無限の蒼穹に雷鳴は轟く IS× THUNDERBOLT  (サンボル好き)
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設定資料 ネタバレ注意

基礎的な設定はこちらにまとめました。随時更新していきます。知りたい人に向けて、読まなくても本編に影響は無いはず。

ネタバレ注意です。


【EOSの基本認識】

 

 ISの登場以降、パワードスーツの戦略的価値が注目される中、ISの欠点である女性しか乗れない点を克服するべく誰にでも乗れる疑似ISとして、その結果開発された重機。兵器ではなく重機としてカテゴライズされるのは、その用途が主に産業用とPKOに設定されているから。加えてIS志向の世論の影響も加味した為。しかし、実際には重機とは名ばかりに世界ではこの疑似ISの研究がすすめられ、局地的にではあるが戦場でEOSが兵器運用される頻度は年々増加し続けている。これには、ISという兵器の登場により、戦場におけるパワードスーツ兵装の遊撃威力の高さ、汎用性に対する有用性が提唱されたことが大きい。

 

 世界的に、EOSへの認識はISの技術から派生した作業用の重機であり、しかしその価値は次第に現行兵器と並ぶものへ成長し続けている。

 

 

 

 

 

・筆者コメント

 

 この作品では原作以上にEOSの価値を底上げしています。イメージとしてサンボル世界のモビルスーツを投影したイメージで進めていくため、サブアームの設定をこじつけたりなど、扱いはMSの代用でした。

 

 しかし、それだけでは少し設定が物寂しいので、いくつかEOSを構成する基本設計をここで解説します。EOSそのものの基本的な設定をたてて、そこにガンダム要素やら、他作品のネタなど、自分なりにEOSという設定を追求していきたく思います。今後も必要次第に更新していきますが、作中でもEOSに関する用語は簡潔に説明したりしますので、必ずしも読まないと困ることにはならないはずです。

 

 

 

 

~動力系~

 

 ISのコアエネルギーを再現するべく、各国が小型で且つ高出力を可能にする新たな動力を研究模索するなか、日本で開発された併用式ディーゼル駆動エンジン、通称「甲型内燃機関」が最適解とされ、以降各国にてこの甲型内燃機関が用いられるようになった。  

 

 

『甲型内燃機関』

 

 

 ISのリアクター技術を目標に、パワードスーツに搭載が可能な小型の動力機関が必要とされた。背部に搭載するバックパック部分に組み込めるサイズで、また戦闘時における安定した電力供給を確保する等、求められるスペックは高い。当初はパラジウムを用いたリアクターの案が採用される見込みだったが、量産のコスト面からディーゼル駆動のエンジンを小型化する方向で開発が進められた。

 

 前時代的な内燃機関を用いられた背景には、日本の倉持技研の成果が大きく関わる。甲型と称されるその内燃機関は背部に搭載できるほどの軽量化に成功し、さらに重機械を運用するほどの瞬間的な発電量の向上を可能にした。小型故に活動時間が短くなる欠点と、更にはエンジンへの負荷が大きくなる点は、これまた技研の開発した付属する大容量の小型バッテリーと併用することによりカバー。甲型内燃機関はEOSに安定した作戦行動を可能にし、また倉持はこの技術を秘匿することなく世界に流用させた。以降これと同系統の技術が各国で流用、及び独自に改良発展が続けられている。便宜上、併用式の動力系は総じて甲型の名称を用いられることが多い。

 

 

 

~駆動系~

 

 パワードスーツの特徴とも言える人体の活動能力を拡張する機能、ISを目標ラインに高い操作性を求められ、開発にあたって人体理解を必要として医療的な分野との関わりが大きい。

 

 

『E2ドライブ』

 

 

 正式名はエンハンスド・エクスパンション・ドライブ、甲型と同じく便宜的な呼称、医療サイバネティックの技術から応用し発展された戦闘用の駆動系に対する総称を指す。

 

 ISとは違い、EOSは四肢の先だけでなく全身に至るまでを外部フレームで覆う必要がある。高度な二足歩行、迅速な戦闘行為を可能にするには円滑な情報伝達システムが求められる。プログラムが受け取った信号をキャッチし、受け取った動作を増幅させることでタイムラグを消化、文字通り人体の動きをそのままにより大きなものへと拡張させる。

 

 ISの登場を気に、EOSの開発から医療テクノロジーにおける電動義肢の価値が大きく見直される。各国で義肢の開発が躍進的に加速していく今日の背景には、このEOSの発展に伴う必然性が見受けられる。

 

 

 

 

~装甲系~

 

 EOSはその操作性から過度に装甲を搭載することは出来ない。故に搭載できる箇所は限られているため、サブアームを用いてシールドを増設するか、または最低限の装甲で機動力による回避を特化する等、各国のコンセプトでその仕様は大きく異なる。しかし、共通して使われるのは、イギリス陸軍の採用した積載多重装甲をEOS用に改修したものを、各国は模倣している。

 

 

『C装甲』

 

 

 被弾率の高い部分には衝撃吸収材配合の積載多重装甲、EOS用チョバム・アーマー、通称C装甲を搭載している。三次元的で且つ高機動の戦闘を想定しているため、EOS用に装甲は軽量なものへと改修がなされているが、その防御力は通常の歩兵装備であれば無類に性能を発揮する。

 




随時更新します。違和感、矛盾点があっても愛嬌で、感想で教えてくれますと嬉しみ


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第一章 The Begining place
Back to the mid century


サンダーボルトのSSがハーメルンで見られない。ならもう自分で書くしかないんじゃね?









 

 

 

 ジャズが聞こえる。

 

 

 途絶えて久しい意識でも、その音色だけは確実に脳裏に響く。

 

 奴が来る。

 

 連邦の白い悪魔に乗って、あの男は俺の命を奪いにやってくる。

 

 

 

「これで最後だ!!義足野郎…!!」

 

 

 

 半壊したMSが迫る。全てを溶断する光の刃が、その切っ先が装甲を貫かんとする刹那

 

 

ーーーーッ!!!

 

 

 雷が走る。

 

 デブリを駆け巡り、漂う鉄の残骸を伝い、青白い火花がコクピットにまで届く。

 

 

「…………!!」

 

……海が見える。

 

 無くしたはずの足で砂浜を走り、向かう先には彼女がいた。

 

 

「……」

 

「……カーラ」

 

 手を伸ばした。悪魔と戦うために、自分の意思で切り捨てた右腕がそこには確かにある。

 

 手をとった。抱き締めた。感触は温かく、温もりのある生きた温度だ。けど、それでも俺にはわかってしまう。

 

 

……ああ、これは夢だ。

 

 出撃の前、カーラと共に僕らは誓いあった。

 

 僕らは望んだ。この悪夢みたいな戦争の果てに、きっと生き残れたら二人で自由になろうと。

 

 だから、これは夢だ。現実はまだ

 

 

 

……そうだ。俺はまだ、奴を

 

 

 

 奴を、イオ・フレミングを、ガンダムを倒すまで戦争という悪夢からは解放されない。

 

 

 だから、戦え

 

 

 無くした手足はまだ動く。サイコ・ザクは、まだ

 

 

……まだ俺は、戦える……!!

 

 

 

 

 

 

 街中を行き交う人の波、その地に暮らす人々は裕福とはほど遠く、皆が皆毎日生きるに必死な日々を送っている。

 

 故に、道のはしに男が倒れていても、大抵は見て見ぬふりで、隙あれば身ぐるみのひとつや全部はかっぱらうのが常である。

 

 なのに、この時だけはそれが違った。それは男が異様だったから。関わるには、その違和感の壁は巧妙に越えがたくあったのだ。

 

 そして、今

 

「……なんです、これ?」

 

 建物に持たれるように眠りこける。死んでいるのか生きているのかもわからない、そんな若い男のもとに、人が二人近づいてきた。

 

「ほら、この子だよ。さっきから店の前でうんともすんとも言わないんだよ。」

 

 一人は褐色で肥えた見た目の妙齢の女性。もう一方は、いかにもな悪人面の武骨な男で、タンクトップの上半身から伸びる剥き出しの機械は簡素ながら腕の形をかろうじて保っている。鉄と樹脂の三本爪をカチカチと鳴らしながら、嫌々な様子で会話を続ける。

 

「マダム、急に呼び出しと思いきや、うちは迷子センターじゃありませんぜ」

 

「いやねえ。……この子、もしかしたらあんたのとこの新入りじゃないのかい?ほら、この手足とか……」

 

 指差す先の男の四肢、そこにはあるはずのものはなく、代わりについているのはこれまた頼りない金属棒のみ。おおかた、フレームと三本指の簡素な技肢でも着けいたのだろうが、壊れたか盗まれたか。 

 

「………いや、知らねえ。確かにこのナリは俺らと変わんねえけどよ、うちじゃあこんなガキは、雇ったりしねえよ。」

 

「でもぉ、このままおいとくのも忍びないでしょぉ。似た者同士、助け合うわけにはいかないさね?」

 

「…………こっちは慈善事業じゃねえんだけどなぁ……。おい、お前さん」

 

コツコツっ…と、機械の爪で軽く頭をこづく。わずかに反応はあるが、それ以上の反応はない。

 

「はぁ……お前さん、いったい何もんだ?手足ないくせに、軍人みたいなナリで」

 

 軍人、軍服ではないが男の纏う衣類はダイバースーツのように上下一体で、腰に巻くベルトには拳銃を納めるホルスターのようなものもついている。

 

 

「…………あやしいよなぁ。マダム、こいつは警察でも……」

 

 

 

しーん……。

 

 

 

「っていねえし!……あのババア面倒ごとだけ押し付けやがって!!…………なあ、おい!お前さん!! いい加減起きねえか!?」

 

 義手で胸ぐらをつかみ頭を揺らせる。苦しむようなうなり声だけで、男は目覚めない。というよりむしろ手を離せばそのまま倒れて息絶えそうなほどに、男の様子は危うげであった。

 

 

「おいおい、ここで倒れたら目覚めが悪いって!なあ、おい……」

 

 肩をつかみ、安否を確認するように揺らす。その時、男の横にあった小型のラジオからテープを巻くアナログの音が響く。動かした反動でたまたま起動したのか……。

 

 

曲が流れる。優しく甘い、愛を謳うその歌詞は……

 

 

「お前さん、これは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

マイベイビー 忘れないで ♪♪ 

 

 

 

 

 

 

あなたがこの世に生まれた日 ママとパパは 世界で一番の幸せを知った ♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

あなたはいくつの夢を叶えるかしら いくつの愛を知るかしら ♪

 

 

マイベイビー 忘れないで ♪♪

 

 

 

「……マイベイビー、あなたを愛してる。あなたを忘れない…………。」

 

ガガ、ガガガ…と、ノイズと共にラジオの音は消える。見るからにおんぼろで、壊れているのだろうと簡単に理解した。

 

「グッナイマイラブ……昔流行った奴だよな。俺もよく聞いたよ」

 

「………うぅ」

 

「はぁ、趣味が合う奴を見捨てるのは忍びない……てか?……まあ、たまにはそれも良いか。」

 

 男を担ぎ上げる。義手で器用に男を運び、ここまで来たトラックの助手席に放り込む。

 

「……たく、面倒だか、乗り掛かったもんはしょうがねえ。医者と手足のアテぐらいはつけてやる。そっからはお前さん次第だ。」

 

 せいぜい借金をぼられねえようにな……そうぼやいて、男は車を走らした。

 

 

……そういや、この時間なら

 

 

 男は車のラジオをまわす。周波数を合わせ、ノイズが次第に整った曲調に変わっていく。流れるのは、先程と同じく女性シンガーのしなやかな歌声

 

 

「はは、良い曲だ。ジャズもロックもいいけどよ……。俺はこっちのほうが良くてよ、腕の痛みも和らぐつぅかな……お前さんならわかんだろ。」

 

「……」

 

「……たく、まあいい。目え覚ましたら付き合ってもらうぜ。曲の趣味が合うやつは久々なんだ、手間賃に退屈話ぐらい付き合えよ。」

 

 

 

 

 

 

マイベイビー 忘れないで ♪♪

 

 

 

 

あなたにもいつか 世界で一番の幸せを知るときが来る ♪

 

 

 

 

愛し合って 支えあって

 

 

 

 

 

 

共に荒波を越えてゆく

 

 

 

 

 

 

 

マイベイビー そして次はあなたが愛を伝えるの

 

 

 

 

 

 

 

マイベイビー 心から愛していると

 

 

 

「…………」

 

 

  

 

 

 

マイベイビー あなたを愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マイベイビー 忘れないで……♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

目を開ける。体がやけに重く感じる。

 

 

ベッド…? …どこかの基地に運ばれたのだろうか。

 

……体が重い。

 

 重力があるならここはそれなりの施設なのだろう。もしや、本国のサイド3に帰還したのだろうか

 

だが、それにしてはおかしい。

 

 肌に突く空気は嫌にジトついているし、空気の埃っぽさはエアコン完備のコロニーとは思えない。

 

 

 

…というか、あれ

 

 

 窓の光、視界を白く照らすその元凶はさんさんと輝く太陽そのものであり。コロニーの反射板でかき集めた陽光とは違う、それは地球という大地の庇護でしかありえない。つまりここは

 

「…ここは、俺はいつから地球に」

 

「…お前さん、薬でもやってんのか?」

 

「…?」

 

 顔を横に向ける。パイプ椅子に座り、煙草を吹かす男が自分を見ていた。

 

「……あんた、ここはどこなんだ。」

 

「…………ここか?……ここはな」

 

 無精ひげにいかつい骨格の容貌、枯れた声、そのすべてがとある人物を連想させる。

 

 だが、決定的に違うのはその両足だった。あいつが仮に右腕をあの戦いで無くしたとしても、その両足の肌色、筋肉の動き、血管の脈動は生きたものに違いない。

 

 

「……なに人の足をじろじろ見てんだ。…ここはオルコットカンパニーの所有する鉱山、そんでお前さんが持たれてんのが俺らの寝床、これでわかったか?」

 

「……フィッシャー、じゃないよな」

 

「?……人違いだよな、けど奇遇だ。俺はフィル・シアラー、あだ名でまわりからフィッシャーって呼ばれてる。本名よりも見た目に会ってるからな、呼ばれるならそっちの方が気楽でいい。フィッシャーでいいぜ。……で、お前さん、名はなんだ?」

 

「……名前、か」

 

 長く戦場を共にした戦友を相手に、厳密には別人だが、自己紹介という行為に違和感を感じて仕方ない。

 

 

「……ダリル・ローレンツだ。ダリルでいいよ、フィッシャー」

 

 

 手を差し出す。手の平のない接続部だけの腕、伸ばした鉄の棒にフィッシャーは義手の手で握手を交わす。

 

「お前さん……いや、きくのは野暮だよな。あとで安もんだが義足と杖ぐらいは持ってきてやる。」

 

…フィッシャー!、連れ込んだ男の具合はどうだ!? 街の安女よりいいなら貸してくれや…!!

 

 部屋の外から下品じみた笑い声が聞こえる。鉱山といっていたからには他の鉱員がいたのだろう。

 

「たく、クソうるせえ奴らが……じゃあ、おれは医務室に行ってくる。間違ってもベッドから落ちんなよ。男を抱えたら余計弄られちまう。」

 

 

部屋に一人、外がやかましいがそれよりも今は

 

 

「…聞きたいこと、聞けていない。」

 

結局、ここが地球だとして、自分はあの後どうしたのだろうか。

 

 

 

 サンダーボルト宙域、敵の連邦軍と交戦に入って、自分は敵艦を落とすべくサイコ・ザクに乗って出撃した。

 

そして、あの男に、ガンダムと相対して、その後は…

 

 

 

「わからない、カーラは、リビングデッドの皆は……。」

 

 仮に、あの戦いが終わって生き残ったとして、自分はなぜ地球で目を覚ましたのか。

 

……連邦の捕虜、いやそれはない。…こんな、辺鄙な街で、しかもよりのよって民間人に助けられて。

 

 ジオンの軍服にあのフィッシャーに似た男は何も示さなかった。アースノイドなら通報かリンチか

 

 

「………考えたくはない…けど」

 

 

 壁に貼られた暦の数字、安物のテレビから流れる時事の話題。まるで中世に流行ったフィルムムービーの主人公のようだ。

 

 

「2012年、西暦、つまりここは」

 

 

 そう、もしここが想像通りなら、今自分が体験している事象、それは使い古されたこの一言で言い表せる。

 

 

 

……タイムスリップ

 

 

 

「……駄目だ、何を考えている! そんなおとぎ話が、まさか…」

 

 無い、とは言い切れない。現に、今の自分に起きている事象はそうでもないと説明できない。

 

 

「……」

 

 この先どうすればいい、とにかく…今は自分の生存を確かにしなければ、ならこの手足のままでは……

 

 

「頼るしか、ないよな……」

 

 

 とにかく、あいつが戻ってきたらここで雇ってもらえるよう頼みこもう。技術関連なら多少の知識というか、そもそも中世の時代に自分は適応できるのか不明だが、とにかくなるようになるしかない。

 

 それと、できれば以前のような義手と義足を

 

「中世の技術か……、課題は多そうだな」

 

 最悪、事務方でもなんでもありつけるならどこでもいい。

 

 

「……それか、どうせなら」

 

できるなら、またMSに、せめてそれに近いものぐらいには

 

 

「……地球史、あまり覚えてない。パワードスーツは…この時代にあったかな…?」

 

 

 

 

 




初回はサンダーボルト要素多めです。次回からIS、というかメインヒロインが登場します。


投稿ペースは……他の作品と並行しているので少し遅いかと、まあ書き始めなんでしばらくは頑張ります。


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ボーイミーツガール?

はやくIS出したい。


 

 

 アフリカ大陸、南部の位置に有する小地域、鉱山資源といくつかの一次産業で成り立つ小国家、そこがダリルの現在位置であった。

 

 街中には黒人から白人まで多種多様な人種が多く、もともとイギリスの植民地政策の名残なのか文化が入り混じった交差点のような気風があり、実際ダリルが接する人物のどれもが多様であった。そのあたりは、人種も言語も入り混じる宇宙世紀の文化圏で生きたダリルには肌になじむ空気がある。

 

 この地で目を覚まし、フィッシャー(そっくりさん、というには似すぎている)と懇意になり、気が付けばすでに時はひと月ほどたっていた。

 

 いまではすっかりこの土地柄に染まり、初任給で買った私服をまとい、修理依頼したラジオの受け取りのために街を訪れている。もろもろと雑多な用事を済ませ、今は馴染みのカフェでアフターヌーンティーに心を落ち着かせている。

 

 

 

「……うまい」

 

「だろ、ずっと粉塵と汗臭さにうんざりしている俺らにはちょっとしたガス抜きだ。」

 

「確かに……」

 

 鉱山の業務は中々に過酷である。ダリルたちが所属する会社、イギリスに本部を置くオルコットカンパニーが出資する鉱山経営会社、そこで主な業務として重機作業、EOSというパワードスーツを使った運搬、切削作業が主だ。

 

「……仕事は良い。EOSの操縦は苦じゃないし、性に合ってる。だけど」

 

 ディーゼルエンジンの熱気、質の悪いオイルを焚く悪臭、しまいには鉱山での粉塵やガスから守る防護スーツ、その構造故に肺をやられる前に血液が沸騰して人体発火しそうなほどの熱気

 

……いくらなんでも設備が劣悪だ。これなら安物の宇宙服の方が快適だ。

 

「まあ、それは言っても仕方ねえ。所詮俺らは現場職員でしかねえ、食っていくには妥協と適応だ。ダリル、冗談でも陳情なんざやめておけよ。ここで食っていくなら俺たちは高望みしちゃあいけねえ」

 

「……ああ、わかっている。」

 

 義手に力が入る。今ダリルが付けているのは五指が備わった精巧な電動義手である。バッテリーの交換手間と重さに目をつぶればそれなりに高価な代物だ。サイコザク搭乗用の義肢では当然歩くことも掴むこともできない。故にダリルはローンを組み、一切を会社に任せることになった。

 

 鉱山会社にはダリルやフィッシャーと同じ境遇、つまりは義足や義手、曰く付きの労働者が多い。親元の会社系列にメディカルテクノロジーの会社があるためか、途上国にもかかわらず試験用で高性能な義肢が手に入るのだ。

 

 だが、もちろんそこには金銭という重いくさびが埋め込まれている。少なくとも、ダリルが組んだローンはざっと先進国の中流層の人間の年収程は余裕で達している。物価の低い小国では到底返せない代物だ。

 

「しかし、お前さんの腕、やけにいい奴じゃねえか。肘から先があるならもっと安い奴があっただろうに」

 

「……しかたないよ。前の義肢を繋ぐためにそう言う手術をしたんだ。むしろ、神経系の接合部がちゃんと機能したことは幸運だった。義肢の為に再手術なんて勘弁だよ。あの会社の医療施設、あそこは葬儀場と共同経営でもしているのか?」

 

 衛生観念の欠如、麻酔は当然なし、代わりに頭が気持ちよくなるお薬を少々、しかもそこの医者もつねに意識が火星に飛んでいる。野戦病院がVIP待遇並みに思えるほどである。

 

「ギャハハ、そうだな!まともな神経ならあそこで金は使わねえ。自分の棺桶を値踏みするみてえなもんだ!!」

 

「…少なくとも、何度も拾われた命なんだ。精一杯大事にするよ。じゃあそろそろ行こう、買い出しでダラダラしすぎたらまた班長にどやされる」

 

「あ? たく、まじめだねえ。おいちょっと待てって…!!」

 

 

 車に乗り町はずれの鉱山に向かう。いつもの日課、帰るべき場所、これがダリルの得た新しい環境であり、そして行き詰まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

「おい、新入り!!」

 

「え、はい」

 

 汚い怒声を浴びせたのはこの鉱山の経営主任ヨハン・ガレ、社長という立場に胡坐をかいた見るからにの狸おやじだ。

 

 

 

「なんですか社長」

 

「おめえ、今からどこ行くんだ。」

 

「えっ…班長に言われた買い出しに、EOSの修理パーツを「んなもん誰が許した!?」

 

 ずかずかと近寄り自分の胸ぐらをつかむ。圧をかけているつもりなのだろうが体躯の小ささから少し情けない絵面だ。

 

「んなムダ金使う余裕はうちにはねえ! 手前もさっさと作業に戻れ!!

 

「いや、でもこれは班長の私財で」

 

「そんな金があるなら足のローンに使えってんだ。おいお前ら!!」

 

他に持ったメガホンで当たりの作業員全員に声をかける。

 

「当面はずっとだ。おれが良いというまでこの山から誰も降りるんじゃねえ!!納期にまにあうよう死に物狂いで働け!!いいな、かってに仕事から抜けた野郎は問答無用でぶっ殺す!!わかったかあッ!!!」

 

 音にして数発、懐から取り出した粗末な拳銃で空に発砲する。鉱山で働く男なら腰を抜かすことも委縮することもないが、どうにも社長のその振る舞いには疑問を感じずにはいられない。

 

現場から立ち去る社長をしり目に皆が思い思いに口ずさむ。

 

 

 

…社長の野郎、急にヒス起こしてなんだってんだ。

 

…大方、上から無理な納期引き受けて真っ青になってるとか

 

…くそ、今更だが仕方ねえ。お前ら、ケツ蹴られねえ程度には働くぞ……!

 

 

「……ッ」

 

「はぁ~あ。面倒だがしゃあねえ、ダリル、お前さんは初めてだよな」

 

 横からぬっとあらわれたのは自分の上司、一番の古株でEOSのエンジニアリングを引き受ける頼れる人材だ。白髪としゃがれた声に腿から下まで伸びる電動の義足、ボロボロの作業服が年季を感じさせる。

 

 

「班長、社長はいったい何を…というか、みんなあまり動じていないっていうか」

 

「あー、この時期になったらこういうのがあんだよ。町の方でよ、お偉いさんが視察に来んだよ。だから俺らはこうして山に閉じ込められる。」

 

「それって、不正を…」

 

「ああ、あいつ…俺らの上りも袖に入れてやがるし、この義肢だっていくつかマージンを取ってやがる。たたけばいくらでも埃は出てくらぁ」

 

「じゃあ、告発とかしないんですか?」

 

「いやな、昔それで経営者が変わったんだがよ。…変わった上であいつなんだ。つまりは無駄ってことさ、むしろ今がいい方だ。社長のガレは小心者の欲張りだが、せしめちゃあいるがそれも本社にばれないように微々たるもんだ。」

 

「……はあ」

 

「しかもあいつ、俺らが本気で反抗してこないよう着服する量も2割から3割、あいつがいつも銃を持ってんのは俺らを従わせるためじゃねえ。リンチに遭うとき、楽に死ねるように自決用だって噂もあるぐらいだ。そう思えばむしろ可愛げすら感じらぁ。」

 

「……だいたい、わかりました。皆さん、ほんとによくこんな所で」

 

「おいおい、同じ立場の癖に同情はなしだぜ、ここにいんのは全員傷痍軍人、ただでさえ働き口が狭いこの世の中だ。ハンディキャップがある俺らが毎日肉と野菜が食えて酒が飲めるのはここのおかげだ。」

 

「……すみません、いらないことを聞きましたね」

 

「まあ気にすんな。お前さんは心根が優しんだな。それよか、ほれ」

 

ポケットから出したモノ放り投げ、義手で器用に受け取る。

 

「キー、でも外には…」

 

「一人ぐらい抜けてもバレやしねえ。裏の搬入口から回り道してぬけでりゃあいい。そんで皆の分の酒と食い物をしこたま買ってこい。」

 

「でも、良いんですか。食べ物はまだしも酒なんて」

 

「いったろ、小心者だってな。ここから出なけりゃあいつは余計なことはしねえ。それに、せっかくだから今日はお前さんの歓迎会もしたい。一か月まともに働いたお祝いさ、せいぜい酔ってベッドに連れ込まれねえよう気を付けな」

 

「はい、その日は部屋に鍵を閉める予定なので、安心してください。」

 

「…言うねぇ、ガハハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これでリストは全部。あとは…」

 

「あら~ダリルじゃない!」

 

「…マダム、こんなところで奇遇ですね」

 

「いやぁあんもう、キャサリンでいいわよ。あたし、あなたに会えるのいつも楽しみにしているんだから。」

 

 ずかずかと体重に見合った足音を鳴らして自分に近寄る。覚えていないが、街中で自分を見つけたのがこの御仁らしい。ときおり、この人の酒場に飲みに連れていかれるが、たいていこのようにじっとりと近寄ってくる。どうにも、僕らのような傷痍軍人の鉱員という屈強で武骨な人間が大の好みらしい。正直苦手なのだが、恩があるため中々に行為を無下にできないのだ。

 

「あら、お酒にお肉に、こんなに買って……ああ、毎年恒例のあれね、謹慎中のお楽しみでしょ」

 

「ええ、いまから買い出しの戻りで、そろそろ行かないと」

 

「もう、いけずね…ちょっとぐらいお茶に付き合ってもいいじゃない。ほら、こっちにいいお店あるから。」

 

 結局、そのまま無理やり手を引かれ、荷物を抱えたまま大通りに向かう。だが、そこには

 

「…あら、やけに人が多いわね。」

 

 街を埋め尽くす人並み、特に気になるのはちらちらと混じる報道関係と思しき人達、がんカメラを構えて何かを待ち受けているようだ。

 

 

「こんなに人が、まさか視察に大物女優でも来るのか」

 

「あら、いい線いってるわ。半分当たりよ、ほらあそこ」

 

マダムの指さす先、そこにいるのは…

 

「少女……あれは」

 

「ええ、オルコットカンパニー次期代表取締、セシリア・オルコット。イギリスの名門貴族のお嬢様でしかも代表候補生、こんな偏狭な場所に来るにしてはかなりの大物ね」

 

「代表候補生……それって」

 

「あら、知らないの…それはもちろんISの搭乗パイロットよ」

 

「アイエス……あれが、それの」

 

 

 この世界に来て、ダリルは色々と世界情勢について調べまわった。元の世界に帰る方法、その手掛かりになるかはわからないが、とにかくやみくもにこの時代の知識を調べ上げた。

 

 そして、その中でも特に…むしろ異質ともいえる概念がそこにはあった。

 

 極東の地域で開発されたパワードスーツ。だが、その性能たるやダリルの時代にある機械文明に匹敵するほどの超のつくテクノロジーがそこにはあった。

 

 単独で音速の飛行、物質の量子変換技術、搭乗者を守る絶対防御など、ダリルから見て中世ともいえるこの時代に見るにはあまりにも異質であった。

 

 さらに、この世界における軍事バランスはこのISが握るに等しい、その構図は未来におけるMSのようなものを感じさせる。だが、決定的に違う点が二つ、それはISという兵器の有限性、稼働に必要なコアの個数が限られている点、そして

 

 

「女にしか乗れない欠陥兵器、軍人からしたら考えられないですよ」

 

「あらあら、そんなことどっかの国でいってみなさい。ひどい目に遭うわよ。」

 

「?」

 

「おかしい話だけど、今の世の中あのISのせいで勘違いしてる人が多いのよ。女尊男卑だって、まあこの街じゃ無縁だけどね。男と女違いこそあれどっちが上なんてのはない。そんなのは当人次第よ。まあ私はあなたになら上になられてもいいわよ」

 

「……素敵な提案ですが、遠慮しておきます。今度、班長にでも言ってあげてください。」

 

 そんな冗談めかしたやり取りをしたのち、僕らは大通りを後にした。振り向き、遠めに眺めるセシリア・オルコット、その大衆に振りまく毅然とした振る舞いに違和感を覚える。

 

 その後、ダリルは帰路に着く。車に乗りながら、ふと頭の中ではあの少女が思い浮かぶ。

 

 金髪碧眼、貴族らしい振る舞いのそれはまさに住む世界が違っていた。けれど、それにしたって彼女はまだ乙女だ。ジュニアスクールに通うような年頃で、会社やらISやらと、あまりに背負うものが大きすぎる。

 

 

「……あの子、笑えていないよな」

 

 近しい誰かと重ねたわけじゃない。ただ、あのくらいの年なら普通に同年代と笑いあって、明日のテストや恋愛ごとに一喜一憂する方が、形式ばったドレスよりもそんな平凡を送る制服姿の方がどんなに似合うことだろうか。

 

「……」

 

 IS――あの手足があれば、自分もまたあの時のように自由になれるのだろうか。

 

 リュース・サイコデバイス、四肢の神経系を直接MSと接続させ、ゼロコンマの狂いもない完全な操作が可能になる。文字通り、MSと一体化する究極のマシン

 

…できるなら知りたい。無理とはわかっているが、あれに乗って見える景色を、俺は見てみたい。

 

 

たとえそれが、もう一度戦いの世界に身を置くと知ってでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 中央街、高級ホテルの最上階

 

 

「ふぅ…」

 

「お嬢様、湯を済ませたのならバスローブを」

 

「…はいはい、ちょっとぐらい涼んでもよろしくてはなくって」

 

「いけません。当主がプライベートでは裸族で風邪をひいてしまったなど、そんな言い訳をわたくしたちにさせないでください。」

 

「……わかりましたわ。…しっかし、安物ですね」

 

 クラシックなメイド服をまとった女性からバスローブを受け取り、発展途上なその体を覆い隠す。ソファーに座り、濡れた髪をメイドがタオルで包む。

 

「んっ、チェルシー……飲み物」

 

「はいはい、お嬢様」

 

 髪の手入れをしながら器用に主のもとにストローを近づける。乾かし、髪をすいて、されるがままになりながらセシリアは女性誌をペラペラとめくる。

 

 

「……今日もお疲れさまです。よく、がんばりになられましたね。」

 

「ええ、本当に……海外の視察がここまで疲れるとは、というより、関係各所のあいさつ回りだけでまだあるなんて」

 

「それだけ、先代の人柄がすばらしきものだということです。だから、お嬢様にはここに来てもらう必要がありました。副社長も、それが狙いだと」

 

「……ええ、オルコットの力、その全容を知るためにも、ここのレアメタル産業は重要です。こうした辺境にも赴く積極的な姿勢、未だ現当主を認めない輩にわたくしの行動力を、ひいては現当主セシリア・オルコットの威光を示さなければならない。よく……よく、わかっていますわ」

 

「……お嬢様」

 

「そして、そのためにもこの視察中に鉱山の実態を暴きます。不正を許さない徹底した姿勢、それを示すことで内部の引き締めを果たします。寝首を掻くやからを牽制するためにも、今回の視察は成功させなければなりません」

 

 幼い少女から出る言葉にしてはあまりにも重く、理路整然と語るその有り様はまさしく貴族然とした、先代の意思を受けついだそのすがたはノブレスオブリージュそのものだった。

 

「……とにかく、視察の期間中に鉱山の実態を把握しないといけませんわ。チェルシー、ヨハン・ガレからはどのように」

 

「はい、視察の申請はしているのですが、未だに先伸ばしで、視察場所も街の方にある本社のビルだけとの一点張りです。」

 

「……それでは意味が無いのです。やはり、無理やりにでも立ち入るほうが」

 

「いえ、それでは監査と警戒されて口裏を合わせられます。それに、曲がりなりにもここは他国です。一民間の企業である我々にはできることが限られています。」

 

「…癒着、ですわね。せめて、鉱員の人に話を」

 

 だが、そうしようにもあの社長はこの時期には社員を山から出さない。一人や二人ならこっそりと抜け出しているかもしれないが、行動を限られる立場でいるかいないのかもわからない人物を探し出すのは非効率だ。

 

「…はあ、せめて一人ぐらい話を聞きたいものですわね」

 

 映像なり記録なり、誰か一人でも証言が出れば不正は明るみになるはず。一人が立ち上がれば、後に続くものもあらわれる。とにかく今はきっかけが欲しい

 

「せめて、せめて一人ぐらい……」

 

「一人、ですか……」

 

「ええ……」

 

「……あてになるかわかりませんが」

 

 小型の端末を取り出す。往来での遊歩の際に、ふと警戒用の全周囲カメラに残った映像

 

「……お嬢様、これを」

 

「……これは」

 

「あの時、人込みの中で見えたのですがこの男」

 

「この男がどうし……義手? まさか」

 

「はい、おそらくは」

 

「これは…うちの系列で卸している義手、ですわね。」

 

「ええ、つまりは…この男性は間違いなく」

 

 写真に映る義手の男、この街でこのような高価な代物を付けているなら、それは間違いなく。

 

「…チェルシー、命令です。視察中にこの男と接触がしたいですわ」

 

「しかし、また来るのですか?」

 

「それは……ですが、手がかりになるのは確かです。この男の持つ袋、確か」

 

 画像情報を切り取り、検索にかける。そしてすぐに情報が出る。この地域に唯一あるスーパーマーケットで使っている袋。ロゴマークからそれがわかる。

 

「でましたわ。ここに通っているなら待ち伏せできます。」

 

「……お嬢様、言った手前の私が言うのもなんですが、本当に」

 

「ええ、部下を数人、この場所で待機させてくださいませ。見つけたらすぐに確保ですわ!」

 

「………お嬢様、それは」

 

「いいですこと、ぜっっったいにしくじりませんことよね。では、私はそろそろ床に就きますわ。おやすみなさい、チェルシー」

 

バタン!…と、お嬢様は部屋にこもってしまった。

 

「………」

 

確保、ですか…

 

 見知らぬ他人に待ち伏せされ、当人の意思なく連行される行為、人はそれを拉致と呼称する。

 

「……はぁ」

 

…はっきり言おう、あのお嬢様は見た目も麗しく器量もいい。ただときおりこうした突飛なことを言ってしかもそれを間違っていると疑わない、性格も基本はいい子だが若干めんどくさいところがありよく誤解される。まあ、それもまとめて一つの愛嬌という奴だ。

 

 

 

 そういうわけで、いかに命令とはいえ拉致の強硬はいささかやりすぎだ。しかし、現状これ以上の手はないのも確かである。一応、見かければ交渉程度にとどめるが、最悪逃走されれば強硬手段も辞さない。

 

「…仕方ないですね。これもお嬢様のため」

 

…一年前、事の始まりは去年の事故で先代当主とその夫人が命を落としたこと。そこから始まった。

 

 オルコットカンパニー、先代当主の跡をわずか13歳で襲名したその長女セシリア・オルコット、貴族特権の領地経営から名をはせ、代々受け継いできたカンパニーはいくつもの企業と人員が入り混じり、中にはセシリアを面白く見ないものもあれば、若き当主に取り入りその財産に手を出そうとする輩がそころかしこに溢れていた。

 

 しかし、そんな境遇にありながらもセシリアはめげずに戦い続けている。代表候補生と当主としての務めという二足のわらじを履きながらもここまでこぎつけていたのだ。

 

 この視察に成功すれば少なくとも敵を減らせる。それはオルコットの名を守り、またセシリア自身の自由にもつながる。

 

 

…一人では無理、だから味方が必要なのだ。

 

 

 心から信頼できる味方を、あの人を…あの娘を孤独にしない本当の親友を

 




今回はここまでです。セシリアのバックボーンはとりあえずwikiで調べても特になかったんでだいぶ捏造する予定です。次回からダリルとセシリアの会合です。


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ボーイミーツガールです。本当に

最近知りましたけどセシリアって胸の小ささ気にしてるんですね。確かに言われてみれば巨乳というよりも美乳体質な気が。

そんなこんなで第三話です。  


※人物名を訂正しました。




「………」

 

「…お嬢様」

 

「チェルシー、わたくしは言いました。あの男は見つかったのですか?」

 

「……」

 

 昨日、言われた通り護衛の部下二人には悪いが街で見張りをしてもらった。街を聞きまわり鉱員の人間が立ち寄りそうな場所にあたりをつけて三日は粘った。だが、まだ成果は

 

「いえ、今のところは成果なしです。というか、鉱員は山にこもっているはずで、またこの街に来ているとは限らないじゃないですか。」

 

「……そう、ですわね。はぁ、せっかくチャンスだといいますのに」

 

「そう悲観しないでください。このさい、鉱山に赴けば何かしら見つかるかもしれませんよ。気長に、向こうの準備が終わるまで待ちましょう。」

 

「…ですが」

 

 ヨハン・ガレからは未だに入山許可は出ていない。視察のために作業を中断できない、一般人が立ち入れるように安全の確保ができていない、など…理由をつけて先延ばしになっている。それに、こちらも視察は鉱山だけではない。有力者の相手をするだけでも密なスケジュールだ。故に、今日のように時間の空いた日は休息に当てるべき、少なくとも主人思いのチェルシーはそう考えているが

 

「……ですが、このまま何もできないのは」

 

「あまりそう自分を追い詰めないでくださいませ。とにかく、今日ぐらいは仕事を忘れて「いましたわ…」……私も一緒にって……へっ?」

 

 車を止める。向かって右の方向に、誰かを中心に人だかりができていた。

 

 

その人物は

 

 

「義足と義手……」

 

 

 

「あらぁ、ダリルじゃないって…あなたずいぶん疲れてるわね。どうしたのぉ」

 

「いえ、その」

 

 鼻の根元を抑えて頭が痛い素振りをしている。連日のどんちゃん騒ぎでアルコールの毒気が抜けていないせいだ。

 

「あら、飲みすぎかしら、若いんだから程々にしなきゃ嫌よぉ」

 

「いや、俺はそんなに飲むつもりは、とういかあいつらがおかしいんですよ。蒸留酒をあんなにばかすか飲んで、その癖に日が明けたら普通に働いて。」

 

 フィッシャーなんてバカルディをストレートで二本も開けていた。なのに翌日になってもゲロの一滴すら吐かない。内臓まで機械なのだろうかと本気で疑ってしまう。

 

「というわけで、また酒の買い出しです。たまには店の酒が…」

 

その時、ダリルの後方で大きな衝突音が響く

 

 

「!!」

 

 咄嗟に振り向き視界に入ったのは二台の車。一方はトラックでもう一方は軽自動車。トラックに潰されるようにひしゃげたエンジンからはプスプスト黒い煙が湧き、一気に火の手が昇る。

 

「やだ、大変!…」

 

「……人が、まだ」

 

 周りの住民たちは何とかドアを開けようとしている。だが、火の手が回ってドアに触れられない。しかも悪いことに中の人間は老人で窓を割って引っ張り出すのは困難なようだ。

 

「くそ、ドアを…うがぁっ!!」

 

「ばか!…燃えてんだぞ、クソ誰か、消防を…!!」

 

 気が付けば、俺は足を踏み出していた。軍人としての生業なのか、市民の命を守るという行為に体が勝手に動いてしまう。

 

 

「はなれてくれ!!」

 

「おい、何を…」

 

 駆けつけたダリルは火の回ったドアノブに手をかける。義手の樹脂部分が溶けるにおいが鼻を突く。だが、痛覚のない機械の腕は火の熱にやられることは無い。車体を義足で踏み、引き抜くようにひしゃげたドアをこじ開ける。

 

「隙間ができた。早く棒を!!」

 

 そこからはスムーズに事が進む。てこの原理でこじ開けて中のご老人を無事に救出する。

 

 その後、無事駆け付けた消防で火は鎮火された。人々が沸き立つ。救助に関わった者たちに思い思いの言葉をかけようと。

 

「…おっと」

 

 人の波に押され気が付けば円の外に出ていた。もとより勝利者インタビューを受けるつもりはさらさらない。面倒ごとは勘弁だ。

 

何事もないようにその場を去ろうとした。だが、その時

 

「お待ちください。」

 

 そこには黒塗りのベンツを背景にスーツ服の女性がいた。年は自分よりも2~3若いぐらいの、茶色い毛のショートロングでかなりの美人である。

 

…イギリス人?

 

 

「……えっと、俺に何か?」

 

「いえ、私ではなく……私の主にです。お時間は取らせません、それに」

 

…おい、さっきの義手の男は

 

…そうよ、あの人はどこに行ったの。

 

「今はここから立ち去るほうが、貴方にも都合が良いのでは…?」

 

「……わかった。じゃあ、少しだけなら」

 

 言われたまま俺は後部の席に乗った。スモークガラスで見えなかったが、中にいたのはやはりというか

 

「……やっぱり、この街でこんな小奇麗な車に乗っている人物、君は…」

 

 座ったまま、スカートの端を持ち貴族的な礼儀のこもったお辞儀をする。金髪と碧眼、人形のように清廉された顔立ち、その人は

 

「あら、察しがよろしいのですね。…はじめまして。わたくしの名はセシリア・オルコットと申します。よければ、あなたの名前もお聞かせいただけませんこと…?」

 

 

 

 

 

 

 中央街、上流層の人間が立ち寄る摩天楼ひしめく近代の都市、そこのビルのオフィスの一部屋、小さな談話室で俺は今セシリア・オルコット嬢と対談している。彼女は有名人で、しかも本物の貴族だ。宇宙世紀にも貴族的な血統主義はあるが、今目の前にいるのはそう言った厭味ったらしい建前ではない、本当に住む世界が違うような気品すら感じてしまう。

 

 そう感じてしまう。だが、それはもしかすると、彼女のこの可憐さがそう見させるかもしれない。

 

「?……紅茶はいかがですか。本国から取り寄せましたのよ、アールグレイの一等品ですわ」

 

「…はい、いただきます」

 

 気品のある味わい…なのだろうか。正直うまいことはわかるがどうにも落ち着かない。

 

 年齢的には妹と大差ないだろう。だが、位の違いとなるとどうにも身構えてしまう。正直、ダリルは目の前の彼女に緊張していた。ジオン公国の軍人なら、そうなってしまうのは仕方ないはず。そう頭の中で言い訳を付けている真っ最中だ。

 

「……あの」

 

「はい!…えっ…オルコットさん いや、オルコット 様」

 

 我ながら情けなく振舞ったものだ。呼びかけに戸惑い、そんな俺の様子に彼女は柔和な微笑を浮かべる。

 

「ふふ ダリルさん」

 

「は、はい…」

 

「そんなに緊張しなくてもよろしいですわ。わたくしはまだ13の若輩者です。貴族という立場もありますが、ここではそんなに気になさらないでください。気軽にセシリアで構いませんことよ。お年もダリルさんの方が上でございますから。」

 

「……」

 

 彼女は丁寧に、自分に対して気兼ねをしなくていいと言ってくれている。一応俺は横にいるメイド、チェルシーさんに目配せをする。

 

「…お嬢様のお言葉です。その通りに」

 

「……わかったよ、セシリア。正直、こっちのほうが気楽でいい。よろしく」

 

「!…はい、よろしくですわ、ダリルさん」

 

 パアーッと明るい笑みを浮かべ、この時ばかり彼女は年相応の少女に見えた。

 

「ああ、こちらこそ。で、話っていうのはいったい何なんだい。俺は君とは初対面だし」

 

「ああ、そうですわね。えっと…お話というのは、その」

 

「その……?」

 

「………ちょっとお暇を」

 

チェルシー、こっち!と彼女を引き連れセシリアは部屋の外に出た。

 

耳を澄ますと、二人の会話が聞こえる。

 

 

…お嬢様、いったいどうして

 

…だって、殿方の人と話すのって、どうすれば

 

…昨日さんざん有力者の殿方と話しされてたじゃないですか、仕事と割り切ってください。

 

…だ、だってぇ セシリアって呼んでくれたし。その、どうせならお友達みたいに

 

………じゃあそう思って砕けて話せば

 

…で、でも!そうなるとですね。わたくし、殿方のお友達なんて、しかも年上のお兄さんですし…まずは趣味の話とか

 

…お見合いでもするつもりですか?鉱山の話をきくだけ「お、お見合い!! わ、私はそんなつもりは…確かに、人助けの姿はとてもりりしく見えましたが でも、そんな 初対面で…あわわわ」

 

 

「………ん」

 

 ひとまず、今の話は聞かなかったことにしておいてあげよう。とりあえず、今後彼女を相手に緊張することはもうないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ、えっと…すみません。少々時間を取らせました」

 

「いや、別に構わない。」

 

 背後のチェルシーさんがすごく疲れた顔をしている。気苦労の多い主人なのだろう。

 

「その…聞きたいのはですね、ダリルさんの環境について……」

 

「……環境、俺の」

 

…どう答えていいものか。鉱山の皆のことを思えば余計なことを言わない方がいい。だが、この子が本気で取り組むなら、決してマイナスにはならない気がする。けど…

 

「……」

 

「……ダリルさん?」

 

「君は……それを聞いてどうしたいんだ」

 

「えっ…それは、その」

 

「俺はひと月前にあそこで働くようになった。鉱山の仕事は過酷だし、辛いことも多い。けど、収入だって食うに困らない程度には足りている。それに」

 

袖と裾をまくり、義肢を見せつけるように晒す。

 

「……義肢だから、他に行く当てがないということ、ですか」

 

「ああ、ぼくらには事情がある。だから、皆望んであそこで働いている。」

 

「それは……そうですが、でも…今より良い労働環境を望むのは悪くありません。はっきり言います、わたくしはそのためにここに来ました。」

 

「………残念だけど、俺の一存ではできない」

 

「……ですが、わたくしは必ず」

 

「……少なくとも、フィッシャーたちは…鉱山の皆はそう望んでいなかったよ」

 

「!!」

 

 俺は話した。鉱山の皆がどう思っているのか。現状を最善とし、変化のリスクを恐れていると。

 

 以前にも聞かされた。ヨハン・ガレより以前、二度オルコットカンパニーに陳情をした。表面上では何事もないように見えたが、最初に変わって来た男はひどく差別主義で、不当な解雇や金銭の無心はそれはひどいものであった。

 

 故に、現在の社長は悪い面もあるが、最低限の良心は残っている。小物ではあるが、それなりにうまくいく関係性がそこにはあるのだ。

 

 だから変化はいらない、それが彼らの結論だ。そのことを言える限り伝えたが、終わるころにはセシリアの表情は曇っている。

 

……遠まわしに関わるなといい捨てたようなものだ、少し悪いことをしたかもしれない。

 

 

「……なあ、セシリア」

 

「…はい」

 

「聞かせてくれないか?君はなぜそうしたい、こんな俺を呼び出してまで、一体何がそうさせるんだ?」

 

「……それは」

 

言いよどむ。これがもし同情とかの慈善なら論外だ。だが、そんな軽い事を言うはずがない、そう信じたい。

 

「………。」

 

「お嬢様……私から「いえ、チェルシー」……。」

 

「……ダリルさん」

 

 気を引き締めたのか、しっかりとした様子で今一度向き合いなおす。強い目の色にダリルも思わず身構えてしまうほどに

 

 

「ダリルさんの言う通りです。わたくしがここまで必死なのは打算ありきなのです。今回、視察に来たのは…いわば、権力のための土台づくりです。」

 

「……続けてくれ」

 

「鉱山経営の支出と収入、そこの計算にはどうしてもつり合いが合わない部分があります。はっきり言って着服や賄賂がまかり通っているはずです。そう思い、今回の視察で証拠の一端を掴めれば、それはきっと有用なカードになります。」

 

「……なあ、素人考えかもしれないが、なんでわざわざこんなことまでして、内密に調べるなり、正式な手段で時間をかけて行えばいいはずだと思う。君はトップなんだろう、なんでそんなに結果を急ぐんだ。」

 

「……急いでいる、そう見えても仕方ないですわね。ですが」

 

 無意識にか、膝に置いた手で強くスカートを握る、強い感情の漏れが、その振る舞いから感じる。

 

「その結果が、今はとにかく必要なのです。敵対派閥の牽制のため、不正を暴いてそこから通ずる者たちをあぶりだす。これはそのための戦いです。その戦いを強いられています。」

 

「…お嬢様は、今でこそ当主として矢面に立っていますが、そもそもは先代がお隠れになったことによる急な代替えです。一年たった今でもその座をすげかえようとする輩は多いのです。」

 

「……敵対派閥がいるのか?」

 

「ええ、亡き父を支えた父の弟の副社長、ロバート・オルコットを立てようと一部の上役が動いているのです。」

 

「辛いな、その年で」

 

「いえ、ロバート叔父様はむしろ味方です。わたくしが当主になってからも親身に相談に乗ってくれました。本来ならあの方が受け継ぐ席なのに、それでもあの人はわたくしに席を譲りました。父の跡取りである私こそがふさわしいと、そう言って……ですから」

 

「……期待に応えたい、そうなんだな。」

 

「ええ…。ですが、そのための手段に、わたくしは貴方たちを利用しようとしています。ですが……」

 

セシリアは俺の手を掴み真っ直ぐとこちらを見つめる。触覚のない義手でなければ、正直顔を赤らめていたかもしれない。

 

「……ッ!?」

 

「此度の視察、成功するためには必ずあなたたちの利益は必要です。前任者のように半端なことは致しません。互いの利益のために、協力していただけないでしょうか……!」

 

「………。」

 

 強い目だ。13の少女とは思えない、この娘には絶対に成し遂げるという凄みがある。

 

 

「君の言いたいことはわかった。確かに、君なら物事をいい結果に運んでくれそうだ」

 

「なら!「けど、これは俺の一存では決められない。フィッシャーや班長、他の皆とも話をしないと」

 

そうだ、彼女ならみんなも納得するはずだ。だから

 

 

「なあセシリア、君が良ければ鉱山に来ないか?」

 

「……鉱山に、本当ですか!?」

 

「ああ、俺が裏から手引きをする。鉱山のみんなも、君が変えてくれるなら 君という人となりを皆が知れば 彼らは話を打ち明けられる。」

 

「…チェルシー!」

 

「はい、二日後の夕方であれば時間を取れます。ですがそのためには……」

 

 

 その後、僕らは話の段取りをつけ、二日後の夕方に迎えに行くと約束を付けた。その後は余った時間でたわいもない雑談に興じ、気づけば、すでに日が暮れていた。

 

 

「……」

 

 車を回し。買ってきた酒を積んで帰路に着く。夜風を感じながら、ふと思い出すの彼女のことばかりだ。

 

 

 あの話のあと、俺は話の見返りとばかりに彼女に色々と話をうかがった。特に、前々から気になっていたISについて、当人から深い話を聞けたのは一番の収穫だった。

 

…PIC、絶対防御、どれも宇宙世紀にあってもそん色ない技術レベルだよな。MSには応用できるのだろうか。

 

 この世界にサイコ・ザクはない。けど、あのISが使えればまた自由に空を駆け回れるのだろうかと、俺は楽観的に考えてしまう。

 

「イギリスか…いつかは、いけるといいな」

 

 元の世界のことは忘れない。けど、今この世界にいるあいだぐらい、俺はこの世界でしかできないことを模索したい。

 

…学びなおしか、イギリスのスクールでISについて学ぶ、それも悪くないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルコットカンパニー所有の鉱山、その敷地の一角にあるプレハブの小屋に男はいた。

 

「あの……それはつまり」

 

 ヨハン・ガレ、いつもは鉱員達に尊大な態度で虚勢をはる男だが、今回ばかりは腰を低くし、なんとも情けのない姿を晒している。

 

「い、いえ……逆らうなど、滅相も……はい、はい!わかりました三日後ですね、はい…!」

 

 電話の相手に対し、何度も頭を下げる。電話口の相手は伝言を言い渡し、一方的に通話を切った。

 

「……クソ!?」

 

 ガレは固定電話を床に叩き落とす。うっぷんを晴らすように何度も踏みつけ電話の原型が無くなっていく。

 

 

「ああ、なんだってわしがこんなことに……。これもあの新当主のせいだ!なんでわざわざこんなところにまで……!!」

 

「ヨハン……」

 

「ま、マツナガ!!…お前、いつから」

 

 ずかずかと近づき、マツナガはヨハンのもとに近づく。身長差はゆうに40cmはあり、子供を見下ろすように圧をかける。

 

「……社長が頭を下げていた時からですよ。これ、今月分の納品表でさぁ。経理から直接渡してほしいと」

 

「……あ、ああ、そうか。わかった、受けとったからな、もう帰っていいぞ……!」

 

「……」

 

「な、なんだ!早くいけ!!わしは忙しいんだ!!!」

 

「では、これで……」

 

踵を返す。ドアに差し掛かったところでピタッと足を止める。

 

「社長、さっきの電話相手はいったい…」

 

「な、なんでもない……!下っ端のお前は知らんでいい事だ。は、早くいけ……!」

 

「……まあ、それならいいんですがね。」

 

 社長室を去る。だがその足取りは少し重く、その眼は軍人の頃のように鋭く何かを見据えていた。

 

……何も起こらなければいいが、いや、何か起こるんだろうな…。

 

 グランツ・マツナガ、この鉱山で最も古株であり、前職である軍人としても優秀な男であった。青年将校として名を上げるそのさなかに、彼は権力争いに巻き込まれ、爆破テロに見せかけた暗殺の余波で右足をなくすことになった。

 

 そんな彼にしかわからない。あの日、右足をなくした日から数日前、あの時にも妙な胸騒ぎがしていた。そして、今も

 

 

「……」

 

「お、班長…こんなところで何してるんですかい?」

 

「…フィッシャーか、お前こそ何を」

 

「いえ、ちょっとダリルの奴がいねえかと。」

 

「……あいつなら買い出しから戻ってるはずだぞ」

 

「いやあ、それがまだいねえんすよ。たく、仕事押し付けやがって、班長は知らねえですかい」

 

「いや、俺は知らんな……」

 

「さいですか……たくっ、あの野郎」

 

「………」

 

 ダリル・ローレンツ、ひと月前にフィッシャーが連れてきた若者だ。両手両足が義肢のあいつは自らを傷痍軍人と称し、そっせんしてEOSの作業に買って出た。実際、操縦もうまいしよく働く。人あたりも良く、気づけばこの職場にすっかりなじんでいた。

 

 問題のない。俺達と変わらないただの鉱員、だが、あいつは何かが違う。

 

一緒に働いていて、あいつの見ているものは少し違うのだ。

 

「……ダリル」

 

前に一度だけ、あいつが外で星を見ている姿を見た。

 

 星を見ている、そう言ってしまえばそれまでだが、あいつはどうにもそれが違うように思えた。

 

 星の先、まるでそこに何かがあるように、例えるなら…そう、そこに帰るべき場所があるように見据えていた。

 

「………」

 

 まあしかし、だからといって何かを言及するつもりは無い。ただ、あいつがここに来たのはきっと何か理由があってのことだと考えてしまう。その理由が何かまではわからない、あいつが何を求めて、何を目指しているのか、それは宴席の語りだけではきっと解き明かせないものなのだろう。

 

 

「ダリル、お前さんはいったい……」

 

 

 

 

 




今回はここまでで、ちょっと説明が多いんで退屈だったかもしれません。

次回からはちょっと荒れます。


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戦場の匂い

評価いただきました。8以上の高評価で若干テンションがおかしいです。幸福で死にます。


今後も執筆頑張ります。


「セシリア・オルコットを連れてくる!!」

 

 

 

 

 

 

「ばかっ、フィッシャー 声がでかい……!?」

 

「おい、ダリル。お前さん何をしでかした…?」

 

「……話せば長くなる」

 

 

 鉱山に帰り、宿舎の一室で俺は親しい二人に打ち明けた。セシリアをここに招き、鉱山の実態を知ってもらいたいと。

 

 俺は話した。彼女がどんな考えを持っていて、俺から見た彼女の人となりを伝えられる限り説明したつもりだ。

 

「……」

 

「……いい子ねぇ。確かに、前任者よりはましかもしんねえな」

 

「ああ、だからさ…話だけでもしてやってくれないか。きっと悪いようにはしないはずだと思う。もちろん、無理強いはしないし」

 

「……班長はどう思いで」

 

「………。」

 

「班長? マツナガ班長…!」

 

「!…ああ、まあいいんじゃねえか。ダリル、お前さんがそこまで言うなら乗ってやる。三日後に裏の搬入口でいいよな。あそこなら人もいねえ」

 

「そうだな。それがいいと思う。じゃあ、俺は彼女を連れてくる、話をするのは……」

 

「俺らだけでいいんじゃねえか。あとは…数人、適当に見繕っておくわ。」

 

「それで頼むフィッシャー。彼女も今回のことは大事にしたくないはずだ。少ない方がスムーズに進む。」

 

 

…じゃあ、決まりだな。最後に拳を軽くぶつけ、その日の話はこれで終わった。部屋に戻り、扉を開けようとした時

 

「なあ、ダリル」

 

「?…班長、まだなにか」

 

「いやな……なんつうか」

 

「?」

 

 言いづらそうにしている。少し悩んで、すると班長は懐から何やら板のようなものを取り出し、それを半ば強引に俺の手に握らせる。

 

「……こいつをな」

 

「……カードキー、ですか?」

 

「うちの格納庫スペースでよ、使ってない奥の7番ランチがあんだろ、そこのカギだ。」

 

「……これを、どうしろと」

 

「いや、別にどうこうしろってわけじゃねえ。けど…」

 

「……班長」

 

「……まあ、黙って受け取っておけ」

 

「……。」

 

 いつもの泰然とした振る舞いから遠い、どこか焦りを感じる。さっきの話の最中も、何度か注意が散漫で、なにやら別のことに思考が向かっているような様子もちらほらと目立っていた。

 

「よし、渡したからな。じゃあ、おれはこれで…」

 

「えっ、あの……」

 

呼び止めにも答えず班長はその場を去っていく。

 

「………寝るか」

 

 明日も早い、この時は何も考えず俺は早く寝たい一心からすぐに床に就いた。これが、のちに起こる騒動で重要なものになると知らず。

 

 

 

 

 

 

「ダリルさん!」

 

「!…セシリア、それにチェルシーさん」

 

夕方、街と郊外の境目の道路にて

 

 そこに車を置いて数分前から待っていたダリルは手を振り声をかける二人に気づく。

 

「その服装、それに…チェルシーさんも」

 

 セシリアとチェルシー、前日の二人の服は格式のあるドレスとスーツであったが、今日は二人とも動きやすいカジュアルな私服を身にまとっていた。

 

「ええ、観光客に見えますでしょうか。」

 

 メイドのチェルシーさんはロングのタイトなズボンにポロシャツとスーツ風のファッションだが、セシリアの姿はまさにプライベートそのもので、白を基調としたふんわりとしたたたずまいはまるで映画のワンシーンを切り取ったような。

 

 というか彼女の場合は本物のイギリス人でお嬢様なのだ。ダリルが知るいつかに見たフィクションの女性の姿そのものなんだろう。

 

「ダリルさん、いかがですか?」

 

…ああ、そう思う。というよりはむしろ映画のヒロインだ。

 

「ずいぶんめかし込んだんだね。じゃあ、二人とも…車に」

 

 

「「………。」」

 

 

車に乗ろう……とするが、どうにも二人の目が冷ややかで

 

「はぁ、ダリル様……」

 

「………あ、ああ!…二人ともよく似合っているよ。うん、すごくかわいいと思う……!」

 

 我ながら言っていて歯が浮きそうになる。こうして年頃の子のおしゃれは素直に褒めるものだと、妹がいるダリルにはわかっていたはずだが、どうにも男所帯の環境で暮らすうちにそういう礼儀を失念していたようだ。

 

 

「!!……そ、そうですか。 殿方に褒められるのは、中々むず痒いものですわね。」

 

 顔を赤らめてもじもじといじらしい様子を見せる。どうやら耐性がないのは本当らしい。ただ、その相手が自分なんかにと思うと少し申し訳ない。服装は適当でいいというべきだったか。

 

「すまない、でも…なんだか悪いな。わざわざそんなおしゃれまでさせて」

 

「ええ、それはもう。ダリル様に見られて恥ずかしくない服をと、朝からチェルシーのことをこき使いまして。それはもう初デートに緊張する乙女のように「チェ、チェルシー!!!」

 

「あら、口が滑りました。申し訳ございません、つい寝不足で無意識に」

 

「絶対わざとですわ!ぜっっったいに、わざとですわ!!!」

 

「では、そろそろ行きましょうか……ダリル様、車を」

 

「ちぇ、チェルシー…!!」

 

 二人が後部座席に座る。未だにセシリアはプルプルと涙目で抗議の視線を送り続けている。年の差も相まって仲の良い姉妹の喧嘩だ。

 

…でも、本当にそう言う間柄なんだろうな。

 

 最初に見た時の外向けの笑顔に比べて、今の彼女は心の底から笑っている。

 

 

「なあ、セシリア」

 

「聞いてますか、だいたいあなたはって……あ、な…なんでしょうかダリルさん」

 

 一部始終を見られていることを認識し、どこか恥ずかしそうに目線を逸らしている。

 

「ああ、いや。二人は本当に仲がいいなって。昔からの付き合いなのか」

 

「……ええ、そうですわね。チェルシーの家は長く我がオルコット家に仕える家系です。立場はメイドではありますが、幼いころから仲のいい親友ですのよ。…たまに意地悪ですけど」

 

 ぼそっと付け加える。だが当の本人はどこ吹く風と表情を変えない。

 

「ええ、否定はしません。私にとっての日々の楽しみの一つです。」

 

「人をからかうのを楽しみに含めないでくださいまし!!」

 

「…なるほど。よくわかったよ。」

 

 

 

…気苦労の多い主人にそれをからかうメイド、中々いい間柄だな。

 

 

 

 

 

 

 

 車を走らせてしばらく、チェルシーがやれ意地悪だの、セシリアの天然エピソードといった、そんなたわいのない話が続く。鉱山までは距離もあり、退屈をしのぐには互いの身の上を紹介するのがちょうどいい。

 

 

 

「…へえ、代表候補生となると大変なんだな。家の役目と両立するなんてほんとすごいと思う。」

 

「いえ、そんなことは。…私はまだ助けられてばかりです。チェルシーや屋敷の皆、カンパニーにもお父様と親しくする人達も大勢います。本当に……助けられてばかりです。」

 

「……謙遜することは無い……いや、知らない人間が簡単に言うべきじゃないな。すまない」

 

「いえ、お気持ちだけでもうれしくございます。ロバート叔父様も同じことを言っていました。」

 

ロバート、確かその名前は…

 

「現オルコットカンパニーの副社長です。資材管理部門を立ち上げ、軍需産業関連の事業展開に成功した、まさにカンパニーの立役者でございます。」

 

「ええ、本来…わが社は一族経営で、お父様が社長を務め、その補佐として副社長があって成り立っていました。それは今も同じで…」

 

「……」

 

 セシリアが言うに、両親が亡くなって霧散しそうになる会社を持ちなおさせ、自分に引き継がせるようにしたのもそのロバート氏のおかげであると、自分を傀儡にするでもなく、あくまで家督権のある自分に継がせることが父親の望みである。そう言い聞かせ、実際そうなるように尽力したらしい。

 

 故に、彼女の原動力は亡き父の思いと、今を生きる恩人の思いに報いること、この二つがあるからこそ自分は立つことができるのだと……。

 

 

「……なるほど。いい人なんだな」

 

「ええ、幼いころはチェルシーと私を一緒に連れて遊びに行ったこともあります。参観日、発表会、お父様が来れなくても代わりに叔父さまが来てくれたり…」

 

「………」

 

「……わたくしにとっては、もう一人のお父様です」

 

「……セシリア」

 

 少しだけ、彼女の姿が小さく見えた。両親を亡くしてまだ一年と少し、13の女の子なら寂しさで殻にこもってもおかしくはない。 

 

 だから、それでも立っていられるのは支えになる人がいるからで、それがセシリアにとっては今横にいる彼女と、話に言う叔父の存在なのだろう。

 

「……ダリル様」

 

……話、変えた方がいいか。

 

 

「……なんだか、ずっと二人の話ばっかり聞かされてるな。俺の話は…いや、あまりおもしろくはないか」

 

「いえ、そんな……良ければ聞かせてください。わたくしたちは、まだダリル様の話を聞いていません。」

 

「そうですね。差し障り無ければ、何か楽しい話をお聞かせいただけませんか。」

 

「……また難しい要求を」

 

 だが、そっちのほうがいい。俺個人の話になるとどうしても軍にいたころの低俗なバカ話になりやすいし、かといって個人的な話でもこの義肢について触れそうになるのは避けたい。

 

 

 

 

「……家族の話、父親が商人で、幼いころはちきゅ……い、いろんな地域を渡りまわったんだ。よかったら、そんな話でいいかな。」

 

「!…ええ、ぜひ聞かせてください」

 

「……よし、じゃあまずは何から話すか。ヨーロッパよりもアジアのほうかいいよな。あれは……」

 

 そこからはダリルが見た幼少期の思い出をたんたんと二人に語っていく。幼いころまだ家族と地球で暮らしていた時に見た地球の綺麗な自然、その時見た情景を拙い記憶ながら時間をかけて説明した。

 

 戦争が始まる前、コロニー落としで荒れる前とは言え、彼女らからしたら遠い未来の環境だ。ときおり会話でぼろが出そうになると肝が冷やされたが、二人は逆にそれを不器用なユーモアだと思ってくれたようで、ダリルの話はそれなりに喜んでもらえたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間を巻き戻す。

 

ダリルたち一行が街を去ったときのことだった。

 

 

 

 

 

「……もう一度聞くわ。対象はどこに」

 

 街中で、人気のない廃工場で人が集まっている。ただの集団なら別段さほど治安は良い方ではないこの街ではおかしくない光景だ。ただ、その集団は皆等しく、チンピラややくざというには纏う気風はあまりにも一般人とは程遠い。

 

 集団の先頭にいる、装甲車のボンネットに胡坐をかいて座る女性、ウルフヘアの赤髪にラフな衣装を纏う、味方によっては街中で体を売るヤンキーの女に見えてしまう程だ。しかし、そんな女はこの空間の中でひときわ存在感を放っている。

 

「…追跡は、まあいいわ。かんづかれるのも面倒だし。観測班に任せてお前たちは待機なさい。」

 

 乱暴に通信機を切る。そして続けて今度は携帯端末でまた連絡をかける

 

「もーしもーし。まいど雇われの人殺しで~す。ん、なによ…ちょっとふざけただけじゃないの」

 

 電話越しに話す相手の声が聞こえる。どうやらタイミングが悪かったらしく、周囲のおt子たちにも聞こえるほどに文句を垂れているようだ。

 

「うるさい男ね、イギリス人は紳士じゃなかったのかしら。まあいいわ、本題に入るけど……あの娘、もう鉱山に向かったわよ」

 

「!?」

 

「で、どうするの。こっちは最低限しか装備を持ってないけど。もう攻めちゃったほうがよくない?てかいいよね、それで……じゃあ」

 

ブツンッ

 

「ふん、小心者のくせに」

 

 一方的に通話を切り、もう用済みとばかりに端末を地面に叩きつける。

 

「はい、皆ちゅうもーく、お仕事の時間よ」

 

 女が手をたたくや男たちは規律正しく一斉に並び立つ。人数にして30弱、小隊規模の軍隊がそこにはあった。

 

「予定を変更して、第一種目的の撃破を前倒し、及び第二種目的の掃討を兼ねた殲滅戦も考慮しなさい。さあ、準備に取り掛かるわよ」

 

 女が呼び声をかけるや男たちはすぐに行動に移す。貨物トラックにコンテナを積み、彼らは手慣れた作業で思い思いに装備を身にまとう。

 

「……さて、私もそろそろ着替えますかね」

 

 何を思ってか女は周囲に男がいる中で堂々と着替え始める。ラフな衣装を脱ぎホットパンツを脱いで、更には下着までも脱ぎ捨てる。鍛えられながらも出るところは出た魅惑的な肉感を大胆にさらす、しかし

 

「まったく。調教されてるのは良いんだけど、なんか女としては複雑よね。」

 

 周囲は全く気に介することもなく、おのおの装備の確認を続ける。女もそれが当たり前と言わんばかりにバックから取り出した競泳水着のようなラバースーツを身に着け、その上から黒の軍服を身にまとう。

 

「……さあ、いきましょう。すべては、我らが会社の利益のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。フラグ出したりオリキャラ出したりとしたくせにちょっと短めですが、キリが良いんでここらで止めます。

次回から戦闘です。


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ダンス・プレリュード

また深夜投稿です。オリキャラの味付けが濃すぎないかちょっと心配です。


 

 オルコットカンパニーが所有する鉱山、都市から外れたへき地にある鉱床地帯、ある場所はすり鉢状に地面が彫られ、別の場所では蜂の巣のようにいくつもの横穴が彫られた無残な岩山がちらほらと並ぶ。

土地の名をアステリオ、雷光という意の名を付けられた理由は誰も知らず、また、この地で働く者たちもその疑問に思考を向ける者はいない。

 

ただ一人を除いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉱山に至る道は主に二つ。一つは町から伸びる直通の公道、そして正反対の方向にある裏側のルートがある。

 

 鉱山のあるアステリオ地帯は急こうな山脈が並び、故に街を行き来するのは正面であり、逆に大きく道を迂回する裏側はめったに使うことは無い。故に、そこは人気のない、誰にも見つからないためには格好のルートである。

 

 

「……ようこそ、セシリア。この二人が」

 

「ええ、お話に伺っていたマツナガ様とフィッシャー様ですね。お初にお目にかかります。」

 

 育ちの良さを感じさせる上品な振る舞い。年若い少女の振る舞いにどうも調子が狂うのだろうか、フィッシャーの目が緊張で泳いでいるのは少し愉快だ。

 

「お、おう……お嬢ちゃん、本当にあんたがトップなんだよな。なんだか末恐ろしいぜ」

 

「ふふ、誉め言葉として受け取っておきますわ。」

 

 軽口すら上品に受け流される、別段女に慣れていないわけではないのだろうが、ここまで品行方正で清い相手で、しかも下手すれば娘のような年頃なのだ。完全に面食らって調子が出ていない。

 

「ああ、じゃあ……えっと」

 

 目配せで班長に助けを求める。どうやらこれ以上は限界のようだ。当の本人はニコニコとしているだけなのだが

 

「あー……、そろそろ行くか。話ができる部屋を用意してある。ついて来るんだ。」

 

 

 

 

 

 

 セシリアとの会合は地上にある居住区の一角、今は使っていない倉庫の部屋に作られた即席の談話室で行われている。中では俺以外の四人が話をし続け、俺は部屋の外で誰も来ないように見張りを引き受けた。薄暗い廊下の中、消えかけた照明のかすれた音がぢりぢりと耳に不快感を残す。

 

 

「………見張りか、でもまあ」

 

 人は来ない。今の時間はまだ鉱員たちも作業中で、何か用がない限りわざわざ居住区にまで来たりはしない。

 

……。

 

 ふと、退屈の誘惑に負けてラジオに手が伸びそうになるが、さすがに寸での所で手が止まる。

 

 部屋の方ではまだ話が続いている。何やら色々と質問攻めにあっているようだが

 

「はあ…まだ、終わりそうにないか」

 

「何が終わりそうにないんだ?」

 

「!?」

 

不意に、後ろかする声に振り向く。そこにいたのは

 

「………ふ、フーバー少尉、ですか」

 

「ああ?…またお前  いいか、俺はフラウ、バーレスク!あと軍にいた時は少尉じゃなくて大尉だ!  お前はいつになったら名前と階級を覚えられるんだっつの!?」

 

「……すいません、つい」

 

 フラウ・バーレスク、名前こそ違うがその外見、声、鼻に突く性格まであの少尉と何もかもそっくりである。

 

…大尉か。…少し、複雑だよな。

 

 以前の世界では部隊の上官だったが、敵にMSを奪取される際に額を撃ち抜かれて戦死となり、規定にのっとり二階級昇進を果たしている。それ故に大尉という階級には本人には

決して知りえない少し複雑な心境がダリルの中にはあったりする。

 

「たく、で…てめえはここで何してんだ。さぼりか?」

 

「あ、いや…さぼってるわけじゃ」

 

…いや、ナニかあると思われる方がまずいな。

 

 話声が目立たないようにとっさにラジオを鳴らす。受信して流れるDJの快活な口調でどうにか誤魔化せているようだ。

 

「えっと……他の人には、黙ってくれませんか?」

 

 とにかく、今はその理屈に乗るほうがいい。俺は懐から数枚の金銭を取り出し、そっと前に差し出す。

 

「へえ、お前さん案外やるじゃねえか。いいぜ、さっきの無礼も帳消しにしてやる。」

 

「……」

 

 受けとった賄賂をポケットに収め、上機嫌な足取りでフラウ大尉はその場を去っていく。

 

「……はあ」

 

…なんというか、嫌いじゃないけど…好きにはなれないな。

 

 プレイボーイ気取りで、人を小馬鹿にする性格、世界を超えてもその根っこは変わらないようで、以前と同じように仕事の関係以上にはなれないようだ。

 

―――ッ♬♪

 

「!!」

 

 受信している番組の曲線なのだろう。管楽器とドラムロールが乱雑に入り混じる荒々しいセッション

 

「フリージャズ、曲名は……ジャイアントステップ」

 

 ポップスよりの趣向なダリルだが、この曲だけは忘れない。忘れようにも決して忘れることなんかできない。

 

「あぁ、嫌な曲選だ」

 

 嫌な予感がする。雷の名を有するこの地に奴の音が響いているのだ。穏やかになれるはずがなく、心の中でハンドルのトリガーに指をかける。

 

「………」

 

…何かがおかしい。理屈も根拠もないのに、それでも

 

 それでも、なぜだかあの時の感覚、サンダーボルト宙域で感じた戦争の肌触りを、俺は今感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ ちょうどいい小遣い稼ぎだな。」

 

 

 ポケットにしまった小金で気分を良くし、浮かれた調子でふらふらと足取りを進めていく。

 

 

……しかし、あの野郎あんな場所で何を

 

 

さぼるにしても自室にこもればいいものを、

 

「きゃっ!」

 

「!?…おっと」

 

 誰かにぶつかる。薄暗いせいか服装は黒っぽいコートにしか見えないが、その燃えるようなウルフヘアと整った顔立ちは嫌でも視線が奪われてしまう。

 

 

…うおっ、すげえ美人

 

 

「お、悪いな、お嬢さん。というか、あんた誰だ?」

 

「あいたぁ…! もう、暗いから見えなかったわ。悪いわね、義足のお兄さん」

 

 そう言い、出された手を掴み立ち上がる。というか妙に近い

 

「お、おう……で、あんたはいったい」

 

「ん…?ああ、確かに変よね。こんなところに女の子が一人でいるなんて。     ねえ、なんでだと思う?」

 

「え、ああ…それは」

 

…なんか、近いな…。ていうか、結構いい女、だよな。

 

 年は同じぐらいか、タンクトップ越しにでも十分すぎるぐらいな豊満な部位、労働で疲れがたまる体にはあまりにも毒だ。

 

「……あんたみたいな良い女が何でこんなところに、誰かデリヘルでも呼んだのか。」

 

 いつもなら歯の浮くような言葉を言うつもりが、目の前の女はそんな余裕を許さない。らしくないとはわかっていながら、口から出たのはそんな低俗な軽口だった。なのに

 

「ふーん、そう見えるんだ……。まあ、正解かな、気持ちいい仕事をしに来たわけだし」

 

「!?……へえ。 そりゃあ、さぞすごいんだろうな。」

 

……ていうか、ダリルの野郎。もしかしてあいつが呼んだのか?…わざわざあんな離れたところにいんのも変だと思ったが。

 

「人知れず楽しむなんざ生意気な。」

 

 欲が出る。わざわざ街を散策するよりも、今この目の前にいる極上の肉にありつきたい。ふつふつとフーバーの中で下衆じみた欲が沸き上がる。

 

「なあ、誰に呼ばれたか知らねえが……あんた俺に買われないか」

 

「ええ、なんか急ね……でも、あんた私の好みじゃないのよね」

 

「おいおい、そんな冷たいこと言うなよ。人は外見だけじゃねえってスクールで学ばなかったか。ベッドで裸になりゃあ、もっと互いに見えるもんがあるだろうってな」

 

「へえ、そう。でも残念、あたし中身重視なのよね。」

 

「だからよ、その中身を見れば話しも変わるって。なあ、金なら後で払ってやるから、こっち来いって…!」

 

 乱暴に手を引く、体勢を崩し女は男の胸にとびかかるように持たれる。

 

「……へえ、そこまで言うんなら。確かめさせてもらうわ」

 

女の手が胸板からゆっくりと下腹部に向かって降りていく。細い指先で艶めかしく、快感でくすぐるように

 

 

「……お、おう。結構大胆なんだな」

 

「ええ、だから……見せて、貴方の」

 

 

 

 

グシャアッ!!!

 

 

 

 

「?」

 

臓物(なかみ)、見るわね……。」

 

 

「………」

 

体が動かない。なぜ自分は床に倒れているのだろうか、床を伝う赤い液体は

 

「……なん…で」

 

「ふーん、確かに人は外見じゃあないわね。あなたの…ちゃんと綺麗よ」

 

 床一面に広がる赤一色、さっきまで生きていた人間を前に、女は眉一つ動かさず手に持つナイフの刃先で男の腸をかき回す。

 

「うん、やっぱり綺麗。ちゃんと健康に気をつかってるんだ。」

 

 ひとしきり見終わると女は手品のように血まみれの刃物をその手から消す。代わって手に出した通信用の端末を起動させる。

 

「……もしもし~。ターゲットは……いない。 事務所のスペースじゃないとしたら、どこかプラントの視察? 」

 

 会話を続けながら一枚一枚服を脱ぎ捨てる。スーツもタンクトップも脱ぎ捨て、最低限肌を隠すラバースーツ一枚に装いを変える。

 

「まあ良いわ。それなら人が多い所、そこに襲撃しなさい。でもすぐに片付けちゃだめよ。適当に殺して、適当に引っ張り出させなさい。」

 

 女の周囲に鈍い色の粒子が集まる。次第に粒子は夕闇色の装甲となり、女の体を一回り大きな姿に変える。

 

「さあ、腹ごなしも済んだし。お仕事頑張るとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! なんでこんなことに…」

 

「知るか!そんなこと俺に…」

 

 言葉が途切れる、横にいた同僚の額には風穴が空いていた。

 

「ひっ!?」

 

 死体が倒れる。コンテナに身を隠し、せめて義手で頭を覆い身を敷い策するのが精いっぱいだった。

「あああ……なんで、また」

 

 地下の採掘プラント、広々と大空間で響くのは地面を削る音ではなく、今響き渡るのは火薬の破裂音と断末魔のみ

 

 記憶がよみがえる。歩兵として戦い、この両手を失った時と同じ、あの戦場の景色

 

「ああ、くそっ! クソッ!!!」

 

否定したい、こんなものは…もう

 

ザッ、ザッ…!

 

「!!」

 

 歩兵が近づく。サブマシンガンを構え、確実に自分の命を刈り取ろうと

 

「―――ッ!!?」

 

 今はまだ気づいていないようだが、いずれすぐに気づく。命が終わる、そう確信した時

 

「…ッ!」

 

 懐に入れた端末が震える。取り出し通話をオンにする、その相手は

 

……ダリル、なのか

 

 離れた敵兵に警戒しながら、恐る恐るスピーカーに耳を当てる。

 

「ショーン、ショーン・三田寺だな……。」

 

「あ、ああ……そうだ。 頼む助けてくれ、いきなり武装した敵が表れて、同僚も数人、このままじゃ俺も」

 

「いや、大丈夫だ。いまそっちに助けが向かってる。」

 

「助けって、奴らは…」

 

「問題ない。今そっちに向かってるのは……」

 

 

 

 

―――――ッ!!?!?

 

 

 

「!!」

 

 外壁を破る青白い熱線、隔壁を破り大空洞に降り立ったその正体は

 

「なっ……あれは!?」

 

「この世界の最強兵器、最高の守護天使を降臨させてやったよ。さあ、暴れてくれ…セシリア」

 

 

「!!……敵勢力を確認、これより対テロ規定にのっとり」

 

 長距離砲、スターライトを収納し、肩部の非固定部ユニットから計四つのビットを展開する。

 

「!!……撃て」

 

 一人の男が指令を出し、動揺で静止していた兵たちが各々銃口を向け、ブルーティアーズに実弾の雨を降らす、だが、たかだか対人間を想定して、しかも屋内を想定した短銃の弾丸がいくら集まろうと、それはISという絶対兵器の前ではなんの意味もなさない。

 

「……命までは取りません。ですが、民間人に対するこのような非道、セシリア・オルコットの名に懸けて決して許しはしません!! ISによる武力行使を実行!敵勢力の無力化を開始します!!」

 

 出力を抑えた対人のビーム砲、計四門のビットは不規則に宙を舞い、敵兵に向けて閃光の雨をその身に穿つ。

 

「!!?!?」

 

 一瞬だった。分隊規模の歩兵が一瞬にして倒れ伏していた。手足をビームで焼かれロクに抵抗の出来なくなった兵は歩けるものを抱えこの場から引いていく。

 

「………すげぇ」

 

「そこのあなた!」

 

「!!……お、おれ」

 

 コンテナから這い出る。自分よりも年若い少女が心配そうにけが人を抱え、コンテナから這い出た自分のもとに駆けよる。

 

「私は敵の制圧を続けます。あなたは無事な人達をまとめて……」

 

 避難を、そう言葉を口にしようとした時、わずかに感じる殺意の一撃にAIがレットコールを鳴らす。

 

「インターセプター!!!」

 

 口頭による武装展開。逆手に持った近接のブレードを縦に、背後からの斬撃を間一髪で受け流す。

 

「!!……ビットッ」

 

展開した二門の砲撃、対人用に威力を落とした時とは違い、確実に敵ISを仕留めるための高出力砲

 

「よっと」

 

 苦し紛れとはいえ光の速度で放つ一撃を、この相手は簡単に避けて見せた。

 

「……!!?」

 

「あらあら、狙いが甘いわよ。それでもBT計画の走りなのかしら?」

 

「……あなた、いったい!?」

 

 フランス製の第二世代型IS、ラファール。しかし、その全身を纏う夕闇の装甲と頭部を覆うバイザーは一般的な流用しているモデルとは細部に至るまで異なる。

 

「名乗るのは嫌いじゃないけど、さすがに仕事中はね……でも、特別にお姉さんって呼んでいいわよ。セシリア・オルコットちゃん」

 

「……くっ!」 

 

 スターライトを構える。この閉鎖空間でどれだけ戦えるか、今目の前にいる相手はそれだけの脅威で、決して機体のバージョン程度では測りきれない、そんな危険性がひしひしと肌で感じる。

 

「……!!」

 

「あらら、警戒しちゃって。でも、まあ仕方ないわね」

 

「……!!!」

 

 セシリアは残った二門のビットも展開し、スターライトの銃口を向ける。全砲塔が敵の挙動を一切見逃さない。動いた瞬間、軌道予測で一気に射線を叩き込む…!!

 

「……あら、こんな狭い所で。分が悪いから降参しなさい。できる限り安楽死を心がけるから」

 

「ご心配なく。たとえどんな状況でも、どんな射程でも、わたくしのブルーティアーズはあなたを確実に打ち抜きますわ……!!」

 

「へぇ……自信があるのね。でも」

 

 敵が武装を展開する。右手に近接武器、ブレッド・スライサーを、左手には重機関銃デザート・フォックス

 

「残念だけど、貴方にはここで終わってもらうの。そう言う依頼だから、恨むならクライアントを恨みなさい!!」

 

「!!?」

 

 

 

 

 




今回はここまで。ダリルの出番は次からですね


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ファーストステップ

戦闘シーンです。

上手く書けてるかどうか


 

 

 

 

「くそ、本社の野郎 約束が違うじゃねえか!!」

 

 

 

 調度品で飾られた華美な社長室は目も当てられないほどに荒れている。しかし、その原因は当の本人によってであり、必死になって鞄の中に権利書やら金銭に宝石など、価値のあるものを片っ端から詰め込んでいる。まるで今から不渡りで夜逃げでもするかのような有り様だが実質同じようなものだ。

 

「!!……頼むから、こっちに来るんじゃねえぞ」

 

 今もなお響く銃声に身を竦め、自分の背丈ほどある鞄を抱え逃げ出そうとしたその時

 

「おっと、そんな大荷物でどこに行くんでさあ」

 

「!?」

 

部屋を出ようとして何かにはじかれる。その正体は

 

「ま、マツナガ!!ど、どけ 今なら逃げられるんだ」

 

「…今なら、ねえ。やっぱりあんたなんか知ってるくちだよな。」

 

「!?……、そ、そうだ、お前も手伝え! ここから逃げられたらわけま…!」

 

その先の言葉はなかった。よく肥えた顔面に皮のブーツがゴリゴリとめり込む。

 

「---ッ!!!?!?」

 

「おっと、義足の方で蹴っちまったか。まあ鼻が折れただけなら問題ねえ」

 

「―――ッ!!?―――ンゴッ!?!?」

 

 床に押し倒すように踏みつける。倒れたガレには自分を見下ろすマツナガの姿、そしてその後ろに立つ若いイギリス系の女性の姿が

 

「……ッ!!?」

 

 女の、チェルシー・ブランケットの手にはハンドガンが握られ、豚を見るような目と共に銃口が自分の眉間を捉えている。

 

「おい、正直に話した方がいいぜ。ことの原因、あの日の電話相手は何だ、お前さんが知っていること、全部話した方がいいと思うがな。」

 

「……ミスター・マツナガ、足をどけてくださいませ。」

 

 義足がどけられる。鉄の塊に押された苦しみから解放されようやくまともな呼吸ができる。だが

 

「ふがっ!?」

 

 わずかに開いた口に運ばれたのは酸素ではなく、鈍い金属の味と死の芳香だった。

 

「拷問は得手ではありません。なので手短に済まします。今ここで死ぬか、我々と協力して生き延びる道を選ぶか。」

 

「!?!?!?!!?!」

 

 チェルシーが秒読みに入り、本気を悟ったガレはついに抵抗をあきらめた。

 

 

 

 

 

「おい、待てって。義足なんだから、もう少し、ゆっくり……ッ」

 

「……!!」

 

少し時間を戻す。

 

 会合が終わってすぐ、俺たちは遠くからの音に気付き、俺たちはそれが銃声であることを理解した。

 

 不規則に連続する破裂音、軍人としての本能が敵の襲来を確信させる。

 

「……こりゃあ、おい」

 

「ああ、採掘プラントの方角だ。……けど、いったい何が」

 

「テロ、ではないでしょうか。」

 

…テロ、わざわざこんな僻地で…。

 

「民間人が襲われているなら、アラスカ条約の規定にのっとり、ISの使用は可能です。ダリルさん、プラントの場所を…」

 

「……君一人で行くのか、敵勢力も不明なのに」

 

「ええ。 ですが…今は救援を優先します。」

 

「……ダリル様、ことは急です。IS使用者は軍属でもあります。であれば、ここは現役の兵士にまかせては…」

 

「……兵士、か」

 

 自分よりも幼い、人を殴ったこともないようなこの子に……でも

 

「ダリル、気持ちはわかるが仲間のためだ、ここは嬢ちゃんに頼ろう。」

 

「……ああ、わかった。けど、無理だけはしないでくれ」

 

 端末を取り出し、鉱山のマップを表示する。端末に顔を近づけると、イヤーカフスがちかちかと点灯する。

 

「……マッピング完了です。では…」

 

 青白い粒子を纏い、セシリアの体がひときわ大きいものに変わる。スカイブルーの装甲を纏ったそのいで立ちは強さと美麗さを兼ね備えている。

 

「セシリア・オルコット、行きます!!」

 

 スラスターとPICによるスムーズな慣性制御移動により音もなくその場を去っていく。残された俺たちにできることは……

 

「フィッシャー、俺たちも行こう。戦闘は無理でも救助ぐらいは」

 

「お、おう。…やるしかねえよな」

 

…あとの二人は、チェルシーさんはどうするか

 

「……私はISを持っていません。できれば、貴方たちの手伝いを……」

 

「いや、メイドの嬢ちゃんには俺と来て欲しい。」

 

「……マツナガ様」

 

「……今回のこと、なにかキナ臭えからな。あんたの情報が必要だ。」

 

「……決まりだな。」

 

 それぞれの意思が固まる。二人は居住区の奥へ、俺とフィッシャーは重機格納庫に向かう。

 

そして、今

 

 

 

「……なあ、おい! さっきの通話は」

 

「ああ、ショーンは助かったみたいだけど。どうやらひどいことになってるみたいだ。」

 

 電話越しに聞こえる銃声と悲鳴、思い出したくない、またあの戦場という舞台に俺たちは放りこまれている。

 

「フィッシャー、EOSを起動したら採掘プラントに向かう。やれるよな」

 

「おう、こっちとら元機甲師団だ。デカ物の戦いには慣れてらぁ……!」

 

「なら、頼りにさせてもらう!」

 

 EOSは作業用重機として使われているが、一部では戦闘でも使われる立派な兵器だ。武装は無くともその剛腕だけで十分に戦えるはずだ。

 

 敵の勢力は不明。だが、こちらにはISがあるこの世界におけるMSともいえるそれは戦場の優劣を決めるメインファクターだ。

 

 音が近くなる。当然格納庫は採掘プラントの近くで、いよいよ顔の見えない敵の喉元に踏みこんでいる。だが、聞こえる銃声からそれは歩兵の持つ程度のものと予想できる。敵が歩兵だけならセシリアだけですぐにも制圧できるだろう。

 

だが

 

 

「……。」

 

…嫌な予感がする。

 

 不安は的中し、そしてその悪寒は未だ胸の中で消えない。義足に無理を聞かせ、今はとにかく格納庫に向かうしかない。

 

「……セシリア」

 

 信用して送り出したが、彼女の向かう先は本当の戦場だ。命の奪い合いが平然とまかり通る理不尽の象徴、そして俺たちは能力を理由にそんな場所に追いやってしまった。

 

……これじゃあ元の世界と同じだ。いつかに苦言を吐いた軍の上層部と同じで、少なくとも俺たちは子供を戦場に送り出してしまったのだ。

 

「………くそっ!」

 

「?……おいダリルってなあ!! 俺を置いてくな!!!」

 

 

 

 地下の大空洞プラント。大小の規模のある広い採掘場を網目のようにつなぐその場所を戦場に

 

 

未だ、セシリアは敵を倒すに至ってない。

 

 

「くっ!!」

 

 敵の女の纏うISは第二世代のラファールのカスタム機。夕闇色の装甲に大きな四枚の装甲を張り付け、搭乗者の顔には何らかの電子兵装と思しき顔全体を覆うバイザーが付けられている。

 

「ほら、早く私を倒さないと救援に遅れるわよ!!」

 

「……貴方を倒して、すぐに向かいますわ!」

 

「言うねえ、なら……そうして見なさい!!

 

 左の重機関銃で弾幕を張り、距離を詰めて右手の本命を、右手に握る刃で蒼玉色の装甲を貫かんとする。

 

「…ッ!?」

 

 間一髪、バレルロールの軌道で回避と同時に敵の側面に回る。トリガーを引き、銃口から放たれるビームは敵の装甲を穿つ、近距離必勝の一撃……だが

 

「!!……また、あの盾に」

 

 着弾と同時にビームが霧散する。着弾すれば機体がはじかれるなり、熱で融解した痕跡が残るはず。なのにそこには一切の傷もなく、敵は攻撃の事実すらなかったかのように返しの一撃で袈裟切りに刃をふるう。

 

 

ガキンッ!!

 

「きゃあっ!?」

 

 SEが削られる音、更に畳みかける後ろ回し蹴りでセシリアは後方の岩壁に叩きつけられる。

 

「くはっ…!」

 

 一瞬意識がホワイトアウトしかける。だが、そんな暇は許されない。敵はまだ

 

「もらった!!!」

 

「!?」

 

 間一髪、ブーストの急点火で横合いにずれたことで敵の追撃から逃れられる。すぐに距離を取りスターライトで牽制を続けながら体勢を立て直す。

 

 エナジーの浪費とはわかっている。だが、それでも距離の優位まで無くしてはいよいよ勝ち目はない。

 

 

「あらあら、エナジーの大安売りね。」

 

「……ええ。ですがあいにく、これがわたくしの戦い方ですので。」

 

 

 幾度も衝突を経て、セシリアは気づく。敵のアンロックユニットの表面を覆う四対の羽、前面に展開することで正面を覆い隠すほどのそれは対光学兵器用の絶対的な対抗策であった。

 

「…………その盾、ビームを反射…いえ、吸収してますのね。」

 

「あら、よくわかったじゃない。そうよ……対光学兵器用特殊装甲、フォトン・アブソーバ。同一の粒子帯を装甲面に展開し、ビーム粒子を逆説的に再変換してSEに戻す。あなたの機体の為に用意したのよ。ラファールには重くて仕方ないけど、結構便利なの」

 

「…ッ、確かにそうですわね。それほどの武装、是非とも言い値で買わせていただきたいほどですわ。」

 

 と、冗談めいたことを口にはしているが、実際内心では非常にセシリアの精神は切羽詰まっていた。

 

 ブルーティアーズの武装はビーム兵器を中心に構成されている。敵の盾が無制限に使える物なら持久戦では到底勝ち目など無い。ティアーズに搭載されている実態兵器は近接兵器のインターセプター、そして唯一の飛び道具であるグレネードを放つ腰に内蔵された二つのビット。

 

 だが、虎の子のグレネードは段数に限りがある。下手に浪費しては毛頭意味はない。ビームを吸収されて持久戦に持ち込まれればこちらに勝ち目はない

 

故に、決めるなら速攻。

 

 

 

「――……ッ!!」

 

 

 

…覚悟を決めるしか、ないですわ。

 

 

 距離の優位を捨てる代わりに得る一度きりのチャンス。スターライトを収納し、インターセプターを展開する。

 

「へえ、面白いじゃない。いいわ、受けてあげる!!」

 

互いに正面に加速しあう。刃を交えあおうとする刹那

 

「!?」

 

 敵の刃が肉薄するその瞬間、セシリアはインターセプターを捨て、敵の両手を掴んで身動きを封じる。

 

「くっ…!」

 

…や、やりました!

 

「あら、非力ね。接近戦向きじゃないからパワーアクチュレイターが貧相ね。さあ、いつまでもつのかし…」

 

 

 

「いいえ、もう終わりですわ。」

 

 

 

「!?」

 

……ロックオンアラート…? 

 

 四方を囲む六つのビット。その照準は全て中心に向けられている。敵を拘束するセシリアをも巻き込んで。

 

「……あんた、正気?」

 

「ええ。…これだけ密着すれば盾は展開できません。」

 

 ティアーズの機体が邪魔となり盾は展開できない。上から抑えるティアーズのPICによって機体の挙動を抑え射撃の点をずらすこともゆるさない。

 

「……なるほど。これがあなたのチェックメイトなわけね。」

 

「……余裕です、わね……けど」

 

……全方位から降り注ぐ高出力の砲撃、ラファールの装甲で防げるものなら防いでごらんなさい!!!

 

 セシリアの思考操作を引き金に、四方のビットから一斉に砲撃が放たれる。

 

 

「……なるほど。悪くない策ね……でも

 

 

 

 

 

 

………残念だけど、貴方の負けよ」

 

「――……ッ!?」

 

 イメージインタフェースはセシリアの思考をコンマ単位の誤差なく瞬時に伝達する。引き金は引かれたはず、なのに

 

「……どうして! なぜ!?」

 

 四方を囲むビットからは何も打ち出されない。沈黙して浮遊したまま

 

「……もう、いいかしら?」

 

 片膝の装甲がスライドし、中からブレッド・スライサーと同じ刀身が露出する。

 

「!?」

 

 凶器を纏った膝蹴りがむき出しの腹部を穿つ。おおきくSEを削ると同時に。障壁越しに与える鈍い痛みが思考を鈍らせ、PICが途切れたティアーズは地面へと落下する。

 

「かはっ…!」

 

 

 

……どうして、エナジーも弾装も十分なはず。なのに

 

 

 

「なのに…なぜ撃てない。そんな顔してるわね。」

 

 地面に降り立ちゆっくりと距離を詰める。勝利を確信し饒舌になっているようだ

 

「……種は簡単、あなたのBT兵器を無力化しただけ。欠陥だらけの未完成品だもの、気にしないでいいわ。」

 

「……BT兵器に欠陥!? そんなの、ありえませんわ」

 

「いいえ、あり得るのよ。それじゃあもう土産は良い、もう終わらせてもいいわね」

 

「……ッ!!」

 

 重火砲ガルム、照準を向けたままゆっくりとセシリアへと距離を詰める。もはやその表情には先ほどまでの威勢は感じられず、むしろその瞳の奥には微かに恐怖が芽生えている。

 

「あらら、今更になって怖がるの?やっぱり実戦は初めてみたいね。」

 

「……実戦」

 

「そう、今の今まで繰り広げた戦いこそが本当の闘い。競技みたいなお遊びとは違う、本当の命の奪い合い。」

 

 

 

 でも安心して。私、可愛い女の子はいたぶらない趣味なの。それとも、痛い方がいいかしら」

 

「!?」

 

 ガルムの銃口が向けられる。引き金を引けばきっと数発でティアーズの鎧は砕け、そして残るのは自分の体のみ。それはつまり

 

………いや

 

 ついに、精神の天秤が恐怖に傾く。勇ましく挑んだ捨て身の攻撃、だがそんなものは蛮勇でしかない、ではここにきた自分の意思は、貴族としての誇りは……?

 

「……い、いや!」

 

 全てが無駄になる。言葉で拒絶の意を示してしまってはもう戻れなくなる。飛び方すらおぼつかなくなり、ただ後ずさるしか出来ない。

 

 

「……嫌、助けて…お父様、お母様。」

 

ズダンッ!!

 

「ひっ!?」

 

 シールドではじかれる。SEが削られて、機体からはアラートが鳴り響く。

 

 回数にしてあと数発。吹けば飛ぶほどの灯となり、ついに心が折れる。

 

「あぁ……やめて」

 

「やめない。殺すのが任務だから、我慢してね」

 

スダン!! ズダン!!!

 

「いや、いやぁああ!!!?!?」

 

…死にたくない!!こんなところで、まだ何もかも途中で……!!

 

「……死にたくない。私は…まだ」

 

……生きたい!!こんな理不尽につぶされてたまるか、わたくしはまだ…何も成し遂げていない!! だから、ここで終わるわけには……

 

 

 

 

 

 

「セシリアッ!!!!」

 

 

 

「なっ!?」

 

ガキィインッ!!!

 

 突然現れたカーキグリーン色のパワードスーツ、振るった奔斧の一撃はガルムの銃身をたやすく溶かし斬る。

 

「だ、ダリルさん!!?「目を閉じろセシリア!!」

 

「……スタングレネードッ!?」

 

 正面に盾を展開し、頭部センサーをカバーする。しかし、炸裂して解放されたのは閃光ではなく…

 

「!!……ただのスモーク、食わされたわね。」

 

 スラスターを全開で吹かし、スモークを四方に散らす。だが、すでにそこには

 

「……いない。…いや、隠れただけね。」

 

 実際その通りである。坑道の奥でセシリアを抱えダリルは息をひそめていた。

 

 

…ハイパーセンサはあくまで目視の延長、だよな。熱感知は……いや、あるならすぐ特定されているだろう。

 

「……だ、ダリルさん。」

 

「………セシリア」

 

 眼の奥の光が鈍い。戦場を経験したダリルにはわかる、彼女の目は、脱落者だ。戦争という狂気に飲み込まれた正常な人間の成れの果てだ。

 

「……申し訳、ございません……!わたくし、わたくしは…負けて」

 

「……」

 

…悪い予想が的中してしまった。

 

 こうなってはまず戦えない。だが、だからといってこのまま置いておくわけにもいかない。

 

 敵は健在、このEOSでもどれだけ通用するか。いや、安く考えすぎか

 

 ダリルはISの性能を侮っていない。故に、戦力の分析は冷静だ。

 

…せめて二対一に持ち込む必要がある。そのためには

 

 

 

「セシリア……奴を無力化したい。協力を「無理です…」

 

 

「!?」

 

「私は  戦えません」

 




今回はここまでです。

今作のセシリアは13歳の未成熟な少女ですので、まあ辛い目に合わせて色々と伸ばしていきたいです。(親心)(悪意)


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反撃の円舞曲

また深夜二時投稿です。

今回でちょっと一区切り、というか戦闘の終わりまで一気にやります。ちょっと長めですが楽しんでくださいませ。


少し、時を戻す。

 

 

 ダリルとフィッシャーの二人が格納庫につき、作業用EOSを装備してプラントの救助に向かおうとした、その時のことだ。

 

 二人は無事目的地についた。だがしかし、彼らがそこにたどり着いたとき格納庫にはEOSどころか運搬用のワークローダーすらなかった。

 

 

「おい、こりゃあ……」

 

「ああ、敵は用意周到のようだ。」

 

 EOSが収納されていたランチにはまともな機体は一つもなく、すべて等しく無残なまでに破壊されていたのだ。

 

「……。」

 

…狙いはわかる。作業用とはいえEOSは兵器運用ができる。だが、いくらなんでも早すぎないか。

 

 機体のどれもばらばらで、千切れた断面には熱で焦げた部分が目立つ。スプリンクラーで水浸しになったあたり一面、どうやら何か火薬などを用いた破壊工作をしたのだろう。

 

「……この襲撃、裏に何かがある。けど、今は…!」

 

 今はこの状況を乗り切るしかない。せめて、武装した敵に対する防御策ぐらい

 

 あたりを見渡す。壊れた残骸が散らばる景色の中、一点だけシャッターが閉じたままの格納スペースがある。

 

「!」

 

…こいつをな

 

…カードキー、ですか?

 

…うちの格納庫スペースでよ、使ってない奥の7番ランチがあんだろ、そこのカギだ。

 

 

「……!!」

 

…鍵、たしか

 

 ポケットをまさぐる。そこには、いつかに渡されたカードキーがあり、ダリルは鍵を握りしめ奥の一角に目を向ける。

 

「?……お、おい ダリル。 お前さん何を」

 

「フィッシャー手伝ってくれ! まだ使えるものがあるかもしれない」

 

 格納庫の奥も奥、長いこと使われていないどころか、使わないジャンクが丘のように積み上げられ半ば下半分が埋もれ隠れていた。

 

「おいおい、こんな状況で何をしてんだよ!?」

 

「いいから手伝え! どうせ、ここで装備を得られないとただ撃たれるだけだ。」

 

 気迫に押され、フィッシャーもジャンクの丘に登り、鉄くずをかき分けごみを蹴落とし。どうにか下へ下へと掘り進める。

 

「……あった!」

 

 掘り進め、カードキーを指す制御盤までたどり着く。どうやらまだ電源は動いているらしく、キーを差し込んでロックの赤いランプがグリーンに変わる。

 

 

 シャッターが上がる。ごうごうと機械音を響かせゆっくりとその大扉が開かれる。

 

 

「よし!ひらいた…ってぁああああ!!!?!?」

 

 ジャンクの波に巻き込まれ、吸い込まれるようにダリル達は奥へと流れていく。

 

「おおぉぉおあああああ!!!!!!?!?!??!」

 

 大の大人たちが声を荒げて転がっていく。そしてたどり着いた先にあるものは

 

 

「痛ってえ、ダリルてめえ!!これで腰振れなくなっちまったらどうしてくれんだ! ああ!!」

 

「………」

 

「って、この野郎無視し……て…」

 

 言葉が詰まる。無理もない。それだけの光景が眼前にあるのだから。

 

 二人が見渡すその倉庫の中は……というよりこの格納庫を一言でいうならまさに武器庫であった。

 

 壁面に並べられた銃器、弾薬……そしてなにより、目の前にある人型を模したその存在

 

「……はは、こいつはすごいな」

 

「…EOS、それも作業用じゃねえ、戦闘用の奴じゃねえか……!!」

  

 全体をカーキグリーンで統一されたそれらは、普段自分達が身に付けているものと似ているようで遥かに違う。

 

 すぐそばにある端末が起き上がる。画面にはそのEOSとおぼしきポリゴン上の図面と、その機体名が浮き上がる。

 

「戦闘用EOS、ベルサーガ……」

 

「おい、そいつはドイツ製の最新機種だぞ!資料しか知らねえけど、まさかこいつが」

 

「ああ、なんでそんなものがあるか疑問だけどな。フィッシャー、動かせるか調べてくれ」

 

 魅入っている暇はない、二人はすぐに傍の計器を確認し、一つ一つの起動工程を確認する。

 

「油圧計、電圧、ともに正常。フィッシャー、そっちは!」

 

「おう、ギアもさびていねえしアクチュエーターも対ショック機構も正常だ。すぐにでも起動できるぜ!!」

 

 二人は慣れた動きでスーツに手足を通す。ISとは違い、不可視の力で成り立つような動力もない、EOSはどこまでいっても現実的な代物だ。シールドエナジーがない代わりに首より下のほとんどを覆う装甲と一回り大きな手足、そして関節の代わりに外部の油圧シャフトのフレームで全身を動かす機構、素肌を晒すISの洗練さとは程遠い武骨な代物だ。

 

 だが、それらは対して問題にならない。ダリルにとって、今頼れる兵器が二足歩行の汎用兵器である、その事実だけでも胸が鼓舞される。

 

「バックパックと肩部装甲の内部コンテナ、腰と脚部に武装を詰めれば……フィッシャー、お前はそこの歩兵用の装備をかき集めろ。仲間たちと合流して戦線を張るんだ。」

 

 ここの鉱員のほとんどが元軍人だ。敵の規模はどうかわからないが、装備さえ整えばどうとでもなるはずだ。

 

「わかった。……で、お前さんはどうする」

 

「……俺は」

 

 先ほどの連絡から何度かコールを送っていたが、セシリアからは一向に連絡がこない。

 

…歩兵が相手ならすぐに鎮圧して終わるはず。だが、今も戦闘音は止まない、ということは

 

 

「……おいおい、俺でも察しはつくぜ。この状況、考えられる最低の事態ぐらい。」

 

「ああ。…敵にもISがいる。」

 

 今回の事態、おそらくなんらかの暗躍なのだろう。セシリア・オルコットという要人がいて、しかもここはそのオルコットカンパニーの重要な産業で、タイミングが嫌におかしいほどかみ合っている。

 

 

「…だから、俺たちが動く必要がある。敵にとって、おそらくこの増援はイレギュラーだ。かき回すだけやってやるさ。」

 

 EOSを起動させ。バックパックの電源コネクターが外れる。視界のバイザーに機体出力、火器管制のシステムが表示される。

 

 バックパックからサブアームが伸びる。左腕部にバッシュ付きのシールド、右腕部に主兵装のドラム式マシンガン。さらに予備を一丁とマガジン、対戦車用のパンツァーファウストを背部に積載、下半身のランチに近接武器と手投げグレネードを搭載。

 

…ザクと変わらないな。けど、狭い屋内ならこれで十分だ。

 

 

「よし、こっちも積み込み完了だ。俺は銃声の多い方向に向かう。お前さんは嬢ちゃんのISを追ってやれ!」

 

 十分に装備を整え、二機のEOSは格納庫から発進する。脚部のホイールを稼働させ、重厚な見た目とは裏腹に軽快なスピードで鉱道を駆けていく。

 

 道に転がる残骸や死体を越えて、ダリルはなおも足を止めない。

 

 気が付けばフィッシャーとは別れ、ダリルのみでいよいよ戦火の中心へと向かっていく。

 

「セシリア、君は今…」

 

 端末と同期させ、EOSの通信機能でコールをかける。広い採掘プラントで正確な場所を特定するには位置情報が欲しい。

 

「……受信反応…は、ない。戦闘中なのか……?」

 

 コールはない。ISが戦える場所はまだいくつもある。やみくもに捜索しては……

 

 

ズダンッ!!!

 

 

「!?」

 

「銃声、にしては大きい…。大口径のライフル……!!」

 

 聞こえた音の方角へ進む。音は嫌に鈍い音だった。直撃を貰ったのか、装甲ではじいただけか……。

 

「……ッ!!」

 

 義手に力が入る。主兵装をサブアームに持ち替えさせ、腰部の近接武装、ヒートアックスを抜く。

 

 機体を走らせる。重厚な見た目とは裏腹にEOSは軽々とした足取りで障害を越えて鉱道を駆け抜ける。

 

「…間に合えよッ!!」

 

 思考のスイッチが切り替わる。平凡な日常を送っていたダリルには久しく味わっていなかった感覚。死と生が等しく両立する世界、その身に纏うモノは違えど、引き金を握り刃をふるうことに変わりはない。

 

 サンダーボルト宙域に住まう毒蛇が目を覚ます。奇しくも同じ名を有するこの地にて、ダリル・ローレンツは今再び戦場に身を投じるのだ。

 

 

 

 

 

「!!……ッ」

 

 敵の動きは未だない。きょろきょろとあたりを見渡し、スモークが空調で取り除かれるのを待っている。

 

 先の一撃はあくまで奇襲、そうそうまた通用するとは限らない。

 

……こっちの武装で敵のエナジーを削る前に先にやられるだけだ。下手な手は打てない

 

「………」

 

「…セシリア」

 

 実戦の恐怖に飲み込まれている。見るからに手足の震えが納められないようだ。

 

「………立て、セシリア。まだ戦いは終わってない。」

 

手を伸ばす、けれども

 

「……ダリル、さん」

 

 眼に闘志が無い。いまそこにいるのはただISを身に纏っているだけの少女だった。

 

「……君は、もう」

 

…これじゃあ戦えない。実戦を目の前にして、まだ幼い彼女には無理もないけど

 

けど、今この場を乗り切るには

 

 

「……立つんだ、セシリア。君はまだ戦えるはずだ。」

 

「……そんな、ですが!」

 

「君が戦わないと、大勢が死ぬ……!」

 

「!?」

 

 ああ、我ながらひどいやり方だ。けれど、今かける言葉は歯の浮くような優しい甘言じゃない。無慈悲なまでに、理不尽な現実を直視してもらい、そのうえで立ち上がらせる。

 

 

「…君が戦わなければ奴らは止まらない。ISという絶対有利を覆さないとこの盤面は覆らないんだ。IS乗りの君なら、それはよくわかるはずだ。」

 

 

 この世界における戦場においてISの存在はMSと同じだ。戦場に絶対こそないが、それでも必ずといっていいほどにその戦力差は顕著なのだ。故に正面から対峙している以上、決定打にISの攻撃が無ければ勝ちきれない。

 

 

「セシリア、君を追い詰めた相手は確かに強敵なんだろう、分が悪かったんだろう。なら、次はそれを踏まえてやり直すんだ。」

 

「やり直す? ですが、私はもうすでに……」

 

「負けた。 けれど、君はまだ生きている。武器もあるし、手足も自由だ。だから、終わっていない!!」

 

「!?」

 

「手を貸してくれ、セシリア。せめて、あと一回だけでいい!」

 

 手をさし伸ばす。機械のマニピュレーターで、彼女の手を掴む。

 

 

「理不尽に打ち勝とう。 俺たちは、まだ終わっていない……!!」

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

煙が消える。

 

 広い地下空間では常に空調が動き続けている。視界がクリアーになり、ハイパーセンサーで周囲を警戒する。

 

「……あの男、EOSでよくやるわね。 やっば、なんか楽しくなってきた!」

 

 両手にサブマシンガンを携帯。敵が奇襲で攻めてくるならそれを逆手に面で叩き伏せる。装甲があるとはいえ敵はISではない。

 

「いいわね。やっぱ男の子はあれぐらいでなんぼよ!…ん~、傷ありだけど結構悪くないし、持ち帰っていろいろしてみたいわね。」

 

 臆面もなく狂気を振りまく女の振る舞い、その一挙手一投足を陰から見続ける者がいる。

 

 

「………」

 

 改めて見る敵の姿、どこかふざけた調子でいるが決して侮れない。様子を伺い、音を立てないよう武器の構えを取る。

 

「……ッ!」

 

 敵の特性、その正体の推測、今ある情報を総動員して考えた即興の策

 

 頼みの綱は彼女の一撃、けれど、それでもやれるかどうかは依然怪しい。

 

……だけど、やるしかないよな。

 

 グレネードを構える。さっきとは違い炸裂式のものだが奇襲なら少しぐらい……

 

…せめて、あの盾を吹き飛ばすぐらいは。

 

 腰に携帯したグレネード三つをワイヤーで束ね、俺は全力で投擲する。

 

 ディーゼルエンジンの強靭な馬力から放たれた爆弾は水平に高速で被弾する。敵は気づき、盾を展開した瞬間、爆炎と共に黒煙が一面に広がる。

 

「!」

 

 敵の姿が表れる前にダリルは移動を開始する。やはりというか、対人用の炸裂火薬では所詮嫌がらせの爆竹だったようだ。

 

 だから、今のうちに距離を取る。網目のように張り巡らされた鉱道を猛スピードで抜ける。

 

「みぃつけたわぁああ!!ダルマくぅん!!!」

 

「うるさい、誰がダルマだ!!!」

 

…あんな東洋の土産物と一緒にされてたまるかっ……!!

 

 バックパックの下部からはスラスターの出力で加速、脚部のホイールで地面を高速で移動する。

 

「……っ!」

 

「逃げんなごらぁあ!!」

 

 敵は低空飛行で接近、両手からは9mmの弾丸が雨のように降りかかる。

 

「くっ……!」

 

 態勢を変えず、背部のサブアーム二本で二丁のマシンガンを後ろに構え後方に弾幕を張る。敵がISとはいえその防御力は絶対ではない。不可視の障壁があるとはいえまともに貰うのは避けたいはず

 

「ちぃっ…嫌なところに撃ってくれるわね!」

敵は機銃を収納し、代わりに取り出したのは

 

ドゴンッ!!!

 

 

「!?」

 

 左の肩部コンテナが吹き飛ぶ。盾の役割を持つその装甲が複数の穴でひしゃげている。

 

「!!……散弾か」

 

 緊急回避、右の小道に入りに連射を躱す。後方を確認し、発射のタイミングを掴む。面で叩く砲撃は厄介だが、だが連射レートの感覚さえつかめれば……!

 

「……ッ、お前はなんだ!?なぜここに攻め入った!!!」

 

ズダンッ!!

 

「あいにく、クライアントの情報は言えないから! だからさあ…」

 

「!」

 

 曲がると同時に体を回す。曲がり角を抜けるターンと同時にラックのグレネードを投擲する。

 

「!?」

 

 遠心力で疾く投げつけられたそれは女の眼前で起爆、爆風の中からは先ほどと同じ灰色の煙が周囲を覆い隠す。

 

「!!……うざったい。 あの女差し出してくれればさ、こっちは面倒が無くて済むっての、さっさと諦めな!!」

 

「くそっ、同じ手は通じないか……!!」

 

 姿は見えない。だが奴の声は未だにこちらを追跡している。煙幕で姿を隠し、再度距離を測るつもりだったが、その手は通じず。残る武装は近接の斧とマシンガン、そして虎の子のパンツァーファウストが二本。

 

「まだだ、奴を仕留めるのはここじゃない……あと少し」

 

硬い地面を削るホイールの音だけが響く。

 

「……」

 

音が遠い。いや、あいつが遠ざかったのだろうか…?

 

狭い搬入口を抜け、広い採掘スペースに出る。

 

そこで体勢を立て直す。そこから次の行動に……

 

……違う

 

 

 思考のサーキットに電流が駆け巡る。言語化するよりも前に、肉体は反射で行動を起こしていた。

 

 

 

「!!!……違うっ」

 

 

 

 鉱道の狭い道を抜ける瞬間、すでに体勢を右に移し、手に持つまでもなくサブアームからファウストを着火させる。

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に現れたラファールとその右手に握る散弾銃、レインオブサタデイから放たれたショットシェルは、発射された成形炸薬弾と衝突し、両者の間で爆発がおこる。

 

「……ッ!!」

 

 防げた、とっさに合わせられなかったらやられていた…!!

 

 態勢を直す。爆発で跳ね除けられたが未だ機動力は健在だ。すぐに反転し敵の攻撃が来る前に目的のルートに移動する。

 

 

「なぁっ、あそこで合わせられるとか、どんなエイムスキルよ!あんなのチートじゃない!?」

 

 壁面をスラッグ弾で打ち抜き、ショートカットによる奇襲を叩き込む算段は完ぺきだった。

 

「……なのに、あの男それを予期してたっていうの?」

 

 EOSに乗って、ISを相手にこうも接敵する。負けることは無いがだが勝ち切れていない。

 

「やるわね。褒めてあげたいけど……でも、もうそれも終わり。」

 

 採掘プラントの情報は既に獲得済み。故に複雑な鉱道でこの大広場につながる薄い壁を知っていた。

 

だから、この次の手もすでに決まっている。

 

 

「ふふ、貴方が逃げた先。もう袋小路だってわかるでしょ」

 

 まあ、それでも二~三ぐらいの小さい連絡路はある。だがそれを抜けるにはEOSでは無理だ。

 

「まあ、脱ぐならそれでもいいわよ。でも、男の着替えを覗く趣味は無いから、替えの下着真っ赤にしちゃうけど文句言わないでね……。」

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ、クソっ!」

 

「こら、そんな口の悪い事言って、お姉さんあんまり好きじゃないわよ……。」

 

「なら、言葉遣いを正せば許してくれるのか。」

 

「いや、無理。追い詰めたのにリタイアとか一番萎えるじゃない。私、仕事も遊びも手は抜かないタイプだから。ダルマ君には悪いけど、ここで終りね。」

 

 銃口が向けられる。細い小道の行き止まり、この距離では散弾を躱しきることはできない。

 

 自身の勝利を前に、女はわかりやすいほどに愉悦に浸っていた。命を奪う権利を、勝者の特権をかざして慢心の笑みを浮かべている。

 

「……ずいぶん嬉しそうだな。まだ俺一人、倒したところで趨勢は決まらないだろ。こっち側のISはまだ健在だ。」

 

「それってあの娘のこと。なら希望的な考えね、あの娘はもうだめ。戦士になりきれない一般人ほど脆いものはない。」

 

「……脆い、か」

 

「ええ。…あの娘、戦闘センスは悪くないけど、所詮競技レベル。立ち上がれないあの子にはもうワルツは踊れない。さあ、そろそろいいかしら。あなたの戦いもそろそろクリアさせてもら「そんなことは、ない!」

 

 

「……?」

 

「なあ、あんたにはわからないんだな。」

 

セシリアは確かに折れた。戦いに負け、一度は地に膝をついてしまった。

 

 

だが

 

 

「あの娘は簡単に折れないさ。かならず、自分の足で立ち上がる……!」

 

「あの娘…そんなに親しい仲なのかしら?」

 

「いや、出会ったのは少し前だから。そこをつつかれると痛いな」

 

「なら、ますます言ってる意味が「けど、それでもわかることがある……!」

 

 

 

…あの娘は、あんな歳でいろんなことを背負って、それでも心配させないよう他人に優しく、明るく振舞える。それはひとえに心の強さだ。理不尽にくじけようと、奥底の芯が折れない限り、彼女は何度でも立ち上がる……!!

 

だから、彼女ならきっと……!!

 

 

 

「……もういいかしら。舞台は幕引きよ」

 

 薬莢を輩出する。左のスラッグガンを捨て、散弾を両手で構え突きつける。

 

引き金が引かれればそれで全てが終わる

 

だが、これでいい。

 

 

 

すでに舞台は終わり。……いや、むしろ逆だ!!

 

 

 

 

 

「舞台はここからだ。  踊れ!! セシリアッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃て!!!(Shoot)

 

 

 

 

「!?」

 

 ダリルの機体が横にずれる。その瞬間、岸壁から一筋の閃光がラファールを貫く。

 

「!!…なッ」

 

 ダリルの取った策はシンプルだった。敵が先に仕掛けた奇襲と同じであり、行き止まりである鉱道の先、貫通工事の途中であった反対方向で待機し、薄い岩壁越しに誘導した敵に向けて一撃を放つ。

 

 一度限りの危険な賭けだが、その結果は上々だった。咄嗟のことで敵の対ビームシールドの展開は間に合わず、生身の本体に直撃しつづけるビームの放射はエナジーを異様な速度で減少させていく。

 

 

「絶対防御がっ、くそぉっ!!」

 

「はぁああああぁあああ!!!!!!」

 

 この隙を逃さない。バックパックのスラスターを全開に、俺は左のシールドで敵のアンロックユニットをかちあげる。

 

「!!…調子に、のるなあぁあ!!?!?」

 

 膝の装甲からブレードが伸びる。だが、敵の隠し武器が装甲に届くことはなかった。

 

「!?」

 

 サブアームから放たれる最後のファウスト、ゼロ距離も等しいその間合いから穿つ弾頭はアンロックユニットを砕き、くだんの装甲のうち半分を破壊し飛ばした。

 

「―――――ッ!!!!」

 

 爆発に吹き飛び、ダリルのEOSはその装甲のほとんどをあたりに散らす。なんとか外部の強化外骨格に支えられてるだけで、すでに防御力は皆無だ。今なら拳銃の一発で落とせるだろう。

 

 

「あんた、よくもやって…!!」

 

「はあ、あの娘と同じ、捨て身の策さ。上手くいったのが御の字だ。」

 

「ダリルさん!!」

 

 気づけば、敵の後方にスターライトを構えたセシリアが立っている。防御力を半分失い。武装もエナジーも不確かな状況、もはや趨勢は完全に巻き返した。

 

「……なるほど、理解したわ。ISを対策すれば勝てる算段だったけど、どうやら間違いだったわ」

 

 素直に認める。敵の実力を見誤ったのは油断からではない。これもまた実戦の故だ

 

けど、だからこそ。

 

「認めましょう。そして、その上で貴方たちを殺す。」

 

「!」

 

「…くっ」

 

 戦況は依然不利だ。策はもうない、あとはセシリアのスターライトのみ。

 

 

…だが、もうこの状況では

 

 女が武器を構える。ブレッドスライサーを構え残る盾を前にして…

 

 

だが、その時

 

 

「ダリル、ダリルか!!」

 

「!!」

 

 端末からの通信、声の主のフィッシャーは興奮した様子のまま言葉を続ける。

 

「こっちはオッケーだ。生存者と合流して戦線を張った。奴ら、分隊規模の歩兵だがロクな火器はねえ。こっちが優勢だぜ!!」

 

「……ッ!!」

 

スピーカーをオンにして。話の一字一句を全て聞かせた。

 

「どうやら、お仲間さんが大変みたいですことよ。助けに向かわれなくてよろしいのですか。」

 

「………α1、戦況はどうなってるの」

 

…隊長!敵の作業員の奴ら、全員武装しています!!くそっ、EOSの火力に押されて、これ以上の被害は作戦の失敗も同然です。即刻、仕切り直しの許可を!!?

 

「……いいわ。総員撤退して、パーティエントランスまで後退、後続と合流を待ちます。」

 

「……。」

 

「聞いた通りよ。今回は痛み分けにしてあげるから、そこどいてくれないかしら。」

 

「……ッ」

 

 セシリアの目がこちらに向く。判断を仰いでいるのだろうが、正直このまま戦闘を続けても利はない。

 

「……どいてやれ。だが、次は絶対にない。」

 

「ええ。今度こそは、確実に打ち抜いて見せますわ。 よろしくて?…お・ね・え・さ・ん」

 

 傷と汚れにまみれた笑顔で、彼女はそう言ってのけた。それをどう受け取ったのか、彼女は振り向かないまま、たった一言言葉を残した。

 

 

 

「私はミラ。あなたたちを殺す女の名前、次は絶対に仕損じないから。」

 

 スラスターを吹かし、女は…いや、ミラはその場から消える、恐らく撤退する歩兵を連れて外に出ていくのだろう。

 

 

「……ああ、ひとまず、負けは しなかった……」

 

 

 

どさっ

 

 

 

 

「……」

 

思考が妙に重い。久々の戦闘でよっぽど疲れたのか。

 

 視界が暗くなる。遠くのセシリアがISを解除し、心配そうにこちらに近づいてくる。

 

セシリア、どうしてそんなに心配そうな顔で

 

…ああ、涙を流して、またチェルシーさんにイジられるじゃないか。

 

 横向きになった世界に疑問を持たず、ダリルの意識はふっと吹くように消え入る。

 

 

 

「嘘です、ダリルさん! ダリルさん!!!」

 

 

 




戦闘を一回終わらしました。だが、まだここでは終わりません。じかいもなるはやで頑張ります故


最近、好きな作家に評価いただいてすんごい嬉しい。書き手になってよかったなと思う瞬間でした。


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出撃前夜

なんか、気が付いたらランキングに乗っていました。お気に入りも100超えてましたし、他作品の息抜きのつもりが思いのほか大きくなっていて少し動揺しつつも嬉しく感じています。サンボルはもっとはやれ

今回は準備フェイズですので、戦闘はありませんが結構陰謀やらなんやら楽しく執筆しています。楽しんでいただければ幸いです。


 

「くそっ! くそっ!!」

 

 深夜の枯れた大地に鈍い音が響き渡る。何度も蹴りつけられた装甲車の扉がひしゃげていくのを、周りの部下たちは黙って見届けているしかない。

 

「あのダルマ野郎、お嬢様守ってナイト気取りかっつうの!!あああぁぁあああぁあああッ!!!!!!」

 

「……た、隊長」

 

「あ“あ”ッ!!!」

 

「ひっ!?……あの、後続の部隊ですが…」

 

「……ちっ」

 

 ダリルたちを襲撃した敵勢力、彼らは鉱山内から撤退し、鉱山の出口である町側の道を封鎖するように陣を構えている。

 

 地形としては切り立った岩山に囲まれた地帯で、その中央にはまるで闘技場のように平坦に掘り広げられた地上プラントの名残がある。

 

 彼らは待機させた部隊の招集を待ち、更に敵の逃亡をふさぐ検問を敷いている。鉱山の出口は二つ。この地上プラントを抜け、後ろの渓谷に挟まれた狭い道を抜けるか、もしくは裏側の搬入ゲートから抜け出るかだ。

 

 だが、彼らは周到に部隊の半数を裏側に配置している。仮に突破しようにも、広大な荒れ地が広がるのみのその先では、まともに逃げる先もない。

 

「まあ、いいわ。どのみちあいつらには逃げ道はない。こっちは両面挟んで後続の部隊からガスを受け取るだけ。」

 

 作戦はあくまで殲滅、であれば無理に戦う必要はない。

 

だが

 

 

 

…どうせなら、戦いで決着をつけたい。オルコットもあの男も、私が

 

 

 

 

 

 

 

君は今どこにいるのだろうか

 

 

 あの日、あの戦いを最後に、雷鳴轟く死の舞台から一人だけ逃れてしまった。だから、結末は知らない。共に出撃したフィッシャーたちはどうなったか、ドライフィッシュの皆は…

 

 

…カーラ、君は……生きているのだろうか。

 

 

 彼女の作ったリユース・サイコデバイスを搭載したMS,サイコザクを駆り俺は敵の艦隊を殲滅した。

 

そして奴と、あの悪名高いガンダムを相手に……俺は

 

「………カーラ」

 

 負けるのはいい。もし、俺がここに居るのは第二の生だというのなら、おれはきっと無事に勝利したとは言えないはずだ。だが、そうだとしても、君の命だけは

 

「……カーラ、カーラッ!!」

 

「!」

 

 飛び上がるように体を起こす。視界に広がる映像、パイプベッドに横たわる見知った男たちの光景からここが医務室であると理解する。そして

 

「うっ…!」

 

 全身を襲う疲労感と鈍い痛み、思考が嫌でも現状を理解させる。

 

「そうだ。俺はあの女に……」

 

「おっ、ダリル!」

 

「フィッシャー?」

 

「おう、ようやく目覚めやがったか。お前さん、IS相手に大活躍だったってな。けど、ずいぶん無理したみてえだな。」

 

「……ああ。」

 

 敵に一撃を返したのは良いが、結局あのまま戦闘が続けばどうなっていたことか。やはり、EOSとISでは生身の脆弱性があまりにも不利だ。

 

……奴らはまた攻めてくるのだろうか。なら、もう同じ手は通じないはずだ。

 

ISを倒すにはISをぶつけるしかない。だから、俺はまた彼女に

 

「……なあ、フィッシャー。彼女は、セシリアはどこに」

 

「……嬢ちゃんならそこだ。ほれ」

 

 フィッシャーが指さす先、金髪の麗人が額を抑え、ぷるぷるとうずくまっているではないか。

 

「セシリア、なんでそこに」

 

「じゃあ、おれはこれで」

 

「ちょ、待ってくれフィッシャー!」

 

 手を伸ばすも、フィッシャーは素知らぬ顔でその場を去っていく。そして、むくむくと体を起こし、額を抑えて涙目で睨む彼女の視線が…

 

「……おはよう、セシリア」

 

「……。」

 

「あの、もしかしてさっき起きた時」

 

 うっすらだが、自分の額にも鈍い痛みがある。もしかすると彼女は介抱してくれてただけで、なのに俺は

 

「…ごめんよ、セシリア。そんなに痛いなら、医者を」

 

 義手で彼女の頭をそっと撫でる。なんとなく、今だけ彼女の姿に妹の姿を重ねてしまった。

 

「……うぅ」

 

 義手故に感覚はないが、その柔かな質感だけは理解できる。煤やほこりで汚れも目立つが、それがむしろ宝石の原石のように奥ゆかしい美麗さを放っている。

 

「……髪、綺麗だな」

 

「……ええ。そんなの当然です。」

 

「そうか、そうだよな。」

 

「……でも、今はシャワーを浴びたくて仕方ないですわ。」

 

 恥ずかしそうに、ぼそっと本音が出る。それもそうだ、やっぱりこの子は女の子だ。

 

「ああ、全部終わったら俺もひとっ風呂浴びたいな。けど、それは」

 

「!……ええ、まだですわ。まだ、敵は」

 

 ダリルの一言で気を張りなおす。そうだ、まだ終わっていない。あの女は、ミラと名乗ったIS乗りは

 

「……ダリルさん、私は」

 

 

ズダン!!

 

 

「「!!」」

 

突然鳴り響く銃声の音、聞こえた位置はどうやら近いようだ。

 

「……!」

 

「ダリルさん!」

 

 ベッドから立ち上がろうとしたがうまく力が入らず倒れそうになる。セシリアが支えになり、なんとかだがふらふらと立ち歩ける。

 

「安静にしていてください。まだけが人なのですよ」

 

「わかっている、けど」

 

今は情報が必要だ。だから、無益な憂さ晴らしは止めさせないと

 

「……わかりました。ですが、無理はしないでください」

 

 セシリアに肩をかつがれ、何とか足を進める。医務室を出て、外に出るとそこは鉱員達が群がり、今もその中央では鈍い音が響く

 

 

「お前たち!そこで何をしてるんだ!!」

 

 皆が一斉に振り向く。ダリルの一声に気おされ次々に人込みがはけていく。

 

「!!……っ」

 

 セシリアが思わず目を背ける。無理もない、そこには敵兵と思しき男が見る当てもなく集団でリンチに遭っていた。足を撃たれた出血もそうだが、殴打でつけられた生々しい傷跡が周囲の恨みの深さを物語っている。

 

「……誰か、ドクターを。彼を死なせてはいけない」

 

 周囲がざわつく。仲間を殺されたのだから、敵を生かそうとするこの考えには反感を抱いても仕方ない。だが

 

「みんなの思いはわかる!俺だって、仲間がやられたのは胸糞悪い。けど、それはいまするべきことじゃない!!」

 

「…だ、だけど。そいつは…」

 

 頭では理解できても感情は違う。敵を倒したエースの一言とはいえ、周囲の意見が傾けばすぐにリンチは再開されるだろう。

 

…時間がない。せめて、少しでも

 

 いつ爆発するかわからない。ダリルはセシリアの手から離れ、危うい足取りで敵兵のもとに近づく。

 

「…あんた。まだ死にたくないだろ、協力してくれるなら、これ以上ひどい目には合わさない。」

 

「……」

 

「……捕虜として、正しい扱いを約束する。俺の目が届く間は、きっとこんな目には合わさない。皆にも説得する。だから…」

 

「……」

 

 少し、男の口が動く。何かしゃべろうとしているのか、ダリルは男の口に水を含ませ、中の血だまりを吐かせる

「けほっ、ごほっ……くくく、捕虜ねえ」

 

 張れた顔で表情は読めないが、どこか饒舌な口調で言葉を紡ぐ。

 

「なあ、あんたら。俺たちが何でここを襲ったか教えてやろうか。」

 

「……聞かせてくれ」

 

「俺たちは雇われの傭兵だ。任務は、暗殺……わかっていると思うが、俺たちの狙いはそこの嬢ちゃんだ。」

 

「!……やはり、なら」

 

 さらに質問を問いただそうとするが、それよりも周囲のざわつきが嫌に気に障る。

 

…この子が、確かこの子って

 

…セシリア・オルコットだよな

 

…じゃあ、なんで俺たちは…巻き添えかよ

 

 セシリアを囲むように、黒い感情の靄が沸き立つ。この状況はマズイ、この男に、これ以上喋らせるのは

 

 男のホルスターからナイフを抜く、喉元に突き立て脅すように言葉を言い放つ。だが

 

「もういい、必要な情報だけ話すんだ!!さもな「セシリア・オルコットを差し出せ!さもなければ、お前たちは巻き添えになって死ぬぞ!!!」

 

「!!?」

 

…マズイ、この状況でこの言葉だけはマズイ……!!

 

「セシリア!!」

 

男を突き放し、ダリルはセシリアの前に立って出る。

 

「……おい、ダリル」

 

 恰幅のいい男が一人前に出る。確か、別プラントで現場責任をしている奴だったか

 

「本気で、助かると思うのか。女の一人の為に、平気で民間人を虐殺する奴らだぞ!」

 

「…だが、その娘がここに来なけりゃあ俺たちは…」

 

 男が口に出すや、周囲の皆々もそろえて言葉を並べる。敵意がむき出しになる、セシリアに対して、彼らは行き場のない理不尽への感情を彼女につきつけているのだ。

 

「なあ、嬢ちゃん。あんたはなんでここにいる。 何故俺たちの鉱山に来やがったんだ」

 

 

「……」

 

 背中越しに震えを感じる。どこか、やはりそういった罪悪感を抱いていたのだろうか。後ろを見ずともその表情が理解できる。

 

 

…セシリア、君は悪くないんだ。君はただやるべきことを成そうとしただけだ。本当の敵は、こんな理不尽を仕向けたのは今回の裏側にいる誰かだ。だから、君は

 

 

「……彼女は悪くない。手引きしたのは俺だ」

 

「ダリルさん!!「ここの労働環境を変えようとしたんだ。良かれと思って、だから、彼女には手を出すな!!」

 

 

 

 こんなところで、仲間割れで終わるわけにはいかない。来る敵に備えなきゃ結果は全滅だ。彼らを説得するには情報を、正確な情報がいる…!!

 

 

 

「頼む、この状況を打開するには彼女は不可欠だ。俺たちが生き延びるには、奴らを倒すしかない。」

 

「……けどよ」

 

意見に乗るものはいない。むしろ、今にも後ろの少女に襲いかかりそうな気さえ感じさせる。

 

 

だが、そのなかでただ一人

 

 

 

「………俺はダリルに乗るよ。」

 

 

 

「!……ショーン」

 

 

 

 人込みの中、一回り背の小さな義手の青年がぬっと顔を出す。ショーン・三田寺、日系のアメリカ人で、元軍人。ダリルのかつての同胞に似たかの男が、ダリルの横に並び伴にセシリアを庇うように前に立つ。

 

「なあ、お嬢ちゃん。俺はあんたに命を救われたんだ。だからってわけじゃねえが、俺はあんたらに乗るよ」

 

「ショーン、お前も仲間を殺されたんだろ、なら!「うるせえ、冷静に考えろ!!そこの敵兵が言った言葉にのせられて、お前たちは本気で信じてんのか。この嬢ちゃん一人差し出して、俺たちの命が助かるか?ふざけんな、それぐらい元軍人ならわかれよ!!!」

 

 

 

「!!」

 

 元軍人、その言葉を突き付けられ、皆々が口を閉じる。ここにいる人間の多くが傷痍軍人で、彼らは皆等しく自らの意思に反して軍役を退いたものが多い。故に、彼らの中にはいまだ誇り高い軍人としての矜持がある。市民を守り、国家の為に、背景は違えど、彼らは強い精神をもつ戦士であった。

 

 

 

…そうだ。俺たちは軍人だ。

 

…このまま、仲間の敵を討たないでどうする

 

…戦うべきだ。俺たちはまだ戦える

 

 

 

 皆が口をそろえて戦意を震わす言葉を並べていく。次第に空気は晴れ広がる、そこにはもはや後ろ向きな陰りなど無い。彼らはたった二文字の言葉で自らの在り方を取り戻していったのだ。

 

「……皆さん」

 

 セシリアが前に立つ。その顔には悲しみなど無い、彼女も一人の人間として決意を決めたようだ。

 

「此度の騒動、おそらく陰に居るのは当家に恨みある人間。ですが、皆さまを巻き込んでしまい、頭首として心からお詫び申し上げます。」

 

 深々と頭を下げる。ゆっくりと面を上げ、決意を込めた表情のまま、彼女は堂々と言葉をつなげる。

 

「此度の処遇、いかなる罪滅ぼしも甘んじて受け入れます。ですが、その前にこの状況を脱するために、どうか協力をしていただけないでしょうか!」

 

「……皆、今だけでいいんだ。生き残るために、彼女の力も、俺たちの力、どれかが欠けては駄目なんだ。」

 

 

「!!……ああ、そうだよな。これじゃあだめだ。俺達らしくねえ」

 

 リーダー格の男も同意の言葉を口にし、ひとまず場がまとまってくれた。だが、ことはまだ解決しきっていない。

 

 戦うにせよ、敵の狙いも規模もわからないんだ。手がかりは…

 

「なあ、あんた」

 

 先ほどの言動が狙ってのモノなら、この男は相当のプロだ。多少の拷問ぐらいでは簡単に口を割らない。

 

 手詰まりだ。勝利条件が見えないまま、時間が経っては意味が無い。

 

「……」

 

「……おい、こんなところで集まって何してんだ?」

 

「!!…班長、チェルシーさん。それに、社長?」

 

 まるで捕まった家畜のように、いつもの尊大な態度が嘘のようであった。

 

「……どうやら、もめ事かと思ったがそうでもねえようだな。ダリル、あとお嬢さんのおかげか」

 

「お嬢様……!」

 

 ガレを跳ね除け、早足でセシリアのもとに近づく。全身をくまなく見て心配そうにその顔に触れる。

 

「戦闘があったと聞きました。お怪我は、ご無事なのですか!?」

 

「チェルシー。……わたくしは無事です。それより、ここに来たのは何か報告があるのではなくって」

 

「……ええ。あの男の口を割らせました。ことは、我々が思っている以上に大きい事態です。」

 

 チェルシーとマツナガによるお話し合いの結果、ダリルたちが戦闘の間に彼女らは重要な事実を掴んだのだ。

 

「今回の事態、裏で動いているのはやはりカンパニーの敵派閥です。彼らの目的はお嬢様の暗殺、そして…」

 

「この鉱山で働く人間、そのすべての抹殺。それが奴らの目的だとな。まったくふざけた話だぜ。」

 

 

 

 周囲がざわめく。無理もない、標的がまさか自分たちにも及ぶとは、それは何の冗談かと疑いたくなる。

 

「……チェルシーさん、続けてくれ」

 

「はい。今回の事態、敵側にとっても不測の事態だったそうです。本来は日にちを分けて、まずお嬢様の暗殺を遂行し、最後にここの人員をまとめて手にかける。それが奴らの狙いだそうです。」

 

「わ、わしは命令されただけだ!!」

 

 視線が下に、チェルシーの視線に気づくや社長は泣き面を掻いて懇願しだす。

 

「仕方ないだろ!本社の連中ににらまれたら何ができる!!それに、今回だって人死にが出るなんて聞いてない!準備が終わるまで時間を稼げとか、プラントの内部情報を提供しただけで、わしはなにもグヘッ!!?」

 

「もうそれ以上喋んな。で、その話だがいくらなんでもおかしくねえか。」

 

ガレを踏みつけたまま話が進む。

 

「聞いた話、お嬢さんは頭首になりたてで敵が多いのはわかる。けどよ、ここはカンパニーにとっても重要産業だ。よっぽどの差別主義者じゃなけりゃあここを殲滅しようなんて発想はねえ。口封じにしてもやりすぎだ。」

 

「……それは」

 

「なら、聞いてみればいいんじゃね」

 

その時、突然現れ出たようにそこにいたのはフィッシャーと

 

「フィッシャー、ドクターを連れてどうしたんだ。」

 

「おう、いやお前さんが連れてこいって。そしたらなんか話が立て込んでるからタイミングがよ。まあだが、こうして適材な人材を連れて来れたみたいじゃねえか。」

 

 フィッシャーが連れてきたご老人、その人こそがこの鉱山に唯一いる医者で、どうやら今は珍しく火星から帰還しているようだ。

 

「なんじゃい、人がようやく仕事終わりに葉っぱきめようっちゅう時に、ええ、誰を見てほしいんじゃ」

 

「…………なるほど。ドクターなら、か。……皆、手伝ってくれ」

 

 フィッシャーの言いたい意味、ダリルを含め回りの男たちもようやく理解し、捕虜の男を抱えドクターと一緒に医務室へと入っていく。

 

「なるほど。そういうことですね。」

 

「ああ、察してくれるとありがたい。班長、チェルシーさんとセシリアを連れて…………どこか、話し合いの場を用意して待っていてください。」

 

「……?」

 

 唯一話をいましち理解しきれていないセシリアがふらっとダリルたちの後をついていこうとするが。

 

「…お嬢様、いけません。」

 

「ですが、わたくしもお手伝いを」

 

「駄目です。お嬢様の教育に悪いですから。」

 

「?」

 

「お嬢さん、あんたにはまだ刺激が強い。」

 

 二人に連れていかれしぶしぶセシリアはその場をあとにする。ドクターを連れてきた理由、言ってしまえば気持ちよくなる葉っぱやら粉に非常に精通している人材であるからであり。そして、今敵の捕虜は地球から離れた遠い火星へと旅立って気持ちよくなっていることだろう。

 

 

それはもう、質問されれば何だってペラペラと答えてしまうぐらいに……

 

 

 

 

 場所を変え、医務室の空き部屋を使い、臨時だが作戦会議を開くことにした。ダリル、フィッシャー、班長、セシリア、チェルシー、後のメンバーは武器弾薬の準備、及び使える物の調達だ。軍人らしく、いざ指示が言い渡されるや彼らはきびきびと動き出している。

 

 そして、今会議室では先程の自白剤……お薬の処方で得た情報を……

 

 

 

「デュノア社!?本当にそう言ったのですか!!」

 

「ああ、そのデュノア社の工作員だとはっきり言った。」

 

「……なるほど、よくわかりましたわ。」

 

「?……何かつながったのか?」

 

「ええ。わたくしを狙う理由、そこにデュノア社が加わるとするなら…」

 

「……ISの技術、狙いはお嬢様のブルー・ティアーズです。」

 

 そこからデュノア社について、チェルシーさんは細かく語ってくれた。

 

 現在、世界ではどこの国でも次世代のIS開発に躍起になっており、特にデュノア社は未だに開発が難航しているのは有名な話だ。第二世代機のシェアこそ確立してはいるが、ヨーロッパ圏内ではその立ち位置が密かに、だが確実に危ぶまれている。

 

 故に、今回の事態に彼の国の大会社、ラファールを作り出したデュノア社が関わっているというのなら…

 

「……敵がBT兵器の技術を狙っているのは当然です。そして、国家が絡んでいるとするなら、恐らく考えられる最悪の絵図は」

 

「技術を、第三世代の技術を搭載したIS、及びそのコアを手土産にした交渉、つまりは亡命ですわ」

 

「……亡命」

 

セシリアの語った敵の派閥、黒幕がそこにいる誰かだとしても、まさか自分の利益のために会社どころか国家までも敵に回すとは

 

 

 

「で、でもよ。それはわかったけどよ。なんでわざわざここまで潰す必要がある。まさか、この鉱山まで売りに出すって話なのか?で、いらない人員はリストラの前に殺しちまおうって」

 

「………」

 

「嘘だろ、胸くそ悪いにもほどがあるだろ。」

 

 沈黙は肯定と受け取る。改めてことの重さを理解し、皆が言葉を失う。

 

「つまりは、そう言うことですわ。わたくしが命を落とせば、ここの所有権は親族の誰か、つまりはカンパニーに巣くう汚い上役の誰かに……!」

 

「……なるほど。これが俺たちの置かれた現状か」

 

 敵の狙いはわかった。逃亡の手段はなく、敵は情け容赦なくこちらを皆殺しにするつもりである。

 

……狙いがわかっても、依然状況は好転せずか。

 

 戦うにせよ、こちらにある戦力はISを除けばEOSが三基ほど、一つはほぼ大破しかけ、だが、歩兵の装備は十分にある。

 

「?…結局、あの格納庫にあった武器って」

 

「!!……お前たち、わしのコレクションを勝手に、きさまら!!あれがいくらしたとぶるぅああっ!!!」

 

「いちいちわめくな。ありゃあお前さんが横領した金で買い集めたもんだろ。だから遠慮なく使わせてもらっただけだ。」

 

「くっ、ぐぬぬぬぬ!!!」

 

「班長、もうそのへんで。…とにかく、尋問で吐かせた情報だが、敵は分隊規模、歩兵だけならここの鉱員でも十分に対抗できるはずだ。」

 

「けどよ、敵のアイエスはどうすんだよ。なんでも、すんげえ苦戦したみてえじゃねえか」

 

「……。」

 

 そうだ、依然敵のISは健在だ。ロクな物資が無いこっちとは違い、奴らはISの整備だって十分済ましたうえで挑んでくるはずだ。

 

「……セシリア、ISは使えるのか」

 

「……コアのエナジーは待機さえしていれば回復します。ですが、傷ついた装甲、破損したスラスターなど、ポテンシャルは6割がいい所だと思います。それに、敵は…」

 

 敵ISの特殊装備、完全にビーム兵器を無力化する四枚羽の盾、そして

 

「……敵のISには何らかのジャミング装置が付いています。それもBT兵器の使用を封じる、かなり厄介な代物です。」

 

 セシリアが捨て身の特攻を仕掛けた時、ビットはまるで命令そのものを受信していないかのようにただ静止していた。そして、それは今でも

 

「動作確認をしました。ですが、敵のジャミングから離れたにもかかわらずBT兵器の火器管制が正常に機能しません。BT兵器の無効化、そんなものどこで……いえ、一つだけございますね」

 

「ええ。おそらく今回の黒幕がわざわざ用意したのでしょう。ビームの無効化も、BT兵器のジャミングも、ティアーズの製造について踏み込める人間でないと作れません。」

 

「……」

 

 改めて理解する。敵は本気で、セシリアのブルーティアーズを攻略しにかかっているのだと。

 

「…そこまで徹底した裏切りとは。つまり、空中戦闘でも勝ち目は薄いと。」

 

「ええ、そうですわダリルさん。私たちが勝つにはあのラファールを倒さなくてはなりません。それも、正面から堂々と、です。」

 

 どこか自嘲気味に語る。だが、そうでもしないとやってられないのだろう。

 

「おいおい、厳しいんじゃあねえか。ISを相手にするなんざやっぱ無理だぜ」

 

「いや、そう考えるのはまだ早いはずだ。」

 

確かに、敵に対して分の悪い装備だ。けど

 

「ビットは使えないが、ライフルの砲撃は効いたはずだ。問題はあの盾をどうにかすることだ。あれさえなければセシリアの狙撃で片が付く。」

 

 

 先の戦い、セシリアの狙撃は確かに敵に届いた。敵の焦り様から、恐らくあれ本体の防御性能はそこまで高くはないのではないか、であれば

 

「EOSをつかって援護、射撃の隙を作ると言うのですか?

ですが、まともな打ち合いとなると空中のISとEOSでは全く歯が立ちません。向こうは一発、こちらは何十発という条件です。そんな作戦、捨て石も同じです。」

 

 EOSに頼る。それは生身の人間で戦車に挑めというものだ。ISにはISを、やはりその原則はどうあがいても覆らない。

 

 

 

「………」

 

「あの、ダリルさん?」

 

 

…敵は絶対の盾、ビームさえ当たれば、まともに相手をしても歯が立たない、

 

 

「………社長」

 

「!!」

 

 縛られ、床にのたうち回っている社長にダリルは視線を下ろす。

 

「倉庫の武器、あそこにあった一番大きな武器、あれはEOSでも使えますよね?」

 

「あ、ああ。もちろんそうだが、嫌待て!あれは試作品で超希少な代物だぞ!!お前さんが一生働いても払えぶるぅぁあああ!!!!」

 

「豚が、さえずらないでください。お嬢様の教育に悪うございます。」

 

 じゃあそうやって大の男の顔面をヒールで踏みつけるのは果たして正しいのか、少し聞いてみたくもあるが、今はそんなことは置いとくとして

 

 ダリルの思考の中で一つ、考えが浮かぶ。ただ、それを妙案というにはあまりにも荒唐無稽で、前提にあるのが超が付くほどの高等技術だ。だが

 

「……どのみち、勝つ見込みは薄いんだ。なら、やるだけやってみるしかないな」

 

「!!…ダリルさん、何か策が」

 

「ああ。次の戦い、こっちから打って出る。そして」

 

 端末を取り出す。ホログラムの機能を使い、周辺の地形を映し出す。

 

「セシリア、これは俺と君にしかできない荒業だ。正直、妙案というにはあまりにもギャンブルだ。」

 

「……ですが、やるしかないんですのね。構いません、わたくしはダリルさんを信じます。」

 

「……なあ、結局俺たちは何をすればいいんだ。」

 

「ああ。フィッシャーにはEOSで暴れて欲しい。倉庫に予備の一機があったから搭乗者は適当に決めてくれ。なるべく腕が立って根性が据わっている奴を頼む。班長はEOSの整備を、前線のローテーションを維持したい。ビットインを円滑にしてください。それと、チェルシーさんは……」

 

 次々に指示が動く。ダリルは現場での一兵卒だが、自分でも不思議なほどに指揮官のようにふるまっている。一方、肝心のセシリアはというと、そんなダリルの姿に関心して、というかなにか別の感情で視線を向けていた。

 

「………」

 

「で、セシリア。肝心の決め手だが……セシリア?」

 

「……あっ、はい!…えっと、すみません、なんでしょうか」

 

「……疲れているのか。今からでも仮眠ぐらいは「い、いえ!本当に大丈夫ですから、ちょっと考えごとで、その……オホホ、オホホホホ……!」

 

「……まあ、いいか。とにかくだが、今回の主目的、敵ISの無力化、それを可能にする作戦だが」

 

 

 立体でアップされた地形を操作し、指先でとある地点を指差す。

 

 

 

 

 

 

「やることはシンプルだ。敵のISを誘いだし………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの女を、毒蛇の巣に放り込む……!!!

 




今回はここまでです。次回から決戦、一章のラストも近いです。


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ハーモニクス・オブ・ラブ 前編

ランキング効果すんごい。


今回で終わる予定でしたが思いのほか終わらなかったので、前後編です。


それではどうぞ。


夜が明ける。

 

 曇りがかった空にわずかだがほの暗い明るさが広がっていく。わずかに湿った空気の音がどこか不気味さすら感じさせる。

 

「……さ、時間ね。」

 

 切り立った渓谷の小道でミラたちは後続からの補給物資と人員を補充する。大型トラックで五台、なかには精鋭の兵士たちが並び、その装備も先の戦いのモノと違い、最新鋭の火器、重火器を備えた抜かりない状態だ。

 

…裏側の部隊も配置済み、ガスは受け取った。内部に侵入し、地下を毒漬けすれば万事解決。晴れて仕事は完了

 

「けど、やっぱり面白くないわね。」

 

 渓谷に待機したトラックの中、待機状態のISを背にミラはそう愚痴をこぼす。

 

「…ですが、これでよいのでは。工作員を一人残したおかげで奴らは内部分裂、ここまで音沙汰無いのなら籠城でしょうね。それならこっちの仕事は簡単に済む。それでいいではないですか」

 

 スキンヘッドにゴーグルをつけた兵士、慣れた口調から部隊の中で高い地位にいるのだろう。隊長と呼称するミラに対し、比較的砕けた態度で接している。

 

「バカ、死ね。そんなねちっこい仕事がしたくて、私はISに乗ってなんかいないのよ。」

 

「物足りない。なら、途上国の対ゲリラ部隊とか考えなかったんですか。遊びたいなら、いっそああいうのが」

 

「……あれは飽きた。老人と子供殺してアクメ決めれるほど安いビッチじゃないのよ。こっちはね、もっと荒々しくて、こっちの命も天秤にかけるぐらい、そうじゃないとイけないのよ。わかる?」

 

 露出の多いISスーツを着てるせいで、その健康的な肌や豊満なふくらみを惜しげもなく晒し、はたからみればなんとも蠱惑的な姿を映している。

 

 言動やしぐさも見て聞く者の劣情を刺激してやまない。ただし、この場でそんな思いを行動に起こせばその指の引き金で昇天されることに違いない。

 

「……なるほど。とりあえず隊長が欲求不満だということはわかりました。自分はこれから部屋に鍵を閉めることを習慣にします。」

 

「なによ、本当に人を年中濡れ濡れのビッチみたいに、言っとくけどあんたみたいなタートルヘッドに貫かせる膜なんて一枚もないから。勘違いしてっとほんと埋めるから」

 

「……丁寧に埋葬してくれるだけ、自分はまだましということですかね。」

 

「あら、よくわかってるじゃない。…あ、そろそろ時間ね。先行部隊はどうなってるの」

 

「ええ、もうそろそろ正面ゲートに…」

 

 

ズダダダダダンッ!!!!?!?!?

 

 

「!!…銃声」

 

「あ~ら、やっぱりそうよね、そう来なくっちゃやりがいが無い!」

 

 女が背に置いたISに叩きつけるように手を置くや全身が鈍い光に包まれ、全身が宵闇の装甲に包まれ一回り大きな姿に変わる。

 

「さあ、戦争の時間よ。撃たれて死ぬ最後の時まで

 

 

 

 

 

 

 

 

……私の、私たちの遊びは終わらない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の戦端はEOSの銃撃によって開かれた。

 

「おらぁあっ!!元軍人をなめんじゃねえ!!!!」

 

「はっはぁ!こっちだって元世界の警察だぜ!!」

 

 正面から颯爽と現れた二機のEOSは敵の先行部隊を一瞬で動かぬ死体に変え、さらに後続に並ぶ装甲車と歩兵に圧力をかける。

 

 開かれた地形とはいえ、緩やかな傾斜と、無駄に掘られた採掘跡が自然の塹壕として機能する。正面二機のEOSを前線に、後方の塹壕に歩兵を展開させて射線を張る。緩やかな傾斜の上方に位置を取る地形が堅固な防衛網として機能する。

 

 歩兵を半円状に展開し、EOSによる遊撃で敵をかく乱する。最初の流れはこちらが掴むことに成功した。

 

「おらっ、昨日の恨みだ!!鉛玉食らって死ね!!」

 

 両手で斜に構えて斉射するEOS用のガトリング機関砲、後退する敵の装甲車が一瞬で鉄くずに変わり、エンジンに引火して空叩く黒煙が昇る。

 

「クソ、腕なし共がっ……ガハっ!」

 

「ひっ…!に、逃げ……!!」

 

逃げ惑う歩兵たちに降りかかる歩兵の銃撃、後退しながら斉射を続けるも身を隠すすべもない敵兵は成すすべなく一方的にハチの巣にされていく。

 

 ダリルたち鉱山側の勢力はそれほど多いものではない。襲撃で犠牲者が出たのが大きく、まともに戦える兵士となると敵勢力の半数にも満たない。しかも、うち半分以上は裏側で内部の侵入を防ぐべく別に防衛網を築いている。故に正面はEOSと選りすぐった兵士による少数精鋭。尋問で得た情報から敵がガス兵器なる手段を持つと聞き、籠城の手段が取れないと知った今彼らの取る戦術は最前線での専守防衛であった。

 

……後ろに歩兵が10人、EOSが二機。だが、存外悪くねえ。このまま押し切って大将を引きずり出すか…!

 

 戦場の趨勢を決めるのはISであり、それを互いに所有する戦いとなればどちらが先にISを倒すかで決まる。しかし、互いにまだジョーカーは握ったまま、はした数字と絵札を切るばかり、このままいけばEOSと歩兵で押しとどめられる。だが、戦局はそう簡単に思い通りになるものではない。

 

「!!…ショーンッ」

 

「!」

 

フィッシャーの掛け声むなしく、ショーンの機体に何かが炸裂し小爆発が起こる。射線の先、EOSの装甲に泥を付けた相手は

 

「クソッ!!あっちにもあんのかよ、EOSがよぉ……!」

 

 眼前に並び出る四機のEOS、腕部と背部から伸びるサブアームにそれぞれ四枚のシールドを搭載した重装甲タイプの装備、全身を覆う装甲が堅牢さと重圧感に身がすくんでしまう。

 

「う、撃て! 撃てぇっ!!」

 

 歩兵から放たれる機銃と炸薬弾の連射、だが敵は何事もないかのように装甲と盾で跳ね除け歩を進める。

 

「硬い! フィッシャー、回り込んでくれ、盾の外から狙いを…」

 

「バカ、戦線を壊してどうする!広げた隙に突っ込まれたらそれこそ思うつぼだッ!!」

 

 鉱山内の侵入を許せば中にいる負傷者と非戦闘員はなすすべなくやられる。故に、フィッシャーたちはここを死守せねばならない。

 

塹壕で身をかがめ、敵の強烈な射線から身を隠す。

 

……くそ、これじゃあじり貧だ。どうする、このまま撃ち合いしてりゃあいずれすりつぶされる。なら、いっそ接近戦で

 

 腰に帯刀した近接武器、ヒートホークに手が届きそうになるが…

 

「いや、ダメだ。敵のISが出てくるまでは粘らねえとな。」

 

 機関銃のトルクが回転する。身を乗り出し、行進を進める敵目掛け鉛玉の雨を降らす。

 

ズガガガガガッ!!!!

 

「おらぁあっ!!このフィッシャー、一度任された約束は死んでも破らねえぞ!!!」

 

 

 鉛と火薬の音が轟く戦場という舞台。戦局は依然硬直状態だが、高所に陣取り防衛線を張る鉱山側の守りは堅牢である。敵の重装甲EOSも集中した砲撃に攻めあぐね、前面に展開した盾をすて、背部に背負った予備の盾を展開する。

 

「よし、効いてるぞ……!」

 

「いや、まだだ!無理に攻めない、あくまで引きずり出す……!あいつの言葉を忘れるな!!」

 

 

 

 

 

 

時間を戻して、戦端が開かれる少し前

 

 

「…戦いのメインは正面ゲート前の地上プラントだ。敵が来るなら正面からだろう、今一番奴らが警戒しているのは町への逃亡を許すことだ。敵が暗躍しているならまず他国でこんな大きな騒動を起こせない。」

 

 だから、町外れの鉱山地帯で戦端を開いたのだろう。多少の戦闘音も発掘作業の轟音とでごまかせる。そういう狙いだ。

 

「……ええ、では、正面から突破して町を目指すと……」

 

「けど、敵にはISがある。強行突破は最後の手段だ。ここにはまだ大勢の生存者がいるし、全員が生き延びるならやはり敵のISを無力化するのが絶対だ。」

 

そして、それは敵も同じことが言える。

 

 敵が警戒しているのはピンポイントの狙撃、盾で防ぐことが出来なければ敵の軽装甲はすぐに絶対防御を作動させ、エナジーの多くが一瞬で溶かされる。だが、逆に言えば要はその一発さえ凌がれてしまえばこちらの負けだ。正面からの戦いではまず対抗策を持った相手にかなう見込みは薄い。

 

 

「…作戦は基本的に防衛だ。EOSと歩兵で戦線を張り、敵のISが出ればセシリアの狙撃で倒す。フィッシャー、だからむやみに攻め込むのはなしだ。敵歩兵に攻め入られる隙が出来てもセシリアはバックアップに回れない。慎重な戦いを心がけてくれ。」

 

「わかった。あとでショーンにも伝えておく。けどよ…お前さんはどうするんだ」

 

 起動できるEOSは二機、ダリルが登場していた機体は近距離の成形炸薬の爆破に煽られ、その装甲のほとんどが使い物にならなくなっている。

 

 駆動こそ可能だが、生身を危険にさらしては意味が無い。だが

 

「いや、俺はあれを使うよ。スナイパーには引き金と目があれば十分だ。」

 

「…スナイパー、お前さんが援護をしてくれるのか。」

 

「……いや、俺はタイミングが来るまで戦場には参加できない。だから……」

 

 

 

 

「…だから、俺たちが代わりに敵を食い止める!敵のISが出てくるまで、ここは死守してやるぜ!!」

 

 射線を集中する。全体を対象に弾幕の面積をコントロールする。敵の盾は流線型で面積が広い。だがその大きな盾故に携行した火器をうまく取り扱えないようで、したがって砲撃に晒されている間は敵の射線はろくにこちらを向かない。

 

「はっ、素人が‼密集陣形なんざ時代錯誤だろうが!!」

 

 もちろん、弾幕を散らそうと敵も散開しようとするが、左方に位置するショーンの射撃によりL字に囲んだ火線が敵の機動力を奪う。

 

「ははあっ!押し込めてる、押し込めてるぞ!!」

 

 左腕部のバルカンと右手のドラムマシンガン、連射レートの違う機銃をうまく操り、絶え間なく弾幕を維持する。マガジンを輩出し、腰部のドラムマガジンを取り出そうとした時

 

「……ッ!!」

 

 瞬間、ショーンがいた場所に爆発が起きる。瞬時に後ろに引いたゆえに直撃はしなかったが爆破のあおりを受けシステムに一時的な麻痺がおこる。

 

「重火砲、この威力……!」

 

 ノイズが走るバイザー越しの光景に、ショーンは砲撃の相手を拡大して除く。

 

「!!?……あいつは」

 

 敵のEOSのうち、重火砲を構えた一機が前線に乗り出し、盾を前面に展開して銃弾の雨を強引に進む。

 

 

 

 

「はっ…いい的だ!そんなでかいだけの銃でいったい「フィッシャー、下がれ!! そいつは…」

 

 

 

 

 背部のサブアームから放たれる二門のパンツァーファウスト。対戦車を想定したその威力は折り紙付きであり、大抵の装甲であればたやすく高濃度の熱破壊によって一瞬で吹き飛ぶ。ましてはそれに特攻を仕掛けるなどまずもってのほかだ。

 

 

 

だが、それは敵がEOSの場合の話だ。

 

 

 

ドォオオオォオオオンンッ!!!!!!!

 

 

 

 

 弾頭が炸裂し、爆炎が二機を包む。視界こそ見えないが、手ごたえは確かだ。

 

「や、やったか……!!」

 

 勝利を確信する。敵の一角をつぶし、気を許したフィッシャーの口からは禁句が飛び出る。

 

「違う、早く引け!!そいつはあい」

 

 

ズダアンッ!!!

 

 

「!!」

 

 腕が宙を舞う。強烈な衝撃と共に、右肩より先の感覚がいきなり途切れる。

 

 

 

「あら、ネタバレが早くないかしら。」

 

 

 

 装甲などまるで意味が無いのだと。ISにのみ許されるPICの慣性制御によってのみ撃てる、超反動の超火力砲撃、ラファール用長距離重火砲ガルムの一撃は容赦なくフィッシャーの右腕をたやすく消し飛ばした。

 

「なっ、なにぃ!?」

 

「フィッシャー、今助けに「来るな!!」

 

 助けに向かおうとした瞬間、フィッシャーの呼び声で体が静止したと同時に

 

「くっ!」

 

 ショーンが身を乗り出そうとした先の空間に砲撃が行き交う。フィッシャーの重火砲の支援が無くなった今、敵の残りのEOSは砲撃を再開、更に後続からは歩兵までもぞろぞろと流れてくる。

 

「!?……おい、ショーン!!」

 

「このままじゃ、押される!!頼む、援護を……!!」

 

後方から飛び交う悲鳴のような要請、それは無視できない。…だが

 

 

「くっ、フィッシャー……!!」

 

 

「く、くそがぁ!!」

 

「……。」

 

 EOSの装甲がはげ落ち、体が次々にISの装甲に切り替わる。夕闇のボディをその身に纏い、何もない両肩のサイドにアンロックユニットのバインダーが出現する。象徴のように浮かぶ羽のように広がる四対の装甲。

 

「はぁ…。やっぱEOSは窮屈ね。胸がつっかえて苦しいっつうの」

 

「くっ……!」

 

 残ったフィッシャーの左腕を掴み、重厚な機体を軽々と持ち上げる。装甲がきしみ生身の腕にかかる痛みの圧迫感が恐怖を増加させる。

 

「……ッ!!」

 

「ほら、動かない方がいいわよ。手元が狂うから」

 

 左わき下に刃が伸びる。ほんの少し、軽く上に振るうだけでその刃はたやすく左腕を肉体から引き離す。

 

「……女、何のつもりだ!」

 

「?…何のつもりって、そんなの」

 

 女の顔が耳元に近づく。どこか色気のある、けれども一切の情も無しに

 

「貴方の左腕……それも切り落としたら、あの子は出てくるかしら?」

 

「……っ!!?」

 

 戦場の趨勢はISの勝敗で決する。故に、たった一発の狙撃のチャンスを失ってはその時点でこの戦いの結果が決まる。敵はそれを理解して、その上で生きた盾を握っているのだ。

 

……こいつ、俺を餌に…!!

 

「ほら、貴方の大事な腕。このままだと切っちゃうわよ。嫌なら……どうすればいいか分かるわよね。」

 

 

「……ッ」

 

「あのお嬢様はどこにいるのかしら。ほら、目線をむけるだけでいいから。そうすれば後は私が偶然見つけただけ。貴方は裏切り者にならないし、特別に生かしてあげる。悪くない取引でしょ。」

 

 淡々と告げる交渉の誘い。正直、今すぐにでも飛びつきたいほどのその言葉に、フィッシャーは……

 

「………取引、ねえ」

 

 ゆっくりと、顔が横に向けられ、視線を北東の方向に向ける。フィッシャーの視線を追おうと、ミラの視線が横に向いた瞬間

 

 

「!」

 

バックパックのサイドアームが伸び、生きた蛇のように敵に目がけて食らいつく。

 

……断りだ、死ね!

 

 開いたアームの中央から伸びるプラズマの青白い刃、追い詰められた最後に放つ超近距離専用の隠し武器が敵の喉元めがけて突き穿たれる。

 

「……」

 

「なっ! かはっ!?」

 

 しかし、追い詰められた窮鼠の一撃は一瞥されることなく最小限の動きで躱される。サブアームは引き千切られ、豪腕が胸ぐらを鷲掴み刃の切っ先が自身の顔に向けられている。

 

「うぐぁ……」

 

「……ッ」

 

 冷酷に、ミラはフィッシャーの首がみりみりとひしゃげていく装甲で圧迫される。酸素がうまく頭に回らず、意識がぼやけていく。

 

「……生かしてあげる、それは嘘じゃないわ。クライアントの依頼ではあるけど別に一人ぐらい死体が見つからなくてもどうとでもなるの。」

 

「………か、はぁ…」

 

 甘い誘惑だ。死を目の前に突き付けられ、うかつにも思考が楽な道を選ぼうとしてしまう。

 

「……たす、かるのか」

 

「ええ。…貴方が協力するなら私には生かす義理ができる。あなた一人なら全然余裕よ。だから……」

 

「……ああ、なら」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fuck you Pycho bitch(くそったれ!). suck my asshole(ケツ舐めなやがれこのサイコビッチ!!) !!」

 

 

「……そう、じゃあ」

 

 

 刃を後ろに引く。下したわけではない、限界まで引いた刃を渾身の力で振りぬく。

 

…死ね。と、最後の言葉を言い切る前に極刑が下される。首がはねられる、そのビジョンが目に浮かんだ、その時

 

 

「!!?」

 

 ミラの刃をふるう手を青い閃光が貫く。高出力で放たれたその一撃は絶対防御が作動する前に装甲を焼き、わずかに素肌が表面に露出する。

 

「―――ッ!!!?」

 

 フィッシャーを捨て離し射線から退く。時間にして一秒もない時間だが、乾坤一擲の放射はミラの左腕に痛ましいやけど跡を残す。

 

「くっ!? やって、くれるじゃない!!……けど」

 

 射線の位置を捉える。ハイパーセンサーは疾く離れた岩山の畝に立つセシリアの姿を鮮明にとらえる。射程距離、銃口の位置もすべて把握。

 

「晒したわね。さあ、切り刻んであげるわ!!!」

 

 スラスターを全開に、空中を飛び一瞬で高速に達するISに地上の兵士たちはただ無為に仰ぐしかできない。

 

「お嬢ちゃん、逃げろ!!? スナイパーが位置をばらしたらおしまいだ!!」

 

「馬鹿野郎、他人の心配してる暇か!! 早く下がれ!!!」

 

「!!」

 

 眼前に迫る敵のEOS。二機のEOSがショーンを抑える隙に、先にこちらのとどめを刺す算段なのだろう。シールドの隙間から機銃の銃口を向ける。

 

……クソがッ!ここで、終わりなのかよ……!!

 

 銃口からマズルフラッシュが瞬き、装甲を鉛玉が貫かんとするその瞬間

 

 

「フィッシャー! 大丈夫か!!」

 

「!」

 

敵のEOSを貫く別方向からの射撃、その主は

 

「は、班長」

 

「ああ、どうやらいいタイミングだったみたいだな。」

 

 班長の身を包むEOS、どうやら作業用のEOSを改造し、装甲を付け火器を使用できるようにしたものなのだろう。

 

「……ショーン、そっちは大丈夫か!」

 

「はあ、なんとか……。というか、俺二機倒したのに、誰も見てないとか……」

 

 ショーンの眼前に倒れ伏した二機のEOS。ショーンの機体の手から伸びる鞭が巻き付いており、どうやら高電圧を流す兵器で一気に倒したのだろう。機体はバッテリーが切れたのかその場でしゃがみ込み動くことができないようだ。

 

「すまんな。だが、ひとまずは休んでおいてくれ。こっちは、俺らで片づける」

 

 EOSは倒した。だが、敵の歩兵は健在で、その手には対戦車ミサイルや対EOSに使える重火器を持ち、ずらりと待ち構えている。

 

「たく、ここを突破できたからって、嬢ちゃんがやられちゃあ意味がねえってのに。」

 

「……セシリアの嬢ちゃんか。」

 

 作戦はセシリアの狙撃による不意打ち、それが失敗してしまった今勝つ確率はこの上なく薄い。万一ここを突破しようと、肝心のセシリアがやられては意味が無いのだ。

 

「……なあ、班長。ダリルの奴はいったい」

 

 出撃前に言った、自分は戦えない。結局その意を最後まで聞くことはできなかった。何か策があるのか、保険と言っていたが、結局その方法とは

 

「…フィッシャー、お前さんの不安はわかる。けど、あいつが作戦を言わなかったのは必要だからだ。そして、なによりあいつは俺たちを信頼した。」

 

「………」

 

「なら、迷う必要はねえ。ともに飯食って、汗をかいて、そして今同じ戦場に身を置くあいつは間違いなく戦友だ。なら、ごちゃごちゃ考える必要なんざねえ。違うか」

 

「………はっ、なるほどね」

 

 不安が消える、気が付けば表情は緩み、こんな絶望的な状況であるのに自然と同胞わら氏がこみ上げる。

 

「ああ、違いねえ。まったくもってその通りだ!」

 

 残った左腕で機関砲を持ち上げるサブアームを伸ばし、グリップを握り照準を定める。

 

……たくよ。お前さんを拾って一か月、それがまさか命をたくせる戦友になるなんてな。人生はおもしれえ。

 

 

「ダリル、頼むから生きて帰れよ。曲の趣味が合う奴には死んでほしくねえんだ……!!」

 

 

 

 銃声が鳴り響く。戦局はひとまず安定を迎え、そして舞台はもう一つの場所へと変わる。

 

 

 

 

 

 

 地を這う戦いはひとまず幕を閉じ、次に開かれるのは空中を飛び交う蒼穹の天使たちの決戦。曇りがかる空にはいつしか雷鳴がとどろき、暗く、重い空を割るように光の網が広がっていく。

 

「…嫌な天気だ。あの宇宙(そら)を思い出す」

 

 記憶に浮かぶデブリと雷鳴が行き交う最後の戦場の記憶。ふと、ダリルの中であの時の景色が嫌に鮮明によみがえる。

 

…止めよう。今は、もう違う。雷鳴に曲げられるような悪運と戦ってたりしていない。敵は…

 

 とある地点、カモフラージュで身を隠したダリルは端末で常に辺りの状況を確認する。マップに表示される二点のマーカ、そこに割って入るように明後日の方向から猛スピードでアンノウンの表示が向かってくる。

 

「……来たか」

 

 

 バッテリーを起動、身に纏うEOSを起動させ、ダリルは横に置かれた長大な銃持ち上げる。

 

……とりあえずは予定通り。だな

 

 

 ダリルとセシリアによる最後の策、策というにはあまりにも荒唐無稽で、実現させるにはあまりにも度し難い。これはそんな荒業だ。

 

…けど、俺と彼女なら

 

「ダリルさん、来ます。」

 

 通信で流れるセシリアの声、敵は今のところ想定通りの行動であり。ダリルたちはシミュレーション通り、互いに最後の準備を確認する。

 

 

 

「さあ、始めよう。サンダーボルトの悪夢を、この世界に再現させてやる……!!

 

 




ハーモニクス・オブ・ラブ、深い意味はないですがここぞという所で使いたかったタイトルです。


次回は少し空きます。それでは



サンボルもっと流行れ


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ハーモニクス・オブ・ラブ 後編

連日投稿です。


後編の内容はずっと書きたかったシーンで、この作品を書くにあたってまず最初に考えたのが今回の内容です。やはりサンダーボルトは最高、さんぼるはもっと流行れ


 狙撃手、その言葉が使われたのは確か18世紀頃、宇宙世紀を生きる自分にとっては中世の時代だが、この時代においてその概念はまだ近代的なもののようだ。

 

 銃という兵器の特性を最大限に生かした戦術、少ない弾数で的確に目標を仕留める、それは正しく最も効率的な殺人の手段であろう。

 

 しかし、そんな優れた手段も高度な射撃技術がなければ、さらには精度を上げる観測者の存在や時の運等々、必中に至るには様々な要因が求められる。

 

 まして、それが自在に宙を舞い。なお、その射線が丸わかりとなれば狙撃の成功率は酷く低下する。故に、現代の狙撃戦は敵に補足されないように常に移動を続けるか前線の援護が不可欠だ。それは銃を握る者が生身でも、パワードスーツの装着者でも変わらない。

 

……位置が割れた狙撃手、前衛もいない、はっきり言って厳しい戦いだ。

 

 ダリルが駆る機体、その背丈にも匹敵するEOS専用の長距離ライフル、銘はデグレチャフPTRD2005。EOS用に一回り大きく改修されたそのライフルは65口径の弾丸であらゆる装甲を貫く。

 

「こいつなら戦車だろうとぶち抜ける。…けど、数発当てるだけじゃISを仕留める事は出来ない。」

 

 不可視の障壁に弾かれ装甲を貫くまでは行かない。それだけ、ISコアによる技術の差は埋め合わせるのは難しく、逆にこちらは一発でももらえばそれで終わる。

 

……分が悪い。まるでガンダムに旧ザクで挑んでいるみたいだ。

 

 あの時はなんとか生存する事は出来た。だが、結局俺はアイツを狙撃で倒す事は出来なかった。

 

「ああ、歯がゆいな。……けど」

 

 今と過去では決定的に違う事、それはこちらにもガンダムに等しい機体があり、なおかつ凄腕の狙撃手が健在だと言うこと

 

 

…セシリア、君の狙撃センスは世辞抜きに凄まじいものだ。空間把握能力、敵の起動予測、それは全て天性の才と鍛え抜かれた努力の結晶なのだろう。

 

 

 故に、ダリルは全てを託した。フィッシャー達がダリルの考えに乗ってくれたように、ダリル自身もセシリアに全幅の信頼を置いている。

 

「頼むぞセシリア、最後のチャンスだ。」

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 セシリアは引き金を引いた。フィッシャーの命を助けるべく、敵の左腕目がけてスターライトを撃ち放った。

 

 チャンスを逃した。ノーリスクで確実に敵を屠る機会を自分は捨ててしまった。だが

 

「いや、アレで良い。セシリア」

 

「……!」

 

突如、通信機から流れるノイズ混じりの声、その主は

 

「ダリルさん!」

 

「敵はこちらの手を潰した。勝敗は既に決したと、あのミラとかいう女はそう考えている。」

 

 不意打ちという手段は敵も想定していた。だから、わざわざEOSに擬態し、フィッシャーを人質に取るなんて手段に出たのだ。故に

 

「読み合い、駆け引き、奴はそれに勝利したと確信した。まだ勝敗は決していないにも関わらずにもだ。なら、奴の目は曇る」

 

「……そうですわね。直進コース、敵は」

 

「ああ、予定ポイントに入る。敵に考える暇は与えない、そろそろ通信を切る。」

 

「……」

 

 通話を切る。視界端に映るレーダーにはアンノウンの表示、敵ISの接近を警報する。

 

「……」

 

 ハイパーセンサーとスコープを接続、直線上に接近する敵機を確認。

 

「……さあおいでなさい。進路は開けて差し上げますわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

スナイパーの補足。それさえ叶えば後は簡単だ。

 

 敵の妨害を警戒しながら接近する。周囲に罠や伏兵の類は無し。

 

「……何かを狙っている。けど」

 

 今回の作戦、当初の予定を繰り上げる以外を除けば全て順調だった。対ブルー・ティアーズを想定した装備が上手く機能した。だが、結果はあのイレギュラーによって覆された。

 

 義手と義足の男、作戦前に鉱山内のリストを見る際に確かあの男の顔もそこにはあった。

 

 あの時は気に止める事もなかったが、今思えばアレを見て私は確かに何かを感じた。あの横やり、そして捨て身の一撃を叩き込んだ瞬間、全てが繋がった。

 

…あれは戦士の、現在進行形で戦っている人間の風貌だ。

 

「あんな情けない手足で、よくもまあ。けど、今更侮れないわね。」

 

 作戦中、叶うならこの手で潰すべきだと、あの男の存在を自分の経験が警報を鳴らしている。殺すべきと、生かしておけば脅威になると。

 

…だから気がかりなのよね。こんな状況で、あの男の姿が見えないことを

 

 EOSは恐らく使い物にならない。では前線でなく指揮か、それとも裏側の方に回っているのか……。

 

「まあ、いずれにせよ問題ないわ。あの子を殺せば、後の戦力はただの雑魚!!」

 

 スラスターを加速、目標に目がけ一気に距離を詰めていく。

 

「!」

 

 一閃、マズルフラッシュと同時にビームの一撃が機体に衝突する。だが

 

「効かないっての!! あんたの機体じゃもう勝ち目なんて無い!!!」

 

 

 衝突の瞬間、ビームは波となり粒子に溶けて消える。大きく削られたエナジーが僅かに回復し、機体の出力が向上する。

 

「くっ……!」

 

 スターライトの直撃により、何とか敵の勢いは減衰する。だが、このまま無駄弾を打ち続けても敵に点数を送るだけだ。決め手にはならない

 

「けど、まだもう少し」

 

 ポイントのコースに入るに僅かにずれている。これでは射角が合わない

 

「……」

 

 

「……っ?」

 

 牽制の射撃がない。未だ敵は遠く離れた地点に位置し、こちらの射撃武器ではまともに撃ち合いにならない。

 

…ポイントを変えない。いや、何か

 

思考を巡らそうとした瞬間

 

「!」

 

…接近アラート!

 

 突如レーダーに現れたそれはISよりも遙かに小さい、だがその形状、目視で確認したその正体は

 

「…ビット」

 

 ティアーズに備えられた内の二つ、それがこの機体目がけて急接近してくるのだ。

 

……ジャミングの後遺症でFCSはダウンしている。なのに、いや

 

 ミラは瞬時に武装を変換。両手に握るショットガンで接近するビットを同時に打ち落とす。

 

「!……やっぱり炸薬付きね。打てないからミサイル代わりかしら…けど、成形炸薬如きでISが…」

 

 瞬間、爆風を貫く閃光の一差し。機体胴体の脇腹目がけて放たれるそれは

 

ギィイイイインッ!!!

 

「……そうよね。爆発は囮で本命はビーム。私だってそうするわ」

 

 依然、セシリアの射撃は通じず。射線が丸わかりである以上、多少の妨害程度では揺るがない。セシリアがたぐいまれなる狙撃者のセンスを持とうと、絶対の盾と鍛え抜かれた技量の差は容易く埋め合わせる事は出来ない。

 

 

 

「!!……経験の差、ですか」

 

 

 

「そう。あなたがいくら天才でも、それは生死の狭間をくぐり抜けた本物の経験とはほど遠い。ただのまがい物よ!!」

 

 

 

スラスターを全開に、尚も接近するビットに散弾を叩き込み、放たれるビームは盾によって吸収される。

 

 

 

……距離、5km、あと少しで!!

 

 

 

「くっ!!」

 

 

 

 セシリアの視界に映る夕闇の機体。雲を走る雷に照らされ、黒々と光るその様はまさしく死の宣告を伝えるおぞましき悪神であろう。

 

…近づかれる。でも、この位置では

 

「……リア…セシリア…!!」

 

「!」

 

「南西方向、仰角6度の4km先、突き出した岩山の中腹、ビットで誘爆させろ…!!」

 

「……はいっ!!」

 

 ダリルの指示でセシリアは残るビットを岩山に追突、同時にスターライトの照射

 

 

「なっ!!」

 

 その起動はミラノ侵攻先の真横であり、突然の爆発にと倒壊、岩山が炸裂すると同時に大規模の爆発が起き、機体の位置が反動で右に流される。

 

…この爆発何かの反応ね。水素タンクでも仕込んでいたかしら……!

 

 機体は流された。だが、依然戦闘に支障は無し。

 

「…悪くないわ。けど、最後の仕掛けも外れ……さあ、こっちはもう既にチェックよ。」

 

 散弾を消し、両手に握るは二振りのブレッド・スライサー

 

「さあ、約束通り、切り刻んであげるわっ!!!!」

 

「!」

 

 オープンチャンネルでながれる狂気の叫び、スラスターを全開に、敵機の距離はじりじりと狭まっていく。

 

 

「………」

 

 スターライトを構える。出力を最大に、コンデンサーから高濃度のビーム粒子が武器の内部に精製される。

 

……狙いは敵の右肩部分、肺と鎖骨の間

 

「……すぅ……はぁ」

 

 呼吸を整える。両目を開き、スコープから流れる情報に意識を集中する。

 

 

 

……チャンスはそう多くない。このタイミング、絶対に決めて見せます

 

 

 

 

 

 出撃前夜、ダリル達は戦いの前、プラントの広場で集まっていた。

 

「……なあ、セシリア、本当におれでいいのか」

 

「……何を今更恥じらっているのですか。殿方なら堂々としてくださいまし」

 

 鉱員達のみんなが一同に成立し、その振る舞いはいつもの馬鹿騒ぎに興じる様は微塵もない、皆が一様に上官の指示を待つ軍人の姿そのものだった。

 

「まあ、そういうこった。現場の指揮は俺らEOSと班長で賄う。だがよ、事をおっぱじめたのはダリル、お前だぜ。なら、一発ばしっと決めてくれや」

 

「そうですわね。良い口上を期待します。」

 

「フィッシャー、チェルシーさんまで。」

 

背中を押され、一面には今か今かと言葉を待つ皆の視線。

 

「……。」

 

 覚悟を決める。慣れてないと分かるが、こうなってしまえばやるしかない。

 

…演説か、ギレン総帥のイメージしか出てこないや。

 

 公国民的なあるあるなのだろうか。とにかく壇上に立ったはいいが思うように言葉が出てこない。

 

「えっと……その、戦いが始まる前に 一言」

 

 いっそ手短に死ぬな、とでもいうべきか。戦いの前に言う言葉なら いっそ いや、でも

 

 

…前に、あのサンダーボルトで出撃する前、俺は彼女に

 

 

 

「…………ろう…。」

 

 そうだ、今もあの時も変わらない。なら、やるべき事も、ここで言うべき事も変わらない。

 

 

「……世界は理不尽な事ばかりで、生まれた時代がいつであっても、僕たちには少し辛い……」

 

 皆が耳を傾ける。笑う者も、涙を流す者もいない。真剣に、その一言の全てを余すことなく受け止める。

 

「ここにいるみんなもそうだ。辛い試練にぶつかって、けどそれでも前に進み続けている。それは今も変わらない。」

 

 そうだ。理不尽こそ最大の敵だ。けど、それでも俺達は

 

「……抗うべきだ。ここにいる奴は皆等しく失った人間だ。でも、それでも立ち上がって前に進んでいる。なら、やる事は変わらない」

 

 変わらない、あの日途絶えた答えを、この地で俺はもう一度声に出そう。

 

 

 

 

「理不尽という敵に抗おう。そして、勝って心の底から笑い合おう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ああ、そうだ。

 

 敵機が接近する。ラファールは盾を全面に展開し、こちらの射撃を受けきったうえで懐に飛び込み、その刃で切り伏せるつもりなのだろう。

 

「…理不尽。確かに、目の前に映るのは正しくそれそのものですわ。」

 

「ああ。けど、越えられない壁じゃない。君なら乗り越えられる」

 

「ええ。ですが、どうせなら共にステップを踏んでくださいまし。」

 

「……ダンスは不慣れだけど、それでもいいなら」

 

7.6

 

「ふふ、エスコートを期待します。ダリルさんなら出来ますわ」

 

5.4

 

「そうか、なら……」

 

3.2

 

 引き金を絞る。撃鉄が弾け、65口径の方針から今…

 

……1

 

 

 

 

 

「…shall we dance,Cecilia !!(俺と踊れ、セシリア!!)

 

「!!」

 

…射撃音、後方からっ!?

 

 放たれた弾丸は音速を超え、加速し続けるその一撃は……今ッ!!

 

 

 

 

ガギィインンッ!!!!

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

……0

 

 

 

 

Yes let's !!(ええ、喜んで!!)

 

 

 

「!!?!?!?」

 

 スターライト、銃身が融解するほどの出力で放つ試作品故の安全を度外視したフルバースト。

 

 正真正銘、ブルーティアーズが撃てる最後で最強の一撃、それは………

 

 

 

 

「なっ、なぁああああああああぁあああああ!!!!!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 敵の盾を躱し、生身の本体の装甲に被弾した。

 

「!!!??」

 

 エナジーが減っていく。装甲はすぐに融解し、ラファールは搭乗者を守ろうと絶対防御を展開している。

 

「くっ、かはっ!!」   

 

 大出力のビームに弾かれ、機体の小爆発と共にミラは後方に墜落する。

 

 

 

……な、なぜ!…どうして!!

 

 

 

 盾は健在だ。なのに、なぜ敵のビームが当たった。エナジーは残り僅かしかない。この機体じゃあもう……

 

「勝ち目はない! そうお考えですか……!」

 

「!」

 

 セシリア・オルコットが上空から見下ろす。未だに熱で赤く光る銃身を向けたまま、まるで既に勝利したかのように、少女は敵であるミラを見下していた。

 

「…………えから」

 

「……。」

 

 

 

「上から目線で……腹立たしいんだよ!!この雌豚がぁあっ!!!?!?」

 

 

 

 スラスターを全開に、装甲のない爛れた生身の手で刃を握り、今一度その懐に飛びこもうとする。敵の特攻を目の前に、セシリアはただ冷静に

 

 

「……左脇下、3カウント。前面の羽をどけてください」

 

「死ねぇええええっ!!!!!?!?!?!?」

 

…2.1

 

「シュート……。」

 

「!」

 

また銃声、まさか…!!

 

 背後から放たれた大口径のライフルは針穴を縫うように……バインダーに搭載された盾を内側からはじき飛ばす……!!

 

 

「!」

 

 まさか、狙撃で…盾をずらして……いや、ありえない。当たるはずがない、間に合うはずがない!!!

 

 

だがしかし

 

 

「……0,シュート」

 

 引き金を引く。溶解した銃身から放たれる最低出力の狙撃。人間一人にやけどを負わす程度の、たったその程度の狙撃。だが、今はそれで

 

 

 

「…エナジーが、ゼロ………嘘」

 

 全身を纏う装甲が粒子となって消える。勢いは消え、翼を失った天使はただ地上に落ちるのみ

 

 

「……!」

 

 瞬間、天を蠢く雷雲から今、一筋の光が降り注ぐ。

 

「!」

 

 落雷は地上に落ち。岩石を砕き続けて辺り一面に豪雨を降らす。

 

「………」

 

「……セシリア、君は」

 

「……」

 

 地上に降りたった蒼い天使。その両手には先ほどまで戦っていたラファールの搭乗者、ミラと名乗った彼女が抱えられている。ぐったりとした様子から、どうやら意識が途切れているようで、スコープ越しに除くダリルはひとまず安どのため息を漏らす。だが

 

「…セシリア、聞こえるか」

 

「はい、ダリルさん……こちらは片付きました。」

 

「そうか、上手くいって良かった」

 

「……」

 

「セシリア……」

 

 ふと、思った。セシリアが抱えている彼女は、いうなれば皆の敵だ。彼女は優しい、故にここで命を落とした名も知らない鉱員達にもきっと哀悼の意を抱いているに違いない。

 

「……。」

 

「…君は、その人を」

 

 だからか、俺には一瞬、彼女の中に復讐という二文字を垣間見てしまった。ほんの一ひねりだ。その身に纏うISの剛腕で少し捻ればいい。たったそれだけで命を奪える、いま彼女はそんな選択肢に突き当たっているのではないだろうか。

 

「セシリア、君は敵を討ちたいのか……?」

 

「ダリルさん……。」

 

「……。」

 

「……憎いから倒して、仇だからと命を奪ってはなんの解決にもなりません。」

 

「!!」

 

 しかし、彼女の口から出たのは全く正反対の言葉で。遠く離れた距離をスコープ越しに見る彼女の顔が、ほんの少しだけ笑っているように見えた。

 

 

「……そうだな。君は正しい」

 

「……意外、でしたか?」

 

「いや、むしろ逆だ。君ならそうすると、俺も思った。」

 

「……そうですか。わたくしも、そう思います。」

 

 

 スコープ越しに見る彼女の姿。雨に濡れ、暗い空では表情は微かにのぞけるだけ。はたして、彼女の笑顔が明るいものなのか、それともむなしさと嘆きを隠して、無理に浮かべた仮面なのか。

 

 

 

「………。」

 

……遠いな。彼女の居場所は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィッシャー達から残存勢力の制圧に成功したとの連絡が入り。その後俺達は捕虜を抱え、一度プラントの方へと足を戻した。

 

 

 

 日没から夜明けまで、長かったようで短かった戦いの時間はこの時をもって終結を迎えた。戦場の硝煙も流れた血も、すべて豪雨に流され痕跡なんてものは少しも残らない。きっと、この後の処理でもこの戦いはおおっぴらになる事はないし、勝利者なんて勇ましい結果なんてないも同然だ。勝って得たものなど何もないのだ。

 

「…けど、そうだとしても」

 

 

 少なくとも、俺達は生き残った。理不尽に抗い、皆が前に進む事が出来たのだ。

 

 だが、喜ぶのはまだ早い。事件の黒幕の処理、鉱山業の立て直しから、俺達は休む間もなく大仕事に駆られる事だろう。

 

 

 

ただ、それでも

 

 

 

 

 つかぬ間の休みの間ぐらいでいい。つかみ取った何もない結果を、前と変わらない平凡な日々を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、みんなと共に笑い合う日々を。またここで送るぐらいは、誰も責めたりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




次回エピローグです。


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リバース

エピローグです。ですがまだ少し続きます。


BBC、ニューヨークタイムズ、SNS。…調べられる媒体はいくらでも見たけど

 

「…どこにも、オルコットの名前はない。経済誌で少し株価に変動があったけど、それだけだ」

 

「そりゃあそうだろ。あんな騒動晒されたらあの嬢ちゃんの会社もやばいし、この国もどうなってることか……」

 

「……」

 

 

あの日からしばらくたった。

 

鉱山で起きた騒動はその情報の一切が闇に葬られた。捕らえた敵兵やその遺体、あのラファールに乗っていたミラとか言う女も全て一瞬で連れて行かれたのだ。

 

セシリアが去ってから間もなく、現地当局の人間が一斉に流れ込み、こっちが状況を飲みきれず茫然としている間に事の全てが接収されてしまったのだ。けど、その集団の奥の方で何やら見覚えのあるメイド服の女性がいたことを、俺は決して忘れる事ができなかった。

 

 

そこからしばらくして、本社の人間と名乗る者が立て続けにやってきた。土地の中を隅々まで検査し、後日新しい作業用EOSやらなんやら、とにかく働く立場にとっては垂涎の代物が一斉に運ばれてきたのだ。

 

「……そうだな。セシリアは約束を守ってくれたみたいだ。」

 

「ああ。…人も増えたしモノも増えた。ついでに辞める人間は一人もいない、あのガレ社長も続投だって聞いたときはな……。」

 

「ああ、よほどチェルシーさんのお灸が効いたんだろうな。腰が低いわ改宗するわ、というかなんでブッディストになったんだ?」

 

「さあな。武器マニア改めて仏像マニアに転職したんじゃねえか。」

 

「なるほど………いや、それはなるほどなのか?……まあ、別にいいか」

 

…別に困るワケじゃない。平凡な日常の中ではちょっとした些事に過ぎない

 

そんなこんなで二人の談笑は続く。取り戻した平穏な日々の中、下らない事ありきたりな事で心から笑い会える。そんな日々を、勝ち取った結果を

 

 

 

だが

 

 

 

「………。」

 

「でよ、それでショーンのやつが…って、オイどうしたんだよ、ダリル」

 

「………えっ?あっ、いや」

 

「なんだよ、というかお前さん最近そればっかだぞ。どっか上の空でよ、まさか戦場が恋しいなんて言うんじゃねえよな」

 

「まさかそんな、そういうわけじゃないさ。」

 

「?…じゃあなんだってんだよ」

 

「……それは」

 

理由、それは……

 

 

結局、ダリルはフィッシャーの回答に答えることはできなかった。

 

「………んっ」

 

そして今、ダリルは一人、馴染みのバーで一人寂しくバカルディを空けていた。

 

「あらぁ、良い飲みっぷりね。でも体には毒よ、まだ若いんだから」

 

「ひくっ…いえ、別にらいじょうぶれすから」

 

「……まあ、最悪電話で迎えぐらい読んであげるから、まあほどほどにね」

 

「………はい」

 

酒をあおる。蒸留酒特有の焼けるような心地が喉と鼻腔を抜ける。水で割ってるとはいえ合成酒にしか慣れてないダリルには本場の酒はきついモノがある。しかし

 

「んっ……くっ、はぁ」

 

酒をあおる。酩酊に陥ろうとするが、どこか酔いきれない。気持ちよくなるというよりは無理によって不快感を重ねているだけだ。

 

「………」

 

…不満はない。金もある、仲間もいる、仕事の環境としては今ほど充実しているものはない。なのに……

 

「俺は………何を、しているんだ」

 

ふと、そんな考えに浸ってしまう。満足して、平穏を感じるたびに、そんな考えが

 

 

 

「本当に、何をしていらっしゃるんですか。」

 

「?」

 

急に話しかけられた。ジャケットとデニム姿の少年?目深に被った帽子で素顔がよく見えない。背丈から見て恐らく自分よりも一回り下の子供ぐらいか

 

「あら、お迎えかしら。あなた、この子の知り合い?」

 

「ええ、お代はここに」

 

「……」

 

別に良い、気にするな、金ぐらい俺が払う、そう言った言葉を出そうにも思ったようにろれつが回らない。

 

「……!」

 

「ほら、行きますよ」

 

そう言い、突如現れた子供はダリルの肩を背負い、半ば強引に連れ歩き出す。

 

…なんだ、俺をどこに。というか

 

 

背丈が違うせいか、歩くたびに上下に揺れるのが……少し、いやかなり

 

……や、止めてくれ。気持ち…悪い……うぷっ

 

「ほら、もうすぐですから。」

 

どこか不機嫌そうに、ちょっと雑な扱いで連れまわされる。すると次第に…

 

「お嬢様……あの、酔っていますので変わります。」

 

「いえ、これぐらい。」

 

「あの、不慣れな方がやると……その、ダリル様も」

 

何やら、車の前まで連れ出されたようだが、もう…だめだ。

 

「……!!」

 

無理やり動かされて酔いがまわり、体の内から強烈な不快感がこみ上げる。

 

 

…まずい。出る……!!

 

回らない頭を必死に絞り、ダリルがとった選択は…

 

 

ガシッ

 

 

「へっ?」

 

白い……トイレ……

 

 

 

おぶぅぉおおおぉぉぉぉぉおお!!!!!!!!!

 

 

ぶちまけた。それはもう盛大に、口から内臓全部吐き出してんのかと言いたくなるぐらいに……。

 

「ちぇ、チェルシー…?」

 

「………。」

 

 

「うぅ……あぁ」

 

……なんだろう。すっきりしたけど、なんだか意識が

 

 

 

 

………。

 

 

深い闇の世界。どこまでも落ちていくようなその世界で、ダリルの意識は目を覚ます。何も見えない。それが夢であることは理解できるが、その先がわからない。

 

この闇の先に、自分は何を見出そうとするのか。

 

なぜ何も見えないのか

 

……けど、なんだろう。この暗闇が少し懐かしい

 

懐かしい。きっとそれはこの景色が似ているからだろう。元の世界…いや、厳密にいえば未来なのか?

 

未来、だけどそういうにはこの世界は本当に過去なのか疑わしいものだ。

 

少なくとも、ダリルは学が無いより…むしろ商人の父親の元で育ったため教養は十分に備わっている。だが、それでもこの世界には理解できない過去の現実がある。

 

 

インフィニット・ストラトス、通称ISはこの世界にある物としてはあまりにも規格外だ。

 

 

知らない。俺は結局この世界についてまだ知らないことが多くある。なのに、ここが本当に過去の世界と断定していいのだろうか?

 

 

元の世界に戻る。それは叶うのであれば最優先に目指す目的だ。けれども、どこにもそんなSFをかなえる術は無いし。タイムマシンを作る術なんてのは元の世界にもない。だからといって夜に寝て朝が来れば全てが嘘になるなんて、そんな希望的な考えに逃げることもできない。

 

 

なら、いっそ

 

 

 

 

「………もう、いいのか」

 

この世界に骨をうずめる覚悟。仕事もあれば、仲間もいる。義肢だっていいものが手に入ったのだ。30になる前に嫁を得て、家庭を築くのも悪くない……のか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、それは駄目だろう!何を考えているんだ!!

 

 

まだ、あの世界に残している人がいるのに……俺は!!

 

「……!!!」

 

カーラ、君は……どこに……。

 

 

 

……カーラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カーラッ!!!!」

 

ガツンッ!?

 

 

「ぎぃっ!!!」

 

額に走る鈍い痛み。咄嗟に額を抑えもんどりうっていると急に体が下にへと引っ張られる。

 

 

「!!」

 

 

痛い?……いや、痛くない…のか?

 

 

どうやら、ベッドから落ちたようで。だが、不思議なことにあまり体が痛くない。宿舎の床は打ちっぱなしのコンクリに安いカーペットを敷いただけなのに。どうやら、自分がいる場所はまったく知らない場所というのは理解できる。

 

柔らかくて、どこか良い匂いもする。

 

「…抱き枕、にしては暖か……」

 

思考が冴えていき、ようやく自分のしたになっている何かを視認できる。その目に映ったものは

 

「ひくっ…えぐっ……!」

 

「………。」

 

……何故なのだろう。ものすごくデジャブを感じてしまう。

 

「えっと……」

 

「なんで、なんでまた……ひぅ。」

 

額を抑えて両目に大粒の涙を浮かべる少女。見事なまでに美しいプラチナがかかったブロンドヘアーと蒼玉のような瞳は依然と変わらず。

 

短くも長い、壮絶な時間を共有した相手、忘れるわけがない。この娘は

 

「せ、セシリア なのか。」

 

「はうぅ……あたま、痛い……」

 

体勢的にはちょうどセシリアの上に自分が跨っている。しかも彼女は自分に泣き顔を晒し、しかもその原因が自分にあると来ている。

 

…額、ちょっと赤くなってる。

 

ふと、無意識に義手の指で前髪をかき上げ患部を確かめるように触れる

 

「はうぅ!!」

 

「あ、すまない!」

 

どうやら少し腫れているようで。とにかく何か冷やすものをと、ダリルは辺りを見渡す。ちょうど、ベッド横の小さいテーブルに水を張った洗面器とタオルがあるのを確認する。

 

 

「セシリア、ちょっと起き上がれるか?」

 

「……」

 

少し、どこかジト目で訴えるような視線を向けている。無理もない、恐らくまた彼女は自分を監護してくれていただけなのだろう。なのに、また起き上がると同時に額をかち上げてしまったようだ。

 

「……」

 

のそのそと、無言で今度はセシリアがベッドに横たわる。さっきの自分とは逆の態勢だ。

 

「痛いです。こぶが出来ましたわ」

 

「それについては本当にすまない」

 

「別に怒っていませんわ」

 

擬音にすればプリプリというべきか、その姿はまさしく年相応のあどけない少女だ。

 

「悪かった。君は俺に……」

 

「……謝るなら、もう一人最優先の人がいるのでは」

 

目線を横に向ける。つられて顔を向けた先、そこには

 

「…おはようございます、ダリル様」

 

「チェルシー、さん……?」

 

ダリルから見るその姿。前に見たメイド服やラフなスーツ姿でも。どっちかというとハイスクール用のジャージ服というべきか、いつもの上品とは違いどこか抜けた印象だ。

 

「……あの、チェルシーさん」

 

「はい、なんでしょうか。」

 

…なんだろう。目がちょっと怖い。恨まれているような、けどどこか理不尽な運命に打ちひしがれているかのような

 

 

 

「……昨日はたいそう酔っていらしてましたね」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

白い……トイレ……

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの」

 

急に全身からどっと冷や汗が流れ出る。鮮明によみがえる記憶、間違いなく自分は

 

 

 

「いえ、吐いてしまったものは仕方ありません。私たちはあなたに返しきれない恩義があります。ですから…」

 

「……ですから、なんでしょうか」

 

そう言うや、チェルシーは瞬時に電卓を取り出し、速攻で計算を終えダリルに価格を提示する。

 

「オーダメイドの衣装代、装飾品、精神的被害もろもろ……。ざっとこれほどで」

 

「………すまない。」

 

提示された金額。それはまともに応じれば軽くダリルの背負ったローンを3倍に膨らますことだろう。到底、今の仕事では返しきれない金額にダリルの目は光を失う。

 

……あはは、笑えない。笑えないよな

 

「………ゴホン、ダリルさん。」

 

「………あぁ」

 

どこか死んだ様子で返事をする。振り向くとそこにはいつの間にかセシリアが復活していた。

 

さっきまで泣き晴らしていたくせに、今はどこか満足気で、まるで今からいたずらに興じようとする子供のような悪い笑みを浮かべている。

 

「ダリルさん。弁償の金額はまあかまいません。チェルシーならメイド服の二枚や百枚ちゃんと用意してるはずです。」

 

「お嬢様、私を何だと「そこで、このセシリア・オルコットから素晴らしい提案があります!!」

 

 

 

「……」

 

 

 

「ダリルさん、貴方を当家の執事にヘッドハンティングしますわ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 




続きは鋭意執筆中です。キリがいいのでここで切りました。


次回で一章の最終回です。


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ここから始めよう

第一章、完


結構長文の内容ですので、気長に読んでくだせえ。


状況を振り返ってみよう。

 

 昨日、俺はどうやらやけ酒を決め込み、その結果このメイドさん(現在ジャージ装備)、名称チェルシー嬢にそれはもう盛大にぶちまけてしまったようで。結果、この俺ダリル・ローレンツは今よりさらに借金を膨らましてしまうことになったらしい。

 

 だが、そこまではいい。不運と罪悪感で押しつぶされそうになるが、それでも脳内で処理できるだけましだ。

 

 つまり何が言いたいかというと、そんなことより今目の前に突きつけられたこの現状に誰か説明をしてくれ!

 

 

「ダリルさん、あなたを当家の執事にヘッドハンティングします!!そうすれば、弁償は帳消し!!どうです、いかがですか!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いや、無理だけど」

 

 

 

「!!!?!?!?」

 

 

 

執事、俺が……。

 

 執事、庶民育ちの俺でもその概念ぐらいは知っている。いわゆるお貴族様に仕える燕尾服を着たナイスミドルか好青年のみ許された仕事だ。

 

「…あの、それはさすがに冗談だろ。おれなんかがそんな」

 

 咄嗟に出る言葉はやんわりとした拒否だった。少なくとも彼女の居場所はとても華やかで日の当たる場所だ。こんな体の俺がまず役立てるとは思えない。

 

「そ、そんなことありませんわ。仕事だって最初はみんな初心者です!それこそ、チェルシーが執事たるものをしっかりと教え込んで差し上げます!!」

 

「……いや、だからってそんな。俺は今の仕事でも十分に……」

 

「き、給金だって今よりずっと好待遇です!ダリルさんの義肢は本社の試験品をローンで購入したと聞いています。その負担だって我が家に努めるならもっと安く且つ良いものにできます!!」

 

「いや、それは……さすがに悪い。俺はこの手足で十分「では!!……えっと、それなら」………。」

 

 先ほどから落ち着きがない。どこかあせっているような……まるで、子供のダダのようで

 

 

…いや、彼女の場合はまだ子供なんだよな。身を乗り出して気持ちがいっぱいで、どうしてそんなに…君は

 

 

「……セシリア」

 

「!!……はいっ」

 

 返事はしていないのに、名前を呼んだだけでこんなにも目を見開いて答えを待っている。

 

…ああ、辛いな。

 

 この子は優しい。良かれと思ってこんなにも必死に訴えてくれている。けれど

 

 

「セシリア。 嬉しいけど、君の願いは辞退する。俺はまだここから離れそうにない。」

 

「……どうしても、ですか」

 

「?……ああ。俺はまだここで働くつもりで……その」

 

「………。」

 

「あの、セシリア……」

 

「……わかり、ました。すみません、わたくしのわがままに」

 

「いや、いいよ。こっちも、せっかくの依頼を断って、すまない……と思う。」

 

 たがいに謝り、頭を下げる。どうしてか、間違ったことは言っていない。けれど

 

……俺は、どうしたかったんだ。

 

いや、そもそも。何故彼女はこんなにも俺にこだわるんだ?恋慕、いや違う……もっと、別の

 

「…………」

 

「……チェルシー。少し席を外します。ダリル様の面倒を見てあげてくださいまし。」

 

 そう言い、セシリアはそそくさとその場を去ろうとする。手を伸ばし呼び止めようとしたが、一瞬垣間見えたその色のない表情に俺はかける言葉を失ってしまった。

 

「………」

 

「……ダリル様」

 

 ふと、自分の目の前まで近づいたチェルシーがすぐそばでベッドに腰掛ける。

 

「……どうぞ。横に腰掛けてください。」

 

「………」

 

 ショートカットの茶髪、メイドらしい上品さと奥ゆかしさを合わせたようないで立ち。年齢は16と聞いたが、正直年齢以上に大人らしい魅力にあふれていて、こんなに近い距離にいるとさすがに目の毒だ。

 

「……あの、何か」

 

 美人を前に緊張、それも大きいが、加えて自分はこんな美しい女性に盛大にやらかしてしまったのだ。世が世なら極刑も辞さない所業であろうに

 

「あの、昨日は本当に……」

 

「……怒っている。そう見えるのですか」

 

「………いえ、その。あくまで一般論というか」

 

……マズイ、相当に切れているぞこの人!!

 

 歴戦のスナイパーと称されたダリルも、こうも接近されて追いつめられてしまえば何もできることは無い。いよいよ極東に伝わる古来よりの謝罪方法を試そうかと本気で思案した時

 

 

「ぷふ……。」

 

「え、あの…チェルシー、さん?」

 

「いえ、すみません。あんまり真剣に悩んでいましたので、つい噴き出してしまいました。」

 

「………へ?」

 

 

 何故かわからない。いったい何がツボにはまったのか、その表情は硬い冷徹な仮面が砕け、軽く手を口にやりどこか控えめに柔和な笑みをこぼすただの年相応の女性の姿がそこにはあった。

 

 

「チェルシーさん。あなた、もしかして」

 

「ええ。別に、そんなに怒ってなどいません。確かに驚きはしましたが、もとはと言えばお嬢様の下手な介護にあります。主人の失敗をこうむるのでしたら、嘔吐の一回ぐらい、別に何ともございません。」

 

「はあ。…いや、でもメイド服が!」

 

「あれは出まかせです。当家は確かにオーダーメイドですが、それは単に屋敷で既製品を仕立て直しているだけで。売値にしても既製品と大差ありませんので、弁償なんてのは出まかせです。」

 

「………。」

 

 理路整然と語り続けるチェルシーの言葉。確かに言われたおかげで理解は進んだが、それはむしろもう一つの疑問をより大きく膨らませていく。

 

 

「じゃあ、セシリアはどうして……からかってとかじゃ」

 

 一瞬、チェルシーの表情が曇る。すぐに言葉がすんでのところで止まるが、やはりめったなことを言うものではない。

 

「えっと、その……彼女、本当に俺なんかを執事に?」

 

「……ええ、それは本当です。あなたが望みさえすれば、お嬢様は本当に採用する気でした。」

 

「……そうか。けれど、やっぱり俺には……」

 

俺にはできない。そう口にしようとした時

 

「ダリル様……」

 

「!」

 

 義手には神経が通ってない。だからすぐには気づかなかった。いつの間にか、チェルシーさんは俺の手をつかみ、その落ち着きのある美貌に一筋の涙が降りていた。

 

「……チェルシー、さん」

 

「聞いてくださいダリル様。お嬢様は、あの娘は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、ダリル」

 

「班長、貴方も来たんですね」

 

 翌日。ダリルが足を運んだ場所は鉱山のとある一角。日のあたる地上プラントのとある箇所に置かれた大きな石碑、そこに書かれた名前は

 

 

「ああ。ちょうどいい酒が入ってよ、逝った奴にはみんな酒好きだ。だから…な。」

 

 そう言い、班長はオレンジがかった高級酒を惜しげもなく、石碑の前の土にドボドボと流し込む。この石碑はつい先日立てられたもので、その下にはあの日の襲撃で命を失った仲間たちの亡骸が埋まっている。

 

 

 ここに努める者の多くが傷痍軍人をはじめとした曰く付きの人間だらけだ。故に、故郷に連絡を待つ者がいる方が珍しく、帰る地のない者たちは一様にこの石碑の下に埋葬されている。

 

 

「もう、すっかり昔のことですね。あれだけ、大きな戦いがあったはずなのに」

 

 花を添える。義手を合わし、犠牲になった仲間たちに哀悼の念を込める。

 

「ああ、そうだな。どんなことがあっても、人は前に進まなきゃいけねえ。生きているならなおさらだ」

 

「………。」

 

「そういやあよ。ダリル、お前さん聞いたかい?」

 

「……何をですか。」

 

「いやな、フィッシャーの奴よ

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつ、ここを辞めるってよ……。」

 

 

「………へっ?」

 

フィッシャーが辞める。そんな話、俺は

 

 

「聞いてねえってか。いや俺もついさっき知ってよ、なんでも故郷のイギリスで軍役に戻るってよ。」

 

「軍に……そうか。でも、それなら納得だ。」

 

 ここで暮らしてずっと、俺はフィッシャーといつもくだらない話に興じていた。その中で、あいつはよく軍にいた頃の話を楽しげに話していた。心残りがあるのだろう、けれど義手と義足のせいでそれがかなわない。そう、あいつは嘆いていた。

 

 

……そうか。なら、良かった。

 

「…フィッシャー、せめて一言ぐらい残せよな」

 

「ああ。けど、それでいいと思うがな。あいつは自分の居場所に戻ったんだ。ここじゃないどこか、それがあいつにとっては元の古巣だったんだろう」

 

「……。」

 

「……で、ダリル。お前さんはどうする?」

 

「……俺、ですか」

 

「ああ、お前さんだって、ずっとここで燻ぶってるわけにはいかんだろ。」

 

「……くすぶっている、ですか?」

 

…けど、俺に行くところなんて

 

「……俺はまだ、ここを離れるつもりはありませんよ。フィッシャーの分の仕事もしないといけませんし、それに他の皆だってまだッテ!?」

 

「バカ野郎!何いっちょ前に心配ばっかしてんだ。俺はお前自身に聞いてんだ!!」

 

「……!!」

 

 突然、言葉を遮るように拳で頭を小突かれた。殴られたことぐらい士官学校でなんどもあったが、この人の拳はそのどれよりもきつく痛みを感じる。

 

 

「…なあ、ダリル。お前さん、本当は帰る場所があるんじゃねえのか」

 

「!!」

 

…帰る場所。そんなのは当然ある。けれど

 

「……俺はもう、帰れません。いえ、帰る道はないんです。だから」

 

「だから、ここでただ無為に働き続けるってか。それじゃあ駄目だ、ダリル。お前さんはまだ若い、なら歩みを止めたらダメだろ。」

 

「……けど、俺にはいく当てなんて「だったら、あのお嬢さんの誘いに乗ればいいじゃねえか」!!……なんでその話を」

 

「なんでって、そりゃあ俺が聞かれたからな。お前さんのこと、義肢のローンも全部伝えてやったよ。」

 

「………はあ、なるほど。ようやく合点がいきました。」

 

 セシリアがやけに俺の内情に詳しいのは、どうやら事前に念入りな聞き込みをしていたからだろう。だけど、態々聞き込みまでするとは

 

「なあ、ダリルよ。……お前さん、何でためらってるんだ。」

 

「それは……どういう」

 

「お前さんの過去に何があったかは知らねえ。簡単に覆せねえ問題かもしんねえ。けど、それで何もしないで立ち止まるぐらいなら……」

 

「……。」

 

「あの娘のこと、お前さんが守ってやったらどうだ。」

 

「!!」

 

 

 

 

 

 場所は変わって宿舎に移る。

 

 結局、あの後ダリルは班長の言葉に最後まではっきりと回答することができなかった。言葉を濁し、曖昧な返事のまま逃げるように自室へ逃げ込んだ。

 

 

 相方のフィッシャーがいなくなり、二段ベッドは上のきしむ音が無く静かで居心地がいいはずなのに、どうしてかその静けさがやけに耳に障る。

 

 ずっと頭の中から離れない。昨日と今日、俺は未だに答えを…

 

 

「……俺が、セシリアの元に」

 

 

 昨日のことだ。チェルシーさんが言ったこと、その時の言葉が鮮明によみがえる

 

 

 

 

 

……あの娘を、どうか助けていただけませんか?

 

「……どうして、ですか」

 

 彼女は俺の手を握る、ひたすらに絞り切った声で願いを口にした。

 

 

「…あの娘はとても頑張り屋で、両親が亡くなったことに文句ひとつ言わず、一年間ここまでやってきたのです。今回の事件、あの子は表立ってことを企んだ上役を次々に処分いたしました。中には親しい関係の人もいます。叔父のロバート氏も止めましたが、それでもあの娘は、セシリア・オルコットは強行しました。」

 

「……そうか。あの事件のあとにそんなことが。」

 

「ええ。 結果的に見ればお嬢様は頭首として成功しました。ですが、あの娘はずっと無理を続けているのです。弱い所を見せまいと、常に危うい状態で歩き続けているのです。だから」

 

 気が付けば、彼女の目からは一筋だけでなく、次々に大粒の涙が流れていた。冷静沈着で、感情を漏らさない彼女がここまで感情的になるとは

 

「ですから。今回の我が儘は……あなたが快諾する事を私は望んでいました。ダリル様ならあの人の支えになるのではと、だからあの娘も必死なのです。言葉にはしないだけで、貴方が来てくれることを、信頼にたる人がそばにいて欲しいと

 

 

 

 

 ダリル・ローレンツが傍にいてくれることをッ……あの子は本心から願っているんです!!」

 

 

 

 

 

 

……セシリア、君は

 

 おれは再びスカウトされた。けど、情けないことに未だに色好い返事は出せていない。彼女たちが滞在するのは明日まで

 

「………。」

 

 求められる、その思いははっきり言って嫌ではない。彼女についていき、イギリスという新天地で何かを始めるのなら、それはきっととても良いことなのかもしれない。

 

「………」

 

 けど、俺は本当に決めてしまっていいのだろうか。

 

 この世界に来て、未だに考え続けているけど、まだ答えが出ない。

 

 

 そんな出口のない思考に陥って、ずっと脳内で同じ質問を繰り返している。そんな時

 

 

Ririririri

 

 

 

「!」

 

 端末に着信がかかる。通話をオンにし、耳に当てて流れてきたのは

 

「ダリル、ダリルか!!」

 

「!!……フィッシャー、お前」

 

「いやな、班長から話は聞いてるだろうけどさ。やっぱ、一言ぐらい言っておきたくてな」

 

「ああ、本当にそうだ。急にいなくなってこっちはびっくりしたよ。軍に戻るんだっけな」

 

「ああ、伝手があってな。軍用にEOSを導入するからってよ人材不足っつうから今がチャンスってな。……そんでよ、実はお前さんにもだな」

 

「……?」

 

「お前さん、軍に来ねえか?」

 

「!!」

 

「無理にとは言わねえ。お前さんだってやりたいことはあるだろうしな、まあ興味があったらいつでも連絡してくれ。それじゃあ達者でな」

 

「……。」

 

 その言葉を最後に通話が途切れる。言いたいことだけ言っておいて、まったく勝手な奴だ。

 

「……こっちの気も知らないで、よく言ってくれるよ。」

 

 軍に戻る。それも一つの選択肢なのだろう。荒っぽい仕事をしたいか、と聞かれればそれはYesよりの答えが出るに違いない。

 

「……」

 

 ふと、ダリルは思い出したかのように、ベッド下に収納した木箱を取り出す。

 

 埃を被った蓋を開けると、そこには元の世界で身に着けた私物が詰められている。特注のノーマルスーツにカーラの付けた義肢のパーツ、そして

 

「……」

 

 木箱の奥、シガレットケースを取り出す。鉄製の箱を開くと、その中身は

 

 

「……カーラ」

 

 出撃前、カーラが手渡した髪留めの紐、この地に来て、失くさないようにと、こうして箱にしまい厳重に保管したのであった。

 

「……帰る場所も、目指す場所だってあるのに。みんな好き勝手言ってくれるよ。」

 

 それだけ、今の自分が心配に見えるのだろう。あの闘い以来、俺はすっかり何かを失って……いや、きっと失った何かに気づいたんだ。

 

 理由は結局何だって良かった。戦場の中でしか味わえないあの高揚感を、彼女を守るため、仲間の命を守るため、そんな背景さえあれば俺はなんだってよかったんだ。と思う

 

 だから、今俺が感じている空しさは、きっと言ってしまえば物足りなさなんだろう。

 

「そうだ。だから止まれない。本当は止まりたくないんだ。」

 

 前に進む、この世界でしかできないことを、俺は求めている。けど、それは…あの世界を、サンダーボルト宙域に残した皆を置き去りにしてしまうのではないか。

 

「……セシリア」

 

Riririririri!!

 

「……またか」

 

 再び煩くわめく端末に手を伸ばす。

 

……フィッシャーか?たく…

 

「もしもし、誰だ、こんな夜更けに「…ダリルさん」……!!」

 

 不意に耳に響く透き通る声、その持ち主は

 

「君、俺の番号まで聞き出していたのか」

 

班長、あんたどんだけ人の個人情報ばらすんだ。

 

「あの、迷惑でしたか……?」

 

「……いや、構わないよ。君の声は聴くのは嫌いじゃない。」

 

「!!……そ、そうですか。いきなり照れますね…って、要件はですね……!!」

 

「……。」

 

「明日、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

―翌日

 

 

「……。」

 

 慰霊碑の前に立つ白いワンピースの少女、その手には花束を持ち、石碑に備え犠牲者に祈りをささげている。

 

「どうか、安らかに……」

 

「……お嬢様、そろそろ」

 

「ええ、わかっています。……ですが、あと少し」

 

 セシリアは祈りをささげる。イギリスに帰れば当分この国に訪れることは無い。多忙なスケジュールを持つ身として、このひと時ぐらいはただ犠牲者の為に祈る時間を取りたいと、珍しく、セシリアはチェルシーにわがままを通したのだった。

 

 

「………セシリア、あまり気に病まないでくれ。君は、十分やったんだ」

 

「……いえ、祈るぐらい。それぐらいしかできないですが、それでも」

 

「……。」

 

 気が付けば、ダリルはセシリアの横に立ち、花束を添えて自分と同じように祈りをささげていた。

 

「………なあ、セシリア。」

 

「……はい。」

 

 

 儚くて、吹けばたやすく手折れてしまいそうで、けれども彼女は強く美しく、誇り高い姿を見せてくれている。

 

 チェルシーさんの言う通り、やはりそれはどこか危うげで、きっと本当は誰かが傍で支えなければ真っ直ぐ咲き誇り続けられない。あれはそういう花なのだろう。

 

「………」

 

 きっと、彼女の周りにはこれからも危険が起こる。付け狙う敵は多い、故に信用できる味方が少しでも欲しい、チェルシーさんの願いはそんな親心からだし。それは短い付き合いしかない俺にさえわかってしまう。

 

 

けれど、それでも俺には……

 

 

「セシリア、聞いてほしいことがある。」

 

「……はい。聞かせてください」

 

 全てを、彼女には…初めからこう言うべきだったのだろうか。

 

「……嘘に聞こえるかもしれないけど、俺はこの世界の住人じゃないんだ。」

 

「………それは、何かの比喩ですか?」

 

「…そうだな。そう受け取ってくれて構わない。とにかく、少しだけ聞いてくれ。俺が前にいた居場所の話だ。」

 

 そこから、俺は淡々と自分の過去について語っていた。宇宙世紀のこと、MS、ジオンと連邦、そうした用語は濁して、俺は彼女に自分がなぜ戦争に身を投じ、そこで何をして何を失ったか、気づけば懺悔室の独白のように次々と口から言葉が飛び出し続けた。

 

「……。」

 

「……俺は、帰る場所がある。けど、もうそこには戻れない」

 

「……そう、ですか。あの、本当にもう、戻れないのですか。その、カーラさんという方は……貴方を、ダリルさんを」

 

「待っているかもしれない。けど、もうそれを確かめるすべは今の俺にはない。」

 

ああ、そうだ。もう戻れないのだ。ずっと認めたくなかったけど、それを認めれば、俺は

 

「…俺は、選択するのが怖かったんだ。ずっと考えないようにして、そうしないと別のいろんなことで上書きされてしまいそうで……あの日を、あいつらのことを過去にしたくなかったんだ。」

 

そうだ、だから俺は……

 

「……一緒に、行けないのですね。」

 

「ああ。気持ちは本当にうれしい、けれどすまない。」

 

 そう言い残し、俺は彼女たちに背を向けていた。これでいいと、そう言い聞かせながら俺は鉱山へ足を進める。

 

 

…そうだ。これで……もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってっ!!!?!?」

 

「!?」

 

「ダリルさん、私は…貴方に……!」

 

「………。」

 

…すまない。俺は君の頼みを引き受けられるような男じゃないんだ。未練に引きずられて、ずっと動けないでいるだけなんだ。

 

 だから、君が何を言おうと俺はその先の言葉を断るしかできない。

 

 

 

 

「セシリア、俺は……君と行くことは「……て……欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたくしはダリルさんに  心の底から、笑って欲しい!!!!!」

 

 

 

 

「――……ッ!!?」

 

「ダリルさんが言いましたのよ! 理不尽に打ち勝って、心の底から笑いあおうって……けど」

 

「……セシリア、何を」

 

「今のあなたは、心の底から笑っていない!!それでいいのですか?あなたは、ここに居続けて本当に笑うことができるのですか!!?」

 

 

「……いや、ちょっと待ってくれ。何で急に俺の話になるんだ。来て欲しいって話は」

 

「それは……それもわたくしの願いですが! けど、今のダリルさんを見ていたら、わたくし放っておくことはできません!!」

 

「!!……待ってくれ、俺は別にここの暮らしには」

 

「不満は無いのは知っています。ですが!本当にこのままでいいのですか!!」

 

 強い目だ。俺の中の葛藤を、矛盾を、彼女は外側から無理やりにメスを入れてくる。

 

 

「……いったい、何が言いたいんだ。別に、俺の過去を君は知らない。すんでいる世界が違うんだ!! 価値観の相違なんだ!!」

 

 

 口調が吐き捨てるように悪くなる。わかってはいながら、自分の中の負の部分をつい彼女に対して言葉のとげで吐き出してしまう。

 

 

けど、それでもセシリアは

 

 

「……!!」

 

「…なんで、そこまで」

 

「…………同じ、だからです。」

 

 

「!?」

 

 

「わたくしにも、取り戻せない過去はあります。けど、どんなにそう思ったって、私たちは今を生きているんです。なら、進むしかないじゃないですか!!!」

 

「……進むしか、ない」

 

「ええ。わたくしにはダリルさんの慕うカーラさんも共に戦った仲間のこと、それはもう知ることができないのでしょう。けど、もし今のダリルさんをその人たちが見たら、きっと同じことを思うはずです!!」

 

「………」

 

 彼女は俺の作り物の手をそっと握り。しゃがれた声でつぶやいた。大粒の涙が頬を伝い、白い肌を赤子のように真っ赤に晴らしながら

 

「過去にしたくない、その気持ちはわかります。けれど、それでも……」

 

「……。」

 

 そこから先の言葉はなかった。俺の胸板に顔をうずめ、彼女は吐き出すように感情を吐き出し、その顔をくしゃくしゃに涙で濡らしていた。

 

……取り戻せない過去  君も……同じなんだな

 

 

「……セシリア、ありがとう」

 

 何度も悩んだ。葛藤して、苦しんで、ずっと考えないように蓋をしてきた。

 

 

 けれども、もういいのではないだろうか。

 

 

…カーラ、もし君が今の俺を見たら。君は、何を思うのかな。

 

 

 

「……はは」

 

「…ダリル、さん」

 

「……なんだか、もう吹っ切れたよ。」

 

…もともと最初から行く当てはないんだ。だから、どこで何をしようと変わらない。それなら

 

 帰る場所はない。けれど、前に進むことはできる。自分にしかできないことを、俺が俺でいられる新しい居場所を見つけるために、まずはこの一歩を踏み出そう。

 

……この世界に来て、最初にいた場所がここでよかった。ここは居心地が良かった、けど…ここにいるだけじゃ、きっと見えないものがある

 

「…もしかしたら、ここはスタート地点だったかもしれないな。なら、次を目指さないといけないな」

 

「ダリルさん、もしかして……」

 

「ああ。実は、そろそろ別の就職先を探していたんだ。けど、この手足で働ける口なんてそうそうないだろ。いや、本当に困ったな」

 

 おれはそう、わざとらしく振舞ってみた。それが思いのほかおかしかったのか目の前にいるセシリアだけでなく、少し離れたチェルシーさんまで笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、では…そんなダリルさんにとっておきの仕事がありますわ」

 

 いつの間にか涙は晴れ。彼女は優雅に、その手を俺に差し出した。

 

 

 

「ダリル・ローレンツ、貴方を当家の執事として正式に雇うことを依頼します。」

 

「……ああ。」

 

 俺は彼女の手を取り、その前でひざまずいた。言われたわけでもないけど、自然にこうするのがふさわしいと、どこかそう感じてしまったのだ。

 

「……また居場所を求めてさまようかもしれない。それでも、いいかな」

 

「ええ。ダリルさんがそう思うなら……ですが」

 

 

「!」

 

 

「そう簡単に行かせたりしません。 わたくしが、全身全霊をもって あなたの居場所を提供します 最高待遇ですことよ……!!」

 

 

 

「はは、それはいいことを聞いた。」

 

 

 

「……お嬢様、そろそろお時間が」

 

「……せっかく人が決めてる時に…。 では、ダリルさん。しばらくすれば追って連絡が届きます。その時には」

 

「ああ。次あうときはイギリスで、かな。セシ……いや、もうお嬢様か、それとも頭首様と呼んだ方がいいかい?」

 

 彼女は俺にとっての新しい上官になる。この危なっかしいお偉いさんを、俺は陰で支えなければならない。存外、パイロットぐらい大変な仕事になるかもしれないな。

 

 

「……」

 

「?…どうしたんだい。急に無口になって」

 

「……別に」

 

「?」

 

 

 

「こうして、二人の時は……セシリアで構いません。というか、命令です」

 

「………!!」

 

 つい顔をそらしてしまった。彼女の本音が、そのいじらしい表情に、俺はつい面食らってしまった。

 

…落ち着け。相手はまだティーンエイジャ―だぞ、ほら奥を見ろ。チェルシーさんのにらみで我を取り戻すんだ。

 

「………ああ、そうだな。けど、公私はちゃんと使い分けるから、そのつもりで……。」

 

「!!……ええ。では、そうしていただけると、助かります。」

 

 二人だけの時間、どこか気まずくなりうまく目線が合わせられない。」

 

「……お嬢様。そろそろ戻らないとフライトに」

 

「ああ、そうですわね。では、また」

 

「……ああ、そうだね。じゃあ」

 

 これ以上惜しむと互いに動けそうにない。どこか尻切れの悪い終わり方で、セシリアはチェルシーに手を引かれその場を後にした。後に残されたのは慰霊碑の前に立つダリル一人。

 

「……」

 

ふと、ダリルはおもむろに懐からケースを取り出して開く。

 

「……カーラ」

 

 その中の髪留めを取り出す。少し劣化して、引けばすぐに千切れそうな物だが。きっとこれが俺にとっての最後の楔だ。あの世界の記憶が、彼女と過ごした証が、この小さな髪留めに溢れんばかりに込められているのだとするなら。

 

「……」

 

 そっとケースを閉じ、懐に収める。過去を振り返るのは一度小休止だ。

 

 

「……さて、荷造りと退職手続き。やることは意外と多いし。これから大変だな。」

 

 

 

 そうぼやいてはいるが、どこかその足取りは軽く、ダリルの顔には以前までの満たされなさはとうに消え去っていた。

 

 

 

 こうして、ダリル・ローレンツの歩みはひとまず終局を迎える。しかし、一つの演目が終わればすぐに、また別の物語が動き出す。舞台を変え、少しだけ登場人物を入れ替えるだけで、彼ら彼女らの物語は依然続いていくのだ。

 

 そのストーリーの果てに何を掴むのか、それとも何かを失うのか。

 

 

 その答えは、当事者たちにしかわからない。であれば、我々傍観者は待つしかないのだ。待って、けれどもその先にはきっと

 

 

 

 

 

その旅路に、どうかよりよい未来があらんことを

 

 

 

 

 

 

 

第一章~Fin~

 

 

 

 




次回より第二章が始まります。



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登場機体・一章

一章の登場機体です。ネタバレ注意


【登場機体・EOS】

 

 

<<ベルサーガ>>

 

主な登場者=ダリル、フィッシャー

 

 

 ドイツで開発された実戦用のEOS。対EOS戦闘及び、戦場におけるISの活動過を想定した最新鋭の機体。活動時間の短さと引き換えにディーゼル駆動の倍率を高めたことで瞬間馬力は現存の量産型と比較してもトップクラス。

 

 地上戦闘時における高機動戦、サブアームを搭載したバックパックにより積載火力の増加、スペック上は一機で一個小隊に匹敵する代物。ただし、出力が高い分、操作性にはパイロットへの依存度が高く、生産ロット数は少ない。民間でこのEOSを手に入れることはまず困難であり、ブラックマーケットでの価値は最も高いEOSである。兵装は歩兵用の火器を一部流用。

 

 名称はドイツ語で落伍者を意味する。ISが趨勢を握る世論に対して、同様の人型兵器を作ることへの反発を避けるため、あえて不名誉な名称がつけられている。

 

 イメージとしてはザクⅡ改に近いですね。ザクⅡ改は単純スペックならガンダムに匹敵する高性能機体、ただし継続戦闘は苦手。作中でもこのベルサーガはISとの戦闘を任せる訳なので、少し強めに設定しています。

 

(兵装)

 

 ドラム式マシンガン、対戦車ランチャー、対戦車近接兵装、グレネード、仕込み式プラズマエッジ

 

 

 

 

<<ファランクス>>

 

主な登場者=ミラージュ(偽装)、襲撃部隊

 

 

 アメリカ製のEOS、もとは暴徒鎮圧を目的としたもので、非戦闘用の目的から設計は防御性能に重きをおいている。ファランクスはそれを実験用にカスタマイズし、またサブアームの技術は第二世代ISアラクネから得たデータを元に設計しているため、通常よりもサブアームの性能は高い。携行した盾から伝わる衝撃に対しても強く、接近時には敵機を拘束することも可能。サブアームは通常の二本から四本にまで感想可能で、携行用の盾は連結して面積を増やすことも可能。

 

 

 名称の通り、複数の同機体で固まる集団戦闘を得意とする。

 

 イメージとしてはまんまジムです。

 

(兵装)

 携帯式C装甲×4、サブマシンガン、背部無反動砲

 

 

【登場機体・IS】

 

 

<<ブルーティアーズ>>

 

パイロット=セシリア

 

 バージョンが1.0の段階、専用OSの未熟さや、総合火力の安定さにも難がある。ただし、リミッター等の設定が成されていないため、瞬間的な火力、高機動など、開発側からすれば機体の損失リスクが高まるため望ましくない要素である。

 

 特殊兵装のビットは初期型、当然同時狙撃はできず、本体接続でスラスターとしての運用はなされていない。

 

 良くも悪くじゃじゃ馬、安定して使えるセシリアの力量の高さ故、天性の才能、さすがお嬢様金ドリ

 

 

(兵装)

 

 初期生産型ビームスナイパーライフル、スターライトファースト

 

 ビット、脳波式全方位兵装BR ×4

 

 ビット、脳波式全方位兵装GN ×2

 

 インターセプター 

 

 

 

 

<<ラファール・ナイトシーカーカスタム>>

 

 

 ラファールの特殊先使用カスタム機、起動戦と電子戦に特化したモデル。対ジャミング兵装の特殊バイザーとステルス塗料の灰黒色が特徴的なモデル。

 

 ミラージュが専用機にカスタマイズしたもので、通常よりもフォルムは大きく、頭部も歪なバイザーを纏っており本来のナイトシーカーとはかけ離れている。アンロックユニットのシールドユニット、それを補うために備えられた各種スラスターの増量、機体バランスの悪さから並みの搭乗者では接近戦はまず困難である。

 

 

 

 

(兵装)

 

 通常ラファール兵装各種

 

 対ビーム防御機構兵装、夕闇虚構(ダスク・ゼロ) ×4

 

 アンチBTシステムジャミング、夕闇領域(ダスク・エア)

 

 内蔵型ブレッドスライサー ×2 

 

 




情報の不備は随時更新します


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第二章・前編 Note de Laurent~ローランの手記~
寄り道


久々の投稿です。

ずっと二章の内容が固まらなくて、そして今日いきなりふっと湧いて繋がって、勢いのまま二章の一話目を投稿しました。

リアルが忙しいので、あと他の小説もあるので少し待たせますかもしれませんが、そこはご了承を。

この作品は真剣に完結を目指しますので。


 

 

―場所はパリ市、ルーブル美術館の画廊にて

 

「……これが」

 

 芸術の都、その名称は時代が変わろうと健在で、むしろこの時代にこそ、その栄光は色鮮やかに存在している。

 

 それもそのはず、ここには資料でしか知らない、失われた文化の黎明が現実に目視できるのだ。

 

「ゴッホ、ダリ、フェルメール……はは、これだけあればコロニーだって買えそうだ」

 

 価値の基準が金銭になる辺り、今も昔も一般人にとって芸術の価値は数字でしかない。

 

 しかし、それでもこの美術館と言う場所で、厳かに展示されるその品々の評価に値する価値を、ダリルは肌身に感じてしまう。

 

 芸術への関心、そう言ったモノに精通しているわけでもないが、一般教養として失われた地球の文化は特に後世にも語り継がれていくもの。なまじその原因に荷担している勢力に自分がある事は……まあ、今はここにあるのだから、あまり考えなくても良いかと、そんな都合の良い独り言をダリルは飲み込んでいる。

 

「……混んできたし、そろそろ行くか」

 

 芸術の観察眼は一日にしてならず。本来の目的を忘れ、気づけばすっかり観光客ムーブとしゃれ込んでいた。

 

 古き良きフランス芸術を感じさせる雅な時間、ダリルが何故このような場所でサイトシーイングを堪能しているのかというと、それは少し時間をさかのぼって……

 

 

 

 

 

 

 

「……チケット、もうそちらで用意したのですか?」

 

「?……ああ。エコノミーで、明日出便して二日後にはパリ、そこからは陸路でイギリスに向かうよ。」

 

「……そうですか。では、まだ当分お会いには出来ないですのね」

 

 電話越しに伝わるため息、それほど楽しみにしていたのだろうか

 

「悪い。けど、気を遣ってビジネスクラスなんて方が気を使うよ。俺はただの従業員としてそっちに赴くんだ。うれしいけど、これぐらいは自分で何とかするさ」

 

「……ただの、従業員ですか」

 

「ああ。主人に仕えるただの………セシリア?」

 

「…なん、です、の」

 

「……機嫌を悪くしないでおくれ。道中、何か土産物を買っていくよ。お嬢様の好みに合うかは自信ないけど」

 

 行き先はフランスを経由する。何も無しで行くよりかはずっと良いはずだ

 

「……チョコレート………いえ、何でもいいので紅茶に合う菓子を所望しますわ」

 

「ふふ、了解だ。アフターヌーンティー、そっちでできるのを楽しみにしているよ」

 

「……はい。わたくしも、楽しみに」

 

「……あぁ」

 

 

 夜は続く。旅立ちの前日、空港前のモーテルでおれは彼女との談話を続ける。

 

 こうして、今彼女が生きてイギリスにいる事全てはほんの数ヶ月前に起こった壮絶な出来事、その果てに得た大切な結果だ。

 

 しかし、事の顛末は、果たして確かに解決したと言えるのか

 

 オルコットカンパニー所有の鉱山で繰り広げた襲撃事件、その実行犯である武装集団の母体、それこそが

 

 

 

…デュノア社、第二世代IS、ラファールを手がけたフランスの大会社

 

 

 

「……セシリア、君に聞いて良いかどうか」

 

「へっ…何です急にかしこまりまして、何か……あ」

 

「……フランスの、デュノア社の事だ」

 

「………」

 

 電話越しに、急に声が途切れる。一瞬回線が切られたのかと思ったがどうやらそう言うわけではなく、むしろ、余計な雑音を全て消し去ったかのようで

 

「……ミラ、あのラファールに乗っていたアイツらは結局」

 

「……ダリル様」

 

「?」

 

「…あいにく、この回線は密な話をするには不都合です。プライベートな話は、また後日に」

 

「……セシリア」

 

「乙女の内緒は危険な火薬と同じ、不意に扱えば要らぬやけどを負わせてしまいます。殿方なら、ご了承くださいませ」

 

「……わかった。執事になるからな、今の内からマナーには気を使うよ」

 

「あら、それは良い心がけですわね。」

 

「ああ。……すまない、そろそろ」

 

「ええ。……では、また」

 

 

「……」

 

通話が切れる。別に国際料金をけちっただけではない。

 

「……訳ありか。予想はしていたが」

 

 軍人としての身構えはある。経験も技量も確かだ、しかし今の自分は民間人で、しかも他国の政治に関わる事は論外だ。

 

 

……また、争いが起きるのか?

 

 

 セシリアが置かれた状況、それはダリルにもよく理解している。故に、何が起こってもおかしくはない。だから、まだ民間人である自分に要らぬリスクを抱えさせたくなかったのだろう。

 

「……はぁ」

 

 パイプベッドに大の字になり、天上に向けた視線はどこか遠い彼方を見ている。

 

「……」

 

 目を瞑る。思い出すのは広大な宇宙の庭

 

 デブリが散るその世界を、進退の延長である機械の四肢を駆って縦横無尽に飛び続ける。

 

……駄目だな。すぐに俺は、また

 

 

 未だ覚えに新しい戦場の感覚、それは過去の記憶をダリルの中から結びついて瞼の裏に張り付いて離れない

 

 しばらくして、眠気で意識が消えるまで、その感覚は途絶える事はなかった。夢と現実の狭間で揺れ動く、そんな感覚に身を包まれて俺は一人深い眠りに落ちていく。

 

明日、この地を旅立ち、目指すはヨーロッパへ

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 ダリルとの通話が切れ、セシリアは手を上に全身を伸ばす。服越しに見える、その発展途上のふくらみが慎ましくも彼女の魅力を放つ。

 

「お嬢様、はしたないですのでおやめください」

 

「んっ……別に良いじゃないですの。誰も見てないですわよ、貴女以外は」

 

「……せめて、ブラはちゃんとサイズのあったモノを付けてください。見栄を張って少し大きめの「う、うるさいですわ!!成長期ですもの、すぐに収まりますのよ!!」

 

 そう言い、ぷりぷりと感情をまき散らして年相応の色を見せる。立場はあれど、この子はまだ13歳で年頃の乙女だ。

 

「……そうですか。ですが、そうやって合わないブラを付けますと……垂れる危険が「チェルシー、すぐ着替えを用意しなさい」……素直な主を持って、チェルシーは幸せ者です」

 

「……チェルシーの意地悪」

 

「…褒め言葉と、受け取ります」

 

 

 からかい、しかしそこにはどこか安心のあるやりとり。両親を亡くした彼女にとって、改めて幼なじみで姉代わり兼、親友の間柄がよく伝わる。

 

「…まったく、本当にチェルシーったら」

 

「申し訳ございません。チェルシーの悪いクセです」

 

「……クセと分かっているならなおしなさい」

 

 

 衣装部屋に移り、成されるがままにセシリアはチェルシーの着付けを受ける。ドレスを脱ぎ、柔肌と発展途上のふくらみを晒したまま…ふと、セシリアから

 

 

「……チェルシー、私の判断は」

 

「……いいえ、お嬢様」

 

 神妙な趣で、二人は落ち着いたトーンで会話を切り替える。ダリルが提唱した問題。セシリアにとって、その問題は頭を痛くする原因の一つで

 

 

 

「……調査は」

 

「…依然、何も変わらず。しかし、一つ分かる事は……此度の件、おそらくは」

 

「ええ。………腑に落ちませんわ」

 

 

 

-某日、専用列車の貨物室にて

 

 山脈を縫うように駆け抜ける列車の中、すし詰めに詰められた中で二人だけがどこか気楽そうに車内を過ごしている。

 

「……」

 

 スキンヘッドの厳つい男がいる。名はニコラ、職業はもと軍人、そしてついさっきまではデュノア社が抱える傭兵の皮を被った私設部隊だ。

 

「…はぁ」

 

 ため息が出る。拘束されて、しかも寒い外気がまるまる直送される最早動く冷蔵庫だ。どんなに屈強な戦士であろうとため息の10や100ぐらい問題ではない。

 

「……隊長、起きてますか?」

 

「……」

 

……寝てるか

 

 話しかける相手もいない。しかし、この寒さをしのぐには一人語りぐらいでは叶わない。左目の負傷を理由にこんな職場に半ば左遷され、しかしなんだかんだでやりがいを持って楽しく働いていたんだ。

 

「……隊長」

 

「……」

 

「まあ、いいんすけどね。独り言なんで、誰も聞いてないからむしろはなせるってもんでさあ」

 

 左目が見え無くなった。けど、俺にはそれを差し引いても能力はあった。現場指揮官として、依然変わりなく働けるはずなのに。

 

 だが、結果は出世競争の煽りを受け、なんだかよく分からない派閥やらなんやらでくだらない職場は勝手に俺の元から離れていった。

 

 けど、救いはあった。クソみたいな仕事ばかりの日々も、この目の前でぐーすか寝ている精神年齢ティーンのサイコビッチな上司だが、こんな人でも俺にとっては恩人だ。

 

「最初は村落の人間狩り。けど、あんたは笑って引き金を引いていたな」

 

「……」

 

「…別に、俺はアンタみたいに行為を楽しむ事はないが、それでも任務を成し遂げる事は俺には救いだった。持っている能力をフルに使って、仕事を成し遂げた後に吸うタバコは舌がうねった。」

 

 この人は行為に対して清濁の偏見はない。成し遂げること、引き金を引いて刃物を突き刺す理由があれば何でもよかった。

 

「……おれは他人の痛みに対して感情が動かない。生まれ持ってか、人の痛みが分からないんだ。けど、アンタぐらい狂った奴がいるなら、俺の心のいかれ具合なんてただの個性だ。」

 

「……」

 

「感謝はしているよ。捨て駒として処分される前に、この恩だけは伝えたかった」

 

手足を拘束されたまま、繋がった両手の中からマッチとタバコを取り出す。

 

「…ん……よっと」

 

 器用に付けた火にタバコを灯す。加えて吸い込む暖かな煙は、薬品的な甘さと共に肺にいっぱいのニコチンが吸収されていく。

 

「ふぅ……」

 

「……くさい」

 

「…やっぱり、起きてたんですね」

 

 むくっと顔を上げる。どこか不機嫌そうに、こちらのタバコを見つめてくる

 

 

「……吸いかけで良ければ」

 

「ん……あんがと」

 

 拘束された手で器用に受け渡す。2度3度吸って返すと思いきや、そのまま加えて普通に一服しだしている。

 

 

「……隊長、それ俺の」

 

「……固い事言わなくていいの。ふう……で、今何時」

 

「……?」

 

「処刑時刻よ。もうそろそろ本国の処刑人が何かするはずよ」

 

「ああ……」

 

 処刑人、つまりはこの列車が移動中に俺達は

 

「人生の最後は爆死ですか。いやはや、せめて腹上死ぐらいは願ったんですが」

 

「ぷ、なにそれ…アンタ誘ってるわけ」

 

「…いえ、隊長のは遠慮します。名器過ぎてちぎり取れてはかまいません」

 

「……」

 

「?」

 

 足か手で小突かれるぐらいは覚悟したが、急に黙してどこか真剣な……いや、笑っている

 

 

「隊長…いったい、なにを」

 

 

しかし、その瞬間

 

 

「――――――ッ!!?!?!」

 

 

 一瞬、光に包まれたと思いきや衝撃が全身を包む。

 

……爆発、これが

 

 光に包まれて何も見えない。しかし、にしては何か妙だ。

 

「……ッ!」

 

 光に包まれて、五体が消し飛んだと思ったがそれはむしろ逆だ。自分の体と、そして横にいる隊長を除いた、周りの全部が消し飛んだのだ。文字通り、なにもかもが

 

 

「……あぁ」

 

 気づく。視界のホワイトアウトは感覚ではなく周囲の物理的な光景だった。自分と隊長の周りを包むバリアーのようなそれ、しだいに粒子となって消える内に視界の光景が露わになっていく。

 

「……!」

 

 先ほどまで押し詰められた狭く暗い車内が嘘のように。そこは砕け散った車両の残骸と死体の荒野。引火した燃料の灯火が辺りを照らし、その無惨たる光景を明らかにする。

 

 

「……隊長、これはいったい」

 

「絶対防御の応用。まあ、コアなしじゃ数秒だけど、タイミングがあってよかったわ」

 

「タイミングってまさか…!これを、隊長が」

 

「違うな。車両をぶっ飛ばしたのはあたしだぜ。そこのハゲ」

 

「!!」

 

 後ろを振り向く。そこには巨大なグレネードを構えた第二世代アラクネ、まごう事なきISの姿が

 

「…ッ!」

 

「はい、おつとめご苦労さま。ねえ、はやくこれはずしてくんない?」

 

「……ちっ」

 

「?」

 

 目の前のIS搭乗者の前で気さくなやりとりを続ける隊長達、どうやら会話の中からその搭乗者の名前はオータムと理解する。会話の内容もさながら、その身に纏ったISは

 

…アラクネ。確か、アメリカ製の

 

 ラファールと違って、アラクネの採用率は高くはない。外国での機密運用としても、広く世界で認知されて、かつ汎用性と安定性の高いラファール以外を、わざわざ捨て駒の処分に使うとは思えない。

 

……つまり、この搭乗者は…隊長の

 

 

 聞いた事がある。世界を舞台にする災厄のトリックスター、とらえどころのないその牙で全てを噛み砕く。

 

「……ファントム・タスク……それが隊長、いや……ミラさんの古巣ですか」

 

「!」

 

 副腕のひとつがこちらを向く。先についた銃口が僅かに光るが

 

「…まって、ニコラは始末しなくて良いの。まだここで死なれたら困るモノ」

 

 そう言い、拘束バンドを切ったナイフを片手にこちらに近づく。

 

「……ニコラ、アンタあれを見てどう思う」

 

 そう言い、指さすのは焼けただれた死体。確か同じ部隊でEOSの搭乗者だったか。3mはなれたこの位置からも鼻につく焦げた匂いが漂ってくる。

 

「…ねえ。あんたはどっち」

 

「……」

 

 少し考える。この非人道を字で生きるような人間が求める、そして俺らしい答えは

 

 

「……早く手を付けないとレアがミディアムになりますね。」

 

「……あんた、それ冗談のつもり」

 

「ええ。……ですが、自分は死ぬとしてもその結末ぐらいは選びたいですね。その為なら、他人がいくら焼け死のうが刻まれようがどうでもいい。私は私の満足の為に、命を軽視する。…それが私の答えですよ…隊長」

 

 長々と説明した自身の本音。おそらく少しでも言いよどむなり選択を間違えるならあのナイフは俺の喉にでも収まっているだろうに。だが、どうやらナイフは首を通り抜け拘束を切るのみで

 

どうやら

 

 

「……ふふ。どう、オータム!…あたしの専属部下にこいつ連れてくから!」

 

「ちっ……二人も抱えさせんな面倒くせぇ」

 

「まあまあ」

 

「たく、ミラージュ…さっさと掴まりな!そこのあんたもだ」

 

 

「あ、はい!」

 

 いそぎ、後ろの腹部?クモで言うその部位に乗っかる。どうやら飛行ユニットがついているらしく、そのまま安定した機動でどんどん地上から離れていく。

 

 

「……」

 

 不意に眺めるのは地上の光景。赤と黒の斑点しか次第に見えなくなっていく。

 

「あら、前の仕事に心残り?」

 

「……別に、そんなんじゃありませんよ」

 

 下に見たのは敗者達だ。目的を成し遂げられず、勝利後の一服や一杯、または一発すらなしえずに朽ちていくのだ。

 

「……」

 

デュノアの子飼いから国際的テロリストへ。

 

 ファントム・タスク、文字通り見えない牙で世界を貪る。そいつは

 

「そいつはなんとも……働き甲斐のある職場だ。」

 

 

 以降、男の名はニコラから改めてスマイルとなり、ミラ改めミラージュのパートナーもとい配下として、その身を捧げていくのだった

 

 

 

 

…しかし、スマイルはないよな

 

 

 後日、命名された名に不満を覚えながらも、なんだかんだでその名を気に入るニコラ改めスマイルであったりもする。

 

 

 

次回に続く。




今回はここまで。あんまり進んでないですし、もしできるなら明日あたりに二話を投稿します。

それでは


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ボーイミーツガール2

深夜投稿です。

ヒロイン追加します。




 

 

「……困った」

 

 一人慣れ親しんだ英語で呟く独り言。ルーブル通りの洒落た小道にある小さな喫茶店、そこで軽食をつまみながら、その視線の先にあるのは携帯端末で表示するとある記事。

 

「……」

 

パリ市より伸びるローカル鉄道で起きた脱線事故。

 

「……はぁ」

 

 予定された陸路、フランス北東の港町、カレーへと赴くつもりだった。そこについてからはフェリー船でドーバー海峡を越えてイギリスのフォークストンに着く。

 

「…復旧の目処は立たない。車でも借りるか?」

 

 幸い路銀は山ほどある。鉱山で務めた数ヶ月間、元々使い途がなかった蓄えの上に給与体勢の改善で多額のボーナスが入ってきたのだ。

 

 飛行機を使えば手っ取り早いが、しかし考えようによっては

 

「…!」

 

端末に表示される通話のマーク、その宛先は

 

「……セシリア?」

 

「はい。もうそろそろフランスに着く頃と思いまして、パリはいかがですか、ダリルさん」

 

「パリか、それは……」

 

 空港について、空いた時間に寄った美術館、更にはその道中で目にしてきた古き良き街並み。石造りに刻まれた彩りに満ちた文化の文様

 

ひとえに、その感想は

 

「…正直言って、想像以上だった。俺は芸術の価値には疎いけど、この街の空気はきっと忘れないはずだ」

 

 生きている間、もう決してみる事は叶わないモノに目を通せたのだ。その経験だけでも

 

「ふふ。…しかし、そんな旅路も隣に麗しいレディがいない事は少し残念ですわね」

 

「あまり言わないでくれ。異国の地で一人寂しく泣きそうだ。ただでさえ、今は立ち往生しているのに」

 

「……事故のことですか?」

 

「ああ。脱線事故で……陸路の生き方は変更しないと。まあ、手持ちならバスを使って地道に北へ行くのが一番だけど」

 

「あら、こちらに気を使って急ぐ事はありませんわよ。」

 

「……?」

 

「意外でございました?確かに少しでも速くお会いしたいのも事実ですが……今ダリルさん、楽しんでらっしゃいますわね」

 

「……ああ」

 

 見透かされた。少し割高になるが航空機を使えば今日中にでもイギリスだ。

 

 しかし、せっかく訪れた異国の地を、俺はまだ堪能したいと心の奥ではそう口にしている。最初にいた場所を卑下するワケじゃないが、ここはまさしく地球の文化彩る美しい都だ。長らく宇宙生活で閉ざされていたこの身には、自らの好奇心を抑えるブレーキが正常に動かすことは容易ではない。

 

 

「……まあ、本音を言いますと…後しばらくはそちらで観光をしていただくのは、こちらとしても都合が良いのです」

 

「?……それは、何かあったのか」

 

「……こちらの都合です。多忙になる故に、盛大に迎える用意が整いません。ですから、ダリル様においてはゆっくりと旅路を満喫されてもかまいません。どうせなら、こちらは二の次ぐらいに羽を伸ばしながら来てくださいまし」

 

 

「……そうか。なら、主賓は遅れて入場する方が都合の良い…そういうことで良いかな」

 

「ええ。…その時には、私手ずからお作りした料理で歓迎いたしますわ」

 

 その発言と同時に、電話先の奥から何かが砕け散るような音が響く。咄嗟にセシリアがチェルシー!…と、呟いた事からそのイメージが想像できる。チェルシーさんがモノを割るなんて、何か動揺するような事でもあったのか

 

 

「もう、急に驚かせないでくださいまし。……あ、失礼」

 

「いや、別にいい。じゃあとりあえずそっちに着くのはどのみち数日先になるみたいだ。到着する前日には連絡を寄越す。それでいいかな」

 

「ええ。では……また」

 

「ああ。………さて」

 

通話を終えて。これからの予定を……

 

「……どうする、かな」

 

 

 異国に来て、俺の場合はたどり着く場所がある故に、何よりも必要なのは移動手段だ。

 

「レンタカーは、いや返却はできない。ならバスかな」

 

 端末を覗き、近くのターミナルの路線をチェックする。周囲に気が向かないそんなタイミング、だが

 

 

「!」

 

「…すまないが。それは俺の鞄だ」

 

 反射的につかんだ自分の旅行バッグを持ち去ろうとする少年。目深にかぶった帽子故に表情が見えないが、どうやら気づいたことに驚愕が隠せないでいるようだ。

 

「えっと……Je ne vais pas appeler la police, alors s’il vous plaît donnez-moi le sac.(警察は呼ばないから、バッグは返してくれ)」

 

「!」

 

 たどたどしく伝えるフランス語。どうやら意味はくみ取ってくれたようだが

 

「……ッ!!」

 

早口で何かを行ったと思いきや、彼は俺のバッグを抱えて走り出す。

 

「!?……クソ、待て!!」

 

 群衆に逃げ込む少年を追いかけ、俺は足の痛みを感じながらも走り続ける。

 

 異国で油断していた自分も間抜けだが、だからといってこのまま荷を捨てるわけにはいかない。

 

「……金目の物だけじゃない、あれには」

 

 シガレットケースに入れたあの人の形見、それがこの身から遠のくことが異常なまでに危機感を募らせる。

 

 

「待て、おい! 怒らないから、荷物を返してくれ!!」

 

「……ッ」

 

 うろ覚えのフランス語を使う余裕すらない。必死に地の英語で叫びながら俺は彼を追いかける。

 

 現地民や観光客の多い往来の中、さらに荷物で足取りが重い少年の足なら義足でも追いつける。

 

「……あっ!?」

 

「逃げるな。話を!」

 

 裏路地に入ったタイミングで俺は彼の襟元を掴む。掴まれてなお逃げようとする少年に引っぱられて

 

「うわっ!!」

 

「!?」

 

 

 掴んだ襟元を払おうとして、少年と俺は向かい合ってそして

 

「!」

 

キャスケットが落ちて、その容姿が露わになる。

 

重力に身を引かれながら、俺は冷静にその少年を、いや

 

「……へ!?」

 

「……」

 

…女の子、なのか

 

 セシリアよりも少し濃いめのブロンドヘアー、アメジストクォーツを連想させるような瞳、叫んだ声が高いのはその性別故で、そんな分析を冷静に浮かべていると

 

 

どさあっ…!

 

「!」

 

大きな音を立てて、俺は彼、改め彼女の上に倒れ伏せる。

 

というか…

 

「あぁ、その」

 

「うぅ」

 

 偶然にも、それはいつかに見たジャパンコミックで見たボーイミーツガールのワンシーンにそっくりな構図だった。

 

「あっ……その」

 

「……ぅ」

 

「えっと、俺は荷物を返して欲しいだけで」

 

「ひっ!……ごめん、なさい」

 

 地面に組み伏せてしまった少女は、なんともまあ……ひどく、罪悪感を感じさせる涙目で、俺の顔を見上げていた。

 

「……えっと、どくけど……逃げないでね」

 

「!」

 

「身構えないでくれ。脅しじゃないから」

 

しかし、話が進まない故に俺は彼女を無理やり起こす。

 

「とにかく、俺は荷物だけを……ていうか君、英語話せるの?」

 

「えっと……まあ、はい。」

 

「……みたいだな。結構流暢だし」

 

「……もう、いいですか」

 

「なら、荷物を離してくれないか」

 

「……ブンブン」

 

「いや、そんなに拒否られても」

 

「……うぅ」

 

「……泣かれても」

 

 さっきまでの逃走劇が嘘のようで、薄汚く薄暗い裏路地で二人、何故か向かい合ったまま気まずい空気がそこには流れている。

 

……はぁ

 

 スリをされて、なぜこうも自分は……。まず警察に通報するとか……いや、それは急ぎすぎか。事情があるかもしれないし……一応、聞いてみるか

 

「なあ君、なんで俺の」

 

 だが、その瞬間…背後の方向から聞こえるけたたましいサイレンの音が

 

「!」

 

 少女の表情が凍る。今すぐにこの場を去りたいと、腕の拘束を振りほどこうと暴れだす。

 

「離して!」

 

「いや、俺は通報なんかしていない!ちょっと落ち着け、ほら!」

 

「…ッ」

 

 押し付けるように端末を見せる。通話履歴の番号には通報を意味する三桁の数字はない。すべて国際電話の番号だけだ。

 

「なあ、だから落ち着け。きっと、これはべつの」

 

「……食い逃げ」

 

「?」

 

「あなた、さっきの店でお金払ってないでしょ。だから、警察は貴方を追いかけてるの!私だって警察は勘弁したいから、離して!!」

 

「!?」

 

……食い逃げ、いや、俺は

 

「…くそ、でもそれは……っていないし!!」

 

幸い、荷物はそのままに、少女は目の前から姿を消していた。

 

「…おい、なんだよ」

 

 散々振り回されて、その後駆け付けた警察に俺は連れまわされ、結局自由の身になるころにはとうに日が暮れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 義足の足でゴミ箱を蹴り飛ばす。らしくないとはわかってはいるが、しかしこのやりきれなさは晴らしようがない。

 

「はぁ、散々だ……本当に」

 

 フランスに来た初日目、すでに夜更けでこんな時間に宿を取ることなどできるのか

 

「はぁ、全部これもかれもあの娘のせいだ」

 

 次あったら義肢の指でフルパワーのデコピンをかましてやりたい。真剣にそう考えてしまうぐらいにダリルの精神は疲れ切っている。

 

 宿を取ろうにも、パリの宿泊地の大方がすでにブッキング済みの表示、さすが観光の目玉都市とあるだけあってそう簡単に宿は見つけられないようだ。

 

 

「……」

 

 周囲を見渡す。昼にはびこる観光客も鳴りを潜め、街中を出歩くのは現地民が大半で、そんな彼らがダリルの横を通るたびに

 

「……はぁ」

 

 通り過ぎる者たちの奇異の視線。袖口から見える義手がそう思わせるのか

 

「まあ、これが普通なんだよな」

 

前の職場に、更には元の世界、慣れた環境ですっかりそう言った視線の存在を完全に失念していた。

 

そして同時に、忘れていたかつての危機感が胸中に沸き上がる。

 

 

「下手な宿は、取れないな。」

 

 とにかく、歩く通りは人ごみの多い明るい場所、今使う義手と義足は前世界で使っていたものに近い簡素な三本指のタイプ、昼間は少女だからよかったが、大の大人に組み伏せられればまず勝ち目はない。あらためて、自分のハンディキャップのリスクを理解させられる

 

「……止めよう。とにかく、飯を食って、次に安全な宿だ」

 

 

今更肉体の不備に愚痴をこぼしても仕方ない。大通りの中、俺は感じの良さそうな店に足を踏み入れる。

 

 

 

だが

 

 

 

「くっ!」

 

「ーーーーッ!!!」

 

 うちはよそ者お断りだ、帰ってくれ!……流ちょうなフランス語柄故に聞き取れなかったが、その感情に込められたメッセージだけは伝わってくる。

 

「……まったく、腕が付いてるだけでそんなに偉いのか?」

 

 入る店のことごとくがこんな対応だった。店員が女性ばかりで、なぜか俺が店に入ろうとするとあからさまに門前払いをする。

 

 その後の店もことごとく同じで、何度も尻や背中に土をつけられていく

 

 

 

「……クソッ!」

 

 ついぞ疲れた俺はその場で尻もちをつき、壁にもたれてただ毒を吐いていた。

 

 

「これじゃあ鉱山街の都市の方が数倍ましだ…!」

 

 旅先の疲れがピークになり、そこに空腹やらストレスが重なれば人間荒んでしまっても仕方ない。

 

 動かなければならない、ここに居続けても何の解決にもならない。そんなことは重々承知だが、積もった負の感情が足腰の力を消失させる。

 

「あぁ……ツイてない。本当に……」

 

「……hey!」

 

「?」

 

急に話しかけられる。声の主の先は俺のすぐ隣で

 

「おい、あんた」

 

「……?」

 

…英語、今俺は英語で

 

 声の先を見る。自分を見下ろすのは老人で、スキットルを片手になんとも気持ちよさそうな様子で俺に話しかけていた。

 

「なあ、店の前で何があったか知らなんだが、あんたは客か……それとも」

 

「……客だったら、どうするんだ」

 

「別に、うちは飯屋だからな。金さえ払えば飯は食わすさ……で、どうするんだい」

 

「……」

 

 ふと振り返り、今まで自分が持たれていた壁を見る。確かにそこにはネオンで薄暗く書かれた店名と、その横にある食器とカトラスのイラスト

 

「…飯屋か、ここは」

 

「ああ、そう言うちょろうが。で、あんたは飯を食うんか、食わんのか」

 

「……飯か」

 

 開いた扉から香る多様な食材の風味、疲れ切った肉体が急激に栄養を渇望し、その証と言わんばかりにうねり声のような轟音が胃の淵から響く

 

「…返事はいらんの。はよ入れ、青年よ」

 

「……メルシー」

 

 すさんだ精神も空腹の前では素直にならざるを得ない。重い足取りながらも店内に入る。そこは狭く、いかにもなアンティーク調で、まさに老後の趣味としてひっそりと経営していますといった感じを思わせる、そんな意匠の小さな食堂だった。

 

 

……まあ……やっと飯にありつけるんだ。とりあえず、宿はそれからだ。

 

 だが、とは言うモノの、このアル中真っ盛りな爺さんが果たして飯を作れるのだろうか?

 

 ひとまず、テーブルに座り。俺はメニュー表を片手に今日の献立を決める

 

「あの、ここのおすすめは……?」

 

「……」

 

「あの、爺さん」

 

「……ぐぅ」

 

「……寝てる。」

 

 器用に椅子に座ったまま眠り更けている。起こそうにも眠り更けている老人を起こすのは忍びない故に、さてどうしたものか

 

 取り合えず直接起こした方が良いと、ダリルは席を立厨房へと足を進める。

 

 

だが、その時

 

 

 

カランコロン…!

 

 

 

「ごめんお爺さん。遅くなっ……げぇッ!?」

 

「!……おまえ、は」

 

 入り口から現れた金髪の少女、昼間に見たその意匠と同じ、そしてその顔は間違いなく

 

 

「……君、あの時の」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人違いです。」

 

「……」

 

その瞬間、俺の思考はクリアーになった。

 

 最低限の動作、一切の無駄のない動きで、俺は彼女の前に握った手を突き出し

 

 

 

渾身の力を込めて、そして

 

 

ビシッ!!

 

 

「――……ッ!!?!?」

 

「…ふぅ」

 

その鼻っ面に強烈なデコピンが炸裂した。

 

 




今回はここまでで、新ヒロイン登場です。フランスって言ってたから予想した方は多いと思いますが

設定はだいぶ脚色で、正直バックボーン調べても大したネタ出てこなかったんでかなり魔改造します。いちおうキャラクターの根本的な性格、心情は変えず、あくまで環境や、出来事が変わった場合のIF仕様です。


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眠れる聖剣 

しばらくそれどういうネタ?みたいな話が続きます。

新ヒロインはシャルロットですが、セシリアよろしく改変具合マックスです。

なにとぞご了承を


注:人物名やらセリフの訂正しました。


フランス南部、某所。

 

 そこが俺たちのたどり着いた逃走先だ。というか、ただ隣国にちょっと移動しただけだ

 

 

「隊長、俺達……確か」

 

「なに、トイレでも行きたいの? なら適当にばらまきなさいな。そのためのホースでしょうに」

 

「いや、なにさらっと人の疑問を下ネタにすり替えているんですか?俺が聞きたいのは…」

 

「生身での長時間フライトが終わったと思いきや今度はフランスで見知らぬ廃墟のあら探し、追手が来るかもしれないのに何でこんな場所で悠長に、しかもIS持ちのオータムだけ先に帰投させて………それ以外なら何でも答えてあげるわ」

 

「…それ、遠回しに何も聞くなって言ってませんか」

 

「あら、察しが良いわね。スキンヘッドは伊達じゃないわ」

 

「……別に、もうそれでいいです」

 

 この人を相手にまともな会話を期待するべきではない、通算何十回目かもわからないそんな独り言を浮かべながら黙々と作業に精を出す。

 

「……っ」

 

 山奥の森にひっそりと、というか風化し掛かっているコンクリの建物、発電施設のようだが、劣化して風化した壁面やら、どこからどう見てもただの廃墟でしかない。

 

「……」

 

…何かあるのか、まさかファントム・タスクの秘密基地とか、秘蔵の隠し金の金庫とか

 

 とにかく、仕事であるならやる気を出すしかない。前向きに切り替えられるのは自分の長所だと、我ながら常々思う。

 

「…まあ、命令されたからにはやりますよ。ゴミ掃除だろうと、引っ越しの作業だろうとね」

 

「……」

 

「……隊長?」

 

「…ねえ、あんた」

 

 天上の崩れ瓦礫が重なるその一点、何かを見つけたように隊長は必死に瓦礫をどけようとしている。

 

「!」

 

 どうやらそこに目的の何かがあるのか、隣に駆けつけ俺はその作業に手を貸す。がれきをどけながら、隊長は

 

「あんた……イリス・ローランって知ってる?」

 

「……名前だけなら」

 

 唐突な質問で投げかけられた人物の名前、その名は軍に身を置く者なら、兵器に携わる者なら知って当たり前の人物だ。

 

「イリス・ローラン、確かフランスのデュノア社で兵器開発に携わっていて、ISが誕生してからは全く聞かなくなりましたね。」

 

「…そう、ついたあだ名は毒婦、戦争をより効率的に、まさに近代戦争の立役者ね」

 

「その話は知っています、俺だって軍人ですから。…けど、解せないのは」

 

世界にISが誕生したのは数年前、そしてその頃から

 

「…そんな希代の天才が……なぜ、ISの設計に携わらなかったのか」

 

「……ええ。世界の誰しもが思った疑問よ」

 

瓦礫をどける、粉塵が舞い、次第にその奥にあるモノが…露わに

 

 

そこには

 

 

「!」

 

「けどね……その疑問は大違い。イリス・ローランはね……ちゃんとISを作っていたのよ」

 

「……地下、ですか」

 

「……ええ、そう……よっ!」

 

「!…た、隊長」

 

 我先にと飛び込むミラージュの後を追いかける。階段を下っていくと次第に周りの通路は近代的に、上の劣化した建物からますます近代的で清潔な施設にへと

 

 

「……あの、本当に、ISなんてものが」

 

「間違いないわよ。私の専門はISの調達、イリス・ローランの痕跡を追っていく内にね、ここに金の流れがあったのよ。発電施設にしては金の出入りが激しすぎる、おそらくは」

 

 通路を通り抜け、電子ロックのかかった扉の前で二人は立ち止まる

 

「……で、ここはおそらくは軍事研究施設。そこをイリス・ローランが秘密裏に所有し、個人で研究を続けていた場所」

 

 会話を途切れさせず、慣れた手つきで電子ロックに端末のコードを繋ぎ、コードの解除に当たる

 

「はあ、しかし……それは本当に使えるんですか?」

 

「……それ、どういう意味?」

 

「確かに、イリス・ローランは逸材ですが……個人で作ったISがそんなに凄いモノとは思えませんよ。それじゃあまるでミス・タバネ博士じゃないですか」

 

「ふぅん。まあでも、それならその時よ。いずれにせよ、研究をしているならコアの一つぐらい見つかるかも知れないじゃない。」

 

 機械音が響く。グリーンのライトが灯り、セキュリティのロックが解除された事が通知される。

 

「…けれど、私は期待するわよ。それが名の通り最高の一振りか、それともなまくらか」

 

「……っ」

 

 扉が開き、その奥にあるのは多種多様な機材に満ちた大部屋、そしてなによりも

 

「……まさか、本当に」

 

 部屋の中央に鎮座されている純白の鎧、その姿はまさしく、ずいぶん前に報道で映されていたかの姿に近い

 

「白騎士……!?」

 

「いえ、厳密には違うわよ」

 

「……ッ」

 

 近づき、台座に座すその姿はどこまでも清く、何物も寄せ付けない神聖さと力強さを感じさせる。

 

……台座に、銘が

 

 騎士の台座に掘られた銘、埃を払い、そこに刻まれた名は

 

 

……デュランダル……確か、聞いた事がある

 

「騎士、ローランが手にした聖剣、壊れずの絶剣と呼ばれたとか……確かそんなんじゃなかったっけ?」

 

「……これが、隊長の新しい」

 

失ったラファールに代わり、このISが

 

「いんや、残念だけどまだこれは未完成らしいわ。デュランダルは完成していない、未完の一振りなの」

 

「……隊長、なぜそれを」

 

「ああ、それはね」

 

 突然、胸元に手を突っ込んだと思いきや、そこから取り出したのは一冊の本。なんでわざわざそんなところにしまっているのかと突っ込みたくなるが、恐らくそれを言ってもスルーされるのは明白だろう。

 

「……もしかして、それが情報元ですか?」

 

「ええ。これはね、とある人物の書記、おそらくここの関係者が秘密裏に秘匿して持ちだしたもの、それをたまたま手に入れたのよ。鉛玉と交換で」

 

「……はぁ」

 

 省略したが、要は情報の核心であるそれを手に入れるために荒事をしたのだろう。

 

 と、そんなことを思っていると俺の手の中に何かが放り込まれる。咄嗟に掴んだそれは

 

「結構面白いのね、それ。ライ麦畑もぶっ飛ぶぐらいハイになる本よ、世間に広まれば何人の歌手が撃ち殺されるでしょうね」

 

「……」

 

「まあ、冗談はこのぐらいで……さあ、これを運び出すわよ。スマイル、手伝いなさい」

 

「ちょ、その名前本気だったんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

ルーブル地区、とある飲食店の3階居住区にて

 

 

「……あの」

 

「……」

 

「……はぁ」

 

 一人暮らしのワンルーム、ベッドをソファー代わりに座るダリルの前に、というよりその少し下の視線の先

 

 

「………」

 

「もう、そろそろ顔を上げてくれないか。もう、怒ってないから」

 

「……でも」

 

「頼む、もう十分だから」

 

 その言葉でようやく、少女は俺に面を上げる。泣きはらして紅潮したその顔はなんとも庇護欲に駆られそうな、率直に言えば愛らしいモノだ

 

……流石に十分か。これ以上は、こっちの良心が痛む

 

 セシリアと変わらない年頃の、恐らくは12か13ぐらいの、そんな少女が泣きながら自分にジャパニーズ・ドゲザまでしているのだ。思うところは大いにあるが、これでは感情を荒立てるだけ無駄でしかない。

 

 

「本当に……ごめんなさい。」

 

「……もういいよ。」

 

「……でも」

 

「……」

 

 しかし、デコピン一発とは言えここまでしおらしくなるとは…いや、むしろこっちがこの子の地なのだろうか

 

……なら、どうしてこんなことを

 

 下の食堂で起きた出来事、デコピンの制裁を受け、観念した少女はダリルにただ飯の提供、そして今はこの同室で一拍の宿を慰謝料代わりに支払った

 

 正直、そこまでしてもらえれば十分だし、なんなら今は逆にこの少女に同情すらしている。

 

 

「……えっと、お嬢さん?」

 

「シャル、シャルロット……です」

 

「……わかった。じゃあシャルロット」

 

 とにかく、まずは話を出来るようにしないと始まらない。そこで俺がとったのは

 

「悪いが、お茶を一杯入れてくれ」

 

「……はい」

 

 重い足取りで立ち上がり、すぐそばのキッチンでそそくさと湯を沸かし、パックを入れ、カップに注いだそれをお盆に載せてダリルの前に…

 

 

「どうぞ」

 

「……」

 

「……あの」

 

「…おれじゃない。君が飲むんだ」

 

「へっ?」

 

「熱いから、気をつけて」

 

「……はい」

 

 温かい紅茶を一口、たった一口だが温かい茶の味は、涙で冷え切ったシャルロットの内側をじんわりと温め直す。

 

「…あぁ」

 

「……うん、それでいい。」

 

 ベッドから降りて、俺はシャルロットの前に尻を付ける。上から目線で喋る意味はもう無い。

 

 目の前に近づいて、一瞬驚いた顔をしたが、今はさほど気を悪くしている気は無さそうだ。

 

「…えっと、その」

 

「……理由」

 

「?」

 

「理由を聞かせてくれないか、君が何故、スリに興味を持ったのか」

 

「……理由を聞いて、どうするんですか?」

 

「それは……まあ、聞いてから考えるよ」

 

 我ながらこんなセラピーまがいの事をしてる自分に違和感を覚えて仕方ない。

 

けれど、少なくともこの一回だけは

 

 

「……もう怒らないから、なんでこんな事をしたのか説明してくれ。シャルロット」

 

「……はい。…えっと」

 

「ダリル。…俺の事はダリルで良い。ダリル・ローレンツだ」

 

手を差し出す、今度は盗人を捕まえる乱暴な手ではない

 

 

「!……わかりました。ダリル、さん」

 

 恐る恐る伸ばした手をつかみ取る。触覚のない義手の手でも、今の彼女が何を考えているのかぐらいは分かる。

 

…気持ちが分かるか、それじゃあまるでニュータイプだな

 

 

 

 

 

 

 

 親戚の叔父の経営する小さな食堂で勤め、その上にある安い部屋で一人暮らしをしている未成年の少女、それだけでも十分に訳アリとわかる

 

 彼女は少なくとも真実を語った。けれど、それは彼女にとっての断片的な情報にしか過ぎないのだろう。

 

 

「……IS学園、そのためにお金が」

 

「うん、私は…見ての通りこんなんだし、まともなスクールに通うお金が無いんです。叔父さんは優しいけど、だから迷惑はかけられない。それで、必死で稼いで、でも私にできることなんて大したことは無いし……だから」

 

「……だから、スリをやったのか」

 

「……やったのは、今日の一回だけ。今までは観光客の案内でもらうチップとか、車の窓ふきだったり靴磨きだったり」

 

「……」

 

 お世辞にも、年頃の少女にしてはその手と指は少し荒れ具合がひどいもので、環境の劣悪さが容易に想像出来てしまう。

 

「なるほど。でも、やっぱり感心はしないな。」

 

「……」

 

「……一応聞くが、なんで俺を狙ったんだ」

 

「……」

 

 少し意地の悪い質問だったが、これを聞く事で俺は彼女の真意が知りたかった

 

「……ずっと隠れてみていて、あの店のあの席に座った最初の客に決めようとして、それがあなただった……から」

 

「……じゃあ、そこに他意はないんだな」

 

「はい」

 

「…なら、わかった。じゃあ続けて聞くが」

 

「……」

 

「犯罪に手を出してまで、君はなぜIS乗りを目指す?…IS乗りになって、君はどこを目指しているんだ?

 

「それは……っ!」

 

「……」

 

 俺の主観でしかないが、この子に根っからの悪性は感じない。

 

 貧困な立場で這い上がる気持ちは理解できた。けど

 

「君にとって、IS乗りになる目的は、どんな理由があるんだ?」

 

 例えリスクを負っても、成し遂げなければならない意思がそこにあったのなら。

 

修正こそするが俺は彼女を罰する気は起こらない。

 

たとえこれが甘いと謗られようと、俺は

 

 

「……シャルロット、君は」

 

「……ぁ」

 

うつむき、震え、こらえるように口を閉ざしている。

 

……聞くべきじゃ、なかったのかな?

 

 いかに悪事を働いた少女とはいえ、触れてはいけない過去があるなら、そこに踏み込むのは浅慮なことだ。

 

「あぁ、言いづらいなら無理に言わなくていい。別に、尋問の真似事がしたい訳じゃない」

 

「……ダリル、さん」

 

「……無理に言わなくていい。反省はしているんだから、これ以上は酷なことは「いえ、聞いてください」……いいのか?」

 

「私には……」

 

「……」

 

「……私には、どうしてもIS操縦者にならないといけない理由があります!やり方を間違ったことは反省します。でも、私には!」

 

「……」

 

 震えた体で、しかしどこか力強く、彼女は真っ直ぐな瞳で俺に説いてきた。

 

 不思議と、その時俺の目に映る彼女の姿が、もう一人……あの子の姿と重なって見えてしまった。

 

「身勝手かもしれない、子供の理屈かもしれない、でも……私は、そこにたどり着かないといけない理由があるっ!……だから!!」

 

「……」

 

……そうか。この子も

 

 

 生まれた場所も、境遇も違うけど、この二人にはきっと同じように強い芯がある。

 

そんな人間なら……おれは

 

 

「……償いならどんなことでもします。体を好きにされてもいい、いくらでも痛い目にあってもいい!!だから、私は「十分だ、シャルロット……もういい」……私は……って」

 

 握りしめた彼女の手を掴む、ひどく力強く握ったせいか血がにじんでいる。

 

……それだけの、思いが

 

「そこまで自分を卑下しなくていい。合格だ」

 

「私は!……え?」

 

 急な肩すかしを食らい、どうにも理解できないと顔で言っている。けれど、もう

 

「もう……十分理解した。簡単に許すとは言えないけど、少なくとも……」

 

「!」

 

 

 技手の手で、三本指でぎこちないがその髪をすくように優しく触れる。

 

「今の君は、彼女と同じぐらい……信用に値する人だ。俺はそう判断したよ」

 

「……っ」

 

「………えっと、シャルロット」

 

 急に俯く。セシリアにやった時のように、同じ感じで触れてしまったが

 

 

…年頃だし、嫌だったかな

 

「……う、ひくっ」

 

「!」

 

 

 けれど、どうやら俯いた理由はそういったものではなく、どうやら

 

 

…涙、必死に堪えているんだな。

 

 よく見ると、もう片方の手で涙を抑え、もう片方の手は口元にあった。

 

 必死に涙声を、えづきを出さないように、手を噛んでその嗚咽を押さえ込んでいたのだった。

 

 

……まったく、不器用なところまでもそっくりだ。

 

  

 しかたないと、俺はそうつぶやきながら彼女をそっと腕の中に抱きしめた。良かれと思ってやっては見たが、どうやら不快というわけではなく、そのまま胸に顔をうずめて、次第に彼女の震えは落ち着いていく。

 

「まったく、仕方ない」

 

 結局、俺はこのまま彼女が泣きやむまでずっと頭を撫で続けていた。我ながら、幼い少女をあやす事に慣れている感覚すら覚えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抱擁して、しばらく時間が経った。

 

 

「まったく、手のかかる妹が増えていくな」

 

「うぅ……ひくっ」

 

「ほら、良い加減泣き止め。シャルロット」

 

「……シャル」

 

「?」

 

「長いから、シャルでいい……です」

 

「……じゃあ……シャル。……これでいいか?俺のこともダリルでいい」

 

「……ダリル……さん」

 

「はは……固いな。もっと気軽に呼んでくれてもいいから」

 

「……なら」

 

胸の中から面を上げる。上目づかいで、見つめる彼女は…

 

 

 

 

 

『だったら、お兄さんって……呼んでいいですか……?』

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

 

 不覚にも、あざとく涙目で見上げる彼女の一撃は、まさに装甲を貫いてコクピットまで貫通してくる一撃だった。

 

 

……落ち着け。相手はティーンだ……俺は軍人だから……軍人、だからッ!!

 

 

 軍人だから一体なんだというのだろうか…と、いいたくもなるがここには突っ込む第三者もいない

 

「……」

 

「…えっと、ダメ…ですか?」

 

「ああ、わかった。……好きに呼んでくれて構わない。お兄さんでも兄貴でも」

 

『……お兄、ちゃん』

 

「……すまない、せめて……お兄さんに留めておいてくれ」

 

「?」

 

「理由は聞いてくれるな。」

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




今回はここまでです。

オリジナル機体出しましたが、活躍は当分先です。シャルロットの改変具合が不快に思われないかちょっと心配ですが、決して僕のこれはアンチ・ヘイトではないんで、そこだけはここで訂正します。

次回、異国の旅路を、シャルとダリルのほんわか二人旅が始まります。


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内憂外患/まどろみの朝

久々の投稿です。

設定の調節に難儀して試行錯誤でしたが、ようやく形になっていきました。

今回は少し眺めで、前半シリアスで後半は完全に趣味です。まあ、気長に読んでいただけたら幸いです。


 会議というモノについて常々思う事がある。

 

 組織において情報の管理とは複雑に、そして正確さが求められる。ほう・れん・そうの徹底は稚児のころから白髪になっても変わらず。言語化する以前にできて当たり前の原則だ。

 

 だが、こと会議という行為自体に重要性はなく、会議はあくまで合意の確認、であれば一同顔を合わす必要など無い。すべては書面にて十分に足りる事だ。

  

 故に、そこに集う必要性があると言う事は、そこには明確な目的がある。

 

 

 

……ですけど、そんなあからさまな茶番に付き合うのもいい加減うんざりですわ

 

 

 

 内心は辟易としても、決してその意を表には出さない。

 

 円を囲むように集う歴々はいずれも大のつくくせ者であり、その一人一人が権力という剣を携えた実力のある存在だ。円卓というにはあまりにも醜悪で、そこには忠誠などと言う聞こえの良いものなど無く、大半が悪意か、もしくは中立の目でいつでも切っ先を向けるかも知れないランスローかもしれない

 

 だが、たとえそのような者たちに囲まれようと、その齢が10とそこらの少女であったとしても、彼女は引き下がるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「……では、当主。貴女の意思を」

 

「……ええ。議題を進めましょう」

 

 会議の議題、それはここずっと続いている一つの問題、セシリアの暗殺を謀ったデュノアの手先、そしてその護送中に起こった先の襲撃事件である。

 

 現場に残る死体から敵が何らかの武力手段で証拠の隠滅を図ったのは確実、内密に処理されたその事件に、当然向けられる疑問はことの顛末であるデュノアについて。

 

 しかし、国内で起こった事件にしてはあまりにも痕跡が少なく、列車等など、その場にいた捕虜と護送人、そして護衛の兵士を含め犠牲者は76人。その全てが死亡である。

 

 他国への攻撃行為に及ぶ事件であるのにそこに明確な証拠はない。証言はあくまで非合法な手段で得たもので、しかもそれはあくまでセシリアとチェルシーの主張でしかない。

 

 状況的に見てデュノアが黒である事は百も承知、しかし明確な根拠のないままに扱いを間違えば、その結果はきっと誰も望まないおぞましい光景しか広がらない。己も他も等しく焼き尽くす災禍の業火になりかねないと、ことに関わるモノなら誰もが認識している。

 

 なのに、そうにもかかわらずにもだ。世の中にはそういった荒事を承知で扱いたがる輩も存在する。そこにあるのは大儀か、それとも身勝手なエゴか

 

 組織の中で出た膿は確かに除いた。けれども、その膿を排出させる病巣までは取り出し切れていない。

 

明確にも関わらず、手出しが出来ない。その上

 

 

 

「……モーレス、あなたはあくまで打って出るべきと」

 

「はい。しかし、セシリア様は穏便にせよと。結論を出すにはいささか早すぎでは」

 

「ええ、なにせ結論は出ていますから。民間である我らに、事を荒立てることはなりません。オルコットはイギリス社会の最前線に立つモノとして、毅然たる対応をとる。そこにそれ以上も、それ以下もありません」

 

 

 

 セシリアの主張はあくまで変わらず。そんな回答は想像の範疇とでも言いたいのかと、男は背広を直し、その場の主役がさも自分であるかのように尊大に振る舞う。

 

 

「なるほど。あなたの言う事はそれですか。フランスのデュノアに臆して、このまま奴らの思い通りに、それがオルコットの意思であると」

 

「……」

 

「命の危機にありながら、あくまで冷静に判断を下す。貴女は確かに正しくある、その若さで先代の座を引き受けてだけの事はあります。しかし」

 

 席を立ち、男は演劇の語り手のように、その身振り手振りで周囲の役員に対して大げさにその発言を続ける。

 

「やつらは、我らの当主を狙い、オルコットの名誉に土をかけ、にもかかわらず知らぬ存ぜぬでいっさいの反応もない!さも、虚言に付き合う暇など無いと!!」

 

「……ッ」

 

 この場で発言を諫めるのは簡単だ。しかし、それでこそこの男の思うつぼだ。未だ立場が不安定なこの場で、この男を対抗馬として強調させることは愚でしかない。

 

 発言を控え、あくまで過激な意見を遊ばせているだけ。可能であるならその不自然なまでの毛髪を頭皮ごと引き千切ってやりたい衝動を飲み込む。かろうじてなんとか

 

 そんなセシリアの必死なノブレスオブリージュをあざ笑うかのように、男は発言を続ける。

 

 

「この場にいない、裏切りの罪をもって処された数名もそうだ。先代に使えた有能な彼らとて、敵の甘言に惑わされることがなければもっと違った結末があったはずだ!あれらが祖国に危機をもたらそうとしたその罪を、その悲しみを、手を振り下ろした貴女の慚愧を、ただの一言の言及すら奴らにせずして、このまま見過ごして良いモノか!!それは否ッ!!絶対に否だ!!?」

 

「……」

 

 モーレス・ガルディ。カンパニーの系列で工業油機部門を受け持つ上役で、この取締役会の中でも相当に発言力の高い人物である。中年らしいたるんだ体型に趣味の悪いブランドのコーデ、いかにもな狸おやじであるこの男だが、元軍属からの出向という立場もあって、軍関係とさらにはBT社にも深く通じる存在であり、見た目では判断するにはあまりにも手に余る強敵である。

 

 視線に入れる事にすら不快感の及ぶ、その男こそが目下、セシリアを悩ます最大の種であった。なぜなら、セシリア暗殺の企てに、この男は間違いなく関係しているからだ。

  

 しかし、それを言及する前に書面の記録は消去、人の痕跡も足きりで本人の下にまでは至らず、結果こうしてのさばらせている事態にはひどく頭痛が絶えない。

 

 反デュノアを謳いながら、その実フランスのデュノアとつながりの深いこの男だ。疑いは確実に黒であるのに、その隠匿はあまりにも堅牢である。

 

 セシリアの頭をストレスで熱融解させかねない、だがそんなことは梅雨知らず男の一人演説は続く。

 

「我らは確かに民間だが、BT社にならびこの国の根幹足る存在だ、であれば我らの意思こそ国家の意思!!政界の急進派を後押しして、オルコットはデュノアに、フランスに対して強く出るべきだ!皆も思わないのか…当主、貴女も」

 

 もはや会議など意味の無いもの、他人の発言を寄せ付けない、むしろ下手な発言はこの男を増長させて際立たせる行為にしか過ぎない。故に、男の一人演説は続く。

 

だが、その横暴も決して長くは続かない。

 

「………いい加減、そこまでにしておいてはいかがかな。モーレス・ガルディ上役」

 

「……ッ!」

 

 天の一声を持って、舞台の演目は急遽幕を下ろす。静かに、しかしその身近な一言がこの場の誰よりも深く意味を持つ。

 

「モーレス、その程度にしたまえ。君のそれはあまりにも感情的だ。それはこの場にいる上役としての意見提示か、それとも君個人の発言なのか……」

 

「……ッ!」

 

「……」

 

……叔父様

 

 ロバート・オルコット。セシリアの叔父にあたるかの人こそが、オルコット家が束ねる総合カンパニーの頂点、正式なオルコットの血を引く先代の兄、現代に受け継がれる本物の貴族だ。

 

 現党首に継承権をゆだね、今はカンパニーの軍事関連産業部門の経営顧問兼、常務としてセシリアを補佐するナンバー2の地位にある。

 

 年は40半ば、役員としてはまだ若い年齢だが先代当主の頃からその敏腕な実務能力から多くの信頼集める、まさしく頂点に立つ逸材。

 

 セシリアと同じプラチナの掛かった淡い金色の頭髪。威厳のある力強い振る舞いはまさしく挙足軽重。社会人として、組織のトップとして、理想をそのままに体現したかのようなその出で立ちには誰しもが見t目猿を得ない。

 

「……っ」

 

「なに、私の間違いならすまない。」

 

 還暦間近なモーレスにとって今目の前の人物はどう映っているのだろうか。40そこらの若造、そうそしるのは簡単だ。しかし、それを言うことはあらゆる意味で死を意味する。

 

であれば、当然その回答は

 

「……もちろん、前者ですよロバート常務。確かに、少し礼節を書いた発言に聞こえたなら失礼を。」

 

「……なら、一度席に着くと良いでしょう。あなたの高血圧にも昂ぶりすぎるのはあまり良くない」

 

「……いいでしょう。忠告、痛み入ります」

 

 不服に、しかしそれ以上の発言は要らぬ結果を生むと判断しモーレスは腰を下ろす。

 

「……しかし、当主セシリア」

 

「!?」

 

「モーレス殿の意見をそのまま提示するつもりではないが、社の方針を決めるのは我ら上役のつとめであり、そしてその中で一番重く重大な言葉は貴女にゆだねられている」

 

「……ええ、当然理解してます。」

 

「……静観を続ける、状況を見計らうのも正しい選択だ。しかし、事が荒くなって、再び貴女が命の危機に見舞うことだけは、どうか無きように。」

 

「……」

 

「過保護かもしれませんが、先代の形見であるあなたを、我々は失うわけにはいかないのです。……どうか、それだけは」

 

「…ええ、忠告、痛み入ります」

 

 受け取った言葉はその場の誰よりも重く、そして深い。一面を囲む怪物達の中で、その人こそが唯一の光であり、信頼できる貴重な正真正銘の人間だ。

 

 

 

 

 

 

 会議は粛々と進み、定時をもって役員達は席を立つ。決まり切った報告の処理、それが今は億劫ではなく、むしろ安息すら覚えてしまう、そんな精神を磨り減らすやりとりを超えて、ようやく一人会議室の上座でセシリアは一人息をつく。

 

 

「はぁ……」

 

 ぐったりと机に項垂れて、スーツにしわがつくのも気にかけず。頬をべったりと机に付けて、溜まった熱をひんやりしたその材質に流し込む。

 

「……あぁ」

 

 代表候補生として、カンパニーと当家の長として、その肩に背負うにはあまりにも膨大な責務にセシリアは苦言すら漏らさず、いやむしろそんな毒を口に吐き出す余力すらないのか

 

「……あぁ、ぅぇ」

 

 13歳の自分がなぜこうも必死になっているのか、ときおりそんな自分の在り方がおかしくなる。

 

 意識をぼやけさせ、ただ呆然と頭の熱を冷ましながらふて寝を決め込む。

 

 故に、その足音が近くに来るまでセシリアは一切気がつかなかったのは無理もない。

 

「まったく、君という子は。せめて鍵ぐらいは気をつけなさい」

 

「はい………………へっ!?」

 

「ああ、いいさ。ここでは誰も見ていないんだ。気楽にしなさい」

 

「!!?!?!?!?」

 

 状況をようやく飲み込む。ぼやけた目は激しく動揺し手ふるえ、冷めた頭にまた赤くそれこそ顔色が変わるほどに熱が灯る。そんな慌ただしい姪の様子にロバートはつい柔和な笑みを漏らす

 

「はは、そそっかしいのは変わらないね。セシリア」

 

「おっ、おじさま!?…なんで、ここに」

 

「いや、なに……少し顔を伺おうと思ってね。」

 

「……は、はぁ」

 

 目のまえにいる男性、先ほどの威厳に溢れ何物も寄せ付けないような風体は陰にひそめ、そこにいるのは紛れもなく、物心つく頃から親しくしている叔父の顔そのものだった。

 

「……見苦しい所を、見せてしまいました。」

 

「なに、いいさ。今なら気にするものはいない、だから」

 

「……あ」

 

 差し出された菓子箱、子供向けで、おおよそ目の前の人物が持つには不相応な駄菓子。

 

……これ、昔

 

「どうだい、一つ。たまたま通販で見つけてね、チョコレートは嫌いかな」

 

「……いただきます」

 

 箱の中から一つ、動物の模様が描かれたナッツ混じりのチョコ。甘さばかりで、日頃高いものを口にする上流階級にはまったく相応しくないしろもの。

 

……甘い

 

 人工的で、舌に残る甘み。けれども、それが妙に舌になじむ。甘さと共に、遠い昔の暖かな情景がこみ上げる。

 

「君の好きな……いや、今はもう違うのかな。もうすぐ14になるのだからな」

 

「……いえ、嬉しいですわ。叔父様のチョコ、昔と変わりません」

 

 テレビのコマーシャルに惹かれ、何度母にせがんでもついぞ買ってはくれなかった。だからこっそりと、この目の前にいる叔父にせがみ、二人で食べながら秘密と約束を交わした。確かまだ5歳になったばかりの頃の記憶だ。

 

……あれから、わたくしが落ち込んだ時もこうして、そっとチョコレートを指しだして

 

「少しだけ、昔を思い出しました。……昔を、ロバート叔父様が一緒にいてくれた頃を」

 

「……ああ、そうだね。リチャードはともかくミリアは厳しかったから、つい僕は君を甘やかしてしまったよ。君のいたずらのアドバイスも何度してやったことか。」

 

「ああ、そんなこともありましたわね」

 

 見た目の落ち着きとは裏腹にその根っこは無邪気で、物腰穏やかな父とは正反対だった。好奇心旺盛な幼いころはよく遊び相手になってくれたし、大人をおどろかすいたずらはよくこの人から教わったものだ。

 

「一緒にいたずらをして、でもいつも決まってお母様に怒られました。そういえば、一度叔父さまもいっしょに怒られたこともありましたわね」

 

「ああ、そんなこともあったね。二人でリチャードを驚かせようと落とし穴を掘って、けれどはまったのはミリアで、あれにはさすがの僕も肝を冷やした。一緒にさんざん怒られた後、ついでに怒られたリチャードと一緒に三人で」

 

「ええ、チョコレートを食べながら、次はお母様にどんないたずらをしようかと!」

 

「ああ、そうだったね…! 本当に懐かしい、いい思い出だ」

 

「ええ…本当に」

 

 二人並んで座り、菓子をつまみながら駄弁るこの時間がどこまでも愛おしく、そして切なくもなる。

 

 この場にいるのは等しく失くした者同士な関係で、しかし本来であればこの二人はよりもっと近い距離に居られたはずであった。しかし、それはセシリア自身の手によってこの形になった。先代の跡を継ぎ、貴族オルコットの家督を継承してさらに複合産業であるオルコットカンパニーの総責任者の地位に継いだことによって

 

「……叔父さま、わたくし」

 

「?」

 

「あの、少し…」

 

「……」

 

すっ……。

 

「へ?」

 

 不意に、無言で差し出した手が私の唇に触れる。動揺する暇もなく、口の中に放り込まれたのはチョコレートの菓子

 

「……」

 

「最後の一個だ。君が食べるといい」

 

「……ぁ」

 

 最後の菓子を幼子に譲る、そんなたわいのないやり取りに、ふとデジャブのような記憶が

 

……いや、前にも

 

 あれはそう、叔父が仕事で忙しくなり、頻繁に顔を合わすことが困難になったと聞いて駄々をこねていたあの時だ。

 

……あの時も、わたくしの口に甘いものを

 

 

「……がんばれ、セシリア」

 

「!?」

 

「二人で、誰もいない今なら、正直君をただの姪っ子として甘やかしたい気持ちもある。頭を撫でてやれば、君は喜ぶのかもしれない。」

 

「……それは」

 

「けど、申し訳ないが……だからこそ、今はこれだけだ」

 

「……」

 

 叔父は優しく、あくまで毅然とした大人として、頭ではなくその肩に手を置く。まなざしは真剣に、セシリアと向き合い、現実的な言葉をつむぐ

 

 

「だから、今すべき話は現実的な問題だ。わかってはいると思うが、君の立場を盤石にするためには解決しなければならない問題が二つ、それは内と外に隔てられた厄介な事案だ」

 

「……ええ」

 

 外は当然フランスのデュノアについて、今後IS関連で競争にある彼らがこのまま黙したままでいるとは到底安心はできない。BT社はIS関連の技術開発を携わる政府運営の企業であり、そこに深くかかわるオルコットは格好の潜り先であろう。

 

 大組織と言うものは難儀なもので、大木が太く、幹が、歯が茂る程に光の当たらない部分も増えていくものだ。故に、敵が奸計を働くのであれば、その黒い手が届くのは我らの背後からだ。

 

 オルコットに巣くう病巣、先の事件で処罰しきれなかった憂いそのもの。デュノアに裏で手を引き、頭首である自分を闇に葬ろうとした男たち。外と内、内憂外患を払い去り、樹木に潤いを戻さなければならない。

 

「……ですが、あの男からあからさまに主張されてはこちらから言い出せないではないですか!」

 

フランスに対する言及、しかし、どうあがいても黒幕の関係者であるあの男と意見を合わせてしまえば、起こることは容易に想定できる。

 

「探られたくない腹の内なら、いっそ自分から曝け出す方が良い。彼はやはり周到だ」

 

「ええ、……本当に腹立たしいですわ。」

 

 しかし、そのような度し難い男でさえ、容易に手を出せない天敵といえる人種もいる。それは

 

「…すまない。本当なら君をずっと守っていたい。けれど、それでは反対派をあおって君の敵を増やすことにつながる。対抗馬として、私は君の前に立ちふさがらないといけないんだ。」

 

「……わかっています。それは、十重に」

 

 ロバート・オルコット。先代の兄であるこの人こそが実質セシリアを継いで最も力を持つオルコットのトップである。故に

 

「モーレスのことは任せてくれ。奴は私が抑えておく、だから君には」

 

そう言い、ロバートがポケットから取り出した端末、そこに表示される画像には

 

「……これは?」

 

「なに、うちの工場で作られた便利な道具さ。後でファイルを送るよ。色々と役に立つことだろうさ」

 

「……よろしいのですか、私が行って」

 

 そこに映る物はとある計画に備えられ用意されたもの。セシリアとチェルシー、そしてこのロバートと共謀し、事態を動かすために作られた内密な謀略

 

「はぁ、できれば反対したいが、君は梃子でも動かないのは承知だ。リスクはあるが、当たればデカい。君のやりたいを、僕は尊重しよう」

 

「……叔父様!」

 

「!!っ……まったく」

 

 仕方ない、と…ロバートは胸に飛びついたセシリアを優しく抱き留める。互いに決めた約束、一人前として、関係はフラットにするべきと誓った。

 

しかし

 

「……セシリア」

 

「ええ、わかっています。わかっていますから!!」

 

「……いや、いい」

 

 子を慈しむように、日に照らされて輝く髪を壊さないように優しくすいてやる。このひと時だけ、ロバートはセシリアに対し、唯一の肉親として愛を与え続ける。

 

「ああ、見るべきもの、判断するべきは君自身だ。いざとなれば責任は僕がとる、だから」

 

「………」

 

「必ず、帰って来なさい。」

 

「……ッ!!」

 

 駆ける言葉はどこまでも優しく、そこにいるのは少女にとって真に頼れるに値する、父性に満ちた大人の姿であった。

 

……ああ、そうだ。この人だけは、本当に

 

 暖かい、心を溶かす温もりを胸に抱き、名残惜しさを感じながら一歩後ろに下がる。真っ直ぐに見つめ、その眼は一人の少女を超えて、受け継がれし責任と恩人の期待を抱いたセシリア・オルコットとして

 

「ええ、約束しますわ……ロバート常務」

 

「……聞き届けましたよ。当主セシリア」

 

今度こそ、全ての憂いを払うべくセシリアは動き出す。

 

 

目指すは隣国のフランスへ

 

 

 

 

 

フランス、パリの住宅街、とあるぼろ屋の一室にて

 

 

「……ん」

 

 目が覚める。疲れがたまっているにもかかわらず、長く働いた職場の起床時間が体から離れず、時刻は未だ6時にも至っていない。木漏れ日が差し込むには少しだけまだ早い時間だ。

 

「……」

 

 ふと、辺りを見渡す。そこはホテルと言うにはどこか生活観に満ちていて、置いてある家具や小物も少女チックな模様と元々のアンティークじみた要素と混じって若干混沌としている。

 

……そうだ、確か俺は

 

そこで、ようやく意識が回りだした頃に、ふと

 

「……なんか、暖かい」

 

 電気毛布でも入っているかのような、しかしそれにしては暖かさは生っぽいし、というか

 

……柔らかい、人だよな

 

 該当する人物は一人。恐る恐るふとんをまくり、湯たんぽの正体へと

 

「あの、シャル……さん」

 

「んん……あれ」

 

 ベッドに入り込む生暖かい感触、布団をまくって見ればあら不思議なことに、そこにはなんと金髪の美少女が

 

…いや、いたらダメだろ

 

 

「……すまない、一応聞くが……何でこっちに来ているんだ」

 

「……ん、はあぁぅ……うん」

 

 しかし、返事をしようとする前にもう一度眠りについてしまう。布団を捲られて寒いのか、俺の体に近づいて

 

「……ちょっと、これは……!!」

 

「んへぇ……お兄、ちゃん」

 

「!!……頼むから、お兄さんに留めてくれ」

 

 なんだかんだで、元の世界ではリアル妹のいるダリルである。正直言って、そこまで妹に溺愛するような間柄でもないし、あくまで慕う妹が一人いる程度なのだが、しかし

 

 

「………ッ」

 

…落ち着け、相手はティーンだ。確かに、ちょっと、というかすごくかわいいし、なんならスタイルも……ッ!?

 

「んん……寒い」

 

「こ、こら……男に近づきすぎだ!!はしたない……!?」

 

 ダリルの体をよじ登るように、シャルの端正な顔がこっちに、と言うか今止めなかったら確実に眼前まで近づいていた。

 

「……落ち着け、俺は軍人で、誇りあるジオン公国の人間は……!!」

 

 未成年を前に、自らの欲を律するために使われる公国というのもだいぶ間抜けな話だが、しかしこのままいては間違いが起こる、かもしれない。

 

「……シャル、おいシャル!!」

 

 義手の指でシャルの顔をつつき、その細い鼻をつまみ上げる。そうやって、ようやく

 

「んん……ふぇ、へっ?」

 

「はぁ、やっと起きたか。なあシャル、とりあえず一回布団から」

 

「……んっ……すぅ」

 

「…って、こら!……なんで三度寝に決め込もうとしてるんだ。いい加減離れないか!!」

 

「……だって、寒いし……くっついていると、あったかいよ」

 

「その相手が問題だって言ってるんだ。なあ、昨日のことで打ち解けたのは良いが、さすがに危機感は持ってくれ。あったばかりの男になんでこんな……!!」

 

「もう、うるさいよ。下にはお爺ちゃんだっているんだから。」

 

「……なんで俺はこの状況で普通に声の大きさを叱られているんだ。ちがう、そうじゃないだろ」

 

 体を起こし、半ば強引にシャルから離れる。座ったまま項垂れて、ひとまず今の状況を冷静に考える。

 

「……うん、やっぱり君の方がおかしい。そもそも君が強引にベッドを譲ったんだろうに、何でソファーじゃなくてこっちに………って」

 

 

どさっ……

 

 

「……なあ」

 

「…えへへ。……なにかなぁ」

 

「なんで、君はそう抱き着いてくるんだ」

 

 座ったダリルの上にかぶさるように、膝立ちのシャルがダリルに抱き着く。耳に掛かる吐息が少しくすぐったく、そして嫌でも感じてしまうその発育の良さには……いや、それは駄目だろ

 

 しかし、本人は一向に離れる気が無い。そうなってくると、動揺よりもダリルの中では疑問が強く表れる。

 

 

「なあ、シャル」

 

「うん、どうしたのお兄さん」

 

「……君は、どうしてこんなに」

 

…どうして、こんなに親しいのか、だが、その答えはよくよく考えれば想像できる。故に、言葉に詰まる。

 

触れてはいけない、そんな部分に気を遣わずにいられない

 

「……どうしてか、聞かないの?」

 

「……いや、やっぱり良い。」

 

「ふふ……じゃあ、もう少しだけ良いかな。お兄さん、あったかいから……もうちょっとだけ」

 

「……わかった。しかたないな、シャルは」

 

 一度は恐怖、怒りと恨みつらみで接したはずなのに、どうしてか俺はこの子の痛みを知り、そして今度は優しく諫めて

 

そして暖かく抱きしめた。

 

 

「……」

 

 今思えば、いずれはここを発つ自分のしたことは無責任かもしれない。一方的に与えて、結局俺はこの子を最後まで向き合うわけでもないのに。

 

「……ふぅ、すぅ」

 

 肩に顔をうずめたまま、一人また夢の世界へ落ちていく。お腹に回した手だけは決して離さないようにと、その手は力強く、まるで何かを手放したくない……そんな思いが込められているかのように

 

「……はぁ」

 

…やっぱり、無責任かもしれないな。

 

 木漏れ日の入る部屋の中、少しだけ、この平凡な朝のまどろみを、この子と一緒に続けたい。そう思い、自然と重くなる瞼に身を任せ、少し早めの朝はここで終わりを迎える。

 

 結局、二人が起床するのは昼頃の、互いが空腹でお腹を鳴らせるときまで続くのであった。

 




今回はここまで、ダリル君完全にセシリアほっぽってラブコメさせています。まあ、前世が辛み爆発なんでこれぐらいの役得はノープロブレム


次回から、また色々と陰謀とラブコメも渦巻く予定です。投稿はできるだけ早めに


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共犯者

前半ゆるめ、後半シリアスです。


 一人旅をするにあたって、何よりも大事なことは何か。

 

金か、身分証明か、それとも自衛の護身術か、どれも欠かせないといえば同じだが、ことダリルにとって最も欠かせないモノとなると

 

「ねえ、お兄さん」

 

「……」

 

ふたりベッドに腰掛け、俺が座る後ろでぴったりと背中をくっつけている。

 

「私、手伝えることあるかな?」

 

「……いや、一人でできるから、もう……これで」

 

義手の接続部を取り付ける。バンドを固定し、神経を繋ぐ肯定も滞りなく進む。

 

「……シャル、手を」

 

「?」

 

言われるまま手を差し出す。ダリルの義手がシャルの手を握手するように掴み、数回確かめるようににぎにぎと指が動く。

 

「……えへへ」

 

「よし、ちゃんと動く。……ていうか、何で嬉しそうなんだ?」

 

「さあ……なんとなく、かな」

 

「…そうか」

 

 義肢のメンテナンス、本来であれば専門の技術職の手を借りて行うものだが、現在ダリルが使用している義肢は大変安く、そして簡素な設計である。故に、一人でも容易に調整と間接部の掃除、油さしぐらいなら一人でも可能だ。

 

「……ふぅ、よっと」

 

両手が済み、次にダリルは片足のベルトを外し、そして接合部のロックを開き右足が完全に外れる。

 

「……へぇ」

 

「…手伝うか」

 

「いいの?」

 

「まあ、布で部品を綺麗にするぐらいだからな………いいのか」

 

「うん、するする!」

 

「……」

 

嬉々として、彼女は道具を受け取り俺の横に並んで作業を手伝う。

 

「…面白いか?」

 

「うん、なんか……ちょっとかっこいい、かなって。」

 

「…かっこいい、なのか?」

 

「うん………たぶん」

 

「なんだそれ?…はっきりしないな」

 

「ん~、だって冷静に考えると気にしたら悪いかなって。お兄さんのそれ、どこまで触れていいか私わからないから」

 

「……そうか」

 

「うん、だから……えっと」

 

「………」

 

 それ以上、上手く会話を続ける返しが出てこなかった。互いに無言で、俺は義足の部品を付け替え、その横でシャルは手渡した部品を布で拭き、油を塗る。

 

無言のまま、部屋の時計の音が耳にうるさく響くほど、ただ静かに時間が流れていく。

 

「………」

 

 一泊の宿泊、しかし、蓋を開ければそれが続けて二日、三日と続いていく。シャルとふたりでパリを観光しながら時間を過ごす。そして今日もこの宿に戻り、そして今に至る。二人、就寝する前のまったりとした時間がゆるやかに流れていく。

 

ちなみに、初日は仕方ないということで妥協したが当然俺はソファーを借りると主張し続けた。しかし、それでもと頑なに譲らない家主の希望に負け、俺はこの子と一緒に一つのベッドで寝ることになった。幸い、セミダブルサイズと言うことで窮屈とまではいかなかったが、しかし朝になると俺の胸元に生暖かい何かがくっついているわけで………やっぱり、ダメだよな。

 

と、そんな風に時折無防備なシャルに終始振り回されているダリルだが、なんだかんだでこの少女といる時間にすっかり慣れ親しんでいるのも事実。そして、それはこの子の方にも

 

 

 

…なんか、すごい懐かれてしまった。

 

 

 

 今日一日、街を遊歩しながら彼女は終始笑顔で、俺をもてなそうと懸命にパリをガイドしてくれた。さすが、ガイドで小金を稼いでいるというだけあってか、現代アートの名所や観光客に手付かずの隠れた名店など、彼女と過ごす時間は思いのほか、いやかなり良い時間だったと言える。

 

「……」

 

……良い、時間か

 

ふと、思う。彼女と過ごす時間に居心地の良さを感じている。それはいい、もう彼女への怒りも何もない。むしろ、今は親しい仲として関心すら抱いている。

 

だから、故に

 

 

「?…どうしたのお兄さん、手が止まってるよ」

 

「……ああ」

 

衝動的に振り向く。目と目が合い、彼女の顔を見ていると、どうしてか辛くなってしまう。

 

「……?」

 

「……シャル、俺は」

 

 忘れそうになるが、そもそもこれはイギリスに向かうための途中旅だ。旅の滞在期間は無限ではないし、脱線事故も終わってダイヤが正常になった今、行こうと思えば当日にイギリスに向かうことさえできる。

 

 

「……」

 

「もう、どうしたの……黙ってちゃわからないよ?」

 

「……その」

 

「?」

 

 だから、これ以上抱える前に俺は発たなければならない。それを告げなくてはならない。もうこれ以上は、きっとこの子のためにもならないはずだから。

 

「シャル、俺は」

 

「……」

 

「……俺は、行かないといけないからさ。イギリスに」

 

「……そういえば、言っていたね。そうだね、じゃあ……もう、お別れなのかな?」

 

「さあ、でも近いうちに…」

 

 何時までもいられない。いずれ、ここを発って俺は彼女のもとに、セシリアのもとに行くのだ。

 

しかし、この場になってふと迷いが芽生える。

 

けど、行ってどうなるだろうか?

 

セシリアは俺に居場所をくれると言った。けど、何かを成すのは俺の意志だ。

 

なら、どんなに居場所があっても、結局意味はあるのか?

 

……ああ、だめだ。

 

 元の世界に帰る、それならもう少しまともな理由づけにはなるだろうか。しかし、そんなSFチックな方法なんてそう見つかるはずもない。なら、ここで……この過去の世界でできることは何か?

 

「……」

 

 過去に来て、未来では知りえなかったISという存在。いくつか疑問は消えないが、それでもあの自由な翼には惹かれるものがあった。

 

 だが、それでどこまで持つのだろうか。結局、何かを見つけられるという楽観視で、俺は何も見据えていないのではないか?

 

不安になる。では、何を求めればいい?

 

俺の求める物、欲しかったもの、それは

 

「……………」

 

「……ねえ、お兄さん」

 

「………」

 

「うぅ、もう!!」

 

がぶっ……!

 

「いっ!? シャル、なにするんだ!!」

 

「らにって、むひふるほうはわるひんはお」

 

 首筋にあたる尖った感覚、少し痛くて少しこそばゆい。というか、なんかちょっと変な感覚が全身に走る。

 

「!!……わ、悪かったから。というか、やめろって、はしたない!」

 

「…ぺっ……ふん、どうせ下町育ちで行儀がなっていませんよーだ」

 

 口を離し、どこか自慢げにそう言ってのける。やってることは幼いが、なんというかしぐさの一つ一つが妙に気に障る。

 

「……別に、そこまで言うつもりは無いが。何でいきなり噛むんだ?……痛っつ」

 

「あぁ、ごめん。甘噛みのつもりだったんだけど。傷、ないよね?」

 

「……いや、そこまでは、いきなりだから俺も驚きすぎた」

 

「……」

 

少し、反応が大げさだったかもしれない。そう思い、シャルに言葉を出そうとした時

 

ちらっ……

 

「!」

 

 何故か、シャルは着ているシャツの襟をずらし、首筋から肩とうなじ付近の肌を見せつける。顔を赤らめ、恥じらいながら晒す姿には少しだけ蠱惑的な感覚に見舞ってしまう

 

「…何をしているんだ、君は」

 

「……だって、仕返しされるかなって。だから、どうぞ」

 

「……やり返しはしない、というか照れるぐらいならするんじゃない」

 

一瞬、肌を晒すしぐさに思わずキてしまったが、それでも俺は理性のある大人だから、だから、大丈夫と言い切れない自分が悲しい。

 

「……そう」

 

いで立ちを直し、シャルと俺は再びメンテの作業に戻る。

 

……少しは警戒心を持ってくれ。頼むから

 

「……はぁ、話が逸れたな。とにかく、明日か明後日にはもう行くよ。さすがにずっとパリにいるのも飽きてきたし」

 

「…ふうん。で、パリを出てどこにいくの?そのままイギリス?」

 

「まあ、なにもなければ……」

 

「……」

 

「まあ、2~3日寄り道ぐらいなら……するかもしれない。あてはないけど」

 

 はたして、それほど滞在していいのか。ちなみに、今日の昼ぐらいに国際電話をかけたがセシリアにはつながらなかった。連絡がないままイギリスに向かっていいものか

 

…まだ、いいよな。少し遅れても、ちゃんと土産物抱えていけばいいし

 

 

「………」

 

「?……シャル」

 

「…2~3日ねえ………じゃあさ、お兄さん」

 

「……?」

 

「もしよかったらだけどさ、実はね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリ市、その中でも高層ビルひしめく摩天楼の一帯、最上階からは凱旋門の広場を中心に都市を一望できる、まさに殿上人の住まう世界がそこにはあった。

 

「……」

 

 デュノア・グループ本社ビル、社長室の前で男は数人の護衛をそのばに待機させ、一人扉を押し開け中へと入る。

 

…まったく、なんで私と言う人間がこうも若造に振り回されねばならんのだ!

 

 モーレス・ガルディ、内心でそのような毒を吐きながら、しかしその感情は決して表に出すことはできない。

 

 モーレスは小物ではあるが、知恵も周り権力もある。積み上げたものは決して張りぼてなどではないと自信がある。しかし、目の前の人物に対して、モーレスは侮ることも、砕けた調子でいることもできない。

 

「やあ、来てくれたね。モーレス殿」

 

「…ええ」

 

 来客を待つ男、年齢は40半ばでフランス人らしい濃い金髪の若々しい出で立ち。名をアルベール・デュノア。第二世代機IS,ラファールを世界に広げ、フランス産業界を一身に背負うまさに時の人であり、そしてこの人物こそが先の騒動においてモーレスと共に陰謀を働いた共犯者でもある。

 

「わざわざお越ししていただきすまない。なにぶん、通話で済ますにはあまりにも重い話だ」

 

「……アルベール殿、直接顔を合わせる案件とはいったい何でしょうか?私自身、先のことがある故に下手には動けないのですよ、それは手を取ったあなたにはよくお判りでしょうに」

 

「…だが、あなたは今もまだイギリスに滞在しているはずでしょう。それなら、問題は起こらないはずでは?」

 

「……」

 

「まあ、しかし……貴方も私も暇ではないのだ、本題に入りましょう」

 

「…そうか。……だが、まずはあれだ。誤解だけは解いておきたい!」

 

「誤解…ですか」

 

「!!」

 

 席に坐する男の目はひどく冷徹で、自分よりも20は下の年であるのに、その眼光から感じる威圧は遥かに自分を超えている。

 

 底が見えない。デュノアグループのトップに坐すその男が、アルベール・デュノアという人間には未だ底知れぬ深い威圧感を感じてしまう。

 

「……モーレスさん、つまりあなたは全く無縁だと、そう主張したいのか?」

 

「えっ……ああ、そうですな。」

 

「……」

 

 無言で、アルベールはモーレスの前に一つの種類を投げ渡す。咄嗟に受け取ったそれにはいくつもの明細な数字の出入記録がある。そして、その数字と使用用途にモーレスは瞬時に理解が及ぶ。

 

「…こ、これはその」

 

「……南部にある、発電施設への設備管理……だが、その実際はこれだ」

 

「!」

 

 壁面に映るディスプレイに光が灯され、そこに映るのはなにやら人型の構造を移したかのような白黒の設計図である。数日前、ミラージュとニコラが発見した場所で得たISの開発記録である。

 

 元、デュノア・グループで兵器開発部門で技術主任を務めていた人物、イリス・ローランがひそかに作り上げたフランス製のIS、しかし、よくよく考えれば個人がISを開発するのにはどうあがいても資本と人員が必要であり、つまりそのイリスが行った研究のスポンサーこそが

 

「…イリス・ローラン、あれに金を回したのは君だな。」

 

「………どうやら、全部お見通しのようですな。それも、あの下品な女から聞かされたのですか、アルベール殿」

 

「……」

 

 無言で、目の前に置くPCを操作し、画面が数回ほど切り替わる。そしてそこに移り変わったのは動画のプレイヤーソフト、タンッ…と、高くキーを打ち付ける音と同時に、プレイヤーの動画が再開される。そこに映ったのは

 

『……いい、あんたにはこれを完成させる義務があるの。断るなんていわせないから、おわかり?』

 

「!」

 

 映像に映るのは二人の人間、特に目を引く今もなお乱雑な口調で会話を続ける女には心当たりがある。

 

セシリアを拉致せんとむかわしたデュノアの私兵部隊。その隊の指揮官であり、イギリスで護送中にその命を終えたはずだった。だが、映像に映る通りこの女は生きていた。

 

「ここに来るきっかけだよ。君が呼んでいると、この女が私のもとに現れたんだ。後ご丁寧に、そこにある物と同じ書類を携えてね」

 

「そうか。……君の言う通り、わざわざ隣国から呼び寄せたのも、彼女が全てを持ち込んだからだ」

 

 映像に映る赤髪の人物。そいつこそ、モーレスをこの場所に呼び寄せる根本の原因、提示された情報にはとあるISの設計思想、およびそのISを起動させるために必要なシステムのデータなど、それは本来存在することがあり得ない代物だった。

 

「今は北部の研究施設に保管している。検証データだけ見たが、あれはラファールを遥かに超えている。乗りこなし、操る者がいればな」

 

「……まさか、奴はいったい何者だ?あれの開発は中断になったはずなのに、なぜ……!!」

 

「……中断、それはどういうことだ?」

 

「言葉通りだ。確かに私はイリスと接触して、研究の資金を貸した。だが、あれは金を食いつぶすとだけとわかって、私は手を切ったのだ。故に、あのISは完成するはずがない!!」

 

「……だが、現実にあれは完成しつつある。そして、そのためには」

 

 

 映像が資料に切り替わる。数式と文字が羅列された項目が次々と変わり、その次に表示されるページには

 

「……イリス・ローラン、彼女の手記か!」

 

「ああ、それを見てね、私も驚いたよ。でも、君は知っていたんじゃないか?」

 

 

「……知っていた?何をだ」

 

「…イリスの背後は調べたのだろう。君が何もせず協力をかって出るとは思えないからね。」

 

「……それはそうだが、けどそれを………まさかっ!?」

 

「…察しが早くて助かるよ。」

 

「……ッ!!」

 

「…あれが去ってから、私はその情報を持ち合わせていない。疾走したと報告があったときにはすでに海外への逃亡と食って掛かったが、まさか国内にとどまっていたとはね。灯台下暗しだ。だが、幸運なことにあれは自ら君に接触した。そこから探ればあれの来歴はすぐにわかる。また、協力関係と行こうじゃないか。君も、関係者なのだからね」

 

「……それは、本気か?」

 

「……それを今さら確認する必要はあるかい?君だって、年儚い少女を手にかけようとしただろうに」

 

「……ッ!」

 

 アルベールは終始冷徹に、利益という合理的な目的のためにただことを成す。モーレスの質問の意味、それをアルベールは深く理解したうえで一切の躊躇なく決断する。イリス・ローランが残した未完のIS,それを完成させるために必要なもう一つのパーツ

 

 

「とにかく、あれを完成させることは私にも利がある。成功すれば、君を正式にフランスへ招待するよ。それで、良いはずだろう」

 

「……」

 

 本来の目的、自らの利益のために自分はトップに弓を引いた。いずれ、その対価をこのままでは清算しなければならない。であれば、この機会を逃すわけにはいかない。

 

「………開発に携わった人員、それをもう一度収集すればいいのですかな」

 

「ああ、それと並行して適正なパイロットを調達する。そのために、彼女の情報を提供してほしい。情報は当然調べているのだろう」

 

 彼らが策略する計画、未完のISを、イリス・ローランが残した聖剣を呼び覚ますために、その担い手を見つけ出す。

 

…まさか、あれとのつながりがこのようになって帰ってくるとは。まったく、女とは末恐ろしいものだ。

 

 かつて、愛人としての関係を数回経て、しかしその関係は一方的に突然なまでに途絶えた。だが、それは確かな始まりだった。

 

 

 

「手記に書かれていた少女、シャルロット・ローランの在りか、それを提供してほしい。」

 

 

 一切の躊躇なく、ただ静かのそう言葉に告げた。実のつながりがある、それを知った上で、アルベールは冷静に合理的に判断を下す。

 

「……いいのですかな。認知していないとはいえ、実の」

 

「構わんよ。父親が娘を迎えに行くのに、一体何をためらう必要がある。」

 

「……」

 

……父親、ねえ

 

 

 途中とはいえ、計画に携わったモーレスはその少女に与えられる顛末を想像できてしまう。故に、顔を知らぬその少女には同情の意を感じずにいられない。

 

同情はするが、仕方のない。同情など何の足しにもならない

 

 すべては利を得るため、暗躍は静かに、しかし確実にその魔の手は広がっていく。

 

 




今回はここまでです。少しずつ情報を開示していくスタイルですハイ

次回からシャルの過去について、まあ色々と掘り下げていくつもりです。というか、普通にシャルの方がラブコメ強すぎてセシリア完全に放置してる。はよダリルに手料理食べさせないと


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故郷

久しぶりの投稿です。





 等間隔の駆動音、向かい合った座席に腰掛け、その視線は窓辺一面に広がる稲穂の絨毯へと

 

「……ずいぶん、田舎になったな」

 

「うん、東部は今でもレトロな風景だからね。都市部と比べてずっと静かで、空気も綺麗だよ」

 

「……そうだな。なんだか、郷里に思いをはせるような……知らない景色だけど懐かしく感じるよ。」

 

「そうなんだ。…あれ、でもお兄さんの故郷ってどこ?イギリス?」

 

「故郷、それはもちろんサイドす……ゲフンゲフンッ!!」

 

「え、うわ!もう、どうしたのさ……はい、お茶」

 

 むせ返る。

 

 ごく自然に正直にしゃべってしまいそうになった。

 

 

…どうしよう、適当に……中世の国なら、アメリカ?でも、祖先は確かドイツ系のはず

 

 

「……シャル」

 

「え、うん…で、結局どこなの?」

 

「……個人情報だから、ノーコメントで」

 

「ええ!もったいぶって何なの!!教えてよぉ……ねえ…!!」

 

「こ、こら、髪に触るな……ちょ、叔父さん、あんたからもこの子に」

 

「………フガ」

 

「……あれ」

 

 寝ている、ただの屍のようだ。

 

「へっへーん、無駄だよ!…叔父さん、一度寝たら死んでるみたいに起きないから、たまに呼吸忘れてても平気で熟睡するからね」

 

「いや、それは起こせ!というか、今電車の中だろ、見られてる、見られてるから!!」

 

「あはは……!!」

 

 周囲から向けられる視線、大半は奇行を見る哀れみ、残りは仲睦ましい兄妹の図でも見出しているのだろうか。

 

 

 騒々しく、電車の旅は続いていく。目的地はブルゴーニュ地方のとある集落。かつてシャルロットが過ごしていた故郷

 

イギリスに向かうダリルの旅路、その寄り道として、彼女の故郷に同伴する。これはその最初の一日、だが数時間で静かな旅は終わりを迎える。

 

 

 

「……」

 

…しかし、結局ついてきてしまったわけだが、セシリアには悪いよな。

 

連絡はした。だが繋がらない、都合よく判断しているが、これで怒りを買っていたらどうしようもない訳で

 

「…はぁ」

 

「あれ、お客さん、もうかゆい所はないですか?」

 

「……何で目的が変わっているんだ。少し考え事だ」

 

「……ふうん。そう」

 

旅路はまだ続く。

 

目的地まで、つく頃には昼過ぎか

 

「……」

 

窓辺から眺める光景、創作の世界でしか見ることの叶わない。宇宙暮らしのダリルにとってはなんとも貴重な光景だ。

 

 

「…故郷か」

 

 昔から、故郷と言うには根無し草な人生だった。家で落ち着いて団らんなんて、もう遠い過去の夢だった。

 

 自分のいる居場所、それは宇宙で、戦場で、それは決まった場所ではない流動的なスペースなんだと思う。

 

でも、彼女は違う

 

「……ん、どうしたのお兄さん。お茶のおかわりでも欲しいの」

 

「……ああ、いただくよ」

 

 彼女は、シャルロット・ローランにとって、今から赴く場所は生まれ育った故郷なのだろう。

 

なのに、どうしてか

 

「……もうすぐ、かな」

 

「そうだな、叔父さんを起こさないと」

 

「うん、叔父さん、もうすぐブルゴーニュだよ。ねえ」

 

「……」

 

 明るく振舞う、彼女らしい、いつものはきはきと愛情を振りまくシュルの姿がそこにある。

なのに、なのにだ

 

どうしてか、故郷を思う彼女の顔は

 

「……あぁ、なんじゃ、もう着いたのか」

 

「違うよ、でも、そろそろ起きないと……また、今年も来たんだから」

 

 ときおり、ひどく悲しそうな顔をする。

 

 思いをはせる故郷を思う彼女の顔は、何故だか

 

「……」

 

 

……いや、触れるのはよそう

 

 

 事情があるのだろう、けど、それを掘り起こすことに何の意味がある

 

 少なくとも、今こうして笑いあって旅路を行く間柄なのだ。シャルを、彼女たちに不快な思いをさせたくはない。

 

 

…せっかく、誘ってくれたんだ。…むしろ、必要なのは

 

 

「なあ、シャル」

 

「ん、なに、お兄さん」

 

「…向こうについて、時間があればいい、いっしょに街を歩いたり、きれいな景色を見たり……とにかく」

 

「……うん」

 

「君の故郷を、俺は見たい。だから、いっしょに見て回ろう。」

 

「うん……うん!…もちろん、むしろ、絶対連れて回るからね……えへへ」

 

 

「…ああ、それが聞けて良かった」

 

 電車が止まる。

 

 どうやら、目的の駅に着いたようだ。

 

 席を立ち、旅行鞄を背負い俺たちは電車を後にする。

 

「あ、そういえば」

 

 

一つ、聞き忘れていた。

 

 

「なあ、シャル、俺達が行く場所って、どういう場所なんだ」

 

「んっ、まあ小さな集落だよ。東部の自然公園のある地域で、山と丘と森と、それとブドウ畑、そんな田舎……あっ、でも名前はね、ちょっといい感じかな」

 

「名前?」

 

「うん、村の名前はリュミアーレ。灯の意味でLumière(リュミアーレ)

 

くるっと、駅のホームでターンを決める。

 

背後に広がる緑の景色、広々と続く牧歌的な風景の先、そこに彼女の言う目的地がある。

 

「さあ、行くよ私の生まれた故郷に、母なる灯、 Lumière de mère(リュミアーレ・デ・メーア)に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車で一時間と数分

 

 農産物の収穫を終え、街並みは秋の実りのように豊かで鮮やかに染まっていた。

 

 少し歩けば人に当たる。息を吸えば空腹を覚える。

 

 ダリルにとって、そこはまさに初めての光景がそこにはあった。

 

 

 

 収穫祭である。

 

 

 

 

 

 

「ほら、そこのお兄さん、温かいワインとシードルもあるよ。一杯どうだい?」

 

「収穫祭の日は男女を結ぶ日だ!そこのカップルさん、可愛い女の子が寒そうじゃないか?うちの村で染めたポンチョだ、よく似合うんじゃないかい」

 

「……菓子はいかがかな、ほら、寒いと甘いもんが欲しいだろ。ここで取れたモノで作ったシュトレンだ。包んで土産にどうだい?」

 

 

 

 

 

「………すごいな」

 

「うん、だって収穫祭だからね」

 

 道を歩けば露店、人、人、露店……そして人と露店

 

 街並みが祭事に彩られ、人の喧噪はどこもかしこも明るく笑いに満ちている。

 

 甘い菓子と酒気の混じった暖かい空気、自然と精神は陽気にほだされ、浮き足立つ足を止めなければ今にも踊り出しそうなほどだ。

 

「…にしても」

 

 すでに、露店の誘惑に負けてついつい手を出した食べ物で片腕が塞がっていた。呼びかけをうけ、商品を受け取ろうと手を伸ばす。時々驚いた顔になるが、それでもたいていがすぐに温かい顔で丁寧にて渡しするだけで、そこには以前に見舞った悪態や横暴さなんてモノは欠片もない。

 

「……こっちの人は、気だてが穏やかなんだな。」

 

「えっ、そうかな?……まあ、確かに田舎だし、そうかも知れな……」

 

ダリルの言う言葉、その意味を理解し言葉を換える。

 

「あぁ、パリでのことだね。」

 

「……酷い目にあった」

 

「仕方ないよ、でも、その原因ってさ……これじゃないと思うよ」

 

「?」

 

「英語、イギリス訛りだよ。見た目はドイツ系だけど、言葉の野暮ったさは結構ネイティブだし、訛りが嫌いな人には余計に不快になるんだよ」

 

 指さすのは義手、ではなくそこから上に、ダリルの口元を指さしてシャルは続ける。

 

「パリはデュノア社があるから、イギリス嫌いの影響が強いんだよ。IS競争のせいで」

 

「……それって、BT社とデュノア社の関係が、そのまま国民感情に降りていっているって事か」

 

「まあ、そういうことだね。都市部に行くほど、IS思想は強いから、変に関心を持ちやすいの。観光客向けの街なら良いけど、アウェイでそのなまりは危ない。だから一緒について行ってあげたの」

 

「……そう、なのか。でも、なんでシャルがいたら」

 

「まあ、一応観光の国だしね。同郷の商売なら邪魔はしないってことだね。それはそれこれはこれ」

 

「……そうか」

 

 手足が原因ではないと知って、少し安堵する。慣れたつもりではいるが、差別感情というモノは骨身に染みる。

 

 

…よかった、なのか

 

 

 若干複雑ではあるが、今はソレで飲み込む事にする。

 

 

「……さ、次はどこに……って、いたっ!!」

 

「ねえ、ねえ!!ほら、焼きたてのパンに蜂蜜かけてる、早くしないと、他の人にとられちゃうよ!!」

 

 背中をバンバンと叩く。目を輝かせ、一心不乱に感情を振りまく。

 

 尻尾がついていたらそれはもうブンブンと振りまくっている事だろうに

 

「……はぁ、仕方ない」

 

 

 手を引かれ、俺は彼女との祭りに身を投じた。

 

 

 

 

 

 

「ひくっ、うぅ……ネルソン、すまんな」

 

 酔っ払いらしく、記憶の中の人物と会話をしている。

 

「……あぁ、すぐに着きますから。……随分、羽目を外したみたいだな」

 

 背中におぶるご老人。ダリルとシャルとは別に、この人はこの人で祭りを堪能していたらしく、どうやら馴染みの酒場でしこたまにワインとシードルを飲み干したらしい。

 

「あはは、ごめんね。叔父さん、毎年こうなんだ。飲んべえ達と張り合って、でも今年はお兄さんがいてくれて良かったよ」

 

「……こんな手足で良ければな」

 

「うん、頼りになる手足だよ。お兄さん」

 

「……」

 

 すっかり、兄と妹の関係がしっくり来てしまっている。

 

 本当は、もうすぐ別れが近づいているはずなのに、これが最後の時間であるかもしれないのに

 

 

…いや、だからなのか。

 

 

 勢いで始まった兄妹ごっこ。だが、気づけばソレは違和感のない、まるでずっと長く一緒にいてきたような錯覚すら覚える。

 

 

…あぁ、たまらないな

 

 

 互いにまだ知り合って間もないのに、どうしてかこうも無警戒で

 

「…俺は、ティーンの金髪に縁でもあるのか?」

 

「……何か言った?」

 

「いや、なにも」

 

 場所は変わって宿に

 

 本当は今日にでもかつての家に赴くつもりだったらしいが、こうも夜遅くなっては危ないらしい。

 

 街の安宿に三人、問題はベッドが二つで一つは既に叔父さんに譲っている。

 

「……まあ、仕方ないな」

 

「えへへ、また一緒だね、お兄さん」

 

「……」

 

 改めて、自分の理性には歓声を送りたい。

 

「…なあ、シャル」

 

「うん、なにかな」

 

 既にキャミソールと短パンのみに、シャルが横たわるすぐ横におれは座る。

 

「……寝ないの?」

 

「いつもの手入れだ。まあ、今日の移動は電車と車が大半だから、摩耗した部分を掃除するだけでいい。すぐに寝るよ」

 

「……そう」

 

片足ずつ外した義足をバラし、手慣れたようにパーツを綺麗にする。

 

部屋は変われど、やる事は変わらない。

 

「………」

 

「…先、寝ていて良いぞ」

 

「……やだ、寝たくない」

 

「明日、早く行くんじゃないのか」

 

「……それ、なんだけどさ」

 

「……」

 

「行きたくないっていったら、どうする?」

 

「……大事な、墓参りじゃないのか」

 

「うん……でも」

 

 この集落の外れ、山間の方の丘に一件、そこにはどうやらシャルルの幼い頃の住まいがあるらしい。

 

そして、その家の敷地には

 

 

「……お母さんの御墓、でも、行きたくない」

 

「……」

 

 薄暗く、暖炉の彼我と燃す部屋の中、シャルルは淡々と言葉を続ける。

 

 ソレは紛れもなく彼女の本音であり。

 

「……シャル」

 

 ここに来て、ずっと抱いていたであろう、シャルの本音を、今打ち明けようとしている。

 

 この、俺に

 

 

「……お母さん、5歳の頃に、急にいなくなったの」

 

「……それは」

 

「戸籍上はね、もう死んでるの。けど、それはあくまで建前、本当は出ていったの。私を捨てて」

 

「……」

 

「何も分からないまま、わたしは丘の家で叔父さんと二人きりなったの。でも何時かは帰ってくるって思ってここで暮らして、でも農業はもう続けられないから家を出ることになった。叔父さんは私の為に土地も商売道具の醸造機も全部売り払って、それで今はパリの小さな土地でアパート経営と小料理屋。それが、今のところの私の人生の旅路…かな」

 

「…じゃあ、なおさらここは」

 

「うん、リュミオーレは好き。でも、ここに来ると叔父さんはお母さんを思い出すし、私も考えたくないから……だから、本当は無理してるの」

 

「…ッ」

 

 気づけば、横たわっていたシャルは起き上がり、ベッドに座るダリルの背中に抱きついていた。

 

「……」

 

「…優しいね。振りほどかないんだ」

 

「そうして欲しいなら、そうするよ。けど、今はこうしていたいなら、好きにすればいい」

 

「!……うん」

 

 一層、彼女は俺の背中に身を添える。

 

 背中の熱が、その感情のふるえが伝わる。

 

「……家族か」

 

 随分、自分には遠い、けど、少なくとも彼女と同じ悩みを、似た苦しみを味わっている女性を、俺は知っている。

 

「……なあ、前に言ったよな」

 

 初めて、泣きはらす彼女が嗚咽と共に漏らした言葉

 

「……IS乗り、ソレが君の目指す理由だよな。それは、もしかして」

 

「……」

 

 だが、返事はない。

 

 流石にそこまでは踏み込んではいけないようで。自然に話は終了する。

 

 その日、俺は義手を付けたまま眠った。

 

 普段は腕に負担の少ない、簡易的なモノを付けるはずだが、今日は別だ。

 

 

 

 ひときわ甘える、この危うげな妹を慰める為に、俺は彼女の頭を何度も撫で続けた。

 

 

「……ッ」

 

「おやすみ、シャル」

 

 温度のない、無機質な機械の手

 

 

 けれど、そんな手にシャルは文句も溢さず、ただされるがままに受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

「な、なあ、運転変わろうか?」

 

「ええ、ヤダよせっかくの機会なんだし。ほら、ちゃんと運転できてるでしょ」

 

「いや、でもなぁ」

 

 舗装の甘い道をがりがりと音を立てて進む。

 

 荷物運搬用のトラック、少し大きめで四人乗りのそれに、俺は運転を任されるはずだった。

 

 なのに、なんで

 

「お前、免許とかまだだろ!!コロニーでもあと二年は先だぞ!!」

 

「もう、何意味わからないこと言ってるの?…別に、田舎だから大丈夫!ここらへんじゃ8歳からコンベアー乗り回すんだから!!」

 

「いや、それどうかんがえても駄目だろ、法律とか法律とか、法律とか!!!」

 

 そんなこんなで、朝っぱらから未成年のデスドライブに恐怖を覚え、荒い運転ながら無事山道を登り切り、俺たちは目的地に着いた。

 

 山間に開けた斜面の地形、一面に降りて広がるブドウ畑、その上に趣のある家が一軒。

 

 赤レンガの特徴的な石造りの家、今は住んでいないというには、その外観や周囲の庭園に至るまでよく絵が行き届いている。

 

 シャル曰く、町の住民は今も叔父さんを信奉していて、住処を離れてなおこの家と畑の手入れを時折してくれているのだとか。

 

 

「……さあ、そろそろ働くよ。私とダリルで家、叔父さんが庭の雑草を刈ってくれるから」

 

「……あぁ」

 

 言われるまま、俺はシャルの後ろをついて行く。

 

 アーチ状のゲートをくぐり、すぐに家の戸の前に至る。

 

 ポストの横には、この家の主の名が書かれている。

 

 

「……」

 

「何してるの、早くいくよ」

 

「……あぁ」

 

 掃除が始まる。

 

 といっても、辺り一面クモの巣と埃の山と言うわけでもない、適度に窓を開け、言え中の空気を入れ替えてあとは床を磨く

 

 それだけの簡単な作業。義手でやりづらいのはあるが、それはたいして苦にならない。

 

 部屋にある家具は形だけ、興味本位で開けてみても中は空っぽ

 

「…なんだか、クラシックゲームのRPGみたいだな」

 

 引き戸を開ければコインが三つ、そんな気分に浸ってしまうぐらいには気の抜けた作業が続く。

 

「…ごめんね、こんな仕事任せちゃって」

 

「いや、それはいい……でも、なんだかいい家だな」

 

「…それは、まあ、そうだね。ここ、思い出が多いから」

 

「…そうか」

 

 改めて、辺りを見渡す。

 

 今いるのはリビングルーム。調度品の無いタンスや机に、そして灰の一粒もない新品同様の暖炉

 

 わずかに残る傷跡やシミが生活の跡。今は人気のない、けれどもそこには確かに人の暮らした痕跡がある。

 

「……なんだか、寂しいな」

 

「…そうだね、でも、誰も手入れしないから、もう残していないんだ。全部地下においてある」

 

「地下、地下室があるのか?」

 

「うん、っていっても、作ったワインを保管する場所だから、そんなに広々としたものじゃないよ。よかったら、見に行く?」

 

「そうだな、せっかくだし、そこも掃除しよう。これじゃあ働いた気がしない」

 

 話がまとまり、二人が向かうは地下室の入り口

 

 台所の奥にある小さな扉、そこから階段を下りてまた扉を開ける。

 

 暗い窓のない空間、光をともして、部屋の全体像に突然の恐怖を抱く。

 

「!!」

 

 思わず後ろの戸に倒れ掛かった。

 

 無理もない、光が灯って、そこに人の姿があれば動揺しても無理はない。

 

 

「あはは、すごいビビってる。お兄さん予想通り過ぎ」

 

「……もしかして」

 

「……テヘ」

 

 

ビタンッ

 

 

「――……ッ!!?」

 

 悶絶する。

 

 義指のデコピンがその額に炸裂した。

 

「…年上を嵌めた罰だ」

 

「……うぅ、ちょっとした冗談なのに」

 

 あざとらしく、涙目で額をさすっている。

 

「……はぁ、まったく」

 

 軽く一瞥し、今一度その絵画に目を向ける。

 

「……なあ、これは」

 

「…ここの、畑の風景画だよ、誰が書いたかは知らないけど、リビングに飾ってたんだ」

 

「……これが」

 

 確かに、趣のある田舎の風景と思ったが、それは確かにこのあたりの光景である。よく構図を理解して、実にいい場所から絵をしたためたのだろう。

 

「……これ、もっていかないのか」

 

「これを?持っていきたいのはやまやまなんだけど、叔父さんがダメって、これはここに置いてくって、すごく喧嘩したんだ。」

 

「……そうか」

 

「うん、それもすっごくね。……さ、そろそろ戻るよ。叔父さんの芝刈り機の音、さっき聞こえなくなったから」

 

「あ、あぁ」

 

 振り返り、急ぎ足でついて行こうとする。

 

その時、たまたま持ちっぱなしだった箒が

 

 義手の手入れ不足か、不注意だけか

 

 

 握力から外れ、手を離れた木の棒はそのまま後ろに倒れる。

 

 

「あっ」

 

「へっ」

 

 

 間の抜けた声をかき消すように、地面から響く割れる音。

 

 

「……あ、これは、その」

 

「……」

 

「……しゃ、シャル?」

 

 返事が無い、一瞬怒りに振るていると考え、恐る恐るその尊顔を覗く。

 

 だけど、その顔に込められた表情はもっと別の物

 

 

「……シャル、なにが」

 

「……そ」

 

 まるで、見てはいけないものを、おぞましい悲惨な現実に立ちあったような

 

 そんな顔と、引きつった声、シャルは床に落ちた絵画に指をさす。

 

 

「……?」

 

 彼女の挿す指の先、それは裏面を下に落ちた絵画の裏、そこには、一冊の本が張り付いていた。 

 

「……これは」

 

 手に取り、その本の表紙をよく見る。

 

 達筆なフランス語で書かれたそれをまじまじと見る。

 

 英語に慣れたダリルには当然フランス語を理解しきる教養までは身に着けていない。

 

 けれども、そのノートに書かれた単語、その人物の名には心当たりがある。

 

「……イリス」

 

 先ほど、玄関口で見た住居人の名

 

「……イリス・ローラン」

 

「……!」

 

「シャル、これは」

 

「……うん。そう、だね」

 

 振るえた様子で、しかし、シャルは現実を直視する。

 

そこにあるのは紛れもなく、シャルが欲した事実そのもの、灯台下は暗かったというべきか

 

 

「…まさか、こんな近くにあるなんて、ねえ、お母さん」

 

「……」

 

 

 

 

 イリス・ローラン、シャルロット・ローランの実の母親

 

そして、娘を捨てた非道な女

 

 

「……ほんと、最悪だね」

 

 

 

 

 

次回に続く

 




今回はここまで、結構進めるつもりがなかなか進まず。

次回からちょっと生々しくなる予定で、もうシャルとの甘い展開は終了です。

サンボルテイスト、いっぱいぶち込みたいなぁ


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分岐点

年末滑り込み投稿です。

ようやく、物語の下ごしらえが終わります。


 一日が過ぎた

 

 昨日、俺の偶然からシャルは母親の手記を見つけた。

 

 部屋に戻り、彼女がそれを時間をかけて丁寧に読み進める様を、俺は後ろから見届けた。

 

 けれども、結局その内容については何も言わなかった。

 

 シャルは静かに、その手記を閉じて自分の部屋に戻った。机に残された一冊の本、そこにおいてあるタイトルはローランの手記。

 前日、宿に泊まって一緒に寝ていた時のことだ。背中に寄り添った彼女が、その口から漏らした事実を、俺は思い出す。

 

 寝静まった深夜だ。隣で聞こえる震えた声に俺は目を覚ました。俺の知らないシャルの記憶の中で、彼女はその人物の名を何度も口にしていた。

 

 娘を捨て置き、失踪した母親の名を

 

 

「……」

 

 今、俺は庭園の隅にある石碑、その前に立っている。

 

 石に掘られた名、シャルが会いたくなかったと、複雑な気持ちを漏らした原因

 

 

「…イリス・ローラン」

 

 聞きおぼえがあった。

 

 密かに、俺は彼女の母親の名を検索にかけた。鉱山でのこと、元軍人の皆から聞いた世界情勢や、歴史のこと、この世界に順応するために俺はとにかく話を聞き続けた。

 

そんな中で、俺はその名前を確かに聞いたことがあった。

 

そして、その予感は的中した。

 

 

「……兵器開発の世界的権威、デュノア社の技術主任にして、医療サイバーテクノロジーにも精通する稀代の天才」

 

 調べれば調べるほど、彼女の功績は湯水のように出てくる。

 

しかし、同時にその話題は一つの結果に帰結する。

 

 ISの登場により、世界から消えた前時代の人間、時代遅れの兵器に固執した悲しき天才、出てくる見出しはそればかり

 

 失踪したタイミングは8年前、ちょうど世界にISが広まった時期にあたる。

 

 実の母親の経歴としてはあまりにも深く、そして謎の多い。

 

しかし、それこそが紛れもなく、彼女の

 

「……シャル、君は……知っていたのか」

 

「……ッ」

 

 振り向かず、後ろにいる彼女に俺は言葉をかける。

 

 その手には、昨日の手記が握られていた。

 

「………うん、叔父さんからは、聞いていたから。お母さんが、そういう仕事をしていたって」

 

「聞いて、いいのか?」

 

「……なにを、かな」

 

「あの手記、何が書いてあったんだ?」

 

「……」

 

「…言いたくないなら、別に構わないが」

 

「いいよ、そんなにたいそうなことじゃないし」

 

 不自然なほどに、落ち着いた態度でシャルはその場にいる。

 

 その日は祭事の三日目、疲れた叔父は家で休み、街に行かず彼女と俺もその場にとどまった。

 

そして、今は二人、イリス・ローランの墓前の前にたっている。

 

「……聞いてくれないかな、私の、お母さんのこと」

 

「…ああ、俺でいいなら。」

 

「…じゃあ」

 

手記を開く。

 

「………読むのか?」

 

「うん、聞いて、欲しいから」

 

 そう言い、シャルは淡々と手記の内容を語りだす。

 

 読み手の言葉を、書いた本人の視点になりきっているかのように

 

シャルロット自信の始まりの記録を、一つずつ紐解いていく。

 

「…身ごもってから二か月、お腹は既に大きく、日々に生活にも気を遣わずにいられない。生まれてくる命を前に、私は……」

 

「………」

 

語っていく。

 

 それはすべてイリス・ローランと言う女性の記録

 

 生まれて初めて得た新たな命への感謝、日々の困難や発見、そんな当たり障りのない、ごく普通の母親の記録が淡々と語られていく。

 

 そして、それは突如終わりを迎える。

 

 

「?」

 

手記をめくる手が止まる。

 

「…ここで、終わっている。この次の日、あの人はいなくなった。」

 

「……」

 

 渡された手記、手に取りその内容を見る。確かに半ばのあたりから続くのはずっと空白のみ。手付かずのレイアウトだけがむなしく流れていく。

 

「……でも、記録から見えるのはただの、一般的な母親だ。君を産んで、そして愛していた。」

 

「うん、だから、余計に混乱した。恨もうにもこれじゃあ何もわからない。」

 

「……期待、していたのか」

 

 いなくなった理由を、失踪に至るその動機に、せめてもの手がかりが無いかと

 

「うん、もしかしたらって、でも、やっぱりそんなことなかった」

 

「……すまない、俺が不用意に見つけてしまったから」

 

「別に謝らなくてもいいよ。遅かれ早かれ、いつかは手に取るんだし。むしろ、必要なことだったと、思う」

 

「……そうか」

 

「気にしなくていいよ。」

 

「…ああ」

 

 とは言うもののだ

 

 実の親に対するデリケートな問題だ、それを俺のようにいなくなる人間の手で開いてしまったこと、それを容易には捨てられない。

 

「すまない、シャル」

 

「もう、いいって。お兄さんに、私は何も言えないよ。悪いこと、したから」

 

「そのことは、それこそ終わったことだ。」

 

「なら、これのことも昨日のこと、もう終わったことでいいでしょ」

 

「………それは」

 

「えへへ、言い返せないでしょ」

 

 あどけなく、いたずらに成功したように俺に笑いかける。つられて、申し訳なくなっていたのが馬鹿らしく、つい耐えきれずに破顔してしまう。

 

「…ねえ、お兄さんはさ、覚えてる」

 

「?」

 

「私がさ、最初に言おうとしたこと」

 

「最初、それって、あの時の」

 

 最初、それは思い出すには少し面映ゆい。

 

 シャルが過ちを犯して、それでも、嗚咽を吐きながら叫んだ望み。

 

「…君が、目指すところのことか」

 

「うん、IS乗りになりたいって、でも、肝心な話はしてないよね」

 

手記をしまい、ポケットから取り出すは携帯端末

 

画像を出し、そこに映るのはとある人物の写真

 

「…それは」

 

「……私のお父さん、かもしれない人。イリス・ローランと交際があったって、スキャンダルを取り上げたゴシップ、これはその時の記事」

 

 端末を手渡され、俺はたどしく受け取り、その記事を目に通す。

 

「…母さんのこと、調べてたんだ。そしたら、それを見つけて、一目見て予感がしたんだ。だから、会ってみたい。デマかもしれないけど、でも、お母さんにつながる情報はきっとあるはず」

 

「……」

 

「でも、私はね、この人だと思うの。実際にあったことないけど、でも感じるんだ。なんていうか、どんなに離れていても、つながりがある気がする。決して揺るがない、血のつながりを」

 

言葉を聞きながら、俺はその記事に目を通す。

 

そして、その人物の名前に、俺は言葉を失う。

 

「……ッ」

 

「でも、相手は世界トップの社長さん。下町の娘じゃどうあがいてもまともに会ってなんかくれない。だから、すごくお金がかかるけど日本のIS学園に行きたい。試験さえ受かれば、庶民の私でも国は注目する。そしたら……って、どうしたのお兄さん」

 

「……いや、なんでもない」

 

「?」

 

 取り乱した。無理もない、その名前にはあまりにも心当たりがありすぎる。

 

 

「……デュノア、アルベール・デュノアが、君の父親なのか?」

 

 

「うん、まあ可能性だけどね。馬鹿らしいよね、こんなこと、急に」

 

「いや、そう言うわけじゃないんだ……少し、驚いただけだ」

 

 

 正直ではない、内心、それはもう穏やかではない。かつて、命のやり取りを起こした原因の大本、その名を知らないままで通せという方が無理と言うもの。

 

 だが、それは今この場では

 

「…だから、IS乗りに……この国の代表候補生になる、そういうことなんだな」

 

「うん、でもこの国ではまず無理。私みたいな庶民じゃあ普通に試験を受けることも難しい、かれど、IS学園に入学する資格が手に入れば……」

 

 饒舌に語る。この国のシステムを、いかにその夢に至るまで難題があるかを

 

けれど、その話の大半は耳を通り過ぎるだけ

 

ダリルの中で、彼女の言う父親についてのことしか頭にない。

 

「……」

 

 

…デュノア社のトップ、なら、それはきっと

 

 

 セシリアの暗殺に加担している、その可能性は大きい。

 

 もし、対面に会おうものなら、俺は躊躇なく拳を振り切れるだろう。

 

 けど、これは彼女の、シャルロット個人の問題だ。

 

 だから、この場で俺が言うべきことは何もない。

 

 望むことに、俺は肯定してやることしかできない。

 

 

 だが、それでも

 

 

「………」

 

 

…言えないよな、そんなこと

 

 

「……ねえ、聞いてるの?」

 

「…あっ、うん……聞いてる、かな?」

 

「……はぁ、とにかく、この国じゃあIS乗りになるなんてまず不可能なんだよ。」

 

「それは、どういうことだ?」

 

「方法はないわけじゃないの。国が定めた制度では軍属になって目指す方法と、あとは大学からのデュノア社の就職。どっちもとにかくお金がかかるし、第一枠に足を踏み入れることも不可能。この国、結構腐ってるから。」

 

「……それは、あぁ」

 

 言われて、それにはすぐに思い当たる。

 

 確かに、初日にひどい目に遭ったのは観光街から外れたからで、シャルと叔父の住んでいる通りも清掃が行き届いていない。

 

「パリだって少し道を外れれば生活水準は雲泥の差、食っていくだけでも大変なのに、まともにスクールに通うなんてそれこそ体を売るか、体を売るために養子になるか、そんな環境だから、私は……焦って」

 

「……いや、そのことは」

 

「…私、本当はあんなこと、でも……うぅ」

 

「あぁ、もうほら、終わったことを自分から蒸し返すな。……はぁ」

 

 義手で頭を撫でる。ぎこちない手つきのそれを、この子はただただ受け入れる。

 

 慣れてしまった、と言うのはおかしな話だ。

 

 出会って間もない、そんな短い時間で、俺たちは互いに心を許している。

 

「……どうしたの、お兄さん」

 

「……いや、なんでもないよ。シャル」

 

 彼女の目指す道、そこには明確に陰りがある。

 

 けれど、その意思を、俺の意向で捻じ曲げるわけにはいかない。アルベール・デュノア、そしてイリス・ローラン、一般人である自分にはどこから手を付ければいいか、それすら見当もつかない。

 

…でも、あの子なら

 

 

脳裏に、セシリアのことが浮かぶ。けど、それは

 

「……なあ、シャル」

 

「?」

 

「君は、本当に父親に、アルベール・デュノアに会いたいのか」

 

 疑念は消えない。だから、俺はそう彼女に問うてしまった。

 

「……それ、どういうこと」

 

「いや、どういう意味とかじゃなくて、その……」

 

 

 どう言えばいい

 

 君の父親は悪人かもしれない、と

 

 人殺しをする外道かもしれない、と

 

 そう、ありのままに打ち明ければいいのか

 

「……」

 

 

……言える、わけが無い。

 

 

「……すまない、やっぱり、何でもない」

 

「……そう。…でも、仕方ないよね、こんなの、一方的な思い込みだもん」

 

「いや、否定する気は「でも!!……お母さんはもう無理だけど、まだお父さんには、会えるかもしれない、から」

 

 食い気味に、今までの様子から変わってひどく感情的に荒ぶる。

 

 失言だった。

 

だけど、取り消す言葉は立てられない。

 

「……ッ」

 

 感情的に、その先にある彼女の本音を、俺は知りたいと思ってしまった。

 

 

 

「……ただの勘違いかもしれない。けれどね、もし予感が、その可能性が現実になるなら、私は行くよ」

 

「……シャル」

 

「だって、知りたいから。お母さんのことも、お父さんのことも、全部知って、その上で、私は自分の生まれた意味を知りたい……!」

 

「……生まれた、意味」

 

「うん、だから……幼稚かもしれないけど、やりたいんだ。だって」

 

 

 

……私は、子供だから。子供は、親のつながりを切り離すことなんてできないから

 

 

 

 

 墓前の前、彼女は吐き出すように言葉を連ねた。まるで、自らの罪を独白するように

 

 

 その内側にある物を、今、曝け出したのだ。

 

 

「……そうか、君は」

 

 親と子、そのつながりは絶対だ。

 

 いい意味でも、悪い意味でも皆、同じだ。須らく、その選択には自分の生みの親が関わる。

 

 選んだ道には理由がある。それは良い結果にもなるし、悪い道程に迷わすだけかもしれない。

 

 つながりは呪縛か、それとも祈りか

 

 少なくとも、その答えは今は

 

 

 

「……すまない、野暮なことを言った。」

 

「……ッ」

 

「正直に言う。俺は、アルベール・デュノアついて、あまりいい知らせを聞かない」

 

「……それは「だけど、これはあくまで俺が出した結論だ」……!」

 

 シャルにとってのアルベール、それは実際に対峙しなければわからない。

 

 結果は見えない、だから

 

「……会えばいい。どんなに時間がかかっても、どんな結果になっても、娘が父親に会うのに、ダメな道理なんてない」

 

「…お兄さん」

 

 だから、俺は託す。

 

 シャルの目で、目指すべき結果を、シャル自身の選択で見届けるべきと

 

それが、最善であると信じて

 

「………ありがとう。でも、なんだか不安だな。本当に良いお父さんなのか、そこまで考えていないもん。会うことばっかり考えてたから、その先なんて、わからない。…不安だな」

 

「……すまない、色々と吹き込んでしまったみたいで」

 

「大丈夫だよ、必要なことだし……まあ、でも」

 

 

 ダリルは託した。

 

 だが、二人は知らない。

 

 この選択肢はあまりにも間違いであるということを

 

 分岐点があるとすれば、それはここから始まっていた。

 

 

 

「…ねえ、お兄さん。……もしね、私がどうしようもないくらい、ひどい目に遭ったら。私が、生きる意味を見つけられなかったら」

 

「…急にどうした、そんな後ろ向きな」

 

「いいから、もしもだよ。親に会って、それで幸せになれるなら問題はないよ。でも、未来はわからないから、だから、保険が欲しい。」

 

「…保険?」

 

「うん、もしさ、私がひどい目に遭ったら。選んだ結果が、誰も望まない暗闇の未来なら」

 

「……シャル」

 

 シャルロット・ローランの待つ未来、それは悲劇だ。

 

 選択を間違えれば、その未来はバッドエンドしかない。

 

 

 

「だから、私がさ……もし、不幸な未来に足を踏みはずしたら。その前に、私を、助けて欲しい」

 

「…ッ」

 

 結末は変わる。

 

 全ては、そのまがい物の手に、委ねられる。

 

 

 

「……助ける、俺がか」

 

「うん、だって、私にとって」

 

「……ッ」

 

 

 願いは託された。

 

 シャルロット・ローランの未来は、今ダリルの手に委ねられる。

 

 結末は残酷に、運命は生者の意志を踏みにじる。しかし、それを変える者がいるとするなら。

 

 それは、この世界の定説から外れたものによってのみ可能になる。

 

 

 

 異界から訪れた戦士によって、物語は正しき方向へ修正される。

 




今回はここまでで、次回からどんどん加速していきます。  



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静謐な悪意

久々の投稿です。やっと終わりが見えるぐらいには設定が煮えました。

ずっと日常パートが続きましたが、ようやく物語に火が付きます。

それではどうぞ


 村に滞在して四日目

 

 結局、色々とあったせいで2日と3日は街に降りられなかった。唯一降りていた叔父さんから聞く限り、歌や踊りと催しがあったらしく、正直、もったいない心境だ。

 

 そんな俺を見て、シャルは若干申し訳なさそうな顔をしていて、互いに謝り続ける不毛なやり取りをしたり、まあ、それも今日のメインですべて払拭される。

 

 滞在、最終日、その村の名にふさわしい、色どりに溢れたフィナーレがあるらしい。

 

「……ライトアップ、だったか」

 

「うん、祭りのフィナーレだから、結構すごいよ」

 

 収穫祭、その最終日に行われる大規模な灯、集落から畑まで、広くたいまつやランプをともし地上を明かりで包み込む。豊穣の秋にふさわしいなんとも優美で暖かな光景が広がる。

 

 

だがしかし

 

 

「…なのに、俺たちは街にいるのか」

 

 てっきり、どこか遠くの高台にでも行くのかと思いきや、そのまま集落の中央広場にいる。

 

「というか、やけに人の熱気が多いな。」

 

「皆、中央広場でやる踊りの方に集まっちゃうんだよ。特に、最終日にカップルで踊ると必ず幸せになれるとか、そういう言い伝えもあるし……なにより、集落の外は寒いから」

 

「あぁ、なるほど」

 

「どうしても見たかったら付き合うけど、……うぅ、ここ風が強いよ。もう少しあったかいもの買ってからにしない?」

 

「……そうか?」

 

 秋の時期、イタリアの気候は急激に寒くなる。実際、山の方から集落に降りてくるまでかなり肺を冷たくした。

 

 だが、今いるここはなんと暖かな

 

 街を照らす綺羅やかなライトアップ、街路に集まる人込みの熱気、寒いイタリアの気候であっても街中はそれほど寒くない。

 

 

「……確かに、ここは居心地がいい」

 

 広場のベンチで、俺とシャルは並び寄り添って座っている。

 

「まあ、しかし、このあと俺たちはどうする………」

 

「……ほっ」

 

「それ、何飲んでいるんだ」

 

 口の周りに付いた茶色の泡、もこもことした冬の装いにあって、不思議とその幼げの可愛さが映えて見える。

 

「……これ、さっき買ったショコラだよ。ほら、お兄さんも一口」

 

 ぐいっと、前に出される紙コップ、鼻腔を刺激するかカカオ特有の甘い香りに唾液が沸き上がる。

 

「一口、貰おうか」

 

「うん、どうぞ、あっ…間接キスならもう少し右だよ」

 

「……止めろ、冗談でもそう言うのは」

 

 一応、少し飲み口を左にずらしてグイっとあおる。想像より、それはドロッとして、甘みも香りもココアより深く感じる。

 

 飲んでいるというよりは、若干食べているような、濃度の濃い飲み物だ。

 

「……これ、ココアだよな?」

 

「違うよ、ショコラ=ショー、ココアは粉末だけど、これはチョコを直に溶かしたモノ、似てるけど違うんだから」

 

「……そうか」

 

「…って、私の分もあるんだよ、あっ、結構飲んでるし」

 

「すまない、つい………あぁもう、また買ってやるから、ほら拗ねるな」

 

 分かりやすく頬を膨らましている。そのままつついてプシュット吐き出させたくなる。

 

 いや、さすがにしないけど

 

 おもむろに立ち上がり、ダリルは手を伸ばす。

 

「ほら、一緒に行こう。」

 

「………うん」

 

 手を繋ぎ、人混みを掻き分けて進む。

 

「シャル、手を離すなよ」

 

「うん、分かってるって、もう子供扱いして」

 

「実際子供だろ、まだ13なんだから」

 

「………おっぱいは大きいのに」…ボソ

 

「次その手のはなししたらデコピンだからな」

 

 相変わらず、軽口の多い。

 

 確かに、この年にしては結構ある。考えたくはないけど、この子のフレンドリーな接し方はだいたいそれを意識させられる。

 

「まったく、叔父さんにどやされても………」

 

振り返り、声をかける。

 

しかたない、と

 

言葉が喉元まで浮き上がるとき。

 

「?」

 

 手にかかる負担が消えた。すぐに振り返り、いるべきはずのあの子を探す。人混みの流れに耐えながら

、俺は辺りを見渡す。

 

けれど、その姿はどこにもいない。

 

「………まったく、どこに」

 

 

 

 

 

「……見えないや。」

 

 うかつに、ダリルの手を離した瞬間、向かってくる波に流されてしまった。

 

 人込みに流されて、あれよあれよと流れに押し込まれ、ようやく解放される頃には当然ダリルはいない。

 

 目のまえの黒い頭髪を目印に、すぐに追いつけると高をくくって、声を出すことを渋ってしまったのが過ちだった。やっとこさ追いついて、苦心して拝んだその顔はまったくもって知らない他人だった。

 

 ありきたりな顛末だが、シャルは祭りの中ではぐれてしまった事実を受け入れた。

 

「…待つしかないよね」

 

 今いる場所は人込みが少なく、露店や人込みから外れた小さな広場。ベンチに腰掛けて、取り合えずダリルに連絡を送った。

 

「……」

 

 あたりを見渡す。観光客と地元民がひしめく大通りから変わって、そこは少し余裕のある、というか特定の人込みしかないわけで

 

 

「……見事にカップルばっか」

 

 街の暖かな光に包まれ、ペアの男女たちは思い思いにムードを作り、他人の視線など知らず独自の世界を作り並べている。

 

「…リア充爆発しろ、だっけ、その気持ちわかるな」

 

 一人でいる、それがどこか変に罪悪感を感じてしまう。何も悪いことをしていないのに、場違いであることが罪なように

 

「……」

 

 寂しい。そんな身近な感想が頭をよぎる。

 

「早く来ないかな。」

 

 短く、場所だけは伝えた。電話で話さなかったのは何となくだ。

 

 

…お兄さん、すぐに来てくれるよね

 

 

 期待を込めて、どこか依存したような考えなのは自覚している。別れも近い、だが、それでも

 

「……やっぱり、嫌だな」

 

 母が出ていって、生まれた地を去って、思えば自分の周りにはこれほど親しい人間は全くいなかった。

 

 作ろうとすれば作れたかもしれない、けれど、心のどこかで拒絶していたのだ。

 

 深くつながればつながる程、失う傷は大きい。

 

 だから、シャルロットは孤独を選んだ。そして求めた

 

 失っても、愛情への渇望は容易に捨てられない。故に求める、本当のつながりを、血によって結ばれた本物の関係を

 

「……でも」

 

 本物の関係を求めて、けど今自分が最も心を躍らせるのは全くの持って他人と言ってもいい、赤の他人だ。

 

「……馬鹿だな、私」

 

 気づいている。自分がどれだけ彼に依存しているか、でもこれはもう内に秘めるべきものだ。

 

 求めてはいけない。彼にも目指す者がある。求めたら、きっとそれは迷惑をかけることだろう。

 

「できないよね、そんなこと」

 

 負担をかけたくない。大事だからこそ、彼を、ダリル・ローレンツを縛りたくない。

 

「……ダリル、ダリル」

 

 わかっていても割り切れない。気が付けば、広場には誰もいなくなり、シャルは一人ベンチで足を組んで、鬱屈した感情に打ちひしがれていた。

 

 町の喧騒も遠く、耳には入らない。

 

「……」

 

 

 だから、気づけなかった。

 

 

…ザッ

 

 

「……へっ?」

 

 

 視界が真っ暗になる。何が起こったかわかる前に、意識が先に消えていった。

 

 強い蒸留酒のような刺激臭を感じながら、シャルはただ一人の男のことだけを脳裏に浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャル!」

 

 人気のない広場で、自分の声だけがむなしくこだまする。

 

 連絡を受け取り、方々に通行人から場所を訪ね、ようやく足を運んだ今、そこには誰もいない、念のためにメールが更新されていないか確認すれど、そこには先ほどと変わらない一文のみ

 

「…いない、どこに行ったんだ?」

 

 土地勘のないダリルにとって、未だ慣れないこの街では今ダリル自身も迷子のようなものだ。

 

「…あぁ、とにかく交番にでも……って、フランスってこういう時かける番号とか、……はぁ、これは参ったな」

 

 手に持つ端末が頼りになるようでそうはならない。来た道を戻り、もう一度人込みの多い露店の連なる通りを目指す。

 

 あてもなく、とにかく行動を起こすしかないと、群衆の熱気を掻き分けダリルは進む。

 

 

…けど、何で出ないんだ?はぐれたなら、ずっと返信が無いか気を向けるはずだろうに

 

 

「……シャル」

 

 まさか事件に巻き込まれているのか、一度そうした経験があるためか、思考はマイナスに偏る。

 

「……いない、どこにいるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、もしかしなくても、誰かお探しですか。」

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 突然、背後から響く声、間違いなく、それは他の他人ではなく自分に向けられたものだろう。

 

「あの、いったいどうして……!!」

 

 振り返り、その声の主を拝む。

 

 群衆の流れの中で、その一人だけが流れの中で静止した時間に存在する。

 

 それほどに、その人物の存在は次元を超えて大きい。

 

「……あんた」

 

 ファーの付いたレザーコート、フードに顔を隠してはいるが、その眼を、威圧を、俺は忘れない。

 

 あの日、命を削り合い、スコープ越しに除いた女の顔を、俺は今再び拝んでいるのだ。

 

 

「……あれ、もしかして、お知合いですかぁ……はは、これはこれは、いやぁ奇遇じゃない。」

 

 フードを上げ、その真っ赤な髪を晒し、前髪を後ろかき上げる。

 

「……!」

 

「ええ、そういうあなたはダリル・ローレンツ、相も変わらずみすぼらしい体してるじゃない」

 

 息を吐くように侮蔑の言葉を漏らす。

 

 鮮血を連想させるような荒々しいウルフヘア、獲物を前に殺意と歓喜を抱く狂人

 

 忘れることのない、できるはずのない。二回にわたって、命を奪い合う戦場で関わった相手

 

「ダリル・ローレンツ、久しぶりね……ずっとあんたを殺したがってる女。ほら、お久しぶりの握手」

 

「……ミラ」

 

「くすくすっ……ずいぶん警戒されてるわね。」

 

 何食わぬ顔で、ミラージュは手を差し出す。レザーのグローブに包まれた手は、どうあがいても親愛で差し出されるものには思えない。

 

「何がしたい、一体どういうつもりだ」

 

「何って、ただのあいさつよ。こんな場所で、いくらなんでも危険なことなんてしないわよ」

 

「民間人を皆殺しにしようとした人間の言葉を、どう信用しろと」

 

 喧騒絶えない人込みの中で、雑多なbgmが白紙に感じるぐらいに、ダリルは目の前の一人に集中を裂いている。

 

 レザーのコートの内側、スカート、ブーツの中、どこから凶器が出てきて、それが自分に向けられるのではと警戒が絶えない。

 

「…あらら、ずいぶん嫌われたわね。でも、まあそうよね。こんな女に構っている暇なんて、あんたにはないか」

 

「……どういう、意味だ」

 

「意味も何も、探してるんでしょ、あの子」

 

「……ッ!!」

 

「……手短に、伝えるけど……はい、これ」

 

 差し出された手、警戒して足が後ろに地面を削る。

 

 だが、その手にあるのは警戒すべき凶器の類でもなく、そこには

 

  

「これは、無線?」

 

「…付けて」

 

「……」

 

 警戒すべきだが、その意を確かめるためにも、ダリルは無線機とイヤホンを受け取る。

 

「……おもしろいから、聞き逃したら駄目よ」

 

「……ッ」

 

 イヤホンを挿し、ボリュームを上げる。

 

 ノイズ音が整う。不協和音が一つ一つ、正しい音へと繋がっていく。

 

 

 

 

…た……って………… 

 

 

 

 

「……これは?」

 

 

 

 

 ノイズの中に埋もれている甲高い声。

 

 妙に聞き覚えのあるその声に、回答はすぐに表れる。

 

 

 

 

 

たす………けて

 

 

……れか…………さん

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

…まさか、どうして!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや、助けて!!お兄さん……お兄さんッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シャル、シャルなのか!」

 

 ノイズ越しに叫ぶその声、間違いなく、少し前まで共に過ごした彼女の声だ。

 

「おい、これは……いったい」

 

「何って、聞いたままよ。あの子は一足早く帰るの、ちょっと強引なやり方よね」

 

「帰る?ふざけるな…こんなの、どう聞いても誘拐じゃないか!……帰るだなんて、ふざけ……」

 

 

…ふざけ、ちがう。 

 

 

…あいつには、そうだ……あいつの、父親が

 

 

 もし、あの時言ったあの子の予感が、紛れもなく当たっているなら。

 

 そして、俺の中で知るその男の評価と繋がるなら。

 

 それは、面白いように一致する。

 

「……父親が、関わっているのか」

 

 動機は不明、だが、推測が重なればそれは紛れもなく真実へ近づく。

 

「あら、意外に知ってたの。…そ、あたしの雇い主、その命令は」

 

 おもむろに、ミラージュは懐から端末を取り出し、立体のAR表示で宙に二枚の資料を提示した。

 

 隠し撮りのような写真、生々しいほどに精査された情報、その人物は紛れもなく、彼女のモノだ。

 

 

「……お前たちは、また」

 

「ええ、そう。今回もお仕事、ターゲットはアルベール・デュノアとイリス・ローランの隠し子、シャルロット・ローランの拘束……そしてターゲットは今捕獲されて山中の国道を走っているわ」

 

「……ッ!!」

 

「向かうのは良いけど。あんたにいったい何ができるのかしら!」

 

「…止めるのか、敵であるあんたなら、俺は女でも」

 

「何熱くなってんの……それよか、ほらッ」

 

「!!」

 

 等速線上に投げられた物体を反射で手に取る。

 

 義指の合間に引っかかるように止まったそれは、クリアブルーの角柱の形をした電子キーだった。

 

 その用途に、ダリルはすぐに思考が結論を出す。

 

 これと同タイプのものを、自分は使用していた。

 

「…これは」

 

「作業用のEOSの起動キー、あんたたちが鉱山で使ってたのと同じタイプよ。東に300メートル先の廃工場においてあるから、好きに使うといいわ」

 

「……本気か?」

 

「ええ、信じないなら結構よ。…ま、それ以外に頼る手があるなら、好きにしたら」

 

「……」

 

 手に持つ鍵、目の前の相手を交互に一瞥する。

 

 取るべき選択肢、だが目の前の選択に信用できる点は限りなく薄い。

 

 

…無線の情報、そして何よりこいつが手を貸そうとするなんて、まずどれも度し難い

 

 

「……だが」

 

 あの時と違い、ここには頼るべき仲間も振るえる力もない。

 

 であれば、取るべき選択肢は、おのずと

 

「……」

 

「さ、好きにしなさい……私は楽しむだけ、応援してるわ、ダリル」

 

「……ッ」

 

 

…乗るしかない。ここは、もう

 

 

「…借りを作ったとは思わない。後悔するなよ、ミラージュ」

 

 

「……もちろん、って……あら」

 

 足早に、群衆を掻き分けダリルは走り去る。その後ろ姿を眺めながら、ミラージュはその喜色の面を冷たく落とす。

 

「……これで、いい」

 

 フードをかぶり直し、女はその足を薄暗い裏路地へ向ける。

 

 流れる群衆を背後に。ゴミや資材で狭まった道を進む。そこには、自分と同じ匂いをしたコートの男がいる。スキンヘッドを隠すつばの深い帽子をかぶった男。おもむろに取り出した煙草をミラはその手で受け取る。

 

 

「……いいんですかい」

 

 言われずとも、上下関係がしっかりしているようで、銀色のジッポでその口に火をともす。

 

「……ふぅ」

 

「……ま、自分は良いんですけどね。あくまで、自分の立場はあんたの直属なんで」

 

 タールと果物の混じった粘りつく甘い匂い。二人分の煙を交わしながら、ミラは男に、今の名前はスマイルだったか、ミラは白い吐息と共に静かに言葉を漏らす。

 

 

「…ねえ、スマイル」

 

「……はい」

 

「……なんでさ」

 

「?」

 

 らしくない、どこか虚ろ気で、何を考えているかわからない。まあ、それはいつものことだが

 

「…あの、隊長?」

 

「……いや、いいわやっぱ」

 

「はっ、ちょっとはっきりしてくださいよ。というか、俺らもそろそろ行かないと、あのダリルって男に予備のEOSを渡したの、バレたらまずいんじゃないですかい?なにか、工作でもなんでも」

 

「……はっ?」

 

「……いや、だから……さっきあんたが渡した」

 

「………あ、あぁ」

 

「??」

 

 珍しく、めったに見ない反応が、スマイルの目のまえにあった。

 

 調子が掴み切れない、物事の概念が軽い女だから、何をしてもくるっているで割り切れる。

 

 だから、理解が追い付かない、その不自然なまでの落ち着きに、どうにも疑問が絶えない。

 

「あの、もしかして薬でも……って、んなわけ、いや」

 

「……」

 

「…あの、たいちょ…」

 

 

 

…ジリリッ

 

 

 

「!?」

 

 

「……んっ、はあぁ」

 

 

 口から離した煙草の先を、むき出しの腕にあろうことか押し付けた。

 

 じりじりと、わずかながら肉の焦げるような、そんな錯覚を感じるような光景が目の前にはあった。

 

「あんた、なにを……ッ!」

 

「ん、ふぅ……ぁ、うん、そうね……大丈夫、私は、私ね」

 

「?」

 

「ほら、何してるの……そろそろ行くわよ。ターゲットの護衛、まだやることがあるわ」

 

「……ッ、あ……はぁ」

 

 有無を言わさず、質問を介させない、ミラの足取りにスマイルはただついて行くのみ。

 

「……狂ってるのは、今更だよな」

 

「……」

 

「……ちょ、待ってください、隊長!!」

 

 




今回はここまでで、次回からは戦闘ですね。


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フィックス・マッチ

シリアスです。久々の戦闘シーンですので、こだわってたら時間がかかりました。

それではどうぞ


 夜を駆ける。

 

 黒塗りのベンツ車の中で、男はハンドルを駆り、国道を抜ける。

 

 山中の合間を抜けるように走る蛇行した道路は街灯も物足りず、薄暗さが輪をかけてひどい、現地民でさえ、この時間帯に真夜中のドライブなどもくろむことは無い。

 

 人気のない山道、そんな中を駆けるのは人知れず悪事を働く者ぐらいだ。

 

 そう、それは例えば

 

 人一人を、さらうような

 

 

 

 

 

 

…こちら運送屋、Vipを確保した。届け先までもうすぐだ、受け取りの準備をしておいてくれ

 

…了解、しかし予定よりも遅いが、何かトラブルか?

 

…問題ない。車中で少しVipが混乱されただけだ。今は素直に眠ってくれている。というより、報告にあったよりもいささか荒々しくてな。

 

……上からのオーダーは無傷の確保だ。まさか

 

…すまない、こいつが粗相をしてな、手痛く噛まれただけだ。vipには問題ない、報告が長引いた、任務に戻る。

 

…あぁ、上にはいいように伝えておくよ。部下の管理ぐらい、しっかりしてくれ

 

………すまない、恩に着る

 

 

「………」

 

「っち、たくこの女、面倒かけさせやがって」

 

「黙れ、お前のくだらない性癖で、報酬が台無しになったらどうしてくれるんだ。ケツを拭く立場になって考えてみろ」

 

「……っ、わかりましたよ。」

 

「…ったく」

 

 苛立ちを隠せない様子で、男はハンドルを捌き、空いた手で煙草を吹かす。

 

 車中の中、スーツを着た黒髪渋面の男と、そしてその隣にいかにも軽薄そうな男

 

 彼らはとある企業の下で暗躍する、いわゆる裏家業のモノだ。そして今、彼らはとある任務のために、こうして身なりを良くし、普段は乗らない高級車を駆り出している。

 

 支持された内容は運搬、そしてそれは今、彼らの背後の席に

 

 

「…しっかし、兄貴はどう思うんです」

 

「……何がだ」

 

「今回のヤマですよ。女一人をさらうにしても、やたら厳重じゃないですか。確かに、ナリは良いですけど、こいつはストリートで暮らすガキですよ、俺、鼻が利くんで」

 

「…自慢になってねえよ。下らねえ」

 

「…ですけどね、だから腑に落ちねえんすよ。あのお偉いさんが、よりにもよって……スキャンダルってやつですかね?……なぁ」

 

「……なに?」

 

 軽薄そうな男は席を軽く倒し、自分の斜め後ろにいる少女に話しかける。

 

 手足を結束バンドで結ばれ、目隠しこそされているが猿轡はない。

 

「…お前さん、一体何者だ?退屈しのぎに教えてくれよ、さっきのことは悪かったし、だから猿轡は外してやっただろ」

 

「………知らない」

 

「…っち、そればっかかよ。愛想ねえな」

 

「おい、無駄口ばっか喋んな。」

 

「…はぁ、わかりましたよ」

 

「おい、いい加減にしろ。仕事の時に、お前はなんでそういつも……」

 

 

 男たちの汚いそしりが続く。

 

 

「……」

 

 少女はただ黙する。

 

 暗い視界で、手足を縛られ、状況は酷く追いつめられている。

 

 だが

 

「……来る」

 

「?」

 

「おい、今なんか言ったか?」

 

「……ええ」

 

 軽薄そうな男は、少女の言葉に耳を貸す。しかし、その口元は半笑いで、今にも嘲笑でわめく手前だった。

 

 だが

 

 

 

「嬢ちゃん、本気で言って…「おい、静かにしろ!!」…あっ、兄貴…どうして「おい、備えろ!」

 

 

 荒々しく、男はアクセルを吹かし、車を先に勧める。勢い良く蛇行する車内は激しくGげ振り回される。

 

 軽薄そうな男も事態を把握する。彼らは長くこの仕事を務め、こうした事態に対する理解は早く、助手席の男はその懐の金属に手をかける。

 

 異常事態が起こった。その原因は何か

 

 フランスにマフィアは数多くあれど、自分たちのような、大手の後ろ盾を持つものに手を出すとは、まず考えられるものは少ない、というかゼロに近い。

 

「兄貴、後続は!」

 

「クソッ、反応がねえ!……後列、5番車がやられた。全車、無線のコードを変えろ!!」

 

「はっ、一体どこのバカだ!!数は」

 

「……わかってる、四番車!後ろから来るのは何だ、どこの鉄砲玉だ!!」

 

 

 

……っき、だ……おーえす、が……ザザー!!

 

 

 

「おい、返事をしろ!!数は!?」

 

『……一機だ、たった一人…だ。……応戦をt』

 

…プツンッ

 

「!?」

 

 身近な一言を残し、無洗は途切れた。男は面食らった顔を隠しきれていない。楽な仕事であるはずが、突如割って起きた不穏な影、その手は確実に自分たちのもとに向かっている。

 

「…クソ」

 

「兄貴、どうします。……ルートを変えて、ひとまず合流を」

 

「……くすくすっ」

 

「…おい、お前何か知ってんのか!」

 

「…ええ、知ってるわ」

 

 少女は面を上げる。

 

 笑みを漏らしたのは、それは狂ったのでも、悲観して自棄になったわけでもない。

 

 少女は知る。

 

「あの人は来る、そう、あの人なら」

 

「!!」

 

「…っち、クソが!!?」 

 

 

 

 

…来てくれる、そう、あの人なら

 

 

 

「やっぱり、来てくれた……ダリル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中の廃工場、レンガ造りでレトロな雰囲気を醸すそこに、目当てのモノは鎮座されていた。

 

 スクラップが辺りに散らばる中、まるで主人の帰りを待つかのように坐している

 

 悪趣味に、ごてごてとイルミネーションの紐を巻かれ、首にぶら下げられたプラカードにはプレゼントフォーユーと、ポップな筆記で書かれている始末

 

 

「……悪趣味め」

 

 

 乱雑に、そのEOSにつけられたものを引きちぎり、俺はコクピットの施錠を解除する。

 

 作業用EOS、鉱山でも使用したことのあるもので、重機作業はもちろん、荷物の運搬をこなすために脚部には高速移動用のホイールがそのまま、機体名はベルサーガP、かつてダリルが鉱山内での戦闘で身につけたもの、それをダウンサイズ化した作業用のものだ。

 

 ドラム缶のような胴体に武骨な手足をはやしたようなフォルム。マニピュレーターの代わりにレンチのような簡素な両腕、しかし、3メートルもある巨体に備わるそれはまさに兵器然とした風貌を感じさせる。

 

「…こいつを、使えってことか」

 

 整備は万全、エンジンの甲型内燃機関も正常に作動する。

 

 背部に背負うように取り付けられた動力、コントロールパネルを開き、キーを挿しこめばシステムはグリーンに

 

「駆動系、E2ドライブは正常、方は古いが十分。脚部ホイールも、これなら車でも追いつける。どこまで用意周到なんだ?」

 

 武装こそないが、装備としては十分すぎるまでの用意だ。あまりにも都合のよすぎる展開に、思考は疑問しか浮かび上がらない。

 

 当然だが、敵はかつて民間人を皆殺しにしようとした女だ。警戒しない方がおかしいし、そんな相手荒の施しなど、とてもじゃないが袖を通すなんて論外だ。

 

 

…どこかで、車を盗むか?……いや、それこそ時間の………クソッ

 

 

 いずれにせよ、選択肢はない。

 

 これが罠であるなら、標的は自分か、あの女が個人的に恨みを持つならあり得ないことではない。

 

 だが、その事実よりも、今はシャルのもつ根本の問題だ。ミラージュはデュノアの手のモノで、そしてそのトップであるアルベール・デュノアは、シャルの父親である可能性が高い。

 

 すべては推論の積み重ねだ。だが、しかし、現在シャルがさらわれた事実を前に、思考は結論を催促する。

 

「……どうする、本当にこいつで」

 

 疑念はある、恐れもある、ことの全容が見えないまま突き進む、その先に何がるかわからない。

 

 だが

 

「…いずれにせよ、やるしか」

 

 敵の狙いが何であれ、今とれる手段は一つだ。

 

 力がある、曰く付きだが、少なくとも足かせにはならない。

 

 

 

「やってやる、それしかないんだろ!」

 

 

 

 ハッチに体を通し、鋼鉄の四肢を身に纏う。

 

 爆音とともに雷は脈動を打ち、周囲の空気は揺らぐ。喧騒を壊すような機械叫び、ダリルの心情を代弁するように、機械の傀儡は地面を踏み砕く。

 

 

 

…シャル、待ってくれ

 

 

 助けると誓った。その言葉に偽りはない。

 

 

 

 

「お前の兄が助けてやる!だから、あきらめるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

   × × ×

 

 

 

 

 

 

 

「くそがぁあああぁああ!!!!?!?!?!」

 

「……ッ!!」

 

 

 国道の上、車にとりつく黄色の機械人形、車窓から何かを伺うような動作の後、その剛腕が後部のボンネットに歪な穴を穿つ。

 

 後部から火を噴き、制御を失った鉄の塊が轟沈する様に目もくべず、ダリルは先へと急ぐ。

 

「……ッ」

 

 

…無線の情報、車はあと四台、そのどこかに

 

 

 夜の国道を駆けるEOS、目的の車にシャルの声を聴いたダリルは確信を得た。

 

 

…来ると、あの子が言った。なら、行くしかない

 

 

 現在、ダリルが身に着けている無線機、それはシャルの声が聞こえた側のチャンネルにつなげている。

 

 だが、伝う音声はノイズのみ、恐らくさらった連中は無線のチャンネルを変更している。

 

 

…土地勘のない俺がどこまで追えるか、急げ!

 

 

『ギィィィイィイイィンッ!!!!』

 

 

 舗装されたアスファルトに焼け焦げた跡が続く。

 

 さながら、雪道を滑るスキーのごとく、平坦な道を削るようにダリルは駆け抜ける。ゆだるような内部の熱気、エンジンの熱が直に伝わるような、茹るような感覚に呼吸は荒く苦しい。

 

 

「……シャル!」

 

 苦悶を噛み殺し、ギアを上げてダリルは走る。

 

 

「!?……撃て、撃てッ!!」

 

 

 先方を走る車、容赦なく、車窓から乗り出した男たちが各々銃を乱射する。

 

 

「……問答無用か」

 

 疑念はやはり黒、車窓から覗く様子にシャルの姿は見えない。無線では、シャルは中の人間と会話をしていた。まず、それならトランクの中に押し込められている可能性は低い。

 

 目視で確認できれば、車の先を言って無理にでも止めればいい。

 

「……あと」

 

 

 射線を斬るように機体をジグザグに揺らす。

 

 狙いを済まし、バンパーを横合いからはじく。

 

 硬質のアームから穿つ一撃、車は進路を歪め、ダリルのゆく道は開かれる。

 

「!!」

 

 山間のカーブを抜ける。崖を右に広く映る道の先、道路の続く先は山を貫くトンネルの入り口だ。そして、一瞬だったが、ダリルは並ぶ三台の車がその奥へ進むシーンを見逃さなかった。

 

 一様に同じ車、間違いなくそこに、あの子はいる。

 

「…逃がすか!!」

 

「……ッ!!?」

 

 標的は三台目、スピードを落とし、こっちをつかず離れずで釘づけにしている。銃で応戦し、殿を務めようとしたが、それはEOSの前では何の意味もなさない。

 

「!!」

 

 作業用のそれは量産のため、軍用の装甲という高価なものは使われていない。しかし、高速で移動する湾曲した巨体を前に、5m程度の弾丸はたやすく弾かれる。

 

 距離を詰めた瞬間、そのままダリルはEOSを敵の車体にぶつけ壁際に押し付ける。コンクリートの壁に火花を散らし、離れると同時に車体は荒ぶる軌道で壁に乱れ打つ。速度は落とさず、次の標的に狙いを向ける。すると、先頭の車両が隣の射線を使い、速度を下ろして前後を入れ替える。

 

 

「……入れ変えた」

 

 つまり、先頭に変わった車が本命。

 

 

…ズダンッ!!

 

 

「!?」

 

 左半身に、突如強烈なインパクトが起こった。

 

 速度がブレ、体勢が崩れたことで一瞬距離が遠のく。

 

「…散弾、いやスラッグ弾か」

 

「……クソッタレが!!くたばれ機械野郎!!!」

 

 銃口を観察し、機体を大きく右にずらす。装甲を掠る重い感触、空気抵抗で歪む大きな鉛の塊、それはまともに食らえば間違いなく装甲に致命傷を及ぼす。

 

「!!」

 

 3発、4発、間髪を入れず射撃する弾丸を左右に躱す。

 

 

…見れば躱せる。だが、接近は 

 

 敵の銃はおそらくイサカM34・ソードオフ。旧式だが、それは未来の世界でも根強く使われる。用途は主に狩猟用、幼少期に地球にいたダリルだからこそ、その知識は偶然にも持ち合わせていた。

 

 近づけない、なら

 

 

「……ッ」

 

 作業用EOS、当然その期待に火器など備わっていない。

 

 だが、例外的に、そのEOSには遠隔に放てるものがある。

 

「…くそ、どうした!…近づいてこねえのか!!」

 

「……」

 

 

 近づかない。それは、向こうも同じ。

 

 トンネルの起動はカーブを右往左往に安定していない。

 

 敵のショットガンは連射で2発、今それを使えばリロードの隙を狙われる。

 

「……ッ」

 

 右腕部を掲げる。照準は荒いが、的は大きく距離は30mもない。

 

 左右に揺れる軌道、それがどうした

 

 照準は不要。右手の起動のイメージ、呼吸のタイミング、それだけでいい

 

「……狙いは、そこだッ!!」

 

 

…バシュンッ!!

 

 

「なに!?」

 

 右手から放たれたワイヤー。それは元の軍用機体に備わった多目的兵装のワイヤーガンだった。

 

 先端には固定用のフック、金属製だが、当然貫通力もない。多少の打撃なら、高速で動く車両を少し揺らすだけだ。

 

 だが、狙いはそこではない。横の揺れのGに流され、下向きに放たれたフックは敵の車輪の舌に滑り込む。

 

 

…がき、ガギギギキギッ!!!?!?

 

 

「……なッ!?」

 

「ケーブルカット!…くれてやるッ!!」

 

 装甲事パージされた射出機が敵の車体下に吸い込まれていく。揺れる車体、コントロールを失ったそれは乗り手を振り下ろす勢いで壁に追突する。

 

「これで終わりだ、シャルを返してもらう!!」

 

「……ッ、クソが!!」

 

 車体を乗り出し、相も変わらず拳銃を放つ。だが、先ほどよりも狙いがいい。センサーの部分、手足、明らかに狙いが的を得ている。

 

 

…けど、ここで終着点だ!……鬼ごっこは、終わらせる!!

 

 

 周囲に乱反射する轟音が立ち消える。明るさは消え、そこはトンネルを超えた外の国道だ。

 

 大きく左折し、山に添ってカーブする道、ガードレールを超えた先は荒れた田園地帯だ。EOSは汎用性に重きがある。舗装された道はもちろん、その走破性は、こうしたむき出しの地面でも変わらない。

 

「…シャル!!」

 

 跳躍と同時に大地を直進。前方に見える街路樹に左のワイヤーを射出、幹に絡み、けん引することで速度を急上昇させる。

 

 強引なショートカット、敵の車が迂回する先に今、鉄の蹄が進路をふさぐ。

 

 

「……これで」

 

 

 

『ガキィイイィィイィンッ!!!!?!?!?』

 

 

 

 両のアームが戦闘を抑え込む。上から押し付ける様に、全重量で車体を減速させる。

 

 機械の四肢に悲鳴が上がる。機体の性能を全て発揮し、ヒートしたエンジンは煙を吹かす。

 

 

 

 

 

「…はぁ、やってやったぞ……タッチダウン、これでノーサイドだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…くっ、はぁ!!」

 

 強引に腕力でハッチを開ける。衝撃の影響か、EOSのバッテリーはダウンし、ダリルは自由な手足から歪な拘束に変わったそれから脱出にはかる。はい出るようにEOSから、眼前の車両の上に乗り出す。

 

 車窓から覗く二人はエアバックで気絶しているようで、ひとまずこれ以上の戦闘が無いことに安心する。

 

「…強引に止めたからな……まずい、シャルは…!!」

 

 強引な停止、万一のことがあればすべては木阿弥だ。急ぎ、ドアを開ける。

 

「シャル、シャル!!」

 

「……だり、る」

 

「よかった、無事か……今すぐここを離れよう。動けるか?」

 

「……」

 

 静かにうなずく。シャルと座席の間を挟むエアバック。どうやらそれで衝撃が和らいだようだ。

 

 

…よかった、これでひとまずは

 

 

 目標は達成したが、依然状況は解決していない。ここから逃走するには、もう一度EOSを使うか

 

「…修理は、いや間に合わない。夜に紛れて逃げよう、どこか集落に着けば」

 

「……」

 

「!……おい」

 

 背後に抱き着く感触

 

 背にもたれるには軽く、そして慣れ親しんだ感覚でもある。

 

 

「…しかた、ないな。悪いが、すぐにでも移動を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうね、ダリル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…バチンっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よく、頑張ったわ。だから」

 

「……ッ」

 

 初めに感じたのは痛み、消えゆく意識の中でかろうじて見えた光景。

 

 乾きで喉が割けるほどに、声にならない叫びがこだまする。 

 

 

 

「…ゆっくり、おやすみなさい」

 

 

 

 シャルが、いやシャルだったものが、そこにはいた。

 

 金髪のセミロングの表面が粒子状の光となって剥がれる。次第に姿を現す容姿、あどけない少女の中に、そいつはいた。

 

 

…あぁ、これほど胸糞悪い話があるだろうか。

 

 

 消えゆく意識の中、俺は怨嗟の念を込めて、奴の名を口にした

 

「……み、ミラ」

 

「…ええ、約束通り。…貴方ならたどり着くと信じていたわ、ダリル・ローレンツ」

 

「………」

 

「…ふぅ」

 

 粒子がはがれ、その姿は完全に変わる。

 

 身長は遥かに伸び、整った髪は荒々しいウルフヘアのモノに

 

 

「……こちら、ミラージュ。対象を捕獲したわ、すぐ目的地に向かうから」

 

 

…了解です。隊長、守備は 

 

「上々ね、彼、やっぱり見込み通りだわ。用意した敵、全員殺しちゃったもの」

 

…はぁ、作業用で、よくやれますね

 

 

「ええ、だからさ、ご褒美上げないといけないじゃん」

 

 女が見下ろす先、地面に倒れ伏せるダリルを一瞥し、狂気じみた笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「スマイル、連絡しなさい。…あのお嬢ちゃん、シャルロット・デュノアともう一人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルベール・デュノア、彼らとの謁見の権利をあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 




次回、ラスボスとの会敵になります。

オリジナル要素強めで、我ながらISはどこ?な展開が続きます。オリ展開で、設定に苦戦しましたがようやくここまで来ました。次回からより過酷なサンボル感を出せれば、キャラクター追いつめるの楽しい



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失った日

アルベール・デュノアは実はいい人、そんな現実(原作設定)は認めない。


 最後に覚えているのは街の明かりと、口の中に残るショコラの甘さ。寒さと温かさが入り混じるきらびやかな街の中、祭日をともに歩むあの人の姿を、もう一度見たい。

 

 ずっとほしかったのはつながりだった。失った熱を、誰かに思われることの慈しみに、私は飢えていたんだ。だから、こんなお別れは嫌だ。きっと、私は悪い子だから、あの人が立つ日にどうしようもなく駄々をこねていたことだろう。

 

 泣きじゃくり、べそをかいてでも、きっとすがった。

 

 あの、鉄の手のひらを強く握って、もう私は離したくないんだと、その眼をまっすぐ見て叫ぶ。きっとそう

 

 会いたい、あの人に

 

 

 生まれて初めての、私の大事なお兄さんに

 

 

 

 

 

 

「うぅ、あぁああッ!!!?!?!?」

 

「お、おい……落ち着け!」

 

「どうする、睡眠導入剤を「止め給え、その必要はない」

 

「……ッ!!」

 

 座席に括り付けられた拘束がからだに食い込む。

 

 その上、両手足には電子ロックの拘束手錠が付けられ、その様子はまさに囚人の搬送だ。自分の横には大の大人が目を光らせ、その武骨な手が上から押さえつけるように身動きを抑え込む。実際彼らはこれ以上暴れられて怪我をさせたくない意志なのだが、シャルからすればそんなものに違いはなく、全ては自分を不当に拘束する理不尽だけだ。

 

 訳も分からず、目を覚ませば街中から変わり、そこは遥か上空の上、飛行機か、ヘリコプターか、自分は空を飛ぶ乗り物によって、見知らぬ場所へと連行される。その事実だけはすぐに理解する。そして、そんな理不尽を働いた悪の権化は、今自分の目のまえに

 

 拘束されたまま、男は名乗った。

 

 自分はアルベール・デュノアだと。そう、その人物こそ、シャルが自分の父親ではないかと疑念を抱いていた人物だ。

 

 事実を前に、まずは驚きを隠せなかった。しかし、すぐに感情は驚嘆から怒りへと変容していく。その冷たい目が全てを語っていた。世に言う父親の愛など全くなく、ましてや情人ほどの善性も感じない。

 

 ストリートと繁華街、はては中流層や富裕層の人間をつぶさに見続けたシャルだからこそ、その眼はありきたりな事実を端的に示した。

 

 アルベール・デュノア、間違いなくその男は言い逃れのできないぐらいに、人でなしの悪人であると。

 

 

 

 

  × × ×

 

 

 

 

「…そろそろ、話ができると思ったが」

 

「……うぅ、がぅ!」

 

 座席に固定されたままのたうち、シャルは目の前の男をにらみつける。

 

 ブランド物のスーツを纏ったいかにもな紳士然とした男性。しかし、少女、シャルロットにはこの男が、いや、実の父親と名乗る、このアルベール・デュノアという人間に、腹の底から溢れる憎悪をむき出しに曝す。

 

 しかし、男は涼しい顔で、そんな娘の抵抗を一蹴する。 

 

「これではまるで狂犬だ。ひどい環境で育ったのか、嘆かわしい」

 

「……ッ!!」

 

 

 お前がそれを言うのか、そう叫ぶも言葉は猿轡に吸われ、響くのはくぐもった奇声だけにしかならない。

 

 アルベールの言葉は続く。

 

「本題に入らせてもらう。子供の癇癪に構っているほど、私は暇な身ではない」

 

 

 横に座る男たちがアルベールの手ぐせから支持を受け取る。おそるおそる、シャルの口にまいた猿轡を外す。

 

 

「!?」

 

「意外か?…どのみち、ここで抵抗しても何の意味も無い。快適なフライトを楽しむ以外、今の君にできることはないと思いなさい。」

 

「…………ッ」  

 

 悔しいが、その言葉は正論だ。

 

 依然自分は拐われた身だ。たかが猿ぐつわが外れたところで、自分には何もできない。

 

 冷静になる。冷えた頭で、まずは何を優先すべきか

 

「……」

 

……目的、聞かないと

 

 呼吸を整える。先ほどとは変わり、落ち着いた表情で今一度向き合う。

 

 圧し殺した感情を喉奥に追いやる。

 

 

「……叔父さん、一体僕をどこに連れて行く気かな」

 

「叔父さんとは、ずいぶん他人行儀だな。血はつながっていることは示したはずだ」

 

「へぇ、それってさっき見せた小難しい書類のこと。あいにく、実の娘をヘリで拉致る親を、世間は実の父親なんて認めないはずだけど」

 

「…そうか、なら、それは世間違いだ。比べる価値観が違う、大事の前には些事にもならない」

 

「些事?…本気で言ってるの」

 

 シャルの問いかけに、アルベールは淡々と答え続ける。しかし、そのどれもが聞くに堪えない傲慢な理屈だ。否定したい、だが、それをするには何もかもが足りない。

 

 

…本当に、この人が父親なの

 

 

「……なんで」

 

 納得がいかない。

 

「なんで、あなたみたいな人が……私の!」

 

 自分のもとを去った母親、そして残る父親もこんな理屈の通じない、最悪の上塗りだ。

 認めたくない。認めてはいけない。こんな男が父親だなんて、そんな救いの無い結末は、あっていいはずがない。

 

 

 

「……認めなかろうと、私は君の父親だ。そして君は私の娘だ、シャル。君は私の、デュノアに必要な人間だ。それをまず理解しろ」

 

「…どうせ、ろくでもないことなんでしょ」

 

「それを決めるのは私だ。……君は指示に従えばいい」

 

「……ッ!!」

 

 話にならない。出会ってまだ一時間もたっていないが、すでにシャルにとって目の前の父親は最悪の男だ。 

 

 突然、自分はここに連れ去られた。その上、わけもわからない目的のために、どうしてこんな目に合わないといけないのか、数奇な運命を呪いたくなる。

 

 けど、今は自分のこれからよりも、何もかもが途中のまま自分を連れ去ったことに、シャルにはそれが到底我慢できない。

 

 

「………そんなに、あの男が気になるのか?」

 

 

「…知ってるんだ」

 

 

「報告には上がっている。君が住んでいたパリから外れて、妙な外国人と行動を共にしていると、あれはなんだ?個人的な付き合いでもあるのか?」

 

「何?…娘の身辺がそんなに気になるんだ。別に不純異性交遊はしてませんよ、関係の無い・だ・れ・か・さ・ん」

 

「……」

 

 強気に、あくまで態度は変えず、シャルはアルベールに口を利く

 

 所詮自分は13の少女でしかない。スラムで磨いた逃げ足やスラングもここでは通用しない。目を覚まして、自分は地上から遠く離れた乗り物の中に乗せられている。

 

 

…けど、だからって靡いたりしない。絶対、こんな奴に

 

 

「…仮にあなたが父親でも、私は従わないよ。本気で父親になりたいなら、ちゃんとしたやり方があるじゃん!…こんな、私は認めないよ。力づくでも無理だから、舌を噛み切って死んでやるから!!」

 

「……」

 

 口を開き、その小さな舌をアルベールの前に晒す。軽く舌の根元を噛んで見せ、シャルは自分の覚悟を示すべく虚勢を張る。当然、噛み切る根気などあるわけがない。だが、それでも恭順の意を示すぐらいなら、例え鞭を打たれようと意地を張る。その意思を示すために、シャルは虚勢を張り続ける。

 

「……はぁ、随分と、威勢のいい性格のようだ」

 

「ろう、ふははってわはっら…ん、もう諦めて。あなたに、私の生き方を好き勝手にさせない。」

 

「…そうだな。今は虚勢でいいが、この先本気で死なれたら私も困る」

 

「そう、なら「あぁ、だからそうさせないために、私は君に示さねばならない」

 

 

「……ッ?」

 

 

「……言っていることがわからないか。だが、安心したまえ」

 

 そう言うや、急にシャルの体に瞬間的なGが触れた。

 

 体が前のめりになり、思わず舌を噛みそうになる。揺れの原因は停止、この載っている乗り物が急停止した。そして

 

「!」

 

「…着陸する。目的地ではないが、今の君には必要な時間だ。」

 

「…なに、するつもり」

 

「不安になることは無い。私は父親だ、娘の為に、そうさな」

 

アルベールが動き出すと、横の黒服たてゃシャルの拘束を解き、その手にかかる手錠以外は全て解かれる。

 

「!?」

 

「ついてきたまえ、外に出よう」

 

「……ッ」

 

「安心しなさい。君の為に用意した、面会の時間だ。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、手足の感覚が無かった。

 

 顔に触れる地面の冷たい感触や、周りの嘲笑の声、環境の情報はいくつもあるにもかかわらず、真っ先に気を向けるのは手足の確認だった。状況は最悪だが、どうしてか思惟は冷静に、俯瞰であたりを分析しだす。

 

 

…掴まった、みたいだな

 

 

 あの時、最後の車を止めて、俺はシャルをすくったはずだ。けど、そいつはシャルじゃなくて、シャルを偽装した別の人物。忘れようがない、その顔、あぁ、思い出すだけではらわたが煮えくり返る。

 

 

…偽装、カモフラージュ?…なんでそんな技術が中世にあるんだ。わからない、クソッ!!

 

 

 先の無い手で地面をたたく。これほど、怒りを抱いたのは何時ぶりだろうか

 

 

「あら、だいぶご立腹みたいね」

 

「!」

 

「もう、なによ、そんな殺意たっぷりで見つめて。お姉さんたぎっちゃうじゃない、替えの下着あるかしら?きゃははッ!!」

 

「…ミラージュ、お前」

 

「…もう、可愛そうね、義肢が無くて起きれないみたいで。ほら、起こしてあげるわ」

 

「……ッ」

 

 そう言い、ミラージュは俺の首根っこを掴み、近くのコンテナのようなものに背をもたれさせる。

 

 背に感じるんぶい痛み、どうやら気を失ってる間によほどやられたようだ。

 

「……くっ」

 

「怪我、大変ね。まあ、あれだけ派手にやったし、報復は仕方ないわね。あっ、あたしは何もしてないからノーカンね」

 

「……ッ、あの子の、皮をかぶっただけでも、俺はお前を殺したいぐらいだ!」

 

「…ふふっ、物騒ね。シャルロット・ローランだっけ、随分と熱心ね。あなた、よっぽど財閥の令嬢に好かれやすいとか、生まれる場所間違えたわね。」

 

 そう、冗談めいてミラージュはぼやく。その言葉、短い一文に、ダリルの意識は急変する

 

「……待て、そうだシャルは…お前が、騙して……あの子は、どこだ!!!!」

 

「落ち着きなさいよ、そんなに慌てなくても……もう」

 

「あの子を、あの子を助けるために俺は「お兄さんッ!?」

 

「!!!?!?」

 

 甲高い声、確かにその声はまさしく

 

 あたりを照らす焼きつくような照明、光に照らされた方向に、確かにその姿はある。

 

 

 だが、その隣には

 

 

「…ミラージュ、報告の時刻と半刻ほど遅いが、弁明はあるか?」

 

「あら、これは申し訳ないわね、給料引いていいから、勘弁してよ……社長さん」

 

「!!」

 

…社長、つまりこいつが

 

 男はシャルを連れ、こちへと近づく。光の眩しさが薄れ、次第にその姿ははっきりと目に映る。

 

 

「お前が、アルベール・デュノア」

 

「初対面だったが、どうやら君は私を知っているみたいだね」

 

「!!…当たり前だ、お前は知らないかもしれないが、俺と、俺の大事な仲間がお前のくだらない考えでどんな目に遭ったか!」

 

「…ほう」

 

 感情荒げるダリル、しかし、アルベールはそれに呼応するわけでもなく、ただ冷ややかに、想かそっだたのかと、障りのない事と一蹴して見せる。

 

「くっ!」

 

「もう、お怒りの所悪いけど、それより話、進めないかしら」

 

「……ッ!?」

 

 ミラージュがダリルの服を掴み、無理やり膝立ちでアルベールの前に差し出す。

 

「…お兄さん!! やめて、お兄さんにひどいことしないで!!」

 

 そこに、拘束されたままのシャルが横入りする。うっとうしそうに、ミラージュは片手でシャルをそのまま抑え込む。

 

 その様子に、この男は

 

「なるほど、報告通りの入れ込みようか。しかし、母親があれなら、納得はいく」

 

「お前は、本当にこの子の父親なのか?……なら、何でこんなことを」

 

「お願い、止めて!!お兄さんにひどいことするなら、私は絶対あなたに従わないッ!!」

 

「……押さえろ」

 

 その短い一言で、周囲に待機していた男たちはダリルたちを抑え込む。

 

 ダリルだけは、その頭を掴まれ、地面に無理やりに押さえつけられる。

  

「…一つ、確かめる。君は、なぜこの子の味方であろうとする?」

 

「…理由、そんなの、お前には関係ない事だ!!…その子は、俺が本気で守る価値のある人間だ!!」

 

「ああ、そうだ。確かに、そうなのだな」

 

「!?」

 

「君はたいそう、この子と良くしていたようだが、それも終わりだ。シャルロット、手短に済まそう」

 

「手短にって、何を」

 

 

 

『ダァンッ!!!』

 

 

 

「……ッ!!?!?」

 

 頬を掠る銃弾。切り傷から伝生ぬるい感触は、まさしく自分の血だった。

 

 突然の銃声の前に、シャルは言葉を失う。後ろで気味悪く笑うミラージュの声が、やけに耳煩く響く。

 

 

「銃は得意ではないが、たまにはこういうシンプルな行為は必要だ。……シャル、これを助けたいなら、私と来なさい」

 

「……ッ」

 

「なに、悪いようにはしない。…君はただ、帰るべきところに戻るだけだ」

 

 

 アルベールは告げる。淡々と短く、命をはかりにかけた選択を提示する。

 

 よりにもよって実の娘にだ。この男は、

 

 

「お前、本気でこんなことを」

 

「あぁ、娘のためだ。親は何だってするさ」

 

「!!」

 

 聞いていられない。こいつの口から家族を云々語ることに、拒絶反応が起こる。

 

 度し難い、あっていいはずがないんだ。

 

 こんな男があの子の父親だなんて

 

 

「…なんで、あんたは現れた。…お前は!!シャルの前に出てくるべきじゃない!!」

 

「…そうだ、あなたは私の父親じゃない。お兄さんに手を出すなら、絶対許さない。舌を噛み切って死んででも、あんたなんかになびいたりしない!!!」

 

「……立場が、わかってないみたいだな」

 

「……ッ」

 

 ダリルの額に銃口を突き付ける。死への距離を詰められてなお、睨みを絶やさないダリルと、光景を前に蒼白になるシャル。

 

 足腰は震え、両横の拘束が無ければそのまま倒れ伏しそうなほどに竦んでいる。

 

 だが、それでもシャルはアルベールから目をそらさない。

 

 状況は絶体絶命、だが、それでもと。その心だけは抗おうとし続ける。理不尽に屈しない精神、少女が持つには少し勇ましいそれは、ただ一人の人間の為に

 

 しかし、そのわずかな抵抗の思惟さえも、この男は許さなかった。

 

「…そうか、それほどなのか。いや何、私もこんなに驚いたのは何年振りか……よもや」

 

「……なに?」

 

 

 

「驚いているんだ。よもやシャル、君は人殺しの人間を庇うとは

 

 

「…へっ?」

 

「……ッ!!」

 

 空気が冷える。シャルの目がまるでこの世のものではないものを見たような

 

「あれはな、人を殺したのだよ。過去に、そして今もだ。君を助けるために、私の部下を数人、EOSを用いて車ごと破壊した。中には爆発に巻き込まれて焼死したものもいる。他には…「止めろ!!」

 

 思わず、声を荒げてその言葉を遮る。だが、それは間違いだった。叫び声がこだまして、シャル目はアルベールから変わって俺に向けられている。怯えた目だ。今まで見たことのない、あまりにもか弱い姿だ。

 

 違う、そうじゃない、否定したいが、何をもって否定できる。

 

 敵であるから葬った、戦場の道理を、どうやって普通の人間に説明できる。自分はただ君の為に、精一杯やった。だから目をつぶれと、そう言いくるめるだけにしか過ぎない。

 

 

「何も言えない。そうだろう、何せ君は軍人だ。」

 

「…軍、人」

 

「そうだ、それでも君は庇うのかい」

 

「……でも、それは私を、お兄さんはただ!!」

 

「ただ、助けるために殺した。「違う!!」…違わないさ。しかし、それほど庇うのなら、さぞ彼は人たらしなのだろう」

 

 アルベールはただ正論を告げていく。シャルの受け取りたくない事実を一つ一つ、その会話で強引に自覚させる。

 

 むごい手だ。吐き気がするほどに悪意に満ちた仕打ちだ。

 

「おい、それ以上…がはっ」

 

「もう、今いい所なんだから……ちょっと黙っていなさい。ふふっ」

 

 押さえつけられた上に、その背中に女のブーツが背骨を踏みにじる。苦痛に悶え、声が上手く出ず、肺から辛うじて空気が出るだけだ。

 

「……しゃ、……る」

 

 そんな光景すらも、今のシャルには目に入らない。今、シャルは初めて、男に対し恐怖を抱いていた。言葉だけで、自分の心を容赦なくなぶってくる、初めて感じる圧迫感に、その呼吸すらかろうじての状態のようだ。

 

「ちが、う……お兄さんは、私に……貴方に何がわかるの?初めてなんだよ、優しくしてくれた、全部知って心の底から笑いあえた、そんな人。……お兄さんは悪くない、悪いのは貴方の方だ!!」

 

「あぁ、確かに私は悪人だ。しかし、私には大義がある。この国を背負う、社会の柱としての。…確かに、彼は善人なのだろう。だがね、あいにく私がどうこうせずとも彼はこの国の法律で裁かれる運命だ。外国人で、身元も不確か、ダリル・ローレンツはテロの容疑で確保されるだろう。そうなれば、死刑はまぬかれないな。」

 

「!?……そんな、そんなのって」

 

 心にひびが入る。だが、アルベールの言葉が終わらない。

 

 容赦なく、鋭い刃が傷を増やす。

 

 

「君が助けたいなら、私に何をするべきかわかるだろう。等価交換だ。私のもとに来い、君の母親が託したものを、私の為に使ってほしい。その対価に、私は彼を救済しよう」

 

 

「……お母さんの」

 

「あぁ、君の母、イリス・ローランが残した遺産だ。それを使えるのは娘である君だけだ。ただそれだけのこと、君が成すのはそれだけでいい。」

 

 

「………ッ」

 

 

 揺らぐ、ダリルの身柄を出しに、その上提示する条件は遥かに甘い菓子だ。

 

 折れかけて、傷にまみれた心では到底跳ね除けられない天からの糸、そんなものの前に、あの子は

 

 

「……めろ」

 

「…?」

 

「止めろ、アルベール……シャルも、騙されるな、こいつは悪人だ!!」

 

「!!」

 

 言葉に発破をかけられ、シャルの目に光が戻る。 

 

「シャル、俺に捉われるな。お前は、自分の人生だけを考えろ、その男に従う道が、お前の望む道なのか!!」

 

「……お兄、さん」

 

「…はは、なんともこれは痛いな」

 

「……ッ」

 

「確かに、君は私の悪行を知っている。私は確かに善人ではないよ、だがね、それでも、私はあの子を守れる立場なのだ」

 

「…守る?お前が、そんなことを」

 

「…守れるさ。現に、私が助けなければ、この子は君の背後にいる者に奪われているだろう。なにせ、イリス・ローランの娘で、デュノアの光景なのだ。その価値は世界的に見てどうだ?ISが趨勢を握る世で、これほど価値のある女性を、隣国や、遠くの他国ですら見逃さない。」

 

 

「……それは、どういう」

 

 

「わからないのかい?…シャル、あれはな、お前専用のISを生み出した。このフランスに初の、第三世代のISをすでに完成させていたのだ。」

 

 

「!!」

 

「…第三、世代…IS?」

 

 第三世代、それは今の世界におけるISの目標地点、専用の特殊兵装を持つそれは国を象徴するフラッグシップの意味合いを持つ。

 

 それに駆るのがシャル、デュノアの実の娘である。

 

 それは確かに、その言葉が真実なら

 

 

「…シャル、君が何を思うと、君には自由な世界はない。生まれもった血は、君の自由を妨げる。それも、意志に関係なく、私が何をせずとも、いつか君は狙われる立場だ」

 

「……そんなの、しら…」

 

「知らないとは言わせない。この世界は君を狙い続ける、そうなれば、被害が出るのは果たして君だけか」

 

「!?」

 

「おい、止めろ。これ以上はもういらないだろ!…あんたは、どこまで娘を……ッ!!!」

 

 

 

「お前を育てた祖父、生まれた故郷、何もかもを失う。それでも、まだ君はわからないと、ただ目を背けるつもりかな」

 

 

 

「……や、いやだ」

 

 

 

 心が折れる。

 

 

 

 希望があると、状況を脱せると願ってみた選択肢はいくつもあった。だが、そのすべては今アルベールの手で、絶たれた。

 

 

 

「……」

 

 

 希望はない。だから、その選択肢は、シャルにとって唯一取れる最善であった。」

 

 

「…従えば、いいの」

 

「!!」

 

「ごめん、お兄さん。…これが、たぶん正しいから」

 

 

 聞きたくない。明るく誰に対しても幸せそうに接する彼女の口から、よもやそんな言葉が出るなんて、認めたくない。そんな残酷な選択を、選ぶべきでない、わかっているはずなのに

 

 

「……ッ…ごめん、もう、無理だよ」

 

「ちがう、無理なんかじゃない。お前は、そんな簡単にあきらめて」

 

「…無理だよ。…ことは、簡単じゃない。」

 

「シャル!!」

 

「…薄々わかってたんだ。…こんな出自でむしろ今までよく、普通の暮らしができてたものだよ。だから、もう終わりだって思う。行くよ、お父さんのもとに」

 

「シャル!!行くな!!!そいつは、お前を!!!」

 

 ロクな目に合わない。人を何人も殺すことに、そいつはきっと一切のためらいを持たない。それはきっと、シャルだって感じ取っているはずだ。

 

 なのに、この子は俺に笑顔を向けている。無理やり作った表情、気が付けば、辺りを埋め尽くすように雨が降りしきる。濡れた髪がぐっしょりと張り付き、その顔は涙に溢れているかもわからない。

 

 いや、泣いている。なのに、おれはその涙をンぐってやることすらできない。シャルは、俺を庇うために、その苦渋の決断を飲んだのに、その辛さに俺は何もしてやれない。

 

 

「シャル、こんなこと……どうして」

 

「……ごめん、本当に、ごめんなさい」

 

「行くぞ」

 

「!!」

 

 短な一言で、男たちは動き出す。シャルを連れ、アルベールたちはダリルの元を去っていく。

 

 

「………ッ」

 

 去っていく、遠のく足音が雨音に消され、ダリルはただ成すすべもなく泥の味を噛みしめる。

 

 残酷な結末は、どうあがいても変えられない。

 

 

 

 

 

 

 

  ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 後悔は絶えない。けど、現実はどうしようもなく重くのしかかる。

 

「……ねえ、ダリルには」

 

「あぁ、手は出さないさ。かといって助ける義理もないが、放っておいても彼には何もできない。故に無問題だ。彼はもう、ただの観光で訪れた外国人で、君とは無縁の赤の他人だ」

 

「……そう」

 

 今は、その言葉にすがるしかない。

 

 不自由な自分に残された、それだけは唯一の自由の証だ。

 

 大好きな人を守った、それだけでも、この暗い世界に居場所を作れる。

 

 

「…でも」

 

 

 こんなに別れが残酷なら、せめてもっと思い出が欲しかった。

 

 

……やっぱり、いっしょに看るべきだったかな。イルミネーション

 

 

 町で、シャルは正直迷っていた。ダリルには言わなかったが、あの町で照らす灯には意味があった。遠く離れた丘で街の明かりを見下ろし、その町での幸せな日々が続くことを願いあう。

 

 町の灯を眺めること、それは家族の愛を確かめ合う意味があった。

 

 

 だから、別れることが辛いから、つながりを深めることを恐れた。

 

 

 でも、今はそれが間違いと気づく

 

 

 それだけじゃない、もっとやり残したことはある。

 

 一緒に踊って お酒もこっそり飲んで、もっと、いろんな思い出が欲しい。けれど、もう終わりだ。

 

 

「……初恋、だったのかな」

 

 失う辛さ、これほど重く苦しいなら。もう、忘れたほうがいいのだろう。

 

 けど、この痛みだけは、失いたくない。

 

 私が、私であることの証拠だから。

 

「……忘れない、きっと、お兄さんのことは、ずっと」

 

 

 

……バイバイ、お兄さん。お兄さんのこと、大好きだから

 

 

 

……大好きだから、もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私のことは、忘れてください

 

 

 




次回、第二章の最終話です。


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名前

連日投稿です。一応、これにて2章はひとくくりです。

最後に、次章で出すキャラを先出ししてますので、そちらもお楽しみいただければ。


「クソッ、離せ!!離せ!!!」

 

 アルベールたちが去り、その飛行機が天に去る姿を、ダリルはただ見過ごすことしかできなかった。

 

 慟哭は雨に消え、失った現実と敗北の痛みだけが心に残る。意味のない抵抗、自分を抑える男たちを振りほどかんと先の無い手足を懸命に振り払う。 

 

「っち、こいつ……手足ねえくせに」

 

「……ッぐ!」

 

 抵抗はむなしく、髪を掴まれ顔面が泥に叩きつけられる。悲しみを上書きするように、泥の味が染みわたる。

 

 ダリルは今まさにアルベールの部下に連れ去られようとしている。トラックに詰め込まれてしまえば、きっと自分の行き先は決まってしまっている。あの男がまず俺を生かす気など、天地がひっくり返ろうとあり得ないことだ。

 

 死ぬわけにはいかない。

 

 あの子を助けるためにも、おれはここで

 

 

「終われない、終われないんだ!!……俺は、こんなところで」

 

「っち、こいつ。…構わねえ、もうここでバラし」

 

 

 

 

ズダァアンッ!!!?!?

 

 

 

 バラしちまえばい、そう言葉にすることは叶わず、それが名も知らぬ男の遺言になった。

 

 

 

「!?」

 

 突如鳴り響く銃声。

 

 それは自分に放たれたかに見えた。だが、それは

 

「…おい、今のz」

 

 

…ダン!!ダン!!ダン!!…ズダァン!!!

 

 

 

「!!?!」

 

 雨音に紛れ、幾重もの銃声が辺りに飛び交う。地面に伏せているはずのダリルの前に、周りの男達が糸の切れた人形のように倒れ伏していく。

 

「…ナイスよ、スマイル。」

 

「!」

 

「なに、驚いた顔してるのよ。別に、もう初めてじゃないでしょ」

 

 女が、ミラージュが近づく。そして、いつの間に用意したのか、それは取り上げられていたはずの俺の手足だった。

 

 

「……なぜ、お前は」

 

「……ふふ、さぁ、どうしてかしらね。まぁ、私はただ「隊長、車の用意が」…うっさい!!、今いい所だから話しかけんな!!」

 

 乱暴に端末を切る。ミラージュは素知らぬ顔で、ダリルの手を取る。体を起こし、その足に義足をつけ始める。

 

「……ッ!?」

 

…どういうことだ。こいつは、一体何が

 

 

「…何がしたいか、まったくわからないって顔してるわね」

 

「……っく、そうだろう実際。お前は、何がしたいんだ?」

 

「…何って、そうね……私は何時でも、自分が楽しい方の味方よ、だから」

 

 

 

 

 

 

 

「助けてあげるわ、ダリル・ローレンツ」

 

 

 

 

 

 

 

   ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 

 

……こちらは先に帰投する。手はず通り、エサはそこで始末しろ。

 

 

……処理?方法任せる。お前の悪趣味でしたいようにすればいい。

 

 

……あの子にはもう歯向かう気力はない。ダリル・ローレンツの役目は終わりだ。決して生かすことは無いように、わかったな。

 

 

 

「……。」

 

 録音が切れる。

 

 ミラージュが流したのは紛れもなくあのアルベールの声だ。つまりあいつは、あの子の心を縛るために、態々俺を捉えて、そして目の前であれだけのことを

 

 

「……ッ!!」

 

「あぁら、怒ってるわね。ま、そりゃ無理もないわ」

 

「……くっ」

 

「なによ、そんなに扱いが不当かしら。残念だけど、ここにはシャワールームは無いの。…スマイル、もうちょい運転何とかならないわけ?ガタガタすぎて尻が痛いのよ!!」

 

「はぁ、勘弁してくださいよ。ここ、あんまり舗装された道じゃないんですし、普通の乗用車で無理言わんでください」

 

「たくっ、これだからハゲは」

 

「ハゲは関係ないでしょう!!」

 

「うっさい、さっさと行け!!」

 

「ちょ、なぁ!!」

 

「……」

 

…なんなんだこいつら?

 

 聞くに堪えない罵詈雑言、運転手の迷惑など全く関係の無い座席への応酬、ミラージュというこの女は自分を強引に車に詰め込み、そして今スマイルと称する人物の手でこの車は山中深くへと突き進む。

 

 

「……」

 

…いったい、どこに行く?隠れ家でもあるのか?

 

 

「……なあ、あんたは」

 

「おら、おら!!  ん、なによ?…あいにく、ここにトイレはないわよ」

 

「………ミラージュ、お前は」

 

「……ッ、何よ乗り悪いわね。何、質問?」

 

 だらけ態度でこちらに振り替える。その両足は座席の上、。ブーツを履いたまま運転席の男の頭を足蹴にしている。

 

「……いい加減聞かせろ、お前は何で、俺を」

 

 

 何故に、助けた。あの状況で、いやそれよりも前に

 

 EOSを与え、罠にはめたことも、今となっては疑問が残る。罠にしても、俺の身柄が必要なら、あの場で拘束すればよかったはずだ。わざわざ、自分を餌に

 

 

「…何がしたいんだ、お前は」

 

 

 膝の上で、義肢の指が力強くきしむ。

 

 何もできなかった無力さを、そして今、目の前にいるこいつが差し伸べた手を頼っている事実を。

 

「…教えろ、お前は、俺を助けて何をしたいんだ。」

 

 

「…隊長、いい加減、俺にも教えてください。あんた、何も言わずに突っ走るもんだから、付き合う自分の身にも…って!!」

 

「……はぁ、まぁいいわ。それもそうね、道中暇だし、知りたいこと、教えてあげる。」

 

「……」

 

「まず、あんたを助けたのは誰の意志でもない私の意志。でも、それよりまず、あんたは知っているの」

 

「いや、その意思の方がむしろ…………っ、わかった、聞いてやる。お前が言いたいことは、いったい何だ?」

  

 そっちは言いたいことを言うくせに、こっちからの質問は無視と来る。

 

 仕方なく。その問いに乗ることにした。そして、ミラージュ満足げに、その口を利かす。

 

「…イリス・ローランの秘密、知ってる?」

 

「?」

 

「……どうやら、まだ知らないみたいね。」

 

 

 ミラージュはそう言うや、懐から、というかその無駄に大きな谷間から一冊の本を取り出す。

 

 

「…それが、なんだ」

 

「イリスが残した情報、というか研究記録ね。あるISについて、あの社長さんが喉から手が出るほど欲しがる正体、知りたくないかしら?」

 

「……それを知って、どうしろと」

 

「いやなにね、知らないなら知るべきよ。シャルロット・ローラン、今はデュノアかしら。まあいいわ、とにかくあの子を助けたいなら、まずは彼女の書記を探しなさい。制限時間は今日から二週間ちょうど、それを超えたらゲームの完全クリアは無理だから、忘れないように。」

 

 

 

「……ッ」

 

 

「何を言っているかわからないみたいね。でも制限時間は忘れちゃだめよ」

 

 

 要領を得ない説明。しかし、それを単に捨て払うわけにもいかない。

 

 狂った女の戯言、だが、そこには確かに真実を感じる。シャルの事情に、そのイリスという女性が大きくかかわっているのは事実だ。

 

「…お前が言っていること、それがもし本当だとして、今は飲み込んでやる。だが、その上で聞く、お前たちは、俺をどこに」

 

「……」

 

「おい、何急に黙って……ッ!!」

 

 突然、車が急ブレーキを踏む。どこに付いたのか、雨で曇るくらい風景は何も見えない。

 

 すると

 

「…スマイル、出なさい」

 

「……はい?」

 

 言われるまま、男が車から出ると、続けてミラージュも外に向かう。

 

「…おい、お前たち、なにを」

 

 ダリルも続けて、シートのベルトを外し外に続こうとする。だが

 

 

「?」

 

 

…外れない、ドアも……

 

 

「っく、開かない。…おい、ミラージュ、お前何を!!」

 

 身動きが取れず、次第に雲行きは怪しくなる。

 

『……ガガ、……ね、…り、る』

 

「!」

 

 声の主は右隣に、ミラージュがいた場所に、前にあずかったものと同じタイプの無線が置いてあった。

 

 手に取り、無線の音量を上げる。 

 

「…おい、これは何の」

 

『あら、私言わなかったっけ』

 

 声の主はあの女、相も変わらずあざけた様子で、無線越しにその気味の悪い笑顔がちらつく。

 

『ねえ、ダリル……悪いんだけどさ、あたし嘘ついた』

 

「!……やっぱり、そういうことか」

 

 薄々感づいてはいた。この女が、まともであるはずがない、裏がある筈に決まっている。

 

 抵抗はできない今、結末は避けられなかっただろう。だから、余計に癇に障る。

 

「……どういうつもりだ、希望与えた上で奪って、それで悲しむ顔でも拝みたかったのか?」

 

 ミラージュの狙い、端的にそうダリルは結論をつける。

 

 今、ようやく天気が落ち着き、雨がやんできた。そのおかげか、正面のガラスの先に移る光景が目に留まる。

 

 

「…ミラージュ、お前は」

 

…ガガ

 

『なによ、ちょっと崖下にダイブするだけよ。ブレーキなしで、まっすぐに…ガソリンは満タンだから、いい花火が上がるわね』

 

 

「……この、外道が!!」

 

 こいつ、どこまで、狂っている。

 

 だが、そんな狂った相手でも、俺はその助けを頼りにしてしまった。その事実がどうしようもなく腹立たしい。

 

『ええ、外道ね。 正義のナイト様にはこのうえなく苛立つわね。だからぁ、ストレス発散にちょうどいいじゃない。往復なし、一回限りの絶叫マシーン、お客様、安全バーはお忘れなく』

 

「……ッ」

 

『なによ、もっと悪態付きなさいよ』

 

 嘲笑の止まないミラージュ、だが、そんな狂人の遊びに、何故か俺は冷静でいる。怒りはある、だが、思考は疑問を抱いたままだ。

 

 

…本当に、こいつは俺を殺したいだけか?

 

 

 狂っている、そう結論をつけるのは簡単だ。だが、それだけでは納得できない。

 

 この違和感は何だ。なぜ、俺はこいつが

 

 

「……ミラージュ、お前は」

 

『あら、なにかしら、もしかして遺言?いいわよ、それぐらいなら聞いてあげる』

 

「……本当か?」

 

『ええ、嘘はないわ』

 

「……なら」

 

 

 答えは、出た。

 

 

 

「…じゃあ、ミラージュ、お前に伝える。……遺言は、まどろっこしい前振りは止めろ!どうせ、確実に殺すつもりは無いんだろ!!……ってな」

 

『………』

 

そうだ、こいつは殺せるなら俺をもう殺している。確かに狂った女だ。だが、だからこそ

 

「お前は結局、物事を楽しみたい性分なんだろう。なら、この結末は、果たしてお前が望むエンディングか?」

 

 違う、そうじゃない。

 

 こいつは俺に黒星を食らった。もし、俺が思う通りのこいつなら、きっとその結果を放置するわけがない。

 

「お前は俺に一度負けた。なら、その返しがこんな陰湿なわけがない。お前は、俺を試したい。そう言うことじゃないのか?」

 

 

 おそらく、このミラージュという女は狂っている。戦場で、戦いに魅入られて情人の道から逸れた奴なんてのは山ほどいる。だが、そうした奴らが皆、ただ狂人のひとくくりにできるはずがない。逸脱しているからこそ、他者とは違う。

 

 狂っているなりに、彼らには彼らだけの矜持がある。

 

 それは、きっと俺にも言えることだ。故に、業腹だがこいつの心理を俺は理解する。誰にも理解できないであろう戦場の道徳、命を俯瞰にみる思考、それらを知り得るからこそ、そこには必ず意味があるはずだ。

 

 

 

『……』

 

「どうだ、どうなんだ、ミラージュ!」

 

『……ふふ、くすくすッ』

 

「!」

 

『けひゃ、きゃはははっ、ハハっ!!!!』

 

 無線越しに聞こえる笑い、どうやら、回答は図星のようだ。

 

 だが、これで運命が変わるとはいえない。

 

 ただ

 

 

『はは、ひひっ……あぁ、はあぁ、あんたやっぱ最高ね。いいわ、期待通りよ!!』

 

 

 

…ガシンッ

 

 

 

「!」

 

 突如揺れる車、とっさに背後を振り向く。

 

 いつの間にか、そこには人型と思しい何かがいる。

 

「…IS、それで突き落とすのか」

 

『ええ、でも安心していいわ』

 

 

 背後に立つ機会の化け物、しかしてその正体はミラージュ本人、身に纏っていたタクティカルスーツ越しにライトブルーのISを纏う。

 

 

「…それが、お前の専用機か」

 

「あら、感がいいわね。そう、でもこれで戦えるのはずっと先、まずは貴方が生きてここから脱しないと始まらないわ」

 

「……ッ、本気で、落とすつもりなんだな」

 

 

「!!…あぁ、良い顔ね。そんじょそこらの兵士とはわけが違う、戦場で、命の奪い方を知る本物の目、だから、ダリル。……あなたなら…普通の死に方じゃ絶対死なない」

 

 車体がきしむ。後ろから押し、まるで本当のジェットコースターのように崖の寸前まで迫っていく。

 

「……やっぱり、お前は狂ってるな」

 

 

「ええ、あたしは何時でも正気に狂ってる。だからこそ、私は迷いなくあなたの背中を押せるわ」

 

 

 

…ガシンッ!!…ガガ

 

 

「!?」

 

 いよいよ、車体が斜めに傾く。

 

 眼前に見えるのは広葉樹林の樹海。まず、この高さで落ちては助からないかに見える。

 

 

「……ッ」

 

「身構えるわね。…ここ、実は自殺の名所なの、毎年、車で勢いよくラストダイブする人が多いらしくて、でも、不思議なことに死にきれない人もいたりするわ。まぁ、100人いれば20ってところかしら」

 

「……なら、十分だ。」

 

「あら、強気ね。ますます好みだわ」

 

「……なあ、好みついでにあんたの名、教えてくれ」

 

「?」

 

 命の危機、問いただす目的は冥途の土産だからではない。

 

 ダリルは死を見ていない。たった二割でも、十分に書ける価値のある二割だ。生き残る、そして、その果てに、必ず

 

 

「…俺はシャルを助ける。その上で、俺はあんたを殺す!!……いいか、お前殺すのは、リビングデッド師団のパイロット、ダリル・ローレンツ少尉だッ!!!」

 

 奇しくも、あの時、サンダーボルト宙域で巡った時と同じく、俺はまた相手に名乗っていた。

 

 殺す相手に名を名乗るのは二回目だ。一回目はその結果が知らずに終えた。だから

 

 次は、外さない。

 

 

 この手できっと、手段はEOSでもなんでもいい。

 

「どんな手を使ってでも、俺はお前を撃ち殺す!!切り殺す!!爆発で殺す!!!怯えながら夜を過ごせ、ミラージュ!!!」

 

「!?……あぁ、いいわ……いいわいいわッ!!!」

 

 

…ガキィンッ!!

 

 

「なっ!?」

 

 

 樹海を前に、車は勢いよく走り、いや落ちだした。

 

 ミラージュが手を離した瞬間、車はほぼ垂直に近い坂を猛スピードで削るように落下していく。

 

 

「……ッ!!?」

 

 体にのしかかる揺れとG,必死にシートベルトに掴まる。

 

 同時に、握っている無線から、ミラージュのメッセージが届く。

 

 

「!!」

 

「…ええ、そうよ、私を殺しに来なさい!!ダリル・ローレンツ!!

 

 

 

 

 

 無線機から届く声、眼前めがけて近づく樹海

 

 

 

 

 

 衝撃で意識が飛ぶ数秒前、確かに、その名前はダリルの耳に届く。

 

 

 

 

 

 

「………ッ!!!!」

 

…死ねるか、こんなところで、俺は!!!

 

 

「ええ、あなたは死なない。生きて、あたしを殺すの」

 

 無線に響かせる、女の声。

 

 最初で最後の宣誓、本当の名を、今ここに叫ぶ。

 

「私は幻影、あの人の手でつくられた兵士」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…そう、私の名はミラージュ!!ミラージュ、S、オリムラ!!!……忘れるな!!あんたが殺す、戦士の名前を……!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~fin~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~追章~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-フランス東部、某所

 

 

「……なあ、おい」

 

「……」

 

 男が呼びかけると、ベッドに寝る黒人の男は煩わしそうに体を起こす。

 

 飄々とした白人の男、背丈は黒人のそれよりも小さい。だが、二人の関係は主従のようなかかわりがある。

 

 

「…なんです、少尉。見張りの交代ですか?」

 

「…違う、じゃなくてこいつだ」

 

 そう言うと、男は懐から長方形の箱を取り出す。

 

「…いや何、お前はほんと俺によく尽くしてくれるわけで、まあ、正直うざったいが感謝はしている。だがな、なんで頼んだ煙草が違うモノなんだ?なぁ、こいつは嫌がらせか」

 

「……その件、ですか。ですが、それはいつも少尉が嗜んでるものですよ。近眼ならいい眼科紹介しますんで」

 

「ちっがう!!…こいつはタール3、俺が吸ってんのはタール5だ!!勝手に健康管理すんじゃねえ、お前はお袋か!!!」

 

 抑えめの声で、しかし感情は荒く男は怒鳴り付ける。握りしめた箱を床にたたきつけ、床にはタバコの葉片が散らばってしまう。

 

 そして、黒人の男は床の絨毯に広がる汚れに対して悲観する。

 

「……はぁ、お怒りになるのは良いですが、部屋を汚さないでください。少尉」

 

「うっせ、お前が変な気使うからだろ。こんな辺鄙なところで待機してっとイラつくんだよ。」

 

「…そのことは、まあ、私らが話してもどうもなりませんよ。上官の指示ですから。」

 

「……ちっ」

 

 ベッドから立つ黒人の男、隣だつとその身長差は顕著だ。

 

 しかし、立ち上がるやすぐにしゃがみ、その大きな手のひらは細々と 

 

「……おい」

 

「……」

 

「……たくっ、悪かったって」

 

 自分が撒いた葉片を一枚一枚拾う姿に、白人の男もさすがにいたたまれなくなる。並んでしゃがみゴミを拾いあう姿はどこか哀愁というか、ほほえましさすらある。

 

「おい、もういいっての。俺が悪いみてえだろ」

 

「いいですよ、掃除含め身の回りの世話は私の仕事です。少尉、ビリー少尉は外で見張りを続けてください。煙草は今度買い出しの時に買いなおします」

 

「…はいはい、そんで吸う量を控えろって言うんだろ」

 

「はは、よくおわかりで」

 

「……うっせ」

 

 ビリーと呼ばれた白人の男、適当に掃除を済ませると、そのまま窓際に移る。

 

 彼らのいる場所はトレーラーハウスの狭い居住空間、森林に囲まれたキャンプ場だ。今でこそ天気は悪いが、快晴であればその星海の景色に息を飲んでいたことだろう。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな時を待つ猶予は、彼らには与えられなかった。

 

 

 

 

 

「はぁ、風情もねえ場所だ。いったい、いつまでいればいい」

 

「…………」

 

「……なぁ、セバス…………っ!」

 

 瞬間、セバスの示すハンドサインを見るや、行動は迅速に始まり、そして完了する。

 

 中央の入り口、ベッドシーツ、戸棚から取り出したハンドガンを構え、慎重に外の気配を察する。

 

『…………二人』

 

『………了解』

 

 静かに戸を開ける。外には該当もなく、トレーラーにも明かりはつけていない。闇夜に乗じて、二人はトレーラーの先にある廃屋、ダミーの小屋に足を運ぶ。

 

 追跡、捜索の手を欺くため、トレーラーは廃棄者に見せかけたダミー、生活感をわずかに醸させた小屋は、言うなれば害虫駆除用の箱、みたいなものだ。  

 

 

………素人、だろうな。

 

 

『民間人なら無視、当たりなら始末して即効引っ越しだ』

 

『了解です。自分は二階を押さえます。』 

 

 段取りを決め、二人は行動を開始する。

 

 正面には木製のドア、これには音が出ないようにあらかじめ摩擦音が生じないように加工したものだ。1度目は音がスピーカーから鳴るが、2度目からは音もなく俺たちを入室させる。

 

 

……正面はクリア、さて、侵入者の方は…と

 

 

 正面玄関から入り、耳に届いたのは水の音

 

 聞こえる。というかうるさいし、なんだったら暖房もついている。 

 

 

『くそ、民間人か?』

 

 

 民間人であれば、このまま出ていくまでやり過ごすほうが先決だ。だが 

 

 

…ここまで音をたてられるのも厄介だな。 

 

 

『セバス、薬の用意しとけ。黙らせたあと、ここでのことは夢にする。いいな』

 

『…了解です。』

 

 入り口からすぐの階段でセバスとは別れる。 

 

 ビリーが進む先、部屋の構造はシンプルに横長の長方形、左にダイニングキッチンとトイレや物置、そしてくだんの浴室があるわけで。 

 

…間抜けめ 

 

『どこぞの浮浪者なら玉を潰してやる。』

 

『…………あの、ビリー少尉』

 

『なんだ、対象が近い、短く』

 

『撤退、進言、教育的な問題』

 

『………はっ?』

 

 一言め、二言目はわかる。だが、最後はなんだ?

 

『なんだ、ふざけているのか?…………目標が近い、通話を切るぞ』

 

『ちょ、あっ、…………』

 

……たく、あいつの過保護も病気だな

 

 気を取り直し。目標に意識を向け直す。足音を殺し、浴室の戸を開けると、そこは光のない暗闇の空間だ。 

 

 何故か、明かりをつけずに湯を出しているらしく、脱衣場も辛うじて服が重ねられているのが見える。

 

 

…くそ、暗視ゴーグルを用意するべきだった。 

 

 

 暗闇での奇襲はできない。なら、取る手段は

 

 

「…………ッ」

 

 壁面のスイッチに手をかける。押して明点した瞬間に、同時に制圧する。

 

 

 呼吸を整え、指先に神経を意識する。銃は使わず、奇襲で相手を拘束し、無力化して締め落とす。 

 

「………、ッ!!」

 

 スイッチを押した瞬間、暗闇にいる敵の姿が今

 

「………へっ!?」

 

 

………取った!……このまま腕を

 

 

 

-ライトON

 

 

 

「…………腕を、うで……を…………を」

 

 

「…………っ!?!!?」

 

 

 浴室を照らす光、文明の灯火は余すことなくすべてを照らす。 

 

 そう、照らすのだ。なにもかも

 

 

「…………あぁ、これは」

 

 

「………」

 

 

 掴んだ腕はあまりにも細く、そして肌は色白で美少女のものだ。けっして男の浮浪者なんかじゃない。咄嗟に手を離し、一歩下がったせいで余計にその姿が一望できてしまう。  

 

 発達途上だが十分に膨らみと柔らかさを感じさせる肉付き、長く延びる白金がかったブロンドヘアー

 

 

 そして、意外なことに見覚えがある。というか、知らないわけがない。なんだったら、こいつは俺たちの

 

 

 カチッ

 

「…………セバス、セバスー」

 

 

『………はい、やっと繋がりましたか。ビリー少尉、そちらは』

 

 

「あぁ、なんというかこれは」

 

 

 

「ーーーーッ!!?」

 

 

 

 目の前の少女、セシリア・オルコット嬢は胸を隠し、その手で掴んだシャワーホースを勢いよく掲げる。

 

 その手に装備した鈍器は、真っ直ぐに自分めがけて。

 

 

 

「……あぁ、セシリア嬢がいる。あと、すげぇ怒ってる。」

 

「……同情しますよ。ビリー少尉」

 

「へ、…………へへ、へん」

 

 

 

 

 

 

…セバス、教えてくれ。これ、俺が悪いのか?

 

 

 

 

 

 

「変態っ!?」

 

 

 

 

バツコーンッ!!!

 

 

 

 

 

 中編へ続く




 なんとかここまで来ました。ずっと煮詰まってましたが、無事まとめられた気がします。そう思うことにします。

 次章はおいおい、ダリルがここからどう巻き返すか、下げた分は必ず取り返す展開にします。熱くて噎せるサンボルを目指すので、お楽しみにくだせぇ


 そして最後に、もっとサンボルの二次創作流行れ


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第二章・中編 トワイライト・リビングデッド
鉄の味


新章開始です。

就活もろもろであれですが、無理ない範囲で続けていきます。


 

 騒々しい一夜は嘘のように、日は喧騒を置き去りにただ過ぎていく。

 

 陰謀渦巻く闇に飲み込まれ、シャルロット・ローラン改め、シャルロット・デュノアは実の父親の元へとその身をさらわれた。

 

 

 そして、そんな彼女は今

 

 

 

「………」

 

…何もない、暇

 

 朝食を食べ、用意された本を読み、さほど興味もないニュース番組で時間をつぶしている。

 

「……はぁ」

 

 体を預けるソファはどこまでも沈むような柔らかさで、市販でいつける人を駄目にする、そんな謳い文句を頭に浮かぶ。けど、やはり次元が違うのだろう、高級品であるそれは別次元の質だ。

 

 手元に持つリモコンでテレビをザッピングしながら、シャルはソファの上にだらしなく寝そべる。

 

…黙っても食べる物も着る物も与えられる。これがニートってやつなのかな

 

 

 少し解釈違いの考えを浮かべる。ただ、過不足の無い環境という点ではその通りだ。

 

 ただし、決定的に欠ける物がある。

 

「……あの、すみません」

 

 シャルが呼びかける先、硬く閉じたドアでも、小窓すらない壁でもなく、それは部屋の四隅につけられた無粋な監視者にであった。

 

「すみません、いい加減出してくれませんか!たまには外の空気吸いたいんだけど!!」

 

 

 決して狭すぎもせず、広すぎもない一人部屋、自分の声がむなしく響くだけ。

 

 声をからすのも無意味、せめても同情を引ければと繰り返す懇願

 

 まるで、というか今の自分は限りなく囚人のそれだ。

 

「……あぁ」

 

 

…出してくれない。脱走しようにも、扉は開かないし

 

 

 あるのは監視カメラの一方的な視線、ここに来るとき、最低限のものは用意すると言われ、そして気が付けば二日経った。

 

 あの日、実の父親に連れていかれ、その果てにたどり着いたのがこの場所だった。

 

 ヘリを降りる前に目隠しをされ、どこかに降りたり進んだりしていたら、こんな場所に連れられてしまった。

 

 撃ちっぱなしのコンクリート四方の部屋に、申し訳程度の絨毯、ベッド、家具、家電、そして監視カメラ

 

 

「……もう、うんざり」

 

 用意されたこぎれいなワンピースを脱ぎ捨て、ラフなキャミソールと下着だけの姿になり、シャルは勢い良くベッドに飛び込む。

 

 

…帰りたい、早く、こんな場所

 

 だが、その願いはかなわない。

 

 結果として、こうなることは自分が望んだ結果だ。身を預け、自分はあの男のモノになった。しかし、肝心のあいつは、アルベールはここではないどこかに。

 

 脳裏に残るのは、あの男が去り際に残した言葉

 

 

『二週間後、お前の母親に合わせてやる』

 

 

 

 二日経った。あと12日、その先に何があるか、その言葉をそのままに受け取るなら

 

 

……お母さんの、イリス・ローランの遺産、IS

 

 

 テストパイロットにでもなれというのだろうか、奇しくも、それは彼と出会う前に思い描いていた絵図だった。

 

 財閥の令嬢にされて、そのあげく汚らしい男のつがいにされたりとか、そういう気配はまだない。というか、大事にされているのか、監視されているのか、まあたぶんそれは後者なんだろうけど

 

 

 このまま、流れるままに身を任せて、安穏と金持ちライフを過ごすのも、実は案外悪くなかったり

 

 

 

「…………何考えてるんだろ、私」

 

 

 いいはずがない、そうだ。

 

 

 どうしてわたしはあきらめているんだろうか。

 

 

…なんか、腹立ってきた

 

 

 押しこめるだけ押し込めて、やはりあの男は父親じゃない。求める本当のつながりなんて、あの男の下では一生得られない。

 

 あきらめてたまるか。まだ、私は終わってない。

 

 

……脱走、してやる

 

 

 いつか映画で見たように、何か月、何十年かかってもいい、あの男の元から離れるためなら何でもやってやる。

 

 表面上は粛々としても、裏の顔ではキバを向ける。シャルの中ではいかに父親と決別をつけることしか頭にない。

 

「………」

 

 ただ、ただ一つ、このつながりに、惜しむことがあるなら。

 

 

「……お母さんの、IS」

 

 あれだけの大人が躍起になって、犯罪まがいのことをしてこだわる物だ。それが、実の母親が、自分を放り捨ててまで夢中になったものだ。

 

 気にならないわけがない。

 

 知りたいのだ。その上で、真実を明らかにもしたい。

 

 何故母親が自分のもとを去ったのか、母は、一体どういう人間だったのか。

 

 父親はもうだめだ、どうあがいても、あの男に救いはない。

 

 だがもし、ただ一つ、母親の秘密に、なにか希望的なものがあるなら、私はすがりたい。血のつながった本当のつながり、せめて、母親ぐらいには

 

 

「………ッ」

 

 

 希望が欲しい。理由が欲しい。証が欲しい。

 

 自分がこの世界に生まれ出でて、そこに願いがあらんことを。自分の存在が、望まれたものであることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監視に怠りはないか」

 

「はい、依然問題はありませんが。」

 

「ならいい、引き続き、あの子の機嫌を取り続けるんだ。」

 

「はい、わかりま……」

 

 

……プツンッ

 

 

「…経過はどうだ、解析は」

 

 通話を閉じ、男は目の前の男に語り掛ける。 

 

「ええ、当時の関係者も集めて、ようやく作業に入れています。ですが」

 

「……なんだ」

 

「期日の二週間、さすがに今のペースだと」

 

「言い訳は聞かん。君たちは言われたことを忠実にこなせ、足りないなら人員を増やせ。できるな、モーレス」

 

「……わかりました、わかりましたよ、アルベール殿」

 

 履き捨てるように、不満を隠しきれていないこの男、モーレス・ガルディー、彼が対峙するのは自分よりも20も年下の男、アルベールデュノア。

 

 片や私営にして国内シェア一位の軍事総合カンパニーの社長、そもう片方はイギリスの大会社の幹部にして、疑惑の目から針の筵に合っている子悪党

 

 彼らがここに在するのはとある目的のため、目指す目的のために、選ぶ手段には非合法もくそもない。

 

 ガラス張りの先に見えるのは多種多様な機械溢れる実験施設、その中央にそびえ立つ空っぽの鎧、剣をさせに中央にひざまずく姿には神聖さすらある。

 

「ロックの解除、調整も含めると、まずギリギリです。そちらの事情とはいえ、私もあなた方デュノアの行く末は安泰であって欲しいですから、やるだけのことはしますよ。それよりも」

 

「…あの子のことか」

 

「ええ、ISというのは扱いづらいものです。あれは求めるものの願いにこたえる特別なマシーンだ。だから、あの子娘には望んで乗ってもらわなければなりません。たとえ、そのために何を失おうと」

 

「……ええ、十分承知ですよ。だから、そのために、あの子には行き着くところまで落ちてもらう」

 

「……父親の、言動とは言えませんな」

 

 取り出した葉巻に火をくべる。さらに一本取りだしたモーレスは、アルベールに向ける。

 

「葉巻か、趣味ではないが、たまには悪くないでしょう」

 

 受け取り火をくべる。

 

 眼前に移る宿主なき鎧を前に、二人は白煙と共に言葉を吐き出す。

 

「罪悪感なんてものはいりません。そんなものがあるから、人は止まってしまう。……我々は止まってはいけない。ただ、進み続ければいい」

 

「……そのお言葉、まるで失ったことがある人の言い分に聞こえますが」

 

「さあ、そうかもしれんし、違うかもしれません」

 

 煙と共に吐き出す者は何もない。

 

 彼らは既にすべてを切り捨て、自らの益の為に進む獣だ。

 

 止められない、遮る物には容赦なく牙を立てる。

 

 

「……そう言えば、聞きましたよ。あの女、なにやら興味深い男を拾ったとか」

 

「あぁ、確かダリルなんとかの、手足の無い軍人崩れですね。ええ、まだ、覚えていますよ」

 

「ミラージュから聞きました。あの男がイレギュラーになって、暗殺は失敗になったとか、言ってくれればこちらで処分しますよ。」

 

「なら、もう済んだことだ。」

 

 葉巻の先が落ちる。すいかけの半端なまま、アルベールは灰受け皿に葉巻を捨てる。

 

「……処分は通達した。あとは、あの女が処理した事実を信じればいいだけです。」

 

「信じれば、とは」

 

「遺体が見つからないみたいで」

 

「!?……それは、まずいのでは」

 

「なに、場所は山中で、何もせずとも干からびて死ぬでしょう。ですが、まあそうですね」

 

 もし、万一があるなら

 

 あんな無様な姿の男が、再度私のもとに現れるというのなら。

 

「もし、そんな事態が来るなら、それは天の意思以外の何物でもないでしょう」

 

 故に、あるはずが無いと、そう高をくくる。

 

 彼らにとって、ここは自国で、邪魔だてするものは何もない。

 

 成功を疑わず、おごりと余裕で思考が支配される。

 

 だから、これは彼らの想定外

 

 ただ一人、意図して行ったかの兵士を除き、誰も彼の生還を夢に見ない。

 

 しかし、現実は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様」

 

「!」

 

 呼びかける声、とっさに振り向く少女は身だしなみを直し、さも何もなかったかのように振舞う。

 

「な、何かしらチェルシー!」

 

「…はぁ、またどさくさに紛れてキスでもするおつもりでしたか?」

 

視線の先、二段ベッドの下で死んだように眠る一人の男性、そしてそのそばに膝まづき寄り添う少女に目を配らせる。

 

「寝こみを好きにしたいのはわかりますが、さすがに状況を踏まえて「違うったら!!わたくしは不埒なことなんて、ただ心配で……もうッ!!!」

 

 

……まあ、そんな甲斐性があれば、今まで苦労もしなかったはずですが

 

 

「ええ、承知でございますよ。こちら、食事を置いておきます。お嬢様も何かお口にしてください」

 

「……ええ」

 

 チェルシーと称される少女、見る物が見れば誰と疑うような私服姿の彼女は部屋を後にする。

 

 残された少女セシリアも、彼女が置いた食事をとろうと足に力を入れるが、すぐにその考えは消える・

 

 

 

……今は、まだ

 

 

 視線の先、傷だらけの顔には絆創膏を張り、額には包帯を巻きつけた様はまさに重症の患者だ。

 

「こんな形で再開だなんて、あなたというお方は」

 

 指先が伸びる。頬を撫でるように触れると、その感触は武骨でじっとりと、女の自分とは全く違う。

 

 泥だらけで、所々火傷で傷つき、本当にどんな目に合っていたのか。

 

「本当に、心配ばかりかけなさるお人です」

 

 どんなトラブルに巻き込まれたのか、聞くことは山ほどある。

 

 だから、早く目覚めて欲しい。願いは、ただそれだけ

 

「起きてください、ダリルさん。セシリアは、ずっとあなたにお会いしたかったのです。」

 

 膝立ちで、少し顔を彼の方へ寄せる。

 

 こんなに近づいて、起きている時なら絶対できない。ましてや、それが心を許せる殿方で、そしてなにより

 

「……す、す……な、人」

 

 自分を救い出したヒーロー、どんなにボロボロであろうと、そのかっこいい姿に陰りは見えない。

 

「…素敵、ですよね……わたくしの見初めたお方ですもの。あなたは、最高の」

 

 

…ぱっちり

 

 

「とのが………た?」

 

 言葉が詰まる。突然開いた視線に掴まったように、セシリアはその場で動けない。

 

「………ッ」

 

 これ、起きてますよね。いや、でも反応が

 

「………せ」

 

「!」

 

…まさか、これ

 

「セシリア!!!」

 

「!?」

 

 

 

 ガツンッ!!!?!?

 

 

 

「…痛っ!?」

 

「―――――ッ!!!?!?」

 

……あれ、今セシリアが……というか、なんだこの覚えのある痛み 

 

「また、またですのぉ……ッ!!なんで、こんなあぁあああぁああ」

 

「?」

 

 床でのたうち、悶絶している少女の悲鳴も上の空に、ダリルはぼやけた意識で現状を確認する。

 

 生きている、でもここは

 

 視線を左へ右へ、どうやらここは宿舎のような場所で、そして自分は今

 

 

…包帯、治療されたのか

 

 

 体を起こそうにも、上手く先に力が入らない。

 

 

「………」

 

 次第に、未だつもり消えきらない疲労に負け、ダリルはまた瞼を下ろす。

 

 その後、痛みから復活した少女にたたき起こされるまで、ダリルはまた静かな眠りにふける。

 

 

「……ひぐっ、鉄の……鉄の味がしますわぁ……なんで、三回も、ぐすんっ……チェルシー、チェルシー」

 

 

 

 

次回に続く

 




今回はここまで、新章というにはあまり進んでない気がしますが、とりあえずここで切ります。次回、もしくは次々回、展開が大きく動く予定ですので


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状況開始

久々の投稿です。


 当該時刻、VIPの行動に変化なし。予定通り、宿泊先のホテルで三ツ星のレストランでディナーを囲む。

 

「…………」

 

 男が3人、うち二人は如何にもなSPの男、見るからに脳筋ラガーマンな輩だ。対して、もう一人は吹けば飛ぶような痩せ味の体格、態度の悪い猫背からもそのか細さが見てとれる。髭面もあいまっていかにもな三下風体だ。

 

 彼らは今、自分達の雇い主のディナーの間、こうしてドア一枚を隔てた廊下で空腹を紛らわすべく雑談にふけっている。一人を除いて

 

「でよ、その女が言い寄ってきてさ、ヒスパニック系かな?とにかく情熱的でよ。」

 

「また胸か。お前、カレッジの頃から趣味が変わらねえな。前もそれで抱いたら…」

 

 

 

「…………」

 

…隙だらけ、しょせん雇われの民間か

 

 内心、目の前の二人を卑下しながら、この痩せ味な男は自身の目的で動く。

 

 男は二人に煙を吸うとだけ言い残し、すぐ突き当たりの回廊先にある小さなテラスへ足を運ぶ。長い一本道の回廊テラスから突き通すように見える道に、15メートルほど離れた先で、まだ二人は談笑を続けている。

 

 

…離れても離れなくてもバレねぇな。

 

 もっとましなガードマン雇いなと、独りごちる。男はテラスにもたれ、胸ポケットからタバコを取り出す。電子タバコに偽装した連絡用の無線機、そのスイッチを起動する。

 

「…………よし」

 

 取り出したタバコが電波を広い、拾った電波から伝う音は腕に着けた時計がマイクとなり発せられる。当然、音声は出ず、腕輪をつけた手の指で耳のした辺りの骨ばったところを押さえる。骨伝導で耳の奥にはノイズが響く。

 

 乱れた不快音は次第に整い、甲高い少女の声色に変わる。

 

『…………こちら、ナイト・ストリクス。そちらの状況は」

 

「聞こえてる。お姫さん、こっちの収穫は無しだ。」

 

「…なにか、トラブルが」

 

「いや、こっちの仕掛けはバレていない。だが、傍聴用の装置に妙なノイズが走っている。収穫できるのは用意された毒草だ。道理で外の警備がゆるい。VIPに仕込んだお守りはすぐに切らせてもらった。そっちのスコープからはどうだい。天窓からはVIP御用達の席が見えるはずだ。」

 

『ええ、現在視認中ですが、ここからの倍率では関係性まで把握しきれません。音声がなければいくらでもごまかしは効きます』

 

「カードとしては弱いということか。どうする、続けるか?」

 

『…………監視を続けてください。必ず動きはあります』

 

 通話越しに、女性の落胆したようすが伝わってくる。無理もない、それは彼らにとって、垂涎とも言える機会が、ふたを開ければ手出しのできないただの行き止まりであったからだ。

 

 

 イギリス、オルコットカンパニー幹部、モーレス・ガルディー。そして、フランス、デュノア社軍事工業部門CEO、アルベール・デュノア

 

 この両者の会合を知り、秘密裏にその接触を暴くために彼らは行動する。

 

「お姫さん、俺の勘だが、これ以上は掴めるものはねえ。二人の接触は確かなんだ。少なくとも、これで裏に何かがあるっていう確証は得られた。今日のところはそれでいい。」

 

『……そのようですね。ペトロさん』

 

「へへ、理解してもらえて光栄ですぜ。」

 

 では、また定期連絡にと、通信を切る。

 

「へへ、仕事は未だ暗礁にただよう。されど、上司にはめぐまれた。て、あんまり固執すると犯罪だな、こりゃ」

 

 脳裏に浮かべる、自分よりも半分以下の時しか生きていない少女の顔を。いけすかない貴族でありながら、人懐っこい素直な性格で、そのくせ不器用なところにも愛嬌がある素敵な少女。ここまでやたらべた褒めなのはお付きのメイドさんの言い分をそのまま並べているだけだ。

 

「さて、業腹だが、糞みたいな上司に顔を会わせますかね。」

 

 背後から呼び掛ける声、取り出した機材をしまい、ペトロはSP達の元にもどる。

 

 イギリス軍特殊部隊、潜入諜報員ぺトロ、ガルシア。彼の立場は雇われのマネージャー、表上はイギリスの芸術保全活動を担う委員会の職員で、此度のフランスにおけるモーレスの来訪目的である催し、会議、会合の間を取りなす仲介役だ。

 

 モーレスはパリに滞在しながら、彼自身も様々な芸術興業の委員会に名を置く立場として様々な活動を続けている。見るからに古だぬきな成金親父にしか見えないのだが、その名は界隈の中では中々の重鎮らしく、身分上それを理解した上でかしづかなくてはならない。この仕事の辟易とする瞬間だ。

 

……顔には出さねえけどな。でも、今のところ収穫はなし、これはきついねぇ

 

 演技とはいえ、脂ぎったおっさんよりもきれいな少女の方がずっといい。いっそ、この仕事が終わればオルコット家の使用人にでもなろうかと本気で考え出すペトロであった。

 

…あぁ、憂鬱だねぇ。くそ、マジのタバコも吸っときゃ良かったな。

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 新月の空に少女は浮いている。

 

「…………」

 

 取り出した専用のスナイパーライフル、スターライト。ただし、銃口の先には武骨な黒い筒が取り付けられている。専用特殊兵装、回転式の3眼センサーバレルのアタッチメント、超長距離の視認に特化した偵察兵装である。

 

 高度400kmの世界から地上の動きを観察する、豪風吹き荒れる蒼穹の入り口にて、彼女は一人の男を見続けている。

 

 いや、正確には二人。一見互いに正反対を向き同席のものと会話をしているようにも見えるが、実際は違う。高度を今よりも下げれば読唇は出来るかもしれない。だが、これ以上は管制塔の網、ステルス明細を施しているが、それも完璧ではない。管制塔の協力な電波を受ければその姿が視認される。

 

 あくまで偵察、安全な高度からの長距離視認

 

 

……このまま引き金を引ければ、どれだけ楽なことだろうか。

 

 一瞬でも、本気でそうしてしまいそうな自分がいたことにバカらしくなる。そんなことをすれば、自分はまさしくテロリストとして名を残すだろう。

 

「お嬢様、迷っておられますか」

 

「…………ええ」

 

 かつて、自分を殺めるために共謀した二人、彼らが裏で行う狙い、それを見張り、必要ならば阻止する。そのために、自分達は足を運んだ。隣国とはいえ、敵対した敵の入間市巣窟に。

 

 今彼らを見ているこのライフル、先端のアタッチメントを外せば通常通りのレーザーライフルとして機能する。さすがに、これほどの距離を打てば粒子は減衰し、よくて建物に火をくべるだけだ。

 

 建築材、火のまわり、もしかすれば自分はこのまま彼らを事故に見せかけて焼き殺せるのかもしれない。実際の要人暗殺にIS攻撃を用いた事例でそうした手口はある。  手段は足る、そう気づいてしまうと意思とは反して、自分の腕、ブルーティアーズの性能、着々と実際に行動に及んだ場合の予測事態を脳内で精査しだしていた。

 

「チェルシー、わたしくしが手をよごせば、全ては解決するのでしょうか」

 

「…………ええ。ですが、それは」

 

「正しい方法じゃない。そんなこと、かつて私の大事な両親を奪った奴等と同じこと…………できるはずがありません。できるはず」

 

 少し、言葉に間が生じた。頭では理解していても、感情的な部分がおぞましい選択肢に目移りしてしまう。

 

 見たくない自分の内側が見えてしまう、セシリアはスコープから目を離す。

 

「今から帰投します。予定通り、彼らと合流して次の報告を待ちましょう」

 

「了解、こちらからルートを指示します。管制塔の電波の網には気を付けてください、そのISには武装がつまれていないことをお忘れなく」

 

「わかっていますわ。…………はぁ、空は冷えます。早くシャワーでも浴びたいですわ」

 

 ライフルを拡張領域に収納する。

 

 形態を変更、スラスターを吹かしながら降下飛行を開始する。

 

 薄くかかった雲を対翼で切り裂きながら突き進む姿は夜と同化し、地上からは流星の軌道だけが残る。

 

 

 

 

 そして、シャワー中にビリー少尉が以下略

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そうやってセシリアたちは活動を。」

 

 

 カップを片手に、ダリルはセシリア達の話に耳をかす。奇しくも、同じく国で今まで起きた事柄が二人の人物を介してつながった。

 

「シャルを助けるためには、チェルシーさん達はモーレスを引きずり下ろすために、互いの狙いは」

 

「ええ、アルベール・デュノアの狙い、それを知らないことにはなにも始まりません。」

 

 そう答えるチェルシー、茶請けのレーションをカットしたものを口に運び、紅茶を流す。

 

「…………」

 

 上品に茶を嗜むチェルシーに対して、一方セシリアはどこか不機嫌そうにチョコバーをばりばりと齧っている。まるでやけ食いのように食べているが、口が小さいせいか思いの外進まず、なんとも幼げで小動物らしさがにじみ出ている。

 

「お嬢さま、食べ方がなっていません。それと、そのチョコバーのカロリーをわかっていますか?」

 

「別に、わたくしはもう少しグラマーになりたいだけですの、やけ食いなんかじゃなくってよ!」

 

「……なあ、セシリア」

 

「……バリバリ、むしゃむしゃ」

 

「…………」

 

 セシリアの不機嫌、それもすべてはダリルのせいである。

 

 ダリルが目を覚まし、そして今はこうしてトレーラーハウスの談話スペースで茶をしばきながら、これまでの出来事を語らいあっている。 

 

 フランスで起きたこと、それはもちろんシャルについて触れるのだが、一緒の部屋に泊まったあたりからみるみる態度が急変してきた。

 

……ここは、わざとらしくてもおだてるべきか

 

 もとの世界では長男だった経験から出た対策法、ダリルはセシリアに優しく語らいかける。その言葉にはもちろん嘘はない、多少は誇張もあるが

 

「セシリア、まずはともあれ君にまたあえて良かった。色々あって大変で、でもまずは再会を喜びたい。」

 

「…………シャルロット」

 

……ギクッ

 

 

「その子は、ダリルさんにとってどんなお人なのですか?」

 

「…それは」

 

…おい!、なんでそうストレートに聞くんだ!…………チェルシーさん、なにか援護を

 

 

 瞬きと目力でメッセージを送る。しかし、目を一度会わせただけで、チェルシーは

 

 

「ええ、私も気になります。なにもやましくないのでしたら、隠し事なく語らいでください」

 

 いつにもまして楽しげな顔をしていらっしゃる。

 

 だめだ、この人完全に楽しんでる。

 

 

「…………」

 

 どうするべきか、なだめるためなら何もないと言うのは、いや逆効果だ。セシリアはよくも悪くも素直だ。たぶん、兄のように接していた相手に同様の相手が出てきたから、ようは兄弟間の嫉妬みたいなものだ。

 

 そうなると、シャルは三女なのだろうか、いや何で俺は前提に妹になる結末を置いているんだ。

 

……なつかれすぎた

 

 異世界に来て思わず発露した自分の才覚に頭を痛める。

 

「…………セシリア」

 

「なんですの」 

 

 不機嫌そうに、そっぽを向いたまま聞き耳をたてる。どうやら話は聞いてくれるようだ。

 

 言葉を飾ることはいくらでもできる。けど、今この場をおいては。

 

「…シャルロット・ローランは、俺の大切な人だ」

 

「!……ダリル様」

 

 思わず、ストレートな発言にチェルシーも口が塞がらない。

 

「それは、どういう意味で」

 

 おずおずとした様子で、セシリアは返答する。

 

「含みはない。シャルは俺が助けると決めた。だから、手を貸して欲しいんだ。俺一人じゃむりだけど、セシリア達となら、条件は傾く。勝機が見える」

 

「本気ですの」

 

「あぁ、得なんて無いただの偽善だとしても、俺はあの子を助けたい。それに」

 

 

 ダリルは懐から取り出す、それは一冊の手記

 

 

「聞いたところだと、俺たちを繋げるのはこれだ。イリス・ローランが残した遺産、それを暴く」

 

「……これが」

 

 セシリアは手にその手記を取る。ページを開き、内容に目を通す

 

「それにはイリスのメッセージが残っている。たぶん、その鍵を握る人を、俺は知っている」

 

「そう、ですか。でも、これには特にそんなものは」

 

 見開いたページに連ねる文章は、いたって普通の日記でしかない。ただし、その全文がイギリス英語で書かれていることを除けば

 

 

「イリスはフランスでそれを書いた。娘に向けるものとしては、少しまどろっこしい。だが、その手記はそれで正解なんだ。」

 

 気づきは初めてそれを目にした時、そしてミラージュが言い残したイリスを追えという言葉、そこから繋がる疑問がダリルに答えを導かせた。

 

 あの日、この手記をシャルから預かった日、俺はひそかにお祖父さんと密に話した。

 

 手記を見せた時、まるで腫れ物を見るようにお祖父さんは拒絶心を抱いた。そして聞いたのだ。

 

 

 もう一冊は、あったのかと

 

 

「イリスの手記は、二つ」

 

「おそらく、ローランの唄にちなんで、たぶん遊び心なのか、これはローランの手記だからイギリス英語だ。」

 

 娘を愛する親の心を記したもの、それはまさに純正の形を意味する。

 

 ローランの唄は各地でその内容が変わる。そして、ここフランスでは、ローラン、いやオルランドは別の意味を持つ。

 

 聖剣を携えた英雄でありながら、その旅路は狂行に堕ちていく。裸の獣となり、愛するものを見失った悲壮の伝承

 

「推測でしかない。でも、もしそれが存在するなら、それはイリスの真実を記した確かな手がかりだ。」

 

「………本気、のようですね」

 

「ああ、でも無理強いはしない。俺のこの考えは全部推論、肝心の動機だって、信用できない敵の言葉だ。乗ってくれるかは、二人に」

 

「…………」

 

 二人とも、少し思い詰めたように顔を見合わす。

 

「チェルシー、現状の調査だけでは進展はありせん。ここは遠回りですが」

 

「……ダリル様の、お言葉だからですか」

 

「それもありますわね、でも、当たれば大きい。お二人は、どう思われますか」

 

 セシリアが呼び掛ける声、それはダリルとチェルシーではない、この旅路の同行者、トレーラーを走らせる車の運転席

 

「ビリー、セバスチャン、あなた達二人の判断を聞かせください。」

 

「……と、おっしゃられていますが、ビリー少尉はどうです」

 

「……大事な判断を俺に託すな、たくっ」

 

「ビリー、君は「少尉だ!新参が呼び捨てにすんな!」………少尉、怒りっぽいのはタバコの弊害で「横入りすんな、あとタバコは関係ねえ俺の生まれつきだ!」

 

 トレーラーのなかに響く罵声、セシリアとチェルシーは辟易としている様子だが、軍人らしい性格にダリルは初対面ながら好印象を抱いている。 

 

……なんでか、親近感が湧くんだよな。不思議だ

 

「ビリー少尉、俺の案に乗ればモーレスとアルベールの動きがわかるかもしれない。可能性だから絶対はない、かける価値は十分にある。はずだ」

 

「……ちっ」

 

 わざとらしく聞こえる舌打ち、すると首をかしげて隣のセバスに意思を伝えるような所作を取る。

 

「では、行きますか」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 雑に手を振るビリーをあとに、ダリルは今一度セシリアと向き合う。

 

 

……これで動き出せる。タイムリミットまでにあと少し、そのためにも

 

 

「取りに行こう、イリスの残した遺産。ローランの手記に語られない真実を記した鍵。狂えるオルランド、オルランドの手記を」

 




今回はここまで、いよいよ物語が大きく動き出します。ここまで来るのにすごく時間かかって、オリジナルを書くことに未だ苦戦してます。でも楽しい

もっとサンボル小説増えんかな


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それぞれの戦い

投稿が続きました。調子がいいので、また近々投稿できそうです。




―フランス東部、ブルゴーニュ郡リュミアーレ村

 

 

 晩秋の物寂しさを感じさせる町並み、枯れたブドウ畑の先にある丘の家、そこで男は立っていた。男の名はフェルシア・カフゴ、フランスマフィアにて若衆の頭を務め、この道10数年のベテラン組員だ。デュノア社を取引相手として、主に汚れ仕事などを引き受ける。マフィアは公共の権威に従わないアウトローな存在だが、こと彼らにおいては違う。その運営母体はデュノアに属し、デュノアの意のままに動くことを前提にしている。

 

 フランス社会で問題とされるマフィア組織でありながら、その実態は民間企業の私兵、彼らの多くはコーサノストラ系列、またはシチリア系マフィアからの流れ者であり、アルベールの意向に従うことでマフィアを許された無法者である。時にはヒットマンとして国内で銃を放ち、また必要があればEOSを纏い軍人まがいのこともしてみせる。

 

 このフェルシアという男もまたデュノアの意向で手を汚し、その命令のままに命を削ってきた。数日前、とある女の命令で、わざと敵に襲わせたうえで、油断したところを捕縛する、そんなふざけた任務まで背負わされたばかりであるのに、未だデュノアの意向に従い行動している

 

 車両の爆発で助手席の相棒は今もベッドの上、自分も顔の左半分に生々しい裂傷とやけどの跡が残っている。

 

 すべてが終わった後、クソの文句も言う暇もなく、男はまた次の仕事に向かわされる。

 

…金と地位のためなら文句は言わねえ、だが

 

 次の仕事は老人の拿捕、先にさらった少女の保護者らしく、とにかくまた非合法の仕事を押し付けられた。いつものこと、そう割り切るしかない。

 

 あのミラージュとかいう女の姿はいない。事務所に訪ねてきたデュノアの連絡役に聞いてみたが、今回の作戦にはあの女は関わらないらしい。どこまで信用できるかわからないが、とにかくあの女と組むのはごめんだ。

 

 ただでさえ捨て石の立場、狂った指揮官なんざ持ってしまえばどうなることか、それは幹部クラスに昇りつめてなお尽きることのない不安だ。デュノアのクソに従う苦みに耐えながら、俺たちは生きてマフィアの生業を続ける。

 

「……なのに、なのにだ」

 

 静か過ぎる家屋、ノックもするーして戸を開け、男は部下の数名と共に家を荒らしまわる。

 

 調度品を叩き落とし、しまったドアはクローゼットだろうと冷蔵庫だろうと、あらゆる可能性を探して回る。そして、見つけたのは一枚の扉、地下室につながるその奥に、彼らはいた

 

「なんでお前らがここに居る。ターゲットは、ジジイはどこに消えた!!!」

 

 先ほどまで静かにたたずんでいた男は傍にあったワイン樽を蹴り飛ばし怒りをあらわにする。

 

 楽な仕事といわれた矢先に、またも自分の部下がやられているのだ。

 

 部下と思しき男達数名、目隠しで拘束された上で虫の息になっている。手足には生々しい銃創が残る。

 

「だ、旦那……俺たちは、敵に」

 

「誰だ、誰にやられた!」

 

「ひっ!?…3人です。全員EOSを纏ってて、でも」

 

「でもがなんだ、言え!」

 

「一人は、EOSから降りて話しかけてきて、両手両足が義足の男で」

 

「!」

 

 男、フェルシアの脳内に映像が浮かび上がる。車両の窓から、微かに見えた視界にあの作業用EOSから降りた男、あれも確か義手のような手をしていた。

 

 あの男の為に、あの女は俺たちを餌にしたマッチポンプ、手前が楽しむだけのフィックス・マッチを仕込みやがった。

 

 つまり、この顔の傷は

 

 

「……義肢野郎、てめえのせいでか」

 

「俺たちを拘束して、そのまま去るとかいって、そしたら急に手足を撃たれて」

 

 男の顔が豹変する。かつてはコーサノストラの大幹部で、武闘派の名をいくつも掲げたやり手の戦闘員だった。

 

 元軍人、退役して身をあえてマフィアに落とし。裏世界で生き抜く道を選んだ。今でこそデュノアの下で落ちぶれてはいるが、男には野心も狂気も十分に携えている。

 

 懐に抱いた拳銃の重みがやけにずっしりと響く、負の感情を糧に血をたぎらせる。

 

 

「いいぜ、やってやる。お前ら、すぐに兵を集めろ!」

 

「…は、はい……でも、奴らどこに」

 

「EOSを使ったんだ、移動手段は車両だろう、このあたりの国道にあるカメラ、情報をさらえろ、デュノアに申し立てて当局の犬も動かせ!!……やってやるぜ、手負いの鹿狩りだ」

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 

「……まさか、君が助けてくれるとはね」

 

「ええ、こんなことでは、俺の罪は償いきれませんから」

 

「謙遜せんでくれ、わしのほうこそ、あの子ににもしてやれなかったんじゃ」

 

 うつむく老人、彼はシャルロットの育ての親、少し前まで共に郷里で時間を過ごしたこの人をダリルたちはデュノアの刺客から救い出した。

 

 地下に隠れたお爺さんから連絡を貰い、敷地で捜索を続ける数人をEOSで強襲し即座に制圧、デュノアに雇われたゴロツキであるとわかり、俺たちはお爺さんを連れてトレーラーで移動している。

 

「…で、お主たちはどこに行くのじゃ」

 

「はい、ここから離れて……ひとまずお爺さんを安全な場所に、できるなら公共の乗り物を使って海外へ、たとえばイギリスに」

 

「オルコットの手のモノを回せば旅の安全は保障されます。ダリルさんのお世話になった方となれば、当然このセシリア・オルコットも力をかすこともやぶさか……って、チェルシーなんで引っ張って…って、イタイイタイ!!」

 

 久々に見せる貴族様ムーブ、割り込んでキラキラと大げさに振舞うセシリアがチェルシーに連れていかれる。ちなみにここはトレーラーを改造して作った居住スペース、後のほとんどはEOSなどの兵器格納庫だ。

 

「なんとも、元気のいいお嬢さんじゃな。シャルも負けられんわい」

 

「ええ、有り余っている所なんかは特に」

 

「なるほど、これはシャルも……ぼそぼそ」

 

「?」

 

「ま、そこは孫の努力次第じゃの」

 

「あの、いったいなんの」

 

「いやなに、老人の気まぐれじゃ、気にせんでくれ」

 

 

 ふぉっふぉっふぉと、陽気な振る舞いを見せる姿は先ほどまでさらわれかけた人とは思えない。

 

 動じていない。助けを求めた時も、どこか冷静だった。

 

 シャルと同じ、この人もただものじゃない。それはおそらく

 

 

「……お爺さん。いえ、グレン・ローランさん」

 

 改めて、その名を口にする。今は、その名字を含めた名前で呼ぶ方が良い。俺は今からこの人の内に土足で踏み込むのだから。

 

「聞かれたくないとは存じます。でも、俺達には必要なんです。シャルを救うために、あなたの娘であるイリス・ローランのことが」

 

「………」

 

 ダリルは言葉を続ける。

 

「イリス・ローランが残した兵器、ISをめぐって二つの国が動いている。シャルはそんな陰謀から、実の親に攫われた。あなたは、そのことを承知ですか?」

 

「……ああ、知っている。知った上で、わしは何もできなかったよ」

 

「知っていた。つまりアルベールの狙いも、その正体も」

 

「いや、わしはあくまでイリスの育ての親だ。アルベールについては知らんよ。ただ、イリスが何をしようとしたか、それは知っている」

 

「……手記、ですか」

 

「……」

 

 ダリルが取り出した手記、机に置きグレンの前に晒す。人柄のいい老人、それが今一冊の手記を前にして温度を下げた。冷え切った目で、どこか遠い過去を悲しむような、そんな目で手記を手に取る。

 

 

「夏の日、3歳のシャルに水浴びをさせた。風邪をひくと注意しながら、ホースを片手にはしゃぐあの子を追いかけて庭で泥まみれになった」

 

「……ッ」

 

 淡々と語り続ける。そこには確かに母親の娘を思う記録が記されていた

 

「……収穫祭、シードルの瓶を割ったあの子を叱った。義父さんに泣きついて、少し距離を置かれた。あの子の機嫌を取るためにショコラショーを作ろうとした。けど、冷め切ってないまま渡してしまって唇を火傷させてしまった。」

 

「……グレンさん」

 

「全部、懐かしい思い出だよ。あの子は感情的な部分が人よりも機械的でな、こうして記録を取ることを幼い頃に勧めたんじゃ。他にもローランの歌が好きだったり、慣れない手つきで菓子作りに及んだりと、あの子は人らしく懸命に母親をしておったよ」

 

「…でも、シャルが8歳の頃に」

 

「ああ、あの子は去った。研究のために……それは」

 

 お爺さんが懐から取り出すシガレットケース、そこにはいちまいの紙が挟まっていた

 

「それは」

 

「手記の続きじゃよ。だが、あくまでその在りかじゃがな」

 

 手渡す紙を受け取る。

 

 

「…座標と、アドレス?」

 

 座標はおそらくその研究所の場所だ。だが、アドレスということはつまり

 

「…お爺さんは、連絡を」

 

「あぁ、ここ数年前まではの。だが、ピタッと連絡は無くなった。わしはイリスの親として、あの子を騙していた。それが、わしにできる二人の幸せじゃったから」

 

「でも、シャルには母親が」

 

「その母親が、近くにいてはならん。あれは、とうに壊れている。壊れているなりに、人らしくあろうとして、だがついぞ耐えられなかったんじゃ。そう、確か白騎士事件が起きたあの日、あの日からイリスは壊れだした。シャルのためにも、イリスのためにも、二人は離れなければならん。だが、その結果がこれでは」

 

 救えんなと、落胆の言葉を吐くグレンさんの背中がやけに小さく見えた。おそらく、この人がずっと抱えてきた闇、今俺は逸れに触れようとしている。

 

「……グレンさん、聞かせてくれませんか」

 

 むごいことだとはわかっている。だが、俺はこの人から聞き出さなければならない。

 

 この人たちのために、俺も背負わなければならない。

 

「受け止めます、あなたの過去。イリスの過去を、教えてください」

 

「……いいとも」 

 

 

 グレン・ローランは語りだす。彼の過去、二人の女性の人生を見届け、そこで何を知り、何に触れたか。

 

 語り部の物語は遠い過去、イリス・ローランの出生から始まった。

 

 グレンとダリルが過去を語らい、セシリアはチェルシーに説教を食らう。

 

 運転席のビリーとセバスはダリルの指示通り、イリスの示した座標を目指す。行く先はフランス南部、旧発電所施設へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……なあ。これでいいのか』

 

「ええ、いい演技だったわよ」

 

『そうか、なら報酬通り俺たちを元の組に……』

 

 そこから先、音声は続かなかった。

 

 町のオープンカフェでくつろぐ赤髪の女がいた。優雅に茶をたしなみながら、その手には携帯端末が握られている。画面に生じされた爆弾のマークから指を離し、女は端末をオフにし机に置いた。

 

「ねえ、店員さん。タピオカ入りのカクテルシードル、あとレーズンパイをお願い」

 

「はい。……お客さん観光ですか?

 

「ええ、ちょっと祭りにね」

 

「あぁ、でもこの村はもう祭りが終わって」

 

「大丈夫よ、別の祭りだから。……М18クレイモアで3000個のベアリング乱反射、綺麗なバラが満開だったわ。見てないけど」

 

「?」

 

 意味が分からず、店員はその女の言葉を気に留めなかった。

 

 女は運ばれた料理に舌を打ち、口の中の味をシードルの酸味で洗い流す。

 

「…うん、いい味。私はしばらく観光してるから、せいぜい頑張りなさいよダリル。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―某所、地下居住施設

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

「……グタッ」

 

「起きないでね、頼むから」

 

 一糸まとわぬ姿、シャルは監視カメラの挙動を確認し、問題が無いことに安堵する。

 

 

…見張りはこれ以上いない、IDはこの人のを使えば

 

 

 男の懐からカードを抜き取る。ついでに腰掛けていた警棒と端末も回収する。脱ぎ捨てた衣類を再び身に纏い、シャルは堂々と部屋のロックを解除し、外への脱出、その一歩を果たす。

 

 

…どこまで行けるかわからないけど、できる限りやるしかないよね

 

 

「……よし、シャルロット・ローラン、行きます。」

 

 




今回はここまでで。キリがいいので一度区切ります、次回もなるたけ早めに

最後のシャルがどうして裸なのか、気になるところですがこれは全年齢で書いていますので、残念な方はごめんなさい。

でも、そのうちダリル×セシリア・シャルとかでちょっとむふふな話も書きたい。需要あるかわからなしだけど


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オルランドの手記/狂えるイリス

ついにここまで来ました。

この作品のシャルロット編を書き出して数か月、ずっと書きたかったシーンが書けました。文章は前回よりもわりかし長めです。話を切らず一気に読んでほしかったので

あと、設定集と機体情報を分けました。一章の機体設定では足りなかったISの設定を足しています。

関係ない話で逸れましたが、それではどうぞ。感想の方もどしどし待ってます。


 

 閉じ込められた部屋で、私は不自由なく退屈な時間を過ごしていた。

 

 人と話すことは無い、あるのはテレビと雑誌ぐらいで、正直ネットが無いのは一番こたえた。動画サイトもSNSも、当たり前だと思っていた娯楽にかける時ほど、人は苦痛を感じることは無い。

 

 少し話が逸れた、だから私は監視カメラにお願いした。ジャパニメーションのコミックを欲しいとお願いして、次の日に食事のトレーの中にそれがあった。

 

 話し相手がいた。それは退屈をしのげる喜び、ではなく

 

 

 脱出できるチャンス、その回答が真っ先に浮かんだのだった。

 

 

 そう思ってから行動は早かった。私は時折そのカメラに話しかけた、最初はうんともすんとも言わなかったけど、少し色遣いを見せたらわかりやすく食いついた。

 

 服の上からマスターベーションのしぐさをする、追従するカメラの動きに私は確信を得た。

 

 その後、簡単な会話から監視の男は一人と知った。ストリートで培った知識を総動員して、カメラ越しに男と関係を深めた。

 

 そして、今日

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「なぁ、シャルちゃん。本当にいいのかい、俺、君と」

 

「……」

 

 頷く。指で作ったわっかを前後させ、その先に舌を這わして見せる。

 

「!」

 

 目の前にいるのは自分を監視していた40代の男。ガードマンらしい服を着て、今は二人ベッドの上だ。

 

「い、イケない子だね。そんな、悪い遊びに」

 

 冷静を装うとするが、その口は閉じきっておらず目の前の青い果実に劣情を垂らしている。血走った目は見るに耐えない醜さを表している

 

 だが、そんな男を前にシャルは常に余裕のある態度で、その上今は蠱惑的な笑みを向けている。自分の娘ともいえる年ごろの少女が、大人顔負けに色気を醸しているのだ。男は辛抱たまらず、下腹部は劣情でひどく隆起していた。

 

「本当にするのかい、その、君みたいな少女が、俺なんかと」

 

「俺なんかは関係ないよ、大事なのは、気持ちい・こ・と」

 

「!!…へ、へぇ、そうなんだね」

 

「ストリート仲間と一緒につるんでたし、私みたいな女の子が稼ぐのってこれが一番なんだよね。いつもはファーストフード店のトイレだけどね。跨って踊るの。いっぱい、耳元でいい声出して……あん、あん」

 

「お、おう!……でも、いいのかい、俺童貞だし、第一君は……ッ!!」

 

 男の言葉が詰まる。膝の上に毛布を掛けて見えないが、シャルはその中からショーツを取り出した。ポイっと手渡されたそれは男の手で生々しい熱を帯びている。

 

「…関係ないよ。女が男を求めるのに、年なんて関係ないでしょ。未成年でも、童貞君でも……ね」

 

 次いで、フロントホックを外し、ブラまで脱ぎ捨てる。腕を前に大事なところだけを隠し、むしろその健やかなふくらみが余計に強調される。

 

「!?」

 

「おじさんも脱いでよ、あたしの中、最高に名器なんだって……皆、言ってたよ」

 

「…わ、わかった……今、脱ぐ!!」

 

 急ぎ立ち、男はベルトを外してズボンを下ろす。

 

 次いでパンツを下ろそうと、中で引っかかるものに苦戦し、前かがみになりシャルから視線を外した。

 

 その隙、シャルは見逃さなかった。

 

 

「………ッ!!!」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

「さて、とりあえず」

 

 場所を確認する。その手に持つのは先ほどの男から取り上げた端末。締め落とした男の指紋を使いロックは解錠済み、巡回目的なのか、その中には施設内のマップが記されていた。

 

 

「幸先良いね。でも、一発で決まってよかった。」

 

 

 パリの裏通りの悪ガキ、中でもストリートビッチで名高いミリーの直伝、盛った男を締め落とす色仕掛け裸締め、下町の荒くれに飲まれて身につけた技である。

 

「悪いことしたけど、未成年抱こうとするおじさんもダメだからね、恨まないでねっと」

 

 電子版のロックをIDカードで気味よく開けて進んでいく。童貞歴40年、儚い夢の終わりを踏みにじって手に入れた戦利品を手に、シャルは揚々と施設内を突き進む。

 

 しかし、ここがどこか全く見当がつかない。マップに道はあるが、どこがどこにつながるか、ひとまず一番近いエレベータの扉を目指す。

 

…バレずに行きたい、でも

 

 脳裏に浮かぶのは父の言葉、ダリルの命を盾に、自分を抑え込んだあの男を

 

「逃げても、わたしには………いや、あんな言葉信じられない。それに、お兄さんなら、きっと」

 

 根拠のない自身、しかし、今はこれにすがるしかない。現状から脱するために動き出した。アドレナリンで高揚した思考のまま、せめて希望に向けて走り続ける。

 

 マップを確認し、息を潜めながら通路を進む。

 

 エレベータまであと少し、曲がり角に飛び出ようとしたその時

 

「…ッ」

 

 向かってくる談笑の声、ここの職員なのか

 

 来た道を逆走し、シャルは下りのスロープを抜けて道を駆ける。マップ上では入り口がどんどん遠のいていく。

 

 ここがどこかはわからない。おそらく、あの男の持つ研究所なのだろう。SF映画のように、どこかの地下に作られた秘密基地のような

 

 所々にあるガラス張りの部屋、身をかがめ見られないように足を進める。

 

 どこにつながるかもわからない出口を求めて、シャルは彷徨う。

 

「…どうしよう、せっかく出れたのに」

 

 闇雲に進む。マップの先にあるのは一枚の扉を隔てた大きな空間、マップから顔をあげるとその向かう先には扉があった。

 

「エレベーター、外に出られる」

 

 人の気のない今しかないと、急ぎ駆け寄りIDで電子版を動かす。急ぐ期待に応えるように、扉が開くと滑り込むようにシャルは乗り込んだ。

 

「……ッ」

 

 壁にもたれ、戸が閉まったことで部屋は個室になる。少し安堵から力が抜ける。

 

 

…これで、上に

 

 

 壁横にあるスイッチを見る。だが

 

「!」

 

 動き出した。脳裏に浮かぶのは第三者の操作という原因、このままとが開けられてしまえば

 

 

…見つかる、ダメ!! 

 

 動き出したエレベーター、だが、そうであるなら少し変だ。落ちていく浮遊感だ。重力の増す感覚ではない。

 

「!!」

 

 ありえない、電子版にはこれ以上の下が無い。では、これはどこへ行くのか

 

 

「……どういうこと、どこに行くの」

 

 

 疑問が不安に変わる。大胆な行動で生じたアドレナリンが消えたせいか、感情のもろさは年相応なものに

 

 震える心臓を無理やり抑え込み、シャルはただこの浮遊感が収まるのを待ち続けた。

 

 長い時間、秒間にしてさほど長くない感覚、なのに気が遠のくほどに感じてしまう。それは内面から生じる物か、いや、きっとそれだけじゃない、そう確信する。

 

 

「…気持ち悪い、なのに」

 

 間の抜けた電子音、浮遊感が安定し戸は開かれた。

 

 奥に続くのはパイプの中のような通路。金網の床と鉄パイプの手すり、むき出しの配管に照明がぶら下がる。

 

 不気味な施設、足を踏み入れることもはばかれる気配すらある。なのに

 

 

 

……懐かしい、気がする。

 

 

 

 気が付けば、自分は足を踏み出していた。自分ではない何者かに押されているような、自動的な肉体は意思を置きざりにする。

 

 

 

「……ッ」

 

 鋼鉄の扉、4本の鉄柱で施錠された入り口、それが近づくだけでほどけるように開かれる。歩みを拒まず、シャルロットの来報を受け入れる。

 

「!!」

 

 幾重にも床から伸びる光線、何もない漆黒の空間で、その存在だけを確かにするためにライトは照らされた。機械の台座に立つ純白の鎧、膝をつき、剣を携える姿は主の帰島を待つかのように映る。

 

「IS、だよね」

 

「……そうだ、それがお前の専用機、リュミアーレ・ラ・デュランダル。イリスの残した遺産だ」

 

「!?」

 

 いつからそこにいたのか、その声は暗闇の中から這い出てきた。

 

 自分と同じ金髪の髪、端正な顔立ちと威厳のある風格、あの日別れて以来、また再開した。望ましくない再開だ。

 

「いたんだね、アルベール・デュノア」

 

「父とは、呼んでくれんのだな。親子というのも難儀なものだ」

 

「そうだね、じゃあ今すぐ辞めればいいよ。」

 

「そうはいかない、お前にはこれに乗ってもらわなければならない。なんとしてもだ」

 

「!」

 

 銃口がシャルをにらむ。取り出した拳銃の引き金には指が駆けられている。

 

「……撃つ気なの」

 

「それができればな」

 

「!!」

 

 重く響き渡る破裂音、一瞬見えたマズルフラッシュで瞼を閉じたその時

 

 

「ほら、こうなってしまう」

 

「えッ?」

 

 眼前にたたずむ大きな影、それは先ほどまでたたずんでいたIS、そのものであった。放たれた銃弾は装甲にはばかれ、何もない天井に埋め込まれた。

 

「……どうして」

 

「イリスの意思だ。お前を守ったんだよ、なんとも泣かせる話だ。お前の母は、未だ娘の愛を忘れてないようだ。まあ、それも納得のいくことだ。」

 

 拳銃をしまうアルベール、するとISは光を失い、その場でまた待機状態に戻る。

 

「!!」

 

 瞬間、シャルは考えた。

 

「………ッ!!」

 

 叩きつけるように、その装甲に手を置く。

 

「悪くないが、無駄だよ。それは」

 

「…なんで、動いて、動いて!!」

 

「調整はまだ終わっていない、封印が解けるまでまだ時間はかかる。

 

「…くっ」

 

「逃げ場はない。だが、ここまで来た娘に、父として褒美をやらんとな」

 

「誰が父親だ。私は、こんなところに「イリスの目的、それをお前に教えてやろう」……ッ!?」

 

 少し横に進む。アルベールの元に照明が照らされ、向かい合った机といすが表れた。

 

「腰掛けるといい、話はそれからだ。オルランドの手記、そこに記された内容を、君に伝えよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちがたどり着いたのはフランスの南部。

 

 渓谷を抜けてたどり着いたのは山に囲まれた盆地の地域、過疎化した町並みを行くと、そこは封鎖された発電所だった。

 

 がれきの陰に隠れるようにひっそりと、その入り口は開かれていた。

 

 先行するのは俺とセシリアとチェルシー、あとセバスとビリーは外で待機している。

 

 おそらく、ここは既に誰かに荒らされた後、所々に踏み入った真新しい痕跡がある。

 

 

…誰か来たのか、デュノアの配下か、それともあの女の

 

 

「……あの、ダリルさん」

 

「?……どうした、セシリア」

 

 一見、不安げに見えた俺はセシリアの手を取る。昔、妹にしてやったように、横を歩く彼女の手を握った。

 

「え、あっ……その、そういうわけでは、まあ……役得ですわ

 

「何か言ったか?」

 

「い、いえ!……その、少し気になって」

 

「……あのご老人のことです。」

 

 チェルシーが言いずらい主の言葉を代弁する。そう言えば、二人はその時席を外していた。

 

「あぁ、そう言えば話してなかったな。」

 

 ちなみに、今はグレンと行動を共にしていない、道中で呼び起こしたオルコットの手の者に預け、今頃陸路でイギリスに向かっている。カレー港にある海峡を行き、今頃保護されてる頃合いだ。

 

「…大事な話だったよ。グレンさんも、きっとつらかったはずだ」

 

「そう、なんですか。イリス・ローランの過去、なんとも気になるお話ですが」

 

「あぁ、少なくとも今俺は語る気にはならない。それに………っ、セシリア、このドアだ」

 

「!…はい」

 

 通路の先、セシリアはISを部分展開し、硬く閉じた鉄戸をこじ開ける。

 

「……ここが、イリスの」

 

「あぁ、どうやらすでに空き巣にあった後みたいだ。でも、俺たちの目的はまだ先だ」

 

 ひときわ広い空間、何もない台座を中央に、あとはもう動くことのないだろう機械がちらばるのみ

 

 ガラスや鉄くずを踏み抜き、ダリルが目指すのはもう一つの部屋。

 

「表示された座標にはもう一つ、細かい数値が書かれていた。おそらく、この先に」

 

 大部屋を抜け、その先の区画、扉が並ぶ廊下を抜け、ダリルたちが目指すのは研究所のとある一室。

 

 鍵のかかっていないとを開ける、隙間が開いたその時

 

「!!」

 

 戸を開けた部屋に、動く何かがいた。咄嗟に拳銃を取りだし、後ろでチェルシーがライトを向ける。

 

「……機械?」

 

 アームが付いたドラム缶のような形状、緑色に点滅する眼光がダリルたちを見定め、しばし塾講するような様子を見せる。

 

「あの、これって急に襲い掛かったりしませんよね」

 

『…フーアーユー、フーアーユー』

 

「ひっ!」

 

「…ビビりすぎだ。たぶん、これは」

 

 白を基調としたボディ、顔にあたる位置になにやらウサギの顔が描かれた様に、敵意も何もない。

 

「道案内をしてくれるだけだ。…なぁ、俺たちはイリスに用がある。連れて行ってくれ」

 

『………ワイ、ワイ』

 

 理由を尋ねる。その回答は、すでに用意してある。グレンから託された紙に書かれた言葉。

 

「…手足を、取りに来た」

 

『……イエス、フォロー、ミー』

 

 点滅を繰り返す。了解したと伝えているのだろう。俺たちの合間を抜いて、その機会は廊下の奥へと進んでいく。

 

「行こう」

 

「…え、えぇ」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 区画を抜け、俺たちが付いたのは医務室の扉の前だった。

 

 機械がなにやら電子版を操作すると、ロックが開錠され重い鉄戸は開かれる。

 

…電気が生きている、この先にだけ何かがあるのか

 

 機械の後を追う、それなりに広い場所だったらしく、いくつもある扉を素通りし、俺たちが付いたのは一番奥の一室。

 

 

 一面に続く今までのどの部屋よりも暗く奥行きのある部屋。いくつも並ぶカプセルのような棺が並ぶ

 

「!…これは」

 

「…むごい」

 

 背後でえづくセシリアをチェルシーが支える。冷静を保っているが、ダリルもその光景に喉の奥に痛みを覚えた。

 

 部屋のプレートに書かれた文字は遺体安置所、おそらくここで行われた実験、その遺体が眠っているのだ。いま、眼に留まるだけで棺の数は軽く20から30はあるだろう。奥に進めば、より

 

「イリス、お前はいったいここで何を」

 

 気化された過去、ただし肝心の祖の所業は未だ不明だ。しかし、蓋を開ければ目を疑いたくなる光景が並ぶ。

 

 傍にある棺に視線を下ろした。長く放置されたのか、枯れ落ちてミイラになった遺体がそこにはある。人間の死体、眼をそむけたくなる姿。

 

 だが、その死体は

 

「?」

 

…これは、どういう

 

 

 

『ウェアー、ウェアー』

 

「!」

 

 突然、間の抜けた機械音が静寂を破る。機械はダリルたちを置いて、一つの棺の前で立ち止まっていた。

 

「…そこに、いるのか」

 

 ダリルは進む。未だセシリアはチェルシーに支えられ、その場で坐している。

 

「……」

 

『…プリーズ、ピックアップ、ピックアップ』

 

「……あぁ」

 

 その返事を了承と受け取り、機械はその棺の戸を開く。

 

 冷えた空気が漏れ出て、中にいる遺体、乾ききったミイラの女性がいた。おそらく、この人が

 

 

「…お前が、イリス・ローランなんだな」

 

「!…ダリル様」

 

「……ッ」

 

 意を決し、俺はイリスの手に握られた一冊の手記を取った。

 

「……これでいい、死体のあんたに言うこともない。あんたは、もう眠れ」

 

『……』

 

 ダリルが手記を取ったのを見届け、機械はそのランプを消した。

 

 手に持った手記、そこに刻まれた銘はイリス・ローラン、しかしその手記こそが紛れもなく

 

 

「…セシリア、チェルシー、ひとまず出よう。」

 

「え、ええ」

 

 チェルシーはセシリアの背中を押し、続けてダリルも部屋を後にする。

 

 三人が部屋を出たその時、人知れずアンチ室のドアは閉まる。

 

「!」

 

 

 扉の液晶画面のランプが緑から真っ赤に染まる。そこに表示される文字、焼却という文字が表示されている。

 

 重く響く機械音、床に敷かれた棺の下にはレールが敷かれていた。おそらく、中では今

 

 

「……ダリルさん、これは」

 

「…行こう。俺たちにできることは無い、思うところはあるけど、今はそれより」

 

 手に持つ手記、全ての理由はここに収められている。

 

 混濁した感情を無理やり流し込み、ダリルは今、そのページの一枚目を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の母と出会ったのは、まだ私がデュノアの性を名乗る前だった」

 

 

 

 語りだすアルベールの言葉、シャルは今恐らく生まれて初めて父の言葉と正面から向き合っている。

 

「ふぅん、昔の話とかするんだ。のろけ話でも聞かせるわけ」

 

「いや、期待しなくてもあれとそこまでの関係は無い。実際、あれは私がデュノアの性を手に入れるのに邪魔になったからな、その関係は白紙にさせてもらったよ。だが、まさか身ごもっていたとは、その時はずいぶん悩まされたものだ。」

 

「……ッ」

 

「そう苛立つな。あれも承知だ、私とイリスの関係はそこで終わるはずだった。だが、事情は変わった。」

 

 そう言い、アルベールはシャルの前で手記を開く。

 

「これを見なければ、私はあれに関心を持つことは無かっただろう。」

 

 日付と共に書かれた文面、フランス語で書かれているが、それは母の字ではない。

 

「これが気になるのか、これはイリスの手記の写しだよ。あの研究所の職員がひそかに持ち出したものだ。だが、この情報を世に出すことは何故かしなかった、理由がわかるかい?」

 

「…知らない、興味なんてない」

 

「恐怖したからだ。イリスの発明に、その思想に」

 

「!……それは」

 

 開いたページ、そこには人の形と、おそらくISの図形か、専門的な言葉と共にこと細やかに記されている。

 

「あの聖剣の設計だよ。そして、これが」

 

 ページを開く、そこにはひときわ大きく人の姿が記されていた。

 

「なにこれ、なんで手足が……ッ!?」

 

 言葉を失う。その図に記された絵の人物名、確かにそこには自分の名前が記されている。

 

 手足が無い人間、その名前が自分であったのだ。

 

「…どういうこと、これは」

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 奇しくも、同じタイミングで彼もまた手記を開いている。

 

 イリスが作り出したIS、その設計を記したページで、ダリルたちは言葉を失くした。

 

「…ダリルさん、わたくしは何を見ているのでしょうか。こんなこと、どうして」

 

「あぁ、悪夢なら、是非とも冷めて欲しい。」

 

 痛ましい、だが、その事実はダリルにとって理解を得る物だった。なぜなら、それはかつて自分にあったものなのだから。

 

「どうりで、あの被験者に欠損部位があったはずだ。」

 

 確認しただけで、彼ら彼女らには腕や足、そのどちらかまたは両方とも欠損していた。

 

 そして偶然にも、自分には欠損した手足でのみ機能する、あの技術の知識がある。

 

 否定したい、だが、それこそがイリスの求めた研究の成果なのだ。

 

 実の娘を捨て、秘密裏に完成させたIS、だがそれはあくまで外側、建前、装置を許容する器に過ぎないのだろう。彼女の発明は、パイロット自身に起因する

 

 手記に記された名称、それは神のいたずらか、繋がるはずのない未来と過去に一つの共通点が生まれた。人型兵器のスペックを最大限に発揮させる夢のインターフェイス、四肢に接続された義肢から直接機体のコントロールを促す。

 

 遠い宇宙の彼方、雷鳴轟くサンダーボルトの海で、両軍の間に悪夢の名を轟かした兵器、そしてそれは、今もダリルの手足に焼き付いている。

 

 

 

 

「プログラムコード……リユース・(サイコ)、デバイス。……使用条件は、パイロットの四肢の」

 

 

 

 切断。そう言い放ったその時

 

「――――――ッ!!!?!?」

 

「お嬢様!?」

 

 聞くにおぞましい思想、耐え切れずセシリアは床に吐しゃ物をまき散らす。だが、無理もないだろう。吐きたい気分は俺も同じだ。

 

 かつては自分たちの救いになった彼女の作った子が今、過去の異なる世界にて災厄の元凶としてその存在をあらわにしたのだから。

 

 

…タイムリミットは二週間、その言葉の意味はこれか

 

 

 どうしてかは不明だが。イリスはこの時代で作ったのだ。凡人を超人に変える究極のシステム、リユース・(サイコ)・デバイスを、それを搭載した兵器を

 

 そして、その理論は今、シャルをパイロットにすることで成立している。

 

「…えぐ、ひぐっ……どうして、こんなことを」

 

「お嬢様、落ち着いて……お気持ちは察します、ですから」

 

「だって、それが本当なら、イリスは、アルベール・デュノアは、実の娘を!!」

 

「……あぁ」

 

 義手に力が入る。みちみちと、ギアがきしむほどにモーターが熱くなる。

 

「胸糞悪いよな。だが、現実だ……アルベールは、シャルを、リユースサイコの秘検体にしようとしている!……あの子の手足を、切り落として、だッ!!」

 

 壁面を叩く。自分でも驚くほどに感情が燃え上がっている。

 

 許せるはずがない、そんな理不尽を、どうしてあの子が背負わなければならない!!

 

 

「セシリア、チェルシー」

 

「……はい」

 

 語る言葉はいらず、その意思は一つに

 

 この世界に自分が存在する意味、それを今ここでダリルは知った。

 

 やることは依然変わらない、自分は兵士で、ただのパイロットだ。戦う相手は見えた、挑む道理もここで明らかになった。

 

 

…やらせてたまるか。手足を失くす悲しみを知るのは、俺みたいな奴で十分だ!

 

 

 誓いを抱き、戦士はその心に炎を灯す。

 

 

 遠き未来のソラから来たりし戦士が、否、生ける屍が撃鉄を起こす。

 

 

 今、黄昏の彼方より、罪におぼれた生者へ夜をもたらす。

 

 

 死をもたらす屍の夜(トワイライト・リビングデッド)、雷鳴の彼方より銃口は向けられた。

 

 

 

「シャル、安心しろ。俺がお前を救う、そのためなら、俺は」

 

 

 

 ミラージュだろうと、アルベール・デュノアだろうと、イリスの遺産も、全て関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

「立ちふさがる敵は全て、俺が殺す……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。

ついにリユースサイコデバイスの設定を出しました。ようやくサンボルらしさが出てきた気がします。

ここまで来るのにずっと長くて、本来なら二章で納める話が気付けば三章にまで長引きました。軽い展開にするつもりが、フランス編がここまで長くなるとは正直想定外でした。むしろなんとか三章の序盤でここに着地できたことに安堵していたりします。オリジナル展開は難しいものです。

とにかく、これでアルベールの株がとことんまで落ちたはずです。敵として抜かりはなし、今後のダリルが魅せる主人公ムーブにご期待ください。そして最後に、もっとサンボルはやれ、二次創作界隈に、ハーメルンに


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答え合わせ

やっと上がりました。

ようやく、リユースサイコも出まして、物語も大きく動きます。ですが、その前に色々と情報をまとめる話に入ります。なので、今回はちょっと長めです。政治的な理屈云々、結構な長話になります。

それではどうぞ


「来るな、離れろ!!」

 

「……」

 

「外道、死ね!!…お前なんか、死ねばいいんだ!!!」

 

 血の味が奥に溜まる。それほどまでに声を荒げて罵詈雑言を叫んでいる。

 

 知りたくなかった。こんなことなら、はじめっから何も期待するべきではなかった。

 

 

…なんで、お母さんが……私を、私の手足を

 

 

 母親は狂っていた、理由はわからない、理解する気も起らない、だが、これだけは現状言えてしまう。

 

 母は狂い、私のもとを去り、そして私のことをモルモット程度にしか見えていなかった。そして、今目の前に立つ父親も、そんな私を利用する道具としか思っていなかった。

 

 

 私の生まれた意味は何もなかったのだ。

 

 

「いやだ、いやだいやだ!! 手足なんか切りたくない、ISなんかに乗りたくない!!」

 

 勇ましさ、蛮勇すら起こる気もない。目の前の男が何よりも怖い。

 

「いや、乗ってもらわなければ困る。あれは現状、イリスと近しい遺伝子所法を持つ君にしか動かせない。技術を普遍化させるには、君というテストベッドが必要だ。シャル、お前はデュノアが欲するものだ、そこに個人の意思など関係ない。」

 

 男が迫る、シャルは腰が抜けその場に座り込む。恐怖で涙腺は決壊し、足元には生ぬるい湯気が沸き立っていた。

 

 

 

「しかし、私も情が無いわけではない。手足を捧げた暁には、君の願いを何でも聞き届けよう。」

 

「……ッ」

 

 抵抗ができない、体がすくむ。アルベール手が自分の髪を掴み、強制的に目を合わせられる。

 

「怯えなくていい、ショックを抱くのは当然だ。だが、お前はそういう運命の下に生まれただけなんだ。」

 

 

「…うん、めい?」

 

 

「そうだ。イリスが君に残したIS、あれはまだ君にしか動かせない。リユース・P・デバイスはISの常識を変える可能性もある。君が手足を失っても、得られる成果は遥かに上だ。運命は正しさの終結だ、君に与えられた役目を果たせば、おのずとそう言う未来は得られる。」

 

 目に光はない。それはまるで、自身の心情を語るような、シャルには届くことのない独白だが、この時のアルベールは確かに本音を口にしていた。

 

「人は正しく生きねばならない。私がデュノアとしてこの国を導くこと、そして君はその礎になること、全ては正しさの帰結なのだよ。それを理解し、今後は行動を慎みなさい」

 

 そう言い切るや、アルベールの背後から数人の男が表れる。小銃を持ち、タクティかあるスーツを携えた兵士たち、シャルを拘束し、二人に抱えられるように立たせられる。

 

 

 

「……ッ」

 

 

…あぁ、もうだめだ。この人は本気なのだ。

 

 

 

 それが正しいと、決して意見をたがえたりしない。私の手足を奪い、押し付けた力ですべてを手に入れる。そのためなら実の娘も関係ない。

 

 関係ないのだ。すがっても、同情を引いても、何の意味もなさない

 

 

「……期日が来るまで、勝手に死なれても困るからな、これからは拘束させてもらう。またあの監視に行ったような術を取られては困るからね」

 

 

 

 抵抗する気力は無かった。苦心して行った脱走、それで得たのはまぎれもない絶望のみだった。

 

 逃げる術は無い。

 

 あきらめるしかない。

 

 

「……ぁ」

 

 

 深い絶望が視界を暗転させる。ストレスにさらされたシャルは自己防衛から心を閉ざした。

 

 気を失うように意識を消したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リユースサイコ?それがアルベールとモーレスの狙い、なんとも胸くそな話だな」

 

 

 煙草をふかし、吐き捨てるように煙を上に昇らせる。

 

…胸糞悪い、確かにはたから聞けばそうだな。

 

 場所は変わり、ダリルたちは施設から脱して上の発電所跡の事務室にこもっている。

 

 手に入れた情報を共有するべく、ビリーとセバスも同席させ、机に置いた資料をイ底面に並べられている。

 

 手記の続き、そしていくつか拾ったIS等の設計資料、そこにはたしかにリユースサイコについて、同じような文面が見られた。

 

…似ている。MSとは違うから、多少の祖語はあるが、これはもう、オリジナルとほぼ同じ

 

 一人、ダリルにしか知りえない知識で思考に入る。おのおの、目の前の事実にそれぞれ思う所を感じているのだ。

 

 「しかし、ここまで大事とは、思考の範疇を超えています。モーレスがわざわざここフランスに滞在する理由、それがここまで大きいモノとは」

 

 チェルシーがつぶやく。その意見にセバスが

 

「しかし、リユース・P・デバイスですか。イメージインターフェイスで動くISに、今更そんな発想で、私には非合理的な手段としか思えませんね」

 

「セバス、だが、それは」

 

「?……なにか、異論でも」

 

 視線を向けられる。その言葉に、俺は反論を喉の奥まで出しかける。

 

 

…言えない、よな。同じものを、使ったことがあるなんて

 

 

 かつて、その手足に機械の体をつないでた経験がある立場として、このシステムを見逃すことはできない。どうして同じ名前の、同じような機構がこの世界に存在するのか、その異物感はダリルしか抱けない。

 

 

…今は止そう、それよりも

 

 

 

「いや、異論はない。だが、検証よりも、今はこの技術を求めて、アルベール・デュノアとモーレス・ガルディーは共謀しているという事実、これが大事だ」

 

「ええ、これを表沙汰にできれば、モーレスを追い込むカードとしては十分です。他国の技術開発、それも非合法なものに手を出している。それも、暗殺未遂を働いたアルベールとの間であるなら、あの男のチェックはすぐそこです。」

 

「セシリア」

 

「ええ、そうです。ここで動かないと、アルベールは……」

 

 娘の手足を切り落とす、その言葉を、セシリアは深く受け止めていた。

 

 様子がおかしい、実の両親と娘、その関係にセシリアは何か反応している。

 

 

「…セシリア、そのことだけど」

 

「ええ、もちろん協力は惜しみません。モーレスとアルベールを打倒すべく、私は「ストップストーーップ!!…お嬢、落ち着いてくれ。」…な、なんですかビリーさん」

 

 ビリーが興奮するセシリアを止めに入る。煙草を消し、どこか砕けた態度がふっと消えていく。

 

「いや、なに、要は優先順位だ。……なあ、ダリル、お前のお陰で俺たちは今回の潜入調査に大きな進展を得た。それは感謝する、だが」

 

 一呼吸置き、ビリーは静かにそう言ってのけた。

 

「…俺たちの目標はモーレスの失脚だ。だから、そのシャルロットとかいう女、救う必要は」

 

「!!」

 

 

…バチンッ

 

 

「…おやおや、今度はマジですね。」

 

 静止する間もなく、セシリアの平手打ちがビリーに見舞われる。鼻筋を掠り、そこには一線の血も流れている。

 

「ビリー少尉」

 

「いい、セバス。お嬢にははっきりしてほしいんだ。」

 

 セバスが渡すハンカチも使わず、半ぢを雑に拭きとる。セシリアに対し、ビリーは静かに見定める言葉を連ねる。

 

 

「なあダリル、お前は今後どうする。俺たちと行動を共にするのか、それとも」

 

「……迷惑はかけない。シャルを助けるのは、俺の個人的な願いだ。本音を言えば、協力は欲しいけど、それは」

 

「あぁ、目的が合致すればだ。イギリスにとって、今回の事態はモーレス一人をどうにかできればいい。情報を掴んで帰るもよし、その計画を止め、モーレスとフランスの癒着を止めれば、える者はより大きいだろう。」

 

「そうです、だから!」

 

「ですが、そのリスクを……お嬢はお考えですか」

 

「リスク、それは……でも、それはもう既に」

 

「潜入という手段を選んだ、その時点で俺たちは危険にさらされているんです。その意味を、あなたは理解していますか、ご自分のお立場、それを理解しておられるのかって、俺は言ってんですよ。セシリア・オルコット当主」

 

「!……それは、私がお荷物だと」

 

「いえ、お嬢は必要ですよ。今回みたいな政治がらみの事態、現場で判断が下せるのはかなり大きいこととです。ですから、お嬢には慎重な判断を願いたいんです」

 

 慎重な判断、つまりそれは

 

「…ダリル、お前には悪いと思うし、俺だって道理に合わないと理解している。だが、どこまで手を出すか、リスクマネジメントはしっかりしてもらいたんです。」

 

「…ビリー、俺は」

 

 チェルシーが遮る。

 

「ダリル様、ここは」

 

 いつにもまして真剣な様子で、チェルシーは自分の主を見ていた。

 

 きっと、ここが分かれ目だ。

 

 セシリアが今ここに居る意味、本当の意味でリーダーとしての指針が問われているのだ。

 

 ビリーはこう言いたいのだ。命を懸けるなら、それに見合うやり方を、考えを示せと

 

 

 

 

「…セシリア」

 

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 地下の施設で、その手記に記された内容を知り、私は言葉を失った。

 

 許せなかった。実の親が、どうして子供にそのようなことをするのか、到底理解などできない。

 

 道理に合わない、そう思うと、自然と胸の中に怒りが募った。

 

 だから、できることをしようと、そう考えた矢先だ。

 

 

「…ビリーさん」

 

「示してください、俺たちは、どうすればいいのか」

 

 その言葉に、自分の血が冷えるのを感じた。

 

 自分がここに居る意味、その上で、今正しいことは何か

 

 

「……私は、見捨てるべきでは」

 

「では、どうします。俺たちはあくまで情報を掴んだだけだ。これから先、モーレスとアルベールの動きはある程度は追えますが、あくまでそれまで。持ってきた戦力は、お嬢を逃がすためのもの、攻め落とす者じゃないし、そのために命を張れというなら、俺たちには勝算が欲しい。」

 

「……ッ」

 

 理路整然と、現場の兵士として合理的な意見を連ねる。セバスも、ダリルも、チェルシーでさえも、黙って自分の意見を待っている。

 

 諦めるのは簡単だ。 

 

 でも、そんなことをすれば

 

 

…ダリルさんは、どうするのか……そんなの、決まってる

 

 

 この人は一人でも行くだろう。そうする、それを成そうとする人だ。

 

 手を貸すなら、私は

 

 

…叔父様、セシリアは

 

 

 背中を押してくれた、貰った力も、全ては期待されて、でもそれは違う。

 

 イギリスとフランス、その国家間の問題に、今自分はメスを入れようとしている。血が流れるかもしれない、治らない傷を負わせるかもしれない。

 

 

「……私は」

 

 けど、それが今の自分だ。

 

「私、セシリア・オルコットは」

 

 背中を押されても、踏み出すのは、私の足……ッ!

 

「それでも、私は助けるべきだと思います!」

 

「……そうですか、では」

 

「だから、いっしょに考えましょう!」

 

 

 

 

「「「「は?」」」」

 

 

 

 

 全員がはもった。

 

「…あの、言ってる意味が」

 

「だって、こんなこと一人でなんて考えられるわけありませんわ!!」

 

「てめぇ、開き直って……ゴホンッ、えぇ、お嬢、何を仰って」

 

 思わず素の話し方に戻りかけた。だが、セシリアの調子は続く。

 

 覚悟を決めた少女は、決してひかない。

 

 

「必須です。このままイリスの遺産を放置することはできません。今、彼を更迭する情報を得ても、モーレスはフランスに逃げ延びるはずです。彼を封じるなら、アルベールも共に打ち砕くほかないのです!!」

 

「…ですが、それでも不穏分子は排除できます。モーレスが消えれば、内部の派閥はこちらに傾きます」

 

「!……チェルシーさん」

 

 セシリアに対し、今度はチェルシーも手痛い意見を乗せてきた。

 

 だが、それでもセシリアはブレない。

 

 

「…いえ、それでは同じです。そもそも、今回モーレスとアルベールの動き、これ自体が最も懸念するべきです。ことはもう、企業同士の争いでは済みません。モーレスの狙いは、イギリスという国家そのものへの背信です」

 

 

「…背信?」

 

 ダリルの疑念、それを答えるのは

 

「暗殺未遂、敵パイロットが使用した特殊兵装、あれはおそらくモーレスが用意したものだ。」

 

「…ビリー」

 

「…モーレス・ガルディーは前回の事件で、BT兵器のデーターを横流しした。お嬢のISの対策兵装を作らせ、そしてその事実とパイプは未だ暴露には至っていない。明らかにできないんだ。BTは他社、連携はしているがその内部は政府系で、民営のこちらでは掌握しきれていない。ただ、一人を除いて」

 

「そうです、モーレスはBT社に対し、親族間を経由してコネクションがあります。」

 

「つまり、本気になれば、手土産を抱えてフランスに逃げ込めると」

 

 そういえば、前に聞かされた。

 

 前回、モーレスはセシリアを暗殺し、最終的にはフランスへと亡命し、堂々と利権を奪い去ったまま逃れる算段だったと。

 

 

「しかし、それではすぐに盗用したことがバレます。フランスも、リスクを負ってまでそのような利益は得ません。使い方はもっと別、それより、アルベールがモーレスを必要とするわけ、そちらは、ダリルさんでもお知りのはずです。」

 

「……ッ」

 

「ダリルさんでも、これはお分かりになります。フランスの置かれている事態、それを」

 

 突然、今度は自分に問いが投げられた。

 

 気が付けば、二人の詰問は全員に波及し、皆で意見を交換し合う空気になっている。

 

「それは、…フランス、フランスは確か……」

 

 この世界に来て、ある程度の情勢はメディア情報から得ている。

 

 デュノアについて調べた中で、いくつかその内容も目にしてきた。

 

「イグニッションプラン、第三世代IS開発計画、フランスはその開発に苦戦、いや至ってない。」

 

 EU間における主要IS国同士の対立バランス、世界的なシェアを獲得しているフランスにおいて唯一の不足、それが次世代機の更新だ。

 

「アルベールとしては、他国に後れを取ることは避けたい。おそらく、次のEU間の合同演習の場でそれを披露しなくてはならない。それができなくては、アルベールは内部でその立場を失脚させてしまう。」

 

「それは、どういうことだ。」

 

「フランスも一枚岩ではないのです。デュノアの中でも、現状のイグニッションプランよりも、安定した第二世代の方に資金を投じればいいと、革新派と保守派で別れているのです。」

 

「…なるほど。だが、今はもうその技術が手に入っている。第三世代のISを有することが叶った今、アルベールはデュノアの立場を安泰にできる、そういうことか」

 

「ええ、ですが、ことはそれで終わりません。お嬢様、おそらく、モーレスは」

 

「ええ、彼はフランスに亡命し、BT技術を大々的に流出させるつもりでしょう。」

 

「!!……そんな、そんなことをすれば、イギリスは」

 

「ええ、失脚します。EU間のパワーバランス、その一角が大きく瓦解するのです。」

 

 国家間のバランスは大きく傾く。利益を得るために、アルベールは実の娘を、そしてモーレスは自分の母国を

 

 そして、それはそこで止まりはしない。傾きは、どこまでも波及する。

 

「技術を各国に伝播し、その秘匿性は完全に瓦解します。全て、私たちの責任です。誰も救えず、オルコットの名は地に落ちます。モーレス・ガルディ、一人の男の采配で、フランスは向こう十年、いえそれ以上にイギリスの風上に立つでしょう。その上で、私は皆さんに問います。」

 

 凛とした少女の声が部屋に響く。

 

「私、セシリア・オルコットは大局を俯瞰したうえで、此度の凶行、その根本から断つことを提唱します。シャルロット・ローランを奪還し、モーレスとアルベール、両者の企みを明らかにします。」 

 

 セシリアは言い放った。

 

 感情に任せた先の言葉と違う、トップとして、現場に立つ指揮官として、全てを理解したうえでその指針を提唱した。

 

 

「具体的な策、それはどうするんですか?」

 

「さっきも言いました、皆さんで協力して考えます。そのための仲間ですから」

 

 言いながら、少し水臭いのか、整然とした顔がその時だけ年相応の少女に戻る。

 

 あどけない笑み、さしものビリーもいたたまれず、煙草に逃げる。

 

 

「……セバス、火をくれ」

 

「はい」

 

「ビリー様、お認めになられたならもう」

 

「…………」

 

「少尉、もう十分では?…セシリア嬢の言い分、私は納得しました、あとは」

 

「……わかってる。だが、まだ先は見えない。だから、俺も考える。」

 

 

 顔を背け、一息で煙を吐ききる。

 

 

「乗りますよ。それだけ言うなら、俺たちも引くわけにはいきません。」

 

「!!……はい、お願いします」

 

 深々と礼をする。どこまでも真っ直ぐな態度に面食らう。

 

「少尉、煙草では照れを隠せませんよ」

 

「うっせぇ、俺は好きだから吸ってんだ。」

 

「ふふ、ビリーさんも不器用なお方ですね」

 

「はっ、くそ……ちょっと、外の空気吸ってくる。セバス、後は頼む」

 

 席を立つ、やけに速足で場を離れていく。

 

 そんな後姿をどこか不正じみた目でセバスは眺めている。

 

「…あの方は、すみませんああいう性格なもので」

 

「いえ、むしろ助けられました。わたくし、感情に任せて、判断を見失う所でした。それが、わたくしがいる意味だというのに」

 

「別にいいさ、結果的には答えは出た。むしろ、関係ない俺からすればずっと頭が上がらない会話だったよ。シャルを助ける、その光明が見えたんだから」

 

 しぜんと、その手がセシリアの髪に伸びる。

 

 タクティカルスーツを纏い、その髪は一本に後ろで束ねられている。

 

「よく、頑張ってくれた。俺も手を貸す、皆で成し遂げよう。」

 

「……ダリルさん」

 

 

 頬を赤らめ、なんとも言いムードが醸されている。

 

 

「あの、私も席を外してよいですか?」

 

「奇遇ですね。私も少しお花を摘みたくございます。」

 

 

「え、いや、別に俺は」

 

 

 

 

 

「「いえいえ、おかまいなく」」

 

 

 

 

 

「………はぁ」

 

 いそいそと、どこかコマ送りのような早足でそそくさと部屋を後にした。二人、会議室の椅子で、セシリアもここぞとばかり体を寄せ、頭をダリルの方に置く。

 

 

「…えっと、俺どうしたら」

 

「えへへ……久々のダリルさん、はぁ、来てよかったぁ」

 

 

「え、あぁ…そうか。そうか?……まあ、そうだな」

 

 そう言えば、再開していまようやく二人きりになった気がする。

 

 ここまで、ここまで来るのに長い時間がかかった。あの日、墓石の前で誓った約束、それを思い出す。

 

 

「……セシリア、これが終わったら」

 

「ええ、私の家に来てください。そうなれば、いつでもあえます。」

 

「そうだな。なぁ、どうせなら後一人」

 

 思い描く、燕尾服を纏った自分と、メイド服を着たあの子の姿が太もものあたりがやけに痛くて

 

「いたっ、あぁああぁああ!!!」

 

「……ふん」

 

 激痛の正体は横にたたずむ金髪のお嬢様からだった。悲鳴を聞き満足してか、そのまま腕に抱き着き、密着したまま離れない。

 

「……あの、セシリアさん。あまりそうされると、色々と、あたるから」

 

「別に、神経無いのですから、何も気にならないはずでは。」

 

「いや、そのなんだ、腕部分の触覚……ある」

 

「……エッチ」

 

「いや、仕掛けたのそっちだろ!!……てか、じゃあ離れて」

 

「いやです、離れません。…どうせ、そのシャルロットさんとも、こういうことを、して………いますの?」

 

「………ない」

 

「……」

 

「いや、無言でつねるのは、噛むのは……ああぁあああぁああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…セバス、俺らいつになったら戻れるんだ?

 

…私に聞かないでください、チェルシーさん

 

…私にも降らないでください。ああいう娘なんです、暖かい目でみてください………もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上です、読了お疲れさまでした。


今回の敵であるアルベール、もう一人の敵モーレス、彼らの動機というか、明らかになってない部分を今回でおおまか説明しました。企業と企業の争いのはずが、国家の命運がかかった話に、書いててここまで大きくなるとは、完全に想定外でした。

次回、また大きく動きます。次は会話以外にも見どころある話を




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初陣

最新話、小隊出撃をリメイクしました。書き直したうえで最新話です。それを承知の上でどうぞ。前の最新話はお忘れください。

前回のままだとどうしても展開に詰まるので、変更をせざるを得なかったのです。活動報告でも書きなおす旨は乗せていたのですが、一応こちらでも言っておきます。

長くなりました、それではどうぞ。


 上から受けた通達はシンプルだった。

 

 デュノアに対する敵対勢力がいる。そいつを見つけ出し次第、容赦なく殺せ。敵は小隊程度、数で押せば容易に蹂躙できる。そのはずが、ふたを開ければ早々に手を打たれ、部下数名が命を落とす結果に。

 

 クレイモアでミンチ、おかげで部下たちは躍起になって意気揚々。

 

 

……だってか、ふざけんな

 

 

 何も考えず任務に飲み忠実に要られれば、どれだけ楽だったか。しかし、この男フェルシア・カフゴは聡明な兵士であり、これが明らかに作られた状況だと知る。

 

 自分たちと、今追いかけている謎の敵のチェイス&バトル、これを盤上に仕立てて面白がっている奴がいる。

 

 そんなの、一人しかいない。その人物に手ひどく火傷を負わされたことを、フェルシアは忘れない。

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

『……で、あたしに声をかけたわけね』

 

「あぁ、まさか出てくれるとはな」

 

 軽く言葉を返す、だが実際は綱渡りだ。

 

 相手はただの異常者、関われば即その毒気にやられる。そんな危険を飲み込み、今自分は端末越しに会話をしている。

 

 通信の相手はミラージュ本人、アルベール・デュノア本人が雇った私兵。ISを有して、俺たち下っ端の実働部隊を従える監督役だ。

 

 

…………だが、実際は名ばかり、この女は最初だけ参加し、今は何もせず通達せず、俺たちを傍観している。

 

 デュノアと同じ、使い捨てる側の人間。だが前者と違い、こっちにはまだ可能性がある。

 

「……聞かせろ。俺たちの敵は何だ?」

 

 フェルシアは問いただす。自分たち、デュノア子飼いのヤクザたちがいったい何と戦わされているのか、何を守り、何を撃ち抜こうとしているのか。

 

「事の真相を暴くだの、そんな正義感から聞いてんじゃねえ。これは、俺が生き延びるために必要な情報だ。なあ、あんたは知ってんだろ。」

 

『ええ、そうね。けど、それを教えて私に何のメリットがあるかしら』

 

「……メリットか、そうだな」

 

 この女が望むこと。他人の命を軽視して、そして自分の興のためだけに部下を殺して見せた。そんな女が望むことは

 

「なぁ、あんたはこの戦いを楽しんでいるのか?」

 

『ええ、それはもう最高にね』

 

「そうか、なら……俺もそれに参加してやる」

 

 ここが盤上だというなら、どこにいても逃げ場はない。であれば、立つ場所を変えるしかない。

 

「デュノアの命令なんざ知ったことか。俺はあんたの駒になる、そうすればいい、俺を生かせ。殺してでもな」

 

『……それ、本気で言ってるのかしら』

 

 通話越しに、女の下ひた声が聞こえてくる。どうやら、回答はお気に召していただけたようだ。

 

「あぁ、他はいくら死んでもいい。キングとクイーン、それと少しの駒が残れば十分だ。」

 

『自分は捨て駒にはならない、そう言いたいのね。いいわ、飲んであげる。』

 

 通話が切れる。

 

 そして今度は目の前の画面にいちまいのレターが表示する。開くとそこには詳細な情報が。まるで、こういうことを想定しているかのような。

 

「敵は、イギリスの工作員。そして、これがデュノアの狙いか」

 

 適当な流し読みで、それだけでも十分に非道な内容が目に余る。予想通り、自分たちは録でもないことに命を浪費させられかねない立場にあった。

 

……そうか、どうやら正解だな。

 

 端末をしまい。フェルシアは懐の煙草を取り出し一服する。煙を吐き、たった一回吸っただけで、持っていた煙草の箱に詰め込み、放り捨てた。

 

 はた目から見れば意味の分からない行動、しかし、これは彼なりの鎮魂の表しだった。

 

 

「今日もまた、生き延びたか」

 

 高台から街を見下ろす。人のいない廃墟まみれのゴーストタウンが、所々焼かれて火を上げ、一体には真新しい戦火の残骸が散らばっている。

 

 そこは、目標の敵が逃げ込んだ発電所地帯。先行して強襲を駆けた別の組の連中、規模にして一戸小隊。歩兵、装甲車、そしてEOS、ベルサーガタイプを含んだ機械化部隊が全滅している。報告を受け、駆けつけた頃にはもうおそく。生存者の者たちが懸命に怪我人を手当てしている現場はまさに野戦地そのもの。

 

 

……たった三機のEOSだと、ふざけるな

 

 

 敵は万全の準備をしている。その上で今もなお雲隠れするほどの狡猾な強敵相手に、俺たちは挑まなければならない。

 

 周りではことの事態を上に連絡をして、その上でなおも任務続行の一点張りをするデュノア相手に憤る物もしばしば。自分と、自分が選んだ特別な配下を覗けば、この事態を完全に把握できている者はいない。

 

「正解だな、さて……これからどうするか」

 

「……隊長」

 

「……あぁ、わかっている」

 

 声をかける相手は自分の部下。眼帯を付けて、顔には古傷が絶えない同じく歴戦の同胞、そして自分と同じくタクティカルスーツを纏い、背後には同じく信用できる古参の者達が並ぶ。

 

「ジェバン、俺達は待機だ。」

 

「?」

 

 目の前では、他の戦闘員達は仇だの仁義だのと、意気揚々と戦意を奮っている。その中で、フェルシアを含む数人のみがただこの状況で冷めきっている。 

 

「待機ですか、他の連中がなんて言うか」

 

「ここで適当に救助活動でも、機体の故障でも、とにかく理由はなんでも良い。無闇に突っ込んでも利はねえ。こいつはまだゲームの序盤だ。」

 

 捨て駒になるのは奴等だけでいい。思考を放棄して、ただカタギから外れたアウトローに酔いしれているドランカーだけが命を捨てれば良い。

 

「従順な犬でいる時間は終わりだ、これから俺達は生きるために戦う。」 

 

 全ては時がくるまで。誓いを胸に、この局面を静観する。

 

「俺達は死人だ。だからこそ、俺達は生き残るぞ、ミラージュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘があった。

 

 敵は包囲を展開し、一斉放火のもとで全てをなきにせんとした。だが、敵は知り得なかった。

 

 自分達がハンターではなく、まんまと狩り場に誘導された猪や鹿であったことを

 

「…………ッ」

 

 先行した部隊の隊長各、彼は元イタリア軍からの退役で、現在はデュノアの小飼としてこの汚れ仕事専門の部隊を率いていた。

 

 実践経験も豊富で、中東のテロ撲滅など、実際の戦場を経験している稀有な兵士だった。EOSの操縦にも長けるため、現行のEOSでトップ性能のドイツ純性のベルサーガを受領している。

 

 たった三機のEOSを倒す、ただそれだけ、それだけの任務であったはずが

 

「………どうして、なぜ」

 

 

『ーーーーーーーーーーッッ!!?!?』

 

 

 またも爆発が起きた。友軍の機体が大破した爆音だ、センサーが受信する濁った悲鳴が他人事のように聞こえる。現実を逃避したい、しかし今目の前に起きているのはもう

 

……どうしてこうなった、俺達は攻めていた

 

 なぜ、いったいだれだ。疑念に思考が乱れる。

 

「なんで、あいつらには」

 

……ジリリリ!

 

「!」

 

 ロックオンアラート、しかしいったいどこから。

 

 市街地の中、建物を背後に、不可視の視界の中で敵の攻撃方向を制限していた。

 

「…………くそッ!!」

 

 シールドを構える。すると、その方向から……視界を遮る白亜の霧から、茶褐色の機体がモノアイを光らせ厚刃の短剣を振るう。

 

「…………ッ」

 

「なんで、なんでお前らには見える!!」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

 上空、300フィート。長銃身のカメラを抱え、天の視点で戦場を支配する。

 

 作戦はシンプル、用意された兵装を屈指し、囲い込み敵を殲滅する。そのために用意されたIS、ブルーティアーズ・ナイト・ストリクス。それは特殊作戦を想定して作られた、電子戦特化の機体であった。

 

「…………ッ」

 

 スコープを構える。町全体を包むスモークの中、敵機の動きは高精度解析システムとハイパーセンサーの並行により圧倒的な千里眼をセシリアに与えた。

 

……見えて、いますは

 

 標的はEOS、火力の高いベルサーガが同士討ちを避けて攻撃の機会を喪失している。混乱は長く続かない、効率よく、そして確実に

 

『……こちら、ナイト・ストリクス。観測情報を更新、ビリー少尉、2時方向直進、そこに敵機がいます。』

 

「オッケーだ、今仕留めた。少し抵抗されたがもう安全だ。」

 

 カメラ越しに、複合武器である火力型用のA装備に血が付着しているのを見てとれた。ビリーは今、敵の命を奪った。それは、紛れもなく自分の指示で

 

『セシリア、敵の動向は』

 

「…………」

 

『セシリア?』

 

 声の主は自分がもっとも親しく感じる男、その声に心が安堵し、思わず握った銃の感触が離れそうになる。しかし、油断することも気を抜くことも、今の自分には決して許されない。

 

……しゃんとしなさい、これは実践ですのよ。

 

『……大丈夫です。続けて、観測を届けます。』

 

 

 

「…………」

 

「お心配ですか、ダリル様」

 

「…………あぁ」

 

 すぐとなり、自分と同じくEOSを身に纏う彼女。彼女もまたビリーと同じ、試作のEOSを使っている。

 

「けど、今は頼りにするさ。」

 

 あの子は覚悟を決めた、なら甘い言葉はいらない。

 

「こっちも中継を続ける。チェルシーさん、スモークの追加、お願いします。」

 

「了解。」

 

 隣で膝をつくモノアイの機械、ただその姿はビリーの使用したものとは違う、そしてそれはダリルも

 

しかし、それにしても

 

……パパパン、パパパン!!

 

「…………ッ」

 

 銃声を察知し、ダリルは引き金のトリガーを引く。片手でささえ、地面にスタンドを固定した狙撃銃、炸裂弾頭のニードルガンだ。バラけたセミオートの射撃。数発で敵機の射撃が沈黙する。

 

『……お見事です、ダリル。』

 

 ビリーとは違う声、同じく前線で強襲を続けるセバスチャンだ。

 

「礼には及ばない。セシリアの観測情報は絶えず送る、砲撃の隙間に隠れている敵は任せた。」

 

『ええ、了解です。』

 

『言われずとも、わかってるっつの』

 

 

 作戦は順調、予定通りなら、敵の増援が来る前に撤退は確実。

 

 

……しかし、こうまでうまくいくとは。

 

 

 登場席で、射撃と交信を平行しながらダリルは感心した。

 

 敵の襲撃を予期して、この迎撃の手はずを考えたのはセシリア本人だった。ナイト・ストリクスの高精度レーダーと観測機構、試作EOS、通称アッガイによる特殊兵装の組み合わせ。この全てが噛み合って、今の戦術は成り立った。

 

「コンテナ交換、上空斉射、2セコンド! 炸裂散布!!」

 

 左肩部に装着されたコンテナが解放、クラスター弾頭がほぼ垂直に曲射される。廃棄されるコンテナ、ダリルのアッガイが後方で次弾を装填装着し、その間もチェルシーは右腕部のスプレーミサイルランチャーで継続的な支援砲撃を再開する。

 

「ポイントをそろそろ変更します。反撃予測……4,3,2」

 

 1、そう告げた瞬間には二機は三回。フレキシブルな歩行とスラスター跳躍で場所を放棄。そして次のポイントでスモークの機能する間の支援砲撃を敢行する

 

 第一段階、包囲する敵機の撹乱。これにはチェルシーの駆るアッガイ重火力型の高高度支援砲撃システムが有効だった。熱源センサーで中央の発電エリアに敵を集中させ。範囲に入ったタイミングで一気に斉射。敵機をスモークの毒巣にくぎ付けにする。

 

「……よし、これで」

 

 ライフルを構えつつ、左特殊腕部からセンサービームを照射。

 

 遮蔽物を反射し、ダリルからビリーとセバスチャンの二機に光情報が伝達。暗号化された情報がリアルタイムで、誤差数コンマレベルでの送信が実現する。

 

……ちと頼りねえが。目隠しよりは数倍ましだ!

 

 スモークの中、ビリーの駆るアッガイ火力型Aは建造物を足場に八艘飛び。建物を挟む通路に待機する二機のベルサーガ、対空射撃に入る動作を容赦なくつぶしていくマシンガンの斉射。着地と同時に後方が爆発、発砲音以外の音は一切出さず、静穏性の高いラバーブーツは隠密機動でさらなる獲物を狙う。

 

『軽いな、鴨撃ちだ!』

 

 複合兵装からは仕込みナイフ、左腕部からは高出力プラズマサーベル。二刀流を展開しアッガイはさらに撃墜数を稼ぐ。

 

『お楽しみのところ悪いですが、背後に注意です』

 

「!」

 

 スラスターを吹かし、ビリーは機体をスライドターンさせる。迫撃砲の着弾、支援武装のベルサーガが自身に照準を向ける。

 

「……たく、世話を焼かせたな」

 

『えぇ、戦況は有利ですが、油断はなさらないよう、お気を付けください。』

 

 第二射、その砲塔に火は灯ることは無い。セバスの機体がサーベルを袈裟切り、機体は爆発に包まれる。

 

『ここは観測情報が薄いです。スモークの濃い場所に移動を』 

 

「だな、すぐに移動するぞ!」

 

 第二段階、セシリアの観測情報をダリルの駆る索的型が光送信で受信し、さらにそれを先行した二機のアッガイ、火力型Aのビリーと同じくB型のセバスチャンに送信。これにて身方は目眩ましの中で唯一敵機の観測を可能とする。

 

 それにより叶う一方的な蹂躙。アッガイの小柄でスピーディーな性能を最大限に生かし、装甲を削ることなく強襲と回避が成立する。

 

 戦況は圧倒的有利、全て滞りなく。新兵器たちの成果は想像を超えて機能している。

 

 

 

『くそおおぉおおおぉおおッッ!!!?!?』

 

『どこだ、どこから敵が  なっ!?』

 

『砲撃はどこだ、敵は何体いるんだ!!』

 

 

「……通信は駄々洩れ、ダリルさん、もうそろそろ」

 

『あぁ、次で移動する。各機、第三段階だ!』

 

 敵機の戦力は8割がたそぎ落とした。これ以上はいらぬ消費、各機弾薬をばらまきながら逃走ルートへ移動する。

 

 目指す先は遥か北方、その地にダリルたちの目指す合流ポイントがある。

 

 

……戦果は上々、武力は十分。後は

 

 

 最終目的、シャルロット・ローランの奪還。及び、モーレスとアルベールの失墜。

 

 盤上の駒は既に動き出した。チェックへの道は数手先、ダリルたちの勝利は騎乗のモノではなく、手を伸ばし走り抜けた先で輝きを放ち待ち構えている。

 

 目をくらますその光は希望か、それとも眩しいほどの絶望か、その答えは、つかみ取ったものにしか知りえない。

 




今回はここまで、次回またサンボルのパクリ、もといリスペクトな展開を想定しています。

修正前では小出しでたが、今回はアッガイ達を大盤振る舞いです。ISが完全にサポート、EOSもといサンボルアッガイ達が無双する展開、今まで書いた中で書くのが一番気持ちのいい話でした。やはり、サンボルアッガイは至高

まじで、サンボルアッガイのプラモ出ないかな。


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腐れ縁

最新話です。サンボルアッガイが好きすぎてくしもと節が止まらない今日この頃

PS4~5で遊べるバトオペ2ってのがあるんですよ。これがガンオン並みにマイナー機体も採用してくれるゲームで、ワンチャンアッガイシリーズ六種類、全部実装されないかと期待しちゃう。

プラモはいつになるやら


 

 敵の襲撃に対抗するために、トラックの破棄はやむを得なかった。すべては囮として敵をまとめる餌、そして陽動からの包囲殲滅に成功した今、作戦は第三段階へ、つまりは逃走である。

 

 先日の雨で増水した川を下り、目指す先は南の大都市、湖を起点に並ぶそこは寄港地としても名高い場所。町名をヨハン・シティ。現市長の袖に金を通す男が実利を握る、そんな街にダリルたちの希望の箱舟があった。

 

『……』

 

「もう少し我慢してくれ、あと少しで外の空気が吸える」

 

『ええ、お気遣い感謝します』

 

 ダリルの隣、手をつなぎけん引する形で潜航するのはセシリア本人。ダリルたちと同じアッガイを身に纏うのはISの使用は察知されないため。

 ISには独自にコア反応が生じるため、待機状態ならまだしも起動すれば即位場所は特定されかねない。今ダリルたちが目指すのは人が多く住む市街地だ。故に、予備のアッガイに装備を持たせ、セシリアはダリルに曳航されながら水中を進む。

 

「しかし、火力型に狙撃型。換装すればどの局面でも対応可能。隠密作戦用だが通常スペックは次世代相当。本体だけでもこのスペックか、すごいなこれは」

 

 画面上に表示される詳細なスペック表、改めてその性能に感服する。

 

 世界初、水陸両用にEOS。パラジウム式の新型内燃機関とハイドロジェッド機関を搭載した脚部が水中下における高度な機動力を可能にする。

 

 先に装着していた作業ようなんて目ではない。最新鋭の秘密兵器、その肩書にたがわない一級品だ。

 

『そうでしょう、なんせ叔父様が用意してくださったものです。イギリスのBT社だけでなく、オルコット独自の技術も織り込んでいます。ダリル様がつかった鉱山の機体よりも、ずっと快適で身軽ですわよ』

 

「あれと比較すれば……まあでも、確かにこれは良い」

 

 フルスキンタイプの機体、しかしスーツ内部はそれほど不快でもなく、細かい所まで配慮の言った最新鋭機というべきか。このあたりは宇宙世紀のプチモビとか、真空空間での生存性につながる技術はかなり高めだ。過去の世界とは思えないぐらいに

 

「だな。確かに機動性もいいし、なにより息苦しくない。水の外に出ればだけどな」

 

『ですわね。ふふ』

 

 袖を通す試作EOS、セシリアたちが用意したイギリスの最新鋭機、コードネームをアッガイ。奇しくも未来で知る同じ水陸両用機と同じ名前、というわけでもなく、ただ名前がまだ決まっていないところでダリルがその名付け親を任命されただけだ。

 

 

……我ながら、安直につけてしまったが。まあ、大丈夫だろ

 

 

 今更になって、未来人である自身の過去に対する介入が若干気にかかる。だが、宇宙世紀までまだ遠い先の話だ。微々たる不安を捨て去る、考え事はまたあとにすればいい。

 

『……着いたぞ』

 

 時刻は夜。潜航したまま、俺たちは言われた座標の船倉倉庫に到着する。

 

 通信音声はダイレクト。水中から覗く港の岸壁に黒い影が。徐々に広く大きくなるそれは光を放ち、誘導灯のように来客を照らす。

 

……ここか、取り合えず嘘ではないみたいだ。

 

 水中トンネルを抜ける。先に進めばそこは基地の中か。白熱灯で照らされたガレージ内、傾斜となっている床を歩き、ダリルは頭部のパーツのみをアンロック。そこには装備を構えた兵士たち、皆等しく小銃を首から下げ、今にもこちらに銃口を向けてもおかしくないかに見える。

 

「……おい」

 

「少尉、どうしますか」

 

 次々に浮上する仲間たち、とんだ出迎え様に二人だけでなくあとから続くチェルシーさんも言葉を迷わす。

 

「大丈夫だ皆、彼らに敵意はない」

 

「信用できるかよ、俺はまだ納得してねえぞ。デュノアの子飼いが」

 

「……ほう、それはまた随分な言いようだな。」

 

 声の主、それは並び立つ屈強な兵士の中へ紛れ込むように、見る人が見れば場違いこの上ない男だが。いちおう、その身分を知る身の上のせいか、なんとも笑うに笑えない。

 

「……随分と、また出世したんですね」

 

「あぁ、お前とはこんな形で再開するとは、これも商売の神の思し召しだ。」

 

 丸々とした体形、横に極上の美人秘書を立たせ、男はダリルに手を伸ばす。

 

 ダリルは抜け出るようにEOSを脱着。湿った足場に降り立ち、今一度男と向き合う。

 

「本当にお久しぶりです、ガレ社長……まさか軍に戻っていたとは」

 

「なに、これはただの形だけだ。実際は今も商人だ。さて、セシリア嬢をはじめ、此度の戦いはなんとも見事であった。まずは休息を取れ、それから話をしよう」

 

 金と権力にまみれた手、しかし今はこれほど頼りになるものはない。

 

 ダリルたちの窮地を救い、そして目指すべき敵の懐へ飛び込む足掛かり。そのお膳立てが今ここにそろった。

 

 

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 取次、こちらと同じ共通した目的。そのために、ダリルはこの男の手を取る

 

 互いに利益は提示済み、その上で両者は結託する。

 

「共に成し遂げようじゃないか、あのにっくきデュノアを出し抜くために。このヨハン商会、お前たちイギリスに全面支援を約束する。」

 

 

 

 

 

 

 時間はさかのぼる。

 

 ダリルたち一行が工場跡にて真相を暴いた際、その連絡は来た。諜報員、ペトロからの緊急連絡。その内容には耳を疑った。

 

「……協力、いったい誰からですか?」

 

 驚きを隠せず、ペトロから言われたその内容には耳を疑う。隠密行動で、この作戦自体は国家にも秘匿されている。であるのに、この戦線に加わりたいという、敵の寝返りが届いたのだ。

 

『耳を疑うのは無理ない、けどこれは上の……ロバート氏が了承した。』

 

「!」

 

『どうやってか知らないが、なんでもその男はあんたらの知り合いらしい。確か今、義足義手の男、ダリル・ローレンツと言った、そいつが案内役になるらしい。』

 

「……はぁ」

 

 端末に届くマップ情報、そこには現在接近する敵の情報、そしてそこから逃走した後に至る合流地点、確かなのはそれが敵勢力から出でる情報がある。

 

 罠とみるか、それとも希望か。悩みあぐねる一同の中、ダリルだけはその情報を見て思わず失笑していた。

 

「……セシリア、これは天啓だ」

 

「?」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 整備工で、EOS用のハンガーにアッガイ達が並び立つ。パーツがばらされ、フレームも露わに、始めて見るこの機体を整備員たちは四苦八苦し、唯一整備知識と機体情報を熟知しているセバスとビリーが四方八方に声を飛ばす。

 

その場にいるのは元軍人やその関係者、初対面ではあるが馬が合わないわけではなく、二人はすぐにその環境に適応している。

 

「優秀だな、ここの人間は」

 

「当たり前だ、商人たるもの人を見る目は必須だ。」

 

「ガレちゃん、偉い」

 

「ははは」

 

「「「………」」」

 

 整備スペースの隅っこ、事務所スペースのそこで俺たちは今ガレと話し合いの場に、横にいる美人秘書とのやりとりは限りなく無駄なものだが、突っ込んだら色々と負けな気がするので三人とも黙る。

 

「……話、いいか?」

 

「あぁ、もちろんな。だがその前に、今のわしを説明せねばな」

 

 傍に置く美女の膝を枕に、ガレはそのまま話を続ける。ふざけるなと言いたいが、どうしてか突っ込むと負けな気がする。

 

……言わなくていいのですか

 

……お嬢様、ああいう手合いは押せば余計に燃えるタイプです。

 

……あぁ、確かに。……参考になります、いつか私も

 

……お嬢様、参考にする相手を選んでください。アホがバレます

 

「……」

 

 うん、現在進行形で隣もあれな会話で、これも突っ込んだら負けな気がする。とにかく飲み込んで話を聞こう。

 

 ガレは語る。会社を辞退し、かねてから持っていた蓄えを利用して独自に商売を始めたとか。欧州とアジアを往復し、希少な美術品、出土品を買いあさり、転売したり貸与したりと国を渡り歩いていたらしい。

 

 それなりにうまくいっていたらしいが、なんでも欲の皮が張ってご禁制の品をつかまされトラブルにあい、逃げ延びた先にはデュノアと言う悪魔の結果またもデュノアにこき使われる羽目になったのとか。御伽噺(フェアリーテイル)並みに分かりやすい結末だ。

 

「やつら、わしが美術品の貿易に乗じて武器売買をしてることに気づきよってな、貸しを作り、財産を奪われ、結果は奴の子飼いのマフィアよ。」

 

「それで、でもここは」

 

「ドイツ軍の駐留地だ。わしの古い連れがいるよってな、こうして倉庫内を秘密裏に基地とさせてもらっておる。まあ、なけなしの宝をいくつか買いたたかれたがな。」

 

 ぐちぐちと、聞いてもいない他人の悪口を早口で叫び続ける。横の美人はそんなガレを甘やかして、ああもうそういうのはベッドでやってくれ。

 

 詰まる所、この男はまたアコギな商売に手を出して、そして結局またデュノアの二の舞。そんな中、ガレはデュノアからの依頼で今回の事態を断片的に知った。義足義手のEOS使いの報告、そしてイギリスの不穏分子のうわさ。よくぞここまでこぎつけたものだ。

 

 愚か者ではあるが無能ではない。鉱山での醜態こそ目立つが、あのデュノアを相手にこうも大きく動いているのだ。人間的な面はともかく仲間としては頼もしい。

 

「……社長、身の上話は十分に知った。」

 

 聞くべきは、接触した目的。その言葉の意味を

 

「いったい俺たちに何をさせたい、デュノアを出し抜いてまで、俺たちに協力する目的は何だ」

 

「それよ、それを今説明するつもりだったんだ。」

 

 そういうや、傍の美人は胸の谷間から記録端末と思うスティックを取り出す。趣味の悪さは無視して、受け取ったそれを端末で起動。テーブルに置き立体映像で中央に展開する。線で構築されていくのは見知った街並み。フランスのパリ、ちょうどダリルが観光で足を運んだ街そのものだ。

 

「お前たちの目的はデュノアの娘、そしてその悪だくみを暴くこと。お前らのことだ、諜報員を使って医療施設でも暴けば見つかると思っただろうが、そうはいかん。」

 

 映像の中にガレは手を入れる。指先でつまみ広げるのはピラミット型の建物。そう、ルーブル美術館の内部情報だ。

 

「?……こんな場所に、シャルが」

 

「普通のフロアにはおらんよ、だがな、ここだ。地下2階より下のフロア、ここには通常の客を寄せ付けんVIP専用のフロアがある。まあ、多くは非合法オークション、人身売買とかが開かれとるよ。」

 

 あたりまえのように言ってのける。けど、アルベールのことなら、あながち否定はできない。むしろふさわしいとすら思える。

 

「……なるほど、それを主催しているのがデュノア、あのアルベールなのか」

 

「正解だ。だがな、注目するのはそこじゃない。この施設には町の発電施設とは別の電力ラインを引いておる。」

 

 区画をさらに広げる。ただし、そこからさきはアンノウン。何も表示しない

 

「わしの権限ではここまでが限界だ。だが、こうも後ろめたい部分があるなら、おそらくそれは件の研究施設、そう結論できる。お前たちの追う秘密はすべてルーブルの地下施設にある。」

 

 地下深く、アンノウンの表示が妙に重く見える。場所は国家機関も関わる場所で、しかも警備は厳重だ。

 

……そんな場所に、シャルが

 

「国立美術館の下だなんて、なんとも奇抜な方法ですね。けど、かなり厄介ですわ。忍び込むにせよ、相手は天下の牙城です、かといって強硬手段はリスクが大きい、政治的に敗北しては元も子もありません。」

 

「あぁ、だろうな。だから、社長」

 

 先ほど言った商会の話、ガレは自身の宝が接収されたといっていた。おそらくその場所は

 

「理解が早くて助かる。アルベールの野郎、俺の仏像をルーブル地下に置きやがった。次のオークションまでに取り返さんと水の泡だ。」

 

 ガレの狙い、この男は利益のために動く。ようは、シャルを助ける代わりに

 

「俺たちにオーシャンズを、快刀乱麻に活躍する盗人を演じろと、そう言いたいのか」

 

「ご名答だ。まあ、お前たちは騒ぎを起こしてくれればいい。互いに邪魔せず、相乗効果で動こうって話よ。」

 

 気を良く、ガレはダリルに手を差し伸べる。思わず、とっさに掴もうとする手を、チェルシーさんは止める。

 

「本当に、その情報は正しいと」

 

「信じてもらうしかない。わしはお前らを見捨てたりせんよ」

 

「さぁ、お宝さえ手に入れば、あとは切り捨てるなどはフィクションの定番です」

 

 手を切る、チェルシーさんの疑いはもっともだ。じっさい、この男は鉱山の皆を見捨てて逃げようとした前歴もある。

 

「なるほど、チェルシー嬢はそう思ってらっしゃるのか。いやはや、なんとも非情な。さすが、年よりの顔を足蹴に「……すっ」ひぃいいッッ!?」

 

 膝を少し掲げただけでこのビビりよう、よほど以前の刑罰がトラウマになっているのか。また美女にすがって、少し同情する。

 

「チェルシーさん、今は抑えて。」

 

「わ、わしは裏切らん! わしには、今回のことが終わった後の受け入れ先がいるんだ! しょ、商売を始めるには、デュノアの息が及ばん新天地がいる。そこで、その嬢ちゃんだ」

 

 美人の胸に顔を隠したまま、ガレはセシリアを指さす。

 

「お前さんが、わしのヨハン商会の後ろ盾になってくれ! そうすれば、仏像商売は安泰だ。最後まで協力関係はあるんだ、どうだろうか」

 

 少し悩んだ顔で、セシリアは返答に言いよどむ。気持ちはわかる、こんな狸おやじをはいそうですかと受け入れるのは釈迦だって容易ではない。

 

「……武器商売は」 

 

「いっさいせん! 美術品一本でわしは食っていく、元々そのための商会だ。」

 

「……はぁ」

 

「セシリア、俺からも頼む、いまは」

 

「ええ、仕方ないですわね。ヨハン・ガレ、イギリス亡命後の身元引受を承諾します。その見返りに、此度の計画を」

 

「も、もちろんだ!」

 

 今度は差し出した手を握る。ここで協定は築かれ、ゴールまでの道筋は大きく短縮された。

 

……進んでいる、あとは

 

 敵の場所はわかる、懐に潜る手はずは整った。あとは反撃をいなす牙と爪だ。現状の戦力はアッガイが6機、ISは非戦闘用で、けど容易には使えない。

 

 市街地での戦闘、おそらくミラージュは容赦なく暴れるだろう。常識は通じない女だ、恐らくテロリストか、身分を隠して暴れるに違いない。セシリアの使うティアーズは確かに対応こそできるが、コア反応を探知されればそこですべてが終わる。

 

「全部が解決した訳じゃない。けど、これだって立派な前進だ。」

 

 期日まで、あと一週間。それまでに出来ることは全てやる。

 

「世話になるよ、社長。ここまで来たら一蓮托生だ、全員生きてあがりにする。」

 

「もちろんだ。わしだってここで沈むつもりはあらん。」

 

「ガレちゃん、偉い」

 

「ほほう、そうだろ。そうだな!わしはぐべへッ!?」

 

「あっ」

 

 手が出てしまった。結構なパワーで放ったデコピンがクリティカル。座っていたパイプ椅子ごと床に転倒

 

…………まあ、仕方ない。

 

 ふと横を向けば二人がグーサインを見せる。

 

「おま、おまえ…………協力相手に何を」

 

 なら、ちゃんと振る舞ってください。いい大人が、しっかりしてくださらないと

 

「話を戻しましょう。場所がわかって、次は結構日です。」

 

「かっ、勝手に…………まあ、いい。結構日はリミットいっぱい、それにはこの件が…………」

 

 語らう夜はまだ続く。

 

 




今回は戦闘なしで、ここまでになります。次回はまたしばらくしたらで、ここ以降の話でプロット絶賛迷走中です。気長にお待ちを


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サイレント・プレリュード

久々の投稿です。ようやくラストステージ、ダリル達の反撃が始まります。








 いつの時代も、社会の闇というものは大抵地下に潜むもの

 

 それはここも例外ではなく、このルーブル美術館の地下にはひそかに作られた商談の場がある。取引のタネは多種多様に、汚れた金を洗浄する金銀財宝芸術至宝、なんでもござれだ。

 

 表の世界は知りえない、彼の国際的に名高い文明の保管庫の下に、非道にまみれた欲望深き坩堝があることを。そして今宵も、今日という日は闇の世界で最も晴れやかな悪行に染まる。

 

 人身売買のオークション、そして最後にはかの兵器開発の名士、イリス・ローランの作り出した最新器、そのお披露目とあれば我先にとVIP達は座席を奪い合う。

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 満員の観客席、オペラハウスを思わせるその広大で厳かな内装とは反対に、そこで行われる光景はどこまでも醜い。

 

 きらびやかに飾られる少年少女、けれどもその顔には悲壮さか、どこまでも深く陥った絶望のみ

 

 

 

「さあさあ! こちらのインド系のティーンエイジャー、3000以上の方は……ない!ハンマープライスです。では、次の商品を……」

 

 

 

「……ぁ、いぁ……助けッ」

 

 壇上の上では、煌びやかなドレスと重く武骨な鎖を身に着けた少女たち。自分を買った男の醜悪な顔立ちに耐え兼ね、少女は正気を戻し意味の無い抵抗を叫び散らす。

 

 散らして、けれども空しいままに連れていかれ、そして次の商品が並ぶ。

 

 観客たちにとって、その一部始終すべてが享楽のタネであり、ぎらつく宝石を収めた手を掲げ、この狂った狂宴に心酔していく。

 

 下卑た男達の歓声、上に立つ醜い強者たちの群れ

 

 

……くだらん、所詮は家柄だけの無能共か

 

 

 バックヤード裏、表の文化的な意匠を凝らした区画とは違う、味気の無い人工的な区画、その中の一室、VIPルームともいえるその場所、アルベール個人の執務室にあっても漏れ聞こえる歓声は耳にざらつく。

 

「こればっかりはどうにもならん。地下ゆえに空調の作りがな、どうしても音を拾ってしまう」

 

「……」

 

「会話すら、する気もおきんか。まあいい、従順にしておけ、お前の披露目はもっと先だ」

 

 目の前で、談話用のソファーで拘束されたまま静かに座る13の少女、実の娘であるシャルロット・デュノアを前に、アルベールはただ冷ややかに言葉を贈る。

 

「……ふん」

 

 打って変わって物静かになった娘の態度がどこか面白みに欠ける。アルベールは手持ちの端末で今宵の催しの予定に目を通す。

 

 今、劇場で行われている売買の場も、このアルベールが企画して始めたもの。だが、始めたきりその仕事は部下に押し付け、関心はない。

 

 この場にいるのも、アルベールにおいて慰め物の奴隷を売りさばくよりもずっと、この機械を披露することに重きがある。

 

「……もうじきか」

 

 ルーブル地下、その地かの全貌は来客用の劇場スペース、そしてそれより下が研究施設と、表ざたになればどれほどのスキャンダルか、一国の首都にこれだけ大規模の非合法の施設が建てられてるのだから、だが現に明るみに出ないのも全て、この男の手腕とも言える。

 

 そして、その地下の最奥で今、今宵披露する物の最終調整が行われている。

 

 あと、時間にして一時間、時が来れば彼の少女に期待を纏わせ、模擬戦を披露する。

 

 リユースサイコデバイスがもたらすISのさらなる進化、イリスの編み出した悪魔の開発の全貌が今、闇の世界で広まる。

 

 そして、その過程で少女の手足も

 

 

「……シャル」

 

 返事はない。しかしアルベールは続ける。

 

 まるで、これが実の娘との今際の会話のように。

 

「……感謝する。お前と、お前を生んだ母親に」

 

 

 

 

 

 

 

……二十万ドル、二十万ドル以上の方は!

 

 司会が叫ぶ、劇場で手を上げる者は自分以外誰もいなく、すぐに落札の鎚の音が響く。

 

 残りの商品には興味はないとばかりに、その落札者はVIP席から離れる。その男こそオルコットカンパニーの上役にして、アルベールとの共犯者の古狸、モーレス・ガルディーその人だ。

 

 傍に立つ部下の男に告げる。モーレス・ガルディーは劇場を離れ、向かう先はレストルーム。

 

 豪壮なフロアのとある区画、そこには一流ホテルにも匹敵する部屋が設けられ、だがその用途は宿泊ではなく、いうなればお試し部屋というべきか

 

 

「……下がれ、終わるまで誰も入れるな」

 

 黒服数名がモーレスの声で姿を消す。この場において護衛は不作法、なぜなら

 

「久々の楽しみだ……なあ、お嬢さん」

 

「……ッ」

 

 キングサイズのベッドの上で、目隠しと猿轡を付けられた女性が怯え佇んでいる。発育の良さを思わせる若い果実、プラチナブロンドの挑発は彼の人物を、モーレスが忌み嫌う現当主の小娘を思わせる。

 

 似た姿、肉付きがいささかよすぎるが、まあこれはこれでいいと。あの目障りな当主の花を手折るなら、このぐらいが食べ頃だと、下卑た思考にふける。

 

「アルベールめ、なにが色遊びは控えろだ……ここまで来て、何が備えろだ」

 

 敵が動いている、最後まで油断するなと、だがそんなことは知ったことかと

 

「誰も止めやしないさ、ならもういいだろう、私は我慢が嫌いなんだ。……なあ、お嬢ちゃん」

 

 外国に来て、本国の人間に付きまとわれ、しかしようやくここまで来た。表上の立場は芸術振興の文化人、その名士として挨拶回りだの、その合間に彼の計画を指導したりと、ここまでとかく余裕のない日々であった。

 

 もはや、自分たちの企てに手を出せる者はいない。この場にいる限り、誰も手は出せない。

 

 あと数分もすればことは終える。あの娘は真の傀儡として完成し、アルベールは真にこのフランス国を牛耳る存在に変わる。

 

 そうなれば後は簡単だ。自分はここフランスにいたまま

亡命を申告し、手土産にイギリスのBTの技術を盛大に漏洩させる。

 

 イギリスを出し抜くこの工作を功績にし、あとは悠々とセレブ暮らしに骨を休めるだけ。そして今行うのは、その前祝いというべきか

 

「――ッ」

 

「騒いでも無駄だ、買われたのなら大人しくしなさい。なに、悪いようにはしない」

 

 取り出したるは革製の躾鞭。モーレスの脳内は己の嗜虐で泣き叫ぶ少女の悲鳴と嬌声にまみれている。

 

 わざわざ選んだプラチナブロンドで碧眼の少女、うがった欲望をぶつけ、いつかあれ本人をいたぶりたいと夢に見る。

 

「セシリア・オルコットめ、お前は最後だ。落ちぶれたが最後、手を指し伸ばして、ゆくゆくはお前を飼いならしてやるッ」

 

「!」

 

 ベッドに飛び乗り、少女の服を引き裂く。煌びやかなドレスは無残に、艶やかな肌と扇情的な下着のみの姿。

 

「んんッ!」

 

「はは、いいぞ……さあ、目隠しを取ってやる」

 

 タオルの結び目をほどき、露わになった目元はぐっしょりと涙で張れて、その目つきは怯えと怒りが半々に満ちている。

 

 モーレス好みのシチュエーション、昂ぶりは醜く、全裸の体の一部はグロテスクな変化を魅せる。

 

「脱ぎなさい、自分で……ほら、はやくなさい」

 

「……ッ」

 

 抵抗空しく、女性は観念したかのように、その下着に手をかける。肩ひもおろし、その形のいい乳房を今

 

「見ないで、お願いッ」

 

「……ふざけるな」

 

「!!」

 

 

 強引にブラをはぎ取り、モーレスは女性を押し倒した。馬乗りになり、四つん這いで覆いかぶさる姿はまさに獣

 

「調教がいるようだ、いつもは時間をかけて汚してやるのだかたまには良かろう、その花、今ここで私が手折ってやろうッ!!」

 

 生意気な娘を強引に犯す、強行、強姦

 

 欲のたぎりをぶつけ、徹底的に壊さんとする。故に、モーレスは気づかない。下のショーツを剥ぎ取ろうとしているすきに、彼女の谷間から覗く小さな銃口が、自分を定めていることを。

 

 

「……愚かな人」

 

「!」

 

 勢いよく、空気が抜ける音が数発

 

 胸部に走る痛み、自分の胸板に何か、針のようなものが数本刺さっている。

 

 

「ただの麻酔針です、ご安心を……モーレス様」

 

 どさりと、巨漢の退場を押しのけ、その下から這い出るように女性は抜け出す。

 

 

……わかっていたとはいえ、嫌な役です。

 

 

 愚痴を漏らしながらも、行動は続ける。もはや不要のカツラを捨て、千切れたブラはその場のドレスの切れ端で代用。上からバスローブを纏い、ひとまずの着替えを追える。

 

「……はぁ」

 

……臭い、あの男の体臭ですね。

 

 今すぐにでも体を清めたい、そんな欲求を押し込め、チェルシーは次の行動に入る。

 

「ビリ―様、セバス様、状況はクリア、お入りになってください」

 

 閉じられた戸が開く。速やかに部屋に入った二人の男、特殊作戦用のスーツを纏う二人。入ってすぐ、二人は申し訳なさそうに目を逸らす。傍に転がる汚らしい裸体の男を見て、だいたいのことを想像してしまったのだろう。

 

「同情は結構です。すぐに行動を、そちらの収穫は」

 

「……もちろん、全部コピー済みだ、セバス」

 

「ええ、ここの名簿、それと会話記録から何まで、証拠となる物は片っ端から収めました。そこのモーレスと合わせて本国に持ち帰れば、さぞ外交官はお喜びになるでしょうな」

 

 取り出したのは一枚のディスク、その一見小さな成果にひとまず安堵を覚える。

 

 作戦の第一目的の達成。これでモーレスの反旗は未然に潰した。

 

 しかし、目的は未だ残る。

 

 モーレスともう一人、此度の件も、遡ってあの子を死に貶めようとした。イリス・ローランの遺産を用いて、己が娘に非道の轍を刻ませようとする咎人

 

「……動きましょう。私たちは予定通り、このまま脱出ルートで彼と」

 

「あぁ、上手くやってくれるといいんだがな」

 

「ビリー中尉」

 

「本国からすれば、この作戦はこれで及第点だ。チェルシー嬢、最悪のケースは考えてください。ダリル・ローレンツと、あのイリスの落とし子を捨てる場合も」

 

 冷たく、無情なまでの発言

 

 しかし、ビリーの発言もまた真実だ。すべては国益のため、彼らは本来そのための組織、軍人なのだから。

 

「ええ、承知しております」

 

「なら「ですが、それは杞憂かと」

 

 すべては動き出した。サンダーボルト地帯、南米鉱山で見せた彼の奇跡を

 

 セシリア・オルコットを救い、そして今もまた一人の少女を理不尽から救おうと、その偽りの手足で駆け抜け掴もうとしている。

 

 

……あのお方であれば、きっと成して見せます。

 

 

「ふん、楽観でないことを、俺も祈るよ」

 

「ええ、そうしてくださいませ」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

「……くしっ」

 

『ダリルさん?』

 

 無線に走ってしまった不快音、通信越しとはいえ鼻音を聞かせてしまった

 

「……すまない、誰か噂でもしたのかな」

 

『かもしれませんわね、今頃チェルシー達は』

 

「ああ、予定通りなら」

 

 状況を再確認、機体は万全であり、第二段階の目標にも動きを観測。

 

 

……ガレ社長の情報通り、これで全てがうまくいく

 

 

 あの日、助けると誓って、ついに来たエックスデー。入念な準備、身に纏う手足はなんとも頼もしい。

 

 

「アルベール、お前の描く未来は来ない。俺が、俺達が潰してやるッ」

 

 ここまで隠密に、見事なまでにオーシャンズをこなしてきた。だか、俺たちはクールにことは運ばない。

 

 このフランスに来て、幾多の物語を経てきた。心地の良い時間も、凄まじいまでの辛酸も、何もかもを経てきた。

 

 これが最後であるなら、その結末は生半可じゃ満たされない。

 

「……派手に行こう、セシリア」

 

 今だけ、戦場でハードセッションを求める心境を理解できる。

 

 だが、外連味のあるジャズよりも、もっとハートを熱くする爆発が、今の俺達には欲しい。

 

『選曲、お任せしますわ……私も、同じ心で、ダリルさんと同じ心を』

 

「ああ、ならこれがいい」

 

 古い曲、この時代で言えばごく最近のロック。激情的な歌詞が、今ほど刺さる時はない。

 

 

……暗闇のなかでハートを燃やせ!

 

 

……お前の炎がさまよう友を照らすだろう

 

 

 

 

「……掴んだ手は離さない」

 

『友に駆ける戦禍の轍、果てに見るのは勝利の頂』

 

 

……ハートを燃やせ、ハートを燃やせ

 

 

 

「さあいくぞ、俺達のハートを……!」

 

『ええ、燃やしてみせますッ、燃やせ、燃やせ!!』

 

 

 

「燃やせ!」

『燃やせ!』

 

 

 

 




今回はここまで、次回は明日に、ハートを燃やせ!


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反撃の円舞曲・アレグレット

 最終決戦、いよいよ大舞台に乗り上げました。イリス編のラストパート、勢いよく完結まで投稿していきます。

 反撃の円舞曲はやや速く、アレグレットからさらに加速していきます。





 

 

 涙もながし続ければいつかは枯れる。

 

 深い悲しみにえづきつづけるうちに、体のほうが流すことをやめてしまった。 

 

 希望という言葉を捨ててしまってから数日、与えられた食事を体に流しいれ、言われた作業を言われたままにこなす。そんな単調な日々はあっという間に、そして最後の日は嘘のように早く回ってきた。

 

 舞台はこの上、研究施設の上にあるという非合法の劇場で、あの男の用意した演目通りに、そうつまりは、明日この手足がなくなってしまう。 

 

 救いはない。

 

 誰も助けに来ない。

 

 私はもう人じゃなくなる。手足を失ってあの男の傀儡になる、自由を文字通り奪われるのだ。

 

 だから、もう希望にすがるのは辛いから、考えるのをやめた。でも、それなのに

 

 

 

 

……ママ、いかないでママ

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 見てしまった。時刻を示す針はまだ深夜、うなされて目覚めるのはこれで何度目か

 

 夢は目覚めれば記憶に残らない。だけど、この記憶は、あの時の映像が、ずっと粘着質に張り付いて消えない。

 

……なんで、またあの夢を

 

 あの日、あのISに触れてからこればっかりだ。もう希望なんてないのに、まだ自分はあの女にすがろうとしている。

 

 自分と同じような顔で、なんの疑いもなく純真に寄り添おうとする姿が、どうしても認められない。

 

 すがって、スカートの布に顔をうずめて、そんな過去の自分に決まってあの女はこういうのだ

 

 

 

……ごめんね、ママは少し出かけないと……でも安心して、ちゃんとあなたのことを

 

 

 

「嘘だ!」

 

 幻想に向けて枕を放り投げる。床にグラスが落ちて割れる音が耳を突く。

 

 こればっかりだ、どうしてまだ自分は

 

「やめろ、期待しちゃダメなんだッ」

 

……信じて

 

「私には何もない、あるのは生まれの呪いだけ……何もないッ」

 

……私は、ずっとあなたのことを

 

「嫌いだ! 世界も何もかも、私を否定するすべてが大っ嫌いだッ」

 

……愛している、私のかわいいシャル

 

「!?」

 

 落ちた破片を握る。その切っ先を、左の手の甲に何度も

 

 消えろ

 

 消えろ消えろ

 

 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

 

 

「ーーーーッ!?」

 

 吹き出す血が幻想を上書きする。

 

……消えたい、消させてッ

 

 ぼやけた意識の中で、自分が誰かに組みふされるのを感じた。抵抗をしてみるがむなしく、針で何かを打ち込まれると残った意識も消えていく。

 

「……ッ」 

 

 誰も助けない、救いのない理不尽な人生なんてだれも望まない。

 

 願わくば、この消えゆく意識とともに

 

 

……もう、いらない

 

 

 シャルロット・ローランも、デュノアも、すべて消えさればいい。

 

 

 

 

 

 

 

―当日―

 

 

……お前とイリスには感謝している、お前たちがいなければ、私はここまで来れなかった。世界に冠たるデュノアが、今宵ここで始まるのだからな

 

 

「……」

 

 心にもない、どこまでも独善的な発言、否定する気も反応する気も起きない。今となっては、それがきっと、あの男との最後の会話だろう。

 

 ステージの上、観衆の視線にさらされ、思うのは自分自身の終わり。

 

 あと数分、この男の語りが終われば、あのISに手足が食われる。そうなれば

 

 

……ガゴン! 

 

 

 重厚な機械音。暗闇の空間が徐々にまぶしい明りで照らされる。

 

 せりあがる足場、椅子に拘束された自分が現れたのはこれまた壮大な劇場。

 

「さあ、ご覧ください! 彼女こそ、イリス・ローランの実の娘! 天才が作り出した稀代の発明、新型ユニットを搭載した新世代のIS,リュミアーレ・ラ・デュランダルの被験者でございます!!」

 

「……ッ」 

 

 沸き立つ観衆。顔を隠す仮面舞踏会のマスクをつけた大勢が、自分の姿を見ている。ここがオペラハウス並みの劇場であると知ったが、これでは処刑場の広場と同じだ。

 

「同じ、どうせ私は……くッ!」

 

『シャル、勝手な発言はするな』 

 

 全身にかける鈍い痛み。バチっと音が鳴る首輪が意識を覚まさせる。

 

 照明の光に慣れ、ようやくあたりがはっきりと見えるようになって、すぐそばにいるアルベールと目が合った。

 

 しかし、アルベールは一瞥もくれず、そのまま足取りを中央へ、壇上の最前線の中央でマイクを持つアルベールが群衆に語り掛ける。

 

 一方的に聞かされる大演説、その内容が終われば、私はもう

 

 

「……皆様、長らくお待たせしました。今宵見せる最後の商品を、イリスの残したIS,その秘密について明かしましょう」

 

 沸き立つ群衆、皆がその一字一句に耳を貸す。

 

 

「今のISが支配する世界に、われらフランスが諸外国に優勢であれるのはなぜか、それはすべて第二世代機ラファールの圧倒的なシェア率のおかげです。しかし、それがあと何年、世界は常に動いている。経済における停滞は死だ!」

 

 

「今、このフランスにはそんな死が迫りくるというのに、政治家どもはどうした、何をしてみせた! 将来を見ず、現状の数字で浅はかな判断を下す! 愚かだ!私たちを泥船に乗せ、頭の先まで沈み切ってもなお、奴らは盲目に平然と笑う、違うか!」

 

 

 轟々と、同調する叫びは空間を揺るがす。そんな民意をくみ取り、アルベールはさらに畳みかける。

 

 

「欧州の覇権はデュノアが握るッ、われらが聖剣で世界の覇をとる、それこそがッ、イリス・ローランが見いだした未来!そしてそれは、この私が創る未来でもあるッ!!」

 

 

 叫ぶ。その姿はまさに独裁者の誕生。その場にいる誰もが、男の示す未来を、自分たちが追おうとする道に疑いを持たないでいる。

 

 ただ、一人を……否、二人を除いて

 

 

「……これより、皆に見せるは未知の証明。イリスが創りしシステム、リユース・P(サイコ)・デバイス、それがもたらすISの発展を、誰もが見ぬ未来の実演を、たった今ここに……………囲いを!」

 

 

 アルベールの背後、透明な四方の壁がシャルを囲むようにせりあがる。縦横に20mもの大きさ、同時に現れるのは一機のラファール

 

……バチンッ

 

「……」

 

 拘束のバンドが外れる。ISスーツ姿の自分に、そのラファールの搭乗者は一振りの剣を渡す。

 

「……シャルちゃん、でいいかしら」

 

「!」

 

 声を掛けられる、小声で、その容姿には見覚えがあった。

 

 

……あの時の、お兄さんを捕まえた

 

 

「……ぁ、あなた……ぐっ!」

 

「もう、無理に喋らせないようにって。女の子にひどいわね」

 

「……」

 

「でも、本当にひどいのはどっちかしらね。その手足を奪おうとするIS?それともそれを生み出した母親?もしくは」

 

 

……あなたを救えなかった、ボロボロのヒーロー君かしら?

 

 

「!」

 

「落ち着きなさい、いずれにせよ、もう」

 

 ミラージュが示す、舞台から除く観衆はまさにヒートアップ、アルベールの声にこたえ、まるで奴隷同士の試合を臨むコロシアムの観客のように

 

 

 

「さあ、論より証拠だ。実戦を経験しているパイロットを相手に、世代を超えるスペックを示めしてみせよう」

 

 

 

「……ッ」

 

「もう、考える暇はないわ……さあ」

 

 ラファールをまとうミラージュは日本のブレッドスライサーを抜く。とっさに、シャルもてにもつ剣を両手で握る。

 

「……あぁ」

 

 使えば、手は、腕は、文字通り消えてしまう。

 

 技術者に聞かされた。自動的に肉体の分解と再構成、痛みはなくただ静かに体がそがれていくと

 

『さあ、何を迷う……使え』

 

「……ッ!」

 

 首輪から聞こえる無線の声、ふさぎたくても骨伝導で強制的に聞かされる。

 

 アルベールの命令、もはや拒むことは

 

「…………ハハ」

 

 光る、明け色の灯が焔のごとく、シャルを包み込むように輝きは増していく。

 

 あきらめをくみ取り、抵抗の意思が消えた隙間に、この聖剣は入り込んできた。

 

 世界は白紙に、不思議と悪くない気分だ。

 

 

……おかしい

 

 

 こんなにも、現実は残酷なのに、どうしてこの光は

 

 

……暖かい、懐かしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シャル……やっと、あなたに』

 

「!」

 

 世界は変わった。そこはどこか知らない場所で、目に映る光景は少し背の低い視点

 

……なに、これ

 

 むき出しの体、まるで幼いころに帰ったような

 

「!」

 

 けど、自分の変化よりも、今は

 

『シャル、私はあなたを……』

 

「……おかあ、さん」

 

 白衣を纏う、自分と同じ髪色の女性、違うのは目の色ぐらいか

 

 複雑な機械を前に、さらにその奥のものに目を向け、どこか物悲しい目で眺めている。

 

「なんで、今更こんなもの!」

 

 母親の過去、それを見せられてどうしろというのだ。私にはもう、あなたの愛は虚構だと知ったのに

 

 たとえそれが、自分とおじいさんとともに映る写真を前に、泣き叫びえづく光景だったとしても。

 

『……わからない』

 

「私はあなたを……ずっと」

 

『愛なんてないッ、あなたからもらったものなんて、全部』

 

「嘘じゃなかった、あなたへの想いは……全部、本物だからッ」

 

『信じない、私はあなたを』

 

「必ず、私は……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あなたを、救ってみせるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

「あぁ、シャル! 私のシャル!!」

 

 包まれる。優しい暖かさ。

 

 記憶の映像から脱して、そこは真っ白な世界。幼い私をどこまでも優しく包み込んでくれる誰か

 

 覚えている。だって、いつもしてくれたから

 

 畑で転んでけがをした時も、怖い夜に眠れないときにも

 

 

「ぁ……あぁ、なんで……なんでなのッ」

 

「……」

 

 振り返る。そこには、忘れもしない優しい笑顔があった。

 

 枯れた涙腺からとめどなく涙が零れ落ちる。

 

「できない、忘れるなんてできない! お母さんは、私のお母さんはッ、狂ってなんかいない!ひどいことなんてしない!! 生まれたときからずっと愛してくれてた!!」

 

 優しい胸の中で、心が裂けるほどに感情を吐露する。そんな私を、この人はただ優しく受け止めてくれる。

 

 これが虚像だとしても、私には

 

「大好きだった、今も、この想いは変わらない! 私は、イリス・ローランの娘、シャルロット・ローランだからッ」

 

「……シャル」

 

「!」

 

 目が合う。優しい笑みに、今だけは曇った表情が乗る。つらく、悲しい目で、語る前からその思いが感じ取れてしまう。

 

 そこに確かな感情が、子が親に示す確固たる覚悟を感じた。

 

 愛し、育み、守っていく覚悟を……嘘はない、この人はずっと、私のことを

 

「……ッ」

 

 知りたい。私が知らない、お母さんの真実を

 

「……教えて、全部」

 

 アルベールが示した手記も、抱いた絶望はすべて捨て去る。

 

 世界は私を否定しない、まだ何も終わっていない。

 

 

「……知りたい、今なら全部受け止められる」

 

 

 希望はついえない。まだ私の未来は断たれていない。

 

 

 

 

 

 

……おい、何も起こらないぞ

 

 

……静かに、アルベール殿に限って、そんなことは

 

 

……だが、これはどうみても

 

 

 

「……くっ」

 

 いらだちを隠しきれず、アルベールは手元に握るスイッチを押し込む。

 

 首輪を介してささやき、同時に仕置きを兼ねた電流を流す。囲いの中で、直立不動でたたずむ娘は、されども反応を示さない。

 

 

……どういうことだ、ISは起動したはずだ

 

 

 起動シークエンスは確認した。だが、その過程でなぜか止まってしまった。別室で待機する研究班からも、理解できないだのとの無能な返事しか来ず、さしものアルベールもいらだちを隠せないでいる。

 

「シャル、動け……ショーを台無しにする気か!」

 

 返答はない。がやつく観衆の視線に耐え兼ね、アルベールは直接ガラスを叩く。

 

「ここまできて、何を拒む! お前の道は一つだ、私のためにその手足を差し出せ! 祖国のために、デュノアの、この私の未来のためにッ」

 

『……未来、それがお前の答えか』

 

「!?」

 

『御大層なことを、企業のトップのくせに、まるで総帥のように……だがお前はそんな器じゃない。ただの、欲におぼれた、咎人だッ』

 

 劇場に響く機械音、壁や天井に埋め込まれた全スピーカーから、その声は届いてくる。

 

「何者だ、どこに……どうしてここに!」

 

 理解できないと、アルベールは考えた。なぜなら、ここは国家の厳重な守りの下、だれからも隠されたアンダーグラウンド

 

 忍び寄る者などいない。だがしかし、現にこの声は

 

「……理由か、あるならそれはただ一つ」

 

「!……上か、ミラージュッ」

 

「ええ、」

 

 アルベールの叫び、同時に天井の一部が砕け、瓦礫に紛れ何かが飛び降りる。

 

「……ッ」

 

……ガギンッ!!

 

 重厚な金属同士の衝突音。煙がはけ、照明に照らされるのはミラージュのラファール、そして

 

 

「あら、やっぱり来てたのね……ダリル・ローレンツ!」

 

 

「……あぁ、当然だ」

 

 シャルロットをかばい、片腕のバックルでブレードを受け止める謎のEOSがそこにいた。

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「助けに来たぞ、シャル」

 

 抱き寄せる。意識がないのか、腕に抱えたままぐったりとしている。

 

……予想通りか、やはりイリスは、イリスの真意は、手記の中にはなかった。

 

 

「……随分と、格好いい登場じゃない」

 

「!」

 

 ミラージュの腕が動く。もう一振り、左に握る刃がガードの隙間を狙う。

 

「……ッ」

 

「さあ、いったいどうするのかしらね」

 

 抱えたシャルはいまだ気絶。大事そうに、その手に握る聖剣だけは離さない。

 

 シャルは無事だ。あとはここから去るだけ、しかしどうやってか

 

 その答えは、見るからに不可能とこの場の誰もが抱いている。

 

「……ダリル・ローレンツ、認めようじゃないか。君の執念を、その覚悟を、だがね」

 

 手を高々と掲げた、その合図に、いたるところからEOSが、タイプ・ベルサーガの機体が姿を現す。

 

 逃げ惑う観客たち、劇場はまさにパニック、今まさに撃鉄が起こされ、流れ弾が飛び交ってもおかしくない状況。

 

「……当然か」

 

「不要よ、私一人にやらせなさい」

 

「ミラージュ、これは遊びではない、契約通り貴様も言うとおりに「残念だが、お前たちと交えるつもりはない」

 

 さえぎる言葉、しかしすぐ呆れた顔を示す。

 

 しだいに、それは周囲の兵士も交えた嘲笑を生む。

 

「……あんた、何を」

 

 しかし一人だけ、ただミラージュは警戒を緩めず、その手の刃を構える。

 

……あぁ、やはりお前は優れた兵士だ。

 

 だが、だとしても遅い

 

 

「……お前たちは、シャルにかまわず俺ごと引き金を引くべきだった」

 

「!……お前たち、今すぐそいつを」

 

 

 

 

 

 

 

『いえ、すでに遅いですわ』

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 少し、時間を戻す。

 

 それは、ダリルが舞台に降りる前、別行動を取るセシリアは既に準備を終えていた。

 

 ダリルの無線に呼応、すでにタイミングは秒読み、ラストカウントは目前。

 

 劇場のある区画からその下の施設を過ぎて、そこから更に下、ルーブル美術館の秘匿地下エリアの最底辺、その場所に彼女は立つ。

 

 ジェネレーター加速、ビームコンデンサーの内圧上昇……

 

「コアエネルギー、開放」

 

 地下の連絡通路、誰もいない地の底で、蒼い天使は姿をさらす。

 

「外装展開、ナイトストリクス」

 

 そして今、その清廉な蒼きドレスの上から黒灰色の翼が身を包む。

 

 バイザーで表情すら隠れ、もはや全身装甲に近いブルーティアーズの特殊装備。天高くから、400フィートからの正確な暗視すら可能に、ハイレベルな情報収集能力を有した兵装

 

 だが、その運用はディアーズのビット兵器を排してようやく拡張領域に収まるというデメリットもあり、ストリクス(ふくろう)の名に恥じない性能は確かにハイスペックなものだが通常戦闘はEOSに頼らざるを得ない。

 

 ナイトストリクスはあくまでアシスト、最悪の場合は逃走が優先される。

 

 が、しかし

 

「ここで使うなら、地上への影響は最小限で済みますわね

 

 ここは言わば堅牢な地下シェルター、外部の壁面は固く厳重に守られていても、しかしその内部は脆弱。故に、全ての条件は満たされている。 

 

 ナイトストリクスには確かに兵装を持たず、唯一あるのはガンカメラを装着した試作型スターライト狙撃銃のみ。だがしかし、たった一度限りのみ使える最大の自衛手段がこの機体には備わっている。 

 

 それは最悪を想定しての奥の手、市街地ではまず使えない、逃げのための最終手段

 

 

 

 

 

 

「ナイトストリクス、星夜の空に翼を掲げなさい。形状変化(タイプシフト)、スターレス・ティアーズ』

 

 

 

 

 

 光なき夜にふくろうが舞う。光を飲み、闇を作り出す。その闇のはてに反撃の戸口は続いていく。

 

 




 今回はここまで、前回よりはかなり長文で、より濃い内容になった気がします。

 しかし、戦いはまだ終わっていません。因縁の決戦、隠された真実、クライマックスはまだまだ続きます。どうぞお楽しみに


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反撃の円舞曲・ヴィヴァーチェ

投稿が遅れました。

クライマックスと言いましたが、もう少しお付き合いください。あと4話ぐらいで終われればいいなぁ


筆者は文系の人間で理系知識は自信無いです。だから矛盾があっても好意的な解釈していただければ。でも感想でアドバイスとかあったらシンプルうれしい





 約束の日、俺たちの作戦はシンプルだった。

 

 内部への侵入はガレの協力で容易に、武装はオークション用の商品に紛れさせ、俺たち自身も商品としてもぐりこんだ。

 

 頑強な地下シェルター、管理が厳しい国際的な美術館という堅牢な門もあり、その侵入は容易ではない。だからこそ、ガレの協力は奴らの盲点だった。

 

 侵入が叶い、チェルシーさんは手はず通り、自らを使ってモーレスを確保へ

 

 そして、俺とセシリアはシャルの救出を

 

 厳重な警備、そして内部戦力を考慮すれば、到底新型のEOSでも乗り切れはしない。

 

 奪還のタイミングはショーのさなか、誰もが無理と思われるこの状況

 

 その突破口を開くのは

 

 

 

 

〇 

 

 

 

―side セシリア

 

 

 

 

 全身に付与された増加装甲、そのつなぎ目が開く。

 

 露出したフィンパーツはビーム発信機、内部で増幅、加速された粒子のエネルギーが淡く身を包んでいく。深夜の空に星々が彩るように

 

 

……展開時間は12フラット、出力は依然上昇

 

 

『やれ、セシリア』

 

 

「……ええ、おまかせくださいましッ」

 

 ダリルの合図に呼応、セシリアはイメージ操作で次々にタスクを完了していく。

 

 スターレス・ティアーズ、その形態が持つ本来の性能は電子迷彩。ビーム発信機の技術を応用し、粒子の衝突エネルギーの電磁パルスを機体全面に展開する。

 

 ISのコア反応を発生させないため、発信器にためたビームコンデンサーの電力を使用することで、有視界による探査以外であればまずその存在を認識することすら叶わない。

 

 それこそがナイトストリクスの形態変化、スターレスティアーズ。エネルギーに頼らず、純粋な電力のみで起動する隠れ蓑

 

 だが今、セシリアはその機能を、100%の出力で使用している。

 

 

「コア・ジェネレータ最大、パルス境界封鎖!」

 

 

 過剰なまでの電力、機体周囲にとどまらないそれは放電の形で周囲に散布してしまう。だがそれは今、ISのエネルギーシールドで完璧に閉ざされている。

 

 指向性を持ち、内部で加速と増幅を繰り返す。不可視の雷霆

 

 それは危険なまでに、融解寸前の炉のごとく数値を過剰増幅させる。

 

 

 

……カウント3、2……ナイトストリクス、強制解除!!

 

 

 シールドの枷は解かれ、雷霆は秩序を失う。

 

 スターレス・ティアーズが光を落とす時、世界に星なき夜が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!……お前たち、今すぐそいつを」

 

 アルベールが叫ぶ、周囲を囲むEOS達も銃口を向け、今その引き金を

 

 

……バチンッ

 

 

「!」

 

「言っただろう、もう遅いと」

 

 点滅する照明、配線ははじけ火花を散らす。

 

 ダリルの視界では、センサーの目が高額カメラから暗視界用の画面に切り替わる。

 

 そう、今この場に光はない。すべて途絶えた

 

「これは、まさかッ」

 

 狼狽するアルベールの声、だがそれも無理もない。

 

 動揺はいたるところに、悲鳴の叫びが、光なき世界で亡者たちの巣窟のような、得体の知れない狂気が伝線していく。

 

 

 

……成功だセシリア、あとでハグしてやるッ

 

 

 

 気の大きくなった戯言、だがそれほどに、痛快なまでに策は功を奏した。シャルを抱え、ダリルはすぐに転進

 

 混乱に乗じた逃走、その駆動音は暗闇でも理解できる。

 

「……追えッ、ミラージュ!」

 

「いや、無理でしょ。この状況で」

 

「貴様わかっているのか、奴はあれを……なッ」

 

「ほら……行きたいならご自由に、けど、飲まれるわよ」

 

 冷めきった返答。怒りを覚え、言及しようとするが、それ以前に

 

 観衆の声が現状を嫌でも理解させる。

 

 

……だ、誰かいないか……助けを、出口を

 

……邪魔だどけ!こっちに集まるなッ

 

……いやぁあ!!お、押さない……ぁぎ、がが

 

 

 押され、踏まれ、大衆はパニックで混乱に陥っている。非常用の照明も機能せず、何も見えない文字通りの漆黒の世界でもがき続けている。

 

 

……どういうことだ、なぜ非常用の電源まで

 

 

 大規模停電、あらゆる災害を備え、この施設は地上から隔絶されている。中央の発電区画以外にも大小さまざまなコンデンサーは備えられ、まさに一個の独立した地下シェルターともいえるべきこの空間

 

 しかし、そうであるはずなのに、まるで施設全体が死に絶えたように

 

「……ッ!」

 

 周囲に展開したEOSも変わらず、そしてそれはミラージュの駆るラファールでさえも動きを取らない。センサーの類のライト部分が消えきっているのだ。

 

 ハッキングやジャミング、しかしそれにはあまりにも効果が単純で、しかして絶大的だ。

 

 

……通信、配線、さらには兵器の電子回路にまで、まさかこれは

 

 

「……EMP、攻撃ッ……まさか、そのようなものまでッ」

 

 

 EMP、エレクトロマグネティックパルスの略称。その効果は電子機器の身を破壊する不可視の戦略兵器。

 

 軍事兵器に携わるデュノア社のトップであるからこそ、すぐにもその解答に至った。

 

「ええ、電磁パルス攻撃が原因ね。どうやってかは知らないけど、ISにも機能支障が出るほどの出力だなんて、核でも使ったって言われても信じちゃうわ」

 

 ミラージュの軽口、なぜなら高レベルのEMP攻撃は高高度の核爆発による電磁波の拡散が、現代で想定される有効な手段であるからだ。

 

 無人偵察機を打ち落とすどころではない、まさに未来の兵器、これほどまでのもの、まずあるとすればISの兵装

 

……けど、いまはどうでもいい。こんなだいそれたもの、連発はできないわよね

 

「さて、ダリルには逃げられたし、あたしもこの借りものじゃ戦えないわね」

 

「……ッ」

 

「あら、どうしたのかしら」

 

 ラファールの手を掴む。暗視センサーでその顔はかろうじて見える

 

「……出るぞ、そして奴らを追う」

 

「へぇ、まだあきらめないのね」

 

「戦力を整える、軍関係を呼び起こし、対テロ殲滅部隊をッ」

 

「……そう」

 

 

 

……ぐじゅ

 

 

 

 

「!」

 

「そうね、まだ戦いは終わってないものね」

 

 トンと、軽く押して突き放す。目の前で、アルベールは腹を抱え膝をつく。

 

 膝をつき、動けないでいるその足元には、どす黒い水たまりが今も広がっていく。

 

「お疲れなさい。もう十分よ、あとは休んでおくといいわ……ハハ」

 

「貴様、なにを……」

 

「……」

 

「まさか、裏切るのか! 貴様!!」

 

 叫ぶ、どこにいるかもしれないミラーズを懸命に探す。そんな姿を尻目に、ミラージュはその場を去る。

 

「まて、行くな……あれを、イリスの遺産を、貴様らはどうするのだッ、ファントムタスクは、あれの生産ラインが欲しいのだろ、なら、なぜデュノアであるこの私を」

 

 

……ダダ、ガタガタガタッ!!!

 

 

 

「……ッ!?」

 

 群衆の足音、観客席で押し合いへし合っていた亡者たちが、今アルベールの元へと雪崩れ込む。

 

「今回の要求、全部私の独断なの……だから、何をするのも私の自由」

 

 

……光だ、出口だ

 

 

……たすけ、タスケタスケタスケッ

 

 

「!……き、さまぁ」

 

 腹部に刺さる一本のナイフ、しかしその柄には眩しいまでの光源があった。

 

 軍でも使われる強力な懐中電灯、それがワイヤーでナイフにくくられている。

 

 そして、今ここは一切の光無き地の底

 

 強烈なまでの光、その輝きに吸い寄せられるように

 

 

「……ッ」

 

 見える。光を蝕むように、血にまみれた腕が目が顔が、亡者の大軍が自分を襲う。

 

 

 

 

「――――ッ!!?!?」

 

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

  

 

 

 

 どこか遠くから聞こえる断末魔

 

 少しだけ罪悪感を覚えるが、だがここの連中はもともと外道しかいない。

 

 ダリルたち一行は、人身売買の奴隷に扮して、鉄格子の中でこの場に来た。その際、他の運搬中の奴隷もいくつも見てきた。

 

「まあ、これだけの騒ぎだ。いずれにせよ明るみに出る……だから、今は」

 

 腕に抱くシャル、ダリルはアッガイのフロート移動で施設内を駆け抜ける。目標の脱出ポイントまで、それにはここよりも下へと降下しなければならない。

 

「……シャル」

 

「……」

 

 腕に抱く少女、以前に会った時よりも少し皮ばって痩せているように見える。あばら骨も浮き出て、それに肌には生傷が目立つ。

 

 

……すぐに、医者に見せないとな

 

 

『……ガ……ザザ』

 

「!」

 

 電波のノイズ音、まだEMPの影響が残っているのか

 

 通信はできない。つまり、今現在は皆己の判断で行動している。

 

 脱出ポイントまで、あと少し、資材搬入用のエレベーターのそこをぶち抜き、ワイヤを伝って下へと降下中

 

「リミットまで数分、間に合うかッ」

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 作戦前夜、パリ市の安ホテルで俺たちは明日の作戦の最終確認をしていた。

 

 ボードに書き連ねたいくつものタスク、潜入から各自の行動、そして最後にすべてが一つに帰結する。

 

「こほん、皆わかっておるが……此度の作戦はそれぞれがここに動く。お前たちはモーレスを、そしてダリル貴様らはアルベールを……そして我らは」

 

「歴史的な至宝を火事場泥棒だろ。一緒くたにすんじゃねえ、このモグラデブ」

 

「な、貴様ッ」

 

「あぁッ!」

 

「……話を戻そう。とにかく、我らは脱出のために、地下に潜る。……上の通路は人で塞がるだろうし、なによりEMPの影響で、少なからず上の美術館にも影響が出る。地下から出ても、上は警察や消防でいっぱいだ。まず、掴まる」

 

 表立ってみれば、アルベールたちも、そして自分たちも、今国からすれば不当なテロリストも同然。ガレの用意した人員も加えて、その規模は30人の大所帯だ。まず、間違いなく表からの脱出は不可能。

 

 だからこそ、そのための逃走経路であり、乗り物だ。

 

「……いいかお前たち、この大規模な地下基地を作ったのはモーレスだ。奴は土建関係にはとかく手が回る。耐震工事、水道管設備、とにかく理由を付けては秘密裏に網を作った……見ろ、これが」

 

 そう言い、ガレが映し出すのは端末から照らすホログラム。

 

 パリ市の街の映像がどんどん上に、つまりは地中深くに下がる。すると、そこからは網目のように、複雑な路線が幾重にも広がる。

 

「パリの地下鉄工事、都市開発事業にも奴は関与した。架空の業者を使い、自分の手の者を回し、路線を不必要に増やした。だが、これは全て消された情報だ」

 

「……秘密の路線、違法な輸送品の搬入、まさかそこまで」

 

 セシリアが苦言を呈す。外道とはいえ、その表向きは自分の身内だ。

 

 モーレス、やはりアルベールと同じ、どうしようもない外道と改めて理解する。

 

……人身売買、違法取引、国賊

 

「けど、今は何でもいい……つまりは、奴の持ち物で脱出するということなんだな」

 

「あぁ、話が早くて助かる。……だがまあ、すぐにはこれが使えん。ステーションは地下施設の外部に取り付ける形で突いておるが、それでもEMPの影響はまぬかれんだろう。だから、ここからが注意点だ」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 地下の最下層。そこは資材すことも言うべきか、いくつもの四角形の箱が折り重なり、さながら迷路のように積み上がっている。

 

「……ここを抜ければ」

 

 あと数ブロック、小さな区画を抜ければ脱出ポイントのガレージまでたどり着く。

 

 目算で100m四方の部屋、中央に真っ直ぐ続く道

 

「……もうすぐだ、シャル」

 

 腕に抱く少女。 

 

 慎重に、ここまで運び続けて、ダリルはふと思った。

 

 

……なぜ、誰もいない

 

 

 ここに来る道中、EOSを付けているとはいえ、出来る限り人の通りを避けて移動してきた。激情の区画、研究施設、そして倉庫区画、その道中、一歳の生きた人間と遭遇しなかった。

 

 パニックを避け、室内で籠城しているのか

 

 もしくは

 

「!」

 

……嫌な予感だ、大当たりかッ

 

 スロットルを回す。トリガーを引き、背部スラスターを噴射。

 

 シャルを抱えたまま、アッガイを全力で後退、横合いの道に逃げ込む。

 

「……伏兵、違うな」

 

 もし、伏兵であるなら、この場よりも優先するべき場所がある。

 

 それは、脱出ポイント、ガレが指定した注意点は二つ

 

 

……指定時間まで、脱出は不可能。EMPで故障した部分を取り換える作業に数分、そして

 

 

「脱出ポイントを、敵に悟られるなッ」

 

 ここで敵にポイントを知られれば、確実に列車を破壊しに来る。ここは地下の牢獄、出口が無くなればいずれじり貧になる。

 

 選べる選択肢は一つ、ここで敵勢力を振り切るか、もしくは

 

 

「……ここで、敵を倒すッ」

 




オリ機体、オリ武装、設定が多くなってきました。IS学園の入学の3年前、前日端的に書いているのですが正直ここまで壮大な展開になるとは思っていませんでした。

二次創作という名のオリジナル、SF作品書くの楽しい。

本業はセンシティブな作品ですので、落ち着いたら番外でちょいピンクな話をかいてもいいかもしれません。実はあんな夜やこんな夜にこんなことが、でもヒロイン達は未成ね……


次回

反撃の円舞曲・プレスト




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反撃の円舞曲・プレスト

 ダリルアッガイの販売が待ち遠しい。アニメ版の装備6種類プラスゾックフォートレスでバンダイさんおなっしゃっす。

 EOSとの戦闘です。少しサイエンス要素がありますが、まあ足りない知識は勢いで、それでもお気になる方は感想で指摘していただければ


「……逃げた、いや」

 

 暗視センサーを切り替える。サーマルセンサーで周囲の温度から敵の位置を探す。

 

 

……熱源はバラバラ、荷の中のナマモノのせいか

 

 

 コンテナの上を足場に、下を見渡すが遮蔽物は多層に広がり、その上コンテナの内部にも温度反応がある。趣味の悪い金持ちの思考に唾棄する。

 

「……まあいい、見た所単独行動のようだし、やれるだけやりますか」

 

 アサルトライフルを背部に、その手に持つのはもう一つの獲物

 

 男の駆る機体はベルサーガタイプ、夕闇の色を纏う、静かなる執行者

 

「隊長と連絡が取れない今、俺は俺なりに動きますよ」

 

 男の名はスマイル、ファントムタスクのミラージュ直下の部下

 

 かつて、所属していた部隊はいわゆる特殊部隊、左目を失くし部隊から外されたが、未だその腕前は健在。

 

 死神と揶揄される国軍直属のエリート部隊、闇夜における敵の掃討にこそ執行者の本領は発揮される。

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

「……シャル、すまないがここに」

 

 コンテナの中、そこはお世辞にも良いといえない場所。檻や鳥かごには生きた動物が静かにこちらを見据えてくる。

 

 すえた獣臭、少し戸を開けなければ間違いなく害すら及びそうな場所。

 

 

……だが、ここならサーマルセンサーから隠せる

 

 

 敵の砲撃、それはダリルの回避コースを予測し、的確に放ったもの。まず間違いなく、音などでやたらめったらに撃ったものではない。

 

 この暗闇で使えるのは微細な光粒子を頼る暗視カメラ、そして温度探知のサーマルカメラ

 

……敵は俺と同じ、このアッガイと同タイプの機体か

 

 ダリルの駆るアッガイにもそれらの装備は備えている。だが、それでも今周囲には敵の痕跡はない。

 

 画面上には乱雑な赤い常温のものがちらほらと、先のような荷物もあるのか、それが深い霧のごとく視界を遮る。

 

 EMPの影響からレーダーは使えない。であれば

 

 

「……パッシブソナーで強襲、悟られる前に一気に仕掛けるッ」

 

 アッガイに備わる音波発信

 

 潜水艦のソナーのごとく、深海の闇から敵をあぶりだす。

 

 静穏駆動の歩行で行進、敵のいる位置にだいたいのあたりを付け、まずはシャルの位置から離れる。正方形のマップ、コンテナが詰まれ格子状に道が作られた中、中央の十字は大型のトラックが行き来できるほどに道が開けられている。

 

 暗視スコープを起動、大通りとコンテナ上に敵の姿は見えない。小道に隠れているなら

 

 

……いや、待て

 

 

 周囲を見渡す。自分がそうしたように、奴もコンテナの内部を利用していたら

 

 

……俺の場所だけが特定される。奴が待ち続ける伏兵なら

 

 

「あぶりだすか、デコイを使う」

 

 ロックを解除、装甲がほどけダリルはアッガイから降りる。

 

 待機状態のまま、後ろに回りすぐ様に行動

 

 ハッチを開き、内部機関から配線を外し、音波発信のパーツを取り出す。

 

「……頼む、まだ悟られるなよ」

 

 入念に気を使い、作業を進める。もし敵が徘徊をしているなら、EOSから降りたこの状態は間抜けもいい所だ。出来るだけ音を立たせないように、ダリルはアッガイから必要な部品をパージする。

 

 

……背部ラッチのドローン、有線式コンソール、即席だが、頼むッ

 

 

 みるみる完成していく即興のデコイ、アッガイの腕部から伸びるワイヤーから繋がれ、自走機能を持つ偵察ドローンにソナーを取り付ける。

 

 はたから見ればリードに繋がれた犬、だがこの極限な環境であれば有効な打開策といえる。

 

 

「……ッ」

 

 アッガイに搭乗、東西横一線の大通りに向け、自走ドローンを先行。

 

 微かに聞こえるモーター音、この程度であれば反響する環境音に紛れる。

 

 

……ポイントまで、6m…………3m……1m

 

 

「……ポイント到達、ソナーON」

 

 画面コンソールを展開、コンテナに身を隠し、ドローンの周囲に広がる音の波紋、その波にかかる獲物を

 

 反響による3Ðマッピング。コンテナの壁に囲まれた迷宮に、波を不規則に遮る動き

 

 

「……来るか」

 

 ドローンの暗視スコープを展開しつつ、音を隠さず非行で追跡

 

 十字路で交差する瞬間、そこを狙い撃つ

 

 右腕部マシンガンを展開し、見えた瞬間にフルオート。EOSを倒すのであれば、十分な火力だろう。

 

 

……敵が接近している、迎え撃つなら

 

 

「……いや、待て」

 

 違う、敵が接近するのは、この状況ならおかしい。

 

 位置を悟られ、追跡してくる攻撃になぜ迎え撃つ。パッシブで明らかにしたドローンと敵の相対距離はさほど近くない。であれば、二度隠れるか、振り切る選択肢もあった。

 

 意をつくためか、だとしても仕切り直しの選択肢をこうもあっさりと捨てる。何かある、このままドローンを先行させるより、敵にデコイの手段を悟られるのを避ける方が

 

 

……待て、ちがうそうじゃないッ

 

 疑問、ふと思いつくそれは刹那の判断だった。

 

 サーマルセンサー起動、ドローンの全方位カメラでも同様に展開。

 

 まだ角には出ていない、コンテナの遮蔽物越しに温度を探知

 

 

……廃熱機関、熱の動きはそれ、大きさから言って小動物程度

 

 

 動きを見る。妙に機械じみたそれは、あまりにも不自然である。

 

 

……奴もデコイ、ならまだどこかに

 

 

 そうとわかれば転進、ドローンをこっち側に引き戻す。

 

 

 その時、ドローンにはこっちの映像が、反転させたことでコンテナに隠れる自分自身が移る。

 

 そう、移っているのだ。このアッガイの形が

 

 

「!」

 

 どういうことだ。

 

 何故俺の温度が映っている。

 

 廃熱機関は最小限に、止まっていれば映るはずがないほどの温度しかない。

 

 

 

……ちがう、これは逆だ

 

 

 

「!」

 

 背後を振り返る。荒い音を立たせるのに構いはしない。

 

 敵は近い、このどこかに

 

 

「……ッ!?」

 

 

 脳裏をよぎる雷、何かを察した。

 

 思考よりも前に、反応が体を突き動かした。

 

 

……間に、会えッ!!

 

 

 腰にラックしているハンドアックスブレード、握り剣の刃を横一線に振るう

 

「!?」

 

……ガギンッ

 

「……なに、おいおい」

 

 鍔競り合う刃と刃、不思議と火花は散らず、暗視で捉える敵の姿には闇にと変わらない黒々とした機体。

 

 前に一度、軍の払い下げ品を乗せるカタログで、その機体を見た覚えがある。

 

 

……ベルサーガタイプ、N型のカスタム機かッ

 

 

 ベルサーガシリーズ、ドイツ製のEOSの中で、N型は夜間任務に特化した特殊作戦使用。

 

 レーダーから逃れる特殊な装甲と塗料のおかげか、故にEMPの影響を逃れている。このアッガイと同じように

 

 生産年代はごく最近、スペック上であれば通常機体よりもこと攻撃性能において高い数値を叩き出す。

 

「……ッ」

 

……パワーアクセラレータで負けている。索敵型のスペックでは、接近戦は分が悪い

 

 ブレードを構えたまま、腕部のガトリングを斉射、しかし敵の機体は容易に弾頭をいなし、直撃する弾は斜めに弾かれるだけでダメージは見込めない。

 

 コンテナ上部へ逃げられる。

 

 距離を開き、戦闘は一時仕切り直し、だが

 

 

「この状況はマズイ、仕方ないとはいえ火器を使ってしまった……ッ」

 

 周囲に散る放射熱。冷却機能だけではすぐに取り払えない温度

 

 しかも、今はそれだけではない。この状況に陥った根本的な原因。

 

 

……あいつ、この空間の温度を下げているッ!

 

 

 手段は不明、しかし現に周囲の温度はさっきよりもずっと低い。空調は使えない今、通気口の自然な空気循環だけではむしろ温度は上がっていく一方

 

 なのに、今このブロックは冷蔵庫のように冷えている。

 

 装甲表面に走る霜、機体熱は下げてくれるが、それ以上に敵に温度を見られてしまう。

 

 

……ガシャッ

 

 

「!」

 

 上段斜めから迫る刃、左側のバックルで受け止める。

 

 返す刀でハンドアックスのフック、だがそれも装甲に至る前に、敵の持つ小さなナイフ、いや、その形状から恐らくクナイ、攻撃は止められ、じりじりと根本のパワー差で押されていく。

 

『……あんた、意外とやるねぇ』

 

「その声、あの時のスキンヘッドかッ」

 

「……あの人にも見習ってほしいなぁ、こいつはファッションだ。ハゲでも亀頭でも、ねえッ!!」

 

 

 

……ギギ、ガギッ、ガギンッッ!!!

 

 

 

「!?」

 

 刃が組み込む。バックルを通り抜け、装甲を切り裂き骨子である義手にまで届く。

 

 

『あと少し、貰うぜ左腕』

 

「……させる、かッ」

 

 

……ボシュンッ

 

 

「!」

 

「フリッジヤード、展開!!」

 

 垂直発射する機雷ミサイル。空中で発したそれは水力を失いゲル状の化学物質を纏う網を広げ垂直に落下。

 

 敵が後退、千切れかけの腕を振りほどき、スラスターで緊急回避

 

 両者の間に距離が開き、同時に落ちた機雷が炸裂。

 

 爆炎が一瞬の光を照らし、その後黒煙が辺りを包む。

 

 

「……ッ」

 

 逃げるしかない。

 

 接近戦では勝ち目がない性能さ、そして何よりこの現象を暴かなくては

 

 

「……気づいたか、だがもう遅いな」

 

 スマイルはサーマルセンサーを起動。

 

 距離を置かれたがすぐにでも追いかけられる。

 

「冷ます暇は与えねえ。動き続けてもっと熱くなりな」

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「……ッ」

 

 感覚がある。血が通い、肉が震える。

 

 骨が体を支え、自分の肉体は世界に立った。

 

「……そう、これは……この体は」

 

『――――ッ!!!?』

 

「?」

 

 騒々しい機械音、指向性をもって、乱雑に響く生きた音、さえたばかりの思考でも、それが戦闘であるとすぐに理解する。

 

 戦っている、だれが

 

……ダリル、ローレンツ

 

「そう、彼が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 敵が迫る。回避コースへ向け的確にクナイが飛んでくる。見えている、サーマルセンサーで一方的に、こっちの位置を掴んでいる。

 

 

……これほどの低温、普通じゃありえない。まず間違いなく、何か細工をしている

 

 

 通路内を滑走していくうちに、床に見られる凍結と異様な水浸しに気づく。

 

 おそらく、敵の機体は過冷却水を使い、機体自体を極低温に冷やすことでステルス機能をもっている。そさらにその冷却水を散布することで、今この区画全体を冷やし周囲の温度差をより明確にしている。

 

 つまりはじめから、敵は待ち伏せも何もしていない。温度差の優劣でこちらを狩りに来る前提で動いていたのだ。

 

 戦闘経過から数分、この広い区画でどれだけ冷却を維持できるか、散布する以上てきには能動的に冷却水を生成する機構があってもおかしくない。

 

「……ッ」

 

 しかし、元々こちらに持久戦の選択はない。

 

 脱出時間まであと数分、あと少しで列車の修理が終わる。セシリアなら待機するように説得してくれるかもしれないが、ガレやその部下達、さらにはビリーにセバスも、彼らはセシリアの身の安全とモーレスの身柄を優先するはず。

 

 待つ選択肢は無い、このままではじり貧だ。

 

 打って出るしかない。片腕を失った支援用の機体で、接近戦で

 

 

……賭けに出る、それ以外に活路はないッ

 

 

 腰にマウントした有線式のソナー、先に浸かったそれをもう一度投擲。ソナーを使ったのは本体ではないとまだ知られていない。一瞬、敵の索敵に迷いが生じれば

 

……一瞬だ、望み通り片を付ける、接近戦でッ

 

 スラスタージャンプ、音波に反応が合った方向へ飛躍。コンテナの上に陣取る敵の機影を暗視カメラで目視。一瞬で気を取られたのか、敵の投擲は間に合わない。モーションに入る前にこっちの射撃でつぶせる。

 

 

 

……一撃だけだ、一撃さえしのげればッ

 

 

 

『は、そこかッ!』

 

「らぁああッ!!」

 

 右腕部マシンガンを斉射、牽制の弾幕、しかし敵は避けるまでもなくそのまま突っ込んでくる。

 

 弾は当たる。が、不自然なまでに弾かれていく。

 

「やはりかッ」

 

 射撃が致命傷にならないのは想定済み。

 

 奴は過冷却水を循環させ、装甲面を極低温に下げている。故に弾丸は極低温にさらされ超伝導体となり、弾丸そのものにマイスナー効果が発生する。

 

 そして装甲表面に発生させる特殊な磁場、レーダーを阻害させるための電磁パルスが超伝導体の弾丸と反応し、結果弾丸は装甲を避けるように軌道を湾曲させる。

 

 

 

 つまり、敵の機体には実弾が通じない。弾丸は命中し衝撃を与えきる前に、磁場に流される。

 

 

 

「はは、効かねえさ……弾丸は勝手に避ける。近づけば、こいつだ」

 

 スマイルが構える。利き手にはコールドブレード、左にはコールドクナイ

 

 特殊な金属で作られた刃は極低温であっても強度と靭性を失わず、さらに触れる刃は敵の装甲を極低温で脆弱にし砕き斬る。

 

 接近でも驚異的、遠距離もいわずもがな、EOSというにはあまりにもハイスペックな機体

 

 想定している状況が違う。このアッガイは索敵支援、敵は強襲近接型。正面からかち合えば、その結果はあまりにも、あまりにも見えすぎている。

 

「……隊長、あんたには悪いが、先にやらせてもらう。その首貰うぜ、義足野郎!」

 

「!?」

 

 よりにもよってその耳障りな呼称を使うか

 

 

……あまり、苛立たせるなッ

 

 

 機体スペックで圧倒されるこの状況、いやでも過去と並べてしまう。

 

 だが、それでも俺は挑んだ。

 

 死中とわかった上でも飛び込む。戦場で死を見てなお、生存を、勝利の道を見逃さなければ

 

 

……活路は見える、絶対に見逃さない。俺は、スナイパーだッ!

 

 

 右手のアックスを放棄、腕部ジェネレーターを開放

 

 マニピュレータ中央の発信機から伸びるピンク色の刃、低出力だが紛れもなくこれは

 

『ビームサーベル、なるほどな……だがッ』

 

「……ッ」

 

 当然、反応してくる。袈裟切りに放つ直剣の刃は翻り、クナイを捨てた左で俺の右手首を掴む。

 

 振り下ろされる直剣、関節を狙った斬撃は容易に右腕を切り落とす。

 

 

……あぁ、当然そう来るだろうな

 

 

 物理的な攻撃の態勢なら、当然この一撃は防ぎに来る。完全に殺し、万全を切った上で殺しきる。

 

 敵は手練れの軍人くずれ、腕前も、読みも、必ずそう帰結するようになっている。

 

 

「だが……それを、読んでいたッ!!」

 

 スラスターを加速、腕を失ったまま機体を敵にぶつけ、さらに加速

 

『おまえ、まさかッ』

 

「……ッ」

 

 過冷却水は安定状態だからこそ液体でいられる。なら、そこに衝撃が加われば……当然液体は個体に変わる。血管をめぐる血液が全て凝固するように、精密な内部をめぐるパイプであれば

 

「固体化した冷却水は膨張し、機械を内部から破壊する!」 

 

『はっ、だからこのまま地面に叩きつければ勝ちってか……甘いなッ』

 

 スラスターが吹く。態勢は入れ替え、アッガイを下に敵のN型が空中でマウントを取る。

 

『落ちるのはお前の方だ。この機体の特殊過冷却水に衝撃はあたえられないッ……これで、最後だッ』

 

 

 

……ガギンンッ!!?

 

 

 

『……な、お前まさか』

 

「あぁ、そうだな……落ちるのは、お前の方だ、スマイルッ」

 

 引き金は引かれていた。条件付きで、敵と密着したこの体制になったとき、機体のプログラムが失った腕の代わりに最後の撃鉄を起こす。

 

 ただし、うち放つのは弾丸でもなければ、焼き切る光線でもない。それは、音響探査用に地中に放つ鉄心

 

 背部ラックに備わったそれは折り畳み式で、まるでサソリの尾のごとく足元から敵の背後に回り、今その毒牙を打ち込んだ。

 

「……地中から音を拾う、音響探査用バンカーピアース、本来の用途とは違うが、今は好都合だ」

 

 敵の背後にあけた穴、装甲を撃ち抜いたが、恐らく搭乗者にまでは届いていない。だが、これで十分だ

 

 スマイルの言う、その特殊な過冷却水に衝撃が届いた。準安定状態は崩れ、液体は次々に装甲内部、そして鉄心を伝って内部へ

 

 極低温の液体は全てを蝕む。それが肉体であれば、焼け焦げるほどに肌を痛みで焦がすだろう。

 

 

 

『ぐ、ぐぁああああぁあああ!!!?!?!』

 

 

 

「凍えて眠れ、そして砕けろッ……落ちるのは、お前の方だッ」

 

 

 

『あぁあ、まだだぁあああッ!!??』

 

「!?」

 

 爆発、アッガイとN型の双方ともに弾かれる。

 

 捨て身覚悟の自爆、違う、これは

 

「!!」

 

『落ちろぉおおおぉお!!?!?!?』

 

 スラスターで加速、腕が無いアッガイは容易に捕まれ、そのまま地面に追突され、さらに加速で地面を削る。背部からは知る放電、間違いなくスラスターがやられた

 

「なにを、どうして」

 

 間違いなく、超過冷却水は氷と化した。機体は活動を停止して、登場者に芯こっくなダメージが回ってもおかしくないはず。だが、現に今

 

 

……いや、あれはッ

 

 

 装甲が無い。

 

 爆発はおそらく内部の火薬、つまりは炸裂式の装甲。想定していたのだろう、過冷却水が漏れ出て、機体が自壊する危険に対した防衛機構。

 

「……機体に、冷却水が回りきる前に」

 

 装甲をパージすることで、致命的な被害は防いだと

 

『はは、クソが……機体内部に凍結が、まともに戦えねえな……コールドブレードもねえ、あるのはクナイが一本』

 

……がだ、てめえを殺るには

 

「一本あれば、十分だ……ハハ」

 

「……ッ」

 

 重い足取りで、ゆっくりとこっちに迫る。もはや期待の駆動部分であるN2ドライブも麻痺しているのか、無駄に重い鎧をまとって迫る姿は酷くゆっくりだ。しかし

 

『義足、いや……義肢野郎のあんたには、もう逃げることも、それを脱ぐこともできねえな』

 

 腕が無い今、手動でアッガイから降りることは叶わない。

 

 万策尽きた、その事実が嫌でも理解できてしまう。

 

「――ッ!」

 

 ここまで来てやられるのか。

 

 シャルを助けて、あと少しで脱出という所で

 

 

「……ら、れるか」

 

『あっ?』

 

 ここで終われるか。

 

 助けると誓った。あと少しなんだ

 

 腕が無ければなんだ、まだ足は動く

 

 

……考えろ、ここで終わるわけにはいかない。シャルを、あの子を助けると誓ってここまで来たんだ

 

 

「死ねるかッ、こんな場所で、まだおれは!」

 

 腕が動かないくらいでなんだ。立てないくらいでなんだ

 

 理不尽に抗った。どんな局面でも、例え死人に落ちてなお、俺はまだここで生きている。生きて、抗い続けている

 

 

『もういい、お前は死人だ……死人は死人らしく、墓に沈めッ』

 

「――――ッ!?」

 

 迫り来る、刃の軌道は心臓への直進。

 

 起き上るにはまだ遅い、悲鳴を上げるフレームで回避が間に合うか。

 

 

……避けろ、数センチ、それだけでいいんだッ

 

 

「まだ、死ねるかぁあ―――――ッ!!!!」

 

『終わりだあぁあああッ!!??』

 

 

 迫りくる凶刃、生還への分帰路はすぐそこに

 

 避けろ、避けろ

 

 数センチでいい、ほんの少し、この足を動かせばいい。

 

 

……動け、動いてくれ

 

 

 

「……おれは、俺はッ!!」

 

  

 

 

 

 

 

『死なない、あなたは死なせわしない』

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

『…………なッ』

 

 刃が止まる。切っ先はあと数センチ、その距離が今絶たれた。

 

 暗く重い闇の世界で、輝きが空間を照らし続ける。暗視カメラが切り替わり、通常のカメラ機能がそれを捉えた。

 

「……ッ」

 

『嘘だろ、なんでISが』

 

 IS、スマイルの目にも見えている。それは紛れもなく、最強の兵器が放つ神々しさだ。

 

 だが、それよりも

 

 その純白の鎧をまとう騎士、登場者の方に俺は意識が向く。

 

 手に持つ大剣、それは確か、シャルが持っていた剣と酷似している。

 

「……消えなさい」

 

「!」

 

 一瞬、背丈ほどある大振りの大剣を片手で振るった。

 

 乱雑に振るった剣は切れ味はないのか、鈍い音と共にスマイルが吹き飛ばされた。大破しかけとはいえ、こうもあっさりと。

 

「……これで、もういいかしら」

 

 冷ややかな目で、静かにISを解く。

 

 やはりその姿は、ISスーツを纏う金髪の少女

 

「……シャル、いや」

 

 カメラ越しの映像で、その目つき振舞い、明らかに何かが違う。何かが降りている。

 

「まさか、お前は」

 

「……お前呼びとは、あまりよろしくないわね」

 

 低い声、年相応とは思えない落ち着きよう。

 

 暗闇の中、光ない世界で俺の目を見て彼女は言った。

 

 

 

 

 

「私はイリス、イリス・ローラン……娘の体を借りて蘇った、ただの屍よ。ダリル・ローレンツ、あなたと同じ……ね」

 

 

 

 

 

 




反撃の円舞曲、3部構成でお送りしました。

アレグレット=やや早く
ヴィヴァーチェ=活発に、より早く
プレスト=急に、最高に速く

こんな感じで意識して書きました。なんか付け加えてるけどなんやこれと思われた方、こんな意味です。



次回、イリスがゲスト参加で過去編挟みます。


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胎動、終局の舞台

 これまでのあらすじ

 イギリスへ向かう旅路の中、ダリルは偶然の事件から一人の少女と出会う。名をシャルロット・ローラン、友好を深めまるで兄妹同然に接する日々を送る。しかし、その裏ではシャルをめぐりあるISを狙った騒動が動き出してしまっていた。
 ファントム・タスクのミラージュ、セシリア排斥を目論んだカンパニーの上役のモーレス、そしてシャルの実の父親のアルベールデュノア、彼らの狙いは聖剣起動のピースとして、聖剣を生み出した科学者、イリス・ローランの娘であるシャルロットの身柄の拿捕であった。結果、ダリルはシャルの奪還は叶わず、シャルはアルベールたちの元へ監禁され、ダリルは宿敵の興によりその身を谷底へと落とされた。
 しかし、ここで物語は終わらない。陰謀を妨げるために暗躍するセシリア達の合流により、ダリルの反撃は始まった。誓いを果たすべく、ダリルは仲間と共に再起を果たすのだった。
 
 陰謀の中心、聖剣を産み出したイリス・ローランの手記を手がかりにし、ダリルたちはとある研究施設へと至る。そこで知った聖剣の実態、イリスが産み出したのは未来の兵器システム、ダリルがかつて操縦したモビルスーツ、サイコザクに搭載されていたリユースPデバイスそのものであったことを知る。
 救出タイムリミットの最終日、アルベールデュノアによって監禁されたシャルロットを救出するべく、ダリル達含めたセシリア一行は作戦を決起する。ルーブル美術館の地下で行われた競売ショーに乗じて電撃作戦を展開、結果首謀者の一人であるモーレスを確保し、そしてダリルもシャルと聖剣の奪還に成功した。
 しかし、宿敵ミラージュの配下、スマイルの駆るEOSとの激戦に会い、ダリルの機体は大破。無防備な身でとどめを指されようかとしたそのとき、その場に現れダリルを助けたのは聖剣を纏うシャルロット。しかしその中身は本人ではなく、なんとシャルの母親、イリス・ローラン本人を名乗ったのであった。




久々の投稿です。終わりも近いのでこれまでの旅路のあらすじをまとめました。


―首都ロンドンー

 

 

 イギリスの金融街、通称シティと呼ばれるそこは現代的な建造物ひしめく未来を魅せる町並みだ。

 

 高層ビルもさながら、とあるそのビルは中でも奇抜さで目を引く。円柱の形状なら珍しくもない、言うならばそれはキュウリであり、チーズおろし器でもある。ふざけた例えだが、実際に目にすればその言葉が的を得ていると誰もが納得するであろう。

 

 サーティーセントメリーアクス、格子状のなだらかな形状の先、ビルの頂点は360度パノラマのバーが設営されている。オープンハウスの時期でもない今、そこは社用の者しか立ち入ることが許されない絶対の領域である。夜を見下ろす充足感も、贅を極めた酒気の苦みも、選ばれたものしか知ることは無い。

 

 資格が必要だ。資産も、器も、それに値するものだけが、その席に座ることを許される。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。マッカラン、ロックでございます」

 

「……ごくろう」

 

「……」

 

 ウェイターが酒を渡すと静かに席を去る。酒を受け取った男はまずグラスの色を目で楽しんだ。

 

 スコットランド産の蒸留酒、濃い褐色が窓から注ぐ黄昏の光を吸い取り、グラスの酒は優艶な宝玉の輝きを帯びる。

 

「おい、目で味わうのもいいが……飲まんと俺が飲んじまうぞ」

 

「……わかっている。それにそう急かさないでくれ、私と君の仲だろ」

 

「ん、ふは、ははは……」

 

 かすかな談笑が場を和ます。席に座る男は二人で、一人はオルコットカンパニーの次席、セシリアの叔父であるロバート・オルコット。

 

 そして、相対するのは同じくロバートと同じ、組織の頂に並ぶ上役の一人、現在のこのビルの持ち主であり、その実態はイギリスの金融産業の3割を占める存在。

 

 貴族特権の土地運用を元に始まったオルコットカンパニーの不動産業、そこから転じたファイナンス業を一手に指揮してきた人物。ロバートの盟友であり、古参としてカンパニーの席に座り続けた彼の名はカルバン・グラスゴー。今年で齢50になる、生粋のバンカーであり、トレーダーであり、そして腕利きの情報屋でもある。

 

「……ッ、くは……うまい酒だが、やはり固っ苦しいな。」

 

「こんなビルを買い取ってそれを言うのかい。君は」

 

「言うな、俺だってこのビルを好きで買ったわけじゃない」

 

 酒を煽りながら口をこぼす。本来、正しき世界線であれば、このビルはスイスに本部を置く法人の所有物、証券取引所であったのだが、現在は完全に個人の資産。このイギリス人が買収し自らのものとしたのだ。

 

「あぁ、馴染みのヘルスでホラ吹きすぎてな、そうせんと締りが付かんくなっただけだ。このビルの形は俺のナニでかたどって作ったとか、そろそろお前の引っ越し先の部屋を選ばないけねえなって、あの店の女ども冗談を本気にしやがってよ……言いふらされて引くに引けんくなったんだ」

 

「……あなたは変わらないな。本当に、昔から……色遊びのついでにイギリス社会を騒がすのは君ぐらいなものだ。歳は離れているが、私は君よりも自分が老けているように思えてくるよ」

 

「おいおい、そんな悲観的になってくれるな。おれは独身貴族でまだ優雅なだけさ、所帯を持ってないが、お前には娘がいる。俺だって娘の一人や二人もできればすぐに…………止めよう、この話は」

 

「はは、また結婚の話かい?」

 

「……グビ」

 

 酒で濁す、そうだ、この男はいつも遊びどまり。この年になるまで過去の恋をずっと抱えているのだ。

 

「……なあ、もう所帯は持つ気はないのか。独り身はつらいだろ」

 

「いい女が居たらな。それこそ、ミリアのような……あぁ、本当にいい女だったよ、お前の嫁は」

 

「本人に言うかい。まあ、そうだね……僕もそれはよく知っている」

 

「け、のろけかよ」

 

「……」

 

 和やかな空気、過去を紐解きながら男たちは語り合う。

 

 いつしか黄昏時は雲に隠れ、空が紫雲に染まっていく。暗くなるバーの席に、柔らかい間接照明の光が徐々に灯る。

 

「……あの子のこと」

 

「……」

 

 変わる空気に合わせ、カルバンは切り出した。声色が少し低く、どこか感情が冷えて

 

 冷えていく感情が、少しずつ別の熱を重ねていく。それは朱い、触れてしまえば傷を覆う、怒りの色だ。  

 

 

「……く、ぷはッ……セシリアは、ミリアの娘は立派に育ってくれた。まだ尻を拭く必要はあるが、それでもご立派だ。で、どうなんだ、今はその可愛い娘に旅をさせているらしいが」

 

「……気づいていたか」

 

「当然だ、金の流れは情報のピースだ。お前の所の技術研から出る金、優秀なボディーガードまでつけて観光とは笑える。笑いすぎて酒が進んでしまう」

 

「……」

 

「だが、な…………ロバート、貴様はッ」

 

 

 

『――――――ッ!!!』

 

 

 

 掴んだグラス、まだ中身が残るそれをガラスに叩きつけた。黄昏の夕日に結晶が舞い散る。ウェイターやマスターの視線を集めながら、カルバンはロバートの胸ぐらをつかんだ。

 

「……怒っているのかい」

 

「当たり前だ。あの子はミリアの宝で、そして俺たちの宝だ。なのに、国の馬鹿どもを唆し、国家を巻き込む問題の当事者に、あの子を仕立て上げてまで何をさせるつもりだ!」

 

「……」

 

「アルベールの馬鹿と、モーレスのクソ狸がやっていることは俺も知った。諜報員のガルシアが持ってきた情報は確かにでかい山だ。イリス・ローランの遺産、IS産業を利用した軍事バランスの崩壊、会議と相談しかできない馬鹿どもに任せるより、俺たちの手で解決することは確かに有用だ。だが、あの子である必要がどこにある!!」

 

「……理由か、そんなもの、あるに決まっているとも」

 

「!」

 

 激怒で掴みかかる手をそっと下させる。静かに、冷静に、ただロバートは外を見据えた。

 

 視線の先、見るものはこの場の誰とも重ならない。慢心も下心もない、静かな炎さえ感じさせる目の圧に、カルバンは言葉を抑えた。

 

「大人が若者の道に立っては害にしかならない。あの子は自分の道を選んだんだ、貴族の血を、親譲りのノブレスオブリージュを引っ提げて、あの子は前に進もうとしている。」

 

「ロバートッ……いや、セシリアがそう願っているのは私だって承知だ。二人の死があるからこそ、あの子は強くあらんと、健気であることは私でも知っているのだ。だが、それでも言わせてくれ。」

 

「私が爵位を継いでしまえと、君はそう言いたいのだろ」

 

「そうだ、そうともだッ!」

 

「……爵位、か」

 

 爵位の世襲、貴族制度のそれは過去のものではなく、現在にも受け継がれてきた限イギリス社会の確かな営み。

 

 オルコットは由緒ある英国貴族の系統であり、王室から賜った土地は各所に点在し、そのどれもが膨大な産業基盤となり莫大な利潤を生みだし続けている。

 

 貴族とは土地財産の管理者であり、現代においてもその価値は垂涎ものだ。利権の塊、争いの元、故に今この時代においても爵位の相続はいざこざを生む。

 

 そして、今オルコットの頭首はセシリアではあるが、正式には違う。世襲権は嫡子であるセシリアと同時に、先代の弟にあたるロバートオルコット。彼もまた爵位を相続する権利がある。

 

 公的に言えば、嫡子が相続するのが常、しかしセシリアは当然未成年であり、故に身元引受人としてロバートはセシリアを抱えて将来的に爵位を相続させることを確約した。その代わりに、領地経営の代行者としての立場を貫いている。

 

 しかし、それも全てはひっくり返る。

 

 ロバートは正式に爵位の相続権を放棄していない。放棄を公言しているだけで、現在も継承権は持ち合わせている。現在の貴族制度、法制度、全てを考慮しても、ロバートには爵位を得る道は堂々とあるのだ。そして、未成年であるセシリアに、それを止める手段は無い。

 

「そうだね、僕がしようとすれば、あの子から貴族を取り上げることは、可能だ」

 

「ああそのとおりだ、だからもうあの子を舞台から下ろせ。お前が爵位を継いで領地を引きつげば、カンパニーは依然変わりなく平穏だ。セシリアはただのセシリアになれる、解放されるんだ! あの子には普通の暮らしを、そうだいっそ日本に送ってしまえばいい。IS学園で自分の人生を見つければ、それが幸せになる道だ。違うか?」

 

「……違う」

 

「なにがだ!」

 

「全部だ、何もかもが違うんだ。あの子の意思を曲げて得させるものよりも、今の道の先にある物の方が正しい。セシリアは成し遂げるさ、この旅が終われば一回り二回りと、立派なレディーに生まれ変わっていることだ…………それに、今は頼もしいナイトが傍にいる」

 

「騎士、なんの話だ……私がいいたいのは」

 

「まあ聞いてくれ、君も聞けば興味をそそられるはずだ。彼はきっとセシリアを救う、セシリアの道行きを寄り添ってくれる、将来有望な若者だ」

 

「……ッ」

 

 呆れかえってか、カルバンは荒々しく席を立ちそのまま出口へ向かう。

 

 一人、静かにロバートはグラスの酒を煽り、空になったそれにを静かに掲げた。

 

「……言葉足らずが過ぎたか、私の悪い癖だな」

 

 空が晴れる。天候が変わり、紫雲は散らばってまた黄昏の日が灯る。グラスの中の氷に映るトワイライト。火は決して絶えない、日はまた灯る。昼と夜の合間に輝く光の中で、静かにロバートは願いを唱えた。

 

 

「だが問題は無い、あの子が無事に帰ればすべて杞憂になる。そのためにも、ナイト君には勇ましく戦ってもらわねば。こういう時に言う言葉は……そうだな」

 

 記憶の奥底で、ロバートはふさわしい言葉をくみ取る。彼の人物にのみに伝わるであろう、そんな言葉を

 

 

 

「ダリル・ローレンツ、君に……勝利の栄光があらんことを…………そして」

 

 

 

 

 

……ジーク、ジオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い眠り、淡く薄らかに意識が冴えていく。脳に血が巡ればシナプスを繋げて四肢に意思が宿る。

 

 偽りの四肢、だが今の俺にその感覚が通じるのはおかしい。

 

 そうだ、俺は敵と戦って、相打ち覚悟の賭けに出た。その結果、両腕を

 

 

……腕が、ついている。指先の感覚、間違いない

 

 

「……ぁ、ぐぁ……あつッ!」

 

 目を覚まして、まず感じたのは痛み

 

 全身に重くのし掛かる徒労感を押して体を起こそうとするけども、ぎしぎしと全身がきしむような痛みで悲鳴を上げてしまう。

 

 

……動かない、どこだ、ここはまだ地下なのか

 

 

「……動かないでもらるかしら」

 

 

 

「!」

 

 声の方向へ振り向く。そこにいたのは

 

 

……シャル、いや違う……あれはッ

 

 

 シャルだった、姿は間違いなくシャルロット・ローランだ。ISスーツは煽情的な姿、こちらに背を向けたまま壁一面の液晶画面を光らせ、コンソールを操作しているが何をしているかはわからない。

 

 いつのまにシステムが復旧したのか、数字とローマ字表記、記号を織り交ぜたシステム用語がタイピングで羅列されていく。あのシャルが、フィクションの天才プログラマーやハッカーのようなことをして見せているのだ。

 少女の細い腕で、画面を見たままノールックでキーボードをたたき続ける。そんな能力、これまでに一変たりとも見せたこともない。

 

「君は、誰だ……それに、ぐッ」

 

「……無理をしてはいけないわ」

 

「…みたいだな」

 

 座って、態勢を整えるまでに痛みで体が震えた。全身の骨にひびが入っているといわれても信じられそうだ。 

 

「施術は終わったばかりよ、無理に動かせば肉が割けるわ」

 

「……ッ」 

 

 声の主、聞き覚えはある。その声はやはりシャルの声だけど、この喋り方は

 

 

「あんた、シャルじゃないよな」

 

「そう言ったはずよ、私はイリス……イリス・ローランよ」

 

「……そうか、やはり」

 

 記憶は完全に冴えている。ダリルはベルサーガ・ナハトとの戦いの最後、自分を助けたシャルの、否

 

 イリス・ローランであることの発覚を、今完全に思い出している。

 

 

……やはり、この女はそうだ。落ち着いた振る舞い、口調、どこをどう取ってもシャルの物ではない。

 

 

「どうして、何がどうなっている、お前は……いや、あんたは」

 

 前に施設の奥深くで見たイリスの遺体、霊安室で眠る乾いた体は本物の人間のそれだ。だが現にこうして、その魂は娘の体を通して現れている。これをどう見るか

 

 まさかシャルにネクロマンサーの才能が開花したとか、そういう迷信じみた理由なわけがない。知らない技術、科学的な根拠、とはいうもののその理屈はSF作品じみている

 

 

……残留思念、もしくはコピー

 

「……そのISか、それが原因か」

 

「あら、察しがいいわね」

 

「そうでもないと説明がつかないからな」 

 

 根拠も何もない、それこそフィクション的な考えから導いた仮定だ。腰に挿してるあの剣が、ISがことの原因、今はそう思うしかない。

 

 とにかく、今大事なのはシャルが無事という事実。きっと、その意識もいずれは戻る。

 

 次に、イリス・ローランだが

 

 

……おそらく、イリスに問題はない。この手足の施術、信用奥には十分な材料だ。

 

 

 助けられた、まずはその事実で信用を置く。思考と行動はそこからだ。

 

 

「……ここは、どこだ」

 

「その質問、必要かしら」

 

「……」

 

 当然というべきか、未だここはルーブル地下。改めて、自分が今いる部屋を見渡す。電力が復旧したのか、微かに点滅する街灯からEMPの効果が収束していると考える。狭いが、どうやら研究ラボのようだ。

 

「そうだな、あんたの旦那が使っていた場所だ。イリス・ローランの秘密の研究所、ここはもともとそういう場所だったんだよな」

 

「ええ、よく知っているわね」

 

 

 

 全ては事前情報で明らかになったことだ。モーレスがかつてイリスに研究支援を行ったこと、都市と郊外にいくつもの施設を用意し、点々と場所を移し替えながら研究を続けていたことも

 

「あんたの秘密を暴こうと、今この国では大勢が右往左往していたんだ。そのISの起動実験を行おうとするなら、それはあんたに関わりのある場所である方が都合がいい、そうじゃないのか

 

「……でも随分変わり果てたわね。地下の区画なんてこんなに掘り進めてなかったのに、御大層に秘密基地みたいにして、あの人らしいわね」

 

「……あの人」

 

「大方、あれを商売の足しにしようとしたのでしょうけど、本当に愚かな人。笑っていいわ、愚かな元旦那も、その伴侶であった私も」

 

「……」

 

 随分と、この人はまともなことを口にする。旦那とは違い、人当たりがまるで反対だ。

 

 イリス・ローラン、アルベールとの関係を持ち、シャルを生んだ母親。だが娘を捨て、その果てにとんでもない研究に身を染めた。それは、本当のことだ、否定しようがない事実だ。

 

 

……けど、そうじゃない。やはり、予想通り

 

 

 

「……なあ、一ついいか」

 

「何かしら、早くここから出たいのだけど……貴方たち、この子を助けに来たのでしょ。なら、早く追いつかないといけないわね」

 

「聞いてくれ、大事なことだ」

 

「……」

 

 聞くこと、それこそシャルの気持ちを代弁すれば一日では足りない。

 

 けれど、その前に、現実問題として問わねばならない

 

 

「変な質問だが、真面目に答えてくれ」

 

 

 あの時、イリスはISを起動した。なのに、その体には変化が無かった。資料にあった、生体部分のフォーマット、生の肉体を分解してISに取り込ませ、新たに偽りの四肢を与える。それがオルランドの手記に記された設計書の内容だ。

 

「リユースサイコデバイスの同調、そのための処置としての対価、あれに書かれていたものは嘘か。それとも、想定にそぐわない何かが起こったか」

 

「……」

 

「他の皆には言ってないことだ。俺にはあんたに対してもう一つの可能性を感じている。」

 

「……」

 

 無言、返答を待たずに続けて畳み掛ける。

 

「なあ、答えてくれ。あのISがシャルの手足を食わなかったのは偶然の産物か、それとも……あんたの意思なのか」

 

 机から飛び降り、イリスを壁際に追い込む。冷たい目、感情の無い目だ

 

 薄っぺらい虚偽はきっとしないはず、であれば真摯に向き合えばいい。向き合って、その真贋を精査する。 

 

「答えろ、イリス……あんたは、シャルをどうしたかったんだ。あの聖剣は、いったい何の目的で作られたんだ。リユースサイコデバイスをこの世界に持ち出して、あんたはいったい何をしたかったんだ」

 

「……その言い方、まるで未来人みたいね」

 

「ああそうだ、俺はあのシステムを知っている。あれは、俺の世界の技術だ、ここじゃない遠い彼方で、実際に使われた戦争の道具だ。俺の、大切な人が作った……あれはそういうものだ」

 

「……ッ」

 

 イリスの表情が変わる。当然、こんなことを言われては正気を疑うだろう。

 

 だが、ここまで来てためらう必要もない。どう考えても、あのシステムがこの世界で先んじて生まれたなんてありえない。それはきっと、何者かに意図してもたらされたものだ。

 

 

「打ち明けろ、イリス。ここで、全部を……ッ」

 

「!……動かないで、まだ傷が」

 

「構うもんか、それより……くっ」

 

「動かないで、静かにしていなさい……貴方に死なれたら困るわ」

 

「それは、シャルを想ってか」

 

「ええ、そうよ」

 

「!」

 

「ええその通りよ、私はあの子のことを想っている。それは今も、亡霊になっても変わらないッ」

 

 手際よく、包帯を締め付けなおし応急処置を施す。医術の知識もあるのか、やけに処理の手際がいい

 

「死なれたら困るの、娘のボーイフレンドまで失ったら、報われないにも程があるわ」

 

「……」

 

「私の願いは、今も変わらない。私は、あの子を救いたかった……だから、必要だった。あの、悪魔の装置が……」

 

「救うといったな、それは何からだ」

 

「……絶望、私と同じ、世界を呪う絶望から」

 

「……ッ」

 

 

……やはり、お祖父さんの言う通りか

 

 

 記憶を呼び覚ます。この旅路の中で、ただ一人、自分だけが知りえたある情報。

 

 

……確かめる必要がある。真実を、ローランでも、狂ったオルランドでもない、イリスという本人の心からの唄を

 

「……他に手段は無かったのか。娘を救う、別れの道以外に」

 

「?」

 

「こっちだって何も無知というわけではない。あなたの養父、グレンさんから聞いた。セシリアたち、俺の仲間にはまだ言ってなかったが、俺には確証があった。そのISは、シャルの手足を食う化け物ではない、その可能性もあると」

 

「……ッ」

 

 表情が変わる、予想外の言葉に、イリスも態度を変える。

 

「……聞かせては、くれないかしら」

 

 表情に生気が戻る。どこか機械的で、世に外れたような空気感すら感じさせる彼女が、今だけは一人の女性として、当たり前の顔を見せた。

 

 グレンの名前を出した時、その表情には歓喜と悲哀が入り混じっていた。

 

 心がある、他人に対する関心も、共感も

 

 

……予想は当たっていた、イリス、あんたは

 

 

「あんたは、俺たちが思っていたほどの悪人ではない、違うか?」

 

「……さあ、それは」

 

「まあでも、娘に対して少し情が無さ過ぎる気もするが、まずは話だ……聞かせてくれ、あんたそのISを作って何を成したかった」

 

 娘を捨て、その生涯を潰えてまで

 

 彼女が成したかった事、残したかったもの

 

 愛する娘を置いて、養父にだけは連絡を残した。イリスは誓った、グレンさんは故に、シャルに語らず、その言葉を信じて待った。

 

 娘を救うため、自分と同じ絶望を見させないために

 

 狂った旅路へと轍を刻んだ、その真相

 

「……時間」

 

「?」

 

「話すのはいい。でも今は時間も惜しい、あなたたちには、まだ成し遂げてもらわないといけないことがある」

 

 席を立つ、すぐそばのコンソールを操作しだすイリス、しかしすぐその理由は明らかになる。

 

「!」

 

 画面に映る映像、そこに映るのは一機のIS、人一人を抱えて通路を当直線上に移動している。途中、動きを追うカメラに気づいたのかハンドガンでカメラを破壊し映像が途切れたが、振り向き見えたその顔は忘れようがない。間違いなく、あの女だ、ミラージュだ

 

「……彼女、確かファントムタスクの一員ね」 

 

「知っているのか、奴を」

 

「ファントム・タスクの動きは生前から知っていた……それに、眠っている私を起こしたのはあの女よ。それに情報は常に新しく更新されていく、そして今これが一番新しい情報」

 

「……これは、まさか!」

 

 タンッ!と、子気味いい音が響き渡る。移る映像は簡略化されたフランスのマップ。路線が記す道行は間違いなく想定していた脱出ルートだ。

 

「どうしてこの情報が、何故漏れている」 

 

「いえ、あなた達の計画が漏れているというよりかは、これは賭けね。闘争コースにあたる場所、傍受する通信情報の到達地点の場所……その場所に網を張っているようね」

 

「……ッ」

 

「追いつくにせよ、あなたが合流する頃には衝突は間違いないわ。」

 

「させないさ、俺も出て……」

 

「……駄目、行かせない。」

 

「無理だ、今行かないと「聞きなさい、あなた一人では行かせないと、私は言いたいのよ」

 

「!……何を、ぐッ」

 

 掴まれた腕に、突然拳で叩いたと思いきや、針の感触が皮膚を貫いた。

 

 圧迫注射器、突然のことで踊りたが、けど妙に体が軽くなる。痛みが、全身にからみつく感覚が消えていく。

 

「カンフルを打ったわ。これでしばらくは動ける、立てるかしら」

 

「……あ、あぁ」

 

「ついてきて、すぐに準備がいる」

 

「準備、なにを」

 

「決まってるわ、この戦いにケリをつける……貴方の武器よ」

 

「……ッ」

 

 問答無用で、イリスは俺の手を引いて歩きだした。

 

 手術台から転びそうになって、それでも義足で踏ん張って部屋の外へ向かう。向かう先、どこへ行くのか、何をするつもりなのか、それすら聞く暇もないままにイリスは歩み出した。

 

 

「先の計算で編み出した時間は一時間、それまでに、いえ30分もあれば準備は完了する。」

 

「だから、何をさせるつもりだ。EOSの装備でも、そんな時間は……おい、イリス!」

 

「……」

 

「クソ、シャルの強情さは親譲りか、どうりで強い子だ」

 

 

 イリスとダリルは動き出した。向かう先は格納スペースの一つ

 

 そこにあるのはダリルの言ったようにEOSの保管庫、だが本当の狙いは別のもの。ダリル・ローレンツ、そしてリユースサイコデバイスと聖剣、ピースすでに十分なほどにそろっている。

 

 物語の最後を飾る、戦士の姿は傷物では物足りない。

 

 戦士のたどる道に違いはない、因果の波に手繰り寄せられ、運命はまた同じ位置へと修正されていく。

 

 

 死神のもとへ、今再び雷鳴が轟こうとするのである。

 

 

 




今回はここまで、次回から第二章後編へと移行します。

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第二章・後編 リターン・オブ・サンダーボルト
苦渋の転進


 一日遅れですがぶじとうこうです、そして新章です。いつまで続くんだと思った読者ニキ、安心してください、完結までのプロットは既に完成しています。

 この話を含め8話から9話で完結、これにてフランス編は無事完結へ向かいます。

 物語は解決編へ、全ての謎を解き明かし、最後の戦いへと移行していきます。なのでどうかお付き合いください。

 長々と喋りました、それではどうぞ


~断章・グレンレポート~

 

 

 ある男がいた、その男は平凡な家庭で一般的な教養を身につけ、何でもないサラリーマンとなり所帯を持ったごく普通の男だった。そして偶然の事故で妻を含めた家族を失った、たいそう不幸な人間だった。

 

 周りから同情を受け、感情を捨てて平常を演じ続ける無為な日々、ただ仕事をこなし、年を意味なく重ねて数年。

 

男は職を追いやられ、そして新しい職を身に着けた。

  

 食っていくために選んだのは市の介護保健師。福祉活動を生業にしたのは特に理由があったわけではない、ただそれが自分にもできる割のいい仕事だったからだ。だが言い換えれば、自分に出来ること、食い扶持になることがそれぐらいしかなかったからだ。

 

 そして、今日も男は食うために、無為な時間の延長を伸ばす作業を行う。はずだったのだが

 

 

 

 

 

 

 

―19〇〇年、某所―

 

 

「おや、お待ちしておりました。ミスター・グレン」

 

「……」

 

 簡単なあいさつを交わし、男、グレン・ローランは目的の場所へと足を運ぶ。辺境の修道院、そこにある孤児院が男の目的地であった。

 

 案内のシスターに質問を重ね、これから面倒を看る少女の情報を集める。資料は既に熟読しているが、ここで伺うのは必要な処置だ。

 

 だが、質問を重ねても、シスターは

 

「……あの子の、ことですね。……しかし、役立つ知識も何も」

 

「?」

 

 シスターの女性は顔をしかめ、そして足を止めた。部屋は鍵付きで重く大きな扉に閉じられていて、それは子供を守るためか、それとも出さないためか 

 

「……あの子は、正直手に余ります。いえ、なにも暴れるということでもないのですが、どうにも」

 

「?……いったい、何が「では、お願いします」……ッ」

 

 腰が折れんばかりに、初老のシスターは足早にこの場を立ち去った。骨のような手足で、何とも速く走れるものだと感心した。

 

「……あれでシスターか。この修道院がダメなのか、それとも……この子が」

 

 扉を前に、グレンは一枚のファイルを取り出す。役所から借りた、この扉の先にいる少女の詳細を記したもの。

 

 少女の名はイリス、フォンテーヌ教会の修道院にて預けられた孤児、その少女は健全な肉体を持ち合わせていない、いわゆる世間一般で言うところの身体障害者というものだ。

 

 そんな彼女こそが後に世界に名を売り、未来に争いの種をもたらす運命を抱いた。戦争の母胎、毒婦と、数々の忌み名を有したイリス・ローランとなる前の記録

 

 まだ、そんな未来を知る由もなく、男は少女と出会う。

 

 

「……ここか」

 

 重い扉を開けて、まず目にしたのは冷たい瞳だった。

 

 クォーツを思わせるアイオライトの瞳、だが肝心の光があまりにも冷たい。

 

 すぐに俯いてその目は髪に隠れたが、妙にその眼光、ただむなしく不気味な乏しい光を放つ眼光は、きっと見る者には恐ろしいものに見えるのだろう。

 

 

……この子が、イリス

 

 

 資料には目を通した。対象の子は11歳の少女、経歴はなんとも度し難く、はっきり言ってその少女は障害者であり、被虐待児であり、そして天涯孤独な孤児だ。

 

 この少女には生まれた時の名前が無い、イリスとはこの孤児院に預けられる名無しの女の子につける仮の名前、少女は仮の名前のまま11年を生きてきたのだ。

 

 そう、この少女は親に捨てられた。この修道院に拾われ、一度は身元が引き受けられたが、そこでは名を与えられることもなく、ただ使い勝手の言い道具として消費された。虐待を受けてまたここに戻って来たのだ。

 

 

……難しいな、この子の人生には苦行しかないのだな

 

 

 目の前でベッドに腰掛ける、と言うよりはただそこにいるだけ。

 

 ベルトで支えられて、ベッド一体の机に置いた本を先端にゴムの付いた棒でめくる。そう、少女には腕が無い。そして、今はブランケットに隠れているその下半身にも同じことが言える。

 

 

 先天性四肢欠損、それがこの子の不幸の元凶だ。

 

 

 

 

 

 

―アイミア市、地下ステーション中央ジャンクション―

 

 

 いくつもの列車をしまうガレージ倉庫の一つ、そこにある一つの区画だけは用途が違う。

 

 その路線を行くのはとある列車のみ、誰も知り得ない、とある地下施設へと繋がる直行便、そこから戻ってきた列車が今人知れずシャッターに閉ざされて人目を避けている。

 

 急ピッチで行われる作業、列車の倉庫から運ばれていくのは身長に放送された宝の数々、それらが今ひときわ大きな貨物車両へと積み込まれていく。

 

 ここ、アイミアの地下ステーションもまた裏の世界の為に使われる為に違法なものをため込んでいる。

 

 軍事用に開発された偽装貨物列車、それこそが新の箱船であり、ガレ達一行を無事イギリスまで安全に届ける母艦であり、そして脱出艇だ。

 

 

  ×  ×  ×

 

 

―客室区画―

 

『あぁ……アア! もしもし。もしもぉしッ!』

 

「……」

 

 客室の個室で席に響くアナウンス。車内が防音なことをいいことにあのガレ社長は大声で続く。

 

 

『全員、報告である。地上の街の報道、フランス軍の動き、そしてデュノア本社も含めてだが、まだこちらの動きを掴んでいない。大方、EMPのショックでルーブル美術館が停電したもんだからな、泥棒探しで躍起になっているのだろう。つまり、我らは無事ルーブル地下から脱出に成功した。あと少し、あと数時間もしないうちにわし達はイギリスに到着だ!』

 

 

「……」

 

『喜べ、お前たち! あのにっくきアルベールのクソを出し抜き、わし達は勝ち組になったのだッ……まあ、犠牲は少しあったが、これも全ては勝利の……』

 

「!」

 

「お気を立てずに、起きてしまいますので……ビリー少尉」

 

「……へいへい」

 

 向かう席に座る二人、ビリーが立ち上がり放送のスイッチを切る。それでもどこからともなく聞こえるガレのアナウンスは耳障りだが、これで幾分かはましだろう。

 

 ビリーが座りなおす。個室の席には四人、ビリーとセバスチャンに、そしてチェルシーと……セシリアが

 

 

「……ありがとうございます。今は、この子を休ませないといけませんから」

 

 

 そう言い、チェルシーはそっと膝の上に置いた頭を撫でる。綺麗な金髪、地下の埃で煤が付いていても、それはなおも輝きを保つ。自分が使える大切な主の髪、いつもなら和やかな気持ちで撫でている物だが、今はそうもいられない。

 

 セシリアは叫び、泣き続け、声を血で枯らして今気を失うように眠りに落ちた。原因は明解、それはこの場にいない彼の人が理由だ。

 

 自分たちは目的を成し遂げた。結果として、彼が救おうとしたものも最終的には対処される。デュノアを出し抜き、自らの汚点も拭い去ったセシリアは大きく功を上げたのだ。

 

 だが、どんなに賛美を浴びようと、この欠落だけはぬぐえない。少女の大切な隣人は、かの地の深い底に置き去りにされたままだ。

 

 

「セバスさん、ビリーさん……私たちは」

 

「お気持ち察します。ですが、意味の無いifを並べても解決はしません。我々大人だけでも、割り切らねば」

 

「……そう言うと、思いましたよ」

 

「恨みますか?」

 

「いえ逆です、冷静になりました」

 

 

「……ふん」

 

「少尉、どこに」

 

「辛気臭いからな、外の空気を吸って来るだけだ」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

「……」

 

 煙を吹かす。ビリーは列車の外に出たが、そこは未だ外ではなく地下で、日の光の届かない場所である。振るい白熱電球で照らされたガレージの中、乗り換えの特別な列車に次々と積み込み作業をこなしているガレ一行たち。彼らもまた目的を達した者。割り切ってしまえば、あとはもう過去の記録に過ぎない。

 

 ビリーは立場上国に仕える軍人である。国益のために、オルコットカンパニーの配下になり、上の命令通りにボディーガードを済ませて来た。

 

 命令通り、セシリアを無事に連れて帰る。例え、心に傷を負っていたとしても、その体に傷をつけずに帰ればいいだけの仕事。そう割り切って、職務に準じることができるのが自分の芯だったはず。

 

 だが、この感情は何だというのか

 

 

「……クソ、煙草がまずい」

 

 

 吸いかけで、半分以上も残っているのに口から離す。ニコチンのいがらっぽさを、これほどに不快に思ったことはない。

 

 理由は明確だ。この場にいない、あの男のことだ。この地で出会った不思議な男、あのお嬢様が心を許す男、そこだけ切り取れば聞き覚えの良いものではないが、実際に見え聞いて見ればなるほどうなずける。

 

「……重いな、あの年で、二度も想い人を失うのは」

 

 記録にある事件、かつてセシリアの両親は列車事故で命を落とした。失ってなお健気に生きる彼女が出会えた大切な相手、しかも今度の死は事故でもは無く、明確な悔恨が残る別れだ。

 

 自分たちを守るために戦い、犠牲になった死だ。そして見方を変えれば、救えるのに救えなかった命の喪失、そんな死でもある。

 

 深く傷ついた心は果たして癒えるか。それはまだわからない。とにもかくにも、自分にできるのは対象の保護、彼女を五体満足で連れ帰ることだけだ。

 

 

「クソ、重いもん背負わせやがって……ダリル、意思は引き継いでやる。国の為でもねえ、手前の男に免じて、今度は俺が命を懸けよう」 

 

 だから、安らかに眠れと

 

 煙草を宙に投げ、弧を描き地面に火花を咲かせた。

 

 

 

 

 

次回に続く

 




今回はここまで、出だしなので短めに

次回、イリスレポート1


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イリスレポート1

ハメの鯖落ちがやっと終わりました。最新話、今回の話は全開よりも少し長めです

サンボル関係なしオリキャラだけの過去編ですが、そこはご愛敬で


……幼いころの記憶、初めて自我を得て最初に心に浮かべた感情、それは無力感だった。

 

 

 

 

 

 手足の無い私は両親の顔を知らない。気づけばそこは修道院のベッドの上で、ただ生かされる日々が、ただ生存し続けていることが私の全てだった。

 

 穴の空いたベッドの上で食事と排泄を繰り返す日々、それ以外に与えられたものは衣類と世話役のシスターの説法じみた教え、価値のあるものはラジオぐらいか。隣の部屋から流れてくるラジオの音声、聞こえるのは難しいニュースや冗漫なトークの応酬、知らない世界の知らない人達の話だったが、世話役のシスターの子供扱いよりもその無限に情報を与えてくれるそのラジオこそが、この単純な日々に潤いを与えてくれる唯一の刺激だった。

 

 私は生まれながら高い知性を有していた。学校に通わずとも社会の仕組み、世間の常識は5歳の頃に十分理解していたし、聖書のお陰で字の理解も済んだ。6歳の頃には固定式のベルトで座る態勢になり、丸一日ヨハネ伝を熟読しその内容を完全に暗記さえもしていたが、誰もそんな私を評することもなく、ただいっそうに大人たちは不気味がっていくばかりだった。

 

……不満足な肉体、そして心までも他人と異なる。私は須らく一人だった

 

 無為な学習で時間をつぶし続けて数年、9歳を迎えた折に私の引き取り手は見つかった。厄介払いとばかりにシスターたちは男の身辺をろくに調べもせず私を引き渡した。初めて修道院の外へと飛び出し、そしてまた私は閉じこめられた。

 

 初めてできた家族、だがそれは世間一般の言う親愛とは程遠い、車に揺られ人里離れた山奥の家に連れてこられたころには、男の一部は異様なほどに醜悪さを放っていた。

 

 抵抗するな、叫ぶな、自分に従え、愛想を振りまけ、開始一番に言われた言葉はその四つ。頷いたり、拒絶する間もなく男は私を汚した。

 

 衣類を剥がれ、体の内側を乱暴に傷つけられて、そして気が付く頃には私は知らない部屋で朝を迎えた。部屋には小さな窓と扉、窓は格子で閉ざされ、扉も頑丈な電子錠で閉ざされていた。今思えば、手足もないのによくそんな厳重に閉ざそうとしたものだと、男の用心深さに感心した。

 

 この時、私は初めて感情で涙を流した。無為な日々で静かに閉ざした心は、最悪の形で感情を解き放ってしまった。逃げたくても逃げられない、死にたくてもこの手足では首を吊れない。

 

 そうして、男と過ごした日々の中で私は現実をより理解してしまった。この辛い現実はなぜあるのか、どうして男は、いや私以外を取り巻くこの世界は理不尽な苦痛で締め付けてくるのか。

 

 ラジオで知る世界は平穏で、普通に生きるには何も問題はない。実際、大抵の人間は平穏を生きている。誰しもが苦労などとどこかのコメンテーターが宣っていたが、結局の所程度だ。そして私は、最も底辺の星の下に生まれてしまったのだ。

 

 確かに世界には優しさを謳い、差別を侮蔑し、他者への慈しみで世界が回っていることを信じて疑わない偽善が回っている。だけど、私が知る世界は私を見ない。救う対象に私は当てはまらない、根本から救いようがないからだ。

 

  

 

……私は、不自由だ

 

 

……手足が欲しい、誰よりも自由で、何者にも縛られない

 

 

……望む場所ならどこへでも行ける足が、失わないようにずっと掴み続けられる手が

 

 

 そうだ、確かこの時だった。私が本物の手足を欲しいと感じたのは。

 

 私は義肢を求めた。男の唯一良い所は、奉仕に対して報酬を払うことだった。だから私は男の都合のいい道具を演じきった。汚れを受け止め、男の好むメディアコンテンツの愛らしい子供から、男の望む愛想とうものも演じてみせた。

 

 ラジオで聞いた娼婦と言う言葉、その意味を正しく理解したのも、確かこの時だった。私は男に尽くして、痛みも不快感も絶えて、恥ずかしいものも目の前で臆面なくさらして見せた。結果、男が与えたのは義肢だった。だが、それは義肢と言うにはあまりにも粗末で、だがそれは手に入る物でもっとも良いものだという、およそ嘘とは感じない調子で男は言っていた。

 

 手に入れるしかないと、ここで私は誓った。不自由から抜け出すためにも、この先の望む未来のためにも、私は私の手足が欲しい。

 

 他の誰よりもすぐれた、本物を超える手足を。本物を殺す、真に超越した贋作を

 

 

……そうだ、私の呪いはここから始まった。終わらない願望、結局最後までたどり着かなかった空しい夢

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 11歳の誕生日、私は男のもとを去った。

 

 奉仕に次ぐ奉仕で油断した男の隙を突き、私は男の拘束を解いて外の世界へと脱した。都心部から離れた山奥の家、そこから脱するにはただ出るだけではダメだった。

 

 だから、私は男の命を奪った。手足もなく、力も乏しい私にできたのは毒を仕込むことだった。

 

 用意した毒はイチイの毒、部屋に飾りが欲しいと、あの窓から見える枝を折って欲しいと、言葉巧みに私は男に媚びて見せた。

 

 寝静まる夜、飾りの木に付いた実を密かに口に含み、種だけをベッドに隠して溜め続けた。イチイの種は強力な毒があることをラジオのニュースで知った。だから、あとは行為の際に男に誤飲させ、中毒で葬ることだけだった。それは想定したよりも簡単に、驚くほどにあっさりと成功してしまった。

 

 ピロートークもなく夜を過ごし朝を迎え、私は一人だけになった男の家の中で行動を起こした。

 

 部屋から出さないようにしている電子錠も、男に媚びて個人情報を聞き出すうちに特定は完了済みだった。おぼつかない義足と義手で身支度を済ませ、私は家を出て公道へ向かった。理不尽な2年間に終止符を打ち、私は私の人生を歩み出したのだ。

 

 その後、無事に保護を受けた私は当然というべきか、大々的に報道で取り上げられる中私は世間から同情よりも奇妙な眼を向けられることになったのだった。その点は今思えば無理もないと思える。泣きじゃくり同情を引くわけでもなく、ただ冷静に淡々と振舞う私の姿は異様に見えただろうし、なによりこの体の生々しさが報道の過熱化を避けたのだろう。

 

 結局、私は引き取り手もないままに保護施設を点々とし、そしてまた元の教会へと戻された。

 

 また閉じられた世界に戻ったが、それも気にすることもなかった。書物を読めば教養は身につく、ラジオがあれば世界を知れる。私には、もうそれだけあれば十分だった。

 

 だから、あとは知識を生かしてしかるべき学業の成績を残し、何不自由なく夢を終える場所へと行けばいい。それだけの自身を裏付ける、自分の天性の才は自覚していた。他者に頼る必要はない、この体も、不幸な運命も自分だけの問題だ。だから、冷めた勘定ですべては個人的な問題だと割り切れた。

 

 傷つく痛みも、孤独の渇きも見ないままに、私は不自由な手足に理由を置いて努力を重ねた。

 

 何もいらない、一人でいい、閉ざした世界は私から願ったものだった。

 

 扉を開けられることはあっても、私から開けることはない。4m四方の牢獄で完結した世界、そう考えていた、はず

 

 

 

……でも

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めましてだね、私が誰だか聞かされているかな」

 

「……」

 

 ページをめくる義手が止まる。長く無造作に伸びた前髪越しに、その男の姿をイリスは見た。

 

 

……確か、院長が言っていた

 

 

 自分の面倒を看る大人、通信の学校側から派遣された存在。必要はないといったが、それでもと通された。建前的な役目、制度上の義務から仕方なく派遣されたところだろうと、イリスは判断した。

 

 適当に振舞って、平坦なままに接していれば勝手に消えていく。カウンセラーも、ボランティアも、これまで来た全員がそうだったように

 

「えっと、イリスさんだね。初めまして、私はグレン・ローランだ」

 

「……」

 

 頷く。すると男はまたわざとらしく、閉じた目で笑みを浮かべた。

 

「……イリスでいい、さん付けはいりません」

 

「そうか、ではイリス……私は君の世話役を任されたものだ。本来は、私のような男が行くことは問題なのだが、まあ安心しておくれ。ただのしがない元サラリーマンだよ。今は、こういう人助けの仕事をしている……ね」

 

 妙に饒舌ぶって、気さくな振る舞いがうさん臭くもあり、そしてどこか頼りない。

 

 何かがずれている。イリスにはそう感じ取れてしまった。これまで見てきた度の大人よりも、この男は初見で掴める物が少ない。

 

「えっと、取り合えず座っていいかな。もう50になると、足腰が、はは」

 

「……」

 

「よっと、じゃあまず……軽い世間話でもするべきだが」

 

「…………ッ」

 

 変わらない対応、マニュアル通りのそれについ嫌気で反応してしまった。

 

 したくもない話で、無理に合わせれば気味が悪いだのと、心を覗かれているみたいで吐き気がするだのと、あとになって口にする。だからそれだけの話、男はすぐに去る。

 

「……えっと、良いかな」

 

「気にしない、本読んでるから……好きにすれば」

 

「おぉ、そうか……じゃあ」

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 

 また男が来た。柔和な笑みで、最近に起こったことを随分と誇張して吹聴していた。

 

 ジョークのセンスは感じない、付き合ってやる気はないから本を読み続けた。

 

 

~一週間後~

 

 

 

 毎日通い始めて一週間、今日は食べ物を買ってきた。昨日、たまたまラジオで特集されていたお菓子で、態々頼んでもいないのに並んでまで買ってきた。

 

 貸しを作るみたいで拒みたかったが、修道院の食事にはない不健康なまでの糖質と脂質、仕方なく口にした。悔しいことに、後を引いた

 

 

 

~三週間後~

 

 

 今日もまたお菓子を持ってきた。最近は菓子を買うのが日課になっている。義手で食べるのを考慮して、切り分けて食べやすかったり、型こぼれしづらかったりするものだ。

 

 たまには柔らかい、それこそしっとりとしたものも食べたい。でも、それにはこの男に食べさせてもらう必要があった。そう気づいてすぐ自分に嫌気がさした。なぜ、私はこの男の施しに応じようとしているのか

 

 馬鹿げている。こんなの、何の意味もないはずなのに

 

 

~ニヶ月と半月~

 

 

 珍しく、男が愚痴をこぼした。なんでも、私に対して何もしてないから、上から仕事をしてないのかと言及されたらしい。

 

 どうやら、男の仕事は私を修道院から出し、市の運営している寮生の学校へ通わすこと。設備もバリアフリーもないこの場所に私が留まることに、どうやら世間体が良くないとか、そんな理屈から私を表に引き出したいらしい

 

 

……大人は勝手だ、でも期待はしていないのはこっちも同じ……でも

 

 

 

~半年~

 

 

 

「あなたはなにがしたいの?」

 

「……」

 

 男はたいそう驚いた顔をしている。そう言えば、こうして能動的に話しかけるのは初めてかもしれない。

 

「私の世話とか言って、結局は何もしていない。田舎の畑の話なんかはただの故郷の自慢、あなたが話したいことをずっと聞かされて……この時間の意味は何?」

 

「……意味、か」

 

「ええ、お菓子を与えて懐かせようとしているのかと思えば、それは貴方が単に甘党だっただけ。医者からは控えろって言われている癖に、やっぱり大人は、いえあなたは不可解……」

 

「はは、不可解か……そんな、たいそうなことじゃないと思うけどね。ほら、今日は私の故郷のシードルだ」

 

「……」

 

 ベッドに備え付けた机に置かれた瓶、ストローでちょうど飲みやすい位置に置かれたそれに、私はほぼ無意識に口を付けた。そう言えば、出されたものは頂かないといけない、そんな風に今は思ってしまっている。

 

……おかしい、何かが

 

 さっきも、いざ話しかけてみれば急に饒舌で、言葉に抑揚が、感情が乗り出した。

 

 親しみを抱いた覚えはない。他者に頼ることはできない、しようがない。この男に私の絶望は理解されない。せいぜい、同情から自己満足を煽るだけだ。

 

 そんなものはいらない。だから、このあたりでもう

 

 

……もう、この人には付き合えない

 

 

「……あなたが」

 

「?」

 

「あなたが私の面倒を看る理由、それがあなたの無くなった奥さんの、その奥さんのお腹にいた赤ちゃんを重ねたなら……それは余計なお世話」

 

「……イリス」

 

 男のトーンが下がる。触れられたのがよほどキたのだろう。

 

「私は哀れな子、でも同情なんて求めない。ましてや、誰かの傷を埋めるための代わりになることができない。そんなの、ただ空しいだけ」

 

 そうだ、否定して、突き放して

 

「だから、あなたはもう……私に構わないで、もっと」

 

 

……違う

 

 

「もっと、別の所に……だから」

 

 

 

……違う、何が違う

 

 

 

 突き放す言葉が喉の奥で詰まる。私の本音が、頭で浮かべる答えと重ならない。

 

 

 

「だから、だからッ!」

 

「……イリス」

 

「!」

 

 気づけば、男の手が私の顔に触れていた。理解できなかった、触れられるおぞましさも、嫌悪感もない。

 

 何故か、理由は明解だった。

 

 男は、私の痛みを、その手で癒してくれていた。

 

 

「……初めて見たよ、君の涙を」

 

「!……ち、違う、これは」

 

「いや、違わないさ。それが、君の本音だ」

 

 ハンカチでそっと拭われる。大粒の涙でぼやけた視界が晴れる。こんなことも、私は一人で出来やしない

 

 自分で流した涙もぬぐえない私に、この人は

 

「……私は、わたしはッ」

 

「イリス、良いじゃないか。他人に頼っても、君はまだ子供だ……それは、君たちに与えられた、大人よりも優れた特権だ」

 

「……ッ」

 

 涙が止まらない。泣きたいなんて思ってもいないのに、どうして私は感情を抑えられないのか。

 

 知能が下がっているみたいで嫌だ。情けなくて、恥ずかし目を受けているみたいで嫌だ。

 

 

 

「イリス、あぁイリス」

 

「……ッ」

 

 どうして、こんなことが起こる。

 

 まるで、世界が違う。

 

 これでは、私が救われる。優しい男に拾われ、不幸な少女が幸せな日々を送る。そんな物語の主役に私がなったというのか。

 

 そんなはずがない、世界のやさしさは私には届かない。持たないものを、この世界は救わない

 

「――――ッ」

 

 ありえない、あり得るはずがない。だから自分で変えようと決意した、私が望む世界を、私が自由でいられる世界を

 

「……イリス」

 

「もういい、帰って。私は寮に行く、そうすれば全部解決よね……だから、あなたの仕事は」

 

「仕事なんて、私はもう放棄している……それよりも」

 

「……何を」

 

 男が取り出したのはいちまいの書類、書いてある文面をざっと目を通すと、そこに書いてあるのは

 

 

……養夫、養子縁組

 

 

「!!」

 

 

「君が望むなら、全ては君の決断にゆだねる」

 

 

 判は押されている。代筆を認める書類も、全ては用意されている。

 

「……何のつもり、私を引き取って、そんな意味の無い事」

 

「意味か、君はずいぶんと細かくこだわるのだな。そんなこと、私がそうしたいと思ったから、それだけだ。それだけで、私はこんなことをしてしまえるんだよ。イリス」

 

「……ッ」

 

「確かに、亡くなった妻と子を想う気持ちはある。重ねていないと言われても、全ては否定できない。」

 

「……だから、だから私なんかに」

 

「だからこそだ。そんな私を想って、これ以上傷つかないように配慮する君の気持ち、私が決意したのはそんな君のやさしさからだ……そんな君だから、私は家族になりたいと思えた」

 

「――――ッ」

 

「私は不幸な人間だ。だが、この不幸を乗り越えたいと思っている。誰かに哀れとされるのも、気を使われる日々に甘んじているつもりはない。支えられた分を、私は返したい。自分が不幸だからこそ、誰かのために生きる人でありたい……それが、私がこの仕事を選んだ動機だ」

 

「……そんなの、言われたって」

 

「まあ、これも実は最近になって気づいたことなんだ。それもイリス、君と一緒に過ごしていくうちに、私は自分の願いに気づけたんだ」

 

「だから、家族になれと……でも、でも」

 

「……急には無理だろうな。まあ、それもいい」

 

「!」

 

 席を立った。男は、グレン・ローランは去ろうとしている。

 

 

……いいの、本当に

 

 

 また来ると、グレンはそう言って背中を見せた。

 

 机に残るのは養子縁組の書類。そこにある空欄の名前。記せば、私はイリスから、イリス・ローランとなる。この狭い部屋から脱して、この男ともう一度外の世界へ

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 あの時、私にとって世界は恐怖でしかなかった。それもまた大人の男の手で引っ張り上げようというのだから、あの人はその手の職としてどうかというものだ。まったくもって不合理で、理屈にそぐわない

 

 だが、そんな人だから気づかされた。不幸を抱えて投げやりになり、自ら孤独に走っていた自分と違って、あの人はその上でなお外の世界を見たのだ。不幸になったからこそ、誰かのために生きたい、そんな人間を直に見たのは後にも先にもこれが初めてで、最後だ。私には忘れられない、あの時のことを

 

 

……そうだ、私は願いを抱いていた。それも独りよがりの願い

 

 

 でも、あの人と出会えたから、この願いは孤独ではなくなった。誰かのために、そんな澄み切った願いを抱いたあの時、私の世界は澄み切った色を見せたのだ。

 

 

 

 

 

「まって、待ってグレン!!」

 

「い、イリス……おぁッ」

 

 ベッドから落ちそうになるところを、間一髪で受け止められた。私はグレンさんの腕に抱かれた。そうだ、こんなに温かい抱擁も、生まれて初めてだ。

 

 私の世界が変わる。絶望に縛られた世界から抜け出す、金づちで殴られたかのような衝撃が私の脳をかき回す。

 

「……しは、……い」

 

「イリス……」

 

 そうだ、言ってしまえ。叫んで、全てをぶちまけてしまえ

 

 私は、私の世界を壊すんだ。

 

 

「わたし、わたしはッ……欲しい、あなたの性を、ローランの名前が欲しいッ……だから、お願いしますッ!……私を、イリス・ローランにしてくださいッ!!!」

 

 

「……」

 

 

吐き出した、感情のままに、自分らしくもない振る舞いで。私は全てを吐き出して見せたのだ。

 

どうなるか分かったモノじゃない。こんなことをしては、もう私は私に戻れない

 

「……イリスッ」

 

「!」

 

 抱きしめられる。抑え込んだものを全部吐き出しながら、私は必死に短い腕でこの人に、お義父さんにすがった。

 

 暖かい、他人の熱がこんなにも心地いいなんて、私は知らなかった。

 

 

「いいとも、あぁいいとも……君はイリスだ。私の娘、イリス・ローランとなるんだ」 

 

「……おとう、さん」

 

 救われた、この時の私は間違いなく救われたのだ。私の父、グレン・ローランによって救われたのだ。

 

 涙におぼれながら、私はひそかに誓った。この人のようになりたい、父のように清い願いを抱きたい。

 

 世界は依然不平等で、私の絶望は未だに付きまとう。だからかつて願ったこの誓い、でも今はその使い方を改めたい。

 

 私の願いは、この先の無い手足に本物を超える義肢を繋げること。呪った世界に抗うために、おのれの為だけに抱いた願い、でも、今は

 

 

 

……私は創る。手足が無くても差別をされない世界を。生まれたままの手足も義肢も区別なく扱われる世界を

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




次回の投稿は金曜に、バイト戦士しないとガチャの爆死で冬が越せませんので

感想、評価の方もよろしくお願いします


・追記

活動報告でも述べたのですが、しばらく二次創作を休止することにしました。せっかく書き出した新章からのクライマックスですが、続きはまたしばらく先になります。


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イリスレポート2

久しぶりの投稿です。やっとサイコザクが登場するクライマックスですが、まだ過去編を続けます。

長く待たせてしまい申し訳ございません。シャルル編の完結まで、もう少しお付き合いください。


 駆動音が等間隔で鳴り響く。体にかかるG、地下と地上の気圧差か耳の奥が揺らぐ感覚に見舞う。

 

 時間にして数分、この作戦を始めて地下に突入し、そしてことを終えるまで、長く地底の空気を吸っていたものだが、ようやく俺は外の空気が吸える。

 

「!」 

 

 そしてドアは開き、外の世界と久しぶりの対面。だが、再開した世界は静かで、そこはどこかの廃工場の中。 長く這いずった地下から出て、最初に見た空は錆びれた天上と宙を舞うほこり。

 

 薄汚く重い空気だが、ようやく感じる地上の空気だ。贅沢は言えない

 

 

 

 

「……ここが外、出たんだよな、俺たちは」

 

「ええ、ここはパリ市にある一時保管庫。」

 

「……」

 

「急いで荷物を積み込みましょ」

 

「……あぁ」

 

 少し高い視点で見下ろす彼女、俺の知るシャルロット・ローランではなく、その中身は実の母親

 

 稀代の科学者、イリス・ローラン本人、今更だがどういう原理なのか、あまりオカルト的なことは思いたくない。

 

「……ダリル、積み込み作業はお願い」

 

「あぁ、わかっている……っと」

 

 時間は急いている。今だ居る搬入用のエレベーター中、レールに乗せた各種コンテナを

 

 

「……作業用、本当にあって助かった」

 

 

 アーム内のレバー、ホイールスイッチを操作、機体を操作しダリルはコンテナを外へ運び出す。

 

 地下で見つけたベルサーガタイプの機体。アッガイを乗り捨て、今再び乗り合わせた機体。イリスの協力が無ければ、ダリルは不自由な手足で武器もなしに取り残されていた。その事実を、改めて認識する。

 

 

……そして、これもか

 

 

 資材を一か所に、次に見るは、工場内に置かれた異様な乗り物。

 

 ジェットエンジンとレシプロのような装置も付いた、まるで正方形の箱を無理やり跳べるようにした見た目の乗り物。

 奇しくも、その形状をした輸送機をダリルは知っている。規模の違いはあるが、その形はまさにファットアンクル、ジオンが地上にて利用したMS搬送用の輸送機だ。

 

 

……あれは子孫、これが先祖か。なんだかんだ、似通うのはここが過去だからか

 

 

 ふと、慣れ親しんだ物を見るとつい院長が緩んでしまう。切り替え、ダリルは資材を機体に詰め込み、一方でイリスは、登場席に座り

 

 

「……操縦、できるのか」

 

「ええ、得意とは言わないけど、設計に携わっているもの。戦うならまだしも、飛ばすだけなら問題ないわ」

 

「さすが、デュノアで技術主任をやっていただけはあるんだな」

 

「……なに、さっきの話の続きでも聴きたいの」

 

 続き、それは地下の道中で語った、過去の話こと。

 

「……さあな」

 

 興味が無いと言えばウソになる。だが、少なくとも幼少期の生い立ちで十分に、イリスの内心は理解できたつもりだ。

 悪人ではない。そして自分と同じ、いやそれ以上に傷を負っている。だから、これ以上は傷になると思い、ダリルは気を使ってしまった。

 

 

……けど

 

 

 今、こうして話ができるのが奇跡なら、この奇跡はどれだけ続くか。それに加えて、あの子のためにも

 

 

「いいのか、あの子に伝えなくて。俺を通じて、シャルに言わなくていいのか?」

 

「……知らなければ、傷にならないこともあるわ」

 

「傷? そんなもの、とっくにあるだろ。シャルにとって、どんな理由があろうと、親がいなくなったことは傷だ。」

 

「……それは」

 

「自分の知らない理由で、その上勝手に死んでいるんだ。もう、どうしようもない傷だろ、それは」

 

 けど、今ここで知ることは

 

 シャルは知らないまま、傷の場所を知らずに生きていく。ならば、例え傷を消すために新たな傷を負っても、そのきずがどこに負ったのかを知ることができれば、少しはましだ。傷と向き合えるからだ

 

「……イリス、お前に聞く。なぜ、シャルの元から離れた、何故その理由を教えることを躊躇った。手記に残して、まどろっこしいやり方をして」

 

 悩む理由もあるのだろう、耐えがたい苦渋の決断も経験したのだろう。

 

 だが、例えそうでも  

 

 シャルの為にも、勝手に二元論にされては困る。

 

 

 

……知るべきだ。答えは、一つだ

 

 

 

 イリスに問う、時間も無い中、こんな問答をすること自体ナンセンスだろうが

 

 だとしても、わずかに暇があるのなら、せめて、その理由だけは 

 

「……あの子の為、かしら」

 

「ためだと、どんな理由だ」

 

「……辛い理由よ。だから、あの子にすべて話すかどうか、それは少し考えて頂戴。私はあくまであの子に手足を与えたかった。だから、それ以外を与えたい訳じゃない」

 

 

 

『私はあの子に、復讐なんて重いもの、背負わせたくはないの』

 

 

 

 

 

 

 

 

~10年前~

 

 

 修道院を出た、そして年月が経った。

 

 リュミアーレの村で暮らす日々は快適の一言だった。街の住人は私の目を最初は奇異で見はするけど、でもそれは最初だけ

 

 私がグレンの娘と知るや、誰もが私を受け入れて、歓迎してくれた。

 

 少女の間の日々は、どこを切り取っても甘いパイのような日々で、今でもあの時間程悩みも葛藤も無く、宝石のような時間を過ごしていたと思えたことはない。自由に学び、時には学び、抱いた夢の為の研鑽も欠かすことなく、私は前へと進み続けていた。 

 

 そして、そんな日々に転機は訪れた。

 

 デュノア社グループの技研へのスカウト、私の書いた論文を評価され、私は辺境の町からの大出世を果たしたのだった

 

 リュミアーレの村を出た日、お義父さんはとても心配して、同世代の友達も涙を流していた。そんな別れを経て、時間は過ぎて数年と数か月

 

 都会暮らしも随分と慣れてきた。

 

 

……といっても、私は

 

 

「……ふぅ」

 

 タンッ!……キーボードのエンターを強く叩く音、今日のノルマ分を終えたことを告げる響き。仕事を終えた達成感から大きく息を吐く。

 

 長時間のデスクワークの疲れ。椅子を後ろに、体を斜めにまっすぐ伸ばす。

 

「……神経、疲れた、なッ」

 

 ボスンっと、そのまま転げるように椅子から仮眠用のソファーに倒れた。

 

 

……ゴン、パリンッ

 

 

「……」

 

 傍の机から花瓶が落ちた。あの人が渡したのを生けた花瓶、見過ごせずに重い体を持ち上げ私は掃除を始める。

 

 かがんで行う細かい作業。膝下が義足でも、今はもう電動の高性能義足。私が開発した試作品だからこそできる。

 

「……花瓶、買わないと」

 

 ガラス片を一枚一枚拾う。尖った角も気にせず、次々にコンビニ袋へ入れていく。

 

 精密な五指の義手、義足も義手も神経接続、十分に細かい作業を行えるもの

 

 全て、自分がこの会社で作り上げたモノ。気づいた理論をもとに組み立てさせたもの

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 ボフンっと、また私はソファーに倒れた。すでに二時間もタイピング作業で神経をすり減らした、やっとの休憩と思えたのに出来てしまった追加作業。

 

 長時間の労働は不可能。たとえどんなに精巧な義手を作っても、それを使う本体が耐えられないのでは意味がない。

 

 

「疲れた、寝る…………エアコン、19℃」

 

 

 音声認識で部屋の家電を動かす。初夏の晴天、うだる暑さから逃れて締め切った個室に文明の雪風に身も心も涼ませる。

  

 窓から見える外観は一面この国の首都の建物たち。しかし数か月も経てばキャンパスの緑も恋しくなる。エッフェル塔だって何度爆破してやろうかなど、ふざけた妄想も何度重ねたことか。

 

 

「……ふぅ、ん」

 

 手足を伸ばす。研究用の白衣越しに、そのご自慢なふくらみが前に張り出る。自慢のプロポーションも、こんな自分では不釣り合いでしかなく

 

 

……邪魔、ただの脂肪なんだから痩せて落ちればいいのに

 

 

 世の異性全てを敵に回す発言。インドアで研究一本、禄に運動もしないのにどうしてか肉は胸にばかりついてそれ以外は痩せてほっそりとしたまま。

 

 かつて、自分をものにしようとした男はある意味、先見の明があったのだろうと、自虐的に脳内で独り言ちる。

 

 

 

 

 

 

「……イリス、良くないな」

 

「?」

 

「ロックをかけずに昼寝とは、危ういな」

 

 部屋に入ったスーツ服の男、金色の髪とアメジストの瞳。奇しくも、その容姿は非常に整っているという他ない。

 

「あら、アルベールじゃない。」

 

 体は起こさず、イリスはソファに伏せたまま男に答える。相手はスーツ姿、そしてその名札にはしっかりと常務という肩書が書かれている。

 

 彼はこのデュノア本社に勤める社員であり、そしてイリスがいるこのフロア全体の統括者でもある。

 

「……」

 

 私を起用し、この研究室を与えてくれた本人。一応私はまだ学生の身分で、ここへは研修という立場でまだ雇用あつかいではない。

 

 だが、彼にして言うなれば、彼は私の直の雇用者

 

「やあ、イリス……宿題は出来たかな?」

 

「……」

 

 昼間から、ソファーで寝転び仮眠をとることには何も指摘しない。いつものように、彼は私に隔たりの無い距離感で接する。

 

 しかし声の抑揚はずっと機械的で、その顔もユーモアとは程遠い。感情の機微が人間らしくない点は、互いに同じだ。

 

「……宿題、それってあのファイルのこと」

 

「あぁ、ドイツの作ったベルサーガ、あれの解析を依頼したのはちょうど一週間前だ。率直に聞くが、もう終わっているのかい?」

 

「……」

 

 他国のEOSの解析、さらっと言っているが、やっていることは間違いなく黒。

 

「……まだ、って言ったらあなたはどうするのかしら」

 

「確か、今日の最高気温は30度を超えるか。宿題の残りはやってもらうよ、気持ちのいい晴天の下で」

 

「……冗談、出来てるわよ」

 

 細腕から投じられた一本のUSB、受け取ったものを懐にしまい、アルベールはイリスの近くで坐した。

 

「……居座る気」

 

「休憩だ。君のご機嫌取りに私は1時間までと指定された。コーヒーを貰えるか、一服もしたいから灰皿も頼むよ」

 

「……迷惑」

 

 そうぼやきながらも、イリスは慣れたようにいつものコーヒーを、彼用のカップにそそぎ、そして彼が使うための灰皿を渡した。

 

「助かる、ありがとうイリス」

 

「……口だけね」

 

「なら、口だけじゃなければいいのか」

 

「……情熱的ね」 

 

 

 変わったこと、研究室で機械的な時間を過ごすだけでなく、私にはもう一つ変化も起きた。

 

 村を出て、仕事を得て、そして自身の研究にも没頭する、そんな日々を過ごしているうちに、私はどうやら異性としても平凡な日々を過ごすようになっていた。

 

 グレンには相談もしていない。初めて故に好奇心もあって流れるままにしていたらこうなってしまった

 

 初めてのボーイフレンド。彼の名はアルベール・ロレンツォ

 

 のちに、私の旦那となる、最初で最後の男だ。

 

 

 

  

 

 

 

 時が経って変わったことは多い。

 

 私は私が作る最上の義肢を手に入れ、そして自由に一人で世界に立ち歩くことが叶った。研究に没頭し続けた成果、上の奴らからは予算の使いすぎだと文句を垂れられるが、そんな私に味方をしたのはいつもアルベールだった。

 

 技研の常務である彼は自分の思想を理解して、その上で社の中で弱い立場にならないように、風よけとなってくれた。

 

 信頼は愛情に代わる、その流れは実に早かった。

 

 互いに成人した男女、この関係には何も問題はない。私はそう考えていた。

 

 いつかグレンにも顔を合わせ、老後は皆であの村でブドウを収穫する、そんな日々が来ると思うのは、何も間違ってはいないはずだ。

 

 そう、思い続けたかった。

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 いつもの研究室、彼と一緒にいる時間

 

 その一言が、全てを地に叩き落とした。

 

 

「……中絶、本気なの?」

 

「あぁ、冗談のつもりでこんなことは言わない。わかって欲しいんだ、イリス」

 

 

 

 

 

 だから、私は盲目だった

 

 幸せの絶頂にいたからこそ、何も見えていなかった。

 

 

 

 

 

「まってよ、ねえ……どうして、アルベール」

 

「……決まったんだよ、養子縁組が」

 

「!」

 

「そうだよ、デュノア一族との養子縁組が、向こうの用意した女と結婚する。だから」

 

 煙草を一服、吐き捨てた煙がいやったらしく頬を撫でる

 

 膨らんではいないが、すでに命を宿したお腹。イリスは半歩後ろに下がる。そんなイリスに目配せもせず、あるべーるはつらつらと言葉を吐き続ける。

 

 

 

「君の子は、私にとって邪魔だ。」

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 その先の言葉は入ってこなかった。

 

 アルベールが抱く夢、野望、そのための人生設計、身勝手な理屈を大いに振りかざし、それが当然とばかりに投げつける。

 

 理解させられた。自分の存在は、ただデュノアにとって金の卵でしかなく、この関係は、そんな自分を有効に使うための、ただの作りものだと。

 

 またしても、世界は冷たく、そして無情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都会の喧騒は既にはるか遠く、私の居場所はまたここに戻った

  

 デュノア社には療養と嘘ぶいて、私はお養父さんの家へと逃げるように帰って来た。まだ大きくもなっていないお腹、都会らしいファッションに身を包んだ我が娘を見て、お義父さんは全てを悟った。悟ることができてしまった。

 

 お義父さんは何も言わずに、そっと膝をついて抱きしめた 

 

 

「!」

 

 

 悔しかった。情けなかった。

 

 まだ、自分の人生は成し遂げていない、夢を見る続きのまま、どうしようも出来ない理不尽にまた心を痛めてしまった。

 

 けれど、それでもこの人は

 

「イリス、お帰り……よく、帰って来てくれた」

 

「!」

 

 その言葉にすべてが救われた。

 

 夢は半ば、けど今はそれでいい。そう、妥協が出来てしまった。

 

 未だ重く、完ぺきな手足とは言えない電動義肢、それで抱える子供は、本当に幸せになれるのか。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 アルベールは憎い、自分に傷を負わせた二人目の男、しかし

 

 例えそうだとしても、夢半ばに社会のステータスも失い、完ぺきな義肢の世界は諦めのゴミ箱に捨てざるを得ない、そんな境地にあっても、私には拠り所があった。

 

 養父グレン、そして、生まれてくる新しい命。夢を絶たれたこと、会社を負われたこと、そうした諸々がどうでもよくなるほどに、この重さが愛おしく、だからこそ中絶というあの言葉が許せなかった。

 

 

 やり直そう。もう一度一から、この村で

 

 

 そう決めた。そうするべきと二人で納得した。

 

 そして、月日は経ち、エコーを通して私は初めて自分の子供を見た。

 

 

 

 

    ×    ×    ×

 

 

 

「イリス!!」

 

「――――ッ」

 

 父が私を抱きしめた。これ以上見るなと、その画面から私の顔を隠した。

 

 理解ができない、自分の聡明さを自覚していても、この現実だけは何万と時が立とうと狂できるとは思えなかった。

 

 同情する医者、私がショックで倒れまいと、背中を支え、口々に何かを言い放つナースたち

 

 生まれてくる胎児を映したそのレントゲンの画像、そこには確かに私の子供がいた。

 

 

 

 

 だが、その子供には手足が無かった。

 

 

 

 

「――――ッ!!!」

 

 

 

 サリドマイド薬害、のちにそう診断が下された。

 

 原因も経緯も不明、何らかの事故か、真相は何もわからないまま、ついに出産の時を迎えた。

 

 第一子、名をシャルロット・ローラン、私の娘は身体障害者としてこの世に生を受けた。

 

 先天性四肢欠損、私の苦しみは、私の子供にまで繰り返されてしまったのだ。

 

 

 

 




今回はここまで、久しぶりの投稿で思いっきり重い内容でなんだか申し訳ない。しかし、これが必要な行程。作品を通して重要な要素もこの過去編、イリスとの接触で明らかにする予定でしたので

あともう少し、お付き合いください。次の話は調整が済み次第すぐ投稿します。


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イリスレポート3

過去編続きます。次回で最後の予定


 電動義肢の開発、それはすなはち人と機械の融合を意味する。

 

 私の開発したものには単に精巧な義肢だけでなく、義肢と肉体の親和性を高めるために、一種のナノマシーンの研究も行っていた。

 

 人体と異物を繋ぎ合わせる緩衝材。私が編み出した研究の仮定は、我が子の為に役に立つ代物だった。

 

 ブラックマーケットを頼りに、手に入れた誰かの四肢。私自ら繋ぎ合わせ、自らの子供に機械の細胞を施した。異なる体と体の融合。そんな禁忌ともいえる洗濯を選んだのにも、あの子の身かかる不幸が由来していた。

 シャルの体は、他者の細胞に対して過剰に拒絶反応を起こしやすく、通常の輸血ですら困難な体質だ。奇しくも、私が移植手術を受けられない理由と同じ、私の重荷を背負ってしまった。

  

 だが、諦める選択肢は選べない。タブーに触れていることは重々承知でも、私はあの子を救いたい。自分と同じ闇に触れることを、あの子には背負わせたくなかった。

 

 祖父の反対を押し切り、私は秘密裏に施術を依頼。古巣であるデュノアの知人を頼りに、シャルに自由を取り戻させた。 

 

 

 

 

 

 五年の月日が経った。その合間に起きたことは、私の立場の失墜だった。

 

 アルベールがシャルの存在を知った。シャルを助けるためには、デュノアで気づいたコネクションを使わざるを得なかったためだ。

 

 事情を話し、聞いたうえで彼は私に条件を提示した。私が非合法な行為に手を出したことを明かさない代わりに、今後デュノアに対する一切の干渉をしないこと。そんな脅しの契約を私に課してきたのだった。

 

 彼は威圧的にそれらを指示したが、私は抵抗せずすべてを受け入れた。もとより、社会的な立場には何の躊躇いもない。今あるこの小さな命が、全てを差し置いて優先するべきものだった。

 

 デュノアでの地位は失墜した。だが、その代わりに私は手に入れたのだ。

 

 

 

「お母さん!!」

 

 

 声がした。何度も聞きなれた声、されど飽きることの無い求める声。私が産んだ、もう一つの光

 

 

「……シャル」

 

 庭を走り、何もない青草で転んでは立ち上がりまた走る。

 

 何も支障はなく、娘の手足は生きていた。生きた、確かな支えとなって、シャルを健全に生かしていた。

 

「!」

 

「お母さん、お母さん! どんぐり、拾ったの」

 

 抱き着く。無邪気に笑い、汚れた体で私の服や、取り込む最中のシーツに泥が付いた。それらも全て、この元気な手足が成せる結果。

 

 シャルは、誰がどう見ても健全な子供だ

 

 

「……お母さん?」

 

 

「ぁ……あぁ、そうだな」

 

 思考を戻す。現状を再認識、本来は怒るべきこの事態を、イリスは指摘して叱責する最適なタイミングをつかみ損ねた。

 

 しかし、かといって流してはいけない。親として、懸命に正しい躾をしなければ

 

 

 

「……シャル、駄目。……また汚して、どうしてこんなことを」

 

「でも、どんぐりだよ」

 

「理由が不可解ね」

 

 子どもの言葉をまっすぐに噛み砕き、飲み込み、真面目に受け取ってしまう。ちなみに、本人は無自覚である。

 

「どんぐり、リスさんが食べてた……シャルね、シャルもリスさん好き。リスさんになるから、どんぐり食べる!お母さん料理して!」

 

「……そのドングリは可食に向いてないわ。豚が食べるならまだしも、人間には適さない。そうね、穀物の種類の勉強をしましょうか。5時間もあればどれが可食に適しているかも覚えられるでしょう。近隣一体の分布情報、まずは千種ぐらいから……あら、どこに」

 

 天災ゆえに少しずれた接し方、シャルは一目散に逃げ、イリスはまた家事に戻る。

 

 

 

 

「どんぐり、不思議ね……どうして気になるのかしら。香料、それとも形状に心理学的な作用が」

 

 研究者肌故に、しかしどこかずれた思考で子供の行動を真に受ける。

 

 だが、それでもイリスは母親だった。

 

 

 

……子供は、不可解だ。

 

 

 非合理的なことに懸命になるし、意味の無い行為に想像力だけで娯楽を見出す。

 

 だが

 

「……ふふ」

 

 私も、楽しんでしまっている

 

「あぁ、お母さん笑ってる! ずるい、何してるの!何か食べたでしょ!」

 

「さあ、どうでしょうね……あら、その涙目は」

 

「おじいちゃんに怒られた!! 靴の中にドングリいれたの、そしたら悪戯だって怒られたの!!」

 

「ええ、まさにそのとおりね」

 

「悔しい! 絶対リスのせいだって思うはずだったのに……さくせんしっぱいした!慰めて!」

 

「……」

 

 少し考える。人より少し抜けたところのあるイリス、しばし考えて、そして

 

 

 

……ぎゅうぅ

 

 

 

 十分に、娘の悪戯を理解した教育の時間に移った。

 

「いひゃい! いひゃいよおかあさん!!」

 

 

 

「……お仕置きよ、私の可愛いスウィーティ」

 

 

 

 

 普通になっていく、そんな自覚があった。思考が止まり、ただ子供のことを想うだけで、ふと時間が過ぎていく。 

 

 軽くなった、私はもう自分が夢を追っていたことを忘れかけてさえいる。

 

 思うのはシャルのことばかり、シャルが真っ当に人生を送ることだけを、ただ私は願った。

 

 でも、そんな日に陰りが見えるのは早かった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 とある日の夜、重い空気の中、先に口火を切ったのは私から

 

 父は頭を低く、祈るように嘆いてみせた。あの子に起きた不幸は、どう逃れようと振り払えない呪いだと、今この時をもって理解してしまったからだ。

 

「イリス、それは本当か?本当に、あの子の手足は」

 

「……えぇ、事実よ」

 

 とある夜、シャルを寝かしつけ、グレンとイリスが二人宅を囲み神妙に口を開く。

 

 卓上に置かれたのは数枚の文書。密かに、自分の知る徹を頼りイリスは娘の血液サンプルを調べた。

 

 調べた動機、それは、とある日のシャルの擦り傷。すぐに癒えるはずの怪我が妙に長く時間を要したこと、私は直感的に危機感を抱いてすぐに研究を始めた。手元に残る器具で行ったものだが、結果は十分に明快。採取した組織の一部で、壊死に近い悪化が見られた。すぐに抗生物質の投与、ナノマシンの治療を施した。だが、それでは根本的な解決には至らない。

 

 シャルの手足は、緩やかに壊死を遂げる。肉体の拒絶反応は未だに続き、これは今の技術では到底止められないものだった。

 

 

 

「何年だ、あとどれだけ時間はある」

 

 グレンが問う、その年月とは、あとどれだけ孫の体は健全でいられるか

 

「……多分、あの子が15歳になる頃。それからは、もう避けられない」

 

 15を期に、四肢の拒絶反応は日に日に増していく。手の施しようは、無い。

 

「……ッ」

 

 5歳と数か月、あの子の手足が持つのはあと十年以内。その最後には無残に朽ちていく末路しかない。書類にはそれらを肯定する要綱がいくつも記されている。確率は99%

 

 理不尽は、どこまで行っても自分たちを苦しめる。

 

 

……ふざけるな、そんなことがあっていいはずがないッ

 

 

 救いが欲しい。無力な自分はどうなってもいい、この身に罪があるというなら、それはもう私だけでいい。

 

 デュノアに加担して戦争兵器を作ったこと、娘を助けるために社会のタブーに手を伸ばしたこと。だが、それでも理不尽は依然目の前で、苦しい現実を与えてくる。逃れるために手を汚すのが罪なら、もう私には手段はなかった。

 

 希望はない。お義父さんですら、その運命を受けれて、せめて今を大事にせんと、シャルとの時間を選んだ。  

 対して、私はまた自分の研究にのめり込むようになった。精巧な義肢、肉体と機械の垣根をとっぱらい、義肢を纏おうと差別されない世の中をつくる。そんな叶うはずの無い夢を、現実逃避のように私は傾倒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 部屋に閉じこもる時間が増えた。最低限、あの子との過ごす時間はあるけど、すぐに私は自室にこもりPCで仮想の実験を繰り返すばかり

 

 実験はナノマシーンの発展。今ある技術を飛躍させるため、私はあるモノに注目していた。

 

 

……インフィニッ・トストラトス

 

 

 白騎士事件、極東で起きた世紀の出来事の渦中にある代物、現在世界中にそのコアが散らばめられ、各国は一心にその兵器の開発研究にいそしむ。イリスも、そうした者達と並び、本来なら研究に手を伸ばせるはずであった。だが、デュノアと決別した今、自分にはISに対しての干渉は不可能に近い。

 

「くっ……」

 

 持論は立てた、研究は確かだ。しかし、これを受け取る者はいない。試すためのものを私は有していない。

 

 ISコアの演算機能を、肉体に投じたナノマシーンに及ばせることで人体の構造を意図的に変える。人間の設計図に手を加えるともいえる代物、それこそがイリスの導いた仮想の答えだった。答えはあるが、真に実証するためのコアは、全てデュノアの手の内。当然というべきか、落ちぶれて排斥された一研究者の声を、彼らは耳にしない。聞く耳すら見せてはくれないのだ。

 

 シャルを助けるためには、シャルの手足を健常に帰るためには、ISのコアが必要になる。だが、どんなに望もうともそれは手に入らない。この地にいる限り

 

 

……覚悟を、決めるしかないッ

 

 

 残された手段、それは自分自身を他国に売ること。デュノア社時代に交流のあったオルコットカンパニーの上役、モーレス・ガルディ。BT社ともコネクションもある彼には、自分の頭脳を求めるに違いない。

 

 国家に弓を引き、裏から銃口で狙われることを前提にした選択。デュノアは、フランスは決して自分を見逃さないだろう。亡命という危険な旅路で、命を潰える可能性は、安く見積もっても八割強だ。

 

 決断しなければ、二人に対する懺悔を抱き、イリスは研究を記したPCを閉ざそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ストップストップ!!」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 シャットダウンのキーをクリックする刹那、その声はけたたましく画面から届いた。

 

 画面はブラックアウト、だが今度は古いブラウン管テレビのようにノイズのモノクロがいくつも点滅している。マルウェア、ランサム、トロイの木馬、ちゃちなウィルスの類なら引っかかるはずがない、これは自作の逸品だ。企業がサイバーテロを防ぐことを前提に利用する、そんな代物を使っているのに、こうも容易くとは

 

 

「……暇な人もいるのね」

 

 

 思わずぼやいてs待ったつぶやき。強がりとしか受け取られないだろう言葉、だが

 

『暇人扱いか、さすがにそれはないわよ』

 

 

 

「!」

 

 甲高い声と共に、デフォルメされたウサギがゴミ箱から飛び出た。子供の落書きのようなそれは私のPCで好き勝手飛び跳ね、甲高い声でけたたましく叫ぶ。それにはもちろん驚いたが、だがそれ以前に

 

「……どうして、このPCにはマイクなんて」

 

「付いていない? そんなの、こっちが付けて上げたんだよ。ハッキングしたパソコンを物理的に作り変える技術、おばさんには難しくても束さんには余裕のヨシコさんでした!」

 

「――――ッ!!」

 

 聞いた。聞き逃せなかった。今確かに名乗ったのだ、タバネ、と

 

「……ただの、愉快犯じゃないみたいね」

 

 返答、短い疑問文でお前は誰だと、この幼い悪戯に、自分は付き合ってしまった。

 

『あら、随分落ち着いてるみたいだけど……なんで焦ったりして無いの? あなたの研究をばらまいたら、世界は面白おかしくなるはずだよ!』

 

「……好きになさい」 

 

『ふーん、面白くないね。でもしないよ、それだと、あなたの娘さん助かっちゃうじゃない。それじゃあ、ダメ。束さんはね、あなたの娘の命を対価に、交渉をしたいのだ!』

 

「!」

 

 

 

 

 

「あっ、やっと驚いたね」

 

「!!……後ろ」

 

 生の声、とっさに振り向き見た。そして、そこには

 

「……ッ!!!?」

 

「驚いた、でもよかったじゃん。あなたが夢に見た、本物のIS 。触りたいなら触ってどうぞ」

 

 どうぞ、そう言われてもイリスは動けない。

 

 いつの間に在ったのか、背後に立つ武骨な騎士。フレームだけの機体、人が収まる場所は空洞で、しかしその機体は独りでに立って、その手に握る刃の切っ先を自分に向けている。

 

「……あなたは、いったい」

 

 イリスの視線、それは向けられた切っ先ではなく、機体の陰に隠れた人影。

 

 アジアスクールの制服を着た、長い髪の若い娘。ふざけたうさ耳を付けて、顔色は薄暗いが極東の顔立ちとだけ理解できた。肯定する条件は十分に揃い過ぎている。この娘は、今世界で最も顔の知れたジャパニーズ。世界をかき乱した風雲児、その名は

 

 

 

「Dr・タバネ」

 

「正解。初めまして、ミセス・イリス。お初にお目にかかります……なんてね」

 

 ふざけた態度、だがここまでしておいてただの悪戯とはもう断定できない。

 

「……何の用かしら、あなたほどの天才、いや天災が私なんかに」

 

「共同研究、そのお誘い……って知ったら」

 

「お断りよ、今の私にそんな余裕は「助かるよ、あなたの娘さん」……ッ!?」

 

 

 

 

「シャルロット・ローラン、あなたの娘を助けてあげる。」

 

 

 

 

「!!」

 

 身構えた、当然だ。相手は、信用ならない世界の異端児だ。

 

 相手は、ISという存在を世界に流布し、均衡を崩さんとするマッドサイエンティスト。そして、自分はとうに理解している。ISコアの持つ、本来の意味。もとい、その恐ろしい根幹の機構を

 

 

「イリス、条件は簡単。あなたは、これから行う私の研究に協力すること。そうすれば、あなたにはこのISをあげるわ。好きに使いなさいな」

 

「……ッ」

 

 嫌な予感がする。こんなにも無害な年下の少女が、妙に不気味で、そこの知れなさに震えが止まらない。

 

 だが、ここまで来た以上、自分に拒否権は無いのだろう。この世の底辺を生きたイリスには、それが察せられてしまう。この女は、今まで出会ったどんな人間よりも、闇が深く、恐ろしい。

 

「……Dr.タバネッ」

 

 眼前にいるのは間違いなく悪魔。だが、悪魔は契約を順守する。たとえどんな不都合があろうと

 

「……ッ」

 

 告げた、告げざるを得ない。リスクは承知だが、もう取れる選択はこれだけだ。

 

 イリスは束の手を取る。シャルを救うため、ISの研究を許されるために、稀代の天才が企む悪行に、私は手を差し伸べてしまうのだ

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 




ついに原作の重要キャラの登場。当然、束さんも魔改造キャラになります。



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イリスレポート4

時間がかかりました。過去編もこれにてクライマックス、外道の正体、その軌跡をついにあきらかにできます。


 セシリアの放ったEMPバースト、その影響は地下だけではなく町全体にも轟いた。

 

 電子パルスが街の情報網をかき乱し、その影響で地上の道路交通は麻痺。また、報道機関は何故かルーブル美術館の方へと集中しており、街は爆心地を中心に賑わい人の視線を集めていた。故に街からの逃走は容易だった。

 

 フランス、パリより北西にある都市アミアン。そこからの伸びる架線でドーバー海峡の大橋があるカレー港へと目指す。選んだ道のりは最短、しかしその道は自然が織りなす複雑な道で足は遅くなる。

 

 ここは、300年前の地殻変動で創られたナショナルジオトラジディ。自然遺産として登録された大渓谷、アミアン自然公園だ。

 

 

 

「……絶景だな」

 

 つい、そんな感想が出てしまう。

 

 見下ろす景色は空高く、地上3000mからのフライトで拝む地上の神秘。山脈が織りなす大地にはところどころ黒ずみのような渓谷がいくつも見られる。没した大地はさながらグランドキャニオンのように雄大な警告をつくっており、それが血管のように幾つも入り混じり大地を形成している。

 

 警告を走る鉄橋。線路を伝いすでにセシリアたちは先を行っている

 

 だが、連絡をしようにも周囲にはすでにジャミングが微尺に走っている。

 

 

「遊ぶ、暇はないわ」

 

「……あぁ、わかっている」

 

 ファットアンクルの登場席、イリスに操縦を任せ、ダリルはしかるべき準備に取り掛かる。

 

 地下から持ち出した平気で突貫工事、用意した翅はいささか武骨だ。だが、贅沢は言ってられない。ことは既に、始まっているのだから

 

 

「……応答がない以上、このまま高高度で目視したのち、奇襲は空から……イリス、操縦は任せた」

 

「ええ、けど速度は出せないから……あと数十分はかかるわ。」

 

「……ッ」

 

「……上手くいったら、この子に謝ってくれないかしら」

 

「」

 

 追っても無く、気づけば暇の時間はまた昔話の続きとなっていた。シャルの手が欠損していた事実に驚くも、更に次にと苛烈な情報が続く。

 

 

 ISの創始者、篠ノ之束の暗躍。なんとも、頭が痛くなる内容だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーブル美術館地下、更には郊外にいくつも、束の用意した研究所は一種のネットワーク上にこの地に散らばめられている。どこにそんな資源や人脈があるのだと聞いたら、彼女にはスポンサーがいるらしい。

 

 しかも、人の名前を勝手に使って、隣国の有力者に資金まで出させて。面識のないあのモーレスという男、やたらと不躾に接して来て、セクハラまがいのコミュニケーションを取ろうとするものだから、つい義手で殴ってしまった。

 

 いや、そのことはどうでもいい。とにかく、この束という人物はまだティーンであるのに奇怪なまでにコネクションを有している。財源も、人も、そしてなにより、有した知識は人類の手に余るものだ。

 

 ISの創造者。奇怪極まりない相手だが、娘のためには力を借りないといけない。今の技術では至らないおのなら、理から離脱した技術を身に付けねばならない。

 

 

……選択肢は無い。手を取る以外、私には

 

 

 彼女の研究にのり、そして私は知った。これが、悪魔の誘いだと知りながら、なおも知りえなかった甘さが悩ましい。

 

 稀代の天才、世界を乱すトリックスター。だが、その実態は

 

 

 

 

―フランス南部―

 

 

 

 

 

 

 無機質な実験室。ただ白いだけの密室で、その中には一人の女がいた。

 

 年は二十代半ばぐらいか、目に見えてわかる特徴は、この被検体には両足が無いことだ。だが、そんな彼女には義肢が与えられている。

 

 

「さあ、実験を始めて頂戴! シンクロ率、神経封殺は5割、キメラ試験開始!」

 

 

「!」

 

 束の異性のいい声が、実験室の中にまで轟く。女はうろたえ、しかし拘束されている故に何もできない。

 

 拘束台に立たされた女には機械の手足、ISの脚部が付けられている。女は自らの足に違和感を感じ、恐怖から声を荒げて訴え続ける。

 

 

 

『いや、なにこれ……入ってくる、私の中に、だめ……止めて!止めてよ!! とめ、ガッ……あぁぐxがgyくうbcづbくdbpcbvじぇvに「b@うvべ』

 

 

 

「!!」

 

 女が壊れた。言語とは思えない、不可解な叫びをあげた。それは、まるでコンピューター上に在る複雑な機械言語をそのままに叫ぶような

 

 何故なら今、彼女の中にはISの情報が入っている。ISコアという莫大なブラックボックスの情報量が、神経を通じて生の大脳に注ぎ込まれているのだ。

 

「……ッ」

 

 コンソール上に見える生体情報、そこには生命機器を示す反応と並行して、この女性のIS適合率が異常な値に上昇していることが見られた。

 

 ISの研究は自分もある程度は熟知している。だが、これほどまでの異常な指数は、あまりにも荒唐無稽だ。

 

 他の研究員たちも皆、実験部屋の彼女に視線を奪われて計測もままならない。脚部だけのISが、気づけば全身に手足や羽と歪に纏っていき、やがてそれはむごたらしく悪魔のような形状と化した。

 

 

『■■■■■■■■■■ッ!?』

 

 鉛のような、重く響く轟音。それは人ではなく、獣の叫びだった。

 

 秘検体の女性は姿を変えた。歪な複眼の黒い人形。体よりも大きい剛腕を振るい、拘束を砕き壁面に飛びついた。

 

「逃げなさい!!」

 

 とっさに叫んだ。目の前の怪物がするであろう所業を察して、私は職員たちに退避を促した。

 

 するとすぐに、黒い粘度で覆われたような巨人が光の粒子を顔面に宿し咆哮を放つ。吹き荒れる粉塵、機材が火花を拭き研究員も逃げ惑う。

 

 だが、その中で唯一、束だけは戦火の渦中に居座っている。

 

「あ~あ、自己進化が完全に暴走してる。これじゃあ癌細胞だね、醜く大きくなっちゃって……うん、失敗個体だけど、戦闘能力は高そうだし、名前をあげようか」 

 

 平然と、束は気楽に独り言をつぶやきながら、散歩のような気軽さで目の前のそれに近づく。

 

 ISだった黒い人形に、束はその手で触れてみせた。すると、人形は嘘のように、その怒号を沈め、朽ちていった。

 

 

 

「ゴゥレム。色々遊べそうだね、これは」

 

 

 

 手元に残ったのは、禍々しい光放つコアのみ、それを束はどこかに消し去った。

 

 

「さあ、別の部屋を使おうか……ね、次の秘検体の用意、お願いね」

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

「あれ、ねえイリス博士。何か、言いたいのかな?」 

 

 

 

 

 笑っている。

 

 

 命を歪め、狂気に浸りながらこの女は笑っている。

 

 

 狂人、それ以外に当てはまらない。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 一年が過ぎた。多くの犠牲を出してなお、彼女は愚行を止めようとはしない。そして、そんな彼女の下から誰も逃げることはできない。

 

 研究員たちは全て見なくなった。顔も、声も、漂う血の芳香も、何も関心を覚えないまま彼らは言いなりに日々を送る。

 

 そんな中、私は独り愚かであろうと決意した。

 

 かの機体が完成し、彼女が基地を離れた間に私は動いた。

 

 彼女の自室に侵入し、そのロックを破ってデータバンクを覗いた。いくつものダミーと警戒センサ―を掻き分け、飛び越え、そして私は知りえた。

 

 

「!」

 

 

 彼女、篠ノ之束が何故、私を担ぎ上げてまで協力を抱いたか。リユースサイコデバイスという未知のプログラムを解明し、それをどのように使うつもりか。

 

 全て、全て記してあった。

 

 だが、それはあまりにも都合がいい。何故か、理由は明解だった

 

 

 

 

 

 彼女にとって、私は既に降板ということだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は企みを持っている。それは、区別をつけるならどうしようもなく悪だ。限りなく黒い、極上の悪心だ。

 

 彼女は自己顕示欲にまみれ、そして愉悦に浸り非道を率先して下す。つまり、彼女はシナリオが欲しかったのだ。

 

 後に起こるIS時代の戦争、その引き金となる火種を、ここフランスに仕組んでいたのだ。

 

 

 

……モーレス・ガルディなんて他国の古だぬきを私の名前で呼び出し、そして意図してイリス・ローランの遺産の存在をにおわせた。

 

 

……私が書いた手記、そのコピーを握らせ、意図して外部に流出させた。

 

 

 すべては、シナリオの通りに。筋道をたどり、世界のバランスが崩れ行き混沌に進むように、彼女は時計の針を握っていたのだ。

 

 

 

 

……数年後、イリスローランの娘が存命であることを、時限式で明るみになるように筋書きを書いていた。

 

 

 

 

……イグニッションプランで息詰まるフランスが、リユースサイコデバイスを搭載したISを狙うように、そしてその渦中で

 

 

 

 私の娘、シャルロット・ローランが犠牲になることで、シナリオは最大の見せ場となるように、篠ノ之束は筆を執った。

 

 

 

 ローランの唄は悲劇の唄、史実も王を助けるべく向かった王子は戦に敗れ全てを失くした。

 

 世界の波を止めんと、個人がその意思で轍を刻もうと意味はない。無力なまでに、世界の悪意に潰れていく。消え去る。

 

 世界に悪意を残し、ただ理不尽が蔓延した結果が残る。

 

 リユースサイコデバイスを手にしたフランスは、ISの常識に革命を起こす。だが、束が作り上げた世界は歪な形をすでに気づいている。それは女尊男卑、性別という原始の頃から続く二元論を用いて、世界の騒乱を過激にせんとしている。

 

 白騎士事件、インフィニットストラトス、篠ノ之束が抱いた夢、その答えを私は知った。

 

 

 知ってしまった。故に、この先は末期の記憶。

 

 

 

 

……イリスレポート、私の記録はここで終わる。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る施設、崩れ落ちる天上、鳴りやまないサイレン。

 

 死神の襲来は想像よりも早かった。施設は所かしこで無人機が暴れ、研究員たちは無残に光で焼かれ、マニピュレーターでつぶされている。

 

「……ッ」

 

 そして私の目のまえにも、その死神はそびえ立っている。最初に見た実験で豹変した黒い人形。彼女がゴウレムと称し、好き勝手に使役している忠実な兵器。

 私が開発したEOSとは比べるべくもない、まさに世界の戦争を変える代物。IS、禍々しい暴力の化身である。

 

「……ミス・束。まだ私に用があるのかしら」

 

 誰もいない、自分以外死体しかない場所で私は独りつぶやいた。

 

 モニタールームの画面をバックに、取り囲む三機のゴゥレムを一瞥。これらはただ銃口を構えるだけ。やる気があるならすでに私はチリと化している。

 

「交わす気があるなら、何か言いなさい……じゃなければ、早く殺しなさい」

 

 気丈に振舞って、私はそんな言葉を吐く。

 

 

……もう少し、あと

 

 

『……へぇ、まだ会話する気力があるんだ』

 

「!」

 

 乗った、その機会は天啓であった。

 

 後ろに付いた手でコンソールを操作する。バレないように、慎重に、1フラットでも多くの時間を残すために

 

 

『で、イリス博士……全部あなたには教えたけど、どうかな……シナリオ、もう気づいてるでしょ』

 

「……えぇ、あなたがサイコでクソビッチだってね」

 

『もう、口が悪いなぁ……けどいいや、絶望しかない哀れなヒロインが君だもん。それぐらいはいいよ、許してあげる』

 

「……」

 

『ねえ、どんな気分? 生まれも最悪で、手足も無くて、しかもその不幸が娘までにも及んで』

 

「…………」

 

『ねえ、答えてよ……あと数年後、あなたの娘は国のおもちゃになって、そして戦争の駒になる。束さんはね、退屈が嫌いなの! だから、ISをつくって世界を壊した! でも、それだけじゃ未来は平凡……だから、もっとひどい理不尽が世界には必要だからさ、あの世界の技術を頑張って解明して、そしてシナリオも作ったんだ!! それはね、束さんだけじゃ成立しない、ゴミよりもみじめにくたばる可哀そうなお姫様、そんなあなたがいないと味はつまらない……ねえ、だから自信をもってくたばってね! イリス・ローランは、世界を狂わした狂気の発明者!! そして、その娘は狂気の被害に遭って、さらに世界を混沌に陥れる!!』

 

 

『世界はもっと、楽しい理不尽でいっぱいになる!! でも、その理不尽は倒される運命にあるんだ!!』

 

 

 

「……まるで、預言者ね」

 

 息を途切れさせず吐き続けた束に、イリスは平然と返した。改めて知って、相手は理解する価値もない、世界のはみ出し者、異常者でしかない。

 

「なるほど、だから……貴方の作ったISは未完成、不出来な代物なのね」

 

 IS、この施設で触れる機会を経て、私も十分にその知識を深めた。欠陥の在る代物、だがそれも全て前提が違う。

 

 人は、ISが宇宙を探索するために在るものと称した。そして、今普遍的な見識ではISは国家の武力の根底としている。

 

 だが、真に、この束がISを乱した理由は、ただのどうしようもない私情だ。エゴよりも質が悪い

 

「……貴方の望み、ISを作って成し遂げたい、あなたの夢……くだらないし、興味はない。でも、その助けるってこと、一体どういう意味かしら」

 

『事実だよ。シャルロット・ローランが将来、シャルロット・デュノアになる未来、遠くないうちにあの子が助ける予定だから』

 

「……また予言かしら」

 

『はは、だからそう言ってるじゃん。いっくんは貴方の娘を助けるけど、でもその未来はつまらない。だから、私は最悪の、どうしようもなく救いの無いシナリオを描いた。これも全部……あの子主人公になるため! 束さんが大好きな、いっくんがヒーローになる為!!』

 

「……誰よ、そいつ」

 

 呆れ混じり、狂人の声をイリスは流した。

 

 

……もう、十分かしら

 

 

 引き延ばした会話。すでに手を打ち終えた。

 

 

……これでいい、私は全て、やり終えた

 

 

 

「……終わりにしましょう、ミス・束」

 

『言われなくてもね。じゃあ、これでさようなら……永遠にね』

 

 

 切れた。アナログの回線を切ったように、その切断音が妙に耳障りに響いた。

 

 

「……終わり、ね」

 

 静かに呟く。同時に、エンターキーを力強く叩いた。

 

 既に映像も何も向こうは拾っていない。あとは、ただこのIS達が処刑するだけ、その光景にあの女は興味を持っていない。

 

 

……甘いのよ、天才!

 

 

 備えていた。私は研究に協力する裏で、密かにあるモノへ細工を施していた。

 

 あの女、束が約束を違え、シャルを救うための方法が手に入らないときの為、いざという時にこの地を逃げるため。手足の不自由な私だからこそ、この手段を仕組んでいた。

 

 施設の奥深く、封印を施された彼の機体。束は知っていないのだ。

 

 

 

「Viens ! Lumière la Durandal!!」(来なさい、リュミアーレ・ラ・デュランダル)

 

 

 

 聖剣はすでに、私の手で汚されていることを

 

 本来の未来を歪め、創り上げた彼女のシナリオ。訂正は叶わなくともまだできることが私にはある。

 残された命、その残照に至るすべてを利用して

 

 

 これからの物語に、一石の異物が混じらんことを

 

 

 

 

 私は、世界に祈ろう。

  

 

 




今回はここまで、まだ開示していない部分もありますが、これにてシャルロット編の全容、誰が最も打つべき敵であるか、明確にすることができました。

次回、前半でイリスの最後、レポートを終えたラストメモリーを開示。その後、物語は今の時代へと回帰


世界を嗤う兎を刈るはこれまた世界の異物、まずはその手先から屠るとしましょう。







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ラストメモリー

明けましておめでとうございます。今年もどうかお付き合いください、遅筆な件をなにとぞ


 シャルロット・ローラン。呼称Sは基本世界線において4番目のヒロインとなる存在。出会い方、生い立ち、その過程は酷くつまらない平凡な過去。故に調整の必要があると判断。

 

 必要行程、母親を物語のキーポイントにするべく、バッドエンドの運命を調整。最適な処置として手足の欠損を元に筋書きをつくることが名案

 

 基本世界線、呼称Sとその母親個体の平穏な人生は破棄、破壊行程に伴い母親は役目を終えたのちに処理。以降は基本世界線を準拠しデュノア社の子飼いとして救い無き幼少期を経過。基本世界線から逸脱させ、呼称Sは最重要人物の覚醒を促す有用な要素として機能することが予想される。

 

 IS学園入学、彼はそんな彼女の境遇を知り、手を差し伸べ呼称Sを救う。以上をもって、現世界線の改竄を端的に要約、ここに帰結する。

 

 バタフライプラン、S項の完了の後、この記載を全て破棄。これは最高決定であり、当該者、篠ノ之束本人をもってしても否定は不可とする。

 

 

 

 

……以上、端末の記録より引用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―某所― 

 

 

 うさ耳を付けたメイドの少女、バカみたいな表現だか、その通りとしか言いようがない。メイド服に機械で出来たウサギの耳。女はロッキンチェアーに揺られながら、目を閉じてどこか遠くを脳裏の先に見ていた。

 

 世紀の科学者、篠ノ之束。彼女は基本自身のテリトリーからは出ることはない。とくに、それがすでに意味の無い事態であるなら、彼女はただ機械を通じて情報を得るだけ。

 

 

 すでに、処分用の対人ゴゥレムはことを終え、最後の自爆も完了した。

 

 

 今、彼女は気分がいい。描いたシナリオ。その下ごしらえが完璧に整ったこと、それがたまらなく愉快で仕方ないのだ。

 

 

「さて、処分は終わったし……お茶でもしよっかな。」

 

 

 気軽に、スクールの宿題を終えたような気軽さで彼女は事態を流した。彼女の下した命令で、最低でも50ほどの人間が処分という名目で殺されたというのに。

 

 関心は持たない。篠ノ之束に平凡な人間らしさなど求めるだけ無駄である。

 

 

「ん、ねえまだ? お茶とお菓子、早く持ってきてよ……ねぇ。」

 

 

「…………わかった」

 

 束に呼ばれたその女性、メイド服を身に付けた赤毛の大人。感情に乏しい反応で、茶会の品を運び主にかしづく。

 

 

「……おもしろくないね、君は」

 

「申し訳ございません、マスター」

 

「ふん、その反応がツマラナイって言ってるのに…………あ~あ、オリジナルを見習って欲しいよ。ねえ、聞いてるの? ミラージュ・ツー」

 

 

 

 

  ×   ×   ×

 

 

 

 

 一瞬、数えで秒も至る間もなく、全てはことを終えた。

 

 振るった刃はゴゥレムを切り裂き、更には誘爆もさせる間もなく、その存在を食らい消し去った。

 

 世界初、リユースサイコデバイスを搭載したIS。リュミアーレ・ラ・デュランダル。その性能、特逸した能力。それらをもってすれば暴走IS三機の制圧も容易く行えた。だが、その代償はただではすまない 

 

 

 

 

「――――――ッ」

 

 

 

 視界が赤く染まる。拭えど拭えど顔は地にまみれている。

 

 脳が焼ききれるように痛い。ISの繋がりが立たれた今も、精神は火に炙られ今にも消え入りそうに。

 

 

 理由は、明確。リユースサイコとISがもたらす当然の結果。ただの人間は、ISのもつ膨大な情報量を受けきることはできない。通常の操作系統であるイメージインターフェイスは、人が生きたまま、リスクなくISを使用するための術である。故に、あの束はこのシステムに固執したのだろうか

 

 

「……ッ」

 

 

 待機状態、装飾剣の形に戻ったそれは未だなお自分と繋がっている。それはおそらく、使用者の生存を保つため

 

 一度システムを使えば、機械は使用者と密接につながる。これまでの欠点、リユースサイコへの適応値が低い人間がすぐ死傷するケースから、このISにも安全装置として目に見えないバイパスが伸びるように設計は立てられた。

 

 握った剣はもはや武器ではなく生命維持装置に他ならない。へその緒で繋がれて生存する赤子と大して変わらないのだ。

 

「……ッ」

 

 強く、刃を握った。自分も加担した、彼女の発明の犠牲。システム完成のためにどれだけの人間を灰人にして殺したか

 

 始まりは娘を助けるため、しかし結果は救いのないバッドエンド。イリス・ローランという人間には何も残らない。何も得られない。残ったのは一握りの罪。

 

 今、ここでISの初期化をすれば自分も彼ら彼女らと同じく、ISの演算補助が消え壊れた脳機能はそのままに、息を立つのに数十分もかからない。

 

 だが、だとしてもまだ

 

 

 

……まだ、まだできることはある

 

 

 

 自分は終わる存在、だから篠ノ之束は全てを見せて、そして嘲笑い私を片手間に葬った。

 

 信じられないことに、彼女は全てを知っていた。この先起こること、未来に何があるか、ISがもたらした世界の顛末、まるで人類という登場人物を操る戯曲家のように、高い位置から見下ろしているのだ。

 

 

……あいつのたわごとは、真実。シャルは、残酷な運命を背負った先に、イチカ・オリムラという青年に助けられる。

 

 

 私の書いた手記を頼りに、その男が娘を救う、それが正しい歴史だと彼女の見せた予知の日記に記載されていた。

 

 

「…………ッ」

 

 

 敵は異次元の存在、到底かなわない神のような相手。だが、このままただ朽ちるだけなら、せめて

 

 せめて、彼女の筋書きに、いやがらせ程度だとしても

 

 

 

 

……決められた運命を、変えたいッ

 

 

 

 

「理不尽に、抗いたいッ……私は、あの娘のために…………」

 

 

 

 

 

Fin~ラストメモリー~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アミアン市・郊外―

 

 

 

 

 

 時は、現代に戻る。欧州に混沌をもたらす結末はすでに打ち砕かれた。残るは凱旋、理不尽を打つ倒した彼女ら、彼らは帰路を目指す。

 

 その地は、本来であれば何もない、ただ田園と丘陵地帯が立ち並ぶ場所。しかし、大昔にその土地て地盤沈下が起こり、かの地はフランスで最も絶景なジオ・スポットして近代に名を馳せた。

 

 フランス北西部、アミアン自然公園。大地の滑落が生み出した大渓谷、その地を走る列車はもとは観光産業の為、しかし自然保護のため一般市民が利用することはなく、産業用の路線として運用が成されている。

 警告を走る地下水の川、鉄橋から覗く景色はまさしく絶景、人の口を開かせて塞がなくさせるのも無理はない。

 

 

 

「……」

 

 

 貨物区、窓を開き見張りと銘打って、同席したガレの部下たちは戦勝気分から観光と腑抜けている。

 

 そんな彼らに目をくれず、彼ともう一人だけはこの状況のなか真剣に周囲の警戒を怠っていない。

 

 

「……ッ」

 

「少尉、黙らせますか?」

 

「いい、煙たがられるだけだ」

 

 セバスの気遣いをビリーはそっと降ろす。しかし、手渡された防寒のジャケットは仕方なく受け取る。

 

 ビリー・ヒッカム中尉、セシリアの護衛として派遣された正規軍人。今はその職務の継続、追手を警戒して車両の見張り代から周囲を目視で警戒。

 

 列車の天窓から覗く見張り台、突風吹き荒れる場所故に好みの煙草も吸うこともできない。今この頭に溜まるチクチクはニコチン切れか、それとも下の馬鹿どもの間抜けっぷりか

 

 

「……ッ」

 

 

……馬鹿どもが、まだ国境も超えていないのにうかれやがって

 

 

 実際、今は逃げているというよりは、足止めを食らっている方が正しい。自分たちが使ったのはアルベール、そしてモーレスの組織が作った非合法の品を運ぶための線路と、そして列車。特にこの列車は兵器運送もこなすためのもので空爆にすら耐えられる堅牢な仕組み、つまり見た目があまりにもいかつい。そんなもので市街地の路線を走ればたちまちパニックであるし、立場上これ以上他国で荒事を起こすわけにもいかない。

 

 故に、今は時間を食ってでもこの秘境にある架線を使い、イギリスドーバー海峡を横断するアクアライン、その脱出路があるカレー港にたどり着かねばならない。

 

 イレギュラーは、起こり得る。未だ安全などできない、ここは戦地で、自分たちは消耗した弱軍なのだから

 

 

 

「……ビリー少尉、代わりましょうか」

 

「いや、いい……お前はアッガイの整備を頼む。弾薬の補給、バッテリーは何時でも動くように温めておけ」

 

「……来るのですか?」

 

「……さあ、だが」

 

 

 

 

……ガタン、ガタン

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 何度目かわからない鉄橋を超える。河川を挟んだ渓谷を超えて、蛇行するように谷を進み、時間をかけて北へ進む。

 

 両側を斜面に挟まれた場所、カーブのある地点は正面から奇襲を頂くこともあり得る。

 

 警戒は万全にして足りないこともなく。そしてなによりも

 

 

 

……感じるな、嫌なむかつきを

 

 

 希少な戦力、唯一とってもいい戦場の空気を多分に知っている戦士として、ビリーとセバスは意思を同じくして感じ取る。

 

 敵は、自分たちを狙う第三勢力は

 

 

「来るさ、必ずな……俺たちは、まだ勝ちきってもいない。」

 

「……」

 

「審判はゲームセットを告げちゃあいない……引き締めて待つんだ。ここから先がアディショナル、最後の踏ん張りどころだッ」

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 




 今回はここまで、ようやく物語の最新に戻って来れました。長い、長い過去編でした。

 読者の皆様、待たせてしまい本当に申し訳ございません。ですが、この過去編は必要なこと、この作品におけるダリルの目的、そしてラスボスの設定の為にこれまでの長い工程は必要でした。

 長い、本当に長く続いた物語、しかしそれもようやく終わりが見えてきます。イリス&シャルル編、これにてクライマックス。最後は熱く、かっこいい重厚感で締めくくってみせましょう。



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交戦開始

続けて投稿、タイトル通りです。


 フェルシア・カフゴ、彼はギャングの頭目であると同時に歴戦の軍人でもあった。

 

 かつては一国の特殊部隊に所属、しかしとある事情からの立場を追われ、いつしかたどり着き出会ったのは隣国のごろつき達と、その裏にいる民間会社。彼は仕事を手に入れ、同時に力を取り戻した。

 組織はあくまで会社の子飼い。だが、彼の持つカリスマというべき頭角が、自然と周囲に人物を引き込みいつしか一つの個と化した。

 

 彼の右腕として認められたジェバンという男は言う、アルベールには舌を出して頭を下げる。だが、フェルシアという男においては、自分たちは差し出された手に口づけをして忠誠を捧げると。

 

 

 フェルシアは軍を有している。それも、アルベールが把握するよりも、統率力という点で圧倒的に優れた軍を、だ。

 

 汚れ仕事、その内容は徹底した対人の殲滅。つまり、この平凡な太平の時代において、唯一実戦経験が豊富な兵士。演習で戦力の過多を披露する軍人よりも、彼らは非常に優秀な働きを示し、強襲と殲滅を的確に遂行する。

 

 枷の外れた狂犬。見えない牙の威を借りずとも、彼らは明確な脅威となり得る。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 ターゲットの車両がポイントを通過

 

 

 

 砲撃班、強襲班、遊撃班、共に戦闘配置

 

 

 

 

『……全機、EOS起動、アンブッシュから飛び出ろ。獣のように、野蛮に牙をむいて……食らいつけッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガレ、ガレはいるか!」

 

「なッ」

 

 運転席、そこでふんぞり返るヨハン・ガレにビリーは詰め寄る。隣で惚けている秘書を無視し、ビリーは本題をぶつける。

 

「速度をあげろ、今すぐこの地帯から離脱しろ!」

 

「な、バカなことを」

 

 胸倉をつかみつめいられる。投げられた言葉は、ガレでなくても疑問に抱くものであった。

 

 現在は蛇行する警告を走る道。速度をあげればカーブで曲がり切れず、脱輪、横転の危険もあるからだ

 

「貴様、ここにきて事故死でもしたいのか?」

 

「ばか、今やらなきゃ……俺たちは戦死するッ」

 

「!?」

 

 場の空気が凍る。皆が、ビリーの言葉を待つ。

 

「……アッガイの、俺たちの機体は水陸両用。音に関する探知機能は大抵有している。それで、今俺たちの走っている架線の音、それを拾い分析した。追手が来ている、この線路を使ってだ」

 

「な……まさか、いやだとして……それなら、どれだけ距離が詰められている」

 

「おそらく、約五キロぐらいだ」

 

「五キロ、なら問題ない。入り組んだ道ゆえに、追手とやらもスピードは出せないのだろう。」

 

「馬鹿、お前はそれでも元軍人か!!」

 

「……ッ!!」

 

「たったの五キロだ、それだけあれば届くんだよ。敵の戦力は軍隊と同質なら……あり得るんだッ」

 

「……な、まさか」

 

「!」

 

 

 ビリーの顔色が変わる。会話のさなか、耳につけたカフスが連絡を運んだ。

 

 後部で、備えているセバスからの緊急連絡。情報を脳で処理し、すぐに

 

 

 

「速度を落とせ!!」

 

 

「!?」

 

 

 飛びつくように、割って運転席をのっとりビリーはブレーキを引いた。

 

 

『全員、衝撃に備えろ!!』

 

 

 叫ぶ、アナウンスが車両内に響き渡る。同時に

 

 

 

 

……ガコンッ!!!

 

 

 

 

『―――――――ッッ!!!?!?!?』

 

 

 

 

「……くッ」

 

 急停止、車両の負荷は全体に振動し、立つ者は慣性で体が持っていかれ壁に床にと転がりまわる。

 

 だが、そんなことに構っている余裕などなく、ビリーは引き絞ったブレーキをなおをも強くひき、強引にでも列車を止める。

 

「……ッ、は!」

 

 見た、見えてしまった。

 

 セバスが伝えたのは、遠くからの射出音、恐らくは遠隔砲撃の類か、しかし動き続ける車両を見もしずに狙うのは至難の業。故に、狙ったのは移動の線

 

 地形図を対象に、彼らは狙い放った。

 

 落ちたスピードで列車が向かう先、そこには

 

 

「備えろ、ぶつかるぞ!!!」

 

 

「な!?」

 

 

『総員、対ショック姿勢!!とにかく歯ぁ食いしばってしがみつけッ、ぶつかるぞ!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約五キロ地点、ビリーの予想通り、彼らはそこで砲撃を放った。渓谷と鉄橋が入り組んだ線路の道、しかし湾曲して飛ばす弾頭は200マイル程度、難なく迫撃砲で特殊弾頭は放たれて必着した。

 

 線路を走る装甲車が数台、ぞろぞろと顔を出すベルサーガ。

 

 フェルシアもまた戦闘で陣頭指揮を執る為、指揮官機に登場している。

 

 

 

 

 

 

「ジェバン、対象は」

 

「衛星写真ですから、しばしお待ちを……ぁ、今見えました。安心です、敵は止まっています」

 

「グッド、上々だ」 

 

 敵の進行を止める壁は放たれた。先行した舞台が火ぶたを切る。

 

 機甲小隊、ベルサーガの数は12機。悪路を踏破可能な歩兵を含めて総勢30

 

「作戦を開始する。目標は生け捕り、それ以外は……始末しろ」

 

 

 

「「「「了解ッ」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……威勢がいいわね、ほんと」

 

 

 

 

 




今回はここまで、短めな内容ですが次回からがっつり戦闘描写です。


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エース無き戦い

早めに投稿できました。


 

 

 

 

 列車の急停止。ビリーの判断はまさしく懸命であった

 

 速度を落とした車両が向かう先、そこは一見すれば何もないように見えた。だが、残り数十メートルとなったところで、運転席からもソレは明確に目視できた。

 

 進路に在ったのは、両側の斜面に固定されたワイヤーネット。それが蜘蛛の巣のように、進路に対して垂直な壁となって張り巡らされているのだ。

 

 

 

……優秀だな、狙いも抜群だ

 

 

 的確な位置、目視からの減速では決して間に合わないだろうポイントとタイミングで仕掛けられていた。ビリーがいち早く対応したため最悪こそ免れたが、それでも依然状況はマイナスである。先頭より後ろの車両は脱線し、横転こそ免れたが車両は運航不能となってしまった。

 

 そしてなにより、自分もいた先頭車両は

 

「……ッ」

 

 

 火花を散らす機材、固定の甘い資材が至る所に転がり散らばる。正面のガラスは蜘蛛の巣を散らしたようにひび割れ、外界の景色は見えない。

 

「お、おい……生きてるものは、返事をッ」

 

「……」

 

「おい、まて……何をするつもりだ、ビリー中尉!」

 

「……後部車両に向かう。あんたはここで倒れてる奴らを介抱しろ」

 

 

……指揮官だからな、勝手にやられたら困るッ

 

 

 ガラクタを蹴飛ばし、ビリーは側面のドアから車外に出る。警戒しながら辺りを視認、そして列車の正面にあるソレをみた

 

 

「……こいつは、軍用の特殊兵器か。デュノアの残党にしては優秀だな」

 

 

 列車の進路を遮るように張られたワイヤーの蜘蛛の巣。

 

 側面の斜面に打ち込まれたアンカーから伸びるそれは列車に食い込むほどの切断力を有し、且つ靭性と強度にも優れている。つまり、速度を落とさなければ良くて爆砕、生きたまま体がいくつも寸断だってありえたかもしれない、ということだ。

 

「生きている、今はそれで丸儲けだ」

 

 そうとなれば行動は早く。

 

 敵は何時銃弾を放ってもおかしくない。五キロ程度、敵はすぐに向かってくる

 

 なら

 

 

『ビリー少尉、アッガイの整備終わっています。お早く!』

 

「……あぁ、セバス」

 

 

……迷う暇はない。たたき起こすよりも、まずは

 

 

 走る。時間をかけて、失う痛みも背負って、ようやくここまで来たのだから

 

 任務は果たす。己の信じる正義の為、軍人としての矜持の為

 

 ビリー・ヒッカム。彼の男は戦場の空気をまた大きく吸い込むのだった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

「……ッ」

 

 突然、何もかもが急であった。客間の個室で、セシリアは狭い中ISを身にまとっている。

 

 抱きしめて、アンロックユニットで覆うように庇ったのはチェルシー。咄嗟の判断で、セシリアは列車の衝撃からチェルシーを庇った。

 

 そのおかげで、無事チェルシーは怪我を負うことはなかった。だが、そのことで胸を降ろし戯言を並べる暇など無い。

 

 

……来ますの、敵が

 

 

「……お嬢、さま」

 

 

「チェルシー、あなたは中の人を引きいて支持を……私は、ビリー中尉と外に」

 

「……お待ち、を」

 

「ビリー少尉、状況をお願いします……外は、敵の攻撃は……」

 

 

 

 

『……お嬢、あんたは中で待機だ。絶対に、外には出るな!!』

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―渓谷、列車まで500m―

 

 

 

 架線が伸びる渓谷、もとからあった凹凸激しい山脈の地形に出来た地盤崩壊の裂け目、線路を築くために平坦な道をたどった結果進路は大きく蛇行した道筋となる。

 

 山脈を踏破するには樹林と傾斜が邪魔でEOSでは足を取られる。故に、戦場は閉鎖的でしかも直線的だ。

 

 

 

 戦場を指揮するのはビリー・ヒッカム中尉、そして敵方の大将フェルシア・カフゴ

 

 

 

 その差し合いの一手目、フェルシアが仕掛けた一撃の不意打ちに対しビリーは予知とも取れる危機判断でこれを最低限で終息させた。

 

 戦いは二手、次なるは直接の交戦。打ち合いでは決定打にならず。それは、フェルシア側が良く理解していた。

 

 

 戦いの要点は、ISの有無。最強のエースカードが戦場の法則を決定させる。

 

 長距離砲による殲滅は成立しない。光学兵器を操るISをもってすれば曲射弾頭程度容易く撃ち落とされる。

 

 そして、一方でビリー達の陣営もまた、ISのみに頼る限り勝機は見えない。決定的な問題として、相手側にもISは存在する。

 ミラージュ、ダリルと共に相対した宿敵、その存在がここまで姿を現さないことから、彼女もまたエースとして戦局を見極めているのだろう。

 

 

 状況を整理する。

 

 

 

「敵は、進路をふさいだ。追手は殲滅、ここで片を突けるしかない」

 

 

 

「奴らは逃げない、ここで迎え撃って俺たちを倒す腹積もりだ」

 

 

 

「戦局はISが左右する。だが、お嬢は無暗に出せば……スナイパーの優位を失った状態で、イレギュラーと相対させてしまいかねない。報告に在った、鉱山でやってくれたミラージュとかいう女相手に」

 

 

 

「先にISを出せば、後出しで不意を突かれる。なら、互いにエースを切るわけにはいかない。なればこそ、戦局の主役は寡兵にこそある」

 

 

 

「アッガイ三機、ベルサーガ四機、ファランクス三機……EOSはこれで全部だ!」

 

 

 

「EOSの総力戦だ。エースを切らないなら、切らせるように仕向けるだけだ!!」

 

 

 

 

 互いの首領はそれぞれの味方に鼓舞を送る。現状を理解させ、戦場の空気を吸い込ませる。

 実践、戦勝の気分は捨て去らなければならない。追いつめられた絶望の渦中でこそ、戦士は己の在り方を思い出せる。

 

 叫ぶ。僚機のチャンネルに、ビリーはけたたましいほどの熱量で命令を放った。

 

 

 

 

『絶対、生き延びるッ!! 総員、火薬を灯せッ!!!』

 

 

 

 

 

 呼応する。敵部隊にも同様に、先陣を切る対象は鬨の声は轟かせた。

 

 

 

 

 

『フェルシア部隊、撃鉄を起こせ!! 敵の眠り姫に、戦場のロックを叩き込んでやれッ!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――ッッ!!!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火の轟音が待機を揺るがした。放たれる4㎜徹甲弾の連射、EOSが駆動音の雄たけびを上げ大地を滑走する金切り音。怒声と罵声が入り混じり、男達は戦いの中で存在を示し続ける。

 

「……ッ!!」

 

 ビリー駆るアッガイ、そして向かい合うは指揮官機使用のベルサーガ。

 

 S字にカーブした渓谷に道の中央、両者飛び出すように躍り出て、そして鉄器を発見と同時にスラスターとホイールを最大回転。

 

 重装甲のEOS同士、決定打になるのは白兵戦。

 

 右腕部複合兵装より、折り畳み式の大型ナイフを抜刀。跳躍気味な突貫でビリー機は大将首を狙う。

 

「!?」

 

 つんざくような金属の衝突音。引き抜いた大型ナイフで鍔競り合う。

 

『焦るなよ、試合は始まったばかりだぜ』 

 

「……ッ」

 

 接触回線で流れる敵の声、相対する敵の声の余裕さに精神が冷つく。

 

 互いにエースを温存するゲーム。賭け事で扱うカードオブスカムをビリーは連想した。スカム、大貧民、カードギャンブルに例えるのは何とも理解しやすい。

 

 自分は絵札、エースではない。スペードのエースは別にいる。そして敵も同様に、この勝負の主導権も自身にある。プレイヤーは己そのもの

 

 

 

 

……背負っているんだ、なら下手は出来ねえ

 

 

「セバス!防衛線を敷け、何人か突破される……段階的に防ぐぞ!!」

 

 

 

次回に続く。

 




今回はここまで。続きもまた早めにできれば


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カード・オブ・スカム

時間がかかりました。なのでか、今回は長めです。前回と前々回が2~3千文字程度でしたが、今回はがっつり7千文字ぐらいです




 戦局は攻防戦、散逸的な戦いが散らばるのではなく、地形の位置関係に基づく攻めと守りの布陣で成り立つ。

 

 わずかな時間、罠によって戸惑う見方に鞭を打ち、ビリーは出来得る限りの防衛線を築いた。車両が止まった地点にチェルシー、そして中央にセバス、最前線にはビリー、それぞれアッガイに登場し、またガレの部下にもEOSに登場させ敵の進行を止める防壁とさせた。

 射線が通ることを避け、倒壊した車両のスクラップで簡易的な防壁を敷き、敵の進行を止めるべく射線を配置。

 

 戦況は強襲により乱戦が起こるとみられたが、彼らは必至に抵抗し敵の流れを跳ねのけた。

 

 戦場のペースは奪われていない。まだだれ一人として、勝ちの目を捨て去っていないのだ

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

―――後方―――

 

 

 

 チェルシーの駆る重火力型アッガイを筆頭に、ベルサーガ機が拠点防衛、そして

 

 

 

「いそげ、早く列車をどかすんだ! この二列目を先頭にすればまた走れる!死に物狂いで働け!!」

 

 

 

 つんざく叫び、ストレスで脳死しかねないほどに熱狂して支持を送るガレ会長。彼の言う通り、戦闘はワイヤーによる切断でつぶれているものの、列車自体はそれぞれの先頭に操縦系が備えられ、先頭車両さえどかし、ワイヤーを撤去すればすぐにでも発進できる。

 むろん、このまま逃げて敵を引き連れても状況が好転するとは限らない。だが、このまま逃げる足を失ってはそれこそ元も子もない。

 

 後方支援でバンカーミサイルを撃てば敵機に損害を与えられるだろうが、スポッターもなしにはそれも難しい

 

「……----ッ」

 

 加えて、この場を動けないのはチェルシーにも役目はあるからだ。

 

 車両の天井に座して、チェルシー機は右腕部スプレーミサイルユニットを上方に。迫りくる対地ミサイル。それらの軌道をそらすべく

 

 

「これでは、到底支援にはッ」

 

 

 放つ、マイクロミサイル弾頭はフレア弾。敵の弾頭を別方向へずらす

 

 だが、それで防げるのは誘導兵器。曲射された弾頭にミサイルでは遅すぎる。

 

 地上に降り注ぐ榴弾。高速で迫る点の打撃に対し、もう一人の狙撃手も引き金を引く。

 

 

 

「2……1……ゼロッ!」

 

 チェルシーの三歩後ろ、狙撃型カスタムのアッガイに駆る、唯一のエースカード

 

 IS操縦士、セシリア・オルコットの放つレーザーライフル狙撃。

 

 弾頭は空中で炸裂。EOSの装甲も打ち抜けない豆鉄砲ではあるが、対迎撃武装としては唯一無二の性能を発揮する光学兵器だ。

 

 むろん、そこにはたぐいまれなる狙撃技術が必須ではあるが、彼女であればそれは問題にならない。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 予備のアッガイに駆り、慣れないEOSを扱って後方支援に徹する。そんな主人の姿は、先までの悲壮さにくれた少女の面影はない

 

 腹をくくった、一人の戦士のごとく。武器を取っている

 

 

 

「チェルシー、弾の補給は」

 

「……ッ、はい……問題なく、まだ大丈夫です」

 

 セシリアの声に我を引き戻す。

 

 悲しみに暮れるよりも、今を生き延びるために強く心を押し殺している。そんな主人への配慮すら、今は許されはしない。

 

 ISに乗る搭乗者だからこそ、エースの責務を理解している。

 

 守るはずが、頼らざるを得ない。

 

 思い人を失った苦しみから、胸に抱いてやさしく慰めることすら、今は

 

 

「……チェルシー」

 

「お嬢様……はい、チェルシーはここに」

 

 気丈にふるまう声、心配もする、情愛は痛む。されど

 

 

「今は……目の前のことに。気遣いはいりませんわ」

 

「……ええ」

 

 

 私が使える彼女は、かくも立派な主君であった。

 

 ダンスのステップにつなぐ手は必要ない。無情とそしられようと、今は

 

 

「……お嬢様、頼らせていただきます」

 

「ええ、よくってですわ……それは、きっとあの人も」

 

 

 

 炸裂、空中で迫る曲射榴弾がレーザーの熱で融解、さく裂した。

 

 降り落ちる爆炎の煙、戦場の消炎と煤にまみれながらも、令嬢は美しく君臨して見せる。

 

 

 

 

「ダリルさんの望む結末、私たちは必ずイギリスに生還してみせます。そうでもしないと、報われませんッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――前線―――

 

 

 

……ガキンッ‼

 

 

 

「……くッ」

 

 

 

 何度、この刃を合わせたことか。

 

 統合火力兵装、右腕部に装着した武器、バレッタナイフで幾度となく接近戦が繰り返される。

 

 ビリー駆るアッガイ火力型A装備、対する相手はカスタム改造された指揮官用のベルサーガ。高品質なドイツ製の名機体は、最新鋭の特殊機体と並べても性能差に遜色はない。馬力とスピード、その二点で差が生じているぐらいで、統合的に見て機体の差は等しい。

 

 

……くそ、等しいってか……だが、これは

 

 

 

『……ッ』

 

「!」

 

 接近戦用のヒートナイフを振るう。こちらもナイフでいなし、溶断される前に裁く。

 

 ヒットアンドアウェイ。ホバー軌道、と跳躍。高機動で軽快なアッガイの手数で、敵機の守りを突破せんと攻め手を止めない。

 

「……ッ」

 

 モニター越し。フルフェイスでモノアイの眼光のみ放つ無機質な敵、その思惑を推測戦と思考は動く。

 

 

……なぜだ、なぜ攻めてこない

 

 

 ビリーの中で、その疑問が決定的に解消しきれない。拮抗する者同士の戦い、駆け引きで守りに入る理由は分からなくもないが、だが

 

「お前……勝つ気。あるのかよッ」

 

 バックステップ、距離をとってマシンガンを斉射。同時にマイクロミサイルも追撃で放つ。

 

 左右に揺れる不規則な軌道。敵機対は重厚な機体でありながら、バックパックには機動力補助のプロペラ機関が二機搭載されている。30㎜徹甲弾の斉射を難なく受け流し、迫りくるミサイルには

 

『……聞いて、何になる』

 

「!!」

 

 敵機はナイフを持つ反対の左手で何かを薙ぎ払った。衝突寸前のミサイルがすべて爆破し、その煙の中から無傷のベルサーガが姿を現す。

 

『こっちとしては、お前たちを倒すために策を弄しているだけだ。懸命にな』

 

「……ッ」

 

『それよりも、いいのか』

 

「なに……--ッ」

 

 斉射。射撃のために距離をとったビリーの足元に、弾丸が降り注ぐ。

 

「…………ッ!!」

 

 背後に、ビリーが守る後方を塞ぐように、もう一機のベルサーガは銃口を向けている。

 

 相対するカスタム機と同じ、プロペラ機関を背負い、武装はバズーカ砲と三連装のバルカンユニット。デザートブルーの染められた二機は間違いなくこの舞台の中枢ともいえる存在。ナンバー1と2が相対するこの場で

 

 

……なぜ、時間ばかり稼ぐ

 

 

『二機で攻めてこない。それが不思議で仕方ないと……そんな感じか』

 

「!」

 

 覗き込むように、こちらの胸中を言い当てる。

 

 言い当て、そのうえでなおまた待ちの姿勢。ビリー逃がすことはしないが、かといって攻め落とすほどの必死さもない。

 

 

 

…………ズダ、ダダダッ

 

 

 

「……ッ」

 

 だが、かと思えば思い出したかのように援護射撃を放つ。もう一機の射撃が隙を作り、指揮官のこいつは白兵戦を仕掛ける。

 

 だが、それは同時に味方の射撃が停止することにつながる。

 

 

 

……なぜだ、こいつらいったい、この戦いをどう考えているんだ

 

 

 

 狙いは見えない。後方のお嬢の確保なら、逃げる足を整えられる前に、より深く踏み込むべきだ。

 

 後方にはEOSも備えている。歩兵が両横の深い斜面の森を駆け抜け、側面からたたくことは決してできない。ISのハイパーセンサーなり、熱探知や音響ですぐに特定できる。

 

 だが、セバスからはその手の警戒の報告もない。自分が手合わせしている以外の機体も、中央のセバスの防衛網で段階的に防げているのだ。

 

 では、この手合わせは

 

 

 

……まさか、遊んでるつもりかッ

 

 

 

 余裕ぶり、もてあそぶような布陣。次第に脳内の血管が沸き起こっていく。

 

 仮にこれが策であろうと、自分に何か失敗を起こさせるのを企んでいたとしていても

 

 

『どうした兄弟、動きが鈍いなぁ』

 

「……」

 

 振り放つナイフ。ビリーは慣れた牽制を即座に対応。読み切って、バックステップとった

 

 アッガイの足裏が地面を踏んだ。その瞬間

 

 

「!」

 

 

 ビリーの足元、めくれ上がった土にまみれ、それが敷かれていたことに気づけなかった。

 

 後方に備えるもう一機の手元、そこから延びる一本の紐上のモノ。巻き取られた足、振りほどかんとするも間に合わず

 

 

 

 

『足元がお留守だぜ。やれ、ジェバン!』

 

 

「————ッ!?」

 

 閃光、周囲の背景の色すら青白く変えるほどに稲妻が迸る。

 

 地面が焼けこげ、大気にもスパークが伝播する。カスタム機の放ったスタンロッドがビリーの機体にとどめを刺した。

 

 差し合い、駆け引き、すべてはこの為、誰もが見てもビリーは二人の術中にはまりあっけなく終えた。そう解釈されてもおかしくない

 

 

 

 

 

 だが

 

 

 

 

 

 

「………………こんな……もの、か」

 

 

 

 

 

『!?』

 

 

 

 

 動くはずのない、動くはずがない機械の木偶が、音声を発した。

 

 人を焼き殺すには十分すぎる電圧を浴びてなお、アッガイはなお不滅であった。

 

 

……こんなところで終わるなら、俺は英国を背負っちゃいねえッ

 

 

「俺は、英国軍……第一機甲師団エース、ビリー・ヒッカム中尉だッ!!?」

 

 

『なに、どうして…………がッ!?』

 

『ジェバンッ!!』

 

 

 電撃を灯していたジェバンの機体、その胴体に一本の刃が撃ち込まれた

 

 スペツナブズ、ばね式の仕込み刃。ノールックで右腕を後方に、ビリーはうざったい電気ナマズを黙らせた。

 

「これで終わりかよ、なあ…………兄弟!!」

 

『!』

 

 意趣返しの返答。邪魔な射線がなくなった今、ビリーは中距離戦へ移行

 

「!」

 

 

 

……こいつの機体は重い。プロペラとホバーでそれなりに機動力はあっても、旋回精度はこっちが上だッ

 

 

 アッガイは脚部のホバー機動を全開。つかず離れず、敵の間合いの距離を保ちながら死角へと座標を置く。

 

 統合兵装をパージ、腕部に内蔵したプラズマエッジを展開し、両手に持った短刀でその首を駆らんとする執行人へと化す。

 闇夜に紛れるダークカラーが何度も視界の端で揺れる。その軌道を追い続けるだけで、フェルシアはいっぱいな状態だ

 

『……ッ』

 

「ほら、どうした……ッ」

 

 迫りくる紫電の刃、徐々にではあるが切っ先は届き、肩の装甲の一部が切り取られ、宙をはねた。

 

「どうした、さっきのは使わねえのか…………スタンロッド、電撃で黙らせる腹積もりだったんじゃねえのか」

 

『……急に、饒舌だなッ』

 

 距離をとるビリー、誘うように正面で、しかしフェルシアは鞭を振らない。もう片方の手で、腰に備えたドラム式マシンガンを構える。

 

 電撃は意味をなさない。何故なら、アッガイにはステルス仕様であるため、走行表面には微弱な電流を流し、滞留させるために処置が施されている。

 パルス・スキン、対レーダー傍受阻害電磁境界装甲。その副産物として外部からの電流は装甲表面で留まり内部には通電しない。受け流すことが出来るのだ

 

 両者の機体には性能差はない。スペック上であれば互角、だがしかし

 

 手持ちの武相の相性面として、そこには明確な差があったのだった。

 

 

 

『――――――ッ!!?』

 

「……仕留める、悪く思うな」

 

 牽制の弾丸事、アッガイの振るう光の刃は敵機の左腕を切り裂いた。

 

 断ち切るほどの火力ではないが、装甲の表面を融解させ、内部の生身に裂傷と火傷を負わせる程度の出力を、アッガイには出し得る。

 

 

 痛みに悶えて、一瞬のスキを見せたビリーは早く、フェルシアの背後に回る。

 

 バックパックを焼き切り、動力源を殺して決着をつけた。

 

「降参しろ、命までは取るつもりはない」

 

 勝利を勝ちとった者の権利、ビリーは右手の銃口で首をつかむ。刃の発信機である嘗部で、生殺の決定権を文字通り握る形で

 

 

 

……これでいい、これでこの戦いも

 

 

 

 試合は、切り札であるエースを切ることなく、先にチェックを宣言した。敵が隠しているISを出さざるを得ない形、理想の形に勝負を持ち込めた。

 

 確信をもってなお油断はせず、ビリーはまず現状を伝達せんと無線をオンにした。

 

 

「セバス、報告だ……」

 

 

 ISが出張ってくる。セシリアには狙撃の用意を

 

 先に姿を現した間抜けを刈り取る、残るは楽な工程、そう信じて疑わなかった。

 

 

「……敵部隊のトップを抑えた。あとは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あとは…………その続きは、何かしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少尉、ビリー少尉ッ!!」

 

 無線越しに、セバスは何度も叫び続ける。自身の鼓膜が破れようが構いなしに、なんども問いかけつづける。

 

 戦局は硬直、しかしビリーが敵EOS部隊の首魁を仕留めたと報告があった。だが、そのさなかに聞いてしまった。ずっと支え続けた彼の声を、慕い守ろうと誓った主の痛みを、言葉とも言えない叫びの中から知った。

 

 けしかけたのは誰か、敵の中にそれほどの強者がいたのか。EOS乗りとして高い技術を誇るビリーを上回る、それだけの敵が

 

 

「少尉、聞こえますか…………少尉ッ」

 

 

 

 倒壊した列車で作った即興のトーチカ、そこから躍り出てイチかバチか救援に

 

 

「少尉……今、私が」

 

「……おい、あんた」

 

「止めるつもりですか、悪いですが……私にはあの方が「違う、上を見ろ!!」

 

 ともに立てこもる味方、EOSに駆るガレの部下がそう叫ぶ。

 

 指さす先。メインカメラ越しに、セバスも見た。仰ぎ見て、気づいた。

 

 自分の主に手をかけた相手、その正体

 

 

「------ッ!!?」

 

 

 言葉に、出せなかった。あれほど叫んだ喉が、声を高々に出すことを恐れている。

 

 映像に移るは夕闇の装甲纏う使途。天に浮かび、刃と仕留めた獲物をもって、優雅なまでにただそこで降臨している。

 

 

 

 

「あ、アイエスッ……しかも、あれは」

 

 

 セバスの記憶、そこには報告書に記された、鉱山事件での一幕。

 

 ダリルとセシリアの前で名乗った彼女、ミラージュが駆るカスタム機体の詳細。対、BT兵器に特化した二種類の並走を備えたそれは、ダリルの手助けがなければ全くと言ってもいいほどに叶う相手ではない。

 

 

……アンチBT兵装、あの四枚羽は資料の

 

 

「……ッ」

 

 ズタボロになったアッガイ、その隙間から除くビリーの顔、かすかに生存を感じるそれは生きた盾か、それとも警鐘か

 

 だが、憤る感情をもってしても現状は覆らない。セシリアがブルーティアーズを駆る以上、この相手には勝てないのだ。

 

 ビリーが建てた活路。ISを出さず、勝機を見出すための通常戦闘。そこで得た賢明な勝利は今

 

 

 

「…………にげ、ろ。セバ」

 

 

「少尉!!」 

 

 

『----ッ!?』

 

 

 絶対的な戦場の支配者によって、たやすく覆されたのだった。

 

 ISこそ戦場の要、定説は覆らない。ISこそが勝敗を分けるなら、そのISで有利に立てばいい。フェルシアたちはそのことを熟知していた。故に

 

 この戦いは、エースを切るタイミングで勝敗は決まらない。

 

 ビリーたちがエースを優位にせんと勲をふるう中、彼らが選んだのは安全な戦場。狙い通りの硬直

 

 ミラージュと合流し、ここに至るまで続けていたISのセッティング。彼らは戦況を一定の時間まで長引かせるだけでよかったのだ。

 

 

 

『さぁ…………掃討戦のはじまり、かしらね』

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピットインは追わった。エースをたやすく屠るジョーカのカードを前に勝機はない。

 

 カードオブスカム、大富豪という遊びにおいてこの数列は決定的だ。覆らない定説、握るカードは残酷なまでに敗北の二字を示す。

 

 

 定説は覆らない。そんな条件下でも、彼らはまだあきらめはしない。

 

 

 長く続いた異郷の地の物語、その果てに何があるか

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「……くっそ、ひでえやけどだ」

 

「隊長、手当てを」

 

「あぁ、悪い……」

 

 最前線であった場所、機体を捨てた二人は後方の部隊を待つ。フェルシアその傷顔を不満げにしかめ、部下であり右腕であるジェバンの介抱を受ける。

 

「もういい、さっさと後ろに行くぞ」

 

「……しかし、傷が」

 

「あいにく、焼かれたせいで出血はねえ。くそが、しばらくはファックもお預けだ……おら、歩くぞ」

 

「……はい」

 

 ピットインを終えた今、彼らは仕事を終えた。あとは、敵の主戦力が排除されたところに歩兵を向かわせるだけ。

 

 手傷を負い、愛器を失えど、自分たちは成功した。そのことで胸は満たされている。

 

 

 

……これでいい、これで

 

 

 

 デュノアの後ろ盾はなくなったが、彼らは新たな寝床を手に入れた。ミラージュの条件をのみ、この戦いでブルーティアーズの機体を確保、及び奴らが奪取した美術品を献上する形で、最高の結果へと至る。

 

 

……ファントムタスク、世界を相手取る幻の存在に自分たちも加わる。

 

 

「悪くない、悪くない結果だ……なあ、ジェバン」

 

「……」

 

「おい、どうした……太鼓持ちぐらい、くれても……ジェバン、どうした」

 

 振り返りおのが相棒の立ちつくむ姿を見た。

 

 ただ茫然と、その視線は自分よりも、さらに高い位置へ

 

「……なにを…………なに、を」

 

 フェルシアの視線、それは遠く、ここよりあと数百mも離れた場所。理解は早々に、その位置は

 

 

「!………おい、後方部隊、何があった! 報告しろ、すぐにッ!」

 

 

 見たのは、空に昇る消炎。後方に待機させたベルサーガと歩兵に放たせていた支援放火、その在りかであった。

 

 砲撃ポイントを敷いた箇所、急ぎ走り渓谷のに挟まれた道を出て、渓谷と渓谷をつなぐ、大渓谷に躍り出る鉄橋の上、見晴らしよく視界が通るその地で、フェルシアは見た。

 

 

「――――――ッ」

 

 

 大渓谷、下は数百メートルはあろうという崖をつなぐ鉄橋、それが見る影もなく崩れ去っていた。

 

 下をのぞけば、深く下の河川でガラクタとなっている僚機の末路。大破したベルサーガ、高射砲、そして部下たち、それらが一緒くたに、鉄橋の残骸とともに朽ちていた。

 

 

「……誰が、まさか事故か。暴発の爆発で」

 

「そんなわけがあるか!これは……頑強な鉄橋が、倒壊するほどの爆発、そんなものじゃぁない……ッ」

 

 残骸は、一部きれいなまま

 

 まるで、その構造の脆弱性をついたかのように

 

 

 

……撃ちぬいた?橋の弱所をピンポイントに? いや、そんなこと

 

 

 

 周囲は見晴らしよく、しかしそのどれもが深く茂る木々と急斜面。

 

 それで、容積が高層ビルほどはる建物を、たとえロケット砲なり、対物ライフルを持ち込もうと、容易に崩せるとは限らない。

 たとえそうだとしても、一射目の時点で、味方は必ず反撃を講じる。

 

 そうであるはずなのに、しかし

 

 

……ありえない、立った一発で、鉄橋を

 

 

 

「……連絡を取れ、ジェバン。ミラージュにつなげ!!」

 

『戦況が変わるぞ! イレギュラーは、この戦局を変えるナニカが……現れたッ!!』

 




今回はここまで、読了お疲れさまでした。

いろいろ書きましたが、この話のメインは一応ビリー中尉です。サンボル18巻みたいに難民達守るスーパービリー中尉を見せたかったのですが、さすがにニュータイプ化させないと難しかったか。


感想・評価などいただければ幸いです。次回もよりサンボルらしく、むせかえるような展開を目指します。


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蒼穹の雷

推奨BGMは鉄血のsurvivor、seedのエターナルあたりで


 銀色の光が弧を描く。振るう刃が刻む美しい曲線、そこからほとばしるは命の全て

 

 モニターの光は消え、ただ感覚だけが現状を理解させる。セバスは、己が血管を通じる熱が冷え切っていくのを感じ取った。

 

 

「……ッ」

 

 

 任務は果たせず、仕えるべき主も守れず。

 

 ただ、狭い鉄の棺桶でことを終える。無念でならない。自分達には駆け引きの猶予もなく、ただ力の差で圧倒されるだけでしかないということ、だがそれこそが

 

 

 

……ISの、定説

 

 

「これが……今の、世界の…………あぁ、ビリー少尉の言う通りだ」

 

 

 軍属であるセバスとビリーは、よくその手の議題を話題にあげていた。

 

 ISという絶対的な汎用兵器、そして超越した兵器。そんなものがあって、しかも操縦は女性だけに

 

 自分たちの居場所は、存在意義とはいかに、そんなわかり切った馬鹿らしい解答にすら、気がめいれば悩んでしまう。軍人は必要、男も女も関係ない。女尊男卑はくだらない

 

 自分たちは世間のカルトたちに言われるいわれなく、必要としてここにいる。軍人として、力を行使できる立場として存在意義を声高に示せる。

 

 だが、現実は

 

 

……ISには、敵わない……覆らない、世界は

 

 

「歪んで、いる……我々は、軍人は……この世界に、必要なのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を行く。高く高く、蒼穹とまでも行かなくとも、自分は今帰るべきあの宇宙へと近づいている。

 

 空の彼方はどこまでも広く、落ちていく夕日はなんとも耽美だ。

 

 

「……イリス」

 

 

 だが、そんな美しき視界全て、この俺自身が存在している限りそこは戦場だ。

 

 引き金は依然重く、空気はどこまでも冷えついている。暑さ冷たさを感じるのではなく、脳裏が余計な熱を拒み、感情の炉を落として温度を下げる。

 

 

「ダリル、これで……」

 

「あぁ、さよならだ……そして、ありがとう。あなたは」

 

 

 クールヘッドウォームハート。冷えた思考で、熱い心を御する。

 

 身に纏う鎧に使命を宿し、超えるべき運命を見定める。

 

 

 

「あなたは、良い母親だ。シャルには……そう、伝えておく」

 

「ありがとう、私は私を許せないけど、あなたが言うのなら、受け止めるわ」

 

「あぁ、できればそうしてくれ。……じゃあ、秒読みだ。手はず通り……」

 

 

 

……ドアを、開けてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 断末魔、味方の無洗が混在して、その感情の色が入り混じり混沌と化している。

 

 ぞろぞろとせまる敵EOSと歩兵、眼前に迫る敵を前に自分たちは銃を下ろしている。

 

「……うそ、あれは」

 

『お嬢様、絶対に……そのEOSから降りないでくださいッ』

 

「……ッ」

 

 怯え混じりのチェルシーの声、そこにはいつもの落ち着きはない。

 

 無線で情報を知って、そして眼前に現実を知らしめられた。忘れもしない、夕闇の翼を纏う彼女のIS

 

 

 

……そんな、また……あれを、ダリルさんもいないのに

 

 

 

「……くッ、チェルシー。私が、せめて時間を『お逃げください』

 

 

 

「「「―――――――――――ッ!!!」」」

 

 

 

「なッ!?」

 

 

『お逃げください、音速で飛び去ってイギリスへ向かいなさいッ!!』

 

 

 

 一斉に、チェルシーが沈黙を破り持てる火力で一斉に斉射。

 

 重火力型のスプレーミサイルを放つ。対戦車程度の火力、ISはただ黙してその場から動かず

 

 

……意味が、ない……効いていない

 

 

「なのに、どうして……チェルシー」

 

『私たちを捨てなさいッ!!』

 

「!」

 

『捨てなさい、でなければ…………貴方が死んでは、全て』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ええ、そうね

 

 

 

 

 

 

 

『グシャァ……ッ』

 

 

 

「ヘッ?」

 

 

 

『――――ッ!!』

 

 

 飛び散る鮮血、一瞬の加速で距離を詰め、ミラージュはセシリアの前に現れた。

 

 数十メートルも離れた距離、イグニッションブーストを使用したと理解した。理解した、その一方で

 

 

 

「ちぇ……るしぃ」

 

 

 

「あら、女の子なのね……道理で」

 

 ミラージュが右手を引いた。その手に握るブレッドスライサーは、アッガイの胴体を深々と貫いていた。

 

 

 

「柔らかいはずよね……あら、どうかされましたセシリア・オルコット様、キャハハ」

 

 

 

 

 

「あぁ――――アアァアアアアッッ!?!?」

 

 

 

 

 叫び、心が壊れる音のように、その口から出ずる叫びはあまりにも悲壮だ。

 

 アッガイを纏ったまま、さなぎから羽化する腸のごとく、セシリアはおのが翼を羽ばたかせた。

 

 

 

「ブルーッ!!ティアァアア―――ズッッ!!!!!?!?」

 

 

『そうよ、それを待っていたッ!!!』

 

 

 飛び立つ二機の天使。片や過去の恐怖をそのままに表れた悪夢、しかし対するはむなしき翼

 

 ナイトストリクスを排して、ビットを一機も搭載しない、ライフルと非常用近接装備のみの姿。ブルーティアーズ初期型、アウトフレーム。

 

 勝ち目もない、ただ感情のままに狙いを定める。ルーティンと化したその挙動は正確に、しかし

 

 

 

「許しません、あなただけは……絶対にッ」

 

 

……勝てない、倒せないッ

 

 

……盾を、どうやって……こんな正面から、起動戦をするにしても

 

 

 

『――――ッ』

 

 

「!!」

 

 

 迫る、真正面から堂々と、シールドチャージで特攻。だが、その盾を打ち抜くことはできない。

 

 BT兵器のビームを、あの盾は拒絶する。兵器であることすら叶わない、許されない

 

 

 

…………ぁ、あぁ

 

 

 

 

 誰か、誰でもいい、そんな祈りが、刹那の時間を何倍にも希釈し、時間をスローにゆがめる。

 

 奇跡を、祈りを、理不尽を払う救いの戦士が現れんことを。

 

 

 

 

 

 

……ダリル、さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の戦歴の汚点……お前の血で、私は私の敗北を濯ぐッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!…………ッ」

 

 

 

 引いた。引き金は銃口に火を灯す。撃鉄はなく、高出力の粒子プラズマが収束、放射された。

 

 

 

 心臓を狙う位置、左肩の縦でコースを遮断された。光の速さに対し、呼び動作の予測で防御は事足りる。

 

 

 

 秒間の刹那、一対一で集中しあう故に、ISの高精度なセンサー類も意味を成さない。

 

 

 弾丸は放たれた。

 

 

 蒼穹より放たれた、晴天を焼き焦がす雷撃の一矢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……またせたな、セシリア』

 

 

 

 

 

……ズダンッ!!

 

 

 

 

「な!?」

 

 構えた盾が、わずか数センチずれた。傾く姿勢、ほんの、ほんのわずかに点をずれる。

 

 射撃、セシリアの放つ光は、またもミラージュを撃ち抜いた。

 

 

「……ダリル、さん」

 

 

 

 奇しくも、それはかつて見せた神業の再現。

 

 ステップをとった。その手は独りではなく、握る相手はすぐそばにいた。

 

 

 

 

 

「!!…………おそ、すぎですッ」

 

 

 

 

 涙にぬれ、天を仰ぎセシリアは見る。

 

 歪な鎧をまとい、顔こそ見えないが、硝煙を残したライフルを構えるベルサーガに、セシリアは彼の顔を見た。

 

「ダリルさん、よくぞ……よくぞ生きて…………きゃッ!?」

 

『――――ッ』

 

 スラスターの点火、速度と高度を急速に上げてミラージュは

 

 

「ダリルさんッ!」

 

『はは、アハハッ!!』

 

 射撃を躱す。セシリアの射撃に身をかすめながらも、ミラージュは一心不乱に新たな獲物、ダリルの喉元へと食いつかんとする。

 たかが一発、その一発はSEをほんの僅か減らしたかすらわからない、歯牙にもかけることもない一撃。だが、そんな道理で彼女は図れない。

 

 EOSで、手足すらも足りず、なのに自分に勝ち星を得た、それだけで理由は足りる。高々IS乗りの少女にはない、本当の意味での強者。最高の舞台で倒すべきと夢見た主賓を前に、彼女ははしたなく潤いを得ている。

 

『いいわ、最高よ!!ファッキングッドにもほどがあるわッ!!』

 

 上空から舞い降りたダリルへ、その手に持つ刃を引き絞り、一閃を放つ。対して、ダリルもまた斧を手に、ISの一撃を真っ向から受け止めた。

 

 

 

『また会えたわね……ダリル、ローレンツッ! いいわ、たまらないわあなたッ!!』

 

 

 

『あぁ、リターンマッチだ……ミラージュッ!!』

 

 

 

 銃を捨て、刃を構え敵を討つ。距離がゼロになると同時に、ダリルの翼は炎を纏った

 

「!」

 

「決着をつけよう、だが……その前に付き合ってもらうぞッ」

 

 ベルサーガのバックパック、本来の簡素なランドセルとは違いその背には翼があった。

 

 突貫で備え付けた飛行ユニット。先に地上で見せたカスタム機が背負うプロペラ機関とはわけが違う。

 

 音速を超えることを前提に作られたジェット機関、それを強引にEOSに背負わせ、本来不可能な飛行能力を再現せんとしたマッド兵器

 

 

『いかれてるわね、あなた……ッ』

 

「!」

 

 振り放つ刃、しかしダリルは逃がさない。サブアームも絡め、強引にミラージュの機体を抑える。

 

 同時に、背部ジェットエンジンを最大にて点火

 

 

 

 

……二連V1式飛行滑走翼、飛べッ!!

 

 

 

「!?」

 

 

 

 爆発と見間違うほどの黒煙。機体は歪な軌道で彼方へと行く。

 

 ダリルの機体はまともなカスタム機体ではない。慣性制御のプログラム、衝撃吸収機構、なによりも低酸素と高Gからパイロットを守るシステムもない

 

 平衡感覚は持たず、目まぐるしく加速する周囲の映像に己の居場所もわからなくなる。目指す果ては硬い地面か、それとも遥か空の彼方か

 

 

『くっ……はは、ッハハハハ、いいね、イカレ具合が最高よ!!』

 

 

「……ッ!!」

 

 

 点火、姿勢制御と加速のブースターをミラージュも灯した。加速に加速を織り交ぜて、両者轢かずのデッドヒートを続ける。

 

 

渓谷を抜け、山脈を割く地面の亀裂へと落ちていく。アミアン自然公園大渓谷、海抜400mを超える地の底へ、そこが最後の舞台だとばかりに

 

 

 二人は、落ちていく。

 

 

 

『――――――ッ!!!??』

 

 

 叫ぶ声は喜の声色のまま、恐怖は一切感じず狂人のままに手を取った。

 

 なんど、この女には振り回されたことだろう。機会を与えられたとはいえ、そもそもこの女がいなければイレギュラーは起きなかった。

 

 うんざりだ。顔を見るのも、刃を合わせるのも

 

 

……殺すべきだった。あの時点で、最初に決着をつけた時点で

 

 

 後悔して、そしてようやく巡り至ったこの機会。武装は十分、あの時とは決定的に違うものが俺にはある。

 

 雷鳴走るあの宇宙で、俺は誓いを胸に戦いに挑んだ。繰り返し、結局は戦うことが俺の使命、生きる意味なのだろう。

 

 

……敵が、立ちふさがるなら……俺はッ!!

 

 

「…………パージ、連結シャフト収納。爆砕ボルト、着火!!」

 

 音声入力、プラグラムを遂行し、バックパックから延びる固定アームが解除

 

 全身を覆う装甲を一枚はがす。フルスキンの機体から、顔を露にした通常のベルサーガへと戻る。

 

 

「…………ッ!?」 

 

 生の顔で、今一度面を合わせた。狂気で興奮した最悪の獣に、ダリルは殺意をもって言葉を送った。

 

 

「ここで堕ちろ、ミラージュ」

 

「!」

 

 増加装甲の内部火薬が点火。密接に組み合う両者の間に衝撃が走る。アーマーパージ、そして離脱。

 

 脱ぎ捨てるように、ダリルは連装V1飛行滑走翼を脱ぎ捨て、それをミラージュの機体に押しつける。サブアームで拘束されたそれはすぐには払えず。ダリルはミラージュから離れ斜め先の河川へと自由落下。

 

 片やミラージュは岩壁目掛け、慣性をそのままに機体は叩きつけられた。燃料が引火し、高速爆弾の名にふさわしく、V1は盛大な火柱を上げた。

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、二章最後の舞台でついに主役の帰還です。次回の決戦をお楽しみに


感想・評価など頂ければ幸いです。次の話はよりもっとサンボルらしく、むせ返るような展開を目指して




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リザレクション=蘇生

「…………ッ」

 

 行ってしまった。一度は諦め、けど心のどこかでは奇跡を祈っていった。そしてその奇跡は現実となった。なのに、待ち望んでいたあの人は、一言二言だけであっという間に去ってしまった。

 

 無茶苦茶な機体で、ISでもないのに高高度からの降下と飛行までやってみせて、その上、敵の大将を引き受け見事この戦場の優位を取りもどした。

 一瞬の出来事故に、去って少しして、ようやく思考がまともになってから、その行動が異常であると認識できた。

 

 捨て身の策、またも無茶をしてと、本来なら今すぐにでも助けに向かわなければならないのに、不思議とそうすることを躊躇った。

 

 顔を見たのだ。自分の知っているダリル・ローレンツの顔。だけど、あの時の顔は、その眼に宿した猛々しさが、有無を言わせずある一言を言い聞かされた。

 

 

 言葉はいらず、ただ想いを通じてセシリアは受け止めた。こいつは俺に任せろと、覚悟を決めた男の背中に、セシリアは頷かずにいられなかった。

 

 

「…………いったい、何が」

 

 疑問は消えない。自分たちと離れた合間に何があったのか、その原因は

 

 

『――――ッ』

 

 

 

 思考に没頭していたセシリアの頭に不快音がひびく。それは警戒音の耳障りなノイズ、そしてその音を発生させたのは謎の飛行物体。空高く、夕日の光に影が見え、どんどんと大きく

 

 

「……あれは、ファットアンクル。軍の、輸送貨物機ですわよね」

 

 

 ダリルが乗っていたのか、その飛行機が緩やかにホバリングで降下してくる。そして、四角い胴体のハッチが開き。微かに動く映像にハイパーセンサーが目を凝らす。

 

 ズームする画像、そこには

 

「!!」

 

 気づいた。そして、反応は早くセシリアは飛翔した。

 

 落ちる少女。しかしその背にはパラシュートも何もない。ただ体を広げ、原則の態勢でスカイダイビングをしている。

 

 

……正気、ですのッ!!

 

 

 空高く、400フィート高さからのスカイダイビング。仰向けに向かい合う体勢で、少しずつ速度を下げて相対スピードを一致。

 

 失敗は許されない。ISの演算機能をフルに活用し、完璧に受け止めきれるタイミングで、セシリアは

 

 

「……ッ」

 

 

 掴んだ、自分と同じ金髪で同年齢の少女の手を。そして抱き留めて、速度を合わしようやく減速に移る。

 

 

「あなた、死にたいのですかッ!!」

 

「……」

 

 

 

 言わずにはいられなかった。しかし、相手はただ冷え切った顔で、病的なまでに落ち着いていて

 

 

 

「……確証はあった。ISが本気になれば、スカイダイビングの人間一人、余裕で保護できる。実際、問題はなかった」

 

「いや、だとしてもですわ……あなた、死ぬのが怖くないのですか!?」

 

「あぁ、そう聞かれれば確かに……まあ、もう死んだ身だから気づかなかったね」

 

「は?」

 

「失敬、それは忘れてくれ。まあ、無茶で君を冷やさせたのは申し訳ないが、弁明するならこれは彼も薦めていたんだ。セシリアなら、きっと受け止めてくれる。とね」

 

「…………ッ」

 

 不意打ちの言葉、本人の言葉ではないが、間接的なおので十分に威力は発揮されてしまった。

 

 

「……あなた、本当にシャルロット・ローラン、同い年、ですの?」

 

「さあ、説明してもいが長くなるしね……それよりも」

 

 指さす先、ゆっくりと降下するティアーズの高度から、それはすぐに理解した。

 

 IS絶対優位で成り立った戦場。敵は混乱し、勝利を確信していたはずが急な展開に指揮もバラバラ。明らかに統率が乱れている。

 

 下では少ないながらの戦力で十分に応戦。しかし、怪我人のチェルシーやセバス、ビリーのことを思えばすぐに行動に移るべきだ

 

「……ですね。理解しました」

 

「ダリルからの伝言、あとは任せた、必ず合流するから、だからみんなを守って欲しい……そう言っていましたよ」

 

「ええ、それはもう……わたくしにしかできないことですわ。承知です、ですが……あなた」

 

 小脇にシャルを抱え、PICで安定、空いた片手でスターライトを構える。

 

 片手拳銃を構えるように、その銃口を敵EOSへと向ける

 

「聞かせてくださいまし、あなたとダリル様に何があったか……そして、あなたが一体、あの方に何を差し出したか」

 

「……」

 

「ISに勝つ、ISと渡り合える手段……それが無ければ、あの方はあんな行動には出ません」

 

「……なるほど、ね」

 

 

 差し出した。根拠もないが、セシリアにはある考えが脳裏をよぎった。

 

 あの、ルーブル地下で、件の物はどうしたのか。回収はついで程度、だがそのISはこのシャルロット本人は有していない。

 

 有しているそぶりもなく、そして何よりも

 

 

……ダリルさんの腰に、見たことのない剣が

 

 

 装飾を施した宝剣、そのレプリカの様な雑な見栄え。しかし、それこそが間違いなく待機状態のIS

 

 リユースサイコデバイス、そして手足の無いダリルの体

 

 思わずにはいられない。そんな、都合のよすぎる、奇跡ともいえる顛末を

 

「……フフ」

 

「な、何を笑って」

 

「……いえ」

 

 ただ、と

 

 神妙で無機質な表情から一点。破願した笑みで、シャルではないイリスはセシリアに続けて語った。

 

 

 

 

 

「差し出したなんて、そんなおこがましいことじゃないわ。あれはただ、持ち主のもとへ帰っただけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――大渓谷―――

 

 

 

 

 

 

「…………落ちないのかよ、化け物」

 

 

 

 ダリルは、そう独り愚痴のような言葉を送った。

 

 周囲は広く、河川ではあるが水かさはかなり浅い。本来であれば神秘的な秘境であったかもしれない場所が、ダリルが今しがた破棄、そして炸裂させたV1の残骸で辺りには燃え続ける残骸もちらほらと

 

 燃料のオイルが燃え、そのせいか薄暗い渓谷が少し明るい。

 

 そして、周囲を照らす最も濃い光源は、今目の前に

 

 

 

「絶対防御、すごいな……ルナチタニウムよりも堅牢、かもしれないな」

 

 

 

 瓦礫が、岩壁の崩壊した残土の中から、彼女は姿を現した。

 

 夕闇の装甲羽をまとったラファール。だが、今はもうその面影はない。

 

 

 

「無茶苦茶ね、絶対防御もないEOSで……ほんと、おもしろい男よね、ダリル・ローレンツ」

 

「誉め言葉なら受け取っておく。倒す相手だからな、聞けるのも最後だ」

 

「あら、気が早いのね」

 

 

 

 軽口を交わしながら、ダリルは状況を冷静に把握。特に、今の自分の戦力いついて

 

 用意したV1の特攻劇は確かに成功した。ありあわせのもので突貫的にプランを立てた手前、これでも十分なのだろう。爆発と衝撃で装甲ははげ、ミラージュの姿が露わになる。

 

 しかし、今自分が見ている奴の機体は

 

 

……あの時の、機体か

 

 

 崖から落とされた時、後ろ目に見た奴の機体。ラファールとは違う簡素な機体だが、それが余計に不気味だ。

 

 装甲は仮初、あの機体、ラファールナイトシーカーではなく奴本来の機体。偽装外殻は落ちて、今真の姿を露わにしている。

 

 

「専用機か、それがお前の」

 

 

 問いかけた、不敵に笑いながら二歩三歩と近づき、そして立ち止まった。

 

 露出の多い軽装な見た目。申し訳程度のスラスターと思われるアンロックユニット故に、注目する箇所は両手のガントレットに集まる。

 

 基本色が白に、青色の追加装甲で飾られた機体。ボクサーを思わせるヘットギア上の頭部パーツにはVラインを模した形状が見られる。

 

 

……まるでガンダムだな。空似とはいえ不愉快だ

 

 

「……近接特化。日本製の第二世代試作機、一年前に強奪被害に遭ってから行方は知れず……だが、それも今は目の前」

 

「へぇ……調べたんだ」

 

「あいにく、時間はあったからな。機体の色と形状は変わっていないから、すぐに見つかったよ。機体名、ストライカーカスタム。それがあんたの愛機、そう思っていいんだな」

 

「そうね、仕事柄いろんな機体盗んでは使うけど……これが一番しっくりくるのよねっと」

 

「!」 

 

 瞬間、ミラージュの両手に光が灯る。足元の水がはじけ、数m離れた位置だというのに放電が飛び交ってきそうだ。

 

 両手のガントレット、それは近接武双のトンファー。しかし、その形状は青白い閃光の刃

 

 IS故に許された、高出力のビーム兵装を意味する。

 

 

「……」

 

「ほら、わかる? ビーム兵器、コアエネルギーじゃなきゃまず実現しない超未来の兵器。正直、ISとEOSの差ってそこなわけなのよね。実体のないバリア、実体のない弾丸、そして実体のない刃、本気でかち合えば勝負なんて成立しないの。」

 

「……なら、どうしたというんだ」

 

「あ、わからないのかしら……じゃあ逆に聞くけど、そのEOSで勝てるわけないんだし、使うなら使いなさいよ。あ・い・え・す」

 

「……ッ」

 

 ミラージュが自身の手で後ろ越しを叩いた。指し示すように、ダリルの機体に固定された、一本の聖剣を抜くよう急かすように

 

 

 

「知ってるんでしょ、理解したんでしょ。リユース・サイコ・デバイスの可能性……男でも、ISを使えるかもってこと、まあ、手記にはひどい内容ばかりだったらしいけどね。失敗すればISは暴走、適合すれば、機体を最大限まで使いこなせる……ハハッ、いいじゃない、待ってあげるわ。じゃないと、楽しめないじゃない……殺し合いを!!」

 

「……ッ」

 

 殺し合い、最後の一言はなんとも嬉し気に言葉を紡いで見せた。あぁ、なんとも嫌になる相手なことだ、この女は

 

 ここまで来て、この女に在るのは自分の快楽。理解に苦しむ哀れっぷりだが、戦場の強者と見るならそれは正常になってしまう。勝ち続けて、殺し続けて、罪を背負ってものうのうと生きていられる、それが戦場の狂人というものだから。

 

 戦場でジャズを流し、そのビートに乗って戦いに身を投じる。あいつの方がまだましなのかもしれない。

 

 

……殺し合い、か

 

  

 そう口にした。だが、その意味は相互的な意味はない。あるのは、自分自身の絶対的な優位。

 

 自信があるのだろう。この聖剣を起動して、ISに乗ることが出来た俺に対しても、ミラージュは必ず勝つと、信じて疑わない。

 

 裏付けもあるのだろう。幾重もの戦場を渡り歩き、そのISで勝利を得たのだろう。

 

 IS、確かにそれはすごい兵器だ。納得もいく、戦争の形態をかえるのも最もだ。

 

 戦場を自由に駆け抜ける、人のもう一つの体。人の形で人を越えた力を手にする。そんな力に酔いしれて、目の前で興を得ている。

 

 

…………いいかげん、うんざりだ

 

 

 

「井戸の中の蛙は大海を、いや…………もっとでかい世界を知らない。この世界に、宇宙には…………ISよりも」

 

「は、何よ急に……いいから、さっさと抜きなさ「わかったよ」…………ッ?」

 

 

 武器はない。あるのは、腰に備えた曰く付きの剣

 

 だか、イリスはそんなものを俺に託したかった訳じゃない。どこぞのイカれた科学者の機体じゃあない

 

 それに、俺のような死人が纏うものが、清廉で汚れ一つのない真っ白な機体だというのは、なんともミスマッチだ。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 息を吸った。これから行うことは、一種の当て付けだ。

 

 俺を救って、力をくれた恩人。その贈り物に、顔も知らない中世の馬鹿野郎が要らぬ手を加えた。

 

 

……何が、聖剣だ、ISだ?

 

 

 

……そんなものはいらない。デュランダルなんて、逸話をなぞらえた大層な名もいらない。

 

 

 

「…………ザク」

 

 

「?」

 

 

「知っておけ、俺の祖国が作り出した、世界の先を示した機体だ。そして、これは」

 

 

 掴んだ聖剣、その刃を向けるは、地に落ちた残骸。

 

 

「あなた、何を……」

 

「……ッ」

 

 大きく、切っ先を高々と掲げる。剣筋はまっすぐではない、あえてずらした。

 

 EOSのC装甲。壊れたとはいえ、その硬度は戦車と並べるほどだ。故に、ちょうどいい

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 振り下ろした。いや、ダリルは聖剣を荒く、その残骸に向かって叩きつけた。蛮行ともいえる異常な行動、だが剣はそんなダリルの意思に答えるように

 

 

 

……バキンッ

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 聖剣は折れた。砕け泣き別れになった刃は宙を舞う。その手に残る折れた剣は、紅い雷光を帯びていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………最適化中断、機体の展開に深刻な問題が発生…………IS起動、アンネイブル……エラー、エラー…………

 

 

 

 

 

 

 これでいい、聖剣なんてものはいらない。俺の欲しい機体は、初めから一つだけだ

 

 

 

 

 

 

……再構成、参照情報適合……搭乗者、ダリル・ローレンツ……不明、不明、不明

 

 

 

 

 

 

 

……不適切なプログラムを確認……ミノフスキー粒子、モビルスーツ……ザク、リユースサイコデバイス…………不明、な……情報を、参照……決定しますか YES/NO

 

 

 

 

 

 

……コアロック解除……搭乗者、ダリル・ローレンツ登録……IS適性、計測不能…………使用OS、リユースサイコデバイスtyp InfinitStrats適用

 

 

 

 

 

 

…………機体情報初期化、基本装備破棄及び装甲材質の不適化を6割確認…………執行確認、認証、デリート再開……創造参照……

 

 

 

 

……対象兵器、該当記録無し、初期化完了、一次移行開始…………

 

 

 

 

 

……機体名消去…………機体コード、MS‐06R…………新規名称……登録意思確認……

 

 

 

 

 

……インストール、完了…………

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 心臓が高鳴る、世界が広がる。時は遅く、感覚は体内を超えて外側にあふれ出す。

 

 時間も空間も曖昧に、ただ残るのは……新しい、偽りの手足の

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 迫るミラージュ。その姿を目が追った。ビームトンファーを展開し、全てを溶断する粒子の刃を拳に乗せて振り放つ。音を超え、光にすら至らん至高の速さ。

 

 迫りくる狂人を前に、避けるでもなく、この腕は折れた剣で迎え撃たんとする。刃の軌道、弧を描く線と線が重なる瞬間……ガチリと、撃鉄は火花を起こした。

 

 

 

……引き金を引け、叫べ!! 魂の底から、その名を!! この世界に呼び戻せ、俺の……本当の手足を!!!サイコザクをッ……!!!

 

 

 

「……こい……甦れッ」

 

 

 

 

 

サイコ・ザクッ!!?』

 

 

 

 

 




 今回はここまで、一応これにてサイコザク登場。まだ全容は明らかになっていませんが、それは次回のお楽しみに。

感想・評価などあればよろしくお願いします。次回、早ければ明日か明後日に


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リヴァイヴァル=再演

ついに登場サイコザク、自分に画力が無いことが恨めしい。見た目はどうか想像で補ってください


 観測者、衛星が打ち上げられる今日、世界の姿は容易に把握できる。人が望めば、見たい景色は大抵望めば見えてしまうものだ。

 

 世界は隠せない。今この時代、そこで何が起きて、歴史にどう修正を施すか、それは確かに観測された故の結果だ。歴史が動く時、そこには目撃者がいる。

 

 

 そして、それは今回も必然。当事者が見ているから目撃者は必ずいるとか、そんな屁理屈ではなく

 

 

 

 

 

「うっそ……なになに、束さんびっくり仰天バイオセンサー! あんな風になるなんて想定外だよ!!」

 

 

 

 

 

 物語が胎動する瞬間を、見逃すことを許さない強欲な全能者がいる故に、だから観測されないということはない。

 

 地球の衛星上にある公的な、さらには非合理の衛星総じて支配権を有し、さらには独自に発明した衛星もそこに加えれば、地上の人類は全て記録の中に収められてしまう。

 

 篠ノ之束は観測する側だ。故に、この事態でも、その眼を光らせ、偽りの耳を愉快に跳ねさせる。

 

 

 

 

 

「それにしても、あれが本当の姿……IS基準で厳戒してるけど、その本質は違う。うんうん、やっぱり、あれを素材にしたのは正解だったね」

 

 

 

 

 どこぞとも知れない場所で、変態的な超人発明家は椅子を斜めに不安定な体勢で大いにはしゃぐ。自らの好奇心、思い付きの発明が、まさかこのような帰結を迎えるとは

 

 リユースサイコデバイス、ISの発展のために取り込んだはずが、逆に本来の姿を折り戻すためにISの方が利用されている。

 

 もはや聖剣の名は無い。その面影もない。

 

 映像に移る歪な戦士を前に、束はただ愉快に腹を抱えるばかりだ

 

 

 

 

 

「まさか、ね……いやぁ、試してみるモノだね。未来の兵器の残骸が、形を変えて本当の姿を取り戻すなんて、いやいや、束さんも想定外だったよ! アハハハハ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイコ・ザク、もうずいぶんとその名を口にすることも無かった。

 

 久しく叫んだ愛機の名前、折れた聖剣は偽りの形を消し、強引ながら本来の在り方を取り戻さんとした。見に纏う鎧は、どんなEOSよりも馴染む心地だった。

 

 

 起動を叫び、そののちにすぐ光が放たれた。その光が、体にまとわりつく重さ、全身を覆うEOSの荷重を消し去り、気づけばこの身は遥かに自由で身軽な感覚を悟った。

 

 

……あぁ、戻ったんだな

 

 

 三本ではない、五本の指の堅牢な腕が力強く拳を作る。

 

 ラグもない。雑味もない。生身よりもずっと遥かに、この感覚は新鮮だ

 

 

 

「また、この世界でも……俺は」

 

 

 

 

……ザッ

 

 

 

 

 

「!」

 

「……なによ、なによそれはッ!!」

 

 

 迫り狂う刃、反応できても体は追い付くことはない。だが、今はどうだ

 

 切っ先が弧を描く、その様子をスローで見るように、俺は難なく体を引いて観察している。ふざけるなと、憤りをまったく隠さないミラージュの視線、その目に映る自分の姿を、俺は水面の映し身からようやく知った。

 

「何よ、その機体……ボロボロ、ジャンク? いったい何よそれッ!!」

 

「……ッ」

 

 叫び散らす。動揺から困惑と怒りが混じった叫び、だがそれは無理もない。ミラージュの抱いた予想はもうどこにもない。多くの秘検体達が、イリスが、シャルロットが身に着けたあの清らかな鎧、白騎士と瓜二つな外観をした鎧は、ただの歪な機械人形になり果てている。

 

 

 MSのフレームのみ、そこに焼け焦げた装甲がへばりついているだけで、なんならその装甲も全身を覆いつくすほどではない。俺が取り戻した機体は、なんとも足りない仕上がりだ。

 

 SF世界のサイボーグ。それも、ジャンクの山から蘇ったかのような、機械でありながらその姿は死人そのもの。顔半分を覆うヘッドパーツに、剥き出しの単眼レンズがモノクルのように片目を隠す。

 

 セシリアや、今目の前にいるミラージュでさえ、ISというものはもっと洗練されたものであろうに、なのに、この俺の機体は

 

 

 

 

「……ハハ」

 

 

 

 

 おかしくなって、自然と笑いが出てしまった。一見すれば、その姿は全く恐れを感じない。まだ、EOSの方が強靭に見えるだろう。

 

 ミラージュの驚き、そしてその憤りもわからなくもない。相手からすれば、俺の機体は出来損ない。まだ武装を失くしたベルサーガのままの方が脅威を感じたことだろう

 

 

「……どうした」

 

 

 だが、それがどうした。どんなに不完全であろうと、この機体にはリユースサイコデバイスがある。そして、この両手足には、かつてサイコザクに乗ったときの戦闘データも残っている。

 

 だから、だからこそ機体は馴染む。聖剣ではなく、かつて俺の乗ったサイコザクに変わったからこそ、この機体は最高の手札だ。レイズもいらない、駆け引きも不要。ただ、直球に

 

 

 

「来ないのか、なら」

 

 正面から、堕とすだけだ。

 

「こい……ミラージュ!」

 

 

「は? 何言ってるのよ、そんな機体で……」

 

 

 その先、ミラージュの言葉は続かない。

 

 

「!」

 

 

「言ったぞ、俺は……来いとッ

 

 瞬きの刹那、ミラージュの視界でダリルは消えた。と、同時に過ぎ去る猛烈な風

 

 煽られたからだが傾き後ろへと、点火を終えたスラスターノズルは淡く火を残している。加速したという事実、振り切った手には、先ほどダリルが叩きおった聖剣の名残

 

 

「……なに、を」

 

 

 バチバチと、火花が散る片腕を抑え、そこで初めてミラージュは気づく。

 

 振り切った腕、自分は攻撃を受けた。その過程が一切気づけなかった。瞬きの合間すら許されないスピードと繊細なレスポンス、そんなこと、EOSでは決してあり得ない。

 

 

 

……間違いない、今のは

 

 

 

「い、イグニッション、ブースト……あんた、まさか」

 

 

「まだ抜かないの、なら……」

 

 

「!」

 

 

 またも消える姿、だが二度目は無かった。繰り出す拳にトンファーのビームエッジを乗せて、真正面からミラージュは受け止めた。

 

 空気が焼け焦げるほどの衝撃音を放ち、足元の水を干上がらせるほどにエネルギーをほとばしらせる。

 

 機体出力が高い。その上で精密な人体の機動を成して見せる。

 

 サイコザク、確かにそう言った。ミラージュはわからされてしまった。

 

 

 自分が今まで奪ってきた機体、戦った機体、そのどれよりも、この機体は速い、そして圧倒的に自由だ。

 

 

「なによ、何よその機体!!」

 

 

「……サイコザク、俺の大切な人が託した機体だ」

 

「……ッ!?」

 

 加速、大腿部と足裏のスラスターで瞬間的な速度を得る。しぶきを上げ、直線で攻める。

 

 手斧のように振るう折れた剣がミラージュを襲う。ビームトンファー、背部に挿したビームソード、手数だけでもと武器を振りぬく。しかし、捌かれる

 

 むき出しなフレーム、防御性能を全く感じさせないその体に、どうしてか刃は通らない。

 

 コアエネルギーを纏った実態の刃がビームを弾き、そして軽快な手足は躍るように攻撃をかわし自分を翻弄する。

 

 

「一度は失った。だが、俺を信じた彼女はまた取り戻させてくれた。長い旅路で、さんざん辛酸をなめて、ようやくここに至った。やっと、やっと終わりが来た……フィナーレはすぐそこだ、お前を倒して、俺たちは!!」

 

 

「く……ッ!」

 

 

 

「イギリスを目指す。ここで、お前は終わりだ……地の底で朽ちろ、ミラージュッ!!」

 

 

 

「なっ……ふざけ、がはッ!?」

 

 

 

 接近戦の応酬、手斧の連撃に夢中で、ミラーズは反応に遅れた。体を捻り、スラスターの機動で加速をつけ放った回し蹴り。

 腹を貫く衝撃は背後の空気に波を作り爆音を響かせる。同時に、ミラージュは宙を行き、その身を癌壁に叩きつける。

 

 半ば埋まり、そのまま重力に引かれ落ちていく、頭から水面へと、あと少しで触れる距離、その刹那に

 

 

 

「!」

 

 

 

 反応速く、ダリルは防御態勢を身構えた。左肩のシールドを前に構えて、迫りくる雷の拳に

 

 

 

……ガキィインンッ!!?!??!

 

 

 

 

「ふざ、けるなぁ……なめんじゃないわよ、このダルマ野郎がぁああッ!!!??!?!」

 

 

 

 

「は、ははッ」

 

 

 絶対防御も間に合わなかったのか、額に血を流し、己に形相で拳を放つ。殺意は十分に、撃つべき姿をこの目に見て、それがどうしてか心が躍る。

 

 戦場の狂気、存分に腕を生かせる最高の機体をもって、最凶の敵を迎え撃つ。

 

 

 

 戦場のリズム、あの遠い宇宙で駆け抜ける快感。戦場という大いなるセッションでこそ、自分は昂ぶることが出来るのだと気づかされた。

 

 

 

「こい、さあこい……ミラージュ!!」

 

 

「! 言われ、なくてもッ」

 

 

 

 唾ぜり合うゼロレンジ、バックステップは同時に、互いに構え、アウトレンジに戻る。

 

 構えた武器は即席のハンドアックス。そしてミラージュは剣ではなく、拳でインファイトの構えを取る。右のメイン兵装はナックル系の近接武器。雷撃を放つそれはIS用のスタンガンというべきか

 

 シールドは既に使い物にならない。ダリルは左腕のシールドをかなぐり捨て、今一度構えを直した。

 

 

「防御は必要ない。最短だ、最短でお前の命を断ち切る!!」

 

 

「殺れるものなら殺ってみなさい! 機体の性能で調子づいて、こっちもまだ隠し玉はあるのよ!」

 

 

 

「「くたばれ!! 大層な性能を活かさられる前に勝負をつけてやるッ!!!」」  

 

 

 

 スラスターの点火、互いに轢かぬ正面からの衝突。放った右は鏡合わせにぶつかり合い、ほとばしる雷撃は足元の水を干上がらせる。

 

 スパークが空気中を駆け抜け、ダリルの片目を覆うモノクルはレンズが砕けている。むき出しの眼光は地のように赤黒く、そして強く輝く。相対するミラージュもまた、その相貌は不可思議な赤色に覆われていた。

 

「ストライカーカスタムッ システム=妖刀!! 押して参るッ!!?」

 

「!」

 

 気合と共に、拳は刃を弾く。二撃三撃と放つ拳、身をひるがえし、ステップワークとスラスターでカット。先ほどまでの余裕のある回避は感じさせない。

 

 微かに、放つ拳の雷撃が機体を焦がす。動きは、明らかに変わってきている。

 

「……楽しませてくれる。だが、そうでなきゃ」

 

 脅威を目の前にしているはずなのに、ダリルの脳裏に恐怖はない。ただ、高揚して、カンフルが過剰に打ち込まれたような気分で

 

 戦場の狂気が、たまらなく快感をもたらしている。

 

 

 

……そうだ、こんな程度で終われるわけがない

 

 

 

「もっとだ、もっと狂え……戦いは、まだ始まってすらいない、そうだろッ!!」

 

 

 

 叫ぶ。手にした力に陶酔して、荒れ狂う狂気の風邪に精神を煽られながら、ひたすら前に、前にと

 

 

 

「セカンドサイコザク・ブレイクデッドアーマーッ……ダリル・ローレンツ」

 

「――――ッ!!」

 

「適性対象を、迎え撃つ…………いや、圧倒するッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回はここまで、読了お疲れさまです。


 ついに、ついにサイコザクの描写です。ここまで本当に、ほんとっっっっうに長かったです。でもそれは自己責任

 あまり多くないサンボルクロスオーバな当作品、なんだかんだと500人近くお気に入りが登録されるまで至った作品で、読んでくれる人がいてくれて本当にありがたくて…………それなのに、主人公機のサイコザクを一向に出そうとしない展開ばかりで、正直心苦しい気持ちはいっぱいでした。
 
 ここまで待たせ続けて本当に申し訳なかったです。ですが、それもこれにてようやく

 サイコザク、書いてて最高に楽しいかっこいいむせかえる。サンダーボルトの二次創作はとても楽しい。サイコザクを出してからもいっそう良い展開を目指していきます。

 フランス編完結まであと少し、最近読んだダグラムのむせ返る熱さを糧に、この作品をむせ返るサンボル二次創作として執筆していきます。
 長々とあとがき失礼しました。感想・評価なども頂いて本当に感謝です、次回も出来るだけ早めに、そして最後に




もっとサンボル流行れ!ダグラム最高!


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サイコザク・フルブラスト

最終決戦、これにて決着。


 

 狂気の表情、ミラージュだけでなくダリルですら戦場の異常に精神が染まり、殺すための技を惜しげもなく披露し続ける。

 

 MSで得た空間戦闘の術、上も下も無い宇宙において敵の上や下は視覚にあらず。手足の動きでアンバックを再現し、見事に姿勢制御をモノとした。初のIS戦。ISの経験年数は勝敗に左右しない。接近戦の応酬、交わす拳と刃でどちらが勝るのか

 

 

「!」

 

 

 理解はしている。技量は互角、性能も互角、だが、ただ一つ、ダリルには一手が足りない。それは、使用する武器のスペック。それだけが両者を分ける決定的なポイントだ

 

 

……折れた武器じゃ、いや……違う、これは距離の

 

 

「はあぁああッ!!」

 

「!」

 

 受け止める。だが右の拳はいなせたが、もう一方までは止めきれない

 

 首を引いて住んでのところで左フックを交わす。ミラージュの両手に握られた二撃のナックル。先端にスタンガンのような二つの突起があり、それが膨大な電力を保有して拳の先に乗せている。

 

 

 

……スタンロッド、それと同系統か……あの、ナックル

 

 

 

 手数の差、先ほどまでは気にもならなかったが、今ミラージュの目に灯る赤色、それが輝くようになってから格段に動きが良くなっている。

 

 機体の性能に差はない。繰り返すが、現状の僅差は全て

 

 

 

「……ッ!!

 

 

……武器が、足りないッ

 

 

 刃を交え、ダリルは何度もミラージュの拳をいなす。空中で躱すインファイト、憑かず離れずで何度も拳を叩き込んでくる。リーチは短いとはいえ、拳と獲物ではその距離は大いに違う

 

 

……こいつ、離れない。それに、動きが、さっきよりも

 

 

「――――ッ!?」

 

「はっは!! 痺れなさいよ、ぶっ飛んじゃいなさいな!! あたしの電撃で、グレイトフルデッドさせえてやるからッ、キャハハハハッ!!!」

 

「くっ……品のない、趣味が悪いぞミラージュ」

 

 

 負けじと悪態で返す。しかし、現実には厳しい。あれだけ圧倒していた近接戦で、ダリルは押され気味なのだ。

 

 

「……システム、なんらかのパイロット補助の類……そうだ、確か」

 

 

 記憶に思い出す、あれは基地に滞在していたフラナガン機関の関係者、ニュータイプ研究の連中たちの会話をたまたま聞いた時のことだ

 

 ニュータイプでなくても、ニュータイプと同等の戦闘技術を発揮させる。それを可能にする機械の援助、ジオンで発明されたそれが連邦の手に、そしてまたジオンの元へと戻った。

 

 

 知らぬ者はいない。ジオンのエースパイロットの一人、ニムバス。彼の男が乗る機体にはゴーストが付いていると

 

 

……根拠は無い、ただの噂だ。ただ、パイロットの技術を劇的に変えるシステムは、すでに俺たちが実証済み

 

 

「それが隠し玉か……」

 

「死ね!死ね! ひゃっはぁあ!!?」

 

「……くッ」

 

 

 会話もままならない。気を逸らすこともできない、意味はない。目の前の女は間違いなく戦闘狂、今はその狂気がさらに磨きを入れてしまっている。

 

 均衡は続く、だがそれもいつまで

 

 

「……」

 

「どうした、ダリル!」

 

 

 二撃のナックルがダリルの機体を弾く。距離を離さず、インファイトにもちこむべくミラージュは突貫をつづける。ごり押しともいえるその戦術は、確かにダリルを追い詰める最善の手だ

 

 

 それは、ダリル自身が一番理解している。このまま放置しては好転しない、理解して、理解しきった上で

 

 

「…………はは」

 

 

「!」

 

 

 不思議と、そこにはマイナスの感情はなく、ただ平坦な心持でその表情を緩めた。

 

 足りない、手数の差を埋める策、それが思いついたわけでもない。

 

 

「足りない、今の俺に足りないのは……武器だ」

 

 

 回避、スラスターを吹かし、縦に回って背後を取る。天に足を向けた逆さの態勢、ダリルの空拳が、ミラージュを捉える。

 

 足りない、それに気づいた時から、何かが沸き起こる。

 

 記憶を通じて、自分の背中に頼りがいのある重みを感じ取るのだ。

 

 

 

……サイコザク、俺のイメージする最強の機体

 

 

 

「なら……この手には」

 

 

「!」

 

 背後を取られたことに驚きつつも、ミラージュは素早く方向を転換。その手にはスパークナックルではなく、マガジン式のブルパップマシンガンが握られている。

 

 拡張領域から瞬時に取り出した武器、ミラージュは悪い笑みと共に引き金を引いた。

 

 

 

……あぁ、そうか

 

 

 

 マズルフラッシュが瞬いた。その刹那、ダリルの手は覚えのある形を取った。

 

 迫る弾丸、それに臆面もくれず、ただイメージした。

 

 真っ向からぶつかり合うために、ただ近接武器をそのまま流用していた自分を恥じる。これでは、意味がない。サイコザクらしからぬ戦い方だ

 

 やはり、自分にはまだISは慣れていない。故に学ぶことはまだ多い

 

 

……だから、感謝をする。ミラージュ、おかげで俺は

 

 

 

 

『―――――――ッ!!?!?!』

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 ズガガガガ、鈍い金属の連続音が渓谷をこだました。刹那の応酬、制したのはダリルの側。

 

 ミラージュの装甲を、その手の銃も打ち落とし破壊した。今もダリルの手は硝煙の煙を残している。

 

 

 

「忘れていた。俺は前衛じゃない、狙撃手だ。獲物は、こいつ等だった」

 

 

 

 その手に握るはドラムマガジン式のマシンガン。身をひるがえしゆっくりと地上に降り立つ、その背中には双対の羽、ではなく

 

 バックパックのプロペラントタンクに積載された遠距離兵装数々、それら全てがサイコザクの武装である。

 

 

 

 

 

 

   ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

……メインウェポンはビームバズーカ、サブアームにマシンガン。ジャイアントバズ三丁、そしてシュツルムファウスト

 

 

 

 

 標準はインレンジ、敵は近づくか左右上下に射角を乱す。

 

 積載量が増えた今旋回制度は若干下がっている。渓谷は高さこそあれ横には距離はない。故に、ここから先は銃使いにとって腕の見せ所だ。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 迫るミラージュ。飛び道具を得た今、一層に活路はインレンジだ。踏み込みと同時に拳が届くライン、そこに線を切って自身のイメージに結界を作る。

 

 ハイパーセンサーも加わり、ダリルの意識はより繊細で明快になる。ラインに迫る敵、その栓を超えた瞬間

 

 

「……そこだ!!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 瞬時に撃鉄は火花を浮かせ引き金は絞られる。

 

 身をひるがえし宙がえりを打つ軌道で曲射。サブアーム二本で構えたザクマシンガンがストライカーの装甲に傷をつける。

 

 

「くっ……は!?」

 

 

 弾丸の雨を交わし、逃げた先でミラージュは見た。天に立つダリルの機体。今度は、その両手に二丁のバズーカを握っていた。

 

「!!」

 

「落ちろッ」 

 

 

 放たれる榴弾、フルオートで射出された弾頭は直撃こそないが、その爆風はミラージュの体をひるがえし宙に浮かせ程度なら足りすぎていた。

 

 地面に炸裂した衝撃で爆炎が起きる。煙から抜け出るようにミラージュは上空へと目指した。渓谷の内では回避の幅が少ない。射線を切るには、上へ上へと

 

 

「ふざ、けんな……そんな実弾いくら食らっても」

 

 

……パシュン

 

 

「!」

 

 勢いよく空気が抜けるような音がした。それは、ミラージュの視線の先、煙の先で見計らったように待ち伏せていたダリルの手元から放たれた音だった。

 

 

「足りないか、なら追加だ……食らえよ、ミラージュ!!」

 

「く……ッ」

 

 

 回避せんと背を向けた。だが、迫りくるシュツルムファウスト、その弾頭は素早くミラージュの体を撃ちぬく。

 

 叩き落とされるように川へと墜落した。そのミラージュへと、ダリルは最後に

 

 

「!!」

 

 

 腰だめに構えたビームバズーカ、その砲身を

 

 

 

 

「ダリルゥウウウウウウッ!!!!?!?!?!」

 

 

 

「ミラァアアアーーーージュッ!!!!?!?!

 

 

 ラストショット、最大限にチャージされた砲身からは、高出力の黄色い光線が空気を切り裂き大地を穿つ。ミラージュめがけ放たれたビーム、絶対防御はもれなく発動し、その肉体を覆う装甲は見る影もなく融解、破損していく。

 

 こだまするミラージュの叫び、照射を終えた後は生身の肉体だけ、そこへ

 

 

 

『―――――――――――――ッ!!!?!?!?!?』

 

 

 

「!」

 

 

 

 地を穿つ雷、神の一撃ともとれるその掃射。ついぞ地形は耐えられず、ダリルが見下ろす先は漆黒の闇へと包まれていく。

 

 地盤の崩壊、地下の空洞へと、水が、岩石が、吸い込まれるように落ちていく。当然、その中にはミラージュの姿も

 

 

「――――ッ」

 

 

……どうする、さすがにこれは

 

 

 勝負はついた。なら、するべきことは

 

 思考を片付け、ダリルは直下して速度を上げる。落ちていくミラージュめがけ、その手を伸ばさんとした。しかし

 

 

 

「みら……――ー―ッ!??!?」

 

 

 

 伸ばした手、しかし思わずダリルは足を止めた。

 

 落ちていく最中、ふと見たその尊顔、目が合ったのだ。地獄へと落ちる人間の最後、その眼はまるでこの世のものとは思えないおぞましさを込めていた。

 

 善意も、正常な行為も跳ね除ける。間違いなく、その手を掴めば怨嗟の呪いで心を殺す、それほどに、闇を感じて精神が震えた。

 

「……ッ」

 

 いらぬ行為、そう言い聞かせてようやく、心を落ち着ける。

 

 

……そうだ、元から、こうするつもりで、俺は

 

 

 敵、クソの付く戦場でしかないこの生き地獄で、倒すべきと決意した相手にはこうする以外ない。これで間違いはない、そう、理解しなくては

 

 

 

「……すぅ、ぁ……はぁ、くっ……そうだ、ここは、そうだったはずだ」

 

 

 世界を変えても、結局は変わらない。ここは、俺のいる場所は総じて、血なまぐさい場所だと

 

 

「……終わりだ。これで、全部」

 

 

『!』

 

 

「は?」

 

 視界に移る警告マーク。周囲のレーダーに、近づく機影を見る。

 

 敵、まだいたのかと、ダリルは残る武器ヒートホークを構えて、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダリルさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 そして、振るうことなく、武器は手元から地に落ちた。

 

 

「ダリルさん……ダリル、さんッ!!」

 

 

「せし……おわッ!?」

 

 

 

 ティアーズを纏い、飛びつくセシリアをダリルは受け止める。空中で受け止めて、互いに静止したまま、強く、強く

 

 

「よくぞ、よくぞ生きて……勝ったのですね」

 

「!……あぁ、そうだ」

 

 勝った、そう言われてようやく実感する。戦いをこの手で終わらせたこと、そして、この戦いが何のためにあったのか

 

 守ると決めた。セシリアは無事、今この手に。

 

 

 

 

「……あぁ、そうだ……そうだった」

 

 

 

 

「!」

 

 

 返すように、ダリルは強くセシリアを抱く。少女は顔を赤らめ、必死に言葉をとりなそうとするが、それも上手くいかない。

 

 黄昏時は終わり、周囲は次第に夜の帳が落ちていく。星の無い夜、紫雲の空の果てにかすかに残る夕日が頬を染める。

 

 

「終わった、全部終わったんだ……俺は、救ったんだ」

 

「……ダリルさん」

 

「…………ッ」

 

「あの、ダリルさん……抱擁が、いささか強すぎでは」

 

「いいんだ、今は……こうさせてくれ」

 

「!…………もう」 

 

 

 仕方ないと割って、ダリルの熱意をそのままに受け止める。セシリアは、返すようにその手を首に回した

 

 見たことのない機体、剥き出しのフレームが目立つ歪な鎧。破壊されきって、大破した機体を無理やり使えるようにしたような見栄え、だが、説明はなくともセシリアは感じ取ってしまった。

 

 この歪な鎧こそが、自分の想い人が何よりも求め続けていたもの

 

 

「よくぞ……成し遂げました。ダリルさん、あなたは……勇ましいお方です」

 

「あぁ……ありがとう、セシリア」

 

 賞賛は卑下せず、ダリルはただ受け止めた。

 

 感傷に浸りすぎて心は張り裂けそうだ。情けない姿この上ないが、今自分は年下の彼女に甘えてしまっている。

 

 辛酸の果てに至ったこの結末。理不尽に打ち勝ち、全てを守り切って、そして取り戻して見せたこのエンディング。それが何よりも嬉しくて、胸がいっぱいで、ただ、そんな顔だけは見られたくなかった。

 

 

「……すま、ない……セシリア」

 

「えぇ、構いません……セシリアは、ここで、支えています」

 

「あぁ、ぐす……ちょっと、感傷に浸っているだけだ。すぐに、行かないとな……シャルのことも、大事だ」

 

「……」

 

「あの……セシリア?」

 

 急に黙した。首に巻きつく腕の感触も、どこか強張っているようで

 

 

 

 

 

 

……かぷ

 

 

 

 

「ぎッ!?」

 

 首元に刺さるような感触。それは、いつかに受けたものと似た痛み

 

 

 

……なんで、セシリア……ていうか、シャルと同じところ

 

 

 

「んん、ふぬぬ……ぷはッ!!」

 

「……な、あの……セシリアさん?」

 

 

 不思議と敬語が出てしまう。体から離れ、宙に浮いたまま向かい合うセシリアは

 

 

「ふん……」

 

 

「……えぇ」

 

 

 わかりやすく、まるでジャパンコミックのヒロインのように、ツンと不機嫌の振る舞いを見せだした。

 

 

「……行きますわよ。皆さんが待っていますので」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

「ダリル様の言う……大事な、シャ・ル・ロ・ッ・ト……も、待っていますものね、オホホホホ」

 

「……あ、あぁ……そう、デスネ」

 

 

 急な不機嫌、わかるようであまり言及しづらい。だが、例えるのであれば

 

 ペットを飼っていて、あとから更にペットを飼う際に起こる、そう、先輩の嫉妬

 

 

 

「……ぷふ、くはは、はぁ」

 

 

 

「?」 

 

 

 

 ダリルの笑いに思わず振り向く、そして不機嫌そうにまたそっぽを向いた。

 

 一連のセシリアの振る舞い、それを見て一層にダリルの表情は緩んで締まらない。

 

 

 

 

……終わったんだ、ほんとうに、もうこれで、全部

 

 

 

 

 戦いは終結した、その意味を強く理解した。シャルと過ごした平穏な日々、それも満たされたことだが、やはり自分は足りていなかった。

 

 まだ一人、自分には共いいるべき相手がいた。セシリアと過ごす日常、戦場の先に在るまばゆいほどの報酬、短いやり取りの中に、俺の欲しいものはもう十分詰まっていた。

 

 

 

 

……そうだ、俺は君の手を握って、そして行くと決めたんだ。イギリスに、新しい道へ

 

 

 

「……帰ろう、セシリア」

 

 

「!」

 

 

 みんなで、大手を振って帰るんだ。俺は、まだ忘れていない。君が、俺と共に歩んでくれると、道を示してくれたことを

 

 寄り道はようやく終わる。忘れ物は取り戻して、この両手に大切な人を掴んで

 

 

「帰ろう、俺たちの居場所に……セシリア」

 

「!!」

 

 涙は溢れかえる。いっぱいん感情で声は出せずとも、セシリアは何度もうなずいた。

 

 日は落ちて、いつしか空は星空に満たされている。荒れ狂う嵐のような激動を沈め、星夜の静謐が二人を包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く。

 

 




読了、お疲れ様です。次回、エピローグ

サイコザク完全武装で最強ムーブ、少し強引だったかもしれませんが、やはりサンボルならフル武装がロマン。IS世界では地上でも宇宙的に戦えるから自然とフル武装、フルアーマー許容できるからいいよね、いつかフルアーマーガンダムtbも描写してみたい。


感想・評価などあれば幸いです。次話もなるはやで仕上げていきます


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帰還

遅くなって申し訳ない。1月下旬、大学生には辛い時期です。でも落ち着いたので投稿


 一年と半年、俺が過去の世界に飛ばされてから、もうそれだけの日々が過ぎ去ったていた。

 

 右も左もわからないなか、どうにか働き口を煮付けた矢先に起きた事件。それからさらに異国に渡ってからも国を巻き込むレベルの大騒動、なんとも痛ましい自分には壮絶が過ぎる日々だった。

 

 ただ、そうした事件を越える度に、おれ自身も前に進んでいく感触はある。 

 出会いと再開、過去の因縁、それらを乗り越えてようやく、俺は未来の問題と向き合う。

 

 多くのしがらみよりも、今の俺の心はある一つに捉われたままだ。そう、リユースサイコデバイス、未来の手がかりだ。

 

 今回の事件、主にシャルとセシリアだけが関わる問題であったが、その中に自分と非常にかかわりのある見過ごせない問題も生じた。そして、その研究を行っていた篠ノ之束、イリスから聞く話、それにもとから知る世界的な経歴、実績もろもろ含めて、なんとも頭がいたくなる相手、というよりはラスボスだ。

 

 事件は解決したが、問題は未だ山積みだ。なにせ、元の世界へとつながる要素なのだから。もう戻れないと高をくくっていたが、これでは話が変わる。

 

 知ることは多い。知るためには行動を、それはつまり

 

 

 俺は、決めないといけないのだろうか

 

 

 未来という過去に執着するか、それとも

 

 

 

 この過去の世界で得た、今を大事にするか

 

 

 

 

 

 

 

 

〇 

 

 

 

 

 

――――ロンドン市――――

 

 

 

 

「…………」

 

 退屈、その二文字がずっと頭をよぎっている。個室の病室、広々とした部屋でベッドもふかふか。安いパイプベッドではなく、ホテルにも使われるような高級ベッドを転用したもの。設備に文句はない、贅沢は理解している。しかし

 

 

「……ッ」

 

 労働も何もないこの無為な時間は、半端に健康な体には逆に堪えるモノだ。

 

 どうせなら、数人まとめた雑居部屋の方がいくらかマシだ。他人がいないのは、少なからずというか、紛れもなく自分のせいではあるのだが

 

 特殊作戦に関わった民間人。その上、自分は件の機体を動かしてすらいる。ドーバー海峡を渡り、イギリスに着くやすぐ拘束、検査、そして隔離のコンボを食らうには確かに納得いく経緯だ。

 

 

「……くっ、あぁ……暇だ。せめて、雑誌の一~二冊ぐらい、差し入れがあってもいいだろう」

 

 

 セシリアが用意したこの病院は確かに居心地がいい。しかし、どんなに設備が良かろうと、入院患者は総じて退屈と戦うのが世の常、それを今自分は大いに痛感している。

 

 持っていた端末はとうにフランスで置き去り、思えば金銭やパスポート、貴重品が収まったカバンまでリュミアーレ村に置いたまま。なんとも、寂しい懐事情だ。

 見舞いには誰も来ず、ただ医者に検査を受けて、時折リハビリを受けて、あとはテレビを見るぐらいか。

 

 

 

「……ニュース」

 

 

 

 

 

 

……一連の事件、未だ犯人は特定されず、テロリストの声明は事件以前と事件後にも無いまま、真相は闇に

 

 

 

……デュノア社の代表取締役、アルベール氏が病に伏して一週間。未だにそれ以上の声明は無く

 

 

 

……アミアン自然公園区でおきた爆発事故、政府が封鎖処置をしてからも一向に発表は無く

 

 

 

 

「……」

 

 別段、面白いわけでもない。しかし、フランスで起きたこと、それが世の中にどれだけ影響を与えているか、それぐらいは気にかかった。

 

 当然、そこには情報統制もあるだろうから、知れることは大概だ。世間は不自然な事件の真相を追うも雲を掴むような結果しか見えず。

 

 肝心のアルベール、デュノア社はまるっきり黙したまま。だが、フランスの方と比べ、ここイギリスでは大きな動きが起こった。

 

「……またか」

 

 ニュースキャスターが次の情報を映す。それは、ここ最近フランスの不審な事件よりも、国民をにぎやかす大きなゴシップだ。

 

 

 

……イギリス最大手企業、オルコット系列で名を馳せた、あのガルディエ製造業代表取締役、モーレスガルディー氏が書類送検されて早三日。未だ、余罪の追及は続いているとのことで

 

 

 

「……なんとか一人、身内の恥は雪ぎましたわ」

 

「!」

 

 

 聞き覚えのある声、入口へ振り返る。

 

 

「セシ……は?」

 

 

 だが、そこにいたのは長髪ブロンドのお嬢様ではなく。もう一人

 

 

「あはは、ごめんね……でも、あのお嬢様ならそう言うよね。えへへ、イタズラ成功」

 

「……」

 

 そこにいたのは、自分と同じ入院服を纏った少女。

 

 声色は依然と同じ、もう死人の魂は天へと帰ったのだろうか。

 

 

「……シャル」

 

 

「うん……ようやく、会えたね。私、傷物になっちゃった……なんて、ね」

 

 

 頬のばんそうこう、腕の包帯、生傷の治療跡が生々しい。しかし、その場で軽くターンして、変わらない笑顔を振りまいてみせた。

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 入院して一週間。イギリスについて保護された俺はすぐに気を失い三日は眠ったままだった。治療、検査、取り調べ、取り調べ、検査、そしてようやく落ち着いて入院患者になれるようになって、それが一週間。

 

 ここはロンドンに在る病院で、恐らくはオルコットの息が強くかかっている施設だ。だから、きっと俺と同じように入院していると踏んだが

 

 

 

「……予想は的中、だったかって、おい」

 

「えへへ……久しぶりの添い寝」

 

 油断も隙もない動きを、そんなことに使うなとつっこむだけ無駄。というか、どうしてそう気楽に男のベッドに入ろうとするんだ。

 

「…………駄目だぞ。はしたないことは怒るからな」

 

「むぅ…………けちんぼ」 

 

 わかりやすい子だ、安堵のため息が出る。

 

 そして、注意されたらされたで、シャルはベッドの縁に座る。そこで、何でもなくただ笑っている。

 もう、不安なことは無いのだろう。痛いことも辛いことも、もうきっと

 

「……」

 

「で、検査も終わってね……監視役もいないから、ちょっと病院を探検。お兄さんの部屋はすぐにわかったよ。見張りもいたけど、なんか勘違いされてすんなり通っちゃった」

 

「……あぁ、だから」

 

「うん、あったことないけど似てるの?」

 

「いや、まあどっちも金髪だし、それに年頃も同じ。」

 

「可愛いのは?」

 

「同じ」

 

「……む」

 

 いそいそと、ベッドの上を四つん這いで移動する。何をするかと思えば、背中に張り付いて、またも

 

「……おい」

 

「ふん……お世辞も言えないお兄さんが悪い、かぷ」

 

「おい、はしたない……って、どっちも可愛いならいいだろ。実際、比べる要素ないぐらい良いんだ」

 

「知らない、それよりその子おっぱいは?私胸なら負けない自信あるよ」

 

「デコピン、追加されたいか?」

 

「やだ。だけど、てい!」

 

「!」

 

「ふっふ~ん! くっつくのはやめないからね、にしし」

 

「……ッ」

 

 猫にじゃれつかれている、そう思うことにダリルは決めた、というよりかは諦めた。

 

 パリの家、リュミアーレの村。なんどか、こういうじゃれつかれ方はされているが、きっと本心から甘えたがっているのだろう。

 

 親のことは、報告の段階でシャルにも知らされているはずだ。イリスの願い、それを狂わせた束の存在。すべて理解しても、やはり満たされないのは、幼さゆえに…………故に、ゆえ

 

 

……ちゅぅ

 

「…………おい」

 

「……痛い?」

 

「くすぐったい、だ……汚いぞ。男の体なんか」

 

「ううん、そういうのは気にしない。…………でも、なんだろうね。あっ、病院食美味しくないから、かなぁ? お兄さんの方がおいしいからつい夢中で」

 

「カニバリズムだそれは、バカ」

 

「う~ん、ふふ……あむ」

 

「……」

 

 首筋に触れる生々しい感覚。まだ幼いとはいえ、発達するところはしていて、正直あまりよろしくないだろう。

 

「おい……シャル、いいかげんに……ッ」

 

「……」

 

 暖かい感触が、ひときわ大きくなった。

 

 無言で、首から歯を離したと思えば、今度は両手が前に、背後から強く抱きすがる。 

 

「……おい、あのなぁ」

 

 当たっている、そう率直に言おうにもさすがに鼻が痒い。

 

 13歳、本人が自称するだけあって膨らみは中々に、少女ではなく女なのだと感触で気づかされてしまう。

 

「……ねえ、お兄さん」

 

「?」

 

 手が、首に回したシャルの手が、やたらと体をペタペタと触りだす。胸板、腕、密着したままに

 

 

……甘えるにしては、さすがにこれ以上は

 

 

 子供のすることだから許すべきと、そう考えるも背中の感触はさすがに看過できない。

 

 というか、入院生活故疲労が色々と、それこそ男としても色々に溜まっている身としては、これ以上の破廉恥は許容できない。

 

 

 

「おい、シャル……よさないか」  

 

「……」

 

「なあ、聞いて……って」

 

 ペタペタと、シャルの手は顔の方まで登ってきた。後頭部にはシャルの額の感触が、手の平で俺の顔の形を確かめるように、頬や鼻、顎に、口と

 

 

 

 

「……形、覚えておかないとね」

 

 

 

 

「?」

 

「聞いたよ、私の体……普通じゃないんだね」

 

「……ッ!」

 

「私の手足、移植されたものだって……無かったんだね、手足」

 

「……それは」

 

「いいよ、もう色んなことがありすぎて、正直実感わいてないから……でも、ね…………うん、やっぱり怖い。嘘、強がりだったね」

 

「……」

 

 背中に感じるシャルの体温、温もりが伝えるのは人の感情。熱をもった体の奥で、シャルの感情が冷えていくのを感じ取る。

 

 手で触れようとする意味。この子なりに向き合おうとしているのだろう。忘れないように、生身の手で感じる温度を、感触を、伝わる感情を、この子もまた

 

「……だが、シャル」

 

 しかし、そうシリアスなことを考えるほどに

 

「いいのいいの、さてさてくよくよしても始まらないし……うん、パンフレットってないのかな? どうせならさ、ちゃんとかっこいい義手が良いよね。お兄さんと同じ三本指だとさ、女の子としてはさすがにね、おしゃれしたいし、指輪とかのアクセもつけたいし「シャル」

 

 

……駄目だな、これ以上は、さすがに

 

 

「シャル、シャル……おい、止まれ、聞け」

 

 

「き、気にしてない! 陽気にね、私ポジティブなのがウリだし、下町育ちだからそれぐら……」 

 

 

……ビタンッ! 

 

 

 

「!!」

 

 鈍い音が大きく響いた。ダリルの放つ渾身のデコピンがシャルの鼻っ面を捉えた。

 

 ベッドで転がり悶絶する姿を見て、さすがにダリルも笑う気がなくなり呆れでため息を漏らす。

 

「シャル、周りからは何も聞かされていないのか?」

 

「へ?」

 

「……そうか、なら仕方ないか」

 

 ダリルは頭を抱えた。まだ事件を終えて間もなく、情報の整理が出来ていなかったのだろう。

 

 というか、イリスから直接聞かされた話は、無意識に避けていたのかもしれない。どんな理由が荒れ、視認から聞いた話なんて信じられないだろう。

 

 

……シャルには、話した方がいいな

 

 

 おそらく、記録上でシャルは遺伝的な欠陥の体質があると明らかになっただけ。あの事件の日々、シャルに起こった体の変化は、まだ知られていない。

 

 変化は、確かにあった。それは、亡き母親からの確かな贈り物。

 

 

「……シャル、単刀直入に言うぞ。お前の手足、無くならないぞ」

 

「へ?」

 

 




今回はここまで、長くなりそうなのでここで区切り。

次回こそ最終話。そして新章への繋ぎ


感想、評価などあればよろしくお願いします。次回もできるだけ早めに、したいなぁ


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約束の地/新たなる火種

第二章三部作、これにて完結です。


―――5年前

 

 

 

 フランス某所、束が密かに建設した研究施設。

 

 そこで、イリスローランは自分の人生に幕を引いた。確かに、はたから見れば報われない人生だっただろう。

 

 だが、彼女は最後の時間を使い、祈りを込めた。束の容貌で手掛けた聖剣の開発。その密かに、イリスはシャルを助ける糸口を己で見つけ、その術を完成させた。

 

 束は、自らの欲で悲劇を生みだした。シャルロット・ローランの未来をより自分好みの悲劇にするために、非道を敷いて計画を実行した。

 

 だが、それはダリルという異分子の手で変えられるに至った。

 

 そして変えたという点では、イリスもまた成果を残していたのだ。

 

 

 

 

 オークション会場、ルーブル地下の秘密の競売場にて、シャルは確かに聖剣を、リュミアーレ・ラ・デリュランダルを起動した。

 

 しかし、手足は食われず、結果ISは不発動、そこには明確な細工、理由があった。

 

 そして、その内容は本人から、シャルの体を通じてイリスの言葉でダリルは聞き届けたのだ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 台座に置いた聖剣。イリスは最後の仕込みをそこで行った。

 

 聖剣の機体内部には、リユースサイコデバイスを補助するために、随所にナノマシンを応用した補助演算機構が付いている。それは一種の独立した思考回路、ネットワークとして機能する代物だ

 

 つまり、イリスはISにバックドアを仕込んだ。そして、それは未来でシャルがISを起動した場合に起きる条件であった。

 

 全ては可能性、シャルの手足が失われずに済むために

 

 

 

 

 

 

 

「IS、リュミアーレ・ラ・デュランダルを起動した際、シャルの手足は無くならなかった。」

 

「……」

 

「あれは異常だったんだ。本当なら、乗り手の適合をはかり、あの機体は……人を食う代物だ」

 

「へ?」

 

「比喩じゃない。イリスの口……いや、イリスの研究情報では、確かにそう記されていた。もし、あのままアルベールがあの機体を手中に収めていれば、誰にでも乗れるISを増産して世界を混沌に陥れていたか、それとも制御不能の兵器で自らを亡ぼしたか、今となってはわからない結末だがな」

 

 リユースサイコの可能性、それは現実に確かな技術の結果だ。ISの性能を最大限に生かすために搭乗者を食い物にする。

 

 人に干渉し、人を変える代物。人と機械を一つにする。それは戻れない悪魔の儀式も同然、おぞましいことこの上ない。

 

 

 だが、システムはそうであったが、シャルの身は問題が起きなかった。

 

 

 イリスの開発したナノマシンの補助演算装置、それは軌道の瞬間にシャルの体に、つまりは肉体に移行したのだ。

 

 

……イリスの意思が宿ったのは、おそらくイリスが一度ISを起動したから。

 

 

 本人曰く、魂のレプリカが情報として残り、それがナノマシンの意向を通じてシャルへと流れた。彼女は淡々とそう説明してくれたが、なんとも信じがたいし、それを打ち明けられる自信はない

 

 

 

……言わない方がいいな。イリスの件は

 

 

 

 シャルは、フランスでことが終わった後、合流した後既に気を失っていた。そして今日に至るまで、イリスの意識は目覚めていない。

 

 しかし、彼女曰くその説明どおりなら

 

 

……ISのコア演算で向上させたナノマシン。それは今もシャルの中に、だから

 

 

 

「……いるのか、まだ」

 

「?」

 

 

「あ、いや……んんッ、なんでもない。話に戻る」

 

 イリスの所在、それは今は置いておく。問題は、今シャルの体に残るナノマシンの働きだ。

 

「……とにかく、あのISにはナノマシンが、お前のお母さんが作った薬が、今のシャルの体に変化を与えたんだ。細胞の拒否反応は怒らない。ナノマシンが、母親の想いが手足を変えた」

 

「……おかあさんが」

 

「あぁ、だからその手足はお前のだ……もう、無くならない。お前だけの手足だ」

 

「……」

 

「?」

 

 押し黙る。気づけば背負った体勢から、ベッドの箸に並んで座って、シャルは少し気を落としている。

 

「……すまない、少し無神経だったな」

 

 もう問題は無い。その手足は健全だと、そう口にするものの、そもそも

 

 

「……うん、いいの……でも、まだむずかしいな。いろんなこと、いっぺんにだもんね、えへへ」 

 

「シャル……ッ」

 

 気丈に振舞って見せる。

 

 移植された手足、それゆえの申し訳なさ、罪悪感はぬぐえないだろう。13、もう少しで14の身で、もう何度も闇に触れてなお

 

 

……いや、でもシャルは

 

 

 

 手足への罪悪感。その根っこは他人を推し量り同情する気持ち。

 

 あれだけ不幸を背負って、苦しい道を歩んできたのに、それでも

 

 

 

「……」

 

 

「ん、なに……もう、あわわ……痛い、強いよ」

 

 

「はは、悪い」

 

 

 

 ダリルは、ついその手でシャルの頭を撫でてやった。誘拐、監禁、実験、それを経て間もないのに、真の優しさを失っていない。

 

 シャルは、変わらずシャルのまま、それがどうしてか嬉しくて、つい手を伸ばしてしまった。

 

 

 

「……ふは、ははは」

 

 

「うぅ、もう……なんなの」

 

 

 抗議の目で、上目遣いに訴える。子供らしく、大人に頼り甘えたがる少女

 

 何も変わらない。シャルは、まだシャルのままだ

 

 

 

「……うぅ」

 

「あぁ、すまない……悪かった」

 

「…………いい、別に」

 

「?」

 

「撫でられたくない、わけじゃないし…………うん、そうだね、なら…………ふふ」

 

「??」

 

 

 うつむいて、一人納得いった様子で

 

 

 

「ふふ、あはは……はは、ひぐっ……あれ、なんでかな……嬉しいのに、涙、止まらないね」

 

「!」

 

 

 大粒の涙を落として、耐え切れずシャルは俺の胸に飛び込んだ。

 

 患者用の服を強く掴んで、その涙を胸で拭う。

 

 

「……もう、終わったんだね」

 

「あぁ、そうだ」

 

「苦しい事、全部……これからは、楽しいことばかりだ! だから、笑わないと、いけないのに」

 

「……あぁ、そうだな。大丈夫だ、シャルならすぐ笑える」

 

 シャルの人生の重しはこれで消えた。形はどうであれ、理不尽はすでにない

 

 これから、好きな人生を歩む。今度は、抱く価値のある夢を見つけて、その為にひたむきに走れる道を行くのだ。

 

 

「……ぁ、お兄さん……ごめん、一回ストップ」

 

「?」

 

 腕の抱擁を説く、シャルは表をあげ、涙を袖で拭き困ったように

 

 

「私、聞いたんだ。お爺ちゃんの家、もう戻れないって」

 

「……ぁ」

 

「うん、仕方ないよね……というか、もうフランス帰れない? 偽名と整形必要かな」

 

「あ、そうだな……それはしかたな……いや、偽名はともかく整形は不要だろ」

 

 

 考えを戻す。真面目な話になるが、確かに未だフランスでデュノアは健在だ。事件を知る関係者もまだ生きているだろう。こっちとして、セシリアが士法の裁きを与えたのはあくまで身内だけなのだ

 

 フランスには当分は行けない。実際、シャルの叔父、グレン・ローランはセシリアが保護している。

 

 

 

……まあ、大丈夫だろうな

 

 

 

「お兄さん、どうしたの?」

 

 

 

「……いや、少しな」

 

 

 

 そう言えば、自分はもともとセシリアの家で雇われるために赴く腹つもりだった。

 

 セシリアは貴族。なら、きっと働き手はいくらいても困らないと、勝手ながら予想する

 

 

 

「……一緒に就職するか」

 

「へ?」

 

「セシリアの屋敷、イギリスにある豪邸、そこで俺は執事……シャルはメイドだ」

 

「……それ、勝手に決めていいの?」

 

「さあ……だが、俺は戦果をあげたんだ。褒章ってことにしよう、そうすればいい」

 

「……まあ、私はそのセシリアって子知らないから何も言わないけどって……あ!」

 

「?」

 

 

 思い立ったように、シャルは何かを考え出す。

 

 銅像の考える人ではニアが、拳を顎に当てて、うーんだの何のと頭を使いだす。

 

 そして立ち上がり、そのまま俺の正面へ

 

 

 

「…………ねえ、セシリアって子、お兄さんのナニ?」

 

「は?」

 

「いいから、色々あるんだと思うけど……関係!ダリル・ローレンツさんとセシリアオルコットさんの関係!!」

 

「はあ?」

 

 

 

 急に不機嫌に、機嫌を損ねた猫のように、愛らしくもあるが傍若無人な振る舞いで圧を放つ。

 

 問い詰める態勢、気づけば質問は詰問に変わっている。

 

 どう答えるべきか、悩みに悩んで、出した答えは

 

 

 

「……え、えっと……戦友、だろうか?」

 

 

 思い返す記憶は共に銃を持っている時。自分でもわからないが、今シャルに問いただされていると、ダリルは無性に隠さずにはいられなかった。

 

 セシリアもまた、シャルのようにとし幼い少女として、大人に頼り甘えたくなる子供のような振る舞いを見せることを

 

 知られてはいけないと、無意識に身構えてしまった。故に、答えた解答、だが

 

 

 

「……ふん」

 

「しゃ、シャルさん」

 

 

 

 おもしろくない、そう思われたかシャルは不機嫌になるだけ。いったいどんな落ち度か、反省を踏まえる暇も与えられなく

 

 

「!」

 

 

 シャルは、ダリルの肩を押した。ベッドで仰向けになるダリルの上に、四つん這いで覆いかぶさるようにマウントを取る

 

 

「負けないから……絶対、お兄さんは上げない」

 

「は、は?」

 

 少女らしからぬ、どこか妖艶な笑み。あどけない顔とは裏腹に、腹を決めたシャルは今、ヒロインの座を奪わんとするいっぱしの主演女優だ。

 

 舞台の中央は譲らない。困惑で医師となったダリルに、更に畳みかける

 

 

 

「欲しいものは、もう我慢しない。わたし、お兄さんが欲しいから」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「……んっ」

 

 

 

 不意打ちに、そっと下した唇が、ダリルの

 

 

 

「ぐ、がッ!」

 

「ん~~~ぷはッ」

 

 

 ダリルの、首元のあたり、鎖骨の位置に赤いあざが出来上がっている。

 

 キスマーク。アメリカ映画のごとく、所有権を刻む意味で、シャルは行為を断行した。

 

 

「えへへ、お兄さんは私のもの♪ 絶対誰にも渡・さ・な・い♪」

 

 

「お、おい……なあ、シャル、お前……お前なぁ」

 

 

 困惑、それは無理もない。ダリルにとって、あくまでシャルは妹のような相手

 

 だが、ここまでされては、もう否定できない。シャルロットという少女は、自分で歯抑えられないほどに、もう成熟したレディなんだと

 

 気分は、すでに肉食獣に睨まれた草食獣。足の上に跨って、楽し気に笑って見せる無邪気さに、内心震えてすらいるのだ

 

 

「……おい、頼むから……頼むから、節操を守ってくれ。シャル」

 

「あはは、それもそうかな? うん、でも条件」

 

「条件、なにを……」

 

「どうせさ、ここで生きるにしても偽名はいるでしょ。でも、この名前は変えたくないから……だから、ね、いいこと思いついちゃった。」

 

「?」

 

 何を言い出すかわからない。また爆弾発言でもするのかと身構えていると 

 

 

 

……ぎぎ

 

 

 

「!」

 

 ベッドが軋む音。視界は天井を見上げたまま、それで妙に体が暖かい。

 

 シャルが、抱き着いている。小さな体でいっぱいに、俺の体に抱き着いて、耳元に吐息を感じさせた。

 

 横目に見たシャルの耳、その先まで真っ赤に、感情で染め上がっている。

 

 

「…………名前、欲しい」

 

「なまえ、俺のを?」

 

「うん、ローランをドイツ語にすると、ローレンツ……同じなんだ。お兄さんと、私……だから、欲しい」

 

 強く、その細い腕が抱きしめる。

 

 さっきまで色んな感情を見せてみたが、まだ根っこは言えていない。喜びや怒りで感情を豊かに振舞っても、未だこの子は、まだ侘びしいのか

 

 

 

「……俺で、いいのか」

 

 

「うん、お兄さんじゃないと嫌だ……だから、お兄さんのローレンツが欲しい」

 

 

 違えない。決断は、覆らない。

 

 シャルは、シャルロット・ローランは、きっと新しい道を選びたいのだ。周りがどうとか、環境の性でなく、前向きに、己の意思で、選びたい。

 

 シャルは求めている。それは、救った者の責任でもある

 

 

 

「……たく」

 

 

……むぎゅ

 

 

 

「!」

 

 

「いいさ、名前ぐらい」

 

「!!」

 

 

 そうだ。これから、この新しい地で俺は始め直す。進む道を見つけるのはシャルも同じ。なら、共に歩む者がいる方がいい。

 

 

 

……セシリアには、悪いかな

 

 

 相談もなしに決めてしまった。だから、再開するまでに紡ぐ言葉は考えておくべきだろう。どれだけ謝ればいいか、考えるだけでもおっかない

 

 

 

……セシリア、セシリアか

 

 

 

 

「……」

 

 嬉し気に、ダリルに抱き着いて甘えるシャル。一方で、抱きしめたまま、天井を見る視線の先、ふと思った疑問を続けた

 

 

 

 

 

……セシリア、君は……今、何を

 

 

 

 

 一週間、昏睡していた機関も含めれば、それ以上もあるそこそこに長い期間

 

 なのに、会えないにせよ、連絡もないのはどうもおかしい。

 

 

 

 

 

……セシリア、君は、今……どこで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――フランス、アミアン市

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。暗闇から抜け出た所で、また別の暗闇がある。世界はどこまでも行き詰まりで、自分を産み落とした女はとうに気が知れぬ狂人だ。

 

 期待も無い。与えられたものはただの力、満たすには自分自身が動くしかない。

 

「…………ッ」

 

 世界を垣根を飛び越えて続けて今に至る。欲しいものの為に、全力を尽くして満たさんとしたが、その結果はなんとも苦いオチだ。

 

 結果、覚えているのは体中に実弾とビームをぶち込まれた感覚。

 

 戦いの中で得たのは痛み、そして恐怖。持てる力をすべて使って、それでもなお勝てなかった事実。倒したい、この借りを返したいと、心に熱が灯る。

 

「……スマイル、いるんでしょ……あんた」

 

 口にした。言葉はかすれながらだが、ミラージュは発生が出来ることを知り少し安堵した。

 

 

 

 

 

「……あぁ、いるよ。起きてたんだな」

 

「ええ、私は悪い人だから……夜更かししてブギーマンを呼んでしまうのよ。」

 

「……ぁ、くそ。悪い冗談だなそれは」

 

 

 ミラージュの軽口に、どこかスマイルは乗り気になれない。その顔は悲痛さを無表情で押し殺し、現実から目を背けるように深く煙草をふかした。

 

 視界が晴れる。どこかのモーテルで、六に換気扇も回ってない部屋、漂う煙をミラージュは払おうと手を伸ばした。だが、その先は

 

 

「……はは、やっぱりね」

 

「!」

 

「ほら、言った通りよ……悪い子は、ブギーマンに食べられちゃうの。このとおり、ね」

 

 不快な声で、不気味にミラージュは笑い続ける。スマイルの目には、その姿はどこまでに悲惨で仕方なく、なのにそれに絶望するでもな彼女には、さすがに不気味さを覚えた。

 

 

「……みて、見てよこれ……腕、無くなってるじゃない。それも、両方とも!」

 

「あぁ、そうですね。」

 

「キャハハ!! スマイル、見えないから教えなさいよ。足! 私の足どうなってるの!さあ、さあ!!?」

 

 狂人、その形容にふさわしい狂いっぷりでミラージュは嗤い続ける。周囲の部屋から苦情の意味のノックも加わり、部屋は混沌としている。

 

 

「……どうしようも、無かったんです。瓦礫に潰れて、全部ぐちゃぐちゃだ……ISのお陰で、一命は取りとめたみたいだが、切る以外に方法はなかった。全部、俺の独断だ……だから…………ッ!」

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 ベッドのシーツが翻る。大きく何かが落ちる音が響いて、そして次には悲鳴が起きた。

 

 ミラージュが飛び起きたのだ。二の腕から先、ひじから下、四肢を欠損したまま、胴体の残るわずかな筋肉だけで飛び起き、スマイルの方へと飛びついた。

 

 

「ぐ……あぁ、がああぁああッ!!!?」

 

「ふしゅぅ……ぐぅうう」

 

 ミラージュに劣らず、スマイルもまた怪我がひどく包帯と絆創膏にまみれている、そんな彼の胸に飛びついて、何をするかと思えば、ミラージュは大口を開きスマイルの首元へ牙を立てた。

 

 皮一枚が貫かれ、血が噴き出るのをスマイルは感じている。その位置に本気で噛みつけば、ミラージュは自分を殺せる。

 

 

「…………あんた、本当に人間かよ」

 

 

 冷静に、そんな台詞を返してしまった。どんなに姿が代わろうと、ミラージュは何も変わらない。自分が使える、正真正銘優秀な奇人だ

 

 

「ん、んく……えぇ、人間よ。まあ、少し設計ミスがあるだけの、ね」

 

 床に転がるスマイルの上、器用に体を起こしミラージュは腰をくねらせた。見れば、どこか官能的に頬を染め、その眼は獣のごとく真っ直ぐに一つの感情を浮かべている

 

 男であるスマイルには、それを察するのは難儀ではなかった。

 

 

「……あんた、死にかけた後だぞ。しかも、怪我人で、重症で」

 

「いいのよ、今アタシ最高の気分だから……ねえ、勘違いしないでよ、私はね、今最高にハッピーなのよ!」

 

 

 

……ぎし、がししッ

 

 

 

「ミラージュ、あんたは……何を」

 

 

 

 ベッドが軋む。火照る体を振りまいて、ミラージュは笑みを絶やさず言葉を返す。

 

 

 

「見つけた、あたしの目的……あたしがアタシでいられる理由……勝ちたい、欲しい……あの力が、欲しい……ぁ!!」

 

 

 

 

 手足が無くなったことを、今はただ幸運に思う。ミラージュは己の高ぶりを沈めながら、ただ一人の男を見ている。スマイルではない、その手足を奪った今はいない張本人

 

 

 

……欲しい、あの力が……私にも、同じ力が!!!

 

 

 

 

「欲しい、サイコザクが欲しい!!私も乗りたい、リユーサイコデバイスの機体に、だから要らないわ!!!手足も内臓も、首から下も上も全部捨てて言い。あれが欲しい!!あれしか欲しくない!!!」

 

 

 

 

 

『ダリル・ローレンツ!! あたしもあんたと同じになるわ、だから、次こそは殺して見せる!!! はは、ハハハ、キャハハハハハハハハハハハハッッ!!?!?!?!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章後編・リターン・オブ・サンダーボルト/fin

 

 

 

 

 

 

 

 

>>NEXT>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……見つけましたわ、お父様とお母様の仇!!

 

 

 

……お嬢様を止めて下さい! このままじゃ、あの娘はまた……大切な人を!!

 

 

 

……お兄さん、私も行くよ……もう、何もできないままじゃ嫌なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

……俺が止める、失う悲しみを背負うのは……大人だけでいいッ

 

 

 

 

「セカンド・シフト…………飛べ、サイコザクッ!!」 

 

 

 

 戦いは次の舞台へ。閉じた島国で、世界の異分子は何を見るか

 

 血塗られた歴史の先に、少女の罪を戦士はともに背負う。雷鳴は再び轟く、宿敵はスコープに、引き金は握る手に約束を抱いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~第三章前編・復讐のセシリア~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 以上で第二章は終わります。読者の皆様、長い、本当に長い話にお付き合いくださいありがとうございます。
 ダリルにサイコザクも乗せられて、そして次の話への布石も置いて、無事何とかここまで来れました。物語はまだ続く予定ですが、次章がこの原作スタート前の前日譚最後の章となる予定です。


 次の投稿はまたしばらく先になります。三章は未だ構想の段階なので、執筆に入るのも当分先、また忘れたころにひょろっと書くと思いますので。

 また、第二章が終わったので、第二章で登場させた機体情報もまた投稿できればと


 報告は異常で、感想・評価などもあればよろしくお願いします。読了、お疲れさまでした、こんなニッチな作品を追っていただけて本当に感謝です。

 基本オリジナル小説並みの独自展開ですが、それでも根っこにあるサンボルのむせ返る展開を書きたいという前提を忘れずに頑張ります

 長々と喋りました、これにて以上です。けど最後に


 もっとサンボル二次創作は流行れ! そして、サンボルアッガイ全種類のHGキット化、プレバンが出ますように!! なにとぞ、なにとぞ!!!


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登場機体・二章

機体情報まとめました。二章の全編にわたるネタバレ含みますので、未読の方はご注意を


【登場機体・EOS】

 

 

<<アッガイ>>

 

主な登場者=ダリル、ビリー、セバス、チェルシー、セシリア

 

 オルコット社の軍事部門で開発された試験兵器。正式名称がないまま実戦投入されたが、仮名で名付けたアッガイがそのまま定着している。

 EOSはISを目標として開発された経緯で在り、この機体にはISに並ぶ遊撃性、自由度の高い戦術性を意図して開発が成され、その結果この機体には通常のEOSにはない水陸両用の機構が備えられている。そして、オプションパーツによる拡張性を備え、アッガイはいかなる状況でも運用できる汎用性を想定上獲得している。しかし、試験段階ではあるものの、最新鋭の技術、装備、ハイコストな仕様となってしまったため通常配備のロウコスト機体としての運用はまず不可能であり、その結果少数生産。特殊作戦下における運用を想定することでロールアウトを許された経緯を持つ。

 また、本機体にはステルス機構に用いる多量の電力を補うため、動力の機関にはパラジウム式のICD(イミテーション・コア・ドライブ)を搭載している。 

 

 

(基本兵装)

 

・低出力プラズマサーベル、魚雷、機雷内蔵式フリージヤード、腕部サブマシンガン

 

 

(拡張兵装)

 

・火力型統合兵装=ドラム式マシンガン、マイクロミサイル、ベイヨネッタナイフ

 

・重火力型兵装=スプレーミサイルランチャー、マルチランチャーユニット(バンカーミサイル、空中散布式スモーク)

 

・偵察型兵装=マルチセンサーユニット、グランドソナー

 

・狙撃型兵装=EOS用低出力ビームライフル、カメラユニット

 

 

 

 

<<ベルサーガ改>>

 

 

主な登場者=フェルシア・カフゴ、デュノア社私兵

 

 ドイツ製、傑作機体のベルサーガの指揮官タイプ。通常機体よりも出力が高い半面操作性に難あり

 

 カスタム機体としてある程度の拡張性があり、作中ではレシプロ式の機動補助装備を搭載していた。EOSは通常飛行はできないが、レシプロのファンが作る揚力で疑似的な飛行、上昇こそできないが長時間の滑空などには対応している。

 

(兵装)

 

 ベルサーガと同様の兵装、汎用武器であれば運用可能。

 

(専用兵装)

 

・ヒートロッド

 

 

 

 

 

 

<<ベルサーガ(ダリル機)>>

 

 

 

 作中、第二章後編で登場した機体。通常のベルサーガに拡張兵装、試験飛行補助装置を搭載したもの

 

 

 

(兵装)

 

・二連V1式飛行滑走翼

 

 EOSの自由飛行を目的として、しかしその方法は長距離弾道用のロケット機関をほぼそのまま搭載、更には二つもつけるというただの魔改造。

 普通であれば高Gでパイロットはまず負傷すること間違いなく、実際計画の段階でプランは破棄、以後試験品の一機が保管されたまま。保管されて以降所在は不明で、一説ではブラックマーケットで流れに流れ、どこぞの地下に打ち捨てられていたとか

 

 

 

 

 

<<ベルサーガ・ナハト>>

 

 

主な登場者=スマイル

 

 

 ベルサーガタイプのカスタム機、ファントムタスクが調達した兵器の一つで、機体の特徴は極低温を利用したステルスシステムに在る。

 

 機体内部、フレームと装甲の間に巡らされた循環冷却システム。特殊な化学薬品を液体のままマイナス化し、それを循環させることで機体温度を徹底的に冷却させる。サーマルセンサーの感知を防ぐだけじゃなく、使用する武器にもこの薬品を用いることで攻撃能力を高めることも可能。また、極低温の薬品を周囲に散布させ、敵対象の温度を明確にしサーマルセンサーで補足するなどの戦略もとれる。

 

 更に、機体温度を極限までマイナス化させること、そこに加え機体表面に特殊な電流を展開させることにより、本機体は実弾の火器に対して無敵とも言える防御能力を持つことができる。詳しくは、アルドノアゼロ二期の一話から参照

 

 しかし、そうした機構を持つゆえに弱点として内部の循環機構に損傷が起きた場合、登場者に甚大なダメージが起きるという問題点がある。

 故に、当機体は闇夜のステルス化で、一撃離脱で損害を得ないことを前提に設計が成されている。

 

 

(兵装)

 

・極低温対応型遠距離火器=アサルトライフル、腕部マシンガン

 

・極低温対応型近距離兵装=対EOS用直刀、ダートナイフ

 

 

 

 

【登場機体・IS】

 

 

 

<<<ブルーティアーズ・ナイトストリクス>>>

 

 

 特殊兵装、ナイトストリクスを搭載したブルーティアーズ。試作段階であり、拡張性に余裕があるティアーズに考案された特殊作戦使用バージョンであり、その戦術目的上ビット兵器は搭載できない。

 機体を覆う灰色の装甲は電磁ステルス機能を持ち、また内部には独立したコンデンサーも内臓。長期間の作戦に対応させる為である。

 

(専用アタッチメント)

 

・スコープバレル、スターライトの銃口に搭載するカメラアタッチメント。通常のハイパーセンサーよりも更に長い距離、高い解像度で情報偵察を可能にする。

 

 

(特殊機能)

 

・スターレス・ティアーズ=電磁パルス攻撃

 

 ビーム発信機の技術を応用し、粒子の衝突エネルギーの電磁パルスで機体表面を覆うことにより得られるステルス機構。これは、そのシステムを用いた戦術兵器的な運用法である。

 

 ナイトストリクスは多量のコンデンサーにより、ISのコアエネルギーを抑え、コア反応の探知を防ぐことが出来る。スターレスティアーズとは、その本来であれば使用を避けるコアエネルギーを全開に用いて、ナイトストリクスのシステムを暴走状態で起動させることにより起きる現象を指す。

 

 エネルギーシールドによって電磁パルス波は周囲に放電されず停滞させられ増大する。最大限に達したところで機体を解除、それにより、周囲数キロにわたって、EMPバーストを引き起こす。

 

 

 

 

 

<<<ストライカーカスタム>>>

 

 

主な登場者=ミラージュ・S・オリムラ

 

 

 第二世代型のIS、日本の倉持技研で開発された機体であり、系譜は黒鉄の派生機体に当たる。

 

 近接兵装に特化した設計、その代々の特徴は機体デバイスに試作型の精神感応型のシステムを搭載している点にある。

 システムコード=妖刀、文字通り呪われた刀を持つ武人のごとく、敵対象を殲滅するまで搭乗者の反応速度、精神の攻撃性を最大まで引き上げる。リユースサイコデバイスほどではないが、限定的とはいえ平凡なパイロトを超人に変えるシステムとして性能は確かである。

 

 

(兵装)

 

 

・ビームトンファー×2、ビームソード×2、スパークナックル×2

 

 

 

 

 

<<<リュミアーレ・ラ・デュランダル(サイコザク)>>>

 

 

 篠ノ之束が開発した試験機体、リユースサイコデバイスを搭載した機体サイコザクの廃材を用いて作り上げた代物。

 通常、ISはイメージインターフェイスで運用される。ISコアは脳のシナプスを読み取って機体の機動を行うのだが、だがそれは裏返せば人の反射に合わせISの演算能力が低下してしまうことを意味する。しかし、リユースサイコの技術をISに用いれば、登場者はISコアの演算能力を生身で共有し、つまり常人以上の反射と思考を行うことが可能になる。ただし、その負担を耐える適性を持たない場合、ISコアは生身の体に侵食し、結果暴走的な形態変化を経てしまうことが実験段階で知られている。

 

 リユースサイコにより搭乗者の消失を確認され、また無人で運用が可能となるこれらを束博士はゴウレムと称し、行こう意図的に数多くの被験者を用いて機体を制作していくのだった。

 

 

(兵装)

 

・大型ブレード

 

 

 

 

<<<セカンドサイコザク・ブレイクデッドアーマー>>>

 

 

主な登場者=ダリル・ローレンツ

 

 

 リュミアーレの機体が形態変化、正規の登場者の記憶データ、及び義肢に残る機体運用データを読み取り、本来の形を取り戻したうえでIS化した機体。故に、区分としてはISでもあり、またMSでもある。

 

 元々大破した機体から成り立っているため、展開時は装甲は3割損失、顔を覆うヘッドギアは片側だけ、モノアイはむき出しのセンサー機器のまま、モノクルのようにダリルの片目を覆っている。外見はスクラップといった印象を受けるが、性能は第三世代IS相当である。

 

 リユースサイコデバイスにより、登場者はISのコア演算処理能力をダイレクトに行える。また、本来であれば修練の果てに会得するイグニッションブースト、その派生ですらも直観的に出来ると脳が認識すれば機体は思い通りに動く。

 

 

(兵装)

 

 

・大型ブレード(破損)、ジャイアントバズ×2、シュツルムファウスト×2、ザクマシンガン×2、ビームバズーカ×2

 

 




不備、矛盾などあれば逐次更新していきます。



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