台本置き場。 (就鳥 ことり)
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S ハウスキーパーズ1

あらすじ。
とある館でハウスキーパーして住み込みで働く同僚の2人。
チセが朝食の準備をしていると、涙目のアールが飛び込んで来て……?


性転換や、名前を演者様のものに変更OKです。


アール

「助けてチセちゃん!! あ、えと、遅刻してごめんなさい」

 

チセ

「おはようアルくん。まだ大丈夫だよ、寝坊でもした?」

 

アール

「してないよ! ねぇ、なんでスルーなの!僕の格好を見て? メイド服じゃん!!」

 

チセ

「うん? 気づいてるよ、可愛いね」

 

アール

「う、あ、ありがとう……いやうれしくないけども!」

 

チセ

「えぇ? どうして? 似合ってるよ」

 

アール

「う、そうとこだよチセちゃん……ねぇ、きいてぇ!」

 

チセ

「はいなぁに。あ、手は動かしてね。もうすぐ火が通る頃だと思うから鍋見てくれる?」

 

アール

「はぁい。あ、ポトフだ。あのね!だっておかしいじゃんか! いや、うちの旦那様はいつもおかしいけども!朝起きたらね、僕の給仕服全部メイド服になってたの!もうね、びっくりしちゃって、どうしたらいいかわかんないし」

 

チセ

「うんうん。それでも、遅れないようにちゃんと着てくるから君はいい子だよね。よーしよしよし、えらいねぇ」

 

アール

「もぉーチセちゃんはいっつもそうやって! 流されないからね!!」

 

チセ

「えー?」

 

アール

「ん、人参もうちょいかも。……ねぇ、チセちゃん」

 

チセ

「んー?」

 

アール

「知ってたでしょ」

 

チセ

「はいアルくん、味見」(ちょっと被せ気味に)

 

アール

「んぁぐ(口に突っ込まれる)…!おいし! チセちゃん天才!」

 

チセ

「んふふ。天才でした」

 

アール

「ふふふ。あっ!もーっ、チーセーちゃんっ!」

 

チセ

「だめかぁ」

 

アール

「だめだよ! 誤魔化せるわけないじゃんっ、僕そこまで阿呆じゃないんだけど!!」

 

チセ

「おかしいな。前は騙されてくれたのに」

 

アール

「それ、いつの話さ!マフィンに釣られる安い僕は、もういないからね!」

 

チセ

「そう。こうして人は反抗期を迎えるのね、お姉ちゃんさみしい」

 

アール

「ひとつとちょっとしか変わらないじゃんか! あっ、チーセぇちゃん! 話を逸らそうとしてるでしょ!」

 

チセ

「あらバレちゃった。……黙っててごめんね。知ってたよ、それ発注したの私だもの」

 

アール

「んえっ」

 

チセ

「ほら、私たちの給仕服は奥様が中世のフランスを参考に特注されたでしょう。でも最近ね、旦那様がクラシカルメイド服に興味が出たらしくてね。あ、ポトフにそろそろソーセージ入れて、味見て足りなかったらコショウで適当に誤魔化してくれる?」

 

アール

「わかったよ。……旦那様が女性の給仕服をクラシカルメイドにしたくなったなら、なんでボクが着ることになったのです?」

 

チセ

「ほら、旦那様が女性従業員の部屋に入って服を漁ってすり替えるのはちょっと色々とね、セクシャルな問題がね、あるでしょ」

 

アール

「僕にするのも同じぐらい問題だと思うよ!! セクハラだと思います!! というか、普通に女中の皆さんに配ればいいじゃん!!」

 

チセ

「……とても似合ってるよ」

 

アール

「……(ジト目で睨む)」

 

チセ

「う、ごめんなさい。私がひらひらフリフリを着たくなかったのと、似合うだろうなと好奇心に負けて君を推薦しました……旦那様がほんとに実行するとは思わなかったけど」

 

アール

「すいせん」

 

チセ

「しました」

 

アール

「なんで、なんでさぁ!!」

 

チセ

「思った通り可愛いよ!! ごめんね!!」

 

アール

「ちーせーちゃんっ! 嬉しくないよ!! チセちゃんのせいで僕に暫くこの格好で仕事しなきゃいけなくなったんだけど!!」

 

チセ

「あっあーっお嬢様を起こしに行かなくちゃ!!じゃ、あとは頼んだ!!」

 

アール

「あ、逃げた! ってわぁぁっ沸騰しちゅう!!あっあっえとえっと……チセちゃぁぁん」

 

 



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見習い魔道士と星の医者。前編。

性別不問。

二人でやるのなら
・太陽、職員、ヤツデ、星の子
・リディア、看護師、星の子、芍薬の星
かなぁと。

新手のシチュエーションボイスドラマみたいな感じを目指しました。
拙いものではありますが、遊んで頂ければ幸いです。

聞き手が見習いに当たるので、会話を意識して間をとりつつ読んでくれたらなぁと思います。


30分くらい。


リディア

「ソルじぃ、次は地表の検熱しますよ」

 

太陽

「あいわかった。だが先生、可愛らしいお客さんが来ているようだ」

 

リディア

「何かな、今は忙しい……ん?

あぁ、そうか。君は職場体験の子だね。ソル爺、今日は中央区の魔道士見習いの、確か……中等部だったかな。から、見習いが来るって話したの覚えてますか?」

 

太陽

「うーん、そうだったかなぁ。まぁいい、かわいい人の子。歓迎しよう。我こそが数多の世界を照らし、熱をもたらす偉大な惑星、ソルムジーク、またの名を太陽、さらにまたの名をラーメス、ソレイユ、あとは……なんじゃったか……まぁ気軽にソル爺と呼ぶといい」

 

リディア

「知っての通り、彼は老年の星だからね。人の子が可愛くて仕方ないんだ、数日の間だけれど仲良くしてやって」

 

太陽

「うむ、爺とあとでのんびり話そうじゃないか、人の子。よいだろう?先生」

 

リディア

「もちろん構いませんよ。さて、見習い。知っているだろうが私は、リディア。天体医学者、つまり星の医者をしている。太陽の主治医の魔導師であるから、太陽の魔導師とも呼ばれるね。それでキミは?」

 

太陽

「ほほぉう、虚空世界からの留学生とは珍しい。どの星の子だ。地球? アストールか!!!! おぉなんと、我が友の子ではないか。ほれ、ちこうよれ。じいちゃんに顔を見せてみろ」

 

リディア

「こら、ソル爺急に親戚面しないの。驚いてるでしょう。悪いね、見習い。ソル爺にとって地球はかわいい近所の子供なんだ。そして太陽系の星で唯一地球が、生命体、即ち子供を持ってるからね。もう君たち地球の子達が可愛くて仕方ないのさ」

 

太陽

「何を言う先生、我はこの世界のかわいい人の子たちのことも愛しておるぞ。人の子は総じて()い!!」

 

リディア

「わかってますよ。でも、内孫と外孫の違いみたいなものは実際あるでしょう」

 

太陽

「まぁ、確かにな。それで、地球の子。どこの国出身なんだ?日本!! よいな!!!! 我はあれが好きだ、竹取物語の絵巻やら、鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)!! 古事記なんかも良いな。あれは良いものだ。どうだ、地球の子、爺は最近の流行りものも知っておるのじゃ。お主はどの記述が好きかえ?」

 

リディア

「うーんソル爺、惜しいです。見習いと語るには少々昔の話題すぎるかと。あなたは体感速度が早いので仕方ないのですが、見習いと話すならざっと1500年くらい先の話題が良いでしょう」

 

太陽

「そうかぁ。月がかぐや姫が帰ってくると信じて毎夜毎夜待ちわびていたのはそんなに前の話だったか。我はつい昨日の事のように覚えているのだがな」

 

リディア

「もう1000年前のことですよ。そうなんだよ見習い……月はとても無邪気でね。兄の地球から聞かされた竹取物語を真に受けてしまったんだ。あれだ。見習いのところでいう、サンタクロースを信じて待つ子供に真実を打ち明ける機会を伺う親の気分だったよ」

 

太陽

「我としては愛くるしいばかりだったがな。して、地球の子。お主は何が好みなのだ……マンガ?とな」

 

リディア

「少年漫画が好きなのか。いいね。私も好きだよ。ソル爺の言ってた鳥獣戯画やら竹取物語もそうだけれど。あの国の想像力は素晴らしいね、学生寮にも置いてあっただろう、私たちは日本の漫画が好きなんだよ。あれらからヒントを得て生まれた魔術式もあるのは知っているかい?」

 

太陽

「ほほー。近頃の魔法はそうなっとるのか。見習いは勉強熱心なよい子じゃな。惑星言語も難しいだろうに、翻訳魔法もなしによく話せておる。謙遜するな、一つの銀河系の言語を習得してるだけで大したものだ。ここには翻訳魔法頼りの職員も多い」

 

リディア

「あぁ、それは十分に誇るべきことだよ。私が君くらいの時は翻訳魔法で手一杯だった。さて、そろそろ。おしゃべりはこのあたりにしようか。本格的なことは明日からだ。彗星(すいせい)の子供たちの健康診断を手伝ってもらう。今日はこの施設を見て回っておいで、質問があれば何でもするといい。職員にはそう通達されてるからね。ルーカ」

 

職員

「はい。アストロナースのルーカです。今日一日見習いさんの案内を担当します、先生も仰っていたように、気になることあれば、気軽に聞いてくださいね」

 

 

 

*シーン2*

 

 

 

リディア

「おはよう、見習い。よく眠れたかい? 眠そうだね、起きて早々悪いけれどさっそく出かけるよ。箒星(ほうきぼし)たちのふるさと、翠羅流(すいらる)星雲に行く。君の故郷の太陽系とはかなり遠い、地球人初の到達かもしれないね。昨日も話したけれど、今日は箒星の子供たちの健康診断をするよ。この時期、翠羅流星雲の幼星(おさなぼし)たちが箒星となって旅立つ。だから、長い旅立ちの前にメンテナンスをしておくんだ」

 

 

ヤツデ

「あっ、先輩おはようございます。それが例の見習いっすか?可愛いっすね」

 

リディア

「それ言うな。見習い、彼は小児科の天体医学者でヤツデという。今日はヤツデについて回れ。幼星のことなら、私より彼が適任だろう」

 

ヤツデ

「よろしくなー、見習い君」

 

リディア

「さて、では早速向かうとしよう、移動魔法陣は使ったことあるか? 」

 

ヤツデ

「だよなー、気にしなくて大丈夫だぜ見習いくん。先輩、今どきは、移動魔法陣なんて歴史の教科書でチラッと出てくるくらいなんすよ。見習い、実技でも扉魔法くらいだろ? ……やっぱね。使うのは星詠みと天体医療関係くらいよ」

 

リディア

「それもそうか。いいか、見習い。私に続いてヤツデと詠唱した後、左足の踵を3回鳴らせ。いくぞ、まずは術士詠唱から『リリル・リディア・シュテルーノ』」

 

ヤツデ

『メディル・ヤツデ・アストローレ』

 

(見習いが唱えてる間)

 

リディア

『星の子は彼方への旅路を望む』

 

『銀河を渡りし宇宙(そら)方舟(はこぶね)

 

指針(ししん)はこの手に』

 

『指し示す星の元に我はゆかん』

 

(コツコツコツ……)

 

(間)

 

ヤツデ

「あ。気がついた? 恐らく魔法陣酔いだな。寝心地はどうだったかな? 俺の膝枕は高いぞー」

 

「あはは。そう慌ててて飛び起きなくて大丈夫だって。さほど時間は経ってないし。ど? 大丈夫そう? 気持ち悪いとか、頭痛いとかない?」

 

「そ。それは良かった。そんじゃ、見習いくん。張り切って行こうぜ、って、あぁっと、その前に。君に翻訳魔法かけなくちゃ。あ。自分でかける? そんじゃ、任せた」

 

看護師

「ヤツデ先生、設営終わりました。いつでも開始できます」

 

ヤツデ

「はいはーい、了解。さ、見習いくん行くぜ」

 

「いい返事だねぇ、感心感心。さて、見習いくんに頼むのは身体測定とガス量検査。正常値かどうかの計算は俺の仕事だから、しなくていいぜ。ただ、人間で喩えると3歳くらいだから、ちゃんと子供に接するように、丁寧に、優しくな。お喋りしてなるべく機嫌を損ねないよう、ぐずらせんよう頑張って。話題は何でもいい、無難なのは歳とか行ってみたい場所とかな。ま、フォローはナース達がしてくれるから気楽にしてくれ」

 

 

看護師

「はい、アストロナースのハンナです。見習いさん、よろしくお願いしますね」

 

看護師

「では、お待たせしました。どうぞこちらに」

 

星の子1

「はーい。せんせ、こんにちは。よろちく、おねがいしまし。いくつ??んーとね、にまんちゃい。っ!! はわぁっ、せんせのもってる、それなぁに? キラキラしてきれーね。これで大きさ測るの?あい、いいでしよ。きをつけ?はーい、ぴしっ。……きをつけじょうず……ふへ、ふふ。あい、私はいいこなのでし。ん、ガス量?もうちょっと動いちゃ、め?わかりまちた 」

 

 

星の子2

「あい、先生こんにちは!! うん、ぼく元気!! 元気なあいさつ偉い?ふふふ。うん?ちょっと動いちゃダメなの?分かった!!……おしまい? ね、ね、先生ぼく何キロメートルだった?おっきくなれたかな?8キロメートル!!やったぁー!! あのね、あのね、ぼくね3000年前は6キロメートルだったの!!」

 

 

星の子3

「やだやだやだやだやだやだぁ、おれそれ嫌いだもん!!!!測らなくていいの!! 測らなくても、おれはどこまでも渡れるほうき星だもん!! ガスいっぱいあるもん!!!!

んぇ? どこに行きたい……? ふふふ、あのな、おれはスピカに会いに行きたいの!! せんせぇ、スピカ知ってるか、青く光るお星様なんだぜ!! え、スピカまでの距離?…………しらない。ひ、ひゃくおく……う、途中で足りなくなってひとりぼっちはやだ……わかったぁ、ガス測るぅ、でもな、でもな、おれね、あれビリッてして冷たいのやなの。ん……やくそく。……びゃぁぁぁぁぁぁっうっ、ううっ……せんせのうそつきぃぃぃぃ。うぅ……うん、おれがんばった、えらいぃ。んあっ、まだやめちゃだめ、もっとなでろ!!!!ううっ」

 

看護師

「お疲れ様でした。頑張ったね、えらいねぇ。みんなの所にいこっか」

 

星の子3

「う"ん……」

 

ヤツデ

「はい、見習いくんお疲れ様」

 

「あっははは。へにゃへにゃじゃん。見てたよ。上手じゃん、下の子でもいた?」

 

「道理で。見習いくん保育士も向いてんじゃねーの。なんてな。冗談だって、お前が本気なのはわかってるよ。本気で目指してるやつじゃねぇと天体医学なんて学んでられねぇよ。覚えること多すぎて青春投げ捨てなきゃなれねぇもんな」

 

「なぁ、お前。なんで、天体医学なの? あ、いやぁ、深い意味は無いんだけど、珍しいなって。ほら、虚空世界育ち、魔法のないとっから来た奴らって魔法騎士だとか、白魔道士だとか、派手なのになりたがる奴多いからさ」

 

「……人として、人類の尻拭いがしたい?? なんだそれ」

 

看護師

「先生大変です! 観察対象の彗星が見当たりません! もしや抜け出したのかもしれません」

 

ヤツデ

「おいおい……何をどうやったらあんなデカい観察対象を見失うんだよ……。先輩にどやされるのはマジ勘弁。あの人説教クソ長いんだよ。あー、見習い。疲れてるとこ悪いけどコキ使うぜ。……あとで美味しいもん奢ってやっから」

 

「はいはい、パンケーキでもパフェでもなんでも奢ってやんよ」

 

「赤く光る直径16キロの、少年期の星。……そうだ。よく勉強しているね見習いくん。箒星の子供として生まれながら大きく、ガス量も少ない。……お前と同じくらいの精神年齢だから、見つけたら間違っても幼児対応なんかするなよ」

 

 

*シーン3*

 

 

星の子4

「うえさま、うえさま」

 

星の子5

「どこいくの、どこどこ?」

 

芍薬の星

「おやおや。こんなところまで来てはいけないよ。綺羅星(きらぼし)の子達」

 

星の子4

「なんでなんで? うえさまはいいのに?」

 

芍薬の星

「ボクは年長者だからいいのさ。なんて、言っても仕方ないか。ほら。ここは力が強いから流されたら危ないだろう。待っててやるから慌てず、慎重においで。それにしたって、ヒトに擬態したボクを見つけてくるとは、君たち見る目があるじゃないか」

 

星の子5

「ふふふ。うえさまは、ぼく達の明るいお星さまだからね。真っ赤にキラキラしてるからすぐに分かるよ。ねー!」

 

星の子4

「ねー。あっ、そうだ。見てみてうえさま、さっきね。ヒトの子拾ったの」

 

芍薬の星

「ヒトの子? ……うわ。嫌なもの拾ってきたね、研修医かな。……君たち、いい子だから元の場所に帰りなさい」

 

星の子5

「やだ」

 

星の子4

「なんで、なんで」

 

芍薬の星

「このヒト、お医者さんの仲間なんだよ。ここにいることがバレたら怒られてしまう。それは嫌だろう?」

 

星の子4

「うん」

 

星の子5

「やだぁ……」

 

芍薬の星

「ね。だからそのヒトの子はボクに任せて戻ってしまいなさい。ボクが代わりに怒られておくから。わかったね」

 

星の子4

「はぁい」

 

星の子5

「わかったぁ」

 

芍薬の星

「ふぅ。……可愛い子達。あの子達ならどこまでも飛んでゆけるんだろうな。自由に。……気にかけてくれているヒトの子達には悪いけど、正直タイクツ。戻ったらまた50年は保護魔法の中かぁ」

 

「……なぁんだ、ヒトの子。気がついていたの。狸寝入りで盗み聞きとはいい趣味じゃないか」

 

「は、綺麗で見とれてた? そう、素直な物言いをする子は嫌いじゃないよ。本当、昔からヒトの子達は星を見ることが好きだよね。好きなだけ見てるといいよ、減るものでなし。彗星足りえないボクでも、星の役目は果たせるということだ」

 

「なに? そんな顔して、どうしたの。……あぁ、ボクのためにそんな顔をしてくれているんだね。そう。これだから、ヒトの子は可愛いよね。ね、君。どこまでボクの事を知っているの?」

 

「……そう。見ての通りボクは、魔力がある。だからこうして、ヒトの姿になって逃げおおせているのだけど。魔力を持った代わりに、ボクは彗星の子として生まれながら燃料となるガスは少なく、そして長径11キロオーバーの大型の小惑星だった。分かるだろう? 大きな彗星が他の星々にとってどれだけ危険か。まぁ、そもそもとして、ボクには旅をするだけの燃料も備わってないのだけれど」

 

「だから、ボクは宇宙を旅する星にはなれない、ただ、明るく光るだけの恒星さ。……君たちを困らせたかった訳じゃないのだけどね。また閉じこもる前に、少し、憧れの星を見たかったんだ。200億光年の先にある青い星を」

 

「……見えるよ。言ったでしょ、ボクには魔力がある。遠見の瞳の術くらいできるさ……え? 普通はそこまで遠くを見れない? そりゃあキミ、星と人とを比べてどうするの。可愛いヒトの子、特別にボクの瞳を分けてあげる。目を閉じて。うん、素直な子は好きだよ」

 

「さぁ、目を開いて、真っ直ぐ先を見てごらん。どう? 水の惑星と名高い星、アストール。旅を終えた星屑から聞かされた。それはそれはとっても美しい星なんだ、ね、君もそう思うでしょ。え、地球? アストールが君の故郷!!? なにそれ、羨ましい。ね、ね、どんな所なの。星屑達の話だと、水の他には花という可憐な生命に溢れた星と聞いたよ」

 

「コンクリートと電気? そう。太陽ってソルムジークのことだっけ? へー、彼の光の当たらない半分はイルミネーションになってるんだ。素敵だね。うん、とっても素敵だ。見に、行きたいな。いつか」

 

「ふふ。優しい子だね君は。でも、ボクを見てそんな悲痛そうな顔しないでおくれよ。星は人を癒す存在なのだから。なにも、ボクは無謀な夢を語ってるわけじゃない。たしかにボクは、箒星になるには大きすぎる身体と少ない燃料だ。でも、ボクは魔法が使える」

 

「転移魔法を使えばどこにだって行けるはずなんだ。今は衝突事故を起こさないように、銀河の地図を叩き込んでるから、まだ実行できてないんだけどね。かならず、ボクは行くよ。銀河を流れることは出来ないけれど、ボクにだって旅はできる筈だ」

 

「見習いくーん。どこだー……君まで迷子になることはないんだぜー。みーならーいくーん」

 

「おや、呼んでるね。ボクの話を聞いてくれてありがとう。そろそろ戻ろうか。ん? なぁに?」

 

「変なことを言うねキミ。星に名前なんてないよ、ヒトがたどり着いて、名を記され、人類史に残され、はじめて星に名前が刻まれる」

 

「え。君が個人で付けてくれるの? ふーん。どういうことかわかってるのかな? でもまぁ、いいかな。うん、いいよ。君なら。ボクは名前を貰っても、なんて付けてくれるの?」

 

「『芍薬の君』? シャクヤク? それは、なにか意味でもあるのかい?」

 

「ふぅん、地球では美しいものを花に例えるんだ、雅だね。……ボクが地球と花が好きだというから考えてくれたの。そう。ふふ、ほんとにヒトの子の考えることはいじらしいね、愛らしい。うん、気に入った、ありがとうね」

 

 

*シーン4*

 

 

芍薬の星

「やぁ、Dr.ヤツデ。戻ったよ」

 

ヤツデ

「うわ、美人……って、ん? もしかしてお前彗星か!! 見習いくんも一緒じゃん、良かった。ありがとうな。お疲れ様。もーっ、心配したじゃんか。みんな君がふらっと消えるから探し回ったんだぞ」

 

芍薬の星

「あっははは。ごめんね、戻る前に星を見ておきたかったんだ。ところでドクター、ボクにはもうシャクヤクって名前があるんだ。呼んでくれると嬉しいよ」

 

ヤツデ

「んえ"っ……」

 

「……」

 

「……あの、ダレニモラッタンデスカ」

 

芍薬の星

「うん、そこの可愛いヒトの子にだよ」

 

ヤツデ

「っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 無理!!!! とても無理!!!!!! やだぁ、頭痛い!!!! 圧倒的監督不行届ぃぃぃぃぃぃぃ!絶対先輩に締められる無理!! ストレスで禿げる!!!!!!」

 

芍薬の星

「あっははは。愉快愉快。あぁ、大丈夫だよ可愛い子。キミは何も悪いことはしてないよ、ねぇドクター?」

 

ヤツデ

「いや、大丈夫じゃないから!!!!確かにわるいことではないけどね!!????? 見習いくん、絶対知らないでやったでしょ。まだ、習わないし、契約を許されるほど星に好かれるとかレアケースすぎるもんね!!?」

 

芍薬の星

「そうかな。憧れの星、アストールの子で、優しい素直な可愛い子が名前付けたいって言うから、いいかなって。そんなもんだよ」

 

ヤツデ

「よくない!!! なんで?? ねぇ、なんで?? そんな猫を拾うような軽いノリでやることじゃないじゃん!! ほんと無理。はぁ。ちょっと落ち着け俺……深呼吸……すぅ、はぁ……すぅ。はぁ…………すぅっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(クソデカため息で)……しんど」

 

ヤツデ

「あー、あのね、見習いくん。星の契約者については知っているか?」

 

ヤツデ

「そう、リディア先輩と夜の魔導師が有名だよね。星に名前を個人的に与えることを許された人間は星と契約する。すると特殊伴侶って言ってね、親子や番のような絆を結ぶんだ。お互いの魔力を繋ぐから、離れていても意思疎通やお互いの体調がわかるし、契約者は星の魔力を使うことができる」

 

芍薬の星

「そのかわり。寿命を伸ばすか、死後魂を捧げるかをして星が朽ちるまで傍にいてもらうけどね」

 

ヤツデ

「シャクヤクさん、そんなにこの子気に入ってるなら無知を許してやってよー。な? ノーカンにしようぜ? 」

 

芍薬の星

「えー。ボクから契約を迫ったならまだしも、名前を先に渡したのはこの子からだよ」

 

ヤツデ

「デスヨネー。婚姻届差し出してサインさせてからやっぱ無しはないよなー、知ってたー。……はぁぁ……ん。いいんだ、見習いくん。君は本当に悪くない。俺の監督不行届だから……ほんとにごめんな。ごめんなんだけど、見習いくん、腹括るしかねぇよ」

 

芍薬の星

「ふふ。ボクはどちらでもいいからね。ねぇ、キミ、ヒトとしての寿命が尽きるまでにどっちがいいか。のんびり決めておいて」

 

ヤツデ

「あー。退路塞ぐようで悪いけど見習いくん、星は一途だし、100年なんて秒だから。忘れられて無効にはならないと思う。星は基本的にメンヘラかヤンデレだって覚えておいた方がいいよ……オレも責任もってできる限りフォローするから、その、頑張ろうな」

 

 

芍薬の星

「やだな、それは番になった時の話でしょ。まったく。この子は可愛い庇護対象(ひごたいしょう)だよ。あっははは。キミそれなんて顔。大丈夫。少なくとも、ボクからしたら赤ちゃんみたいな子を番にはしないよ」

 

ヤツデ

「ホントカナー」

 

芍薬の星

「でも、そうだね。星には性別なんてものは無いし。君が望むなら、王子様にでも、お姫様にでも。ちゃんと迎えに行くから、キミは精一杯生きてあの青い星で待ってて。ボクは必ず辿り着くから。君の親でもある惑星だからね、ちゃんとご挨拶しなくちゃ」

 

「ふふ。応援してくれるんだ。ありがと。それじゃあ。またね、キミ」

 

ヤツデ

「行っちゃった。あぁ、たぶん保護魔法具のところに戻ったんだと思うよ。……はぁぁ、始末書、報告書、学校と保護者さんへの書類、国への申請……やることいっぱいだぜぇ」

 

「うん、そうだよなぁ。星とのマナーを学び直したくなるよな。ほんと、1人にしてごめんな。お兄さんに任せていいぜ、責任もって叩き込んでやるから」

 

「頑張ろうなぁ。ボチボチ帰るかぁ……はぁぁ、見習いくん、俺は帰ったらとりあえず先輩に怒られてくるから、終わったらお兄さんとパンケーキ食べに行こうなぁ、もちろん俺のおごり。約束な」

 



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S 姫巫女ヒロイック〜ダークサイドゲノム〜 広告CM風

2000文字程度3分~5分。

イール(女性)
神、悪魔(男性)

魔法少女もののダークサイド。
動画サイトに転がってるようなロングバージョンの広告動画イメージ。


イール

愛こそが正義だと彼女達は叫ぶ。

守るものがあるから立つのだと。

まるで愛を知らぬ憐れな生物だというように。

強い光の宿った目でこちらを睨むのだ。

 

私が破壊する衝動をちんけな言葉でなど表したくはないが。

あえて彼女達に合わせた表現をしよう。

 

貴様らの愛が正義だというならば、私もまた愛ゆえにはたらいているというのに。

 

_間。

 

イール

私の名はイール。

ひと柱の神に愛され祝福を告げ歌う、楽園の碧き泉の名を与えられた天使だ。

__神代の不埒な人間に不覚にも羽をもがれた、間抜けな天使だ。

 

羽を奪われた天使は神の使いでない。もはやその概念も残らない。姿は似ていれども元よりヒトでは無いのだから、肉体も持たない。

ただ羽を残して消えゆくだけである。

 

 

そんな愚かな天使が眠ってか2000年がすぎた。

人類が神を捨て、自分たちで歩き出したことを知っている。

 

人間どもからの信仰を失ったあの方は、かつての輝きを失っていることも。

 

それでもあの方は、神を捨てた人間を変わらずに愛して、仕方ないと笑って。

人間共の住まうこの星に、力のがきりイノチを宿しているのだということも。

 

私は、知っていた。

 

 

「……良かった、ここにいたんだね」

 

イール

どれほど時が流れたのだろう。

私が閉じ込められた遺跡に光が差し、聞こえた懐かしい声に心が震えるのを感じだ。

ひどく優しいその声を忘れたことなどただの1度もない。

 

こけた頬、擦り切れた衣、失われた命の輝き。

すっかり変わられてしまったお姿に、無い翼の羽根が抜け落ちるような心地がした。あぁ、なんということだろう。おいたわしや、我が主、我が大御神(おおみかみ)

 

それでもこの星の何よりもうつくしいその目は、変わらずに深い慈愛の色をたたえて。柔く笑みを浮かべていた。

何よりあたたかく、何よりも尊いあの方が私の羽を抱えて迎えにきたのだ。

 

「遅くなったね」

 

イール

「……私のことなど、人間に羽を奪われるような間抜けな天使など放っておいてよろしかったのに」(感極まって涙を浮かべている)

 

「僕のイール。僕の天使。そんな寂しいことを言わないで。君は怒っていいんだよ。長い間見つけてあげられなくてごめんね」

 

「君の羽、見つけたんだ。返してあげようね。あの子たちもやんちゃで困るね。でも、どうか許しておやり。怒るなら、ずっと君を迎えに来なかった薄情な僕にだ」

 

イール

「そのようなことなど!! いいえっ、貴方様は何より優しく暖かい御方にございます。ずっと、お会いしとうございました。どうかこれからも貴方様の思うままにお使いください」

 

「……さぁ、イール。羽ばたいてごらん。高く飛んで見せておくれ」

 

イール

「はい、喜んで」

 

「……僕はね、星の引力を知らぬ君の滑空が好きなんだ。やはり、綺麗だね。あぁ、良かった。空を謳うように、星と踊る姿をもう一度、見たかったんだ。僕の心残りはもうないよ」

 

イール

「っ。そのようなことを仰らないでください。貴方が望むのであれば、私はなんどでも!」

 

「いいんだ。そんな顔をしないでおくれ。聡い君はもうわかっているのだろう?

ヒトはもう、僕を必要としていないみたいだ。僕の役目はきっと終わったんだよ。

彼らは立派に歩いて行ける」

 

イール

愚かな人間共を愛した、優しい神様。

文字通り死力を尽くして星を回していた、失われた信仰と共に夢、幻へと還る今は儚き御方。

 

死んだ天使に再び息吹くほどの力など、もう無かったことなど想像に容易い。

 

悪魔

「水をさして悪いねぇ。そろそろ満足したかい?カミサマ」

 

イール

嗚呼、やはり。

私のことなど、思い上がったヒツジ共のことなど放っておけばよろしかったのに。

 

「あぁ、満足だよ。なんでも持っていくといいさ。悪魔殿」

 

悪魔

「それじゃぁ、お代を頂こうか」

 

「僕のイール。はやく天にお帰り。僕はきっと醜いナニカになる。そんな姿を君に見られたくはないんだ。僕からの最後のお願いだよ。

僕のいっとう愛しい子、僕だけの天使。さ、はやくお行き。幸せにね」

 

悪魔

「取引成立だ。頂くよ、貴方のいっとう尊くうつくしいもの。貴方を神たらしめる『慈愛』を」

 

「こんな神威(かむい)残滓(ざんし)でよろしければ全て差し出そう。あの子の翼にはそれだけの価値があるのだから」

 

_間。

 

イール

慈愛を失ってしまった私の神様がどうなるかなど想像に容易い。

 

_間。

 

神だったナニカ

「__憎い、憎い。

__あんなに愛してやったのに

__あんなに大事にしてやったのに

__私を忘れて、のうのうと生き晒している

 

__神の恩恵を、畏怖(いふ)を忘れ

__思い上がった人間どもが憎い!!

 

__嗚呼イール、私のイール

__どこに行っていたんだ、私の天使」

 

イール

「はい、私はここにおりますよ。分かってるおりますとも、私は髪のひと房から脚の先まで、この心も全て貴方様のもの。貴方様だけの天使です。お傍におりますとも」

 

神だったナニカ

「あぁ、そうだったね……。私のイール。君も思わないかい。あの思い上がった愚かな人間共には神罰を下すべきだと。……そういえば。君のうつくしい羽を奪ったこともあったね」

 

「__あぁ、許してなるものか」

 

イール

「えぇ。貴方がお望みならば。

貴方様からの慈愛を甘受するばかりで裏切り捨て、神の座から引きづり落とした。その全てを破壊して参りましょう」

 

私の名はイール。

ひと柱の神に愛された、この星に破滅を告げ、滅びを歌う天使だ。

もう私にはあの泉の名もこの純白も似合わないかもしれない。

それでも貴方様の心が安まるのならば、私は輝く白を失うことも(いと)わない。

 

「姫巫女☆ヒロイック、毎週日曜朝8時30分より放送中」

 

神だったナニカ

「公式ノベル、巫女姫☆ヒロイック、ダークサイドゲノム第3巻は2015年9月31日発売」

 

「お前らが捨てたんだ、私がお前たちを棄てて何が悪い」

 

 

 




蛇足。
悪魔は『神威:慈愛』を手に入れて魔王のひと柱になったはいいものの、生命体Xに成り果てた元神が暴走しているから先輩魔王達から「てめぇのケツはてめぇで拭け」とせっつかれる。

そして彼もまた「てめぇのケツはてめぇで拭け」ということで。
たまたま目に付いた島国の神職の人間共に力を与えて、『巫女姫』として祝詞を捧げさせてお祓いとお清めをさせているという話。
日本の神様じゃないからあんまり効果ないのだが、彼も適当なのでこれがまたなかなか気づかない。

神の全盛期だった、神代に切り離されたイールの羽は神秘に満ちている。
ラスボスより強いというか、実質ラスボス。


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S ノセとミケ『赤い実はじけた』

性転換◎。

三池……女
一ノ瀬……男


三池

「次は借り物競争かぁ。毎年お題がある意味酷くて『青春クソ野郎晒しあげレース』とも呼ばれるからなぁ。犠牲者の皆様南無南無。我々勝ち組はスポドリ片手に低みの見物といきますよ」

 

「あ。ノセだ。あいつ貧乏くじ引いたんだ。あとで笑ってやろ」

 

「うわ、うるさっ。何の歓声だろ?……あぁ。クラスのマドンナがこちらに向かって来るのか……道理で。誰か呼んでるみたいだけれど、聞き取れないな。マドンナ様のご指名は誰かな……ん、あおい……? 葵って、あれ? 私?……ま?」

 

「はぁい桃ちゃーん、お探しの三池葵はここにいますよー。桃花ちゃん、私をご指名で? ……あぁなるほどね、確かに恋慕う好きな人とは一言も書いてないね。えへへ、私好きな人なのかぁ、そっかぁ。嬉しいな」

 

「あっは。ブーイングをどうもありがとう。悪いねぇ野郎ども、お姫様は私をご所望だってさ。百合の間に割って入る男は死罪って相場が決まってるのをご存知ない? 」

 

一ノ瀬

「おっ、ミケみーつけた」

 

三池

「あ、ノセぇ。もしや私をお求めでー?」

 

一ノ瀬

「そそ、お求めお求め。よっと、かーくほ」

 

三池

「はっ? いやちょっと待って、降ろして!! 悪いけど私君と走るとは言ってない!! 私には桃花ちゃんという先約がだな!!」

 

一ノ瀬

「えぇー? そうなの。じゃあ二条さん、悪いんだけどさ、ミケは俺に譲ってくれない?」

 

三池

「はぁ?何勝手に!! えぇっ桃花ちゃん、私がやだよ!私は桃花ちゃんと走りたいもん!!」

 

一ノ瀬

「あんがとな、二条さん。そんじゃあ、ミケ。行こっか」

 

三池

「あっこら!!離せ!! わかった、行くから!! せめて降ろして!!」

 

 

_間。

 

 

一ノ瀬

「一緒に走ってくれてどうも。おかげで1等だったよ」

 

三池

「どういたしまして、私は1メートルたりとも走っちゃいないけどね。お役に立てて何よりだよ」

 

一ノ瀬

「いやぁ、アンタが敵チームなのに借りられてくれるお人好しで良かった」

 

三池

「ノセくん。あれは攫ったのほうが表現が的確だったとおもうのだけど?」

(抓ねる)

 

一ノ瀬

「アッ イッッッタッ……おまっ、ちぃったァ手加減しろ!! はーーっっ、痛った……」

 

三池

「うるさい、それは私が受けた羞恥の痛みだよ。謹んで受けろ馬鹿ノ瀬」

 

一ノ瀬

「……いやぁ、ただでも敵チームの三池さんを走らせるのは悪ぃかなァってね。こう、ひょいとつまみ上げた方がね」

 

三池

「はぁ……何だこの格差は。筋肉か?筋肉なのか? 」

 

一ノ瀬

「いやいやミケさんや、そのちぃちゃい体躯とうっすい体じゃあね?」

 

三池

「殺すぞ。ったく、なんだって降ろしてくれなかったんだよ。ちゃんとついてくって言ったじゃんか。わざわざ辱めるような抱え方しなくても良かったと思うんだけどな。悪意しか感じない」

 

一ノ瀬

「おや、お姫様抱っこではご不満でしたか?お嬢さん」

 

三池

「馬鹿にしてんな? 不満しかないよ。そんなにマブに意地悪して楽しいかクソが」

 

一ノ瀬

「なんのことやら」

 

三池

「……こんにゃろう」

 

一ノ瀬

「(ケラケラと笑う)」

 

三池

「ノセってほんとに性格悪い。性悪だ」

 

一ノ瀬

「えー、知らなかったんで?」

 

三池

「悔しいことによぉく知ってた」

 

一ノ瀬

「そんな悪友はお嫌いで?」

 

三池

「うぐ、嫌いじゃないよ馬鹿」

 

一ノ瀬

「知ってた。ミケはほぉんと、俺の事大好きだもんねぇ」

 

三池

「やかましゃい。はぁ……そんで、結局お題はなんだったの」

 

一ノ瀬

「あー、お題? んぁー……なんだったと思う?」

 

三池

「えぇ……質問に質問で返さないでよ。わからないよ、ノセってば審判に紙見せたと思ったらすぐに破り捨てたじゃん。実況のマイク奪って「コイツが1番のダチ」って宣言してたけどさ……気になる」

 

一ノ瀬

「ふぅん、ミケちゃんそんなに知りたいのー?」

 

三池

「んぇ、何その顔……だって気になるじゃん」

 

一ノ瀬

「んー、じゃあ次会う時まで考えといてよ」

 

三池

「教えてくれんのかいな。いいけど」

 

一ノ瀬

「ねぇ、三池」

 

三池

「んー? わ、あぇ、なに。……黙んないでよ、気持ち悪いな。何急に、……あ、待って、ち、近いって……ノセ」

 

一ノ瀬

「考えといてね。そんで次会った時は」

 

三池

「……」

 

一ノ瀬

「(耳元で)ちゃあんと、自分が獲物だって自覚しといてくれよ」

 

三池

「っ!!?は、へ……?」

 

一ノ瀬

「そんじゃま、午後の競技も程々に頑張れよ」

 

三池

「ま、待ってノセ!! 一ノ瀬待ってってば!! 誤解しか生まない言葉を解いてからにして!!!! 脳みそ処理落ちしそうなんだけど!?」

 

_間。

 

一ノ瀬

「……ほぉんと、鈍感なお間抜けさん。冗談やからかいでんな事言うかよ。ばーか。まだ言うつもり無かったんだけどな。まァ、せいぜい俺のことで頭いっぱいにして眠れなくなりゃいい」

 

「さァて、どうやって溺れさせようかね」



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柘榴は遠き海に沈む。予告編

『』のセリフは過去の2人のセリフです。
1番最初の『おどろいた……』の部分は15そこらの少年なのでぐっと幼くして読んでください。

過去も今も初はあまり変わらないので、声音を変えなくてよいです。


小説のような雰囲気を出したかったので長ゼリフ多めになります。


所要時間13分程度。
最後のナレーションはお好みで。

春彦……男性
初……女性


春彦

「筋肉か……」

 

「失礼します。春彦さん、珈琲(こぉひぃ)を淹れました。1度、読み物は置いて、お茶にしませんか」

 

春彦

「ん、お初。わ。もう一刻も過ぎていたのか。4半刻(よんはんこく)くらいの気でいたよ……ありがとうお初、すぐに行くよ」

 

随分(ずいぶん)と熱心になっていたようですが、何を読んでらっしゃったのですか」

 

春彦

「学者様の書いた論文さ。筋肉があった方が長生きできるそうだよ。僕には逞しい肉がないからなぁ。君より早く衰弱死してしまいそうだ」

「あら。では婿入りし直してうちの米屋でも継ぎますか、必要に駆られて自然と鍛えられますよ」

 

春彦

義兄上(あにうえ)がいらっしゃるだろうに。素敵な誘いだけれど僕には荷が重いな」

 

「まぁ、残念です。でもあまり早く置いていかれるのは、私は嫌ですよ。ただでも女のほうが長く生きるようにできているのですから」

 

春彦

「そうだね。僕もあんまり長い間きみが居ないと、柘榴(ざくろ)の実を黄泉(よみ)から持ち出してしまいそうだ」

 

「柘榴、ですか?」

 

春彦

「お初、こんな話を知っているかい。西洋に伝わる死者の国。その王の恋物語の話だ」

 

_間。

 

春彦

_生者を引き止めるのには冥界の4粒の柘榴があれば良かった。

では、死者に会いに行くにはどうしたらいいのだろうか。

 

「なぁ、お初。僕を置いて遠くへと行ってしまった人。

僕は黄泉の柘榴が欲しいよ」

 

「僕を君の居るところに連れて行っておくれ」

 

君の在処(ありか)を求めて、どれくらい経っただろうか。

 

僕の(まなこ)が温度を映さなくなって暫くしたころだ。

 

僕は海に来ていた。

 

晩秋(ばんしゅう)の砂浜。

素足を撫でる波は、僕をゆるやかに誘っている。きっと凍えるほど冷たいのだろう。けれども、それが分からないくらいに僕はその先へと行きたかった。

 

僕の視界はいつからか、ぼうっと周りがぼやけるように暗かった。それからだんだんと色が分からなくなったのだ。代わりに(まなこ)が見つめるようになった虚空は、とても遠くて。それはどこまで歩いても届かないくらいの、遥か彼方にあるのだ。

 

だが僕はそこへ行かねばならない。

目指せど目指せど叶わなかったが、諦めることはできない。

そこへゆけば君に会えると確信していたからだ。

 

海はそんな僕のすべて理解しているかのようにとても静かだった。昔、君と来た時。足首にまとわりついて遊んでいた無邪気な波は、居なかった。(やわ)く、穏やかに、ただ優しく、冷たい(ふち)へと招いている。

 

あぁ。この先だ。この虚空の先に君がいる。

 

ようやっと見つけた。何をしても辿り着けなかった先へ行く道は、海にあったのだ。

 

僕はきみに伝えなければならないことがあるんだ。

 

 

_間。

 

 

『ー♪(適当に鼻歌で)』

 

春彦

「(初の鼻歌の途中で)……ポカポカと暖かい。間違えて極楽にでも来てしまっただろうか」

 

『春彦さん』

 

春彦

「初!? お初!! ……なんだ? 声が、口が動かない。っ、身体も……!!」

 

『よかった。気が付かれたのですね』

 

春彦

『……おどろいた。この世でいちばんうつくしいものは、きみかもしれない』

 

『あら、まぁ』

 

春彦

「この間抜けな声、稚拙な言葉回し。自由の無い身体で過去の愚行を見ているばかりとは何たる拷問。あぁ、嫌でも思い出すね。これは見合いの時だ。次は、花見、誕生日、記念日……なるほど、初と出会ってからの日々を逆行しているのか!!」

 

_愛しい人との記憶を辿り、愚行は繰り返し。

彼女との尊き日々は()せず、されど再び失う。

 

『それでは春彦さん、少々行ってまいります』

 

春彦

『あぁ、先に楽しんでおいで。僕も今夜にはそちらに向かうから』

 

春彦

「ダメだ!! 手を離すな間抜け!! お前が手を離せば行ってしまう。彼女があの船に乗ったら最後。もう戻っては来ないのだから!! 嫌だ初、行かないでくれ!! 行ってはいけない!! 君は今夜僕と一緒に行こう、お初!!!! あ、あぁ……いかないで」

 

足掻くこともできなければ、過去も変わりやしない。

 

 

「〜♪(鼻歌再び)」

 

春彦

「ぅん……はつ」

 

「気が付きましたか、お久しゅうございます春彦さん」

 

春彦

「……あぁ、やっぱり君はどんなものより美しく笑うね」

「君は黄泉にいても変わらない」

 

「貴方は少し老け込みましたね。酷い(くま)(せわ)しなくともしっかり寝ろとあれほど。こんなに痩せてしまって。ちゃんと食べていなかったから……。死に急ぎすぎですよ、全く」

 

春彦

「この(しわ)が笑い皺だったら良かったんだけれどね。どうにも僕はきみが居なくちゃ駄目らしいんだ。情けない僕を君は許してくれるだろうか」

 

……僕はこれを恋の物語などと題するするつもりは無い。

ましてや、亡き妻を求めて黄泉の国へと飛び込んだ冒険譚などでも無い。

 

「……!! ふふ。今日(こんにち )の旦那様は随分(ずいぶん)と素直に言葉を下さるのですね。過去を巡って身に染みでもしましたか」

 

春彦

「……僕が過去の自分を恥じていると知っているだろうに、きみもなかなかに意地悪なことをするね」

 

「旦那様があんまり私を恋しく思ってくださってるようでしたので、思い出巡りをばと思ったのですよ」

 

春彦

「だからと言ってあの日のことまで見せる必要は無かっただろう……僕はあんな思いをするのは二度と御免(ごめん)だと思っていたというのに」

 

「それは…そうですね、すみません。私には途中で止める(すべ)を持たなかったのです」

 

春彦

これは、死者に手を引かれ淵に沈む1人の愚かな男の話だ。侘しさに潰れ、惰性で生を手放し逃げ出した、愚か者の滑稽な笑話。

 

「……。そうだね、君に会いたくて仕方なかったさ」

「だから君は僕に柘榴(ざくろ)を食べさせてくれるのだろう? そのために、僕の力では辿り着くことのできない虚空の先へと呼んでくれた。違うかい」

 

仮にこの冥界での出来事を綴り、1冊にするとしたら。

僕は背表紙にはこう綴る。

 

柘榴は遠き海に沈む__と。

 

(手を叩くなりなるべく大きな音で、パァァンッと入れてください)

 

「えぇ。ですからこれは、私から貴方にに渡せる最後の贈り物です」

 

N

『柘榴は遠き海に沈む』

大正86年、秋公開予定。特典付き前売り券は8月10日より発売開始。

 

 



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S ノセとミケ『名前』

一ノ瀬……男
三池……不問。男として演じる場合は一人称変更推奨。

あらすじ。
放課後他クラスの女子生徒に呼び出された三池。
手紙を押し付けるように渡され、『じゅんくん』に渡して。とだけ告げると彼女は走り去ってしまう。
しかし三池には『じゅんくん』に当たる人物に心当たりがなく……?


三池

「……受け取ってしまった。『じゅんくん』に渡してって言うなり光の速さで行っちゃった。んー、リボン緑だったから同じ1年生だと思うんだけど……ダメだ自分の学年の女子なのに名前と顔が一致しない」

「そもそも『じゅんくん』イズ 誰……」

 

一ノ瀬

「ミーケっ」

 

三池

「わ、ノセ」

 

一ノ瀬

「呼び出し済んだみたいだから来ちゃった。終わった?」

 

三池

「うん、終わった終わった。待たせてごめんね、ん?いや、そんな待たせてないよね。まだ3分も経ってないけど、どしたの。なんかあった?」

 

一ノ瀬

『いんや。(咳払い)……はやく三池くんにぃ会いたくてぇ(裏声で)』

 

三池

「寂しんぼか。はいはい待たせて悪かったね、ハニー」

 

一ノ瀬

「ダーリン(ざっつ)ぅ(ここまで裏声)。もぉ、ノセくん泣いちゃう」

 

三池

「可愛くないチェンジで」

 

一ノ瀬

「おっと残念振られちった。……んで、何の呼び出しだった? あれC組の子でしょ、告白でもされた?」

 

三池

「まさか。ノセは記憶力いいねぇ。私パッと思い出せなかったよ」

 

一ノ瀬

「まぁね。可愛い子の名前は覚えてるよ。胸が大きいよね彼女」

 

三池

「なるほど最低だ」

 

一ノ瀬

「まぁ冗談だけど、思い出せもしなかったミケよりかマシだね」

 

三池

「うっ、ごもっとも」

 

一ノ瀬

「ミケそんで結局なに言われたの」

 

三池

「あぁそうそう。『じゅんくん』に渡してくれって手紙を預かったんだよ。私に頼んだってことはうちのクラスにいるんだと思うんだけどさ……基本苗字でしか呼ばないから男子の名前ほぼ知らないんだよね」

 

一ノ瀬

「ふーん。つまりミケからすると、知らん人から知らん人宛ての手紙を預かったと」

 

三池

「まぁ……そうなるね。なんで私に頼んだのかな。(ハッとして)やっぱり話しかけ易いのかなぁ。優しげな雰囲気というか紳士的な?オーラがあるのかなぁ!! うんうん、私あの高嶺の桃花ちゃんとも親しいし??」

 

一ノ瀬

「紳士的ねぇ……普通にナメられてんじゃねぇの」

 

三池

「言うなよ!!夢を見せてくれたっていいじゃんか!!!桃花ちゃんと仲良しなのはほんとだし!!」

 

一ノ瀬

「ま、単純にお前と『じゅんくん』が親しい奴だから、頼んだんだろ」

 

三池

「なるほど。私が渡しやすい相手……席近いのかな。高山の下の名前なんだっけ」

 

一ノ瀬

「つばさ」

 

三池

「隣じゃないなら前後か……四海(よつみ)は……あぁ大輝でしょ、後ろは心くん……だめじゃん」

 

一ノ瀬

「ざぁんねん……クラス名簿でも見に行く?」

 

三池

「あぁ! そんなのあったね、今日のノセ冴えてる」

 

一ノ瀬

「ばっか、俺はいつだって冴えてるだろうが」

 

三池

「あはは、そうでした。失敬失敬。さて、じゅん、じゅん……おっラッキーすぐあるじゃん。いちのせ、じゅん……」

 

一ノ瀬

「はーい。なぁに、葵」

 

三池

「お前かよジュンくん!!」

 

一ノ瀬

「そーだよ、ミケってば全然俺の名前覚えてなかったんだね」

 

三池

「いやごめんて、すっかり失念してた……そうじゃん、ノセは名前じゃないよ。ノセって呼びすぎて麻痺してたわ。はいどうぞ、お手紙ですよー」

 

一ノ瀬

「はいどうも。そのくせ四海や弥六(やろく)の名前はちゃぁんと覚えてんの」

 

三池

「ごめんて。拗ねないでよ」

 

一ノ瀬

「……」

 

三池

「ノセぇ、悪かったってぇ……もう覚えたよ忘れないから許してよ、ジュン」

 

一ノ瀬

「もう一声」(別に拗ねてないことがわかる声で)

 

三池

「もう一声。なるほど、精一杯ご機嫌取りさせていただきますよ。……うん? でも謝罪にもう一声って何? えっと……わたくしめが悪うございました。どうかお許しくださいジュン様」

 

一ノ瀬

「もっと可愛く」

 

三池

「かぁいくですか。ん"んん……ごめんね、じゅんくん。許して欲しいなぁ」

 

一ノ瀬

「もっと猫っぽく」

 

三池

「猫ぉ?あはは仰せのままに。ごめんにゃさい、ご主人様ぁ。許してにゃん」

 

一ノ瀬

「にゃんでもしてくれますか」

 

三池

「にゃんでもしましょう」

 

一ノ瀬

「許しましょう」

 

三池

「ありがとうございます」

 

一ノ瀬

「なぁに聞いてもらおうかなぁ」

 

三池

「お手柔らかに頼みます」

 

一ノ瀬

「じゃ、今度駅前のモールにできるお化け屋敷行こうなぁ」

 

三池

「チェンジで!!」(悔い気味に)

 

一ノ瀬

「あはは。却下しまぁす」

 

三池

「横暴だぁ」

 

一ノ瀬

「楽しみにしてるねダーリン」(裏声)

 

三池

「ダーリンにもうちっと優しくしてよハニー……」



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箱入り嬢と幼馴染『お友達』

二条……女
七瀬……男

赤い実はじけたのサイドストーリーになります。

3000文字程度なので10分くらいかと。
テスト読みを次第所要時間を確定します。

あらすじ。
学校1の美少女と名高い二条には嫌われてはいないが、高嶺の花だと近付かれることもなく友達が居ない。借り物競争で『好きな人』のお題を引くが、唯一の知り合いであった三池は一ノ瀬に取られてしまう。
マドンナに借りられたいと、押し寄せる男子生徒にたじろいでいると、助けてくれたのは従兄弟の七瀬であった。


二条

「助かったわ、ありがとう澄直(すなお)

 

七瀬

「別に。お前の親父さんから小遣い貰ってる分働いただけだよ」

 

二条

「もぅ。相変わらず無愛想ね。名前に反して全然素直じゃないんだから。お礼くらい素直に受け取れないものかしら」

 

七瀬

「余計な世話だよ、お嬢様。じゃ、俺次の競技あるから行くわ」

 

二条

「あっ……わかったわ。またね」

 

七瀬

「……素直じゃねぇのはお前もだろうが。何?まだ時間あるからいいよ。いま2レース目だから、あと15分くらいか?」

 

二条

「あのね、澄直。さっきね一ノ瀬くんに、葵ちゃん取られたの。私が先に声掛けたのに、葵ちゃんもいいよって言ってくれてたのに」

 

七瀬

「あぁ、見てたよ。横から綺麗にカッ攫われてたな。一ノ瀬も大人気ねぇよな、お前が折角なけなしの勇気を出して三池に声掛けたのに」

 

二条

「葵ちゃんともっと仲良くなれるきっかけになると思ってたのに……他に連れて行きたい『好きな人』なんていなかったのに」

 

七瀬

「お前友達少ねぇもんな」

 

二条

「言わないでよ、気にしてるんだから。一ノ瀬くん怖い顔してた、そんなに睨まなくても良かったじゃない。意地悪だわ」

 

七瀬

「あー、あれはたぶん無意識というか、条件反射だろうなぁ。あの後わざわざ横抱きにしてたのだって牽制だぜ。だれも狙わねぇっての、おっかねぇ。あいつ本当に三池に対して過敏なセコムな上独占欲クソ強いから……。三池が可哀想。あんなん一生恋人できねぇよ」

 

二条

「本当に。あの子とっっっても鈍感だから平気なんだと思うわ。もう。もっと仲良くはなりたいけれど、別に一ノ瀬くんから取ってやりたいなんて思ってないのに」

 

七瀬

「そうだなぁ。箱入りお嬢様のお前にしては、よくやったよ」

 

二条

「葵ちゃんに振られたら、今度はなんか自己推薦の嵐だし、怖いし。可愛いって罪だわ。ほんとに澄直が同じチームで良かったわ」

 

七瀬

「別に敵チームだろうが、助けに入るよ。でも、ちょっとずつ自分で捌けるようになれよ。桃花は綺麗な顔してるから、この先もこういうことあるだろうし。俺が助けてやれるのも高校卒業するまでだし」

 

二条

「わかってるわよ。いつまでも澄直に甘えていられないのだって。でも怖いんだもの。なんでたいして親しくもないのに、あんなに迫って来るのかしら……。勢いも怖いし、捌くなんて到底無理よ……できるようになれるかしら」

 

七瀬

「大丈夫だろ、お前は昔から器用で物覚え良かったし。そのうち慣れるよ。慣れるまでは助けてやるし」

 

二条

「うん。澄直、高校生のうちは私のこと守って頂戴ね。卒業するまでにはちゃんと独り立ちするから」

 

七瀬

「……あぁは言ったけど従兄弟(いとこ)だし、卒業したって別に縁が切れる訳じゃないし何かあったら呼んでいいんだから。俺らはそれくらいの仲だろ。そんな暗い顔すんなって」

 

二条

「いいの?」(勢いよく)

 

七瀬

「いいに決まってるだろうが」

 

二条

「……嬉しい。まるでお友達みたいだわ」

 

七瀬

「……おい。今聞き捨てならねぇ言葉が聞こえた気がするんだが」

 

二条

「えぇ?」

 

七瀬

「お前にとって俺は何だ」

 

二条

「え、何よ急に。従兄弟でしょう」

 

七瀬

「いやそりゃそうだけど。なに? つまり桃花にとって俺はただの従兄弟だったと」

 

二条

「ち、違うの?」

 

七瀬

「じゃあなんで、ただの従兄弟でしかない俺がお前のために、多数の敵を作るような真似をしてると思うんだよ」

 

二条

「それは、お父様に報酬をもらっているから……」

 

七瀬

「……。あーそうかよ。ほんっとにこの、箱入りお嬢様は!!お前の父さんが女学院じゃなくて、俺に世話を頼んでまでなんで一般高校入れたかったのかよぉく分かったわ。いいか桃花、いっぺんしか言わないから1回で頭に叩き込めよ」

 

二条

「う、うん」

 

七瀬

「俺とお前は従兄弟だけど、昔からのダチみてぇなもんだろうが。俺はお前のこと可愛がってるし、大事に思ってんの。お前が相手じゃなきゃ小遣い貰おうが、あんなに甲斐甲斐しく世話なんてやかねぇし、わざわざ男共の殺意を集める真似なんざ死んでも御免だね!」

 

二条

「ぐすっ」(泣き出して)

 

七瀬

「桃花?」

 

二条

「そっか、そっかぁ」

 

七瀬

「あ、悪ぃ……大きい声出したりして、怖かったか」

 

二条

「ううん、嬉しいの。良かったぁ……澄直いっつも不機嫌そうな顔してるし」

 

七瀬

「俺は元々この顔だよ、悪かったな」

 

二条

「いっつもつまらなそうだし、面倒臭そうにするし」

 

七瀬

「面倒臭いことには変わんねえよ、あぁもう泣くなって」

 

二条

「最低限しかお話してくれないし、すぐどっか行っちゃうし」

 

七瀬

「俺とばかり居たら友達できねぇだろ」

 

二条

「……居ないけどできてないもん」

 

七瀬

「それは……今後に期待だな」

 

二条

「ねぇ、澄直」

 

七瀬

「なに」

 

二条

「廊下で会ったらお喋りしてくれる?」

 

七瀬

「いいよ」

 

二条

「お昼ご飯一緒に食べに行ってもいい?」

 

七瀬

「好きにしてくれ」

 

二条

「放課後一緒に寄り道するのは?」

 

七瀬

「たまにな。あー、まぁ、なんだ。今まで素っ気なくしてて悪かったよ」

 

二条

「ううん。今嬉しいからもう気にしてない。ねぇ、今日帰りにどこか寄り道したいわ」

 

七瀬

「優勝したら打ち上げあんだろ」

 

二条

「それだって放課後の寄り道よ」

 

七瀬

「寄り道の判定ガバガバすぎんだろ……お前がいいならいいよ」

 

二条

「負けたらどこに行く? 澄直は男の子だからお肉がいいかしら。ステーキ?」

 

七瀬

「すげぇ偏見。まぁ、肉ってのは悪くねぇわな」

 

二条

「本当? ふふ。……約束よ、澄直」

 

七瀬

「へーへー。ったく、いつもそんくらい阿呆っぽく笑ってりゃいいのに。そしたら友達とかもできんじゃねぇの」

 

二条

「そ、そうかしら。えっと、こ、こう?」

 

七瀬

「ふはっ。下手くそ」

 

二条

「もう。あっ騎馬戦のアナウンス」

 

七瀬

「じゃ、行ってくる」

 

二条

「行ってらっしゃい!! 声援いっぱい送るからね!! 任せて!!」

 

七瀬

「いや、それはやめてくれ……」

 

二条

「なんでよ!! お友達が頑張るのだから、応援したいに決まってるじゃない」

 

七瀬

「無駄に野郎の恨み買いたかねぇよ」

 

二条

「むぅ。……本当に可愛いって罪だわ。わかった、大人しく控えめに応援してる」

 

七瀬

「……声援、1回だけな」

 

二条

「!! わ、わかったわ!! 任せて澄直 」

 

 

___間。

 

 

二条

「すなおーーーっ! がんばれぇぇぇ」

 

七瀬

「あんの馬鹿……何が『わかったわ』だよ。ぜんっぜんっわかってねぇじゃねぇか。……すっかり忘れてんな、ったく」

 

二条

「あぁっ、危ない澄直!! 後ろから来てる!! あっやだ負けないで!!!」

 

七瀬

「へーへー。負けませんよっと。ほんと。あいつ黙ってくんねぇかなぁ……」

 

「よっと。あっぶね、あ? 別に二条に好かれてるからって調子に乗ってるつもりはねぇよ。ただ可愛いお友達が期待してんのに負けんのはちょっとカッコ悪ぃだろうが。てことで負けてくれや」

 

二条

「すごいっ!! 澄直勝ったぁ!!……あれ、なんか澄直の眉間の皺がすごいことに……怒ってる?はっ、やだ。いっぱい声援送っちゃったからだ……。あっっ、ちょっと来いやって顔が言ってる。で、デコピンの刑かしら……うぅ、される前から額が痛い」

 

 

_間。

 

 

二条

「ぅぁ……えっと、騎馬戦。見事な勝利だったわ。おめでと」

 

七瀬

「そりゃどーも。桃花、俺はお前になんつった?」

 

二条

「声援は、1度までと言われました」

 

七瀬

「だよな?」

 

二条

「はい……言い訳しないから、ひっ、一思いにやってちょうだい」

 

七瀬

「いいだろう。潔くて結構」

 

二条

「あ、あまり痛くしないで頂戴ね……」

 

七瀬

「っ、たく」

 

二条

「ッたぁぃ……ごめんなさい」

 

七瀬

「はぁ……応援、ありがとな」

 

二条

「うん!! 」



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花、2輪。〜葵と桃〜『お誘い』

二条 桃花(女)
三池 葵(不問)

所要時間、20分前後

三池は男として演じる場合は一人称の変更をお願いします。
男女問わず、二条からの呼び方は葵ちゃんです




二条

「……(深呼吸)」

「大丈夫よ、私。あんなに練習したもの。笑うな膝、震えるな声。さ、ドアを開けるのよ私。今日こそ葵ちゃんをお誘いするのだから」

 

「……なんでクラス離れちゃったのかなぁ。2年生になったら澄直(すなお)と一緒だったから喜んだのに、今度は葵ちゃんと離れちゃうんだもの」

「……葵ちゃん、新しいクラスでもきっと人気者だわ。もうずっとお話できてないし、私なんてきっともうお友達の隅の隅……。あぁ、もう。弱気になってはダメよ、しゃんとなさい私。澄直にも応援してもらったのだから。今日こそ、親睦を深めるのでしょう。気合いを入れるの……(息を吐いて精神統一)」

 

「よし……失礼しま」

 

三池

「桃ちゃーん(早めに被せて)」

 

二条

「きゃあ。あ、葵ちゃん」

 

三池

「ずっとクラスの前にいたから気になって来ちゃった。どしたのー? 誰かに用事?呼んで来よか」

 

二条

「葵ちゃん」

 

三池

「んー?」

 

二条

「葵ちゃんにお話があって、来たの」

 

三池

「まーじで! 私だったかぁ、やった。それならもっと早く声掛けたら良かったよ」

「桃ちゃん2年生なってから、生徒会でずっと忙しくしてたでしょ。全然話せなくて寂しかったから嬉し」

 

二条

「そ、そっかぁ」(安心したように笑って)

「私もね、クラスが離れちゃって寂しかったの。それでね、えっと……」

 

三池

「ん?」

 

二条

「あのね、葵ちゃん」

 

三池

「うん。なぁに、桃花ちゃん」

 

二条

「今週のどこでもいいのだけどね、放課後空いている日はあるかしら」

 

三池

「あるよ」

 

二条

「本当っ!」

「あの、あのね、一緒に帰りたくて。葵ちゃんともっと仲良くなりたいの」

 

三池

「もしかしてぇ……デートのお誘いだね?」

 

二条

「うん。おデート。ふふ。おデートしましょ、葵ちゃん」

 

三池

「よろこんでー! いいよ、私も桃ちゃんと仲良くなりたいもん」

 

二条

「嬉しい……! ありがとう葵ちゃん」

 

三池

「うんうん行こ行こ。どこ行こうかな。桃ちゃんさ、パンケーキとか好き?」

 

二条

「すきよ。バニラアイスが乗っているのがすき」

 

三池

「そっかそっか。1駅先なんだけど近くに新しいカフェが出来てね。ハチミツを売りにしてるんだけど……まってね、今サイト検索してるから。あ、あったあった」

 

二条

「わぁ、かわいい。くまさんのパンケーキ、美味しそうね」

 

三池

「でしょー。桃ちゃんこういうの好き?」

 

二条

「うん。すきよ」

 

三池

「ん。よーし。じゃあここでお茶しよ」

「話してたら食べたくなってきた……ね、デートは今日でもいいの?」

 

二条

「えっ、うん。 えと急だけど、いいの? 一ノ瀬くんは?」

 

三池

「あー……ノセぇー!(振り返って教室に向かって叫んでる)」

「あれ。居ない。四海(よつみ)ー!ノセはー?まだ掃除?」

「え、呼び出し? 七瀬?あー。隣のクラスのイケメン君。んー。メッセ飛ばしておけばいいか」

 

二条

「……大丈夫なの?」

 

三池

「ん、大丈夫。さ、桃ちゃん行くよーっ!」

 

二条

「わっ」

 

三池

「そうだっ。桃ちゃん、たこ焼きとか食べたことなさそう」

 

二条

「えっあっ、葵ちゃっ、早ぃ……」(息が上がり始める)

 

三池

「うんうん、たこ焼きも食べに行こうね」

 

二条

「ま、まって葵ちゃん、早い……足がもつれそう……」

 

三池

「あっ、ごめん。急に引っ張って。桃ちゃんにお誘いされたのが嬉しくて、つい」

 

二条

「(息を整えて)……ふふ。私も嬉しい。葵ちゃんに手を引いてもらったおかげね、気分だけじゃなくてほんとに足が軽かったわ」

 

三池

「へへへ。そっかぁ。私桃ちゃんのそういう言葉選び好き」

 

二条

「えぇ? 何か変わった言い回しをしたかな……」

 

三池

「んー。なんだろう。なんとなく、お姫様って感じがする」

 

二条

「お姫様?」

 

三池

「うん。可愛いくて好き」

 

二条

「わ、私も葵ちゃんの明るくてお日様みたいな声が可愛くて好きよ。葵ちゃん見てるとね、元気が出るの」

 

三池

「そっかぁ、可愛いかぁ。……ありがと」

 

 

_間。

 

 

三池

「たこ焼き美味しかったねぇ」

 

二条

「うん、美味しかった」

 

三池

「ね、誰にさっきの写真送ったの?」

 

二条

「よくお話してくれるお友達」

 

三池

「あっ、もしかして七瀬って人? 仲良いってずっと噂になってる」

 

二条

「そう、七瀬澄直。んふ、噂になってるなんて、なんだか(くすぐ)ったいわ。ふふふ、そうなの、私と澄直は仲良しなの。周りにもそう見えるのね、なんだかちょっと嬉しい」

 

三池

「ふぅん。じゃあさ、やっぱり桃ちゃんはその七瀬が好きなんだ?」

 

二条

「やだ。葵ちゃんが思ってるようなのじゃないわ。従兄弟だもの。でも、もちろん大好きよ」

 

三池

「なぁんだ従兄弟かぁ。実は付き合っているんじゃないかって噂もあったのに、ガセだったかぁ」

 

二条

「ガセでしたぁ。それに澄直はね、私みたいな子供っぽいのより、お姉さんが好みなのよ」

 

三池

「桃ちゃんは子供っぽいかぁ? 落ち着いてて(しと)やかなお姉さんだと思うけど」

 

二条

「よして、葵ちゃん。少なくとも澄直にとっては手のかかる子供みたいなものなのよ。んふふ、ね、葵ちゃんにだけ特別に教えてあげるね」

 

三池

「おっ、なになに。あの青春クソ野郎大賞を受賞した七瀬の恥ずかしい秘密でも?」

 

二条

「もう、なぁにそれ。そんなに大した秘密じゃないわ」

 

三池

「あれ、桃ちゃん知らない?」

 

二条

「うん」

 

三池

「体育祭の借り物競争のお題が毎回ある意味酷いでしょー。『好きな人』だとか『告白した人』とか、『可愛い先輩』だとか。別名『青春クソ野郎晒しあげレース』とも言うんだけど……」

 

二条

「あぁ。そんな話を聞いた気がする。お題には私も困ったもの」

 

三池

「んでね、みんなの二条桃花ちゃんに『好きな人』でご指名された七瀬が、満場一致で去年の『青春クソ野郎オブザイヤー』を受賞したってわけ」

 

二条

「……そんなものがあったのね。知らなかった。ほんとに澄直には面倒かけてばかり……」

 

三池

「何言ってるのさ、役得だよ、役得。あーあ、本当は私が桃ちゃんと仲良くゴールしてたはずなのになぁ」

 

二条

「私だって、葵ちゃんと一緒に走るつもりだったもん。なのに一ノ瀬くんが、葵ちゃん取ってっちゃうものから……」(膨れたように)

 

三池

「あぁ……思い出したらノセにも七瀬にも腹が立ってきた。よし桃ちゃん。七瀬の秘密どーんと言っちゃおう」

二条

「えぇ……別に澄直は悪くないじゃない。意地悪したのは一ノ瀬くんだもん。それに、その話を聞いた後だと少し気が引けてしまうわ」

 

三池

「私からしたら七瀬も羨ましいから絶許(ぜっきょ)

 

二条

「そっかぁ」

 

三池

「大した秘密じゃぁないんでしょ。いいよいいよ、私の心の七瀬もいいよって言ってる。まぁ私、七瀬のこと全然知らんけども!」

 

二条

「んふ。葵ちゃんたら。あのね、澄直の初恋はね、幼稚園の先生なの。ほなみ先生って言ってね、とっても綺麗な先生だったのだけれど。澄直、卒園して小学生になってもしばらくはほなみ先生のことが好きでね、たまにお花とかお手紙とか渡しに行ってたのよ。可愛いでしょう?」

 

三池

「うわぁ、ませてんなぁ。でもまぁ、確かにかわいいかも」

 

二条

「私の家庭教師の先生を好きだったこともあるから、間違いなく澄直はお姉さん好きよ」

 

三池

「なるほどね。じゃあ数学のさ、浅野先生とか好きそう」

 

二条

「そうかも……ふふふ。残念、既婚者」

 

三池

「わぁ、失恋確定じゃんか。可哀想に七瀬。今度慰めてやろ」

 

二条

「全然話したことないのに?」

 

三池

「ないのに」

「 あ、じゃあさ、桃ちゃんから伝えおいて。ドンマイ。次のいいお姉さんに会えるといいね。って」

 

二条

「嫌ぁよ。もうっ、んふふ」

 

三池

「ふふ。……さて、そろそろお店出よっか。次はお待ちかねパンケーキだよ」

 

二条

「うん。楽しみ。……んー、たこ焼きもう少し食べたかったな。もっと、大きなパックで買えばよかったかしら」

 

三池

「ダメだよ桃ちゃん、パンケーキの容量を甘くみちゃぁ。かわいい見た目と裏腹にとんでもなくお腹に貯まるんだから。桃ちゃん少食そうだし、絶対キツイって」

 

二条

「そうなの。じゃあ帰り道でお土産にでも買おうかな」

 

三池

「あはは。そんなに食べたいかぁ。でもきっと帰る頃にはお腹いっぱいで、そんな気はしないと思うよ」

 

二条

「そうかなぁ」

 

三池

「絶対そう。だけど意外だなぁ。桃ちゃんたこ焼き食べたことあったんだ」

 

二条

「うん。縁日に連れて行ってもらったことがあって」

 

三池

「ふぅん。じゃあさ、ハンバーガーって食べたことある?」

 

二条

「んー、食べたことはないわ。小さい頃に母に強請ってみたことはあるのだけど……ジャンクフードは身体に悪いからと、食べさせて貰えなかったの」

 

三池

「あー、やっぱり」

 

二条

「でも、知ってるよ。丸いパンの間に薄いハンバーグとレタスやトマト、チーズが入っているのでしょう? ベーコンも入っていれば最高ね! 9月にだけ発売される卵が入ってるのが美味しそうだった……」

 

三池

「……本当に食べたことないの?」

 

二条

「あ、えっと、その。テレビでよくコマーシャルが流れるから」

 

三池

「あーなるほど。ねぇ、桃ちゃん。ちょっと体に悪くて、とびきり美味しいの、食べてみたい?」

 

二条

「身体に悪いものは美味しいと相場が決まってるもの」

 

三池

「よし、じゃあパンケーキはまた今度にしよう」

 

二条

「え?」

 

三池

「今日は『二条桃花ジャンクフード記念日』としよう。ね、桃ちゃん」

 

二条

「えぇ……いいのかな」

 

三池

「いいよ。たまには、ちょっと悪いことするのも大事」

「ね、行こ」

 

二条

「んー……ふふ。うん、久しぶりにちょっと悪いこと、しちゃおうかな。母さまには内緒」

 

三池

「うんうん、そうしよ。消臭も任せて。リュックん中にファブあるから。証拠隠滅もばっちり」

 

二条

「それは……用意周到ね?」

 

三池

「でしょー。って言いたいけど、実はね。この前ノセと焼肉食べに行ったんだよ。それで装備してたんだけど、そのまま片すの忘れてたんだぁ」

 

二条

「焼肉! いいね。そして相変わらず一ノ瀬くんとは仲良しさんなのね、いいなぁ」

 

三池

「んー。どうだろ。なんかさ、やっぱりノセが何考えてるかわかんないんだよね」

 

二条

「……?また、何かされたの?」

 

三池

「んー。急にハニトラしてくることは減ったんだけどさ」

 

二条

「ハニトラ……。一ノ瀬くんのアプローチはそんなんじゃないと思うよ……?」

 

三池

「なぁんか、今度は素っ気なくてさ。ずっとベッタリだったのに、なんというかこうね、急にパーソナルスペースが広くなったもんだから、今猛烈に違和感がある」

「ノセの のしかかり が無くなると、こんなに地球の重力は軽かったのかって感じた」

 

二条

「……あぁ、押してダメならなんとやら」(小声で)

 

三池

「まぁ、ノセは猫ちゃんみたいだからねぇ。またいつもの気分屋だと思うんだけどね、こっちとしてはちょっと寂しいじゃんか」

「でもまぁ、気分屋で引っ付いたり離れたりするのがノセなんだし、そんなノセの気分に合わせるのもマブである私の役目だし。また私に構いたくなるまでのんびり待ってるよ」

 

二条

「まぶ?」

 

三池

「俗語なんだけどね、マブダチ。親友ってことだよ」

 

二条

「……そっかぁ」(一ノ瀬くんが可哀想と思ってる)

 

三池

「だからね、桃ちゃん」

 

二条

「? なぁに」

 

三池

「その間に、いっぱい放課後遊ぼうねー」

 

二条

「……!うん。嬉しい」

 

三池

「パンケーキ行って、駅前の大きな綿あめ屋さん。あっ、桃ちゃん紅茶が好きだったよね」

 

二条

「うん、すきよ」

 

三池

「3駅先だからちょっと遠いんだけどさ。来月にね、新しくカフェがオープンするんだ。そこがね、世界中の色んな茶葉が揃ってて、更には紅茶を使ったスイーツも出すっていう広告をネットで見つけてさ」

 

二条

「わぁ、それは素敵なお店だね。とっても気になるわ」

 

三池

「でしょー。桃ちゃんと絶対行きたいって思ってたんだ。2人で行こうね」

 

二条

「うん。約束よ」

 

三池

「約束ー! でもまずは先にパンケーキの約束をしよ。ね、桃ちゃん今週はあといつが空いてるの? 」

 

二条

「んふふ。あのね、本当は今日一緒に寄り道が出来るとは思ってなかったから、今週は葵ちゃんがどの日を指定しても応えられるように全部空いてるの」

 

三池

「んえぇぇ。桃ちゃん健気かよ……かわいい、ほんとにかわいい」

 

二条

「もう、揶揄(からか)うのはよして頂戴。それくらい葵ちゃんとお出かけしたかったのよ」

 

三池

「うんうん、嬉しいよ。じゃあ明日は私部活あるから、明後日にしようか」

 

二条

「明後日。水曜日……ふへへ、今もお出かけしてる最中なのに、もう明後日が楽しみ」

 

三池

「ねーっ、私も……あっ、ここだよ。さぁて、何頼もうか」

 

二条

「わ。メニューがいっぱい……どれにしよう……ねぇ葵ちゃん」

 

三池

「んー?」

 

二条

「葵ちゃんにお任せしても? ……目移りしちゃって、日が暮れちゃう」

 

三池

「あはは。おっけ。任せてー。ベーコン入りの選んだげる。飲み物は何がいいかな」

 

二条

「んー……アイスティーはあるかしら」

 

三池

「あるよ。じゃあ2階で席取って待ってて」

 

二条

「はぁい。ありがとう葵ちゃん」

 

_間。

 

二条

「……いっぱい遊ぼうね、だって。ふふ、嬉しい。仲良しさんみたい」

 

「一ノ瀬くんには悪いけれど、これからたくさん放課後に遊べるのね……きっと今よりずっと親しくなれる、楽しみ」

 

「うん、そう思ったら一ノ瀬くんなんて怖くないわ! 頑張るのよ、私」



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ちぃちゃい妹を看病するお兄ちゃん、または看病される妹ちゃん

掛け合いとして読んでも良し、片方だけ読めばシチュボシナリオになるように書きました。

大体合わせて7分くらいです。


兄:高校生くらい
妹:小学生の中学年


「けほっこほっ。……さみしぃ。お熱やだなぁ。にぃに、お兄ちゃんまだかなぁ」

 

「ただいまっ、兄ちゃんが帰ったぞ」

(靴を脱ぐのも適当で、とにかく合わててバタバタと妹のいる部屋に入ってくる)

 

「にぃに……?」

 

「あぁ、良かった。悪化とかはしてなさそうだな」

(息切れしながら)

 

「んふふ、いそいで帰って来てくれたのねー。息が切れてる。おかえりなさい」

 

「えー? そりゃ、急いだよ。当たり前だろ、ちっちゃな妹が熱出して、家で待ってるんだから。くそ、なんでよりによって今日が学期末テストだったかな」

 

「んふふ。テストは仕方ないねぇ。大事、大事。そんな日に私もお風邪こんこんしちゃうとは、不覚です」

 

「1人にして悪かったな、寂しくなかったか?」

 

「うん、寂しくなかったよ。平気。私ももう立派なお姉さんなので……!お留守番ぐらい平気なのです」

 

「そうかぁ、寂しくなかったか。お前は偉いなぁ。兄ちゃんは今でも、熱出したりするとちょっと心細くなっちゃうよ」

 

「うぅ……うそです。さみしかったぁ。お兄ちゃんおそいんだもん」

 

「嘘だったかぁ、可愛いなぁ。そうだよな、寂しかったなぁ、ほんとにごめん1人にするしかなくて。よしよし、泣かないで。遅くなってごめんな、もういっぱい甘えていいんだよ」

 

「ぐすっ。ちがう。お兄ちゃん悪くないもん、しかたないもん。それより、わたしはがんばったので、ほめてほしいのです。いっぱい甘やかしてくれるなら、ごめんねじゃなくて、いい子いい子ってして……!」

 

「そうだよな、がんばったら褒めてほしいもんなぁ。兄ちゃんは気が利かなくていけないなぁ。うんと褒めてやらなくちゃな。よしよし、お前は頑張り屋さんでえらいよ。寂しいの我慢してくれてありがとう、いい子いい子。早く元気になれよ」

 

「ふへへへ。撫でられるの好き。んふふ。わたしはいい子です」

 

「撫でられるの好き? そうだなぁ、ほんとにいい子だよ、お前は……いくらでも撫でてやるよ……あぁ可愛いなぁ、よしよし。そうだ、帰りにゼリーとかプリンとか買って来たんだけど、食べたいのあるか? アイスもあるよ」

 

「なんとっ。いい子で待ってた私にご褒美ですか。プリンに、ゼリーに、アイス!! なんと豪華なっけほっこほっこほんっ」

 

「あーあー。興奮しないの。咳き込んだ時は背中さすればいいんだったか……こうかな。大丈夫か、よしよし。ほら、お水飲んで」

「コホコホっ……おみず……? うん飲む……ふぅ。つい豪華なおやつのラインナップに興奮しました……」

 

「落ち着いたか? 良かった。いや、待っててくれたご褒美というか、食欲無さそうだったからさ、何か少しでも食べて欲しくて」

 

「なるほど、確かにあんまりご飯はたべたくないけれど、プリンは食べれるかもです、お兄ちゃんてんさいです。うん、プリンたべたい」

 

「そうかぁ、良かったプリンは食べれそうなんだな。待っててスプーン持ってくるよ。……よし、ほら食べれるだけでいいからな」

 

「……? 食べさせてくれないのですか」

 

「なんだ、食べさせてほしいの? 」

 

「……甘えていいってお兄ちゃんゆった」

 

「そうだな。もちろん、いいよ。いっつも頑張ってるから、今日は兄ちゃんがいっぱい甘やかしてやろうな。……食べたくなくなったら言うんだぞ。はい、あー」

 

「あー……ふふふ美味し。お兄ちゃんがあーんってしてくれるならいくらでも食べれる」

 

「んふ。ほんとに、これならいくらでも食べれるの? じゃあ夕飯も食べさせてあげような」

 

「ひゃぁ。うそです。いくらでも食べれるのはプリンだけです。夕飯は自分でたべます」

 

「えー、夕飯はダメなの?」

 

「んぅ、ダメぇ。さすがに恥ずかしいゆえに……」

 

「そっかぁ、恥ずかしいかぁ。……可愛い。じゃあちゃんと食べて、寝て元気になろうなぁ。じゃないと兄ちゃんは心配でまた、手ずから食べさせたくなるからなぁ」

 

「なんと。じゃあ、はやく治さなくちゃですね、小学生にもなって、ご飯をあーんしてもらうのは人権が無くなります。あれです、社会的な死というやつです。己の人権を守るために、頑張って治します。おやすみなさい」

 

「……そこまで嫌がられると兄ちゃんは悲しいんだけどなぁ。早く治るといいな、おやすみなさい」



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柘榴は遠き海に沈む。[試作]

春彦

晩秋(ばんしゅう)の砂浜。素足を撫でる波は、僕をゆるやかに誘っていた。きっと凍えるほど冷たいのだろう。それが分からないくらいに僕はその先へと行きたかった」

 

「僕の目はもうずいぶん前から温度を映さない。ぼうっと周りがぼやけるように暗かった。それからだんだんと色が分からなくなったのだ。代わりに(まなこ)が見つめるようになった虚空は、とても遠くて。それはどこまで歩いても届かないくらいの、遥か彼方にあるのだ」

 

「海はそんな僕のすべて理解しているかのようにとても静かだった。昔、君と来た時。足首にまとわりついて遊んでいた無邪気な波は、居なかった。柔く、穏やかに、ただ優しく、冷たい(ふち)へと招いている」

 

「あぁ。この先だ。この虚空の先に君がいる」

 

「ようやっと見つけた。何をしても辿り着けなかった先へ行く道は、海にあったのだ」

 

「けれども君の元にゆくには、僕は熱すぎる。こちらで生きるには、ささやかすぎる熱量でも、あちらへゆくには、きっと少しばかり熱を持ちすぎている」

 

「ならば暫く眠るとしよう。なに、苦しくはないさ。(はや)る鼓動が海水と同じくらいに冷える頃には、海が君の元へと連れて行ってくれているだろう」

 

「それまでに僕がするべき事と言えば、いかに誠意を見せるかに重点をおいた謝罪方法と、謝罪の後で伝えそびれた愛を伝えるタイミングを練ることである」

 

「あぁ、ようやっと呼んでくれたね。長かった、実に永かった。ようやく君は僕に柘榴(ざくろ)をくれるのだろう」

「君に会えたら伝えることがたくさんあるんだ」

 

_間。

 

春彦

「ぽかぽかと暖かい……間違って極楽へと来てしまっただろうか」

 

『〜♪(適当に鼻歌を)』

 

春彦

「……っ!!」

 

『春彦さん、お気付きになりましたか』

 

春彦

「お初! お初!! 会いたかったんだ、君が居なくなってしまってから……」

 

「_僕は持ち得る浪漫の全てを駆使して、再会の喜びを伝えるつもりだった。だのに、僕の頭はぼうっとして、思わぬ方へと口が勝手に回り出した」

 

『この世でいちばんうつくしいものは君かもしれない……』

 

『あら、まぁ。』

 

春彦

「__思い出した。これは見合いの時、はじめて君に出会えた日の記憶。ろくに目も合わせる前に緊張で気絶するような情けない男を介抱してくれた、優しいひと。目覚めてはじめてちゃんとその姿を見た時に、あんまりにうつくしく見えたものだから。つい、そのようなことを口にしてしまったのだ」

 

 

_間。

 

 

『春彦さん、どちらへゆくの』

 

春彦

『それは着くまでの楽しみだ。でもきっと君は花のように笑うだろうね』

「そうでは無いだろうが!まずは日傘を差しだせ、自分!! 浮かれる前に、彼女の乳白色(にゅうはくいろ)の繊細な肌を気遣え馬鹿者!! 」

 

『まぁ。それは、いっそう楽しみになりました』

 

春彦

『そうかい。それは良かった』

「……はぁ、困った。実に困った。これは花見の記憶だな。お初と夫婦(めおと)になって初めて出かけたのだから忘れる訳が無い。あぁ、君と再び会えたというに、思うように身体も口も動かないと来た。過去の愚行を繰り返す己を見るしかないとは、何たる拷問だろうか」

 

『春彦さんは、うつくしいと思ったものを私にも見せてくださるでしょう。初はそれが嬉しいのです』

 

春彦

『……』

 

『あら。私の旦那様は照れると眉間に皺が寄りますね』

 

春彦

『……』

 

『愛らしくて良いと思いますよ』

 

春彦

『お初さん……』

『はい、なんでしょう』

 

春彦

『あまりからかわないでおくれよ……』

 

『あら嫌だわ、旦那様をからかってなどいなくてよ。本心だわ』

 

春彦

『あぁそうかい、じゃあ僕はもっと男を磨かないといけないね』(拗ねたように)

 

「……あぁ、拷問だ。詩が少し売れただけの小僧の虚勢など脆いことこの上なし」

 

 

_間。

 

 

春彦

「……次は夜か。ふむ、あそこの団子屋が潰れている。少なくともあれから2年が経っているな。……この道、っ!! ゆくな!! 止まれ!! あぁ馬鹿者!! 看板など見るな!!」

『……桜屋。居酒(いざけ)の店か』

「入るな! 一晩飯を抜いたくらいで死なないだろう!! 帰るんだ!帰れ!!」

 

すみ

『いらっしゃいませ』

 

春彦

『ここは晩御飯を食べることができるだろうか』

「……すみ、当初はこんなに幼かったか」

 

すみ

『晩御飯ですか。お酒の(さかな)ならば、少々ございます』

 

春彦

『それは良かった』

 

_間。

 

春彦

『うん、美味いな。外で食べるのは久しいけれど、たまにはいいものだ』

 

すみ

『ありがとうございます、母が喜びます。ところで春彦さん、お酒は飲まれないのですか?』

 

春彦

『酒かぁ……』

 

すみ

『お嫌いでしたか?』

 

春彦

『いいや。飲んだことはないんだ。父親が悪い飲み方をするような奴だったものだから』

 

すみ

『では。今夜、春彦さんの酒開きでいかがでしょう』

 

春彦

「馬鹿、よせ。お前はとんでもない下戸なのだ」

 

『……これが酒。どれ1口』

 

「飲むな、やめろ!! はーーーっこの大ボケ野郎、人の忠告は聞け!!!!やめろって言ってんだ!!!」

 

_間。

 

『春彦さん、春彦さん』

 

春彦

『ん、うぅ……僕のいっとう好きな声がするよ』

 

『気が付きましたね、春彦さん。帰りますよ』

 

春彦

『おはつ……?』

 

『はい、あなたの初ですよ』

春彦

『あぁ本当だ(ふにゃりと溶けるように)。すみ、すみ! 見ておくれこの人だよ、おはつさん、僕の人だよ』

 

『およしになって、春彦さん。おすみさんもお仕事なさってるのだから、邪魔はいけないわ』

 

春彦

『む。そうだね、すまない。やはり、おはつさんは気配りのできる()い人だぁ』

 

『……お酒、嫌ってらしたでしょう。飲むなんてどうなさったのですか?』

 

春彦

『うん? すみがね、薦めてくれたから。少し飲んでみたくなったんだ。なんだか不思議な心地だね。おはつさんも飲むかい? まだ熱燗(あつかん)が1本空いてないんだよ』

 

『いいえ。今夜は遠慮しておきます。お勘定はすませましたから。さ、帰りますよ』

 

春彦

『はぁい。ん、あれ……立てない』

 

『あら、まぁ。仕方の無い人ですね』

 

『はい、……まぁ大将さん、お気遣いありがとうございます。ですがお構いなく。この度はうちの人がご迷惑を。これ以上お手間をかけさせる訳にはいきませんので』

 

『春彦さん、肩に手を回せますか?』

 

春彦

『わかった。たいしょう、ごちそうさまでした』

 

_短い間。

 

『さて、旦那様。店を出ましたし、人目はありません』

 

春彦

『うん? そうだね』

 

『では、失礼して……よい、しょ。抱えた方が早く帰れますから、どうか辛抱なすってください』

 

春彦

『はぁい。おはつさんすごいね、僕知らなかったよ』

 

『米1俵より軽いですよ。旦那様は少食でいらっしゃるから、もう少しお肉や魚を召し上がった方が良いですね』

 

春彦

『むぅ。そうかぁ、米屋の娘さんには僕なんて綿のようだね』

「頼むからもうその口を閉じてくれ……そして1度死ね。死んで詫びろ。それを見てから俺も死ぬ」

「あぁ。お初、お初。僕は君に謝ることが思っていたよりずっと多かったようだ……」

 

『……おはつさん、怒らせてしまったかい』

 

「いいえ。ただ、心配はしましたよ」

 

春彦

『せっかく昔馴染みとの食事だったのに、家で君を待っていられなくて、すまなかった』

『お酒。夜を1人で過ごすのは久しかったから。少し飲みすぎてしまった』

『君は僕よりずっと凛々しい。4つも年下の男でしかも甲斐性なし、嫌になってしまっただろうか』

 

『いいえ。ちっとも。私は貴方が私の為に背伸びをしてくれていることを知っておりました』

『可愛らしい人だと思っておりますよ。えぇ、それこそ、私などよりずっと可愛らしい。ねぇ春彦さん。4つも年上でしかも、愛嬌もなく愛らしくもない女ですが、あなたは私のことを嫌になったことがあって?』

 

春彦

『ないよ』

「そんな事、ただの1度も無い!!……くっ、動かない口が憎い!!!!!」

 

『ふふ。それはようございました』

(わたくし)だって、1度もありません。あなたの綴った言葉になぞるなら、月ではなく、あの『ぽらりす』の星に誓って言いましょう』

『私はあなたのどこか捻ていながらも、心のままに綴られるうつくしい言葉を聞いているのが好きなのです』

 

春彦

「お、お初ぅぅ……」

『うっお初さん、あれは良くないから(ごみ)にしたと! 捨ててくれと!!』

 

『あら、捨てられた塵を拾ってもバチは当たりませんわ。……旦那様の妬いたお餅がなんだかたまらなく愛おしく思えて、塵にするのが私には勿体無かったのです』

 

春彦

『焦がした餅のどこが()いんだ……』

 

『貴方は素直に伝えてはくださらないけれど、文字に綴る時は素直になりますでしょう。旦那様が隠されている心に触れられるようで、それが私には愛いのです』

 

春彦

『ずるい。きみはずるいひとだ』

 

『そんなことを言われては僕にはとても敵わないよ』

 

『ふふふ。ごめんあそばせ』

 

春彦

「僕には間違いなく駄作以下の汚物でも、彼女にとっては愛らしいものだった。だから、僕も。その後であの書き物を破ることも燃やすこともしなかった」

 

「お初が好きだと云うから、たまに見返しては自己嫌悪に陥る悪い習性も着いた。おかげで(そら)んじることもできるようになってしまった」

 

「__月は美しい。誰もがあの美しい天体を見つけては息をつき、静かな夜半(よわ)に寄り添わせるのだろう。私も月は好きだ。

だがしかし、白蓮(はくれん)の君よ。貴女に誘うその男は頂けない。月をわかっていない、今宵は満月でも明日になれば欠けるのだ。

白蓮の君、聞いておくれ。

満ちて欠けて、時折見えなくなるそんな不確かな星に誓を立てるなど軟派者のすることだ。

私ならば、北の空に輝くあの不動の星に誓うだろう。月と比べれば見栄えもせず小さな輝きだが、貴女に誓を立てるには相応しい美しさだ。

どうだろうか、私はあの北極星、ぽらりすに誓う。

不自由ない暮らしも、温もりも。貴女の望むものならばなんであっても、私は全身全霊をもって応えてみせよう。

だから貴女はそのいけ好かない色男の手を振り払ってはくれないだろうか」

 

「……青い軟弱者の願望を綴っただけの散文だ。男を語るならば、飛び出して自分で追い払えばいいものを」

 

 

__間。

 

 

『春彦さん、文集の編集者様からお電話ですよ』

 

春彦

『……留守だと言っておくれ』

 

『あらまぁ。よろしいのですか、作家先生』

 

春彦

『いいんだ』

 

『左様でございますか。わかりました』

 

春彦

「次は昼だな。これは何の記憶……もとい、どんな醜態なのやら……」

 

『 ……えぇ、申し訳ございません、笹谷さま。ただいま留守にしておりして……まぁ! さすが古馴染みの方、あの人のことはお見通しですのね。……あら。ふふふ。はい、はい。まぁ、よいのですか? わかりました、お心遣いありがとうございます。そんな、とんでもございませんわ。笹谷さまには、本当にいつも良くしていただいて。これからもどうかあの人のことを、きゃぁ。春彦さん』

 

春彦

『おい夏目、鼻の下を伸ばすんじゃない気色悪い。気持ちは分かるが、生憎この人は僕の人なんだ他を当たれ。あ?人妻には興味無い? 知るか。お前の性嗜好など(のみ)ほども関心などない!ただ不快だ。……あぁ悪いね。留守にしてたが、今しがた帰ったんだよ。……知らん!だいたい僕は詩人だと言っているだろう。偶々(たまたま)気が少しばかり向いて書いた小説が流行ったからと言って、次を迫るな。俺の文学を金としか見ていない上のもんにも伝えておけ! いいな!……ふっ』

 

「……あぁ、1作目の小説が流行って間もなく筆が止まった時期があったな」

 

『春彦さん』

 

春彦

『……』

 

『親しき仲にも礼儀あり、と言います』

 

春彦

『……すまなかった』

「俺は覚えている、これは(ちり)ほども悪いと思っていない」

 

『私に伝えてどうするのです。次に笹谷さまとお話なさる時にお伝えください』

 

春彦

『……はい』

 

『……近頃旦那様の筆は重たい様子。1度置いてしまいましょうか』

 

春彦

『え』

 

『気晴らしに参りましょう。しばらく置いておけば軽くなるかもしれませんよ』

 

春彦

『あっ!あぁっ!! 旅行だね。うん、そうしよう。汽車に乗ってどこか遠い場所へと行こう。せっかくだ、君の行きたいところにしよう。どこか行きたい所はあるかい』

 

『貴方とならばどこへ出かけても、きっと楽しゅうございます。しかし、強いて希望を述べるのであれば箱根へ行きたいです。連れて行ってくださいますか』

 

春彦

『あぁ! もちろんだとも』

「あの旅行は本当に楽しかった。汽車から眺めた景色も温泉も良かった。そして何より」

 

『春彦さん、見てちょうだいな』

『まぁ!! 春彦さん、人力車ですって。あれに乗って宿まで帰りましょう』

『寄木細工だわ、美しい模様ね。あら? どうやって開けるのかしら……店主さま、こちらは小箱ではないのですか? ……開けてみてくださる? っ!! まぁ!そんな仕掛けが。ねぇ、春彦さん!』

 

春彦

「何より初が少女のようにきゃらきゃらと笑う。珍しくはしゃいでいた……夏目が初に提案したことだと知らなければ尚のこと素晴らしい思い出だったんだがな」

 

 

_間。

 

 

春彦

「うっ、顔が暑い……次はなんだ。ここは家ではないな? あぁ、さては手前、酒を飲んだな……桜屋か」

 

春彦(酔って少し高めの幼い声で)

『……はぁ。僕はもうダメだ……うぅお初ぅ』

 

春彦

「下戸が酒を飲むからだな、この間抜け。酒に弱いことをなぜ学ばない。はぁ……過去の己はどうしてこうも阿呆なのだ」

 

すみ

『まぁ、作家先生はお悩みですか。さ、お酌させてくださいまし』

 

春彦

『んぁ、すみぃ……ありがとう』

春彦

「あぁ、馬鹿者もう飲むな、クソっどうにも歯痒い」

 

すみ

『どうなさったのですか、奥方と仲違いでも?』

 

春彦

『違うよ……僕はもう、とうにあの人に溺れているとゆうに、お初さんはいつも、しずしずと、やわく微笑んでいるばかり……いや、不満ではない、口説かれど、動じぬ凛としたところも好いている』

 

すみ

『相変わらず、奥様に惚れ込んでらっしゃるのね』

春彦

『あぁ、すきなんだ。でも、僕には魅力が足りないのかと、思ってしまう。僕だって、僕だって、あの人の頬を染めてみたい。視線を彷徨わせて、口を結んで欲しい。呼吸を忘れて、僕の言葉に喉を鳴らしてほしい』

 

すみ

『あら、春彦先生は詩を書くのはお上手でも、女性へ言葉を贈るのは苦手なのですか』

 

春彦

「あぁ、思い出したっ!愚行の中でも郡を抜いて抹消したい、忌々しい!!あぁ何たる拷問だ。今この時喉が焼けても構わない、むしろ酒で焼けてしまえ!!」

 

春彦

『何を言うんだすみ、僕は浪漫のわかる男だ。でもまぁ、君にはまだ早いなァ』

 

すみ

『まぁ、私はもう15になりました。縁談も来るような立派な女ですよ』

 

春彦

『あァ、そうかい。お嬢さんはほんとに色恋の話が好きだなぁ』

 

すみ

『だって気になるもの、作家先生はどう言葉を贈るのかしら』

 

春彦

『僕は浪漫のわかる男だよ……でもねェおすみ、期待に添えるか分からないよ。僕は好いた人の愛を乞うのに必死でね、僕は詩人だけれどもこの時ばかりは言葉を飾る暇は無いんだ』

 

すみ

『まぁ』

 

春彦

『初はきっと僕みたいなのより、もっと野郎臭いのが好きなんだ。口が悪くて喧嘩早くて僕は好かない。でも彼奴は、永瀬サンは初と親しいんだ。なんなら僕といる時よりコロコロ笑う気がする。年上だし、きっと、きっと甲斐性もあって男前なんだろうねェ。(ここで一気に酒を煽る)……っく。まぁ、僕は嫌いだけどな!』

 

すみ

『先生、落ち着いてくださいな。お酒あまりお強くないでしょう』

 

春彦

「あーあーあーあーっもうよせよせ、ぐッ、頼むから止まってくれ……もしくはとっとと潰れてしまえ、寝ろ!!だらしなくとも情けなくともいい、今すぐに沈んでしまえ!!!」

 

『あんな雑な言葉を喋る男の何が好い(いい)ンだ……男らしいかぁ……少し真似てみようか。けれども、僕はきたない喋り方はすかん……』

 

すみ

『先生はそのままで素敵ですよ。奥様だって充分先生のこと大事にしてらっしゃるじゃぁありませんか、十分男らしいですよ』

 

春彦

『……俺、か。なぁ、すみ。自分のことを、おれと言うのは男らしく聞こえるのかい。やはり、あいつの口調を真似るのはむりだよ。一人称を変えるのが げんかい だ』

 

すみ

『良いのではないですか、えぇ素敵ですよー』

『(小声で)……はぁ。そんなところより、男らしさというのは行動や考え方に宿ると思うのだけどなぁ』

 

春彦

『そうかい。ウン、そうしよう。初、おはつ、おれは君のことが好きだぁ。きみがすきなんだ、きいておくれ』

 

「わかった、わかったから止まれ!それは家に帰ってから言えばいいだろう!」

 

すみ

『ふふふ。雛鳥みたいだわ。かわゆいですね。先生。そろそろお勘定にしましょうか』

 

春彦

『んぅ? ウン。くふふ』

『……』

 

すみ

『ん、なんですか? 雛鳥さん、なにかお代わり……』

 

春彦

『好きなんだ』(渾身のイケボをください、生娘が恋に転げ落ちるくらいの)

 

すみ

『ひぅっ……え、え??』(心臓がはち切れそうになってください。初恋です。戸惑って、心臓痛くて仕方なくなってください)

 

春彦

『嗚呼、君が欲しいなァ』(ドロッと溶けるような低い声で)(ギャップで殺せ)

 

 

すみ

『は、はぃ……わ、わぁしでよければ……???』(声を震わせて、無意識に喋った感じ)

 

春彦

『おれのだ、きみは。おれのがいい、おはつ……ぐぅ』

 

すみ

『は、はわ。……わ、私は何を。そんな、はしたない……』

 

春彦

「……あぁ、全ては身から出た錆よ。すみから聞いていたが、改めて一部始終を見ればわかる。俺はただの糞野郎じゃねェか。男であれば弁明の余地などない。記憶にないとどの口がほざいたことか。どの面下げて、俺は初に会うつもりなんだ……」

 

 

-間。

 

 

 

 

 



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