Rance ー未来をもとめてー (火影みみみ)
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1章 転生
転生
「……ん」
目が覚めると、そこには雲一つない青空があった。
はて私はいつから外で寝る癖がついたのだろうか?
そう思いつつ体を起こす。するとバシャりという音が響く。
「……水?」
そこで初めて自分の体が水に浸かっていることに気がついた。
と言うことは、今の今まで胸から下を川へ浸けた状態で寝ていたということになる。
「川辺? なんでこんな所で寝てたの私?」
訳がわからない。
昨日はいつも通りに
「ん?」
何かがおかしい。今は私は何を考えた?
私は
「…………んん?」
まただ、自分のことを考えると思考がブレる。
いや、過去のことを思うと別の過去が重なってくる? 何を言ってるのか自分でもよくわからないが、それが一番近いような気がする。
私は誰?
家族構成は?
趣味は?
昨日は何してた?
「どーなってんのこれ?」
濡れた服を絞りながら、自身に起きた不可思議な現象に頭を悩ませる。
私の服を見る限り……これは忍装束と言うものなのだろう。
私の二つある過去のうち片方は確か忍者だったはずだから、服装から考えるに私は少女忍者というものなのかもしれない。
くのいちじゃないのかって? 私もよくわからないけどくのいちと女忍者は別らしい。不思議だね。
「……あれ?」
どうでもいいことを考えていると、ふと自身の視界に違和感を覚えた。
OLだった私や女忍者の私の両方の経緯から考えても、見えている視野がいつもより狭い。
具体的に言えば左側が全く見えていない。
嫌な予感がして直ぐ側の水面を覗き込む。
「うわぁ、これはひどい」
左の眉から頬の上辺りにかけて鋭い刃物で切り裂かれたような痕が刻まれていた。
おそらくその時に眼球も切り裂かれたのだろう。ひどい形に変形していてとても自然回復するような状態には思えない。
あっちの世界の私ならワンチャンあったかもしれないが、こちらの世界はあちらほど科学が普及しているわけではないので、諦めるしかない。
「……うん、大丈夫、不思議と落ち着いてる」
もう少し取り乱すかと思ったが、そうでもなかった。
あちらの私なら友達を巻き込んで大泣きしたかもしれないが、こちらの私は割とドライなのかもしれない。
実際、この歳だというのに何人も人を殺してたりするし、いつかはこうなる覚悟ができていたのだろう。
そう思っていると一陣の風が辺りを吹き抜ける。
それに合わせて私の体もブルッと震える。
「うん、今は失ったものよりもまず暖をとらないと、風邪をひいてしまう」
そう言えば私は今全身水浸しだった。
あれから辺りに落ちてる枯れ木を拾い、忍術で火をつけて暖を取ることができた。しかし、濡れてしまった服も最低限の下着を除き全て干しているため少し肌寒い。
あちらの私からすれば非科学的オカルト手法なのだけれど、こちらの私にとってはこれが当たる前なので全く違和感はない。
辺りもすっかり日が落ちてきて、少しばかりお腹も空いてきたので持っていた忍者食を少しづつ食べることにした。
正直あまり好きではないが、この際仕方がない。
「…………」
両膝を抱え、焚き火に当たりながら少しずつ物事を整理する。
どうして私に過去が二つあるのか、ここはどこなのか、なぜ左目がなくなってしまったのか。
自身の記憶が不確かな今、考えても仕方ないが、考えずにはいられない。
「……ん」
そうして考え続けていたからか、少しずつ目蓋が重くなっていって。
ついに私の意識は闇へと溶けていった。
「北見、この仕事明日までな」「はるか、君はいい子だ」「先輩すいません、ここがよくわからないんですけど」「いやぁはるか様がいれば五城家は安泰ですなぁ」「北見!!頼んでた案件は終わってるんだろうなぁ!!」「JAPAN一の忍びとなるように精進することだ」「北見さん、また残業ですか? あまり根を詰めすぎるのはよくないですよ」「本当に君は天才だよ、もしかしたら俺よりもお前が家を継いだ方がいいのかもしれないね」「北見さん、ここの報告書どうなってるの?」「オレは認めない! こんなのが妹だなんて」「先輩、今度どこか遊びに行きましょうよ!」「はるか、君は一族一の天才かもしれない、だけど才能に溺れて努力を怠ってはいけないよ」「はるかさん、次の土曜日って空いてますか? いえ、特に深い意味はないですけど、いいレストランを見つけたのでご一緒にどうかと思いまして」「君が風魔一の天才って噂の忍びかな、僕はーー、こちらは幼なじみの南条蘭、これから長い付き合いになると思うがよろしく頼む」「北見!! 次何かやったらクビだからな! ク・ビ・!」「北見、あんたって意外とおっちょこちょいなのね」「まーたあのハゲ部長の癇癪ですか? もうほんといい加減にして欲しいですよね、先輩が誰よりも頑張ってるの皆知ってるのに」「北見、あんた実は陰陽師の方が才能あるんじゃない?」「北見、次の土日も出勤しろ、異論は認めん」「妖怪王凶星九尾の復活、これはJAPANの存続を揺るがす大災厄だ、すぐに諸国に停戦と協力の要請を」「北見さん、大丈夫ですか? どことなく元気がないような気がしますし、一度病院に行ったほうが」「まさかあいつもついて来るとはな……いや、性格はともかく優秀なのには変わりない、お前もあまりちょっかいをかけるなよ」「北見、この案件明々後日までな、一秒でも遅れたら即刻クビだ」「まさか、あれ程の妖怪が出るとは、これは俺たちではどうにもならん、一刻も早く応援を頼むべきか」「先輩!? どうしたんですかその顔、まるで死人みたいですよ!」「足止めも限界か、仕方ない一時戦線を下げる」「おおご苦労さん、じゃあ次これな、明日の昼まで、締め切り破るなよ」「なぜだ!? なぜ陰陽師が俺たちに攻撃を!?」「北見さん!? ねえどうしたの北見さん!? しっかりして! 誰か救急車を!!」「まさかあいつがここまで愚かだったとは、そこまでして家を継ぎたいか……もはや俺はこれまでだ、はるか、お前だけでも生きろ」
ああ本当に、本当に嫌な夢を見た。
それは紛れもない過去の出来事、睡眠によって整理された過去の断片が一つの
「ああ、あちらの私は死んだのか……」
来る日も来る日も仕事に明け暮れたあちらの……いや、前世の私はおそらく過労で死んでしまったのだろう。
会社のため家族のためと無理難題とわかっていながらも断ることはできずに休みを削ってボロボロの体に鞭打って、もういつ休んだか忘れてしまう程に働き続ければ誰だってそうなるに決まってる。
そんなこともわからなかったのは、働き詰めで判断能力が落ちていたからか、それとも誰にも頼ることができなかったからか……。
今悔やんでも仕方がないが、流石に迂闊と言わざる負えない。
もっとやりたいこともあった、行きたい場所もあった、結婚だってしたかった。
未練や後悔は有り余るほどにあるが、もう全てが手遅れ。
バカは死ななきゃ治らないとはよく言ったものだ、本当に死ぬまで気がつかなかったよ。
「……雨?」
片膝に冷たい滴が落ちる。雨かと思い空を見ても雨雲は見られない。
もしやと思い左手を顔に当ててみると、もう光を宿すことのない目から涙が溢れているのに気づいた。
「やっぱり、結構きついよね、これ……」
死んだしまったこともそうだが、生まれ変わった世界が何よりも問題だった。
JAPAN、南条蘭、陰陽師、凶星九尾、北条家……ここまで来ればわかる人にはわかると思うが、よりにもよって私はどうやらランスシリーズで有名なルドラサウム大陸へ転生してしまったらしい。
「もっといい場所とかあったでしょ、イブニクルとかせめて3E2でも良かったからさぁ……」
地獄よりも地獄な場所、最強チートキャラでも気を抜けばBAD ENDへと転落しかねない難易度ルナティックな世界、それがランスシリーズである。
弱ければ死ぬか一生奴隷、強くてもさらに強い敵が現れるか、仲間に裏切られるか、あとはAL教から異端認定されたりするし、何よりここの世界の神々がどうしようもない程にふざけてるのでもう救いなんてない。
簡単に言えば、この大陸の創造主である白クジラ、ルドラサウムは人々が苦しむのを見ているのが好きなやつなのである。
一応ランスⅩ第二部で矯正可能ということが判明したものの、今は妖怪大戦争真っ最中のGI1012年。ランスⅩ第二部までまだまだ先である。
それまで私はどうすればいいのだろうか?
住む家もおそらくはあの愚かな方の兄によって手回しされているだろうし、尊敬していた方の兄者は此度の騒動で死んだ。頼ろうにも誰が敵で誰が味方かの区別だってつかない。
なら絶望してここで死ぬ? 論外、この世界は死んで救われるほど甘くはない。ていうか高確率で異物として消される。
なら外に出るか? リーザスあたりならしばらくの間は平和に暮らせるかもしれない。
「……いや、それだけじゃダメかもしれない」
ここが漫画やアニメの世界ならほっておいても主人公がなんとかしてくれたかも知れないが、残念なことにここはゲームの世界。
一般アダルト問わず、ゲームにはルート分岐やBAD ENDというものが存在する。
主人公のランスだって運が悪ければ死ぬし、思い入れのあるキャラが死んでしまうルートへ突入する可能性だってある。
そのそも、この世界が第二部へ続くかすら危うい。それほどに不確かで危険な世界なのだ。
「……やるしかないよね」
現状、全てを知っているのは私しかいない。
来るべき決戦に向けて力をつける必要がある。
人脈も広げよう、能力を極めよう、目的のためなら例え死人すら使ってやろう。
「取り敢えず最初にやることは……、私のことを舐め腐ったあの愚兄に痛い目を味わわせることだよね」
そうと決まれば善は急げ、早く体調を回復させるため今日はすぐに寝ることにした。
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襲撃
後書きにさらにダイジェストを載せておくので読むのが面倒な方はそちらでも
「五城の家が襲撃された? 真か?」
「はい、屋敷は全焼、臨時頭首の五城弾も全身に火傷を負い意識不明、家臣や配下にも死者や行方不明者が多数出ている模様です」
「ふむ……それで、かの家に秘蔵されていたはずの《風魔忍術秘伝の書》はどうなった?」
「おそらく、他の貴重な書物と共に灰燼へ帰したと思われます」
「……先代当主が、いやせめてあの兄妹が生きてさえいればこんなことにはならなかったのだろうな、類稀な実力を誇った先代、優秀な長男、そして次期風魔小太郎と目されていた長女、この3人さえいれば風魔の未来は安泰だったろうに、本当に惜しいことだ」
「はい、先代は病に倒れ、長男長女は謀殺され、残った次男すらもあの様子ではもはや断絶以外に道はありますまい」
「本当に惜しいことだ、あの子ならば安心して息子たちの護衛を任せられたものを、下らない争いで命を落とすとは」
「至極その通りでございます、それにつきましては、こちらがあの次男坊に共謀し、彼女らを死にいたらしめた陰陽師の名簿にございます」
「流石は当代の風魔小太郎、仕事が早いな……やはり少なからず選民思想が絡んでいると見える」
「はい、あの娘、北見にはどうやら陰陽師としての才があったようだとの報告を受けております、それが一部の陰陽師たちには許せなかったのでしょう」
「汚らわしい忍者風情が陰陽術を汚すな、か……全くもってくだらない、術は術だ、道具と同じように誰が使おうが同じなんだよ」
「今代北条早雲だからこそ言える言葉なのでしょうな、他の者が言えば袋叩きに会うことでしょう」
「まあ後数年もすれば引退する身ではあるがな、近いうちにこの者らも極刑にーー」
「早雲様一大事です! 城のいたる所から火の手が!」
「何!? 被害の程はどうなっておる!?」
「幸いそれほど大事には至っておりませぬが、一つ消すと別の箇所でまた火の手が上がり、一進一退の状況が続いております」
「何処ぞの手の者による妨害工作か、九尾が討たれたとは言えやはり帝なき国では…………小太郎、お主も協力して鎮火にあたれ、他の忍びや陰陽師も総動員して下手人の確保と消化に尽力せよ!!」
「「御意!」」
…………。
………………。
……………………。
「えっと、《ハニーでもわかる陰陽術》は違う、《歴代北条早雲の観察日記》もいらない……」
そんな会話が繰り広げられていた頃、この騒ぎを起こした下手人、北見こと五条はるかは城内のとある一室へ忍び込んでいた。
「《討伐妖怪一覧》も違う、《帝についての研究書類》も今はいらない」
北条家はJAPANを代表する陰陽師のメッカである。
偉大な功績を残した初代北条早雲が治めていた地であり、陰陽師を志す者は皆この地にある学問所へ足を運ぶという。
「《妖怪セキメイとは》、《北条家の成り立ち》、《凶星九尾について》どれもいらない」
無論、彼が遺したものは後世に生きる者たちにとって大きな助けとなっているのだが、光ある所に影もまたあるように、全てが輝かしいものというわけではない。
「あ、あったあった《陰陽術の禁術書》と《初代北条早雲の秘術一覧》、後は……この《高位陰陽術》もやっぱ必要よね」
これらの物は本来北条系の中でも限られた人間でしか閲覧することはできない禁書である。
なぜ彼女がこれらの書物を手に取っているか、そのそも彼女がどうしてこの場所にいるか、それを理解するには彼女が実家に復讐を果たした直後まで遡ることとなる。
「うん、まあこんなもんだよね」
何処かの木の枝に腰掛け、燃える実家を遠目で観察しながら彼女は呟く。
「一応あの時いた奴らは全員始末したし、貰う物も貰ったし、逃がす人は逃してあいつにも生き地獄を合わせたから後はもうどうでもいいか」
彼女が片手で弄んでいるのは《風魔秘伝の書》と書かれた古い巻物である。
また彼女が背負っている風呂敷の中にはいくつもそれと似たような巻物が押し込められており、彼女が火をつける前に盗み出したのは明らかだった。
「後は陰陽師たちへの報復なんだよね、顔は覚えてるけどこちらと違ってあまり派手に動くと早雲とか小太郎とかが出張ってくるかもしれないのがなぁ……」
どうしたものか、と彼女は足をぶらつかせて考える。
「となるとあちらへのちょっかいは程々にしなきゃいけないよね、そして時間をかけすぎてもダメだから一度で済ませる必要もある……」
そう言って彼女が懐から取り出したのは難しい文字が細々と綴られた長方形の紙。
彼女がそれに魔力を込めるとたちまち紙に変化が起こり、次の瞬間にはカラスのような式神へと姿を変える。
「独学でできるのはとりあえずこれくらいかなぁ……、こんなことならあの時断らずに蘭ちゃんに教えて貰えばよかった」
はるかの幼なじみである蘭ちゃん、本名南条蘭は南条家に生まれた長女のことである。
戦国ランスに登場した際には南条家の当主として登場し、彼女専用のルートすら用意されていたという優遇っぷりである。
しかしそれに反して彼女が生き残る道は少なく、逆に言えばおまけ要素と彼女のルート以外では必ず死亡するという悲運な運命の下に生まれてしまった哀れな娘でもある。
彼女とはるかは初めて顔合わせをした時から友達となり、よく実家を抜け出しては彼女の元へと足を運んだものである。
その時のお遊びの一環で、彼女の式神を見せてもらうという話になった。
当時は幼く、今も幼いが、拙いながらもちゃんとした式神を発動させるところを見てはるかも真似をしたくなったのだ。
それでできるはずがないと思いながらも南条蘭ははるかに陰陽術の基礎を教えてみたところ……なんと初めてにも関わらず彼女よりも上手に式神を作り上げてしまったのだ。
呆気にとられた両者だったが、ハッと我に帰った蘭は彼女に強く陰陽師になることを勧めたが、はるかはそれを断った。
この時の彼女は兄や父の為に立派な忍びになることを第一としていた為、脇道に逸れることを嫌がったからだ。
だが、こと此処に至ってそんなことは言ってられない。
使える物は全て使い、全力を尽くしてもなおあっさり死にかねないのがここルドラサウム大陸である。個人の好き嫌いで選り好みしている場合ではないのだ。
彼女の場合忍者としても天才的だったが陰陽師としても才能があるのなら使わない手はない。
陰陽師は大陸で言うところの魔法使いにあたり、彼らと違い直接魔法を使用することはできないが、代わりに式神と呼ばれる使い魔のような物を使役し、間接的に魔法を行使する。
その能力の一つに防御式神というものがある。
今世の彼女も何度もその目で見てきたが、端的に表すならこれを使うものが味方にいればとても心強く、敵に回れば厄介極まりない技というある。
その性能は《一度だけ攻撃ダメージを無効化する》と言うものであり、ゲームでは魔人の攻撃すらも弾き、今世の彼女も何度も暗殺を防がれたことがある程度には苦汁をなめさせられている。
この先自身を超える、いや人類を超える強敵が現れることが確定しているこの世界、手数は多いに越したことがない……のだが一つだけ問題があった。
この世界が元はゲームとは言っても今ここにいる彼女にとっては現実となんら変わりがない。
つまりゲームのように成長すれば勝手に使えるようになるといことはなく、式神防御を使うためにはまず誰かに教えてもらう必要がるといことになる。
そこが先の彼女の発言と繋がってくるというわけだ。
「……うん、ここはやっぱり一度やっておくべきかな、一部以外それほど恨みはないし、後で返せば問題ないよね」
そうして、彼女の蛮行は始まった。
北条家の居城の下調べを済ませていた彼女は真昼間からそこへ忍びこむと自身が使役できる限界数まで式神を召喚した。
それは小さな式神でとてもじゃないが戦闘に役に立つとは思えない代物であったが、彼女からしてみれば戦闘能力など必要がなかった。
彼女はそれらの口に密かに手に入れていたぷちハニーを咥えさせる。
ぷちハニーという危険物を咥えたそれらは物陰や人では到底通れそうにない隙間などを通り目的の場所へとたどり着くと、咥えていたプチハニー放し、勢いよくそれを足元へ叩きつけた。
ぷちハニーはハニーという魔物の一種であり、衝撃を加えると爆発するという性質を持つ。
式神の攻撃で起爆したそれは木造建築というJAPAN独特の建築様式と合わさることによって小規模ながらも火災を引き起こした。
当然、城に勤める人間たちも必死に消火活動をし、なんとかこれを消し止めるが、今度は二箇所で爆発と火災が発生する。
ここに来てようやく彼らはこれがどこか別勢力からの攻撃だと理解した。
消火活動と並行し、怪しい人物の検挙、次の放火の防止、警備の厳重化などを並行して行うが、それができたのは一部の猛者たちだけであり、大多数の下っ端たちは訳もわからない混乱状態にあった。
結果、それが指揮系統に多大な影響を及ぼし、目の前の消火活動で手一杯の状態まで陥るのにそう時間はかからなかった。
そうしてできた警備の隙が彼女の狙いだった。
普段なら厳重な警備が敷かれていて入ることの出来ない宝物庫だったが、火災への対処へ人員を割かれることによって必要最低限の人数まで警備人数を落とすことになってしまった。
彼女は素早く彼らを気絶させ、ふんじばって宝物庫の中に転がしておくと、目的の場所へと歩みを進める。
それは宝物庫の中でも特に重要な物、陰陽師に関する文献が納められている書架であった。
そう、彼女の目的はこれらの書物である。
本来北条氏の誰かに弟子入りして術を学ぶのが手堅い方法ではある。しかし、彼女はその北条氏の一派に殺されかけたので彼らを信じるわけにはいかない。
だが、彼ら以外に陰陽術に詳しい人間がいないのも事実。ならば彼らの隠している書物を一時的に頂戴し、写本した後に返してしまおうと考えたのだ。
無論、いくら天才忍者と言ってもそんなことがそう易々とできるわけがない。だからできるように状況を整え……、いや乱した。
見つかる確率が少ない小型の式神による時間差テロ、それに加えつい数日前に妖怪大戦争が終結したことによる気の緩みが混乱を加速させ、結果彼女の思惑通りに警備は手薄となり、彼女の侵入を許すハメになった。
それが今現在彼女が行っている窃盗行為、文字通り火事場泥棒につながったと言うわけだ。
「さて、そろそろ脱出しないとまずいかな?」
残りの式神も心許なくなってきており、そろそろ城の人たちも対処に慣れてくる頃だと考えた彼女は最後の最後ということで残りの式神を護身用を残して全て召喚する。
「行け」
彼女が命令すると、それらは一斉にバラバラの方向へぷちハニーを咥えて走り出す。ただし、今度は屋根の上や通路の真ん中を駆け抜けるようにだが。
最後に放った式神は言わば囮である。
犯人探しに躍起になっている今、目の前を走るあれらを無視できるはずがない。
そうしてできた隙をついて彼女は無事に脱出し、騒ぎが治った後の調査にて禁書などが盗まれていることがようやくわかったという。
「次はどこへ行こうかな? 武田はむさ苦しそうだし、やっぱり上杉? しばらくはお金稼がないと行けないし、あそこなら女武将でも雇ってくれそうだよね」
この後、彼女は数年間上杉家に仕えることになる。
その影響が今後どう響いてくるかは、また別の話。
今回の北見の行動
1、実家を襲撃して書物を奪ったよ
2、ランスワールドなのでもっと力をつけないとまずいよね
3、なので陰陽師の修行がしたいので北条家から盗んできたよ
4、次は上杉家に行こうかな、路銀を稼がないといけないし
なお、次回はランス03からになる模様
1と2は不参加です
2月7日 更新予定
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2章 ランス03
病気
彼女が記憶を取り戻して5年の歳月が流れた。
魔王ガイが異界より攫ってきた少女、来水美樹へ魔王が継承され、時代はGIからLPへと移り変わって早2年。
彼女は今、自由都市地帯にいた。
「……もっと……もっと働かなきゃ…………首を取らなきゃ」
正確には昼間の内から魘されていた。
LP2年、カスタムの事件が終息して幾ばくかの時が流れたある日のこと。
突如としてカスタムの街へ、いや自由都市地帯そのものへ戦争を仕掛けた国があったのだ。
その名はヘルマン共和国。後に帝国となる強大な軍事力を誇る大国である。
ヘルマンは今まで攻めあぐねていたはずのリーザス王国を驚異的な速度で占領するとそのまま隣接地であった自由都市地帯に狙いをつけ、直ぐ様に攻めいって来たと言うわけだ。
勿論自由都市の人々は抵抗し、何とか侵略を食い止めていたのだが、そこに思わぬ刺客が現れた。
リーザス軍である。
占領した王国の軍をそのまま戦場へと送り出す暴挙、通常であれば反乱が起きて然るべきな愚策であるが、ヘルマンにはある秘策が存在した。
洗脳。
リーザス軍人を洗脳し、自身の為に命を捨てる人形へと仕立てあげる人道に反する作戦を行ったのだ。
ヘルマンとリーザス、二つの大国の前に自由都市のレジスタンスたちが敗北するのは時間の問題かと思われた。
そんな危機的な状況の中、一人の少女がレジスタンスの本拠地へとやって来た。
そう、今そこで屍になっているはるかである。
カスタムの四魔女など、レジスタンスの中心人物たちが次の反抗作戦やら人員や物資の補充やらで奔走している中、突如として会議室に現れた彼女はこう言った。
「すいません~、凄腕の諜報員兼破壊工作員って募集してますか?」
まるでアルバイトでもするかのような気楽さでそう言った彼女を最初は誰もが警戒していたが、彼女がもたらした戦果と持ち前の人柄の良さによって一人また一人と心を開いていった。
ある日は一人でヘルマン軍の拠点を爆破したり、またある日はヘルマン軍の食事に下剤を混ぜたり、それまたある日にはヘルマン軍の指揮官を暗殺して首を目立つ所に飾ったり、またまたある日には敵軍の作戦をレジスタンスへと知らせるなどと、その見た目に反してとんでもない成果をレジスタンスへともたらした。
今ではカスタムの四魔女と並んでレジスタンスの中核を担う一人と呼ばれ、自由都市の人々から畏敬の念を集める存在となった。
…………たった一つの誤算を除いて。
ここまでの出来事は大体がはるかが目論んだ計画通りである。
彼女の目的のため、いつかは原作に関わることに決めていた彼女が選んだ舞台がここ自由都市地帯及びリーザス王国である。
ナンバリングで述べるならランス03と呼ばれる作品となる。
その前に存在した01と02は主人公であるランスが死ぬ危険性が低く、また会いたくない人物や狙われる危険があったため不参加としていたが、彼に出会うなら早いに越したことはない。
そこでここならば戦時のためランスは不特定多数の人々と関わりを持つこととなるため、自分がそこに紛れ込んでも不自然でないと考えたからだ。
まずレジスタンスの人々と交流を深め、そのままの流れでランスと知り合えば後の作品への参加も容易となると考えた。
そして先に述べた通り、彼女はレジスタンスの人々の信頼を勝ち取ることには成功した。
今では元いた住人と変わらない程に馴染み、カスタムの四魔女とも友人と呼べる仲となった。
……彼女が過労で倒れるまでは。
「いい、その熱が下がるまでここで寝てなさい」
綺麗な緑色の髪と眼を持った少女、魔想志津香がそう告げる。
「……はい、すいません、こんな大事な時期にこんな醜態を晒すなんて」
何故彼女がこのような事態に陥ったのか? それは彼女の性格が問題であった。
元より努力家、いや
レジスタンスや四魔女の面々と交流を深めるため、彼女が自身が持つ能力を満遍なく使い、その戦果を持って信頼を得る。その行動に間違いは無かっただろう。
しかし、忘れてはならないのは彼女の死因が過労死だった、と言うことである。
一度仕事にのめり込めば誰が何を言おうと気にも止めず、それが終われば次の仕事、それも終わればさらに次の仕事へとまるでロボットのように仕事を終えるだけの機械と化す。
だがそれでもここまで疲労することは無かっただろう。それだけ働いていれば誰かが止めるだろうし、そもそもそこまで仕事がある事態などほとんどないからだ。
実際前世の時はあの上司が自分の仕事や他部署の仕事を横取りして丸投げしていたからああなったのであって、それまでは適度に休めてはいた。
上杉家で働いていた時だって体力よりも仕事の方が先になくなっていたし、前世でも上杉家でも働きすぎだとちょくちょく彼女へ注意してくれる人たちもいた。
だがここは戦場、しかも大国二つを相手どる劣悪な状況、やるべきことなど山ほどある。
睡眠時間を削り、食事は最低限、一つ終われば次の場所へ全力ダッシュ。そんなことを続けていればいくら前世より丈夫な体になったとは言え倒れるに決まってる。
そして彼女は忍である。忍者とは刃の下に心を隠す者、忍耐と言う文字にもあるように忍は耐える者とはよく言ったものでどんな状況にでも耐える訓練を彼女は幼い頃より受けて育った。
どれだけ疲労困憊でも表情ひとつ崩さず、淡々と仕事をこなす彼女。近しい人や長く交友のある人物ならばそれに気付けたかもしれないが、ここの住人たちが彼女と過ごしたわずかな時間でそこまで辿り着けるわけがなかった。
また、ここがルドラサウム大陸だったと言うのも彼女が無茶をした要因だろう。
一つ間違っただけで破滅しかねない魔の大陸、創造神の玩具箱、そんな世界の、しかも原作の話に介入しようと言うのだからこれまで以上のプレッシャーを感じていたに違いない。
自分のせいで世界が滅ぶかもしれない、馬鹿な話かもしれないがそれが起こりうるのがこの世界なのである。
だからこそ不安要素を極限まで排除し、できる限り戦況を改善した上で主人公を迎える。その一念だけが彼女を動かしていた。
……まあ、だからと言って倒れては元も子もないだが。
「いいのよ、貴女よくやってくれてるわ、貴女のお陰で少しの間はあちらも準備に時間が掛かると思うし、その間ゆっくりしてなさい」
すみません、とはるかは繰り返し、瞳を閉じる。
暫くすると呼吸も穏やかになり、眠りに落ちたように見えた。
それを確認すると志津香は廊下へ向かう。
足音が遠ざかり、扉を閉める音がする。
それを確認するとぱちりと眼を開けるはるか。只の狸寝入りである。
「えっと熱冷ましは飲まされたから、毒と着替えと暗器と式札と……あれ、これメモ帳だ式札式札」
朦朧とする視界から目的の物を探す。
「はい、これよね」
「ああ、ありがとうござい……ます」
すっと差し出されたそれを自然と受け取り、固まった。
ゆっくり恐る恐るそちらを見てみれば、そこには笑顔の志津香がこちらへ式札を差し出していた。
「えっと、あの、出ていったのでは?」
「あれはね、扉を開けて閉めただけ」
そう、彼女は実際に出ていったわけではなく、そう見せかけてはるかの事を監視していたのだ。
その程度の悪戯に気づけないほど弱っている事に志津香は少なからず衝撃を受けた。
このような状態で行かせては間違いなく死ぬ。決してこの部屋から出してはならない。
「あの、志津香さんも作戦会議とか」
「どこかの誰かさんが大暴れしてくれたおかげで結構余裕があるの、だから寝てなさい」
「いえいえ、あと他にも情報収集したり首を取ったり薬をもったりリーザス城の門に細工したりテロったり偽情報流したり城内に侵入する足掛かりを作ったり新しく買った武器の整備したり一般人の避難を誘導したりテロ用の式神を「もういいから寝てなさい、《スリープ》」、あう……」
聴いていられなくなり睡眠魔法で眠らせる。
普段なら回避なり抵抗なりできた魔法だったが、疲労困憊な今の彼女にそれほどの力は残っておらず、あっさりと眠りに落ちてしまう。
倒れた彼女をベッドまで運び、優しく布団をかける。
「全く、どうしてここまでしてくれるのかしら……」
志津香から、いやレジスタンスから見ればある日突然やってきて毎日必死に働く謎の少女。
どうしてこちらへ来たのか、なぜ手を貸してくれるのか一切話はしないが、その分戦果を上げてくれているので不満を持つ人はほとんどいない。
志津香以外の四魔女は彼女に心を許しているし、志津香自身もなんだかんだで認めてはいる。
しかし、同時に彼女のことが不気味に思えて仕方ないのだ。
彼女は余所者でカスタムとは縁もゆかりもない、それは本人も言っていたし、名前からしてもこの辺りの出身ではないのはわかる。
なら何故ここまで尽くしてくれるのか? ここまで体を酷使してまで守るものがこの街にあるというのだろうか?
明らかにメリットとデメリットの計算が狂っている。ここまでしてくれる意味が志津香にはわからない。
「あいつみたいに分かりやすかったらここまで悩むことはなかったのかもーーって何考えてるのよ私は!?」
とある男のことが脳裏に浮かんだが、その男の事は考えたくもなかったので直ぐに忘れようと努める。
この事があった数日後、まさかその男がこちらへとやって来るなどとはこの時の志津香には思いもよらなかった。
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