シュヴァルツェスマーケン もう一人のアイリスディーナ (ダス・ライヒ)
しおりを挟む

キャラ紹介&簡単な組織説明

イメージOP

https://www.youtube.com/watch?v=eEyZAyiRkoI


主人公組

 

マリ・ヴァセレート

 復讐異世界旅行記外伝の主人公。性格は自己中心的で我儘。精神年齢十五歳。

 典型的なチート型主人公で自己中心的。違うと言えばレズビアンでロリコン、大帝国の建国者であることで絶世の美女。ナチスが求めるアーリア人、金髪碧眼美女と言う容姿をしている。

 ルリを探しにシュヴァルツェスマーケンの世界へ来た。

 

ミカル

 マリを追い回す謎多き情報屋。金髪で狙撃が上手いイケメン。

 

リンダ

 ミカルの仲間の一人。マリに同行していたが、うんざりしている。

 

フランケンシュタイン号の船長

 魔改造宇宙船フランケンシュタイン号の船長の老人。妻と共にこの宇宙船で旅をしている。

 マリに雇われ、共にシュヴァルツェスマーケンの世界へ来たが、彼女に雇われたことを後悔している。

 

版権キャラ編(短編よりやや抜粋)

 

ジグムント

 イギリスの架空戦記の漫画「Uber(ウーバー)」の登場人物の一人。黒髪の短髪のデカい男。

 ナチス・ドイツが末期のベルリン戦に投入した超人兵士の一人でリーダー格。原作の漫画では、技術流出で投入された大勢のソ連兵に左腕を捥がれたが、この二次創作では五体満足。

 英霊として復活した際、ナチスのゼッタ将軍の傘下に居たが、マリと交戦した際に一度死亡し、さらにゼッタ将軍を倒されて復活したことでマリの傘下に着く。

 マリが不在の時は、彼が指揮を執ることがある。だが、彼女の我儘ぶりに手を焼いている。

 

ジークフリート

 イギリスの架空戦記の漫画「Uber」の登場人物の一人。金髪の男。こいつもデカい。

 ナチス・ドイツの超人兵士の一人であるが、ジグムントとは違ってジョークを口にする。だが、頭はジョジョの第三部のポルナレフ並のようで、結構なくらい窮地に陥っている。

 彼もまたゼッタ将軍の傘下に居たが、一度殺されて復活させられてマリの傘下に着く。

 こいつだけ荒木口調。最初はマリに惚れていたが、彼女の精神年齢の低さに呆れ、別の女性の方に向いている。

 

ジークリンデ

 イギリスの架空戦記の漫画「Uber」の登場人物の一人。三人の超人兵士の中で紅一点。この女もデカい。

 ナチス・ドイツの超人兵士の一人であり、電撃が得意。原作ではパワーの使い過ぎで、車いす生活を余儀なくされ、固定砲台化する。

 彼女のもゼッタ将軍の傘下に居たが、一度殺されて復活させられてマリの傘下に着く。

 自分のマスターであるマリの精神年齢の低さに呆れているが、サーヴァントとしての役割を果たしている。

 

アウトサイダー

 暗殺FPSゲーム「ディスオナード」に登場する神と悪魔が混ざり合った存在。

 とある条件をマリに持ち掛けるために接触してくる。

 

シュヴァルツェスマーケンの登場人物

 

第666戦術機中隊編

 主に黒の宣告ことシュヴァルツェスマーケンと呼ばれているが、当二次創作では本伝と同じく、正しいドイツ語の方の「シュヴァルツェ・マルケン」と呼ぶ。

 

テオドール・エーベルバッハ

 シュヴァルツェスマーケンの主人公。コールサインはシュヴァルツ8。接近戦を得意としており、階級は少尉。

 ぼいんのお姉さんが好みの赤毛。後のテロリストの首謀者とされている。

 

カティア・ヴァルトハイム

 ヒロインの一人。コールサインはシュヴァルツ7…ではなく、シュヴァルツ9となっている。理由は、マリが介入した為。大天使。

 父を探しに社会主義国家のもう一つのドイツ、ドイツ民主共和国に亡命しにやって来た。西側の民主国家で育ったため、社会主義国家では危うい発言をする色んな要素を持っている貧乳美少女。

 

アイリスディーナ・ベルンハルト

 ヒロインの一人で第666戦術機中隊の中隊長。容姿も含めて色々と凄い人。現場主義者。

 金髪碧眼とマリととても似ており*1、彼女より巨乳であるために嫉妬されている。違いはマリの方が幼く、胸や身長も含めてアイリスディーナは大人っぽい。

 そのこともあり、アイリスディーナはマリを自分の影武者に仕立て上げようと考えるが、彼女の親しい人間、あるいは付き合いの長い人間から見れば直ぐに見破られる。

 何故マリを影武者にするのかは、アイリスディーナ曰く「マリは学生時代の自分にそっくり」であるとの事。

 

リィズ・ホーエンシュタイン

 ヒロインの一人でテオドールの義妹。コールサインはシュヴァルツ10。義妹だけど、ヤンデレ系妹キャラ。

 ちょっと凄い子。ロリ巨乳である。

 

グレーテル・イェッケルン

 ドイツ民主共和国こと東ドイツを支配するドイツ社会主義統一党より中隊に派遣された政治将校。黒縁眼鏡で黒髪ロングの美少女。コールサインはシュヴァルツ4。階級は中尉。

 演ずる声優さんは、マクロスΔのカナメさんと同じ人。なんか可愛いポンコツ。

 

アネット・フォーゼンフェルト

 茶髪のショートの長刀使い。コールサインはシュヴァルツ6。

 戦争神経症に罹っており、時折り暴走する。その所為で、良く戦闘から外される。

 

シルヴィア・クシャンシスカ

 豊かな銀髪美女。コールサインはシュヴァルツ5。ポーランド出身。

 故郷をBETAに滅ぼされ、原隊も壊滅した敗残兵であるが、アイリスディーナに拾われ、中隊の一員になる。過去に酷い目に遭ったせいか、ツンツンしてる。

 

ファム・ティ・ラン

 中隊のナンバー2のお姉さん。コールサインは2。ベトナム系移民二世。

 胸もナンバー2と言うくらいにデカい。お姉さんキャラなので、カティアやアネットより慕われている。

 

イングヒルト・ブロニフコスキー

 先祖は地主貴族(ユンカー)な美少女。コールサインはシュヴァルツ7。

 社会主義国家でユンカーなだけに、イジメられた過去を持つ。アネットとは親友同士。原作一話で死ぬ死亡キャラであるが、マリの介入によって生き残る。

 

ヴァルター・クリューガー

 厳つい体格のベテラン。中隊の中でテオドールに次ぐ男。コールサインは3。補佐と教育係。

 まだおっさんでは無い。

 

国家保安省(シュタージ)

 東ドイツに実在した泣く子も黙る秘密警察と諜報機関を兼ね備えた省庁。

 既に軍事組織のフェリックス・E・ジェルジンスキー衛兵連隊が存在しているが、それよりも規模がデカい武装警察軍と呼ばれる独自の軍隊を有している。

 東ドイツの軍隊である国家人民軍(NVA)*2と予算と装備を権限でソ連から供給される最新式の装備をブン取っているので、共同作戦もままならない。

 派閥争いも起こっており、東側の大将であるソ連に付くモスクワ派と、東欧諸国との連携を重視するベルリン派に分かれている。

 

ベアトリクス・ブレーメ

 武装警察軍の戦術機大隊「ヴェア・ヴォルフ」の大隊長。階級は少佐でモスクワ派に籍を置いている。

 すげぇ爆乳でエロい黒髪のお姉さん。そんで色気がハンばねぇドS。衛士強化装備を纏えば、歩く18禁と化す。アイリスディーナとは学生時代からの顔馴染み。

 中の人が田村ゆかりでもあり、魅了された王国民は多い。

 

ハインツ・アクスマン

 褐色の獣のアクスマンの異名を持つシュタージの職員。階級は中佐。

 常に勝つ方へ着く日和見主義者。中の人が二代目ブライト艦長なだけであり、汚いブライトと表される。今は亡き初代が演じていたスタースクリームとは違い、狡賢い性格。

 

国家人民軍(NVA)

 東ドイツが持つ軍隊。その頭文字をとって、NVAと呼ばれている。

 原作ではなんかドイツ国防軍ぽいが、当二次創作では本伝である復讐異世界旅行記と同じく八十年代のNVAの装備を基準とする。

 西の方を守る方面軍が西方総軍と呼ばれているが、西方面軍と言う名称に変更する。

 

ホルツァー・ハンニバル

 第666戦術機中隊を傘下に置く戦術機大隊の大隊長。

 色っぽい女マライと付き合うおっさん。キャラデザインを担当している人が描いた背中空きタートルネックセーターを着た姿は、爆笑物。

 

クルト・グリーベル

 ノィエンハーゲン要塞を守る戦車大隊の指揮を執る下士官。彼より上の階級の者は戦闘で負傷して後送されるか全滅した為、彼が指揮を執っている。

 髭面で煙草を吸っており、見た目はおっさんであるが、十八歳である。尚、日本もドイツを含め、煙草の喫煙は二十歳*3からと法律で決まっており、未成年喫煙法違反である。

 

ヴィヴィエン・シュヴァインシュタイガー

 クルトと同じくノィエンハーゲン要塞を守備する少女の下士官。名前がクソ長い妹系キャラ。

 

フランツ・ハイム

 西方面軍の教育総監。階級は少将。

 同時の東ドイツはソ連でも挑発しているのか、国防軍や武装SSに似たデザインの軍服を採用していた。このおっさんは大戦中は国防軍の士官だったのか、将官みたいなデザインの軍服を着ている。

 リアルなら統一後にドイツ連邦軍で編成されたNVAの受け皿である第13走行師団に入れられるか、外国の軍隊に属していたと言うことで軍を解雇され、極右政治団体の大将でもやっていそう(小並感)。

 

ドイツ連邦軍

 西ドイツが有する軍隊。

 現実でも国が東側の最前線でもあり、プロイセン軍の子孫を名乗ることもあって、大戦中のドイツ国防軍以上の戦力を有していた。

 マブラヴ世界でもBETA欧州戦線の最前線が東ドイツとなったため、その軍備は拡大して女性までも徴兵されるようになった。

 

キルケ・シュタインホフ

 ドイツ陸軍戦術機大隊「フッケバイン」に属する腰まである黒髪の持ち主の美少女。階級は少尉。

 ナチスの如く反共主義者であり、東ドイツを毛嫌いする。祖父はドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)のエースパイロット。元ネタは不明。

 

ヨアヒム・バルク

 フッケバインの大隊長。階級は少佐。

 下品なジョークを好むデカいおっさん。セクハラを平然と行う。今なら捕まったり、訴えられてもおかしくない。

 

その他

 作者設定の連邦やらワルキューレの軍隊に属する奴らはここで纏める。

 

イオク・クジャン

 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場するバカ当主。

 クソエイムで∀のポゥばりの戦犯を犯したばかりか、Zのバスクや00のアロウズ並みの蛮行をやってカツやニナ並みに嫌われているバカ。

 この二次創作では連邦に属しており、相変わらずバカな真似をやって部下が手を焼いている。連邦軍に属してることもあり、味方殺しのイオクと呼ばれる。

 マリの追跡任務に就いており、シュヴァルツェスマーケンの世界に乱入してくる、現地の者たちをワルキューレ*4の者と見なし、攻撃する。

 

キリング

 機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争に登場するグラサンの悪党。

 ここでは所属が大西洋連邦に代わり、イオクの下についているが、馬鹿な彼を内心見下しており、出し抜こうとしている。

 階級も中将に格上げされたが、やってることは原作のポケ戦と同じ。乗ってる艦艇はアガメムノン級宇宙空母「ルビコン」。

 

ロード・ジブリール

 機動戦士ガンダムSEED DESTINYに登場する軍事複合体「ロゴス」のメンバー。

 黒幕なのに、ディストピア作る気満々のディランダルの道化にされる紫色の唇の顔芸人。

 ここでは大迷惑な異世界に武器を売り回る武器商人協会の会長。シュヴァルツェスマーケンの世界でも大変迷惑な武器を売って、利益を得ている。

 

ジュリエッタ・ジュリス

 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場する金髪の貧乳。

 イオクよりも馬鹿で、蝶を食うほどであるが、戦闘力はピカ一である。

 ここでは英霊としてワルキューレに召喚され、マリと唯一戦えるパイロットしてガンダムF90を与えられる。

 

メイソン騎士団の騎士たち

 Chivalry: Medieval Warfareと言うチャンバラFPSゲーム登場する赤い騎士団。

 モーリック・テロウィンによって設立された騎士団で、赤いだけなこともあってやや共産主義のような思想を持つ。

 自分らに逆らう奴は、容赦なく破壊するか殺害する危ない上に血の気の多い奴ら。

 ライバルであるアガサ騎士団がマリの追跡に失敗したので、それを代行する形でマリの追跡任務に当たる。同時にルリの追跡も担っていたようだ。

 

連邦軍の将兵たち

 マリを追うために、シュヴァルツェスマーケンの世界まで大勢の団体さんやって来た大迷惑な連中。

 自分らの世界以外で、異世界で敵方の同盟軍と場所を選ばず大戦争をやっている。現地の方々をワイルドキャットと決め付け、攻撃までしてくる。

 所属している兵隊は、ガンダムの地球連邦や地球連合、機動歩兵にISA、植民地海兵隊が居る。

 

同盟軍の将兵たち

 連邦と同じく大迷惑な連中。こちらは宇宙人ばっかり。

 無論、こいつ等も戦術機を見るや、現地の方々をワイルドキャットと決め付け、攻撃してくる。

 連邦含め、常に邪魔な連中である。

*1
ぱっと見では見分け不明なほど

*2
以降、NVAと呼称

*3
同時の東ドイツの法律は分からないが。

*4
連邦軍はワイルドキャットと呼んでいる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章
1979年のポーランドへ 前編


シュヴァルツェスマーケンとの接触は、七話目からとなります。


 あれから数カ月後、ルリの居場所を占い師の老婆より得たマリは、VF-31Fジークフリートを駆ってそこへ向かった。

 途中、各地でルリを探すように命じた元ナチスの超人兵士、ジグムント、ジークフリート、ジークリンデの三名と合流。他にも金か無理やり従わせた連邦や同盟の脱走兵、傭兵、マフィア、ごろつきなど、イマイチ信用できないミカルとリンダも合流した。

 

「やれやれ、僕の信用も落ちたな」

 

「だって、あんた行った後の所しか案内しないんだもの」

 

「そうかい。で、彼らはどうする?」

 

「用済みだから、解散。ほら、行って良いわよ」

 

 連邦軍の艦艇を襲撃して制圧し、そこで情報を照らし合わせ、確実にいま向かっている場所にルリが居ることを断定すれば、数合わせに集めた脱走兵と傭兵、マフィア、ごろつきなどは既に用済みなので、ここで解散命令を出した。彼らは何も言わずに帰って行く。

 だが、これが面倒な追手を招くことになる。その者達はマリに扱き使われたことに恨みを抱いており、それに金に目が眩んでおり、彼女を追っている勢力に通報したのだ。

 そうとは知らず、マリ一行は西暦1979年のポーランドへと向かった。

 

 

 

「標的確認! 西暦1979年の地球へ向かっている模様!」

 

「ガセネタかと思いきや、本当に居たかマリ・ヴァセレート! 通報者にはそれなりの報酬を約束させておけ!!」

 

 マリを発見したのは、宇宙軍の第9艦隊指揮官兼第51機甲師団名誉師団長であるイオク・クジャンだ。

 彼は私兵状態の第51機甲師団全戦力を動員し、同じく通報を受けて駆け付けた複数の宇宙軍や宇宙海軍の戦隊、海兵隊の航空二個大隊と共にマリ一行を全力で追跡する。

 

「標的、射程距離に入ります!」

 

「よーし、照準が合い次第、直ちに主砲発射! その後にMS隊を発艦させ、マリを捕らえる! かのマリ・ヴァセレートを捕らえるのはこのイオク・クジャンであるッ! 艦長、全速前進だッ!!」

 

『はい、イオク様!!』

 

 レーダー手がマリの乗っているVF-31Fに主砲の射程距離まで近付いたことを報告すれば、彼女を捕らえるのは自分だと豪語し、指示を飛ばす。

 艦長に全速前進を命じ、現在、乗艦している師団本部を兼ねている戦艦をマリに追い付けさせようとするが、他の宇宙軍や宇宙海軍の高速艇、護衛艦や駆逐艦に追い抜かれる。

 

「い、イオク様! 宇宙軍79戦隊と宇宙海軍14戦隊の護衛艦や駆逐艦、高速艇に追い抜かれております!!」

 

「おのれ、手柄を横取りする気か!? 急ぐのだ!!」

 

「無茶です!」

 

「搭載している高速艇を発艦させます!」

 

 部下からの報告でそれが分かれば、イオクは慌てて追い抜くようにと言うが、乗艦している戦艦は艦隊戦と空母の機能を兼ね備えた型であり、高速航行するような機能はついていない。

 それが無理なことを操舵手が言えば、艦長は搭載している高速艇を発艦させた。

 

『レフト1、2、直ちに発艦せよ! 遅れを取るな!!』

 

 ハンガーでアナウンスが響き渡る中、小型の連邦軍の高速艇に乗員が乗り込めば、直ぐに発艦してマリ一行の追跡に入る。

 追い抜いた宇宙海軍の護衛艦がマリ一行の宇宙船を射程距離に捉えていたのか、戦闘が行われていた。

 護衛艦に張り付いていたジェガンJ型は、固定具を解除してから1979年の地球へ向かう宇宙船に向けて攻撃を行う。

 

「14戦隊のMS隊、敵艦と交戦開始!」

 

「おのれ! 海軍は宇宙では無く海に居ろ!!」

 

 宇宙海軍の部隊が交戦を始めたことを知らせれば、イオクは海軍に対して怒りをぶつける。

 この後、次々と足の速い艦艇で編成された友軍部隊に追い抜かれていく。

 理由はイオクの第51機甲師団が重武装の数隻の戦艦と揚陸艦で編成されており、足の速い敵を追うには不向きな編成だ。第9艦隊より数人の艦長が自分の船と共に随伴しているようだが、旗艦を護衛するための艦艇ばかりであり、追跡には適していない。

 

「我が方、続々と友軍に追い抜かれていきます!」

 

「ぬぅ、偵察艇を持ってくるのだった!」

 

 味方に追い抜かれる報告を聞き、自分の艦隊から足の速い艦艇を持ってくるべきだったと後悔する。

 イオクを追い抜き、マリ一行に追い付いた連邦軍の部隊は、警告も無しにマリの仲間たちが乗る船に向けて発砲した。

 

 

 

『軍隊がいきなり発砲して来たぞ! あんたらは何をやったんだ!?』

 

『警告も無しに! どうやら君は連邦を怒らせたようだな!』

 

『連邦を怒らせたって!? 全く、近ごろの若いもんは! 直ぐに後先考えずに当たり散らす!!』

 

 イオクの追跡隊を追い抜き、手柄欲しさに襲って来た連邦軍に対し、宇宙船の船長である老人は何をやったと問えば、共に艦橋に居たミカルは連邦を怒らせたと答えた。

 事実、マリは自分の目的とその場の感情で連邦軍に幾度となく損害を与えて来た。同盟軍も然り、彼女は双方合わせて二個軍相当の被害を与えている。これで双方に追われないのがおかしい。

 

「あいつ等、簡単に裏切っちゃって」

 

『そこらの素人を使うのは反対だと言ったが。人海戦術に頼った結果がこれだ。ジークフリート、ジークリンデ、連中を迎撃するぞ! 機動兵器を操縦できる英霊も出すんだ。そして組み立てた機動兵器に乗せろ。宇宙船に張り付かせれば、砲台代わりになる。出来ないものは砲座に着かせろ』

 

 通報したのは自分が恐喝紛いで雇い入れた者達であると分かり、マリが怒りを覚える中、ジグムントは反対していたのに、結果が今の状態であると告げれば、ジークフリートとジークリンデに迎撃に出ると告げる。

 他に宇宙船に乗船している数十人の英霊にも、ジグムントは指示を出した。

 

『ヤヴォール! ストライクで迎撃に出る!』

 

『よし、俺は…MSかバルキリーがあるか?』

 

『あんたの? あんたのはまだ組み立ててないわ。取り敢えず、ジムⅡで我慢してちょうだい』

 

『じ、ジムだとッ!? このかっちょいい俺様がヤラレ王のジムだと!? なんで俺のVF-31Jを組み立ててねぇんだ!?』

 

『仕方ないじゃない! 向こうがばらして渡すから!』

 

 指示に応じ、ジークリンデがメガミ人の武装勢力から受け取ったストライクガンダムで出撃すると言えば、ジークフリートは自分用に買っていたとされるマリが乗っているVF-31系統の一つJ型は無いかとリンダに問う。

 だが、購入の際にばらした状態で受領しており、しかも組み立てていないと言うありさまだ。

 更にこの船で戦闘が可能な機動兵器は、既に時代遅れとなったMSのジムⅡくらいしか無い。これにジークフリートは怒りをぶつけるが、リンダは売った武装勢力が悪いと返す。

 

『ジークフリート! 何をしている!? 旧式とは言え、対空砲代わりにはなるだろう。早く搭乗しろ!』

 

『なんでお前はドラケンⅢでジークリンデはガンダムなんだよ!? 俺は…』

 

『ゴタゴタ言うな! 今は一機でも出すべき事態だ! 早く固定具を外して乗り込め!』

 

 旧式のジムⅡに乗りたがらないジークフリートに対し、ジグムントは早く乗るように伝える。

 この様子をマリは無線で聞く中、ジグムントは外に居る彼女に対しても指示を出す。彼女が乗るVF-31Fには、空間戦用のスーパーパックが装備されており、搭載しているミサイルポットは全弾装填済みである。

 スーパーパックの上位であるアーマードパックもあるが、残念ながらそれは宇宙船の中だ。

 

『我々が出撃する支援をしてもらいたい。頼めるか?』

 

「えぇ、敵がワンサカ来てるし。しっかり手伝ってもらわないと困るしね」

 

『頼んだぞ』

 

 ジグムントからの指示に応じれば、マリは後方の宇宙船に襲い掛かる連邦軍機に対し、ミニガンポッドによる機銃掃射を浴びせて一機を撃墜する。

 VF-31Fは今まで乗っていたVF-25Fとは勝手が違ったが、マリは数十分ほどで手足のように機体を動かすことに成功し、自分に向けてビームライフルを乱射する数機のジェガンに、VF-31系統の特徴であるマルチパーパスコンテナの収納されているビームガンポッドを撃ち込む。

 前を見て操縦しつつ、後方の敵を撃つと言うかなり難しい作業であり、一機を戦闘不能に陥れただけだった。

 

「やっぱりこれは出来ないわ」

 

 ファイター形態での後方の敵に対する攻撃は難しいと判断し、ガウォーク形態に変形させ、両腕のミニガンポッドと背部のコンテナのビームガンポッドによる掃射を浴びせ、撃ち漏らした数機のジェガンを撃破する。

 他に宇宙船に取り付いている連邦軍機を追い払えば、ジグムントとジークリンデが乗る機動兵器が出撃した。その後からジークフリートのジムⅡが出撃し、宇宙船に張り付いて対空砲代わりに宇宙船に近付いてくる敵機の迎撃に当たる。

 ジグムントが乗っている機体は反統合系の企業が作った可変戦闘機、Sv-262ドラケンⅢだ。ファイター形態は、スウェーデンの古いジェット戦闘機であるドラケンに似ている。性能はVF-31と五分かそれ以上であり、一瞬にして数機の連邦軍機が撃墜された。

 

『な、なんだあのドラケンみたいなのは!?』

 

『早過ぎる! さっきの前進翼のも段違いだ!』

 

 瞬く間に数機の友軍機が撃墜されたことで、連邦軍が混乱する中、ジグムントが駆るドラケンⅢの後より発進したストライクガンダムのビームライフルによってまた二機が撃墜される。

 

『あんな重装備なのに、なんでこんなに動けるんだ!?』

 

 ジークリンデが乗るストライクガンダムも、連邦兵等にとっては脅威であった。

 そのストライクガンダムのパックは、統合兵装ストライクパック、通称I.W.S.P.だ。

 このパックはストライクの三種を同時にした万能型兵装であり、先の惑星「織姫」でマリがストライクパック全部乗せよりある程度の重量は減っているが、それでも複雑な火器管制とバランスの悪さは相変わらずであり、実戦向きでは無い。

 これを扱いきれるのは、ナチスが全力で作り上げた三名の超人兵士一人であるジークリンデな物だ。

 彼女は次々と出て来る連邦軍機を、レールガンや単装砲、ガトリング砲で撃墜していく。

 

『くそっ、たかが三機に! あの二機の可変戦闘機は我が軍の可変戦闘機隊に当たらせろ! MS隊とPT隊はあのガンダムタイプの対処だ! あのオンボロ船の解体もやらせろ!!』

 

 せっかくコネで元帥まで昇進したイオクを追い抜いたのに、的のように味方が撃墜されていくのを見た追跡隊の指揮官は、連邦製の可変戦闘機にマリのVF-31FとジグムントのドラケンⅢの対処に当たらせ、主力であるMSとPTにジークリンデのストライクガンダムと、ミカルとリンダが乗る宇宙船の対処の命令を出す。

 この命令に応じ、ロシアの戦闘機であるSu-27に似た連邦製の可変戦闘機部隊が二機の高性能バルキリーに集団で襲い掛かるが、連邦のパイロット達は上手くバルキリーを乗りこなせていないのか、動く的のように撃ち落とされていくばかりだ。

 

『せ、性能が違い過ぎる! やっぱりバルキリーで連中と戦うなんて無理なんだ!!』

 

『こっちは最新鋭機だぞ!? 奴らの方が上なのか!?』

 

『死にたくねぇ! 俺は逃げるぞ!』

 

 次々と撃破される連邦のパイロットは、性能頼りのパイロットばかりなのか、撃墜される前に逃げ出す者まで続出した。

 機動兵器の一種とは言え、可変戦闘機同士での戦闘は完全にオリジナルの世界が作った二機のバルキリーが圧勝していた。連邦軍は数ばかりであって、パイロットの練度が低い所為であるが。

 だが、変形できない人型同士での戦闘は、マリ一行に不利であった。

 

『お、おい! 戻って来い! まるでハエに集られる肉の気分だぜ!』

 

『こっちも迎撃しているが、霧が無い!』

 

 ジークフリートからの救援の要請で、無数の連邦軍機に集られている宇宙船に駆け付けようとするジークリンデであるが、彼女の方にも連邦軍機が蠅のように集っており、救援には向かえない。

 

「雑魚の相手はあんたに任せたわ」

 

『なにっ!? 幾ら相手が雑魚でも、バルキリー二個大隊と数隻の戦闘艦の相手は! くっ!』

 

 機動兵器の肝心の補給源である宇宙船が破壊されてしまっては元も子もないので、マリは無数の敵機と数隻の高速艇の相手をジグムントに任せ、バトロイド形態で二機の連邦製バルキリーを両腕のコンバットナイフで撃破してから宇宙船の救出に向かった。

 バトロイド形態では間に合いそうも無いので、機体をファイター形態へ戻し、邪魔な敵機を撃破しながら救出に向かう。

 

『十時方向から敵機接近!』

 

『対空機銃かミサイルで叩き潰してしまえ!』

 

 進行方向に宇宙船を撃沈しようと、護衛艦が迫って来たが、彼女は操縦桿を動かして複数の対空ミサイルを軽やかに避け、雨あられの対空弾幕を一発も当たることなく避け切り、エンジン部に背部のコンテナに収納してあるガンポッドのビームを撃ち込む。

 発射されたビームは真っ直ぐ飛んでエンジン部に命中し、エンジンは暴走を始める。

 

『うわぁぁぁ!? 操舵不能!!』

 

『い、嫌だ! 死にたくない! 助けてくれぇ!!』

 

 エンジンが暴走した敵艦は、そのまま何処かへと飛んで行き、やがて轟沈した。

 敵艦を沈めたマリは、続々と出て来る敵を排除しながら母艦へと急行する。どれほどの敵が来ているか分からないが、先に発見したイオクの部隊はまだこちらに追い付いていないようだ。

 

『畜生が! わらわら出てきやがって!』

 

 一方で宇宙船に張り付いて迎撃を行うジークフリートのジムⅡは、ただ単にビームライフルを連射しているばかりだ。もっとも、それがこの戦闘で一番のロートル機であるジムⅡの役割だが。

 彼が連射しているおかげか、ジムⅡが居る左舷には連邦軍機は近付いていない。右舷の方は宇宙船の持ち主である老人の妻が銃座に着いて応戦しているようだが、余り敵機を追い払えていないようだ。おかげで敵機が右舷に集中しつつある。

 

『敵船の右舷に回れ! 弾幕が薄いぞ!』

 

『おい、婆さん! しっかりしてくれ! そっちの方に敵機が多いんだからな!』

 

『あたしゃが現役の頃より多くてたまらんわい』

 

 敵機を迎撃しながらジークフリートは右舷を担当する老婆にしっかりやれと言うが、流石に老体の砲兵にこの数は対処しきれないだろう。

 次から次へとやって来る敵機の迎撃に追われ、老婆の疲労は次第に高まるばかりだ。

 そんな老婆をフォローする為、ミカルは整備が終わったバルキリーであるVF-25Gメサイアの発艦準備を行う。スーパーパックが装備されている。

 

『各部、計器に異常無し…VF-25Gメサイア、発艦する!』

 

『あっ! てめぇ! なんでそんなのがあるんだ! あるんなら俺が乗ってたのに!』

 

『いや、こいつはバルキリーの中では珍しく狙撃仕様だ。君では扱えんさ』

 

『な、何を!』

 

『とにかくあの老婆では持ち堪えられない! 出撃する!』

 

 VF-25系のバルキリーで出撃すると言えば、その存在を知らずにジムⅡに乗せられていたジークフリートが突っかかって来る。

 そんなジークフリートに対し、VF-25Gに乗るミカルは自分が乗るのはバルキリーでは珍しい狙撃仕様で自分にしか扱えないと答え、右舷で必死に迎撃する老婆を助けるためにファイター形態で出撃した。

 

『う、うわぁ! またバルキリーが! しかも死神だ!!』

 

『お、俺は嫌だぞ!』

 

 VF-25はワルキューレの宇宙軍が良く使っているのか、それを見た連邦兵等は恐怖して戦意が下がり始めた。

 どうやらそのバルキリーに多くの連邦宇宙軍の機動兵器や艦艇が葬られているようだ。それを証拠に脱走する者が続出する。

 

『な、何を怯んでいる! 敵はたかが一機だぞ! 蜂の巣にしてしまえ!!』

 

 逃げる機が居る中、ミカルは一機で突っ込んできているので、それに気付いた隊長機は逃げる友軍機を止め、一斉射撃を行う。

 

『そう都合よくは行かないか!』

 

 物事は都合よくいかないと愚痴を漏らし、雨あられとくるミサイルやビームを回避しつつ、ミカルはキャノピーから見える全ての敵機を照準すれば、スーパーパックのマイクロミサイルと両翼のミサイルを撃ち込む。

 戦闘機形態の敵機より放たれた無数のミサイルに恐れをなしたジェガンやヘビーガン、ダガーL、量産型ヒュッケバインMkⅡなどの連邦軍機は直ぐに回避行動を取るが、避けきれずに次々とミサイルに当たって火達磨となって行く。

 これで半数以上は倒したが、まだイオクの師団の主力と追跡に優れた高速艦艇が残っている。

 

『さて、艦艇の排除をするか。狙撃する! フォローを頼む!』

 

『了解!』

 

 敵艦の残骸近くまで来てからガウォーク形態にしてブレーキを掛けた後、ミカルは機体をバトロイド形態に変形させ、専用の狙撃銃の銃身を残骸に乗せ、狙撃するとジークリンデに告げた。

 狙撃態勢に入ったVF-25Gの支援を行うため、ジークリンデのストライクガンダムは近くに向かい、邪魔しようとする戦闘機類の排除を行う。

 

『さて、久々の機動兵器での狙撃だが…』

 

 自分らの宇宙船を必要以上に追跡する連邦軍の駆逐艦の動力部に照準を合わせつつ、久々の機動兵器に乗っての狙撃の感覚をミカルは思い出す。

 

『よし、覚えているな。君たちも不運だな、こんな任務を押し付けられて』

 

 照準が定まった所で感覚を思い出したのか、トリガーに指を掛けて躊躇いも無しにそれを引いた。

 発射されたエネルギー弾は確実に駆逐艦の動力源を撃ち抜き、一撃で敵の駆逐艦を沈めた。

 それと同時にマリが駆け付けたが、既に自分の獲物が無くなっていることに来なければ良かったと後悔する。

 

「あら、もうあらかた片付いてるじゃない。来なければ良かった」

 

『いや、仕事はあるぞ。お嬢さん。今度は重装備部隊のお出ましだ』

 

 数十機以上のバルキリーの相手を押し付けたジグムントが心配なので、戻ろうとしたマリであったが、どうやらイオクの部隊に追い付かれたようだ。

 戦艦や揚陸艦から次々と重装備の機動兵器が飛び出してくる。攻撃機も重装備であり、要塞を吹き飛ばしてしまうほどの物だ。

 

『イオク・クジャン、サッカで出撃する!』

 

『イオク様! 何も貴方様が直々に出撃しなくとも!』

 

『煩い! これは私があの御方より直々に受けた命令なのだ! 私自らが実行せねばならん! 行くぞ!!』

 

『はっ!!』

 

 どうやらイオクも、砲撃戦仕様のPTである‟サッカ‟で護衛の親衛隊と共に出撃したようだ。そのベースは高機動で姉妹機の近接型を支援するためのPTであるが、影も形も無いくらいに改造されている。

 尚、サッカは惑星「織姫」の地上戦でもイオクが乗って出撃した機体である。彼の射撃の下手さでせっかくのチャンスを不意にした挙句、向かって来たマリのライガー・ゼロの踏み台にされた。

 

『地上での恨み、晴らさせて貰うぞ! でぁ!』

 

 敬愛する上司の命令遂行と地上での恨みを晴らすべく、イオクはサッカの主兵装であるレールガンを、ミサイルを撃とうとしているマリのVF-31Fに向けて乱射した。

 

「あいつは…! 動かないようにしなくちゃ」

 

 自分を殺したシュンのことは忘れたが、むやみやたらと乱射したイオクのサッカは覚えていたようだ。

 次々と飛んでくるレールガンの弾頭に気にせず、スーパーパックと両翼に搭載されたミサイルポッドの照準をキャノピーから見える全ての敵機に合わせる。

 イオクが乱射したレールガンの弾頭は、宇宙船に取り付こうとする味方の機動兵器や高速艇、護衛艦、駆逐艦に当たる。

 

『なんて誤射だ! 味方殺しのイオクか!?』

 

『あのクソッタレのイオクだ! 畜生が! 奴の誤射で死にたくねぇ!!』

 

 誤射された連邦兵達は、宇宙船から離れ始める。どうやらイオクは連邦軍の将兵から「味方殺し」と忌み嫌われているらしい。

 しかし当の本人はそのことは知らず、しかも部下たちは彼の気持ちを思って友軍の将兵らから嫌われていることを隠している。もう既に隠しようがない筈だが。

 イオクが盛大に友軍機を誤射してくれるおかげか、宇宙船に近付く連邦軍機は少なくなった。

 この間に照準を終わらせたマリは、搭載している全てのミサイルを照準した敵機に向けて放つ。

 

『うわっ!? ミサイルが!!』

 

『各機、落ち着け! 火力の低いマイクロミサイルだ! この装備なら大丈夫だ!』

 

 だが、放った全ての火力の低いマイクロミサイルであるためか、全ての連邦軍機を撃墜するには至らなかった。

 

「ちっ、なんであいつら…!」

 

『マイクロミサイル対策の増加装甲だ。おそらく通常のガンポッドも通じないだろう』

 

「ただでさえ数が多いのに…!」

 

 撃墜数が異常なまでに少なかったことに、マリが苛立つ中、情報屋であるミカルは連邦軍が既にマイクロミサイル対策を行っていることを伝える。

 ミサイル攻撃を生き延びたイオクの機動兵器部隊は、直ぐに突撃を行う。

 

『イオク様! これより突撃を行います! 貴方様は後方に…』

 

『なに、突撃? よし、我に続け!!』

 

『あっ、イオク様! お待ちください!!』

 

『余り前に出ては! 奴にやられます!』

 

 突撃をするため、イオクに後方に下がるように告げた部下であったが、彼は話を最後まで聞かずに勝手に突っ込んだ。

 突っ込んで来る敵機、イオクのサッカに対しマリは、機体をバトロイド形態へ変形させ、両腕のミニガンポッドを浴びせる。

 口径はVF-31AからBのカイロスは27mm口径であるが、CからSのジークフリートは25mm口径であるため、イオクのサッカの装甲は貫けない。これもイオクが持つ悪運のおかげか。

 

『うぉ!? その程度でこのサッカは!』

 

「ちっ、硬い」

 

『イオク様! お下がりください!!』

 

「こいつ等もウザい!」

 

 サッカの厚くて斜面上な装甲にミニガンポッドが弾かれるのを見て、マリは撃つのを止め、接近戦で仕留めようかとしたが、イオク親衛隊の邪魔が入り、イオク機から離れざるおえなくなる。

 近付こうとしても、イオク親衛隊と後続の師団所属の重装備の機動兵器部隊に阻まれて近付けない。ミカルも下がるように言って来る。

 

『下がれ! 残りの英霊たちに組み立てたばかりの機体で出撃させる。スコット、操縦方法は覚えているか?』

 

『アイアイサー!』

 

『よし、覚えているな。ジークフリートと同じように船から離れるんじゃないぞ』

 

『イエッサー!』

 

 言われるまでも無くマリが数に任せて突っ込んで来る連邦軍から下がる中、マリが同伴させている戦闘力が余り高くない数十人の内一人の英霊を、ミカルは組み上がったばかりの機動兵器に乗せて出撃させた。

 その組み上げた機動兵器はジムⅡであり、戦闘力が低いためにジークフリートと同じく砲台代わりにして宇宙船の護衛に着かせる。

 他にも機動兵器の操縦を教えた英霊が居るので、順次、機動兵器の組み立てが終わり次第、出撃させてようとする。一方でジグムントは、駆逐艦に向けてSv-262の特徴的な武器である折り畳み式の剣で敵駆逐艦の艦橋を切り裂いた。

 

『き、旗艦が!? 撤退だ! 撤退しろ!!』

 

『敵艦撃破! 敵は…後退したか。さて、次は重装備の部隊か…!』

 

 切り裂いて撃沈した駆逐艦が追跡隊の旗艦だったのか、多数の敵バルキリー部隊は撤退した。

 多数の敵機の相手をやらされて少し疲労していたジグムントは、次に重装備で母艦に迫るイオクの師団の対処に当たるべく、機体をファイター形態に変形させて向かおうとしたが、ここでまた新たな追跡者の反応をレーダーで感知する。

 

『ちっ、今度はワルキューレか。それも乱暴者の騎士団であるメイソン騎士団か…!』

 

 肩や目立つ場所に赤と黒の鷲の紋章を付け、赤い粒子を撒き散らす太陽炉エンジンを搭載したMS群をキャノピー越しから見えたジグムントは、直ぐにワルキューレの属する騎士団の一つ、それもアガサ騎士団と対なる大国レベルの戦力を持つメイソン騎士団であると分かった。

 他にもVF-25メサイアと兄弟機と言えるVF-27ルシファーや、グレイズやグレイズリッター、レギンレイズ、可変MSであるムラサメも見える。全機の共通点は、メイソン騎士団のシンボルである赤で塗装されている。赤の騎士団と言われるのは納得だ。

 その赤の騎士団は、西暦1979年の地球へ降り立とうとするマリ一行に向けて警告する。

 

『我らはメイソン騎士団! マリ・ヴァセレート! 大人しく我が騎士団に投降せよ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1979年のポーランドへ 中編

「通報通り、彼奴らの宇宙船を発見しました。ですが、連邦が先に見付けたようで…」

 

「ぬぅ、愚民共に後れを取ったか…! おのれ!」

 

 数分前、同じくマリが人海戦術で無理やり雇い入れた脱走兵や盗賊類などの者達より通報を受け、メイソン騎士団は保有するドゴス・ギア級宇宙大型戦艦一隻とハーフビーク級戦艦を初めとした数隻の護衛艦と共に駆け付けていた。

 艦橋内にて、赤いサーコートを身に着けた騎士の部下から連邦軍に先を越されたことを知った隊長は、腰かけている椅子の肘掛を怒り任せに叩く。

 そんなこの部隊の長を務める騎士に、参謀を務める丸刈りの頭の騎士は、逆に好機であると伝える。

 

「ですが、レバンテス殿。これは好機であります。彼奴等は機動兵器においては我々を上回り、更には数十名の英霊を従えているとの情報ですが、連邦が我らを楽にするために必死に戦っております。疲弊したところで我らが仕掛ければ…」

 

「ほぅ、楽にアガサの者どもが取り逃した魔女を捕らえることが出来ると」

 

「はい、おっしゃった通りであります」

 

 その好機である理由を述べれば、レバンテスと言う騎士は直ぐに参謀の考えを見抜き、それを当てて見せた。

 参謀は言った通りであると答えれば、双眼鏡を取り出してマリのVF-31Fジークフリートが連邦の追跡艦隊に向かったのを確認する。

 追跡艦隊より出撃したイオクの重装備の部隊を迎え撃とうとした瞬間だろう。

 先の話と同じく、マイクロミサイルは重装備の増加装甲でほぼ防がれてしまった。埒が空かないと思ったマリが、ミカルの指示の後に母艦まで後退していく。

 一部始終を艦橋から見ていた赤の騎士たちは、今こそが出撃のタイミングであると判断する。

 

「魔女のバルキリーが母艦まで後退しました。今こそが出撃する時では?」

 

「うむ、連邦の雑兵共が、群れること以外に役に立つことが分かった。では、出撃しよう。それと、これは我が隊が‟自力‟で発見した物だな?」

 

 参謀に問われたレバンテスは、捕縛対象を疲弊させてくれた連邦軍に感謝しつつ、出撃の命を出す。

 だが、その前にやるべきことがあったのか、通報者たちを見ながら艦橋内にいる者達にあることを問い掛ける。

 それは自分たちが通報を受けず、自力でマリを発見したかだ。

 どうやらマリを裏切った通報者達を亡き者にし、捕縛の功績を自分たちメイソン騎士団の物にしようとするハラだ。

 

「はい、我々が捕縛対象を連邦の追跡隊と交戦している所を目撃。連邦より先に対象の捕縛するため、機動兵器で出撃しました」

 

「ふむ、そうだな。でっ、この我が乗艦であるドゴス・ギア級大型戦艦モーリックの艦橋に居る薄汚い者達は誰だ?」

 

「ど、どういう事だ!? 俺たちはあんた等にあの女の居場所を…! それに報酬を支払ってくれるって約束したじゃねぇか!?」

 

 これを聞いた通報者達は、慌てふためいてレバンテスに抗議した。

 だが、レバンテスは最初から通報者達を始末する予定であり、報酬など硬貨一枚たりとも払うつもりなど無かった。

 

「はい、我が艦に忍び寄った賊でございます」

 

「ならば切り捨てぃ! ここ以外でな!」

 

「はっ!!」

 

「い、嫌だ! 止めてくれぇ! は、離せ!」

 

「か、金は要らねぇ! だから殺さないでくれぇ!!」

 

 レバンテスに問われた部下の一人が答えれば、彼は通報者達を処刑するように命じた。

 通報者達が命乞いをする中、赤い鎧を着ている騎士たちは問答無用で彼らの髪の毛を掴み、艦橋から出て行く。

 数分後、喉元を剣で描き切られた通報者達の遺体が宇宙に放り出され、無限の暗闇である宇宙の中を彷徨い始める。

 邪魔者が居なくなったところで、レバンテスは搭載している機動兵器の出撃を命じる。

 

「よし、邪魔物は居なくなった! 搭載している機動兵器を出撃させよ! 下級兵共は奴らの進路を塞げ!!」

 

「はっ! レッドソード並びレッドランサー、レッドアックス、レッドメイス、レッドイーグル各隊は直ちに出撃せよ!!」

 

 レバンテスの命令に応じ、指示を受けた部隊は母艦より発艦準備を行う。

 先陣を切って出撃したのは、可変MSであるムラサメを中心に編成されたレッドイーグル隊だ。飛行形態のままカタパルトに装着され、そのまま打ち出される。

 次に変形機能を持たない各騎士団で主力となっているグレイズやレギンレイズは、推進剤節約のためか、ゲターと呼ばれる無人輸送機に二機ずつ乗り込み、しっかりと固定してからカタパルトで打ち出され、マリの母艦である宇宙船目掛けて飛んで行く。

 赤い粒子を撒き散らすジンクスⅢやアヘッドも同様であり、その無人輸送機で戦場へと向かう。

 

『各隊、全機発艦を確認しました! 新記録でございます!』

 

「ふん、我らメイソン騎士団はアガサの者共よりも早く出撃できてこそ当然。して、下級兵士共は?」

 

『何分、新顔が多いので、出撃に時間が掛かっております!』

 

「いつも通り、一人を見せしめに殺せ! そして彼奴等の前面に速やかに展開するのだ!」

 

『はっ!』

 

 映像通信より見える部下から全機が素早く出撃を終えた報告に満足したレバンテスは、次に下級兵士たちの出撃状況がどうなっているか問う。

 その問いに対し、部下は新米が多くて時間が掛かると答えれば、一人を見せしめに殺して急がせろと告げる。

 

 下級兵士とは、ワルキューレが倒したか崩壊させた勢力の捕虜達を使って編成された部隊だ。扱いは消耗品同然であり、主に弾除け同然で前線に投入される。連邦軍と同盟軍の前哨戦で全滅に近い損害を受けたが、連邦や同盟の多過ぎる捕虜で再編された。

 新顔は新たにワルキューレの降伏した多過ぎる連邦や同盟の将兵らであり、彼らは味方を殺すために再び戦場へ立たされている。

 反連邦・同盟戦線と呼ばれる連邦や同盟に絶望した将兵らや故郷を蹂躙され、占領された将兵達で編成された大規模な部隊がワルキューレに存在するが、下級兵士に回された者達は古巣に対する憎しみを持たない者達ばかりだ。

 

 そんな下級兵士たちは解体予定となっている旧式の機動兵器や鹵獲機に乗せられ、赤い騎士たちに脅されながら出撃していく。

 バルキリーもあるが、VF-4ライトニングⅢやVF-11Cサンダーボルトなどの旧型機ばかりである。

 彼ら下級兵士は先にマリ達が向かっている1979年の地球の前面に展開し、その進路を妨害する。

 機動兵器が搭載できない旧型の戦闘艦もそれに加わり、捕縛対象に対する網を張る。

 布陣が出来たところで、レバンテスは自分の艦隊に、連邦軍の追跡艦隊へ向けて牽制射撃を行うように告げる。

 

『下級兵士共の出撃は間もなく終える所です!』

 

「よろしい! ならば我らの仕事をするぞ! 砲門開け! 敵追跡艦隊へ向けて牽制射撃だ! 我が艦載機を援護するのだ!!」

 

「はっ! 砲術長、主砲開け! 目標は敵追跡艦隊! 牽制射撃だ!」

 

 レバンテスが艦長に牽制射撃の命令を出せば、艦長は直ぐに復唱して砲術長に指示を出す。

 指示に応じ、ドゴス・ギア級大型戦艦は僚艦であるハーフビーク級戦艦と共に連邦軍の追跡艦隊に向けて砲撃する。

 この砲撃で先行していた数隻の駆逐艦や護衛艦が撃沈し、イオクの部隊の艦艇は引き下がり始める。それと同時に発艦した赤の機動兵器部隊はマリの仲間たちと会敵し、交戦を始めた。

 

「レッドランサー隊、捕縛対象と交戦開始!」

 

「よし、一機に畳みかけてしまえ!!」

 

[newpage]

 

 時間は現時点に戻り、赤の機動兵器部隊に纏わりつかれたマリ一行は、その赤の騎士団より投降勧告を受けていた。

 

『こちらはメイソン騎士団十八番隊! マリ・ヴァセレート、直ちに我らに投降せよ! さもなくば貴様の母艦を撃沈する!!』

 

『こ、今度は赤い奴らが来たぞ!』

 

「どいつもこいつも、私の邪魔ばかりして!!」

 

 投降勧告を行う赤の機動兵器部隊に対し、マリは苛立ち始める。

 メイソン騎士団の乱入はイオクを初めとする連邦軍の追跡隊も予想外なのか、攻撃を止めてこの場で様子を窺う。

 

『な、なんだあの赤い連中は!?』

 

『レッドナイトです! 好戦的な連中でいつ撃ってくるか分かりません!』

 

『ならば奴らより先に!』

 

『お待ちを! 奴らはあのような振る舞いですが、一人当たりの腕はMS我が一個小隊分に匹敵します! イオク様はお下がりを!』

 

 イオクがまた突っ込もうとしたが、メイソン騎士団の騎士たちの腕前を知る熟練の部下たちに止められる。

 だが、他の連邦軍部隊はお構いなしに攻撃を続行する。

 

『いきなり出て来た赤い連中が、なんだってんだ!』

 

『性能も数もこっちの方が上なんだ! 皆殺しにしてやるぜ!』

 

『連邦の雑兵風情が! 我らメイソン騎士団に敵うと思っているのか!?』

 

 自分等の母艦が砲撃される中、搭載機は構わず数の多さを生かしてメイソン騎士団に襲い掛かったが、返り討ちにされるばかりであった。

 連携を取った戦法で三機一隊となって一機の赤いMSに攻撃する連邦軍機であるが、一瞬にしてフォーメーションを崩され、数秒の内に三機の連邦軍機は火達磨と化す。

 そこからは虐殺状態と化し、連邦軍の将兵達は戦意を失い始める。

 

『な、なんだこいつらは!? 情報と違うぞ!?』

 

『威張り散らしてるだけの能無しじゃないのか!?』

 

『誰が動く的だなんて言ったんだ!?』

 

 どうやら連邦軍はプロパガンダでワルキューレを過小評価しており、将兵達に楽に倒せる敵であると誇張していたようだ。

 そのプロパガンダを疑うことなく信じていた将兵らは、話が大きく違い過ぎることを知って恐怖し、あろうことか逃げ出し始める。

 

『い、嫌だ! 話が違う!! 俺は逃げ…』

 

『逃がすか!』

 

 余りにも違い過ぎる騎士たちの腕に、連邦軍機は逃げようとしたが、メイソン騎士団は逃がすはずが無く、逃げようとしたジェガンJ型の背中を、メイソン騎士団のジンクスⅢがランスで突き刺して撃墜した。

 駆逐艦や護衛艦も同様であり、沈みゆく船から逃げようとする脱出艇まで、メイソン騎士団は容赦ない追撃を掛けて撃墜していく。例え機体から脱出したパイロットでさえも、赤い騎士たちは機体の手でパイロットを掴み、握り殺す。

 

『奴等め、遊んでやがる…!』

 

『な、何ちゅう奴らだ! まさか次は俺らを狙うつもりじゃねぇだろうなっ!?』

 

『残虐極まりない連中ね…!』

 

 この虐殺劇を見ていたジグムント、ジークフリート、ジークリンデはメイソン騎士団に対し、嫌悪感を覚える。

 イオクの方は次々と落とされる味方を見て、激昂して突っ込もうとしていた。

 

『おのれ野蛮人! このような蛮行をイオク・クジャンの前で! なにをする!? 離せ!!』

 

『おやめください! イオク様! 幾ら我らでも奴らに敵いませぬ! 本隊の到着を!!』

 

 無論、部下に止められ、本隊が到着するまで自分の部隊がある位置まで後退し始める。

 連邦軍の追跡隊が退いた所で、メイソン騎士団の機動兵器部隊は次なる標的をマリたちに向ける。

 

『ふん、準備運動にもならんわ。さて、先の見せしめはご覧になられたか? マリ・ヴァセレート公。我らに歯向かえば、連邦の愚民共と同じ末路を辿ることになりますぞ』

 

『ゴルザーの言う通り、武器を収め、我らと同行なされよ。貴殿の手下どもは無傷で保護いたすことを約束しようぞ』

 

 先の虐殺劇は、マリに対する見せしめであったようだ。

 周囲を包囲し、再び投降勧告を行うメイソン騎士団であるが、これ程の惨劇を見せられても、マリが首を縦に振ることは無かった。

 

「ばーか、あんたみたいな雑魚相手に調子こいてる連中についてくるわけないでしょ。もっとも、あんた等が私より強いなら、ついて来ても良いけど」

 

『き、貴様! どうやら先の雑兵共と同じ末路を辿りたいようだな!! だが貴様は不死身だ! 死ぬことは無い! 捕らえた後、不死身であることを後悔させてくれるわ!!』

 

『あぁ、やっちまったよ…この俺様のバルキリーが出来ていないっちゅうのに…!』

 

 投降勧告に挑発で答えたマリに対し、ジークフリートは自分が乗ろうと思っていたVF-31Jジークフリートに乗れず、また死ぬのではと思ってしまう。

 挑発で激昂した騎士が乗るグレイズが、マリのバトロイド形態であるVF-31Fにモーニングスターを叩き付けようとスラスターを吹かして突っ込んで来る。

 あからさまに避けられる攻撃をマリは避け、背中に蹴りを入れ込んで両腕のミニガンポッドを撃ち込むも、グレイズはナノラミネーター装甲なので、実弾は全て弾かれた。

 

『ナノラミネーター相手では!』

 

『俺もこんなベニヤ板なMSより、そっちの方に乗りたかったぜ!』

 

 ミカルがVF-31Fの装備ではナノラミネーター装甲を持つMSには勝てないと言う中、ジークフリートはジムⅡよりもその装甲を持つグレイズに乗りたいと悔しがる。

 

『効かんわ!!』

 

 反撃に出るグレイズに対し、マリは放たれる打撃を軽やかに避け、今度は二振りのナイフで胴体を斬り付ける。

 ただ斬り付けただけでなく、装甲が薄いとされる関節部などだ。関節部を斬り付けられ、真面に動くことが出来なくなった赤いグレイズは、直ぐに撤退を始める。

 

『か、関節部が!』

 

『おのれ、思い知らせてくれる!!』

 

 戦闘不能になった赤いグレイズがジンクスⅢに母艦まで連れていかれる中、メイソン騎士団のMS部隊は一斉にマリ達に向けて攻撃を始める。

 そればかりか、進行方向に網を張らせていた下級兵士らのバルキリーまで差し向けて来る。

 

『くそっ、奴らバルキリーまで持って来たぞ!』

 

『連邦軍ならどうにかなるが、ワルキューレ相手ならこの数はキツイな! 柿崎、出られるか!?』

 

『おっ、遂に俺の出番かな? まぁ、大船に乗ったつもりでいてくれ! バーミリオン3、じゃなかった。柿崎、出撃します!!』

 

 更なる敵の増援を見たミカルは、組み上がったVF-1Aバルキリーに空間戦闘向上装備であるファウストパックを装着させて出撃させようとした。

 乗っているのは低級の英霊である柿崎速雄だ。生前でも彼はこの機体に乗った(?)とされ、扱いに離れている。

 ミカルが出撃を要請すれば、待っていたと言わんばかりに柿崎はファイター形態の自機のスラスターを吹かせ、前面より向かって来る敵機の迎撃に向かった。

 他にも下級兵士等と同じVF-4ライトニングⅢも組み上がったので、乗り方を教えた英霊に乗せようかと思ったが、ジークフリートが乗りたいと言って来る。

 

『組み上がったわ。誰か代わりに…』

 

『俺だ。俺を乗せてくれ。こんな博物館入りより、そいつの方がマシだぜ。なんたってバルキリーだしな』

 

『そうか。では、代わりの者に乗せよう』

 

『ありがとよ』

 

 このジークフリートの頼みに、ミカルは乗った事も無い素人を乗せるより乗り方を分かっている者に任せた方が良いと判断し、彼にVF-4ライトニングⅢを任せた。

 尚、下級兵士とジークフリートの搭乗機とも最終生産型であるG型である。ワルキューレが連邦軍と初めて交戦した際は現役であったようだが、性能の差でか、全て退役になったようだ。

 二機の旧式では心持たないと判断してか、最新鋭の高性能バルキリーであるSv-262に乗るジグムントがジークフリートと柿崎の方へ回る。

 

『そんな旧型二機じゃすり潰されるのがオチだ。加勢するぞ』

 

『おいおい、この俺はシミュレーターじゃ…』

 

『俺だって英霊だって…』

 

『それがどうした? 模擬戦と実戦は違う。お前たちは抜けた機を撃墜しろ』

 

 ジグムントが戦おうとする二名に指示を出す中、同じ最新鋭のバルキリーに乗るマリは依然として騎士たちが駆る機動兵器と交戦していた。

 流石にVF-31シリーズの元の持ち主であるワルキューレなのか、その性能と装備の威力は知っており、ナノラミネーター装甲を持つグレイズ系統のMSを前に出して攻撃を仕掛けて来る。

 同じくミカルが乗っているVF-25Gも持っているためか、グレイズやレギンレイズを前に出して攻撃を仕掛けて来た。

 

「ちっ、硬すぎて…!」

 

『駄目だ! こいつ等はこの機体の特性を知っている!』

 

『くっ、エネルギーが…!』

 

 元の持ち主相手に、マリ達は苦戦を強いられていた。ストライクガンダムに乗るジークリンデもまた、機動性が低いI.W.S.P装備で宇宙空間を高い機動性で飛び回るジンクスⅢやアヘッド、ムラサメに苦戦を強いられる。

 

『ふん、所詮は素人の集まりよ。残りは宇宙船を抑えろ! 前方に突っ込んだ三機はいずれ弾薬を消耗してやられるだろうて!』

 

『はっ!』

 

 グレイズリッターに乗る指揮官は、このまま行けばいずれ勝利は自分らの物となると判断し、対空弾幕を続ける宇宙船の拿捕を、待機している残りのジンクスⅢやムラサメ部隊を命じた。

 それに応じ、複数のランスを持ったジンクスⅢは乗っている無人輸送機から飛び出し、宇宙船に向かっていく。三機ほど脇に兵員を乗せた小型艇を抱えている。ムラサメは飛行形態に変形し、散開して宇宙船へと向かう。

 向かって来る複数のジンクスⅢに対して、宇宙船に搭載されている対空砲と張り付いている三機ほどのジムⅡがビームを撃って近付けないようにするが、ジンクスⅢに乗る騎士たちはそれを避けつつ、じわじわと宇宙船までの距離を縮める。

 

『はっ! そんな攻撃が我らメイソン騎士団に通じる物か!』

 

 雨あられと飛んでくる対空弾幕を避けつつ、宇宙船へと迫る。

 

『よーし、この程度のオンボロ船、エンジンにミサイルをぶつければ…!』

 

『っ!? 三時方向よりビーム砲!?』

 

 先行していたムラサメが宇宙船をミサイルの射程に捉えたところで、ミサイルを撃ち込もうとしたが、側面から来た高出力のビームで一機が被弾して爆散した。

 騎士が駆るグレイズやグレイズリッター、レギンレイズを相手にしていたマリがビームの飛んできた方向を見れば、遠くの方に数えるのも嫌になるくらいの宇宙船が居た。

 攻撃してきた辺り、宇宙船は軍艦なようで、そこから無数の艦載機がこちらに目掛けてミサイルと共に向かって来る。

 

「なにあれ…!」

 

『あ、ありゃあ同盟軍だ! おたくらは同盟軍にも狙われているようだな!』

 

 

 

 通報者は各地に散らばって通報していたので、惑星同盟軍がやって来てもおかしくない。

 だが、やって来たのは千隻以上の大艦隊だ。マリ一人に対しこの大艦隊はおかしいとしか言いようがない。宇宙船の船長である老人は、厄介ごとを持ち込んだマリに対し文句を漏らす。

 メイソン騎士団や連邦軍も同盟軍の大艦隊の襲来に気付き、大艦隊が来る方向に視線を向ける。

 

『なんと恐ろしいことか! もう一息の所で、宇宙の愚民共の大群とは!?』

 

『男爵、どうします!? 我が隊のみでこの大群の相手など…!』

 

『雑魚相手にこれほどまでの雪辱を呑まされるとは…!』

 

 凄まじい物量で迫る同盟軍の艦隊を見て、メイソン騎士団の騎士たちは悔しがる。

 連邦軍も同様であり、数で劣る自分らでは勝てないと判断し、撤退の準備を始める。

当のイオクは、無理を押し通しでもマリの所へ行こうとするが、もちろん部下たちに止められる。

 

『イオク様! お止めください! あの物量を相手では!!』

 

『離せぇ! ここで退いてはカンチャーナに顔向けできん!!』

 

 サッカのスラスターを吹かせ、マリのVF-31Fに向かおうとするイオクを、部下たちの機動兵器が全力で止める。

 一方でもマリ達も、数えるのが馬鹿らしくなるほどの物量で迫る同盟軍に対し、絶望しきっていた。

 

『な、なんじゃこの数は!? どう見ても俺らに対しての戦力じゃねぇぞ!!』

 

『我々を倒すついでに、この世界を手中に抑えるつもりだろう。諦めるしかない。ヴァセレート、撤退の用意を』

 

『流石にこの数じゃ、弾薬が幾らあっても足りないわ。撤退を』

 

「うるさい…! VF-31用のアーマードパックがあったでしょ? あれを出しなさいよ。反応弾もあるんでしょ?」

 

 元ナチスの超人兵士三名が恐ろしい物量で迫る同盟軍を相手にするのは不可能だと判断し、マリに撤退を進めたが、もう少しでルリに会えることを諦めきれない彼女は、母艦に向けてアーマードパックの要請をする。

 どうやら一人であの大艦隊と戦うようだ。戦おうとするマリの判断と、反応弾が自分の宇宙船にあると聞いた老人船長は驚きの声を上げ、彼女に向けて怒鳴り散らす。

 

『あ、あんな大艦隊と一人で戦う!? それにわしの船に反応弾だと!? お前らなんて危ない物をわしの船に運び込んだんだ!? お嬢ちゃんを助けると聞いて、わしの命を張る勢いでここまでつきあったというのに…! わしはもう降りるぞ!!』

 

 反応弾の恐ろしさを知っている老人は、自分の船にそれを載せたことに怒りを現し、ここから逃げようとしていた。

 老人が自分の一団から降りると聞いたマリは、頭を抱えてどうやってこの状況をくり抜けるか苛立ちながら必死に考える。

 

「なんでどいつもこいつも私の邪魔ばかりするのよ!? あぁ、もう! なんでこう裏目に出るの!? 私に一体何の恨みがあるのよ!?」

 

 遂に運に見放されたか、マリは苛立ちながら打開策を考えるが、どう考えても思い付かない。出る結論は撤退する以外に無かった。

 

『マリ、もう駄目だ! 撤退するんだ! いくらアーマードパックでも、この数相手では!』

 

『そうよ! ルリちゃんは勇者よ! それに信頼できる強い仲間も居る! これ程の数、必ず退けるわ!!』

 

 ミカルやリンダにこの場から撤退するように言われるマリだが、混乱状態である今の彼女には二人の言葉は入ってこない。

 やがて同盟軍の先発隊がマリ一行を捕らえた瞬間に、ご都合主義か、奇跡とも言うべき事が起こった。

 

『な、なんだありゃあ!?』

 

『これは、まさか…!? 次元震!? こんな時に!?』

 

 幾つもの世界を融合させる原因を作り出した次元震が、このタイミングで発生したのだ。

 次元震とは、自然災害を上回る大災害だ。奇跡か運でも良くない限り、決してその死から逃れることは出来ない。

 一番にも脱出しようとしてか、メイソン騎士団と連邦軍、同盟軍は戦闘を止めて一目散に撤退し始める。

 

『は、早く逃げなければ! あれに呑み込まれた一巻の終わりだ!』

 

『な、なんだとォーッ!? それじゃあ早くずらかろうぜ!!』

 

『みんな早くわしの宇宙船に乗り込めェ! 次元転移を行うぞ!!』

 

 そんな大災害に見舞われたマリ一行は直ぐに逃げようとしたが、発生した次元震が近すぎた為、逃れることは至難の業だった。

 その証拠に、同盟軍の大艦隊は次元震の影響で宇宙空間に発生した様々な災害を受け、壊滅状態に陥る。連邦軍の追跡艦隊もこの災害に巻き込まれ、幾つかの艦艇が大破し、操舵不能と化していた。

 

『おのれ、逃さんぞ!』

 

『イオク様! もう無理です! 母艦に戻ってください!!』

 

『は、離せ! 止めろお前たち!』

 

 一方でのイオクは、こんな状況でもマリを捕らえることに諦めがつかないようだったが、部下たちに無理やり母艦まで連行された。

 

『マリちゃん、何してるの!? 早く戻って!』

 

 リンダが早くマリに母線に戻るように言ったが、彼女はこの状況を何らかの好機と捉え、1979年の地球へと降り立とうとした。

 

『だ、駄目だ! 舵が効かん! 呑み込まれる!!』

 

『うわぁぁぁ!!』

 

『きゃぁぁぁ!!』

 

 だが、マリを含める一行は次元震で発生したブラックフォールのような時空の亀裂に呑み込まれ、この世界とは違う何処かへと転移させられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1979年のポーランドへ 後編

 原因は不明だが、何の前触れも無く発生した次元震による災害でマリ一行を含め、殆どの者達が何処かの次元へと飛ばされた。

 飛ばされなかった者達は様々な特異災害で死亡するか、重傷を負っていた。

 同盟軍の大艦隊は特に被害が大きかったようで、まだ健在の艦艇は沈みゆく宇宙戦闘艦より乗員や負傷者の救助で手一杯だ。

 敵対する連邦軍やメイソン騎士団も同様であり、まだ生きている者の救助ほかに術は無かった。

 

「隊長、本艦の損害は中破程度。戦闘は可能ですが、撃沈は覚悟を…!」

 

 小さな火災が発生し、負傷者がうめき声を上げる戦艦モーリックの艦橋にて、艦長より報告を受けたレバンテスは、額より溢れ出る血を抑えながら周りの状況を見て戦えないと判断した。

 自分の知恵袋とも言える副官は、自分を庇った所為で重傷で担架に載せられて医務室へ運ばれており、屈強なる騎士たちの中に戦える者は数えるばかり。それに発進した機動兵器部隊に搭乗した騎士たちの半数以上が帰ってきていない。

 次々と来る報告でそれを知っていたレバンテスは、自分の身と部下たちの為、まだ健在な四隻のうちの二隻のハーフビーク級戦艦だけを残して後は撤退との指示を出す。

 

「ふん、貴様の希望通り、ここは退いてやろう。だが、まだ健在なロドリゲス、アコースはここに残れ。交戦は向こうが仕掛けてこぬ限りしなくて良い。先行して降ろした捕縛隊の回収の為だ。我がモーリック号は、他の艦艇と共に本部へ撤退だ。航行不能な船は放棄せよ。残る二隻はその護衛だ。致し方ないが、救援は出来る限り頼め…! ぐっ…!」

 

「はっ、ロドリゲスとアコースにはそう伝えます。隊長殿も医務室へ。出血が激しいでございます」

 

 撤退を決めたレバンテスの指示に従い、軽傷でもまだ動ける部下たちは命令を実行に移した。

 血を流し過ぎたのか、レバンテスは気を失い掛けていた為、彼もまた医務室へと運ばれた。

 マリとルリの捕縛も兼ねた捕縛隊は、まだ戦闘可能で健在である二隻のハーフビーク級戦艦を残して撤退した。

 副官の提案か、既に1979年の地球、ルリ一行が居ると思われるポーランドに十数人の騎士を降下させていたのだ。

 今ごろは彼らが勇者ルリ一行と交戦を始めているのだろうかと、レバンテスは医務室に運ばれながら思った。

 

 

 

「ここは…?」

 

 一方、次元震に巻き込まれ、何処か違う次元と飛ばされたマリは、見覚えのある草原で目を覚ました。どうやらここで横になって眠っていたようだ。

 

「あっ、ルリちゃん!」

 

 横になっていたマリは、自分の隣で寝ていたルリに気付き、無邪気な少女のような表情を浮かべながら抱き起そうとした。

 今までルリを探し回っていたことが、夢であったと思ったのだろう。だが、その愛しい美少女は血だらけの屍へと変貌する。

 

「えっ、なに…これ…!?」

 

 自分に取って愛おしく、全てであった美少女は、絶望的な表情を浮かべながら息絶えていた。身体中は惨たらしく何度も撃たれるか斬り付けられるかして、肉塊とも言うべき程、痛々しい傷が目立っている。

 そんな美少女の遺体を見たマリは、手を震わせ、表情を抱いている少女と同じような絶望的な表情を浮かべて茫然とする。

 更に追い打ちを掛ける様に、マリが寝そべっていた筈の草原は突如となく屍の山へと変貌した。辺り一面が血の海であり、彼女もまた血塗れであった。

 立て続けに起こったおぞましい状況に、マリは普通の女性と同じく悲鳴を上げる。

 

「いやぁぁぁ!? どうなってるの!? 何よこれ!?」

 

 この光景は並の人間、それも普通の女性、男性でも失神してもおかしくない物だ。何度も経験済みなのか、マリは何とか理性を保つことが出来た。だが、混乱はしている。

 恐怖を感じて震えるマリに向け、何所からともなく巨大な顔が現れて声を掛ける。

 

『それは貴様が殺して来た者達だ…!』

 

「っ!?」

 

 動かぬ美少女の死体を抱きつつ震える彼女は、その巨大な顔を見た。

 今度は何が起きるのかと年相応の女性らしく恐怖でマリが震える中、巨大な顔の人物は彼女に語り掛ける。

 

『我はリガン、リガン・ゾア・ペン・ムガル。現ネオ・ムガルの皇帝である。貴様の帝国が焼いた国の一つ、ムガル帝国の皇子だ。もっとも、貴様は覚えては無いようだがな』

 

 その巨大な顔は自然とあのネオ・ムガルの首領、リガンの物へと変わる。だが、全身は無く、真っ赤に光る不気味な顔だけだ。それが余計にマリに恐怖を与える。

 

「ムガル? そんなつまらないのが何の用よ?」

 

『つまらんとは、まぁよい。神殺しの大罪人であり、数千億もの人々を殺したにも関わらず、何も知らぬふりをして能天気に暮らす俗物である貴様如きが、我が崇高なる帝国の偉大さは理解できまい』

 

 リガンの野望をつまらない物と表したマリに対し、彼は激昂することなく、彼女が建国した帝国の蛮行を咎める。

 事実、マリのリガンが咎めた神聖百合帝国の建国者であり、建国地に住んでいた女性だけの種族、イブ人を使って武力を持って世界征服を成し遂げ、世界を自分の思い通りの物へと作り替えた。

 その際、彼女は神をも恐れぬ所業、一つの世界より性別、男性を全て消し去ると言う物を行った。理由は世界を平和にするためだが、取って付けたような物であり、単に自分が思い通りの世界にするためである。

 同時に全ての女性を解放したと言う善意もあった。今もあれは正しかったとマリは思っているが、内心、本当は正しかったかどうか今も悩んでいる。

 当然、父親、夫、息子、恋人をそんな理由で殺された女たちより罵声と石を投げ付けられた。

 自分の考えを理解しなかった女たちに対しマリは感情的に激怒し、人間の血を絶やす為にイブ人に全ての女性に組織的レイプを行わせ、半世紀以上を掛けて世界を完全にイブ人の物とした。

 

 だが、流石に全ての男を消し去ることなど、何らかの病気が無い限り不可能だ。

 残った男達は側近たちが複数の女性らと共に生態観察並び、軍の将兵を怠けさせないためと兵器実験の為に、裏世界と呼ばれる特殊な空間へと送られた。

 流石にこちらがやられては元も子もないため、決して神聖百合帝国軍が負けないように、技術レベルを低めにして、演習気分で彼らを全滅しない程度で殺し続けた。

 

 不老不死なマリが無期限である政務をノイローゼで続けられなくなって完全に身を引いた際は、右腕であり総統であるブラウンシュバイクが帝国の全権を引き継いだ。

 全権を引き継いだブラウンシュバイクは、直ちに密かに進めていた己の野望を果たすべく、異世界への侵攻を始めた。彼女はずっとマリがノイローゼになり、政務から身を引いてお飾りの皇帝になることを待っていたのだ。

 

 その後、神聖百合帝国は崩壊、理由は全く不明である。マリもただ元女帝と言う肩書のみとなった。

 総統であるブラウンシュバイクは、陸軍一個軍集団分と海軍二個艦隊、空軍二個軍、自身の私兵状態の精鋭一個軍団をワルキューレに献上し、将軍の地位を得た。

 

『私は貴様のような己の都合のよいだけの世界は作らん。強者が支配者として君臨し、武力と圧制による恒久平和を実現しようと言うのだ。弱者は強者の庇護の下で支配され、常に従う宿命であり、強者は弱者を常に支配し、庇護せねばならぬ宿命であるのだ。分かるか?』

 

「なんかムカつくわね! 私はあんたみたいな奴らから女の子を守るためにやったの! あんたの理屈は反吐が出るわ!」

 

 話を戻し、リガンは強者こそが世界と弱者を支配する宿命にあると説くが、マリはそのような者達から全女性の解放、本音は復讐であり、殲滅してこその安心する為の物であると反論する。

 しかし弱者を支配し、好き勝手して良いなんて、マリは心にも思ったことは無い。何故ならかつて自分も強者に支配され、屈辱的な日々を送って来たからだ。

 相手の気持ちをある程度は理解できるマリであるから、自分が受けた屈辱を相手にやろうとは思っていない。

 目前のデカい顔の奴は、自分のような目に遭ったことが無く、自分の事を生まれながらの支配者だと思っているとマリは判断し、更に挑発を仕掛ける。

 

「大体なに? 強者は弱者を常に支配する宿命ですって? 笑わせるわ。寄生虫が怖くないのかしら? あぁ、もう崩壊しちゃってたんだ」

 

 このマリの挑発に対し、リガンは乗ることなく、彼女の足元にある大量の死体に見覚えがあるかどうかを問う。

 

『そのようなちゃちな挑発には乗らんわ。それより、貴様の足元にある大量の死体、どれも見覚えがるとは言わせんぞ。その中には、我がムガルの民や兵もおる。そして貴様が死ねと命じた者達も、後悔も…!』

 

「何人殺したか覚えてないわ。絶対に…絶対に…」

 

 リガンに問われたマリは強がって覚えていないと言うが、巨大な顔の言う通り、足元の大量の死体の中に、自分が死ねと命じて死んだ者達や殺したことを後悔した死体があった。

 その中より、もっとも自分が殺したことを後悔した人物や死ねと命じた者達が這い上がり、おぼつかない足でマリに向けて問い掛けて来る。

 

『どうして…どうして君はこんなことを…? 君は、そんなことをする娘じゃなかったのに…本当は心の優しい娘なのに、どうして僕たちを…?』

 

『あんたの、あんたの無茶な命令で俺たちは…! 俺たちは…!!』

 

 近付いてくる身体の一部が欠けた者や顔に生気の無い血塗れの者達に対し、マリは怯えてルリの遺体を抱きながら後退り始める。

 だが、動こうとした瞬間に足元の大量の死体の手に捕らわれ、バランスを崩して転んでしまう。それと同時にルリの遺体まで手放してしまう。

 

『どうやら覚えているようだな。その者達はお前が殺めた者達だ、お前の命で死んだ者達も含まれている。ここから逃げることは出来んぞ』

 

 無数の手で拘束され、身動きが取れない中、マリが殺したことを後悔した人物や自分の無茶な命令で死んだ者達が迫って来る。

 必死に身体を動かすが、無数の手は彼女の身体は何かに固定されたように動かない。

 

「いやぁぁぁ! 来るなぁぁぁ!!」

 

 迫る彼らに対し、マリは悲鳴を上げ、泣きじゃくって拘束を解こうとするが、拘束は全く解けない。

 

『マリ…どうして…? どうして僕たちを…』

 

「いや、いやぁ…! 止めて! 私に触らないでぇ! あぁぁぁ!!」

 

 一人の男がマリに触れようとした瞬間、彼女の視界は真っ暗になった。

 

 

 

「なんだ!? 急に暴れ出したぞ!」

 

「抑えて!」

 

「鎮静剤だ! 直ぐに持って来い!」

 

 数時間後、次元震に呑まれたマリ一行は、1979年の地球の衛星軌道上を漂っていた。

 だが、この地球は少しおかしい。ところどころに草木が一本も生えていない荒野が点々としている。その地域の中央に位置する場所には、何か不気味な物が立っている。

 それはさておき、老人のプラント機能を有する大型宇宙船「フランケンシュタイン」号の船内の医務室にて、回収されて寝台に寝かされていたマリは、悪夢に魘されて暴れていた。

 隣で次元震の影響を受けて頭をぶつけてたん瘤を冷やしていたジークフリートは驚き、近くに居る女性の医師にそのことを知らせる。

 直ぐに医師は抑えるように言えば、左腕を骨折して固定していたジグムントは、鎮静剤を持ってくるように近くに居る者に伝える。

 

「いやぁぁぁ! 来ないでぇ!」

 

「こう魘されるなんて、一体どんな悪夢を見てんだ!?」

 

「そんな物は知らん! とにかく魔法なんぞを使う前に落ち着かせなきゃならん!」

 

 暴れるマリを抑えながら、ジークフリートが一体どんな悪夢を見ているんだと言えば、片腕で彼女を抑えているジグムントは、悪夢に魘される余り船を沈ませかねない魔法を使う前に、鎮静剤を打つ必要があると答える。

 ようやく鎮静剤を持った医師が来れば、左腕の中央に鎮静剤を打ち込み、マリを落ち着かせた。

 

「ふぅ~、ようやく落ち着いたぜ。起きたら、どんな夢を見たかみんなで聞こうぜ」

 

「デリカシーの無い奴だ」

 

 マリが落ち着いて静かになったのを確認すれば、ジークフリートは彼女がどんな悪夢を見たのかを聞こうと、信じられないことを口にした。

 流石に悪い冗談なので、ジグムントは医務室から出て行く。

 十分に瘤が退いたのを確認したジークフリートが医務室から出た後で、マリは悪夢から目覚めた。

 

「ここは…?」

 

「気が付いたか?」

 

「人を辞めても、悪夢は見るのね」

 

 目覚める頃合いだと思ったミカルとリンダは、マリに向けて何気ない言葉を掛ける。

 何所だと思って周囲を見渡すマリに対し、ミカルはフランケンシュタイン号の医務室であると答える。

 

「医務室だ。次元震に巻き込まれた君は、VF-31のコックピット内で気を失っていた。奇跡と言っても過言じゃないね、普通なら、行方不明か二度と戻ってこられないかもしれない」

 

「本当にそうだわ。運が良いのか悪いのか、私、死んじゃったかと思ってドキドキしちゃった」

 

 場所を答えた後、あの不老不死でも死ぬような状況で生き延びたマリの運の良さに、二人は驚きの声を上げる。リンダは本気でマリが死んだと思って心配したと語る。

 そんな二人にマリは、不老不死になれたのは持ち前の運の良さであったと語り始める。

 

「えぇ。自慢じゃないけど、私、この運の良さで不老不死になれたの。確率なんて凄く低くて、怪物になっちゃうかと思ったけど。この美しい姿になった挙句に、不老不死になれるなんて、本当に運を使い果たしたと思った。でも、結構な目に遭ったけど、運は私を見放さなかった」

 

 自慢げに語るマリに対し、ミカルは彼女が気付かない失った物を告げる。

 

「外面は美しく、永遠の若さと不死を得た。だが、気付いていないことがあるね。それは人の心だよ。周りから言われてないかい?」

 

「…」

 

「図星の様だね。外面は良いが、中身は怪物さ」

 

 人の心を失ったとミカルが言えば、マリは黙り込んだ。

 実際、彼女は不老不死と永遠の美しさを得た後、肩が外れて性格も次第に残忍になっていった。

 自分も怖いほどに欲望に忠実と化し、気が付けば自分が憎んで皆殺しにした者達と同様な物となっていた。それをミカルに指摘されたマリは殺意が湧いたが、ここで彼を殺せば、自分が怪物であることを証明するので、黙ったまま彼を見る。

 

「鏡は心までは映さない。他人から見れば絶世の美女と見えるだろうが、本心を見ればどうなるか…がっ、怪物の君でもわずかながらの良心は残っている。残っているそれを忘れないことさ。忘れれば、君は本物の怪物、いや、悪魔となる」

 

 そんなマリに対し、ミカルは良心が残っていることも見抜き、それを忘れないようにと彼女に告げてから医務室を後にした。

 

「全く、あれで良くファンだなんて言えたもんね…ごめんね、あんな性格で」

 

「良いよ、全部あったってるし…それより、地球を見に行くわ」

 

 言いたいことだけ言って出て行ったミカルの代わりにリンダが謝る中、全て合っているマリは気にしなくて良いと答え、寝台から起き上がって医務室を出た。

 廊下に出て窓を覗けば、自分が目指していた1979年の地球とは違う所々が荒れた地球が見える。それに共に次元震に巻き込また衝撃で、地球へと落下していく連邦や同盟双方の艦艇の残骸が見える。中には、まだ健在の物まであったが、今のマリには関係無かった。

 

「マリ、直ぐに格納庫まで来て。ジグムントが呼んでいる」

 

「っ?」

 

 地球へ落ちて行く軍艦を眺める中、ジークリンデにジグムントが呼んでいると言われ、気になったマリは格納庫へと向かった。

 フランケンシュタイン号の格納庫は広く、様々な機動兵器が組み立てられ、組み立てられた機動兵器は別の場所に駐機されていた。マリが乗っていたVFー31Fジークフリートは、次元震でダメージを受けたのか、ロボットやコヴナントで整備として使われているエンジニアの手で整備作業が行われている。

 向こうの1979年の地球へ降下するつもりなのか、降下艇の前に自分が従えた数十名の英霊と、主翼の上に立っているジグムントの姿が見えた。

 

「よし、来たな。では、我々が降りようとしている地球の状況を説明する」

 

 マリが来たのを確認すれば、ジグムントはこれから降下艇で降りようとする1979年の地球の状況を説明した。

 その地球は忠実とは違う別の1979年の地球であり、異星人による攻撃を受け続けている状況だ。しかもこの時代の地球の科学力は、冷戦期の二十世紀代にしてはやや高過ぎる。

 五十年代にして宇宙にまで進出し、挙句の果てに月に基地を構える程の科学力だ。

だが、それも1967年の月面で行われた人類初の敵性異星人による会戦で終わりを告げる。

 敵性異星人は人類に敵対的な地球外起源生命体、それぞれの頭文字を取って略称はBETAだ。物量で勝り、無限とも思える繁殖力で人類軍を圧倒。人類軍は苦戦を強いられる。

 月面で人類軍が決死の抵抗を行う中、最初のBETAとの会戦から六年後にBETAの降下ユニットが地球の中国へ落下。地球上でBETAとの戦闘が始まる中、人類軍は地球防衛のために月面基地を放棄し、地球へと完全撤退した。月は完全にBETAの支配下となる。

 しかし、東西冷戦により人類の足並みは揃わず、地球でも人類は苦戦を強いられる。

 この時、BETAに光線級と呼ばれる亜種が出現し、従来の航空機は無力化され、密かに開発していた人型機動兵器、戦術歩行戦闘機、略称「戦術機」を代わりに投入。以降、戦術機が主力となる。

 それでも、BETAの猛威は抑えられず、各地で撤退戦が行われる。遅滞戦闘のおかげか、辛うじて持ち堪えていた。

 マリ一行が目指している1979年のポーランドも、一年前に行われたNATO軍とワルシャワ条約機構軍の連合軍による大規模反攻作戦の失敗後にも関わらず持ち堪えているが、既にBETAの大規模侵攻を受け、西部地方は完全に沈黙し、残る東部地方もいつ陥落してもおかしくない状況だ。

 事前に飛ばした無人偵察機が盗聴した情報によれば、前線での弾薬供給は殆ど間に合っていないらしい。西側も追加の派兵を行っているようだが、焼け石に水のような状況だ。

 

「西と東の両軍による二方面からの大規模反攻作戦は、BETAと呼ばれるインベーダーの階級構成、ならびハイブと呼称される巣の構造を知った程度の成果で終わっている。損害は我がドイツ陸軍の第6軍の三倍かそれ以上だ。かなり消耗の所為か、ポーランド軍は瓦解寸前だ。急いでいるか居ないかの標的を探さねばならん。目玉の化け物による高速対空レーザーに怯えながらな」

 

 状況を目前の一同に説明した後、ジグムントはマリに視線を向けながら危険な場所で、居るかどうか分からないルリ探しをしなくてはならないと皮肉を漏らす。

 更にジグムントは、ポーランドの状況を説明する。

 

「言っておくが、原住民とは接触するな。彼らは飢えている。訳は疎開と食料供給が満足に出来てない。ポーランド軍も頼みのソ連軍に見捨てられた挙句、物資不足に悩まされ、BETAのスチームロラーが起こる度に戦線が縮小している。軍の将兵も食料不足で飢えているぞ。一部では住人から食料の略奪が発生している。兵士とも接触するな。それと連邦軍か同盟軍の船が何隻かあの地球へ落ちている。これも出来る限り接触するな。やもえない場合は交戦を許可する。このルールが守れる奴は、志願していい」

 

 ジグムントが住人とポーランド軍の将兵とは接触しないように告げれば、数名が集まりから離れた。それに連邦軍と同盟軍の存在をチラつかせると、装備の関係上で叶わないと判断して離れる。

 離れなかった者達が志願者と言う訳だ。マリはルリが居る可能性がある限り、地球へと降りるつもりだ。

 

「ふむ、残ったのは、イーディ・ネルソン、ホーマー・ピエローニ、ヤン・ウォーカー、リィン、スージー・エヴァンス、マリーナ・ウルフスタイン…自称イーディ分隊の面々か」

 

「ずっと宇宙に浮かぶ鉄の船の中に居るなんて、お肌に悪いですから志願してあげたのですわ。それに自称は余計ですわ。わたくし、これでも彼らを率いて大多数の敵を相手に奮戦しましてよ」

 

「目を見れば嘘ではないと分かるが、除隊時の階級は上等兵だが…まぁ、臨時の分隊長としては上出来な戦果だな」

 

「ふふ、褒めても何も出ませんわよ」

 

 イーディと呼ばれた少女に対し、ジグムントは軽く褒めれば、彼女は満更でもない様子を見せた。自意識過剰なのがネックと言った所だろう。

 

「他にレンプランド三姉妹、カリサ・コンツェン、ノエル・アンダーソン、ユウキ・ナカサト、カミーユ・デニス…あぁ、今更だが、こうも何で女子供ばかりなんだ。ヴァセレート、男手は必要なことは分かっている筈だ。なぜこうも感情を優先する? 前の鉄華団を再び使役すれば良い物を。それでは、見付かる物も見付からんぞ」

 

「何を選ぼうが私の勝手じゃない」

 

「ジグムント、俺たちのボスに意見しても、決めるのはボスだぜ?」

 

「分かっている。次回からは、我々が苦労しないように頼む」

 

 残っている面々、つまり地上へ降りる志願者たちの名前を読み上げて行く中、ジグムントは危険地帯の調査に置いて必要な男手が少ない事を嘆いたが、マリは自分の感情を優先して聞き入れなかった。

 ジークフリートも選ぶのは自分のマスター次第と言えば、ジグムントは諦め、次からは頼むと言って今は我慢した。

 

「さて、我らのマスターがリーダーではいささか不安だ。ジークリンデにリーダーになってもらう。左腕を骨折した私とジークフリートは居残りだ」

 

「えぇぇぇ!? オレッチも行きてぇよォ~! 地球の空気を吸いてぇよォ~!!」

 

 降りるメンバーはマスターであるマリを初め、ジークリンデを隊長とした降下艇のパイロットを含め十四名と共に地球へ降りることになった。

 地球へ向かう降下するメンバーの中に、自分が含まれていないことをジークフリートが言えば、ジグムントはもっともらしい答えを出して納得させる。

 

「黙れ、俺は左腕が使えん。それにここは宇宙だ。地上ではほぼ無敵同然であるが、宇宙空間では並の人間と変わらない。お前まで行かれては、戦力が大きく低下する」

 

「確かにそうだけどよ、男手が必要なのはお前さんだぜ? 降りるお嬢さん方には、この俺様がついてなくちゃ…」

 

「ジークリンデ一人で十分だ。前世では、戦闘の影響で彼女は満足に行動が出来なくなるくらい疲弊したが、再び蘇った今ではほぼ無敵に近い。それに過剰と言えるが、ジム・コマンド一機をパイロット共に付けた。これ以上の戦力投入は、ここを疎かにする。お前も軍人なら、分かるだろう」

 

「まぁ、ここを疎かにするなんてのは、俺でも分かってることだ。だがよ、なんでジム・コマンドだ? 別に過剰でもねぇし、この地球の戦術機よりも性能は毛が生えた程度じゃねぇか。なんでガンダムタイプじゃねぇんだ? ここにあるガンダムなら、BETAなんて言うブサイクな化け物共なんてイチコロだろう」

 

 自分たちナチスが生み出した最強の超人兵士三人の内、ジークリンデで十分であり、それ以上は過剰であると答えたジグムントであるが、ジークフリートはまだ食い下がらず、なんでガンダムタイプを持って行こうとしないのかを問う。

 

「今度はそれか。良いか? 過剰な性能の機体では、現地の軍の関心を引くことになる。それに我々が力を見せびらかせば、この地球の指導者たちは何が何でも我々の所有する兵器を奪いに来るだろう。鹵獲し、研究すれば、忌まわしきBETAから地球を取り戻す強力な兵器が手に入る。後はお前でも分かるはずだ」

 

 その問いに対し、ジグムントは余計ないざこざを生むと言って使わないと答えた。

 

「うっ、政治とか、国際問題とかの小難しい話はちと理解に苦しむが、俺が指導者なら、その力は欲しいとは思うぜ」

 

「そうだな。例えば、我々がこの地球を英雄気取りの為に救うために来たとしよう。あの星に居る者達は、最初の頃は感謝の意を込めるだろう。だが、あの星は統一などされていない。多数の思想で溢れた国家で満たされている。我々があの地球を救ったとしても、奴らは礼を言うか? いや、奪いに来る。自国の国益を優先してな。そして人間同士の戦争に逆戻りだ。我々が新たな火種になる可能性がある。良く覚えておくことだ」

 

「そっ。馬鹿な妄想は止めなさい。人助けに介入したら、余計にややこしくするだけよ」

 

 ジークフリートはジグムントの最悪の予想を理解すれば、彼は例え話を持ち込んだ。

 善意で強い力を持って地球を救おうとしても、果たして国家間は感謝するだろうか?

 否、その力を自国の物とし、軍事的かつ国際的に優位に立とうとして奪いに来るだろう。例え世界を救ったとしても、力を持つ自分等が新たな世界の火種となりかねないのだ。

 それを理解していたマリが言えば、ジークフリートはどうすれば良いか悩み始めた。ジグムントの方は、高い知性を持ちながらいつも感情を優先させるマリが、もっともらしい事を口にしたことに驚いている。

 

「まさか感情を優先するヴァセレートが、知性を優先するとは…」

 

 そんな驚きの声を上げるジグムントを他所に、マリは降下艇の近くにファイター形態で駐機されていたVF-1Sバルキリーに乗り始めた。

 航空機をほぼ無力化できてしまうレーザー級が居るあの地球へ、バルキリーのような航空兵器を使う事をジグムントは考えていない。直ちに止めようとする。

 

「待て、バルキリーは機動兵器の一種とは言え、戦闘機だ。みすみすレーザー級の的になりに行くのか?」

 

「大丈夫よ。私は落ちない」

 

「そう言う問題では…! くっ、やはり感情を優先させたか」

 

 これにマリはジグムントの忠告は聞かず、先にバルキリーで地球へと降下しようとした。

 発進ゲートへ彼女がバルキリーを進める中、ジグムントは降下艇にジム・コマンドと志願者を乗り込ませるようにジークリンデに指示を飛ばす。

 

「あのじゃじゃ馬の護衛を頼むぞ、ジークリンデ!」

 

「ヤヴォール! 全く、とんでもないマスターだわ。さぁ、みんな乗って!」

 

 指示に応じたジークリンデは皮肉を漏らしつつも、降下艇に志願者等を乗せ、全員が乗り込んだ後から自分も乗り込んだ。

 見送ろうとするジグムントと隣に、フランケンシュタイン号の船長が隣に立つ。

 

「お嬢さん方は、あの化け物共が闊歩する地球へ行くのかね?」

 

「あぁ、ご老体。フロイライン方はピクニックに向かうようで。で、そちらは?」

 

「なに、修理パーツなんぞそこら中に浮いておる。一時間もすれば完璧よ」

 

 マリ達が何所へ行くのかを船長が問う中、ジグムントは冗談を交えて答え、その後にフランケンシュタイン号の修理状況を問う。

 これに船長は、周辺宙域のそこらにある連邦や同盟の宇宙艦艇の残骸を使えば、あっと言う間に直ると答えた。

 確かにスペアパーツになりそうな物は腐るほど宇宙に漂っている。通常なら規格が合わなければならないが、フランケンシュタイン号はそれら全てをスペアパーツとして使える機能を持つ奇怪な宇宙船だ。

 名前の由来であるフランケンシュタインも、多数の死体を縫い合わせて作られた創造上の怪物だ。

 元々、この宇宙船は多数の船の残骸を組み合わせて造船された。まさに名前の通りの船である。武装も軍艦の残骸の物を使っている。いささか残骸を組み合わせたことに問題はあるが、船長は宇宙船関連の造船業に携わっていたようで、今日も難なく航行し、破損した個所を別の宇宙船の残骸で修繕している。

 

「さぁて、見送りが終わったら修理せんとな」

 

「是非ともそうしてください。我々は敵残党の警戒に当たります」

 

 どうやら船長もマリ達の見送りに来たようだ。

 ジグムントは見送りを船長に任せた後、対空監視を行うためにその場を離れた。

 かくして、マリ達はBETAと目下戦争中の地球へと降り立った。

 

 

 

「対空レーザーの反応…無し」

 

「ふぅ。さて、降りたら早速物資調達ですよ」

 

 降下艇の輸送機の操縦室にて、レーダーを見ながらユウキが対空兵器による攻撃がない事を口にすれば、カリサは着陸した後に物資調達を行うと口にする。

 物が無さそうなこの地球の何所で物資を調達するかと言えば、この辺り一帯に墜落している連邦軍か同盟軍の船の残骸から失敬するハラだ。墜落の際で殆どが損壊しているはずだが、幾つかは残っている。

 マリのVF-1Sを先頭にしながら人気の無い、軍の前線基地も無い場所に降下艇は着陸する。彼女のバルキリーも、バトロイド形態になってから雪原の大地に両足を着け、ガンポッドを周囲に向けて警戒を行う。

 着陸した降下艇からは、この地球の時代からすれば三十年近くは古い小火器を持って白い防寒着を纏った捜索隊が開いたハッチから一斉に飛び出し、同じく周囲警戒を行った。

 

「レーダーに反応なし。BETAの反応もありません」

 

『外も異常は無し』

 

「よし、ジム・コマンド、降ろせ!」

 

 ユウキからの二度目の知らせで周囲に異常がない事が分かれば、ジークリンデは降下艇よりジム・コマンドを降ろした。

 降下艇の付近に拠点を構えれば、ルリとその仲間たちが居るとされる一帯の地図を出し、何所を調査すべきか考える。

 

「確か、この辺り?」

 

「えぇ、ここのはず。でも、この地球のポーランドはおかしい。あんまり寒くないし、東の方に木々が無い上に更地ばかり…」

 

「あぁ、確かに。あの化け物の死骸も幾つか見える」

 

 出された地図に、マリがルリの居る地区を指差す中、彼女は東の方を向いて呟いた。

 たしかにおかしい。西には草木が遠くからでも見えるが、東には草木一本も無く、戦術機と呼ばれる人型兵器の残骸とBETAの死体だけだ。それを見た一同は不安を覚える。

 双眼鏡を持っているスカイラーと言う女性が、遠くの方で連邦軍か同盟軍のどちらかの機動兵器を見付けた。

 ちなみに、マリ達が着陸した場所はポーランド南部のシロンスク地方。民主化後の現在はドルヌィ・シロンスク県と呼ばれている。県都はヴロツワフ。

 

「確か、連邦がバイザーで、同盟が一つ目よね?」

 

「そうね。どちらかの勢力かは、それで見分けがつく。貸してみて」

 

 スカイラーは機動兵器の違いがどうも分からないらしいので、ちゃんと見分けがついているジークリンデが代わりに双眼鏡を持って確認すれば、同盟軍のジン・オーカーであると分かった。

 付近に同盟軍が居ることは、この降下艇を狙って来る可能性がある。

 

「同盟軍のMS、ジン・オーカー。他にATもゾイドも居る」

 

「なら、先に仕掛ける可能性があるわね。でも、私たちの殆どはか弱い女性ばかり。歓迎じゃ駄目かしら?」

 

「いや、殺す。私が一人でいって来る」

 

 攻めて来る可能性があるなら、こちらから仕掛ける必要があると口にするスカイラーであるが、ここに居る面子を見てそれは無理と判断して迎撃した方が良いと提案する。

 だが、マリは自分一人で仕掛けると言い始める。

 

「でも、派手にしちゃうと向こうに気付かれるわよ?」

 

「大丈夫よ。一人で幾つも潰したことあるから。バルキリーは使う必要ないし」

 

「へぇ、ベッド以外に強そうに見えないのに」

 

「ヴァセレートなら大丈夫ね。でも、出来るだけ静かにやって。現地といざこざは起こしたくないわ」

 

 スカイラーはまだマリの恐ろしさを知らないらしい。交戦して強さを知っているジークリンデは、出来るだけ静かにやるように告げた。

 これにマリは頷いて承諾すれば、同盟軍の野営地がある方向へMP5SD6を持って進んだ。背中にはこの地のポーランドの軍隊がかつて装備していた小銃であるWz29が背負われている。

 Wz29小銃の見た目はドイツのkar98系統の小銃と似ている。理由は第一次世界大戦終戦後に、ポーランドを占領していた各国の置き土産であるが、どれも同じ実包を使わないので比較的性能が良いので、ポーランド軍はこの小銃を正式採用に決めた。

 大戦時にドイツ軍に負けてポーランドが地図から消えて以降も、国内の抵抗者達の手に渡り、大戦終結後には自動小銃に取り換えられて正式から外される。

 マリがこの小銃を選んだ理由については単にこの土地だからであるが、小銃に使う弾丸はもう生産されていないし、しかも必要な狙撃スコープも消音器もついていない。

 消音器があるとすれば、先のMP5と腰のホルスターに収めてある自動拳銃くらいだ。

 

「カリサもついてきていいですか? 物資調達のついでに」

 

「良いわよ。大人しくしてれば」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと消音器付きの短機関銃を持ってますから」

 

 そんな大丈夫かと思う装備をしているマリに、物資調達がしたいカリサがついて行きたいと言えば、彼女はあっさりと了承した。

 カリサは隠密行動のために備えており、マリと同じMP5SD6を持っている。古い小銃は装備していない。持っているとすれば、WWⅡや冷戦初期の米軍装備が混在しているイーディ分隊とレンプランド三姉妹くらいで、後はこの時代に合わせた装備をしている。

 

「良い。なるべく交戦しない事」

 

「分かってるわよ」

 

 再度ジークリンデより釘を刺されれば、マリはカリサと共に同盟軍の野営地がある方向へと進んだ。

 雪原地帯を歩く中、遠くの方から爆発音と耳をつんざくような砲声が鳴り響いた。少女のような外見を持つカリサは驚く物だが、何故か彼女は怖がりもしなければ声も上げない。慣れている様子だ。

 

「近くで戦闘が行われているようですね。あのBETAに向けて撃ってるんでしょうか?」

 

「さぁ、そんなこと私は知らないわ。それより向こうに何か見える」

 

 BETAに向けてポーランド軍が迎撃しているか、連邦か同盟がここで争ってるかはマリに取ってはどうでも良かった。

 カリサの問いに答えることなく、マリは同盟軍の先発隊を発見した。

 編成はATのフロッガー二機にホバートラック三台、銃に一人編成の歩兵二個分隊だ。つまり敵である。

 敵部隊は周囲に見張りを立て、五人くらいが何故か木に縛られているポーランド兵を尋問している。その様子を二人は物陰に隠れながら覗う。マイクをそこへ向け、何を喋っているのか聴き取る。

 

『な、なぁ! 俺は脱走兵じゃない。迷子兵なんだ! 原隊に戻ろうとしたが、難民の奴らに勘違いされて縛られちまった! 何所の国の奴らか知らんが、この縄を解いてくれ! 頼むよ!』

 

『どこの国だと? お前はワイルドキャットの兵士では無いのか? それに難民に縛られただと? はっ、お前のライフルは何所なんだ?』

 

『そうだ。どうせ嘘ついてる。その証拠にライフルも拳銃もねぇじゃねぇか。これを脱走兵と呼ばずにしてどうする?』

 

『お、おい! 俺は断じて脱走兵なんかじゃないんだ! BETAのブサイク共に撃ち尽くしちまったんだ! 本当だよ! ポーチの弾倉は一つも無い!』

 

『言い訳し始めたぞ、こいつ。どうする?』

 

『ここで大人しく逃がして俺たちのことを喋られたら面倒だ。殺すか』

 

『ひっ!? や、止めてくれ! 同じ人間じゃないか!』

 

『けっ、ワイルドキャットめ。俺たちを散々遊び半分で殺しやがったくせに、いざ殺され掛けると命乞いか…!』

 

 末端の兵士では余り良い情報が聞けないと判断してか、同盟軍のヘルガスト兵とバララント兵たちは彼を殺すようだ。

 彼らにはどうでも良くても、マリ達からは何か有益な情報が聞き出せるかもしれないので、助けるつもりにする。

 幸い、砲声と爆発が喧しく、銃声がその音で掻き消されそうだ。直ぐにマリは小銃を取り出し、拳銃を縛られた兵士に向けている赤いガスマスクのヘルガスト兵の頭に照準を定めた。

 爆発音か砲声が響いた瞬間に引き金を引けば、銃声はそれらの轟音に掻き消され、放たれた7.92mm口径のライフル弾は標的の頭部のヘルメットを貫通し、脳を破壊して向こう側まで貫通して標的の生命を絶った。

 

『っ! なんだ!?』

 

 轟音と共に味方が目の前でいきなり死んだので、他の兵士たちは警戒態勢を取ったが、轟音が響き渡る限り彼女は次なる標的にボルトで空薬莢を排出しながら狙いを定め、ボルトを押し込んで新しい薬莢を薬室に装填、再び引き金を引いて二人目を始末する。

 続けざまに気付いた三人目を仕留めれば、仲間に火を付けて貰って煙草を吸おうとするバララント兵に標的を定め、轟音が鳴ったと同時に引き金を引き、煙草を吸おうとした敵兵を仕留めた。

 煙草を吸おうとしていた仲間が射殺されたことで、ライターを持っていた敵兵は逃げようとしたが、彼女は逃すことなく背中に銃弾を撃ち込んで射殺した。

 

「す、凄い…!」

 

 隣でその芸当を見ていたカリサは、驚きの声を上げる他なかった。自分の知る限り、こんな芸当が出来る狙撃手は数えるくらいしか知らない。

 そんな彼女を他所にマリはポーチからクリップを取り出し、新しい五発を装填してボルトを押し込んで初弾を薬室へと送る。

 

『な、なんだこりゃあ!? 死んでるぞ!』

 

『警戒態勢を取れ! 敵が居…』

 

 他の兵士が気付いて指示を飛ばす分隊長を見付ければ、一番階級の高い標的に照準を絞り、音が鳴ったと同時に発射。狙いは逸れて首に当たったが、それでも標的への効果は十分である。

 

『なんなんだ!? 畜生!』

 

 分隊長がやられたことで敵兵達は混乱し、周囲に向けて乱射し始めた。ATもまた狙撃手が潜みそうな場所へ向け、闇雲に主兵装を撃ちまくる。兵員輸送車であるホバートラックの機銃手も同様に撃ちまくっていた。

 こちらにも弾が飛んでくるので、マリ達は身を屈んで匍匐前進を行い、次なる狙撃ポイントに着く。

 そこからホバートラックの機銃手を狙撃し、更に敵を混乱させる。

 

「軽機関銃とか持ってる?」

 

「無いです」

 

「これ使って援護して」

 

 カリサに機関銃の類を持っていないか問うが、小柄な彼女が持っているはずが無いので、マリは何所からともなくポーランド軍仕様のブローニングM1918軽機関銃を渡し、消音器付きのMP5SD6のセレクターを単発にして敵兵等の排除に向かった。

 全員の位置は既に魔法の目で把握しているので、先に目に入った敵兵の頭へ向け、9mmパラベラム弾を撃ち込んで無力化した。

 ドイツで開発された短機関銃であるMP5はライフル以上の精度を誇っており、連発でもある程度は狙った個所に銃弾が集中する。単発で中距離以内なら必ず当たる。それに最初から消音器が着いているモデルであり、さほど音が鳴らない。敵兵達は次々と敵に気付かぬまま死んでいく。

 

「あっ! あいつ…」

 

 気付いた敵兵は直ぐに手にしているライフルを撃とうとしたが、カリサが撃った軽機関銃の掃射を受けて倒れた。

 

『そこに居たか!』

 

 銃声が全員に聞こえるぐらいに響いたので、気付いた二機のATはカリサの方へ右肩のミサイルを撃ち込もうとした。

 だが、ATの存在を忘れて飛び出したマリでは無い。右手に突っ込んだ使い捨ての対戦車無反動砲であるパンツァーファウストを一本取り出し、素早く安全装置を外して狙いを定め、背中を向けたファッティーに向けて放った。

 火器を搭載している背中を撃ったことでファッティーは大爆発を起こし、それに気付いた同型機はマリの方へ視線を向けたが、既に彼女が自分の剣を取り出して近付いた後であり、そのまま一刀両断された。

 

「ひぃぃぃ! ほ、本部! 増援を! 増援…」

 

 残った敵兵等は撤退するか、本部から増援を呼び出そうとしていたが、マリは彼らを逃すことなく彼らを短機関銃で射殺するか、左手に持った剣で全て斬り捨てた。兵員輸送車も同様にすべて破壊し、二個分隊の敵先遣隊を全滅させる。

 掛かった時間は三分余り。このマリの圧倒的な強さに、縛られていたポーランド兵とカリサは恐怖を覚える。

 

「あ、あんた…悪魔か何かか…!?」

 

「この娘、何所?」

 

「そ、その前に…縄を解いてください…」

 

 縛られていた兵士は怯えつつ、マリに何者かを問うが、彼女は聞き入れずにルリの写真を取り出し、何所に居るのかを問う。

 その問いに兵士はまずは縄を解いてくれるように頼めば、彼女は左手に持っている剣で縄を切り裂き、彼を解放した。

 解放された兵士は、ルリの事は分からないが、ヴロツワフでBETAに包囲されている自軍が保護している難民の集団か、ポーランドから脱出しようとする難民の集団が居るグダニスク東部のどちらかであると答える。

 

「あ、ありがとう。その子のことは全く知らんが、おそらくBETAに包囲されたヴロツワフ方か、俺の原隊が合流しようとしているグダニスクの脱出部隊の一団に居るはずだ。助けて貰ったのに、こんな情報くらいしか出せなくて済まない」

 

 助けて貰ったのに、余り有益な情報を出せなかったことを謝罪する兵士であったが、マリは終始無言であった。

 立ち去ろうとするマリであるが、物資調達をしようとするカリサは、助けた兵士に物資がありそうな場所を問う。

 

「あの、物資とかそう言うのがある場所は何所ですか?」

 

「物資だって? 精確な位置は分からんが、撤退の際に大分放棄しちまったからな。今ごろは、BETAにペシャンコにされているだろう。だが、宇宙から様々な宇宙船が墜落して来た。BETAに襲われているだろうが、包囲されているヴロツワフの個所やこの近くに墜落したのもある。探せば、なんかあるだろうさ」

 

「ありがとうございます!」

 

 おおよその位置を答えた兵士の情報をもとに、カリサは礼を言ってから持って来た地図に投棄物資がありそうな場所や、連邦か同盟の艦艇の墜落位置を描き込んだ。

 

「んじゃ、お前らも無事でな。それとヴロツワフは諦めた方が良いかもしれんぞ! お偉い方は救出作戦を考えているようだが、スターリングラードの二の舞になりかねん。成功すれば、良いと思うがな!」

 

 何も無いと分かれば、兵士はヴロツワフを諦めるように言ってから自分の原隊が居るとされるグダニスク方面へと去って行った。

 物資がありそうな位置を確認したカリサは、自分だけ物資調達を行うために離れると告げ、何所へ向かうかマリに確認する。

 

「私は物資調達に出掛けますが、ヴァセレートさんはどうしますか?」

 

「ヴロツワフに行ってみようかと思う。もしあそこにルリちゃんが居るなら…」

 

「…期待はしない方が良いですよ。下手にバルキリーで突っ込めば、いざこざが起きるかもしれないし。それに対空レーザーがワンサカ居るじゃないですか。無謀ですよ?」

 

「それでも私は行くわ…! そこに可能性がある限り」

 

 彼女が敢えて危険な包囲下にあるヴロツワフに行くと答えれば、カリサは無謀過ぎると言って止める。

 だが、マリは行くつもりだ。そこにルリが居る可能性がゼロで無い限り。

 目を見て止めても無駄と判断したカリサは、諦めて予め掘り出していたバイクに乗って物資調達に向かった。

 

「はぁ、勝手にしてください。まぁ、貴方なら大丈夫かと思いますけど。精々無駄足を踏むことですよ」

 

 言いたいことを言ったカリサはバイクのエンジンを吹かせ、そのまま単独での物資調達へと向かう。

 一人残ったマリは、包囲を破るために必要なバルキリーを取って来るべく、降下艇がある場所までカリサが掘り起こしたもう一台のバイクで帰った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴロツワフ 1979年 前編

 ヴロツワフ。

 1979年当時の共産主義政権下にあったポーランド人民共和国の南東のシロンスク地方の都市の一つだ。現在はドルヌィ・シロンスク県の県都となっている。

 しかし、この地球はBETAと言う異星人の攻撃を受け、人類は目下苦戦中だ。

 ヴロツワフに逃げ込んだポーランド軍と難民らがBETAに包囲され、第二のスターリングラードの悲劇に見舞われている。

 ワルシャワ条約機構軍の主戦線まで手が届く距離にあり、ドイツ人民軍(NVA)とポーランド人民軍残余の連合部隊が救出作戦を決行中であるが、包囲しているBETAの厚い壁に阻まれ、前進が思うように進まないでいた。

 無茶な突撃で更なる出血を強いられ、いたずらに損害を出すばかりである。

 そんな彼らを、更に追い込む形で新たな脅威が迫る。

 それは、この地球に墜落した惑星同盟軍の艦隊の機動兵器部隊が、戦術機MiG-21バラライカを中心としたワルシャワ条約機構軍に襲い掛かったのだ。

 

『くそっ、何なんだこいつ等!? いきなり出て来て俺たちを!』

 

『戦術機か!? 何て不気味な!』

 

 正体不明の戦術機、ではなくMSやゾイド、ATで襲い掛かる同盟軍に、条約機構軍の戦術機を駆る衛士たちは困惑する。

 いきなり周囲のBETAを自分らより遥かに勝る科学力と装備で一掃すれば、突然こちらに攻撃を仕掛けて来たのだ。

 もっとも、同盟軍はワイルドキャット、ワルキューレと勘違いして攻撃しているからだが。ビームやレーザーを放ってくる敵機やホバー走行する陸戦兵器群に対し、条約機構軍は再び窮地に立たされる。

 

『だ、駄目だ! レーザーヤークトどころじゃねぇ! このままじゃインベーダー相手に全滅するぞ!!』

 

 情け容赦なく襲い掛かる同盟軍機に対し、NVA所属機のMiG-21は全滅すると叫ぶ中、編隊を組んで飛行する十二機の同型機が現れる。

 

『っ!? シュヴァルツェ・マルケンか!?』

 

『おいおい、相手はレーザーを撃ちまくる戦術機みたいなもんだぞ! 死ぬつもりか!?』

 

 同じ国の軍に属する者達は、編隊を組んで吶喊する彼らの事を知っていた。

 その名はドイツ人民地上軍所属第666戦術機中隊、またの名を黒の宣告者(シュヴァルツェ・マルケン)。NVAきっての戦術機部隊であり、制空権確保のため、主にレーザーヤークトを行う。

 損耗率は高く、戦術機中隊の基本である十二機編成の定数は足りない。補充があった際は定数の十二機となるが、戦闘後は八機しか残らず、激戦時には残存が二機と言う事もある。

 友軍からは救援要請に応じず、レーザーヤークトを優先するので嫌われており、選抜中隊や死神中隊と揶揄されている。

 今回は補充を受けて十二機編成であるが、果たして圧倒的な性能差を持つ同盟軍機を相手に何機が残る事か。流石に忌み嫌う味方も、同盟軍機相手では無謀だと判断してか、止めに入るがシュヴァルツェ・マルケンは敵部隊への突撃は止めない。

 

『全く、いつものレーザーヤークトだと思いきや、まさかのエイリアン共の戦術機とはな! 二十年も軍に居るわしでさえ、戦術機同士の戦闘は初めてじゃぞ!』

 

『シュヴァルツェ(ツヴァイ)、愚痴は謹んで。政治将校殿がお怒りになるわよ』

 

『シュヴァルツェ(アイン)の言う通りだ! 同志中尉! 相手が何だろうが、我が社会主義を阻む者は打ち砕くのみ! 逃げれば貴様の機を爆破するからな!!』

 

 シュヴァルツェ・マルケンの二番機の老人の衛士が同盟軍機を見て悪態を付けば、部隊長である厳つい顔立ちで大柄の女性衛士が、自分等の監視役である政治将校が怒ると告げる。

 彼女の予想通り、監視役である政治将校は二番機の老人に対して警告を行う。次に政治将校は、新兵らが乗る機に向け、逃亡すれば爆破すると老人と同様に警告する。

 

『アイリスディーナ・ベルンハルト中尉ならび補充兵三名の第三小隊! 貴様らは逃亡すればどうなるか分かっているな!? 敵前逃亡罪は即時死刑だ! 学校で何度も習っていて身に染みているようだからもう一度告げるぞ!』

 

『は、はい!』

 

「分かっています、同志政治将校殿…!」

 

 補充兵らで編成された左翼の第三小隊に向け、政治将校が警告すれば、初の実戦で手は震えている彼女らは返事をする。

 

『分かっているならよろしい! しっかりと我らのケツに張り付き、シュヴァルツェ・マルケンの戦い方を頭に叩き込め!』

 

『ヤヴォール!!』

 

『良い返事だ! 特にアイリスディーナ! 貴様は兄をシュタージなんぞに売って昇進したようだな!? シュタージに気に入られたかと言って調子に乗るなよ!』

 

 しっかりと自分等の戦い方を学ぶように告げた後、金髪碧眼で浮世離れした容姿を持つアイリスディーナと言う女性に対し、いびりを始める。どうやらシュタージの手で中尉まで昇進された彼女を疑い、妬んでいるようだ。

 着任して早々、BETAや同盟軍機のみならず、背後の心配をする羽目になったアイリスディーナは額に汗を浮かばせる。そんな彼女に対し、二番機と第二小隊の隊長がフォローを入れる。

 

『大丈夫か、フロイライン? 余り力みすぎるな。そんな状態では、死の八分間は抜け出せんぞ』

 

『爺さんの言う通りだ。余計な考えは捨て、目の前に集中するんだ』

 

 この言葉にアイリスディーナの緊張感は解け、今は目の前の敵に集中する。

 

『総員傾注! まもなく連中の射程距離に入る! 気合を入れなさい!!』

 

 敵の射程距離と思われる地帯に着けば、中隊長からの指示が入る。

 そのエリアに着けば、友軍機を攻撃しているMSのセプテムやジンが持っている実弾ライフルを撃ってくる。

 

『実弾!? 連中は実弾兵装も持っているのか!』

 

『本当に宇宙人か!?』

 

『怯むな! 潰せ!!』

 

 ビームと思いきや、実弾を撃って来たことに隊員等が驚く中、政治将校は構わず撃てと言って主兵装である突撃砲を手近な敵機へ向けて撃ちまくる。

 同盟軍機は突撃砲の砲弾を弾くほどの装甲が無く、尚且つパイロットが弾幕を躱せるほどの技量が無いため、瞬く間に中隊の標的にされた同盟軍機は一掃される。

 

『ハッ! なんだこいつ等、カカシじゃないか!』

 

『各機へ通達、敵は対したことは無い! 全力で叩き潰…ぐわっ!?』

 

 どれほどの強敵かと思いきや、身長を重ねて挑めば全くたいしたことが無かったので、油断してしまった政治将校機に、バララントのATの放ったロケット弾が命中した。

 当たったのは右腕であり、撃墜には至らなかったものの、政治将校機の損傷は戦闘不能に近いので、離脱を余儀なくされる。

 その際、自機にロケットを撃ち込んだATは、突撃砲で粉微塵となる。

 

『く、クソ! こんな奴らに! 戦闘継続困難か! 俺は応急処置の為に離脱するが、お前らは逃げるなよ!』

 

 自分が居ないからと言って敵前逃亡はするなと言ってから政治将校は離脱した。お邪魔虫が消えたところで、シュヴァルツェ・マルケンは本領を発揮し始める。

 

『さて、お邪魔虫は消えたぞ?』

 

『二番機、盗聴の可能性あり』

 

『おっと、祖国は社会主義国だったな。では、新米共、離れるなよ!』

 

 本領を発揮すると新米の多い第三小隊へ言えば、装備は勝るが練度は遥かに劣る同盟軍を相手に中隊は高速戦闘を仕掛ける。

 トサカ頭のような中隊長機は戦術機用の長刀で高出力のビーム砲を浴びせようとするザク・ウォーリアを切り裂き、二番機は爆発反応装甲付きの盾でもう一機のザクに体当たりを仕掛け、怯んで倒れたところを突撃砲の単発を撃ち込んでとどめを刺す。

 四番機の下士官、クリューガーが乗るMiG-21は敵MSのゲイツRのサーベルシールドの刺突を避け、腹に蹴りを入れてから短刀を胴体に突き刺して撃破する。

 第二小隊も同じく、ゾイドのレブラプターやイグアン、サイカーチス、レッドホーンを難なく撃破していた。

 先ほどは条約機構軍相手に奇襲で優位を持っていた同盟軍であったが、シュヴァルツェ・マルケンの出現でその優位は大幅に崩れ、グラントや低級の異星人が乗る大量生産品や小型ゾイド、ATなどの機動兵器は逃げ始める。

 

サンヘイリ(エリート)が乗るザクとグフがやられた! 逃げろォ!』

 

「はぁぁぁ!」

 

 戦意が崩れて武器を放り出して逃げる異界の機動兵器群に対し、コンバットハイに陥っているアイリスディーナを初めとした第三小隊が容赦ない追撃を掛け、次々と撃破していく。

 

『アハハハ! 隊長! こいつ等BETAよりも弱いんじゃないですか! それにほら、本当に宇宙人が乗ってますよ!』

 

 余りの興奮に狂気状態に陥っている少女の衛士は、機体の左手で敵機から抉り取ったコックピットから同盟軍のパイロットの遺体を取り出し、それを見せ日からしながら笑う。そんな彼女の機体に、大型ゾイドであるアイアンコングが持つグラビトンハンマーが迫る。

 

「っ!? 避けろ!!」

 

『えっ…?』

 

 気付いたアイリスディーナは、避けるように自分の部下に言ったが、間に合わずに彼女のMiG-21の胴体は粉々に砕けた。

 アイアンコングに乗るジラルハネイ(ブルート)は、調子づいた第三小隊に怒りを感じており、逃げる味方諸とも敵機に向けて攻撃を開始する。

 

『ふざけやがって! この人間風情が! こんな低下学力の鉄屑を相手に逃げるお前らもだ! 纏めて叩き潰してやる!!』

 

 そう怒りを露わにし、ハンマーを振り回して味方諸とも叩き潰して二機目のMiG-21を葬る。

 標的にされた少年が乗るMiG-21は戦意を喪失し、この場から無断で逃げようとする。

 

『い、嫌だ! 死にたくない!! うわぁぁぁ!!』

 

 跳躍ユニットを使って空高く逃げる少年であるが、BETAのレーザー級がまだ健在だったのか、空中を高く飛び過ぎてレーザーを撃たれて撃墜されてしまった。

 味方を含め数十機をスクラップに変えたハンマーを持つアイアンコングは、次の標的を振るえているアイリスディーナ機に向ける。

 

「あ、あぁ…い、いや…!」

 

『何してる!? 早く逃げろ! 潰されるぞ!!』

 

 一瞬で三人の部下を失い、今度は自分が殺されると分かったアイリスディーナはただ震えて失禁し、こちらに迫るアイアンコングを見て泣きじゃくっていた。

 そんな彼女の機に向け、気付いた第二小隊長が無線機で逃げるように告げるが、今の彼女には聞こえていない。

 代わりに第二小隊の僚機がアイアンコングに向け、突撃砲や滑走砲を撃って気を自分に引かせる。

 

『このゴリラ野郎! こっちだ! ぶっ殺してやるぜ!』

 

『お前が先に死にたいようだな! お望み通り叩き潰してやる!!』

 

 ワザと注目を集めるために、拡声器を使ってまで言えば、ブルートはそちらに向かった。

 来たところで二番機か三番機は何発も撃ち込むが、アイアンコングの装甲を貫通することは出来ない。

 気を引いた僚機はアイアンコングのハンマーを飛んで回避し、頭に向けて撃とうとしたが、照準を定める前に左手に掴まれてしまう。

 

『く、クソッ! 離しやがれ! クソッタレめ!!』

 

『何やってる!? 早く助けろ!!』

 

 暴れて引き離そうとする僚機であるが、アイアンコングの左手はゴリラの何十倍以上の腕力だ。徐々に胴体が拉げて行く。

 他の中隊機は助けようとするも、多数の同盟軍機のみならず、更にはBETAが反撃してきたので、助けられない。唯一助けられるのは、アイリスディーナ機のみだ。

 そんな彼女は震えて動くことが出来ない。その彼女のMiG-21に手負いのギラ・ドーガが襲い掛かる。

 

「っ!?」

 

 警告音と共に気付いた彼女は、咄嗟に操縦桿を動かして振るわれたビームアックスを回避した。

 二撃目を振るおうと、ギラ・ドーガが近付いてきたが、直ぐにアイリスディーナは突撃砲の照準を向かって来る敵機に向けて何十発も撃ち込む。対BETA用の弾頭である突撃砲の砲弾は、ギラ・ドーガの装甲を容易く貫き、一瞬にして細切れにした。

 

『ぐわぁぁぁ! こんな所でェ!!』

 

『ハンス! くそっ、ハンスが潰されちまった!!』

 

 アイアンコングに掴まれている僚機は、先のギラ・ドーガに襲われている間に握り潰されてしまったようだ。

 無線機から彼の悲鳴が聞こえた後、同期か仲間なのか、彼の名を叫ぶ衛士の声が響いてくる。

 助けられなかったアイリスディーナは彼の仇を討つべく、握り潰した戦術機を握りながら、自分に標的を向けたアイアンコングに立ち向かう勇気を出す。

 あの重装甲をどうやって打ち破るかを考える中、コックピットブロックを潰されてまだ握られている戦術機を見て思い付いた。

 直ぐにそれを実行し、アイアンコングが持っている戦術機に向けて突撃砲を数発ほど撃ち込む。放たれた弾は突撃砲の予備弾倉に命中したのか、大爆発を起こし、アイアンコングの左手は吹き飛んだ。

 ゴリラ型の大型ゾイドが悲鳴を上げる中、彼女はこの隙を逃さず、猿人類の弱点である頭部へ向け、滑走砲を撃ち込んだ。突撃級の正面を打ち破るための徹甲弾を諸に受けたアイアンコングの頭部は吹き飛び、頭部を失ったゴリラ型の大型ゾイドは血塗れの雪原の上に倒れ込む。

 

『ハハハ! やったぞ! コネの新米がゴリラを倒しおった!』

 

『喜ぶのはまだ早い! 次はBETAが来る!』

 

 アイリスディーナがアイアンコングを撃破して二番機の老人衛士が喜ぶ中、中隊長は反撃に出たBETAを撃ちながら気を抜かぬように檄を飛ばす。だが、本隊のNVAとポーランド人民軍の連合軍の損害が大きかったのか、先に離脱した政治将校から本隊が後退したとの知らせが入る。

 

『第666中隊各機に通達! 総司令部から後退命令だ!! 先の訳の分からん一つ目の戦術機や機械恐竜共、チビデブ戦術機の所為で本隊に損害が出ている。更にブサイクなBETAのクソッタレ共の登場で今の状況では前進が不可能となった! 本隊は五km後退して再編する! 我が隊は殿を頼まれた! 我が軍の第34戦術機大隊と共に後衛に徹しろ!』

 

 後退命令では無く、殿を務めろとの命令であった。

 これに違反したくなったが、社会主義国家の軍隊での上官からの命令は絶対だ。

 

『こちら666中隊、了解! 友軍部隊と合流して殿を務める』

 

『すまんな! 私も他の健在の隊と交代して貰うように上に掛け合ってみる! それまで生きてろよ!』

 

 否応なく中隊長が受け入れれば、全員が軍学校や訓練の過程で学んだ命令を実行した。

 

 

 

 ワルシャワ条約機構軍によるヴロツワフの友軍救出作戦が難航する中、マリはバイクで降下艇とは違う方向へ向けて走っていた。

 BETAの包囲下にあるヴロツワフへVF-1Sバルキリーで直行しようとしたマリであったが、案の定、そうすると予想していたジグムントが既に手を打っており、後から増援として送り込んだコムサイ級降下艇に乗っていたローラ・ギブソンをバルキリーへ乗せて防止した

 これにマリは怒りを覚えたが、怒っても仕方ないので、足を確保するべくバイクで雪原の中を再び走り出す。

 

「確かこの近くに…」

 

 バイクを走らせつつマリは周囲を見渡し、この付近に墜落した連邦軍の艦艇、サラミス改級軽巡洋艦の残骸を探す。降下艇に戻る途中、墜落した連邦軍に長年にも渡って使い古された軍艦を発見したのだ。

 ジェガンかヘビーガン、運が良ければシャベリンかウィンダムを搭載している筈なので、それに乗ってヴロツワフへ行けばよいとマリは考えている。

 近くへ行けば双眼鏡を取り出し、生きている乗員が居ないかどうか確認する。

 

「よし、誰も居ない」

 

 墜落の衝撃で乗員全員が死んだと確認が取れれば、バイクを走らせてサラミス改級に近付き、機動兵器を収納する格納庫が無事であるかどうか確かめる。

 幸い、格納庫は無事であったが、追跡戦の時に全機が出撃した可能性がある。それに所属マークが描かれている場所を見れば、コロニー連合(UCA)所属艦であることが分かった。

 つまり、UCAの軍備拡大の余波でレンドリースされた艦である可能性が高く、搭載している機動兵器もガタ落ち認定されたジェガンタイプである可能性が高い。だが、この世界ではジェガンは高性能な機体であることには変わりないので、外壁を潰して中を覗いてみた。

 

「ちっ、外れね」

 

 このUCA所属のサラミス改級が搭載していた機動兵器は、攻撃の際に大量投入されるストライクダガーのみであった。

 しかも墜落の衝撃で出撃した機を除いて全てがバラバラになっており、乗員共々無残な死体になっている。

 諦めてサラミスの艦橋の上を登り、他に墜落している連邦軍の艦艇、あるいは同盟軍の艦艇を双眼鏡で探す。真っ二つに割れたり、無残な形になったマゼラン改級戦艦やアガメムノン級宇宙戦艦、ネルソン級宇宙戦艦を眺める中、艦橋の無線機より生存者に対する集結ポイントの指示する声が聞こえて来る。

 

『…生存者に通達。ポイント5…』

 

「そこに行くのは危険ね」

 

 無線に耳を澄ませ、地図で連邦軍の集結ポイントを確認したマリは、このエリアに行かないようにするためにペンで印を付けた。

 それが終われば地図を鞄に仕舞い、サラミス改級から降り、高性能機を積んでいそうな軍艦を探す。

 雪原の中をバイクで走る中、墜落した空母を発見し、敵に気付かれない場所に止め、バイクを隠してから空母に近付いた。

 

「…まだ生きてる」

 

 物陰に隠れて様子を窺えば、墜落した宇宙空母に生存者がいたのか、周囲に見張りを立てて警戒していた。

 墜落した空母のタイプは機動力に優れた軽空母であったらしく、搭載している機動兵器の数は少ないだろうが、人型兵器の搭載仕様に改装された他の連邦傘下勢力の艦艇より搭載数は多いだろう。

 見張りの目を掻い潜りつつ、軽空母まで接近する。

 途中で乗員なのか警備兵の銃を持った二名の雑談がマリの耳に入った。集結ポイントについて話しているのだろうか、身を隠せるほどの破片に隠れ、会話の内容に聞いてみる。

 

「集結ポイント、確かラーカイラム級だったな。何所の所属だ?」

 

「UNSC海軍かISA海軍のだ。階級は大佐以上だな。艦長が一時間後に出発だそうだ」

 

「早く準備しねぇとな。所で、あの化け物共は何だ? この世界の原種か?」

 

「そんなの俺が知るか。硬い奴らを前面に出して、サソリかタコみてぇなのが後から続き、それから赤蜘蛛の大群だ。おまけにレーザー光線を放つ双眼鏡みてぇなのも居る。おまけに多少の知能持ちだ。早く船を直してここから出たいぜ」

 

「あぁ、俺も出たいな。墜落した直後に襲って来やがったからな。MSやPT、ATが追い払ってくれたが、またいつ襲ってくるか…」

 

「取り敢えず、脱出の算段を集結要請なんか出している奴が考えていることを祈ろう。さぁ、荷造りしようぜ」

 

 搭載機のことは分かったが、何があるか分からなかった。身を隠している場所から出て、見張りの目を掻い潜りつつ艦内に忍び込む。

 艦内の通路の至る所の角に監視カメラが配置されていたが、そのどれもが機能していなかった。

 代わりに荷物を背負った乗員が見えたが、何処かに身を隠せば艦内に侵入者が居るとも知らずに外へ出て行く。身支度をする乗員の視線を避けながら通路を進み、軽空母の見取り図を見付ければ、格納庫まで向かう。

 

「さて、どれを選ぼう?」

 

 格納庫まで辿り着けば、最終整備が行われているMSやPTを見てどれにするか迷う。

 一番手前にあるのはウィンダム、背中にいつも見るジェットストライカーがあれば良いのだが、所属は宇宙軍なのでどれも付いてない。

 中央はシャベリン。地球上でも飛べる機体だが、空中戦には適してないので、レーザー級にでも狙われたら一溜りもないだろう。

 右手には量産型ヒュッケバインMkⅡが並べられている。空中戦も可能なので、選ぶならあれだ。整備兵等が離れて別の機体へ移ったのを確認すれば、直ぐにマリは整備が済んだ機に忍び足で近付き、コックピットがある胴体まで一気に飛ぶ。

 

「んっ? 何の音だ?」

 

 流石に飛んだ音で気付かれ、一人の整備兵が近付こうとした瞬間に、マリはドライバーを投げナイフのようにその警備兵に向けて投げた。

 ドライバーが喉元に突き刺さった整備兵は悶え苦しみながら息絶え、音を立てて倒れ込む。

 

『なんだ!?』

 

『どうした!?』

 

 大きな音を聴き付け、他の警備兵らが集まり、彼が死んだことに驚きの声を上げる。

 

『なんでドライバーが喉元に!? 早く衛生兵を!!』

 

『畜生、今度は何だ!?』

 

『化け物の次は侵入者かよ!』

 

 格納庫に居る全員の視線がドライバーを喉に突き刺された整備兵に集まる中、マリはコックピットのハッチをハッキングして開き、乗り込んで起動させる。

 交代要員が乗り込んで良いように、起動の際のパスワードは外されており、容易に作動させることに成功した。

 量産型ヒュッケバインMkⅡを盗んだマリは、直ぐに動かしてヴロツワフへ向かおうとする。

 

『なんで起動している!? おい、誰も発進命令も許可も出してないぞ!』

 

 整備兵等が怪我人を抱えて一斉に逃げ出す中、無線機より管制官の静止の声が響いてくる。

 無論、マリは止まれと言われて止まる女では無い。管制官の声を無視しつつ、格納庫のハッチを主兵装であるフォトン・ライフルで吹き飛ばして飛び出た。

 

『クソッ、奴は侵入者だ! 撃ち落としてしまえ!!』

 

 離れたところで管制官は取り戻せないと判断してか、追撃の同じ三機の量産型ヒュッケバインMkⅡに撃墜命令を出した。

 撃墜命令が出た途端に、マリの乗っている同型機に向けてフォトン・ライフルが放たれる。

 無論、警報音が鳴る前にマリは操縦桿を動かし、飛んでくるエネルギー体の弾を軽やかに避けつつ、ヴロツワフへと向かう。

 

『畜生、ケツに目ん玉でも付いてんのか!?』

 

『なんで当たらないんだ!』

 

「それはあんた等が下手くそだからでしょうが」

 

 攻撃が当たらないことに、無線機から追撃機のパイロット達が苛立ちの声を上げる中、マリは煽るようなことを告げる。

 相手は更にムキになってか、グレネードランチャーやミサイルまで撃って来た。

 この攻撃もまた、マリには見え見えであったのか、あっさりと避けられてしまう。

 

「目前に巨大生物。BETAとか言うブサイクな怪物ね」

 

 追撃機の攻撃を避けながらヴロツワフへ向かう中、その都市を包囲しているBETAともう直ぐ会敵する距離まで近付いた。

 強引に突破する為、高度を下げてレーザー級からの対空攻撃を避けつつ、手にしているライフルを突っ込んで来る突撃級や要撃級に向けて放つ。

 フォトン・ライフルは突撃砲の弾頭とは比較にならない程の威力だ。一撃で突撃級の硬い頭部の甲羅をベニヤ板のように貫き、デカい死体へと変えた。

 数秒も経たないうちにマリ機の進路上に居た突撃級は死体に変わり、要撃級も突撃級と同じ末路を辿る。

 更に後方には赤蜘蛛こと戦車級がうようよ居たが、あっさりと蹴られるか、機の左手に握られたフォトン・ソードで切り裂かれる。頭部バルカン砲の掃射でも一掃される。

 レーザー級も同様に切り裂かれ、あっと言う間に包囲網は食い破られた。

 これほどマリが量産型ヒュッケバインMkⅡの性能をフルに生かし、短時間で包囲網に穴を開けたのに対し、元の持ち主で三機の同型機の追撃機と言えば、レーザー級のレーザー光線を受けて一機が撃墜され、二機目は突撃級の突進を受けて中破、地面に倒れたところを踏み潰されていた。

 

『うわぁぁぁ! た、助けてくれぇぇぇ!!』

 

 三機目はレーザーと突進を避けたが、無数の戦車級に取り付かれ、コックピットまで侵入されて八つ裂きにされようとしていた。

 映像には映らなかったが、その惨状を想像させるような金切り声の悲鳴がマリ機の無線機より聞こえて来る。銃声も聞こえているが、おそらくもう助からないだろう。

 

『い、嫌だぁ! 止めろぉ! 来るなぁ! う、うわぁぁぁ! アァァァ! 痛い! 痛いぃ! あっ、アァァァァ!!』

 

 肉や骨を引き千切るような音も聞こえ、断末魔の叫びすら聞こえて来る。

 常人であれば、恐ろしくてぞっとする物であるが、今のマリは一切の関心が無く、ただヴロツワフへと行くことだけを考えている。追撃して来た兵士の断末魔の叫びなど、彼女にとってはただの雑音でしかない。

 ヴロツワフまで後数kmと言った所で、向こう側にも連邦軍の生存者がいたのか、ヘビーガン三機とGキャノン二機、ダガーL三機の混成部隊がこちらに接触しようと近付いて来た。

 

『おーい、お前! まさかあの包囲を突破して来たのか!?』

 

 無線機よりマリがこの機を盗んだことを知らないパイロットが問うてきたが、マリは全く耳を貸さない。

 

『おい、聞いてんのか!? 何かおかしいぞ!』

 

『PT、応答しろ! 聞こえてるのか!?』

 

『止まれ! 止まらんと撃つぞ!』

 

『撃った方が良さそうだな』

 

 全く話を聞かないマリに対し、連邦軍機は発砲しようと手にしているライフルを向けた。

 警告射撃のつもりだが、マリは撃たれる前に自機に照準を向けた連邦軍機を先に撃って撃墜した。当然、敵と判断されて攻撃を受ける。

 

『野郎! 撃ちやがったな!!』

 

『殺してやる!!』

 

 Gキャノンが両肩の二門のガトリング砲を撃ち込めば、ヘビーガンやダガーLもビームを発砲して来る。

 雨あられの弾幕が迫る中、マリはそれらを全て避け切り、更に避けながら反撃を行い、ダガーL一機を撃破した。

 

『な、なんだこいつは!?』

 

『あんな動き、一体奴は!?』

 

 こちらが反撃も隙も与えない程の弾幕を浴びせていると言うのに、マリはその全てを避けながら反撃してくる。

 自分らでは到底できないような芸当を平然とやってのけるマリの技量の高さに彼らが畏怖する中、包囲網を築いていたBETAが崩されたことに腹でも立てたのか、攻勢を仕掛けて来た。

 

『くそっ、化け物共が!』

 

『どうする!?』

 

『戦うしかないのだろう!』

 

『あいつはどうする!?』

 

『ほっとけ! 化け物の始末が先だ!』

 

 BETAの攻撃に対し連邦軍の将兵らは戦うしかないと判断し、マリを放置してBETAと交戦を始めた。

 増援のジェガンJ型やウィンダム、量産型ヒュッケバインMkⅡが来るも、マリの機には攻撃を仕掛けて来なかった。連邦軍の注意がBETAに向いたので、マリはこの隙にヴロツワフを目指す。

 

「後もう少し…」

 

 レーダーを見てポーランド人民軍の防衛線に接触したと分かれば、マリはもう直ぐだと判断したが、所属不明機であるこの機をポーランド軍が通してくれるはずが無かった。

 スクランブルのMiG-21三機がマリの量産型ヒュッケバインMkⅡを突撃砲の照準で捉え、直ぐに発砲を開始した。

 強引に突破しようとマリは上昇したが、向こうの衛士は連邦のパイロットとは違い、予想進路へ向けて弾幕を張る。それも連携しての物である。

 

「えっ!? ガス欠!? ここまで来て!」

 

 推進剤のことを考えずに使い切ってしまったのか、量産型ヒュッケバインMkⅡは地面へと落下していく。

 三機の戦術機は、落下していく正体不明機に対し容赦なく弾丸を浴びせ、完全に撃墜しようとする。

 

「もう少しなのに…!」

 

 撃墜される寸前で、マリはサバイバルキットを持ち出してからコックピットのハッチを蹴って開け、外に飛び出した。

 彼女が捨てた機は戦術機の集中砲火を受けて爆散する。気付かないうちに連邦の追撃機が居たようだが、戦術機に呆気なく二機ほどが撃破され、残る機は逃げて行った。

 飛び出したマリは、落下傘も付けずに飛び出したがために強く地面に叩き付けられ、全身の骨が折れて息絶えた。だが、彼女は不老不死だ。暫くすれば、何事も無かったように復活する。

 折れた全身の骨が元通りになるまで雪原の上を横たわりながら待つ中、自分を撃墜した三機の戦術機は近くに止まり、三名の銃を持った衛士が降りて来る。

 

「(へぇ、ここでもあんなの着るんだ。戦術機に乗らなくて良かった)」

 

 降りてこっちに近付いてくる長い銀髪の女性衛士の強化装備を動いている眼球で見て、マリは戦術機に乗らなくて良かったと心の中で思う。

 身体のラインが浮き出ており、下着の類は着けていないように見えるので、マリは戦術機に乗る事も強化装備を着る事をかなり嫌がっている。

 理由は強化装備を身に付けないと、戦術機を操縦できないからだ。マリも一度くらいはあの強化装備を身に付けて戦術機に乗った経験があるが、強化装備は羞恥心で恥ずかしくなった。更にあれを着る同性は、露出狂と言う偏見も抱くようになる。

 近付いてくる女性衛士に対し、マリは死んだフリをしてやり過ごす。案の定、彼女はマリが生きていることも気付かず、近くに落ちてあるサバイバルキットに近付き、ナイフを使って開いて中の物を物色し始める。

 

「…食べ物だ!」

 

 乾パン類の非常食を見付ければ、直ぐにそれに頬張り始める。

 その顔色は悪く、包囲下で長らく真面な食事を食べていない様子だ。マシな食事にありつけた彼女は、あっと言う間に三日ほどはあるはずの乾パンを食べつくした。更には栄養剤が入った水にまで手を出し、それを飲み干す。

 

「はぁ…乾パンだけど、久しぶりに真面なのを食べた気がする。こいつも何か持ってないかな?」

 

 水を飲みながら彼女は、まだ息のあるマリに近付いて物色し始める。

 直ぐにでも動こうとするが、まだ全身の骨は戻り切っていない。マリがこんな状態でも生きていることに気付かない女性衛士は、白い冬季装備をナイフで切り裂きながら中に食料が無いかどうか探る。

 

「(こいつ…私が動けないことを良い事に…!)」

 

 見知らぬ女に許しもしてないのに触られているマリは、動けるようになったらどうしてやろうか考えたが、探っている彼女はレーションを入れている鞄を見付け、その中身を取り出して口に含みながら、もっと他にないかまだ物色して来る。

 この間に一分間、マリは携帯していたレーションの殆どを彼女に食い尽くされ、更には温かい珈琲まで飲みつくされた。

 直ぐに食べられない缶詰を持っていた鞄ごと奪われる中、女性衛士は他にもないかと物色し、見付けたチョコレートにキャンディまで奪い取る。

 

「(えっ!? そこまで…!?)」

 

 全ての食料を奪い尽くした女性衛士であったが、もっと他にはないかと下着まで物色して来た。ブラまで切って中に何か隠してないかどうか探るが、何も無い。更にはパンツの中にも手を入れて来る。

 触られているマリは、声を上げずに顔を赤らめたが、弄っている彼女は全く気付いてない。

 もう限界だと思って動こうとするも、骨にまだ神経は通っていないようだ。

 

「これで全部…ありがと、天使さん」

 

 食べきれないものを除き、全ての食料を奪い尽くした銀髪の女性衛士は、近くに駐機させている自分の戦術機の方へ戻った。

 途中、僚機の衛士、それも同じ年頃の女性と合流し、どれくらい食料を調達したか報告し合う。

 

「シルヴィア、そっちは?」

 

「あぁ、あそこで死んでる女から缶詰を少々。チョコレートやキャンディ、煙草と粉末ジュースもあるよ。ピゴスとジュレック、スパは無いけど。イレナは?」

 

「こっちは撃墜した戦術機からサバイバルキットも。それと乗ってた奴が一週間の食料も持ち出そうとしたみたいだけど…息絶えたわ」

 

「なんなんだろうねあの戦術機。とにかく、食料を運んできてくれたことには感謝だわ。イエス様に感謝しないとね」

 

「それ、私の前で言う? 私は政治将校なのよ。まぁ、どっちでも良いけど」

 

「カーヤの方はどうかな。私のようにあんまり食べて無ければいいけど」

 

「まぁ、みんな腹を空かせてるしね。つまんでおこうかしら」

 

 軽く雑談を交わし、カーヤなる他の衛士が合流すれば、マリを含める撃墜した機より奪った飲食類を持って戦術機に乗り込み、この場を後にした。

 

「治った…」

 

 三機の戦術機が立ち去った後、マリの全身の骨は元の位置へ戻り、神経も通って完全に動けるようになった。

 立ち上がってアモポーチを全て棄て、ナイフで切り裂かれた冬季装備や戦闘服を脱ぎ捨て、魔法で80年代当時のポーランド女性の冬服を纏う。ポーランドの主食のパンであるフレブや牛乳が入った鞄まで魔法で出して肩に掛ければ、目と鼻の先にあるヴロツワフへと歩いて向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴロツワフ 1979年 後編

「やっと着いた」

 

 ルリとその仲間が居ると言う確率が低いにも関わらず、ようやくヴロツワフへ着いたマリは、現地の女性に化けて街の中へと入ろうとした。

 入ろうとした瞬間に、周囲を見張っていた兵士らは気付いて大声を上げる。

 

「難民か!? おーい! 生存者だぞ!!」

 

「生き残りだ!」

 

「一人か!?」

 

 BETAが居る方から人が来たので、警戒を行っていた兵士たちは大慌てであった。それもそのはず、向こうにはもう生存者なんて居ないと思っていたからだ。来れば当然のように大慌てになる。

 

「あんた一人か? 他には!?」

 

「居ない」

 

 まだ他に生存者がいるかどうかを兵士が問えば、彼女は一人だと答えてヴロツワフへと入った。

 街は宇宙から来た怪物に包囲されている所為か、活気は無く、ただ難民たちが絶望的な表情を浮かべてうつむいていた。それもそのはず、いつ脱出できるかどうか分かる状況では無いのだ。

 ルリが居そうな場所、子供が集まりそうな場所を探す中、一人の憲兵に呼び止められる。

 

「おい、あんた。見張りの連中が言ってた例の生存者だな? 随分と顔色が良さそうだが…宇宙から落っこちて来た宇宙船の食料でも食ったか?」

 

 顔色の良さで呼び止められたらしい。良く見れば、この街に居る者の殆どは余り食料の配給が良くないのか、顔色が悪い。

 

「まぁ、俺たちもその神様の贈り物にあやかって墜落して来た宇宙船の食料を食べているがな。乗っていたのは人間だが、墜落のショックで全員くたばっちまったようだが。まぁ、それが良いがな。おかげで一か月は生き残れる。でっ、人探しかな?」

 

 聞いてもいないのに街の状況を喋る憲兵は、マリが写真を持っているのを見て人探しをしていると判断した。丁度良かったので、マリはルリの写真を憲兵に見せて何所に居るか無言で問う。

 

「あんたの妹かなんかか? あんたと似て美人だね。こんな娘、一度見れば忘れられないが、残念だが今日見るのが初めてだよ。他に聞こうにも、もう子供たちは、優秀な兵隊たちと一緒に先に脱出しちまったよ。一時間前だ、ワルシャワ条約機構軍が何とか包囲網に穴を開けてな。でっ、最初は子供と優秀な将兵のみが脱出。俺たち平凡なのは、二度目の奇跡を待てだとさ」

 

 ルリのような十代前半の子供は既に、包囲下にあった優秀な将兵らと共に脱出した後であった。直ぐに追おうと思うマリであるが、取り残されていると思って最後まで憲兵の話を聞いてみる。

 

「その所為か、アルマゲドンが来たと思って残った連中は落ちて来た宇宙船からかっぱらった酒やら麻薬なんぞでドンちゃん騒ぎだ。乱交までやってる。レニングラードやスターリングラードじゃなくて、前大戦の末期戦のドイツみたいな状況になってる。自殺してるのもいる始末だ。まぁ、探しているお嬢ちゃんは取り残されている可能性があるだろうが…居ない方があんたの為だろう。それじゃあ、精々探してみるんだな。それと、憲兵以外の兵隊には近付かん事だ」

 

 状況と警告までした憲兵は、自分の任務を全うするためにこの場を去った。

 憲兵の言う通り、ヴロツワフにルリは居ないかもしれないが、確率がわずかでもある限り、マリは彼女を探そうと、包囲下の街の中を探索する。

 子供が隠れそうな場所を探すが、一行にルリの姿は見えない。

 目に見える物とすれば、酒を浴びるように飲んで騒ぐ市民や将兵、乱交する男女の姿だ。それか食料が不足していた頃か、積み上げられた老若男女の死体の山。何所へ行ってもルリの姿はおろか、子供の影も形も無かった。

 一時間も探し回る中、先の憲兵よりマリの情報を聞いた別の憲兵が近付き、もう子供は居ないことを知らせる。

 

「あんた、お嬢ちゃんを探してるんだってな。そいつは無駄だぞ。難民も含め、子供はみーんな俺たちが脱出部隊の方へ連れて行った。赤ん坊は母親ごとな。あんまりうろつかないことだ。それとあんた、徴兵されてもおかしくない年齢だな。秘密警察に見付からんうちに、民兵にでも志願しておけ。敵前逃亡罪で捕まるぞ」

 

 子供が居ないことを告げた後、憲兵は早く民兵に志願するように警告して来た。街中にはほとんど若い男女の姿は無かった。どうやらBETAに攻められた際に殆どが徴兵され、前線に向かった様子だ。マリのような若い外見の女性が歩き回っていれば、嫌でも目立つ。

 

「その無言は、行くってことだな? よし、早く行けよ。女は輪姦されるって噂だからな」

 

 ただ無言で頷けば、憲兵は巡回に忙しいのか、この場を後にした。

 とんだ無駄足だった。もうルリはここには居ない。あるいはこの世界自体に居ないのか?

 そんな考えがマリの頭の中を支配する中、耳に付けている超小型無線機よりジグムントからの無線連絡が入る。

 

『ヴァセレート、気が済んだか? この世界にルリが居るなら、その仲間たちも居るはずだ。居れば圧倒的な勇者と超人たちの力でBETAの包囲網を破り、今頃は東西の陣営に狙われている筈だ。スパイ衛星を使って米ソの動きを探ったが、その兆候は見られない。分かったなら、今すぐに降下艇に戻れ。連邦や同盟の残存部隊がそこに向かっている。もう分かっているならな』

 

 ジグムントが言いたいことだけ言えば、無線は切れた。

 どれだけ探してもヴロツワフにはルリの姿は無いので、マリは降下艇へと戻ることにした。それにこの世界に居る連邦や同盟の残存兵力の全てが、降下艇に近付いていると言っていた。襲われるのは時間の問題だろう。

 直ぐにマリは、魔法の力を使って降下艇まで移動しようとした。

 

『イヤァァァ!!』

 

 その直後に女性の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴が気になったマリは、聞こえた方へ視線を向け、誰が叫んだのか見に行こうとしたが、降下艇を守っていたジークリンデから催促の連絡が掛かって来る。

 

『こちらコウノトリ! 一個師団相当の敵兵力の接近を確認! 攻撃と思われる! 偵察員は直ちに帰投せよ! 繰り返す、一個師団相当の敵がこちらに接近中! 直ちに帰投せよ!』

 

 どうやら連邦か同盟、あるいは双方からの部隊が降下艇を奪おうと近付いてきているようだ。

 流石のマリでも大気圏突破能力は無いので、帰るために直ちに降下艇に戻ることにした。魔法の詠唱を行えば、マリの姿はヴロツワフより一瞬のうちに消えた。

 

 

 

 降下艇の天井に描かれた魔方陣の上に、魔法で転移して来たマリは着地した。

 魔法で転移に要した時間は約五分、既に連邦か同盟の攻撃が始まっていたのか、地球降下の志願者たちが押し寄せる敵歩兵に対し銃撃を行っていた。

 三機のジム・コマンドとVF-1Sバルキリーは敵機動兵器と交戦を行い、降下艇上部に搭載されている二連装機関砲も掃射されており、敵の数が多い事だと分かる。ジークリンデの姿は何所にもなかった。向こうで爆発が連鎖しているので、おそらく敵の機動兵器部隊と交戦しているのだろう。

 レーダーを見て逐一敵の位置を一機のバルキリーと三機のMS、ジークリンデにユウキと共に報告していたノエルは、帰って来たマリにこれまでの経緯を簡単に伝える。

 

「二分前から敵の攻撃は開始されました! ジークリンデさんは敵機動兵器と交戦中です! 貴方は敵の歩兵隊と交戦を!」

 

 そうマリに伝え、L85A3突撃銃と予備弾倉が入った袋を渡し、元の配置に戻った。

 英国軍の主力ライフルであるL85A3を受け取ったマリは、安全装置を外して敵歩兵が押し寄せる東方へ向かう。機動兵器を操縦できない志願者らが、手にしている銃で押し寄せる敵歩兵部隊を迎撃していた。

 コムサイ改は放棄したのか、爆破されている。その残骸から続々と敵兵が出て来て、降下艇に突撃して来る。迎撃に加わったマリは、セレクターを単発に合わせてから突っ込んで来る兵士に向けて撃ち始める。

 三発撃って三名の兵士が雪原の上に倒れた。撃ったのは連邦軍の兵士だ。服装からして宇宙軍の兵士のようで、他にもアーマーを付けた保安員も見える。総力を挙げてこの降下艇を奪いに来ているようだ。何が何でも奪いに来るだろう。

 

「もう、一体どれくらいの敵が出てきますの!?」

 

 撃っても、撃っても敵が出て来るためか、イーディは持っているM1A1トンプソン短機関銃を撃ちながら悪態を付く。

 それもそのはず、向こうからはソ連赤軍の人海戦術の如く敵兵が押し寄せて来る。残りは同盟軍の残兵たちと交戦しているのだろう。

 コムサイを使って降りて来た増援の者達は、運び出したM2ブローニング重機関銃を見渡せる場所へ設置し、押し寄せる敵兵たちに向けて撃っている。五十口径と言う強力な弾頭なために、撃たれた敵兵達は挽き肉と化している。

 

「いっぱい来てるね。何人来てるのかしら?」

 

「さぁ? とにかく、霧が無いことは確かね」

 

「はぁ、こんなことなら来るんじゃ無かった…」

 

 応戦している間、レンプランド三姉妹は地球への降下に志願したことを後悔していた。

 地上に降りれば、その内BETAと交戦するだろうと思っていたが、戦うことになったのは人間の兵士、それも大勢であった。銃を撃ちながら無謀にも突っ込んで来る敵兵士らに対し、三姉妹は遮蔽物に身を隠しつつ撃ち返す。

 

「あ、あの…もう弾が切れそうだよ! こんな数の敵と戦うなんて予想なんてしてなかったし!」

 

「もう! 男なら黙って撃ちなさい!!」

 

 これ程の数の敵と交戦することなんて想定などしてなかったのか、降下艇の弾薬はそこを尽きかけていた。

 そのことをホーマーがM1918A2 BAR軽機関銃を再装填しながら伝えれば、隣でM1919A4機関銃を撃っていたヤンは黙って戦えと答える。

 

「これ、ヤバいかも」

 

 他の者達が持つ銃の弾も切れて来たのか、拳銃で応戦する者が続出していた。

 殻の弾倉を外し、新しい満載の弾倉を銃に叩き込んでいたマリは、この状況を見て不味いと判断する。

 もう少しで降下艇に取り付かれようとした時に、マリは火の魔法を唱えて前列の敵兵等を全て焼き殺す。焼かれた敵兵等が獣のような叫び声を上げて悶え苦しむ中、マリは氷柱を発生させる魔法も唱え、近場に居る敵兵等を串刺しにする。

 

「それ、最初からやってくださいよ!」

 

「だって、距離短いもん」

 

 降下艇に取り付こうとした数十人の敵兵を魔法で一掃したマリに対し、イーディは最初から使えと言ったが、彼女は射程距離が短いと伝える。

 マリの魔法は距離が短ければ精度が増すが、離れれば落ちて行き、火力も落ちる。その為、マリは一定の距離に敵が来るまで魔法を唱えないのだ。

 魔法を唱えたマリに対し、敵兵達は臆して足を止める中、宇宙より増援が現れた。VF-31Jジークフリートに乗る三人の超人兵士の一人、ジークフリートがそれに乗って救援に駆け付けたのだ。

 

『ようやく完成したぜ! 俺と同じペットネームのバルキリーがな! さぁ、慣らし運転代わりに一掃してやるぜ!!』

 

 ようやく自分が望んでいたバルキリーの組み立てが終わり、ジークフリートはかなり興奮している様子だ。

 苛立ちながら待たされた鬱憤を晴らそうと、生身のパワーで十分な敵を含め、連邦や同盟双方の攻撃を始める。

 周囲で交戦する双方の機動兵器の性能、もといパイロットの腕では超人兵が駆るVF-31Jに敵うはずが無く、次々と撃破されていく。戦闘と機動兵器の反応を嗅ぎ付けて、BETAの集団も降下艇に接近してきたが、ジークフリートが駆るバトロイド形態のバルキリーに一掃される。

 

『おい、ジークリンデ! 主もみんなを纏めて降下艇に乗せな! 古いMSは置いてっていいんだとよ! 早くこの化け物共に侵略された地球の世界から抜け出そうぜ! 殿は俺が務める!』

 

「もう長居は無用ね! 総員、降下艇に搭乗! 機動兵器を初めとする重装備は全て放棄!」

 

 数十機の機動兵器と数十体のBETAを片付け続けるジークフリートが殿を務めると言えば、ジークリンデは全員に降下艇に乗るように指示を出す。

 彼女も向かって来る数十体を倒しながら降下艇へ向かう中、マリは最後の弾倉の弾を撃ち尽くすまで全員が降下艇に乗るまで踏ん張る。

 自分を除く全員が持ち場を放棄して降下艇に乗ったために、押し寄せてきた敵兵の距離がさらに縮まり、表情が見えるくらいまで接近される。最後の弾倉の弾が切れる頃には、敵兵は目と鼻の先まで近付かれていた。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

 一人の敵兵が手にしているモリタ式ライフルを撃とうとした瞬間に、イーディは持っているM1A1トンプソンで射殺した。

 

「お姉さま、これを使ってくださいまし!」

 

 イーディがその機関銃を渡した後、降下艇に乗り込んだ。ついでに予備弾倉はホーマーが渡してくれた。

 古い米国製軍用短機関銃を持ったマリは、強い反動を抑えながら押し寄せる敵を射殺し続ける。

 再装填の合間の援護は、レンプランド三姉妹がやってくれた。ジークリンデが来るまで敵兵を殺し続ける中、当の彼女が電流のエネルギーで群がっていた敵兵を一掃して肉塊に変え、マリ達の目の前に現れた。

 

「私が来るまで待っててくれたの? 良い主ね」

 

『早く乗ってください! 発進します!』

 

 意外なマリの一面にジークリンデが感心する中、ノエルから早く乗れと言われたので、彼女と共に降下艇へと乗った。

 離陸する降下艇に無数の敵兵が生にすがる思いで必死に取り付いていたが、乗り込めるはずが無く振るい落とされ、押し寄せて来たBETAの戦車級に乗り切れなかった者達と共に殺され始める。

 必死で抵抗する者が居るが、戦車級の数が多過ぎてその波に呑み込まれ、絶望の余り持っていた拳銃で自殺する者が続出していた。

 

『さぁて、俺もずらかるか!』

 

 降下艇の脅威となるレーザー級をミサイルなどであらかた片付けたジークフリートも、降下艇が十分な高度まで上昇すれば、機体をガウォーク形態へ変形させ、十分な高度まで達した後にファイター形態に変形させ、この地球を脱出した。

 

 

 

「で、何か収穫は?」

 

 フランケンシュタイン号に戻ったマリに、ジグムントは何かあったのかを問うた。当然、マリはこの問いに答えず、無言で自分の部屋がある居住区まで向かう。代わりにジークリンデが答えた。

 

「何も無いわ。収穫があるとすれば、カリサだけね」

 

「色々とありましたよ。まぁ、連邦や同盟とかのが殆どですけど」

 

「まぁ、重装備の類は処分するのが当たり前だが、BETAはそれを必要としないからな。後の始末は、侵略者の化け物共がしてくれるだろう」

 

 後から来たカリサが言えば、ジグムントは自分等の痕跡はBETAが消してくれると言って艦橋へ向かおうとする。その前にヤンが、ジグムントに増援を送ってくれた礼を告げに喋り掛けて来る。

 

「あ~ん、ジグムント様! この私と仲間たちの事を考えて援軍を送ってくださったのね! 感謝してるわ! 偉大な筋肉を持って頭を切れるハンサムで、もう完璧すぎるわ!」

 

「あぁ、そうだとも。ここで大事な戦力を失う訳にはいかんからな。送らなければ、我々の主に殺される」

 

「もう、嘘おっしゃい! きっと私の事を思って…」

 

 ジグムントはこのヤンにつきまとわれて鬱陶しく思っているようだ。

 ヤン・ウォーカーは同性愛者であり、筋肉質の男が好きだ。生前も筋肉質の男を愛していた。ジグムントはドストライクだったのだろう。そんな彼を振り払おうと、ジグムントはスカイラーを口説こうとするジークフリートを見て、ヤンを彼に押し付けようと嘘をつく。

 

「いや、お前の事を思っているのはジークフリードだ。一目散に駆け付けただろう? ほら、あそこ居るぞ」

 

「えっ、ジークちゃんが私を!? なら、感謝のハグをしなくちゃね! ジークちゃーん!」

 

 嘘を信じてヤンはジークフリートの方へと向かった。

 

「慣らし運転だが、VF-31のJ型は傑作機さ。複葉機しか操縦した事しか無い俺でも、説明書を読んだだけで操縦が出来た。きっと才能があるんだな。さて、俺と戦闘機講座でも…」

 

「ジークちゃーん! この私を助けに…」

 

「うげっ!? や、ヤンの野郎か! 畜生!」

 

 ヤンに迫られたジークフリートは、スカイラーを口説くのを止めて逃げた。厄介者を同胞に押し付けたジグムントは、そのまま艦橋へと向かう。

 

「さぁ、この世界からさっさっとおさらばするぞ。総員に通達、五分後にワープを行う。船外へ出ている者は直ちに戻れ。船長、ワープ先を計算して元の世界へ戻るんだ」

 

 艦橋へとついたジグムントは船外に出ている者に直ちに戻るように無線機に出告げれば、船長に元の世界へ転移するように指示を出した。指示に応じた老人の船長は計算を初め、元の世界へ転移する座標を二分遅れて掴めば、レバーに手を掛ける。

 

「あいよ。計算開始…座標は…特定。準備ができたぞ」

 

「全員船に居るな?」

 

『全員、居るぞ。外は死体だけだ』

 

「よし、ワープ開始!」

 

「ワープ開始!」

 

 全員が乗ったのを確認すれば、ジグムントは元の世界へワープするように指示を出した。これに応じ、船長はワープ航法を行うレバーを引いて船を元の世界へと転移させる。

 

「さて、勇者探しの旅はまだ続くな」

 

「俺には、彼女から勇者を遠ざけているように見えるが…」

 

「遠ざける? 一歩遅れているだけじゃないかな?」

 

 元の世界へと転移した直後、いつの間にか艦橋へ来ていたミカルが口を開けば、ジグムントは彼がマリからルリをわざと遠ざけている様に見えると告げる。

 少しその言葉に反応してか、ミカルは自分達が一歩遅れているだけだと答える。たしかにいつも一歩足りず、探している間に居場所を見付けても、また何処かへと彼女は行ってしまう。

 発信機でも付ければ、直ぐにでも居場所は分かるのだが、付ける以前にルリの姿を捕らえることが出来ずに見失った後だ。

 ルリを見付けることが出来ないのは、ミカルの所為だとジグムントは睨む。たしかに彼は優秀な情報屋であるが、どうもマリからルリを遠ざけようと、あらゆる可能性を告げ、調査を長期化させていた。

 いつも過ぎ去った場所の痕跡を探させられているマリは、ミカルを信用しなくなり、自力でルリを探そうと、単独で行動しようとする。きっと誰かの指示を受け、マリからルリを遠ざけているかもしれないと睨み、ジグムントはミカルにその件を直接告げようとした。

 

「何かどうも怪しい。頼んでも無いのに近付いたと聞いた。調査は進んだが、いつも一歩遅かった状況だ。誰に頼まれている?」

 

「人聞きが悪いな。僕は誰にも頼まれていない。ただ彼女のファンだから近付いた、助けようと思って協力している。シンプルな答えさ。それ以外に何が…なんだ!?」

 

「どうした!? 何があった!?」

 

 頭に思い浮かんだ疑問をぶつければ、ミカルは動じずに誰にも頼まれていないし、ただ助けようと思って協力していると答える。

 最後まで言おうとした瞬間に、転移中の船が何かにぶつかり、衝撃で船体が揺れた。直ぐにジグムントは船長に問い質す。

 

「いや、正常に転移している筈じゃが、この世界の二年ほど未来に行っただけじゃ。元の世界に戻れておらん!」

 

「なんだと!? この世界の1981年の地球に来たと言うのか!? 一体どうなっている…?」

 

 元の世界へ戻れず、BETAの居る地球の二年先の1981年に来ただけだと船長が答えれば、ジグムントは困惑した。

 もしかすればミカルがと思い、彼に問い質そうとするが、当のミカルはこれが出来ればとっくにやっていると答える。

 

「こんなことが出来るなら、最初からやってるさ!」

 

「それもそのはずだな。でっ、誰の仕業だ…?」

 

「悪魔か神の仕業ね」

 

「おっ!? いつの間に!?」

 

 誰の仕業か考えている最中に、艦橋へ入って来たマリが、神か悪魔の仕業だとその場にいる者達に伝える。他にもジークフリートやジークリンデ、ノエル、ユウキが入ってきている。

 船長が気付かぬ間に入って来た彼女に驚く中、マリが言ったことを証明するように、自分たちをこの世界に閉じ込めた正体が姿を現す。

 

「左様、神殺しの言う通り、君たちをこの世界へ閉じ込めたのは私だ」

 

「な、なんだこの黒目野郎は!?」

 

 突然の如く現れた古めかしい衣装をまとった黒目で黒髪の青年に対し、ジークフリートは驚きの声を上げる。驚きながらも臨戦態勢を取る一同に対し、人の姿をしたその不気味な存在は名乗り始める。

 

「私はアウトサイダー、神と悪魔の入り混じった存在だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪を退けよ

リィズ救済イベントです。


「それで、その厨二病が好きそうな存在が私に何の用?」

 

 マリの挑発を交えた問いに、アウトサイダーは何も動じることなく彼女らにやらせようとしていることを伝える。

 

「ある少女を救ってもらいたい。その少女は社会主義陣営のドイツが故郷だが、家族と共に自由主義のドイツへ亡命しようとしたが、見付かって酷く拷問を受けて人格が歪み、諜報組織に従順な戦士となった。前にその世界に来た男は救えず、義兄が義妹である少女を殺し、終止符を打った。今のお前たちならその悲劇になる前に救えるだろう」

 

 アウトサイダーの用件は、自由な作風を求め、ドイツ民主共和国、通称東ドイツからドイツ連邦共和国、通称西ドイツへ自由を求めて亡命しようとして失敗して捕まり、諜報組織に拷問される前に作家の娘である少女を救えとのことだった。

 対象を分かり易くしようと、艦橋にある操作盤や機器のモニターに、その少女の外見を映し出す。

 マリと同じように金色の長髪で青い瞳、外見はいかにも白人の顔立ちが整った愛らしい美少女だ。同性愛者であるマリの好みに十分に入る。

 だが、いきなりその美少女を助けろと言われて、承諾するマリでは無い。皮肉を込めて返す。

 

「あんたが救えば? 人にやらすよりも、直ぐに出来るじゃん」

 

「是非ともそうしようと思ったが、私には出来ない。何故なら、私にそれは許されないからだ。カオスの存在である私には時間を改変することは出来ない。だから、人にやって貰うしかない」

 

 そんな皮肉に、アウトサイダーは前と同じように何も動じることなく自分には出来ず、他人にやって貰うしかないと答える。

 

「他を当たれば? こんな娘を助けたいと思う奴なんて幾らでも居るでしょ?」

 

「あぁ、是非ともそうしよう。だが、一生をここで過ごしてもらうことになるが…」

 

「なにそれ、強制じゃない。つまりその娘を助けないと出られないって事でしょ?」

 

「左様、これがこの世界を脱する条件だ」

 

 この世界から脱出するには、その少女を救う意外の方法がないとマリが分かれば、アウトサイダーは悪気も無く答えた。

 ただ少女を助ければ良いと言う条件に、詳細を聞いていないジークフリートは簡単だと鼻で笑う。

 

「カワイコちゃんを、アカ共から助けろだって? 簡単じゃねぇか。俺たちみんなで殴り込んで映画のヒーローのように悪の組織のアジトに乗り込んでヒロインを救出よ」

 

「待て、そんなに簡単なら、パワー型の能力を持った奴で十分だ。救出条件はなんだ?」

 

 正面から全員で殴り込んで救出すると豪語するジークフリートに対し、ジグムントはアウトサイダーに条件を問う。

 

「お前の言う通り、事は穏便に遂行して貰いたい。出来れば、死者は最低限に」

 

「潜入か。シュタージの権限を持った将校に化ける必要があるな」

 

 条件を問われたアウトサイダーは、死傷者は出来るだけ少なく穏便に少女を救う事が条件であると答えた。

 たしかにジークフリートが言った計画は、大雑把でこちらの存在を知らしめる羽目になる。やや難しい条件に対し、マリは救出対象の少女の名をアウトサイダーに問う。どうやら彼の条件を呑むようだ。

 

「で、その娘の名は?」

 

「リィズ・ホーフェンシュタイン。作家ホーフェンシュタインの一人娘だ。シュタージの亡命未遂専門の収容所に捕らわれている。既に両親は拷問の末に死亡した。義兄はリンチで治療中だ」

 

「そう。それじゃあ、準備してから助けに行くわ」

 

 名前と居場所が分かれば、マリは準備してから助けに行くと答えた。

 他にもやらせようとしている事があるのではないかと睨むジグムントは、アウトサイダーに他にはないかと問う。

 

「で、他に何をやらせるつもりだ?」

 

「お前の考えの通り、やらなくても良い事もある。中東と北アフリカでBETA教団と言うカルト教団だ。驚いたことに、戦術機でない異界の機動兵器を多数有している。その類の兵器は異界を渡る武器商人から購入した模様で、軍事顧問も幾人か居る。最近では信者の身体に機械を埋め込み、訓練無しで操縦が出来るようにしている」

 

「なんとも恐ろしい奴らだ。機械はおそらく阿頼耶識の類、おそらくBETAの侵攻に合わせて欧州戦線の後方を襲い、混乱させてから陥落させるつもりだろう。機動兵器は旧式のMS、あるいはそれよりも安価なATかAS。前者なら一個師団、後者なら二個師団が編成できる数。おそらく自国の安全を守りたいアメリカが潰すだろうが」

 

 アウトサイダーの教団の戦力と保有兵器を予想すれば、ジグムントはアメリカ軍が討伐に動くと告げる。

 この世界の先進国の中で未だに健在の戦力を有するアメリカ軍が来ると分かれば、ジークフリートは自分達が出向かなくて済むと口を挟んで来る。

 

「ヤンキー共が代わりに潰してくれるなら、俺たちがわざわざ出向かなくて済むじゃねぇか。どうせ、MSと言っても一年戦争時のザクとかジムだろ? ヤンキー共のトムキャットなら制圧に時間は掛からねぇぜ」

 

 ジグムントの予想を聞いて、BETA教団の戦力を侮るジークフリートは、アメリカ軍に任せれば良いと言ったが、もしもの時があるのでジークリンデは自分らがやるべきと告げる。

 

「でも、もしもの第二世代級のMSがあったらF-14でもきついと思うわ。念のために、私たちが出なくちゃならない事態になるかも」

 

「あぁ? 連中がハイテクなメカを持てるわけが…」

 

 ジークリンデのもしもに対し、たかだかそこらの教団がハイテク機器の兵器が扱えないと考えているジークフリートは否定したが、ジグムントは最悪な結果を予想してもしもの時に対応できるようにする。

 

「忘れたか? 阿頼耶識の類があれば、第二世代級でも第三世代級、あるいはエイハブリアクター付きを操縦が可能だ。そんなのが一個師団、一個連隊もあれば戦線は潰せる。十分に対応できる戦力を持つ我々が当たらねばならん」

 

「それ、私も出なきゃダメ?」

 

「これはリィズを救ってからでも良い。同時進行でも構わない。手段はお前たちに委ねる」

 

 マリはBETA教団掃討に加わらなければならないのかと問えば、アウトサイダーはリィズを救ってからでも構わないと答えた。

 どうやらまだ訓練段階のようで、攻撃に打って出るのは大分さきの様子だ。逆にリィズの方は時間が無いので、先にそちらから片付けた方が良さそうだ。

 

「じゃあ、先にリィズちゃん助けて、それからみんなでカルト教団でも潰しましょうか」

 

「簡単に言うわね。私たちはリィズ救出には向かわないわよ」

 

「無論、俺もジークフリートも。人選は…こちらでする。どうも貴方では不安が残る」

 

「はいはい。それじゃあ、どうやって潜入するか…」

 

 先にリィズ救出を優先すれば、ジークリンデは救出作戦には加わらないと答えた。ジグムントも同様であり、人選はするから実行はマリに任せると告げる。

 強力な三人の超人兵士が参加しないと分かれば、マリはいつの間にか持っていたシュタージ関連の書物を片手に艦橋を出た。

 

 

 

 ドイツ民主共和国、東ベルリン、リヒテンベルク、国家保安省前…。

 国家の敵、あるいは社会主義の敵と断定された政治犯やスパイが収監されている収容所まで数km、何所からか用意したのか、シュタージの大尉の階級章を付けた制服を着たマリが、同じく部下の少尉の階級章を付けたカミーユ・デニスと共に当時のシュタージが使っていた連絡車に乗っていた。

 スカイラーもまたカミーユと同じ階級章を付けており、運転手を担当している。

 

「でっ、連れて行くの? それとも弁護しちゃって再教育施設まで送っちゃう?」

 

「さぁ、見てから判断する。連れて行くに値するかどうか…」

 

「行き当たりばったりじゃない」

 

「前にドイツ人の施設に潜入した時は、相手の将校を買収して作戦を立てた。結局、銃撃戦をする羽目になったが」

 

 スカイラーがマリに救出計画を問えば、彼女は見てから判断すると答える。これにスカイラーは行き当たりばったりと表し、政治主義は違うが、同じドイツの施設に潜入したことがあるカミーユは、その時は計画に行って来たと話す。

 収容所が見えたところで、スカイラーはミカルが手に入れた情報をマリに伝える。

 

「あぁ、そう言えばベアトリクスって女が率いるロボット兵器専門の大隊長が、新しい人員を求めてるそうよ。そこなら、訓練は厳しいけれど四六時中は殴られることは無いわね」

 

「うん、考えとく」

 

「書類はある。貴方は彼女の要望を聞き入れて、補充員を探しに来た人事課の大尉って所ね」

 

 もたらされた情報は再教育案であった。

 ベアトリクス・ブレーメなる女の少佐が、自分が隊長を務める戦術機大隊の拡張のため、新しい補充員を求めているそうだ。

 大隊の保有戦力は現在のところ三個中隊であり、後もう一中隊、約一ダース分の戦術機を欲している。一ダースは十二であり、つまり十二人の衛士が必要になる。

 戦術機の確保はソ連の輸入で済んでおり、人員は人民地上軍から持って来れば良いはずだが、軍上層部はシュタージの武装組織に回す衛士を一人も出さないようだ。仕方なく孤児院や収容所から使えるのを人選するしかない。

 マリはそれを依頼された人事課の大尉と言う事である。

 カミーユがそう言えば、彼女は偽造された身分証明書とマリが時間を止めて盗んだベアトリクスの命令書を渡した。それを自分のバックに入れれば、身分証明書を読み、検問所に問われた時に正確に答えられるようにする。

 

「検問所よ。ここからは英語は禁止ね。ドイツ語で行きましょ」

 

 検問所が見えれば、自分たちの標準語となっている英語を止めてドイツ語で会話を始める。

 警備兵が止まるように手で合図を出せば、スカイラーはブレーキを踏んでゆっくりとゲートの前に止まる。窓を開けて警備兵に向けて挨拶する。

 

「グーテン・アーベント」

 

「こんばんは、フロイライン方。ここに何の用ですか?」

 

 キノコ型ヘルメットを被り、MPi‐k突撃銃を持った警備兵が何をしに来たのかをにやけ面で問う。

 何をしに来たのかを問えば、ドイツ語が堪能であるカミーユが代わりに答える。

 

「人員よ。フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の戦術機大隊に入れる追加の衛士をね」

 

「衛兵連隊の戦術機大隊? あぁ、聞いてますよ。でも、新設されたばかりの武装警察の方ですよ。衛兵連隊も募集してますが、向こうは政治的に信用できる奴ですからね。まぁ、どっちもですが。命令書をお見せできます?」

 

 国民が見られる国家保安省(シュタージ)保有の衛兵連隊では無く、新設された武装警察の大隊のようだ。少し怪しんだ警備兵に対し、マリは言われた通りに身分証明書と命令書を渡す。

 

「ふむ、本物のようですね。失礼しました、大尉殿。お時間を取らせてすみません。お通りください」

 

 身分証明書と命令書を見て、スパイではないと分かれば、それらを返却してマリ達を通した。

 ゲートが開けば、そのまま収容所へと向かう。

 向こうに着く頃には連絡が行き渡っていたのか、警備兵がフェンスのゲートを開けて駐車場までの道を開く。駐車場に車を止めれば、車外に出て出迎えの将校に向けて敬礼を交わす。

 

「検問所でのご無礼をお許しください、大尉殿。一週間前に亡命未遂事件が発生したので。現在、誰が協力者なのかを、一家揃って亡命を図ろうとした逮捕者に尋問している所です」

 

 将校の階級は中尉であり、検問をしていた訳を聞いても居ないのにしてくる。

 

「養子の長男は過剰な尋問の所為で重傷。現在治療中。作家とその妻は自白剤の過剰投与で死亡…生きている娘に対してこれからアクスマン中佐が尋問する所です」

 

「作家と妻は自白剤の過剰投与? 本当は?」

 

「言い難い上に外は寒い。どうぞ中へ。暖かい部屋へご案内します」

 

「きっと野蛮なことね。あの顔を見てみなさいよ」

 

「…コミュニストめ」

 

 更に将校は続け、やや不味い事でも隠している表情を浮かべながら、亡命を図ろうとした作家の娘をこれから尋問すると告げる。

 表情から外では漏らせないことをして死なせたとスカイラーは見破れば、カミーユは母国語で怒りの言葉を小声で漏らす。詳しい事は中でと言う事なのか、将校はマリ達を温かい部屋の中へ案内した。

 

「ここでお待ちください。温かい物はココアしかありませんが…」

 

 案内されたのは待合室であり、用意されたテーブルへ上着をハンガーに掛けてから腰かければ、将校はココアを持ってくると言ってその場を立ち去った。監視の警備兵も居ないので、スカイラーとカミーユは周囲を見渡して温かい物は他にあると見抜く。

 

「これは、フランスのワインの臭い。酒盛りでもしてたのかしら?」

 

「やはりコミュニストは卑劣だ。我慢ならない。はやく済ませよう」

 

「まだココア飲んでない」

 

「はいはい、まずは飲んでからね」

 

 ワイン、それもフランスの匂いがしたので、カミーユは自国を占領したドイツと戦後国内でテロを繰り返した共産主義に自国のワインが使われたことで怒りを覚え、早く済ませようとマリに言うが、彼女はココアを飲んでないと言って動かない。

 それにスカイラーが呆れる中、ココアが入った三つのカップをトレーに載せた将校が入って来た。

 

「どうぞ、これで身体を温めてください」

 

「ありがとう。でっ、ホントは何が理由で死んだの?」

 

 テーブルに置かれたココアを、マリが手に取って一口飲んでから将校に問えば、彼は周りを気にしながら答えた。

 

「実は…貴方がたの前では申し訳難いのですが、作家の夫は過剰な尋問、いや、拷問の末に死亡。自白剤まで投与されましたが、関係の無い事を喋ってばかりで協力者の情報無し。母親は見せしめに…輪姦され、薬物まで投与されて死亡。養子の息子はリンチで重傷、後は簡単な尋問をしていた容疑者の娘を、アクスマン中佐が尋問なさるようで。自分の見解では、協力者はおらず、入念に計画された単独の亡命、あるいは行き当たりばったりかと」

 

「アウトサイダーの言った通り…」

 

 事の顛末はアウトサイダーの言った通りだった。マリが小声でつぶやく中、さらに将校は椅子に腰を下ろして自分の見解を続ける。

 

「協力者が居ないと言うのは、その当の協力者、国境警備隊の警備兵があの一家を自分の昇進の為に売ったと思うのですよ。あいつ等、少しでも屋内に入ろうと、亡命しようとする奴に近付いて協力する振りをして裏切りますからね。まぁ、新設されたばかりの武装警察が、点数稼ぎのために…おっと、これ以上は国家反逆罪だ。ご想像はお任せに」

 

 次に一週間前の作家一家亡命未遂事件は協力者などおらず、国境警備兵か新設された武装警察の点数稼ぎの可能性があると言ったが、盗聴器が仕掛けられていると知っているのか、先の事は創造上に任せると言った。

 これから数時間後にその作家の娘、リィズ・ホーエンシュタインを尋問するので、将校はもしかすれば協力者が居り、同性のマリに尋問させたら喋るかもしれないと思って尋問をやってみてはどうかと提案する。

 

「おっ、そうだ。大尉殿。アクスマン中佐が来る前に例の娘の尋問をしてみては? 我々男では警戒して話さないので、同性なら心を許して話すかもしれません。なにせ、他は短気な奴らばかりで、直ぐに殴ったり蹴ったり。薬物の投与もする奴も居る始末。飴と鞭を使い分けられる奴が居ません。貴女なら喋るかも」

 

 なんとも都合のいいことに、こちらが何か話術と魔法を使わなくとも向こうが勝手にリィズに会わせてくれるように手配した。

 だが、目前の若い将校は中尉だ。余り権限を持ってなさそうなので、会えるとすれば、彼の上官との交渉次第だろう。廊下に出て数分後、将校は笑みを浮かべながらマリに近付いてくる。つまり交渉は成功したようだ。

 

「許可が下りましたよ。さぁ、こちらへ」

 

 満面の笑みを見せながら交渉が成立したことを報告すれば、将校はマリ達をリィズが居る尋問室へと案内した。件の人物が居る尋問室前に来れば、マリは自分一人にしてくれと頼む。

 

「私一人にしてくれない? 相手が怯えちゃうかも」

 

「我々は恐れられてこそ、人民に法を守らせるのが出来るのですが…まぁ、女同士なら喋るでしょうから、我々男共は外で待っております」

 

 相手がそれを了承すれば、マリはドアを開けて尋問室へと入った。

 部屋の中は中央に机、それに向かい同士になるように椅子が置かれている。隅に記録者用の机と椅子。互いの死角を補う形で設置された監視カメラ。尋問対象が座る椅子の背には、大きな鏡が設置されている。おそらくマジックミラーだ。

 自分をじろじろと見られたくないマリは、素早く唱えた魔法でそれらに小細工を仕掛け、外から何も見えない状態にした後、椅子に腰を下ろして目前の怯える金髪碧眼の美少女、リィズに優しく声を掛けた。

 

「こんばんは、フロイライン。いや、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

「…!」

 

 新しい尋問官が来たと思ってリィズは警戒する。最初は優しくして希望を抱かせ、いざ逆らえば暴力的になると思っているようだ。下を俯いて目を合わせないようにするリィズに対し、マリは鞄を机の上に置いて書類を取り出す。

 

「それで、亡命の協力者は誰なの?」

 

「そ、それは…私には知りません! 父さんが国境警備兵を買収したって何度も話しましたが、誰も信じてくれません! それと、父さんと母さん、お義兄ちゃんは無事なんですか!? 教えてください!!」

 

 自分の前に書類を置いた後、亡命の協力者を興味本位で聞けば、同じことを何度も話したと答え、父と母、義兄はどうなったのかを問う。これにマリはその父と母が死に、義兄が重傷を負ったことを隠すことなく話す。

 

「貴方のお父さんとお母さんは死んだわ。こちらの不手際でね。義理のお兄さん? 生きてるわ。重傷だけど」

 

「えっ…!? 父さんと母さんが…う、嘘よ! そんなの嘘…」

 

「証拠写真があるけど、見てみる? それでも嘘だと言い張るなら言うと良いわ。精神病棟送りになるけど」

 

 最愛の父と母の死を知らされたリィズは、泣きじゃくりながら嘘だと言うが、マリは遠慮なしに冷酷非道なシュタージの将校を演じ、事実であると突き付けて精神的に畳みかける。

 血の繋がらない兄しか残らなかったことにリィズが絶望する中、マリは救いの手を差し伸べる。最初の一手が鞭で、次の一手が飴だ。ベアトリクスの戦術機大隊人員補充の命令書がその飴である。

 

「そんな貴方に贖いの機会を上げる。それは国家に全てを捧げる事。これが貴方に取って最後のチャンスよ」

 

 リィズの前に出した命令書を見せながら、マリはこれが最後のチャンスの鍵であると告げる。

 もうここには居たくない。そう思ったリィズがそれを取ろうとすれば、マリはそれを下げた。条件を突き付けるつもりだ。

 

「どうして…?」

 

「おっと、そんなチャンスを簡単に渡すと思う? 何事にも条件があるわ…それは…」

 

 マリはリィズを指差しながら条件を告げる。

 

「貴方の処女、私に差し出す事」

 

「へっ…? 私の…初めてを…貴方に…?」

 

「そうよ。全て私に差し出しなさい。そうすれば、ここから壊れずに出られる」

 

「そ、そんなこと…出来るわけが…」

 

 マリが出した条件とは、リィズの処女であった。

 当然、救ってやるから身体の全てを差し出せなどと言われて了承する女性が居るはずが無い。顔を赤らめながら拒否するリィズであるが、マリはまだ人だった頃の自分の体験談を用いて条件を受け入れた方が良いと告げる。

 

「最初は痛いわよ? しかもここに居たら無理やり…その後は壊れてどうにかなっちゃうかもね。どうする?」

 

 被っていた帽子を机の上に置き、腰まで届く長い金色の髪を弄りながら妖艶な笑みを浮かべ、マリは足を組んで条件を呑むかどうかをリィズに問う。

 こんな所で、しかも薄暗い部屋、ましてや好きでもない上に目前の同性相手に初体験をするのか?

 条件を呑むことを躊躇するリィズに対し、マリは更に畳みかける。

 

「まぁ、同性なんかに処女を捧げるなんて別に出来ないわよね? 別にいいわよ、シュタージの戦術機部隊に行かなくても。ただし、トラウマ級の物になるけど。しない、するの? どっちか決めなさい」

 

 どっちにするかを問うマリに対し、リィズは戸惑う。

 はたして指示に従った方が良いのだろうか? もしかしたらこれは罠で、背後に男達が待っており、自分が犯されるのを目の前の女が嘲笑いながら見るかもしれない。

 そう思って言葉を詰まらせるリィズに対し、マリは妖艶な笑みを浮かべて安心感を覚えさせた。

 

「あっ…」

 

 そのマリの笑顔に安心感を覚えたリィズは、先の思い込みは被害妄想であると分かり、目前の美しい女神のような女に処女を捧げても良いと思った。自分と同じ青い瞳からは、悪魔のような考えは全く感じられない。むしろ彼女に支配されたいとさえ思う。

 魔法の類は一切使っていない。人間だった頃に数十年も掛けて習得したメンタリズムのおかげだ。この巧みな術でマリは幾百もの女性の処女を奪って来た。

 リィズの表情を見て完全に自分の虜になり、条件を呑んだと判断したマリは、上着を脱ぎながら机に上がり、自分を待ち受ける美少女の身体を自分の方へ引き寄せ、それからその唇を自分の唇に合わせて彼女のファーストキスを奪った。

 初めての相手が同性であるマリであったことで、リィズはやや後悔したが、ここの男共に輪姦されるより遥かにマシであり、尚且つ優しくしてくれる絶世の美女に捧げる方が何倍もマシだ。自分の衣服を脱がし、綺麗な手で触れて来るマリに、リィズはその淫らな彼女の欲望を受け入れた。

 

 

 

「気持ち良かった?」

 

「うん。痛かったけど、気持ち良かった。でも、お姉さんの方が私よりいっぱいイってる気がする」

 

「えっ? そうなの? まぁ、触れられた処女の反応見ると…凄く感じちゃってこっちまで気持ち良くなって…」

 

 行為を終えた後、マリはリィズに初体験の感想を問う。

 これにリィズは恥ずかしながらマリの方がかなり気持ちよさそうに見えたと答えれば、彼女は首を傾げつつ、体液と汗を鞄の中に入れていたタオルで拭き取る。リィズにも予め用意していたタオルを渡せば、脱ぎ散らかしていた制服を着始める。

 アウトサイダーの一つ目のお題はこれで達成された。後は自然に彼女をベアトリクスが寄越した迎えに引き渡すだけだ。部屋を出る前に、マリはリィズに先の事は何も告げず、西側に亡命しようとした家族を見限って国家に忠誠を誓った愛国心溢れる少女になることを告げる。

 

「良い? 貴方は私の出した条件に同意し、亡命を図ろうとして捕まった哀れな一家を見限ってこの祖国ドイツ民主共和国に忠誠と全てを捧げることを誓った。無理なら振りをすれば良い。そうすれば、長く生き延びられる。分かった?」

 

「はい、お姉さんの言う通りにします。でも、いつか迎えに…」

 

「それはどうなるか分からないわ。それまで、国家に忠誠を誓う従順な犬の振りをして生き残る事ね。じゃあ、開けるわよ」

 

 リィズに愛国者が無理ならその振りをすれば良いと答え、彼女が衣服を着終えたところでドアを開けようとした。

 だが、少し気になる事があった。アウトサイダーが何故この少女を助けることにしたのかだ。かつての男は救えず、今度は救ってみたいだと言っていたが、何らかの目的があるはずだ。

 それが気になったマリは、リィズに何か悪魔教かカルト的な宗教をやっていないのかを問う。

 

「そうだ。リィズちゃん、変な宗教とかやってない? 悪魔教とかカルト的な。それか変な風習とか」

 

「そ、そんなのやってるわけがないですか。この国は社会主義国ですよ。宗教なんてやってたら捕まりますよ!」

 

「それもそうね。じゃあ、連れて行くから。演技して」

 

 アウトサイダーに関する宗教か風習をしていないかどうかをリィズに問うが、彼女は社会主義国であるドイツ民主共和国はやってないと断言した。

 これに納得したマリは、尋問室を出ると答え、出る前に演技をするように告げた。マリがドアを開けた瞬間にリィズは家族を見限り、国家に忠実な愛国者となった少女を演じる。

 大事な家族を拷問で殺したシュタージ、即ち東ドイツに忠誠を誓うなどリィズは到底できなかったが、マリにその振りをすれば良いとだけ言われて安心感を覚え、尚且ついつの日か崩壊した時の達成感と解放感を覚える為に従っている振りをする。

 リィズは学校では演劇部に属し、かなり高い語学力を持っている。特に演技力に関しては、場に紛れ込む影のような存在である諜報員に匹敵すると自負している。

 いざ、尋問室を出て周りに居るシュタージの看守や局員らに向けて家族を見限った愛国者を演じれば、あっさりと信じ込んだ。

 

「(これで大丈夫…)」

 

 マリが周りの局員らにリィズが国家に忠誠を誓ったことを伝えているのを見ながら、当の彼女は目の前の絶世の美女に感謝した。

 

「おや、ベルンハルト大尉…? いや、やけに小さい…はて…?」

 

 もうすぐ絶望から抜け出せると思ったリィズであったが、聞き覚えのある男の声でその絶望感に叩き戻された。

 マリの事を自分が知る者と勘違いしている赤毛の男に、リィズは怯えているのだ。この男こそ、自分等を捕まえた張本人であり、父と母を拷問で殺し、義兄をリンチして重傷を負わせた男だ。

 

「良く見れば、違うな。まぁ、あれほどの整った顔立ちだ。似ているのが何人かいてもおかしくない。それで、尋問対象がなぜ解放されている件だが、私は何も聞いていないぞ?」

 

「失礼しました、アクスマン中佐殿。小官が所長の許可をもらい、女性の大尉殿が尋問なさって対象から真意を聴き出しました。それと、対象のリィズ・ホーエンシュタインは我が社会主義国に忠誠を誓いました!」

 

 男の名はアクスマンと呼ばれ、中佐階級だ。そんな男に中尉は自分の考えで人事課であるマリに尋問を任せ、見事にリィズを国家の忠実な犬に仕上げたと敬礼しながら自慢げに話す。

 この勝手な判断を思い付いた中尉とそれを許した所長に、ややアクスマンは苛立っており、本当に忠誠を誓ったかどうかを、尋問を行ったマリに問い詰める。

 

「にわかに信じられんな。大尉、君は人事課なのに尋問を担当したのか? 君の担当はデクスワークで尋問じゃない。尋問官である私を差し置いて現場の判断で尋問をするなど、それを良く承諾した物だ。更には所長までが許可している。本当に国家に忠誠を誓ったか疑わしいな。大尉? 証拠は何所にあるのかね?」

 

「そ、それは…」

 

「記憶映像は? 記憶音声は? あれば聴かせて貰いたい。今すぐに!」

 

 アクスマンの物言いに、中尉と許可した所長は何も言い返せなかった。確かに人事課の女大尉に尋問を任せるなど、言語道断だ。その女が情に流されて嘘を言っているかもしれない。おまけに会話は録音されていなかった。カメラも作動していない。重大なるミスの連発だ。

 リィズがまた尋問室へと戻されると思って恐怖する中、マリは本当であると返す。嘘で塗り固められた訴えであるが。

 

「中佐殿、私は確かにこの娘が亡命を思い付いた父を恨む言葉を聴きました。自分は亡命する気が無かったのに、無理やり連れて来られ、だから私は被害者なのだと。義兄も反対したのに亡命に賛同した母も同罪であると仰っていました。だから義兄とリィズ・ホーエンシュタインは無罪で被害者なのです。その本人が家族を見限って国家に忠誠を誓うと言いました。これで不十分だとでも?」

 

 マリもまたリィズに匹敵するほどの名女優だ。リィズが演技で言っている国家への忠誠が、まるで本物であるかのように思えて来る。その迫真の訴えを受けたアクスマンは、ありとあらゆる可能性を考えた。

 西側が演技と語学力があるだけのリィズを助ける理由は全くないし、助けるために諜報員の身を危険に晒す理由が全くない。仮に彼女が西側の事を何か知っていたかもしても、聞き出した後、用済みとして始末するはずである。

 自分と対立するモスクワ派も同じ理由で、リィズを助ける理由が全く思い付かない。知っていたのなら、西側の件と同じく聞き出した後に始末するはずだ。

 上司にノルマを迫られ、外見と演技力、語学力が優れただけの小娘などを殴ったり犯したりするのに時間を割いている暇はないのか、アクスマンはリィズの解放を容認した。

 

「確かに、彼女は政治的スキャンダルも情報に関しても何の値打ちも無い。よし、通って良い。ホーエンシュタイン、しっかりと国家に忠誠を尽くすんだぞ」

 

「は、はい!」

 

 アクスマンの容認が取れれば、マリ等は一目散にリィズを連れてその場を去った。逃げるように去って行ったマリ達を見たアクスマンの副官は、怪しんで尋問しないのかを問う。

 

「あいつ等、逃げるように去って行きましたよ。十分じゃないですか?」

 

「いや、嫌味な上司からあれをやれや、これをやれとしつこく言われている。取り敢えず、ストレス発散は出来なくなった。生真面目に仕事をするか。行くぞ」

 

 問いに構っている時間は無いと答えたアクスマンは、本命である別件を達成するべく、件の人物への尋問へ向かった。

 逃げるようにその場を立ち去ったマリ達は、煙草を吹かせて待っていたベアトリクスの使いにリィズを託した。使いは女性士官で、衛士であることを示すバッチを制服に付けており、新兵となる少女を受け取れば、敬礼して彼女を連れて行く。

 

「‟新鮮な肉‟を受理しました。次もよろしくお願いします」

 

 その一言だけを伝え終えれば、士官はリィズを連れて自分の乗用車へと戻った。

 

「さて、御代一つは完了ね。後は、カルト教団の討伐ね」

 

「そんな宗教団体、ジグムントらにやらせればいいのではないか? 連中なら、二個師団位どうとでもなろう」

 

 周囲に自分等以外が居ないことを確認すれば、スカイラーは次の課題はBETA教団の討伐であると呟く。

 このBETA教団の討伐は、ジグムントらにやらせればいいと告げる。だが、マリはBETA教団討伐もやる気であったようだ。

 

「ちょっとストレス溜まったから、そっちもやろうかしら?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BETA教団討伐

とあるガンダムとマブラヴの方を参考にしました。


 マリがリィズ救出にストレスが溜まったので、二つ目の課題であるBETA教団を討伐すると言った。

 そのストレス発散代わりに討伐されようとしているBETA教団では、異世界の機動兵器でいつの日か実行する欧州戦線とアフリカ戦線の後方を襲撃する訓練が行われていた。

 教団の装備は活動拠点が紅海に位置した辺りであるのか、砂漠戦用のMSであるディザート・ザク、水中戦を想定してザク・マリナーがかなり配備されている。他は旧ザクやザクタンク、リーオー、アンフ、安価で火力があるATのスコープドックやマシィードック、ASのサページなどがある。

 それら全てを合わせれば、教団が保有する機動兵器の数は約三個師団相当にもなる。この世界の各国の軍隊からすれば、十分に脅威と言えよう。

 だが、教団が保有している機動兵器はそれらの安価な兵器ばかりでは無い。奥には巨大な兵器が組み立て中である。教団の幹部と思われる者達が、その巨大な兵器を見上げながら会話を交わしていた。

 

「ジェイコブ・ダニックさん、パトゥーリアの完成は後一時間ほどに迫っております。これが完成すれば、世界は貴方がたの物同然だ。世界最強の軍を持つ米ソも、赤子の手をひねるより楽に潰せるでしょう」

 

 眼鏡を掛けた男は、教団の武闘派と思われるサングラスを掛けた男に巨大兵器の完成は一時間後であると告げた。これにジェイコブ・ダニックなる男は感謝の言葉を述べる。

 

「感謝するぞ、J・J・セクストン博士。これで神聖たるBETAを駆逐せんとする米ソを粉砕できる。して、操縦方法だが、貴様らが持ち込んだやはり阿頼耶識システムが無難か?」

 

「これほどの巨体を操作するにはかなりのデータが必要です。一人ではその情報量に脳が耐え切れなくなり、破裂することでしょう。手足があれば、私のリユース・P・サイコデバイスで手足のように操作できますが、パトゥーリアには手も足も無い。オリジナルの阿頼耶識が必要です。それも五人分、最低でも三名以上を」

 

「ふむ、つまり三名以上、私のようなオリジナルの阿頼耶識システムを埋め込む必要があるのか…」

 

 ジェイコブはセクストンからパトゥーリアの運用法を問えば、眼鏡の科学者は阿頼耶識と呼ばれる人体に機械を埋め込んで、機械を操作訓練しなくとも操作できるようにするシステムを持つ人間が五人、最低でも三人以上が必要だと答える。それもオリジナルと呼ばれる本物のタイプでないと駄目らしい。

 現在、教団の機動兵器搭乗要員は操作が簡単なAT搭乗要員を除いて全員が阿頼耶識の移植手術をしている。だが、本物のタイプは移植手術に時間が掛かるようで、搭乗要員は別の世界で簡単に移植手術ができるタイプの物が埋め込まれている。

 

「ふむ、教祖のサイランティウスとその幹部たちに与えれば良いのでは? 幹部全員を私がオリジナルの阿頼耶識手術を施した。パトゥーリアの運用は可能な筈だ」

 

「幹部の数は六人、十分な運用が可能だ」

 

 そんな二人の元へ眼鏡を掛けた黒い短髪の男が現れ、教祖と幹部らにパトゥーリアの運用を任せれば良いと伝えれば、セクストンはジェイコブを見た。

 

「貴様たちの提案、さっそくサイランティウス殿に提言してみよう。きっと受け入れられるだろう。あの御方はパトゥーリアを偉く気に入っているようだからな。では、直ぐに伝えてに行こう」

 

 割って入って来た医者の言葉を、ジェイコブは教祖のサイランティウスに提言すると言えば、その教祖が居る場所へと向かった。

 二人もこの場を去って自分等専用のテントへ向かい、そこで映像通信を点けて自分のボスへ報告する。

 

「ジブリール様、数日足らずで彼らは正規軍ほどの戦力になります。大量に余っていた機動兵器が約に立ちましたね」

 

『倉庫に眠っていた無用の長物が利益を生み出すとは、私も驚きだ。それに使い道が無かったパトゥーリアも阿頼耶識のおかげで運用が容易になった。このシステムを開発した開発者に、多大な報酬を払いたいくらいだ。生きているならな』

 

 映像に見えるのは銀髪で身なりの良い服を着た男、ジブリールはBETA教団に渡した装備が倉庫に大量に眠っていた物であり、教団を嘲笑う。パトゥーリアも同様であったが、阿頼耶識のおかげで運用できるようになったと聞けば、そのシステムの開発者に敬意を表す。

 次にBETA教団はどれくらい持ち堪えられるかを問う。

 

『で、カルト共はどれくらい耐えられる? 私としては、その世界の各国に兵器を売り込もうと考えているが』

 

「アメリカに送ったスパイの情報によれば、既に米海軍の艦隊がこちらに向かっております。教団はパトゥーリアがあるとは言え、核攻撃を受ければ一溜りも無いでしょう。その前に我々は脱出しますが」

 

『核か。無限の如く湧き出るBETAには役に立つまいが、あれほどの巨体のモビルアーマーには効果的だな。案ずるな、ノンダス人どもに貴様たちを先に脱出させるように手配している。必ずや傷一つ付かずに脱出できるだろう。全く、ネオ・ムガルと言う連中は、こうも優秀な戦闘民族を滅ぼそうとするのかが理解できん』

 

「ありがとうございます。ジブリール様のおっしゃる通り、彼らは優秀な戦闘民族です。私のPデバイスを知れば、例え四肢が無くなろうが戦えると喜んでおりました」

 

『だろう。奴らは戦う事しか出来ない連中だ。農作業や炭鉱、その他諸々の肉体労働をやっているようだが、覇気がない。連中が一番輝く時は戦場だ、戦場でしか居場所が無いのだ。私はそんな戦う事しか出来ん連中に、戦場を提供してやっている。私は慈善家であるのだよ』

 

 耐えられるのは三日かそこらであると答えれば、ジブリールは自慢げに自分は慈善家であると話す。

 

『生き返って同じく生き返った殺人鬼共に追い回されていた君たちを救ったのも私だ。君たちは私の指示通りに動いてくれれば良い。その知識は重要だからな』

 

「ありがとうございます、ジブリール様!」

 

 改めて助けたのは自分であって従うのは当然であるとセクストンと医者に告げれば、二人は頭を下げて例の言葉を述べた。この様子を映像越しで見たジブリールは、教団が壊滅後に行うプランを告げる。

 

『カルト共が米軍の核攻撃で壊滅した後、先ほど言った通りにその世界の各国にBETAなどと言う宇宙の化け物共を容易く一掃できる兵器を売り込む。数十年か早くとも数年か数十カ月ほどでBETA共が地球上から一掃されるだろう。月の奪還が叶えば、利権争いで再び人類同士の戦争、即ち西側と東側による第三次世界大戦が発生する。その時こそ儲け時だ。各陣営に兵器を売り込んで戦争を長期化させ、骨の髄までしゃぶり尽す。そこまで来れば、再生不可能なまで地球は汚染されるが、我々の知った事では無い。他の世界で同じことをやれば良い話だ』

 

 そのプランは身の毛もよだつ恐ろしい物であった。BETA教団が壊滅し、米海軍の討伐艦隊が大損害、もしくは全滅して核攻撃でパトゥーリアを撃破した際には、BETAを容易く一掃する兵器を各国政府に売り込む。それを手に入れた人類はBETAの脅威から解放されるが、生前は裏から世界情勢を操り、戦争で儲けていたジブリールは国同士での利権争いが必ず発生することを知っていた。

 彼が目に付けた世界は異星人による侵略を受けているにも関わらず、東西冷戦の真っただ中だ。西と東の思想は違う、BETAと言う脅威を退けても、必ずや何かしらの争いが発生し、行く行くは自分の思った通りに戦争にまで発展する。ここが儲け時だ。

 戦争で利益を上げるジブリールは良心的な欠片も無く、BETAの脅威に晒されている世界がどうなろうが知った事では無かった。

 セクストンはジブリールの思想にやや嫌悪感を覚えたが、この男は自分の研究を有意義に使い、尚且つ実用できる状況を作り出してくれるので、従うことにする。隣のロシア人の医者も似たような理由で従っている。ジブリールに付いた者達も殆ど似たような理由だ。

 

『さて、そろそろ米海軍の討伐艦隊によるミサイル攻撃が行われる頃合いだろう。予定通り、君たちは…』

 

「うわっ!? な、なんだ!?」

 

 近くで寝ている飼い猫を撫でつつ、腕時計を見たジブリールはアメリカ海軍の艦隊による砲撃が行われる時間帯が近付いたと思い、カルト教団に送った人員に脱出命令を出そうとした瞬間、本拠地にて爆発が起こった。

 この爆発でセクストンは身の危険を感じ、慌しく行動する教団の戦闘員に何事かを問う。

 

「き、君! 一体この爆発は何だ!?」

 

「異教徒の襲撃だ! 遂に攻撃を仕掛けて来たんだ!!」

 

「こ、攻撃…まだ米海軍の艦隊はこちらを射程距離に捉えている筈が…!?」

 

『何事だ!? 攻撃にしては早過ぎるぞ!?』

 

 戦闘員から知らされたのは、この本拠地の攻撃であった。

 余りにも早過ぎる攻撃にセクストンは混乱し、まだ状況を掴めていないジブリールは何が起こっているのかを画面越しに問うてくる。

 周りを見れば、教団の武器を持った信者たちが慌しく動き回り、それぞれの部署へ着こうとしている。数秒後には、壁に設置された各所にある拡声器から教祖のサイランティウスの声が響いて来た。

 

『皆の者よ! 遂に神の使いであるBETAを殺す異教徒共の攻撃が始まった! 戦闘員は直ちに所定の部署に就き、異教徒共を迎え撃つのだ! 他の者達も武器を取り、異教徒共に応戦するのだ! アーメン!!』

 

 拡声器からサイランティウスの声が響き渡る中、ジブリールに雇われている2mを越える巨体を持つ男がテントに滑り込んで来る。理由は敵襲と報告である。

 

「ジブリールの旦那! 敵の攻撃だ!!」

 

『そんな物は見れば分かる! 状況を知らせろ!』

 

「あぁ! 攻撃を仕掛けたのは米海軍の艦隊じゃない! ミサイルの雨じゃ無く重巡洋艦の砲撃だ! それも一隻分で狙いは正確! 対空施設と機動兵器発進口が狙われている!」

 

『馬鹿な! ミサイルでは無く重巡一隻の砲撃だと!? 米軍でも無ければなんだ! 日本帝国海軍か!?』

 

 報告した大男はノンダス人でジブリールの配下に着いている。BETA教団の軍事顧問を務めており、攻撃を仕掛けたのは重巡洋艦一隻だと伝えた。

 その報告にジブリールは驚愕し、この世界で未だに艦隊決戦主義を持っている日本帝国海軍ではないかと言ったが、ノンダス人はそれを否定する。

 

「いや、部下の報告によれば、空から砲撃された。どうやら俺たちと同じ異世界の者だ!」

 

『くっ、殺人鬼共に感付かれたか! お前たちは直ちにセクストン等を回収し、この世界から逃げ出せ! 時間稼ぎはカルト共がやってくれる!』

 

「分かった旦那。直ぐに逃げる準備をする!」

 

 ノンダス人が同じ異世界の者による襲撃だと言えば、ジブリールは敵わないと判断して退却を命じた。これに応じ、ノンダス人の男はセクストンと医者を連れて逃げ出す準備を始めた。

 

 

 

 BETA教団の本拠地を襲撃する三十分前、アウトサイダーが予め用意されていた船、アーガマ級に乗ったジグムントらは、米海軍の攻撃前に先に攻撃しようと位置に着いていた。

 この世界では戦術機という機動兵器はあるが、空を飛べる軍艦は存在しない。彼らが乗っているアーガマ級強襲巡洋艦は異世界より持ち込まれた兵器だ。

 宇宙でも大気圏内でも運用が可能な軍艦であるが、練習艦であるために火力は正規の軍艦より劣る。一同が揃っているやや狭い艦橋内にて、ジークフリートは米軍に攻撃されないか心配になる。

 

「なぁ、こんな空飛ぶ軍艦、ヤンキーの海軍に攻撃されねぇか? 俺は心配で食事が喉に通らねぇよ」

 

「安心しろ、米軍は攻撃してこない。昨日、レールガンの製造レシピを渡して見返りに攻撃しないように約束を取り付けた。我々が攻撃して二時間後に米海軍は攻撃を開始する。その前に、異世界から持ち込まれた物を全て破壊せんとな。その装備類と人員はアウトサイダーが提供してくれた」

 

 ジークフリートの不安に対し、ジグムントはフランケンシュタイン号で見ない面々を手で翳し、米軍とはレールガンの製造レシピを条件に契約したから心配いらないと伝える。

 見ない人員はアウトサイダーが提供した者達であり、いま乗っている空飛ぶ船のアーガマもアウトサイダーが用意した物だ。

 

「気味の悪い奴だと思ったら、まさかこんなに気前が良いとはな」

 

「これだけ揃ったら、カルトも余裕そうね。ヴァセレートの到着を待たなくとも私たちだけで出来るわ」

 

 アウトサイダーがありとあらゆるものを用意したので、ジークフリートは彼の気前の良さに感心しつつ、ジークリンデは自分らだけでBETA教団の制圧は可能だと自負する。

 それもそのはず、格納庫には可変系MSのギャンプランに地上戦用MSディジェ、フォビドゥンガンダムをベースにした水中戦MSフォビドゥンブルーの三機が揃っている。

 航空支援には爆装を施したVF-1D、砂漠での随伴機の為に用意されたハイザック、水中での随伴機のカプールが四機ずつ用意されていた。他にミカルがジム・スナイパーⅡで陸路から進んでおり、組み立てた状態の戦術機のF-14も待機している。マリの為に用意された物だ。ちなみに、スカイラーはバルキリーを所望している。

 

「俺たちを忘れて貰っては困るな」

 

「おっと、忘れていたウッズ大尉。内部への突入は任せる。こちらも数人を回そう」

 

「任せておけ。生前は多数のスぺズナズが居る基地に突入したことがある」

 

 ジークリンデが自負する中、忘れて貰っては困ると言うバンダナを撒いた黒髪のアングロサクソン系の男、ウッズが割って入って来る。

 彼はアウトサイダーが回して来た人員の一人だ。生前はアメリカ軍の特殊部隊に属しており、任務の最中、一度は死に掛けて行方不明となったが仲間に助けられて復帰。二度目は両脚を散弾銃で撃たれて現役を退いた。それでも歴戦練磨の戦士である。

 ウッズの他に、白兵戦に優れた者が幾人か揃っている。マリ等が合流すれば、完璧と言えるだろう。

 

「そろそろ連装砲の射程距離に入るところです」

 

「もうそんな距離か。さて、出撃準備を…」

 

 操舵手がアーガマ級の重巡の連装砲の射程距離に、BETA教団のアジトをもう直ぐ捉えたことを知らせれば、ジグムントは出撃の準備を一同に命じようとした。その前に、東ドイツで用事を済ませたマリが気配も感じさせず、いきなり艦橋に入って来る。

 

「もうパーティの時間?」

 

「っ! いつの間に!?」

 

「おい、いつの間に戻っていた!?」

 

 余りにも気配を感じさせず、いつの間にか姿を現した金髪の女に、アウトサイダーからの追加人員たちは慌てふためき、艦長は警備部に問い合わせる。

 ジグムント等は慣れているらしく、特に対した反応を見せない。

 

「あぁ、二十五分後に準備砲撃を開始する。連装砲やメガ粒子砲で対空設備や発進口を破壊した後、部隊を展開させる。敵も全力で迎撃部隊を展開してくるだろうが、我々は真先にアジトを目指す。ゾロゾロと出て来る敵は米海軍と海兵隊の戦術機部隊に任せる」

 

 ウッズが思わず拳銃に手を伸ばす中、ジグムントはマリに対して作戦の概要を伝える。

 

「へぇ、先にアジト潰すの? それで、敵は降伏するかしら?」

 

「降伏しないだろう。狂信者は死ぬまで抵抗する。後片付けは米軍に任せれば良い」

 

「そう、じゃあ私の機体は?」

 

「地上のギャロップに搭載されている。F-14だ。艦上戦闘機では無く、戦術機のな」

 

「えぇ、あれ着るの…まぁ、良いけど」

 

 アジトを潰せばBETA教団は投降するのかを問えば、ジグムントは死ぬまで抵抗し続けると答える。次にマリが自分の機体の場所を問うと、地上にあるF-14の場所を教えた。

 マリは戦術機に搭乗する際に着る強化装備を着ることに抵抗感を覚えているようだが、憂さ晴らしのために我慢して着ることにした。

 

「じゃあ、行って来る」

 

 それらをするために、マリは地上へと降りた。

 マリが居なくなった艦橋では、彼女が一体何者かをウッズがジグムントに問う。

 

「でっ、あの魔女は一体なんだ? 黒目野郎から色々と聞いたが、気配がしなかったぞ」

 

「従っている我々でさえ知らん。分かるのは感情的で我が儘で幼稚なくらいなもんだ」

 

「ティーンエンジャーみたいなもんか。さて、俺たちも準備するぞ」

 

 これにジグムントが一緒に居て分かったことを伝えれば、ウッズは出撃の準備を行うために艦橋を後にした。

 攻撃まで後二十分になった所で、マリは自分の戦術機がある大型陸戦戦闘車両ギャロップに到着し、そこで戦術機に乗るために必要な衛士強化装備を身に纏う。

 

「やだ、これ。なんでこんなデザインにしたのかしら?」

 

 それを身に纏ったマリは、このデザインにした人間に対して悪態を付きつつ、更衣室を出て用意されている戦術機、米海軍の主力戦術機であるF-14へ乗り込んだ。

 操縦席へ座れば機器を操作して起動させ、操縦桿を握る。その瞬間に視界は機体頭部のメインカメラになる。頭部に付けている装置が連動しているのだ。この世界ではこれを七十年代で実現させている。

 宇宙に五十年代で行っているのだから、ロボットも作ることは可能だろう。目前の前部ハッチが開けば、マリは操縦桿を動かして外へ出る。

 砂漠の真ん中を発しているため、着陸した瞬間に砂の柔らかさで転倒しそうになったが、ジャンプユニットのスラスターを吹かせてバランスを整わせた。

 出て来たギャロップからミカルが乗るジム・スナイパーⅡが出撃する。彼の機体は名前の通りに狙撃仕様なのか、砂漠仕様のカモフラージュが施されている。

 一方でマリのF-14は組み立てたままの物であり、何のカモフラージュもされていない。無線機よりジグムントの声が聞こえて来る。上空のアーガマ級を見れば、次々とMSとバルキリーが発艦しているのが見えた。

 

『作戦開始まで後十分だ。全機出撃後、所定の位置にて待機。砲撃開始後に前進せよ!』

 

 その声が響いた後、レーダーに自分の所定の位置が表示される。予め設定されていたようだ。普段は従わないマリであるが、この時は素直に従い、操縦桿を動かして所定の位置に機体を向かわせた。

 砂漠の上で歩いていては時間が掛かるので、スラスターを吹かせて所定の位置まで一機に向かう。

 辿り着くのに掛かった時間は一分余り、後九分になった所でマリは、音楽を掛けながら砲撃開始まで待機する。聴いている音楽はクラシックだ。

 

『アメリカ海軍第5艦隊、BETA教団の拠点を射程に捉えるまで二十分』

 

『こちらロレンス、配置に着いた。砲撃開始直後に早期警戒機を狙撃する』

 

『了解した。照準を定め、砲撃が開始された直後に狙撃しろ。アウト』

 

 ギャロップに乗っているユウキが米海軍の艦隊が来る時間を伝えれば、配置に着いたミカルは見張りをしている早期警戒機のMSを狙撃すると伝える。

 早期警戒機は強行偵察型ザクだ。数は二機でどちらともF2型をベースにしており、武装も十分に対応できるようにされている。

 マリが聴いている音楽が終わりを告げる頃には、砲撃が開始された直後であった。まずは重巡の主砲が火を噴けば、次に両側面のメガ粒子砲が発射される。腕の良い砲手が担当しているのか、主砲は見事に狙った個所を破壊していた。メガ粒子砲を同様である。

 強行偵察型ザクは直ぐに索敵を開始したが、ミカルの狙撃で一機目が胴体をビームで撃ち抜かれて沈黙すれば、二機目も同じように撃ち抜かれて撃破される。恐ろしい早撃ちだ。ミカル機が二機の偵察型を撃破したのを確認したジグムントは、全機に作戦開始の合図を送る。

 

『全機突撃! アーガマは砲撃を続けろ! バルキリーは上空警戒だ!!』

 

 指示を出した後、自身が駆るディジェと共に先頭に立って前進する。その後ろから四機のハイザックが続く。水中戦用機に乗るジークリンデ等は、水中戦をするために海の方へ向かう。ジークフリートが乗るギャンプランは、ジグムントのディジェの地上部隊と共に前進していた。

 

『対空設備をすべて破壊して制空権を確保しろ! それ以外は無視して構わん! とにかく制空権の確保だ!』

 

 地上を全身の最中に、ジグムントは対空設備の破壊を優先するように指示を出す。アーガマの援護砲撃を受けながら前進する中、敵の迎撃部隊が展開して来る。

 

『敵MSならびAT、AS部隊、多数が展開中!』

 

『来るぞ!』

 

『うぉ! 砲撃で殆ど潰れたんじゃねぇのか!?』

 

 ユウキの知らせで、敵部隊がかなりの数だと分かれば、対空砲火を受けているジークフリートは砲撃で仕留められなかったのかを文句を言う。

 そんな彼にお構いなしに、狂信者たちが乗る機動兵器らは容赦なく主兵装を撃って来る。

 唯一戦術機に乗るマリは雨あられの弾幕を回避しつつ、目に付いた敵機に突撃砲の照準が合い次第に撃ち込んで撃破する。

 ホバー移動しながらこちらに向かって来るディザート・ザクの装甲は、この世界の戦術機の兵装でも容易く撃破が可能であり、一機、二機と続々と被弾して爆発していく。F-14の性能はディザート・ザクの性能を遥かに凌駕しており、それにマリの技量が合わさって恐ろしい物となっている。その所為でマリは世界で最強の衛士となった。

 

『おい、遊ぶな! 残りは米海軍と海兵隊にやらせれば良い! 先に対空設備を破壊しろ!』

 

「ちっ、サーヴァントの癖に」

 

 続々と出て来る旧ザクやリーオー、アンフ、スコープドック、サページを撃破していく中、ジグムントから遊ぶなとの注意を受け、苛立ちながら対空戦車代わりになっているザクタンクを攻撃する。

 突撃砲を何発も受けたザクタンクは、一瞬のうちに火を噴きながら爆発した。機動兵器の他に大戦期の戦車であるT-34が出て来たが、ジグムントのディジェや随伴のハイザックに撃破されるばかりだ。

 敵機の掃討を続けていると、情報に無い航空機が続々と現れた。

 

『上空に反応! 航空機です!』

 

『航空機だと!? そんな情報ねぇぞ!』

 

『良いから叩き落せ!』

 

 ユウキの知らせで気付いたジークフリートは、飛んでくる機銃を交わしながら航空機が出てきたことに驚く。

 航空機は改造された宇宙戦闘機であるトリアエーズとジオンの戦闘機であるドップだ。

 トリアエーズは武装が25mm機関砲と言うMSには非力な物であったが、武装をビーム機関砲に取り換えており、ドップならいざ知らず、高性能可変MSであるギャンプランには脅威である。

 

『畜生が! なんで俺ばっかり狙われるんだ!?』

 

 多数の小型戦闘機に攻撃されるジークフリートは、叫びながらも十分に戦っていた。それでも地上への進軍は予定通りに進み、対空設備をある程度の内に破壊していくと、VF-1Jバルキリーに乗ったスカイラーが援軍として現れる。

 

『大丈夫? 空は随分と苦戦しているみたいだけど』

 

『おっ!? スカイラーちゃんか! こっちは纏わり着かれてんだよ! 助けてくれねぇか!?』

 

『OK。ドックファイトは久々で、腕がさびて無ければ良いんだけど』

 

 多数の敵機に囲まれて苦戦しているジークフリートが、スカイラーに助けを求めれば、彼女は直ぐに目前の敵機をガンポッドで撃墜する。それも連続であり、瞬く間に三機も撃墜した。

 

『おう! 流石は!!』

 

『まぁ、向こうは飛ばして何十時間って所ね。ルーキーだわ。それより、カルトがどうして航空機を動かせるのかしら? 普通なら二年は掛かるのに』

 

『なんらかのコンピューターを埋め込んでいるのだろう。それも身体にな』

 

 一気に形勢が逆転し、戦闘爆撃機に改造したVF-1Dが飛べるようになった後、スカイラーは航空機を動かせないはずのBETA教団がどうして動かせるようになったか疑問になった。

 この疑問に、地上に居るジグムントはコンピューターを身体に埋め込んでいると言えば、多数が不快に思い、少数が納得する。一方でマリの方は、ジークリンデ等が担当する海上の方まで戦場を広げ、そこでマリンザックやザク・マリナー、マシィードックを撃破していた。

 

『貴方の担当は地上じゃなくって?』

 

「良いじゃん、別に」

 

 フォビドゥンブルーで海中の敵機を次々と海の藻屑にしていたジークリンデから文句を言われるが、マリは聴く耳持たずに自分に歯向かって来る敵機を落とし続ける。

 

『任せた方が…』

 

『駄目よ。海軍機と言っても海中での戦闘は出来ない。私たちは海中の敵の掃討よ』

 

 海上で撃墜されて沈んで来る残骸を見たカプールのパイロットが、この場をマリに任せようと提案したが、得物を取られてやや不機嫌なジークリンデは却下して恐れをなして逃げようとする敵機を鎌で両断する。空かさず、近くに居る二機目と三機目と続け様に撃墜していく。

 上空を飛んでいるマリの方では、未だに敵機が襲い掛かって来るが、実戦経験も無いBETA教団が叶うはずが無く、殺虫剤を浴びた蠅のように落とされるばかりだ。

 

『アメリカ海軍第5艦隊より発艦した艦載機部隊が戦線に到着! ミサイルによる波状攻撃が開始されます! 注意して!』

 

 向かって来るのは放っておいた敵機だが、やがて米海軍が辿り着いたのか、直ちに攻撃を開始する。

 

『もうそんな時間か。各機へ通達! 米艦隊のミサイル攻撃に注意! 巻き込まれるなよ!』

 

 アーガマに乗っているノエルからの知らせで、米海軍の艦隊によるミサイル攻撃が来ると分かったジグムントは、巻き込まれないように注意する。攻撃部隊は米軍の標的になりそうな場所を避け、敵と戦闘しつつ前進した。

 物の数秒後で後ろから追って来る敵部隊は米海軍の艦隊によるミサイル攻撃で壊滅状態となり、更にやって来たF-14戦術機部隊のフェニックスミサイル攻撃により完全に沈黙する。

 マリが居る方にもやって来たためか、彼女は手近な敵機を盾にして退け、自分に当たりそうなミサイルは突撃砲で迎撃すると言う芸当を行った。その光景は直ぐに、前線に到着した同型機で編成される一戦術機部隊に目撃され、自分等もそれが出来るんじゃないかと米海軍の衛士たちは思う。

 

『おい、あのF-14、俺たちが放ったミサイルを迎撃してなかったか?』

 

『見間違いだろ。戦術機にそんな機能はない!』

 

『俺も出来るかな』

 

 このやりとりは、同型機に乗るマリ機にも無線機を通して聞こえて来る。

 先行している異世界組とは、事前にアメリカの諜報員が艦隊に知らせてくれたのか、その部隊指揮官から無線連絡が入る。

 

『こちらアメリカ海軍第5艦隊所属、第113戦術歩行戦闘機隊ブラック・キャッツ! 提督より貴官らと合流せよとの指令を受けている! 以後、データリンクされたし!』

 

『こちらアントン! 受信した! 性能はそちらの戦術機の方が上だ! 援護に感謝する!』

 

 部隊指揮官の無線連絡に、ジグムントはコードネームを使って返せば、こちらに加わったブラック・キャッツは敵機との交戦を始める。

 敵の数はまだ多いようだが、米海軍の戦術機部隊の参入により掃討は更に早まり、次々と砂漠の上にスクラップを増やすばかりだ。空の敵も突撃砲の対空射撃で次々と落とされており、もはや虐殺状態に近い。

 

『あの世でBETAとファックしてやがれ!』

 

『敵拠点まであと少しです!』

 

『こちら羽馬! あと少しで敵拠点を射程距離に捉えます!』

 

『全く、楽な物だな。向こうは可哀想だが』

 

 ここまで掃討が進めば、後はアジトを残すだけだ。

 先行しているジグムントの隊がもう少しの距離にアジトを捕らえようとすれば、思わぬ敵の増援が現れた。

 

『レーダーに新たな反応! これは!?』

 

『こちらで捉えました! 十一時の方向からドムタイプのMS部隊が高速で接近中! 注意してください!!』

 

『ドムだぁ? 連中、ドムなんぞ持ってやがったのか?』

 

 空のアーガマに居るノエルが驚く中、地上のギャロップに居るユウキは複数のドムタイプが接近していることが分かり、それを直ぐに知らせる。上空で楽をしていたジークフリートは、空から襲ってやろうと思ってそちらへ向かう。

 そこには発展型のドム・トローペンを初め、ドワッジ、ドムキャノンなどを初めとした各種大隊規模のドムタイプがホバー移動でこちらに接近していた。その背後からは砲撃戦型陸戦MAであるザメルや可変戦車であるヒルドルブも見える。

 ドムタイプだけでなく、空からも敵の編隊が迫っていた。

 

『っ!? 敵航空部隊に新たな増援! 可変MSです!!』

 

『な、なんだとぉ!? 地上だけでなく空からも来るのかよ!』

 

『こっちはまだ爆装のままなのに!』

 

 ノエルより空からMA形態がUFOのような外見を持つ可変MSのアッシマーが多数接近していることが知らされれば、多数の敵機を相手にしなければならないジークフリートは嘆く。

 その動きからして素人の集団であるBETA教団とは違い、練度も連携も高くかなりの実戦を重ねていると分かる。

 

『あれが軍事顧問を担当していた奴らと言う事だな』

 

『こっちにも現れたわ! ズゴックやハイゴック!』

 

『教え子たちを殺されまくって怒ったか? それにしても下手過ぎねぇか?』

 

 あの集団がBETA教団の軍事顧問を担当している者と、ジグムントは分かった。陸上と空だけでなく、海中からも向かって来たとジークリンデから知らされる。

 米海軍の戦術機部隊も新手の集団を見付けてか、交戦しようと接近し始める。

 

『なんだこのファット共は?』

 

『UFOまで居るぞ!』

 

『各機、性能においては俺たちの方が強い! やる…』

 

 先の安物と思ったのか、迂闊に接近した海軍機が撃墜された。友軍機をやられて動揺した海兵たちであるが、直ぐに持ち直して反撃を試みたが、敵は熟練の集団であるのか、逆に押されて苦戦する。

 

『米海軍戦術機部隊の被害が拡大中!』

 

『駆逐艦一隻、敵MAの砲撃により大破!』

 

 地上での苦戦模様はユウキから知らされ、海上の被害はノエルから知らされる。

 

『うわっ!? なんだこいつ等! プロかよ!!』

 

『最初から出れば良かったのに!』

 

『こちら柿崎! 被弾しました!』

 

 空も戦闘のプロ集団に押され、苦戦している様子だ。ジークフリートが複数のアッシマーと交戦しながら叫んでいる。水中でも同様に苦戦しており、ジークリンデが連携を取って攻撃して来るズゴックやハイゴックに苦戦している。地上もまた苦戦を強いられ、一機のハイザックが中破して戦線から離脱しようとアーガマまで飛んでいた。

 プロの集団は相手を選ばず、マリが乗るF-14にも襲い掛かる。

 

『中々の操縦技量だな! だが、幾千もの戦場を掛けた我らノンダス人に敵うはずが…』

 

 そのノンダス人が乗るズゴックが海中から飛び出し、三本爪でマリのF-14を串刺しにしようと振りかざしたが、あっさりと避けられ、コックピットに戦術機専用のナイフを突き刺されて沈黙する。

 

『おのれ! よくも戦友を!!』

 

 引き抜いた後、仲間の仇を取ろうとするハイゴッグに向けて蹴り付ける。

 物の見事に蹴り付けたズゴックの残骸はハイゴッグに命中し、マリが温存してあった劣化ウラン弾を使用する滑走砲を撃ち込めば、ズゴックを貫通してハイゴッグをも貫き、二機分の大爆発が起こった。

 続けざまに熟練のパイロットである自分等を倒したマリに対し、ノンダス人の傭兵たちは一瞬怯んだが、戦闘民族であるために直ぐに持ち直して襲い掛かる。

 今度は水中だけでなく、海上に浮かぶドム・トローペンやドワッジ、上空からはアッシマーによる三方からの攻撃だ。並の人間なら成す術も無くやられるが、マリはそれでは倒せない。先に水中からズゴックが攻撃を仕掛けたが、来るのが分かっていたかのようにマリはそこへ突撃砲を撃ち込んで撃破し、目晦ましの水飛沫を発生させた。

 

『なっ、なに!?』

 

 味方が倒されたことに驚いてか、足を止めてしまったドムをマリは踏み台にして上空へ飛び上がり、上空のアッシマー一機を滑走砲で撃墜する。撃墜されたアッシマーはバラバラになり、残骸は海へと落下していく。

 続け様に横にスラスターを吹かせてビームを避け、MS形態になって殴り掛かるアッシマーのパンチを避けてから頭部を蹴り、更に上空へと飛び上がって別のMA形態のアッシマーに向けて突撃砲を放つ。

 

『空中戦をやっているのか!?』

 

『あんなの出来るか!?』

 

『出来るわきゃねぇぜ!』

 

 蹴られたアッシマーのパイロットは、マリが戦術機で空中戦をやっていることに驚き、同型機に乗る衛士らは自分たちには出来ない芸当であると叫ぶ。

 一機、二機とアッシマーを撃墜する中、マリはマシンガンで対空射撃を行うドム・トローペンを滑走砲で撃破した。ドムに滑走砲を放った理由は、突撃砲での弾頭で撃墜が難しいからである。

 対突撃級に使われる滑走砲の威力は、ドムの更なる発展型であるドム・トローペンを真っ二つにする威力であり、真っ二つになった敵機は爆発する。

 

『やり過ぎだ…』

 

 ドムキャノンをビームライフルで撃破したジグムントはマリの加減の無さに呆れつつも、背後からヒートホークを手に迫るドワッジを左手のビームナギナタで突き刺す。素早く抜き取り、上空から強力なビーム砲を浴びせて来るアッシマーを右手のビームライフルで撃墜した。

 

『この戦闘バカ民族め! 俺様を怒らせるとこうなるぞ!!』

 

 上空で複数のアッシマーに囲まれ、MS形態の一機に取り付かれたジークフリートは、同じ可変機である機体をMS形態にして吹き飛ばし、両手にビームサーベルを抜いて取り付いていたアッシマーを切り刻む。

 続けて連携を取って攻撃して来る三機のアッシマーに向けて両腕のメガ粒子砲を撃ち込んで一機を撃墜に成功した。残る二機はスカイラーのVF-1Jが強力な空対空ミサイルで撃墜する。

 

『サンキュー、スカイラーちゃん!』

 

『お礼言ってないので! 後ろから来るわよ!』

 

『うわっ!?』

 

 礼を言うジークフリートだが、背後からまたもやアッシマーが来てビームを撃たれる。これを寸での所で躱し、自由落下しながらメガ粒子砲での反撃を行う。

 水中ではジークリンデが活躍しており、水中戦でもプロのはずのノンダス人が乗るズゴックやゴック、ハイゴックを圧倒していた。

 

『ど、どういう事だ!? エースクラスが討伐に出てくるなど!』

 

『ぬぅ、これ以上は全滅する! 撤退するしかあるまい!』

 

 魚のように自由に動き回り、複数の敵機を海の藻屑に変えて行くジークリンデのフォビドゥンブルーに対し、歴戦練磨のノンダス人たちは恐れおののき、これ以上戦っていては全滅すると判断して撤退し始めた。

 地上や海上、空でも戦術機で空中戦を演じていたマリに全滅させられることを恐れてか、ノンダス人の傭兵部隊は撤退する。

 

『敵増援部隊、撤退します!』

 

『ふぅ、助かるな。木馬二世、敵拠点に強行着陸できたか?』

 

『こちら木馬Ⅱ! 敵基地に強行着陸完了! ウッズ大尉が率いる歩兵小隊が突入中!』

 

『我々も残りの掃討を米海軍や海兵隊に任せて合流する! その中にも機動兵器があるかもしれんからな!』

 

『はっ!』

 

『全機、木馬Ⅱが敵拠点に着陸した! 直ちに合流されたし!』

 

 ユウキの知らせで敵の増援部隊が撤退したことを知れば、ジグムントはアーガマ級に無線を繋いで問えば、予定通りに敵拠点に強行着陸していると知る。敵残存兵器の掃討を米海軍に任せ、出撃している全員にBETA教団の拠点に集まるように指示を出す。

 指示を受けた一同はそれに従い、アーガマ級へと集結する。マリのF-14もそれに従い、アーガマ級へと集結した。

 

 

 

「な、なんてことだ…! 三個師団が居る防衛ラインを突破してくるなんて…!」

 

「あ、ありえん! 性能は低いが、数ではこちらが上のはず! 一体奴らは何なんだ!?」

 

 防衛線を突破され、遂にBETA教団の拠点に突入したマリ達に対し、セクストンと医者は恐怖した。あれほどの数の機動兵器を、僅かながらの戦力で粉砕しながら一時間でここまで突破して更に突入して来たのだ。

 数で押し潰そうと必死にやったが、その後から米海軍の討伐艦隊が参戦で状況は悪くなるばかりで、ノンダス人の傭兵部隊を投入しても、マリの圧倒的な技量を前に大損害を被って撤退した。まだこちらの数は多いが、士気低下で米海軍に虐殺されつつある。全滅するのは時間の問題だろう。

 それに突入したマリ達の歩兵も強かった。世界中から追われたBETA教団全員がここに集まっており、武装させればこちらの数が圧倒的な筈だが、敵はそれを覆す程に強かった。

 特に二十年くらいも前の装備の黒髪のアングロサクソン系アメリカ人だ。ベトナム戦争で特殊部隊が使用したM16系のカービン銃で、次々と信徒たちを撃ち殺している。他も強くて信徒らは的にしかならない。

 

「旦那方! 奴らは強い! まるで武神だ!! 俺たちの戦友達が迎えに行ったが、返り討ちにされちまった! 直ぐに避難だ!!」

 

「まさかあの程度の戦力で突破されるとは! 分かった! 護衛してくれ!」

 

 加勢に入ったノンダス人でさえ敵わないと分かれば、セクストン等は予め脱出の用意をしていた者達の誘導に従い、脱出用の船が用意されている区画まで走る。

 救出対象に入っていない教団と幹部、教祖らは既に技術提供者や軍事顧問らが逃げ出していることに気付かず、自分等を倒しに来たマリに無謀にも立ち向かおうとする。

 

『悪魔だ! 奴らは悪魔だ!! 神聖たる神の使いであるBETAを殺すだけでなく、守ろうとする我々を殺す悪魔だ!! 必ず奴を討伐せよ! 絶対に!!』

 

 廊下では教祖の戦意向上演説が拡声器からずっと垂れ流されている。これは録音であり、発信源が破壊されるか電流が無くなるまで続くだろう。この演説を聞いた教徒たちは狂信者となり、マリ達に向けて死を恐れずに突っ込む。

 

「なんですの!? こいつ等! 死を恐れずに突っ込んで来ますわ!」

 

「お姉さま! 左に敵!!」

 

 拠点内に突入し、一気にハンガー内まで来たマリ達であったが、命知らずの狂信者たちによって足止めを受けていた。

 イーディが死を恐れずに突っ込んで来る狂信者たちに恐れをなす中、妹のリコリスに左手から敵が来ると知らされ、そこへ向けてM1A1トンプソン短機関銃で銃撃する。リコリスはM3A1短機関銃、工具みたいな形をした機関銃だ。

 連射力の高い二挺の短機関銃の弾を受けた狂信者たちは倒れて行く。だが、彼女らが幾ら強かろうが、敵はそれでも怯まずに突っ込んで来る。

 

「くそっ、これじゃ突破できん! ロボットに乗ってる奴! あの狂信者共に向けて機銃掃射だ!」

 

『了解! こちらバーミリオン3、機銃掃射開始します!』

 

 そんな狂信者らに対し、ウッズは機動兵器による支援を要請する。この支援に応じたのは、柿崎が乗るVF-1Dであり、バトロイド形態が手にしているバルカン砲で機銃掃射を始める。

 アメリカ空軍のA-10攻撃機に搭載されている物と同じであり、凄まじい銃声が鳴り響いた後、大挙して押し寄せた狂信者たちは肉塊と化した。同時に随伴して突っ込もうとしたスコープドックやサページも、バラバラになって大破する。

 

「よし、上出来だ! 敵が怯んでいる隙に突撃するぞ!」

 

 敵の抵抗が緩んだところで、ウッズ達は突撃を始めた。

 ギャロップも到達し、拠点の掃討が進む中、マリのF-14は遅れてアーガマ級に到着、カタパルトの上に着地してから彼女は戦術機のコックピットから飛び出して予備の機体が無いかどうか問う。

 

「ねぇ、代わりの機体とか無い?」

 

「機体? あるにはありますが、あれは…」

 

 問われた整備兵はジムⅢを見ながら言うが、その機体はジグムントの予備の機体だ。当のジグムント本人はまだディジェで戦えるのか、内部に残っている敵の掃討に当たっている。

 使うタイミングは完全に失っていると思われるので、マリは強化装備のままジムⅢに向かう。

 

「あるのね! それじゃ」

 

「えっ!? その機体は!」

 

 整備兵の静止の声も聞かず、マリはジムⅢに乗り込んだ。整備兵等は損傷した機体の整備に忙しく、誰も止めようともしなかった。そればかりか、誰か代わりを寄越したと思って、管制官はジムⅢの発進を許可する。

 

『ん、代わりの者か? よし、発進しろ! ライフルを忘れるな!』

 

 許可が出れば直ぐにマリはジムⅢで発進した。無論、ライフルを忘れずに発進し、拠点を守ろうと戻って来る敵機を続け様に撃破して。

 

『あぁ? なんだぁ? あれはジグムントの…』

 

 いきなり飛び出して来て、次々と敵機を落としていくジムⅢを見て、外で拠点に戻って来る敵機を迎撃していたジークフリードは、ジグムントが乗り換えたと思ったが、アーガマ級のカタパルトで放置されているF-14を見て、マリが乗っていると分かる。

 

『あぁ、マリか』

 

 あの動きでマリだと判断して、自分は向かって来る敵を落とし続けた。

 マリのジムⅢが両肩のミサイルを撃って鬱陶しいT-34/85中戦車を数量纏めて撃破する中、怒り心頭のジェイコブが乗るMSが迫る。その機種はデザートゲルググだ。背中のビームキャノンを撃ちながらドムのようにホバー移動で接近して来る。

 

『おのれ! よくも私の教団を!!』

 

 拡声器でも使って喋っているのか、ジェイコブの声が聞こえて来た。動きはオリジナルの阿頼耶識のおかげでベテランが乗っているかのような物である。もっとも、ジェイコブの実験経験は皆無であるが。

 移動しながらの射撃をマリは避けつつ、手にしているビームライフルで撃ち返すが、ジェイコブは背中に付けている阿頼耶識システムのおかげで避けながら接近して来る。そんな奴に射撃戦では避けられると思ってか、ビームライフルを腰のラックに付けてから背中のビームサーベルを抜く。

 

『この阿頼耶識を付けた私と接近戦をするつもりか!? ぶった切ってくれるわ!!』

 

 敵もこちらが接近戦をすると分かれば、自信満々に左手にビームナギナタを抜いて近付いて来た。ただし、ビームライフルやビームキャノンを撃ちながら。

 

『死ねぇ!!』

 

 雨のように放たれるビームをシールドで防ぎつつ、敵がビームナギナタを振るった瞬間に、マリはビームサーベルを砂塵に向けて振り、土煙を巻き起こす。

 

『うっ!? ど、何所だ!?』

 

 マリが直ぐに移動すれば、ジェイコブはジムⅢを見失って機体のあらゆるカメラで探し始める。そのジェイコブのデザートゲルググに向け、マリは瞬時に接近してビームサーベルを振るう。

 敵は気付いたが、マリの方が早く、ジェイコブのデザートゲルググは胴体を切り裂かれる。直ぐにマリは爆発に巻き込まれる前に離れる。

 

『こ、こんな所でぇ! この私がァァァ!!』

 

 ジェイコブが断末魔の叫びを上げた後、デザートゲルググは爆発した。

 

『狂信者共の巣の崩壊は近い! これなら海兵隊が突っ込んで来る前に終わるな!』

 

 武闘派のリーダーであるジェイコブが戦死すれば、拠点の制圧もあと少しと終わるとウッズから無線で知らされる。

 戦闘がもう直ぐ終わるとマリも思い、ビームの刃を仕舞ってバックパックの専用ラックに戻す。彼女の予想通り、砂漠に居るBETA教団の機動兵器部隊は、アメリカ海軍と海兵隊の戦術機部隊に制圧されつつある。

 

「戻ろうかしら?」

 

 メインカメラに映るアーガマ級の方を見て、マリは戦闘が終わるまで待っていようとしたが、BETA教団は諦めていなかったようだ。

 拠点内部で大爆発が起き、ウッズから退避を叫ぶ声が無線より聞こえて来る。

 

『どうした!?』

 

『退避だ! 教祖の豚野郎め、宇宙戦艦を持ち出した!!』

 

『な、なんだあのデカいのは!? 戦艦かッ!?』

 

 最後に上空を警戒していたジークフリートの驚きの声が無線機から響けば、拠点から巨大な物体が飛び出て来る。

 その巨大な物体の名はパトゥーリア。ニュータイプ専用の巨大モビルアーマーであり、地上での運用を目的とされていた。

 本来はニュータイプが乗ってこそ実力を発揮する物であるが、そんな便利な人間は殆ど居ないので、代用として阿頼耶識システム、それもオリジナルを移植した人間七名が搭乗している。それでも十分に能力を発揮できる。

 

『神の使いであるBETAを抹殺せんとする異教徒に悪魔どもめ! 我らの出資者らが寄付したこの巨大兵器で根絶やしにしてくれるッ!!』

 

 BETA教団の教祖であるサイランティウスが拡声器から叫べば、パトゥーリアは戦艦のような外見から不気味な戦闘形態へと変形した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シュヴァルツェスマーケン
シュヴァルツェスマーケン


ここから本編に突入


 不気味な戦闘形態へと変形したパトゥーリアは、目前や地上にある物全てに攻撃を始めた。搭載されている無数の有線ビーム砲を展開し、手当たり次第に撃つ。敵味方に関係無くだ。

 マリ達は並外れた反射神経で避けるが、並大抵の人間は避けられず、柿崎機は被弾して離脱する。

 

『こちら柿崎! 被弾しました!!』

 

『ならアーガマに飛び込め! クソッ、なんだあのデカいのは!? 聞いてないぞ!』

 

 内部に突入していたジグムントは外で起きている状況を知り、パトゥーリアの存在を知らなせなかったアウトサイダーに対し悪態を付く。

 空でビーム弾幕に晒されているギャンプランに乗るジークフリードも同様で、ビームを避けながら叫ぶ。

 

『俺も聞いてねぇよォッ! こんな化け物が出るなんてよォ!!』

 

 そう叫びながらも、彼は一発も被弾することなくビームを避け続けていた。だが、スカイラーや他のパイロット、アメリカ海軍と海兵隊の衛士たちは避け切れずに被弾したり、撃墜されたりしている。残っているBETA教団の機動兵器も同様であり、これで完全に教団の部隊は全滅する。

 

『くっ、被弾した! 脱出するわ!』

 

『お、お止め下さい! 教祖様! まだ我々…』

 

『こちらレッド中隊! 被害甚大! 繰り返す! 被害甚大!!』

 

『駆逐艦ジェームス・パターソンが大破! 戦闘不能です!』

 

『米海軍並び海兵隊の戦術機部隊の損害が拡大しています! 早く対処してください!』

 

『無理だわ! あんなの、フランケンシュタインに残してある物を使うしか…!』

 

『駆逐艦の一隻が荷粒子砲により轟沈! 尚も艦隊の被害が拡大中!』

 

 無線機からパトゥーリアの戦闘力の高さに恐れおののく声が次々と聞こえる中、マリは単機でそのパトゥーリアに挑んだ。

 

『っ!? その機体ではMAには敵いません! 一度撤退を…』

 

「あんなの、放っておくわけにはいかないでしょ!」

 

 ノエルからの静止の声に、マリは無視してパトゥーリアに挑む。たった一機のジムⅢが近付いてくることに気付いたパトゥーリアに乗るサイランティウスは、狂気染みた笑い声を上げながら有線ビームによる弾幕を浴びせる。

 

『ブワハハハッ! 悪魔め、この無敵の私にそんなちゃちな物で挑もうと言うのか!? 嬲り殺してくれるわァ!!』

 

 雨あられとビームを乱射するサイランティウスであるが、マリはそれらをまるで見えているかの如く避けて近付いてくる。高威力の荷粒子砲も躱し、人間が乗っているとは思えない機動力で近付いてくる。

 

『ひっ、ヒィィィ!? 弾幕をすり抜けたァ!?』

 

『恐れるなァ! これは神からの試練だァ!! あの悪魔を撃ち落とせぇ!!』

 

 同乗している狂信者がマリに恐怖する中、薬物でも投与されているのか、サイランティウスは戦意を失わずに接近して来るジムⅢの迎撃に集中する。

 

『今なら…!』

 

 注意が完全にジムⅢに向けば、ミカルのジム・スナイパーⅡはパトゥーリアを狙撃できる位置に到着し、そこから荷粒子砲の発射口に狙いを定め、引き金を引く。発射された長距離ビームは発射口を見事に撃ち抜き、パトゥーリアの戦闘力を落とした。

 

『ぬぉ!? 何事だァ!?』

 

『荷粒子砲の一門を破壊されましたァ!!』

 

『おのれ! その悪魔は何所だッ!?』

 

 一門が破壊されたことで、サイランティウスは狙撃したミカルのジムを探したが、彼は別の狙撃地点に移動し、そこから一つの有線ビーム砲を狙撃して破壊する。

 

『反応が遅くて助かる!』

 

 敵の反応が遅い事に感謝しつつ、続け様に有線ビームを狙撃して破壊するミカルであったが、遂に感付かれて荷粒子砲を撃ち込まれてしまう。幸い、彼は死なずに軽傷だけで済んだが、機体は完全に戦闘不能状態となる。

 

『済まない、もう少し頑張ろうと思ったが、ここまでの様だ』

 

『十分だ! アーガマ級、俺とジークフリートが囮になる! ジークリンデ、援護しろ!!』

 

 ミカルがジグムントに後を頼めば、彼は空中のジークフリートと共に囮になると言って、海中に居るジークリンデに援護を要請する。

 これに応じてギャンプランに乗るジークフリートはメガ粒子砲を撃ち、フォビドゥンブルーに乗るジークリンデは海中から援護射撃を行う。ジグムントもバズーカで攻撃を始める。マリを敵の懐に接近させるためだ。

 パトゥーリアは未だ健在であり、有線ビームや荷粒子砲を撃ちながら四人に対処する。

 

『鬱陶しい悪魔め! まずは貴様からだァ!!』

 

『畜生! 避け切れねぇ! うわぁぁぁ!!』

 

 サイランティウスの狂気により更に稼働力を増したパトゥーリアのビーム弾幕を避け切れず、ジークフリートのギャンプランは被弾して墜落した。次に海中にもビームの雨を降らせ、ジークリンデのフォビドゥンブルーを戦闘不能に追い込んだ。

 

『操縦不能! 脱出する!!』

 

『まだ取り付けないのか!? うわっ!?』

 

 ジークリンデの無事を確認したジグムントは、マリにまだパトゥーリアに取り付けないのかと問うが、彼のディジェにも荷粒子砲が撃ち込まれて戦闘不能となる。

 最後に残ったのはマリのジムⅢとアーガマ級だけだ。アーガマ級はメガ粒子砲を加えようと船体を正面に向けるも、荷粒子砲を受けて被弾する。

 

『左舷に大破! 次を受けたら持ちません!』

 

『退避する! 後は頼んだぞ!』

 

 アーガマ級が左舷に甚大な損傷を負って退避する中、マリはようやくパトゥーリアに接近することに成功した。

 

『お前で最後だ!』

 

 接近したが、囮はもういない。マリに攻撃が集中して来る。有線ビームが飛んでくる中、マリは機体のビームサーベルを抜いて次々と切り裂き、本体に接近しようとスラスターを吹かせる。

 無茶な奮戦をしながらパトゥーリアに近付こうとするマリであるが、機体性能が限界に達し、複数の有線ビームに捕らわれた。

 

『ブハハハ! 両手両足を縛ったぞ! 嬲殺しにしてくれるわァ!!』

 

 有線ビームでジムⅢの両手両足を縛り、嬲殺しにしようとするサイランティウスであったが、マリには奥の手があった。

 

「動かない…! ならっ!」

 

 機体が縛られて動かないと判断すれば、マリはコックピットのハッチを魔法の波動で破壊して外に飛び出した。それをカメラ越しの映像で見ていたサイランティウスは、気でも狂ったと思って大声で笑い始める。

 

『ハハハ! 気でも狂ったか!? 勝手に死ぬが良いわ!!』

 

 追い詰められた挙句、マリが自殺しようとしたと思ったサイランティウスであったが、彼女はポケットからある物を取り出す。それは、手のひらサイズのライガー・ゼロの模型だ。だが、その模型は動いている。マリが手を翳して詠唱すれば、ライガー・ゼロは元のサイズへ戻る。

 どうやらマリは、ライガー・ゼロを魔法で小さくして所持していたようだ。突然、何所からともなく現れ、飛び掛かって来る大型のライオン型ゾイドのライガー・ゼロに、サイランティウスは驚愕の声を上げる。

 

『し、白い巨大なライオンだとォ!? ほ、本当に悪魔、いや、魔女だァ!!』

 

 相手が見たことも無い現象を見て驚愕している内に、マリは空かさずパトゥーリアの操縦室がある部分に向かって右前足のレーザークローを振りかざす。

 

「ストライクレザークロー!!」

 

 マリが技名を叫び、ライガー・ゼロがレーザークローを横へ振るえば、パトゥーリアの操縦室は抉られ、そこに居た者達の物と思われる肉片が、破片と共に空へ撒き散らされる。

 

「う、うわぁぁぁ!? た、助けてぇ!!」

 

 何の奇跡か、それともご都合主義なのか、同乗していた六名の狂信者は肉片になっているにも関わらず、サイランティウスだけは無傷で生きていた。

 一人生き残った血塗れのサイランティウスはマリのライガー・ゼロを前にして恐怖し、失禁までして命乞いを始める。

 ライガー・ゼロの全ての足の爪をパトゥーリアに突き刺して踏ん張っていたマリは、先ほどの威勢が消えて見っとも無く命乞いをするサイランティウスに対し、顔を動かす操縦桿を動かして容赦なく噛み砕こうとする。

 

「わぁぁぁ!! よ、止せぇ! 止めろぉ!! 食べないでお願い!!」

 

 涙を流しながら必死で命乞いをするサイランティウスを、マリが駆るライガー・ゼロは鋭利な牙で噛み砕いた。

 真っ白な頭はBETA教団の教祖の返り血で赤く染まり、恐ろしさを増させる。操縦者を失ったパトゥーリアはそのまま地面へと落下していき、マリのライガー・ゼロは上にあがって巨体をクッションにして墜落の衝撃を免れた。

 

『終わったか…』

 

『全く、聞いてねぇぞ。あんなのが出て来るなんて』

 

 パトゥーリアがマリのライガー・ゼロに討たれれば、BETA教団は壊滅した。

 

『よし、総員撤収だ。破壊しておく物はまだ残っているか?』

 

『いや、無い。あちらさんがご丁寧に全てぶっ壊してくれたよ』

 

『手間が省けたな。では、後は米軍に任せて我々は撤収だ』

 

 戦闘が終わって安堵するマリ達は、証拠隠滅は敵がやってくれたことに感謝しつつ、その場を撤収し始めた。

 簡単に終わると思われたBETA教団殲滅戦であったが、思わぬ伏兵により、多数の負傷者と保有兵器の殆どが戦闘不能と言う結果に終わった。死者が出なかったことが幸いだろうか。

 しかし、アメリカ海軍の第5艦隊と海兵隊の戦術機部隊の損害が酷く、所有する艦艇三隻が轟沈、二隻が大破、死傷者多数と手酷い被害を受けた。

 

 

 

「おい、黒目野郎! あんなグロイ兵器が出て来るなんて聞いてねぇぞ!!」

 

 地上での後始末を終えた一同は、一度フランケンシュタイン号に戻った。

 艦橋内にて、ジークフリートはアウトサイダーに対し、パトゥーリアの存在を知らせなかったことに激怒する。それもそのはず、何の知らせも無く、アメリカ軍が核弾頭を持ち込もうとする兵器が出て来たのだ。これもジグムントもジークリンデも同意見だ。

 この中で出撃しなかった者やマリを除き、全員が負傷して包帯を巻き、中には手足を骨折している者や車いすの者も居る。

 

「確かにあれは予想外だ。おまけにウッズ大尉も文句を言っているぞ」

 

「お前の所為で、左足が折れちまった。保険は出るんだろうな?」

 

「済まなかった。諸君等なら、乗り越える事が出来ると思っていた」

 

 ジグムントやウッズからのクレームに対し、アウトサイダーは謝意も無い言葉で返す。

 これが癪に障ったのか、ジークフリートは殴ろうとするが、ジークリンデに止められる。次に船長はこれで、元の次元に帰れると思い、皆を落ち着かせるために口を開いた。

 

「これで、わし等は元の次元に帰れるのだな。では、さっそく帰ろうじゃないか。そこからお嬢さん探しを…」

 

「その前に、新しい取引がある。条件付きだが、マリ、お前に取って大変重要な物だ」

 

「えぇ? また無茶なことを言うんじゃないだろうな…」

 

 アウトサイダーが余計なことを言ったので、マリが黒目の青年に視線を向けた。どうやら食い付いたらしい、アウトサイダーが出した見返りは、ルリに関する物の様だ。船長はまた何かに巻き込まれると思い、頭を抱える。

 

「勇者の正確な居場所を教えよう。もちろん、条件がある。自分で探すのも手だが、悪い話では無い」

 

「聞かせて。条件次第ならやっても良い」

 

 マリが条件次第ならやると言えば、アウトサイダーはその条件を明かした。

 

「良かろう。やって貰うのは、この世界では二年後余り、場所はドイツ東部地方で第666戦術機中隊、通称シュヴァルツェ・マルケンの全員を誰一人欠けることなく春まで守って貰いたい」

 

 条件はこの世界の二年後、ドイツ民主共和国人民地上軍の戦術機部隊、第666戦術機中隊、シュヴァルツェ・マルケンの面々を誰一人欠けることなく、春の到来まで守れとの事だった。

 一月半ばの出撃で最初の犠牲者が発生し、そこから春の三月で現部隊長のアイリスディーナを含め、ほぼ隊員が全滅して部隊は解散した。マリが向かう時期は、最初の犠牲者が発生した直後の出撃である。

 当然、普通に考えれば無茶な話だ。何処かで全員を監禁すれば話は早いが、それではその世界の秩序を乱してしまう。この課題に対する文句が、アウトサイダーに浴びせられる。

 

「春までに誰一人欠けることなく守れだぁ? なに無茶なことを抜かしてやがる! この黒目野郎! テメェがやりやがれ!!」

 

 ジークフリートが皆を代表して文句を言うが、リーダーであるマリはやる気であった。

 

「こいつは無視して、やるわ。リストちょうだい」

 

「てっ、やるのかよ! 二カ月も共産主義者共の懐に居なくちゃならねぇんだぞ! 我慢できるかっての!」

 

「ジークフリート、決めるのは彼女だ」

 

「けっ、俺たちの自己主義のマスターが、我慢できるかどうかの問題だな」

 

 そんなマリに同じドイツと言えば、社会主義国に潜伏したくないジークフリートは反対するが、決めるのは自分らのマスターであるマリなので、従うしかないとジグムントが告げる。これに泣く泣くジークフリートが従う中、マリはアウトサイダーから渡されたシュヴァルツェ・マルケンの面々のリストを確認する。

 リストは軍事用の紙であり、そこにはこれから編入される者の名や、見覚えのある名前、リィズ・ホーフェンシュタインまである。

 

「じゃあ、さっそく準備に…」

 

「待て」

 

 名前を読み上げたマリは、直ぐに出撃の準備をしようとしたが、ジグムントに止められる。

 どうやら人選についてらしく、前のように女子供ばかり起用すると思って、自分が人選を決めたいようだ。

 

「人選については、私に一任して貰おう。拒否するなら、我々は抜ける」

 

 そう脅し付けるようにジグムントが言えば、マリは無言で頷いて承認した。

 

 

 

 それから数時間後、ドイツ民主共和国こと東ドイツ、ポーランドとの国境線付近の上空にて、戦術機では無い異界の機動兵器が数機ほど、目的地へ向けて降下していた。

 先頭はもちろんマリで、乗っている機体はこの世界を各国政府の注目を集めるようなMS、それもガンダムタイプ、フリーダムガンダムだ。

 まるで天使のようで、名前の通り支配者を駆逐し、自由を与えてくれそうなガンダムである。宇宙世紀の性能で例えるなら、U.C120年代並と言えよう。

 性能に伴い、操縦性は劣悪で優れた者しか乗れないが、マリはその優れた者であり、一瞬にしてフリーダムを手足のように扱っていた。当然、世界の反応を考慮して量産機に乗るジグムント等は難色を示す。

 当のジグムント等は、異世界からの乱入者を予想して高性能量産機であるジェスタだ。

 これも興味を引いてしまうほどの性能であるが、異世界から乱入してくる連中が蹂躙しかねない性能を持った兵器を持ってくる可能性があるので、妥当とも言える。無論、空戦に備え、専用のサブ・フライトシステムに乗っての参戦である。

 パイロットはジグムントとジークフリート、ジークリンデを初め、五名のドイツ系の男で、合計八機だ。

 

『現在、第666戦術機中隊はレーザーヤークト中だ。終わるまでそう時間は掛からないだろう』

 

『了解した。マスター、余り派手にやり過ぎるな。共産主義者や国連軍に見られたら厄介だ』

 

「…分かってる」

 

『ずるいぜ、そんなチート級の機体に乗りやがって。そいつに乗るなら俺は…』

 

『黙ってろ。あれも駄目だ』

 

 VF-25メサイアの早期警戒機型であるRVF-25に乗るミカルより、シュヴァルツェ・マルケンの座標を得たジグムントがマリを注意したが、フリーダムガンダムに乗る彼女に苛立つジークフリートは、VF-31ジークフリートに乗ろうと口にする。

 無論、そのバルキリーはフリーダムガンダムよりも高性能であり、使えば完全に注意を引いてしまう。

 ちなみに、RVF-25は二人乗りで操縦はリンダがしており、ミカルはレーダー手を務めている。高度はレーザー級のレーザーを避けるため、遥か上空を飛行中。

 そんな空からの支援を受けつつ、マリ達はシュヴァルツェ・マルケンの座標へと降下していく。

 

『レーザーヤークトは終わったようだが、一機暴走している。不味いな、誰か死ぬぞ』

 

 シュヴァルツェ・マルケンの八機の内、一機が暴走していた。長刀を持ったMig-21であり、向かって来るBETAの突撃級を斬り続けている。止めようと一機が近付くが、振り回し続けて近付けない。

 そんな長刀を持った戦術機の背後から突撃級が突っ込んで来る。錯乱状態の振り回し続ける戦術機は気付いていない。それに気付いた友軍機は、間に合わないと判断して突き飛ばそうとする。

 

『突き飛ばした方が死にそうだ』

 

「大丈夫」

 

 長刀の戦術機を守った友軍機は、突撃級の体当たりを受けそうになったが、マリは正確にその突撃級をビームライフルで狙撃して殺した。

 続けざまに周囲に居るBETAの突撃級や要撃級、戦車級を搭載されている全ての火器を駆使して打ち倒していく。

 この間にシュヴァルツェ・マルケンの面々の声が無線機より聞こえて来るが、マリは無視して操縦桿を動かし、フリーダムの翼を羽ばたかせながら上空へ飛翔させ、フルバーストシステムを起動、目に見えるBETAを全て照準する。

 出来る限りのBETAを照準に収めれば、直ぐに引き金を引いて一度に十体ものBETAを始末した。続け様にフルバーストを行い、周囲のBETAを次々と始末していく。フルバーストを終え、地面に着地する頃には、周辺に居たBETAは焼死体と化していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人のアイリスディーナ

『な、なんだこの戦術機は…!?』

 

『そ、空を飛んでたぞ…!』

 

 マリが駆るフリーダムガンダムの圧倒的戦闘力を前に、国家人民軍(NVA)所属第666戦術機中隊、通称黒の宣告(シュヴァルツェ・マルケン)の面々は驚き、思わず手にしている突撃砲を向けていた。

 幾つもの激戦を経験し、三代目の中隊長に継いだアイリスディーナ・ベルンハルト大尉でさえ、急に現れた自由をもたらす天使のようなガンダムに、いささか動揺を覚えている。

 そんな彼女らに対し、マリは機体のビームライフルを腰のラックに付け、敵でないことを右手のハンドサインで告げる。

 

『な、なんのサインだ? それより所属を名乗れ!』

 

 部隊の二代目の政治将校、グレーテル・イェッケルン中尉は党の意向に従い、突撃砲を向けてマリに何者かを問う。

 当の彼女は敵でないと示す為、コックピットの操作盤の下にあるキーボードを引き出し、目前のMig-21全機の映像回線をハッキングして自分の映像を映す。

 

『っ! こ、これは…!?』

 

『ベルンハルト…大尉…!?』

 

『もしかして妹!?』

 

『…一体何者だ?』

 

 映像越しからマリの姿を見たシュヴァルツェ・マルケンの面々は驚いた。

 中隊長のアイリスディーナと同じく金髪碧眼でドイツ系の白人、それも彫刻のように整った美しい顔立ち。違うとすれば、やや幼くて体格が少し小さいくらいだ。それでも、アイリスディーナと瓜二つとも言える。そんな彼女の姿を見て驚く面々に、アイリスディーナは冷静さを取り戻して何者かと、茫然としているグレーテルを放って問う。

 

「神か悪魔か分からない変なのに助けろって言われた」

 

『おい、答えになってないぞ!』

 

 アイリスディーナの問いに、マリは正直と言うか適当に答えた。無論、シュヴァルツェ・マルケンからすれば、意味の分からない返答だ。直ぐにテオドール・エーベルバッハより指摘が入り、更には威嚇射撃までされる。

 

『シュヴァルツェ8! 発砲は止めろ! とにかく、基地まで同行を…』

 

 威嚇射撃をしたテオドールに、アイリスディーナは注意してマリのフリーダムに基地まで同行するように指示を出したが、マリは従わずに機器をハッキングして座標を出した。

 

『なんだ! 座標が表示されたぞ!?』

 

『勝手に表示されています! 奴が発信しているようです!』

 

『どうします? 攻撃しますか?』

 

 突然の表示にグレーテルが慌て、ヴァルター・クリューガーが座標の発信源が目前のフリーダムであると知らせ、ファム・ティ・ランが攻撃するか問う中、アイリスディーナは物の数秒で考えを纏めて決断を下す。

 

『あのお嬢さん(フロイライン)に従おう。二機が追尾する、私とエーベルバッハだ』

 

『なんで俺が? 第一、こんな何所の奴も分からない…』

 

『口答えするな。我が国家人民軍において上官命令は絶対だぞ』

 

『…了解(ヤー)!』

 

 決断はマリが送った座標に向かう事だった。自分とテオドールの二機のみで、マリのフリーダムガンダムについてくることにして、残りは基地に帰投させる。指名されたことに苛立つテオドールであったが、アイリスディーナがNVAの軍規を持ち出して従わせた。

 中隊長機と僚機がついてくるのを確認したマリは、周囲のBETAを片付けたジグムント等に無線連絡を送る。

 

「‟キャラ被り‟と‟赤毛‟がついて来てる。周囲の掃除、お願い」

 

『適当な名前で呼ぶな。各機に通達、掃除の時間だ。目に見える化け物は全て片付けろ。火器制限なし、派手にやってよし』

 

『そいつを待っていたぜ! さぁ、ストレス発散だ!』

 

 マリが勝手に付けたアイリスディーナとテオドールの渾名の事を指摘しつつ、ジグムントは七機のジェスタに乗るパイロット達に指示を出す。

 待っていたジークフリートは、自分が乗るジェスタの背中に装着されているビームガトリングガンを展開し、それを持って目前のBETAの集団に向けて撃ち始める。凄まじい連射力から放たれるビームは正面が硬い突撃級すら引き裂き、周囲に居るBETAを肉塊へと変えて行く。

 ジェスタは様々な装備に換装できるように設計されており、ジークフリートの装備もその一つである。

 

『私は左側面を掃討する』

 

 ジークリンデも火器制限なしの許可を得れば、自身が乗る支援タイプのジェスタ・キャノンのビームキャノンとビームライフルを連射し、自身が担当する左側面の掃討を開始する。

 部隊長を務めるジグムント機は、ドイツの突撃銃であるG36に似たビームライフルを装備し、それを単発で撃ってBETAを掃討している。正確な射撃をしつつ、残り通常タイプや支援タイプに乗る五機のジェスタに指示を出す。

 

『四番機と五号機は二番機の支援に回れ。六番機と七番機は三番機のフォロー。八番機は俺に付け!』

 

『ヤヴォール!』

 

 指示に応じれば、それぞれがジークフリートとジークリンデの支援に回り、死角から接近して来るBETAの掃討を行う。

 尚、四番機に乗っているのがマウテス・ヨハン・ヴァイス、五番機がヴォーレン・グランツ、六番機はヴィリバルト・ケーニッヒ、七番機がライナー・ノイマン、八番機はツイーテ・ナイカ・タイヤネンだ。

 この五名の生前は魔導士の英霊であり、凄まじい激戦を潜り抜けて来た戦闘のプロである。BETAの大群と戦いにおいて、恐ろしい数の人海戦術を駆使した軍隊との交戦歴もあるので、BETA殲滅戦に適している。

 そんなプロ中のプロが駆る八機のジェスタの援護を受け、アイリスディーナ、テオドールは容易に国境線を抜け、完全に放棄されたポーランド領内に入ることが出来た。

 

『前方より更にBETA!』

 

「露払いなら!」

 

 アイリスディーナの知らせで、更にBETAの増援が目前に現れれば、マリはジェスタ・チームの救援を待たず、一機で高速で突入、腰のビームサーベルを抜いて進路上に邪魔となるBETAを全て斬り捨てる。掛かった時間は僅か数秒足らず、この世界の住人である二人を驚愕させるには十分な時間だ。

 しかも人間がミンチになる程の機動で、二名は映像に映るマリが平然としていることに驚愕する。

 

『あんな機動でなんともないのかよ!?』

 

『…救難信号をキャッチ! 国連軍の戦術機部隊か、貸しを作るにはうってつけだな。ここから近い。援護、頼めるか?』

 

「良いわよ。早く行って」

 

 テオドールが無事なマリを見て驚きの声を上げる中、アイリスディーナは付近で国連軍の戦術機部隊の救難信号を受信した。周囲にはまだ多数のBETAが残っているので、マリに援護を頼めば、彼女は少し嫌な表情を浮かべながらそれに応じ、BETAの掃討を続けた。

 

 

 

 マリに周囲のBETAの掃討を任せたアイリスディーナとテオドールは辺りを見渡し、救難信号を出した国連軍の戦術機部隊を探したが、何所を見てもF4ファントムの残骸ばかりだ。

 

「反応がありません。みんな死んでんじゃないんですか?」

 

 周囲の生存者を探しながら言うが、アイリスディーナの返答は彼に取って予想もしない物だった。

 

『なぜアネットを見捨てようとした? 戦争神経症の衛士は邪魔か?』

 

「何を言って…」

 

『どれだけ戦術機を上手く扱えようが、自分しか守れない貴様に衛士を名乗る資格は無い』

 

「あんたがそれを言える事か!」

 

 部隊の中で戦争神経症のアネットを邪魔だと判断し、BETAに殺させようとしたテオドールにアイリスディーナは問うが、彼は激昂して怒鳴った。

 テオドールはアイリスディーナが身内を国家保安省、通称シュタージに売って今の地位を得たと思っているからだ。

 

「知ってるんだぞ! あんたのやった事を! 身内を売る奴が…」

 

 最後まで言おうとした時、テオドールは頭を冷やして自分が何を言っているのか理解した。こんな地獄の中で自分の部隊長の噂話を言っても、無駄だと分かっているからだ。

 

『続けないのか? 私がシュタージの密告者だと』

 

 これにアイリスディーナは気にせずに言うが、テオドールの反応は無かった。

 数秒後、レーダーが国連軍の戦術機の反応を捉えた。直ぐにアイリスディーナはテオドールに指示を出す。

 

『話はあとだ。私以下の卑しい人間になりたくなければ、衛士として誇りを持ち、自分の儀を果たすんだな。エーベルバッハ少尉』

 

「ちっ、了解!」

 

 尻を叩かれるかの如く、テオドールは先行して国連軍機の反応を探した。

 何機か生き残っているようだが、既にBETAに撃破されており、残った左肩にカートゥンアニメのキャラが描かれた一機は、要撃級の体当たりを受けて戦闘不能となった。直ぐに助けなければ、乗っている衛士は食い殺されてしまうだろう。即刻、倒れたF4ファントムに群がるBETAを一掃する。

 

「あの女、まだ残ってるぞ!」

 

『エーベルバッハ少尉、周囲のBETAは引き受ける。お前は国連の衛士を救え! 貴様が衛士と言う証拠を見せろ!』

 

「了解!」

 

 アイリスディーナからの指示で、テオドールは近くに機体を着陸させ、彼女の指示通りに倒れたF4に生身で接近した。

 周囲にはまだ戦車級が複数ほど居たが、直ぐにアイリスディーナのMig-21が始末してくれた。その血飛沫がテオドールに降りかかる中、顔に着いた場所を右手の甲で拭い、倒れている国連軍の戦術機によじ登り、コックピットを目指す。

 

「くそっ、何所だ? 緊急開閉ハッチとかは!?」

 

 コックピットまでよじ登ったテオドールは開閉ボタンを探したが、西側の物であるために中々見付からない。

 ようやく見つかった所で、テオドールはそれを押してハッチを開いた。

 

「リィズ…!?」

 

 中に居たのは、自分より年下な少女だ。気を失っており、内部には私物と思われる物が散らかっていたが、それよりもテオドールは行方知れずの妹と面影を重ねてしまった。

 

『何をしている!? 早く戻って来い!』

 

 テオドールは通信で我に返り、少女を抱えて自分の機体まで戻ろうとした。私物に関しては、拾ってやらずに彼女だけ抱える。見ず知らずの他人のために、拾ってやる時間など無いからだ。

 戻ろうとした瞬間、周囲に居る大型級のBETAがビーム攻撃により全滅した。

 

「なんだ? あいつが戻って来たのか?」

 

 テオドールはあのビーム攻撃を、マリのフリーダムによる物であると思ったが、ビームの色は違う上に高出力では無かった。鋭いアイリスディーナは直ぐに臨戦態勢を取り、レーダーに映る正体不明機に警戒する。

 

『いや、どうやら違うらしい。早く戦術機に戻れ。戦闘になるかもしれん』

 

 アイリスディーナは周囲に現れたBETAではない戦術機サイズの機動兵器を見て、テオドールに早く乗るように告げた。

 

 

 

「さて、これでお掃除完了っと」

 

 周囲のBETAを一掃したマリは、アイリスディーナとテオドールの元へ戻ろうとしたが、自機を狙うビームに気付き、恐ろしい速さで躱してビームが来た方向へ直ぐにカメラを向ける。

 

「こいつら何?」

 

『そっちにも出たか。彼女らの方にはジグムント等が向かっている。そっちの対処を頼む』

 

 ビームが飛んできた方向を直ぐに見付け、そこへビームライフルを向ければ、戦術機では無いフリーダムと同じ異世界の機動兵器の姿があった。マリが上空の早期警戒機に乗るミカルに問えば、彼はアイリスディーナの方にも来ていると答え、ジグムント等が対処に向かっていると告げてそちらの対処を求める。

 敵はいつものMSでは無く、機体照合からは連邦軍が運用しているサイリオンであると分かる。正規軍が使う物とは違い、武装も本来の物では無い再生品であるようで、所属は見る限り正規軍では無い。

 さらにそのサイリオンに乗るパイロットより、マリのフリーダムに映像通信が入って来る。映っているのは大柄のスキンヘッドの男で、傷だらけの顔を見る限り歴戦の戦死と見える。

 

『貴様、マリ・ヴァセレートだな? 大人しく我らギゾン旅団に投降して貰おう』

 

「投降? 何言ってんの?」

 

『賞金首となっているにも気付かずか。手足の一本無くとも生きていればよい。総員、全力で攻撃せよ!』

 

 彼の男が命令を出せば映像通信は途切れ、周囲から多数の再生品の機動兵器が続々と包囲する形で現れ、マリのフリーダムに襲い掛かる。

 ギゾン旅団なる部隊の装備にはMSやPT、他にもゾイドなどが見えるが、どれもが共食い整備や改造して取り付けたような不格好な物ばかりであった。持っている武器もジャンク品の再生品だ。戦場から掻き集めたのだろう。

 そんなジャンク品旅団に対し、マリは容赦なくフリーダムの威力を見せ付け、次々と元のスクラップへと戻していく。

 

『ぬぅ…! 我らノンダス人が華奢な女一人に…!!』

 

『負けてなる物か!!』

 

 次々と撃破されていく仲間の機体を見て、ギゾン旅団に属するノンダス人は自分の狩る機体で連携を取って近接戦闘を仕掛けるも、マリの恐ろし過ぎる反応速度に躱され、二振りのビームサーベルで切り裂かれる。

 

『ぬぁぁぁ!!』

 

 空を飛び、部下たちを殺し続けるマリのフリーダムに、旅団長が乗るサイリオンが大振りの斧を持って斬りかかったが、これもあっさりと躱されてしまい、更には背中を蹴られて雪原の上に叩き付けられる。

 なんとか起き上がろうとしたが、マリは容赦なくビームライフルで敵機の手足を撃ち抜いて破壊して達磨状態にした。中々残酷なやり方だ。敵機には乗り捨てるか、自爆する以外に方法は無い。

 部下たちを殺された挙句に全滅させられ、このような屈辱的な敗北をたかが華奢な女に負けた旅団長は、早くとどめを刺せと空か見下すマリに命じる。

 

『う、うぅぅ…! 殺せ! このような敗北は我らノンダス人に取って屈辱的だ! 我らは戦場こそ墓場と決めている! 生かすなど我らを愚弄するのか!?』

 

『お遊びをしている暇はないぞ。思ったより到着が遅れている。向かってくれ』

 

 彼らノンダス人に取って、死は戦場で戦って死ぬことである。老衰や事故死は彼らにとっては恥も同然である。

 当のマリには知った事では無く、アイリスディーナとテオドールの救出に向かえとミカルに言われたので、旅団長を放棄して彼女らの救援に向かう。

 

『ま、待て! くそっ! こんな任務を受けるんじゃ無かった!!』

 

 自分を殺さなかった相手を恨みつつ、旅団長は機体を自爆させて自ら命を絶った。

 

 

 

 マリが賞金稼ぎ部隊を全滅させた後、アイリスディーナとテオドールは別の賞金稼ぎ達に襲われていた。

 

「早く乗り込め!」

 

 国連軍の衛士を救出し、抱えている状態のテオドールに向け、アイリスディーナは周囲から現れ、ビーム攻撃を浴びせて来る雑多な機動兵器部隊に突撃砲を撃ちながら告げる。

 これにテオドールは急いで自分の機体へ急ぐが、あちらこちらからも賞金稼ぎ達が現れ、自分に向けて見たことも無い銃や、更にはレーザーガンまで撃ってくる。

 

「なんなんだ! こいつ等!?」

 

 悪態を付きながらもテオドールは何とか少女を抱き抱えたまま自機に乗ることに成功し、ロケットランチャーを撃とうとする賞金稼ぎを、手にしているPMマカロフ自動拳銃を滅茶苦茶に撃って下がらせる。

 先にコックピットに少女を放り込み、それから操縦席に座って起動させ、アイリスディーナの支援に回る。

 

『こいつ等は一体!?』

 

「さぁ、お友達では無い事は確かだ」

 

 テオドールの問いに、アイリスディーナは冗談を交えながら攻撃を躱し、突撃砲で反撃する。味方では無い事を証明するかのように、襲って来る機動兵器に乗るパイロット達の下劣な通信が無線機より聞こえて来る。

 

『この女がマリ・ヴァセレートだな!』

 

『ちょいとおっぱいがデカいが間違いねぇ!』

 

『引き渡す前に味見と行こうぜ! 俺が一番だ!』

 

『黙れ! 俺が先だ!!』

 

 どうやらアイリスディーナを、マリと勘違いしているようだ。彼女の容姿を見て下品な妄想を浮かべた賞金稼ぎ達は、自分が先にアイリスディーナを捕らえようと仲間割れを始める。

 

『こいつ等、勝手に仲間割れを!?』

 

 賞金欲しさに仲間割れを起こした賞金稼ぎ達に対し、アイリスディーナはチャンスだと思い、この隙に離脱しようとテオドールに告げる。

 

「何が何だか分からんが、とにかくその間に脱出だ! 急げ!!」

 

 この場から逃げようとする二人であったが、賞金稼ぎ達が逃すはずが無く、一斉に攻撃を浴びせて来る。

 

『あっ! 逃げる気か!?』

 

『逃がすか! 撃ち落とせ!!』

 

 先ほどの仲間割れを忘れ、一斉に逃げる二人へ向けてレーザー等を浴びせて来る。凄まじい弾幕で掠る程度で済むものの、いつ被弾してもおかしくない。

 

『駄目だ! 避け切れ…』

 

 テオドールが弱音を吐いた瞬間に、彼を狙っていた改造され過ぎて正体不明となった機動兵器が撃破された。

 

『生きているか!? 生きているなら早く逃げろ! ここは我々が引き受ける!!』

 

 マリよりも先に、ジグムント等が先に救援に来たようだ。

 八機のジェスタタイプは、手にしているビームライフルを撃ちながら賞金稼ぎ達を一掃する。マリが交戦したギゾン旅団なるノンダス人の傭兵団とは違い、アイリスディーナ等を狙った賞金稼ぎ達は個人のようだ。

 連携が取れた八機編成のジェスタ中隊からの急襲を受け、賞金稼ぎ等は次々と撃破されるか逃げ出し始める。

 

『畜生! あいつを!!』

 

『行くな!』

 

 一機が制圧射撃をすり抜け、アイリスディーナ等に近付いたが、ジグムントが乗るジェスタに取り付かれ、雪原へと叩き付けられた際にビームサーベルをコックピットがある胴体に突き刺されて無力化された。

 続けてジグムントはライフルに切り替え、逃げ出す賞金稼ぎ等の機動兵器を撃って撃破する。ジークリンデも到着し、敵機の掃討がさらに進む中、ジークフリートは掃討戦には参加せず、あろうことかアイリスディーナ機に近付いて無線連絡を入れる。

 

『ウッヒョー! マジのゲキマブだぜ! マスターよりも胸がデカくて大人って感じだぁ!』

 

「な、なんだこいつは!?」

 

『何をやっている? 早く向かえ!』

 

『ちっ、それじゃあ、見といてくれよ!』

 

 いきなり映し出された金髪碧眼の大柄な青年を前に、アイリスディーナは驚く中、当のジークフリートはジグムントに叱られ、敵機の掃討に向かう。

 持っていたビームガトリングは背中のラックに付け、三連射が出来るビームライフルに切り替えて雑多な敵機に攻撃する。物の見事に急所に当てており、一機、二機と続けざまに撃破し、逃げる生身の賞金稼ぎ等に対しては、腰のグレネードランチャーを撃ち込む。

 グレネードの弾頭は対人用の白燐弾だ。皮膚に付着すれば中々消えないので、それを浴びた賞金稼ぎ達は悶え苦しみながら死ぬ。側面から接近戦を挑んで来た機動兵器に対し、ジークフリートは左手で抜いたビームサーベルを突き刺して撃破した。残りのジェスタも賞金稼ぎ達を一掃し、彼らの戦意を奪った。

 

『よし、後はBETAに食わせる! 撤収しろ!』

 

『待ってくれ! 上空より敵機!』

 

『飛行型まで居るの!? 対空射撃…』

 

 残りの賞金稼ぎ等はBETAに処理させることにして、撤収しようとするジグムント等であったが、ミカルより飛行できる機動兵器の接近を知らされた。

 ジークリンデは直ちに対空射撃を行おうとしたが、ちょうどマリのフリーダムが到着し、飛んでいる機動兵器を次々と撃ち落としていく。

 

『なんでこんな奴らが出て来るんだ!? ここはコイン機ばかりじゃねぇのか!?』

 

『う、うわぁぁぁ! く、来るな!!』

 

 上空も次々と撃破される同業者らを見て、賞金稼ぎ達は予想外のマリとジェスタ隊の存在に恐怖し、逃げようとするが、彼女は追跡の手を緩めない。

 撃墜を免れ、地面に叩き付けられる程度で済んだ機体もあるが、群がって来たBETAに襲われて何も抵抗できぬまま食い殺される。

 

『わぁぁぁ!?』

 

 更にマリのフリーダムは高速接近し、一気に二機の敵機をビームサーベルで切り裂いて撃墜した。

 これでもう賞金稼ぎ達は戦意を喪失し、同業者らを助けることなく我先へと逃げ出し始める。

 

『敵部隊撤退を確認。残りはBETAに食われている。さぁ、手紙を届けよう』

 

 ミカルより敵部隊が撤退するか、BETAに食われていることを知らされれば、マリは基地へ帰投する二機に高速で向かい、手紙が入っている小包をアイリスディーナ機に向けて投げる。左足に引っ付いたのを確認すれば、マリはジェスタ隊の元へ戻った。

 

『手紙は付いた。さて、おいとましよう』

 

『着けたな。では、撤収する。フランケンシュタイン、転送装置を起動しろ』

 

 手紙が着いたのをミカルが確認すれば、マリのフリーダムがジェスタ隊の集結ポイントに着地し、それを見たジグムントは撤収する為、フランケンシュタイン号に転送装置を起動するように無線連絡を取る。

 この連絡を受け取ったフランケンシュタイン号は、直ちに転送装置を起動して、マリ達を船へと転送させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会い

 ペーパーゼー基地に帰投した第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンは、ハンガーにて機体整備を行い、暫しの休息を取った。

 レーザーヤークトは相当な疲労を伴う戦術行動だ。Mig-21戦術機から降りた若い衛士等は降りるなりその場で倒れ込み、整備兵や基地の勤務要員に抱えられながら待機室へと戻される。まだ立っているのはベテランのフリッツやファム、ポーランドの迷子兵であるシルヴィア・クシャシンスカだけだ。

 国連軍の衛士である少女を救ったテオドールも、渡された栄養ドリンクを一気に飲み干し、衛生兵に少女を医務室に運ぶように指示を出した後、ぐったりと倒れ込んだ。

 中隊長であるアイリスディーナは、整備兵より機体の足に変な物がくっ付いているとの報告を受ける。それはマリが引っ付けた小包だ。

 

「同志大尉、貴方の機体に変なのが引っ付いていました。何でしょうか?」

 

「見せて見ろ」

 

 報告を受けて引っ付いていた物を受け取ったアイリスディーナは、報告して来た整備兵に礼を言ってからハンガーを後にした。

 この基地内は党に対する反乱者に備え、何処かに隠しカメラや盗聴器が仕掛けられている。ここで開ければ、監視している党に見付かる可能性があるので、彼女はそれらが仕掛けられていない外へ出て、中身を確認する。

 

「奴ら、何所まで知っている?」

 

 小包を開け、中に合った手紙を見たアイリスディーナは、自分等の密談場所まで知っていることに驚いた。

 

 

 

「さて、時間通りだな」

 

 基地の付近にある教会の廃墟にて、護衛も伴ってやって来たアイリスディーナを窓から見たジグムントは、腕時計を見ながら時間通りに来たと口にする。

 廃教会の中にはジークフリートとジークリンデ、マリが待っていた。ジークフリートの手にはココアが入ったカップが握られている。つい数分前に温めたばかりのココアだ。

 

「ようやく来たか。たく、何も二十分前に来なくても良いじゃねぇか」

 

「日本じゃ待ち合わせに十分も前に来るそうよ」

 

「まぁ、俺たちドイツ人は時間に厳しいからな。共産主義になっても変わらねぇらしい。それにしても、このココアはうんめェーな」

 

 待ち合わせの時間より二十分も前に来ていたジークフリートが文句を言えば、ジークリンデは十分前が当たり前だと口にする。

 アイリスディーナ等が廃教会へと入れば、マリはカンテラの火を灯して明るくした。

 

「改めてみると、私の学生時代にそっくりだな」

 

 祭壇の上に腰掛けるマリを見て、アイリスディーナは挨拶せずに自分の学生時代にそっくりなことを伝えた。

 これにマリは何も答えず、向こうと同様に名乗りもせずにアウトサイダーから守れと言われたと事を告げる。

 

「神か悪魔か分からない奴にあんた等を守れと言われた」

 

「相変わらず適当な女よのぅ。見ろよ、向こうさんは呆れ顔だぜ。嫉妬してんのか?」

 

 簡単にマリがそれだけ言ったので、アイリスディーナ等は理解できずに首を傾げた。

 これに未だにココアを啜っていたジークフリートは、それで理解できるはずが無いと言って、アイリスディーナに嫉妬しているのかと問う。

 確かにアイリスディーナはマリより身長が高く美人で、若さを除いて肉体面でも優れている。完璧な美を求めて人間を辞めたマリが、自分よりスタイルの良い女性に嫉妬しないはずが無い。

 

「それだけか? たったそれだけで我々を? 聴きたいことは山ほどある。話してくれないか?」

 

 全く適当なことを言ったので、アイリスディーナは詳しく聞いてくる。

 それもそのはず、異世界からやって来た賞金稼ぎ達に襲われたのだ。なんで狙われているのかを聞く権利がある。もっとも、ただマリに似ているだけで狙われただけだが。

 この問いにマリは、狙われる理由だけを答える。

 

「私に似てるから? あいつ等、逆恨みしてるし。更に捕まえて何かしようとしてる。不老不死でも望んでんじゃないの?」

 

「私は不老不死では無いが…つまり、異世界の勢力が貴様を私と間違えているのだな?」

 

「あいつ等、目ぇ悪いな。良く見りゃあ違い何て分かるのに」

 

「ジークフリート、お前は黙ってろ」

 

 年齢とは沿わないマリの喋り方に、アイリスディーナは自分と勘違いして襲っていると言えば、彼女は無言で頷いた。ジークフリートが時より口を挟んで来たが、ジグムントに黙らされる。そのジグムントも会話に参加し、自分の考えを口に出す。

 

「おそらく奴隷商人にでも売り付けるつもりだろう。あの容姿だ。恐らく奴隷商人は高く買う。間違えても売り付ければ少しの足しになる。今もどこか、あるいは異世界で我々のマスターに似た女が賞金稼ぎ等に掴まり、賞金を出す勢力に違うと追い払われ、奴隷商人に売られていることだろう。まぁ、我々はお前たちの護衛を命じられて、関係無い話だが」

 

「酷い話だ。一体、貴様は何をしたんだ?」

 

 ジグムントが話した事実に、アイリスディーナは心を痛め、その要因を作り出したマリに何をしたのかを聞いた。当の彼女は自分が原因にも関わらず、悪気も無さそうに自分が狙われる原因を作ったことを語る。

 最初は連邦軍にルリの居場所を問おうとしたら拘束され掛け、反撃した事と、同盟軍の基地に潜入して戦闘になった事も話す。更には双方の幾人もの将軍を殺害した事も明かした。これには狙われて同然であると、アイリスディーナは呆れ返る。

 

「…狙われて同然だな」

 

「あぁ、そう思っている」

 

「私も同感」

 

「これで狙わねぇなんて言う理由はねぇよな」

 

 マリ以外の者が同感すれば、ジグムントはある装置をアイリスディーナに渡した。それは古めかしいボタンであり、隠しやすい程に小さい。

 

「これを持っていろ。身の危険と、部下の危機なら押せば良い。我々が駆け付ける。政治将校やシュタージには悟られないようにしろ」

 

「了解した。もし、危機なら貴様たちを呼ぼう。では、そろそろ戻らねば怪しまれる」

 

「それもそうだな。では、次の密会はこちらから知らせる」

 

 押せば自分等が駆け付ける装置だと説明すれば、アイリスディーナは承認してそのボタンを懐に仕舞った。そろそろ戻らねば怪しまれると彼女が言うと、ジグムントが理解して次の密会は自分らが知らせると伝え、同時に廃教会を出た。

 

 

 

 一方でマリの追跡の任を受けたイオクと第51機甲師団は、追っていたマリを捕まえたと訴える賞金稼ぎの面々と旗艦の艦橋で面会していた。

 賞金稼ぎ達が連れて来た金髪碧眼の女性たちは、どう見てもマリでは無い。あろうことか女装した男性まで混じっている。似ていれば何でも良いのだろう。当然ながら、イオクは激怒していた。

 

「さぁさぁ、これがマリ・ヴァセレートです。どうぞ、賞金を…」

 

「貴様! どう見てもその女はマリ・ヴァセレートでは無い! 手配書を見ていないのか!? もう良い! 殺せ!!」

 

「えっ!? ちょっ! まっ!!」

 

 似たような女性を差し出して賞金を出せと言う賞金稼ぎに対し、イオクは処刑を命じた。

 その賞金稼ぎは警備兵らに連れて行かれ、別の部屋で処刑される。他の者達にも無言で命じ、無理やり連れて来られた女性や男性たちは保護される。別の部屋から悲鳴や銃声が聞こえる中、イオクにあることを伝えようと、伝令が駆け付けて来る。

 

「も、申し上げます! イオク様! 貴方に会わせろと言う輩が…」

 

「なに? 私に会わせろだと? 何者だ、申してみよ」

 

「それが、我が軍の将校では無く、ノンダス…」

 

「クジャン公! クジャン公のせがれはおるか!?」

 

 誰か問おうとした瞬間、警備兵らを押し退けて大男が艦橋に無理やり入って来た。

 直ぐに周囲の親衛隊や警備兵らは銃の安全装置を外し、入って来た大男に向ける。大男は銃口を向けられているにも関わらず、何の動揺もせずに、椅子に座っているイオクを見て直ぐに彼だと分かる。

 

「おぉ、お前がクジャン公のせがれか! 親父は元気にしているか!」

 

「いきなり来て何者だ! 私はお前など知らん! まずは名の名乗れ!」

 

 いきなり押し掛けて来て、自分を指差して告げる大男に対し、イオクが名を名乗れと言えば、大男は自己紹介を始める。

 

「こいつは済まん! わしはグルビー・アボン! ノンダス人傭兵団のグルビー旅団の大将! 先代クジャン当主に雇われ、肩を並べて戦った者よ!」

 

「経歴は? 本物か?」

 

「は、はい! この大男の言う通り、雇用歴があります!」

 

 自己紹介してから、先代と肩を並べて戦ったと豪語するグルビーなるノンダス人の傭兵に対し、嘘ではないかと疑うイオクは側近らに問えば、会計課の士官は雇用歴が本物であると慌てながら答える。

 

「ん? なんだ、知らなかったのか? あの時の面々が居るはずだが…」

 

「父の側近たちか。今は救援として火消しに回って留守にしている。ここに居る者達は皆あなたの事を知らない」

 

 先代と共に戦った将官たちが自分の事を知っている筈だとグルビーは言うが、その全員が各戦線の救援として呼ばれて留守にしていた。そのことをイオクが伝えれば、グルビーはマリの手配書を手にしながらこの賞金首は自分の傭兵部隊が受け持つと告げる。

 

「そうか。それより手配書の金髪女を追っているのだな? その女を我々グルビー旅団が受け持つ! 兄弟の契りを交わしたギゾンをあの女に殺された! 仇を討ちたい! それと二流や三流の賞金稼ぎ共は不要! 群れることしか出来ぬ能無しの正規兵もな!!」

 

「貴様、我が軍の将兵らを侮辱するか! 金次第で陣営を変える不埒な傭兵風情が!!」

 

 義兄弟の仇を討ちたいと言いながら、連邦軍を貶し、自分等以外に必要なしと告げるグルビーに対してイオクは激怒するが、参謀に止められる。

 最も、目前のノンダス人が本物を連れて来ると目を見て判断したからだ。

 

「い、イオク様! 落ち着いてください! あのノンダス人なら、賞金目当てで偽物を連れて来る賞金稼ぎや貧乏人共よりも確実に行けますよ」

 

「そ、それもそうだな! 私もそう思っていたところだ! 先ほどの無礼を許してくれ、父と共に肩を並べて戦った偉大なる傭兵グルビーよ。本物のマリ・ヴァセレートを捕らえた暁には、寛大な報酬を約束しよう!」

 

「よしなに! この命に代えても賞金首を現当主の前に差し出してしんぜよう!」

 

 参謀の提案に、イオクは慌てながら賛同してグルビーにマリの追跡の任を一任した。それとグルビーの旅団だけでは少し不安を感じてか、余剰戦力を支援に回すと告げる。

 

「生粋の戦士である貴殿に申し訳ないと思うが、こちらの艦隊の余剰戦力から支援部隊を派遣する。キリング中将の軍団だ、彼もまた優秀な指揮官だ。貴殿の奴に立つだろう。では、健闘を祈る」

 

「あぁ! 任されてよ!」

 

 イオクの寛大な支援に、グルビーは片膝をついて感謝しつつ艦橋を後にした。

 

 

 

 それから二日後、マリは無断で第666戦術機中隊の駐屯地であるペーパーゼー基地に潜入していた。何所で入手したのか、NVAの冬季用軍服を着込み、長い金髪を後ろに束ねて髪型を変えての潜入だ。

 

「何も無さそうね」

 

 訓練を終えて帰って来る第666戦術機中隊の機体を見て、マリは襲撃を受けなかったと確認する。中隊は九機に増えている。本来なら八機だが、イングヒルトを生存させて歴史を変えたのだ。

 追加要員は国連軍の衛士であったカティア・ヴァルトハイムだ。もう一つのドイツを知るため、わざわざ豊かな祖国と軍を脱走してまで亡命して来た変わり者である。無論、マリは当に身元を知っており、カティアも護衛対象なので守らなければならない。

 中隊全機がハンガーへと入ったのを確認すれば、マリは基地の屋内に入り込み、NVAの兵士に扮して廊下を歩く。周囲には似たような服装の兵士達が居るが、みな連日の戦闘か整備で顔色は優れない。糧食は衛士か最前線の将兵に優先され、後方勤務は余り食べていないようだ。

 

「さて、情報は…」

 

 潜入したマリは誰にも見られない場所で端末を開き、基地のデータを貯蔵する場所を検索する。

 八十年代初頭でこの端末はオーパーツだ。戦術機という二足歩行のロボット兵器の方がよっぽどオーパーツであるが。直ぐにデータの貯蔵しているサーバールームが見付かり、どの階にあるかどの方角にあるかさえ表示された。直ぐにマリはそこへ向かう。

 なんでわざわざやって来て潜入し、基地のデータを見ているかと言えば、介入した時の記録データを抹消する為である。この日の今から数時間後に、シュタージがやって来て基地を監査するからだ。

 一応、データに細工して自分等の機体は全く映らず、通信も聞こえないようにしているが、それでは第666戦術機中隊の面々が何も無い場所に向かって突撃砲を向けて喋っていると言う映像が見えてしまう。

 いつの日か自分等にたて突き、クーデターの中核になりかねないシュタージに取っては、この映像は拘束する正当な理由を与えてしまう。拘束理由は差し詰め精神異常判定並び薬物使用で、幻覚を作用する薬物の服用の疑いをでっち上げられ、更には収容所送りだ。

 それだけは避けねばならない。憂いは断たねば。

 

「さて、始めしょうか」

 

 機器の温度を調節するために冷房が効いている部屋、即ちサーバールームを見付けたマリは、端末を持ってハッキングを始める。右手に端末を持ち、電子装置のデータを見る為にゴーグルを着けて操作する。

 部屋の温度は外とは変わらぬほどの寒さであり、凍死する恐れがある為に防寒着が備えられているが、マリは特殊な潜入用スーツを着ているので、それほど寒くはない。そればかりかイアフォンで音楽を聴きながらハッキングし、第666戦術機中隊が持ち帰った自分等のデータを消去している。

 剣と魔法の世界出身とは思えないハッキングの腕前だが、その手に精通しているミカルやリンダに軍配は上がる。最も、当時は外部からのハッキングなど考えておらず、セキュリティーなど全く無いのだが。

 

「これでよし」

 

 セキュリティーやファイアーウォールも何も無かったため、マリの仕事は終わった。端末とゴーグルも仕舞えば、直ぐにサーバールームを後にして基地から脱出しようとしたが、思わぬ伏兵に阻まれる。

 

「ベルンハルトさん…?」

 

「え?」

 

 背後から呼び掛けられた彼女は思わず振り返ってしまう。そこに居たのは、第666戦術機中隊の問題の補充隊員、カティア・ヴァルトハイム少尉であった。面倒な人物と鉢合わせしてしまった。

 

 

 

「ベルンハルトさん、どうしてこんな所に…?」

 

「えっ? 私は…」

 

 カティアにアイリスディーナと間違われたマリは少し動揺するが、数秒後に当の彼女は人違いしたと謝る。遠目から見れば違いは分からないが、良く見れば幼過ぎるので違いが分かる。

 

「あっ!? すみません! 人違いしてました! ごめんなさい!」

 

「えっ、良いのよ。それは…」

 

 必死に謝るカティアの姿を見て、マリは愛らしさを感じて少し照れながらその場を後にしようとしたが、アイリスディーナの親戚と思ってか、話し掛けて来る。

 

「あの、ベルンハルトさんの親族ですか? 私、この基地にまだ馴染めなくて…」

 

 身内と思われるのは仕方がない。何せマリとアイリスディーナは少しばかり似ている。背丈と身体つきは遥か年上のマリの方が劣るが。

 それを気にしているマリであるが、今は目前の少女が可愛くてしょうがないようだ。親戚と問われてアイリスディーナと血の繋がりも無いマリは、直ぐにそれを否定する。

 

「いえ、大尉とは親族じゃないわ。良く似てるって言われるけど」

 

「そうなんですか。それに余り見ない顔ですね。今日、徴兵されたばかりですか?」

 

「ま、まぁそんな所。じゃあ、私はこれで」

 

「お寒い中、ご苦労様です」

 

 次にここの人間なのかを問われたマリは一刻も早くこの場を離れるため、誤魔化してカティアから離れた。彼女から労いの言葉を受けたマリは少し照れながらも、その場を後にした。

 

「っ!? このエンジン音は…戦術機!」

 

「…不味いかも」

 

 立ち去ろうと外へ出ようとした途端、戦術機のエンジン音が屋内にも響いて来た。

 戦術機のエンジン音の騒音はジェット戦闘機レベルだ。外へカティアと共に出れば、多数の戦術機が基地を包囲する形で展開している。型はNVAの主力機であるMig-21では無い。データバンクで見たMig-23と言うソ連軍の最新鋭機だ。

 その次にヘリのローター音まで聞こえて来る。それも兵員輸送用の大型の軍用ヘリである。数機が雪原の上に着陸すれば、大型ヘリも十分な広さがある空き地に着陸し、そこから数名が降りて来る。戦術機と軍用ヘリに描かれた識別章を見れば、シュタージの物であると分かる。

 間違いなく、シュタージがこの基地に監査に来た。来るまで数時間の有余があった筈だが、何かの手違いで早まった様子だ。

 

「あいつ…」

 

「あの、お知り合いで?」

 

「…違う」

 

 ヘリから降りて来る赤毛の男を見て、マリは収容所でリィズを逃がした際に鉢合わせしたシュタージの職員だ。いま彼と顔でも合わせれば、即座に全てが水の泡と化すだろう。

 直ぐにそこから離れようとしたが、怪しまれてカティアに呼び止められた。

 

「あの、何所へ?」

 

「ちょっとトイレに」

 

 また誤魔化して、マリはシュタージの監査を受けるペーゼーバー基地からの脱出しようと試みた。一度屋内へ入るフリをして、カティアがシュタージの方へ視線を向ければ、その隙に外へ出て郊外へと向かっていく。

 包囲網を形成しているシュタージの戦術機が居たが、マリは姿と足音を消して戦術機の真下を通る。雪に足を取られまいと戦術機に触れた瞬間、乗っている衛士の声が直接脳内に聞こえて来る。

 

『お義兄ちゃん、大丈夫かな…?』

 

 マリに取っては聞き覚えのある声であり、抱いたことがある少女の声であった。

 その名はリィズ・ホーフェンシュタイン。アウトサイダーに命じられ、助けた少女だ。危険な場所へ潜入してまで助けただけでは、マリに不満があったのか、性交渉を受けることに条件にシュタージから助け出した。

 今、そんな少女が自分の真上に立っている戦術機に乗っている。少し様子を見てやろうと思い、戦術機のコックピットの中を幽体離脱して覗き込んだ。

 

「ほんと、生理の時とかどうしてんの? このスーツ」

 

 戦術機のコックピット内に居るリィズの格好を見て、マリは強化装備に対する疑問を呟いた。

 幽体離脱をしているため、目の前に居るリィズには全く聞こえていない。当の彼女は自分の処女を捧げた絶対の美女より、シュタージを見て怯えた様子を見せる自分の義兄の方が心配らしい。

 マリに似ているアイリスディーナも見ているが、直ぐにあの時の美女では無いと判断した様子だ。

 

「あの子、西側なのにこっちに亡命してくるなんて。疑われて当然じゃない。馬鹿なのかしら?」

 

 様子を見ていれば、西に亡命して来たカティアに対する物ばかりだ。戦術機のコックピット内にはモニターは無く、強化装備でしか外を見ることが出来ず、マリはシュタージから取り調べを受けるアイリスディーナ達の様子が見ることが出来なかった。

 確かに豊かな西から東に亡命してくるなど、普通では無い。向こうの赤軍に影響されて来たと言う考えもあるが、それでも怪し過ぎる。マリはアウトサイダーから聞いて理由も動機も全て分かっているが、リィズにそのことは伝えられないどころか、伝えることは禁止されている。

 そんなリィズの様子を見て、何もされていないと判断してマリの魂は元の肉体へと戻る。どうせ見えていないと思い、透明を解いて母艦であるフランケンシュタイン号に戻った。

 

 

 

「では、実際に援軍は出さない。そう言う事かしら? アクスマン中佐」

 

「あぁ、もちろんだ。ハンニバルは危険な男、この際戦場でBETAに食わせて始末するべきだと思ってな」

 

 ベアトリクスとアクスマンは第666戦術機中隊を監査した後、基地に居座って反攻作戦の会議に参加し、中隊が属するハンニバル隊に対して自分の傘下の戦術機部隊を援軍として出すと約束したが、出すつもりは毛頭も無かった。

 前線司令官であるハンニバルは自分等シュタージに取って反乱予備軍であり、始末しておく必要がある。だからアクスマンは不穏分子たるシュヴァルツェ・マルケン共々、BETAに食わせようと考えたのだ。

 しかし、アクスマンにはもう一つの考えがある。それをベアトリクスに向けて語る。

 

「それともう一つある。アイリスのシュヴァルツェ・マルケンには何か特殊な物が存在していると考えている」

 

「特殊な物? 妄想でも抱いて?」

 

「妄想だと良いがな。中隊はあの戦場を一機も欠けることなく全機で帰還した。あのレーザーヤークト専門のシュヴァルツェ・マルケンだがぞ? 通常なら一機や二機、酷い時には四機が撃墜されている筈だ。なのに全機生き延びた。何か裏があるかもしれん」

 

 アクスマンの抱くシュヴァルツェ・マルケンの生き延びた秘策に、ベアトリクスは妄想に取り付かれているのではないかと疑問に思う。

 そんなアクスマンは更に、自分等が知りえない影の支援部隊が居るとまで言い始める。どうやらマリ達の存在に気付き始めているようだ。

 

「私はこう考えている。特殊な兵器を装備した支援部隊が存在すると。西側の可能性も高い。シュヴァルツェ・マルケンは西にも人気だ。何かといいたいが、我々社会主義者に肩入れするとは思えん」

 

「でっ、この機会を利用して引っ張り出そうと?」

 

「ご名答! BETAを利用して正体を暴こうと言うのだ!」

 

 当のアクスマンはまだ正体を知らないが、ベアトリクスがBETAを利用してマリ達を引っ張り出そうと言うのを当てれば、彼は指を鳴らしながら正解であると自慢げに答えた。

 

「奴らがどんなことを隠しているか、中隊のピンチを利用して確かめるのだよ」

 

「でも、そんな真実味も無い部隊が現れず、ハンニバル隊を犠牲にしてBETAに防衛線を突破されたら?」

 

「それは君の大隊がBETAを始末すれば良い話だ。我々の敵はBETAではなく、国家を蝕む寄生虫だ。寄生虫を駆除するのは、BETAに勝つためにも重要なことだ。君も分かっているだろう?」

 

 自慢げに話すアクスマンに、もしマリ達が現れなかったらとどうするのかと問われれば、ベアトリクスの大隊に任せると答え、BETAよりも国家の寄生虫の排除が先だとも告げた。ベアトリクスは何か言いたげであったが、アクスマンは有無を言わさずに畳みかける。

 

「シュミット長官はこの作戦に賛成している。これ以上の事は、言わなくとも分かるよな?」

 

「仕方ないわね。分かりました」

 

 何も言い返せないと判断したベアトリクスは、部屋を後にした。その直後に、自分の隊のリィズが近付き、義兄が居る第666戦術機中隊を助けるのか助けないのかを問われる。

 

「あ、あの…! すみません!」

 

「どうしたの?」

 

「お、お義兄ちゃん、じゃなくて、第666戦術機中隊がピンチな時に救援に向かわないんですか!?」

 

「うーん、そのことについてだけど。あんたが思っている残念な方よ」

 

「そ、そうですか…」

 

 救援は出さない方針だと答えれば、リィズは表情を曇らせた。

 そんなリィズに対し、ベアトリクスは立ち直らせようと、シュヴァルツェ・マルケンの伝説を告げる。

 

「でも、安心しなさい。あの部隊は全滅したことは無いわ。一機か二機が生き残る程度だけどね。もしかすれば、あんたの義兄さんは生き残ってる可能性はあるわね」

 

「そ、そうなんだ…ありがとうございます!」

 

 シュヴァルツェ・マルケンは全滅しない。必ず二機が生き残る。その伝説を聞いたリィズは、義兄であるテオドールも生き残る可能性があると信じ、ベアトリクスに礼を言ってから何処かへと去った。

 

 

 

「これにどんな豊胸作用があるのかしら」

 

 一方でフランケンシュタイン号に戻ったマリは、ついでに持ち帰った合成食品を科学室で調べ、豊胸作用があるかどうかを調べていた。

 データの消去については、必ずやったとジグムントに報告しており、今のマリの興味は合成食品に向けられている。原料となっているのが海の魚介類の餌であるプランクトンであると分かれば、人体に豊胸作用を促す効果を調べる。

 数時間もの間、合成食品を調べる中、ベルが鳴り響いた。どうやらアイリスディーナがマリの渡したボタンを押したようだ。

 

「これって…」

 

「マスター、出撃だ! 準備しろ!!」

 

 ベルが鳴り響いたのを見れば、ジグムントが科学室に飛び込んで来た。

 これを受けたマリは合成食品を調べるのを止め、装置の電源を落としてアイリスディーナ等を助けるために科学室を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仇討ち傭兵団

 イオクの支援を受けたグルビーの傭兵団がマリの居る1983年の世界に迫る中、同じくマリを追跡しているワルキューレ内においても、偽物事件が発生していた。

 

「違う! 死刑!!」

 

「えっ!? ちょっ! やめておねが!!」

 

 マリの捕縛に失敗し、苛立つアガサ騎士団の追跡隊は、賞金欲しさに偽物を連れて来た賞金首やごろつきに中半八つ当たりのように処刑する。

 偽物の女性は、随伴していた女性のみで構成された歩兵大隊に保護される。その歳若い女大隊長は、賞金稼ぎやごろつき達に連れて来られた全ての女性は偽物であると、オドオドしながら追跡隊の隊長に伝える。

 

「あ、あの…苛立っているところ失礼なんですが…みんな偽物だと思います…」

 

「分かっておるわ! そんな事! あんなド素人共が捕まえるなら我々なんぞ必要ないわ! 全員死刑だ! 死刑にしろ!! お前たちも加われ!!」

 

 これにもう本物は居ないと判断した中年騎士は、部下や随伴の大隊に賞金稼ぎ等の処刑命令を出した。

 

「な、何をするんでい! この女を見付けるのにどれくらい…」

 

「喧しい! 似ていると言うだけで賞金欲しさに連れて来る奴の言う事が信用できるか!!」

 

「こんなとこで死にたくねぇ! 逃げろ!!」

 

「逃がすな! 皆殺しにしろ!!」

 

 偽物を連れて来て言い訳する賞金稼ぎやごろつき達に対し、騎士と歩兵大隊は偽物の女性を保護してから処刑を始める。

 これに連れて来た女性や女装させた男性を棄てて逃げるごろつき達であったが、三十秒も経たないうちに剣や機関銃で皆殺しにされた。

 

「たくっ、これで何度目だ」

 

 隊長の様子からして、幾度も無く騙されていたようだ。そんな隊長の元へ、通信兵より新しい命令を聞いた大隊長が、即席で写された命令書を片手に知らせに向かう。

 

「あの隊長、司令部より新たなる命令です」

 

「なんだ? 読み上げてみせい」

 

「貴殿の追跡任務は終了。直ちに原隊の六番隊に復帰されたし。追記の任はユリアナ・エーベルハルト師団が引き継ぐ」

 

「な、何ィィィッ!?」

 

 新しい命令書は原隊への復帰命令であった。つまり交代命令である。これを聞いた隊長は、与えられた任務をこなせない物と判断されたことに怒りを感じ、命令書を呼んだ大隊長の胸倉を掴んで怒鳴り散らす。

 

「き、貴様ぁ! この私が! たかが女一人を捕まえられぬ無能者だと言うのか!?」

 

「事実そうではないか」

 

「何奴!?」

 

 大隊長に向けて騎士が怒鳴り付ける中、背後より聞こえた女の声に反応し、胸倉を掴みながら振り返る。

 そこに居たのは、桃色の髪を持つ女が立っていた。その背後には側近と思われる男女が立っている。殆どが女と同じく若者ばかりだ。一人貫禄のある中年が混じっているが。

 

「私はユリアナ・エーベルハルトだ。この追跡の任は私が受け継ぐ。貴様は原隊に復帰し、最前線へと向かって失態の埋め合わせでもするのだな」

 

「貴様、言わせておけば…!」

 

 大隊長の胸倉を離し、次にユリアナに掴み掛かろうとした隊長であるが、彼女の言う通り、マリの痕跡を掴めていない。目の前の新参者の女に掴み掛かるのはそれを証明しているような物と言っているような物なので、冷静になって隊長は命令に従った。

 

「ふん! 精々、失敗するが良いわ!」

 

「さて、少佐。貴様はどうする? 原隊へ戻るか?」

 

 苛立ちながら命令に従う隊長を見て、ユリアナは大隊長に原隊へ戻るのかと問えば、彼女は首を縦に振る。直ぐに戻る理由を述べた。

 

「はい、連隊に帰るつもりです。私たちだけ抜けた連隊が前線に居るので…」

 

「良い心掛けだ。連隊長に原隊復帰を望み、休んだ分、役立つと良い」

 

「サー! ありがとうございます閣下! 直ちに原隊へ復帰します!」

 

「よろしい。貴様の武勲を期待しているぞ!」

 

 戻る理由を聞けば、ユリアナは暗い表情を浮かべる大隊長を元気付ければ、勇気付いた彼女は敬礼した。これにユリアナが笑みを浮かべて更に声を掛ければ、彼女は元気よく自分の隊に撤収の指示を出すために大隊本部へと戻って行く。

 

「さて、どうします? 手がかりも何にも無いし、連中の相手方であるメイソン騎士団は何の情報も送ってこない。無いない尽くしですよ」

 

 副官にマリに対する痕跡が、派閥争いの為に出されていないことを中年の副官が告げるも、これにユリアナは中年に軍歴を問う。

 

「貴様、軍に勤めて何年になる?」

 

「はぁ、小官は今年三十年目で、六年以上も大佐のままです」

 

「昇進できん理由は分かっているな? それとこんな若い娘に出し抜かれても悔しくないのか?」

 

 中年が大佐のまま六年が過ぎたと答えれば、ユリアナは次に軍歴の短い自分に先を越されて悔しくないのかを問う。

 

「さぁ、自分では分かりませんし。それに悔しいなんて微塵も思っておりません」

 

「なんとなく昇進が止まった理由が分かって来た気がするな。こういう時は、ハッキングと言うのを使うのだ」

 

「あぁ、ハッキング。なんとも現代的な。ファシズム時代の人とは思えない」

 

「クッ…! そうだ。既にアガサ騎士団やメイソン騎士団の情報端末にハッキングを仕掛け、マリ・ヴァセレートなる女の情報を集めている所だ。連邦軍や同盟軍にも仕掛けている。直ぐに居場所が分かるだろう」

 

「やれやれ、一々人を尋問室に連れ込んで、そこで拳骨でぶっ叩いて情報集めていた時代の人間が良くここまで進化したもんだ」

 

 これに中年は安い挑発と捉え、適当に答えれば、ユリアナは目前の中年の大佐は昇進する気が微塵も無いと判断し、ハッキングで情報を集めると答えれば、彼は思い付かないと思って驚いた。

 ユリアナはこの反応に少々苛立ったが、気にせずに情報はハッキングで随時集まっていると答えた。

 つい数十カ月前に生き返らされ、再訓練を受けるまでコンピューターのコの字も知らなかったユリアナであるが、再訓練先の士官学校でコンピューター戦術を知った時は技術の革新に驚かされてばかり、どころか何もかもが驚きの連続であった。

 生前の才能でそれ等を全て理解し、物にして実戦で試した時は最高に気持ちが良かった。

 

「とにかく、情報が集まり、居場所が判明すれば直ぐにあの女を捕らえる! 二度とあのような失敗はせん!」

 

「あぁ、あれは予想外だった。いきなり大穴が空いて、大剣使いの大馬鹿が消えて…あっ、ちょっと!」

 

 成功の連続を断ち切らせたシュンの追跡時の事を思い出しつつ、ユリアナは自分と年齢が変わらない若い士官たちと共に、中年を置いて師団本部へと戻った。

 

 

 

「諸君、これよりブリーフィングを行う」

 

「呑気に状況説明何てしてる場合か? 一刻も早く行かねぇと、俺の美しい女たちが…」

 

「安心しろ、手短に済ませる」

 

 一方でアイリスディーナ達から救援要請を受けたマリ達であるが、ジグムントが慎重に考えてか、出撃する前にブリーフィングを行った。

 このブリーフィングに参加している全員がパイロットスーツを身に着けており、出撃用にバルキリーであるVF-1バルキリー系統の機体が駐機されている。全機にエンジンが掛かっており、直ぐにでも出撃可能だ。

 悠長にブリーフィングを行おうとするジグムントに、ジークフリートは早く出撃しないのかと問えば、彼は手短に済ませると答え、ブリーフィングを始める。

 

「数分前、ベルンハルトが我々に救援を要請した。これより出撃し、直ちに救援に向かうが、要請した場所が激戦区だ。大量のBETAが押し寄せている。その数、歩兵に例えれば一個軍相当。VF-1では反応弾を持ち込まない限りきつ過ぎる。異世界よりの襲撃に備えて何機かを残さねばならない。そこでお前たちを人選した」

 

「人海戦術よりも恐ろしいな…」

 

 救援を要請した場所がBETAの殺到しているノイエハーゲン要塞付近であり、無作為で救援に向かうのは愚の骨頂だ。そこで、ジグムントは生前に大量の敵と交戦した者を選抜した。

 自分を初め、ジークフリート、マウテス、ヴォーレン、ヴィリバルト、ライナー、ツイーテ、柿崎速雄、最後にはマリだ。ジークリンデと他は異世界からの襲撃者に備え、フランケンシュタイン号で待機する。ミカルとリンダは早期警戒機のRVF-25で、超上空から支援する。

 

「次にその激戦区に対しての装備だ。ストライクパックかアーマードパックを装備して降下して貰う。周囲のBETA掃討後は、排除してフランケンシュタイン号に戻って貰う。尚、撃墜された場合は分かっていると思うが助けない。撃墜されたくなければレーザー級に常に気を配り、地上で戦え。以上。では、全員、搭乗せよ!」

 

 手短にブリーフィングを終わらせれば、自分もヘルメットを被って全員に各々の機体に登場するよう号令を掛けた。

 これを合図に、救援に参加する者達はそれぞれの機体に乗り込み、キャノピーを込めて出撃の合図を待つ。

 ジグムントがアーマードパックを装備したVF-1Sに乗り、ジークフリートが同じ装備のVF-1Jに乗る。他は大気圏内様に改造したストライクパックのVF-1Aだ。マリはA型の同じパックを付けたVF-1Sに乗る。

 

『全員の搭乗を確認した! では、発進!』

 

 全員の搭乗が確認されれば、ジグムントは出撃の合図を出し、先にジークフリートと共に発艦する。

 その後からVF-1Aがスラスターを吹かせて続々と発艦していく。最後にマリのVF-1Sが発艦すれば、編隊に合流して地球へと降下した。この時、彼らは自分等を追跡する者達が先に降下したことは知らない。

 

 

 

 ポーランド領のノイエハーゲン要塞付近での戦闘は地獄であった。

 BETAで最大の脅威とされる要塞級の出現により、NVAの守備隊は壊滅状態となり、戦術機部隊であるハンニバル大隊もかなりの損耗を極めていた。

 

『くっ、駄目か…!』

 

 要塞級に敵わないと分かっていたが、ここで止めなければ更なる損害が出る。援軍を待っていたが、当のシュタージは一機もこの戦線に寄越さなかった。つまり自分等をBETAに食わせようとしていたのだ。

 大隊長のハンニバルは自機の左腕を、要塞級の触手の角で破壊されて戦闘能力が落ちていた。

 

『済まない、マライ…!』

 

 死を覚悟したハンニバルであったが、要塞級は正体不明の機動兵器によって一撃で粉砕された。周囲のBETAも同様で、自分等が倒すのに必死だったBETAが容易く殺されていく。

 

『まさか例の…!?』

 

 ハンニバルはアイリスディーナより聞いたマリ達だと思ったが、それはバルキリーでは無く、戦術機よりも一回り大きい大型の人型兵器だ。外見は大振りのハンマーを持った巨漢のようで、山が動いているように見える。

 共食い整備や別の兵器の部品が付けられたジャンク品とも見え、周囲の数十機の機動兵器も、元の形が分からないほど改造されている。中には戦術機の部品を付けている物もあった。

 要塞級を一撃で粉砕した大型機動兵器に乗るパイロットは、拡声器でマリが何所に居るのかを問い始める。

 

『わしはグルビー・アボン! グルビー旅団の大将よ! ギゾン旅団の大将、ギゾンの仇討ちに参った!! マリ・ヴァセレートよ、出てこい!!』

 

『な、なんだこいつ等は…!?』

 

 あの大型機動兵器に乗るのは、あのグルビー・アボンだ。ギゾンの仇討ちをするべく、部下たちを引き連れてこの世界へやって来たのだ。

 周囲のBETAは瞬く間に掃討され、後はハンニバル大隊の戦術機と旅団の傭兵たちが乗る機動兵器のみとなる。そんな所へ、アイリスディーナ率いるシュヴァルツェ・マルケンがやって来た。

 

『隊長! あの女です! あの女が来ました!!』

 

『ほぅ、わしに気付いてやって来た…違う! あの女より肉付きが良過ぎるではないか!? 見分けがつかんのか! このボケ!!』

 

 部下からの知らせで、マリが来たと思ったグルビーであったが、アイリスディーナであった為に見間違えた部下を叱責する。

 当然、コックピットの映像をハッキングして調べ上げている。グルビーの大型機動兵器を見たシュヴァルツェ・マルケンの面々は、当然の如く驚きの声を上げる。

 

「なんだこのデカいのは!?」

 

『ふぉ、要塞(フォートレス)級か!?』

 

 グルビーの巨大機動兵器を見て驚く中、それに乗っている大男は生き残ったギゾンの部下たちが持ち帰ったデータを見て、マリが乗っているフリーダムガンダムが、アイリスディーナを守りながら戦っていると見抜く。彼女を捕らえ、マリを誘き寄せる餌にしようと考えたわけだ。

 

『あの女が守っている女だな! 誘き寄せる餌には丁度いい!』

 

「何を言って…!? 何故こちらの周波数を!?」

 

『どうでも良い! 我が隊長の為に捕まえろ!!』

 

 それより何故こちらの周波数を使って問い掛けているのかをグルビーに問うアイリスディーナであったが、彼の部下たちは無視してマリを誘き寄せる餌にするべく、捕まえに向かって来る。

 即座に迎撃するシュヴァルツェ・マルケンであるが、ノンダス人の乗る改造機動兵器は全機増加装甲を施しており、突撃砲の弾頭では貫けなかった。そればかりか、滑走砲すら弾くほどの重装甲だ。Mig-21の装備では太刀打ちできない。

 

『射撃兵装は使うな! 全員を餌にするからな!』

 

『餌だと!? 何だって言うんだ!』

 

 聞こえて来るグルビーの指示に、テオドールは怒りを覚えて得意の接近戦を挑むが、敵は百戦錬磨の戦士ばかりの旅団だ。一瞬で動きを見抜かれ、短刀を握った左手が取られる。

 

『なに!?』

 

「離れろ!」

 

『踏み込みが甘いわ!』

 

 アイリスディーナの声が聞こえる中、テオドールは目前の敵機に撃破されるかと思った。

 だが、その敵機は上空から来たミサイル攻撃で損傷し、テオドール機から距離を取る。

 

『上空より接近する飛行物体!』

 

『きおったか! わざわざ餌の用意をするまでも無かったな!!』

 

「やっと来たか!」

 

 上空から来たのがマリ達だと、アイリスディーナは分かったが、救援に来た彼女らが乗っているのがVF-1系統であった。

 わざわざアイリスディーナ達を捕らえるまでも無いと判断したグルビーは、こちらに向けて降下して来るマリ達にスラスターを吹かせて上昇する。

 

 

 

『識別反応不能で更に正体不明機、そちらに接近中!』

 

『な、なんだあのデケェのは!?』

 

 アイリスディーナの救援要請を受け、現場に駆け付けたマリ達であったが、予想に反するグルビーの旅団の存在に少々の動揺を覚える。

 遥か上空に控える早期警戒機のミカルからの知らせで、グルビーの大型機動兵器を映像に見たジークフリートは驚きの声を上げた。

 最初に第一射を放ったアーマードバルキリーに乗るジグムントは、接近して来るグルビー機よりも、シュヴァルツェ・マルケンの誰かが死んでいないかどうかをミカルに問う。

 

『それより、誰も死んでいないな?』

 

『あぁ、死んでいない。要塞へ向かった二人もだ。でも、こっちはどうかな。あの機体、母体が何なのか分からない』

 

『そう、原型を留めないくらいに改造されてる。地上に居る正体不明機も全部よ。気を付けて』

 

 巻き込まれたテオドールも含め、誰一人死んでいないと答えれば、ミカルは向かって来るグルビーの大型機動兵器が判別できないと答えた。メカに詳しいリンダでさえ、改造され過ぎて原型が何なのか分からない。

 注意するように言えば、ジグムントは各機に警戒するように無線連絡を送る。

 

『ブリッツより各機へ通達。我々と同じ異界の来訪者だ。装備に関しては不明、各員、警戒して当たれ。以上』

 

『了解!』

 

「あ~ぁ、フリーダムに乗れば良かった」

 

 ジグムントからの警戒通達に、マリは悪態を付きながらスティックを握る。

 VF-1のS型はエース専用の高性能機であるが、この世界においては第二世代戦術機並みである。しかし性能は向こうの方が上であり、異世界から来る連邦や同盟、賞金稼ぎ等の搭乗機と戦うのは限界がある。

 パイロットの腕次第と言うが、この旧式機では流石に限度がある。幾らマリでも、グルビーの大型機動兵器には敵わないだろう。

 だが、このままの状態で戦うしかない。

 そう決めてマリは、こちらに向かって来るグルビーの大型機動兵器に向けてビームキャノンを撃ち込む。

 

『ブハッハッハッ! 効かんわ!!』

 

 一番火力のあるビームキャノンを撃ち込んだが、敵機の重装甲には効かなかった。次に十二発の内、突撃級を一撃で粉砕可能な対戦車ミサイルを撃ち込んだが、これも効かなかった。

 

『な、なんて装甲だ!』

 

『こちらも加勢したいが、生憎とこちらは地上戦用装備だ。そのデカいのは任せる。シュヴァルツェ・マルケンは任せろ』

 

「はいはい」

 

 ジグムントよりグルビーを任されたマリは二回返事で適当に答え、グルビー機より放たれる雨あられの弾幕を躱しながら交戦を開始した。操縦桿を巧みに動かし、時折ガウォーク形態になりつつミサイルやビームキャノンを撃ち込むが、敵機には全く通じない。

 

『貴様の攻撃など、蚊ほどに効かんわ!』

 

「どんだけ改造してるのよ!」

 

 グルビーの声が無線機より聞こえる中、マリは敵機より放たれる攻撃を避けた。

 地上の方をキャノピー越しで見れば、ジグムント等が地上でグルビーの部下とギゾン旅団の残党と交戦しているのが見える。

 

『マリ、付近に母艦の反応がある。恐らく連中のだろう。ジークリンデが撃沈の許可を求めている』

 

「そう。なら撃沈しちゃってよ。あいつ等、そのうち干上がるから」

 

『えぇ、位置を掴めたらね』

 

 グルビーと交戦中、ミカルからジークリンデがグルビー旅団の母艦の反応をあったので、見付け次第、撃沈したいとので許可を求める連絡が来たと言われれば、マリはそれを許可した。

 あれほどの装備を持つ敵は、補給源を叩いて干上がらせるのに限る。そう思っての許可だ。

 自分を執念深く狙って来るグルビーの大型機動兵器に対し、マリはそれらから放たれる攻撃を躱しながら全く貫通しないガンポッドを撃ち込む。

 

『貴様! 真面目に戦う気があるのか!?』

 

 自分の攻撃を避けてばかりで、真面に反撃しないマリに対し、グルビーは怒りの声を上げる。もっともグルビーの襲撃などマリ達にとっては予想外であり、その所為で劣勢を強いられているのだが。

 雨あられとくる弾幕を避けつつ、マリはグルビー機の周りを飛んで弱点を探るのだが、一行に弱点らしい場所が見付からないどころか、弾幕で近付けない。

 

『下の方が弱点だと思うけど。あいつ、そこを予見して機銃やらなんなりを仕掛けてるわ。VF-1じゃパワー不足なのは明らかよ! 頑張って生き残ってちょうだい!』

 

『ジークリンデが出撃した。もう少しで奴は母艦に引き返すだろう。それまでの辛抱だ!』

 

 リンダからグルビーの大型機動兵器の弱点が分からないと言う連絡が来る中、ジークリンデが何に乗って出撃したのかは分からないが、ミカルよりそれが知らされた。

 前も言ったように、グルビーの大型機動兵器が無限に動け続けるわけが無く、弾薬を使い果たせば、母艦からの補給が必要である。

 その母艦が襲われれば、グルビー旅団全戦力の存続が危ぶまれるので、直ぐにグルビー等は撤退するだろう。自分の母艦が襲われていると聞いて、グルビーがここから撤退するまでマリは力不足のVF-1で耐えねばならない。

 そう判断したマリは重い装備のストライクパックをパージし、身軽になって敵の攻撃を避けるのに専念した。ただ歴戦練磨で生粋の戦士のノンダス人であるグルビーは、これを侮辱と捉えた様だ。攻撃は苛烈に極める。

 

『おのれ! このわしを侮辱しているのか!? やはり女は戦場に不要だ! 跡形も無く消し去ってくれるわ!!』

 

「こういう男、ほんと嫌い!」

 

『止めろ! それじゃあ奴の思う壺だ!!』

 

 グルビーの発言に嫌悪感を覚えたマリは、感情に任せて対戦車ミサイルを全弾発射する。

 ミカルからの静止の声が聞こえるが、マリは無視して機体をバトロイド形態に変形させ、ガンポッドを近付いてくるグルビー機に向けて放つが、先ほど発射したミサイル同様に全く通じない。

 

『止せ! その機体じゃ真面に勝てん!!』

 

 地上でミサイルを雨あられと放ち、グルビー旅団の機動兵器やBETAを攻撃していたジグムントも、マリを止めようとするが、彼女は全く聴かずに交戦を続行する。そればかりか、無線が繋がっていることを知って、なぜ戦うのかをグルビーに問う。

 

「あんたさ、そんなに戦って何を求めているの? 名誉? それとも女の子にちやほやされたいの? 周りに迷惑かけて、沢山の人から大切な物を奪って、住む場所まで壊してどうしてそんなに戦うの?」

 

『女ぁ…! わしはノンダス人だぞ! 戦こそ我が人生! 戦無き人生など我らノンダス人に無意味! 以下に周りに蔑まれようが、我らノンダス人は戦い続ける! それが我らの誇りであるからだ! 戦場こそが我らの居場所であり墓標ッ!! 理由はそれ以下よッ! 貴様のような女に分かるまいなッ!!』

 

 この問いに対し、グルビーは戦こそが理由であると答え、大振りのハンマーを振るって来る。これにマリは更に怒りを覚え、機体をファイター形態へ変形させ、周りの事は考えたことが無いのかと問う。

 

「それで、一体どれだけの人に迷惑を掛けて、大事な物も奪って、そんで済む場所まで壊して来たの? 周りの事とか考えたことある?」

 

『ふん、そんな巻き添えを食った者の事など、一切覚えておらんわッ!! 我らの戦場に巻き込まれた方が、悪いのだッ!!』

 

「…あんたみたいなのが居るから戦争が終わらないのよ」

 

 どれほどの人をその誇りで苦しめ、殺して来たのかを問う。この問いにグルビーは覚えていないと答え、挙句に巻き込まれた方が悪いと言い始めた。

 それを聞いたマリは、長年の経験上でこのような人間が居るからこそ戦争が終わらないと判断した。出会った中には戦場でしか己を見出せない自分を蔑む者達も居たが、目前の巨大な兵器に乗る大男は前者の類の様だ。

 ここで殺すべき男であるが、今の装備では太刀打ちできない。

 そう思った矢先、ミカルから敵の母艦を発見して攻撃を開始したとの報告を受けた。同時にグルビーの機動兵器が接近し、大振りのハンマーが回避できない距離まで迫っていた。

 

『マリ、ジークリンデが敵母艦を発見した。護衛機を排除して、地上の敵部隊を撤退させるほどの攻撃を、あと少しで負わせられる』

 

「もう十秒か一秒ほど遅いわよ…」

 

 迫り来るハンマーを見ながら、マリはあと十秒か一秒ほど遅いと返した。

 その後、振るわれたハンマーは機体の胴体に命中し、VF-1は二つに砕かれた。後部は地面に落下して、コックピットがある前部はノイエハーゲン要塞の方へと飛んで行く。マリはハンマーを当てられた衝撃で気を失っており、聞こえて来る警告音や無線機からの声に反応しなった。

 

『ベイルアウトだマリ! 聞こえているか!? マリ、マリィィィ!!』

 

 ミカルの声が聞こえて来るが、マリには聞こえておらず、そのまま彼女を乗せた部分はノイエハーゲン要塞へと飛んで行く。数分後、彼女を乗せた部分はノイエハーゲン要塞に墜落した。

 

 

 

『みんな大変よ! マリがやられたわ!』

 

「そうか。こちらは敵が撤退した。ジークリンデに何かやらせたのか?」

 

 マリの墜落は直ぐにジグムント等に知らされた。が、ジグムントは彼女が不老不死なのを知っているのか、全く動じなかった。そればかりか、敵が撤退したことに対しての理由を問う。

 

『確かにそうだけど、可哀そうよ!』

 

『あぁ? その内戻って来るだろ。だって不死身だし。なんとかするだろう』

 

『そんな猫みたいに…』

 

 ジークフリートも不老不死なのを知っており、リンダの必死の声に、まるで飼い猫みたいに戻って来るとまで答える。

 この発言に随伴者達や無線機よりこれが聞こえていたアイリスディーナ等は困惑を抱くが、ジグムントはミカルよりジークリンデが敵母艦を攻撃していると聞いた後に、彼らに心配ないと告げる。

 無論、アイリスディーナ達には、マリが不老不死なのを隠している。

 

「お前たちは心配するな。何とかする」

 

『あそこにファム中尉とヴァルトハイム少尉を送っている。頼んだぞ』

 

「もちろんだ。では、我々も補給のために撤退させて貰おう。この装備では、先の連中みたいなのは正直キツイ」

 

『了解した。こちらも一度補給へ戻る』

 

 アイリスディーナよりファムとカティアが、マリが落ちたノイエハーゲン要塞へと向かったと告げられれば、ジグムントは一度補給してから助けに行くと答え、アーマードパックを解除して撤退を始めた。

 

『さて、アイリスちゃんよ。また会おうぜ』

 

『アイリス…?』

 

「気にするな、奴が勝手に言ってるだけだ」

 

 最後にジグムントと同じく自機のアーマードをパージしたジークフリートが別れの挨拶をすれば、部隊長であるジグムントは気にしないように告げる。

 彼らの撤退を見送った後、アイリスディーナらの第666戦術機中隊も撤退を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る同盟軍

 マリのVF-1Sバルキリーがグルビーのハンマーを食らい、ノイエハーゲン要塞へと墜落する中、宇宙にて地上に居る旅団を撤退する切欠を作ったジークリンデは、組み立てを終えたバルキリー、VF-25Sメサイアにアーマードパックを装備し、単機でグルビー旅団の母艦を襲撃していた。

 目標の母艦は連邦や同盟の空母の残骸を組み合わせた奇怪な再生艦艇であり、対空砲が針鼠のように設置されている。おまけにビームを撃つ単装砲も搭載されている。

 護衛艦は連邦や同盟から鹵獲した、あるいは再生したフリゲートだ。他にも複数の何処かの陣営の艦艇が見える。

 グルビー旅団はイオクから機甲一個軍団を借りているようだが、その部隊は同じくマリを追跡している同盟軍と交戦している。

 それを証明するかのように、ジークリンデから見て二時方向で連邦と同盟の宇宙軍の艦隊が交戦していた。

 

「増援に来る様子はないわね」

 

『どちらの陣営の敵機が何機か来る可能性があります。ご注意を!』

 

 キャノピーから見える連邦軍と同盟軍の艦隊が交戦しているのを見て、ジークリンデはこちらに来る心配が無いと呟くが、フランケンシュタイン号に居るノエルは警戒するようにと告げる。

 数は同盟軍の方が多く、イオクの派遣艦隊は余り長く持ちそうに無さそうだ。

 早く母艦に奇襲をかけ、地上のグルビー達を撤退させた方が良いと判断したジークリンデは、全ての兵装の安全装置を解除する。

 

「ヤー、直ちに攻撃を開始する。全兵装制限解除(オールウェポンフリー)

 

 機器を操作して全兵装を解除すれば、操縦桿を動かしてミサイルポッドの射程内まで機を進ませた。

 

『敵哨戒機並び防空警戒ラインに到着。気を付けて』

 

「見付けて貰わなきゃね。敵艦に照準」

 

 哨戒機か防空網に入ったことをノエルから知らされたジークリンデは元より見付かるつもりであり、手近な敵艦にミサイルの照準を定めた。

 哨戒機を務めている宇宙用リオンがこちらを発見すれば、コックピット内の警告音が鳴り出し、同時に敵艦が対空砲火を浴びせようと、対空機銃やミサイルの準備をする。

 既にミサイルは照準済みであり、他の敵機も纏めて照準すれば、直ぐにミサイル発射ボタンを押し込む。

 

「フォックス3!」

 

 ミサイルを発射する際にそう言えば、搭載されている各所のミサイルポッドから雨あられとミサイルが発射される。

 放たれた無数のミサイルは目標へ向けて飛んで行き、数機の敵機と撃破し、対空弾幕を張る敵艦へと向かっていく。

 ミサイルは小型な物であるため、破壊力は余りないが、敵艦に致命傷を与える事には成功した。ジークリンデはとどめに旋回式ビーム砲でとどめを刺す。

 

『敵の通信を傍受します。煩いですが、敵の動きが分かるはず』

 

 ノエルより敵の通信を傍受すると告げられれば、ジークリンデは無言で頷いて敵の攻撃を回避しつつ、無線機のボタンを押して敵からの無線を傍受する。

 

『ガイデ撃沈!』

 

『対空弾幕を厚くしろ! 敵機を近付けるな!』

 

『敵機は何機居る!?』

 

『分からん! とにかく後続機の可能性がある! 哨戒機は警戒しろ!』

 

『グルビー団長の手を煩わせるな! 我々だけで対処しろ!!』

 

 無線機から聞こえてくる声で、突然の襲撃に敵は少し混乱気味であるようだ。

 ジークリンデは地上のグルビーを母艦に戻すべく、更に攻撃を強めて遭遇する敵機を撃墜して敵の戦力を削る。

 

『ゴルドンをやらせるな! あの艦だけは絶対にやらせてはならん!』

 

『迎撃機を出せ! 連邦軍は何をやっている!?』

 

『同盟軍の数が多過ぎて増援を出せんらしい!』

 

『それでも正規軍か!? 早く撃墜しろ! 団長に面目たたん!』

 

 母艦を除く敵艦にダメージを与え、迎撃機を何機か落とせば、敵は更に慌てふためく。

 

『母艦に一定のダメージを与えれば、地上の敵は撤退すると思います』

 

「そろそろ母艦を狙う頃合いね。増援は出さなくて結構」

 

『はい』

 

 ユウキが母艦に一定のダメージを与えれば、敵は地上のグルビーに救援を要請するはずと言えば、ジークリンデは自分で事足りると答えて母艦に攻撃を始める。

 母艦に近付いた所で対空弾幕の激しさは増し、何としても近付けまいと必死になる。

 

『来たぞ! 近付けるな! 狙わんでいい!』

 

『ここで当てられてはグルビー様に恥をかかせるぞ! 何としても撃ち落とせ!』

 

 無線機より母艦の防衛を任された旅団の傭兵たちの声が聞こえて来るが、ジークリンデは対空弾幕を掻い潜りながら接近し、ビームやミサイルなどを撃って敵母艦に当てる。

 敵母艦の装甲は硬く、小型のミサイル程度では損傷を負わすことが出来ず、旋回式対艦兼対空ビーム砲でも対した損傷を与えられない。

 

「なんて頑丈さ!」

 

『クソッ! 接近を許した! 艦載機は甲板に張り付いて迎撃しろ!』

 

 余りの硬さにジークリンデが悪態を付く中、敵の艦載機は甲板に張り付きながら迎撃して来る。

 これを彼女は操縦桿を巧みに動かして躱し、邪魔な敵機だけを撃破してまだ開いている発進口に向けて両翼に搭載していた対艦ミサイル全てを撃ち込む。敵は慌てて発進口のハッチを閉めようとしたが、ミサイルの方が早く、撃ち込んだ六発の内、二発が艦内に侵入して何処かに着弾して爆発を起こした。

 

『第八ブロックに被弾! 火災発生!!』

 

『直ちに火を消せ! それと早くあいつを撃ち落とせ!』

 

 損害は負わせたが、救援を呼ばせるにはまだほど遠い。直ぐにノエルよりエンジン部を狙うことを進められる。

 

『余り大した損害では無いようです。エンジン部を攻撃すれば、敵は救援を呼ぶはず!』

 

 彼女の言う通りに、ジークリンデは対空砲火を躱しながらエンジン部に向けて飛んだ。

 先ほどより対空弾幕は激しさを増したが、超人兵士が操縦する高性能バルキリーに当てることは困難である。

 少し掠りながらも敵母艦エンジン部に辿り着いたジークリンデは、旋回式ビーム砲と残っているミサイルを全て十基もある敵艦エンジン部に向けて撃ち込む。

 

『第五エンジン並び第十エンジン部損傷! 航行不能!』

 

『クッ! 正規軍はどうした!?』

 

『以前、同じ回答が返って来るばかりです!』

 

『ちっ、それでもクジャン公の兵士か! やもえん、グルビー団長に救援を!』

 

 十基あるエンジンスラスターの内、五基を破壊すれば敵母艦は航行不能に陥った。

 これによりグルビー旅団の兵士たちは、地上に居る旅団長に救援を呼ばずにおえなくなる。

 

『地上からの報告です! 狙い通り、地上に居た敵は母艦の方へ引き返して来ます。作戦成功です!』

 

「帰投する。直ぐに現在地を移動して! 合流ポイントに待機!」

 

 ノエルからの報告で地上に居たグルビー等が救援のために地上を離れたと聞けば、ジークリンデは直ぐに撤退行動を取る。

 敵はせめて自分等に救援を呼ばせたジークリンデのバルキリーを撃墜しようと躍起になるが、身軽となった彼女のバルキリーに追い付けず、そのまま取り逃がしてしまった。

 安全圏まで辿り着いた後、ノエルより再び無線連絡が入った。ジグムントたちが合流ポイントに集結中と、マリがノイエハーゲン要塞へ墜落した事だ。

 

『地上に居たジグムント隊も合流ポイントに集結中です。ですが…』

 

「何か問題が?」

 

『マリちゃん、いや、マスターがノイエハーゲン要塞に…』

 

「そう。暫くした後に増援を出さないとね」

 

『えっ、心配じゃないんですか?』

 

「不老不死だから大丈夫。それより連邦軍や同盟軍を警戒して」

 

『は、はい…』

 

 マリが墜落したことに、リンダと同じ反応を見せるノエルに対し、ジークリンデは同じ超人兵士の二人と同じく不老不死なのだから心配する必要はないと答えた。

 これにノエルはリンダと同じく三人の超人兵士等にやや嫌悪感を抱く。ユウキも聞かされた時は同じ反応を見せていた。

 

 

 

 一方でノイエハーゲン要塞へ搭乗機と共に墜落したマリは、意識不明のまま要塞に居た兵士たちに捕まり、独房に入れられていた。気が付いた時は独房の中に居ることに、驚きの声を上げた。

 

「えっ! ここ何所!?」

 

「気が付いたか。お前があの戦闘機のパイロットだな?」

 

 目を覚まして声を上げた直後、それを待っていたNVAの兵士、否、将兵の敵前逃亡を防ぐために配置されていた保安隊の政治将校は、マリが先ほど乗っていたVF-1Sバルキリーについて聞いて来た。

 今の彼女の状態はパイロットスーツを脱がされ、囚人が着るような目立つ色の服を着せられている。既にマリは拘束されていたのだ。

 マリは質問を無視し、これまでの経緯を思い出す。

 グルビーの発言に激昂して感情的になってしまい、山のように大きい機動兵器が振るう巨大なハンマーを受け、その衝撃で気絶した。

 気絶している間に搭乗機が、この要塞へと墜落したようだ。現在は政治将校たちからの尋問を受けている。

 

「どうした、聞こえんのか? さっさっと答えろ!」

 

 怒号を掛ける政治将校に対し、マリは詠唱を素早く済ませて幻術の魔法をかけた。後ろに居る銃を持った三人纏めてだ。

 幻術が完全にかかり、目が虚ろになった四名を見て、マリは自分を解放するように命令する。

 

「お前たちは私を解放する。今すぐに」

 

「我々はお前を解放する、今すぐに」

 

 政治将校たちが命令通り、マリを独房から出せば、彼女は四名の保安隊の中から自分の背丈にある制服を探す。

 

「あんたは服を私に渡す」

 

「俺はお前に来ている服を渡す」

 

「ついでに装備一式」

 

「装備一式、持っていけ」

 

 自分と同じ背丈の保安隊員を見付ければ、その男から制服を脱がせ、更に装備一式を渡させる。

 パンツを脱ごうとしたが、直ぐに止めて、四人に独房へ入るように命令する。

 

「あんた達は独房に入る」

 

「我々は独房に入る。よし、みんな入れ」

 

「ついでにカギを渡す」

 

「あっ、鍵か。持っていけ」

 

 独房に四人が入ったのを確認すれば、マリは戸を閉めて施錠する。

 手に入れたのはPM-63RAK短機関銃だ。囚人服から保安隊の制服に着替えたマリは、弾薬ポーチらを身に着けて収容所から出ようとしたが、待ち受けていたNVAの兵士達に銃口を向けられる。

 

「おい、あんた。あの戦闘機のパイロットだろ? 保安隊の奴らはどうしたんだ?」

 

 東側の特有の戦車帽を被った髭面の男に問われたマリは、周囲の状況を見て銃を棄てて答える。

 

「独房に入れた」

 

「信じられねぇ、一体どんな魔法を…」

 

「あっ! 貴方は!!」

 

「おい、嬢ちゃん! そいつは!」

 

 余りの率直な答えに、信じられない男は手にしているMPi―K突撃銃の安全装置を外し、引き金に指を掛けようとしたが、周りを押し退けて飛び出して来た少女に驚き、引き金から指を離して止めようとした。

 その飛び出して来た少女に、マリも驚く。何故なら守るべき対象であるカティア・ヴァルトハイムだったからだ。マリの元に辿り着いたカティアは、直ぐに彼女が敵でないことを周りに訴えかける。

 

「皆さん、彼女は敵じゃありません!」

 

「敵じゃないだって!? 一体どこに証拠があるんだ!」

 

 必死に訴えるカティアであるが、そんな単に敵じゃないと言われて信じるほど要塞の者達は単純では無い。

 証拠を見せるためにカティアはマリと初めて会った時の事を話したが、それで信じるほどのお人よしでは無いのだ。当のマリは必死で訴えているカティアの姿を見て、可哀想だと思って自分が敵でないことを自ら口にする。

 

「私は貴方たちの敵じゃないわ。そのつもりなら、ここに居る全員、三十秒以内に皆殺しにしてるけど」

 

「そ、そんな事言ったら…!」

 

「こいつ! 一体何を言って…」

 

 疑われるようなことを言うマリに対し、カティアは必死で止めようとするが、彼女はその証拠を見せるために、リーダー格の髭面の男に目にも止まらぬ速さで接近して喉元に刃を突き付けた。

 

「ほら、こんな風に…」

 

「なんてこった、どうやら俺たちは魔女を拾ったらしい…! みんな、銃を下ろせ」

 

 ナイフを喉元に突き付けられ、更に髭を無精に剃られた男は、要塞の兵士達に銃を下ろすように告げた。

 全員が銃を下ろしたのを確認すれば、マリはナイフを仕舞ってここが何所なのかを問う。

 

「それでよし。でっ、ここ何所?」

 

「俺はクルト・グリーベル。でっ、ここはノイエハーゲン要塞だ。恥ずかしい話、曹長の俺が要塞司令官だ。将校はあの政治将校を除いて居ない。あんたはここに何しに?」

 

「自然の成り行き」

 

 リーダーはクルト・グリーベルと名乗り、自分から上の階級の者は戦死するか、後方へ運び出されたと答えた。

 次にマリは何をしに来たと問われれば、自然の成り行きで来たと答える。これにはクルトや少女、それにカティアも首を傾げる。

 

「まぁ良い。取り敢えず、要塞でも案内しよう。そこの嬢ちゃんもまだだしな」

 

 クルトはカティアの案内も含め、マリにも要塞の案内を始めた。

 まず案内したのは、負傷兵で溢れる救護所だ。度重なるBETAとの戦闘で疲弊しており、激痛に魘される声がそこら中から聞こえて来る。

 

「こんなに…!」

 

「度重なるBETAとの戦闘で十人単位、酷い時には百人は出る。重傷の奴らはBETA共に包囲される前に将校共と共に後方へ送られた。残っているのは戦える軽傷の奴らだけだ。幸い、医療品は残してくれた」

 

 治療を受けている負傷兵等を見てカティアが心を痛める中、マリは気にも留めなかった。これにクルトは、マリの機体が墜落した時にも負傷兵が出たことを伝える。

 

「あんたは知らんだろうが、墜落した時に何人か負傷したんだ。申し訳ないと思え」

 

「…ごめん」

 

「けっ、イラつく女だぜ」

 

 これにマリは全く謝意の気持ちも込めず、適当な態度で謝罪すれば、クルトは苛立ちながら煙草を加え、先端に火を点けて喫煙する。

 次に案内されたのは兵器庫だ。多数のT-62戦車やその他東側の戦闘車両がずらりと並んでいる稼働しているのは少ないようだが。周りは分厚いコンクリートで覆われていた。

 近くには燃料や弾薬類が置かれ、いつでも補給が出来るようにしてある。

 

「すごい、本当に要塞なんですね」

 

「あぁ、ここは他の要塞陣地から孤立している。包囲されるのが当たり前だからそう言う作りになっている。ここを突破されるわけにはいかんからな」

 

「どうしてです?」

 

 カティアが兵器庫を見ながら言えば、クルトはこの要塞は包囲される前提で作られた物であると告げた。

 包囲される前提で作られた要塞に対し、カティアが訳を問えば、クルトは紫煙を吐いた後に監視塔がある方向を見ながら口にする。

 

「ついてこい、見りゃあ分かる」

 

 このクルトが言った意味を、マリは即座に理解した。

 

「あれって、まさか…!」

 

「そう。我らが祖国、ドイツ民主共和国の首都、ベルリンだ。今ごろは暖炉が効いた温かい部屋で、暖かい食事を食べている頃だろう」

 

 監視塔を登り、カティアが見た方向にあったのは、東ドイツの首都ベルリンであった。

 ここから見えると言う事は、ベルリンが近い証拠であり、この要塞の陥落は即ち首都は丸裸同然である。マリが要塞の兵士達が死守命令を受けている意味を即座に理解した。だが、肝心の上層部は増援すら送ってこない。

 

「戦場とこんなに近いなんて…!」

 

「政府が疎開を禁じているからな。そんなことをすれば、負けを認めているようなもんだ。しかもシュタージの所為で誰も文句を言えない。プロパガンダや幻想にすがって日常を続けようとしてるんだ。最近では薬物なんかが流行ってるらしい。俺たちがやられたらあそこは戦場になる。だから俺たちは死に物狂いで叩かなくちゃならない」

 

 自分たちがなぜ逃げ出さずに死守命令に従い、戦っている理由を明かせば、カティアは不安げな表情を浮かべた。

 

「私たちは要塞を一分一秒でも長く持ち堪えさせるための捨て駒で、消耗品ってわけ」

 

「だがそれで良い。あの灯を守れればな」

 

 そんなカティアに少女兵士が言えば、クルトは彼女の頭を撫でながら言った。

 マリは自分たちを捨て駒扱いしている上層部に対し、逃げ出せばいいのにと言い出しそうになったが、クルトは言う事を分かっているのか、言わないでくれと無言で伝える。

 その時、一人の伝令が知らせに来る。

 

「曹長!」

 

「なんだ、またBETAか?」

 

「いや、違う! 空から、空から!!」

 

「空?」

 

 伝令がいつもの違う様子を見せるので、クルトは空を見上げれば、マリからすれば見たことがある物、カティアやクルトから見れば見たことが無い物がやって来た。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

「あいつ等がBETAを! BETAをやっつけてます!」

 

 それを見たクルトは驚きの声を上げる。空からやって来た物は、同盟軍の艦隊であった。輸送して来た地上軍の部隊を要塞周辺に降下させ、包囲しているBETAをミサイルやビームで一掃している。

 伝令は何処かの救援が来たと思っているが、マリからすれば最悪な状況である。連邦のみならず、同盟軍にも追われているのだから。それも、十万単位の戦力で追跡されているのである。過剰としか言いようがない。

 

「不味いわね」

 

「不味いって何がだ?」

 

「あんた等みんな殺されるわよ」

 

 マリが言った言葉にカティアは首を傾げ、クルトは彼女の目でBETAよりも危険な災難が降り注いだと確信した。

 

 

 

「惑星同盟軍地上軍降下部隊、ノイエハーゲン要塞周辺に展開! 数は推定二個軍団以上!」

 

「おいおい、たかが女一人に十万はヤバ過ぎだろ!」

 

 宇宙のフランケンシュタイン号にも、要塞を包囲する形で展開する同盟軍の地上部隊の情報が届き、ユウキからの知らせでジークフリートは数に驚きの声を上げる。

 ジグムント等はマリ救出とファムにカティアの救出も兼ね、異世界の勢力の襲撃も予期して要塞に高性能機で降下する予定であったが、惑星同盟軍の登場により大幅に予定は狂う。

 投入された兵力は尋常では無い。あの地球の両陣営は直ぐに核ミサイルの準備をしている頃だろう。

 

「どうする? 流石に二個軍団相手じゃ私たちでも厳しいわ」

 

「そうだぜ。あんな数の生前じゃどうってことねぇが、ロボットやらビームとか撃ってくるんだぞ。命が幾つあっても足りねぇよ」

 

 幾ら自分たちでも、多勢の二個軍団相手ではキツイと言うが、かといってあの世界の各国が軍隊を総動員しても、惑星同盟軍には勝てないだろう。連邦軍も期待できない。

 

「とにかく、今ある戦力を総動員して救出に向かうしかないが、それでは地上の国々に目を付けられてしまう。BETAが大量発生でもしてくれればいいが」

 

「BETAに頼る? 悪い冗談ね。そう都合よく大量発生するとでも?」

 

 悩んだジグムントはBETAに頼るしかないと言ったが、ジークリンデはそう簡単にBETAが来てくれるわけが無いと告げる。

 そもそも自分等の思い通りにBETAが動かせれば、苦労せずに事を進めている。暫く対策を考えたジグムントは打開策の為、マリにフリーダムガンダムかVF-31Fジークフリートを渡すしかないと判断する。

 

「やもえん、マスターにフリーダムかVF-31を渡すしかあるまい。それもフル装備でな」

 

「そいつは禁じ手じゃねぇのか? 同盟軍を追い払えたとしても、世界中から注目されちまうぜ」

 

「もうとっくに注目されている。さぁ、我々もフル装備で降下しよう」

 

 禁じ手を使うことに、ジークフリートは異議を唱えたが、ジグムントは同盟軍があんな行動に出た時点で注目されていると伝えれば、皆が納得してマリの救出のために出撃の準備に入った。

 

 

 

 要塞周辺のBETAが同盟軍の降下部隊によって一掃された後、後続は要塞を包囲する形で展開し、更には攻撃まで開始した。

 救援が駆け付けたと思った兵士たちは助かったと思ったら一変、絶望への淵へと再び叩き落とされた。

 

「例の女を探せ! ブリーフィングで見せたこの女だ! この女以外は要らん! 射殺していい!」

 

 同盟軍の傘下勢力の一つ、ヘルガスト軍の将校は左腕の危機を操作してマリのホログラムを出し、彼女を捕らえるように傘下の将兵らに告げる。

 コヴナント、キメラ、ローカスト、その他諸々の宇宙国家軍の将兵らもマリ一人を捕らえるために要塞へと突入していく。多数の機動兵器は要塞を包囲したまま待機している。

 

「や、止めろ! やめてくれ!」

 

 攻撃で生き延びた兵士は命乞いをするが、ガスマスクを着けた兵士たちは容赦なく手にしているアサルトライフルで射殺する。

 これを受けて要塞の兵士たちは手持ちの火器で抵抗するが、敵軍の装備は自分等より遥か上を行く物であり、突入して来る敵兵等に次々と殺されていく。投降したところで、同盟軍の将兵らは容赦なく射殺されるだけだ。

 一階から先は異星人の軍隊に蹂躙される中、地下からはローカスト軍による攻撃が始まり、地下へ逃げた兵士たちは次々と殺されていた。

 

「金髪ノ、グランドウォーカーヲ探セ!」

 

「な、なんなんだこいつ等は!?」

 

 床を突き破って次々と出て来るローカストに、兵士たちは恐怖を覚える。幾ら撃ち殺しても、空いた穴から続々とローカストが出て来て自分等を殺しに来る。

 地下からはローカスト、地上や上階からはコヴナントやキメラ、ヘルガスト軍の波状攻撃だ。陥落するのは時間の問題であろう。

 

「クソッ、あいつ等! 俺たちを皆殺しにしようってのか!」

 

「どうすんだ曹長? このままじゃ皆殺しだぜ!」

 

 次々と殺されていく戦友達を見て、兵士たちは突撃銃を片手に臨時要塞指揮官であるクルトに問う。

 

「BETAならどうにかなるが、奴らは知恵を持った奴らだ…! クソッ、第二防衛線まで後退するぞ! BETA用だが、要塞を爆破するしかねぇ! こいつ等をベルリンにでも行かせたら大惨事だ! 一人でも奴らを多く道連れにしてやる!」

 

 これにクルトは怒りを燃やしながら人類のため、この要塞の運命を共に迎える事を選んだ。同盟軍をベルリンに行かせれば、ここよりも恐ろしい参事が巻き起こると思ったからだ。

 指示に応じて兵士たちは所定の位置へと後退し始める。それを追う形で同盟軍の突入部隊が追跡する中、マリは単独で行動を取ろうとする。

 

「何しようってんだ? あんたには嬢ちゃんの中尉の脱出を頼みたいんだが」

 

「反撃に出るの。宇宙に居る私のサーヴァントが送ってくれそうだし」

 

「さ、サーヴァント…? それに反撃に出る? オツムの方は大丈夫か?」

 

 単独行動に出るマリに対し、クルトはどうするのかを問えば、彼女は反撃に出ると答えた。

 それに自分では聞き慣れない単語を使うマリにクルトは理解できず、この状況下で反撃に出ると言うので、頭の方は大丈夫かと問うが、返答せずに何処かへ消える。

 オドオドしているカティアに対し、ヴィヴィエンと言う少女は肩を叩いてファムが居る医務室を指差して連れてこいと伝える。

 

「何やってんの! 早くあんたも中尉を持って来て! じゃなきゃ死ぬよ!」

 

「えっ、は、はい!」

 

 従う形でカティアは意識が戻らないファムを連れて行くため、医務室へと向かった。

 一人、要塞内を駆けるマリは、何所からともなく自分の剣を取り出し、目に映る同盟軍の将兵に斬り掛かり、斬り捨てて行く。

 

「っ!? 居たぞ!」

 

 マリを見付けた同盟兵等は、直ぐに手にしている小火器を撃ち込むが、彼女は恐ろしく早く、躱されるばかりだ。接近を許した一瞬、この場に居る全員が斬り殺された。

 辺り一面が様々な色の血痕で染まる中、自分を見付けて機銃掃射を浴びせようとする同盟軍の戦闘ヘリ(ガンシップ)に対し、機銃掃射を華麗に避けつつ、空間より召喚した武器で撃墜する。

 六機目を撃墜したところで、死んでいる敵兵が落とした無線機から敵指揮官の声が聞こえて来る。

 

『第6小隊、応答しろ! まだ例の女は見付からんのか!?』

 

「全滅した。これからあんた等も殺す」

 

『だ、誰だ!? 貴様! まさか…』

 

 無線機を拾ったマリは、敵司令部に対し宣戦布告をしてから無線機を棄て、何所で拾ったのか、管理局のバリアジャケットを身に纏い、右手に剣と左手に短機関銃を持ちながら要塞内を駆ける。

 遭遇する同盟軍の将兵らに対しては容赦なく剣を振るい、銃弾を浴びせて次々と排除していく。当然ながら直ぐに自分の存在は知られ、戦力が集中して来る。

 

『居たぞ! 奴はあそこだ! 一個大隊を回せ!』

 

「アノグランドウォーカーダ! 行クゾ!」

 

「捕らえて昇進するぞ~!」

 

「我らがヘルガストの為に!」

 

 マリの居場所を知った同盟軍各将兵らは、一斉に彼女が居る区画へと集まる。要塞内で抵抗するNVAの兵士たちを放置して。

 余剰な機動兵器部隊も投入され、膨大な戦力がマリ一人の為に投入される。同盟軍は不老不死を、何としても手に入れたいようだ。

 

「このグラビトン、ぶげっ!?」

 

 ブルートが大振りのハンマーを振り下ろそうとした瞬間、マリは恐ろしい速さで接近し、柄打ちを腹に食らわせ、素早く胴体を切り裂き、返り血を気にすることなく自分に集まって来る敵兵等を斬り続け、撃ち殺し続ける。

 

「たかが人間の女如きに我らサンヘイリに勝てるはずが無い!」

 

 エリートがエナジーソードを抜き、同じくエナジーソードを持つエリートたちと共にマリに果敢に挑むも、斬撃を躱されて斬り殺されるばかりだ。

 先のエリートやブルート部隊を初め、グラント、ジャッカル、ハンター、ローカストのドローン、グレネーディア、カンタス、ブーマー、モーラー、ヘルガスト兵などが立ち塞がったが、マリの並外れた身体能力や剣術に魔法でやられていく。

 一個大隊ほどの人数が投入されたが、その全てがたかが女一人の前に全滅した。

 

「う、嘘だろ…!」

 

「一個大隊は居るんだぞ! 幾らアービターとは言えど、この数は倒せぬはず!」

 

 投入された一個大隊が全滅したのを見て、後に控えていた同盟軍の将兵らは恐れおののき始める。それを知った指揮官は次に、外で待機していたキメラを大量投入することを決定する。

 

『キメラを投入しろ! あの女は危険だ!』

 

 その命令でキメラが投入される。それも全てだ。キメラが作った兵器も含め、輸送して来た全てがマリ一人の為に投入された。

 ブルズアイを初めとするキメラの小火器や重火器、兵器がマリに向けて放たれるが、今の彼女は要塞の兵士達から自分に注意を引き付けるため、全力を出している。

 服装はバリアジャケットから全力で魔力を出せる神々しい魔法衣装に変わっており、魔法の壁でキメラ軍の攻撃を防ぎながら目に見える全てに向け、背後の空間より召喚した無数の武器を浴びせる。

 

「な、なんだあれは…!」

 

「コ、コレハ…ナンダ…!?」

 

「か、神様…!?」

 

 マリの格好を見て、同盟軍の兵士たちは絶対に倒せない物と戦っていると錯覚する。

 そんなはずはないと言って、同盟軍は過剰な戦力を投入して排除せんと試みるが、マリが前に張った魔法の障壁の前に全てが弾かれる。その時、マリの耳にカティアの悲鳴が聞こえた。

 

『きゃあ!』

 

「カティアちゃん…?」

 

 それをまるで地獄耳のようにと言うか、魔法の聴力で聴いたマリは、自分に攻撃している同盟軍の将兵らに自分の幻影を見せ、攻撃が幻影に集中している間にカティアの元へ急ぐ。

 壁を突き破り、一気に彼女が居る方へと進めば、ファムを運んでいる最中にコヴナントのグラントやエリートに襲われているカティア達を透視で発見した。

 

「あれ、ちょっと似てないけど…」

 

「馬鹿者! この小娘は例の女では無い! そこに寝ている女もな!」

 

 グラントはファムをマリと勘違いしたようだが、エリートはしっかりと覚えており、違うと指摘する。

 担架を持っていた兵士たちが一瞬で殺され、怯えるカティアに対し、エリートは人違いとして殺そうとカービン銃を向ける。

 

「よし、次へ行く。こいつを始末してからな」

 

 カービン銃を向けられても、カティアは恐怖の余り動くことが出来ず、その場で震えるばかりだ。

 守備対象であるカティアがピンチになったので、マリは五秒間だけ時を止め、その五秒で現場へ駆け付け、カービン銃を持つエリートを剣で斬り殺してから時止めを解除する。

 

「うわぁぁぁ!? ほ、本物だァァァ!!」

 

 エリートが訳も分からず息絶える中、本物のマリが現れたことで、グラントたちは武器を捨てて逃げ始めた。

 

「こうなれば、死なば諸ともー!」

 

 一人蛮勇にも、両手にグレネードを持って自爆特攻を仕掛けるグラントが来たが、マリに蹴り飛ばされて壁に激突して爆発する。

 

「か、神様…じゃなくて女神さま…?」

 

 一体何が起こったか分からないカティアは、神々しいマリの格好を見て女神だと勘違いする。これにマリは自分が女神では無い事を告げ、ファムを抱えてクルト達と合流するように伝える。

 

「女神さまじゃ無いから。それよりそこの女を連れて要塞の奴らと合流しなさい。こいつ等の狙いは私だから」

 

「えっ、貴方が狙いなんですか? じゃ、じゃあよろしくお願いします!」

 

 何が何だか分からないカティアであったが、ここはマリに従った方が良いと思い、クルト達と合流する為、ファムを抱えてそこへ向かった。

 彼女が行ったのを見送ったマリは、同盟軍を迎え撃つために現場へと戻る。既に同盟軍はマリの幻影を攻撃していることに気付き、要塞内へと再び大挙して突入しようとしていた。

 また入られれば今度こそ終わりなので、マリは敵兵一人たりとも突入させまいと、魔弾や様々な魔法攻撃を行い、敵兵等を殺していく。やがて敵兵等が要塞内へと出れば、退いて行く敵を攻撃しつつ、それと同時に案内がてらに放った魔法道具で要塞内を監視し、同盟の将兵が残っていないかどうかを確認する。

 

「居ない! 一気に押し返す!」

 

 敵兵一人たりとも死体以外ないと確認すれば、全力で敵を追い返すために魔力を全開にして敵を攻撃し続ける。

 凄まじい魔法の攻撃で敵の士気は大いに低下し、グラントは逃亡し始め、勇猛果敢なエリートやブルートでさえ恐れを抱き、死を恐れないローカストも恐怖を抱き始める。キメラでさえ、改造される前の恐怖の遺伝子が呼び覚まされたのか、攻撃が緩んでいた。ヘルガスト兵や他の異星人の軍隊は震えるばかりである。

 

「お、俺たちが相手にしているのは…人間なのか…?」

 

「これだけの数だぞ…! なんで俺たちが押されているんだ…!?」

 

「まさか俺たちは戦っているのは、破滅の存在なのか…?」

 

 これ程の戦力を投入しているのに、同盟軍の将兵らは女一人を前に恐れる。

 部隊指揮官もまた恐怖し、まだ味方がいるにもかかわらず、無慈悲に機動兵器部隊に攻撃を命じた。待機していた機動兵器部隊は、上空と地上の通常兵器部隊と共にマリに向けて主兵装を一斉発射した。

 凄まじい爆風が巻き起こり、頑丈に出来ていたノイエハーゲン要塞は半壊寸前となる。巻き込まれた同盟軍の歩兵部隊は大半が死亡し、まだ息のある者はうめき声を上げ、失った四肢の部分を抑えて悶え苦しむ。

 してその効果は、ただ味方を殺しただけであり、マリは多少のダメージを受けていた物の、無傷に近かった。

 

「これ、ちょっときついかも…!」

 

 だが、この一斉射はマリにとって痛手あり、もう一度あのような攻撃を受ければ、倒される可能性は高かった。事実、マリは一斉攻撃を防ぐために魔力と体力を消費しており、息を切らしている。

 片膝をついて目の前に見える同盟軍の兵器部隊を見ながら、放棄された要塞の兵士たちとカティアやファムの事を考え、自分が頑張らねばと思って何とか立ち上がる。敵は先の一斉射が効果的だと判断し、再度一斉攻撃を仕掛けようとしていた。

 

『よし、奴は疲れているぞ! 全部隊、一斉射撃…』

 

 もう一度一斉攻撃を掛けようとした瞬間、同盟軍の一隻の地上戦艦が大破した。

 直ぐにマリはジグムント等が来たと思い、腰を下ろして安心する。

 

「遅いわよ…」

 

 そう言って、降りて来る自分のバルキリー、VF-31Fジークフリートを見た。

 

 

 

『遅くなったな。まだ戦えるか?』

 

 降りて来たのはジグムント等、自分のも含めて四機であった。

 ジグムントはバルキリーのSv-262ドラケン、ジークフリートはVF-31J、ジークリンデはマリが乗っていたフリーダムガンダムだ。

 マリがVF-31Fに乗っても四機であるが、現状の保有戦力では最高であり、数ばかりな同盟軍相手なら勝機はある。

 

「もう限界だけど…こいつら全部やっつけなきゃ駄目でしょ?」

 

「そうだ。それとシュヴァルツェ・マルケンの二機がこの要塞に居る二人の救出に向かった。彼らの救出を円滑にするため、我々が囮になるしかない。出来るか?」

 

「もう少し頑張らなきゃ」

 

 開いたキャノピーから顔を出すジグムントより、シュヴァルツェ・マルケンがカティアとファムの救出に向かっていると知らされれば、マリはパイロットスーツに魔法で着替え、自分の機体に乗り込み、機体を起動させる。

 その間に同盟軍機が殺到し、攻撃を加えているが、彼女が乗り込むまでジークフリートとジークリンデが補助に回る。

 

『早く乗れ! こんな数相手に出来ねぇぞ!』

 

「はいはい。こっちは一人で戦ってたのに」

 

 ジークフリートより催促の連絡を受ければ、マリは機体をバトロイド形態に変形させ、周囲に居る無数の敵機に攻撃を始めた。

 全ての火器、マイクロミサイルや両腕のガンポッド、コンテナのビーム砲を雨あられと発射して棒立ち状態の敵機を撃破し続ける。援軍にやって来たSv-262とVF-31J、フリーダムガンダムもまた、全ての火器を使って周囲に居る敵機を撃破する。

 

『な、なんて強いんだ!』

 

『この数だぞ! なんで勝てないんだ!?』

 

 的同然に次々と撃破されていく友軍機を見て、同盟軍のパイロット達は恐怖する。

 たかが四機に数十機もの機動兵器が、通常兵器も含めて手も出せずに撃破されているのだ。撃墜しきれないほど居るとは言え、パイロット達も同様を覚える。

 

『数だ! 数で押し切れ!』

 

 恐れるパイロット達に、敵指揮官は数の暴力で押し切るように指示を出す。これに応じて敵部隊は数に任せて攻撃し始める。

 凄まじい数であるが、四機相手に逆にやられていくばかりだ。決して同盟軍のパイロットが弱いわけでは無い、四人が強過ぎるのだ。

 十機、二十機と撃墜したところで、シュヴァルツェ・マルケンのテオドールとアネットが要塞に到着し、カティアとファムの救出に入る。

 

『この周波数であってるか? 二人を救出した! 他にも大勢いる! 出来るなら…』

 

『いや、待て! 新手がそっちにやって来る! 数は機動兵器一個大隊!』

 

『何所の勢力だ? 直ちに調べろ!』

 

 テオドールから無線連絡が入ったが、そこへミカルが割り込んで新たな敵の存在を告げた。

 剣で一気に三機もの敵機を撃墜したジグムントは、直ぐに何所の勢力か知らせるように伝える。上空でバックアップをしているミカルは直ぐ何所の勢力なのかを突き止めた。それはワルキューレであった。マリ達に知らせようと、証拠の画像を送って来る。

 

『不味いな、ワルキューレだ! VF-31系統が一個大隊分! 流石に最新鋭機相手には不味い!』

 

『VF-31だとぉ!? おいおい、流石にきついぞ!』

 

『幾らフリーダムでも、その数は相手に出来ない!』

 

 やって来た勢力はワルキューレで、バルキリーを運用していることから空軍だ。しかも自分等が使う同じバルキリー、VF-31Aが一個大隊分だ。

 雑魚ばかりな同盟軍はともかく、ワルキューレ空軍のVF-31一個大隊を相手にするのは幾ら四人でも流石に骨が折れる。

 ファイター形態で敵機を撃破し続けるジークフリートと、フルバーストを連発して多数の敵機を撃破しているジークリンデでは即座に撤退を選ぶ。ジグムントも決断は早く、無慈悲にテオドールにカティアとファムだけを救出して離脱するように無線連絡で告げる。

 

『お前の隊の二名だけを回収しろ。他は見捨てても構わん』

 

『なに言ってんだ!? まだ大勢残ってるぞ!』

 

『そうだよ! 要塞の人達だって、助けを待って…』

 

『相手が相手だ。我々ではどうにもならんのが来ている。従わぬ場合はお前たちの機体を破壊してでも従わせる』

 

『クッ…! あんたもその口か…! 俺が言えた事じゃないけどな!』

 

 これにテオドールとアネットは抗議したが、ジグムントは脅し付けて従わせた。

 マリは二機の元にガウォーク形態で近寄り、キャノピー越しからクルト達を見れば、全員がここに残る覚悟が出来ていることを確認した。

 カティアは要塞の者達を一緒に連れて帰るように言っているが、テオドールは聞かずに彼女とファムだけを機体の手に乗せて飛び立とうとしている。

 残っている同盟軍機は邪魔しようと襲って来ているが、マリに見付かって撃破されるばかりである。また新たなる敵の情報がもたらされる中、カティアとファムの二名の回収が確認されれば、ジグムントは撤収命令を出す。

 

『今度は陸軍! 一個旅団分の機動兵器が降下した! これ以上、居続ければ脱出は困難になる!』

 

『よし、回収できたな! では撤収する!』

 

 命令と同時に信号弾を上げれば、機体をファイター形態にして母艦がある宇宙へと帰投した。その後をジークフリート機とジークリンデのフリーダムが続く。

 マリもまたアネットの視線を感じつつ、機体をファイター形態に変形させて共にノイエハーゲン要塞から離脱した。

 テオドールとアネット機もまた、同盟軍機に攻撃される前に要塞より撤退する。残された同盟軍の部隊は、後からやって来たワルキューレのバルキリー部隊や地上の部隊の攻撃を受けて壊滅状態となり、敗走しながら撤退した。

 

 

 

 戦闘終了後、マリを取り逃がしたワルキューレの部隊は、既に半壊したノイエハーゲン要塞に立て籠もるNVAの兵士たちと対峙していた。

 歩兵部隊が要塞内へと突入し、バリケードを設営して立て籠もるNVAの兵士達に対しマリは何所へ行ったのかを遮蔽物越しからドイツ語で問う。

 

『ここに居たはずの金髪の女は何所へ行った!?』

 

『そんな女、俺たちが知るか!』

 

 返答は銃弾と共に返って来たので、ワルキューレの歩兵部隊の将校は制圧するかどうかを女性指揮官に問う。

 

「知らないと一点張りです。制圧しますか?」

 

 将校に問われた女指揮官、ユリアナは戦うつもりは無く、ここにマリが居ないと分かっていたようだ。

 

「待て、無駄な損害が出る。それにもう対象は居ないようだ」

 

「居ないか。じゃあ、アカ共にミサイルを撃ち込みますか?」

 

「馬鹿者め、目の前の貴重な精兵を消すのか貴様は? ここは温かく迎え入れようじゃないか。白旗を用意しろ! 交渉に向かう!」

 

 中年の副官はミサイルで吹き飛ばすのかと問えば、ユリアナはクルト達を自分等ワルキューレに迎え入れるつもりのようだ。

 彼女が白旗の用意を出せば、直ぐに白旗を部下の一人が白旗を持ってユリアナの後に続く。手を挙げながらこっちへ来たユリアナと白旗を持つ部下に対し、立て籠もっているクルト達は首を傾げる。

 

「要塞の兵士たちよ! 我々は貴様たちと戦うつもりは無い! それより、我が陣営に来ないか!?」

 

 そう大声で告げるユリアナに対し、クルト達は警戒する。当然だろう、何か罠でもあるのではと思われてしまう。

 

「どうすんだ? もしかしたら…」

 

「いや、あれは多分…俺たちを迎え入れてくれる。あいつの目を見ろ、嘘は付いちゃいない。立派な指揮官だ…!」

 

「簡単に信用しろってか? 俺は反対だぜ!」

 

 クルトはユリアナの目を見て信頼できる者であると言ったが、上層部に見捨てられた他の要塞の兵士たちはそうでは無かった。

 互いに黙ったまま数分が経てば、ユリアナが先に口を開いて説得を試みる。

 

「貴様たち、その様子からして軍上層部より見捨てられたそうだな! 援軍が来ないのがその証拠だ! そんな軍や国家に貴様たちは従うのか!? 否、そんな党に忠誠に値するのか!? 忠誠するならば私を撃て! 生き残りたければ我らが陣営に来い! 選択は二つ、好きな方を選べ!」

 

 ユリアナの言葉に、クルト達はある思いがふと脳裏に浮かんだ。

 本気でNVAにベルリンを守る気持ちがあるなら、このノイエハーゲン要塞に頼もしい援軍を送り、将校たちを引き抜かなかったはずだ。送って来たのはたった二機の戦術機だけ。もはや自分等は切り捨てられたも同然だ。

 自分達が守るべきベルリン市民のことも考えたが、果たして本当に感謝しているかどうか怪しい。

 国家や党に対する忠誠心が揺らぎ始めたクルト達は、目の前の女が言う陣営とやらに入った方がマシであると思い始める。幸い、ここには自分等を監視する政治将校は居ない。独房所で死んだか、同盟兵に殺されたのだろう。

 彼らがワルキューレの軍門に下ろうとする判断を決定づけたのは、ある女兵士が言った言葉であった。

 

「私、もう帰る場所なんて無いからあの人達の言う陣営に入った方が良いと思う」

 

「おい、なに言ってる? 俺たち敵前逃亡罪で死刑だぞ!」

 

「なに言ってんだ。ここには政治将校も党のクソ野郎共も居ねぇよ。俺はあの女の言葉に従うぜ」

 

「…みんな」

 

 まだ迷いのある者は反対したが、ワルキューレの軍門に下ろうと言う意見が多かったので、クルトはヴィヴィエンを見る。どうやら彼女もワルキューレの軍門に加わる口らしい。

 ここでBETAに殺されるのを待つより、ワルキューレに入った方が得策と判断したクルトは手にしているMPi―K突撃銃を棄て、ユリアナの前に出た。彼女の言葉を聞いて、クルトはこの世界に未練を棄てたようだ。他の者達も同様である。

 

「あんたに従おう。どうせ俺たちはもう死んでいることになっているからな。国や党、お偉いさん方の為に死ぬのはごめんだ。それにこんな世界に未練もねぇよ。新しい故郷を紹介してくれよ」

 

「それで良い。バズ! 彼らを迎え入れろ! それから撤収の準備だ! 軍本部へ通達! 精兵一個中隊分の現地補充が出来たと!」

 

 ユリアナはマリを捕らえられなかったが、代わりに精鋭の兵士一個中隊分を手に入れることに成功した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ネプチューンに向けて

ジュリエッタ登場回となります


 マリを捕らえきれず、あまつさえ母艦に被害を受けたグルビーは、随伴して来たキリングの艦に呼び出され、彼からの叱責を受けていた。

 

「やはり傭兵とやらは信用ならん。私の艦隊が同盟軍の艦隊を足止めしているにも関わらず、捕らえ損ねた挙句、同盟軍の別動隊に先を越されてしまった。幸い、同盟軍は捕らえることは出来ず、ワイルドキャットの乱入で撤退したようだが、貴様があの時、私念に駆られず、母艦の救援に帰らなければ捕らえられたであろう」

 

「何を言うか! わしのゴルドン無くして旅団の維持は出来んのだぞ! それより貴様らクジャン公配下の第9艦隊では無いのか!? あの程度の敵を容易く撃退できんとは!」

 

 キリングからの叱責に対し、グルビーは母艦無くして自分の旅団の維持が出来ないと返して精鋭であるはずの第9艦隊が敵艦隊を撃退できなかったことを責めた。

 少しキリングは自分の実力の無さを指摘されたことに腹を立てたが、捕縛対象のマリに関する対策を考え直す必要があると説く。

 

「それとこれとは話が違う。それより同盟軍がたかが女一人に蜘蛛の子散らすように逃げたのが気になる。偵察艦がワイルドキャット軍の要塞を監視したところ、同盟軍が二個軍団もの兵力を投入したにもかかわらず、十分で一個歩兵師団相当の兵力があの女一人に壊滅させられた。次に機動兵器だ。増援にやって来た三機と持って来た一気に乗り込んだ女は、たった四機で一個軍団ほどの同盟軍の機動兵器部隊を壊滅状態に追い込んだ。ワイルドキャットの増援も入り、四機は同盟軍が撤退する前に何処かへ消えた」

 

「それがどうした? 同盟軍の奴らが情けないだけであろう」

 

 マリの強さはおかしいと言うキリングに対し、信じられないグルビーは同盟軍が情けないだけだと返す。

 

「ふん、やはり戦うしか能が無い傭兵か。私はこの女一人に同盟軍があれほどの戦力を投入したことに疑問を抱いているのだ。送るとすれば一個小隊程度で済む。やはりあの女は圧倒的だ。そうでなければ、貴様の同業者が殺されるはずが無かろう」

 

「むっ、確かにそうだ。ギゾンの奴がこんな女に負けるはずが無い! どうやら奴は魔女だったらしいな…!」

 

「ようやく気付いたか。これはガイアセイバーズを要請するしかあるまい。我が軍もあの女にかなりの損害を与えられている。いたずらに大部隊を投入していては、損害を増やすばかりだ。精鋭での制圧に限る」

 

 キリングが女如きにギゾンがやられるのがおかしいと言えば、グルビーはようやくマリが強敵であるとことを認めた。

 これまでマリは同盟軍を含め、連邦軍にも多大な損害を与えて来た。これにキリングは通常の兵力、精鋭でも敵わないと判断し、能力者狩りを専門とするサイキックハンター、能力者対抗部隊であるガイアセイバーズの投入を要請しようと考える。

 

「早い方が良い。早速、艦隊本部にガイアセイバーズの要請を促そう」

 

「わしは残るぞ。修理と補給が済み次第、攻撃を仕掛ける予定だ。そちらも早く頼むぞ」

 

「言われなくともすぐやる」

 

 投入した方が良いと判断したキリングは、再編も兼ねて艦隊本部に戻ると言えば、グルビーは残って再びマリに挑むことにした。

 

 

 

 フランケンシュタイン号に戻ったマリ達は、そこで補給と修理を受けていた。

 会議室でグルビーや同盟軍の件もあって、この世界の政府機関に目を付けられないように性能が低い古い機体ばかりを使うのは止め、これからVF-31のような高性能機で行くしかないと思った。だが、未だにジグムントは高性能機の投入を絞る。敵がこれ以上増やさないようにする考えであるが。

 

「おいおい、そんなんだから俺たちが後手に回るんだろ? この際だからヒーローになろうぜ、ヒーローによ」

 

「駄目だ、最低でもジェスタ程度でなければならない。向こう側に目を付けられる」

 

「世間体を気にしてる場合かよ。このままじゃ誰か死ぬぞ」

 

 ジークフリートがもう加減はしなくて良いと言うも、ジグムントは反対する。

 もう同盟軍の件で身を付けられていると思うが、フランケンシュタイン号に巡航ミサイルが一発も飛んで来ないので、関心は同盟軍に向いていると思われる。煙草の紫煙まみれの会議室の中で、マリも煙草を吹かせながらシュヴァルツェ・マルケンはどうなっているのかを口論が始まろうとした瞬間に聞く。

 

「でっ、黒の宣告はどうしてるの?」

 

「おい、空気読めよ。今は俺たちが…」

 

「いつも通り。ファム中尉が負傷で抜けて、新しい人員を入れるみたい。名前はこの前、あの世界じゃ二年位前に助けたリィズ・ホーエンシュタイン」

 

「リィズちゃんか…」

 

 割って入って来たマリに対し、ジークフリートは注意するが、ジークリンデは遮ってシュヴァルツェ・マルケンの現状を答え、新しい補充員が自分等の助けたリィズであることを告げる。アウトサイダーの予想通りに事が進んでいるようだ。もっとも、必然的にリィズがシュヴァルツェ・マルケンに入るのだが。

 割り込まれたジグムントは、近々西側でBETAに対する大規模な反攻作戦が開始されると伝える。

 

「スパイ衛星で西側を傍受したが、大規模な反攻作戦の準備が行われているようだ。もう既に作戦を始められるほどの数が揃っている。東側でもそれに同調して戦力を集結させている。デカい作戦が始まるな」

 

「そう。その作戦にNVAは?」

 

「もちろん参加する。主力軍が軒並み増員されるようだ。その中にはシュヴァルツェ・マルケンも含まれている。我々も行かなくてはな」

 

「何所に配置されるか調べないと」

 

 大規模な反攻作戦に東側の主力軍も参加し、もちろんシュヴァルツェ・マルケンも含まれていると分かれば、マリは向こうの世界のコンピューターのハッキングを行い、NVAが何所の地区を担当するかを調べ始める。

 

「では、我々も作戦に合わせて機体の調整を行う。ミカル、君は情報収集だ」

 

「それが僕の取り柄だからね。では、行って来る」

 

 マリが仕事を始める中、他の者達もそれぞれ出来る事を始める。ジグムント等は大規模な反攻作戦に備え、機体の調整に向かう中、情報屋のミカルは適材である情報収集に地球へと向かった。

 そんな彼女らに、アウトサイダーは連邦軍や同盟軍の再攻撃を警戒し、宇宙船一隻と複数の機動兵器を増援として送っており、戦力もかなり充実していた。

 

 

 

「クジャン名誉元帥殿、今回の任務、ガイアセイバーズが必要です」

 

「ガイアセイバーズを? 大袈裟すぎるぞ。我らだけでかの魔女を捕らえられる」

 

 補給と再編を兼ねて、連邦軍最強の部隊であるガイアセイバーズ出動の要請しにイオク・クジャン率いる第9艦隊本部へと戻ったキリングであったが、当のイオクは自分等だけでやろうと思っており、大袈裟すぎると言って提案を蹴る。

 要するに他の部隊に手柄を取られたくなく、イオクはマリを捕まえてティナに自分の忠誠心を示し、クジャン家の当主であることを示したいのだ。そんなイオクに対し、同じ第9艦隊の者である将官にガイアセイバーズを要請した方が良いと告げる。

 

「イオク様、キリングの言う通りガイアセイバーズの出動を要請した方が良いのでは? 報告を聞く限り、敵はたった一人で軍集団以上の戦闘力を持つ女。いたずらに兵力を投入し、失敗続きなら戦力を消耗するばかり。化け物には化け物をぶつけるしかありません」

 

「だが、私はどうなる!? これは与えられた名誉なのだ! 伝説では、化け物を倒すのはいつだって人間だ! 人間である我々が倒さねばならん! 化け物は要らんのだ! 良いか、かの女は第9艦隊のみでやる! 他の部隊には決してやらせるな!」

 

 彼は尤もなことを言ったのだが、当のイオクは聞く耳持たないようだ。それを見ていたキリングは、イオクに聞こえないように悪態を付く。

 

「ふん、馬鹿な当主だ。通りで味方殺しなどと陰口を叩かれるわけだ」

 

 マリを捕らえる事を名誉と言っているイオクに、キリングは呆れ返っていた。

 

「では、自分は暫し仮眠を取って来ます」

 

「そうしろ、それで少しは頭が冷えるだろう」

 

「…頭を冷やすのはお前だ、親の七光りめ」

 

 イオクから離れる為、キリングは仮眠を取ると嘘をつけば、彼は頭を冷やせと告げる。これにキリングは聞こえない声量で正論を叩き付け、イオクから離れて通信室へと向かった。

 通信室に着いたキリングは、誰も居ないことを確認すれば、別の将官との連絡を取る。機器を操作して画面に映像通信を出せば、画面に映っている角刈りの初老の男の階級の高い将軍に対し、ガイアセイバーズの出動を要請する。

 

「エルラン元帥殿、クジャン公目は聞く耳を持ちません。どうやら貴方にしか頼る事が出来ません」

 

『ふむ、前当主の父上は優秀であったが、息子であるイオク君はその才能を受け継いでいないようだな。良かろう、私が申請してみる。受け入れられるかどうかは、‟あの方‟次第であるが』

 

「よろしくお願いします。それとあの方とは…?」

 

 エルランはガイアセイバーズの出撃の要請を検討すると言えば、キリングは感謝の意を表して頭を下げる。その時、エルランが言ったあの方と言う人物が気になったのか、それが誰なのかを問う。

 これにエルランは表情を引き付け、まだ知る権利がない事を中将のキリングに伝える。

 

『キリング君、君に知る権利は無い。私のように元帥階級の将軍のみしか存在を知らされない御方だ。大将や大統領も含めてな』

 

「私は中将クラスの将軍。あの七光りの青二才が知りえて私が知らされないのは何故です?」

 

『キリング君、とにかく、生きて昇進したければ必要にあの方の事を嗅ぎ付けないことだ。イオク君に聞いても無駄だぞ。彼は無能だが、狂信と言って良いほどあの方に心酔されている。例え家族を人質に取られようとも決して言わないだろう。元帥に昇進するまで、その好奇心を抑え、キャリアを積みたまえ』

 

 自分はイオクより有能であると言うキリングに対し、エルランは嫌悪な表情を浮かべ、遠回しにあの方、つまり連邦の裏の支配者であるコンスタンティナ・アナ・カポディストリアスの事は元帥になるまで聞くなと告げて通信を切った。

 これにキリングは自分を少し侮辱されたと思い、エルランに嫌悪感を抱いたが、イオクを出し抜いて自分がマリを捕らえれば一気に元帥にまで昇進できると判断して平常を保つ。

 

「まぁ良い。あの七光りの青二才目を出し抜き、俺があの魔女を捕らえれば良い事だ。同盟にも売り込めば、一気に元帥待遇で扱ってくれるだろう。さて、奴を出し抜く算段を考えねばな」

 

 通信室を後にしたキリングは、ガイアセイバーズが来た後に、イオクをどう出し抜くかどうかを考える為、自分の寝室へと向かった。

 一方、艦隊司令部に居るイオクは、執務室でキリングを除く自分の部下たちの集結を待つ中、部下の一人のノヴォトニーが執務室に入り、挨拶の敬礼を交わした。

 

「ノヴォトニー、第13艦隊の救援任務より帰投しました!」

 

「ご苦労。敵は粉砕できたか?」

 

「はっ、敵同盟艦隊を撃滅いたしました! それよりイオク様、貴方のお耳に聞かせたいことがございます」

 

「ん? 申してみよ」

 

 同じく敬礼で返し、戦果報告を記したタブレットを受け取って戦果を確認したイオクであるが、ノヴォトニーが知らせたいことがあると告げる。これにイオクは報告の許可を出し、ノヴォトニーに言わせる。

 

「情報部の同期の者に聞いた話ですが、兼ねてより統合参謀本部より脅威認定されていた地球帝国が異世界侵攻に動き出した模様。我が連邦軍に対して宣戦布告、既に幾つか光線が行われています。彼らと敵対するケイオスや異種族同盟も異世界侵攻を開始。こちらも同じく我が軍と交戦、幾つかは撃退しておりますが、惑星同盟の傘下に加わる可能性は高いと見えます」

 

「な、なんと! あの戦乱の世界の狂信者共や化け物共が異世界に!? ただでさえ新興勢力が乱立しているのだぞ! ますます混迷は増すばかりだ…!」

 

 ノヴォトニーからの知らせに、イオクは冷汗を掻き始める。

 その地球帝国と異種族、邪悪なケイオスは連邦軍が警戒するほどの脅威勢力であり、ただでさえ長きに渡る次元戦争で新興勢力が乱立しているのに、更なる脅威が迫れば、混乱は増すばかりだ。これにより、幾つもの世界が崩壊している。

 

「地球帝国の侵攻は休眠状態の皇帝の復活を掲げている模様。戦意向上演説を盗聴した結果、どうやら我々が追っている不老不死の女であることが判明しました。幾つかの世界にスペースマリーンや艦隊を派遣している模様です。異種族は惑星同盟と接触、参謀本部は陣営に加わると予想しております。ケイオスは各新興勢力を交戦しております」

 

 続けて報告するノヴォトニーの言葉に、執務室に居る者達が戦慄を覚える中、イオクは長として、連邦軍の名誉と言えば元帥として威厳を示すべきと判断してか、彼らを鼓舞する。

 

「狼狽えるな! たとえいかなる敵であろうとも我ら連邦軍、否、統合連邦軍は負けやしまい! 何のために我ら人類は連合結成したか!? それは人類存続の為であるッ! 我らはその無敵を誇る軍属! 我ら連邦軍は必ず勝つのだ! 歴史を顧みよ!! 最後に勝つのはいつだって我ら連邦軍だ!!」

 

『オォーッ!!』

 

 イオクは無能な当主であるが、人当たりが良く戦意向上には奴に立つ男だ。

 そんな彼が鼓舞する演説を行えば、クジャン家に忠誠を誓う者達は拳を高く上げて雄叫びを上げる。連邦軍はいつだって勝つ。

 統合連邦となる前、三度目の世界大戦後に創立された連邦政府は、宇宙へと生存圏を広げて以降も幾つもの戦乱を経験した。敗北寸前まで追い詰められたことはあったが、家族や恋人のために戦う者達の手で何とかギリギリの所で勝って来た。

 だからこの次元戦争も勝てる。何故なら勝利に必要な物資も資源、人的も全部そろっているのだから。

 しかし、脇から見れば連邦も脅威認定されている異世界の地球帝国と変わり無い。政治思想や国家体制は違うと言っても、やっていることは、対して変わりないのだ。

 

 

 

「あれね」

 

 数日後、マリは再び第666戦術機中隊の駐屯基地に来ていた。

 現在、中隊は補充員兼交代要員のリィズを自分の隊の戦術に馴染ませるべく、訓練を行っている。多少の遅れは見られるようだが、なんとかついてこられているようだ。

 来た頃には既に訓練は終わっている頃だったのか、中隊のMiG-21戦術機は基地に帰投して格納庫に入って行く。

 この様子を眺めていたマリは、淹れたてのココアを啜りながら双眼鏡で彼女らを監視する。様子を見るために地球へ降りたのではなく、アイリスディーナと接触する為である。寒い外で夜までいつもの廃教会で待っている間、遂にアイリスディーナが護衛を伴っていやって来た。

 

「今回はお前一人か?」

 

「うん」

 

 廃教会へとやって来たアイリスディーナは、マリに護衛は居ないのかと問う。これにマリは一言返事して、温かいココアを啜る。

 

「それじゃあ、数日後に行われる作戦で東側の軍は何所に配置されるの?」

 

「それについてはまだ分からん。聞かされているだけで何所に配置になるのかも分からない。作戦決行日には教えてやるが、教えなくともお前たちなら見付けられるだろう」

 

「まぁ、そうね」

 

 反攻作戦で何所に配置になるのかをアイリスディーナに聞いたが、彼女は聞かされただけで何所の配置になるのかまだ分からないと返答する。

 知らせなくとも、こちらの位置がつかめる事が分かっているマリに、教えずとも分かるだろうと言えば、マリは頷く。シュヴァルツェ・マルケンの機体にビーコンを付けているので、作戦が始まれば少々の時間は掛かるが、確実に見付けられる。

 

「話はそれだけか? こうやってお前と接触する事態、それなりの危険が伴う。それでは帰らせてもら…」

 

「あぁ、待って。強化装備のことなんだけど」

 

「強化装備? 何か気になる事でもあるのか?」

 

 話は作戦の配置だけと判断したアイリスディーナは、この密会がそれなりの危険が伴う事を伝え、基地へと戻ろうとしたが、マリはカティアに聞きそびれたことを彼女に聞いた。

 

「生理の時とかどうしてるの? あれ」

 

「…はっ?」

 

「あれ薄いし、股の辺りに垂れたら…ナプキンとかひいてる?」

 

 強化装備に対するマリへの疑問に対し、アイリスディーナと護衛の者たちは一瞬固まった。特にアイリスディーナには効いたらしく、顔を赤らめている。暫くの沈黙の内、いつもの冷静とは思えない声でアイリスディーナは、何故そんなことを聞くのかをマリに問う。

 

「ど、どうしてそんなことを聞くんだ…?」

 

「ほら、だってあれって肌の上から直接着るでしょ? 下着とかナプキンとか着けてるのか気になっちゃって」

 

「それについては…答えん! 例え尋問されようともな!」

 

「あぁ、経験あるんだ。じゃあ、会う時は知らせるから!」

 

 そんなアイリスディーナに、マリは弱点を見付けたと思ってニヤニヤしながら畳みかければ、彼女は経験でもあったのか拒否する。

 自分より美貌が勝る女の弱点を見付けたマリは、十分な戦果が取れたので、フランケンシュタイン号へと帰投した。

 

 

 

 フランケンシュタイン号とは違う別の衛星軌道上にて、連邦や同盟と同じくマリの追跡をしているワルキューレの艦隊も、人類の反攻作戦を掴んでいた。

 艦隊の構成はマクロス級一隻に駆逐艦六隻、その他軽空母に輸送艦や揚陸艦を合わせて十隻と言う艦隊戦には不向きな編成だ。艦隊旗艦にされているマクロス級の艦内のハンガーにおいて、地上へ降下させる部隊の編成を行っていた。

 ワルキューレも地球の各国政府に目を付けられることを警戒して制限を掛けているのか、連邦軍や同盟軍と戦うには厳し過ぎる機体ばかりである。

 

「こんな機体ばかり整備して、連邦や同盟軍が来た時はどうしろって言うんだ? 自殺行為だぜ」

 

「廃棄処分予定だとよ。全く、気にせずに現行機を使えば良いってのに」

 

 用意されたのはエゥーゴやティターンズ系統のMSだ。ネモにリックディアス、ハイザックにマラサイ、バーザムと連邦軍の現行機と戦うには荷が重すぎる物ばかりだ。倉庫に余っている物を持って来たようで、使えなくなった部品は排除し、まだ使える部品だけを使って動かせるようにしている。いわゆる共食い整備である。

 無論、地球に降下して任務を終えた後はパイロットだけ母艦に戻り、現地で処分する予定だ。向こうに異界の技術が渡る可能性はあるが、性能的には第二世代の戦術機とは変わりないので、むしろゴミになるだろう。降下艇も埃を被っていた物で、これも処分される。

 地球からどうやって帰ると言えば、緊急帰還用の転移装置で母艦に帰る手はずになっている。これに乗るパイロット達は、地上戦を行うので全員が陸軍所属である。そんな廃棄予定の機体の整備をやらされている整備兵等は文句を言いつつ、黙々と仕事を行う。

 

「あの、私のガンダムは何所ですか?」

 

「ガンダム? あぁ、あっちに置いてある。もう整備し終えたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 整備兵等が機体の整備を進める中、一人の金髪の少女が自分の機体は何所にあるのかを問う。

 これに整備兵等はガンダムがある方向へ指差せば、少女はそちらの方へ向かう。その少女のガンダムは、F90ガンダムに新換装装備である両腕に特徴的な剣を着け、両足にはクローを着けた物だ。

 F90ガンダムは様々な状況に応じて装備の換装を想定して開発されたガンダムであり、その換装装備の種類は二十六種類もある。これに乗る彼女のために、わざわざ専用の換装装備を作って装備させたのだ。

 この換装装備の名はジュリエッタであり、乗っている本人の名前を付けた。

 

「なんかそのままくっ付けたような感じがする…」

 

 ジュリエッタと言う名の少女は、単に既存のF90に自分専用の装備を換装されただけで落胆する。それでも高性能機なので、十分過ぎるほど恵まれているだろう。

 なぜジュリエッタだけ現行機と同等な高性能機のMSかと言えば、連邦軍や同盟軍に対する保険や、マリに敵うパイロットだからである。F90に乗るジュリエッタ・ジュリスもまたユリアナと同じくヴァルハラより呼び出された英霊であり、生前は鉄華団と激戦を繰り広げた。

 他にも数名の英霊が参加しているが、この場に姿を見せていない。一機では荷が重いのか、レギンレイズ二個中隊とバルキリーのVF-31Aカイロス一個中隊が待機している。

 

「まぁ、ガンダムだし。良いか」

 

 乗っているのがガンダムだからと言う事なのか、これ以上の高望みはせず、機体に乗るため、コックピットがある胴体まで上がった。

 ジュリエッタのF90の横では、マリを捕らえるために地球へと降下する部隊のパイロット達や、支援部隊の者達が集まってミーティングを行っている。その中にはユリアナも含まれていた。

 彼女らもまた事前に人類側の作戦を察知しており、地図を広げて東側が配置される場所でマリ達が現れそうな個所を予想し、何所に部隊を配置するかの議論が行われている。

 

「あの女が現れる個所に記しを付けよう。ここをAポイントに、そしてこれがBポイント、残りは…」

 

 ユリアナはマリが現れそうな場所を次々と地図に、赤いペンで記していく。

 生前のユリアナは士官学校で優秀な成績を収めており、在籍中に戦争が起こった際は一度だけ実戦を経験した事がある。戦後二年余りに発生した内戦で戦死したが、死ぬまでに少なからずの功績を立てている。

 マリが第666戦術機中隊のピンチの際に出てきそうな場所を赤いペンで記していく中、横で見ている副官は現行機で捕らえた方が速いと告げる。

 

「ほぅほぅ、流石は士官学校を繰り上がりで卒業したことはある。ですが、周りなんて気にせず、F90を主力にして捕らえれば良い話じゃないですか? おまけにレギンレイズも揃ってる。そいつを連邦軍や同盟軍の警戒用に当てるなんて…」

 

「貴様、それでも軍人か? 軍人は命令された通りにやる物だ。お前が昇進できない理由が分かって来た気がするぞ」

 

 装備制限はワルキューレの上層部から命令されていたようで、ユリアナは従うしかないと告げた後、中年の副官が昇進できない理由を理解した。

 

「おいおい、マウント取りかよ…小官は手段など選ばず、迅速にかつ少ない損害で捕らえた方がよろしいかと提言しているのですが」

 

「それは分かっている。だが、あの世界の人類に目をつけられてはならん。敵を増やすような真似は出来んと言っているのだ」

 

「前の時は気にしなかったくせに、今度は気にするのかよ…」

 

 聞こえないように小言で文句を言った後、手段を選ばずに強引な方法で捕らえれば良いと副官は告げたが、ユリアナは敵を増やさないことを優先して却下する。

 これに副官は生き返った後の初陣の時の事を持ち出したが、言えば殴られるかもしれないので止めた。

 

「では、捕縛作戦は対象がやたらと守っているこの戦術機中隊が、何らかの危機的状況に陥った際に決行する。各員は人類の反攻作戦開始後に降下し、所定の位置に待機せよ。何か質問は?」

 

 それから作戦の概要を伝えた後、ブリーフィングを終わらせようとして最後の質問に入る。

 

「無いな。では、私はこの場に不参加な砲兵士官と、あのF90ガンダムと言うのに乗ってる奴の為にもう一度ブリーフィングを行う。では、解散!」

 

 誰も質問が無いと分かれば、ユリアナはブリーフィングを終了した。不参加な者達の為にもう一度やるようで、不参加な支援部隊の砲兵士官やジュリエッタを呼ぶようだ。陸軍のパイロット達と共に換算した副官は、ユリアナの搭乗機を見て毒づく。

 

「あんたも十分に高性能機じゃねぇか。それもチート級の」

 

 副官が毒づくほどのユリアナの搭乗機とは、騎兵用のランスを装備したガンダムエクシアであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裁きは公正に

 遂に人類の反攻作戦が開始された。その名も「海王星」作戦。まだ余力のある西側欧州諸国は持てる予備も含めて全兵力を動員してポーランドから全てのBETAを殲滅し、ミンクス・ハイブ前まで防衛ラインを押し戻す反攻作戦である。

 ポーランド解放作戦というべきだが、実際は西側がポーランドを欧州戦線の最前線とする物だ。

 作戦概要をスパイ衛星で盗聴していたマリ達は、東側諸国、NVAも参加しているワルシャワ条約機構軍の配置を掴めば、シュヴァルツェ・マルケンのピンチにいつでも駆け付けることが出来るように、出撃準備を始める。

 ジークフリートは西側のドイツ連邦軍に、偽の経歴で戦術機の衛士になったのか、先に地球へと降りて海王星作戦に参加するようだ。

 

「それじゃあ、行って来るぜ! なぁーに、この俺様にかかりゃあブサイクなBETAなんぞ殺虫剤を撒かれてくたばる蠅と同等よ! 心配は要らねぇぜ!」

 

「その言葉、当てにしてるぞ。助けてくれと言われても、我々は救援を寄越さん」

 

「けっ、要らねぇっての! 例えロボットになったファントムだろうが、丁度いいハンデだぜ!」

 

 意気揚々と地球へと降りるジークフリートに対し、ジグムントは救援を寄越す気がない事を伝えれば、ムキになったのか、彼はこちらから願い下げだと言って地球へと降りた。ジークフリートに残った面々は、助けを求めるか助けを求めるほど必要が無いか賭けを始める。

 

「ジークフリートさんが助けを求めるのに秘蔵のビール瓶を一本」

 

「俺は必要ないのにで」

 

「わしは必要ないのにウォッカを賭けよう。奴はあんなだが、強いしな」

 

「私はどうしようかしら?」

 

「僕も賭けてみようか…? まぁ、彼なら大方予想できるが」

 

 フランケンシュタイン号の船長は助けを求めないのに自分のお気に入りのウォッカを賭けると言えば、ミカルとリンダも賭けに乗ろうとする。

 

「興味ない」

 

 マリはその賭け事に興味は無く、ただ第666戦術機中隊こと、シュヴァルツェ・マルケンが出撃命令を帯びてレーザーヤークトを行う映像を眺めていた。

 危険な任務であるが、西側の主力部隊投入により、いつもより楽にレーザーヤークトが進んでいる。政治将校であるグレーテルからしてみれば、悔しくてこの上無さそうが、マリ達が救援に向かわなくても良い程だ。

 そんな彼女らに、レーダーを見ていたユウキが連邦か同盟の影を知らせる。

 

「付近で次元転移反応を確認しました。おそらく、連邦か同盟の可能性があります」

 

「もう部隊を展開しているのか。他には?」

 

 連邦と同盟の展開の速さに、ジグムントは他にも問題が無いかを問う。

 

「地上で見慣れない反応が多数確認。この前のワルキューレの可能性が…」

 

「おそらくMSだろう。我々を待ち伏せしている可能性がある。編成を考えねば…!」

 

 ワルキューレの部隊の影を知ったジグムントは更なる事態に備えるべく、出撃準備のために整備されているジェスタを見た。

 

 

 

 作戦二日目、作戦は予定よりやや遅れているものの、順調にBETAを押し戻していた。

 主に押し戻しているのは最新装備の部隊が多い西側であり、東側はかなり遅れを取っている。その西側の部隊、NATO軍の中にワルキューレのユリアナの部隊が混じって共に進軍を続けていた。

 流石にガンダムエクシアやF90ガンダム、レギンレイズやVF-31シリーズは使わなかったが、ビーム兵器は強力であった為に進軍は他の部隊を追い越して突出し過ぎた為、進撃を一時停止して東側に居るシュヴァルツェ・マルケンの動きを探り始める。

 

「例の部隊はまだ危機的状況に陥っていないか?」

 

「全くです。偵察機からの報告によれば、レーザーヤークトを一人の脱落者を出すことなく敢行しております」

 

「うちにも欲しいな。やはりこちらから出るしか無さそうか…」

 

 部下からの報告に、ユリアナはシュヴァルツェ・マルケンの練度の高さに舌を巻き、その精鋭戦術機部隊を欲しがる。

 やはりマリを誘うには、シュヴァルツェ・マルケンを攻撃するしかないと、ユリアナは砲兵士官を見て呟く。

 砲兵士官の名はレイリィ・ミラー。彼女もユリアナと同じく英霊で、同じ国の出身であるが、北米大陸の国家に移住したため、全く知らない。戦争時は別の国の士官として従軍し、終戦後には祖国の地に戻ったようだ。

 砲撃術に長けており、命中が逸れる榴弾砲を確実に命中させると言うずば抜けた計算力を持っている。彼女の手に掛かれば、シュヴァルツェ・マルケンを砲撃で潰すことなど造作も無いだろう。もっとも、上層部から余り関わるなと言われて制限を掛けられているが。

 

「報告します。例の部隊、弾薬と推進剤の損耗により後退。捕獲対象、未だ現れず!」

 

「過保護ではなさそうだな。まぁ良い、次のチャンスを待つ、引き続き監視の続行を命じろ」

 

 シュヴァルツェ・マルケンは弾薬と推進剤の損耗により後退したと聞けば、ユリアナは次の機会を待った。無論、チャンスは訪れる。それは彼女が予想外にしない物であるが。

 

 

 

「なっ! どういう事だ!? なぜガイアセイバーズが!!」

 

 マリを捕らえるべく、彼女が居る世界の地球の付近に手勢を引き連れてやって来たイオクであったが、ガイアセイバーズがやってきたことに驚きの声を上げた。呼んだのはキリングであるが、当のイオクは気付いていない。一部を除く部下たちも気付いていない様子だ。

 

「わ、私はあの方に信用されていないのか…!」

 

 精鋭のガイアセイバーズが来たことで、イオクは連邦の裏の支配者であるコンスタンティナ・アナ・カポディストリアスに信用されていないと落胆する。そんな彼に畳みかけるように、エルランが映像通信を出してくる。彼はガイアセイバーズと共に、艦隊を率いてやって来たのだ。

 

『やぁ、イオク君。士官学校卒業以来だね』

 

「あ、貴方はエルラン元帥! なぜ貴方がここに!? まさか貴方も!?」

 

『その通りだよ、私も命を受けてこんな世界へやってきたのだ。かの魔女を捕らえるには、経験の浅い君では荷が重すぎる。ここは精鋭と経験の多い私に任せ、君は出世街道を渡りたまえ』

 

 キリングの事は出さなかったが、エルランはイオクにマリ捕獲から外れるように伝える。要は手柄を横取りである。そんなエルランにイオクは食い下がらず、敬愛する人物から受けた任から外れることは断じてできないと訴えかける。

 

「できません! この神聖なる任務は私に与えられた使命! 降りることなど、否! 絶対に譲れません!!」

 

「そうだ! これはイオク様に取って大事な任務!」

 

「外野は口を出さんでください!」

 

 イオクに続いて部下たちもエルランの横やりに抗議するが、彼は呆れた表情を浮かべるだけだ。

 

『ふぅ、全く聞き分けの無い当主に部下たちだ。それでどれくらいの部下を殺して来たかね? まぁ、共同戦果と言う事にしておこう。君たち第9艦隊は同盟軍の艦隊に対する警戒任務を命ずる。私の隊とガイアセイバーズがかの魔女を捕らえるまでな。これも大事な任務だ、成功した暁には、名誉元帥から本物の元帥となるだろう。頑張りたまえ』

 

「くっ…!」

 

「何を勝手な…!」

 

 エルランが戦死して来た部下たちのことを言えば、イオクはショックを受けた。

 これまで自分が生き残れてきたのは、部下たちの自分の身を顧みない精神のおかげだ。そのことを言われれば、イオクは責任感で納得するしか無い。

 今までに自分の無茶につき合わせ、死んでいった者達を思い出したイオクは涙を流しながらエルランに従った。配下の兵士たちは特攻する覚悟で挑み、これに抗議するが、イオクが泣きながら出した手で下がる。

 

「部下たちにも家族は居ります…! 私の無茶の為で死んだ部下たちの遺族に、会わせる顔がありません…!」

 

『それで良い。君の第9艦隊は確かに精鋭だ。しかし、敵は想像を絶する強敵なのだ。挑むだけ部下を無犬死させるだけだよ。だが、その成長ぶりに敬意を表するよ。では、戦果を期待している。おっ、そうだ。キリング君は借りておく』

 

 イオクが従ったのを見たエルランは、キリングだけを借りて行くとだけ言い残し、映像通信を切った。キリングだけを借りて行くと言ったエルランの事が気になったイオクの部下たちは、直ぐにキリングに問い掛ける。

 

「キリング、貴様エルランに告げ口したのか?」

 

「小官はただ、参謀本部に事の顛末を報告しただけです。それをエルラン元帥が聞いていたのでしょう」

 

「やはり貴様…!」

 

 ノヴォトニーがキリングの胸倉を掴んで問い詰めようとしたが、彼は臆することなくいつもの仏頂面を浮かべるだけだ。そんなキリングを囲んで一色触発状態となる部下たちに対し、イオクは涙を袖で拭ってから止めるように告げる。

 

「止めろ! これは私の不甲斐無さが招いた物。お前たちが争い合う必要はない!」

 

「で、ですが! こいつがエルランに…!」

 

「止めろと言っている! エルラン元帥が来たのは、私が未熟であると言う証拠だ。これは助け舟と言える。熟練のエルラン殿が任務を遂行できるよう、我々は彼の援護だ」

 

「…分かりました。イオク様がそうおっしゃるなら」

 

 これに部下たちは納得し、ノヴォトニーはキリングを離した。キリングが乱れた軍服の襟を直し、敬礼してからエルランの元へ向かうと告げる。

 

「では、自分はエルラン元帥殿の指揮下に入ります」

 

 そう言ってからキリングは、エルランの指揮下に向かうべく、この場を後にした。

 

 

 

 作戦三日後、アイリスディーナより指揮権を政治将校の権限ではく奪したグレーテルの無茶な指示により、疲弊していた第666戦術機中隊の部隊長を除く面々は格納庫にて、西側のドイツの軍隊である連邦軍の戦術機部隊と言い争っていた。

 理由は西ドイツ軍の一歩間違えれば誤射になっていた砲撃だ。これにアネットは自分等をBETAと共に殺そうとした西側の衛士に掴み掛かり、誤射の件を出して抗議している。

 無論、自国内で赤色テロを繰り返し、裏で支援している国家にはい、そうですかと謝るような西側の人間では無い。直ぐにそれを出して言い返し、口論にまで発展する。周りはテオドールも含め、西側の者達も誰も止めず、一人止めようとするカティアだけがただおろおろとしていた。

 

「犯罪国家が何を言ってるの!」

 

「犯罪国家!? 私たちが!?」

 

「や、止めてください! 私たちの敵はBETAな、きゃっ!」

 

 西側の少女の言葉に、アネットは頭に来たのか、掴み掛かろうとする。

 親友であるイングヒルトは、間が悪いのかこの場にはおらず、カティアが必死に止めようにも突き放されるだけだ。そんなアネットの怒りに油を注ぐかの如く、ある人物が取り巻きを率いて現れる。

 ある人物とは、先に地球に降りたジークフリートであった。ジークフリートは美女や美少女ばかりの第666戦術機中隊の中でただ一人若い男であるテオドールを気に入っておらず、赤毛の彼を見るや否や、ホットドックを頬張りながら中隊の面々を煽り立てる。

 無論、ベルンハルトを初め、この場に居る中隊の面々はジークフリートの事を知らない。異常なまでにデカい大男だと思っている。

 

「おぅおぅ、やってんなぁ。お前らは縛られ過ぎて不自由よのぅ~。なんだ、妬みかぁ? こっちは政府に文句付けたって逮捕されねぇもんなぁ。なぁ、キルケちゃん」

 

「あ、あんた何者よ!?」

 

「あんたぁ!」

 

 いきなり自分の名前を言う知らないジークフリートに対し、キルケは動揺したが、アネットの怒りを買うには十分であった。殴り掛かるアネットの拳を軽やかに交わしたジークフリートは、目の敵にしているテオドールを煽り始める。

 

「そこの赤毛の坊ちゃんよぉ、おめぇ羨ましいよのぅ。そんなカワイコちゃんに囲まれちゃってさ、毎日パンパンやって…あっ、出来ねぇんだったわオメェ等は。こっちは出来るもんねー! フリーセックス万歳よォ!」

 

 やや幼稚染みたジークフリートの下品な挑発に対し、テオドールは乗る事は無かった。これにジークフリートは続ける。

 

「こっちの嬢ちゃんの言う通り、オメェ等は西ベルリンを孤立させ、市民を人質にしてるんだってなぁ。でっ、自由になりてぇ奴を容赦なくぶっ殺してるらしいじゃねぇか? トンデモねぇ悪党国家だぜ。そんな犯罪者共が俺らの国に入って来るんだろ? 大迷惑にも程があっぜ!」

 

 そんな彼の挑発にテオドールは我慢して乗らなかったが、他の東ドイツの者達は乗ってしまう。

 

「野郎、ふざけやがって!」

 

「言いたい放題言いやがって!」

 

「ぶっ殺すッ!!」

 

 体格が優れた四名の整備兵が果敢にジークフリートに殴り掛かったが、彼は動じることなく一人目をパンチ一発で打ちのめし、二人目を蹴り込み、三人目はカウンターを仕掛け、四人目は頭突きで昏倒させた。

 瞬く間に四人の大男が倒されたので、テオドールとアネットは、汗一つ掻かずに打ちのめしたジークフリートに畏怖の念を覚える。キルケもまた、人間離れしたジークフリートに驚いていた。

 

「東側の奴らは弱いのぅ~! 鈍すぎて欠伸が出るぜぇ。おい、誰か俺と踊らねぇか? まぁ、踊れねぇけどな! ブッハッハッハッ!」

 

 自分の強さを見せ付けたジークフリートは、取り巻き達と共に下品な笑い声を上げる。

 だが、彼の天下はこれまでであった。背後からフランケンシュタイン号に居るはずのジグムントが、大佐の階級章を付けたドイツ連邦軍の制服で現れ、高らかに笑うジークフリートの脳天にチョップを振り下ろす。

 凄まじいチョップだ。並の人間なら頭が割れている所だが、ジークフリートは超人兵士なので凄まじい激痛を感じてのた打ち回るだけで済む。

 

「いっ、いってぇ~! なっ、なんでお前がここにィィィーッ!?」

 

「軍人とは思えぬ部下の非礼、部下たちを代表して詫びる」

 

「えっ、まぁ…」

 

 ジグムントが来ていたことにジークフリートが頭を押さえながら驚く中、彼は軍人らしくテオドールに謝罪する。キルケの上司も来たところで、彼女は慌てながら彼らに向けて敬礼する。

 

「た、大佐殿!? それに大隊長まで!?」

 

 驚くキルケに対し、上官は説教を始める。

 

「おい、やめろ! シュタインホフ少尉。大佐殿の言う通り、今のは軍人とは思えなかったぞ。仲間内で何処かのアホや上官、政府を腐すならともかく、他国の兵隊にぶちまけるのは感心しねぇな。後輩を何人か迎えたからって粋がるな。お前も軍人ならな」

 

 説教を受けたキルケは、自分の行いが恥さらしであった事と感じて反省している様子だった。自由に自分の考えを言えることに、カティアを除く東側の面々は驚いた様子だ。

 

「戻るぞ、シュタインホフ。あぁ、お前ら悪かったな。これも何かの縁だ、今後とも同じドイツ人として仲良くやろうや。じゃあな」

 

 立ち去って行くキルケの上官に対し、カティアは呼び止める。

 

「あの! 待ってください!」

 

「ん、何か用でもあるのかい? 嬢ちゃん」

 

「その、そちらにも、こちらにも不満がある事は分かります。でも、こんなことで言い争っている場合じゃないかと思います! あなた方の亡くなった人たちの想いがあるはず。どうか、それを忘れないでください!」

 

「それを貴方たちに言われる筋合いは…」

 

 そんなカティアに対し、キルケは呆れて言い返そうとしたが、上司の大きな手で塞がれる。

 

「あぁ、ご丁寧にありがとよ。しかし、国家間の不信や憎しみはどうにもならん事がある。お嬢ちゃんの意気込みは買うが、個人の力じゃ手に余る問題だと思うぜ」

 

 そうカティアに対して、上司はキルケを連れて去って行った。残ったジグムントとジークフリートは、昏倒しているNVAの兵士たちを、向こうの衛生兵に任せる。ジグムントはアイリスディーナに連絡するためか、テオドールに近付く。

 

「君はあの戦術機中隊の隊員か?」

 

「はっ、そうであります!」

 

「我々では考えられん命知らずな戦術だ。だが、その勇気、経緯に値する」

 

 ジグムントは知っているが、テオドールは声を聴いた程度で容姿を見るのは初めてだ。

 そんな彼に握手を求められたテオドールは、周囲に政治将校や所属中隊以外の将兵が居ないかどうか確認した後、ジグムントの大きな手を取った。ジグムントは掌にメモを隠しており、それに気付いたテオドールに取るように告げる。

 

「おっと、失礼した。諸君らの国では、例え同じ人種でも西側諸国とは接触を控えているのだったな。では、失礼」

 

 メモを渡したジグムントは、詫びてからこの場を立ち去った。

 ジグムントが立ち去った後、テオドールは周囲を気にしながらメモの内容を確認する。彼の読み通りアイリスディーナ宛ての物だ。直ぐにたたんで懐に仕舞う。自分も待機場所に向かおうと思ったが、ここに来て厄介ごとが巻き起こる。

 

『おーい! 廊下で西側と東側の奴が殴り合ってるぞ!!』

 

「おいおい、今度は何所の馬鹿だ!?」

 

 大声で西と東の兵士による殴り合いが起きていると言う知らせに、テオドールは直ぐに現場へ急行した。

 

 

 

 その殴り合いが起こる十分前、マリもまた西ドイツの軍隊、ドイツ連邦軍の大尉として東西ドイツ軍の駐留地の廊下をうろついていた。

 理由は第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンの配置をジークフリートが掴めなかったことであり、ジグムントと共に東側の、共産陣営の将兵と接触して探そうと言うのだ。ジークリンデはまたもしもの場合に備え、フランケンシュタイン号で待機である。

 当のマリは直接アイリスディーナを探していたが、周囲の者に場所を聞かなかったので、こうして探している。アイリスディーナと似ているためか、髪型をポニーテールに変えて潜入している。そんな彼女の前に、探していた中隊のメンバーの一人であるシルヴィア・クシャンシスカを見付けた。

 

「あっ、いたいた」

 

 シルヴィアを見付けたマリは直ぐに彼女に駆け寄り、中隊の場所を聞く。初めてアイリスディーナ達と顔を合わせた時、シルヴィアもその場に居たので、顔は互いに知っている。

 呼び止められたシルヴィアは立ち止まり、マリの方へ向いた。何故ここに居るか驚いた様子を見せる。

 

「あんた、なんでここに?」

 

「それって、あんた等を守るためでしょ。ほら、何所の配置か教えなさいよ」

 

 人が来そうな場所へ、馴れ馴れしく話し掛けて来るマリを鬱陶しく思うシルヴィアは、差し出された地図に、自分の中隊の位置を持っているペンで記した。地図に中隊の位置が記されれば、マリは礼を言わずにその地図を懐へ仕舞う。そんな彼女に対し、シルヴィアは長年に抱いて来た疑問をぶつける。

 

「ねぇ、あの場に居たのはあんた?」

 

「え、何の話? そんなの、私が知るわけないでしょ」

 

「四年前のヴロツワフ、覚えてない?」

 

「はい?」

 

 シルヴィアはアイリスディーナに助けられる前の、四年前のヴロツワフ殲滅戦の事をマリに聞いた。

 確かにマリはその場にいたが、ルリが居る可能性があって居ただけだ。結果、ルリの姿どころか、影も形も無かった。包囲しているBETAをその気になれば、マリは殲滅できたが、ルリが居ないところで自分にとって意味が無い上、留まる理由も無いので降下艇に戻った。

 それを思い出したマリは、それが自分と何の関係があるのかをシルヴィアに問う。

 

「それが私とどういう関係があんの? あっ、それとご愁傷さま。あそこで大勢の戦友とか死んじゃった訳ね。良かったじゃない、貴方だけでも生き残れて」

 

「良かった…? あの時、私がどんな思いで、どんな屈辱的な目に遭い、大切な友達が亡くなったか! あんた、あそこに居たよね? なんで私たちを助けてくれなかったの? あそこで、あんたがあの力を使っていれば! 今も祖国の仲間たちと共に…!!」

 

「あの時って…なんで私があんたを助けなきゃいけないの? 言っとくけど私、ヒーロー願望無いし。なるつもりも無いけど」

 

 ヴロツワフでの屈辱的で悲劇的だった過去を思い出し、涙を浮かべながらマリにぶつけるシルヴィアであったが、あの場で苛立つことしか無かったマリは何の同情を抱くことなく、無慈悲な問い掛けをする。

 これに堪忍袋の緒が切れたシルヴィアは、マリの胸倉を掴んであの場で自分の身に起きたことを感情的に訴えかける。

 

「あの時わたしは! 友達と一緒に同僚たちに犯された! 抵抗したら殴られて! もう悪夢じゃないかって! でも夢じゃ無かった…! 今でも犯された感覚を思い出して…! あんたには分からないだろうね! レイプされた女の気持ちなんか! 馬鹿な女とか思ってるんだろ!? 何とか言えよ! あの場似たんだろ!? それとも気付かなかったのか!?」

 

 シルヴィアが怒りを込めて訴えかけたことは、マリにとってはつい二週間前の事だった。

 あの時の悲鳴はシルヴィアの物であったことが分かったが、ジグムントの催促の無線連絡が入り、どちらかを優先すべきかマリは理解していた。同僚たちによって親友と共に犯されているシルヴィアよりも、連邦軍の敗残兵らに襲われている降下艇の方が最優先だ。

 そう言った状況の中で、見ず知らずの人間を助ける程、マリはそれほどお人好しでは無いし、興味が無い。サジタリウスでの一件は、単に少女に興味が湧いて助けただけの事である。

 自分も幼少期にシルヴィアと同様に男達に犯された経験もあるので、マリは制服の胸倉を強く掴む手を優しく掴んで妖艶な笑みを浮かべてあることを伝える。

 

「私も経験があるから同情するわ。それじゃあここでセックスでもする? それで私も立ち直ったから。レイプ被害者の女の子とセックスしたら、一晩で立ち直ったわ。それくらい私が上手だって事ね。どう? 私上手いわよ?」

 

 同情すると言ったマリは、シルヴィアに対しあろうことかセックスの申し出をした。当然、火に油を注ぐような発言であり、マリの顔に向けてシルヴィアの怒りの拳が飛んでくる。

 

「ふざけるな! このレズビアンが! 誰があんたなんかと寝るか!!」

 

 ここに来て初めて顔を殴られたマリが震える中、シルヴィアは怒りをぶちまける。

 

「わ、私の顔…」

 

「顔ぐらいどうしたのさ? 私はそれより酷い目に遭ってるんだよ。それくらいの、明日になれば治…」

 

 その程度の痕、明日になれば治ると言うシルヴィアに、自分の顔を殴られたマリは怒りで感情的になって同じく顔を殴り返す。殴る力は普通の成人女性程度であり、軍人として、精鋭の衛士として鍛えられたシルヴィアには対して効かなかった。

 

「煩い! 私の顔は命よ! 同情してあげたのに、つけ上がっちゃって。大体、胸元開いてさ。実は淫乱じゃないの? 誰でも良いから私を抱いてって…」

 

 殴り返したマリはシルヴィアにせっかく優しくしたのに、それを仇で返したことに怒りを感じた。あれが優しさなら、殴られるはずが無いのだが。

 ここに来て、シルヴィアに対するマリの謝意は無い。その態度を見せない上、そればかりか見下すような目付きで睨み付ける。恐らく本心も自分に同情すらしていないだろう。このマリの自分を見下す態度に、更なる怒りの感情が込み上げたシルヴィアは、感情的になって自分を蔑むような発言をする彼女の顔面を力いっぱい殴りつけた。

 

「きゃっ!?」

 

 マリは不老不死と言っても、身体的にはただの成人女性以下だ。女性と言え、鍛え上げられた軍人の拳で顔面を殴られれば吹っ飛ぶし、歯の一本は欠ける。そんな力で殴られた彼女は地面に倒れ込み、殴られた頬を抑える。

 そんなか弱いマリに、感情的な怒りに支配されたシルヴィアは容赦なく馬乗りになり、追撃を掛ける。

 

「いやっ! 痛っ! 痛いでしょうが!」

 

 何度も殴られる中、マリは魔法の力を使ってシルヴィアを蹴飛ばした。先のパンチで対して効いていなかったシルヴィアはやや驚いたが、立って制服の塵を呑気に叩き落としているマリが隙だらけであった為、直ぐに体勢を立て直して再び殴り始める。

 そこからは単なる殴り合いであった。マリが魔法を使えば、シルヴィアを容易く殺せるが、理性では殺してはならないと分かっていた。殴り合いは廊下を通っていた他国の兵士に見付かり、それを目撃した兵士は大声で基地中に知らせる。

 

「た、大変だ! 東と西が殴り合ってるぞ!!」

 

 直ぐにその状況は知らされたが、二人は目撃されたことに気付かず、今は相手しか見えていない。

 いつの間にか十分経ったのか、知らせを受けた東西ドイツの憲兵と将兵らが現場に駆け付ける。そこにはジグムントやジークフリートの姿もあり、シルヴィアと殴り合っているマリを見た彼らは、直ぐに彼女を抑え始める。

 

「おい、やめろ!」

 

「馬鹿っ! 殺す気か!?」

 

「止めろって! クシャンシスカ! あいつが何をしたってんだ!?」

 

 殴られて痣だらけになっているマリは、感情的になって二人の大男を振りほどこうとするが、今の彼女にそんな男達を振りほどくことなど出来ない。

 口が切れているシルヴィアもマリを殴ろうとするが、駆け付けて来たテオドール等に抑え付けられた。東側の方が、抑え付けるのが大変そうだ。なんたって鍛えられた兵士を抑えているのだから。

 

「なんで貴方も!? なんでこんなこと、きゃっ!?」

 

 左側を抑えていたカティアは、意図も容易く吹き飛ばされた。

 

「離せ!」

 

「やめてシルヴィア! 西の兵士と殴り合うなんて! それじゃ国際問題に!」

 

 知らせを受けて駆け付けたイングヒルトも到着し、何とかシルヴィアを引き上がらせることに成功した。何とか両者とも抑え付けたところで東側のスキンヘッドの憲兵は、どちらが先に手を出したのかを問う。

 

「でっ、どちらが先に手を出した? 先の口喧嘩ならともかく、殴り合いは御法度なのは分かっているな? 国際問題だぞ」

 

 無論、抑え付けた者達は誰が先に殴ったのか分からない。ただ知らせを受けて駆け付けただけだ。誰も見てないと分かれば、憲兵は抑え付けられているシルヴィアに問う。

 

「同志、先に殴ったのはお前か?」

 

 問われたシルヴィアは無言だ。直ぐに顔を抑え付けて再び問う。

 

「どっちが先に手を出したかと聞いている!」

 

 顔を抑えながら問う中、西側にも問い詰めるように無言で指示を出す。指示を受けた西側の憲兵は、東側とは違って紳士的にマリに先に手を出したのかを問う。

 

大尉殿(ハプトマン)、先に手を出したのは貴方ですか?」

 

 憲兵に問われたマリは、シルヴィアを指差そうとしたが、ジグムントに止められた。

 

「…止めろ」

 

 銃殺刑も考え、マリに言うのを小声で止めるように告げたジグムントであったが、そのシルヴィアが自白してしまった。

 

「そこのメス豚を殴ったのは私だよ」

 

「よし、連れて行け!」

 

 これにはジグムントとジークフリートも驚きであった。マリはこうなる事が分かっていたようで、何も言わなかった。自白したシルヴィアは、そのままNVAの憲兵隊に連行された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒のガンダム

 先の殴り合い騒動後、シルヴィアはNVAの憲兵隊によって連行されて独房に入れられたが、物の数十分で牢が開けられた。

 

「なに、銃殺刑?」

 

「違う、釈放だ。西の将校がさっきの事を不問にするそうだ」

 

「不問?」

 

「良いから出ろ! お前の中隊の政治将校がお呼びだ!」

 

 シルヴィアは西の将校と聞いて、直ぐに連邦陸軍の大尉であるマリと分かり、あれほど顔を殴り付けたのに、なぜ不問にして釈放したのかを問う。これに憲兵は答えることなく、早く出すために無理に独房から叩き出した。

 独房から叩き出されたシルヴィアは、待合室にいるアイリスディーナと今は会いたくない政治将校のグレーテル、それに中尉達とテオドールを初めとした隊員等が待っていた。直ぐに上官らに向けて無言で感謝の意を表する敬礼すれば、グレーテルが近付いてくる。

 西側と一悶着を起こしたシルヴィアに当然ながらグレーテルは怒っており、しかも東側の彼女の方から殴り掛かったのだ。当然ながら外交的に西側に自国の弱みを握られたと思っており、無言で敬礼して直立不動状態のシルヴィアの頬を叩いた。

 

「馬鹿者! 何を言われたか知らんが、そんな挑発に乗って西側の将校に殴り掛かるとは! 貴様の行いの所為で、どれくらい外交的に不利になるか…! 分かっているのか!?」

 

「あ、あの…」

 

「止めとけ。お前も巻き込まれるぞ」

 

 カティアを除く中隊の誰もが予想していたことだ。カティアは止めようとしたが、テオドールに肩を掴まれて止められる。グレーテルの説教はそこから小一時間も続いた。

 

「向こうに挑発されても乗ってはならん。侮辱されようともだ。我ら社会主義者は、低俗な資本主義者と同等になってはならん! 分かったか!?」

 

「…はいっ!」

 

「よろしい! 今は人手不足だ、お前にまで戦列を離れられると困る! 鉄剣制裁で済ました党に感謝しろ!!」

 

 説教が終わった後、グレーテルは少しふら付きながらこの場を後にした。

 政治将校として、衛士としてこの厳しい戦術方針の中隊に属し、いつ死ぬか分からない前線で戦い終え、基地に帰還すれば本部に報告している。グレーテルもかなりの疲労を抱えているようだ。党からかなり無茶なノルマを課せられているのだろう。

 そんな彼女の中半八つ当たり染みた説教が終われば、シルヴィアは近くの椅子に倒れ込むような形で座る。

 

「まぁ、向こう側が許してくれて助かったな。普通なら銃殺物だが」

 

「大尉が何か持ち掛けたんじゃ?」

 

「いや、そんなことはしていない。あちらが言ったんだな」

 

 そんなシルヴィアに、アイリスディーナが近付いて軽い罰で済んだことを感謝するように告げる。西側の将校、と言うかマリが不問にしたのは、アイリスディーナが何か持ち掛けたと思ったが、当の彼女は何もしてないと答える。

 

「何の話ですか?」

 

「お前にはまだ関係の無い話だ」

 

 何の話をしているのかとカティアが問えば、アイリスディーナはまだ早いと答えた。

 

 

 

 目下ポーランドで西側と東側の合同反攻作戦であるネプチューン作戦が進む中、地球の上空にて、先行して地球の衛星軌道上に接近していた連邦軍の艦隊があった。

 統合連邦傘下の一つのコロニー連合(UCA)軍であり、既存装備の艦艇である巡洋艦を旗艦としたレンドリースされたアイリッシュ級戦艦やアレキサンドリア級巡洋艦、ネルソン級巡洋艦、ドレイク級護衛艦数隻の艦隊だ。

 あとから来るガイアセイバーズの露払いの為か、艦艇と同じくレンドリースされたMSであるジェガンJ型やストライクダガー、スコープドックを展開している。

 

『機動兵器部隊、直ちに展開! 戦闘機隊は偵察機と随伴!』

 

 旗艦からの指令で部隊の展開が進む中、その様子をワルキューレの艦隊が撃破した同盟軍の艦艇の残骸から見る一機のMSの姿があった。MSはF90ガンダムであり、乗っているのはジュリエッタだ。

 

「数は十一隻、MSの数は五十機…またこんなに」

 

 球体状のコックピットの中で、UCAの艦隊を見たジュリエッタは、先の戦闘で交戦した同盟軍と同じくまたこの数を相手にしなければならないと愚痴をこぼす。衛星軌道上に浮かぶ同盟軍艦隊の残骸は、ジュリエッタ率いる待ち伏せ部隊が奇襲して壊滅させた物だ。もっとも、何隻かには逃げられたが。

 ジュリエッタ隊は隊長機のF90を含め、十三機で編成されており、十二機はジンクスの最終生産モデルであるジンクスⅣである。他に早期警戒型のVF-31Eジークフリートや、VF-25Aメサイア一個小隊が待機している。

 

『敵無線、傍受開始』

 

 早期警戒機のレーダー士官より、敵の無線を傍受すると連絡が入れば、ジュリエッタはヘルメットを被ってUCA軍の無線連絡を聞く。

 

『クソッタレ、何が精鋭部隊だ。なんで俺たちが奴らの露払いなんてしなくちゃならねぇんだ』

 

『こんな旧式のMSと、棺桶のATだぞ。戦闘機の方がマシだぜ』

 

『俺らがコロニー出身だからか? ガイアセイバーズがやれば良い物を』

 

『貴様ら黙れ、同盟軍のエイリアン共を壊滅させた連中だ。周囲警戒、怠るなよ!』

 

 無線連絡から聞こえて来るのは、露払いを押し付けられた隊の兵士たちの愚痴だ。とにかく愚痴ばかりであるため、早く攻撃を仕掛けないかと、ジュリエッタは部隊長に問う。

 

「あの、攻撃しないんですか? なんか、愚痴しか聞こえてこないし」

 

『まだ敵がキルゾーンに入っていない。それまで待機しろ』

 

「…早くしろ、早くしろ早くしろ早くしろ!」

 

 攻撃は敵艦隊がキルゾーンに入ってから攻撃すると答えが来れば、ジュリエッタは苛々して敵艦隊がキルゾーンに入るように、レーダーに記されている場所に入るように告げる。

 

『こちらホットドック、周辺には同盟軍艦隊の残骸しか見当たらない。まだ熱を持っている。敵が潜んでいるかも』

 

『ベルダーより各機、敵艦隊の最後尾はキルゾーンに入った。攻撃開始!』

 

「来たっ!」

 

 数分後、敵艦隊の最後尾がキルゾーンに入った所で、遂に攻撃開始の合図が出された。

 VF-25から対艦ミサイルが発射される中、F90ガンダムを駆るジュリエッタは身を隠していた残骸から飛び出し、手近に居る敵機に向け、ビームライフルを撃ち込んで撃破する。

 

『み、ミサイル接近!』

 

『クソッ! 待ち伏せかよ!』

 

『っ! ガンダム!?』

 

 まだ無線機から盗聴されている敵軍の兵士たちの声が聞こえる中、友軍機が二機もやられたことで、ジュリエッタが乗るガンダムに気付き、ようやくUCAのパイロット達は反撃に出る。突然の奇襲に反撃はままならず、簡単に避けられて撃破されるばかりだ。

 ジュリエッタは雨のように飛んでくるビームを避け、得意の接近戦を挑んでビームを乱射するジェガンをジュリアンソードで切り裂いて撃破する。

 ミサイル攻撃の後からジンクスⅣ部隊も奇襲に加わり、敵機を続々と撃破していく。有象無象に居る連邦軍のパイロット達の中で、UCAはマシな方であるが、彼女らの技量が高く、的のように撃ち落とされるばかりであった。

 

『くそっ、なんだこの装備は!? 剣が伸びるぞ!』

 

 鞭のように変わるジュリアンソードに、ジェガンに乗るUCAのパイロットは困惑する。一撃目はシールドで防いだが、左手に握られたビームサーベルを胴体に突き刺されて沈黙した。

 

『なんて強いんだ!』

 

『例の手で行くぞ!』

 

 直ぐにジュリエッタは機体から離れ、自分に連携を取って接近戦を挑む三機のジェガンを迎え撃つ。

 ビームサーベルを持って接近するジェガンを援護するために僚機の二機がビームを撃ち、ジュリエッタ機がシールドを構えて防御の姿勢を取る中、接近したジェガンは複数のバルーンでデコイを張り、背後から忍び寄ろうとする。

 援護射撃をしていたジェガンはビームを撃つのを止め、バルーンに混じって攻撃の隙を伺う。

 

「デコイを使うなんて。前の一つ目は使ってこなかったのに。何所に…!?」

 

 目で本物のジェガンを探そうとするが、見分けがつかない。

 だが、自分にMSの操縦技術を教えた今は亡き師がこの手の敵は背後から必ず襲い掛かると伝授してくれたので、直ぐにジュリエッタは背後から斬り込もうとするジェガンに、右足に装着した前に乗っていた機体の足のクローで抉った。

 

『なっ、なに!?』

 

『クソッ!』

 

「もう見切りました」

 

 背後から迫った友軍機がやられたことで、残り二機は慌てて攻撃を始めた。既に敵機の動きを見切っていたジュリエッタは攻撃を軽やかに避け、残り二機を意図も容易く撃破した。

 

『なんだあのガンダムは!?』

 

『こっちは六機だ! 数で押し切れ!!』

 

 数機ものジェガンを撃破したジュリエッタのF90ガンダムに対し、六機のストライクダガーに乗るパイロット達は、数で掛かれば撃破できると思い、ビームを乱射しながら突っ込んだが、全く彼女のガンダムに当たらず、逆に数十秒で全滅させられた。

 

「全く手応えがありませんね。本当に正規軍ですか?」

 

 余りの呆気なさに、ジュリエッタは敵軍が本当に正規軍なのか疑問に思い始める。

 生前に自分が属していた正規軍に当たるギャラルホルンの中で最も精鋭であるアリアンロッド艦隊は、いま戦っているUCA軍とは比べ物にならないくらいの精強ぶりを誇っていた。

 

「まぁ、これより上が居ると思うけど!」

 

 対空弾幕を持ち前の操縦技術で躱し、ストライクダガーと共に対空弾幕を張るアイリッシュ級戦艦に接近する。

 この場でジュリエッタのガンダムにかなうのは、的撃ちのように連邦軍機を落としているジンクスⅣ隊か、戦闘機やドレイク級フリゲート艦を撃沈しているVF-25メサイア隊くらいだ。

 雨あられと自分に向けて放たれるビームを見えている様に避け、邪魔な敵機をビームライフルで撃破し、一気に敵艦に近付き、右腕に装着されたジュリアンソードを鞭状にして艦橋に向けて振り下ろす。

 艦橋内に居たクルーたちは逃げる間もなく、艦と運命を共にした。アレキサンドリア級やネルソン級、他の艦艇が抵抗していたが、圧倒的性能を誇るジンクスⅣやVF-25Aや長機のF型の前に、ジェガンやストライクダガーと同じようにやられるばかりだ。

 

『て、撤退だ! 露払いなんて出来るか!』

 

『敵旗艦、撤退開始!』

 

「味方を置いて自分だけ逃げるなんて!」

 

 このままでは全滅すると判断してか、艦隊の旗艦である巡洋艦は僚艦を置いて逃げ始めた。

 撃沈された味方艦の乗員すら救出せずに。この自分勝手な行動を取る敵の提督に対し、ジュリエッタは怒りを覚え、対空弾幕をすり抜けながら敵旗艦に接近する。味方に見捨てられたUCAの将兵らは抵抗を止め、続々と白旗を上げる。大破寸前の艦艇も抵抗を止め、降伏を伝える光信号や、乗員が白旗を持って振っている。

 

『ガンダムF90接近!』

 

『う、撃ち落とせ!』

 

『み、味方がまだ居ます!』

 

『構わん!!』

 

 迫るジュリエッタのガンダムに対し、旗艦は対空ミサイルを雨あられと撃つ。射程内に味方が居るにも関わらず。この弾幕に、流石のジュリエッタも慌てた。

 

「味方ごと!? なんてことを!」

 

 止めに入ったストライクダガーが味方のミサイルで撃破される中、ジュリエッタは頭部バルカンでミサイルを破壊しつつ、敵艦に近付く。VF-25の小隊も敵部隊を片付けたのか、旗艦に向かって来た。

 

『デス・ファイター接近!』

 

「防ぎ切れない!」

 

 敵の注意はVF-25小隊に向いたが、多数のミサイルは防ぎ切れなかった。

 

「盾のおかげで助かった」

 

 F90の標準シールドで防ぎ、何とか撃墜は免れた。ここでジュリエッタは反撃に出る。

 旗艦は標的が生きていることに驚き、速度を上げようとしたが、既にジュリエッタのガンダムは艦橋に近付いており、右腕のジュリアンソードは振るわれた後であった。

 

『グワァァァ!!』

 

 旗艦の艦橋を破壊して悲鳴が聞こえた後、敵部隊は完全に抵抗を止めた。

 

『敵旗艦の戦闘停止を確認。敵残存兵力、投降しました』

 

「少し焦りましたが、手応えはありませんでしたね」

 

 オペレーターからの無線連絡で、ジュリエッタはヘルメットを脱いで水分補給してから、ミサイル以外はたいしたことが無かったと呟く。

 他のパイロット達もそうであり、皆が余裕の表情を浮かべていた。帰投命令が出されれば、直ぐに宙域に居た全機は後続に投降したUCA軍の将兵を任せ、その場から帰投した。

 損害は統合連邦傘下の一つのUCA海軍の艦隊が全滅寸前で、ワルキューレ宇宙軍のMS隊とバルキリー隊の連合部隊は軽い損傷だけであった。

 

 

 

「UCA海軍第19艦隊、反応途絶! ワイルドキャットに投降した模様」

 

「やはり一般の部隊では敵わないか」

 

 ワルキューレの艦隊の警戒ライン外の後方で、露払いの為に前に出した味方部隊の壊滅を聞いて、派遣艦隊の旗艦に乗るエルランは味方が僅かな時間で壊滅させられたにも関わらず、涼しい顔で頷いた。

 元々あの艦隊は敵を確かめるために出した捨て駒であり、自身が引き連れて来たガイアセイバーズの部隊の機体を一機たりとも送らなかった。その艦隊から救援要請が何度か出されていたが、エルランはそれに応じず、ただ壊滅させられるのを黙って見ていたのだ。

 

「全くこれだから軍上層部は。戦力の回復では無く、兵の質を高めろと何度言ったことか。幾ら戦力を回復したところで、あれでは敵に餌をやっているだけだよ。そうだろ、ガレムソン大佐」

 

「はい。ド素人を碌な訓練もせず、前線に消耗品の如く投入するなど愚の骨頂。これでは将来有望なパイロットを無駄に殺すだけです。有望な者には相応しい訓練が必要です」

 

 エルランは統合連邦全軍の訓練方針に懐疑的と言うか、従来の訓練方法に戻すべきだと唱えており、隣に立っているスキンヘッドで傷の目立つ巨漢の大佐に賛同を請う。

 この巨漢の軍人、バズ・ガレムソンもエルランの考えに賛同しており、軍上層部の決定に反発的であった。尚、彼は精鋭部隊ガイアセイバーズの一員であり、自身が指揮するMS連隊の長でもある。

 

「まぁ、それはこの任務が終わってからにしよう。ガレムソン、今度の敵は魔女だ。君は捕らえる事が出来るかね?」

 

「魔女ですか? いや、丁度いい獲物です。再編の前に居た前線では、手応えの無い同盟軍機を千機ほどスクラップにしておりましたからな。久方の強敵にウズウズしておりますわい」

 

「はっはっはっ、なんとも好戦的だな。では、頼んだぞ」

 

「はっ! ガレムソン以下、ガイアセイバーズ第1MS連隊一同、任務に邁進します!」

 

 そんなガレムソンに、エルランはマリを倒せるかどうかを問えば、彼は意気揚々と敬礼しながら答えた。

 

「では、自分はエイジャックスに戻り、出撃します。失礼!」

 

 出撃すると言ってから、ガレムソンは艦橋を後にした。ガレムソンが居なくなった後、エルランは艦橋越しから見える地球を見て独り言を呟く。

 

「これで私を不老不死にしてくれませんかね、カポディストリアス様」

 

「閣下、失礼します」

 

「何事かね?」

 

 エルランの元に、副官が端末を片手に報告する。

 

「ノンダス人の傭兵部隊が直ちに退去しろとレーザー通信で申しております」

 

「ふっ、イオク君が雇った傭兵か。報酬が要らないなら、攻撃しても良いと伝えておけ」

 

「はっ!」

 

「全く、戦うしか能が無い種族は害だな」

 

 ノンダス人の傭兵部隊の事、グルビー旅団と分かったエルランは、適当に返しておけと伝えた。

 

 

 

 統合連邦軍の精鋭部隊、ガイアセイバーズが投入されたことにも気付かず、フランケンシュタイン号の居住区にある自室の鏡の前で、マリはシルヴィアに殴られた跡が無いか入念に見ていた。

 不老不死なため、直ぐに跡は無くなったが、マリはナルシストであるため、自分の美しい顔を殴られた事態が彼女に取っては最悪であり、化粧までして殴られた跡を見えないようにしている。偶然にも通りかかったリンダは、連邦軍の部隊の接近に対して対策を考えようと部屋の前に居るミカルに、何をしているのかを問う。

 

「そんなところで何してるの?」

 

「待っているのさ。連邦軍の部隊があの地球に接近している。どう対策するか話し合おうとしたが、昨日の一件の所為で中々出て来てくれない」

 

「昨日?」

 

 リンダはマリがシルヴィアに殴られたことを知らないようだ。知らないリンダにミカルは昨日の一件のことを伝える。

 

「殴られたんだよ、護衛対象にね。それも顔だ。彼女はナルシストなようで、跡が残ってないか入念に調べてる」

 

「あぁ、分かるわ。私が言うのもなんだけど、顔は女の命だもんね」

 

 殴られた所為で長くなってると答えれば、リンダは直ぐにマリの気持ちを理解した。

 確かに顔は女の命だ。マリが不老不死だから殴られた跡は消えるが。そうでは無い女の痣はそう簡単には消えない。下手をすれば一生に消えないだろう。ミカルもその気持ちは分かっていたが、マリを殴ったシルヴィアの気持ちを考え、彼女にとっては良い薬となったと口にする。

 

「それは分かるさ。でも、良い薬さ。これで他人の事を考えてくれれば、見限らずに済む」

 

「まぁ、いつかは殴られると思ってたけど…心配だわ、殴った子。マリちゃん殺したりしないでしょうね」

 

「大丈夫さ、殺す気ならここには居ない」

 

 ミカルの言葉にリンダも薄々とマリの性格上、いつかは誰かに殴られると思っていたらしく、殴った本人であるシルヴィアを殺さないかと心配する。そんなリンダに、ミカルは殺す気なら直ぐに殺していると告げた。

 二人の会話が終われば、少し厚化粧をしたマリが自室から出て来た。

 

「クソ軍がなんて?」

 

「あぁ、そのクソ軍の部隊が地球に接近している。ワルキューレの追跡隊が撃退したが、今度は数を生かしての同時進行だ。一方は確実にポーランドへ降下するだろう」

 

 連邦軍の派遣艦隊がワルキューレの追跡艦隊に向かったことや、数を生かして別動隊を地球に降下させようとしていることをマリに伝えた。これを聞いて、マリは直ぐに出撃準備をするべきだと判断して、パイロットスーツがある更衣室へと向かう。

 

「追跡艦隊は連邦艦隊で手一杯になる。別動隊の対処はおそらく出来ない。おそらくグルビーは別動隊に居るだろう。ここは待ち伏せした方が良いと思うが」

 

 先手を打って、待ち伏せした方が良いと提案すれば、マリは同じく考えてたと答える。

 

「あぁ、私も思ってた所。フリーダム出せる?」

 

「えぇ、ばっちり。やり過ぎないでね」

 

「やり過ぎないと駄目なんだけど」

 

 リンダにフリーダムガンダムの整備は万端だと問えば、彼女は既に完了していると答えた。やり過ぎるなとも釘を刺されれば、マリはやり過ぎないと勝てないと答え、更衣室へ向けて走った。

 

 

 

 マリがフリーダムガンダムに乗り、地球に降下して作戦地域へと向かう中、連邦軍の部隊が現れたとの報告を聞き、遂に待ち切れなくなったのか、ユリアナは第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンに砲撃するように指示を出す。

 

「連邦軍が接近している。これ以上、待っていれば先を越される可能性がある。砲兵、直ちに例の中隊を砲撃せよ。ただし、当てるな」

 

「了解。まぁ、善処するわ」

 

 砲兵士官であるレイリィに命じれば、彼女は直ちに地図を取り出し、155mm榴弾砲を装備した砲兵隊に指示を出すための電話の受話器を取る。

 中隊の配置は既にハッキングで手に入れてある。何所へ向かっているかも、密かに随伴させている観測隊からも分かっている。後は当てないように砲撃し、マリを誘い出すだけだ。

 なんとも回りくどいやり方だが、上層部から釘を刺されているのでやらねばならない。物の数秒でレイリィは弾速や着弾地点、中隊の先の進路を計算して答えを出し、受話器から指示を出す。

 

「直ちに砲撃!」

 

『了解、榴弾装填、砲撃します!』

 

 彼女が指定した位置を砲撃するように命じれば、155mm榴弾砲は砲声を上げて発射された。少し離れた距離にあるここから砲声が響き渡る中、無線機より着弾点の報告がなされる。

 

『こちらウサギ、着弾した! 目標から逸れている! 黒の宣告は足を止めた! 繰り返す、黒の宣告は足を止めた!』

 

「狙い通りね!」

 

 無線機から聞こえる着弾報告とシュヴァルツェ・マルケンが足を止めたとの報告を聞き、レイリィは狙い通りに行ったと意気込む中、ユリアナに想定外の報告が来る。

 

『ん? グレイズ? それにレギンレイズも?』

 

「えっ、なに? どうしたの?」

 

 最初に観測隊から報告を受けたレイリィが言えば、無線連絡を受けた伝令がユリアナに勝手に友軍部隊が介入したとの報告を出す。

 

「どうした?」

 

「報告します! メイソン騎士団が勝手に戦闘に介入! シュヴァルツェ・マルケンを包囲しました!」

 

「なにぃ!?」

 

 報告を受けたユリアナは、観測隊に繋がる無線機に向かい、受話器を取って本当かどうか確認する。

 

「ウサギ! メイソン騎士団の介入は本当か!?」

 

『はっ、赤色のグレイズタイプとレギンレイズがシュヴァルツェ・マルケンを囲い、威嚇攻撃を仕掛けています!』

 

「どうしてここに!? 奴らは知らないはず!?」

 

 観測隊からの報告で、この作戦を知らないはずのメイソン騎士団が本当に居たことにユリアナは驚愕した。

 どうやって出し抜いたはずのメイソン騎士団が自分等の居場所を特定したか分からないが、今は考えている暇はないので、直ぐにユリアナは出撃準備を整えるように号令を出す。

 

「直ちに出撃! あの女は私の獲物だぞ! ミラー大尉、連中の頭上から榴弾砲を降らせろ!」

 

「了解! 第二射目発射用意!」

 

 レイリィにまで指示を出せば、ユリアナは自分専用にカスタマイズしたガンダムエクシアに向かった。

 

 

 

 一方、砲撃で足を止められ、メイソン騎士団の赤いグレイズやレギンレイズに包囲されたシュヴァルツェ・マルケンは、円陣を組んで防御態勢を取っていた。包囲するMS隊の指揮官機のグレイズリッターは、剣先をアイリスディーナが乗るMig-21に向け、無線連絡を送る。

 

『黒の宣告者の指揮官に継ぐ! 貴様には、マリ・ヴァセレートをおびき出す餌となって貰う!』

 

『いきなり出て来て何を言ってんだ!?』

 

 メイソン騎士団の騎士に対し、テオドールは何者かと突撃砲の向けながら問い、威嚇のために撃ち込んだ。

 だが、グレイズリッターを初め、メイソン騎士団のMSは全てナノラミネーター装甲だ。この世界の突撃砲の弾頭、もしくは滑走砲を含め、レーザー級の強力なレーザーすら貫通できない。

 

『なっ! 効かない!?』

 

 突撃砲が効かないことに、驚きの声を上げるテオドールに対し、メイソン騎士団のMS隊はマリをおびき出そうと、随伴させている下級兵士が乗るMS隊をぶつける。

 

『フン、貴様の攻撃など、蚊ほどに効かんわ! 間者からの情報によれば、ヴァセレートは貴様らを守っているそうだな。どれ、来るかどうか試してくれよう。下級兵共、女は犯して構わん! 掛かれぃ!!』

 

 どうやらユリアナ隊に自分等のスパイを紛れ込ませたようで、そこからメイソン騎士団は、この世界へ辿り着いたようだ。

 隊長の一声に、下級兵士らが乗るジム寒冷地仕様やリーオー、ティエレン、陸戦型ヘリオン、ゲイレールなどの旧式MS群がシュヴァルツェ・マルケンに襲い掛かる。グレイズタイプやレギンレイズなどに乗る騎士たちは、その場から高みの見物だ。

 

『お、女ぁ! 女ァァァッ!!』

 

『な、なんだこいつ等は!? 一体どうなっている!?』

 

「くっ、救援が来るまで持ち堪えろ!」

 

 無線機から聞こえて来る下級兵士の尋常ならない雄叫びに、グレーテルが恐怖する中、アイリスディーナは冷静に判断して、一直線に突っ込んで来る多数のMSを撃ち始める。

 下級兵士たちは薬物でも投与されているのか、正常な判断が出来ないようで、ただ兵装を撃ちながら突っ込んで来るだけであった。

 数に物を言わせて突っ込んで来る敵に対しては、中隊は対BETA戦で慣れ切っているので、いつものように撃破していく。懸念すべきところは、敵が飛び道具を使って来るところだろう。

 

『アァァァ!!』

 

『この! 気持ち悪い奴!』

 

 中隊内では実戦経験の無いリィズでも、難なく近接兵器を片手に突っ込んで来る敵機の撃破は可能であった。

 カティアは三時間で東側の戦術機であるMig-21の特性を理解したので、一瞬にして三機の敵機を撃破していた。中隊長を含め、中隊の衛士たちも難なく敵機を撃破していた。ゲイレールを除いて。

 ゲイレールはグレイズが採用される前の主力機であり、後継機と同じく汎用性に優れたMSだ。当然ながらナノラミネーターが存在する世界で開発された機体なので、当然の如くナノラミネーター装甲を有している。つまり中隊装備の火力では撃破が困難である。

 

「ちっ、まさかこれ程までとは!」

 

『どうした? それでも最強の戦術機部隊か? この程度は要塞級の足元にも及ばぬぞ!』

 

 突撃砲を撃ち込むが、ゲイレールは怯むだけで何度もピッケルを振り回してくる。

 高みの見物を決め込んでいるメイソン騎士団の騎士たちは、中隊が戦っているゲイレールは、BETAの中で最強とも言える要塞級の足元にも及ばないと嘲笑う。

 して、周囲のBETAは既に騎士団が駆除しており、レーザー級も死体の仲間入りを果たしていた。シュヴァルツェ・マルケンを助けてくれるのは、マリだけである。

 

『中隊長、救援信号は出しましたか!?』

 

「出している! くっ、シルヴィアの一件を根に持っているのか!?」

 

 救難信号を出したのに、一向に来ないマリに対し、アイリスディーナはシルヴィアの件を根に持っているのかと疑い始める。

 そんなマリのことを毒づいた瞬間、彼女が駆るフリーダムガンダムが上空より現れ、周囲のゲイレールや他のMSに一斉射を浴びせた。

 

 

 

『遅いぞ! まさか…』

 

 中隊の誰かが死ぬと覚悟していたアイリスディーナだが、ようやくマリが来たところで、遅れた理由を問おうとした。

 そのアイリスディーナに対し、マリは出掛ける準備で遅れたと冗談を交えて返す。

 

「違うわよ。ちょっと化粧に手間取ってだけ」

 

『またあの女か!? しかも化粧だと!? ふざけおって!』

 

『その声…?』

 

 マリの声は中隊全機に聞こえていたのか、グレーテルは化粧で遅れたことに腹を立てる。

 同じく聞こえていたリィズは、聞き覚えのある声であったので、直ぐに自分を収容所から救ってくれた謎の女であると分かった。アイリスディーナはマリの安い挑発に乗らず、ジョークで返して余裕を見せる。

 

『それだと、厚化粧していたみたいだな』

 

「っ、煩い! 私が居なきゃ、やられてたくせに!」

 

『どっちでも良い! 早くあいつ等を何とかしてくれ!』

 

 こんな状況に関わらず、アイリスディーナと言い争うとするマリに、テオドールはまだ動いているゲイレールを何とかしろと告げる。これに応じ、マリは機体の高機動性を生かし、ゲイレールに向けて攻撃を始める。

 ゲイレールの数は五機、やって来たマリのフリーダムガンダムに対し、持っている実弾ライフルを撃ち込むが、あっさりと避けられる。懐まで近付かれ、コックピットに高出力設定にされたビームサーベルを斬り込まれて撃破される。

 残る四機は、両方の腰に装備されているレールガンを撃ち込まれ、塗装が剥げた箇所にビームライフルを撃ち込まれて二機が撃破された。残り二機は背中の翼に装備されたプラズマ収束ビーム砲を受けて怯んだところを、両機とも胴体にビームサーベルを突き刺されて無力化された。

 二機を無力化したマリのフリーダムは、左右の腰のラックにビームサーベルを戻し、ビームライフルと盾を持つ。

 

『…!』

 

『私念は止せ。気持ちは分かるが、あの女が居なければ、我々はとっくに死んでいる』

 

『分かってる…! それは分かってる…! くそっ、あの女が本気だったら…!』

 

 あの時、マリがフリーダムガンダムに乗ってヴロツワフを守っていれば、自分があんな目に遭わずに済んだのにと思い、思わず突撃砲の照準をフリーダムに向けたシルヴィアであったが、クリューガーに止められる。

 中隊の古株で信頼できる男の言葉に、シルヴィアは悔しながらその言葉を理解し、突撃砲の照準を下げた。

 

『ほぅ、流石は魔女だ。むしろこの程度で倒せれば、我々が出向くはずが無い』

 

 送り込んだ部隊が全滅させられたにも関わらず、騎士たちは怒ることなくマリの技量の高さを褒める。彼女が下級兵士の駆る機動兵器部隊にすり潰されようなら、ライバルであるアガサ騎士団が全力で探すはずが無いのだ。

 そのマリの腕を見込んでか、メイソン騎士団の騎士は更に下級兵士らを動員する。

 

『魔女が狩る自由の翼を持つガンダムに、最強の戦術機部隊。我らが挑めば返り討ちにされるであろう。だが、これなら五分と言える!』

 

『っ!? 反応多数! なんだこの数は!?』

 

「どう見ても、五分じゃないんだけど」

 

『一体どこからこんな数が出て来るんだ!?』

 

 騎士たちが動員した下級兵士が駆る機動兵器、先と同じジム寒冷地仕様やリーオーの数は百機以上であった。何も無い空間から、そのMSが続々と出て来る。次元転移装置が使われている。

 付近のBETAが釣られて攻撃に出たが、空中の空戦用MSであるエリアーズ部隊の空襲で撃破されている。無論、レーザー級が居るので、エリアーズ部隊は損耗しているが。攻勢に出るBETA以上の数の相手をさせられたマリとシュヴァルツェ・マルケンの面々は、思わず戦意を喪失し掛ける。

 

『ふん、貴様は不死身だ。この数でも生きていられるだろう。では、攻撃…』

 

『上空より榴弾!』

 

『なにぃ!?』

 

 無数の下級兵士たちが乗る機動兵器部隊と共に、騎士団のグレイズやレギンレイズは攻撃を始めようとしたが、メイソン騎士団の介入に気付いたユリアナの横やりが入った。

 最初にレイリィが放った榴弾が、確実に下級兵士たちが駆るジムやリーオーを吹き飛ばしていく中、砲撃が終わったと同時にユリアナのMS隊と彼女が駆るガンダムエクシアが迫る。挟撃されるかと思ったマリであったが、ユリアナは勝手に介入して来たメイソン騎士団に標的を定め、下級兵士が乗るMSを撃破しながら近付いてくる。

 

『むっ!? 貴様、味方を攻撃するとは!!』

 

『黙れ! 貴様たちが勝手に乱入して来たんだろう!?』

 

 味方であるはずの自分等を攻撃するユリアナに対し、騎士たちは陣形を組みながら反撃に出る。

 ランスで先頭のグレイズシルトを突き刺して潰せば、使えなくなったランスを棄て、腰の長剣状にしたGNソードを抜き、律儀に近接戦闘を仕掛けて来るメイソン騎士団のグレイズやレギンレイズを相手に大立ち回りを始める。

 

『仲間割れか?』

 

「どっちにしろ、抜け出すチャンスじゃないの。中隊長殿?」

 

『確かにな』

 

 味方同士で戦闘を始めるワルキューレに対し、マリは逃げ出すチャンスだとアイリスディーナに提案すれば、直ぐに彼女は逃げ道を探した。

 直ぐにその穴は見付かり、即座にそれを選んだアイリスディーナは、邪魔な敵機を片付けながら中隊機に続くように指示を出す。

 

『中隊各機、六時方向ががら空きだ! 我に続け!』

 

 敵機を破壊しながら突き進むアイリスディーナに、中隊各機も次々と襲い掛かる敵機を破壊しながら彼女の後へ続く。テオドール機は近接戦闘を挑むジム寒冷地仕様のビームの斬撃を躱し、コックピットに近接戦闘用の担当を突き刺して無力化した。アネット機は、自機のみが持っている長刀でリーオーを叩き切っている。

 マリのフリーダムガンダムは上空を飛び、中隊の邪魔となるエリアーズやレーザー級を、機体の一斉射で片付ける。

 

『おのれ! 貴様が邪魔をしなければ!!』

 

 赤いグレイズリッターに乗る隊長は、中型のシールドでエクシアのGNソードを防ぎつつ剣の突きで反撃するが、ユリアナが乗る機体は高性能機だ。直ぐに距離を取られて二撃目を許してしまう。

 

『邪魔をしたのは貴様だ!』

 

 先の隊長の言葉に答える形で突きを繰り出したが、また盾で防がれ、GNソードは中々本体には届かない。更に背後から数機のジム寒冷地仕様とリーオーが迫って来る。

 味方がいるにも関わらず、手持ちの兵装でガンダムエクシアを攻撃する数機であるが、GNドライブと機体本体の機動性、操縦者の技量の高さに避けられ、逆に切り刻まれて返り討ちに遭う。

 

「あっちは凄いわね」

 

 下級兵士のMSとBETAを撃破しながらマリは、ユリアナの操縦技術の高さに舌を巻く中、連携を取ってこちらに攻撃を仕掛けて来るハイザック数機の攻撃を避け、ビームライフルを早撃ちして無力化する。

 ジグムントからこれ以上敵を増やすような真似をするなと言われているので、マリはワルキューレだけを生かした。戦闘力を失った機体から、ワルキューレのパイロットが飛び出して脱出して来る。

 

「さぁ、これで逃げ出した…」

 

 シュヴァルツェ・マルケンが脱出したのを確認する為、彼女らが逃げた方向を見たが、BETA集団が居る方向から全長30mはあるガンダムが降り立ち、周辺に居た要塞級を含めるBETAを、右手に持つ大型ビーム砲で一掃する。

 BETAをビーム砲で一掃したガンダムは全身の塗装が真黒であり、赤いディアルアイが不気味に光っている。まるで悪魔の様だ。燃え盛る炎が、余計に黒いガンダムを悪魔に見立てている。

 

「なに…あれ…!?」

 

 悪魔のようなガンダムの出現に、マリは戦慄した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サイドガンダムズ

「数が多い!」

 

 黒いガンダムが地上に現れる一時間ほど前、地球の衛星軌道上にワルキューレの追跡艦隊と共に居るジュリエッタは、圧倒的な物量で迫る連邦軍艦隊の迎撃に追われていた。連邦軍は圧倒的な物量によるゴリ押しで、損害に構わず前進して来る。幾ら叩いても、無限に湧き出る水の如く機動兵器が出て来る。

 連邦や同盟対策の為に待機させていたM1アストレイ、高性能機MSのジンクスⅣやレギンレイズ、バルキリーのVF-25Aメサイア、VF-31Aカイロスでも対応に追われ、被弾する機が目立っている。

 対する連邦軍はヘビーガンやGキャノン、シャベリン、ダガーL、ウィンダムと量産機ばかりだが、ATのスコープドック、PTの量産型ヒュッケバインMkⅡ、モビルアーマーのメビウス、戦闘機のセイバーフィッシュや大型戦闘機のロングソード級戦闘機、連邦製バルキリーなども投入され、数も多い。それに宇宙海軍のパイロットが乗っているのもあり、苦戦を強いられる。流石のF90ガンダムに乗るジュリエッタも、連携を取って攻撃して来る連邦軍機に手を焼いていた。

 

「鬱陶しい!」

 

 叩いても出て来る敵機に、ジュリエッタは新たに機体の左腕に装備されたワイヤーアンカーを射出して高速で移動するメビウスを捕まえ、ビームライフルを乱射しながら向かって来るヘビーガンに向けて投げ付けた。

 投げ付けられたMAを受けたヘビーガンは、メビウスに装備されたままの有線誘導式対艦ミサイルの爆発に飲まれて大破した。

 

『野郎、ガンダムに乗ってるからって調子に乗りやがって!』

 

『オハイオ小隊! あのガンダム野郎に集中砲火だ!!』

 

 ストライクガンダムのエールパックを付け、鮫のようなマークを付けたウィンダムに乗るパイロットは、同じマークを付けた二機の僚機と共に、ジュリエッタのF90ガンダムに連携を取りながら攻撃する。

 この攻撃をジュリエッタは避けるが、更にGキャノンやシャベリンの小隊規模による攻撃も加わり、反撃できず、避けるので必死になる。

 

「くっ、精鋭ですか…!」

 

 敵が最初に戦ったUCA軍のパイロットよりえらく違う練度を誇るパイロットだと分かれば、ジュリエッタはショートランサーを放とうとするシャベリンに向け、アンカーを発射して捕まえる。

 

『馬鹿野郎が! わざわざ当たりに…っ!?』

 

 捕まえたのを確認すれば、放たれたランサーを紙一重で躱し、一気に近付いてジュリアンソードを突き刺した。

 

『フォーメーションが!?』

 

『慌てるんじゃねぇ! 奴の思う…ぐぁ!』

 

 あのシャベリンを倒せば、敵の動きは一瞬だけ乱れた。

 この隙にジュリエッタは素早く手近な敵機Gキャノンを撃破し、続けざまに鮫のマークを付けたウィンダムの一機を撃破する。三機の友軍機を秒単位で撃破したジュリエッタのガンダムに対し、連邦宇宙海軍のパイロット達は動揺を覚える。

 

『乗っているのは、ニュータイプだってのか!?』

 

『どうする?』

 

『各小隊とも僚機をやられた! 今の状態で挑めば全滅だ! 後退して再編だ!』

 

『了解!』

 

 このまま行けば全滅だと判断した隊長機は、直ぐに後退を選んで母艦へと帰投した。それに続いてか、追跡艦隊を攻撃していた連邦軍の部隊も後退していく、

 

「退いたか…」

 

 敵が退いたことで、ジュリエッタは一息つこうとしたが、敵が休ませるわけが無く、次なる敵機の増援が無線機より報告される。

 

『各機へ通達! 敵降下部隊を確認! 降下地点はポーランド方面! 手の空いた部隊は直ちに対処してください!』

 

「っ!? あいつ等は囮! 直ぐに…!」

 

 旗艦に居るオペレーターからの知らせで、直ぐにポーランド方面に降下しようとする連邦軍部隊の攻撃に向かおうとするが、連邦軍の第二陣が現れ、行く手を遮られる。

 第二陣はジェガンJ型にドートレス、ストライクダガー、セイバーフィッシュにメビウス、スコープドックと言う余りにも性能の低い装備の部隊であったが、第一陣よりも数は多く、サラミス改級巡洋艦まで前に出て来る。

 絶え間ない波状攻撃と、補給を満足に行えないワルキューレの追跡艦隊は疲弊する。

 

「これじゃあ押し潰される! 増援は!?」

 

『増援は二十分後に到着予定! それまで持ち堪えてください!』

 

「二十分も持ちそうにありませんって!」

 

 ウジャウジャと出て来る連邦軍の艦載機やMSにMA、ATやPTにジュリエッタが増援はまだかと問うが、オペレーターは二十分持ち堪えろと返してくる。レーダーで表示しきれない数の敵機が殺到している。その数を相手に二十分は持たない。撃破されていく友軍機が目立ってきている。このままではジリ貧だ。

 改めてジュリエッタは、連邦軍の恐ろしさをその身で理解した。圧倒的な物量でワルキューレの追跡艦隊が押される中、降下部隊は次々とポーランド方面へと降下してく。

 降下部隊はガイアセイバーズのガレムソンが率いる第一MS連隊だ。連隊のMS全機は最新鋭機で編成されており、あの地球の人類の戦術機では太刀打ちできない。かくして、この世界の人類の行く末は、地上に居るマリたちに託された。

 

 

 

 BETA集団をビーム砲で一掃した黒いガンダムに乗るのは、ガイアセイバーズの一員であるバズ・ガレムソンであった。

 彼が駆るガンダムの名はネオガンダム。宇宙世紀の次世代ガンダムであり、小型の15m級のMSであるはずだが、全長が二倍の30m程となっており、全身の黒い塗装も合わさって悪魔らしさが浮き出ている。三日月のガンダムバルバトスルプスレクスに近い。

 そんなガレムソンが乗るガンダムの出現に、同士討ちをしていたワルキューレのMS部隊は、戦闘を中止した。

 

『あ、あのガンダムは…!』

 

『れ、連邦か…!?』

 

 その黒いガンダムに視線が集中する中、一機のジム寒冷地仕様がそれに近付く。ネオガンダムは連邦軍所属機だ。近付くジムに乗るのは下級兵士、捕虜となった連邦兵が乗っているのだろう。

 

『ゆ、友軍か…? 助けてくれ! 私はバルート・ハボン少将だ! 関ケ原戦線でワイルドキャットの攻勢で配下の部隊は壊滅、私は残った兵と共に投降した。それからは奴隷の如く戦わされている! 貴官が来たのは、きっと神の思し召し違いない! 早くこの地獄から私を解放してくれ!!』

 

『お、俺もだ!』

 

『助けてくれ! 家に帰りたい!』

 

 乗っていた下級兵士は元将軍だったが、解放戦線に入ろうとしなかったため、兵や下士官と同じ扱いを受けている。これに釣られてか、元連邦軍の将兵達が乗る旧型機がネオガンダムに殺到する。

 

『貴様ら! 脱走する気か!? 敵前逃亡は即時死刑だ!!』

 

 恐怖で従わせているメイソン騎士団のグレイズやレギンレイズは、持っているライフルでジム寒冷地仕様やリーオーを撃破するが、戦線崩壊は止まらない。

 そんなかつては連邦軍の将兵だった下級兵士たちに対し、ガレムソンは無慈悲にビーム砲の砲口を向けた。

 

『いや、まさか生きておりましたとは…無事で何よりです。ですが、閣下を含め、貴方がたは皆、公式の記録では戦死認定されております。ですから閣下らは既に死人であり、公式には存在しないのです』

 

『な、何を言っている!? 私は現にこうして生きておるのだぞ! 助けるのが筋であろう!!』

 

 砲口を向け、視認が口を喋るなと言わんばかりの事をガレムソンが言えば、下級兵士たちは怒りの声を上げる。

 下級兵士たちとなった連邦兵たちを助けるなと毛頭も無いガレムソンは、怒鳴り声を上げてビーム砲のエネルギーをチャージする。

 

『煩い死体共だ! 敵に降伏し、忠誠心を忘れて尻尾を振る貴様らなんぞ、軍事法廷に賭けるまでも無いわ! わしが直々に裁いてくれる!』

 

『う、うわぁ!? や、止めろ! 俺たちは味方だぞ!!』

 

『止めろぉ! ワァァァ!!』

 

 怒鳴り声と共に放たれた強力なビームで、必死に助けを請う今は下級兵士の連邦兵達は消し去られた。

 それを見ていた他の下級兵士たちやワルキューレの将兵、メイソン騎士団の騎士たちは戦慄する。旧型機に乗るワルキューレのパイロットらは、今の装備では太刀打ちできぬと判断し、機体を放棄して次元転移で母艦に帰投した。

 この即時判決を、随伴して降下して来たグルビーが咎める。

 

『ガレムソン大佐、これは流石にやり過ぎではないか? 奴らは裏切り者とは言え、戦う意志は見せず、投降して来た。法定の判断に任せれば良かろうって』

 

『フン、傭兵の分際で正規軍のやり方に文句をつけるか。金を貰っているのだろ? ならば口を挟むな!』

 

『なんとも横暴な佐官よ』

 

 専用機に乗るグルビーに対し、ガレムソンは黙らせた後、無謀に自分に挑んで来る複数の赤いグレイズに標的を向ける。メイソン騎士団のMS隊だ。通常のグレイズやグレイズシルトが、様々な近接武器を持ってガレムソンのネオガンダムに挑む。

 

『雑魚共が! わざわざ死に来たか!』

 

 ホバー移動で接近して来るグレイズに対し、ネオガンダムに乗るガレムソンはビーム砲を撃とうとチャージを始めた。

 専用の120mmライフルやバズーカを持つグレイズにレギンレイズは、突撃する部隊の援護を始める。何発もの弾丸が命中するが、ネオガンダムの装甲には傷一つ付いていない。

 

『なんて重装甲だ!』

 

『接近戦で関節部をやるぞ! 援護を続けろ!!』

 

 接近戦で関節部を狙うしかないと判断したメイソン騎士団は、接近戦を挑む部隊は接近し、援護射撃を行う部隊はそれを続ける。

 

『連隊長、迎撃できますが?』

 

『いらん。この程度の敵、わし一人で十分よ!』

 

 控えているドートレスⅡやバリエント、空戦パックを付けたウィンダムに乗るパイロット達より、接近する敵機の迎撃をして良いかと言う問いに、ガレムソンは一機で十分と言ってから、先陣を切って斧を叩き込んで来るグレイズを左手で捕まえる。

 

『うぉ!?』

 

『いま助ける!』

 

 捕まった友軍機を助けようと、他のグレイズやグレイズシルトが関節部に攻撃を仕掛けようとしたが、ビーム砲の砲身に弾き飛ばされる。捕まえたグレイズを地面に叩き付け、そのまま強く踏み付けて撃破する。

 ナノラミネーター装甲を持つMSを踏み潰したネオガンダムに対し、騎士たちは戦慄し、恐れおののき始める。

 

『グレイズを踏み潰しただと!?』

 

『ナノラミネーター装甲だぞ!?』

 

『フン、幾らビームを弾く装甲とで、このネオガンダムの攻撃は防げんわ!』

 

 起き上がって再び援護射撃や接近戦を挑むメイソン騎士団のMS隊に対し、ガレムソンはチャージが完了したビーム砲を、援護射撃を行うグレイズやレギンレイズの部隊に向けて放つ。

 

『うっ!? き、機体が! 溶ける…!?』

 

 ビームに強い耐性を持つナノラミネーター装甲であるが、これ程の強力なビームを浴びせられては流石に持たない。ビームを受けたグレイズやレギンレイズは溶解し始める。

 友軍機が溶かされたことに接近戦をする部隊は、仇討ちをするべくネオガンダムに挑む。

 

『グレイズが…! おのれ、よくも!』

 

 近接攻撃を挑む騎士たちであるが、ビームを撃ち終えたネオガンダムは、砲口を手近なグレイズに向けて突き刺し、低出力の零距離射撃で撃破すれば、左手で二機目を殴り付け、ビームサーベルを突き刺して撃破する。

 三機目を蹴り飛ばして、倒れた瞬間に胴体を強く踏み付け、機体が動かなくなったのを確認すれば、足を離して残っている残敵を調べる。

 

『古臭い敵機と赤いアホ共の処理は貴様らに任せる。捕虜はいらん。行け!』

 

『はっ! 全機、掃討戦だ! すべて平らげろ!』

 

 残りの敵の排除を部下たちに任せれば、ガレムソンはマリが乗って居そうな機体を探した。

 最新鋭機による下級兵士たちが乗る機動兵器の掃討戦が行われる中、グルビーは飛んでいるフリーダムガンダムを指差し、あれがマリだと知らせる。

 

『大佐、あのガンダムだ! あのガンダムにあの女が乗っている!』

 

『ほぅ、あのガンダムか…! どれ、試してみるか!』

 

 様子を見て、ガレムソンのネオガンダムの弱点を探していたマリであったが、グルビーに見付かっており、既に攻撃が始まろうとしていた。

 先に攻撃したのは、仇討ちに燃えるグルビーだ。ネオガンダムがビーム砲で攻撃する前に、グルビーの大型機動兵器が搭載火器全てを撃ちまくる。

 

『あの女をやるのは、このグルビーだ!』

 

「馬鹿が来た!」

 

 凄まじい弾幕をマリは軽やかに避け、時に避けながら反撃するが、狙いが定まらない。そればかりか、ガレムソンが乗るネオガンダムまでが加わる。

 少し掠ったが、戦闘にも機動にも何の支障も無いので、避けながら近付いてやろうとした。だが、グルビー旅団の機動兵器までやって来る。

 

『旅団長! 我らにも!』

 

『止せ! お前たちでは…!』

 

 前に出て来た三機の部下たちに対し、グルビーは止めるが、案の定、ビームサーベルで切り裂かれて全滅した。

 グルビー旅団が装備している全ての機動兵器は、ナノラミネーター装甲が施されていたようだが、マリは関節部を斬ったのだ。通常、あの僅かな時間で斬れるかと思うが、マリの反射神経は、常人どころかボクサーすら逸脱している。そんな人間離れした彼女こそ、出来るのだ。

 

『畜生! よくも!!』

 

『止せ、前に出るな!』

 

『これがあの女の実力か』

 

 グルビーの部下たちがやられていく様を見て、マリの実力が分かったガレムソンは、弱点を探すため、仇を取ろうと前に出る部下たちを敢えて止めない。

 

『気持ちは分かる! しかしいたずらに突っ込んでも死ぬだけだぞ!』

 

 部下を止めるべく、グルビーが必死に静止する中、マリはグルビーの戦士としての冷静さを奪うべく、部下たちに襲い掛かる。

 地面をビームで撃って行きを蒸発させた目晦ましを作り、その間にマルチロックオンをして、グルビーの部下たちが乗る機動兵器を出来る限り収める。全て収めれば敵が動く前に放ち、全機にダメージを与える。ナノラミネーター装甲の為、撃破には至らないが、混乱している間に一気にサーベルで切り裂いて撃破していく。

 

『りょ、旅団長! ウワァァァ!!』

 

『これ以上はやらせるか!!』

 

 味方が撃破されていく中、激昂したグルビーが向かって来るが、大振りの斧を振り下ろそうとした瞬間、マリは離脱しようとする旅団の機動兵器を捕まえ、改造され、原形を留めない大型機動兵器の前に出す。

 

『ぬっ!? 卑怯な!』

 

『旅団長! やってください! 覚悟は出来ています!!』

 

 自分事やるように告げる部下であるが、グルビーは迂闊に手が出せない。

 まだ動く部下の機体が、マリのフリーダムガンダムの背後から襲い掛かろうとするも、彼女は来ることが分かっていたかの如く、背後から迫る敵機のシールドを突き刺し、シールドに蹴りを入れて貫通するまで押し込み、完全に無力化させる。更には盾にしていたグルビーの部下の機動兵器をぶつけ、その機体に一斉射を行って大型機動兵器を撃破しようとした。

 

「効かない!?」

 

『ぬぅぅ…! もう許さん!!』

 

 それでもグルビーの大型機動兵器を撃破できない上、そればかりか傷一つ付いていない。どんな装甲材質だろうか。気にはなるが、今は攻撃を避け、ジグムント等の援軍が来るまで持ち堪えるしかない。

 激昂したグルビーの大振りを躱しつつ、ガレムソンのネオガンダムにも警戒する。おそらく手の内を知って、こちらが消耗したところで仕掛けてくる腹だろう。マリはそう見抜いて、攻撃を躱して狙いを定めさせないように動き回る。

 

『私を忘れて貰っては困る!!』

 

「あっ、居たんだ」

 

 動き回って敵の攻撃を避ける中、ユリアナのガンダムエクシアが参入した。ガレムソンのMS隊が止めようとしていたが、長剣に切り捨てられる。

 他にもメイソン騎士団の残りや隊長機も居た。騎士たちもまた、連邦軍のMS隊を撃破しながらガレムソンの元へ突撃する。

 

『まだ残っていたのか。あいつ等め、この程度も始末できんか!』

 

 自分の部下たちが残敵の掃討も出来ないことに腹を立てつつ、ガレムソンはメイソン騎士団の残りと交戦を始める。その中には、追跡部隊の隊長機であるグレイズリッターも含まれていた。

 グルビーの集中砲火を回避するマリは、ドートレスⅡを切り裂いたユリアナのガンダムエクシアに合流する。直接無線をするため、マリは周りの敵機を撃破してから、機体の左腕をエクシアの右肩に触れる。

 

『何のつもりだ!?』

 

「私に死なれちゃ困るんでしょ? まずはあの魔改造機、やるわよ!」

 

『何を勝手に!? ちっ、やるしかないようだな!』

 

 勝手にグルビーを倒そうと言って、こっちの言い分も聞かずに魔改造機に攻撃を仕掛けるマリに対し、ユリアナは従ってターゲットであるはずの彼女と連携を取る。

 自分を狙っている女なのに、攻撃は引き付けてくれるので、ユリアナはマリがグルビーからの攻撃を引き付けている間に接近する。

 

『隊長! あの緑の粒子のガンダムはお任せを!』

 

『任せた! この女はわしがやる! 連邦などにやらせん!!』

 

『そう簡単には行かぬか…!』

 

 まだ撤収していない部下たちは、マリへの攻撃に夢中なグルビーをフォローするべく、部下たちはユリアナを阻み始める。

 連邦軍機には手間取っていたが、改造し過ぎてバランスの悪いグルビー旅団の機動兵器は、ユリアナ専用にチューンされたガンダムエクシアには敵わず、あっさりと斬り捨てられる。時には背中にマウントされたビームサーベルを突き刺し、立ち向かう敵機を無力化していく。

 自分に立ち向かって来た全機を何とか仕留めれば、巨大なグルビーの魔改造機に接近して、長剣をマリのフリーダムガンダムを撃ち落とすのに躍起になっている魔改造機の胴体に突き刺そうとした。

 

『っ!? 奴は囮か!!』

 

『気付かれた!?』

 

 だが、相手は歴戦練磨の傭兵。

 懐から近付いてくる敵の存在を、戦場を渡り歩いてきた長年の感で気付き、機体に過剰なまでに搭載されたサブアームをユリアナのガンダムエクシアに向けて振り下ろす。

 その数は十本。十本の手に握られた武器はどれも近接用の武器が握られている。あと十本の手があり、それにはマリのフリーダムを撃ち落とす為の射撃用の武器が握られていた。十本の武器を叩き込まれたユリアナのガンダムは回避が間に合わず、地面に叩き付けられ、右手に握られていた長剣が離れて飛んだ。

 

『まさか敵と共闘するとは…! 理解できん奴! だが、これで奴も…! うっ!?』

 

 ユリアナのガンダムエクシアを仕留め、邪魔物は居なくなったと判断したグルビーであったが、マリはその一瞬の隙を逃さず、関節部にビームサーベルを突き刺した。動力部に突き刺された所為か、グルビーの魔改造機の両腕が動けなくなる。

 

『彼奴め、動力部を狙うとは! ぬぁ!!』

 

 動力部を突き刺されたグルビーは、まだ動くサブアームでマリのフリーダムを振り払い、地面に叩き付けることに成功したが、叩き付けた場所はエクシアの長剣が突き刺さっている場所だ。これが彼の命取りとなった。

 直ぐにマリは長剣を見付け、操縦桿を動かして右手に長剣を握らせ、引き抜いてグルビーの魔改造機に斬り掛かる。二本のビームサーベルは突き刺したままだ。

 サブアームの弾幕を躱して懐に近付けば、振るわれる魔改造機のサブアームを切り裂き、腰のレールガンとウィングのビーム砲を間近で撃ち込んで装甲の一部をへこませる。そこへ長剣を突き刺し、奥深くまで突き刺す。

 

『なっ!? き、機体が動かない! やられたのか!? 動けぃ!!』

 

「まだ生きてるの!? なら!」

 

 機体が大き過ぎるためか、撃破には至らず、機能停止した程度であった。乗っているグルビーは、機体を必死に動かそうとしていた。

 ならば、徹底的に全ての火力をぶつけるまでだ。

 そう思ったマリは、装甲坂を切り裂いてから一定の距離を取り、フレームを露出状態にすれば、そこへフルバーストを叩き込もうとする。

 自分のボスを守ろうと、グルビーの部下たちが必死に止めようとするが、戦闘不能となったエクシアに乗るユリアナが指示を出しているのか、レイリィの砲撃で阻まれる。流石にナノラミネーター装甲は機械部には施されておらず、圧倒的な火力を撃ち込まれたグルビーの魔改造機は誘爆し始める。

 

『機体が…! このグルビー、ただでは死なんぞ!!』

 

 ご自慢の魔改造機が爆発する中、グルビーは脱出装置を起動させたのか、それを使って機体より脱出した。

 

『グルビー団長を守れ!!』

 

 撃ち落としてやろうかと思ったが、砲撃に晒されながらの部下たちの決死の援護攻撃に遭い、被弾して雪原に足を着けた。

 部下たちはそのままマリを討ち取ることが出来たが、レイリィの砲撃に晒されていた所為か、撤退を選んでこの場から離脱した。フリーダムガンダムの最大火力を撃ち込まれたグルビーの魔改造機は、遂に爆発する。一体、どんな動力源を使っていたか分からないが、原形を留めない程に吹き飛んだので、分からず仕舞いだ。

 

「やっと終わった…!」

 

 

 

 しつこいグルビーを殺し損ねたが、魔改造機の撃破には成功した。そう安堵するマリであったが、まだガレムソンのネオガンダムが残っていた。

 

『中々の高性能なガンダムだな…! だが、もう限界と見える…! 後は赤子の手をひねるより簡単よ!』

 

 どうやら共倒れになるのを見計らっていたようだ。ガレムソンにはメイソン騎士団のグレイズやレギンレイズを中心としたMS隊が挑んだが、全滅していた。まだ動いている隊長機のグレイズリッターが居たが、友軍機が持っていた槍を胴体に突き刺されて完全に無力化される。

 榴弾砲による砲撃は続いているようだが、さっきから着弾する榴弾の数が減っている。おそらく、持ち込んで来た榴弾のストックが無くなってきているのだろう。

 万事休すの状態だ。

 

『傭兵にしては、大分持った物だ。まさかここまで楽をさせてくれるとは。報酬を払ってやりたいくらいだ!』

 

「あんたなんて、私が万全だったら余裕なのに…!」

 

『負け惜しみを! そのガンダムはもう死に体では無いか! 今ここでわしがとどめを刺してくれる! まぁ、貴様は不死身だから生きているが、アメーバ状態! 瓶の中に入れ込んで持ち帰れば良い話よ!』

 

 ガレムソンはここまで楽をさせてくれたグルビーに対し、報酬を支払いたいと言えば、マリにトドメを差しに向かう。それでも強がるマリに、ガレムソンは悪足掻きと表して、ビーム砲を向ける。

 マリにはまだライガー・ゼロが残されているが、ガレムソンのネオガンダムにどれだけ通じるか分からない。しかもガレムソンは、メイソン騎士団の騎士たちを全滅させる強者だ。機体の性能差もあって、この場で勝てる者は居ないだろう。

 ジグムント等の増援は恐らく間に合わない。中隊が向かった方向にカメラと集音性マイクを向ければ、戦闘音が聞こえて来る。向こうにも連邦軍の部隊が来ているようだ。

 

『目覚めた先は、おそらく実験棟の中であろうな。では、それまで眠るが良い!!』

 

「ここで死ぬのか…! 私は…!」

 

 ビームのチャージが完了し、発射される間際で、大破した機体より這い出たユリアナは、死を覚悟した。

 砲口からピンク色の高出力のビームが発射される直前、上空よりビームがネオガンダムに向けて飛んでくる。直ぐに気付いたガレムソンは、ビームを撃つのを止めてビームを躱す。

 

『な、何者だ!?』

 

 即刻チャージ済みのビームを、攻撃が来た方向へと向けて撃ったが、撃破どころか当たらなかった。

 

「あ、あの機体は、アストレア…? それにノワール、アスタロト、グリープまで…!」

 

 ユリアナは上空より現れ、ガレムソンを攻撃した四機のガンダムを見て、それぞれの名を呟いた。

 赤いのはガンダムアストレアで、黒いガンダムはストライクノワール、飛行機能を持たないガンダムがアスタロト、ビームランサーを持っているのがガンダムグリープだ。そんな四機のガンダムを見て、ガレムソンは思わず息を呑み、何者かと問い詰める。

 

『が、ガンダム!? それも四機も! 何所の馬鹿だ!?』

 

『あぎゃ! 馬鹿だってェ…? お前をぶっ殺しに来た死神だァ…! [[rb:宇宙 > そら]]に居た核攻撃部隊は全滅させたぜ、このハゲ!』

 

『なに、キリングの艦隊を全滅させただと!? フン、ハッタリを! たかが四機で出来るものか!』

 

『ここに俺らが居るのが事実だァ。ワルキューレの艦隊を襲ってる奴らも、今頃は敗走してるだろうなァ。あぎゃぎゃ!』

 

 ガレムソンの問いに答えたのは、不気味な笑い声を上げるアストレアのパイロットだ。艦隊はキリングの事だろうが、どうやら核攻撃をエルランとガレムソンに黙って準備していたようだ。そこをこの四機のガンダムに壊滅させられたのだろう。

 これをハッタリと鼻で笑うガレムソンに対し、不気味な笑い声を上げながら自分等が居る事がその証拠だと言う。それにワルキューレの追跡艦隊を襲撃している連邦軍の艦隊にも、四機のガンダムの仲間が来ているようで、今頃は連邦軍の艦隊は撤退している頃だろうと笑いながら告げる。

 

「なに、この笑い声…?」

 

 四機のガンダムの救援は嬉しいが、アストレアに乗るパイロットの笑い声に、マリは恐怖を覚える。ガレムソンもその笑い声に嫌悪感を覚えていたのか、四機のガンダムに攻撃を始める。

 

『気持ちの悪い笑い声を上げよって! その笑い声を、二度と出来んようにしてくれるわ!!』

 

『やるのかぁ、ハゲ! 良いぜ、掛かって来いよォ!!』

 

 向かって来るガレムソンのネオガンダムに対し、アストレアのパイロット、フォン・スパークは挑発して他の三機のガンダムと共に迎え撃った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反撃の時

 マリがまだグルビーと交戦中の最中、キリングは無断で核を準備していた。流石に副官から核の無断使用を咎められる。

 

「中将、これは軍規違反です! エルラン元帥の許可を得ずに、核を使用するなど!」

 

「落ち着け、これは保険だ。万が一、ガレムソン大佐率いる第1MS連隊が対象の捕縛に失敗した場合、核が次の切り札なのだ。無論、不老不死ならば核を受けて生きているだろう。放射能がついているが、こちらには除去装置がある。それで洗い流せばよかろう」

 

 核の使用を咎める副官に、キリングは保険であると答える。

 万が一、ガレムソンがやられても、核をBETAに侵略を受けている地球へ撃てば済む話だ。それに除去装置もあるので、防護服を着て標的を回収し、除染するだけで任務は終わる。キリングは核を使わずに生け捕ろうとする上層部の方針に、疑問を抱く。

 

「最初から核を使えばよかったものを。敵は正規軍では無いのだ。そんな敵を相手に、軍事条約を適用してどうするのだ?」

 

「は、はぁ…ですが…」

 

「煩いぞ。貴様はそれでも士官学校を出ているのか? エルラン元帥ももしもの場合に備え、核攻撃部隊を待機させている。備えあれば憂いなしだ」

 

 キリングの言葉に、副官は自身の保身を考えて核攻撃を止めるように告げるが、強く言い返されて食い下がる。止める者が居ないキリングは、核の搭載がどれだけ進んでいるかを問う。

 

「核攻撃部隊、ピースメーカー隊の準備はどうか?」

 

「はっ、既に八割が核ミサイルを搭載。全機は推進剤の注入を終え、核ミサイルが搭載を終えれば直ぐにでも出撃は可能です」

 

「よろしい。直ぐにでも、あの忌々しい化け物共に汚染された地球を消さねばな。あんなものが、我らの領域内にでも現れたら厄介だ」

 

 攻撃部隊の指揮を担当する士官は、核ミサイルを搭載すれば、直ぐに出撃が可能であると答えた。これにキリングは本心を漏らす。

 どうやら、BETAを見て危険と判断したようだ。自分等の領域にBETAが現れる前に、地球ごと消してしまおうと考えたようだが、あの世界の地球は違う別次元なので、キリングのやっていることは無意味である。

 そんなキリングに天誅を与えるためか、この数十分後にマリの元に現れた四機のガンダムが来る。

 

「ん? 所属不明機接近! 数7!」

 

「所属不明機? 哨戒機は何をしていた!? 直ちにスクランブルを出せ!」

 

 レーダー手がその接近を報告すれば、艦長は直ちにスクランブルの発進を命じる。これにキリングは、直ぐに全滅するだろうと思って核攻撃部隊の準備が整うまで待っていたが、その予想を大きく上回った。

 

「巡洋艦パウル轟沈! 所属不明機の攻撃です! スクランブルの反応途絶!」

 

「なんだと!?」

 

「一体どこの馬鹿だ!? 総員、直ちに迎撃態勢! 核攻撃部隊は準備を続行しろ! 艦載機は直ちに発進せよ!」

 

 所属不明機、複数のガンダムによる攻撃でスクランブルと巡洋艦一隻を失ったことの報告で、キリングは即座に迎撃態勢を取るように指示を出した。

 直ぐに迎撃態勢を取る艦隊であるが、ガンダム単体の戦闘力は高く、迎撃に向かった艦載機は次々と撃ち落とされ、護衛艦も沈められていく。正規軍とは違って自分たちの艦隊は精強であるはずだが、襲って来るガンダムのパイロットたちにとっては的同然であった。

 

『な、なんだこいつ等は!? うわぁぁぁ!!』

 

「防空隊、六十パーセント損失!」

 

「な、何だと言うのだ…!? たかが七機のMS如きに…!」

 

 時間が経つごとに味方がやられていく報告を聞いたキリングは、血の気が引いて真っ青になる。それもそのはず、敵はたったの七機だ。対する自分等は数十隻の艦隊と数百機以上の艦載機。どちらが勝つかは後者の方に決まっている。なのに、勝っているのは前者の方だ。

 

「艦隊の半数がやられました! 攻撃を中断して撤退した方が良いのでは!?」

 

「馬鹿者! たかが七機のMSを相手に大損害を被って撤退など出来るか! 核だ! あの忌々しい七機のガンダムに核を撃ち込むのだ!!」

 

「そ、それでは味方が巻き込まれます!」

 

「構わん!」

 

 秒単位で自軍がやられていく報告が出される中、副官は撤退を進言したが、キリングはたかが数機の敵を相手に撤退するなど、今後のキャリアどころか上層部から無能の烙印を押されることを恐れており、血迷って核を敵に撃つように告げる。

 これに何としても反対する副官であるが、キリングは撃つ気の様だ。発射管を担当する管制官を押し退け、核攻撃隊に命令を出す。

 

「ルビコンからピースメーカーリーダーへ! 直ちに核を発射せよ! 目標は七機のガンダムタイプ!」

 

『爆破範囲に味方が居ります! 撃てませんよ!』

 

「良いから黙って撃て! 撃たなければ貴様を敵前逃亡罪で…」

 

「あっ!!」

 

 核攻撃部隊の隊長は、味方を巻き込むキリングの命令に不服従を訴えるが、彼は脅して命令を実行させようとした。だが、既に死神の釜はキリングの乗艦であるルビコンにまで迫っていた。

 

「が、ガンダムが!?」

 

「直ぐに撃ち落とせ!!」

 

「間に合いません!!」

 

「そ、そんな…! こんな所でこの俺が…! し、死にたくな…!」

 

 迫り来る死の恐怖を感じつつ、キリングは生にしがみ付こうとしたが、既に凶弾は放たれた後であり、乗艦諸とも消え去った。残っていた核攻撃部隊と艦艇、その他諸々は、旗艦がやられれば直ぐに撤退した。

 

 

 

『敵残存艦隊撤退を確認! だが、まだ終わりでは無い!』

 

 旗艦がやられて撤退していく残存艦隊を追跡しなかった七機のガンダムは、地球へと目指す。

 そのガンダムタイプの中には、数十分後にマリの救援のために地上へ降りたガンダムグリープ、ノワールガンダム、ガンダムアストレア、ガンダムアスタロトの姿があった。

 他の三機は大きな肩を持つガンダムアスクレプオス、ガンダムアストレイブルーフレームD、ガルムガンダムだ。

 

『次は二手に分かれる! 一方は衛星軌道上に居る艦隊の排除に回り、もう一方は地上の救援だ!』

 

 アスクレプオスに乗るパイロットは、二手に分かれて救援に向かう。もう一方は衛星軌道上の連邦艦隊の排除に回り、もう一つは地上への救援に向かう。

 

『空間戦闘に優れるブルーフレームが宇宙(そら)に適任だ』

 

『僕はそれにするよ』

 

『よし、俺も艦隊の排除に向かおう。アディン。お前たちは地上へ向かってくれ』

 

『了解したよ、兄さん。地上でのガンダムグリープの初陣、キメるぜ!』

 

 ブルーフレームDに乗るパイロットが宇宙の方が良いと言えば、ガルムガンダムのパイロットも宇宙が良いと言い出し、アスクレプオスのパイロットが宇宙に行くと言った。

 自身の弟が乗るグリープに地上の救援を任せれば、弟は意気揚々と不気味な笑い声を上げるアストレアF2に乗るパイロットと、ノワール、アストレアと共に地上へと降下した。

 

 

 

 今に至り、フォン・スパークのガンダムアストレアF2とバズ・ガレムソンのネオガンダムとの交戦が行われる中、フォンは散開した三機のガンダムに向けて命令を出す。

 

「このハゲの相手は俺がやる。お前らはこの世界の軍隊を襲っている奴らを消して来い!」

 

『言われなくても分かっている。アディン、アルジ、そちらの救援に向かうぞ』

 

『応よ!』

 

『了解したぜ!』

 

 指揮官機を務めるノワールが、残り二機を連れて別の救援に向かえば、フォンはガレムソンのネオガンダムのビーム攻撃を避けて反撃する。敵であるネオガンダムにはビームコーティングが施されている所為か、アストレアのビームライフルは全く通じない。

 

『ふん、その程度のビームで、わしのネオガンダムを倒そうと言うのか!?』

 

「ちっ、随分と金を掛けたガンダムだなぁ。気に入らねぇ!」

 

 ビームが効かなければ、次は実弾を撃ち込むが、ネオガンダムの装甲は実弾ですら弾いてしまう。

 

『フハハハ! このネオガンダムは無敵よ!』

 

「ダインスレイブでもぶち込まねぇと、潰せねぇな…! おい、女ァ!」

 

 強力な実弾兵器の名を口にしつつ、フォンは敵の攻撃を回避しながらこの戦いを見ているマリに指示を出す。どうやらマリが邪魔であるらしく、戦いに集中できないようだ。直ぐに何処かへ行けと怒鳴る。

 

「何?」

 

「邪魔だァ! テメェは守りたい奴のところに行け!」

 

「はぁ? 頼んでも無いのに勝手にやって来て…」

 

「いいから行け! 敵は連邦だけじゃねぇ…!」

 

 このフォンの命令にマリは反攻するが、敵は連邦だけでは無いと言えば、同盟軍の影があることを思い出し、直ぐにシュヴァルツェ・マルケンの救援に向かうために、魔法でライガー・ゼロを召喚した。

 連邦軍の大部隊が強引にやって来たので、同盟軍が指をくわえて見ているはずが無いので、必ず大規模な部隊を送り込んで来るだろう。

 そう思ったマリは何の返事もせず、ビーコンを頼りにアイリスディーナ達の元へ急ぐ。ユリアナの方は、回収部隊の可変系MSである二機のムラサメに乗っているガンダムエクシアごと抱えられ、後方まで回収される。

 

「そうだ、それで良い!」

 

 ライガー・ゼロに乗って救援に向かうマリを見て、フォンはようやく本気でガレムソンの戦う気になる。

 

「今までのは手加減だ。これからはもっと本気で行かせて貰うぜぇ…! あぎゃぎゃぎゃ!」

 

『フン! 手加減だと? 笑わせおって! その耳障りな笑い声、聞き飽きたわ! ここで死ぬが良い!!』

 

「上等だァ…! ぶっ殺す!!」

 

 今まではマリが邪魔で本気を出せなかったとフォンが言えば、ガレムソンは鼻で笑ってビームサーベルで斬り掛かる。

 これにフォンはアストレアの性能をフルに生かし、自機も接近戦用の実体剣であるGNソードでサーベルを受け止めた。そこからはサーベル同士による鍔迫り合いに突入する。機体のパワー比べだ。

 

『幾ら無限のエネルギーを生み出すエンジンとは言え、パワーはこちらの方が上だ!』

 

「あぎゃ! パワーが上だァ? だったらこいつはどうだァ!?」

 

『むっ! 煙幕!? 正攻法では勝てぬと踏んだか!』

 

 パワー比べが大きなネオガンダムが勝ると豪語するガレムソンに対し、フォンは煙幕を張って行方をくらました。レーダーを見て探すが、煙幕にチャフでも混ぜていたのか、レーダーは機能していない。直ぐにレーザー通信を使い、付近の自分傘下のMSとの連絡を取る。

 

『聞こえるか? 付近に赤いガンダムが飛び回っている筈だ。探せ』

 

『了解! 各機、散開して索敵だ!』

 

 付近に居たのは、ジェットストライカーを着けた四機のウィンダムだ。連隊長のガレムソンの命令通りに、フォンのガンダムアストレアを探し始める。

 

「部下を使って来たか…! なら、皆殺しにするまでだ!」

 

 敵が四機増えたことに動揺せず、フォンは目視で探しているウィンダムの背後に近付き、GNソードで突き刺して撃破した。

 

『っ!? フォーメーションD!』

 

 一機僚機が撃墜したところで、直ぐに互いの背後を守るために固まる三機のウィンダムだが、それはフォンの誘導であり、光学カメラで見ていた彼は、機体の携帯型のビーム砲であるGNバズーカを撃って一気に蹴散した。

 三機分の爆発が起こる中、同時に煙幕も晴れてチャフも切れる。

 

『わしの兵が乗るMSを一気に四機も落とすとは! 油断ならん奴!』

 

「雑魚を差し向けるなんてな…! お前、対したことねぇだろォ!? あぎゃ!」

 

『そんな安い挑発に乗るか! 今度こそ血祭りに上げてくれる!』

 

「それはこっちの台詞だァ! ハゲッ!!」

 

 煙幕が晴れたところで、赤いガンダムと黒いガンダムによる激戦は再会した。果たしてどちらが勝つかは、まだ分からないが、フォンは奥の手を隠していた。それを使うのは、敵を完全にトドメを差せる時か、追い詰められた時である。

 

 

 

『へっ! これがワイルドキャットってか? まるで的だな!』

 

 マリと三機のガンダムが救援に向かっている前線では、突如となく乱入して来た連邦軍の機動兵器部隊による一方的な虐殺が行われていた。

 連邦軍はヘビーガンやGキャノン、大気圏内用のジェムズガンを初め、バリエント、ジェットストライカー装備ダガーLにウィンダム、PTの量産型ヒュッケバインMkⅡに量産型ビルドシュバイン、ATのスコープドック、スタンディングトータスを投入し、国連軍やワルシャワ機構軍を圧倒している。

 更にゾイドのコマンドウルフ、アロザウラー、シールドライガー、レイノス、バッファロー型ゾイドのディバイソンまで投入している。これらに乗っているのは、海兵隊やISAを初めとしたエリート部隊のパイロット達であり、自分等からすれば的である戦術機を撃破しては嘲笑う。BETAも絶えず来ているが、この時代の戦術機を遥かに上回るこれらの高性能な機動兵器の前では一方的に駆除されるばかりだ。

 

『と、投降する! 撃たないでくれ!』

 

『はっ! いるかよ!』

 

 突撃砲を棄てて投降する戦術機のF4ファントムに対し、エリート兵は無慈悲に携帯兵装を撃ち込んで撃破した。これを見た国連軍機は直ぐに逃亡しようとするが、連邦軍のエリート兵たちは背中を見せて逃げる敵機を何の躊躇いも無しに攻撃する。

 

『けっ、少しは骨のある奴が居ると思ったら的かよ』

 

『宇宙には居るらしいぜ? そこに配置して貰いたかったな』

 

『ここには本命が居るんだ。そいつに期待しよう』

 

 自分等かすれば旧型機ばかりなので、エリート兵等は的同然だとがっかりする。

 彼らの本命はマリとその護衛のジグムント等であり、ガレムソンの連隊の支援として降下して近付いてくるBETAの始末を担当していたようだが、飽きたのか国連軍の部隊を襲っていた。当然、第一世代の戦術機は最新鋭機の連邦軍の部隊の前では的同然であり、一方的に撃破されるばかりだ。

 

『っ? こっちに近付いてくる奴がいるぞ!』

 

『中々ガッツのある奴だな。どれ…』

 

 そんな最新鋭機の連邦軍に対し、単機で果敢に挑む戦術機が居た。左肩にジークフリートと独語で書かれたエンブレムを付けたF4ファントムだ。その一機は気付いていない上空を飛んでいたダガーLを滑走砲で撃墜すれば、突撃砲を地上に居る連邦軍機に向けて連射する。

 

『ちっ、油断しやがって! 何所の馬鹿だか知らねぇが、俺らに気付かれた時点でアウトなんだよ!!』

 

 放たれる砲弾を躱しつつ、連邦軍のエリート部隊は反撃を開始した。

 

 

 

 左肩にジークフリートと描かれた戦術機、F4ファントムに乗る衛士は、あのジークフリートであった。

 前方に見える連邦軍のエリート部隊が駆る機動兵器部隊に対し、ジークフリートは無謀にも単機で挑む。なぜ単機で挑むのかは、自分の技量に自信があるからだ。連邦軍のエリート部隊から見れば、博物館行き同然であり、その自信は過剰と言うか、自殺行為とも思える。

 

「テメェ等なんぞ、このファントムで十分よ! マジ物の方だってテメェを全滅させれるぜェ!」

 

 雨あられと飛んでくる攻撃を躱しつつ、突撃砲の射程内に居る敵機に向けて撃ち続けるが、全く当たらない。

 それもそのはず、反応速度が敵機の方が高いのだ。滑走砲も撃つも、これも避けられてしまう。敵軍の無線機を、独自の装置で盗聴しているのか、ジークフリートを煽るような声が次々と聞こえて来る。

 

『馬鹿が! そんな博物館行きで俺たちに挑むなんぞ!』

 

『俺たちがISAだと知っててやってんのか? 飛んだ馬鹿野郎だぜ!』

 

『欠伸が出るぜ!』

 

『そんな攻撃でやれると思ってんのか!?』

 

「畜生、馬鹿にしやがって! VF-31さえあれば、こんな奴らを一捻りなのによォ!」

 

 そんなに頭にくるなら、無線機を切れば良いのだが、ジークフリートは切らずに敵の攻撃を避けながら突撃砲を撃ち続ける。

 第一世代機で、レーザー級レベルの攻撃を避ける機動を行っているジークフリートも凄いのだが、機体は彼の早過ぎる反応速度で、既に悲鳴を上げていた。そうとは知らずに弾幕を避けながら突撃するジークフリートだが、やがて機体が着いてこられなくなって被弾して地面に墜落してバラバラになる。

 

「うわっ!?」

 

『どうだ!? バラバラだぜ!』

 

『ざまぁみろ!』

 

 バラバラになったF4を見て、自分等が勝ったと思うエリート部隊の面々であるが、残骸から凄まじい電流が放たれ、回避が遅れた数機が餌食となって大破する。

 

『今度はなんだ!?』

 

『とにかく撃て! 撃てぇ!!』

 

 一人が叫んだ瞬間に、一斉に残骸へ向けて攻撃が行われた。

 

『撃ち方止め! もう死んだだろう…』

 

『いや、残骸から新たなる反応! この熱源は、MSだ!!』

 

 数秒後、攻撃が止んだ瞬間、爆風の中からジェスタが現れる。

 多数の敵を相手にするためにカスタマイズされており、それに乗っているのはジークフリートだ。どうやってそのジェスタに瞬時に乗ったのかは、緊急時に備えて持っていた使い捨て式の小型の転移装置である。それで瞬時にジェスタに乗り込むことが出来たのだ。

 

「俺たちがルールを守ってやってるのによォ! それをお前らはチートなんぞ使いやがってェ! もう我慢ならねぇぜッ! 全員吹き飛ばしてやるぜェ!!」

 

『いっ、一体何を言っているんだこいつは!?』

 

 自分等が機体を制限しているのに対し、敵側は全く制限も無しに最新鋭機を投入してくるので、それがストレスになっているジークフリートは、全ての兵装を使用した。つまり一斉射である。

 凄まじい攻撃に気付いたパイロットは、咄嗟の判断で散会したが、間に合わない者達は怒りの一斉射に飲みこまれた。

 

『畜生! なんて奴だ!!』

 

『んっ!? 後方から高速ゾイド!』

 

『何っ!?』

 

 一斉射から逃れたエリート兵等は恐れ戦く中、背後から来た攻撃で二機のダガーLが被弾して墜落する。背後から来たのは、フォンに言われてアイリスディーナ等の救援にライガー・ゼロで向かったマリだ。

 兵装が心持たないのか、外付けの射撃装備をライガー・ゼロに付けている。無論、弾切れになれば即座に排出できる仕様だ。敵に体勢を立て直す時間を与えず、数機を撃ち落とせば、ジークフリートとの連絡を付ける。

 

『聞こえてる? あの女の部隊何所?』

 

「おっ、ようやく抜け出したか。ベルンハルトの中隊の場所? それなら、ジグムントの機体の反応を負えばいいだろう。直ぐに見付かるぜ」

 

『ありがと』

 

「えっ? 手伝うんじゃねぇのか? お、おい! 待てって! クソ、これだから餓鬼扱いされるんだよ!」

 

 戦闘しながらも、ジークフリートよりアイリスディーナの隊の居場所を聞いたマリは、彼に加勢することなくそちらに向かう。

 近付いて来た敵機に、弾切れの装備をぶつけて怯ませ、ビームライフルを三発撃ち込んで撃破したジークフリートは呼び止めるが、彼女は聞く耳持たずに向かう。

 

「まぁ良い。テメェ等なんぞ、俺様一人で十分よ!」

 

 まだ多数いる敵機に対し、ジークフリートは機体のもう一挺のビームライフルを取り出して二挺構えを取り、向かって来る多数の敵機の迎撃を行った。

 

 

 

「この辺り…」

 

 ジグムント機の反応を頼りに、シュヴァルツェ・マルケンの救援に向かったマリは、周囲を見て一ダース分のMig-21を探す。言ってもいつも定数を満たさない中隊なので、事実上八機である。

 レーダーを見ていれば、ジグムント機の反応が見えた。近くにはジークリンデ機の反応と、レーザーヤークト中の戦術機数十機分の反応が見える。大部分は米海軍の戦術機F-14のようだ。だが、中隊の数は六機まで減少していた。

 まさかやられたのかと思って、レーザー級の対空攻撃を避けながら追撃して来る敵機の迎撃に当たっているジグムントが乗るジェスタに無線連絡を送る。

 

『ん、マスターか。どうやら突破して来たみたいだな』

 

「ねぇ、減ってるんだけど!」

 

『減っている?』

 

『予備として残した! この状況で出す訳にはいかん!』

 

 中隊の数が減っていることを問えば、ジグムントの代わりにアイリスディーナが答えた。次に何所に残して来たかを問うと、アイリスディーナはBETAの戦車級を数体始末してから返答した。

 

「何所に?」

 

『後方だ! そこにはお前たちと似たような戦術機に乗る奴らは来ていない! それよりこいつ等はなんだ!? なぜ私をお前だと思って狙って来る!?』

 

「あんたが私と被ってるから!」

 

『はっ!? それが理由かよ! 良く見りゃ分かるだろ! 目ん玉着いてんのか!?』

 

 後方に置いて来たと答えたアイリスディーナは、自分をマリだと思って狙って来る連邦軍に対してなぜ狙うのかを問い詰める。

 これにマリは中隊に合流し、飛び掛かろうとしたコマンドウルフを撃破して、続け様に要撃級を撃破してから答えた。この返答に、テオドールは連邦軍に対して怒りの言葉を吐いた。確かに良く見れば、マリとアイリスディーナの違いなど分かるが、良く似ているので、一目では分からない。

 

『今度はなんだ!? 空を飛び回る戦術機や馬鹿デカい機械のオオカミにライオンやらバッファローの次は白いライオンか!?』

 

『一々煩いぞ、ヤンキー! 黙って前だけ見て運転しろ!! そいつ等は俺たちが対処する!』

 

『あぁ、ファック! ナンバーテンだ!』

 

 BETAのみならず、連邦軍の空中を飛び回るMSやPT、ゾイドの襲撃で気が滅入っている海兵は、マリのライガー・ゼロを見て更に混乱する中、テオドールは黙って操縦するように告げた。

これに海兵は汚い言葉を連呼し、上空からレーザー級の対空射撃を物ともせずに飛来して来るレイノスの空襲を避ける。

 ここで少し疑問に思う。なぜ連邦軍はレーザー級を仕留めてくれないだろうか?

 あれほどの高性能機揃いなら、BETAを一掃してくれてもいいはずだが、標的のレーザー級集団が居る地域は、地獄と言って良い程の状況であった。

 

『おい、なんだこりゃあ!? 俺たちはあん中に突っ込むのか!? 冗談じゃねぇぞ!』

 

「えっ、なに?」

 

『なんだこれ…!? BETAの方がマシに見えるぞ…!』

 

 その地獄を見た一同は、あの中に行くのかと口にする。そこには、無数の同盟軍の機動兵器部隊が無数のBETAと交戦していた。戦闘は膠着状態であり、あの魔女の釜のような戦場に突入でもすれば、飛んでくる流れ弾に引き裂かれることだろう。

 おまけに空は同盟軍機で埋め尽くされている。レーザー級の迎撃が間に合わないくらいだ。同盟軍が大量に機動兵器を投入した所為で、ハイブよりBETAが続々と来ている。これ以上、放置していれば、掃討しきれないBETAが増え過ぎて、ヨーロッパを放棄する他なくなる。

 

『止めようぜ! あの中を突っ切るなんて命が幾つあっても足りねぇや!』

 

『出てったらハチの巣だぜ!』

 

 数えるのが馬鹿らしい敵を見た海兵らは、直ぐに撤退しようと進言するが、アイリスディーナはあの数が西ヨーロッパに来れば滅亡すると判断して、レーザーヤークトを続行する。

 

『いや、続行する。あれを放置すれば、必ず西ヨーロッパは滅亡する。このレーザーヤークトは必ず完遂せねばならない。我々がやらねば、人類は滅亡するだろう…!』

 

 アイリスディーナの言葉に、一同は絶句する中、一人の海兵が自棄でも起こしたのか、彼女の続行命令に同意した。

 

『マジか…!? 畜生、本当にナンバーテンだ! あぁ、やってやるとも! やらなきゃ後が無いんだろ!? 行ってヒーローになってやる!!』

 

『俺には三歳の子供がいる…! あの中に突っ込めば、命の保証は無いが、あの子の事を考えれば…!』

 

『全く、とんだ疫病神だよ、あんたは! 良いさ、人類の力を奴らに見せ付けてやる!』

 

『ふむ、ジェスタでどれくらい進めるか…』

 

『これは、本気でやるしかないわね』

 

 続けざまに皆が言えば、アイリスディーナは表に出さなかった恐怖が消えた。次にマリの番だが、彼女は皆があの地獄の中を行く決心がついたと言うのに、賛同せずに黙ったままだ。

 マリの同意を得るために、アイリスディーナは盗聴機が着いていないプライベート通信でライガー・ゼロに連絡する。

 

『ノリが悪いぞ。それじゃあ仲間外れにされるぞ。何より、私を守るのがお前の使命だろ? ならばこれにも付き合ってもらうぞ』

 

 そう言うアイリスディーナに対し、マリはある条件を呑めば同意すると答える。

 

「じゃあ、条件出して良い?」

 

『あぁ、なんだ?』

 

 マリの条件を聞くために、アイリスディーナはヘッドセットの無線機に耳を傾ける。周りに聞かれるのが嫌なのか、マリはライガー・ゼロの無線機を操作して、周りに聞こえないようにしてから、その条件を彼女に告げた。

 

「セックスさせてくれたら、前衛やってあげるけど?」

 

 この衝撃的な条件にアイリスディーナは絶句したが、自身の悲願達成の為なら、良く分からない女に身体を許すくらい安い物だと判断して条件を呑んだ。

 表情には決して出さないようにしたが、内心はとても恥ずかしく、出せば人望を失う可能性があった。おそらく、自分が恥ずかしがっていることを、あの女は想像して喜んでいるだろう。アイリスディーナは必死に我慢しつつ、声を震わせながら承諾したことを伝える。

 

『い、良いだろう…! 前衛を頼む』

 

「うん、隠し玉見せるから、口外しちゃ駄目よ」

 

 アイリスディーナの震えた声で、マリは初めて彼女に一泡吹かせたことで悪戯が成功した少女のような笑みを浮かべれば、仲間にも明かしていない隠し玉を使い始めた。これにジグムントは驚き、自分等をサポートしているミカルに問う。

 

『天の使者、マスターの精神年齢が低いのは分かったが、隠し玉について聞いているか?』

 

『済まないが、本当に明かしていない。碌でもないのは確かだ』

 

『あぁ、いま確認した。この世界では碌なことにならない代物だ』

 

 この問いに対しジグムントは、飛んでくる青い鳥、それも鳥類のゾイドを見て碌な事にはならない代物であると確信した。

 無論、ジグムントとジークリンデ以外の者達は驚愕している。その青い鳥のゾイドは分解して、ライガー・ゼロの外装へと張り付いて行く。俗に言う合体だ。大きな翼を持ったライガー・ゼロは、羽ばたいてBETAと同盟軍の大軍へ向けて飛んで行く。

 

『ライオンって飛べたか?』

 

『さぁ?』

 

 飛んで行くライガー・ゼロを見て、海兵らはライオンが飛べたかどうか疑問に思い始める。

 鳥型のゾイド、フェニックスと合体してライガー・ゼロ、名付けてライガー・ゼロフェニックスは、無数に飛んでいるザバットやシュトリヒを撃破しまくり、レーザー級の対空射撃まで避け、背部の強力なエネルギー弾を発射して進路上に居た敵部隊とBETAの集団を共に吹き飛ばす。

 

「何やってるの? 進んで!」

 

『あっ、行くぞ!』

 

 圧倒的な火力を前にして呆然とする一同に対し、マリが一言掛けてやれば、直ぐにレーザーヤークトを続行した。引き続き向かって来る無数の敵を掃討し続ける中、ジグムントから注意の言葉を受ける。

 

『マスター、これはやり過ぎだ。次は控えて貰うぞ』

 

「この数で縛りプレイなんてしてたら、クリアできないでしょ」

 

『それは一理ある。だが、我々は関心を引くわけにはいかんのだ。敵が増えたら、マスターの目的も果たせないだろう?』

 

「…分かってるわよ」

 

 ジグムントのルリに対しての言葉に、マリは理解して目に見える敵を倒し続けた。

 進路上の敵を倒しながら進む中、マリが進路上の敵の掃討に手こずっている間に、シュヴァルツェ・マルケンの側面から連隊規模の同盟軍の機動兵器が突っ込んで来た。

 BETAの突撃級以上の突進力だ。あれを止めなければ、中隊とアメリカ海軍の戦術機部隊は一溜りも無いだろう。

ジグムントとジークリンデのジェスタが何とかしてくれると思ったが、向こうの数えるのが馬鹿らしい敵の数の対処で忙しく、救援に向かえない。

 やれるかと思ったが、地球に降下した四機の内、三機のガンダムが救援に駆け付けた。ガンダムグリープにストライクノワールガンダム、ガンダムアスタロトだ。

 

『敵機多数確認』

 

『全く、数えるのが馬鹿らしいぜ!』

 

『またウジャウジャと!』

 

 長機を務めるノワールのパイロット、スウェン・カル・バヤンがレーダーを埋め尽くすほどの敵が居る事を伝えれば、グリープのパイロットであるアディン・バーネットは数えるのが馬鹿らしいと文句を言い、アスタロトのパイロット、アルジ・ミラーもまた文句を言う。

 ここに来るまで、大軍を相手にしていたようだ。立ち塞がる敵を蹴散らしながら、中隊を踏み潰そうとする大軍の掃討を始める。

 

『俺たちの道を開けろ! この雑魚共が!!』

 

 アスタロトは巨大な刀を振るい、複数の敵を薙ぎ払った。

 

『この程度の大群、俺とグリープなら余裕だぜ!』

 

 グリープは機体を変形させ、メガ粒子砲を発射して同盟軍機とBETA諸とも吹き飛ばす。

 ノワールは無数の敵の攻撃をアクロバティックに裂け、ワイヤーを上空のディンに突き刺して突撃級の突進を躱して、上に乗り込み、二挺のビームピストルを撃ち込んで倒してから、突き刺していたディンを、同じく突進して来るエレファンダーに向けて叩き落とした。

 

『お前の仲間か?』

 

「知らない」

 

 自分等の側面の敵を物の数秒で片付けた三機のガンダムに対し、アイリスディーナはマリにあれも仲間なのかと問うが、彼女は知らないと答えて単独で同盟軍機とBETAの乱戦に突っ込み、目に見える敵を倒し続ける。

 そんなアイリスディーナに、アスタロトに乗るアルジが無線連絡を行う。

 

『ん、お前…!? なんでそんなのに乗ってんだ?』

 

『何を言っている?』

 

『人違いだ。良く見ろ』

 

『あっ? おっ、なんかデカいな。済まねぇ!』

 

『何なんだ、一体』

 

 どうやらアルジは、アイリスディーナの事をマリと勘違いしたようだ。直ぐにスウェンより人違いだと言われ、アルジは元の戦場へ戻り、敵の掃討を続ける。これにアイリスディーナが疑問に思う中、レーザー級の集団、重光線級も含めている標的が見えた。

 上空へ向けて対空射撃をしており、同盟軍の航空兵器や空中戦艦が蠅のように次々と落ちている。同盟軍はこの対空射撃に晒されることを、予期して投入しているのだろうかと言うくらいの密集隊形だ。おかげで空から降って来る残骸にも注意しなければならない。

 マリのライガー・ゼロフェニックスも、雨あられの光線による対空射撃に晒されたが、持ち前の異常な反射神経で躱し、中隊に襲い掛かる敵機を落としている。

 

『よし、フェニックスミサイルを』

 

 射程内にレーザー級の集団を捉えたので、直ぐに発射命令を出したが、BETA最強の個体である要塞級が現れた。

 

『このデカ物は…!』

 

『ふぉ、要塞級!?』

 

 一同が驚く中、現れた要塞級は周囲に居た無数の同盟軍機を、先端に強力な刃がついた尻尾を勢い良く振って薙ぎ払う。

 小型から大型、巨大機も含め、一瞬にしてスクラップと化した。そればかりか要塞級は更に触手で、周囲に居る同盟軍機を破壊し続ける。更には強酸性の高い液体まで撒き散らして、一瞬にして同盟軍機を溶かしてしまう。

 

『あっ、あぁんなのに勝てるのかっ!?』

 

 パイロットがお粗末揃いとは言え、遥かに性能が勝る同盟軍の機動兵器を大量に破壊した要塞級に対し、海兵らは畏怖する。要塞級は目前の一体だけでなく、少なくとも七体以上は現れ、同盟軍機をガンダムより多く撃破している。自分たちが要塞級に敵う戦力は、マリのライガー・ゼロフェニックスに三機のガンダムのみだ。

 

『映画に出て来る敵の兵器みたいな奴だな』

 

『気色の悪い化け物だな、早いとこ倒すか』

 

『足がヤバそうだな』

 

 三名のガンダムのパイロットは要塞級を見ても何の動揺も持たず、ただ気持ちの悪いのが増えた程度の感覚だ。マリも同様で、近付かないように距離を取っている。ジェスタも対応できるが、中隊を守らねばならないので、対処をマリと三機のガンダムに頼む。

 

『要塞級の対処を頼めるか? こちらは中隊の護衛に着かねばならん』

 

『弱点は関節部だ。そこを重点的に狙えば、可及的速やかに倒せる』

 

『関節部か。感謝する』

 

『なら、PXシステムでキメるぜ!』

 

『ありがとよ!』

 

 ミカルから要塞級の弱点を知らされれば、三名は分散して要塞級の討伐に向かった。

 マリも雨あられのレーザーを避けながら要塞級に接近し、一撃離脱戦法で正確に関節部を狙い、二度目の攻撃で一体を倒す。二体目に掛かろうとした時、テオドールが要塞級と交戦しているのが見えた。

 

「馬鹿?」

 

 第一世代の戦術機では絶対に敵わない要塞級に、無謀にも挑んだテオドールに対し、直ぐに助けようとしたが、ミカルのサポートでも聞いていたのか、関節部に向けて攻撃していた。

 おそらく、ジグムントかジークリンデが伝えたのだろう。当たれば即死の攻撃を紙一重で躱しつつ、テオドール機は重い盾を胴体に投げ付け、身軽になってから短刀を弱点に突き刺して要塞級を無力化した。

 二体目を処理し終えたマリは、助ける手間を省かせたテオドールを珍しく褒める。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 褒めた後に、背後から斬りかかって来たグフユナイデッドの斬撃を避け、背後を引っ掻いて撃破する。要塞級をある程度掃討すれば、フェニックスミサイルを迎撃される恐れが無くなった為、アイリスディーナは直ぐに随伴の海兵らに発射指示を出す。

 

『あの三機と空飛ぶライオンもだが、あの赤毛の餓鬼もすげぇな…!』

 

『ヤンキー、仕事だ! 早く撃て!』

 

『おっ、応! 各機セーフティー解除! ファイヤー!!』

 

 この指示に、海兵らは直ぐにレーザー級の集団に向け、フェニックスミサイルを発射し、光線級の集団を殲滅した。一体残っていたが、ジークリンデが乗るジェスタのビームライフルで始末される。

 もう一方のレーザー級の集団にもミサイルが放たれたが、殲滅には行かなかった。

 

『すまねぇ、アカ。ミサイルは品切れだ』

 

『各機、残弾は?』

 

『いや、その必要はないわ』

 

『えっ?』

 

 ミサイルが無いと海兵が答えれば、アイリスディーナは中隊各機に残弾が無いか確認する。だが、その必要はなく、残っているレーザー級は重光線級も含めて何者かの攻撃で殲滅された。

 あの集団を殲滅したのは、マリに連邦軍のエリート部隊を押し付けられたジークフリートのジェスタであった。流石にエリート相手では無傷とは行かず、ボロボロの状態で今にも爆発しそうだ。

 

『見たか!? 金玉野郎共! 俺様が来れば、こんな奴らなんぞ…』

 

『感謝するぞ、ジークフリート。さて、後は国連軍の大規模砲撃か爆撃に期待しよう』

 

 ジークフリートに感謝したジグムントは、直ぐに撤収すると伝えた。

 砲撃の妨害となるレーザー級を全て始末したので、後は国連軍の砲撃か爆撃に任せておけば、戦局は安定するだろう。同盟軍や連邦軍はBETA相手に必死なので、砲撃に巻き込めば勝手に全滅してくれるはずだ。

 

『ちっ、後は譲るか。でっ、連邦や同盟はどうするよ?』

 

『砲撃で十分だ。連中はBETA相手に必死だ』

 

『もう十分って事よ。それに、これ以上は晒したくないしね』

 

「やっと終わった」

 

 砲撃で十分と分かれば、一同は撤退の用意を始める。そんな時に迎えの隊が来たのか、ドイツ連邦軍の戦術機部隊がやって来る。

 

『退路は確保した! 取り敢えずお前ら急げ! 総司令部が五分後に飽和攻撃を始めるとか言ってる!』

 

 戦術機の隊は大隊単位、あのキルケも居る事からフッケバインだ。その大隊長が、飽和攻撃が来るから直ぐにその場から離脱しろと告げる。

 

『早いな。何故そんなに早く?』

 

『さぁ? うちの連隊本部にも訳を聞いたが、とにかく離れろと煩い。取り敢えず、巻き込まれる可能性はある。急げよ!』

 

『聞いたな? 撤退だ!』

 

 フッケバインの大隊長の言葉に従い、彼らが作った退路を使ってシュヴァルツェ・マルケンはアメリカ海軍の戦術機部隊と共に撤退を始めた。マリ達も直ぐに撤退を始める。何が来るか分からないが、とにかく連邦軍と同盟軍を纏めて始末してくれるのだから、ここは彼らに甘えよう。

 

『決まりだ。撤退する』

 

『ガンダム共はどうすんだ?』

 

『もう居ないわ。フッケバインが来る前からね』

 

『そうかい。ここは楽ちんな次元転送でフランケンシュタイン号に行こうぜ』

 

 ジークフリートから三機のガンダムはどうしたと聞かれれば、ジークリンデはもう居なくなったと答える。おそらくフォンのガンダムアストレアを撤退しているだろう。撤退用に備えて装備していた次元転送装置を使い、マリ達も撤退を始めた。

 

 

 

 レーザーヤークト成功をガレムソンと戦いながら知ったフォンは、不気味な笑い声を上げ、撤退の準備を始める。

 

「あぎゃ! レーザーヤークトは成功したようだな! もう長居は無用だァ!」

 

『なにっ!? 貴様、逃げる気か!?』

 

「逃げる? はっ! 精々生き延びる事だなァ…! あぎゃぎゃぎゃ!」

 

 これ以上の戦闘は不要と判断したフォンは、ガンダムアストレアのトランザムを使い、不気味な笑い声を上げながらこの場を離脱した。フォンはここに飽和攻撃と言う名の後始末が始まる事を、レーザーヤークトの成功で見抜いたのだ。

 赤くなって高速で離脱するフォンのガンダムアストレアを追うガレムソンであるが、彼のネオガンダムでも追い付けぬ速度であり、結局は逃してしまう。

 

『ちっ、逃げ足の速い奴め! なぜ撤退したのだ?』

 

 撤退した意味を分かっていないガレムソンは首を傾げたが、部下からの報告でその意味を理解する。

 

『連隊長! 我が連隊の損害が甚大です! これ以上の戦闘は!』

 

『ちっ、潮時か。奴が逃げた理由は分からんが、おそらく掃除でも始まるのだろう。よし、撤退だ。他の隊にも伝えてやれ』

 

『はっ!』

 

 自分の隊の損害を知ったガレムソンも、この世界に長居は不要と判断して撤退を始めた。五分後、フォンの読み通りに飽和攻撃と言う名の‟掃除‟が始まった。掃除をするのは、援軍としてやって来たワルキューレ宇宙軍の艦隊である。

 異世界の兵器の残骸をこの世界の国家機関に渡さぬため、最初にダインスレイブと呼ばれる特殊徹甲弾による飽和攻撃が行われる。無数のダインスレイブが、連邦と同盟、BETAの乱戦場に向けて一斉に放たれた。その威力は地形を変える程の火力だ。数カ月の砲撃が必要な程の事を、数千発のダインスレイブは僅か数分で達成する。

 次に金属を溶解させるほどの火力を秘めたナパーム弾を一斉発射して、回収不可能なほどに残った連邦や同盟の残骸を溶かし始める。BETAの死骸も溶けてしまうが、ワルキューレ宇宙軍の艦隊にとってはどうでも良い事だ。

 仕事を終えれば、直ぐにワルキューレの掃討艦隊は撤退を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる刺客

これ、大丈夫っすかね?


 戦局が安定した後、フランケンシュタイン号に戻った一同は、NVAの派遣軍が本国へ撤収したとの情報を得た。

 

「なんで撤収するんだ? ワルキューレがあれだけ滅多やたらにダインスレイブやらナパーム弾をぶち込んだのに。何があったんだ?」

 

「おそらく別の戦線でBETAの攻勢が始まったんだろう。北欧か南部の辺りだ。作戦は西側のNATO軍と米軍、ソ連軍主体で続行される。東側の殆どは祖国防衛のために本国に撤収だ」

 

「まぁ、あの状況じゃ西側だけで十分ね」

 

 ジークフリートは東側が撤退したことに疑問に思えば、ジグムントは別の戦線でBETAの攻勢が始まったと答える。ジークリンデはポーランドの状況を見て、西側の軍だけで十分だと口にする。

 彼女の言う通り、自分等とワルキューレのおかげか、海王星作戦は順調に進んでいる。もっとも、彼らは事の顛末を知っているので、今は本国に戻って祖国防衛戦線に編入されたシュヴァルツェ・マルケンをどう守るかの議題に入る。

 

「では、勘違いして第666中隊に襲い掛かる馬鹿共にどう対処するかだ」

 

 議題に入ったジグムントは、現在いるミーティングルームの中央に置かれた机の上に地図を置き、ドイツの首都であるベルリンのゼーロウ高地に指差した。

 

「ゼーロウ高地じゃねぇか。そこがどうしたってんだ?」

 

「どうやらこの世界でも、ゼーロウ高地の戦いが行われるようだ。敵は第1白ロシア方面軍や第1ウクライナ方面軍では無いがな。それでも、ソ連軍が投入した兵力以上のBETAの大群が押し寄せる。対するNVAだが、中央軍集団や第9軍の無いヴァイセルク軍集団のみと言った戦力だ」

 

 ジークフリートの問いに、ジグムントは第二次世界大戦末期のゼーロウ高地の戦いに準えて、ゼーロウ高地の状況を答えた。

 それと同時に、連邦軍や同盟軍、あるいはワルキューレを初めとした異世界の勢力による介入を懸念する。

 

「それはさて置き、我々が戦うのはBETAでは無く、我々と同じイレギュラー達だ。奴らはどんな兵器を使って来るかは不明だ。ワルキューレの方は空気を読んでくれるが、連邦や同盟の二大勢力はなりふり構わずに最新鋭兵器を惜しみなく投入して来る。他の非正規軍やならず者は特に。その為、ジェスタ以下の機動兵器で対処する」

 

「またジェスタか。ウィンダム使っていいか? あれなら大丈夫だろう」

 

「あぁ。お前が撃墜されなければ」

 

 自分等と同じイレギュラーに対しては、ジェスタ以上の機動兵器を持って対処すると言えば、またジェスタを使うジグムントに対し、ジークフリートは鹵獲したウィンダムを使っていいかと問う。

 これに撃墜されないくらいの実力なら、乗っていいとジグムントが言えば、ジークフリートは頭を掻いた。

 ジークフリートはジェスタの性能の限界に嫌気が差して言ったことだが、ジークリンデはウィンダムでも十分にあの世界に影響することが無いので、その意見に賛同した。

 

「ウィンダムなら、問題ないんじゃない? 彼らも何度も撃墜されているのを見てるから」

 

「ふむ、一理あるな。幸い、ウィンダムは履いて捨てる程の在庫がある。専用のジェットストライカーの再生も十分に終わった。光線級の対空射撃に注意していれば、連邦や同盟に十分対処できるな」

 

「へっ、やったぜ」

 

 この世界の住人であるアイリスディーナ等は、ウィンダムが何度も撃墜されているのを目撃しているので、対した性能が無いと判断しているだろうと思って、ジグムントは当てにならないはずのジークフリートの案を採用した。

 性能の限界が近いジェスタよりも、性能が二大勢力の現行機以上で、履いて捨てるくらいはあるウィンダムを使った方が良いのだ。ジェガンもあるが、売却用にしておく。

 ウィンダムに決定したことで、次なる議題であるシュヴァルツェ・マルケンの護衛に入ったが、肝心のマリの姿が何所にもない。

 

「次は第666中隊の護衛だが…」

 

「マスターはどこ行ったんだ? 居ないと何にもならねぇぞ」

 

「ミカルは知ってる?」

 

 ジークフリートがマリの居ないことを言えば、ジークリンデはミカルに何所へ行ったのかを問う。これにミカルは無言で知らないとジェスチャーを取る。

 ジグムントは大凡の行き場所は大体わかるので、マリが居るとされるのはシュヴァルツェ・マルケンの駐屯基地であると告げる。

 

「大体察しが付く。おそらく第666中隊の駐屯地だ」

 

「あぁ、確かに」

 

「あっ? 何の話だ?」

 

「大体想像がつくだろう」

 

 マリの行き先が第666戦術機中隊の基地であるとジグムントが言えば、共にあの場にジークリンデは直ぐに理解する。知らないジークフリートは、何のことかと問えば、ジグムントは大体の想像ができるだろうと言えば、彼は納得した。

 

 

 

 マリがシュヴァルツェ・マルケンの基地に行っている頃、損害を負ったユリアナの師団に代わり、新たな追跡部隊が彼女らの居る世界に現れた。

 規模は五十隻以上の宇宙艦隊であり、連邦艦隊との艦隊戦で傷付いた追跡艦隊の旗艦に、新しい追跡艦隊の提督が乗艦して来る。これを、包帯を巻いたユリアナと師団の幹部らが出迎えた。

 して、新たな追跡艦隊の提督は、白髪に丸っこい眉と言う平安貴族のような女性だ。だが、着ているのは着物では無く、派手な軍服で、腰に日本刀を帯刀すると言った女武者だ。金髪の男女で編成された同じく派手な軍服に身を包んだ親衛隊と共に、連絡艇から降りて来る。

 

「出迎えご苦労。貴官らに代わり、女狐の追跡の任を賜ったカルタ・イシューである!」

 

 いきなり挨拶を交わしたカルタに対し、ユリアナたちは驚き、数名がざわつき始めた。

 そんな奇抜な女武者は敬礼しているユリアナに近付き、転属命令の内容が書かれた書類を渡す。

 

「貴官らの機甲師団の転属先だ。そこでゆっくりと再編に励むが良い」

 

「命令書、受理しました。まだ一戦しか交えておりませんが、マリ・ヴァセレートは油断ならない女です。勝てるかどうかも怪しいし、それに彼女を狙う勢力が多い。臨機応変で柔軟な対応が必要です」

 

「警告ご苦労。だが、このカルタ・イシューが来たからには、あのマリおバカさんって言う女狐は檻の中も同然。士官学校を卒業することなく死んだ貴殿では、荷が重すぎたようだな」

 

「…っ!」

 

 マリはただ者では無く、倒せるかどうか怪しいと警告するユリアナに対し、彼女の実力を見たことも無いカルタは、生前のユリアナが士官学校を卒業もせずに死んだことを理由に失敗したと煽る。

 それが癪に障ったユリアナは、思わず腰のホルスターにある自動拳銃を引き抜こうとしたが、その煽られて撮った迂闊な行動をカルタに笑われる。

 

「フン、やはり小娘であったが。私が剣を抜くのが先か、貴殿が拳銃を抜くのが先かの決闘でもするか? だが、憲兵に見られている。再編の地で頭を冷やすと良い。では、帰るぞ!」

 

「…クソッ!」

 

 更に愚弄されたユリアナは、母艦へ連絡艇で帰って行くカルタに苛立ち、被っている帽子を床に投げつけた。

 新たな刺客、カルタ・イシューの追跡の手が、マリに伸びつつあった。ユリアナは配下の師団と共に再編を行うためにこの世界から撤収したが、ジュリエッタを初めとした一部の部隊は、カルタの指揮下に入り、引き続きマリの追跡任務を続行した。

 

 

 

 一方で、新たな刺客が来たことも知らず、マリはシュヴァルツェ・マルケンの駐屯基地であるペーゼーバー基地の付近にカマクラを魔法で作り、その中で温かい防寒着で身を固め、呑気に温かい紅茶を啜っていた。

 

「まだ帰ってこないかな」

 

 時より基地の方を見て、ベルリンに向かったアイリスディーナ等が帰ってこないか双眼鏡で見ていたが、まだ帰ってこない様子だ。帰ってこないと分かれば、再び紅茶を嗜み、机の上に置いてある自分で作ったクッキーを上品に口にした。

 連絡機であるヘリのローター音が聞こえると、直ぐにマリは外に出て双眼鏡で帰ってきたことを確認する。煩い政治将校であるグレーテルの姿が無い事から、彼女は本部に戻ったようだ。状況が落ち着くまで、マリは残っている紅茶を飲み干し、暫くしてから自分が指定した場所へ足を運ぶ。

 

「?」

 

 そんな中、周囲を警戒しながらリィズの姿を見たマリは、自分の姿を消す魔法を使って彼女の背後へ近付こうとする。

 どうやら自分のボスである国家保安省に、密談場所を探って来いと言われて基地の周辺をうろついているようだ。防寒着を羽織って密談に使えそうな廃墟を探し回るリィズの背後からマリは近付いて目隠しを行い、子供のように問いかける。

 

「だーれだ?」

 

「えっ!? まさか…あのお姉さん…!?」

 

「正解!」

 

 近付いて来たマリに、リィズが二年前の事を思い出せば、彼女は姿を現して自分だと答える。

 

「な、なんでここに…!? まさか…!」

 

「まぁ、あの時は言われてやったことだけど。それより、ここで何してるの?」

 

 まさかここで再会するとは思ってもみなかったリィズは、マリの事を神が自分を救いに天より使わした者、即ち天使であると思ってしまう。

 天使の前では何もかもお見通しだと思っているのか、リィズは洗い浚いの事をマリに話す。

 

「私の上司であるベアトリクス・ブレーメ少佐より命令された通り、アイリスディーナ・ベルンハルト等が使う密談場所を見付けろと命令されて探索しています。天使様」

 

「天使様…? へぇ、命令されてやってるの。命欲しさに?」

 

「はい。私は天使様に生かされて以降、彼女の元で働いております。亡命しようとした私には、これくらいの事をしなければ生きていけません。私は命欲しさに、命令で国家の敵とされた人を幾人も殺めてしまいました。何人かの男と寝たことがあります。天使様、私は天国へ行けますか?」

 

 マリを完全に天使だと思っているリィズは国家保安省の機密を洗い浚い話した後、急に懺悔をし始める。

 それを聞いていたマリは、少々の同情を覚えたが、自分の苦い経験や同様の経験をした少女や女性たちの事を思い出し、自分が先に処女を取ったことに、何を考えているのか誇らしく思う。常人には一切できぬ理解できぬ感情だ。

 

「許すわ。言われてやった事でしょ? 全ての罪は国家保安省、シュタージの上層部に科すわ。同じ目を貴女の上司に遭わせようかしら?」

 

「あ、ありがとうございます! それと、これは大丈夫なんでしょうか? 私は義兄であるテオドール・エーベルバッハに恋心を抱いております。いくら血が繋がっていなくとも、これは大丈夫ですか? 天使様」

 

 こんな事を考えているマリを天使だと思っているリィズを、許した。更に義兄であるテオドール・エーベルバッハの事を愛してしまったことまで告白する。

 処女を捧げた自分では無く、自分が気に食わないテオドールに恋心を抱いたリィズに対し、マリは今まで処女を奪って来た女性たちと数日ほどしか持たなかった、或いは初夜で終わった、身体だけの関係に留まった事を思い出した。

 貴女もそうなの?

 そう口には出さず、自分が悪かったことを薄々理解して、リィズの事を諦めた。もっとも、マリにはルリが居たからこそ諦めた事だが。

 

「まぁ、血が繋がってないから良いんじゃないの? それで、離したくないの、貴方は?」

 

「はい、お義兄ちゃんを私に留める方法はありませんか?」

 

「留めたい? 何故?」

 

「…お義兄ちゃんの好みであるアイリスディーナ・ベルンハルトが居ますから…あぁ、貴女とソックリな人です、天使様。最初見た時、貴女様と思いましたが、色々と大きいので別人と分かりました」

 

「えぇ、そうなの」

 

 リィズの告白で、マリはテオドールが自分を見る目がやや好意的だった理由が分かった。

 どうやらテオドールは金髪碧眼、ふくよかな女性が好みの様だ。リィズが洗い浚い話したことで、どんな目に遭わせてやろうかと思ったマリであったが、後回しにして、彼女のどうテオドールを留めておく方法を教える。

 

「分かったわ。その方法をお教えしましょう。来て」

 

「…はい」

 

 方法を教えるべく、マリはリィズについてくるように伝えた。少々の迷いがあったリィズであるが、天使であるマリなら上司に対する言い訳を考えてくれると思い、彼女のあとに続いた。

 来たのはマリが待つために拵えたカマクラ。二人以上が入れるほど広く作られている。初めてカマクラを見たリィズは驚き、これが何なのかを問う。

 

「あの、これって…?」

 

「カマクラよ。日本の東北で雪の時に作る雪の家なの。中は温かいわよ」

 

「日本の家なんだ…」

 

 マリの説明で、リィズはカマクラを日本の家の一種と捉えたようだ。

 そんな彼女に案内されたカマクラの中は意外と暖かく、人が一人、それも若い女性が作ったとは思えない程に広かった。もっとも、マリが魔法で作り上げた物だが、リィズはまるで小屋の中に居るような錯覚を覚える。

 

「小屋みたい…」

 

「まぁ、ちょっと魔法とかそう言うのを使って作ってるけど」

 

「魔法を空想じゃ無かったんだ…」

 

 正直にマリが魔法で作ったと言えば、リィズは空想の物である魔法が本当に実在したと思い始める。もっとも、マリからすれば西暦70年代の科学力で月に移住出来て、戦術機と言うロボット兵器を動いている時点で魔法としか思えないが。

 そんなリィズに、マリはベッドを指差して男を虜にする術の練習をしないのかと問う。

 

「でっ、練習するの? しないの?」

 

「…します! 私、お義兄ちゃんを取られたくない!」

 

「(可愛い…!)」

 

 この時のマリから見たリィズは、とても可愛く見えただろう。

 そのまま二人は互いの衣服、下着も全て脱ぎ、互いの唇を貪り合い、舌を絡ませた後、ベッドの上に横たわり、行為に及んだ。

 

 

 

 呑気と言うべきか、マリがリィズと性行為に及んでいる頃、衛星軌道上にて、新たな追跡者、カルタ・イシューは自身で編成した艦隊を率いて、再び地球へ攻撃を掛けようとする同盟軍艦隊に奇襲を仕掛けようとしていた。

 カルタの艦隊は騎士団が殆ど独占しているハーフビーク級戦艦を中心に編成されており、後方には軽空母を初めとした空母群と護衛艦群が控えている。

 

「敵艦隊、射程距離に捕捉しました!」

 

「フン、密集隊形とは。まるでこちらに撃ってくださいと言っているような物ね」

 

 自身が乗艦する旗艦の艦橋にて、レーダー手の女性兵士から敵艦隊を射程距離に捉えたとの報告を受け、敵艦隊の隊形を見たカルタは、こちらに撃ってくださいと言わんばかりの隊形と見る。

 事実、同盟軍艦隊はマリが居ると言うか、アイリスディーナの基地に地上部隊へ降下させるための護衛隊形を取っている。未だにアイリスディーナを、マリだと思っているようだ。

 攻撃を受けることを敵は予想しているが、大口径の主砲を有する艦隊の攻撃には備えておらず、生前は高い練度を誇る艦隊を率いていたカルタからすれば、撃滅の機会である。数はカルタ艦隊より三倍の数であるが、殆どが降下部隊を輸送する輸送艦や降下艇なので、大口径の主砲を要する艦艇による艦隊攻撃を受ければ一溜りも無い。

 

「制宙権を取らずに降下とは! 実戦経験の無い宇宙兵に経験を積ませるには絶好の機会ね! 砲術長、主砲斉射! 弾種は対艦用徹甲弾! 僚艦は我がイシューが第一射後に艦砲射撃を敢行せよ!」

 

 カルタが指示を出せば、通信手の女性兵士は直ちに艦隊に命令を伝える。その間に照準が完了したと副官が報告すれば、カルタは一斉射を号令する。

 

「主砲、手近な敵艦に照準完了!」

 

「一斉射撃開始!」

 

 この号令と共に、カルタの艦隊は同盟軍の艦隊へ向けて一斉射撃を行う。

 大口径の主砲、それも貫通力が高い徹甲弾による一斉射だ。同盟軍の艦艇は次々と轟沈していく。まるで花火のようだ。カルタ艦隊が放った一斉射で、一気に同盟艦隊は大損害を被った。旗艦をたまたま撃沈したのか、敵艦隊は混乱し始める。

 

「敵艦隊、混乱しているようです。どうやら敵旗艦を撃沈したようですが」

 

「マグレ当たりね! これは運が良いわ! さぁ、そのまま撃滅よ! とにかく撃ちまくりなさい!」

 

「はっ。各艦、艦砲射撃を続行せよ!」

 

 大混乱に陥った敵艦隊に対し、カルタは喜んで艦砲射撃を続行する。この時、レーダー手は敵艦載機が接近していることを知らせた。

 

「レーダーに反応、我が艦隊に接近する機影アリ! 敵の艦載機かと思われます!」

 

「ちっ、どうやら付近に空母が潜んでいたようね。対空射撃! 弾幕を張りなさい! こっちの防空部隊の発進はどうなってるの?」

 

「現在、バルキリー隊が発艦準備中です」

 

「遅い! 堅牢堅固はどうしたの!? もう、こちらからMSを出しなさい! 早く!」

 

 敵艦載機部隊の接近に対し、後方の空母群が防空部隊の発進準備をしていると副官が答えれば、カルタは激怒して自分の艦からMSを出すように告げた。

 直ぐにスクランブルに備えて待機していたグレイズやグレイズリッターが発艦し、対艦装備で飛来して来る敵艦載機部隊に向かう。僚艦らも続々と発艦していく。

 敵の数は防空部隊より多かったが、練度は低いために次々と撃墜されていく。カルタの人選に狂いは無いようだ。グレイズを中心とした防空部隊が防衛隊形を取って迎撃していれば、敵艦載機部隊は勝手に自滅して、残りは母艦に退き始める。

 

「敵艦載機部隊、80パーセントを撃破! 撤退を開始!」

 

「フン、烏合の衆だわ。こんな敵を相手に退き際になるなんて」

 

 同盟軍の練度の低さに、カルタは先の慌てようは何処か、余裕を見せてこんな敵に押されているワルキューレに呆れ返った。

 だが、先の事は忘れておらず、自分の艦隊は再度の訓練が必要だと実感する。

 

「この艦隊戦が終わった後、再度訓練が必要なようね。完璧にしなければ、マリおバカさんは捕らえられないわ」

 

 自分の艦隊の練度の低さを痛感しつつ、カルタは敵艦隊が戦意を損失するまで攻撃を続けた。

 

 

 

 衛星軌道上で同盟軍艦隊が虐殺される中、待ち合わせの場所である廃教会へ現れたアイリスディーナに対し、マリは紅茶を熱い一口飲んでから、彼女の前に立った。

 ここへ呼び出したのは、密談でも無く、マリの単なる個人的な用である。

 

「一人?」

 

「あぁ、外を見張っている。凍え死なないか心配だが」

 

「…大丈夫、凍え死ぬほど低温じゃ無いわ。ショカ・コーラを食べてたら大丈夫。持たせてる?」

 

「持たせてる。ちなみに戦時教育の為、衛士は訓練を一部省いている」

 

「まっ、今の状況じゃそうなるわね」

 

 アイリスディーナが見張りに出させている部下たちが凍え死なないか心配だと口にすれば、マリは人が凍死するほどの気温では無いと答える。次にマリが身体を温めるための菓子は持たせているかと問えば、持たせていると答え、衛士は雪中訓練を省いているとも告げた。

 この惨状をアイリスディーナから聞いて、BETAに侵略されているなら仕方ないとマリは思う。前線は常に人手不足だ。敵の攻撃に備える為、補充は急がなければならない。

 

「それで、こんな外でするのか? 凍死するぞ」

 

「この教会の地下を温めてるわ。そこなら何時間でも…」

 

「…罰当たりな」

 

 マリがアイリスディーナを呼び出した用件とは、酷くどうでも良い性行為の要求であった。

 海王星作戦のレーザーヤークトの際、アイリスディーナはマリに協力を要請、その見返りとしてマリは性行為を条件に出し、無条件では決して従わないと返した。これにアイリスディーナは国家と自分の身体を天秤に掛ければ、後者の方が安いものと判断して条件を呑んだのだ。

 それを果たすために、アイリスディーナはマリの呼び出しに応じた。

 地下に降りれば、予め焚き火で部屋全体は温められ、防寒着が必要に無い程の温かさだ。

 幾ら廃墟とは言え、教会で性行為、それも同性同士。この社会主義国家の隠れ教徒であるアイリスディーナはマリに怒りを見せるが、当の彼女は祈っている神は助けてくれるのかと問う。

 

「神様は助けてくれるの? あんまり助けてくれる様子は見えないけど」

 

 この問いに対し、アイリスディーナは無言だ。マリはそんな彼女の機嫌でも取ったつもりか、ここは教会では無いと告げる。

 

「でもここは教会じゃないわ。神父もシスターも居ない、ただの廃墟よ。本物の教会はみんな西にある。教会に行ってお祈りしたいなら、早く統一する事ね」

 

「元よりそのつもりだ。でっ、何から始める?」

 

「えっ…?」

 

 教会に行きたいなら、東西に分かれたドイツを統一しろと告げるマリに対し、アイリスディーナは性行為の要求に応じた。

 次に上着を脱ぎ、ベッドに腰掛けるアイリスディーナは、何から始めれば良いとマリに聞いた。これにマリは驚く。

 

「あんた、セックス知らないの?」

 

「それは知っている。済まんが、社会主義国家でのフリーセックスは厳禁だ。恋人同士でも愛人でも無いのに、誰彼構わずやる奴は居ない。そんな奴は収容所送りだ。売春は法で禁止されているし、性に自由な西側じゃないんだぞ。一体、私を何だと思ってるんだ?」

 

 口を抑えて驚いた表情を見せるマリに対し、アイリスディーナは社会主義国家の人間だから自由に性行為をするのは御法度だと教えた。

 どうやらマリは、アイリスディーナが性に奔放な女だと思っていたようだ。同期に妖艶な美女であるベアトリクス・ブレーメが居るので、彼女と一緒に男遊びをしていると思っていた。

 翌々考えれば分かる事だが、アイリスディーナに対する嫉妬心の余り、自分が馬鹿にしている共産主義国の人間であることを忘れていたようだ。

 

「セフレ…」

 

「居ない。ついでに…恋人も…経験も、無い。接吻も無い」

 

「はっ…? そんな嫌らしい身体で、恋人も居ないしセフレも…経験なしの処女!?」

 

「そうだ、襲われたことも。シュタージの監視下でレイプする奴など居ない。愛人にもなったことも無いぞ」

 

 アイリスディーナがキスもしたことが無い処女であると顔を赤らめながら告白すれば、更にマリは驚いて両手で口を抑えて呆然とする。そんなマリの様子を、アイリスディーナは不思議がっていた。

 どうしたと思って聞こうとした瞬間、いきなりマリはアイリスディーナの唇を奪った。何の前振りも無しにキスして来たマリを、アイリスディーナは引き剥がして口を抑えた。

 

「…なにをする!?」

 

「本当に処女なんだ…」

 

 遊んでいそうな雰囲気のアイリスディーナの恥ずかしがる反応を見て、マリは本当に処女だと確信した。

 そんな彼女に対し、マリは自分の衣服のボタンを外し、自分の胸元を肌蹴させながらアイリスディーナに初めてのキスの感想を問う。

 

「初めてのキスの味は?」

 

「…柔らかかった」

 

「それだけ? ルリちゃんは柔らかくてあったかいって言ってたけど」

 

 味の感想を聞いてか、マリはアイリスディーナの横に腰を下ろし、もう一度彼女の唇を奪った。今度はかなり強引に、それも官能的に。舌を入れ込んで相手の舌と絡ませ、経験の少ない彼女を快楽の渦へと引きずり込む。

 二分以上続ければ、相手から唇を離す。余りに夢中になり過ぎたのか、アイリスディーナは息を荒げていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

「どう、ヤバめのキスは? 濡れちゃった?」

 

 問いかけて来るマリに対し、顔を赤らめているアイリスディーナは無言で頷く。そんな彼女にマリは更に追い打ちをかけ、着ている衣服のボタンを素早く外し始める。一瞬にして上着やアンダーシャツも含めてボタンは全て外され、マリより大きめの豊満なバストを包む下着が露わになる。

 自分も大きいが、更に大きい胸を見たマリは嫉妬したのか、その胸になるのは何を食べればそうなるのかを問う。

 

「…なに食べればこんなに大きくなるの?」

 

「十三の時から急に大きくなり始めた」

 

 十代前半から大きくなり始めたと答えれば、マリが目を細めながらアイリスディーナの胸を直視した。このマリの表情がアイリスディーナに取っては童顔も相まって愛らしかったらしく、顔を赤らめて思わず頭頂部に利き手を添えて撫でてしまう。

 自分と同じ金色のマリの長い髪は、高級なシャンプーでも使用しているのか、肌触りも良くかなり艶やかだ。その美しい艶やかな長髪は、アイリスディーナが十代の頃に戻らない限り手に入らないだろう。

 母親のような優しい表情を見せ、自分の頭を撫でるアイリスディーナに対し、マリは自分が子ども扱いされていることを嫌がったのか、彼女の胸を掴む。

 

「子ども扱いしないでくれる?」

 

「いや、すまない…つい…あっ…!」

 

 マリの精神年齢が低い所為か、怒った表情も可愛く見えてしまった。見ているとこちらまで恥ずかしくなるのか、目を背けるアイリスディーナであるが、自分の胸を揉むマリの手がだんだんといやらしくなり、思わず声を上げてしまう。

 下着越しなのにここまで感じるとなれば、直で揉まれればどうなってしまうのだろうかとアイリスディーナは考える。そればかりか、マリに身体を許しても良いと思い始める。

 

「子ども扱いした罰。一生忘れられない初夜にするから」

 

 胸を揉むのを止めたマリは、自分に身を許し始めたアイリスディーナに自分を忘れられないようにすると宣言して、着ている全ての衣服を脱ぎ始めた。上半身に身に着けている物全てを脱ぎ、形の良い乳房を露わにすれば、身構えるアイリスディーナを押し倒し、覆い被さってから再び唇を奪う。

 また舌まで入れ込み、快楽に溺れさせながら器用に自分より大きめのアイリスディーナの豊満な胸を包んでいる下着まで外す。露わになった豊満なバストは、僅かな動きで揺れる。キスを止めたマリはやや妬みつつも、その憂さ晴らしをするように顔を埋める。

 大きな胸に顔を埋めながら下半身にまで手を伸ばし、ズボンを含める下着を器用に全て脱がした。

 

「どう、自分より下の女に脱がされる気分は?」

 

 身に着ける物全てを剥して完全に全裸になってベッドに横たわるアイリスディーナに対し、マリは勝ち誇った笑みを浮かべながらその敗北感はどんな物かを問う。

 今の彼女は子供臭いマリの問いなどよりも、早く続きをして欲しく、自分の性器に手を触れながら相手を挑発する。

 

「そんな事より、今は身体が疼いている。私も今はお前が欲しい。あの発言は嘘か?」

 

「…嘘じゃないわよ! 良いわ、望むならそうしてあげる! 私の事を忘れられないくらい激しくしてあげるわ!」

 

 妖艶な笑みを浮かべるアイリスディーナの挑発に乗ったマリはその気になったのか、自分のズボンや下着を数秒足らずで脱ぎ捨て、三度目のキスをするために唇に触れた。

 その後、アイリスディーナはマリに激しく抱かれ、忘れられない初体験となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二次ゼーロウ高地戦

ここでオリジナルのガンダムフレームを出しまする。


 初体験にしては激し過ぎる行為を終えたアイリスディーナはベッドに横たわり、行為を終えてティーカップに紅茶を注ぐマリの綺麗な背中を眺める。

 ベッドのシーツは二人の体液で濡れきっており、別の物に替えないと体を冷やして風邪をひいてしまうだろう。自分の処女を奪った女の眺めているアイリスディーナに、その相手であるマリは紅茶を啜りながら初体験の感想を問う。

 

「気持ち良かった?」

 

「あぁ、今までにない体験だった…あれがセックスなのか…」

 

「同性同士のだけど。普通のもしちゃう?」

 

「遠慮しておく。今は忙しいんだ」

 

 初体験の感想は人生において今までにない体験だったと答えるアイリスディーナに対し、マリは通常の男女同士の性行為もしてみるかと問えば、彼女は忙しいから遠慮すると告げてベッドから立ち上がった。

 それからマリが用意した濡れたタオルを取り、自分と相手との体液を洗い落とし、バスタオルで濡れた箇所を拭く。

 左手の指が切れていることに気付き、それをタオルで拭き取ろうとした瞬間、いつの間にかカップを机に置き、自分の隣に来ていたマリが、切れている左手の指を取って舐め始めた。

 

「何をする?」

 

「治療」

 

 自分の指を舐め回すマリに対し、舐めている彼女は治療だと答える。だが、その舐め方は官能的であり、舌をいやらしく動かしてこちらを誘っているように見える。そんなマリに対し、アイリスディーナは二回戦をしないことを改めて伝えた。

 

「今夜は終わりだ。続きは状況が落ち着いてからだ」

 

「そう。せっかく貴重な体験なのに。まぁ、したくなったら呼んでね」

 

 今宵は終わり。

 そう宣言するアイリスディーナに、マリは舐めるのを止めて衣服を身に着け始める。

 一方で左手を唾液塗れにされたアイリスディーナはそれをタオルで拭き取り、消灯時間と部下を集めるために急いで衣服を身に着け、マリと共に外へ出た。外へと出る途中、自分等を襲って来る敵達はどうなっているかを問う。

 

「そっちはどうなっている? また襲って来る気配はないか?」

 

「無いと思うけど。あれだけの損害を出したし。グルビーとかそんな連中もコテンパンにしたから、大丈夫かも」

 

「そうか。なら、私の革命を手伝ってくれるか?」

 

 海王星作戦で連邦と同盟、グルビー旅団は大損害を被ったので、暫くは襲ってこないと予想するマリに対し、アイリスディーナは自分の革命の同志になるように誘う。

 これ程の力を持つ女であるマリを、自分の陣営に誘えば、東ドイツの人々を逃がすための口実である東西統一など一瞬にして出来る。

 神に等しい力を持つマリの前では、シュタージなど一瞬で粉砕できる。そう見込んだアイリスディーナは、茫然とするマリに向けて手を差し伸べたが、彼女がその手を取るわけが無かった。差し出された手を振り払い、更には雪原の上に押し倒して馬乗りになる。

 

「何をする!?」

 

「なに、面倒臭くなってチートでも使いたくなった? 言っとくけど、あんたに手を貸せなんて言われてないし、貸す気も無いから。あんたが革命? それと統一とかを自力でやるまで守れって言われてるだけだから。出来ないならクレンツでも待てば? 壁でも壊してくれるかもよ。居ればの話だけど」

 

 参加する義理も人情も無いので、マリはそう告げて立ち上がる。

 何を言っているのか分からず、放心状態のアイリスディーナに向け、マリは立ち止まり、言い忘れてことを告げてから去る。

 

「あぁ、それとセックスさせてあげるから手伝えなんて言っても無駄だから。解消のためにやるけど」

 

 改めてアイリスディーナに革命は手伝わないと返したマリは、母艦のフランケンシュタイン号に帰って行った。

 

 

 

「おっ、戻ったようだな。どうよ、666の奴らは?」

 

 母艦に戻って来たマリに、無神経にジークフリートは問い掛けて来る。無論、マリは無視して自室へと戻って行く。

 

「なんだよ、また無視か? 俺、抜けようかなー?」

 

 無視して戻って行くマリに、ジークフリートはやる気を失いつつあった。自分からすれば意味の分からない黒目男から、シュヴァルツェ・マルケンを守れと言われて数週間も経っている。

 何か良いことがあると思って我慢してやってきたが、何も起きることが無い。そればかりかマスターであるマリばかりが護衛対象に手を出しても、あの黒目からは何の御咎めも無い上、自分が手を出そうとすれば、周りが止めるかマリが殴って来る。

 

「けっ、弱い者いじめで粋がってる奴の気持ちが嫌でも分かるぜ。俺も一歩間違えれば、あぁなっちまうかもな。嫌になるぜ」

 

 自分の扱いの酷さに、自分が嫌っている人から持った圧倒的な力を自分の物と思って、好き勝手にやる者達の気持ちが理解できたことに、ジークフリートは自己嫌悪に陥る。

 その気持ちを紛らわす為、ジークフリートは煙草を取り出して船内にも関わらず一服する。一方で艦橋に居るジグムントたちは、新しく現れたワルキューレの追跡艦隊や、連邦軍と同盟軍の追跡艦隊の動向を探っていた。

 

「どの勢力もまだ動きがありません」

 

「連邦と同盟は直ぐにでも出るかと思ったが、ここ数日は大人しくしているな。気味が悪い」

 

 報告でジグムントは連邦と同盟辺りがまた攻撃でもすると思ったが、気味が悪い事に攻撃を仕掛けて来ない。敵対同士で対峙したまま全く動かないのだ。

 強力な軍事力を誇る二勢力は普通なら形振り構わず、蛮族の如く武力で捻じ伏せるはずだが、予想ならやるのに、それをやらないのだ。この二つの野蛮な勢力を知っている者達は、仕掛けないことは何らかの作戦を立てていると判断する。

 

「まさか核攻撃でも始めるんじゃないだろうな? 全く、我がマスターは厄介な依頼を引き受けてくれたものだ」

 

 自分の主に対する悪態を付きつつ、ジグムントは頭を悩ませた。

 連邦のみならず、海王星作戦で壊滅的被害を被ったグルビー旅団が未だに姿を見せていない。厄介な援軍を引き連れて、戻ってこないことをジグムントは祈った。

 

 

 

 数日後、地球の東ドイツではBETAの攻勢が開始された。

 真っ直ぐとベルリンに向かっており、もう少しでゼーロウ高地に到達するだろう。異世界の勢力が手を出してこない上、アイリスディーナがベルを押さないので、マリ達は静観を決め込み、BETAの津波に押し潰されるNVAの様子を眺める。

 

「おいおい、誰か死ぬんじゃねぇのか。これ」

 

 戦況は圧倒的にNVA側に不利であり、その軍に属するシュヴァルツェ・マルケンの誰かが戦死するのではとジークフリートは見て呟く。

 NVAの被害は刻一刻と拡大しつつあり、このままではシュヴァルツェ・マルケンの誰かが戦死することは間違いない。そればかりかNVAの上層部は先日のシュタージによるクーデターで幹部将校を多数逮捕されて弱体化しており、ゼーロウ高地の防衛線が落ちるのは時間の問題だ。

 だが、ベルは依然押されていないので、秩序の為に勝手に自分たちが出て行くわけにはいかない。

 アイリスディーナがベルを押せば行けば別の話だが、果たして行って良いのだろうか?

 

「まさかここまで脆いとは…! 国防軍(ヴェアマハト)は一週間くらい持ち堪えたのに」

 

「アカに毒された国防軍擬きじゃどうにもならねぇよ。それに敵はソ連赤軍じゃねぇしな」

 

 ジークリンデは秒ごとにやられていくNVAを見て、ドイツ国防軍なら一週間は持ち堪えたと言う中、ジグムントは守るのは国防軍を真似たNVAであって、攻めるのはソ連赤軍じゃないと口にする。

 戦況が刻一刻と悪化していく中、ワルキューレの追跡艦隊を関していたノエルは、直ぐにジグムントに知らせる。何故マリに知らせないかと言えば、戦略よりも自分の感情を優先する彼女じゃ判断を見誤るからである。

 

「報告! ワルキューレの追跡艦隊から複数の降下艇を確認!」

 

「何? こちらと同じく秩序を気にするのに動いただと?」

 

「おそらく罠だな」

 

 その報告で、自分等と同じくルールを守っているワルキューレが動いたことに、ジグムントが驚く中、ミカルはこれが自分等を誘い出すための罠であると見抜く。全員が納得する中、まだ罠だとは分からないので、ジークフリートは異議を唱える。

 

「なんで罠だって分かるんだ? 助けたくて降りたんじゃねぇのか?」

 

「それなら大規模な部隊で降下するさ。数が中途半端過ぎる。これは明らかに僕たちを誘うための罠だね」

 

 このジークフリートの意義に、ミカルは数が中途半端だから罠であると答える。

 

「向こうはこっちの意図が分かっているようだな。どうする、罠に飛び込むか?」

 

「向こうだって殺しはしないはず。放っておいても良い感じじゃない?」

 

 ジグムントとジークリンデに問われたマリは暫く無表情のまま、降下した部隊がBETAを殲滅しつつシュヴァルツェ・マルケンに接近する中、救援に向かう事に決めた。

 

「罠ならぶち破る。降りるわ」

 

「やれやれ。結局こうなるか」

 

「このBETAの殲滅速度、最新鋭機を使ってやがるぜ。俺たちもそれなりの歓迎をしねぇと」

 

「ウィンダムでもやれるかしら?」

 

 マリが救援に向かうと決めれば、一同はその準備に入った。

 

 

 

 マリ達がゼーロウ高地へ降下する中、首都ベルリンの最終防衛ラインであるゼーロウ要塞は地獄と化していた。

 要である戦術機六十機が重光線級の光線掃射により消滅してNVAの戦力はズタズタとなり、BETAの猛攻を受ければ陥落は必然であった。ドイツ民主共和国の最後の希望は、自国が誇る最強戦術機部隊、第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンのみである。

 彼女らが祖国の命運を賭けた決死のレーザーヤークトを敢行し、地獄のような惨状に晒される中、奇跡と言うべきか、マリが守っているおかげなのか、ワルキューレの追跡隊が中隊を包囲していたBETAを一掃した。

 

『あの女か!?』

 

 圧倒的な性能を誇る機動兵器を使ってBETAを一掃した追跡隊の機体を見て、自分と部下を含め、死を覚悟したレーザーヤークトを行っていたアイリスディーナは、マリの助けが来たと思ってしまう。

 だが、彼女はマリを呼び出すためのベルを押していない。それに目前のMSはガンダムと言え、違うガンダムであるF90だ。F90ガンダムをマリ達は持っていない。これに乗っているのは、ジュリエッタ・ジュリスである。

 専用の装備を付けたF90は、BETAの返り血が付いたジュリアンソードの刃先をアイリスディーナが乗る中隊長機仕様のMig-21に向ける。

 

「おや? そんな博物館行きの戦術機に乗って怪物退治とは…舐めプですか?」

 

『な、舐めプ…? 何を言っている? 声が幼過ぎる…? まさか…!』

 

「ん? あっ、色々と大きいですね。失礼しました、私はジュリエッタ・ジュリス。貴方を守っている方、マリ・ヴァセレートと勝負をしに来ました。おびき出すために人質になってください」

 

『人質だと!? こいつ、いきなり出て来てふざけて!』

 

 ジュリエッタがアイリスディーナに向け、マリを誘き寄せるための人質になれと告げたことに腹を立てたアネットは、自機が持つ長刀でF90に斬り掛かるが、あっさりと避けられて背中を蹴られて雪原の上に倒れる。

 

『今の見た!?』

 

『早過ぎて何が何だか…!』

 

「これが私の実力です。私ならここに居る全員、十秒で倒せます。今従わなければ一人、殺しますよ?」

 

 シュヴァルツェ・マルケンの面々に向け、ジュリエッタは自分の実力を分からせた。自分等とは段違い過ぎる程の機体の性能とパイロットの実力を見たアイリスディーナは、脅し付けるジュリエッタの要求に従う。

 

『分かった、ここは貴様に従おう。周りのBETAはどうする気だ?』

 

「そうですね。誰か、この人達の監視をお願いします」

 

 要求には従ったアイリスディーナであるが、未だ侵攻して来るBETAをどうするかを問えば、ジュリエッタは自身で排除する構えであった。

 後続のムラサメやジンクスⅣ、レギンレイズが到着したのを確認すれば、その部隊にシュヴァルツェ・マルケンの監視を任せ、単独でBETAの排除に向かう。

 

『えっ? 監視って…?』

 

「下手な動きをすれば撃ってください。私はこのブサイクな生物の始末に回ります!」

 

 後続の部隊の言う事も聞かず、ジュリエッタは無数の戦車級を、鞭状にしたジュリアンソードで切り裂く。その切れ味は凄まじく、突進して来た突撃級の前面の皮膚ですら切り裂いた。

 続け様に要撃級を切り裂き続け、辺り一面の雪原を血で真っ赤に染め上げれば、光線級と重光線級の排除に向かう。これまでに掛かった時間は、僅か三十秒。ジュリエッタと彼女が駆るガンダムは一瞬にして戦況を覆した。

 

『一機で戦況を…!?』

 

『どんな化け物だ…!?』

 

 単独で戦況を変えたジュリエッタの実力に、シュヴァルツェ・マルケンの面々は驚きを隠せない。

 そんな彼女の目前に、複数の要塞級が立ち塞がり、光線級と共に単独で迫るガンダムの迎撃を行うが、どの攻撃もジュリエッタは全て躱しきる。

 

「知能は低めか…この前やったゲームの雑魚キャラより弱いですね」

 

 レーザーを避け、軽口を叩きながらビームライフルを撃って要塞級周辺の光線級を全て始末した後、要塞級の足を撃ってバランスを崩させ、腹をジュリアンソードで切り裂いた。

 一体目を始末すれば、二体目に向けてシールドのアンカーを打ち込み、一気に接近して切り裂き、続けて三体目、四体目とジュリアンソードで斬り続ける。一分も満たない内に要塞級は全滅し、重光線級に向かったジュリエッタは、同様のBETA虐殺劇を行い、シュヴァルツェ・マルケンが近付けなかった重光線級を三分で全滅させた。

 

『私たちが出来なかったことを、三分で…!』

 

『おいおい、あいつだけでBETAを全滅できるぞ!』

 

 自分等が出来ないことを意図も容易く、それも早く済ませたジュリエッタに一同は驚愕する。ここまでは、ジュリエッタの肩慣らしであったらしく、まだマリが来ないことに少々の苛立ちを覚える。

 

「はぁ、肩慣らしには丁度いいけど…まだ来ないかな? はーやく来ないとやっちゃうぞ」

 

 歌いながらビームライフルの銃口を向けつつ、マリが早く来ないことに苛立つ中、上司であるカルタ・イシューからの無線連絡が入る。

 

『先遣隊! まだあのマリおバカさんは!?』

 

「まだ来てないようです。化粧に時間でも掛かってるんじゃないですか?」

 

『ふん、まだ来ていないのね。では、周囲の醜い生物を始末して時間潰しておきなさい。親衛隊、突撃!』

 

『面壁九年! 堅牢堅固!!』

 

 カルタからの問いに、ジュリエッタはまだ来てないと返せば、彼女は配下の部隊にBETAに突撃を行わせた。突撃を行うのは、グレイズリッターや装甲を強化したグレイズの改良型であるパンツァーで編成されたカルタ親衛隊である。

 突撃に適した隊形を取り、突っ込んで来るBETAを次々と排除する。光線級による攻撃に晒されるが、グレイズ系統の機体にはナノラミネーター装甲であるため、光線級の攻撃は無意味であった。

 瞬く間に周囲のBETAは壊滅し、最後の一匹が剣や槍で突き刺されて息絶えれば、掃除は完了する。それと同時に、マリが乗る機動兵器がこの地に舞い降りる。

 

『カルタ様、来ました! 奴です!!』

 

『この私たちに掃除をさせるとは、嫌な女!』

 

「はぁ、来ましたか…」

 

 舞い降りて来た機体、インパルスデスティニーガンダムにマリが乗っていると判断し、手にしている射撃兵装の武器を向ける。

 カルタは自分等にBETAの掃除をさせたマリに、怒りを見せる。当のカルタが乗っているMSの姿は何所にもない。遠くの方で、マリを見ているのだろう。

 

 

 

『ようやく来てくれたか…!』

 

 やって来た見知らぬガンダムに、アイリスディーナはようやく来てくれたと安堵する。

 インパルスデスティニーが雪原の上に降りれば、コックピットハッチが開いてそこからパイロットが出て来る。案の定、乗っているのはマリであった。

 

「さて、誰から行きますか?」

 

『イシュー殿! 先手はこの私が!!』

 

 最初にマリと戦うのは、赤いグレイズリッターに乗るパイロット、メイソン騎士団の騎士であった。

 赤い機体は腰のナイトブレードを抜き、自分が一番手であると宣言する。乗っている騎士は、この世界に来る前からマリを追跡していた隊に属している者だ。直ぐにマリが乗るインパルスデスティニーの前に立ち、直ぐにコックピットへ戻るように告げる。

 

『マリ・ヴァセレート! 直ぐに機体に乗り込んでこの私と決闘しろ! あの時の屈辱、ここで晴らしてくれる!』

 

「はぁ、しつこい…! 良いわ、瞬殺してあげる」

 

 そんなしつこい赤い騎士が駆るグレイズリッターに対し、マリはため息をついてコックピットへ戻り、ハッチを閉めて操縦桿を握る。

 

『そうだ! このグルンスト・ファルケンダー、貴殿の首を貰いうける! いざ、覚悟!!』

 

 マリが戦う気を見せれば、赤いグレイズリッターは武器を振り下ろさんとスラスターを吹かせ、突っ込んで来る。

 一撃目が振り下ろされれば、マリは操縦桿を軽く動かして避け、続けざまに振るわれた二撃目も軽く躱す。グレイズリッターは何度もナイトブレードを振り回してくるが、マリには一太刀も浴びせられていない。ただ避けられるばかりだ。

 

『ニュータイプですか?』

 

『違うわ。あの騎士の動きを見ているのよ』

 

 連撃を躱し続けるマリに、ジュリエッタは新人類(ニュータイプ)と思ったが、カルタは単に動きを読んで躱しているだけだと答える。もっとも、騎士のグレイズリッターの剣を振るう速さは尋常では無く、並大抵のパイロットは躱せない物だが。

 単に避けていることに飽きたのか、マリは剣を振り回すグレイズリッターに足払いを食らわせ、左右の腰に収納されている折り畳み式の対装甲ナイフを取り出し、胴体に二本とも突き刺して無力化させた。

 一番目のメイソン騎士団の騎士は、僅か四十秒でマリに敗北する。当の騎士は対装甲ナイフをコックピットに突き刺されて絶命していた。

 

『まぁ、瞬殺ですね。次は私が行きましょう』

 

 最初から赤の騎士がやられることが分かっていたジュリエッタは、次は自分の番だと言ってマリのデスティニーインパルスにビームライフルの砲口を向ける。照準は確実に捉えており、このまま標的が動かなければ直ぐに当たるが、ジュリエッタは直ぐに撃たずに、次は自分が相手になるとマリに告げる。

 

『次は私の番です。取り敢えず、動いてください』

 

「へぇ、今度は女の子なんだ。むさ苦しいのに飽きた所なの」

 

『そうですか。では、始めましょうか。皆さん、巻き込まれないでください』

 

『えっ? 巻き込まれるんですか?』

 

『はい、巻き込まれるんで。態勢を低くしてください』

 

 マリを見たジュリエッタは、周囲を巻き込む程の激戦になると周りに告げれば、周辺の味方機は困惑する。

 始まってもしないのに、いきなり巻き込まれると言われて直ぐに分かる物ではないだろう。そんな彼女らにジュリエッタは再度告げて、味方機が態勢を低くすれば、直ぐにビームライフルを撃ち込んだ。

 

『やはり避けた!』

 

 直ぐに当たる距離だったのに、マリはこれを避けて見せた。避けると分かっていたジュリエッタは二射目を撃ち込むが、マリのデスティニーインパルスには全く当たらない。

 そればかりか、マリもビームライフルを抜いて撃ち返してくる。彼女の放ったビームの流れ弾に、ワルキューレの機体は当たり掛ける。

 

『わっ!?』

 

『巻き込む気か!?』

 

 ワルキューレのレギンレイズが驚いて雪原の上に倒れ込む中、流れ弾に当たり掛けたテオドールは、こちらを巻き込む気なのかと叫ぶ。そんなテオドールの叫びを無視して、マリとジュリエッタは互いにビームを撃ち合って交戦を始める。二人は味方とこの世界の住人を巻き込む危険性があると分かっているのか、味方が居ない場所へと戦いながら移動する。移動した場所とはBETAとの交戦が続いている区画だ。

 そこへ一分もしないうちに到着すれば、自分等を知らないNVAの戦術機のMig-21が、手にしている突撃砲を発砲して来る。特に地上に居るジュリエッタのF90は集中砲火を受けているが、弾頭はF90の装甲を貫くことは出来ず、弾かれるばかりだ。マリと交戦しているジュリエッタは、自分に向けて撃ってくるMig-21を撃破していいかを問う。

 

『こいつ等やっていいですか? いい加減ウザイです』

 

『止めなさい!』

 

『ちっ、面倒臭い!』

 

 直ぐにやるなとの命令を受け、ジュリエッタは舌打ちしながらマリとの交戦を続ける。当のマリは器用にNVAと避けており、ジュリエッタはこれを避けながら交戦している。やがてBETAの方へと突っ込めば、二人は遠慮無しにBETAを派手に巻き込みながら交戦を続行する。

 上空を飛んでいるマリのデスティニーインパルスが両腕のビームのブーメランを展開し、二つとも投げ込めば、ジュリエッタのF90はホバー移動しながらブーメランの追撃を躱して、ビームライフルで撃ち返す。

 周りのBETAを殺戮しただけで帰って来たブーメランを元の位置に戻し、再びビームライフルによる攻撃を始めようとしたが、邪魔をされる。

 

「っ!? まだ残ってたの?」

 

 邪魔をしてきたのは、BETAの光線級だ。背後より光線級からレーザーを撃たれ、これを紙一重で躱したマリは、直ぐに背中の縮小式ビームキャノンで撃ち返して自分にむけて撃ってくる光線級を全滅させる。

 この間にジュリエッタは、シールドのアンカーをマリのデスティニーインパルスに向けて打ち込む。左腕に巻き付き、十分に巻き付いたのを確認したジュリエッタは、敵機を引き摺り下ろそうとしたが、マリは抵抗して逆に空中へ連れて行こうとした。

 核融合炉をメインエンジンとするMSと、バッテリーエンジンのMSとの綱引きだ。どちらのパワーが上かと言えば、搭乗者の技量次第である。ジュリエッタが必死に操縦桿を引いてデスティニーインパルスを地上へ引き摺り下ろそうとする中、流石のマリでもやや焦ったのか、操縦桿を握る手を強め、空中に引き上げようとする。

 

『邪魔!』

 

 地上に居るジュリエッタの方には、BETAの戦車級が殺到しており、乗っている人間を殺そうと張り付こうとするが、反応が早過ぎる彼女の抵抗で惨殺されるばかりだ。

 

「つき合ってらんない」

 

 同じく攻撃を受けているマリも、ジュリエッタの相手しきれないのか、アンカーを切って引き剥がし、低空飛行を行って鬱陶しい光線級からエクスカリバーと言う対艦用ビーム剣で仕留める。護衛を務めている要撃級もその大きなビームの剣で切り裂き、辺り一面を血で真っ赤に染め上げる。

 ジュリエッタ方もアンカーを切られて自由に動けるようになったのか、ジュリアンソードを鞭状にして周囲のBETAを切り裂き、マリのデスティニーインパルスに振るう。飛んでくる刃の鞭に、マリは直ぐに気付いて躱し、背中の縮小式ビームキャノンを撃ち込むも、ジュリエッタの反応も早くて当たらない。

 決着の着かぬ戦いは、周囲のBETAを全滅させるほどであり、双方のエネルギーは底を尽きかけていた。これ以上の戦いは、互いを損耗させるだけの消耗戦だ。早急に決着をつける必要があると双方は思っている。

 

「早く決着付けないと…」

 

 マリはエネルギー残量を見ながら、決着をつける必要性があると口にすれば、操縦桿を強く握った。

 二つのエクスカリバーを二つに合わせて長剣にし、スラスターを全開にしてジュリエッタのF90に向けて突っ込む。対するジュリエッタはジュリアンソードを構え、カウンターを狙う。

 デスティニーインパルスのエクスカリバーの尖端が胴体に迫る中、ジュリエッタは盾を構えて突き刺させ、相手が手放して二撃目に移る前に、ジュリアンソードをマリが乗るガンダムの胴体に叩き込んだ。

 

『っ! 分裂した!?』

 

 ジュリアンソードが叩き込まれる前に、マリはデスティニーインパルスの分離機能を使い、機体を上半身と下半身、コックピットの部分になるコアスプレンダーと言う戦闘機に別れさせた。

 コアスプレンダーで攻撃するのもありだが、搭載火器は貧弱なので、マリは直ぐに乗り捨てて奥の手であるライガー・ゼロを召還し、それに乗り込んでF90に飛び掛かる。

 突然、現れたライガー・ゼロに、ジュリエッタは対応しきれず、胴体にレーザークローを叩き込まれそうになる。

 

『っ! 止めた?』

 

「これ、私が勝ったって事で良い?」

 

 

 

 マリはジュリエッタにトドメを刺さず、自分が勝ったことで良いかどうかを問う。

 無論、これでカルタはマリを見逃すはずが無く、遂に自機の姿を晒して次は自分の番であると宣告する。

 

『これで勝ったことにしろと…? そんな事、このカルタ・イシューが認めるはずが無いでしょう! このイシュー家の家宝、ガンダムベレトで捻り潰してあげるわ!』

 

 空より二機のジンクスⅣに抱えられたガンダムタイプのMSが、マリのライガー・ゼロの前に降りて来る。

 あれがカルタの乗るガンダムであろうか。ガンダムバルバトスやガンダムグシオン、ガンダムフラウロスと同じガンダムフレームであり、レーダーにエイハブ粒子の反応が見える。

 ソロモン72柱の十三番目のベレトの名を持つガンダムで、カルタの戦闘スタイルに合わせてか、腰に差している一本の大太刀に面壁九年と堅牢堅固を現す重装甲と言った形だ。他にも内蔵武器が幾つか見られる。おそらくビームかレールガンの類だろう。二つ目の近接兵装である薙刀が付いている。

 そんなカルタの駆るガンダムベレトは、ジュリエッタのF90が友軍機に引き摺られて回収される中、腰に差し込んである大太刀を抜き、マリのライガー・ゼロに向けて構えた。

 

『さぁ、あのフェニックスと[[rb:合体 > ユニゾン]]してライガー・ゼロフェニックスになりなさい。そうでもなければ、このベレトには役不足よ』

 

 映像通信まで掛けてフェニックスを呼んでライガー・ゼロフェニックスにしろと言って来るカルタに対し、マリはノーマルのままで十分であると答える。

 

「厚化粧おばさんにはこれで十分よ」

 

『っ!? 言ったわね…! さぁ、覚悟なさい! マリおバカさん!』

 

 厚化粧と罵られたカルタは、怒りを燃やして大太刀を振り下ろした。

 振るわれた大太刀をマリは躱し、ライガー・ゼロのクローで反撃しようとするが、空かさずに大太刀を振るわれて近付けない。腹の衝撃砲を撃ち込むも、分厚い装甲とナノラミネーターの所為で全く効かなかった。

 フォニックスと合体すればガンダムベレトに対処できるだろうが、今は魔力を使い過ぎたのか、今は呼べない。通常形態で対処する他ないのだ。

 

『そらそら! どうしたの!? こっちが大人気ないじゃないの!』

 

 そんな万全じゃないマリに、カルタは容赦なく大太刀を振るい続け、彼女が駆るライガー・ゼロは避けるしかない。

 対抗策が無いマリが避け続ける中、カルタは業を煮やしたのか、内臓兵装を使って来る。レールガンによる攻撃だ。マリはこれを避けるが、レールガンの発射口は四門あり、それに連射力は高い上、カルタの進路予想射撃もあって、被弾してしまう。

 

「キャッ!」

 

『フッ、やはりそのライガー・ゼロノーマルでは、役不足のようね。フリーダムでも呼べば? それなら幾らでも勝てるんじゃないの?』

 

 ライガー・ゼロが被弾して動きが止まった所で、カルタは一気に距離を詰めて腹をけり上げ、マリにフリーダムガンダムを持ってくるように告げる。

 それならガンダムベレトと渡り合うことが出来るが、今は修理中で出すことは出来ない。もう一機の切り札であるVF-31Fジークフリートなら行けるが、今のマリは頑なに持って来ようともしない。それに封印されており、解く前にマリがやられてしまう。

 蹴り飛ばされたライガー・ゼロに乗るマリは、直ぐに体勢を立て直し、ガンダムベレトの左腕に噛み付いたが、振り解かれて雪原の上に叩き込まれる。

 

『もうこれまでね。さぁ、観念してお縄につきなさい!』

 

 もはや敵わないと判断したカルタは、頭部に刀身を向けてマリに投降を促した。完全に勝利したと思っているカルタであったが、この場にジグムント等は居なかった。何か仕出かすかと思って常に監視している三名であったが、カルタのガンダムベレトに向けた無線連絡で、三名の居場所は直ぐに分かる。

 

『追跡艦隊司令官カルタ・イシュー殿に告げる。貴官の艦隊は現在、連邦軍の第9艦隊の強襲を受け、交戦中。優勢は連邦軍艦隊だ。このままでは貴官の艦隊は物量に呑まれ、いずれは壊滅するだろう。早く帰投しなければ貴官の帰るところが無くなるぞ?』

 

『もう少しと言う所で。何者なの? まずはその証拠を見せなさい!』

 

『試しに艦隊に連絡を取ってみると良い。連絡は繋がりにくいだろう』

 

 突然掛かって来た連絡に、カルタは当然の如く疑いの言葉を掛ける。掛けて来た正体であるジグムントは、試しに艦隊に連絡を取ってみるように告げれば、彼女は言われた通りに艦隊に連絡を取る。

 

『こちら面壁九年。堅牢堅固、応答せよ』

 

『こちら堅牢…現在…敵艦隊の強襲を受け…交戦…弾幕…薄い…』

 

『なんと!? 本当だったなんて…! 全機、帰投せよ! 今すぐ!!』

 

 艦隊に無線連絡を取れば、通信状態の悪さから通信が何度か途切れ、その音に混じって戦闘音が聞こえて来る。もしもの時に備え、ジグムントは策を打っていた。

 喧嘩っ早いジークフリートに、VF-31Jに乗せて連邦軍の追跡艦隊、それもイオクの第9艦隊を嗾けさせ、カルタの艦隊を襲わせたのだ。

 クジャン家の当主で、艦隊の提督であるイオクの能力は高くないが、第9艦隊はそれでも連邦宇宙軍が誇る精鋭艦隊だ。数も多く、寄せ集めの兵力で編成されたばかりのカルタ艦隊では、余り持たないだろう。

 本当に自分の艦隊が襲われている事を知ったカルタは、マリのライガー・ゼロを抱えて宇宙の艦隊へ帰投しようとしたが、何処かに潜んでいたのか、ジークリンデが駆るウィンダムが現れ、ミサイル全弾をガンダムベレトに撃ち込む。

 

『ぐっ!? しまった! だが、取りに戻る時間は無い! ぐぬぬ…!』

 

 ミサイルを撃ち込まれ、マリのライガー・ゼロを手放してしまったカルタであったが、取りに戻るほど時間は無く、慌てて戻る全機と共に宇宙へ飛んで行く。

 カルタの部隊が慌てて戻った所で、ジークリンデはマリのライガー・ゼロに近付き、アイリスディーナの所へ行くように告げる。

 

「そろそろ彼女に張り付いた方が良いわ。シュタージが来る」

 

「なんでそこまで知ってるの?」

 

「聞いてなかった? まぁ良いわ。機体はこちらで回収する。早く」

 

 倒れ込んだライガー・ゼロからマリを引っ張り出したジークリンデは、早くシュヴァルツェ・マルケンと共に基地へ帰投し、そこで現れるシュタージから守るように言えば、彼女はなんで知っているのかを問う。

 これにアウトサイダーから聞いていなかったのかと言って、早く行くように告げた。

 マリが言われた通りにシュヴァルツェ・マルケンの方へ行く中、ジークリンデはシュタージが基地を襲撃することを知らせることなく、マリを回収してから基地に帰投するように指示する。

 

「シュヴァルツェ・マルケン、聞こえるか? 影武者に使える女を回収してから基地へ帰投せよ」

 

『そうさせて貰う。でっ、なぜ彼女を回収してから?』

 

「保険の為」

 

 ジークリンデからの指示に、アイリスディーナは訳を問う中、元ナチスの超人兵士である彼女は、保険の為に回収しろと答える。

 

『保険か。確かにクーデターが起きたばかりだからな。良かろう、回収する』

 

 保険の為と聞いてか、アイリスディーナは強力になるマリが居れば、シュタージに基地を襲われても対処できると踏まえ、ジークリンデの指示通りに彼女を回収してから基地へと帰投した。

 

「さて、ここからが正念場よ」

 

 シュタージの襲撃からは正念場と言ったジークリンデは、ウィンダムに戻り、母艦であるフランケンシュタイン号へ帰投した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正念場

 第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンと共に、基地へ帰投したマリは、襲撃の事を伝えず、アイリスディーナの戦術機であるMig-21指揮官仕様のコックピット内でその時を待つ。

 格納庫に着けば、アイリスディーナはハッチを開けて出ようとする。その際、マリに基地に来ないかと誘う。

 

「どうする? そこにずっと居たって、何にも持ってこられないぞ」

 

 強化装備姿のアイリスディーナの動く度に揺れる胸を見て、マリはやや嫉妬心を抱いて首を横に振って誘いを断る。一体何に不満を抱いているのか理解できないアイリスディーナは少し悩んだが、どうしてそのような行動を取る理由を問う。

 

「一体何の用でそんな所に居座るのかが理解できんが、話せないのか?」

 

「…話せない」

 

「はぁ。なら、そこに居ろ」

 

 話せないと答えるマリに、ため息をついたアイリスディーナは機体から降りた。

 全機が格納庫に入り、数機が電源を落として整備が始まろうとする中、予想した通りに基地に潜伏していたシュタージは、シュヴァルツェ・マルケンの確保に出る。一発の銃声が響けば、マリは事前に用意していたMP5A3短機関銃を取り、機体から出てアイリスディーナを捕らえようとする整備兵に扮したスパイを射殺する。

 

「このためか!?」

 

 正確な射撃で数名を撃ち殺したマリに、物陰に隠れていたアイリスディーナが問えば、彼女は無言で頷く。

 このシュタージの行動はシュヴァルツェ・マルケンの面々には予想外であったのか、テオドールとカティアを除く数名が一気に捕まった。

 

「お前たちは行け!」

 

 捕まらなかったテオドールは、アイリスディーナの指示で漠然としているカティアを引っ張って自分の機体に叩き込む。

 彼らが出るまで援護しなければならないと思ったのか、護身用の拳銃を取り出して、テオドール機を狙おうとするRPG-7対戦車発射器を持ったシュタージの工作員を撃ち始める。マリはそんなアイリスディーナを守るべく、捕らえようと近付いてくる工作員らを手にしている短機関銃で撃つ。

 ドイツの銃器会社のヘッケラー&コッホ社で開発されたMP5の精度は高く、弾をばら撒くフルオート射撃をしなくとも、単発で普通に狙えば当たる。三十発分を撃ち切れば、直ぐにボルトを留め具まで引いて弾倉を抜き、新しい弾倉を差し込んでからボルトを左手で叩いて初弾を薬室に送り込む。MP5はG3ライフルが元なので、同様の再装填方法である。再装填が終われば、今度はフルオートにして敵を牽制する。

 マリがそこに留まるのは、アイリスディーナが自分の機体に乗って逃げるための援護である。もはや部下の救出は不可能と判断したのか、彼女は自分の機体まで走って来た。

 

「まさかこれを予想して籠っていたのか? 部下全員が救えたはずだが」

 

 辿り着いた後、短機関銃を再装填するマリに、事前に分かっていたなら部下全員を捕らわれずに済んだと言うアイリスディーナであるが、彼女は答えずに早く乗るように告げる。

 

「うるさい、早く乗れ」

 

「ちっ、一体何を考えているのか! なら、早く貴様も乗れ! まだ動かせる!」

 

 ただ乗れと告げるマリに、アイリスディーナは苛立ちなら乗るように告げたが、そこには予想もしなかった敵が出て来た。

 

「こいつは!?」

 

「えっ!? なんであいつ等が…!」

 

 それは統合連邦の所有するMS、ダークダガーLであった。ダークダガーLは二人が乗ろうとしたMig-21を押し倒し、もう一機は二人にビームカービンの砲口を向ける。連邦軍が介入して来たのだ。

 

「ちっ、ここまでか…!」

 

 ゾロゾロとやってくる連邦軍の将兵らに、アイリスディーナは素直に手を挙げた。マリも護衛対象を殺させないために、悔しながらも手を挙げて投降した。

 

 

 

 シュタージや連邦軍に占領された基地から逃げたテオドールとカティアであったが、連邦軍のジェットストライカーを装備したダガーLの追撃を受けていた。

 上空から複数が追撃してきており、テオドールのMig-21は地面をすれすれに飛んでいる状況だ。背面にある予備の突撃砲を撃つが、ダガーLには当たらない。

 

「クソッ、なんでこいつ等がシュタージと一緒に!?」

 

 なぜ連邦軍がシュタージと協力しているのかを理解できないテオドールは、背後を気にしながら攻撃を避ける。

 補給もせずに飛び出したため、推進剤も心持たない。こんな状態で振り切れるかどうか分からない。だが、逃げなければやられるだろう。そんなテオドールであったが、ここで当てになる味方が助けに来てくれた。

 

『荷電粒子砲、行くぜ!』

 

 聞き慣れたお調子者の声が聞こえれば、上空から追撃して来たダガーLの部隊が、強力なビーム砲で消し飛んだ。

 まだ残っていたが、強力な敵部隊が来ると思ってか、直ぐに撤退し始める。

 

『シュヴァルツェ8だな? こちらに指定するポイントへ来い。ナビゲートを送る』

 

「待て。あんた等は何者なんだ?」

 

『良いから来い。推進剤が持たないんだろう?』

 

 次に何度か聞いた事のある声、ジグムントの声が聞こえれば、殆ど認識の無いテオドールは何者かと問うたが、彼らは答えることなく指示に従えと告げる。

 これに応じてテオドールは、送られて来たポイントへと機体へ進めた。そこに着けば、事前に待機していたジグムント等が雪原の中から続々と現れ、テオドールの戦術機を調べ始める。

 

「よし、異常無しだ! 降りてこい!」

 

 発信機が付いていないことを確認すれば、言われた通りに戦術機のコックピットを空けて姿を出せば、地上へと降りて行く。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「ふむ、追跡装置は働いていないようだな」

 

「付いてないぞ」

 

「分かっている」

 

 最初にカティアが礼を言えば、ジグムントは端末を向けて、衛士強化装備にも発信機が無いかどうか調べ、無いと分かれば解放する。テオドールにも付いていないと確認が取れれば、付近に用意していた自分等の秘密基地に案内した。

 

「すげぇな。あんた等、あの女の部下なのか?」

 

「似たような物だ」

 

 秘密基地内に入ったテオドールとカティアが驚く中、ジグムントにマリの部下なのかを問えば、彼は似たような物と答える。ジグムントからの返答を聞いて少し納得したテオドールとカティアは、待機室に案内されれば、そこで呼ぶまで待っている様に告げる。

 

「ここで呼ぶまで待っていろ。自販機の使い方は、そこの西側の亡命者が知ってるだろう。それかそこに居るお調子者に聞け」

 

「えっ、何故それを?」

 

 ジグムントが自販機の使い方はカティアに聞けと言えば、当の彼女は何故それを知っているのか疑問を抱いたが、答えることなく何処かへと去って行く。

 戦闘後で油断していた時に襲撃され、疲れ切っていた二人は、直ぐに自販機のボタンを押してサンドイッチを取る。近くの席でサンドイッチを頬張っているジークフリートに気付いたテオドールは、海王星作戦の時に自分に突っ掛かって来たドイツ連邦軍の衛士であると思い出し、何故ここに居るのかを問い詰める。

 

「あんた、海王星作戦で俺に突っ掛かって来た西ドイツの奴だな? なんでここに居る?」

 

「あぁん? なんのことだかさっぱりだな? 今はんな小せぇことを気にしてる場合じゃねぇはずだが?」

 

「そうだな。でっ、どれを貸してくれるんだ?」

 

 この問いに、そんな事を気にしている場合じゃないと答えるジークフリートの言葉に、テオドールは納得してからどの機体を貸してくれるかどうかを問う。

 だが、これにジークフリートは腹を立てたようだ。

 

「なぁにぃ~? 機体を貸してくださいだァ? テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞォ!」

 

「な、なんだよいきなり…! あんなに沢山あるなら、一機くらいは俺たちに…」

 

「おいおい、そんで貰っていいかと言うのかオメェあ? 人類の存続の為にとか言ってよォ。やるわけねぇだろうが、このビチクソが!」

 

 いきなり腹を立てる自分より大き過ぎる男を前に、テオドールは怯まずにあんなにあるなら一機くらいは貸して欲しいと言うが、ジークフリートは絶対に渡さないと告げる。

 これはジークフリートが、テオドールに対して個人的な恨みを持っているからである。この様子を見ていたカティアは止めて入ろうと思ったが、入って来たジークリンデを見てその必要はないと判断する。

 

「何やってるの? 殺す気?」

 

「あぁ? この調子こいてる奴を絞めてんだよ。俺たちの機体を貸せとか抜かしやがるから、つい…」

 

「それはあんたの個人的な恨みでしょ」

 

「っ!? いや、だって…こいつが…」

 

「おいおい、まさか俺が気に入らないからって突っ掛かって来たのか?」

 

 待機室に入って来たジークリンデは、テオドールに突っ掛かるジークフリートに対して個人的な恨みでやるなと注意すれば、超人兵士である彼は何も言い返せずに小さくなる。

 たかが気に入らないと言う理由で、絡まれたことを知ったテオドールは、怒るよりも呆れた。テオドールがジークフリートの理由に呆れる中、ジークリンデはカティアに十分な休息が取れたかどうかを確認する。

 

「カティア・ヴァルトハイム、十分に休めた?」

 

「いえ、まだです」

 

「そう。十分に休めたら、こちらの機体を貸すわ。直ぐに奪還しないとね」

 

 

 まだだと答えれば、ジークリンデはカティアに自分等の機体を貸すつもりであった。

 これにジークフリートが睨み付ける中、カティアなら返すと無言で伝え、ジークリンデは待機室を後にした。

 

 

 

 連邦軍がまさかシュタージュと手を組んで捕獲しに来たことで、アイリスディーナと共に捕まったマリは、ベアトリクス・ブレーメやハインツ・アクスマンから尋問を受けていた。

 尋問室には、シュタージに何故か協力し自分等を捕らえた連邦軍の将校まで居る。おそらくマリがシュヴァルツェ・マルケンを守るような行動を取っていることから、捕らえられる可能性が高いと踏んで協力を申し出たのだろう。

 二人が動けないように壁に両手を拘束すれば、先にアクスマンが口を開く。

 

「こいつは驚いた。まさかベルンハルト大尉に妹君が居たとは。いや、何処かで会ったような気がするぞ? さて、何所だったかな?」

 

 マリがアイリスディーナと似ていることに、余り驚かない様子を見せるアクスマンは、最初に会った時の事を思い出そうとする。

 この間にベアトリクスはマリの顔を掴んで、骨格もアイリスディーナに近い事に驚く。

 

「顔の形もやや似てるわね、まるで貴女の学生時代みたい。影武者にはうってつけ。良く知らない人間が見れば、貴女本人だと勘違いするんじゃない? でも、捕まったら元も子もないわね」

 

「クッ…!」

 

 影武者にはうってつけだが、一緒に捕まっては元も子もないと、アイリスディーナを見ながら告げた。

 アイリスディーナは自分が捕まった場合に備え、自分と容姿が殆ど似ているマリに自分の影武者をさせようと思っていたらしい。だが、一緒に捕まってしまい、状況が不利になってしまった。

 どう打開するかは、逃がしたテオドールとカティアの行動次第である。彼らがマリの仲間たちを連れて助けに来ることを、彼女は期待した。

 

「さて、ベルリンに連れ帰って、反体制派の事を聞かなくちゃね。ついでにそこの子のお仲間の事も聞かないと」

 

 ベアトリクスは二人をベルリンへ連れ帰り、情報収集に当たろうとしたが、マリを捕縛するためにシュタージに協力した連邦軍の将校は、約束が違うと抗議する。

 

「なにぃ? 約束が違うぞ。そこの女は、我々が引き取る事を条件で協力したのだぞ!」

 

「そう怒らなくとも良いでは無いですか。このフロイラインが、異世界の貴方たちが全力でなぜ求めるかを調べなければ」

 

「黙れ! 貴様らなどには関係ない!! いらん欲を出すな!!」

 

 連邦軍将校からの抗議に対し、アクスマンは煽り立てるように、マリに拘る理由を知りたいと言えば、将校は知らなくて良いと怒りながら答える。

 このアクスマンの態度は、マリがどれほど連邦軍に取って重要な人物であるかを探る手口であり、将校の反応で彼は直ぐに重要な人物であると悟る。隣に居るベアトリクスも、アクスマンの取った行動でマリに何か秘密があると分かった。

 

「そう怒らないで。高々諜報員としてのただ聞いただけなのに、何故そこまで気を大きくするので?」

 

「貴様らはそこの女の尋問にだけ集中すれば良い! 余計なことを考えるな! 我々は貴様らの国どころか、この地球を一瞬で粉砕する軍隊なんだぞ! どちらの立場が上か、聞けば分かるはずだ!」

 

 どちらの立場が上か。

 怒鳴りながらそれを告げる連邦軍の将校に、アクスマンとベアトリクスは理解していた。

 最初にエルランがこちらに協力を申し出た際、彼が脅しのように見せた艦隊を見て、自分等の軍隊、否、陣営や敵対する西側と結託して挑んでも、連邦軍に勝てないと分かった。

 だが、そんな軍隊でも、若い女一人捕らえられないので、ドイツ民主共和国を裏で支配する国家保安省、通称シュタージに属し、選ばれたエリートである二人は直ぐに連邦軍の弱点を見出した。

 強力なのは武力だけだ。それだけで、内部から攻撃すれば、簡単に倒せる。鎧袖一触と言う奴だと。そんな軍隊に属する横暴な将校に、ベアトリクスは共にベルリンで尋問に参加しないかと誘う。

 

「では、我々に同行してみては? あなた方もあのフロイラインについて、何も知らないんでしょ?」

 

 この提案に、連邦軍の代表者たちは互いに向き合ってどうすべきか悩み始める。

 

「っ!? まぁ…元帥殿があれほどの血相を浮かべていたな。どうする?」

 

「俺に聞かれても。元帥が怒るかもしれんが…」

 

「俺たちにも知る権利があるはずだ。元帥には、ワイルドキャットや同盟軍の妨害を受けたと報告すれば良い」

 

 彼らはエルランの指示で来たが、なぜ彼がマリを捕らえるのに必死になる理由を知らない。軍の最高クラスの階級の者が冷静さを欠く理由が知りたかった連邦軍将校の代表者らは、ベアトリクスの提案に同意する。

 

「まぁ、我々も元帥があの女に必死になっている理由を知りたい。ここは、貴様の意見に賛同しようじゃないか」

 

「ただし、その女の尋問が終わり次第、こちらに引き渡させて貰おう。それと尋問には我々も同行する。これが条件だ」

 

「はい、ありがとうございます。では、さっそく移送を開始しましょう。こちらはクーデターを起こして日も浅いので」

 

 連邦軍の代表者らに、マリの首都ベルリンへの移送を認めさせた二人は、さっそく移送準備を始めるように部下に命じた。移送が決まったことで、連邦軍の代表者らが退室していく中、アクスマンが彼らを追うように出て行くのを、ベアトリクスは見逃さなかった。

 シュタージとは言え、東側陣営の頭目であるソビエト連邦に属するモスクワ派と、西側と通じるベルリン派に分かれている。ベアトリクスは前者のモスクワ派に属しており、アクスマンが後者のベルリン派に属している。ベアトリクスはアクスマンが常に大多数の派閥に回る男であると知っている。おそらくこれを機に、連邦軍に鞍替えする気だろうと彼女は睨んだ。

 

「二人とも、続きはベルリンよ。変な気は起こさないことね」

 

 アクスマンがシュタージとこの世界を裏切ると予想したベアトリクスは、マリとアイリスディーナに向けて警告してから出て行った。

 それに代わるように、中隊を監視するために潜り込んだリィズが入って来る。隣には彼女の後輩なのか、緊張しながら後から入って来た。リィズを怪しんでいたと言うか、最初からシュタージの回し者だと睨んでいたアイリスディーナは、シュタージに従っていて満足なのかと問い始める。

 

「シュタージに従っていて安心か? 私はそうは思わないが」

 

 この問いにリィズは何も答えずに周囲を見渡した後、後輩に部屋の外に居るように告げる。

 

「ファルカ、ちょっと外してくれるかな?」

 

「え? 大尉からは必ず二人で…」

 

「良いから!」

 

「は、はい…!」

 

 上司が命じた事とは違うことをするリィズに対し、ファルカは口答えをするが、普段は見せない顔で言われたので、気迫に押されて部屋を出る。

 三人だけになった後、リィズはマリに近付いて彼女だけの拘束を解こうとする。自分を無視してマリの拘束を解こうとするリィズに、なにをする気なのかと問う。

 

「…何をする気だ?」

 

「天使様を解放するの。この人なら、シュタージなんて一瞬で…!」

 

 マリを解放すれば、シュタージを潰してくれると思っていたが、当の本人である彼女は拘束を解くなと告げる。

 

「待って。いま解放すれば貴方を解放することは出来ない」

 

「えっ…? なんで…?」

 

「良いから。これから話すこと、周囲に聞かれないようにして」

 

 解くなと言われて動揺するリィズに対し、マリはテオドール等に自分等がベルリンへ移送されたことを伝えるように、小声で告げる。

 これにリィズは酷く傷付いたが、マリが笑みを浮かべて頼めば、言う通りにすれば上手く行くと信じて指示通りに拘束を戻した。ここで拘束を解かせてしまえば、更に面倒になると分かっていたアイリスディーナは、マリが行った行為を正しい判断だと褒めた。

 

「良い判断だった。あの場で拘束を解かせても、おそらく碌な事にはならなかった」

 

「まぁ、私も面倒なことは嫌いだし。誰が私を狙っているのか知りたいから」

 

「それが理由か。頭が良いのか悪いのか分からん女だな」

 

「静かに。ファルカを入れますから」

 

 マリが拘束を解くのを止めさせたのは、誰が自分を狙っていると言う理由に、アイリスディーナは彼女の事を良く理解できないでいた。

 リィズが後輩のファルカを入れると告げれば、二人とも何事も無かったかのように拘束された女を演じた。それから移送の準備が整えば、二名は拘束されたまま移送用のヘリへ連行される。二人の移送が行われる中、リィズやファルカは同行しようとしたが、ベアトリクスから残るように指示される。

 

「あんた達は残りなさい。残りの捕虜の奪還のために攻めてくると思うわ」

 

「えっ…はっ!」

 

 この指示に応じ、リィズは基地に残った。

 

 

 

 シュヴァルツェ・マルケンの捕虜奪還の為、ジグムント等と合流したテオドールたちは、直ぐに捕虜奪還のために自分の基地を攻撃に参加した。

 連邦軍がシュタージと協力したことにより、基地はシュタージの戦術機よりも更に強力な機動兵器が揃っている。無論、ジグムント等の技量があれば、連邦軍やシュタージなど物の数では無い。カティアはジグムント等からMSであるジムⅢが渡されていたが、テオドールは戦術機のMig-21のままであった。

 

「なんで俺はこいつのままなんだ…?」

 

『オメェの機体が、推進剤と弾薬を補給するだけで良いからに決まってんだろ。補給してやっただけありがたいと思え!』

 

『ごめんなさい! 空いている機体が無いか、頼んで…』

 

「いや、もう良い。慣れてない機体で、初の対人戦をやるのは癪だからな」

 

 自分が乗って来た戦術機のままであると言えば、直ぐにジークフリートからの文句が来る。未だにテオドールの事を根に持っているようだ。

 カティアはジグムントに頼もうとしたようだが、初の対人戦なので、乗り慣れた機体なら生き残れると思い、このままで行く。覚悟を決めたテオドールに向け、ジグムントは連邦軍機とは交戦しないように注意する。

 

『エーベルバッハ少尉、連邦軍機はこちらが引き受ける。連中の腕は悪いが、性能差ではレシプロとジェット機の差だ。性能差でやられてしまうだろう。柿崎とスコットにフォローさせる』

 

『イエッサー!』

 

「叶わない相手に、何の策も無しに挑むほど馬鹿じゃねぇよ俺は」

 

 テオドールが身を弁えていることを褒めれば、ジグムントはジムⅢに乗るカティアにも彼のフォローに回るように指示を出した。

 

『それで良い。ついでにヴァルトハイム、君もエーベルバッハのフォローだ。その機体でも連邦軍機との交戦は厳しい。だが敵戦術機のMig-23程度なら、どうと言う事は無いだろう。我々は連邦軍の対処に入る、頼んだぞ』

 

『はい、ジグムントさん! 必ずテオドールさんを守って見せます!』

 

「お前がそれを言うか…」

 

 ジグムントからの指示に、カティアは元気よく答えれば、テオドールはこんな状況下でも不安がらない彼女に勇気づけられ、笑みを浮かべる。全員の準備が完了すれば、直ぐにジグムントは作戦のおさらいをする。

 

『こちらヴァイス、二〇三中隊の全員搭乗完了。機体の方も整備良好で問題なし。いつでも出られます!』

 

『了解した。では、全機出撃! シュヴァルツェ・マルケンと護衛機は、側面より回れ! 連邦軍機とはなるべく交戦するな!』

 

「あぁ! 救出の協力に感謝する!」

 

『仕事だからな。では、全機出撃!』

 

 出撃の前にテオドールが仲間の救出を感謝すれば、ジグムントはアウトサイダーから受け取った仕事だと答えて、出撃命令を出した。

 これに応じてジグムントが乗るライオン型の大型ゾイドであるシールドライガーMkⅡを先頭に、様々な機動兵器が後に続く。ジークリンデは専用カスタマイズのジェスタ、ジークフリートはティラノサウルス型ゾイド、バーサークフューラーである。

 ヴァイスら魔力を使う魔導兵たちはウィンダムに搭乗しており、ジグムントのシールドライガーの前に出る。どうやら、哨戒部隊を偽装するようだ。残念ながら、ジグムントがヴァイス等に送った指示の声は無線機からは聞こえない。チャンネルが違うらしい。

 テオドールの戦術機には、カティアが乗るジムⅢとスコットのジェガンD型、柿崎のVF-11Cサンダーボルトが付いている。後方に視線を向けると、人質を乗せるためのヘリがこちらに随伴していた。

 

「一体どこから支援を受けているんだ? こいつ等は」

 

 ジグムント等の装備を見て、一体どこからの支援を受けているかテオドールは気になる。流石に神と悪魔が混ざり合った存在から受けている等と聞けば、信じないだろう。

 そんなことを知る由も無く、テオドールはカティアにモビルスーツであるジムⅢの乗り心地を問う。

 

「カティア、その変な戦術機の乗り心地は?」

 

『快適です! F4やMigよりも乗り易いですよ!』

 

「そうか。なら、頼りになるな」

 

 カティアの技量の高さを知っているテオドールは、彼女の元気が良い返答を聞いて、頼りになると口にする。もう先頭の五機のウィンダムが連邦軍の防空網に入ったのか、動きを止めた。これに合わせ、ジグムントから停止命令が出る。

 

『先頭以外は停止。エーベルバッハ、作戦通りに基地の側面に回れ』

 

「了解」

 

 指示通り、テオドールは三機を伴って自分の基地の側面へと回った。暫くして、先頭のヴァイスたちが乗るウィンダムの所在がばれたのか、戦闘が開始された。

 直ぐに基地は警戒態勢となり、待機していた連邦軍機が次々と出撃していく。おそらくジグムント等の迎撃に向かったのだろう。残っている連邦軍機は少数で、後はシュタージの戦術機部隊だ。ヘリはテオドールの方へ随伴してきている。先に基地へ突入すると見越しての事だろう。

 

「よし、突入するぞ!」

 

『はい!』

 

『イエッサー!』

 

 完全に連邦軍の注意がジグムント等に向けば、テオドール等は基地への突入を開始した。

 機動兵器での突入なので、直ぐに監視とレーダーに見付かり、ミサイルが飛んでくる。これに合わせ、シュタージの戦術機部隊のスクランブルが掛かる。

 

『敵戦術機部隊接近! 戦術機部隊は直ちに迎撃せよ!』

 

 基地の拡声器から管制官の声が響けば、格納庫より続々とシュタージの戦術機部隊の装備であるMig-23が出て来る。

 ワルシャワ条約機構軍において、ソ連軍のみしか配備されていない戦術機だ。NVAでは無く、シュタージの武装部隊に輸出された理由は、ドイツ民主共和国を完全に傀儡国家とする為だろう。

 

「ちっ、新型だからって!」

 

 自分の戦術機よりも性能が高い戦術機を前に、テオドールは臆することなく突撃砲の射程距離に居る敵機に向けて先制攻撃を行う。

 シュタージの戦術機部隊は実戦経験が無いのか、一機が撃破されれば、迎撃に出た他のMig-23が明らかに動揺したかのような動きを見せる。そんな敵に容赦なく、スコットのジェガンと柿崎のVF-11Cは攻撃を浴びせる。

 

「こっちは毎回地獄に送られてるんだ! 後方で脱走兵や亡命者狩りばかりしてる奴らなんかに負けるかよ!」

 

 テオドールもまた容赦なく攻撃し、一機、また一機と落としていく。

 

『死んでない…よね?』

 

 カティアの方は初めての対人戦に恐怖を抱いているのか、コックピットがある胴体を避けている。ジムⅢなら出来る芸当であり、戦闘不能となったMig-23から衛士が飛び出してくるのが、テオドールの機体からも見えた。

 敵は戦術機ばかりでは無く、対物用火器を持った歩兵も居る。戦術機のレーダーには映らないので、直ぐに見えれば突撃砲を掃射する。

 無論、対BETA用の弾頭は人間には強力過ぎ、一瞬にして対物火器を持った敵歩兵は肉塊と化す。カティアのジムⅢを狙うミサイルを持った歩兵を見付けたテオドールは、直ぐに彼女の機体に向けて狙われていると知らせる。

 

「カティア! 狙われてるぞ!」

 

「は、はい…!」

 

 これに反応してカティアは携帯式ミサイルを持った敵兵に照準を向けるが、生身の人間など撃ったことが無い彼女は躊躇する。

 

「何やってる!? 早く撃て! お前が死ぬぞ!!」

 

『で、でも…!』

 

「ちっ! 一体どういう訓練を受けてるんだ!」

 

 人を殺すことを躊躇うカティアに、苛立ったテオドールは彼女の代わりにミサイルを発射しようとする敵兵を突撃砲で吹き飛ばした。

 敵兵を吹き飛ばし、敵機をある程度までに掃討すれば、救出部隊を乗せたヘリが滑走路へと着陸する。これを気に、テオドールはカティアらに基地の掃討を任せ、機体を降りて救出に向かうと告げる。

 

「カティア、俺は救出に向かう。後は頼むぞ」

 

『了解しました!』

 

 拳銃を持って彼女の返答を聞けば、テオドールは護身用の拳銃を持って機体を降りる。

 基地内は熟知しているので、仲間たちを捕らえている区画の場所も当然ながら知っている。そこへ警備兵らを避けながら向かい、留置所まで走る。

 

「ん? グェ…!?」

 

 留置所を警備している警備兵に向け、テオドールは付近の身を隠す場所から投げナイフを仕掛けた。投げナイフはテオドールの十八番だ。飛んで行ったナイフは警備兵の首に突き刺さり、警備兵は悶え苦しみながら息絶える。

 初めての殺人に対し、何名もの人間を殺めて来たテオドールは少し罪悪感を抱いたが、相手はBETAと戦わずに亡命者や脱走兵、党に反発する人間を幾度となく殺して来たシュタージなので、そう自分に言い聞かせて殺人に対する罪悪感を振り払った。

 それとは別に自分が躊躇すれば、殺されるのは自分だとも言い聞かせ、震える手で無理に引き金を引いている。

 

「おい、同志!? 大丈夫…敵…」

 

 外の警備兵が無線連絡に返答しないことに、様子を見に来た警備兵を、テオドールは拳銃を構え、震える手で引き金を引いて射殺した。

 胴体に四発もの拳銃弾を受けた警備兵は倒れ、テオドールは警備兵より奪った突撃銃を持ち、留置所内へと駆け込んでいく。既に救出部隊が敵の歩哨や警備兵と交戦状態にあるのか、あちらこちらから銃声が聞こえて来た。救出部隊は別の方から投入したので、おそらく制御室の制圧に乗り込んでいる物だろう。テオドールはそんな留置所内の通路を、突撃銃を抱えながら駆け抜ける。

 

「っ! リィズ…!?」

 

「お義兄ちゃん…!」

 

 留置所内を熟知しているテオドールは、仲間が監禁されている地下へと降りようと階段に滑り込もうとしたが、何の因果か、シュタージの手先だった自分の義妹リィズと遭遇した。

 自分を見て呆然とするリィズに、テオドールは手にしている突撃銃を向けることが出来ず、銃口を下に下げてしまう。リィズの手にはPM-63RAKと言う短機関銃が握られていたが、彼女もまたテオドールに向けることは無かった。

 互いが見つめ合ったまま固まる中、リィズの後輩であるファルカとシュタージの職員らが、二人が居る通路へと駆け付けて来る。テオドールの背後からも銃を持った職員や工作員が駆け付け、彼に向けて手にしている銃の銃口を向ける。

 

「動くな! 先輩、なんで撃たないんです!?」

 

 黙ったままのリィズに、後輩のファルカはなんで撃たないのかと問い詰めるが、彼女は答えない。

 

「リィズ…お前…」

 

 内心ではシュタージのスパイだと思っていたが、リィズが生きていたことで頑なに否定していた。だが事実は残酷であり、リィズはシュタージのスパイであった。これにテオドールはショックを受け、突撃銃を持つ手を離して床に落とし、両膝までついてしまう。

 かつての義兄にリィズは何も言わず、ただ罪悪感で満ち溢れた表情で見ているだけだ。そんな様子のおかしいリィズにファルカは動揺し、他の職員らは舌打ちして代わりに射殺しようとする。

 

「ちっ。テオドール・エーベルバッハ少尉、貴様を国家に対する反逆罪で銃殺刑に処す」

 

 職員は自分が手にしているPMマカロフ自動拳銃の銃口を、テオドールに向けて引き金を引こうとする。そんな時にリィズは、テオドールに拳銃で撃とうとする職員に向け、短機関銃の銃口を向けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

影の支配者

 基地が襲撃される一時間ほど前、ベルリンへと移送されたマリとアイリスディーナは、そこでまた別々に尋問を受けていた。

 二人ともそれぞれ別の尋問室に移され、そこで敵に関する情報に対しての尋問を受けている。アイリスディーナはベアトリクスが担当し、マリは連邦軍らが担当する。

 だが、連邦軍の将校等は勝手にベルリンに移送したことがエルランに知られたのか、ただマリを身動きが出来ないように拘束して、彼が直接来て尋問を行う手筈となっている。数分間、薄着で壁に拘束される中、ようやくエルランが尋問室に到着し、ようやく尋問が始まる。

 

「ご苦労だったな。だが、黙っていた罰で昇進はなしだ」

 

 マリを捕らえた将校らに対し、ケースを持参したエルランは昇進を推薦しないと言えば、彼らは申し訳なさそうに顔を曇らせた。

 一個師団どころか、一個軍まで動員して捕らえられなかったマリが、こうも簡単に捕まるのは何か狙いがあるのではないかと思い、エルランは護衛と捕まえた将校等も含めて出て行くように告げる。

 

「よし、部屋を空けろ。全員だ。監視カメラも止めておけ」

 

「えっ!? ですが、相手は…」

 

「良いから早くしろ。命が欲しくばな。これから軍事機密の中でトップシークレットをするのだ。連中の盗聴器は外してるな?」

 

「は、はい。無論、外しております…」

 

「なら、出て行け」

 

 どうやら連邦軍の中では一部の者にしか知られていないアナから、マリに会せるように言われているのか、エルランは出て行くように告げる。意味の分からない将校らは疑問を口にしたが、エルランは聞くことなく盗聴器も外しているのかと小声で問えば、将校は外していると答えた。

 機密情報の漏洩の恐れがない事が確認できると、エルランは早く出て行けと告げる。これに将校等と護衛は従い、尋問室にはマリとエルランのみとなった。

 だが、相手はドイツ民主共和国を陰から支配する国家安全保障局シュタージ。この尋問室で連邦軍に外されたのはダミーであり、本命の盗聴器を意外な所に仕掛けると言う二段構えの手を使って相手を騙した。それを仕掛けたのはベアトリクスである。アイリスディーナが居る尋問室から、連邦軍の秘密を盗み聞こうとするベアトリクスは、同期を尋問しつつ、ヘッドフォンを片耳に当てる。

 

「さて、私と二人となったな。まずはあの御方がお前と話したいと仰っている。否が応でも面を合わせて貰おう」

 

 盗聴されているとは気付かないエルランは、鞄から特殊な画面が付いた通信機を取り出し、それを机の上に置いてマリと話せるように配置した。

 彼がスイッチを入れれば通信機は起動し、画面に連邦軍を陰から支配する人物、コンスタンティナ・アナ・カポディストリアスが映る。彼女の姿を初めて見たマリは、顔立ちが自分の探しているルリとやや似ていることに驚きの表情を浮かべる。画面の向こう側に居る謎めいた美女は、マリに向けて挨拶を行う。

 

『初めまして、マリ・ヴァセレート。私の名はコンスタンティナ・アナ・カポディストリアス。貴様の追っている小娘の身内だ』

 

 挨拶を行った美女からは、ただならぬオーラが画面越しにも伝わって来る。おそらく自分と同じ類、何百年も生きる人間だとマリは直ぐにオーラで理解した。

 

『早速貴様に問う。我が軍門に下らぬか?』

 

 ルリの身内である事を明かしたアナは、マリに自分の軍門に下るように告げる。

 いきなりの勧誘にマリは驚いたが、連邦軍に入る気など毛頭ない。直ぐに床に唾を吐き、軍門に下る事を拒否する。

 

「いきなりそれ? 受け狙い? 入るわけないでしょ、あんたのクソ軍隊なんかに。それよりそんな用件で私に会いたかったの? 他には? 考えてないの?」

 

「貴様、カポディストリアス様を侮辱するか!」

 

 拒否したマリは、更に侮辱的な言葉を画面の向こう側に居る女に向けて告げる。これにエルランは激怒するが、アナは止める。

 

『止めろ、奴の安い挑発だ。乗る必要はない。本当に私がお前を必要とする理由を話そう』

 

 アナは少し置いてから、マリを必要とする理由を明かす。

 

『私の妹、神々に勇者と持てはやされた小娘を殺すことだ。お前と私が組めば、奴を殺す条件が整う。さすれば憎き神々は倒れ、全ての異次元の世界は人の物となる。どうか? 私と組めば、私と共に全ての次元に置いて新たなる統治者となれる。お前もかつてはそれを願って、次元に侵攻…』

 

「ふざけるな! そんなに私が協力するはずないでしょ! そこで待ってなさい! 今からあんたを殺しに行くわ!!」

 

 ルリを殺すのにお前が必要だと、身内殺しを、それも愛する人間に向け、何も思わず頼むアナに対し、マリは怒りの感情を爆発させる。

 暫くしてから拘束を自身の魔法で解除してアイリスディーナを救出するつもりであったが、感情的になってそれを忘れ、エルランとアナが見ている前で解除してしまった。安全かと思われていたエルランは驚愕し、殺されると思って尻餅をつき、更には失禁までする。

 

「ひっ! ヒィィィ!?」

 

「どうしまし…わっ!?」

 

 

 

 拘束具を破壊した音は外にも鳴り響き、待機していた警備兵らが尋問室に入り込んで来た。完全に固定している筈の拘束具を容易く解除しているのを見て、エルランと同じく驚愕する。

 だが、彼よりも早く手にしている自動小銃の安全装置を解除してマリに向けて発砲を行う。熟練の兵士並の速さで狙いを付け、即死レベルの二発の銃弾を放ったが、マリが張った魔法障壁は全てを弾いた。

 

「うっ、うわぁぁぁ!!」

 

 何度も訓練した通り、しっかりと狙いを付けて撃ったはずだが、相手には聞かなかった。

恐怖した警備兵らはマリに向けて自動小銃を乱射するが、弾かれるばかりだ。

 

「邪魔!」

 

 恐怖して銃を乱射する警備兵らに対し、マリは魔法の力で彼らが携帯している弾薬を爆発させる。

 一瞬にして下半身だけを残して死んだ警備兵らの死体を見て、エルランは更に恐怖してうずくまる。返り血を浴びたマリは少し頭を冷やしたのか、アイリスディーナの事を思い出し、アナよりも先にルリを見付けるべく、鍵である彼女の救出へと向かう。

 

「か、カポディストリアス様! お助けを! 私をお助け下さい!!」

 

 後ろで怯えきって泣き喚いているエルランが通信機を掴み、画面の向こう側に居るアナに助けを求めているが、当の彼女はマリが断ったことに、他の味方が悪かったと思って首を傾げている。

 自分の部下が殺されそうな状況に置かれているが、アナにとって元帥であるエルランも、使い捨ての道具にしか過ぎないのだ。恐怖しきって自分の主君に助けを求めるエルランを放っておき、マリは壁を破壊してアイリスディーナの元へ急いだ。

 連邦にルリを見付けられる前に、アウトサイダーの条件を満たして先に見付けるために。

 そんな常識離れした彼女を、密かに連邦軍に寝返ろうとしているアクスマンは、額に汗を浸らせながら出て来る。

 

「なんとも現実かと思わせるような超常現象の数々だな。あれは人知を越え過ぎている。下手をすればBETAよりも恐ろしい」

 

『何者だ?』

 

「おっと、ハロー。私はハインツ・アクスマンと申す者。以後、お見知りおきを」

 

 通信機からアナに何者かと問われたアクスマンは、自分に取って未知の強大な勢力に入り込むために、賭けに出ることにして、彼女に向けて挨拶を行う。

 画面越しとは言え、アナはこの日和見主義者の男を一瞬で殺す力を持っている。アクスマンもそれを承知しており、冷静さを保って自分の有能さをアピールする。

 

「どうでしょうか。この私に、マリ・ヴァセレートなる人物の捕縛を任せてみてはいかがですかな?」

 

『ふむ、機会主義者か。そこの怯えて助けを請うクズよりは使えそうだ。貴様に権限を与える。エルランの部隊、好きに動かして良い。コードブラックと言えば、通じる』

 

「えっ? カポディストリアス様、いきなり何を…!?」

 

 このアクスマンの言葉にアナは結果を気にせず、少々の期待を寄せて日和見主義の男にエルランの権限を与えた。

 自分の権限が会って数分すら立っていない男に委譲されたことに、エルランは間抜けな声を上げる。まさかとは思うが、連邦を陰から支配する女に権限を委譲されたことに驚くアクスマンであるが、断れば殺されると思って感謝の言葉を述べる。

 

「ありがたき幸せ! このアクスマン、必ずやご期待にお応えします! では、これにて失礼!」

 

 感謝の言葉を述べた後、アクスマンは早速アナの期待に応えるべく、落ちている無線機を使ってベルリンに駐屯している連邦軍部隊に、貰った権限を使って指令を出す。

 

「全部隊に通達、私はハインツ・アクスマン。コードブラック発令。全部隊、直ちにアイリスディーナ・ベルンハルトを拘束せよ。障害は友軍であろうと排除し、任務を遂行せよ。繰り返す、コードブラック発令…」

 

 コードブラックとは、連邦軍内において規定されたレッド、ブルー、イエローに次ぐ四つ目の優先命令暗号の一つである。言うなれば、このコードが発動すれば、そのコードを持つ任務を優先されるのだ。

 例えば、コードレッドは全てを殲滅せよと言う暗号である。ブラックは、アナが連邦軍に規定させた特定の人物の命令に軍を従わせる命令暗号である。

 このコードブラックが発令されれば、直ぐに従うように頭に叩き込まれているエルランが率いる全連邦軍部隊の将兵等は、初めて発令されたコードブラックに動揺したが、動揺しながらも指示に従う。

 

「コードブラックって…?」

 

「お前ら何をしている!? 早く命令を実行しろ!」

 

「はっ!」

 

 初めて聞くコードブラックに兵士たちは動揺したが、コードシリーズの暗号命令に拒否権が無い事を知っている将校らは直ぐに実行するように喝を飛ばす。これに兵・下士官等は従い、邪魔をするシュタージを排除しつつ、命令されたアイリスディーナの拘束に向かう。

 連邦軍は装備も物量も全て上回っており、秘密警察組織のシュタージでは全く歯が立たない。次々と警備兵らはUNSC陸軍やISAの歩兵部隊、機動歩兵に制圧され、アイリスディーナの居る尋問室まで近付かれる。

 

「なんだこいつ等!? 味方じゃないのか!?」

 

「とにかく、同志ブレーメから奴らをここに近付けるなと言われている! 喋っている暇があったら応戦…」

 

「っ!? うわぁ!」

 

 味方であるはずの連邦軍が突如となく撃って来たのに対し、臨機応変にベアトリクスは迎撃を命じたが、兵の練度も桁違いであり、尋問室は真先に制圧された。アイリスディーナを捕らえに来たのは、機動歩兵とISAの軽歩兵の混成部隊だ。ISAの軽歩兵らはクリアリングを済ませ、直ぐに扉に張り付いて突入を行う。

 

「うっ!?」

 

「同志!? ぐわっ!」

 

 尋問室内で立て籠もろうとしていたベアトリクスは、余りの敵の制圧速度の高さに対応できず、突入の際に爆破されたドアの破片を受けて倒れ、倒れた彼女に動揺した部下は射殺された。突入したISAの軽歩兵らは直ぐにアイリスディーナを確保し、無線機でそれを知らせる報告を行う。

 

「こちらブルースクワッド1-1、目標確保。繰り返す、目標を確保した。直ぐにそちらへ連行する」

 

『了解、ブルースクワッド1-1。直ちに連れてこい、味方の被害が拡大している』

 

「なんだって?」

 

 それを本部に報告したところ、早く連れてこいと催促が返って来る。理由は他の部隊、機動兵器部隊も含めてマリの足止めを全力で行っているが、感情的に怒りに燃える彼女の前ではやられまくるばかりだ。

 

『畜生! 何なんだこの女は!? ビームも効かないぞ!』

 

『とにかく撃て! 撃つんだ! アイリスディーナとか言うのを捕らえ、アァァァ!?』

 

『どうした!? うわっ!? なんだこれは!? アァァァ! 助けてくれぇ!!』

 

 ダガーLに乗るパイロットらはビームカービンを撃ちまくるが、マリがコクピット内に発生させた弦に呑み込まれて息絶える。

 当のマリは魔法障壁を張りながら前進しており、攻撃が弾かれるばかりだ。精々成功していると言えば、彼女を苛つかせることくらいだろう。

 

「しつこい…! しつこい、しつこい! しつこい! しつこいしつこいしつこいしつこい!」

 

 苛立つ余りマリは更に感情的になり、背後から大量の武器を召還し、それを目に見える敵に向けて放ち続ける。この攻撃は一瞬にして地獄絵図と化し、マリを足止めするために向かわされた連邦軍部隊の損害は拡大するばかりであった。

 

「嫌だ! 俺は死にたくない! 死にたくない!!」

 

「おい、逃げるな! ま、待ってくれ!!」

 

 味方が惨たらしく殺されていく光景を見て、連邦兵等の士気は低下し、逃げ出す者まで続出する。

 その隙にアイリスディーナの元へ進むマリであったが、既に彼女は連邦軍に確保されてしまい、アクスマンの手中にあった。上空を飛んでいるUNSCの多目的輸送機であるペリカンに乗り、後部ハッチより確保したアイリスディーナをアクスマンは見せびらかす。

 

『一歩遅かったな、フロイライン! あと少し早ければ囚われの姫を救えたのに! おっと、感情的になって攻撃するなよ? 彼女が死んでしまうぞ』

 

 拡声器からマリを挑発するように告げるアクスマンであるが、彼女はルリの事を考えて攻撃しない。アクスマンもそれを承知であり、更に挑発を続ける。

 

『彼女を返してほしくば、シュタージ本部内でヒントを探せ! 私の居場所が分かるはずだ! 頑張れよ!』

 

 引き渡し場所を伝えることなく、アクスマン等が乗るペリカンは飛び去った。

 マリは追跡装置の類を付けようとしたが、アクスマンもそれを予想してか、シュタージの本部に向けてビームを撃つように指示を出していた。間に合わず、シュタージ本部は連邦軍の攻撃で吹き飛ばされる。一つばかりでは無い、ベルリン中のシュタージ本部がアクスマンの一声で破壊された。更にはマリの居る所まで向け、アクスマンは攻撃を命じる。

 

「あの女のいる場所も砲撃しろ」

 

「まだ味方が…」

 

「それくらい構わんだろう。粗末な損害など気にする必要はない。コードブラックだ、早くしろ」

 

「了解…!」

 

 まだ味方の退避が間に合っていないが、アクスマンは構わずやれと告げる。これに連邦軍の将校はコードブラックには逆らえず、味方ごとマリの砲撃を命じる。命令は直ちに実行され、マリの居る場所も砲撃が開始される。まだ味方が居るのだが、お構いなしだ。この味方諸とも巻き込む砲撃に、マリは周りに魔法障壁を張って防御した。

 

 

 

 自分の義兄、テオドールに拳銃を向ける職員に、手にしている短機関銃の銃口を向けたリィズは、引き金を引いて発砲した。一度に何十発物弾丸を発射する弾丸は、テオドールを撃とうとした職員に命中し、彼の胸を引き裂いた。

 

「貴様!」

 

 突然、味方を撃ったリィズに対し、職員は手にしている拳銃を向けたが、テオドールは素早くナイフを抜いて職員の足を切り裂き、首を一突きにしてトドメを刺す。

 リィズもファルカ以外のシュタージ職員に向けて銃撃を行い、制圧していく。テオドールもそれに加われば、突然の裏切りで対応が遅れたシュタージの職員や武装警察の警官らは全滅する。

 

「リィズ、お前…」

 

「何も言わないでお義兄ちゃん。私は、あの人に言われて」

 

「あの人? 一体誰に吹き込まれた?」

 

「一緒に居てて気付かないの? ベルンハルト大尉にそっくりな」

 

「あいつか」

 

 なぜシュタージを裏切ったのかを問われたリィズは、マリに言われてやったと答える。これにアイリスディーナに似ていると言われて、ようやくマリであると気付いたテオドールは、裏切らせたのは彼女だと分かった。

 

「なんで言う事を聞く? 異世界だの神だの訳の分からないことを言う女だぞ」

 

「私はあの人に救われたの。それにあの人はシュタージなんて目じゃない。BETAだって滅ぼせるよ、多分」

 

 素性も分からず、自分にとっては訳の分からないことばかりで、十五歳の少女のようなマリの言う事を聞くのかをリィズに問う。

 マリに心酔し切っているリィズは、自分等を恐怖させたシュタージなど目では無く、BETAすら容易に滅ぼせるとまで答えたので、テオドールは茫然とした。

 

「あの、私は…私はどうなるんですか…?」

 

「あぁ、忘れてた。この場でお前は…」

 

 自分を忘れていないかと問うファルカに対し、テオドールは落ちているPMマカロフ自動拳銃を拾い上げ、銃口を彼女に向けた。黙って見ているリィズは、自分の後輩であるファルカを射殺する物だと思ったが、テオドールは天井に向けて二発ほど撃った。

 それからこの基地から失せ、名前を変えて何処かで暮らすように告げる。

 

「ここから失せろ。存在しない人間を演じるのは慣れてるだろ。早く失せろ、次は本気で撃つ」

 

 テオドールが拳銃を向けながら脅すように言えば、ファルカは震え、一目散に二人の前から消えた。

 なぜファルカを殺さず、逃がしたのかが疑問に思ったリィズは、拳銃の弾倉を引き抜いて、死体から満タンの弾倉を取り出して拳銃に装填するテオドールに問う。

 

「どうしてファルカを逃がしたの? あいつが言われた通りにするとは限らないよ?」

 

「言う通りにするさ。あいつにそんな度胸があるとは思えない」

 

 リィズの問いに、テオドールは答えてから仲間の救出に向かうかどうかを問う。

 

「ついてくるか? 今なら許してもらえるかもしれない」

 

「うん! お義兄ちゃんと一緒なら!」

 

「よし、来い! こっちだ!」

 

 ついてくるかを問えば、リィズは笑顔で答えた。これにテオドールは魂までリィズはシュタージに売ってないと分かり、笑みを浮かべて仲間が捕らえられている留置所まで、MPi-K突撃銃を持って駆け抜けた。

 

 

 

 基地の襲撃から一時間後、救出隊はシュヴァルツェ・マルケンの隊員の救出に成功した。

 その無線連絡がテオドールに届く中、アクスマンが連邦側に回り、ベルリンにあるシュタージの本部を全て砲撃で破壊させたのか、指揮系統を失った基地に居るシュタージは戦闘を放棄し、一斉に投降し始める。

 連邦軍の駐屯部隊は被害が拡大したのか、撤退した。

 

「どういうことだ? シュタージが投降するぞ」

 

「何があった? 言え」

 

 連邦軍が撤退してシュタージが投降して来たので、ジグムントは投降して来たシュタージの戦闘指揮官に問う。これに戦闘指揮官は、連邦軍によって倒されたと答える。

 

「我々の本部が連邦軍によって破壊された。ベルリンにある物全てだ。シュミット長官は砲撃で死亡し、指導者を失った我々はどうするか分からず、貴官らに投降することにした…」

 

「誰にやられた?」

 

「ベルリン派のアクスマンだと思う。奴は日和見主義者だから、デカい連邦軍に寝返ったと思う。俺たちはどうなる? 教えてくれ」

 

 次に誰が連邦軍にシュタージを破壊させたのかを問えば、戦闘指揮官は心当たりがある人物であるアクスマンであると答え、これから自分等はどうなるかを聞いて来た。この国では全く無関係であるジグムントは、反体制派に良い処遇をしてもらうように願えと告げる。

 

「済まんが、私ではお前たちがどうなるか知らん。反体制派に、詫びを入れて許してもらうんだな」

 

「そんな…」

 

 ジグムントから返って来た答えに、シュタージの戦闘指揮官は今まで国家や党に反する人間たちを弾圧して来たことを思い出し、反体制派に惨殺されるのではないかと絶望する。

 中には拳銃を引き抜き、自殺する者まで居る。八つ裂きにされるなら、ここで死んだ方がマシだと思ったのだろう。そんな彼らを気にすることなく、無線機を持って来た者から受話器を取り、マリにアイリスディーナを救出できたかどうかを問う。

 

「聞こえているか? ベルリンでは、連邦軍の砲撃でシュタージが壊滅したと聞いた。ベルンハルトの救出は成功したか?」

 

 マリから返事が無いため、繋がっているかどうか無線を持って来た者に問えば、フランケンシュタイン号に居るノエルから繋がっているとの連絡が入る。

 

『ちゃんと繋がっています。向こうが返答しないだけでは?』

 

「それもそうだな。兎に角こちらは全員の救出に成功した。成功しても、してなくても指定場所に合流しろ。最後の仕上げに取り掛かる」

 

 ノエルからの返答にジグムントは納得しつつ、マリに指定した場所に合流するように告げてから無線を切った。こうして、マリ達のこの世界における最後の戦いが始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東ドイツの終わり 前編

 アクスマンがシュタージを見限り、アナ・カポディストリアスに取り入って連邦軍に寝返った報告は、衛星軌道上に居るイオク・クジャンの宇宙軍第9艦隊にまで届いた。

 

「どこの馬の骨か分からぬ者を、我が陣営に引き入れたのでありますか!? カポディストリアス様!」

 

 部下たちを全て追い出し、専用の通信室でアナよりその報を受けたイオクは驚愕する。何せ何所の者か分からない者であるアクスマンに、権限を与えたからだ。当の通信相手であるアナはイオクの心情など知るつもりは無く、アクスマンを支援するように命じる。

 

『そうだ、もはやエルランは限界だ。そこでハインツ・アクスマンを引き入れ、現状を打開できるかどうかの賭けに出た。イオク・クジャン、アクスマンを支援せよ』

 

「ですが、シュタージ…と言う大昔の諜報機関など知りませんが、そんな者を引き入れるなど! 私は納得できませぬ!」

 

『貴様には拒否権は無い。私の命令は絶対だ。もう一度貴様に告げる、アクスマンを支援せよ。以上だ』

 

「クッ、分かりました…! このイオク・クジャン、クジャン家の名誉にかけて任務を全うします!」

 

『それでよい。気に入らなければ、エルランの言う通り、同盟軍の宇宙艦隊の警戒に当たれ』

 

 アナの命令は絶対であり、逆らうことは許されない。

 それを先代である父より子供のころから言い聞かされているイオクは従い、全身全霊を持って任務を全うすると返せば、アナは満足して通信を切った。通信室を出たイオクは、待ち構えていた部下や艦隊幕僚たちに向けてアナの指示を伝える。

 

「統合参謀本部より指令だ。エルラン元帥の隊を支援せよ。我々は同盟宇宙軍艦隊の警戒だ! 直ぐに警戒を厳と成せ! いつでも砲火を交えられるように僚艦に伝えよ!!」

 

『はっ!』

 

 イオクがアナからの指示を統合参謀本部の物であると偽り、その指示を飛ばせば、部下や幕僚たちは直立不動状態となって応じ、それぞれの持ち場の部署へと向かった。

 

 

 

「一体どうなっておるんだ? シュタージの全戦闘部隊は我々に投降し、現体制派も入れてくれと言わんばかりに投降して来た。ベルリンで何があったのだ?」

 

 ベルリンで起こった連邦軍の砲撃を知らない決起軍の責任者、ハイム陸軍少将は倒すべき現体制派とシュタージが自分等と砲火を交えることなく一斉に降伏して来たことに驚き、合流して来たシュヴァルツェ・マルケンの面々に問う。

 この問いに、隊を代表して政治将校であったグレーテルが答える。尚、合流場所には決起軍の指揮官であるハイムや反体制派等のリーダーを初め、救出されたシュヴァルツェ・マルケン、マリを除くミカルやリンダ、ジグムント等が集まっている。

 

「私の目撃した限りでは、宇宙よりやって来た軍隊の宇宙艦隊がベルリンにある全シュタージ本部に向け、砲撃を行って消滅させました。捕らえたシュタージの職員に寄れば、ハインツ・アクスマンがその軍隊に寝返ったそうで」

 

「なるほど。褐色の獣がその軍隊に…でっ、その軍隊の目的は?」

 

「えぇ、その目的は…おい、あいつは何所に行った?」

 

「野クソでもしてんだろ」

 

「馬鹿か貴様! 真面目に答えろ!!」

 

 グレーテルの話からハイムはアクスマンが連邦軍に寝返ったのを知れば、連邦軍の目的は何かと問う。これにグレーテルはマリの居場所を知って居そうなジークフリートに問えば、彼は適当にココアを飲みながら答え、彼女を怒らせる。

 マリとアイリスディーナの見分け方は、グレーテルは後者の方に長期間も共にいた為か、態度と性格で直ぐに分かった。言うなれば、マリの感情的で、アイリスディーナは常に冷静である。

 だが、マリは余りにもアイリスディーナに似ているため、性格と態度を知らない者が見れば、本人と勘違いしそうなので、代わりにミカルは見当もつかないと答える。本当は近くに居て、連邦軍の砲撃で負傷したベアトリクスや衛士の面々の治療を行っている。

 

「済みませんが、その軍隊が狙っている彼女は…我々でも見当がつきません。遠くで潜伏しているのでしょう」

 

「そうか。でっ、アイリスディーナ・ベルンハルトは? 彼女はどうしたのだ? 彼女が居なければ、民衆はついて来てくれるかどうか怪しいぞ」

 

 これにハイムはいずれか分かると思い、次に自分等の革命を果たすための鍵であるアイリスディーナは何処かと尋ねて来た。

 もはや彼女無しで革命は成し遂げたも同然であるが、肝心なのは民衆が自分らを指示してついて来るかである。英雄であるアイリスディーナがここに居て、東ドイツの民衆に呼び掛ければ、彼ら彼女らはついて来てくれるだろうが、この国の英雄でも無い者がついて来いと言って、信用して支持してくれるかどうか怪しく、不安になっている。

 もしかすれば、旧体制派の残党が息を吹き返して反撃に出るかもしれない。

 そんな最悪の考えが、西側を警戒していた部隊を指揮していたフランツ・ハイムを悩ませていた。

 アイリスディーナがアクスマンにさらわれたことを知っているグレーテルは、かつての敵であるシュタージの面々を治療しているマリを引き出し、アイリスディーナに仕立て上げようと考えていたようだが、ミカルとジグムントに止められる。

 

「何をする? あの女はベルンハルトに限りなく似ている。あいつを仕立て上げてしまえば…」

 

「それは止めておいた方が良い。何を言い出すか分からない上、もっと最悪な状況になるかもしれない」

 

「無法地帯にするかもしれん。それか一斉に西ドイツに行けとも言いかねん」

 

「政治将校、俺も同感だ」

 

 無理にマリをアイリスディーナに仕立て上げて民衆に呼び掛けさせれば、どんな事を言うか分からないので、二人は止めさせるように言えば、彼女の性格や態度を分かっていたクリューガーも加わる。

 

「ちっ! なんであの女を捕らえないんだ!」

 

 台本を渡した所で、読まないで違う事を言うと分かっているグレーテルも言われてから分かり、アイリスディーナでは無く、マリが捕まれば良かったと嘆く。

 マリと接したシュヴァルツェ・マルケンの面々もまた、最初はアイリスディーナに似ていると驚いたが、性格と態度の違いで直ぐに違いが分かった。話させれば直ぐに別人だと分かるだろうが、最初はアイリスディーナだと思って歓迎する事だろう。

 

「どうした、何か問題でも?」

 

「あぁ、あり過ぎて見せたくない物でな。見せればガッカリする」

 

 ハイムに話している所を聞かれた一同はどう理由を話すか互いに無言で向き合う中、ジグムントが代表して見せたくないと告げる。

 百聞は一見に如かず。そのことわざが脳裏に走ったのか、ハイムはマリを見せてくれと頼んだ。

 

「そうか、なら見せてくれ。東洋の言葉に百聞は一見に如かずと言う言葉がある。見なければ良いか悪いか判断できんな」

 

「おいおい、止めとけ。マジで後悔すんぞ。似ているちゃ、似ているが、性格が違い過ぎる。本当に後悔するぞ!」

 

 マリを見て判断したいと言うハイムに対し、ジークフリートは止めておけと注意する。

 ジークフリートの言う通り、マリとアイリスディーナは限りなく似ているが、性格が違い過ぎる。マリにアイリスディーナの代わりなど務まるはずが無い。それでも、ハイムはマリを見るまでは分からないと告げる。

 

「君たちは知っているようだが、私はこの目で見ないと判断できんのでな。そんなに後悔すると言うなら、見せてくれ」

 

「はぁ、後悔しても…」

 

「私がどうかしたの?」

 

『っ!?』

 

 これにミカルは後悔しても良いなら見て良いと口にした瞬間、マリが入って来た。

 入って来たマリに、彼女を知らないハイムや反体制派が驚く中、更に彼らを刺激するような者を連れて来る。ハイムや反体制派を刺激する人物とは、シュタージの武装警察の戦術機大隊の隊長、ベアトリクス・ブレーメだ。

 

「お、お前…!」

 

「なんちゅうもんを連れて来てんだァ!? ここに居る連中が、どういう連中か分かってんのかッ!?」

 

「ここに居る者達は、シュタージに恨みを持つ者ばかりだぞ!」

 

「あんたは本当に…!」

 

 反体制派の面々が居るにも関わらず、無神経にもベアトリクスを連れて入って来たマリに一同は激怒する。無論、反体制派の者達は、なんでシュタージの女を連れて来るんだと怒りの声を上げる。

 

「その女、シュタージの女じゃねぇか!」

 

「なんでその女を連れて来たんだ!」

 

「ここでぶっ殺してやる!」

 

 ベアトリクスを見た反体制派の者達は、当然の如く殺気立つ。これにマリが首を傾げる中、シュヴァルツェ・マルケンの面々は落ち着くように告げる。

 

「待って! こいつは捕虜よ!」

 

「みんな落ち着いて! 手出しは…手錠も付けずに連れて来たの!?」

 

「なんでいるの?」

 

「…いるだろうが普通」

 

 アネットが代表して言えば、ファムも反体制派の者達を落ち着かせるが、マリがベアトリクスに手錠を付けずに連れて入って来たことに驚く。

 もう彼女に強大な諜報組織のバックがない事を知っているマリは、両手を挙げて拘束する必要があるのかを問う。これにテオドールはツッコミを入れる。

 

「まさかこういう事だったとは…!」

 

「だから言っただろう、後悔すると」

 

 マリの無神経な行動にハイムが後悔する中、ミカルはこうなるから会わせたくなかったと告げる。

 そんな仲間から冷たい目で見られている彼女は周りの事を気にせず、アイリスディーナの奪還に向かうことを伝え、ベアトリクスら元シュタージの構成員も奪還のメンバーに加えることも伝えた。無論、反体制派どころか、テオドールや仲間たちからも反対の声が上がる。

 

「あぁ、キャラ被りの救出に行くわよ。リンダ、このビッチとそのお仲間たちの戦術機? の整備お願いね。こいつ等、連れて行くから」

 

「お前! 何ちゅうこと言ってるんだ!? 頭大丈夫か!?」

 

「おい、今なんて言った? 元シュタージの奴らをベルンハルトの奪還に連れて行く? お前正気か? ブレーメがまだ生きてる! その女はシュタージを再建するぞ? 今ここでその女を殺してから言え!」

 

 ジークフリートが驚いて飲んだ珈琲を吹き出し、気が確かであると問えば、テオドールはベアトリクスがシュタージを再建する可能性があると言って、その場で殺せと告げる。

 無論、マリはそれらに一切応じることなく、周りの意見も聞かずに勝手に決定する。

 

「決定事項だから。以上」

 

「自分勝手にも程があんだろ!」

 

「全く、君と言う女は…! その行動が一体どんな結果を生むことになるか分かって…」

 

 勝手に決めるマリにミカルは呼び止めようとしたが、彼が予見した通りに反体制派の一人が拳銃を引き抜き、立っているベアトリクスに向けて銃口を向ける。安全装置は既に解除され、後は引き金を引くだけである。

 

「ベルンハルト大尉に似ても似つかない女だね! 私がその女を…」

 

 怒りに駆られて引き金に指を掛けた瞬間、マリは時間を止める技を使い、銃口を持っている反体制派の女性の頭に向け、自分は元の位置に戻って時間を動かす。

 時間が動き出した所で、銃口が自分の方へ向いていることに気が付き、撃つ前に拳銃を棄てて尻餅を着いた。気付かずに銃口が側頭部に向いていたことに、仲間を除く全員が驚き、マリを恐怖の目で見始める。

 そんな周りに対し、彼女は自分を怒らせるなと忠告する。

 

「ねぇ、これ以上わたしを怒らせないでくれるかな? 私は神様か良くわかんない黒目にアイリスディーナ、略してアイナとそのお仲間たち全員生き延びさせろって言われてるの。でも、あんた等モブのことは言われてない。つまりこの場で殺しても問題ないって事。あんた等が私を怒らせたら、どうなるか分かるよね?」

 

 この言葉に仲間は眉を顰めるか頭を抱え、シュヴァルツェ・マルケンの面々は驚き、反体制派の面々は恐怖した。

 要するに脅しである。ハイムはマリの澄んだ蒼い目を見て、本気で自分たちを皆殺しにする気であると判断して口を噤んだ。

 

「じゃあ、私はスッキリしてくるから。ついてきたい人は勝手にしてね」

 

 反体制派の面々が恐怖で押し黙る中、マリはベアトリクスを連れて出て行った。

 マリとは違い、元シュタージであるリィズをカティアに守らせているテオドールも出て行く。彼女に続き、ミカル等も出て行く中、ジグムントは反体制派の者達に足手まといになるからついて来ないように伝える。

 

「言い忘れていたが、ベルンハルトをさらった軍隊は、NVAやBETAとはわけが違う上に装備も物量の差も激しい。米軍やソ連軍も敵わない軍隊だ。あなた方では足手まといになる。ベルリンの治安維持にでも務めてくれ」

 

 そう言って部屋を退室すれば、ハイムら反体制派は互いに向き合い、これからの事を話始めた。

 

諸君(マイネヘーレン)、ベルンハルト大尉抜きで、どうするか考えようではないか」

 

 

 

「どうでしたか? 会談の方は」

 

 部屋を退室した後、待機所で一人リィズを守っていたカティアは、ぞろぞろと入って来るシュヴァルツェ・マルケンの中からテオドールに向けて会談の様子を問う。

 

「あの女の所為で無茶苦茶だよ。西側の漫画の悪役みたいに、反体制派等を脅しやがった。お前があの場に居たら、恐怖の余り漏らしてたかもな」

 

 問われたテオドールは、マリを西側の漫画の悪役に例えて会談を無茶苦茶にしたと答え、あの時感じた恐怖の事でカティアをからかった。

 これにマリの優しさしか知らないカティアは怒り、彼女の事を天使だと思い込んでいるリィズは今の自分があるのは、マリのおかげであるとテオドールに告げる。

 

「そ、それは言わないでください! それとあの人の事を悪く言わないで! あの人はあの人なりに、ベルンハルトさんを助けようとしてるんです!」

 

「カティアちゃんの言う通りだよ、お義兄ちゃん! 天使様が居たから、私はシュタージを裏切ることが出来たんだよ!」

 

「おいおい、お前らな…洗脳されてるんじゃないだろうな…?」

 

 マリの態度の悪さと我が儘ぶり、自分勝手さを間近で見たテオドールは、彼女を慕う二人に洗脳されているのではないかと疑う。

 そんな中、あのベアトリクスがいきなり入って来る。

 

「アイリスと似てるけど、中身は正反対ね」

 

「お、お前!?」

 

「ぶ、ブレーメ少佐…!?」

 

 入って来て早々にテオドールは腰の投げナイフに右手を伸ばし、リィズは殺しに来たのではないかと警戒する。カティアの方は震えているが、立ち向かおうとする勇気がある。

 

「はぁ、当然の反応ね。ごめんなさいね、じゃあ…」

 

「待ってください!」

 

「なに、そんな大きな声を出して? 私に懺悔でもしろと?」

 

 そんな彼らの反応に、当然の反応だと思って謝罪してから出ようとするが、カティアに呼び止められる。

 今までシュタージの職員としてやってきた職務を懺悔しろと、ベアトリクスは呼び止めたカティアに問う。だが、カティアは彼女に懺悔をするつもりで呼び止めたのではないと答える。

 

「そんなことで呼び止めた訳じゃないです。あなたも、この国の事を思ってやって来たことなんでしょ? でも、やり方が酷過ぎです。もっとみんなと話し合って、互いに協力すれば、こんな事にはならなかったのに…」

 

「…カティア」

 

「カティアちゃん…」

 

 あのベアトリクスを目の前にして、自分の意見を言うカティアに、シュタージに怯えていたテオドールとリィズは勇気付けられる。

 そんな自分を前にして物を言うカティアに少々驚くベアトリクスであるが、言っていることは理想論なので、少し褒めてから現実的な言葉で言い返す。

 

「私を前にして自分の意見を言う貴方には敬意を表すわ。でも、それって理想論じゃないの。そんなに簡単に面と向かって話せてれば、戦争なんて起きないし、BETAとだって話し合えるって事になるわよ。でも実際話なんて出来てないし、力尽くで相手を捻じ伏せるしかないわ。今はどっかの日和見主義者のおかげで私たちシュタージを倒せた、いや、勝手に潰れた。これも力でやった結果の一つよ」

 

「…」

 

 これにはカティアは言い返すことが出来なかった。

 自分等がシュタージを倒していない。倒したのは、連邦軍に寝返って全ての本部に砲撃して潰したアクスマンである。対して自分等は、所有していた戦闘部隊の武装解除と事後処理をする為にベルリンに来ただけである。

 

「でも、奴はあのアイリスに似ても似つかない女にご執心で、もうこの世界に用なんて無いでしょうね。つまり貴方たちの勝ちってこと。邪魔する奴なんて、利権に執着しようとする共産党員と西の統一が気に食わない奴らだけだから。話し合いでも何でもして、貴方たちの夢の東西統一は可能だわ。それだけで胸を張れるわよ」

 

 それでも敗れたのは自分たちシュタージであり、邪魔物は少ないので、後はその理想論での統一は可能だと言って、カティアに胸を張れと告げる。負けを認めたベアトリクスに、テオドールとリィズは驚いた表情を見せる。

 

「…まさか負けを認めるなんて」

 

「何? 私が往生際の悪い女とでも? だったらこの場で貴方たちでも殺しちゃおうかしら?」

 

 テオドールが負けを認めたことに驚いていることに対し、ベアトリクスはこの場で抵抗してやろうかと冗談で言えば、カティアは手を差し出した。その手は。共にドイツの統一を手伝ってくれと言う意味だ。

 

「なら、共に統一を手伝ってください。そうすれば、神は貴方を赦してくれます。いや、絶対に赦しますから!」

 

「これ、西側のジョークって奴…? こんな私に手伝えだなんて冗談を…」

 

「冗談じゃありません。本気ですよ、私は」

 

「カティアちゃんって、凄いのか分かってないのか分からないよ…」

 

 カティアの予想外にも程がある行動に、三名はただ驚くばかりだ。

 あのベアトリクスに協力を求めるなど、一体どこにそんな度胸があるんだとテオドールは思うが、彼女の実の親がNVAの名将軍であったことを思い出し、父の血を継いでいるのだろうと心から思う。

 数々の圧政を働いて来たシュタージに属していた自分を赦す少女に、ベアトリクスも折れたのか、差し出された彼女の小さい右手を、自分の利き手である右手で握った。

 

「もう貴方には敵わないわ。もう少し貴方みたいなのに会えていたら、私もこうならずに済んだかも」

 

「今からでも遅くは無いですよ。これから贖罪をして行けば良いんです」

 

「…これは夢なのか? 余りにも現実味が無さ過ぎる」

 

「夢じゃないよ、お義兄ちゃん。天使様は近くにも居たんだ…」

 

 自分等が恐れていた元シュタージの女であるベアトリクスが、西より父を探してやって来た少女であるカティアと握手を交わす光景に、テオドールは余りの現実味の無さに夢だと思った。頬を抓って痛みを感じたリィズは現実であると言って、恐怖の対象であった女と握手を交わす少女を天使に例える。

 そんな光景が広がる待機所に、マリは空気も読まずに入って来る。

 

「ねぇ、統一の儀式終わった? そこのビッチ来てくれない? 機体の調整とかあんだけど」

 

「ハァ、こんな時にアイリスなら、拍手の一つやハグくらいはして喜んでいると思うけど」

 

 入って来たマリは、ベアトリクスに自機の調整の為に来いと告げれば、彼女はアイリスディーナなら拍手やハグして喜ぶと言う。呆然としているカティアとリィズに、テオドールはこれがマリの本性だと告げる。

 

「これがお前らの慕う女の本性だよ」

 

 この言葉にベアトリクスは納得しつつ、マリに連れて行かれた。

 

 

 

 戦術機やマリ達が持って来たMSなどを駐機させているハンガーでは、主に武装解除の際にシュタージから接収したMig-21やMig-23の整備が行われていた。

 捕虜にしたはずのシュタージの武装部隊に属している整備士らも動員し、全機を稼働できる状態に出来るように、必死で手を動かしている。シュヴァルツェ・マルケンの中隊付き整備兵らを纏めるオットー・シュトラウスは余りの仕事の多さに忙殺され、文句を言いながら整備を行う。

 

「シャイセ! こんな大規模な整備は大戦以来だ! 全く、これを全部戦闘可能状態にしろだなんて誰が言ったんだ!?」

 

 彼が文句を言うのは仕方がない事だ。直ぐに無茶を命じた者が、ベアトリクスを連れて呑気に入って来る。

 入って来たマリに文句を言ってやろうと思ってか、シュトラウスは彼女の前に立ちはだかる。

 

「お前か! こんな無茶な作業を命じたのは!? たくっ、あっちの最新のメカを整備できるかと思ったら、触れるなと言うじゃねぇか! それにシュタージの接収した機体だけ動くように整備しろと言う、しかも大量にな! いくら中隊長を助ける為とは言え、無茶にも程があるぞ!」

 

 ストレス発散に文句をマリに向けて言ったシュトラウスであったが、彼女は表情一つ変えず、いつでも動かせるように整備されているアイリスディーナが乗っていた中隊長仕様のMig-21を指差し、あれに乗ると告げる。

 

「あれに乗るわ。余ってるんでしょ?」

 

「なにっ!? ありゃ中隊長用のだぞ! お前みたいな似てるだけの女なんぞに乗せるわけが…」

 

「あれに乗りたい。乗れるの? 乗れないの?」

 

「うっ!? の、乗れるさ! 何を考えて乗るかは知らんが、壊すんじゃないぞ!」

 

「ありがと」

 

 アイリスディーナの機体に乗ると言ったマリに、シュトラウスは反対しようとしたが、彼女が殺意の波動を発せれば、労連の整備兵は冷汗を掻き、搭乗を許可した。これにマリは礼を言ってから、自分等が持って来たMSなどに乗りたいと告げるファム等の対処に当たる。

 

「ねぇ、ヴァセレートちゃん。貴方たちの持って来た戦術機、借りれないかしら?」

 

「あっちの方が性能高そうだし、少しでも良い機体に乗せて貰えたら…」

 

 最後にアネットが言った所で、マリはそれを却下する。

 

「駄目に決まってるじゃない。むしろ、慣れた機体でやった方が良いわよ? 敵はあんた等が戦ってるBETA並に尋常じゃない数だし」

 

「そうなの? 一体どのくらいの数かしら…?」

 

「師団で例えると、機甲三百個くらい?」

 

「全人類の保有戦力並じゃない…」

 

 慣れた機体でやった方が良いと言うマリに、ファムは敵の数を問えば、三百個以上の機甲師団と戦うと答えた。

 流石にそれ以上の数を連邦軍は投入していないが、総戦力は二個軍集団以上である。BETAの攻勢以上の数だ。ミサイルやレーザー級レベルのビームを撃って来る機動兵器が、数千機以上も居ると聞いてか、ファムの顔は青ざめる。

 共に聞いていたアネットもイングヒルトも、ファムのように表情を浮かべる。

 

「つまり、BETAの集団に突っ込むのと変わりないと言う事だな?」

 

「そう言うことになるね」

 

 いつの間にか居たクリューガーが、レーザーヤークトと同じようにBETAの大群に突っ込むのと変わりないと問えば、マリはその通りであると頷く。

 そうと聞いてか、シルヴィアはいつもと変わりないと言って、出撃の準備に入る。

 

「なんだい、いつもと変わりないじゃないか。じゃあ、私は出撃準備に入るよ。時間になったら呼んでくれ」

 

「俺も行こう。お前が中隊長の代わりにならんと思うが、その分はフォローしてやる」

 

 シルヴィアに続き、クリューガーも出撃の準備に入れば、マリは三名の方へ視界を向ける。

 

「どうする? 嫌なら降りて良いわよ?」

 

 嫌なら抜けろと言うマリに対し、ファム等はやる気であった。

 

「いつもと聞いて安心したわ。降りるもんですか」

 

「そうだよ、中隊長を助けなきゃ!」

 

「まだお礼も返してませんし、ついて行きますよ!」

 

 これにマリは呆気にとられたが、熟練の衛士の部隊が居るなら、勝率も高くなるので礼を言った。

 

「ありがと。これであいつ等に勝てるわ」

 

 礼を言った後、シュトラウスに整備は後どれくらいで終わるのかを問う。

 

「でっ、整備はいつごろに終わるの?」

 

「一時間は掛かるよ」

 

「そう、リンダちゃん、こいつの戦術機は?」

 

 後ろに居るシュトラウスに整備が終わるのが一時間と分かれば、ベアトリクスのMig-27の整備に入っているリンダに、どれくらいで終わるのかを無線機を出して問う。

 

『えっ、Mig-27のこと? 一時間って所かしら? パーツの方は潰れずに揃ってるし』

 

「ありがと。時間潰してくるわ」

 

『今度は手伝ってよね。じゃあ』

 

 戦術機のMig-27も一時間で済むと分かれば、マリはベアトリクスを見た。

 何か言いたいと直ぐに見抜いたベアトリクスは、今まで閉じていた口をようやく開く。

 

「何? お茶でもするの?」

 

 どうやって時間を潰すと問われれば、マリは予想外の答えを出す。

 

「えっ、違うわよ。セックス」

 

「はっ? 今なんて?」

 

「あんたとセックスするの。だって、せっかく蘇生してやったのに」

 

「あんた、最低ね。盾にする挙句にセックスまで強制するなんて…」

 

「なんで? 今も守ってあげてんだけど。あいつ等、私がやらなかったらあんた殺してるし」

 

 性行為で時間を潰すと言うマリに対し、ベアトリクスは嫌悪な表情を浮かべて言うが、彼女は反体制派から守っていると答える。その証拠に、マリが指差した方向には、得物を持っていたとされる手を抑える反体制派等の構成員が見える。

 マリがその気が無ければ、今頃は彼らに殺されていたところだろうと思い、嫌々ながらも旧友にそっくりな女の行為を受け入れる。

 

「あー、はいはい、分かりましたよ。あんたとセックスすれば良いんでしょ。同性でセックスするなんて初めてだわ。あんた、こんな時に言うなんて、状況分かってんの?」

 

「分かってるわよ。ちょっと苛々してるからスッキリしたいだけ。したらあんたもスッキリするわよ?」

 

「ふーん、誰も来ない場所でしてよね」

 

「うん、後悔させない」

 

 こんな時にセックスをしたいと言うマリにベアトリクスは状況が分かっているのかを問えば、彼女は分かっていると答える。

 更には苛立ちを解消させるためでもあると答えれば、ベアトリクスも知識があったのか、マリの提案に乗った。これにマリは期待に応えると言って、ベアトリクスと共に人気の無い場所へ向かい、そこで行為に耽った。

 

 

 

「カルタ様! マリ・ヴァセレートの居場所を突き止めました!」

 

 一方、衛星軌道上でイオクの連邦宇宙軍第9艦隊と交戦した後、再編中のカルタ・イシューの艦隊では、追っているマリの居場所を突き止めたと報告を受ける。

 

「ご苦労。では、早速捕縛部隊を…」

 

「ですが、もう出撃した後であります…」

 

「なにっ!? ならば予想進路を割り出しなさい!」

 

 居場所は突き止めたものの、出撃した後であった。直ぐに予想進路を割り出せと言えば、女性士官が既に割り出していると告げる。

 

「もう予想しております。連邦軍の追跡軍が集結中の場所へ向かっていると」

 

「ふん、誰を倒すか、誰を救うか知らないけど。遂に年貢の収め時よ、マリおバカさん。ベレトに火を入れよ! 出撃する! 親衛隊も直ちに出撃用意!」

 

『はっ! 面壁九年! 堅牢堅固!』

 

 予想している進路が、アクスマンが待ち伏せの為に部隊を集結させている地域であると分かれば、カルタは自分の機体を起動準備と、親衛隊に出撃を命じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東ドイツの終わり 中編

 決戦が始まる中、連邦軍に寝返り、シュタージの秘密施設でマリを手中に収めた四百万以上の兵力で待ち受けるアクスマンは、部隊の配置はどれほど済んでいるのかを、隣に立っている連邦軍将校に問う。

 

「部隊の配置はどれくらい済んでる?」

 

「あと十分もあれば終わる。なんで、貴様などに従わなければならんのだ? 閣下、これはどういうことで?」

 

 なぜ部外者のアクスマンに従わなければならないと、近くにいるエルランに問う将校であるが、彼は命が欲しくば従えと告げる。

 なんせアクスマンは、自分が仕えるアナと同等の指揮権を持っているのだ。一介の将校や、将官ですら逆らう権限はない。

 

「いいから黙って従え。死にたくなければな」

 

「分かりましたよ。では、小官は失礼します!」

 

 アクスマンに従うことに不満を抱く将校は、命令を実行するのを口実にして部屋を出ていく。四名の警護兵を除いて、部屋にはアクスマンを初め、エルランに拘束されているアイリスディーナの三名のみだ。将校が退室した後、アクスマンは更に指示を出すべく、近くの受話器を取り、ある場所へ繋げる。

 

「アロー、聞こえているか? 植民地海兵隊一個大隊分を当基地に寄越してもらいたい。これからおっかない女が押し掛けてくる。念には念をだ、海兵隊員のみならず、スパルタン一個小隊も寄越してもらおう」

 

「貴様、どれくらい要請するつもりだ!? もうISAやUNSC陸軍、他が二個軍集団もいるんだぞ! 過剰だ!!」

 

「何って? これから怖いフロイラインが押し掛けてくるんですよ。海兵隊に守ってもらわなやきゃ。それに心強いスパルタンにもね。彼女に私の元職場を潰してもらうつもりだったんだろ、ベルンハルト?」

 

 過剰とも言える戦力を要請するアクスマンに対し、エルランは過剰だと言うが、彼はアイリスディーナを見ながらそれ程の戦力が必要だと答える。

 事実、先のマリの戦闘力は連邦軍が要警戒人物指定に匹敵する物であり、止めるにはそれほどの戦力が必要とされる。アクスマンは軍人ではないが、目の前でマリの力を知ったので、アイリスディーナは彼女を使って元職場のシュタージを潰そうとしていたと考えている。

 これにアイリスディーナは自分の考えが見抜かれたことを隠すためか、鼻で笑う。

 

「だとしたらどうする? あの女は誰にも従わないさ」

 

「その反応からすると、図星かな? なに、私が君なら彼女を最大限に利用する。肉体関係を使ってまでな。彼女は、同性愛者だ。それに精神的には未熟だ。その手の人間はコントロールしやすい」

 

 マリは誰にも従わない。

 そう言うアイリスディーナに対し、アクスマンはマリが同性愛者であると見抜き、更には精神的に未熟であるとまで言い当てた。どうやら尋問の際のマリの口調で、分かったようだ。

 

「不老不死と言うことも分かっている。だが、いくら不老不死とはいえ、数百万の軍隊には勝てない。何前何万回も死ねば、精神的に苦痛となり、気が狂ってしまう。そこが我々の勝機だ」

 

 アクスマンはさらに続け、数百万の兵力ならばマリに勝機があるとまで言う。いくら不老不死でも、精神的に未熟なので、何前何万回も殺せばこちらに屈服すると思っているようだ。

 だが、マリはその程度で屈服したりしない。ルリの為なら何万回死のうとも、再会を果たすために何度も挑む精神力を持っている。アクスマンはそのことを知らないのだ。

 彼女に抱かれ、それを理解しているアイリスディーナは、勝ったと思っているアクスマンに向けてマリには勝てないと告げる。

 

「その程度であの女に勝てると思っているのか? お前は勝てない、断言しよう。あれは人ではない。BETAよりも更に、否、神に等しい存在だ。お前はそれと敵対した。それは敗北を意味する…!」

 

 このアイリスディーナの言葉に、アクスマンは眉をひそめる。

 自軍はこの世界の各国が一斉に総動員した戦力なのに、負けるというのだ。それもたかが強大な力を持っただけの女に。いくら不老不死でも、命が幾つあっても足りない戦力だというのに、あの現実主義のアイリスディーナが、自分らが勝てないと断言している。

 これにアクスマンは洗脳を疑う。それもそのはずだ。かのアイリスディーナがここまで言わせるのだから。

 

「随分と買い被っているな。そんなに彼女が好きなのか? なに、直ぐに結果はわかるさ。我々の勝利という結果にね」

 

 自分らが勝てないというアイリスディーナに、アクスマンはいつもの余裕を失いかけたが、彼女の主張は余りにも馬鹿らしいので、鼻で笑って一蹴した。

 

 

 

 一方で勝てるはずのない戦いに挑むため、出撃したマリは、アイリスディーナの代わりに戦術機のMiG-21指揮官機型に乗り、彼女が率いるはずであった第666戦術機中隊ことシュヴァルツェ・マルケンまで率いて、アクスマンが待ち構えるシュタージ・ファイル保管されている場所まで向かっている。元シュタージの戦術機部隊であるヴェア・ヴォルフまで伴って。

 なぜアスクマンの場所が分かったのかは、マリが性行為の際にアイリスディーナに仕込んだと答えれば、ある者は顔を真っ赤にして、ある者は呆れた。

 そんなことを気にせず、マリはシュヴァルツェ・マルケンの面々の心情を考えず、中隊長機に乗り込み、アクスマン等こと連邦軍が待ち構える集積施設へと向かっている。レーダー網に差し掛かろうとする時に、マリはアイリスディーナの如く救出隊全機に無線連絡を行う。

 

「各機に通達。もうすぐ連邦軍の警戒線に入る。いつものレーザーヤークトと似たような物だわ。でも、ビームが雨みたいに飛んでくるから注意してね」

 

『適当過ぎるだろ。全く、なんでこいつが大尉の機体に』

 

『駄目ですよ、テオドールさん。この人がいなかったら、私たちは生きてないんだから』

 

『そうかい? 他は見殺しにしてるけど』

 

「まぁ、言われてないことだし。ほら、集中しないと死ぬわよ」

 

『…了解!』

 

 テオドールはマリが自分らを指揮することに悪態をつく中、恩義を感じているカティアは注意する。テオドールにシルヴィアも同意する中、マリは長距離ビームが飛んでくる可能性があるから、戦闘に集中しろと言えば、一同は集中する。グレーテルも政治将校としてマリに苛立っていたが、状況が状況なので従うことにした。

 

『貴様に従うなど癪であるが、今だけは従ってやる。後で覚えておくが良い』

 

「はいはい」

 

『貴様、本来は私が指揮するはずだったのだぞ! それを貴様のような何処の誰かもわからぬ奴に…!』

 

「でも、出来ないでしょ? みんなも納得してるじゃん」

 

『ちっ、お前が本物のベルンハルト同志大尉なら…!』

 

 本物のアイリスディーナ・ベルンハルトなら良かった。そのグレーテルの意見はあのベアトリクスも同意しているのか、自分の本心を秘匿通信でマリに打ち明ける。

 

「なに?」

 

『あんたみたいな似ても似つかないお嬢ちゃんじゃなくて、本物のアイリスと飛びたかったわ。まぁ、無い物強請りね。早く、本物を助け出しましょ』

 

「なに、嫌味? まぁ、生きてもらわなきゃ困るんだけど」

 

『どういうわけで異世界からアイリスたちを助けに来たかは知らないけど、あんたが居なかったら今頃全滅してたところね。じゃあ、先行するわ。あんた等は自分の上司を助けるのに集中しなさい』

 

 本心を打ち明けた後、ベアトリクスは自分の隊と共にマリたちの前に出た。その後、連邦軍の守備隊と交戦状態に入る。それと同時に盗聴している連邦軍の無線連絡が、無線機より聞こえてくる。

 

『ポイントイースト1-4に敵部隊を確認! 敵襲だ! 直ちに迎撃態勢を取れ!』

 

『敵機視認! はっ、博物館行きのガタ落ちだ! つまり移動標的だ! 撃ちまくれ!』

 

『ファックしてやるぜ!』

 

『だいぶ舐められているな』

 

 盗聴器より自分らを舐め腐った声が聞こえる中、シールドライガーで随伴しているジグムントはこちらを見誤っていると判断する。

 その間違いを正してやろうとしてか、バーサークフューラーに乗るジークフリートは、ミサイルの武装を持っている機体に乗る者たちに一斉射撃を命じる。

 

『だったら間違いを証明してやるぜ。ミサイルを持ってる奴全員に告げるぜ。派手にミサイルをぶっ放せ、一斉にな。連中に一泡吹かせようぜ』

 

『了解! ミサイル、安全装置解除!』

 

『標的、展開中の敵部隊! 一斉射後、各機自由戦闘!』

 

『イエッサー!』

 

 VF-11Cサンダーボルトに乗るヴァイスらがミサイルの安全装置を解除したと報告すれば、修復されたフリーダムガンダムに乗るジークリンデは標的を展開中の連邦軍部隊だと知らせる。それに合わせ、同じバルキリーに乗る柿崎やその他の者たちもミサイルを同じ標的に合わせ、発射命令を待った。

 

『全機、照準完了!』

 

「全員聞いてる? ミサイルが着弾した後に突入するわよ。あいつ等、突っ込んできたら怯むから、BETAよりもやり易いかもよ」

 

『もっと具体的な情報はないのか!?』

 

 この無線を聞いていたマリは、ミサイルが着弾後に突入すると告げた。交戦する連邦軍部隊に対しては、こちらの突撃に怯むはずだとも言う。余りにも具体的な物ではないため、グレーテルは具体的に言えと隊を代表して言った。これにマリは苛立ちながら答える。

 

「はいはい、自分らが常に優勢で勝てると思ってる連中。こっちが思い切って仕掛けたら勝てるわ。この旧型機でも、勝てる見込みはある」

 

『へぇ、勝てる見込みはあると。じゃあ、アクスマンに一泡吹かせられるわね』

 

 敵からすればこんな旧式でも、勝算はあると言ったマリに、ベアトリクスは笑みを浮かべる。シュタージを潰し、自分の居場所を奪ったアクスマンに一泡吹かせられる。それだけで、彼女の士気は上がる。

 戦術機に乗る全ての者たちが、この言葉を聞いて勇気づけられた。アイリスディーナが言えば、どれほど士気が上がっていた事だろうかと、テオドールや彼女と共に数々の死の危機を乗り越えてきたシュヴァルツェ・マルケンの面々は思う。

 カティアやリィズ以外の者たちはそう思っているのだろうとマリが思う中、上空の編隊を組んで飛んでいる八機のVF-11Cがミサイルを発射した。

 発射された多数のミサイルが連邦軍の対空砲火で落とされていくが、敵を浮足立たせることには成功した。そのままジークリンデのフリーダムガンダムや、ジークフリートのバーサークフューラーの荷電粒子砲による一斉射撃が行われる。その効果は絶大であり、敵軍は混乱状態に陥る。

 

『敵部隊は混乱しているぞ! 体勢を立て直す前に、一気にたたみ掛ける!』

 

「聞いたわね? 全機、突入せよ!!」

 

『了解!』

 

 ジグムントが敵部隊の体勢の立て直しに手間取っている間に一気に畳み掛けると言えば、マリは隊に突入命令を出した。全員が応じれば、先行しているベアトリクスのヴェア・ヴォルフ大隊が先に仕掛ける。

 

『敵機接近!』

 

『撃ち落とせ! たかが博物館集団に負けるな!!』

 

 先行して攻撃してきたMiG-23の一個大隊に対し、浮足立っている連邦軍のドートレスやストライクダガー、アロザウラーは反撃が遅れ、瞬時に十五機も撃破される。

 多数の爆発が起こる中、雪原仕様のスコープドックもまともな反撃も出来ずに撃破されていく。更にはジグムントのシールドライガーの攻撃も入り、第一防衛ラインは呆気なく突破された。残っている連邦軍機は、空のバルキリーの編隊やジークフリートのバーサークフューラーにやられる。マリが率いるシュヴァルツェ・マルケンが来なくとも、敵の第一防衛ラインは突破できた。

 

『たかがガタ落ちの集団に何をしているんだ!? 早く迎撃しろ!』

 

 第一防衛ラインに展開していた部隊があっさりと全滅したことで、連邦軍部隊の士気は低下しかかったが、指揮官の一言ですっかりと持ち直し、数に任せてマリ等に襲い掛かる。

 地上と空からの同時物量攻撃だ。恐ろしい数のストライクダガーやドートレス、アロザウラー、コマンドウルフ、カノントータス、スコープドックが地上を埋め尽くし、空はヘビーガンやGキャノン、ジェムズガン、バリエント、ダガーL、ウィンダム、プテラス、ダブルソーダ、レイノスが埋め尽くしている。

 通常兵器部隊も軌道兵器と同様の数であり、物量でマリたちを圧し潰そうという魂胆だ。

 

『何あれ…!? BETAみたいな数じゃない!!』

 

『あんなの、突破できるの!?』

 

『異常すぎるぞ! BETAを遥かに上回っている!!』

 

『数が多すぎる! ここは…』

 

 レーダーの反応が赤で埋め尽くされるほどの数を見たシュヴァルツェ・マルケンの面々は怯んだが、マリの一声で正気に戻る。

 

「ここで退いたら、BETAにも負けることになる! あんたらがついて来なくても、私は一人でもやるわよ!」

 

『へっ、言ってくれるじゃないか! こんな数、レーザーヤークトに比べれば…!』

 

『ベルンハルトさんなら、この数も恐れずに行くはず!』

 

 マリの言葉に感化されてか、テオドールとカティアは気を取り直し、突撃砲を無数の連邦軍部隊に向ける。他の者たちも感化され、BETAよりも圧倒的な連邦軍に立ち向かう。

 

『ふん、あんな物量! 幾度もBETAを退けてきた我がNVAの敵ではない!』

 

『もう逃げるのは止めよ!』

 

『よく言うじゃないか…! これは退けないね!』

 

「アイアイが居なくても大丈夫そうね。じゃあ全機、[[rb:兵器自由使用 > オールウェポンズフリー]]! 奴らに黒の鉄槌を!」

 

『了解!』

 

 全員の士気を更に高めれば、マリは代表して先に上空を埋め尽くす連邦軍部隊に攻撃した。この後に僚機が対空射撃を行い、多数の連邦軍機を撃墜する。その後から柿崎らのバルキリー部隊がガンポッドの一斉射撃を行い、数十機も落とした。

 たかが数十機も落としたところで、連邦軍の数が減るわけではない。直ぐに百倍返しの反撃が来る。空と地上からの雨あられの攻撃にマリとシュヴァルツェ・マルケンは躱すが、ヴェア・ヴォルフのMiG-23は躱しきれずに被弾して撃破される機が目立ち始める。

 

『こんなことで!』

 

 凄まじい弾幕を躱しつつ、ベアトリクスのMiG-27アリゲートルは地上のストライクダガーの頭を蹴飛ばし、続けざまに搭載している全ての突撃砲を乱射して固まっている連邦軍機数十機を一気に殲滅する。

 他の僚機も同様に進路上の連邦軍機を片付け、シュヴァルツェ・マルケンの進路を開ける。

 旧型機ともいるMiG-21指揮官機型に乗るマリも、上空からの三機編隊で襲い掛かるウィンダムのビーム攻撃に機体を回転させて躱して、通り過ぎる三機に突撃砲の掃射を食らわせ、三機を一度に撃墜した。更には突撃砲下部の滑走砲をダガーLが二機重なったと同時に撃ち込み、二機を一発で撃破した。

 これには敵味方も驚きの声を上げる。

 

『一発で…!?』

 

『二機同時撃破だと!?』

 

『こんなの、大尉には出来ない!』

 

『本当に博物館送りなのか!?』

 

 見せた芸当に、マリは己惚れることなく地上で並んで走行してくる61式戦車やリニア・タンク、スコーピオン戦車を立て続けに撃破して、更に爆発反応装甲付きの盾のブレードを、ドートレスの胴体に突き刺して無力化する。

 凄いのは彼女だけではない。シールドライガーDCSに乗るコマンドウルフやアロザウラー、レイノスら十数機を数秒ほどで片付け、更にはヘビーガンの胴体をレーザーファングで噛み千切り、棒立ち状態の数機をビームキャノンで撃破した。

 ジークフリートのバーサークフューラーは寄進如く暴れ、何十機もの機動兵器が黒煙を上げて雪原の上に横たわっている。その数は増える一方だ。

 上空のジークリンデが駆るフリーダムガンダムは、フルバーストを続けて上空のバルキリー隊の仕事を奪うかのような戦果を挙げている。そのバルキリー隊も負けじと頑張っている。対峙している連邦軍が可哀そうに見えてくる。

 

『な、何がどうなっている!? 奴らは全部合わせて二個大隊だぞ! さっさと潰せ!』

 

 大したこともない数に、圧倒されている守備隊を見た指揮官は、更に数を増員して圧し潰そうとするが、単にやられていくばかりだ。流石のアクスマンも、これには冷や汗をかかずにはいられない。

 

『はぁぁぁ!!』

 

 アリサが得意とする長刀での接近戦で、ヘビーガンを切断して撃破した。

 テオドール機は短刀を投げナイフのように投げ、上空から仕掛けようとするバリエントに命中させて撃破する。他の僚機も連携を取り、徐々に連邦軍機の数を減らしていく。

 

『この数だぞ!? なんでこいつら逃げねぇんだ!?』

 

『お、俺たちが圧倒されている!?』

 

 たかが数十機の機動兵器に、自分ら圧倒的な数の連邦軍が押されていることに将兵たちは怯み始める。敵の防衛部隊の士気が低下したところを、マリは逃さず、一気に突入を命じる。

 

「敵は怯んでる。今よ! 全機突撃!!」

 

 そう言ってスラスターを吹かせ、部隊を先導して敵陣の奥深くまで突撃した。

 

『撃つな! 誤射が起きる!』

 

 無数の敵機が地上と空に居るが、誤射を気にしてか、下手に撃てずに見ているだけだ。対するマリたちは、一方的に撃って良い。

 

「シュヴァルツェ1より全機へ! 乱射しながら突撃! 今ある弾倉の分は撃ち尽くしなさい!」

 

 この指示に応じ、撃てないでいる連邦軍機に向けて容赦なく撃ち始める。一機、また一機と敵機が撃たれて倒れていく中、遂に目的のシュタージ・ファイルが保管されている施設が見えた。

 

『目標、視認!』

 

「もう少しね…」

 

『っ、敵機!!』

 

「そう簡単には行かないわね」

 

 施設が見えたところで、敵の練度が一気に上がった。

 雑魚ばかりのパイロットではなく、精鋭のパイロットが駆る機動兵器部隊がやって来たのだ。肩にはISAやUNSC、それに植民地海兵隊の所属を表すマークを付けたジェガンD型やグスタフ・カール、量産型ヒュッケバインMkⅡが襲い掛かってくる。地上からはコマンドウルフやシールドライガー、各勢力の精鋭らが乗る機動兵器が、マリ等に襲い掛かる。

 

『来たぞ、もうここからは楽はできん。気を引き締めて戦え!』

 

 向かってくる精鋭部隊に対し、雑魚を数機片付けたジグムントは気を引き締めるように警告した。

 短刀でGキャノンを切り裂いて撃破したベアトリクスは、見事な連携を組んで攻撃してくる海兵隊の機動兵器部隊に対し笑みを浮かべ、操縦桿を動かして短刀を仕舞、突撃砲を右手に持たせて迎撃する。

 

『ちょうど物足りなさを感じてた所だわ。さて、本番に行きましょうか!』

 

 迎撃しながら敵の攻撃を回避し、ジェガンD型一機を撃ち落とした。

 海兵隊員やISAのパイロットらは、最新式とも言える友軍機を落とした旧型機ともいえるMiG-27を駆るベアトリクスに対し、恐れおののき始める。

 

『な、なんだってんだ!?』

 

『あんなコイン機で、あの数を突破したのは本当らしい…!』

 

『ふざけやがって! 俺たちはやられ役ってか! 引きずり降ろして細切れにしてやる!』

 

 コイン機、即ちガタ落ちの機体である敵機に、自分らがやられるのが我慢できない連邦軍の優等生たちは、連携を組んで攻撃し始める。

 数を生かした連携だ。一機が囮をして、二機が囮に夢中な敵機を攻撃して撃破する。その精鋭部隊の戦法で、ヴェア・ヴォルフの脱落機が徐々に増える。瞬く間に、一個中隊がISAや海兵隊の機動兵器に撃墜された。

 

『えっ!? きゃぁぁぁ!』

 

『第三中隊、全滅です!』

 

『こいつら、強い!』

 

「もうそんなに!? 誰か回れない?」

 

 ヴェア・ヴォルフ大隊の一個中隊が全滅したことで、マリは誰か援護に回れるか戦いながら無線連絡を行うが、誰も援軍を得て持ち直した無数の連邦軍機の対処に精一杯で応じられない。

 

『こちら柿崎! 無理です! 敵が、敵が多すぎて!』

 

『無理だっての! こいつら、助っ人が来たからって、調子に乗りやがって!』

 

『駄目だ! 敵の士気がいきなり上がった! 背中を見せれば、こっちがやられる!』

 

『数が多い! そっちでなんとかやって!』

 

「あんた等、最強の兵士じゃないの!? もう!」

 

 柿崎は除き、最強とも言えるジグムント、ジークフリート、ジークリンデの三名が、雑魚相手にてこずっていると返ってきてか、マリは苛立ちながら上空から空襲しようとするダブルソーダ数機を撃墜した。

 連れてきた手練れたちも、無数の連邦軍機に取り囲まれて支援に迎えないようで、自分の中隊で行くしかない。だが、連邦軍がそう簡単に向かわせてはくれない。いつもの隊形を維持して前進しているのを、ISAの飛行隊に見られてしまった。

 大隊規模のレイノスの編隊だ。直ぐに見つけるや否や、ISAはシュヴァルツェ・マルケンに襲い掛かる。

 

『こちらファルコンリーダー、練度の高いコイン機の隊形を発見した! あれがCOG機と思われる! 強襲する!!』

 

『こちらファルコンコントロール、了解した! スカルファイターにもやらせる! 残しておけよ!』

 

『へっ、残すかよ!』

 

 そう本部に報告してから、編隊を組んでシュヴァルツェ・マルケンに強襲を仕掛ける。機銃掃射やビームによる攻撃だ。

 

『十二時方向、空から来ます!』

 

「全機、防御して! 足を止めるな!」

 

 カティアの知らせで分かれば、マリは全機に盾で防御するように命じ、全機は盾で空襲を防ぐ。一個大隊分のレイノスの掃射を耐えれば、旋回しようとするレイノスに、背部の突撃砲の掃射で反撃する。その反撃で数機が被弾し、雪原に落下していく。

 

『えぇい、しぶとい奴らだ! ファルコンリーダーより各機へ! 今度は背中をやる! 対空砲火にビビるな!』

 

 一機も落とせず、こちらに被害が出たことでファルコンリーダーは苛立ったのか、もう一度旋回して仕掛けると告げ、旋回しようとした。

 

『敵編隊、もう一度仕掛けてくる!』

 

『どうする? 背後から襲われれば一溜りもないぞ!』

 

「本当に誰か来れないの?」

 

『無理って言ってんでしょう!』

 

 クリューガーの知らせに、グレーテルが背後から襲われれば一溜りもないと言えば、マリは慌てて空戦部隊から誰か来られないかと問うが、誰もが連邦軍機に取り囲まれて行けないと返してくる。

 これにマリは中隊の誰かが犠牲になると思ったが、思わぬ援軍が空から来た。

 

『ファルコンリーダー、お前の直上にアンノウンが!』

 

『なにっ!? 全機、散会! 散会しろ! うわぁ!』

 

 本部からの知らせで、直上から来る思わぬ援軍に気付いたファルコンリーダーであったが、間に合わずに全機が撃破された。その思わぬ援軍とは、カルタ・イシューが駆るガンダムベレトであった。

 

 

 

 突如として現れたガンダムタイプのMSに、連邦軍の将兵らは恐れおののき始める。なんたって伝説のMSであるガンダムが、自軍の敵として現れたのだ。そんなのを相手にすれば、自分らが完全にやられ役となる。

 ガンダム伝説を知らない連邦軍参加勢力は、カルタのガンダムベレトに襲い掛かる。

 

『何がガンダムだ! たかが一機のMSだろうが!』

 

 ISAのパイロット一人が、自身の駆る量産型ヒュッケバインMkⅡで襲い掛かった。結果は予想の通り、あっさりと返り討ちにされた。カルタのガンダムベレトが振るった大太刀でバラバラにされたのだ。

 これにはその場にいる全員が戦慄を覚え、勝てるのかと思い始める。そんな彼らには目も暮れず、カルタは足を止めて固まっているマリのMiG-21に視線を向けた。

 

『見付けたわよ、マリお馬鹿さん。ここが年貢の納め時よ!』

 

『またあいつか!?』

 

 前搭乗者よりも余りに動きが良すぎるMiG-21を見て、カルタはその中隊長機にマリが乗っていることを理解したようだ。直ぐに大太刀の刃先を向け、ここが年貢の納め時だと告げる。見たことがあるテオドールは、直ぐにカルタの存在に気付いた。

 そんなガンダムベレトに連邦軍もまた容赦なく集団で襲い掛かるが、一騎当千の戦闘力を誇るガンダムフレームであるベレトの前では、スクラップになるばかりであった。

 

『あ、あれがガンダムの力か…!』

 

 残骸と化した友軍機を見て、連邦軍の将兵らは恐れおののき始める。雑魚を一掃したカルタは、こちらに構えるマリとシュヴァルツェ・マルケンに薙刀の刃先を向け、再び宣戦布告を行う。

 

『この私をコケにした罪で、もう投降は許さないわよ! 不死身であることを後悔させてあげるわ!』

 

『おい、あいつの登場を予定してたのか?』

 

「えぇ、期待してたけど。まさかこうもあっさりと…」

 

 テオドールからカルタの介入は予定のうちであるのかという問いに、マリはそうであると答えたが、流石にこのど真ん中に降りて来て、連邦軍機を一網打尽にするなど思いもしなかったようだ。

 全力で叩き潰す気満々のカルタのガンダムベレトに対し、何を考えてか、カティアのMiG-21が前に立ちはだかる。

 

『カティアちゃん、何をやって!?』

 

『ん? そんな博物館送りの旧型機で私と決闘でも申し込むつもりかしら?』

 

 前に立ちはだかる自分らか見れば、博物館送りの戦術機に対し、カルタは呆気に取られて攻撃もしない。そんなカティアは自分らを黙って行かせてくれるように、怒り心頭のカルタに交渉を始める。中々肝が据わった物だ。

 

『あの、私はカティア・ヴァルトハイム、いや、ウルスラ・シュトラハヴィッツです! ヴァセレートさんに怒っていることは申し訳ありません。代わりに私が謝ります! ごめんなさい!』

 

『こ、こいつ! 何を言っている!?』

 

『謝る!?』

 

『何言ってるの!? カティアちゃん!』

 

 そんなカティアは自分の真の名まで明かし、突撃砲を置いてマリの代わりに謝ると言えば、彼女の予想外過ぎる行動にカルタは困惑する。その謝罪は味方すらも困惑させ、マリですら何も言えなかった。

 とんでもないカティアの行動にカルタは驚きの余り動けずにいたが、連邦軍がそんな謝罪に付き合ってくれるはずもなく、シュヴァルツェ・マルケンごと潰そうと一斉攻撃を仕掛けてくる。

 海兵隊とISA仕様の重装備のスコープドック一個大隊による一斉射撃だ。更にこの一斉射撃にMSやPTのミサイル攻撃も加わる。

 

『何を固まっているか知らんが、攻撃のチャンスだ! 博物館送りと一緒に吹き飛べ!!』

 

『しまった!?』

 

「ちっ、こいつら! 可愛い子が謝ってるのに!!」

 

 マリが最後に言った後に、一同はミサイルの嵐に呑まれた。

 遅れてやって来たカルタ親衛隊と護衛部隊は、この攻撃でカルタ・イシューが死んでしまったのではないかと思い始める。

 

『いっ、イシュー様が!?』

 

『いくらこの攻撃でも…!』

 

 流石にこの攻撃では、いくらガンダムフレームのガンダムベレトでも持たない。

 そう思っていたが、予想は爆炎が晴れてから覆される。

 ガンダムベレトの名前の由来、ソロモン七十二柱の十三番目の悪魔ベレト。詳細は省き、簡単に説明すればよく怒る大魔王であり、礼儀正しく恋愛専門の悪魔だ。これほどカルタ・イシューに似合ったガンダムはそうは居ない。

 ベレトのみに搭載された特殊性能は、その名の通り搭乗者の怒りで自機の真の性能を解放させるものである。まだマリを捕えていないと言う怒りで、真の力を解放したカルタが駆るガンダムベレトは、連邦軍の精鋭たちが放った無数のミサイルを迎撃しきったのだ。更に恐ろしく、マリとシュヴァルツェ・マルケンの戦術機に殆ど損傷を与えずに。

 

『み、みミサイルを…!?』

 

『全部やりやがっただと!?』

 

『私たち、生きてます!』

 

 連邦軍の将兵らがありえぬ光景に驚愕する中、カティアはあの状況で生きているという奇跡に歓喜する。

 そんなことはお構いなしに、搭乗者の怒りで本来の性能を解放させたガンダムベレトは無数の連邦軍機に襲い掛かる。

 

『ぬぅぅぅ…! うぅぅぅッ!!』

 

『か、カルタ様が!?』

 

『怒っている! 怒っています!』

 

『な、なんだってんだ!?』

 

 カルタ親衛隊の面々が怒る上司に近付くまいと離れる中、怒りのオーラを纏って襲い掛かるガンダムベレトに、無数の連邦軍機は一斉射撃を行う。

 この攻撃を怒りつつも躱しており、ガンダムベレトは目に映る連邦軍機を次々と薙刀でまとめて叩き切るか、内蔵武器であるレールガンやビーム砲を撃って掃討する。その姿はまさに虐殺だ。連邦軍機は抵抗するが、潰されるばかりである。空中に居ても、射撃兵装で撃ち落とされるだけだ。

 ガンダムベレトの鬼神のような活躍で、ベアトリクスたちを圧倒していた脅威も無くなり、更に目標への進路が拓けたので、マリは巻き込まれる前に進むと告げる。

 

「全機、巻き込まれて死にたくなかったら動く!」

 

『りょ、了解!』

 

 この言葉に、一同は前の中隊長の如く従った。

 あんなBETAよりも脅威なMSに目を付けられれば、周辺で散らばっているスクラップの仲間入りを果たすだけだ。レーザーヤークトを何度も敢行した中隊の面々は直ぐに、それを理解して先導するマリの後へ続いた。

 

『こ、こっちに来るぞ!』

 

『撃て! 撃て! 近づけるな!!』

 

 単独でガンダムベレトが暴れる中、シュヴァルツェ・マルケンの接近に連邦軍の将兵らは畏怖し始める。

 あんな旧型機の編隊に、自分ら連邦軍が手も出せずに一方的にやられていくのだ。それだけで士気は落ち、中には戦線を放置して逃げ出す機も続出する。近接戦闘が行える距離まで接近すれば、中隊を阻んでいた全機が戦闘を止めて逃げ出した。

 

『なんだあいつら? 逃げ出したぞ。怖気づいたのか? 情けない!』

 

『羨ましいな、我が軍なら銃殺刑だ』

 

 自分らを前にして逃げた連邦軍機にグレーテルが呆れ返る中、クリューガーは羨ましがる。

 立ち向かう連邦軍機も居たが、中隊の前では案山子に過ぎず、一瞬で突撃砲の連射を受けて倒れるだけだ。最終防衛ラインも突破し、最終目標であるシュタージ・ファイルの保管所までたどり着いた。

 だが、最終防衛ラインはここであったらしく、今度はガンダムタイプの量産機が出てくる。量産型F91を初め、正式採用機のレイダーやカラミティ、フォビドゥン、ハイペリオン、ガンダムヴァサーゴ、ガンダムアシュタロンが出て来る。さらにゴジュラスやケーニッヒウルフ、シャドーウルフまで居る。

 

『っ! さっきの奴と同じ!?』

 

「まさかガンダムがこんなに!?」

 

 ガンダムタイプのMS部隊の登場に一同は驚愕したが、怯まずに突撃砲や滑走砲による攻撃を行う。的確な射撃であるが、敵ガンダムタイプには全く通じない。敵の装甲は突撃級よりも硬いのだ。戦術機の兵装では、全く太刀打ちできない。

 

『攻撃が通じない!?』

 

『どうすれば!?』

 

 迫ってくるガンダムタイプや巨大ゾイドに対し、攻撃を続ける中隊一同はマリに問う中、彼女は見えたガンダムベレトに向けて攻撃を行った。これにテオドールは、更に注意を集めてどうすると咎められる。

 

『馬鹿! 何をやってんだ!?』

 

「鈍い奴ね。あいつにこの化け物共の相手をさせるの」

 

『大丈夫なのか? あんな更にやばい化け物をこっちに呼んで?』

 

『こっちも巻き込まれない?』

 

「あんた等がいつもやってることじゃん。生き残るために頑張って」

 

 咎めたテオドールにカルタのガンダムベレトに、このガンダムタイプや高性能ゾイド集団の相手をさせると答えれば、経験豊かな隊員らから巻き込まれないのかと問われる。

 これに、マリは臨機応変に対応しろと言わんばかりの答えを出した。直ぐにグレーテルからの必死な指摘が入る。

 

『なんだその適当な指示は!?』

 

『臨機応変にやれっての!?』

 

『これなら大尉の方が良かった』

 

 マリに命を預けた面々が、その適当な指示に後悔する中、怒るカルタが駆るガンダムベレトが、シュヴァルツェ・マルケンのもとへやって来る。

 

『そこかぁぁぁ!!』

 

『き、来た!』

 

「全機、上空にジャンプして散会!」

 

 邪魔な雑魚を一振りで一掃したカルタは、東側の第一世代戦術機の集団を見るなり、恐ろしい剣幕を浮かべて迫って来る。物の数秒で戦術機とガンダムタイプ、高性能ゾイドが入り乱れる戦場にたどり着き、その全てを薙刀の一振りで両断する。

 振るわれた薙刀にガンダムタイプや高性能ゾイドが切り裂かれる中、マリは振るわれる数秒前に上昇して散会を命じれば、中隊全機は巻き込まれずに済んだ。

 

『この化け物! これでも食らえぇぇぇ!!』

 

「馬鹿! そいつにそれは効かない!!」

 

 圧倒的な装甲のガンダムタイプやゴジュラスを切り裂く薙刀の振りを躱した中隊であったが、ここに来てアネット機が勝手にガンダムベレトに長刀で挑んだ。

 上を取ったと見て、斃せると思ったのだろう。それだけであのガンダムを斃せると思っていないマリは止めようとするが、アネットは聞かずに長刀を振り下ろす。

 

『へっ…?』

 

『この雑魚がぁ! 邪魔っ!!』

 

 振り下ろされた長刀はガンダムベレトの片手に軽く止められた。無理もない、パワーが違い過ぎるのだ。虫けらのような戦術機に刃を振り下ろされた怒りに燃えるカルタは、その長刀の刃を砕き、更には地面に叩き付けてアネット機を戦闘不能にする。

 

『キャアアア!』

 

『アネット!』

 

『助けに行きます!』

 

「馬鹿! 行っちゃダメだって!」

 

 アネット機が戦闘不能される中、彼女を助けようとイングヒルトやカティアは救出に向かう。これにマリは止めるが、間に合わずにイングヒルト機はやられてしまう。撃墜は免れ、コクピットがある部分は無事であるが、中隊は二機を失った。カティア機はギリギリで避けたようだ。

 そのままガンダムベレトと交戦状態に入る。薙刀を避けるが、カティアは反撃を行はない。

 

『このままじゃカティアが!』

 

「私が行く!」

 

 攻撃を避けているが、第一世代機じゃいずれはやられるので、カルタが自分を狙っていることを知っているマリは、直ぐにガンダムベレトに接近した。気付いたカルタは、カティアを狙うのは止めてマリに薙刀を振るう。

 その薙刀を振るう速さは銃弾並みであるが、マリは機体の性能をフルに使ってそれを躱した。躱した後は空かさずに突撃砲や滑走砲を撃ち込むも、至近距離でもベレトの装甲を打ち抜くのは不可能であった。即座に二撃目が、マリの戦術機に振るわれる。

 

『死ねぃ!』

 

「きゃっ!?」

 

 回避する時間がないため、爆発反応装甲付きの盾で防御したが、薙刀は想定外の威力であり、盾を持っている左腕が衝撃に耐えられずに砕け、その凄まじい衝撃はマリが居るコクピットまで届いた。この衝撃でマリは額を打ち付け、切れて流血する中、基地の方まで吹き飛ぶ。

 空を旋回していたレイダーガンダムにぶつかり、更にはカラミティガンダムの近くに、マリが駆るMiG-21指揮官機型は落ちる。

 落ちてきた敵機に、カラミティは直ぐにとどめを刺そうとしたが、上空のレイダーガンダムやフォビドゥンガンダムを纏めて切り裂いたガンダムベレトが迫り、反撃する間もなく、薙刀に両断された。

 

『今度こそ、死ねっ!!』

 

 一気に三機のガンダムタイプを破壊したカルタのガンダムベレトに、マリは臆することなく対人用に取っていた閃光弾を発射し、目を眩ませた。

 

『ぐっ!? 何処だ!?』

 

 相手の目が眩んでいる内にマリは離脱して施設の近くに機体を倒れさせた後、既に限界の機体から飛び降り、無線機で中隊全機になるべくベレトと戦わないように、最後の指示を出す。

 

「中隊全機に通達。これが最後の指令よ。私はあんた等の中隊長を助けに行くから、生き残るためになるべくベレトを戦わせないで。それと私の仲間に、脱落機の護衛をさせるから、心配は無用よ」

 

『あぁ、中隊長は任せたぞ!』

 

『あんたに期待するのは癪だけどね。頼んだよ!』

 

『大丈夫! 天子様なら出来るよ!』

 

『そうです! ヴァセレートさんなら絶対にできます!』

 

『ふざけないでね!』

 

『絶対に助け出せ! 出なければ殺してやる! 分かったか!?』

 

 最後の指示の後に、予め待機させている仲間に墜落したアネットやイングヒルトを助けさせていると言って安心させれば、交戦している中隊の者たちからアイリスディーナを必ず助け出すようにと釘を刺された。

 

「ばーか。私も生きてもらわないと困るのよ。ムカつくけど」

 

 最後のグレーテルにマリは絶対に生きて助け出さなければ、ルリの居場所へ辿り着けないので、彼女も必至である。

 そんな彼女を迎え撃つべく、植民地海兵隊の海兵隊員らは防衛線を張り、手にしているパルスライフルやスマートガン、分隊支援火器を撃ちまくる。更には重機関銃に二十ミリまで配置しており、それまで景気良く撃ってくる。練度は連邦軍の標準歩兵とは大違いであるが。

 

「アパズレが来たぞ! 撃て、撃て!!」

 

 その弾幕は人間をミンチにする過剰な物だ。これに驚いたマリは遮蔽物に身を隠して強力な手榴弾を何処からともなく取り出す。安全ピンを外せば、弾幕に当たらないように姿勢を低くし、敵が集中している場所に向けて投げ込んだ。

 

『グレネード!』

 

 その声の後に手榴弾が爆発を起こし、防衛線を張っていた海兵隊員に大損害を与えた。

 この隙にマリは右手にM92F自動拳銃を、左手にはCZ75自動拳銃を持って体勢を立て直す前の海兵隊員らに突っ込み、抵抗しようとする残った海兵らを一気に制圧する。

 衛士の強化装備のまま出てきたので、動くたびに彼女のFカップが揺れていた。アイリスディーナには劣るが、それでも男性の目を引くことは間違いないだろう。

 

「さぁ、待ってなさい」

 

 出入り口の防衛線を張っていた海兵隊を全滅させたマリは。奥に居るアイリスディーナの元へ向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東ドイツの終わり 後編

 マリが機体を放棄して施設内へと突入した頃、連邦軍とワルキューレの追跡隊との三つ巴の戦いを繰り広げるシュヴァルツェ・マルケンとジグムントらは、永遠とも思える戦いに疲弊していた。

 

「こいつら、一体どれだけ出て来るんだ!?」

 

 戦術機のMiG-21やMiG-23の部品を組み込んだ現地改修機に乗るテオドールは、破壊しても次から次へとBETAの如く出て来る連邦軍機を相手に、息を切らしていた。二つ目の敵であるワルキューレの追跡隊のジンクスⅣやグレイズ、VF-31Aイカロスなどが参戦しているが、焼け石に水の状態だ。圧倒的物量の連邦軍に押されつつある。

 高性能機に乗るジグムントやジークフリート、ジークリンデまでもが、連邦軍の圧倒的な物量に押されている。そこに通常兵器部隊や歩兵部隊も加われば、BETAよりもタチの悪い包囲網の完成だ。

 

「おい、あんた等! 俺たちよりも良いのに乗ってるだろ!? なんでこんな雑魚相手に苦戦してんだ!?」

 

『うるせぇぞ! 赤毛のスケベが!! こっちとら囲まれて袋叩きの状態なんだぞ!』

 

『こちらも包囲されて身動きができん! うわっ! そっちで何とかしろ!』

 

『こちらは集中砲火を受けて、向かえない! 他の機体も同様にね!』

 

 自分らよりも高性能な機動兵器に乗るジグムントやジークフリート、ジークリンデに救援を請うが、向かえるはずもなく、そっちで何とかしろと言われるばかりだ。

 第二世代のMiG-27に乗る自分らより対人戦に慣れたベアトリクスでさえ、無数の連邦軍機相手に苦戦している。そればかりか、もう一個中隊しか残ってないと言う前に告げる。

 

『こっちに頼ろうとしても無駄よ。もう私の中隊しか残ってないわ。はぁ、相手は戦術機が湧く壺でも持っているのかしら?』

 

「こんな時に、笑えない冗談を」

 

 敵は機動兵器が湧く壺を持っていると、ベアトリクスは冗談交じりに言えば、テオドールは笑えないと答え、得意の短刀を持って、上空から仕掛けてきたジェムズガンの胴体に突き刺して無力化させる。直ぐに引き抜き、突撃砲に持ち替えて敵機の掃討を続ける。

 敵ガンダムタイプは、カルタのガンダムベレトが引き付けているが、いつガンダムタイプが全滅して、ベレトの注意がこちらに向くか分かったことではない。

 先に脱落したイングヒルトとアネットは、マリが派遣した救出部隊が回収しているようだが、敵に包囲されて墜落現場から動けないでいる。もう八方塞がりだ。例えマリがアイリスディーナを救出しても、連邦軍の物量の前では無意味だろう。

 

『畜生が! あんとき降りれば良かったぜ!』

 

 数十機のMSやゾイドを一気に仕留め、圧倒的強さを見せるジークフリードであるが、敵は仕留めた二倍以上の数で再び攻撃してくる。無数の出て来る敵機に、ジークフリードはマリについて来たことを後悔する。今さら後悔したところで、もう遅いのだが。

 ジグムント、ジークリンデもこの無数の連邦軍機に苦戦する中、この場で唯一コクピットを外しながら敵機と交戦しているカティア機が、遂に敵機の攻撃を受けて地面に墜落していった。やったのは、海兵隊のジェガンD型である。

 

『きゃぁぁぁ!!』

 

『へっ、お高く気取るからよ!』

 

「カティア!? この野郎!」

 

 墜落していくカティア機にとどめを刺そうとする海兵隊のパイロットの声を無線で聞いたテオドールは、怒り任せにその敵機に突っ込む。

 

『なんだぁ? お仲間をやられて怒ったか?』

 

『へへっ、ぶっ殺せ!』

 

 突撃してくるテオドール機に対し、四機のジェガンD型に乗る海兵隊のパイロットたちは連携を取って対処する。

 テオドールも実戦経験豊かな衛士であるが、向こうは火消し役として戦線崩壊を防いできたプロだ。カティアを救いたい一心で突撃したテオドールの攻撃を避け、胴体に蹴りを入れてビームライフルで仕留めようとする。だが、彼には義妹が居る。リィズがその援護に回る。

 

『お義兄ちゃん!』

 

『っ!? あいつ等、こんなコイン機も抑えられねぇのか!』

 

 リィズの救援により、一気にジェガンD型が撃墜されれば、残る三機はリィズを抑え込めなかった友軍に文句を言いながら対処する。救出されたテオドールは敵機と交戦しつつ、リィズにお礼の言葉を述べる。

 

「済まない、リィズ。お前が来なかったらやられていた」

 

『もう、お義兄ちゃん熱くなりすぎ。もうちょっと私に頼ってよ。それと、カティアちゃんが…』

 

「こいつらをどうにかしないと、助けにも行けない…! 無事でいてくれ、カティア!」

 

 マリが呼べない状況で、カティアの身を案じる二人は、それを邪魔している敵部隊を排除するために奮闘する。

 一方で墜落したカティアの方には、ワルキューレの追跡隊の戦車が向かっていた。戦車の車種は西ドイツのレオパルド1主力戦車だ。そんな旧式の戦車の車体に、あの砲兵士官のレイリィ・ミラーが一顧分隊ほど部下たちと共に乗っている。何をする気であろうか?

 

「あいつ等、何をする気だ?」

 

 戦闘中でも気付いたテオドールは、カティア機に向かっている旧式の戦車に気付いたが、敵機が多すぎて向かえない。

 そんな仲間の救出に向かおうとするテオドールの気持ちを他所に、レオパルド1はカティア機に到着。衝撃で落ちそうになった部下の首根っこを掴んで落ちるのを阻止し、レイリィは部下らと共に飛び降りる。

 

「急いで配置して! この戦術機の残骸はいい盾になるわ!」

 

 どうやら迫撃砲を設置するようだ。墜落したカティア機は、さぞ良い盾になるだろう。レイリィの指示で、直ぐにHK33自動小銃を持つ砲兵らが迫撃砲を組み立て始める。更に三両ほど兵員用の雪上車が来れば、そこから同様の装備と分解された迫撃砲とその弾薬箱を持った残り三個分隊が来る。

 僅か数秒で、カティアの墜落したMiG-21は迫撃砲陣地へと変わった。間抜けにも直ぐに降りてきたカティアは、さっそくレイリィらの捕虜にされる。

 

「あら、まだ生きてたの? 邪魔にならないよう、そこに居て」

 

「えっ? は、はい…」

 

 言う通りに捕虜になったカティアは、毛布を掛けられて機体の脇に座らせていた。見張りは居ないので、逃げることなど容易だろうが、単にいう通りにしているか、逃げれば死ぬことが分かっていて大人しくしている。これにはレイリィの部下の一人が、見張りを付けなくていいのかを問う。

 

「あの子に見張りは必要なんでは?」

 

「馬鹿ね。こんな広い戦場で徒歩なんかで逃げ切れるなんて、よほど運が良くないと駄目よ。それよりあの敵の砲兵陣地に向けて砲撃よ! 装填を手伝いなさい!」

 

「えぇ、イエッサー!」

 

 どうやらレイリィはカティアがこの場で、捕虜になるのが正解と分かっているつもりであるらしい。そうと思っている彼女は、敵の砲兵陣地に迫撃砲弾を浴びせられるここから、砲撃すると言って指示を出す。

 指示通りに迫撃砲小隊は迫撃砲を組み立てて設置し、砲撃の指示を待つ。レイリィが迫撃砲弾の射程距離を考えながら地図を見れば、直ぐに砲身の角度にするように指示を出した。砲身を指示された通りにして報告すると、砲撃命令が出される。

 

「角度良し!」

 

「効力射、撃て!」

 

 命令が出た後、直ぐに砲弾を砲身に入れ込み、砲撃を始める。決められた場所に命中するかどうかの試し撃ちである。少し着弾点からずれると、双眼鏡で見ていたレイリィから修正するように言われる。

 

「ずれた! 三度修正後に修正射!」

 

 言われた通りにハンドルを回して修正を行い、直ぐに修正射を発射する。砲身に入れられ、下の信管を突かれた砲弾は砲身から飛び出し、放物線を描きながら目標である敵砲撃陣地に命中する。

 弾薬箱にも命中でもしたのか、派手に花火を上げて近くに置いてあるロケット砲の担架が宙を舞う。数秒後には連邦軍の砲兵陣地は派手な爆発音を響かせながら吹き飛んだ。

 

「やった! 派手な花火ですよ!」

 

「ちょっと感心しないで! 次、行くわよ!」

 

 敵の砲撃陣地を潰したが、連邦軍の砲撃陣地はまだあるので、レイリィは次をやると言って別の砲撃陣地に対する照準を始める。この様子を、カティアはただ見ていた。

 シュヴァルツェ・マルケンかワルキューレが優勢に思えるが、依然として連邦軍の物量は圧倒的だ。あのカルタが駆るガンダムベレトでさえ疲れてきたのか、疲弊している。

 このままでは押し切られる。

 そう思ったテオドールは、早くマリにアイリスディーナを確保するように、聞こえぬ願いを口にする。

 

「早く大尉を、アイリスディーナを助けろよ! あの女!」

 

 自分勝手なマリに対する悪態を吐きながら、テオドールは目の前の敵機を短刀で切り裂いて撃墜した。

 

 

 

 単独で基地に突入し、アイリスディーナ救出を担当するマリは、向かってくる海兵隊員を殺しながら内部へと進んでいた。

 植民地海兵隊が持つパルスライフルなどの火器は強力であり、受ければ防弾仕様の衛士強化装備でも紙切れのように切り裂かれる。物の数秒で、マリは殆ど裸に近い状態にされた。

 

「最悪!」

 

 直ぐに強化装備を魔法で剥ぎ、動き易い弾帯付きベストの戦闘スーツに着替えれば、少しの間、時間を止めて敵の中心に飛び込み、その場に居る全員に二丁拳銃の銃弾を弾切れになるまで撃ち込む。弾切れになったところで時間を元に戻し、全員が銃弾を受けて倒れこんだところで奥へと進む。

 通路へ入れば、配置してある銃座が火を噴き、大口径弾がマリの身体を切り裂かんと大量に迫る。これをマリは時間と少しの間だけ止めて遮蔽物に飛び込み、動いたところで手榴弾を取り出して投げ込んだ。

 

「グレネード!」

 

「雑魚のくせして!」

 

 投げるのが速かったのか、直ぐに手榴弾は返って来る。これを魔法障壁で守れば、倍返しに大量の州榴弾を投げ込んで銃座を破壊する。だが、それでも海兵隊は怯まず、自費購入の物か、ポンプアクション式の散弾銃を撃ち込んで来た。

 

「このドールが! ハチの巣になりな!」

 

 女の海兵隊員の怒号と共に、他の海兵隊員らも手にしている銃をマリに向けて撃ちまくる。それをマリは魔法障壁で守りつつ、二丁拳銃から異次元より取り出したSG551自動小銃で、目前の全員分撃ち込んで全滅させた。

 

「エネミーコンタクト!」

 

 全滅させても海兵隊員はまだ来る。直ぐに背後を向き、背後から襲い掛かろうとする海兵隊員を一掃する。弾切れになれば直ぐに空の弾倉を弾き、異次元より取り出した満タンの弾倉に付け替え、薬室に弾丸を込めて移動する。

 通路を何の警戒もせず、ただ走っていれば、真下に地雷があるのが見えた。対人用地雷だ。こちらから見えない場所にはおそらく海兵隊員が隠れているだろう。これにマリは時間を止め、一気に地雷原と化したその通路を駆け抜け、いつの間にか自分の背後に回られて驚く海兵隊員らを容赦なく魔法で殲滅する。

 

「なっ!? いつの間に!」

 

「撃て…ぐえ!?」

 

「後どのくらい?」

 

 追尾式の魔弾を放ち、待ち受けていた海兵隊員らと対人地雷を殲滅すれば、アイリスディーナのいる奥へと急ぐ。

 映像で要請した海兵隊員らが全くマリを止められないことに、エルランは顔を青ざめさせ、恐怖して失禁までする。無理もない、あれほどの戦力を汗一つかかずに殲滅しながらこちらに迫っているのだ。流石のアクスマンも額に汗を浸らせ、機動歩兵に出撃を命じる。

 

海兵隊(マリーネ)ですらこの様か。機動歩兵、出動せよ!』

 

 このアクスマンの指令に、機動歩兵二個中隊がマリ一人を殺すために出動する。直ぐに現場に到着し、多彩な火器で海兵隊と交戦中のマリを攻撃するが、彼女の魔法に塞がれ、爆炎より来た魔法の刃で数名が惨殺される。

 

「ひっ!?」

 

「わっ、わぁぁぁ!!」

 

 数名が両断されれば、機動歩兵らは怯えて手にしているライフルを乱射するが、時間を止めて懐まで迫ったマリは、自分の愛刀であるバスタードソードを抜き、自分に立ち向かった海兵隊員共々、機動歩兵全てを斬り捨てる。

 悲鳴が響き渡り、辺り一面が血で真っ赤になる中、返り血塗れのマリは、こちらの見ているカメラの先に居るアクスマン等に恐ろしい目付きで睨み付け、無言で今から殺しに行くと宣言した。

 

「ひっ!? な、なんなのだ、あの女は!?」

 

「た、助けて…助けてください…アナ様…!」

 

 蛇に睨まれたカエルの如く、怯えたアクスマンは余裕を失って思わず尻もちをつき、エルランに至っては主君であるアナに助けを求めている。そのアナことコンスタンティナ・アナ・カポディストリアスは、専用端末の映像の向こう側で、ずっとことの様子を見ているだけだが。

 それからマリは移動を再開し、遭遇する海兵隊員や機動歩兵を殺しながら奥へ向かう。ルリへと繋がるカギであるアイリスディーナを救出しに。

 

「着いた」

 

 数分もしない内に奥部へと辿り着いたマリは、顔に着いた返り血をハンカチで拭い、真っ赤に染まったハンカチを捨てた。

 ここまでに至るまで、植民地海兵隊一個大隊は全滅し、機動歩兵二個中隊は待ち受けて恐れ戦いている小隊を除いて全滅している。マリも撃たれて血塗れで、返り血と合わさって顔以外が真っ赤になっている。

 彼女の心情なら今すぐシャワーを浴びたい気分であろうが、今はアイリスディーナを救出してからである。

 

「う、うっ、撃てぇ!!」

 

 少し息を整えてこちらを見据えるマリに対し、機動歩兵の小隊は小隊長の命令と共に発砲を開始したが、弾は彼女に到着する前に全て止まった。

 発砲を終える頃には、全ての弾がそこで止まったようにそこに浮いていた。これを見た機動歩兵らは恐怖し、動けないでいる。まだ戦う意思があると判断したマリは、機動歩兵らが放った銃弾を返した。返された弾丸は機動歩兵の切り裂き、物言わぬ肉塊へと変えた。

 一瞬のうちで三十人以上を惨殺したマリに、アクスマンとエルランは恐怖を覚える。警備や護衛を担当する兵士らは、死の恐怖でその役目から逃げ出し始める。アイリスディーナは勝ったと思い、微笑んだ。

 海兵隊一個大隊を全滅させ、増援として投入した機動歩兵を皆殺しにして、こちらを見ているマリに対し、アクスマンは最後のカードであるスパルタンを投入するしかないと判断して受話器を握って叫ぶ。

 

「スパルタンⅤ! あの女を殺せ!!」

 

 

 

 このアクスマンの指示に応じ、かの有名なマスターチーフと同じくも、最新鋭のミニョルアーマーを身に着けた数名の兵士、その名もスパルタンが現れ、マリを包囲する。

 彼らはマスターチーフよりも三つ後輩のスパルタンⅤだ。前の安定した強化兵士計画であるⅣや、使い捨ての英雄であるⅢを合わせた五番目の強化兵士計画である。

 人員はⅣと同じく志願した者たちであるが、強化には成否があり、失敗した場合はⅡやⅢとは違い確実に死亡する。軍を問わず一般からも志願者を募ったため、その数はⅢを上回る。

 そんな闇を漂わせる強化兵士の集団に包囲されたマリは、動じることなくナイフを抜いて斬りかかってきたスパルタンⅤの斬撃を躱して剣で切り込むが、シールドで防がれる。

 

「ちっ、面倒!」

 

 魔法の衝撃波で周囲のスパルタンⅤを吹き飛ばし、マリはアーマーのシールドすら粉砕するほどの魔法攻撃を行い、一人のスパルタンⅤを爆殺する。

 一人がバラバラにされたが、残り十五名のスパルタンⅤは死すら恐れることなく、マリを殺そうと手にしている火器を撃ってくる。レーザーにロケットランチャーが遠慮なしに離れるが、マリの魔法障壁を破ることは出来なさそうだ。

 攻撃が止んだところで、マリは反撃に転じて一人を異次元より取り出した神聖なる槍で貫くが、槍を突き刺されたスパルタンⅤは痛みを感じていない様子で、彼女を抑え込もうと掴み掛って来る。これにマリは嫌気を感じ、振り払おうとする。

 

「っ!? 離してよ!」

 

 死を恐れず、標的を殺そうとしてくるスパルタンⅤに向け、マリは左手に召還した自動拳銃を至近距離から撃つが、アーマーはシールドが無い状態でも防弾性能を有しており、弾かれるばかりだ。頭部のヘルメットも同様である。

 物ともせずに手を伸ばしてくるスパルタンⅤに、今度は自分のバスタードソードをヘルメットに突き刺して完全に息の根を止める。これで後十四名。その瞬間に三名が飛び掛かり、二名がマリの身体を抑えてから両足の骨を蹴り折り、一人が首を掴み、握り殺そうとしてくる。

 気付いた瞬間に時間を止めようとしたが、スパルタンⅤが速過ぎて間に合わなかったようだ。

 

「くっ、かっ…!」

 

 両手両足を二名に抑えられ、更に首を絞められる中、二名が加わって引き抜いたナイフを何度も突き刺してくる。これで何度もマリは殺され、再生を繰り返す。

 幾百もの精鋭を殺してきた女を、二名の損害だけで手を封じたスパルタンⅤの戦闘力に、アクスマンは勝利を確信して、彼らにマリを殺し続けるように告げる。

 

「ははは! いいぞ! その調子だ! その女を殺し続けろっ!! 我々に許しを請うまでな!!」

 

 狂気染みた笑みを浮かべ、殺し続けろと叫ぶアクスマンの指示に応じ、スパルタンⅤ等はマリを殺し続ける。床一面が彼女の血で真っ赤になり、マリが死のうが生き返ろうが関係なしにスパルタンⅤは殺し続ける。アーマーが返り血で真っ赤になっても、標的が完全に屈服するまで殺し続けていた。

 殺され続けているマリは、何か言いたそうに自分の首を絞める黒いアーマーのスパルタンⅤを睨み付けるが、ヘルメットで素顔の見えないスパルタンはずっと彼女の華奢な首を絞め続けるだけだ。

 この光景を見たエルランは余りにもおぞましい光景であるのか、床に向けて嘔吐していた。縛られているアイリスディーナの方は、何も動じていない。

 疲弊したのか、マリを殺していたスパルタンⅤのチームは、まだ血で汚れていないチームが代わり、そのチームが代わりに虚ろな表情を浮かべる血塗れな彼女を抑え、殺し始める。

 今度のやり方は残忍であり、呪文や何かをされることを警戒して両手両足をあらぬ方向に折って固定し、更には目にナイフを突き刺したまま、挙句に腹を裂いて内臓を抉り出したが、死なぬように痛覚だけを与え続ける。首は抑えていないので、余りの痛さにマリは絶叫し続ける。

 

「あぁぁぁ! 痛い! 痛いっ!!」

 

「おっと、こいつは少しやり過ぎたな。どうだ? これでも我々の負けだと?」

 

 絶叫して泣き始めるマリを見て、少々気が引いたアスクマンであったが、確実に手も足も出ない状態にしたところで勝利を確信し、自分らが負けると言っていたアイリスディーナの髪を掴み、痛がって泣き喚く彼女の姿を見せながら、撤回しろと言わんばかりに告げる。

 最大の味方であり、敵にしたくない女があのような状態にされても、アイリスディーナの顔は絶望に染まっていなかった。

 

「まだだ、まだこんな物ではない…! あれは神その物で不老不死…」

 

「なに? この期に及んでまだそんな世迷言を! こんなものを付けているから、神様の存在を信じたくなるのだな? そうだろ!」

 

 自分が想像していたのとは違うことを言うので、冷静沈着さが更に欠けたアクスマンはアイリスディーナの頭を床に叩き付け、意識が朦朧としている彼女から、首に掛けている十字架を引き千切り、床に叩き捨てた。

 もうマリは戦闘不能どころか、再起不能と断言しても良い状態なので、アクスマンは彼女を抵抗できないようにそのまま固定するように指示を出す。

 

「まぁ良い、勝ったのは我々だ。もう彼女は我らの手中に入っている。そのまま固定しろ。いささか煩いかもしれんが、この状態がベストだ。これなら抵抗は出来ないはず…なんだ、煩くないぞ。殺したのか?」

 

 あんな状態でどう切り抜けられるわけがない。そう思っているアクスマンはマリの移送をスパルタンⅤに命じたが、彼女が急に静かになったことに気付き、殺したのかと問うた。その直後、マリの腹を掻っ捌いて内臓を引きずり出したスパルタンⅤの様子がおかしくなる。

 

「うわぁぁぁ!? あの女が! あの女が俺の中に!!」

 

「どうしたシュヴァルツ13!? 一体何を言っている!?」

 

 シュヴァルツ13と呼ばれたスパルタンⅤに対し、部隊長のスパルタンⅤは何を言っているのかを問うが、そのスパルタンは先と同じ意味の分からないことを言い続ける。

 

「俺の中に、あの女がいるんだ! 本当に居るんだ! 俺の中に入ってきやがった! 俺を殺そうとしてやがる!!」

 

「何を言っている? 念のために奴の脈を調べろ。何かの能力かもしれない」

 

「畜生が! 俺の中から出ていけ! これは俺の身体だぞ!」

 

「何が起こっている…?」

 

 部隊長が他のスパルタンに動かなくなったマリの脈を調べるように言えば、アクスマンは何が起こっているのか不安になり始める。そんな中、マリに身体を乗っ取られたと喚き散らしているシュヴァルツ13は、ヘルメットを脱いで床に叩き付け、頭を毟りかき始める。

 血が出るほどに毟りかくので、止めさせようとするが、シュヴァルツ13は止めない。更にパニックを起こして、ナイフを自分の頭に突き立てて抉ろうとする。

 

「おい、何をしている!?」

 

「や、奴を、奴を取り除かないと…! あの女に、そこで死んでいる女に乗っ取られてしまう…!」

 

「死んでます! また生き返るかも」

 

「何を言ってる? あの女は死なない。生き返ったって、また苦しむだけだ。おい、生き返ったか?」

 

「蘇生はまだです」

 

 マリに身体を乗っ取られると喚くシュヴァルツ13のナイフを握る手を抑えつつ、部隊長は生き返ったかどうかを問うが、部下はまだ生き返ってないと答える。

 そんな状況が数秒ほど続くと、シュヴァルツ13は突然大人しくなった。ナイフを握る手も緩み、下に垂れ下がる。

 

「どうした?」

 

「…こいつの身体でいっか」

 

「っ!?」

 

 

 

 突然しゃべり出したシュヴァルツ13に、部隊長と他のスパルタンⅤは殺気でも感じたのか、直ぐに距離を取って手にしている小火器を撃ち始める。凄まじい弾幕にシュヴァルツ13は原形を留めない挽肉と化し、辺り一面が血で真っ赤に染まった。

 

「なんだと言うのだ!? 何が起こっている!?」

 

 状況を理解できないアクスマンは問うが、エルランは子供のようにただ震え、アイリスディーナは笑っている。この中で冷静なのは、スパルタンⅤらのみだ。周囲を警戒していれば、女性のスパルタンⅤがマリの死体が突如となく消えていることを知らせた。

 

「死体がありません!」

 

「なんだと!? まさか、誰かに憑依を!? 全員、あの女の幻聴が聞こえるか!?」

 

 標的の死体が無い事に気付いた部隊長は、マリの幻聴が聞こえるかどうかを問えば、全員は首を横に振る。これに部隊長は安心して誰にも憑依されていないことが分かれば、スパルタンではないアクスマンやエルラン、アイリスディーナに銃口を向けた。

 銃口を向けられたアクスマンは慌て、自分らを疑っているのかを怒鳴る。

 

「なんのつもりだ!? 私にはお前たちの言う幻聴など聞こえんぞ! 銃を下せ!!」

 

「我々はその手の類と交戦した経験がある。我々にもその疑いもある。閣下、貴方には彼女の声が聞こえておりますか?」

 

 アクスマンに銃を下ろせと怒鳴られたが、部隊長はそれを無視してエルランにマリの幻聴が聞こえるかどうかを聞いた。だが、既にマリはスパルタンⅤの中に混じっており。数人を目にも止まらぬ速さで殺害し、殺したナイフで部隊長に切り掛かった。

 

「クソっ! 演技なんぞしやがって!」

 

 気付いた部隊長は左腕でナイフの刃先を受け止め、素早く抜いた拳銃で元部下だった女性スパルタンⅤの頭部を撃って射殺した。頭を撃たれたスパルタンⅤは倒れたが、再び起き上がり、ヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

「ばれた? なに、このアーマー? 重いんだけど」

 

 射殺されたはずのスパルタンⅤの正体は、マリであった。訓練を受けていない彼女にとってミニョルアーマーは大変重苦しいのか、衝撃波を唱えて吹き飛ばし、動き易い服装に魔法で着替える。

 

「この魔女が!」

 

 共に辛い適正訓練を合格した仲間を散々殺し、挙句に自分に殺させたマリに対し、残りのスパルタンⅤは一斉に殺しにかかったが、マリの召還した武器による攻撃で三名が串刺しにされる。残りはそれを弾きながら接近するも、マリがいつの間にか持っていたバスタードソードで切り裂かれる。

 二人が同時に切り裂かれてバラバラの死体となった後、残りはボロボロな部隊長一人であった。

 

「どうなっている…! これは夢か!? 俺たちは、俺たちスパルタンⅤは、人類で最強なはずだ!! あの訓練は、適性検査は、一体何だったんだ!?」

 

 自分たちは最強となったはず。

 なのに、この剣を持った華奢な金髪の女に殺された。例えるなら、主役を強く見せるために殺される敵役のように。そんな悔しさを叫びながら、道連れにしようと余っている手榴弾の安全ピンを抜き、掴み掛って来る部隊長に対し、マリは慈悲の言葉を掛けながら敬意をもって、高価な剣を放った。

 

「それは間違ってない。あんた等の努力は何も間違ってないし、最強だった。でも、相手が私だから可哀想な結果になった。だから、ごめん。あんた等より強過ぎて…」

 

 マリが慈悲の言葉を言い終えた後、高価な剣、宝剣は部隊長の胸に突き刺さり、彼の息の根を完全に止めた。

 

「全滅、だと…!? あ、あの怪物クラスのスパルタンⅤが全滅…!? こ、これは…夢ではない! 現実!? 逃げなければ、逃げなければっ!!」

 

 精鋭部隊を全滅させたマリに恐怖したアクスマンは完全に冷静さを失い、恐慌状態となってアイリスディーナを放って何も持たずに逃走した。エルランはまだ生きていて震えるばかりだが、今は脅威ではない。アナが映っている端末にしがみ付こうとしているが。

 そんなアクスマンやエルランを無視して、マリはアイリスディーナを解放した。

 

「感謝する。だが、奴は逃してはならない。銃はあるか?」

 

 拘束を解除したマリに感謝の言葉を述べたアイリスディーナであるが、機会主義者で日和見主義者であるアクスマンを生かしておけば、後ほど厄介なことになると判断してか、彼女は銃を要求する。

 

「なんで? あんなの…」

 

「駄目だ。あの男は機会主義者だ。貴様が居無くなれば、私たちに復讐を始める。ここで憂いは経っておかねばならない」

 

「そっ。まぁ、これだけやられたら殺したくなる気持ちもあるけど。返り討ちにはならないでね」

 

「あんなのに殺されるほど、私はか弱くはない」

 

 この要求にマリはCz75自動拳銃を出し、弾も渡してからアイリスディーナは弾倉を本体に装填した。それからマリに死なないように釘を刺されてから、安全装置を解除して、逃げるアクスマンを追跡する。

 救出対象がアクスマンを追跡する中、マリは端末に縋り付いて、画面に映る人物に助けを請うエルランを踏み付けて端末を取り上げ、今謝るなら殺さないと告げる。

 

「あんた、ルリちゃんを殺すとか言ってるけど。もうあんたより先に会えるから、あの時の殺すって話は無しにして謝るなら許すわ。でも、私にこんな目に遭わせた代償は高いわ。全国ネットで裸になってオナニーするなら許してあげるけど?」

 

 要求された屈辱的な謝罪方法に、アナは応じることもなければ怒ることもなく、いつもの無表情を浮かべ、状況を理解しているのかを問う。

 

『状況を理解しているのか? 不利なのは貴様の方だぞ。海兵隊員や機動歩兵、スパルタンⅤを倒したようだが、そこには四百万余りの兵力がある。圧倒的な力をお前が見せ付ければ兵は怯もうが、そこの地球ごと消滅させられると言うことも忘れているようだな』

 

 確かにまだ連邦軍の方が圧倒的だ。いくらマリとは言え、四百万の大兵力を相手では勝てる見込みはない。物量の波に圧され、こちらが疲弊して捕らわれるのが落ちだろう。

 考えれば直ぐに分かる。マリも現状の兵力では、どうにも出来ないと分かっていた。

 何も言い返せず、マリは何らかの奇跡を待っていれば、アウトサイダーが見兼ねたのか、あるいは偶然にも連邦軍と敵対する惑星同盟軍やワルキューレか、連邦軍の領内に大規模攻勢でも仕掛けたのか、受話器を取って報告を聞いたアナが、一瞬だけ苛立った表情を見せた。

 

『運が良いな。たった今、我が軍の領域内に惑星同盟軍の大規模攻勢が開始された。予備戦力は貴様一人に差し向けた戦力が最適だそうだと、連邦一の参謀が参謀本部を辞表で突き付けて脅している。その人材を失うわけにはいかない。よって、貴様のいる世界から我が軍は一兵残らず撤退する。惑星同盟軍に感謝しておけ』

 

 同盟軍が連邦軍を圧倒するほどの攻勢なので、マリを捕えるために動員した四百万が最適だと、アナは敵である彼女に告げた。更に連邦一の参謀が参謀本部を脅しているので、アナは応じる他なく、攻勢を仕掛けた同盟軍に感謝しろと言う。

 これにマリは表情を崩すことなく、自分が勝ったと確信した。

 

「そう、じゃあ私の勝ちね。精々、敵に奪われないように頑張ることね」

 

『今は勝利を譲ろう。だが、次は貴様の負けだ』

 

「あ、あの、アナ様。わ、私は…?」

 

『お前か。忘れていた』

 

 次は負けないと宣言した後、エルランが自分は助かるのかと聞いて来たので、アナは思い出したかのように告げた。

 

『貴様は同盟軍との大規模な戦闘で戦死した。喜べ、晴れて皆に慕われる英雄だ。同盟軍の攻勢を片付ければ、国葬を行う。感謝せよ』

 

「そ、そんな…! わ、私は…! 私は貴方様に…!!」

 

『私の利権に縋り付くためだろう。いい加減くどいぞ。軍人らしく、自らの命を絶つが良い。さすれば、本物の英雄として祭ってやろう』

 

 事実上の首宣言と死ねとの命令に、エルランは怒りを感じて隠していた本音を言おうとしたが、念力でも受けたのか、頭が破裂するような激痛を感じて苦しみ始める。

 

「ひ、酷い! 酷過ぎる! 俺はお前のような奴…や、や、止めてくれ! 頭が! 頭が爆発しそうだっ!!」

 

『貴様の言いたいことは分かる。私を利用し、権力を思いのままにしようとしたのだろう。最初から分かり切っていたことだ。それと私はお前に死ねと言った。主の命令を聞くのが、僕としての責務であろう。改めて命ずる。死せよ、エルラン』

 

「い、嫌だ! 死にたくない!! 嫌だ! 嫌ダァァァ!!」

 

 最初から狙いが分かっていたと明かすアナは、エルランに改めて死ねと命じれば、彼は悶え苦しみ、泣きじゃくりながら頭部が破裂して死亡した。

 これを間近で見ていたマリは飛び散って来る血を躱し、不出来な部下を始末する自分に酔ってかと、アナに問う。

 

「あんた、自分に酔ってる?」

 

『酔ってなどいない。ただ不純物を始末しただけだ。では、次は貴様が負けた時に』

 

「あんたの方がね」

 

 この挑発的な問いに、前々から鬱陶しい奴を排除しただけだと答えれば、アナは通信を切った。最後に言ったアナの言葉に、負けるのはお前だと言う返しを言った後、緊張が解れたのか、思わず床に尻もちをつく。

 ここで連邦軍が退いてくれなければ、マリは完全に積みであった。運よく勝てたことに、マリは全く信じていない運命の女神に感謝する。

 

「はぁ、運命の女神さまに感謝しないと。さて、カギを追わないと」

 

 何処からともなく出した熱いコーヒーを一口飲み、アクスマンの追跡を行うアイリスディーナの後を追った。

 

 

 

「ま、待て! 私も君の同志となろう! 私には西側とのコネがある! 私が居れば、君たちは西側に有利になれるぞ!!」

 

 アイリスディーナはそんなに遠くへは行っておらず、外に居て両足を撃って倒れているアクスマンを追い詰めていた。アクスマンは自分が価値のある人間で、ベルリン派としての西側とのコネを駆使し、自分を生かして仲間にすれば役に立つと訴えているが、彼女が握る拳銃の銃口をずっと彼を狙ったままだ。

 いつでも撃てるように引き金に指を掛けており、いつ撃ってもおかしくはない。それを遠目で見ていたマリは、もう自分が助けることもないと思い、その様子を座ってコーヒーを啜りながら眺めていた。

 

「どうだね、私の有効価値は? 生かしておく価値はあるだろう? さぁ、銃口を下ろして私を君の同志にしたまえ」

 

 改めて自分は価値のある人間だと言うアクスマンに、アイリスディーナは向けている銃口を離した。

 

「そうだ、君は正しい選択をした。そうだと思っていたよ、あの時に兄を撃った時と同じように。君は優秀な人間だ」

 

 銃口を下げたアイリスディーナにアクスマンは感謝したが、彼女は端から生かすつもりはなかった。身内殺しを褒める彼に怒りを覚え、生かしておいては危険な男に殺意は更に増し、これ以上喋られる前に、眉間に狙いをつけて引き金を引いた。

 

「何を!?」

 

「影響のある危険な人間は、生かしておいては、後に禍根を残し、厄介なことになる。そう言っていたのは貴方だ、同志アクスマン」

 

 銃口を向けられて驚いた表情を見せるアクスマンであったが、既に引き金は引かれた後であり、銃声が響いて数秒後に彼の眉間に穴が開いていた。眉間を打ち抜かれたアクスマンはその表情のまま即死し、冷たい雪原の上に倒れた。

 物言わぬ死体となったアクスマンに対し、アイリスディーナは兄を撃つ前に彼から聞いた言葉を告げる。アクスマンは自らが危険な人間でなったことに、気付かなかったようだ。

 それと同時に、この世界に展開していた連邦軍の大部隊が一斉に撤退を開始したのが見える。凄まじい数だ。空を埋め尽くすくらいの軍艦が、一斉に宇宙へと飛び立っているのだから。あんな物量と真正面からぶつかった自分らに、マリは撤退してくれて良かったと思う。

 

「凄い物量だ、欲しいな」

 

 上空を埋め尽くすくらいの物量に、軍人であるアイリスディーナは欲しいと口にする。

 あれほどの物量があれば、BETAの大攻勢を退けられ、それに奪還にもお釣りがくるほどで、ハイブの攻撃も可能になる。

 

「私はいらないけど」

 

「士官学校に通っていれば、喉から手が出るほど欲しいと思うはずだが」

 

「もう軍人じゃないし」

 

 あの物量をいらないと切り捨てるマリに、アイリスディーナは圧倒的な物量は軍人、それも将校なら欲しい物であると言うが、彼女は理解せず、コーヒーの入ったカップを渡す。

 これを手に取ったアイリスディーナは飲んで冷えた身体を温める中、マリは疲れ切ったのか、彼女の身体に抱き着いた。

 

「なんだ?」

 

「疲れた。あんた一人助けるために、どんだけ私が苦労したと思ってるのよ?」

 

「お前一人だけじゃないはずだが。では、みんなの元に帰ろうか」

 

「うん」

 

 抱き着いて疲れたと言うマリに、自分の身体に抱き着かれているアイリスディーナはみんなも疲れているはずだと告げる。確かに皆はアイリスディーナ救出をマリに任せ、あの撤退している連邦軍の大部隊を引き付けてくれた。その疲労は不老不死のマリの比ではないだろう。

 そんな彼らに自分が生きていることを知らせるために帰ろうと言えば、マリは同意してアイリスディーナと共に仲間たちの元へ帰った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会へ

最終話です。


 マリがアナと画面越しで対峙している頃、BETAよりもタチの悪い連邦軍の物量に圧されたジグムントらを含めるシュヴァルツェ・マルケンとワルキューレは、それぞれが包囲され、各個撃破の危機に陥っていた。

 それぞれがハリネズミの陣形を取って対処しているが、弾薬は消耗しつつある。いずれは弾切れとなり、敵に圧し潰されるだろう。

 

『こっちの弾がもう底を尽きそう…!』

 

『なぜ撤退しない!? BETAではあるまいし!』

 

「このままじゃ…!」

 

 ファムが自機の弾薬が底を尽き始めていると無線で言えば、グレーテルはBETA以上にいくら倒しても湧き出て来るストライクダガーやアロザウルス、スコープドック、その他戦闘車両や航空機に恐怖を覚える。

 長引く激戦に左腕が損失し、兵装が短刀一本となったテオドールはもう終わりかと思う。

 

『お義兄ちゃん…私もう…』

 

「リィズ、下がれ! その機体はもう限界だ!」

 

 既にリィズのMiG―21は限界であり、多数の61式戦車に撃破されようとしていた。義妹を助けるべく、テオドールは下がるように無線で叫んでから、突撃砲の残弾を戦車部隊に浴びせる。

 61式の装甲は厚いようだが、対BETA用の弾頭の為に容易く貫通され、一瞬のうちに八両もの戦車が炎上するか爆発した。改造戦術機に襲われた戦車部隊は、統率の取れない退却の仕方をする。

 だが、代わりの戦車部隊が来るだけで、対して状況は変わらない。

 

「クソっ、BETAの方がマシだ!!」

 

 無限に湧き出て来る敵に、テオドールは悪態を付きながら戦ったが、敵は倒しても、倒しても出て来る。

 

『被弾した!』

 

「ここまでか…!?」

 

 クリューガーの機体が被弾して雪原の上に倒れれば、テオドールは短刀でアロザウルスのコクピットを突き刺し、押し寄せる敵を見て死を覚悟したが、上空に連邦軍の撤退信号が何発も上がり、それを見た連邦軍は一斉に撤退を始める。

 敵の大群が撤退していくのを見て、テオドールはジグムントに言われて迎えに行く。

 

『どうやら、成功したようだ。エーベルバッハ少尉、迎えに行け』

 

「言われなくとも!」

 

 ジグムントに言われなくとも、テオドールは単独で迎えに行った。

 

 

 

 一方でワルキューレの迫撃砲陣地では、捕虜にされたカティアは思いがけない人物との再会を果たしていた。

 

「畜生が! 新車をお釈迦にしやがって!!」

 

「あれ、その口調、貴方は…!?」

 

「ん? お前、ノイエハーゲンの時の嬢ちゃんじゃねぇか! なんでここにいる!?」

 

 破壊されたレオパルド1から怒って出てきたのは、あのクルト・グリーベルであった。ノイエハーゲン要塞に残った後、やって来たユリアナにワルキューレの軍門に下った。

 ユリアナがカルタと交代した後、別の世界へ再訓練の為に移動させられるはずであったが、この世界に詳しくないカルタの意向により、現地で再訓練を行い、こうして無精髭を剃ってワルキューレ陸軍の戦車兵として連邦軍と戦っている。

 あのヴィヴィエンも居り、カティアの姿を見てクルトと同じく驚きの声を上げる。

 

「カティアちゃん!?」

 

「ヴィヴィエンちゃんまで!? 生きてたんだね!」

 

「どう見たって、再会を喜べる状況じゃねぇけどな! 砲兵士官殿、あの嬢ちゃんに弾込めでもさせておきますか!?」

 

「そうさせておいて! 変に持たせると危ないから!」

 

 驚くカティアのことは気にせず、クルトはカティアに弾込めでもさせるか今の上官であるレイリィに問えば、彼女はそれをやらすように告げる。捕虜に銃を渡して戦わすことは、自分らの背後を脅かすということになるからだ。

 そんな彼女らの事情など知ったこともなく、無数の連邦軍の歩兵は彼女らを包囲し、押し寄せて来る。幾ら撃ち殺しても、無限に湧き出る水の如く、人海戦術でこちらに向かってくる。

 

「なんだこいつ等!? BETAよりも多いぞ!!」

 

「迫撃砲! 砲撃は!?」

 

 クルトが無数の連邦軍歩兵を見て叫べば、レイリィは迫撃砲による砲撃はどうなっているのかを問う。これに部下は、連邦軍の絶え間ない攻撃で全門使えなくなったと答える。

 

「砲撃手諸共やられました! 全部です!!」

 

「なんですって!? そしたらあの人海戦術に呑まれるじゃないの!」

 

「いや、まだ手はある。要塞で使った手だ!」

 

 迫撃砲は全て使えないと分かったレイリィは卒倒しそうになったが、クルトがまだ使えると言って、迫撃砲の砲弾が入った箱を持ってこさせる。

 

「どうする気?」

 

「信管をぶっ叩いて、敵に投げるのさ!」

 

 レイリィにどうするか問われれば、クルトは砲弾の信管を硬い物で叩き、それから敵に向けて投げ付けた。

 

「なるほど、この手があったわね! みんな、砲弾の信管を叩いて投げ付けるのよ!」

 

 このやり方を見て、直ぐに納得した一同は、クルトと同じように砲弾の下の信管を硬い物で叩き、それから敵に向かって投げ付ける。

 敵陣から投げ出される多数の迫撃砲弾を受けた連邦軍の歩兵一個連隊分は大損害を受け、将校の静止の声も聴かずに逃げ出す歩兵が続出する。

 それでも、連邦軍の歩兵部隊にとっては痛くも痒くも無く、無限の如く歩兵部隊を繰り出してくる。もうBETAを超えている。

 

「もう弾頭は!?」

 

「ありません!」

 

「ここまでのようね…!」

 

 投げていた迫撃砲弾を、弾薬箱の近くにいるカティアに問うが、彼女はもう無いと答える。

 これにレイリィは死を覚悟し、ホルスターのコルトM1911A1自動拳銃を取り出して自殺しようとしたが、テオドールらの時と同じく、撤退信号が上がって連邦軍は撤退を始めた。

 

「私たち、助かった…?」

 

「どうやらそのようだな」

 

 撤退してく連邦軍を見てレイリィが問えば、クルトは撤退したと言って彼女は拳銃をホルスターに戻す。カティアは安堵しきり、疲労の余りか、雪原の上に倒れ込んだ。

 

 

 

「残りは私一機みたいね…!」

 

 ヴェア・ヴォルフ大隊の方は、もうベアトリクスのMiG-27のみであった。

 最後の僚機はウィンダムに雪原の上に倒され、投降を許されずにビームライフルを撃ち込まれて撃破される。それでも、ベアトリクスは戦うのを止めなかった。

 

「さぁ、みんな相手してあげるわ」

 

 周りを取り囲む連邦軍機に対し、最後まで戦う気のベアトリクスは全機で突っ込んでくるように挑発する。この数を前にしてもまだ戦う気でいるベアトリクスに対し、連邦軍のパイロットたちは恐怖を覚えた。

 

『なんだこいつ…!? もう自分しか残ってないって言うのに…!』

 

『い、異常だぜ! まだやろうってのか!?』

 

「そっちが来ないなら、こっちから行かせてもらう!」

 

 怯んでいる無数の連邦軍機に対し、ベアトリクスは自機の突撃砲を撃ちながら接近する。これを呆気に取られている一機は避けきれずに撃墜され、更に二機目も撃墜される。

 二機がやられたところで連邦軍の機動兵器部隊はようやく散会し、ベアトリクスのMiG-27の迎撃を行う。

 

『たかが一機だ! 囲んでやれぇ!!』

 

「その意気よ…! さぁ、どれくらい持つかしら?」

 

 包囲してくる連邦軍機に対し、ベアトリクスは臆することなく、自機が後どれくらい戦闘できるのか気にする。

 もう長くは持たないだろう。そう思いながら弾切れとなった突撃砲を手近な敵機に投げ付け、短刀を引き抜いて投げ付けられて怯んでいる敵機を切り裂いた。

 一機、また一機と落としていくが、もう躱す体力が残っていないのか、自機の片足をビームで撃ち抜かれてしまう。

 

「きゃっ!」

 

『貰ったーっ!! なんだ!?』

 

 向かってくるジェガンD型に、ベアトリクスは死を覚悟したが。連邦軍は攻撃を止めて撤退を始めた。

 どうやら、他の戦線に必要な救援のため、上層部から撤退命令が出されたようだ。退いた連邦軍にベアトリクスは、マリがアイリスディーナを助けたと判断して安心する。

 

「どうやら、あの子がアイリスを助けたようね。はぁ、助かった…」

 

 そう言って操縦桿から手を離し、機体を地面に着陸させてシートにもたれかかった。

 

 

 

 救出されたアイリスディーナは、マリより貰った冬用コートを纏って、共に戻ろうとしたが、彼女は救出戦に疲れ切ったのか、その場で寝込んでしまった。

 

「おい! なんだ、疲れたのか。全く、子供だな…」

 

 寝息を立て寝ているのを確認したアイリスディーナは、マリを抱えて移動を始めた。

 

「あれほどの部隊が撤退したからには、もうテオドールたちが迎えに来るはずだ。こんなところで寝たら、風邪をひくぞ? マリ」

 

 テオドールらが迎えに来ると思い、仕方なくマリを抱っこしならアイリスディーナは戦術機の着陸に適した場所まで向かう。

 そこに辿り着けば、マリが回収してもらう為に予め出して置いた信号弾を取り出し、抱えていた彼女を下ろしてから、それを発射器に装填して空に向けて撃ち込む。

 

『アイリスディーナ!』

 

「テオドールか。さぁ、家へ帰れるぞ」

 

 数秒後、マリとアイリスディーナを確認したテオドール機が付近に着陸した。片膝を付け、突撃砲を捨てて右手を差し出す。それから拡声器で乗れと告げる。

 

『俺だ、テオドール・エーベルバッハだ! 乗ってくれ、大尉! みんなが待ってる!』

 

「あぁ! こちらもクタクタだ!」

 

 こうしてマリとアイリスディーナは、迎えに来たテオドールのMiG-21の改装機の手に乗り、シュヴァルツェ・マルケンの面々やジグムントらの元へ戻った。

 

 

 

『まだだ…! まだあの女を…!』

 

 まだワルキューレ、カルタ・イシューの隊が残っていたが、連邦軍の圧倒的な物量を前に疲弊しきっており、もはや戦闘など出来る状態では無い。

 

『は、離しなさい! 私はまだ戦えるッ!!』

 

『止してください! カルタ様! その機体はもう死に体です! これ以上はもう爆発します!』

 

『離せェ! あの女を倒すまで! 私は! 私は!!』

 

 それでも戦おうと暴れるカルタのガンダムベレトを、カルタ親衛隊のグレイズ・リッターが抑え込み、上空のカットシーの編隊に引き渡し、撤退を始めた。

 

「さて、貴方の処遇は…」

 

 連邦軍も撤退したことで、本来の任務であるマリ・ヴァセレートの捕縛を行おうと、レイリィは再び拳銃を取り出し、カティアに銃口を向けた。

 これにカティアは人質となる覚悟で両目を瞑ったが、レイリィはその任務を全うすることなく、退却していく味方の後に続くと言って離れる。

 

「もう無理ね。今の状況じゃ、置いてかれる。貴方は、もう自由の身よ」

 

 置いて行かれるので、レイリィはカティアを解放したのだ。

 人質に取るつもりなら、今の上官を撃つ気であったクルトも、この判断に賛同して退却の列に加わろうとするが、カティアに最後の別れを告げてから向かう。

 

「流石は砲兵大尉殿だ。嬢ちゃん、これで永遠の別れだ。元気でやれよ! 行くぞ、ヴィヴィエン!」

 

「達者でね!」

 

 クルトが別れの言葉を告げ、最後にヴィヴィエンも言えば、二人は脱出する友軍部隊のMSの手に乗ってこの世界より去っていった。

 

「元気でね…!」

 

 去っていく二人の姿を見て、カティアは悲しそうな表情を浮かべ、退却するワルキューレの部隊を見送った。

 そんな彼女の元に、シュヴァルツェ・マルケンの面々と、救出されたアイリスディーナと彼女を救出したマリ、その二人を運ぶテオドール機が集まって来る。

 

「テオドールさん! それにベルンハルトさんに皆さんも! マリさんが助けてくれたんですね!」

 

『あぁ、お前も無事でよかった! あの女は寝てるけどな!』

 

「お前も無事でよかった、カティア。それにお前たちも全員」

 

 全員が集まったところで、アイリスディーナはマリを運びながら、カティアの元へ向かう。テオドールも機体から降りて、上官の無事であったことに安心する。中隊長であるアイリスディーナも、あの激戦にも関わらず、全員が生きていることに安堵した。

 

「私たちが全員生き残れたのは、この天使のおかげかもしれん」

 

 ここに至るまで、誰かが死ぬと思っていたが、マリが来てから誰も死ななかったことに、彼女を天使と言って、介入してくれたことに感謝する。

 マリはアウトサイダーに言われ、単にシュヴァルツェ・マルケンを全員殺されないようにしろと言われてやっただけだが、彼女らは知る由もない。そんな一同の元に、生き残ったベアトリクスがやって来る。

 

『私も生き残っちゃダメかしら?』

 

「っ!? ベアトリクス・ブレーメ、まさかお前も…!?」

 

「いや、あいつは俺たちの協力者だ。部下は全員死んだようだが」

 

 やって来たMiG-27より、ベアトリクスの声が聞こえたので、アイリスディーナは警戒したが、テオドールに協力者だと言われる。そんなベアトリクスは機体から降りて、アイリスディーナを助けたマリを見つめる。

 

「疲れて寝るなんて。本当に中身は子供ね」

 

「私もそう思っていた。だが、こうしてお前が協力してくれるのは、このお嬢さんのおかげかもしれない」

 

「そうだ。このお嬢ちゃんのおかげで、俺はリィズを殺さずに、しかも戻ってくれた…!」

 

「うん! 天使様がいてくれたから、私はお義兄ちゃんたちを殺さずに済んだし。神様が私たちに使わしてくれたんだね!」

 

 自分らが生き残り、更に敵対していた者と和解できたのは、全てマリのおかげと言って、リィズは神が自分たちに使わした天使だと言い始める。これに一同は、そう思わずにはいられなかった。確かに神と言うか、神と悪魔が混じった存在より使わされたのだが。

 

「天使だと? 信じられないのだが…?」

 

「まぁ、そう思っても仕方がない」

 

 グレーテルは信じられなかったが、マリの性格を知ったアイリスディーナは、天使とは思えなくても仕方が無いと言って笑みを浮かべた。

 

「では、帰るか」

 

 アイリスディーナが言えば、一同はそれに同意して拠点へと帰投した。

 

 

 

「終わったな。長過ぎて疲れちまったよ。もう二度と、こんなことは御免だぜ」

 

 後日、フランケンシュタイン号に戻ったジグムントらは、そこで戦いで受けた治療を受け、連邦か同盟、あるいはワルキューレの襲撃を警戒していた。

 ジークフリートは長期間に及ぶシュヴァルツェ・マルケンの護衛は、もう二度としたくないと口にし、スナック菓子を口にする。

 

「お前の意見には同意だ。マスターのわがままに、生前の底なしの物量。勘弁願いたい物だ」

 

「右に同じく。もう一度やれと言われたら、次は逃げ出すわね」

 

 珍しくジークフリートの意見に同意したジグムントは、戦いで受けた傷が完治できるかどうか確かめながら言えば、ジークリンデも彼の意見に同意し、次は絶対に逃げると答える。

 このシュヴァルツェ・マルケンの長期の護衛は、流石の最高の超人兵士である三名ですら、精神的かつ肉体的にも値を上げる物であった。もう一度やれと言われれば、彼らは拒否して逃げ出すことであろう。

 そんな護衛を引き受け、自分たちにそう言わしめた主であるマリが、フランケンシュタイン号に居ないことに気付いたジークフリートは、どこに居るのかを問う。

 

「で、そんな面倒なことを俺たちに命じたマスターは何処だ?」

 

「そういえば、居ないな。ジークリンデ、知っているか?」

 

「さぁ、護衛対象の近くじゃないの?」

 

 ジークフリートからの問いに、ジグムントは女性であるジークリンデに問えば、彼女はアイリスディーナの元に居るじゃないかと答える。

 それを証明するように、部屋に入ってきたミカルがアイリスディーナの元に居ると証明する。

 

「彼女の言う通り、マリはベルンハルト達の方に居る」

 

「なんで? もう終わっただろう? これ以上、何やろうってんだよ?」

 

 ジークフリートが、マリがそこに居ると分かれば、何をやらせる気だとミカルに問う。

 

「いや、僕たちには何もやらせないさ。マリがそこに居るのは、彼女と別れのセックスでもしているからだろう」

 

 この問いにミカルは、自分らには何もやらせないことは無いと答え、アイリスディーナの元に居るのは、性行為の為だと答えた。

 これに察しが付いていた三人は呆れ、ジークフリートはそうだと思って横になり、ジークリンデは頭を抱え、ジグムントは不満を口にした。

 

「お別れセックスか。マスターらしい」

 

 

 

 疲労が回復したマリは、アイリスディーナとベアトリクスとの行為を終え、シャワーを浴びてから衣服を着て部屋を後にしようとしていた。

 

「このまま私たちと共に、統一ドイツのため、その才能を生かさないか?」

 

「貴方ならこの世界の誰にも負けない。いい気持ちになれるわよ?」

 

 部屋を出ようとした際に、シーツで自分の裸体を隠すアイリスディーナに呼び止められた。彼女だけでなく、シャワーを浴びようとベッドを出ているベアトリクスにも呼び止められる。

 マリの力を間近で見てきた二人は、彼女さえいれば米ソにも負けないと思ったが、予想通りに彼女は自分たちの元へは来なかった。

 

「はぁ? 来るわけないじゃん。私はルリちゃんの居場所を知るために、あんた等を救えって言われただけ。救ったから終了。分かった?」

 

 振り向いたマリは、統一後の新政権で頑張るつもりは無いと答えた。予想通りの答えに、アイリスディーナは笑みを浮かべる。

 

「それもそうだな。お前は誰の下にも付きそうもない。見つかると良いな」

 

 マリが誰の下にも付かない人間であることが分かっているアイリスディーナは、彼女が探しているルリが見付かることを祈と言った。

 彼女が自分たちをそのルリを見付けるために救ったことを初めて知ったベアトリクスは、好奇心で本当に居場所にルリが居る保証があるのかを問う。

 

「そのルリちゃんって子の居場所、分かるって保障はあるの?」

 

 その問いに、あの神か悪魔か分からない混沌の存在であるアウトサイダーを疑い始めた。

 確かに自分に彼女らを救わせるための嘘かもしれない。

 そう思って見付からなかったらどうしてやろうかと思っていたマリだが、少なくとも、アウトサイダーが自分に嘘をつく理由が思い付かないので、少しでも早くルリを見付けたい彼女は、僅かな可能性でも賭ける価値があると、ベアトリクスに答えた。

 

「そうかもね。でも、少しでも見付かるなら…」

 

「ちょっと甘ちゃんね。餌に釣られた魚みたいじゃない。まぁ、貴方がルリちゃんって子の話になると、真剣になるから。見付かると良いわね」

 

「意外だな、お前の口からそんな言葉出るなんて」

 

 少々辛口に評価するベアトリクスであったが、ルリに関するマリは真剣な眼差しになるので、少しは期待しようと思い、自分らしくもない期待の言葉を彼女に掛けた。

 そんな言葉が、ベアトリクスの口から出たことに驚いたアイリスディーナは、思わず口に出してしまう。敵であったはずのベアトリクスから、期待の言葉を掛けられたマリは、敬意を表して礼を言う。

 

「ありがとう」

 

「礼が言えたのね、こっちも感謝よ」

 

「あぁ、終始助けられるばかりだった。お前がいなければ、生き延びることは出来なかった。感謝する」

 

「じゃあ、銃殺刑にならないように祈ってるわ」

 

 言いそうも無かったマリが礼を言えば、申し訳ないと言わないばかりにアイリスディーナとベアトリクスは礼を返した。

 心を込めて言ったので、少し嬉しくなったマリは笑みを見せないように前を向き、別れの言葉を告げてからルリの居場所に向かおうと歩み始めた。

 

「あっ、マリさん!」

 

 廊下を歩いていれば、軍服ではなくスーツを着たカティアと遭遇する。マリに気付いた彼女はこれが最後の機会だと思い、呼び止めた。

 

「カティアちゃん?」

 

「これからルリちゃんって子を探しに行くんですか? 絶対に見付かると思います!」

 

 ジグムント等かミカル達より聞いたのか、カティアはルリのことを知り、自分らを長期間守り抜いたマリなら、絶対に見付けられると期待の声を告げる。

 自分好みの少女よりそんな言葉を投げ掛けられたマリは嬉しくなり、カティアを抱きしめた。欧州では数秒で済ますが、マリは一分以上も続けた。

 

「ありがとう。カティアちゃんに言われると、絶対に見付かる気がする…!」

 

「えっ? そ、そうなんですか? なんだか、テレちゃいますよ! でも、自分の身を犠牲にして、私たちを助けてくれたんですから、その願いは叶うはずです!」

 

 一分も抱きしめられたカティアは恥ずかしくなり、顔を赤くしながら周囲を気にしつつ、早く離してもらう為に肯定する言葉を掛ける。

 そんな彼女を離したマリは別れ際に、カティアの頬にキスをしてから別れの言葉を告げて立ち去った。

 

「貴方がそういうなら、見付かるわ。じゃあ、頑張ってね!」

 

「…はい!」

 

 いきなり頬をキスされたカティアは少々茫然としていたが、立ち去っていくマリに激励の言葉を投げ掛けられ、礼を言ってお辞儀をした。

 次にシルヴィアが待ち構えており、気付くような位置に居た為、ヴロツワフか海王星作戦の時のことを謝って欲しいのかと問う。

 

「でっ、なんであんたここに居るの? どっちかに謝って欲しいわけ?」

 

「いや、そうじゃないよ。ブロツワフのことは許さないけど、今の仲間たちを守ってくれたことには感謝してる。まぁ、言うのは恥ずかしいけど、ありがとう」

 

「そっ。じゃあ」

 

「…言うんじゃなかった」

 

 謝罪の言葉はいらないと言って、今の戦友たちを守ってくれたことに感謝の言葉を掛ければ、マリは余り嬉しくないのか、素っ気ない態度で去って行った。このマリの態度で、シルヴィアは後悔して苦笑いを浮かべる。

 他の者たちはあの戦闘で殆どが負傷しているのか、出て来なかった。だが、最後にテオドールとリィズに遭遇する。

 

「あっ、天使様!」

 

「まだ居たのか?」

 

 リィズが元気よく挨拶する中、テオドールはマリがまだ居たことに驚いた表情を見せる。そんな二人に、マリは用事を済ませたから帰ると答える。

 

「いて悪い? 用事を済ませたから帰るところだけど。それより、リィズちゃんの処遇は?」

 

 成り行きとはいえ、国家保安省の一員であったリィズの処遇はどうなのかをテオドールに問えば、彼は良い結果となったと答えた。

 

「俺たち統一派に寝返ったことや、西の人権やら婦人団体のおかげでなんとか一か月の謹慎処分で済んだよ。西の人権や婦人団体が、まさか東の人間であるリィズのことを擁護するなんて…お前の差し金か?」

 

 かつてはシュタージの一員であったリィズに、何故か西側の人権団体や婦人団体が口を出してきたので、テオドールはマリにそれらは差し金かと問えば、彼女は全く答えなかった。

 マリが何らかの手を打っていなければ、テオドールはリィズを殺さなくてはならなかった。殺さずに済むように手を打ってくれたマリに、例え我儘な彼女でも頼みもせずに義妹を救ってくれたので、テオドールは感謝するしかない。

 

「まぁ良い。これからの俺たちは自由に発言ができる。なによりリィズのことに関しては、感謝の言葉しかない。ありがとな」

 

「私からも。ありがと、天使様」

 

 何であれ、リィズを銃殺刑や無期懲役から救ってくれたマリにテオドールは感謝すれば、救ってくれたリィズもお礼の言葉を述べる。

 そんなリィズも仕事を与えられていたのか、義兄の元より離れる。

 

「あっ、そうだ! 私、用事があったんだ! 天使様ありがとね! じゃあ!」

 

「あぁ、頑張れよ」

 

 衛士としての仕事があるリィズは、マリに別れの言葉を告げた後に去って行った。これにテオドールは励むように言ってから、マリに自分らを長期間も守ってくれた理由を聞く。

 

「もう何度も聞かれたかもしれないが、なんで俺たちを三か月以上もかけて守ってくれた? あんた等に何らかの得も無いと思うが」

 

「何って、変な黒目にルリちゃんの居場所を教えてもらう為にやっただけ。三人以上は手を出したけど、その分も補えないくらい疲れたわ。余計なお邪魔虫がいっぱい来るし」

 

 この問いに、マリはルリの居場所が見付かるとアウトサイダーに言われてやっただけで、余計なのも来てただ疲れる事ばかりだったと答えた。

 十五歳の少女のように答えるマリに、赤毛の青年は本当にリィズや自分の仲間たちを救った女なのか信じられなくなった。顔に出せば彼女が機嫌を悪くして帰ってしまうかと思い、テオドールは不満を我慢した。

 次にテオドールは、ルリが見付かるのかと問う。

 

「それで、そのルリって子は見付かるのか? リィズは偶然と言うか、シュタージの差し金だったが。その黒目って奴は、あんたに俺たちを助けさせるための餌じゃないのか?」

 

 ベアトリクスと同じく、ルリを餌にやらされていたと言うテオドールに、マリは苛立ちを覚えたが、何とか我慢した。

 そんなマリも仕返しと言うか、リィズやカティア、アイリスディーナの居ない世界でどう生きるのかをテオドールに問う。

 

「そっ。じゃあこれから私の番。あんたはリィズちゃんやカティアちゃん、アイアイが居ない世界でどう生きるの?」

 

「アイアイ? おい、何を言って…?」

 

「アイアイって、あんたの私と被ってる上官のこと。BETAなんて言う不細工な生き物にやられ放題な世界じゃん。誰か死ぬかもしれないでしょ? ねぇ、教えてよ?」

 

 自分の問いに関する答えは返ってこず、いきなり三人のうちの誰か死ぬか、それとも全員が死んだ世界でどう生きるのかと聞いてくるマリに、テオドールはやや困惑する。

 二歳は上、実際は遥か上の年上である女に答えろと急かされたテオドールは、現実的な理屈で答える。

 

「…あいつ等の分まで生きるさ。それが、彼女たちの願いでも…」

 

「何それ、当たり前すぎじゃん。私なら、そんな世界壊しちゃうんだけど」

 

「っ!?」

 

 マリの問いに、自分がこの詩が日常な世界で生きるのは、死んでいった者たちが生きられなかった分を生きるためだとテオドールは答えたが、それを彼女はありきたり過ぎると一蹴し、自分にとって大事な人は居ない世界は価値が無いと言った。

 このマリの放った言葉に、テオドールはアイリスディーナを少し幼くしたような女性の表情から一種の狂気を感じ取り、思わず後退ってしまう。

 

「な、何を言って…!」

 

「私を愛してくれた、愛した人もいない世界なんて…生きる意味と言うか、ある意味ないじゃん。例え世界を救うために愛した人を犠牲にしろと言うなら、私は世界を救わない。そんな世界なんて必要ない。そしてその人の願いであっても、私はその人だけを救う選択をする。他人を犠牲にしてのうのうと生きてる奴らの為に、犠牲になる必要なんてない」

 

 余りにも身勝手過ぎる。自分さえ良ければそれで良いのか?

 そんな言葉をテオドールは言いそうになったが、言えば殺されるかと思ってしまい、口が動かなかった。目の前の女から、シュタージやBETAとは違う恐怖を感じたからだ。

 何も言わず、額に汗を浸らせて黙っているテオドールに、マリは大した答えが出て来ることは無いと思い、別れの言葉を告げて立ち去ろうとする。

 

「あら、出て来ない? じゃあ、これでお終い。もう会うこともないけど、他の人たちによろしく」

 

 茫然としているテオドールに、マリは少女のように別れの言葉を告げてから立ち去った。

 それから後のことであるが、そのマリの身勝手な答えが、仲間を喪ったテオドールを狂気に走らせることは、彼女は知る由もない。

 

 

 

 フランケンシュタイン号に帰還したマリは、さっそく艦橋へ向かい、何の前触れもなく現れたアウトサイダーに、シュヴァルツェ・マルケンの全員を誰一人欠けることなく助けたことを報告する。

 

「あいつら全員無事よ。赤毛のスケベもね。さぁ、ルリちゃんの居場所まで連れてって」

 

「ふむ、負傷していながら、全員が命に別状はないな。では、お前が探すルリの元へ私が誘おう」

 

 マリの言う通り、全員が生存していることを確認すれば、アウトサイダーはルリの居場所へ転移移動をさせようとした。その前に、いきなりは厳し過ぎるとジグムントは注意する。

 

「待て。いきなりはまずい。ここは彼女が居る惑星の衛星軌道上に転移移動させるのが筋だ」

 

「そうじゃ。いきなり大気圏内にワープさせたら、わしの船がぶっ壊れてしまうわい」

 

「それもそうだ。では、そうしよう」

 

 ジグムントが最初に注意すれば、フランケンシュタイン号の船長も大気圏内に転移移動させられることに抗議する。それを聞いたアウトサイダーも納得できたので、ルリが居る惑星の衛星軌道上に転移移動させることに決めた。

 このジグムント等の冷静な指摘に、マリは舌打ちをしたが、ここは我慢して従う。

 

「では、少々の時間が掛かる。安心しろ、ルリは直ぐに見付かる。彼女が移動する瞬間でもない」

 

 苛立つマリに、アウトサイダーがなだめる様なことを言えば、彼女が近くの座席に腰を下ろす。数秒後、アウトサイダーはマリ一行が乗るフランケンシュタイン号ごと、ルリの居る世界への転移移動を始めた。

 転移移動の最中、マリはまだついてくるジグムントらに、なんでついてくるのかを問う。

 

「ねぇ、もうどっかに逃げていいのよ? もう終わったんだし」

 

「へっ、何を言ってる? ここまで頑張ったんだ。そのルリちゃんの生の姿を見なくちゃな」

 

 マリからの問いに、最初にジークフリートが答えた。次にジークリンデも、ルリを見るまでは解散しないと告げる。

 

「そいつの言う通り、私たちがここまでするほどの子なのか。見定めたいわ」

 

「右に同じく」

 

「ルリちゃんが可愛いのは認めるわ」

 

 ジグムントもルリを見るまで解散はしないといったので、マリは探している少女の可愛さを認める。

 しばらく珈琲を嗜みながら待っていれば、グルビーが総力戦に出て来なかったことを疑問に思い、ジグムントがどうしているかを情報屋であるミカルに問う。

 

「あの場にグルビーが居なかったことが気になるんだが、どうしている?」

 

「そう言えば居なかったな。済まないが分からない。ルリの方に居る…なんてことにならなければいいが…」

 

 ジグムントからの問いに、ミカルはあのグルビーが、ルリを襲っていないことを祈った。

 だが、そんな彼らの願いも空しく、着いた直後に悪い予想は当たってしまう。

 

「着いたぞ。どうやら、何者かに襲われているようだ」

 

「!?」

 

 アウトサイダーが着いた事を報告したが、同時にジグムントとミカルの悪い予想が当たったことも知らせた。

 自分が探しているルリに危機が訪れていることを知ったマリは、居ても立ってもいられず、直ぐに転移装置に駆け込んだ。

 

 

 

「死ねぇぇぇい!!」

 

 大振りのハンマーを持つ巨漢、グルビーは一人の小柄な少女に襲い掛かろうとしていた。

 あの世界でマリとの決戦は挑まず、彼女が探しているのをルリであると、独自の情報網で気付いたグルビーは、件の少女の居場所をその独自の情報網で掴んだようだ。

 ルリを襲撃するのはグルビーだけでなく、他の無法者たちも彼女の襲撃を計画していた。グルビーはそれに同行し、共にルリを初めとする勇者一行を襲撃している。

 

「嬢ちゃん! 無事か!? くそっ、こいつ等!!」

 

 大太刀を振るい、大柄で長い黒髪を後ろに束ねている侍の男は、複数のモヒカン男たちを相手に奮戦しながら勇者であるルリを助けようとするが、数が多すぎて向かえない。

 他のルリの仲間たちも、彼女を助けようとするが、敵の数が多すぎて向かえなかった。

 

「貴様さえ捕えるか殺せば、あの女を呼び寄せれるわ!」

 

「なんの話!?」

 

「貴様は黙って、わしに従っておれば良い!」

 

 マリを誘き出すため、グルビーはルリを捕えようとするが、当の彼女はマリのことを知らないようだ。

 だが、そんなことはグルビーには関係ない。盟友を殺した女を殺すのが、目的であるのだから。

 剣を握っていながら、避けるだけのルリに手こずっていたグルビーは、未だ捕えられないことにかなり苛立っている。

 

「貴様、剣士でありながらなぜ避ける!?」

 

「貴方に攻撃される意味が分かりません!」

 

 避けるばかりで反撃をしてこないルリに苛立ったグルビーは、苛立って更に攻撃を強めた。

 そんな猛攻ばかり続けるグルビーに、願ってもない者が訪れる。ルリの背後から眩い光が現れ、そこから金髪碧眼の長身な女性が現れる。グルビーの仇討ちの相手であるマリだ。

 

「っ!? 来たか! 待っていたぞ!! さぁ、我が盟友ギゾンの仇…」

 

 仇を見たグルビーは、直ぐにマリを殺そうと大振りのハンマーを振るおうとしたが、強力な魔法を身体に撃ち込まれて爆殺された。

 上半身が完全に吹き飛び、下半身だけとなった死体は地面に倒れ込む。脅威を排除したマリは、ルリに近付き、礼を言おうとする彼女を抱き締める。

 

「ルリちゃん…!」

 

「誰…?」

 

 殺したとはいえ、自分の脅威を排除してくれたマリに感謝しようとしたルリであるが、いきなり抱き締められて困惑する。だが、ルリにはマリに対する記憶が無い。

 ルリの何者かと問う言葉に、マリは驚愕した表情を浮かべ、抱き締めている愛らしい少女の顔を見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。