アズレン妄想SS集 (八十八)
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ヤンデレ返し・大鳳

指揮官は悶々としていた。その理由は、一部のKAN-SENによる過激なスキンシップである。

 

胸の谷間や太ももなどを露出させて目のやり場に困る服装をしているのに、指揮官の腕やら体に胸を押し付けてきたり、色々と妄想してしまう意味深な言葉を投げかけてきたり、指揮官を押し倒してきたりと、健全な男ならば反応に困ってしまうことが多々あった。

 

特に赤城やら大鳳やらの愛が重い面々に至っては言うまでもない。

 

止めるように言っても聞かない、控えるように言っても収まらない。

いったいどうすればいいのかと思い悩む指揮官の脳に、とあるひらめきが生まれた。

 

 

目には目を歯には歯を、ならば、ヤンデレにはヤンデレを。

 

 

普段、KAN-SENが指揮官に対して行っている振る舞いや言動をそのままやり返せば、自分が指揮官にどう思われているのか気がつき、言動を改めるのではないかと思い、指揮官は早速、考えを実行に移すために準備を始めた。

 

 

 

 

 

ある日のこと。大鳳が眠りから目覚めると、彼女が愛してやまない指揮官の寝顔が視界に写りこんだ。

 

「……あら?私、まだ眠っているのかしら?」

 

大鳳自身が指揮官の寝床に潜り込んで朝を迎えたことはあったが、その逆はない。

なので、まだ自分は夢の世界にいるのだと思った大鳳は、自分の頬をつねる。

 

「痛い」

 

頬をつねった痛みに、大鳳は顔をしかめる。しかし、大鳳の目の前から指揮官は消えない。夢から目覚めるためには、まだ刺激が足りないと思い、大鳳は拳で自分の顔を殴ってみた。

 

「い、痛い……ということは、これは現実……!?いえ、そんなはずは……指揮官様、失礼します」

 

まだ、目の前の光景が現実のものであると信じられない大鳳は、指揮官の眠りを妨げないように、指揮官のにおいを嗅ぎ、汗を舐め、肌を触る。

肌触りも、体臭も、汗の味も、何もかもが大鳳の愛する指揮官のものだった。

 

「んん……?」

 

目蓋が震えて、指揮官の目が開く。

 

「大鳳、おはよう」

 

「お、おはようございます指揮官様」

 

眠りから目覚めた指揮官からの挨拶に、驚きの抜けない大鳳はドモりながら挨拶を返した。

とりあえず、大鳳には良妻として指揮官に言わなければならないことがあった。

 

「他の子にこんなことをしたら、少し罰を与えますわよ?」

 

「ごめんなさい」

 

思わず、頭を下げて謝る指揮官。すぐに、このままだといつも通りになってしまうと立ち直り、事前に考えていたことを思い出す。

 

「よろしいですわ。まあ、驚きましたけど、正直なところ、嬉しくもありましたし……指揮官様が望むのでしたら、これからも……」

 

「大鳳、驚かせてしまって本当にごめん。その上で、改めて頼みたい。これからは俺と同じ部屋で寝てくれ。」

 

ようやく普段の調子に戻った大鳳は、頬を赤らめて言葉を続けようとする。しかし、指揮官はそれを遮る形で自身の言葉を述べる。

 

「……私と、指揮官様が同じ部屋で寝泊まり?」

 

指揮官が望むのならという名目で、自身の欲望を叶えようとしていた大鳳は、指揮官の口から飛び出た言葉に、自身の耳を疑った。

 

「ああ。大鳳が良ければ、毎日、大鳳と同じ布団で寝ようと考えているんだが、いいかな?」

 

「ま、毎日!?私と指揮官様が毎日同衾!?」

 

「ああ、そうだ。その、嫌か……?嫌なら、遠慮せずに断ってくれ」

 

「いいえ、嬉しいです!むしろ、もっと……キャッ」

 

赤くなった顔を、大鳳は両手で覆い隠す。その脳内では、ピンク色の妄想が次々と浮かんでいた。

少なくとも、何を考えていたのか大鳳と同類である赤城に知られたら、キャットファイトではすまないくらいには危ないものだった。

 

「指揮官様が毎日、私の部屋で……いいえ、指揮官様にご足労させるのはダメ……私が毎日、指揮官様のお部屋で……指揮官様の香りに包まれて……うふふふふ」

 

今後、指揮官との密月の日々を妄想して興奮する大鳳。

そんな大鳳を指揮官が引いた様子で見ていると、こんこんと扉が叩く音が部屋に響き、来客を告げた。

 

「こんな朝早くから誰だ?大鳳……大鳳?」

 

喜びのあまり、妄想にトリップして戻ってこれなくなっている大鳳に代わり、指揮官は来訪者の対応をすることにした。

指揮官が部屋のドアを開けると、ユニオン陣営に所属する潜水艦の一人、アルバコアがいた。

 

「えへへ、朝早くの、サプラーイ、ズ……えっ!?」

 

部屋から出てきた大鳳を驚かせようとしていたアルバコアは、早朝に大鳳の部屋から指揮官が姿を表したことに、逆に驚かされた。

 

「おはよう、アルバコア。大鳳に何か用事か?」

 

部屋を間違えたのだろうかと困惑するアルバコアは、指揮官の言葉からそうではないと現実に引き戻された。

 

「ほ、本物の指揮官なの?」

 

「本物って……ずいぶんな言いようだな?正真正銘、本物の指揮官だよ」

 

驚きのあまり、目を皿のように丸くしているアルバコアの言葉に、指揮官は苦笑しながら答えた。

 

「そ、そうだよね!ごめん、私、用事を思い出したから!」

 

早朝から大鳳にドッキリをかましてやろうと思っていたアルバコアは、予想できないまさかの事態に出鼻を挫かれたので、大人しく退散することにした。

 

(これ、誰かにバレたら……とんでもないことになる!ば、バレないようにしなきゃ!)

 

大鳳と指揮官が朝チュンしていた、と言いふらすことはサプライズなんてものでは済まない事態を招くとアルバコアは判断して、黙っていることに決めた。

慌ただしい様子で走り去っていくアルバコアを見送った指揮官は、大鳳の部屋の中に戻る。

 

「し、指揮官様と……ウヘヘヘ」

 

今も夢の世界にトリップしている大鳳。その表情は、もはや乙女のものではなかった。

 

「さあ、大鳳。着替えようか。いつまでも、寝巻きのままじゃ格好がつかないだろう?」

 

「……お着替え?」

 

大鳳はきょとんとした表情を浮かべる。何か、とても良いことを聞いたような気がするが、喜びで脳がショートして、理解が追いつかないのだ。

 

「ああ、着替えるんだ」

 

「し、指揮官様の、生着替え……あっ」

 

そこまで言うと、大鳳は鼻から血をドパッと流して倒れた。

 

「大鳳!?」

 

「あっ……あっ……あっ……」

 

指揮官が大鳳の下に駆け寄ると、大鳳は失神していた。

彼女の顔には、口も目も緩みきった歓喜と欲望の入り交じった表情が浮かんでいた。

このまま放っておくことなどできない指揮官は、大鳳をお姫様抱っこすると、医務室に向かった。

 

 

 

 

 

「朝早くから何をやっているんですか」

 

医務室に担ぎこまれた大鳳が、何故、早朝から気味の悪いアへ顔を晒して気絶しているのか知ったヴェスタルの呆れた表情と声を前に、指揮官は平謝りすることしかできなかった。



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ヤンデレ返し・隼鷹

大鳳をヴェスタルに預けた後、指揮官は自室に戻って身だしなみを整えた。そして、朝食代わりにレーションを食べて、執務室に向かった。

 

「おはよう、指揮官。今日は遅いのね?」

 

その日の秘書艦を勤める隼鷹が指揮官を出迎えた。

 

「おはよう、隼鷹。寝坊しちゃってね」

 

苦笑する指揮官に、隼鷹は少し呆れたような表情を浮かべた。

 

「もう。指揮官が寝坊なんてしちゃダメよ」

 

「ごめん。『昔から』隼鷹に起こしてもらっていたから、つい癖というか、名残が出てしまったんだ」

 

指揮官の返答を聞いた隼鷹が固まる。

常日頃から『オサナナジミ』として自身の妄想やら空想を次々とその口から飛び出させている隼鷹だが、指揮官の方から『オサナナジミ』に関わる話を振られたことはなかったからだ。

 

「え……あ、ああ、そうね。『昔から』指揮官は寝坊助さんだったものね、うん」

 

自分自身に言い聞かせるように、隼鷹は指揮官の言葉に頷いた。

 

「『昔のように』隼鷹が起こしに来ると甘えてしまったんだろうなぁ……そうだ。隼鷹、『昔みたいに』起こしに来てくれないか?」

 

「だ、ダメよ!もう大人なんだから、朝くらい自分で起きなさい……ぁ」

 

つい断ってしまったことに、隼鷹は深く後悔した。

何の後ろめたい理由もなく、合法的に指揮官の部屋に入って、愛しい人の寝顔を見ることができる好機だったのに、それを逃してしまったのだ。

 

「そうだよな。ごめん。『オサナナジミ』だからって甘え過ぎた。『昔から』隼鷹には迷惑をかけているな」

 

「え、あ……き、気にしないで。『オサナナジミ』だもん」

 

調子を崩された隼鷹は普段のように動くことができず、指揮官の言葉に口を合わせることしかできない。

 

「さて、今日の仕事を始めようか」

 

「そ、そうね」

 

隼鷹と指揮官の二人は、その日の業務をこなし始めた。

 

委託に出撃できる枠が空いていれば、指揮官がメンバーを身繕い、隼鷹がメンバーに委託に出撃するように伝える。

 

委託から帰ってきた艦隊がいれば、代表からの報告書を指揮官が受け取り、隼鷹が饅頭から確認した実際の成果と間違っている点がないか調べる。

 

他にも燃料や資金の回収、購買部の品物や勲章と交換できる支援物資の一覧、寮舎の食料補給や、オフニャの訓練完了報告などを処理しているうちに、昼食の時間が来た。

 

「隼鷹、そろそろ休憩に入ろう」

 

「そうね。ちょうど一段落ついたし、お昼にしましょうか」

 

「ああ。『いつも通り』一緒に食べよう」

 

「ええ、そうね」

 

二人はきりの良いところで仕事を切り上げると、休憩に入り、昼食をとるために食堂に向かった。

 

 

 

 

 

食堂に到着した隼鷹と指揮官は、食券販売機に向かった。

まずは隼鷹が食券を買い、次に指揮官が食券を買う。

指揮官が買った食券を見た隼鷹は、珍しいものをみたような表情を浮かべた。

 

「あら?指揮官と私が同じものを注文するなんて、珍しいわね」

 

「何を言っているんだ?『いつも』同じものを仲良く食べていたじゃないか」

 

指揮官の言葉を耳にした隼鷹は、また固まった。

 

「そ、そうだったかしら?」

 

「そうだよ。『オサナナジミ』との思い出を忘れたのか?」

 

硬直から復帰した隼鷹に、指揮官は隼鷹には抜群の効き目を持つ言葉を投げつける。

 

「わ、忘れるわけないじゃない!冗談よ、冗談!」

 

指揮官の言葉を受けた隼鷹は大慌てで会話を切り上げた。

 

 

 

その後、二人は食券をカウンターにいた饅頭に提出して、注文した料理ができあがるまで席に座って待つことにした。

だが、この日は食堂が混んでおり、空いている席を探すことが難しかった。

 

「空いてないわね」

 

「指揮官様、こちらの席が空いていますわぁ」

 

隼鷹が思わず呟くように言葉を漏らしたその時、指揮官を呼び止める声が耳に届いた。

 

声のした方に隼鷹が顔を向けると、そこでは大鳳が隼鷹を──正確には、隼鷹の隣にいる指揮官を手招いていた。

 

「指揮官様、隼鷹、こちらで一緒に食べましょう」

 

隼鷹という余計なものが指揮官についているのに、それを大鳳は微塵も気にする様子を見せない。それどころか、許容すらしている。そんな普段と全く異なる様子の大鳳を、周囲のKAN-SENや隼鷹が訝しんでいると、指揮官は渡りに船だと隼鷹の手を引いて大鳳の方に向かった。

 

「し、指揮官!?」

 

「どうした?『オサナナジミ』なんだから、これくらい普通だろ?」

 

隼鷹は慌てた。突然、指揮官に手を握られたことと、これから起こるであろう修羅場が理由だ。

 

「そ、そうだけど、今は……」

 

握られた手から伝わる『オサナナジミ』の温もりは隼鷹は幸せな気分にさせる。しかし、今はマズいのだ。

 

大鳳の愛の深さと重さは同類である隼鷹自身がよく知っている。そのため、目の前でこんなことをされた場合、どんな反応を示すのかもよく分かっていた。

 

皆の憩いの場である食堂で大暴れするのは、指揮官に迷惑をかけるから避けたかったが、目の前にいるメンヘラ空母から指揮官の身や貞操を守るためには仕方ないと隼鷹は腹を括った。

 

「こちらです」

 

そんな隼鷹の覚悟とは裏腹に、大鳳は泣き喚くことも、怒り狂うこともなく、ただ余裕を持って二人を迎える。

 

いつもと異なる様子の大鳳に、隼鷹は呆気にとられた。

 

「何よ……いつになく、余裕ぶっているじゃない?『オサナナジミ』の関係に対抗しているつもりなんでしょうけど、虚勢を張っても無駄よ」

 

「余裕ぶってなんていませんわよ。これは、まさしく勝者の余裕ですもの~敗北確定属性の『オサナナジミ』さんとは違いますわ」

 

「誰が負け確ヒロインですって!?」

 

大鳳の暴言に隼鷹は食ってかかる。やっぱりいつも通りの展開になるのだろうと周囲のKAN-SENたちは思い、これから起こるであろう修羅場に巻き込まれないように、そそくさと距離を取り始める。

 

「一緒に食事をとることくらい、見逃します。だって、私は指揮官様──」

 

「サぁぁぁプラーイズぅううううう!」

 

「ひゃあああああアルバコアあああああああ!?」

 

机の下からいつになく気合いの入った様子のアルバコアが表れて、大鳳は驚き、椅子からひっくり返るように落ちて気を失った。

 

「あ、大鳳が気絶しちゃった!指揮官、大鳳は私が責任をもって面倒見ておくよ!カヴァラ、手伝って!」

 

「う、うん。いいよ」

 

早口で捲し立てるように喋ると、アルバコアは近くにいたカヴァラと協力して大鳳を持ち上げて、一目散に食堂から立ち去った。

 

 

 

大鳳が何を言おうとしていたのか隼鷹は気になったが、大方、いつもの妄言の類いだろうと見切りをつけて、大鳳が座っていた席に隼鷹は座る。大切な『オサナナジミ』に自分以外の女の臭いや温もりをつけたくないからだ。それと、向かい合う形で席につく方が、大好きな『オサナナジミ』の顔が見やすいことも理由だった。

 

席に座って待っていると食券と引き換えに渡されたブザーが鳴り、注文した料理の完成を知らせた。

 

「隼鷹、取ってくるよ」

 

「そう?なら、お願いするわね」

 

指揮官はそう言い、自分の分と隼鷹の分のブザーを持ち、席を立った。そして、食券を渡した時とは別のカウンターで待つ饅頭にブザーを渡して、それと引き換えに注文した料理を受けとると、隼鷹が待つテーブルに戻った。

 

今日、二人が注文したのは隼鷹の好物だった。

二人は時折談笑しながら、昼食を食べる。

その途中で、指揮官は、ふと思い立ったように、自分の分の食事の一部を箸で掴み、隼鷹の前に差し出す。

 

「隼鷹、あーん」

 

隼鷹は、この日で三度目になる硬直を経験した。

ここまでくると、隼鷹は夢でも見ているのではないかと思った。しかし、食事の匂いが夢ではないと告げている。

 

「あ、あーん」

 

隼鷹はぎこちない動作で、指揮官に応える。

注文した料理は隼鷹の好物だが、この時は、あーんや間接キスで味はどうでもよくなっていた。

 

「隼鷹、『昔から』これが好きだったもんな」

 

「うん……」

 

普段と違い、ぐいぐいと迫って来る指揮官に言葉がうまく出てこない隼鷹は、顔を赤らめて指揮官の言葉に頷く事しかできなかった。

 

 

 

一方、食堂で人目を憚らずイチャつく『オサナナジミ』たちを見たKAN-SENたちは、自分の正気を疑った。

 

「これが、寝取られ……?」

 

「鈴谷、落ち着いて。何も掴んでない箸を何度も口に運ぶのは怖いよ。ってか、指揮官とは、まだそういった関係じゃないっしょ!?」

 

 

「高雄ちゃん、私、疲れているみたい。指揮官が隼鷹に、あーんをしているなんて、ありえないものが見えるの」

 

「愛宕、安心しろ。拙者にも乱心した指揮官が見える」

 

「そう。なら、安心……できないわよぉおおお!」

 

「ええい、騒ぐな喚くな鼻水やら涙を垂れ流すな!」

 

 

 

目撃したKAN-SENが思い思いの反応を示す中、隼鷹は幸せのあまり、飛びそうになる意識を保って、時折、指揮官からのあーん攻撃を耐えながら、食事を必死に食べていた。

食事を終える頃には、隼鷹は喜びやら嬉しさやら気恥ずかしさやら色んなものが原因で顔を真っ赤に染めていた。

 

「ごちそうさま」

 

指揮官は、空になった食器を片付けるために席を立とうとした。その時、隼鷹の異変にようやく気がついた。

隼鷹は顔を赤らめて、ぽーっとしたまま動かないのだ。

 

「隼鷹、どうしたんだ?」

 

指揮官が呼び掛けても、隼鷹は席に座ったまま、ぽーっとした状態で、何の反応も返さない。

 

「ごめん、指揮官。少しどいてくれ」

 

隼鷹の相棒である飛鷹が指揮官と隼鷹の間に割り込み、隼鷹の目の前で手を振る。しかし、隼鷹はそれに反応を示さず、ぼんやりとした目で虚空を見据えるだけだ。

 

「あー、これはダメだな。熱で完全にイってしまっている」

 

幸せのあまり、隼鷹の頭はオーバーヒートを起こしてしまったらしい、と飛鷹は指揮官に告げた。

 

「指揮官、悪いけど、もう今日は隼鷹に秘書艦の業務は無理だ。誰か、代役を立ててくれ」

 

飛鷹はそう言うと、隼鷹を担ぎ上げて去っていった。

 

 

 

指揮官はまだこれからなのに残念だと思いながら、午後からの業務を思い出し、急いで隼鷹に代わる秘書艦を呼びに行った。隼鷹の代役に誰を選ぶのか。それは、すでに決まっていた。



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ヤンデレ返し・赤城

「姉様、あの噂を聞きましたか?」

 

寮舎の一角で、重桜に所属する空母、加賀は、同じく重桜所属の空母、赤城にそう言う。

 

「あの噂、だけじゃ、どの噂なのかわからないわよ」

 

KAN-SENというものは、赤城や加賀のように、良くも悪くもクセが強い者が多い。噂として話題に上がるような振る舞いを行う者は多く、それ故に、あの噂と言われただけでは特定できない。

 

「指揮官が、隼鷹にあーんをしていたという噂です」

 

「ああ、それね……デマに決まっているでしょう」

 

一切の動揺を見せずに、偽りだと言う赤城のあっけらかんとした反応に、話題を振った側の加賀が驚いた。

 

「何故、偽りだと言いきれるのですか?」

 

「隼鷹が『オサナナジミ』設定を言い出した時、指揮官様はいつも困った表情をなさるのよ。隼鷹は、それに気がついていないけど、あれは好感度が下がっているわ」

 

姉様が暴走した時も指揮官は同じ表情をしているとは、流石の加賀でも言えなかった。

加賀自身が予想していたよりも、赤城は冷静なので、これなら何かしらの騒動には発展しないだろう、と加賀が思った時、扶桑と山城の姉妹とすれ違った。

 

「姉様、殿様が隼鷹さんに、あーんをしていました。山城、隼鷹さんが羨ましかったな」

 

「指揮官にお願いしたら、やってくれるかもしれないわね」

 

たまたま山城の言葉を聞いた赤城の顔から表情が消える。ついでに、目からハイライトも消えた。

それを見た加賀は、赤城を止めようとするが、加賀が動くよりも先に、赤城の方が動くのが早かった。

 

 

 

オーバーヒートで使い物にならなくなった隼鷹の代わりに、秘書艦を勤めるKAN-SENを探し求める指揮官は、とあるKAN-SENを探して寮舎に向かっていた。

その途中で、指揮官の探していたKAN-SENと出会った。否、出会ったというより、KAN-SENの方から指揮官に向かって来た。

 

「指揮官様?食堂で赤城以外の子に、あーんして食べさせてあげていたという話を聞きましたの。どうして?指揮官様には赤城がいるのに、どうして他の子にそんなことをしたの?」

 

重桜に所属する空母にして、大鳳や隼鷹の同類である赤城。彼女こそが指揮官が探していたKAN-SENである。

ハイライトの消えたどんよりと濁った目をしながら迫る赤城に対して、指揮官は赤城の手を取った。

 

「し、指揮官様!?」

 

予想していなかった反応に、赤城は動揺する。その隙を突いて、指揮官は一方的に自分の用件を捲し立てる。

 

「赤城、お前を探していたんだ。実は今日の秘書艦を勤める隼鷹がちょっとしたトラブルで秘書艦として動けなくなったんだ。その代役を頼みたくて赤城のことを探していたんだ。赤城、今日の午後の秘書艦としての業務、お願いできるかな?」

 

「え、あ、その、指揮官様……」

 

指揮官の言葉から、噂が本当のことであると知り、赤城は、隼鷹に嫉妬と羨望の感情を抱く。それと同時に、幸せのあまり、秘書艦としての業務が手につかなくなったことには呆れと同情の念を抱いた。

 

「指揮官様が、赤城を頼ってくれるなんて、赤城は嬉しいです。ご期待とご信任にお応えして、秘書艦の勤め、立派に果たしてみせますわ」

 

 

 

赤城を連れて、指揮官は執務室に戻った。午後からの業務、その内容は委託任務に出撃していた面々の帰還や成果の報告、陳列が切り替わった購買部の品物の確認、寮舎への食糧補給、オフニャの訓練完了報告など、午前のものと変化は少ない。

業務が一段落ついた頃、指揮官は休憩をとることを赤城に告げた。

 

「かしこまりました。では、休憩に入らせて頂きますね」

 

赤城はそう言うと、手元に残っていた書類を片付ける。

 

「真剣に勤務する赤城かわいいよ。見るだけで火傷しそうだ」

 

「あら、指揮官様、赤城を思ってくれて、嬉しいですわ」

 

ふと、赤城は悪戯を思いついた童女のような表情を浮かべた。

 

「そういえば、指揮官様。ユニオンのとある空母から聞いたのですけど、ユニオンには細長い棒状のお菓子を、二人が両端から同時に食べて、先にお菓子から口を離した方が負けという遊びがあるそうです」

 

「赤城、やってみよう」

 

指揮官が受けるとは思っていなかった赤城は、指揮官の言葉を聞いた瞬間、指揮官が何を言ったのか理解するために数分の時を必要とした。

その間に、指揮官は赤城の言った遊びの準備を済ませた。

 

赤城が正気に戻った頃には、指揮官は既にお菓子の端を口に咥えており、もう一方の端を赤城の口に向けていた。

事ここに至って、赤城は腹を括り、指揮官とは別の端を口に咥えた。

 

「し、指揮官様。い、行きますわよ」

 

ゆっくり、ゆっくりと、二人はお菓子を食べ進んでいく。

距離が縮まると、赤城の食べる速さが目に見せて遅くなった。一方、指揮官のペースは変わらず、ゆっくりと食べ進んでいく。

やがて、あと少しで赤城と指揮官の唇が触れあうところまでに進んだ時、赤城の方が先にお菓子から口を離した。

 

「あ、赤城の負けですわ。つ、次は負けませんわよ」

 

負け惜しみのようなことを言う赤城の胸は、赤城自身が指揮官に聞こえているのではないかと思うほどに、ドキドキと高鳴っていた。

 

「そうか。赤城がしたいのなら、皆の前でしてもいいぞ?」

 

「み、みんなの前で!?」

 

いつになく強気で迫ってくる指揮官に、赤城の端正な顔が赤く染まる。

 

「なぁ、赤城。お前には俺がいるだろう?俺だけを見てくれ」

 

指揮官は、赤城の手を取り、真剣な眼差しを彼女に向ける。

 

「あ、うぅ……こ、心の準備ができていませんわぁあああああ!」

 

顔を真っ赤にした赤城は、指揮官の手を振り払うと、絶叫を上げて執務室から飛び出していった。

 

 

 

 

 

それから、赤城、隼鷹、大鳳の三人は、指揮官を目にすると、顔を赤く染めて立ち去るようになっていた。

暫くの間は、過激な愛情表現は収まり、赤城たち三人が、また熱っぽい眼差しを指揮官に向けるようになるまで、指揮官の日常に平穏が戻った。



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指揮官グッズ・ぬいぐるみ

指揮官が日々の業務に勤しんでいると、部屋の扉がコンコンと叩かれた。入室を許可すると、緑色の髪と猫耳を特徴に持つ少女──明石が部屋の中に入ってきた。

 

「指揮官、お願いがあるのにゃあ」

 

明石の媚びるような声色と表情に、指揮官はろくでもない話なのだろうと予想したが、内容を聞かずに拒否するのは失礼なので、とりあえず、話だけは聞いてみることにした。

 

「実は、明石の店に、新商品を追加したいのにゃ」

 

勝手に新商品を追加しては騒動を起こす明石にしては、わざわざ許可を取りにくるなんて珍しいことだと指揮官は思った。密造、密売くらいは平然とやりそうだと考えていたからだ。

 

「新商品は、指揮官グッズだにゃ」

 

予想できなかった新商品の内容に指揮官は思わず固まる。しばらくしてから、硬直から復帰した指揮官は、どんなものを作るつもりなのか明石に聞いてみた。

もし、変なものを作ろうとしているのなら、絶対に許可は出さない腹積もりだ。

 

「安心するにゃ。明石は、変なものは作らないにゃ。作ったのは、ぬいぐるみだにゃ。これがサンプル品だにゃ」

 

明石が持ってきた鞄から取り出したぬいぐるみは、簡略化した軍帽と軍服を着た人型のものだった。ぺたりと尻餅をついて座るぬいぐるみの姿に、むさ苦しい風貌の軍人をぬいぐるみに相応しいように上手くデフォルメしたな、と指揮官は感心した

これならば商品として取り扱うことを許可してもいいが、指揮官には懸念していることがあった。

 

「大丈夫にゃ。明石は重桜のKAN-SENだから、ちゃんと分かっているにゃ」

 

指揮官の考えていることを察したのか、明石は、赤城や大鳳ら愛が重い一派への対策はきちんと考えていると自信満々に胸を張って答えた。

本当に大丈夫なのだろうか、と一抹の不安はあったが、明石がここまで言うのだからきちんと考えたことだと指揮官は明石を信じて許可を出した。

 

「ありがとうにゃ!お礼に、このサンプル品を贈呈するにゃ!」

 

自分をモデルとしたぬいぐるみを渡されて、指揮官は微妙な気持ちになったが、明石の好意を無下にはできず、サンプル品のぬいぐるみを受け取った。

誰かに渡そうかとも考えたが、そうした場合、絶対に何かしらの騒動が起こることが容易に想像できたので、指揮官はサンプル品のぬいぐるみは自分で保有することにした。

 

 

 

 

 

明石に新商品販売の許可を与えてから一週間後、明石から今日から新商品を売り出すと報告がきた。明石は一部のKAN-SENへの対策をきちんと考えていると自信満々に言っていたが、本当にそうなのか確認するために指揮官は、その日の業務に一段落がつくと、明石の売店に向かった。

 

指揮官が売店に到着すると、売店前の広場では多数のKAN-SENが集まっていた。

そのKAN-SENたちの前には、明石がいる。明石の前に設置された机の上には、大きな箱が置かれており、明石の後ろにはどこから調達してきたのか分からない電光掲示板があった。

 

「これから抽選を始めるにゃ!渡した抽選券はちゃんと持っているかにゃー!?ぬいぐるみは、それと交換で渡すから絶対に落としたり無くしたりしないように注意するにゃ!」

 

嫌な予感を感じながら、指揮官は集まったKAN-SENたちに視線を向ける。赤城や大鳳といった何か騒動を引き起こすのではないかと指揮官が懸念していた面々は当然いた。

 

「早く始めなさい」

 

赤城の言葉は並んでいる多くのKAN-SENが思っていることだったらしく、同意する言葉が次々と出てくる。

 

「分かってるにゃ。じゃあ、最初の当たり番号を発表にゃ」

 

そう言うと、明石は箱に手を突っ込んで入れて、箱の中を掻き回すように腕を動かすと、数字の書かれたピンポン玉を1つだけ掴み、箱の中から取り出した。

 

「最初の当たり番号は、123、123にゃ!抽選券に書かれた番号が123のKAN-SENは、抽選券をきちんと持って、店の中にいる不知火のところに行くにゃ。そこで、抽選券と商品を引き換えるにゃ!」

 

明石が大きな声で宣言すると、電光掲示板に、123と大きな文字が浮かび上がった。

当たりか外れかは、その番号を見たKAN-SENたちの表情を見れば分かった。外れたものは差はあれど、落胆か悲しみの表情を浮かべている。

 

「うう、最後の一桁だけ違う……」

 

番号が近いものは、何度も自分の持つ抽選券に書かれた番号と電光掲示板に浮かんだ番号を見比べて、肩を落とす。

 

「やったぁ!山城、当たりました!」

 

喜色満面の笑顔を浮かべた山城は、売店の中に入っていった。引き換えを済ませて店から出てきた山城の腕には紙袋が抱えられていた。

 

「えへへ、嬉しい」

 

るんるんと明るい様子でスキップを踏みながら、山城は自室に戻っていった。

 

「次の番号を発表するにゃー!」

 

明石の言葉で、KAN-SENたちの様子が変わる。一部の者に至っては目が血走っていた。

 

「次の当たり番号は、456!456にゃ!」

 

「あら、当たりました」

 

次の当たりを引いたは、山城の姉である扶桑だった。

扶桑は妹と同じように売店の中に入っていき、一つの紙袋を抱えて出てきた。

 

 

 

それから、明石は次々と当たり番号が発表されていく。

新たな当たり番号が発表される度に、ある者は喜び、ある者は嘆き、様々な反応を見せる。

そうこうしているうちに、一部のKAN-SENたちから、不穏な空気が漂い始めた。

 

「おかしい、おかしいわ……どうして、私の番号が当たらないの……」

 

「ご主人様ぁ、ダイドーを捨てないでください……」

 

「……当たった高雄ちゃんから、ちょっとだけ借りようかしら」

 

「あー、皆、指揮官が見ている前ではしたない真似をしちゃダメにゃ。ぬいぐるみ以外の商品の開発許可が、出なくなってもいいのかにゃ?」

 

中々自分が当たりを引けないことに、業を煮やした一部のKAN-SENが暴走する前に、明石は待ったをかける。

指揮官が見ている。その一言で、不穏な空気を漂わせていた者は動きを止めた。

 

「えっ……指揮官様が、見ている?」

 

「姉様、あそこにいます」

 

赤城に付き合わされて並んでいる加賀が指揮官がいる場所を指差す。

明石は指揮官が心配して様子を見に来ることを計算に入れて、対策は取ったと言ったのだ。

それを察した指揮官は、次からは許可を出さないようにしようと心に決めた。

 

「あらぁ?指揮官様の存在に気が付かないなんて、それで指揮官様を愛しているとよく言えますわね?」

 

大鳳の煽りに、赤城のこめかみがピクピクと震える。

お前も気が付いていなかっただろう、と大鳳に言い返したい赤城だったが、愛する指揮官の前でそんなみっともない真似はできない。

ここは、先達として大人の態度というものを見せるべきか、と引き下がることにした。

簡単言うと、無視である。

それを見た大鳳も、これ以上煽り続けるのは自分にとって良くないと判断し、煽ることは止めて、次の当たり番号の発表を待つことに決めた。

 

「では、次の当たり番号は、333にゃ」

 

「うふっ」

 

次の当たり番号は、赤城の持つ抽選券に書かれた番号だった。赤城は笑うと軽やかな足取りで売店の中に向かった。

 

「んふふっ」

 

「ど、どうぞ」

 

喜びを抑えきれない赤城は、笑みを浮かべて、笑い声を口の端から漏らしながら、不気味なものを見る眼差しを赤城へ向ける不知火に抽選券を手渡し、目的の品を入手した。

その姿を大鳳は、歯軋りをしながら睨み付けていた。

 

「くっ……よりにもよって、赤城さんに先をこされるなんて……」

 

「まあまあ、大鳳さん。そう焦らないでください。まだ、あんなにあるんですから、これからですよ」

 

「そーそー。果報は寝て待てってね」

 

鈴谷と熊野は大鳳を励ます。しかし、似た者同士である赤城に先を越された大鳳への効き目は薄かった。

 

 

 

そうこうしているうちに、当たりの番号は次々と発表されていく。やがて、明石の口から次が最後だと宣言する言葉が出た。

 

「つ、次が最後……」

 

自身の持つ抽選券の番号が発表されず、次が最後であるとの言葉を聞いた大鳳の精神は、すっかり打ちのめされていた。

 

「た、大鳳、しっかりして」

 

熊野の励ます言葉も、今の大鳳では、耳をすり抜けて言ってしまい、意味をなさない。

熊野の姉妹艦である鈴谷は、少し前に、当たりを引いて自室に帰っていた。帰る時、鈴谷の鼻息が荒かったことは、熊野は見なかったことにした。今ごろ、鈴谷が部屋で何をしているのかも考えないことにした。

 

指揮官も午後の業務をこなすために、執務室に戻っていったので、この場にはいない。

だからなのか、大鳳の精神から自制の念が消えつつあった。

 

「ふ、ふふふ……こうなったら、最後の手段を……」

 

「最後の当たり番号を発表するにゃー。最後の当たり番号は、194、194にゃー」

 

疲れた様子で明石は最後の辺り番号を発表した。

 

「……えっ?」

 

電光掲示板に浮かび上がった番号と、自分が持つ抽選券に書かれた番号を大鳳は見比べる。それも、一度や二度ではなく、何度も何度も見比べる。

大鳳の持つ抽選券に書かれた番号と、電光掲示板に浮かぶ番号は、同じものだった。

それを認識した瞬間、大鳳の狂気的な笑みが、ぱあと花が咲くような笑顔に変わる。

 

「当たった?」

 

「はい!行ってきますね!」

 

熊野の問いに、大鳳は嬉しさの爆発した声で答えると、早足で売店の中に入っていった。

 

「ふふふ、指揮官様……」

 

売店の中から出てきた大鳳は、指揮官ぬいぐるみが入った袋を、大切そうに抱えていた。

 

 

 

 

 

「指揮官、次はブロマイドにゃ!」

「ダメだ」

「なら、フィギュアにゃ!」

「ダメだ」

「じゃあ、抱き枕カバーにゃ!」

「ダメだ」

「どんな商品なら、許可を出してくれるんだにゃー!?」

「とにかくダメだ」

 

後日、明石から新しい指揮官グッズの開発および販売の許可を求められたが、指揮官はその全てを却下した。



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下着泥棒

母校の一室。そこには、多数のKAN-SENが集まっていた。

部屋に集まったKAN-SENの中には、クイーン・エリザベスやビスマルク、赤城など各陣営の主要人物といえる者もいる。

彼女たちが集まった理由。それは、彼女たちが所属する母校に下着泥棒がいる、というとんでもない情報がロイヤルのメイド隊からもたらされたからだ。

 

「被害に遭ったのは、誰なのかしら?」

 

「……ご主人様です」

 

赤城の問いに対して、ベルファストは少し躊躇ってから答える。その答えを聞いた赤城の顔から表情が消えた。

 

「この母校に、よりにもよって、指揮官様の下着を盗んだ不届き者がいる、ですって……見つけ次第、血祭りにあげてやるわ」

 

犯人確保への強烈な意気込みを見せる赤城。そんな彼女に、部屋の中にいる大半のKAN-SENの視線が集まる。赤城のお付きとして会合に出席していた加賀ですら同じく視線を向けていた。視線が自身に集まっていることに、赤城は不満を露にする。

 

「もしかして、私が犯人だと思っているのかしら?私を見くびらないでちょうだい。確かに、赤城の指揮官様への愛は、たまに、過激なものになってしまうことはあるけど、盗みを働くまで堕ちていないわ」

 

自分に疚しいことはない、と赤城は胸を張って答える。

本当なのか、と多くのKAN-SENが思う中、エンタープライズがおずおずと手を上げた。

 

「その、メイド隊の勘違いではないのか?例えば、誰かが、うっかり間違えて持って帰ってしまったとか……」

 

「確かに、シリアスは失態をさらすことは多いですが、故意に行うことはありませんし、失態を犯したと気づけば、ご主人様に罰を求めに行きます」

 

歯切れの悪いエンタープライズの言葉に対して、ベルファストは首を横に振って答える。

 

「待ってくれ。私は、シリアスが何か失敗をしたとは一言も言っていないぞ!?」

 

いきなり個人を名指ししたベルファストに、エンタープライズは慌てた。そんなエンタープライズを無視して、ベルファストは言葉を続ける。

 

「それに、私どもが確認したところ、失われたご主人様の下着は、1枚や2枚ではございません。合計で13枚の下着が盗まれていました」

 

「待て。被害者である指揮官自身ですら、疑念を抱くまで、盗みに気が付かなかったのだ。それなのに、何故、他者である貴様たちが、盗まれた下着の正確な数を把握している?実は、メイド隊が犯人なのではないか?」

 

メイドとして指揮官の衣服の洗濯やらを、指揮官から頼まれたわけでもなく、勝手にやっているメイド隊。

そんな彼女たちが、下着を盗まれた被害者である指揮官ですら分からない盗まれた下着の正確な枚数を知っている。

それが理由で、加賀はメイド隊に疑いの目を向けた。

 

「お言葉ですが、重桜の大鳳様、隼鷹様など、怪しい方は多いと思われますが?」

 

加賀の言葉に、ベルファストに、随伴していたシェフィールドが言い返す。

 

「あの子たちじゃないわ。大鳳は、自分の私物を指揮官様のお部屋に置くことはあるけど、指揮官様の私物を盗んで自室に飾るなんてことしないし、隼鷹は、下着泥棒なんてやらずに真っ正面から下着を貸してくれとか言うわよ」

 

赤城は、ベルファストに犯人なのではないかと名を挙げられた二人を弁護する。

下着泥棒とは別の問題が浮上したが、KAN-SENたちは、まずは下着泥棒の件を片付けることを優先した。

 

「そういえば、指揮官様のことを、子豚とかふざけた呼び方をしている方がいたわねぇ。確か、ロイヤルの方だったかしら?」

 

自身だけでなく、重桜の仲間を犯人扱いされた赤城は、嫌みたらしい表情と声で、揶揄する。

 

「エイジャックスは、泥棒なんて下品なことをしないわ!それに、鉄血にだって、指揮官のことを下僕呼ばわりする娘がいるじゃない」

 

「ドイッチュラントは、素直な子よ。私たち鉄血の仲間を侮辱するというのなら、考えがあるわ」

 

赤城の言葉に、ロイヤル代表のクイーンエリザベスは言い返し、今度はそれを聞いた鉄血代表のビスマルクが不快感を露にする。

 

「もうKAN-SEN全員の部屋を家捜ししてみたら?」

 

険悪な空気が部屋中に広がり、話し合いどころではなくなりつつある現状に、プリンツ・オイゲンは心底面倒くさいといった様子で、声をあげた。

 

「待て。今回の事件を内密に処理するために、集まったことを忘れたのか?」

 

「今の状況では、そんなの無理よ。少なくとも、この場にいる者が、有罪であるのか無罪であるのかは見分けをつけないと、話にならないわ」

 

加賀は、プリンツ・オイゲンの提案に反対するが、クイーン・エリザベスやビスマルク、赤城らがプリンツ・オイゲンに賛同したため、秘密の会議に参加した者の部屋を家捜しすることに決まった。

 

 

 

 

 

後日、内密の会議に出席していた大多数のKAN-SENの部屋から盗まれた下着が見つかったという報告を、本当に下着泥棒ではなかった赤城から受けた指揮官は軽い鬱状態に陥った。



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