがいて見せろ、頂の花――宮永咲!

気を抑えながらも溢れる闘争心に唇を歪めた俺の獰猛な視線を敏感に察し、宮永さんも強気な眼差しで俺を見つめ返す。

絡まる視線、衝突する眼光。

宮永さんのオーラが徐々に強度を増していく。

彼女のギフトがたった今、現在進行形で成長している(・・・・・・)のだ。

原因は恐らく、俺のギフト(元始開闢)に触発され、感化したからだろう。

ここまで来てこの変化とは面白い。実に愉快だ。

まさかこれほどのポテンシャリティを秘めていたとは流石の天理浄眼でも見抜けなかった。

変質しつつある彼女のギフトを天理浄眼が読み取り、脳内にあるイメージを伝えてくる。

青々とした草葉から一本の茎が伸び、蕾を付け、白く小さな花弁がゆっくりと開いていく――

なるほど、これが宮永さんのギフトの真髄……か。

俺は内心で小さく感嘆しながら、第一打目を切る。

俺と宮永さんの間に張り詰めた緊張感を感じているのか、のどかも竹井先輩も普段以上に真剣な表情で打牌する。

 

「ポンです」

 

3巡目、宮永さんがのどかの捨てた九萬を鳴く。

おかげで4巡目に予定していた俺のテンパイが成立しなくなった。

……まさか、視えているのか?

彼女のギフトは知覚系も有している。先ほどの覚醒で力が強まり、多少なりとも牌が視えるようになったのかもしれない。

いずれにせよ、ツモ牌をずらされたことで最初の計画は修正せざるを得ない。

俺は天理浄眼の視覚情報を元に再度考えを巡らせる。

――よし、少々迂遠だが確実な手段を採るか。

方針を定めた俺は⑦ピンを捨てる。

その後は静かに場が進み、7巡目で俺はテンパイを完成させた。

俺の見込みでは宮永さんも次巡でテンパイを完成させるだろう。

さすがに他対局者の手牌までは視えていないようだが、山牌はある程度詳細に視えている節がある。

王牌もまた宮永さんの支配領域なため、山牌以上にはっきり視えているはずだ。

だからこそ、俺と宮永さんの情報格差を利用する(・・・・)余地が生まれる。

8巡目で予想どおり宮永さんはテンパイし、その表情にほんの僅か、安堵感のような感情が浮かぶ。

勝利を確信したときこそ、人は最も無防備になる、か……

そして迎えた9巡目、山に手を伸ばして牌を掴んだ瞬間、宮永さんは勝利を確信したことによる喜悦を声に乗せ、はっきりとした口調で宣告する。

 

「カン」

 

ツモ牌である九萬を右隅の副露牌に加え、明カンが成立する。

 

「!」

「あら……」

 

のどかが「やられた」という深刻な表情で宮永さんへと顔を向け、竹井先輩は思わず、といった感じで呟き、目を瞑って椅子の背もたれにもたれかかる。

宮永さんの自信溢れた声に、勝負が決まったことを確信したのかもしれない。

そのとおり、たった今、既に定められていた勝敗が確定したのだ。

 

「そのリンシャン、取る必要はない」

「えっ……?」

 

リンシャン牌に手を伸ばした宮永さんの右手を、俺は左手でそっと押し留める。

俺の意図を測りかねた宮永さんが「なぜ?」と表情で聞いてくる。

そのとき自然と心の中に生まれた言葉を、俺は口に出していた。

 

 

「無謬の理しろしめすは、いと高き天元なるかな…… ロン。チャンカン、大三元。48300」

 

 

【和了:発中白兎】七八11白白白発発発中中中 (ロン)

 

 

宮永さんを直撃でトバし、俺の勝利を以って長かった東風戦は終わりを告げた。

 




全体効果系とか支配系とか、ギフトの設定を多少味付けしてあります。

補足はいらないかもしれませんが、白兎は本来ありえない「ギフト二つ持ち」
です。理由はすぐに想像がつくと思います。
原則、ギフトとセンスはどちらか一方のみ、一人一つしか有してません。


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東場 第一局 十六本場

「なっ……!?」

 

ガタッ!

 

勝利を確信した直後の急転直下に、勢いよく立ち上がった宮永さんは絶句し、わなわなと全身を震わせながら俺が晒した手牌を見つめている。

 

「あ……ありえません……よ、よりによってチャンカンと役満を同時に和がるなんて……」

 

のどかは目の前で起きた事に現実味を疑っているのか、呆然とした表情で宮永さん同様俺の手牌を注視する。

 

「何言ってるのよ、のどかは自分でさっき言ったこともう忘れたの? 白兎君のやることにいちいち驚いてたら身が持たないわよ~」

 

竹井先輩は可笑しそうに言って、のどかの反応を茶化す。

 

「白兎の非常識っぷりには慣れたつもりだったけど、流石に今回のはとびっきりだじぇ」

「何この酷い白兎無双」

「か弱い女の子に大人げない仕打ちじゃのー」

 

あれ、もしかして責められてる俺?

「白兎様かっこいい! 抱いて!」とかそういう感想はないの!

……やべ、返しの発想が京太郎っぽいな。ネタ自重。

 

「いやまぁ、宮永さんが強かったから手加減できなかったってことで……宮永さん?」

「……っ!」

 

ガタッ! タタタ…… ガチャバタンッ!

 

「……あれ?」

 

ぽかーん。

宮永さんが突然、席から離れたかと思うと走って部室から出ていってしまった。

しかもなんか泣いてたし、もしかしなくてもやりすぎた……?

 

「あらら…… 宮永さん鞄忘れてったみたいね」

「いや部長、そういう問題じゃ……」

 

さすが竹井先輩、冷静な分析だが、空気を見事に読んでない。

この人のことだから多分わかってて言ってるんだろうけど。

全力で宮永さんを負かした場合、少なからずショックは受けるだろうなとは予想していたが、ここまで劇的な行動を取るとは思わなかった。

大人しそうな子だし、負けて落ち込んでいるところを優しく慰めてあげて好感度アップ、なんてことは考えていたが……

 

「咲ちゃん泣いてた気がするじょ……」

「白兎お前……鬼畜だな」

「さすが女泣かせに定評のある鬼畜じゃね」

 

ねえ、俺もそろそろ泣いていいかな! 言葉のナイフがグサグサ痛いわ!

 

「宮永さん……大丈夫でしょうか」

 

宮永さんの出て行った余韻を視線でなぞるように、部室の扉へと顔を向けるのどか。

同情の色を帯びたのどかのオーラを見て、俺が部室に来たときに彼女が取り乱していた理由がなんとなくわかった気がした。

俺の想像が正しければ、宮永さんがのどかにしたことを、俺が宮永さんにしてしまったということだろう。

それを因果応報……と言うには、あまりに酷。

誰にも悪意などはなく、強いて責められるべき人間がいるとしたら、それは思慮の足りなかった俺かもしれない。

 

「ま、どうにかなるでしょ。ほら白兎君、この鞄持って追いかけなさい」

 

竹井先輩が宮永さんの忘れ物である学生鞄を手に取り、俺へと差し出してくる。

単に忘れ物の配達をさせたいわけではないだろう。

俺は学生鞄を受け取りつつも、念の為竹井先輩の意図を確認する。

 

「元凶に任せていいんですか? 悪化するかもしれませんよ?」

「大丈夫、白兎君ならきっと上手くやれる。私の勘は当たるのよ?」

 

著しく主観的な根拠で俺への信頼を口にした竹井先輩は、「ほら早く」と部室の扉へと俺の背中を押す。

 

「私も一緒にいきます」

「だめよ。ここは白兎君一人に任せておきなさい」

 

のどかが何かを決意した強い眼差しで俺を見据え、同行を申し出るものの、竹井先輩ににべもなく却下されてしまう。

 

「なぜですか!? 私なら宮永さんの気持ちをわかってあげられます!」

 

激しく反駁するのどかの肩にぽん、と手を置いた竹井先輩が優しい口調で諭す。

 

「今の宮永さんに必要なのは同情じゃないの。聡明な貴女のことだから、少し考えればわかるはずよ」

「どういう意味ですか」

「こう考えて。もし2回目の東風戦の後に白兎君が現れず、そのまま出て行った貴女を宮永さんが慰めに現れてたら、果たしてのどかは素直に受け入れられたかしら?」

「それは……でもそれなら、白兎さんでも……」

「そうね。勝者と敗者という意味で言えば変わりはない。だから同情で慰めるつもりなら白兎君も行かせたりはしない。だけど白兎君なら……上から目線の同情じゃなく、麻雀を続けるための希望を宮永さんに与えることができると思うのよ」

「希望……ですか」

「元々宮永さんは麻雀を快く思ってなかった。その原因はわからないけど、麻雀を楽しもうとか、そういうごく当たり前の動機を持ってなかったように見えた。だけど、本音では麻雀を好きになりたい、楽しみたいって希望を持っていることが今日の彼女の様子を見ててわかった。最終的には負けたけど、今日の対局で麻雀が楽しいって少しは思ってくれたはず。その気持ちを、白兎君なら上手に気付かせてあげられると思うの。だからよ」

「…………」

 

きっと内心で様々な葛藤があるのだろう。俯くのどかの表情には、悔しさ、悲しさ、共感、同情……様々な感情が浮かんでは消える。

天理浄眼でものどかのオーラの感情色が複雑に明滅するのが視えている。

無差別に他人の感情を視てしまう……こういうときは無粋な能力かもしれないな、なんて、柄にもない感傷を抱いた。

 

「それじゃ行ってきます。のどか、すまないがまた後でな」

「はい……白兎さんなら宮永さんを任せられるって、私も信じます」

「大げさだな。ま、期待を裏切らないよう上手に口説いてくるよ」

 

のどかの頭にぽん、と手をのせて俺はそう請け負うと、宮永さんを追って部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

幸い、宮永さんはすぐに見つけることができた。

旧校舎の斜面になっている敷地の階段を下りた先、旧校舎をぐるっと囲んでいる道路と並行して流れる小川を挟んだ向こう側。

橋を渡ったすぐ先にある遊歩道に併置してある街路灯の下のベンチに項垂れた様子で腰をかけている。

俺は遠くから声をかけることはせず、ベンチのすぐ側まで徐々に歩速を緩めながら近づいた。

今更逃げる様子はないが、勢いよく走り寄って不要な刺激を与えることはないから。

 

「隣、いいかな?」

「…………」

 

いらえはないが、拒否する様子はなく、オーラの色も後悔や自己嫌悪、落胆等ネガティブな感情が見えるものの、俺を嫌っている感情はない。

宮永さんの態度を了承と受け取った俺は、彼女とやや距離を置いて隣に腰をかけた。

さて、どう切り出すか……

「君はよくやったよ」「次は勝てるさ」「元気出して」「傷つけてすまない」……

そんな陳腐な言葉や同情ならいくらでも思いつくが、竹井先輩の言っていたように今の宮永さんに必要なのは生憎そんな台詞じゃない。

まあ、宮永さんも落ち着く時間が欲しいだろうし、もう少しのんびり待ちつつ考えよう。

初夏とはいえ、日没を過ぎて気温が下がってきたためか、夜の冷気を孕んだそよ風が俺と宮永さんの間を吹き抜ける。

鍛えている俺は平気だが、それほど体が丈夫そうには見えない華奢な宮永さんが長時間この環境に晒されていては風邪を引くかもしれない。

俺は立ち上がって制服の上着を脱ぐと、無言で宮永さんの背後から脱いだ制服を肩に被せる。

 

「あ……」

 

宮永さんが小さく声を漏らしたのを意識しながら、俺は再びベンチに腰を下ろす。

こういうシチュエーションではありがちというか、気障ともいえる行為だったかもしれないが、だからといって俺にその行動を取らないという選択肢はなかった。

 

「ありがとう……優しいね、発中君……原村さんが好きになるのもわかるな……」

「はは……そう言われると照れるね。でも、俺が本当に優しい男だったら宮永さんはここでこうしていなかっただろうしさ。罪滅ぼしってわけじゃないけど、これくらいは当然のことだよ」

 

俺がベンチに座ってから初めての会話。

少々気恥ずかしかったが、俺の行為が宮永さんにとって口を開く良いきっかけになったのだろう。

 

「私の話……聞いてもらってもいいですか?」

「勿論。ぜひ聞かせて欲しい」

「あ、ありがとう……」

 

お互い顔を見ながらの会話では俺はともかく宮永さんが恥ずかしいかもしれないと、視線を正面の小川に向けたまま相槌を打つ。

 

「……私にとって麻雀は、ずっと家族でするものでした。そしていつも、嫌な思い出と一緒でした。勝っても負けても、怒られるだけの儀式。それが私にとっての麻雀だったんです。でも、今日は違った。家族の人以外と麻雀を打ってると、なんだか嬉しい気持ちになったんです」

「…………」

 

俺は無言で頷き、続きを促す。

 

「京ちゃん……あ、須賀君とは中学生のときから知り合いで……付き合いも長いから今はもうお互い名前で呼んでるんですけど……が、私の麻雀を見て「咲にもとりえがあったんだな」って褒めてくれて……嬉しかった。私、勉強も運動も得意じゃないから、他人に褒められることがあんまりなくて。ダメな子なんです、私」

「…………」

「でも、麻雀ならみんなから褒めてもらえる。ううん、褒められなくてもいい、原村さんやみんなと打てただけで楽しかった。麻雀がこんなに嬉しくて楽しいものだってことを知る事ができたんです」

「…………」

「そして……勝つ為の麻雀を打つことで、少しだけ自分に自信を持てた私だったから、発中君に負けたときは悔しかった。悲しかった。私のとりえを、居場所を否定されたようで正直ショックでした……も、もちろん発中君は何も悪くないってわかってます。ただ私が勝手に思い込んで、傷ついて、逃げ出しただけですから」

「…………」

「だから、決して発中君のせいじゃないんですけれど……私、わからなくなっちゃいました。麻雀は、楽しいです。でも、楽しければ楽しいほど、負けたときの悔しい思いや悲しい思いも大きくなる。それでまた麻雀を嫌いになるかもしれないって、不安に思うんです……」

「……なるほど」

 

まるで神前の懺悔のような、彼女の真摯な告白を無言で聞いていた俺は、話に一区切りがついたと判断し声に出して頷いた。

俺は彼女をどう説得しようか考えを巡らせ、数秒ほど黙り込む。

僅かな間とはいえ、返って来る言葉がないことに不安を覚えたのか、宮永さんが俺の方へと顔を向けるのが気配でわかった。

それと同時に考えを纏めた俺は口を開く。

 

「君の事情はわかった。その悩みに俺は無関係だと厚顔を決め込むつもりはない。だから敢えて言わせてもらうけど……麻雀部に入って欲しい」

「えっ……?」

「麻雀部は……いや、俺が(・・)君を欲しい」

「なっ、ななななにを言ってるんですかっ!?」

 

真剣な表情で宮永さんの顔を見つめ、まるで愛の告白のような台詞を言い放った直後、宮永さんは一瞬で顔を真っ赤に染めると、ベンチに座った状態で俺からずさっ! と半歩ほど距離を取る。

勿論好意の告白ってわけじゃないけど、そうあからさまに引かれたりすると悲しいものがあるな。

まぁ出会って半日も経ってない男に、人気がなく暗いこんな場所でそんなことを言われたら、好きだの嫌いだの以前に身の危険を覚えるというか、警戒するのも当然なんだが。

 

「ああいや、誤解しないで。君が欲しいって言ったのは、それだけ俺が君を評価してるってことだよ。麻雀部にぜひ入って欲しい逸材だってね」

 

宮永さんの警戒を解くため、俺は少し声のトーンを落とし、宥めるように話しかける。

 

「私が……ですか?」

「うん。最後の東風戦の結果はああだったけど、対局の内容は素晴らしかったよ。こういうのも何だけど、俺が相手じゃなかったら勝ってたと思う。俺が部室に来たときのどかの様子がおかしかったけど、それってのどかに勝ったからだよね?」

「あ……はい。2回目の東風戦では私がトップでした」

「やっぱりね。のどかもプライド高いからなー……」

 

実際の勝負を見てないので想像でしかないんだが、宮永さんがギフト全開で嶺上開花連発とかしたら、のどかを刺激するってか「そんなオカルトありえません」とか「私には偶然はいらない」とか言うだろうな。

その上で宮永さんに負けたりなんかしたらのどか的には物凄く悔しいだろう。

だからって俺に敵討ちを期待したってことはなかろうが、宮永さんを破ったのも結局はオカルト(俺のギフト)なんだよな……

麻雀に関しては頑固な面を見せるものの、普段はまともな打ち方をしている俺の言う事には基本従順なのどかだが、今日の俺の麻雀をどう評価するやら、後で何を言われるかと思うと少々空恐ろしい気もするな。

 

「原村さんのこと、よくご存知なんですね。……やっぱり好きなんですか?」

「それは……本人に言う前に別の誰かに言うつもりはないよ」

 

色恋のことは年頃の女性らしく興味が強いのか、やや強引に話をそちらの方向に持っていく宮永さん。

まぁ他の話題に興味が向くだけリラックスしてきたってことかもしれないが。

 

「あはは……それもそうですよね。変なこと聞いてごめんなさい」

「構わないよ。俺とのどかの関係が周囲にそう見られてるってことは、十分弁えているしね」

 

俺が苦笑しながらそう答えると、宮永さんは感心したかのように言う。

 

「発中君って、まるで同い年の男の子とは思えないくらい落ち着いてるっていうか、大人びてる気がします」

「はは、ありがと。ま、単に表面を取り繕ってるだけだから、それは過大評価だよ」

「謙遜の仕方もなんだか大人の人みたい」

 

ふふ、と可笑しそうに小さく笑う宮永さんの笑顔は、街路灯の明かりを頼りに小川の見えるベンチで二人きりで語り合っているというロマンチックなシチュエーションもあってか、とても素敵な表情に見えた。

 

「宮永さん。あんまり難しく考えなくていいと思うよ。そりゃ勝ち負けは常に付いて回るし、強くなるためには悔しさを忘れないことも大事だけどね。麻雀を打てて楽しい。そう思えるなら、それが真実さ。だから麻雀部においで。きっと毎日が楽しくなるよ」

「発中君……」

「それに、清澄高校麻雀部が全国へ行く為には君の力がどうしても必要なんだ。勿論、ただ麻雀が強いからとか、人数が足りないからってだけじゃない。皆と一緒に麻雀を打って、楽しいって言ってくれる宮永さんだから誘うんだ。……このとおり、頼む」

 

俺はおもむろにベンチから立ち上がって彼女の正面に立つと、できるだけ真摯に頭を下げる。

 

「えっ……あ、あの、頭を上げてください。お気持ちはわかりましたから……」

 

慌てた様子でわたわたと手を振る宮永さん。

俺は頭を上げて再びベンチに腰掛ける。

 

「返事は今すぐじゃなくていいから、考えておいて欲しい。ただ、大会の申し込み締め切りが近いから、それほど長くは待てないのが心苦しいけど……」

「は、はい。わかりました。明日か明後日までには結論を出しますね」

「うん、よろしくね、宮永さん」

 

「はい」と再び短く頷く宮永さんに、そういえばとふと思いついたことを聞いてみることにした。

 

「ところでさ、対局中にちらっと言ってたけど、宮永さんってお姉さんがいたりする?」

「あ、はい。二つ上で、別の高校に通ってます」

 

どうして突然そんなことを聞くんだろうって顔をする宮永さん。

いきなり話題が明後日に飛んだから無理もないが。

 

「ふむ。それでさ、そのお姉さんの名前って「照」って名前だったりしない?」

「え……っ、お姉ちゃんのこと、知ってるんですか!?」

 

宮永さんがベンチの上の二人の距離を一瞬でゼロにして俺へと詰め寄ったかと思うと、ほとんど密着するように身を乗り出し、俺へと顔を近づける。

物凄い食い付きだった。

この態勢、街路灯の下とはいえ、辺りは暗いし遠目で見られたらまるでキスしてるように見えるかもしれない、なんて頭の片隅で考える。

 

「宮永さん顔近い近い!」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

宮永さんの顔の毛穴まで見えそうな至近距離に、俺が珍しく慌てて声をかけると、宮永さんはやっと状況に気付いたようでがばっと身を離す。

思わずとはいえ、大胆な行動を取ってしまったのが恥ずかしかったのだろう、「あにゃー……」とか萌えキャラっぽい声で呻きながら赤面し、頭から湯気を立てている。

 

「ま、まあ。で、宮永さんのお姉さんと俺の知ってる人が同一人物だとすると、実に奇妙な縁というか、世間は狭いって感じだね」

「そそそうですね。まさか、お姉ちゃんと発中君が知り合いだったなんてちょっと信じられません」

「あのさ、念の為確認するけど、名前は照らすって字の照で、通ってる高校は東京の白糸台高校。間違いない?」

「はい、間違いないです」

「そかー……」

 

てことはマジで姉妹なわけだ。

俺の妹の雀姫も稀少なギフトホルダーだから、ギフトの血縁遺伝ってありそうだな、とか考えていたわけだが、また一つその説を立証する事実を知ることができた。

まぁだからなんだって話だけどさ。

 

「あの、発中君とお姉ちゃんの関係……差し支えなければ教えてもらえませんか?」

「絶賛遠距離恋愛中の恋人同士」

「え……えええっっ!!?」

「ごめん嘘」

「ちょっ……!」

 

いやー、宮永さんの百面相を見てると微笑ましくて楽しいな。

なんつーか、からかい甲斐があるというか、ムラムラと虐めたくなるというか……はっ。

やばい今俺何を考えた?

 

「ごめんごめん。本当の関係は単なる知人だよ。というか、1回会っただけの人だしね。ほんの顔見知りって程度かな」

「あうう……すごくびっくりしました。でも、顔見知りってことはそんなに詳しいことは知らないんですね」

「うん。会ったときもそれほど言葉も交わしてないしね。東風1回打っただけだから、前後にちらっと喋った以外はろくな会話もなかったよ」

「えっ……麻雀、打ったんですか?」

 

宮永さんが興味深そうに訊ねてくる。

元々俺が照さんとの関連に興味を持ったのは同じ姓を持つギフトホルダー同士って事実があったからだが、姉妹ならお互いの力量に興味があるだろう。

 

「うん、照さんかなり強かったよ。さすがインハイ優勝者だけはあった」

「えっ、お姉ちゃんがインターハイ優勝者……?」

 

あれ、身内なのにそんな大事なこと知らない(知らされてない)のか?

意外そうな顔をする宮永さんに俺は知ってることを端的に伝える。

 

「うん。しかも、去年夏のみならず、今年春の選抜大会も連覇してるね」

「なるほど、そうなんですか……」

 

俺の短い説明を聞くなり、真剣な表情で考え込む宮永さん。

オーラの色は……焦燥? 期待? ちと色々混じっててよくわからんな。

初めて聞くみたいだったし、宮永家は案外複雑な家庭環境だったりするのかね。

 

「あっ、あの!」

 

しばらく物思いに没頭していた宮永さんが、突然俺へと勢いよく顔を向ける。

その表情からはどこか切羽詰ったような余裕のない印象を受ける。

 

「うん、何?」

「お姉ちゃんと対局したってことは、どちらかが勝ったってことですよね!」

「そうなるね」

 

台詞からして俺と照さん以外の対局者が勝ったとはナチュラルに想定してなさそうだなこれは。

いや間違えてはいないけどさ。

 

「ど……どっちが勝ちました?」

「俺が勝ったけど」

「えっ……? あの、ごめんなさい、もう一度……」

 

こともなげに俺が答えると、宮永さんは言われたことが解らないって感じの微妙な表情で聞き返してくる。

 

「俺が照さんとの対局の勝者だよ」

「…………」

 

俺が言い方を変えて同じ事を繰り返すと、宮永さんの顔からは表情が抜け落ちて沈黙した。

尊敬する姉が敗北した、ということを知ってショックを受けたのだろうか。

 

「……お姉ちゃんは私よりずっと麻雀が強かったんです……だから、誰かに負けるって事が信じられなくて。そんなお姉ちゃんでも発中君には勝てなかったんですね」

「まあ、俺はちょっと特別っていうか、ぶっちゃけ最強だからね」

「くすっ。真顔でそんなこと言う人、初めて見ました」

 

どうやら冗談だと思ったらしい。割とマジで言ったのに心外だ。

笑顔でそう言う宮永さんの様子に、姉の敗北を知ってショックを受けているという印象はない。

やっぱ複雑な事情がありそうだな……興味はあるけど今詮索して良いことじゃないだろう。

 

「ね……もし、私が発中君に勝てるようになれば、お姉ちゃんにも勝てるかな?」

「そら、勝てるだろうな」

「そっかー……うん、わかった。ありがとう発中君」

 

宮永さんは何かを吹っ切ったかのような表情で、俺に礼を言う。

そして「よしっ!」と気合の篭った掛け声と共にベンチから立ち上がった。

その行動に俺は逢瀬が終わったことを予感する。

 

「それじゃ、私そろそろ帰るね。色々とお話してくれてありがとう発な……ううん、白兎君。名前で呼んでもいい?」

「構わない。それなら俺も宮永さんのこと、咲って呼ばせてもらうし。フランクな方が話しやすくていいよ」

「うん、私も同感」

「家まで送っていこうか?」

「ううん、そんなに遠くないから大丈夫だよ。それじゃまたね、白兎君」

「ああ、またな、咲」

 

ばいばい、とこちらに手を振りながら、軽快な足取りで遠ざかってゆく咲の後姿に、最初このベンチで見かけたときのような悲壮感めいた様子は全くない。

きっと彼女は麻雀部の仲間になってくれるだろう。

己の予感に確信を抱きながら、俺は仲間たちの居る部室へと踵を返した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

翌日。

昨日は、もう時間も遅いということで、「質疑応答は明日以降!」という竹井先輩の鶴の一声もあって解散した。

特にのどかからは色々聞かれそうだなーと覚悟して部室に戻っただけに、のどかが先に帰宅してしまっていたのは拍子抜けしたというか、咲のことは案外重要でもなかったのかな?

なんて思いながら一人寂しく帰宅したわけだが……

どうやら単に先送りにしただけだったようだ。

放課後はさっさと部室へ向かうのどかにしては珍しく、教室まで俺を迎えに来たかと思うと、困惑気味な俺を引っ張って人気のない校舎裏の木陰に俺を連れ込んだのどかさんが、なんだか怖いくらいに真剣な表情で俺を見据えている。

最初は部室に行くんだとばかり思っていたのだが、全然違う方向の、人気のない方にどんどん進んでいくものだから、すわ告白か!? なんてちょっと期待したんだが……

しかしながら表情を読む限りではそんな甘い雰囲気は微塵もなく、なんか怒ってるみたいなんですよこれが。

世に多い、都合よく超鈍感になる主人公とは違って、俺はどんな空気にでも敏感だ。てか心読めるし。

今はどちらかというと恋愛レーダーではなく、身の危険レーダーがアンテナ3本くらい立ってる空気だった。

 

「白兎さん……包み隠さず答えて欲しいことがあります」

「昨日の宮永さんとのこと?」

「っ…! そうです」

 

俺が話を先読みして答えると、のどかは一瞬びくっ、と体を震わせたかと思うと、表情を微妙に歪めて肯定する。

態々こんな場所にまで連れてきたり、今の反応といい、のどかの態度がいまいち不審だが、このタイミングで聞いてくるとしたらその話題しかないというのは誰でも想像がつく。

 

「皆がいるところでは聞きにくい……ことか?」

「……はい」

 

逆に俺が質問するような形になると、のどかは急に勢いをしぼませてしゅんとする。

 

「話せることと話せないことがあるけど、大雑把に言えばきちんと話をして、さ……宮永さんに納得してもらったし、できれば入部して欲しいって話もした。そんなくらいだよ」

「話せないことって……私にもですか?」

 

どこか思いつめた表情で訊ねてくるのどか。

 

「そりゃ、個人的な話だからね。宮永さんが自主的に話すならいいけど、他人の俺が吹聴して良いような内容じゃない」

 

といっても、照さんのこととか、咲がどうして麻雀をそれまで嫌っていたのかとか、客観的に言えば他愛のない話ではある。

しかし、本人にとっては他人においそれと知られたくない大事な話かもしれないし、他人の俺が価値を勝手に判断していいってことにはならない。

 

「そうですか……」

 

俺の返事に、のどかは力なくうなだれる。

 

「……あのさ、もしかして俺と宮永さんが何かあったとか、そういう方向で誤解してたりする?」

「そっ……!」

 

おお、図星っぽい反応だ。

若い男女が二人、夜のベンチで並んで座って話しているような状況だったわけだし、たとえ見られてなくても、想像力がちょっと豊かなら邪推してしまう余地は大いにありそうなシチュエーションだもんな。

顔を上げ、やはり思いつめた表情で俺を見つめるのどかに、俺は安心させるように優しく声をかける。

 

「まぁ他人が見たら疑われそうな状況ではあったけど、別に宮永さんとは何にもなかったよ。お話しただけ」

「信じて……いいんですか?」

「神に誓って」

 

後ろめたいことなど何もない俺は断言する。

天邪鬼な言い方をすれば俺とのどかは恋人同士というわけではないのだから、仮に咲と何かがあったとしても責められる謂れはない。

だけど、普段の俺の態度言動を知ってる者がそんな言い訳というか理屈を聞いたら、きっと俺のことを軽蔑するだろう。

なぜなら、俺が他人の立場ならそうするからだ。

 

「……じゃ、じゃあ……宮永さんとキスしたり……しませんでしたよね?」

「え、何でそんなこ……あー、もしかしてアレ見てたのか!」

「やっ、やっぱりしてたんですかっ!?」

 

俺の思い当たるような発言を聞いて、のどかの表情がさっと青ざめる。

キス云々で思い当たったが、昨日の咲との会話の途中、遠目ならキスに見えそうだなって場面があったことを思い出したからだ。

のどかに見られてて後でToLoveるとか、あるある展開をそのときちらっとは考えたけど、まさかの大当たりだったでござる。

神の子はそんなギフト(ラブコメ体質)まで完備しているとでも言うのか。正直イラネ。

 

「いやいやいや。誤解だから。多分宮永さんが俺の振った話題に食いついてきたときのことだと思うけど、顔がすごい近かっただけで、別に良い雰囲気からキスに至ったとか、そういう展開はないから」

「そうだったんですか……私てっきり……よかった」

 

胸に手を当て、ほっ……と安堵の息を吐くのどかは、ありていに言って抱きしめたくなるくらい健気で可愛い。

そんな誤解というか、心配されるくらいだしもうここで告白して正式な恋人同士になればいいんじゃね?

という神の声が聞こえた気もしたが、そういうなし崩し的な告白の仕方も誠意に欠けるようでいまいち気が進まない。

のどかから告白された場合は普通に受け入れる気でいるが、そうでなければ遠くない将来にタイミングをしっかり見計らって告白するつもりだ。

だから今はまだそのときじゃない。

 

「ここに連れて来られたときは何事かと思ったが、そういう事情なら早めに話してくれて助かったよ。誤解を長々と引っ張るとろくなことにならないしね」

 

小説とかドラマではたまにある展開だが、そういう些細な誤解が後々致命的な縺れというか、破局をもたらす伏線になることって結構あるんだよね。

 

「はい……私も思い切って訊ねてよかったです……」

 

ようやくいつものクールビューティーな表情を取り戻したのどかが同意する。

俺はのどかににっ、と笑いかけると、鞄を手で肩に担ぎ、背中を向けて歩き出す。

 

「んじゃ、部室に行きますかー」

「あっ……白兎さん、ちょっと待ってください」

「ん?」

 

のどかが小走りで駆け寄ってきたかと思うと、首だけ振り返った俺に顔を近づけてきて――

 

 

 

ちゅ。

 

 

 

口付け(キス)された。

 

「――え?」

 

いやまて落ち着け俺。うん、落ち着いてる。精神年齢40エイジオーバーな俺が小娘にキスされたくらいで動揺するわけがないぜフゥーハハハァァー。

ごめん嘘、普通に動揺してます。

 

「いっ、いつものお礼です! 誤解しないでくださいねっ」

 

これ以上ないってくらいに顔を紅潮させたのどかが、上目遣いな表情で俺にそう告げると、「先に行ってますっ」と早口で言いながら俺を置いて走り去る。

 

誤解しないで、か……むしろこれでのどかの好意を誤解しろって方が難しいだろ。

 

我ながら青春してるなぁ、なんて甘酸っぱい気持ちを抱きながら、木陰の間から晴れ渡った青空を見上げる。

そして神妙な口調で俺は呟いた。

 

 

 

「ごめん神様。やっぱあのギフト(ラブコメ体質)ください」

 

 

 

俺はクリスチャンのように胸に十字を切って不純な祈りを神に捧げると、部室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

のどかを追って部室に辿りついた俺は、いきなり質問攻めにあってたりする。

もちろん昨日の件だ。

京太郎の「のどかに続いて咲まで毒牙にかけたのか! かけたんだな!? 答えろ白兎ォォー!」に始まって「咲ちゃんに不埒な真似はしなかっただろうな!(BY優希)」とか「むしろ優しく口説いて暗がりに連れ込んだりしとらんけ?(BY染谷先輩)」とか。

お前らどこの有閑マダムだ。てかそんなに俺は信用ないのか。なんで婦女暴行前提で疑われてんの。

 

「ま、そんなに白兎君を尋問しなくてもきっと本人がもうすぐ来ると思うからそっちに聞けば?」

 

咲が来ると確信してる口ぶりで部員たちを窘める竹井先輩。

そんな竹井先輩はハードカバーの小説を片手に、雀卓の椅子に座りながら先ほど京太郎が入れてくれた紅茶を優雅に啜っている。

のどかは先ほどの一件の余韻があるのか、俺が部室に来たときはバルコニーの方に姿を消していてまだ部室に戻ってきてなかったりする。

竹井先輩の言うように、咲が入部してくれる見込みは高いと思っている。

昨日話した限りでは、かなり前向きに考えてくれそうな手応えを感じたためだ。

そんな俺の予想を裏付けるように、部室の扉がギィーっと音を立ててゆっくり開いた。

 

「……咲……」

 

俺の呟きに応じるように、小さく微笑を浮かべた咲は部室の半ばほどまで歩み寄ると、

 

「ここにいれてもらえませんか?」

 

と、はっきりとした声で言い放った。

「おぉー……」と皆が小さくざわめく。

そして宮永さんの声を聞きつけたからか、のどかがバルコニーから部室へと戻ってきた。

 

「宮永さん……入部してくれるんですか?」

「うん。これからよろしくね、原村さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、宮永さん」

 

咲の挨拶にふわっと微笑んだのどかが返礼する。

昨日ちらほら見えていた咲への隔意が今日は全く見えなかった。

 

「ようこそ、麻雀部へ。歓迎するわ」

 

竹井先輩がくすっと小さく笑みを浮かべ、咲の入部を承諾する。

 

「私……原村さんや白兎君ともっと沢山打ちたいんです。もっと二人と打って……そして、もっと麻雀で勝ちたいんです!」

 

咲が「白兎君」と名前で俺を呼んだときは皆の視線が一瞬俺に集まったが、後半のやる気に満ちた所信表明に関心がそちらへと移る。

「おお……」と皆が感嘆の声を漏らす中、のどかは強気な眼差しで咲を見据え、宣戦布告を受け止める。

 

「そこに座ってください。今日は……勝たせませんよ」

「はい!」

 

のどかの指示に元気よく応じる咲。

その表情は麻雀を打ちたい、という気持ちが溢れてきらきら輝いているように見えた。

 

「よぉし、それじゃさっそくいくじぇー!」

「ああ、じゃあ俺が入るわ」

「始めます」

「はい、お願いします!」

 

優希と京太郎が雀卓に座り、早速咲を含めた4人で東風戦を打ち始める。

あぶれた俺と染谷先輩は、一足先にバルコニーへと出た竹井先輩を追って移動する。

バルコニーの塀の上に両腕を組み載せてもたれかかる竹井先輩の背中に染谷先輩が声をかけた。

 

「計算どおりってか」

「ふふっ、何のことかしら」

「相変わらずじゃねぇ。何巡先まで読みやるんじゃろうねぇこの人は」

「それは私の期待どおりの仕事をしてくれる人がいるからかしらね」

 

そう言って振り返った竹井先輩の視線が俺に注がれる。

 

「でもまぁ、これで全国を目指せるか」

 

竹井先輩の視線を追うように俺を一瞥した染谷先輩が、今度は部室内に顔を向けてそう呟く。

その先では、のどかと咲たちがわいわいと楽しげに麻雀を打っている。

 

「それだっ!」

「えぇー!?」

 

優希の栄和の宣言に京太郎ががっくりと肩を落としている。

竹井先輩はそんな部員たちを優しい眼差しで見守りながら、

 

「まだまだ……これからよ」

 

呟き、バルコニーの塀に背中を預けたのだった。

 




東場第一局の終局となります。
しかしアニメの尺だとようやく第二話が終わった段階だという……(遠い目)


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登場人物紹介

2012/07/28 オリキャラ+清澄高校麻雀部メンバーのみ紹介

紹介キャラクターを徐々に増やしていく予定。


■ 咲-Saki- 天元の雀士 ■

 

設定資料 登場人物編

(清澄高校合宿前時点)

 

 原作キャラの設定を一部捏造しています。

 能力の説明等において作品内では未公開の情報(ネタバレ)を若干含みます。

 

 

■No.O-00 ※頭にOはオリキャラ、Aは原作キャラ

 

 氏  名:漢字姓名 (よみがな)

 身分称号:現在の身分、獲得称号、社会的に通用する二つ名等

 性  別:性別

 誕生月日:誕生月日

 年  齢:現年齢

 外見特徴:容姿説明

 身  長:身長

 体  重:体重

 3サイズ:オリキャラ女性のみ記載

 趣味嗜好:趣味、特筆して好きな物事等(麻雀除く)

 好きな物:好きなアイテム、食べ物、大事な物等

 所持技能:主な特技(麻雀関係除く)

 

 雀力Lv:麻雀の強さ。特殊能力補正は含まず(白兎入部時点数値)※

 スタイル:得意とする麻雀の打ち筋 ※1

 得意技等:得意とする役、技法

 特殊能力:保有ギフトまたはセンス。センスの場合は固有名称無し

 垢ネーム:ネット麻雀におけるアヴァター名またはアカウント名

 現レート:ネット麻雀のレーティング数値帯

 

 個人設定:プロフィール及び特筆事項

 能力考察:所持ギフトやセンスの解説

 

※:雀力Lvの目安は以下

Lv01~05:麻雀初心者。まずは役を覚えましょう

Lv06~10:麻雀素人。次は点数計算を覚えましょう

Lv11~15:素人脱出。そろそろチョンボは恥ずかしい

Lv16~20:一般レベル。麻雀が楽しくなってきた

Lv21~25:中級者。趣味で打つならこれくらいは

Lv26~30:上級者未満。接待麻雀覚えたよ

Lv31~35:上級者。ひとかどの雀士になりますた

Lv36~40:実力者。セミプロくらい名乗っていいよね

Lv41~60:プロ級。もはや麻雀だけで食べていけます

Lv61~70:指導者級。公約はムダヅモなき改革

Lv71~80:主人公級。アンタ、背中が煤けてるぜ……

Lv81~90:最強級。え、それってどんなチート?

Lv91~99:天元級。遂に神の一手を極めた!

 

・上記はあくまで目安です。別基準はこちら↓

 中学生麻雀部員平均:Lv18

 高校生麻雀部員平均:Lv25

 全国区選手平均は上記に+Lv7程度

 現役プロ雀士平均 :Lv48

 国内最強級プロ雀士:Lv75

 

 ちなみにLv25くらいまではほとんどの人が容易に到達します。

 それまでに必要な時間や手間は、本人の才能や指導学習によって異なりますが。

 概ねLv25~30あたりから伸び悩み、才能や適正に乏しい人だとLv35~40で成長がほぼ頭打ちになります。

 逆に才能がある人だと、Lv40~45くらいまでは割とさっくり到達し、そこからは時間をかけて成長していきます。

 プロになれるくらいの才能がある雀士なら、努力や研鑽如何でLv50くらいまではおおよそが到達できますが、それ以降も順調に成長できる人は急激に減ります。いわゆる才能限界というやつです。

 Lv60に到達できたならばプロ雀士の中でも上等な部類と言ってよく、Lv70まで行けたならその中でもさらに一握りの天才級と言えます。

 Lv80となると一世代(20年くらい)に一人現れるかどうかという稀少さとなり、Lv90は一世紀に一人現れるかというレベルの鬼才です。それ以上となるともはや何をかいわんや、という。

 白兎の才能限界はあえて言及しませんが、現状のレベルからして彼がどれだけ破格で常識を逸脱した存在なのかがよくわかると思います。

 とまぁ、設定を書き連ねるだけでは作者の単なる妄想にしか過ぎず、作中でその強さをきちんと描けたら良いのですが(汗)

 

 

※1:スタイルの種類と説明は以下。

  普遍型:これといって特徴のないスタイル。別名、初心者型

  天然型:セオリーに囚われず、己の感性や独自理論に従って打つスタイル

能力依存型:センス・ギフトの恩恵を活用(依存)して打つスタイル

  偏向型:攻撃または防御のいずれかに特化したスタイル

情報分析型:他対局者の長所短所を分析し、対局に反映させて打つスタイル

デジタル型:運の要素(ランダム)を排除し、合理性を追求したスタイル

  策略型:搦め手やひっかけなど、策略や心理戦を展開するスタイル

  万能型:状況に応じてあらゆる打ち筋を使い分けるスタイル。別名、最強型

 

 行が下にいくほど身につける(完成させる)ことが難しいスタイルとなります。

 咲の世界ではほとんどの登場人物が大なり小なりギフト・センスを活用して打っていますが、特殊能力使用を前提とした打ち筋を多用する雀士が能力依存型に該当します。白兎のように複数のスタイルを身につけて活用している者、妙歌のように特殊能力の恩恵が補助的な範囲に止まる場合はそれに該当しません。

 天然型の判別基準は、”独特の打ち方で結果を出せているかどうか”になります。一見初心者のような打ち方をしていても、著しく良好な結果を出せている場合等はこれに該当します。当然、ギフトやセンスが働いての結果である場合がほとんどですが、意図的ではなく天然で打っている場合がこれに当たります。

 

 

 

■No.O-01

 

 氏  名:発中 白兎 (はつなか はくと)

 身分称号:主人公、転生者、高校生、インターミドル王者

 性  別:♂

 誕生月日:12月25日

 年  齢:15歳(前世合計44歳)

 外見特徴:中性的な美少年、痩身中背、男の娘

 身  長:169cm

 体  重:58kg

 趣味嗜好:体を鍛える事

 好きな物:家族、コーヒー

 所持技能:霊能力、弁護士、格闘技、経営学、経済学、外国語、多重思考、女装、他

 

 雀力Lv:96(96)※前世最終Lv82

 スタイル:万能型

 得意技等:大三元(役満)

 特殊能力:天理浄眼(てんりじょうがん)(超常系ギフト)

     :元始開闢(げんしのかいびゃく)(支配系ギフト)

 垢ネーム:しろっこ

 現レート:1950~1999(システム最大値)

 

□個人設定□

 主人公。プロ雀士&弁護士という前世を持つ転生者。

 前世の記憶が影響し、冷徹・慎重・誠実・享楽的等、人格面に様々な性質を持つ。優れた容姿や高い能力を持つ故か、自信家で自意識過剰な面も。そのせいか楽観的な思考でもって行動することも多いが、反面狡猾で計算高い部分もあったりする。

 外見は男性としてはやや小柄で華奢な美少年というものだが、女顔な所為もあってか客観的に言うと美少女と言える容姿である。

 頭脳明晰学業最優秀・運動能力は規格外に高いという典型的なチート能力者(転生者)であり、麻雀以外にも様々な特技・技能を有する。

 家族構成は両親他、生まれつき病弱な3歳年下の妹(雀姫)がおり、溺愛といって良いレベルで可愛がっているが、異性として妹が好きという感情とは今のところ全く無縁である。とはいえ総合的にはシスコンの謗りを免れないが。

 日本を代表する財閥系企業を支配する一族出身の父親と、旧華族の名家出身の母親との間に生まれる。まるで政略結婚を窺わせる出身の両親だが、実は駆け落ちを経た恋愛結婚だったりする。ちなみに母方が霊的資質に優れる者を多く輩出する家系(原作での天江や龍門渕のような特殊な一族)として一部業界では有名。

 幼い頃、前世の記憶に覚醒し、以後並外れた知能を発揮して内外に麒麟児として知られるようになる。前世の記憶のみならず無念未練もまた引き継ぎ、その影響で麻雀を愛しライフワークとするようになる。

 中学1年生時に転生後初となる麻雀競技公式戦に出場し、中学生麻雀大会(インターミドル)を圧倒的な実力をもって制し、優勝する。

 後述する麻雀技能以外にも、一時祖父から経営経済に関する英才教育を受けたこともあり、そちら方面の知識も明るい(本人としては余技のつもり)。また、前世の死に方に起因して、格闘技修養や体を鍛える事に並々ならぬ執着があり、特に後者は強迫観念に近い意識で日課にしている。しかし、遺伝的奇跡(ご都合主義とも言う)により、いくら鍛えても外見的には全くと言っていいほど変化がない(外筋が付かない)ため、一種のコンプレックスになっている。

 転生者であることと母方の血筋が要因で、伝説的な霊的資質である”浄眼”を生まれつき有する。覚醒したのは前世の記憶が蘇ったのと同時。

 また、前世と現世の二つの魂を所有することが原因で、常人では本来ありえない二つ目のギフトを天から贈られている。それは「元始開闢」と命名され、麻雀のみならず様々な分野で多大な恩恵を白兎に与えている。

 

□能力考察□

 天理浄眼:他者の霊的能力を封印妨害、自身への霊的効果を遮断、霊的能力解析、オーラ知覚、霊的透視、霊的存在への直接接触、心霊治療等、数多の奇跡を可能とする伝説的霊能力。

 元始開闢:麻雀においては「白発中」の三元牌を支配することで手元に集め、役牌や大三元和了を容易に決めることが可能。ただし、「白発中」それぞれを役牌和了しないと支配力が完全に発揮されないという制限がある。また、大三元を和了すると支配力が初期化され、制限が再び課される。よって同対局における複数回の大三元和了は不可能ではないがあまり現実的ではない。

 支配系に特化した能力のためか、制限ありの状態でも「白発中」への基本支配力は全ギフト中最強を誇る。

 天理浄眼を併用することで、支配力の出力調整が容易。

 麻雀に関わらない恩恵としては、創造や開発といったクリエイティブな方面の才能補正や、技能技術の習得効率を著しく高めてくれるという特性を持つ。「一を聞いて十を知る」を地で行く能力。

 

 

 

■No.O-02

 

 氏  名:発中 雀姫 (はつなか すずき)

 身分称号:主人公(の妹)、中学生、病弱キャラ

 性  別:♀

 誕生月日:4月4日

 年  齢:13歳

 外見特徴:小柄な美少女、儚げな印象、髪型はストレート

 身  長:141cm 

 体  重:ナイショです

 3サイズ:B72/W48/H64

 趣味嗜好:美味しい紅茶を淹れる事、読書、お菓子作り

 好きな物:家族(特に兄)、小動物

 所持技能:栄養学、絶対音感、歌唱力、料理、ピアノ演奏、天候予測、動物調教(鳥類に限る)

 

 雀力Lv:43(42)

 スタイル:能力依存型(副露を多用)

 得意技等:副露全般

 特殊能力:求鳳吹鳴(ぐほうすいめい)(支配&妨害系ギフト)

 垢ネーム:スズミ・ハルカ

 現レート:1750~1850(プレイ頻度は低い)

 

□個人設定□

 主人公である白兎の妹。実は義妹でした、なんてオチはありません。サテライトストーリー《鳳凰の雀姫》シリーズの主人公。

 儚げな印象の美少女で、育ちもあってか深窓のお嬢様を地で行くタイプ。癖のない長く美しい髪が本人の密かな自慢。弱々しい印象もあってか、他人に保護欲を喚起させるオーラを全方位に放っている。

 人柄は温厚で良識的、気立てが良く物腰も柔らかな性格美人。大人しそうに見えて、芯は非常に強い。あまり親しくない相手には敬語や丁寧語で話す(著しい年下は除く)。

 常識人のため滅多に表には出さないが、重度のブラコンである。家族愛はもとより、恋愛対象としての異性愛が割と危険な水準まで達している。先天的に男を見る目が確かな彼女にとって、白兎が実兄だったことはある意味人生最大の不幸ともいえる。

 第二次性徴を迎えて以来、異性を無差別に惹き付ける資質(ギフトのせい)が徐々に開花しつつある。長ずれば天然な魔性の女となる可能性が高い。

 家族背景は白兎の個人設定参照。

 生まれつき非常に虚弱体質であったが、高度かつ適切な医療と白兎の心霊治療(オーラ干渉)を長く受けたことで徐々に健康を養い、中学入学頃にはほぼ一般人に近い程度にまでなっている。

 幼い頃から長期の入院生活や自宅療養を余儀なくされたことで、他者(特に家族)に迷惑をかける行為に対しての負い目や自責感受性が人一倍強い。そのせいもあって自立心もまた相当に強い。

 趣味嗜好においても、入院及び自宅療養が長かったことでインドアに偏っている。己の健康管理の為に習得した栄養学の知識や、習い事でかじったピアノ演奏(ギフト補正で習得が早い)等、年齢にしてはかなり多芸。ちなみに料理技能の師は白兎だが、才能の差か熱意の差か、実力ではとっくに兄を抜き去っている。また、ギフトの恩恵もあって音楽面(特に声)の才能がずば抜けており、度合いで言えば麻雀よりも断然適正の高い分野である(将来的に大成できる)。

 実家では幼少の白兎が拾ってきた三毛猫「白虎王(びゃっこおう)(♂)」と血統書付きのマメシバ「しばわんこ(♀)」を飼っており、雀姫にとって家族同然な最愛ペットである。なお、白虎王の命名は白兎、しばわんこの命名は雀姫。幼少より不治の病を煩っていた生粋の厨○病患者である白兎は元より、雀姫のネーミングセンスもまた大概である。過剰なまでに天に愛されているこの兄妹の最大の欠点といえるかもしれない。その点で言うと、ネット麻雀のアヴァター名は「発中雀姫⇒(姓と名を逆転)⇒雀姫発中⇒すずきはつなか⇒(発音的に一部変更)⇒すず()()か⇒スズミ・ハルカ」と、割とまともに捻ったネーミング……なのか? そこ、こじつけてるけど某恋愛ゲーキャラのパクリだろ、とか言わない。

 小学生の頃より白兎から麻雀の手ほどき(英才教育)を受けていたため、基礎雀力は相当なレベルに達している。

 

□能力考察□

 対局中、鳴いた牌種を以後終局まで強烈に支配する(チーは河から取った牌1種、カンは明カンに限る)。対象が狭いためか、基本支配力はあらゆるギフトの中で最強レベル。

 また、現手牌と同種牌に対してある程度の支配力を発揮するため、結果としてツモ運が若干良くなる。

 妨害系能力においては、鳴いた相手の幸運や支配力を低下させる効果が発動し、対局終了まで持続する。副露1回毎の妨害効果は低めだが、効果は累積する。

 上記の性質上、長期戦になればなるほど凶悪な性能を発揮するが、序盤においてはそこまで驚異的な能力ではなく、全体効果系センスにも劣る程度。

 麻雀に関わらない恩恵としては、音感や美声といった音楽系の才能に極めて多大な恩恵を与えてくれる。

 また、つがい(異性のパートナー)を得る上での資質も与えてくれる。異性の良し悪しを判断する勘、異性を惹き付ける天然魅力向上補正、望まぬ異性の接近や脅威行動に対する天運的排除、つがい(社会的な配偶者ではなく、性交渉を行った異性のこと)の性的欲求や他者依存心理を著しく充足させることで強烈に魅了し精神的に支配してしまう等、異性にとってはかなりえげつないギフトである。

 余談だが、歴史的に傾国の美女と呼ばれた女性の多くがこれと同系列のギフト所有者であったりする。

 

 

 

■No.O-03

 

 氏  名:赤弓 妙歌 (あかゆみ みょうか)

 身分称号:中学生

 性  別:♀

 誕生月日:11月30日

 年  齢:12歳

 外見特徴:発育の良い美少女、髪型はポニテやツインテ

 身  長:159cm 

 体  重:羽毛より軽いわ

 3サイズ:B83/W54/H77

 趣味嗜好:体を動かす事、スポーツ全般、ゲーム全般、

 漫画やアニメ等のアキバ系趣味(程度は浅い)

 好きな物:カレー、可愛い女の子(特に雀姫)

 所持技能:水泳、弓術

 

 雀力Lv:22(2)

 スタイル:普遍型

 得意技等:ドラ爆麻雀

 特殊能力:支配系センス(名称なし)

 垢ネーム:アーチャー

 現レート:1450~1550

 

□個人設定□

 雀姫のクラスメートにして高遠原中学麻雀部の仲間。

 中学1年生にしては抜群のスタイルを誇り、大人びた顔立ちも相まって、服装によっては高校生以上に間違われて(ナンパ目的の)声をかけられたりすることもある。もちろん中学校においても男子からの人気は高い。しかし本人はそれほど異性に興味がなく、またざっくばらんで面倒見の良い性格をしているせいか、同性の生徒からも幅広い人気がある

 可愛い物好きで、女の子らしくぬいぐるみから犬猫の小動物、果ては幼女や美少女(二次元三次元問わず)までと、その対象はかなり広い。

 中学で雀姫と出会い、半ば一目惚れする。といっても同性愛的な生々しい感情によるものではなく、保護欲や母性愛に根ざした類の好意である。雀姫の姉ポジションを欲して止まない妙歌としては、雀姫の兄を篭絡して義理とはいえ本当の姉、家族になるのもありかな、などと考えていたりする。もちろん雀姫の兄が自分に相応しい男性ならば、だが。

 裕福な家庭育ちで、家族構成は祖父母・父母・弟を含めた6人。祖父が弓道の達人で、自宅に弓道場もあったりすることから、幼い頃から祖父の指導を受け、弓道を学んでいるものの、別に義務的に強制されているわけではなく、趣味とか武道の精神を学ぶとかその程度の範疇に留まる。

 本人は体を動かすことが好きで運動神経も優れていることから、運動やスポーツは一通り何でもこなすが、中でも水泳の才に特に恵まれている。また、インドアの趣味も持ち合わせており、弟と共同出資して手に入れたTVゲームや、流行の漫画アニメ等にも造詣が深い。そのせいか、たまに「某赤い弓兵(アーチャー)とのカップリングは某青い槍兵(ランサー)こそ至高(ガチ)。異論は認めない」といったアレな発言をして、その手の知識のない雀姫を困惑させることがあったりする。とはいえ本人的にはライトオタクであっても腐界の住人という意識はなかったりするのだが。

 要領が良く、頭の回転も速いことから、麻雀を覚えてから僅か1月ほどにも関わらず急激な成長を遂げている。しかし経験値の半分がネット麻雀やTVゲーム麻雀によるものなので、実際の対人麻雀においては未だ慣れや対応面で不安が残る。とはいえ発中家合同合宿でみっちり白兎の指導を受けたこともあり、その不安は杞憂で終わる可能性も高い。

 麻雀を始める前からセンスを既に所有しており、弓道によって開花させた能力のためか、麻雀におけるその恩恵は実にピンポイントである。

 カレー好きだが某埋葬機関の眼鏡っ子(代行者)とは関係ない。多分。

 

□能力考察□

 支配系能力にしては非常に制限が緩やかで、使い勝手の良い優秀なセンス。具体的には、模様に赤色を帯びる牌を常に1種類だけ任意に選択支配できるというもの。赤色牌を的に見立てて弓矢で射る、という能力(イメージ)の具現と思われる。対象範囲が非常に狭いせいか、センスとしては破格の支配力を誇るが、大概のギフトには及ばない程度。なお、赤色牌といっても発揮できる支配力には個別に差があり、端的に言うと赤色成分の強い牌ほど基本支配力が高い(赤ドラや中等)。

 また、制限めいたものを強いて挙げるとするなら、支配対象牌の変更が一局の開始時にしか行えないので対局中に自由自在に対象牌を変えて有利に運ぶ、といったことは不可能。

 その他、赤ドラはなぜか3種類まとめて1種類の牌と認識され(完全真っ赤だから狙いやすい?)、非常に有用なことから通常は赤ドラをターゲッテイング設定している。赤ドラ不採用ルールでは当然その例からは洩れるが、ネット麻雀にせよ公式戦レギュレーションにせよ、彼女のごく僅かな麻雀経験の中で赤ドラが存在しなかった対局は幸か不幸か今のところ一度もない。

 妙歌は当初、己のセンスについて把握していなかったが、発中家合同合宿で白兎から手ほどきを受けたことで能力を自在に活用できるようになった。

 

 

 

■No.A-01

 

 氏  名:宮永 咲 (みやなが さき)

 身分称号:高校生、原作主人公

 性  別:♀

 誕生月日:10月27日

 年  齢:15歳

 外見特徴:文学少女風、髪型ショートカット

 身  長:少し低い

 体  重:い、言わなくちゃだめですか?

 3サイズ:小さい・普通・普通

 趣味嗜好:読書

 好きな物:本(小説)

 所持技能:方向音痴(中度)

 

 雀力Lv:36(29)

 スタイル:能力依存型(カンを多用)

 得意技等:嶺上開花(一翻役)

 特殊能力:頂の花(いただきのはな)(支配系&知覚系ギフト)

 垢ネーム:みやながさき

 現レート:1500~1600

 

□個人設定□

 言わずと知れた原作主人公。

 やや気弱で物静かな性格だが、親しい相手には激しい態度を取る場合も。また、麻雀対局の場においては己が取り柄として培った自信と白兎の教えもあってか、意識的に強気であろうとする。

 外見はやや小柄でスレンダーな体型をしており、全体的に華奢。目の覚めるような美少女、というほどではないが、標準以上に整った顔と、小動物めいた愛嬌を持ち合わせており、十分魅力的な容姿だと言える。

 学業面での成績はそこそこ、スポーツを始め運動全般は苦手。

 読書が趣味の文学少女だが、麻雀の楽しさに気付いてからは趣味のウエイトがシフトしつつある。

 百合属性を持ち合わせており、凛々しく綺麗な女性に憧れる(好意を持つ)傾向がある。それは美人で優秀な姉に疎まれている現状や己と比較してのコンプレックスの裏返しであり、姉に甘えたい、仲良くしたい、愛されたいという欲求の代償行為なのかもしれない。天然の可能性も否定できないが。

 また、かなりひどい方向音痴の持ち主であり、土地勘のない場所や広く複雑な構造の建物内では例え引率ありでも迷子になるという困った特技(?)がある。

 家族構成は父母・姉・自分の核家族だが、母と姉が東京にて別居中であり、関係は疎遠になっている。ただし両親が離婚しているわけではない。

 清澄高校麻雀部に関わったことで姉の宮永照(みやながてる)がインターハイ全国チャンピオンであることを知り、姉に認められたい、話をしたい、という目的をもって麻雀部に加わり、全国大会出場を目指すようになる。

 部員仲間で同級生の京太郎とは中学生からの付き合いもあって、お互い名前を呼び合ったり、気の置けない相手と言えるくらいには親しい。しかしそこにあるのは異性に対する感情かと言われると微妙と言わざるを得ない。そういう意味で言えばまだしも白兎相手の方が異性を意識してそうだが、白兎には既にのどかという既成事実的な恋人がいることや、無意識下の畏怖もあって、今のところそういう類の感情は京太郎に対してと同様、抱いてはいない。もちろん親しみや友情、尊敬の類はどちらに対しても持ち合わせているのだが。いずれにせよ、友情が恋心に育つまでには長い時間ときっかけが必要になるだろう。 

 高校で白兎と出会い、彼の教導によって類まれなる麻雀の才能を開花させていった彼女は、いずれ全国の場で大活躍することとなる。結果、同年代のライバルたちから「清澄の白い悪魔」などと畏怖と揶揄を込めた二つ名で呼ばれるようになる。本人にとっては実に不本意なことかもしれないが、そのうち悪魔から”魔王”に呼び名がランクアップする日がいつか訪れるかもしれない。ちなみにこの二つ名の発祥は某巨大掲示板の麻雀板だが、最初にその名を考え、使い出したのは一体誰なのやら。きっと二つ名があった方がかっこいいとか強そうとか考えている精神年齢14歳くらいの人の仕業なのだろう。

 

□能力考察□

 白兎によって”頂の花”と命名されたギフト。

 王牌を支配し、カン材を手元に集めることのできる支配系能力と、王牌はほぼ完全透視、山牌もある程度どこに何があるか感知できる知覚系能力を併せ持つ。

 その能力の性質上、嶺上開花やドラと相性が良い。また、リンシャン牌を利用した独特かつ柔軟な打ち回しを可能とする。

 また、ギフトの中でも極めて高い基本支配力を有することから、同じ支配系能力者に対しては概ね相性的に優位に立つことができる上、支配対象が王牌という極めて特殊な特性であることから、本来相性の悪い妨害系能力があまり意味を為さない場合も多い。白兎の元始開闢と同様、シンプルであるが故に独立優位性の高い強力なギフトである。

 

 

 

■No.A-02

 

 氏  名:原村 和 (はらむら のどか)

 身分称号:高校生、インターミドル王者

 性  別:♀

 誕生月日:10月4日

 年  齢:15歳

 外見特徴:巨乳美少女、髪型ツインテール

 身  長:少し低い

 体  重:デリカシーのない質問には答えませんっ

 3サイズ:すごく大きい・細い・普通

 趣味嗜好:可愛い服を着ること

 好きな物:ペンギン、可愛いもの

 所持技能:多重思考、料理

 

 雀力Lv:44(37)

 スタイル:デジタル型(万能型へ移行中)

 得意技等:高速思考による早打ち

 特殊能力:?????

 垢ネーム:のどっち

 現レート:1900~1950

 

□個人設定□

 天元の雀士シリーズメインヒロイン。原作においても咲との百合的な関係におけるヒロイン的立ち位置にいた。中学3年生時に全国中学生麻雀大会(インターミドル)個人戦を制し、優勝している。

 中学生時、女装していた白兎に危ういところを救われたことがきっかけで半ば一目惚れ。女性という誤解を抱いたまま高校入学後に白兎と再会、その正体(性別)を知るなど様々ないきさつはあったものの、人柄や能力を知るにつれ、異性として慕うようになる。

 性格は良識的で温厚、聡明で思慮深い良妻賢母タイプ。だが、己の理念や常識に反する行為・人物に対しては排他的・攻撃的になる激しい一面も持ち合わせる。そのうえ頑固。

 外見はやや小柄なものの、非常にメリハリの利いたプロポーションを所有しており、特に胸は成人女性の平均を考慮しても、そこから大きく逸脱した破格のサイズを誇る。また顔の作りも非常に整っており、芸能人やアイドルと比較しても全く遜色のないレベルの美少女。その容姿からインターミドル王者という肩書きを得た際にマスコミや世間から大きな注目を集める存在になった。なお原作において髪型は県予選までツインテールだったが、全国大会編からストレートに変えている。

 学業は優秀で、学年トップクラスの成績を誇る。反面、運動神経は乏しく咲とどっこいどっこいのレベルである。

 家族構成は父母・自分の3人核家族だが、母は仕事の関係で別居中である。いわゆる転勤族。父親は厳格な人物で麻雀という趣味を快く思っておらず、友達(優希)繋がりで東京の進学校ではなく地元の清澄高校を選んだこともあって、転校するよう啓蒙されている。理解のない父親を見返し、己の選択(清澄入学)の正しさを認めてもらう為にも、全国大会優勝を目指すようになる。

 原作では咲と同様、百合属性を有していたが、本作品では白兎と出会ったために男性に対する基本的認識(評価)や隔意が原作ほど悪化してなく、その結果百合属性も表面化していない。おかげで原作にあった咲との百合フラグは根元からぽっきり折れている。もっとも、咲側でも白兎の存在がのどかへの評価を相対的に低くしてしまっていることから、原作のような擬似恋情とも言えるほどの強い感情は抱いていなかったりする。

 ちなみに原作と言えば、8巻後半からのどかの咲に対する呼び方が「宮永さん」⇒「咲さん」にこっそりランクアップしている。とはいえ現行最新の10巻までにおいて1度しか名前を呼ぶ場面は描写されていない(多分)ので、意外と見つけにくい変化だったりする。むしろアニメ「咲-Saki-阿知賀編」で初めて気付いて違和感を覚えた人の方が多いのでは(作者がそう)。

 非常に頭の回転が速いことから、麻雀においても合理的かつ素早い判断や精度の高い分析といった、デジタルな打ち筋を得意とする。しかし、白兎と出会い、師事するようになってからはデジタル一辺倒ではない柔軟な判断や対応を急速に身に着けていき、闘牌スタイルに変革が起き始めている。成長鈍化の原因とも言える固定観念がリセットされたこと、そして、記憶力や思考能力が高く、基礎的な技術がほぼ完成されていたこともあって、白兎の麻雀理論を取り入れたのどかは乾いた砂が水を吸収するように短期間で急成長を遂げることとなる。

 

□能力考察□

 未公開。

 

 

 

■No.A-03

 

 氏  名:片岡 優希 (かたおか ゆうき)

 身分称号:高校生

 性  別:♀

 誕生月日:9月16日

 年  齢:15歳

 外見特徴:ロリ、活発系美少女、髪型ボブショート

 身  長:かなり低い

 体  重:乙女の秘密を知りたくば我にタコスを捧げるのだ!

 3サイズ:ぺったん・少し太い・普通

 趣味嗜好:サイクリング、猫と戯れる

 好きな物:タコス・タコ焼き・猫

 所持技能:動物調教(猫類に限る)

 

 雀力Lv:30(24)

 スタイル:能力依存型

 得意技等:東場での高打点速攻和了

 特殊能力:支配系センス

 垢ネーム:不明

 現レート:不明

 

□個人設定□

 清澄高校麻雀部員であり白兎の同級生、のどかの親友といったポジション。部内公認アイデンティティは小悪魔系ムードメーカー。

 性格は良く言えば天真爛漫、悪く言えば狡猾。なかなか毒舌で、白兎や京太郎とよくやり合っている。とはいえ嫌味のないさっぱりとした性格をしているため、ちょっかいを出した相手に怒られることはあっても憎まれたり嫌われたりすることはまずない。また、基本前向きで行動力に溢れているが、意外と打たれ弱い面もある。

 外見は小学生といっても通じるほどに小柄で、凹凸のない平坦な体型も考慮すると所謂ロリ枠に区分される。しかしながら他校(よそ)に天江衣というよりインパクトのあるロリキャラが存在するため、そういう意味での存在感は薄いと言わざるを得ない。顔つきは小躯に見合った童顔と言えるものであり、美少女というよりは可愛いといった印象である。

 学業は低空飛行気味だが、頭の回転が鈍いわけではなく、興味がないことへの集中力の欠如に起因している。反面、運動神経は良好で、特にまるで猫のような身軽さは白兎をして感嘆するほどである。

 家族構成は不明。ありがちな(性格的)キャラクター設定と家族構成モデルから推測すると、優希はおじいちゃん子(おばあちゃん子)という可能性が考えられ(甘やかす祖父母がいる⇒天真爛漫な性格を形成)、核家族構成ではなく大家族設定なのかもしれない。あくまで作者の独断的見解だが。なお原作もそうだが、天元の雀士シリーズにおいてもさして必要のない設定なので今後ずっと未設定のままと思われる。決して考えるのがめんどくさいわけではない。多分。

 誰に対しても遠慮をどこかに置き忘れてきたかのように屈託なく接する優希だが、異性相手でもそれは変わらず、部員仲間の京太郎とは特に仲が良い。客観的に言えば白兎とも十分仲が良いのだが、ちょっかいを出すともれなく倍返しで反撃される白兎(天敵)より、比較して危険度が低く、からかい甲斐のある京太郎の方が絡み易く相性も良いようだ。傍から見ても相当距離感の近い優希と京太郎であるが、色っぽい関係になることは今のところなさそうである。

 優希の麻雀における実力は、センスの恩恵もあって非常に高い爆発力を秘めるが、反面弱点も明確なため、対策を採られると実力を発揮できず終わることも多く結果が安定しない。しかしながら白兎から抜本的解決を図る指導を受けたことである程度改善の兆しが見え始めている。また、咲やのどかほど基礎が出来ていなかったことから、伸び代はあるものの成長面では彼女らに一歩劣っている。

 

□能力考察□

 端的に言うと”東場の支配”である。効果は至って単純で、東場だと集中力が高まり良配牌や好ツモ牌といった幸運にも恵まれるというもの。反面、南場以降ではそれらの効果が消失するため少なからず失速してしまう。見方によっては南場の集中力や幸運の配分を減らして東場にその分を振り分ける能力と言えなくもない。

 制限は東場かどうかのみであり、複雑な要素は一切ない。効果範囲の広さも考慮すれば、支配系と全体効果系の中間に位置する能力と言える。

 基本支配力が高いこともあり、長所短所を弁えた打ち方をする分には非常に便利で使い勝手の良いセンスである。

 

 

 

■No.A-04

 

 氏  名:竹井 久 (たけい ひさ)

 身分称号:高校生、学生議会長、麻雀部部長

 性  別:♀

 誕生月日:11月13日

 年  齢:17歳

 外見特徴:容姿端麗、髪型セミロング(対局時両脇おさげ)

 身  長:ちょい高い

 体  重:あら、私に興味があるの? でもそれは禁則事項よ

 3サイズ:普通・普通・普通

 趣味嗜好:謀事を企むこと、外で風に当たること、人間観察

 好きな物:紅茶

 所持技能:企画立案、事務処理、観察分析

 

 雀力Lv:42(37)

 スタイル:策略型

 得意技等:悪待ちによる高打点和了、ひっかけ

 特殊能力:知覚系センス

 垢ネーム:不明

 現レート:不明

 

□個人設定□

 清澄高校麻雀部部長にして、通常の学校では生徒会長に当たる学生議会長をも務めている女傑。また、白兎を麻雀部に引っ張り込んだ張本人でもある。

 非常に頭が切れるだけでなく、カリスマ・指導力ともに秀でた人物であり、麻雀部員は元より、清澄高校の生徒たちからもその信頼は厚く、人気も高い。

 しかしながら、法や良識を遵守し後進の見本となるべき立場である彼女の人格性はどちらかというとリベラルでフレキシブルな側面が強く、目的達成の為にあれこれと策を弄したり、法に触れないor法侵犯程度が軽微かつリスクリターンが釣り合う範囲内であれば手段を選ばなかったりと、思想的にはむしろロウ()よりカオス(混沌)寄りである。もっとも、基本的に要領が良いのでアウトローな側面を他者に印象付けたり、謀事が露見するような下手を打つことはまずない。世間体や他人からの評価の重要性をよく弁えているとも言える。そのような彼女であっても親しい相手(身内)には本性の隠蔽が甘くなるらしく、生来の愉快犯的思考でもって好機は逃さず白兎や麻雀部員をからかったり驚かせたりして楽しむというお茶目な一面も見せる。また、他人から寄せられる好意や期待にはいささか過敏になるというナイーブな部分があり、それがもとで必要以上に気負いすぎたり、緊張してしまうといった、年齢相応の未熟さを露呈してしまうことも稀にあるようだ。

 外見は年齢相応と言ってよく、女性としてはやや高めの身長とそれなりに整ったプロポーション、大人びた顔立ちも相まって、老けているというわけでは決してないが、少女というよりもはや成人女性の印象に近い。無論高校の制服を着ている姿に違和感を覚えるほどではないものの、服装次第では大学生といっても通用するかもしれないといったところか。また、顔の作りも十分以上に整っており、美少女というよりは美人のお姉さんといった容姿である。

 学業は成績優秀、運動スポーツも水準以上にこなすという、とりたてて欠点のない万能な能力の持ち主といえる。

 家族構成は不明。しかしながら原作では中学時代~原作開始間に姓が「上埜」⇒「竹井」に変わっていることから、親の離婚や死別、再婚といったような複雑な家庭環境の変遷があったことを窺わせる。

 麻雀における極めつけの実力者であれば、指導者でもあり、また、部活運営においても様々に己を補佐してくれる優秀な右腕的存在でもある白兎に対して信頼は厚い。気の早い話だが、自分の後を継いで来年度の学生議会長になって欲しい、と割と真剣に考えているほど(麻雀部の部長はまこに譲るつもりでいる)。また、異性に向ける好意という点でも、これまでに出会ったどの男性よりも評価していれば、魅力的だとも感じている。しかし年下であることと、のどかという相思相愛気味なお相手が白兎には既にいることから、その方面には深入りしないよう、理性でブレーキをかけている。白兎やのどかに対してことあるごとに二人の関係をからかって楽しんでいるのは、無理に歯止めのかけられた感情の無意識的発露、一種の意趣返しなのかもしれない。まぁ穿ち過ぎかもしれないが。

 現役プロ雀士の藤田靖子(ふじたやすこ)と個人的繋がりがあったりと、特筆すべき人脈を有している。

 麻雀においては白兎と出会う以前から高い技量を有しており、入部直後ののどかを上回るほどの実力者。その打ち筋(スタイル)は高いレベルでバランスが取れており、タイプ的には白兎に近い。しかしながら射幸心が行き過ぎて状況判断を誤る場合がある等、ムラっ気も多く、白兎やのどかほど安定した打ち筋には至らない。優れた人間観察力や分析力、他人の裏をかく発想の豊かさなどから心理戦を得手としている。

 当然といえば当然ながら、センスを所有しており、その恩恵を発揮した打ち筋も度々見せるが、咲や優希ほど能力を主体としたものではなく、どちらかというと補助的な活用に止まる。

 トリビア知識として、原作だと目立たない(存在しない?)が、アニメ版だとアホ毛持ちであることが覗える。

 

□能力考察□

 知覚系センスの持ち主。その特性を一言で表すなら”超常めいた勘働きによって正解を知る”といったもの。打ち筋の特徴である”悪待ち”も、その能力によって形成されたものである。

 本人は「悪待ちをすると和がれる気がする」と感じているが、実は因果関係が逆。合理的な待ちよりも悪待ちの方が良い結果になる、という限定的な未来予測をセンスによって無意識に得ているために、悪待ちという選択をしている、が正しい。

 他のギフトやセンスの例に漏れず、本人の集中力と精神力(気合、モチべ等)が増せば増すほど高精度で発動し続けるので、明らかな格下が相手だったりすると、直撃させまくり連荘しまくりでえらいことになる。未来予知系特殊能力保持者の得点能力がヤバイのは、咲・阿知賀編で千里山の園城寺怜(おんじょうじとき)の例を見れば確定的に明らか。

 

 

 

■No.A-05

 

 氏  名:染谷 まこ (そめや まこ)

 身分称号:高校生

 性  別:♀

 誕生月日:5月5日

 年  齢:17歳

 外見特徴:メガネっ娘、髪型ボブショート

 身  長:普通

 体  重:ほほぅ、おんしなかなかの勇者じゃのう……(キラリと眼鏡が光る)

 3サイズ:普通・普通・普通

 趣味嗜好:メイド服集め、早弁

 好きな物:和菓子(甘いものに限る)

 所持技能:接客

 

 雀力Lv:36(30)

 スタイル:偏向型

 得意技等:混一色(三翻役)、清一色(六翻役)※両方とも副露時一翻減

 特殊能力:知覚系センス

 垢ネーム:不明

 現レート:不明

 

□個人設定□

 清澄高校麻雀部で数少ない上級生(2年)。メガネっ子、独特の喋り方(半広島弁)などなど、アイデンティティーは確立しているものの、存在感が今ひとつな不遇なキャラ。しかも原作では部長の補佐役的立場を有していたが、本作では白兎にそのポジションを奪われてしまっているため、余計に出番が少なく、地味子ちゃんに甘んじている。

 気さくで、面倒見の良い性格をしているが、一方でふてぶてしく、愉快犯的な側面も併せ持つ。下級生たちとの関係は良好で、部長からの信頼も厚い。育った環境によるものか、目上の者に対してもタメ口を利くので、あまり細かい設定を重視しない人は部長と同学年だと勘違いしているかもしれない。

 外見的には身長もプロポーションも普通で、顔立ちも目から鼻へ抜けるような美少女というほどではない(メガネを外したら美少女に変貌した、というテンプレもない)ものの、愛嬌に満ちた目鼻立ちをしているために”結構可愛い”くらいの評価は得ると思われる。

 学業もまた普通の範疇に入る成績で、中の上といったところ。残念なメガネっ子とか言わないように。記憶力が良く、暗記力が問われる文系科目が得意な反面、理系はそこそこ。運動やスポーツにおいても普通で、可もなく不可もなくといった評価に落ち着く。

 家族構成は不明。祖父は既に故人らしい。

 白兎に対しての感情は、友情や敬意以上のものは特に持ち合わせておらず、恋愛方面に発展しそうな気配は今のところ全くないようだ。他人の恋愛話には興味を示すものの、自分のそれは淡白な性質なのかもしれない。

 麻雀の打ち筋においては守りを重視した打ち方が得意。しかしながらセンスの恩恵によって的確に攻撃も織り交ぜるため、総合的なバランスは非常に良い。

 

□能力考察□

 知覚系センスの持ち主。その特性は、「記憶にある過去の牌譜を脳内に再現し、現在の状況と摺り合わせて最善の打ち回しを行う」というもの。

 あまりオカルトっぽくないというか、単に記憶力が良いだけじゃ? とか突っ込まれそうな能力だが、歴としたセンスである。……多分(何)

 地味子ちゃんポジションだけに特殊能力もなんだか地味だなーなどと何気に酷い感想を抱く作……読者もいるかもしれないが、特殊能力的に原作と比較して部員の中で最も強化されているのは実はまこだったりする。白兎によって初心者から現役プロですら全く及ばぬほどの超々上級者の打ち筋まで幅広くサンプリング済みのため、対応力が数倍レベルに跳ね上がっている。

 

 

 

■No.A-06

 

 氏  名:須賀 京太郎 (すが きょうたろう)

 身分称号:高校生

 性  別:♂

 誕生月日:2月2日

 年  齢:15歳

 外見特徴:どこか軽薄そうな三枚目男子

 身  長:高い

 体  重:普通

 趣味嗜好:妄想、TVゲーム

 好きな物:( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!

 所持技能:おっぱい星人、妄想力

 

 雀力Lv:24(7)

 スタイル:普遍型

 得意技等:なし

 特殊能力:不明

 垢ネーム:京たろー

 現レート:1350~1450

 

□個人設定□

 白兎と同様、1年生部員でかつ、二人しかいない男性部員のひとり。身近に白兎の存在があるため三枚目の印象が際立つ京太郎だが、作者的には非常においしいキャラだったりする。原作では麻雀ルールを読者に説明するために用意された感のある初心者設定と、部内におけるパシリ要員的な立ち位置を占める。本作ではどちらかというと女子分やハーレム成分を中和するためのキャラ、という位置付けかもしれない。

 軽そうな印象を持つ彼だが、性格は温厚で親しみやすく、なかなかの好青年であるといえる。かなりスケベだという欠点もあるが、異性に過剰な興味を持つのは年齢相応とも言えるし、それが陰に篭るもの(むっつり)でないだけましかもしれない。長所短所いずれあるにせよ、女性の多い環境で例外なく皆と関係が良好であるという事実からも、彼の善良さが推し量れると言える。

 外見的特徴としては、背が比較的高く、体格も白兎より一回り大きい。しかし特に鍛えているというわけではないので、体つきは細い。顔立ちは十人並みだが、もう少し美男子といえる容貌であれば、背の高さや性格の良さもあって結構女性にもてたかもしれない。

 学業面はそこそこの成績、運動やスポーツも特に秀でているということはなく、能力面は総じて平均的である。

 家族構成は不明。作者の独断と偏見によると、なんか一人っ子っぽいイメージがある。

 麻雀部に入部した動機が”のどかとお近づきになりたい”という、不純とも、ある意味健気とも言えるものだったのだが、白兎の登場でその目論見は完全に潰えたと言ってよく、その不憫さには同情の余地が大きい。しかしながら麻雀の楽しさに目覚め、かつ部員仲間と良好な関係を築けていることもあり、のどかに芽がないからといって退部するような現金な思考は持ち合わせていない。また、のどか方面はともかく、咲や優希とは性格的相性の良さもあって、恋愛に発展しそうな見込みも可能性も覗えるのだが、どちらも京太郎にとってタイプではない、という一点の理由で考慮すらしないのはもったいない気がしないでもない。妥協すれば、と言うと咲や優希に失礼なれど、その気になれば彼の春は近そうなのだが……

 入部当時は麻雀初心者であった彼の実力は白兎の指導によって原作比較で相当に伸びている。打ち筋(スタイル)を確立するほどにはまだ至っていないが、平均的な高校生麻雀部員くらいには打てるようになっている。師がアレだったとはいえ、僅か1ヶ月ほどの期間にしてはかなりの成長率であり、その理由は才能というより、指導を受け入れる素直さと、指導者が同級生であるということに対して嫉妬を抱く、といったようなありがちな葛藤とは無縁の性格の持ち主だったからだろう。

 余談だが、”おっぱい星人”とは、服の上から見ただけでおっぱいの型や格、果てはおっぱい戦闘力まで判定することができるという能力であるが、そのスキルが発動するのは京太郎の妄想内のみという、切ない制限が存在する。

 

□能力考察□

 ――――

 




突っ込みどころ満載かと思いますがどうかご容赦ください(汗)


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場外 夜明け前の淡星

本編ではなく、外伝となります。
白兎+とある原作キャラの過去話です。
ストーリー展開を早めるために対局描写はカットしてます。


「白兎……起きて。授業、終わった」

 

ゆさゆさ。

誰だ、人が気持ち良く寝てるのに邪魔するなよ……

俺にとって経験的には前世の焼き直しでしかない授業の時間は正直退屈であり、苦痛である。

かといって授業を受けないとか、学校に来ないとかは極論であり、そんな手段を採れるはずもなく。

結局、我慢して真面目に授業に出席するものの、割と高確率で後半は睡魔に負けてたりする。

当然、教師としては面白くなかろうし、本来であれば落ちこぼれ不良生徒の烙印を押してやりたいところだろうが、生憎転生チート能力によって俺の成績は入学後から学年トップの座をキープし続けているため、教師たちは俺の扱いを決めかねている。

そして学校側としても、俺の親から多大な寄付を受けているという背景もあれば、全国模試で常に10位以内にランクインする優秀な生徒がいるというのは一種のステイタスであるため、教師たち以上に俺への態度対応はデリケートな感じだ。

まぁ俺自身、授業でやや不真面目な態度を見せている以外は身を慎んで過ごしているし、授業によるマイナス分を埋めるべく教師受けがいいように振舞っているので、今はどの教師とも良好な関係を築けているし、結果的に授業における少々不適切な態度は事実上の黙認でお目こぼしいただいてる。

社会に出ると実感することだけど、最終的に物を言うのは多少の実力より、人脈や他人の評価なんだよね。

親の威光だの成績優秀だのといった優位にあぐらをかいて他人からの評価を軽視したり、人付き合いで傲慢だったりすると、いつか必ず手痛いしっぺ返しを受けるだろう。

俺はそういう”頭の良いバカ”になるのは御免だ。

何事も要領よく順風満帆、誰にも愛される生き方をモットーとしたい。

とまぁそんなわけで、前向きな心がけと努力により勝ち取った俺の惰眠する権利を奪おうとする奴はどこのどいつだ。

くだらん理由で邪魔したなら、人目のない校舎裏か屋上に連れ込んで最近覚えたばかりの発剄をどてっ腹に叩きこむぞごるぁ。

寝起きはどんな温厚な生物でも獰猛になりうるという法則を体に教えてやるぜ。

ろくでもないことを考えられるくらいには意識が鮮明になってきた俺はぱちりと目を覚まし、机に突っ伏していた上半身を起こす。

 

「あ、起きた。おはよう白兎」

 

机のすぐ隣に立っている誰かさんが腰を屈めて俺の顔を覗き込んでくる。

長い髪がさーっと微かな音を立てて下方へと流れる。髪から柑橘系の爽やかな良い匂いがふんわりと漂い、鼻腔をくすぐる。

 

「おはようじゃねーよ……淡、何か用か……」

 

ふぁー、と暢気な欠伸をかましながら、座った姿勢で大きく伸びをする俺の頭はまだ少しぼんやりしている。

 

「ちょっと大事な用がある。少し付き合って」

 

抑揚のない口調で喋りながら、俺の制服の肩のあたりをつまんで引っ張るクラスメートの女生徒。早く立てってか。

こいつの名前は「大星淡(おおほしあわい)」。中学に入学して以来、俺と付かず離れずの関係を続けてきた異性の親友だ。

まー親友といっても、俺的には妹みたいな存在というか、尻尾を振って懐いてくる子犬みたいな奴だ。

淡はなかなか際立った容姿というか、凛々しい顔立ちをしているのに、基本無愛想な性格だから人間関係で色々損をしてる。

余りに放っておけないオーラが出てるもんだから、入学直後から俺が何くれとフォローしてやってたらいつの間にか「世話をする主人と他人には懐かない子犬」、みたいな関係になっていた。

 

「わかったわかった。今帰宅の準備するからちょっと待ってろ」

「うん。30数える間だけ待つ」

 

さすが淡さん、なかなかの暴君ぶりですね。頼み事してる立場なのに時間制限て。

といっても筆箱を机から取り出して鞄に仕舞うだけだし、実際30秒もかからんわけだが。

流石は腐れ縁、俺のことを良く把握している。

 

「1……10、20、30。はい時間切れ」

 

斜め上を行く淡の発言に思わず筆箱を取り落としそうになる。

 

「10刻みかよ! ガキみたいな事すんな!」

「良い女は男を振り回すもの」

「実に都合の良い解釈ですね! どこで覚えたそんな言葉!」

「こないだ白兎が私に言った」

「因果応報!?」

 

そういや先々週の文化祭で丸一日部外者の美少女と過ごした詳細をしつこく聞いてきたんだよなこいつ……

俺は女装してて同性だと思われてただろうし、女装バレもしなかったから、その美少女とは男として何の関係も持たなかったって散々言い含めてやっと納得してくれたんだよな。

その説明の際に「美少女に振り回されるのも男の甲斐性だけどな」なんて本音を迂闊に口にしてしまったことをどうやら根に持ってたらしい。

用意を済ませた俺が立ち上がると、待ちきれないとばかりに淡が俺の制服の裾を掴み、教室の出口へとぐいぐい引っ張っていく。

 

「おー、ついに大星がシロを食べる気になったか!?」

「いやそれ男女逆でしょ……」

「告白!? 告白なの!?」

「中学生活半年切ってるしなぁ……俺も思い出作ろっかな」

「シロー、避妊はしっかりしろよ!」

「男子最低! そういうことしか頭にないの!?」

「淡たん……」

 

いつにない淡の積極的な様子に、クラスメートが無責任な台詞を口々に囃し立てる。

できもしないのに両手指口に突っ込んで「フュー、フュー」とか木枯らしみたいな口笛を吹いてる奴もいる。

ほんと、このクラスはバカばっかの楽しい連中が多いな。

俺は片手を挙げて「おー……」と無気力に応じながら、淡に引き摺られて廊下に出る。

いつまでも引っ張られたままだと体裁が悪いので、廊下に出た俺は早足で淡に並び、連れ立って歩きながら質問する。

 

「……で? どこ行くんだ淡」

「プール。更衣室」

 

また謎な地名が出てきた。

もう晩秋で、どちらかというと冬に近い時期だから、寒くて屋外のプールなんて使われていない。

温水プールというわけでもないので水泳部が練習してる、なんてこともない。

即ち人気がない場所というわけだが……そんなところに俺を連れ込んで何を考えているやら。

流石にクラスの男子共が囃し立てたように、いかがわしい目的ってことはないだろう。

淡はそういう方面疎いってかあんまり興味なさそうだしな。

まぁ告白とかならありえるかもしれないが、それにしたってプールの更衣室とか場所のチョイスとしては斜め上すぎる。

 

「何でそんなところに……説明しろ淡」

「黙ってついてきて」

 

足早に俺の半歩先を進んでいく淡は、どうやら俺の質問に答えるつもりはないようだ。

こういうときの淡には何を言っても無駄だということが経験上解っている俺は、こみ上げる理不尽感をため息で誤魔化しながら無言でついていく。

まぁ淡も来年は高校生なわけだし、そうそう非常識な真似はせんだろ。

 

 

――そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

ガタン――ゴトン――ガタン――ゴトン――

 

定期的な電車のリズムに揺られながら、俺は向かいに座る淡へと声をかける。

 

「さて、淡さん」

「何? 白兎」

「もはやどこから突っ込んでいいかわからん状況なわけだが……俺はそろそろ沈黙を破っていいか?」

「もうすでに破ってる」

 

淡の白々しい物言いに俺のこめかみの血管はぶち切れる寸前だったのは言うまでもない。

 

「俺が! 質問しようとする度に! 黙って言うとおりにして、とか言うから! ずっと我慢してきたが! もう勘弁ならん!」

「大声出すと他の客に迷惑」

 

淡の言うとおり、帰宅ラッシュの時間帯にはまだ少し早い為そこまで多くはないが、周囲を見渡せばこの車両だけで10人程度は乗客がいる。

 

「淡さんや……親しい仲にも礼儀ありって言うじゃありませんか……これ以上トボけるつもりなら俺は次の駅で降りて帰らせてもらう」

 

俺が「あぁ~ん?」と淡にメンチを切りながらドスの効いた声でそう通告すると、淡ははぁ、と小さくため息をついた。

ため息をつきたいのはこっちだっつーの。

 

「じゃあ聞く。何」

 

なんでそう無闇に偉そうなんだお前は……将来こいつの彼氏になる奴絶対ハゲるぞ。

躾けかt……じゃない、育て方間違えたかなと今更後悔しながら、俺は質問の内容を素早く検討し、聞く。

 

「まず一番聞きたいのは、だ。……なんで俺女装させられてんの!? しかもこの制服他校のだろ!」

 

そう。俺は先々週の文化祭よろしく、女装している。いや、させられている。

嗚呼……プールの女子更衣室に連れ込まれたときから嫌な予感がしてたんだ……

いやね? 本音を言えば俺だって男だもん、男子禁制の聖域に入れたことにちょっとドキドキしてたよ? 淡がまさかの「ご主人様、私を好きに虐めて……」とかアダルティなことを言い出す前兆かと身構えたよ!

だけど現実はロッカーから知らない学校の女子用制服を取り出したかと思うと、「着て」だもんよ。

あまりの超展開に「着()て?」の聞き間違いかと思ったわ!

挙句、俺が固まってると、「早く着て行かないと電車の時間に間に合わない」とか言い出して俺の制服を剥ぎ取ろうとするし。

俺が女子更衣室から逃げようとすると、素早く入り口に回りこんで、「逃げたら大声で悲鳴あげる」とか脅迫してくるし……

泣く泣く、俺は横暴に屈して女子の制服を着込んだわけだが。

まさかショーツまで女物を履けと要求されるとは思わなかったぜ。

それだけはと勘弁してもらい、念の為と容易してあった男性用の股間サポーター(保護目的で股間をぎゅっと締め付けるハイレグパンツみたいな水着の一種)を履いた上に丈が短めのスパッツ装着で許してもらった。

ちょっと股下短くなってるけど、鏡で確認した分には女の子の股間と同様、臀部の裏側へとなだらかに凹むデルタを形成しており、ちらっと股間を見られたくらいではバレない外見になっている。

――そんなことを心配しないといけない状況に情けなくて思わず目頭が熱くなってきたよ……

いや女装はいいよ? 進んでしたいとかは思わないけど、文化祭でも頼まれてやったときは楽しめたし、ネタなり何なり俺が納得できる理由があるならやってもいい。

けど女装する理由も教えてもらえず、異性として意識はしてないものの親しい同級生の女の子の前で、サポーター履くところから着替え終わる最後までじっくり観察されるのは恥辱プレイな拷問だと思うんだ……

あ、もちろんサポーターやスパッツ履くときはバスタオル使って見えないようにはしたけどね。

胸には不自然にならない程度のパット入りスポーツブラさせられるし、どこから調達したんだこんな女装用セット!

……あ、大平原な淡さんの元からの私物でしたか、フヒヒ、サーセン。

着替え中、そんなことを考えてたら淡にぽかっと殴られた。どうやら顔に出てたらしい。

で、自分で言うのも何だが俺はすね毛や産毛などが全くない細く長い綺麗なおみ足をもっているので、ハイソックスとかでも全然問題ないんだが、スースーして寒いのでニーソックスを淡から借りて履いている。

そして最後にウィッグを付けて軽いメイクして女性化完了。

俺、自分で女性用のメイクができるんだぜ……ちょま、そこ引かないで!

ちゃんと理由があるの! 一時期ね、淡がやたらメイクに興味持ってた時期があってね? 「でも私不器用だから白兎やって」って丸投げしてきたんだよ!

淡は黙ってれば凛々しい系の美少女だから、俺もついつい熱が入っちゃってね? 面白がって色々自分で調べて淡をメイクしてたらあらびっくり、そんじょそこらの化粧好きの女性に負けなくらいの知識と技術を身に付けてしまったという……

はくとは めいく のすきるをおぼえた!

あれだよな、人生の贅肉ってこういう余計な技術のことも含まれるよな。

まぁそんなこんなで更衣室の鏡に映った俺の姿はどこからどう見ても完璧な美少女で、100人の男とすれ違ったら99人が振り返る容姿をしている(うち1名はゲイかオカマ)。

で、俺の化粧が終わる頃には淡も他校の制服に着替えていて、二人同じ他校の制服姿な為、人目に付かないよう学校からそそくさと脱出し、最寄の駅から電車に乗り、今に至る、というわけだ。

 

「頭のいい白兎でも知らないことはあるんだね」

「当たり前だろ! むしろ突発的に女装させられた理由まで知ってたらそちらの方が怖いわ! 普段から女装の理由探してる真正の変態か俺は!?」

「その制服、白糸台高校のもの」

「……なるほど、潜り込む気か」

「単なる見学」

 

淡は俺の突っ込みを軽くスルーして、推理の材料をぶん投げてくる。

白糸台高校というのは、淡が進学を志望している都内の高校のことだ。

偏差値レベルが高く、俺はともかく淡の成績だと合格は結構ギリギリのラインかもしれない。

要するに今日は進学予定の高校がどんなものか体験入学ならぬ体験潜入したいってことだろう。

興味のあることには行動力があるというか、アグレッシブになる淡らしい。

俺を連れて来たのは、やはり一人では心細いのと、一人より二人連れたって歩いていた方が多少見ない顔だと疑われても不審に思われにくいからだ。

一人ならいざ知らず、二人も部外者が身分を偽って校内を闊歩してるなど、普通は思わないだろう。

最初からその目的を話してくれていれば、俺もぶつくさ言わずに女装した上での同行くらい請け負っただろうに。

相変わらず不器用な奴だ。

俺は思わず苦笑する。

 

「ごめんな、淡。高校は一緒に通ってあげられなくて、さ」

「いい。……ごめん、嘘。本当は白兎と同じ高校に通いたかった」

 

正直な淡の告白に、俺はより苦笑を強める。

俺は妹の療養目的の為、長野の田舎にある高校へと引越し進学を予定している。

だから、俺だけ東京に残って高校に通うわけにはいかないのだ。

 

「ほんとごめんな。高校でも、お前の面倒を見てやりたいのはやまやまなんだけど、(雀姫)を一人行かせるわけにはいかないしさ」

 

そのへんの事情は引越しが確定した数ヶ月前に淡に伝えてある。

何度か俺の実家に麻雀を打ちにきたことのある淡だから、雀姫とも顔見知りだ。

初めて遊びに来たときは、後で雀姫が関係をしつこく尋ねてきて、ただの友達だと納得させるのが大変だった。

 

「雀姫と私、どっちが大事なの……?」

「なかなかクリティカルな質問してくるねお前! どっちを選んでも立つ瀬を失うわ!」

 

そうは言ったものの、実質的には妹を選んだわけで。

てか、仮に淡が俺の恋人だったとしても、病弱の妹を田舎に一人放置して青春を謳歌するなんて選択を俺が選ぶはずはない。

もし恋人が出来たら俺は相当大切にするだろうが、それとはまた別の次元で家族の優先度は高く考えるだろう。

まぁ口では未練がましいことを言ってはいるが、淡は俺が妹について行く事を理解してくれている。

態度や表情はつっけんどんでも、根は優しい女の子なのだ。

むしろ俺が東京に残るなどと言い出したら、俺の頬を張り倒して「雀姫の為に長野へ行け」くらいの行動を取りかねない奴だ。

それほど多くの交流があったわけではないが、一人っ子の淡も雀姫をまるで本当の妹のように大事に思ってくれていることを俺は知っている。

そんなやりとりを交わしているうちに、電車は目的の駅に到着した。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

「えーえーわかってましたよ。淡の”見学”が言葉通りの意味じゃないってことくらいはね!」

 

余人には聞かれない程度の小声ではあるものの、不満をたっぷりとデコレーションした俺の皮肉はしっかりと淡の耳に届く。

淡は首だけ振り返って背後にいる俺へと小声で返してくる。

 

「私が白糸台を希望したのは、麻雀部が強い高校だから。白兎のいない無聊を埋められる程度には強い相手がいないと困る。今日はその確認」

 

すげーよ淡さん。高校生という実力的にも経験的にも社会常識的にも格上の相手になんという上から目線。

いや麻雀に限って言えば確かに淡は強いけどさ……

ギフトホルダーである淡の実力は、多少の年齢ギャップを埋めてもおつりが来るほどだ。

まして身内の雀姫を除けば俺の一番弟子なわけだし? ぶっちゃけ高校生でも勝てる相手はいねーんじゃねーのってくらいには強い気がする。

 

首尾よく白糸台高校に辿りついた俺たちは不審者だと見咎められることもなく、校舎内の麻雀部部室にまで侵入を果たした。

で、淡にしては理路整然とした饒舌な説明で入部希望者であること、腕に覚えがあるから部内の実力者と打たせて欲しいだのと頼み込んだ。

やる気のある生徒は大歓迎とばかりに、好意的に承諾してくれた部員たち相手に、淡さんはしょっぱなから全開フルスロットルで無双した。

その結果、最初に相手してくれた三軍の面子を東風戦という短い勝負で全員トバし、新参には負けぬと続いて相手をしてくれた二軍も二人同時にトバして速攻で終わらせた。

流石に入部希望者とはいえ、実質的にはまだ部外者である淡(俺は今のところ単なる見学者)にこれだけ好き放題されて、少々こちらを見る視線が厳しくなっているというか、敵意を帯び始めている。

せめてもうちょっと部員の皆様が善戦してくれれば、「いやー、皆さんもお強いですね~」とか、フォローの入れようもあるんだが……

やっぱ高校生でも淡の相手にはならんか。

聞けばこの白糸台高校、今年のインターハイ団体戦と個人戦両方全国制覇してるらしいのに、2軍でこのレベルじゃあなぁ……

割と失礼なことを考えていると、別室で打っていたらしい一軍の方々を誰かが呼んできてくれたようで、遂に白糸台の最強面子を引っ張り出してしまった淡さんまじかっけーっス!

これで一軍まで破ったら、この麻雀部に永遠に残るトラウマ、好意的な見方をすれば伝説を残してしまうことは間違いない。

なんか大事になっちゃったなぁ……

俺は今日何度目かになる盛大なため息を内心でつきながら、こちらの雀卓へ歩いてくる4人の女生徒を観察する。

詳しい容姿説明は省くが、ショートカット、ボブショート、ストレートロング、ややシャギーのかかったセミロングの髪形という内訳。

 

「今頃入部を希望してきた新入生ってのはお前たちかい?」

 

二軍の部員たちが空けた席にどかっと腰を下ろし、横柄な口調で声をかけてくるストレートロングの女生徒。

 

「……そう」

「ふーん……そんなに強そうには見えないけど、二軍を二人同時にトバせるってことはそこそこやるんだね、アンタ」

 

態度の悪さという意味では無愛想極まりない淡も程度は近いが、割とお嬢様っぽい外見のクセに蓮っ葉な言葉遣いをするこの髪の長い少女も相当だ。

その上から目線ぶりもね。

 

「ま、どういう魂胆かは知らないが、アタシたち一軍を引っ張りだしたんだ。素直にすごいって褒めてやるよ。だが、調子に乗るのもここまでだ。アンタ、名前は?」

「……淡。大星淡」

「淡、ね。アタシは弘世菫。ほら、照と誠子も卓につきなよ。さっさと始めて終わらせよう」

 

この菫って女、相当淡をナメてるな。

余程自分の実力に自信があるのだろうが、二軍の実力から推測できる程度の雀力では絶対的な能力を持つ淡相手じゃどのみち鎧袖一触だぞ。

俺たちの横紙破りの挑戦も相当礼儀知らずだと思うが、いくら年下の部外者だからってこの女の態度もいい加減酷いな。

客扱いしろとまでは言わないが、相手を最初から格下だと思い込んでるナメた口調が無性に勘に触る。

まぁ俺がしゃしゃり出ても良い結果にはならんだろうし、相手の態度の悪さをこの場でいちいち指摘したり噛み付いたりするほど子供じゃない。

精々その無駄に高い自信とプライドが実力を伴ったものかどうかを高みの見物で見極めさせてもらいますよ。

菫に照と呼ばれたセミロングの女生徒と誠子と呼ばれたショートカットの女生徒が無言で卓に着席する。

こちらはこちらで不気味だな。

ま、多少強かろうが淡にとっては関係ない。

驕慢な連中に痛い目見せてやれ、我が一番弟子!

 

「開始する」

 

事務的に照が開始を告げ、大勢の麻雀部員が見守る緊張の中、東風戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

「ツモ。チートイドラ1、1600・3200」

 

白糸台高校麻雀部一軍との東風戦は、俺にとっても麻雀部側にとっても意外な結果に終わった。

序盤は静かな立ち上がりから、東二局で親の照が不思議な和がりで連荘し、一時は2位以下に30000点近くの差をつけたのだが、オーラスで親の淡が猛ラッシュをしかけて照とほぼイーブンにまで持ち込んだ。

しかし追撃はそこまでで、たった今照が和がって対局は終了。

結果的には1位が照、僅差で2位が淡、そこから大きく点差が開いて菫と誠子が3位と4位だった。

俺の立場から言えば、ほぼ互角とはいえ淡を負かす打ち手がいたのは驚嘆に値するし、逆に菫たち側からすればかろうじて照が面目を保ってくれたものの、体裁的には上級生が部外者の下級生相手に、しかも3対1で打ってこの結果は、実質的な負けに等しい。

彼女らのプライドは大いに傷ついたことだろう。

 

「貴女、名前を教えて」

 

淡が、自分を負かしたセミロングの髪の女生徒、照に顔を向けて名前を訊ねる。

 

「……宮永照」

「照……うん、覚えた。次は……負けない」

 

照に強い視線を注ぐ淡に対し、照はどこか鬱陶しそうな表情でそっぽを向いている。

きちんと名乗ってくれただけましだと考えるべきかもしれない。

天理浄眼でアナライズしたところ、驚くことに照もまた淡や俺と同じ、稀少なギフトホルダーであった(ちなみに他の二人はセンスユーザー)。

その能力はなかなかえげつないもので、淡の能力とは噛み合わせが悪い。しかもこのギフト、多分超常系だ。効果が特殊すぎる。

相性の悪さを鑑みればここまで接戦を演じた淡も照と同等レベルか微妙に強いかもって評価になるんだが、俺の見立てが正しければ最初から全力だった淡に較べ、照の方は最後の一局まで本気を出していなかった節が感じられる。

淡は多分気付いてなかろうが……

それにしても、多分そんじゃそこらのプロより断然強いんじゃないかこの照って子?

プロの牌譜をこれまでに色々見てきたが、プロって言っても実力はピンキリで、多分照ならプロでも相当上位に食い込める実力がある。

一体何者だろう、俄然興味が湧いてきた。

 

「おい、お前。淡って言ったな。まだたった一局だが認めてやる、お前は強い。少なくとも私と同等以上にはな。だから今日から入部しろ。お前なら即一軍の資格がある」

 

菫が素直に淡の実力を評価し、入部を促す発言をする。

その表情と態度には、対局前までに見えていた傲慢さがすっかり消えている。

俺は少し菫を見直した。

 

(はく)……()に勝てたら考えてもいい」

「何?」

「ちょ、何言い出してるの淡!?」

 

淡の提案に俺は慌てた。

白姫というのは、流石に本名の白兎じゃ男の子っぽくて呼び合うにはまずいだろうと、妹の雀姫から一文字貰ってつけた偽名だ。

姫って漢字が1文字付いただけで途端に女の子っぽいというか、乙女っぽい印象の名前になるのが不思議だよね。まぁそれはともかく。

いくら照に興味があろうと、俺は今回黒子に徹するつもりでいたのだ。

もちろん、女装バレ、正体バレのリスクを極力排除するためだ。

麻雀打っただけでバレるわけないじゃん、と普通は思うだろう。

だが、ギフトホルダーというのはある意味、ニュータ○プ並の知覚能力というか、本質を知る感性を持ち合わせていたりする。

外見は完璧でも、それ以外のどこからどう見抜かれるか知れたもんじゃない。

ただ見学者としてなら、視界はともかく、興味の対象からフェードアウトしている為、対局者として接するよりはバレにくいだろうと考えていたわけだが……

流石は暴君淡、俺の小ざかしい目論見などいつも木っ端微塵にしてくれますね。

 

「へぇ……お前の後ろの奴、か? 淡、そいつはお前より強いのか?」

 

菫が獲物をロックオンした目つきで俺を嘗め回すかのように見つめてくる。

 

「私の飼い主だから。私よりずっと強い」

 

淡のナチュラルな爆弾発言キタ。

こいつ、俺という存在を他人に自慢したいとき、決まってこういう言い方するんだよな……

自分が所有されてるから、逆説的に言えばこの男は自分のものだと言いたいのだろう、多分。

淡は淡白に見えて、案外独占欲が強いのだ。

 

「ちょ、おま、一見さんの前で何誤解招きそうな発言さらっとしてくれちゃってんの? ほら、皆さんの視線が「やべーよあいつら……(ヒソヒソ」って生暖かい感じになっちゃってるじゃん!」

 

女装しているのも一瞬忘れて、思わず素で突っ込んでしまった。

周囲からは早速、俺たち二人の関係を邪推し、ヒソヒソと噂する声が割と聞こえよがしに耳に届く。

女性にとって百合って関係が一般的にどういう見方をされているのかは生憎男の俺には想像するしかないが、仮にホモと同レベルの認識だとすると相当イヤだぞ。

俺が実は男だってことをカミングアウトすれば、ジェンダー的には何らアブノーマルな関係じゃないってことを証明できるんだが、流石にそれはできるはずもなく。

つか別の意味での性的倒錯の誤解を招くだけか。飼い主て。

 

「しかも可愛い顔してなかなかはっちゃけてそうじゃないか。気に入ったよ。次はお前がアタシたちと打ちな」

「いやー私ごときでは淡さまや菫さまの足元に及ぶはずもなく……」

 

ここは卑屈姿勢で興味を失せさせる作戦!

だったが、見事に失敗した。いや、撤回せざるを得なくなった。

 

「白姫。お願い。私の敵を討って」

 

立ち上がり、振り返った淡が俺を真摯な眼差しで見つめている。

こいつが「お願い」と口にするときは、本気で頼み事をしている証である。

そういうときの淡の「お願い」には弱いというか、俺は断らないことにしている。

多分、こいつは俺の麻雀が見たいだけなのだろう。

自分が負けたからと、より強い俺を引っ張りだして敵討ちさせようなんて考える奴じゃないからだ。

どこまでも自力本願。他人に頼るのは、どうでもいいことか、自分では本当にどうしようもないと判断したことだけなのだ。

しょうがない、今日はとことん、俺の我儘な暴君(お姫様)に付き合って差し上げますか!

 

「お前、名前を聞かせろ」

 

美人なだけに睨むと顔が怖いよ菫ちゃん。

鋭い眼差しで名乗りを要求してくる菫に、俺は淡と席を代わりながら毅然と名乗る。

 

「お……私の名前は、発中白姫。我が名をおぼえ……ておかなくていいけど、今日くらいは忘れないでね」

 

全然毅然じゃなかった。

慣れない女性っぽい喋り方をしたせいかナヨっとした中途半端な印象だ。つか自分で言っててキモい。

俺と似たような感想を抱いたのか、菫の瞳に俺を見下すような光が宿る。

 

「OKOK。それじゃお手並み拝見といこうか、お姫様」

 

ふん、魔王様(天元)に挑もうなぞ666年早いわ雑魚が。

俺は発動中の天理浄眼に加え、もう一方のギフト、元始開闢も起動することにする。

舐めたガキはオシオキしてやらんとな。

俺の煽り耐性は案外低いのだ。

 

「では遠慮なく」

 

俺は椅子の背もたれに体重をかけてリラックスし、最初から全開でトバす(・・・)為に元始開闢の封印を解く。

 

「……無より始まり世界を創る――之即ち元始開闢」

 

唱えるのは心の中だけでもいいのだが、敢えて口に出す。

それは俺の全力の証左。約束された勝利を高らかに謳う宣誓の祝詞。

 

キン!

 

「っ!?」「ぐっ!!」「ちぃ!?」

 

彼女らにとっては恐らく未知もいいところな強者(ギフト)の重圧に突然晒され、ほとんど無視を決め込んでいた照すらも声を上げて顔を歪める。

敵意や戦意はそれほど篭めてないとはいえ、耐えていられるのは流石の強豪校一軍、というべきか?

ま、だからって絶対的な力量差があることには変わりはないがね。

 

「それじゃ、お手並み拝見といこうか、お姫様方?」

 

大人気ないとは思いつつも、俺はニヤリと悪い笑顔を浮かべ、びびっている菫へ痛烈な皮肉を言い放った。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

礼儀の知らない連中を全力で即座に叩き潰してやろうと思ったが気が変わった。

獰猛な感情と放出する気を抑えることで元始開闢の出力を絞る。

折角、滅多にない淡や雀姫以外のギフトホルダーと打つ機会だ。

打ち筋はもう十分見たが、多少勝負を引き伸ばして楽しむのもいいだろう。

そういう考えが出てくるあたり、自信があるからって傲慢になってるのは俺が一番酷くね? と正直思う。

自覚があればいいって話でもないんだが、俺はなんだかんだ言って自意識過剰な上、意地も悪いしなぁ。

そんなことを考えながら適当に流し打ってたら、菫が中盤でヤミテンからツモ和がりした。

 

「ツモ。タンピンイーペードラ1、2000・4000だ。――ふん、口ほどにもないな」

 

挑発的な眼差しで俺を見据えながら、和了を宣言する菫。

おーおー、一回和がっただけで嬉しそうだねぇ。

闘争心旺盛というか、無駄に強気だなこいつ。さっき淡にボコられたからって、俺に勝てれば雪辱を果たせるとでも思っているのか。

確かに淡は「自分より強い」と言ってたし、一種の代理戦争として俺に勝てれば淡よりも優位に立てる、考えてるのはそんなところか。

一局目が親だった俺は菫に点棒を渡し、菫の皮肉に応酬する。

 

「私はお手並み拝見、と言いましたよ? 単にそれを実践しているだけですが」

「……ふん、負け惜しみだけは一流だなお前」

 

俺の返しに菫は一瞬不愉快そうに眦を吊り上げるも、すぐに余裕を取り戻した様子で憎まれ口を叩く。

別に口で言い負かしたいわけではないので、俺は黙り込むことで不毛な会話を流す。

取り澄ました俺の様子に、菫は再び「ふん」と鼻を鳴らした。

俺の親が流れ、照が親となる第二局が始まろうとしたとき。

照から強い”気”が発せられ、アクティブなギフト能力を使用したのが天理浄眼で視えた。

照の対面に座っている誠子の背後に人の背丈ほども直径のある円形で装飾華美な鏡が出現し、対局者たちを鏡面に映し出す。

どうやらこれが照のギフト「照魔鏡(しょうまきょう)」(と俺が命名した)が有する力の一つ、”能力解析”のようだ。

俺の天理浄眼と近い性能だが、天理浄眼が封印妨害&能力解析&知覚能力という能力を有するのに対し、照魔鏡は能力解析&傾向(打ち筋)解析&知覚能力&支配能力という、負けず劣らずかなりの万能(チート)っぷりを有している。

ただその分、制限がやたら厳しいようだが……

天理浄眼は本来麻雀とは無縁な霊能力なせいか、対局の中で「こうしなければならない」的な制限や枠は一切存在しない(精神力消耗が対価であり制限だとは言える)が、照魔鏡の解析能力発動には「一局分相手観察に徹しないといけない」という制限がある。

その他にも支配系能力を発揮するためにめんどくさい制限が存在している。まぁこれは”最初から全力を出せない”という意味で俺のギフト(元始開闢)とも似たベクトルの制限だが……

 

「――!」

 

照魔鏡による解析を試みた照が、発動直後、何かに気付いたかのように眉を顰め、俺を一瞥する。

 

「覗き見は感心しませんね?」

「っ……!?」

 

俺の揶揄を篭めた指摘に、照の表情が初めて動揺に歪む。

ふふふ、驚いてる驚いてる。

覗き見常習犯のお前が言うなよって話だが、天理浄眼が発動している以上、生半可な能力では俺に影響は及ぼせない。

ゲーム的表現で言うと、能力封印はアクティブスキルだが、自己(オレ)に対する被能力遮断はパッシブスキルである。

ゆえに、発動中の天理浄眼は常時自動的に超常現象(オカルト)から俺を守ってくれる。

(とはいえ対象を最低一度は視認し、意識しておくことが条件なため、隠れた位置でこっそり使われたらアウトだが)

照の驚愕はこれまで見抜けなかったことのない能力解析に失敗したからだろう。

必死に動揺を隠そうとしているが、完全には取り繕えていない。

 

「……お前、何を言っている?」

「いえ、単なる戯言です。お耳汚し失礼」

 

俺と照の思わせぶりなやりとりに、菫が不可解そうな表情で意図を聞いてくるが、適当に誤魔化して流す。

自分がいささか自意識過剰な人間だとの自覚はあるが、かといって手の内を無条件に晒すほど愚かではないつもりだ。

照の能力を指摘したことで、彼女には俺の能力の正体を推理する材料を与えてしまったが、そこから天理浄眼の能力を推理するなど不可能にすぎる。

せいぜいが同系統の能力か、くらいに思われる程度だろう。ま、それでも半分くらいは当たっているのだが。

少しばかりの動揺が過ぎると、照は気を取り直したようで無表情に戻り、そこから淡のときと同様の連荘が始まる。

 

「――ツモのみ、500オール」

 

ほぼ最安手な30符一飜から始まり、

 

「――ロン。タンヤオドラ1、2300」

 

誠子に喰いタンを当て一本場の20符二飜、

 

「――ツモ。リーチのみ、1200オール」

 

再びツモ和がりの二本場で30符二飜、

 

「――ロン。チャンタドラ1、5700」

 

門前ヤミテンから菫を直撃し三本場で50符二飜、

 

「――ツモ。タンヤオイーペー、2400オール」

 

30符三飜の四本場と、怒涛の5連続和了をやってのけた。

点数調整の技術もあるだろうが、支配系能力の恩恵を受けて低い点数から1回の和了毎に少しずつ手を高めていくのは、正直見てて惚れ惚れしてしまった。

しかし何というか、便利なんだか不便なんだか良くわからん能力だなコレ。

いや、制限を守って打つ分には相当強力な支配を及ぼすわけだから、有用なギフトであることには間違いないんだけどさ。

その制限であり恩恵ともいえるそれは、”増幅”だ。

最低ラインの和了点数から始めて、一定倍率以内で次局の和了点数を高めていかねば支配が持続しないという、何とも複雑な特性を持ったギフトだ。

 

「まったく、照の連続和了には毎度のこととはいえ恐れ入る。――それでお姫様はいつまで様子見してるつもりなんだい?」

 

嘲笑を孕んだ口調で、またしても俺を挑発してくる菫。

何でお前が得意気なんだ。虎の威を借りたところでお前が雑魚なのは変わらないんだぞ。

安い挑発に付き合うつもりは毛頭ないが、いい加減ウザったくなってきたな。そろそろ黙らせるか。

 

「せっかちですね。まぁいいでしょう、それではさくっと終わらせましょうか。もちろん――私の勝利でね」

 

俺はにやっと唇を吊り上げ、自信たっぷりにそう宣言する。

 

「なんだ、澄ました態度しか取れないのかと思いきや、なかなか吹ける(・・・)じゃないか。見直したよ」

 

俺の挑発とも言える台詞に、菫から皮肉の一言でも返ってくるかと思いきや、意外に好評だった。

そんなことで見直されてもちっとも嬉しくないけどな。

現在の点数は 俺:16900 照:43300 菫:23200 誠子:16600 という状況だ。

逆転自体は別に難しくない。

照の照魔鏡(ギフト)が連続和了で相当支配力を強めているが、それでも元始開闢を全開にすればあっさり上回れる程度でしかないからだ。

(もっとも、天理浄眼で照魔鏡を封印するという身も蓋もない方法もあるわけだが)

照の支配力が俺に及ばない理由は二つある。

一つは、照魔鏡が複数の能力を持つギフトであるが故に、支配系に特化された元始開闢より能力強度が低いこと。

もう一つは、照の基礎能力が俺に劣ること、だ。

特に後者の差は大きい。

ここでいう基礎能力とは、雀力だけではなく、能力強度の基本となる精神力も含まれる。

前世の記憶経験もあれば、高いレベルで体を鍛え格闘技を修めた俺の精神力に女子高生が太刀打ちできるはずもなく。

 

「――っ!」

 

元始開闢を全開にした瞬間、再びプレッシャーに顔を歪める照たち。そして、

 

「ロン。9500」

 

俺はあっさり照が敷いていた場の支配を破り、次局で菫を狙い撃ちにして和がった。

「ちっ」と悪態をつきつつ俺に点棒を寄越す菫。

この程度で終わったと思うな、お前が吠え面をかくのはこれからだ……

親が菫に移り、東場第三局。

 

「ツモ。3000・6000」

 

俺の跳満が炸裂し、トップの照に僅差で迫る二位に浮上する。

先ほどの淡の対局と似た展開だが、そのときと違うのは照の表情に全く余裕がないことだ。

俺が対局開始時に強い気を放ったこと、そしてその能力が照魔鏡で読めないことなどから、照は既に全力全開の本気で打っている。

しかし俺には届かない。いつものように配牌に恵まれたり、牌が見えたりしてないからだ。

もし彼女がこれまで、能力者として格上の雀士と戦ったことがないとしたら、俺との対局は片手を縛られ片目を塞がれたような、未知の領域(ステージ)で戦っているようなものだろう。

そして迎えたオーラス。

 

「ツモ。大三元、8000・16000」

 

宣告と共に手牌を晒す。

俺の役満(大三元)による和了を以って、菫と誠子を同時にトバして決着を着けた。

 

対局の終わった部室の空気は、酷く白けたものになっている。

それも当然、俺が勝利を予告した直後からあっという間に形勢は逆転し、最後は役満まで飛び出したのだから。

まぁ部外者の俺が勝ったところで部員たちが盛り上がれないのは当然だし、それどころか後半の逆転劇があまりにも鮮やかすぎたせいか、呆然として声を失っている者も多い。

ギャラリーからしてそうなのだ、当の対局者の表情は推して知るべし。

菫は完全に表情が抜け落ちていて、茫然自失といった態だし、誠子は悔しさにわなわなと震えているものの、感情をどこにぶつけていいのかわからないといった様子だ。

照だけは――いや、照さん(・・)だけは自分を保っているようで、苦い表情で卓上を見つめているものの、内心で負けた理由を分析しているような冷静さが窺える。

実力もそうだが、彼女の麻雀に対する真摯な態度と、能力で及ばなくとも勝ちを諦めないその姿勢は尊敬に値する。対局してそれがわかった。

 

さて、これ以上ここに留まるのは得策じゃない。

目的は果たした。

淡は知りたいことを得ただろうし、俺の対局はあくまで余禄にしかすぎない。

皆が自失しているならある意味好都合、さっさと退散するとしよう。

 

「淡、そろそろ帰るよ。もう十分でしょ?」

「うん。……やっぱり、白姫が無双しただけだった。照ならあるいは、と思ったけど……」

「おま、そっちに期待懸けてたのか?」

「嘘。白姫、かっこよかったよ。えらいえらい」

 

淡く微笑みながら、なでなで、と俺の頭を撫でる淡。

嬉しくはあるものの、気恥ずかしい。

てかこら、あんまりやるとウィッグずれるじゃねーか!

俺は頭を撫でている淡の腕を掴むと、雀卓の椅子から立ち上がる。

 

「照さん、対局、楽しかったです。それじゃあまた、どこかの卓で」

 

騒ぎが大きくなる前にとんずら作戦。

俺は最低限の礼儀として照さんに挨拶し、淡の腕を引いて未だ呆然としているギャラリーをかき分け、部室から脱出を果たした。

と、思ったら、三歩も歩かないうちに背後からがしっ! と肩を捕まれてしまった。

振り向けば、淡も同じ人物に腕を捕まれている。

……照さんだった。

 

「出て行かなくていい。いや、行かないでくれ。うちの麻雀部に入って欲しい。頼む」

 

切なげな表情で訴えてくる照さん。

間近で見ると、かなり綺麗な顔立ちをしていることに気付く。

対局前はほぼ無表情だったから、綺麗だとも可愛いだとも思わなかったけど、こうして表情に感情が宿ると本来の魅力が際立つようだ。

 

「そうだ! どこにも行く必要はない! 誰が何と言おうとお前たちは即一軍だ! 最初の無礼な態度は詫びる! だから入部してくれ!」

 

照さんに続いて部室を出てきた菫が、長い髪を振り乱しながら叫ぶ。

……まぁ慰留するよね、俺たちみたいなトンデモ雀士見ちゃったらさぁ。

やっぱ考えなしに行動するもんじゃない。

今更に後悔しつつも、俺はある程度真実を白状してこの場を去ろうと心に決める。

 

「照さん、すみません。実は私と淡はまだ中学生なんです。本当は、今日は見学だけのつもりだったんですよ。それを淡が麻雀打ちたいとか言い出すから……」

「白姫ひどい。私を悪者にした」

 

すまん淡、一時我慢してくれ。

……ってあれ、よく考えたら今の事態って一から九まで淡のせいじゃん!

最後の一くらいは調子乗った俺が悪いんだけどさ。

 

「ちゅ……中学生……だと?」

 

菫が信じられないって表情で聞き返す。

 

「ええ。なので今すぐ入部は出来ません。来年の春まで待っていただけると……」

「そうか……わかった。引き止めてすまなかった」

 

思いのほか物わかり良く、照さんが俺と淡を掴んでいた手を離した。

身分詐称や校舎不法侵入、部室で好き放題打ったことなどを責めることもせずに、行っていいと視線で語る。

 

「おい照! 勝手に許可を出すな! それなら余計にこいつらを拘そ……」

「菫!!」

 

照さんはビリビリと空気が痺れるような迫力のある声で菫を一喝する。

 

「――相手が誰であれ、私たちは負けたんだ。これ以上恥を晒すな」

「なっ……!? それとこれとは話が違うだろう!」

「責任は私が取る。顧問にも部員にも私が説明する。それに、白姫たちは来年白糸台(うち)に入学すると言っているんだ。雪辱を晴らしたいなら、半年待てばいいだけのことだろう。違うか?」

「それは……」

 

すいません、俺は違うんです……

進学先は県外だし、仮に白糸台に入ったとしても男だから同じ活動はできないんですぅぅぅぅ。

罪悪感でちくちく胸が痛かった。

まぁそのへんの釈明は来年の淡に丸投げしよう。

 

「それに、仮にここで大事にして、万が一彼女らの入学に支障が出たら、困るのはむしろ私たちだ。それを忘れるな」

「くっ……!」

 

照さんの理路整然とした理論武装に抗しきれず、悔しそうに唇を噛んで白旗を揚げる菫。

菫を厳しい目つきで見据えていた照さんが俺たちへと振り向くと、

 

「さぁ、これ以上大事にならないうちに帰るといい。……来年、また会えるのを楽しみにしてるよ」

 

と、初めて見る微笑で促してくれた。

 

「ありがとうございます。またいつか、お会いしましょう。ほら、淡も」

「……照。色々ありがとう。またね」

 

最後は礼儀正しく、二人揃ってぺこりと頭を下げて一礼すると、俺たちは踵を返して照さんの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

完全に陽が落ちた、宵闇の都内の景色を電車の中から眺めながら、俺は向かいの席に座っている淡に声をかけた。

 

「なあ淡、結局、白糸台高校はお前のおめがねに適ったのか?」

「……うん。私は来年、あそこに行く」

「そっか。そのときは照さんによろしくな。ああ、女装の件は適当に誤魔化しておいてくれ」

「まかせて」

 

短い言葉の応酬に、俺と、多分淡も、二人の別れまでに残された短い時間を意識していたんだと思う。

神妙で、どこか物悲しい空気に浸りながら、お互いの顔を見ることもなく会話は続く。

 

「ねえ白兎」

「何だ」

「私が自分の何もかも差し出すから、ずっと側にいてってお願いしたら、叶えてくれる?」

「…………」

 

俺は電車が走り出してから初めて淡の顔を見た。

淡も同様に俺の方へと向く。

表情を確認するまでもなく気付いていたが、今の台詞は紛れもない淡の本気であり、本心の言葉だった。

 

 

「……ああ、叶えてやるぞ」

 

 

うそつき(・・・・)

 

 

俺は本心で言ったつもりだった。

だけど、きっとそれを悟りつつも否定したのは彼女()のどうしようもない、優しさだったのだろう。

俺は再び外の景色に視線を戻すと、何でもいいから会話を続けたくなって、また淡に声をかける。

 

「これから寒くなるな」

「うん」

「俺がいなくなっても、風邪とかひくなよ」

「ひいたら白兎を呼んで看病してもらう」

「ま、それでもいいか」

 

依存していたのは、もしかしたら俺だったのかもしれない。

淡と並んで歩いていく未来(ビジョン)が俺の中でぼやけたまま、電車は目的地の駅についたのだった。

 




いきなり原作のラスボスっぽい照が出てきて白兎に敗北しています。
あれー? みたいな印象を抱く方が多いかもしれないですが、天元の雀士では
照はラスボスではありません。いいとこ中ボスです。


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東場 第二局 一本場

爽やかな早朝。

初夏とはいえ、朝はまだほんの少し肌寒く、それが丁度良い刺激となって頭を活性化させる。

天を仰げば蒼がいっぱいに広がり、小さな雲が白いアクセントとなって空の景色を彩っている。

視線を水平に戻せば、遠くに広がる山の緑。

耳を澄ませば小鳥の囀りの音が絶えることなく届く。

既に長野に引っ越してきてから2ヶ月を過ごしたが、未だこの情緒溢れる風景に小さくない感動を抱く。

俺は都会とは比べ物にならないほど澄んだ空気を味わいながら、田園と住宅街に挟まれた道路を歩いていた。

目的の場所が近づいてくると、見慣れた女子の制服とツインテールが特徴的なシルエットが佇んでいるのが見えてくる。

のどかだ。

俺は小走りにならない程度に歩速を早め、のどかの元へと急ぐ。

のどかも俺の姿に気付いたようで、遠目に顔をぱあっと綻ばせたのが見えた。

 

「おはようございます、白兎さん」

「おはよ、のどか」

 

親しき仲にも礼儀あり、を実践しているのどからしく、挨拶と共に会釈で頭を下げることを忘れない。

俺たちは合流すると、人気の少ない朝の道路を二人並んで学校へと向かう。

俺とのどかがこうして朝、まるで恋人同士のように一緒に登校し始めてから今日で1週間になる。

1週間前、咲が入部してくれた日――いや、のどかがキスしてくれた日というべきか、の部活後の帰宅途中、のどかから「もしご迷惑でなければ朝も一緒に登校してもらえませんか……?」とお願いされたのだ。

あのときの恥ずかしそうなのどかの顔は、写真に撮って永久保存しておきたいくらい可愛かったなーなどと、思い出す度ニヤニヤしてたりする俺キモい。

それはともかく、俺は麻雀部入部後間もなくから下校の際はのどか(とたまに優希)を自宅付近まで送ってから帰宅していたので、そのお願いにさして驚かなかったというか、決断には悩まなかった。

下校時に一緒に帰る場合は、同じ部活の女の子を防犯上の理由で家まで送るとか、対外的に言い訳というか体裁を保てるのだが、登校時に待ち合わせて一緒に歩く、というのは、控えめに言っても親密な関係であると他人の目には映るだろう。

もちろんのどかはそれを理解した上でお願いしてきたのだろうし、俺もまた納得の上で承諾した。

おかげさまでというべきか、最近よくのどかとの関係を麻雀部員以外からも質問されるようになった。

下校の場合は遅くまで部活をしてから帰宅するのが常だったので、人目に触れにくく話題に上るほど目立たなかったようだが、さすがに登校する生徒たちが普通に多い朝の通学路で毎朝並んで歩いていては、自分たちから噂して下さいと言っているようなものだ。

とはいえ、俺たちが大して目立たない生徒であればそれでも問題はなかったのだろうが、生憎どちらも際立った容姿の持ち主な上、ついこないだ実施された中間テスト総合で俺は学年トップ、のどかも3位と、知名度を高めたばかりだったりするからさあ大変。

入学後最初の1学期に早々と美男美女の秀才カップル誕生か、という噂が1年生を中心に駆け巡ったのだった。

多分、のどかも俺と同じかそれ以上に関係を尋ねられているだろうが、どのように答えているのかちょっと興味があったり。

ちなみに、俺の返答は「ご想像にお任せする」とか「目に見える真実が正しいとは限らない」とか「強いて言うなら甘酸っぱい関係だ」とか適当な事を言って煙に巻いている。

まあそういった周囲の加熱ぶりというか、状況はともかくとして、俺とのどかは今日もまた他愛のない会話をしながら通学路を歩いていた。

 

「原村さーん!」

「ん?」

 

地方主要道路から用水路を渡る橋に続いている小道へと曲がったところで、背後から第三者に声をかけられた。

その声に俺とのどかは揃って振り返ると、二人の男女がこちらへと歩いてくるのが見えた。

帽子を逆向きに被り、業務用といって差し支えがないほどの立派な一眼レフカメラを肩から下げた大柄な男と、メモ帳とペンを手に持った髪の長い眼鏡をかけた女性という組み合わせの二人は、ぱっと見でカメラマンと記者のペアかなと容易に想像がついた。

こちらへと近づいてきた二人は、10mもない坂道の途中で振り返った俺たちを見下ろす位置で立ち止まる。

カメラマンの男性はのほほんとした表情でこちらを眺め、記者の女性は俺をちらりと好奇の視線で一瞥してからのどかへと目線を移し、口を開く。

 

「ウィークリー麻雀トゥデイの西田ですー。取材、いいかしら?」

 

記者の女性は身分と名前を名乗り、手に持ったペンとメモ帳を胸元へと掲げ持つ。記者特有のボディランゲージだ。

目的はどうやらのどかへの取材らしかった。

普段あまり意識したことはないが、のどかは去年の全中個人戦チャンピオンであり、優れた容姿もあって麻雀関係のマスコミからは人気があると優希からちらっと聞いたことがあった俺は、なるほどなと内心で納得する。

俺が全中で個人優勝したときも、記者からこんな形で突撃取材を受けたことが何度かあったなぁと、3年前の過去をふと思い出す。

ってあれ、この人どっかで見たことがあるような……?

心のひっかかりを覚えて、記憶の検索に刹那気を取られていると、隣でのどかが礼儀正しくぺこりと記者たちに会釈する。

俺もまたのどかに追従して小さく会釈した。

 

「お久し振りです」

「1年ぶりねえ。去年の原村さんの記事、評判良くってね。大人気よ」

「そうですか……」

「そう、全国中学生大会個人戦優勝。その上美少女」

 

二人が社交辞令を交わしている最中、カメラマンの男性がカメラを構えてのどかをファインダーに納めようとする。

目敏い俺はカメラマンが行動の前に、のどかへと好色的な視線を向けていたことに気付いていた。

その洞察を証明するかのように、のどかへと向けたカメラの目線が顔から胸へと少しずつ下がってゆく。

のどかの巨乳へ視線が惹き付けられるのは、特殊性癖のある男性以外にとって半ば本能的とも言えるだろうし、無理もないと同性として理解はできるのだが、だからといってその行為を許すことは別の問題である。

俺はさりげない動きでのどかの斜め前に移動し、半身でカメラからのどかの姿を遮った。

当然その行動が妨害だと気付いたカメラマンは少し苛立たしげな表情でカメラを下ろす。

まったく、ずっと年下の学生相手に露骨に顔色変えるとか、随分余裕がないな、おっさん。

それにいい歳なんだからせめて下心を隠す程度の腹芸は身に付けとけよ。

ま、精神年齢は俺の方が明らかに年上だが。

のどかを視姦された気がしてムカついてた俺はカメラマンに内心で散々な評価を下す。

 

「ところで、隣の男の子は誰かしら。朝早くから一緒にいるということは、もしかして原村さんの彼氏とか?」

 

西田と名乗った女性記者も俺の行動に興味を引かれたらしく、視線をのどかからこちらへ向けてそんなことを聞いてくる。

以前までののどかだったら、俺との関係を露骨に指摘されるとほぼ毎回のように反射的にキョドってしまい、竹井先輩を始めとした部員たちに格好のからかいのネタを提供していたのだが、幸か不幸かここ1週間ですっかり鍛えられてしまっていた。

特に慌てることなく落ち着いている様子に、俺は少し安心する。

 

「そんなところです」

 

否定すると多分のどかが気を悪くするだろうし、のどかの前で関係性をはっきり認めてしまうと間接的に告白したような体裁となる。

従ってやや曖昧な表現を選択したわけだが、西田女史はどうやら「肯定」と解釈したようだった。

 

「へぇ……原村さんも隅に置けないわね。ま、年頃の女の子なんだし、当然そういうこともあると思うけど」

 

西田女史は面白い、という感情をはっきりと表情に出してうんうん、と頷く。

 

「い、いえ……そんなことは……」

「でもよかったじゃない。すごくかわい……いやいや、美少年の彼氏で」

 

西田女史の理解ある台詞に、頬を赤らめて俯きがちに答えるのどか。

ちなみにナチュラルに「可愛い」という形容詞を付けられそうになった俺は地味にショックを受けてたりする。

経験上、大人の女性からしたら俺の容姿は「格好いい」ではなく「可愛い」と感じるものらしい。

会話のノリがもう、取材というより女性同士の恋バナになってきた。

俺と同様のことを思ったのか、カメラマンが肘で西田女史をつつく。

それで西田女史は話題が逸れてたことに気付いたのか、ハッとした表情になったかと思うと、「こほん」と体裁を取り繕うように咳払いをした。

そして真顔で俺の顔を注視したかと思うと、

 

「そういえばキミ、どこかで見たことあるような……?」

 

なんてことを言い出した。

そういや思い出す努力を放棄してたが、俺も見覚えあるんだよなこの人。

のどかへの取材のはずが、どうも妙な成り行きになってきたなと思いつつ、俺も同様の感慨を口にする。

 

「実を言うと俺もです。西田さんとどっかで会ったことありましたっけ?」

「うーん……あなた、名前は?」

「ああ、発中白兎です」

「はつなか……君……」

 

西田女史はオウム返しに俺の名前を呟きながら、目を瞑りながらペンを持った右手でおとがいを掴み、「うーん……」としばし黙考する。

そしてくわっ! と目を見開いたかと思うと、

 

「思い出した! 思い出したわ! キミ、全中チャンピオンの発中君でしょ!? ほら、3年前何度か取材させてもらったじゃない! 私あの頃眼鏡かけてなかったし、髪も今より短かったから解りにくいかもしれないけど!」

「え、まじですか?」

「マジマジ! ほんと覚えてない?」

 

本当に会ったことがあったらしい。

西田女史は眼鏡を外し、肩から胸の前に垂れていた長い髪を背中へと流す。3年前の自分に似せようとしたのだろう。

少し雰囲気の変わった西田女史の顔を見つめること数秒、記憶のシナプスが遂に繋がった。

 

「ああ……思い出しました。真顔で俺のこと「一度抱きしめてもいいかしら?」とか聞いてきて、そのとき隣に居たカメラマンさんに頭どつかれてた記者さんですよね?」

「ちょっと!? なんてところ思い出してるのよ!」

 

人間、覚えているのはやはり印象的な場面である。

西田さんはショタっ気があるのか、当時は今よりもっと小柄な少年だった俺に初めて個人取材を申し込んできたとき、すっごい目を輝かせて食い入るように見つめてきたんだよな……

正直あれは引いたというか、ちょっと身の危険を感じるレベルだった。

まぁ西田さんはそこそこ美人だし、精神年齢的に大人の女性が好みだった俺は「ちょっといいかも」なんて、西田さんのセクハラ申し出に役得感を抱いてしまったのは秘密だ。

 

「西田さん……中学生にそんなことしてたんですかい……」

 

うわぁ、という明らかに引いた口調で西田さんに声をかけるカメラマン。

態度から察するに、立場的には西田さんの方が上っぽいが、カメラマンの中では西田さんの威厳というか、株が絶賛暴落中だろう。

 

「ち、違うの! 出来心だったの! 未遂だったし、も、問題になるようなことじゃないわ!」

「そういう問題じゃねえと思うんですが……」

 

必死に言い繕う西田さんに同情した俺は助け舟を出すことにした。

 

「でも、あのことがあったおかげで俺も西田さんを覚えていたわけですし、結果論ですが良かったと思いますよ」

 

フォローの台詞と共に、にこりと微笑みかけた俺を見て、西田さんは見惚れたように硬直する。

三つ数えるほどの停滞を経て我に返ると、気を取り直すべく外していた眼鏡をかけなおし、ややどもりながらも口を開く。

 

「ま、まぁ、まさかあの(・・)発中君が原村さんとね……これは大スクープだわ。原村さんと知り合ったのは麻雀が縁で?」

「出逢ったきっかけは違いますよ。もっとも今は同じ麻雀部に所属してますが」

 

どうせいずればれることだし、と判断した俺はてらいなく答える。

マスコミというのは自分たちにとって都合の良い情報しか書かない(報道しない)人種が多い。

西田さんがそうだとは言わないが、痛くもない腹を探られるよりはある程度友好的な態度で情報提供してあげた方が好意的に書いたり報道してもらえる上、まだしもコントロールしやすいからだ。

前世でもトップ雀士として、多少は取材を受けたりして関わったことでマスコミとの付き合い方を学んだ俺は、3年前の教訓もあって、対応方針をそう定めている。

 

「と、いうことはつまり、発中君も今月のインターハイに出場するということ?」

「そうなりますね」

 

俺が麻雀部に入部して大会出場を決意したことには当然事情がある。

麻雀部には「大会に出ない」という条件で長く仮入部状態を続けていた俺だったが、咲を麻雀部に勧誘した件がきっかけで正式に入部することになったのだ。

咲を言葉巧みに……もとい、誠心誠意勧誘して引きこんだ張本人が実は部外者でした、というのは不誠実に過ぎるというか、責任感に欠けると思ったからだ。

大元は竹井先輩の意向だったにせよ、俺も咲に仲間になって欲しいと考えたのは事実だし。

それに、咲の件がなくても俺は正式入部をいずれ決意していたはずだ。

部の仲間たちとは極めて良好な関係を築けているし、愛着もある。

そうでなくとも既に清澄高校麻雀部のコーチにのめり込んでいる俺が、一月二月ならともかく3年間ずっと仮入部で過ごします、というのは部員に対する誠意に欠けるし、不自然に過ぎる。

そして何より大事なことは、のどかの存在だ。

お互い心寄せている男女なればこそ、同じ部の仲間という絆を共有したい思いがある。

で、入部した以上は大会に出て優勝し、キャリアを積むと同時に清澄高校麻雀部の威光を高めてやろうじゃないか的な目的を抱くようになったし、照さんや淡、咲との出会いのおかげで多少は強い相手がいるかもなという希望も出てきた。

心変わりの理由を言葉にするとこんなところだが、もっと飾らない本音を言えばのどかに良い所を見せたいという動機も多分にある。

のどかはどちらかというと栄光だの名声だのといった俗っぽい志向とは無縁のタイプだが、それでも無位無官よりは、誇れる肩書きを持っている彼氏の方が嬉しいだろうしね。

そうした経緯を思い返している俺に、西田さんは熱っぽい口調でさらに質問を重ねてくる。

 

「出場するのは団体戦? それとも個人戦? もしくは両方かしら?」

「男子団体戦は人数不足で出られませんので、個人戦のみですね」

「なるほど……これは俄然、今年の大会が面白くなってきたわね。まさかの伝説(レジェンド)復活といったところかしら」

 

「ふふふふ……」と怪しい含み笑いを漏らす西田さんの表情は抑えきれないといった感じの興奮で彩られている。

そんな西田さんの様子に、カメラマンは困った表情を向けながら尋ねる

 

「本人の前で失礼なんすが、発中君はそんなに有力選手なんですかい?」

「モチのロンよ。あんたはその頃いなかったから知らないでしょうけど、当時は神童とか天才とか言われて麻雀界の話題を独占した人物よ? その実力はプロ雀士より上だ、とか噂されたほどでね。弱冠12歳で全国優勝、そして打ちたてた大会最多得点記録は未だに破られていない。それだけ偉大な成績を残しながらも突然、麻雀界から姿を消した彼が3年の沈黙を経て復活する。これは超ビッグニュースだわ。まさか、原村さんの取材に来てこんな特ダネにありつけようとは……ついてる、私は超ついてる!」

 

カメラマンの質問に答えていくうち、西田さんの声は興奮で徐々に熱を帯びていく。

やー、事実とはいえそこまで評価されてるかと思うと面映いな。

 

「で、折角の機会だから、原村さんの後に発中君にも取材させてもらっていいかしら?」

「手短に済む程度なら構いませんよ」

 

時間には余裕をもって登校しているが、さすがに何十分も取材に付き合っている時間はない。

 

「ありがとう。それじゃまず原村さんからお願いね」

「はい」

 

俺のアポを取った西田さんはようやく落ち着いたようで、本来の目的であるのどかへと声をかける。

俺はのどかの前から退くと、撮影の邪魔にならない位置まで距離を取った。

先ほどはカメラマンの好色な視線に思わず妨害してしまったが、かといって写真を1枚も撮らせず聞き込みだけ、というわけにはいかないだろうと思ったからだ。

見た目が不細工な取材対象なら読者的に需要がないというか、大して話題にもならないし、取材側もむしろ気を使って撮影は最低限に留めそうだが、容姿端麗なのどかであればアイドル的にビジュアルも求められるだろう。

まーこれからのことを考えると俺にとっても他人事じゃないんだが……3年前のことを考えれば、決して自意識過剰な危惧ではないと思う。

 

「先ほど発中君の話題でも出たけど、原村さんも2週間後の全国高校生大会県予選には出場する予定よね?」

「はい、そのつもりです」

「それでね、聞きたいの。あなた、この大会で注目している選手は、いる?」

「えっ…」

 

のどかは言葉に詰まると、俺へと顔を向ける。

その行動に込められた意図は明白すぎて、西田さんは苦笑する。

 

「確かに一番の注目選手は隣の彼氏かもしれないけど、そうじゃなくて。大会でライバルになりそうな人って意味ね」

「あ……そ、そうですよね。すみません」

 

赤くなって俯いたのどかをパシャッと撮影するカメラマン。

後で西田さんに交渉して今の写真焼き増してもらおうかな。

 

「ううん、いいのよ。で、そういう人はいるかしら?」

「えっと……同じ部の人がみなさん強いので、個人戦では負けたくないと思ってます。他校の選手は生憎詳しくなくて……ごめんなさい」

「そう……わかったわ、ありがとう原村さん」

 

のどかの回答を無難な謙遜と受け取ったのか、表情にやや失望の色は浮かんだものの、あっさり引き下がる西田さん。

ま、俺がのどかの立場でも同じ回答をするだろうな。

実際、のどかの言うとおり、身内である部員が知り得る範囲で一番強敵なわけだし。特に咲。

それはともかく、記者ってのはある程度内容を歪曲させるというか、方便で書く場合もあるから、大事なのは聞き取り取材したという事実なのだろう。

西田さんは手元のメモ帳にさらさらと何かを書き込んでから、俺へと視線を向ける。

 

「それじゃ発中君に質問ね。実に3年ぶりの公式戦出場になるわけだけど、自信のほどは?」

「アイアムナンバーワン」

「さ、さすがというか何と言うか、すごい自信ね……」

 

確信の篭った俺の回答に、顔を引き攣らせた西田さんが手元のメモ帳にペンを走らせる。

そして再び俺へと視線を戻し、別のアプローチで尋ねてくる。

 

「もうちょっと具体的に抱負を語ってもらえる?」

 

具体的に、か……

俺はやや逡巡してから口を開く。

 

「誰が相手だろうと関係ありません。立ち塞がる敵は全て蹴散らして優勝します」

「強気なコメントは変わらないのね……」

 

どこか諦めた口調で苦笑する西田さんは、それでも先ほどの台詞よりはマシかと思ったのか、気を取り直した様子でメモ帳に走り書く。

20秒ほどで書き終えた西田さんはパタン、とメモ帳を閉じる。

取材は終わった、という意志表示だろう。

 

「発中君のその様子じゃ、原村さんと同様に注目している他校の選手はいなさそうね」

 

念の為、といった感じで質問してくる西田さんに、俺はとあることを思い出して答える。

 

「県予選に限らずなら、注目している選手はいますよ」

「ほう? それは誰かしら」

「白糸台高校の宮永照と、大星淡です」

 

間違いなくあの二人なら大会で大暴れするはずだ。

西田さんは再びメモ帳を開きつつ更に尋ねてくる。

 

「宮永選手は前年度のインターハイ覇者だし、注目されるのはわかるけど、大星選手というのは?」

「ちょっとした知り合いです。実力は俺が保証します。同じ1年生ですが、まず間違いなく団体戦でも代表に選ばれて活躍すると思いますよ」

「なるほど……キミがそういうなら、期待できるんでしょうね。有益な情報提供ありがとう」

「どういたしまして。良い記事を書いてくださいね」

「ええ、まかせて」

 

マスコミにゴマをするつもりはないが、この程度は愛想よくしておいた方が今後のためだろう。

 

「それじゃ最後に、二人一緒の写真を撮りたいのだけど、いいかしら」

「えっ」

 

思わぬ依頼に声に出して驚くのどか。一方俺はそういう要求もありうるかなーと予想していたのでさして意外には思わなかった。

常識的に考えるなら、のどかのようにアイドル的に容姿を持ち上げられた存在に異性の影がちらつくのはマイナスイメージというか、人気を利用して本を売りたい西田さん側からすれば本来ありえない申し出である。

それなのに敢えてペア写真を撮るのは、ひとえに俺がお相手だからだろう。

自意識過剰に過ぎると言われても仕方ないが、どちらも美男美女で全国大会優勝者というステイタスを持つカップルとなれば、書き方一つで非常に話題性を呼ぶ記事となることは間違いない。

記事にするにせよしないにせよ、ここで写真に収めておくこと自体は問題ないわけだし、あわよくば何かに使えるだろうというあざとさを感じる。

もっとも、あざとくないマスコミなんて存在しないわけだが。

俺は内心で小さくため息をつくと、のどかに声をかける。

 

「のどかが決めてくれ」

「白兎さん……いいんですか?」

「ああ。責任は取るよ」

 

少々大げさな言い方だが、二人一緒の写真が記事になったとして、反響というか悪影響があるのは通常女性の方なわけで、そうなった場合に俺がのどかの為に出来る限りのことをするという意志を伝えておかなければ、安心して決断はできないだろう。

まぁ少々知名度があると言っても芸能人ではないわけだし、高校生の男女に何を期待してるんだって意見をいざとなったら世間に叩きつけてやろうと考えているが、そこまでの最悪な事態というか騒ぎになることはまずありえないだろう。

むしろ問題なのは、二人一緒に居るところを盗撮でもされてこっそり記事にされるのが一番怖い。想像力で書かれた記事ほど大衆の悪意を集めやすいからだ。

そうなるくらいなら最初から堂々と関係を晒してしまった方が後腐れなくていい。

のどかは俺の言葉に小さく微笑んで「ありがとうございます」と礼を言うと、少し考え込み、それから西田さんに顔を向けて「わかりました」と承諾の返答を行った。

 

「ご協力に感謝します。それじゃ、背中合わせにくっついて、お互いの手を握ってもらえる?」

「な……手を、ですか。二人並んだ写真ではだめなんですか?」

 

恥ずかしそうな表情で聞くのどか。

無理もない、手を繋いだことなんてこれまで一度もないからな……

ステップを一段飛ばししてキスを既に済ませた俺たちだが、手を繋ぐという嬉し恥ずかしな行為を他人の目の前でやるというのは、慣れがない分羞恥心というハードルがいささか高い。

 

「それだとインパクトに欠けるのよ。単なるツーショット写真じゃ表紙にも使いづらいし。ある程度の親密さを窺わせる内容が必要なの」

 

西田さんは腰に左手をあて、まるで役者に演技指導する監督のような物言いで、右手に持ったペンを俺たちへ向ける。

もはや麻雀とは何の関係もない次元である。

てか表紙って、どこまで大々的な記事にする気だよ……

やっぱ断るべきだったかな、などと後悔の念を抱きながら、俺は左手でのどかの右手を握った。

いきなり手を握られたのどかは流石に驚いたようで、「っ!」と小さく息を飲んでびくっと身を竦める。

「ごめん」とのどかに囁いた俺は、彼女の瞳に嫌悪や拒絶の色がないことを確認して、背中合わせの体勢へのどかを誘導する。

背中合わせになったのどかの体温と緊張を感じた俺は、繋いだ手に少しだけ力を込めてきゅっと握る。

それが功を奏してか、のどかの体から強張りは急速に抜けていった。

やー、しかし俺たち朝っぱらから何やってんだろうな、ほんと……

初めて手を繋ぐという青春のドキドキイベントを迎えながら、俺はどちらかというと寒々しい感傷に捉われていた。

行為自体はともかく、そこに至るまでのシチュエーションが特殊すぎて何ら感動を抱けないせいだ。

 

「これでいいですか?」

「オッケー。あ、でもできれば手の握り方は恋人繋ぎでよろしく。あと空いてる手で雀牌持ってくれるかしら」

 

俺の確認にずけずけと更なる要求を口にしながら、俺たちへと歩み寄った西田さんはどこからともなく取り出した雀牌を1個ずつ俺とのどかに手渡す。

俺は指示通りのどかと握った手を恋人繋ぎに変える。のどかは抵抗することなく従順に変更を受け入れた。覚悟を決めたか、色々と諦めたかのどちらかだろう。

 

「それじゃ、後は雀牌を顔の少し下くらいの高さに掲げて、顔はこちらに斜め向いてカメラ目線でお願いします」

 

俺は言われたとおりのポーズを取る。

のどかは背中合わせで見えないが、衣擦れの音と伝わってくる背中の感触で身じろぎしているのがわかる。

多分、言われるがままに俺と同じポーズを取ったのだろう。

 

「表情硬いよー、にっこり笑って!」

 

西田さんのダメ出しに、もうどうにでもなれという気持ちで、俺はできる限りの作り笑顔を浮かべた。

 

「完璧! そのまま動かないでー」

 

パシャ パシャ

 

カメラマンが向きを少しずつ変えながら俺たちを何度も撮影していく。

10枚くらいは撮られただろうか、そこでようやくシャッター音が途絶えた。

 

「はい終了ー。どうもありがとうございました。良い絵が取れたわー」

「ありがとうございました」

 

揃って礼を言う西田さんとカメラマンの二人。

どちらの表情にもやり遂げたという満足感が浮かんでいる。

対照的に俺とのどかの表情には疲労感が滲んでいたことだろう。

 

「雀牌返します。ほら、のどかも」

「は、はい……」

 

俺は西田さんに声をかけると、のどかと手を繋いだまま背中合わせから対面へ向き直る。

別にすぐ手を解いても良かったのだが、のどかが握った手の力を緩める気配がなかったのでまぁいいかと考えたためだ。

それに、これはこれで良いきっかけかなと前向きに考えることにした俺は、女の子らしい小さく柔らかな手の感触を改めて味わいつつ、羞恥に俯いているのどかから雀牌を受け取る。

牌を受け取ってから今更ながらに牌種を確認すると、俺の牌は⑤ピンで、のどかの牌は赤ドラの⑤ピンだった。

色の違いで男と女ってか。なかなか芸が細かい。

妙な感心をしつつ西田さんに牌を返却すると、彼女はニヤニヤしながら俺とのどかの繋がっている手に視線を注いでいる。

確かに撮影が終わっても手を握ったままというのはいささか不自然である。

西田さんがどういう想像をしているのか手に取るようにわかった。

まぁ概ね誤解じゃないし、そもそも恋人繋ぎのツーショット写真撮影を許容した時点で半ば既成事実化したと考えるべきだろう。

自分から殊更に吹聴する気は無論ないが、他人から何を言われても否定せず軽く流そうと今後の方針を定める。

 

「ま、折角なのでしばらくこのままで登校しますよ。それじゃ、時間もそろそろ余裕ないので失礼します」

 

我ながら実に自然で動揺や気負いの一片も感じられない口調でさらっと告げると、西田さんは感心した表情で別れを告げてくる。

 

「ええ、忙しいところ時間を割いてくれてありがとう。二人の大会での活躍を楽しみにしてるわ。またよろしくね」

「……機会があれば。ではまた」

 

ちゃっかり次回アポの言質を取ってくる西田さんに正直うんざりしつつ、俺は短く告げて背を向けた。

のどかも「失礼します」と小さく会釈して踵を返す。

 

 

 

西田さんたちと別れた俺とのどかは、未だ手を繋いだままお互い無言で通学路をしばし歩く。

5分ほどもそうして歩いただろうか、俺はぽつりと先ほどの感想を口にした。

 

「ちょっと……いや、かなりサービスしすぎたな……」

「……私もそう思います……」

 

どちらかというと独り言のつもりで言ったのだが、のどかも同感だったらしく、重めの口調で俺に同意する。

まぁ今更といえば今更だが、西田さんに上手く乗せられてしまったというべきだろう。

自分たちの決断の軽率さを悔やむより、西田さんの手腕を褒めるべきかもしれない。

せめて放課後とか、もっと時間に余裕のあるタイミングだったら、交渉で写真のポーズをおとなしめのものに変えるとか選択肢もあったんだが。

てか、ほんとに雑誌の表紙で使われたらもはや後戻りできないってか、ぶっちゃけやばくね? 日本中に俺たちの関係が暴露されるわけだ……胸が熱くなるな。

ま、とはいえ未成年を表紙に使うことはあるまい。記事の1ページ程度ならともかく、まともな社会常識のある会社ならさすがにそんな暴挙には出ないはずだ。

……出ないよね?

心配の種は尽きないが、今は別に考えることがある。

 

「ところでのどか。ちょっと相談があるんだが」

「はい」

 

デリケートな問題なだけに、俺はまず前置きでワンクッション入れる。

 

「……どこまで手を繋いで行くことにする?」

「え……あの、ど、どうしましょうか……」

 

頬を染めて俯き加減で歩くのどかの横顔を見て、このままでもいいか、と俺は呑気に考える。

早朝という時間帯もあって、今のところ付近に人気はないが、もう少し歩けば大通りに出るため人目が増える。

また、学校に近づけば近づくほど登校中の生徒の数は多くなっていくだろうし、手を繋いで歩いているところを生徒たちに目撃されてしまえば、もはや対外的に二人の関係は言い訳できなくなる。

それらの諸要素を考慮した上で、別にいいかと判断したのだ。

今更自重したところで、多少遅いか早いかの問題でしかない。

俺とのどかの関係はもはや引き返せないところまで至ってしまっている。

それならば、のどかが手を離したいと思うまではこのまま繋いでいようと開き直ったのだった。

もしかしたらのどかもまた、俺と同じことを考えていたのかもしれない。

 

 

 

――結局、俺たちは学校に到着するまで繋いだ手を離さなかった。

 



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東場 第二局 二本場

放課後。

今日は竹井先輩と染谷先輩の二人がインターハイ県予選の出場申請のため外出している。

よって今部室にいるのは俺を含めた一年生の5人だ。

竹井先輩から今日の部活動について任されていた俺は、一局終えたばかりで雀卓に座って雑談に興じているのどか、咲、優希、京太郎の4人を眺めながら、これからの指導方針を考えていた。

1週間前に加入したばかりの咲を除き、ここ1ヶ月の俺の指導で皆の実力はかなり底上げされている。

咲という新たな有望株も加わったことだし、新たに見えてきた個々の課題を解決するためにも指導方針の見直しが必要だと判断したためだ。

俺は雑談の話題が一区切りしたタイミングを見計らって用件を切り出した。

 

「はい、ちゅーもーく!」

 

竹井先輩がよくやっているように、ぱんぱんと拍手を打って皆の注目を集める。

雑談が止み、何事だと皆の視線が向けられたのを確認し、俺は口を開いた。

 

「いよいよ県予選が10日後まで迫っている。そこで突然だが、今日から大会までの間、個別カリキュラムを皆に課すことにした」

 

俺が一息にそう言うと、皆は目をぱちくりとさせて聞いている。

 

「この件については部長にも許可は取ってある。質問があればどうぞ」

 

俺が手振りで意見を促すと、早速新人である咲から声があがる。

 

「えっと……それはつまり、単純に麻雀を打つのとは違うことをする、ということ?」

「そうだ。要するにそれぞれの長所を伸ばし、短所を補うための特訓だな」

「特訓……」

 

咲の顔が心なしか青ざめる。

根が単純な咲のことだから、特訓という単語でうさぎ跳びとか1000本ノックとか、古臭い体育会系な連想をしたに違いない。

 

「多分、咲が想像している特訓とは違う内容だぞ」

「あ、そ、そうだよね……麻雀部なのにうさぎ跳びなんてするわけないよね」

 

案の定、俺の推測は的を射ていた。

後半は消え入るような声だった咲の呟きを耳聡く拾った優希が不思議そうな表情を咲へと向ける。

 

「ほぇ、うさぎ跳び? 咲ちゃん、白兎をカツアゲする気か?」

 

なんという発想力。俺は優希の感性に素直に脱帽した。

うさぎ⇒白兎(オレ)、跳び⇒ジャンプ⇒「小銭持ってんだろ? おらその場で跳んでみろや」というテンプレなカツアゲ手段、という三段変換だ。

しかしこういう発想がポンと出てくるあたり、優希の奴普段から脳内で俺のことディスってそうだな。

 

「優希……つまりそれは特訓でうさぎ跳びをしたいという、婉曲な意思表示というわけだな?」

 

俺は一分の隙もない爽やかな笑顔を優希に向け、優しく声をかけた。

 

「ひぃっ。そそそんなことはないじょ。単なる小粋なジョークだじぇ」

 

笑顔とは本来攻撃的なモノである。

身の危険を悟った優希は慌てて弁解し、両手を俺に突き出してぶんぶんと左右に振る。

根性のない奴だ。

案外うさぎ跳びさせるのも精神力を鍛えるためにはいいかもしれなかった。

 

「ったく。――とりあえずそんなわけで、まずは優希からいこうか」

「うさぎ跳びは勘弁だじぇ」

「茶化すなら本当にやらせるぞ」

「ごめんなさいもう言いません」

 

まるでコントのようなやりとりだが、まぁ俺と優希のいつものコミュニケーションである。

 

「さて、優希のカリキュラムだが……これを使ってもらう」

 

俺は先日取り寄せたあるアイテムを鞄から取り出して、優希に手渡した。

優希は手渡されたそれをポカンとした表情でしばし見つめ、まるで玩具を与えられた子供のように、ソレを縦にしたり横にしたり挙句は振ってしゃらしゃらと音を鳴らせたりしていじくっている。

そして何かに気付いたようなハッとした表情に変わると、俺へと顔を向けた。

 

「これはまさか……そろばんか?」

「ああ。お前にはそれを使って計算問題をやってもらう」

「ええぇぇぇー!?」

 

あからさまに嫌そうな顔をする優希。

俺が優希のスキルアップの為にそろばんを使うことを思いついたのは、前世において習い事として経験していたからだ。

最初は簡単な計算ドリルでもやらせようかとも思ったのだが、ただ問題を解いてドリルに書き込むだけの単調作業だと、興味のないことには注意力散漫な優希の集中が持たない可能性がある。

それならば手先を動かすことで脳を刺激し活性化させ、緻密な作業のため集中力が要求されるそろばんなら、飽きずに取り組めて集中力向上及び算術の研鑽にもなるという一石二鳥の狙いだ。

 

「昔小学校で習っただろ? もし忘れたんなら後で教えるよ」

「なんでこんなものを……」

「集中力を鍛えるためと、計算力を高めるためだよ。優希さ、点数移動計算が苦手だろ? 大会の団体戦では互いの点数の把握が重要だから克服しないとな」

 

俺は実にイイ笑顔で優希の肩をポンポン、と叩いてやる。

優希は「うぅ……」と呻き、諦めたようにがっくりと項垂れた。

 

「さて次は……咲かな」

「は、はい!」

 

俺が声をかけると、咲はびくっ! と一瞬身を竦ませ、緊張した面持ちで返事をする。

自分は何を言い渡されるかと内心でびくびくしながら身構えているのだろう。

両手を太ももの上で組み、小さく縮こまっているその様子はまるで小動物のような印象で、俺は少し微笑ましく思ってしまった。

 

「えー、咲にはネット麻雀を打ってもらう」

「ねっと?」

「そうだ。咲の麻雀の強さは、牌以外に様々なものが視えているからだと言える。だから逆に、牌の情報以外は何も視えない状態で戦ってもらう。一種の逆境訓練だよ」

 

咲の姉、照さんがかつて俺と戦ったときのように、強力なギフトホルダー相手では自分の能力を十全に発揮できない状況で戦う場合もあるだろう。

咲はどうもギフトに頼りすぎているというか、能力に依存した打ち方をしている。

(とはいえギフトやセンスを有する雀士の大抵はそうであるのだが)

これでは、能力が使えない状況、もしくは効かない敵を相手にしたときに著しく調子を崩してしまう可能性がある。

そうならないよう、能力に頼れない状況での対局に慣れさせておかねばと考えてのネット麻雀だ。

きっと、ままならない麻雀に四苦八苦するだろう。だが、そうした逆境こそが精神力を高め、人を強くする。

 

「でも……わ、私……パソコンとか持ってなくて……」

 

視線を逸らし、恥ずかしそうに答える咲。

今時、高校生にもなればパソコンを持ってない方が少ないご時勢だ。

咲の家庭の経済事情はわからないが、他人が当たり前に所持している必需品を持ち得ていない、というのはなるほどコンプレックスになるかもしれない。

 

「ほぇええぇ……」

「あら……」

 

驚く優希と意外そうな声をあげるのどか。

携帯ほどではないが、パソコンを持っていない同年代の子が珍しいからだろう。

こらこら、そういう反応は咲が傷つくぞ。

 

「ふむ。――だがこんなこともあろうかと! モバイルパソコン~!」

 

俺は某国民的アニメの猫型ロボットキャラのような口調で鞄からB5サイズのノートPCを取り出す。

そろばんと同じく、これもごく最近取り寄せたものだ。といっても単に通販でポチっただけだが。

 

「「おお~!」」

 

俺の手際の良さに皆が感嘆する。

俺はノートPCを咲に差し出し、咲は恐る恐るといったやや覚束ない手つきの両手でそれを受け取った。

 

「このノートPCを咲に預ける。部活中は当然だが、できれば自宅でも打って欲しい。いつでも対局できるのってのは結構便利だぞ?」

「あ、ありがとう…… でも、こんな高価なもの、私が預かっていいのかな? 私ドジだし、うっかり壊したりしたら……」

 

咲の表情が不安そうに歪む。

確かに最近は低価格化が進み、相当普及してきたとはいえ、高校生の経済力では軽々しく購入できない程度には高価な道具である。

ましてデスクトップ型ならいざ知らず、持ち運び使用前提なノートPCは、落としたりどこかにぶつけたりして壊してしまう危険性が常に付き纏う。咲の危惧はもっともだろう。

 

「大丈夫だ。問題ない。壊すのが心配なら自宅におきっぱでもいいよ。部活中は部室のデスクトップPCを使えばいいしね。それにこれは元々、部に寄付するつもりで購入した物だから、万が一壊しても部の備品扱いにして部費で修理すればいい。使ってなんぼな道具だから、破損の可能性は気にしなくていいよ」

「う…… わかった。それじゃ、ありがたく使わせてもらうね」

 

俺が諭すように説明すると、咲はようやく笑顔を見せてノートPCを大事そうに両手で胸に抱く。

 

「インターネット関係の契約も一式済ませてあるけど……咲の家族でパソコン使ってる人いる?」

「あ、うん。お父さんがパソコン持ってる」

「そうか。じゃあネット接続に関しては問題なさそうだな。遠隔LAN用の周辺機器も揃えてあるから、帰宅したらお父さんにセッティングしてもらうといい」

「遠隔らん……? よ、よくわからないけど、わかった。お父さんに頼めばいいんだね」

「ああ。システムは設定済みだし接続用アプリもインストしてあるから、ハードを繋げば即ネットが使える状態になってる。お父さんにそう言えば解ってもらえると思う」

「え……えっと、機械を繋ぐだけでいいってことだよね?」

 

パソコンを持ってなかっただけあって、咲はあまりPC関係の用語には詳しくないようだ。頭上にハテナマークが乱れ飛んでいる。

 

「そうだね。セッティングについては説明書を読めば難しくないけど、どうしてもわからなかったら俺に電話してくれ。口頭で教えるから」

「うん、わかった」

 

パソコンに関しての疑問を飲み込んで納得する咲。わからなくていいことだと開き直ったのかもしれない。

 

「パソコンの使い方とネット麻雀のプレイの方法に関しては――京太郎、頼めるか?」

 

この後にのどかのカリキュラムについて解説を控えている俺は、京太郎に以後の説明を丸投げする。

現代っ子な男である京太郎なら、パソコンの使い方もネット麻雀の遊び方も過不足なく説明してくれるだろう。

 

「お、やっと俺の出番だな! 任せろ、俺が咲を一人前のネット雀士にしてみせる!」

「あはは…… 京ちゃん、お手柔らかにね」

 

気炎を上げる京太郎に、やや引き気味で苦笑する咲の二人が微笑ましい。

付き合いが長いせいもあるのか、この二人は何気に相性がいい。

京太郎は咲を促して部室のデスクトップPCが置いてある机へと席を変え、有線LANケーブルをデスクトップPCから引っこ抜いてノートPCに繋いでいる。

澱みのない一連の作業風景に、咲のことは京太郎に任せて心配ないなと確信した俺はのどかへと顔を向ける。

 

「さて、それじゃ次はのどかね」

「はい……お願いします」

 

ようやく自分の番が来たと、のどかはきりっと表情を引き締める。

生真面目も過ぎれば弊害を生むが、教える側としてはのどかの常に真摯な態度はとても好ましい。

 

「のどかには少々特殊なカリキュラムをこなしてもらう。それは……(ダブル)対局だ」

「だ……ダブル対局……?」

 

わからない顔をしてオウム返しに聞くのどか。

まぁ端的な言い方をされてもわからんよね普通。

 

「具体的に言うとだ。通常の麻雀を打ちながら、同時にもう1局打ってもらう」

 

囲碁でもプロなどが一人で複数の対局者と同時に対局する、という離れ業をやってのける場合がある。

要はそれの麻雀版なんだが、言うは易しで実行には3つほど問題がある。

一つは、囲碁と違い麻雀は4人打ちのため、自分の手番が回ってくるタイミングが不規則な上、マナー的な見地から言って毎回長考はできないというか、停滞が許される時間は精々5~10秒程度なこと。

二つは、複数の対局には設備と人数がより多く必要とされること。生憎、清澄高校麻雀部には、2台目の全自動雀卓もなければ、同時に対局を行えるだけの部員数もいない。

三つは、麻雀は副露というルールがあるため、必須とまでは言わないものの、ある程度他人の捨て牌をリアルタイムで監視しておく必要がある。その制約上、複数の卓上を同時に監視するのは人間の能力的に無理があるということ。

以上の理由から、麻雀で同時対局を行ったという話は寡聞にして聞いたことがない。

それはのどかも同様だったらしく、その点を指摘してくる。

 

「あの、同時に対局するという行為の意味はわかりましたが、実質的にそれを行うことは不可能なのでは……」

 

俺は素直に頷く。

 

「そうだな、通常は(・・・)不可能だ」

 

聡いのどかは言外の意味を即座に悟ったようで、質問の内容を変えてくる。

 

「つまり、通常ではない方法でなら可能だと?」

「そういうことだ。その方法とは――これだッ! 携帯ゲーム機~!」

 

そのノリはもうええっちゅうねん。

内心でノリツッコミを入れながら、俺は鞄から第三のアイテムを取り出す。

 

「去年末に発売されたばかりの最新型携帯ゲーム機だ。これを使って咲と同じようにネット麻雀を打ってもらう。つまり、リアルとバーチャルでの同時打ちだ」

「な、なるほど……」

 

「ほえー」という間の抜けた擬音が背後に見えそうな、感心と呆れの中間めいた表情で携帯ゲーム機を見つめるのどか。

 

「パソコンとはインターフェイスが違うから、お手本に俺が一度打って見せるから隣で見ててくれ」

「はい」

 

飲み込みの早いのどかなら、携帯ゲーム機の起動から対局終了までの一連のプレイを見せればすぐに要領を覚えるだろう。

俺は先ほどまで咲が座っていた雀卓用の椅子をのどかの隣に移動させてから座る。

肘掛のない椅子なこともあり、携帯ゲーム機の小さな画面が良く見えるよう自然と密着した体勢になる。

別にこの状況を狙ったわけではないのだが、どうやら第三者にはあざとく見えたらしい。

 

「なーんか白兎は指導の名を語ってイチャつこうとしているように見えるじょ……のどちゃんも満更でもなさそうだし、朝の一件といい二人のバカップルぶりに拍車がかかってきてるじぇ」

 

優希が雀卓に突っ伏した体勢のまま顔を俺たちに向け、ジト目でそう指摘する。

俺が言い訳するより早く、優希の台詞を耳聡く聞きつけた京太郎が反応して話に加わってくる。

 

「そういや聞いたぞ白兎ォォォ! 朝のどかとイチャイチャ手を繋ぎながら登校してきたそうじゃねーか! なんてうらやまけしからんリア充なんだ貴様ァァァァ!」

「チッ、耳が早いな京太郎。お前にとっては残念かもしれんがその通りだ。あと先に言っておくが握手はしてやらんぞ」

 

予防線張っとかないと、こいつ(京太郎)のことだから「のどかの手を握ったその手を握らせてくれ!」などと間接キスならぬ間接握手とか、キモおぞましい申し出を言い出しかねないからな……

京太郎が話題に食いついたせいで、慣れない手つきでマウスを操作しながらネット麻雀のアカウント情報を入力中の咲までもが釣れる。

 

「そういえば、私も聞いたよ。原村さんが朝、白兎君と腕を組んでしなだれかかりながら親密そうに歩いてたって噂。「同じ麻雀部員だし二人の仲ってどうなの?」ってクラスメートの女子に聞かれちゃった」

「うへ……どんだけ噂が一人歩きしてんの……」

「そ……そんな噂が広まってるんですか!?」

 

尾ひれのついた噂が余程インパクトあったようで、優希に指摘されて以降恥ずかしそうに顔を俯かせていたのどかも会話に加わってくる。

皆の食いつきが良かったためか、元気を取り戻した優希ががばっと上半身を起こしたかと思うと、びしぃ! と俺とのどかを指差してくる。

久し振りに見たなこのポーズ。

 

「それだけではないじょ。某目撃者談によると、「まるで朝帰りのまま登校してきたと思うほど仲睦まじく見えた」という話もあるくらいだじぇ」

 

なんという誇張全開。たかが手を繋いで登校しただけで不純異性交遊を疑われたらシャレにならんぞ。

流石に学生指導課から呼び出し食らったりするほど大事にはならんと思うが……

優希のニヤニヤと面白がっている表情を見ると、どうも優希の作り話(ブラフ)なんじゃないかという気がする。

 

「まさか白兎お前ほんとにのどかと……」

「白兎君と原村さん、大人になっちゃったんですね……」

 

深刻な眼差しで俺を見つめてくる京太郎と、素直に噂を信じたのか、顔を赤らめつつもどこか羨むような口調で感想を口にする咲。

ゴシップネタで楽しめる程度ならいいが、悪ノリして火に油を注ぐ優希のせいで、そろそろ誤解を解かないと拙い気がする。

そう思った矢先にのどかが爆発した。

 

「ごっ、誤解です! 事実無根です! そんなのは根拠のない無責任な噂に過ぎませんっ!」

 

羞恥極まったのどかが威勢よく椅子から立ち上がったかと思うと、バンッ! と雀卓を両手で叩いて遺憾の意を表明する。

「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげてのどかの剣幕にびびる優希。あとついでに咲も。

のどかがこうなることは予想できただろうに、ほんと優希は後先考えないトラブルメーカー(困ったちゃん)だな。俺は内心で嘆息した。

 

「落ち着けよのどか。どう言い繕ったところで誤解を招く行動をしたのは俺たちなんだから、優希に当たるのは筋違いだ」

「それは……その通りですけれど…… でも、白兎さんは口さがない噂を立てられて悔しくないんですかっ?」

 

俺に掣肘されて多少は声のトーンを抑えたのどかだったが、しかしまだ憤懣やるかたないといった様子で言い募る。

 

「そりゃ悔しいさ。けどな、この手の噂ってのは火消しに走れば走るほど、第三者に真実味を抱かせるという逆効果にしかならない。消極的かもしれないが、人の噂も75日ってことで、放置するしかないな」

 

とはいえ75日も経過する前に、後付的に噂が真実になりかねない気も正直するが。

のどかとの関係を急ぐつもりはないが、再会して約一月で今の状態なわけで。

のどかのデレっぷりが加速度的に進行していると言ったら失礼かもしれないが、迎合している俺としても実際このままだと一ヶ月後には正式な恋人関係になってておかしくないし、その更に一ヵ月後には男と女の関係となっている可能性すらある。

まぁ恐らく初恋か、もしくは恋という段階まで実質的に踏み込んだのが初めてなのどかとしては、色々デリケートな心情の琴線を刺激する噂は不本意でもあれば不愉快だろうし、下世話な他人の妄想など嫌悪の対象でしかなかろうことは容易に想像がつく。

その潔癖さが好ましいと思える反面、大人の恋というか、男女の関係を経験している俺は、惚れた腫れたといった話で無邪気に盛り上がる幼さをどこか冷めた視線で見ている部分もある。

これがのどかにとって初めての恋だったとしても、二度目の恋をしないという保証にはならない。

大げさな話かもしれないが、僅か一月二月の交流で永遠の愛を誓うような展開となるハートフル恋愛ゲームとは違い、リアルの男女の仲というものはもっと生臭く、容赦のないものだ。

青く純粋な恋、というものを見下しているわけではないが、どうしても大人の視点で物事を考えてしまう俺は、”付き合った後の事”について生々しく想像してしまうのだ。

いかがわしい意味でじゃない。いや、それがないとは言わないが、突き詰めれば「一生付き合えるかどうか」だろう。

ま、そういう意味ではなんだかんだ言いながら俺も大概ピュアかもしれない。とはいえ女をとっかえひっかえするプレイボーイより100倍ましだが。

要は何が言いたいかっていうと、こういうゴシップ()で苦悩できるのも若さの特権、一種のラブコメだなーってことかな。

 

「白兎さんがそう仰るなら……仕方ありません、我慢します」

「ありがと、のどか」

 

ふぅ、と小さく嘆息して椅子に腰を下ろすのどかに俺は礼を言い、

 

「あと優希もつまらん噂を面白おかしく吹聴しないでくれ。ほどほどなら笑い話だが、程度も過ぎれば不愉快になる。何より、内情を知ってるお前が噂を認めるような発言を余所でした場合、誤解をより深刻に助長しかねん。火消しに協力してくれとまでは言わないが、せめて慎重な対応をして欲しい。頼む」

 

優希の作り話であることも見越して、釘を刺す。

下手に出た俺の態度に、優希は罪悪感を覚えたのか、「わかったじぇ……」と元気なく呟いて椅子の背もたれに体重を預ける。

 

「すまんな。そういうわけだから、咲と京太郎もよろしく頼むよ」

「うん、噂について聞かれたら何も知らないって答えておくね」

「あ、ああ。疑って悪かった」

 

素直に了承と納得の意を示す咲と京太郎。

 

「ありがとさん。とりま、ネット麻雀の続きをどうぞ」

 

自分たちも少々騒ぎすぎたと罪悪感に駆られているのか、どこかバツの悪い顔をしてる咲と京太郎に俺は作業の続きを促すことで気を取り直せと暗に告げる。

二人はきちんとその意を汲んでくれたようで、顔を見合わせアイコンタクトで意志疎通をしてからPCのディスプレイに向き直り、何事もなかったかのように作業を再開した。仲のおよろしいことで。

まぁ多分、二人はお互いにそんな気はないだろうけどね。

 

「それじゃ、こっちも再開しよう」

「はい、よろしくお願いします」

 

咲と京太郎のやりとりに刺激されたというわけではなかろうが、心なしか先ほどよりこちらに身を寄せて密着したのどかが俺へと顔を向けて嬉しそうに微笑み、小さく会釈する。

うーん、切り替えが早いというかなんというか、泣いたカラスがもう笑ったとでも言うべきか。

感情の落差がありすぎて、自業自得とはいえ相対的に優希が不憫な気がしないでもない。

やはり女は友情より男なのか。俗論だがこうも露骨な局面を見ると同意してしまいかねない説得力がある。

まぁ嫌だとかのどかを見損なったとかそういうことは全くなくて、正直のどかの態度が嬉しいけどね。

ふわりと、のどかからクチナシの良い匂いが漂う。

これまで何度か嗅いだことのあるのどかの匂いだが、愛用しているフレグランス(正確にはパフューム)によるものだろう。学生だから慎ましくオーデコロンかもしれないが。

 

「それじゃ俺のアカウントにログインして……と」

 

5インチしかない小さな画面でプレイするのは俺も初めてなため、少々もたつきながらも無事ネットに接続。

そしていきつけの最大手フリーネット麻雀サイトに移動してログインすると、見慣れたM型アヴァターと様々なステータスが画面に表示される。

その途端、のどかが「えっ……」と小さく驚きの声をあげた。

 

「しろっこ……さん?」

 

信じられないという表情で俺へと顔を向けるのどか。

自分で言うのも何だが、俺はネット麻雀界では強豪プレイヤーとして名を馳せた存在であるがゆえに、のどかもしろっこ()の名前を知っていたのかもしれない。

 

「ああ、のどかもネット麻雀やってそうだもんな。俺のプレイヤー名、知っててもおかしくないか」

 

ちなみにレーティング数値は1977で、堂々のプレイヤーランキング1位である。

レーティングの基準を簡単に言うと、1000が最低、1200で激弱、1400前後で普通、1600以上で強豪、1800以上でトップランカーとなる。

参考までに2位にランクインしている「のどっち」というF型アヴァターのプレイヤーのレーティングは1915、俺と約60の差がついている。

数値だけで考えるとそれほど大きい差に思えないかもしれないが、1800を超えるレーティングでは、大概の相手が格下な為、1位でも0~+3程度しか加算されず、2位だと0~-5、最下位だと-20とか理不尽な減算を食らう。

60という差の開きがどれほど大きいかなんとなく想像がつくだろう。

なおランキングはレーティング数値だけでなく、対局数も関係しているが、俺の対局総数は6244回、一度リセット食らった前バージョンでの対局総数を加えると1万回をゆうに超える。

ある意味暇人の証明とも言えるが、俺と同程度かそれ以上に対局数をこなしていて1800以上のレーティングを維持しているのはほんの一握りしかいない。

そのほんの一握りのトップランカーのレーティングを他にも挙げると、先ほども参考に出した2位の「のどっち」が俺と並んで別格級で、そこから3位が大きく引き離されて1841である。

あとは1とか2の数値刻みで順位が下がり、ランキングは同点同位を含め100位の1775まで続く。

まぁそんなわけで俺の成績は群を抜いており、2位の「のどっち」と並んでネット麻雀界の生きた伝説とまで言われている。

一時はトッププロ雀士だとか運営側の用意したプログラムだとか噂されたが、俺は比較的チャットに応じてたし、のどっちも俺と予約対局を度々打つようになってからはオープンチャットで割と発言があるので、最近では噂は沈静化している。

 

「あ……はい。それは無論、しろっこさんの名前は知ってました……けど、私が驚いたのは意味が違うというか、まさか同一人物だとは思わなかったというか……ある意味で「ああ、なるほど」と納得はできましたが……」

 

明快な物言いをするのどかにしては珍しく、奥歯に物が挟まったような台詞である。

俺が訝しげな表情を向けると、のどかは「少し貸していただけますか」と小声で携帯ゲーム機の貸与を願い出てくる。

のどかの意図が不明であったものの、別に断る理由もないので携帯ゲーム機をのどかに手渡した。

 

「私が何に驚いたのかは、私のアヴァターを見ていただければわかります」

 

そう言って、のどかは初操作ながら流暢に携帯ゲーム機を操作して俺のアカウントを一度ログアウトさせると、再度ログイン画面に戻って俺のものとは別のIDパスを打ち込みログインを行おうとする。

その時点でのどかも俺と同じネット麻雀サイトのプレイヤーだということがわかったのだが、直後に画面に表示された見覚えのあるF型アヴァターと名前を見て、俺は思わず「あっ」と声を漏らしてしまった。

 

「のどっち……のどかイコールのどっち、か。これは驚いたな!」

 

思わぬ奇縁に俺は歓声を上げた。

気付いてみればプレイヤー名といい、高度なデジタルの打ち筋といい、のどかと共通する点がいっぱいあった。

 

「はい。まさか私も白兎さんがしろっこさんだったとは、夢にも思いませんでした。でも、白兎さんなら納得です。そうそう、4月の初め頃に対局したとき、「学生ですか?」って私が質問したこと、覚えてます? あのときははぐらかされましたけど、図星だったんですね」

 

くすっと可笑しそうに笑うのどか。声が隠しようもない喜色を帯びている。

 

「まあね。俺としては隠すほどのことでもなかったんだけどさ。あのときに限らず、聞かれたら10代だってオープンに答えているのに誰も信じてくれないものだから、学生だって正直に答えても意味ないかなーってうんざりしててね」

 

事情を正直に告白すると、のどかはまたしてもくすっと笑い、

 

「無理もないです。だって白兎さん、いえしろっこさんは、いつも変なことばっかり言ってふざけてたじゃないですか。自分のこと”おじさん”とか言うし、私も正直、10代どころか30代40代のプロかセミプロ雀士だと想像してたくらいですよ?」

 

これまで抱いていた”しろっこ”像の見解を楽しげな口調で語る。

俺は痛いところを指摘されて渋面になった。

そうだ、 白兎=しろっこ であることがばれるということは、俺の本性というか、加齢臭漂う享楽主義者な素顔もまたのどかに知られてしまったということじゃまいか!

おーまいがっ。

俺はもちろん言い訳した。ぶっちゃけこれまで誰と対局したときよりも必死だった。

 

「いや、あれはね? 折角匿名なんだし、ちょっと遊んでみようかと……いわばRPG、ロールプレイングゲームですよ! 決してあれが俺の素だとか、性格だってわけじゃなくてね、一種の洒落というか、俺流のジョークっすよ!」

 

どうして人間ってやましいことがあると低姿勢になるんだろうね。

俺の誠意溢れるというより、白々しさに満ちた言い訳に、のどかはジト目を俺に向け、

 

「Toukaさんに「大好きよ(はぁと」とか言っていたのはまさか本気だったんですか? というか、ネット麻雀ではいつもあんなこと言ってるんですか?」

 

などと更に痛いところを突いて来る。

俺はじわりと背中に冷や汗が噴出すのを意識しながら、なんとか冷静さを取り戻して言い訳する。

 

「もちろん冗談だよ。俺はインターネットで出会い系行為はこれまで一度もしたことがないし、これからするつもりもない。信じてほしい」

 

のどかの瞳を真摯な眼差しで見つめる俺。

(キリッ)とか擬音が付きそうなくらいクールを装っているが内心では超必死だった。

至近で見つめられ、気恥ずかしさにのどかはぽっ、と表情を赤らめると、ふいっと視線を逸らしてから右手を口に当てて「ぷっ」と可愛らしく吹き出した。

 

「ふふっ、冗談です。白兎さんがそんな人でないことは短いお付き合いとはいえ、良く知ってますから……からかってごめんなさい」

 

珍しくのどかが茶目っ気を見せたことが可笑しくて、俺も思わず「くっ」と小さく笑ってしまった。

 

「のどかは冗談が下手だな。いや、演技が上手すぎると言うべきか、迫真過ぎて心臓に悪いよ」

「もう……私だってたまには人を驚かせたいって思うときがあるんですっ」

「くくくっ、ごめんごめん」

 

本気ではないのだろうが、少し眦を吊り上げて頬を膨らませるのどかを見てると、心が和む。

普段はいっそ冷たいと感じるほど取り澄ました態度言動を常とするのどかだが、本心を曝け出せるほど親しい相手にはきっと今のように他者を和ませる素顔を見せてくれるのだろう。

他の誰かが聞いたら「のどかの名前と掛けて上手いこと言ったつもりか」なんて呆れるかもしれない気障な感想だった。

そんな感じで他人が見たら砂を吐きそうな二人の世界(桃色時空)を展開していると、独り身で無聊を託っていた優希(勇者)が突貫してきやがった。

どうやら放置されるのに飽いたらしい。

 

「二人がさっきから話題にしてるのはネット麻雀の話か?」

 

俺とのどかの会話は距離から言って一言一句漏らさず聞こえていたはずだが、さりげない振り方をしてくるあたり、一応は遠慮しているというか、気を使っているらしい。

まあ、さっきのどかの逆鱗に触れたばかりだしな、及び腰になるのはわからないでもない。

それはともあれ、このときほど他人に空気読めよって思ったことは未だかつてなかったと断言できる。

多分のどかも少なからず同感だったと思うが、親友である優希を無碍にはできず、丁寧に返答する。

 

「ええ。実は白兎さんがネット麻雀の有名プレイヤーである「しろっこ」さんだったことがわかったので、そのあたりのお話を少し」

「ほほう。のどちゃんと並んでネット麻雀界の伝説の片翼が白兎とはな。良いこと聞いたじぇ」

 

ニヤリと唇を歪めてほくそ笑む優希。こいつ、俺の弱みを握ったとか考えてそうだな。

 

「おい優希。リアルで多少話題に出すくらいならともかく、ネット上で余計なこと吹聴するなよ?」

 

そう釘を刺すと、優希は席を立ち、俺を挟んでのどかと逆側まで回り込んでくると、俺の耳にひそひそ声で話しかけてきた。

 

「もちろんだじぇ。でも、おっさん雀士しろっこのウィキページをのどちゃんに教えるのは問題ないじょ?」

「ちょ……!?」

 

的確に俺の弱みを突いた優希の脅迫に、俺はこいつを侮っていたことを悟らざるを得なかった。

ネット上の総合辞書として有名なWiki(ウィキ)だが、その範囲には人間も含まれる。

歴史上の偉人とまでいかずとも、ある程度知名度のある人間であれば誰かしらがページを作成しているものなのだ。

ネット麻雀界というそこまで裾野が広くない世界の有名人程度であっても、その水準を満たしてしまっている。

一度、ネット麻雀時のチャットの話題に出たことがあって、気になって調べてみたのだが……

無関係な第三者の視点で読む分にはなかなか面白おかしく書いてあるというか、独自解釈によるユニークな人物紹介に始まり、果てはネタ発言や創作発言(本人だからこそ明らかな創作だと断定できる)まで幅広く載せてある名言集まで存在している。

初めて読んだときは正直失笑したというか、少々大げさに書いてある麻雀の強さや実績以外はほとんどの記述が俺の人物像に掠りもしてなくて、失望と安心を同時に抱いたのだが、今問題なのは名言集の方だ。

名言というよりは迷言といった方が正しいようなネタ発言が多く記載されているが、セクハラ一歩手前なきわどい台詞とか、悪意で書かれた完全創作と思しき傲慢な勝ち台詞とか、まぁあることないこと色々載ってて、のどかに読ませるには少々……いやかなり都合の悪いものばっかりだ。

何だよ、「俺のカリが有頂天」って。どう考えても某有名ネットゲーマーの名言をディスってるパクリじゃねーか。しかも意味が解る人にとっては超お下劣だし。くだらなすぎる。

無論俺の台詞ではありえない。

仮に、しろっこ云々の関連がなかったとしても、読む者の品性を貶めかねないこの迷言集を純真なのどかには読んで欲しくない。

のどかの性格から言って、しろっこ=白兎であることが解ったとしても、いちいちWikiで検索してまで更なる何かを知ろうとはしないだろうし、これまでも俺を意識はしてたと思うが、わざわざ人物像まで調べたことがあるとは思えないしな。

 

「……優希、何が望みだ?」

「ふっ、今はまだ貸しにしておいてやるじぇ」

 

事態の深刻さに声を低めた俺が聞くと、優希はしてやったりの得意顔で両腕を組み、恩着せがましくそう答えた。

先送りにされてもむしろ迷惑なだけなんだが。

いくらなんでも洒落にならないような無体な要求はしてこないと思うが、優希だからな……

俺は無言で立ち上がると、無警戒な優希のこめかみをぐりぐりとウメボシしてやった。

 

「いだだだだ! 何するじょ!?」

 

痛みで涙目になった優希が身をよじって俺の手から逃れる。

馬鹿め、俺が泣き寝入りするとでも思ったか。

必要とあらば女性が相手だろうと体罰するのに遠慮はないぞ。

慌てて雀卓を挟んだ向こう側へ避難した優希は、警戒と怯えの孕んだ表情をこちらに向けている。

そして当然、そんな俺たちのやりとりを不自然に思ったのどかが、一連の発端である優希に尋ねる。

 

「……優希、白兎さんに何を言ったんです?」

「白兎のセクハラをのどちゃんにばらしていいかって聞いたんだじょ」

「おま、誤解を招くような発言するなよ!」

 

毛を逆立てて警戒する猫のように、俺の一挙手一投足を見逃すまいと視線を固定しながら、優希は意趣返しとばかりに問題発言をさらっと口にする。

 

「……まったく、二人の仲が良いのはわかりましたから、少し落ち着いて下さい」

 

幸いにもセクハラ云々の発言は流してくれたのどかは、深いため息をついて俺と優希を窘める。

のどかの方が俺より大人だった。

俺はのどかに「ごめん」と謝り、再び椅子に着席する。

優希も警戒を解いた様子で、対面の椅子に腰を下ろした。

 

「まー優希の戯言はともかく、のどかがのどっちと同一人物だとすると、少々わからない点がないでもないな」

「……? 何でしょうか?」

「いやさ、のどかには悪いんだけど、正直ネット麻雀の「のどっち」の方が普段部室でのどかと打ってるときより強く感じるというか、デジタルの打ち手としては完成されてた気がするんだよ。もちろんそれほど大きい差じゃないけどね」

 

かなり強引に話題を戻した俺は、ふと気になった点について言及する。

ちなみに台詞の最後の「大きい差じゃないけどね」というのは、ある意味で正しいが、俺の意図から言えば明らかな嘘、フォローとしての付け足しだ。

具体的に言うと、普段部室で打っているのどかのデジタル的選択の正答率が90%だったとし、ネットののどっちの正答率が95%だったとする。

数字全体の印象としては5%の差など誤差とも言える範囲に思えるだろうが、逆の見方……即ち「失敗率」の視点で言うと、10%と5%で、普段ののどかはのどっちの倍の頻度でミスを犯しているということになる。

こう書くと実に大きい差だと感じるだろう。

それを言葉遊びだと思うなかれ。そのたった5%の精度を上げることがどれほど難しく、いかほどの結果の差を生むかは技量の高いデジタル派であればあるほど、顕著に痛感している事だからだ。

もっとも最近ののどかは、俺と打つことで学んだのか、デジタル以外の打ち筋を見せることがある。

それは悪い意味のブレだとか試行錯誤などではなく、明らかに切り替えが適した場面でデジタル以外の選択を行い、好結果に繋げている。

高精度のデジタル解析力、判断力を基礎能力に持つのどかが、デジタル一辺倒に捉われない柔軟性ある打ち筋を実践するとかなりの応用力や決定力を発揮する。

実際、デジタル一辺倒だった過去ののどっちよりも、多少デジタル的な判断思考能力は劣っていても、今ののどかの方が総合的には強いと言えるだろう。

別の言い方をすると、俺のように万能選手というか、マルチな打ち手に変貌しつつあるとも言えるが、元の打ち筋がどうであろうと、雀力を高めて最終的に行き着く先はつまるところ究極の万能性であることは言うまでもない。

最近ではのどかの勝率が明確に竹井先輩を上回ってきていて、その上、頑固なオカルト否定派なせいか、なぜかギフトが効き難いのどかと咲の勝負はかなり接戦を演じるまでになっている。

総合力としては、割と本気な俺と打っては毎度凹まされているせいか、精神力の向上と共にギフトの能力強度が天井知らずに上昇している咲の方が上なのは間違いないが、のどかの総合力も高校生基準だとぶっちゃけギフトホルダー以外は無理ゲーじゃね? ってくらいに高まってきている。

なんか後半がのどか(と咲)のヨイショになってた気がするが、話を戻すと「(デジタルの技術限定では)なんでネット麻雀で打つ方がリアルで打つより強いの?」という矛盾、疑問があるってことね。

別にデジタル派だからデジタルワールドの方がゲーム的な相性補正が付加されて強いとか、逆の意味でオカルトなめんなという都合のいい理由があるとは思えないし。

 

「正直自分ではわかりませんが……もしなんらかの差が生まれているのだとしたら、環境の違いによるものかもしれません。部室での対局に問題や支障があるとは全く思っていませんが、自宅だとより落ち着いて打てますから」

 

のどからしい冷徹な自己分析。

なるほど、確かに環境要因の違いによって生まれる集中力や思考力の差というのは、馬鹿にはできない。

何にせよこれは一考の価値がある。

普段ののどかが真の実力を発揮できていないということは、逆に言えばのどっちレベルまでデジタル的思考判断能力を短期間で引き上げられる余地があるということに他ならない。

俺はのどかから得た回答を元に考えを巡らせる。

自宅と部室における環境の違い、か……

いや、それだけじゃない。現実で打つ麻雀と仮想で打つ麻雀の違いもある。むしろこちらの方が要因としてはありえそうだ。

実際、現実の麻雀ではギフトやセンスの特殊能力がぶつかり合う対局になりうるが、ネット麻雀は特殊能力が絡まない、純然たる雀力と運で勝負が決まる、ある意味現実よりリアリティのある対局になる。

それぞれのギャップを埋めるために、のどかに何を課すべきか……つまるところはそこだ。

整理しよう。

まず、自宅と部室の環境差については本人が言うように、「より落ち着いて打てる」という点が肝だろう。

落ち着いて打てるということは、即ちより集中できるということだ。

ここから導き出される答えとしては、自宅の環境に近づけるとか再現するといった非現実的な解決方法より、集中力を自宅でのネット麻雀時のレベルまで引き上げることを狙った方がいいな。

次に現実と仮想の差だが……細かいギャップは多々あれ、最大のものは「情報量の差」だろう。

ネット麻雀ではほぼ視覚情報のみであるのに対し、現実における麻雀は、触覚、聴覚、(感性的な意味での)嗅覚、場の空気、勘(第六感?)、そしてギフトやセンスによる知覚能力までと、取得情報量は比較して膨大である。

これはつまり、シンプルな情報量しかないネット麻雀の方がスペックが上がっているというより、リアル麻雀における膨大な情報量を処理し切れてない、もしくは思考判断の阻害要因となってスペックを下げてる(・・・・・・・・・)と考えるべきか。

最も簡単な解決方法としては、リアル麻雀における取得情報をシェイプアップすればいいという回答になるんだが、どのような手段をもってそうするかという問題もあるし、何より現実で得られる情報というものは本来、全て有用成り得るものであり、切り捨ててよいものなどない。ネット麻雀のみで強くなりたいというのであればともかく、リアル麻雀でより高みを目指すのであれば、現実の情報量を全て処理活用し、その上でフルスペックの思考判断能力を発揮できるようにならなくてはいけないだろう。

原因と対策を検討した結果、俺はのどかの個別カリキュラムにもう一つ新たに付け加えることを決める。

 

「のどか、すまないがもう一つカリキュラムに追加したい」

「はい」

 

俺が思索に耽っている間、両手をふとももの上に乗せた上品な姿勢で静かに待っていたのどかが即座に返答する。

 

「大会まで毎日1時間、牌をツモって切る動作だけを繰り返す練習をしてみてくれ」

「それにどんな意味が……?」

 

課せられたカリキュラムの意図が解らず、疑問を呈するのどか。

理解できないのは無理もない。俺とて何の判断材料もなくそれを言われれば、「何その不毛な練習」と返しただろう。

 

「ネットにはない雀卓での動作が思考を鈍らせている可能性があると思ってね。だから牌のツモって捨てる動作を無意識で行えるレベルにまで慣れることで、思考を乱されないようにするのが狙いかな」

「はあ……」

 

意図を説かれても今一つ納得できなかったのか、のどかはわかったような、わからないような曖昧な返事を呟く。

言っている意味を理解できなかったわけではなく、なまじ合理的な思考に偏るのどかゆえに、カリキュラムに妥当性や有用性を見出せなかったからだろう。

のどかの性格から言って手を抜く事はないだろうが、精神的に疑念や雑念を抱いたまま漠然とこなされても効果は薄い。

これは念を入れておいた方がいいな。

 

「適当な思いつきに思えるかもしれないけど、メインのカリキュラムはあくまで先ほど言ったW対局だし、ツモ動作練習は集中力を養うという意味でも効果はあるから、騙されたと思ってやってみて」

「わかりました。白兎さんがそこまで仰るなら信じて取り組みます」

「うん、よろしく」

 

ようやく納得の笑顔を見せたのどかに、俺も微笑み返す。

これで1年生3人への個別カリキュラム伝達は終わったな、と気を抜いたところで、泣き言めいた咲の声が聞こえてくる。

 

「ダメ、どうしてぇ…… いつもなら牌がもっと見えてるのに…… 全然見えない」

 

案の定、だいぶ苦戦しているようである。

 

「これって……これって麻雀なの?」

 

ネット麻雀を全否定する咲の台詞に、隣で観戦していた京太郎が「何言ってんのこいつ?」みたいな胡乱げな表情を咲に向けている。

無理もない、ギフトに頼った打ち筋の咲にとってネット麻雀は暗闇で対局させられているようなものだろう。同じ競技とはいえ、カルチャーショックに近いギャップを感じているに違いない。

「うぅ……」と、もはや涙声に近い声で呻く咲の凹みっぷりに、俺は「頑張れ」と心の中でエールを送る。

 

「ところで白兎、俺の個別カリキュラムはないのか?」

 

プレイに関してはもう問題ないと判断したのだろう、咲の対局を観戦していた京太郎がこちらに顔を向けて聞いてくる。

 

「ない。前にも言ったが初心者の京太郎はひたすら対局に時間を費やした方が効果がある」

 

俺が肩を竦めてそう言うと、京太郎は残念そうな表情でため息をついた。

 

「俺はまだ初心者か。いつになったら中級者になれるんだ?」

「何、心配するな。今の時点でもそんじょそこいらの中級レベル相手に引けは取らんさ。成長の度合いならお前が一番だよ、京太郎」

 

事実である。

といっても特段京太郎に凄い才能があるから、というわけではなく、初心者ゆえに成長の余地が最も大きかったからだが。

 

「え、マジ? 俺そんなに強くなってんの?」

 

俺の思わぬ高評価に顔を綻ばせる京太郎。

 

「ああ。この調子であと10日頑張れば、県予選でも結構良い成績残せるんじゃないか?」

「おおお! そうか! よっしゃあ、やる気出てきたぁぁ!」

 

俺が同意すると、京太郎は椅子から勢いよく立ち上がり、両拳を振り上げて気炎を吐く。

その声に、隣の咲が驚いて小さく「きゃっ」と悲鳴を上げる。

そして同時にPCから「ロン」という短いシステム音声が出力される。

「ふぇぇぇ……京ちゃんのバカ」とぶつぶつ文句を言う咲。どうやら驚いた拍子に操作ミスをして想定外の振込みをしてしまったらしい。

「すまん咲」と慌てて謝る京太郎。

カリキュラムの話に一区切りついたと判断した俺は、いつもの部活動を始めるべく皆を促す。

 

「ま、そういうわけだからとりあえず打とうか」

「おう!」

「京太郎には絶対負けないじぇ」

「はい」

 

咲を除く4人で卓を囲み、今日2度目となる半荘の対局が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 

「送信、と……」

 

俺は小さく声に出して携帯を操作し、これからネット麻雀にログインする旨を綴ったメールをのどかに送る。

そして既に起動中のPCを操作してネット麻雀のサイトに接続、IDパスを入力してログインする。

現在の時間は21時を10分ほど過ぎたところだ。

部活を終え、遅くに戻ってきた竹井先輩に今日の活動内容を報告し、明日に控えているちょっとしたイベントというか企みについて打ち合わせた後、のどかを自宅付近まで送り届けてから帰宅した俺は、雀姫が用意してくれた遅い夕食を摂り、日課の筋トレを済ませてから入浴、その後自室にてのどかとのメールのやりとりを終えて今に至る。

ログインして待つ事1分、のどかこと「のどっち」の名前が接続者名簿の末尾に出現する。

のどっちはお気に入りプレイヤーに登録されているので、接続を知らせる「ちゃらん♪」という電子音が同時に鳴った。

俺はのどっちの待機ステータス(待機・対局待ち・オート申請中・対局中・観戦中、の5つの状態がある)が対局待ちに切り替わったのを見計らい、事前の打ち合わせ通りのどっちに対局申請を行う。

恐らく俺以外からも申し込みが殺到しているだろうが、のどっちは最優先で俺の申請を受諾した。

画面が対局準備画面に切り替わる。

その途端、対局待ち状態へと移行した俺の元へも他プレイヤーから対局申請が続々と届く。おかげで対局申請を知らせる電子音がピコピコやかましい。まぁいつものことだが。

 

 

To:しろっこ [そちらの目ぼしい申請者は誰がいる? あ、レート1800以上限定で]

 

From:のどっち [それだと、Touka さんと かじゅ さんの二人だけです。そちらは?]

 

To:しろっこ [こっちはアナゴさんだけかな。少し待てばもっと増えるだろうけど時間を無駄にしたくないし、この3人から選ぼう]

 

From:のどっち [わかりました。では、私はかじゅさんを選びますのでしろっこさんはアナゴさんの要請を受けてください]

 

To:しろっこ [おk]

 

 

マウスを操作してアナゴさんの対局要請ウィンドウをアクティブにし、「受諾」をクリックする。

ほぼ同時にのどかも操作を完了したようで、対局者の入室を知らせる電子音が「ピロロピロロン」と連続して鳴った。

 

 

From:アナゴ [どもー]

 

From:かじゅ [よろしく]

 

To:しろっこ [よろんこ]

 

From:のどっち [よろしくお願いします]

 

From:アナゴ [しろっこさん、のどっちさん、おひさやでー。つっても2週間ぶりくらいやけどな」

 

To:しろっこ [つきあい悪くてすまんねー。おじさん最近、リアルが忙しくてさぁ。ほら、いわゆるリア充ってやつ?]

 

From:のどっち [アナゴさんお久し振りです。ところでしろっこさん、その一人称変えません? 違和感が酷いです]

 

To:しろっこ [アレ、やっぱ不評?]

 

From:のどっち [無理にとは言いませんが……]

 

To:しろっこ [ああいや、のどっちがそう言うなら真面目に喋るよ。おじさんキャラクターもそろそろ飽きられてそうだしw]

 

From:のどっち [ありがとうございます]

 

From:アナゴ [なんやしろっこさんとのどっちさん、今日は様子が変やな?]

 

To:しろっこ [そう?]

 

From:アナゴ [以前に較べるとお互い余所余所しさがあらへんし、その上のどっちさんを呼び捨てにしてはるし]

 

To:しろっこ [さすがアナゴさん、鋭いツッコミだねぇ]

 

From:アナゴ [おーきに。ま、ツッコミは大阪人の専売特許やしな。で、どうなん?]

 

From:のどっち [親しいことは否定しませんが、それ以上のことは別に何もありません]

 

From:かじゅ [すまない。私からも質問いいだろうか?]

 

To:しろっこ [なんざましょ?]

 

From:かじゅ [ずばり聞くが、二人はリアルでも知り合いなのか?]

 

To:しろっこ [なぜそう思う?]

 

From:かじゅ [気を悪くしたなら申し訳ない。興味本位の詮索は慎むべきだとわかってはいるのだが。二人の接続した時間がほぼ同時だったので少し気になって。それとのどっちさんが「違和感が酷い」と発言したときにおや、と思ったんだ。のどっちさんはリアルでしろっこさんと話したことがあるんじゃないかと。でなければ違和感など覚えようがないと思ってね」

 

To:しろっこ [的確すぎる洞察にフイタ]

 

From:アナゴ [そう言うっちゅうことはやっぱリアル知り合いなん?]

 

To:しろっこ [あー、ちょっと待っててね]

 

 

やっべ、リアル知り合いだってことが速攻でバレたし。

別に殊更隠すつもりはなかったが、わざわざ吹聴することでもないし、ネット麻雀でのお互いのスタンスは以前のままで付き合おうってのどかと決めたばかりだったんだけどな。

とりあえず俺だけの判断で対応を決めるわけにもいかないし、少し遅い時間帯だがのどかに電話をかけることにするか。メールで相談だと時間がかかりすぎる。

そう思って携帯に手を伸ばしたところで、携帯が着信メロディを奏でる。

タイミングから言ってのどかだろう。考えることは同じというわけだ。

充電器に挿してあった携帯を手に取り、通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「はい、発中です」

「もしもし、白兎さん? のどかです。遅い時間にすみません」

「気にしないで。俺も今のどかに電話しようと考えてたところだからちょうど良かったよ」

「はい。――それで、どうしましょう?」

「んー、まぁ迂闊だったとか軽率だったとか反省や後悔は後ですることにして、俺は隠さなくてもいいかなと思うよ。下手に誤魔化しても余計怪しまれるだけだし、リアル知り合いだってバレたところで大した問題はないでしょ」

「そうですか……私は白兎さんがそれでよろしければ構いません」

「了解。まぁこれで何か問題が起きたら責任は取るよ」

「白兎さん……ありがとうございます。実は少し不安でしたけど、そう言ってもらえて安心しました」

「それならよかった。あ、チャットの方は俺が返事するよ」

「はい、お願いします。……それでは切りますね」

「うん。それじゃ」

 

プツッ、ツーツー……

会話を終え、電源ボタンを押して通話を切った俺は再び携帯を充電器に差し込み、キーボードを素早く叩いてチャットの返事を打つ。

 

 

To:しろっこ [すまそ。ちょいのどっちと電話してた。まあ今更隠すにも無理があるってんで、しょうがないって結論に]

 

From:のどっち [お待たせしてすみません]

 

From:アナゴ [うはー、マジで知り合いやったんかw]

 

From:かじゅ [秘密を暴いてしまったようで申し訳ない。私はこの会話で知り得た事実を他言無用にすることを約束する]

 

To:しろっこ [や、別にバレたからって実害あるわけじゃないし、気にしなくていいよん]

 

From:アナゴ [しっかし二人が知り合いやってホンマびっくりや。以前から知り合いやったん?]

 

To:しろっこ [いあー、知り合ったのは割と最近。最初はお互いがネット麻雀プレイヤーだってことも知らなくてさ、今日たまたまその話題が出て気付いたってとこかな。んで、折角だから二人で打とうぜーってことに」

 

From:かじゅ [なるほど、納得した]

 

From:アナゴ [ローカルな業界とはいえ、伝説的プレイヤーの二人が偶然に知り合ったとか、まるでドラマみたいやなぁ。でも実はしろっこさんがのどっちさんを何らかの手段でナンパしたっちゅうオチちゃうん?]

 

From:のどっち [しろっこさんはそんな人じゃありません]

 

To:しろっこ [疑われるのも解るけどね。俺が第三者だったとしても「そんな偶然都合良すぎじゃね?」って疑うだろうし]

 

From:アナゴ [ま、ウチとしては二人がどういう出会い方をしたかはさほど興味あらへんよ。興味あるのはどういう関係かっちゅうことや。なんや仲良さげやし、まさか恋人同士だったりするん?]

 

To:しろっこ [アナゴさん突っ込むねー。ま、親しい間柄だとは言っておこうかな。それ以上はひみちゅ。気になって夜も眠れなくなるがいいフゥーハハハァァー」

 

From:のどっち [まったく白兎さんは……]

 

 

げふぉ! ごほっ!

 

チャット欄に表示されたのどっちのコメントを見たとき、驚きのあまりにたまたま口にしてた緑茶が気管支に入り、盛大にむせた。

ちょ、のどか、俺の名前ぇぇ!

多分、二人の関係をカミングアウトして気が緩んだところに俺がアホな発言したものだから、普段の会話をしてる気分で半ば無意識に名前を打ってしまったんだろう。

俺も名前をタイピングする度にのどか=のどっちを脳内変換してから打ってるし、気を抜けばそのまま「のどか」って打ってしまいそうな気がするからわかる。

あれだ、リアルの情報というか本名を知ってしまった弊害がいきなり出てしまった。

 

 

To:しろっこ [ちょ! 名前!]

 

From:のどっち [あああああごめんなさいごめんなさい!]

 

From:アナゴ [うはwww 本名暴露ktkrwww のどっちさんナイスなボケっぷりやで]

 

From:かじゅ [ふむ…… 名字というよりは名前かな。しかしそうなると、名前で呼ぶということはやはり相当親しい間柄だと推察できるが……]

 

To:しろっこ [そういう冷静な分析はいらないから! 頼むから今見たことは忘れてくれ!]

 

 

不幸中の幸いと言うべきか、対局後のチャットと違い、対局前は対局室がクローズド状態になっていて観戦者はまだ入ってきてない。

つまりこのチャットを見、俺の名前を知り得たのはアナゴさんとかじゅさんの二人しかいないということになる。

であれば、今後この二人に黙秘さえしてもらえれば事なきを得れる。

 

 

From:アナゴ [ウチは別に黙っててもええで。根掘り葉掘り質問したウチにも責任の一端はあるしなー]

 

From:かじゅ [私も構わない。他人の秘密を触れ回る悪癖は持ち合わせていないから安心して欲しい]

 

To:しろっこ [まじありがとぉぉぉぉ! ジャンピング土下座感謝ですorz]

 

From:のどっち [アナゴさん、かじゅさん、ありがとうございます。しろっこさん、ご迷惑おかけして本当にごめんなさい]

 

To:しろっこ [過ぎたことだし次から気をつけてくれればそれでいいよ。幸い大事には至らなそうだしね]

 

From:のどっち [はい、以後気をつけます……]

 

From:アナゴ [そうや、黙秘の代わりっちゅうわけでもないんやけど、しろっこさん一つだけ教えてくれへん?]

 

To:しろっこ [へい、なんでしょー?]

 

From:アナゴ [年齢。いや、詳しい歳は答えんでもええんやけど、せめて年代を知りたいんや]

 

To:しろっこ [お兄さんはぴっちぴちの十代だお。いや以前否定されたけど正真正銘ガラスの十代です]

 

From:アナゴ [そーゆー化石ネタ振るから信用されへんのやろ……]

 

To:しろっこ [まじすんませんorz]

 

From:のどっち [しろっこさんが10代なのは本当です。私と同い年ですし、信じてください]

 

To:しろっこ [フォローしてくれるのは嬉しいんだけど、天然暴露なのか若さアピールなのか判断に困る発言だよね。多分前者だと思うが]

 

From:アナゴ [せやね、のどっちさんは隠し事に向かんタイプやなぁ。まぁ10代っちゅうのは嘘じゃなさそうやし、年代的にプロやセミプロやないって解ってすっきりしたわ]

 

From:のどっち [ごめんなさい、先ほど失敗したばかりなのにまた軽率な発言を……自己嫌悪です……」

 

From:かじゅ [別にそう気に病む必要はないだろう。年齢が特定できる内容ではないことだし。それよりも、10代ということは二人とも恐らく学生だと思うが、夏の大会には出場するのか? いや、無理に答えてくれる必要はないんだが、実を言うと私も10代の学生で、夏の大会には参加するのでね。少々気になったんだ]

 

To:しろっこ [へぇ、てことはもしかして大会で対局することもあるかもね。というわけで出場選手です]

 

From:のどっち [しろっこさん、大元の原因が私なので指摘しづらいんですが、名前と大会出場者という二つの条件で個人が特定されてしまうのではないかと……]

 

From:かじゅ [のどっちさんの言うとおりだ。ましてしろっこさんの実力なら容易に県予選を勝ち抜けそうだし、特定は難しくないだろうな]

 

To:しろっこ [それはしょうがないさ。仮にアナゴさんやかじゅさんに個人情報バレたところで別にやましいことがあるわけじゃないから問題ないかと]

 

From:のどっち [それもそうですね]

 

From:かじゅ [ところで、のどっちさんは大会に出場しないのか? しつこいようで恐縮だが]

 

From:のどっち [いえ、私も出場します]

 

From:アナゴ [なんや、ここまで情報が出揃うと、しろっこさんとのどっちさんが同じ学校の麻雀部所属っちゅうことが大体想像つくな]

 

To:しろっこ [ぎくり]

 

From:アナゴ [ベタな同意をありが㌧]

 

From:かじゅ [さて、麻雀よりも雑談話の時間が長くなってしまう前に、そろそろ対局を始めないか?]

 

From:アナゴ [せやな。まァウチとしてはしろっこさんとのどっちさんのリアル話をぎょーさん聞けて有益な時間やったわ]

 

To:しろっこ [対局もそうだけど、個人情報の取り扱いもお手柔らかに]

 

From:のどっち [よろしくお願いします]

 

 

俺は「対局準備中」と文字が書かれたアイコンをクリックし、表示された変更確認も「はい」をクリックして対局準備状態を「対局可能」に変更する。

それからほどなくして対局が始まった。

 

 

この日は結局、チャットに時間を使いすぎたために半荘1回だけで俺はのどか共々ログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ちなみに後日、「おっさん雀士しろっこ」のウィキページを久し振りに見に行ったら、「リア充雀士しろっこ」と肩書きというか名称が変わっており、焦ってWiki内を読み漁ったが本名である「白兎」の単語はどこにも記載されていなくてほっとした。

しかし、その代わりにというわけでもなかろうが、人物紹介のページに堂々と「伝説のネット雀士の片翼、のどっちとは彼氏彼女の関係である」などと暴露情報が載せられており、ご丁寧にリンクの張られたのどっちのウィキページでも同様の内容の文が掲載されていた。

犯人はおそらくアナゴさんだろう。本名の黙秘は約束したが、それ以外の情報は好きに使わせてもらうということかもしれない。愉快犯な彼(彼女?)らしい。

なお、ふと気になって某巨大掲示板のネット麻雀板を見に行ったら、案の定俺が叩かれまくっててワラタ。

それによるとどうやら俺は、麻雀が強いことを利用し可愛くて純粋無垢なのどっち(のリアル女性)を言葉巧みに釣り上げ、まだ10代の彼女を孕ませた上堕胎を迫っている極悪非道な40歳前後のおっさんという人物像になっているらしい。

匿名の悪意って怖いね。

 




アナゴさん再び。Toukaさんチェンジ、かじゅさんイン。
アナゴさん、大阪弁が超書きにくいよ! 多分似非大阪弁になってるかもしれず。


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東場 第二局 三本場

4時間目が終了し昼休みとなり、のどかと一緒に昼食をとる約束をしていた俺は待ち合わせ場所である校舎裏出入り口に向かって廊下を歩いていた。

いつもなら昼食は学食で食べているのだが、昨日の夜にプレイしたネット麻雀でうっかり俺の本名暴露という失敗を犯したのどかが、「せめてものお詫びに白兎さんの明日のお昼は私がお弁当を作って持っていきます」と、ネット麻雀後のメールで申し出てくれたので、ありがたくご厚意に甘えることにしたのだ。

今日びの学生としては偉いことに、のどかはいつも自分で弁当を作ってるらしく、料理の腕にはいささか自信があると、朝の登校時の会話で少し照れた表情で言っていた。

まだ見ぬのどかの手料理に期待を膨らませながら校舎裏出入り口に到着すると、そこに待っていたのはのどか一人ではなく、咲と京太郎の二人も一緒だった。

別に二人きりで食べようとか約束していたわけではないが、多分咲あたりに昼食を一緒に取ろうとか誘われてしまい、断れなかったのだろう。京太郎は多分オマケだ。

 

「お待たせ、のどか」

「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」

 

のどかたちへと歩み寄り、片手を上げて声をかける俺に、のどかは小さく微笑みながら返事をする。

 

「宮永さんたちは、ここに来る途中で昼食を一緒にどうかと誘われまして…… あと優希も先に行って場所を探してくると……」

 

俺の疑問を先回りしたのどかが、合流するやいなや早速、咲たちがこの場にいる事情を説明してくれる。

表情に変化はないが、口調と声音には申し訳なさそうな苦さが少しだけ混じっているのに気付いた俺は、のどかと視線を合わせ、「気にするな」と目で伝える。

のどかと二人きりの食事は惜しいが、仲間の誘いを無碍に断ってまで優先するほどのことじゃない。咲たちの同行を許したのどかもそう判断してのことだろう。

二人きりの食事はいずれの楽しみに取っておくことにしよう。

などと考えながら、俺はのどかの正面まで歩み寄る。

 

「それ、重いだろ? 俺が持つよ」

「あ、いえ、そんなことは……」

「いいからいいから」

 

俺はのどかが両手に提げて持っている大きな布袋、間違いなく弁当箱の入った包みだと思うが、を半ば強引に預かる。

別にのどかでも運ぶに大変というほどの重さではないが、お詫びとはいえ弁当を用意してもらった身としてはこれくらい担当しないとバチが当たるってもんだろう。

もっとも、別にそういう理由がなくとも、親しい女性が重そうな荷物を持っていればいつでも同じことをするだろうが。

 

「あれ、白兎は弁当持ってきてないのか?」

 

俺がのどかから弁当袋を受け取るまで手ぶらだったことに気付いた京太郎が聞いてくる。

 

「ああ。今日の弁当はのどかが用意してくれたからな」

 

別段隠すほどのことでもないし、そもそもこのまま一緒にいれば流れでいずればれることなので俺はさらっと告白する。

そして片手に提げ持った弁当袋を軽く持ち上げ、これがそうだと教えてやる。

京太郎は俺の言葉に相当な衝撃を受けたようで、半歩後ずさるように上体をのけぞらせた。

 

「な、何ぃぃー! おま、女の子に弁当作ってもらうなんて青春の一大イベント、いつの間にフラグ立てたんだ!? しかもそれがのどかの作った弁当とか超羨ましいんですけど!!」

「強いて言うなら昨日? てか、女の子の手作り弁当ならたまに雀姫()が作ってくれてるが」

「二重に羨ましい!? なんで俺の弁当はお袋の手作りなんだー!!」

 

両手で自分の頭を掴んで天井を仰ぐ京太郎の魂の叫びが虚しく校舎内に響く。

そんな京太郎からそそくさと距離を取る咲とのどか。身内のバカも度が過ぎると他人のフリをしたくなるだろう。

俺は親切心から苦悩する京太郎をそっとしておいてやろうと決め、のどかと咲を促して校舎裏出入り口から裏庭に出る。

左手に咲、右手にのどかという両手に花状態で並んで歩きながら、青々と茂ったくるぶし丈の芝生を踏みしめて裏庭を進む。

裏庭と一言で言っても、実態は広々とした丘陵地帯で、植樹された木が点在しており、食事は勿論、ちょっとした野外レクリェーションにも最適な好スポットだったりする。

「俺を置いてくなよー!?」と叫びながら追いついて来た京太郎を加えて4人で歩くことしばし、優希と思しき小柄な女生徒がピンク色のレジャーシートの上で足を伸ばして座っている姿が見えてくる。

 

「おっそーい! もぅ腹ぺこぺこだじょ」

 

俺たちが近づくと、優希がこちらを軽く睨みながら文句を言ってくる。空腹で気が立っているのだろう。子供っぽいというか、感情に素直な奴だ。

優希の態度に俺は反感を抱くということはなく、むしろ腹を空かせてにゃーにゃーと食事を催促する子猫を相手にしてるような微笑ましさを感じてしまう。

 

「悪い悪い、待たせたな」

 

俺が苦笑して謝ると、優希は開口一番不満をぶつけたことに罪悪感を覚えたのか、口を尖らせてぷいっと横を向いてしまう。

そんな優希の態度にのどかや咲たちも「やれやれ」といった苦笑の表情を浮かべながら、2枚並べた長方形のレジャーシートの上に腰を下ろす。

俺はのどかの隣に腰を下ろし、手に提げ持っていた弁当袋をのどかの前にゆっくりと置いた。

その短い作業を見つめていたのどかは、淡く微笑んで俺に「ありがとうございます」と礼をいい、正座の姿勢で弁当袋から2段になった漆塗りの重箱の如き弁当箱を取り出す。

大きいのは弁当袋を一目見たときからわかってはいたが、高級料亭の仕出しのような重箱の威容に思わず「おぉ……」と俺のみならず皆から感嘆の声が漏れる。

そして上段の箱と蓋を外して二つの弁当箱の中身が露わになったとき、「おお~」という、はっきりとした賛嘆の声に変わった。

皆の視線を集めている弁当箱には、色彩も鮮やかにぎっしりと詰め込まれた豪華なおかずと、綺麗に形が揃った一口サイズのおにぎりと手巻き寿司30個ほどが箱分けされて納められている。

見ているだけで食欲が刺激され、唾液が湧いてきそうな素晴らしい出来だった。

 

「これは凄いな……」

 

俺が素直な称賛を口にすると、

 

「お、多めに作ってきましたので……沢山食べてくださいね」

 

のどかは面映そうに頬を染めてそう応えた。

 

「ああ、遠慮なくいただくよ。それじゃ、いただきます」

「「「「いただきまーす!」」」」

 

期せずして俺の言葉が合図となって皆の「いただきます」が唱和する。

早速、俺は卵焼きを箸で摘んで口に運び咀嚼する。その様子を、のどかが真剣な表情で見つめている。俺が料理の味をどう評価するのか気になっているのだろう。

どこか不安げとも取れるその様子に、俺は内心で「その心配は杞憂だよ」と語りかける。

なぜなら、見た目の良さを裏切らず、味もまた素晴らしく美味しかったからだ。

卵焼きはシンプルな料理であるが故に、味の良し悪しが(好みにもよるが)はっきりと明暗が分かれる。

のどかの卵焼きは、やや甘めの味付けとはいえ、内に巻かれた海苔の香ばしさとだし醤油のまろやかな塩気がマッチして実に美味である。

多分この甘さのコクは牛乳を隠し味に入れているな、などと通ぶった感想を頭に思い浮かべながら、咀嚼を終えて飲み込む。

俺はのどかへと親指を立てた拳を突きつけ、

 

「合格」

 

と、大上段な評価を口にする。

俺の評価にのどかの表情がぱあっと華やいだのを見て少し悪戯心を起こした俺はもう一言付け加えた。

 

「俺の嫁に」

「!」

 

俺が台詞と共にニッと笑いかけると、のどかは数秒ほど小さく口を開けてぽかんと硬直し、それからようやく言われた事の意味を飲み込めたのか、火が着いたかのように一瞬で赤面する。

 

「なっ、何をいきなり……か、からかわないで下さい……」

「ごめん。でもそう言いたくなるくらい美味しいよ。正直感動した」

 

絶賛とも言える俺の言葉に、のどかはますます顔を赤くしたかと思うと、「あ、ありがとうございます……」と消え入るような声で呟き、恥ずかしそうに俯いた。

その可愛らしい表情を見せてもらった事にも「ごちそうさま」と俺は心の中で礼を言う。

そんな、もはや最近の俺とのどかにとって恒例となったお約束(ラブコメ)を周囲に見せ付けていると、

 

「あはは……原村さんは料理上手だね」

「当然だじぇ! のどちゃんは私の嫁だからな!」

「よっ、嫁ぇ!?」

 

咲は苦笑し、優希は茶化し、京太郎はショックを受けと、三者三様の合いの手を入れてくる。

 

「嫁かぁ……」

 

鼻の下を伸ばした締まりのない顔で陶然と呟く京太郎。

台詞と表情で何を想像……いや、桃色な妄想をしているのかが容易に推測できるな。相変わらず解りやすい奴。

そんな京太郎を、のどかはアウトオブ眼中で箸を進め、咲は冷ややかなジト目を向け、優希はさりげない手つきで京太郎の昼食である肉まんに手を伸ばして掴み取る。

スティールを成功させた優希が両手で肉まんを半分ずつに千切ったところで、妄想から現実に帰還した京太郎が盗難に気付く。

 

「それ俺の肉まんじゃねーか!」

「ちっ、バレたか」

 

糾弾の声をあげる京太郎から顔を背け、優希は忌々しそうに小声で毒づいた。

 

「返せよ!」

 

京太郎が立ち上がりざま、優希へと半歩踏み出し手を伸ばした瞬間、足元にあった魔法瓶の蓋コップに躓き、中身のお茶をぶちまけると同時にバランスを崩して優希へと覆いかぶさるように前のめりに転ぶ。

 

「うわぁぁぁ!」

「きゃああぁぁぁぁ~」

 

京太郎の強襲に、優希は間延びした悲鳴をあげ、微妙にわざとらしく背後へと倒れ込む。

 

どどっ!

 

地に肉体を打ち付ける鈍い音が響き、咲とのどかは目の前の惨事を直視できず、「ううっ」と小さく叫んで一瞬目を瞑る。

刹那の衝撃が過ぎると、京太郎は優希を四つん這いの格好で組み伏せていた。

しーん……

遠くから聞こえる小鳥の囀りを除き、沈黙が場をしばし支配する。

 

「あ……あぁ……」

「いっ……いやぁ……今は……だめっ」

 

呆然とした表情で呻きながら真下の優希を見下ろす京太郎と、頬を染め、目の端に涙を浮かべながら弱々しく拒絶を呟く優希。

京太郎はともかく、多分優希は今の状況を面白がっているというか、作為的に言動を演出していると思われる。

 

「な……何がダメなんだっ!?」

 

目を点にして焦ったように聞き返す京太郎は、優希にまんまと遊ばれている。

その光景に、のどかと咲は顔を見合わせて「ふふふっ」「あははっ」とやや困ったような表情で笑う。

 

「夫婦漫才、乙!」

 

もちろん俺は好機を逃さず突っ込んだ。ある意味普段のどかとの仲を色々揶揄されてる事への意趣返しとも言える。

俺の冷やかしにも怯まず、身体を張ったネタで京太郎をからかう優希と、顔色を失って「わっ、わざとじゃないんだ!」などと言い訳する京太郎を肴に、ほのぼのとした日常の昼食会は和やかに過ぎていったのだった。

 



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東場 第二局 四本場 ①

文字数制限の関係上、変則的ですが分割します。


放課後、染谷先輩を除いた部員全員が部室に集合して間もなく。

竹井先輩がキュポン、と小気味の良い音を立ててマーカーペンのキャップを外し、軽快な動作でホワイトボードに大きくキュキュキュッと文字を書き込んでいく。

ほどなくして書き終えた竹井先輩が、バン! と威勢良くホワイトボードを叩いた。

そこにはでかでかと「目指せ 全国高校生麻雀大会 県予選突破!!」と書いてある。

皆が竹井先輩の派手なアクションと、その大きな音に驚いて注目する。

 

「はいっ、ちゅーもーく! 全員集まれ~」

 

号令をかけた竹井先輩の意図を読んだ俺は、余計な口出しかなと思いつつも彼女に声をかける。

 

「あ、部長。それ昨日俺がやりました。大会の件については1年全員に説明済みです」

「あら、流石に手回しがいいわね白兎君。それじゃ、必要なことだけぱぱっと説明しちゃうわね」

 

俺の気がかりは杞憂だったようで、竹井先輩は陽気に頷いて諒解すると、今日の活動とこれからについてテキパキと説明を始める。

 

「今年の大会、目標は勿論、県予選突破です! あ、そっちは県内の強豪校と主な牌譜ね」

 

竹井先輩は両手に腰をあて、胸を張って宣言すると、ホワイトボード脇の小さな丸テーブルの上に置いてある書類を手振りで示す。

先ほど俺が竹井先輩に指示されてプリントアウトした他校の牌譜である。

 

「それからこっちは予選のルール。パソコンにも入ってるから、各自目を通しておくように」

 

説明しながら、竹井先輩は皆に予選のルールが記載されたプリントを1枚ずつ手渡していく。

皆がそのプリントに目を落とす中、

 

「パソコン使うじぇー」

 

と優希がPCへと走り寄って行く。

 

「全員で10万点持ち……?」

「5人で交代? なんだこれ」

 

プリントを読み込んだ咲と京太郎が早速疑問の声をあげる。

 

「それは団体戦のルール。詳しいことは後でまとめて答えるから、各自確認しといて」

 

紅茶で満たされたカップを手に取りながらそう言った竹井先輩は、優雅な仕草でカップを口に付けこくりと小さく喉を鳴らして一口啜る。

 

「団体戦と、個人戦……」

「うわっ、男女別だから、俺が出られるのは個人戦だけか……」

 

プリントを手にしながら何やら考え込んでいる様子で独り言を呟くのどかと、男子は人数不足から団体戦に出られない事実を再確認して落胆した様子の京太郎。

 

「えっと、去年の団体戦の優勝は……龍門渕? ――ちょ、白兎や咲ちゃん並みにワケわかんないんですけど、この人」

 

マウスをカチカチ操作しながらデータを確認していた優希が、驚きと疑問の中間、理解できないといった感じの声をあげる。

優希の奴、なかなか良い所に気付いたな。物言いの失礼さには一言言ってやりたいが。

俺と同感だったのか、竹井先輩は優希の疑問に満足そうな表情を浮かべて目を細めると、背後から声をかける。

 

「ああ、龍門渕高校の天江衣か」

「もしかして、白兎や咲ちゃんと同類だったりするのか?」

 

最初の驚きが過ぎれば、いい加減非常識な打ち筋というか麻雀には俺や咲との対局で慣れきっている優希は平静に戻り、俺へと顔を向けて質問してくる。

事前に龍門渕高校の牌譜を確認していた俺は優希が危惧し、竹井先輩が名指しした「天江衣」の打ち筋について一応の結論を出していたため、優希の問いかけに即座に頷いた。

 

「恐らくそうだな。多分、咲と同じレベルくらいには強いと思った方がいい」

「うわぁ……」

 

それは勘弁とばかりに呻いて、顔を歪ませる優希。

大幅に負け越している咲の実力を引き合いに出され、強敵であることを理解したのだろう。

俺の見立てから言えば、優希の実力はセンスユーザーとして相当強力な部類であることは間違いないが、能力的な相性も含めて、天江には恐らく太刀打ちできまい。

とはいえ先鋒でぶつかったとして、流石に10万点全て削りきられるほどの差とは思えないが……

ただ、他の対局者の牌譜も同時に確認して見えてきた可能性としては、天江はかなり強力な支配系の能力者で、その上妨害系も同時に発動させている節がある。

なぜなら、天江以外の対局者のツモが異常なくらい不都合に過ぎるからだ。一人二人運が悪くてテンパイに漕ぎ着けられないという程度ならともかく、天江以外3人が一向聴から10巡ほど手が進まなかったりする局面が何度もあった。

これは少々……いやかなり異常にすぎる。どう考えても天江の能力が悪さしているとしか考えられない。

強力な支配系能力が及ぼす効果は、別の側面から見れば妨害系能力にも見えなくはないが、時折見られる副露で他対局者のツモ牌を操作しているのであれば、それは即ち知覚系能力を所有、活用しているという可能性にも繋がる。

天理浄眼で判別するまで厳密にどういった能力を持つのかは断定できないが、支配系能力の強烈さ、それ以外に複数の能力を発揮してそうなあたりからして、ギフトホルダーであることはほぼ間違いないだろう。

 

「そうね。それまで6年連続県代表だった風越女子が、去年は決勝でその天江衣を擁する龍門渕に惨敗したのよ」

 

俺の分析に同意を示した竹井先輩が、天江衣、引いては龍門渕高校の実力を裏付ける根拠として過去の実績を告げる。

その話に、「へぇ……」と俺の隣に立っている京太郎が畏怖を帯びた感嘆の声を漏らす。

 

「龍門渕の選手は、天江を筆頭として全員が当時の新1年生だったけど、その5人にあの風越が手も足も出なかったの」

「1年生……」

 

竹井先輩の語り口に不気味さを感じているのか、のどかもまた畏れを帯びた声音で小さく呟く。

 

「てゆーことは、今年も全員……」

「5人とも2年生で、出てくるってことね」

 

竹井先輩の話から推測される当然の可能性を京太郎が口にし、台詞を引き継いで竹井先輩が結論を述べる。

 

「だぁがっ! 今年はのどちゃんと咲ちゃんを擁するうちの1年がそいつらを倒す!」

 

暗く沈んだ空気を払拭するかのように、優希が突然椅子を後足立ちさせて振り返ると、大声で前向きな意見を口にした。

珍しく良いことを言ったなと感心しつつ、俺は優希に同意して頷く。

 

「そうだな。確かに天江は頭抜けて強敵だし、他の龍門渕メンバーもなかなかの実力者たちだが、総合力から言えばウチ(清澄)の方が強い。それに咲なら天江と互角以上にガチれるだろうから問題ない」

 

俺は故意に明るい声を出して請け負った。

それは嘘でも誇張でもない。しかし、「去年の天江や龍門渕に較べて」という但し書きが付くが。

つまり、去年よりは今年の方が当然強くなっているわけで、その成長次第では現時点でウチの方が強いとは言い切れなかったりする。

指導者としてあるまじき無責任さかもしれないが、前向きな展望を与えておかないと、いざ龍門渕と当たった際、相手が強いからと萎縮したのでは実力の半分も出せなくなるからだ。一種の方便である。

ただ確実に言えることは、普段俺と打っている咲なら、自分と同等レベルのギフトホルダーである天江と戦ったところで萎縮もしなければ気負いも感じないだろう。

咲の性格上、相手を侮ることはないだろうが、どうしても俺と較べてしまって「こんなものか」という安心感を抱く可能性すらある。

間接的に自分が強いって自慢したいだけだよねそれ、とか寒々しい突っ込みを貰いそうな分析かもしれないが。

それはともかく、咲と同様、格上な相手である俺や咲と打っている他の面々も多少相手が強かったところで動揺は皆無か、少ないに違いない。

俺の断言に、京太郎は「おぉ!」と明るい声をあげ、間接的に褒められた咲は「が、頑張ります」と面映そうに頬を染める。

 

「歴史は繰り返すんだじぇ!」

 

俺の支持を得たこともあって、優希が自信たっぷりに気勢を上げる。

指導者の立場で言うと、優希の存在はムードメーカーとして非常にありがたかったりする。

そんな1年生たちを、竹井先輩は微笑ましいといった眼差しで見つめている。

 

「あれ? そういえば、染谷先輩は今日は来ないんですか?」

 

大会絡みの話題がひと段落したこともあり、京太郎がふと気付いたように、竹井先輩へ顔を向けて疑問を口にする。

これから今日の活動について話をするつもりだった俺は、ちょうど良いタイミングだと判断して竹井先輩にアイコンタクトを送り、代わりに京太郎の疑問に答える。

 

「ああ、染谷先輩には頼み事をしてあってね。とある場所に先に行ってもらって、準備してもらってる」

「先に……ということは、私たちもこれから染谷先輩のいる場所へと向かう、ということですか?」

 

察しの良いのどかが俺の意図を正確に汲み取った質問をする。

 

「その通り。今日の部活動はちょっと趣向を変えた内容を企画したのでね。とりあえずこれから、部長を除いた1年全員である場所へと向かう予定だ」

「なるほど、わかりました」

 

俺の回答にのどかは素直に納得し、他の1年生3人も「ほぅ……」と関心を寄せている。

 

「はいはい。それじゃそういうことだから、みんなは帰り支度の準備をしてから移動開始ね。出先での活動が終わったら今日は解散、そのまま直帰していいから。行き先は白兎君が知ってるから案内してくれるわ。私は用事があるからここでお別れ。よろし?」

 

竹井先輩はぱんぱんと拍手を打ち、俺の語った今日の活動内容の説明を引き継いで簡潔に述べる。

特に異論や質問が出ることもなく皆が「はい」「わかったじぇ」と頷き、早速俺たちは鞄や通学用ショルダーバックを手にして部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 

 

カララン

 

入り口のドアを開けると、来客を知らせるカウベルの音が店内に響く。

 

「いらっしゃいませ、ご主人さ……おっと、おんしらか」

 

カウンター席を拭いていた染谷先輩が来客に気付いて入り口へと笑顔を向け、営業用の挨拶を口にするも、それが部活の後輩たちであることに気付いて地の喋りになる。

俺が染谷先輩に会釈を返して店内へと足を踏み入れると、背後にいるのどかや咲たちも俺に続いて続々と店内へと入ってくる。

 

「喫茶店……ですか」

「ふわっ、涼しいね~」

「あれ、染谷先輩がいるじょ」

「おわっ、染谷先輩なんてカッコしてるんですか。それ、メイド服?」

 

入ってくるなり、皆が店内を見渡しながら思い思いの所感を口にする。

カウンター拭きの作業を切り上げて、カツカツと軽快な足音を響かせながらこちらへと歩み寄って来る染谷先輩の姿は、京太郎が指摘したとおり、シックな黒の長袖ワンピースドレスの上に白いフリル付きエプロンを羽織り、同じく白いヘッドドレスを頭に載せたメイドの外見そのものだ。

 

「よう来たの、皆の衆」

 

面食らってる皆の反応を面白がっている表情で、俺たちを歓迎してくれる染谷先輩。

そんな彼女に困ったような表情の咲と、好奇の色を瞳に宿したのどかがそれぞれ質問を投げかける。

 

「なんでそんな格好を……」

「コスプレ?」

 

染谷先輩は俺に視線を向け、「説明してないんけ?」と小声で訊ねてくる。

俺は首を振った。皆が事情を把握していない理由は、ここに来る道中で目的地や活動内容について質問を幾度も受けたが、黙っていた方が面白い反応が見れそうだと考えてのらりくらりとかわしてきたからだった。

俺の否定に染谷先輩は「しょうがないのう」といった表情で口を開く。

 

「これはのう……見たまんま、メイドじゃ。そして、この喫茶店はわしの実家での。今日は皆にバイトを頼もうと思って来てもらったんじゃ」

「え……えぇー!?」

「アルバイト……ですか」

「ほぇー」

 

驚く咲、落ち着いているのどか、何も考えてなさそうな優希と、1年生の女性陣がそれぞれらしい反応をする。

そんな女性陣の反応を横目に、京太郎が何かを期待するような表情で染谷先輩に問いかける。

 

「てことは、のどかや咲も染谷先輩みたいにメイドの格好をするってことですか?」

「そうじゃの。皆にはメイド服に着替えてウェイトレスをやってもらいたいんよ。ああ、京太郎は雑用じゃけぇ、着替えんでええ」

「わかりました。――それにしても、のどかのメイド姿かぁ……」

 

鼻の下を伸ばして妄想の世界へと旅立つ京太郎。またこのパターンか。

 

「染谷先輩、そうなると白兎は一体何をするのだ?」

 

えへえへ呟きながらにやけている京太郎に汚物を見るようなジト目を向けていた優希が、何かに気付いたように表情を真顔に改めると、俺を一瞥してから染谷先輩に顔を向けて質問する。

俺の役割について本人に訊ねなかったのは、道中の経緯から考えて、また回答をはぐらかされるとでも判断したからだろう。

 

「ん? 白兎はおんしらの監督役じゃ。特に店を手伝うっちゅうことはない」

「てことは暇なのか?」

「そうかもしれんの」

「染谷先輩、そこは否定してくださいよ」

 

名目上とはいえ、一応俺にも役割があるのだし、優希に余計な言質は与えて欲しくなかった。

思わず突っ込んだ俺に優希は顔を向け、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

一人だけ働かなくていいとかズルイ、なんて単純な不満でも言うのかと思いきや、何やらろくでもないことを考えてそうだ。

 

「でも、喫茶店でアルバイトすることと麻雀部の活動に、一体何の関係が……?」

 

染谷先輩のメイド姿が衝撃的だったせいか、本来最初に抱くべき疑問が今頃になってのどかの口から発せられる。

優希が何かを言い出す前に話を進めて誤魔化してしまおうと考えた俺は、背後にいるのどかへと半身振り返って視線を合わせ、答える。

 

「アルバイトは副次的な目的というか、ついでかな。ここへ来た主目的はこの店で麻雀を打ってもらうことだよ」

「え、でも……ここは喫茶店ですよ?」

 

喫茶店で麻雀を打つという行為にぴんと来ないのだろう、不思議そうな表情で聞き返すのどか。

 

「ああ、それはの。そっちを見てみい。雀卓があるじゃろ?」

 

回答を引き継いだ染谷先輩が手振りで右、俺たち側からすると左手の方を指し示す。

皆が示された方へと顔を向ける。それは事前に店の概要を竹井先輩から聞いていただけで、詳しい内情は知らなかった俺も同様だ。

そちらには俺の胸ほどの高さのレンガ塀による仕切りがあり、塀のてっぺんには20cm程度高さの生垣が植えられている。

塀によって区切られたスペースは2段ほどの階段による段差があり、床がやや高くなっている。

俺の身長でかろうじて上から塀越しにそのスペースに全自動雀卓が設置してあるのが見えるくらいだから、女性陣の身長では塀に遮られて雀卓が見えてなさそうだ。

入り口付近の位置からだと椅子とその脇に置いてある小型3段式扇形テーブルしか見えないこともあり、一見では趣向を凝らした普通のテーブル席にしか思えなかっただろう。

女性陣は入り口付近から少し前へ出て、段差のついたスペースを覗き込み、「あっ」と小さく声に出して驚く。

 

「ウチはの、単なる喫茶店ではのうて麻雀を打ちながら飲食できる店なんじゃ。といっても雀卓が一台あるだけじゃけぇ、オマケ設備みたいなもんじゃがのう」

 

染谷先輩は少し照れの含んだ表情で説明を続ける。

家業を知り合いに解説することに気恥ずかしさがあるのだろう。

意外と言っては失礼だが、普段飄々としている染谷先輩の歳相応の少女らしい素直な表情を見て微笑ましい気持ちになる。

個人的な感想を言えば、喫茶店で麻雀を打てるというアイデアはコロンブスの卵というか、なかなか良いコンセプトだと思う。

近所の麻雀好きな人にとっては、同好の志と気軽に打つことのできる憩いの場となり得る。

 

「で、客が対局を希望した場合に人数(メンツ)の不足を店員が埋めるんじゃ。それが今日の部活動ということじゃの」

 

「へぇー」とか「なるほど」とか納得している後輩たちに、染谷先輩は表情を一転させ、

 

「ほいじゃあ、よろしくな」

 

唇の端を釣り上げて、にまーっと邪悪そうに笑いかける。

眼鏡がきらりと光を反射したのは言うまでもないお約束だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店の制服(メイド服)に着替えた女性陣がスタッフルームから姿を現すと、中年層を主とした男性客数名から注目と「おお~」という歓声が彼女らに集まる。

訂正、「我が人生に悔いなし!」とか大げさに喚きながら鼻の下を伸ばしている京太郎もそこに追加だ。もちろん視線はメイド服姿ののどかへと注がれている。

女性陣の外見は、シックなメイド姿の染谷先輩とは対照的に、現代的メイドコスプレ衣装というか、カラフルな色彩のツーパースドレスで、上半身は純白のハイネックとパフスリーブのトップ、下半身には白のサロンエプロン付きピンクのミニプリーツスカート(咲と優希は水色)だ。

加えて腰を白のサッシュで締め付け、腰背に色違いの大きなリボン、手にはショーティ、頭にはメイドの象徴ともいえるヘッドドレスといった装飾類を装備している。

腰が締め付けられているせいではちきれんばかりの胸がいつも以上に強調されているのどかは勿論のこと、咲や優希もそれなりにドレスを着こなしていて可愛らしい魅力が引き立っている。

場慣れしているのか、満更でもない様子ののどかに、異性の視線を集めて恥ずかしそうな表情の初々しい咲、腰に手を当て小悪魔めいた笑みを浮かべている優希と、それぞれが意外とも、らしいとも言える反応を見せている。

 

「皆、なかなかよう似合(にお)うとるねぇ。とりあえず、今日一日限りの見習いバイトじゃけぇ、わしの見よう見まねで働いてくれたらええ」

 

そう言って、早速客のオーダーを取りに少し離れたテーブル席へと向かう染谷先輩。

 

「じゃ、俺は倉庫整理してくるから」

 

のどかたちが着替えている間に染谷先輩に連れられて倉庫へ行き、整理の仕事を申し付けられていたらしい京太郎が再び倉庫へと向かうべく、スタッフルームへと姿を消す。

ちなみに京太郎はどうしてものどかのメイド姿が見たいと駄々をこねて倉庫から一度こちらへ戻ってきていたのだ。

 

「先輩はスカート長くていいなぁ」

「あれも着てみたいですね」

「うぇっ、あれも……?」

 

「コーヒーとオムライスですね」とてきぱきと客の注文を伝票に書き留めている染谷先輩を眺めながら、咲がぼそっと感想を口にする。

その言葉にのどかがややずれた反応を返したことで、咲がびっくりしてのどかへと顔を向ける。

一方俺は、染谷先輩標準語も話せるんだな、とか失礼な感想を頭の片隅で考えながら、この後に来るであろう客――今日の活動のために竹井先輩が渡りをつけてくれたある人物について思いを馳せる。

その人物とは、なんと現役のプロ麻雀プレイヤーである藤田靖子(ふじたやすこ)だ。そんな大物と繋がりのある竹井先輩の人脈には驚きの一言に尽きるが、それはともかく、今日の部活動の趣旨は「大会前の中間テスト」といったところだ。

ある意味県予選で相手をする誰よりも難易度の高い対局者を用意するあたり、竹井先輩はなかなか良い性格をしている。

とはいえ、優希や染谷先輩ではプロ相手はきついだろうが、咲やのどかならかなり良い勝負をするんじゃないかと思っている。

恐らく竹井先輩も後輩たちをそれくらいに評価、期待しているから故の人選かもしれない。

ちなみに俺はあくまで監督役、互角~格上の相手と対局した際における皆の実力や打ち筋を測るための試験官を務めないといけないが、時間があったら藤田プロと打ってみようと考えている。

学生の立場ではプロと打てる機会なんてそうそうないしな、強敵と打てるチャンスを逃したくない。

などと期待を胸に躍らせていると、いつの間にか俺の側に近づいてきた優希がとんでもないことを耳打ちしてきた。

 

「白兎はメイド服を着ないのか?」

「……何言ってんのお前?」

 

こいつ頭大丈夫か?

などと正気を疑った俺に、優希はとんでもない提案をしてくる。

 

「昨日の貸しを忘れたか? のどちゃんに例のWikiの存在をばらされたくなかったら、白兎もメイド服を着て働くといいじょ」

「…………」

 

悪魔かこいつ。

 

「ざけんな。何が悲しくて俺が女装せにゃならんのだ。断固断る」

 

必要性や理由があって女装するならともかく、脅迫に屈してメイド服を着るとか俺の沽券に関わる。

これまでの女装歴を鑑みれば他人に変態と言われても抗弁できないが、それでも自分なりのこだわりというか、矜持というものを保ちたいからだ。

 

「そう言うと思ったじぇ。――のどちゃーん、咲ちゃーん、染谷先輩ー!」

「ちょ!?」

 

俺の反発を予想していたらしい優希が、突然大声を出して他の女性陣に声をかける。

こいつの魂胆は多分、「白兎の女装姿を見たくはないか」などと皆に働きかけ、同意を得て自分の企みを正当化するつもりだろう。

そうはさせるかと口封じをする暇もあればこそ、優希は持ち前の敏捷さを発揮してのどかへと駆け寄った。彼女の側でなら俺が無体な行動にでないだろうと考えてのことだろう。

俺の危惧を裏付けるように、なんだどうしたとばかりに集まってきた咲と染谷先輩も交えた女性陣に優希は提案をぶち上げた。

 

「みんな、白兎のメイド姿見てみたくはないか?」

「えぇ……?」

「そ、それは……」

「ほほぉう」

 

予想外の提案に、咲は目を白黒させ、のどかはどこか期待感の篭った眼差しで俺の方をちらりと覗い、染谷先輩は顎に手を当ててにやりと笑う。

……やばい、雲行きが怪しいというか、突拍子もない優希の提案に女性陣の皆は概ね満更でもない様子だ。

深刻な事態になる前に収拾を図ろうと、俺は女性陣たちに近づいて話しかける。

 

「いやいや、本人が全く乗り気じゃないから。大体、ウィッグとか女装のための小道具がないでしょ?」

 

すっぴんでも服装次第で十分女性に見えるという俺にとっては都合の悪い見解はないものとして扱い、女装に必要なアイテムの欠如を指摘して話を諦めさせる方向に誘導するつもりだったのだが……

墓穴った。

 

「あるよ」

 

染谷先輩が右手の人差し指を立て、得意気な表情であっさりと答えた。

 

「ぇえ? ちょ、ちょっと待ってください、どうして喫茶店にそんなものが……」

「ん? そんなの必要だからに決まっちょる。メイドのイメージと言ったら長い髪の美人じゃろ? 最近は髪の短い子も多いけぇ、長髪ウィッグはバイトの子に結構好評なんよ」

 

何そのピンポイントな偏見。世界中の短髪メイドさんに謝れ。

予想外の成り行きにどう反論すべきかと俺が迷っていると、

 

「あの……白兎さんは不本意かもしれないですが……正直に言えば、私はもう一度、白兎さんのメイド姿を見てみたいってずっと思ってました」

 

素直というか無邪気というか、優希と違って一片の悪意もないであろうのどかの一言が見事に俺の退路を塞いでくれた。

 

「わっ、私も……実を言うと白兎君ならこの格好も似合うんじゃないかなぁ、とちょっぴり考えちゃった」

 

のどかの発言に咲は苦笑しつつ、控えめながらも追従する。

 

「そうじゃのう。白兎の女装姿にゃあ、わしも興味あるの」

 

竹井先輩に似て愉快犯的志向を有している染谷先輩もあっさりと同意する。

これで俺の進退は窮まった。

とはいえ元々の予定にあったことではないし、常識的に言ってろくでもない優希の提案を強引に拒否したところで責められる謂れはないのだが、のどかや咲の期待に背くのは少々気が引ける。

俺はしばし逡巡してから覚悟を決め、「はぁ……」と大きくため息をついて肩を落とす。

 

「仕方ない、やりますよ。ただし、スカートの中を見られるのは色々まずいので、染谷先輩と同じロングスカートの衣装であることが条件ですが」

「承知した。それならわしと同じ服でいいじゃろ。ああ、胸パッドは使うか?」

 

俺が諦めた口調で請け負うと、染谷先輩は気軽に了承し、なおかつ変な気まで回してくる。

ありがた迷惑とまでは言わないが、男である俺にとっては非常に返答に困る申し出である。

胸パッドを使わなければ体型が平坦過ぎて見た目の魅力に乏しくなるが、かといって嬉々として使いますって答えた場合、ただの女装好きな変態か、などと疑われかねない。

 

「はぁ……それは別にどっちでもいいです」

 

俺が頬をやや引き攣らせて答えると、染谷先輩は「ん、わかった」と鷹揚に頷き、衣装等の準備をしにスタッフルームへと向かう。

俺ものどかたちに背を向けて染谷先輩の後を追う。

(なま)の女装白兎ついに解禁だじぇ」などとろくでもない発言をしている元凶(優希)をいつかイワしてやると強く決意しながら、俺はスタッフルームの入り口をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 

 

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ある意味私の初恋の相手とも言える、女装姿の白兎さんに再び会える。

優希の提案は白兎さんにとっては多分に迷惑な話だったであろうけど、私にとっては思いもかけなかった天佑であった。

心の中で白兎さんに謝罪しつつも、私や宮永さん、染谷先輩もまた優希の提案を支持したことで、白兎さんは折れてくれた。

染谷先輩と白兎さんがスタッフルームへと姿を消してからしばらく、私は気もそぞろに客の対応をしつつ働いていた。

今か今かと待ち侘びる心境で数秒おきにちらちらとスタッフルームのドアへと何度も視線を向けてしまう。

集中力散漫で動いていたために、ブレンドコーヒーを運ぶ際にテーブルに腿をぶつけてしまい、危うく零しそうになったり、お客様が来店した際に「お帰りなさいませ、ご主人様」という挨拶をし忘れたりと散々な有様だったが、宮永さんと優希がフォローしてくれたおかげで事なきを得た。

白兎さんが着替えていた時間はせいぜい15分程度だと思うけれど、私にとってはそれ以上の長い時間に感じられた。

そして遂に白兎さんがホールに姿を現す瞬間がやってきた。

ガチャ、とドアを開けて店内へと姿を見せた白兎さんの容貌は、かつて私を救ってくれた出会いの日と同じように、知らなければ男性だとは思いもよらぬだろうほどの怜悧さと可憐さを同居させた、非凡な美しさを湛えている。

染谷先輩と同じシックなメイド服を着ているために、華々しい美しさを纏っていた文化祭の姿とは趣きが違い、清楚な雰囲気を見る者に与えている。

その美しさと纏う雰囲気による存在感はこの場にいる誰よりも大きく、親しき者として誇らしさを抱くと同時に、女性として微かな嫉妬をも覚えてしまう。

そんな二律背反な感慨を抱きながら、私は給仕の仕事を忘れ、白兎さんにしばし見惚れていた。

 

「うわぁ……綺麗……」

「現物は写真よりも美人だじぇ……」

「同一人物とは思えんのう」

 

その麗人ぶりに他の皆もまた感嘆の声をあげ、男性客しかいない店内のあちこちからも「こんな美少女初めて見た」「新しいバイトの子か?」などという声が漏れ聞こえる。

白兎さんは衆目を集めることに慣れているのか、特に気負った様子も見せず、私の方へと足音を立てずに歩いてくる。

格好だけでなく、気品すら感じさせる楚々とした歩き方をしていることに気付いた私は、こんなところまで徹底しているのかと、少しばかりおかしな感心をしてしまう。

実際、文化祭のときは女性だと思い込んでいたために違和感など感じようもなかったけれど、男性としての所作を見知っている今となっては、立ち居振る舞いがこうまで女性らしい白兎さんからはまるで別人のような印象を受ける。

それが気持ち悪いとかは全く思わないけれど、一抹の怖さというか、得体の知れなさを感じてしまうのはどうしてだろうか。

私の目の前にまでやってきた白兎さんは、不安を滲ませた小さな声でひそひそと私に問いかけてくる。

 

「のどか、俺の見た目はおかしくないかな?」

 

その声だけは変わらず白兎さんのもので、奇妙な安心感を覚えた私はつい「くすっ」と微笑ってしまう。

 

「あれ、やっぱ変?」

 

焦りを感じさせる口調の白兎さんに、私は「ごめんなさい」と笑ってしまったことを謝罪してから台詞を続ける。

 

「どこもおかしくありません。とても綺麗です」

「綺麗……か。男としては喜ぶべきか悩むとこだけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

私の褒め言葉に、少し困ったような表情で苦笑する白兎さん。

私としては本心から「綺麗だ、美しい」と感じての言葉なのだけれど、男性にとっては女装姿をそう評価されることはいささか複雑な感慨をもたらすのかもしれない。

本心から女装を趣味として楽しむような性的倒錯者なら、あるいは素直に喜ぶのかもしれないけれど。

しかし、好意を抱いている男性(白兎さん)がもしそういう人物だったら、と仮定の状況を想定すると、なるほど、それは嫌というか、正直あまりお近づきになりたくない男性という気がする。

白兎さんの女装姿を見ることができて喜んでおきながら、本人がそれを迎合していたら嫌悪感を抱くかもしれないなんて、酷い矛盾というか、身勝手極まりない思考だろう。

罪悪感に苛まれつつも、白兎さんから目を逸らせないでいると、

 

「ね、ほんとに白兎君なんだよね?」

 

興味津々といった様子の宮永さんがこちらへと早足で近づいてきて、白兎さんに声をかける。

興奮のためか、彼女の頬はやや紅潮し、潤んだ瞳で白兎さんに熱い眼差しを向けている。

……これはちょっと面白くないというか、危険な兆候かもしれない。

普段、オカルトを否定している私が「乙女の勘」だなどと言ったら失笑されるかもしれないが、ふとそんな気がした。

 

「そうですよ、お嬢様」

「わわ、声は白兎君のままなんだね」

「そりゃね」

 

恐らくはユーモアのつもりで白兎さんが気取った口調で答えると、宮永さんは先ほどの私と似たような感慨を抱いたようだった。

宮永さんは近くで白兎さんの全身を上から下まで「へぇ~」と感嘆しながら眺め、観察する。好奇というよりは尊敬の眼差し、好意的な感情を伴った視線だ。

もしかしたら宮永さんは、綺麗な女性に弱いのかもしれない。

 

「なんていうか……顔が綺麗、ってだけじゃなくて、腰や手足が細くてスタイルもいいから、どこからどう見ても女性にしか見えないね」

「男としては手足が細いってのは結構コンプレックスなんだけどな。あと胸はパッドだぞ」

「あ、そ、そうだよね、さすがに胸はないよね。わ、私ってば何変なこと言ってるんだろう……」

 

白兎さんの冷静な突っ込みに、失言だと思ったのか、カーッと顔全体を紅潮させて慌て俯く宮永さん。

そんな様子が可笑しくて、つい「くすっ」と笑ってしまった私は宮永さんをフォローする。

 

「無理もないです。私だって初めて白兎さんとお会いしたときは男性だなんて疑いもしませんでしたし、再会するまで半年以上、ずっと女性だと思い込んでいたくらいですから」

「そ、そうだよね。これだけ綺麗なんだから、そう思うのも仕方ないよねっ。……あれ、でも半年以上って、原村さんも高校の部活で知り合ったんじゃないの?」

「あ、いえ、私は……」

 

私の台詞に違和感を覚えた宮永さんが、的確なポイントを突いた質問をしてくる。

そういえば宮永さんには私と白兎さんの馴れ初めを話したことはなかったし、多分そのことを知っている他の部員からも聞かされていなかったのだろう。

わざわざ吹聴することではないけれど、特に隠し立てするつもりもないので素直に答えることにする。

しかし私が口を開く前に、白兎さんが簡潔に説明してくれる。

 

「俺とのどかが知り合ったのは、去年の秋だよ。俺の母校の文化祭にのどかが客としてやってきてね、クラスの出し物の関係で女装していた俺とそこで出会ったってわけ」

「へぇ~、そうなんだ…… じゃあ、白兎君と原村さんって、その時から親交があったんだね」

「いえ、違うんです。そのときはお互い、名前を言わずに別れてしまって…… 清澄に入学して、先月麻雀部で再会するまでは全く交流がなかったんです」

 

私が宮永さんの自然ともいえる解釈の誤解を訂正すると、彼女は驚いた様子で目を見開いた。

 

「えっ。それってつまり、高校で偶然再会したってこと?」

「はい、そうなります」

「はー…… そんな偶然ってあるんだね。お互い縁があったと言えばいいのか、部活動まで一緒になっての再会だなんて、まるで赤い糸で結ばれているみたい」

「そ、そんな…… 偶然は偶然ですし……た、確かに私も運命的な再会だったと思いますけれど……」

 

羨むような口調の宮永さんの感想が恥ずかしいやら嬉しいやらで、台詞の後半は消え入るような声となってしぼみ、私はそのまま俯いてしまった。

すぐ隣で白兎さんが私たちの会話を聞いているかと思うと、感情を持て余してしまってどう反応したら良いかわからなかったから。

 

「再会が偶然じゃなかったら、白兎ストーカー説が濃厚になるじぇ!」

 

突然、ひょこっと私と白兎さんの間に割り込むように優希が現れる。

気配を感じさせない登場に、私は「きゃっ」と思わず声に出して驚いてしまう。

 

「さすがは優希、斬新な説だな。――とでも言うと思ったか。だ・れ・が、ストーカーだこの悪魔」

 

白兎さんはにこりと優希に微笑みを見せたかと思うと、即座に形相を厳しくして瞬時の早業で優希のこめかみを両の拳で挟み、ぐりぐりと締め付ける。

確かウメボシ? とかいう一種の肉体的懲罰だ。なんだか最近この光景を良く目にするようになった気がする。

 

「いただだだ! ごめんなさい冗談です離してぇ!」

 

優希は表情を「><」という感じにして必死に謝罪する。

元より本気ではなかったのだろう、ほんの数秒程度で白兎さんが手を離すと、優希は脱兎の如くというか、素早い動きで私の背後へと隠れる。

怯えた小動物のように私の背中から半分くらい顔を出した優希は涙目になっていた。

 

「うぅ…… 小粋なネタを振っただけなのに、全く白兎は大人げないじょ……」

「毎度毎度人のことをディスるからだ。少しは反省しろ」

 

弱々しい反駁に、白兎さんが目を細めて優希を叱る。

女装姿の白兎さんがそういう表情をすると、いつもとは違う、言い訳や嘘を許さないような冷たい迫力があった。

 

「まあまあ。優希ちゃんも悪気はなかったと思うし、許してあげよう?」

 

そんな二人のやりとりに苦笑しつつ、宮永さんが仲裁に入ってくれる。

白兎さんはふぅ、と軽くため息をつくと、こめかみを右手の人差し指でぐるぐると回しながら揉む。

そうやって気分を切り替えたのか、肩の力を抜いたように見える白兎さんは宮永さんの頭上越しに店内を見渡し、

 

「とりあえず、お客様の視線も少々痛くなってきたことだし、油売るのもこれくらいにして働こうか」

 

会話にのめり込む私たちに現状を認識させようとしてか、そう告げる。

言われて気付いたが、確かに私たちは客の注目を集めているようだ。

しかも私たちの落ち度はそれだけでなく、会話の間、店内の客対応を染谷先輩一人に任せっきりにしてしまっていた。

そうだ、ここは部室じゃない。雑談や白兎さんの女装姿に舞い上がるのはこれくらいにして、勤めを果たさなければ。

そう私が反省したところで、白兎さんの背後、スタッフルームのドアがガチャッと音を立てて開く。

 

「染谷せんぱーい、頼まれてた倉庫整理終わりましたー。……あれ?」

 

ドアをくぐってホールへと出てきたのは倉庫整理をしていた須賀君だった。

染谷先輩のところまで近づく手間を惜しんだのか、その場で大声を出して呼びかけた須賀君の視線が、私たち――いや、正確には白兎さんの姿を捉えてぴたりと止まった。

そしてわなわなと全身を震わせたかと思うと、興奮した面持ちでこちらへと駆け寄ってくる。

それほど広くない店内のこと、あっさり彼我の距離を詰めた須賀君は、白兎さんの目の前で停止したかと思うと、両手で白兎さんの右手をがばっと掴んだ。

呆気に取られてる白兎さんや私たちを置き去りにして、須賀君は掴んだ手を胸の高さまで持ち上げると、唇の端を歪めてにやりと笑った。

多分、ニヒルに決めたつもりなんじゃないかって後にして思ったのだけど、須賀君に失礼ながら、正直言って好色そうなにやけ顔、って印象だったと思う。

 

「アルバイトのお嬢さん…… 俺は染谷先輩の後輩で、須賀京太郎と申します。どうぞよろしく」

「…………」

 

手を握られたまま、白兎さんは胡乱な眼差しで須賀君を見つめている。

これはもしかして……所謂ナンパ行為、なのだろうか。

展開についていけず、硬直している私は頭の片隅で須賀君が誤解しているんじゃないかという可能性に思い至る。

ある意味無理もないが、目の前の女性が白兎さんだと気付いていないのだろう。

須賀君は確か前に文化祭のときのメイド姿を撮影したポラロイド写真を見たことがあったはずだけど、同じメイド服でも方向性がかなり異なっているせいか、ぱっと見では気付かなかったのかもしれない。

どうやら白兎さんも同様の結論を出したのだろう、その表情が段々と険しくなっていく。

限界まで目を細めた白兎さんは、これ以上ないってくらいに侮蔑の表情と視線を須賀君に向けながら、底冷えのする声で告げた。

 

「死ね」

 

短くも鋭い言葉の刃で心臓を貫かれた須賀君が「ひでぶっ」と謎な呻き声をあげて膝から崩れ落ちる。

膝を着いた須賀君を絶対零度の眼差しで見下ろしながら、白兎さんは更なる追撃を浴びせる。

 

「あとキモいから手を離せこのド変態」

 

未だ白兎さんの手を握ったままの須賀君が「あべしっ」と再び謎な呻き声をあげてその手を離す。

だらん、と離れた両手が力なく床に落ちる。脱力して座り込む須賀君の姿はまるで、「燃え尽きた人」という形容がぴったり当てはまりそうな印象だった。

 

「つか、いい加減気付け」

「――え?」

 

初めて侮蔑以外の台詞を耳にして、須賀君はゆっくりと顔を上げる。

目元を幾分和らげた白兎さんは、「はぁ……」と深いため息をつくと、気落ちした表情の須賀君に再び声をかける。

 

「白兎だよ。……京太郎お前、いくらなんでも()にモーションかけるとか、見境なさすぎるぞ」

 

須賀君にとってはその台詞が予想外すぎたのか、すぐには思考が追いつかないようで「へ?」とわからない顔になる。

白兎さんは物わかりの悪い須賀君にイラッとした表情を一瞬浮かべるものの、怒りを吐き出すように再び「はぁ」とため息をつく。

 

「だから、俺には京太郎()に手を握られて喜ぶ性癖はないって言ってるんだ。ユーアンダスタン?」

「あ……あぁ、お前! まさか白兎か!?」

 

そこまで言われてようやく瞳に理解の色を宿した須賀君が、勢いよく立ち上がって白兎さんを詰問する。

 

「だからそうだって言ってるじゃん」

「な……なんてこったーー!!」

 

思わぬ事実に相当な精神的ダメージを受けたらしく、両手で頭を掴んだ須賀君が勢いよく天井を仰ぐ。

そこに私たち女性陣からの追い討ちが入る。

 

「須賀君はもう少しよく考えてから行動した方がいいと思います」

「京太郎のニブチンさは筋金入りだじぇ」

「ま、まぁ、京ちゃんが誤解するのも無理ないかなって気はするけど…… いきなり手を握るのはないよね」

「京太郎はバイじゃったか」

 

あまり好意的とは言えない女性陣からの批評と視線を受け、須賀君は額に汗を浮かび上がらせて「うっ」と唸り、半歩後ずさる。

 

「し、知らなかったんだ! まさか、俺の親友がこんなに可愛いわけがない、って思うじゃないか。それに男なら可愛い子がいたら自己紹介くらいするだろ?」

 

言い訳して、須賀君は縋るような表情を白兎さんに向ける。

しかし白兎さんは眉根を寄せ、蔑みきった眼差しで須賀君を見つめ、

 

「俺に同意を求めるなこのセクハラ野郎」

 

「ケッ」と背後に悪態の擬音がつきそうな態度で痛烈に吐き捨てた。

よほど素で女性と間違えられたことが腹に据えかねたのか、それとも同性に手を握られたことに生理的嫌悪感を抱いているのか、いずれにせよ須賀君が白兎さんの逆鱗に触れたであろうことは間違いない。

 

「四面楚歌すぎる!?」

 

誰も味方してくれない状況に絶望したのか、須賀君は再び膝から崩れ落ちて「orz」の格好で項垂れた。

そんな須賀君を優希が座り込んで頭をつんつんと指先でつつき、宮永さんが同情と呆れの混じった表情で見つめている。

染谷先輩、白兎さん、私は顔を見合わせて苦笑し、状況に見切りをつけて仕事に戻ろう、と解散の意志を視線で共有する。

そんなタイミングで、来客を知らせるカウベルが店内に鳴り響く。

入り口の方へ視線を向けると、20代くらいの若い女性の二人組みが店内へと入ってきたところだった。

私は出迎えの挨拶をすべく入り口へと小走りで駆け寄る。宮永さんも「あっ」と声をあげ、私の後ろに続く。

私と宮永さんは二人組の女性客の1mほど前に並んで立ち、深々とお辞儀をしつつ下品にならない程度の大声で「お帰りなさいませ、お嬢様」とテンプレートの挨拶を唱和する。

すると、二人組の女性客のうち一方、細く鋭い目元が印象的なストレートロングヘアーの女性が挨拶に面食らったようで、「なっ……?」と驚きを露わにする。

しかしもう一方、凛々しい表情にミディアムヘアーの女性客は全く動じた様子を見せず、上着の黒コートを無言で脱ぎ始める。

真夏日というわけではないが、初夏も半ばに差し掛かったこの時期に長袖コートは暑くないのだろうか、などと我ながら少々ずれた感慨を抱きながら、お客様からコートを受け取ろうと踏み出した瞬間。

いきなり、その女性客がコートを私の頭越しに奥へと投げる。

 

「いらっしゃい」

 

突然のオーバーアクションに、「きゃっ」と驚く私の背後で染谷先輩が親しげに挨拶する。もしかしたら顔見知りなのかもしれない。

振り返ると、染谷先輩が両手でキャッチしたらしいコートを手際よく折り畳んでいる。

 

「あら、今日のバイトは可愛らしいわね」

 

コートを投げた女性客は私や宮永さんを一瞥し、染谷先輩に顔を向けて揶揄するような物言いで話しかけた。

その女性客の無遠慮な視線に怯えたのか、「つっ……!?」と宮永さんが隣で警戒の表情を見せている。

いくら無礼な相手とはいえ、お客様に向ける態度ではない。

しかし女性客は違和感ある宮永さんの態度に全く頓着した様子も見せず、染谷先輩に引き続き話しかける。

 

「いつもの。特盛でお願い」

「はい、いつものですね」

 

やはり常連客なのだろう、女性客の端的な注文で内容を諒解したらしい染谷先輩が頷く。

染谷先輩にツーカーな注文を済ませた女性客は、連れの髪の長い女性客に水を向ける。

 

「久保はどうする?」

「私はブレンドで」

 

久保と呼びかけられた女性客は出会い頭な驚きが過ぎ去って落ち着きを取り戻したのだろう、短く答えながら冷たさを感じる無表情で店内を見渡している。

 

「ところで、藤田さんの目的地ってもしかしてこの店ですか?」

「ああそうだ。そちらに雀卓があるだろう。今日はここで麻雀を打つ」

 

藤田さんと呼ばれた女性客は雀卓へと顔を向け、顎でその存在を久保さんに指し示す。

 

「なるほど、なかなか変わった喫茶店ですね」

 

台詞の内容とは裏腹に、喫茶店に麻雀卓という異色の組み合わせにもさして感銘を受けた様子もなく頷く久保さん。

そして女性客二人は染谷先輩に促されるまま雀卓の椅子に座る。

私と宮永さんが並んでその様子を眺めていると、そこに白兎さんがやってきて藤田さんへと声をかけた。

 

「ようこそいらっしゃいました藤田さん。今日はよろしくお願いします」

「よろしく」

 

相手を見下すような、どこか尊大さを感じさせる声音で挨拶を返す藤田さんの印象は、正直良いとは言い難い。

しかし白兎さんは全く気にしたふうもなく、顔をもう一方の女性客、久保さんに向けながら藤田さんに尋ねる。

 

「そちらの方は?」

「知り合いだ。面子は多い方がいいと思って連れてきた」

「何の説明もなく、ね。私も暇じゃないんですから、酔狂に付き合わせるのは程々にして下さいよ」

 

両腕を組み、「はぁ」と小さくため息をつきながら不満を言う久保さん。

話を聞いている限りだとどうやら藤田さんの方が目上の立場のようだ。同じ会社の上司か何かだろうか。

二人の仲の良さそうなやりとりに、失礼に当たらない程度に微笑を浮かべた白兎さんが「なるほど」と納得を口にする。

 

「いいじゃないか。それに、お前にとっても利益のあることだと思うぞ」

「藤田さんと打てるから、ですか?」

「いいや。まぁ今はわからなくていい。いずれ解る」

「はぁ……」

 

第三者にとって意味不明かつ意味深なやりとりを交わしている二人に背を向けた白兎さんがこちらへと顔を向ける。

 

「優希、最初はお前と染谷先輩で対局よろしく。その間はのどかと咲で客の対応を頼む。サボるようですまないが、お……私はここで監督役として対局見てないといけない」

 

気が付けば私の側で雀卓の方を興味深げに注視していた優希が、声をかけられて「ほぇ?」という顔を白兎さんに向ける。

些細なことだが、一人称を「私」に言い直したのは、男性であることを客に悟らせないためだろうか。

 

「最初に説明しただろ? 今日はここで麻雀を打ってもらうと。ああ、接待麻雀じゃないから本気でやるように」

「そういえばそうだったか。承知したじぇ」

 

この喫茶店に来たときの経緯を思い出したのか、優希は素直に納得し雀卓の椅子に着席する。

白兎さんに指定されたもう一方の染谷先輩は既に席に着いていた。

 

「お姉さん方、よろしく頼むじぇ」

「よろしゅう」

「「よろしく」」

 

お客様で、年齢的にも明らかな目上である藤田さん久保さんに対していつもの口調で挨拶する優希に、どちらも特に気を悪くした様子はない。

内心で大丈夫そうだと胸を撫で下ろした私は、そのまま対局を観戦したい気持ちを抑えて宮永さんに声をかける。

 

「宮永さん、私たちは仕事をしましょう」

「あ、うん。そうだね、お客様ほっとけないし、優希ちゃんたちの分も頑張ろう」

 

前向きな台詞とは裏腹に、やはり対局が気になるのか、宮永さんはちらちらと雀卓を見やりながら定位置である店内の奥へと歩いていく。

私もまた、次は自分の番だといいな、と考えながらその後に続く。

そこで私はあることに気付いて宮永さんの背中に訊ねる。

 

「そういえば、須賀君は?」

「京ちゃん? 今の女性客が来店した直後に染谷先輩にホールから追い出されてたよ。多分、また倉庫整理を頼まれたんじゃないかな」

「なるほど……」

 

須賀君が女装した白兎さんに見せた態度から、女性客のいる場所で働かせることに不安を覚えたのだろうと容易に想像がつく。

やや酷な言い方かもしれないが、自業自得だった。

 

 

 

 

時折対局の様子をさりげなく観察すると、最初は調子が良さそうだった優希は時間の経過と共に徐々に苦戦を強いられてるようだった。

有利不利いずれでも比較的無表情で淡々と打つまこ先輩はともかく、優希は余裕のあるなしが表情に出やすいため、ぱっと見でわかりやすい。

雀卓の側まで行って点数を確認できたわけではないので、具体的な点数はわからないが、焦燥に歪んだ優希の表情を見る限りでは芳しくない状況なのだろうことが容易に想像つく。

まこ先輩にイニシアティブを取られているのか、それとも女性客二人の方が優勢なのか。

藤田さんと久保さんの雀力が未知数なだけに、どのような展開になっているのか状況が想像できない。

気にしても仕方ないとわかっていつつも、「リーチ」「ロン」「ツモ」などと雀卓の方から声が聞こえる度、関心がそちらに向いてしまう。

微妙にやきもきする時間がじりじりと過ぎてゆき、藤田さんの「ロン、タンヤオ三色ドラ1。8000だ」という出和がりを告げる声と、優希の「じぇぇぇ……終わった……じょ」という力尽きたような声が聞こえたことで終わりを告げた。

対局が終わったからと仕事を放り出して結果を見に行くわけにもいかず、焦れる気持ちを押し殺してしばし労働に専念していると、白兎さんから「のどかー、咲ー、おいでー」と、待望のお声がかかる。

たまたま近くにいた宮永さんと一瞬顔を見合わせて頷きあった私たちは、逸る心を抑えながら足早に雀卓へと向かう。

そしてカウンターの端を過ぎて見えたそこには、燃え尽きて雀卓に突っ伏す優希、キセルで煙草をふかしている藤田さん、静かにカップを傾けてブレンドを飲んでいる久保さん、そして白兎さんと何やら話している染谷先輩の姿があった。

背後をちらりと一瞥し、私と宮永さんの姿を確認した白兎さんが突っ伏している優希に何やら声をかけ、立ち上がらせる。

その間に染谷先輩が白兎さんの脇をすり抜けて雀卓スペースから出てくると、すれ違いざま私たちに「選手交代じゃ」と告げて店内の奥へと歩いていった。

優希もまた一拍遅れで出てくると、浮かない顔を私たちに向けて「あとは任せたじぇ……」と呟いてとぼとぼと通り過ぎて行った。

 

「優希はメンタルに問題ありだなー」

 

手招きで私と宮永さんを雀卓へと誘いながら、白兎さんは苦笑気味な表情で聞こえよがしに言う。

優希の消沈した様子も含め、対局の結果が気になっていた私は席に座る前に白兎さんに訊ねる。

 

「対局はどんな様子だったんですか?」

「んー、詳しい内容は後で話すよ。結果だけ言うと、1位が藤田さん、2位が染谷先輩、3位が久保さん、4位が優希かな」

「そうですか……わかりました」

 

優希が最下位……まこ先輩は優希と勝ったり負けたりだから上位であっても驚きはしないが、藤田さんがトップを取ったのは少々意外だった。

麻雀は運の要素が強い競技だけに、相手が例え素人であっても敗北することはままあることだ。

だけど、今回がそのケースだと安易に決め付けるのは危険だ。藤田さんがそれなりの実力者である可能性を考慮して、油断せずに打つべきだろう。

何より宮永さんも一緒に打つのだ。彼女には負けたくない。私は気を引き締め、雀卓の席に座る。

 

「「よろしくお願いします」」

「「よろしく」」

 

奇しくも店員二人と客二人の挨拶が対になって唱和し、新たな対局が始まった。




オーラスの咲を含め全員の手牌状況は、原作アニメ四話での対局状況を
参考にしたというか、ほぼ同じにして描いてます。
咲とのどかが原作とどれだけ乖離した実力になっているのか?
アニメと比較して読むとその差が具体的にわかると思います。


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東場 第二局 四本場 ②

分割後編


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染谷先輩と優希ちゃんを負かした二人組の客、藤田さんと久保さん。

どちらも仕事のできる大人の女性って感じで、普段の私なら気後れしてしまいそうな相手だ。

でも、麻雀でなら話は別。誰が相手だろうと決して私は負けない。負けるものか。ここは私が支配する世界(戦場)なのだから!

昔の私からは想像もできないほど好戦的で荒々しい感情が胸の内に満ちる。

「自分が最強だと自信をもて。それがお前()の力になる」、白兎君は確信の篭った声でそう私に説いた。

おかげで生来気弱な性格の私であったけど、卓を囲んだときだけは意識的に強気であろうとするようになった。

普通に考えればそれは単なる精神論で、それで麻雀が強くなるなら苦労はしないと誰もが言うだろう。しかし、不思議なことに、強気で麻雀を打つようになってから、以前と較べて不思議と牌は良く見えるし、配牌はいつも良いし、カン材もすぐに集まるようになったしで、とても偶然の一言では片付けられない効果が如実に表れているのだ。それでも白兎君には未だに何度やっても勝てないし、原村さんとは勝ったり負けたりだけれど、他の部員には一方的に勝てることが最近多くなってきた。

自惚れる気はないけど、自分にも取り得があるんだっていう確固たる自信がついたと思う。

これまでにない状況、相手がいる今回の対局。原村さんだけでなく、藤田さんもまた厄介な実力を持つ雀士だと、私の勘が告げている。

藤田さんが店内に姿を現した瞬間から感じている、奇妙な圧迫感。その感覚は、強弱の違いこそあれ、白兎君やお姉ちゃんと対峙した際に感じるプレッシャーと同種のもの。

原村さんもいるし、決して楽な対局にはならないだろう。負けるつもりはないが、苦しい対局になるかもしれないと予感して、唾をごくりと飲み込んだ。

 

東場第一局、起家は久保さん。

ちなみに席順で言うと、東家が久保さん、南家が私、西家が藤田さん、北家が原村さんとなる。

山から初期牌をツモりながら、優希ちゃんのような序盤の爆発力が私にもあればいいのに、なんて、ないものねだりな感慨を抱いてしまい、我ながら浅ましいなぁなんて内心で苦笑してしまう。

しかしそんな手前勝手な希望に牌が応えてくれたのか、初期手牌は暗刻含みの二向聴。かなりの良配牌と言ってよく、私の頬が喜色に緩む。

 

【手牌】八九22234①①⑥発発北  ドラ指標牌:7

 

手牌は万全、あとは経過を大きく違えなければ速攻和了も可能なはず。

私は王牌に意識を集中し、リンシャン牌やドラの気配を探る。すると、脳裏に牌のイメージが浮き上がってくる。

超能力じみた知覚能力で得たその情報を元に、構築する役を脳内で素早く検討する。

方針を決めた私は、第一打目に「北」を切る。

そして2巡目で原村さんから捨てられた「発」を鳴いて刻子を作り、字牌役を確定する。

私が早々に副露して役を獲得したことで、原村さんと久保さんの表情にほのかな警戒の色が浮かぶ。

藤田さんは先ほどお代わりしたカツ丼を食べることに夢中で、卓上の動きをきちんと把握しているかは怪しい。

侮られているとまでは思わないけど、真面目に打っているようには見えない。というか、カツ丼2杯も良く食べられるなぁ、と正直見ていて胸焼けがしてくる。

私の脳裏に「カツ丼さん」というニックネームが思い浮かんだ瞬間だった。

そんなどうでもいい感想を挟みながらも盤面は私の好都合に進み、僅か4巡目でテンパイし、6巡目でカン材の2ソウを手元にツモる。

 

「カン」

「!」

 

私の宣告に、原村さんの表情が一瞬険しくなる。

経験上、私がカンを宣告した場合は相当な高確率で嶺上開花で和がることを知っているが故の反応だろう。

私は副露牌の2ソウを4枚場に晒し、ドラ指標牌を1枚めくってからリンシャン牌をツモる。

 

「カン」

 

手元に来たリンシャン牌は「発」、私は再びカンを宣告し、右隅に晒されている副露牌へ加える。

そして3枚目となるドラ指標牌をめくり、リンシャン牌を指で掴む。

この時点で私の和了を確信したらしい、原村さんは椅子に背中を預けてため息をついた。

盲牌で和がり牌であることを確信した私は、和了の宣告と共にリンシャン牌を手牌の右にタン、と小さく音がする程度の勢いで置いた。

 

「ツモ。嶺上開花、役牌ドラ4。3000・6000です」

 

【和了:宮永咲】八九345①① (ツモ) 222(アンカン)2 発発(ミンカン)(ポン)

 ※ドラ指標牌:7 四 白

 

「ほぉ……」

 

食べかけのどんぶりを三角テーブルに置いた藤田さんことカツ丼さんが感心したような表情で私の手牌を注視する。

客観的に言えば嶺上開花は滅多に成立しない珍しい役なので、それで関心を寄せているのかもしれない。運はいいようだ、などと思っているのだろうか。

他人からはそう見えても、私からすれば偶然でも幸運でもない。超知覚によって他人より多くの情報を得、それによって確信的に成し遂げた結果なだけ。

私は受け取った点棒を雀卓の縁に開いた収納箱に収めながら、幸先の良いスタートに安堵のため息をつく。

次局は私の親番だ。

 

東場第二局。

親で連荘しようと焦ったのがいけなかったのか、7巡目にまだ序盤だからと油断してドラの中張牌を切ったら原村さんに鳴かれてしまった。

手を高めるためだけでなく、私の打ち筋を乱すことも同時に狙った判断だろう。

事実、ツモ順をずらされたことで、私の手元に来るはずだったカン材の気配が遠のいてしまった。言葉では説明しにくい多分に感覚的な理由だが、私も鳴いてコースを戻すか、別のカン材を集めなければ嶺上開花は出来なくなった。

逆に原村さんは目算があって鳴いたはずだから手を進めただろうし、テンパイした可能性も高い。

結局、私が態勢を整える前に原村さんが10巡目でツモ和がりを決めた。

 

「ツモです。タンヤオドラ3、2000・3900」

 

【和了:原村和】三四五五五④⑤678 (ツモ) ⑦(ポン)

 ※ドラ指標牌:⑥

 

やはり原村さんはすごい。元々のデジタルによる正確な判断力に加え、最近では相手の打ち筋を読んだ対応まで駆使するようになり、私も自分の思い通りには打たせてもらえないことが多くなった。

でも、だからこそ楽しい。

唇の端が不敵に吊り上るのを自覚しながら、点棒を原村さんに渡す。その際、交錯した視線でお互いへの対抗心を意識する。

原村さんには負けない、負けたくない!

きっと同様のことを原村さんも私に対して考えていることだろう。そう半ば確信したところで次局が開始され、勝負は続いていく。

 

 

 

南場第三局。

誰もが親では和がれなかったことから、比較的短時間のうちに対局は終盤へとさしかかった。

和がった回数で言えば私と原村さんが2回、カツ丼さんと久保さんが1回と、取ったり取られたりの接戦を演じていて、なかなかの好勝負となっている。

現在の点数状況で言うと、私:26600、カツ丼さん:24700、原村さん:31900、久保さん:16800。

オーラスがまだ控えているとはいえ、この局で誰が和了するかでおおよその趨勢が決まると言っていいだろう。

それにしても、原村さんと対局していると、どうも私の場の支配力(これも白兎君が教えてくれた。私にはカン材を支配する力……具体的に言うと、手元にある対子や暗刻の牌と同種牌を知覚支配し、選択的に引き寄せる能力があると)が低下してる気がする。

ただの言い訳かもしれない。でも、白兎君いわく「同格か、自分以上の能力強度を持った対局者が相手だとそうなる」らしいから、つまり原村さんも私と同じような何らかの超常的才能を持ち合わせているのかもしれない。

そんな余所事を考えつつ打っていたせいか、感じていた気配からカン材が手元に来る直前で第二局と同じように原村さんに鳴かれてしまい、嶺上開花を封じられた私を制して原村さんが見事なツモ和がりを決めた。

 

「ツモ。場風牌三色ドラ1、1000・2000です」

 

【和了:原村和】二三②③④23334 (ツモ) 南(ポン)

 ※ドラ指標牌:一

 

これで私との点差は約10000点、そして残すはオーラスの一局のみ。

原村さんが親だし、直撃させなくとも逆転が難しい点差じゃない。そう自分に言い聞かせて、オーラスに臨む。

 

【手牌】二二三四九①()⑥1南南北北  ドラ指標牌:4

 

配牌はドラ含みの三向聴、なかなかの好牌が揃った。

私はリンシャン牌を読み込み(リーディング)し、それが八萬であることを把握する。

そしていつものように嶺上開花を前提とした手作りを想定したところでふと、果たしてこれだけで勝てるのだろうかという不安が胸中に生まれる。

原村さんには私の打ち筋は完全に把握されており、ここまでで既に2回も対策された上での和了を決められている。

親である原村さんに和がられたとしても対局は終わらないという側面があるにせよ、このまま愚直に嶺上開花を狙っていいのか。頼っていいのか。

どうすればいい? 己の打ち筋への自信が揺らぎ、迷いで役作りの指針が定まらないまま、1巡目の私のツモ番がやってくる。

どうしよう、まだ何も決めていない。10秒20秒程度なら考慮に時間を使ってもいいだろう、だけど1分も2分も悩んでいる時間はない。

小賢しくもツモ牌を掴み、手元にもってくる動作を極力ゆっくりにして僅か数秒程度の時間を稼ぐが、頭の中は焦燥に空回るばかりで何の方策も思いつかない。

仕方ない、やはり手の内を読まれていようとも嶺上開花を狙うしか私に出来ることは――

時間に追い詰められ、結局これまでどおりに打つしかないと無策であることに妥協しかけたとき。部活で白兎君が私を完封勝利した後にドヤ顔でアドバイスしてくれた台詞が脳内で蘇る。

「自分の打ち筋を疑うな。それが己の最善であると常に自信を持て。もし相手に打ち筋を読まれたなら、対策される前に叩き潰せばいい。もしくは、対策されても問題ないように複数の選択肢を用意しろ。勿論その場合も嶺上開花を絶対の前提にしてな」

そして手元に来た1巡目のツモ牌は⑥ピン。それを見たとき、頭の中で白兎君の指導が突如明確な形になってカチリと隙間に嵌まり込んだ。その隙間はきっと、不安とか疑念とか、そういうネガティブな感情や思考が噴出す穴だったに違いない。

 

決めた! 私は自分の打ち筋を、嶺上開花をどこまでも信じる!

対策されるなら、その上で嶺上開花を決めればいい。ただそれだけのこと。

そして原村さんに、この対局に絶対勝つ!!

 

再び漲ってくる自信と自負を意識しながら、1打目に1ソウを切る。

その後のツモ牌は順調とは言い難かったものの、幸い誰かが和がることも、鳴かれてカン材の気配が遠のくこともなく対局は静かに進んだ。

しかし、10巡目で盤面には見えない異変が起こる。対局が始まって間もなく、2杯目の特盛カツ丼が届いてから自分の手番以外はひたすら丼を傾けて口にかっこんでいたカツ丼さんが容器を空にし、食事を終えたのだ。

それだけなら特に言及するような事ではない。問題なのは、その直後からカツ丼さんから発せられるプレッシャーのようなものが強まったことだ。いや、程度を正しく表現するなら、”跳ね上がった”と言うべきか。これは恐らく――

「本気になった」ということなのだろう。

オーラスの、しかも半分を過ぎた局面で本気を出す。それが意味するところは何か……

本気を出す相手でもないと、私たちが侮られていた? 考えたくはないが、もしカツ丼さんが白兎君のような実力者だったとしたらそれはあるかもしれない。初めて彼と打ったときの衝撃は、半ばトラウマとなって私の中に根付いている。

前向きな見方をするならば、勝つ為に本気を出す必要がある――つまりは、私たちを認めたということだ。

いずれにせよ、原村さんと同様かそれ以上に警戒すべき相手かもしれない。

意識がカツ丼さんに向いた直後、今度は盤面で動きが生じた。

 

「リーチだ」

 

抑揚のない、女性にしては低い声でテンパイを宣告し、場に千点棒を置く久保さん。

決して侮っていたわけではないが、正直思わぬ伏兵といった印象の久保さんのリーチで、恐らくこの一局が最後になるだろうと予感した。

無論、原村さんが和了し、連荘により対局が続くという可能性を切り捨てたわけではないが、このときはなぜか原村さん以外の誰かが和がるだろう、という気がしたのだ。それは”直感”と言って良かったかもしれない。

私は久保さんの捨て牌を確認し、危険牌を推測しつつ山からツモ牌を取ってくる。――きた!

それは⑥ピンで、私の待ち望んでいた牌だった。

 

【手牌】二二二三四五七九()⑥南南南 ⑥

 

これで私もテンパイ、あとは2巡後にツモるであろう「南」をカンしてリンシャン牌の八萬で和がって……原村さんをまくる!

かつての私なら、恐らくこの時点で自分の勝利がほぼ確定したなどと考えて気を緩めたかもしれない。リーチされているとはいえ、たった二巡を凌げばいいだけなのだから。

しかし、今の私に油断はない。かつて白兎君にチャンカン大三元で狙い撃ちにされた苦い記憶が、嶺上開花を和がろうとする都度蘇っては私に警告を発し、慢心や油断を許さないからだ。

私は警戒と集中を切らさないよう意識しながら、赤ドラの⑤ピンを切る。これは原村さんには筋で、久保さんには現物、カツ丼さんには危険牌だ。危ない橋だと解っていても、勝つためにここは賭ける場面だ。

幸いにも放銃にはならず場が一巡し、再び私の手番となる。ツモってきた牌は③ピン。不要な牌が来ることは事前にわかっていたというか、予測できていた私は特に落胆することもなくこれを捨てる。

お願い、誰にも当たらないで――!

③ピンは他3人全てに危険牌、でもここさえ凌げれば勝利は目前。私は緊張に指先が震えるのを自覚しながら河に牌を置き、指を離す。

和了の宣言が来るかもしれないと心の中で身構えた私だったが、どうやら今回もまた賭けには勝てたようで、カツ丼さんが山に手を伸ばしたのを見てほっと安堵する。

しかし次の瞬間、私の希望は絶望へと反転した。

 

「カン!」

 

カツ丼さんが山からツモ牌を掴み、盲牌したと思われる瞬間、彼女の唇がニヤリと吊り上り、私にとって放銃の次に恐れていた事態へと至る宣言がなされる。

そして私が次巡でカンし、和がり牌として取るはずだったリンシャン牌へとカツ丼さんがゆっくりと手を伸ばす。

 

そっ、そのリンシャン牌は私の……取らないで!

 

そんな私の心の切願にカツ丼さんが応えてくれるはずもなく、無情にもリンシャン牌は彼女の手元へと持ち去られてしまう。

同時に新たなドラ指標牌もめくられ、「西」が露わになる。

 

この感じ……お姉ちゃんと打ったときと同じだ!

 

戦慄で私の体に一瞬震えが走る。

どうしよう、どうすれば、どうしたらいい!? これじゃ、原村さんに鳴かれたときより状況が悪い。たとえ運良くこの後に嶺上開花なしで普通に和がれたとしても、栄和で場風牌(南)のみ1飜、ツモ和がりで2飜にしかならず、どちらにせよ逆転手にはならないし、リーチしたとしても裏ドラ指標牌は6ソウと「中」だからドラは乗らず、1飜追加されるだけ……結局原村さんには届かない。

さりとて、今から手を張り替える猶予は状況的に言って残されてないだろう。最悪は想定の常に一歩先を行く――どこかの本で読んだ覚えのあるフレーズを思い出す。

万が一の為に可能性を広げるよりも、リーディングによりカンドラだと解っていた「北」や赤ドラの⑤ピンを保持して手を厚くしておいた方が良かったのかもしれない……

後悔や諦念が心を半ば支配するも、熾火のように燻る戦意が勝負を投げるなと私に僅かな気力を与えてくれる。

例え想定以上のイレギュラーだったとしても、そのために複数の選択肢を用意したのではなかったのか。対策されようがその上で勝利してやるという気構えで臨んだのではなかったのか。まだ活路はどこかにあるはず、諦めるな、考えろ私……!

そして――

カツ丼さんが牌を河に捨てた瞬間、脳裏に天啓とも言える閃きが生まれる。

私はすぐさま3枚目の(・・・・)カンドラ指標牌と新たなリンシャン牌をリーディングする。

――これなら!

 

「ポン!」

 

微かな活路を見出した私は副露を威勢よく宣言する。

カツ丼さんが眉を顰め、警戒心めいた感情を初めて表情に宿すのを視界の端に捉えながら、私はまっすぐ手を伸ばしてカツ丼さんが捨てた牌、⑥ピンを掴み取り、手元の2枚と合わせて卓上右隅へと置く。

鳴いたことでツモ順がずれ、私の予期していたカン材「南」は久保さんの手元に行くことになる。しかし私の手元に3枚あるそれが当たり牌である可能性はないし、リーチしている以上、当たり牌でなければ捨てるしかない。つまり……!

私は高揚に逸る心を宥めながら、原村さんと久保さんにとっては現物、カツ丼さんにもほぼ安牌だろうと思われる九萬を河に捨てる。

その推測は外れることなく、カツ丼さんが山から牌をツモる。それもまた彼女の当たり牌ではなかったようで、目元にかろうじてわかる程度の微かな苛立ちを滲ませてツモ牌をそのまま切る。

河に置かれた牌は一萬、私にとってはある意味惜しい、しかしながら原村さんと久保さんに対しては現物なので安心できるとも言える。

これで原村さんの手番で何も起こらず過ぎてくれれば……!

祈るような気持ちで、しかしどんな結果であっても目を逸らさず受け止めようと決意しながら、原村さんの一挙手一投足を見守る。

私の無言のプレッシャーを感じたのか、1巡目以降は迷いのない打牌をする原村さんの手つきが、牌を掴んでほんの一瞬持ち上げたところでぴたりと止まる。そして珍しく数秒ほど逡巡したかと思うと、掴んでいる牌を離して別の牌を選び、捨てる。

捨てられた牌は三萬、客観的に見て私に対して危険牌であるそれを捨てたのは、久保さんとカツ丼さんに対して現物であるがゆえの冷静なリスク判断によるものだろう。

手を止めたのは、もしかしたら私を意識するあまり、他の二人に対して警戒が薄かったことに気付いて、現状で(・・・)警戒すべき相手の優先度を私情に捉われない客観分析(デジタル)により再設定したからではないかという気がする。

原村さんのこれまでの捨て牌を見る限りでは私への警戒がありありと窺える状態になっていたが、勝負が決まる瀬戸際に至って方針を変更してきた。

結果的にそれは、私にとって直接的な益にはならないが、間接的に久保さんとカツ丼さんが干渉できる余地を与えないという意味で恩恵をもたらしてくれた。

久保さんが山から牌をツモり、当たり牌でないことを視認して河に捨てるまでにかかった数秒程度の時間がスローモーションのように感じられるも、遂に待望の瞬間が訪れた。

 

「カン!」

「!」

 

私の宣告に、今度こそ余裕の仮面が剥がれ、表情にはっきりと驚きを露わにしたカツ丼さんのこめかみに一筋の汗が流れ落ちる。

予想どおり、久保さんに捨てられた「南」を鳴くことで手に入れた私は、凪のように落ち着いた心境で3枚目のドラ指標牌をめくる。裏返った牌は「東」、これでドラ4が確定した。

そして私は手を伸ばす。今度こそ誰にも渡さない。私が花を咲かせる場所(リンシャン牌)、それは私だけのもの()――

 

「――ツモ。嶺上開花、場風牌ドラ4。3000・6000です!」

 

【和了:宮永咲】二二二三四五七 (ツモ) 南南南南(ミンカン) ⑥⑥(ポン)

 ※ドラ指標牌:4 西 東

 

 

 

「まいったよ、完敗だ。二人とも若いのになかなかやるじゃないか」

 

短くも白熱した対局を終え、勝利の余韻冷めやらずの私に、カツ丼さんが煙草のキセル片手にそう語りかけてくる。

カツ丼さんの表情には敗北による悔しさや屈託などは微塵もなく、本心からの賞賛であることが見て取れる。

あまり褒められ慣れてない私は面映さでカツ丼さんと視線を合わせられず、やや俯いてしまう。

 

「あ、ありがとうございます。でも私たち、実は高校の麻雀部に所属してるんです。だから一般の方よりは……」

 

強いのは当然です、と続くのだが、それだとあからさまな自慢にしか聞こえないので言葉を濁してしまった。

それに、これは少々迂遠というか、曲折な謙遜を意図した発言だった。決して勝利や実力を誇りたかったわけではない。

具体的に言うと、「私たちは若いとはいえ専門的に麻雀をやっている人種なので、一般の人に較べて強いのは当然で、賞賛に値することではないですよ」、みたいな感じ。

ストレートに言ったら言ったで、傲慢な台詞とも取れるので、今みたいな煮え切らない台詞になってしまったわけだけど。

 

「清澄高校麻雀部だろう? 知っていたさ。それに、それを言うなら私は現役のプロ雀士だ」

「「えっ……!?」」

 

さらっと爆弾発言を投下したカツ丼さんに、私と原村さんは思わず顔を見合わせて同時に驚いてしまった。

そこにちょうど気を利かせて4人分の紅茶をトレイに乗せて運んできてくれた染谷先輩が加わり、カツ丼さんの経歴について詳しく語ってくれる。

 

「本当のことじゃ。地元出身でねぇ、実業団時代から「まくりの女王」って呼ばれよったんよ」

「へぇ~……凄い人だったんですね、カツ……藤田さんって」

 

うっかりカツ丼さんと(私が勝手に付けた)気安い愛称で呼んでしまいそうになり、慌てて言い直す。

プロ雀士と知った今では、心の中でだけとはいえ、カツ丼さんなんて呼ぶのがなんだか恐れ多くなってくる。今みたいに発言でうっかりボロを出さない為にも、これからはちゃんと藤田さんと呼ぼう。

そっかぁ……藤田さんはプロだったんだ……だからお姉ちゃんみたいな強い威圧感を纏ってたのか。

私は感心して、キセルを咥えて煙草を吸い込んでいる藤田さんを尊敬の眼差しで見つめる。

そんな私の視線に応えてか、優雅な仕草でキセルを口から離した藤田さんが、顔をこちらへ傾けて「ふっ」と穏やかに微笑する。

 

「いいや、凄いのはあなたたちだ。言い方は悪いが、私は学生レベルのアマチュア相手に易々遅れを取るほど弱くはないつもりだ。だが、その私をあなたたちは打倒した。まさしく驚嘆に値する」

「えっと、その……恐縮です……」

「でも……藤田さんはオーラスまで本気ではありませんでしたよね?」

 

現役のプロに絶賛されるという栄誉に、嬉しいやら面映いやらで恐縮してしまい、言葉に詰まる私。

しかし原村さんは幾分冷静だったようで、真顔で藤田さんに先ほどの対局について疑問を呈した。

疑問というか、原村さんの的を射た指摘に、私も、そういえば……と、対局での藤田さんの打ち筋を思い出す。

オーラスの一局で藤田さんの様子が突如豹変したというか、威圧感が増大したことは私も気になっていた。

まあ、デジタルを信奉する原村さんは、私のように威圧感とか迫力といった曖昧かつ抽象的な要因で疑問を抱いたのではなく、別の何かで藤田さんの打ち方に違和感を抱いたのだろうと思うけど。

原村さんの表情に不愉快だといった感情は表れていないが、プライドの高い彼女のこと、藤田さんの返答次第ではもう半荘勝負、今度は手加減なしで打って欲しい、くらいは言いかねない雰囲気だ。

 

「いや、それはない。最初はいささかあなたたちを甘く見ていたのは認めるが、手加減したつもりはない。私は後半爆発型の打ち手でね、特にオーラスは正真正銘全力で臨んだが、それでも及ばなかったよ」

「そうですか……すみません、失礼なことを聞いてしまって」

「いや、気にするな。対局中の私の態度にも問題があった」

 

藤田さんの真摯な回答に、原村さんは申し訳なさそうに目を伏せて謝罪する。

目下の若輩である私たちにへりくだってまで気を使って、鷹揚な対応をしてくれる藤田さんは何というか、すごく出来た人だった。

ちょっと怖そうな人だな、なんて第一印象を抱いてしまってごめんなさい。

 

「清澄高校麻雀部、でしたか。藤田さんが「私にも利益がある」と言っていた意味、理解できましたよ」

 

対局前も後もほとんど無口で、今まで会話に参加せず一人静かにティーカップを口に傾けて紅茶を飲んでいた久保さんが、話題がひと段落したタイミングを見計らってか、部外者の私には解らない話題を藤田さんに振る。

とはいえ、「清澄高校麻雀部」という単語が出た以上、全く私たちと無関係というわけではなさそうだ。

 

「それは重畳」

 

短く返答した藤田さんは紅茶のティーカップに口をつけて一口啜る。

そういえば藤田さんの存在感が強すぎて失念していたけれど、久保さんはどういう人で、藤田さんとどんな関係なのだろう?

それくらいの詮索なら気分を害すこともないだろうと考え、私は質問する。

 

「そういえば、久保さんもプロ雀士の方なんですか?」

「いや、私は…… そうだな、君たちの事を一方的に知り得ながら、私だけ身分を明かさないのもフェアじゃないか」

「?」

 

一瞬言いよどんだ久保さんだったが、すぐに何か思い直した様子で、腕を組んでうんうん、と頷き、よくわからない内容のことを口にする。

 

「私はプロではない。県内にある「風越女子」という高校の麻雀部でコーチをしている。いわば君たちのライバル校の指導者だ。もっとも君たちが今年の大会に出場する予定なら、だが。藤田さんとは仕事柄もあって以前からの知り合いでね」

 

やや険のある真顔で簡潔に説明してくれる久保さん。

その内容を纏めるなら、プロではないけど私たちと同じ高校生を指導している人だから、かなりの実力者ってことになる。

ライバル校云々な話も気になるけど、私は他校の麻雀部のことは全然知らないので何とも言えなかったりする。

しかし原村さんには心当たりがあったようで、「そういえば……」と呟いた。

 

「原村さんは風越女子って学校のこと、知ってるの?」

「はい、私もそれほど詳しいわけではありませんが、何度も県大会で優勝している県内有数の強豪校だったはずです」

「ふぅん……なんだか凄いところなんだね」

「それは同意しますが、今年の大会ではその風越女子と当たるかもしれないんですよ? 久保さんがそこのコーチだというのなら、私たちにとって無関係ではありません」

 

暢気に感心する私に原村さんは呆れた様子で、たしなめるかのように言い募った。

 

「ああ、誤解しないで欲しいが、私は別に偵察のつもりでここへ来たわけじゃない。理由も聞かされずに藤田さんに連れてこられたんだ。とはいえ、君たちにとっては不都合なことだろうが、私にとっては実に有意義な対局だった。警戒すべき敵は龍門渕だけだと思っていたが、どうやら違ったらしい。藤田さんや私と互角以上に打てる高校生が龍門渕以外にもいたなどとは悪夢としか言えないが、事前に知ることができただけでも幸いだ」

 

言い訳とも独り言とも取れる長い台詞を言い終えた久保さんが、初めて表情を和らげて私たちに微笑を向ける。

表情の険が取れた久保さんは、結構美人なんだな、と私は場違いな感想を抱く。

それにしても、久保さんの発言でも出てきたけれど、龍門渕高校というのは相当凄いらしい。というか、「藤田さんや私と互角以上に打てる高校生が龍門渕以外にもいた」という台詞を別解釈すると、「龍門渕にはプロである藤田さんと同等以上の打ち手がいる」

 

ということになる。これは聞き捨てならない。そういえば部室でも部長が龍門渕高校は去年の優勝校で、特に天江衣って人がとてつもない実力者だって言っていた。その人のことだろうか。

私が先に部室で聞いたことを思い出していると、藤田さんも久保さんの発言に触発されて何かを思い出したようで、キセルを一吸いしてから口を開く。

 

「そうそう、去年プロアマの親善試合があってねぇ。半荘18回を戦ってあたしは2位だった。けど、優勝したのは当時15歳の高校生。龍門渕高校の天江衣」

 

まるで私の推測を裏付けるように、藤田さんが天江衣って人の実績を語る。その驚くべき内容に私は戦慄を抱く。

 

「龍門渕の、天江衣……」

「あら、その様子だとどうやら名前くらいは知っているみたいね?」

「あ、はい、ここに来る前に部長に教えてもらいました」

 

私と同じように、原村さんも警戒を隠せない様子で天江衣って人の名前を呟く。

それを面白そうな表情で眺めながらの藤田さんの問いに、私が原村さんに代わって答える。

 

「そう。……まぁ、あなたたちなら天江衣と互角に戦えるかもしれないわね。私はどちらの味方ということはないけれど、あなたたちと天江衣の対局を期待してるわ」

 

他人事だからか、藤田さんは気軽な口調でそう言うと、キセルを咥えて喫煙を再開する。

藤田さんも、久保さんも、部長もまた警戒していた天江衣……さん。藤田さんだけでなく、白兎君も「咲ならガチれる」って言ってくれたから、全く敵わない相手じゃないとは思う。白兎君クラスの相手だったらどうしようと一瞬深刻になったけど……彼ほどとんでもない雀士がこの世に二人もいるわけないよね。

私は前向きな解釈でそう結論付けて内心胸を撫で下ろす。

あ、白兎君といえば随分静かだけどどうしたんだろう?

ふと疑問に思って背後を振り返ると、そこに白兎君の姿はなかった。トイレにでも行ったのかな?

位置関係的に原村さんなら白兎君の行動を目撃していたはず。そう考えた私は原村さんに聞いてみた。

 

「そういえば原村さん、白兎君ってどこ行ったか知ってる?」

「あ、はい。先ほど対局が終わった直後に店の奥へと歩いていきました。トイレ……にしては長いですね」

 

私と同様の可能性を答えた原村さんが、実に微妙な表情になる。

もしトイレだとして、これだけ時間がかかるということは、つまり……

美少女然とした白兎君のイメージを汚すような気がしてそれ以上のことは想像できなかった。

 

「そういえば気になっていたんだが、対局を背後でずっと観察していた女性は誰なんだ? 彼女も打つのか?」

 

私と原村さんの会話に興味を抱いたらしく、藤田さんが訊ねてくる。

 

「えっと、あの人は私たちのコーチで、今日は監督役らしいです」

 

別に隠し立てすることでもないと判断した私は素直に回答する。

 

「ほう、コーチとはな……あなたたちと大して年齢が変わらないように見えたが、部のOBか何かか?」

「いえ、私や原村さんと同級生です。とても麻雀が強いので、1年生だけどコーチ役をやってくれているんですよ」

「なるほどな。しかしあなたたちのコーチを務めるということは、相当な実力者だろう? 名前を教えてもらっても構わないかな?」

 

藤田さんは感心した表情で更に聞いてくるが、私は答えて良いものかどうか判断に迷う。

名前を明かすことが問題なのではなく、白兎君が今女装していることが問題というか、説明に困るというか……

私が回答に逡巡していると、タイミングよく白兎君が戻ってきたようで、原村さんが私の背後を見上げて声をかける。

 

「おかえりなさい」

「ただいま。すまん、ちょっと対局の結果を部長に電話してきた。トイレじゃないぞ」

 

まるで私と原村さんの会話を隠れて聞いていたかのような、戻ってくるなりピンポイントな言い訳をした白兎君に私は苦笑する。

話題の主役が帰還したことで、藤田さんの興味も当然そちらへと向いたようだった。

 

「君がこの子たちのコーチだと聞いた。なるほどと納得したよ、発中白兎君」

 

ごく自然に、さらっと白兎君のフルネームを告げた藤田さんに、私は思わず「えっ……?」と目を瞬かせた。

藤田さん、白兎君のことを知ってる?

 

「いやいやそんなことは……って、俺のこと知ってるんですか?」

「ああ。この子たちから君の名前が出たことでピンときてね。白兎という比較的珍しい名前、高校生に指導できるほどの実力、現在高校1年生なら3年前は中学1年生……ここまでパーツが揃えばね。まさか、こんな場所で会えるとは思ってもみなかったよ。縁とは不思議なものだな」

 

どこか感じ入ったかのように言うと、椅子に背を預け、両目を瞑る藤田さん。

 

「そうですね。お会いできて光栄ですよ、藤田プロ。ご活躍は色々と聞き及んでます」

「ありがとう。君に名前を覚えてもらっているとは、こちらこそ光栄だ」

 

そういえば入部して間もない頃に部長に白兎君の来歴について聞いたことがあった。

それによると原村さんと同様、中学生のときに全国制覇して一時期話題になったとかなんとか。藤田さんが知っているのもそういう関係かな?

 

「まあ、いつかは対局するかもしれない相手ですからね。藤田さんに限らず、目ぼしい大会の結果や実力の高いプロの牌譜はチェックしていますよ」

「ふむ。確かに君ならプロに混じっても遜色なく活躍するだろう。いや、むしろ君に勝てるプロの方が少ないかもしれないな。3年前の君の活躍を見てそう思ったよ」

「恐れ入ります」

 

驚いた。白兎君がとびきり強いのは身に染みて知ってるけど、プロからここまで絶賛されるほどだったなんて。

もしかしてとんでもない人にコーチ受けてたのかな、私……

心強いような、空恐ろしいような、不可思議な感慨に囚われる。

 

「麻雀部のコーチだそうだが、君は大会に出ないのか?」

「いえ、出ますよ。といっても個人戦だけですが」

 

藤田さんは白兎君の回答に満足した表情を浮かべると、いい加減顔だけ向けての会話に疲れたのか、椅子を90度回転させて白兎君と向き合う。

 

「なるほど、ついに伝説の復活というわけだ」

「そんな大層なものじゃありませんけどね」

「君にとってはそうかもしれないが、我々業界関係者にとっては、君の去就は一大事、いわば注目の的なんだ。まして3年の沈黙を破っての公式戦出場となれば、恐らく君の近辺は色々騒がしくなるだろう。少しは立場を自覚した方がいい」

「たかが全中を1度制覇した程度で、そこまで評価される理由が俺にはわかりませんよ」

「まあそれだけならそうだろうな。だけど君は3年前の大会直後に非公式の場とはいえ、水原プロを含めた当時のトッププロ雀士3人を完膚なきまでに叩きのめしたことがあっただろう。それが噂になって広まったのが原因だ」

「そういえばそんなこともありましたね。なるほど、それが真の理由でしたか」

 

背後から白兎君が苦笑する気配が伝わってくる。

なんだか聞いてるだけで身震いしてきそうなレベルの高い会話が繰り広げられていると思うのは私だけだろうか?

私はごくりと生唾を飲み込み、会話の続きを傾聴する。

 

「私としては君の指導者としての力量も大いに気になるところだ。今年のインハイは君の教え子たち (清澄高校)によって荒れるかもしれないな」

「そうなればいいと俺も思ってますよ」

「まあ君がいるなら龍門渕の天江衣も、白糸台の宮永照ももしかしたら倒せるかもしれないな。君自身が出場すれば確実だろうが、個人戦だけとは惜しいことだ」

 

藤田さんの口からお姉ちゃんの名前が出たことで、「えっ」と思わず声に出して驚くところだった。

 

「? いや、俺は団体戦出られませんよ、そんな資格ありませんし。てか、俺じゃなくてもウチには秘密兵器、そのチャンピオンの妹がいますからね。目には目を、姉には妹を、宮永には宮永ですよ!」

「ちょっ、白兎君!?」

「妹……だと?」

 

とんでもない関連付けで暴露された気がして、私は思わず口を挟んでしまった。

というか、「宮永には宮永」って、どんな理屈なの……

白兎君の中でうちの一家がどういう扱いになっているのか非常に気になる。

 

「何を隠そう、ここにいる宮永咲はインハイチャンピオン・宮永照の実の妹なんですよ。姉の横暴に耐えかねた妹が師を得て下克上するとか、メイクドラマって気がしません?」

「いやあの、横暴はされてないけど……」

 

色々と突っ込みどころがあってどこから訂正していいかわからない。メイクドラマとか古いし。

 

「実に興味深い話だな。宮永照の妹だと? 確かにそれならば先ほど見せた底力にも頷けるが……」

「ちゃんと事実関係調査したので間違いないですよ。どうです? 現チャンピオンの妹とか話題性十分でしょう。すでにアイドル状態なのどかとの二枚看板としてデビューさせる予定なので視聴率もばっちり稼げますよ」

 

白兎君の話がどんどんいかがわしい方向へ向かっている気がする。というか視聴率って、私たちを何の大会に出場させるつもりなんだろう。ちょっと身の危険を感じる。

冗談だとは思うけど、ときどき突拍子もないことを言い出す人なので、単なる悪ノリなのか本気なのか判断がつきかねた。

 

「全く白兎さんは……ふざけるのはほどほどにして下さい。宮永さんにも藤田さんにも失礼ですよ」

 

はあ、と嘆息して、原村さんが白兎君を注意する。

 

「ごめん、ついね。まあ、咲が()と戦いたいと思ってるのは事実だし、隠したところでいずればれる。大会出場を決めた以上、諦めてマスコミにちやほやされるがいい」

 

背後から私の肩にぽん、と手を置かれて振り向き仰げば、白兎君が実にうさんくさい笑顔を浮かべて白い歯をキラリと輝かせ、サムズアップを決めている。私とお姉ちゃんの確執はそこまで重い話だとは思わないけど、それにしてもなんか軽い。

白兎君は想像以上に凄い人、そう思った先ほどの印象は気のせいだったのかも。

 

「視聴率云々はともかく、真実宮永照の妹なのだとしたら、マスコミに注目されるのは確かだろう。まして結果を出せば出すほどそれは避けられまい。ある程度の露出は予め覚悟しておいた方がいい」

 

どことなく苦さを伴った口調でアドバイスしてくれる藤田さん。

彼女は現役のプロなんだし、もしかしたらマスコミ対応で苦労しているのかもしれないと思った。

 

「まぁ宮永姉妹のことは今はいい。それよりも、君が3年も公式戦から姿を消していた理由はともかくとして、一つだけどうしても聞きたいことがある」

「何です?」

 

煙草が切れたのか、キセルを三角テーブルに置いた藤田さんは、綺麗な脚線美を白兎君に見せ付けるかのように優雅に足を組み、凛とした真顔になって質問する。

 

「……君は女だったのか?」

「言われると思ったよ!」

 

白兎君が声を荒らげて突っ込む。私もいつこの話題が出るかなーと思ってはいた。

私と原村さんはどちらからともなく顔を見合わせ、つい「ぷっ」と吹き出してしまった。

 

「おや、違うのか? てっきり、3年前に君が男子の部で出場したのは性別詐称だったのかと思っていたんだが」

「正真正銘、俺は男で、こんな(ナリ)ですがちゃんと付いてますよ! てか何言わせるんですか!」

 

激昂して言い募る白兎君の声が相当大きかったせいで、店内の他の客にも聞こえたようだ。

背後のテーブル席から「え、あの可愛い娘が男?」「裏切ったな裏切ったな裏切ったな、ボクの純粋(ピュア)な気持ちを裏切ったな!」「いや、これはこれで」「可愛ければなんでもいい」「男の娘ハァハァ」などと囁き声が聞こえてくる。

対局前に把握していた限りでは、中高年以上の男性客がほとんどだったはずだ。世の中にはダメな大人が案外多いものなんだな、と、私は社会の摂理を一つ学んだ。

流石に白兎君が不憫に思えたのか、原村さんが苦笑を噛み殺した表情で藤田さんに事の成り行きを説明する。

 

「すみません藤田さん。白兎さんの格好には理由があるんです。実はフロアに男性店員がいるのも不自然だろうと、部員の総意で半ば無理矢理に女装してもらったんです。決して白兎さんの本意ではありません」

「ふふ、なるほど。なかなか面白い成り行きがあったようだな。しかしそれにしても、知らなければ誰も疑わないほど見事な美少女っぷりだ。きも……君の意外な才能には脱帽したよ」

「今何気に本音が漏れましたよね!? てか褒めてないですよねそれ!?」

 

ニヤリと笑って納得する藤田さんに、白兎君は再び威勢よく突っ込んで、はぁはぁと激しく息をする。いつもは冷静沈着な彼がここまで他人にからかわれるというか、一方的に遊ばれるのも珍しい。

 

「まあそう興奮するな。そうだ、君もコレ(煙草)を吸うか? 落ち着くぞ」

「吸わんわ! つか未成年に何勧めてんだ!」

「そういえば君はまだ学生だったな。素で勘違いしてたよ」

「言動がおっさんくさくてすみませんね!」 

 

敬語を使う気も失せたのか、白兎君はまるで優希ちゃんや京ちゃんと会話しているときみたいな気安さで藤田さんと漫才を繰り広げる。

藤田さんって案外面白い人なのかも……

プロだからという近寄りがたい印象が薄れて、親しみやすさというか、親近感を覚えた私は思わず「ふふふっ」と笑ってしまった。

 

「冗談だ。正直3年前の君は枯れた少年という印象があったんだが、なかなかどうして活きがいいじゃないか」

「せめて老成してると言ってくださいよ。そういう藤田さんこそ、なかなかイイ(・・)性格してますね」

「そう褒めるな、照れるじゃないか」

「プロ雀士って、イラッと来る性格の人多いですよね。あくまで一般論ですが」

「麻雀が強い条件として心理戦に長けていることも必要だからな。つまり強い雀士ほど性格が悪いと言えなくもない。例えアマチュアであってもその傾向は当てはまるだろうな。あくまで一般論だが」

 

ひぃ、何この二人超怖いんですけど。

お互いにこやかに微笑んでいるが、二人の間に流れる空気はぴりぴりと肌に痛いほど緊張している。二人の背後に無数の怒りマークと「ゴゴゴゴゴ……!」なんて轟く擬音が見えてきそうだった。

 

「それじゃあ、お互いの理解を深めるためにも、ここらで一局打ちません?」

「ああ、それは良い考えだ。こちらこそお願いしよう」

 

やおら話が剣呑な方向に進んでいく。腹いせに実力行使に出るつもりらしい。

この場合、大人げないのはどっちなのだろう?

いずれにせよ私闘めいた対局には巻き込まれたくない。というか、とばっちり受けそうですごく怖いし。触らぬ神に祟りなし、ここは逃げるに如かず。

 

「それじゃあ、私が抜けますね」

 

できるだけ平静を装ってさりげなく席を立とうとした私の右肩に、ぽんと手が置かれる。

恐る恐る振り向くと、そこには瞳のハイライトをなくした白兎君が、唇をニィッ……と歪めて凄絶な笑みを浮かべている。

 

「咲、逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」

 

ひぃ!?

 

「彼の言う通りだ宮永妹。人生不条理なことなど幾らでもある。そこから逃げてばかりでは成長はない。何より勝ち逃げはマナー違反だ」

 

年長者らしく立派なこと言ってますけど明らかに最後の一言が本音ですよね!

 

「そうですよ宮永さん。せっかくプロの方が相手をしてくれるのですから、もっと打ちましょう?」

 

うう……空気を読めていないだけかもしれないけど、原村さんの鋼鉄の心臓が羨ましいよ……

 

「ならば私が抜けよう。最下位だったし、構わんだろう?」

 

久保さんがそう言って席を立つ。きっと善意からなんだろうけど、譲り合いの精神が美徳なのは時と場合によるよね。

 

 

結局、白兎君と久保さんが入れ替わってのメンバーで対局することとなった。

内容は……あまり語りたくない。勉強にはなったけど、今後の心の平穏の為に封印しておきたいほどのトラウマを私に植え付けてくれたから。

結果だけ言うと、やはりというか何と言うか、藤田さん(プロ)相手でも白兎君が無双しただけだった。

高校生(アマチュア)に敗北したことに、表面上は気にした様子のなかった藤田さんだが、何だかんだ言ってその後の対局も私と白兎君との対局を望んだことから、負けず嫌いというか、やはり悔しかったらしい。

結局、一人ずつ交代する形で優希ちゃんや染谷先輩、京ちゃんも対局し、合計5回(私が参加しなかった最初の半荘を含めれば6回)の半荘を終えたところで解散となった。

喫茶店の外に出たときには完全に陽が落ちていて暗かったため、原村さんや優希ちゃんと一緒に白兎君に送ってもらって帰宅し、ようやく長かった一日が終わったのだった。

 



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東場 第二局 五本場

敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

ある程度教養を身に付けた現代人なら、この諺を知らない人の方が少ないだろう。古代中国における兵法の天才、孫子の名言だ。

血で血を洗うような実際の戦争や殺し合いだけでなく、およそ人間社会のあらゆる分野で通用する法理と言っていい。

それは麻雀という遊戯においても例外ではない。

要するに何が言いたいのかと言うと、勝負に勝つには自己鍛錬だけでなく、敵情把握も必要だってことね。

 

清澄高校麻雀部の合宿を明日の土日に控えた金曜日の夕方頃、俺はとある建物内の長い廊下を一人歩いていた。

初めて歩く場所に、視線をぐるりと周囲の様子を改めれば、まるでどこぞの迎賓館のような立派な内装と、一定間隔で配置されている高価そうな美術品が否が応にでも目に付く。

そうした諸々の要素が形成する内部の雰囲気は、成金的とまでは言わないが、いささか趣味が悪いと言わざるを得ない。

裕福層の生まれで、華美絢爛な装飾や美術品を比較的見慣れている俺でさえそう思うのだ。決して見下す意図ではないが、経済的に中流以下の生活を営んでいる人にとって、この高級感溢れる建物内ではさぞ居心地が悪いだろうと想像がつく。

放課後とはいえ、比較的時間が遅いせいか、廊下には自分以外、生徒の人影がない。

長い髪を靡かせ、カツカツと規則正しい靴音を立てながら颯爽と歩く俺は、白を基調としたとある高校の女子用制服に身を包んでいる。

先日の喫茶店での部活動といい、今日といい、最近こんな役回りばっかりだな…… などと内心で小さくため息をつきながらも、表情にはおくびにも出さず前だけを向いて歩を進める。

端的に今の俺の状況を説明すると、県内最強校であり県予選優勝候補の龍門渕高校に女装して潜入(スニーキング)中、である。

なぜそんな真似をしているかという動機についてだが――喫茶店の一件で、幸いにも藤田プロから龍門渕高校のエース、天江衣についていくつか有益な情報を仕入れることが出来た俺は、検討の結果、現在の彼女の力量を上方修正したことによる。

要するに警戒を強めたわけだが、だからといって部員の指導は今以上強化できないし、大会まで残された時間も僅か。また、公式戦の牌譜といった間接的に得られる情報には限りがある。

ならばどうしたらいいか? その結論が、「自分の目で確かめればいい」だった。実に短絡的だが、他に有効な手段がない。

龍門渕への潜入案について竹井先輩に相談したところ、最初は難色を示された。理由は単純、失敗したときの弊害というか、問題が大きいからだ。いわゆるハイリスクミドルリターンな感じ。

他校に不法侵入した上、性別を偽って女子の部活に潜入……バレたらスキャンダラスな問題に発展するのは想像に難くない行為だ。

不法行為に頼らず、練習試合でも申し込めば? なんて穏当かつ真っ当な意見も出てくるだろうが、大会直前のこの時期に、優勝候補である龍門渕が無名である清澄の練習試合を受けてくれる見込み(メリット)がないし、試しに申し込んで断られました、という流れだと、警戒されるというか、その後に潜入工作を試みる場合の正体バレリスクが跳ね上がる。

そんなわけで、竹井先輩には「女装して天江衣を一目見てくるだけです」と言ってなんとか偵察の許可を貰った。

失敗した場合は責任者的な意味で竹井先輩を巻き込んでしまうが、最悪、俺個人の独断ということにして自ら退部して麻雀部との縁を切れば、女子部へのダメージは少ないだろうし、中学生のときに同級生()と二人で白糸台高校に潜入した経験もあるから大丈夫だと、あれこれ口説いてようやくGOサインをいただくことが出来たのだが。

また、竹井先輩からは、一目見る為だけに犯すリスクが吊り合わないと当然の指摘をされたが、俺には相手を一目見るだけで大体の雀力を把握できる能力があると説明して納得してもらった。

普通に考えれば合理性どころかリアリティの欠片もない愚かしい言い分だが、俺がこれまでに積み上げた信頼もあってか、竹井先輩はその点について疑うことはなくあっさり信用してくれた。持つべきものは理解ある上司、ということかもしれない。

ともあれ、ミッションコンプリートの自信はある。

白糸台潜入のときと違い、単体による潜入とはいえ、麻雀部室に顔を出して「一言大会に向けて激励を言いたくて来ました」と建前を口にしつつ、天理浄眼で天江衣を一目見ればいいだけなのだから。

直接対局するわけでもなし、万が一、他校の生徒であることが露見しても、女装バレさえしなければいくらでも言い逃れや追及をかわす方法はある。最悪、実力行使で逃げ切る自信もあるしな。

裏ルートで手に入れた女子用制服を着て、俺は無事龍門渕高校への潜入を果たした。

その後は1年生のフリをして麻雀部部室の場所を上級生から首尾よく聞き出すことが出来、今に至るというわけだ。

なお、その際に窺った話によると、麻雀部には龍門渕の名を持つ学園創設者一族の子女が在籍していることがあり、様々に露骨な特別扱いをされているのだという。

なまじ好実績を出しているため、生徒的にはえこひいきに不満があっても表立って文句を言い辛い、という状況のようだ。

俺や清澄高校麻雀部にとってさして関係のある話ではないが、龍門渕高校内部において麻雀部への風当たりは結構強いらしい。出る杭は打たれるというが、良い意味でも悪い意味でも目立ちすぎなんだろう。

もっとも完全な他人事とはいえない。

ウチ(清澄)の麻雀部は今のところ悪目立ちしてるということはなく、現学生議会長である竹井先輩が部長を務めていることもあってか、生徒感情としてはむしろ好意的に見られているが、県予選で結果を出せた場合でも、調子に乗ったり傲慢な態度を見せたらあっという間に嫌われ者に転落、という可能性もある。龍門渕を教訓に、というわけではないが、身を慎む謙虚さを常に弁えておくことは大事なことだと痛感させられた。

 

やや物思いにとらわれつつも長い廊下を踏破し、ようやく麻雀部と思しき部屋の前にたどり着く。

清澄の麻雀部部室に負けるとも劣らぬ威容を誇る、立派な両開きの木製ドアの前で俺は立ち止まった。俺は小さく深呼吸の後、コンコン、と入室のノックをする。

 

「はい、どうぞ」

 

3呼吸ほどの間があって、部屋の中から入室許可のお声がかかる。そしてそれが若い男性の声だったことに、おや、と意外の念を抱く。

 

「失礼します」

 

入ればわかると俺は定型句の挨拶の後、ドアノブを掴み、ゆっくりと内部へ押し開く。静かな校舎に「ギィィィィ……」と、軋む音が響いた。

いよいよ正念場だ。俺は気を引き締め、入室しながら部屋の内部を素早く観察する。

部室の内部は相当広い。ガラス張りのドーム型バルコニー状態になっている奥まで30M弱はあるだろう。左右を見渡せば幅も10M以上ありそうだ。ちょっとしたスポーツくらい出来そうな広さがある。数十人も部員がいるというならともかく、文科系部の部室としては明らかに過剰というか、不相応なだだっ広さだ。上流階級の子女が通う私立学校とはいえ、流石にこれは行き過ぎだろう。特別扱いされている、という一般生徒の感想も頷ける。

広さだけでなく、備品類も相当だ。ごてごてと備え付けられているわけではないが、高級そうなアンティーク家具が必要なだけ揃っている。

部室(面積)にせよ設備にせよ、ウチ(清澄)も相当恵まれていると思うが、龍門渕は大概だな…… まぁ余所は余所、ウチはウチなんだが。で、肝心の部員だが……

まず、入り口にいる俺に一番近い位置、右斜め前に立っている20代前半ほどの男性。驚いたことに、黒の燕尾服を着ており、明らかな執事ファッションだ。室内に他に男性はいないようだから、入室許可の声はこの男性のもの、ということになる。

奥には数人の女生徒がいて、こちらに視線を注いでいる。

一般的な学校なら、校長室や理事長室、もしくは来客室にしかなさそうな立派な椅子から立ち上がった姿勢でこちらへとやや険のある眼差しを向けている、髪の長い制服姿の女生徒。事前に調べた容姿からすると、部長の龍門渕透華(りゅうもんぶちとうか)だろう。

足を組んで椅子に座り、ややだらしない姿勢でハンバーガーらしきものをパクついている背の高い女子生徒……体格の良さもあって、一見すると男子生徒にも見えなくもない中性的な容姿の女生徒は、井上純(いのうえじゅん)

眼鏡をかけていて髪が長く、上品な姿勢で椅子に腰掛けながら、膝上の小さなモバイルPCをいじくっている女子生徒が、沢村智紀(さわむらともき)

頬にタトゥー(シール?)の入ったポニーテールの小柄な女子生徒、国広一(くにひろはじめ)

正統派なメイド服を着てテーブルの奥に控えている両脇お下げ髪の女の子……誰?

段々説明というか描写がおざなりになったのは決してめんどくさくなったからではないが、ともあれ部室内に存在する人物は以上の6人で全てである。

残念無念なことに、肝心要の天江衣は不在のようだった。

そういう可能性もあるとは覚悟していたが、どうやら運が悪かったらしい。小さくない失望を抱くも、落胆の色を表情に出さないよう気をつけながら、せめてこの場にいる4人は天理浄眼で能力確認しておこうと心に決める。

 

「ご多忙のところお邪魔してしまい申し訳ありません。私は1年の藤木と申します。来週の県予選に向けて一言麻雀部の皆様に激励の言葉を差し上げたいと思い、立ち寄らせていただきました」

 

俺は天理浄眼を起動させつつ、極力不審を抱かれぬよう、予め考えておいた建前を口にして至極丁寧に頭を垂れる。名乗った藤木というのは勿論偽名だ。佐藤の藤、鈴木の木をくっつけただけのあんイズム全開なネーミングである。(全国の佐藤さん鈴木さん藤木さんごめんね!)

好意的な来訪目的を告げられて、警戒を解いたのか、透華が表情を和らげて応じる。

 

「これはご丁寧にどうもですわ。せっかくおいでくださったのですから、一言とは言わず、お茶でもいかがかしら?」

 

口調は丁寧だが、どこか尊大さを感じさせる態度で滞在を提案してくる透華。恐らく育ちのせいだろう、本人に悪気はないのだろうが、天然な傲慢さといった印象を他者に与える様子からして友達少なそうだなこの子。

――ってちょっと待て。この子……ギフト持ち(ホルダー)じゃまいか。読み取った透華の能力が紛れもないギフトだと、天理浄眼が俺に告げている。

え、何このイレギュラー。計算外ってレベルじゃねーぞ。俺が確認した過去の透華の牌譜では、それらしき徴候は窺えなかったのに。能ある鷹は爪隠すって言うけど、公式戦でまで隠す意味があるのか?

いやまて……もしかしてこの子、未覚醒の(・・・・)ギフトホルダー、なのか?

それならば公式戦でもギフト活用していない理由に説明がつくが…… さすがにそんな情報までは天理浄眼は見抜いてくれない。

ともあれ、これは大きな発見、有益な情報だ。事前に把握できて良かった。目的は天江衣だったが、ある意味それ以上に重大な事実を知り得たのは望外の収穫と言っていい。

内心でほくそ笑みながら、さてどうやってさりげなく断ろうかと考慮したところで、思わぬ陥穽が俺を待ちうけていた。

 

「その前に一つお尋ねしたいのですが…… 藤木様、貴女は当学園の生徒ではありませんね? どのような理由で身分を詐称し、不法侵入を果たしたのかは存じませんが、事と次第によっては、貴女を拘束させていただきます」

「「「「なっ!?」」」」

 

いきなり俺の正体を見破る執事らしき男性の爆弾発言に、奥にいるお嬢様方にさっと緊張が走る。

俺も危うく気色ばんで絶句するところだったが、自制心を極限まで振り絞り、危ういところで平静を取り繕う。

とはいえ、疑惑を持たれただけで致命的だと絶望感が湧き上がってくるも、何とか釈明してこの場を一刻も早く去るしかない。

 

「それは聞き捨てなりませんわね。ハギヨシ! 今言ったことは(まこと)ですの!?」

「はい。お嬢様」

 

緊張ゆえか、透華の切迫した声による質問に、俺の一挙手一投足を見逃さないとばかりに視線をこちらに固定しながら、簡潔に応答するハギヨシという名の青年。

二人の言動からすると、どうやら本当に彼は執事らしい。

 

「あの……何を根拠にそのような疑いを持たれたのか私にはわからないのですが……」

 

内心の焦燥を押し隠し、俺はできるだけ表情を変えず、小首を傾げ、さりげない口調で問う。

生徒手帳のような証拠を見せろと言われたら即座に窮する程度の苦しい言い訳だった。

案の定というべきか、危惧した点を指摘される。

 

「物証はありまして? 生徒手帳を見せていただければ疑いは晴れますわ」

「申し訳ありません、生徒手帳の入った鞄は教室に置いてありまして……」

 

それなりに妥当性のある言い訳だが、一度疑惑を持たれた状況ではより疑いを深める結果にしかならない。

透華(と他の面々)は表情に警戒の色をより濃くしながら、こちらに厳しい眼差しを向ける。

ここは多少不自然でも、無理矢理に会話を切り上げてこの場を去るのが得策か。

 

「お疑いのようですし、身の潔白のため教室に一旦戻って生徒手帳を取ってきます」

 

ブラフである。この場を辞したら即座にとんずら作戦だ。

しかしそんな俺の浅はかな思惑などハギヨシには読まれていたらしい。

 

「それには及びません。私は保安上の理由から、この学園に在籍する全ての学生の氏名と顔を記憶しております。今年度入学した1年生の中に藤木という姓の女子生徒はおりません」

 

小憎たらしいほど冷徹な鉄面皮を維持しながら、淡々と疑惑の根拠を語るハギヨシ。今の言葉が事実なら、使用人の鑑というか、なかなかハイスペックかつ油断のならない執事だ。

それはともかくまずい、ハギヨシがどの程度信頼を得ているかはわからないが、透華らは見知らぬ顔の1年生より知己である彼の言に重きを置くだろうことは明白だ。

進退窮まった。やむを得ない、ここは実力行使してでも逃げの一手しかないか。

直接的な行動に出ようと決意したことで、僅かに表に出た緊張や闘気といった俺の意志を感じ取ったのだろう、突如ハギヨシが先んじて行動に出る。

武術的素人では動き出しを感知できないほどの身のこなしで俺との距離を瞬時に詰めたハギヨシが俺の手首を掴もうと手を伸ばす。恐らく合気道か柔術によって俺の体を崩し、腕を捻って背後を取るか、床に押さえ込んで無力化するのが狙いだろう。そうはいくか。

俺は右腕を掴まれる瞬間、半身を引くと同時に左腕を伸ばしてハギヨシの腕を逆に掴もうとする。合気道には合気道、素人相手ならいざ知らず、一定レベル以上の実力者同士なら待ち受けた方が基本有利だ。

しかしハギヨシは只者ではなかった。刹那の攻防で己の不利を悟るや否や、俺に掴まれる寸前で手を引っ込め、同時にバックステップで距離を取る。

 

「……やりますね」

 

ハギヨシのこめかみに一筋の汗が伝い落ち、初めて表情が苦渋に歪む。

彼もまた俺が一筋縄で行ける相手ではないと認識したらしい。

 

「何のことでしょう? いきなり近づかれてびっくりしましたが……」

 

いささか白々しい物言いだが、実際ハギヨシ以外は事態を正確に把握できていないだろう。

ぱっと見では、ハギヨシが突如女生徒()に近寄り、驚いた女生徒が半身を翻したらハギヨシがなぜか距離を取った、という流れにしか見えていまい。

 

「ハギヨシ、いくら疑いありとはいえ、女性に突然不埒な行為に及ぶのは主として感心できませんわ。何か理由がありまして?」

 

客観的にはハギヨシが過剰なまでに不審者かもしれない俺に警戒を露わにしているという状況だ。職務に忠実と言えば聞こえはいいが、傍目にはか弱い女生徒に対して暴力で事を為そうとしたように見えた一幕。

状況の本質が理解できてない透華が僅かに苛立った、たしなめるような口調になるのも無理はない。

 

「申し訳ございませんお嬢様。しかし、私の動きを見切れるだけでも彼女が常人ではない証左です。お嬢様たちの安全を図るために、警戒を怠ることはできません」

 

実に的を射た指摘で警戒の必要性を説くハギヨシ。頭が切れるだけに弁も相当立つようだ。

 

「私、護身術として合気道を習っておりまして。突然近寄られて咄嗟に反応してしまっただけです」

 

ハギヨシは無理だろうが、透華たちならまだしも誤魔化せる余地があるかもしれない。一縷の望みに賭ける心境で俺は平常を装いつつ言い訳する。

俺の釈明に一理有りと考えたのか、透華の表情に迷いが浮かぶ。

少なくとも今までの経緯において、ハギヨシの記憶による根拠以外、明確な矛盾や破綻を俺は見せていない。ゆえに疑いは依然晴れぬにせよ、どこまで断固たる態度を取るべきか決めあぐねているのだろう。

少しずつ状況が改善しつつあると展望を抱いたところで、またしてもハギヨシが決定的な一言を口にした。

 

「貴女があくまで自分が当学園の生徒だと主張するのでしたら、端末で貴女の在籍を確認させていただくまで、ここに居てくださることに異論はございませんね?」

「…………」

 

単純だが、確実な証明手段であり、現状で主張するには尤な論陣だ。

元々疑いを持たれた時点でほぼアウトだったのだ。事ここに至って言い逃れできないのはもはや仕方ないだろう。

俺はハギヨシから視線を外さないよう気をつけつつ、「はぁ……」とこれ見よがしにため息をついた。

 

「ここまで、か…… ハギヨシさんと言いましたか、貴方のご慧眼には恐れ入りました。まさしく、私はこの学園の生徒ではありません」

 

ハギヨシの挙動に注意しつつ、俺は小さく肩を竦めてからしおらしく白状した。

 

「わ、私たちを騙していたんですの!?」

「へ~、白昼堂々不法侵入か。可愛い顔してやるなぁ」

「暢気な感想言ってる場合じゃないよ純くん。彼女が強盗だったりしたらどうするのさ」

「もしくは、誘拐犯……」

「はっ、犯罪者さんですかっ!?」

 

俺のカミングアウトに、気色ばむ透華のみならず、その背後にいる女の子たちもそれぞれ反応する。

言動に伴う彼女らの様子を窺うと、面白がっていたり冷静だったり無表情だったりおろおろしていたりと、なかなか個性豊かな連中だなという印象だが、共通しているのは程度に差があれ一様に危機感や切迫感が欠如していることだ。

不法侵入者が外見的に無害そうな女学生でしかない上に一人きり、またハギヨシという頼れる男性の存在もあるのだから危険を感じろという方が難しいのだろう。

 

「観念した……と、いうわけでもなさそうですね」

 

殊勝な言動とは裏腹に隙を見せない俺の様子からして、諦めたわけではなく開き直っただけ、と判断したのだろう。

ハギヨシは気を抜く素振りなど微塵も見せず、俺の挙動を逃すまいと目を光らせたままだ。

 

「あゆむ、警備員を呼びなさい!」

「はっ、はい!」

 

対峙したまま動こうとしない両者を見かねたのか、透華が現状対処に当然の指示を出す。

事前に仕入れた龍門渕高校の部員名にはない、「あゆむ」という呼び名に反応したのはメイド姿の女の子だった。

さすがに警備員を呼ばれるのは拙い。大事に発展する前に逃走すべきか。その際に多少の実力行使は止むを得ないが、最大の障害になりそうなハギヨシは恐らく、不審者の捕獲より主である透華たちの護衛を優先することで結果的に俺を見逃してくれるだろう。

いささか希望的観測も含むも、そう分析して行動に移す決意をしたところで、ハギヨシが予想外の待ったをかける。

 

「お待ちくださいお嬢様。事を荒立てる前に彼女の目的を聞いておくべきかと存じます。私見ですが、状況から判断して犯罪目的という可能性は低いと思われますので」

 

実に寛容的な物言いだが、そう口にした動機は温情ではなく、(ひとえ)に俺への警戒心からだろう。

不用意に警備員を呼ぶことで俺を刺激し、万が一暴力という名の実力行使に出られた場合、彼女()らの身の安全を維持する確信が持てないからに違いない。

一度の交錯で俺の力量を僅かなりとも把握したことで、一息での制圧は困難な相手だと認識し、穏便に対応してご退場願えるならそれに越したことはないという判断だと思われる。

というか、明るいうちに(傍目には)女の子一人が施設に不法侵入したくらいで警備員呼ぶとか、ぶっちゃけ対応が大げさすぎるだろ常考。

いやまぁ、アメリカみたいに不審者がいきなり銃を取り出して乱射、などというバイオレンス展開の可能性もゼロじゃないから、慎重論が間違っているわけじゃないんだけどさ。

 

「確かに一理ありますわ。藤木……さんと仰いましたわね。貴女は当学園、いえ、ここへはどのようなご用事でいらしたのかしら?」

 

ハギヨシ(執事)の提案を受け入れた透華が、冷静さというか、余裕を取り戻した表情で質問してくる。

事を荒立てたくない俺としてもこの流れは好都合なので素直に迎合する。

 

「正直に答えても信用されないかもしれませんが、ここへ来た目的は龍門渕高校麻雀部の皆さんに会いたかったからです。あなた方のファンなものですから、大会前に激励の一言を述べさせていただこうかと。この学園の生徒を装ったのは、見咎められずにここまで来るためにそうしただけで、それで皆さんに不審を抱かせてしまったのは申し訳ありません」

 

俺はできるだけ真摯な態度と口調で説明する。

虚実入り混じったというか、動機はともかく行動そのものに嘘はない。少なくとも客観的に見て俺の行動に犯罪性はほとんど窺えないはずだ。物盗りだの誘拐だの、一般的な犯罪行為を疑うには行動や状況に合理性や妥当性がなさ過ぎる。

強いて言うなら、単に顔を見て話をするためだけにここまでするのか? という疑問というか、不自然さを覚えるくらいだろう。

案の定、透華は腑に落ちない、といった表情で問いを重ねる。

 

「そのためだけにわざわざここまで?」

「はい。――納得できませんか?」

「……正直に言えばそうですわね。ただ私たちに会いたいだけなら、正規の手続きで面会の許可を得ることもできたはずですわ。生徒を装い不法侵入してまで果たしたかった目的、と納得するにはいささか不自然ですわね」

 

俺の回答に、透華は腕組みしてやや考え込んでから己の見解を述べる。それは俺が危惧したとおりの疑惑だった。

ちなみに、透華の言うとおり、正規の手段で面会することを選ばなかったのは、申し込んでも断られると思ったからだ。

素性も知れぬ他校の男子がいきなり会わせてくれなどと抜かしたところで、激励だの応援だの、好意的な理由があったとしても、学校側にせよ当人側(透華達)にせよ、普通に考えて断るだろう。

かといってわざわざ女装して申請したとしても、許可が下りるとは限らないし、そこまでするなら生徒を装って侵入した方が確実だし手っ取り早いという結論になる。

 

「確かに、そう考えるのも無理ないですね。であれば……去年の全国高校生麻雀大会県代表である龍門渕高校を偵察しに来た、とでも言えば納得してくれますか?」

「「「!!」」」

 

言って、俺はニヤリと透華へ挑戦的な笑みを向ける。

不敵ともいえる俺の告白に、透華のみならず、この場にいる他の面子の表情にも驚きの色が浮かぶ。

しかしそれも僅かな間だけで、すぐに平静を取り戻した透華が鋭い眼差しで俺を見据えながら口を開く。

 

「なるほど、それならば納得がいきますわ。県予選出場校なら、昨年の優勝校である私たちの情報を得たいと考えるのは道理ですものね?」

 

問うような透華の口調に、俺は一計を案じて挑発めいた台詞を口にする。

 

「ああ、勘違いしないで下さい。偵察と言いましたが、目的は本当に激励をしに来ただけですよ。少しでも大会が楽しめるよう、皆さんには全力で頑張って欲しい(・・・・・・・・・・)、とね」

「なっ、なんですって!?」

 

見下すような物言いと視線にプライドをいたく刺激されたのか、激昂した透華の眦が釣り上がる。

多少頭の回転は速いようだが、この程度の安い挑発に露骨に反応するようじゃ精神力はもとより、心理戦も大したことがなさそうだ。内心で透華の人物評にそう書き加える。

 

「おかしなことではないでしょう? 右も左もわからぬ場所に部外者が単身やってきたとして、どれほどの事ができると思うんです? 容姿や性格程度なら解るかもしれませんが、それを知ったところで麻雀対局にはさして関係ありませんし、そもそもその程度の情報ならわざわざ足を運ばなくとも手に入ります。貴女の言うように合理論を用いるならばメリットとリスクが余りにも吊り合わないことは明白で、それこそ不自然というもの」

「…………」

「信用できないのは無理もありませんが、本当に激励したかっただけなのですよ。去年の優勝者たちがどんな人物か見てみたかった、という興味本位もありましたが。まぁ、偵察というよりは見学ですね」

 

俺の理路整然とした解説に透華はやや苛立たしげな表情を見せるものの、内容の妥当性は認めたのか、視線から疑るような色は薄まった。

代わりに敵意を帯び始めている。挑発もそうだが、自分のホームグラウンドで不法侵入者()が余裕ぶった態度を見せているのが気に食わないのだろう。

 

「……いまだ釈然としない部分もありますが、貴女の事情はひとまず理解しましたわ。大会も近いこの時期に敵をわざわざ激励しに来るだなんて、ずいぶん余裕がおありですのね?」

「ええまあ。好奇心を満たすための酔狂が許される程度には」

 

透華は俺の言動や態度から、遠まわしに「お前たちは偵察する価値もない」と受け取ったはずだ。

表面上は慇懃冷静さを取り繕ってはいるが、胸中は屈辱感と敵愾心に満ち満ちているに違いない。

 

「どうやら自信が相当おありのようですし、よろしければ後学の為に貴女の本名と学校名を教えていただけませんこと?」

 

当然といえば当然の質問。当初に俺が名乗った藤木という姓が偽名であることはわざわざ問い質す必要もなく確信しているのだろう。

俺としてもここからが勝負所だ。

 

「招かざる客の私としてはせめて本名くらいは教えて差し上げたいところなのですが……教えろと言われてあっさり正体を明かす悪役はいないでしょう? なので、一つ勝負をしませんか?」

「勝負……ですって?」

 

唐突な俺の提案に胡乱げな表情で問い返す透華。

 

「ええ。何、簡単な勝負です。今から私と貴女方で東風戦を一局打ち、私がトップを取れれば私の勝ち、取れなければそちらの勝ち。単純でしょう?」

「なるほどですわ。しかしそれだと3対1の勝負になりましてよ?」

「問題ありません。ちょうど良いハンデでしょう」

「なっ……!?」「ほぅ」「へぇ~」「…………」

 

俺の侮辱とも取れる回答に、透華はくわっと目を見開き、絶句する。同様に、俺との交渉を透華に任せて成り行きを見守っている背後の面々もそれぞれ反応するが、彼女らの表情は感心したり面白がっている様子のそれで、直情的な印象の透華とは対照的だ。

怒りによってか、二の句が告げられずわなわなと震えている透華を見据えながら畳み掛けるように続きを話す。

 

「そちらが勝った場合は私の身元を正直に明かしましょう。逆に私が勝った場合は今回の不法侵入を不問にする。――いかがです?」

「…………」

 

怒りよりも現状対処を優先するだけの冷静さと分別を残していたのか、透華の様子から剣呑さが消え、沈思黙考といった表情になる。

俺の提示した条件を吟味しているのだろう。

 

「……妥当な条件、と言いたいところですけれど、一つ付け加えさせていただけるなら勝負に乗っても良いですわ」

「それは、どのような?」

 

訊ねる俺にやや険の篭った眼差しを向けながら、髪をかきあげる仕草で僅かな間を取った透華は唇の端を吊り上げ、強気というか挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「こちらが勝利した場合、私たちを侮辱した事、きっちり謝罪していただきますわ」

 

なるほど、プライドの高そうな透華らしい提案だ。

県内最強校という自負もあればそれを裏付けるだけの実力がある透華にとって、正体不明とはいえ、恐らく無名と思われる輩に侮られた事は許しがたい事態なのだろう。

 

「はい、構いませんよ。私が負けたときは誠心誠意、皆さんを侮っていたこと謝罪いたします」

 

俺は不敵に微笑みつつ了承する。

あくまでもふてぶてしい態度を崩さない俺を不愉快だと言わんばかりの表情と視線でしばし睨んだ透華はくるりと振り返り、静観していた部員たちに声をかける。

 

「交渉は成立しましたわ。はじめ、純、打ちますわよ!」

「りょーかい」

「へーい。ま、たまには部外者と打つのもいいか」

 

気の抜けた返事をしつつ立ち上がる小柄な女生徒と背の高い女生徒の二人。言うまでもないかもしれないが、前者がはじめで、後者が純だ。つか、立ち上がってはっきりしたが、純は明らかに俺より身長高いぞ…… べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ。

地味に傷心しつつ、部屋の奥に設置してある麻雀卓へと向かう透華らの背中を視線で追いながら、対局の方針について考えを巡らせる。

今後の事も考えるなら、元始開闢は使わない方が無難だろう。

俺のギフトに感化されていきなり急成長を果たした咲の例があるため、必要以上に透華に刺激を与えるべきではないという判断ゆえだ。どうかこのまま己が才能(ギフト)には気付かないでいてくれ。

手加減して透華らの実力を見つつ、とりあえず控えめに行こうと決めた俺は、雀卓へと向かう前にハギヨシに声をかけた。

 

「ところで、ハギヨシさんはこの勝負に関して思うところはないんですか?」

 

会話の主導権が透華に移った後は不動の姿勢で俺への警戒を続けていたハギヨシの意向はどうなのだろうと気になったためだ。

麻雀対局という少々変則的な状況だが、距離が近くなる分、不法侵入者である俺に害意あれば主人である透華に危害が及ぶ可能性は今よりずっと高まる。

また、俺の立場から言っても、対局中に警備員を部屋の外に召喚されたりするのは拙いし、それどころかもっと直接的に、対局中ハギヨシに背後から襲われたら対処が非常に困難である。

易々と思惑を語ってくれるとは期待できないが、牽制くらいにはなるだろう。

果たしてハギヨシは、営業スマイルとも言えるにこやかな表情で答えた。

 

「私はお嬢様のご意向に従うまでです。それと、先ほどは失礼いたしました。可能性があったとはいえ、いささか性急な振る舞いでございました。無論、疑いが全て晴れたわけではありませんが、不埒な動機によるものではないと考えを改めましたので」

 

存外、ハギヨシの反応が友好的だったことに心証を良くした俺は、それならばこちらもと真摯に言葉を返す。

 

「誤解を招く行動を取ったのは事実ですから、気にしないで下さい。私の言う事を信用してくださいと頼めた立場ではありませんが、決して害意や悪意があってのことではないと約束します。もっとも、ハギヨシさん(貴方)の主を挑発しておきながら悪意がない、などとは白々しい物言いかもしれませんが」

 

くすり、と台詞の後半に悪戯っぽい微笑を添え、ハギヨシから奥の雀卓へと視線を移すと、場決めを終えてそれぞれ椅子に腰掛けた透華たちと目が合った。

彼女らの視線に「早く来い」と催促の色を感じた俺は僅かに苦笑しつつ奥へと向かう。

5、6歩ほどの距離をおいてついてくるハギヨシの足音を背後に意識しながら雀卓の側までやってきた俺は、卓上にある四つの風牌のうち、表が伏せられている最後の一枚をめくりながら透華たちに声をかける。

 

 

「お手柔らかに」

 

 

そして対局が始まった。




またしても女装白兎 in 龍門渕高校。
今回の女装は単なる舞台装置でしかなく、会話やシチュエーションに大して絡んではきません。割とシリアスなので女装展開2連続とかもうおなかいっぱいと忌諱している方も許容の余地が……あるといいのですが(汗)

正直今回の話は必要かどうか悩みました。
前編で天江衣は登場しませんが、出不精な彼女と違和感なく遭遇できる話の展開を考えるとこういう形にせざるを得ませんでした。龍門渕のテコ入れがどうしても必要だったもので。


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東場 第二局 六本場

移転のタイミングに併せて2ヶ月弱ぶりの新作投稿。長らくお待たせしました。
微妙なブランクのせいもありますが、初心に帰ってネタ多目を心がけたり徹夜進行で書いたり推敲改稿してなかったりと色々酷いので、クオリティはお察しください(汗)
休息取ってから見直すつもりなのでとりあえず暫定版どうぞ。

今回から3人称視点を採用しています。
《 episode of side-G 》が頭に来る章がそれに当たります。
なお、”G”は God(神)視点、の略になります。
Third(3)の”T”でも良かったんですが……
深く気にしたら負けです(汗)


episode of side-G

 

 

 

 

 

少女は何かに気づいたように、ピクンと身を震わせた。

もはや夕刻だというのに、豪奢な寝台に気だるそうに身を横たえていた少女は上体を起こし、茫洋とした眼差しを虚空へと向ける。

照明が落とされ、分厚いカーテンで遮光された室内は昏く、少女の見据えた先にはうっすらと調度品の影と部屋の壁しか映ってはいない。

少女はしばらくその姿勢のまま、身じろぎひとつしなかった。もし余人が彼女の様子を覗ったのなら、眠りから覚醒したばかりで、寝ぼけているのかとでも考えただろう。

しかしそれは違う。目覚めた直後というのは事実だが、少女は寝起き然とした呆けた様子とは裏腹に、明晰な思考をもって己が内面に没頭していたのだった。

 

(胡乱な気配……怪異幻妖の類か? だが、この感触(・・)は……)

 

ざらつく空気に肌を撫でられているような未知なる感触。体の芯から溢れ出るような悪寒に背筋が強張る。

我が身の異常を何らかの凶兆かと疑った少女は、無意識に両腕で自らをかき抱いた。

 

「――?」

 

二の腕を掴んだ掌が普段とは違う肌触りを伝えてくる。

そして気付く。

少女の柔肌を襲った未知なる感触が、鳥肌を催している所為だったと。

その事実に気付いた少女は理解する。

体の芯から徐々に溢れ、全身に浸透してゆくようなこの感覚と、そしてその源泉なるものが――恐怖と呼ばれる感情なのだと。

 

「……面白い」

 

かつてない事態に興を昂ぶらせた少女は、薄闇に覆われた部屋の中で爛々と目を輝かせ、冴え冴えと嗤う。

愉笑とも、嘲笑とも取れる表情を浮かべた少女は、腰のあたりに身に付けている、アクセサリーと見るには無理のあるごつい(・・・)代物だと言わざるを得ない、少女の小躯からすればやや大きめの懐中時計を手に取り、現在時刻を確認する。

 

(申の刻…… いささか早いな)

 

申の刻というのは、通常時刻で16時頃を指す。

あと10日足らずで夏至を迎える今日びは昼が最も長い時期だ。宵闇の帳が降り、月明かりが支配する時間までまだしばらく間がある。

少女にとって、外が明るい時間帯が特別苦手というわけではない。ただ、己の宿す力の特性を良く弁えているが故に、本領ではない時間帯に事を成さねばならないのは、やや不本意でもあれば、もどかしさもある。

とはいえ、不惑の性強かな少女にとって、天啓のように訪れた奇貨ともいえる機会を躊躇して逸することなどありえない。

従って少女は、可憐な見た目とは裏腹に、並の大人ですら及ばぬほどの強靭な意志をもって行動に出る。

 

(鬼蛇と戯れ相果つるか、或いは魑魅共をまつろわす由縁となるものか……)

 

年齢にそぐわぬ語彙でもって、懸念と期待が混然とした思惑を脳裏で言葉にしながら、ベッドの上から床へと足を下ろした少女は獰猛に唇の端を歪めたのだった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

さて、口先三寸で好都合な状況(賭け麻雀)にもってこれたはいいが、これからどうするか。

龍門渕高校麻雀部の偵察、という目的とのすり合わせを考えるなら、ひとまずは様子見に徹して各人の打ち筋をきちんと確認するべきか。

とはいえ、東風戦という尺の短い勝負のこと、日和見が可能なのはせいぜい2局程度だろう。そういう意味ではもしオーラスが俺であれば観察の時間が取れるという点で都合が良かったのだが……

残念ながら今回の俺は西家。まぁ起家や南家にならなかっただけ良かったと考えるべきか。

ちなみに天理浄眼でガンパイすれば場決めは任意に選べるが、サイコロの出目にまではさすがに干渉できないのであまり意味がなかったりする。

それはともかく、席の並びだが、東家(起家)が純、南家がはじめ、西家が俺で南家が透華の順になっている。

 

「さてさて、不法侵入者さんのお手並み拝見といくかァ」

 

俺に視線を遣りながらにやりと笑い、暢気な口調でのたまう純。

挑発とも、こちらを嘗めているとも取れる言動だが、彼女のオーラの色が見て取れる俺にはそれが本心でないことが解る。

純のオーラの色は濃い警戒色に染まっていて、鷹揚な言動とは裏腹に内心では微塵も油断していない。

本心とは真逆な表情や言動をここまで完璧に演出できるとは、純は相当な食わせ者というか、策士タイプのようだ。

打ち筋や雀力の評価以外にも注意が必要な相手だな。タイプで言えば竹井先輩に近い。

俺や竹井先輩、のどかにとってはそれほど対処が難しい打ち手ではないが、搦め手に弱い咲や優希にとっては純の能力(センス)も相まってすこぶる相性が悪そうだ。

もっとも、優希はともかく咲の場合は地力の差がありすぎて、多少の相性の良し悪しなど全く障害にならないだろうが。

 

「そんなに期待されると、緊張で牌が持てなくなりそうです」

 

まずは言葉の応酬による前哨戦。俺は小さく肩を竦め、韜晦して応じる。

純の本心を遠回しに指摘し、腹芸が見破られた場合の純の対応を測ることも考えたが、それによって必要以上に警戒されたり動揺されたりでは正しく実力を測れないし、どのみち本番でそうした状況にもっていけるのは清澄(ウチ)の中では竹井先輩くらいだろうから、サンプリングする意味合いは比較的薄い。

 

「四面楚歌の状況で余裕を失わないふてぶてしさは見事ですわね。その態度がどこまで続けられるか私も期待してますわ」

 

今度は右手から透華が俺を睨むように強い視線で見つめ、刺々しい口調で皮肉を投げかけてくる。

覚悟はしていたが、挑発によってプライドを傷つけられた透華のヘイトは相当高まってしまったようだ。

 

「ボクは相手が誰であれ楽しく打てればそれでいいかな。とはいえ藤木さん? をお客様待遇で歓迎しますってわけにはいかないけどさ」

 

他の二人に付和雷同、というわけではなかろうが、今度ははじめが対面で意見を述べる。

警戒心や敵愾心てんこ盛りな純と透華に較べ、はじめは言葉どおり幾分好意的に俺の存在を容認してくれているのがオーラの色からも確認できる。

だからというわけでもないが、卓を囲む3人の中では一番性格がまともそうだ。

体格も小柄で可愛いし、良い子なはじめちゃんにはおじさん癒されちゃうよ。

おっといけない、ついネット雀士しろっこの地が……

思わず緩みそうになる口許を慌てて引き締め、令嬢然とした体裁を取り繕いながら口を開く。

 

「いえ、そう言っていただけるだけでもありがたいですよ。はじめさんは良い人ですね」

 

台詞の後に俺がにこり、と微笑みかけると、はじめはぽかん、と小さな口を開いて俺の顔を見つめ、一瞬の間を置いて頬を桃色に染める。

そしてそんな反応を見せてしまったことに対する照れ隠しか、ぷい、と顔を横へと逸らした。

ふむ、どうやらこの子も百合属性持ちか……

真摯ならぬ紳士な心境で内心そう呟く。

はじめちゃんは咲と気が合いそうだ、とか下世話かつどうでもいい感想を彼女の評価に付け加えながら、俺は理牌を終えた手牌を確認する。

 

【手牌】二①②③③④⑥⑧⑨5白白中  ドラ指標牌:東

 

半ばピンズに染まった三向聴、一通からホンイツ、果てはチンイツまで楽に狙えそうな良手牌だ。

ちなみに元始開闢は今回使わない予定なので出力をほぼゼロに抑えているわけだが、それでもほんのわずかに漏れているギフト(元始開闢)の恩恵によって三元牌が手元に来てしまっている。

手牌の確認と狙えそうな役の検討(あくまで序盤は様子見のつもりなので実際に和がるつもりはないが)を手早く済ませた俺は、次に対局者たちの手牌に視線と意識を向け、天理浄眼による透視(リーディング)を行う。

今更フェアな勝負云々を論じるつもりも資格もないが、普通の状況で打つ分には対局者の手牌を視ることは基本ない。

しかし、俺にとって今回の対局は打ち筋や雀力を確認するための機会であり、何より敗北が許されない勝負だ。よって天理浄眼(チート)の使用に躊躇はない。

それはともかく、透視の結果判明した対局者の手牌は、詳細な牌分布の説明は省くが、透華が五向聴、純が四向聴、はじめが二向聴といったところ。

さて、それじゃあさくっと聴牌までもっていって、その後は予定どおり様子見に徹しますかね。

純の台詞じゃないが、県下最強校様(龍門渕高校)のお手並み拝見といこうか。

偵察に来た甲斐があったと思わせてくれる程度には、俺を楽しませてくれよ?

完全に悪役な台詞を胸中で呟きつつ、俺は最初のツモ牌を得るべく山に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

「ツモですわ! 3000・6000!」

 

威勢よく和了を宣言し、タン、と小気味良い音を響かせて牌を卓上に置く透華。

跳満を和がり、形勢が一気に透華へと傾いたところで東場第二局が終了した。

これで観察のボーダーラインである前半を終え、次は俺の親、東場第三局に突入する。

これまでの経緯だが、東場第一局は純が的確な副露センスを発揮して安手とはいえ速攻で和がって連荘したものの、続く一本場と今ほどの第二局は配牌の運にも恵まれた透華が無双して終わった。

ちなみに全てツモ和がり。俺基準で言えばそれほど固い面子というわけでもないが、テンパイ気配を読み、危険牌を避けるという基本が各々しっかり身に付いているからだろう。

3人の手牌と打牌をここまで観察した限りでは、中学時に観戦した全国最強校である白糸台高校麻雀部の2軍程度には強いと感じた。

個人別に評価するなら、純は知覚系センスの持ち主だけあって機を見るに敏、はじめは全体効果系センスの恩恵で配牌が基本良いし、透華はギフト未覚醒とはいえのどかに近いレベルでデジタルな闘牌を見せ、なかなかに侮れない実力者だ。

しかしそれでも――この程度ならば(・・・・・・)

能力や打ち筋による有利不利を考慮しても、十中八九清澄(ウチ)が勝つ。

未知数である天江衣の実力が余程突出してなければ、その予想は違えまい。

県優勝を果たした昨年はメンバー全員が1年生であった為、龍門渕は今年も全く同じメンバーで出場すると予想できる。

龍門渕高校一般生徒たちから聞いた話やこの部屋にいる面子から判断した限りでは、全く情報のない別の部員が存在し、出場するかもしれないという可能性はほぼ無視していいだろう。

そして、メンバーが全く同じだということは、オーダーも去年と同じ可能性が高い。

昨年の優勝校ゆえに研究されマークされているという自覚があれば、順番を変える程度の対策はするかもしれないが、天江衣に関してのみ言えば、去年大将だったところを先鋒に持ってくるかもしれない、といったところだろう。

もしそうなった場合は、ウチの先鋒である優希に頑張ってもらうしかないが、流石に10万点という持ち点全てを削られるほど天江衣が破格だということはあるまい。とはいえ調べた限りでは天江衣、かなりの高火力タイプなんだよな…… 詳細な能力傾向はわからんが、そこだけ見れば優希以上の攻撃力の持ち主と言えるし、であるならば、防御の薄い優希にとっては分が悪いといえる。

ま、優希が10万点全て失う前に他校の選手がトバされる可能性もあるわけだし、そうなったらもう、オーダーを誤ったと後悔するよりは天江衣が強かったと素直に諦めるしかない。

悲観論はともあれ、天江衣が大将据え置きなら咲に任せて問題なかろうし、大将戦を互角と見積もれば他4人の総合力の差でこちらの勝ちだ。

あとはその分析が皮算用で終わらぬよう、今日の偵察をきっちりこなし、明日から大会までの部員指導を緩まず、過たず差配すればいいだけ。

 

さて、大局的な見立てはここまでにして、目の前の対局に集中しよう。

現在の点数状況は 純:21900 はじめ:15600 俺:18600 透華:43900 となっている。

トップの透華と俺の差は約25000点、東風戦の短いスパンを考慮すれば、逆転するのは常考して難儀なはずだが、俺基準で言えば親で連荘すればいいだけの話であって微塵も難しいとは考えていない。

だが、もしこれが同等の実力を持つ打ち手による対局であったなら、優勢者は放銃を警戒しつつ安手でもいいから早和がりを狙うだけで勝利に近づく一方、不利な他3人は高い手を狙わざるを得ず、どうしても手が遅くなるからだ。

当然、透華もそれは理解しているだろうから、半ば詰みだとでも考えて内心ほくそ笑んでいるかもしれない。

 

「さあ、もう後がなくなってきましたわよ?」

 

そんな予想を裏付けるように、余裕を感じさせる表情で透華がのたまう。

 

「おいおい……透華はもうちょっと手加減してやれよ。いいか、世の中には接待麻雀ってもんがあってだなァ……」

「そういう純くんだって手を抜いているようには見えないけどね」

 

自身の勝利はともかく、趨勢がはっきりと3人組(龍門渕)側に傾いたことで安心したのか、オーラから警戒の色が薄まった純が透華の尻馬に乗って俺を揶揄する。

そして流石にそれは言いすぎだと思ったのか、窘めるような口調と表情でツッコミを入れるはじめ。

俺に気を遣ってというより、動機的には仲間(透華や純)を悪く思われたくない故のフォローなのだろう。コミュニティ内でマッチポンプが明確に機能しているところを見ると、彼女らの結束はそれなりに固いようだ。

それにしても、かつて淡と白糸台高校に不法侵入し、麻雀部1軍と対局したときと状況が被るな。

菫といい純といい、のどかのようにお淑やかに振舞えないものかね。それとも昨今の女子高生はこれくらい強気な女性がデフォなのだろうか。(←おっさん発言)

せめて少しでも可愛げがあればなァ……などと失礼な感想を抱きながら、俺は思惑と真逆の台詞を口にする。

 

「成程、皆さんお強いですね。とはいえ私も負けるわけにはいかないので、そろそろ本気で打ちますよ?」

 

何とも月並みな返しだが、もし洒落が通じる相手だったら、「俺は変身をあと2回も残している。この意味がわかるな?」と言ってニヤリと笑ってやるところだ。

(補足すると、これまで天理浄眼を和がる目的では使用していなかったという意味で変身(ギフト)1回分、元始開闢でもう1回分というカウント)

個々人の性格はともかく、龍門渕高校の学生である以上、社会的立場としては歴としたお嬢様方である透華らにネタを振る度胸はさすがになかった。

 

「あら、それは結構なことですこと。期待させていただきますわ」

「あんまり大口叩くと後が辛いぜ?」

「そうだね、まだ勝負の行方はわからないし、ボクもこのまま負けるわけにはいかない」

 

挑発とも取れる強気の発言であったにも関わらず、透華たちの余裕は崩れない。勝敗が確定したわけではないにせよ、未だ口ほどには実力を見せていない俺が何を言ったところで負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。説得力皆無だ。

俺はほんの少し元始開闢のタガを緩め、出力を上げる。とはいってもこれまで5%だったのが10%に上昇した程度の変化だが。

透華のギフトを刺激するリスクもその分増えるが、この程度で覚醒するようなら去年の大会で全国区の強者と対局した際に目覚めているはずだ。

まぁ判断基準が照さんや淡クラスなのがアレだが……

てかそれ以前にギフト覚醒のスイッチが何なのかなんて知らんし。今回元始開闢自重している件はあくまで咲のケースを当てはめての対処でしかない。

要するに何が言いたいかと言うと、何事もなるようにしかならんということかな。

以上、自己弁護(言い訳)完了。

さて、ここは一発、目に物見せてやりたいが、天理浄眼があるとはいえ元始開闢の出力10%、かつ短期で大三元狙うとか割と無理ゲーだしなぁ。どうしよっか。

あー、照さんみたく点数増幅縛りの連続和了でも狙うか。うんそうしよう。決めた。

割と適当に方針を決めた俺は早速勝利の実現に向けて邁進する。

 

「――ロン。1500」

 

純のお株を奪う副露を駆使して安手早和がりを当人に決め、

 

「ツモ。800オール」

 

「ツモ。1200オール」

 

安手だと地味に効く積み符含みの連続ツモでじわじわと切迫感を演出し、

 

「ロン、8600」

 

デジタルなダマメンゼンで役を作り、透華を狙って直撃させ、

 

「ツモ、4400オール」

 

和了を重ねたことによって高まった支配力により、はじめ以上の好配牌に恵まれ、まさかのダブルリーチから満貫を和がり、

 

「ロン、19500」

 

最後は再び純の放銃を引き出してトバし、対局を終わらせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

 

耳に痛いほどの静寂が場を支配している。

俺が三連続和了を決めたあたりから透華たちの顔から余裕が消え、四連荘で焦燥に変わり、五連荘の際には呻き声すらあげなかった。

そして…… 決着がついた今は表情が抜け落ち、茫然自失といった状態だ。

白糸台の一件と、経過も似てるなら結末も似てる。まるで予定調和な逆転劇。皆の白けた反応は無理もないが、いささか派手にやりすぎたか?

しかし勝ちを譲るという選択はできなかったし、いつものように大三元(役満)を繰り出して終わるよりは現実的な結末だと思うんだが……

まぁ悩んでいても仕方ない、勝者が敗者にかける情けなど不要だろう。彼女らに強者としての矜持があるならばなおさら。過程に納得はできなくても敗北は受け入れるはず。

 

「さて、賭けは私の勝ちですね。これで私は無罪放免……で、よろしいですか?」

 

俺は敢えて余計な感情を排し、平坦な声で事も無げに尋ねる。俺にとって勝ち誇るほどの結果ではないし、敗北感を煽って有望な打ち手の将来に禍根を残す必要もないから。

しかし俺の問いに透華らのいらえはなく、沈黙が引き伸ばされるだけに終わる。

仕方ない、少し待つか……

クッションの効いた椅子の背もたれに体を預け、待つことしばし。最初に再起動を果たしたのは透華だった。

 

「……ありえません、ありえませんわ。こんな……こんな打ち筋はまるで……インハイチャンピオン……宮永……照」

 

両手で雀卓の縁を掴み、うつむき加減の姿勢でぶつぶつ呟く透華の声に、聞き覚えのある単語を拾った俺はつい尋ねてしまった。

 

「あれ、照さんのこと知ってるんですか?」

 

冷静になって考えれば、同じ業界に所属する者として、宮永照ほどの有名人なら透華が知っていても何もおかしくはないし、当然それが個人的な知己である、などという可能性はまずないと判断したであろうが、そのときの俺は山場を越えていささか気を抜いていたことと、透華とのコミュニケーションの回復を急ぎたい心境だったばかりに、反射的な思考でもって不用意な発言をしてしまったのだ。

 

「照さん……ですって? 貴女、やはり宮永照の関係者ですの!?」

「ぇえ!?」

 

何気なく口にした俺の質問は透華から劇的な反応を引き出した。

ピクリと体を震わせて反応した透華がゆっくりと面を上げて焦点の覚束ない眼差しをこちらへと向け、まるで自分に言い聞かせるような口調でポツリと呟いた次の瞬間、ふらりと立ち上がったかと思うと、突如気勢を上げて俺に掴みかかってきたのだ。

一応、未だ背後に控えているハギヨシへの警戒は解いていなかった俺だが、ある意味一番直接的な行動力とは無縁そうな透華がまさか過激なアクションに出るとは露ほどにも予想しておらず、対応する暇もあればこそ、まんまと両肩をがしっ、と力強く掴まれて椅子の背もたれに押し付けられてしまった。

まさに鬼気迫るといった表現が相応しい透華の表情は、燃え尽きた様子の先ほどとは打って変わって恐ろしいほどの気迫に満ち溢れている。

お互いの鼻先がくっつきそうなくらいの距離で見詰め合う俺と透華。見ようによっては百合りんな美少女二人の愁嘆場に見えなくもない。ほんの少し唇を前に突き出すだけで熱いベーゼが交わせるだろう。これが少女漫画なら「貴女のおしゃべりな口を私の唇で塞いであげる……」とか殺し文句が発動するシーンだ。

乙女の園の中心で妄想に励む変態()がそこにいた。おまわりさんこちらです。

至近で拝見する透華の顔は、ややきつめな眦が好みを選びそうなものの、お世辞抜きでも整った顔立ちをしており、十分美少女だと言えるだろう。

緊迫した状況にも関わらず、妄想したり女性品評したりと、案外余裕あるな俺……などと頭の片隅で考えてると、口を割ろうとしない俺に焦れたのか、透華が重ねて詰問してくる。

 

「どうなんですの!? 答えてくださいまし!」

「い、いえ~……別に関係者というわけでは……」

 

透華の迫力に気圧されつつも、ようやく心理的な態勢を整えて返答する俺。

 

「関係者ではないというんですの? ではなぜ、”あの”宮永照と共通する打ち筋を見せ、あまつさえ親しげに”照さん”などと呼ぶのか、納得のいく説明をいただきたいですわ」

 

少しは落ち着いたのか、いささか声のトーンを落とした透華が事情の説明を求めてくる。

なんだか妙な展開になったな、と内心ぼやきながら俺は口を開いた。

 

「構いませんが、その前に少し離れていただけませんか? 別に逃げ出したりしませんので」

 

透華の青みがかった瞳に目を合わせながら、苦笑気味に告げる。

それでようやく透華は己の淑女らしからぬ行動に気が付いたのか、はっとした様子から頬を染めて恥じ入る表情へと変化させ、顔を背けつつ俺から手を離した。そして半歩後ずさってぽすん、と腰を下ろして自分の椅子に帰還する。

 

「……わたくしとしたことが、大変失礼しましたわ。どうかお許しくださいまし」

「いえ、これくらい、別に気にしていませんよ」

 

ばつの悪そうな口調でしおらしく謝罪する透華に、高飛車なお嬢様っぽいのに案外素直に非を認めるんだな、と、かなり失礼な感想を抱きながら応じる。

 

「――それで、実際のところどうなんだお前。さすがに宮永照本人ってことはないだろうが、全く無関係ってわけでもないんだろ」

 

なりを潜めた透華に代わってというわけでもなかろうが、今ほどの椿事の合間に復活したのだろう純が断定するような物言いで尋ねてくる。

 

「そんな言い方は失礼だよ純くん。負けてショックなのはわかるけどさ、もっと落ち着いて話そうよ」

 

攻撃的な口調の純を窘めるように、はじめがフォローに回る。

……この子苦労してそうだなあ。思わずそっと目頭を抑えたくなるのをなんとか我慢する。

 

「さて、そうですね。確かに仰るとおり全く関係がない、というわけではありません。別に隠すようなことではないので話しますが、単なる知り合いです。それも1度会って対局しただけの、ごく浅い間柄ですよ。それで、そのときに見た彼女の連続和了を先ほどの対局で試しに真似てみた、という訳です」

 

あえて黙秘する必要があるほどの事実でもないし、まさかこの情報を手がかりに俺の正体を暴くなどということも不可能だろう。

照さんとは性別どころか名前まで偽っての出会いだったわけだし、淡がきちんと対処してくれてさえいれば大丈夫なはず。大丈夫な……はず……。

いかん、よく考えたら淡が絡んでるという時点で非常に不安になってきた。あいつのことだから「照、私に勝ったら白姫の正体を教えてあげてもいい」とか勝負のダシに使ってたりしかねないし。

背中に嫌な汗がじわりと浮かんでくる。

陥穽の可能性に思い至り、いささか早まったことをしたか、などと後悔していると、

 

「なるほど、事情は理解できましたわ。しかしそれはそれで今度は別の事が気になったのですけれど、聞いてもよろしくて?」

 

一度は納得の表情を浮かべた透華が別の気になる点を見つけたのか、興味津々といった様子で食いついてきた。

毒食わば皿まで。気は進まないが、今更黙秘できる空気でもないので仕方なく了承する。

 

「……構いませんよ」

「わたくしたちを圧倒した貴女ほどの雀士と、あの宮永照の対局。それは一体、どちらが勝ったんですの?」

 

なんとなく質問の内容は予想していたが、やはり。

目を爛々と輝かせ、若干こちらへ身を乗り出すような前のめりの姿勢で尋ねてくる透華の姿がかつての咲とダブって見える。鼻先まで詰め寄られた経緯までぴったり共通してるし。

 

「あ、それは俺もすげー気になる。ウチ(龍門渕)にも衣みたいなの(同類)がいるからあーゆーヤバイ打ち手が余計気になるんだよな」

「ボクもそれについては同感だけど、みたいなの、なんて言い方、衣が聞いたら怒るよきっと」

 

純やはじめの言い分は理解できる。実際には会っていないのであくまで推測だが、天江衣が予想どおりの存在(ギフトホルダー)なら、普段彼女に接している純たちも照さんの特異性は良く理解できるだろう。まして県予選を突破できる実力を持ち、現実的に全国大会で相見(あいまみ)える可能性がある相手であればなおさらその存在を意識せざるを得ないはずだ。

咲の場合とは異なり、照さんとは完全に他人である第三者に勝敗のことを言い触らすのは彼女の威光を傷つけ、間接的に迷惑をかけるようでやや気が引けるが、照さんなら「勝利だろうと敗北だろうと事実を隠すつもりはない」とか言って気にしなさそうではある。

ありのまま答えてよいものかどうか刹那逡巡したものの、後で問題になるようなことでもないだろうと判断を下す。

 

「信じていただけるかどうかはわかりませんが、私が勝ちましたよ」

「「「なっ……!?」」」

 

何気ない口調でしれっと答えると、透華たちは一様に驚愕の表情を顔に貼り付けて絶句した。

まぁ無理もない。どこの馬の骨とも知らぬ無名の打ち手が、現役高校生最強の雀士に勝ったことがある、などと告げられたのだから。

まして照さんの実力は同世代の打ち手の中では隔絶したものとして世間一般に認識されている。なればこそ、彼女に勝利したという事実の重みは相当な衝撃となって透華たちを襲ったに違いない。

 

「そっ……それは真実(まこと)ですの!?」

「はい、事実です。……とはいえ、たかだか東風戦1回きりの結果ですし、照さんが手を抜いていた可能性もあります。いずれにせよそれだけで強い弱いを決められるものではありませんよ」

 

騒がれすぎても面倒なので、謙遜を装って釘を刺しておくことも忘れない。

 

「だからってなァ…… 俄かには信じらんねェ。あのバケモンに勝つなんざ、衣ですらできるかどうか微妙なくらいなのによ」

「藤木さんの言うことを疑うわけじゃないんだけど、ボクも正直あのチャンピオンが誰かに負けるところなんて全く想像できないな……」

 

透華に続いて不信を口々に言い募る純とはじめの様子に、よほど照さんは畏怖されてるんだなーと感心する。

たった一度の邂逅だったとはいえ、確かに照さんには麻雀の実力だけでなく、ただそこに居るだけで妙な存在感があったというか、一種のカリスマ性は感じた。もしくは王者の貫禄とでも言うべきか。

 

(同じ全国チャンピオンでも白兎とは大違いだじぇ)

 

あれ、どこからか優希の声が聞こえたような……しかも何だかイラッとすることを言われたような……

やばい幻聴か。とりあえず神からの啓示だと思って明日は優希を徹底指導してやろう。

 

「無理に信じてくださいとは言いませんよ。無名の私が勝利を主張したところで胡散臭いのは事実でしょうから。それに公式戦どころか、練習試合ですらない非公式な場での対局なので、証拠となるような牌譜も残ってないでしょうしね」

「「「…………」」」

 

受け取りようによってはお茶を濁すような内容の発言だった為か、どう反応してよいやら咄嗟に決めかねる、といった様子で黙り込む透華たち。

俺にとっては別に信じてもらえなくても構わないし、それならそれでむしろ好都合だとも言える。

大体、勝った勝ったと主張を続けたところで余計嘘くさく感じる一方だろうし、この話題はいい加減打ち切りたい。

それにそろそろ女性口調続けるのにも疲れてきた。

今まで女装はしても女性的な振る舞いを長く強制されるような状況は一度もなかっただけに、想像していた以上に気疲れが酷い。

反動で今日の夜は「おっさん雀士しろっこ」を起動させてヒャッハーしたくなる。麻雀を打つ為というよりRPG(本性解放)でストレス解消的な意味で。

そしてまたWikiの迷言集語録を増やして某掲示板で叩かれるんですねわかります。

お寒い脳内ノリツッコミをすることで己のアイデンティティー的なSAN値を回復させた俺は、話題を本筋に戻すべくやや強引な軌道修正を試みる。

 

「――で、照さんの件はさておき、先ほどは有耶無耶になったので改めて聞きますが、賭けは私の勝ち、従って取り決め通り無罪放免。この結果に依存はありませんね?」

 

会話の主導権を確立し、話題を明確にするという意図もあり、口調は丁寧なものの語調は強く問う。

俺の質問の矛先が自分に向いていることを察しよく理解した透華が、有名人・宮永照へのミーハー根性から浮ついていた雰囲気を表情から消し、きりっとした怜悧な眼差しを俺へと向ける。

透華はまるで瞳から心の裡を測ろうとでもしているかのように、じっ……と数秒ほど俺と目を合わせてから一度瞬きし、そして緩やかに口を開いて告げる。

 

「ええ。龍門渕を代表する者として、交わした約束に二言はありませんわ。貴女の身元はこれ以上問いませんし、この部屋から出て行くのもどうぞご自由に」

 

所詮は口約束、土壇場で揉める可能性もなきにしもあらずという懸念もあったのだが、それは杞憂に終わった。

しかし、透華からあっさりと約束を履行する旨の言質を与えられたことでほっと安心したのも束の間、

 

「――と、言いたいところですけれど、ここを去る前に一つだけ、教えて……いえ、確認したいことがありますわ」

 

前言を一部翻すような待ったをかけられる。

視線で「よろしいかしら?」と是非を問う透華の切実そうな様子を見て、断れる雰囲気ではないなと察した俺は、内心で嘆息しつつも「どうぞ」と頷いて続きを促した。

 

「感謝しますわ。それではお尋ねしますけれど、藤木さん――貴女は今年の大会に出場するんですの?」

「! それは……」

 

全く予想外のアプローチに、俺は即答できずに言い淀む。

なぜ今更そんなことを質問するのか。俺が偵察目的で龍門渕高校(ここ)を訪れたのはこれまでの経緯でわかっている筈。であればそんな人物が大会に出ないかもしれない、などとは普通思わないはずだ。

透華の意図に不審を抱いた俺が返答を躊躇していると、

 

「答えられないことなら答えなくて結構ですわ。というより、今の貴女の態度で答えが解ってしまいましたし」

 

何かに納得したような表情をした透華が思わせぶりなことを口にした。

俺は微かな動揺を覚えるも、鉄面皮を維持して透華の表情とオーラを観察する。そこからは揺さぶりをかけて俺を追い詰めようだとか、そういう類の小賢しい意図は読み取れない。

ただ、何かを哀れむような感情の色と、落ち着いた眼差しがあるだけだった。

いよいよもって透華の考えてることがわからなくなった。

答えを知られるのは別にいい。俺にとって秘すべき事実、それは女装してる(男である)こと、そして清澄高校の生徒であることの2点のみなのだから。

素直に真意を尋ねるべきかと思い始めたところで、透華が再び語りだした。

 

「貴女は大会に出ない――いえ、もっと正確に言えば出られない(・・・・・)のでしょう?」

「っ……!?」

「やはり図星のようですわね」

 

推測の域を超え、確信となって放たれた透華の言葉(指摘)は、これまでで最大の衝撃となって俺を激しく打ちのめした。

――まさか、俺が本当は男で、女子の大会には出られないことを見抜いた……!?

そんなはずはない、これまで性別を疑われるような素振りや仕草といった予兆は全くなかった……いや、ちょっと待て。

「大会に出場するか否か」――この質問の意図が、元から存在した”男かもしれない”という疑惑の確証を得るために、男だったら女子の大会に出られないはず(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、という当然の論理的帰結を利用した迂遠なカマかけだったんじゃないか?

少なくとも外見は完璧な女性に見える相手に、ストレートに「貴女は男ですか? 女ですか?」なんて普通は聞けるはずもない。純あたりなら気にせず言いそうだが、お嬢様然とした透華であれば不法侵入者相手とはいえ、そんな著しくデリカシーに欠ける無作法を働くはずもない。何より、仮に色々犠牲にすることで質問できたとしても、それで相手()が素直に「はい、その通りです」なんて白状するはずがないのは馬鹿でもわかることだ。ならばどうするか? 簡単だ、俺が答えても構わないと判断する趣旨のものでありながら、間接的であっても疑惑の確証を得ることができる質問をすればいい。そして先ほどの質問はその要件を満たしてしまっている……

くっ、なんてことだ、まさか透華にこんな策謀を巡らす能力があったなんて。

安い挑発にあっさり乗ったことや、感情に素直な言動から、すっかり単純思考の箱入りお嬢様だとばかり思い込まされていた。

だが、まだ手遅れの事態には至ってないはずだ。俺が大会に出られないことを確信したとしてもそれで即座に、イコール男だから出られない、という結論に直結するわけじゃない。別の事情で出られないのだという可能性をさりげなく示唆できれば誤魔化せる余地はあるはずだ……!

俺は動揺を押し殺し、脳裏で必死に打開策を検討する。しかし、焦りもあってか良い案が全く思い浮かばない。時間だけが5秒10秒と過ぎてゆく。

表面的には落ち着きを取り繕えているものの、不自然なほど沈黙を続ける俺の態度を透華は訝しんでいるはずだ。

次に彼女が口を開くときは、疑惑を確信に変え、俺の犯罪行為や変態性癖を弾劾する台詞かもしれない――

などと戦々恐々していたら、当の透華がふと、表情を和らげたかと思うと、これまでにないくらい優しい声音で話しかけてきた。

 

「無理に否定する必要はありませんわ。わたくしも同様の経験がありますから、貴女の辛さはよく理解できますわ。大方、実力もないのに態度とプライドだけは無駄に大きい意地悪な先輩方がいて、貴女の大会出場を認めなかったのでしょう? 挙句の果てにはガードの固いわたくしどもの学校に、使い捨ての如く単身偵察を強要するなど…… 雀士の風上にもおけませんわ!」

 

ズコー!!

 

超脱力した。

椅子からずり落ちなかった自分を褒めてやりたい。

悩んで損した。やっぱり透華は透華()だった。俺の驚愕を返せ。

透華は何やら義憤めいた怒りの感情を吐露しつつ、腕を組んでぷんぷんと怒っている。おお、しかも頭頂部のアホ毛らしきものが垂直に立ってるぞ。妖怪レーダー()みたいでかっこいい。

アホな感想はともかく、一体どこから出てきたんだその謎解釈。しかも何やら同情されてる?

 

「い、いあ、それは、」

「安心してくださいまし、わたくしは貴女の味方ですわ」

 

極端な脱力の影響で一時的に滑舌が悪いだけなのだが、俺が言い難そうにしているとでも勘違いしたのだろう、透華はますます自分の推理に確信を深めた様子で、辛いことはみなまで言う必要はないといわんばかりの態度で俺の発言を遮り、斜め上の独自解釈を更に垂れ流す。

 

「実力があればあるほど上の者から妬まれ、疎まれる……さぞ風当たりが強かろうことは容易に想像できますわ。いっそのこと、そんな狭量な連中ばかりの学校など見限って、龍門渕(うち)に転校してきませんこと? 貴女でしたら諸手を挙げて歓迎しますわ」

 

止める者がいない(ブレーキ不在の)まま、透華の暴走はエスカレートしていき、遂には転校を勧められるまでに至った。

「私超良いこと言った!」と自己満足に浸ってそうな透華のドヤ顔が痛々しい。

いいぜ てめえが何でも思い通りに出来るってなら まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!

わけにもいかないか。さてどこから突っ込もう。女性(透華)相手に突っ込むって発言は何だかえろいな。いやむしろ思春期の中学生みたいな感想を抱いた自分にまず突っ込むべきか。下ネタ自重。

 

「とりあえず帰っていいですか?」

「いきなり帰らないでくださいまし!?」

 

いかん、めんどくささMAXでつい本音がぽろっと。

話の流れを完全にぶった切る俺の発言に、透華が慌てたように椅子から腰を浮かす。

 

「出て行くのはどうぞご自由にってさっき言ってたじゃないですか……」

「それはそうですけれど……じゃなくて、わたくしの話、ちゃんと聞いてたんですの!?」

 

不満げに俺が言うと、透華は一瞬だけ声のトーンを落として事実を認め、そしてすぐさま眦を吊り上げて激昂した。

短い間に驚いたり沈んだり怒ったり、なかなか情緒不安定なお嬢様だな。俺のせいだけど。

 

「大会出場とか意地悪な先輩の話でしたよね。えーと、大会には一応出ますし、偵察に来たのは自分の企画であって、先輩に命じられたからではありません。誤解を招く言動や態度がこちらにあったのなら謝罪します。これで納得していただけますか?」

 

要点を簡潔に、畳み掛けるように話す。

多少言葉足らずだがこの説明に嘘はない。大会は男子の方だが個人戦に出るし、偵察も自分の発案だ。

 

「……あら、そうでしたの? これはとんだ失礼をいたしましたわ。わたくしはてっきり、貴女ほどの実力者が他校の偵察などという姑息な真似をするからには、それなりの事情があったのではとつい勘繰ってしまったのですわ」

 

釈明の内容が余程意外だったのか、透華はしばしきょとん、とした表情で黙り込み、それから俺の言葉が少しずつ頭に浸透していくにつれ、自分が誤解していたことを理解したようだった。

それにしても、多分悪意はないんだろうが、謝罪の台詞に「姑息な真似を」とかナチュラルに侮蔑を混ぜてくるってどうなの。

万事がこの調子なら、透華の第一印象「友達少なそうだな」は決して的外れな認識ではあるまい。

 

「透華はちょっと思い込み激しいとこあるよね」

「だよなァ…… ま、それも透華らしいっちゃ、らしいトコだけどな」

 

両手を頭の後ろで組んだはじめが苦笑しながら透華へのフォローとも、揶揄とも受け取れる発言をし、純が呆れ笑いのような表情を浮かべてそれに同意する。

二人の透華に対しての親愛の情が窺えるやりとりだったが、当の本人は友人たちの評価に不満があるようで、唇を”へ”の字に曲げて言い訳を試みる。

 

「そ、そんな悪癖、私にはありませんわ! 今回は……そう、少しだけ予想を外してしまっただけですわ!」

 

いやいや、”少しだけ”とかいうレベルじゃないから。事実に掠りもしてない大暴投だから。

説得力の”せ”の字もない透華の主張に激しく突っ込みたくなる衝動に駆られながらも、そろそろ引き際かと頭の冷静な部分で考える。

透華たちの警戒心が薄れ、俺がここの空気に馴染んできたきたせいか、徐々にお互いが気安くなってきてるし、そういう状況で長居をするのは女装バレのリスクが大きい。

天江衣に会えなかったのは残念だが、透華のギフト所有の件を知り得たのは大きな成果だ。偵察に来た甲斐はあったと満足して去るべきだろう。

 

「どうやら誤解も解けたようですし、私はそろそろお暇させていただきます。今日はありがとうございました。それではまた、どこかの卓でお会いしましょう」

 

口を挟む暇を与えぬよう、若干の早口で一息に告げて立ち上がり、両手を腰の前で組んでぺこりと一礼する。

 

「慌しいですのね。もう少しゆっくりしていっても構いませんのに」

「藤木さんにも予定があるだろうし、あまり引き止めるのは悪いよ透華」

 

意外にも気に入られていたのか、眉根を寄せ、控えめな口調で別れを惜しむ透華を、はじめが少し苦い顔をして言い咎める。もしかしたら、はじめも本音では別れ難く思ってくれているのかもしれない。

 

「それもそうですわね。――では藤木さん、ごきげんようですわ」

「お前との対局、なかなか楽しかったぜ。暇があったらまた遊びに来いよ。じゃあな」

「ボクも楽しかったよ。どこかでまた会えるといいね」

 

諭されて素直に意見を翻した透華を始め、それぞれが口許や眼差しに一抹の寂寥を滲ませた表情で頷いてくれた。

いずれは敵同士、馴れ合いすぎても後が辛くなるしな。君子の交わりは淡きこと水の如し。ちょっと使いどころ違うか。

雀卓から1歩離れ、部室の出入口へと振り返った俺の視界に、ずっと同じ位置で控えていたハギヨシの顔が映る。

彼の表情と気配からはもはや警戒心は微塵も窺えず、それどころかむしろ優しげと言っていい穏やかな印象を受ける。透華たちとの対局や会話を観察して、俺が犯罪者のような危険人物ではないと評価を改めてくれたのかもしれない。

彼にも最初、迷惑をかけたよな……

友好的なハギヨシの態度に感化され、急に彼に対する申し訳なさが募ってしまった俺は、横切る際にちらりと精一杯の謝意を篭めた目配せして通り過ぎる。

察しの良いハギヨシのことだから、きっと俺の謝罪と感謝の意を汲んでくれただろう。

出入口に向かって歩いてゆく俺の背に、ほとんど聞き覚えのない声が届く。

 

「あ、あの! 気をつけてお帰りください!」

「さようなら……」

 

前者の声はおそらくメイド姿の子、あゆむで、小動物っぽい雰囲気が声にもよく表れている。

後者の声は小さくて聞き取り辛かったが多分智紀だろう。次の機会があれば彼女とも是非対局したいものだ。

出入口の両開き扉の前に着いた俺は、ドアノブに手を伸ばしたところで、後ろ髪を引かれるような微かな気がかりを覚える。

僅か1時間足らずの滞在でも、場所への愛着は生まれるものだな、などと感傷めいた感慨を抱きながらドアを引き開けた途端――

 

ぼふっ

 

ドアの向こう側から小さな何かがぶつかってきて、胸元に軽い衝撃を受ける。同時にやや下方から発せられた「わぷっ」という奇妙な声を聴覚が拾う。

誰かと衝突したのだと瞬間的に状況を把握した俺は、後ろによろめいて倒れようとしていた小柄な影を半ば反射的に両腕で抱き留める。我ながらGJな反射神経&早業だった。

大事に至らなくて良かったと、ほっと一息ついた俺は、腕の中にいる誰かに声をかけようと視線を下げる。そこにいたのは……

 

「――子供?」

 

頭に大きなカチューシャリボンをつけた、10歳くらいの愛らしい少女だった。

なぜこんなところに小学生のような子供がいる……?

不自然な状況に意表をつかれた俺が、少女を見下ろし、抱きしめた格好のまま硬直した直後。

腕の中の少女が僅かに身じろぎして顔を上げ、俺と目がばっちり合う。そして、瑞々しく可憐な唇を小さく開いたかと思うと、スウッと大きく息を吸い込み――

 

 

「子供じゃない、こ()もだっ!」

 




衣vs白兎戦は次回に持ち越し。
龍門渕潜入編は前後編の予定だったのにどうしてこうなった……
言い訳その①:透華・純・はじめたちの出番を用意したかった
言い訳その②:衣様出陣を盛り上げる為の溜め
言い訳その③:場当たり的に書いていたから

詳細描写を伴う対局戦は次話をお待ちください(汗)


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東場 第二局 七本場

予想はしてたけど、やっぱり長くなったので分割して投下。見込みの甘さが恨めしい……
そんなわけでまさかの4部構成。衣との麻雀バトル編はまたしても次回持ち越しに。申し訳ありません。
次章は数日のうちにアップでき……るといいなぁ(汗)


「子供じゃない、こ()もだっ!」

「!?」

 

30センチほどの至近から叫ばれた俺は、面食らって抱き留めていた少女から両手を離し、思わず半歩後ずさる。

耳が痛くなるほどの大声ではなかったが、幼い少女のあわやという場面を救ったつもりでいた俺の心理的意表を突き、驚かせるには十分なインパクト。

出遭い頭とはいえ、ぶつかったこちらにも非はある。だが、助けたつもりの相手からの第一声が怒鳴り声というのは、いささか想定外だった。

少女の台詞から察するに、どうやら子供呼ばわりされたことに不服があったようだが……

いわゆるアレか、背伸びしたいお年頃ってやつなのか?

俺は気を取り直し、少女の頭にぽん、と手を載せて尋ねる。

 

「お嬢ちゃん、もしかして迷子かな?」

「ちがうっ、ここは衣の領域だ、迷子になんかなるかっ!」

 

ばしっ、と頭に載せられた俺の手を払いのけ、威嚇するように反発する少女。

実に小生意気な態度だが、不快感より微笑ましさを抱いてしまう。何この可愛い生き物。

さくらんぼ色に紅潮した頬を心なし膨らませ、初対面の俺を不審と警戒が入り混じった表情で見つめている少女からは、良く言えば勝ち気で活発、悪く言えば生意気そう、という印象を受ける。

容姿について言及すると、小学生高学年くらいの年頃で体格は妹の雀姫よりふた回り小さく、手足も細い。顔の造りはかなり整っていて、5、6年後にはのどかクラスの美少女に成長しそうな面差しだ。髪は腰に届くほどのストレートロングで、頭にはまるで兎の耳を模したような大き目のカチューシャリボンを装着している。

服装は――と、そこまで観察したところで気付いた。この子、龍門渕高校の制服を着ている。まさか生徒か? しかし龍門渕(ここ)に付属の初等部があるとは寡聞にして知らない。

服のサイズがぴったり合っているところを見ると、例えば龍門渕生徒である姉の制服をこっそり借りて潜入してきたおませな妹……なんて特殊な事情があったりするわけでもなさそうだ。この子の親や関係者なりが酔狂を昂じて小学生サイズの制服を仕立て、着させているとかでなければ、つまりは正規の龍門渕生徒、ということになる。

あー、もしかしてアレか。日本の教育機関で取り入れているのは珍しいが、著しく知能(IQ)の高い子を学年スキップさせて受け入れているというやつか。

とすると、目の前の少女がどう見ても中学生以上には見えないことを考慮すれば、最低でも4年は飛び級を果たしているわけで、それは即ち頭に”超”がつくほどの天才児だということになる。

社会的な立場(在籍学年)はともかく、少なくとも実年齢的には目上であるはずの俺に対して反抗的な態度を取る少女につられて客分という建前上の遠慮を失くした俺は、個人的興味も手伝って、大人げなくじろじろと不躾な視線で少女を観察し、その正体についてあれこれ考えを巡らせる。

彼我1メートルほどの距離を置き、部屋の中と廊下という立ち位置で、「うーっ」と可愛い唸り声が聞こえてきそうなしかめっつらをした少女と対峙すること間もなく、

 

「――そこにいるのは衣ですの?」

 

背後から透華のものと思われる誰何の声が投げかけられる。

無論その声はドアの開け放たれた出入口を通って廊下へも届いたようで、少女はあからさまにほっとした表情を浮かべ「トーカ!」と親しさの篭った声で相手を呼んだ。

そして注視している俺だからこそ気付ける程度の小さな予備動作で脚に力を篭めた少女は次の瞬間、廊下の大理石の床とローファーの底が噛み合うギュッ、という残響と共に、小躯を翻して猫のようなはしっこさで俺の懐を潜り抜け、あっという間に部室の中へと走り抜けて行く。

ちなみにやすやすと少女の突破を許したのは、運動性に反応できなかったわけではなく、通行を妨害する気が元からなかったからだ。

俺は過ぎ去った少女の軌跡をなぞるように振り返り、その行方を追う。

少女の背中は透華たちのいる雀卓付近で立ち止まり、こちらには聞こえない程度の声で一言二言透華に話しかけたようだった。

それに対し透華が「正体を隠して……外部の……」「紆余曲折……対局したの……」などと部分的に単語が判別できる程度の声で返答した後、少女は横顔に得心した表情を浮かべてくるりとこちらへ体ごと振り返る。

そして両足を肩幅に広げて仁王立ちし、俺の胸ほどしかない低身長にも関わらずまるで高みから睥睨するかのように両腕を組んでこちらを見据える少女からは、つい先ほどまで見せていた警戒と怯えの色濃かった気配は微塵も感じられず、まるで挑戦者を迎える王者のように威風堂々とした印象を受ける。

どうやら保護者(味方)を得たことで安心し、本性を見せたというか、本来の調子を出したのだろう。ある意味内弁慶とも言える変貌に少女の精一杯の虚勢を感じて、俺はくすり、と小さく微笑った。

しかし一時の微笑ましさを抱いたものの、俺はすぐさま気を引き締め、解除していた天理浄眼を再び発動させる。

出遭い頭の衝突、その直後に耳元で怒鳴られるという常ならぬ状況が重なったため、知らず浮ついていた俺は見るべきものを見ず、思考からは注意力や洞察力が著しく欠けていた。

だがここまで状況証拠というか、情報が出揃ってしまえば、鈍った頭でもさすがに気付く。実に――実に信じ難いことだが、まるで背伸びした小学生のような風情のあの少女こそが、龍門渕高校麻雀部のエースにして昨年の県予選MVP、インターハイ最多獲得点数記録保持者といった数々の肩書き(レコード)を有するという超高校級選手にして清澄高校の県予選突破を阻む最大の難敵――

天江(あまえ)(ころも)

マスコミ露出を忌避しているのか、事前に集めた情報では公式戦の牌譜はともかく、写真や容姿といった部分(データ)が全く手に入らなかったという理由はあるものの、遭遇後ひと目で気付けなかったのはいささか迂闊だったと反省せざるを得ない。

まぁこの容姿では初見から高校生であることを当たり前のように受け止めるのは難しいし、前提情報を誤認した状態でその正体に気付けというのは少々……いやかなり無理があるけどもさ。

埒もない言い訳はさておき、情報が正しければ、衣の学年は高2――即ち俺の1個上だ。流石に誕生日といった個人情報までは手に入らなかったので今が16歳なのか17歳なのかは不明だが、いずれにせよ実年齢と外見のギャップがありえないくらいに酷い。このちみっ子のどこに強者のオーラを見出せばいいんだ?

思考が脇道に逸れようとしたところでいったん考察を打ち切った俺は、土壇場で遭遇できた幸運を天に感謝しつつ、本来の偵察目標である天江衣を――正確に言うなれば彼女の能力を――天理浄眼で視抜かんとする。

 

――同調(トレース)開始(オン)

 

なんつって。

アナゴさんが聞いたら間違いなく「それ一度言ってみたかっただけやろ」と冷ややかな視線を浴びせられそうな冗句(お約束)を内心で呟いてから、正しいキーワードでもって能力(ギフト)を解放する。

 

――我が瞳は幽世映し出す鏡にして森羅万象見通す浄眼なるかな

 

カラコンの薄膜を1枚隔てた奥で、俺の双眸が蒼く揺らめく。

視覚であって視覚ではない、常人では感知も認知もできない霊的情報(神秘)を捉えるこの瞳に映るのは、魂の深奥に宿る、その人間の本質といっていい煌きだ。

 

「――っ!?」

 

天理浄眼を発動させ、神秘解析の意思を篭めた視線の槍でもって衣の本質()を貫いた瞬間――

びくり、と、何かの異常に気付いたように――もっと正確に言えば、刃物を目の前に突き付けられたかのように――あからさまな恐怖を孕んだ表情を浮かべる。

ほぉ……気付いた(・・・・)か。これは凄いな。よほど霊的感受性に恵まれているのだろう。そこだけを評価すればこれまでに出会ったどのギフトホルダーよりも優れているかもしれない。

そう、やはり天江衣は”天に愛されし者(ギフトホルダー)”だった。

ほとんど確定事項として予想していた可能性がもはや覆らない事実として確定した今、次に重要となるのは彼女の具体的能力の把握である。

もちろん天理浄眼で解析を一度試みた時点でその詳細もまた開陳されてしまっているので、わざわざ2度目の解析を行う必要はなく。

脳裏に刻まれた彼女の能力(ちから)、それを天理浄眼が伝えてくるイメージ映像込みで説明すると以下のようになる。

(なぎさ)の砂浜に潮が満ちてゆくように、盤上の牌()を徐々に”支配”という名のさざ波で覆ってゆく。それは場が進めば進むほど、深き海の底(終局)に近づけば近づくほど恩恵()を深め、また同時に、何人《なんぴと》たりとも()に近づくことあたわずと――即ちテンパイ(天牌)させまいと阻む能力(支配)

月光には人の心を惑わし、昂ぶらせ、正気を狂わせる力が宿るという。その魔力によって他者の精神に影響を及ぼ(意思と思考を妨害)し、判断を誤らせる能力(妨害)

雲のない夜、凪の海面に月の姿が映し出されるように、伏せられた牌の(姿)を雀卓板という海面に映し、感じ取る能力(知覚)

それら多種多様な特性を持つ彼女(天江衣)才能(ギフト)は超常系のようだ。

ちなみに人だけじゃなく機械類も狂わすとか傍迷惑そうな能力まであるらしい。ギフトは祝福であって呪いじゃないはずなんだが誰得感が酷いな。お前は某学園都市の超電磁砲(レールガン)かと。

よし、ここは空気を読んで彼の電撃姫にあやかった名前を授けよう。

そうだな……《晦冥月姫(かいめいげっき)》なんてどうだろう。

うん、俺の穢れなき14歳のセンス()が光る素晴らしいネーミングじゃまいか。これに決めた。

もし不治の病(厨○病)の専門病院があれば間違いなく最優先で集中治療室に担ぎこまれるほどのこじらせっぷりだった。

 

「お前……何者だ。本当に、ヒトなのか?」

 

脳内のメモ帳に衣の情報を忙しなく書き込んでいる俺に、当の本人が色濃く警戒を帯びた表情で尋ねてくる。

そのあまりな質問に、周囲にいる透華たちが一様に呆気に取られたような顔をして硬直する。

無理もない、初対面の人に「ヒトなのか?」なんて質問、失礼とかいうレベルをぶっちぎって無礼すぎるだろうしな。まぁ衣がそう言いたくなる気持ちもわからんでもないが。

 

「なかなか面白いことを聞くんですね。私が人でなければそれ以外の何に見えるというんです?」

 

俺は意図的に表情を消し、平坦な声で聞き返す。

韜晦や嘘で誤魔化すのは簡単だが、その前に衣の真意は確認しておきたい。

 

「お前から感じる視線、それはヒトのものではありえない。あまりにも歪で、異質に過ぎる。答えろ……お前は一体、何者だ!」

 

余裕を失い、既に腕組みを解いている衣が、胸の前あたりに掲げた左手を真横に薙ぎ払うような手振りと共に不審の理由を言い募る。なるほど、やはり優れた感受性による「なんとなく」を超える根拠や確信があるわけではなさそうだ。

 

「ふむ。自己紹介でもすればいいんですか?」

「とぼけるな! 衣が知りたいのは上っ面なんかじゃない、お前の本性だ!」

 

真面目ぶった口調と表情で俺が茶化すと、案の定、衣はさらに激昂したようだった。子供っぽいというかむしろそのものな容姿を裏切らず、素直で直情的な性格であるらしい。からかうと楽しそうだな、なんて人の悪い感想を抱いた俺は大人げないのだろうか。衣の方が年上だが精神年齢は俺が上、アウェイである点も考慮しておちょくるのはほどほどにしとこう。

表面上は精一杯強気に振舞っているようだが、衣のオーラ(感情)がはっきり視えている俺からすれば、それはまるで怯えた兎の威嚇に等しい。なんだか小さな子を脅かしているようでちょっとした罪悪感すら覚える。

 

「そうですねえ……それじゃあ、貴女のような存在の天敵です、とでも言えば納得してくれるんですか?」

 

衣の質問にきちんと向き合うにせよ、馬鹿正直にあれこれ話せるものではないし、話す必要もない。ある程度納得できそうな答えを示し、衣の解釈をミスリードして落とし所を用意してやればいい。

そう考えた俺は、やや迂遠な言い回しで衣の反応を探る。ちなみに”天敵”なんていう物騒な単語を使ったのは、更に怖がらせようとかそういう意図があったわけではなく、衣が怯えている直接の原因である天理浄眼の能力を鑑みてのことだ。さしたる代償や制限もなくギフトやセンスを一方的に完全封殺できる天理浄眼に抗える特殊能力者など存在しない――そういう意味で俺は紛れもなく彼女()の天敵なのだから。

言葉の意味を俺の表情から探るかのように、こちらに向ける衣の視線が訝しむような気配を帯びる。

 

「……衣の天敵……だと?」

「ええ。私のことが怖いのでしょう?」

「っ……!?」

「貴女の抱いているその恐怖こそが、私の言葉の証左です」

 

挑発するように、いささか芝居がかった口調と言葉で虚勢の裏に秘められた感情を指摘してやると、図星だったからか、はたまた怒りのためか、衣は目を見開いて絶句した。

そして(おこり)のようにわなわなと身を震わせたかと思うと、瞋恚に燃える瞳で キッ! と俺を睨みつける。

 

「衣が、お前を、畏れているだと……!」

「違うと言うなら、私の正体など捨て置けば良いでしょう。ですが貴女の態度と言動が何よりも雄弁に本音を物語ってますよ?」

「戯言を! 衣がお前如きを畏れる道理などないッ!」

 

想定していた流れとは違うが、衣の怒りを利用して話の論点をすり替えてしまおう。

一計を案じた俺は、嘲笑めいた表情を浮かべながら殊更ふてぶてしい態度を装って提案する。

 

「ならば万言を弄すのではなく、ご自分の手でそれを証明したら如何です?」

「……どういう意味だ?」

 

頭に血が昇っても、相手の言葉を吟味する冷静さは保っていたのだろう。

一瞬の思案の後、語気を緩めた衣が眉根を寄せて聞き返してくる。

 

「そのままの意味ですよ。貴女の後ろには雀卓があり、ここには私たち(・・・)以外にも打ち手がいる。ならばやることは一つでしょう?」

「衣と麻雀で覇を競うと?」

「ええ。得意なのでしょう? 麻雀」

「……いいだろう。その増上慢、衣が手ずからひしぎ折ってくれる。そして己が壮語を慚愧し、敗衄の屍を晒すがいい!」

 

売り言葉に買い言葉で勝負が成立する。しかし何気に衣の語彙がやばい。

企図した結果とはいえ、こうまですんなり行くとやや拍子抜けするな。透華にせよ衣にせよ、実力が伴っている以上プライドが高いのは仕方ないかもしれんが、もうちょっと自制心を養うというか、面の皮を厚くしとかないと社会に出てからが大変だぞ。まあ余計なお世話だろうが。

衣に対局を持ちかけた(喧嘩を売った)のは、例によって直接この手で実力を測るためで、過剰に挑発したのは最初から全力で打ってもらうためだ。

無論リスクもそれなりにある。それは色々鋭そうな衣と長時間接するのは正体バレの可能性を著しく高めてしまうことだ。

しかし、ギフトの詳細だけ把握するのと、直接打って雀力の程や打ち筋を確かめるのとでは情報の精度が違いすぎる。余計な色気は出さずにさっさと撤収した方が賢明かとも思うが、リスクに釣り合うだけのメリットはあるし、何より噂の天江衣と打てる機会など今後においてそうそうあるとも思えないしな。それに万が一、正体バレの危機に陥ったとしても、先だっての賭け対局で無条件解放の言質は取ってあるのだから、それを盾にすればここからの脱出自体はなんとかなるだろう。多分。

とはいえ最悪、変態呼ばわりされるのは避けられないかもしれないがな……

いささかの危惧を押し殺し、俺は一度立ち去ろうとした部室(敵地)を逆行する。

傍目には楚々とした歩みで近づいてくる俺を、一人先に雀卓に座った衣が剣呑な眼差しで迎える。

そんな穏やかならざる空気に耐え切れなくなったのか、俺と衣の会話から置いてきぼり状態だった周囲が一斉に口を挟んでくる。

 

「ちょ、ちょっと二人とも!? いきなり喧嘩腰にならないでくださいですわ!」

「透華の言うとおりだよ。衣も藤木さんも、少し落ち着いて」

「これはこれで面白そうだけどな。別に取っ組み合いするわけでもなし、やらせてもいいんじゃないか?」

「白黒つける……」

「はわわ、争いは良くないと思います~」

 

俺と衣の間に立って和解させようとする透華とはじめに対し、この状況を楽しんでる様子の純。智紀は……台詞はともかく顔が無表情すぎて本心が読めん。そしてあゆむは両手を胸の前で合わせ、祈るようなポーズで困っている。

不要に波風を強めるのは望むところではないので、雀卓の傍までやってきた俺は皆の緊張を和らげる意図をもって穏やかに話しかける。

 

「皆さん、そんなに慌てなくとも大丈夫ですよ。私は落ち着いていますし、これといって気分を害してもいません。ただ、折角の機会ですし、できれば全国区の選手として名高い天江さんとも打ちたいなと。――まぁ、先ほど自分から別れを告げておきながらの出戻りは流石に少々恥ずかしくはありますが」

 

自嘲するかのようにくすり、と苦笑する俺。その様子から俺の発言に嘘はないと感じたのだろう、衣を除く皆の顔にほっ、と安堵の色が浮かぶ。

一方、衣は何故か意表を突かれたような表情で小さな口を丸く開けたまま硬直している。

つい今しがたまで刺々しい雰囲気を纏っていた衣の態度が急変した理由がわからず、俺が怪訝な視線を向けると、

 

「お前は、ただ衣と麻雀を打ちたいだけなのか……? それとも、やはりお為ごかしにしか過ぎないのか?」

 

などと、切実さを滲ませた声で尋ねてくる。

先の発言が、彼女の琴線のどこに触れたかはいまいち不明だが、麻雀を打ちたいという点については偽ざる本心なので素直に頷く。付随する動機は不純だが。

 

「そうですね、あれこれ言いましたがそれは天江さんと麻雀を打ちたかったからですよ」

「うわー! そうか! 衣と打ちたかったからか! そうかそうか!」

 

顔をぱあっと輝かせた衣が急にハイテンションになったかと思うと、席を蹴って立ち上がり、とととっ、とこちらへ小走りに駆けてくる。

そして俺の目の前で立ち止まり、背筋を伸ばしてこちらを見上げて、

 

「お前の名前を衣に教えてくれ!」

 

無垢な瞳をキラキラと輝かせ、喜色に溢れた眼差しで尋ねてくる。

あれ、何この展開……? なんか気に入られた(懐かれた?)みたいなんですけど。一体どこにフラグを立てる要素があったんだろう。まさか今頃になって頭を撫でた効果が発動したとか? いや、ナデポはハーレム主人公にのみ許された都市伝説の筈だ。俺はのどか一筋だし。大体今女装中だし。はっ、まさかこの子も百合属性持ちなのか!?

不埒な想像にいささか慄然としつつも、さて何て答えようかと内心頭をひねる。てか、さっき透華から事情を聞いてたみたいだが俺の名前(藤木)は教えてもらえなかったのか?

まあ、これから去る(と思ってた)人物の、しかも偽名などわざわざ教えたところでナンセンスだとでも考えたのかもしれないな。

何にせよ、当然本名を明かすのは論外だし、偽名フルネームだと藤木白姫(ふじきはくき)となるので語呂が悪い。

まあいい、いくら凝った名前を付けたところで所詮この場凌ぎの嘘でしかない。どんなに仲良くなれても結局は仮初の関係だしな……。例え名前一つであっても、嘘は少ない方がいいだろう。

 

「えーと、訳あって本名は明かせませんが、とりあえず藤木と呼んでください。偽名なので下の名前はありません」

 

俺の回答に、衣は不思議そうな表情(かお)をして小さく首を傾げる。

 

「偽名? そういえばトーカがお前を招かざる客だと言ってたが、名を偽るのはそれ故なのか?」

「そんなところです。謎の侵入者だなんて、ミステリアスでかっこいいでしょう?」

 

冗談めかした俺の台詞はしかし、衣にはさして感銘を与えなかったようだ。

 

「あははっ、フジキは面白い奴だな! 衣はお前を気に入ったぞ!」

「それはどーも」

 

期待していた反応とは違うが、スベらなかっただけ御の字だと思っておこう。

しかしあれだな、こうして無邪気に笑う衣は、見た目相応の幼い少女にしか見えん。精神年齢も実年齢よりは見た目の方に近そうだ。やたら難しい言葉遣いをするのはまぁ、個性の範疇といったところか。

ころころと笑う衣を微笑ましく思いながら眺めていると、

 

「そんな表情(かお)もするのですね、藤木さん」

 

などと、衣を挟んだ向こう側から声をかけられる。

その声に視線を移せば、俺が衣と話しているうちに雀卓の椅子に座ったのだろう透華が、優しげな眼差しをこちらに向け、淡く微笑んでいる。

まるで大事な家族に向けるような色濃い慈愛が見て取れるその表情に一瞬どきりとさせられるものの、ああなるほどな、と直後に理解した。

透華の気持ちが向いているのは俺ではなく、目の前ではしゃいでいる衣なのだろう。

二人がどういう関係なのかは解らないが、一つだけ確かなことがある。透華が衣に抱いている感情、それは俺が雀姫()を大切にしたいと思う気持ちときっと同じなのだろうと。

そこまで考え至った俺は、透華に対して小さくない親近感と好感を深めながら応答する。

 

「私にも妹がおりますから」

 

その一言で、透華は俺の言いたいことを察してくれたようだった。

 

「……そうでしたの」

 

微笑を崩さぬまま瞑目し、小さく呟く透華。

そんな彼女と俺の間に束の間流れた空気は、暖かく共感に満ちたものだ。

しかしそんな空気を読まない(KY)もこの場にはいたのである。

 

「なー、ほのぼのしてるところ悪いんだが、麻雀は打たないのか?」

 

そう突っ込んだのは、左手の一人掛けソファーに足を組んだ態勢で腰を下ろしている純だ。

 

「そういえばそうでしたね。雑談もいいですが、とりあえず打ちますか」

 

目的を忘れていたわけではないが、ついまったりしすぎたな。

場の流れを軌道修正するちょうど良い切欠を提供してくれた純に感謝しながら、俺は衣へと顔を向ける。

 

「もちろん衣も打つ! さあ雌雄を決するぞフジキ!」

 

俺と視線を交わした衣はにやっと笑って雀卓へと駆けてゆき、ちょこんと椅子に座る。まったく元気なお子さま……いや、ちみっ子だな。

やれやれと苦笑しながら俺も雀卓へと向かう。気分はすっかり保護者だ。正直情が移ったと言われても否定できないが、だからといって対局に手心を加えるつもりはない。無論、実力を測るための様子見は別として。

 

「では私はお茶の準備をいたします」

 

これまで保っていた沈黙を破り、皆からやや離れた位置で立ち控えていたハギヨシが出入り口の方へと歩いていく。

俺に対する警戒はもう解いていただろうと思うが、今回の行動は俺をお客様と認めてくれたようでちょっと嬉しい。まあ動機の9割9分は透華たちの為なんだろうけどさ。

 

「今度は私の番……よろしく」

 

最後に残った場決めの牌をめくり、椅子へと腰を下ろした俺に声をかけてきたのは、先の対局にあぶれた智紀だ。当然とも、意図的とも取れる選出だが、いずれにせよ俺にとっては都合がいい。

衣も合わせてこれで龍門渕メンバー全員と打つことになり、あとは正体さえ隠し通せれば晴れてミッションコンプリート、というわけだ。

 

「よろしくお願いします」

「わーい」

「さァ、始めましてよ!」

 

俺の返礼を皮切りに、衣と透華のかけ声が部室に響いたところで、対龍門渕戦第2ラウンドが始まった。

 




少女と幼女の表現区分なんですが、個人的には年齢基準なら8歳、外見基準ならせいぜい120cmくらいまでがボーダーだと思っています。
二次元にリアリティを求めるのはナンセンスかもしれませんが、現実の女の子って成長が早く、10歳程度で平均身長140cmに達し、成長の早い子なら小柄な成年女性くらいには大きくなってるんですよね。
設定年齢が10歳くらいまでならともかく、たまに小説で12、3歳くらいの女の子を「幼女」表現している作品を見かけますが、これには凄く違和感を覚えます。
そんなわけで天江衣の外見パーソナリティは、実年齢も考慮して「少女」と表現しています。そんな部分に突っ込む人はいないと思いますが、念のため。

衣の能力(ギフト)名、超悩みました。最終的にはかっこよさというか、厨○っぽさを重視して選びましたが、衣の能力特性に真実相応しい名称候補は他にあったりします。

タイミングとしては微妙ですが、登場人物紹介を公開しました。突っ込みどころ満載かもしれませんが、広い心でスルーしてくれると助かります。


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東場 第二局 八本場

8ヶ月もエタってしまいすみませんでした。
もう忘れた方、見切りをつけた方も多いかもしれませんが、とりあえず再開です。


対面に座る衣の「ふふふふーん、んーんー、ふんふふーん♪」という機嫌良さそうな鼻歌をBGMにしつつ理牌を済ませたところで、俺はあることに気付いてしまった。

衣の鼻歌が某有名RPGの戦闘勝利曲だということに、ではない。

 

「あの、そういえば東風戦か半荘戦か決めてなかったんですがどうしましょう?」

 

俺の提議に、透華らが理牌の手を止めて顔を上げる。

 

「そういえばそうでしたわね。私はどちらでも構いませんわ」

「……同じく」

「衣は半荘の方がいい! 長くあそべる!」

 

透華の発言に続いて智紀と衣も意見を述べる。

感情の読み取れない表情でぼそっと呟く智紀と、稚気溢れる笑顔で無邪気な希望を口にする衣は実に対照的だ。

それにしても近くで拝見する智紀はなかなか整った顔立ちをしている。

カテゴライズするならクール系美人といったところだが、無表情が過ぎて本来の魅力を損ねているのは勿体無いと思う。せっかくご立派なおもち(巨乳)をお持ちなのに。

寒いダジャレを交えた邪まな感想を抱いたそのとき。

 

「……?」

 

理牌を終え、手元の牌を眺めていた智紀が何かに気付いたように顔を上げた。

 

「智紀、どうかしまして?」

「……ん、何でもない」

 

智紀の行動に違和感を感じたのか、いぶかしげに透華が訊ねるも、智紀は小さく首を横に振って否定した。

智紀め、視線を向けてすらいないのに何というシックスセンスしとるんだ。女の勘ってヤツか?

とにかく、話題になる前に矛先を変えよう。

 

「そ、それでは半荘にしましょうか」

「わーい!」

 

微妙に動揺した声で俺が言うと、衣は両手を挙げて喜び、透華と智紀は頷いて承諾した。

先の対局が東風戦だったにも関わらず、今回の対局を半荘にしたのは、衣に阿ったわけではなく、単に俺にとっても都合が良かったからである。

対局の主目的が衣の力量把握であることは今更言うまでもないことだが、そのためにはより長く観察時間を取れた方が良いに決まってるし、客分として受け容れられた今ならば、滞在が長引くことによるリスクもさほど高くはない。

こうして俺と衣の希望は利害の一致を見せ、勝負は正式に半荘に決まった。

 

さて、いよいよ噂の天江衣との対局だ。

例によって前半は様子見に徹するつもりだが、データによればかなりの高火力を誇る雀士。

俺がトバされることはありえないが、透華や智紀がそうなることによって即対局終了、なんてことも十分考えられる。

状況如何によっては多少強引にでも場をコントロールして対局を維持する必要がありそうだ。

とりあえず最初は元始開闢を切っておこう。

こちらも例によって透華のギフト覚醒の件に留意してのことだが、本音を言えばそれほど危険視しているわけではない。

万が一目覚めたとしてもなんとかなるだろ、くらいの認識に今は落ち着いている。

当初より警戒レベルを落とした理由は二つ。

ひとつ、透華や純たちの実力が去年とそれほど変わっていなかったこと。

ふたつ、去年の龍門渕のオーダー(対局順)を鑑みるに、大会で当たるとしたら高確率でのどかが相手をすることになること。

ギフト全開の咲とほぼ互角に戦えるのどかなら、ギフト使用込みの透華を圧倒はできないまでも、一方的に打ち負ける、ということもないだろう。であるならば、総合力で清澄(ウチ)の有利は依然変わらない計算となる。

ま、所詮皮算用、と言ってしまえばそれまでだし、透華のギフトが未覚醒のままならそれに越したことはない、というのも確かなのだが。

結局はギフトの自重など保険にしか過ぎない。

そもそもが他人の能力使用が覚醒を促すというなら、日常的なごく至近に天江衣(ギフトホルダー)がいるのに目覚めていない事実をどう説明すればいいんだ。

あれこれ考察しつつ、起家である俺は最初の一打を切る。

ちなみに席順は、起家(東家・親)が俺、南家(下家)が智紀、西家(対面)が衣、北家(上家)が透華、となっている。

北家が理想だったのだが、最悪なことに起家となってしまった。俺が今回半荘対局を支持したのもそれと無縁ではなかったりする。

とはいえ北家になってれば東風戦にしていた、ということもないだろうけど。

俺が親である東場第一局は順調に場が進み、天理浄眼によってモニタリングしている限りでは、肝心要の衣はどうも俺と同じく昼行灯を決め込んでいるようだった。

もっとも、衣の晦冥月姫(ギフト)は効果を発揮する為に一定の溜め(・・)が必要、という制限が存在することから、今は準備期間中、という見方もできる。

いずれにせよ、衣の実力を前半のうちに確認しておきたい俺としては不都合な事態であることに変わりはない。

仕方ない、この一局は透華と智紀の観察に徹するか。

などと暢気に構えているうちに、7巡目で{東}を衣から、9巡目で俺から{九}をポンした智紀が11巡目で透華を直撃させて和がった。

 

「ロン……場風牌トイトイ(対々和)。5200」

 

【和了:沢村智紀】{一一一六六④④} {④}(ロン) {横九九九} {東東横東} ※ドラ指標牌:{2}

 

■栄和:40符3翻 5200点

白兎:25000

智紀:25000(+ 5200)=30200

衣 :25000

透華:25000(- 5200)=19800

 

 

智紀が晒した手牌をむぅ、と眉根を寄せて一瞥する透華。そして雀卓縁の点棒箱をぱかりと開いて智紀に点棒を手渡す。

 

「ひっかけの可能性を考えてなかったわけではありませんが、少々ホンチャンを警戒しすぎましたわ」

 

透華の言うとおり、智紀の河はわかりやすくピンズとソウズに寄っている。

二副露した時点でトイトイの可能性も考慮しただろうが、警戒の比重を混一色(ホンイツ)混全帯九公(チャンタ)に傾けるのは正しい判断と言えるので、読みきれないのは仕方ない。

とはいえ9巡目のポンでテンパイ察してオリるべきだったろ、なんて透華の見通しの甘さを指摘する向きもあるだろうが、彼女もまた満貫手でダマテン状態だったのを天理浄眼で把握していた俺としては、強気で仕掛けたのは無理もないと思える。

 

「油断禁物……」

 

相変わらずの無表情で智紀がぼそりと呟いた。

透華を慰めようとしているのか注意を促しているのか、はたまた和了したことを得意がっているのか、把握困難なこと甚だしい。オーラの感情色も特に際立った色は見えないし。

竹井先輩のようなタイプにとっては相性悪そうな相手だな。

付き合いが長いためか、透華は特に感銘を受けたり気分を害した様子はなかった。まぁいつものことなんだろう。

 

親が智紀に移って東場第二局。

絶賛様子見中の俺と真面目に打ってるのか疑わしい衣はそのまま、実際やる気があるのは二人しかいないという状況の中で、今度は透華が先ほど放銃した鬱憤を晴らすかのように13巡目にダマテンからツモ和がりを決めた。

 

「ツモ! ですわっ!」

 

くわっ、と顔をいからせて和了を宣言する透華。

随分気合入ってんな……まあ振り込んだ直後だから鼻息が荒くもなるか。

それにしても透華にはお嬢様っぽい外見の割に楚々とした印象がまるでないどころか、むしろ骨太なイメージしか抱けないのだが、それを正直に告げたら怒るだろうか。怒るだろうな。

 

「2000・4000、いただきますわ!」

 

【和了:龍門渕透華】{四四九九②②223377南} {(ツモ)} ※ドラ指標牌:{①}

 

■門前清自摸和:25符5翻 満貫 2000・4000

白兎:25000(- 2000)=23000

智紀:30200(- 4000)=26200

衣 :25000(- 2000)=23000

透華:19800(+ 8000)=27800

 

 

生牌(ションパイ)の{南}を待ちにして七対子(チートイ)か……。

一般的な確率としては和がりやすい待ちかもしれないが、堅いメンツ相手ではどうかな。

まあ実際和がれたわけだし、ケチをつけるつもりはないんだが。

ともあれこれで対局全体の1/4の尺を消化した。そろそろ衣もやる気を出してくれないかなぁ。

それともまさか俺が動き(実力)を見せるまで適当に流し打ちするつもりではあるまいな。そんなのお兄さん許しませんよ!

完全に自分を棚に上げた憤りを抱きつつ、なんとはなしに衣に視線を遣ったら偶然目が合ってしまった。といっても対面なわけだし、北国でキタキツネを見かけて目が合ってしまうほどに稀な出来事というわけではない。そうだ今日の夕食はシチューにしよう。って、同世代でこのネタ知ってる奴はいないか。

衣は唇を三日月型に歪め、ニヤリと笑って俺の視線を受け止めた。直後、衣の纏う気配が急激に膨れ上がる。

 

「擬態を穿つ。本懐を晒せ、フジキ。我らが黄泉比良坂(よもつひらさか)、そろそろ御戸開きといこう」

 

俺の韜晦を見抜いているのか、挑発じみた誘いをかけてくる。しかも口調が本気モード? だし。

俺は内心ぎくりとしながらも、表面上はおくびにも出さず応じる。

 

「明るいうちから胡乱なことですね。先手は譲りますから私に遠慮なくどうぞ」

 

俺の余裕とも、挑発とも取れる台詞に興をそがれたらしく、衣は薄笑いを引っ込めた。代わりに眼光鋭くこちらを見据えながら、ドスの効いた声で気炎を吐く。

 

「……あえて衣に魁を委ねるか。いいだろう――!」

 

ちみっこのくせになんつー迫力出してんだこいつ。今の衣にひと睨みされたら大の大人でもビビりそうだ。これが雀士としての天江衣の本性というわけか。

しかしこれほどとなると対戦する咲がちょっと心配だな。対局の際は強気であれと指導したことで、最近は同格以上の相手でもきちんと実力を出せるようになってきたが、気弱な性格の根っこは変わってないわけだし。

幾ばくかの懸念を抱きながら、衣から吹き付ける冷たい潮風のようなオーラの余波を受け流す。

俺にとっては心地良いそよ風同然だが、衣の晦冥月姫(ギフト)に対抗できるだけの精神力や能力を持たない雀士には大波のようなプレッシャーに感じるだろう。そして蛇に睨まれた蛙の如く萎縮してしまい、あとは煮るも焼くも衣の好きなように料理されてしまうに違いない。

 

序盤の小手調べも終わり、衣の言動もあってやおら雰囲気が緊迫し始めた東場第三局。親は衣。

重苦しい空気を反映したかのように、全く動きのないまま序盤から終盤まで粛々と盤面が進行する。

この間、透華と智紀は一向聴から手が進まず、テンパイどころか鳴くことすらできていない。手牌に対してツモってくる牌の裏目っぷりが異常すぎるからだ。

天理浄眼で視えている俺だからこそ言えることだが、偶然というには余りにも不都合に出来すぎた山の配列に原因がある。こうした事態は低確率であってもありえないことではないし、普通に考えるならたまたま偶然が重なっただけと見るべきなのだろう。

だが今回起きている事の本質はそうじゃない。

今更言うまでもないことだが、衣のギフトが悪さしているからだ。具体的に言えば衣の支配系能力が場を覆い、恣意的な結果を導いている。

とはいえ、能動的に状況を動かすことは困難であっても不可能ではない。

衣の能力(ギフト)を理解した上で的確に打ち回せばあっさり破れる程度の障害(支配)でしかない。ましてガンパイ能力を持つ俺ならそれはなおさら容易だ。

まあ、俺は例外としても、高校生レベルで実際にそれを行える雀士はほとんどいないだろうけどさ。

咲や淡といった同等の能力(ギフト)で対抗できる連中を除けば、のどかや竹井先輩くらいだな、知ってる高校生()で互角に打てそうなのは。

中盤でさっくりテンパイし、あとは衣の打ち筋を観察しつつ流し打ちを決め込んでいる俺に対し、衣はどこか訝しむような眼差しを注いでいる。

どうやら他人のテンパイ気配もかなり正確に洞察できるようだ。

衣の晦冥月姫(ギフト)にそんな能力があるなど天理浄眼は伝えてこないが、恐らく持って生まれた第六感が優れているのだろう。ある意味それも天の贈り物(ギフト)、か。俺が言えた義理じゃないが恵まれてるな。

そんなこんなで終盤を迎えた17巡目、透華が捨てた{①}をポンして衣がテンパイを完成させる。しかしながら手牌を見る限り役が一つもない、所謂形式テンパイ(ケイテン)だ。

常考すれば親を維持する為もあってなりふり構わずテンパイにこぎつけたと判断するだろうが、生憎全てを把握している俺には衣の狙いが透けて見えてたりする。

衣と透華の手牌、山の配列状況からしてまず間違いなくそう来るだろうなと予想はしていたが、元より衣の行動を妨害する気はなかったので特に対策することもなく最後の打牌を終わらせる。

続いて智紀が打牌し、山に残された最後の牌を衣が手に取った。

さて、俺にとって既に読みきった結末だが、少しは驚いたフリでもするべきか。

いや、鋭そうな衣のことだから下手な芝居は見抜かれるかもしれない。やめとくか。

刹那の物思いを余所に、対面の衣は落ち着いた仕草でとん、と手元に牌を静かに置き、はっきりとした口調で和了を宣言した。

 

海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

【和了:天江衣】{一二三三四}{赤五赤57北北} {(ツモ)} {①①}{横①} ※ドラ指標牌:{三}

 

■自摸和:30符4翻 3900オール

白兎:23000(- 3900)=19100

智紀:26200(- 3900)=22300

衣 :23000(+11700)=34700

透華:27800(- 3900)=23900

 

 

一翻しかつかない最低役でありながら、普段は滅多にお目にかかることのない稀少な役である海底撈月。

それを成立させ、ケイテンではなく和了で終わらせたにも関わらず、衣は無表情でそこには喜びの色も得意がるような様子もない。

俺のように対局では冷徹な性格に変わるのかもしれないが、プライドの高そうな衣のことだから譲られて得た結果だとでも考えて素直に喜べないのかもしれない。

いささか穿ちすぎかもしれないが、そう的外れでもない気がする。

去年の県予選でも衣は2度ほど海底を和がっている。

偶然ではなく意図的に成立させているように見受けられることから、咲にとっての嶺上開花と同様に、衣の晦冥月姫(ギフト)を最適化した打ち筋なのだろう。

もっとも、ギフトの恩恵があるとはいえ、リスクの高い海底をわざわざ狙うのは、対局者を驚かせ萎縮させるための見せ技的な意味もあるのかもしれない。

去年の全国大会の牌譜から読み取れた情報も鑑みれば、海底のみが衣の特質というわけではない。

遊んでいるとまでは言わないが、今の一局はいいとこ小手調べといったところか。

 

「流石は衣ですわ」

「……まだまだこれから」

 

身近な人間なだけあって、衣の異常性を良く理解しているのだろう。透華と智紀は動揺する様子もなく衣へと点棒を渡す。

彼女らに続き俺も点棒を手の平に載せて衣の目の前へ差し出すが、なぜか衣はそれを受け取ろうとはせず、どこか憮然とした面持ちでじっと差し出された手の上の点棒を見つめている。

 

「……衣?」

 

不審な衣の態度を訝った透華が声をかけた。

その声に促されたのか、衣は小さくため息をつき、ゆっくりと右手を伸ばして点棒を掴み取る。そして一際強い視線を俺に向けながら口を開いた。

 

「あにはからんや。フジキ、なぜ和がろうとしない。衣を愚弄するつもりか」

「……何のことです?」

 

うわ、もしかしてわざと当たり牌を避けながらテンパイ維持してたことまでばれてる?

俺は動揺を押し殺し、平然を装ってすっとぼけた。

 

「侮るな。韜晦を見抜けぬほど衣は暗愚じゃない。……それともフジキは、やっぱり衣なんかと麻雀を打ちたくはなかったのか?」

 

糾弾する台詞の途中で突如本気モード? から子供モードに切り替わった衣がしゅんとした表情で俯く。

うーん、理由はよくわからんが衣は自信家のように見えて妙なところで内向的というか、自虐的な面があるな。実年齢と見た目がアンバランスなだけに精神状態まで不安定なのか?

それはともかく、まずい。事情はよくわかってなさそうだが、透華ら周囲の視線が痛い。

 

「まさか。天江さんとの対局は刺激的でとても楽しいですよ? 今はただ、様子見の段階ってだけです」

 

雰囲気がこれ以上悪化しないうちにと、俺はひとまず弁解した。

物は言い様だが、様子見という事実に嘘はない。

俺が「とても楽しい」と言ったところで衣は嬉しそうに顔を輝かせたが、「様子見の段階」の部分で訝しげな表情へと変わった。

手加減の理由が「様子見」とか言われても、そりゃ納得いかないよな。

 

「そういえば、藤木さんは先ほどの対局でも後半から連続和了しましたわね」

 

俺の発言を裏付けるように透華がフォローを入れてくれる。グッジョブ透華。

 

「そのとおり、実は私は後半爆発型なのです。いわば前半は力を溜めているのです」

 

俺はすかさず適当な理由をでっちあげた。

すると衣は、言葉の真偽を見抜こうとするかのように俺の目をじっと見つめた。

やましさ満載の俺は目を逸らしたかったが、ぐっと我慢する。

視線で対峙することしばし、俺の瞳から何を読み取ったか、衣はニヤーッと挑発的な笑みを浮かべた。

 

「……フジキの事情はわかった。なれば衣は、フジキが音をあげるまで淡々と追い詰めることにしよう」

 

物騒な台詞を放つ衣からは、まるで獰猛な獣が獲物を見定め、舌なめずりをしているかのような印象を受ける。

いわゆる肉食系女子というやつか(違)。衣よ、野菜も食べないと大きくなれないぞ。

しょうもないことを考えている俺を余所に、東場第三局一本場が始まった。

 

 

 

「ロン! 18300っ!」

 

【和了:天江衣】{①②③⑤⑥⑦⑧⑧南南} {(ロン)} {横東東東} ※ドラ指標牌:{⑦}

 

■栄和:40符6翻・跳満 18300

白兎:19100

智紀:22300(-18300)= 4000

衣 :34700(+18300)=53000

透華:23900

 

 

覇気の篭った鋭い声で和了を宣言する衣。

二巡目で{東}をポンし、ダブル役牌を成立させた衣は次巡で早々に智紀から出和がった。

 

「っ……!」

 

放銃した智紀の表情に微かな動揺が浮かぶ。

親ッパネを直撃され、智紀の残り持ち点は4000点まで減った。このままでは次局で智紀が衣にトバされかねない。

先程衣が宣言した通り、速攻で追い詰められてしまった。ちみっこめ、やるじゃないか。

衣の評価を上方修正しつつ、俺は小さく嘆息した。そして決断する。

偵察という目的も、透華を刺激しない為の自重も全て忘れる。そう、ここからは――

人外の対局を、楽しもう。

 

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

出し惜しみはなしだ。

――と、いきたいところだが、咲の例がある。

霊的感受性が強い相手に対していきなり元始開闢(オーラ)を全開すると、精神面への過剰な圧力となって身体へも悪影響を及ぼす可能性がある。

もっとも衣の場合、体はちみっこくとも精神力は強靭そうなので案外平気かもしれないが……。

ひとまず元始開闢(ギフト)の出力は半分程度にしておこう。

方針を定めた俺は、自動雀卓の中央に開いた回収孔に牌を落とし込み終えてから、衣へと微笑みを向けた。

 

「月の出てない時分だというのに、天江さんがこれだけ打てるとは正直予想以上です。お強いですね」

 

挑発の意図はなく、本心からの賞賛だ。

いずれまた対局が叶うなら、次は衣の能力(ギフト)が最大のポテンシャルを発揮できる満月の夜に打ってみたい。

俺の発言に看過できない内容が含まれていることに気が付いたのか、透華がぎょっとした表情でこちらへ振り向いた。

二人の背後に立って観戦している純やはじめもまた、険しい顔で俺を見つめ……いや、睨んでいる。

なぜお前が衣の特性を知っているのだ、という疑問を皆が抱いていることだろう。

しかしながら当の本人である衣は、周囲の反応ほど驚いた様子を見せなかった。

 

「ほう……フジキは衣が本領でないことを弁えているのか?」

「ええまあ。視れば(・・・)解りますから」

 

どこか面白がる様子で訊ねてくる衣と視線を合わせ、俺は率直に事実を述べた。

 

「すごい! フジキは見鬼の能力(ちから)があるのだな!」

 

端的な説明だったにも関わらず、衣は顔を輝かせてあっさり俺の能力(天理浄眼)を言い当てた。

予期したことではあるが、やはりギフトホルダーの直感力は侮れない。些細な手がかりからでも事の本質を見抜いてしまう。案外探偵とか刑事とか天職かもしれない。のどかが瞳をキラキラさせて「わたし、気になります!」とか言い出しても対応できそうだ。

俺はこほん、と咳払いをして答える。

 

「ご明察。そんなわけで、天江さんの能力は概ね把握しました」

「なんですって!?」

 

ガタッと音を立て、透華が血相を変えて立ち上がる。

俺は横目で透華を一瞥するが、取り合わずに発言を続ける。

 

「驚くほどのことではないでしょう。全国に行けばこれくらい出来る人が他にもいますよ。それこそ、宮永照さんとかね」

「なッ!?」

 

驚愕に顔を引き攣らせ、再び大きな声をあげる透華。

他の者も少なからず衝撃を受けたようで、表情が硬い。

 

()のチャンピオンを最強たらしめてる要因の一つが、相手の打ち筋や特性を即座に見抜く直感力であり分析力です。故に彼女と対局した者はたとえ初見であっても丸裸にされるでしょう」

「…………」

 

立ち上がった姿勢で卓の上に手を着き、こちらへ身を乗り出していた透華が無言でごくりと喉を鳴らす。

インハイチャンピオンの能力の一端を知り、その圧倒的な実績と実力を思い出して気後れしているのだろう。

唯一衣だけは目を輝かせて「フジキは物知りだな!」とズレた感心をしていた。

 

「まあそれはともかく。天江さんの能力を見せていただいたので、私も手の内を晒さないとフェアじゃないかな、と」

「つまり、それが宮永照と同じ能力だと仰りたいのですの?」

 

確認口調で問いつつ、落ち着きを取り戻して着席する透華。

俺はすぐには答えようとせず、瞼を閉じ、小さく深呼吸をする。

たっぷり五つ数えるほどの間を置いてから、俺はゆっくりと目を開けた。

 

いいえ(・・・)

 

否定の言葉を合図とし、元始開闢を開放する。

キンッ、という澄んだ霊妙音が冴え渡り、純白のオーラ波動が放たれた。

 

「「「!!?」」」

 

一瞬で周囲の空気を真白く塗り潰すほどの圧倒的なオーラを肌で感じ、龍門渕の面々は精神的衝撃を受けて絶句した。

ガタタッ! とけたたましい物音を立て、透華と衣が同時に床を蹴って立ち上がる。

 

「おいおい、マジかよ……」

「この感じ……まるで衣みたいな……」

「ぞくぞくする……」

「藤木さん、貴女一体何者ですの……?」

 

純が怯えを孕んだ眼差しをこちらへと向け、はじめは呆然と呟き、智紀は眼鏡を光らせ、透華は青褪めた表情で慄いた。

身近に衣という規格外の存在がいるために霊的感受性が磨かれているのか、衣以外のメンバー全員が俺の――正確に言えば元始開闢(ギフト)の――脅威を肌で感じ取ったようだ。

そして衣は……無言、無表情で俯いている。

咲のように体調を崩した、という様子ではなさそうだが……。

ハテ、何か予想した反応と違うな。

 

「天江さん……?」

 

不審に思って声をかけると、衣はビクッ、と体を震わせた。

怯えている……のか?

そう考えたのも束の間、衣はくしゃりと顔を綻ばせ、

 

「――ふくっ、あははははっ! フジキはやっぱり、衣が見込んだ通りの鬼だ!」

 

喜色満面にころころと笑いだした。

豪気な反応に、俺は不覚にも一瞬呆気に取られる。

――ち、やっぱコイツ、強敵の存在に迎合的なタイプか。厄介だな。

強気の性格は自信を育てやすく、ギフトやセンスの超常能力を引き出す上で大きな力となるからだ。

 

「喜んでいただけて何よりですが……私が鬼とはどういう意味です?」

「そんなの決まってる! 人外の気配を放つフジキは衣と同じ、他の人とは違う”特別”ということだ!」

「へー」

 

いまいち要領を得ない衣の回答に、俺は無感動に相槌を打った。

まあ言葉の意味は不明だが言いたいことはなんとなくわかった。要するに同じような特殊能力者(ギフトホルダー)としてお仲間だと言いたいんだろう。

俺はそれ以上の理解を諦め、小さくため息をついた。

 

「……ま、そうですね。天江さんと私は正しく”同類”ですよ」

「衣とフジキは”どうるい”か! そうかそうか!」

 

投げやり気味な俺の台詞のどこに感銘を受けたのやら、ますます機嫌を良くしてはしゃぐ衣。

そんな衣の様子に毒気を抜かれたのか、透華たちも平静を取り戻して苦笑や微笑を衣に向けている。

天然のムードメーカーと言うべきか、衣のおかげで場の空気がすっかり和んでいた。

「俺は怒ったぞフ○ーザァァァ!!」と俺が覚醒した場面だというのに、どうしてこうなった。やはり金髪にならないからインパクトが足りなかったのか。

いや、別に衣を驚かせてドヤ顔したかったわけじゃないよ?

俺はほのかな落胆を胸に秘め、対局の再開を促す。

 

「とりあえず、後半戦を始めましょうか」

「うんっ!」「了解」「望むところですわ!」

 

喉元過ぎればなのか、衣らの表情には俺に対する畏怖や警戒など微塵もない。

まあ、楽しく打てるならそれに越したことはない。特に失う物もない一局だし、無用に緊張感を抱く必要もないだろう。

期待したより反響が小さかったからって、別に悔しくなんかないんだからねッ!

ぐぬぬ。

 

東場第三局二本場。ここからずっと俺のターン!

イレギュラーが起きなければね。とか言うとフラグを立てそうな気がしてアレだが。

俺は素早く理牌を終え、手牌を確認する。

 

【手牌】{三四九九①678北発発中中}  ドラ指標牌:{北}

 

元始開闢が早速機能し、三元牌含みの二向聴という良配牌。まずは予定通りの滑り出しだ。

ここからの組み立ては、{発}と{中}を揃えて役牌を作り、可能なら混一色(ホンイツ)混全帯九公(チャンタ)、ドラを混ぜていくといったところか。

終局まで見据えての戦略としては、三元牌による役牌和了で速攻し、大三元に繋げて一挙にまくるという常套パターンが鉄板だ。しかしそれだと偵察という第一義的な目的が疎かになる。

なので、できるだけ衣や透華からの出和がり(栄和)を狙い、智紀を生かしつつオーラスまで対局を引き伸ばすのが理想だ。

ひとまずの目論見を立てた俺は、衣らの手牌と山牌を天理浄眼で把握する。

衣はピンズ多めの三向聴、透華が良形の二向聴で智紀が五向聴といったところ。序盤で山から{中}を引けそうなので、{発}の方は鳴いて揃えよう。

出力5割でも衣のギフト(晦冥月姫)の支配力を制圧できているので(卓上を覆うオーラ色を見れば一目瞭然だったりする)、自発的にヘマをしない限り一向聴地獄に陥ることはない。

まあ今回は欲張らずに役牌オンリー速攻でいいか。

 

「ポン」

 

開始早々、透華が手牌で浮いてる{発}を即捨てしたので手に入れる。鳴かれた透華の眉がピクリと動くが、表面上の動揺は見られない。まあまだ1巡目だしな。

3巡目に山から{中}を引き、予定通りテンパイ。そして5巡目に透華が{二}を河に置いたところで和了を宣告する。

 

「ロン。3200」

 

【和了:発中白兎(藤木)】{三四九九678中中中} {(ロン)} {横発発発} ※ドラ指標牌:{北}

 

■栄和:40符2翻 3200

白兎:19100(+ 3200)=22300

智紀: 4000

衣 :53000

透華:23900(- 3200)=20700

 

 

「不覚ですわ」

 

はぁ、とため息をついて点棒を渡してくる透華。

俺のテンパイを警戒してなかったわけではなかろうが、まだ序盤の上、透華は役高めの一向聴だった。防御より攻めを選択したのは間違いではない。

 

「見事だフジキ。衣の親を流すとは」

「ふっ、もっと褒めてくれていいんですよ?」

 

まだまだ余裕たっぷりの態度で俺を賞賛する衣に、俺は不敵な笑みをくれてやった。

 

「……結構似た者同士ですのね」

 

お互いニヤニヤ笑いながら温い視線をぶつけあう俺と衣を見て、透華が呆れた様子で呟いた。

そう言われてみればそんな気がしないでもない。稀少なギフトホルダーであること以外にも、外見的に兎っぽい動物イメージの衣と、白”兎”という名前の近似があったりするしな。

衣は一瞬きょとんとしてから、俺はやれやれといった態で、ほぼ同時に口を開いた。

 

「とーかの言うとおりだ! 衣とフジキは”どうるい”だからな! でも……」

「否定はしませんが、仮にそうだとしても――」

 

お互いの言葉がいったん途切れ、一瞬の沈黙の後。

 

「強いのは衣の方だ!」

「強いのは私の方です」

 

またしても示し合わせたかのようなタイミングで、ほぼ同じ台詞を言い放った。

顔を見合わせたまま、俺と衣は「むっ……」と唸り、睨みあう。

 

「――ぷっ、二人とも面白いですわ。まるで本当の姉妹……いえ、見かけは違えど双子のように性格も似てますのね」

 

笑劇じみた展開に透華が噴き出し、クスクス笑いながら言った。

精神年齢40代半ばの俺が、見た目相応に内面もおこちゃまな衣と性格が似てるだと……。

抗弁したいところだが、返す言葉が見つからない。

 

「フジキと姉妹なら、衣がおねーさんだ!」

「え」

 

透華の見立てを無邪気に喜ぶ衣。

微笑ましくはあるが、身の丈を省みないにしても限度ってものがあるだろ……。

 

「や、それはちょっと」

 

無理があるんでない。と続けようとしたところで透華の発言に遮られる。

 

「そういえば藤木さんは1年生でしたわね。であれば、衣の方がお姉さんですわ」

 

確かに実年齢上では衣の方が年上だけどさ……。微妙に納得いかない。

衣を「おねーさん」とか呼ぶくらいなら、むしろ衣に「お兄ちゃん」と呼ばせたい。

いやまあ、実際の妹は雀姫一人で間に合ってますが。

 

「なんなら、この対局で負けた方が勝った相手を”お姉さん”と呼ぶことにしたらどうかな? 点差のある状況で条件を加えるのはフェアじゃないけど」

「それは神算鬼謀!」

 

不服そうな俺の様子に気付いたのか、とりなすようにはじめが妙な提案をし、衣が即座に喰い付いた。

続いて透華が苦笑しつつ「私も構いませんわ」と言い、智紀も少し思案してからコクリと頷いた。

てっきり俺と衣だけに適用される条件だと思ったのだが、透華と智紀は拡大解釈してしまったらしい。透華が承諾を口にした直後、その背後ではじめが困った表情をしたのを俺は見逃さなかった。

しかしはじめは二人の誤解に言及しなかった。お遊びのような賭け事だし、誰が勝とうが負けようが大した実害はない、とでも考えて放置したのだろう。

4人中3人が賛成済で断り辛い空気であるが、麻雀の勝敗で決めるなら俺とても異存はない。

 

「面白そうですね。乗りましょう」

 

くくく、愚かな。俺は内心でほくそ笑んだ。

勝って「お姉さまこそ世界最強の雀士ですわ」と言わせてやるぜ。謎の美少女雀士《白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)》とか呼ばれる日も近いな。

 

「ここからは衣も全力だ!」

 

ふむっ、と鼻息を荒くして衣が意気込んだ。

ほー、まだ本気ではなかったと。面白い。ならば我も真の力を見せてやろうではないか子兎よ! フゥーハハハハハ!!

胸中で某マッドサイエンティストをインスパイアした高笑いをしつつも、表面上は淑やかに微笑んだのだった。

 

 

 

透華を親番とする、東場第四局。

 

【手牌】{七九①④④赤⑤69白白発中中}  ドラ指標牌:{3}

 

前局より配牌時の三元牌は増えてるが、全体で見れば四向聴なので状況は逆に不利と言える。

それでも10巡程度で和がれる自信があるが、ここは少々目先を変えて打つのもありか。

対局者全員の手牌と山牌を読み取り、終局までの目算を立てる。

1巡目、俺は敢えて対子を崩し{白}を河に捨てた。

 

「ポン……」

 

俺と同じく、{白}を対子で持っていた智紀が鳴いて役牌を成立させる。

智紀が対子で所有している以上、河に捨てられる可能性は低い。となれば、抱え続けても雀頭や小三元くらいにしか使い道がない。

なので智紀に譲ることにした。無論考えあってのことだ。

副露させることによって手牌の選択枠を減らし、成立可能な役を制限する。そうすることで思考が読みやすくなり、間接的に行動を誘導することも容易となる。

俺は続けて智紀の必要とする牌を提供することにした。2巡目に{赤⑤}、4巡目に{6}と、俺の捨てた牌を智紀は連続チーで獲得する。

 

「チー……」

「……またですの?」

 

智紀が三度目となる副露宣言を行うと、透華が呆れたような口調で呟いた。

透華の訝しむような眼差しが、副露した智紀ではなく俺の方へと向けられる。狙って智紀に牌を提供しているのではと疑っているのだろう。

4巡中3回も同じ事を繰り返せば、故意なのではと疑惑を抱かれるのは無理もなかった。

俺は面の皮を厚くして、そ知らぬふりを決め込む。

 

「ポン」

 

7巡目に今度は俺が鳴いた。衣の捨てた{中}を掴み取り、手元の2個と合わせて右隅に寄せる。

衣が僅かに眉を顰めた。単にテンパイを警戒しただけなのか、それとも俺の行動に何かを感じ取ったのか。

どちらにせよもう手遅れだよ、衣。

 

「……ツモ。役牌三色ドラ2、2000・3900」

 

【和了:沢村智紀】{四五六六} {(ツモ)} {横645} {横赤⑤④⑥} {横白白白} ※ドラ指標牌:{3}

 

■自摸和:30符4翻 2000・3900

白兎:22300(- 2000)=20300

智紀: 4000(+ 7900)=11900

衣 :53000(- 2000)=51000

透華:20700(- 3900)=16800

 

 

俺が鳴いた直後、お膳立てした甲斐あって智紀がツモ和がりを決めた。鳴くことでツモ順をずらし、智紀に当たり牌を掴ませた結果だ。

なぜ回りくどい真似をしてまで敵に塩を送ったかというと、智紀がトバされて対局終了という不確定要素をなくすためだ。

衣と透華から出和がって逆転することは難しくないが、力量差はあれどギフトホルダー相手では万が一がありうる。何より、偵察という目的を完全に諦めたわけではない。

なので俺の親番の前に智紀のテコ入れをしておきたかったのだ。

 

「……途中でもしやとは思いましたけど、これを狙ってたんですの?」

 

じろりと透華が疑惑の眼差しを向けてくる。やり方が少々露骨過ぎたし、疑われるのは無理もない。

これを、と曖昧に言ったのは、確信に欠けるためか、それとも一種のカマかけか。透華の性格からして恐らく前者だろうが。

 

「何のことです?」

 

いささか白々しい態度で聞き返した俺を、透華はしばらく強い視線で見つめていたが、やがて目を閉じてハァ、とため息をついた。

 

「何でもありませんわ。気にしないでくださいまし」

 

俺に答える気がないと判断したのか、透華は追及を諦めたようだった。

俺はあくまで心当たりのないフリをして「はあ……」と生返事をする。

いくら仲良くなっても答えられないことはある。というか、雀士なら対局で真実を見極めるんだ!

とはさすがに言えなかった。

 

 

 

南入し、対局は後半戦に突入した。

俺が親なので、ここで連荘し衣との点差を逆転しておきたいところだ。

 

【手牌】{二三⑥⑦14南北白白白中中} {9} ドラ指標牌:{九}

 

三向聴と配牌も悪くないし、とりあえず速攻で行こう。

方針を定め、第一打を切る。都合の良いことに、次の智紀が{中}を捨てたので即座に戴く。どうやら俺に対して三元牌は危険だとまだ警戒されてないようだ。まあ俺や照さんじゃあるまいし、たかが数局で打ち筋を見切れるはずもないが。

その後は2巡目で{⑤}をツモり、3巡目で透華の捨てたドラの{一}をチー。トントン拍子でテンパイに至る。

そして5巡目、衣がツモ切りした{北}が当たり牌となり栄和を決める。

 

「ロン。7700」

 

【和了:発中白兎(藤木)】{⑤⑥⑦北白白白} {(ロン)} {横一二三} {中中横中} ※ドラ指標牌:{九}

 

■栄和:40符3翻 7700

白兎:20300(+ 7700)=28000

智紀:11900

衣 :51000(- 7700)=43300

透華:16800

 

 

「むーっ」

 

衣が不満そうに頬を膨らませて唸った。視線が俺の手元に注がれている。振り込んだ原因や俺の打ち筋を見極めようとしているのだろう。

雀頭の単騎待ちを予測するのは難しい。まして河には{北}が既に2個捨てられており、衣が掴んだのは最後の1牌だった。確実な安牌が手元にない状態でこれを振り込んでしまうのは無理もない。

もっとも、今回は衣への直撃を狙った必然の結果だ。衣が多少テンパイ気配を読めたところで、天理浄眼による俺の精密な寄せから逃れることはできない。勘で避けようにも、能力(ギフト)が力負けしている状態では正常に機能しないだろう。

 

「早い……」

 

やや掠れた声音で智紀が呟いた。

恐らく早和がりよりも、衣からあっさり出和がったことに驚いたのだろう。逆に言えばそれだけ普段の衣が堅いという証左でもある。

さて、ホープ失墜による透華の反応はどうだろうか。

珍しく静かな透華が気になってちらりと一瞥すると……どうも様子がおかしい。

口を開くどころか、無表情で卓の中央付近を睨んだまま微動だにしない。智紀みたく驚いたり、ショックを受けているようにも見えないし。

 

「龍門渕さん……!?」

 

不審に思い声をかけた瞬間、天理浄眼が異変を察知し脳裏にある映像を浮かび上がらせる。

大嵐で荒れ狂う大河から漆黒の長蛇――龍が飛び出し天空へと舞い上がる。降り注ぐ雷の軌跡を逆行するようにして黒龍が分厚い雲に飛び込むと、あっという間に風雨が収まり、みるみるうちに水面が平穏を取り戻していく。そんな幻想的とも言える光景を刹那のうちに幻視する。

 

――これはまさか、咲と同じ……!?

 

ギフトの共鳴現象とでも言おうか。それによって咲の場合はギフトの進化が起こった。ならば、今回は?

今更考察は必要なかった。これは予測していた事態なのだから。即ち――

 

ギフトの、覚醒である。

 




見直しが足りてないので粗が多いかもしれません。
某所でオリ小説を書いてた時期を挟んでいるので、以前とは作風が多少変わってる可能性も。

vs衣戦は前後編に分けました。

白兎覚醒時の没ネタ
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衣「な……なっ……何者だ!」

白兎「とっくにご存知なんだろ?」

ごごご(背景音)

白兎「……私は他校から貴様を倒すためにやってきた雀士……」

衣「あ……あ……」(ワナワナと震える)

白兎「穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた伝説の雀士……」

どどーぉん!!(背景で火山噴火)

白兎「超雀士! 藤木だァァァーッ!!」

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オチは特にありません。
おあとがよろしくないようで(何


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東場 第二局 九本場

悪い予想は当たるものだ。

そんな感慨を抱く一方で、心のどこかでこの事態を歓迎する自分がいることに気付き、胸中で苦笑する。

ギフトの覚醒を終えた透華の表面上に際立った変化はなく、むしろ誰よりも落ち着き、静穏な佇まいでいる。

――いや、良く見たら瞳が別物に変わっているな。これは……龍眼、か?

龍眼とは、名の示す通り龍の瞳のことだ。伝承では龍の血を引く人間、人間に変身した龍などにその外見的特徴が語られていたりする。透華が真実、龍の血を引く系譜かどうかはともかくとして。

一種の魔眼であるが、浄眼のように特定的な能力を備えているわけではない。単に外見的な一要素でしかないようだ。

しかしそれは、霊視能力を持たない者には捉えられない変化であり特徴だ。俺から見た透華の瞳はまるで蛇のように瞳孔が縦に裂けているが、この場にいる他の者には人間の瞳に見えていることだろう。

龍眼より、むしろ驚くべきなのは内面の変化だ。感情のオーラがまるで澄んだ水のように透徹した無色になってる。

こんなオーラ初めて見た。明鏡止水ってレベルじゃねーぞこれ。ノンレム睡眠時でもここまで無色にはならない。強いて言うなら限りなく無機質な感情、といったところか?

というか人間離れしすぎててぶっちゃけ怖いんですけど。

 

「トーカ……?」

 

透華の変容に気付いたのだろう。衣が訝しむような眼差しを透華へと向ける。

しかし透華は衣の声が聞こえていないかのように、何の反応も示さない。

 

「もしかして、冷たい透華……なの?」

 

智紀の背後で、顔をやや険しくしたはじめが躊躇いがちに呟いた。

確かに態度は冷たいが、口ぶりからしてそういう意味ではないのだろう。

はじめの隣にいた純が、「えっ」という顔をしてはじめに話しかける。

 

「ソレ、前に国広くんが言ってた、去年インハイ準決時の透華のこと?」

「うん。あのときと様子が似てるんだ」

 

二人の会話は透華にも聞こえているはずだが、表情筋をピクリとも動かさず完全スルーだ。極度の集中によるものとも取れるが、それにしたってこれは度が過ぎている。

天理浄眼で得られた内容にもそういった情報はなかった。しかし原因がギフト覚醒にあるのは間違いない。推測するに、人格変化はギフトの副作用といったところか。

まあ体調や精神に悪影響を及ぼすものではない、ハズ。

とりあえず話がこじれて対局が中断される前にフォローしとくか。

 

「どうやら私や天江さんのような特殊能力に目覚めて、精神に影響が出ているようです」

「それはフジキの見鬼によるものか?」

 

透華から俺へと視線を移し、衣はこれまでになく真剣な表情で訊ねた。

 

「ええ。対局が終われば元に戻るでしょう」

「……そうか」

 

俺の言葉を信用したのか、ほっとしたように表情を明るくする衣。

 

「多分ですが」

「「「えぇーっ」」」

 

俺の余計な一言に皆がガクッと脱力した。

 

「すみません、冗談です。察するに以前も一度、この状態になって元に戻ったんでしょう? であれば前例もあるし大丈夫ですよ」

 

悪びれない笑顔で弁解すると、周囲から恨めしげな視線が突き刺さった。

 

「イイ性格してるぜホント……」

「はぁ……感心して損したよ」

「……絶対に許さない」

 

純とはじめが呆れた様子で文句を言い、智紀が無表情でこちらを睨む。

衣だけが「フジキは面白いな!」と暢気に笑っていた。

 

 

 

そんなこんなで、透華の様子に皆が一抹の存念を抱きつつも対局が再開された。

俺の予想通り、対局が再開してからこちら、透華はきちんと配牌や理牌を行っている。一言も喋らず、表情が平坦なのは変わらずだが。

感情のオーラ色が見えないだけに、淡々と手だけ動かす様はひどく機械的で、正直不気味だ。

個性的ではないギフトなんぞ存在しないが、その中でも透華のギフトは特殊すぎる。無論超常系だ。

対局者4人中3人が超常系ギフトの持ち主とか、通常の範疇を逸脱して麻雀の体裁を成した超能力バトルになりかねない。まあ一番ヤバイ超能力使ってる俺にそれを危惧する資格はないが。

それはさておき、ギフトを発動させた透華からは対局者を圧倒するようなオーラが感じられない。そのせいか、衣は透華の脅威を正しく認識してなさそうだ。

治水龍眼(ちすいのれいがん)》と名付けた透華のギフトは既に効果を発揮している。

 

【手牌】{五①②④⑥⑧2東西白発発中} {二} ドラ指標牌:{⑥}

 

……これはひどい。

五向聴なのもそうだが、出力全開じゃないとはいえ元始開闢込で三元牌が4つしか来ないとは。

治水龍眼によって元始開闢の支配力が侵食された結果だ。

治水龍眼の能力は支配系と妨害系の2種類。

 

支配系は”場を静穏に保つ”能力。十全に機能すれば誰も副露できなくなる。

いささか地味な印象だが、支配が破られる(鳴かれる)と効果が反転する上に支配力が極大化するという、厄介な副次効果もあるので軽視はできない。

治水が破れ、決壊した大河(支配力)の激流はまさしく龍の逆鱗に触れたが如し、といったところか。

ただそうなった場合、代償にしばらく支配力が極端に低下するようだ。

妨害系はいささかシンプルな効果で、他者の支配力を無効化するというもの。効力程度は対局者が河に捨てた牌の数に依存するが、配牌時点で既に相当な影響を受けているように感じる。

総評すると、治水龍眼は応用力にやや欠けるものの、元始開闢の支配に対抗できるほど総合的な能力強度が優れていると言える。

 

ふと思ったが、透華って雀姫の天敵ではないだろうか。鳴かないと真価を発揮できない雀姫の求鳳吹鳴(ギフト)では治水龍眼と相性最悪だろう。

そう考えると、雀姫ほどじゃないが咲も相性悪いな。個人戦はともかく、団体戦では透華が大将じゃないといいが。

 

元始開闢が機能不全に陥っているとはいえ、天理浄眼がある限り俺のアドバンテージは揺るがない。

いざとなれば元始開闢の出力を全開にしたり、天理浄眼で能力封印すれば万が一の敗北もないと思うが、ある意味それをしたら負けである。

 

透華の覚醒というイレギュラーにどう対応すべきか少々迷ったが、初志貫徹することに決めた。つまりは様子見だ。

確実な勝利の為にもう一度連荘して衣との点差を縮めておきたいが、治水龍眼の特性を考えるとそれはいささか不味い。

何が不味いかと言えば、和がる為に鳴いてしまうと治水龍眼の副次効果により透華が一時的にパワーアップ、そして次局以降、治水龍眼が機能不全に陥ることだ。それでは観察の意味がない。

それなら副露せずに和がればいいだけの話だが、それだと透華が先に和がってしまいそうだ。

副露不可ということは、鳴いてツモ順をずらすといった妨害もできなくなるから手の打ちようがない。

要するに今局は和了を諦めて傍観に徹するしかないというわけだ。

まあトップの衣との差は約一万点、この程度なら1、2回の和了で逆転可能な範囲。なんとかなるだろう、多分。

 

あまりにも起伏に欠ける内容だったので過程の説明は省くが、結果だけ言うと透華が8巡目でダマテンからツモ和がりを決めて終わった。

 

「ツモ。1400・2700」

 

抑揚の欠けた声で簡潔に和了宣言をする透華の印象は、ギフト覚醒前の彼女とはまるで別人だった。

 

【和了:龍門渕透華】{五六七②③③③④⑥⑦456} {⑧(ツモ)} ドラ指標牌:{⑥}

 

■門前清自摸和:20符4翻 5500

白兎:28000(- 2700)=25300

智紀:11900(- 1400)=10500

衣 :43300(- 1400)=41900

透華:16800(+ 5500)=22300

 

 

リーチをかけて和がれば満貫以上にできただろうが、そうしない理由は治水龍眼の制限ゆえだ。それは満貫以下の役でしか和がれないというもの。下手にリーチして裏ドラが乗ってしまうと、跳満以上の役になりかねない。その場合代償として次局以降支配力が激減してしまう。

高い役を狙えないのはいかにも厳しい制約だが、逆に言えば基本性能がそれだけ強力なギフトだという証左に他ならない。照さんの照魔鏡がそうであるように、制限が厳しいギフトほど恩恵も大きいのだから。

 

「……大丈夫そうだね」

「この面子相手に速攻とか、やるなあ」

 

はじめと純がそれぞれ安堵と感心の表情で言った。透華への危惧は今の一局でほぼ消えただろう。

観客の反応はともかく、対局者としては別の意味で透華に対する危惧を抱くところだが、衣はニコニコ上機嫌だし智紀は一番ピンチなくせにイマイチ危機感がなさそうだ。

 

 

 

南場第二局。

14巡目、透華がまたしてもダマテンからツモ和がりして終わった。

 

【和了:龍門渕透華】{九九④④1234赤56789} {九(ツモ)} ドラ指標牌:{東}

 

■門前清自摸和:30符4翻 2000・3900

白兎:25300(- 2000)=23300

智紀:10500(- 3900)= 6600

衣 :41900(- 2000)=39900

透華:22300(+ 7900)=30200

 

 

対局内容は前局と同じく、和了までの道程が平坦すぎて語るべき点があまりない。誰も鳴かない、鳴けないから、淡々と牌をツモって捨てるだけの対局になる。

強いて特筆するなら、総合的な支配力の綱引きで俺に負けているにも関わらず、治水龍眼がそれなりに効果を及ぼせている点だ。まあ僅差の優勢だし、影響を完全に排除できないのは仕方ないのかもしれない。

 

今局は俺が先に和了る事もできたが、透華の観察に徹した。そうした理由は、透華の配牌や山牌の配列がイマイチで、前局より長く観察できそうだったからだ。

ちなみに衣は俺どころか透華にもギフトの支配力で劣っているので、半ば完封状態である。せめて今が満月の夜であれば話は違ったかもしれないが。智紀は……言っちゃ悪いが蚊帳の外だ。

ギフトホルダーとしてはルーキーもいいとこなのに、思いのほか透華が手強い。というか、ギフトの恩恵を抜きにしても、人格変貌前より今の方が素で強い。性格の良し悪しはともかく、実力で見るならまさに一皮むけた状態だ。いっそSEED覚醒透華と呼んでやろう。

 

冗談はさておき、これ以上の様子見は許容できない。点数的に智紀が再びハコテンの危機だし、トップ()との倍満ほどの点差を埋めるにはチャンス1回では確実性に欠ける。

次局はきっちり和がり、残り二局で勝負を終わらせることを決めた。

 

 

 

透華の連続和了によって、治水龍眼の支配力は元始開闢に拮抗するほど高まっている。

おかげで配牌がすこぶる悪い。

 

【手牌】{一四六九②⑤458北発中中} ドラ指標牌:{⑧}

 

またしても配牌で五向聴とか、淡との対局を彷彿とさせる。もっとも、淡のギフトは治水龍眼よりもっと直接的な影響を配牌へと及ぼすが。

まあ多少配牌が悪かろうと和了自体は容易である。問題なのは、この手牌からではどう頑張っても安手にしかならないことだ。

流局直前まで打てるなら満貫以上も可能だが、恐らくその前に透華が和がってしまうだろう。火力と速度が両立する範囲で打たなければならない。

そしてそれ以上に重要なのが、鳴いて治水龍眼の支配を破ることだ。

その場合、治水龍眼のスペックが一時的に上がってしまうが、オーラスで透華をほぼ無力化できる。

 

天理浄眼で盤面の状況を把握・考察しつつ慎重に打つ。とはいえ手を止めて長考するほどではない。

4巡目で衣が{中}を河に捨てる。当然俺はそれを狙っていた。

 

「ポン」

「!」

 

俺の宣言に、初めて透華の表情に動揺のような感情が一瞬浮かんだ。

一見、何の工夫も変哲もない副露。しかし元始開闢の干渉なくしてこの結果はなかったと断言できる。治水龍眼の妨害効果は強烈だが、元始開闢の支配力を完全に凌げるものではない。

 

「……報いを」

 

小さな声だが、はっきりとした口調で透華が呟いた。

ギフト覚醒後、透華が初めて対局に関わる以外の発言をしたことに驚き、皆が目を丸くした瞬間。

透華の龍眼に霊光のスパークが迸った。纏うオーラが爆発的に膨れ上がり、波濤の如く卓上を覆い尽くす。

 

「「「!!」」」

 

俺が元始開闢を開放した時と同じ――

いや、その時以上のプレッシャーを受け、皆の顔に戦慄が走る。

俺だけは表面上動じずにいられたが、事態を予測していなければ思わず眉を顰めるくらいはしてただろう。

 

「ち、今度は何が起こりやがった……!?」

 

皆の心境を代弁するように、純が真っ先に疑問を口にした。

 

「……フジキが、トーカの逆鱗に触れた」

 

透華へと厳しい眼差しを向け、衣が答えるように言った。

「何……?」と、純が訝しむような声で聞き返し、俺と透華を交互に見やる。

まさしく透華の状態は衣の指摘した通りであり、俺のような能力(天理浄眼)なしに一瞬でそれを見抜いたのは慧眼としか言いようがない。

とはいえ流石に詳細全てを理解できたはずもなく、衣はそれきり口を噤んだ。

見解の投げっ放しだったが、純はそれ以上追求せず微妙に納得のいかない表情のまま観戦に戻る。一局が終わった合間ならまだしも、対局中に会話を求めるマナー違反を弁えているからだろう。

実際、動揺や困惑から回復した智紀と衣の視線は卓上へと戻り、僅かな停滞を経て対局が再開されていた。

 

至極当然のことだが、対局中に支配力が増大したからとて、その途端に手牌や山牌の配列までが一変するわけではない。

ギフトやセンスがいくら超能力じみてるとはいえ、触れもせず牌の位置を入れ替えるような超常現象は起こせない。

無論それは天理浄眼で全ての牌が視えているからこそ言えることだが、もし俺という観測者がいなければそういった不条理が起こり得るかもしれない、と考えたことはある。

量子力学の思考実験《シュレーディンガーの猫》で有名な”自我を持つ者に観測されていない状態であれば、あらゆる可能性が偏在する”というやつだ。

しかしながら俺は別の仮説も立てている。

超常能力は時間を遡って対局に干渉し結果を成立させる、という考え方で、《因果可逆現象》と名付けている。

具体的には、対局中に超常能力が発動ないし支配力の天秤が大きく傾いた場合、局開始時点にまで時間を遡って影響し結果を変えてしまう、というもの。

要するに限定的な過去改変であり、リーディング○シュタイナー(自意識時空超越能力)でも備えてなければ認識も証明も出来ないわけだが。

 

俺の仮説が正しいかどうかはさておくにせよ、真実本気を出した透華の力は凄まじいの一言に尽きる。

全開でないとはいえ、元始開闢の支配力が完全に押し負けるのは初めての経験だ。これを上回るにはこちらも本気で支配力を開放する必要がある。

妨害系能力も含み評価すれば、限定的ながら治水龍眼のスペックは元始開闢に匹敵しているかもしれなかった。

 

さて、これからどうなるか……。

支配力の綱引きで負けても、天理浄眼がある限り俺の有利は動かない。少なくとも、今局に関しては俺の方が2巡ほど先に和了できる見込みだ。

もっともそれはあくまで予測であり、他対局者の出方や透華の行動次第で覆せる可能性はある。

しかしそのためには未来視の如き精度の読みが必要となる。天理浄眼のような能力もなしに実現できるとは思えないが……。

しかし透華にこれといった動きはなく、対局が静かに進む。

――何も仕掛けてこないつもりか?

そう訝しんだ頃。7巡目に智紀が対子落としで{南}を捨てた。

 

「ポン」

 

待ってましたとばかりに透華がそれを河から掬い上げた。

ちっ、予想より崩すのが早い……!

配牌の時点で場風牌を2枚所持していれば、狙う役との兼ね合いにもよるが、普通は刻子に揃えることを視野に入れて持ち続ける場合が多い。

今回は透華と智紀が配牌時から{南}を2枚ずつ所持していたので、どちらが先に捨てるかという一種のチキンレース状態だった。

智紀の手牌やデジタルな打ち筋から見て、3枚目を手に入れられる可能性に見切りをつける場合は早くて9巡目以降だと推測していた。しかし見事に予想は外れた。

この歯車の狂いは、果たして透華によって引き起こされた事態だと考えるべきか、否か。

自身の判断を過剰に正当化するつもりはないが、治水龍眼の影響だと考えた方が無難だな。

透華は未だ二向聴だが、油断は出来ない。

 

【透華】{二三①①②③⑤⑧⑨⑨} {南横南南}

 

警戒心を高めつつ山牌に手を伸ばし、掴んだ牌を一顧だにせず河に捨てる。不要な牌だったからだが、透華が鳴かなければ8巡目で俺がテンパイするはずだった。

この程度の齟齬は往々にして起こり得るが、これも透華の企図した結果だと考えるべきだ。

それならそれでこちらにも打つ手はある。

 

【手牌】{四六⑤⑥445688} {中横中中}

 

「ポン」

 

直後に智紀の捨てた{8}を手に入れ、雀頭予定の対子を刻子にする。三色狙いを崩し、河に{六}を捨てる。

三色同順は比較的成立しやすい役だが、必要な牌が限定される分、狙いが窮屈になる。予定していた牌を取り逃した以上、三色に固執するのは逆にデメリットが多い。

透華がピンズ染めの混一色(ホンイツ)を狙っており、衣や智紀からもソウズの放出が多い。透華を牽制する目的も兼ねて俺はソウズ染め混一色へと狙いを切り替えた。

 

「チー」

 

しかし敵もさるもの。9巡目、今度は透華が衣の捨てた{⑦}を鳴き、{⑤}を場に捨てた。

マンズを捨てない、か。俺の狙いを警戒して混一色の組み立てを止めた可能性があるな。

その予測を裏付けるように、透華の攻勢が続く。

 

「チー」

 

俺のソウズ染めと透華のピンズ染めを警戒したのだろう、10巡目に衣が{一}を捨て、透華が拾い上げる。

透華が河に捨てた{①}を見て、俺は意表を突かれた思いで目を細めた。

両面待ちを捨てて{⑨}単騎待ちか……。

ドラを重視するなら、鳴かずに対子のままにしておいた方が雀頭や刻子も狙えたし手広かったはずだ。

そう考えるといささか場当たり的というか、ちぐはぐな感がある。

しかも、{⑨}は序盤で既に1枚捨てられているので、残るはラスト1枚。打ち筋の根拠を感性に頼るギフトホルダーにとって、合理性はさほど必要としないが、決して無意味というわけでもない。

残る山牌に{⑨}が存在するのは天理浄眼で確認済みだが、位置は生憎次ツモと直後で、つまり俺に入る。いくらソウズ染めを狙ってるとはいえ、俺が捨てるはずも――いや、違う!

 

「ポンっ」

 

俺が可能性に思い至ったのと、衣が副露宣言をしたのはほぼ同時だった。

{①①②③③}と、一盃口狙いと思われた衣がそれを崩して鳴いたのだ。

なるほど、{②}は既に俺が1枚捨ててるし、ギフトホルダーである衣なら別の可能性を感じ取って一盃口を捨ててもおかしくはない。それとも、支配力がもたらした必然と見るべきか。

俺は素直に今局の敗北を認め、手牌全てを伏せるように倒した。対面の衣が不審そうな表情をするのと同時、透華の声が被る。

 

「――ツモ。3000・6000」

 

【和了:龍門渕透華】{①②③⑨} {(ツモ)} {横一二三} {横⑦⑧⑨} {南横南南} ドラ指標牌:{⑧}

 

■自摸和:30符6翻 跳満 3000・6000

白兎:23300(- 3000)=20300

智紀: 6600(- 3000)= 3600

衣 :39900(- 6000)=33900

透華:30200(+12000)=42200

 

 

「おおー」と皆から感嘆の声が上がった。俺だけは無言だったが、胸中は悔しさではなく新鮮な驚きに満ちていた。

お見事、という他はない。ギフトがオーバーブースト(限界突破)していたとはいえ、一時的にでも俺を上回るとは。手加減しても勝てるなどと侮っていた傲慢を認めなければなるまい。

だがしかし”元始開闢は全開しない”縛りを止めるつもりはない。

それはそれ、これはこれだ。何より今更全力出しますってカッコワルイしなあ。

誰へともなく内心で言い訳してると、ほどなくして透華のオーラが急激に薄まり、虚空に融けるように霧散してゆく。

逆鱗時間(エンペラータイム)が終わったか……。

僅かな疲労感を覚えつつ、俺は点棒を透華の近くに置く。同様に衣と智紀も点棒を差し出したが、透華は茫洋とした眼差しを卓中央へ向けるばかりで一向に仕舞おうとしなかった。

 

「……トーカ?」

 

訝しんだ衣の声が切っ掛けとなったか、ぱちくりと透華が瞬いた。

 

「ハ……ッ!!」

 

まるで悪夢の眠りから目覚めた直後のようなしかめっつらで、透華が正気づいた。

見れば龍眼の瞳相が消え失せており、目に意志の光彩が宿っている。

ギフト休眠に伴い、人格も元に戻ったのだろう。

 

「わ、わたくし……一体何を……してましたの?」

「透華……元に戻ったの……?」

 

もしやギフト覚醒中の記憶がないのだろうか。

惚けた発言をした透華に、はじめが心配して声をかけた。

 

「元に……? 一体何の事ですの?」

 

自身に異常が起きていたという自覚がないのか、透華は眉を顰め不思議そうに問い返した。

しかし返答を待つ暇もなく、透華はハッとした表情になって俯き、自問するかのように呟く。

 

「いえ、それよりも……まさか私、対局中に居眠りして、夢を……?」

 

俺は狼狽する透華の内面状況を概ね察した。どうやら、ギフト覚醒中の記憶を夢という形で認識・記憶しているらしい。

俯いたまま「まさか私に限ってそんなこと……ありえませんわ……」などとぶつぶつ呟いている透華の様子に、はじめたちは困惑して声をかけるのを躊躇っているようだった。

見かねた俺が理解しやすいように説明する。

 

「夢じゃないですよ。龍門渕さんは集中の余りトランス状態に陥り、そのまま打ってたんです。記憶が曖昧なのはそのせいですよ」

 

俺が声をかけると、透華はゆっくりと顔を上げ、縋るような眼差しを向けてくる。

 

「で、でしたら、夢の中の出来事のようにぼんやりとした対局の記憶は……」

「現実に起きたことです」

「そう……ですの……」

 

対局中に居眠りという、雀士にあるまじき失態を犯したわけではないと知って安心したのか、透華は気が抜けた様子で「ほーっ」と深く息を吐いた。

 

「それにしても、自分の事とはいえ一体どうしてこんなことに……」

 

完全に落ち着きを取り戻した透華が、頭頂部のアホ毛をぐんにょりとヘタらせて呻くように言った。

透華の半ば愚痴のような発言に、衣がニヤリと笑って反応する。

 

「トーカはフジキという常ならざる勁敵と相まみえたことで悟りを開いた」

「さ、悟りですの!?」

 

衣の言った内容は概ね正鵠を射ていたが、言い回しが無駄に難解でインパクトもあり、透華は再び混乱したようだった。

 

「いやいや。悟り違うし。むしろ超能力だし」

「「「超能力!!?」」」

 

思わず素で突っ込んだら、言葉尻に予想外の反響が。

失言を悟った俺は慌ててフォローする。

 

「あー、ええとですね。物のたとえというヤツです。運がやたら良いとか、なんとなく欲しい牌がどこにあるか分かるとか、そういう類の能力を指して言いました」

 

流石に誰も、電撃放ったりテレポートしたりするいかにもな超能力の存在を本気で信じるはずはない。

俺が釈明すると皆は脱力したように肩を落とした。

いち早く気を取り直した純が腕を組み、やや気取った態度で言う。

 

「ま、それはあるよな、確かに」

「うん。特に衣とかそうだよね」

 

はじめが同意してうんうんと頷くと、衣が二人の方へ勢いよく顔を向けて憤懣を露わにする。

 

「神通力なんかと一緒にするなっ。衣は少し特別なだけだっ」

 

や、ギフトは純然たる超能力ですから。しかも麻雀限定じゃないですから。実際、自慢じゃないけど天理浄眼とかエクソシストや陰陽師も真っ青なレベルで退魔除霊が可能だったりするし。

センス程度なら「人よりちょっぴり勘が良いだけ」なんて言い訳もできるんだけどな。

 

「他人の能力(ちから)が解るという藤木さんの能力も、つまりはそういうことですの?」

 

自分も関わりがあるためか、興味深そうな面持ちで訊ねてくる透華に俺は可能な範囲で回答する。

 

「ん? ええ。そうですよ。あまり詳しくは語れませんが、人並み外れた洞察力のようなものだと考えていただければ」

「なるほど……。では、私のはどういった類の能力だとお見受けされたんですの?」

「そうですね……多分に感覚的な把握なので言葉にしづらいですが、強いて言うなら”治める能力”です」

「治める……?」

 

言葉が端的過ぎてピンとこないのか、透華は頭を傾げた。

まあ「言葉にしづらい」というのは嘘で、もっと具体的に説明しようと思えばできる。

ただそうすると己のギフト(治水龍眼)への理解が進み、透華が大化けする可能性が高いんだよな……。

県予選優勝の為とはいえ、何ともせせこましい悩みだ。個人的な動機で言えば、同世代の強敵となり得る透華には強くなってもらいたい。

結局、利他と利己の中間点で妥協することにした。要するにもう少しだけ詳しく説明してもいいかな、という判断。

あまりに詳細すぎても「いくらなんでもそこまで解るのはおかしい」と逆に胡散臭く思われそうだし。

 

「別の言い方をすれば、”静かな対局を強制する能力”でしょうか」

 

今度はまだしも理解しやすかったのか、透華は折り曲げた指を口元に当てる仕草で考え込む。

 

「……何となくは理解できましたわ。具体的にはさっぱりですけれど」

 

言葉の咀嚼に数秒ほど時間を費やしてから、透華は微妙な表情を浮かべて言った。

具体的にさっぱりなのを理解できたとは言わないと思うが、細かいことに突っ込むのは野暮ってものだろう。とりあえず自分に特殊な能力があると自覚できればそれでいい。

理解し活用したいという意志があれば、いずれ自在に使えるようになるだろう。多分。

とはいえ、正直なところ透華のギフトは特殊すぎて扱いに多大な難があるように思えてならない。

いくらなんでもギフトを使う度に管制人格? に切り替わるのは不便というか弊害がありすぎる。

二重人格能力とか、中二病的にはワクッと来る要素なんだがなあ。

 

「ま、こういった能力はおしなべて”考えるな、感じろ”ですから、深く悩む必要はないかと」

「そんな適当な認識で良いんですの……?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

やや呆れた様子でジト目を向けてくる透華に対し、俺はキリッとした顔で請け負った。

 

 

 

南場第四局、いわゆるオーラス。親である透華が和がっても、恐らく連荘せず終局を希望するだろうからほぼ間違いなく最後の一局となる。

透華が素面(しらふ)に戻り、卓上の支配権は再び元始開闢が掌握している。

衣の晦冥月姫(ギフト)とて無力ではないが、治水龍眼のような爆発力がないので脅威とまではいかない。ギフトホルダー以外なら無双できそうな能力ではあるが。

問題があるとすれば点差だ。1位の透華をまくるためには跳満以上の直撃か、倍満以上でツモ和がりしなくてはならない。

配牌が終わり、半ば無意識の手つきで理牌しながら方策を思案する。

 

【手牌】{二三八九九1白白発発発中中} ドラ指標牌:{三}

 

三元牌が揃っているが、元始開闢の制限解除条件を満たしていないので大三元は作れない。天理浄眼を併用すればなんとかなるが、制限を破ると反動(ペナルティ)が恐ろしいことになるのでやらない。

ここは”大が無理なら小でいいじゃなーい”作戦で行くか。

 

静かな緊張感を孕みながら、対局は粛々と進む。

高目を狙わなければならない為、いつものように序盤で速攻和了とはいかない。

一方、トップの透華は安手でも和がりさえすれば勝利なのに、見たところ手を高めようと苦心している。

察するに、ギフト覚醒中に成した結果に納得がいってないからだろう。透華にしてみれば別人が代打ちして点を稼いでくれたようなもの。そんな経緯で勝てても、嬉しいどころかプライドを損ねるに違いない。

誇れる勝利を目指す透華の姿勢は非常に好感が持てたが、心映えや努力が必ずしも報われるとは限らない。

衣のギフトが悪さをしているのか、透華と智紀の手は伸び悩み、中盤頃から一向聴のまま進展しなかった。

 

13巡目、作戦におおよその目処が立った俺は、余り牌として残しておいた{赤⑤}を場に捨てる。

 

「ポンっ!」

 

待ってましたとばかりに勢いよく衣が副露を宣言した。

衣が確実にトップを取る為には30符四翻以上でツモるか、跳満以上で栄和する必要がある。

9巡目からタンヤオドラ1でテンパイしていた衣は、ドラを増やし海底撈月で和がることを選択したようだ。

俺が企図して利敵したのは、衣の出方を確認し誘導するためで()あった。

衣が鳴いた直後、ツモ牌を掴んだ透華がアホ毛をピーンと垂直に立たせたかと思うと、くわっと顔をいからせた。

 

「リーチですわっ!」

「!」

 

透華の宣告に、衣は意表を突かれたような表情で僅かな動揺を示した。

それは恐らく、トップを守るだけで十分勝機のある透華が、オーラスの終盤に差し掛かってわざわざリスクを犯すとは思ってなかったからだろう。常考すればそれは正しい判断であり認識と言える。

だが俺は、透華の”自分の力で勝ちたい”というモチベーションを重視していた。とはいえ俺も正直、透華がリーチしてまで高目を狙う確率は低いと見積もっていたが、個人的にはこちらの方が好都合である。

付け加えれば、透華が衣の支配から抜け出してテンパイできたのは俺の仕込みである。まあ単に衣が鳴くように仕向けてツモ順をずらしただけだが。

俺の見立てでは透華の和がれる可能性は皆無と言って良く、衣の支配から抜け出せない智紀は一向聴のままツモ切りに汲々としている。

手の内を完成させた衣は、予想外の行動を取った透華にほのかな警戒心を向けながらも、海底牌に向けて流し打つのみだった。

打牌する衣の淀みない手つきには一片の迷いも感じられない。俺はその自信に溢れた所作を冷徹な眼差しで眺めながら、胸の裡で独りごちる。

 

――衣よ。己が感覚を盲信するあまり、自ら打ち筋を狭めているのがお前の弱点だ。ギフトに依存して打つだけでは、ギフトホルダーとして二流だと知れ。

 

「カン」

「っ!?」

 

17巡目、衣の捨て牌に俺が副露(ミンカン)を宣告すると、衣は打牌後未だ卓上に伸ばしたままの右腕をびくりと硬直させ、驚愕に顔を歪めた。

衣が一巡後の勝利をほぼ確信した直後のどんでん返し。これで衣は海底コース(牌獲得)から脱線した。

徐々に焦燥へと表情を変える衣からは内心の激しい動揺が伝わってくる。もはや形勢を変えられる余地がないことを理解できたのだろう。

見た目幼女の衣が苦汁を噛み締めている様子に一抹の罪悪感を抱かぬでもないが、敗北の味を教えることも先人の務め。

衣の打ち筋を知っている透華や智紀も海底成立の可能性は考慮していただろう。それが土壇場であっさり覆されて少なからず驚いたようだった。

俺の打ち込んだ楔を誰も抜けないまま、手番はぐるりと一周する。

海底牌を掴みとった透華が、一縷の希望を絶たれてがっくりと肩を落とした。当たり牌ではなかったためだ。

俺が鳴いたことでツモ順がずれたが、海底牌もカンによって別牌になっている。仮に海底牌を得たのが衣だったとしても、海底撈月を和がれはしなかっただろう。

 

「流局ですわね……」

 

気の抜けた表情で呟いた透華は、力なく海底牌を河に置く。

波乱万丈な対局の最後は、何とも締まりのない幕切れに終わった。

 

――と、俺を除く全員が思ったことだろう。

 

 

「ロン」

 

 

刹那、時間が切り取られたかのように全てが停止した。

空気すらも凍りついたような静寂を破り、俺は宣言する。

 

 

「小三元、混一色(ホンイツ)、役牌2、混全帯九公(チャンタ)、ドラ3、河底撈魚(ホーテイラオユイ)……24000です」

 

 

【和了:発中白兎(藤木)】{二三白白発発発中中中} {(ロン)} {九横九九九} ドラ指標牌:{三白}

 

■栄和:60符11翻 三倍満 24000

白兎:20300(+24000)=44300

智紀: 3600

衣 :33900

透華:42200(-24000)=18200

 

 

 

劇的とも言える終局に、全員が揃って呆けたような顔をしている。

成立役が多数に及んだため、俺は役の一つ一つを読み上げて点数を告げた。

その間に理解が浸透したのか、ようやく部室内に音が戻る。

 

「はぁーっ……降参ですわ」

 

深いため息をついて、透華が観念したように言った。

俺はフッと表情を緩めて、

 

「勝負は私の勝ちですね」

 

嫌味にならない程度に勝ち誇った。

透華から点棒を受け取った俺は、多少の疲労を感じて椅子の背もたれに体重を預ける。

 

「負けたけど、フジキとの麻雀は楽しかったぞ!」

 

晴れ晴れとした笑顔で衣が言うと、触発されてか他の者たちもワッと騒ぎ出す。

 

「まるで衣のお株を奪うような打ち回し――。お見事でしたわ」

「……完敗」

「おまえ、底が知れなさすぎだろ」

「途中の透華も凄かったけど、藤木さんも大概非常識だね……」

 

皆の賞賛めいた発言に俺は控えめな微笑で応じる。

褒められるのは素直に気分がいい。女装シチュでなければ、お嬢様方の尊敬と好感を勝ち得たのに惜しいことだ。

 

 

 

2回の対局を経て、一定の敬意と友情を勝ち得た俺は皆としばし歓談を楽しんだ。

といっても内容はほとんど対局に関した話題だったが。

透華がギフト覚醒中に打った牌譜を読んで「こんなの私じゃありませんわッ!! 却下ですわっ!」と憤慨したり、半荘オーラスで河底を和がれた理由を訊かれて「神の声に従ったまでです」と真面目な顔で言ったら滑って唖然とされたりと、なかなか盛り上がった。

とっつきにくそうな個性が揃っている割には、打ち解けてみると気のいいお嬢様たちだと知った。

気を使ってくれたのか、俺の正体を詮索するような質問や話題はほとんど出なかったが、思わぬ縁から危うい話題になったりもした。

 

 

 

「僅かな時間とはいえ、友誼を交わした方の名も知らぬまま、というのは寂しいですわ。仮初のものでも構いませんから、貴女の証となるお名前を教えていただけませんこと?」

 

雑談も落ち着いた頃、透華はやや切なげな口調でそう切り出した。

透華の意見は至極もっともで、抱いて当然の希望だった。

しかし、名前、名前か……。白姫は語呂が悪くて使えないしな……。

逡巡して黙り込む俺の態度を、気分を害した為だと誤解したのか、透華が少し焦ったように補足する。

 

「もちろん、藤木さんの事情は理解しておりますし、今更詮索する意図はありませんわ」

 

透華の勘違いが可笑しくて、俺は思わずククッと含み笑う。

この場限りの偽名に悩むのは虚しいと気付いた俺は、本名を明かせぬ申し訳なさを感じながら告げる。

 

「名前は、白子(しろこ)。藤木白子です」

 

とりあえず思いついたのは、我ながら安直すぎる名前だった。

偽名だということは弁えているだろうが、それでも透華は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「白子さんですわね。覚えておきま……あら? その名前、最近どこかで……」

 

台詞の途中で何かが引っかかったのか、透華は怪訝な表情を浮かべた。口元に手を当て、思案顔で何やらぶつぶつ呟き出す。

 

「白子……しろこ……しろ、こ……」

 

いきなり内面に没頭し始めた透華を呆気に取られて眺めていると、透華は唐突にがばっと顔を上げた。

 

「藤木さん、つかぬことをお聞きしますけれど、ネット麻雀をご存知でして!?」

「は? え、ええ、はい。存じてますし、実際にプレイもしてますが」

 

鬼気迫る表情で訊ねてくる透華。その勢いに呑まれ、俺は深く考えず素直に答えた。答えてしまった。

 

「で、でしたら! 《しろっこ》というプレイヤー名に心当たりはないですの!?」

「え”」

 

ちょ、なぜ透華がその名前を……!?

真実の一面を抉る質問に硬直する俺。自分では解らないが、顔には「ギクッ」という擬音が大文字で書いてあっただろう。

後になって省みれば、このときの俺は油断していたというか、気を抜きすぎていた。友好的な空気に中てられて、すっかり警戒心が緩んでしまっていたのだ。

透華が《ネット麻雀》という単語を出してきた時点で警戒し、「知らない」と興味なさげに答えておけば何もなく終わったのに……。

しまった、と気付いた時には既に手遅れだった。

 

「やはり心当たりがおありですのね。わたくし、”白子”という名前でピンときましたわ。もしや白子さんは、ネット麻雀界の旗手・しろっこさんと関わりのある方ではないかと!」

 

慎ましい胸を張り、己の推理を得意げに語る透華。

まさか《ネット雀士しろっこ》のネームバリューがこんなところにまで浸透してるとは。嬉しくはあるが、素直に喜べないな。

 

「……それさ、関わりがあるというか、ぶっちゃけ本人なんじゃないか?」

 

透華をジト目で見やりながら、純が呆れたような口調で指摘した。

ポンと右拳を左掌に落とし、はじめが純の意見に同調する。

 

「言われてみれば名前がほとんどそのままだよね」

「そうですわね。もちろん私もしろっこさんご本人ではないかと考えておりましたわ」

 

透華もまた、両腕を組んでうんうんと頷いた。

――偶然知り合った人がお忍び外出中の有名人であることに気付いてしまった、みたいな感じなのかなあ。

まるで他人事のようにそんなことを考えてしまうのは、一種の現実逃避かもしれなかった。

 

「――それで、実際のところどうですの?」

「あー、それはですね……」

 

わくわくとした表情で訊ねてくる透華から視線を逸らし、俺は口篭った。

さて、どうするべきか。背中にじっとりと嫌な汗をかきながら、俺は高速で思考を巡らせる。

露骨に反応しておいて「無関係です」は流石に無理がある。それで押し通すのは不可能じゃないが、お互い気まずい思いをするのは必定。まあ、性別も名前も偽ってるのに今更といえば今更だが。

しろっこと同一人物であることを肯定した場合、問題なのは性別を怪しまれることだ。

ネット雀士しろっこの性別が男であることは知れ渡っている。であれば、当然今の姿としろっこの性別の齟齬に着目されるだろう。それだけは避けたい。

しかし、だ。

俺の態度や名前の相似から、確信とまではいかずとも、透華の疑惑はそれなりに深いと予想される。不自然を承知で無理に関連を否定すると、そこに”後ろ暗い事情”があると勘付かれかねない。

結局、肯定しようが否定しようがどちらもリスクはある。ならば俺の選択は――

 

「隠しても仕方ないので白状しますが、多分その本人です」

 

ぶっちゃけた。

性別の件を言及されたら、適当に理由をこじつけて笑って話せばいい。変に隠そうとしたり焦ったりしなければ、必要以上に疑われることはないはずだ。

 

「――やっぱりですの!」

「へえ、珍しく透華の勘が当たったな」

「流石にびっくりだよね」

「……なんという偶然」

 

しろっこ本人だと認めたことで、透華たちがわっと黄色い声をあげて盛り上がった。

しかし衣だけは《しろっこ》の話題についていけてないようで、きょとんとした顔をしている。そんな衣と目が合った。

 

「フジキ、”しろっこ”とは何だ?」

「ああ、パソコンを使っていろんな人と麻雀が打てるんです。そこで私の使ってる名前が《しろっこ》」

「ふーん、そうなのか」

 

衣はネット麻雀にあまり興味なさそうだ。

 

「衣はパソコン自体、使わないですものね。ネット麻雀を知らないのも無理ないですわ」

「というか、昔衣にパソコン使わせたら速攻で壊したから、それ以来使わせないようにしてるだけだけどな」

 

透華が苦笑気味に衣をフォローするも、即座に純が真相を暴露したせいで台無しになる。

そういや衣のギフトって電化製品と相性悪いんだっけか。

 

「まったく、純は口が減りませんわね」

 

呆れ顔で純を非難した透華がはぁ、とため息をついた。それから気分を切り替えたのか、機嫌の良い声で訊ねてくる。

 

「ところで、私も《Touka》という名前でプレイしておりますの。ご存知ありません?」

 

ご存知あります。

Toukaはネット麻雀で良く対局するランキング上位プレイヤーだ。名前が一致してるし、透華がToukaなことに疑う余地はない。

しかしそれだけに、チャットで自分のことを”おじさん”と連呼していたしろっこの印象を良く覚えてそうだ。

女装している(こんな)状況でなければ、この偶然の出会いを素直に驚き、喜ぶことも出来たんだが。

 

「ええ、知ってますよ。何度も対局してますし。最近のレートは1800台前半くらいでしたよね?」

「そうですの。なかなかそこからは上に行けなくて――」

 

いつ性別の話題を切り出されるか戦々恐々しつつ、透華が振ってくる話題に「へー、そうなんですかー」などと適当な相槌を打って話を合わせる。

結局、しろっこの話題が収束するまでに性別の件を指摘されることはなかった。

まあ、ネット上で性別や性格を偽るのは割と良くあることだし、しろっこの性格が痛いものなだけに、気が付いてても触れなかっただけかもしれない。

 

 

 

――という一幕があり、この場所を訪れて以来最も危機感を抱いた時間だった。

会話が落ち着いたところでふと外に視線を巡らせれば、とうに陽は落ちて真っ暗になっている。時刻は19時を過ぎたところだった。

恐らく俺がいなければとっくに帰宅し、夕食も終えているだろう時間帯だ。

流石にこれ以上の長居は迷惑だと思い、遅い時間なことを理由に別れを告げて立ち上がる。遠回しに引き止められたが、丁重に断った。

踵を返し、一歩を踏み出そうとしたところで、制服上着の背中の裾をくい、と引かれるような抵抗を感じて足を止める。

何事かと振り向けば、そこには悄然とした様子で腰辺りの裾を掴んでいる衣が。

 

「……フジキ、お前にはもう会えないのか?」

「それは……」

 

微かに潤んだ瞳と切なげな表情で俺を見上げながらそう聞いてくる衣の様子に、俺はかけてやる言葉に詰まった。

事情が事情ゆえに、再会を約束できないのが辛い。

たった一度の対局と、僅かな言葉を交わしただけなのに、なぜか衣には随分と懐かれてしまった。

しばし悩んだ末、俺は衣の頭にぽん、と右掌を乗せる。

 

「いつかまた会えますよ」

「……ほんとか?」

「はい。そのときはまた打ちましょう」

 

俺は嘘を承知で再会を請け負った。

藤木という”女性”として二度と会うことはないだろう。それがわかっていても、純真な衣の願いを無碍にしたくなかったからだ。

真意を測るようにじっと俺の顔を見つめた衣は、やがて納得したのかコクリと頷いた。そして片手で涙を拭い、スン、と小さく鼻を啜る。

 

「うん……そのときは、お前の本当の名を教えてくれ」

「……約束しましょう」

「ありがとう。それと……」

 

台詞の途中で口を噤んだ衣は床へと視線を落として、続きを言うべきか迷っているようだった。

そんな煮え切らない態度に苦笑し、俺はぐしぐしとやや乱暴に衣の頭を撫でた。

「ひゃっ!?」と声を漏らして吃驚する衣。

 

「この際だから言いたいことは全部言いなさい」

「うー……わかった」

「よろしい。それで、お姫様のご希望は?」

 

俺の年上ぶった態度に衣はいささか不満そうだったが、それでも素直に胸の裡を語り出す。

 

「フジキ……次に会ったときは、衣と友達になってくれないか?」

「何……?」

 

衣の申し出が意外だったため、つい硬い声が出てしまった。

そんな俺の反応を否定的な意思表示と見たのか、衣の顔がくしゃりと歪む。

 

「嫌か……?」

「いえ、少し驚いただけですよ。友達になってくれだなんて、正直今更かなーと」

 

俺は衣に悪戯っぽく微笑いかけた。

意図が通じなかったのか、衣はぽかんと口を開けて目を丸くする。

 

「私と天江さんはもう、一緒に卓を囲んだ友達じゃないんですか?」

 

俺はしゃがみこみ、衣と視点を同じくしてそう告げた。

 

「あ……」

「違います?」

「ち、違わない! 衣とフジキはもう友達だ!」

 

愁眉を開いた衣が嬉しそうにぱあっと顔をほころばせる。

うん、可愛い笑顔だ。別れる前にこの表情が見れて良かった。

いささか気障な自己満足に浸っていると、それまで黙って見守っていた透華らが声をかけてくる。

 

「お前……なんつーか、男前な性格してるよなぁ……」

「藤木さんって何気にお茶目だし、フランクだよね。この部屋の中で一番お嬢様っぽいのに」

「……ふれんどりー」

「遠慮なくまたいつでもいらしてくださいですわ」

「ええ、ありがとうございます」

 

俺は立ち上がり、皆の顔をぐるりと見渡してから礼を言って軽く頭を下げた。

いきなり不法侵入者なことがバレたときはどうなることかと思ったが、終わってみればなかなか楽しいミッション(任務)だった。

とはいえ、必要以上に仲良くなってしまったために、今更ながら偵察という本来の動機が後ろめたく感じている。

 

「それではまた、どこかの卓でお会いしましょう」

 

もやもやとした感情に見切りをつけるようにさっと身を翻し、俺は龍門渕高校麻雀部の部室を後にした。

 




東場 第二局 はこれにて終了です。
東場 第三局 は合宿編の予定。割と短いかも。


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改稿版 新規投稿のお知らせ + オマケ

ブックマークを消さず、長らくお待ち下さった方にお知らせです。

 

旧版を残しておいた方が良いという判断につき、改稿版を新規投稿しました。

新しい話はそちらの改稿が終わってからになります。

期待させて申し訳ありません。

 

とりあえずいきなり全部改稿して投稿は無理なので、少しずつ進めていきます。

別に書いている新作との並行なので作業速度は遅いです。

恐れ入りますがのんびりお待ちいただければ幸いです。

 

2020/11/10 古葉鍵

 

 

咲-Saki- 天元の雀士 (改稿版) URL ↓

 

https://syosetu.org/novel/242259/

 

 

 

 

以下文字数下限エラー受けたので文字埋め

 

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だけだと怒られそうなので、数年前に書いた書きかけの新作部分を

先にちょっと公開(改稿も推敲もしてません)

 

 

 

 

View point:原村和

 

 

森深い景色が緩やかに流れてゆく。

耳を澄ませば、ブロロロロ……というエンジンの駆動音と、ピーッヒョロロロロ……というトンビの鳴き声が不協和音となって聞こえてくる。

県予選も間近に迫った土曜日の午前。私たち清澄高校麻雀部は市営バスに揺られて校内合宿所へと向かっていた。

 

「ハイ、アナタん。あーーんーー」

「のをっ!」

 

ぼけっと外の景色を眺めている私のすぐ後ろ、バスの最後部座席で優希が隣に座っている須賀君にちょっかいを出している。

具体的に何をしているかは振り向かないとわからないが、見ずとも声だけでなんとなく想像できた。

 

「アナタじゃねえ!」

「いやぁん、おこっちゃやぁよ。あ・な・たっ♪」

「だから違うっちゅーとろーが!」

 

まったく、どこにいてもこの二人は騒がしい。車内に私たちしか乗客がいないとはいえ、公共の場でくらい大人しくできないものだろうか。

気持ちが沈んでいるせいか、思考がささくれだっているのが自分でも解った。

いつもなら気分を明るくしてくれる優希の快活な声も、今の私には物思いを妨げる騒音でしかない。

 

「お前ら、子供じゃないんだからバスの中では静かにしなさい」

 

私の胸中を察したかのようなタイミングで、隣に座っている白兎さんが呆れた口調で優希たちを嗜めた。

ただの偶然だろうけど、思いを共有してくれたようで少し嬉しい。

本来なら部長が注意すべき事だ。しかし部長は放任主義というか、細かいことにはあまり口を出さないので、自然と副部長的な立場の白兎さんが注意役、まとめ役を務めるようになった。

とはいえ、学年が同じせいか優希や須賀君が素直に従うことは少なく、今回もまたそうなった。

 

「俺のは不可抗力だ!」

「白兎は相変わらずお堅いじぇ。旅行の醍醐味ってものがわかってないじょ!」

「30分程度のバス移動で何を味わおうってんだお前は」

 

白兎さんはバス真中の通路から後ろを覗き込むようにして振り向き、抗弁する優希にぴしゃりと突っ込んだ。

 

「浮き立つ気持ちはわかるが、はしゃぐなら合宿所についてからにしとけ」

「うーっ、しょうがない、今回は白兎の顔を立ててやるじょ!」

 

我が道を突っ走るタイプの優希だが、決して我儘でも分からず屋でもない。

理を説いて諭せばこうして受け入れてくれる素直な子だ。

思考を遮る人の声が絶えたことで、私は再び物思いに没頭し始める。

頭に思い浮かぶのは、先日お父さんと交わした会話の記憶。

麻雀部での合宿の許可を得る為、お父さんに話を切り出したときのこと。

 

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

 

『麻雀の合宿か……。東京の進学校を蹴って、こんな田舎の高校に残ってまですることが、それかね』

 

車を運転中のお父さんが、後部座席に座っている私へそう訊ねてきた。

老成した大人の威厳を感じさせる、低く落ち着いた声。

しかし口調には呆れたような不満が滲んでいて、遠回しに責められているのだと解る。

お父さんは実直かつ厳格な人で、私の生活や教育にも厳しく当たってきた。そのことに不満はないし、むしろ感謝している。

父親としても、一人の人間としても立派で尊敬できる人だけれど、やや独善的で私の気持ちや価値観を無視するようなところがあり、それが唯一の不満だった。

 

「友達が……一緒なんです」

 

お父さんには私が学歴より麻雀という趣味を優先して高校を選んだと思われているけど、それは違う。

ただ麻雀がしたいだけなら、別に東京の進学校に行ってもよかった。

実際、白糸台高校という学力でも麻雀でもトップクラスの学校から奨学生待遇で勧誘を受けていたのだから。

保護者であるお父さんも無論そのことは知っている。けれど、白糸台高校が進学校だと知ってはいても、麻雀部が強いところだという認識は恐らくないだろう。

スカウトの理由が麻雀によるものなのに、お父さんはその事実を見てくれようとしなかった。

でも、それは別にいい。

所詮趣味は趣味だから。お父さんに反発してまで意固地に理解を求めようとは思わない。

ただ、せめて。

私が何を大事に思っているか、それだけは知っておいて欲しかった。

 

「中学からの子かね」

「はい……。それと、高校でも……だから……」

 

バックミラーで見られてたわけでもないのに、なぜかお父さんに厳しい眼差しを向けられている気がして、いたたまれなくなった私は思わず顔を横に背けながら答えた。

きちんと想いを説明したいのに、しどろもどろで上手く言えない自分がもどかしかった。

 

「麻雀なんて、運で決まる不毛なゲーム。わざわざ合宿で練習して大会だなんて、馬鹿馬鹿しい」

「っ……」

 

侮蔑を込めたお父さんの台詞に体が硬直した。

まさかそこまで言うなんて……!

お父さんが進学先に不満を持ち、麻雀を良く思ってないのは解っていたけど。それでも今の発言は耐え難いほどに酷すぎた。

お父さんには反発したくないのに、感情の天秤は怒りへと傾いていく。気を抜けば口ごたえしてしまいそうな自分を抑える為、膝の上に置いた手を強く握り込んだ。

――あの人なら、白兎さんなら、こんな無神経で一方的な言い方はしない……!

年齢も立場も全然違うのに、なぜかお父さんと白兎さんを較べている自分に気付き、はっとする。

もしかして今私は……白兎さんがお父さんだったら良かったなんて……考えていた?

その疑問に、私が白兎さんに対して抱いている感情の本質が透けて見えたような気がした。

怒りの感情が困惑に取って代わられ、私は思わずぶんぶんと首を左右に振って疑問を心から追い出す。

突然不審な行動を取った私へ、お父さんがバックミラー越しに訝しげな視線を向けてくる。

 

「どうした……?」

「い、いえ、何でもありません」

 

羞恥から少し上擦った声で答えてしまった私は、気持ちを落ち着けるために胸に手を当て、ふぅ、と深く息を吐いた。

感情の揺れが水平に戻った胸中で、お父さんに何を言うべきか思案する。

いくらお父さんとはいえ、先ほどの台詞は正直許しがたい。けれど、発言の撤回や麻雀への理解を求めても仕方がない。言い方はともかく、お父さんの言い分や認識にも一理あるから。

少しでも理がある以上、弁護士をしているお父さんに口で抗うのは無理だし説得も恐らく通じない。

そもそも、お父さんへの口ごたえは許されないことだという意識が私にはある。だからできるだけ穏便に、反発してると思われないよう意見するしかない。

 

「お父さんの言いたいことはわかります。それでも、もし……練習して強くなって、高校でも全国優勝できたなら……そのときは、ずっとここに残ってもいいでしょうか?」

 

控えめな口調で希望を伝える私を、お父さんが鋭い眼差しで観察している。全国優勝という高い条件を持ち出した私の覚悟を見定めようとしているのかもしれない。

言うだけの自信はある。でも、今のところ宮永さんに一歩及ばない私が、個人戦で確実に全国優勝できるなどと考えてはいない。

けれど、全国優勝なら別。

決して個人戦優勝を諦めたわけでも、他力本願で望むつもりもない。ただ、麻雀部の皆となら全国でも戦える、負ける気がしないだけ。

そして何より、私には、私たちには、最高の指導者(白兎さん)がいるのだから――同世代の誰にも、負けてなどやるものか。

睨んでいるという印象をもたれない程度に、真剣で強い眼差しをバックミラーへと向ける。

 

「……できたら、考えよう」

 

運転中に私の方ばかり見ているわけにもいかず、正面に視線を戻したお父さんは、数秒ほど逡巡してからそう答えた。

約束する、とは言ってくれなかった。

それでもいい。

いくら麻雀には興味がないお父さんでも、インターハイ全国優勝というキャリアは無視しないだろうという確信がある。

清澄高校とて東京の有名進学校ほどではなくとも、決して偏差値が低いわけではない。むしろ地元ではかなり高い部類に入る。

その事実と、全国優勝によって麻雀をお遊びでやってるわけじゃないと証明できれば、お父さんを説得することは十分可能だと見込んでる。

だから必ず――

優勝して、清澄に残る。3年間あの高校で過ごす自由を勝ち取ってみせる。もう二度と、初恋の人(白兎さん)と別れたりはしない――。

 

 

 

 



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