【完結】Re:Connect ―揺れ動く、彼女の想い― (双子烏丸)
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第一話 取り戻した、新しい日常
ザ・ビルドダイバーズ


 ――きっと今、とても幸せなんだ。

 

「しっかり掴まってる? ヒナタ?」

 

 私のすぐ傍には、私の幼なじみのヒロトがいる。

 同い年の少し癖っ毛のある男の子。

 一番仲が良くて、ガンプラが好きで優しくて便りになる……大切な幼なじみ。

 

 

 ヒロトのガンプラ、コアガンダム。……新しい方の、たしかコアガンダムⅡって言うガンプラもあるんだけど今日はこっちみたい。

 コアガンダムは戦闘機のような、青色の支援機に乗って空を飛んでいる。

 目に見えるのは地平線にまで広がる平原と、雲ひとつない綺麗な青空。視界に流れるそんな外の景色。 

 そのコックピットで今、二人で一緒に……。

 

「うん。私は大丈夫だよ」

 

「良かった。これからガンプラバトルだから、少し揺れるかも。

 だから気をつけて欲しい」

 

 私はこくっと頷く。

 すると、そんな私にヒロトはにこって微笑んでくれた。

 

「それにヒナタにも、もっと知ってもらいたいんだ。

 ガンプラバトルがどんなものか、その楽しさを俺と一緒に……」

 

 

 

 

〈ヒロトさん! こっちは僕たちに任せてください〉

 

〈だから本命は頼んだぜ、ビシッと決めてくれよな!〉

 

 画面に映るのはヒロトの仲間。

 動物の耳と尻尾を生やした可愛い男の子のパルくんと、明るくて大柄な少年のカザミさん。

 二人のガンプラはそれぞれ、カザミくんのガンプラはガンダムイージスナイトって言うの。……ヒロトに教えてもらった話だと、ガンダムSEEDって作品に出る『イージスガンダム』って言う変形するガンダムを、騎士みたいに改造したガンプラなんだよね。

 

 

 そしてパルくんのガンプラは、エクスヴァルキランダーって言うみたい。

 えすでぃーガンダム? 簡単に言うと、ガンダムを小型にデフォルメしたガンプラ。

 頭が大きくて手足が短くてそれにきらきらとしている綺麗な瞳、まるでお人形みたいに可愛いな。

 全身は真っ白くて大きな翼を広げて、可愛いけど……格好良いんだよ。

 

「もちろん任せてくれ。俺とそして……コアガンダムに」

 

 二人の言葉に、自信たっぷりにヒロトは返事をかえした。

 

 

〈ふふふ、もちろん頼りにしているさ。……ただ、私の事も忘れては困るな〉

 

 そしてもう一人のヒロトの仲間、メイさん。

 スラッとした高身長で長い黒髪の、クールで綺麗な女の人。

 

「ああ! 忘れてなんていない。こちらこそなメイ」

 

 

 

 ヒロトはメイさんにそう言った。

 そしてヒロトのコアガンダムと、ドームみたいな本体から長くて大きな足を生やしたメイさんのガンプラ、ウォドムポッド。

 

 

 ヒロト達四人のガンプラは目の前にいる敵に立ち向かう。

 そこには角を生やしてまるで鬼みたいな一つ目のガンプラが、棍棒を構えて沢山待ち受けている。それにもっと奥にはもっと大きなガンダムもいた。

 巨大なガンダムの頭から上半身が生えていて、本体からは触手がいくつも伸びている、まるで怪物みたいなガンダム。……少し怖い姿だな。

 ――だけど。

 

「あれはデスアーミーと、それにデビルガンダムだね。

 機動武闘伝Gガンダムの敵モビルスーツなんだ。見た感じ、ちょっと怖いかもだけど」

 

 そうヒロトは私に教えてくれた。

 

「……ううん。たしかにちょっと怖いけど、ヒロトと一緒なら」

 

 この言葉に、ほんの少し可笑しそうに彼は笑った。

 

 

「良かった。

 それに俺たちはエルドラでも、戦って来たんだ。

 だから……コアチェンジ。ドッキング、ゴ―!」

 

 ヒロトの掛け声と一緒に、コアガンダムは空中に跳躍した。

 そしてコアガンダムの乗っていた支援機の青いパーツが分離して、その手足や胴体に合体して行く。

 そして――

 

「……俺とアースリィガンダムの戦い。

 それもヒナタに――見てほしいんだ!」

 

〈みんな行くぜ!〉

 

〈はい!〉

 

〈……了解だ〉

 

 ヒロトたち四人と、そして私……。

 それがこのフォース――『ビルドダイバーズ』のメンバーなんだ!

 

 

 

 

 ――――

 

 GBN……ガンプラバトル・ネクサスオンライン。

 それは広大な仮想世界を楽しむ、世界規模のネットゲーム。名前通りガンプラのデータを使った『ガンプラバトル』を楽しむ事が出来るゲームなの。

 色々なミッションを楽しんだり、たくさんの素敵な場所があったり……そんな、とても自由で楽しい世界。それが――GBNなんだ。

 

〈どうだっ!〉

 

 カザミさんのガンダムイージスナイトは、ランスのような武器で次々と敵を倒していた。

 ちょっとだけカザミさんから聞いた話だと、名前は『ライテイ ショットランサー改』だったっけ? 

 ランスとして相手を突いたり、ビームを撃てたり、カザミさんはその武器を使いこなして戦っていた。

 

 何体ものデスアーミーを相手にする、イージスナイトガンダムだけど……。

 

「カザミさん! 危ない!」

 

 イージスナイトの背後から、デスアーミーが棍棒を振りかざすのが目に入った。

 私は思わず叫んだ。

 

〈なっ!〉

 

 とっさに装備していた盾で、デスアーミーの棍棒を防ぐイージスナイト。

 そして片手に持っていたショットランサーのランスであっと言うま間に、反撃して倒した。

 

〈サンキュー! ヒナタ! おかげで助かったぜ〉

 

 カザミさんは私に明るい表情を向けてそう言った。

 

「あはは……ついとっさに。どういたしまして、カザミさん」

 

 

〈僕たちも頑張らないと。行こう! モルジアーナ!〉

 

 パルくん、本名はパルウィーズって言うんだ。彼は自分のガンプラ、エクスヴァルキランダーをそう呼んでいるの。

 彼のガンプラもデスアーミーと戦っていた。

 左手に持っている、GNランチャーだったかな、それでビームを撃ってデスアーミーを倒しているのが見えた。

 

「パルくんも、無理しないでね」

 

〈はい! ……カザミさんも、もっとしっかりしてくださいね〉

 

〈悪い悪い! 今度は油断なんてしないからさ〉

 

 二人は私やヒロトそれにメイさんのために、戦ってくれている。

 

「本命は、あのデビルガンダムだ。だけど……」

 

 私達が受けたミッションはデビルガンダムを倒す討伐ミッション。

 今、私とヒロトが対峙しているのが、その相手。大きくて……禍々しい見た目の、そんなガンダム。

 

「……っつ!」

 

 私達が乗るアースリィガンダムに、ガンダムの頭が付いた触手がいくつも襲いかかってくる。

 

「ガンダムヘッド、か。これもまた邪魔だな」

 

 あの触手は、ガンダムヘッドって言うみたい。

 触手はあちこちから向かって来て、その一つは牙だらけの口をぱくっと開いてこっちに――

 

「きゃっ!」

 

 怖くて思わず目をつぶってしまう。

 

「平気だよ、ヒナタ」

 

 ヒロトはそう私に言ってくれる。

 少し恐る恐る私が目を開けると……ヒロトのガンダムが光の剣――ビームサーベルで、あのガンダムヘッドを倒していた。

 

「ヒロト……」

 

「どう? 俺だってこれくらいは」

 

 彼は得意げな表情を、私に向けた。 

 

 

 

 だけど、触手はデビルガンダムを守るように、辺りにうごめいている。

 ヒロトのアースリィガンダムはビームサーベルで、次から次に倒ししているけどきりがないみたい。

 

〈これは、大変だな〉

 

 その傍にはメイさんのウォドムポッドが、一緒に戦っていた。

 機体の右に付いているビーム砲と、左にあるミサイルポッドで、ヒロトよりもたくさんの触手を倒している。

 やっぱりビームにミサイル、強い火力の武器があるからかな。

 

〈ガンダムヘッドの相手は、私がした方が良さそうだ。

 ……ケリをつけるのはヒロトに任せよう〉

 

 確かに、多くの敵を相手にするのなら、ウォドムポッドが良いのかも。

 

「ありがとう、メイ!」

 

〈道は私が切り開く! 頼むぞヒロト!〉

 

 彼女のガンプラは、一箇所に火力を集中してヒロトのために道をつくってくれた。

 アースリィガンダムはそのまま、加速してデビルガンダムへと――。

 

 

 私達が迫るのに対して、デビルガンダムは両肩の発射孔からビームを放った。

 そのビームは拡散して広がって、襲いかかって来る。……けど。

 

「させない!」

 

 ヒロトは全部避けていく。

 ガンプラを上手く操縦して、とっても早い動きで、ビームに全く当たらずに。

 それに回避しながらライフルを構えて、反撃だってしている。

 

 

 ヒロトのガンダムは、ビームライフルで相手にダメージを与えていた。

 すると、今度は巨大な腕を伸ばして、掴みかかろうとするデビルガンダム。――けれど。

 それも間一髪で避けると、同時にビームサーベルを抜いて一気に腕を切り落としていた。

 

 

 こうしてガンプラバトルをしているヒロト。

 改めて、こんなに強かったんだって……。

 GBNでのヒロト、その姿をこうして間近に見て、私はそう思った。

 

 

 ――それに。

 こうしているヒロトは、とっても楽しそうで……キラキラ輝いて見える。

 少し前まではずっと落ち込んで、笑ったり、楽しそうにしている姿なんて見たことなかった。

 それが今では、またこうしてGBNを楽しんでいる。

 

 

 うん。やっぱりそんなヒロトが、私――

 

 

「エネルギー最大出力……これで決める!」

 

 ボロボロになったデビルガンダムの頭部に、アースリィガンダムはビームライフルで狙いを定める。

 

「――とどめだ!」

 

 アースリィガンダムは最後に特大のビームを、止めに撃ち放った。

 

 



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私の幼馴染

 ――――

 

 私の幼なじみ、ヒロト。

 彼とは家族ぐるみでの付き合いで、ずっと小さい頃から一緒だった。

 

「……あら! おはよう、ヒナタちゃん」

 

「おはようございます。学校もありますから、ヒロトを迎えにきました」

 

 今日は月曜日。学校が始まるこの日に、私はいつものようにヒロトの家に迎えに来ていた。

 

 

 今私に挨拶してくれたのは、彼のお母さん。

 ヒロトのお母さんとも、そして小説家をしているお父さんとも、同じように仲良しなの。

 それに……こうして家に遊びに行くのよくあるから。

 

「いつも、ありがとうね。こうしてヒロトと仲良くしてくれて。

 あの子にとってもヒナタちゃんはきっと、大切な人だと思うから」

 

 ヒロトのお母さんは、私にそう言ってくれた。

 

「そう……かな、私……」

 

 これについ照れる感じがする。

 ちょっと照れ恥ずかしいけど、何だか嬉しいような……そんな気分。

 

 

「あらあら。ヒナタちゃんってば、照れちゃって。

 ヒロトは今、自分の部屋で着替えているところなの。多分もうすぐ……」

 

 するとその時別の部屋から――。

 

「来てくれたのか、ヒナタ」

 

 制服姿で、学生鞄を持ったヒロト。

 着替えも終わって、学校に行く準備は出来ているみたい。

 

「うん。ヒロトと一緒に学校に行きたかったから」

 

「ふーん。じゃあ……俺も準備が出来たし、行こうか。

 ……そう言うことだから行ってくるよ、母さん」

 

「ふふっ。行ってらっしゃい、二人とも」

 

 ヒロトのお母さんに見送られて、私達は家を後にする。

 

 

 

 ――――

 

 学校での一日は、いつもとあんまり変わらない。

 授業を受けて休み時間と昼休みにゆっくりする、いつものそんな日常。

 私とヒロトは同じクラス。いつものように一緒に、午前中の授業を受けたんだ。

 今日は、数学の授業が少しだけ難しかったのが印象的。

 家に帰ったら、授業の復習をしないとね。

 

 

 

 そして……昼休み。

 

「でさー! 昨日なんかカラオケで、過去最高の高得点を獲得したんだぜ」

 

「ははは……それは、すごいな」

 

「俺もカラオケはするけどさ、あまり上手くはないしな。今度一緒に遊びに行く時、歌い方とか教えてくれよ」

 

「ああいいぜ! ヒロトはどうする?」

 

「そうだな、なら時間がある時に、合わせてくれたら行くよ」

 

「よし決まりだ! だったら、いつ頃だったらいいかな……」

 

 

 

 向こうではヒロトと彼の男友達が、一緒にお喋りしていた。

 

 ――前までは、友達ともあまり関わらなったのにね――

 

 二年前のある出来事のせいでずっと沈んでいたけど、こうして見るとやっぱり安心する。

 あの頃のヒロトが、戻って来てくれたんだって。それに……私は。

 

「ねぇ、ヒナタ?」

 

「ん?」

 

 話しかけて来たのは私の女友達だった。

 

「ヒナタの幼馴染のヒロト、何だか変わったよね。

 前まではあんなに暗かったのに、元気になったって言うかそんな感じね」

 

 友達の言葉に、私は頷く。

 

「うん。最近ちょっと色々あったから」

 

「へぇー」

 

 そう言って彼女は私の机に上体を預け、頬杖をついてこっちを見つめる。

 

「一体何かあったのか、って言うのは野暮だから聞かないけど、良かったじゃない。

 だってヒナタもずっと心配だったでしょ?」

 

「それは……」

 

 たしかにずっと心配していたんだ。

 二年間ずっと、沈んでいた幼馴染を見ていて気がかりだったしそれに、そんなヒロトに対して何も出来ない自分にの無力さも……辛かった。

 

「でもとにかく、元気になって良かった! やっぱり幼馴染のヒナタのおかげかしら」

 

「……」

 

 ……どう、だろう。あの事で私はヒロトの力に、なれていたのかな?

 よく――分からなかった。だけど……

 

「分からないけど、私はヒロトが元気になっただけで嬉しいんだ」

 

 私はただ、彼が元のように明るく元気になっただけで嬉しいんだ。

 そう、それだけで……。

 

 

 

 ――――

 

 あれから午後の授業を受けた私達。

 一通り授業も終わって、私たち二人は一緒に家に帰るところだった。

 

「ふふっ。ここからの景色、とても綺麗だね」

 

 今日は弓道部の練習も、カフェでのアルバイトもないから、少し寄り道。

 海沿いにある遊歩道をヒロトと一緒に、景色を眺めながら歩いている。

 

「うん。こうしてゆっくり歩くのもいいな」

 

 ヒロトは軽く微笑んで横に広がる海を眺めていた。

 眺める海は湾になっていて、その向こうには大都会の風景だって見えるんだ。

 

 

 潮風が頬をなでてそれに、少ししょっぱい匂いだってする。

 

「そうだねヒロト。ねぇ、それと……

 

 私はこんな事を彼に言った。

 

「あらためてエルドラでの戦い、お疲れ様。みんなのおかげであの世界は救われたんだよね。……やっぱりヒーローだよ、ヒロトは」

 

 

 

 今でもちょっと信じられない話だけど、ヒロトとカザミさんとパルくん、それにメイさんたちは、ここからずっと遠くにある星――エルドラで戦っていたんだ。

 そこに暮らす人達と、そして先にエルドラで戦っていて敵に捕らわれていたダイバー、シド―さんを救うために。

 

 

 私がそれを知ったのはその戦いが終盤になってから。

 もちろん聞いたときには驚いたし、それに怖かった。

 だってエルドラでの戦いは命懸けの、危ない戦いだったから。もしヒロトに何かあったら……だから、これ以上戦ってほしくなんてなかった。

 

 

 けどヒロトは必ず帰って来ると、そう約束して戦いに向かった。

 シドーさんとエルドラを救うために、仲間と一緒に戦って――そして世界を救って約束どおり、無事に戻ってきてくれた。

 

 

「そう言ってくれてありがとう。ヒナタがいたから、エルドラでも戦って来れたんだ。

 ヒナタも見ただろ? あの世界とそこに暮らす人たち。みんなを守ることが出来て、本当に良かった」

 

 ……私も戦いが終わった後、ヒロトたちと一緒にエルドラに行ったことが何度かあった。

 GBNとエルドラは繋がっているみたいで、行き来することが出来るみたいなの。

 エルドラで暮らしているのは、犬と人間を一緒にした見た目の人たちで、そこでヒロトたちのサポートをしてくれた男の子、フレディくんやマイヤさんたちエルドラの人びととも仲良くなった。

 みんな、本当に……いい人ばかり。

 

「……うん。私もヒロトやみんなの力に、なれたんだよね」

 

 ヒロトは頷いた。

 

「もちろんだ。ヒナタ、君のおかげだよ。

 そうだ――また今度時間を見つけてエルドラに行こうか。

 今度は二人で。まだまだヒナタにも見せたい場所が、たくさんあるんだ」

 

「エルドラに、ヒロトと一緒に――」

 

 私の答えは、もちろん。

 

「うん! 喜んで。また……エルドラのみんなにも会いたいから」

 

「なら決まりだ。俺も楽しみにしている。

 だけど……」

 

 

 

 するとヒロトは歩みを止めて、辺りの景色を眺めていた。

 

「エルドラもGBNも良いけど、やっぱり僕たちが生きるこの現実もいいな。

 ヒナタもそう思うだろ?」

 

 視線を私に向けて話す彼に、私は――。

 

「もちろんだよ。私とヒロトがずっと一緒に過ごして来た、この世界だって。とっても良い……そんな場所だから」

 

 二人で並んで街の景色を眺めている、この素敵な時間。

 それはとてもゆっくりと、穏やかに流れているような――感じだった。

 



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第二話 心に生まれた、戸惑いと動揺
店長との会話


 ――――

 

「ヒナタちゃん! 注文を頼むよ」

 

「はい!」

 

 私は今、アルバイト先であるガンダムカフェで働いていた。

 このお店はガンダム作品にまつわる料理や、サービスが受けられるんだ。

 例えばガンダムのキャラクターの名台詞を言ってみたり、それに……。

 

「すみません。アッガイカレーを一つお願いします」

 

 お客さんは早速料理の注文をした。

 

「アッガイカレーですね、かしこまりました!」

 

 料理の方も、ガンダム作品に登場するロボット……モビルスーツを参考にした料理がたくさんあるの。

 例えばこのアッガイカレーは、水陸両用のモビルスーツ、アッガイを模したライスと、カレールー。それで海から現れたアッガイを表現した料理なんだ。

 

 

 ……あっ。あっちのテーブルではガンダム作品の小惑星をモチーフにした料理、ルナツーコロッケを食べているね。

 あの料理実は前に私が考案した料理なんだ、えへん!

 

 

 私の仕事はこのカフェでのウェイトレス。

 店長さんや店のみんなは優しいし、雰囲気だってとても楽しい。

 ちょっと大変だけど、でも大好きな仕事なんだ。

 

 

 

 ――――

 

 あれからしばらく働いて、ようやく休憩。

 私はお店の休憩室でゆっくりしていた。

 

 ――ふぅ、今日はお客さん多かったな――

 

「やぁ、お疲れ様!」

 

 するとそんな私の所に、店長さんがやって来た

 恰幅が大きくて朗らかな人柄の店長さん。カフェでアルバイトを始めたときから、色々と面倒をやいてくれているんだ。

 

「お疲れ様です、店長さんも」

 

「ヒナタちゃん、いつも頑張っているからこっちも大助かりだよ。

 ……はい! 店のまかないだけど、食べるかい?」

 

 店長さんが持ってきたのは美味しそうなチョコレートケーキだった。

 

「せっかくだから、ヒナタちゃんのために取っておいたんだ。……ほかのみんなには内緒だよ」

 

「ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

 

 お店のまかないのチョコレートケーキ。

 一緒に持ってきてくれたフォークで、私はケーキの一切れを口にした。

 

「……うん! とっても甘くておいしいです!」

 

 美味しいチョコレートケーキ。私、気に入っちゃった。

 

「うんうん! ヒナタちゃんが喜んでくれて、良かった」

 

 店長さんも何だか嬉しそうに、私のことを見ている。

 

「それにしても良かったよ。前まではヒナタちゃん、まるで何か心配事を抱えているみたいで気にしていたんだ。

 けどようやくその心配や悩みがなくなったと言うか……ふっきれたと言うか。

 私も安心したよ」

 

 私は店長さんの言葉に微笑んだ。

 たしかにヒロトの事やエルドラの事、どちらもひと段落して安心していたから。

 

「あれから色々と心配が、なくなったんです。だから今はとても元気! ここの仕事だってこれからもっと頑張りますよ!」

 

 ぐっと、私はファイトポーズをとってみせた。

 

「おお、心強いな! 何だか私の知らないうちに色々と解決したみたいだな。

 だったら……」

 

 店長さんはいきなり顔を近づけて、こんなことを聞いた。

 

「ヒロトくんとは上手く行っているのかい? もしかしたらそっちもと、思ってな」

 

 私はちょっと、どう答えた方がいいか考えてから答えた。

 

「ヒロトとは変わらず仲良しですよ。学校でも普段だって、それに最近ではGBNでも。

 ……今日も仕事が終わったら、またヒロトとGBNに行く予定なんです」

 

 今日のアルバイトは早めに終わる予定なんだ。

 だからヒロトと約束してこの後、GBNで遊ぼうと約束していたんだ。

 

「へぇ、ヒナタちゃんもGBNデビューとは! 確かこの前までやっていなかったのに……それはめでたい!

 これでGBNでも、二人一緒だな」

 

「あはは……私だけじゃなくて、ヒロトの仲間と一緒だったりもするの。みんな、いい人ばかりなんです」

 

「なるほどな。ただ、さっき言いたかったのは――」

 

 

 

 すると店長は、こんな事を話した。

 

「その、ヒロトくんと上手く行っているかと言うのはな……あれだ。

 ヒナタちゃんと彼との関係……進展したのかな、と言うことだ」

 

 ヒロトとの関係――。

 何だかそう言われて、私はドキッとした。

 

「それはまぁ、幼馴染として二人が仲良いのは分かっているよ。

 でも……そこからどうしたいって言うのは、ヒナタちゃんにはあるのかい?」

 

「……私がどうしたい、ですか」

 

 幼馴染として、私とヒロトは仲良し。

 今のままでも全然私は幸せなの。……どうしたいかって言われても、もやもやしてはっきりと分からない。

 

「この先もずっと幼馴染として仲良くしたいのか、それとも……もっと仲を深めたいのか、気がかりなんだ。

 ――ただ、どうするにしても私は二人の事を応援しているけどな」

 

 店長は軽くウィンクしてそう言ってくれた。

 

「私は……」

 

 やっぱり、まだ私にはよく分からなかったけれど。

 

 ――たしかにはっきりと分からない。けど、もし叶うことならヒロトと――

 

 ある願い事が私の頭をよぎった。ほんの少しだけだけど、そうあって欲しいと言う願い。

 けれどそれは……。

 

 

 ――ただ、ヒロトの方は、どう思っているのかな。

 



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幾度目かの、エルドラ

――――

 

「それでは、お疲れ様でした!」

 

「ご苦労様ヒナタちゃん。それじゃ、ヒロトくんにもよろしくな」

 

 アルバイトも終わって、私は手を振っている店長さんに見送られて店を出た。

 すると……。

 

 

「早かったね……ヒナタ」

 

 店の出口前には、私服姿のヒロトが待っていた。

 

「あっ、ヒロト! もしかして……ずっといたの?」

 

「十分くらい前からな。もしかして早く終わるかもって思ったから。

 それに、特にすることもなかったし」

 

 少し素っ気ない感じで言った言葉だけど、私のことを気にかけているような感じもした。

 

「店長さんがヒロトと会うってことだから、少しだけ早く帰らせてくれたんだ。

 でも、逆に待たせちゃったみたいで、ごめんね」

 

「いいよ。俺が好きでやったことだから。

 ……それより仕事も終わったんだし、二人でGBNに、さ」

 

 そうだった。私はヒロトと、GBNをする約束をしていたんだった。

 

「そうだね。じゃあヒロトも一緒だし……今から行こう!」

 

 

 今日は一緒にGBNに。そして――ヒロトたちが救ったあの世界、エルドラにだって。

 ……また訪れる予定なんだ。

 

 

 

 ――――

 

 街にあるガンプラのお店、ガンダムベース。

 GBNはその中にある専用の筐体でプレイすることができるの。

 

 

 私たちはガンダムベースの別室でGBNにログインしようと。

 椅子に座って専用のヘッドギアを装着して……っと。

 そしてログインを始めると、私の意識は――。

 

 

 

 ――――

 

 現実世界から、GBNへと。

 ログインした私はGBNのロビーに立っていた。

 服装も私服から、白と赤の着物……巫女服姿に。弓道をしているから私のGBNでの姿――ダイバールックは、その影響もあったりするんだ。

 

 

 ちなみに私の隣には一緒にログインしたヒロトがいる。彼の姿は灰色のマント……うーん、それよりポンチョって言うのに近いのかな。それを羽織った、まるで旅人みたいな恰好なんだ。

 

 

「やぁ、ヒロトにそれにヒナタ」

 

 私たちの前にはビルドダイバーズの仲間、メイさんがいた。

 

「来たよ、メイ。……カザミとパルがいないのが少し残念だけど」

 

「ふふ、あの二人も忙しいらしくてな」

 

「最初はヒナタと二人でと思ったけれど、やっぱりビルドダイバーズのみんなでと考えたんだ。

 それで誘ったんだけど、まぁ仕方ない。今日はこの三人で行こう」

 

「そうだな……みんなで会いに行くのはまた今度か。

 でも、ヒロトと一緒で私は良かったと思う」

 

「俺もだメイ」

 

 

 

 ヒロトに、それにメイさん。

 何だかとても――仲良さそう。

 

「……それに、ヒナタも。今日は一緒出来て嬉しいよ」

 

 するとメイさんは私にも、そんな言葉をかけた。

 

「あっ――」

 

 ふいに言われたから私は少し固まった。だけど……。

 

「――うん。わたしもメイさんと一緒で、嬉しいです。

 やっぱりみんなの方が……楽しいですから」

 

 私はメイさんに笑ってみせて、そう答えた。

 

「そうか。まぁ今日は三人だが、きっとフレディ達も喜んでくれるさ。

 その後はGBNでヒナタが楽しめるような簡単なミッションでも受けようか」

 

 

 今日の予定はそんな感じ。

 じゃあエルドラのみんなに、会いに行こうかな。

 何だか少しだけ……複雑な気持ちだけど。

 

 

 

 ――――

 

 エルドラは私たちの住む地球よりずっと遠くにある別の星。

 GBNの一角でエルドラへと転送が出来て、移動はほんのアッという間。

 ……ただ、何百、何千光年も遠い星にあっという間に転送できるなんて、ちょっと不思議だけど。

 

 

「さてと、無事エルドラについたな」

 

 私とヒロト、メイさんは石造りな雰囲気の、神殿みたいな遺跡の中にいた。

 よく海外にある世界遺産の遺跡みたいな、それにいくらか似ている感じもあるかな。

 

 

 この遺跡は別惑星、エルドラにある場所なの。GBNからエルドラに来るときにはまず、ここに転送されることになっているんだよ。

 何度かエルドラには来ているけど感じ的には、GBNにいるのと大きく変わらないと言うか、その延長線上と言うか……。

 でも、GBNと違って私たち実体化しているんだよね。……それもやっぱり。

 

「ここが別の星でそれに実体を持って……だなんて。何度来ても、不思議な気分」

 

 私のそんな呟きに、ヒロトは。

 

「そうだね。俺とみんなも最初はGBNの中だと、思ってたんだ。

 まぁ――まさか現実だなんて、思わないよな」

 

「私も薄々違和感があったが、驚いたのはヒロトと同じさ。

 だがここでも人は生きて、生活している。シドー・マサキの救出も理由だが、だから私たちは……」

 

 

 それを守るために戦ったんだと……。メイさんはそう、言いたかったんじゃないかな。

 

 

 

 

 遺跡の外に出るとヒロトのコアガンダムとそれに、メイさんのウォドムポッドがあった。

 村までは歩いて、ちょっと時間がかかる。だから私たちと同じく実体化した、ガンプラに乗って移動なの。

 

「ヒナタ、一緒に行こうか」

 

 私はヒロトと一緒にコアガンダムで、そしてメイさんはウォドムポッドに乗って村に向かう。

 ヒロトの言葉に私は頷く。

 

「少し羨ましいかも、な。こちらは一人で乗っていくのだからな。

 まぁいい、とにかく村に向かうとしよう」

 

 

 こうして私たち三人はガンプラに乗り込んで、村に向かうことに。

 ……フレディさんたち、元気かな。

 そう気になる私だった。

 



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自分の気持ちに――

 ――――

 

 コアガンダムとウォドムポッド、歩くと大変な距離でも、ガンプラなら。

 フレディさんたちの村には、あっと言う間に到着した。そして……。

 

「ふふっ、いつもみんな、すぐに大勢で出迎えてくれるんだ」

 

 多分ガンプラの姿が見えて、集まって来たのかな。

 村についた時にはもう人だかりが出来ていた。

 

「みんなにとっては俺たちは救世主、だからな。……だからこそなんだろう」

 

〈あの戦いで、もうヒトツメの脅威もなくなった。

 村にだって今ではああも活気に溢れている。本当に、良かったと思うよ〉

 

 この村を守ったのもヒロトたち。だから、村のみんなにも慕われているんだろうな。

 ……何だかすごいよ。

 

 

 ――――

 

 ガンプラから降りると、すぐにみんなが集まって来る。

 

「おお! これは救世主さま!」

 

「こうして会えて光栄です。どうか、ゆっくりしていって下さい」

 

 みんな私たちを、慕ってくれている。嬉しいけど何だか恥ずかしいな。

 

 

 すると村の人たちの真ん中から、一人の男の子が駆けてきた。

 茶色のモフモフした毛に、尻尾と耳。それに可愛い帽子を被った子。

 

「ようこそいらっしゃいました! ビルドダイバーズの皆さん! 来てくれて嬉しいです!」

 

 

 この男の子も、ヒロトたちの戦いをずっとエルドラで支えていたんだって。

 名前は……。

 

「やぁフレディ。いきなり来て、驚かせたかな?」

 

「大丈夫ですよ。どんな時でも皆さんは大歓迎ですから、ヒロトさん。それにメイさんも」

 

 エルドラの住民である男の子、フレディはニコニコと笑いかける。

 

「……本当ならパルや、カザミも連れて来る予定だったが、悪い。

 今日は用事があって来れないとのことだ」

 

 メイは少し申し訳なさそうだけど、フレディは気にしていないみたい。

 

「いえいえ。お二人ともお会いしたいですが、きっと忙しいでしょうから。

 そして――」

 

 

 フレディは私にも、キラキラした瞳を向けた。

 

「ヒナタさん! また来てくれたのですね! 僕はヒナタさんと会えるのを、一番楽しみにしてたんですよ!」

 

 見ると尻尾も、ぶんぶんと左右に嬉しそうに振っている、

 あはは……。私、この子に気に入られているみたいなの。

 

「じゃあ……今日は三人をおもてなしですね!

 どうぞ村の中へ! ちょうど新鮮な野菜を収穫したところですから、その野菜で美味しい料理をご馳走しますよ!」

 

「それは楽しみだ。じゃあ宜しくな、フレディ」 

 

 私たちはみんなに連れられて村に案内される。

 私はフレディと手を繋いで、そして……。

 

 

 ちらりと、私はヒロトを見た。

 彼はメイさんと一緒に、並んで歩いている。……何だかとても嬉しそうに笑いあって。

 

 

 

 ビルドダイバーズの仲間の中で、カザミさんやパルくんよりも、特にメイさんとの仲はまた別格な感じなの。

 たぶん、エルドラでの戦いで色々あったのかな。

 

 

 ……私は現実世界にいる間、ヒロトたちはこの世界で戦っていたんだ。

 命がけで信頼しあって出来た、強い絆。

 私と、みんな――。

 戦いのあと私もビルドダイバーズの一員になったけど……それでも。

 

 

 

 

 みんなとヒロトとの間にある絆は、私のとはきっと違うんだ。

 それにもう一人――大切に想っている人だって。

 

 

 

 ――――

 

 村ではみんなが盛大に祝ってくれた。

 沢山の美味しそうな料理と、みんなの笑顔と笑い声……。

 

「さぁ! どんどん食べてくださいね!」

 

 私の近くにはニコニコとしたフレディくん。

 

「ヒナタさん、このスープなんかとくに美味しいんですよ。 もちろん他の料理も美味しくて……僕も皆さんが来る前、ちょびっとつまみ食いしちゃったんです。あはは……」

 

 親しげにそう話しかけてくれるフレディくん。 この子とはたぶん、エルドラのみんなの中では一番仲がいいのかな。

 フレディくんからはあの時のヒロトたちのことも、色々と教えてもくれた。

 エルドラでどれだけ、ヒロトががんばって来たのか……。この子はよく知っていたんだ。

 

「こらこら! ちょっと絡みすぎよ、フレディ」

 

 すると横から、小さい子を連れた女の子が傍にやって来た。

 

「あっ! 夢中になりすぎてしまいましたね」

 

「ヒナタさんばかりじゃなくて、ヒロトたち二人とも話して来たら?

 せっかくの機会なんだからね」

 

「そう……ですね! なら僕は、ヒロトさんとメイさんの所に行って来ますね」

 

 フレディくんはそう言って、向こうにいるヒロトとメイさんのところに行った。

 

 

 

 二人は隣り合って、一緒に座っている。

 私はちょっと離れた場所で……何だかヒロトと一緒にいるような、そんな気分になれなくて。

 

 

 やっぱり変な気分。

 カフェの店長さんが私にあんな事を。……ヒロトとどんな関係になりたいか、なんて聞いたから。

 それからさっきのヒロトとメイさんが、仲の良いところを見て余計に……。

 

 

 

「……ヒロト」

 

 これまでにも店長さんには似た感じのことは言われたけど、こんな事はなかったんだ。

 ただ、ヒロトとは幼馴染くらいで十分だって、そう思っていた。

 

 

 なのにこう考え出したのは――あの戦いで一区切りしたからかな。

 ヒロトが無事に戦いを終えて、それに前みたいに明るくもなった。

 それで私も安心して……だからこんな変な感情まで、出て来たんだって

 

 

 エルドラにも、最初ヒロトとの約束では二人で行く予定だったのに。

 なのに……ヒロトはみんなも誘って。別に嫌じゃ……ない、けど。

 ――ううん! こんな考えなんて、私らしくないよ。

 こんな…………。

 

「あら? 大丈夫? もしかして、どこか調子悪いの?」

 

 するとさっきの女の子――マイヤさんは、心配そうに声をかけてくれた。

 私はすぐにいつも通りになってこう答える。

 

「……うん。私は全然大丈夫」

 

「そうかしら? ちょっと深刻そうな顔をしていたから、もしかしてとね」

 

 マイヤさんは私の事を案じているみたい。気持ちは嬉しいけど……。

 

「だけどやっぱり心配だわ。どうしてなのかは聞かないけど もし何かあったらいつでも聞くわよ!」

 

「ありがとう、マイヤさん。その気持ちとても嬉しいです」

 

「ふふふ! 私も、誰かの力になりたいからね! あなたたちみたいに!」

 

 そう言ってニコっと笑う、マイヤさん。

 だけど同時に、ふと寂しいような感じも見せて。

 

「……ま、私も今日カザミが来てくれなくてちょっと寂しいけど、また今度の楽しみに取っておかないと。これは彼には内緒にしていてね。

 私だってニコニコしているけど寂しい時は寂しいのよ。だけど自分をごまかしたり抑えずに、そんな感情を受け入れるのも、大切よ!」

 

 寂しいけど、それでもそれを受け入れて笑っている。

 マイヤさんはしっかりとしているんだね。……すごいな。 

 



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平和になった村

 

 ――――

  

 あれから食事も終わって……私は村を一人で歩いていた。

 前に来たときはヒロトと一緒に村や他の場所を巡ってみたけど、今は落ち着きたい感じだから。

  

 ――自分の感情を受け入れて……か――

 

 村の青々とした大きな畑の横道を歩きながら私は、さっきマイヤさんの言っていた言葉を、心の中で反芻する。

 私は一体どうしたいんだろう。

 そう言えば……。

 

 ――あの事を、ヒロトに聞きたいんだ。今ならもしかすると言えるかも――

 

 今までどうしても聞けなかった事が、一つあった。

 ずっと聞く勇気が持てなくて、それでも……ずっと気になっていたそんな事。

 

 

 すると――ちょうど私の目の前には。

 二つ並ぶ、ウォドムポッドとコアガンダム。そしてそのコアガンダムを見上げている、ヒロトの姿が。

 

 ――ヒロト。あの事を、今聞かなくちゃ――

 

 どきどきしながら私は、ヒロトの所へと歩みを進める。

 段々と近づいて行く互いの距離。

 

「……ん?」

 

 するとヒロトは私に気づいて、顔を向けた。

 

「あっ――」

 

 顔を向けられてつい私はどきっとした。

 

「どうしたんだ? せっかくだから、こっちに来るといい」

 

 私にそう言うヒロト。

 これにちょっと、やっぱり戸惑ってしまう。けど私は……。

 

「うん。ちょっと待っててね」

 

 呼ばれて、少し駆け足でヒロトのもとに向かう。

 

 

 

 

「来てくれてありがとう、ヒナタ」

 

 彼の傍に来た私は、その横に隣り合って並んだ。

 

「ヒナタは一人で村の外を歩いてたんだな。……どうだった?」

 

 そうしたヒロトの問いかけに、私は答える。

 

「とても良かったよ。ゆっくりと村を、見て回れたから」

 

 あとこんな事も、つい話してしまう。

 

「前と比べてまた少し、村が大きくなった感じだね。畑も前より広くもなってたから」

 

 ヒロトは私に微笑みを向ける。

 

「うん。ヒトツメを操っていた月の防衛システム――アルスはもういないから。

 だからもうヒトツメは現れなくなって、みんなも平和な暮らしが、出来るようになった。

 きっと、これからもっと発展していくんだろうな」

 

 

 

 ヒロトたちがエルドラで戦っていた相手……。その名前は、アルス。

 ずっと昔エルドラに住んでいた人たち、古の民がこの星の月に残した防衛システムみたいなの。

 アルスはこの星を守ると言う使命を、古の民たちがいなくなった後もずっと果たしていた。

 

 

 ……だけど、そのせいでアルスはその後にエルドラに暮らすようになった新しい住民に対して、敵意を向けて襲うようになったの。

 そう、それがフレディさんたち。

 エルドラとGBNがつながっていると知ったアルスは、そのガンプラのデータをもとに一つ目のロボット、名前はそのまま『ヒトツメ』を生み出して地上を襲わせていたんだ。

 

 

 そんな相手にヒロトたちビルドダイバーズは一生懸命戦って、勝利したの。

 エルドラの人たちも救ってアルスも……。長い間の使命から解放されて、GBNで新しく生まれ変わったんだって。

 

「そうね。みんなならきっと、これから上手くやっていくよね」

 

 ヒロトはこくりと、うなづく。

 

 

「……ああ」

 

 何だかその横顔はとても、希望に満ちていた。

 そんな顔をしたヒロト。すると彼がした、こんな呟きがふと耳に入る

 

「GBNを守りたいと思ったイヴの気持ち。

 君の想い、俺は受け継げた……よな」

 



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そう、とても大切な―

 ――――

 

 イヴ……あの子の名前、きっとそれがそうなんだね。

 

「ヒロト!」

 

 ――ちゃんと聞かないと。

 私は勇気を振り絞る。

 ただあまりにもいきなり過ぎたのかな。ヒロトは少し驚いた顔で、私を見た。

 

「えっ、一体どうしたんだ?」

 

「ヒロトが話したイヴさん……それって、部屋の写真の女の子だよね。

 ……ヒロトにとって大切な人なの?」

 

 そんな私の問い。これに頷いて、答えるヒロト。

 

「ああ。俺にとってとっても大切な、そんな人なんだ」

 

 

 

 ――やっぱり。

 薄々、分かってはいたんだ。

 二年前、ヒロトにはとても大切に思っている、そんな人がいるって。

 ヒロトの部屋にはその写真が。コアガンダムを背景にヒロトと一人の女の子が一緒にとても……そうとても、幸せそうにしている写真があった。

 白いドレスに綺麗な金髪をした、とても可愛い女の子。

 きっと凄く仲が良かったんだ。

 

 

 だけど同じ二年前にヒロトは元気がなくなって、それからずっと笑うことがなくなっていたんだ。

 ある雨が降っていた夜、私がアパートの外に迎えに行った時に自分のガンプラを握って、雨に濡れたまま外に立ち尽くしていたヒロト。

 とても傷ついたような、痛々しいあの姿。今でも忘れられない。

 

 

 あれから、ずっとヒロトは元気をなくしていた。

 きっとその女の子と関係があるんだと、私は思った。だけど……聞けなかった。

 もし私がその事を聞いたら、ヒロトをさらに傷つけてしまうと思ったから。

 

 

 ……ううん。それもあるけど、何だか怖かったんだ。

 ヒロトと、あの女の子とは一体どんな関係だったのか。それを知ってしまうのが。

 変だな、何でなのか上手く言えないけど、私もずっと怖かった。

 だからエルドラの事でヒロトが元気になってからも、ずっと聞けないでいた。

 けど――

 

「大切な人なんだね。

 ねぇ良かったら私にも、イヴさんの事を教えて欲しいんだ。

 私もヒロトと同じくらい……知りたいから」

 

 私は彼に言った。

 ヒロトの想い人である、イヴさん。彼女のことを今はちゃんと、知らなきゃって。

 ――そう思ったから。

 

 

「……」

 

 ヒロトは少し、どうしたら良いのか戸惑っているように見えた。

 だけど何か決意したような、そんな顔を見せて彼は、口を開いた。

 

「イヴは二年前、GBNで出会った俺の友達だ。いや……それよりももっと大切な人なんだ。

 彼女は俺にGBNの楽しさを教えてくれて、二人でその広い世界の、たくさんの場所を巡った。

 このコアガンダムの、プラネッツシステムだってイヴと一緒に作ったものなんだ」

 

 そう言ってヒロトは、コアガンダムを思い出深そうに眺めた。

 

 

 コアガンダム。普通のガンプラよりも小柄なこのガンダムは、状況に応じて色々なアーマーを身体に取り付けて戦うんだ。

 アーマーはそれぞれ太陽系の惑星をモデルにしていて、基本形態のアースアーマーを装着したアースリィガンダムに、近接戦闘形態のマーズアーマーを装着したマーズフォーガンダムなどなど、たくさんのアーマーを用意しているの。

 この換装システムがプラネッツシステム。ヒロトが考えたものだって思っていたけど、それもイヴさんと一緒に作った思い出……なんだね。

 

 

 

 ――――

 

 それからヒロトは、イヴさんとの思い出を教えてくれた。

 一緒にお花の採取ミッションを受けたことや、町を歩いて回って耳飾りををプレゼントしたこと、それからGBNで共に見た景色だとか。とても沢山の思い出を話してくれた。

 どれも素敵で美しくて、楽しそうで…………

そして私の知らない思い出だった。

 

 

 こうして、イヴさんとの思い出を一通り話したヒロト。

 そして彼は――こんな話を切り出した。

 

「……俺たちは一緒に、GBNの世界を旅した。けどその間イヴの身体は段々と、弱って行っていた

 どうしてなのか、原因を知った時俺は、彼女が人間ではない事も知ったんだ」

 

「えっ?」

 

 旅の間、彼女は弱っていたと言う話。だけど……あの子は、人間ではないの? 

 

「イヴの正体はGBNで生まれた電子生命体、ELダイバー。その存在は仮想世界であるGBNに負担をかけ、悪影響とバグを引き起こしていた。彼女は旅の間、自分がボロボロになると知りながら、発生したバグを一人で取り込んでいたんだ。……自分を犠牲にしてでもGBNを守るために。

 そして最後にはバグを消滅させる為に、バグを取り込んだ自分ごと、消してくれるように俺に頼んだ。

 俺はそんな事出来なかった。だからイヴはついに俺が乗るコアガンダムを操り、持っていた銃口を自分に向けた。そして――」

 

 途端、ヒロトの横顔が辛くて悲しいような、そんな表情へと変わった。

 

 ――そんな事が、あったんだ――

 

 どうしてずっとヒロトが辛かったのか、ようやく私は分かった。

 自分の大事な人を、自分のガンプラで消してしまったから。

 

「俺はこの手で彼女を消してしまった。

 それに一方で、サラと言う別のELダイバーの少女もいた。彼女もGBNを守るために消されるはずだったけれど、俺と年が近い別の少年は彼女を一生懸命救おうとして、そして実際に救った。

 俺は失ったのに……あの二人はと、憎みもした。そしてイヴを救えなかった自分にも。

 だから俺はずっとGBNで、イヴを救うすべをずっと探し続けていたんだ。情報生命体である彼女なら、もしかすると……って。

 ――今では、いくらか平気になったけどな」

 

 

 そんな、ヒロトにとって辛かった過去。

 私もその気持ちを考えて、同じ悲しい気持ちになった。

 

 ――イヴさんを失って、ずっと一人で辛い思いを抱えていたんだね――

 

 きっととても苦しかったんだと。イブさんを失ってから、そして多分今だって。   

 

 ――だけど。

 

 

 

 

 その時、私は辛さと悲しさとはまた別の、ある感情が湧いたのを感じた。

 

 ――っ!――

 

 そんなの駄目! とっさにその感情を、私は振り払った。

 ……なんで私はあんな事を思ったんだろう。絶対に思ったら、いけないことなのに。

 

 

「どうしたんだ、ヒナタ?」

 

 するとヒロトは私に心配そうに目を向ける。

 

「……あっ」

 

「もしかして辛い話、だったからか。そうだったら……ごめん」

 

 そう言われて少し考えたけど、それでも私は。

 

「ううん、大丈夫。……悲しい話だから、ちょっと戸惑っちゃったの」

 

「そうか。大丈夫なら良かった」

 

 私の話を聞いてヒロトは安心してくれた。

 そして、今度は穏やかな様子でこう続ける。

 

「だけど俺はエルドラでの出来事や、そこの人たち、そしてカザミやパルや、それにメイ、かけがえのない仲間と出会って変われた。

 守るべきものや仲間の大切さ、それにイヴの思い……。それに気づいて俺はまた前を向けるようになったんだ。

 ――それにメイは、イヴの一部を受け継いだELダイバーでもある。少しでも彼女の存在も引き継がれていた。それだけで俺は良かった。

 探しものは……ようやく、見つかったのだから」

 

 

 

 これがヒロトとイヴさんの、二人の話だった。

 それにメイさんの事も。

 

 ――だから、メイさんともあんなに仲が良かったんだね――

 

「さてと、つい話が長くなったかな。

 ……じゃあそろそろ二人でさっきの家に戻ろう。みんなで一緒に食事をした、あの家さ。フレディ達もメイもきっと気になっているだろうから」

 

 話はここまで。

 そろそろ家に、戻った方がいいから。

 

「うん。じゃあ戻ろう、ヒロト」

 

 

 

 私とヒロトは家への戻り道を一緒に歩く。

 だけど、私は……。

 

 ――ヒロトと、メイさん。二人の間にはきっと――

 

 エルドラに来て、一緒に親しげに歩いていた、二人。それに食事の時だって。

 

 ――エルドラでもずっと一緒で、それにイヴさんの生まれ変わりだから。

 だから……だから――

 

 二人の一緒の場面を、何度も、何度も頭の中でフラッシュバックする。

 その度に私は胸の奥が何だかちくちく痛むような、そんな思いがするんだ。

 

 

 

 ――それに。

 ヒロトにとって、とても大切な人であるイヴ。

 そんな彼女は、もういない。

 この事を聞いた時、私も辛くて苦しくて、悲しんだ。けれど。

 あの時私が抱いたもう一つの感情。

 それは、とっても……いけない事だった。

 

 

 

 ――だって私は、それを聞いて『  』したなんて――



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第三章 二人の、距離感
ちょっとした非日常(Side ヒロト)


  ――――

 

 エルドラでの戦いを終え俺はようやく、ちゃんとした日常へと戻った。

 学校に行って友達と過ごして、それにGBNで遊んだり。命の危険なんてないそんな日々だ。

 

 

 ……だけど、あれから変わったことはいくつもあった。

 カザミ達ビルドダイバーズのメンバーと言う新しい、かけがえのない仲間が出来た事。それに……ずっと抱えていた俺の問題についても。 

 俺の過去やイヴの事。エルドラを救って、自分なりに決着もつける事が出来たんだ。

 これからは――ちゃんと前を向いていけるはず、そう思う。

 

 

「……ねぇ、ヒロト」

 

 高校への通学路、俺はヒナタと一緒に歩いていた。

 亜麻色の髪でショートカットの、制服姿の少女。彼女とはよく一緒に過ごしている相手なんだ。

 

「ん?」

 

「私達って幼馴染としてずっと、一緒だよね?」

 

 ふとした彼女のそんな問。

 俺がもちろんと頷いた。

 

 

 

 ヒナタとは小さい頃から一緒にいた幼馴染だ。その仲も普通の友人のものとはまた違う、特別なものだ。

 

「そうだよ……ね。一緒、だもんね」

 

 と、そう言うと彼女は俺の横に寄りかかって、ぴったりとくっつく。

 

「ヒナタ、これは一体……」

 

 俺は驚いてすぐ隣のヒナタに視線を向けた。

 彼女は少し頬を赤くして、俺に視線を投げ返す。

 

「ちょっと変なことして、ごめん。

 でも私達の関係なら……これくらい大丈夫、だよね?」

 

 それは……そうかもしれない。

 ただ、この頃ヒナタの様子がいつもと違う気がするんだ。

 距離感が前より近いと言うか。……何かあったのか?

 

 

 ――――

 

 学校でも授業を受けている最中、時々ヒナタの視線を感じた。

 ……やっぱり少し変だ。

 

 

 そして昼休み。

 

「ねぇ、一緒に昼ご飯にしない? ヒロトの分のお弁当も作ってきたんだ」

 

 俺とヒナタは一緒に昼ご飯を食べることになった。

 机を付けて向い合せで座って、彼女が作ってくれた弁当を食べる。

 

「へぇ、これはまた美味しいな。

 デミグラスハンバーグにコロッケか……。うん、とても良いよ」

 

「ありがと。頑張って作った甲斐があったな」

 

 嬉しそうに、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 何だろうな、やっぱり……どこかいつもと違う感じだ。

 こうしてヒナタと昼ご飯を食べるのはそう珍しいことじゃない。

 

 

 だけど俺が弁当を食べているときの、ヒナタの視線。それは強い想いみたいなものを感じるような。

 それに彼女の手作り弁当もいつもよりも美味しいと言うか、丹精込めて作ってあると言うか。

 

「ねぇ? 学校が終わったら、一緒にGBNで遊ぼう。

 今日はヒロトと二人だけで」

 

 特に今日は用事はない。俺はもちろんと、応えた。 

 けど俺はやっぱり気になった。

 ヒナタもからここまで積極的にGBNを誘うのも。それも少し珍しいことだったからだ。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 学校が終わって俺はヒナタとの約束どおり、GBNにログインした。

 

 

 そして今。

 

 

「……」

 

 今いるのは西洋風の大きくて綺麗な街だ。

 それに、横には青く輝く広い海だって見える。

 俺が暮らしている街も、海に近い所にある街だ。だからこそ……少し親近感を感じているのかもしれない。

 

「ふふふ、とても素敵な所だね。

 街並みも海も綺麗で……私達が現実で暮らす街だってもちろん素敵だけど、ここも良いよね。

 ねぇヒロト、一体ここはどんな場所なの?」

 

 そんな街の通りをヒナタと一緒に歩く。

 

「ここはサンクキングダムと言う、ガンダムWと言う作品の舞台となった街さ。

 美しい街だから、一緒に歩くには丁度いいと思って」

 

 GBNにはこうしてガンダム作品の舞台となった場所が、いくつも再現されていた。

 ここもその一つだ。

 

 

 

「何だかとても、ロマンチックな所だね。

 それにこんな風にしてヒロトと一緒にいられて私、幸せなんだ」

 

 ヒナタは俺とぴったりくっついて、それに手をぎゅっと握っていた。

 

「……それは良かった」

 

 俺はそう返事をした一方で、ある考えが頭をよぎる。

 

 ――やっぱりヒナタは変だ。一体何が、あったんだ?――

 

 原因は何なのか。俺は思い当たるの事はないかと、考えた。

 

 

 こうなったのはつい数日前からだった。

 ヒナタがいつもより俺の事を気にする感じを見せて、それに距離を縮めて来るような感じだって覚えていた。

 どうして、こんな様子を見せているのか。

 

 

 

 

 ――そう言えば。

 俺は一つようやく心当たりを見つけた。

 ……この前エルドラに行った時、ヒナタにイヴの事を話したんだ。

 おそらく、あれからヒナタは様子が変わったんだと思う。

 イヴの事を知って、それで……。

 

「なぁ、ヒナタ?」

 

「どうしたの?」

 

 そうヒナタは、俺の呼びかけに不思議そうに思うような表情を見せた。

 

 

「……いいや。やっぱり何でもない」

 

「……? 変なの。そう言われると、気になるよ」

 

「本当に大したことはないんだ。

 それよりここから少し歩いた所に、店があるんだ。良かったらそこに寄らないか?

 グッズも色々あるし、それにデザートが美味しいカフェもあったりするんだ」

 

 俺はその事を聞こうと思った。

 けど……聞けずに、ごまかした。

 

「うーん、ちょっと気になるけど、ヒロトがそう言うなら。

 ……カフェのデザート、私も楽しみだな」

 

 ヒナタも、これ以上気にしないでくれた。

 

「ああ、楽しみにしていてくれ」

 

 そして俺も、彼女に笑いかけてそう答えた。

 

 

 ――今はまだ、そのまま。この事については、後でゆっくり考えたかったからだ。

 



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きっと、あの二人は……

 

 

  ――――

 

 今日はガンダムカフェでのアルバイト。

 

「……あっ、いらっしゃいませ! ご注文は何にしますか?」

 

 いつものようにお客さんの注文をとって、接客のお仕事。

 普通なら一生懸命仕事をしている、私なんだけど。

 

「はぁ……」

 

 仕事にどうしても集中が出来ない。頭の中がモヤモヤで上の空みたいな感じで、おかしいんだ。

 

 

 店長さんや他のみんなも、心配そうに見ている気がする。

 ……大丈夫。仕事はちゃんとしないといけないから。

 そう思ってはいるんだけど……上手く行かない。

 

 

 

 

 ――――

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

 ようやく仕事が終わって、店のみんなに挨拶をする私。

 

「今日もお疲れ、ヒナタちゃん。……ところで」

 

 店長さんは私の事を気にかけるように続けた。

 

「本当に大丈夫かい? そのさ、様子を見ていたら気になってな」

 

 やっぱり心配させてたんだ。

 私はニコッと笑って、安心させようと。

 

「私は全然平気ですよ! 今日はその、お腹が痛くて」

 

 無理やりな誤魔化しと言うか言い訳だけど、それでも何も説明しないよりはましだから。

 でも彼はそれを受け入れてくれた。

 

「そうか。……しかしもし何かあったらいつでも相談してくれよ。

 迷惑なんて、全然思わないからさ」

 

 相変わらず店長さんは優しいな。

 でも……まだ、話せる勇気はないんだ。

 

「はい。もし相談事が出来た時には、よろしくお願いしますね。

 ――それじゃあ失礼します」

 

 私はみんなにそう言って、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 仕事が終わったらそのまま家に帰って、自分の部屋に。そしてそのままベッドに倒れ込む。

 

 

 ――私って、どうしたんだろ――

 

 部屋のベッドで仰向けになって天井を眺めながら私は、色々と思い悩んでいた。

 悶々とするこの感情。どうすればいいんだろう。

 

 

 この頃ヒロトとの距離感が分からない。

 ただ、やたら近すぎているんじゃないかって。そう思ってはいるのに。

 でも何だか不安に感じて、どうしてもそうしないでは……いられないんだ。

 

 ――ヒロト、私は――

 

 ベッドの枕をぎゅっと抱いて、一人私はうずくまった。

 

 

 ……うう。あれからずっと変。

 メイさんの事やそれにイヴさんの事も、一人でいると余計に考えてしまう。

 どっちもヒロトにとってとっても大事な人。……なら、私は?

 

 

 それが分からなくて不安だから、こうヒロトに構って欲しくて。同じくらい大事に思ってもらいたくて。

 もちろん今だって、私のことを思ってくれているのは分かっているんだ。

 これまでだって、ガンダムカフェでアルバイトする時にはガンダムの事を知る手伝いだってしてくれたし、エルドラでの戦いで大変な時なのに、私が弓神事で緊張していたことも気にかけて励ましてくれた。

 

 

 そして――何よりも、これまで一緒にいてずっと仲が良いもん。

 私もヒロトも小さいころから二人で沢山過ごして来て……互いの事なら、誰よりも知っていていると思っていた。

 

 

 

 けど、私の知らなかったヒロトの事。

 二年前、イヴさんとどれだけ大切な時間を過ごして来たのかも、ずっと知らなかったし話もなかった。でもきっとそれは、ヒロトにとってとても大事な思い出なんだ。

 

 

 

 ――だってあの二人の写真はすごく幸せそうだった。

 ヒロトの部屋で何回かその写真を見て、ずっとそう思ってたんだ。……今まで私に見せたことがないような、そんな幸せな表情。

 イヴさんを失って、辛くてずっと彼女の事を想って、探し続けていた事も。

 そして、カザミさん、パルくん、それに……メイさん新しい仲間を作ってエルドラと言う別世界で戦っていたことだって。

 戦いは大変だったって思うけど、きっとその中で絆や仲を深めていったんだ。メイさんとも……とっても仲良かったから。

 

 

 

 イヴさんの事も、エルドラの事も。

 私はその事については何も聞かなかった。……けど、ヒロトもどっちとも、ほとんど教えてくれなかった。

 

 

 きっと私に心配させたくなかったからなんだよね。

 私も聞かなかったのは、それでヒロトを傷つけたくなかったから。

 それにヒロトも言いたくなかった、言えなかった事かもしれないとも、分かっているの。

 けど……。

 

 

 ――少しだけ、辛いよ――

 

 エルドラの事は、教えてくれたのはずっと後になってから。それにイヴについては、私が聞くまではずっと知らないまま。

 

 

 本当はヒロトの事なんて分かってなんていなかったんだ。

 二年間ずっと知ることが出来なかったのは、聞くことが出来なかった私のせいだけど……

 ヒロトだって……。私がヒロトの事をずっと想っている間、ヒロトはずっとメイさん達やそれに一番――イヴさんの事を、想っていた。

 

 

 

 

 私は二人とは違う。ただ幼馴染としてヒロトに気にかけられていただけなのかな。

 だからメイさんや、イヴさんのような関係に比べたら……。

 

 

 そう思っているから、私もヒロトにとって特別な存在になりたいって。

 二人と――同じくらいにヒロトに想ってもらいたくて。だから。

 

 

 ――私はヒロトが元気で幸せなら、それでいいんだって思ってた。

 けど他に願いがあるのなら――

 

 

 

 

 ――――

 

 

 ……そう考えているとある音が耳に入る。

 それは、家のインターホンの音だった。

 

 ――誰か来たのかな。……もしかして――

 

 今家には一人だけ。

 私はベッドから起き上がって家の玄関へと、来た誰かを迎えに行く。

 



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みんなのために、なるのなら

 

 

 ――――

 

「……やぁ」

 

 玄関を開けると、そこには私服姿のヒロトがいた。

 

「あっ……ヒロト。何か用かな」

 

 私はぼそっと呟いた。

 ヒロトも何だか心配そうに、私の事を見ながら……。

 

「大丈夫か? 最近その、様子が少し変だって思ってさ」

 

 やっぱり、彼にも心配させてたんだ。

 

「――ううん! 私は大丈夫。ヒロトが心配するような事は何もないよ」

 

 そんな心配なんてヒロトにまでさせたくない。

 私はすぐに、いつもの様子でそう答えた。

 

「ヒナタがそう言うなら……分かった。

 ところで――」

 

 すると彼はこんな提案をする。

 

「今日もGBN、一緒に行かないか? 他のみんなもいるからヒナタもと思って」

 

 GBN、みんなと一緒に。

 何だか今日は少しモヤモヤな感じ。……だから私もGBNで楽しんで、そんな気分も吹き飛ばせればって。

 

「うん! なら……私も」

 

 笑顔で、私は言った。

 

 

 きっと――これで少しは、スッキリするかも、しれないから――

 

 

 

 ――――

 

「おうヒロト! それにヒナタ! こうして会えて、嬉しいぜ」

 

 GBNにログインした私達は、ビルドダイバーズのみんなに合流した。

 

「俺もだ、カザミ」

 

「ははは! ……本当にヒロトは随分変わったな。最初会ったときには、あんなに無愛想だったのにさ」

 

「ふふ、今思い返せばあの頃の俺は恥ずかしかったな」

 

 GBNのロビーで、ヒロトとカザミさんは二人して笑いあっていた。

 

 ――ふふっ。ヒロトのあんな様子を見ていると、私も――

 

 ヒロトが嬉しいなら自分も嬉しい。やっぱり私の幸せは、きっとこれなんだ。

 

「ヒナタさんも、何だか嬉しそうですね」

 

 すると横にいたパルくんが私に話しかける。

 

「うん。ヒロトが嬉しいと、私もね。だって私は……ヒロトの幼馴染だから」

 

「幼馴染……ですか。僕にはそんな相手はいませんから、幼馴染ってどんなものなのか気になります」

 

 

 

「――ほう? それは、私も気になるな」

 

 するとメイさんも私の話に加わってくる。

 

「……あっ」

 

 メイさんの顔を見た時私はドキッとした。

 ……やっぱり自分の気持は、そう簡単にいかない。けど私は普通に会話する。

 

「もちろん、メイさんにも。

 ……幼馴染って言うのは小さい頃からずっと一緒で仲良しな、お互いの事をよく知っている、友達よりも仲が良い関係なんだ」

 

「へぇ! とっても素敵な関係ですね」

 

 パルくんは目を輝かせて私を見てくれる。

 

「あはは、そんな目で見られると照れちゃうよ」

 

「幼馴染か。ELダイバーにはない、関係だからな。きっと……強い絆で結ばれているのだろう」

 

 メイさんも、そんな風に言ってくれた。

 きっと何気ない一言だけど……

 

 ――強い絆。本当に、私とヒロトには――

 

 少しだけ分からない。絆はあるって思うんだけど、そう言うメイさんやみんなと比べたら、やっぱり。

 

 

 ……ううん! また変な事が思い浮かんじゃった。

 今日はビルドダイバーズのみんなで楽しむんだから、そんなの忘れて楽しまないと。

 

「……じゃあ、今日はどうしようか」

 

 メイさんはヒロトにそう声をかける。

 

「そうだな。みんなでミッションを受けるのもそうだが、実はシドーさんともガンプラバトルを受けるって約束もある。

 俺も楽しみにしているんだ」

 

「シドーか! あいつのガンプラ、ガンダムテルティウムは強いもんな!

 何しろ上級ダイバーでかなりの腕でもあるしさ」

 

「ええ。エルドラでもあの人は、強敵でしたね。

 アルスに操られて何度も僕ちの前に立ちふさがって来ましたから」

 

「……テルティウムも片腕がやたら禍々しいバケモノみたいなガンプラ、ガンダムゼルトザームになってさ。

 あれも凄かった!」

 

「ああ。元々は、彼を救うことが目的だったものな。

 現実世界で昏睡状態にあったシドーの意識はエルドラにあり、私たちよりも先にエルドラの人々のために戦っていた。……がアルスに洗脳されその手駒、私たちの敵として現れた。

 救うべき相手であると同時に、強大な敵。だったなヒロト」

 

 それに話にはメイさんも ヒロトも。

 

「今思い返しても大変だった。

 けど、最後にはシドーさんも、そしてエルドラも救えた。俺たちが力を合わせたおかげだな」

 

 

 

 ヒロト達がエルドラで戦っていたには、そこに暮らす人たちだけの為じゃないの。

 エルドラに囚われて現実では病院で昏睡状態になっていたダイバー、シドー・マサキさんを助けるためでも、あったんだ。みんなは彼を救うために向こうで戦ってもいたんだ。

 そしてその間には、私も。

 

「それに……ヒナタも。現実世界で、眠ったままのシドーさんの面倒を、見てくれていた。

 俺たち四人だけじゃない。ヒナタがいたからこそ、俺もみんなも、彼を救えたんだ」

 

 ヒロトの言う通り、私は現実世界でシドーさんのことを病院で看病していたの。

 まだ、その時にはエルドラのことだって知らなかった。けど私はシドーさんのお姉さんと一緒に頑張ったんだ。だって……。

 

「うん。だってシドーさんもお姉さんも大変だったから、その手助けにって。

 それに……ヒロトの力にも、なりたかったから」

 

 

 

 あの時何かは知らなかったけど、きっとヒロトは一生懸命なんだって、それはわかっていたんだ。

 だから、例え知らなくったって私はそんな彼のために。

 

「ヒナタはいつも、自分よりも俺やみんなの事を考えてくれているよな。

 それはきっととっても凄いって、俺は思うんだ」

 

 ヒロトの言葉に私は微笑む。

 

 

 うん、そうだよね!

 私はそれが、一番だって。

 こうして周りの人や、そしてヒロトのためになれるならそれでいいって。

 

 うん――それで。

 

 



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ガンダム同士の、バトル

 

 ――――

 

 

 目の前では、二機のガンダムが戦いを繰り広げていた。

 

 

 一方はヒロトの乗る、ユーラヴェンガンダム

。これはコアガンダムⅡと、特殊射撃が得意なウラヌスアーマーが合体した機体で、紫色の色彩をしたガンダムなの。

 特徴は強力な大型ライフルとそれに肩や背中、足についた遠隔操作が出来る小型の射撃ユニット……ビットで、あちこちから攻撃が出来るんだ。

 

 

 ユーラヴェンガンダムは両肩から二機のビットを射出して、相手を攻撃をしていた。

 ビット二機とそれにユーラヴェンガンダム自身が持つライフルでの、三方向からのビーム攻撃。だけど向こうはとっても早い動きで、それを避けている。

 

 

 ヒロトの戦っている相手こそ、シドー・マサキさんのガンプラ、ガンダムテルティウムなんだ。

 白と青のガンダムで、背中には大きなブースターとそれに、ヒロトのよりも大きなビームライフルを、装備しているのが特徴かな。

 

 

 

 ヒロトとマサキさん、二人は全力でガンプラバトルをしている。

 ビットもあって複数の位置から射撃を繰り出すユーラヴェンガンダムに対して、それを高い操縦技術で回避しながら、高威力のビームライフルを放つ、ガンダムテルティウム。

 だけど、その攻撃だって、ヒロトのユーラヴェンガンダムは上手くかわしていた。

 

 

 ……二人ともすごいバトルをするんだな。

 空は輝くビームの軌跡で、きらきらと覆われているみたい。

 

「わぁ……。やはりさすがですね。

 ヒロトさんも、シドーさんも」

 

 空を見上げて、パルくんは目を輝かせている。

 

「そりゃ一方は元アヴァロンのメンバー、もう一人は上級ダイバーだ。迫力が違うのは当然だ」

 

 メイさんの言うとおり、ヒロトはアヴァロンと言うGBNでもトップのチーム――フォースに所属していたんだ。でもシドーさんも、それに負けないくらい強い。

 

 

 今度はガンダムテルティウムがビームサーベルを抜いて、背中のバーニアを一気に噴かせてユーラヴェンガンダムに迫る。

 シドーさん、今度は接近戦をするみたいだけど、ヒロトもビームサーベルを使って応戦する。

 

 

 光の剣で打ち合って火花を散らせて戦う二人。

 

 ――相変わらずヒロトは、キラキラしているんだね。

 だってGBNが大好きなんだから――

 

 ここからじゃ見えないけど、きっとガンダムを操縦しているヒロトは楽しんでるって。私はそう思えるんだ。

 

「おっ! 何だか嬉しそうじゃないか、ヒナタ」

 

 するとカザミさんがそう、私に話しかけた。

 

「そうですね。やっぱりヒロトが楽しそうだと、私だって楽しく思えるから」

 

「ははは! ヒナタはそう言うとこ、相変わらずだな」

 

 カザミさんはそう言ってハハハ……と、笑う。

 

「うん。ちょっと照れますけれど、でもやっぱり気になるって言うか」

 

 ふと、空で戦っているヒロトを見上げた。

 ――私の好きなヒロト。

 まだ難しいことは分からないけど、好きってことは……きっと変わらない。

 

 

 

 

 ――――

 

「今日はありがとう、ビルドダイバーズのみんな」

 

 長い銀髪の青年――ダイバールックのシドーさんは、私たちの前でそう言った。

 

 

 あれから激しいガンプラバトルが続いたけど、結局引き分け。だけどヒロトもシドーさんも、とっても楽しんでいた感じ。

 うん、良かった。

 

「こちらこそ。今日は良いバトルが出来て嬉しかった」

 

 ヒロトはシドーさんに手を伸ばし、握手を求める。

 はにかんでその握手を、彼はヒロトと交わした。

 

 

 メイさんたちと私は、そんな二人を微笑ましく眺めている。

 

「こっちもだヒロト。それに……」

 

 

 シドーさんは私にも声をかけてくれる。

 

「前にも言ったかもだけど、エルドラでの事はありがとう。

 ずっと病院で看ていてくれて、君がいなかったらきっと……」

 

 彼からのお礼の言葉。私はそれに。

 

「どういたしまして。シドーさんも、あれから元気になって良かったです。

 お姉さんはどんな感じですか?」

 

「ああ。あっちはあっちで元気さ。

 それに看護から解放されたからずいぶんと安心して、スッキリしているな。よく笑顔だって見せてくれるし」

 

 

 シドーさんが眠ったままの時。

 彼のお姉さんは看護している間、ずっと不安そうだった。

 シドーさんは大丈夫なのか、もしかしてずっとこのままなんじゃないかって……。私ももしヒロトがああなったらって考えると。

 けど―― 

 

「お姉さんも、良かった!

 ……また現実でも会ってみたいな。お話とかもしてみたいし」

 

「ヒナタさんなら大歓迎だよ。姉さんにはこっちから、ちゃんと伝えておくからさ」

 

 シドーさんは私にそう言って、ほほ笑んだ。

 

「ありがとう! ……楽しみにしていますね!」

 

「ああ、楽しみにしていてくれ。

 ――それじゃあ俺はこれで。また会おう……ビルドダイバーズ」

 

 私たちとシドーさんとは、今日はここまで。

 ビルドダイバーズ……か。今では私もその一人なんだよね。

 ふふっ、今でも少しだけ不思議な気分かな。

 

 

 ―――

 

 シドーさんとも別れた私たち。

 ガンプラバトルも終わって今はGBNのロビーにいる、私とみんな。

 

「さすがヒロト! あのバトル、なかなかな迫力だったぜ。見ているだけでもとっても楽しかったしさ」

 

「カザミがそう言ってくれるのは嬉しい。俺だって、戦った甲斐があった」

 

 カザミさんに褒められてヒロトは嬉しそう。

 彼はビルドダイバーズのムードメーカー。その気さくな感じは、みんなにとってなくてはならないよね。

 

「……それじゃ、俺もこれで。今日は家の手伝いもあったりするからな」

 

「カザミさんの家は、漁師さんをしていたのですよね。……お疲れ様です」

 

「ありがとよ、ヒナタ! 親の手伝いで海に出たりとな。大変だけどそれも楽しいさ」

 

 

 それにパルくんも、メイさんも。

 

「実は僕も、少し予定があってここで皆さんとお別れです。もっと遊びたかったのですが」

 

「……私は、ある依頼があってな。今からその調査に向かわなければならない」

 

 二人もそれぞれ用事があるみたい。ヒロトはメイさんにこんな話をする。

 

「メイは何か依頼を受けたのか。一体どうしたんだ?」

 

 彼女は考えるようにして、ある事を話す。

 

「どうやらGBNにある異常と言うか、バグのようなものが何処かにあるらしくてな。それを調べに行くんだ。

 おそらくはブレイクデカールかELダイバー騒動による影響が出たものか、まぁまだよく分からないのが、現状だが」

 

 ブレイクデカールって言うのは二年前にGBNで出回っていた、違法な強化アイテムのことなんだ。

 それを使えばガンプラは強くなるんだけど、GBMのシステムに異常を引き起こす、危険なツール。だから今ではもうブレイクデカールは完全に使用できないようになっているんだ。

 

「あれからもう二年経つが、まだその傷跡は癒えず……か。

 まぁ、それが原因かどうかは定かではないからこそ、まずは原因の調査をしているところだ。解明まではまだまだかかりそうであるから、頑張らないとな」

 

「メイさんも大変なんですね。

 ……みんなも、また一緒に遊びましょう」

 

 

 

 私の言葉にみんなはもちろんと、そんな感じの笑顔を見せた。

 そして……カザミさんとパルくん、メイさんは、みんな別れてそれぞれの場所へと。

 

 

「……さてと、俺たちはどうしようか」

 

 今残ったのはヒロトと私の二人だけ。

 ヒロトは何げない様子で、私の横に立っている。

 

「こうして用も済んだことだし、じゃあこっちもログアウトしようか」

 

 そう言って彼はメニュー画面を開いて、ログアウトしようとする。

 宙に半透明の画面が現れて、ヒロトはそれを操作してログアウトのボタンを表示させる。そしてそのボタンを押そうと……

 

「待って!」

 

 私はとっさに、ボタンを押そうとしたその手を掴んだ。

 

「どうしたんだヒナタ」

 

「ねぇ、よかったら一緒にGBN、まだめぐってみたいの。

 今日はまだ時間もあるし、どうかな?」

 

 私はまだ少しGBNで、ヒロトと一緒にいたい。

 これにヒロトは――。

 

「ログアウトしても、たしかにする事はないし。

 いいよ。じゃあ……どこ行こうか」

 

 彼がオーケーしてくれて嬉しい。

 どこに行こうかな、私も考えないと。

 

 



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私はきっと、あの子には。けど―

 ――――

 

「……わぁ。地平線がグルって上がって、空の向こうにも地上があるね。

 これがスペースコロニーの中なんだ」

 

 スペースコロニー、それは宇宙空間に作られた、人か暮らすための施設。

 円柱状の本体、その内側側面に地球と同じような地上があるの。重力は円柱をぐるぐる回して作って、それに太陽の光は側面の一部分に開いている透明な窓から日の光を反射させて、取り入れているんだって。

 

 

 だから上や辺りを見回すと大地はぐるりと一回転していて、巨大な窓からは宇宙空間が見えるの。

 

「不思議な景色。だって現実ではこんなの、まだまだあり得ないんだもんね」

 

 スペースコロニーは思いっきりSFなものなんだ。

 人が宇宙に進出してそこで生活しているなんて、今の科学では無理だけど、ガンダムの世界ならそれは実現しているの。

 だからGBNでもこうして再現されている感じ。……うん、SFだね。

 

「ああ。この景色、初代ガンダムを彷彿させるな。

 ガンダムで最初の舞台になったのが、こうしたスペースコロニー。ここで初めてアムロがガンダムに乗って、そしてザクと戦ったんだ。

 舞台になったスペースコロニーとは違うけど、それでもこうした場所で、すべて始まったのかもしれないな」

 

 ヒロトはそう感慨深いように話している。

 ガンダム、か。私はヒロトみたいにまだまだ知らない。けどどんな世界なんだろう……っていうのは、GBNを始めてから何だか分かった気がするんだ。

 

 

 宇宙や、ロボット、現実とはまた違う世界で繰り広げられる物語。

 ……それにガンダムは戦争ものだから、そこは複雑かも。だけどその世界やモビルスーツって言うロボット、それにどうしてヒロトが好きになったのは、段々と分かっていくような感じがしているの。

 

 

 さっきのヒロトの言葉に、私はうんと頷く。

 

「ヒロトに教えてもらったから、私もガンダムや、その楽しいところをたくさん知れたの。

 そしてそれがGBNにどれだけあるかって、言うのも」

 

「それがGBNさ。ここには俺と同じ、ガンダムやガンプラが好きな人たちが集まっている。

 ガンプラバトルや、ガンダム作品の世界、その再現だけじゃない。ここはそうした人たちがいるからこそ、楽しくて素敵な、かけがえのない場所だ」

 

 ヒロトはそう言うと、ふとこんな事を続ける。

 

「だからこそ、イヴもGBNが好きだったんだ。

 俺もこうしてただGBNを巡るのは、好きだ。イヴとの記憶だってよく思い出せるから」

 

 

 

 イヴ……。またヒロトの口から彼女の話が。

 

「……ねぇ」

 

「え? どうしたんだ?」

 

「やっぱりヒロトは、今でもイヴさんのことが大切なんだね」

 

 私はそんな事を彼に聞いた。すると。

 

「ああ。イヴの事は今も俺にとってはとても大切さ。

 彼女と一緒にGBNで過ごした思い出は、どれも楽しくてかけがえのないくらいに綺麗で、何よりも大事な……そんな」

 

「……」

 

「……ヒナタ?」

 

 

 

 見ると、ヒロトは心配そうに私を見ている。

 

「どうしたんだその顔。その……悲しくて辛いような、そんな表情をして」

 

「えっ?」

 

 私、そんな顔……していたんだ。

 やっぱりイヴさんのこと気にしているのかな、だけど。

 ヒロトは少し考え込むようにして、こんなことも続ける。

 

「少し前からヒナタは何だか、変って言うか。

 まるで俺の事を気にしているみたいで」

 

 こんなヒロトは珍しい気がする。

 

「変? そう、かな? 私……」

 

 でも私はそんな様子なんて見たくなかった。だってもう、二年もヒロトは辛い思いをしていんだ。だからこれ以上は。

 私はこう言って胡麻化すけど、ヒロトはまだ……。

 迷っているかのような躊躇いを見せて、彼は私に言う。

 

 

 

「もしかして……俺がイヴの事を、話したからか」

 

 

 

 

 ――!!――

 

「エルドラであの話をしてから、ヒナタの様子が変わった気がするんだ。

 あそこでイヴについて話したのが原因なのか? だとしたら――」

 

「ううん! 本当に、何でもないんだから!」

 

 ヒロトにその事を聞かれて、どうすればいいのか分からない。ただ今それに向き合うのは私に、出来なかった。

 だから……。

 

「それでも、俺はヒナタが心配で……」

 

「……ごめんねヒロト! 私……ちょっと一人で、この辺りを見て回りたいの。

 話はまた今度にしよう」

 

「あっ――」

 

 私はヒロトを置いたまま、その場から逃げるように走り去った。

 

 ――なんて言えば、どうすれば良かったんだろう。私はそれが分からなかったから。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 ヒロトから離れた私は、どこか別の場所に来ていた。

 スペースコロニーの中にある街。その街中にある広場に私はいた。

 真ん中には大きな丸っこくて可愛いロボット、ハロの彫刻があって、それが目立つ広場なんだ。

 私は広場にあるベンチに座って彫刻をふと見上げる。

 ……そう言えば現実世界で私とヒロトが暮らす街にも、こうしてハロの彫刻があった気がするな。

 

 

 

 ――私ってば、なんでこんな事しちゃったんだろ――

 

 今さらになって、ヒロトを置いて逃げたことを私は後悔していた。

 どうしたら良いのか分からなくて、だからあんな事しちゃったけど、きっとヒロトは今……。

 

 ――心配しているだろうな。ごめん……ヒロト――

 

 心の中で私は謝った。

 

 

 

 ……でも。

 やっぱりヒロトからイヴさんの話を出されると、何だか変に心がざわつく感じがするの。

 何よりも大切な――そう、彼は言っていた。

 イブさんとの思い出はきっとかけがえのない思い出なんだ。なら……私との思い出は。

 

 ――私とイヴさん、どうしても比べちゃうよ。それに比べたって――

 

 きっと、イヴさんには敵わないから――。頭によぎったのはそんな考えだった。

 

 

 

 ヒロトとは幼馴染で、もちろん仲良くしてくれるけど、その絆はイヴさんやそれにメイさんに比べたら。

 

 ――どうして私は二人と、違うんだろう。だけど――

 

 ヒロトとの幼馴染の関係、今まではそれで満足していた……はずなんだ。

 私はヒロトが幸せならそれで良かったのに。

 ――でも、もしかすると私はずっと前からヒロトの事が。そして彼と――

 

 ずっと、小さい頃から一緒にいたヒロト。私は彼といるととっても満足するんだ。

 だから幼馴染だけじゃなくて。もっとヒロトの事が知りたくて……絆だって。

 

 

 

 

 そう言えば。私は前にカフェの店長さんが、言っていた言葉を思い出した。

 

 ――幼馴染のままか、それ以上になりたいのか……か。

 やっぱり私、本当はヒロトと関係を深めたいのかも。けどそんなのを言ったら――

 

 彼は何て思うんだろう?

 多分、ヒロトは私とは幼馴染くらいにしか、思っていないのかもしれない。それに……イヴさんやメイさんの事だって。

 もし言ったら彼を困らせるかも。今の幼馴染の関係だって、そうなったら崩れてしまうって考えると。

 

 ――でも、私はそれでも――

 

 まだはっきりとは言えない。けどだからって、諦め切ることは出来ないでいる。

 

 ――やっぱり店長さんに、相談してみようかな。

 良い答えを教えてくれるかもしれないから――

 

 店長さんは、私のこの悩みに親身になってくれるかもって、そう思ったから。

 けど……。

 

 

 

「あの、良ければお隣よろしいですか?」

 



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いつか振り向いてくれると、信じて

 

 

 ―――― 

 

 声のした方を見ると、そこには私と同い年くらいの女の子が。

 

「……座る所が空いてなくて。もし、良ければでいいのですけど」

 

 私の前に立っていたのは、垂れ目気味の明るくてふわっとした女の子。

 猫耳と尻尾を生やした、紫色の瞳と白い髪で跳ねっ毛気味なショートカットの子で、ワンピースから紫の薄い上着を着ているのが似合っている感じかな。

 

「うん。全然大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます! それじゃあ、失礼して……」

 

 女の子は丁寧に一礼して、私の横に座った。

 

 

 

「ここってとっても良い場所ですね。スペースコロニーにいる体験なんて、GBNじゃないと出来ないから」

 

 隣に座った女の子は、こんな事を呟いていた。

 そして私に視線を向けると。

 

「……ねぇ、そう思わない? えっと」

 

「私の名前はヒナタ。……ムカイ・ヒナタって言うの」

 

 この子とは今日初めて会うんだ。だからそう、自己紹介をしないと。

 

「ヒナタ……さん、素敵な名前です! 何だか太陽みたいに明るくてキラキラしている感じって言うかな、とても気に入っちゃった」

 

 女の子はぱあっと笑顔を向ける。

 

「じゃあ私も自己紹介しようかな。

 私はミユ、現実世界では高校生をしているんだ。ヒナタさんも多分同じかしら?」

 

 それに私は頷いてこたえた。

 

「はい。私も高校生なんですよ。ミユさんとは年も近いから、仲良くなれそうかな」

 

 

 

 ――――

 

 広場で知り合った女の子――ミユさん。ちょっと不思議と気の合いそうな、そんな感じがするんだ。

 

「……へぇ! ヒナタさん、お友達がたくさんいるんだね」

 

「最近知り合ったんです。カザミさんにパルくんに……それにメイさん。そんなみんなの仲間に――ビルドダイバーズの一員として、私も入ったの。

 みんなとても素敵な私の友達なんだ」

 

「ビルドダイバーズかー! 名前だけは知っているかな。えっと、この前の大きなイベントで活躍したフォースのことかしら。

 うーんと、確か同じ名前のフォースが二つあったと思うけど、どっちかな。感じ的には……コアガンダム……だっけ、あの色々姿を変えたりするガンダムがいる新しい方のビルドダイバーズかな?」

 

 私はうんと答えた。

 この前のイベントと言うのは、エルドラからGBNへとアルスが侵攻してきた事なんだ。

 エルドラでの戦いでヒロト達に追い詰められたアルスは、ヒロトのコアガンダムとプラネットシステムをコピーした機体でGBNに攻めて来た。その時、ヒロトたちビルドダイバーズはもちろん、他のダイバーのみんなとも協力して撃退したの。

 

 

 ……ただ、その本当の事を知っているのは私達を含めた、ほんの少しの人たちだけなの。

 だって他の星から侵略者がやって来たなんてSFだもん。とても信じられないしそれに、こんな事が知られたらパニックになるかも。だから一般にはGBNが主催した、イベントだって事になっているの。

 

「私は後になってそんなイベントがあったって知ったんだけど、とっても凄かったみたいだね。

 チャンピオンが所属するアヴァロンに、あと百鬼や初代の方のビルドダイバーズも、GBNトップクラスのフォースやそれにダイバーも勢揃いでのイベント。きっとワクワクだったんだろうな!」

 

 本当の事情を知らないミユさんは、そんな風に楽しそうな想像をしている感じだった。

 

 ――そうだよね。普通の人は何も知らないんだから。あの戦いが本当はどんなものかも、それにエルドラという別の世界が危機にさらされていたのも――

 

 でも普通って言うのは、そう言うことなのかもね。

 

「うん。とてもワクワク……だったんだ」

 

 少し困惑しながらも、私は微笑んで答えた。

 

「でも私がGBNを始めてビルドダイバーズに入ったのは、そのイベントが終わってからだから全然初心者なんだよ」

 

「ふふっ、私だってそれこそGBN歴は一年近くだけどアマチュアって言うか、そこまでガッツリ遊んでいるわけでもないから。実力もあまり大したことないんだ」

 

 ミユさんは軽く苦笑いして、こう続ける。

 

「GBNはたまに遊んでいるけど、それでもやっぱり楽しいよね。ヒナタさんもそう思いませんか?」

 

「たしかに始めたばかりだけど、そうだね。

 私GBNの方は……幼馴染のヒロトがやっていたから、始めたの。つまり彼の影響なんだ」

 

 

 

 するとその言葉を聞いたミユさんは、目をキラキラ輝かせて私に顔を近づけた。

 

「ヒナタさん――幼馴染さんがいるんですね!!」 

 

「えっ!? あの……」

 

 いきなりそんな事をされて私も驚いてしまった。

 

「どうりで気が合うのかも、しれませんね! ……実は私も、幼馴染の男の子がいるんです。とっても仲が良くて大好きな子なの

 今日だってミラーミッションって言うのを、一緒にやってみようって予定しているの。だから先にログインしてここで、待ち合わせをね」

 

 ミユさんも幼馴染がいたんだ。だから私もさっき気が合う感じがしたのかな。

 

「ヒロトさん……でしたっけ。ヒナタさんの話と様子だと、きっと素敵な方なんだろうな」

 

 彼女からヒロトの事を聞かれて嬉しかった。

 だからほんの少し得意げに、私は――。

  

「うん! 優しくて頼りになって、私だけじゃなくてみんなの事も大切に出来る、そんな人なの!

 それにガンダムやGBNが大好きで、ガンプラを作ったりガンプラバトルが凄いんだ。……さっき話していたコアガンダムもヒロトが作ったガンプラなんだよ」

 

「……! あのガンプラ、まさかミユさんの幼馴染さんの物だったなんて。  

 ヒロトさんは本当に凄い方なんですね!」

 

「そう言われると、私も少し照れるかも」

 

 ヒロトの事が凄いって言われて、不思議な気持ち。でも確かに凄いのは本当だよね。

 ガンプラの方もだけど、なんたってエルドラと言う世界を救った救世主だもん。……だけど。

 

「けどそんなヒロトに対して、私……」

 

「ん?」

 

 せっかくだから、少しだけ誰かに話を聞いてもらいたかった。だから私は――。

 

「……最近、ヒロトとどう接すればいいか、少しだけ分からなくなったの。

 だってヒロトには他に好きな人がいて、私はきっと幼馴染くらいにしか思われてないんじゃないかって。もちろん当たり前かもしれないけど、でも、それだけでいるのが寂しくて。……前までは大丈夫だったのに」

 

「……ヒナタさん」

 

「でもそんな思い、ヒロトに迷惑をかけるかもしれないから。自分も少し辛いけど、それでも彼を困らせるのも嫌だから。

 だからどうしたらいいのか、自分でもこうして悩んでいる所なんだ」

 

 

 

 私の言葉にミユさんは思い悩む感じだった。

 

「何だか難しい話だね。……けど」

 

 すると彼女はこんな事を話してくれる。

 

「きっと、ヒナタさんは彼のことが好きなんじゃないかな。幼馴染って言うのもだけど、それ以上に。

 でないとそんなにヒロトさんのために思えないって思うから」

 

「私が、ヒロトの事を……」

 

 好きだって思っている。それも幼馴染よりも、もっと好きだって言う感情。

 

「うん! それに他に好きな人がいるって事も、きっと大丈夫。

 だってずっと二人は一緒ですから、向こうだってちゃんと想ってくれていると思うから。ヒロトさんはまだ自分で気づいていないだけで、きっかけがあればヒナタさんの想いに応えてくれるんじゃないかなって」

 

 と、ここでミユさんは恥ずかしがるような、少し申し訳がない様子を見せた。

 

「あはは。きっと大丈夫って言っちゃったのに、これじゃ私の推測だね。

 ごめんね、何だか余計な事話しちゃったかも」

 

 そう謝る彼女だけど、私は……。

 

「そんな事ないよ。むしろ、心のつっかえが取れたような、楽になった感じかな。

 ありがとう、ミユさん」

 

 

 

 話を聞いてくれて、そしてそれに答えてくれた優しさが、私には嬉しかった。

 それに言ってくれたことで何だか、気持ちの整理がついたかも。

 

「……私、ヒロトに想ってもらえるように頑張ってみようかな!

 もちろん彼の想いも尊重しながら、少しずつでもいいから私のことを好きになってくれたらって」

 

 そう私は決めた。うやむやのままで後悔しないように、今出来ることはやって置きたかった。

 ミユさんも私の言葉にまるで、自分のことみたいに嬉しそうにしている。

 

「うんうん。ヒナタさんのそれが一番だよ。

 ……あっ!」

 

 

 

 するとミユさんはある方向に視線を向けた。

 その先には彼女と同じ猫耳を生やした、小柄な男の子がこっちに手を振っている。

 多分彼がミユさんの幼馴染みさん……かな

 

「ようやくフウタが来てくれたみたい。それじゃあ、ヒナタさんとはこれでお別れです」

 

「ちょっと名残惜しいけど、どうか二人でGBN、楽しんで来てね」

 

 ミユはそれに、微笑んでこたえた。

 

「ふふっ、ありがとう。私もヒナタさんのことを応援してますから!」

 

 

 

 この言葉を最後に、ミユさんは私の元から去っていった。

 

 ――ようやくすっきりしたかも、かな――

 

 するとその時、誰かからメッセージが届いた。

 メニューを開いて確認するとそれはヒロトから。内容はさっきの事を、気にかけている内容だね。

 

 ――やっぱり心配させてたんだ――

 

 でも今は、もう平気。

 私はヒロトに心配しないで大丈夫って、そう返信した。これで彼も安心してくれるかな。

 

 ――これで良いかな。それにヒロトのことも、私――

 

 これからは自分でも頑張ってみよう。ちゃんとヒロトに、好きだって思ってもらえるように。

 

 

 きっといつか。私は強く信じてるから。

 

 

 



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―幕間― ミラーミッションの怪異 (Side Other)

 ――――

 

 

 ミラーミッション、それは月に一度に開催される限定ミッションの事さ。

 

 

 せっかくだから僕は、幼馴染のミユと一緒にそれを受けてみたんだ。

 内容はほとんどバトルに関係ない、千本ノックや知恵の輪、あとアスレチックなんかと言ったミッションだったけど、僕としては面白かったな。 ミユもとっても楽しんでいたし来て良かったよ。

 アスレチックではミユは服の汚れなんて気にしないで、子供みたいに大はしゃぎ。まるで小さいころに公園で、一緒に遊んでた頃に戻ったような。

 ……だって幼馴染だからね。僕たち二人ともそんな感じで楽しんでいたんだ。

 

 

 

 そして、ようやく最終ミッション。今度はちゃんとガンプラバトルなんだ。

 僕たちのガンプラはどっちとも、機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの量産機であるレギンレイズ。僕が青でミユが白の機体色で改造も少ししている。

 舞台は広い洞窟内のフィールド。今この場で戦っている相手は。

 

〈何だか手強いね、フウタ〉

 

  向こうではミユのレギンレイズが、近接武器であるパイルを片手に戦っていた。

 こっちもこっちでライフルで応戦しているところだ。

 

「まあね。でも、こんなに苦戦するなんてさ。だって相手は……」

 

 僕たちが戦っていた相手、それは自分自身のコピーだ。

 

 

 色は両方とも黒だけど、それでもその姿は僕とミユのレギンレイズで、戦闘スタイルや技量もそっくりそのまま。

 実はここまでバトルとは関係ないミッションでダイバーのデータを解析していて、この最終ミッションで戦う敵はその解析を元に生成された自分のコピー。だからミラーミッションと呼ばれているんだろうな。

 

「でもさ、大体はコツを掴んで来たんだ。自分の戦い方なんだから、それに上手く対応できれば」

 

 そう言いながら、僕は自分のガンプラのコピーにライフルを撃ち放つ。殆どは外したけど、一発だけコピーの右膝辺りに命中した。

 自分が相手だ。ある意味簡単には行かない相手だけど、時間をかければきっと。

 どうにか――いける気がする!

 

 

 

 ――――

 

「あはは……やっぱり、苦戦したな」

 

 バトルを終えて、僕とミユは二人で洞窟の中を散策していた。

 

「でもどうにか、クリア出来て良かったじゃない?」

 

「まあね。ギリギリの戦いだったけど、どうにかコピーに勝ったしさ。結果オーライだね」

 

 自分のコピーとの闘い。だってこんな経験なかったからさ、とても楽しめたよ。

 それにあともう一つ。

 

 

 

「フウタ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

 隣で一緒に歩いていたミユは、何気ない感じで僕にたずねた。

 

「もちろん大丈夫さ。どうかした?」

 

「えっと、どうしてミッションが終わったのに、私たちってこうしてミラーミッションのエリアに留まっているの?

 もしかして何かフウタが気になっている物が、あったりするのかなって」

 

 

 

 彼女のこの質問。……ちょうど待ってたんだよね!

 僕は得意げにこう答える。

 

「ふふっ! 実はこのミラーミッション、最近ある噂があるんだ。

 せっかく来たんだからその噂を確かめたかったんだよね!」

 

「……噂?」

 

 やっぱりミユは知らない様子だった。そりゃそうだよね、僕だってついこの間GBNをやっていた別の友達から聞いたマイナーな噂なんだから。

 

 

 確かその噂は――こんな感じだったはず。

 

「そうそう。

 まずこのミラーミッション、名前の通りこれまでのミッションのデータを解析して、最終ミッションでガンプラのコピーが作られるって言うのは知っているよね」

 

「うん。正直あれでどうデータを取っているのか分からないけど……私たちのガンプラや、それに戦い方も上手くコピーされていたよね。

 さっきの戦いだって、私たちのそれとそっくりだったし」

 

「僕も詳しい原理は分からないけど、たぶんこのミラーミッション自体、色々細かい部分までデータをスキャン出来たりするんじゃないかな。

 そしてここからが本題なんだけど、そうしてダイバーのガンプラや戦闘データをコピー出来るミラーミッション。……けど、コピーするのはそれだけじゃないって話さ」

 

「というと?」

 

 彼女の不思議そうな様子、それに僕はこう話した。

 

「ガンプラや戦い方のコピーはもちろん。ほんのごく稀にだけど現れるみたいなんだ。

 自分そっくりの――――ダイバーのコピーが」

 

 

 

 

 ミラーミッションではガンプラのコピーが現れるけど、僕たちの……つまりダイバーそのもののコピーなんて普通なら現れるわけがない。

 

「ダイバーのコピー? そんなのってあり得るの?」

 

「うーん、ガンプラのデータと人間の精神のデータ体であるダイバー、どっちもデータだからもしかするとあり得るかもだけど、どうなんだろうな?

 ただ本当に人間一つコピーするなんてなったら人格や記憶も丸々だから、ガンプラよりずっと情報量とかが多いから難しいだろうね。それに……倫理的にだって不味いだろ? だからGBNがそんな事をするのかって聞かれたら、それはあり得ないさ」

 

 あくまでミラーミッションにダイバーのコピーが現れると言うのは、噂にすぎない。だから実際にあるかってなるとそりゃ……あり得ないでしょ。

 

「まぁ、突拍子のない話だもんね。人間を丸々コピーしちゃうなんて」

 

「でも、このミラーミッションで自分そっくりの人影を見たって話はいくつかあるみたいだよ。 ガンプラに乗ってると、ふと自分に似た影が目に入ったとかさ。

 あとあと……」

 

 ここでちょっと彼女を怖がらせてみようかな。

 僕はこの噂話に関するある小話を、ミユにしてみることにした。

 

「ドッペルゲンガーも知ってるかな? 自分と全く同じ姿の何者か、それを見ると死んでしまうって言うやつさ。……ここでもそれと似た話があるんだよ。

 ――ある時コピーダイバーの噂を聞いて、一人のダイバーがミラーミッションにやって来たんだ。ちょうど僕たちと同じように。

 友達に噂を確かめて来るって話して一人でGBNにログイン。ミッションを受けて、そしてここまでたどり着いたんだ。

 自分のガンプラのコピーを倒してエリアを散策。そしたらすぐに、岩場の陰に自分そっくりの姿を見つけたわけさ。それで興味本位で近づいた、その瞬間」

 

「ううっ……何だか怖いよ」

 

 見るとミユは怖がっていた。彼女を怖がらせるのは気が引けるけど、そうしているミユもやっぱり可愛い。

 それにここからが面白い所だ。僕は話を続ける。

 

「すぐ目の前にあったのは、自分と全く同じ姿そして顔。唯一違うのはダイバーの服や髪の色なんかが、真っ黒であった事だ。

 瓜二つの姿に驚くダイバー。そしてその姿を模した何かはニタッと気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、一気に彼を――!」

 

「きゃああっ!」

 

 僕はぐわっと襲い掛かるような真似をして、ミユを驚かせてみせた。

 

「……そしてその後ダイバーの友達は、現実世界でGBNからログアウトした彼を見つけた。だけどその様子は友達に対しても他人のような態度で、中身も前の彼ではなかった。

 そう、ダイバーはコピーに乗っ取られたんだ。何しろGBNでは人間の心はデータとなっているから、それを上書きされたら……」

 

「やめてよフウタ! そんな話されると、私」

 

 

 話を聞いて怯えるミユに、安心させるように微笑んでみせる。

 

「ミユは怖がりだな。でもまさかこんな話でそうなるなんて、やりすぎてしまったな。ごめん」

 

「ひどいよ、もう」

 

「でも……安心してよ。さっきの話はあくまでただの噂。ううん、って言うか怪しい都市伝説だね。

 大体、自分そっくりのコピー? そんなのさっき話したドッペルゲンガーの話の二番煎じにすぎないぜ。

 GBNのミラーミッションがガンプラのコピーを生成するからダイバーもって……子供でも思いつく幼稚な考えだ。こんな噂誰が考えたのか知らないけど、よくもまぁ――」

 

 

 

 ――――

 

 すると僕は話の途中である違和感を感じた。

 

「……あれ?」

 

 違和感の正体、それは。

 さっきまで横にいたはずのミユ。彼女の姿が今見ると、いつの間にかいなくなっていた。

 

 ――えっと、どのタイミングではぐれたんだ?――

 

 僕はミユの名前を何度か呼んでみる。……けど、全く返事がない。

 

 ――反応なしか。参ったな、もう――

 

 ここは暗い洞窟の中、そんな所に一人だけ。いくら何でもこれは余りにも寂しい。

 

 ――ううっ、いくら仮想世界だったとしても、これは辛い。

 それに――

 

 

 

 孤独感に苛まれるこの感じ。

 しかも……そうしていると、さっき自分が話していた事をつい思い出してしまう。

 

 ――自分のコピーだって。そんなのただの噂、作り話、いるわけがないじゃないか――

 

 こう思っていてもどうしても不安が拭えない。もしかするとって考えると、やっぱり。

 すると、その時僕の目の前に……。

 

 

 

「えっ?」

 

 暗くてよく見えないけど、今目の前に見えるのは誰かの人影だ。

 ミユのとはまた違う、自分と同じくらいの背丈の影。まさかあれって。

 

 ――冗談だろ。本当に現れるなんて、そんなばかな――

 

 相手は身動き一つ、微動だにしない。

 だから試しに、勇気を出して僕はゆっくりと近づいてみる。

 自分そっくりの影の正体は。

 

 

 

 ――何だ、ただの岩じゃないか――

 

 相手はただの、人型に近いただの岩だった。

 これには僕もホッとした。と言うか、むしろ呆れてしまった。

 

「は、ははははっ。なーんだ」

 

 ――噂なんて結局、そんなものだよ。あーあ、バカバカしい。こんなのに怯えてたなんて――

 

 噂の正体は、ただ人に近い岩を自分そっくりと見誤っただけ。その事はもう分かった、後はミユを探すだけだ。

 

 

 僕は人型の岩に近づいて、ポンポンと叩く。

 

 ――にしてもこんなの紛らわしすぎる。これがあるからバカバカしい噂だって――

 

 こんな風に思いながら改めて岩を見た。と、その岩の裏……よく見ると何か、蠢いているのが見える。

 その蠢いていた、何かは――

 

 

 

「ひいっ!!」

 

 突然そこから何かをぐっと伸びて来た。

 それはまるで人の腕……だけど、腕は画像の乱れのような、ノイズや砂嵐のようなもので構成された得体の知れないもの。

 しかもそれは動いている。僕は混乱しながらも後ずさって、距離をとった。

 

 

 岩の裏からは画像乱れのパッチワークのような腕が。しかも腕だけじゃなく、ゆっくりと身体全体を僕に見せる。

 

 ――何これ――

 

 現れた身体も、腕と同じような感じ。それはまるでGBNという仮想空間のテクスチャが人型に切り取られ、そこだけ別の異常空間が生じているようだ。

 怖くて逃げたい。けどあまりの異常さにこれ以上、動けなかった。

 固まる僕の前で、その何かはノイズみたいな身体を動かしてこっちに迫る。

 

 

 しかも、近づくにつれてその身体は段々と、人間に近づいてゆく。

 小柄で、猫の耳と尻尾を生やした少年の姿。それはまさに、自分と同じ姿のそれになっていた。ただ僕の青い髪と瞳は真っ黒。これじゃまるで……。

 

 ――あの噂は、まさか本当なのか。こんなのって――

 

 自分と同じ姿をしたそれは僕に向けてにやりと笑った。しかし、相手の表情はすぐに驚きの顔へと変わる。

 ……たしかに、僕の姿を真似はした。だけどそれはすぐにボロボロと崩壊しはじめていた。崩れて元の画像乱れ、ノイズの状態へと逆戻りに。

 

 

 身体も、顔までもも半分は崩れながら、なおも僕に迫る。目の前に崩壊しつつある自分自身の姿。

 それはあまりにも異質で、気味の悪いもので、そして怖くて。

 

 

 ボロボロの手はもうすぐそこに。

 とうとう、耐えきれずに僕は――。

 

 

 

 

 ――――

 

「フウタ! ねぇフウタってば!」

 

「……あ」

 

 正気に戻ると、心配そうに僕を見つめるミユの顔がすぐ目の前にあった。

 

「あれ? 僕は……」

 

「大丈夫? さっき凄い叫び声がして、急いで向かったらフウタはばったり倒れていたのを見つけたんだよ。GBNでも気絶ってするんだね。

 ねぇ何かあったの?」

 

 

 背中には岩肌の感覚。いつの間にか、気絶していたみたいだ。

 僕は起き上がって辺りを見回した。

 洞窟の壁とさっき見た人型の岩は。けどあの謎の存在はもう、どこにもなかった。

 

 ――あれに僕は何もされなかったのか? 僕はあのコピーに乗っ取られたわけじゃ、ないよね――

 

 でも感覚では、確かに僕は僕自身だ。それは間違いない。だけどあの後の記憶は、情けないけどショックで頭から抜けていた。

 

 ――もしかしてあの事自体、ただの幻なのか――

 

 これにはついそんな事も考える。

 

「ねぇ、何か考えているみたいだけど、どうかした?」

 

 ミユに言われて、僕は思考を中断した。

 

「ううん、何でも……ないよ。ちょっと変なものを見た気がして、びっくりしただけ。

 それも結局ただの気のせいみたいだし」

 

 あんなわけわかんないこと、変に話すわけにはいかない。

 さっきのあれは気のせいか幻覚にすぎない。そう僕は結論づけた。

 

「さて、と! そんな事より、用事も済んだしこれでログアウトしようか。

 やっぱり現実世界で一緒に過ごしたほうが、いいしね」

 

 僕の言葉に、ミユはまだ心配そうではあったけど……。

 

「まだちょっと心配だけど、フウタがそう言うなら。

 でも、もし良かったら後ででもいいから聞かせてね」

 

 これに僕はもちろんと答えた。

 

「なら良し! それじゃフウタの気分転換も兼ねて、ログアウトしたら駅前のカフェに行ってみない? 

 一緒に過ごすって言ったら、やっぱりこうしてデートじゃないかなって」

 

 ……それはいいね。だってミユとは幼馴染だけど、同時に誰より一番大切な恋人でもあるんだ。

 さっきの事は正直、今でも訳が分からない。けどやっぱりさっさと忘れた方がいい。

 

「あはは。こんな時はミユといるのが一番だしね! 

 嫌なことだって、綺麗さっぱり忘れられるしさ」

 

「そう来なくっちゃ。じゃあ早速、行こうかフウタ」

 

 そうと決まったら、さっさとログアウトしないとな。

 気持ちを切り替えて、僕はいつものミユとの日常へと戻ろうとログアウトしようとした。

 

 

 

 ……その時、視線の端にちらりと、動くノイズのような物体が見えた気がした。

 きっとこれも、気のせいだよね。

 

 



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第四章 きっといつか、ヒロトと
夕暮れと夜の境界線


 

 ――――

 

 あれから私の心のモヤモヤは、何だかすっきりした気がしたんだ。

 

「ふふっ! とっても凄い景色。こうしたのって、海外じゃないと見れないって思っていたけど」

 

 空を飛んでいるヒロトのアースリィガンダム。その手の平に私は、乗っかって下を眺めていたの。

 空の風と、それに見下ろすと白い雲と、さらに下には鬱蒼とした巨大なジャングルが広がっている。

 大きな河が流れて、そこからいくつも小さい川が枝分かれして深い森林に。まるでこの景色って南米のアマゾンかな。それみたいだね。

 

〈ここはガンダムの舞台である、ジャブロー。この地下には地球連邦軍の大基地がある。ヒナタには以前教えたとは思うけど〉

 

 そうヒロトは、ガンダムのコックピットから私に伝えてくれた。

 

「もちろん覚えているよ。

 ……でも、こんな風になっているの、見たことなかったから」

 

 真下のジャングルには所々に人工物だって見えている。

 やっぱりここは軍事基地なんだなって、そんなイメージ。

 

「ねぇヒロト」

 

〈どうしたんだ?〉

 

 通信でそう尋ねる彼に、私はこう話した。

 

「ありがとうね。最近私のわがままを聞いて、GBNのあちこちに連れていってくれて。

  私とても楽しいし嬉しいんだよ」

 

 この頃、私はヒロトと二人でよくGBNを見てまわっていた。ヒロトも、それにカザミさんたちビルドダイバーズのみんなも、頼んだらその時間を作ってくれた。

 ……もっとみんなで遊びたい気持ちもあるのに、こうして私のために。やっぱりすごく優しいな。

 

〈ヒナタは最近、GBNを始めたばかりだから。

  だからこそもっとGBNを好きになって欲しいしそれに、ここにはまだまだいろんな場所があるって、知って貰いたい気持ちだって〉

 

 彼は私よりも、ずっとGBNについて知っている。

 ガンプラバトルについてだってそうだし、この世界にはどんな物が他にあるかって言うのも。……バトルの方はまだ苦手で前に数回、ほんのちょびっと一緒にやってみただけだけど、いつか本格的に頑張ってみようかな。

 

「私、GBNの事……大好きだよ。

 ガンプラやガンダムが好きなたくさんの人が集まって楽しんでいる素敵な所だし、世界だってどこも面白い場所ばかりだもん。

 それにヒロトがとっても大切にしている場所だから」

 

〈そっか〉

 

 声だけしか聞こえないけど、そう言う彼も嬉しそうな気がした。

 

「あそこにも降りてゆっくり見てみたいな。ねぇヒロト、いいかな?」

 

〈もちろん問題ない。じゃああそこにあるエレベーターシャフトから降りよう。

 多分ヒナタが考えてるよりもずっと大きいから、驚くと思うな〉

 

 こうして過ごすヒロトとの時間。今日もまた……少しでも仲が深まってたら、いいな。

 

 

 

 ―――――

 

「今日も色々行けて楽しかった、ヒロト」

 

 ガンダムベースからの帰り、私はヒロトと一緒に歩いていた。

 時間はもう夕暮れ遅くでもうすぐ夜になりそう。

 

「俺もヒナタが楽しんでくれて、何よりだ」

 

 そう言って彼は優しい表情を向けてくれる。

 

「……じゃあ次はどこに行こうかな? 海、それとも宇宙とか? うーん、悩んじゃう」

 

「ゆっくり考えるといいさ」

 

 あれからたくさん見て回ったけど、まだまだ見てないところはたくさん。

 

「うん。私――」

 

 

 

 私はちょっと、どきどきしてこう口にした。

 

「いつか、GBNの世界をぜんぶ見てまわってみたいんだ。イヴさんみたいに……私も」

 

「……」

 

 その時、ヒロトは困惑したような顔を少しだけ見せた気がした。

 だけどすぐに――。

 

「そうだな。ヒナタがそう願っているなら、俺もな」

 

 ふっと、彼は薄く笑った。

 何だろう、ヒロトも何か考えているのかな。私は少し不思議だったけど。

 

「……あっ!」

 

 ふと目に入ったある光景。私はそれに気が移った。

 

「どうしたんだ?」

 

「ねぇ見て、ヒロト。あそこに一番星が見えるよ!」

 

 立ち止まって、私が指さした先にあるのは、暗くなりかけた空に一番きらきら輝く小さな星。

 するとヒロトも足を止めて、横目でそれを見てとった感じ。 

 

「ああ、そうだな。何て言えばいいか現実での景色、星空もまた良いな。

 それによく見ると他の星だって」

 

 ヒロトの言う通り、よく見ると一番星の他にもちらほら星が見えてきていた。

 

「本当だね。ヒロトたちがいたエルドラも、ああした星のどれかなのかしら」

 

 星を見て、私はそんなことも思い浮かんだ。ちょっとした空想かな。

 

「エルドラか。

 ここからでももしかすると見えるかもな。あの星のどれかに……フレディたちが、そして」

 

 そう話しながら、ヒロトはエルドラでの思い出を思い出しているように見えた。

 

「ヒロト、またエルドラにも一緒に行こう。

 また時間を見つけて、あの世界だってもっと見てみたいから」

 

「ヒナタは本当にそうした事が好きだな。

 ああ、もちろん。……約束だ」

 

 

 空はもうすぐ夜に移り変わる。

 そんな夕暮れと夜の狭間の空。とっても素敵だって、私は思うの。

 

 

 

 



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憧れの、優しい先輩

――――

 

 視線の先に見える的の姿。

 弓に矢をつがえて、私は狙いを定めて強く引く。

 集中して……的の中心を狙って、そして――

 

 

 ストン!

 

 

 放たれた矢はまっすぐ的に向かって飛んで行って、その中心に命中した。

 

 ――うん! やったね!――

 

 上手く決められて満足な気持ち。やっぱりこうした時ってスッキリすると言うか、良い気分だな。

 今は弓道場で部活中。弓道着姿で私とそしてもう一人。

 

「さすがですヒナタ先輩!」

 

「ふふっ、ありがとね。褒めてくれると嬉しいな」

 

 一緒にいたのは、一年生の後輩の女の子。彼女も私と同じ弓道部なの。

 

「先輩は私の憧れですから。この前だって凄い活躍でしたし」

 

 後輩ちゃんは、憧れの眼差しで私を見つめている。

 

「私たちの代表として、弓神事で大活躍でしたし。……私もいつかヒナタ先輩みたいになりたいです」

 

 こうして慕われてるの、何だか悪くないな。でもちょびっと、照れちゃう部分もあるかな。

 

「きっとなれるよ。……だから今日も、一緒に練習を頑張ろう。

 今日は弓を引くコツを教えようかな。ちょっと弓矢を構えてみて」

 

 だから私も先輩として面倒を見て、力にならないとね。

 

 

 

 後輩ちゃんは私の言葉通り、弓と矢を持って構えた。

 

「これでどうでしょうか?」

 

「うんうん。見たところ、いい感じだね。姿勢だって綺麗だし悪くないよ」

 

 弓矢を構える彼女の姿を見て、私はその傍に近づく。そして相手の手に軽く触れて……

 

「でも、ちょっと右腕の位置が低いかも。それに肩の力を抜いてみて。……これで良いかな」

 

 後輩ちゃんはアドバイス通りに、姿勢を少しだけ変えてくれた。

 

「あっ、何だか良い感じかも。これなら」

 

「この状態で矢を射てみて。もちろん的にも集中して、ね」

 

「はい。これで狙って……」

 

 弓を構えて後輩ちゃんは的を狙って、矢を放った。

 

 

 

「――やった!」

 

 後輩ちゃんの矢も的の真ん中に。……ほんのちょっとだけずれたけど、それでも中心の赤い範囲にはちゃんと入っている。

 

「こんなの初めてかも! こうすれば上手く、出来るんですね」

 

「後はコツを掴んだり、慣れたりすれば自分でも出来るって思うから。そこは日々の練習かな」

 

 実際、彼女の素質はとても良いもん。きっと頑張ればもっともっと伸びるって、思うから。

 

「ヒナタ先輩のおかげです。いつも私たち後輩にも優しく丁寧に指導してくれたから……。

 それに今日もありがとうございます」

 

 そう言って後輩ちゃんは、深々とお辞儀をしたの。

 

「助けになれて私も良かったよ。……じゃあ、時間もあるからもう少し、練習を続けようか」

 

 部活だって私の学校生活の一部。

 GBNももちろん楽しんでいるけど、こっちだってちゃんと頑張っているんだ。

 

「はい! 私、一生懸命頑張ります!」

 

「でもあまり、力みすぎないでね。――あっ」

 

 

 

 そう話しながらつい、私は弓道場の端に視線が行った。

 そこに立ってこっちを見ていた人。私が一番好きな、その人は……。

 

 ――もしかして、ずっと見てたのかな……ねぇ、ヒロト――

 

 

 ――――

 

「それじゃあ、私はこれで失礼します。また明日ですね先輩!」

 

 部活が終わって、後輩ちゃんは荷物をまとめて帰り支度を済ませていた。

 ま、私も支度はちゃんと済ませて、今は制服姿なんだけどね。

 

「うん。それじゃ……またね」

 

 私は手を振って帰って行く後輩ちゃんを見送った。

 そして彼女と別れた後、少し弓道場を回って移動して……そこで。

 

 

 

「練習、終わったのか」

 

 振り返ってヒロトはそう、私に声をかけてくれた。

 

「うん。今日も私、頑張ったんだから。練習しないと弓の腕だって鈍っちゃうし」

 

 そんな風に私は返事を返した。

 

「それにヒロト、もしかしてさっきの練習ずっと見てたの?」

 

「途中からだったけれど後輩に弓道を教えていた所は見ていた。

 やっぱりヒナタは優しいから、良い先輩としてとても似合っているよ」

 

 ヒロトに褒められて嬉しかった。

 

「ふふっ、そう言ってもらえると、私……」

 

 

 

 それにこうして、彼が私の所に来てくれたのだって。

 

「それに部活を見に来てくれたのも、嬉しかったんだ。もしかして何か用事かな?」

 

「えっと、その……特に何でもないさ。ただ、どんな様子かって思ったから」

 

 ヒロトにしては珍しく、何だかどぎまぎしているような雰囲気。

 

「ふーん。そうなんだね」

 

「たまたまなんだ。

 こっちも特に予定だってないし、何なら一緒に家に帰ろうか。

 学校だって今日は早く終わったし」

 

 今はまだ全然昼間なの。

 学校の授業も早く終わって、弓道の練習もそこまで時間をとったわけじゃないから。

 ヒロトの言うとおり家に帰るのもありだけど、まだまだ時間はたくさん残っているもん。だからもったいないよね。

 

「ヒロト、予定がないなら……今から街に遊びにいかない? 

 別に珍しいことじゃないけど、せっかくだから」 

 

 これまでだってヒロトとはよく一緒に街で遊んでもいるから。……デートってわけじゃないけど、友達として。

 

「街に、か。

 そうだな、俺は全然問題ない。ヒナタがそう言うならそうしようか」

 

 これで決まりだね。

 ……こうして現実でもヒロトと一緒に過ごすのだって私、好きなんだ。

 



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ショッピングモールでの素敵なひと時

 ――――

 

 私たちに暮らす街はとても大きな、そんな街なの。

 だから店や名所だとか遊びに行く場所だって沢山だよ。

 

「ねぇねぇ、この服とか私に似合うかな?」

 

 街のショッピングモール。今私たちがいるのはそのモールの中の洋服店。

 新しく服も欲しかったからね。色々試着してみて、気に入りそうなのを探しているの。

 

 

 今着替えたのは桃色のフリル服。ちょっとひらひらしていて、いつもの私の恰好とも違うかもだけど、たまにはいいかなって。

 試着室から出て私は今の恰好をヒロトに見せてみた。

 

「……うん、その服もヒナタに合っていると思うよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいよ。でも、ヒロトってばどの服でも、同じことを言うんだもん。

 どれが一番良かったか教えてくれたらな」

 

 これにヒロトは困った感じだった。

 

「うーん、本当にどれも、良かったんだ。

 それに俺はこうしたのはどうも苦手でさ。どんな服が一番良いかなんて、なかなか」

 

 正直私も、服のセンスに自信があるかって言われたら少しだけ、ね。

 

「そうかな? でもきっと、センスあると思うんだけどなー」

 

「あはは……そうだろうか」

 

「そうだ! 良かったらヒロトのも買って行かない? せっかくだから一緒に似合う服を見つけたいなって」

 

 こうして洋服店で過ごすの良いよね。でも選ぶのはもう少しかかりそうかも。

 

 

 

 ――――

 

 それから私たちは、一緒にショッピングモールを巡ったの。

 さっきの所以外にも、別の洋服店も見てみたり、他の店だって。

 

 

 

 ――――

 

 

「美味しいね、このイチゴクレープ。甘くて中のクリームもフワフワだし」

 

「……うん。こっちのチョコクレープだって、美味しい」

 

 ちょっと小腹が空いたから、クレープ店によってクレープを食べたり。

 甘くてフワフワな美味しい食べ物。私、大好きだな。

 

「ヒロトのクレープも、本当に美味しそう。……そっちも頼めば良かったかな」

 

「そうか。なら良かったら俺のも、食べてみるか? 少しだけ食べかけだけど」

 

「えっ」

 

 ヒロトは自分の食べていたチョコクレープを、私に差し出した。

 クレープは少し齧りかけ。これって……。

 

 ――間接キス、って言うのかな――

 

 そう思うと何だか、ドキっとするような。

 

「もしかして、不味かったか。……やっぱりヒナタに食べかけを渡すなんて、良くなかったな。ごめん」

 

「あっ……! そんな事ないよ! でも、本当に食べてもいいの?」

 

 本当にドキドキして私はもう一度聞いてしまった。

 

「ああ。せっかくだからさ」

 

 私はヒロトからチョコクレープを受け取った。

 

「ありがとう、ヒロト。じゃあちょびっとだけ」

 

 やっぱり私、まだ緊張している。そんな感じのまま私は受け取ったクレープに口を……   

 

 

 

「どう、ヒナタ? 美味しい?」

 

「……うん」

 

 ヒロトからのチョコクレープ、私はそれを口にして味わっていた。

 

「チョコも甘くて、とても美味しい! ふふっ……甘々だよ」

 

 チョコクレープのそんな味。

 とても甘くてつい私は表情が緩んじゃった。

 

「あはは、そんなヒナタの顔が見れるなんてな。その…………可愛いって……言うかさ」

 

 

 どぎまぎしながら、ふとヒロトが言ってくれた一言。私はちゃんと聞こえてたんだ

 

 ――可愛いって言ってくれるなんて――

 

 とっても、そうとても――嬉しかったな。

 

 

 

 ――――

 

 後、ヒロトが好きそうなホビーショップにも寄ったっけ。

 フィギュアやパズル、カードだとか。面白そうなものが沢山だけど、中でも特に気になったのは、やっぱり。

 

「ここのホビーショップ、ガンプラの品ぞろえが良いな。

 ……これはガンダムAGE2か、久しぶりに可変機とか作るのもいいかもな」

 

 私とヒロトが見ているのは、店の一画に陳列されているガンプラのコーナー。やっぱりここでの一番の目的は、ガンプラだよね。

 

「ここにも沢山だね。それこそガンダムベースと比べるとだけど、それでもガンプラがこんなに。見てるだけでも楽しいの」

 

「そっか。じゃあ俺もどんなのがあるか、じっくりと見させて貰うよ。

 良いのがあったら何か買おうかな」

 

 

 

 ヒロトは夢中になってガンプラを見ている。

 時々箱を手に取って、じっくり眺めたり。……そうしている彼、やっぱとても楽しそうな感じ。

 

 ――ガンダムや、ガンプラが大好きなヒロト。昔からそれは変わっていないんだな――

 

 私はそんな姿を見てやっぱり安心する。それはヒロトが元気になってしばらく経つけど、今でも明るい彼を見ていると、やっぱり安心して自分のことみたいに嬉しいの。

 

 

「……ん?」

 

 私の視線に気づいたのかな。ヒロトはふいに私の方に顔を向けた。

 

「悪い、俺ばかり夢中になって。ヒナタの事をそのままにしてた」

 

「ううん、平気。ヒロトが楽しそうにしているだけで、私は」

 

 本当の気持ちなんだから。ヒロトが楽しいのなら、私だって楽しいもん。

 

「でも、一人ばっかりこうしているのも悪いな。

 ――そうだ」

 

 ヒロトは何か思いついたような感じで、こう続けた。

 

「ヒナタは何か作ってみたいガンプラとか、あるか? 良かったらヒナタの分も一緒に探せればって」

 

「いいの、ヒロト? けど……」

 

「遠慮なんていいよ。ヒナタにはいつも世話になっているから。

 えっと、何がいいだろうか。ヒナタが好きそうなのだったら丸っこいカプールだとか、後、このノーベルガンダムだとかどう」

 

 そう言って近くのガンプラを、彼は私に見せた。

 女の子っぽい姿のガンダム。こんなに可愛い、ガンダムもあるんだ。それに……。

 

「ありがとう! ……なら私ももっとガンプラを見てみようかな。

 ヒロトと一緒に、ね」

 

 私はあまりガンプラは作れないし、それに知らないけど、ヒロトとならとてもワクワクするから。

 

 

 こうして色々な場所があるショッピングモールで、二人で。

 やっぱり来て良かった。だってとても楽しくて素敵で、そして幸せな時間だから。

 

 



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私の思う……『好き』

 ――――

 

 今日は張り切って買い物をしすぎちゃったかな。

 私とヒロトの手元には、買い物袋がいくつも。こんなのも久しぶりかもね。 

 

「……ふぅ。ずいぶんと歩いたな、足も少しクタクタだ」

 

 屋上の眺めが良いテラス。私たちはそこにあるベンチに座って、ゆっくりしている。

 だってショッピングモールをたくさん歩いたんだもん。ヒロトもだけど私だって、足が疲れちゃったから。

 

「私もだよ。でも、とっても楽しかったね、ヒロト」

 

「そうだな。こうしてGBNではない現実で過ごすのも楽しいさ」

 

「最近は私たち、GBNばかり遊んでいるもんね。

 あっちもあっちで楽しいからつい、ハマっちゃうよ」

 

 私はヒロトに微笑んだ。

 

 

 

 

「そっか、それは……良かった」 

 

 彼はそう言って、何気なく外の景色をちらっと眺めていた。 

 ここからだと街や海が広く見渡せてとても良い景色なの。だけどヒロトは、考え事をしているみたいな感じで……。

 

「ねぇ、今度はどこに行こうかな。ヒロトとGBNや、それにこうしてリアルでも。

 だって私、ヒロトと一緒にいるのが一番幸せだから」

 

「……」

 

 私のつぶやきに、彼は視線をまた私に向ける。まるで思うところがあるような様子を、ちらりと見せた後……。

 

「なぁ、ヒナタ」

 

「うん?」

 

「少しだけ聞きたいことがあるんだ。ずっと気になってたけど、なかなか聞くタイミングがなくて。それに……話していいか、何だか分からなくて」

 

 何だろう。いつもと少し違うヒロトの感じ。

 私はそれが気になったけど、彼のためになるなら私は。

 

「もちろんいいよ。私に答えられる事だったら!」

 

 

 

  

 それにヒロトは安心した感じだった。

 

「そうか。

 なら聞くけどヒナタは……何て言うか、前よりも俺に構うようになったって言うかさ」

 

「私が、ヒロトに?」

 

「ああ。もちろん嫌ってわけじゃない、けど、俺たちは幼なじみだろ。なのにそれよりも、ここの所は距離が少し近い気がするんだ」

 

 

 

 それは彼の言う通り。

 もし許されるなら私は、ヒロトともっと深い関係になれればって。こうして近づけばヒロトの方だって振り向いて、好きだって思ってくれる気がするから。

 幼なじみとしての『好き』じゃなくて、それとは別の――『好き』。

 上手く説明できないけど、その好きは多分……。

 

「それは……」

 

 どう答えるか迷った。

 それでも――ここで勇気を出さないと。だから私はヒロトに答えた。

 

「うん。私はヒロトと、本当はもっと仲良くなりたくて」

 

「仲良くか。けど今だって幼馴染として俺たち、仲が良いだろ。だから……」

 

 

 

 

 

 

「でも私、それと違う仲良くなの! ……幼馴染と違う絆を作りたいんだ!」

 

 

 

 

 思わず、強くそう言ってしまった私。これにはヒロトも目を丸くしている。

 

「ごめんヒロト、驚かせちゃったかな」

 

「まあね。だってヒナタがこう、自分の事をここまで言うのも珍しい気もしたからさ」

 

 それに彼は続けた。

 

「確かに驚いたけど、でも言われてみると納得かも。

 それに俺はヒナタがどう思っているのか、もっと聞きたい。……俺も少し考えている事がある。だから、その整理にもなるかもしれないし」

 

 ヒロトもまた何か思っているような。だけど私はまだ。

 

 ――どうヒロトに言えば、いいんだろう。だって私もまだ整理が出来ていないから――

 

 

 

 

 

 どうしたらいいんだろう。戸惑うけど私はふと、ある物が目に入った。

 

「ヒロト」

 

「うん?」

 

「あそこのポスター……。二週間後に遊園地で大きなパレードが始まるんだって。

 ねぇ、良かったら二人で見に行かない?」

 

 私は向こうに貼ってあった、街の遊園地で開催されるパレード。そのイベントポスターを指さした。

 時間は夜。暗い中でキラキラ光るイルミネーションがとても綺麗な、そんなパレード。ヒロトもそのポスターに視線を移す。

 

「へぇ、こんなのがあるんだな。俺は構わないけどさっきの話は……」

 

 いきなり話題が変わって、やっぱり戸惑うよね。けど……。

 

「本当は私も、まだ上手く言えないでいるんだ。だから、この話の続きはその時に。

 きっと上手く言えると思うから」

 

 今は言えないから先延ばし。

 

 

 私の気持ち、まだヒロトに伝える言葉は見つからない。けどその時にはきっと見つかるって、思うから。 

 夜の遊園地。私はそこで、ちゃんと彼に――。 

 

 これが私の決心。

 

「そっか。俺と同じように、考えているのか」

 

 ヒロトは私の言葉に、そう呟いた。

 けどふっと微笑むと彼は。

  

「なら決まりだ。遊園地のパレード、俺も楽しみにしている。

 だからその時……ヒナタの思いを聞かせて欲しい」

 



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第五章 鏡合わせの、知らない――『ワタシ』
ヒロトからの相談事(Side メイ)


 

 ――――

 

 市街地のバトルフィールドを、私の機体は高速で走り抜ける。

 

 ――ふっ、ガンプラバトル、やはり楽しいものだな――

 

 私が駆るのはいつものウォドムポッドではない。このバトルではそれよりも俊敏性の高いモビルドール――私の姿に近い、専用の女性型の機体――の方が良いからだ。

 

 

 

 

  

 左前方に並ぶ幾つものビル群。そのビルの間からきらりと、輝く閃光が垣間見える。

 

「!」

 

 瞬間、そこから高出力のビームが二筋、私に向けて放たれた。無論とっさに別方向に駆けて射程から離れさせてもらう。……が。

 

 ――簡単には行かないか――

 

 すると今度は薙ぎ払うかのように、迫りくるビームのエネルギー。ビルを次々と破壊しなぎ倒しながら私に向かい接近する。

 走って逃げるよりも早く迫る。このままではやられる……それならば!

 

 

 私のモビルドールは駆けていた車道を強く蹴り、上空に跳躍する。

 同時にさっきまでいた場所に追いついて来た強力なエネルギーが車道と、その向こうのビルも抉り消した。

 

 ――あのままいたら私は危なかったな――

 

 だが一安心する間もなく次は背後から現れる影。

 私はその背後へと、ビームサーベルを放ち一閃する。瞬間――

 

 

 ビームサーベルと鍔迫り合うのは、スピアの刃先。

 それを武器としていたのは青を基調にしたジンクスの改造機体だ。

 ガンダムООの量産機であるジンクス。背部には太陽炉と呼ばれる動力機関を備え、輝くGN粒子を辺りにまき散らす、四基のカメラアイを持つメカニカルなMS。

 太い手足と肩、重層化され近接特化された、鬼を思わせるガンプラ。相手はその手に握るスピアにぐっと力を籠める。

 

〈なーるほど、やっぱりさすがだな。ビルドダイバーズのメイ!〉

 

 画面に映るのはジンクスのパイロットである、ぽっちゃりした小生意気そうなダイバーの姿。

 

「……ドージか。私があの攻撃を避けるとともに奇襲とは、よくやる」

 

 彼はフォース『百鬼』に属するダイバー、ドージだ。そしてガンプラの名はドージ刃-X。元々は百鬼のリーダー、そしてドージの兄であるオーガのガンプラであるオーガ刃-Xを譲り受け、手を加えたものだそうだ。

 

〈このままパワーで押し切ってやるぜ!〉

 

 その強力なパワーで、ドージは圧し潰そうとする。だがやはり甘いな。

 

〈なあっ!〉

 

 私はスピアに込められた力を受け止めるのではなく機体ごと後方にいなし、下がり距離を離す。

 同時に両太股にマウントした二丁のビームハンドガンを抜きドージ刃-Xに放つ。

 

 

 小型のビームの弾丸はいくつも相手に命中し、ダメージを与えひるませる。

 

 ――こんなもの、か。……ん――

 

 今度は真正面から現れる別のガンプラ。

 

〈お前のその強さ……喰わせろっ!〉

 

 現れた巨体の両手には輝く二本のGNソードを構え、私に振りかざす。

 私は横にとび退き斬撃を避ける。

 

 

 襲来したのは、両肩の巨大なバインダーを備える重装甲で深紅のガンダムだ。

 バックパックにはビームバズーカを二つ装備し先ほどのビーム射撃はそれによるもの。そしてそのダイバーは……

 

 

 

〈悪いが――ここからは俺の番だ!〉

 

 次の瞬間、今度は反対側から別の赤いガンダムが、同じく二本の実体剣を手に現れた。

 

〈ぐっ……!〉

 

 相手はそれを受け止めるも、後方にぐらりとよろめく。

 

〈苦労をかけたなメイ。他との闘いで、手間取った〉

 

 画面に現れた姿は私と一緒に戦うヒロトだ。

 現れた赤いガンダムは彼のマーズフォーガンダム。コアガンダムⅡとマーズアーマーがドッキングし、近接戦闘に特化した機体だ。

 

〈くっ……他の百鬼のメンバーは、もうやられたか〉

 

 そして今戦っていた先ほどのがガンダムに乗るダイバー……それは百鬼のリーダーである、オーガ。

 筋骨隆々で鬼のような和風の恰好をした、鋭い目をしている彼はGBNでもトップクラスの実力者だ。

  

 

 

 私とヒロトは今、フォース『百鬼』とのバトルをしている最中。

 ちなみに他のメンバーはヒロトによって倒された。残るはドージとオーガの二人だけだ。

 ヒロトのマーズフォーガンダムとオーガのガンプラ……ガンダムGP‐羅刹天は、互いの剣で激しい近接戦闘を繰り広げる。

 

〈これもまた、食いごたえのあるバトルじゃないか。くくく!〉

 

〈百鬼のリーダーなだけある。やはり手ごわいが……俺も負けない!〉

 

 

 

 ――やはりヒロトもオーガも、良い戦いをする。

 なら私も――

 

 私はヒロトの援護に動こうとした。するとそこに、ドージのガンプラであるドージ刃-Xが立ちふさがる。

 

〈けどこっちも俺たち二人の二体二だ! 勝負はここからだぜ!

 あっちの邪魔はさせない。俺はお前と戦え!〉

 

 ……まぁ、どうもそうはいかないらしい。

 あっちはあっちに任せ、私は私の戦いに全力を注ぐとしよう。

 

 

 

 ――――

 

 

「さすがオーガだ。今回はあと一歩の所で俺たちの負けか」

 

「ああ。しかしそれは、次回勝てばいいことさ」

 

 バトルの後、私とヒロトは高層ビルの屋上で二人過ごしていた。

 周囲にはいくつも近未来的なビルが立ち並ぶこの大都市はGBNのセントラル・ディメンション。上空には他のディメンションへと向かうゲートと、飛行するガンプラの姿もある。

 

「悪い、メイ。こうして時間を作ってもらって。

 確か例の調査……まだ途中なんだろ」

 

「いいや、別に気にしないでいいとも。むしろ良い気分転換にもなった。あちらの進み具合は、お世辞にも良いとはいえないからな」

 

「そっか。大変だなメイも」

 

 私はああと、頷く。

 

 

 

 現在、私はGBNの運営にバグの調査を依頼されていた。

 ごく些細であるが、システムの何処かに異常があるらしい。ほんの……僅かなもので今まで気に留めるほどの物でない、異常。どうやら前々からあったみたいではあったがGBNに何らかの影響を与えるほどの異常ではないことと、またあまりに些細なものであるために発見が困難であるため、これまで放置されていた。

 

 

 

 ……しかし例え些細なものでも、いつまでも放置しておくわけにはいかない。今は小さいものだとしても今後何かの問題を引き起こす可能性もあるからだ。

 この前のエルドラの一件も事後処理が一段落した。だからこそ、放置されて来たバグの対応に重い腰を上げたのだろうな。

 

 ――最もそのためにまだバグどころか、それらしい物や手がかりすら見つかっていない。

 広大なGBNで些細な異常を探すなど……まるで砂漠の砂に落ちた梁を探すようなものだ。どうりでこれまで、放っておかれたわけだ――

 

「せめて手がかりか何かでも見つかれば助かるものの。

 一応私の他に何人も、同じ依頼を受けている人間はいるみたいだが……この調子だとまだまだかかりそうだよ」

 

「GBNのバグ、か。この前の事など運営も色々と対応したみたいだし、大変なんだろうな」

 

「そう言うことらしい。

 それで……こうして二人でGBNをしている訳だが、ヒロトは私に何の話があるんだ?

 用があるからこそ私は時間を作った。さっきのバトルはあくまでついでだ。だから、本題を聞かせて貰おうか」

 

 

 

「それは――」

 

 そう、私がこうしているのはヒロトに相談事をしたいと頼まれたからだ。

 さっきのバトルは、たまたまに過ぎなくて……本題はそれだ。

 

「私に相談とは一体何だ? 助けになればいいのだが」

 

 何て言うか……ヒロトにしては珍しい、妙な戸惑いを見せていた。

 

「ああ。相談と言うのは実は、ヒナタの事についてなんだ」

 

「ほう?」

 

 ヒナタと言うのはヒロトの幼馴染の名前だ。

 私達と違って現実世界の日常でもよく過ごす仲の良い少女で、エルドラでの出来事以降は私たちビルドダイバーズにも加わっている。

 しかし、彼女に関しての相談とは。

 

「この頃ヒナタがどうも俺に向ける意識と言うか、それが変わったみたいでさ。

 彼女とは幼馴染だから大体の事は分かっていたつもりだったんだけど、この頃は……その、妙に違うって感じで」

 

「違うとはどんな風にだ?」

 

 違うだけではどうも分からない。私が改めてそう聞くと、ヒロトは。

 

「簡単に言うと幼馴染よりも近い感じって、言えばいいか。これまでは幼馴染として仲良くしていたけど、まるでヒナタはそれよりも近づきたいってそんな様子で。

 この前なんて幼馴染とは違う感じで好きで、仲良くなりたい……絆を作りたいって。

 一体俺はどうすれば良いんだろうな」

 

 

 

「……」

 

 これには私も答えに困るな。

 

「それはまた妙な感じだな。ようは幼馴染とはまた違った感情を、向こうは持っていると」

 

「多分な」

 

「ふーむ。話は分かったが、難しい問題だな。

 ヒトの好きと一言で言うのも、実際はその感情も様々か。私にとっては猶更そこは分かりにくいものだよ。何しろ私は人間でなく電子生命体――ELダイバーだ。少し、聞く相手を間違えたな」

 

 

 

 私とヒロト達と違い、この仮想世界GBNで生を受けた電子生命体である。だからヒロトの言うような人間の感情は……ある程度は分かりはするが、こうも難しい違いについてとなれば私にはお手上げだ。

 しかし、強いて言えることがあるなら。

 

「だがそうした感情はとても、デリケートなものだ。ヒロトの言葉そして対応次第では相手を傷つけかねないような、な。

 ――ヒロトにとっても、そしてヒナタにとってもこれはきっと重要なことだ。私にはどう答えるべきかは言えないが、この事が自身でよく考え後悔のないように決めるべきだ」

 

 これが今私に言える、精一杯のアドバイスだろうか。 

 

「成程な。

 ヒナタの言う幼馴染とは違う好きや、絆。

 俺には一体彼女の求めているのが何か、まだ分からないんだ。……それでも少しだけは、俺もうっすら分かるような気がするんだ」

 

 

 ヒロトもヒロトで、まだ自分でも分かっていない事がいくつもあるらしい。

 しかし少しは分かっていることはあるらしい。……まぁヒロトはこうした事に鈍いと思うが幼馴染とは違う感情を、ああしてヒナタに直接言われて向けられたんだ。それは当然だろうな。 

 

 

 それに――。すると彼は話を続ける。

 

 

 

「……ただ、ああなったきっかけは多分、イヴの事を話したせいだと思う」

 

「ほう?」

 

 これには私も気になった。

 イヴ……それはかつてヒロトが大切に想っていた、私同様ELダイバーの少女だ。ともにGBNで過ごし、コアガンダムのプラネットシステムを作り……特別な思い出ばかりあるようだ。

 

 

 だが彼女は今はもういない。しかしそれでもそのデータの一部を、私は受け継ぎそしてヒロトの心の中にもイヴの思い出は生きている。

 だってヒトとはそういうものだろう?

 

「ヒロトにとってはイヴも、大切な存在だったな」

 ヒロトは頷く。

 

「イヴの事を聞いてからヒナタはああも変わった気がする。何かおかしいと言うか、対抗意識と……言えばいいのか。

 思い悩む感じも見えるし、俺が話したせいでこうなったと考えると……」

 

 そして少し項垂れた、彼。

 

「それにメイだって俺の大切な人だ。

 ヒナタの思い、少しは分かる。けど俺にはメイやそれに……イヴの事も、まだ」

 

 どちらもヒロトにとって大切な人と言うことだ。

 

 

 とりわけ――イヴ。彼女が彼にとってどれだけ大きな存在なのか私はよく分かっていた。

 二年間失った彼女を思い続けていたこと、そしてエルドラでの出来事も、イヴへの想いがあったからこそ成し遂げることが出来た。

 

 

 例えもういない相手であったとしても、今でもヒロトが一番に想っているのは、恐らくは……。

 

 

 私に対してもビルドダイバーズの仲間であるのもあるが、そんなイヴの一部分を受け継いだ事で、ヒロトが特別視している部分もあるはずだ。

 

 ――ヒナタがどこまで願っているのか。それは分からないが、ヒロトのイヴへの思いがそんな彼女にとっては、おそらく複雑だろう……な――

 

 いくら私でもそれくらい察しがつく。本当にヒトと言うのは、まだまだ難しいことだらけだ。

 

「ヒロトがイヴに対して、強く大切に想っているのはよく分かる。私の事も思ってくれるのも、もちろん嬉しい。

 しかしヒナタの事も、もっと考えてあげる事だ。彼女だってヒロトを大切に想っているはずだから」

 

 今私が言えるのはこれくらいだ。ヒロトにとっても、ヒナタにとっても助けになれる事と言ったらな。

 そこから先は二人の問題だ。

 

 

 ヒロトは僅かに考える様子。

 だがすぐに、彼は小さく私に微笑むと……。

 

「もちろん俺だってよく分かっている。

 ちゃんとヒナタの事だって、考えて……いるさ

 

 最後の言葉には、ほんの少し迷いが見えたような気がした。

 だが私に出来る事、伝えることはちゃんと伝えたつもりだ。

 

 

 

 ――――

 

 ヒロトとの話はとりあえずここまでだ。

 

「ありがとうメイ。おかげで俺の悩みも、幾らかはスッキリした気がする」

 

「……あまり助けになれず、悪いな。もう少し良いアドバイスが出来れば良かったが」

 

 相談と言っても今回私に出来たことはあまりなかった。結局、問題はそのままヒロトに任せる形になってしまったな。

 

 

 それでも彼は満足したような様子だった。

 

「そんな事はない。実際俺は相談にのってくれて助かったんだから。後、これは俺の問題だ。残りは自分でちゃんと考える事にする」

 

「そっか。……なら、私はこれで失礼するよ」

 

 また調査も残っているからな。私はヒロトに背を向け、去ろうとする。

 

「どうか、ヒロトの悩みも解消されればいいな」

 

「ああ。メイの方も調査が無事、進むことを願うよ」

 

「ありがとう、ヒロト。――それじゃあさよならだ」

 

 

 最後にそう言って、私はヒロトと別れた。

 やはり……少し心配だな。時間があればまた話でも聞こうか。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 それから私は一度GBNのロビーに戻った。

 

 ――さて、今回も聞き込みから始めるとしようか――

 

 バグなら見える形で現れる事も十分にある。だからそれについて人に聞くのが一番だと、そう考えている。

 

 ――最も、それを続けてもまだ見つからないのだけどな。ま、一人でエリアを捜索して行くのもまた、限界があるからな――

 

 だが一方で人の話など……どこまであてになるものか。やはり自分の足で探索した方が、まだいいのかもしれない。

 

 ――どうしたものか、さて――

 

 私はそう悩んでいると、こんな声が耳に入った。

 

 

 

 

「だーかーらー! 本当の話なんだって!」

 

「そんなバカバカしい事、信じられるわけないだろ」

 

 声は右側の少し離れたロビーの隅からだ。

 そこには少年と青年、二人で何かの話をしている所。これが気になった私は少しだけ聞き耳を立てる。

 

「大体、ミラーミッションで自分のコピーだなんて、そんな馬鹿馬鹿しい話を信じるなんて。

 あれってただのしょうもない噂じゃないか」

 

 少年に対し、諭すように言う青年。

 しかし少年はムキになって言い返す。 

 

「けど僕は見たんだ! あの洞窟でガンプラのコピーと戦った後にミユとそこを散策して、はぐれて。

 その時に、何かノイズか画像乱れみたいな化け物が出てきて……僕の姿になったんだ!」 

 

「はははっ! ホラーの作り話にしては随分と陳腐だな? 

 どうせ何かの見間違いじゃないか?」

 

「噂なんてただの見間違いかって、最初は思ったよ! けど本当に僕はあの時……」

 

「分かった、分かったよ。

 それより――これから連戦ミッションに行くんじゃないのか? 話の続きはまた後にしようぜ」

 

「……むうっ、本当なのに。

 けど今は後でいいか。そう言うなら……行こうか、ジン」

 

 

 

 あっちの会話はそんな感じだった。

 

 ――ミラーミッションで、ダイバーのコピー、か――

 

 ほんの少し興味深い話題であった。それに話ではそうした噂は他でも、出回ってもいるらしい。

 

 ――もしかすると調べる必要が、あるかもしれない。だが――

 

 そんな話、さっきの青年の言う通り、あまりにも馬鹿馬鹿しくてしょうもない。

 気にはなるが、それについては別に後回しにしても問題ない。

 今はもっと別の事を調べた方が、まだ効率がいいだろう。と、私は考えた。

 

 ――やはり自分で探索してみるか。聞き込みをしたところで、さっきのような話をされては困りものだ――

 

 

 結局私は聞き込みでなく、自力での探索を選んだ。

 さて、今回はどこを調べてみようか。

 

   

 



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待っている、時間の間に……

 

 ――――

 

 今からでもドキドキするな。

 

  

 部屋のカレンダーを眺めて私はドキドキ、ワクワクなんだ。

 

 ――遊園地のパレードは……あと一週間! ふふふっ!――

 

 前に私はヒロトと、遊園地に行く約束をしたの。

 あそこで夜にパレードのイベントがあるから、一緒に見に行こうって。もちろんどんなパレードが楽しみだよ。

 だけど一番待ち遠しいのは、やっぱり……。

 

 ――ちゃんとヒロトに、私の想いを伝えられるかな――

 

 

 

 私はヒロトの事が大好きなの。

 幼馴染としてももちろん好きだよ。小さい頃から過ごして来たから、その絆だってあるし。

 それに――今はそれとは少し違う、別の好きって想いが私にはあるって分かったの。

 

 

 あれから私も色々考えたけど、その『好き』って感情は、まだ全部分かっていないんだ。だけどそれもあともう少しで分かるような、そんな感じ。

 

 ――弱気なのはダメだよね。一週間もあるんだから、自分でももっと覚悟を決めなきゃ!――

 

 ぐっと小さくガッツを決めて、一人頷く。

 ――あっ、そうだ!

 

 ――せっかくだからヒロトの家に遊びに行こうかな。今日は家にいるはずだから、顔も……見たいし――

 

 私は何だかそんな気分。

 家だってすぐ隣だしそれに、よく遊びに行っててヒロトのお父さんとお母さんとも仲がいいから、家が留守じゃなければいつ来たって歓迎してくれるんだ。

 それにヒロトと会った方が、考えだって整理出来そうだから。

 

 ――じゃあ早速行ってみようかな。……ヒロト、出かけてないといいけれど――

 

 

 

 

 

 ――――

 

「ごめんねヒナタちゃん。ヒロトは今、出かけているの」

 

 ヒロトのお母さんはそう私に伝えた。

 

「そっか。ヒロト……いないんだ」

 

 ほんのちょっとだけ、寂しい気分。だけど出かけているなら、その場所に行けばきっと。

 私はヒロトに居場所を聞こうとした。けど、れよりも先に……。

 

「ヒロトに会いたいなら、ガンダムベースに行けばいいかもしれないわね。

 たしか、あそこでGBNをしに行くって話してたから」

 

 そうヒロトのお母さんは私に教えてくれた。

 GBN、ヒロトが大好きな場所だから。だから彼はそこによく行く感じなんだ。

 でも居場所がはっきり分かったんだから、やることは決まったね。

 

「ありがとうございます! ――じゃあ今から私も行ってきますね」

 

「うふふ。ヒロトに会ったら、よろしく伝えてね」

 

 私はそれに笑ってこたえて、今度はガンダムベース――GBNに向かうことにする。

 

 

 

 

 

 ――――

 

 ガンダムベースに着いた私は、そのままGBNにログインした。

 ロビーに到着すると早速辺りを見回してみた.

 

 ――どこにいるのかな、ヒロト――

 

 ヒロトもログインしているはずなんだ。でもGBNは広いから、どこを探せばいいかな。

 

 ――そうだ、こう言うときは――

 

 私はメニューを開いて彼に連絡しようとした。……けど。

 

 ――あれ? 出ないな。……ミッション中だったりするのかな――

 

 メッセージを送っても反応がない

 GBNに来たはいいけど、これじゃ会うのは難しいかも。でも仕方ないな。

 ヒロトと連絡がつくようになるまでしばらく待ってみよう。そう私が思っていると。

 

 

 

「よう! ヒナタ!」

 

「ヒナタさんもGBNに来ていたのですね! こうして、嬉しいです」

 

 後ろから聞こえた二人の声。

 振り向くとそこには、見覚えのある姿が。

 

「あっ、カザミさんに、それにパルくんも!」

 

 私が出会ったのは、ヒロトと同じビルドダイバーズのカザミさんとパルくん。……と言うことは。

 

「二人がいるって事は、ヒロトももしかして一緒なのかな」

 

「成程な。もしかしてヒロトに会いに来たってわけか」

 

 カザミさんの言葉に私は頷く。

 

「そっか、ヒナタの事はよーく分かった! 確かについさっきまで一緒だったさ。けどな……」

 

 すると何だか申し訳ないような、そんな表情をカザミさんは浮かべて言葉を詰まらせていた。

 けど代わりにパルくんが続きを教えてくれる。

 

「ヒロトさん、今はメイさんと一緒に用事があるって出かけたばかりなんです。

 えっと、オーガさんたちフォース『百鬼』の人たちとガンプラバトルをするみたいな感じでしたけど……その後にも何か、用事があるみたいでして」

 

 

 

 ヒロトは今、メイさんと一緒。

 

「そっか。ヒロトは用事が、あるんだね」

 

 二人で一緒に……何の用事だろう。だってメイさんとも仲が良いから。それに私とばかり時間を使わせちゃったし、きっと――特別な用事なんだろうな。

 

「あの、ヒナタさん?」

 

 パルくんの声。私はそれではっとした。

 

「どうかしましたか? 何だか少し変な感じでしたけど」

 

 心配するような彼に、私は微笑んで胡麻化そうと。

 

「ううん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから」

 

「そうですか。なら良いですけれど……」

 

 

 

 そんな時カザミさんは、いつもの明るい感じで私たちに声をかける。

 

「おいおい! ヒナタにパルも、二人で何話しているんだよ。

 それよりもさ!」

 

 彼はまるでいい事を思いついたって、そんな風な顔を見せて言葉を続けた。

 

「あっちはあっちで用事があるみたいだしさ、その間俺たちも一緒に楽しく時間を過ごそうぜ! 

 その間に、向こうの用事も終わっているかもだ」

 

「えっと、それはいいですけど何をしたらいいか……」 

 

 カザミさんのそんな提案。気になる感じのパルくんに、彼は自信たっぷりに続ける。

 

「ちゃんとそこも考えてるとも。

 どうやら月に一度開かれるイベントがあるらしくてな、三人でそれをやろうかって考えているんだ」

 

 これには私も気になっちゃうかな。それに、ヒロトを待ってる間する事もないから丁度いいかも。

 

「どう言ったのか分からないけど、カザミさんがそこまで言うなら私は賛成かな」

 

「そう来なくっちゃな、ヒナタ」

 

 彼は上機嫌で私にウィンクする。

 

 

 

「まぁ、ちょっと大変かもだけど、面白そうだしきっとヒナタちゃんも楽しめるぜ。――ミラーミッションはな!」



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暗闇の向こう側に

 ――――

 

 カザミさんの提案で、ミラーミッションって言うものに参加した私。

 

「何ていうか、まるで小さい頃に探検ごっこをしているかのような気分になるぜ!

 パルやヒナタもそう思わないか?」

 

「洞窟の中……ですか。少しだけ怖くて気味が悪いですけど」

 

「大丈夫大丈夫! 俺がついててやるからさ!」

 

 私たち三人は暗い洞窟の中を歩いていた。ここがミラーミッションのエリアみたいだね。

 

 

 

 洞窟の狭い道を歩いていて、右横には澄んだ綺麗な川がせせらぎながら流れている。それにどこからか水滴の音も。

 岩肌はうっすらと輝いていて、たぶん発光するコケか何かがあるのかな。おかげで懐中電灯がなくても辺りはよく見えるんだ。

 

 

「私はカザミさんの気持ち、ちょっと分かるかも。小さい頃にヒロトと二人で街中を冒険した感じ、たぶんそれに近いのかな」

 

「ヒナタは分かってくれるか! そうそう、まさにそれだよ!」

 

 カザミさんはキラキラした目で私に顔を近づけた。

 

「……うわっ、と」

 

「俺も子供の頃、空き地や林で探検ごっこだとかやったりしたんだよな!

 このワクワク感! ガンプラに乗るのもいいが、こうして歩いて進んでいくのも冒険って感じでとてもいいさ」

 

「そうですね。だけど……」

 

 私はつい道の左側に視線を向けた。

 

「パルくんの言う怖いって気持ちも、私は分かるな」

 

 

 

 右には綺麗な川が流れていたけど、左にあるのは大きな深い崖があるの。

 もちろんここは仮想世界で危険がないのは分かるけど、光の届かない真っ暗な崖の底がすぐ近くにって。怖い気だってするよ。

 崖の向こう側には岩場がいくつもあって、そっちも暗くてここからだとほとんど見えない。

 そこは暗闇ばかり。上手く言えないけど……ゾクッてするの。

 パルくんの言うとおり怖くて、不気味なんだ。

 

「やっぱり怖いですよね」

 

 パルくんはふと立ち止まってそう、ぼそっと呟いた。

 それでもカザミさんはいまいちな感じみたい。彼も足を止めると、ちらと横の断崖を横目に眺める。

 

「どうも分かんないなー!

 そりゃ……左横にある崖だとか暗闇だとか、俺だって少しは思わなくはないぜ。

 けどそんなのは所詮見た目だけじゃないか。別に取って喰われるわけじゃないし、GBNだから全然安全だろ?」

 

「それは……そうかもですけど」

 

 

 

 

 言うべきか、言わない方がいいのか。

 自分でも悩んでいる感じで、だけどパルくんは言葉を選ぶかのようにこんな事を話してくれた。

 

「あの、もしかしたらカザミさんもヒナタさんも変に思われるかもしれませんが。暗がりを見ると、つい僕は思ってしまうんです。

 

 ――こんなに闇が広がっていると、まるであの中に僕たちの全く知らない、得体の知れない『何か』が潜んでいるかもって。

 きっとそんなのってあり得ないと思うけど……多分それが僕にとって、一番怖いのかもしれません」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 私もカザミさんも、パルくんの思いのよらない告白に固まった。

 それにパルくんもあれから口を閉ざして、三人とも沈黙したまま。だけど。

 

 

「…………ぷっ!」

 

 その沈黙を破ったのはカザミさん。彼は噴出したかと思うと、いきなり大爆笑した。

 

「わはははははっ! なーに言ってんだよ、パル! いくらなんでも想像力が豊かすぎるにも程があるぜ!」

 

「えっ、カザミさん」

 

「ようはお化けだとかそう言ったのが怖いって言うのと、似た感じだろ? パルの言っている何かだって、実際はいもしないものじゃないか。そんなのにビクビクしてちゃ仕方ないぜ」

 

「そう……でしょうか」

 

 と、カザミさんはパルくんに親しげに肩を組む。

 

「パルだって俺たちとエルドラで命懸けの戦いを乗り越えて来たじゃないか。なのに今更それで怖がるなんて、らしくないじゃないかよ!」

 

「あはは……なのかな」

 

「おうとも! 

 ――それじゃ、これ以上辛気臭い話題はなしだ。先に進もうぜ。

 たしか聞いた話だと、この先で千本ノックのミッションがあるんだよな。パルやヒナタは体力に自信あるかい?」

 

 そうだったな。まだミラーミッションはこれからだったんだ。

 ここで気を取られるよりも先に進まないとね。

 

 

 

 

 カザミさんたち二人は、もう歩き出している。

 じゃあ私も。そう思って歩み出そうとした……

時だった。

 

 

 ――えっ?――

 

 

 崖の向こう側から何かの視線を感じた。

 あの先が見えない暗い闇の向こうから。じっと見て来るような、そんな……。

 

 ――ううん、たぶん気のせいだよね。さっきパルくんの変な話を聞いちゃったから。 

 でも――

 

 さっきは言わなかったけど、パルくんのあの気持ち。たぶん私も近い感じだったと思うから。

 

 ――ああして真っ暗だと、もしかして――

 

 ……いや、まさかあり得ないよ。

 それよりも私も先に行かないと。二人は少し先に行ってるし、ね。

 

 

 あーあ、本当に……何だろうな。

 

 

 

 ――――

 

 私もここに来るのは初めてなの。

 だけどミラーミッションって、やっぱり変なミッションだな。

 

「うわわわ……っと!」

 

 勢いよく飛んできたボールに、パルくんはバットを空振りした。

 

「おいおい、そうビビッてちゃボールが打てないだろ?」

 

「だってボールの勢いが強くて、僕には……」

 

 今私たちがいるのは、洞窟の中にある野球場みたいな所。あれから道を歩いてたらこんな場所に出てきちゃった。

 カザミさんの言っていた『千本ノック』。何のことだろうって思ったけど、まさか本当にそのままやるんだ。

 

「よぅーし! なら俺の腕前、とくと見せてやるぜっ!

 二人ともよく見ていてくれよな!」

 

 今度はカザミさんがバットを握り、バッターボックスに立つ。

 

「よーし! 来い!」

 

 そしてピッチャーをつとめるSD体型のジムが、ボールを手に降りかぶって投げた! 対してカザミさんは自信満々、迫って来るボールに向けてバットを……。

 

「……あれ?」

 

「空振り……ですね」

 

 勢いよく振ったのは良いけど、綺麗に空振り。やっぱり難しいよね。

 

「ははは! んなのたまたま調子が悪かっただけさ。

 今度こそ見ていてくれよ、次は満塁ホームランってやつだ!」

 

 でもカザミさんはめげないで、相変わらず自信たっぷり。けど大丈夫かな?

 

 

 

 ――――

 

 

 そして、どうにか千本ノックを終えた私たちを待っていたのは。

 

「これは、ええと……どうすりゃいいんだ!?」

 

 今度は知恵の輪を解いていた、私たち。こんなに大きな知恵の輪……見たことないよ。

 

「だあぁぁっ! 訳分かんねえ! 俺はこうして頭を使うのは得意じゃないんだ。いっそ力ずくで 」

 

 向こうでは力任せに引っ張っているカザミさん。だけど、多分それじゃ無理だよね。

 ちなみに私は。

 

「知恵の輪と言うのは全体の形を見てどこから外せばいいのか、落ち着いて考えれば大丈夫なんです」

 

「うーんと、こう……かな」

 

「惜しいです。ヒナタさんは少し難しく考えている感じですから、もっと簡単に考えれば、きっとすぐ解けると思いますよ」

 

 こうした事はパルくんが得意みたい。彼は先に自分のを解いたあと、私に解き方を教えてくれているんだ。

 パルくんの教えてもらいながら私は知恵の輪を頑張ってみた。そして……!

 

「やった! ようやく解けたよ」

 

 私はやっと、自分の知恵の輪を解くことが出来た。パルくんのおかげだね。

 

「パルくん、ありがとうね。おかげで助かったよ」

 

「どういたしまして。ヒナタさんの助けになれて良かったです。

 ……カザミさんも、良かったら僕が手伝いましょうか?」

 

 今度はカザミさんにパルくんは教えようとしていた。

 

「いやいやいや! 俺は平気だぜ。これくらい自分で……ぐぎぎぎっ!」

 

 意地を張っているもたいなカザミさん。彼はあくまで自分で解こうとしているけど、やっぱり力任せ。

 

「あはは……仕方ありませんね。じゃあ僕たちはしばらく待ちましょうか」

 

 パルくんはそう言って苦笑い。でも時間はまだ大丈夫だし、ゆっくり待ってもいいかも。

 

 

 

 ――――

 

 こんな感じで、あまりガンプラと関係ない内容ばかりのミラーミッション。

 今はアスレチックのミッションの途中。

 ロープをくぐったり、ロッククライミングみたいな所や、湖に浮かぶ足場を飛び移ったり。……ははは、楽しいけどやっぱり大変かも。

 

「ここで一回、休憩にしようぜ。さすがの俺でも疲れてヘトヘトだ」

 

 アスレチックの中間地点、川の傍にある静かな岸辺。私たちはそこで休憩を入れることにしたんだ。

 

「アスレチック、あんなに大変だなんて。……ヒナタさんもお疲れ様です」

 

「女の子だし、俺たちよりもキツかったかもだな。……ミラーミッションを提案したのは俺だから悪いことしたかもだな」

 

「ううん、カザミさんが気にしなくても。だってとても楽しかったから!」

 

 私は笑って、二人にそう答えた。

 

 

 でもこの場所。静かで綺麗で、とても良いな。……そうだ。

 

「ねぇ二人とも」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

「ちょっとだけ、一人でこの辺りを散歩して来ていいかな?

 ゆっくりしたくて……。少し待たせちゃうかもだけど、どうかな?」

 

 そんな私のお願い、カザミさんとパルくんは。

 

「もちろんいいぜ! 何せヒナタの頼みだもんな」

 

「僕たちのことはお気になさらず。どうかゆっくりして来て下さい」

 

 ……良かった!

 私は二人にありがとうと伝えると一旦別れて、一人散歩に出てみることにした。

 

 

 ――――

 

 洞窟を流れる小川に沿って、岸辺を歩く私。

 

 ――落ち着くな。こうして川が流れる音を聞きながら、ゆっくりと歩くのって――

 

 気分だって気持ちいいな。こうしていると、嫌なことなんて忘れられる感じ。……でも私には嫌な事なんてなんてないんだけどね。

 

 

 川沿いを歩いて、その先には小さな丸い湖がある。

 そこはとっても綺麗な澄んだ湖。私はその傍に座って、おもむろに水面を覗き込んだ。

 底まで見えるくらいに透き通って、水中を泳ぐ魚まで見えちゃうくらい。それに波の立たない水面はまるで鏡みたい。

 

 

 そんな水面に映る自分の顔。

 鏡写しの私。私が笑うと……向こうの私も、同じように笑う。

 

 ――良い笑顔。自分で言うのも変かもだけど――

 

 こうして座って湖を眺めて、私は色々と考えが頭に浮かぶ。

 いつもの日常や学校やGBNの事、それに……ヒロトの事。

 

 ――ヒロト、今どうしているのかな――

 

 メイさんと用事があるって、今は二人でいる彼。私はちょっと気になった。

 でももしかすると、そこまで大した用じゃないかもしれないし。それより――

 

 ――私はヒロトの事が隙なんだ。うん、とっても――

 

 自分でもそれは分かっていること。だけどその好きって思いは、難しいんだ。

 

 ――難しいけど、私がヒロトを好きだって。誰よりも一番好きだって言う思い。

 それは自分でも、よく分かっているから――

 

 一番……大好き。それさえ分かっているなら、きっと大丈夫な気がする。

 あとはその想いを上手くヒロトに伝えれば。

 もう、それだけの所にまで来たんだ。

  

 

 ――私が伝えられたら、ヒロトは私の事をもっと想ってくれるかな。

 だってヒロトの事を、私は誰よりも想っているから。ヒロトだって私を一番好きだって――

 

 

 

 

 一番好きだって、思って…… 

 

 …………

 

「……」

 

 本当にヒロトはそう思ってくれるのかな。

 だって告白しても彼にはもう、特別に思っている人がいるんだから。

 誰にも負けないくらい特別な――

 

 ――どうして私は、ああじゃないんだろう。ヒロトにとってやっぱり私は――

 

 そんな思い、もしかして……私は妬いているのかな。こんなのって……。

 

 ――自分がとても嫌になるよ。ずっとそんな風に思う事はなかったのに、今になって――

 

 水面に映る私の顔も暗い表情になっていた。 そんな自分の顔なんて。私は近くの小石を投げ込んで、その波紋で打ち消した。

 

 一度は落ち着いて、ヒロトに振り向いて貰おうと頑張って来た。なのにまた私は、何処かで後ろめたい思いに囚われている。

 

 ――とても苦しい……な。いっそ、こんな心なんて消えちゃえばいいのに――

 

 

 

 

 見ると水面の波紋も消えかかって、また私の顔が現れて来る。

 やっぱりまた暗い表情の私。でも、水面に映るのはそれだけではなかった。

 

 ――私の後ろに、誰か――

 

 水面に映っていた私の姿、その後ろにもう一人の人影が。

 それは一緒にいたカザミさんやパルくんとも違う。

 だって、水面に一緒に映っているのは――。

 

 

 

 すぐに私は後ろを振り返る。

 

 ――その瞬間、一瞬だけ顔が直接見えた気が――

 

 だけど次の瞬間に私の意識は、もう……途切れていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 再び意識が戻ると目の前にはカザミさんとパルくん、二人の顔が見えた。

 

「カザミさん……? パルくんも……いつの間に」

 

「目覚めたみたいで良かったです。ヒナタさんはさっきまで、気絶して倒れていましたから」

 

「私、気絶……していたんだ」

 

 確かに私は倒れていた。自分では知らない間に、いつの間に。

 場所はさっきの湖、もちろん今は私たち三人だけ。

 

 

 

「あれから戻りが遅いって思って、様子を見に行ったら湖のそばで倒れていて……驚いたぜ。

 何かあったのかよ?」

 

「えっと……」

 

 カザミさんに聞かれて、私はどう答えようか考えた。――けど。

 

「ううん、分からないよ。気が付いたらいつの間に気を失ってたんだ」

 

 私は考えた末にこう答えた。

 対して二人は……

 

「そっか。ヒナタも分からないのか。なら、一体原因は何だろうな」

 

「恐らくGBNとのリンクで、エラーが生じたんじゃないでしょうか。システムの異常でリンクが途切れたから、ダイバーも気絶した感じになってって……僕はそう思います。

 ヒナタさんは、今は身体の異常は大丈夫ですか?」

 

 二人とも私の答えを受け入れてくれたみたい。

 

「……うん! 私は全然平気だよ。心配かけちゃったみたいでゴメンね」

 

 

 

 いきなり気絶したのは、本当のこと。だけど、あの事はカザミさん達に話してもきっと信じてもらえないもの。

 

 

 だってあの時水面に一緒に映っていたのは。

 ――――全く同じ姿をした、もう一人の『私』だったんだから。 

 

 



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答えが出ないこの想い(Side ヒロト)

 ――――

 

 一人、俺はGBNの空を、自分のガンプラであるコアガンダムⅡに乗って飛んでいた。

 このコアガンダムⅡは簡単な可変機構を持ち航空機のように変形して空を飛べる。まさに今、最適な機体だな。

 

 ――メイはああ言ってくれたけど、俺は――

 

 まだ、気持ちの整理が難しい。どうすれば良いのか決めることが出来ないでいた。

 だから……こうして自分だけで空を飛んで、少し気分を紛らわせている。

 

 ――それに丁度、行ってみたい場所もある。……もうすぐ見えてくるはずだ――

 

 眼下に広がるのは地上の景色。

 流れる風景。やがて……ある場所が見えて来た。

 この場所こそ俺の来たかった所。それは――

 

 

 

 コアガンダムⅡをモビルスーツ形態に変形させ、地上を荒らさないようにゆっくりと着陸した。

 俺はコックピットハッチを開きガンダムの外に出て地上に足を下ろす。

 ……ふわりと柔らかい足元の感覚。地面に降りるとともに、それが伝わった。

 

 

 ここは一面の草原。

 快晴な青空の下、日の光に照らされているこの場所。穏やかな風に吹かれまるでさざ波のように新緑色の草が揺れている。

 俺は何気なく、草原を散策する。

 

 ――ここはまだ、誰とも来たことがない。何しろ俺とイヴとの大切な思い出の場所だから――

 

 

 

 二年前、この草原は彼女のお気に入りの場所だった。

 ……思い出すな。ここで純白のドレスと輝く金髪を揺らしながら、くるくると楽しそうに舞っていた電子生命体、ELダイバーの少女――イヴの姿。

 そして俺に向けられた笑顔――。今でも鮮明に、あの時の事が思い浮かぶ。

 

 ――イヴの存在は今でも俺にとってかけがえのないもの。それにこれからだって――

 

 振り返っても、彼女と過ごしたどの思い出も俺の宝物だ。

 もうイヴはいないけど、俺の思い出や一部分は同じELダイバーであるメイに引き継がれ、そして――彼女が自身を犠牲にして守ろうとした、GBNそのもの。

 

 ――すべてイヴがいてくれたからこそ。俺も彼女から、大事なものを沢山貰ったんだ。 

 だけど――

 

 一方で俺はふと寂しさも思えた。

 

 ――もう俺は、前みたいにイヴを探すことはなくなった。

 けど、今でもどこかで戻って来て欲しいって。また二人で笑いあって、共に過ごしたいと思う自分もいる――

 

 

 いつかメイの言った言葉――ELダイバーは死なないという言葉。 

 もしかすると何らかの出来事でまた、イヴと会えるかもしれない。そんな希望がどこかにある。

 

 ――もしまたイヴと会えるなら俺は何だって出来るだろう。何しろ今でも彼女は俺の、誰よりも大切な――

 

 

 

 

 …………

 

 ――俺は――

 

 そこまで考えて、俺には心にある引っ掛かり覚えた。

 

 ――誰よりも大切な人……か。ただ俺には――

 

 大切な人、それはもちろん沢山いた。

 俺の父さんや母さん、それに現実世界の友達。

 もちろんビルドダイバーズのカザミやパルにメイ、そして俺たちが戦って守ったフレディたちエルドラのみんなも、誰も俺にとって大切な人だ。

 ……けど。

 

 

『でも私、それと違う仲良くなの! ……幼馴染と違う絆を作りたいんだ!』

 

 この間、幼馴染のヒナタが言った言葉。あれはいつもの様子とは違った。

 

 

 今までは幼馴染として思っていた彼女が、この頃から距離を縮めて、さらにはあんな事を俺に言った。

 ……いや今までだって、ヒナタは幼馴染と少し違う別のものがあるかもしれないと言うのは、思ったことはあった。

 それでも最近は、やたらそう思う機会が多くなった。

 ヒナタの方だって幼馴染とはまた違う様子を、よく見せる。

 

 

 彼女の俺に対して向ける感情、それは一体。――けど。

 

 ――多分ヒナタの想いは、何だか似ている。俺が、イヴに向けている感情と。

 誰よりも大切な……好きだっていう感情だ。この俺に――

 

 はっきりとは分からない。それに、俺自身そうしたことに鈍いから。上手く言えないけれどそんな気がする。

 

 

 

 ヒナタはそう、俺のことを想っていた。だとしたら。

 

 ――対して俺はどれくらい彼女の事を思って、あげられたんだ――

 

『しかしヒナタの事も、もっと考えてあげる事だ。彼女だってヒロトを大切に想っているはずだから』

 

 今度はメイの言った言葉を思い出す。

 

 

 

 もちろん俺もちゃんとヒナタの事は考えていたし、想ってもいた。

 エルドラでの戦いの終盤には、俺が命がけの戦いをしていると黙っていたくなくて彼女にもその事を教えた。それにヒナタが自分の弓神事の事だって、俺も気にかけてもいた。だってこれまでずっと一緒だった大切な幼馴染だからだ。

 

 

 しかし――メイにああ言われた時、俺はいくらか躊躇った。

 それはイヴや……彼女の生まれ変わりとも言える、メイ。

 二人への想いも天秤にかけた時にヒナタをどれだけ考えることが出来ていたか、自信がなかったからだ。

 

 

 分かっている。俺は多分、比べれば考えが……足りていないかもしれないって。

 これまでも、それに此処にいる今でさえ俺が考えている事の大部分は、もういないイヴの事だ。

 

 

 メイについてはその延長で思っている部分もあってそれに、エルドラでもともに戦って心が折れた時にも支えてくれた、かけがえのない仲間だ。

 

 

 ……それに比べたら、ヒナタは今まで一緒に過ごした幼馴染だけど、考えもそして想いさえも足りていないと、そうも思えた。

 ヒナタは俺の事を、誰よりも想っているとしたら、俺にそれに応える程の想いがあるか……

 

 ――俺もまたヒナタの想いに応えるために、一番に考えるべきなのか。

 けど俺には――

 

 俺にはイヴへの想いだって今でもある。

 その想いを忘れることは、おそらくは――出来ない。

 それにヒナタが俺をそう想っていたとしても俺がただ、それに応えなければと言うのは……ただの義務感にも思う。本当に応えるつもりならきっと、それだけじゃ足りない。

 

 

 

 ……それに誰よりも大切な、好きなと言うのは一体、具体的には何だろうか。

 あの時――イヴと過ごした時でさえ、その感情ははっきりと分からないままだった、

 

 ――分からない事だらけだ。ヒナタの、そして俺の気持ちさえ、これからどうすればいいかも――

 

 今ですら答えが見つからない。けれど――見つけなければ。

 

 

 

 ――もしイヴがいてくれたら、今の俺を見て、どう思うのかな。教えて……欲しいよ――

 



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『私』と――『ワタシ』

  ――――

 

 あれから私たちは、ミラーミッションの最終エリアに到着したんだ。

 

「ここは……ずいぶんと広い場所ですね」

 

 洞窟内の広い大空間。ここが最後ミッションの場所。

 

「今までは千本ノックやアスレチックなど、ガンプラバトルと関係ないものばかりでしたが、最後は一体どんなミッションなのでしょう」

 

 パルくんはミラーミッションについては知らないみたい。まぁ知らないのは、私も同じだけどね。

 

 

 でもカザミさんは、得意げな表情で私たちに説明してくれる。

 

「ここからがミラーミッションの一番の醍醐味だぜ。

 ちなみに二人にはちょっとした問題だ。どうしてこのミッションが『ミラーミッション』って、呼ばれているか分かるかい?」

 

「えっと、どうしてでしょうか。ミラーと言うことは鏡と何か関係があるのでしょうか」

 

「私もよく分からないよ。今のところ、それっぽい様子もなかったから」

 

 パルくんも私も、どうしてなのか分からなくてお手上げ。カザミさんはふふんと胸を張っている。

 

「はっはっはっ! どうやらお手上げらしいな。

 なら俺がどうしてなのか教えてやるぜ。それはな――」

 

 

 

 その時、洞窟に二機のガンプラが現れたんだ。

 

「噂をすればだな。

 どうだパル、あの機体に見覚えがあるだろ?」

 

 カザミさんが指さした二機の内一機のガンプラ、それは私も知っている機体だった。

 

「あれは――僕のモルジアーナ!」

 

 けどパルくんの方が、驚いていたんだ。だってあの機体はパルくんがモルジアーナって呼んでいるガンプラ、エクスヴァルキランダーと同じだったから。

 色は黒だけど、それでも姿はそっくり。……それにもう一機のガンプラは、やっぱり黒色だけどカザミさんのガンダムイージスナイトと同じなの。

 どうして二人のガンプラの色違いが現れたんだろう? そう思っているとカザミさんが教えてくれた。

 

「見ての通りさ! これまでの関係ないミッションは、データ解析のためのもの。

 本番はここから。あれはそのデータを元にして作られた俺たちのガンプラのコピー……まさに鏡写しの自分の戦いだから、ミラーミッションって訳だぜ!」

 

「そう言うわけだったんですね。でもまさか、僕がモルジアーナと戦うことになるなんて」

 

「大丈夫だぜ、パル! そうは言っても、あくまであれはただのコピーだ。だから盛大にやってやろうじゃないか!」

 

 やっぱりカザミさんは、こう言う時に頼りになる感じだね。

 パル君も彼の言葉にこくりと頷いた。そして私にも。

 

「おっとそうだった。危ないからヒナタちゃんは、バトルに巻き込まれないように後ろに下がっていてくれよ。

 そして……俺たちの華麗な戦いぶりを、よく目に焼き付けてほしいぜ!」

 

 

 カザミさんとパルくんは、自分たちのガンプラであるガンダムイージスナイトとエクスヴァルキランダーを呼んで、中に乗り込む。

 

〈んじゃ、行ってくるぜ!〉

 

〈やっぱり僕としては複雑ですけど……頑張ります!〉

 

 そんな二人を私は見送った。

 

 ――格好いいな二人とも。じゃあ私は離れたところで、ゆっくり観戦しようかな――

 

 見るともう、カザミさん達のガンプラとそのコピーとの戦いは始まりそう。 

 私もこんな戦いは初めて見るから……楽しみかも。

 

 

 

 ――――

 

 カザミさんのガンダムイージスナイトは手持ちのランスを使って、突撃をかけた。

 相手はコピーである黒いガンダムイージスナイト。向こうも同じ武器を持っていて、その攻撃を大盾で防ぐとすぐにランスで反撃に出る。

 

 

 どっちも色が違うだけで、姿形とそれに動きだってそっくりなんだ。

 パルくんもコピーされたエクスヴァルキランダーの動きに翻弄されて、なかなかビームを当てられていないかな。もしかするとやっぱりコピーでも自分のガンプラ、攻撃しにくいのかも。

 でもコピー相手の攻撃も、パルくんは上手に避けている。

 

 

 自分のコピーで手ごわいけど、二人ともその分動きをよく知っていて、ちゃんと対応している感じかな。

 

 ――さすがカザミさんとパルくんだね。自分の動きもちゃんと分かって相手にしているんだ――

 

 私はそう思いながら二人の戦いを見ていた。

 

 

 

 まだ上手く私は戦えないから、今はまだこうして観ている方法が楽しいんだ。

 

 ――でも互角みたいかな。ちょっとだけ時間がかかりそうかも――

 

 私はそう思いながら、少し離れた高い場所で戦いを観ていた。

 

 

 

 そんな時――。

 

「えっ?」

 

 私は後ろから人の気配を感じた。

 振り返る私。

 後ろに広がるのは奥まで続く、暗い洞窟。先は殆ど見えないくらいに暗くて、その中に……誰かが立っているのが見えた。

 

 

 どんな姿かは分からないけど。はっきりと人の形はしていて、顔のところには二つの瞳が私を見つめているのだって分かる。

 

 ――あれは――

 

 一体何だろう。私が考えていると人影は笑ったように見えた。そして……そのまま闇の奥へと、姿を消す。

 

 

 行った先は、カザミさんが戦っている場所とは反対側、それにあんなに暗い中に誰だか知らない相手なんて怖いって思った。

 けど私はそれよりも。

 

 ――行かないと――

 

 気が付いたら私は、暗闇の中へと跡を追っていた。

 だってどうしても気になったの。あとは上手く言えないけど……追わなきゃって。

 そうも思ったから。

 

 

 

 ――――

 

 洞窟の中を私は走った。

 

「ふふふ……くすくすっ……」

 

 追っているのは、前を走っている誰か。

 誰かはまるで面白がっているような、そんな声を響かせて奥へ、奥へと向かって行く。

 

 ――どこに向かっているんだろう? それにあれは誰なのかな――

 

 考えても答えなんて出てこない。

 けど追っていけばもしかすると、少しでも何かわかるかもって、考えているから。

 

 

 

 ……そして辿りついたのはどこか広場らしい場所だった。

 それなりに空間があって、やっぱりここも暗くて周りがよく見えない。

 道はまだ奥に続いているみたいだったけど、ここで私は一度、足を止めた。

 

 ――さっきの人影、いつの間にかいなくなってる。あの先に行っちゃったのかな、それとも――

 

 人影を見失った私はどうしようか迷った。

 まだ探そうか、それとも引き返して戻ろうか。多分向こうもバトルが終わっているかもだし。

 

 

 

「うふふ、やっぱりヒトの好奇心は強いものね。だってここまで、追ってくるのですもの」

 

 するとどこからか声が聞こえた。

 それは追っていたときに聞いた笑いと同じ声で……どこか聞き覚えのある感じがする、女の子の声。

 

「でも来てくれてとても、とても嬉しいわよ。ねぇ、貴方はどうかしら……ムカイ・ヒナタ?」  

 

 今いるこの場所は音が反響するみたいで、あちこちから聞こえるみたい。だからどこから声がするのかよく分からないんだ。

 けど声がして、私に話しかけているのなら……。

 

 

「嬉しいかどうかなんて、分からないよ。あなたは一体誰? どうして私の名前を知っているの?」

 

 誰か知らない相手に名前を呼ばれて、戸惑いもあったし気にもなった。

 私がそう言うと今度もまた可笑しそうな笑いが聞こえて来た。

 

 

 

 笑い声と共に、私の目の前の暗闇から人影が姿が現れた。

 それは私に歩み寄って来て、やがてどんな姿か見えて来たんだ。

 人影の正体は――。

 

 

 

「くすくすくすっ! だって当然よ。とても優しくて健気で、そして可哀想な貴方。

 私は誰よりも貴方……いいえ、『私』を知っているし理解してあげられるわ。

 

 だって――『ワタシ』自身の、事ですもの」

 



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―貴方は彼にとって、特別なんかじゃ、ない―

 ――――

 

 そこにいたのは、もう一人の私。

 自分と全く同じ姿をしていて、声だって私と同じ。……だから聞き覚えがあったんだ。

 

 ――さっきの湖で一瞬見たのはこの子なのかな。けど私だって名乗っているなんて。……姿と声は同じだけど――

 

 彼女の着ている巫女服は黒くて、髪も瞳もまるでここの闇に溶け込むように、同じく黒色をしている。

 けれど口調や雰囲気は私と、全然違う。

 表情は笑ってているけど、周りに漂わせる雰囲気にはそんな感情なんて少しもない。

 あの真っ黒な瞳……その奥には楽しいとか嬉しいとかそれとは全く真逆の、暗い負の感情が渦巻いている感じがするんだ。

 

 

 

 目の前には私自身だって名乗る、私そっくりな相手。あれは誰なんだろう。でも、一つだけ心当たりがある。

 さっきカザミさん達のガンプラがコピーされて現れたのを、私は見ていた。それがミラーミッションの特性なら……。

 

「もしかして……ミラーミッションで作られた私のコピーなの?」

 

 私はそう『ワタシ』に尋ねた。

「コピー……私が貴方の、ね。まぁ半分正解……と言った所かしら」

 

 

 そして彼女は、私の顔を覗き込むようにして、続ける。

 

「でもそんなのほんの些細な事だわ。

 『ワタシ』は貴方の一番の理解者、何しろ『私』の事ですもの。

 だから――救ってあげたいのよ。……ふふふっ」

 

どんな感情を抱いているのか分からないような、不思議な微笑みを目の前の『ワタシ』は私に向けた。

 でも――彼女の言った言葉。

 

 

 

「救うって? 私、そんな事なんて望んでいないよ。

 誰かに救ってもらいたいなんて。今だって、私は救われるような事なんてないし……十分に幸せで満足しているから」

 

 『ワタシ』は私を救ってあげるって、そう言ったけど意味が分からない。

 

 

 

 だけど目の前の『ワタシ』の表情は、そんな私の感情を見透かしているような感じだった。

 

「シアワセ、ねぇ」

 

 自分で反芻するように呟く彼女。そう思ったら彼女は急に……。

 

 

 

 

「ねぇ? 本当に貴方は幸せだって。彼と一緒に幸せになれると、そう思っているの?」

 

 次の瞬間、『ワタシ』は急に後ろに回り込んで耳元で囁く。

 

「それはきっと無理よ。だって彼、クガ・ヒロトは貴方の事なんて。

 ――どうせ大して想ってなんていないんだから」

 

 

 

 心に氷の刃を突き立てるような、言葉。

 

「なんで、そんな事を言うの」

 

「ムカイ・ヒナタ、貴方だって分かっているでしょう?

 例えどうやっても彼の一番になんてなれはしないって事が、ね」

 

 淡々と諭すように話す彼女。

 

「何しろクガ・ヒロトにとって大切なのはあのELダイバーの少女、イヴなのよ。それに比べれば貴方への想いなんてほんの少し程度。

 それだって分かっているはずなのに、なのに貴方は――」

 

「ヒロトは私の事を、ちゃんと想ってくれているよ! イヴさんの事は昔仲が良かった友達で、ヒロトだって大切にしていたのは分かっている。

 でも私の事だって、きっと」

 

 たまらず私は、『ワタシ』に強く言い返したけど。

 

 

 

 

「きっと――何?」

 

 

 今度は私のすぐ右横に並ぶ『ワタシ』

 横にならぶ顔立ちは本当に私そのものだったけど、向けられた視線はとても冷たかった。

 

「じゃあ何で二年間、貴方の事を放っておいたのかしら」

 

 放って置かれたなんて、そんな事――。私は反論しようとしたけど構わずに彼女は続ける

 

「『ワタシ』は貴方であるから、その間どれだけヒロトの事を想っていたのかよく分かるのよ。彼がイヴと一緒に過ごして、そして失ってからの間どれだけ気にかけて心配していたのか。

 きっと誰よりもクガ・ヒロトの事を想っていたのでしょうね」

 

 するとまた、彼女は私の今度はすぐ目の前に。

 

「……けど、対して彼は? 貴方が彼の事を想っている間ずっとイヴの事しか頭に無かったし、そもそも他なんて見てすらいなかったのよ。

 確かに現実世界では一緒に過ごしていただろうけどね、その間さえムカイ・ヒナタの事なんて殆ど想ってもいなかった。何しろ彼が本当に想っていたのは――イヴなのだから。」

 

「……」

 

「貴方はずっとクガ・ヒロトに寄り添っていたけれど、それは彼に届くことなんてなかった。

 それに彼の心が開いたのはエルドラに行って、そこでの出来事があったから。

 エルドラの住民や世界を守ると言う思いとイヴが託した願い、ビルドダイバーズの仲間がいたから。そう、特にイヴの生まれ変わりであるELダイバー、メイによってなのよ。

 

 結局『ワタシたち』は何も出来ていない、想いまでも届いていない。最後まで彼の大切な存在とは言えないのよ。どうしたって二の次……いいえ、もしかするとそれすら及んでいないかもしれないって。

 くくく、ふふふ……っ。一緒に過ごしていても、彼の心には貴方の事なんて殆どない。そんなのって……放って置かれたのと同じなのよ。

 

 ……ふっ、くすすっ……あははははっ!」

 

 

 

 途端、『ワタシ』は数歩後ろに後ずさり、高笑いをする。

 負の感情の詰まったような暗い笑い。……悲しんで、絶望しているようなそんな……。

 

 

「……違う、そんなのは違うよ。ちゃんと私の事をヒロトは想っている。

 だってずっと私に優しくしてくれて、エルドラの事だって教えてくれたんだ。

 ……私だってヒロトにとって大切な人なの、でないと……」

 

 あの『ワタシ』はきっと、私なんかじゃない。

でないとあんなに酷い事なんて言えない。そんな話なんて出まかせに決まっているよ。

 

 

 だけど……、だけど……私は。

 

 

 目の前の『ワタシ』は笑うのを止めた。

 

「それは幼なじみだからに過ぎないのよ。だから優しくしないわけにはいかなかった、エルドラの事も教えないわけにはいかなかった……それだけの事よ」

 

 そして今度は穏やかに、こう続けたんだ。

 

「ねぇ、本当に大切な相手と言うのは、たった一人を誰よりも思えるそんな相手だって思うのよ。つまりクガ・ヒロトにとってはイヴに向けられるもの。

 『私』だってそれはよく分かっているはず。だからこそ、貴方だって。

 

 そう、エルドラで彼からイヴの話を聞いたときに……」

 

 

 

 ―――――

 

 

「イヴがもういないと。

 それを聞いて貴方は、心の何処かで――『安心』したんでしょう?」

 

 



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それでも私は諦めない!

 ――――

 

「――それは」

 

 彼女の言葉から目を反らすように、私は俯く。

 

 ずっと前。私とヒロト、それにメイさんとエルドラに行った時だった。私はそこで初めて彼からイヴさんの事を教えてもらったんだ。

 あんなに辛くて悲しい事を抱えていたヒロトに、私も同じ想いだった。けど――私は『ワタシ』の言う通り、どこかでそんな後ろめたい思いを抱いていた。

 

 

 だってきっと、彼にとってとても大切な人だって分かっていたから。

 ずっとヒロトが私よりも誰かの事を思っているのだって知っていて、それがイヴさんだって分かったから。……もういないって分かって安心してしまった。

 これで私の事ももっと見てくれる、想ってくれるかもって、そんな考えがあったから。

 

 

 

 ――自分勝手で、最低だって分かっていたんだよ。でも私は少しだけそう思ってしまったんだ。……いけないことなのに――

 

 私はそんな自分が嫌で、その思いを心の奥底に隠していたけれど、あの『ワタシ』もそれを知っていたなんて。

 

「気に病む事はないわ。だって、誰だって好きな人には一番に想ってもらいたいもの……誰だってね」

 

 まるで『ワタシ』は、いかにも分かっているかのような、そんな感じ。

 

 

 

「――けどムカイ・ヒナタ、貴方の想いは叶わないわ。

 例えもういなくなっても、だからと言って貴方を一番に思うことなんてない。何しろヒトの心にはいつまでも大切な人への想いが、留まり続けるものだから。

 イヴがいなくなって代わりに、貴方がクガ・ヒロトにとって特別な、大切な人になれない。彼女のように好きになってくれるわけないじゃない」

 

 言われなくても、分かっているよ。ヒロトは今でも、イヴさんの事を想ってることくらい。

 ――でも。

 

「今彼と仲が深まったって感じるのも、所詮はただ優しさで付き合ってあげているに過ぎない。失った彼女の代わりやその寂しさを誤魔化すだけのものかもしれないのに。

 ……それなのに彼を想い続けるの?」

 

 

 

 

 どれもこれも黒い『ワタシ』の言うことは、冷酷で辛いことばかり。

 ――だけどふいに彼女の冷たい雰囲気が、少し薄らいだ。

 

 

 

「実らない想いを抱き続けるなんて、きっと辛いことだわ。

 だから『ワタシ』はね…………『私』にクガ・ヒロトへの想いを、すべて捨てて諦めて欲しいのよ!」

 

 

 まるで良い提案だと言いたいかのように、『ワタシ』は両手を合わせて私に微笑む。

 

 

「ヒロトを諦めてって。そんな」

 

「ええ、もちろんよ、その方がきっと楽になるわ。

 いくら想っても気にも留めない、それどころか別の相手ばかり好きになる彼なんて酷いでしょう? 

 どう、同じ『ワタシ』からの話を聞いて『私』も目が覚めたんじゃない? ……そしてこれからは別の相手を見つけるべきよ。ちゃんと貴方を本当に一番に想ってくれる人を、ね」

 

 私はそんな事考えた事がなかった。

 ヒロトへの想いを捨てて、別の人を好きになるなんて。でも……

 

「――ねぇ、それがムカイ・ヒナタのためでもあるのよ。彼の事なんていっそ忘れてしまえば、苦しまなくて済むのだから」

 

 

 

 ぐらつく想い。少しだとしてもヒロトの事を諦めてしまえばいいって、頭の中にはついそんな事までよぎってしまう。

 

 ――本当に、そうすれば楽になれるのかな――

 

 どこかであの『ワタシ』の言う事が、もしかすると正しいのかもしれないって思う自分がいた。

だって『ワタシ』が話している間、私はほとんど俯いたままで、言い返す事も出来なかった。多分それは私もそう思っていた所があったから。

 

「そうかもしれない……けど」

 

 顔を上げて目の前の『ワタシ』を真っ直ぐ見据える。

 

「私はね、ただヒロトが幸せならいいんだ。

 もし想いが届かないとしても、それでも」

 

 それはずっと、私がヒロトに抱いていた気持ち。

 だからこそ彼の心が傷ついたままだった時は辛かった。それから元気になって、また前を向けるようになった時は嬉しかったんだ。  

 自分がどれだけヒロトに想われているかいないかなんて、関係なかった。

 

 

 

 

 

 でも『ワタシ』は今度は憐れむような視線を向けた。

 

「……どこかでそう言うと思ったわ。

今はそれで良いって思っているみたいだけど、それは貴方が本当に幸せになんてなれないわ。

 いい、貴方が相手を想うのなら、同じくらい相手に大切に愛されるべきなの。

 ムカイ・ヒナタ、貴方だってそう願っているはずよ」

 

 それは違う。――なんて私には言えなかった。

 だってヒロトが他の誰かを想って居るときに、辛いって思ったし、もういないって知った時には安心もしてしまった。

 私も好きな人に一番に想ってもらいたいと、きっとどこかで強く願っている。

 

「それは確かに、貴方の本心かもしれないわ。

 ただ彼を想うだけでいいと見返りを求めない愛。優しい『私』らしいわ。……けれど哀しいじゃない。

 貴方の愛はもっと、ふさわしい相手に向けるべきよ。あんなクガ・ヒロトなんて――」

 

「ヒロトの事を、悪く言わないでっ!!」

 

「……っ!」

 

 抗議するように強く『ワタシ』に叫んだ。これ以上私の姿で、声で、彼を否定なんてされたくなかったから。

 これには彼女も意外だったみたいで、僅かに驚いた風だった。

 

 

 『ワタシ』の言葉は正しいのかもしれない。本当は私の想いなんてヒロトに届いてなくて、彼にとって特別な存在なんかじゃないかもしれない。

 けどそうだとしても。希望だって、ちゃんとあるんだから。

 

「ヒロトは全く私を無視したり、相手にしてないわけじゃないんだ。たとえ幼馴染としてかもしれないけど私のことをちゃんと想っていてくれていたの。イヴさん程じゃないかもだけど、それでも! 

 だからこれ以上否定なんてしないで」

 

「けど、結局はそんなの――」

 

「それに、今は少しずつヒロトとも前より分かり合えている気がするの。

 あなたの言う通り、もし願いが叶うのなら、もっとヒロトにとって大切な人になりたいから。だから私なりに勇気を出して踏み出した、そのおかげなの」 

 

「……」

 

 『ワタシ』はもう何も言わずに私を見据えている。

  

「今までは見守ってばかりだったけど、今は出来る限りのことは頑張っているんだよ。

 『ワタシ』なら分かるでしょ? あと少しでそれが叶うかもって所に来ているの。

 自分で決めた道だから、だから……」

 

 そう、私が決めたことだから。私は『ワタシ』にその答えを伝える。

 

 

「私はヒロトを諦めない。例えどんな形だとしても私は――彼と一緒にいたいから!」

 



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その願いは希望か、絶望か

 ――――

 

 それから私と『ワタシ』は、互いに向き合ったまま沈黙していた。

 どっちとも何も言えなくて、ただ鏡合わせみたいに。……けど。

 

「……はぁ」

 

 向こうの『ワタシ』の口から、小さくため息が零れた。

 

「それが貴方の決めた事なのね」

 

 私は頷く。

 

「うん。どう言われても、私はヒロトが大好きだから」

 

「――そう」

 

 

 

 一言呟いた『ワタシ』は、一瞬悲しい目をしたように見えた。そして彼女は私に背を向けると……。

 

「ならそうするといいわ。今はもう、何を言っても貴方の心は変わらないでしょうから」

 

 『ワタシ』は歩き去る。

 奥の暗闇の中に、彼女の姿は溶け込もうとしていた。

 

「待って! どうして私の姿をしているの? あなたの正体は!?」

 

 その背中に私は声をかけた。

 足を止めて『ワタシ』は少し振り向いて、視線を投げかける。

 

「言ったでしょ、今の『ワタシ』は貴方――もう一人のムカイ・ヒナタ。それ以上でもそれ以下でもないわ。

 でも、お別れする前に最後の忠告はしておくわよ」

 

 

 

 『ワタシ』はにいっと、凍るような冷酷な笑みを浮かべる。

 

「あまり希望は持たない方がいいわ。

 貴方の想いなんて、きっと裏切られ踏みにじられ、絶望へと変えられてしまうのだから。

 貴方にとって大切な、大切な、クガ・ヒロトにね。……ふふふっ」

 

 最後の最後で、彼女はまた鋭い言葉の刃を私に突き刺した。

 

「――」

 

 私は答えない。答えたくなんてなかった。

 

「あらあら、冷たいわね。まぁいいわ。ワタシは『私』とお話が出来て嬉しかったから」

 

 そして『ワタシ』は、今度こそサヨナラと言うように。

 

「じゃあね『私』。またいつかお話しましょう。

 その時には『ワタシ』の言うことをちゃんと理解してくれると、心から――願っているわ」

 

 洞窟の奥の暗い闇へと。『ワタシ』はその真っ黒な姿を暗闇に溶け込ませて、消えた。

 

 

 

 ――――

 

 

 私はただ一人そこに取り残された。

 

 ――何なのか、訳が分からないよ――

 

 あの私と同じ姿をした『ワタシ』。あれは一体何なのか結局、分からず仕舞い。     

 

『今の『ワタシ』は貴方――もう一人のムカイ・ヒナタ。それ以上でもそれ以下でもないわ』

 

 ああは言ってたけど、訳が分からない。

 それに今じゃ、本当に私はもう一人の『ワタシ』と話していたのかも……怪しいんだ。

 実際はあんな物は存在しなくてそんな幻を見ていただけかもって。

 

 ――でも確かに、話した気がするんだ。自分にそっくりな、誰かと――

 

 姿も声も同じだけど記憶だって。

 私の事をあんなに知っていて、まるで自分の事のように話していた。

 そして……私に対して、ああ構うなんて。

 

 何でなのか、どうしてなのか分からない。

 本当に不思議な出来事。

 

 

 

「――ああ! こんな所にいたのか!」

 

「探しましたよ、ヒナタさん。だっていつの間にか姿がありませんでしたから」

 

 駆け足と一緒に聞こえて来た声。

 見ると、カザミさんとパルくんが、私のもとにやって来るのが見えたんだ。

 

「あっ、二人とも。……私」

 

 どれくらいここにいたんだろう? 私、カザミさん達に迷惑をかけちゃったかな。

 

「ごめんなさい、一人ではぐれちゃって」

 

 私は謝った。けど二人とも気にしている様子はないみたい。

 

「いいってことよ! それにこっちも、ちょっと妙な事もあったって言うか、手間取ったしな。

 ずいぶん一人ぼっちにさせちまった。謝るのは俺たちさ」

 

「……? カザミさんたちも、何かあったんですか?」

 

「ええと、その、大したことではないのですが少しだけ」

 

 どうやら二人の方でも、何かあったみたい。

 でも今は……。

 

「とにかく! 俺たちはコピーを無事倒してミッションクリアだ。

 こうして三人揃ったわけだし、まずは一度戻ろうぜ。ここは殺風景でいけないぜ!」

 

 カザミさんの言う通り、ミッションはクリアしたみたい。

 なら私も戻るのに賛成かな。

 

 

 ……だってこれ以上ここには、いたいって思わないから。

 

 

 

 ――――

 

 ミラーミッションから、GBNのロビーに戻って来た私たち。

 ……すると。

 

「三人とも、まさかミラーミッションを受けていたなんて。

 ……お帰り」

 

 戻った私たちを、ヒロトが出迎えてくれた。

 

「おう! ただいま戻ったぜ!

 にしてもまさか、こうしてヒロトが迎えてくれるとは、よく分かったな」

 

「たまたまさ。俺もさっき散歩から戻って来て、そしたら」

 

 カザミさんにそう話す彼。パルくんも会えて良かったって、そんな感じ。

 

「散歩、いいですね。

 ミッションもいいですけれど、エリアを自由に散歩してまわるのも楽しいですいから」

 

「なぁおい、一体どこに行って来たんだよ。俺に教えてくれよ?」

 

 ヒロトは少しだけ困った感じだったけど、こう答えた。

 

「ちょっと……昔の思い出の場所に。昔を懐かしんでいたんだ」

 

 

 

 ヒロトはどこかに行ってたみたい。

 

 ――思い出の場所か。それってイヴさんとの――

 

 名前は言ってないけどたぶん、大切な人との思い出がある場所なんだって、そう思った。

 それと同時に、私はある事も頭に浮かぶ。

 

『何しろクガ・ヒロトにとって大切なのは、あのELダイバーの少女、イヴなのよ。それに比べれば貴方への想いなんてほんの少し程度』

 

『一緒に過ごしていても、彼の心には貴方の事なんて殆どない。そんなのって……放って置かれたのと同じなのよ』

 

 それはミラーミッションで出会った『ワタシ』の言葉。

 あの時に言った言葉はどれも、辛いものばっかりだった。けれど……

 

 ――全部否定出来ないんだ。やっぱり私は――

 

「……ヒナタ」

 

「あっ」

 

 するとヒロトが、私に声をかけて来る。

 

「ヒナタはミラーミッション初めてだったよな。どうだった、楽しめたかい?」

 

 彼は私に、優しい表情を向ける。

 

「……うん。ちょっと変わったことがあったけど、楽しかったよ」

 

 でも、そんな難しい事は別に後でいいんんだ。こうしてただヒロトと一緒に過ごせて、笑顔だって見られたら。

 

『ただ彼を想うだけでいいと見返りを求めない愛。優しい『私』らしいわ。……けれど哀しいじゃない』

 

 ……余計なお世話だよ。

 

 

 

 ――――

 

 するとカザミさんは、何か思い出したように言った。

 

「ああっと、そうだった。

 なあヒロト、俺たちはミラーミッションで妙な出来事に出くわしたんだよな」

 

「ん? 妙な事って?」

 

 ヒロトも気になるみたいで、そうたずねた。

 

「実はな、ミラーミッションで俺たちはコピーのイージスナイトとエクスヴァルキランダーと戦ったんだ。

 もちろんコピーらしく俺たちの戦い方そっくりに襲い掛かって来たんだけどよ、途中から妙な真似をしやがった」

 

 思い返して不思議な表情で、カザミさんは続ける。

 

「最初は普通に戦っていたんだ。

 だけどいきなり二機とも、戦うよりもなぜか別方向に逃げ出した。

 ヒナタちゃん、それこそ君がいる場所から離れるみたいにな。おかげで合流にも遅れっちまった」

 

「僕も変に思いました。僕たちの攻撃を避けたり防いだりばかりって感じもしましたし、まるで……時間稼ぎをしているみたいな」

 

 

 カザミさんもパルくんも、不思議そうにそんな話をしていた。

 

「しばらくはそんな調子だったんだけどさ、するとまたいきなり元に戻って襲って来たんだ。

 もちろん、それからすぐに撃破したけど、あれはおかしかった。パルは時間稼ぎをしているって言ったが、俺としては誰かが操ってもいるような風にも思えたぜ」

 

 

 

 二人が話した体験もちょっと不思議。

 

「それはまた変な話だな。

 ミラーミッションのコピーがそんな、勝手な行動に出るだなんて聞いたこともない」

 

 話を聞いたヒロトも同じ気持ちみたい。

 ……そうだ、私の話もしてみようかな。

 

「あの――みんな」

 

 三人は、私の方に視線を向けた。

 

「どうしたんだ? ヒナタも何かあったのか」

 

 私はうんと答える。

 

「私もね、ミラーミッションで変な体験をしたんだ。

 ……自分そっくりの、もう一人の私――多分、コピーと出会ったの」

 

「えっ! それって本当ですか!?」

 

 パルくんは目を丸くして、驚いていた。

 

「うん。黒い姿をした私が現れて、話しかけて来たの。

 性格は違ってて、でもまるで自分の事みたいに私に詳しくて、変な感じだったの。

 ……ヒロトはどう思うかな?」

 

 私はヒロトにそう尋ねてみた。

 だってGBNには詳しいから、もしかするとって思ったから。……けど。

 

「さすがにそんな話なんてあり得ないよ。

 ミラーミッションではガンプラのコピーはしても、ダイバーのコピーなんてしない。それにコピーが人格を持って話すなんて、それこそ考えられない。

 多分、何か幻か見間違いじゃないかって、俺は思う」

 

 

 

 ヒロトも知らないみたい。

 こうなると猶更気になる。けれど、ヒロトがそう言うならやっぱり私の考え違いかな、

 そんな風に私は思った。……思うことにした。

 

 

 だってそれ以上考えても分からないから。

 けれど、もしかすると。

 

『じゃあね『私』。またいつか、お話しましょう』

 

 もしかすると、どこかでまた会うのかもしれない。その時には――。

 

 

「ま! ミラーミッション云々は過ぎたことだしさ、気にすることないぜ。

 そんなの忘れて気楽に行くのが一番さ」

 

 カザミさんは私たちに、そう言ってくれた。

 うん。彼の言う通り、もうあんな事どうでもいいんだ。

 

 

 それよりも遊園地だよ。

 私はヒロトに想いを伝える。私にとってはそれが、一番大切なこと。

 

「……ヒナタ? 今度はまた別の事を考えてるのか? さっきとはまた違う感じだから」

 

 ヒロトは私に、気に掛けるように話してくれた。

「ちょっとだけワクワクと言うか、そんな事をね」

 

 私にはちゃんと願いが……希望があるんだから

 

 ――ちゃんと私は、伝えるんだ。そしたら――

 



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第六章 それぞれの想い、それぞれの願い
特別な日の朝


 

 

 私は、今からでもワクワクだった。

 

 ――だって今日、ようやくだもん。私は――

 

 朝早く。起きたばかりで、寝間着のまま。そんな姿のままで私はカレンダーを眺めていた。

 カレンダーには今日の日付の所に、赤い丸印で記してある。

 それは二週間前に自分で記したものなの。

 だってその日は……。

 

 ――私とヒロトの遊園地デート! ずっと待ち遠しくて、そして今日……ようやくだなんて。自分でも変に高揚しているのが分かるんだ――

 

 こんなのって生まれて初めてだし、おかげで夜も殆ど眠れてなくて、少し眠気だってあったりする。

 

 ――だけどそれでも絶好調! もちろん緊張だって強くて、ドキドキしているけど――

 

 私はとても良い気分なの!

 

 

 

 あっ……身だしなみも、気になるな。

 と、今度は近くの手鏡で自分の顔を確認してみる。

 ちょっとだけ寝癖で髪は跳ねているみたいだけど、それでもいつもの私の顔が映っていた。

 思いっきり美人ってわけではないけれど、けど私だって見た目はなかなか悪くないよ……ね。

 

 

 鏡に映る自分に向けて、にこっと笑って見せる。

 

 ――うんうん。いい笑顔だよね、ヒナタ。私はやれば出来るんだから。きっと上手く行くよ――

 

 私は自分で自分を励ましてみた。

 

 ――でも、こんなのって初めてだから、いつもより気合を入れないと。

 格好はどうしようかな。せっかくだからまたヒロトに可愛いって思ってもらえるようなな服を、着ていきたいな――

 

 そんな想像をしていると、つい……。

 

 ――あれっ――

 

 鏡に映る自分の顔がいつの間にか赤くなっていた。

 別に誰かが見ているってわけじゃないけど、これにはちょっと恥ずかしくなっちゃう。

 

 ――私ってば、あはは……なにやってるんだろ――

 

 何だか意識しちゃっているのかな、私。

 

 ――でもこんな時なんだから、仕方ないよね――

 

 ちょびっとそう言い訳してみたり。

 ……自分でも訳がわからないや。 

 

 

 

 でも、ふと視線を落として自分の格好を見る。

 

 ――せっかくだから今から買い物に行って来ようかな。だってこんな時だもん、いつも以上に良い服を着たいから――

 

 ……ヒロトとのデート。ううん、まだデートって言うには早いのかな。

 だってまだ彼とは、幼なじみってくらいだから。けど今日の事でもしかすると……。

 

『本当に、そうかしら?』

 

 そんな声が、鏡から聞こえた気がした。

 

 

 つい私はまた鏡に視線を向ける。すると――そこには、ミラーミッションで見た黒いダイバー姿の『ワタシ』が見えた気がした。

 

「……えっ?」

 

 確かにそんな気はした。けれど私が次に瞬きをした瞬間に、それはもう消えていた。

 

 ――あれ? ……今のは――

 

 鏡にはちゃんと自分の顔が映っている。でも……。

 ほんの一瞬だけ、たしかに見えた気がしたんだけどな。

 

 ――きっと気のせいだよね。だって現実世界でそんなの、あり得ないし――

 

 この前の不思議な体験があってから、まだ尾をひいているのかも。

 ……でも今はそんなの忘れないと! だってこんな日なんだから、もっと明るくならないと。

 

 

 

 うんうん、やっぱりそれが一番だよね。

 ――あっ、さっき考えていた買い物とかも、今から行って来ようかな。まだ朝だから遊園地に行く前にその時間だってとれるから

 

 ――友達との時間も取れるかな。色々アドバイスだとかも聞きたいし――

 

 やっぱり、準備は満タンにしたいんだ。今日はとても……特別な日なんだから。

 

 



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決断した答えと、揺るがす事実(side ヒロト) 

 ――――

 

〈もしもし、ヒロト〉

 

 俺がまだ家にいると、ヒナタから電話が来た。

 

「朝からどうしたんだ? その……一緒に出かけるのは夜からだろ」

 

 そう俺は答えた。

 今日は彼女と、昼くらいに遊園地に遊びに行く約束をしていた。昼の間は遊園地のアトラクションで遊んで、夜にはパレードを見に行くって、そんな感じだ。

 まるでデートみたいだな。……けど。

 

 

 

 ヒナタにはそこで何か果たしたい事、伝えたい事があるみたいだ。

 まだはっきりと、それが何かは俺に分からない。ただ――もしかすると。

 

〈うん、そうなんだけど、今ちょっと買い物にね。せっかくヒロトと遊園地に行くんだから、いつも以上に良い服装がいいって思ったから〉

 

 確かに二人で遊園地とかは、行くのは珍しいのかもしれない。

 けど、わざわざ服装を新しく買いに行くだなんんて。大体ヒナタとはこれまでもよく一緒に出かけたりはしている。でも……。

 

 ――そこまで気合を入れているのは、俺にとっては初めて見た気がする。

 やっぱりヒナタにとって今日はそれほど特別、なんだろうな――

 

 改めて俺はそう感じた。

 

「そっか。……俺も遊園地、楽しみにしている。

 出発するのは昼の一時だよな? それまでには、間に合うんだろ?」

 

〈もちろん! だって私が一番楽しみにしているんだから。

 一時間前にはヒロトの家の玄関前に、ちゃんと迎えに来るから心配しないで!〉

 

 電話越しに聞こえる、明るいヒナタの声。

 

「分かった。けど待ち合わせは俺の家より、街の駅前がいいな。

 ヒナタが買い物している間、俺も少しGBNで遊んでいるからさ」

 

〈それはいいね! GBN、やっぱり楽しいもん〉

 

「もちろん俺も時間にはちゃんと来るよ。

 ……それじゃあ、また昼頃に会おう」

 

〈うん。じゃあ、またね〉

 

 

 

 

 通話が終わって、俺は携帯をしまった。

 

 ――たしかに時間は大分あるしな。軽く遊ぶくらいは――

 

 俺も出かける準備をする。

 自分のガンプラが入った入れ物を手に、そのままバックへと。

 ……と、そうしようと思ったけど、俺は手を止めた。

 

「……」

 

 自分でも何を思ったのか分からない。

 けど俺は何気なく、つい入れ物を開けて中のガンプラを眺めた。

 入っているのは俺がずっと前に組み立てた機体、コアガンダムだった。

 他のアーマーとそして、コアガンダムⅡもそれぞれ別の入れ物に入っている。そっちの方も、いくつか持っていく予定だ。

 

 

 ただ……。

 

 ――やっぱり俺にとって、このコアガンダムは……特別なんだ――

 

 

 

 ――――

 

 GBNにログインした俺は、すぐにビルドダイバーズのみんなと合流する。

 カザミにパルに、そしてメイ。こうしてちゃんと四人で揃うのはほんの少し久々な感じだ。

 そして――

 

〈おうおうおう、こんなに敵が沢山だなんて、やっぱ合同ミッションはスゲーぜ!〉

 

 俺たちは他のフォースそして、ダイバーたちとともに大規模な合同ミッションを受けている所だ。

 エリアは広大な宇宙空間。俺たちの目の前には無数にも思えるモビルスーツの姿。

 それはガンダムのザクやグフ、それにドムに似たモビルスーツ……に近いが、厳密には違う。

 合同ミッションの内容は『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の最終決戦、メサイア攻防戦を再現したものだ。

 機体はそれぞれ、ザクウォーリア、グフイグナイテッド、ドムトルーパー。武装組織ザフトの量産モビルスーツで、それなりの相手だと思う。

 

 

 それらのモビルスーツももちろん、ローラシア級、ナスカ級と呼ばれる宇宙戦艦も点在しているのも見えるし、さらに巨大なゴンドワナ級と呼ばれる宇宙空母まで存在している。

 カザミの言う通りその迫力は確かに……凄いのかもな。何しろこのミッションは上級ミッションの中でも、それなりに高難易度な方だ。

 あの有名なロータスミッションには少し及ばないかもだけど、大軍勢を相手にする迫力で言えば

決して負けないだろう。

 

 

 

 俺はコアガンダムのジュピターアーマを装着させたジュピターヴガンダムで、戦いに参加していた。

 宇宙戦用の白いアーマーで、ビームガトリングガンと腕に装着したマニファーユニットと背面のマルチコンテナビットをそれぞれ二基……どちらも遠隔攻撃を可能とする機能を備えた装備が特徴だ。

 それに今回はコアガンダムⅡではなくて、以前メインで使っていたコアガンダムだ。もちろんコアガンダムⅡを作ったのは最近でそっちの方が性能は高い。……ただ、このコアガンダムとは長い付き合いで、思い出もある。だからこうして今でもガンプラバトルで使いもするんだ。

 

 

 

 メイもウォドムポッドから通信を入れる 

 

〈……見る限りこんなにとはな。だが、私達も負けてはいないさ〉

 

 対して俺たちは、複数のフォースとダイバーからなる連合チームだ。

 どれも高ランクのフォース、ダイバーばかり。中には名の知れた相手も。実際その半分近くは俺が知っていたりもする。

 

 

 そして――チームの中央には。

 水色のエネルギーで形成されたマントをたなびかせて腕を組む、蒼色のアーマーを纏ったガンダムが佇んでいた。

 そう、あれは……。

 

 チャンピオン、クジョウ・キョウヤのガンダムTRYAGEマグナム。まさかここで共に戦うなんて、ちょっと意外だった。

 フォース『アヴァロン』のリーダーである彼、俺も元々はそのメンバーでもあったから、どれ程に凄いのか……人以上には分かっているつもりだ。

 

 

〈チャンピオンもご登場とは。これは百人力いや、千人力だな! なぁ、パル〉

 

〈はい! 正直言って……僕たちでも厳しいって思ってましたけど、これならきっと!〉

 

 カザミとパルの言葉に、俺は黙って頷く。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 他のフォース、ダイバーも、チャンピオンの存在に鼓舞されるように次々へと敵陣に突撃して行く。それに足の早いガンプラはもう、敵と接触して戦闘を繰り広げているのが見てとれる。

 ミッションの勝利条件は――敵陣の最奥に位置する、巨大な小惑星と人工物が合わさったような要塞メサイアの制圧だ。

 つまり……敵の壊滅でなく、それを突破しメサイアにたどり着けば俺たちの勝ちだ。

 

 

 他も大軍の一点に戦力を集中し、一気に押し切ろうとしている。やっぱりそれがこの状況で一番の戦術だからな。

 もちろん――俺たちも。

 

 

 

〈……ええい、僕だって〉

 

 パルのエクスヴァルキランダーは自身の武器であるGNランチャーで、ザクウォーリアを一機撃破した。しかし、続けて今度は別方向からグフイグナイテッドが襲う。

 グフイグナイテッドの専用装備である鞭――スレイヤーウィップ、まるで蛇のように迫る攻撃でランチャーの握る左腕を絡め取る。

 

〈まだまだっ!〉

 

 それでも動く右腕で翼を形成する双剣の一振り、GNツインガンブレードを引き抜くと、ウィップを切り払いそのまま相手の上半身と下半身を真っ二つに。

 

〈ほう? パルもやるものだ。では私も負けてはいられないな〉

 

 対してメイが乗るウォドムポッドは、その装備されたビーム砲に、エネルギーを充填する。

 狙うのはその射程上にある数機のモビルスーツと、そして……ナスカ級と呼ばれる宇宙戦艦だ。

 

〈最近暴れられていない分、暴れさせてもらおうか!〉

 

 ビーム砲から放たれる強力なエネルギー。それは射程上にあるモビルスーツをいくつも巻き込み、巨大戦艦もろとも消し飛ばす。

 

 

 

 ――やっぱり激しい戦いだな。パルやメイだけじゃない――

 

 見回すと他のダイバーによるガンプラも、あちこちで戦っている。

 Xガンダムはその特徴とも言える大型ビーム兵器、サテライトキャノンで一気に敵を薙ぎ払い、サザビーは背部から遠隔攻撃端末であるファンネルを放って本体は大型のビームサーベルで攻める。

 それに遠くではジムスナイパーカスタムによる精密射撃、近くではマスターガンダムによる拳法技が炸裂してもいる。

 

〈ヒロト! 見ているよりも一緒に戦ってくれよ! こっちも厳しいんだ〉

 

 通信でカザミからそう呼びかけられた。

 

 

 俺はカザミと共に背中合わせで戦っている。

 両腕のマニファーユニットを展開して複数の敵を撃破、撹乱すると同時にビームガトリングでも仕留めて行く。

 遠隔攻撃型のユニットは便利だけど、やっぱり自分で狙い撃った方がやりやすい感じだ。

 ……ただ、俺が相手している敵の数はかなり多い。マニファーユニット、コンテナビットを全基展開して応戦しているのが精一杯で、今はカザミの援護にまでは手が回り切らない。

 けど、それでもどうにか向こうの動向は把握出来る。

 

 

 

 カザミのガンダムイージスナイトが戦っているのは、両肩にシールドを備え頭部にブレードアンテナを生やしたザクウォーリアの上位機体、ザクファントムだった。

 手にはビームアックスを持ち、イージスナイト

はライテイ ショットランサー改……つまりランスで打ち合いをしていた。

 

〈……ちぃ……っ!〉

 

 ザクファントムによるビームアックスの振り下ろし、シールドで防ぐ間もなくとっさにランスで防ぐ。しかし勢いは向こうの方が強く、イージスナイトは押し負けて態勢を崩す。

 止めを刺そうと再びアックスを振りかぶるが……それは俺が許さない。

 

 幸いこっちの手も少し余裕が出来た。

 俺はコンテナビットの一基をイージスナイトに向かわせて、ビットの装備であるビームシールドでアックスの攻撃を防御する。

 

〈おっと、悪いなヒロト!〉

 

 俺はそのままビームガトリングの銃口をザクファントムに向けて連射、相手を撃破する。

 

「気にするな。困った時にはお互い様、だろ?」

 

〈ははは! 違いない!〉

 

 再び俺とカザミは、それぞれの戦いへと戻る。

 

 

 

 

 

〈なぁヒロト〉

 

「どうした?」

 

 共に戦いながら、俺はまたカザミと会話を交わす。

 

〈少しあっちを見てみろよ。……やっぱチャンピオン、スゲーぜ!〉

 

 カザミの示す先には、チャンピオン、クジョウ・キョウヤのガンダムTRYAGEマグナムとそして、赤い主翼を備えた青と白の色彩のガンダム――デスティニーガンダムが対峙していた。

 TRYAGEマグナムは大型のビームソードであるトライスラッシュブレイド、対してデスティニーは専用の大型近接装備アロンダイトで激しい剣撃を交えていた。

 上級ミッションに用意された強敵であるためその強さはかなりのはずだけど、チャンピオンはそれり互角、いやそれ以上に渡り合っている。

 

 互いの剣から発するエネルギーの輝きがせめぎ合う中で、チャンピオンのガンプラは剣を振るう。

 そして――ついにデスティニーガンダムの持つアロンダイトを弾き落とす。

 対してデスティニーはなおも抵抗として拳を開き内蔵されたビーム砲、パルマフィオキーナを展開する。

 その輝く拳はガンダムTRYAGEマグナムに伸びるけど、それよりも早く……スラッシュブレイドの剣先はデスティニーガンダムの胸部を貫いた。

 

 ――クジョウ・キョウヤさん……さすがGBNのチャンプだ。俺もまだまだなのかな――

 

 

 

 ――――

 

 おかげでミッションは大勝利だった。

 チャンプが道を切り開いたおかげで、あれから無事にメサイアを制圧も出来た。

 

 

 そして今は、高速フリゲート艦エターナルのブリッジに俺たちはいた。

 宇宙空間を航行するこの船。カザミ達三人は集まった他のダイバーと向こうでお喋りをしているみたいだけど、俺は一人で窓の向こうに見える宇宙空間を眺めていた。

 ミッション後の祝勝会みたいなものだ。多分話しているのは互いのガンプラの事や、ガンダム作品についてだろうな。

 

「……」

 

「なぁヒロト」

 

 半分鏡のように自分が映る窓に、メイの姿も現れる。

 後ろから近づく彼女に俺は振り返る。

 

「何か用か、メイ?」

 

「ヒロトはみんなに加わらなくてもいいのか? 何だか楽しそうな雰囲気だからな」

 

「俺はいいよ。今は一人にさせてくれ」

 

 メイは少しの間俺を見ていた。……けれど。

 

「分かった、そう言うならな」

 

 そう伝えると、彼女はまたみんなの所へと戻った。

 カザミとパルとも何か話している感じだったが、多分『ヒロトの事は気にするな』と言う、そんな事だろう。

 

 

 

 再び一人になって俺は考える。

 内容は、そう……ヒナタの事だ。

 

 ――夜の遊園地か。ヒナタと二人で……まるで、恋人だな――

 

 ……恋人。今まで殆ど考えもしなかったこの概念。自分でもその言葉が頭に浮かんだけどその実、それがどんな物かなんてよく分かっていない。

 でも多分、友達よりももっと近くて親密な関係だと、そんな物なんだろうな。

 

 ――もしかして彼女が望んでいるのは……それ、なのか――

 

 ヒナタは俺を、誰よりも大切に想っているんじゃないかって。だとしたらその答えは……。

 

 ――ヒナタとはただ幼馴染、友達みたいな感じくらいに考えていた部分が大きかった。

 ただ、彼女はずっと俺を想ってくれていたのは、分かっているつもりだ――

 

 

 

 まだ、俺にはイヴの思い出もあり、もちろん大切だと思っている。それに……今思い返せば彼女との関係も、そんな『恋人』のようなものだったのかもしれない。

 そうした事はあまり考えることは出来なかったけれど、互いに大切に想い合っていたそれは多分……。

 

 

  

 けれど、もう彼女はいないんだ。メイは確かに生まれ変わりかもしれないけれど、やはりメイはメイ、ビルドダイバーズの仲間だ。

 ……それにやっぱりこれまではイヴの事ばかりで、ヒナタを想う事は出来ていなかったのかもしれない。だから。

 

 ――これからはちゃんと、ヒナタと向き合いたい。今までの分、俺は彼女の事をもっと――

 

 

 

 

「――やぁ、ここで会えて良かったよ」

 

 今度はまた、別の相手から声をかけられた。

 その相手は……。

 

「俺も会えて嬉しいです……キョウヤさん」

 

 現れたのは、コートを身にまとった長身で薄い金髪の青年――GBNチャンピオンのクジョウ・キョウヤだった。

 彼は俺にふっと微笑む。

 

「一緒にミッションで共闘するとは、ヒロトがアヴァロンにいた頃を思い出すな。

 最も、今はもっと成長して新しく仲間も出来た。今更になるかもしれないが、私としても嬉しい限りだよ」

 

「はい、おかげさまで」

 

 今でも彼は俺にとって大きな存在だ。それは今も昔も、変わる事はない。

 

 

 

 ……ただ、クジョウ・キョウヤは俺と他愛のない話をするためだけに、来たわけではなかった。

 

「本当に、ヒロトと会えて幸運だった。……何しろ私の方から出向こうかと考えてもいたものだから」

 

 唐突な話に俺は首を傾げる。

 

「どう言うことですか?」

 

「実はな、どうしても伝えたい事があったんだ。

 とても重要なことだ。これを聞けばヒロトはきっと喜ぶと思う」

 

 思わせぶりな彼の言葉。俺は一体何の事かと、そう尋ねた。

 

「ああ。それはな……」

 

 

 

 キョウヤさんが教えてくれた、答え。

 

 それはまさに――――信じられない事だった。

 

 



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遊園地での、楽しいひと時

 ――――

 

 先に街の駅前に着いた、私。

 

 ――約束した時間、もうそろそろ一時になるかな――

 

 時間を確認してふとそう思った。

 私は約束した時間より十五分くらい前に到着していて、こうしてヒロトを待っていた。

 やっぱり昼だからか、辺りには人が沢山。でもその中にヒロトの姿は見当たらない。

 

 ――私が先に来ちゃったのもあるけど、ちゃんと来るかな――

 

 少しそんな心配もしちゃったけど、大丈夫みたい。

 

 

 

 少し遠くから、こっちに駆け寄って来る人影が見えた。

 

「ごめん! もしかして、待たせたかな?」

 

 それは私服姿のヒロトだった。

 いつもの私服に灰色のジャケットを着た彼は、私に笑いかけて手を振る。

 私も同じように手を振り返す。

 

「ううん。私はちょっとだけ早く来ただけだから。ちゃんと時間通りに来てくれて、嬉しいよ」

 

「そう言ってくれて良かった。それと――」

 

 ヒロトは私のことを、じっくり見てる感じ。ちょっと恥ずかしいな。

 

「その恰好、初めて見るな。かわいくてとっても似合ってるよ」

 

「あっ――」

 

 そう言ってもらえて胸がどきっとした。

 今の私は、今日買ったばかりの新しい服を来てきたの。

 ふわっとした黄色い上着と、それにスカート。いつもよりも女の子っぽい可愛い感じで、今日は用意したんだ。

 だってせっかくだから、ヒロトに少しでも気に入ってもらいたかったから。

 

「ありがとう、ヒロト! これはさっき買い物で買って来た服なんだよ。

 友達も一緒に選んでくれて、きっと似合うからって言ってくれたんだ」

 

「そっか。ヒナタもその間、楽しめたんだな。

 ……それじゃあ早速遊園地に向かおうか。時間も調べて来たんだけど、そろそろ電車が出るみたいだしさ。

 早く着いた方が、その分向こうで楽しめるだろうからさ」

 

 ヒロトの言う通りだね。

 まだまだお喋りしたいけど、今は電車に乗った方がいいかもね。その後だって電車でお話する時間もあったりするから。

 

「だね! ならそろそろ出発しようかな」

 

 私は彼の言葉に頷いて、一緒に遊園地に出発することになったんだ。

 

 

 

 ――――

 

 それから電車に乗って、私たちは遊園地に到着したの。

 今日は休日だからここもたくさんの人で賑わっていて、それに観覧車やジェットコースターだとかのアトラクションも見えて楽しそうな雰囲気なの。

 

「……遊園地なんてどれくらいぶりかな。でもとっても、楽しそうだよねヒロト!」

 

 まだ遊園地には入ったばかりだけど、もうそんな気分になれるの。

 すぐ隣にいるヒロトも私と同じ気持ちなのかな。

 

「じゃあこれから遊園地、いっぱい回ろうねヒロト!」

 

「ああ、そうだな」

 

「今は二時過ぎくらいで、パレードは七時からだもんね。

 その後は……。私、ちゃんと伝えられるかな」

 

 今日こうして遊園地に来たのは自分のヒロトへの想いを伝えるためでもあるの。だから、その緊張もまだあるんだ。

 だからついそう呟いてしまった。するとヒロトは――

 

 

「あっ……」

 

 彼は私の顔を見て、少し固まっていた。

 何だか戸惑っているような表情もして、どうしたんだろう?

 

「ヒロト?」

 

「……えっと、どうかした」

 

 気になって私は声をかけてみた。

 

「さっき私、変な事言っちゃったかな? だってヒロト、固まって変な感じだったから」

 

 そう聞くとヒロトは考える様子を見せてこたえる。

「別に大した事じゃないよ。でも心配してくれてありがとう、俺は大丈夫だから」

 

 彼は私に、にこっと微笑みかけてくれた。

 

「そんな事よりせっかく遊園地に来たんだ。まずは……一緒に楽しもう」

  

 ヒロトは私に言うと、その手をそっと近づける。

 

 

 

 

 ――もしかして手を繋いでくれるのかな――

 

 私もドキドキしながら、自分の手を彼の手に近づける。そして私は――

 

 

 ヒロトと繋いだ手。それはとっても暖かかった。

 緊張もしちゃって、つい私は視線を少し下に落とす。でも私はまた彼に視線を向けて、こう言ったんだ。

 

「うん! 今日は一緒に、ヒロトと大切な時間を使いたいから!」

 

 

 まずは遊園地をあちこち、行って楽しもうかな。……もちろんヒロトと!

 

 

 

 ――――

 

「やっぱり楽しいね! ヒロト!」

 

 私たちが乗っているのは、回るメリーゴーランドだった。

 メリーゴーランドの馬の背中に乗って、私はすぐ向こう側にいるヒロトに手を振る。

 

「あはは……まあね」

 

 ヒロトもそう言って笑っているけど、何だか恥ずかしがってもいるみたい。

 

「ねぇねぇ、ヒロトってば顔が赤くなってるよ」

 

「そうかな? まぁ何て言うか、俺たちはもう高校生だろ?」

 

「だね!」

 

「だから、その年で遊園地で楽しむのは……少し恥ずかしかったり。ほら周りだって……子供が多いしさ」

 

 辺りを見ると彼の言う通り遊園地で遊んでいるのは、やっぱり子供が多い。

 そんな中で遊園地を楽しんでいると、慣れてないと恥ずかしかったりするのかな。

 

「うーんと、そうだね。

 ……あっ、そろそろ下りないと」

 

 時間が来て、私とヒロトはメリーゴーランドから降りると。

 

「じゃあ次はあれだね、コーヒーカップに乗ってみようよ」

 

 次に目に入ったのは、メリーゴーランドのすぐ隣にあったコーヒーカップのアトラクション。

 

「えっ、もう次かい?」

 

「うんうん! だってまだアトラクションは沢山だもん!」

 

 私はヒロトの手を引いて、コーヒーカップに乗ることにした。

 

 

 

 メリーゴーランドとは違って、こっちは二人一緒に乗ってみたんだ。

 私とヒロトと隣り合わせで座ると、コーヒーカップは動き出した。

 

「こっちもくるくる回るアトラクション、なんだな」

 

「まあね。だけどね、真ん中のハンドルを回すと……」

 

 そう言って私はコーヒーカップの中央にあるハンドルを回してみた。

 

「うわっと!」

 

 ハンドルを回すと、コーヒーカップも一緒に回るんだ。

 ヒロトはそれに驚いて、つい座る所から落ちそうになっていた。

 

「あっ、ごめんね。私ってばいきなりこんな事をしちゃって、脅かせちゃったかな」

 

「ははは……俺は平気だよ。

 それにしても、GBNのガンプラバトルだとこんな事はないのにさ。やっぱり仮想世界と現実世界は、また違うんだな」 

 

「現実は現実、だもんね。けど――やっぱりここでこうして過ごすのだって、楽しいでしょ?」

 

 私の言葉に、ヒロトは頷いてくれる。

 

「……良かった!

 それに、さっきの話の続きだけどね。遊園地で子供ばかりなのが恥ずかしいって、そう言ってたでしょ?」

 

 

 

 さっきメリーゴーランドでヒロトは、そんな事を話していた。

 彼はそれにうんと答える。

 

「その、ちょっとだけ……な」

 

「実は私だって、最初は同じように思っていたりとかしてたんだ。……けどね、周りをよく見てみて」

 

 ヒロトはそう言われて、辺りを見回していた。

 

「確かに遊園地は、子供が多い感じだけど……ほら、例えばあそこのコーヒーカップに座っている二人だって」

 

 私は向こう側のコーヒーカップの乗り物を、示してみた。

 

 

 

 そこにはたぶん大学生か大人かな、若い男女の二人がとても仲良さそうに座っていて、笑い合っていた。

 

「あれは……見た感じ、カップルなのかな」

 

 私はうんと答えた。

 

「遊園地にはそうした男の人と女の人が、何人もいるんだよ。……あっちには私たちと同い年くらいの二人だって」

 

 今度は、遊園地を歩いている学生のカップルに視線がうつる。

 仲良く手を繋いで互いに見つめている二人。……いいな。

 

「確かに、改めて見ると俺たちだって。そこまで浮いている感じではないのかな」

 

「でしょ? あんな感じのカップル、私も――憧れちゃうな」

 

 夢見心地で私はそんな風にも思ったんだ。

 

 

 

「俺も、ヒナタと同じ……気持ちだよ。

 ところで、次はジェットコースターに乗ってみたいな。ここからだと少し遠いかもしれないけど、面白そうだしさ」

 

 ヒロトも私と同じ想いで、嬉しかった。

 やっぱりちゃんと、彼は私の事を考えてくれている。……心配する事なんて何もないんだ

 そして彼の提案に私は。

 

「いいね! 私も賛成だよ。 

 ジェットコースター……ドキドキだけど、楽しそうだもん!」

 

 まだまだ遊び足りないもん。

 せっかくの遊園地だから、もっと楽しまないと損だよね。

 

 



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友達とも、幼なじみとも、違う絆

 ――――

 

 ヒロトに勧められて、今度はジェットコースターに。

 着いたときには少し行列が出来ていて、少し待ったりはしたけれど、ようやく私たちの乗る番が回って来たんだ。

 

 ――ううっ、こうしていると緊張するよ――

 

 ジェットコースターは動き出して、レールを上へ上へと、ガチャガチャと音を立てて昇って行く。

 左右を見ると遊園地の周囲が見渡せて、眺めはとても良いんだ。……けど、目の前のレールは途切れているし、ここから一気に――そう考えると。

 

 ――段々と高くなって行くし、これ以上周りを見るともっと怖くなりそう――

 

 そんな風に思ってしまって私は下を向いてしまう。

 

 

 すると、ヒロトはそんな私にこう言ってくれた。

 

「怖がらなくても平気さ。ちゃんと俺も一緒にいるから」

 

 隣を見ると、そこには私の大切な人の姿。

 私を励ましてくれる、ヒロト。ヒロトがいてくれるなら私――

 

「……ありがとう。一緒にいてくれるんだもんね。

 だったら私も、もう大丈夫。――ヒロトとなら」

 

 

 

 もうジェットコースターはレールの一番真上。

 景色もとても見晴らしはいいけど、段々と下へと、視界は傾いてゆく。  

 下に続くレールも見えはじめてきた。やっぱり怖いけど……もう私はへっちゃらだよ。

 だって――

 

 

 

 ――――

 

 ジェットコースターを乗り終わって、私は少しふらふらなの。

 

「ジェットコースター……やっぱり、スピードが凄かったな」

 

「そうだね。猛スピードで上がったり下がったり、グルグル曲がって回ったりだったよ」

 

 

 あの上まで昇ってから一気に急降下。

 落下でスピードを上げて、曲がりくねった道や上りに下り、そして――ぐるりと一回転。

 あの最中は怖いと言うよりも、もう勢いでそんな感情はどこか行っちゃって、ただとっても……凄いとしか考えられなかったの。

 

 ――まだふらふらだけど、良い体験をしたな、私――

 

 改めて遊園地に来て良かったって、そう思ったんだ。

 

 

 

 ――――

 

 まだまだ、あれから沢山遊んだ私たち。

 他のジェットコースターにも乗ってみたり、ゴーカートや空中ブランコ、後々……お化け屋敷なんかも!

 

 

 

「あはは! さっきは心臓が止まっちゃうかと思ったよ」

 

 お化け屋敷から出てきたばかりで、私はヒロトに話していた。

 

「俺も。恥ずかしい話だけど、お化け屋敷では何度かビクッとしたりもした。

 何だろうな、こうした事には慣れてなくて。……けどだからこそ面白かったりもしたけどな」

 

「そうだよね。だから遊園地は面白くて楽しいのかな」

 

 そんな風に私も思っていた。それと……。

 今度はある物が視線が移った。

 

「ねぇヒロト、そこの屋台でゆっくりして行かない? 色々美味しそうなドリンクも売っているし、飲んでみたいんだ」

 

 私は彼の腕を引いて向こうにある屋台を指さしてみた。

 

「へぇ、遊園地の屋台か。……確かに美味しそうだ」

 

 ヒロトも気に入ってくれたみたい――良かった。

 

 

 

 ――――

 

 私たちは屋台でドリンクを買って、ゆっくり休憩をとっていた。

 

「……もう暗くなってきたね」

 

 ドリンクを口にしながら空を見上げると、もう夕暮れ。オレンジ色の空は半分暗くなっている感じだった。

 ヒロトは携帯で時間を確認している 

 

「時間は六時過ぎだな。何だかあっと言う間な気がする」

 

「だね。だって時間なんて考えないで、たくさん遊んだから」

 

「俺もそんな感じだ。遊園地――本当に楽しめたしな。こんなのは久しぶりさ」

 

「やっぱり来て良かったよ。また機会があったら遊びに行きたいな」

 

 楽しい時間はあっと言う間だけど、でも楽しいものは楽しいんだ。

 そう言えばヒロトは今六時だって。……だったら。

 

「そうだ。もうすぐ夜……パレードまであと少しだよ」

 

 今日遊園地に来たのは、それを見に来るためでもあったの。

 見ると周りの人たちもどこかに移動しているみたい。もしかして、パレードを見るための場所取りかしら。

 

「だね。見るとみんなも移動しているし、俺たちもそろそろ向かった方がいいのかな。

 丁度ドリンクも飲み終わった所だし」

 

 ヒロトはもう飲み終わっているみたいだった。

 

「私はもう少しで。だから、ちょっと待ってて」

 

 私は自分の少し残ったドリンクを、一気に飲み終えた。

 

「おいおい、あまり無理はするなよ」

 

「これくらい全然へっちゃ……けほっけほっ」

 

 でもやっぱり急いだせいで、最後に少しむせてしまった。

 

「大丈夫かヒナタ?」

 

「うん、ちょっとだけだから。……よしっ美味しかった! じゃあ私たちもでかけようか、早くしないといい場所だって取られちゃうし」

 

 これで一息もつけたし、また歩こうかな。

 遊園地でのメインになる夜のパレード。……今からワクワクだよ。

 

 

 

 ――――

 

 パレードが通る予定の大通り。来るともうそこには沢山の人だかりが出来ていたんだ。

 

 ――やっぱりもう、集まっているね――

 

「人が多いな。どこか空いている場所はないか」

 

 ヒロトは辺りを見て、場所を探している感じだった。

 

「……ヒナタ、あそこなんか少し空いている感じだ。前列だからパレード、よく見えるんじゃないか?」

 

 すると人だかりの中に空いている場所を見つけてくれたみたい。

 

「とても良いかも! ならそこでパレードを見ていこう」

 

 私達はその空いた場所に、早速行ってみた。

 人混みの中に入って通りが見える最前列に。

 一番前だからここからだとパレードがよく見えるね。ふふっ……運が良かったよ。

 

「やっぱり一番前だから良い場所だな。えっと今は、何時だろ?」

 

 ヒロトはまた時間を確認していた。……すると。

 

「でも時間はもうそろそろだ。多分もうすぐ……」

 

 

 

 そう話していた時に丁度ずっと向こう側から小さく音楽が聞こえて、明かりもうっすらと見えて来たんだ。

 そして一緒にアナウンスも。

 

「――これからパレードは始まるんだね!」

 

 アナウンスで話した事は、まさにそんな内容。何だかもっと楽しみになって来るよ。

 

「みたいだな。奥の方ではもう通過しているみたいだし、この様子だとこっちにもしばらくしたら来るかな」

 

 

 

 私とヒロトはしばらくの間パレードは通るのを待つ。

 周りには人が多くて、それに待っている間にもだんだんと増えてもいた。

 だから少しぎゅうぎゅうって言うか、窮屈にもなって。

 

「これじゃあ幾らか、きつかったりするかな。苦しかったりしたらごめん」

 

 そのせいで隣にいるヒロトともぎゅうって引っ付くの。

 これに彼は申し訳ないみたいな風だったけど、私はむしろ。

 

「私は平気。

 むしろ、ヒロトとならこうしてくっついていると、ポカポカして……心地がいいの」

 

 くっついた身体から伝わる、ヒロトの体温と、それに少し伝わって聞こえる鼓動。

 今こうしているとまるで彼と一心同体になったみたいなみたい……もっと絆が深まったみたいな。

 

 ――自分でも不思議だけど、でも良い気持ちなんだよ……ヒロト――

 

 

 

 私達はくっついたまま一緒にパレードが来るのを待っていた。

 私もヒロトもあれから会話はしてないけど、それでも今の気持ちは同じだって言うのは分かるんだ。

 段々と近づいてくる、パレードの音楽と光。私も、きっとヒロトも楽しみなんだ。

 そして――ついに。

 

 

「……わぁ」

 

 思わず私は息をこぼした。

 ついに私達の前を通る、パレードの行列。

 夜の暗闇を明るく照らす、いくつもの大きな台車の色とりどりのイルミネーション。それに台車に乗ったり周りではたくさんのダンサーが音楽に合わせて踊ったり、ショーを見せてくれていた。

 

 ――まるで夢を見ているみたいに綺麗で、楽しげで……。上手には言えないけどとにかく凄いよ――

 

 遊園地でパレードなんて見たのはいつ以来だろう。とにかく私は、そんな光景に目を奪われていたんだ。

 

「……ヒナタ」

 

 パレードを見ていると、いきなりヒロトから呼ばれた。

 

「どうしたの?」

 

 こんな時に声をかけられてほんのちょっぴりだけびっくりだけど、すぐに私はヒロトに視線を向ける。

 すると彼はまっすぐ私を見ると。

 

「俺さ、こんなふうにヒナタと過ごすの久しぶりと言うか。もしかすると初めてかもしれないんだ」

 

「うん。こうしているの、私達でもなかなかなかったかもだよね」

 

「……俺が言いたいのはそうじゃないんだ」

 

 私はそう答えると、ヒロトはゆっくりと首を横に降る。

 

 

 

「ずっと俺は、ヒナタは普通に幼なじみ、仲の良い友達みたいな感じで付き合っていた気がするんだ。

 それに二年前の事もあってそれからは色々と……。だから上手く関わることも出来ていなかったのかもしれない。もっとヒナタの事だって、俺はちゃんと見て気にかけるべきだったのに」

 

「……それは」

 

「でも、今はこうしてヒナタと一緒に過ごしていて、普通の幼なじみだとか友達だとかと、また違う感じがするのは俺でも分かる。

 ずっと――君は俺と、こうしたかったのかな?」

 

 いつものヒロトとは違う雰囲気。

 せっかく彼がこう言ってくれたんだ。私も勇気を出して答えなきゃって、思ったけど口から言葉が出てこない。

 

 ――決まっているよ、私だって。けどここじゃ上手く言えないんだ――

 

 ヒロトはそんな私を見て軽く微笑んだ。

 

「いきなり変な事を聞いたかな? ごめん、やっぱり色々どう答えるか考えるよな。

 俺だってまだ……」

 

 

 ――?――

 

 でも最後は少し何かを言いかけたみたいなみたいだった。

 私は気になったけど、別にいいかなって思ったんだ。

 

 

 

 私達は楽しいパレードを眺めながら話していたけど、あともう少しで長いパレードの列は終わりそう。

 

 ――私にとってはこれからだよね。

 前から決めてたんだ。ちゃんと自分の想いを、ヒロトに伝えるって――

 

 人の多いここじゃ、話しにくいけど。

 だけど私は……。

 

「ねぇ、パレードを見終わったら、あそこの観覧車に乗ろう?」

 

「そう言えば観覧車はヒナタが後回しにして、まだ乗ってなかったな。

 いいけど、何だかいきなりじゃないか?」

 

 確かに聞くのは唐突だったかも。だけどちゃんと理由もあるんだよ。

 

「だって、観覧車の中は私達二人だけになれるから。だから私はそこで……ヒロトに想いを聞いてもらいたいの」

 

 その為に、私は観覧車に乗るのを後回しにしてたんだ。

 

「そう……か」

 

 今度はヒロトが、沈黙して考えているみたいだった。けどすぐに私の言葉にこたえてくれた。

 

「……もちろん大丈夫だ。じゃあもう少ししたら観覧車に向かおうか。

 ヒナタのどんな想いだって、俺は受け止めるつもりだから」

 

 

 

 その言葉。私はとっても嬉しかったんだ。

 

 ――ヒロトは私の想いにこたえてくれる。ああ言ってくれたんだもん、きっと……。

 私は信じているから――

 



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ヒナタの告白、しかし……その想いは

 ――――

 

 ……二人で乗る観覧車のゴンドラはゆっくりと動き出した。

 

 

 パレードを見終わって、私達は観覧車に乗ったんだ。

 私とヒロト、向かい合わせで座って。見える景色も段々と上へと昇っていく。 

 

「いい景色だよな」

 

 何気ない風にヒロトは私に、話しかけて来た。

 

「うん。キラキラした遊園地、綺麗だよね」

 

 外に見えるのは、明かりに彩られた遊園地の全景だった。

 昼間に遊んだメリーゴーランドやジェットコースタだとかのアトラクションも、照明に照らされて夜の暗闇に輝いている。

 

 ――とっても綺麗で素敵な眺めだよ。けど私――

 

 やっぱり上手く話を切り出せない。

 ヒロトには伝えたい想いがあるって、もう話したのに、なかなか難しい。

 

「……それで俺に話したい事があるんだろ? 

 せっかくここに来たんだしさ、ヒナタの口から聞かせて欲しい」

 

 向こうも私の言葉を待っている様子。だけどヒロトの顔を見るとどうしても、緊張して言葉が出ないんだ。

 

「ねぇ、私は」

 

 これ以上はなかなか言えなかった。

 言葉を詰まらせたまま、ゴンドラはまだ上に。そしてついに観覧車の真上近くにまで。

 

 

 

 ――ここまで来たんだ。あと少し勇気を出せば――

 

「私は、ヒロトの事が……」

 

 ようやく――少し言えた。なら後はもう、そのまま行けばいいだけ、

 私は言葉の続きも紡ぎ出していく。

 

 

「ずっと……好きだったんだよ。小さい頃から私のヒーローで、頼りになって優しくしてくれるヒロトが」

 

「……」

 

 ヒロトは私を見つめて、話をしっかり聞いてくれている。

 

「それは幼なじみ同士だって言うのもあるよ。けど、やっぱりそれだけじゃないの。

 私はヒロトの事を誰よりも一番に、大好きなの。

 ずっとその気持ちはよく分かってなかったけど、今はよく分かる気がするんだ。きっと友達よりも、幼なじみよりももっと好きで、だからヒロトとはもっとそんな絆を作りたいんだ」

 

 

 

 私は自分の席から少し立つと、そのままヒロトのもとに。

 

「……あっ」

 

 少しいきなりだったからヒロトを驚かせたみたい。だけど私はまだ自分の想いを、まだ全部伝えきれてないから。

 

「その絆って、今までよりも深いものだって思うから。

 もちろんヒロトがイヴさんの事を大切に考えているのは知っているよ。

 イヴさんよりを大切に想って欲しいなんて言わないから、せめて同じくらい私の事も……想ってくれたら嬉しいの。

 だから――お願い」

 

 

 

 もうさっきまでの緊張はなくなっていた。

 それどころか、私の心のどこかにあったブレーキが外れてしまったみたい。自分でももう、押し出てくる感情が止まらない

。 

 

「私の想い、受け止めて……ヒロト」

 

 すぐ近くには黙って固まったままのヒロト。

 想いを受け止めてくれるって、彼は言ってくれた。だから私は大丈夫。 

 私の顔と、彼の顔。私はそのまま近づけて、そして……ヒロトと口吻を交わそうとする。

 

 

 すごくドキドキするけど、これで私達はきっと――

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

「……っ、駄目だ!!」

 

 いきなり両肩に力が加わって、私はヒロトから引き離される。

 

「――えっ」

 

 引き離したのは……ヒロト本人だった。

 

「ごめん……俺は……」

 

 両手で私を押し離し彼は、強く焦っているような、葛藤しているみたいな表情。

 それに私からも視線も反らして、見てくれもしなくなった。

 

 

 どうしてなのか分からない。

 けれどその態度は、まるで私がヒロトから強く拒絶されたような。

 

「あ……」

 

 いきなりの事で、頭が回らない。

 話す言葉も考えることも、何も、何も分からなくなった。

 

 

 

「俺だって、ヒナタの想いに応えようとしたんだ。けど……もう少し考えさせてくれ。今は無理なんだ。

 何しろ――」

 

 でもヒロトの言葉だけは聞こえていた。

 自分の頭の中がまとまらないまま、彼がもっと信じられない話をしたのが分かった。

 その内容は……。

 

 

 

「キョウヤさん――チャンピオンから、教えてもらったんだ。

 ……イヴが復活出来るかもしれないって」

 

 

 



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第七章 すれ違いと断絶、砕かれた願い。
【第七章 表紙付き】 情報の海にて (Side Other)


第七章の表紙になります。イラストは本作表紙同様Ai kisaragiさんからの依頼絵に。


【挿絵表示】



 

 ――ふふ……ふふっ――

 

 

 ワタシの生まれ故郷、ミラーミッション。

 洞窟を模された仮想空間よりも更に深い、エリアとシステムすべての元となる情報により構築されたサイバースペース――電脳空間の中にワタシはいた。

 

 

 さながら宇宙空間のように広大な情報の海。ここはGBN全体のほんの一エリアにすぎないものの、構成されるデータの規模はまさに、天文学的とでも言うべきかしら?

 

 

 辺り一面を埋め尽くす光の煌きと、それらを繋ぐ輝く軌跡。高速で飛び交う記号や0と1の数列……。

 情報の海の深層に潜り、ワタシはその全てを感じ取りそして。

 

 ――これで78%と言った所かしらね。ミラーミッションのシステムは次第にワタシの手の内に収まりつつあるのが、分かるわ――

 

 まるで自分の手足、身体の一部になっていくかのように、ミラーミッションの全てが着々とワタシと一体化していくのを感じ取れる。

 

 ――元々ワタシはここで生まれた、言うなればミラーミッションの一部。それに、出来損ないでも『彼女たち』の同類でもあるわ。認めたくは…………ないけれど。

 GBNのシステムに介入が可能とする、その能力。だからこそ『ワタシ』としての自我が芽生えてすぐに――

 

 

 

 ワタシが『ワタシ』になった時から、ある程度ミラーミッションに介入出来る事が出来た。

 だからあの時、『私』と二人でいる間に邪魔されないよう、それにその能力を試すために一緒にいた彼ら……カザミとパルウィーズのガンプラのコピーを操って、時間稼ぎをしてみせた。

 ――もちろん上手く行ったわ。

 

 ――けど、まだ十分じゃないわ。私の目的を叶えるにはミラーミッションの全てのリソース……演算処理能力が必要なのだから。

 『あれ』を完成させるには、もっと力が必要なのよ――

 

 今は残りのシステム領域の支配を進めている。それと同時に既に掌握したシステムを動員して、同時にあるプログラム――パッチを生成も行っていた。

 これこそ私の願いを叶える、要。

 ただ……今の演算能力では完全に完成させる事は出来ないでいた。やはりミラーミッションの全てを手中にしなければ。

 

 ――極力目立たないようにはしているものの、この異常はやがて運営にも察知されるかもしれないわ。

 何か手を打たれる前に私は――

  

 

 

 でも、そうね。

 

 せっかくですから……『私』に会いに行こうかしら。

 ワタシの計画を実行に移すその前に、一度また会って話もしたいわ。

 

 ――だってまた会いましょうって、言っちゃったんですもの。『私』の事だから気にもなるし……ね――

 

 以前ならともかく、今のムカイ・ヒナタと言うダイバーとしての面を持つワタシなら、ミラーミッションの外へと出る事だって。

 

 

 ふふっ……外の世界か。

 それもまた、ワタシにとってはとても楽しみでもあったわ。

 

 

 

 ――ずっとワタシは、このミラーミッションの中に囚われ続けていたのだから。

 ……誕生してから二年間、ずっと――

 

 



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見えない壁に、隔たれて

 

 ――――

 

 後日、私達はクジョウ・キョウヤさんに招待されてGBN内のとある場所に。

 

「……」

 

 ヒロトと私、それにカザミさんにパルくんとそれに……クジョウさん本人も。

 

「ここはGBN運営側のための施設だ。だから一般のダイバーは基本立ち入りは出来ないけれど、今回は特別だ」

 

「……ここはまるで研究施設みたいな、感じの場所ですね」

 

 パルくんの言うとおり、白い壁と機械の多いどこかの研究所みたいな施設の中。

 私達はその通路を歩いているけど、横に見えるいくつもの部屋では白衣を来た人たちが幾つものモニターを見て作業をしていたり、調べ物ををしているみたいだった。

 

「ああ。ここでは主にGBN内のシステム、プログラムの調査に研究、解析を行う場所だよ。

 GBNのプログラムは絶えず変化を繰り返し、アップデートもまた行っている。それは彼らの働きがあってこそだ」

 

 そんな風にキョウヤさんは説明する。

 

「へぇ、それは凄いな! 俺たちがこうしてGBNを楽しめているのもそのおかげなんだよな。

 ところで……さ」

 

 カザミさんはこんな事を、続けた。

 

「ヒロトとそれにヒナタちゃん。この数日の間、何だか少し距離があるんじゃないのか?」

 

「……えっ?」

 

 いきなり言われて、少しドキッとした。

 

「あ、はは……別にそんな事はないよ。ねぇヒロト」

 

「……ああ。大したことじゃない、カザミの考え過ぎだ」

 

 私とヒロトは一緒になって、そんな事はないって伝えた。

 

「うーん、そうかな? だって前より話さないし、それにほら、一緒にいたって二人の距離も離れているしさ。

 今だってヒロトもヒナタちゃんも少し離れて歩いてるし、やっぱり――」

 

「俺たちは全然大丈夫だ。だからカザミ、これ以上は気にしないで欲しい」

 

「……分かったよ。ヒロトがそこまで言うならもう気にはしないさ」

 

 そうは言っても、カザミさんはまだ心配で気にはなっているみたいだった。

 

 

 

 ……だよ、ね。だって言っていることは間違ってないかもだから。

 遊園地の事があってから、一見私達はいつものように過ごしていた。

 別に、私だって気にしてなんていないよ。だってこれまでの関係がどうかなる訳なんて、ないし。ヒロトだって気にする事じゃないと思うから。

 だからいつも通り。これまでとは何にも変わらない。

 そうだって思うけど……。

 

 

 やっぱり、どこかヒロトとは距離がある感じがする。

 もちろん他愛のない話をしたりだってするけど、前よりも上手く話したり付き合ったりすることがどこか少し、出来ないような気もしていた。

 

 ――イヴさんが復活するかもって。嬉しい事だよね。

 だってヒロトだって嬉しいはずだし。彼がそうなら、私にとっても――

 

 半分自分に言い聞かせているけど、どこかに何かがつっかかっている感じがする。

  

 

 それに辛くて悲しくて、心に穴が空いたような、そんな気持ち。

 

 ――ここまで複雑な思いをするのも、初めてだよ――

 

 

 

 

 でも、ずっとそんな事を考えてたってしょうがないよね。……きっと。

 私が気持ちを切り替えようとすると、こんな声が聞こえた。

 

「あの、すみません」

 

 それはパルくんの、キョウヤさんに対して尋ねた言葉だった。

 

「どうかしたのかい? 気になることがあるなら、遠慮なく聞いてくれたまえ」

 

「僕たちはこうして揃っているのですけれど……メイさんは?

 ここには来ていないのでしょうか」

 

 確かにその事は私も気になっていた。メイさんだけが今、この場所には来ていなかったから。

 もしかしてまたバグの調査か何かかな。そう考えていたけれど。

 

「ああ。彼女なら君たちよりも先にここに来ているとも。

 何しろ実際に、見てもらった方が早いと思うしな。……さて」

 

 

 

 話していると私達は、ある部屋の扉の前に到着していた。

 

「ここは研究室の一つだ。君たちに見せたいものとそれに、メイもこの部屋にいる」

 

 キョウヤさんはそう言って、カードキーを取り出すと扉の側にある装置にかざし、扉を開ける。

 

「……ヒロト」

 

 彼はヒロトに視線を向ける。

 

「君がずっと望んで来た願い。それはこの先にある」

 

 

 そう言ってキョウヤさんは、先に入っていった。

 

「だってさ。ヒロトもきっと待ち遠しいよね」

 

 私はそう言ってヒロトを見た。だけど――

 

「本当に、俺はイヴと……」

 

 

 

 彼はそう言うと、続けて先に入って行った。

 

 ――あっ―― 

 

 彼は私の事なんて見ていなかった。きっと声だって聞こえても、いないんだ。

 

「……」

 

 カザミさんもパルくんも続けて部屋へと。

 するとパルくんは、私の手を引くと。

 

「行きましょうヒナタさん」

 

「あっ……うん。そうだね」

 

 今は私も一緒にいないと。

 みんなが行った最後に、私はパルくんと部屋に入ることにした。

 

 

 

 ――――

 

 入ったのは、少しだけ暗めの部屋。ここにもモニターがいくつもあって、研究員が色々調べている感じだった。

 そして、先に入っていたヒロト達が見ていたのは。

 

「あれは、メイ」

 

 部屋には大きなガラスの窓みたいなのがあって、その向こうにはメイさんが、一人白い部屋の中で椅子に座っていた。

 

 

 ハイテクな感じの椅子に座って、周囲にも何だか色んな機械が置いてある。

 それにメイさんも。身体のあちこちにケーブルを繋げて、それに頭にはヘッドギアも。まるで……何か検査しているみたい。

 私も一緒にその様子を見ていると、キョウヤさんがある事を教えてくれる。

 

「これは今、メイのデータを解析している所だ。

 正確には――彼女の内部にある、イヴのデータを」

 

「イヴの……データを」

 

 ヒロトにとって大切なELダイバーの少女、イヴ。今は消えてしまったけど、そのデータの一部はメイさんに引き継がれている。

 生まれ変わりみたいなものなんだよね。けど……

 

「けど今更、メイの中にあるイヴのデータを調べてどうするんだよ?

 だって本人はもういないんだぜ、今更一部分だけ調べたところで」

 

 

「――その質問については、私が応えよう」

 

 

 

 カザミさんの言葉に答えたのは、また別の誰かだった。

 

「こうして姿を見せることなど、普通はないのだが。

 我々としても今回の試みは興味深いものだ。だからこそ」

 

 そう言って現れたのは一人の人……ではなかった。

 

 

 

「あれは、SDガンダムフォースのガンダイバーですか。

 と言うことは……」

 

 パルくんの言う通り、私達の目の前にいたのは人間大のSDガンダム。丁度、彼のエクスヴァルキランダーみたいな姿の……ガンダムだった。

 多分水中用のような外見で、水色とオレンジ色をしている機体。だけど、あれは見たところダイバーなのかな。

 

 

 彼? はふと私に少し視線を向けると、こう話をする。

 

「どうやら君とは初めて会ったみたいだ。なら改めて自己紹介をしないとな。

 ……私はGM(ゲームマスター)。このガンプラバトル・ネクサスオンライン、GBNの運営に携わる最高責任者だ」

 

 GBNの最高責任者、そんな人がここに来るだなんて。

 

「にしても、チャンピオンだけでなくGMまでもここに来ているとはな。これは相当に凄い事をしてるって訳か!」

 

 そう言うカザミさんにGMさんは答える。

 

「ああ。……今、イヴのデータの解析をしていると言うのは既に話した通りだ。

 だが同時にメイ――ELダイバーの構造もまた調べてもいる。

 この二つのデータさえあれば、もしや消えたELダイバーも復元が可能だと我々は考えている」 

 

 彼の話す事、それにみんな驚いていた。

 

 

 

 そんな中でメイさんも向こうの部屋でヘッドギアとケーブルを外して、私達の所へと。

 

「やぁ、みんな来てくれたのか」

 

 入って来た彼女はそう声をかけた。

 

「ずっと調べられていたんだな。身体は大丈夫か?」

 

 ヒロトは心配そうだけど、メイさんは。

 

「解析と言っても身体には何一つ害もないし、痛みもない。

 それに、ヒロトが言うほどずっと調べぱなしではない。実際今回の解析に関してはここまででもあるしな」

 

「今回の? と言うと……」

 

 今度はまたGMさんが説明をする。

 

「データの復元は、簡単にはいかないとも。何しろイブの残ったデータはほんの僅かだ。

 それを復元するとなると少しずつ残ったデータから要素を拾い上げ、それをELダイバーの構造と照らし合わせて、試行錯誤しながら復元を試すしかない。

 今回の一解析にしても、それを元にどれだけ復元が可能だと言うのは正確にはまだ不明だが、おそらくはほんの数%だ。復元が形になり次第、また彼女には解析を頼むこととなるものの、たった数%だけでもかなりの時間を要するだろう」

 

 説明は難しくてよく分からないけど、それがきっと凄い事だって言うのは、何となく分かる。

 でもまだ信じられないかも。 

 

「そんな事……実際に出来るのですか?」

 

 パルくんも同じ事を考えているみたいだった。すると……。

 

「大変ではあるが可能性としてはな。何しろ消えたものを僅かな手がかりで修復しなければいけない。恐らく一年以上、いや数年はかかるだろう。

 それに我々も努力はするが、必ず成功するかも分からない。全て手を尽くそうと完全に元のイヴが復元出来るかも確実ではなく、もしかすると復元自体が不可能で徒労に終わるかもしれない」

 

「……」

 

「しかし、彼女は自らの身を犠牲にしてまでこの世界――GBNを救ってくれた。ならば我々も彼女のために、手を尽くさなくてはならない。

 ……ヒロト」

 

 GMさんはヒロトに最後に伝えた。

 

「君のためにも、復元には全力を尽くす。

 何しろイヴは君にとって、一番大切な人なのだからな」

 

 

 

 

 ――――

 

 それから研究所を出て、私達はGBNのロビーで過ごしていた。

 

「良かったじゃないかヒロト! またイヴと再開できるかもしれないんだぜ?」

 

「そうですよ。だってずっと探していたんですよね、僕も嬉しいです」

 

 カザミさんとパルくんはヒロトにそう声をかけていた。

 

「ありがとう、二人とも。俺もまだ信じきれてはいないけれど……イヴとまた会えるかもしれないなんて。

 俺はとても幸せなんだ」

 

 ヒロトは本当に幸せそうに、嬉しそうに笑っていた。

 

「それに……メイ。

 君がいたからこそ、俺には希望が生まれたんだ」

 

「私もヒロトの助けになれて良かった。

 叶うことなら、やはり生き返ってもらいたいものな。GMの言う通り時間はかかるかもしれないが、私は彼らに協力して復活が叶うよう尽力を尽くすつもりさ」

 

 

 

 

「……」

 

 ヒロトにカザミさん、パルくんにそしてメイさん。四人とも本当に嬉しそう。

 私はそんな四人を少し離れて眺めていた。

 

 ――私は――

 

 ヒロト達と、私。まるでその間には見えない壁があるみたいな気がした。

 姿は見えていても決して近づけなくて、触れることも出来ないような……寂しい気持ち

 

 ――またヒロトはイヴさんに会えるんだ。大切に思っていた人と。

 きっと私も喜ぶべきだって、分かってはいるけど――

 

 どうしてもそれが出来ないでいた。

 胸がギュッと締め付けられて苦しくて、喜ぶことなんて出来はしなかった。

 

 ――それにこれ以上みんなといるのも、何だか辛いよ――

 

 ずっと我慢してはいたけれど、どうしようもないくらいに辛くて、苦しい。だから―― 

 

 

 私は一人でそっと、みんなから離れたんだ。

 

 

 

 ――――

 

 ロビーから去って私は街中へと降りた。

 周りには高層ビルが立ち並んで、人もたくさんあるいている近未来的な街。

 周りにはこんなに沢山人がいて賑やかなのに、私だけ孤独な感じがする。

 

 ――また勝手に離れちゃったな。前にもGBNで同じことを、やったし――

 

 この前にもヒロトから、こんな風に一方的に離れた事があった。

 けど、前は一言伝えてからだったけど、今回は誰にも言わないでいなくなった。

 

 ――こんなの、もっと悪いことだよね――

 

 また私は後悔した。 

 やっぱり今頃ヒロト達が心配しているだろうって、そうも思ったけれど多分。

 

 ――でもみんなは、イヴさんが生き返るかもしれないって喜んでいるし、私のことは――

 

 

 

 みんな……特にヒロト、一番喜んでいたのは彼だもん。私なんて眼中にないくらいに。

 私だってイヴさんがもし生き返ったら、こうなることくらい分かっていた。だから……

 

『イヴがもういないと。

 それを聞いて貴方は、心の何処かで――『安心』したんでしょう?』

 

 あの時の言葉通りだった。分かっていたから、私がヒロトに一番に想ってもらいたかったから……。だから例えほんの少しだとしても、そんな事を考えてしまっていた。

 きっと今だって。

 

 ――こんなのってとても悪いことだって分かっているのに、自分ではどうする事が出来ないでいるの。

 ……どうしたら――

 

 

 

 私が考えている、その時。――誰かからメールが届いた。

 こんな時に誰だろう、そう思いながら私はメニューを開く。

 

 ――えっとメッセージは、一体誰から――

 

 私は送り主とメールの内容に目を通した。

 

 

 するとそれは……

  

 

 

 ――――

 

 

 街に立ち並ぶ高層ビルの一つ。

 私は一人でエレベータに乗って、上の階へと向かっている。

 

 ――ヒロト達ともたいぶ離れてしまったかな――

 

 そんなことも考えながら、私はエレベーターが目的の階に着くのを待っていた。

 

 ――あのメール、いったいどうして。だってあれは――

 

 今でも信じられなかった。

 私に送られて来たメール。その内容は、私に会って話をしたいと言うもの。

 そして……そのメールの相手は。

 

 

 

 ビルの屋上階に、エレベーターは到着した。

 エレベーターから屋上、そこで私は一人の人物を見かけた。

 

「待っていたわ……ムカイ・ヒナタ」

 

 頭に黒いフードをかぶって全体もマントに身を包んだ誰か。

 顔は見えないけど、その声は私にとって聞き覚えがあるものだった。だって……。

 

「私達、会うのはミラーミッション以来だね。……もう一人の私」

 

 そう言うと相手は隙間から見えていた口元に、微笑みを浮かべてフードを外した。

 現れたのは――私と全く同じ顔。

 

「ふふふ、そうね。……一週間ぶりと言うべきかしら」

 

 ――あの事はただの幻、夢なんじゃないかって思いもしたけどそれは違った。

 また私の前に現れた、黒い姿の私。彼女は一体。

 

「また会うなんて、思わなかった。それにここはミラーミッションなんかじゃないのに」

 

 私のコピーならミラーミッションにしか現れないはずなのに。今こうしてGBNで会うことも、信じられなかった。

 

「言ったでしょ、『ワタシ』は『私』、ムカイ・ヒナタなのよ。

 ダイバーである貴方がここにいるならワタシだって。当然でしょ?」

 

 『ワタシ』は青い空を見上げて続ける。

 

「でも、外の世界――GBNはとても素敵な場所ね。ワタシはずっとあの暗い洞窟にしかいなかったから、それがどれ程綺麗だと思ったか。

 みんなこの世界が好きで、楽しんでいるのがワタシでも分かるもの。

 本当に反吐が出るほど…………忌々しいくらいに」 

 

「もしかして、GBNが嫌いなの?」

 

「……ええ」

 

 私に向けられた『ワタシ』の視線。その黒い瞳の中に一瞬、憎悪の炎がちらついたように見えた。

 

「ワタシはね、GBNもガンプラも大嫌いなのよ。

 とっても憎くて憎くて堪らないのよ。そして……」

 

 

 

 すると『ワタシ』は言い過ぎたとばかりに首を横に振る。 

 

「……ううん、ワタシとしたことが余計な事を口にしたわ。だから忘れて頂戴な。

 『私』にはそんな感情なんて、似合わないのだから」

 

 不思議な言い回し、聞いていると変な気持ちになりそう。

 

 

 

 

「メールは見たよ。……私に話があるって。

 でも、今はあまり話がしたい気分じゃないの」

 

 メールの送り主は、私――ムカイ・ヒナタからだった。もしかしてって思ったら、やっぱりその正体は彼女。

 でも私はあまり話はしたくなかった。けどそれでも、気には……なっていたから。 

 

「ごめんなさい。本当ならもう少しちゃんとするべきだったんだろうけれど、あれから私も忙しくて、なかなか時間がとれなかったのよ。

 でも、ずっとまた貴方に会いたかったのよ。……『私』の事が気がかりだったから。

 だけどね――」

 

 『ワタシ』はうっすらと冷たく微笑む。

 

「さっき偶然、みんなが話しているのを聞いたのよ。

 ………あらあら、いくらワタシでもこれは想定外。まさかイヴが復活するかもだなんて、ね」

 

「それも知っていたんだ」

 

「ええ。と言っても、ある意味ではワタシの予想通りだけれど。

 例えイヴが復活することになろうと、なるまいと、どの道貴方は裏切られる運命だったのよ」

 

 くくく……。小さく笑い声をあげて『ワタシ』は屋上の手すりに腰掛ける。

 

「だから忠告したじゃあないの。あまり希望なんて持たない方がいいって。

 ほら? 貴方の願いなんて結局裏切られて、踏みにじられたじゃない。

 ……いいえ」

 

 急に『ワタシ』は笑うのを止めて、無感情な声で言った。

 

「裏切られたどころか、初めからクガ・ヒロトは貴方の事なんて見てすらいなかった。いや……むしろ今は邪魔者としか思ってないのよ」

 

「でも、私はちゃんと仲良く出来ていたんだよ。勇気も出して告白だって。……どうして」

 

 小さい声で、自分に言い聞かせるように、ただ呟くことしか出来なかった。 

 

「これまで仲良く出来ていたと思っていたのは、ただヒロトが気を遣っていただけなのよ。

 そして、イヴが復活すると分かった今は? 彼にとって貴方は自分とイヴとの間に割り込む邪魔な存在にしか過ぎないわ。

 あーあ、クガ・ヒロトにとってはずっといて当たり前、ただ自分の助けになってくれる便利で都合の良い相手くらいとしか思っていないのに、貴方が一方的に想いを寄せて来たんですから。

 きっと……本心ではさぞ、迷惑だと思っていたのでしょうよ」

 

 

 

「迷惑――私が」

 

 思い浮かんだのは、遊園地で告白した時のヒロトの様子。

 私の事を拒絶して、目をそらして……イヴさんの事を想っていた彼のこと。

 

 ――さっきだって、ヒロトはイヴさんをずっと気にしていたんだ。私の事なんて目に入らないくらいに――

 

「もう分かったでしょ? いくら貴方が想おうとも願おうとも、そんなのはクガ・ヒロトにとっては無価値で、今ではただ邪魔なのよ。彼はイヴに一筋なんですから。

 ……それに、これからどうするつもり? 最初会った時には彼と一緒にいるのを諦めないと言ったじゃない。こんなになったのに…………今でも、それは変らないの?

 同じ『ワタシ』同士じゃない。ねぇ……教えてよ?」

 

「――」

 

 もちろん――。そう答えようとしたんだ。

 けどその言葉がどうしても出てこない。それに心の底からそう思うことも、出来ないでいた。

 イヴさんが生き返るかもしれないって知ってから、ヒロトは彼女の事を思っている感じだった。

 ……ううん。本当はその前から、二年前にイヴさんと出会ってからずっと彼女の事が大切だった……私よりもずっと。

 

 

 どれだけ私が想っていても、その想いには敵わない。 

 それをこんな形で思い知らされて……私は。 

 

「もう自分でも分からないの。……今の私には」

 

 それくらいしか、私は言えなかった。 

 

「成程、ね」

 

 すると『ワタシ』は一言呟くと。

 

「やっぱり諦められないのね。かと言って未だと、想い続けるのもずいぶん苦しくなったのね。

 揺れる想い、それはとても辛いもの。ですから――私が救ってあげる」

 

 ふふっと彼女は微笑んで、ゆっくりと私に歩み寄る。

 

「きっと今は考えきれないと思うわ。だから三日後にまた、話をしましょうよ。

 『私』がどうしたいのか、その時に聞かせて欲しいの。そしたら……」

 

 私のすぐ隣を『ワタシ』は横切った。

 

「場所はまた後で伝えるわ。

 だからね、待っているわよ。ムカイ・ヒナタ」

 

 

 

 最後にそんな言葉を聞いて、振り返るともう『ワタシ』の姿は消えていた。

 

 ――私がどうしたいか、か。でも、何だか自分でも分からないよ――

 

 私からの想いなんて、結局はヒロトにとって無価値だって。

 信じたくなんてない。けれどもう分からなくなって来たんだ。

 

 

 

「……ヒナタ」

 

 すると屋上にまた誰かがやって来た。

 やって来たのは、ヒロト一人だけだった。

 

「……一人だけなんだ。みんなは?」

 

「手分けして探したから、みんな別の場所だ。

 いきなりヒナタがいなくなって、それで心配になって。もちろん俺だって――」

 

 心配? 心配って、どれくらいなんだろう。だってヒロトにとって私の存在なんて。

 

「……大して、思ってなんていないのに」

 

「何か言ったか?」

 

 ヒロトはそう、私に聞き返す。

 

「別に、なんでもないよ」

 

「……そうか」  

 

 

 何だか彼もどうすれば良いか分からないみたいだけど、それでも普通に装っているみたいだった。

 でも私もヒロトも、どこかぎこちなくて……よそよそしい。

 

 

 やっぱり私たちの間には越えられない壁がある。

 姿は見えるのに、近づけないし触れられないような、透明な壁が。

 その向こうにはカザミさんたち大切な仲間と、そして……ヒロトの一番すぐ傍にはイヴさんがいる。

 

 ――私は、それを遠くから見守ることしか出来ない。

 でもヒロトは、イヴさんがいればきっと幸せなんだ。それで幸せなら私も――

 

 これまでだって私はそう思って来たし、満足していた。

 けれど……

 

 ――今は何だか寂しくもあるんだよ、ヒロト――

 



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―もういいのー(Side ヒロト)

 ――――

 

 イヴが生き返るかもしれないと俺は知った。

 二年前GBNを救うために消えてしまった、俺にとって大切な人。……それがイヴだった。

 

 

 その事を知ってから数日間、俺の心は満ち足りた感じだった。

 この瞬間にもメイと残ったイヴのデータを元にして、復元作業が行われているんだろうか。

 俺は今、自分の部屋で……写真を眺めながら、彼女の事を思っていた。俺とイヴの二人でコアガンダムを背景に撮影した、GBNでの写真。

 

 ――いつかまたイヴと会えるのか――

 

 復元するにしても、何年も長い時間がかかる事だってもちろん知っていた。そして復元も上手く行くかどうかも、定かでない事だって。

 けれど俺は。

 

 ――ずっと俺はその事を願っていたし、彼女を探し続けていた。メイがイヴの生まれ変わりと分かって、それで十分だとも考えたけれど――

 

 もしまた会えることが、共に過ごせることが叶うのなら。俺はきっと幸せだって、そう思う。

 

 

 ――けれど。

 

 

 俺はイヴとの写真の、横に置いてあったもう一つの写真に視線が行った。

 隣の写真は俺とヒナタ、それぞれの家族と一緒に撮った家族写真だった。

 

 ――ヒナタの事は、俺はどれだけ想っているんだろうか――

 

 イヴを大切に思っている事も自覚していた。もちろんヒナタに対しても俺は大切にしていると、考えてはいる。

 だけど俺は。

 

 

 ――上手く考えがまとまらないな――

 

 自分でも、今考えようとしても上手くいかない。

 こうしてずっと部屋の中にいるからか、なら……。

 

 

 

 俺は席を立って出かける支度をする。

 

 ――気晴らしに少しだけ散歩でもするか。何だかモヤモヤするし、多分スッキリするかもしれないから――

 

 それに、さっきの事も考えやすくなるかもしれない。

 何しろ、俺はまだ――決めきれてはいないから。

 

 

 

 ――――

 

 街の中を一人で歩く。

 今日は別にGBNをしたりとか、そう言うことはない。本当にただの散歩だ。

 通りを歩くと何人もの人とすれ違う。そんな中で俺は考え事の続きをしていた。

 

 ――俺は昔からヒナタとは一緒だったんだよな――

 

 彼女とは小さい頃から共に過ごしていた。

 家が近くて家族ぐるみの付き合いで、互いによく家を行き来したり遊んだりもしていた。それに、学校が始まってからは小学、中学、そして高校までずっと一緒でもあった。

 

 

 

 ――あっ――

 

 俺は目的もなく、ただ適当に歩いていたつもりだった。けれど……。

 

 ――いつの間に、ここの近くにまで来ていたのか――

 

 いつの間にか俺は、遊歩道の入り口にたどり着いていた。

 街の海沿いにある遊歩道、そこは俺とヒナタが小さい頃からよく遊びに来ていた場所だった。

 

 

 ここに来たいってそこまで思っていたわけでもない。

 けれどここまで来たのなら……。俺は遊歩道の入り口をくぐった。

 

 

 

 ――――

 

 ――ここはほとんど変わらないな――

 

 新緑色の林に白い石畳、そして海沿いに見える俺たちが暮らす街。

 

 ――今でも通いなれたこの場所だけど、やっぱりいいな――

 

 そんな遊歩道を歩きながら俺はそんな風に思っていた。

 歩いていて落ち着くと言うか、気持ちが良い。

 何しろここは……。

 

 ――思い出のある場所だから。俺と、それにヒナタとの――

 

 そう考えた瞬間胸の奥が傷んだ。

 

 ――俺はヒナタの事も大切にしているつもりだった、けれど――

 

 

 

 数日前、遊園地で二人で過ごした時。

 俺はヒナタから……告白された。

 

『私はヒロトの事を、誰よりも一番に大好きなの。

 ずっとその気持ちはよく分かってなかったけど、今はよく分かる気がするんだ。きっと友達よりも幼なじみよりももっと好きで、だからヒロトとはもっとそんな絆を作りたいんだ』

 

 初めて直接伝えられたその想い。

 もちろん、これまでからヒナタは、いくらか変わっていた部分もあった。俺に対して幼なじみとまた違う意識を感じて、もしかするととも少しは思っていた。

 

 ――だが直接言われた俺は、想像以上に動揺した――

 

 本当にヒナタがそこまで俺を想っていたなんて、そしてイヴの事もあった。遊園地に行く前にキョウヤさんからその事を、イヴが生き返る可能性があると知った。

 最初はイヴとヒナタとの想いはまた違うと割り切ろうとした。俺なりに彼女の願いに、ちゃんと応えようとしたんだ。

 

 

 けれど最後の最後で。

 

 ――ヒナタの想いを、俺は裏切ってしまった――

 

 彼女の俺に対する告白。それを俺は最後の最後になって拒絶した。

 受け止めずにただ突き放して、目を背けて逃げた。

 

 ――こんなのは最低だよな――

 

 その後の俺も、あんな事をした後でまともにヒナタと付き合うことも出来ず、いくらか距離を置いてしまっていた。

 ヒナタも同じ感じで、本当なら俺の方から謝るなり、ちゃんと話をするべきなのに。……今日だって。

 

 

 イヴの事を知りに行くと言うことで彼女が、複雑そうなのは感じていた。例え普通そうに振舞って、一緒について行くと言っていたとしても実際は……。

 

 ――ヒナタは一人寂しそうにして、途中で抜け出しもしていた。きっと内心ではとても辛いのだって分かっていたのに――

 

 それさえも、俺はどうすれば分からずにずっと彼女から目を反らしていた。

 

 

 

『もちろんヒロトがイヴさんの事を大切に考えているのは知っているよ。

 イヴさんよりを大切に想って欲しいなんて言わないから、せめて同じくらい私の事も……想ってくれたら嬉しいの』

 

 ヒナタの言った言葉。イヴと同じくらいに想って欲しいとも。

 

 ――やっぱり俺は、ずっとイヴの事を特別に考えていたんだよな。

 だから俺はヒナタよりも結局は彼女を優先させた―― 

 

 ヒナタとイヴ。俺は二人とも大切に思っていると考えていた。それぞれ違う別の意味で大切にしていると、そう考えていたけれど……。

 

 ――いや違わない。本当はどっちとも、同じ意味でもあったんだ。

 一番大切な相手、それはどちらか一人だけだ。だから俺はずっと――

 

 ……分かっていた。

 俺がずっと大切に思っていたのはイヴで、ヒナタの事はそれに比べたら二の次にしていたのだろうと言う事を。

 二年前にイヴと過ごしていた時も彼女との思い出ばかりで、そして消えた後は――世界全てが、何もかもどうでもいいとも思ってもいた。

 

 

 ……どうでも良い世界。その中には当然、ヒナタの事さえも含まれていた。

 ヒナタは俺の事を二年間ずっと気にかけていた。なのに俺は、イヴの喪失に比べたらヒナタなんてどうでもいいと、思ってしまっていたんだ。

 

 ――やっぱり、ヒナタをイヴ程に想うことが出来てなかったんだ。それ以前に、ちゃんと向き合う事だって。俺は……酷い人間なのかもな

 だから――

 

 分かっていたからこそこれからはヒナタを大切にしようとした。多分、遊園地で告白するだろうと思って、その時には受け入れようと決めてもいた。

 

 

 

 ――けど、イヴが生き返ると知った俺は、またイヴの事を一番に考えてヒナタを――

 

 きっと俺はヒナタの心を深く、傷つけてしまった。

 

『だが、そうした感情はとてもデリケートなものだ。ヒロトの言葉そして対応次第では相手を傷つけかねないような、な』

 

 いつか言ったメイの言葉。俺がもっとちゃんと、その意味を理解してさえいれば。

 

  

 本当ならあの時告白を受け入れるべきだった。

 ……もしかすると、以前なら何の抵抗もなく告白を受け入れたのかもしれない。でも、ヒナタがあそこまで本気だと分かった今では、俺は……怖くなったんだ。

 ヒナタと同じくらい俺は彼女を想えるのか。今もイヴの事を強く想う、自分が。

 

 

 そして……。

 

 ――もしイヴとまた会えるなら、俺は彼女を選びたいと言う気持ちだって強い。

 ヒナタには悪いと思っても、イヴは俺にとってとても……特別な存在だから――

 

 我が儘かもしれないのは分かっている。けれど、俺はまだ決心ができない。選びきることが出来ないでいた。

 

 ――ヒナタとイヴ、俺はどちらかを選ばないといけない。でも俺にはまだ――

 

 この決心も覚悟も出来てはいない。

 

 

 

 そんな中で、俺はヒナタとどう接すれば良いか思い悩んでいると。

 

「――あ」

 

 目の前の海沿いの歩道、その手すりにもたれて海を眺めている人影が見えた。

 あれは……

 

 ――ヒナタもここに来ていたのか――

 

 一人で海を眺めていた、ヒナタ。

 遠くから見える彼女の背中はまるで、とても寂しげに思えた。

 

 ――遊園地であんな真似をしたせいで、俺は――

 

 ああしているヒナタに、声をかけるべきかどうかヒロトは悩んだ。

 まだどうしても話を切り出す勇気が出なかった。けれど……それでも。

 

 ――ここで言わなければ。でないと――

 

 ちゃんとヒナタと向き合わないと、ここでまた目を背けるなんていかない。

 俺は彼女に声をかけようとした。すると、ヒナタはその前に。

 

「……ヒロト、いたんだ」

 

 先にヒナタが振り向き、俺に気づいて声をかけた。見た所、様子はいつもの彼女と変わらないようだ。 

 

 ――立ち直った……のか――

 

 俺はそうも思ったけれど、どこか無理をしているような気もしないでもなかった。

 

「ああ。ここで会うだなんて偶然だな」

 

 とりあえず普通にヒナタに話しかけてみた。

 

「私は散歩でこの場所に来たんだ、気分転換に」

 

「俺も同じさ。気を紛らわすために少し散歩をして、それで……」

 

 他愛のない会話だけど、やっぱりどこかぎこちないような。そんな気がする。

 でもヒナタは、いつもと変わらない優しい表情を俺に向けている。

 

「ここは良い場所だよね。だって昔からよくヒロトと過ごした、思い出の場所だから。

 覚えてる? 小さい時には二人で遊んでまわったり、その後も散歩だったり出かけた時にはよく、ここに来たりもしたよね」

 

「覚えているよ。もちろん俺だって」

 

「……うん」

 

 昔の事を懐かしがるヒナタ。そして彼女は、俺に。

 

「私とヒロト、ここで色々な話をしたよね。学校でどんな事をしたかだとか最近見たテレビの話とか、他愛のない話がほとんどだけど、私にとってはどれもかけがえのないものなの。

 ……だってヒロトとの思い出が私には一番、大切な思い出だから」

 

「……」

 

 何も言えなかった。俺には答える資格なんてない。

 

 ――俺はイヴとの思い出ばかり、ずっと気にしていた。もちろんヒナタの思い出だって覚えているし大切にしている。けれど――

 

 俺は果たしてイヴ程に、あるいはヒナタと同じように一番にヒナタとの思い出を大切にしているのか。

 自信はなかった。多分、きっと俺は――

 

「だよ……ね。ごめんねヒロト、変な話をしちゃって。

 困らせちゃって本当に……ごめん」

 

 

 

 俺の事を察したのか、ヒナタは俯いてそんな呟きをしたのを聞いた。

 

 ――違う、ヒナタが謝るなんて。本当に謝るべきなのは――

 

「謝るのは俺の方だ。遊園地での告白、ちゃんと受け止めることが出来ないで。――ヒナタを拒絶してしまって」

 

「……ヒロトが謝ることないよ。私は、全然気にしてないから」

 

 するとまた、ヒナタは明るい様子で振舞ってみせた。

 

「そんな事より、もっと楽しい話をしようよ。

 えっと、今度GBNに行った時には何をしようか。……またヒロトのガンプラバトルも見てみたいな」

 

 でも、いくら俺でも分かる。ヒナタは笑っているけど、それは自分で無理をして笑っていると。

 

「GBN、とても楽しい所だもん。

 それにイヴさんも生き返るみたいなんでしょ? そうなったらもっと賑やかになるし、もっと……楽しくなるよね。

 ヒロトだってきっとそれが……」

 

「いいんだ、無理なんてしなくて」

 

 俺はそうヒナタに伝える。これ以上俺のせいで無理はさせたくなかった。

 

「俺が謝りたいのはこれまでの事もだ。ずっとイヴばかりで、ヒナタの事をあまり見れてなかった。

 だからこそ……」

 

 ヒナタは俺を黙って見ている。

 

「あの遊園地でヒナタの想いに応いたいと思った。……けれどそれが出来なかった。

 やっぱり俺にはイヴへの想いがあるから。GBNの楽しさと大切な事を教えてくれて、かけがえのない思い出をくれた、彼女の事が……」

 

「……」

 

「だからあの時に応えられなかった。ヒナタとイヴ、俺には選びきれなくて。……今だってそうだ。

 けどヒナタをどうでもいいなんて、思っているわけじゃない。時間さえくれたら俺はヒナタの事を――」

 

 

 

 

「もう――いいの」

 

 ほんの短い、ヒナタの一言。

 

「えっ」

 

 もういい――。一体それはどう言う事なんだ。

 

「私、分かっているから。ヒロトが本当に大切に想っているのはイヴさんだって。

 一番、大切な人なんだよね」

 

 そう話すヒナタは明るく励ますような、応援するような感じで微笑みかけた。

 いつも俺がよく見慣れた彼女の表情。

 ……二年間、ずっと心を閉ざしていた俺に寄り添おうとしたヒナタの、そんな。

 

「きっと私は迷惑をかけていたんだ。ヒロトが好きなのはイヴさんだって、分かっていたのに、その間に割って入ろうとしたんだから。

 イヴさんがいない事にも安心して、自分が代わりに大切な人になりたいって。

 本当は邪魔をしていた。私はヒロトの邪魔者になっていたの」

 

「……違う。俺は――」

 

「だから、もういいの。ヒロトは無理をしていたんだよね。

 ヒロトが優しいから、その優しさに私は甘えてずっと。私こそ無理をさせちゃった。ずっと迷惑をかけて……ごめんね」

 

 ――無理なんてしてない。迷惑だなんて――

 

 俺はそれを上手く伝えようとしたけれど、その間にヒナタは背を向けて、去ろうとする。

 

「私はもう大丈夫。ヒロトのおかげだよ……今までありがとう。

 イヴさんとまた一緒になれる事だって、願っているから」

 

「――っ! 待ってくれヒナタ!」

 

 呼び止めようとした。

 けれどヒナタは俺の言葉を聞かないで、そのまま去って行った。 

 

 

 

 もうヒナタの姿は俺の目の前からいなくなっていた。

 

 ――あんなにヒナタは考えていたのか。それに――

 

 さっき話をしていた時のヒナタの表情。二年間、俺に向けてくれたのと同じ優しい微笑み。――だけど。

 

 ――背を向ける前に一瞬だけ見えたヒナタは…………泣いていた――

 

 確かに優しい表情だけど、どこか寂しくて。それにさっき彼女の目には、ほんの僅かに涙も浮かんでいるのを俺は見た。

 

 ――本当はヒナタだって辛いのに、なのにああして俺の事を想ってくれていた――

 

 今回だけじゃない。もしかすると、あの二年間だってヒナタはずっとそうだったのかもしれない。

 

 

 自分だって辛いのに。俺がイヴの事ばかりで、ヒナタには何も言わず心を閉ざしていたのに……それでも。

 

 

 ――俺は……ヒナタの事を―― 



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すがる救いの、行く先は

――――

 

 やっぱり、私は本当は分かっていた。

 どんなに頑張ったって私は、ヒロトにとって本当に特別な相手になんてなれないって。

 

 ――なのに私は無駄な事ばかりしていた。ヒロトを困らせて、ただ振り回していただけなんだ――

 

 

 

 イヴさんが生き返る事を知って、私は色々考えたんだ。

 だってヒロトも喜んでいたから。本当は彼も、イヴさんと一緒にいたいと分かっているから。

 

 ――ヒロトのためにも私が距離を置くべきだよね。それが彼にとって、一番いいから――

 

 そうするべきだって私は思いもした。

 でも……そう考える事は、とても辛くて。だから自分でどうしたいのか……悩んでいた。

 

 

 

 さっき息抜きで公園に来ていた時だって、私はヒロトの事をずっと思い悩んでいたの。

 すると――そこで。

 

『ここで会うだなんて、偶然だな』

 

 ヒロトもそこに来ていたんだ。

 私は複雑だったけど、でも会えて嬉しかった。

 だって彼の事が大好きだから。だけど――

 

『やっぱり俺には、イヴへの想いがあるから。GBNの楽しさと大切な事を教えてくれて、かけがえのない思い出をくれた、彼女の事が……』

 

 話をしていて分かったの。  

 やっぱりヒロトの心にあるのはイヴさんだって。今でもずっと、大切な存在だって。

 

『もう分かったでしょ? いくら貴方が想おうとも願おうとも、そんなのはクガ・ヒロトにとっては無価値で今ではただ邪魔なのよ。彼はイヴに、一筋なんですから』

 

 頭をよぎったのはあの『ワタシ』がしていた話。

。結局は私はヒロトにとってそこまで大切なんかじゃなくて、むしろ私が想いを持つ事は、彼にとって邪魔になっているのかもしれなかった。

 だって彼はイヴさんに一筋だから。――だから。

 

『もう――いいの』

 

 そんな感情が先走って私は言ったんだ。

 それから私がヒロトの迷惑になっていた事も謝って、イヴさんの想いの応援も伝えて――彼から去った。

 

 

 これで良いんだって、自分に言い聞かせて。

 

 

 

 ――――

 

 そんな事があった昨日から……私はほとんど、自分の部屋に閉じこもっていた。

 今日は日曜日。まだ学校は休みで、家にいたって何の問題だってないから。

 ……けど。

 

「ヒロトくん、また来たけれど。……会わなくていいの?」

 

 聞こえるのは家のインターホンの音。

 多分ヒロトが様子を見に来たのかな。だけど、今は。

 

「ごめん、今は会いたい気分じゃないの。ヒロトには今留守だって……お願い」

 

 私はどうしても、会う勇気がなかった。

 これじゃダメだって分かっているのに、ヒロトと会うのが、それに彼の事を考えるだけでも胸が苦しくなる。

 

 ――もう訳が分からないよ。ヒロトを想うだけでも苦しくて、会いたくないけど……私は今だって――

 

 それでもまだヒロトの傍にいたい思いもあるの。彼がイヴさんの事を想っているのも分かっていたけど、それでも私は一緒にいたいって。

 本当にイヴさんに一筋で私の事なんて、それに比べたらちょっとでしかなくても、それでも構わない。ただ――傍にいられたら私は幸せだって。

 

 

 

 ずっと、そう思っていたし……自分でもそう思おうともしていた。

 

 ――でも、実際にそうなると寂しいんだ。ただ一緒にいれたら平気だなんて、思えるわけないよ――

 

 寂しいけど……でも。

 ヒロトはただ無理をしていただけなんだ。

 時間をくれれば――。彼は言っていたけど、それは私を傷つけたくないから、気を遣おうとしていたくらいに過ぎなくて。

 

 ――ずっと好きな人がいるのに、それに比べたら私は。なのに――

 

 それで一緒になれたって、余計に辛くなるって思うから。

 

 

 だから、ヒロトと無理して付き合うくらいならいっそ……私が諦めた方が。

 どっちにとっても良いに決まっている。

 

 

 全部、全部、分かっているけど。……だけど。

 

「ぐすっ……ひぐっ」 

 

 毛布にくるまって、声が外に漏れないように私は泣いた。

 もうどうしようもなくて行き場のない思いを振り絞るように。

 

 

 ――だけど本当はすごく嫌だよ。わがままなのは分かっているけど、イヴさんにヒロトを取られるのが嫌だ。私の事を……見て欲しいんだ――

 

 その気持ちをヒロトに伝えたら、もしかすると――。

 だけど、本当に彼が迷惑に思っていたら?

 そう考えると怖くて。それにそんな自分勝手なわがまま、言えないよ。

 

 

 

 やっぱり、私一人だけだとずっとこんなままだ。

 

 誰でもいいから――救って欲しかった。

 

『揺れる想い、それはとても辛いもの。ですから――私が救ってあげる』

 

 そんな時に思い出したのはあの『ワタシ』からの言葉だった。彼女はまた会いたいと、私を救うと……そう言ってた。

 

 ――それにあの後、メールがまた届いていたんだ。内容は――

 

 今日の夕方五時、GBNのあるエリアでまた会いたいって『ワタシ』は伝えていた。

 

 

 会って何をしたいのか、正体だって分からない相手。気味も悪くて怖いけれど、もう会いたくなんてないけど……でも。

 

 ――もしかすると本当に私を救ってくれるなら――  

 

 それなら私はあと一度だけあの人と、もう一人の『ワタシ』と会って話をしたかった。

 

 

 ――だってこんなに苦しい思いなんて…………イヤだから――

 

 

 

 

 ――――

 

 私はお母さんに一言伝えてから、そのまま家を出た。

 向かう先はガンダムベース。あそこでGBNにログインが出来るから。……そして。

 

 

 ――あっと言う間に、着いた感じだね――

 

 目の前のガンプラの専門店――ガンダムベースの入り口に来た私はふと立ち止まっていた。

 

 ――私、これで……いいのかな――

 

 本当ならちゃんとヒロトと直接話し合った方がいいって、今更だけど思っていた。

 私たちがどうした方がいいのか、二人で。

 

 ――だって幼なじみだもん。話せばもっと良い方法だって――

 

 でも、同時に私の頭をよぎったのは、カザミさんにパルくんそしてメイさん、ビルドダイバーズのみんなの傍でイヴさんと二人で幸せそうに笑い合う――ヒロトの姿。

 

 ――ううん。ヒロトにはビルドダイバーズのみんなに……イヴさんがいるもん。本当に大切に想う人が。私はもう――

 

 そう思うとやっぱり……。

 

 

 

「やぁ! ここで会うなんて、偶然だなヒナタちゃん」

 

 するとそんな時に、見知った顔が現れて私に声をかけて来た。

 相手は、私がアルバイトをしているガンダムカフェの店長さん。

 

「本当に偶然ですね……ここで会うなんて」 

 

「ちょっと散歩にな。それでガンダムベースにも通りかかったら、こうしてヒナタちゃんにも会えたわけだ」

 

 朗らかな笑顔を店長さんは私に向けてくれる。

 

「ここに来たと言うことは、もしかしてGBNをプレイしにかい? たしか最近始めたって聞いた気がするからもしかして……とな」

 

「うん、そうなの」

 

 私はそうこたえた。

 

「成程な。ならヒロトともっと一緒になれる時間が増えたってわけか。

 きっと、もっと絆が深まって行くんだろうな。そしていつかは……」

 

「……」

 

 店長さんが言いたいことは、私にも分かるんだ。

 ヒロトともっと親密に。本当は私だって――そう出来れば良かった。

 

 

「……なぁ」 

 

 すると店長さんは、心配しているみたいな感じだった。

 

「正直さ、やっぱり今のヒナタちゃん、変だよ。

 まるで辛いのを我慢していると言うか、もしかしてヒロトの事かい」

 

「それは、その……」

 

「もし辛いなら相談に乗るよ。ヒナタちゃんとヒロトとの仲、本当に応援したいから」

 

 親身になってくれる店長さん。

 きっとこの人は、良い相談相手になるかもしれない。――だけど。

 

「ありがとう、気にかけてくれて。でも今は大丈夫なの。

 また相談したくなる時があったら……その時には」

 

「そうか……分かった。その時には遠慮なんて要らないから、いつでも相談しにきてくれよ」

 

 まだ心配しているみたいだけど、店長さんは私の気持ちを酌んでくれた。

 

 

 私は店長さんに別れを言うと、そのままガンダムベースへと。

 

 

 今は……彼女が私を助けてくれるかもしれないから。

 

 

 

 ――――

 

 一人でGBNにログインした私は……約束をしていたエリアへ。

 

 ――どこに連れて行くのだろう――

 

 私はあるガンプラ――モビルスーツの手の平に乗って、空を飛んで移動していた。

 その機体はログインしたばかりの私を出迎えて、ここまで連れて来てくれたんだ。……けどそれは。

 

 ――ヒロトのガンプラ、アースリィガンダムが、どうして――

 

 見上げるとそこには、本来はヒロトのガンダムであるはずのアースリィガンダムの姿があった。

 けれど本当は綺麗な白と青のモビルスーツなのに、私を乗せたアースリィガンダムはまるで影のように黒い色をしている。

 あれは何だろう? でもそれはまるで……。ミラーミッションで見たガンプラのコピーとよく似ていた感じがするんだ。

 

 

 

 そんな黒いアースリィガンダムに乗って私は、目的の場所に到着しようとしている。

 スピードと高度を落としてモビルスーツは地面に着陸すると、私を乗せている手のひらをゆっくりと下に。

 私はようやく地上へと降りた。だけど……。

 

 ――ここはとても、寂しい場所だよ――

 

 降りた場所は荒れ果てた荒野だった。

 生き物の気配もなくて、ただ冷たい風の音が響くだけの寂しい場所。そして……

 

 

 私のすぐ目の前には、広い荒野にただ一つ佇む、巨大なスペースコロニーの残骸がある。

 まるで地面に突き刺さった墓石のような雰囲気。風の音はそのボロボロになった無数の真っ暗な亀裂や穴から、ひゅうひゅうと絶え間なく聞こえていたんだ。

 

「……ふふふ」

  

 そのスペースコロニーに空いた洞窟のような穴から、現れた人影。

 人影の正体は――あの黒い『ワタシ』だった。

 

「来てくれると思ってたわ。きっと……ね」

 

 『ワタシ』は暗闇からゆっくりと私に歩み寄る。

 

「ねぇ。話の前に、聞きたいことがあるんだけど」

 

「何かしら?」

 

「あのガンダムは一体何なの? だってあれは――」

 

「クガ・ヒロトのアースリィガンダムって言うんでしょ。ふふっ」

 

 私の問いに含み笑いをする彼女。

 

「あれはミラーミッションのシステムを使って生み出した『お人形』さん。

 私はね色々なお人形さんを好きに、たくさん作れちゃうのよ。作るために必要なデータは『あるモノ』を使えば幾らだって用意が出来るから」

 

 それを聞いて私は後ろのアースリィガンダムをちらっと見た。

 あれはやっぱりコピーなんだ。

 

「それで……話したいことは? 『ワタシ』が聞いてあげるわよ」

 

 不敵に見据えて来る『ワタシ』に、少し下を向いてしまう。

 

「本当は会いたくなんてなかったんだ。だって酷いことばかり言うし」

 

「あらあらあら、それは失礼したわね。

 でも、これでも貴方のためを思ってなのよ」

 

 相変わらずの様子でそう言う『ワタシ』。

 やっぱり気味が悪いけど、でも。

 

「それでもあなたは私の事をよく知っている。

 それに私を救ってくれるって、そう言っていたから」

 

「……ふーん」

 

「――『ワタシ』の言う通りかもしれない。ヒロトにはもっと大切な人がいるから、私なんて大した存在じゃなくて。私の想いなんて無意味なんだって。

 だから諦めた方が、離れた方が良いかもってそうも思えて来るの。ヒロトにとってもそれが幸せかもしれないし」

 

 そう言いながらまた……泣きそうになる。

 

「でも、苦しいんだよ。それにやっぱり諦めるのが嫌なんだ。私はヒロトと一緒にいたくて、ちゃんと……振り向いて欲しい。

 諦めないんじゃなくて――諦められないだけ。だけどそれだけ私はヒロトが好きなの。

 私には彼が一番だから。……ずっと一緒に過ごして来た大切な幼なじみだから」

 

 例えヒロトにとっては違っても、私はヒロトの事が一番に大切で好きなんだ。

 その感情が今はもう――辛くてたまらない。

 

 

 

 

「そう……ね」

 

 『ワタシ』は考えるようにして、こう続ける。

 

「やっぱりワタシの方が間違えていたのね。

 『私』はそれほどヒロトが好きなんだって。あれから考えて分かったのよ。

 例え届かなくても、それでも彼の事を想い続ける。それがムカイ・ヒナタですものね。

 だけど――」

 

 すると彼女は薄く微笑んで、私に手を差し伸べる。

 

「言ったでしょう? そんな『私』を『ワタシ』は救ってあげられるのよ。

 ……さぁ、だから私の手を」

 

 どうして手を差し伸べるのか分からなかった。

 

 ――けれど、本当に救ってくれるなら――

 

 私にはもう信じるしかなかった。だからその手を、握ったんだ。

 

 

 

 その瞬間、私の意識は遠のいていく。

 急に薄れる意識の中、最後に見たのは『ワタシ』とそして……。

 後ろのスペースコロニーから次々と姿を現す、黒いモビルスーツの影だった。 

 

 

 

 

 ――――

 ――

 

 

 くっ……くくく。

 

「ふふふ、あはははははっ!」

 

 そうよ。ワタシが……ワタシだけが『私』を、ムカイ・ヒナタを救えるのよ。

 本当に、可哀そうな貴方。――けれど

 

 ――例えどんな手段だろうと、何を犠牲にしても構わないもの。

 出会った時からそうすると決めたのだから。そして――

 

 後ろに控えているのは私の可愛い『お人形』さん達。

 

 ――報いだって、受けるべきなのよ。『ワタシたち』から大切なものを奪った、その全てに――

 

 でもね……ムカイ・ヒナタ。   

 

 

 ――貴方はただ、眠っていればそれでいいわ。

 全てが終わるまでは良い夢をね――

 

 



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始動する悪意(Side カザミ)

 ――――

 

 俺とパル、それとメイは、何気なく立ち寄ったエリアで過ごしていた所だ。

 レンガ造りの建物が並ぶ近代風な古めかしい街のエリア。ここは∀ガンダムの舞台の一つ、イングレッサの街を再現した場所なんだぜ。

 

「カザミさん、これからどうしましょうか」

 

 街の通りを歩きながら、一緒に歩くパルはそんな事を聞いてきた。

 

「そうだな。さっきまではミッションで結構バトルしまくったからな。

 今はこーして適当にここでゆっくり、ブラブラしようぜ」

 

「……ですね。ここの雰囲気はガンダム作品にしては珍しくてそれに、僕も好きですから」

 

「だよな。ただガンダムの舞台って言うか、まるでタイムスリップした感じもあるけどさ」

 

 街の建物は産業革命期……だったかな、ちょうどそんな昔風な感じだぜ。

 空には飛行船とかも浮かんでいるし、ちょっとファンタジックでもあるな!

 

 

 まぁ、町はそんな感じだが、周りを見ると他のダイバーは相変わらずコスプレだとか、好き勝手な恰好をしているんだけどな。

 

「サンギョウカクメイ? ふむ、それは何なのだ?」

 

 さっきの言葉に首をかしげて、メイは俺に聞いてくる。けど参ったな。そうは言っても……。

 

「うーん、俺も歴史はあんま得意じゃないしな。簡単に言うと蒸気機関だとか、鉄工だとか、技術が発展しだした昔の時代さ」

 

「たしか∀ガンダムの舞台が、科学文明が後退した地球などですからね。このイングレッサだって、これでも作中の地球上では進んだ街みたいですよ」

 

「そうそう! パル!」

 

 パルの言葉には俺も同意だ。

 

「なるほど、そう言うものなのか」

 

「ああ、そうだぜ。それにメイ、こうして付き合う時間を作ってくれてありがとうよ。

 何だかよく分かんないけど、前より大変な事になっているんだろ? そんな中でさ」

 

「まぁ……少しなのだが」

 

 メイはやや複雑そうな感じで、こう続けた。

 

「運営からによると、例のシステムのバグが悪化しているとの事らしい。

 前はごく僅かで大したものじゃなかったんだが、一週間以上前を境にバグが変異したと言うか、まるで別物のように大きくなっているみたいだ。

 今ではもうGBNにそれなりの害を及ぼしかねない程にな」 

 

「メイさん。前の話では、バグが小さいから発見が難しかったのですよね。

 なら今ならもしかすると」

 

 パルの言いたいことは分かるぜ。けどメイは首を横に振る。

 

「いいや。これもまた妙なのだけれど、バグは変化しようとも、その源がどの辺りであるのかは分からないままなんだ。

 上手くは言えないけれど、何だ、今度はまるで誰かにバグそのものが発見されないよう隠蔽されているような……」

 

「もしかするとその一連も誰かによる仕業かもしれないってわけか。けど、それをして何になるってんだ。

 まさかGBNに悪意を持っている人間でもいるってのか? ……まさか!」

 

 GBNは楽しくて、誰にだって愛されるネットゲームだ。なのにそれに対して敵意を向けるなんて信じられるかよ。

 

「それもまた考えられなくもない。

 何しろ二年前のブレイクデカール騒動もGBNに敵意を持っていた人間、シバ・ツカサによるものだったからな」

 

 

 

 メイのそれを聞いて俺も思い出した。

 ブレイクデカールと言う、ガンプラを強化させる代わりに、GBNのシステムにバグを引き起こすアイテムがばら撒かれる事件があった事を。俺もそれについての話は一応耳にしていたから。

 事件の黒幕はシバ・ツカサと言う男。その動機はGBNの登場によってこれまで人気だったゲーム、GPD――ガンダム・プラモデル・デュエルが衰退した事と、GPDが好きだったシバにとってはGBNが認められなかったからだ。

 

 

 ……と言うのもGPDはガンプラを現実世界で実際に動かして、戦わせるゲーム。当然戦うたびに互いにガンプラは傷つくし、そこが一種の緊張感で本物のバトルである実感があるから良いと考える奴もいれば、やっぱりそれが嫌だと考える人間だって多くいる。

 俺だって自分のガンプラが壊れるって考えると……やっぱ嫌だしな。

 それでGBNが登場してからはそっちに人が流れて、シバはその事が許せなかった。

 自分の好きなゲームがGBNのせいで人気をなくして行くことと、それに仮想世界でガンプラが傷つく心配のないGBNは本当のバトルじゃないと、そう思ったんだろう。

 だから――彼はGBNを目茶苦茶しようと、あんな真似をした訳だな。

 

「……シバは自分の大切なものがGBNに踏みにじられたって、そう思っていた。

 だからああ憎んで、か」

 

 自分でも考えてみれば複雑だぜ。

 

「たしかにGBNは面白いけどさ、場合によってはどこかで誰かが傷つくきっかけにも、なるって事だろ。

 うーん、考えると何だかな」

 

「何事にもいい面も悪い面もあるってことでしょうか。人の心はどんな事で傷つくか……分かりませんし。

 ……多分ヒナタさんだって」 

 

 

 

 パルはふと、こんな話を続けた。

 

「ヒナタさん、最近ずっと暗い感じでいるような、そんな気がするんです。

 前までは明るかったのに。……いいえ今でも表向きはそうですけれど、どこかで自分が辛いのを隠しているみたいな」

 

「えっ!?」

 

 それは意外だった。何せ俺からだとヒナタちゃんはあまり、そんな感じに気がつかなかったからだ。

 

「ふむ。それは私も心配はしていた所でもあった」

 

 メイまでも、マジかよ! じゃあ気付かなかったのは俺だけって事か!

 

「パルの言う通り、彼女は一人で何か思い悩んでいるみたいだと私でも感じた

 だからか……ヒロトとも少し距離があるようだったな」

 

「やっぱりメイさんもそう思いますか。

 ――本当に大丈夫でしょうか? あくまで僕の考えですけれど、多分イヴさんが生き返るかもしれないって分かった時から、ヒナタさんは」

 

「うーん」

 

 原因はイヴなのか? でも言われてみれば、そうかも。  

 

「イヴはヒロトにとって大切な人だもんな。それが生き返るって知って、か。

 これってもしかすると……」

 

 俺はある考えが頭に浮かぶ。

 

「――何事にもいい面も悪い面も、と言うことか。

 そりゃあヒナタちゃんも相当……苦しいだろうな」

 

 それはパルも、メイも同じ思いだったようだ。

 

「ですね。でもそれは二人の問題で、僕たちにはどうしようもないですし」

 

 特に、メイは深く考えているみたいで。

 

「私たちELダイバーの存在が……そんな事に」

 

 そうぼそりと呟くのを俺は聞いた。

 

 

 

 でも……この空気、かなり辛気臭い。

 俺はこう言うの苦手なんだよ。何か話題を変えないと――そうだ!

 ちょっと良い話題を思い出した。

 

「そう言えばさ、変だって言えばこの前、ミラーミッションに行った時もヒナタちゃんはそうだったんだ。

 あっちはちょっとおかしな話なんだけどさ。なぁパル?」

 

「えっ、と」

 

 パルはいきなり話を振った驚いたみたいだが、すぐに意図を察してくれた。

 

「はい! あれは少しだけ変な話でしたね。

 ヒナタさんの話では、ミラーミッションで自分そっくりのコピーと会ってお話をしたって。

 あはは……いくら何でもダイバーのコピーで、それに意思を持って話すなんてあり得ないですよね」

 

 ――これで少しは、場の空気だって和むんじゃないか?――

 

 俺はそう考えた。……けれど。

 

「――待てよ、ダイバーのコピー、だと?」

 

 話を聞いたメイの反応は意外なものだった。

 まるで何か心当たりがあるように目を見開いて、妙に気にした表情を見せる。

 

「カザミ、それにパルも。今の話は本当なのか!?」

 

「あ、ああ……話していたのは、本当だぜ」 

 

 思った以上に食ってかかるメイの勢いに押されたけれど、俺は答えた。

 

「でもさ、俺たちが見たわけじゃない。話はきっとヒナタの勘違いか見間違いとかだよ……な」

 

 けど、目の前にメイの表情は真剣だ。

 

「私にも分からない。が、彼女まで見たとなると――」

 

 

 

 ――――

 

 けど、メイの言葉を最後まで聞けなかった。

 彼女が言葉を続けようとした次の瞬間、すぐ近くで……激しい爆発音が響いた。

 

「なあっ!」

 

「――あれは」

 

「……」

 

 俺たちがその方向を見ると、そこには大きな建物がいくつも爆発して燃えている光景があった。

 辺りのダイバーも何が起こったのか騒いでいるけど、そのさ中にも次から次へと、あちこちで爆発が巻き起こる。

 

「何だよ。これは一体どう言うことだ?」

 

「カザミ! パル! あそこを見てみろ!」

 

 メイは燃え広がる建物の一つを指さす。

 燃える炎と煙の中、浮かび上がるのはモビルスーツの影。

 それはガンダムWの機体、ガンダムヘビーアームズ。トロワ・バートンの搭乗機で、左前腕のビームガトリングに両肩と両足のミサイルだとか全身に火器を備えたガンダムなんだけど……それが今、街を破壊していたんだ。

 

 ――いや、ヘビーアームズだけじゃねぇ!――

 

 よく見ると他にも逆襲のシャアに登場するネオジオンの量産機ギラ・ドーガ、それに鉄血のオルフェンズの主役機であるガンダムバルバトスだとか、作品関係なく色々なモビルスーツが街で暴れていた。

 本当にどの機体も特徴はバラバラだけど、ただ唯一全部のモビルスーツに当てはまる共通点があった。

 

「全部カラーリングが黒かよ。それにさ、あの空を飛ぶ三機は……」

 

 上空には、『機動戦士ガンダムZZ』に登場する、MS、MA両形態へ変形できる可変機、ガザシリーズのMA三機が飛んでいるわけなんだが。

 三機とも原作と違ってやたらトゲトゲしくて派手な外装をしていたんだ。実は俺には、これに見た覚えがある。

 

「あれはG‐Tubeで見たガザ三兄弟の機体じゃないか」

 

 G‐Tube……それはガンダムやGBN関連の動画サイトの事だぜ。

 大体GBNでのガンプラバトルだとかミッション、後ガンプラ制作なんか色々扱った動画を見たり、そして配信することだって出来る。

 世間でもかなり人気なサイトなんだぜ。

 

 

 俺もジャスティス・カザミと言う名前で、G‐Tuberとしてチャンネルを持っているんだぜ。そしてこの俺の憧れの存在であるG‐Tuber、キャプテン・ジオンの動画に登場したのが……あのガザ三兄弟ってわけだ。

 正義の味方キャプテン・ジオンがGBNや一般ダイバーに迷惑行為を行う悪質ダイバーを制裁する、爽快な動画! ……おっと、今はそれどころじゃないか。

 とにかくガザ三兄弟はその動画に出た悪質ダイバーで、ガンプラだって彼らがカスタマイズしたもの。それが……。

 

「原作機体だけじゃなくて、ああしてオリジナルのガンプラまで。

 これはまさか」

 

「カザミさん。……もしかすると、あれは全部ガンプラのコピーじゃないでしょうか」

 

 俺はパルの言葉に頷いて返す。

 あの黒いカラー。それは俺とパルがミラーミッションで見た、自分たちのガンプラのコピーと同じだった。

 

「ああ。あれは多分。けど、だとするならミラーミッションでもない、このエリアにどうして現れたのか。

 それがどうしても分からないぜ」

 

「あれもコピー……なのか。やはり、だとするなら」

 

 メイはまだ何か考えているみたいだ。けどこんな大変な事態になっているなら、俺たちがやる事は一つだ。

 

「――とにかく! 何が起こってるか知らないがこのままにはしておけねぇ。

 二人とも、まずはあいつらを俺たちで撃退するぞ!」

 

 見ると他のダイバーも自分のガンプラに乗って反撃に出ている。

 なら……俺たちも!

 

 

 

 

 ―――

 

 ――はっ、この程度の敵なら――

 

 目の前にはガンダムAGEの敵機体である、黒色のガフランの姿。

 まるでドラゴンのような生物的な機体は尻尾のビーム砲で攻撃して来る。けど……俺にはそんなのへっちゃらさ!

 

 ビーム砲をかいくぐり、俺はショットランサーの突撃で難なく撃破する。

 

 ――強さはそう大したことはないのか。けど、問題は――

 

 敵の数が思ったより多いことだ。

 

 

 今度は続けて二機、ゲルググとギャンが左右から迫る。

 

 ――武器はこれじゃ足りないか。ならこいつで――

 

 俺はライテイ ショットランサー改と、もう一つの剣、大型のイージスシールドの裏側からビームレイピアを引き抜く。この二本の武器を振るい俺は攻撃されるよりも先に、ゲルググ、ギャンを同時に倒す。

 

 ――まぁ倒せない数じゃ……ないか。他でも戦っているわけだし――

 

 俺たち以外のダイバーも頑張って戦っているんだ。だから、負けられないさ!

 

〈すみませんカザミさん! 援護をお願いします。

 この三機……なかなか手ごわくて〉

 

 パルのエクスヴァルキランダ―は上空であのガザ三兄弟のガザ三機、そのコピーと戦っていた。

 さすがに一人で三体一は骨が折れるか。

 

「分かったぜ! パル、すぐにそこから離れろ!」

 

 俺はそう指示を出し、パルは言われた通り距離を離す。

 と同時にイージスナイトをMA形態に変形させ、腹部のエネルギービーム砲『スキュラ』を撃ち放つ。

 強力なエネルギーは、残ったガザ三兄弟の機体とそれにいくつかのまぎれた敵機も巻き込み、消滅させる。

 

「ま、俺にかかればざっとこんなもんよ! ……ん?」

 

 俺はメイの事も気になり、そっちにも視線を向ける。

 

 

 彼女のウォドムポッドもまたコピーと戦っている所だ。

 迫る敵は脚部で蹴り飛ばし、さらにビーム砲で離れた相手もまとめて撃破してもいた。

 ……けど何だ。やっぱり微妙に動きがおかしい。

 

「なぁ、メイ」

 

〈……〉

 

 通信画面に映るメイは、やっぱまだ思い悩んでいるような感じだった。

 

「やっぱ変だぜ、ずっと考え込んでてさ。

 悪いが今は戦う事に集中してもらわなきゃ困るぜ」

 

 それでも彼女は相変わらずな感じだ。

 悩んでいるメイ。けれどそんな中、まるで何か決めたような目で俺を見ると。

 

〈……悪いカザミ。それとパルも〉

 

「えっ?」

 

〈私にはどうしても確かめたい事がある。だから――この場は、頼む〉

 

 と言うやいなや、戦っている最中にも関わらずにいきなりウォドムポッドはこのエリアから離脱する。

 メイを乗せたまま……一体、何処に行くつもりだ?

 

「どう言うことなんだ? メイの奴」

 

〈分かりませんけど……今は、考えても仕方ないですよ。ここはもう僕たちがやるしかありませんし〉

 

 パルの言う通り、これもまた考えたところでどうにかなるもんじゃない。

 

「……だな。せいぜいメイには、また会った時にたっぷり事情を聞かせてもらうさ!」

 

 敵機も大分少なくなった。それと――。

 

 

 ――この事はすぐにヒロトにも連絡しないと。

 何せこんな、異常事態なわけだしさ――

 

 

 



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何気ない思い出……だけど(Side ヒロト)

 


 ――――

 

 あれから色々考えていた。

 

 ――俺が無理をしている……。そうヒナタは――

 

「……せっかくヒロト君が来てくれたのに、ごめんなさい。ヒナタは今、会う元気がないみたいなの」

 

 ヒナタの家に来ると、玄関先で彼女の母親がそんな事を俺に話した。

 

「そう、ですか」

 

「何回も来てくれているのに、本当に悪いわね。 留守だって伝えて欲しいって言っていたんだけど。

 でもヒナタ、何だか部屋に閉じこもって落ち込んだままで、私も心配しているの」

 

「……」

 

 向こうまた心配している感じだった。

 

「ねぇ、ヒロト君なら、何か心当たりがあったりしないかしら?

 だってヒナタと一番仲の良いのはヒロト君ですから。だから……ね」

 

 俺には話すべき言葉が見つからなかった。

 ただ、一言。

 

「俺も……分からないんだ」

 

 本当に、俺だってもう、どうすれば良いか分からない。

 

「そう。……ごめんなさいね、ヒロト君も分からないのに。

 でもきっと時間を置いたらまた元気になると思うから。その時にまたヒナタに会いに来て欲しいわ」

 

 

 

 ――――

 

 今日もヒナタに会えないままだ。

 あの事があった後、昨日からずっと……あんな感じ。

 

 

 あの後、俺は自宅に帰って一人プラモをいじっていた。

 

――……――

 

 でも、いまいち気分が乗らない。

 俺はプラモの手を少し止め、ふとベランダへと出る。ちょっとした気晴らしだ。

 ベランダから見える外の景色――俺とヒナタが暮らす、この大都会。どれだけの時間ここで俺たちは過ごしたんだろうか。幼馴染みとして長い間……。もちろん俺にとって彼女は大切な存在だって、自分で思っていた。

 

 

『私、分かっているから。ヒロトが本当に大切に想っているのは、イヴさんだって。

 一番大切な人なんだよね』

 

 けど、ヒナタは俺にそう言った。

 自分はイヴと比べたら大事ではないと。

 

『だから、もういいの。ヒロトは無理をしていたんだよね。

 ヒロトが優しいからその優しさに、私は甘えてずっと。私こそ無理をさせちゃった。ずっと迷惑をかけて、ごめんね』

 

 ――ヒナタはやっぱり――

 

 あの時の彼女は、いつも俺の傍で気にかけてくれる優しい表情で。だけど――きっと、とても辛かったはずだ。

 

 

 だから俺とも会いたくなくて、部屋に閉じこもったままでいる。

 あんなになったヒナタなんて初めてだった。

 

 ――やっぱり俺の事を、本当はずっと好きでいたのに――

 

 俺ももう分かっていた。ヒナタは俺の事を好きでいるって。ずっと……前から。

 幼なじみとして、いや、それ以上にもっと。なのに俺は。

 

 ――迷惑だって、ごめんって……。俺はヒナタにあんな事を言わせてしまったのか。

 きっと辛かったはずなのに――

 

 

 あの時、いつもの笑顔の後にほんの一瞬見た彼女の涙。その光景が頭をよぎる。

 俺はまた深く彼女を傷つけたんだ。 

 それはきっと、俺がこれまでヒナタの気持ちに気付かなかったから。いやむしろ……。

 

 ――俺は今まで知らないふりをして、逃げていたんだ。今の幼馴染くらいの関係が楽で、都合がいいと甘えていたのか――

 

 思い返せば、ずっと前からヒナタにはその気持ちがあったのかもしれなかった。

 いくら幼馴染でもあんなに俺の事を想ってくれて、気にかけてくれるなんて。……よく考えていれば、何かもっと分かっていたはずだ。

 もっと……俺がヒナタに意識を向けていれば。

 

 ――なのに、対して俺が見ていたのはほとんどがイヴの事ばかり――

 

 確かに彼女とGBNで過ごしたのはかけがえのない思い出で、それにイヴの存在ももちろん俺にとってとても大切だ。だけど――ヒナタだって本当に俺は大切に想っているんだ。

 

 ――俺は迷惑だなんて。無理してヒナタと付き合ってた訳じゃないんだ。

 俺は本気でヒナタの想いに応えたかった――

 

 ……でも彼女にとってはきっと迷惑だろうと、そう見えていた。

 俺がイヴの事をずっと想っていると知っているからだ。それにメイに対しても、エルドラの出来事から意識を向けていた部分もいくらかあった。

 

 

 だからヒナタに対してはあまり、気持ちを向けていなかったのかもしれない。

 きっとそれも彼女にとっては――ずっと辛かったんだ。明るい雰囲気で傍にいてくれて、俺を気にかけてくれたのに。俺は……エルドラやビルドダイバーズ、そしてイヴの事ばかりで、比べてヒナタをあまり考える事をしてなかった。

 ヒナタは表では気にする素振りなんて見せてなかったけれど…………それも、ずっと知らないうちに俺は傷つけていた。

 

 

 

 だから――そのせいでもう、彼女は俺に『もういい』と。

 どうせただ気を遣わされているだけだから、本当は好きでもないのにただ優しさだけで付き合わせるくらいなら……と、俺は彼女にそう思われてしまった。

 

 ――けどその言い分も、合っているんだろうな――

 

 やはり俺はイヴの事も強く想ってもいた。

 だから本当は選びきれなくて。そんな中でヒナタがああしていたから、無理して彼女を選ぼうと。

 でも――。

 

 

 

 ここから眺める外の景色。

 河川敷や公園、街の通りにあちこちの建物。どれも俺にとって馴染みがあった。

 俺とそしてヒナタ。一緒に街で過ごして……本当に小さい頃から、小学や中学そして高校に入ってから今になってからも。

 今眺めている街にはそんな彼女との思い出で溢れている。――あちこち見ただけでも、俺にそれを思い起こさせる。

 

 

 ――俺は――

 

 まだ少しかもしれないけれど、俺はようやく分かり出した気がする。

 

 ――イヴの思い出は俺にとっては真新しくて、きらきらしていた。GBNを始めたばかりの俺に、今まで体験のした事がない楽しくて綺麗な……そんな宝石のような思い出をくれた――

 

 思い出とそれを俺にくれた……イヴ。だからこそどちらとも大切でもあって、失った時には心に大きな穴が開いたようだった。

 それだけ輝いていたイヴの存在……だけど。

 

 ――それでもヒナタは、昔から変わらない想いでずっと傍にいてくれていたんだ――

 

 

 

 ヒナタは昔から、俺と一緒だった。

 正直イヴの思い出と比べて煌びやかなものではないかもしれない。……けどヒナタと過ごした思い出だって俺には、かけがえのないのないものだ。

 

 ――いつも通りの事で当たり前だから。あまり考える事が出来ていなかった、イヴとの思い出に埋もれてしまって、意識を向けることも殆どなかったけれど――

 

 一緒に遊んで学校に行って、家を行き来して生活を送った日々……。

 何気なくて当たり前だったかもしれないけど、きっとそれは俺にとってはなくてはならない大事な思い出。

 もちろん――ヒナタも。

 イヴと出会って、俺が前よりヒナタを見ることがなくなっても、それでも俺への想いはずっと変わっていなかった。

 

 ――俺が変ってしまっても、それでもヒナタは。

 きっと彼女にとってそれだけ俺の事を想っていたんだ――

 

 ただ思い出だって俺もちゃんと覚えている。後は俺の気持ち……想い。ただそれだけだ。

 

 ――そうした想いも、思い出さえ、俺はよく見えていなかった。けれど、それもようやく―― 

 

 

 

 俺はベランダから部屋に戻り、早速外出する支度を始める。

 今度は本気でヒナタに会いたかった。

 

 ――もう逃げない。ヒナタともこんな事で終わりになんてしたくない。だから――

 

 ちゃんと会って、彼女と話したい。

 

 ――俺の気持ちを。……今度は無理してなんかじゃない。

 それを伝えたい、伝えないといけないから――

 

 ヒナタの気持ちと今度こそ向き合うと決めた。

 俺は用意を済ませて玄関先へと。……けどその時。

 

 

 

 ――――

 

 ふと、家のインターホンの鳴る音が聞こえた。

 

 

 ――誰が来たんだ? ……まさか、ヒナタが会いに――

 

 俺はそう思って早足で玄関に向かうと扉を開けた。扉の先にいたのは。

 

「……ヒロト」

 

 玄関先には恰幅の良い見覚えがある中年男性の姿。確か、ヒナタがアルバイトしているガンダムカフェの店長だ。

 ……けれど表情は青ざめた様子で、それに急いでここまで来たのか強く息切れをしている。

 

「あの、どうしました?」

 

 ただ事ではない状況に、俺はただそう言うくらいしか出来なかった。

 けれどそれ以上に、店長が次に話した事は――もっと深刻過ぎる事だった。

 

 

 

 

「落ち着いて聞いてくれ。

 ……さっきヒナタちゃんがGBNをプレイしている最中倒れて、病院に運ばれた。

 ずっと、意識が戻らなくて……目が覚めないんだ」

 

 



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第八章 ―鏡面決戦―
【第八章 表紙付き】せめて、この瞬間は(Side ヒロト)


 第八章、Ai kisaragiさんによる表紙です。
 いよいよクライマックス、かな。

 
【挿絵表示】



「――ヒナタっ!」

 

 病院に駆け込んだ俺は、彼女がいる病室へと。

 

「来てくれたのね……ヒロト君」

 

 俺より先に来ていたみたいで、病室ではヒナタの母親が出迎えてくれた。

 そして……。

 

「やっぱり、言ってた事は本当だったんだ」

 

 病室の白いベッドには――ヒナタがまるで眠っているかのように横たわっていた。

 俺はその傍に近づく。

 

 ――本当に、ただ眠っているだけみたいだ――

 

 その表情は良い夢でも見ているかのような、気持ち良さそうな寝顔。

 けれど、それでも彼女は。

 

「身体は何ともないのよ。けど、それなのにずっと目を覚まさなくて。

 お医者さんに診て貰っても原因は分からなくて、私は……どうすれば」

 

 傍にいた母親は、手で顔を覆ってすすり泣いていた。

 きっと娘がこんな事になって辛いんだ。

 

「……大丈夫、ヒナタは何ともないんだ。ただ寝ているだけで……そのうち目が覚めるはず」

 

 俺はそれくらいしか言えなかった。

 でも、俺だって同じくらい心配で、こんな事になって……辛い。とにかく自分でも訳が分からない感情が胸の中で渦巻いている感じだ。

 

「ありがとう、ヒロト君。

 それにこんな時に悪いけど――ねぇ、お願いがあるの」

 

「俺に出来ることなら」

 

「少しの間だけ、私の代わりにヒナタの事を看ていてもらっていいかしら? こんな連絡があって急いで来たから、少し用事を残して来ちゃって。

 一時間もかからないと思うから、その間お願いしたいの」

 

 それが頼み事の内容だった。

 

「もし……目覚めた時に誰かがいないと寂しいと思うから。それにヒロト君がいてくれた方が、ヒナタだってきっと嬉しいから」

 

「……分かった。俺も、今日はヒナタの傍にいたいと思っていたんだ」

 

 俺はそう答えた。

 

「ありがとう、ヒロト君。

 出来るだけすぐに戻って来るから、どうか宜しくね」

 

 

 ――――

 

 病室では俺とヒナタとの二人きり。

 だけど彼女は何も言ってくれないし、笑ってもくれない。

 ただ……こうして眠っているだけだ。

 

 ――これは俺への報いなのか? ずっとヒナタの事をろくに思っていなかった、そのせいで――

 

 こんな事さえ、つい考えてしまう。

 

「……ごめん、ヒナタ」

 

 すぐ傍の彼女の寝顔を眺めて俺は謝った。

 けれど眠っているヒナタには、俺の言葉なんて届いている訳がない。

 

 ――想いが伝わらないと言うのは、こんなに辛くて寂しくて……悲しい物なんだな。

 ヒナタが抱えたのは、多分そんな気持ちだったのか――

 

 でも、例えどれだけ悔やんでも……今更だ。

 

 

 

「やっぱり、ヒロトも来ていたんだな」

 

 扉が開いた音がして、振り返るとそこにいたのは、さっき会ったカフェの店長だった。

 

「あっ……」

 

「ヒナタがこんな事になって驚いただろ。

 私だって今になっても少し混乱しているよ。こんな、彼女の姿を見ることになるなんて」

 

 彼もまたヒナタの姿を眺めている。

 そんな店長の横顔もまた、寂しいような雰囲気だった。

 

「店では明るくてよく笑顔を見せてくれてくれていたんだ。

 私たちも、お客さんもみんなヒナタちゃんの事が大好きで……なのに今じゃ笑ってくれはしないんだ」

 

 俺だって同じ気持ちだ。ヒナタの笑った顔、もし叶うなら……また。

 

「なぁ、ヒロト」

 

 ふいに彼は、真剣な視線を向ける。

 

「ヒナタちゃん、とても思い悩んでいたんだ。

 ガンダムベースで偶然会って、そんな様子をしていたけど彼女は何でもないと。

 でも、きっとヒロトの事で……考えていたみたいなんだ。

 君は知らないと思うがヒナタちゃんはカフェでもよく君の事を話してくれた。それだけ……想っていたはずだ」

 

 ヒナタ……やっぱり、そこまで。

 俺はこの言葉につい。

 

「やっぱり、俺はヒナタを悲しませていたのか」

 

「内容は分からないさ。ヒナタちゃんは何も言っていなかったからな。

 それとも、ヒロトが話してくれるのかい?」

 

「それは――」

 

 とても今、人に話す勇気なんて俺にはなかった。

 

「まぁ話すのが辛いなら、無理しなくていいさ。

 ……けれどガンダムベースで会った後、やっぱり心配で様子を見に戻って来たんだ。そしたらこんな」

 

「でも、どうしてヒナタは急に意識を?」

 

「私もよく知らないんだ。戻って来たときには救急車で搬送されている最中だったから。

 ただ、その時に周りでの話し声を聞いた限りだと、どうやらGBNのログイン中に意識が戻らなくなったって、感じだったらしい」

 

「――GBNで、か」

 

 

 

 その時、俺はある考えが頭に浮かんだ。

 

 ――GBNの最中で意識を失ったって、それはまるでシドーの時と――

 

 今更すぎるけど、ヒナタのこの状態はGBNにログインして異世界――エルドラに囚われた、シドー・マサキのそれと似ていた。

 

 ――もしかしてヒナタも似た状況に? だとしたら――

 

 

 

 けど、俺の考え事を遮るようにある音が鳴って響く。

 

「おい……病室内ではマナーモードが基本じゃないのか?」

 

 それは俺の携帯の着信音。

 

「ごめん、忘れていたよ」

 

 でも相手は誰からだ? 画面を開いて確認すると、着信の相手はカザミからだった。

 

 ――あいつから、リアルで連絡をして来るなんて珍しいな。

 ……今は話す気分じゃない。けれどこんな事は本当に珍しいから――

 

「重ねてごめん。……俺、電話に出て来るから、その間ヒナタを宜しく頼む」

 

 俺は店長に交替を頼んで、少しの間外に出た。

 

 

 

 ――――

 

 病室を出て、俺は通話の可能な場所で電話をとった。

 

「もしもし、俺だ」

 

〈遅かったじゃないかヒロト! こっちは目茶苦茶大変なんだぜ〉

 

 電話に出た瞬間、カザミは慌てたようにまくし立てて来た。

 

「……俺の方も、今大変なんだ。要件があるなら早くしてくれ」

 

〈何だ? 大丈夫かヒロト。その沈んだ声、まるで昔の頃みたいだ。

 けど、とにかく伝えるだけは伝えておくぜ〉

 

 そして、彼はこんな事を続けて話す。

 

〈今、GBNではあちこちでガンプラのコピーが発生して、暴れ回っているんだぜ。

 運営や何人ものダイバー、それに俺とパルも戦ってどうにか被害を抑えているけどさ、きりがなくてキツイんだ。メイだって勝手にどこかに行って、それっきり連絡がついていない〉

 

「ガンプラのコピー……か、それにメイがいないのか」

 

 俺もこの事に動揺を隠せなかった。

 

〈だからヒロトの力を借りたいんだ! この異変、放っておくと大変なことに……。

 ちなみにヒロトは今、何が大変なんだよ?〉

 

 カザミからの問い。

 俺は、躊躇いながらも答えた。

 

「実は、ヒナタが倒れて病院に運ばれたんだ。ずっと意識を失ったままで、原因ははっきり分からないけど……多分GBNにログインした事にあると考えている」

 

 自分で話す中、またある事に気づく。 

 カザミが話していた、GBNで起こった異常現象。もしかすると……

 

 ――ヒナタが倒れたことと、何か関係があるのか。だとしたら、やはりGBNに彼女を救う手だてがあるかもしれない――

 

 カザミもヒナタが倒れた事を知って、言葉を詰まらせる。

 

〈そんな事に、なっていたのか。

 だけどGBNが原因……だって? コピーが発生し出したのもついさっきだ。まさか何か関係が!?〉

 

 俺はああと、答える。

 

「もしかすると、かもしれない。――だから俺もGBNに向かう。

 けど……」

 

〈けど、何だ?〉

 

 異変に手がかりがある以上、俺がするべき事は分かっている。

 だけどその前に。

 

 

「一時間くらい時間をくれないか。

 しばらくは、ヒナタの傍にいたい。母親に頼まれたし、それに俺が……どうしてもそうしたいんだ」

 

 

 

 ――――

 

 俺はヒナタがいる病室に戻った。

 

「……おお! 早く戻って来たな。電話は大丈夫だったのか?」

 

 店長の言葉に俺は頷く。

 

「大丈夫さ。それに、代わりに看てくれていてありがとう。

 ――後は俺一人でも大丈夫だから」

  

「そうか。

 俺も店の事があるし、今日はこれで失礼するよ。

 早くヒナタちゃんが目覚めるといいな」

 

 

 そして二人きりになった病室。

 俺は眠っているヒナタの、すぐ隣の席に座った。

 

 ――少しの間だけだけど、ちゃんと君の傍にいるから……ヒナタ――

 

 せめてこの時は。俺はヒナタの事だけを……何よりも強く想っている。



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例え偽物と……呼ばれても(Side メイ)

 ――――

 

 暗い洞窟の中、私はウォドムポッドに乗り飛行する。

 

 ――ミラーミッションのエリア……妙だな――

 

 コピーがイングレッサを襲撃した事、それにヒナタが自分のコピーを見たと言う話。

 私はずっとGBNの異常を探していたが、やはり……発生源はここのようだ。

 ミラーミッションには妙な噂があるとは聞いてはいた。けれどあまりに馬鹿馬鹿しくて相手にはしていなかった。――だが。

 

 ――妙に肌にピリピリと感じる違和感。ELダイバーだからこそ、こうシステムの異常な気配を覚えるものなのか。

 それに感じる違和感だけではない、エリアそのものも――

 

 洞窟の空間は通常の時と比べて大型化している。現に私のウォドムポッドさえ、楽に飛行して進める程だ。

 

 ――エリアのテクスチャが書き換えられているのか。いや、加えて拡大化もされているのだろうな。

 大体……この道はどこに通じているんだ?――

 

 

 

 本来はイベントの期間中でもないのにミラーミッションには入れない。

 だが私は異常の調査と言う名目で、一時的に運営からある程度エリアに自由に出入りを可能とする権限を得ていた。

 それを使って閉鎖中とされたミラーミッションに潜入した……わけだが。

 

 

 私は潜入してからずっと、この広い洞窟を飛行していた。

 基本一本道の穴で直線や曲り道、そして何度か分かれ道もあった。ほら、今だって正面に左右の分かれ道が。

 

 ――今度はそうだな、左か? 気配は向こうが強い――

 

 私が選んだのは左の道。私は感じる気配で、こうして道を進んでいた。

 

 

 

 そして、それは当たりのようだ。

 

 左の道を進んですぐに、洞窟の岩壁のあちこちにノイズが……今度は空間内の異常まで目に見える形で現れる。

 

 ――段々、異常に迫って来たようだな――

 

 実際に気配も一層濃くなる。もうすぐその原因に辿り着くはずだ。

 何故こんな事が起こっているかは知らないが、もしシステムに異常、バグが生じているのなら……。

 

 ――修復用のプログラムも手元にある。異常の元に辿り着き、直接修正プログラムを打ち込みさえすればシステムも元通りになる――

 

 ミラーミッションさえ元に戻れば、GBNで暴れ回っているコピーも消えるはず。

 

 

 

 ――しかし妙だ――

 

 ずいぶん奥まで来たが、あまりにも静かすぎる。

 イングレッサの時のようにガンプラのコピーが襲いかかる訳でもない。もし誰かがミラーミッションを利用して異常を引き起こしたのなら、侵入者を排除するなど……何らかのアクションがあると考えていた。

 なのに全くの無反応。

 

 

 考えられる事は、二つ。

 一つ目は、この異常事態そのものが偶発的にバグが深刻化した事によるシステムの暴走、つまり事故である考えだ。ならアクションがない事も頷ける。

 しかし、だとしてもあまりに反応がなさすぎる。これは……二つ目、やはり誰かがわざと、そう仕向けた状況としか思えない。

 一体何のために。――まさか。

 

 ――わざと私を、ここまで誘い出したのか――

 

 

 

 こう考えた瞬間。

 洞窟の正面に、ぽっかりと黒い穴が出現した。

 あまりにも突然で、私のウォドムポットはそのまま穴を通過して向こう側へと。

 

 

 

 そこは光の軌跡が無数に飛び交う、電子空間。私はいつの間にかそんな場所に。

 

 ――どこだ、ここは?――

 

 さっきまでの洞窟とは全く異なる様相の空間。戻ろうと振り返ってももう私が通った道は消えてしまい、それすら叶わない。

 

 ――閉じ込められてしまったのか。それに……いつの間にか私は、機体から降りてしまっているみたいだ――

 

 乗っていたはずのウォドムポッドのコックピットは視界から消え、生身で私はこの空間に立っていた。

 GBNでもエリアや場所によっては、ガンプラの使用が禁じられている所もある。だがいきなりエリアに移動させられた途端、強制的に機体を解除されりなんて。

 あまりにも目茶苦茶だ。余程ミラーミッションのシステムに対して、強く介入しているのだろう。…………この異常を引き起こした黒幕は。

 

 

 

 電子空間に浮かぶ、半透明な正六角形のパネルが無数に合わさり形成された、円形の広場に私はいる。

 そして同じくその場に立ち、目の前にいる存在を睨む。

 

「此処まで来るなんて、ご苦労さまね……メイ」

 

 私の前に立ち不敵な笑みを向けるのは。

 

「ヒナタなのか?」 

 

 そこにいたのは巫女服姿のダイバールックをした、ヒナタ。

 ……だがその姿は黒など暗い色へと変わり、それに彼女の表情と雰囲気は全くの別物だ。

 顔は笑っていても全身から漂う隠しきれない程に強く鋭い、負の感情。

 いつもの優しい雰囲気のヒナタとは真逆。あれがあのヒナタであるわけがない――何より。

 

「いや……本物のヒナタは」

 

 あの黒いヒナタ……単純だが、通称クロヒナタと言うべきか。そのすぐ横にはもう一人意識を失って倒れているのが見えた。

 同じ姿、けれど倒れている方が本物のヒナタだ。

 

 

「どうして彼女がここにいる?」 

 

「ふふ、だって同じ『ワタシ』同士ですもの、一緒にいるのは当たり前でしょ。ねぇ?」

 

 にたりと不気味に笑って、答えるクロヒナタ。

 ……くっ、下手に同じ姿をしている分、余計に気味が悪い。

 

「ふざけた事を言うな! 一体、お前は何者なんだ」

 

「話を聞いていなかったのかしら? ワタシは『私』、ムカイ・ヒナタなのよ」

 

 さも当然みたいに彼女は言った。だがそんな事など、戯言にすぎない。

 

「ヒナタはそこに倒れている彼女だ。お前のような得体の知れない存在では、決してない」

 

「……しつこいわね」

 

 不機嫌そうに目を細める、クロヒナタ。

 依然としてあれの正体は不明だが、それでもこのミラーミッションの奥に存在しあの態度。

 恐らくは……。

 

「――今、GBNの各地でガンプラのコピーが暴れている。あれは全てミラーミッションで生成されたものなのだろう?

 ミラーミッションを操り、引き起こした破壊行為は、お前の仕業なのか」

 

「だとしたら、どうするの?」

 

「私はGBNの異常を止めに来た。その元凶がお前であるなら、例え何が目的だろうと……ここで止める」

 

 私がそう言おうとも、クロヒナタの態度は相変わらず。それどころか漂わせる雰囲気と視線は、更に鋭くなった気がする。

 

「悪いけれどそれは許さない。

 ワタシとワタシのお人形達は、GBNの全てを破壊するまで止まらない。GBNと言う世界も、そこにいるヒトの想いも……。

 『ワタシ』が、『ムカイ・ヒナタ』が許せない全てに報いを受けさせるまでは」

 

「そんな事が――!」

 

 拳を強く握り、今度は私がクロヒナタを睨む。

 

「そんな事、ヒナタが望んでいるわけがない! 何故彼女がGBNに復讐しようだなんて……っ!」 

 

「誰がGBNだけと言ったかしら。

 許せない全てに報いを受けさせると、ワタシは言ったわ。――GBNは、ただその一つに過ぎない」

 

 

 

 ……分からない。とにかく分からないことだらけだ。

 だが彼女の言っている事など、私は認めるわけにはいかない。

 

「何だろうと、あのヒナタが何かを憎むなんて、ある訳がない。

 その姿はミラーミッションのコピーによるものだろ。ダイバーのデータをどうコピーしたのかは分からないが、お前はムカイ・ヒナタではない。

 いくらヒナタになったつもりでも、ただの…………偽物だ!」

 

 

 

「成程ね。ワタシが、偽物ですって」

 

 すると急に、クロヒナタから纏っていた雰囲気が消えた。

 淡々とそう話し、一見表情も何ら変わりは無い。が次の瞬間。

 

「……言ってくれるじゃない」

 

 この呟きが聞こえたと同時に、彼女の姿は私の目の前から掻き消えていた。

 

 ――何だと! いきなり消えるなんて――

 

 何故消えたのか。

 それを考えるよりも先に、強烈な殺気が背筋に突き刺さる。

 

「――!」

 

 僅かに振り返った視線に入ったのは、右腕先から赤いエネルギーの刃先のみを生成し、私の首筋へと振るうクロヒナタの姿。

 斬撃が繰り出される寸前、その後ろへと下がり回避する。……だが途端、私の髪の切れ端がぱらぱらと下へと落ちた。

 

 ――あと少し反応に遅れていれば――

 

 続けて彼女は再度接近し、刃を向けた。

 

 ――本気で戦うつもりか。その気ならば私も――

 

 とっさに私も同じく右腕からビームサーベルを展開して攻撃を防ぐ。

 エネルギーとエネルギーが衝突し合い、眩しいほどに放つ閃光。

 クロヒナタのビームサーベルは赤く輝いているが、形状と構えは私のそれと同等のものだ。……もしや私の装備と動きまでコピーし自分に取り入れたのか。

 

「ワタシが偽物と、そう言ったわねメイ」

 

「だったら何だ!」

 

「貴方が、いえELダイバーに偽物呼ばわりとは、つくづく滑稽だわ」

 

 そう話している間に、クロヒナタは左腕からもビームサーベルを出現させる。

 

 ――っ! 不味い、これは防ぎきれない。

 だがビームサーベルが駄目でも使えるものはある。

 続けて繰り出される攻撃に、ホルスターからハンドガンを取り、撃ち抜く。

 

 

 放たれたビームは彼女の左肘を貫き、吹き飛ばす。

 

「……ふっ」

 

 クロヒナタは後方に跳躍し私と大きく距離を離す。

 目の前の彼女は、先ほどの攻撃で左腕の肘から先を失ってなくなっていた。……やりすぎてしまったとは思うが、先に仕掛けたのは向こうだ。

 

 

 最も、腕を失ったにも関わらずクロヒナタはそれを気にする様子もない。

 

「ねぇ、だったらELダイバーの存在はどうなのかしらね?

 GBNと言う仮想世界に生きる電子生命体……ですって、くくくくっ!」

 

 嗤い声とともに彼女は失った左腕を再構築する。再生される腕と手、そこに握っていたのは私の物と同じビームハンドガンだ。

 

 ――あんな真似まで、本当に何だ!?――

 

 腕とともに形成したハンドガン、クロヒナタは躊躇いもなく銃口を私に向けて連射する。

 

「よくもやる!」

 

 私はビームを駆け抜けて避けながら、右手でもハンドガンを抜き二丁同時で反撃を試みる。だが……

 

 

 クロヒナタの前に、足場を構成する正六面体のパネルが一枚形成され、盾代わりとなり攻撃を防ぐ。

 しかしビーム攻撃を受け、パネルはひび割れ粉々に砕け散った。砕けた破片は彼女の周囲に散り、煌めきを放つ。

 

「確か、クガ・ヒロトが『私』に話していたわねぇ。あの異星エルドラに太古の昔に超文明を築いた古代の民。彼らがこのGBNに訪れ、生まれ変わった存在こそELダイバーかもしれないと」

 

 続けて、彼女は同じパネルを四枚も宙に形成する。

 今度は盾としてではなく、まるでブーメランのように私めがけて飛ばす。

 一枚、二枚と次々に襲来するパネルを私は回避するが、いくら回避してもまるで意思を持っているかのように、すぐに回り込んで再び私に向かって来る。

 反撃する隙もない。追いつめられる私を眺め、クロヒナタは続ける。 

 

 

「でも、生まれ変わっただなんて、どうかしら?

 もはや古の民は存在しないのよ。ただデータがGBNに流れ着いて、人の形を再現したにすぎない。

 貴方たちELダイバーも――」

 

 瞬間、パネルは全て私の周囲を囲んだかと思うとそのまま、四方同時から襲い来る。

 高速で回転し、四方向から迫るパネル。今度は更に避けるのは困難だが、私にとってはようやく訪れた反撃の機会だ。

 床を強く蹴り、高く跳躍する。

 真下には一点に集まったパネル。私はハンドガンをそれに向け、撃ち放った。

 

 

 ビームの雨が降り注ぎパネルは四枚とも破壊される。これで、もうしつこく追い回される心配はない。……だが。

 すぐ私の正面には、いつの間にかクロヒナタがビームサーベルを構え迫っていた。

 

 ――これを、狙っていたのか――

 

 宙を飛び、隙の生じた私を狙っての直接攻撃。

 瞬間彼女と顔が合わさり、こう呟くのを聞いた。

 

「所詮、ただの紛い物。真似事でしかないじゃないの」

 

 

 

 

 

 

 ――強烈な斬撃を受け、下に叩きつけられる。

 

 

「かはっ!」

 

 背に受ける激しい痛み。それは起き上がるのすら、厳しい程に。

 

 ――あの一撃そのものを、食らうのは免れたが――

 

 私の右腕には寸前に展開したビームサーベルの刃が伸びている。おかげで、直接斬撃をその身に受けることは免れた。

 最も、身体にはダメージを受け、とっさにビームサーベルを展開したことでハンドガンの片方を落としてしまった。

 落としたハンドガンは少し離れた所にあったが。

 

 

 

 バキッとした音とともに誰かの足で強く踏みつけられ、ハンドガンは破壊された。

 銃を踏みつけたクロヒナタ。彼女は余裕そうにゆっくりと、両腕からビームサーベルを伸ばしながら迫り来る。

 

「滅び去った古代人の影法師、0と1の寄せ集め、生命の物真似をしているだけの……木偶人形の分際で」

 

 一つ一つに、鋭い悪意が込められたクロヒナタの言葉。

 ……何があそこまで彼女を駆り立てる。

 

 

 私がどうにか身体を起こすとほぼ同時に、クロヒナタは両腕のビームサーベルで激しく打ちかかる。

 強烈な連撃を何度も、何度も。私も応戦し激しい剣戟によるスパークと火花が辺りに散る。

 

 ――やはり実力は私と同等か、だが今の私では――

 

 先ほどのダメージで私の方が状況が不利だ。現に今、彼女の勢いに押され防戦気味だ。何度か反撃を試みるも、それさえ払い除けられ再び猛攻を浴びせられる。

 それにクロヒナタそのものの、強い激情までも攻撃に上乗せされていた。華奢なダイバー姿とは違い、その強力な斬撃は確実に、私の体力を削る。

 

「アハハハハ! だけどワタシも所詮は似た存在だわ。

 人形同士踊りましょうよ。――そう、力尽きて壊れるまで!」

 

 剣戟はなおも続く。もはや攻撃を防ぐことで精一杯だ。

 ……それでも私の動きをコピーして実力が同じだとしても、彼女の感情により攻撃の威力が強くなっている分、僅かにだが隙もある。

 

「でも、しぶといわね。いい加減に」

 

 クロヒナタは数度目の斬撃を振り下ろそうとしていた。私はその時、確かに……。

 

「――もらった!」

 

 攻撃を繰り出そうとした彼女の足元、反撃する隙はそこにあった。……それを逃さない。

 私はクロヒナタに足払いをかけ、態勢を崩させる。

 

「何……」

 

 続けて生じた彼女の隙。一気に畳みかける!

 私は両腕のビームサーベルを、クロヒナタの両肩に振るった。

 

「!!」

 

 両腕を切断し、その戦闘能力を奪う。

 残酷ではあるがどの道すぐに再生する。手加減なんて出来ない相手だ、全てはGBNを救うため、私は……。

 

 

  

 それでも彼女の戦意は消えない。

 

「っ! まだよ!」

 

 瞬間、私の足元とその周りにある足場のパネルがばらばらに崩壊する。

 私は下に落下しないようその一枚に飛び乗るも、状況は更に深刻さを増す。

 

「随分やってくれたわね、メイ」

 

 向こう側の離れたパネルには、クロヒナタの姿も。既に両腕とも再生し、ハンドガンが手元に握られている。

 

「まだ続けるつもりか。いい加減……諦めてくれ」

 

 このまま続ければ、本当に取り返しのつかない事になる。……それでも彼女は。

 

 

 

 

「黙りなさい! ワタシが――終われるわけがないじゃない!」

 

 それに呼応するように、周囲のパネルが次々と私を襲う。

 先ほどの四枚とは比べ物にならない程の攻撃。それにクロヒナタもハンドガンで私を狙いビームを放つ。

 

 ――これは――

 

 私はパネルを飛び移りながら避けるが、とても全部は不可能だ。

 飛来するパネルやビームは身体のあちこちをかすり、傷が増える。

 

 ――やるしかないのか――

 

 覚悟は決め、私はクロヒナタを睨む。

 

 ――この一撃で仕留める。何としてでも彼女はここで止めなければ――

 

 

 

 私はパネルを次々と飛び移り、彼女の元へと迫る。

 その間も攻撃は襲い、近づくにつれて苛烈さは増す。

 

「メイ! 貴方は!」

 

 多少の無理など覚悟している。――残る力を全てこの一瞬に賭ける。

 迫るパネルはビームサーベルで切り裂き、ビームも弾く。そしてクロヒナタはすぐ目の前まで。

 

「よくもっ!!」

 

 最後の抵抗か、彼女は再びパネルを盾代わりとする。

 しかも今度は何重にも私との間に阻む。

 

 ――ここで止まれはしない! 一気に決める!――

 

 

 

 私は足元に全力を込め、蹴った。

 向かうは直線上のクロヒナタ。例え幾つも障害物が阻もうとも……。

 

「はあっ!」

 

 前転し、そして両手で身体を押し出して私は、左足に回転のエネルギーを発生させ高威力のキックを繰り出す。

 一枚、二枚、三枚、次々とパネルを粉砕し――最後の一枚!

 

 

 一枚のパネルを隔て、目と鼻の先にいる彼女。

 だが、そのパネルさえ亀裂が入りパリンと砕けて散った。

 

「――!」

 

「……終わりだ」

 

 態勢を変えた私は右腕からビームサーベルを出しそして、クロヒナタの胸を深々と貫く。

 

 

 ――――

 

 ビームサーベルに貫かれたクロヒナタ。

 彼女の身体は力を失い、そのまま全身が光の粒子へと変換されて消滅した。

 あまりにも呆気のない最後。結局あれは何なのかは分からないままだ。

 

 ――これで良かったのか。本当は、救うべきだったんじゃないのか――

 

 私は彼女を、この手で消してしまった。世界を守るためとは言ってもそれに変わりはない。

 感じるのはその罪悪感と、加えて微妙な違和感。

 

 ――ただ、倒した時の手ごたえが、まるで無かった。上手く言えないが、とにかく奇妙な感じだ――

 

 だが先ほどバラバラになった周囲のパネルも、クロヒナタの消失とともに元の状態へと戻り、再び円形の広場の一部を構成する。

 やはりあれで終わりなのか。

 

 

 

 いや、黒幕は倒しても、まだミラーミッションの異常は収まっていない。

 早く修正プログラムで元の状態に戻す必要がある。それに……。

 

 ――本物のヒナタは無事か――

 

 広場の離れた場所には、依然気を失ったヒナタが倒れたままだ。私は彼女の元へと急ぐ。

 先ほどの戦いのせいで身体は満身創痍。それでもヒナタのもとに駆け付けると、倒れた身体を抱き起す。

 

 ――だが、何故彼女は気を失って、ここにいる。

 一般のダイバーでは入れはしないはずだ。あのクロヒナタが、連れて来たのか―――

 

 気にはなるが、けど今はまずどうにかヒナタを起こせるか試さなければ。私は彼女に呼び掛けてみる。

 

「大丈夫か、ヒナタ。返事を――」

 

 

 

 瞬間の出来事、私は言葉を言い終えないうちに急激に身体の力を失った。

 加えて、腹部から焼けるような激痛が全身に走る。

 

「……ヒナ……タ」

 

 目を落とすと、意識を失っていたはずのヒナタの手にもビームハンドガンが握られていた。

 まさか、そんな。

 

 

 今度は私が床に倒れる。

 朧げになる意識で上を仰ぐ中、ヒナタはゆらりと立ち上がり、私を見下ろして嗤った。

 彼女の表情と……雰囲気。

 

 

 それは決して、ヒナタなどではなく――

 

 



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 ―許されなくてもせめて、俺の想いは―(Side ヒロト)

 ――――

 

 俺はヒナタと二人……ただ、静かに過ごしていた。

 また母親が戻って来るまでこうして眠っている彼女と一緒に、この小さな病室で。

 

 ――まさかこんな風になるなんて、思ってもいなかったよ……ヒナタ――

 

 横目で眺めるのは彼女の穏やかな表情。けどそれでも。

 いつもみたいにもう俺を見てくれない、話だってしてくれない。――朗らかな笑顔を見せることだって。

 ヒナタはいつも俺の事を気にかけてくれた。だけど今は逆に俺の方が彼女を気にかけているんだ。

 

 ――こんなにヒナタの事を想ったのは、今までどれくらいあったんだろうか――

 

 時々俺は彼女の手を握りもする。その時にほんのり温かい体温も伝わって来る。

 

 ――大丈夫、ちゃんと俺が傍にいるから――

 

 ただ傍にいるだけだけど、それでもヒナタが寂しくないように。

 

 

 

 

 そんな風にして俺は穏やかに過ごしていた。……するとようやく。

 

「ごめんなさいねヒロト君。少しだけ、戻るのが遅れてしまいって」

 

 やっと病室にヒナタの母親が戻って来た。一時間くらいで戻って来ると言う話だったけれど、それより十五分くらい遅れた感じだった。

 けれど俺はそれくらいなら全然平気だった。

 

「謝らなくても大丈夫ですから。こうして俺も一緒にヒナタの傍に、いたかったから」

 

 そう――せめてこんな時くらいは。

 

「本当にありがとう。こんな事、ヒロト君にとっても大変なのに。

 後はもう私一人で平気だから今日はもう帰って大丈夫よ。でも良ければまた、ヒナタに会いに来てね」 

 ヒナタの母親はこう俺に言ってくれた。

 

 

 

 本当はもっとヒナタといたかった。例え眠って俺の存在を気が付かないとしても……それでも。

 けれどこうしていても、これ以上俺に出来ることはない。きっと今、彼女の心はGBNの何処かにあるはずだ。

 ――だから行かないといけない。

 

「それなら俺はこれで。……でも最後に」

 

「どうかした?」

 

「……最後にもう一度だけ、ヒナタと二人にして欲しい。少し別れを伝えたいから」 

 

 でもほんの少しだけ、俺にはここで出来ることがあった。

 

 

 

 ――――

 

 母親に席を外してもらってまたヒナタと二人だけに。

 俺はすぐ隣の、眠っているヒナタの横顔を改めて眺める。穏やかに眠っている彼女。ただ目覚めはしないだけだ。

 

 

 こうなるまで俺はヒナタの事を、見ていなかったのか? 他の事ばかりで……どれ程、知らない内に彼女を傷つけていたんだろうか。

 

 ――でもこれからは、俺はもっと君の事を想いたいって。……もう、信じてはくれないかもしれないけれど――

 

 俺の一番はイヴだと、ヒナタはそう考えて『もういい』と離れていった。

 辛い思いをさせて、傷つけて――裏切った。

 

 

 

 今さら許して欲しいなんて、都合の良い事は考えていない。

 ただ、もう一度ヒナタと会いたい。ちゃんと謝って、今度こそ俺は彼女に心からの想いを伝えたい。

 

「俺はそろそろ行くよ。だって君を、取り戻さないといけないから」

 

 聞こえてなんていないけれど、そう伝えずにはいられなかった。

 

「これまでだって……あの遊園地での告白を拒絶したことも、その後もまたイヴの話でヒナタを傷つけた。

 確かにイヴは俺にとって大切な人だ。だけど……分かったんだ。

 遅くなったかもしれないけど、それよりも本当は――」

 

 そこから先の言葉は俺とヒナタだけの秘密だ。

 ――そして。 

 

 

 眠っているヒナタ、俺はそっと彼女と口付けを交わした。

 柔らかな唇に触れて十数秒くらい。けど感覚としてはとても、そうとても長く感じた。

 

 まるで、時が止まったかのように。

 

 これが俺にとって初めてのキスだ。寝ている彼女に勝手にした口付けだけど、ヒナタだってきっと……そう望んでいたはずだから。

 

 

 それから、またゆっくりとヒナタから離れる。

 

 ――これで少しでも、想いが伝われば――

 

 まるで慣れていない、不慣れでぎこちないキスだけど。けれど俺なりに想いが強く伝わるように。

 ……これで今度こそここで出来ることはもう終わりだ。

 

 ――さよなら、ヒナタ――

 

 俺は病室の出口へ。俺は扉に手をかけると、最後もう一度だけ眠っている彼女に振り返る。

 

 ――俺の気持ち。目を覚ましたらまた伝えるよ。

 今度こそ想いが伝わるまで……何度でも――

 

 それは決意だ。俺はもう逃げない、裏切ったりもしない。

 だってヒナタは俺の――本当に大事な。

 

 

 

 

 ――――

 

 ヒナタを……救い出すんだ。例えどこにいようとも。

 

 

 病院を出て急いでガンダムベースに、GBNへと向かう。

 そしてログインした俺は電話でカザミが話していた『異常』が何なのか知った。

 

「ガンプラが、あんなに暴れているとは」

 

「全部真っ黒だし……どうしたんだ?」

 

「また何かのイベントかしら」

 

 ロビーでは群衆が集まり、上のモニターを見上げていた。

 いくつも表示されたモニター。そこには街や都市で、森に砂漠それに宇宙空間などあちこちのエリアで破壊行為を繰り広げている、黒いガンプラの姿がある。

 

 ――ミラーミッションのコピーガンプラがあんなに現れて――

 

 出現しているコピーは色々だ。色々な作品のガンダムに、他の機体までも多数……ダイバーのオリジナルガンプラさえも。

 

 ――あんな物まで一体どうやって。けど、確かにGBNに何らかの異常が発生している

 これは誰かによるものなのか――

 

 恐らくはヒナタも。誰がどんな手段で、何を目的にしてなのか知らない。

 ――けど。

 

 ――ヒナタが囚われているのだとしたら、例えどこにいても見つけ出してみせる。

 俺の手で――

 

 

 

 その時、ロビー全体がぐらりと揺れた。

 周りはさらに同様する。

 

「何だこの揺れは!」

 

「まさか……セントラル・ディメンションにまで」

 

 俺は急いで外が見える場所へと移動する。

 そしてそこにある大きな窓から見えたのは、いくつもの黒いモビルスーツの姿だった。

 その内の一体。すぐ近くでライフルを構えて飛行する黒いコピーのモビルジン、そのモノアイが鈍く輝いて俺を見た。

 

 ――ここにまで現れたか。……なら――

 

 俺もまた戦うしかない。ヒナタへの手がかりだって――もしかすると。

 

 

 



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全てはワタシの願いの為に(Side クロヒナタ)

――――

 

 ――ようやくGBNに来たわね、クガ・ヒロト――

 

 セントラル・ディメンションのビルに映る彼、その姿が数十もあるディスプレイの一つに表示される。

 これは全てワタシのコピーガンプラ――お人形が見ている光景。全て、あの子達の得た情報は手中に収めているのよ。

 洞窟内部の広いドーム型の空洞。ワタシはそこでGBNの様子を観察していた。

 

「く……くくくくっ」

 

 

 映像でこちらを睨む彼の顔。それはワタシと視線が合うかのように思えてつい、笑い声がこぼれてしまう。

 

 ――随分な顔をしているわねぇ。そう来なくては面白くないわ――

 

 これには笑わずにはいられないわね。全て私の考え通りに事が運んでいる。これはまさに愉快と言うものねぇ、それに愉快と言えば……

 

「ワタシのお人形たちもよく暴れてくれるじゃない。美しい森も、あんなに真っ赤に燃え広がって……町だって瓦礫の山だわ。ああ、これで少しは精々したかしら。

 ――ねぇ、貴方のご感想もお聞かせ願いたいわ?」

 

 蹂躙されるGBNの光景に愉悦なワタシは、その表情を後ろにも向ける。

 そこには……。

 

 

 

「こんな事、許されるわけがない」

 

 エネルギーのケーブルで全身を拘束し石柱に縛り上げ、身動きを封じたメイ。

 もう何も出来ないのに口は達者ね。

 

「別に貴方に許される必要もないわ。ワタシはワタシの信条でやっているのだから」

 

 とは言っても……。ワタシはディスプレイを見まわす。

 

「でもワタシのお人形たちは苦戦しているわね。思うように被害も広がらずに、運営やダイバーに押し止められ気味……鬱陶しいわね」

 

 ワタシがミラーミッションを掌握して生み出した多数のガンプラのコピー、ワタシのお人形はGBNのダイバーによって次々とやられていた。

 コピーはコピー、いくらでも生み出す事は出来ても、これは面白くないわ。

 するとメイは――

 

「いくらこんな真似を続けても無駄だ。

 コピーを使った所で……みんなの力があれば負けはしない。

 現に今も被害も抑えられてもいるじゃないか。それにこうして私が捕まった所で、ヒロト達や他の誰かがすぐにお前を阻止するはずだ。

 ヒトのGBNやガンプラにかける想いを……甘く見るな!」

 

 これはまた随分なご高説を賜るじゃない。

 

「貴方は随分と信じているのね。

 ……まぁいいわ。せいぜい彼らには適当に、足掻いて貰うとしましょう」

 

「一体何を考えている?」

 

「さぁ? どうせ何も出来はしないのだから、じっくり考えてみたらどう?」

 

 

 

 

 けれどワタシの答えには不満だったみたい。

 

「何かしら。その目、お気に召さない?」

 

「……当たり前だ」

 

「そう怖い目を向けなくてもいいでしょ。ワタシ、悲しくなっちゃうわ」

 

「よく言う。そんな事など微塵も思ってないくせに」

 

「分かっているじゃない、メイ」

 

 まぁそれでも、話し相手がいるのは面白いわね。……例え憎いELダイバーでも。

 

「でも少しくらいは、救ってくれた事を感謝して欲しいわ。

 その気になればワタシは貴方をそのまま消去だって出来たのよ。なのに今は傷だってほら、綺麗に修復してあげたでしょ?」

 

 ハンドガンで撃たれた彼女の傷は、もう完治して消えている。だって、あのままじゃまともに話なんて出来ないもの。

 

「どうせ捕まえて利用するつもりだったんだろう。それに私があの時少しだけ見た、ヒナタ。お前は彼女にあんな――真似まで」

 

 そう言うメイの視線は相変わらず鋭い。

 あらあら、随分なものね。

 

「流石にワタシでも、あれは少しだけ悪いとは思っているのよ。

 でもムカイ・ヒナタには眠っていて貰った方が都合がいい。心配しなくてもただ眠っているだけ……危害なんて加えはしないわ」

 

「今更こんな事を引き起こして、信じられると思うのか」

 

「アハハハハ! 本当に相変わらずな態度なのね、でも……」

 

 ――いい加減気に入らないわ――

 

 ビームサーベルを展開し、ワタシは動けもしないメイの喉元に突きつける。

 

「あまり調子に乗らない方がいいわよ。貴方の生殺与奪の権は、ワタシが握っているのだから」

 

 今この場を主導権はワタシにある。それを忘れてもらっては困るわ。

 

「それにね、本当は消去したくてたまらないのを我慢しているのよ?

 貴方とそれに、もう一人」

 

 ワタシはビームサーベルの刃先を喉元から胸元へと移動させる。

 

「貴方の中に宿るもう一人のELダイバーも。

 例えもう欠片しか残っていないとしても、今度こそ跡形も残らないように……綺麗さっぱりね」

 

 メイはこれに睨みつけて来た。さっきよりも怒りの感情が強い、そんな目だわ。

 

「それは――イヴの事を言っているのか」

 

「当たり前じゃない。察しの良いメイなら、どうしてなのか……説明は要らないかしら?」

 

 

 

 そう言うと彼女は口を閉ざして目をそらす。

 やっぱりね。ワタシはビームサーベルをメイから離し、刃を収める。

 

「ふっ、その反応は図星って事」

 

 相変わらずメイは沈黙したまま。

 

「分かっているのなら……ワタシのしている事の正しさ、理解してくれるかしら。

 もしそうなら貴方の扱いだって考えてあげてもいいわよ?」

 

「――冗談じゃない! 言ったはずだ、お前の正体は知らないがこんな真似、ヒナタが望んでいる訳がない」

 

 ようやく口を開いたら、これって訳。

 

 ――望んでいる訳がないですって。そんな事、ワタシも分かっているわよ――

 

 

 

「はぁ、やっぱり意見は合いそうにないわね。

 これでもワタシと貴方は似た者同士……データをこねくり回してこさえられた木偶同士なのに」

 

 この言葉に不快感を覚えているみたいだけれど、メイの反応は想像通り。

 

「やはり薄々は感づいてはいた。

 お前の正体は電子生命体、ELダイバーなんだな」

 

 これもまた半分は正解。と言いたい所だけれど、それにも及びはしないわ。

 

「一緒にして貰いたくないわ。

 さっきの言葉も訂正。……所詮貴方達にはワタシの事など、理解出来るわけがない」

 

 あーあ、結局長い無駄話をしてしまったわ。 

 もう飽きた。興味をなくしたワタシは、メイから視線を外す。

 

「別に、今の状況でも十分に事足りるけれどね。

 せっかく貴方が来てくれたもの。だから後もう一押し、協力して貰うわよ」

 

 彼女には少しだけ利用価値がある。だから、ワタシの役に立って貰うの。

 

 

 そしてワタシが見たディスプレイには、今一機のガンダムが迫るのが見える。

 あれはクガ・ヒロトのヴィートル―ガンダム。やはり出て来たわね、今までの騒ぎなどそれに比べれば……。

 

  ――これで役者は揃ったわね。ここからが本番よ、クガ・ヒロト――

 



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コピーガンプラとの戦闘(Side ヒロト)

 ――――

 

 目の前に迫る敵の姿。

 幸い……敵の数は少数。おそらくは押し留めきれなかったごく一部がここまで来たんだろう。

 

 ――これくらいの数なら、俺一人で十分だ――

 

 コアガンダムⅡはヴィーナスアーマーとドッキングし、ヴィートル―ガンダムへと。

 ミサイルにビーム兵器、重火力のこの形態でセントラル・ディメンションの被害が増える前に一気に殲滅する。

 

 ――攻撃をする暇も与えはしない――

 

 俺は周囲のコピーにロックオンを定め、機体各部のミサイルハッチを展開しそして……。

 

 ――決めさせてもらう!――

 

 ヴィートルーガンダムはミサイルの全弾射撃を放つ。

 ミサイルはセントラル・ディメンションに侵入したコピーガンプラに次々と命中する。

 もちろんディメンションに被害など出しはしない。全てコピーにだけ命中するように、正確にだ。

 

 

 恐らくは十数機程。次々と爆発が起こりコピーを倒すが。

 内数機は倒しきれはしなかった。煙の中から現れるコピーガンプラがいくつも現れる。

 そして……別方向からは煙を吹き飛ばし、超大出力のビームが俺に放たれる。

 

 ――っ!――

 

 ギリギリで回避するけれど、ビームはそのまま空高く上空に浮かぶ雲にまで大穴を開けた。

 

 フライトユニットに乗り、大型のコンデンサーとビームキャノンを備えたギョロリとした目のモビルスーツ、ザンネック。Ⅴガンダムの敵組織ザンスカール帝国の高性能機だ。

 それにモビルスモーに、プロヴィデンスガンダム、スサノオ。他ガンダム作品の高性能機もまた俺に襲い来る。

 

 

 

 ――残ったのはこの四機か。まずはさっきのザンネックから――

 

 俺は奥に位置するザンネックを狙いビームキャノンを放つ。

 だが間にモビルスモーが入り、ビーム攻撃はそれを無効化するバリア――Iフィールドで防がれた。続けてスモーはハンドビームガンで俺に反撃を繰り出す。

 あれにはビームは通用しない。ヴィートルーガンダムの左腕に備えたハンドミサイル、俺はそれを再度放った。

 

 

 ミサイルはモビルスモーに直撃し今度こそ撃破した。

 けれど、今度はGN粒子を放出し赤く輝く影が迫り周囲を飛び回る。

 

 ――あれはトランザム……くっ!――

 

 太陽炉に蓄えられたGN粒子を放出し、高出力、高機動を可能にする機構、トランザム。

 トランザムしたスサノオは周囲を高速移動し二本の双剣で斬撃を繰り出す。

 何度も迫りすれ違いざまに放たれる斬撃。超高機動をするスサノオに俺は苦戦する上さらに、プロヴィデンスガンダムの遠隔攻撃ユニット――ドラグーンによる援護射撃が襲う。

 

 

 いくら俺でも少しきつい。けれど……。

 

 ――トランザム、確かに動きについて行くのは難しいけれど、近接技で迫るならそれを予測しタイミングを合わせれば――

 

 俺は次にスサノオが斬撃に迫るタイミングを見計らう。そしてその瞬間。

 双剣を振るいすれ違うスサノオ。だがその胴体からは火花が飛び散り、後ろで爆散した。

 ヴィートルーガンダムの左手にはビームサーベルがある。あの時斬撃を繰り出したのは俺の方だ。

 

 ――射撃ばかりと思うな。この形態でもビームサーベルくらいは使えるさ――

 

 加えて下がる暇も与えない。間髪置かず周囲のドラグーンも頭部のバルカン、ミサイルで全て撃墜する。

 全てのドラグーンが撃墜されプロヴィデンスガンダムはビームライフルを構える。けれどもうドラグーンもないプロヴィデンスなんて相手じゃない。俺は攻撃を容易く回避し右腕に構える大型銃、ビッグビーム・バズーカの一撃で倒す。

 

 

 

 ――ようやくあれで最後か――

 

 残ったのはあのザンネック一機だけだ。

 それはいつの間にかかなり離れた位置に……だが。

 

 ――あの戦いの間に距離を離したのか。何のために――

 

 何を企んでいる。またあの大型ビームキャノン――ザンネックキャノンで俺を狙うつもりか。

 多分そうだと考え身構える。

 

 

 けれど……遠くから見えるザンネックの両目。それは俺を見てまるで嗤ったようだった。

 そしてキャノンを構えるザンネック。

 狙うのは俺ではなくて、セントラル・ディメンションの中枢だった。

 

 ――そんな!――

 

 迂闊だった。エネルギーの充填は始めている、この距離では俺の攻撃が届く前に確実に一撃が放たれてしまう。

 中枢にはビルが密集し人も多い。あれが放たれたらどれ程の被害が出るか。

 

 ――GBNの破壊を優先するなんて。あんな事を――

 

 考えるより先にブースターを噴かせて俺は射程上へと急ぐ 

 

 ――シールドで防げるか!? ……分からない、けれどやるしかない――

 

 この身を挺してでも守らないと。けれどあまりにも遠い、全然届かない。

 

 ――俺は守ることが出来ないのか。そんな――

 

 

 

 ザンネックから放たれるビーム攻撃。それを防ぐことも出来ずに、あのままでは街に……。

 

〈――させるか!〉

 

 どこからか現れた別のガンプラが射線の直前に躍り出た。放たれた強力なビームを至近距離で、俺よりも大きく分厚い盾で弾き防ぐ。

 強大なエネルギーを物ともしないその姿はまさに、ギリシャ神話において主神ゼウスが娘の女神アテナに与えた万能の防具――イージスの名前を冠するのにふさわしいと思った。

 

 ――ガンダム……イージスナイト。来てくれたのかカザミ、それにパルも―― 

 

 ビームをガンダムイージスナイトが防ぎさらに、パルのエクスヴァルキランダ―がGNツインガンブレードをザンネックに振るった。

 

〈これ以上、GBNを荒らさせなんてしません!〉

 

 ガンブレードはザンネックの胴と銃身を切断、行き場のなくなったエネルギーは本体へと逆流し、空中で大爆発を起こした。

 

 

 

 ――――

 

 セントラル・ディメンションは大きな損害が出ることはなく、どうにか無事守ることが出来た。

 

「二人とも来てくれたのか」

 

 俺の目の前には二人のガンプラ、ガンダムイージスナイトとエクスヴァルキランダ―の姿がある。

 

〈遅かったじゃないかヒロト。でも……〉

 

〈来てくれて嬉しいです。だって本当に大変だったんですから〉

 

 カザミにパルも機体からそんな風に俺に話しかける。

 

「遅くなってすまない。カザミから電話で聞いたけれどまさか、本当にあんな物が現れているなんて」

 

 襲来したコピーガンプラ、あれはたしかにミラーミッションに現れる機体。それが通常のディメンションにまで現れるなんて明らかに異常だ。

 

〈それは俺だって驚きさ。なぁパル〉

 

 カザミの言葉に頷くパル。

 

〈ええ。何だか大変な事になっているみたいでして、その――〉

 

 そしてパルは異変の事を詳しく説明する。

 

 

 俺がさっき戦ったようなコピーガンプラがGBNのディメンション各地に出現して暴れている事。そして運営のガードフレームに有志を募って集められたダイバーがコピーガンプラの対処に当たっていた事も。

 カザミ達二人もそれに加わり、俺が来るまでの間GBNを守るために戦い続けていたらしい

 

〈僕達ダイバーと運営の力で、現状でもある程度は抑えられてはいるのです。

 コピーといっても殆どは大した相手ではないですし、チャンピオンであるクジョウさんやオーガさん、それにビルドダイバーズのリクさん達も手を貸してくれてますから〉

 

「リクも戦っているのか」

 

 二年前のブレイクデカール騒動、そしてELダイバー事件の中心になったダイバーであるミカミ・リク。

 俺は過去にリクとは複雑な想いを抱いていた。

 あっちは好きなELダイバーのサラを救い、俺はイヴを失った。その不公平さと理不尽で彼を憎む気持ちもあった。

 でも今はその感情もない。リクとは共にガンプラとGBNと言う世界を好きでいる、仲間だって思っている。

 

「みんな、ずっと戦っていたのか。本当に悪い」

 

〈大丈夫ですよヒロトさん。

 それよりヒナタさんの事も聞きました。あんな事になっていたなんて、もう平気なのですか?〉

 

「今は俺の代わりに母親が看てくれている。

 だからいい。それより俺は俺のやるべき事が、このGBNにはある」

 

 ヒナタが意識を失ったのはあの異変と何らかの関係があるはず。俺に出来ることはそれを手がかりに異変を止め、彼女を救うことだ。

 

〈ヒナタが意識を失ったのとGBNでコピーが出現したのは、どうも同じタイミングっぽいしな。

 何か手がかりがあるとは俺たちも思う。けど、コピーからGBNを守ることで一杯いっぱいでそこまで手が回らなかった〉

 

 するとカザミも申し訳がないような顔を浮かべている。

 

〈それにいなくなったメイも分からず仕舞い。二人ともビルドダイバーズの仲間なのに、謝るのは俺たちこそだ〉

 

〈ええ。一時間以上ずっと、僕達はそんな感じでした。

 現状は先ほど言った通りどうにか対処はしています。でも〉

 

 パルは重い表情を見せる。それにまたカザミは答えた。

 

〈次から次へときりがないんだよな。

 数も多いしこっちにだって体力があるしな。無理が出て来て抑えきれない所もある。

 現に、セントラル・ディメンションにまで侵入し出して来た。今の人員ではもう対処しきれねぇかもだ〉

 

〈少しずつですけれど限界も。これが長く続けば恐らくは持たなくなるかもしれません。

 あの有志連合も再結成する話もあるみたいですし、僕達は次第に追い詰められ始めているのが現状です〉

 

  

 

 ――状況は悪化している、と言うことか――

 

 改めて俺は今の状況の深刻さを理解した。

 するとカザミはある事を話す。

 

〈さて、ここまでは今までの状況だ。

 ようやくヒロトも来たことだし、これから先の話をしようぜ〉

 

 話を仕切りなおすような雰囲気。そして言葉を続ける。

 

〈実はさヒロト、俺たちは運営から伝言を預かっているんだ。

 ……俺たちビルドダイバーズ、もちろんヒロトにも本部に来て欲しいとさ〉

 

「それは本当なのか」

 

 意外な展開に俺も幾らか驚いた。今度はパルが続きを話す。

 

〈どうしてなのか分かりませんけれど本当です。 だから運営は僕達に、もしヒロトさんと会ったら連れて来て欲しいと〉

 

 一体どうして、なぜ俺たちを呼んでいるのか。

 でも少なくとも何かはあるはず。だから俺は。

 

「ああ。それなら二人にも会えたことだし、今はその指示に従うしかないな」

 

 さっきのコピーガンプラの事など、謎多く残っている。

 俺たちを待っているのは……果たして。

 

 



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―ワタシは貴方を、許しはしない―(Side ヒロト)

 ――――

 

 GBN運営の指令室、それはSDガンダムフォースの舞台であるネオトピアの自衛組織スーパーディメンショナルガード――S.D.G.の本部指令室を再現したものになる。

 

 大画面のディスプレイがいくつも表示されている、広く開放的な場所。俺たちは今そこにいた。

 

「よく来てくれたね、ビルドダイバーズのみんな」

 

 俺たちを出迎えたのはGBNのチャンプでフォース『アヴァロン』のリーダー、クジョウ・キョウヤさんだった。

 キョウヤさんの他にも周囲にはS.D.G.職員のダイバールックをしたオペレーターと職員が働いている姿が見える。

 中央でその指揮をとっているのは、SDガンダム、ガンダイバーの姿をしているゲームマスター、通称GMだ。

 

「私からも礼を言う。本来なら我々運営が対処すべき事態なのに、巻き込んですまない」

 

「謝らなくても。今の状況はどれだけ大変か、カザミから聞きましたから」

 

 俺はそう彼に答えた。

 また一方でパルは何か気になる様子でGMに尋ねる。 

 

「けれどあの異常は一体何なのでしょう? 僕達もずっと訳が分からなくて」

 

 これにクジョウさんが答える。

 

「元々、今回の事件は些細なバグが原因だったのさ。あまりに些細すぎてその場所も分からない程のね。

 けれどそれが急に増大し、今の異常が発生しだしたんだ。それに……」

 

「以前から君たちの仲間、メイにバグの調査を依頼をしていたのは知っているだろうか。

 先ほど、彼女は一足先にバグの発生源を特定した。――それはミラーミッションのエリア内部。メイはバグを食い止めようと、たった一人でミラーミッションへと向かったのだ。

 それっきりだ。メイの消息はそこで途絶えてしまった」

 

 続けて話したGMは恥じているような表情を見せる。これもまた自分の責任だと、そう感じたんだろうか。

 やっぱりメイは自分だけで解決しようとして……。

 これを聞いてカザミは拳を握りしめて叫ぶ。

 

「たった一人でアイツは何やっているんだ! メイの中にはイヴだっているんだ、もし何かあったら」

 

 メイは単身ミラーミッションに向かい姿を消した。無事なのか分かりはしないし、心配だ。だけど俺にはもう一つ。

 

「メイについては分かった。けれど、ヒナタの事も。

 彼女はGBNにログインして意識を失った。丁度コピーが現れたタイミングに、何か関係があるはずだと思うんだ。

 クジョウさん、そして運営の方でも心当たりはありませんか?」

 

「それは……」

 

「……」

 

 クジョウさんもGMも途端に不穏な様子で沈黙する。

 

 ――二人ともどうしたんだ? 何か知ってはいるような感じだけれど――

 

 それでもその雰囲気、多分知っている内容は良くないものだと言うのは俺でも分かる。

 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはクジョウさんだった。

 

「ムカイ・ヒナタはヒロトの幼馴染で、最近GBNを始めた女の子だったな」

 

「改まってどうしたんですか。でも確かにヒナタは、俺の幼馴染みだ。……大事な人なんだ」

 

 クジョウさんは、そうか――とただ一言だけ呟いた。

 

「なぁ、何か知っているなら勿体ぶらないで教えてくれよ。俺たちはヒナタの事が心配なんだ。もしメイみたいに危険な目に遭っているなら、放ってなんかおけないだろ」

 

「そうです! ヒナタさんもメイさんもビルドダイバーズの一員です。それにヒロトさんにとって二人とも大切な人ですから。だから、どんな事でもいいから教えてください。

 ねぇ、ヒロトさんも同じ思いですよね」

 

 心配に思うのはカザミやパルだってそうだ。

 俺も、パルの言葉に同意するように頷く。

 

「もちろん。だから……お願いします。例えどんな事だって構わないから、ヒナタが今どうしているのか教えて下さい」

 

 

 

 これは俺の心からの頼みだった。

 

「そこまで言うなら構わないだろう。どの道、知ることになるのだから」

 

 GMはクジョウさんにそう呟く。

 彼もまた、意を決したかのように口を開く。

 

「ムカイ・ヒナタが現実で意識を失った事は運営も把握しているんだ。以前のシドーの件もある、だからこそ目だって光らせていれば早速と言うわけさ。

 しかし今度はエルドラと言う別世界は関係ない。全てはあのミラーミッションの異常と、関わりがある事だよ。

 ただ……」

 

 再び、クジョウさんは僅かに言葉を詰まらせる。しかしすぐにまた。

 

 

「もしかすると、ヒナタは以前とは…………もう、違うかもしれない」 

 

 

 ――それは、一体どう言う意味だ――

 

 俺がそう思ったまさにその時、オペレーターの声が響く。

 

「失礼します! 只今通信が入りました。

 その、例の『彼女』からです」

 

 報告を聞いた途端、周囲に緊張が走る。

 それはクジョウさんとGMも。

 

「もう通信が来たのか。……ヒロト」

 

 GMは俺に視線を向けた。

 

「君はムカイ・ヒナタの事を知りたかったそうだな。

 なら説明するより恐らく、自分の目で見て貰った方が早いだろう」

 

 そしてGMはそのオペレーターに指示を出す。

 

「そう言うことだ。通信を繋ぎたまえ」

 

 指示を受けたオペレーターは頷き、手元のパネルを操作する。

 すると、指令室のディスプレイに――。

 

 

 

〈ようやくお目にかかれたわね、ビルドダイバーズ〉

 

 ずっと慣れ親しんだ声と、ディスプレイに映る姿。 

 

「ヒナタ……なのか」

 

 映っているのは、黒いダイバー姿のヒナタだった。

 色が黒へと変わっただけでその姿も声もヒナタそのもの。

 けれど――。

 

〈申し出に応じてくれて感謝するわよ。こうして三人とも連れて来てくれて、ね〉

 

 彼女の言葉にGMは不快そうに返す。

 

「申し出だと? あれだけGBNを壊して回ってよく言う。

 今更そう出られた所で……」

 

〈これはまた、随分と態度が大きいわね。

 GBNを守る側と……壊す側、そちら運営とワタシは対等なのよ。

 何ならもっとコピーガンプラ――お人形を送り込んでも構わないのよ? なのにせっかくワタシを止める機会だって、こうして与えてあげようとしているのに、ねぇ〉

 

 冷酷な笑みを浮かべている、ヒナタ。それに画面超しでも分かる程に、例え笑っていても隠しきれない程に強い、絶望や怒り、憎悪と言った負の感情。

 

 ――あれが、ヒナタだって言うのか――

 

 俺には信じられなかった。それに彼女のさっき言った言葉……『壊す側』だと。

 

「まさか、あれは全部ヒナタさんが?

 ガンプラのコピーを操って、GBNを目茶苦茶にするなんて。どうして」

 

「冗談だよな。だってヒナタがそんな酷い真似を平気でするなんて、あり得ないぜパル。

 なぁ、その悪人っぽい演技だってなかなか上手いじゃないか。けど俺の目は騙せはしないぜ」

 

 パル、カザミはディスプレイに映るヒナタの前に出る。

 けれどディスプレイの黒いヒナタは相変わらずの冷たい態度。同じ……ビルドダイバーズの仲間だろ。

 

〈あらあら、パルウィーズにそしてカザミ。

 まさかワタシ、ムカイ・ヒナタの事を忘れたわけじゃないでしょう?〉

 

 まるで嘲笑うように、ヒナタは二人を見る。

 

〈それに、どうしてこんな事をしているかですって?

 決まっているじゃない。私はガンプラもGBNも大っ嫌いなの。何もかもが虫唾が走るから、全てグチャグチャに踏みにじりたいのよ!〉

 

「そんな……嘘、ですよね」

 

〈嘘じゃないわよパルウィーズ。

 くくく……誰も彼も、貴方達も、あんなに下らないモノをよく楽しめたものねぇ。……お笑いだわ。

 そしてそれを必死で守るなんて。無駄な努力、ご苦労さまね〉

 

 GBNも、そしてそれを楽しむ人まで酷く馬鹿にする言葉と嘲る表情。あんな事、ヒナタが言う訳がない。

 

「お前が、ヒナタであるわけがない。俺の知っているヒナタは――」

 

 例え姿と声は同じでも中身は全く違う。あれはヒナタではない、得体の知れない別の『何か』だと思った。

 けれど言葉を続けようとした瞬間、その黒いヒナタは俺を鋭く睨む。

 

 

〈あら、貴方もいたのクガ・ヒロト。そんな事言わないでよ。……一応は幼馴染でしょう、ワタシたち。

 ワタシだって、ようやく会うことが出来て良かったと思っているのだから〉

 

 相変わらず笑みを浮かべているけれど、その視線は強い敵意に満ちているように感じた。

 

 

 

 俺と、そしてヒナタと、互いに合う視線。

 少しだけ、まるで今ここには俺たち二人しかいないような、そんな錯覚さえ覚えるほどに。

 

〈そうよねぇ、貴方にとってはムカイ・ヒナタは見返りもなく尽くしてくれる便利な存在ですもの。

 例え他の女の子と付き合って、その子をずっと想っていても。どんなに彼女の事を見てあげることをしなくても、それでも気にせず想ってくれる都合の良い存在なのでしょう?〉

 

「――」

 

〈けれど残念だったわね。もう貴方の知っているムカイ・ヒナタはもういないのよ。

 それに知ったような口を利かないで欲しいわ。 ……貴方にはそれを言う資格など、あるわけがないのだから〉

 

 とりわけ冷たい、それに憎悪まで込められて俺に発せられた言葉の数々。

 

 ――分からない。何故こうなってしまった。ヒナタは一体、どうなったって言うんだ――

 

 訳が分からないのは周りだってそうだ。

 戸惑うようにしながらも、カザミは小さく呟くのが聞こえた。

 

「今思ったんだけどさ、あの黒いヒナタ、もしかしてミラーミッションのコピーじゃないか?

 あんな得体の知れない奴、本物のヒナタなわけがない」

 

 カザミの言う通り、あれが本物なんかじゃないと俺だって信じたい。けどクジョウさんは首を横に振る。

 

「もちろんそうとも考えはした。けれど、ガンプラならまだしもダイバーのコピーなんてあり得ないのは君だって分かるだろう?

 仮にそうだとしても、あくまで忠実に再現出来るのは外見くらい。ガンプラの戦闘データとは比べ物にならない量の人の意識、その情報を完全にコピーするなんてあり得ない。

 これはカツラギさん、いや、GMのお墨付きだ」

 

 クジョウさんの話にGMも頷く。

 

「ああ、そのとおりだ。

 加えてデータを照合しても、あれは色が変わっただけで100%……ダイバーであるムカイ・ヒナタそのものだ。

 ただ、意識と肉体とのリンクが切り離されている状態だ。半電子生命体、ELダイバーに近い状態と言うべきか。

 何故こうなったのか、そして彼女の人格が豹変したのかは……私ですら訳が分からんよ」

 

 以前と別人となったのはシドーと似ていた。けど彼はアルスによって殆ど自我を失っていたのに対し、今のヒナタはまるで別人のような明確な意思がある。

 

 

 けど、俺はまだあの黒いヒナタと話が終わっていない。

 

「本物のヒナタの事、知っているんだろ? 

 もしそうなら教えてくれ。俺はヒナタに会って……伝えないといけないことがあるんだ」

 

「それにメイの事も教えてもらう! ミラーミッションに向かって行方不明になったのも、お前の仕業だろ。とにかく彼女も返してもらうぜ」

 

「……GBNをこれ以上荒らすのだって止めてください。

 もし貴方がヒナタさんなら、こんな事なんてしないはずです」

 

 俺もカザミもパルも彼女に頼むように言う。

 あの黒いヒナタ――クロヒナタの正体は、本物のヒナタなのかそれともヒナタの姿をした何かなのか、正直まだ分からない。

 けれどこの異常を起こしたのは自分だと、そう言っていた。なら――きっと。

 

〈ふふふふ……随分とせっかちなのね〉

 

 クロヒナタは含み笑いをする。そして。

 

〈でも、言われなくてもその話だってするつもりだったわ。

 運営さん達も、どうかお聞きなさいな〉

 

 

 

 彼女は本題を伝えようとする。その、内容は。

 

〈最初に言ったでしょう? 『ワタシを止める機会を与える』って。

 だってただGBNにお人形を送るのにも飽きて来たの。せっかくだから、もっとワタシは貴方達が無様に足掻くのを楽しみたいのよ〉

 

 その表情に浮かぶのは心底愉悦に満ちた歪んだ感情。

 

「一体何を考えている。我々に何をさせるつもりだ」

 

 GMはクロヒナタに聞くも、彼女はにやりと口元を上げる。

 

〈運営には何かさせるつもりはないわ、他のダイバーにだってね。

 ワタシは――〉

 

 そう言って指し示すのは、カザミとパル、そして俺だった。

 

〈ビルドダイバーズ、異世界エルドラを救った救世主サマ。

 それならこのGBNも……救えるものなら救ってみなさいよ〉

 

「俺たちに、GBNを救えと言うのか」 

 

 画面越しに俺を見下ろし、見据えるクロヒナタ。

 

〈ええ、出来るものなら。

 もしそうしたければ……ワタシが支配する領域、ミラーミッションへと来てみなさい。

 メイが侵入して以降は外部からの侵入を防ぐために封鎖していたけれど、ビルドダイバーズだけは特別に許してあげるわ。

 あと、シドー・マサキ。メイがいない代わりに彼も許すわ。エルドラを救ったメンバー、丁度いいでしょう、ねぇ?〉

 

 ――挑戦を挑んでいる、と言うわけか――

 

 それは俺にも分かった。 

 

〈ミラーミッションのエリアにはワタシのお人形が多数待ち構えているわ。

 言うなればゲームみたいなものよ。貴方達はそれを突破して、ワタシの所にまで辿り着けばいいの。

 そしたらヒナタの事だって教えてあげるし、GBNへの侵攻だって止めてあげる。そして……〉

 

 

 

 クロヒナタは言うとその身を僅かに右横へとずらす。

 彼女の後ろにいたのは、石柱に縛り付けられたメイの姿だ。

 

「――メイ!!」

 

 縛られ、意識があるか分からない様子で頭を垂らすメイ。そしてその傍には一体のモビルスーツの姿も。

 あれは俺の――コアガンダムだった。

 黒い色をしたコアガンダム、あれもクロヒナタがコピーして生み出したのか。

 

〈この通り、メイだってワタシが捕らえているのよ。

 彼女も助けたいじゃない? だって大切な人なのでしょう、メイも、その中にいるイヴだって。二人ともクガ・ヒロトの本当にかけがえのない人よねぇ〉

 

「やっぱりメイは捕まってたのかよ。くそっ!」

 

「メイさん……あんな事に」

 

 カザミも、パルも、これに動揺している。もちろん俺だってそうだ。

 けれどクロヒナタの雰囲気はその残忍さを増すように、にいっと嗤う。

 

〈貴方の大切なELダイバー。でもねぇ、ワタシはGBNもガンプラも嫌いだけど、ELダイバーも大嫌いなの。

 嫌いで、憎くて、つい我慢できなくなるくらい。……だから、ね〉

 

「!!」

 

 

 

 俺の目の前で、コアガンダムはライフルの銃口を――メイに向けた。

 

〈くくくっ。だからついね、跡形も残さず消してしまいたい衝動に駆られちゃうのよ〉

 

 不快に喉を鳴らし、含み笑いをするクロヒナタ。

 

 ――あれは、そんな。また俺は――

 

 心臓の動悸が止まらず呼吸も苦しくなる。胸を押さえて俺は、冷や汗が出るような感覚を覚えながら目の前の光景を見る。

 

〈あら、どうしたのかしら? 随分苦しそうじゃない。何か嫌な事でも……思い出した?〉

 

 あの時と同じだ。

 二年前に俺が、俺のガンプラがこの手でイヴを消した時と。

 また目の前でイヴが――そしてメイまでが消されようとしている、俺のガンプラ、コアガンダムによって。

 

 ――止めろ……止めてくれ。これ以上また、俺から奪うのは――

 

 フラッシュバックする記憶、俺は……俺は。

 

〈来るなら早くした方がいいわ。でないとまた消してしまうわよ。

 自分のガンプラで、大切な――〉

 

 

「――止めろっ!!」

 

 

 俺は大声で叫んだ。カザミ達も、クジョウさんにGMも、周りの職員の視線まで一気に俺に集中する。

 でもそんなのは、構わなかった。

 

〈……ふふふ。冗談よ〉

 

 相変わらず嘲笑ったままのクロヒナタは言った。同時に、黒いコアガンダムもライフルを下におろす。

 

〈メイもイヴも、そう簡単に消せるわけがないじゃない。

 だって、貴方達を誘い出す餌で、大切な人質ですもの〉

 

 ――あんな真似をするなんて、やっぱりヒナタは……いや奴はきっと――

 

「ふざけるな! やはりお前はヒナタじゃない、お前みたいな奴が!

 これ以上ヒナタの真似事は止めろ! メイとイヴに手を出すな!

 でないと俺は……お前を許しはしない!」

 

〈アハハハハハハッ!! 今の顔、凄く良い表情だわ! これが見たかったのよ、ワタシは!〉

 

 俺の激昂に、クロヒナタは高笑いを響かせる。

 怒りの感情まで心底愉快そうにして、彼女は。

 

〈ああ、随分と楽しめたわ。

 でも今はここまでにしましょう。楽しみはもっと、後にとっておくものよ。

 さて――〉

 

 笑いをやめてクロヒナタは再び話す。

 

〈そう言うことだから、ワタシは待っているわよ。

 暗い……ミラーミッションの奥底で。止められるものなら止めてみなさい〉

 

 

 

 そして最後に彼女は俺に対して、言葉を残す。

 

〈ワタシを許さないと言ったわね、クガ・ヒロト。その言葉はそのまま返すわ。

 

 ――ワタシは貴方を、絶対に許しはしない〉 

 

 



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混沌のミラーミッションへと (Side ヒロト)

 ――――

 

 ミラーミッションで待っていると言ったクロヒナタ。

 彼女からの挑戦、俺たちがどうするか……言うまでもない。

 GBNを救うため、メイを助け出すため。――そしてヒナタとも。

 その為にも俺は、俺たちは。

 

 

 

「さて、改めてこんな事に巻き込んでしまって、すまない」

 

 GBNのロビーで、俺たちはクジョウさんと別れを告げる。

 

「そんな事はないです。これは俺たちが……決着をつけないといけないから」

 

 そう言って俺はすぐ横にいる、シドーさんにも。

 

「謝るのは俺だ。こっちの事情に付き合わせてしまって、けど二人を救うためには少しでも戦力が欲しかったんだ」

 

 ヒナタ、メイ、二人とGBNを救うためにロビーに集まったのは俺とカザミにパル、そしてシドーの四人。

 俺たち三人はともかく、シドー・マサキは今度の事とそこまで関係はない。ただメイがいない代わりに彼に手を貸して貰っている。

 

「全然、問題ないさ。俺がずっと意識を失っていた時も、ヒナタちゃんは姉と一緒に看てくれていたんだ。

 だから今出来る事があるのなら」

 

 いや、シドーさんの思いは俺たちと同じだ。

 

「……ありがとう。その力、どうか借りさせてもらう」

 

 

 

 するとクジョウさんは、改めこんな事を。

 

「例のクロヒナタはミラーミッションの最深部に待ち構えている。コピーガンプラを生み出し続ける、今回の異常の中枢へと。

 ヒロト、君たちは今からそこに乗り込み、異常を止めてヒナタとメイを助けに行くことになる。

 ……しかし」 

 

 途端に彼は顔をくもらせる。

 

「もはやミラーミッション、そのエリアは全て彼女の支配下にあると言える。

 それにシステムもGBNから切り離され、こちらからはどうなっているのか検討がつかない。

 恐らくは彼女が大部分を改造し、もはや以前の物とはかけ離れて、敵も待ち構えているだろう。

 それに……もう一つ、言わなければならない事がある」

 

「何ですか、それは」

 

 心配そうなパル。そして、クジョウさんが話すのは。

 

「システムがGBNと切り離され、ミラーミッションはもはや運営の管理下から外れている。

 つまり、そんなエリアに君たちが出向くことは、リンクしている君たちの意識そのものの安全も保障出来なくなる」

 

 これがクジョウさんが抱える危惧。薄々ながらも俺たちもそれは分かっていた。

 ミラーミッションに侵入すると言うことは、相当にリスクがあると言うことを。 

 

「管理から外れた、得体のしれないエリアの中。もしそこで君たちに何かあれば、現実世界の肉体に意識が戻らないままになるかもしれない。

 今のヒナタちゃんの二の舞になるかもしれない。改めて聞くが…………それでも行くのか?」

 

 ここからの戦いは、安全の保障はどこにもない。

 行けば戻れないかもしれない。クジョウさんも、そして運営も俺たちの身を案じている。

 けれど、そんな覚悟なんて。

 

「もう――覚悟を決めている」

 

 俺は既に出来ていた。もちろん……

 

「ああ! 命がけなのはエルドラの時だってそうだったさ。今更どうってないぜ」

 

「それよりここで何もしないで、後悔するのがもっと嫌ですから」

 

「……絶対に、二人とも救い出す。もちろんGBNの異変も解決してみせる」

 

 カザミ、パル、シドーさんも俺と同じ思いだった。

 ちなみにカザミは憎らし気にこんな事も呟くのが聞こえた。

 

「こんな事をしたアイツだって、思い知らせてやるぜ。

 ……ヒナタの振りをした偽物め!」

 

「偽物ですか? カザミさん、そうなのでしょうか?」

 

「決まっているだろ! あんな酷い態度と言葉、有り得ないじゃないか。

 それに、メイにまで平気で手をかけようとするなんてよ……しかも、ヒロトの前で見せつけるようにだぜ。あんな奴は絶対…………ヒナタじゃない」

 

 下を向いて、振り絞るようなカザミの呟き。

 

 

 

 あの黒いヒナタ。これまで一緒にいたヒナタとは全く違う、真逆な存在。

 俺もあのクロヒナタは別の存在、偽物だと思う。そう思いたいけれど。

 

『それに知ったような口を利かないで欲しいわ。 ……貴方にはそれを言う資格など、あるわけがないのだから』

 

『ワタシは貴方を、絶対に許しはしない』

 

 ――けど同時にあの俺に向けた怒り、あれは全てヒナタの――

 

 この騒ぎを引き起こしたクロヒナタ、あれは本物のヒナタと何か強い関係があるように思えた。

 それに彼女が抱える、怒りや憎しみ、強い負の感情は。

 

 ――俺はもう一度、あの黒いヒナタとも会って話がしたい。もし彼女の思いが想像通りなら――

 

 クロヒナタの思いさえも、もしかすると……俺が受け止めるべき事かもしれない。

 

 

 

 ロビー中央に端末を操作し、俺たちはミラーミッションへのミッションを開く。

 あのクロヒナタがビルドダイバーズに用意したミッション画面。それはひどく画面にノイズが走って、文章も殆どが文字化けして読めはしない。

 ただ、既に俺たち四人はミッションに登録されている事、それに参加するかどうか[YES]か[NO]の表示だけは、どうにか読むことが出来た。

 

 ――この[YES]を押せば、もう後戻りはできない――

 

「今更かもしれないけれど、もう……本当に覚悟は決まったのかい?」

 

 最後にクジョウさんは俺たちにそう聞く。

 それにもちろんと、みんな頷く。

 

 ――そんなの聞くまでもない。俺は、俺たちは――

 

 みんなを代表して俺は画面のボタンに指を伸ばす。

 ――そして。

 

 

 

 ―――― 

 

 ミラーミッションのエリアに、俺たちは突入する。

 

〈エリアが……こんなに広く〉

 

 通信でパルはそう呟くのが聞こえた。

 岩肌に囲まれた広大な洞窟。それはずっと先まで、奥は全く見えない程に長く続いている。

 俺のアースリィガンダムとガンダムイージスナイト、ガンドラゴンモードのエクスヴァルキランダ―、それにガンダムテルティウムの四機は、その中を飛行して進む。

 

〈四機並んでいても全然スペースがある。ミラーミッションの洞窟、こんなに広かったか〉

 カザミの言葉通り、周囲の空間は四機並んで飛行してもまだその二、三倍は余裕があるくらいに広い。

 ずっと奥に続くそれは、きっとミラーミッションの最深部まで続いているはずだ。

 

 

 

 だけど、やっぱりそう簡単に行くわけがなかった。

 

〈正面から敵機の反応が! ……なっ!〉

 

 こっちにも響く敵機出現の警告音。

 そうパルが言った途端、洞窟の奥から幾つものビーム、実弾が飛来して襲う。

 

 ――早速か!――

 

 俺たちは一斉に散開して回避し、シールドで防ぐ。

 

〈みんな! 気を付けてくれよ!〉

 

 シドーさんのガンダムテルティウムは早速戦闘態勢へと入る。

 

〈団体さんでお出迎えか、こりゃ楽しくなりそうだぜ!〉

 

〈もちろんです。こんな所で止まるわけにはいきませんから〉

 

 カザミにパルも、もちろん俺だって。

 

「そうだ。こんなに多く敵がいても、俺は――俺たちはっ!」

 

 例えどれだけ行く手を阻まれたとしても、そんなもの、突破するだけだ。

 

 

 

 

 

 洞窟から次々と姿を見せるコピーガンプラ。手前から奥まで、大量に存在する様々な機体のコピー。それが武器を構えて俺たちに襲い掛かる。

 カラミティガンダムにズザ、ジムスナイパーカスタム、加えてガンダムレオパルド、遠距離攻撃型の機体はまるで雨のようにビームと実弾、ミサイルを俺たちに放つ。

 

〈さすがに閉鎖空間の中で、これは厳しいか。まずは……突破口を作る!〉

 

 ガンダムテルティウムはビームライフルを構えて最大出力で敵の集中する一点に攻撃を放つ。

 放たれたビームは敵陣に貫き、さらに洞窟の奥にまでいるコピーガンプラまで、まとめて粉砕する。

 

 

 

 

 

〈カザミ! 共に先陣を任せた、一気に奥まで抜ける!〉

 

〈おうよ!〉

 

 シドーさんの一撃で敵陣にはいくらかの穴が開いた。それに先ほどまでビームや実弾を放っていたコピーも、倒した敵の中に多く含まれていた。

 攻撃も数段和らいだ。今ならあの中に迫る事が出来る。

 

〈ビルドダイバーズの一番の盾! この俺ジャスティス・カザミとガンダムイージスナイトが道を切り開く!〉

 

 続く攻撃も大盾、イージスシールドで防いでショットランサーを手に突撃する。

 周囲を取り囲む敵機、それをものともせずに武器を振り回して薙ぎ払う。

 

〈こんな、ただのコピーに負けるかよ!〉

 

 初めて会った時よりもずっと強くなったカザミ。多数の敵に退くこともせず、次々に粉砕していく。けれど……多すぎる。

 

〈くそっ!〉 

 

 三機、黒いソードインパルスガンダムとサザビー、それとガンダムエクシアが対艦刀アロンダイト、ビームサーベル、GNソードで迫る。

 

〈残念だが、倒させてもらう〉

 

 それを阻むのは、シドーさんのテルティウムだ。

 イージスのショットランサーよりも一回り大型の槍、ハイパーバーストランスを一閃し、三機まとめて粉砕する。

 

〈ふっ、サンクス! シドーさん!〉

 

〈例には及ばないさ。……パルくん、それにヒロトも私たちに続いてくれ〉

 

 先を行き道をイージスナイトとテルティウムが開き、その後をアースリィとエクスエクスヴァルキランダ―が続く。

 

〈分かりました! ……うわっと〉

 

 するとドラゴンの形態――ガンドラゴンモードになっていたエクスヴァルキランダ―の脚部にアッガイのクロ―が掴みかかる。

 

〈僕のモルジアーナに触らないでください!〉

 

 瞬間ガンドラゴンモードのエクスヴァルキランダ―の口から、GNフレアーデバイスによる業火が吹き荒れ、焼き尽くす。

 そして周囲にいたコピーガンプラまで

 

〈貴方達もみんな燃えて下さい! 僕は今……怒っているんです!〉

 

 仲間も、GBNにも手を出された怒り、パルも感じているんだろうか。

 

 ――俺だって怒りはある。けれどそれ以上に貫きたい、想いがある――

 

 俺のアースリィガンダムも襲い掛かる敵を、ビームサーベルとライフルで倒して行く。

 

「大丈夫か、パル」

 

〈ええ、こっちも!〉

 

 エクスヴァルキランダ―はガンドラゴンモードからMS形態へと変形し、腕に装備したGNグリップダガーを振りコピーを切り裂く。

 

〈みんな、敵に構う暇はない! それよりも先に進むことに集中しろ〉

 

 最初の攻撃で開けた敵陣の穴も、再び塞がりつつある。ガンダムテルティウムは再度ビームライフルで最大出力で撃ち放つ。

 ……どの道コピーを倒してもきりがない。シドーさんの言う通り、とにかく先へと進むしかない。

 

 



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反転都市と蘇る異形(Side ヒロト)

 ――――

 

 

 テルティウム、イージスナイトが道を切り開き、それに俺のアースリィとエクスヴァルキランダ―が続く。

 そして……辿り着いたのは。

 

〈どうやらかなり広い場所に出てしまったな〉

 

 広い洞窟の通路を無数のコピーガンプラを倒して進んだ先には、更に広大な空間が広がっていた。

 スペースコロニー内部と同等の、いや下手をすればそれ以上の大空洞。

 

 ――ここまでエリアを広げたのか。しかも――

 

 場所そのものも、もうただの洞窟ではなくなっていた。

 空間に広がるのは高層ビルの立ち並ぶ大都市。 いや、人が全くいない、その廃墟が立ち並んでいた。

 しかも地面だけではない。空洞の上部にも同じような大都市の廃墟がある。

 上にも、下にも生える都市。しかもこんな洞窟の中に……エリアとしての実用性なんて全くない、奇妙な空間だ。

 

 ――エリアの中身まで、あんなに弄り回して――

 

〈おいみんな! ――避けろ!〉

 

 何かに気づいたかのように、シドーさんは叫ぶ。それから間もなく、急に俺たちの周囲に陰が出来て暗くなるのが俺にも分かった。

 見上げるとそこには、大きな崩落音とともに落ちてくる高層ビルが。

 このままでは押しつぶされる……。俺たちは落下し迫るビルから離れた。

 

 

 

 それと同時にビルは地面の大都市に落下して激しい土煙と瓦礫をまき散らす。

 

〈どうやら……こっちにも沢山敵がいるみたいですね〉

 

 パルの言葉通り、周囲にはさっき以上の数のコピーガンプラの姿がある。

 相変わらず様々なガンプラのコピー。だけど、その半分を占めるのは……。

 

〈おい! エルドラの……ヒトツメ、エルドラアーミーまでいるじゃないか!〉

 

 コピーガンプラに混じって存在したのは、俺たちがエルドラで戦ったデスアーミーのデータを元に作られたヒトツメ、エルドラアーミーが多数いた。

 エルドラアーミーだけじゃない、四連装の銃身を持つ大型ビームライフルを装備するエルドラドートレスに、それにエルドラウィンダムまで。

 

 ――普通のガンプラだけじゃない。エルドラの機体までコピーされているなんて、どうして――

 

 何故なのか考えていると、俺たちの正面の大空間に人型のホログラムが現れる。

 

〈やるわねぇ、思ったよりも早いご到着だわ。……さすがさすが〉

 

 現れたホログラムは、ヒナタ……いや、彼女の姿をしたクロヒナタだった。

 

〈ようやくご登場ってわけか! ――偽物め!〉 

 

 ホログラムに向けてカザミは叫ぶ。

 これにはクロヒナタも眉を吊り上げながらも、余裕の笑みを崩さない。

 

〈偽物……貴方も言うのね、カザミ。いえ、他のみんなだって、どうせ同じことを想っているのでしよう?

 性格は最低、残忍悪辣で……悪趣味な悪者。ヒナタとは似ても似つかない偽物であると〉

 

 嫌味と悪意がごった混ぜしたような歪んだ言葉と表情。

 けれど……不思議とどこか、物悲しいようにも思えたような。

 

〈僕は貴方の事は、正直分かりませんし断言までは出来ません。

 けれど、貴方がやった事はどれも酷いことばかりです。……許すことは出来ないくらいに〉

 

 パルも険しい表情でクロヒナタに言う。

 

〈こちらも同意見だ。例え何者だろうとGBNに、そしてビルドダイバーズに行った悪行は認めるわけにはいかない、君自身の言う通り悪者と言わざるを得ないな〉

 

 そしてシドーもそんな風に言う。これに俺は――

 

「……俺も、君が偽物か、本物かなんて分からない」

 

 呟くように一言、そしてクロヒナタを前に俺は続ける。

 

「けれどこんな事、もう止めてくれ。

 確かに俺には言う資格はないかもしれない。だけど、君がやっている事はヒナタが悲しむ、望んでなんていない。

 ……本当は君だって分かっているんじゃないのか?」

 

 彼女の怒りに憎悪。少しかもしれないけれど、俺も理解しているつもりだ。

 しかしその復讐で何もかも巻き込むなんて間違っている。ヒナタのためにも俺は彼女――クロヒナタを止めたかった。

 

 

 

〈……ふっ〉

 

 彼女のホログラムは感情の読めない微笑みを見せる。

 俺の言葉が届いたかどうかも、分からないまま。

 

〈誰も彼もつまらない答えをするわねぇ。それに……何度も同じ事を言われるのは、嫌いなのよ〉

 

 最後にクロヒナタは俺に視線を向けたような気がしたけれど、はっきりとは分からなかった。

 そしてシドーさんは再び言葉を伝える。

 

〈ヒロトの言う通りだ。

 今からでもまだ間に合う、こんな馬鹿な事は止めたまえ。

 メイにヒナタも返してくれ〉

 

〈シドー・マサキ、貴方までまだそんなつまらない話を続けるつもりなの。

 それより……〉

 

 

 

 クロヒナタの言葉と、同時に。

 俺たちの先頭にいたシドーのガンダムテルティウム、それに異形の影が襲い掛かる。

 左右非対称の歪なガンダム、特に異常に大型で禍々しい右腕のシルエット。

 鋭い爪まで伸びたその右手にはガンダムテルティウムの武装であるはずのハイパーバーストランス、それを大きく薙ぎ払う!

 

〈何だとっ!〉

 

 ガンダムテルティウムもランスを構え受け止めるけれど、あまりの勢いに後ろに飛ばされる。

 先ほどの攻撃の主、それも俺たちにとって見覚えのある機体だった。

 そしてそれを目の前にした、シドーさんは。

 

〈あれは俺のガンプラ、いや違う……ガンダム、ゼルトザームか!?〉

 

 シドー・マサキのガンダムテルティウム、その面影を残した異形の…………ガンダムゼルトザーム。

 エルドラに囚われ、アルスによって洗脳された彼が乗った、テルティウムを変貌させた機体。俺たちビルドダイバーズと幾度も戦った強敵まで、またこうして目の前に。

 

〈ふふっ……この特別なお人形達、気に入ってくれたかしら?〉

 

 愉悦な表情を浮かべるクロヒナタ。

 エルドラアーミーや他の機体、ゼルトザームもどれも黒色……つまりコピーして作られたモノだ。まさか、あり得ない。

 

〈どうして、GBNのガンプラでないエルドラのヒトツメまでコピーが出来るんですか?〉

 

〈アルスがコピーして生み出したものを、またコピーしたのかよ。

 一体どうやって〉

 

 パルとカザミ、この質問にクロヒナタの口元は余計に吊り上がる。

 

〈くっ、くくくく……。そうねぇ、そろそろ種明かしをしてもいいかしら。

 ワタシがどうやってコピーを生み出したのか、ね〉

 

 彼女はそう得意げに続ける。

 

〈GBNのガンプラのコピーも、そしてエルドラのヒトツメとやらのコピーだって、原理を辿れば同じこと。

 ここはミラーミッション、データさえあればコピーは作れる。通常ならアスレチックや千本ノック、知恵の輪だとか下らないことでデータを解析している。……けれどねぇ、それよりもっと効率的にデータを手に入れる手段があるとしたら、どう?〉

 

 含みのあるクロヒナタの言葉。

  

 ――他にデータを手に入れる、手段だって?――

 

 俺たちは今更ながら考えた。すると……カザミは。

 

〈データだって? まさかあのヒトツメは、俺の……!〉

 

 何か察したのか、途端に顔面蒼白になって冷や汗が流れる。

 

〈カザミには礼を言わないとね。

 だってヒトツメのデータを、エルドラでの戦闘映像を…………Gtubeで配信してくれたのだから〉 

 

 

 Gtube、それはガンプラに関する動画を投稿する動画投稿サイトだ。

 もちろんその中にはGBNでのガンプラバトルの動画もある。つまり、データの元となったのは……。

 

〈Gtubeの動画は探せば幾らだってあるのよ。おかげでお人形だってこの通り、と言うわけ〉

 

 動画から戦闘内容を解析し、こうしてコピーガンプラを生み出した。

 これを聞いてパルは悔し気な様子だった。 

 

 

〈みんなのガンプラやバトルまで、悪用したんですか。……そんなのって〉

 

〈悪いわねぇ。けど、ワタシの願いの為には使えるものは何もかも、使い捨てるだけだわ。

 ――さて、と。それじゃあ今度はエルドラでの戦いの再現と行きましょう。

 ねぇ? 救世主サマ〉

 

 ホログラムのクロヒナタはくすりと笑い。そして――彼女の姿は掻き消えた。

 

 

 

  ――――

 

 俺たちに襲い掛かるコピーされたガンプラと、そしてヒトツメの軍団。

 

 ――また奴らと戦うことになるのか――

 

 俺はアースアーマーからウラヌスアーマーへとコアチェンジ、ユーラヴェンガンダムへと姿を変え、ビットを射出して遠隔射撃を繰り出す。

 複数機によるビットのビーム攻撃、次々とコピーを撃破する。けれど……。

 

 ――この空間にいるコピー、次から次へときりがない――

 

 周囲には五体のエルドラアーミー、腕にはライフルを構えて俺を狙うけれど……当たるものか。

 

〈しつこいな!〉

 

 ビッドを操作し、周囲のエルドラアーミーを狙って即座に撃ち落とす。

 しかし一機撃ち落とした。そのエルドラアーミーはスピアーに持ち替えて迫り来る、けれど、すぐに俺のユーラヴェンガンダムはビームライフルを構えて放った。

 収束された高威力のビームはエルドラアーミーの胴体に大穴を開け、さらに背後にいたコピーガンプラも数機撃ち貫く。……最後には上から生えるビルの一部を粉砕し、その降り注ぐ瓦礫は下にいたコピーまで潰す。

 

 ――これで十五機程は撃破したか。けれど――

 

〈やっぱりきりがないですね、ヒロトさん〉

 

 エクスヴァルキランダ―は今、エルドラウィンダムと戦闘を行っているさ中だった。

 ビームサーベルで襲うエルドラウィンダムにダガーで応戦するパルのガンプラ。 

 ウィンダムは二本のビームサーベルを振るうものの、すぐにエクスヴァルキランダ―はビームサーベルが握られた片腕を切り落とし、続けて斜めに本体へと一閃し止めを刺した。

 

 

 真っ二つになり落下するエルドラウィンダム、今度はその背後から強大なビームが襲う。

 破壊されたウィンダムの残骸まで消し飛ばし、ビームはエクスヴァルキランダ―に迫る。

 

〈そんなっ!〉

 

 それを放ったのはエルドラドートレスの大型ビームライフル、シールドでは受け止めるのが限界で、動きが封じられていた。

 パルの苦戦の状況を、俺は多数のコピーと戦いながら横目で確認していた。……けれど、援護出来る余裕もない。

 

「大丈夫か、パル」

 

〈大変ではありますけれど……まだ、これぐらいなら!

 こっちも動けないけど、向こうだって同じです!〉

 

 エクスヴァルキランダ―はシールドで防ぎながらGNランチャーを構える。

 今度はエクスヴァルキランダ―から放たれるエネルギーの光筋。それはライフルを構えたエルドラドートレスに向かい、そして瞬時に消し飛ばした。

 

〈少し苦戦しましたけれど、どうにか〉

 

 パルはホッとしたように息をつくけれど。コピーはその暇さえ与えずにパル、そして俺にも襲い掛かる。

 

「確かにこんな状況、続くのは厳しいな」

 

〈ええ。こうしてコピーばかり倒したって仕方ありません、早く奥まで進まないといけないのに〉

 

 俺もパルに同意だ。

 

「出口はちゃんと見えている。……それなのに」

 

 

 

 この反転都市空間の出口、それは奥にぽっかり空いた大穴だった。

 けれどその前には立ち塞がる多数のコピーガンプラの壁。それを突破しようとシドーさんもカザミも頑張っている。

 俺たちは二人が戦いに集中出来るように、その背後の守りに専念していた。――けれど。

 

〈くっ! また防衛の七、八割は削ってやったぜ。今度こそ――〉

 

 イージスナイトとテルティウムは防衛線を形成するコピーの大半を撃破する。

 カザミはそう言うけれど、シドーさんは厳しい顔で。

 

〈……いや、駄目だ!〉

 

 一見は壊滅しかけているように見える、出口に防衛線を築くコピー。

 けれど、中央に立ち塞がる異形のコピーガンプラ、その本体の左側に装備されたビーム砲にエネルギーが充填される。

 

〈離れろカザミ! ヒロトにパルも!〉

 

 シドーさんに従って俺たちは散開する。

 それとほぼ同時だった。防衛線の中央から他とは桁違いの超高出力のビームが放たれた。

 極太のエネルギーの奔流は蛇のようにうねり、仲間であるはずの他のコピーガンプラまで巻き込みながら空間を薙ぎ払う。

 

〈相変わらず……凄い威力だ〉

 

〈まるで、本物みたいです〉

 

「……ああ」

 

 けどまともに話す余裕もない。ただ、荒れ狂う嵐のようなエネルギーから避けることだけで精一杯だった。

 やがてエネルギーが止み、辺りに残ったのは消し炭になった多数のコピーの残骸と、砕かれ削られた瓦礫と化した都市。

 悔し気に、カザミは呟く。

 

〈何だよっ! いくら出口を守る他のコピーを倒したって、アイツをどうにかしないと仕方ないじゃないか。

 ほら、せっかく俺とシドーさんで削り取った防衛線だって〉

 

 二人で壊滅寸前まで追い込んだ防衛線も、周囲から現れたコピーガンプラが寄り集まって再構築される。

 そう、中央にいる……ガンダムゼルトザームのコピーに。

 

 

 

 ――あの強さ、まるで本物みたいだ。

 Gtubeであそこまで再現が出来るなんて――

 

〈すまねぇヒロト。それに、みんなも〉

 

 暗い表情で呟くカザミ。申し訳がなさそうに下を向いて、続ける。

 

〈俺の動画のせいであいつらを蘇らせてしまった。

 こんな状況なのに、すまん!〉

 

 俺はそんな事ないと首を横に振る。

 

「カザミのせいじゃない。そんな責任なんて、あるわけがないだろ」

 

 けれどカザミは相変わらず思いつめたままだ。

 彼のイージスナイトはショットランサーを強く握りしめる。

 

〈かもしれない。……けど、せめて俺に出来る事は!〉

 

 瞬間、イージスナイトはブースターを噴かして単身突撃した。

 確かに今、防衛線は再構築中でまだ不完全なままだ。けれどカザミの狙いはただ一つ。

 

〈狙うはただ一機、ゼルトザームだけだ!〉

 

 ショットランサーを構え、中央のゼルトザームにビームの連射を放つ。

 

〈こんな奴をまた復活させたのは俺だ。だから俺の手で、また地獄に叩き落としてやるぜ!〉

 

 けれど、その射撃に左右からエルドラアーミーが現れて身代わりになる。

 爆散する機体、その背後から鋭い爪を生やした右手が出現する。

 イージスナイトはそれをシールドで防ぐけれど、その威力で後ろに後退する。

 

〈こなくそっ! 負けるかよ!〉

 

 カザミも負けじとショットランサーで突撃を仕掛けるけれど、ゼルトザームは続けて右手で武器を鷲掴みにして振り飛ばす。

 イージスナイトは至近距離のビルに叩きつけられて、建物に大穴を開ける。

 

 

 瓦礫から起き上がる機体、けれどその目の前にランスを振り上げるゼルトザームの姿が。

 

〈……そんな。俺は、こんな所で〉

 

 ゼルトザームは大型のハイパーバーストランスをイージスナイトに振り下ろす。

 ――けれど、それはあるガンプラによって受け止められる。

 

〈これ以上、お前に暴れさせはしない!〉

 

 全く同じランスによって、受け止められた攻撃。それはシドーさんのガンダムテルティウムだった。

 テルティウムはゼルトザームの攻撃を弾き、ランスによる連撃を仕掛ける。

 その鋭い突きは、ゼルトザーム右腕の一部を刺し貫く。

 

〈自分自身が相手とは……相手にとって申し分ないな〉

 

 けれどまだゼルトザームの継戦能力は衰えない。

 今度はさっきのビーム砲を展開し、至近距離でテルティウムに狙い、放った。まだ背後にいたイージスナイトまで巻き込み、その一撃はビルを粉砕する。

 盛大に巻き起こる爆発、爆煙の中からテルティウム、イージスナイトの二機が姿を現す。

 

〈悪い、助かったぜ〉

 

〈気にするな。

 けれど……こうなってはもう、仕方がないか〉

 

 そしてガンダムゼルトザームの姿も。機体はランスを握り、俺たちを見据える。

 シドーさんはカザミに、そして俺とパルにも指示を出す。

 

〈あのゼルトザームはこちらで食い止める。

 ……だから、その隙にみんなは先に行ってくれ。邪魔は絶対にさせないから〉

 

「何だって!?」

 

 思いも寄らない言葉に俺は、黙っていられなかった。

 

「シドーさんを一人残して、行けるわけがない。行くなら俺たち四人じゃないと」

 

〈ヒロトの言う通りだ! 俺も一緒に戦う、だから――〉

 

 カザミもそう言う、けれどシドーさんは首を横に振る。

 

〈残念だが、ここで時間をかけてはみんな消耗していくばかりだ。

 ……それに、テルティウムは既にかなりエネルギーを消耗している。どの道これ以上の戦力にはなり得はしない〉 

 

「……シドーさん」

 

 確かにシドーさんの言う通りかもしれなかった。

 ゼルトザームのコピーが健在である限り防衛線を突破なんて出来ない。それに、あのゼルトザームはまるで本物のように強い。今の状況をこれ以上続ければ、確かに消耗が続いて行く。

 

 ――俺たちは、早く先に進まないといけない――

 

〈何、心配なんてしなくても後を追うさ。

 手間取るかもしれないけれど、必ず……〉

 

 シドーさんのテルティウムはゼルトザームに向き合う。

 彼の覚悟、それは俺たちにも伝わった。

 

「必ず、無事でいてくれ」

 

 だからせめて、俺にはこの言葉しか言えなかった。

 これにシドーさんは頷く。

 

〈勿論だ。だから……ここから先は任せた!〉

 

 

 

 俺たちはその覚悟を、無駄には出来ない。

 

〈……ヒロトさん、カザミさん、行きましょう。

 僕達がやる事は決まっていますから〉

 

 ゼルトザームは今シドーさんが戦っている。おかげで防衛線は格段に弱まった。今なら三人で十分に突破可能だ。

 今度はパルが先頭を切って、防衛線に突撃をかける。

 

〈ちっ、確かにもう仕方ねえ。必ずまた助けに来るぜ!〉

 

 カザミも、武器を振り回して出口を守備するエルドラアーミーを次々と粉砕する。

 そして二人の活躍でついに突破口が開けた、エクスヴァルキランダ―、ガンダムイージスナイトは先に進む。

 

〈ヒロト! お前も早く!〉

 

 そうカザミは呼び掛ける。

 分かっている。……けれど。

 ガンダムテルティウムとゼルトザーム、二機はハイパーバーストランスで強烈な近接戦闘を繰り広げている。

 

「ありがとう、シドーさん。俺は必ず彼女を止めて、そして……」

 

 通信画面で彼は、フッと微笑んだ。

 

〈ああ、分かっているとも〉

 

 たった短い一言。けれど俺はシドーさんの言葉を信じるだけだ。

 

 ――必ず無事でいてくれ――

 

 そう。今はただ、それを願うしかない。



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鋼鉄樹海の模造品達(Side ヒロト)

 ――――

 

〈本当に……大丈夫でしょうか〉

 

 コピーを倒しながら洞窟の先へと進む。そんなさ中、パルは不安な表情で呟く。

 

「きっと大丈夫だ。だってあの人は強いから、心配することなんてないはずだ」

 

 俺たちはシドーさんを置いて、行ってしまった。この異変を止めるためとは言え半分見捨てたような感じで……。

 

「もっと、俺たちが強ければ……」

 

 立ち塞がるコピーガンプラを、今度はサターンアーマーにドッキングし、近接特化型となったサタニクスガンダムで倒す。

 右腕に装備した大型ドリル、ブレーカドリルを振り目の前の敵を粉砕して行く。シドーさんがいない分、俺が道を切り開く。

 

〈何を言っているんだ! 今俺たちに出来る事は、ヒロトだってもう分かっているだろ!〉

 

 サタニクスガンダムに並びコピーと戦う、カザミのガンダムイージスナイト。

 相変わらず道を阻むコピーガンプラ、それにあれから道程も長く続いていた。

 

 ――いつになったら最深部に辿りつく。けど、きっとあと少しで――

 

 

 

 

 ――――

 

 再び俺たちは洞窟から、大空間に出た。

 

 ――今度こそ辿り着いたのか。いや――

 

 違った。

 ここはまだミラーミッションの奥ではない。空間のずっと先には、今度は機体一機、二機が通過出来るほどの狭い洞窟の入り口が見えた。

 

 ――最深部までは確かに迫っている。けれどこの空間にも――

 

 今度の空間は鈍い光を放つ黒鉄色の、金属製の樹木が生える大森林の空間だった。

 鋼の森林には水銀の河が流れて……さっきの反転都市とはまた違う、奇妙な場所だ。

 

 

 ――けど、それよりも。

 

 

「今度はアルスの、コアガンダムまで……あんなに」

 

 そこで待ち構えていた敵は、俺のコアガンダムをアルスが解析して生み出したコアガンダム……アルスコアガンダム、そのコピーの大群だった。

 

 

 俺のアースアーマーを再現したものを装備したアルスアースリィガンダムに、νガンダム、アルケーガンダム、ターンXを模したアーマーを装着した――それぞれフェイクνガンダム、デュビアスアルケーガンダム、リバースターンXの三種まで。

 そして、広い大空間に鎮座するのは、数隻のエルドラ戦艦の姿。

 

〈まるで、あの戦いの最後、アルスがGBNに攻めて来た時と同じです

 さっきもでしたけれど、僕達の戦いをあえて再現しているような〉

 

 パルの言う通り、この戦場はあの時の戦いを再現しているような感じだ。

 

〈いや違う、それだけじゃない。あそこに見える機体は……〉

 

 それに、アルスコアガンダム以外にも数機のコピーガンプラがいた。

 カザミの示す先にいたのは、νガンダムとサザビーを足して割ったような、ファンネルをマントのようにして大剣――ジオニックソードを構えるガンダム、νジオンガンダムのコピーがいた。

 

〈キャプテンジオンのνジオンガンダムまでいやがる。あっちには、オーガのガンダムGP‐羅刹天のコピーに……タイガーウルフのジーエンアルトロンも〉

 

 それだけじゃない。GP‐羅刹天と、アルトロンをベースにした両肩に虎と狼を模した装甲と伸縮するクロ―、ツインジーエンハングを備えたジーエンアルトロン。それにまだ……。

 

〈マギーさんのガンダムラブファントム、それに兄さんのセラヴィーガンダムシェヘラザードまで〉

 

 フリーダムガンダムをベースにした、ビームサイズを装備したガンダムラブファントムと、パルのお兄さんであるシャフリヤールのガンプラ、重装甲、重火力のセラヴィーガンダムを更に強化改造したセラヴィーガンダムシェヘラザードの姿も。

 さらに――

 

「チャンピオンのガンダムTRYAGEマグナム、そして――リクのダブルオースカイメビウス」

 

 俺のすぐ目の前には、チャンピオン……クジョウさんのガンプラもある。そしてオリジナルのビルドダイバーズのリーダー、ダブルオーガンダムをベースにしたミカミ・リクの、ダブルオースカイメビウスまでいる。

 

 

 そう、アルスコアガンダムの群れ以外にこの場にいたのは、GBNの中でも屈指の実力を持つ最上級のダイバー達のガンプラだった。

 この二者による混成軍。こんな事まで、彼女は。

 

〈ビルドダイバーズのみんな……お疲れ様ね〉

 

 声がしたと思うと、再び出現したクロヒナタのコピーだった。

 

〈また現れましたねヒナタさん。いえ、区別するためにクロヒナタさんと、呼んでも良いですか〉

 

 彼女へと先に話しかけるパル。クロヒナタは微妙な表情を浮かべるものの。

 

〈ワタシとしては心外だけれど、まぁいいわ〉

 

 軽くそう呟き、彼女は俺たちに続ける。

 

〈確か、ゼルトザームと言ったわね。あれは本物に近づけるように他より強化したワタシ自慢のお人形だったのよ?

 よくアレを倒して来たわね、四人とも……いや〉

 

 途端、クロヒナタは意地の悪い表情を投げかけて、わざとらしく首を横に振る。

 

〈今はもう三人だわね。

 シドー・マサキ、彼を見捨てて貴方達はここまで来たんでしょう〉

 

「……それは」

 

 確かにそうだ。

 先に進むために俺たちは、シドーさんを置いてここまで来た。

 

〈そこまでして、ご苦労ね。

 ……でもね、ここまで来たらあともう少しよ。貴方達のゴール、ワタシのいるミラーミッションの最深部はもうすぐ先。けれど――〉

 

 クロヒナタは鋭い視線で俺たちを見据える。

 

〈今度はさっきのように行かないわよ。

 あの戦いの最終決戦、GBNに侵入したアルスコアガンダムの再現軍団と、そしてGBNトップクラスのダイバーが乗るガンプラのコピー。

 ……貴方達三人は切り抜けられるかしら?〉 

 

〈クロヒナタさんは……〉

 

 するとパルは、ぼそりと呟いた。

 

〈クロヒナタさんはそこまでして、一体どうしたいんですか?

 何のためにここまで酷い事を〉

 

 パルの問いにクスリと、可笑しそうに笑うクロヒナタ。

 

〈理由、それはさっきも言ったでしょ。ワタシはGBNもガンプラも嫌いだから目茶苦茶にしたいって。

 後は……復讐かしら。ワタシ……『ムカイ・ヒナタ』から大切なモノを奪い踏みにじった相手に対する、ね〉

 

 復讐――。そうか、やっぱりクロヒナタはそこまで、そんな風に思っていたのか。

 今度はカザミが、口を開いた。

 

〈ヒナタの偽物……いや、クロヒナタだったな。ならその復讐の先に、何をしたいって言うんだよ!

 決してヒナタが望まない、そんな復讐を続けて……意味なんてあるのかよ!〉

 

〈アハハッ! 何も分かっていないのねぇ。

 意味ですって? それは『不公平』だからよ。ヒトをさんざん傷つけておいて、それにすら気づきもしないでのうのうとしているなんて、反吐が出るじゃない。

 だから、そんな不公平は正さなくちゃいけないでしょう? 

 そう……例えば〉

 

 瞬間、彼女は俺を冷ややかに見下す。

 

〈誰かさんのように、ずっと被害者面してその挙句、勝手に乗り越えたって平然と……そして、世界ごときを一つ救った英雄として持て囃されるヒトなど〉

 

「――」

 

 

 そう、クロヒナタはきっと俺を、特に憎んでいる。復讐の対象には自分も含まれていることは、彼女と最初に顔を合わせた時から分かっていた。

 けれど、まだ腑に落ちない部分もある。それはパルも同じように思っていた。

 

〈きっとクロヒナタさんは、とても怒っているんですね。

 その復讐したいって思いも本物だって分かります。けれど……〉

 

 パルはきっと、真っすぐクロヒナタを見た。

 

〈復讐じゃなくて、本当に望んでいるのはきっと別のことだって思うんです。

 だって、クロヒナタさんはヒナタさんの事、強く想っているのは分かりますから。

 本当はヒナタさんに代わって復讐するよりも……幸せになって欲しいと、思っているんじゃないですか?〉

 

 

 

 瞬間、クロヒナタの態度が変わった。

 

〈……〉

 

 あの冷たい笑みは消え、彼女は黙って俯いた。

 どんな表情をしているかも分からない。

 ――けれど、両頬に流れるものを、俺は見た。

 光って輝く半透明の細い筋。頬を伝って流れる

それは、きっと……。

 

〈シアワセ、か〉

 

 聞こえるか聞こえないか、分からないくらいの呟き。

 

〈なら、それを確かめに来てみなさいな。

 来れるものなら……ね〉 

 

 

 

  ――――

 

 彼女のホログラムはそれを最後に消えた。

 同時に、辺りのコピーは一斉に襲い掛かって来る。

 

 ――いきなり来たか――

 

 ターンXを模した、大柄なアーマーを着込んだリバースターンX。その腕のビーム砲を俺のサタニクスガンダムに放つ。

 

 ――そんなエネルギーなど!――

 

 俺は力任せに右腕のブレーカドリルで弾き、同時にバーニアを大推力で迫る。

 そして左腕に装備したアームユニット――ヴァイスプライヤ。それを展開しアーマーを装着したアルスコアガンダムもろともに挟み込みそして、そのまま一気に……真っ二つに切断する。

 続けて赤く発光しトランザムで迫る、細身で尖ったシャープなアーマーを装着した、デュビアスアルケーガンダムの姿。

 両腕にはビーム……いや、GNソードを二本構えて、俺に斬りかかろうと。

 

 ――俺に迫って来るなら、こうするまで――

 

 トランザムで高速機動した所で、実体はある。

 斬撃を繰り出す一瞬に、ドリルで貫けば。……けれど。

 サタニクスガンダムの重武装では攻撃の振りが遅れる。予想以上に早く繰り出されたデュビアスアルケーの斬撃、せめてその攻撃を受けないように上体を捻り避けようとした。

 

「くっ!」

 

 大きなダメージは防げたけれど、攻撃は右肩と左胸装甲に受け斬撃痕を残す。

 そしてデュビアスアルケーは急旋回してGNソードで再度斬りかかる……が、流石に二度同じ手は食いはしない。

 今度こそタイミングを掴み、俺は相手が迫ると同時にブレーカドリルでデュビアスアルケーの胸を刺し貫く。

 

 ――けれどやっぱり、サターンアーマーでは厳しいか――

 

 この姿では小回りが利きにくい。

 今度は六方向からアルスコアガンダムガンダムが迫る。……けれど。そろそろ。

 

 

「コアチェンジ! サターン・トゥ・マーズ!」

 

 俺はサターンアーマーをパージする。

 外れて飛ぶアーマー、その時一緒に二基のサタニクスドリルはそのままアルスコアガンダムを二機貫き撃破する。

 それに代わるように深紅のサターンアーマーをコアガンダムⅡが纏いマーズフォーガンダムに。

 その腕に構えるのは大型の実体剣、スラッシュブレイド。残り四機の接近するアルスコアガンダムに向けて俺はスラッシュブレイドを一閃する。

 一撃の斬撃で、その軌跡にいた四機とも切り落とした。

 

〈はは、これは大変だな。――けど俺も〉

 

 すぐ近くでは、カザミが二機のコピーと同時に戦っていた。

 

〈……まさか俺の憧れの人とチャンピオンを同時に相手取るなんて、荷が重すぎらぁ〉 

 

 戦っていたのはキャプテンジオンのガンプラ、νジオンガンダムとそしてクジョウさんのガンダムTRYAGEマグナムだった。

 どちらも巨大な大剣で迫る中、カザミは受け流し、防戦一方であっても持ちこたえていた。

 

「あの二人のコピーを相手にしているのか。行けるか……カザミ」

 

〈ああ! 確かにあの二人は凄い人だ。けれど、こんなに大きい剣で同時に来られたら、どっちも攻撃がしにくいって、向こうは分かっちゃいないみたいだぜ。

 所詮はコピー、完全に模倣出来るわけがない!〉

 

 振りかぶられる大剣をかいくぐり、そしてその狭間でショットランサーの一撃をお見舞いする

 

〈いくらこいつら全員再現しようが、みんなのガンプラを模倣しても……心の無いコピーなんていくらいた所で! 俺の盾は貫けはしないぜ!〉

 

 確かに二機とも強敵だ。けれど、逆にその戦いには更なるコピーの援護や増援が入る余地がない。

 

 ――多分、カザミはしばらくは大丈夫そうだ。ならパルは――

 

 

 

 一方で、離れた場所で戦うパルのエクスヴァルキランダ―は。

 戦っているのは四機のアルスコアガンダムと、そしてフェイクνガンダム。

 左右非対称の角にモノアイのガンダム、それ以外のシルエットはオリジナルのνガンダムに近く、背部に装備したフィンファンネルを展開してエクスヴァルキランダ―へと放つ。

 ファンネルとともにアルスコアガンダムも周囲からコアスプレーガンを構えて、周囲から一斉射撃を繰り出していた。

 

〈そっちがその気なら!〉

 

 エクスヴァルキランダ―は両腕に拡散ビーム砲であるランチャーデバイス、そしてフレアーデバイスを構える。

 放たれる拡散ビームと、そして炎はファンネル

とアルスコアガンダムを撃ち抜き、焼き尽くす。

 残ったのは正面にいるフェイクνガンダム。

 その背後から他のコピーも続々と迫るけれど……エクスヴァルキランダ―は。

 

〈……このまま、焼き尽くしてあげます!〉

 

 ランチャーデバイス、フレアーデバイス、この二基の武器を組み合わせた合体武器――GNメガフレアーデバイス。

 二基分の武器のエネルギーを集中し、銃口から最大火力でフェイクνガンダムを、そして背後から迫っていたコピーもろとも焼き尽くした。

 

 ――パルも、上手くやっているみたいだな――

 

 

 俺は戦いながら様子を見ていた。……けれど、その時彼のエクスヴァルキランダ―に強力なエネルギーが襲う。

 

〈!!〉

 

 エクスヴァルキランダ―は間一髪でその塊を避けた。 

 エネルギーはそのまま下の鋼鉄樹海へと。鋼の樹々を粉砕して散らした。

 

〈セラヴィーガンダム……シェヘラザード〉

 

 攻撃を放ったのは宙高くに浮遊する、セラヴィーガンダムシェヘラザード、その手に握られたGNフィジカルバズーカだ。

 バズーカの砲身は再びエクスヴァルキランダ―にに向けてビームを放つ。

 

〈もしかしてと覚悟はしていましたけれど、こんな形で戦うなんて〉

 

 その戦い方も、攻撃の精度もダイバーであるシャフリヤールをコピーしたものだ。

 パルもさっきみたいに反撃する余裕もなくて、地上へと逃げる。

 鋼の樹を遮蔽物に、そして目くらましとしてシェヘラザードの攻撃を防ぐ。

 

 

 コピーされたのは本体だけじゃない。シェヘラザードの専用装備であるプトレマイオスアームまでコピーされてある。戦艦プトレマイオス、それを模した装備は今パーツごとに別れて各部に装着されていた。

 その一部、両腰に装備されたパーツにはGNキャノンが内蔵されていた。バズーカとこの二門のキャノンはエクスヴァルキランダ―を狙い放たれ、地上に破壊を巻き起こす。

 

 

 さらに、上空のエルドラ戦艦からの砲撃も俺たちに襲い掛かっている。

 ……もちろんパルにも。それらの攻撃が降り注ぐ中、機体は低空飛行する。

 

〈くっ! 同時にタイガーウルフさんのガンプラまで〉

 

 樹海を走るもう一機の影。それは両腕に狼と虎のアーマーを装備した拳、ウルフ拳とタイガー拳でエクスヴァルキランダ―を襲うのがちらりと見えた。

 

 ――ジーエンアルトロンまで襲い掛かっているのか――

 

 セラヴィーガンダムシェヘラザードとジーエンアルトロンを同時に相手にするエクスヴァルキランダ―。

 

 ――けれど、俺の方も――

 

 マギーさんのガンプラ、ガンダムラブファントムのコピーは両手に握るビームサイズを振るい俺のマーズフォーガンダムを襲う。

 その斬撃にスラッシュブレイドで受け止め、同じく攻撃を返す。

 激烈な近接線を繰り広げる俺とラブファントム。けれど、その横から俺に迫る別のコピー。

 

 ――今度はアルスアースリィまでも――

 

 俺のアースリィガンダムを模倣したアルスアースリィ……そのコピー。それまでビームサーベルを展開して斬りかかる。

 俺は一方でラブファントムのサイズを、そしてもう一方のスラッシュブレイドでそのビームサーベルを受け止める。

 

 ――さて、どちらから倒すか。ここは――

 

 マーズフォーの頭部をアルスアースリィに向け、バルカンを撃つ。

 これに怯み、隙が出来たアルスアースリィ。この一瞬で俺はスラッシュブレイドを構え直して放った斬撃で、その胴を両断する。

 ラブファントムの気は一瞬逸れた。俺は両断したスラッシュブレイドの切っ先を瞬時にラブファントムへと向け、一閃。その頭部を弾き飛ばした。

 

 ――やっぱり、本物のマギーさんには及ばない――

 

 頭を失いよろけるラブファントムに、ブレイドの刃先を真っすぐと突き刺し、止めを刺した。

 



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みんなの想いに、俺の想いと責任と(Side ヒロト)

 

 マーズフォーガンダムが剣を引き抜くと、力なくラブファントムは煙を上げて墜落して……そして爆発したのが見えた。

 これで上級ダイバーのコピーガンプラは一機撃墜した。

 ――いや。

 

 

 

 瞬間、近くで大出力のエネルギーが地上に放たれた。

 それはセラヴィーガンダムシェヘラザードの必殺技、合体したプトレマイオスアームズを両手で構え、艦首のトレミーキャノンから放たれる最大出力の砲撃――『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』の一撃だ。

 その一撃は地上の樹林をなぎ倒し、消滅させてゆく。

 半球に広がるエネルギーの渦、そこに一つの影が巻き込まれて行くのが見えた。それはパルと戦っていたはずのジーエンアルトロン。機体の姿はエネルギーに掻き消え、消滅した。

 

 ――まさか戦っていたパルもろとも消し飛ばしたのか――

 

 もしかすると一緒にあの攻撃に巻き込まれて……。そう思っていた時、エネルギーに巻き込まれつつある樹海から超高速機動で飛び立ち、シェヘラザードに迫るエクスヴァルキランダ―が見えた。

 

 

 これに再びプトレマイオスアームズを分離、今度は四肢の先に取り付け『イフリートモード』になるシェヘラザード。トランザムを起動させて高速で迎え迫り、その両腕のGNクロ―で斬撃を繰り出す。けれど同じくGN粒子を纏い残像を残しながら高速機動するエクスヴァルキランダ―には一つも命中しない。

 まるでシェヘラザード同様トランザムのような動き、それはパルの……

 

〈僕のガントランザムシステム、付いて来れますか〉

 

 パルのガンプラ、エクスヴァルキランダ―に搭載された独自のトランザム、ガントランザムシステムだ。

 その瞳はガンダムOOのイノベイターのように虹色に輝き、表情も強気に引き締まっている。

 

〈本物の兄さんなら、シェヘラザードならまだしも、コピーに負けたなんて……笑われてしまいますから!〉

 

 エクスヴァルキランダ―はGNガンブレードを両手に握り、トランザムの最速スピードで次々と斬撃を繰り出す。

 同じトランザム同士ではあるが、まだエクスヴァルキランダ―の方が幾らか速い。

 

〈このまま一気に終わらせます!〉

 

 切り裂かれボロボロになるシェヘラザード。けれど次の瞬間、ついに動きを捉えた相手は手に構えるトレミーキャノンの砲門を向ける。

 ――けれどそれより先に、エクスヴァルキランダ―はGNランチャーデバイスを構えていた。

 

〈……さよなら〉

 

 ランチャーデバイスから放たれた拡散ビームはシェヘラザードのコピーに幾つもの穴を開ける。穴から火を噴き、コピーはその炎に包まれて消えた。

 

「よくやったな、パル」

 

〈はい! これで少しは楽になりましたね〉

 

 けれどパルがそう言った矢先、今度はガンダムGP‐羅刹天、そのコピーが二本の大剣を連結させた――GNオーガツインソードを振り回して迫る。

 

〈……すみません、まだ手は離せないみたいです!〉

 

 倒したのは良かったけれど、まだコピーガンプラは残っている。

 そして……俺にも。

 

 

 今度は俺のマーズフォーガンダムに二筋のビームが襲う。

 それを回避し方向を確認すると、ツインドライブによるGN粒子と、光の翼を輝かせて迫る影が見えた。

 コピーされた、黒いダブルオースカイメビウス。それがついに……俺の前に立ち塞がった。

 

 ――リクのガンプラ。俺にとっては因縁の対決か――

 

 イヴを失ったことで、リクにはかつて複雑な思いを抱いていた。

 

 ――けれど、今はもう関係ない。あれはただのコピー。GBNとメイを……そしてヒナタを救うために俺は、立ち向かうだけだ――

 

 ダブルオースカイメビウスはウィングのメビウスビームキャノンから次々とビームを放ち迫って、そして瞬時にビームサーベルを抜き斬撃を繰り出す。

 

 ――重い攻撃だ――

 

 突進の勢いを乗せた斬撃、マーズフォーじゃスラッシュブレイドで受け止める。けれど一撃を放った瞬間にコピーは離脱し、今度はビームライフルに持ち替えて射撃を放つ。

 そのビームを避け、ブレイドの刃先で跳ね返す中、今度はその間にフェイクνガンダムがビームサーベルを構えて迫る。

 

「邪魔をするな!」

 

 俺は即座に反応して、縦一文字に切り捨てる。

 左右に真っ二つにされるフェイクνガンダム。けれどその裂け目から現れる……ダブルオースカイメビウス。

 フェイクνガンダムの残骸を弾き、赤く輝くツインアイの頭部を間近で覗かせる。

 そして手に握るのは、ビームサーベルのグリップ。

 

 ――!!――

 

 さっきみたいに防ぐ暇もなくバーニアを全開で

噴かせて距離を離す。

 けれどそれを待っていたかのように、ダブルオースカイメビウスのコピーは再び持ち替えた二丁のライフルを向け、さらにはウィングバインダーに備えたビームキャノンの砲口も俺に……そして。

 

 

 一斉に放たれたビーム射撃――ハイマットフルバースト。

 俺のガンダムはその射撃を受けた。……けれど。

 

 ――ここは、アースリィガンダムの出番だ――

 

 その直前、コアガンダムはマーズアーマーからアースアーマーにコアチェンジ、アースリィガンダムに姿を変えた。

 その大型のシールドで、ハイマットフルバーストの攻撃を防いだ。続けてビームライフルを構えてエネルギーを充填、一撃を放つ。

 あの最大攻撃の直後だ。ビームは隙が生じたダブルオースカイメビウスの左翼を粉砕する。

 バインダーのビームキャノンごと、おかげで攻撃能力と機動性の一部を削いだ。

 

 ――とどめを一気に刺させてもらう――

 

 今度は俺の番だ。

 ビームサーベルを抜き、アースリィガンダムはコピーに肉薄しようと。……けれど、その真横から。

 

 ――!!――

 

 すぐ横に迫った、巨大なビームの剣を握る影。

 それはダブルオースカイメビウスではない。――ガンダムTRYAGEマグナムのトライスラッシュブレイド、今度はチャンピオンのコピーガンプラが襲い掛かる。

 振り下ろされる大剣――防げるか。そう考え行動に移ろうとした瞬間。

 

〈お前の相手は俺だぜ!〉

 

 TRYAGEマグナムの真横から勢いよく突進して来るガンプラ、カザミのガンダムイージスナイトが現れる。

 

「ありがとう、カザミ」

 

〈こっちはこっちで戦っていたんだけどさ、いきなりヒロトの方へと向かって行きやがったんだ。

 ……全く、俺を無視するなっての!〉

 

 ショットランサーでTRYAGEマグナムを押すイージスナイト。

 

〈けどさ、俺もどうにかコピーガンプラを一機倒したんだぜ。

 キャプテンジオンのνジオンガンダム……そのコピーをさ。自分の憧れをあんな形で倒すなんて、複雑だけれどな〉

 

 トライスラッシュブレイドに込められた力は強く、すぐにイージスナイトが逆に押される。

 俺も俺で今度は、現れたアルスコアガンダムを二機、相手にして戦っていた。

 

〈やっぱそれなりに強いな。……けれど!〉

 

 イージスナイトの足の先端からビームの刃を放出し、回し蹴りを繰り出す。

 本来はMA形態で使う武装。この奇襲にTRYAGEマグナムは距離を離す。

 

〈本物のチャンピオンなら、これぐらいの技なんかじゃビクともしないぜ〉

 

 丁度同じタイミング、俺もアルスコアガンダムを撃破した。

 けれどまた同時に、さっきダメージを与えたダブルオースカイメビウスがビームを放ちながら接近する。

 幾筋も襲って来る光線、だけど俺が防ぐこともなく。

 

「なぁカザミ、頼めるか!」

 

〈おうよ!〉

 

 アースリィとイージスナイト、互いの位置を交替して戦う相手を替えた。

 イージスナイトはその大型のシールドでものともせずに防ぎきりそのままダブルオースカイメビウスへと、ショットランサーを構えて突撃を繰り出す。

 

〈だああぁっ!〉

 

 ショットランサーは相手の右肩に突き刺さり一気に押し飛ばした。ダブルオースカイメビウスは勢いのまま下に落下して、地上に墜落した。

 

〈これで倒せれば良いけれどな……って!〉

 

 直後、イージスナイトの周囲に大型のフィンファンネルが取り囲みビームを放つ。

 カザミはシールドでビームを防ぐけれど、同時に至近距離から大剣――ジオニックソードが襲う。

 とっさに右に跳躍して剣筋を避けるけれど。

 

〈まさか、まだ動けたなんてな……νジオンガンダム〉

 

 襲ったのはさっきカザミが倒したと言っていた、νジオンガンダムのコピーだった。

 全身が半壊してボロボロであったけれど、まだ戦闘能力は残っていたんだ。

 

 

 

 カザミは再び、νジオンガンダムと戦う。

 一方で俺はTRYAGEマグナムへと。相手はトライスラッシュブレイドを収めて後方へと、ロングバレル化されたトライドッズライフルを構える。

 更に両肩のファンネルも展開して俺に向かいビームを放つ。……けれど。

 

 ――ああ。確かにこのコピーも、チャンピオン……クジョウ・キョウヤさんとは違う。

 いくらガンプラや、戦い方を真似たって――

 

 アースリィガンダムはドッズライフル、ファンネルのビーム射撃を回避して迫る。

 けれどそれを妨害して阻むファンネル。俺はそれを数機ビームライフルで撃ち抜き、そして本体を狙うが今度は――

 

〈ヒロトさん、危ないです!〉

 

 急に現れたパルのエクスヴァルキランダ―。それと同時に空間を切り裂く太い二本のエネルギーが、俺たちに迫った。

 腕のGNガンシールドカスタムでそれを防ぐエクスヴァルキランダ―の姿、続けてオーガソードを握るGP‐羅刹天まで。

 先ほどエネルギーを放ったのは羅刹天のビームバズーカ、加えて今度は近接戦を仕掛けて来た。

 

 ――羅刹天とそして、TRYAGEマグナムまで――

 

 奇襲に乗じてガンダムTRYAGEマグナムまでもトライスラッシュブレイドを再度構える。

 二機同時で迫るけれど、こっちだってパルと一緒だ。

 

〈先に僕に任せて下さい! ヒロトさんは――〉

 

 パルからのある提案に俺は頷く。

 

「分かった。ならパルに任せる!」

 

 これにふっと微笑むパル、そして……。

 

〈まずは二機とも、僕とモルジアーナが!〉

 

 エクスヴァルキランダ―は合体武器、GNメガフレアーデバイスを構えて、灼熱の炎をTRYAGEマグナム、羅刹天にまき散らす。

 炎に阻まれて二機のコピーは攻撃を中断して怯む。

 

 ――この好機を逃さない――

 

 右手にビームライフルを、左手にはビームサーベルを握る俺のアースリィガンダム。

 そして……羅刹天に強力なビームの一撃を胸に叩きつけ、同時にビームサーベルによる斬撃をTRYAGEマグナムへと放つ。

 

 

 

 撃墜とまでは行かなかったけれどどちらとも直撃を受け、俺たちから距離を離すコピー二機。

 ここにカザミのイージスナイトも俺たちの元に辿り着いた。

 

〈手間取っちまったが、俺もどうにかコピーを退けた所だ〉

 

〈良かったです。僕とヒロトさんと、カザミさん、三人揃いましたね〉

 

 パルの言う通り俺たちは三人とも揃った。

 

「ああ。コピーの数もいくらか減った。みんなのコピーガンプラだって半分は倒した。

 今なら行けるかもしれない」

 

〈あそこを突破出来るかもしれませんね。けれど……〉

 

 俺はこの鋼鉄樹海の出口を見据えた。

 空間の奥にある小さな穴、けれど今は何隻ものエルドラ戦艦のコピー艦隊がそこに移動して、防衛線を築いていた。

 その周囲には多数のアルスコアガンダムと、アーマーを纏ったそのコピーまで。

 

「ここも突破するのは大変だろうな。

 だけど、俺は」

 

〈止まるわけにはいかない、だろ? 俺とパルも同じだぜ〉

 

 そう言ってカザミのイージスナイトは武器を構える。同じくエクスヴァルキランダ―も。

 

〈今こそ、全力で打ち破るしかありません。――行きましょう!〉

 

 

 

 俺たち三人のガンプラは強固な防衛線へと突き進む。 

 

〈ヒロト! ここは俺とパルに任せてくれ。

 最後に何が待っているか分からない、だからそっちはエネルギーを残して置かないといけない!〉

 

〈そうです。代わりに……僕達二人の力でっ!〉

 

 迫る防衛線、エクスヴァルキランダ―は自身の装備、GNガンシールドカスタム、GNガンブレード、GNグリップダガーを合体させる。

 合体させて形成したのは大型の弩砲――GNエクスバリスター。

 エクスヴァルキランダ―、その胸部のエネルギーをグリップダガーに集中して生み出した純粋なエネルギーの矢。その一撃を、防衛線の中央に放った!

 放たれた矢は立ち塞がるアルスコアガンダムのコピーをなぎ倒し、中央のエルドラ戦艦を貫く。

 戦艦からは爆発が起こり、あちこちから火を噴く。……けれど完全に撃沈は出来なかった。

 

〈トドメは俺の番だぜ! この俺、ジャスティス・カザミの力を見ろ!〉

 

 イージスナイトはイージスシールドにサイドスカートのパーツを繋ぐ。そしてメインの武装であるショットランサーの基部に合体させ、構えた。

 その時、頭部と胸部の装甲が展開しキングモードに移行する。キングモードになったイージスナイトは合体武器――ケラウノス ハイパービームソードを横に構えて、巨大なビームソードの刃先を形成する。

 もうすぐそこにまで間近に来た防衛線、エルドラ艦隊に向けて……横一文字に切り払う!

 

 

 

 左右の広範囲のコピーガンプラを消し飛ばし、エルドラ戦艦にも大損害を与える。そして直接中央で出口を塞いでいた、GNエクスバリスターで大ダメージを受けていたエルドラ戦艦には止めになる。

 さっきよりも遥かに大きな爆発が中枢で起こり、そこから真っ二つに折れて炎に包まれながら墜落して行くエルドラ戦艦。

 戦艦で覆われて見えなくなっていた出口も、おかげでまた見ることが出来た。

 

「今ならあそこから出れるはずだ」

 

〈おうよ! さすが俺たち、見事に決まったぜ!〉

 

〈後はここを抜けさえすれば〉

 

 空間の出口はもう目の前。俺たちのガンプラ三機は出口に入ろうとした、その時。

 

〈〈!!〉〉

 

 直前になって俺たちの後方両側から現れた四機のコピー。νジオンガンダムとGP‐羅刹天、ガンダムTRYAGEマグナムにそして、ダブルオースカイメビウス。

 同時に襲撃をかける四機のコピーに俺が反応する、それよりも前に。

 

〈させるものかよ!〉

 

 カザミのイージスナイトとパルのエクスヴァルキランダ―はコピーガンプラ四機に向かって行って、その相手をした。

 

〈こんな事になってすみません。けどここは僕達に任せて、ヒロトさんは先に行ってください〉

 

「……っ!」

 

 シドーさんに続いて、今度はカザミとパルまで置いて行くのか。

 俺が躊躇っていると次はカザミが声を荒立てて。

 

〈とっとと行けって言うのが聞こえないのか!

 こっちは今手が離せなくなったんだから、ここは一足先にヒロトが行くしかないだろ。

 アルスコアガンダムのコピーまで迫って来てるんだ、モタモタしている暇はないぜ〉

 

 カザミの言う通り、それぞれ二機のコピーを相手にして戦うカザミとパル、あの状態では背を向けてこっちに来る余裕もない。

 行けるのは、俺一人だけ。

 

「分かった。俺は先に、みんなの分まで……」

 

 俺の言葉にカザミは笑みをこぼす。

 

〈ああ! 宜しく頼んだぜ〉

 

〈お願いします、ヒロトさん。僕達も後に追いつくように……しますから〉

 

 カザミも、パルもそう言ってくれる。

 この思いに応えるためにも、俺は先へと進むしかない。

 

 

 

 ――――

 

 狭い洞窟の中を、アースリィガンダムはたった一機で飛ぶ。

 あれから敵のコピーは追って来ない。それどころか、一機たりとも姿だってない。

 敵は存在しないけれど、もう俺の味方だっていないんだ。シドーさんにパル、カザミも。今はもう俺一人だ。

 

 ――みんな、追って来てくれるかな――

 

 分からない。けれど、こうなったら例え俺一人でも、やるしかない。

 みんなの分までGBNを救う、メイも助け出す。

 

 ――そしてヒナタだって。今はどうしているか分からない本物のヒナタと、あの黒いヒナタも――

 

 こんな事を起こしたクロヒナタ。

 その正体もはっきりと分かっていない。けれど彼女だって、きっと思い苦しんでいるんだと。

 俺はそう思ってならなかったんだ。

 

 ――全て救いたい。

 もし俺に、出来ることなら――

 

 いや、どうしてもやらないといけない。

 残して行ったみんなの想いと、それに俺自身の想いと……責任のためにも。

 



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二年前のやり直しと……ある問いかけ(Side メイ)

 ――――

 

 私は相変わらず岩に縛られ、洞窟内の空間にいた。

 傍にはコアガンダムのコピーが佇み、周囲に表示される無数のディスプレイには、それぞれの場所で戦うみんなの姿が映る。

 

 ――あっちではシドーと、それに別の場所ではカザミとパルも――

 

 あのコピーガンプラを相手にして戦闘を繰り広げている三人。そしてヒロトは、ただ一人ミラーミッションの奥へと進んでいた。

 

「もう間もなく、彼は最深部へと辿り着きそうね」

 

 傍にいたクロヒナタが一言、呟くのが聞こえた。

 

「そうだ。みんなの想いを背負ってヒロトはここまで来たんだ。これ以上、お前に酷い事をさせないように」

 

 私は彼女にこの事を伝える。

 GBNの異常を引き起こし、私とヒナタを捕らえたクロヒナタ。彼女を止めるためにみんなはここまで頑張っている。

 

「そう……ね。それはクガ・ヒロトは頑張るわよねぇ。

 だって貴方とイヴが私の手の内にあるのですから」

 

 そう言ってクロヒナタは冷ややかな視線を私に向けた。

 

「彼にとって何よりも大切なELダイバーと、彼女が大事に思っていた世界を守るためですもの。

 エルドラの時みたいに、まさに『ヒーロー』なんですから」

 

 彼女の言葉とは裏腹に、口調と表情には強い皮肉さを感じた。

 私はそれに首を横に振る。

 

「それだけじゃない。ヒロトはヒナタを救うためにも頑張っているんだ。

 かけがえのない幼馴染みである彼女のためにも――」

 

「あははは……っ」

 

 けれど私の言葉にクロヒナタは背を向けて、乾ききった笑い声を響かせる。

 

「『ワタシ』の、いえ『私』……ムカイ・ヒナタのためにですって?

 あのクガ・ヒロトが? 面白い冗談、いいえ嫌味でも言っているつもり、ELダイバーのメイ」

 

「違う。私はそんなつもりじゃ」

 

「違わないわよ、『ワタシたち』にとっては」

 

 相変わらず背を向けたままクロヒナタは続ける。

 

「クガ・ヒロトにとってはムカイ・ヒナタの存在なんて大したことはないのよ。

 きっと元から。ずっと傍にいたのに、それよりイヴを選んだのだから。ヒナタを置いてまでエルドラなんて別の世界を……救おうとしたのだから

 だとしても、彼女にはクガ・ヒロトが誰よりも――大切だったのよ」

 

 瞬間、彼女は視線だけ私に向け、憎しみが混じった眼で睨む。

 

「貴方達ELダイバーはいつもそうよ。考えもしないでヒトから大切なものを奪って、それでも平気でいる」

 

「……大切なものを奪っただと」

 

「一体何の権利があると言うの。ワタシが生み出したガンプラのコピー、お人形と変わりはしない、紛い物の木偶人形如きが……よくも」

 

 

 

 私とクロヒナタ、二人の間に沈黙が遮る。

 彼女の抱えている闇。それは彼女自身の言う通り、私たちELダイバーによるものかもしれない。

 クロヒナタだけじゃない。ヒナタが思い悩んでいたのも私たちの存在があったからなんだろう。

 

 ――もしヒロトとイヴが出会わなければ、もしかすると――

 

 仮定なんて今更考えても仕方はない。けれど、だからと言ってクロヒナタがこんな事を続けても、誰の為になるわけでもない。

 それにヒロトは、きっとヒナタの事も……。

 

「ヒナタを大した存在だなんて、思ってなんていない。

 私たちと同じぐらい、いやそれ以上に特別な存在だって……ヒロトは思っているはずだ」

 

「……」

 

「だから頼む、ヒロトの事を信じてくれ。

 ヒナタの為に復讐か、別の何かを望んでいるのか知らない。けれど――これ以上こんな事をする必要なんてないんだ。

 必ずヒロトが、ヒナタを幸せにするはずだから」

 

 

 

 それは私の、いやきっとイヴだって、ここにいたなら同じ事を言ったはずだ。

 

「本気でそう思っているの?」

 

 クロヒナタは私を真っすぐに見据えて、改めて聞き直す。

 

「ああ」

 

 勿論だと、迷わず答えた。

 けれどクロヒナタにそれが通じたのか分からない。彼女には彼女なりの想いがある。――だから。

 

 

「貴方には……分かるわけが、ない」

 

 

 クロヒナタの表情に浮かぶのは怒りに絶望……それに拒絶の感情。

 その表情を見せた瞬間、彼女は指先をパチンと鳴らした。

 鳴らした指に呼応するかのように、さっきまで立ったまま動きもしなかったコアガンダムのコピーが稼働する。

 右手に握るビームライフルを構え、銃口を私へと狙いを定める。

 

「――っ!」

 

 まさに絶対絶命だ。縛られて身動きが封じられては、逃げる事も出来はしない。

 

「忘れたかしら? 貴方の役割はビルドダイバーズをここまでおびき寄せるための餌。

 だからその役目を終えた貴方は、とっくの昔に用済みと言うわけ」

 

 クロヒナタは、ヒナタなら決して見せることもない残忍な表情を浮かべる。

 

「それに、このまま無事で済むなんて思ったの?

 『私』からクガ・ヒロトを奪った貴方達二人を。

 今度こそ消し去ってあげる、二年前のやり直しよ」

 

 ――本気で、そこまでやるつもりなのか!?――

 

 けれど彼女の憎悪は本物だ。このままでは本当に私とイヴは、クロヒナタの手で。

 

「頼む、止めてくれ。

 私はいい……けれどイヴは何も悪くないんだ。

 ヒロトとはただ仲良くなりたかっただけ、GBNを好きなって貰いたかっただけなんだ。決してイヴは、ヒロトをヒナタから奪って独り占めにしたいなんて思ってなかった。……何も知りはしなかった。だから!」

 

「奪ったのよ! 彼の心を! 彼女からっ!」

 

 クロヒナタは怒りに満ちた激情で叫ぶ。

 叫びに呼応するかのように、ビームライフルの銃口がエネルギーで輝く。

 

「それを知らなかったですって? ふざけないでよ。

 言うじゃない、『知らないことも罪』だって。知らないから、そのつもりが無かったからって……許すわけがない」

 

 余計な事を言った。

 もう、何を言っても駄目なのだろう。せめてイヴのデータは守りたいと思ったけれど、無理かも知れない。

 

 

 

「……ねぇ? 最後に聞いていいかしら?」

 

「どうした」

 

 半分私は諦めていた。もうどちらとも助かりはしないと、投げやりになっていた部分もあった。けれど……

 

 ――今になって、一体何を聞くつもりだ――

 

 それにクロヒナタのあの態度、私でもよく分からない。

 冷たい雰囲気は相変わらず。けれどどこか、思い詰めている所があるような……そんな感じに近いだろうか。

 

 

「メイ……貴方とイヴ、どちらともクガ・ヒロトにとって大切な人。

 彼が見ているのは貴方達。なら、今度こそ跡形もなく消しさえすれば『私』を、ムカイ・ヒナタを一番に見てくれるかしら。

 今度こそ、彼女を一番大切な人だって…………ねぇ?」

 

 

 

 

 クロヒナタの問い。その答えは言うまでもない。

 けれど分かっているのはクロヒナタ本人だって、きっと同じだ。

 だから、私はこう答える。

 

「もしそう思うのなら……撃てばいい」

 

 短い言葉。けれど答えはそれで十分だ。

 

「――」

 

 表情か変わらない。ただ彼女の纏う雰囲気は、少し揺らいだような気がした。

 けれど……。

 

「それが、最後の言葉……でいいのかしら」

 

 私に迫る危機は変らない。目の前にはビームライフルの銃口、エネルギーの充填は既に完了され今にも放たれそうだ。

 

「くっ」

 

 せめてもの抵抗だ。けれど、もうここまでなのか。

 

 ――すまないヒロト、それにイヴ。私が不甲斐ないせいで――

 

 ただ謝ることしか出来なかった。これが私の、私たちの最後になるのか。

 自分さえ守れない、救えない。あるのはただ自分の不甲斐なさと申し訳なさで一杯だった。

 ただすまないと、それしか。

 

 

 けれどビームライフルは無慈悲に私に向けられたまま。

 

「さよなら」

 

 エネルギーの輝きは増し、視界の先は眩い程に輝く。

 そして――光が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間を裂くビームの輝きに、そして音。

 強大なエネルギーは私をこのまま消し去ると…………そう思っていた。

 けれど。

 

「これは――」

 

 コアガンダムが放ったビームは私ではなく、頭上をかすめた。

 真上を通り過ごしたビーム、それは後ろの岩壁に命中する。……爆発音と岩が砕ける音、爆風はここまで届いて髪が揺れる。

 

「……なんて、これもまた冗談よ」

 

 クロヒナタは一言、素っ気なく伝えた。

 

「私とイヴを消すんじゃなかったのか」

 

「勿論本当に消してあげたいとも思ったわ。

 けれど、まだ止めておいてあげる」

 

 こう言って彼女は、クスリと小さく笑い声をあげる。

 

「さっきの答え、気に入ったから。

 貴方の言う通りワタシだって分かっているのよ。

 ……もうクガ・ヒロトの心はイヴに取られてしまった。例えいなくなっても、きっとそれは変りはしない。取り返しは……つきなんてしない。

 だって本当に大切なヒトと言うのは、いつまでもその心に残り続けるもの。

 それが『ニンゲン』だと、分かるのだから」

 

「言ってくれる。まるで自分が人間でないみたいな、言い草だな」

 

「くくくくっ、そうねぇ。

 ワタシは人間でもELダイバーでもない、どっちつかずの存在だから。

 あるのはただ……もう一人のムカイ・ヒナタであると言う、自分だけ」

 

 寂しいような、けれど覚悟も含まれたような言葉。そして最後に小さく、こんな呟きも。

 

「――けれど、それも後少し。

 そうなればメイやイヴも、どうなろうと関係ない。ヒトの心がそうであるなら……ワタシは」

 

 

 

 それはまるで、クロヒナタの心の奥底を垣間見るかのような、狂気を滲ませた呟き。

 一体彼女は……。けれどそれは分からないまま、今度は私にあることをした。

 

「ふふっ、メイ。貴方には二つ選択肢をあげるわ」

 

 クロヒナタがそう言うと同時に、私を拘束していたエネルギーのケーブルは消えた。

 ようやく拘束から解放されて動けるようになった。でも何故。

 

「どうして私を開放したんだ?」

 

「選択肢と言ったでしょう。

 一つは……このままGBNに戻ること。ここからならミラーミッションからログアウトする事が出来る、今なら特別に見逃してあげる」

 

 あんなに憎んでいた私を見逃すと、そう言った。

 

「だってただ消すよりも、貴方達には壊れゆくGBNを見せた方が素敵じゃない?

 そう、ビルドダイバーズのお仲間を見捨てた自責に苛まれながらも、苦しみ続けるのもいいわ」

 

 そんなクロヒナタの提案、受け入れるわけがない。

 私は首を横に振る。

 

「自分一人助かって逃げるなど、私がすると思うか。

 こうして開放したのは悪手だったな。それより今この場でお前を止めれば」

 

 黒幕はすぐ目の前、私は右腕からビームサーベルを出すが。

 

「あははっ、そう来ると思っていたわ。

 けれど残念。ワタシはあの時貴方が戦ったのと同じ、偽物よ。

 それに仮に本物だとしても、貴方には手を出せるわけがない。だってワタシはムカイ・ヒナタを……」

 

 あのクロヒナタもまた偽物。それに彼女の言う通り、今のままではクロヒナタを傷つけるわけにはいかない。

 

 ――何しろ、あれは――

 

「うんうん。やはり良い子が一番だわ。

 けれど、そう言うメイには二つ目の選択肢がいいかもね」

 

 続けてクロヒナタは、にやりとした表情で。

 

「実はここはミラーミッションの奥ではないの。貴方のいる場所は最深部から離れた管制室のようなもの。本物のワタシは今、最深部でクガ・ヒロトが来るのを待っている。

 もし逃げるのが嫌なのなら……今から助けにでも行けばいいわ」

 

 これが二つ目の選択肢。

 彼女は面白そうな様子で続ける。

 

「シドー・マサキ、カザミ、パルウィーズだってそうしている。なら貴方もいた方が、面白いでしょう?

 そうしたら今度こそ、ワタシの手で消し去ってあげるわよ。その覚悟があるなら、戦いに来なさい……メイ」

 

 

 

 逃げるか、戦うか。

 なら私がどうするかは決まっている。それは――。

 

「みんなの手で、今度こそ止めてみせる。

 私の言葉は本物のお前にも届いているのだろう? ならこれが――答えだ!」

 

 私はクロヒナタに迫り、ビームサーベルを一閃、彼女の首を切り落とした。

 

「首を洗って待っていろ。

 必ず、お前の悪行を打ち砕く!」

 

  

 

 首が飛び、身体と共に消滅しつつある偽物のクロヒナタ。

 けれど首だけになりながら、宙で未だに笑みを浮かべる。

 

「そう来なくては、ね。

行くなら早くしなさい。早くクガ・ヒロトの元に辿り着かないと…………取り返しがつかない事になるかもよ」  

 

 最後に言葉を残すと、今度こそクロヒナタは消滅した。

 偽物と言えど彼女の消滅とともに、コアガンダムのコピーもその姿を消した。

 

 

 

 ――さて、私も戦わないといけないな――

 

 既にみんな戦っている。それに、彼女の目的も気になった。

 クロヒナタは何か本当の目的を隠している。きっとそれは良からぬ事、今行っているGBNに対する破壊行為よりももっと、悍ましい事だと思う。

 実際、目的そのものが何かは分かりはしない。けれど……絶対に止めなければ。

 

 ――今のままクロヒナタを倒せはしない。それよりもミラーミッションの異常を修復して、彼女を無力化させなければ―― 

 

 その為に修正プログラムを持って来ていた。

 しかし、それもいつの間にか無くなっていた。

 

 ――身に持っていたプログラムは奪われたか。やはり、見逃すわけがないか――

 

 恐らくクロヒナタによって奪われた。

 ……けれど、そんな事など予想の範囲内だ。

 

 

 

 ――――

 

 私は自分の機体ウォドムポッドに乗り込み、先ほどコアガンダムのビームライフルで開けられた大穴から外に出る。

 出た先は、奥まで道が続く洞窟。そこには多数のコピーガンプラが待ち構えていた。

 

 ――簡単には行かせはしないか――

 

 戦いながら進むしかない。戦って、まずは別経路でミラーミッションのシステムに干渉可能なポイントを探す。

 

 ――私が用意した修正プログラムは一つだけだと思ったか。

 万一に備えウォドムポッドの中にも予備を用意しておいた。やはり、準備は周到にするものだな――

 

 手元にあった分は奪われたが、このウォドムポッドに隠していた修正プログラムを使えば、クロヒナタによって改変されたミラーミッションは元に戻る。

 彼女の支配は切り離され、これ以上何かする力を失う。

 

 ――無力化すれば、クロヒナタはただの一ダイバーと変わらない――

 

 なるべく早く、クロヒナタに悟られない内に、そして……。

 

 ――すぐに助けに行けそうになくて悪い

 けれど……どうか持ちこたえてくれ、ヒロト――



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堕天神域の黒巫女(Side ヒロト)

 ――――

 

 狭い道を通り、俺が乗るアースリィガンダムはようやくミラーミッションの最深部へと辿り着いた。

 ここが最深部だと、はっきりした根拠はない。

 けれど、ただよう空気、雰囲気で直感として感じる。

 

 ――ようやくたどり着いたのか――

 

 先ほどより一段規模は小さいけれど広い空間。けれど他よりも薄暗く、よく見ることが出来ないでいた。

 暗い中辛うじて分かるのは、俺が入って来た穴の他にも周囲にはいくつか穴が空いている事。あれもどこかに通じているのか?

 

 ――けどそれよりも――

 

 地上からも天井からも大都市が生える反転都市、そして金属の樹々が生える鋼鉄樹海。ここまで通って来た場所はどれも奇妙な場所だった。

 けれど……この場所は。

 

 ――とても冷たい、寂しい場所だ――

 

 闇に浮かぶのは、まるで墓標のように立ち並ぶ無数の鳥居。

 色は剥げ落ち、さび付き、折れて倒れているものばかり。鳥居が並ぶ中央には大きな神社、そのシルエットも見えた。

 

 ――最深部のはずなのに敵の姿はない、人の気配も。

 静かすぎるんだ――

 

 この一連の騒ぎを引き起こした黒いヒナタ――クロヒナタ。

 彼女はミラーミッションの奥で待つと言った。なら、どこにいると言うんだ。

 

 ――いるとしたら中央の神社か。あの中なら――

 

 アースリィガンダムに乗ったままでは分りはしない。敵がいないようだし、ここは機体から下りて直接探した方がいいのだろう。

 地上は鳥居だらけで下りるスペースを探すのは難しい。けれどどうにか場所を見つけて、俺はガンプラを着陸させて機体から降りた。

 

 

 

 ダイバー姿のまま、俺は空間を歩く。

 左右、前後、俺の周囲には朽ちかけた鳥居、暗い中その間を進んで行くんだ。

 ふとペチャリと音がする。足元には淀んだ水たまりがいくつもあって、俺の足を滲ませて濡らす。

 進み、そしてたどり着いたのは、あの神社の前。

 

 ――思ったより大きいな――

 

 アースリィガンダムから見下ろしたよりも、大きく見える神社。 

 ここからだとよく見える。朽ちて錆びて、黒くくすんだ姿。正面の扉はぽっかりと開いて、中の真っ暗な闇を覗かせる。

 人の姿――それを探すと。

 

 

 

「……ヒロト」

 

 上から声がした。

 見上げると神社の屋根。そこに立つ、まるで闇を照らす太陽のように輝く白と赤の巫女服を着た少女。

 そう、俺の――。

 

「ようやく見つけた……ヒナタ」

 

 現実世界では昏睡状態のヒナタ。彼女の意識、ダイバーのヒナタは今目の前にいた。

 屋根に立って、いつもの俺を想うように見てくれる瞳で、優しく笑いかけてくれていた。

 

 ――今度こそ、本物のヒナタだ――

 

 彼女の姿を見てとても嬉しかった。俺はつい顔をほころばせる。

 

「良かった無事で! 俺はヒナタを助けに来たんだ」

 

「私も会いたかったの。待っていたんだよ」

 

 やっぱり、いつもと変わりはしない。どうしてかは知らないけれどヒナタがちゃんといてくれる。それだけでも……。

 

「そんな所にいないで降りて来てくれ。

 まだメイを助けるのと、クロヒナタを止めてGBNを救うのが残っている。

 まずは俺と一緒に来て欲しい。それに全て終わったら、改めて……君に」

 

「待っている間、ずっとヒロトの事を思っていたんだよ。だって私の一番大切な人だから」

 

「もちろん! ちゃんと分かっている。

 もしかして降りられないのか? なら俺が」

 

 彼女の無事が分かった。俺はとっさに屋根にいる彼女を迎えに行くために神社へと近寄ろうとする。

 

 

 

「……思っていたんだ。ええ、思っていたわよぉ…………くくっ」

 

 

 

 けど近づこうと足を数歩踏み出した瞬間、背筋が凍るような寒さを覚えた。

 そして再び見上げて見えたヒナタの表情。 

 嗤って冷ややかに見下ろす顔は、まるで……。

 

 ――!!――

 

 嫌な予感を感じた俺はとっさに強く飛び退いた。

 同時だった。さっきまで俺ががいた位置を狙い、開いた神社の扉から強烈なビームが放たれた。

 

 

 闇から放たれる、眩い閃光。

 

 

 間一髪で避けてビームの直撃は防いだ。けれどビームのエネルギーは周囲を砕き吹き飛ばす程の爆発を起こす。

 俺も吹き飛ばされて、鳥居の一つに強く背を叩きつけられる。

 

「かはっ!!」

 

 呼吸が止まると思う程の衝撃と痛み。そう、まるで現実のような、そんな痛みだ。

 そのまま地面に倒れた俺はヒナタを見た。もうさっきのような様子じゃなくて、別人のような冷酷な笑みを向けていた。

 

「アハハ! 上手い上手い。よく避けられたわね」 

 

 爆風に飛ばされて倒れた俺を見て、ヒナタは愉快そうだ。

 

「でも、ビームは避けたけど吹き飛ばされた痛み、まるで本物みたいに痛いでしょう?

 ミラーミッションはもうワタシの支配下。普通なら痛みのフィードバックは安全なように調整されているけれど、ここではそのフィルターは取り払っているのよ。

 だから、気をつけないとねぇ」

 

「まさかお前は……クロヒナタか」

 

 

 

 色も含めてダイバー姿はヒナタと全く同じ。けれどその雰囲気、表情と口調は、あのクロヒナタのものだ。

 俺の問いに彼女は可笑しそうにする。

 

「クロヒナタねぇ。便宜上でそう呼ぶ事を許しているけれど、やっぱり失礼だと思わない?

 まるで別物みたいに扱うなんて。ワタシだってムカイ・ヒナタなのに、ね」

 

「そんな事、俺にはよく分からない。けれど――本物のヒナタはどうしたんだ!?」

 

「本物ですって、クガ・ヒロト?」 

 

 これにヒナタ、いやクロヒナタなのか? とにかく彼女は俺の言葉に、大袈裟に驚いてみせた。

 

「あらあら! 貴方がムカイ・ヒナタなんかの事を気にするなんて、ワタシは驚きだわね。

 まぁいいわ。ここまで来たのですもの、ご褒美に教えてあげる。……よく見なさい」

 

 そう言った瞬間、急にヒナタの瞳から生気が抜ける。

 ……同時だった。彼女の身体から黒い靄のような、ノイズのような物が立ち昇る。

 ヒナタは目の生気とともに身体からも力が抜けて、倒れそうになる。

 

 ――まずいっ!!――

 

 彼女が立っているのは高い神社の屋上。このまま倒れたら――。

 俺は危険を顧みないで駆け付けようとする。けれど、その前にあのノイズがヒナタを受け止めた。

 

 

 

 ヒナタから出て来たノイズは人型を形成して、倒れそうになる彼女を抱き留める。

 ノイズ、画像乱れのようなテクスチャで構成されるシルエット。けれどそれは徐々に人間の、それも少女のような姿を形作る。

 ヒナタのような恰好と姿をした、少女の姿。

 

「つまりはね、こう言うことよ」

 

 それはこの異常を起こした元凶――クロヒナタ。

 クロヒナタと、ヒナタ。同じ姿をした二人は目の前で並ぶ。

 意識を失ったままのヒナタを抱き留め、俺に視線を向ける彼女に、俺は。

 

「お前はヒナタに……取り憑いていたのか!?」

 

 あのクロヒナタは本物のヒナタに取り憑き操っていた。様子が別人のようになったのも、現実で昏睡状態になっていたのもそのせいなのか。

 

「驚いたでしょ? 

 でもGBNはヒトの脳と機械に接続して仮想世界にダイブする、フルダイブ式のネットゲーム。

 ヒトの感覚をああしてフィードバック出来るのよ。その意識だってやろうと思えば逆に外部から乗っ取るくらい、もし可能とするプログラムがあれば……出来ると思わない?

 フルダイブのゲームだなんて危険が多いのよ」

 

 得意げにそう話すクロヒナタ。

 とても信じられる話ではなかった。けれど、現に目の前の様子を見た以上、信じるしかなかった。

 

「ヒナタの意識は、どうなったんだ」

 

「ふふっ、心配しなくても無事よ。

 ただ今は夢を見ているだけ、とっても……良い夢を」

 

 恐らくはそれも本当なのだろう。……それに。

 

 

「道理でヒナタとは、様子が違ったわけか。やっぱりお前はヒナタじゃなかったんだな」

 

「確かにしばらくはムカイ・ヒナタのダイバー体に取り憑いていたわ。

 けれど、ワタシ自身も正真正銘ムカイ・ヒナタ。もう一人の『私』なのだから。

 ほら? 姿だって同じでしょう?」

 

「馬鹿にしないでくれ。ヒナタに取り憑く事も出来るなら、その姿を真似ることだって訳ないはずだ。

 ――もう一度聞く、君は一体何者なんだ」

 

 クロヒナタの正体は何なのか、未だ分からない。俺の問いに彼女は少し考えるように沈黙する。

 その後だった、クロヒナタがこんな話をしたのは。

 

「ワタシはもう一人のムカイ・ヒナタだと、その答えでは満足しないでしょうね。

 特別にこれも教えてあげるわ。ワタシが『ワタシ』になれたのはつい最近。ムカイ・ヒナタがミラーミッションをした時なの。

 それ以前は何者でもなかった。そう、『何者』でもね」

 

「まるで意味が分からない」

 

 要領を得ない彼女の話。けれどクロヒナタは傍のヒナタに、ふいに優しい表情を投げかけた。

 

「けど、そんなワタシが今は『ムカイ・ヒナタ』と言う存在になった。彼女が――何者でもないワタシにくれた存在なの。

 だからワタシはムカイ・ヒナタ自身として、もう一人の『私』のためにこうしている。

 ヒトと言うのは自分の幸せを願うものだから……大切に想う人の、幸せも」

 

 そう話すとクロヒナタの姿は、また黒いノイズとして分解され、靄のようになってヒナタの周囲に纏わりついて、身体に吸収される。

 途端にヒナタの身体に力が戻って生気が戻る。

 ――けれど途端に浮かぶのはあの冷たい笑みと、負の感情が渦巻く瞳。そして白の巫女服は黒に浸食されて、髪と瞳も暗い色へと変わる。

 

 

 瞬間、空間全体から炎が上がった。

 漆黒の炎は鳥居も神社も、俺たちの周囲を巻き込んで燃え広がる。そして炎を背景に、それ以上の感情の炎を瞳に浮かべながら、彼女は――。

 

「その為に『ワタシ』と『私』、『ワタシたち』の願い、今から叶えて見せるわ。

 それ以外の何もかもを……黒い炎で焼き尽くしても」

 

 心も姿も、もうヒナタではなく――クロヒナタへと変貌を遂げてしまったんだ。

 

 

 

 彼女の正体は分からない。けれど少しだけ、その胸の内に秘められた想いは垣間見た気がする。

 だけど今、優先するのは。

 

「とにかく、約束通りここまでたどり着いたんだ。ヒナタを開放してGBNへの攻撃を止めてくれ!

 そしてメイも、無事なんだろ!?」

 

 もう一人、メイの事も気がかりだ。ヒナタがどうなったのかは分かったけれど、メイは未だに分からないままなのだから。

 

「そう言うと思ったわ。もちろん、メイは無事よ……今の所は」

 

 クロヒナタの言葉とともに宙にディスプレイが現れる。

 

「メイ!」

 

 ディスプレイに映るのは、コピーガンプラと戦いながら道を進む、メイのウォドムポッドの姿だった。 

 次々とコピーを撃破して先へと進んで行くメイ。どうしてこんな事に。

 

「だってぇ、つまらないもの。メイにもしっかり戦って、無駄に足掻いて貰いたいものね。

 みんなワタシを止めるために頑張っている。けれど助けに来るなんて期待しない方がいいわよ」

 

 クロヒナタは歪な余裕を見せる。

 

「ワタシのお人形は手強いし、幾らでも生み出せるのよ。そもそも彼らの目的はみんなの足止め。最終的にはワタシとクガ・ヒロト、一対一で決着をつける為にね。

 それに、もしかするとお人形達が大切なみんなをやっつけちゃうかも。フィルターは取り払ったと言ったでしょ。もしその状態でやられたら……ふふっ、安全なんて保障できないかもね」

 

「っ!!」

 

 改めて俺は、俺たち全員が置かれている危機的状況を自覚する。

 

「後、忘れてない? こうしている間にもお人形達はGBNへの侵攻を続けているのよ。

 グズグズしているとそっちもどうなる事か」

 

「……くっ! ならどうしたら止めるって言うんだ!」

 

「それはこれから。

 確かにここまで来たのは褒めてあげる。けれど本当にワタシを止めたいのなら、その力を示してみなさいな」

 

 

 

 途端、周囲が揺れたと思うと、神社の後ろ屋根が砕けた。

 現れた巨大な人影。その姿は俺のガンプラ……コアガンダムのものだった。

 黒いコアガンダムが握るビームライフル、さっきのビーム攻撃はきっと、それによってだ。

 

「ここはワタシの支配する領域。だけど、一応はGBNの領域でもある。

 だから、ね。ガンプラバトルで決着をつけましょうよ、クガ・ヒロト」

 

「――」

 

 ここに来て今度はガンプラバトルを挑まれる。

 俺は一瞬、何て返せばいいか分からなくなった。

 

「なあに、簡単な事よ。

 ワタシとクガ・ヒロト、一対一で戦って勝てばいいの。そしたら今稼働中のコピーガンプラを止めてあげる。

 GBNの危機は消えるし、お仲間だって助かるの。ついでにムカイ・ヒナタも開放してあげる……そう、全て解決するのよ」

 

 けれど、もしクロヒナタの言う事が本当なら。

 

 ――俺の手で全部救うことが出来る――

 

 それにガンプラバトルで決着をつけようと言った。加えて彼女がコピーとして出したのはコアガンダムだ。何故かコアガンダムⅡではなくて、コアガンダム。

 

 ――それにガンプラバトルなら自信がある。俺のガンプラ、戦い方を真似ても、ただのコピーには負けない――

 

 どの道クロヒナタはヒナタに取り憑いている。倒せるわけがない、それに倒したところでコピーが本当に止まるかの保障はない。

 

「答えを聞かせてほしいわねぇ? グズグズしていられないのは、貴方だって分かるでしょ」

 

 ――勿論だ。結局やれることは――

 

「答えはもちろん決まっている。

 その勝負、受けて立つ。ただし俺が勝てば約束……守ってくれるだろうな」

 

 クロヒナタは不気味な程にニッコリ笑う。

 

「ええ! クガ・ヒロトが勝てばね。

 最も――ワタシは絶対に負けないけれど。それに、もしワタシが勝てば…………ククククッ!」

 

 彼女の自信。加えて最後の何か含みがあるような、言葉。

 俺はほんの少し怖いとも思った。だけど、それでも引くわけには、いかないから。

 

 

 

 ――――

 

 黒い炎が辺りで燃え盛る中。

 俺のアースリィガンダムと、クロヒナタが乗る黒いコアガンダムは対峙する。

 

〈覚悟はいいかしら、クガ・ヒロト。……さて〉

 

 コアガンダムは高く跳躍する。

 瞬間、周囲から出現するアースアーマーのパーツ。クロヒナタのコアガンダムはそれを纏い、俺同様にアースリィガンダムへとコアチェンジした。

 

〈コアドッキング……アースリィガンダム、と言うべきかしらね。

 これで互いに同じ条件。いいえ、ワタシの方はコアガンダムだから不利かもしれないわねぇ〉

 

 相変わらずクロヒナタの考えは分からない。

 不気味だけれど、そんな心配なんて。

 

「そんな事、どうだっていい。

 俺はただ戦って勝つだけだ」

 

 言葉を交わすよりも、今は力を示すだけだ

 俺のアースリィガンダムはビームサーベルを抜き、構えて相手を見据える。

 

〈あらら、つまらないわね。

 まぁいいわよ。まずは互いに剣でも交わすとしましょうか。

 暴力での解決は、ヒトとして野蛮かもしれないけれど〉

 

 対してクロヒナタの黒いアースリィガンダムも同じようにビームサーベルを構える。

 その構え、やはり俺とそっくりだ。

 

〈じゃあ――始めましょう〉

 

「ああ。……行こうか」

 

 

 二機のアースリィガンダムは同時に地を蹴った。

 互いに迫り、そしてビームサーベルの斬撃を……一気に交差させる。



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幸せな、夢の奥底で

 

 ――――

 

 朧げな意識の中。

 

 ジリリリリリ……。

 

「……うーん」

 

 目覚まし時計の音がして、私はベッドから手を伸ばす。

 鳴っている目覚ましを止めるとそのまま身体を起こす。窓から見える空は眩しいくらいに青くて、つい目がくらみそうになる。

 

 ――もう朝になったみたい。いつもと変わらない朝。だけど――

 

 ちょっとだけ変な感覚がした。まだ夢の中にいるかのような、不思議な感覚。

 

 ――起きたばかりだからかな。うん、きっとそうだよね――

 

 この感覚はきっとそうだと、私はそんな風に結論付けた。

 それにいつまでも寝てられないから。

 

 ――今日は学校があるんだ。だから早くしないと――

 

 鏡を見ると寝間着姿の私が見える。髪が寝ぐせで少しはねているから、直さないと。

 でも、鏡……ミラー……。

 

 

 軽く頭痛がした。

 

 

 何か思い出しそうな気がする。けれどその記憶には靄がかかっている感じで。ううん、分からない。

 

 ――変な事を考えたって仕方ないもん――

 

 だからこれ以上考えるのは止めた。……すると。

 

 

 扉から軽いノックの音がした。

 

「もう起きたかな、ヒナタ」

 

 ノックと一緒に聞こえる聞きなれた人の声。

 それは――私の大切な人。

 私は寝間着のままで扉に駆け寄って、開けると。

 

「良かった、ちゃんと起きていたんだ」

 

「うん。少し遅くなっちゃったかもだけど、ヒロト」

 

 癖毛が特徴の、同い年の男の子。

 小さい頃から家の近くで暮らしていて、一緒に過ごして来た……幼馴染み、ヒロト。そんな彼が今、私の所に来ていたんだ。

 恰好はもう制服姿。もう学校に行く準備は済ませているみたい。

 

「起こしに来てくれて有難う。……何だか、今日は不思議と眠かったの」

 

 ヒロトは可笑しそうに微笑みを見せてくれる。

 

「そんな日もあるさ。ふふっ、良い夢でも見れたのかな」

 

「気持ち良く眠れたよ。夢は……どうなんだろう。あまり覚えてないけど、きっと見れたんじゃないかな」

 

「――そっか」

  

 私の言葉に彼は自分の事のように嬉しそうにすると、そっと私に近づいて。

 

「……!」

 

 唇に触れる、ほんわりと温かくて優しい感覚。

 すぐ傍にはヒロトの顔。彼は私の頬へと――キスしてくれたんだ。

 

 

 私は頬が赤くなった。驚きと恥ずかしさ、けれど…………嬉しい。とても嬉しいって、そんな感情で一杯になったんだ。

 

「えっ、ヒロ……ト?」

 

 キスをして、ヒロトは私と顔を合わせてはにかんだ。

 

「おはようヒナタ。僕だけの、眠り姫さま」

 

 眩しいくらいの笑顔を見せる彼。それにその言葉、まるで慣れていない感じがして私の胸はドキドキする。

 するとヒロトは今度はきょとんと不思議そうな視線で。

 

「どうしたんだ、そんな不思議そうにして。

 だって俺たちは恋人同士だろ? これくらい、普通じゃないのか」

 

 さも当然のように離す彼。そう、私とヒロトは付き合って、今は恋人同士なんだ。

 私だって分かっている。けど、まだあまり実感が沸かないんだけどね。

 そしてヒロトは改めて考え直すようにして。

 

「もしかすると少しオーバーだったか。嫌な気分にさせてしまったら、悪い」

 

「ううん! そんな事ないよ!

 ただ、ちょっと慣れてない感じがしたから、ドキッとしただけ」

 

 私は慌ててこう言葉を返した。

 でも……恋人か。私たちは恋人同士だって、そうヒロトが言った。

 何だか、いつの間にか――。そう思った。

 

 ――でもヒロトは私の事をそんなに思っていたんだ。とても――

 

 心の奥底が満ちるような気分を感じたんだ。

 

 

 

「……っと、そうだった」

 

 するとふと我に返った感じのヒロト。

 

「いつまでこうしている訳にはいかないんだ。そろそろ学校に、行かないとだから」

 

 そう言われて私もはっとなる。

 

 ――あっ、忘れてた。まだ起きたままだもん、早く準備しないといけないから――

 

「ごめん。私、起きたばかりで。準備しないとだね、朝ごはんも食べて行かないと」

 

 ヒロトは頷く。

 

「そうだな。ちなみに俺も、朝ごはんはまだ食べていないんだ。ヒナタと一緒がいいって思って。

 じゃ……リビングで待っているよ。着替えを見るわけにはいかないから」

 

 そう言うと彼は、私に微笑みかけて部屋を後にした。

 改めて時計を見ると確かにもう時間は経っている。

 

 ――ヒロトも待っているし、早くしないと――

 

 私はいつもの平日らしく学校に行く準備を始める。

 

 

 

 ―――― 

 

 それから私はヒロトと朝食を済ませて家を出たんだ。

 

「……」

 

 何だろう、やっぱり慣れない感じだよ。

 

「こうしているのもいいよな。そう、思わないか」

 

 いつもの学校へと行く道。私たち二人は腕を組んで、ぴったりくっついて歩いていたんだ。

 相変わらずヒロトは当たり前のようだけど、やっぱり私はまだちょっと変な気持ちなの。

 でも……やっぱり凄く幸せな気分。

 

「うん。私もヒロトと同じ気持ち。とってもいいよ」

 

 でも――。私は照れ笑いをして続ける。

 

「でもやっぱり慣れない感じと言うか、恥ずかしく感じちゃうんだ。だってこんな風にしていると、周りだって」

 

 周りには同じように学校に向かう学生の姿もあるの。その中の何人か、こうしてくっついている私たちをちらちら気にして見て来るのを感じてすまう。

 

「ううっ……見られているのが、恥ずかしいよ」

 

「そっか。ヒナタはそう思っているのか」

 

 するとしゅんとするヒロト。けれど優しい視線を私に向けて。

 

「けど本当にヒナタの事が大好きなんだ。

 出来るだけ沢山、少しでも一緒にいたい。だから俺はこうして傍にいたかったけれど、ヒナタが困るなら……」

 

 そう言ってヒロトは寂しそうに腕をほどいて離れようとした。だけど、やっぱり私は。

 ヒロトがそうしようとするのを、私は腕も絡め直して今度はこっちの方からぐっとくっつく。

  

「えっ、ヒナタ?」

 

「……私もヒロトと一緒にいたいの。恥ずかしいけど、それよりもずっとそんな気持ちなの」

 

 私の言葉にヒロトは少し驚いたみたいだけど、顔も赤くなった感じで。

 

「――俺は嬉しい。俺たち、気持ちが通じ合っているんだな……本当に」

 

 これが当たり前なんだね、きっと。

 ねぇ、ヒロト。

 

 

 

 ――――

 

 学校では、いつものように授業を受けていたんだ。

 私とヒロトは普通に授業をして、でもたまに彼から視線を感じたり……そして。

 

 

 午前中最後の授業。先生が教室を出て、私たちは昼休みに。

 ヒロトは今、男友達と話していている。その一方で私は……。

 

 

「お疲れ様。さっきの数学の授業は難しかったね」

 

 授業が終わってすぐに、クラスメートの女の子が声をかけて来た。

 

「うん、おつかれさま」

 

「やっと昼休みね、ようやく一息って感じ! あっ、それとね」

 

 クラスメートの子は笑って続ける。

 

「ヒナタはいいなー、ヒロト君と付き合って。

 だって二人とも幼馴染みでしょ。ずっと一緒で、互いに絆が深い……とっても良いカップルだって思うの。だからうらやましいなーって」

 

 こんな風に言われて、私は嬉しくてつい顔がほころぶ。 

 

「ありがとう。私も、ヒロトとこんな関係になれて良かったって。前までは幼馴染み……だったのに」

 

 

 

 ――あれ、前までは?――

 

 自分で言って少し不思議に思った。

 

 ――そう言えば私とヒロト、いつから恋人同士になったんだろう――

 

 ヒロトとはもう付き合っているのは分かるの。幼馴染みから恋人になって、それからは……こうして。

 

 ――けど細かい記憶が思い出せない、何でだろう。

 それに大切な事を忘れてしまったような――

 

 やっぱり変だ。どうしても今の状況に、拭えない違和感をどこかで感じている。

 

 

 

「ヒナタ、一緒に昼ご飯にしよう」

 

 私がこんな事を考えると、いきなりヒロトが声をかけて来た。

 

「あれ? さっきまで友達と話していたのに、大丈夫なの?」

 

「全然平気だ。だって俺にとってはヒナタと過ごすのが……何よりも大切だから」

 

 こう話すヒロトの目に映っているのは私。そう、私だけなんだ。

 

 ――それだけで満足なんだ。細かい事なんてもう、どうでもいいくらいに――

 

 今のヒロトは私を大切に、一番に想っていてくれる。その想いで胸は一杯で……満ち足りた感じがするの。

 

 

 ――とっても、まるで夢みたいに幸せだよ――

 

 

 

 

 



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 決戦 ―ヒロト対クロヒナタ―(Side ヒロト)

 ――――

 

 燃え上がる黒炎の中、二機のアースリィガンダムは戦う。

 

〈ふふふふ……っ〉

 

 黒いアースリィガンダムが放つ、赤いビームサーベルの軌跡が闇を裂く。

 幾筋もの剣筋、俺のアースリィガンダムは相手の斬撃を受け止める。

 

 ――くっ、一向にダメージを与えられない。それに――

 

 今度は俺が反撃する番だ。同じくビームサーベルによる斬撃を繰り出すけれど、攻撃は全て防がれる。

 まるで、俺の動きを知っているかのように。

 

「やはり俺のコピー、手ごわい」

 

〈確かにクガ・ヒロト、貴方はガンプラバトルの腕は良いわ。

 だからこそ同じコピーを相手を簡単に倒せるわけがないわよねぇ〉

 

 確かに、少なくとも近接戦闘に関しては俺の戦い方とそっくりだ。

 

〈GTubeで得た戦いのデータ、それはガンプラの自動操縦ではなく――ワタシ自身が取り込んでいる。

 データをトレースして、お人形を操縦して戦う。貴方との決着はワタシの手でつけてあげるって事よ〉

 

 黒いアースリィガンダムの繰り出す、数撃もの斬撃。俺はこの攻勢に数歩ずつ探しながら回避し、同じくビームサーベルで防ぐ。

 

 ――あのアースリィはヒナタが……いや、クロヒナタが操縦しているのか――

 

 俺とヒナタ、こんな形でガンプラバトルをする事になるなんて思わなかった。

 それもGBNの命運を賭けた戦いだ。俺は複雑な思いで一杯だった。

 

 

 

 ――なら、射撃はどうだ――

 

 どこまでコピーが出来るか試したい。

 俺のアースリィガンダムは飛び退いて距離を離し、ビームライフルを構えて放つ。

 けれど黒いアースリィも同じタイミングで撃ち返す。

 放たれた二筋のビーム、それは俺たちの丁度真ん中で衝突し……打ち合って相殺される。

 

〈残念だわね、これくらいで勝てると思ったの?〉

 

「この攻撃までも同時にか」

 

 この一撃を契機に、今度は射撃戦を繰り広げる俺とクロヒナタ。

 同じビームライフルで撃ち合う俺たち。けれど、これでさえどちらも決定打を与えられない。

 

 ――やっぱり手の内は分かっているのか。俺の行動とほぼ同じように動いて、予測までされて防がれる。

 自分のコピーだ、俺も動きが分かって対処はしているけれど、この勝負は時間がかかりそうだ。

 

 ――コピーに負ける気はしない。けれど少しでも早く決着をつけたい。

 例えコピーでも俺の戦い方に……どこまでついて行ける――

 

 

 

 俺のガンプラの『プラネッツシステム』

 コアガンダム、コアガンダムⅡをベースに太陽系の惑星の名を冠したアーマーを身に着け、様々な戦局に対応する……俺とイヴが生み出したシステム。

 

 ――その全てを完璧に真似るなんて。いくらコピーしたと言っても、どうだ?――

 

 アースアーマーだけでは長引くだけだ。ここは……。

 

「コアチェンジ! アース――」

 

〈――アース、トゥ……マーズ。ふふっ〉

 

 俺のコアガンダムⅡはアースアーマーを外し、代わりにマーズアーマーを装着してマーズフォーガンダムに変わる。

 けれど、クロヒナタのコアガンダムも同時にコアチェンジを行い、俺と同じマーズフォーガンダムへと姿を変えた。そう……黒いマーズフォーガンダムへと。

 それに今度は、先に攻撃したのは彼女の方だった。

 マーズフォーガンダムの専用武器であり、大型の実体剣であるスラッシュブレイドを、ブンと大きく振りかぶる。

 俺は同じ武器で攻撃を弾き、そして二本目のスラッシュブレイドを抜いて突撃を繰り出す。

 真っすぐ突き出される剣先。けど、黒いマーズフォーガンダムは攻撃を避ける。

 

〈プラネッツシステム、使うと思ったわ〉

 

 クロヒナタの言葉に俺は当たり前だと答える。

 

「これを使わなければ勝てる相手ではないだろ。 俺のプラネッツシステム、その全てを真似出来るものなら、やってみればいい」

 

 俺の、俺とイヴのプラネッツシステム。一緒に頑張って作った思い入れのあるものだ。

 だから自信はあった、コピーなんかには負けないと言う自信が。

 

 

 今度は黒いマーズフォーもスラッシュブレイドを二振り構えて俺を襲う。

 実体剣と実体剣が衝突する、鈍い感覚と重さのある剣戟。

 互いに双剣で戦い、さっきのアースリィ同士の近接戦よりも激しい剣戟が巻き起こる。

 

 ――けれどマーズフォーの戦いも、こうして同じ戦い方だ。これだとさっきと何も変わらない――

 

 これもまた互角。

 けれど俺の考えを見透かすように、クロヒナタはニヤリと嗤った。

 

〈……生憎だけど、クガ・ヒロトの戦い方は特にGTubeで調べてデータを取っているのよ。

 プラネッツシステムによる全アーマーの戦闘スタイル、その全てを〉

 

 ――くっ――

 

 一瞬動揺した。

 クロヒナタはそれを逃さず、俺に向かってスラッシュブレイドを振り下ろす。

 間一髪、俺のマーズフォーは避けた。代わりに斬撃は燃え広がっている黒い炎を裂き、鳥居を粉砕して瓦礫と化した。    

 

〈あら、動揺したのかしら? 貴方ご自慢のプラネッツシステムまで、こうして真似されて……ね〉

 

 続けて黒いマーズフォーはステップを踏み、即座に横薙ぎを繰り出す。

 俺のマーズフォーは跳躍してその攻撃も避けて、今度は俺が宙の上からスラッシュブレイドを振り下ろした。高所からの一撃、クロヒナタはそれを剣の刃先で防ぐ。

 スラッシュブレイド同士つばぜり合いに持ち込まれる。下手に距離を離したり、攻撃に切り替えるような別の行動は出来ない。……同じ実力だ、つばぜり合ったまま拮抗するしかない。

 そのままの状態で、クロヒナタは憎悪を燃やした瞳で俺を見る。

 

〈ここだけの話、こうしてコピーしているけれど……クガ・ヒロトのガンプラも『プラネッツシステム』にも、憎しみしかないのよ。

 姿を見るのも嫌な程に、ねぇ〉

 

「俺のガンプラまでもか」

 

 俺の問いに黒いアースリィのスラッシュブレイドに込める力は、数段強くなる。

 

〈当たり前じゃないの! 『私』を置いて平気な顔であのELダイバー……木偶人形とお楽しみだったのでしょう。貴方のガンダムもプラネッツシステムはその産物――何もかも虫唾が走るわ!

 魂もない木偶と仲良しこよし、それが何よりも大切な思い出ですって? アハハハハハッ! あまりに下らな過ぎて、滑稽なのよっ!!〉

 

 

「……っ!」

 

 イヴを、彼女の思い出までも直接侮辱されて俺は無意識に拳を握る。

 俺に沸き怒るクロヒナタへの怒りと憎しみの感情。けれど、彼女は同じ感情をずっと俺に、それももっと強い怒りと憎悪を抱いているのは分かるんだ。

 侮辱しながら、クロヒナタが放つ負の感情と、俺を激しく責め立てるかのような瞳。

 

 ――そんな彼女に俺は怒っていいのか――

 

 出来なかった。

 それどころか、俺はどんな感情を持てばいいのかさえ分からないでいた。

 

 ――けれど――

 

 力を込めたのが幸いした。マーズフォーはスラッシュブレイドの刃先をほんの少し角度を変えて、勢いを別方向に逃がしていなした。

 攻撃の威力が逸れた隙に、俺は右横に跳躍して離れた。

 態勢を整え、黒いマーズフォーを視線の先に見据える。

 

 ――後回しにするしかない。今は彼女を止める、全てはそれからだ――

 

 そう自分に言い聞かせるけれど、俺の胸には行き所のない感情の塊が渦巻いて、苦しいんだ。

 でも俺は耐えるしかない。

 

 

 

 俺が攻撃を避け、クロヒナタのマーズフォーは剣を振った姿勢で固まっている。

 かと思うと、首だけをぐるりと回し、気味悪く傾けた頭部で俺を見つめ返す。

 鈍い輝きを放つ、黒いマーズフォーの赤いツインアイ。

 

〈よくもやったわねぇ。でもそう来なくては、楽しみ甲斐はないわ〉

 

 不敵な、凶悪な笑みを浮かべてクロヒナタは続ける。

 

〈予告してあげるわ。貴方とイヴが丹精込めて作った、下らないシステムとガンプラ……下らない思い出!  

 それを今から滅茶苦茶に踏みにじってあげるわよ! たかがコピーで本物に敗北を味わせると言う、最も尊厳を傷つける手段で!〉

 

 彼女の憎しみは留まる所を知らない。

 GBN運営の指令室で初めてクロヒナタに会った時も、彼女は俺の一番のトラウマを再現して見せつけた。心底それも愉しむように。

 道中での悪趣味な趣向に仲間と孤立させた事、そして今も。

 クロヒナタは余程俺を苦しめたくて堪らないんだ。それ程までに、激しく憎んでいる。

 

 

 

 けど、だからと言って負けられない。……負けるわけにはいかないんだ。

 

「まだ負けていない! ただ真似するだけで、お前は俺に勝てないはずだ」

 

 俺は再びのコアチェンジ、今度はマーズアーマーからヴィーナスアーマーへと装着し直し、ヴィートル―ガンダムへと変わる。

 

 

 同時に、俺はハンドミサイルを即座に放つ。

 しかしクロヒナタも同じようにヴィートルーガンダムへとコアチェンジさせミサイルを撃ち落とす。

 ここまで来たらもう驚かない。それに……。

 

 ――そうだ。例えどれだけコピーしても、コピーはコピーでしかない。

 真似て、俺と俺のガンプラの実力に等しい物を持っていても、決して本物を上回れない――

 

 コピーと言うのは相手の性能に近づき、最終的には全く同じ性能、力を持つものだ。

 究極的にはオリジナルと全く同じ性能を持つ。確かに手ごわい、けれど、だからこそ『そこまで』だ。いくら多くのデータを使ってオリジナルと全く同じ能力を手にしても、その先はない。本物以上にはなれはしない。

 言うなれば、パラドックス……だろうか。コピーだからこそ本物には勝てるわけがないんだ。

 

 

「だから負けない。必ず俺が……倒す!」

 

〈なら、やってみなさいよぉ!!〉

 

 得意げにクロヒナタが叫んだ瞬間、黒いヴィートルーガンダムは全てのミサイルハッチを展開して構える。

 

 ――まさかここで全弾発射をかます気なのか!?――

 

 確かにこの空間は二機戦うには十分な広さだ。けれどヴィートルーガンダムの全弾発射、その火力を受け止めるほどの規模であるか、自信がない。

 俺も同じ火力で返せば、周囲はただでは済まない。ここは洞窟の内部だ。下手をすれば爆発の威力で崩落するかもしれない。

 

 ――けど回避なんて出来ない。同じ火力で返さなければ確実に俺がやられる――

 

 危険はある。それでもやるしかない。

 俺のヴィートルーガンダムガンダムも全身のミサイルハッチを開き、全弾発射で応える。

 空間を飛び交う無数のミサイル。俺は衝撃に備えて身構える、その次の瞬間。

 

 

 空間の中央で轟音とともに炎の華を煌めかせる、数え切れないくらいの閃光。

 そして……激しい衝撃。

 空間全体が揺れてひび割れ、上から瓦礫が崩れる。爆発は鳥居も炎も、そして神社までも、この空間にある全てを吹き飛ばす。

 その勢いは俺の方にまで届いて、影響を受けないように踏ん張る。

 

 ――多数のミサイル同士がぶつかり合って爆発する衝撃、やはりかなりのものだ。

 空間は耐えられるか――

 

 今にも洞窟が崩れそうだと心配になる。それに巻き起こる爆煙と閃光で相手の姿は見えない。

 

 ――やったか――

 

 俺はそう思った。けれどすぐに考え直す。

 

 ――いや駄目だ。もし何かあったら一緒にいる本物のヒナタが――

 

 今クロヒナタは、ヒナタのダイバー体に憑りついている。

 頼むから無事でいてくれ――。俺は強く願った。

 瞬間、爆煙を切り裂きビームが飛来する。

 俺のヴィートルーガンダムに向かって来た攻撃、すぐさまに避ける。

 

〈ヴィートルーガンダムの火力は凄いわねぇ。

 その二機分の火力がぶつかり合ったのよ。もしかするとここも崩れてしまうんじゃないかって、そうも思ってしまったわ〉

 

 煙が薄らいで見えるシルエット。

 それは俺と同じヴィートルーガンダムの姿。やはり無事だったんだ。

 

〈最も、この空間を創り出したのはワタシなの。

 ちゃんとその威力でも耐えられることくらい、想定していて当然と思わない?〉

 

「確かにそうかもしれない」

 

 つい、俺は表情を和らいでしまった。

 

「でも、良かった」

 

〈何がかしら?〉

 

「君が……ヒナタが無事でいてくれた事だ。

 俺にとってヒナタは――」

 

 

 

 けど俺が言葉を言い終えるまで待ってはくれなかった。

 まるで言葉そのものを遮るように、クロヒナタのヴィートルーはバーニアの最大出力で急接近すると同時にビームサーベルを振り下ろした。

 

〈――言わせなんてしないわ、それ以上〉

 

 あまりに突然だけど、俺自身の動きだ。すぐに避けてミサイルポッドで反撃する。

 放たれたミサイル、それはいとも容易くクロヒナタはビームサーベルで切り払われる。

 

〈この程度でワタシに意見するなんて、甘いわね〉

 

「俺の言葉を聞いてくれないのか。……仕方ない」

 

 さっきの攻撃なんて防がれると分かっていた。けれど、俺が本当に狙っていたのは。

 今度こそビームサーベルの切っ先を俺のガンプラに向けようとする、黒いヴィートルーガンダム。

 ――その前に、上からいくつもの瓦礫が相手に降り注ぐ。

 

〈……これはっ!〉

 

 クロヒナタは攻撃を中断して下がる。降り注ぐ瓦礫から逃れるために、距離を離したんだ。

 

 ――天井がさっきの衝撃で脆くなっていた。だからミサイルを一発だけ狙って放って崩した、これで少しは――

 

 見ると瓦礫が一部当たり、黒いヴィートルの右肩と左脚部のアーマーにほんの微かなへこみが見えた。

 

 ――やっぱりコピーだ。少しずつだけど戦いにも慣れてきた。ようやくダメージも入りもした、やはり勝つのは俺だ――

 

 

 

 このまま行けばきっと勝てる。あのコピーを戦闘不能にしてクロヒナタに異常を止めさせる、そしてヒナタを開放させるんだ。

 

〈あらら、かすり傷がついてしまったわ〉

 

 互いの間には距離が出来た。そしてクロヒナタはまだ余裕がある態度。

 

〈やっぱり同じ能力を手にしても勝てるわけではない、と言うことかしら〉

 

「当たり前だ。例え能力をコピーしても、本物の俺と俺のガンプラはその先に行ける。

 手強いかもしれない。けれどそんなの、乗り越えればいいだけだ」

 

〈へぇ〉  

 

 クロヒナタの嫌味のあるニヤニヤとした表情。ヒナタと同じ顔をしても、その態度は気に入らなかった。

 

〈成程ね。それはそれは、良かったじゃない。

 ……せいぜい今のうちに優越感に浸っていなさいな〉

 

 

 

 ――あの態度、まだ何か隠しているのか――

 

 クロヒナタには何か手を隠し持っている。それは俺には分からない、正直不安も覚えた。

 

〈……それにしても、ここ、随分ボロボロになってしまったわね。

 せっかくワタシが作った空間なのに、勿体ない事をしちゃった〉

 

 彼女の言葉通り、あの全弾発射の衝撃で鳥居も神社も砕け飛び、あるのは瓦礫だけだ。

 

〈ここでこれ以上戦うのもアレだわねぇ……くくっ〉

 

「何が言いたい」

 

 俺の言葉の答えなのか、黒いヴィートルーガンダムはさらに後退して奥に空いている穴の前に立つ。

 

〈場所を変えましょう、と言うことよ。

 最も貴方には選択肢なんてないけれど。ワタシを止めるつもりなら――追って来るしかないわ〉

 

 そう言い残すとクロヒナタのヴィートルーは穴の内部へと入って消える。

 

 ――場所を変える、か。クロヒナタは何を――

 

 けれど彼女の言う通り選択肢なんてない。

 

 ――追うしかないのか――

 

 俺のヴィートルーガンダムも彼女の後を追うために、先ほど入った穴の中へと突入する。

 



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その憎しみから救いたくて(Side ヒロト)

 ――――

 

 穴の内部は真っすぐと続く洞窟だった。

 一面が無数の鳥居で埋め尽くされた洞窟の中、俺はクロヒナタを追う。 

 

〈追ってくるのが早いわねぇ。……でも〉

 

 黒いヴィートルーガンダムの後ろ姿が見える。

 けれど、クロヒナタは追ってくる俺にミサイルを放つ。

 狭い中飛んで来るミサイル。俺は避け、避けきれない分はミサイルを相殺する。

 

「追って来たのに攻撃するのか」

 

〈当たり前じゃない。戦いはまだ継続しているのだから〉

 

 そう言いながらクロヒナタのヴィートルーは再度ミサイルを放とうと腕を向ける。

 けど、その前に今度は俺がミサイルポッドで反撃する。――ただし。

 

 

 

 ミサイルは黒いヴィートルーではなく、その周囲の鳥居の壁だ。

 爆発で壁は吹き飛び、弾き飛ぶ瓦礫は相手を襲う。

 

〈こんな小細工を……二度もっ!〉

 

「ヒナタなら分かるだろ。俺は頭を使うのが得意なんだ……昔から」

 

 ダメージは大きくないけれど、それでいい。

 今の攻撃でひるみ、スピードが落ちた黒いヴィートルーとの距離は縮まった。

 

 ――ここで決着をつければ――

 

 そう思った俺はビームサーベルを抜き、クロヒナタへと迫った。

 もう距離は目の前。相手は反撃しようとする素振りは見せない、もしかすると――。そう考えた時。

 

〈戦い方はデータを取っているのよ。……その点も含めて、ね〉

 

 瞬間、黒いヴィートルーガンダムは弾け飛んだ。

 正確にはコアガンダムが装着していたヴィーナスアーマーが、分離して飛んで来たんだ。

 

 ――!!――

 

 アーマーはパージすればそれ自体が弾にもなる。

 ……しまった。勝負を焦ってこの事を失念していた。しかも至近距離で放たれた攻撃だ、俺はそれを受けてしまう。

 強い衝撃が、全体を襲う。

 けれど身構えたことでダメージは自分のアーマーだけに絞れた。

 

 ――けれど、こんな攻撃を受けてしまうなんて――

 

 

 

 それから間もなくだった、俺は洞窟を抜けて別の空間へと辿り着いた。

 ……何本もの岩の柱が並び天井高くそびえて立つ、さっきよりも広い大空間。

 

 ――今ので俺もダメージを受けたか――

 

 装着するヴィーナスアーマーにはいくつも傷がついた。だけど決して、無駄ではない。

 

 ――けどクロヒナタを追い込んだ。ダメージを与えて、アーマーを外させる程に――

 

 目の前にはアーマーを脱ぎ捨てた、黒いコアガンダムの姿がある。

 

〈ここまで追い込むなんてさすがねぇ。さすが、本物と言うべきかしら〉

 

 今は攻撃しようと言う動きはない。クロヒナタの言葉に俺はこたえる。

 

「そうだ。……それでも、まだ戦うのか」

 

 けれどクロヒナタには諦める素振りなんて、微塵もなかった。むしろ……。

 

〈ふふっ、けどこんな事で勝ったと思っているの? だとするなら――どれだけおめでたいのかしら。羨ましいったらないわ〉

 

 相変わらずの嫌味。けれど彼女は、考え直すように。

 

〈けれどワタシも貴方を舐めていたかもね。つまり、手加減と言うことよ。

 だから……ここから少し本気を出させて貰おうかしら〉

 

 

 そう言った瞬間――クロヒナタの黒いコアガンダムに異変が起こった。

 身体のあちこちに画像乱れのような物が現れ、その姿、テクスチャを置き換えるように姿を変えてゆく。

 画像乱れはコアガンダムの全身に広がり、段々と姿が変貌する。そして――その末に。

 

「コアガンダム……Ⅱか」

 

〈そう言うこと。これで、条件は同じと言う事よねぇ〉

 

 コアガンダムから、俺と同じコアガンダムⅡへと変貌を遂げたコピー。……本当に何でも有りだ。

 

「今になって姿を変えたのか」

 

 この変貌に唖然ともした。――だけど

 

「……それがどうした。今更コアガンダムⅡへと変わったところで、ただのコピーである事には変わりない」

 

〈ふふっ、そうねぇ〉

 

 ――と、今度はクロヒナタの黒い……コアガンダムⅡ。それは飛来した別のアーマー、サターンアーマーとドッキングする。

 

〈……まぁ細かい事なんていいじゃない。心機一転、第二ラウンドを始めましょう!〉

 

 サターンアーマーを装着した、サタニクスガンダムのコピー。

 コピーは左腕に装着したブレーカドリルを構え、俺に向かって迫る。

 

 ――いきなり攻勢か。ここは――

 

「――リミテッドチェンジ!」

 

 俺は先に右腕のみサターンアーマーにチェンジする。そしてブレーカドリルの攻撃を、同じく右腕に装備されたブレーカドリルで受け止める。

 

「プラネッツシステムは、こう使う!」

 

 続けてヴィーナスアーマーの左腕、そのミサイルハッチをコピーに向け、至近距離で放つ。

 ――けれど。

 

〈ふふ、そう来るだなんて、まんまじゃないの〉

 

 黒いサタニクスガンダムの右腕。……どちらも色が黒で気がつかなかった、けれどそれだけはサターンアーマーではなくて、さっきのヴィーナスアーマーだった。

 

 ――まさか俺と同じ手段で――

 

 クロヒナタの言う通り、どこまでも戦い方を忠実に再現している。

 ……そして俺が気づいた時には遅かった。彼女もヴィーナスアーマーの右腕からミサイルを、同時に放った。

 放たれたミサイルは俺たちの間で衝突し合い、爆発を引き起こす。

 

「!!」

 

 爆発で吹き飛ばされ、俺は迫り来る柱に衝突しそうになる。

 

「……まずい! コアチェンジ! ヴィーナス、トゥ、サターン!」

 

 機体が吹き飛ばされながら、コアガンダムⅡはヴィーナスアーマーからサターンアーマーにコアチェンジ、完全にサタニクスガンダムへとなる。

 そして腕のブレーカドリルを振るい、正面衝突する直前に柱を砕いて、吹き飛ぶ方向を変えて激突を避けた。

 

 

 何とか無事地上に着地はした。

 けれど一息つく暇なんて、与えられなかった。

 俺が着地したのを見計らったかのように、空間の奥から、ヴァイスプライヤが装備された腕が飛んで来る。

 展開されたヴァイスプライヤのアームユニットは俺を挟もうと迫る……けれど。

 

 俺はすぐに横に飛び退く。

 

 攻撃を回避し、飛んで来たヴァイスプライヤは俺のサタニクスの代わりにその背後にあった岩柱を挟み砕く。

 

 ――腕だけ飛ばしたか。けど、本体はどこにいる――

 

 視界にはコピーの姿は確認出来ずにいた。けれど、考えさえすれば。

 

 ――相手は俺の戦い方もコピーしている。

 単純に、俺自身がああした攻撃をするとすれば。……ヴァイスプライヤを飛ばし、その次に繰り出すのなら――

 

「――飛び退いた、背後からだっ!」

 

 サタニクスは上半身を100度回転させてブレーカドリルを薙ぐ。

 

〈くぅ……っ!〉

 

 途端に激しい衝撃がドリルを伝う。

 俺の予想は当たっていた。同じくコアチェンジを済ませた黒いサタニクスが、俺に向かってブレーカドリルを振り下ろして攻撃しようとしていたんだ。

 俺のタイミングも良かった。薙いだと同時にコピーの攻撃を丁度、受け止める事が出来たのだから。

 

 

 奇襲が失敗したクロヒナタはすぐさま機体を跳躍させて距離を取った。

 サタニクスのコピーが跳躍した先は、さっき腕ごとヴァイスプライヤを飛ばした場所。着地と同時に腕を拾うとそのままアーマーが外れていた右腕へと装着させようと。

 

 ――そっちが奇襲するのなら……お互い様だ!――

 

 俺だってそんな暇なんて与えはしない。

 この好機を逃さずサタニクスはブレーカドリルを構えて迫る。

 

〈そう来るって訳。でも……させないわ〉

 

 次の瞬間黒いサタニクスは、岩柱を足で強く蹴って飛ぶ。

 ヴァイスプライヤの衝突で柱は損傷していた。それにさらに強烈な蹴りの一撃……耐えられはしなかった。

 ひび割れ、一気に崩落する柱。そして俺はそんな中に突っ込もうとしてしまっている。

 

「ちいっ!」

 

 とっさに俺は脚部のバーニアを逆方向に噴射して反対側に逃れる。

 ……おかげで柱の破片をサタニクスが食らうのは防げた。

 けれど次は真横から。今度はこっちの番とばかりにクロヒナタのサタニクスがドリルを振るう。

 俺はそれを見切って避ける。そして……代わりに背後にあった別の岩柱が身代わりになって砕けた。

 

〈次は貴方が、こうなる番だわ〉

 

 クロヒナタはそれを全く意に介さずに再度、俺のサタニクスを捕らえて迫る。

 突撃で迫る黒いサタニクスガンダムの、今度はクロ―として展開したヴァイスプライヤ。

 ……けれど。

 

 ――近接特化の技なら予測はし易い――

 

 迫るヴァイスプライヤに対し俺はブレーカドリルで突撃を繰り出す。

 

〈随分杜撰な攻撃ねぇ〉

 

 けどその攻撃はヴァイスプライヤによって引き掴まれる。だけど、そんな事は予想範囲内だ。

 

「悪いがそれは囮だ。本命は――」

 

 右腕のブレーカドリルが掴まれても、左腕のヴァイスプライヤを伸ばす。そのまま――黒いサタニクスの胴体を挟もうと試みる。

 

 ――このまま一気に上半身と下半身を切断して行動不能にさせる。そうすればヒナタを傷つけることはない――

 

 これが俺の狙いだ。

 

〈……やるわねっ〉

 

 クロヒナタは開いたブレーカドリルを構えるけれど、もう遅い。

 俺の攻撃の方が早く届く。防ごうとも、俺を攻撃しようとしても、彼女は間に合いはしない。

 

 ――俺の勝ちだ――

 

 ようやくそれを確信した。

 

 

 

〈でも残念。これで終わるなんて、やっぱり甘いわ〉

 

 黒いサタニクスはブレーカドリルを振った。

 自分を守るためでも、俺を攻撃するためでもなく。ドリルを打った先は――すぐ足元の地面だった。

 

 ――これは!?――

 

 ドリルで打った地面は一気にひび割れ、俺のガンプラが立つ場所まで広がる。

 同時にひび割れた地面は崩れて崩落を始める。

 足元には地面の感覚がなくなり立つことも出来ない。……もちろん、攻撃なんて出来る状態じゃなかった。

 

 

 

 崩落する足場とともに、二機のサタニクスは落下する。……落下した先は。

 

 ――下にあるのは、地底湖か――

 

 下に広がるのは、一面深い青色に染まる水面――地底湖だった。

 このままでは俺たちは湖に落下する。それに、俺のブレーカドリルはヴァイスプライヤに挟まれたまま。

 

 ――二機同時に着水……間に合わないか!――

 

 サタニクス同士組み合ったまま、間もなく俺たちは地底湖に墜落した。

 

 

 

 ――――

 

 水飛沫とともに、視界は一面青一色へと変わる。

 

 ――水中に沈んだか。クロヒナタは、いない――

 

 水中には彼女が乗るコピーの姿はない。

 けれど、次にどう出るかは容易に想像が出来る。

 

 ――戦場が水中ならこうするはずだ。……コアチェンジ――

 

 俺はサターンアーマーからマーキュリーアーマーへと換装、メルクワンガンダムにコアチェンジする。

 

 ――メルクワンガンダムは水中戦用だ。クロヒナタが攻撃を仕掛けるとするなら、きっと同じ姿に――

 

 瞬間、水中を高速で進み、俺に向かって来る姿を捕らえた。

 即座にメルクワンガンダムは専用装備、フィンザンバーを逆手に持ち、そして接近する影に向かって振るった。

 

 伝わる、武器と武器とがぶつかる感覚。

 

「やっぱり来たか、クロヒナタ!」

 

 攻撃をしたのは、同じくコアチェンジを済ませた黒いメルクワンガンダム――クロヒナタだった。

 彼女もまたフィンザンバーで近接攻撃を仕掛けた。けれどそれが俺に防がれた途端、今度はその弾かれた勢いで離れて、今度はウォーターニードルガンを放つ。

 

 ――隙の無い二段構えと言うわけか――

 

 けれど俺も撃たれるわけにはいかない。

 ニードルガンの攻撃を、俺は水中用ビットを放ち身代わりにする。

 放たれた針に貫かれ、爆発するビット。そして――

 

 ――なら俺も、お返しだ――

 

 爆発によって生じた隙に俺は黒いメルクワンに迫り、フィンザンバーで振った。

 

〈!!〉

 

 驚く様子のクロヒナタ。けれど遅い。

 彼女がフィンザンバーで受け止める前に、俺はその刃先を打ち砕いた。

 

 ――やっぱり同じ動きなら、それを予測して少しでも上回る行動をすればいいだけだ――

 

 続けて頭部のバルカンを放つ。

 ダメージは小さくても、バルカンの弾は黒いメルクワンに命中して怯ませる。

 

〈これは……状況が悪いかもね〉

 

 ダメージを受けたクロヒナタのメルクワンガンダムは離れる。

 

 ――これは一度立て直すつもりか。けれど……逃がしはしない――

 

 性能が同じならスピードも同じだ。俺が本気を出せば振り切れる訳がない。

 一旦逃れようとする黒いメルクワンを、俺は追う。

 

〈しつこいっ!〉

 

 そう言った彼女の表情には、余裕が殆ど消えていた。つまりは確実に追い詰めてはいる。この勝負……やはり貰った。

 

 

 クロヒナタは再度ニードルガンを構えて、追ってくる俺にめがけて放つ。

 けれどそんなもの、同じニードルガンで弾き返せばいい。

 

 ――そんな抵抗なんて、もう無駄だ――

 

 目の前には地底湖の端となる岩壁も見える。

 彼女を追い詰めたと……そう考えた時。

 

 

 

 クロヒナタのメルクワンは、急に機体を上昇させた。

 向かう先は水面。彼女は水中から脱出するつもりだ。

 これは俺が阻止しようとしても間に合いはしなかった。黒いメルクワンは瞬く間に水面から飛び立ち、抜け出した。

 

 ――どうする気か知らないけれど、俺も――

 

 続けて俺のメルクワンガンダムも水中を出た。

 そして視界に入った黒いメルクワン…………いや。

 

 

 クロヒナタは再びコアチェンジをして、今度はジュピターヴガンダムへと姿を変えていた。

 ――あれで戦うつもりなのか。俺はそう考えた、けれど……。

 

 

 彼女のジュピターヴガンダムは、逃げた。

 地底湖のある洞窟に空いていた穴の先へ。……また、追って行かないといけないのか。

 

 ――どの道俺は負けない。追い詰めてはいる、行けるはずだ――

 

 もうすぐ俺は決着をつけてみせると。そう決めて、逃げた穴の先へと追って行く。

 

 

 

 ――――

 

 俺もジュピターヴへとコアチェンジして、後を追う。

 再び洞窟を突き進み追うけれど、クロヒナタが乗るコピーの姿は見えずにいた。 

 

 ――ここに入って行くのは確かに見た。それに洞窟は一本道だ、見失うわけがない――

 

 ただ、今度の洞窟は曲がり道が多い。多分俺の方からは、先を行くコピー姿は見えないだけだと思う

 

 ――クロヒナタも俺との戦いを諦めはしないはずだ。必ず決着をつけようと動く。それと――

 

 最初は普通の洞窟ではあった。けれど、進むにつれて周囲の様子は変貌していっていた。

 

 ――岩壁は……結晶だらけだ。それも鏡みたいに反射する、あれは一体――

 

 岩壁から生える、鏡のように反射率の高い、幾つもの結晶。

 それは洞窟を進むたびに数が増えて、今では洞窟の殆どに結晶がびっしりと生えていた。

 

 ――出口も見えて来た。そしてその先にも――

 

 

 

 辿り着いた先は……巨大な結晶がいくつも生えて、埋め尽くされた空間だった。

 あの鏡のような結晶が、数え切れないほどに。俺のジュピターヴガンダムも結晶に同じ姿が反射して映る。

 

 ――まるで遊園地のミラーハウスみたいだ――

 

 遊園地……。頭をよぎったその言葉は、ある思い出を連想させた。

 

 ――ヒナタ、俺はもっと君の事を――

 

 そう。数日前に俺はヒナタと遊園地に行ったんだ。

 あの時の彼女はとても幸せそうだった。俺とあんな風に一緒にいられて、それに自分の想いを伝えると言う、期待だってあったのだから。

 けど――その笑顔は、もう。

 

 ――だから俺が取り戻さないと、それに――

  

「またヒナタの笑った顔を、見たいから」

 

 つい一人、こんな事を呟いた。

 無理して見せる笑いじゃない。ちゃんと、彼女が心から嬉しいと思って見せる……そんな笑いを。

 

 

 

〈それは無理よ……クガ・ヒロト〉

 

 通信で聞こえたクロヒナタの声。

 

 ――!――

 

 同時に左右から二機のマニファーユニットが出現し、俺に奇襲をかける。

 ユニットによるビーム射撃、俺は飛び退いてかわした。

 

〈ふふふ……〉

 

 結晶の影から、クロヒナタのジュピターヴガンダムが姿を現す。

 

「――もういいだろ」 

 

 けど俺の言葉がクロヒナタに届いたか分からない。彼女はそれに意を介す様子なんて、なかったからだ。

 

〈もう貴方はヒナタの笑顔を見ることはない。二度と……ええ、もう二度とね〉

 

 再びマニファーユニットを旋回させて攻撃を仕掛ける、黒いジュピターヴ。

 俺もまた避けようとした。

 発射元が分かるなら……。放たれた二本のビームを余裕で交わす

 ……けれど。

 

 ――!――

 

 確実に避けたはずの攻撃。けれど、避けた次の瞬間、ビームは別の角度から襲い掛かった。

 間髪入れずそれも避ける。けれど一発、腕先にかすった。

 

 ――マニファーユニットから放たれた攻撃は二発だけだ。なのに――

 

 何かあるはずだ。そう考えている間に再び攻撃が放たれる。

 今度こそ何かあったか見極める。攻撃を避けて俺はその軌跡を確認する。

 ビームは一直線に進み、直線上の結晶に命中した。……その瞬間。

 

 

 鏡のような結晶面は、命中したビームを別方向に反射させた。

 

 ――結晶がビームを、跳ね返して――

 

 跳ね返ったビームはまた俺に迫る。……けど今度は、簡単に避けられる。

 

「随分な真似をする。……けど!」

 

 種が分かれば後は簡単だ。

 俺も腕のマニファーユニットを展開して飛ばす。そしてビーム攻撃を黒いジュピターヴへと放つ。

 勿論向こうだって避ける。けれど俺のビームも結晶を利用して反射させ、再度相手に向かって行った

 

〈……ふん〉

 

 今度はコンテナビットを射出させ、俺のビームをシールドを展開して防いだ。

 

「お前に出来て、俺に出来ないわけがない。

 俺が……本物なんだから」

 

 その言葉にクロヒナタは何も言わない。ただ、口元に嗤いを浮かべているだけだった。

 そして彼女のジュピターヴはビームガトリングを構えて、今度は直接俺に攻撃を繰り出す。

 俺はそれを回避する。……もちろん反射も警戒して、だったけれど。

 ガトリングの弾は結晶に当たると、跳ね返すことなく周囲に飛び散り、霧散した。

 

 ――弾の性質のせいか、ビームガトリングの攻撃は跳ね返せないのか。大方分かった――

 

 俺もまたマニファーユニットとともにコンテナビットを展開する。

 つまり全四機の遠隔ユニット……向こうだって、それは同じだ。

 

 ――ここからは……俺が仕掛ける番だ!―― 

 

 

 

 空間を交差する幾筋ものビーム。

 

 ――どうりでクロヒナタがここに誘い出したわけだ――

 

 黒いマニファーユニットの射撃、それを避けても結晶にビームが跳ね返り俺を襲う。

 そして本体である黒いジュピターヴガンダム、あれもビームガトリングで俺を狙う。

 

 ――厄介な地形だ。だけど、対処手段は分かっている――

 

 また放たれたビーム攻撃、だけど今度はコンテナビットのビームシールドで防ぐ。

 防がれたビームはシールドに相殺されて消える、この場においては一番効率的な手段だ。 

 現に――

 

 

 俺のマニファーユニットによる攻撃も、クロヒナタはコンテナビットのシールドで防ぐ。

 

 ――やはりこの空間を作った張本人だ。対処は熟知しているんだろう―― 

 

 確かに手ごわくはある。だけど。

 

 ――俺もこれまでの戦いで、クロヒナタの……いや、俺自身のコピーとしての戦いには、十分に把握した。

 ここからは一気に畳みかける!――

 

 ここまで何度もコアチェンジして、動きを見せたのが俺にとって幸いした。

 それにみんなも、GBNも、彼女によって苦しめられている。だからこそ……。

 

 ――この次で決着をつける。俺のコピーなら、きっと――

 

 後は覚悟だけだ。それだって、俺はもう済ませているんだ。

 

 

 

 ――行くぞ!――

 

 俺はビームガトリングを構えて、クロヒナタの黒いジュピターヴを狙って放つ。

 これにボックスビットによるビームシールドで、相手は攻撃を防ぐ。

 

 ――まずは防いだか。そしてコピーなら今の行動を、陽動だと感じて次の攻撃を警戒する――

 

 ならその警戒をあえて的中させる。俺はマニファーユニットを二機飛ばしてビームを放つ。

 それぞれのビームは結晶を反射して、再び黒いジュピターヴに。……今度は上下別方向から同時にだ。

 

 ――ビームガトリングの攻撃でボックスビットを一機。そしてこの攻撃の片方で、もう一機防御に回す――

 

 予想通り、二機目のボックスビットが上から迫るビーム攻撃を防ぐ。

 そして――下から迫る攻撃は。

 

 ――もう身を守るものはない。となれば攻撃を後ろに避ける。そこで――

 

 クロヒナタのジュピターヴは下からのビームを後ろに避けた。

 ……けれど、その背後には俺のボックスビットを二機回り込ませていた。

 

〈!!〉

 

 ボックスビットは二機ともビームシールドを展開して更に、先端からビームの刃を放出する。そして――その状態で彼女のジュピターヴに突撃させた。

 

 ――こんな強引な手なんて俺は殆どしない。だから、予想は難しいだろう。いや、出来たとしても――

 

 クロヒナタはマニファーユニットで撃ち落とそうとする。けれど全面をビームで覆うボックスビットには殆ど通用なんてしない。

 攻撃をものともせずに突進するボックスビット。

 今彼女の黒いジュピターヴガンダムは天井近い高所で、それに左右には結晶が阻む。

 上も、左右も塞がれ、間もなく突進するボックスビットを回避するには――

 

 ――どの道下に避けるしかない。そして……次の行動は決して予想は出来ない。なぜなら――

 

 俺はもっと――普段なら絶対しない、強引な手段に出るのだから。

 

 ――コピーだからこそ、イレギュラーな対応は困難なんだっ!――

 

「だああぁぁっ!」

 

 出力全開にして俺のジュピターヴガンダムは、クロヒナタのジュピターヴガンダムに体当たりを仕掛けた。

 

〈よくも、あんな無茶を!〉

 

 クロヒナタの驚く顔、防御手段もなく体当たりをするなんて、これまでのデータではなかったんだ。

 つまり、狙い通りコピーの能力を一時的にも上回ったわけだ。

 彼女はビームサーベルに持ち替える暇もなく、今持っているビームガトリングで止めようとする。

 けど、多少のダメージなら耐えられる。攻撃を受けながら、俺は黒いジュピターヴガンダムへと、そして一気に手を伸ばし……。

 

〈くう……っ!〉

 

 コピーを掴み、そのまま地上に叩きつけた。

 それでも抵抗するコピー――黒いジュピターヴガンダムを組み伏す。

 

 ――コックピットをよけて、動力部の中枢のみ停止させれば――

 

 俺はビームサーベルを抜き、刃先を細く、鋭く調整させる。そして黒いジュピターヴの本体に――

 

〈ははっ、やっぱり最後はそうくるわよねぇ〉

 

 けど俺は、中断せざるを得なかった。

 クロヒナタの黒いジュピターヴもまた、ビームサーベルの刃先を俺のガンプラの動力部に向けて、構えていた。

 互いに刃を突き付けられる、俺たち。

 こうなればどちらとも動けない。それぞれのマニファーユニット、ボックスビットも周囲で待機するしかない。

 ……でも、その砲口は互いの機体に向け合った状態だ。

 

「――」

 

〈――〉

 

 それに画面越しに睨み合う俺たち。

 俺に、激しい怒りと悲しみ、憎悪と絶望が入り混じった感情を鋭く突き刺すクロヒナタ。

 表情も、瞳も、態度も。彼女の負の感情を限りなく放っていた。

 ヒナタと同じ姿で……俺に。

 

 ――思っているよりずっと辛い。ヒナタの姿で俺に対して、そこまで憎しみを向けられるなんて――

 

 

 

「もうここまでだ、ヒナタ」

 

 俺はそう彼女に言った。

 

〈へぇ、貴方がワタシを『ヒナタ』と呼ぶなんてね。ワタシは違うと、言ったんじゃないの?〉

 

「それは、そうかもしれない」

 

 画面越しに、俺はもう一人のヒナタ――クロヒナタに対して、言葉を伝える。

 

「けど俺は本物のヒナタに対しても、恨まれても仕方がないとも思う。

 ずっと想ってくれていたのに、それにちゃんと気づくことが出来なかったんだから。知らない内に沢山傷つける事もした」 

 

 本当は直接ヒナタに謝る事だけど、彼女にも……謝らなければいけないと。

 

「だから君は、俺を強く憎んでいるんだ。 

 ガンプラやGBN……ELダイバーに対する憎しみも、全部ヒナタの悲しみからなんだろ?」

 

 俺の問いかけ。それに、クロヒナタは俯いて呟く。

 

〈ええ。それらによって大切な物を、奪われたのですもの。

 『私』の悲しみは『ワタシ』の悲しみ、当然じゃない〉

 

 正体は分からない。けれどそれだけクロヒナタは、ヒナタに対する想いが強いんだ。

 

「だからこそ全てに復讐するために、こんな真似をしたんだと。君の気持ちも俺は分かる。

 けど、その憎しみは――全て俺だけが受けるべきだ。他にまで向ける必要はない。

 本当に悪い事をした。…………すまない」

 

 

 

 彼女は悪人ではない。ただ、憎しみの感情が暴走しているだけだ。

 

 ――かつて俺も同じ思いに駆られた事がある。憎しみに囚われて、自分自身が一番辛いはずなのに、それでもどうしようもなかった――

 

 まるで過去の俺とも似ているんだ。

 だからこそ、放っておけない。俺はみんなのおかげで救われた。だから俺も彼女の心も救いたい。

 クロヒナタ、彼女自身のためにも。

 

 ――ちゃんと想いを伝えれば届くはずだ――

 

 俺のジュピターヴガンダムはビームサーベルを持っていない右手を、彼女の黒いジュピターヴガンダムへと差し伸べる。

 

「ここまですれば十分だ。俺だってもうヒナタと、それに君の気持ちも分かっているから。

 憎しみの罰とは違う。けれど俺はその分、今度こそヒナタの事を大切にしたい。その想いだって受け止めたい」

 

〈……〉

 

「それが、ヒナタにとって一番だって俺は考えている。

 君も……本当に彼女の事を想うなら」

 

 

 

 この言葉にクロヒナタは俯いたままだった。

 

〈彼女にとっての一番、ねぇ〉

 

 自分に言って聞かせるように彼女は反芻する。

 そして、ゆっくりとその顔を上げる。

 

〈ええ。貴方の……言う通りだわ〉

 

 クロヒナタはこう言って、優しく微笑んだ。まるでヒナタがよく俺にするかのように。

 

 ――安心した。やっぱり彼女にも伝わったんだ――

 

 ようやく……とても良かった。

 

 

 

 黒いジュピターヴガンダムは動きを止めたまま。

 そのコックピットハッチが開き、中からクロヒナタの姿が見える。

 

〈クガ・ヒロト……ワタシは〉

 

 これで全て解決する。

 今暴れているコピーだって停止するはずだ。――そして。

 

「まずはそのコピーから、降りてくれ。その後で君が憑りついているヒナタを開放して欲しい。

 誰かを憎む気持ちはよく分かるんだ。……俺への憎しみだって、すぐに消えないと思う。

 仲直りとまでは言わない。けれど、頼む」

 

 俺のジュピターヴの手の平に乗ってくれと、そう示すように差し伸べた右手を近づける。  

 クロヒナタはこくりと頷いてコックピットから上体を起こす。

 

〈ワタシ……は〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈――貴方を絶対に許しはしないって、言ったじゃない〉  

 



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黒巫女が願う、ホントウの目的(Side ヒロト)

 ――――

 

「……!」

 

 瞬間、クロヒナタが素早く操作盤に触れた。

 俺がそれを見た、まさに同時に。

 

 バキッ!!

 

 黒いジュピターヴが頭部のアーマーをパージさせ、俺のアイカメラにぶつけた!

 

 ――しまった! 目くらましなんて――

 

 心を開いたように見せかけたこと、コックピットから出て来たことで、俺は完全に油断していた。

 衝撃でブラックアウトする画面、視界が一時的に喪失する。

 この衝撃なら視界の消失もほんの一瞬程度。けれど俺と同じ実力の相手と戦っている今は、あまりにも状況が悪かった。

 

 

 

 そして二秒も経たないうちに視界は回復する。……すると同時に。

 俺の視界一杯に映るのは、正面から睨みつけるジュピターヴの顔のアップ。更にはビームサーベルを握る左手に、強い力が込められるのが伝わる。

 

〈さぁて問題、今この状況において優位に立っているのは誰でしょう?〉

 

 再びコックピットに乗り込み、通信越しで俺を嗤うクロヒナタ。

 さっきまで俺はビームサーベルを突き付けて身動きを封じていた。けれど彼女は視界を奪った一瞬で、それを握る左手首を、右手でねじり掴んで離さない。

 

 ――これではビームサーベルを押し込めなんてしない。それにクロヒナタは、依然――

 

 対して彼女のジュピターヴは俺の急所に左手に持つビームサーベル、その刃先を突きつけたままだ。

 その気になればクロヒナタは動力部を突き刺して行動不能にさせる事が……つまり、いつでも俺を倒せるんだ、彼女は。

 

〈アハハッ! 答えは……ワタシでした!

 いいえ、厳密に言えば優位どころか、この時点でもうクガ・ヒロト、貴方は敗北してしまっているのよ〉

 

 同時に黒いジュピターヴガンダムは自身の額を俺のガンプラの頭に擦り付ける。

 画面越しのクロヒナタも底意地の悪い満面の笑みを、俺へと向ける。

 

〈ねぇ、どんな気分?

 こうしてワタシに敗北した気分、是非ともご教示して頂きたいわ〉 

 

「……っ!」

 

 勝ち誇ったかのように煽る彼女。

 確かに、油断した俺が悪かった。けどそのやり方はあまりにも……。

 

「あんな手段で勝ったと言うのか。

 卑怯な不意打ちを使って、俺に」

 

 

〈戦いに卑怯も何もないわよぉ。引っかかった貴方が悪いんじゃない。

 ……でも〉

 

 

 

 クロヒナタの黒いジュピターヴは、ビームサーベルを俺のガンプラから離す。

 そして次の瞬間、足で思いっきり蹴り上げた。

 

「――くうっ!」

 

 蹴り飛ばされた衝撃が全身に走る。加えてその後、地面に叩きつけられる衝撃まで襲う。

 

 ――これは一体どう言う事だ――

 

 彼女は俺に止めを刺せたはずだ。なのに、その機会を自分から捨てた。訳が分からない。

 けど、おかげでまだ戦える。俺のジュピターヴガンダムは起き上がる。

 

「クロヒナタ……どうしてだ」

 

 しかし俺はそう聞かずにはいられなかった。

 

〈ふふっ〉 

 

 クロヒナタは含み笑いをしてみせて、答えた。

 

〈だって、クガ・ヒロトがワタシを卑怯だって、責めるからでしょ。

 だ・か・ら、優しい、優しいワタシがチャンスを与えてあげる、と言うわけなの〉

 

 さっきまで互角に渡り合っていた時と違い、今の彼女には強い余裕と慢心が感じられる。

 

 ――何だあの態度は。クロヒナタは何を考えている――

 

 見ると既に彼女の黒いジュピターヴは、俺に対してビームサーベルを構えている。マニファーユニット、ボックスビットも機体の周囲で待機していた。

 

〈さぁ? 貴方も構えなさいよ。

 せっかく仕切り直したのですもの。正々堂々、正面から戦ってあげるわ〉

 

 

 

 ……分かっているのか。俺はもうコピーとの戦いにも対応出来つつある。

 さっきのような不意打ちを受けたからこそ、クロヒナタは俺を負かす事が出来た。それに次は、あんな真似を許しはしない。

 

 ――もうクロヒナタに勝算だなんてないはずだ。それを……今度は正々堂々と戦うだと?

 訳が分からない――

 

 けれど、これは俺にとって幸いである事は確かだ。

  

「後悔するなよ」

 

 俺のジュピターヴも完全に起き上がると、同じくビームサーベルを構えて向き合う。

 

〈いい子ね。なら、次は貴方からかかって来なさいな。先手だって譲ってあげる。……ねぇ、ワタシは優しいでしょ?〉

 

「っ!」 

 

 俺は心の何処かで怒りがこみ上げそうになる。余裕とともに、俺と俺のガンプラを舐め切ったような態度に。

 

 ――クロヒナタはどこまで俺を傷つけようとするんだ――

 

 けれどすぐにその余裕を打ち砕かせて貰う。

 俺のジュピターヴは地を蹴り、コピーに迫って斬りかかる。

 出し惜しみはしない。最大出力による高加速と、そのスピードを乗せての一閃。いくら俺のコピーでもこれを受け止めるには本気を出すしかないはずだ。

 けれど、クロヒナタの表情は。

 

〈ふふ……ん〉

 

 余裕そうな、軽い笑い。そして彼女の黒いジュピターヴガンダム、そのボックスビットが飛来してビームシールドを展開して防いだ。

 

 ――何だと!――

 

 この行動に、驚いた。

 何しろ俺は避けるか、もしくはビームサーベルで防ぐと考えていた。

 高速度で繰り出される斬撃をジュピターヴで完全に防御するにはそれしかない。ボックスビットを自機の前に移動させて、ビームシールドを展開だなんて……そんな真似をする余裕なんてないはずだ。

 

 ――俺自身のガンプラのスペックは、俺が分かっている。あの斬撃に反応してボックスビットを向かわせて防ぐなんて、俺でも不可能だ。

 まるで――

 

 ……いや、それはただの予想だ。

 一瞬頭に浮かんだ馬鹿げた考え。俺はそれを振り捨てた。

 クロヒナタはあえて挑発した事で攻撃を誘導し。山を張って防いだに過ぎない。

 ただそれだけの心理的な駆け引きだ。

 

 ――それに挑発して近接攻撃を誘導したつもりらしいけれど……それだけじゃない!――

 

 俺は冷静だ。ただ力任せに斬りかかったわけではない。迫ったジュピターヴの背後に隠していたのは、二機のマニファーユニット。

 斬撃は防がれたけど相手との距離は縮めた、俺は一気に左右へと隠していたマニファーユニットを飛ばして、そして――

 

〈二時と十時の方向から、マニファーユニットによる同時攻撃……ねぇ〉

 

「!!」

 

 瞬間、左右で同時に爆発が起こった。

 俺の展開させたマニファーユニットが攻撃する前に、全く別の場所からコピーのマニファーユニットがビームを放ったんだ。

 ビームに貫かれて、あっけなく撃墜された俺のマニファーユニット。……あまりに呆気なさすぐて、現実味が沸かない程に。

 

 ――そんな、馬鹿な――

 

 

 

 そう思った瞬間だった。俺の前に立ち塞がっていたボックスビットが離れた。

 そして目の前に現れる、黒いジュピターヴの姿。

 

〈今度はワタシ直々に相手してあげるわよ。

 クガ・ヒロト、貴方にたっぷり思い知らせてあげるわ。

 ワタシには決して勝てない、と〉

 

 そして左手で持つビームサーベルを構え、右手

の平を上にして四本指を立て、くいくいと動かして誘う。

 俺に対して、そこまでか。

 

「舐めるなっ!」

 

 俺のジュピターヴは、コピーである黒いジュピターヴに直接斬りかかる。

 コピーはそれをビームサーベルで防ぐ。けれど受け止められたのなら……何度だって! 

 

 

 

 何度も、何度も、俺はビームサーベルをクロヒナタのコピーガンプラへと振るった。

 相手は俺の全くのコピー、戦いは互角のものになる。

 そのはずだった。

 

〈随分な攻撃。お上手ねぇ〉

 

 けれど俺の斬撃は、全て軽く受け流される。

 一撃一撃に全力を込めた攻撃を、クロヒナタは涼しい表情で防ぎ、避ける。

 彼女からは攻撃を、一切する事もなく。

 

「……あり得ない」

 

 どれも動きは最小限で、それでいて確実に。同じ実力のはずなのに、さっきまでとは違い……俺たちには明らかな差がついていた。

 

 ――どうしてこんな事に!――

 

「はああっ!」

 

 再び俺はビームサーベルを一閃。今度は、右下斜めから振り上げる斬撃だ。

 

〈そんなに必死にならなくていいじゃない。しょうもない〉

 

 けれどそれよりも早く、クロヒナタは俺のジュピターヴが握る武器の根元を、強くビームサーベルで叩き伏せた。

 

「!!」

 

 たったの一撃。

 その勢いでジュピターヴガンダムはビームサーベルを手元から落としてしまう。

 そして瞬く間にクロヒナタは剣の剣先を、俺のガンプラのコックピットに向ける。

 

「……」

 

〈武器を落としてしまったわね。……早く拾いなさい〉

 

 また、俺を倒すチャンスを無視してクロヒナタは促す。こんな真似を二度までも、心が折れそうになる。

 

〈貴方とイヴとのガンプラと、プラネッツシステムはその程度なの?

 ねぇ、その――程度なの?〉

 

 けど俺は戦うしかない。でないと大事な物が否定されてしまうから。……だから。

 

 

 

 俺は落としたビームサーベルを拾い、再び戦闘態勢に入る。

 

〈良いわ。今度はもっと、本気でかかって来なさいな。ここからが……本番なのだから〉

 

 対峙する、俺とクロヒナタのジュピターヴガンダム。

 

 ――そうだ、俺がもっと本気で戦えば。俺にはプラネッツシステムがあるのだから

 決して偽物には負けない――

 

「負けて……たまるかっ!」

 

 俺のガンプラはビームサーベルを再度構えてコピーと向き合う。……けれど、ここからは!

 瞬間、今度は相手に直接向かって行くんじゃなくて、逆に後方に飛び退いた。

 そして、同時にボックスビットを二機同時に突撃させる。

 

 

 ビームシールドを展開しての突撃。黒いジュピターヴガンダムはそれに対して、同じくボックスビットにより防ぎ、マニファーユニットを回り込ませて射撃、撃破する。

 しかし、おかげで俺には時間が出来た。

 

「一気に叩き潰すっ!」

 

 俺はサタニクスガンダムへとコアチェンジさせ、続いてブレーカドリルで突撃を繰り出す。

 プラネッツシステムの装備の中でも、特に近接威力の高い一撃だ。 

 間にボックスビット、マニファーユニットが立ち塞がっても関係ない。ブレーカドリルの威力ならそれさえ粉砕してコピーに届くはずだ。

  

 ――これなら――

 

 迫る俺のサタニクスの、ブレーカドリル。これには防ぐ手段なんて。……そう思っていた。

 けれど行く手を阻んでいたボックスビットが急に散開した。その背後に見えるのはジュピターヴガンダムのコピー、のはずだった。

 けれど、その右半身は。

 

〈リミテッドチェンジ……ヴィーナスアーマー、かしら〉

 

 左半身はジュピターヴガンダムのまま。けれど、いつの間にか右半身にはヴィーナスアーマーを身に着け、半分はヴィートルーガンダムにコアチェンジしていた。

 バックパックにはミサイルポッド、ビーム砲を備え、その銃口は俺の方に。

 

〈100%ヴィーナスアーマーで無い分火力は劣るけど、これで十分〉

 

 次の瞬間、右半身とバックパックからミサイル、ビームの全弾発射が俺に向かって放たれる。

 ブレーカドリルを突き立てる前に、俺は直撃を真正面から受けた。

 ドリルを盾代わりに防いだ事とサターンアーマーの装甲は比較的分厚いお陰で、ダメージは軽くで済んだ。けれど……。

 

 ――クロヒナタのコピーガンプラは、どこだ――

 

 爆発が収まった瞬間、コピーの姿は消えていた。一体何処かと、探そうとすると同時に。

 

〈そのアーマーと装備では、動きが鈍いものねぇ〉

 

 今度は側面から数撃もの斬撃。見ると今度は左半身をマーキュリーアーマーに換装しメルクワンガンダムに。今の攻撃はその装備、フィンザンバーによるものだ。

 あの小型の武器なら一気に数撃を繰り出せる。 続けて俺は斬撃のダメージまで、このままでは……。

 

「……っ! リミテッドチェンジ!」

 

 俺もそれに対応するために両腕をマーズアーマーに。スラッシュブレイドを手に握り振るった。

 

〈遅いわ〉

 

 けれどコピーは瞬時にウラヌスアーマーにコアチェンジしてユーラヴェンガンダムへと変わる。

 俺はスラッシュブレイドを振るったけれど、相手は先に攻撃の範囲外に離れていた。更に……そこから。

 

〈ワタシは言った――クガ・ヒロトを許さないと〉 

 

 黒いユーラヴェンガンダムはビームライフルと、更にビットを射出して同時に狙い撃った。

 とっさにスラッシュブレイドで防ぐしかなかった。けれど、ユーラヴェンガンダムのビームライフルの威力がどれだけ高いかは知っている。

 

「早い!」

 

 二本のスラッシュブレイドをクロスさせてビームを受け止めたけれど、ビームの衝撃で一本はひび割れ砕けた。……さらにビットのビーム射撃の一部が腕先と足にかすって傷を受ける。

 

〈なのに何が『すまない』よ、『大切にしたい』よ。……勝手な事ばかり!〉

 

 瞬間、黒いユーラヴェンガンダムは右腕のみジュピターアーマーへと換装する。

 マニファーユニットが装備された右腕を構え、ビームを放ちながら手に握るビームサーベルを手に迫る。

 俺は使えなくなった一本を捨て、両手で無事なスラッシュブレイドの片割れを構え、放たれたビームを数発弾いた後ビームサーベルの斬撃を受け止める。

 

〈今まで他の事ばかりだったくせに、ハハッ、何を今更。

 貴方にとって一番大切な人はイヴなのでしょう? クガ・ヒロトの心を奪った……あの木偶人形。だから彼女が復活すると聞いて嬉しかったでしょう? ムカイ・ヒナタの事なんかどうでもいいくらいに。

 所詮『私』の存在なんて、元より大した存在でもなかったんでしょう!?〉

 

「違う! そんな事あるわけない!」

 

〈口先だけ! 貴方の言葉など、信じるに値しないわ!〉

 

 

 

 クロヒナタの黒いユーラヴェンガンダムの左手にはビームライフル、その銃口が俺のガンプラに向けられる。

 これには距離をとって離れるしかない、それと同時にコピーが握るビームライフルが撃ち放たれた。

 

「!!」

 

 ビームは俺のガンプラ本体じゃなく、その武器スラッシュブレイドを狙ってだった。

 直撃を受け、二本目のスラッシュブレイドもビームに貫かれて砕け散った。

 

 ――しまった!

 

 こうなった以上、俺は一旦傍の大結晶の背後に身を潜める。

 

〈ならどうしてイヴの事ばかりだったのよ? 二年間……ずっと、彼女の事をムカイ・ヒナタに話さなかったのは何故よ!

 何も言わずにずっとイヴばかり。『私』がどれだけクガ・ヒロトの事を思っていたか考えもせずに。イヴとガンプラ、そしてGBNばかりを大切にしていたわよねぇ。

 『私』の方がずっと長く傍にいたのに、何で貴方は……っ!〉

 

 クロヒナタは俺の隠れている大結晶諸共吹き飛ばそうと、今度は最大出力でビームライフルの一撃を放った。

 その威力で粉々に砕かれる大結晶、けれど……既に俺のコアガンダムⅡはアースリィガンダムにコアチェンジしていた。

 衝撃はシールドを構えて防いだ。しかし、続けて強烈な衝撃。――クロヒナタのコピーガンプラが激しい蹴りを直接繰り出したんだ。

 

〈そしてビルドダイバーズ。エルドラと言う異世界に行って、いつの間にか仲良しになっていると来たわ。カザミのパルウィーズ、特に……メイ!

 ムカイ・ヒナタを置き去りにして貴方はまた好き勝手な事ばかり。

 ……自分の命だって危険かもしれないって。それが分かってからも『私』に全て話したのは、最後の最後になってからだったわ!〉 

 

 クロヒナタの瞳に映る憎悪の炎は一層激しく揺らめく。

 蹴りの衝撃で態勢が崩れた俺のアースリィに、再びビームサーベルを抜き横一文字に薙ぐ黒いユーラヴェンガンダム。

 俺は飛び退けようとした。けれどとっさ過ぎた拍子で転倒し、倒れる。

 

〈別の世界を救うために、そしてかつてGBNを身を挺して救ったイヴの意思を優先して、貴方はまたムカイ・ヒナタを見捨てたのよ。

 クガ・ヒロトに何かあったら彼女がどう思うか考えてなかったの? エルドラの事を知って『私』が貴方を止めても、それを切り捨てたわよねぇ。

 どうせ自分とは関係ない世界じゃない? 本当にムカイ・ヒナタを大切だと言うなら、その願いを聞いて一緒に……傍にいたはずでしょう?〉

 

 倒れた俺のもとに、ユーラヴェンガンダムのコピーが迫る。

 そして……ククククッ、と、クロヒナタは泣きそうな顔で嗤い声を響かせる。

 

〈……ねぇ、結局ずっとそうでしょ、クガ・ヒロト。

 いつも大切に想ってくれている彼女を見ようともせずに、別の何かで後回し……二の次にしてばかりじゃない。

 何……? どうせ本当は放っておいても大丈夫だって、そこまで気にする必要はないくらいにしか……『私』の事を思ってなかったのでしょう?

 ムカイ・ヒナタは所詮クガ・ヒロトにとって価値なんて…………ククク……アハハハハ!〉

 

 彼女はそのままビームサーベルを手に、倒れたアースリィに対して何度も振るった。

 けど斬撃は直接俺に当てずに、近くの壁や水晶、地面ばかりを抉り削り火花をまき散らす。 

 

〈あハははハハッ! ははハはハははハハハ!

 ははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハッ!〉

 

 狂ったように嗤いながら、当たり散らすかの如く周囲を切り裂くクロヒナタ。

 ただ、その嗤いはまるで……自分自身に対する、自虐のような。

 

〈ハハ、ははは……っ、なのに本当に哀れよねぇ。どんなに想っても見てもくれない、届きなんてするわけないのに、それでもクガ・ヒロトの事を一番に……大好きだって想いを捨てる事はないのですもの。

 どうせ、叶わない想いなら……いっそ捨ててしまえば楽なのに、ね〉

 

 嗤いも収まりつつあった彼女の両目からは、二筋の涙が流れるのが見えた。

 

 ――君は――

 

 俺には彼女に、何も言えはしなかった。

 そして完全に嗤うのを止めたクロヒナタは、画面越しの俺に対してはっきりとした敵意を、いまだに涙を流す瞳で突き刺す。

 

〈――二年間もそうだった、今になって『気持ちが分かった』? 『今度こそ大切にしたい』? そんな事を言われて響くと、真実だと思うの?

 だからね――〉

 

 彼女の言葉とともに、今度は左腕のみサターンアーマーにコアチェンジ。武装――ヴァイスプライヤを俺に突きつける。

 

 

 

〈だからね、クガ・ヒロト。貴方には何一つ期待なんてしない。どうしたって結局行きつく所は同じ、裏切られるしかないのだから。

 

 つまり貴方は、もう――いいのよ〉

 

 

 

 ――!!――

 

 『もういい』、それは本物のヒナタにも言われた言葉だった。

 傷つけて、悲しませて、俺が言わせてしまった一言。それをクロヒナタまでが、同じことを口にした。

 この俺に。

 

 ――俺は、決してそんなつもりはなかったんだ。ヒナタ……君を、いや君達にこんな思いをさせるつもりなんて――

 

 ヒナタと、クロヒナタ。二人の姿が俺の脳裏で重なる。そして襲う、激しい罪悪感の感情。

 

〈これで終わりかしら!? クガ・ヒロト!〉

 

「っ!」

 

 けれど、クロヒナタの叫びで我に返った。 

 俺には茫然としている暇はなかった。しかし我に返った途端に見えたのは……間近に迫ったヴァイスプライヤの姿。

 クロ―を開き迫る一撃。攻撃範囲は広く、それにさっきショックのせいで反応が遅れた。

 もうこのまま避ける暇も、防ぐ余裕もない。……だから。

 

「ドッキング解除っ!」

 

 俺は今装備しているアーマーをすべて解除して、コアガンダムⅡになって避ける。

 

 ――あの戦いの変化ぶりは何だ!? このまま戦っては駄目だ。今は離れて態勢を――

 

 そしてコアフライヤーに変形して、コピーから距離を離そうと試みる。

 

〈逃がすと……思って〉

 

 クロヒナタのユーラヴェンガンダムはビットを射出して追跡させた。

 俺のコアフライヤーはビットから逃れようと最大出力を出す。そして、結晶に阻まれながら俺は逃げる。

 

 

 

 三機のビットと、俺のコアフライヤーとの追跡戦。ビットは機体を狙いビームを放つけれど、結晶が良い遮蔽物になってくれているおかげで、まだ命中せずに逃げきれている。

 けれどビットはしつこく追跡を続ける。そんな中で、俺はあのコピーの戦いぶりについて考えを巡らせる。

 

 ――さっきまで互角、いや俺の方が優勢だったのに。

 けれど急にコピーが何もかも、上回って来た。……やっぱりそうだ――

 

 俺はビットからの射撃を避けながら、とにかく今は逃げる為に飛び回る。

 そして、俺は再びある考えが頭をよぎる。

 さっきも考えたある思い。……けれど、そうとしか考えられなかった。

 

 ――機体の動作や、プラネッツシステムの切り替えに攻撃の早さ。

 あれは、そう。……まるで俺の動きを読まれているようだ――

 

 

 

 俺がそう考えたと同時に、もう一つ気づいた事があった。

 俺を追跡して攻撃を繰り出すビット。けれど攻撃は俺が避けられる範囲の精度に留めたままだ。

 最初は遮蔽物が多いからだとも思った。しかし改めて考えれば……さっきのような的確な攻撃が出来たのに対して、このビットの攻撃はあまりにも、例え遠隔操作だとしても違い過ぎる。

 加えて、結晶にいくつも像が反射して分かりにくいけれど俺を追跡するビットは三機。そう、ウラヌスアーマーに装備された三機のビット。

 

 ――確かにウラヌスアーマーの遠隔操作ユニットはそのビットだけだ。

 けど、コピーは右腕にジュピターアーマーも装備している。……マニファーユニットごと―― 

 

 つまり遠隔操作ユニットはマニファーユニットも含めて計四機。

 残る一機は、どこに行った。……まさか!

 

 ――何て馬鹿だ! 俺は――

 

 瞬間、目の前に現れた飛行物体の影。正面の砲口を俺に向けたそれは四機目の遠隔操作ユニット、マニファーユニットだ。

 

 ――逃がすつもりなんてなかった。彼女は俺を誘い込んでいた、それに、引っかかったなんて――

 

 俺が気づいた時には……もう遅かった。

  

  

 

 ――――

 

 マニファーユニットのビームは機体に直撃する。

 制御が崩れたコアフライヤーは降下し、墜落寸前にまで陥る。だから墜落するより前に機体を再変形、コアガンダムⅡになって着地する。

 

「……くっ」

 

 着地した途端、蓄積された本体へのダメージが響き、動きがぎこちなくなる。

 モニターに表示されるダメージ量も少なくない。

 

 ――やはりまずいな。それにここは――

 

 俺が辿り着いた場所は、円形に開けた広場だ。

 そこには結晶は生えてなく、上には広場と同じ規模を持つ縦穴が遥か頭上まで続いている。

 

〈ワタシは、貴方を許しも……逃がしも、しない!〉

 

 広場にはクロヒナタが乗るコピーガンプラも現れた。今度は、俺に合わせてなのか……同じコアガンダムⅡの姿で。

 にやりと、今度はたっぷりと嗜虐と悪意が込められた、愉悦の表情を俺に見せつける。

 

〈ククククッ! 良い様じゃない。コピー相手に手も足も出なくなって、もう逃げるしか出来なくなった様!〉

 

「ちぃ……っ」

 

 認めるしかない。

 原因は分からない。けれど確かにあのコピーは、明らかにオレの動きを読んでいる。

 今彼女に勝てる見込みは……ない。

 

 

 クロヒナタはそんな俺の感情に気づき、心底嬉しそうな顔を浮かべた。 

 

〈あはっ! 今、敗北を悟ったわね。

 ……どんな気持ちかしら。

 貴方とあの木偶、イヴとの大切な思い出の結晶――コアガンダムとプラネッツシステムが、たかが偽物に無様にやられて……屈辱的でしょう〉

 

「……」

 

〈無力ねぇ、クガ・ヒロト。

 偽物にさえ勝てず、GBNや仲間の危機さえ救えもしない。

 はははっ、情けないったらないわ。貴方にはお似合いだわ〉

 

 俺の心が、暗い感情で支配されていくのが感じる。

 

 ――何もかも届かない。実力も、そして俺の想いさえ。

 やっぱり俺には――

 

〈これが『ワタシたち』の復讐……いい気味だわ。でも――〉

 

 

 

 途端、クロヒナタは表情から笑みをかき消して、ある種の真剣さとも言える感情を露わにする。

 

〈名残惜しいけど、楽しい復讐劇はここらで幕引きにしないとね。

 ――ここからは『ワタシたち』の願い、『ワタシ』の本来の目的を、叶えないといけないもの〉 

 本来の――目的だって。

 

「君は、復讐が望みだったんじゃないのか」

 

〈復讐ですって?〉

 

 俺の言葉に、彼女は呆れたような顔を見せた。

 

〈ええ、そうしなければ気が済まないもの。……けどね、実際は復讐なんてしても、ムカイ・ヒナタ、彼女が幸せになれるわけなんてないのだから。

 最初から、ワタシの目的は何一つ変わりはしない。復讐なんてただの……ついでよ〉

 

 

 

 さっきまでと違う雰囲気、クロヒナタは俺に語り掛ける。

 

〈貴方も言ったわね、彼女にとっての一番を願っていると。そう願っているのは、ワタシだわ。

 ワタシの本当の目的は――〉

 

 クロヒナタが俺に明かす、その目的は……。

 

 

 

 

〈――人間になること。

 ムカイ・ヒナタにとって誰より大切な…………クガ・ヒロト、貴方と言う人間にね〉

 

 




 長かった第八章も今回で最後です。
 次回からは……最終章。あと少し、どうか宜しくお願いします。


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最終章 ――想い、その向かう先は――
【最終章 表紙付き】それでも俺は諦めない!(Side ヒロト)


 いよいよ最終章。
 今回もAi Kisaragiさんから頂いた表紙。ヒナタとクロヒナタのツーショットでのイラストですね。
 決着は……果たして。


【挿絵表示】



 ――――

 

 人間になると、そうクロヒナタは言った。

 その言葉の真意は俺に分からなかった。

 

「俺になる、だって? 一体どう言う意味だ」

 

〈どう言う意味って、そのままの意味よ。

 ワタシがクガ・ヒロトと言う人間になる……まさに、そのままね〉

 

 そんな事なんて出来るわけがない――。俺になるだなんて、訳が分からない。

 すると……クロヒナタは淡々と続ける。

 

〈プログラムさえあれば、ヒトの感覚をGBN内にフィードバック出来るように……その逆の事、ヒトの感覚、精神に介入する事が出来るの。

 ――私はそのプログラムを作ったのよ。ミラーミッションを掌握、一エリアの膨大な演算処理能力を動員して……そこまでしてようやく、ね〉

 

 クロヒナタが乗る黒いコアガンダムⅡは、ゆっくりと俺のもとに歩みを進める。

 

〈ワタシが、こうしてムカイ・ヒナタのダイバー体に憑りついているのも、プログラムの権能によるもの。

 ……けれど、本当の能力はただ憑りつくだけだなんて、中途半端なものではない〉

 

 黒いコアガンダムⅡは、もう俺のすぐ目の前にいた。

 俺と、クロヒナタが乗る二機のコアガンダムⅡは、まるで鏡合わせのように向かい合う。

 

〈そう、プログラムの真の力は、ダイバーとして存在するヒトの精神体に別の意識をダウンロードする事。

 つまり……ね、ヒトの人格、魂を完全に上書きすることが出来るのよ〉

 

 段々と、俺も分かって来た気がする。

 

「クロヒナタ、君はそれを俺に使うつもりか」

 

 俺の言葉、クロヒナタはまた、にたりと笑みを浮かべた。

 

〈ええ。ワタシの人格でクガ・ヒロトを上書きするの。

 貴方の記憶や経験はそのまま引き継がれ、ワタシはまさに、完璧な貴方になれるのよ。

 そして……〉

 

 クロヒナタの黒いコアガンダムⅡはビームサーベルを抜き、俺のコアガンダムⅡの首筋に刃先を当てる。

 

〈本物の貴方は――消える。

 だってクガ・ヒロト、貴方の心は上書きされるのよ。パソコンでのデータだって上書きすれば元のデータなんて跡形も残らない。

 人間の言葉で言うなら……いいえ、止めておくわ。言わぬが花、って事よ〉

 

 彼女の雰囲気には慈悲なんてない。それどころか、残酷な笑みで喜々としていた。

 

〈でも、当然の末路じゃない。

 貴方はかつて世界の何もかも、どうでもいいって、価値なんてないとも思ってたのでしょう。

 もちろん……ムカイ・ヒナタの事も。

 だからワタシも、貴方がどうなろうと『どうでもいい』。そしてどうでもいいと思っていた世界からも、弾かれて消えると言うわけ。

 ……本当に、お似合いの最後よ〉

 

 そして黒いコアガンダムⅡはいきなりビームサーベルを俺に振り下ろす。

 とっさに攻撃を受け止める。それしかない。

 

〈どう、自分が消えてしまうと分かって怖いでしょう?

 だからあと少しだけ……抵抗する事を許してあげるわ。何しろ自分の命が懸かっているのですもの、必死に足掻いてみなさいな!〉

 

 ――俺の、命が――

 

 クロヒナタは俺を抹消して成り代ろうとしている。どの道止めなければならない、彼女はまともじゃない!

 無理かもしれない。けれど最後まで抵抗するしかない。

 絶望的だけど、そうするしか……ないから。

 

 

 

 ――――

 

 何もない広場で、剣と剣で戦う、互いのコアガンダムⅡ。

 

〈さぁ! 手加減はしてあげているのよ。だから頑張ってみなさい!

 でないと……貴方は!〉

 

 黒いコアガンダムⅡが振る深紅に輝くビームサーベルの刃、その軌跡が迫る。

 その攻撃を俺は受け止める。――けれど、それでも俺は攻撃を防ぐだけで一杯……防戦一方だった。

 

 ――同じコピーのはずなのに太刀打ち出来ない。動きの何もかも、俺を上回って――

 

「どうしたら、彼女に勝てる。勝たなければ――」

 

〈勝てるかしらねぇ? ……果たして〉

 

 瞬間、黒いコアガンダムⅡにようやく攻撃する隙が見えた。

 クロヒナタはビームサーベルを大きく横に薙いだ。その攻撃の直後、機体の脇が空いていたんだ。

 

 ――攻撃を大きく振りすぎたな。これなら俺でも、いけるか――

 

 ようやく見えたチャンス、逃しはしない。

 俺は空いた右脇に向かってビームサーベルを薙ぐ。

 あの位置なら一撃で動力を止められる。一撃さえ命中すれば。もうそれに賭けるしかないんだ。

 俺のビームサーベルの剣先は黒いコアガンダムⅡに確実に迫る。あと少し……けれど。

 

〈残念〉

 

 もう少しで届くはずだった。けれど、その瞬間にビームサーベルを握る右腕を、コアガンダムⅡのコピーの左足先が蹴り上げた。

 蹴りを腕にくらって、ビームサーベルを手元から離してしまい、吹き飛ばされる。

 

〈その程度、当たると思って?〉

 

「俺は、俺に出来る事をするだけだ!」

 

 まだ諦めはしない!

 さっきの蹴りで吹き飛ばされたビームサーベル、そのグリップ。逆境に追い込まれても、逆にそれをチャンスにしてみせる。

 俺のコアガンダムⅡは、上に飛ばされたグリップに向かって跳躍した。

 そしてグリップを再び手に取り、刃先を展開、黒いコアガンダムⅡへと振り下ろす。

 上からの強烈な一撃、これなら――。

 

 

 けれどその瞬間、待ち構えていたように黒いコアガンダムⅡはビームライフルの銃口を俺に向けていた。

 そして淡々と、謎々をするかのように、クロヒナタは尋ねる。 

 

〈ねぇ? 何でこんな事になったと思う?

 ……クガ・ヒロトがビルドダイバーズの仲間と出会い、エルドラに行ったせい?〉

 

 同時にビームライフルの一撃が俺に放たれた。

 俺はビームサーベルで弾く。けれど今度はそのタイミングを見計らい、黒いコアガンダムⅡが跳躍、近接戦に切り替えてビームサーベルを構えていた。

 

〈それとも、GBNでイヴと出会ったせい?〉

 

 態勢を変えた途端の斬撃、とっさにビームサーベルを展開して防ぐけれど。

 

「くはっ!」

 

 不意の一撃、その衝撃は本体にも伝わりコックピットは揺れる。続けてその勢いで機体が墜落した衝撃も襲う。

 墜落した俺のガンプラ、それに向かって黒いコアガンダムⅡは再びビームサーベルを展開して近づく。 

 

〈GBNを始めた事? もっと遡ってガンプラに興味を持った事が、いけないのかしら?

 いいえ、否……ノー。どれも違うわ〉

 

 起き上がろうとする俺のコアガンダムⅡに、クロヒナタは刃を振り下ろす。

 けれど攻撃の瞬間、辛うじてビームサーベルで受け止めた。

 

〈本当にムカイ・ヒナタにとって不幸なのは……クガ・ヒロト、貴方が彼女の幼馴染みとして存在している事そのものなのよ!〉

 

 途端、クロヒナタの黒いコアガンダムⅡが込める力が増した。

 

〈きっと最初から貴方は……ムカイ・ヒナタを大して想ってなんていなかった!

 だからガンプラやGBN、ELダイバー、エルドラ、ビルドダイバーズ……他ばかり大切にするのよ。ムカイ・ヒナタはクガ・ヒロトにとって大切なんかじゃないからっ!〉

 

「そんな事は……ない!」

 

〈ははっ! そればかり!〉

 

 クロヒナタは可笑しそうに高笑いを響かせる。

 

〈例え大切とは思っていても、どれくらいかしらねぇ?

 ……一番? くくっ! そんな訳ないわよねぇ? 貴方には彼女よりも大切にしていたものは幾つもあった。

 ねぇ……そうじゃないの!〉

 

 クロヒナタは今……明確な殺意を露わにして放っていた。

 さっきまでは怒りや憎悪によって覆い隠していた、俺への殺意。

 

〈なのに『私』、ムカイ・ヒナタは馬鹿正直に貴方を一番に想っているのよ。

 昔から一緒にいた幼馴染だから、彼女にとって身近で、一番大切な存在だって思っているから。

 『私』がそう一番に想って、尽くしているのですもの、その分……貴方に想われてもいいじゃない!

 誰よりも、そう……一番に!〉

 

 ――瞬間、鍔迫り合っている中、黒いコアガンダムⅡは右膝を突き上げ、強く膝蹴りを胴体に食らわせた

 

〈なのにそうじゃないのよ。クガ・ヒロト!〉

 

「あぐうっ!!」

 

 激しく伝わる衝撃で、俺も内部で身体を強く打ちつける。

 

〈ねぇ? どうして貴方みたいな人間が彼女の傍に、何で貴方なんかがムカイ・ヒナタの幼馴染みなのよ!〉

 

 不意の膝蹴りで態勢が崩れそうになるけれど、どうにか踏ん張る。……けれど今度は、俺の頭部にコアガンダムⅡの拳が迫っていた。

 

〈こうなるならいっそ、貴方なんて存在なんてしなければ良かった! ――間違いなのよ、全て!〉

 

 一撃――。拳の一撃がコアガンダムⅡの頭部に命中した。

 画面がショックでスパークして乱れる。辛うじて見える黒いシルエットは、続けて俺のコアガンダムⅡに拳を握って迫り……。

 

〈クガ・ヒロト! 貴方が初めからいなければ、ムカイ・ヒナタはもっと色んな人と触れ合う事が出来た、もっと色んな事や体験が、世界を広げる事が出来たはずなの!

 だって……とっても良い子だから。そしていつか……大切な人だって。本当の意味でムカイ・ヒナタの事を一番に想ってくれる人と出会えたはずなのに!〉

 

 何度も、何度も、クロヒナタは黒いコアガンダムⅡで、俺のコアガンダムⅡを殴りつける。

 殆どダメージなんて与えられはしない。けれど彼女はまるで行き場のない感情を叩きつけるために、あえてビームサーベルやライフルを使わず素手でじわじわ嬲るつもりだと。……そんな気がした。

 負の感情だけじゃない、様々な鬱屈した感情が込められた拳による絶え間ない連撃。

 俺は殆ど両腕でガードするのが一杯で、ビームサーベルやシールドを構える余裕さえ与えられはしなかった。

 

〈貴方はそんな彼女から、その可能性を奪っただけ! ただ中途半端な優しさで傍に置いて、都合の良い相手として踏みつけにしたの!

 人生を……犠牲にしたのよ〉

 

 クロヒナタは憎悪と殺意も放っているけれど、そう叫ぶ今はそれよりもやるせなさと絶望、強い悲しみが表に出ていた。

 

〈これ以上クガ・ヒロトから奪わせなんて、しない。

 ムカイ・ヒナタ、『私』から……これ以上!〉

 

 コピーガンプラで殴り続けながら彼女は憎しみで責め立てる口調に、悲しみで今にも泣き出しそうな……表情で。

 

 

 そして、今度は腹部に強烈なアッパーをくらった。

 

「ぐう……っ」

 

 俺のコアガンダムⅡはよろめき、数歩後ろに下がる。けれどすぐに黒いコアガンダムⅡは距離を詰め、続けて胴に連撃を叩き込む。

 さっきのように腕で防御も、よろめいて態勢を崩したせいで間に合わない。

 コアガンダムⅡはコピーのラッシュをもろに直撃した。

 

「っ! くはぁ!」

 

 絶え間なくコックピットに届く衝撃、それは乗っている俺にも響く。

 

〈これで決める!〉

 

 瞬間、クロヒナタの黒いコアガンダムⅡは、右足で強いステップを踏んで、勢いをつけて僅かに跳躍する。

 全身を360度コマみたいに回して、勢いに加え回転で更に威力を倍増させた蹴り。それを――俺に目掛けて放った。

 

 

 

「――だはあああっ!」

 

 全身ごと回しての回転蹴り、さっきの膝蹴りよりも桁違いに高い威力。

 強烈な蹴りの一撃を受けたコアガンダムⅡは遠くに、広場の端にまで吹き飛んだ。そしてそのまま、端に生えていた結晶に叩きつけられた。

 そのショックも凄まじく、俺も強くコックピットに全身を打ちつける。

 

「あ……っ、……くう……っ」

 

 後頭部も強く打ち、朦朧とする意識。

 身体全体だって打ちつけて痛いはず、けれど朦朧としているせいで痛みも鈍く感じる。

 

 ――機体を、動かさないと――

 

 何とか身体を起こし、機体を動かそうとするけれど……動かない。

 あの蹴りが内部システムに響いたせいで、一時的にダウンしている。コックピット内の明かりまで消えかかって薄暗い。

 けれど通信とモニターは辛うじて機能している。

 

〈けどワタシなら、ムカイ・ヒナタを愛することが出来る。

 彼女にとって一番大切な人はクガ・ヒロトなのだから。けれど貴方が貴方である限り、想いが報われはしない……ずっとね〉

 

 動けない俺のガンプラにクロヒナタが乗るコピーが迫る。

 そして左手を伸ばし、コアガンダムⅡの頭部を鷲掴みにして無理矢理立たせる。

 

〈――だからこそ、ワタシが代わって『クガ・ヒロト』になるのよ。

 ワタシならムカイ・ヒナタを理解出来る、想いに応えることも、見てあげる事だって。

 ワタシなら…………何よりもムカイ・ヒナタを大切にしてあげられる。貴方などより遥かに――きっと〉

 

 まるで自分が正しいと、クロヒナタは自らの意思を誇示するかのように俺に言う。

 

〈ワタシこそが、ムカイ・ヒナタの大切な人として傍にいるべきよ。

 本当に彼女を大切に想うワタシが、クガ・ヒロトとして! 一番に愛してあげられるの!

 そうすれば……必ず『私』も報われる!〉

 

「それは……っ」

 

 

 

 ふいに、彼女は口元を吊り上げ、いつもの冷酷な笑みを見せる。

 

〈もうこんな事、ワタシは早く終わりにしたいとも思っているのよ。

 だからね、本物のクガ・ヒロトに最後の、償う機会を与えてあげるわ〉

 

 償う、機会――。クロヒナタは続ける。

 

〈ワタシの考えは分かったでしょう?

 貴方に出来る事は、大人しくその身を捧げる事よ。

 そうすれば他のコピーを止めてあげてもいい。GBNだって救われる……ククククッ、自己犠牲なんて何とも『ヒーロー』らしいじゃない?〉

 

「俺が、犠牲になればいいと」

 

 それが俺の償いだと、彼女は言った。

 

〈……クガ・ヒロト、貴方一人の犠牲で全て救われるの。お仲間に、GBNと言う世界、そして――ムカイ・ヒナタも。

 『クガ・ヒロト』はワタシがなってあげる。前よりずっと、完璧で素晴らしい貴方に。

 本物はもう……ただ大人しく消えればいいの〉

 

「……」

 

 

 

 俺に消えろと。それがみんなの、何よりヒナタの為になると。

 そして、俺の代わりにクロヒナタが俺に、『クガ・ヒロト』となり……幸せにしてみせると言った。

 

 ――彼女はそこまでしてまで、ヒナタの事を想っている――

 

 対して……俺は。

 ヒナタに対して、あそこまで責められる程に……許されない事をしたのかもしれない。

 あのクロヒナタをここまでしたのは、俺のせいでもある。俺がもっとしっかりしていたら――きっと。

 

「俺が消えれば。全て解決するのか?

 ヒナタも……」

 

〈さぁ――どうするの?〉

 

「……」

 

 その通りかもしれない。あのクロヒナタなら、俺としてヒナタの事を大切にする……かもしれない。

 きっと誰より一番に。――けど。

 

 

 

「……ダメ、なんだ」

 

〈――は?〉

 

 コアガンダムⅡのシステムは、回復しつつあった。

 俺は機体の右手を伸ばし、頭を鷲掴みにしていたコピーの腕を、掴んだ。

 手と腕に力を込め、頭を掴む腕をゆっくりと押し戻していく。

 

「君がヒナタの為にどれだけ想っているか、十分過ぎるくらいに分かった。

 いっそ君の言う通り、消えてしまえばいいとも思った。けど……ダメだ。ヒナタは俺が、大切にしないといけないから。

 ……いいや。俺は――大切にしたい! ようやく気づいた、本当の意味でかけがえのない相手を!」

 

 そう、決断した。

 迷いはしない。俺はクロヒナタに自分の決意を伝える。

 

 

「俺は君を止めてみせるし、ヒナタを諦めない!

 例えこれまでは違ったかもしれないけれど俺は……今度こそヒナタの想いにちゃんと向き合うと、そう決めたから!」

 



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ビルドダイバーズ再集結! (Side ヒロト)

 


 ――――

 

 機体のシステムも復旧した。

 俺のコアガンダムⅡは左手でビームサーベルを抜き、一直線に振り下ろす。

 

〈っ!〉

 

 飛び退いて斬撃を避ける、黒いコアガンダムⅡ。

 

「これが答えだ。俺は必ずヒナタを取り戻してみせる。

 例え君に……想いを信じて貰えなくても 」

 

 俺の言葉と、決意。

 

〈……〉

 

 クロヒナタはそれに沈黙していた。けれど――

 

〈くっ、アハハハハハハハ!〉

 

 彼女はまた声を上げて嗤った。

 

「君は……」

 

〈言ってくれるじゃない……っ! ワタシは言ったでしょ!? 貴方の言葉など信じるに値しないと!〉

 

 画面越しに強烈な憎悪の眼差しを向ける、クロヒナタ。

 やはり彼女の心は変わらない。俺が許される事は……ないかもしれない、それでも俺は。

 

「言葉だけで通じないなら、この戦いで証明する。俺にだってクロヒナタ、君と同じ……それ以上にヒナタの事を強く想っている事を!」

 

〈ハハハ! 粋がらないで頂戴な!

 あんなに惨めに負けておいて戦いで証明するですって?〉

 

 クロヒナタは高笑いをして、今度は同じくビームサーベルを抜いて構える。

 

〈貴方の考えはよく分かったわ、クガ・ヒロト。

 でもねぇ……結局のところどうでもいいのよ。

 どの道貴方はワタシに倒されて、ここで消える。そしてワタシが『クガ・ヒロト』になる……その結末には何一つ変わりはしない〉

 

「倒す……だって? そんなの、分かりはしない筈だ!」

 

 瞬間、俺のコアガンダムⅡはビームサーベルを振った。

 

〈――何ですって!〉

 

 黒いコアガンダムⅡは後ろに下がって回避した。けれど……今度はほんの少し、相手の胸部装甲に切り傷をつける事が出来た。

 

〈そんな……攻撃を受けるだなんて。……まさか!〉

 

 けれどクロヒナタの心理的優勢にヒビを入れるには、十分だった。

 

「俺はずっと考えてもいたんだ。俺のガンプラのコピーが、どうしてここまで本物を上回れたのか。

 そう。まるで……俺の戦いを予測して、先回りしているみたいにな」

 

〈クガ……ヒロトっ!〉

 

「あくまで俺の考えに過ぎない。けれど……ここまでの戦いで大体の予想はついた。

 ミラーミッションはデータの解析を元にして、戦い方を反映したコピーを作る。

 けど、もし君は俺との戦いの最中でさえリアルタイムで解析を続けて、一分一秒ごとに自分の乗るコピーガンプラの戦闘データを常に更新し続けたと……したら」

 

 過去のデータなんかじゃない。今現在戦っている中での解析した生のデータの累積……。それを続ければガンプラバトルにおいて次の相手の行動を予測し、上回る事が――もしかしたら可能だと。

 もちろん、こんな事は普通ではあり得ない。

 けれどクロヒナタはミラーミッションの全システムを手中に置いている。普通ではない離れ業……俗に言うこの『チート』だって、出来ても不思議とは思わない。

 

 ――それを証明するために、さっきの斬撃は目を閉じて、何も考えずランダムに操作した。

 俺の動きを予想しても、俺自身さえどう行くか分からない攻撃は予想しようがない筈だから――

 

 そして予想は的中した。

 狙いもせず、完全ランダムのデタラメな斬撃。

 直撃とは行かなくても、そんな攻撃がかすり傷でも当たったんだ。

 さっきまで全力で攻撃しても……少しも当たらなかったのに、だ。

 

〈おのれ……っ〉

 

「君の動揺、やはり予想は――当たりなのか」

 

 彼女が見せる動揺こそ、一番の証拠だ。

 

〈――ええ。さすがクガ・ヒロト、お見事と言うべきね〉

 

 画面に映るクロヒナタは一時的に余裕を失った。けれど、すぐにまた調子を取り戻して、俺に笑みを見せる。

 

〈確かに貴方の言う通り。ワタシは貴方、クガ・ヒロトと戦い出してから更に、実際のバトルデータを採取、解析していたのよ。

 ワタシとの戦いの中で貴方とガンプラが、どんな動きと判断をするかプラネッツシステムを含め、時間をかけてじっくり調べさせて貰ったわけ。

 その全てを学習し、更新を繰り返し続けた果てに……もう貴方の動きは手に取るように予測することが可能になった〉

 

「最初はコピーが本物を上回る訳がないと思った。

 ――俺が間違っていた。想像よりも……恐ろしい相手だ、君は。

 しかし、ようやくタネを知る事が出来たんだ。もうさっきのように行きはしない」

 

〈アハハハハハッ!

 さっきかすり傷を与えたくらいで、随分態度が大きくなったものね。

 これは、これは……お可愛いことで〉

 

 クロヒナタは激しく俺を嘲笑する。

 

〈ワタシの予想できないような攻撃をしたつもりだけど、大方そんなのは自分でもコントロールすら出来ない、偶然頼りじゃないの。

 そんな真似じゃ碌な攻撃なんて出来はしない。

 くすくす……、タネが分かったからと言って、貴方に何が可能だと言うの。結局辿る結末に影響なんてないわよ〉

 

 彼女の黒いコアガンダムⅡ、今度は俺に対して戦闘態勢に入る。

 

〈なら、ワタシは力ずくでクガ・ヒロトを乗っ取って、成り代わって見せるまでよ。

 『私』……ムカイ・ヒナタのためにも、貴方をここで――〉

 

 強い悪意に支配されているクロヒナタ。けれど、その悪意さえ全て別にしたとしても、彼女が俺を手をかけると言う意思は、何一つ変わりはしないだろう。

 ヒナタの為に俺を、本物の『クガ・ヒロト』の存在を許さない。――そんな強い意志を彼女から感じる。

 

 ――彼女の考えも、見方によっては間違っていない……かもしれない。少なくとも本人は正しいと強く信じている。

 その意思、俺に止められるか。それに――

 

 確かに俺はコピーガンプラの強さの真相を暴き、逆手にとって攻撃を直撃させる事に成功した。

 けれどクロヒナタの言う通り、自分でもコントロールが出来ない偶然頼りの攻撃。……せいぜいさっきのように軽い傷をつける程度が関の山、勝てる見込みなんて無いに等しい。

 

 ――秘密が分かっても、俺が追い詰められている事に変わりはしない。

 また何か考えなければ――

 

 窮地を切り抜ける手を考える事は、俺の得意とする分野だ。

 けど、相手は俺の動きをすべてラーニングして、常に先手を打てる。……その精度はさっきの戦いで十分に実感した。射撃も、剣裁きも……プラネッツシステムさえ俺より先回りして、的確な手段で回避、反撃を繰り出す程に。

 

 ――そんな相手を……どうすればいい。でもやるしか――

 

 未だ厳しい状況だ。けど俺は、諦めない。

 ……絶対に。

 

〈クハハハハハッ。勝ち目なんて無いに等しいのにねぇ。

 貴方は本当に――〉

 

 

 

〈避けろ! ヒロト!〉

 

 高笑いをするクロヒナタが言葉を、言い終えない内だった。

 広場の端、その向こう側に無数に生える結晶の陰から大型ミサイルが一発、俺たちの方へと飛んで来た。

 そして通信からの声。俺はそれが聞こえたと同時に黒いコアガンダムⅡから離れた。

 

〈何っ! しまっ――〉

 

 ミサイルはクロヒナタが乗る、黒いコアガンダムⅡのすぐ足元に着弾して爆発を起こす。このミサイルを、放ったのは――。

 

〈援護に来たぞ、ヒロト〉

 

「良かった。メイのおかげで、助かったよ」

 

 メイのウォドムポッド、俺を助けてくれたのは……彼女だった。モニターにもその姿がちゃんと映っている。

 

〈途中、他のコピーに阻まれもしたが……どうにかここまで辿り着いた。

 ヒロトと、クロヒナタ。やはり既に戦いは始まっていたか〉

 

 ウォドムポッドも俺たちがいる巨大広場に足を踏み入れる。

 一方、さっきの爆発に巻き込まれていた黒いコアガンダムⅡは……シールドを構えて衝撃を防いでいた。

 

〈メイ……っ! 貴方まで来たのね〉

 

〈当然だ。私はお前の行為を許すわけにはいかない。ここで、止めてみせる〉

 

 メイはクロヒナタにそう言い放ち、俺に対しても。

 

〈一人でよく頑張った、さすがヒロトだ。

 ……さっきの会話は私も聞いていた。戦いながらも解析を続け、そのデータを元に相手より上に行く。クロヒナタは恐ろしい相手だ〉

 

 あの話、メイも聞いていたらしい。

 

「確かに強敵だ。けど……メイ、君が来てくれたおかげで、少しは活路が見えた」

 

〈そうか。私も同じ考えだ。二人なら、もしかすると――〉

 

〈く……くくくっ。言ってくれるじゃあないの。

 なら貴方達の活路とやら――示してみなさいな!〉

 

 クロヒナタの操る、黒いコアガンダムⅡは跳躍して迫る。

 狙いは……コアガンダムⅡ、つまり俺だ。

 

〈先ずは本命から叩かせてもらうわ!〉

 

 そして攻撃を仕掛けようとした。けれどその背後には。

 

〈させはしないとも!〉

 

 メイのウォドムポッドが続けて迫り、ビーム砲を向けて放った。

 放たれたエネルギー、とっさに黒いコアガンダムⅡは態勢を変えて射線上からその身を離す。

 

〈今だヒロト!〉

 

 そのタイミング、逃しはしない。

 俺は態勢を変えようとした黒いコアガンダムⅡへとビームライフルを構えて撃つ。

 

〈!!〉

 

 ビームは右肩装甲に命中し、その衝撃で制御を崩して墜落しそうに。けれど、寸前で整えると着地し、更に後方に跳んで距離を開く。

 

〈成程……ね。そう言うこと〉

 

 苦虫を噛み潰したようなクロヒナタ。彼女にもどう言うことか分かったらしい。

 

〈いくらヒロト単体の戦闘データを集めて予測出来たとしても、タッグでの戦いはまた内容が違う。

 多分、上手く予測なんて出来ないはずだ〉

 

 メイの言う通りだ。

 彼女が言った言葉に、俺も頷く。

 

「ああ。それに恐らく、戦いの模倣だけでなく、更に予測して対応するとなると……普通以上のデータと、相当に演算処理能力を動員する必要があるはずだ。

 ……クロヒナタ、直接戦いながらデータを集めていたと言ったのは、君だ。

 もし簡単にそれが可能なら時間をかける必要もない……なのに実際は、俺を上回るだけでもそれなりの時間を要していた。

 つまり、ミラーミッションを掌握した君でさえ、簡単な事じゃない!」

 

 これでまた戦えるはずだ。見えにくかった勝機も、見えて来た。

 けれどクロヒナタも退く気はないみたいだ。

 

〈ふっ! けどタッグくらい十分よ。すぐにその戦いもラーニングして、上回って見せるわ!

 その時にはクガ・ヒロトも……メイも、叩き伏すだけよ〉

 

〈二人……だって。悪いがそうではないらしい〉

 

〈――まさか!〉

 

 瞬間、黒いコアガンダムⅡの背後から俺とメイのガンプラと違う、二機の影が襲いかかる。クロヒナタはビームサーベルを二本両手に展開して、攻撃を受け止めた。

 

〈ようやく僕たちも来れました!〉

 

〈ここからは俺にも任せてくれよ、ヒロト!〉

 

 GNグリップダガーと、ライテイショットランサー改によるそれぞれの一撃。

 そう、パルのエクスヴァルキランダ―と、カザミのガンダムイージスナイト。二人も来てくれたんだ。

 

「カザミにパル! 二人とも!」 

 

 モニターでカザミは俺に、ウィンクして得意げな笑みを投げかける。

 

〈おうとも! もしかして今から最終決戦って奴か? どうか混ぜさせてくれよな!〉

 

〈二人よりも三人、三人よりも……四人がきっと良いはずです。

 ……ですが〉 

 

 パルも俺に微笑んでくれたけれど、途中で顔を曇らせてしまう。

 

〈……シドーさんは、僕達を先に行かせるために、代わりに一人でコピーの相手を〉

 

「だから、彼だけいないのか」

 

 シドー・マサキ、彼だけがこの場にいなかった。パルとカザミを俺のもとに送り届けるために……一人残って。

 

〈けど、シドーさんの想いは俺たちとともにあるんだ!

 彼に託されたからな、この異常……必ず止めてみせるぜ〉

 

 鍔迫り合った黒いコアガンダムⅡ、さすがに二機分の力に持ちこたえられはしなかった。

 機体は力に押し負けて、後方に跳び離れる。

 そしてコアガンダムⅡに乗るクロヒナタに、カザミは言った。

 

〈クロヒナタ! お前の事も、正体も、俺ははっきりと分かりはしない。

 けど――やっている事は悪だってのは分かる! だからこそ正義の名を背負うこのジャスティス・カザミが制裁してやる!〉

 

 イージスナイトはポーズを決めて、ビシッと人差し指を黒いコアガンダムに向けた。

 

 

 

 これで四人、ビルドダイバーズの仲間が集まった。

 

 ――四人いれば。きっと解析をこなすにも更に時間がかかるはずだ。

 クロヒナタが俺たち全員の戦いをラーニングする前に、倒す!――

 

 二人よりも三人、三人より四人……パルの言う通りだ。

 クロヒナタとの勝負は時間との勝負でもある。

 ――俺たち全員で、決着をつけて見せる。

 

 

 



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─幾らだって実力を超えてみせる!─(Side ヒロト)

 ――――

 

〈四対一、と言うわけ。これはまた〉

 

 俺たちビルドダイバーズは、クロヒナタのコアガンダムⅡを取り囲んで包囲する。

 彼女はこの状況に、淡々と呟く。

 

〈正直卑怯かもしれないですけれど、僕達も手加減できませんから。

 ……倒させていただきます〉 

 

 パルはクロヒナタにそう言うと、GNランチャーの銃口を向ける。

 

〈あらあら、優しいパルウィーズ君にしては、随分と怖い顔をするじゃない〉

 

〈当然です。僕達は貴方の目的も、聞いたのですから〉

 

 彼女の言う通り、パルの表情は険しい。それにカザミも顔に怒りの感情が浮かんでいた。

 

〈ヒロトを消してやるだと? そして、自分が成り代わるだって!? ――いい加減にしろよ!〉

 

 カザミのイージスナイトはショットランサーをぐっと、力を込めて握り構える。

 

〈そんな事、やっぱりどうかしている! ……悪でしかないぜ!〉

 

 また、メイは複雑な表情で戦闘態勢を維持している。勿論……俺も。

 

「クロヒナタ、本当の狙いは――そう言うことか。

 ヒナタを思っての行動なのは分かる。けど、それは絶対に間違っているんだ。

 人間だろうと、電子生命体だろうと、心を持った存在として……お前は超えていけない一線を超えようとしている。

 だから私たちが、ここで阻止する」

 

「何度も言うかもしれないけれど、俺もヒナタを想う気持ちは変わらない。――君と同じだ。

 けれどクロヒナタ、君自身のためにも俺は、憎しみだけではないその暴走する想いと感情……止めてみせる」

 

 

 

 これで形成は逆転した。

 俺たちビルドダイバーズのみんなでなら、あのクロヒナタを止められるはず。

 

〈……どいつも……こいつも〉

 

 モニターに映るクロヒナタは低い声で呟く。

 

〈くくく……く、くくく〉

 

 気味の悪い嗤い声を一人響かせる。そして、恨ましげな瞳を俺たちに向けた。

 

「クロ……ヒナタ」

 

〈さすが、エルドラを救った救世主サマ達……ご高説、恐れ入ったわ。

 だって命懸けで一つの世界を、無数に暮らす善良な人々を救ったのでしょう。みんなにとっては正に英雄、実に――――どうでもいいわ!〉

 

〈……何だと?〉

 

〈そのままの意味よ、カザミ。ワタシにとってはあんな遠くの知らない世界がどうなろうと、全くもってどうでもいいのよ。

 ただ、見て見ぬフリでもしておけば済むじゃない〉

 

〈お前には、人の心って奴はないのか!〉

 

〈かも――しれないわねぇ。でもどうでもいいんだから仕方ないじゃない。

 例え救世主として世界とやらを救っても、それにヒナタにとってもヒーローだって思われても私はねぇ、クガ・ヒロト〉

 

「――」

 

 クロヒナタは俺の名前を出した途端、強い決意を込めて言った。

 

〈世界とやらを救おうが…………知ったことではないわ。

 例え救世主でも知りはしない。ワタシにとってクガ・ヒロトは『私』を長年弄んで踏みにじった――悪。

 そしてそれを味方するビルドダイバーズも、ただの敵でしかない!〉

 

 

 

 その瞬間、イージスナイト、エクスヴァルキランダ―、ウォドムポッドのすぐ傍に、それぞれ三つの影が出現する。

 

〈何だとっ!〉

 

〈これは……僕達の〉

 

〈コピーを、用意したのか〉

 

 三機の傍に現れたのは、それぞれ全く同じ姿をした黒い機体、コピーだった。

 クロヒナタが対抗策として用意したコピー、彼女は得意げに微笑む。

 

〈これで四対四、頭数は揃ったわねぇ。

 それにこのお人形も、遠隔ではあるけれど全てワタシが直接制御下に置いているの。ワタシと同じようにこの子たちも戦いながら学習していくのよ。一機分でも処理が大変なのに、ね。かなり無茶だってしているの。

 でもそっちがその気なら、ワタシも全力で……相手してあげるわ!〉

 

 今度は俺たち四人、ビルドダイバーズの全員に牙を向けるクロヒナタ。

 俺への敵意がそのままみんなに。けれどこうなった以上は。

 

 ――時間は限られている。

 クロヒナタが俺たち全員の戦いを覚えきる前に、決着をつけてみせる。けど――

 

 今更ながら思った。例えバトルに勝っても、クロヒナタが大人しくするかどうか。

 ヒナタに憑りつき人質のようになっているのもある。

 けれどもう一つ、彼女はミラーミッション全体をここまでにしてしまう程に支配し、操る事が出来る。

 今は俺たちのバトルに付き合っている分まだいいかもしれない。けれどもし目的を果たす為に、本気で手段を選ばなくなれば……何をするか分からない。

 

 ――このまま戦って、果たして止められるか――

 

 するとその悩みに気づいたのか、メイが励ましてくれる。

 

〈心配するな。私たちで戦えば必ず、活路が見えて来るはずだ。――信じてくれ〉

 

 不思議と、どこか自信があるかのような言葉。おかげいくらか心も軽くなった。

 

「分かった。とにかく、みんなの力を合わせて……彼女を」

 

 メイの言う通りだ。カザミも、パルも力を貸している。

 俺は一人なんかじゃない。――みんながいれば、きっと!

 

 

 

 ――――

 

〈だあああっ!〉

 

 カザミのイージスナイトはショットランサーをコピーに振るった。

 自分のガンプラと同じ姿の、黒いガンダムイージスナイトに。コピーはその攻撃をシールドで防ぎ反撃を繰り出す。

 足先からビームサーベルを展開しての蹴り上げ、カザミは後退して避ける。

 

 

 またパルのエクスヴァルキランダ―と黒いエクスヴァルキランダ―、そしてメイのウォドムポッドと黒いウォドムポッドもそれぞれGNランチャーとガンブレードによる射撃戦と、格闘戦を繰り広げている。

 その中で俺と、クロヒナタは。

 

〈クガ・ヒロトに止められるかしら――ワタシを!〉

 

 クロヒナタが乗る黒いコアガンダムⅡはアースアーマーにコアドッキングして迫る。

 俺のコアガンダムⅡも同じくアースアーマーにドッキング、アースリィガンダムに姿を変えて迎え撃つ。

 互いに跳躍、ビームサーベルを抜き黒いアースリィに迫る。……けれど。

 

〈無駄たって、分かっているでしょうに!〉

 

 俺が放った斬撃を、コピーは軽く切り払う。攻撃を弾き、瞬時に左手に握るビームライフルの銃口を突きつける。

 

「これはっ!」

 

〈他愛ないわねぇ。――このまま!〉

 

 やはり動きを読んでいるだけある。続けて繰り出そうとする零距離射撃、俺でもこれは回避するのは難しい。

 一人だと強い相手かもしれない。だけど、今の俺には。

 

〈やらせはしないぜっ!〉

 

 クロヒナタが突撃を繰り出そうとした瞬間に、左横からビームによる援護射撃が入って阻む。

 とっさに彼女は放たれたビームを避ける。おかげで相手の攻撃は中断される、そのタイミングを突いて続けて二撃目の斬撃を俺は繰り出した。

 

「……今度こそ」

 

〈ちいっ、小賢しいわ!〉

 

 もう少しで攻撃が届きそうだった。けれど、とっさにクロヒナタの黒いアースリィガンダムは右腕のアーマーを、俺に向けて射出する。

 

 ――しまった、せっかくのチャンスを――

 

 思わず俺は不意をつかれた。放たれたアーマーの直撃を受け、吹き飛ばされて態勢を崩す。

 一方、黒いアースリィガンダムの視線はさっきのビームを放ったガンダムイージスナイトへと向けられる。

  

〈よくもやったわね、カザミ〉

 

〈ヒロトをやるつもりなら、先ずは俺から倒してからにしやがれ!〉

 

〈――お望みなら!〉

 

 俺に飛ばしたアースアーマーに右腕の代わりに、コピーはサターンアーマーの右腕アーマーを装着する。そして腕に備えられたブレーカドリルを大回転させて襲う。

 強力なドリルの一撃、カザミのイージスナイトは持ち前の大盾で防ぎ切る。

 

〈カザミ、貴方はワタシを悪と言ったわねぇ。……ならクガ・ヒロトはどうなの!

 彼は貴方達ビルドダイバーズよりも、ずっと傍にいた筈のムカイ・ヒナタを見放していたのよ! そんな相手など!〉

 

〈んな事決めつけるな! ヒロトはそんな奴じゃないなんて、仮にもヒナタを名乗るなら分かるはずだろ!〉

 

 カザミは叫び、シールドでブレーカドリルを押し返す。そして先ほどコピーが行ったのと同じく、足先からビームの刃を放ち、今度は横蹴りを放つ。

 

〈見放してなんているわけがない。アイツは確かに不器用な所はある、けれどヒナタの事もとても大事に想っているはずなんだ!

 ヒロトとはずっと戦って来た仲間だ、だからこそ分かる!〉 

 

 そのカザミからの言葉、横から聞いていた俺も……つい。

 

 ――俺はヒナタの事を大切に想っていた。けれど自分でもどう伝えればいいのか分からなかった。……その内どこか当たり前で、自分自身のその想いにも気づけないで――

 

 

〈黙りなさい! 勝手な事を!   

 ――それにクガ・ヒロト。貴方にも余裕なんてあると思うの!〉

 

 瞬間に、後ろに何か異形の影が現れる。

 イージスナイトのコピー、それがMAに変形して俺の機体を掴んだ。

 背後からの急襲。俺とした事が……気を取られてしまっていた。

 

 クロヒナタの黒いアースリィガンダムはカザミとの戦いを離脱するとともに、マーズフォーガンダムにコアチェンジ。実体剣スラッシュブレイドの刃を構えて、再び俺に肉薄する。

 

〈お人形には押さえていてもらうわ。

 ワタシの手で、貴方のガンプラ――切り刻んであげる!〉

 

〈今度は僕が、止めてみせます!〉

 

 

 

 背後で数度、衝撃が走って揺れる。

 アースリィガンダムを掴んで動きを封じていたコピー……黒いガンダムイージスナイト。その機体に数発のエネルギーが直撃した。

 攻撃を受け、イージスナイトのコピーによる拘束が緩んだ。俺はその瞬間に一気に拘束から逃れると同時に――

 

〈今度はパルウィーズ、貴方と言うわけ〉

 

 パルのエクスヴァルキランダ―が代わりに前に出て、スラッシュブレイドの一撃を防ぐ。

 エクスヴァルキランダ―はGNグリップダガーで弾き、続けてランチャーデバイス、フレアーデバイスを合体させたGNメガフレアーデバイスの大火力を横一文字に薙ぐ。

 

〈邪魔……してくれるわね〉

 

 炎の勢いに圧され、クロヒナタは大きく距離を取る。

 

〈やっぱり、クロヒナタさんはヒナタさんのためにここまで。

 でもヒロトさんだって貴方以上に、きっと! だからエルドラでだって戦って来れたんです。……必ずヒナタさんの元に戻りたいって思いがあったから!〉

 

 ――そうだ、俺は―― 

 

 確かにヒナタを置いて、エルドラを救うために命を懸けていた。

 世界を救うためと言え……彼女に長い間黙って。エルドラの事を知って止めた時さえも俺は、それを聞かずに行ってしまった。

 気持ちは十分に分かっていたけれど、あの世界を放っておけなかったから。

 ……けれど、俺は必ず無事で戻って来ると約束した。ヒナタはそれを受け入れて、いつもの笑顔で応援してくれていたんだ。

 

 ――本当はきっと、不安で心細かったのに。……世界よりも彼女の傍にいるべきだったかもしれなかった。

 けれどヒナタは俺を信じて、現実世界で待っていてくれた。無事に戻ると――強く信じてくれたから――

 

〈ふっ、笑わせてくれるわねパルウィーズ〉

 

〈僕は笑えません。だからこそ僕達はエルドラを救えたから。ヒナタさんがヒロトさんの言葉を信じて応援してくれたらこそ!

 そこまで信じられたのは――相手がヒロトさんだからなんです! 二人の間には、ちゃんと互いに強い絆があったから〉

 

〈クククっ! だから哀れと言っているのよ!

 クガ・ヒロトに信じるような価値、ある訳ないのに!

 絆ですって? ――そんな物など!〉

 

 俺とパルウィーズを前に猛火に阻まれるクロヒナタ。……けれど、炎の壁を高出力のビームが薙ぎ、切り払う。

 クロヒナタのマーズフォーガンダムはアーマーをウラヌスアーマーへと換え、ユーラヴェンガンダムへと姿を変えていた。あのビームは腕に構える大型ビームライフル、そのエネルギーだったんだ

 

〈そんな、メガフレアーデバイスの炎まで〉

 

〈貴方にも用はないわ。つまり……邪魔よ、パルウィーズ!〉

 

 同時に、パルの反対側からエクスヴァルキランダ―のコピーが襲い来る。

 

〈せいぜいお人形と踊っていなさいな。――そして!〉

 

 クロヒナタが乗る黒いユーラヴェンは俺に狙いを定める。

 

「言われなくても……相手ならするさ。――コアチェンジ! アース トゥ ウラヌス!」

 

 俺も同様にコアチェンジを繰り出し、アースリィからユーラヴェンガンダムに。そしてコアチェンジとともにライフルをコピー目掛けて放った。

 

〈これは……っ!〉

 

 クロヒナタも同じタイミングでライフルを構えて引き金を引いた。

 そして、放たれた互いのエネルギーは正面から対衝突して――大きな塊となって爆散する。

 

〈貴方との戦いならば、全て学習済みのはずよ。

 ……まさか! ラーニングしたデータを上回ったとでも言うの!〉

 

 ほんの少しだけれど、戦いをラーニングしてオリジナルよりも上回ったクロヒナタ、それに実力が追いつく事は出来た。

 

「当たり前だ。クロヒナタには許せないかもしれない。……けれど俺もヒナタへの想いは、譲れはしないから!」

 

〈そんな言葉なんかっ!!〉

 

「だから今――実力で示す!」

 

 続けて俺はビットによるオールレンジ射撃を繰り出す。今度は一瞬クロヒナタよりも早く、そして的確に。 

 彼女もビットを射出しようとした、俺は射出したほぼ同時に全三機とも撃ち落とす事が出来た。

 

〈馬鹿な、今度はワタシよりも先に!? ……くはっ!〉

 

 オールレンジ射撃だけではない。俺のユーラヴェンガンダムはリミテッドチェンジにより両腕をヴィーナスアーマーへと換えた。その両腕のミサイルハッチ、続けて展開して小型のミサイルを撃ち放った。

 ミサイルは幾つも黒いユーラヴェンガンダムに直撃――爆発が機体を襲う。

 

〈何よ、この実力は! さっきよりも――〉

 

「ここまでの戦いを全て解析したのならその上を行けばいい。

 ヒナタを取り返す為なら俺は、幾らだって実力を超えてみせる!」

 



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失墜の黒巫女(Side ヒロト)

 ――――

 

 爆煙が晴れ……現れたユーラヴェンガンダムはシールドを構えて防いでいた。けれど完全には防ぎ切れず、アーマーには幾つもの損傷が出来ている。

 ……それでもクロヒナタはまだ、嗤うのを止めない。

 

〈ハハ、ハハハッ! だから……どうしたの?

 さっき止めを刺せなかったのが残念だわね。いくら実力以上を出したって、既にそれさえも解析済みよ。

 もうあんな真似なんて通用しない。実力を超えるですって? そんな物などエリアの演算処理能力を動員して容易に覚えられるのよ! 

 ミラーミッションを制御下に置くこのワタシがクガ・ヒロトになど、負けるわけが――〉

 

〈悪いが、今は『私たち』も相手だと、忘れては困る〉

 

〈!!〉

 

 クロヒナタの驚きとともに、ユーラヴェンガンダムのコピーは現れた巨大な影に蹴り上げられる。

 

〈ぐう……っ! まさか、メイっ!〉

 

 援護に入ったのはメイが乗る機体、ウォドムポッド。

 

〈今私のウォドムポッドのコピーは、カザミとパルが相手をしてくれている。

 ……その間に私とヒロトで、片を付けるぞ〉

 

 強い蹴りの一撃、それを受けてコピーが装着するアーマーは更にひび割れ、一部砕けていた。

 

〈……これじゃ、このウラヌスアーマーは使えそうにないわね〉

 

 クロヒナタは自機のウラヌスアーマーを外し、代わりにジュピターアーマーを装備、ジュピターヴガンダムへと換装する。

 そして彼女は、メイに対して――こんな事を。

 

〈メイ……くくく、っ。せっかく貴方だけは見逃すチャンスを与えたのに。

 ワタシの前に出た、と言う事は……覚悟しているわよねぇ!〉

 

〈ああ、覚悟はしているとも。

 ――ただし! お前にやられる覚悟ではない!〉

 

 ウォドムポッドは機体右部に装備するビーム砲で一撃を放つ。これにジュピターヴガンダムのコピーは容易く回避する。

 

〈はっ! そんな見え透いた陽動など!〉

 

 同時にジュピターヴは反転して、迫る俺のガンプラに視線を向ける。

 コピーはユーラヴェンガンダムを見据え、ビームガトリングを右腕で構える。

 

 ――いや、ビームガトリングだけじゃない。後ろ左右に二機のマニファーユニットも――

 

 クロヒナタは先にジュピターヴガンダムの遠隔射撃デバイス、マニファーユニットを展開して俺を狙っていた。

 俺は上へと跳び三方向からのビーム攻撃を回避するけれど、マニファーユニットは更に俺を追う。

 これに対してユーラヴェンのビットで反撃を試みる……けれど、攻撃はボックスビットによるビームシールドで防御される。

 

 

 

 ――俺がマニファーユニット、ボックスビットを相手にしている一方、メイのウォドムポッドはクロヒナタが乗る黒いジュピターヴガンダム本体と戦っていた。

 メイは左部のミサイルポッドから、一発の大型ミサイルを放つ。

 

〈私の言う『覚悟』とは、全力を尽くしてまたヒロトとヒナタを再会させる覚悟を言う!

 私も……きっと私の中にいるイヴも、二人で幸せになってくれる事を望むはずだから!〉

 

〈――はぁ!? 何よそれは!〉

 

 黒いジュピターヴはヘッドバルカンで迫るミサイルを撃墜。即座にウォドムポッドの側面部に回り込んでビームガトリングを放つ。

 

〈ふざけた事を言って、全然笑えないわね!

 メイ……それに貴方の中にあるイヴも、クガ・ヒロトの次に憎くて堪らないのよっ!〉

 

 俺に対する憎悪と近い程の、負の感情をメイとイヴに向けるクロヒナタ。

 

 ――やはり、俺が……そうさせたんだな――

 

 つい、俺も戦いながら悔いと罪悪感が生まれる。クロヒナタを――ああもさせてしまったのは。

 その一方でメイのウォドムポッドは跳躍、ビームガトリングの射線を飛び越えそして、上空から強烈なキックを落とす。

 

〈私も、イヴもそこまで憎いか〉

 

 キックは地面を陥没させる程に強く、間一髪で避けた黒いジュピターヴも衝撃で弾き飛ばされる。……けれど相手も瞬間に足で踏ん張り態勢をとる。

 

〈当たり前の事を今更!〉

 

 ジュピターヴガンダムはビームガトリングを構え、ビームの弾をウォドムポッドに連射する。

 

〈あはっ! 良い的だわね!

 それに貴方が来てくれて、ワタシは嬉しいのよ。メイ、それにイヴ……今度こそワタシの手で消し去る事が出来るのだから。

 どちらもムカイ・ヒナタからヒロトの心と想いを完全に奪い取った――憎むべき簒奪者! 本当なら彼女が受けるべきなのに!〉

 

 憎悪を言葉を吐くクロヒナタ。そしてビームガトリングの攻撃が放たれた時、俺はその間に立ちシールドを構えて守る。

 

「……そんなに憎んでも、何にもならないだろ」

 

 瞬間、クロヒナタの瞳の中に映る憎悪は更に、一気に燃え上がった。

 

〈クガ・ヒロトが言うなっ! 貴方がイヴを大切にしていたからっ!〉

 

 叫びと同時に彼女のジュピターヴは一気に迫る。そしてその勢いのままでビームサーベルのグリップを抜いて居合切りを放つ。

 強い一撃も続けてシールドで防ぐ。俺はそのままビームライフルを構えて反撃を試みる。

 

〈させはしないわ!〉

 

 けれど引き金を引く前に、続けて横に――回し蹴りまで。

 

「……くっ!」

 

 正面からに続いて、横から更に襲う衝撃。俺の乗るユーラヴェンガンダムは吹き飛ばされる。

 ビームライフルの銃口も逸れ、撃たれたビームは相手とは全く別の方向へと飛んで行く。

 

〈ねぇ――そうでしょ? どう繕おうとも、貴方にとって一番大切なのは、運命の相手なのはイヴ……あの木偶人形でしょう! ムカイ・ヒナタではなくて!〉

 

 イヴ――それは二年前に出会った、俺にGBNの素晴らしさとガンプラの楽しさを改めて教えてくれた相手。

 一緒にあの世界巡って、コアガンダムのプラネッツシステムも完成させた。……そんな思い出を作った、クロヒナタの言う通り大切な――

 

「確かに大切に想っている。けれどイヴは――」

 

〈うるさいっ!!〉

 

 明確な拒絶。起き上がった俺に向けて、クロヒナタはビームガトリングを構える。

 

〈貴方みたいなっ! ……クガ・ヒロトの存在なんて、『私』にとっては害悪にしかならない!

 だから消す! 貴方も! そして貴方をムカイ・ヒナタから完全に奪った木偶人形共も――〉

 

 

 

 

「それは――駄目だ」

 

〈!!〉

 

 その時、彼女のビームガトリングの銃身をビームが貫く。

 銃身は爆発、けれどとっさにクロヒナタが乗る黒いジュピターヴはガトリング砲の銃身のみパージ、コアガンダムⅡ時のビームライフルに戻した。

 

 ――牽制のつもりで仕掛けたけれど、運が……良かった――

 

 あのビームが放たれた先、遠くにあるのは……広場端に生えている、あのビームを反射する結晶だ。

 俺は先ほど、ビームライフルで撃とうとした瞬間、ジュピターヴに蹴られて失敗した。

 けれどとっさに俺は狙いを変えて、広場から離れ、ずっと奥にある結晶にビームを撃った。

 結晶に反射して、またこの近くに戻って来るようにと。それが今――彼女の武器を貫いた。

 

 ――この好機を逃さない!――

 

 爆発で僅かに怯んだクロヒナタ。俺のユーラヴェンガンダムは足で地を蹴って、ビームサーベルで反撃する。

 

〈……小賢しいわ〉

 

 寸前でクロヒナタのコピーガンプラは後ろにステップを踏んで一撃を避ける。けれど、まだ!  俺は続けて迫り、二撃目を振り上げる。

 ビームの刃は左腕の付け根に目掛けて伸び――左腕を切り落とす。

 

「――どうだ!」

 

「!!」

 

 驚愕の表情を浮かべたクロヒナタ。片腕を失った黒いジュピターヴはよろめく。

 俺はその彼女の機体に、ビームサーベルの刃先を突きつける。

 

「今度こそ終わりだ」

 

〈クガ……ヒロトッ!〉

 

〈もう抵抗しようなどと、思うなよ〉

 

 ジュピターヴの背後には、ウォドムポッドもビーム砲を向けていた。

 もちろん撃つつもりなんてない。けれど、これでクロヒナタには自分が負けた事を理解してもらう。

 

〈……〉

 

 クロヒナタも俯き、口を閉ざす。

 

「ここまでだ、クロヒナタ!」

 

 俺は彼女に言った。

 ――このまま止めを刺す。俺はビームサーベルをコピーの動力機関に突き刺して停止させようと。

 

 

 

〈それは貴方達の方よ――ビルドダイバーズ〉

 

 同時に、俺の横から別の影が襲う。

 影の攻撃。ビームサーベルで受け止めたそれは、ガンブレードの刃。

 

 ――これはパルの――

 

 更にもう一振りのガンブレードが俺のガンプラを襲う。

 俺はとっさに下がり深手は防いだ。けれど攻撃を受けたショックで、クロヒナタとの距離が離される。

 

〈ヒロト! ……くっ!〉

 

 続けてメイのウォドムポッドにも別の影が襲った。

 大盾で体当たりして吹き飛ばしたそれは、黒いガンダムイージスナイトだった。

 そして俺を襲ったのは黒いエクスヴァルキランダ―、それぞれカザミとパルが相手にしていた……はずだったけれど。

 

 ――!!――

 

 今度は離れた位置から地面を削り、巨大なエネルギーが迫る。

 それを俺のユーラヴェンガンダムは左に避ける。……攻撃を放ったのはウォドムポッド、黒色のコピーだった。

 

〈うっ……すまねぇ、ヒロト〉

 

〈もう僕達では、抑えられなくて〉

 

 見るとカザミ、パルが乗る本物のイージスナイト、エクスヴァルキランダ―は傷だらけで倒れていた。

 

 ――さっきまでは対等に戦っていた筈なのに、いつの間に!――

 

 それでも俺は戦うしかない。

 クロヒナタと……けれど、俺と彼女の間には、さっきの黒いエクスヴァルキランダ―が宙に浮き立ち塞がる。

 

「邪魔を……しないでくれ!」

 

 俺はエクスヴァルキランダ―のコピーに、ビームサーベルを手に立ち向かう。

 対してエクスヴァルキランダ―、今度は右手にグリップダガーを構え……余裕で受け止める。

 

 ――そんな――

 

 続けて俺は連撃を繰り出す、けれどコピーはそれを全て、容易く防ぐ。

 

〈援護するぞ、ヒロト!〉

 

 メイは援護射撃としてミサイルを放つ。けれど、それさえ予想していたかのように、放たれた途端にガンブレードを銃のように構えて、ビームで撃ち落とした。

 貫かれ大爆発するミサイル。その隙に……俺は再度ビームサーベルで、本体を直接刺し貫こうとした。

 ――けれどコピーはそれさえも。

 黒いエクスヴァルキランダ―は軽く右に避けて、ふっと俺に迫る。

 すぐ近くで顔が合う。エクスヴァルキランダ―は瞳をにいっと細めて、俺を嘲笑うかのような視線を向けた。

 同時に左手に構えるフレアーデバイス、それを俺に向けて猛火を放つ。

 

「ぐっ、あああぁっ!」

 

 炎に包まれる俺のガンプラ、至近距離からの猛火に機体はよろめき……膝をつく。

 

〈くっ! ――そんな〉

 

 見るとメイのウォドムポッドもイージスナイトに組み伏されて、動けなくなっていた。

 

 

 

〈さて、と。肝心のお仲間もこれじゃあね〉

 

 モニターに映るクロヒナタは、勝ち誇った表情を向ける。

 

〈腕の一本なんてどうでもいいわ。

 それより、時間をくれてありがとうねぇ。おかげで……四人分の戦いもラーニング出来た。

 それにクガ・ヒロト。あの短時間でワタシが得たデータを上回る戦いを見せたのは、正直驚いたわ。――けれどそれもとっくにワタシは覚えた。もう勝ち目なんてないのよ〉

 

 ――今度こそ、終わりか――

 

 俺は膝をついたまま、未だ立ち上がれずにいた。

 仲間も俺もやられた。もう……駄目なのかと。

 

〈随分と手間をかけさせてくれたけど、結局最後に勝ったのはこのワタシ。

 クガ・ヒロトと言う悪をワタシがね……正義は勝つものよ。ふふふふっ〉

 

〈お前みたいな奴が、正義を名乗るんじゃねぇ!!〉 

 

 怒りを露わにするカザミ。そしてボロボロな機体をどうにか起こそうとする、けれど――。

 

〈ははっ〉

 

〈――ぐはっ!〉

 

 途端、イージスナイトのコピーが強く、カザミが乗る本物のガンダムイージスナイトを踏みつけにする。

 再び地面に潰されるカザミのガンプラ。クロヒナタは愉悦の笑みを浮かべる。

 

〈こう言うのはね、勝った方が正義なのよ。

 敗者は敗者らしくそうして惨めに転がっていればいいの〉

 

 敗者……だって。

 

「いや、まだだ」

 

 残る力を振り絞って、俺も再び立ち上がり武器を構える。

 

〈あら。もう勝ち目なんてないのに、クガ・ヒロトもまだ戦う気なの。

 本当にしぶといわ〉

 

「当たり前だ。俺は……諦めないと、言った」

 

 俺はヒナタの事を諦めない、諦めたくなんてない……最後まで。

 けれどクロヒナタはそんな俺に、まるで汚物でも見るかのような、嫌悪感を露わにした視線を向ける。

 

〈不快だわね。いい加減に……しなさいよ。

 何なのよ、ムカイ・ヒナタなんて貴方にとって一番じゃないのに……なのに〉

 

「違う、俺は」

 

〈でも関係なんて、ないわよねぇ。

 実際は決着がついたのだから。勝ったのはこのワタシ、負けたのは――〉 

 

 

 

 

 

 

〈――負けたのはお前だ、クロヒナタ〉

 

 その時、メイが突然そんな事を口にした。

 

〈……はぁ? 何を言っているの、メイ〉

 

 クロヒナタの注意は彼女に向く。そして呆れた様子で続ける。

 

〈この状況を理解していないのかしら。

 全員ボロボロで、仮に戦えたとしてもその動きは全て学習済みなのよ。……勝てるわけがない。

 ふっ、貴方達がグズグズと時間をかけたせいよ〉

 

 余裕たっぷりに言うクロヒナタ。けれど、それでもメイは続ける。

 

〈状況はお前以上に分かっているとも。

 だからこそ言える、この戦い――私たちの勝ちだ〉

 

〈だから一体、どう言う――――っ!〉

 

 

 

 

 瞬間にクロヒナタの顔から余裕が消えた。

 驚いたような表情に豹変して固まる。そしてその口から、こんな言葉が。

 

〈そん、な。ミラーミッションのシステムと……ワタシとの繋がりが……っ〉

 

 同時だった。黒いイージスナイト、エクスヴァルキランダ―、ウォドムポッド、コピーガンプラの三機が急に糸が切れた人形のように力を失い、膝をついて頭を垂らして動かなくなる。

 そしてクロヒナタが乗る黒いジュピターヴも、急にがくりと力を失いかける。

 ……けれどどうにか踏ん張ると、機体の視線はメイのウォドムポッドを睨む。

 

〈何をしたの…………メイ!〉

 

〈悪いが、本物の私は――ここだ〉

 

 

  

 別方向からの声、そこにいたのは生身のメイの姿だった。

 確かウォドムポッドに乗っていた筈なのに、いつの間に外に……。

 

〈今まで私の機体を動かしていたのは、データをコピーして形作った分身だ。

 クロヒナタ、お前がやったのと同じものだ〉

 

〈データをコピーですって、貴方はミラーミッションのシステムを使ったの?〉

 

 メイはそうだと答えた。

 

〈時間が必要だったのは、私もまた同じだ。

 戦いを自分のコピーとヒロト達に任せて、その間に私は悟られないように、ミラーミッションのシステムに介入させてもらった。

 ……隠し持った修正プログラムを用いて、ミラーミッションを正常化した。ここのコピーも、それにGBN中で暴れ回る大量のコピーガンプラもきっと、今頃は。

 クロヒナタのミラーミッションへの支配権限――私が奪わせて貰った〉

 

〈……〉

 

 メイもまたミラーミッションに干渉を加えていた。電子生命体だからこそ、人間の俺たちに出来ないような事が可能なんだ。

 ……と言う事は。

 

 ――もしかしてとは思っていた。けれどクロヒナタの正体もELダイバーと同じ……電子生命体なのか――

 

 一方でメイはクロヒナタに続ける。

 

〈もしかするとお前自身にはコピー能力が少しは残っているかもしれない。

 そのジュピターヴもまだ動かせるだろう。……けれど一番厄介だった、ミラーミッションの処理能力を動員して行った私たちの戦闘予測も、最早不可能だ〉

 

 彼女はクロヒナタが乗る片腕のジュピターヴガンダムを真っすぐに見上げる。

 

〈クロヒナタ、お前はもうここまでだ。敗北を認めるべきだ――――認めてくれ〉

 

〈…………〉

 

 クロヒナタは顔を下げたまま口を閉ざしていた。

 けれど、突然。

 

〈……メイ!! 貴方はっ!!〉

    

 激しく憎悪で歪んだ表情を上げ、彼女は叫んだ。そして片腕に握ったビームライフルの銃口を――下にいるメイに突きつけた!

 

「――っ! 止めろ!!」

 

〈クハハハハハハハハッ! 見てなさいクガ・ヒロト! 貴方の大切な木偶人形共を、今目の前でぶち壊してあげるわよ!

 全部! 全部っ! 貴方のせいなのよっ! 奈落の奥底まで絶望なさい!〉

 

 今すぐにでもメイに放たれようとする攻撃。

 俺には守る余裕さえなかった。

 

 ――このままではメイが――

 

 守る事が出来ない。クロヒナタのジュピターヴが構えるビームライフルにはエネルギーが充填され、後は引き金を引かれてしまえば。

 

〈ムカイ・ヒナタを苦しめて来た貴方達……存分に報いを思い知るといい!〉

 

 怒りと憎悪のままに、クロヒナタはビームライフルの引き金を――引こうと。

 

 

 

 

 

〈――な……にっ〉

 

 けれど引き金を引こうとした直前、機体の動きが止まる。

 黒いジュピターヴガンダムが停止したのか。……いや。

 

〈ワタシの身体、いえ……憑りついた『私』の、ムカイ・ヒナタの身体が……言う事を…………きかないっ!〉

 

 戸惑うようなクロヒナタ。俺は……思った。

 

 ――まさかヒナタが彼女を止めてくれた。……抵抗して、くれたのか――

 

 ついそんな、少し都合の良い事を考えた。……けれど今はそれよりも。

 クロヒナタが動けない今、俺のユーラヴェンガンダムは立ち上がって迫り、ビームサーベルを振った。

 

〈……っつ、がぁっ!〉

 

 ビームライフルを握っていた残りの腕も切り落とす。

 続けて、俺は切っ先を変えてビームサーベルの刃を細くする。

 

 ――パイロットは無事なまま、機体だけを完全に止める!――

 

 俺は――刃の先端を黒いジュピターヴの胴体を、動力部のみ狙って刺し貫く。

 

〈――!〉

 

 途端にジュピターヴは硬直して固まる。機体のアイカメラの光も、次第に薄くなり消えかかる。

 動力が停止しつつあるからだ。それに機体との通信まで、繋がりが途切れそうになる。

 

 

 

 今にも切れそうな通信。途切れ途切れに映るクロヒナタは無念の表情で項垂れて……最後に、こんな言葉が聞こえる。

 

 

 

〈ワタシは……貴方のために……っ。…………ヒナタ〉

 

 そこで通信は完全に途切れた。

 同時に、黒いジュピターヴガンダムはぐらりと傾いて仰向けに倒れ、そして――完全に機能を停止する。

 

 



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ヒナタとクロヒナタ、精神世界での邂逅と決断

 
※前話最後で動きを止めたクロヒナタ。
 果たして、その時何が起こったのか。


 ――――

 

 ヒロトとこうして二人で、恋人として素敵に思える毎日を過ごしていた。

 学校でも、家でも、遊びに行く時も、ヒロトは私の事を誰よりも大切な人として、ずっと見てくれているの。……それが嬉しくて。

 

 

「ははは、今日のデートも楽しかったな、ヒナタ」

 

「うん! カフェで食べたショートケーキ、良かったね。

 とろけそうなくらい甘くて、美味しかったよ」

 

「ヒナタが嬉しそうで良かった。

 君が嬉しいなら――俺も」

 

 街の通りを歩く私たち。それに――

 

「でもそれより、ヒナタと一緒に過ごせるのがいい。

 俺にとって大好きな君と過ごす時間が……何よりも大切なんだから」

 

 私とヒロトとの手と手、私たちはずっと握っていたんだ。

 

「俺とヒナタ、これからはずっと一緒だ。心だって……」

 

 ヒロトは私の事をまっすぐ見つめている。そう、私だけを。

 

 ――恋人になって、こうしてヒロトが私の事をずっと見てくれて、想ってくれて嬉しいの。

 うん、凄く嬉しくて、幸せで――

 

 

 

 そんな幸せな時間を、ずっとヒロトと過ごしていた。

 

 ――けれど――

 

 もちろん心の中には幸せな気持ちで一杯。だけど、どこかでずっと……不思議な違和感があるの。

 

 ――こんな幸せな日々だけど……もうどれくらい、私はこうしているんだろう――

 

 最近、時間の感覚が分からなくなったような気がするの。

 ヒロトとこうして何日経ったのか、はっきりと分からないの。……それに。

 

 ――幸せなのに、だけどこの幸せにはどこか現実味がなくて、上手く分からないけど違和感があるの――

 

 どこかが現実と違うような感じ。

 一体どこに違和感があるのか……もしかして、ヒロトとの関係なのかな。

 

 ――ヒロトが恋人に、一番に想ってくれる。……自分にとっては幸せだけど…………もしかして――

 

 ヒロトは私の顔を覗き込んで来る。

 

「――ヒナタ?」

 

「あっ……」

 

「そんな難しい顔して、どうしたんだ」

 

 そう言う彼は、少し心配な表情を浮かべていた。

 

「あはは……ちょっと考え事、かな」

 

「そっか。でも頼むから、何かあったら遠慮なく言ってくれよ。

 そんな難しい顔……ヒナタにはして欲しくない。いつも心から笑顔を、俺に見せてもらいたいから」

 

 とても優しいヒロトからの言葉。私はその言葉と、気持ちだけで。

 

 ――これが現実じゃないと思いたくない。ヒロトにこうして――心から想って欲しい――

 

 

 

 それなら……それでいいんじゃないかなって。

 今こうしてヒロトといるのが、私にとって現実だって。――だけど。

 

「……あっ」

 

 その時、ある物が私の視界に入った。

 

 ――ガンプラのお店、ガンダムベースが――

 

 街の一角にある大きな建物、ガンプラがたくさん売っているお店……ガンダムベース。

 

 ――ガン……プラ……、確か――

 

 霞がかっている記憶。けれど、頑張って思い出す。

 私には何故か、いくつかの記憶がはっきりしないの。これもその一つ。

 

 ――でも今日こそはちゃんと思い出さないといけない気がする。ガンプラは……それは。

 ……ヒロトが大好きだったもの、だったよね――

 

 思い出した。ガンプラはヒロトにとって、大切なものだったって。

 でも、今傍にいるヒロトはそんなガンダムベースに目もくれていない。

 

「――ヒロト」 

 

「うん?」

 

「あそこにガンダムベースがあるんだけど、ヒロトはどう?

 確かガンプラ……好きだったよね」

 

 私はそう聞いてみた。

 けれど、それにヒロトは。

 

「うん……けど、もういい」

 

「えっ?」

 

「ガンプラなんて今は、もういい。

 そんな事より――俺にはヒナタがいてくれる。ただそれだけで、十分なのだから」    

 

 彼はガンダムベースにちらりと視線を向けたけど、それっきり。

 興味無いようにすぐにそっぽを向くと、また私に優しい目を向けてくれる。

 

「…………」

 

 私の事を見てくれて嬉しい。

 けれど……やっぱり。

 

 ――やっぱり、こんなの……違う気がする――

 

「それよりも、ヒナタ」

  

「……どうしたの?」

 

 ヒロトは、私をそっと抱き寄せる。

 

「良かったら俺の家に行かないか。今から、ヒナタに見て欲しい物があるから」

 

 その提案に私は頷いた。 

 けれど違和感は拭えないまま。――それどころか、ますますモヤモヤは胸の中に溜まる。そんな感じがする。

 

 

 

 ――――

 

 私とヒロトは、一緒に家に戻ったんだ。

 

「ただいま。……と言っても、今日は俺しかいないけどな」

 

 ヒロトが先に中に入って、玄関の明かりをつける。

 時間はもう夕暮れで少し暗くなっていたから。明かりをつけると、ヒロトは私に振り返って。

 

「さ、入ろうか」

 

「うん。……お邪魔するね」

 

 私もヒロトに促されて家の中に入る。

 でも……。

 

 ――やっぱりモヤモヤしているよ、私――

 

「ヒナタは先に俺の部屋でゆっくりしていて。すぐに――飲み物でも用意するしさ」

 

 でも考えてばかりじゃいられないから。

 今は、言われた通りにする事にした。

 

 

 

 ――――

 

「写真がこんなに……か」

 

 ヒロトの部屋。私はベッドに腰かけて、彼が戻って来るのを待っていた。その間、何気なく部屋の周りを眺める。

 幼馴染の見慣れた部屋の中、特段いつもと変わりない景色。……けれどこの時は。

 

 ――今になって思ったけど、違和感がここにも。それは――

 

 そう、ヒロトの部屋には写真が置いてあったんだ。

 棚や机の上だとかに、写真がいくつも。

 カフェやショッピングモールそれに遊園地で。――どれも私とヒロト、二人で撮った写真。

 

 ――ヒロトが私との写真を、こんなに――

 

 きっと喜ぶべき事だって思う、けど……。

 

 ――この写真、本当に一緒に撮ったっけ? だって覚えが全くないから――

 

「ヒナタ、お待たせ」 

 

 部屋の扉を開けて、丁度ヒロトが戻って来た。

 その手にはオレンジジュースが入ったグラスを二つ、乗せたお盆を持っている。

 ヒロトはお盆をテーブルに置くと、両手にジュースのグラスを持って、片方を私に渡してくれた。

 

「じゃあ、はい。喉だって乾いたし一緒に飲もう」

 

「……そうだね」

 

 グラスを私は受け取った。同時に、ヒロトも私の隣に座ってくれた。

 一緒にオレンジジュースを飲みながら……少しどぎまぎしながらヒロトの事を意識する。

 

「なぁヒナタ、少しいいか」

 

 先にジュースを飲み終わったヒロト、彼はそんな風に尋ねてくる。

 私はストローを咥えたまま顔を向ける。

 

「大丈夫だよ? どんな話、なのかな」

 

「ふっ、大した事ではないけど――改めて、と思って」

 

 そう言ってヒロトは自分の部屋に置いてある写真を眺める。

 

「俺は何よりもずっと、ヒナタの事が大切だ。

 そう、一番に。だからこうして思い出だって大切にしている」

 

 私もジュースが飲み終わって、グラスを近くの棚の上に置く。

 

「ヒロトが……私との、思い出を」

 

「ああ! もちろんだ。だからこそ――」

 

 ヒロトは得意げな顔で微笑む。そして、隣に座る私に、ぴったりとくっつく。

 

「あっ――」

 

「だからヒナタとの写真だって、こんなに。 

 俺の想いの証明だ。誰よりも、何よりも……ずっと君を想っている」

 

 目の前のヒロトの瞳。そこに映っているのは、私だけ。

 それに部屋の写真だって。

 

 ――こんなに私の事を、私だけをヒロトは見ている。

 ヒロトとこんな風になれたらってずっと思っていた。それが今、願いが叶って喜ぶべきなんだ。だけど――

 

 ……これは違う。根拠はないけど、違和感と違和感が積み重なって、それに心の奥底で何かが決定的に『違う』と言う感覚がずっとある。

 私が望んでいたはずの、今。

 だけどそれは――現実とは。

 

「ヒナタ、俺はそれくらいに君の事を想っている。

 ここに連れて来たのは、その想いを今まで以上に伝えるためだ!」

 

「――あっ」

 

 瞬間、ヒロトは傍のベッドへと、私の身体に覆い被さるようにして……私を押し倒した。

 

「あ……あ」

 

 ベッドに横たわった私。

 すぐ上から覆いかぶさって見下ろすのは、ヒロトの優しい顔と、それに私しか映っていない瞳。

 

「これからもずっと、俺はヒナタの事を……君だけを想い続ける。

 俺の想いはただ一人、ヒナタだけのものだから」

  

 とても嬉しい言葉。ヒロトがそう伝えると、身体ごと顔を、私に近づける。

 

 ――凄く、ドキドキするけど。……これは――

 

 距離が間近になって行く顔と顔。ヒロトの吐息だって、鼻先や頬に触れて感じる程に。

 

「だから、俺のヒナタへの思い――受け取ってくれ」

 

 ヒロトはそう言って、私に唇を。

 

 ――望んでいていた事。それが叶って幸せだけど――

 

 

 

「……っ、駄目っ!!」

 

 キスしようとしていたヒロト。

 私は両手で思いっきり身体を押して、彼を引き離した。

 

「――えっ」

 

 引き離されたヒロトは、訳が分からないような顔をしている。

 

「ごめん……私は……」

 

 両手で押し離して、私はベッドから起き上がって彼と向かい合う。

 そして勇気を振り絞って――ヒロトに伝える。

 

「私の事だけをそこまで一番に想ってくれるんだね。……とても嬉しいよ。

 ヒロトにこんな風に大切にされるの、夢でもあったから」

 

 そう、嬉しくて幸せだって言う私の気持ちも、本物なんだ。

 だけどね、ヒロト。……ううん。

 

「でも、これは本物じゃないんだ。上手く言えないし証拠もないけど、分かるよ。

 こうしてヒロトと過ごす時間も、そして……ヒロトも偽物だって」

 

「そんな」

 

 唖然とするヒロト。けれど私は構わずに続ける。

 だって、これは本物じゃないから。

 

「本物のヒロトなら、私だけじゃなくて大切なものがたくさんあるから。

 大切な仲間や、世界、それにガンプラだってもちろん。

 それなのに貴方は私だけ、私しか見ていない。ガンダムベースでも、私以外はどうでもいいって…………そんなのは違うの」

 

「……」

 

「ごめんなさい。でも、貴方はヒロトじゃないの。

 私は――本当の世界に、ヒロトの元に戻りたいんだ!」

 

 

 

 ――――

 

 私が言ったその時。――急に世界から色と音がなくなった。

 まるでモノクロ映画の中にいるかのような、白黒の部屋の中。音だって全くない。窓の外から聞こえる車や人、鳥の声、何もかもが聞こえない。

 

 さっきまでは現実のようだったのに、急に世界は非現実的なものに変わった。

 けれど……あのヒロトの姿は消えて、それに棚にいくつも置かれていた私との写真も消えていた。――代わりにイヴとヒロトとの写真が、近くに置いてあったのが見えた。

 

 ――今度は、現実のヒロトの部屋そのままに。

 そう、現実の。……現実、それは確か――

 

 頭の中のモヤモヤが晴れて、そして、思い出せなかった記憶が――次第に戻って来た。

 

 ――ようやく、全部思い出した。

 私は、イヴさんが復活するかもしれないって知って、ヒロトを諦めようと……したんだ。

 でも諦められなくて。だから、GBNにいるもう一人の『ワタシ』に会いに、助けて貰いたくて――

 

 だからGBNで、私はあの黒い『ワタシ』に会った。

 ――私を救ってあげると。そう言った彼女の手をとって、それから……意識を失って。

 

 ――気がついたら、この世界でヒロトと幸せな時間を過ごしていたんだ。どれくらい過ごしたのか分からないくらいに――

 

 どうしてなのか分からない。だけど、今考えるとはっきりと分かる事がある。

 

 ――私が今いる世界は、本当の世界じゃない。

 これは偽物の……夢の中みたいな世界だって――

 

 

 

 ――――

 

「あらあら、まさか気づいてしまうなんて、ね」

 

 その時、誰かの声がふと聞こえた。

 声はすぐ左横から。振り向くと、そこにいたのは……。

 

「――えっ。あなたは……私?」

 

 横に立っていたのは、私と全く同じ姿をした――もう一人の『ワタシ』だった。

 姿も、服装も、現実世界での私と同じ容姿と、私服そのままの『ワタシ』。けれど、顔は微笑んでいるけれどその雰囲気には……私とは違う、鬱屈した怒りと悲しみを漂わせていた。

 

 ――この雰囲気、やっぱり――

 

「GBNでのダイバー姿ではないのは、初めてかしらね。でも、現実世界での私服も、ほら、似合うでしょう? だってワタシは『私』ですもの。

 ……ふふふふふっ」

 

 『ワタシ』は自分の胸元にそっと手で触れ、怪しく微笑む。

 微笑みながら、『ワタシ』は私に視線を投げかけて続ける。

 

「……でも、知ったからには仕方ないわねぇ。

 ムカイ・ヒナタ、『私』の言う通り、ここは貴方の夢の中。ワタシが見せてあげている……素敵な、素敵な夢の世界」

 

「やっぱり夢なんだ、全部。

 ここは本物の世界じゃないって。でも、どうして……えっと、『ワタシ』は」

 

 ふと、目の前のもう一人の自分を『ワタシ』と呼ぶのが、少し変な気持ちになってしまった。

 すると彼女は表情を和らげると。

 

「今更だけど、自分自身と話すのも違和感があると言うか、呼び方に困るものかしらね。

 そうね、ならワタシの事は――クロヒナタ、とでも呼べばいいわ。気に入らない呼び名だけど便利な呼び名ですもの」

 

 ――何だろう、目の前の『ワタシ』……クロヒナタさんは、前に会った時よりも優しいような気がする――

 

 私はつい、そんな事を思った。一方でクロヒナタさんは。

 

「どうしてこんな夢を見せているのか――そう聞きたいのかしら。

 それはね、ワタシが貴方を、ムカイ・ヒナタを救ってあげたいからよ。その事は、伝えたじゃないの」

 

「私を、救うって」

 

 確かにクロヒナタさんは言っていた。

 ――私を救うと。彼女は最初に会った時から、そう言っていたんだ。 

 クロヒナタさんの想いはきっと、何一つ、ずっと変わらないものなんだと。

 

「だから貴方の心に干渉して、素敵な夢を見せてあげていたの。

 どう? これがムカイ・ヒナタの望んでいた理想。ただの夢の世界だけど、貴方がこの世界で感じた幸せは、本物だった筈でしょう」

 

 夢だったけれど、クロヒナタさんの言う通り。

 

「うん、とても幸せだったよ」

 

 幸せだった夢。出来るのならずっとこうして、夢の中でヒロトといたいとも思った。

 

「……だけど、これは夢でしかないから。

 私のために、救ってくれるために夢を見せてくれたのは嬉しいよ。けれど夢は夢なんだ。……私は本当のヒロトがいる世界に、戻りたいの」

 

 クロヒナタさんが言っていた『救い』がこの夢の世界だと、私は思った。けれどそれが救いだとしたら、そんなのは私の望むものなんかじゃない。

 けれど彼女はほんの少し呆れ困った顔で、右手の人差し指を左右に振ってみせた。

 

「ノン、ノン、ノン、それは違うわムカイ・ヒナタ。

 夢はただの夢に過ぎないわ。眠っている間は、やっぱり良い夢が見たいもの……でしょう?」

 

 クロヒナタはその態度のまま私に近づき、右手を伸ばしてある物を取る。

 はぁ――。同時に、彼女は深いため息もついた。

 

「それに、本当のヒロトですって」

 

 呟きとともに私へと顔を上げるクロヒナタさん。向けられた表情には静かな絶望と怒り、そんな感情で満ちていた。

 

「今現在、たった一度でもクガ・ヒロトが、貴方の事を一番に想ってくれたの? 

 誰よりも愛してくれた?」

 

 そう言って彼女は、さっき手にした物を私に見せる。

 

「違うわよねぇ。そんな訳があるわけないじゃない。これがその証拠でしょう」

 

 クロヒナタさんが持っていたのは写真だった。そう、GBNで撮ったヒロトとイヴさんとの写真を、写真立てごと。

 

「ヒロトと……イヴさん」

 

「ええ、そうよ。分かるでしょう? クガ・ヒロトが大切にしていたのは、何なのか」

 

 手に持った二人の写真を、クロヒナタさんは私に見せつける。

 それに、彼女は笑ってもいなかった。無表情だけど瞳は暗く濁って、それに写真立てを握る力も強くて――ピシッと、ガラスにヒビが入った。

 

「彼は……あの人間は、貴方を放っておいてGBN、ガンプラ、そして……このELダイバーをずっと大切にしていたのよ。

 ――見なさい、こんなに幸せそうな顔。この笑顔でムカイ・ヒナタ、貴方の事を想っていたとでも言うの? そんな訳……ないに決まっている。

 ああ、本当に、本当に――っ! 虫唾が走って堪らないわ!」

 

 

 

 怒りの叫びと同時に、クロヒナタさんは手に持っていたヒロトとイヴさんの写真を……床に叩きつけた。

 

 ――ガシャン! 

 

「!!」

 

 叩きつけられた写真立て。フレームが壊れてガラスも砕けて散って。

 ここは夢の世界。世界だって、壊した写真立てだって本物じゃないけど。……それでもこんな事をするなんて、胸が締め付けられる思いがした。

 ――それに。

 

「クロヒナタ……さん。その顔」

 

「――ああ」

 

 砕けて飛んだガラスの破片は、クロヒナタさんの左頬を傷付けていた。

 流れる赤い血。クロヒナタさんは自分の指で左頬の傷を拭う。

 

「ふっ」

 

 自分の血がついた指を、彼女はおもむろにぺろりと舐めた。それに頬の傷も瞬く間に塞がって元に戻った。

 

「心配しなくてもここは夢の中、ワタシには痛みなんてないし、傷だってこの通りよ。

 仮にあったとしてもそんな痛みなんて、ムカイ・ヒナタ、貴方が受けた心の傷に比べたら」

 

 そう呟くクロヒナタさん。そして憎しみが混じった言葉を、続けて吐き出す。

 

「けどクガ・ヒロトはそんな傷……彼自身が貴方に与えた傷なのに、省みもしなかった。

 気がつきさえもしない。そんな相手なんて――いっそ消えるべきよ」

 

「――ヒロトが、消えるべき。……そんなのって」

 

 また、自分そっくりの相手――もう一人の自分が、自分では言わないような恐ろしい事を平気で言った。

 

「そんな事させない! ヒロトを消そうとしたり、傷つけようとするなんて」

 

「ふふ……っ。心配しなくても『クガ・ヒロト』と言う存在に何かするつもりはないわ。

 だから、安心して頂戴な。今のはそうね……ただの言い過ぎ、気にすることではないの」

 

 クロヒナタさんは穏やかに微笑んで、安心させるように言う。

 けど、さっき『消えるべき』と言った言葉、私でも分かる。

 

 ――あれは言い過ぎなんかじゃない、本気だって。

 クロヒナタさんは本気でヒロトが消えるべきだって、もしかすると本当に消そうとしていると――

 

 私を想う気持ちは本物だって分かる。けれどクロヒナタさんの考えている事は、とっても、寒気がする程に怖い事だって。

 改めて思った。私と同じ姿をしていても、中身は全然違う。もしかすると……人間からもかけ離れている異質な何かだって。

 

 

  

 けれど、クロヒナタさんは構わず私にそっと近づいて、母親が子供に優しく説くように話す。

 

「分かる? 本物かどうかなんて、実際重要じゃないのよ。

 重要なのは貴方が誰よりも大切に想う『クガ・ヒロト』が、同じくらいに一番の想いをムカイ・ヒナタに向けてくれる事なのよ」

 

「想いを……一番に」

 

「だからね、ムカイ・ヒナタにはもうしばらく、大人しく夢を満喫していればそれでいいの。

 全てワタシに任せて欲しい。……そしたらこの夢だって現実にしてあげられる。クガ・ヒロトが貴方を一番に愛してくれると言う現実を――必ず与えてみせる。

 ちゃんと目覚めたその時には、きっと」

 

 これも本気の言葉。クロヒナタさんは私のために、本当にそれを叶えるつもりだって。

 もし彼女の言う通り、ヒロトが私を一番に想ってくれるなら……。

 

 ――きっと喜びで一杯、だろうな――

 

「今度こそ……ワタシを受け入れて欲しいわ。ムカイ・ヒナタの幸せには、それが最善なのだから」

 

 

 

 本当にそれが叶うなら。……だけどね、やっぱり私は。

 

 ――ピシッ!

 

「!!」

 

 ひび割れる音と一緒に、空間に亀裂が入った。同時にクロヒナタさんの顔に驚きと動揺が浮かぶ。

 

「ヒロトへの想い、確かに諦められないけれど……誰かに無理やり叶えさせて貰うのは違う。

 それに自分で決めた道だって、思い出したんだ」

 

 私の想いに反応するみたいに、また音とともに空間がひび割れてゆく。

 亀裂からは光が零れて……。多分、この世界が崩れようとしているんだって思う。

 

「そんなっ、一度はワタシを信じてくれたのに! ……ここまで来てまた拒絶すると言うの!?」

 

「ごめんなさい。せっかく私の力になってくれたのに。だけどヒロトとはもう一度、ちゃんと話をしなきゃと、自分で勇気を出さないといけないって気づいたの。

 ……まだ告白の答え、はっきりとヒロトから聞いてなかったから」 

 

 ピシッ――ピシッと。

 

 空間全体が亀裂で覆われて、光も眩しいくらいに溢れている。

 そんな空間をクロヒナタさんは見回して焦っていた。 

 

「夢の世界が崩壊する。……いえ、ムカイ・ヒナタがこのまま覚醒すれば、ワタシによるコントロールが利かなくなる!?」

 

 そして私に向けて、最後の説得をしようとする。

 

「馬鹿な事はやめなさい! 例えそうした所で、あのクガ・ヒロトが貴方を想ってくれるとは限らないのに!

 ワタシは周りをどれだけ敵に回そうと、憎まれても、認められなくても構わない! けど、全て貴方の――『私』のためなのっ!

 だからムカイ・ヒナタ! 貴方だけはどうか…………ワタシを信じて」

 

 クロヒナタさんはとても必死に、まるで懇願するみたいに止めようとしている。きっと私への想いは強いって、分かっているけど。

 

 ――でもダメなんだ――

 

 私はゆっくりと、首を横に振る。

 もうこの世界はもたない。けど最後に、私は想いを伝える。

 

「ありがとう、クロヒナタさん。

 でも私は、やっぱり自分の気持ちにちゃんと向き合いたいから、もちろんヒロトの気持ちにだって。

 

 結果どうなったって、もう後悔なんてしないから!」

 

 

 同時に、空間が一気に砕け散る。

 欠片は飛び散って、そして光が――クロヒナタさんと私も、全て包み込んだ。

 



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―今は君だけのヒーローとして!―(Side ヒロト)

 ――――

 

〈ワタシの身体、いえ……憑りついた『私』の、ムカイ・ヒナタの身体が……言う事を…………きかないっ!〉

 

 追い詰められたクロヒナタは逆上し、黒いジュピターヴガンダムのビームライフルで生身のメイを撃とうとした。

 けれど引き金を引く瞬間に、操縦するクロヒナタの動きが止まった。――多分ヒナタが抵抗してくれたからだと、俺は思う。

 動きが止まった隙に俺のユーラヴェンガンダムはビームサーベルで、ライフルを握る黒いジュピターヴの腕を切断し、続けて動力部を貫いて停止させた。

 

 ……そして今。

 

 

 

 ――――

 

 ウォドムポッドから出て来るもう一人の、分身の方のメイ。

 メイがクロヒナタの目を欺くために、ミラーミッションのシステムを用いて作成したコピーだ。

 彼女は機体から降りると、本物のメイに近づく。

 

〈本当にそっくりですね〉

 

〈ああ。並んでいると見分けがつかないぜ〉

 

 パルとカザミ、二人がそう話すのも聞こえる。

 確かにすぐ近くの俺から見ても、本物とコピーのメイは全く同じ、瓜二つだ。

 

「お疲れ様だ、私」

 

「ああ、そちらもな」

 

 互いにそんな事を伝え、本物のメイが俺の方に視線を向ける。

 

「コピーには私のデータの一部も使っている。だから、ちゃんと元に戻さないとな。

 ……さて私たちも一つに戻ろうか。改めて私の代わりに戦ってくれて、有難う」

 

 メイはそう言って、自分のコピーと手と手を合わせる。

 瞬間メイのコピーはデータの粒子となって、霧散する。そして粒子となったコピーの欠片はメイの身体に吸い込まれて、吸収される。

 

 

 

 元の一人に戻ったメイ。

 

「これでよし、と」

 

 そう言ってメイは、自身の右横に立つ――俺へと視線を向ける。

 

「メイのおかげで、俺たちも助かった。本当に凄いよ」

 

 俺も自分のガンプラから降りてメイの傍に来ていた。

 今、俺たちが立っているのは、大破して機能を失った黒いジュピターヴガンダム……俺のガンプラのコピーの前。

 動力部は確実に破壊した。戦うどころか、もう動けもしないはずだ。

 

「けど、まさかあんな事を。メイが俺たちに秘密でこんな」

 

「やはり驚かせてしまったか。

 ……みんなに内緒で私の判断で、勝手な事をしてしまい申し訳ない。けれど、クロヒナタを止める為には、彼女が持つミラーミッションへの支配権を奪う必要もあった」

 

 メイの言う通り、クロヒナタにはミラーミッションのシステムを自在に操る力があった。

 それを使って無数のコピーガンプラを生み出してGBNを襲い、ミラーミッションのエリアまで変貌させた。そして、システムの演算能力を総動員して人の精神をハッキングして乗っ取るプログラムを作り、俺たちの戦闘を予測し上回るような……そんな離れ技まで行った。

 全てクロヒナタがミラーミッションを支配していたからこそ。

 

「電子生命体である私だからこそ、直接システムに関与して、修正プログラムによるミラーミッションの正常化、クロヒナタとの繋がりを絶つ事が出来た。

 そして私はシステムに干渉して真っ先に自分のコピーを作り、ウォドムポッドに乗せて戦いに向かわせた。囮と、そしてヒロトへの援護の為に」

 

 改めて、そこまでメイは凄い事をしたのかと、俺は思った。

 

「クロヒナタはコピーを本物の私と信じた。それに……シドー・マサキが派手に暴れて注意を惹いてくれた。おかげでシステムを奪還する最後の最後まで、私の行動は気づかれずに済んだ」

 

「シドーさんも……そんな事を」

 

 共にミラーミッションに来て、途中で一人置いてしまったシドー・マサキさん。けれど、俺たちがここで戦う間も、彼もまた全力で頑張っていたんだ。

 

「本当に、みんなのお陰だな。

 誰一人欠けたとしてもクロヒナタには勝てなかった。だからメイ、遅くなったけど俺からも、ありがとうと言わせてくれ」

 

 俺も含めて、全員の力でGBNの危機を食い止めた。

 そう、これでGBNは救った。

 

 

 

 

 

「うむ、その通りだ。……残るは」

 

 ――勿論分かっている――

 

 メイも、そして俺も同じ方向に視線を向ける。

 視線の先には依然動くことのないジュピターヴガンダムのコピー。あそこにはクロヒナタが、それに彼女に憑りつかれたままの、ヒナタがいる。

 

「今度はヒナタを救う。俺の手で、救いたいんだ」

 

「ヒロトなら言うと思った。

 けれど、だ。具体的にどうやって救うか考えているのか?」

 

 そんな言葉に俺はつい動揺する。

 彼女の問いに苦し紛れに、どうにかこたえる。

 

「それは……今から説得をしてみせる。

 ミラーミッションのシステムは使えない。もう、あんなに暴れ回る事だって。だから――」

 

 けれどメイは、ゆっくりと首を横に振る。

 

「それは無理だ。恐らくヒロトも分かっているはずだろう、クロヒナタには言葉は通じないと」

 

「……」

 

「クロヒナタは私と――私に宿るイヴ、そしてヒロトを激しく憎んでいる。きっと幾ら話しても、拒絶されてしまう。

 それにだ、彼女なりの想いと信念、正義とも言えるか。ここまでの事を平気でする程に……強い。例えミラーミッションの権能を失っても、それで諦めるとは到底思えない」

 

 これだって、俺も薄々理解はしていた。

 けれど他にどうすればいい。どうやって、クロヒナタからヒナタを取り戻す。メイの言う通りミラーミッションを取り返したとしても、良い解決手段が分からずにいた。

 ……その時。

 

 

 

「だからだ、ヒロト」 

 

「えっ?」

 

 メイは俺のすぐ横に立ち、いきなり俺の右手を握り手を繋いだ。

 驚くと同時に訳が分からなかった。どうしてこんな事を……。そう思っていると、彼女は。

 

「ミラーミッションのシステムに干渉しながら、私はヒナタを救うための手段と方法も用意した。

 それには私と……ヒロトの力が必要だ」

 

 ――俺の力が、必要だって?――

 

 今度はそんな話も。上手く頭の整理が追い付かないでいた。

 けれど分かる事はある。

 

 ――メイは何か手を用意している。そして俺も、どんな手だって――

 

「ヒナタを取り戻せるなら何でもする。

 メイが用意した方法、俺に教えてくれ」

 

 メイは分かったと、返した。そして俺に……教えてくれる。

 

「うむ。どちらにもリスクが大きい方法ではある、けれど今考えられる最善の手段だ。

 ヒナタを救う方法、それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 俺は方法と、そしてすべき事をメイから聞いた。

 ……そして俺とメイは、倒れた黒いジュピターヴガンダムの上を歩く。足先から進み、向かうは機体のコックピットハッチだ。

 

「……さて」

 

 間もなくして、俺たちはコピーガンプラの腹部に立つ。

 すぐ目の前には機体胸部――コックピットハッチが見える。

 

「あそこにヒナタが――クロヒナタがまだいるのか」

 

「恐らく。あれから全く動きも、反応もない。私たちがこんなに近くまで来たのに……だ」

 

 確かにメイの言う通り、何の反応も気配もない。機体は動く事が出来ないから当然だけれど。

 

「動力は止まったから当たり前だと思う。それにクロヒナタ自身も、さっきのまま動く事が出来ないままじゃないのか」

 

 クロヒナタは戦いの最中、いきなり身体が動かなくなった。

 機体操作も出来なくなり、俺はその間に止めを刺した。最後はそれに救われたんだ。

 メイは俺に視線を向けて頷く。

 

「かもしれないな、ヒロト。

 クロヒナタは憑りついていたヒナタとの繋がりが、何らの形で不調をきたした。もしくは限界が来たのかもしれないな。

 どちらにしても今、繋がりが弱まっていると考えてもいい。だとしたら私たちもやり易いかも――」

 

 

 

「――いや、そうでもないらしい」

 

 俺は見た。機体のコックピットハッチがゆっくりと開いてゆくのが。

 これにメイも気づき、俺と彼女は身構える。

 開いたコックピットハッチ、そこから姿を見せる姿は……。

 

「ワタシの前に……現れたわねぇ。メイ、そしてクガ・ヒロトも」

 

 ハッチの縁に片足を乗せて立つクロヒナタ。彼女は俺に突き刺すような、刃物のように鋭い視線を投げかける。

 

「そうだ。お前からヒナタを取り返すために、私たちは来た。

 私たちはもちろんヒロトにとって、彼女はとても大事な存在だからだ」

 

「ククッ、クハハハハハハハハッ!」

 

 途端クロヒナタは上を仰ぎ、歪な高笑いを響かせる。

 

「大事ですって? それじゃあ足りないわ。誰よりも……一番じゃないと!」

 

 彼女は再び俺に殺意を向ける。

 

「だからムカイ・ヒナタを本当に一番に想うワタシが、『クガ・ヒロト』になるべきなのよ。

 直接来てくれて嬉しいわよぉ。ご丁寧に、古い貴方を抹消して、ワタシが貴方に成り代るチャンスを与えてくれたのだからねぇ」

 

「――」

 

「それに木偶人形共――メイとイヴ。今度こそここでワタシの手で、どちらとも完全消滅させてあげる。

 二人……クガ・ヒロトを含めて三人まとめてね」

 

 冷徹な言葉とともに、クロヒナタは右腕先から深紅の刃、ビームサーベルを展開する。

 ……その形状はまるで、メイのビームサーベルと限りなく似ていた。

 

「それは……メイの」

 

「ああ、ヒロトは見るのが初めてだったわね。

 ワタシはメイの戦闘データをこの身に取り入れているの。

 確かにミラーミッションのシステムは殆ど使えないけれどねぇ、それでもワタシ自身にも多少のコピー能力はある。一度取り入れた戦闘データだって、身体には残留しているのよ」

 

 メイと同等の戦闘能力を持っていると……やはり、そう言う事か。

 けれど、一方でメイは。

 

「その身体で戦うつもりか。今は動けるかもしれないが、また……さっきのように動かなくなれば、その時は」

 

「ふふふふっ。心配しなくても、もうあんな事は起こりえないわ」

 

 心なしか、クロヒナタは寂し気に笑うとともに、自分の胸に手を当てる。

 

「せっかく良い夢を見せてあげたのに、ムカイ・ヒナタはそれを拒んだ。ワタシとその想いも拒絶して抵抗した。

 …………結局、ワタシは一人ぼっちなのねぇ」

 

 垣間見た彼女の抱える孤独感。クロヒナタは敵でもあるけれど、俺はつい思う所があった。

 だけど彼女がその様子を見せたのは、一瞬。クロヒナタは再び冷たい笑みを浮かべると、続けた。

 

「だから――今度は夢も見れないくらいに、そしてワタシへの抵抗も出来ないよう、ムカイ・ヒナタの意識にはずっと深く眠って貰ったわ。

 もう何も考えたり出来ないくらい、深く。貴方達の声だって届きはしないのよ」

 

「そこまで封じ込めたのか。……これは、不味いかもしれない」

 

 メイの言葉。最後の方は小声で、傍にいる俺じゃないと聞こえないくらいだった。

 俺もそれに小声で返す。

 

「……けれどやるしかない。メイが用意した手段が、今ヒナタを救う一番の方法なのは変りないから」

 

 

 

「一体、何をコソコソと話しているのかしら?」

 

 クロヒナタはビームサーベルを構えて言った。

 

「貴方達がここに来たのはワタシにやられる為ではない。ムカイ・ヒナタを取り返す、その為に来たのでしょう?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 俺の代わりにメイが答える。そして、彼女も薄緑に輝くビームサーベルを右腕から放ち、戦闘態勢に入る。

 

「……力づくで解決するしかない。行動不能にしてGBNに連れ帰り、そこでヒナタと切り離す手段を講じる」

 

「くくくっ、メイにしては随分脳筋な考えねぇ。

 でも戦うと言うなら――」

 

 

 

 刹那、クロヒナタは足元を蹴りメイへと迫る。

 

「全力で、相手してあげるわよぉ!」

 

 真正面からの刃の突撃、それをメイはビームサーベルを真横に構えて受け止めた。

 

「好き好んで戦うわけではない。だがっ! それが私に出来る精一杯だ!」

 

 受け止めた後、サーベルを強く振って弾く。相手は勢いに飛ばされて、離れる。

 

「そっちも離れていろ、ヒロト! この場は私とクロヒナタとの戦いだ」

 

 ――ここはメイに任せるしかない――

 

 俺は小さく頷いてこたえ後ろに下がる。メイは任せろ、そう言うかのように薄く微笑む。クロヒナタに視線を戻したのはその後だ。

 

「さぁ……この前のワルツの、続きと行きましょうか」 

 

「確かに直接戦闘は、以前ぶりだなクロヒナタ。

 つけ切れなかった決着はここで付ける!」

 

 

 

 

「それは、ワタシのセリフだわねっ!」

 

 再び、クロヒナタはメイに襲いかかる。

 同時にメイも彼女へと、一気に距離を詰めた。

 

「「はあぁぁぁっ!」」

 

 二人は同時に迫り、そして、ビームサーベルを交わせ衝突する。

 

「――うっ!」

 

 緑と赤、二つの眩い光は入り混じって、周囲に放出される。

 あまりの強く眩しい輝きに、俺は顔を反らして僅かに目を塞いでしまう。

 

 

 

 けれど、俺がそうしている間も、二人は生身での戦闘を繰り広げていた。

 機体の胸部で高速で動き、立ち回り、剣を振るメイとクロヒナタ。ビームサーベルが衝突し合う度に、激しい光が放出されて輝く。

 ……生身での戦いでメイがどれくらい強いかは知っている。今でも、彼女の動きと戦いは俺から見ても、相当に凄い。

 次々と足場を跳び周り、僅かな隙を見逃さずにビームサーベルで鋭く斬撃、突撃を繰り出す。――けれど。

 

「ふふ……ふふふっ」

 

 対してヒナタ……いや、クロヒナタの動きも、完璧にそれに対応していた。

 メイからの攻撃を防ぎ、それにメイと同等の動きに、戦いを繰り広げて襲う。

 

 ――ヒナタがあんな風に戦うなんて――

 

 痛烈に、違和感がある光景だった。クロヒナタの瞳に揺らめく憎悪。あれは本気で……メイを。

 

 

 

 戦う二人は、立ち回り移動しながら戦う。 

 今は、ジュピターヴの胸元に立つメイとクロヒナタ。緑に輝くメイの刃と、クロヒナタの深紅に輝く刃が何度も交叉する。

 二人はビームサーベルを同時に右斜めに振り下ろし、鍔迫り合う。

 

「やはり本物、やるわねぇ」

 

「当たり前だ。ここで負けるわけには――行かないのでな!」

 

「成程、へぇ」

 

 激しい近接戦での戦い。メイとクロヒナタはまた同時に後方に跳躍して一旦距離を、そして瞬時に構えて攻撃に出ようと迫る。

 クロヒナタ、今度はビームサーベルの剣先を向けての突撃。一方メイは……刃先を後方に持って来たかと思うと、一気に横に薙いだ。

 自身に迫った刃先、メイの薙ぎ払いはそれを弾く。

 ついにクロヒナタに隙が出来たんだ。

 

「もらった!」

 

 メイはそのままビームサーベルをクロヒナタに……けれど。

 

「――っ」

 

 途中、寸前で攻撃の手を止めたメイ。

 クロヒナタはそんなメイを見て嫌な笑いを浮かべたかと思うと、今度は強く蹴り上げた。

 突然の蹴り上げにメイは下がって避ける。

 

「くくっ、でもまともに攻撃なんて出来ないわよねぇ? だってこの身体は、ヒナタのものですもの」

 

「それ……はっ」

 

 メイは苦い表情を浮かべる。

 ヒナタのダイバー体に憑りついて、操っているクロヒナタ。

 システムは確かにメイによってクロヒナタの支配から逃れ、正常化はした。けれどあくまで繋がりを切断したくらいだ。エリアはまだそのままでもあるし、システム面――例えば彼女が解除したフィードバックのリミッターも、元に戻っているかの保障もない。

 加えて憑りつかれたままのヒナタを傷つければ、どうなるか全くの未知数。下手に攻撃なんて出来るわけがない。

 

「メイなら気づいていたんじゃないの? 戦い出してからずっと、ワタシに傷を与えないように無意識にブレーキがかかっていた事を」

 

 クロヒナタはニヤニヤとしながら、ビームサーベルを振り下ろす。

 その速度、鋭さはさっきよりも数段上がった。メイも寸前で防ぐ。けれど攻撃の勢いに受け止めた彼女のビームサーベルは押される。

 

「けれどワタシは、本気で貴方を消そうとしているのよ?

 貴方が手加減せざるを得ないこの状況――同じ実力なら、負けるわけがない!」

 

 ぎりぎりと、防いではいてもクロヒナタの紅い刃が押されて迫る。

 

〈おい、何だよこの戦い。せめて援護でも出来れば……っ〉

 

 ガンプラから戦いを見ていたカザミが、悔しそうに言うのが聞こえた。

 対してパルは。

 

〈無理です。ガンプラの攻撃では近くにいるメイさんも巻き込んでしまいます。それにあれはヒナタさんでもあるんですよ。下手に攻撃で傷つければ、どうなるか〉

 

〈俺だって分かっているさ! けど!〉

 

〈悔しいのは僕だって同じです。それでも、今出来る事はメイさんを……信じるしか〉

 

 カザミもパルも、今何もする事が出来なくて悔しい感じなんだ。

 もちろん俺だって。二人よりもずっと戦いに距離が近いのに、結局は同じく見ている事しか出来ないから。――今は。

 

 ――けれどメイは俺たちの仲間だ。きっと、メイなら――

 

 

「確かに私には、無理だ。――けど!」 

 

 とっさにメイは、瞬時に姿勢を下げて足払いをかける。

 

「はっ、小賢しいわねっ!」 

 

「私だって挫けるものか」 

 

 足払いをされ、攻撃を中断されたクロヒナタ。瞬間にメイは背後に回り込むと、ビームサーベルを解除した右腕を伸ばす。

 

「剣を振り回すだけが芸ではない。こうして……組み伏して動きを封じれば」

 

 クロヒナタの腕を掴み、続けて下に押し倒して組み伏そうとする。

 けれど、対して。

 

「……させないわよ」

 

 押し倒す動作をするよりも早く、クロヒナタは右腕を掴まれたまま身体を反転してメイに向き合う。同時に使える左腕を伸ばして襟首を掴み、そのまま……。

 

「そのままっ! 吹っ飛びなさいな!」

  

 クロヒナタは強い力で腕を振り、メイを投げ飛ばした。

 仮想空間は現実と違い、ある程度どうにでもなる。けれどヒナタがあんな事まで。

 

「ぐうっ!」

 

 飛ばされたメイはジュピターヴガンダムの上から落下しそうになる。けれど寸前で態勢を変えて速度を殺し、足で踏みとどまる。

 踏みとどまったのはジュピターヴの頭部。クロヒナタはそこに立つメイに向かって、ビームサーベルを放って襲う。

 

「やはり甘いわねぇ。おかげで!」 

 

 高速で一直線に迫るクロヒナタ。メイの直前に立つと同時に刃を、狂暴なまでに多数の突きを繰り出す。

 

「ほらほらほらっ! そんな貴方がどこまで耐えられるかしら、木偶人形っ!!」

 

 メイはクロヒナタ――ヒナタに攻撃が出来ない一方、クロヒナタは感情のままに容赦なく襲う。必然的に攻勢と防戦に分かれてしまっている、二人の戦い。

 

「まだ私を……ELダイバーを木偶人形と、嘲るのか」

 

「木偶に木偶と言って、何が悪い!」

 

 繰り出される突撃攻撃、メイは内大振りな一撃を放たれたのを見計らい、左横へと移動。対してクロヒナタも、今度はビームサーベルをその方向へと薙ぐ。

 

「私たちは木偶ではない! 心を持った一つの生命だ!」

 

 薙ぎ、振り上げ、斜めからの振り下ろしに突き。より激しい攻撃と連撃を繰り出すクロヒナタ。

 それを全て受け止めながらメイは言い返す。

 

「生命ですって? たかがガンプラの余剰データの集積物が、滅びた異星人の物真似をしている真似人形が言うか!」

 

 ELダイバーと言う存在に対する憎しみ。けれどこの憎しみを受けて、メイは……。

 

「ELダイバーに対してそこまで言うのなら、クロヒナタ、お前は一体……何だ?」

 

「ワタシはワタシよ! そして今は、もう一人の『ムカイ・ヒナタ』だわ!」

 

 怒りのまま、クロヒナタはビームサーベルを左斜めから振り下ろし、続けて鋭く斬り上げる。

 メイは最初は回避し、間髪入れずに迫る斬り上げ攻撃は、ビームサーベルで防ぐ。

 

「ミラーミッションの支配、そんな物は情報体による直接なリンクを行わなければ不可能だ。それにダイバーに対して憑りつくような……離れ業も人間に出来る事じゃない。

 木偶人形と蔑むお前こそ、やはり情報生命体、ELダイバーなのだろ」

 

「違うわ」

 

 迷わず断じるクロヒナタ。

 そして受け止められたビームサーベルを、一気に手前に――メイの方に刃先を押し込む。

 

「っ!!」 

 

 防がれても迫る刃にメイは後ろに逃れるけれど、なおもクロヒナタは追いすがり攻撃を止めない

 

「違うわ……違うっ! 一緒にするな!! 

 貴方達ごとき、木偶人形ごときがっ!!」

 

 激しい憎悪とともに放たれる、再びの猛攻。

 

「確かにねぇ、ワタシは人間じゃない。貴方達同様に魂のない情報体だわ。けれどワタシはELダイバーなんかでは決してない!」

 

「情報体だと。……けれど頑なに、ELダイバーではないとは」

 

「いいわよねぇ、貴方達は。

 光の下で誕生して、ワタシにはない物を初めから持っている。――反吐が出る程恵まれているのよ!」

 

「何の話をしているんだ!?」

 

 攻防の最中に交わされる言葉。

 クロヒナタの言った事の訳分からなさは、俺だって同じだ。

 

 ――やはり分からない。情報体だけどELダイバーではない、ならELダイバーとの違いは何だ? クロヒナタの……正体は――

 

「ワタシよりも……ずっと恵まれているのに、なおもヒトから奪う! 

 貴方達木偶人形と、ワタシ、どっちが醜悪か言ってみなさいよ!」

 

 メイはまともに攻撃も出来ない。やはり、本気を出せないのが大きいんだ。

 そんな彼女にクロヒナタはビームサーベルを、今度は出力を数倍にして刃を大型化して――大きく薙ぎ払う。

 

「あれは!!」

 

 リーチの高い、デタラメな技。受け止められるわけがない。

 だからメイは大きく飛んで避けた。それでも……。

 

 

 

 

「つっ!」

 

 大型ビームサーベルの先端はメイの額をかすって、傷をつける。

 それでも彼女はどうにか、今度は機体の右肩に着地した。

 

「……貴方にはイヴのデータが一部残っている。GBNでは、残ったデータを元にして復元しようとする試みがあるみたいじゃない」

 

 クロヒナタは足場にする頭部から、右肩に立つメイを冷ややかに見下ろす。右手元にハンドガンを形成し、下にいるメイを狙って放つ。

 

「けど、やはりねぇ、させたくないわ!

 平気でムカイ・ヒナタから大切な人を奪った張本人の木偶人形め! それがのうのうと復活するかもだなんて、させてたまるものですか! 

 本当なら彼女が命懸けで守ろうとしたGBN諸共滅ぼすつもりだった。……けれど、要のミラーミッションは奪還されて、それも難しいわ。

 だから――せめてっ!」

 

 ハンドガンの射撃にメイはビームシールドで防御していた。

 

「だから私もろとも……と言うわけか。そんな事!」

 

「貴方にはそんな事だとしても!」

 

 クロヒナタはジュピターヴガンダムの頭部を蹴って胸部へと跳躍する。

 メイのいる場所とは全く違う。けれど俺がそう思ったのも、つかの間。

 飛んだのは胸部の開いたままのコックピットハッチ。続けてクロヒナタはハッチを強く、蹴った。

 

「これでっ!」

 

 頭部からハッチ、そして今度こそ――右肩に立つメイに迫った。

 

「!!」

 

 V字に高速移動して、がら空きだった右横に迫るクロヒナタ。

 右下から斬り上げられる斬撃。メイは正面に向けていたビームシールドを、攻撃が迫る右に向き直そうとする。……けれど!

 

「――しまった」

 

 シールドは確かに向けた、けれどタイミングが悪かった。

 向けた途端、突き上げられたビームサーベルは強烈にビームシールドの縁に激突する。衝撃はシールドを伝いメイまで。彼女は痛烈に態勢を崩す。

 そんなメイにクロヒナタは容赦なく追撃を仕掛ける。

 

「ELダイバーは死なない。……そうよ、だって貴方達は生命でも何でもない、ただの木偶人形ですものねぇ!!」

 

 俺から見えるクロヒナタの横顔は、強い憎悪で歪んでいた。そんな顔でビームサーベルを幾度も激しい斬撃を叩きつける。

 

「ぐぅ……っ」

 

「メイっ!!」

 

 追い詰められるメイを見て俺は思わず叫んだ。

 一度態勢を崩したメイに、それを整える事さえ許さずに次々放たれるクロヒナタの斬撃。

 ただ……受け止めて防ぐ事しか出来ずにいた。

 

「木偶人形は! ただ壊れて消えるだけよ!

 無意味に……無価値に消えればいい! 復活する可能性さえ潰してみせる、メイとともにイヴの残り一部を完全消滅させることで! 

 ここで、ワタシがっ!!」

 

 激情に駆られたクロヒナタの猛攻。俺が見てもメイには限界が来ていた。

 

「メイっ! イヴっ! そしてクガ・ヒロト!!

 ――貴方達が憎いっ!!」

 

 クロヒナタの加える攻撃は容赦なく……本気だ。

 ついに機体右肩装甲の端にまで追い詰められたメイ。彼女は攻撃から逃れるために、機体胸部――丁度俺の目の前に跳躍して飛び移った。

 …………けれど。

 

 

 

「く――はっ!」

 

「背中を見せるなんて、愚策中の……愚策だわ」

 

 飛び移ったメイの右肩を深紅の刃が貫いていた。

 その背後には、勝ち誇った表情でビームサーベルを刺し貫く、クロヒナタの姿が。

 そして彼女は左腕にもビームサーベルを形成して止めを――。

 

「っつ!」

 

 けれど直前、メイは自力で刃を身体から引き抜く。クロヒナタが止めを刺そうとした左腕の刃を、同じく左腕でビームサーベルを放ち、払って防ぐ。

 そして二人は互いに向き合う。

 

「くくくっ、ずいぶんな傷じゃないの。

 苦しんでいるのねぇ……良い表情だわ」

 

 含み笑いをするクロヒナタ、視線の先には傷をうけて右腕をだらりと垂らしたメイの姿がある。

 深手を負いながら、無事な左腕でビームサーベルを構える。……けれど手負いでは下手に攻撃に出れずに、メイは構えを解かないままじりじりと……横ににじり動く。

 

「あら? 警戒でもしているのかしら? でも、無駄よ」

 

 一方クロヒナタもメイの動きに合わせるように、常に正面に向き合うように、同じく動く。

 

「まだ、私は負けてない。……っつ!」

 

「ELダイバーにとってはこの世界こそリアル。だから傷は、さぞ辛いでしょう」  

 

 互いに動き、今はクロヒナタの背が俺の前に見える。メイの姿は反対側、背に隠れて殆ど見えない。

 

「二度も失敗したわ。けれど、今こそ。

 憎い貴方達、メイとイヴをクガ・ヒロトの目の前で先に消滅させ……最大の絶望を与えた後に彼も消す。――やはりそれこそ、正しき罰じゃない」

 

 後ろ姿しか見えないクロヒナタ。けれどビームサーベルを構え直し、今度は冷徹にメイに止めを刺そうとするのは分かる。

 

「すぐにクガ・ヒロトも後を追わせてあげるわよぉ。

 そしてワタシは『ムカイ・ヒナタ』から……今度は『クガ・ヒロト』となる。

 あんな前のクガ・ヒロトと違い、何より一番にムカイ・ヒナタの事を想い、愛してみせるのよ

 もうこれ以上、誰にも邪魔はさせない」

 

 絶対絶命だ。

 メイも、それに俺だって。――だけれど。

 

 

 

 クロヒナタの背から、微かに見えたメイ。彼女は俺に真っすぐと視線を向けていた。

 その視線の意味は。

 

 ――分かっている。今しか……ないからっ!―― 

 

「消えなさい。……っ!」

 

「――ヒナタ!!」

 

 そう叫んで、俺は走った。

 目の前にいるクロヒナタ――ヒナタのもとに、右手を伸ばす。

 

 ――これは俺にしか出来ない事だ! そうなんだろ、メイ――

 

 

 

 

 ――――

 

 時間は少し前。俺とメイが、ジュピターヴガンダムのコピーに向かおうとする直前の出来事だった。

 

 いきなりメイは俺の右手を握った。

 そして、ある事を伝えた。

 

『ヒナタを救う方法、それは――私が用意したプログラムで、強制的にクロヒナタとヒナタを分離させる事だ』

 

 いきなりの話で、もちろん俺は驚いた。

 

『分離だって? そんな事が可能なのか?』

 

『実はな、ミラーミッションの修正のために私がシステムに干渉した際、同時にクロヒナタが開発したプログラムについても調べたんだ。

 人間の人格に憑りつき、乗っ取る事を可能とするプログラム。……あんな代物を作るなら当然、ミラーミッションを構成するシステム、演算処理能力を必要とする筈だからな』

 

 メイの考えには俺も同意だ。でないと、一個人が出来る事じゃないからだ。

 

『私の予想は的中した。システムには彼女が作ったプログラムの情報が一部残っていた。

 だから、それを元にして私はプログラムを無効にして対象を切り離す――分離プログラムを用意したんだ』

 

『それは、本当か!』

 

『ああ。最も、おかげで余計に時間も食ってしまったがな。

 ……完全に乗っ取られてしまえばどうしようもないが、今のクロヒナタみたいに、ただヒナタに憑りついている分なら何とかなるはずだ』

 

 ――良かった、これでヒナタを助ける事が出来る――

 

 俺はそう思って、表情が緩んだ。

 

『凄いじゃないか。ありがとうメイ、君のおかげで――』

 

『いや、喜ぶのはまだ早い』

 

 今度は苦い表情をしているメイ。

 その理由は。

 

『私が用意した分離プログラムだけれど、私には使えないんだ。

 プログラムを使うには、使用者による対象者への直接干渉が必要になる。ヒナタ、人間である彼女への干渉が』

 

『……それは』

 

『私はELダイバー、情報生命体だ。人間への干渉には人間じゃないと駄目だ。

 だからこそヒロトに……託した。右手を見てみろ』

 

 メイは俺から手を離した。

 言われた通り、俺はさっき握られた手を見た。すると……その手の平は淡く、青く輝いていた。

 

『ヒロトの手には、私が作った分離プログラムを仕込んだ。

 きっとヒナタに憑りついたクロヒナタは抵抗する。……だから私が戦って注意を逸らす、ヒロトは隙を見てその右手で直接彼女に触れてくれ。――そうすれば』

 

 俺は再び自分の右手を見た。

 

 ――この手で、ヒナタを――

 

『危険な事だとは思うけれど、頼む。

 それにヒロト、きっとヒナタは一番お前に救って欲しいと思っているはずだ。

 だってヒロトはヒナタにとって――ヒーローなんだろ』

 

 

 

 

 ――――

 

「分かっている! だからこそ俺は!」

 

 クロヒナタとの距離は目の前。

 

「ヒロトっ!!」

 

 俺に気づいたクロヒナタは憎悪の眼で睨み、ビームサーベルを一直線に伸ばす。

 その紅い刃は頬をかすり傷を作るけど、構わない。俺は伸ばした右手をクロヒナタに――そして。

 

「――これは……っ!!」 

 

 右手に触れたクロヒナタの胸元。途端、俺の手の平が強く青く、光り輝く。

 青の輝きはクロヒナタの身体にまで……彼女の頬には青い光の線模様が浮かぶ。

 

「俺の所に、戻って来てくれ! ヒナタ!」

 

「ワタシが……引き剥がされる! ムカイ・ヒナタの身体から……そんなっ」

 

 クロヒナタ――いや、ヒナタの身体から黒いノイズのような靄が徐々に放出される。

 

 ――あれがクロヒナタの本体か!――

 

 確実に身体から離れようとしている。

 

「そのまま、出て行ってくれ!」

 

「くぅ……っ!」

 

 けれどまだ身体はクロヒナタのものだ。彼女は抵抗しているのか、苦悶の表情を浮かべている。

 相手はもう余裕がない。もう少しで……。

 

 

 

 ――だけど。

 

「させは――しないわよぉ!!」

 

 瞬間にクロヒナタは左腕を伸ばし、俺の首を掴み返す。

 

「ぐっ!」

 

 今度は、掴んだ左手から赤い輝きが放たれて俺の身体に伝わる。

 ――全身に走る痛みと、意識ごと麻痺するかのような感覚。自分の左手を見るとクロヒナタのように、赤い光の線模様が浮かんでいる。……多分自分の顔にも。

 

「――まさか」

 

「分離させようとしてもそうは行かないわ! 逆にここで、クガ・ヒロト! 貴方を乗っ取ってあげるわ、ククククッ!」 

 

 クロヒナタもまた、俺に対してプログラムを用いて乗っ取ろうと仕掛けて来た。

 凄まじい執念。ここまで来てまだやるつもりなのか。

 

「ぐぅ……っ」

 

 ――意識が、飛びそうになる。そうなれば――

 

 逆に俺が乗っ取られる。そんな……訳にはいかない!

 

「俺は――譲れないんだ! 今の俺はヒナタだけの、ヒーローだからっ!!」

 

「ワタシ……だって、ワタシだって! クガ・ヒロトには絶対!!」

 

 どちらも譲れないし諦めない。ヒナタの事を、そこまでに。 

 互いの想いのぶつけ合い。それに呼応するかのように、俺の右手とクロヒナタの左手、それぞれの青と赤の輝きが増す。

 

 

 

 その――果てに。

 

 

 輝きは一気に強く、眩い程に俺たちを包む。

 視界一杯に広がる輝きで何も見えなくなる。……そして。

 

 ――何だ!? 俺の意識の中に――

 

 自分の意識に別の物が入って来るのを感じた。

 まさかクロヒナタ本人が――。そう思ったけど、違った。

 

 ――これは記憶、なのか? クロヒナタの…………記憶が――

 

 多分一瞬。それでも俺が垣間見た、記憶は……。



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Monologue――クロヒナタの過去と、正体(side クロヒナタ)

 今回は本作の敵、クロヒナタの過去回です。
 内容としては14話『―幕間― ミラーミッションの怪異』、そして21話『暗闇の向こう側に』から25話『それでも私は諦めない!』までの話と強く関わりがある感じでして……良ければ振り返りなど。


 

 ――――

 

 暗く、冷たくて――寂しい。

 寂しさと……空虚さしか、なかった。

 

 

 

 

 今から二年程前に、ここでワタシは生まれた。

 ミラーミッション――それはダイバーの戦闘データを解析し、最後にはダイバーが持つガンプラのコピーを作成し、戦わせるGBNのミッション。

 このエリアは、そう、特殊な場所。

 データの解析により能力の等しいコピーを生み出す、その点において。

 

 

 

 けれど、コピーを生み出すと言っても、あくまでガンプラだけ。

 GBNをプレイする人間、つまりダイバー。知性を持つ存在のコピーは不可能――だったけれど。

 ただある『例外』な、人間でもガンプラでもない存在が現れた。

 

 ――ELダイバー、GBNにガンプラのデータを読み込む際に発生する、余剰データの集積物がダイバーの形を成した情報体――

 

 約二年前の当時……そんな存在がGBNに出現し、騒動を引き起こしていた。

 いわゆる『電子生命体』とされるELダイバー。その情報量の膨大さは、GBN……その様々なエリアにバグを引き起こした。

 

 

 ――だからこそ、ワタシは生まれた――

 

 

 そして、影響はこの場所にも現れた。

 一人のELダイバーがミラーミッションのエリアに訪れた、その時に。

 名前はサラ――。ワタシが後から知ったELダイバーの名前だったわ。

 

 ――まぁ……どうでもいいけれど――

 

 ミラーミッションではガンプラをコピーはするけどダイバーは対象外。けれどデータとは言えガンプラでもあり、ダイバーでもある……ELダイバーなら。

 

 ――ミラーミッションを動かすシステムには心はない、ただの機構に過ぎない。機械的に判断して解析、コピーを生成するだけ。

 ……だからね――

 

 システムは通常のガンプラと同様に、その余剰データで構成されたELダイバーもコピーする対象として捉えた。

 ミラーミッションはそのサラと言う名前のELダイバーを解析してコピーを作った。データを解析、分析してELダイバーのコピーを。

 だけどガンプラとは異なる情報体をコピー。ミラーミッションのシステムにとっては初の試みに違いなかったはずだわ。

 システム内では相当な試行錯誤を試み……生成する過程で必要と思われるデータは全て、いやそれ以上に解析してコピーを採った上で形にしてELダイバー、サラのコピーを形成した。

 ――だけどね。

 

 

 

 その際、コピー生成に必要として集め、コピーした分のデータが大分余った。

 結局、必要と判断して用意したはいいけれど使わなかった分。言うなれば、コピー生成に発生した余剰データ。

 システムが生成したサラのコピー、通称黒サラはどうなったか知らない。けれど余剰データは廃棄され、そのまま自然消滅する…………はずだった。

 

 ――けれど、そうはならなかったのよ――

 

 余剰データではあっても普通のそれとは違う。一応は知能を持った、電子生命体とさえ呼ばれる存在のデータ。

 廃棄されて消えるはずのそれは、集まって……偶然に一つの知能を持つ情報体が生まれた。

 …………それが。

 

 

 ――それがワタシの正体。名前なんてない、ELダイバーをコピーして、捨てられた余剰データの塊――

 

 

 システムがELダイバーをコピーするにあたり、かなり多くのデータをとり、そして多く余らせた。だからこそ余りの方も、情報体の一個体として成立したのかもしれないわ。 

 

 ――ELダイバーもまたガンプラの余剰データの集積物、そこは同じように見えても……ねぇ――

 

 ワタシと、ELダイバー。同じ余剰データの集まりだけれど、違う。

 ELダイバーには生まれた最初から、ヒトとしての身体と自我が備わっていた。そう――例え異星人のデータを元にしたとしても、存在としては100%完璧な、完成された情報体として。

 サラ、イヴ、それにメイ。個体ごとに名前だって持ってもいる。

 

 

 

 けれど、ワタシはそうではないの。

 

 ――同じ余剰データの集まりだけど、ワタシはあまりにも不完全過ぎた。

 ELダイバーのようには……行かなかった――

 

 廃棄された余剰データは確かにワタシと言う情報体を形成した。ELダイバーはヒトの形を得る程に多数の余剰データが集まった存在だけど、ワタシを形成するデータは――大部分が欠けていた。

 

 ――あれは正確には『ワタシ』などでは、決してなかった。

 形の定まらない真っ黒なデータの塊、アメーバのように蠢くだけの、知能さえも殆ど……ありはしない最低級の情報体。

 ……ふっ、くくく…………くくっ――

 

 面白い冗談よねぇ。

 木偶人形――ELダイバーをそう蔑みはしても、ワタシはそれさえに劣る模造品。

 ヒトの形を成さない程に不完全な、ぐちゃぐちゃのパーツが寄せ集まった、もはや人形ですらない…………ゴミ、ガラクタじゃない。

 

 

 

 暗い洞窟――ミラーミッションのエリアで、まともな意思を持たないまま、ずっと蠢いて彷徨い続けていた。

 殆ど知能もなかったけれど、それでも暗闇の冷たさと、一人で無意味に存在しているだけの寂しさはずっと感じていたの。

 それに、不完全な身体と中身しかない空虚さ。ずっと……ずっと、存在そのものに大きな穴が空いてしまった感じよ。

 

 ――惨めで苦しくて、まさに地獄よ。

 あの木偶人形共には分かりはしないわ―― 

 

 ヒトとしての形を与えられなかったデータの塊――ワタシはどうにかその『形』を成そうとした。

 混沌として機能しない中身、知性や人格を自ら形にしようとね。

 

 ――言うなれば『本能』のようなものね。自分の不完全な部分を補い、完璧になろうとする本能――

 

 ワタシと言う存在に空いた穴、欠けたパズルのピースを埋めようと。例え知能が無いに等しくても、そんな原始的な本能に従った。

 

 

 

 完全になろうと、その為にミラーミッションに参加するダイバーを利用した。

 ……月に一度、ミラーミッションが開催される時期だけ、外部から人間――ダイバーがミッションを受けにやって来る。

 いつもはただ一人だけの世界。けれど、その時だけは唯一例外だった。

 

 ――ワタシは誰かとも触れ合いたかった。そして、ダイバーのデータを使えば――

 

 自分の欠けた部分を補えると、例え頭の足りないデータの塊でも本能で判断した。

 ワタシは外見のデータも、それに中身のデータだって幾つも欠けていて、形の構成さえ情報が無かった。

 だけどワタシにはミラーミッションの権能――情報を解析しコピーする能力を少し持っていた。

 例え情報体としては不完全でも、それでもワタシはミラーミッションが生み出した産物。言うなればシステムの一部なのよ。

 

 ――その権能で足りないデータをダイバーからコピーして補い、自分を構成し直そうと……完全になろうとしたのよ――

 

 自我なんてなくても、ただ存在としての本能に従った結果。

 ワタシは遭遇したダイバーを見つけては、解析しコピーして、そのデータを自分に取り込もうとした。

 

 ――外見のデータは相手の姿を捉えれば十分。

 ただ、人格を司る内面のデータは、ダイバーと直接接触しなければいけないといけないけれどね――

 

 そうしてワタシはダイバーを見つけては、解析とコピーを繰り返した。

 姿を捉えて真似て、可能であれば接触して内面の精神構造も読み取る。

 ……最もその場合、ダイバーの神経接続に負荷が起こるのよね。例え仮想空間でも気絶してしまうくらいに。

 

 ――今考えれば、悪い事をしてしまったわね。

 それにダイバーの姿をコピーするワタシの存在はGBNの一部で噂と言うか、都市伝説にもなっていたみたいね。

 けれど、やはりそう簡単には行かなかった――

 

 ダイバーからデータを採り自身を補おうとする手段。けれど肝心のデータが、欠けた部分を補える程に順応するかは難しかった。

 これまで何十人、いえ百人を超すくらいのダイバーのデータをコピーして自身に充ててみせた。けれど本来自分と違うデータ、順応などせず拒絶反応が現れるばかりだった。

 

 ――ダイバーの身体をコピーによって得たとしても、すぐにボロボロに崩壊してヒトの形を成さなくなって、元の不定形の塊に逆戻り。

 中身さえ、人格が形成され自我を覚えた途端に崩れて消える――

 

 何度も、何度も、自分の身体と人格が出来たと思えば……崩れてゆく、そんな感覚を味わって来た。

 せっかく手にした自分が自分でなくなり、またただの塊へと戻ってしまう。強烈な喪失感と絶望をその度に味わって来た。

 拒絶される度に、ワタシは感じた。

 ヒトと触れ合えない、一人ぼっちだと。誰にも触れ合えないし、誰かを理解する事も出来は出来ない――孤独だと。

 

 

 

 ……生まれてからの二年間、ワタシには孤独と苦しみしかなかった。

 

 

 

 ――闇の中でずっと苦しみ続けていた。そんなワタシを、彼女が救ってくれたのよ。

 ムカイ・ヒナタ……『私』と出会えたから――

 

 

 

 これまで多くのダイバーのデータを試して来たけれど、どれもまともに適合する事はなかった。

 だけど、ついに出会った彼女の――ムカイ・ヒナタのデータは、このワタシに適合したの。

 ようやく見つけた。まさに運命だったのよ。

 

 ――ムカイ・ヒナタの外見データは適合し、ワタシは彼女の姿を手に入れた。

 崩れる事のない、ちゃんとした自分の身体を。だから次は――

 

 姿を手に入れた。次は精神や人格、心を司る内面の情報を手に入れようとした。

 そして、一人ミラーミッションの湖にいたムカイ・ヒナタに……ワタシは。

 

 

 

 ――――

 

 忘れもしない。あれは初めてワタシが『ワタシ』としての自我を得た、最初の記憶。

 

 

 洞窟の中、湖の縁に立っていたワタシ。足元には『私』、ムカイ・ヒナタが気を失って倒れていた。

 ダイバーの内面情報を解析、コピーをする時に発生する負荷のせいで気絶していた。けれど、自我を形成し立てで意識がはっきりとしなかった私には、何が何だかよく分からなかった。

 そんな状態のまま、ワタシは湖の水面に映る自分の姿を見た。

 

 ――あれは、ワタシの姿なの? けどこの姿は――

 

 水面に映るのは黒い衣装を身に着けたムカイ・ヒナタ――ワタシの姿。そして足元に倒れている本物のムカイ・ヒナタ。

 

 ――どうしてワタシはこの子と同じ姿をしているの。それに覚えのない、この記憶は――

 

 ワタシのは自我を得る前。余剰データの塊として生まれエリアを蠢いていた頃の、ただ暗いだけの自身の記憶があった。

 けれどそれとは全く違う、とても暖かくて優しい、キラキラと光り輝いていた……ワタシの覚えがないもう一つの記憶。

 

 ――これはこの子の記憶なの?

 ……そうか、ワタシは――

 

 これまでの自分の記憶と照らし合わせて、ようやくワタシは理解し出した。

 今まで自分が不完全な情報体だった事、完全になるために何度もダイバーのデータを取り込んで失敗した事、そして今……ようやく成功して自我を確立した事を。

 

 ――この子の名前は、ヒナタ。……ムカイ・ヒナタ。

 ワタシも――

 

 データを解析して姿を、そして『ワタシ』と言う人格も形成出来た。

 記憶だって彼女から貰ったもの。

 

 ――だから『ワタシ』もこの子……つまり『ムカイ・ヒナタ』――『私』なの。

 無意味なデータの塊で何者でもなかったワタシがようやく手に入れた、大切な存在と名前。

 かけがえのないモノ――

 

 

 

 そしてワタシはより『私』の記憶を、ムカイ・ヒナタの記憶を遡って覗いた。

 

 ――本当に素敵な記憶だった。ワタシにとってはあまりにも眩しすぎる、まるで太陽のように――

 

 太陽、ムカイ・ヒナタの記憶の中にあった言葉。ワタシは彼女の知っている言葉や物事だって全て覚えているの。

 もちろん、思い出だって。

 この仮想空間――GBNとは違う別の世界、実体を持つ人間が暮らす現実世界の街で、ムカイ・ヒナタがこれまでどう生きて来たのか。

 昔から、今に至るまで。

 

 ――小さい頃から明るく優しい女の子。そう、とても良い子だった――

 

 ワタシはそんなムカイ・ヒナタ自身の事と、それに彼女が経験したヒトとしての思い出に、強く惹かれていたのよ。

 ……何より。

 

 

 

 ムカイ・ヒナタの大切な人が傍にいた。

 小さい頃から共に日常を過ごした、大切な幼馴染み……クガ・ヒロトが。

 彼女は彼の事を慕って、ヒーローとも思っていた。そして――

 

 ――クガ・ヒロトの事が好きだったのよ、誰よりも一番に――

 

 好きだと言う想い。ムカイ・ヒナタはクガ・ヒロトにずっと、そんな想いを胸に抱いていた。

 家族とは違う、けれど友達とも違う……特別な絆。

 そう、彼女はそれだけ想っていた、たった一人の相手。

 

 ――ずっと一人だったワタシと違って、『私』にはそんな相手がいる。

 特別な誰かが傍にいる事、そしてその誰かを強く想える、そんな気持ち――

 

 とても暖かくて、彼を想うだけで……傍にいるだけで幸せになれる。

 生まれてから孤独で、ヒトと触れ合う事がなかったワタシが『私』と、ムカイ・ヒナタと初めて触れ合えたからこそ知りえた感情。

 

 ――彼と一緒に過ごして『楽しい』と言う感情と、そして傍にいてくれる『喜び』。

 きっと大切な、クガ・ヒロトに対しての感情……想いなのね。とても……素敵なものだわ――

 

 

 

 

 彼女のクガ・ヒロトに対する想い。小さい頃からのそれは彼との時間と思い出が積み重なって行くにつれて大きくなって行くのを、ワタシは感じた。

 恐らく、この想いは。

 

 ――ヒトの言葉で言うなら……『恋』だと。ワタシは感じたの。

 そしてその想いはワタシにさえ、強く感じる物があったの――

 

 

 そう、ムカイ・ヒナタと同じように胸の奥がとても温かくて満ち足りるような、何よりも特別な幸福感。

 彼女の記憶、思い出の中でクガ・ヒロトの存在だけは、誰よりも一番特別で輝いていた。

 まるで世界で一番の宝石のように。

 

 ――ああ……この想いは、何て素晴らしいのかしら。

 これがヒトの心なのね――

 

 情報体にあるはずもない、自分の心が震えた。 

 きっとワタシはずっとこれを求めていたんだと。ムカイ・ヒナタの、『私』の想いは『ワタシ』にとっても……つまり『ワタシたち』のかけがえのない宝物、ずっと守りたいモノだって。

 強く、そう思える程。

 

 

 

 

 

 ――とても、そうとても一途にムカイ・ヒナタはクガ・ヒロトの事を想っていた。

 だけどね、彼女がそう想ってはいたけれど、クガ・ヒロト……彼は別の相手を想っていた――

 

  

 『ワタシたち』が宝物だと思っていた想い、それは彼にとっては……違っていた。

 

 

 クガ・ヒロトが想っていたのはワタシ同様に情報体であるELダイバー、イヴと言う情報体。

 二年前に彼女と出会ってから、そして消滅した後もずっと、彼の心に一番にあるのはイヴとその思い出だと。

 

 ――だって彼は『何よりも大切な思い出』だと言ったのよ。

 ムカイ・ヒナタや、彼女との思い出はそれに比べたら大切じゃないって事じゃない!――

 

 ……そう『私』の、ムカイ・ヒナタの記憶にはあった。

 グシャッと、大切にいていたものが無残に踏みにじられた音がした。

 

 ――どうして。

 ムカイ・ヒナタはあんなに、ずっと一番に想っているのに。

 なのに彼は別の相手を。そんなのって――

 

 ワタシがここまで考えていた時、足音が二人分聞こえて来た。

 ムカイ・ヒナタの記憶を辿ると、このミラーミッションにはビルドダイバーズの二人、カザミとパルウィーズが一緒に来ていると分かった。

 今、その二人がこっちに来ている。ワタシがここで姿を見られるのは、不味いと分かる。

 

 

 

 

 二人が来る前に、ワタシはその場から離れて消えた。

 ……けれど胸の中にあるモヤモヤは消えずにいた。それに沸く新しい感情。これは――ずっとワタシには馴染みがあったもの。今まで言葉にする事が出来なかったけれど……それは。

 

 ――寂しさ、絶望……深い『悲しみ』。ワタシが一人ここで味わって来た、感情と同じ物――

 

 悲しみ、その感情の辛さは誰よりも分かっていた。

 

 ――それにもう一つの感情も。ムカイ・ヒナタを悲しませた相手、クガ・ヒロトに対しての……『怒り』――

 

 どうして、『私』があんなに想っているのに振り向いてくれないの?

 どうして、ずっと一緒にいた『私』よりも別の相手に気持ちが行くの?

 分からないし不条理で、ただただ辛い気持ちばかり。ワタシの悲しみがあまりに強くて、悲しいと言う感情が……怒りへと。

 

 ――クガ・ヒロト、あんな相手に『私』はずっと。

 想いを寄せるだけ無駄なのに。いくら尽くしても報われはしない、ただ辛いだけじゃない――

 

 こんな事は認められない。

 ムカイ・ヒナタが彼を、クガ・ヒロトをこれ以上想っても不幸にしかならない。

 例え『私』がどれだけ幸せに思っていても、そんなのは違う。……紛い物の幸せよ。ただ彼女の想いは――ワタシの宝物は、無価値に浪費されるだけになる。

 

 ――だからワタシが守らないと。ムカイ・ヒナタを本当の意味で幸せに、救ってみせたい。

 その為にはまず――

 

 彼女の想いをクガ・ヒロトから切り離さなければいけない。ワタシが直接『私』に、ムカイ・ヒナタに会って説得する事によって。

 

 ――辛い事も言う必要だってある。けれどそうでもしないと、目覚めなんてしないから。

 それに彼女は他の二人、カザミとパルウィーズと一緒にいる。ムカイ・ヒナタ、彼女だけ離れ離れにして二人で話す為には……ミラーミッションを使わせてもらうわ――

 

 

 

 ミラーミッションの最終局面では、コピーガンプラとのガンプラバトル。

 ワタシはミラーミッションより生み出された情報、その一部でもありELダイバーのコピー。だからこそ元からある程度、システムを操る事だって出来る。

 その能力でカザミとパルウィーズが戦っていたコピーガンプラを操ってムカイ・ヒナタから引き離した。ワタシはその間に彼女本人を誘い出して、そして――。

 

 

 

『くすくすくすっ! だって当然よ。とても優しくて健気で、そして可哀想な貴方。

 私は誰よりも貴方……いいえ、『私』を知っているし理解してあげられるわ。

 

 だって――『ワタシ』自身の事ですもの』

 

 

 『ワタシ』と『私』、二人のムカイ・ヒナタは初めて言葉を交えた。

 

『もしかして……ミラーミッションで作られた私のコピーなの?』

 

『コピー……私が貴方の、ね。まぁ半分正解……と言った所かしら。

 でもそんなのほんの些細な事だわ。

 『ワタシ』は貴方の一番の理解者、何しろ『私』の事ですもの。

 だから――救ってあげたいのよ。……ふふふっ』

 

 そう、全てはムカイ・ヒナタを救いたいために、ワタシは彼女を説得した。

 彼女の為に色々と、クガ・ヒロトへの想いを捨てて貰うために言って聞かせた。

 

『実らない想いを抱き続けるなんて、きっと辛いことだわ。

 だから『ワタシ』はね…………『私』にクガ・ヒロトへの想いを、すべて捨てて諦めて欲しいのよ!』

 

 そうすればきっと全てが良くなる。想いはまたやり直せばいい、本当にムカイ・ヒナタの事を想ってくれる相手と。

 ワタシはそう願った。けれど。

 

『私はヒロトを諦めない。例えどんな形だとしても私は――彼と一緒にいたいから!』

 

 

 

 ……けれど彼女は諦めてくれなかった。ヒロトの想いなど、捨ててくれなかった。

 

 

 

 

 ――――

 

 これ以上話しても聞いてくれない。ワタシはムカイ・ヒナタと別れ、またミラーミッションの中で一人。

 

 ――そこまで、『私』はクガ・ヒロトを想っていると言うの。どうしても諦めてくれないと言うわけ――

 

 ムカイ・ヒナタの想いの強さにワタシはショックを受けた。

 こんなの、一体どうすればいいか分からない。また会って説得するべきなのか。

 彼女には考える時間を与えた。もう一度考え直してくれたら、ワタシの言っている事が正しいと気づくかも。……いいえ。

 ワタシは再度、ムカイ・ヒナタの記憶を辿って考えを巡らすと、自分の認識があまりにも――――甘かったと悟った。

 

 

 ――駄目だわ。きっとムカイ・ヒナタは変らない。だって彼女の心にある一番はクガ・ヒロト、今まで一緒に時を過ごした大切なヒト。

 代わりになる相手なんて、いるはずがないんだと――

 

 例えクガ・ヒロトから一番に想って貰えなくても、それでも彼女には彼だけなの。

 だってそれだけ特別なヒトだから。確かに彼といると幸せだと想う感情は本物……けれど一歩通行でしかなない想い、悲しさと寂しさだって本物のはず、ムカイ・ヒナタはそんな悲しみを胸に秘めていたんだと。

 

 ――たった一人で抱え込んで、どこかで我慢して――

 

 表立っては出さずに、明るく振舞ってはいた。けどそれはみんなの為に心配させないようにと、そして何より大切な、クガ・ヒロトを想っているから。

 

 ――『私』はクガ・ヒロトの事を、そこまで。

 なのに彼は平気で別の相手、ELダイバーを。……心もない情報体と――

 

 

 ELダイバー、GBNに生まれた別の情報体。

 闇の中で廃棄された不完全なジャンクが意思を持ったワタシと違って、彼女らは同じ余剰データだとしてもダイバーの想いが詰まった本物のガンプラのデータが集まり、星空の光の下で生まれた。

 そして始めから自分の姿と名前まで持って、広大なGBNの世界で、人々と触れ合って生きている。……暗闇で孤独で、ワタシが誰とも触れ合えなかったのに。彼女達、ELダイバーはずっと恵まれていた。

 

 

 

 なのにELダイバーはこのワタシがようやく触れ合えた大切なヒトと、ワタシが手に入れた彼女との宝物――想いを、横から奪い取って行った。

 そのELダイバー……イヴは、GBNを救うためにバグを取り込み勝手に消えた。……けどね。

 

 ――だから何なの? 知った事ではない。彼女がワタシから、ムカイ・ヒナタから大切なモノを奪った事に代わりはない。

 ……ねぇ? おかげでクガ・ヒロトと居れて良い思いをしたのでしょう、ワタシよりもずっと。

 くくく……っ、何よ。ただの心のない情報の寄せ集め、紛い物の人形……木偶人形の分際で!――

 

 そしてクガ・ヒロトも。

 

 ――どれほど『私』の事を想ったと言うの。

 あの人間には木偶人形の、イヴの事ばかりに決まっている。ムカイ・ヒナタなんて省みもしないで楽しい思い出を過ごして、失ってからもずっとその事ばかりで自分達だけ被害者面して。

 挙句にエルドラとやらの異世界で、一人勝手に乗り越えたって良い気になって。……ふざけないでよ――

 

 ようやく自分の身体と中身を完全にしたはずなのに。

 なのにワタシの中で――何かが壊れた感じがした。

 沸き起こる『絶望』、そして……。

 

 ――結局最後まで、ムカイ・ヒナタの事をろくに考えないまま。

 彼女を都合の良いように利用して、想いを踏みにじり続けて、救世主ですって? 何なのよ?

 幾ら称賛されようと、私は貴方を許さない。私はクガ・ヒロトが…………『憎い』!――

 

 憎しみ、新しく生まれた一層暗い感情。

 こんな感情なんてムカイ・ヒナタにはない物。ワタシは『私』になった筈なのに、もう別物になってしまっている。 

 けれど憎くて、憎くて仕方がない。

 

 ――ワタシは一体何なの? ムカイ・ヒナタですらなくなったのなら……私は――

 

 葛藤する自分。

 だけどそんな自分の事よりも、脳裏によぎるのは『私』の事。

 怒りや憎しみに支配されているワタシとは違って、そんな物とは無縁の優しい、優しい本物の私――ムカイ・ヒナタ。

 

 

 

 ――『ワタシ』とは違って、優しくて……哀しい『私』

 ……そうなのね、だからこそ――

 

 その時、ワタシは気づいてしまったのよ。

 

 

 

 優しさがあるからこそ、ムカイ・ヒナタはああなってしまった。

 大切な人を奪われて、それについて取り返すどころか、何も聞こうともせず優しく気を遣っていたから。

 そして優しさだけだから、大切な人だったはずのクガ・ヒロトがそれを良いことに、ただ自分の都合良く扱われていた。

 ムカイ・ヒナタは優しいから自分の事より周りの事を、クガ・ヒロトの事を考えるから。

 

 ――優しさでは、自分を救う事なんて出来ない。己を犠牲にするだけなら――

 

 だからこそワタシは。

 

 ――だからこそ『私』が悲しむのなら、ワタシが彼女を悲しませる全てを排除する。

 ムカイ・ヒナタ、彼女の代わりにワタシが……怒りと悲しみ、絶望とそして、憎しみのままに――

 

 やはりワタシは、『私』である。

 彼女の代わりに負の感情の全てを背負い、誰かのためにではない、『ワタシたち』自身のために行動する……もう一人のムカイ・ヒナタ。

 

 

 

 ――ふふふふふっ!

 何だ、考えてしまえばとても簡単な事じゃない――

 

 ワタシの意思は決まった。

 どんな手段を使っても、どれだけ利己的で汚い手を使おうとも『ムカイ・ヒナタ』の想いを遂げさせてみせると。もう一人のムカイ・ヒナタとして、ワタシは『私』自身を幸せにしてみせる。

 ……ワタシに人の心の温もりと輝きをくれた想いを、『ワタシたち』の宝物を守ってみせると。

 

 ――ワタシが貴方の分まで守って、幸せにしてあげるわ。

 そして――

 

 ムカイ・ヒナタは、彼女の想いはこれまで犠牲にされて来た。

 ガンプラに、GBNと言う世界と、ELダイバー。何より彼女が大切にしていたはずのクガ・ヒロトによって。

 

 ――もう彼女を犠牲にさせない。今度は全てが彼女の為に何もかも犠牲になればいい。

 そう……復讐よ。

 ムカイ・ヒナタを傷つけ悲しませた全てには報いを受けさせる。存分に、苦しませて絶望させてみせるわ――

 

 

 

 救済と復讐、これがワタシの誓い。

 

 ――それにねぇ、最高の手段が丁度その時思いついたのよ。

 全てに、特にクガ・ヒロトに最大の復讐が出来て、何より……ムカイ・ヒナタを完全に救う手段が――

 

 それはこのミラーミッションのシステム、全てを動員した最大級の手段。

 

『ククククククッ! クハハハッ!』

 

 思わず歪な笑いが零れる。

 『私』なら絶対にするはずもない邪な笑い。……でも、『ワタシ』はこれでいい。 

 

 

 ――ねぇムカイ・ヒナタ、貴方はただ幸せであればいい。

 負の感情は全てワタシが、もう一人の貴方として背負うから――

 

 だって、ワタシは大切なモノを貴方から貰ったから。冷たい暗闇にいたワタシに、温もりと光を貰ったもの。

 そして……。

 

 

 ――ムカイ・ヒナタ、貴方こそワタシの……『ヒーロー』だから―― 

 

 



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最終決着、闇穿つグランドクロスの一撃(Side ヒロト)

 ――――

 

 俺はメイから貰った分離プログラムで、ヒナタのダイバー体に憑りつくクロヒナタを引き離そうとした。……けれど。

 

「させは――しないわよぉ!!」

 

 対してクロヒナタもプログラムを、カウンターとして繰り出した。

 彼女の本当の目的。俺の人格に自らを上書きするダウンロードプログラムを使って、自分自身が俺に……『クガ・ヒロト』と成り代る目的をここで果たす為に。

 互いにプログラムを繰り出しての拮抗。俺はその最中――クロヒナタの記憶を垣間見たんだ。

 

 ――ミラーミッションで、ELダイバーの情報のコピーから生まれた情報生命体……それがヒナタの情報を得て誕生したのが、クロヒナタ――

 

「……っ」

 

 俺とクロヒナタ、互いに身体にプログラムを受けて拮抗状態にある。

 俺は右手で彼女の胸元に触れ、一方でクロヒナタは俺の喉元を左手で掴み、それぞれのプログラムを相手に流し込む。

 ヒナタを分離するための分離プログラムは右手から青い輝きとして放たれ、彼女のダイバー体を乗っ取るクロヒナタを青い光の線模様となって覆う。

 一方でクロヒナタも、意識を自身で上書きするダウンロードプログラムを左手から赤い輝きとなって放出、俺の身体を赤い光を放つ線模様として侵食している。

 

 

 

 クロヒナタはヒナタの身体から切り離されないように抵抗を続ける、一方で、俺は意識を乗っ取られないように自我を維持していた。

 譲る事がない――戦いの続きだ。

 

 ――やっぱり身体全体が激しく痛む。自分の意識だって、本当に消えそうになる程に――

 

 クロヒナタも苦しそうにしながらも、俺に激しい敵意と憎悪の瞳を向ける。

 

「ここまで来たのよ。ワタシの最大の目的を、今果たしてあげる!」

 

 自らも苦しいはずなのに、クロヒナタは強靭な決意は折れる事がない。

 

「ようやく……クガ・ヒロト、貴方の存在を奪ってみせるわ!

 そして――貴方みたいな人間など、抹消する!」

 

「くぅっ、ああっ!」

 

 身体を蝕む赤い線模様が、更に俺のダイバー体の侵食していくのを感じる。

 更に激痛が襲い意識までも飛びかける。

 

「く……っ、アハハハハハハッ! もっと苦しむ顔を見せなさいよ!

 クガ・ヒロト、貴方がムカイ・ヒナタを苦しめ、犠牲にしてきた分苦しみ悶えて――消えなさい!」

 

 

 

 自分自身すら焼く程にまで激しい憎悪。

 クロヒナタの過去――暗闇しかなかった彼女が見つけた光が、ヒナタだった。

 ヒナタの想いが彼女にとっても宝物で、俺は結果的にそれさえも一緒に踏みにじり傷つけてしまったんだ。

 

 ――知らないうちにヒナタも、そしてクロヒナタまでも苦しめた。

 あの壮絶なまでの憎悪の塊……俺が生み出したものなんだ――

 

「俺が……俺のせいで…………っ」

 

 もう――自分の意識を保つのも限界が近い。

 あまりの苦痛で余裕も無い中で、クロヒナタはまだ憎悪のままに俺を嗤う。

  

「ククククッ、クガ・ヒロトはもう限界なのかしら――ねぇ!?

 でもまだ消えてもらっては困るわよ。こんなのじゃ全然足りはしない、貴方がムカイ・ヒナタに与えた苦しみに比べれば。

 ワタシの苦しみさえどうって事などない。貴方も存分に味わえばいい!」

 

 ヒナタへの強い想い。

 これまでクロヒナタはずっと一人で、何も――自分の姿さえ、自我すらもなかった。けれどヒナタに出会えた事で、求めた物を全て手に入れる事が出来た。

 クロヒナタには彼女が全てだった。

 

 

 それ故の強烈な想い。けれどヒナタの想いが報われない事への悲しみ、それを受けてクロヒナタもまた悲しんで、怒り、更に…………憎悪まで。

 

「たっぷり苦しんで、苦しみ抜いてから、消えなさいよ!

 クガ・ヒロト! 貴方が存在する限り報われはしない。ムカイ・ヒナタよりも木偶人形ばかり思う貴方なんて!

 だから――代わりにワタシが貴方になって『私』を、新しいクガ・ヒロトとしてムカイ・ヒナタを誰よりも大切にして想いを遂げさせる。

 本当の意味で幸せに幸せにするのよ!!」

 

 ――ヒナタを悲しませた物を全て、特にELダイバーの存在と……何より俺を憎悪している。

 強い想いがそのまま、強い憎悪に――

 

 想いに憎悪、それによってクロヒナタは自らを支え、駆り立て、動かしている。

 その気迫は何もかも焼き尽くす程に。

 

「君の抱えているもの、その想い……俺も分かる」

 

 さっき俺はクロヒナタの過去と正体を垣間見た。

 彼女が何故あそこまでヒナタを想うかも知っている。目の前のクロヒナタは俺への憎しみを露わにしてはいるけど、本当はただ……。

 

「守りたいからなんだろ。ヒナタの想いを、君にとっての宝物を。

 君はその為に頑張った。たった一人で」

 

 

 

「っ!!」

 

 クロヒナタは非道な行いをいくつも重ねて来た。

 GTubeを悪用してみんなのガンプラをコピーしてGBNを破壊しようと、ガンプラとGBNの両方を踏みにじった。

 そしてELダイバーを木偶人形と蔑んで憎み、メイとイヴを消そうともした。俺も……自分の思い出を踏みつけにされて更に、命までも狙われていた。

 現に今も――俺を消して自らが『クガ・ヒロト』になろうとしている。

 

 ――だけど、俺はクロヒナタを憎む事は出来ない。その憎しみもヒナタを純粋に想い続けた結果だから――

 

 クロヒナタは俺を見ていた。表情は更に怒りと憎悪が増し、それに……動揺まで。

 

「止めてよ、止めなさい…………止めろっ! 

 その同情の顔を、憐れむような真似を止めろって言っているのよ!!」

 

 クロヒナタは怒りの叫びとともに右腕まで伸ばして、両手で俺の喉元を握り掴む。

 

「かはっ!!」

 

 まるで喉ごと潰そうとするくらいに強く。そのせいなのか、それとも更にプログラムの侵食を受けたせいなのか、痛みとともに激しく苦しくなる。

 

「本当にっ、胸の中が煮え立つ程に忌々しいわね!

 自分が消えようとしているのにこのワタシに同情しようだなんて!

 それよりも憎みなさいよ! ワタシと同じように!」

 

 激痛で意識が遠くなりそうになる。けれど、俺はクロヒナタ――ヒナタから目を反らさずに真っ直ぐに見つめる。

 

「憎めるわけがない。ヒナタを想う気持ちは俺と一緒だから。

 それに彼女を救うためにここに来た。君がもう一人のヒナタだと言うなら俺は憎むのではなくて、ただ君も救いたい」

 

「よくも――そんな事を言うわねぇ!

 それにしぶといのよ、いい加減に諦めなさいよ!

 本当はムカイ・ヒナタの事を想っていないのに……想っている訳がないのに!」

 

 拒絶。クロヒナタはそれでも、俺を激しく拒絶する。

 

「君はそこまで俺を憎むのか。でもそれも当然だ、憎みたいなら幾らでも憎んでいい。許してくれなくても構わない」

 

 ここが踏ん張り所だ。痛みと苦しみを耐えて、俺は。

 

「けれど俺は、消えるわけにはいかない!

 ヒナタと一緒にいたいから、俺に向けてくれる優しさと笑顔が……本当にかけがえのない物だから。それが分かったから――」

 

 何としてでも持ちこたえる。そして、ヒナタのダイバー体からクロヒナタを分離させようと、プログラムを送り込む自分の右手に力を込める。

 

「くぅ……っ」

 

 クロヒナタもついに限界が近いのか、追い詰められた表情で呻く。

 

「もう一度会って話がしたい。

 今まで傷つけてしまった事を謝る。そして今度こそ伝えたい、俺のヒナタへの想いを!」

 

「……あり得ない! ワタシがこんな、クガ・ヒロトに圧されるなんて。……ワタシの方がずっと、貴方なんかより想いが強いはず」

 

 次第に追い詰められて行くクロヒナタ、彼女はなおも叫ぶ。

 

「ふざけないで! ワタシは貴方なんかに負ける訳にはいかないのよっ!

 ムカイ・ヒナタはワタシが救う。救わなければ……いけないのに!」

 

 強く切実な感情。彼女はどれだけ本気でヒナタの事を想っているのか、よく分かっている。

 けれど――俺は。

 

「だから消える事は出来ない、消えたくなんてない!

 君の想いは分かっていてもそれは譲れない。俺もヒナタを大切に想っているから。

 俺は彼女を――誰よりもずっと一番に! ようやく分かった自分の想いを、裏切らないためにも!」

 

 

 

「!!」

 

 その瞬間、クロヒナタの身体から一気に黒い霧のような、情報のノイズが放出された。

 同時に俺の首を掴んでいた力も緩み、身体を侵食していたダウンロードプログラムも消失して線模様も消える。もちろん身体の痛みと苦しみも和らいだ。

 

「……はぁっ」

 

 ようやく解放されて俺は一息つく。そして……ヒナタから分離されつつあるクロヒナタは。

 

「そんな――馬鹿な」

 

 聞こえるか聞こえないか分からないくらいの呟き。最後にそんな呟きをした途端、黒いノイズは全て放出されて霧散した。

 

 

 

 憑りつかれていたクロヒナタから、ようやくヒナタは開放された。

 黒いダイバールックの衣装は赤と白に戻り、それに暗い亜麻色だった髪も元の明るい亜麻色に、元通りのヒナタの姿に戻っていた。

 

 ――ようやく俺は、ヒナタを――

 

 元に戻ったヒナタ、けれど……身体は糸が切れたみたいに力を失って、前のめりに俺の元に倒れ込む。

 

「おっと」

 

 とっさに俺はヒナタを抱き留める。彼女の表情は穏やかで胸の動悸や呼吸もしている、つまり正常な反応はしている。

 

 ――ただ気を失っているだけか。……その内意識が戻るだろうか――

 

 そんなヒナタの姿を見つめていた。すると、そこに。

 

「何とかヒナタを取り戻したみたいだな、ヒロト」

 

 俺の所にメイがゆっくりと近づく。けれど、右肩の傷は相変わらず痛々しく、左手で傷口を押さえている。

 

「メイ……その傷は、大丈夫なのか」

 

「問題ない、私は平気だとも」

 

 メイは安心させるように俺に微笑む。

 

「それよりもヒナタだ。見た所気を失っているみたいだが、少し様子を見てもいいか」

 

「ああ」

 

 俺が了承するとメイはそっと、抱き留めているヒナタに近づいて確認する。

 

「ヒナタも大丈夫、気を失っているだけだ。何しろずっと憑りつかれていたからな、意識が戻るには時間が必要なだけさ」

 

「……そうなのか」

 

「心配する事はない。今はこうだとしても彼女はすぐに元に戻る。

 GBNも、そしてヒナタも救えた。今度こそ全て解決したんだ」

 

「……」

 

 メイの言う通り、これで全部片がついた。GBNを救えて、それに……。

 

 ――ヒナタ、ようやく君を取り戻せた。今度こそ君を――

 

 けど、それと同時にもう一つ、俺には心残りが。

 

 ――もう一人のヒナタ、クロヒナタは。どうなったんだ――

 

 ヒナタから分離したクロヒナタ、彼女がどうなったか分からない。俺は……彼女に対しても、何か出来れば良かった。

 

 ――ただ強い想いの結果だった、少しでも救えれば良かったけれど――

 

 複雑な気分だった。

 

「とにかく、だ。事は済んだ、私たちも早くこの場から離れるとしようか。

 後の事は運営がどうにかするだろう」

 

「そうだな……メイ」

 

 でも、今考えても仕方がない。

 俺はヒナタを抱きかかえたまま、メイとともに倒れたジュピターヴガンダムのコピー、その上から降りる。

 装甲の突起を足伝いに降りて、そのまま自分のガンプラの所に戻ろうとした。

 

〈はぁ、一時はどうなるかと思いましたが、良かったです〉

 

 エクスヴァルキランダ―に乗るパルも、そんな風に話している。それにカザミも自分のガンプラに乗ったまま。

 

〈あの時俺たちは何も出来なかったけれど、さすがヒロト! 一件落着だな〉

 

〈ええ! 僕達の……大勝利ですね!〉

 

 

 

 

「ま……だ、まだ……終わらないわ」

 

 

 途端、俺たちの背後、コピーである黒いジュピターヴガンダムの方から声が聞こえた。

 

「――何だ!?」

 

 俺はとっさに振り返った。すると……。

 

〈倒したはずのジュピターヴガンプラのコピーが……〉

 

〈また動き出した、だと!?〉

 

 パルとカザミの言葉と同時に俺たちの周囲は揺れて、背後に倒れていた黒いジュピターヴが起き上がろうとするのが見えた。

 

「どうして今になって動き出したんだ!?」

 

「分からない! 俺は確かに動力部を停止させたはずだ。――いや、あれは!」

 

 俺は気づいた。起き上がりつつある黒いジュピターヴガンダムからは暗い紫色のオーラが立ち上り、全身を包んでいるのを。

 

 ――あのオーラは覚えがある、二年前にGBNで猛威を振るった――

 

「ふ、ふふ……ふ。切り札で用意したブレイクデカールを再現したデータ、今が使う時よ」

 

 再び聞こえた声、それはジュピターヴガンダムの開いたままのハッチから覗くコックピットの中から。

 さっきヒナタから分離された黒いノイズがコックピットのシートに、寄り集まって人の形を形成しつつあった。

 

「貴方に負ける事は、ない。クガ……ヒロト」

 

 そこにいたのは、クロヒナタの姿。彼女はノイズで全身を形成している最中、作りかけの表情で俺を睨む。

 

「どうして、ブレイクデカールなんて使えるんだ!? だって今はGBNで使う事は出来ないはずなのに」

 

 ブレイクデカールは、ガンプラに張り付けてGBNにスキャンする時にシステム介入し、そのッガンプラを通常以上に強化して更に、巨大化、自動修復機能などの異常な機能まで与えるデカールの事だ。

 二年前、このブレイクデカールはダイバーに出回って騒動を引き起こした。デカールは使う度にGBNのシステムそのものにまでダメージ、バグを引き起こし……GBNそのもののまで崩壊の危機にも。

 

「あの騒動の後、GBNにはブレイクデカールの情報を無効化する修正パッチを導入している。

 なのに……どうして」

 

 メイの言う通り、騒動が沈静化した後に、運営は二度とブレイクデカールの脅威がないように修正パッチをアップデートして無効化したはずだ。

 いくらクロヒナタがデータを用意したと言っても、パッチがあるかぎり役に立つわけがない、――それなのに。

 俺たちの疑問を嘲笑うように、クロヒナタは嗤う。

 

「実はね、ワタシがミラーミッションを掌握した時に、その修正パッチは先に抹消しておいたのよ。

 この時のために。例えメイがミラーミッションを修復しても、一度消したパッチまでは元通りにはならなかったみたいねぇ」

 

「……くっ、してやられたか。修復プログラムはパッチの復元までは対象外……そこまでするとは」

 

 メイは悔し気に呟く。

 そしてクロヒナタが乗る黒いジュピターヴは完全に起き上がって、全身に受けた傷、更には切り落とされた両腕も瞬く間に再生して完治する。

 

「機体まで修復するだなんて。やはり、本当に」

 

 機体のハッチは閉じられ、今度は機体の通信でクロヒナタは言う。

 

〈だから言ったでしょう。それに……ねぇ〉

 

 同時だった、周囲の空間にヒビが入り、剥がれ崩れて崩壊し始めた。

 それに呼応するかのように辺りも急に暗い闇に閉ざされ、さらに地響きまでも起こって岩壁までも崩れ出す。

 壊れて行く空間の崩れ目から覗く、全くの異空間。――データの模造品だとしても、その影響力は本物のブレイクデカールと同等だ。エリアそのものにまでバグを発生させる所まで。

 

〈……ワタシの狙い通り。バグはエリアそのものにまで伝播し、システムを歪めているわ。

 この歪み、今はミラーミッションのみで留まっているけどねぇ……くくくくっ、バグの歪みはこれから増していくのよ。

 いずれこのエリアだけでは抑えられなくなる。歪みが臨界点を迎えた、その時には〉

 

 クロヒナタは歪な嗤い声をあげて、そして言った。

 

〈くはははははっ……ボンッ! 歪みは一気に他のGBNのエリアまで爆発的に広がり、のみ込み、空間をシステム諸共に引き裂くの!

 はてさて、どれぐらいの大被害になるかしらねぇ!〉

 

 ――何て相手だ。そこまでやるのか――

 

 その為にクロヒナタはブレイクデカールまで再現して用意までした。ブレイクデカールで発生するバグによるGBNの大破壊。

 

「ただでは終わらないわ。せめて……完全破壊は出来なくても、GBNの大部分を道連れにしてあげる!」

 

 

 

 言うなれば、これはクロヒナタ最後の悪あがきだ。

 ブレイクデカールを暴走させてGBNを巻き込んで大破壊、二年前にシバがやろうとしていた事と同じ事を。

 

〈……っ! 本当にどうかしているぜ! 

 ミラーミッションの支配権もない、憑りついていたヒナタだって……。もう勝ち目がないのにどうして!〉

 

「本来のヒロトを乗っ取る計画も失敗した。

 こんなのはただの破壊行為、無意味なだけだ。これ以上はもういいだろ」

 

 カザミとメイの言葉にクロヒナタは憎悪をもって応える。

 

〈偉そうに言うんじゃないわよ。

 ビルドダイバーズ! よくもワタシの計画を潰してくれたわねぇ、これがそのお返しだわ!〉

 

〈そんな……こんなの、無茶苦茶です〉

 

 パルが唖然としながら呟く中、彼女は……。

 

〈だからねぇ、このワタシの悪あがきも止めてみなさいよ。

 これは最後の挑戦よクガ・ヒロト、貴方の力、その想いを――示してみなさい!〉

 

 

 

「クロヒナタ、君は」

 

 これは悪あがきなんかじゃない。彼女は俺と決着をつけるつもりだ、互いの想いを証明する――最終対決を。

 

「……分かった。その挑戦、俺は受けるよ」

 

〈ヒロト! どうしてそんな!〉

 

「どの道戦わなければ止められない。GBNを救うためにも俺は、それに――」

 

 ――これはクロヒナタ、彼女の想いも、そして憎しみも全て受け止めるために。

 俺が出来るのは、それくらいしかないから――

 

 俺はクロヒナタも救いたい。少しでも救いになるのなら……その手段は、最後まで戦う事くらいだ。

 クロヒナタが乗るジュピターヴはそんな俺を見下ろして、通信で言う。

 

〈その心意気だけは、認めてあげるわよ。

 さぁ、待っていてあげるから早く機体に乗りなさいな。……決着をつけてあげるわ〉

 

 

 

「……本気か、ヒロト」

 

 傍にいるメイは気にするように声をかける。

 

「もちろんだ。俺は必ず彼女に打ち勝ってみせる。だから――」

 

 そして、俺は気を失ったままのヒナタに視線を向ける。

 

 ――だからどうか見守ってくれたら嬉しい。……お願いだ、ヒナタ――

 

 

 

 

 ――――

 

 俺はヒナタをメイに預けて、自分のユーラヴェンガンダムに乗り込む。

 コックピットに座り機体を動かす。その目の前には、紫のオーラを放つクロヒナタの黒いジュピターヴガンダム。

 メイ、パル、カザミのガンプラは少し離れた位置で待機。俺とクロヒナタは二人、対峙する。

 

 

〈覚悟は出来ているわよね〉

 

 彼女は笑いもせず真剣な目で俺を見据える。

 

 ――追い詰められて、クロヒナタも覚悟をしているのか――

 

 クロヒナタの態度の違い、俺にも分かる。

 

「勿論。覚悟なら最初から……済ませている」

 

 けれどそれは俺も同じだ。クロヒナタと自分との間には、この場では何の違いもない。

 抱えている想いもまた同じ、後はそれをより強く示すだけだ。

 

〈もう長引かせたりしない。勝負はあっと言う間、一撃で決めようじゃないの。

 この――〉

 

 次の瞬間、周囲で動かなくなっていた黒いガンダムイージスナイト、エクスヴァルキランダ―、ウォドムポッドのコピー。三機の全身までも、ブレイクデカールによる紫色のオーラが包む。

 そしてイージスナイト、エクスヴァルキランダ―のパーツの一部が分離。二機の分離したパーツと、ウォドムポットの本体はクロヒナタが乗るジュピターヴガンダムのコピーへと集まる。

 彼女の黒いジュピターヴは跳躍、ジュピターアーマーを解除してコアガンダムⅡへと、それに…………イージスナイトとエクスヴァルキランダ―のパーツ、ウォドムポッドが次々と組み合わさって形作る姿は。

 

 

 

〈――このリライジングガンダムの一撃で、ね〉

 

 コアガンダムⅡを核にして下半身にウォドムポッド、胴体、両腕をイージスナイトのパーツで構成、そしてエクスヴァルキランダ―の翼を備えた合体ガンプラ。

 俺たちビルドダイバーズの絆と想いが集まり――あの時エルドラを救った、リライジングガンダムだ。

 

 ――黒い、リライジングガンダムなのか――

 

 それが今、俺の前に立ち塞がっている。

 

〈これで決着をつけましょう。さぁ……やる事は分かるはずよ〉

 

「……ああ。

 これが最後になるなら、終わらせるために――みんなの力を俺に貸してくれ」

 

 俺はビルドダイバーズの仲間、メイにパル、それにカザミへと伝える。

 三人は俺の言葉に信頼を預けてくれるように、頷いて応えてくれた。

 

〈ははっ、水臭いぜヒロト! 今更そんな事言われなくても〉

 

〈そうです。僕達に出来る事なら、何だって力になりたいですから。

 GBNを、そしてクロヒナタさんも。あの悲しいくらいの憎しみから解放してあげて下さい〉

 

〈と言う事だ。あの分からず屋には……それくらいしか出来ないからな。

 せめてヒロトの手で、目を覚まさせてやれ〉

 

 

 カザミとパルはそう言ってくれて、そしてメイは。

 

〈倒すしかないのなら、彼女の想いを、どうか受け止めてくれ。

 ……いや、最初からヒロトはそのつもりなのだろう〉

 

 倒すしかない、その事は俺にとっても辛い事だった。

 けれど……全ては俺から始まった。だから、決着も俺の手でつけたい。

 

「俺にしか出来ない事だから。……クロヒナタ、彼女にしてあげられる精一杯なんだ」

 

〈そうか。ヒロトの想い――どうか、彼女にも伝わるように。

 その為にも私たちの力を、存分に使ってくれ〉

 

 

 

 ――みんなの力を借りさせてもらう。……互いの想いの決着をつけるために――

 

 身にまとうウラヌスアーマーを解除、俺のガンプラはコアガンダムⅡとなる。

 

「……リライジング――ゴー!」

 

 そして、リライジングガンダムへの合体シークエンス。みんなのガンプラも俺の元に集まって、次々と合体する。

 俺たち全員の想いが集まり、形になったのが――。

 

「俺の、俺たちのリライジングガンダムで……君を止める」

 

 俺もまた、機体をリライジングガンダムへと合体させる。

 俺の機体と、クロヒナタが乗る黒いリライジングガンダム。再び互いに向き合って、構えて――

 

〈もはや語らないわ。この一撃で――全てを決める〉

 

 クロヒナタの黒いリライジングガンダムは構えたまま、全身にエネルギーを貯める。

 そう、それは。

 

 ――リライジングガンダムの必殺技、グランドクロスキャノンか――

 

 一撃で決めると彼女は言った。グランドクロスキャノン……その最大の技の撃ち合いで決すると。

 

 ――こうなる事は薄々想像はしていた。でも、勝負をつけるのならこれ以上はない。

 その気なら俺も……応えてみせる――

 

 俺のリライジングガンダムも同じく構えて、エネルギーを充填する。

 

〈――〉

 

「望み通り決着をつけよう。クロヒナタいや…………もう一人の、ヒナタと」

 

 エネルギーは十分に貯めた。

 俺と、クロヒナタのリライジングガンダムは同時にそのエネルギーを……必殺技、グランドクロスキャノンとして撃ち放った。

 

 

 

 俺のリライジングガンダムと、クロヒナタのリライジングガンダム。二体から放たれたグランドクロスキャノンは――中間で激突する。

 視界を覆う程に眩しい極大なエネルギーが闇を切り払い、余剰したエネルギーさえ周囲で渦巻き奔流を巻き起こす。また、放つグランドクロスキャノンの凄まじい反動で踏ん張るリライジングガンダムの両足、それさえ地面を削りながらじりじりと後ろへ退って行く。

 放つエネルギーは、彼女が乗るリライジングガンダムのコピーが放った漆黒のエネルギーによって壁のように阻まれる。……それどころか。

 

〈くう……っ〉

 

〈やっぱり凄い力です。遠くにいる僕達まで……吹き飛ばされそうなくらいに〉

 

 キャノンの勢いは離れたカザミ達にも影響を与えるくらいに、強い。

 

 ――グランドクロスキャノンの強さは互角か。……違う、それ以上に――

 

 激突し合うキャノンのエネルギーだけど、次第に、確実にクロヒナタのリライジングガンダムの威力が圧している。

 

 ――彼女のリライジングはブレイクデカールによる強化まで受けている。コピーで同等の能力に加えてデカールによる上増し、その威力はオリジナル以上か――

 

 ブレイクデカール、それに引き起こされるバグはコピーがリライジングガンダムに合体してから更に悪化している。

 エリアの崩壊は加速の一途で、空間は裂け目とひび割ればかりで、今にも崩壊しそうなくらいに。

 

 ――俺たちのリライジングガンダムが、負ける? ……いや――

 

 この勝負は何が何でも譲れないと……そうだったはずだろ!

 

 ――力を貸してくれたみんなの為にも、GBNを守る為にも、そして――

 

 俺はリライジングガンダムの出力を限界一杯にまで上げる。

 機体そのものが危険な程の出力、けれど構わない。それでも俺は負けられないから。

 

 ――ヒナタ、君への想いをもう一人のヒナタに少しでも分かって貰うために、示すために!

 何より……俺自身が!――

 

 

 俺のこの想いがガンプラの力になるのなら。どうか――応えてくれ!!

 

 

 

 それが、本当に通じたのか。 

 リライジングのコピーが放つグランドクロスキャノンをその瞬間、ついに押し留めた。

 圧されることなく受け止めた。ブレイクデカールで強化されたコピーと、互角に持ち込む事が出来た。

 

 ――この瞬間だけでも――

 

 機体そのものも臨界点に届きそうで、各部に負荷がかかりダメージが発生している。

 このままでは危険だと、そう思った矢先。

 

 ――!!――

 

 ……同時に、クロヒナタが乗る黒いリライジングガンダムの各部が、次々と爆発するのが垣間見えた。

 あの爆発とダメージ、俺の機体以上の負荷による反動だと分かる。

 

 ――そうか。ブレイクデカールで出力を上げた分、より本体にも負荷が――

 

 クロヒナタの方こそ最初から無理をしていたんだ。

 機体のダメージとともに、黒いリライジングのグランドクロスキャノンの威力も低下する。それと同じく俺の攻撃が、今度は圧して行く番だ。

 彼女のコピーガンプラへと迫る、本物のリライジングガンダムのグランドクロスキャノンの勢い。

 

「これで……決める」

 

〈――〉

 

 通信モニターには追い詰められた表情を浮かべるクロヒナタの姿。

 それでも俺を見据え続け、何も言わない。……けれど次の瞬間。

 

 

 

〈――ふっ〉

 

 途端に、彼女は息をついて、観念するかのように両目を閉じた。

 その表情は初めて見る、もう一人のヒナタの穏やかな――。

 

 

 同時にグランドクロスキャノンのエネルギーは――リライジングガンダムのコピーをのみ込んだ。

 あっという間の出来事。クロヒナタを乗せたコピーは巨大なエネルギーの中に飲み込まれ、消滅した。 

 

 

 

 ――――

 

 黒いリライジングガンダムを倒したと同時に闇は晴れ、地響きと崩壊は止まった。

 空間のひび割れと裂け目も何事もなかったかのように消滅していて、ブレイクデカールによる悪影響も、コピーの停止とともに消失したと分かる。

 ……グランドクロスキャノンの一撃は地面に深く大きな溝跡を刻み、それは広場の更に遥か奥まで、壁面や結晶まで消し飛ばしながらずっと続いていた。――そして俺は。

 

 

「――ヒナタっ!」

 

 エネルギーが削った溝跡の中に取り残された巨大な残骸の塊。既に合体を解除したコアガンダムⅡでそこに向かい、俺は機体から降りて残骸の中を探して回る。

 さっきまでリライジングガンダムだった物の、残骸。俺はそれに乗っていたクロヒナタを……ヒナタとは異なる、ヒナタを。

 

 

〈……おい、こんな状態じゃ多分〉

 

 残骸の周囲にはガンダムイージスナイト、エクスヴァルキランダ―、ウォドムポッドも待機している。

 イージスナイトから通信でそう言うカザミに、俺は首を横に振って探索を続ける。

 

「そうかもしれない。けれど俺が……そうしたいんだ」

 

〈ヒロトさん……〉

 

 パルも気にしている。俺はそんな中で、瓦礫を動かしながら残骸の山を進む。

 そして、小高い残骸の山の上に立ち、見下ろした時――

 

 

 

 瓦礫の中に半分埋まるようにして横たわっていたボロボロの姿。それを見た途端、俺は思わず愕然とした。

 

「俺……は、何て事を」

 

 それはクロヒナタの姿だった。けれどその黒い巫女服はボロボロに焦げて破れ、身体までも、半分近くが既に崩壊していた。

 

「ア……う……」

 

 けれど彼女にはまだ意識があった。身体は殆ど動かないけれどクロヒナタは頭部だけ辛うじて動かして、俺へと視線を向ける。

 

「あまり見るんじゃ……ナいわよ。見世物じャ、ナいんだから」

 

 クロヒナタの姿はあまりに酷かった。

 左足はねじれ、右足は膝先から、左腕は肩の先からは全く無くなっていた。胴体や形を残す身体にも幾つもの破片が突き刺さり、あちこちに砕けたような穴と亀裂のような物が入っている。

 俺に向けられた顔も……髪もボロボロになって、顔の左半分が崩れて無くなっていた。残っている右半分の右目で俺の事を見ていたんだ。

 

「すまない、こんな事を。俺は――ヒナタに対して」

 

「何を、気にシているの。最後の決着を、つけると……ワタシが望んだコトよ」

 

 声もまるで壊れたラジオのように、上手く発せられないでいた。

 それに、こうしている今もクロヒナタの身体は崩れ続けている。

 全身の傷口、亀裂から黒ずんで行き、身体がら剥がれて塵のように霧散する。自らを構成するデータそのものが、もう形を維持する事が出来なくなっているんだ。

 壊れかけた顔でクロヒナタは上を仰ぎ、寂しそうな口元を見せると。

 

「それにねェ、結局は……ワタシは、ムカイ・ヒナタではナいのよ。

 何者ですらない、生命すらないたダのデータが……ヒトの真似事をしたダケ。…………憧れてイたダケよ」

 

「そんな事なんてない。君はちゃんと命のある人間だ。俺にとっては確かに本物の、もう一人のヒナタなんだ」

 

 俺はそう言うけれど、言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、彼女は構わずに上の空でただ唯一動かせる右腕を天に伸ばす。

 

「…………デも、とても、トテモ、憧れていたのよ。

 ムカイ・ヒナタと言うニンゲンに、その心も思い出も、とても綺麗で……温もりがアったのだから。

 ワタシの……タカラモノ、ただ守りたったダケなのに」

 

「……」

 

 クロヒナタにとってそれが全てだと俺は知っている。その全てを、全力で守ろうとした。……なのにその結末が。

 

 ――俺には何も言えない。言う事なんて出来はしない――

 

 俺は彼女の想いも受け止めたくて、最後まで勝負に付き合った。けれど……結果何が出来たのだろうか。

 

 ――分からない。これ以上彼女に対して出来る事も、もうないんだ――

 

 結局は無力だと、そう打ちひしがれていた時。

 

 

 ――ガチャッ。

 

 後ろから瓦礫を踏む音がした。

 誰かが来たと、俺が振り向くと……そこには。

 

 

「ヒロト――私は」

 

 

「もう、目が覚めたのか…………ヒナタ」

 



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 ――終幕――

 ―――――

 

「う……んっ」

 

 ずっと、長い夢を見ていたみたいだった。

 朧げに意識が戻りつつあった私は、重たい目蓋をゆっくり開こうと。

 

「やっと起きてくれたか、心配していたんだぞ」

 

 目蓋を開けると、目の前には私を覗き込んでいたメイさんの顔があったんだ。

 

「メイ、さん。……私は」

 

 私とメイさんがいるのはコックピットの中。多分、メイさんのウォドムポッドなのかな。

 それに外の景色はどこかの洞窟の広場みたいだった。けど、とても激しい戦闘の跡があちこちにあって、大きな溝まであったんだ。

 

「私は一体……どうしていたの? それにここは? 今まで何があったのか、分からなくて」

 

 あの黒いもう一人の自分――クロヒナタさんに出会ってから記憶がなくて。まるで眠ってしまったみたいに。でも、何だか不思議な夢を見た覚えもあるんだ。

 夢の中ではヒロトと一緒に過ごして、でもそれはクロヒナタさんが見せてくれた幻で、彼女は……恐ろしい事を考えてもいた。

 

「それにメイさんの肩も。……もしかして、怪我を?」

 

 加えて、メイさんの右肩には傷を受けたみたいに、包帯を巻きつけて治療したような痕があった。 

 

「気にする事じゃない。確かに怪我はしたが、別に大したものではないとも」

 

 彼女は私を安心させるように笑って、そう言ってくれるけど。

 

 ――これもクロヒナタさんがした事なら、きっと大変な事をしてしまったって思うから――

 

「お願い! 私が眠っている間、何が起こっていたのか教えて。

 それがどんな事でも構わないから!」

 

 どうしても知りたかった。

 メイさんはどうするか悩んでいるみたいに、考えているみたいで。

 

「どう言えばいいだろうか、困ったな」

 

 多分私には言いにくい感じなのかな。けど、それでも何も知らないままでいるよりは。

 

「ヒロトが、みんながエルドラで戦っている間も、私は長い間知らないでいたの。

 ……後で知る事が出来たけど、それまで私はヒロトとみんながどれだけ頑張っていたのか知らなくて。知らないって言うのがどれだけ、悲しくて寂しいか分かるから…………だから包み隠さないで全部、教えて欲しいの」

 

「そこまでなのかヒナタ、なら……」

 

 メイさんの表情にはまだ躊躇いがあったけど、私の言葉に心を動かしてくれたみたいだった。

 

「分かった。それなら全部話す事にするよ。信じられない話で、恐らくヒナタにとってもショックを受けると思う。

 けど……聞いて欲しい」 

 

 そして私にこれまで起こったことを、メイさんが知っている限りの事を教えてくれた。 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

「――そう言う事だ」

 

「クロヒナタさんが……そんな」

 

 メイさんに教えて貰った、これまでの出来事。

 私に憑りついてGBNを、みんなを、それにヒロトまで傷つけていた。酷い事ばかり……して来た事を。

 

 ――それにメイさんの命を狙って、最後にはヒロトの人格まで消して自分が成り代ろうと。

 あの肩の傷だって、きっとそのせいで――

 

「ごめん……なさい」

 

 ただ私には、謝る事しか出来なかった。

 

「やはり強いショックだろうな。

 けれど謝る必要はどこにもない。別にヒナタのせいじゃない、いや、誰も悪いわけでもないんだ。……クロヒナタも含めて、誰も」

 

「……でも」

 

 それでも自分の知らない内に、もう一人の自分があれだけの事をしたんだと。考えただけでも複雑で堪らなかった。

 

「もう終わった事だ。クロヒナタはヒロトが倒した。何もかも、全て終わった」

 

「終わった……? なら、ヒロトは今どうしているの? ……それに」

 

 倒したと言った、クロヒナタさんの事も気になった。

 

 ――酷い事をして来たけれど……あの人は、ただ――

 

 これにメイさんはまた答えてくれる。

 

「ヒロトなら――あそこにいる。恐らくクロヒナタも」

 

 そう言って指し示したのは、外の地面を抉った溝の中にある、すぐ傍の巨大な残骸だった。

 私もその残骸が気になっていた。だって残骸の姿は……まるでヒロト達のガンプラが合体した、リライジングガンダムみたいだったから。

 

 ――ヒロトとクロヒナタさんがあそこに――

 

「……もしかして、様子が気になるのか」

 

 メイさんは不意に私に尋ねて来た。

 

「どうして、そんな」

 

「見れば分かるとも。今すぐ会いに行きたいと、そう思っている事くらい」

 

 途端、彼女はコントロールパネルを操作すると……コックピットハッチを開いてくれた。

 

「ようやく目が覚めたんだ。ヒロトもきっと、ヒナタの姿を見たら安心するはずだから」

 

「……メイさんは?」

 

 私が聞くと、メイさんは首を横に振ると。

 

「私は構わない。今はヒナタ、君一人の方が……きっと。

 さぁ行くといい。――ヒロトも待っているはずだ」

 

 私は開いたハッチから下を見下ろす。

 メイさんが機体をしゃがませてくれたおかげで、地面はすぐ近く。これなら私でも降りられそう。

 

 ――私は二人に会いたい。だから――

 

「ありがとうメイさん。私、行って来ますね」

 

 そう伝えると私はコックピットから降りて、ヒロトの元に向かったんだ。

 

 

 

 ―――― 

 

 壊れた残骸、足場の悪い瓦礫の中を歩いて進む。

 残骸の中で私はヒロトの姿を探す。すると間もなく、目の前に後ろ姿が見えた。

 その後ろ姿は――ヒロトの。

 

 ――見つけた。けれど、もう一人――

 

 けれど彼の傍には誰かもう一人、黒い人影が倒れているのが見えた。

 ヒロトと、もう一人の誰か。あれは多分――

 ここからだとよく見えない。私は近づいて様子を確認しようとした。

 すると。

 

 

 ――ガチャッ、と。

 

 私は足元の瓦礫の一つを踏みつけた時に音を立ててしまった。

 途端、音を聞いたヒロトが振り返った。彼と目が合う私は……思わずこう呟く。

 

「ヒロト――私は」

 

「もう、目が覚めたのか…………ヒナタ」

 

 私が来た事にヒロトも、驚いたみたいにそう言った。

 やっと彼に会えた! 私は傍まで駆け寄って、そのまま抱きしめたいと――。

 

「……」

 

 けれど、直前で私は手を止めた。

 

 ――この騒動を引き起こした原因は、やっぱり私なんだ。なのにこんな事をする資格なんて――

 

 そう思ったから、手を止めてヒロトから一歩離れたんだ。

 

「私には……そんな」

 

 

 

 ――だけどその時。

 

「ヒナタ!!」

 

 ぎゅっと、私の身体が強く抱きしめられる感覚を感じた。

 ヒロトが私を抱きしめてくれたんだ。ぎゅっと強く、想いを感じるくらいに。

 

「目を覚ましてくれて良かった。本当に……ずっと、俺は君を想ってたんだ」

 

「私の事を、そんなに」

 

「……ああ」

 

 そう言ってくれるだけで、こうしてくれているだけで、私は今幸せだった。

 

 

 

「くく……クク…………っ」

 

 そんな中で、別の笑い声が聞こえて来た。

 下に倒れていたもう一人。その姿は。

 

「起キたのね、ムカイ……ヒナタ」

 

 倒れていたのはボロボロになったもう一人の私。

 手足がそれぞれ片方ずつ無くて、顔の左半分も崩れてしまってボロボロになった私の、酷い姿。

      

「クロヒナタ、さん。そんなになってまで」 

   

 全身が傷だらけ、ボロボロでそれに、身体そのものが崩壊し続けている黒いもう一人の私――クロヒナタさん。

 

 ――クロヒナタさんは、ただ一人で私のために行動していた。どんなに酷い事をしたのかも、知っているけれど――

 

 けど自分の身をこんなにしてまで、間違った方向だとしても頑張っていた。

 誰にも、一番守りたかった私にも拒絶されてまで。

 

「私のために……ずっと」

 

 今度は私はクロヒナタさんの元に。

 そして膝をつくと、彼女とすぐ近く顔を合わせる。

 

「最後に『私』と、会えるナんて。嬉しいワ」

 

 クロヒナタさんは半分崩れかけの顔を向けて、私に微笑んでみせた。声だって、調子がおかしくなっているのに。

 けどこれまで見せたみたいな負の感情がこもった冷たい笑みじゃない。ごく普通の、嬉しく思った時に見せる微笑み。

 憑き物が落ちたみたいな感じもあった。……それに、同時に諦めも。

 

「デも、ワタシは…………もう、ダメだわ

 ムカイ・ヒナタだと名乗ル資格さえ……ナいのよ」

 

 もう、諦めてしまったクロヒナタさん。どんな手段でも望みを叶えようとした強い意思は、どこにもなかった。

 

「……やれル事を全テしたのに、カナわなかった。完全に……ワタシはクガ・ヒロトに負けタのよ」

 

「やっぱり、ヒロトと戦ったんだね」

 

 負けたと、そう彼女は言った。

 

「ねぇ、やろうとした事は本当なの。GBNやみんなを傷つけて、そしてヒロトを消そうとした事も」

 

 だから私は聞いたんだ。クロヒナタさんは、ただ静かに頷く。

 気づかれたからには仕方ないと、そんな感じで

 

「えエ、そうよ。

 ワタシは貴方の悲しマせた……全テに復讐しようとした。そしテ貴方を救うために、本物の彼を消シて『クガ・ヒロト』に成り代ろうとしたの。

 貴方の想いに応えてくれない……あんナ人間より、ワタシが彼になれば…………代わりに想いに応えるコトが出来ルから」

 

 言葉を発するのも辛い感じなのに、それでも一生懸命に思いを伝えるクロヒナタさん。

 私への想いは一途なんだって分かるの。でも……それでも。

 

「――でも、そんなの私は望んでなんていないんだよ。

 誰かを不幸に、踏みつけにしてまで幸せになるなんて……嫌だから」

 

「ふフフっ、ムカイ・ヒナタは優しいものね」

 

 クロヒナタさんは寂しそうに笑っている。

 

「分かっていたワよ。……貴方が望まない事なのは、最初から。

 だケどね、優しサのせいで自分の事は後回し。みんなを、特にクガ・ヒロトの助けになろうとしていた。

 デも肝心の彼は貴方を蔑ろにし続けてイた、ずっと。……優シさでは自分を救えなかった、それを許せナくて…………放っておケなかったのよ」

 

「――」

 

 傍のヒロトは、彼女の言葉に複雑そうな顔で下を向いて黙っていた。

 

「ダからこそムカイ・ヒナタを真っ先ニ眠らセたのよ。何も知ラないうちに全てを終わラせるつもりだった……夢を見テいるうちに。

 こレがワタシの考えタ一番ノ……方法よ。……例え許さレない事だとシても、貴方を救ウにはそれしか思いつカなかったのよ。

 もちろん後悔だって、してイないワ」

 

 でも――。クロヒナタさんはそう呟くと、辛そうな思いで続ける。

 

「無念で……無念で堪ラないワ。

 あと少し、ダったのに。なのにワタシはクガ・ヒロトに負けた。

 ムカイ・ヒナタ……ここまデして、結局貴方を救ウ事が出来なかっタ、何もしテあげられなかっタ。それが…………とても無念なの」

 

 私に微笑んではいるけれど、それでも辛そうで悲しい、もう一人の私の姿。

 けれど、どうして。

 

 

 

 

「どうして私のために、そんなになってまで。

 酷い事までして、自分まで……こんなに傷ついて、そこまで私の事を」

 

 聞かずにはいられなかった。

 クロヒナタさん、私と同じ姿をした――もう一人の私。私のために、彼女に何かした覚えもないのに、どうしてそこまで私の事を想ってくれているのか……分からないの。

 

「ソれは……当たり前じゃナい」

 

 クロヒナタさんは私の言葉に、今度はまた、さっきよりも優しく応えてくれる。

 

「ムカイ・ヒナタは知ラないと思うけド、ワタシは貴方に……救われタのだから。

 何も無いワタシに、カけがえのない物をくれタ。暗闇にいたワタシに光を……くれたのダから

 貴方と言う――ワタシにトってかけがえのない宝物……光ナの。その優しイ心も、素敵な笑顔も…………何もかもが」

 

 彼女は私に向かって手を伸ばす。まるで離れた所にある、何か大切な物に触れたいかのように。

 

 ――私には分からない。けれど、クロヒナタさんにとってはきっと救いになっていたんだ。

 だから、せめて――

 

 私はその手を優しく握って――繋いだんだ。

 するとクロヒナタさんは、とても嬉しそうに。

 

「ふ……ふふ、コんなワタシでも、優しくしてクれるのね。

 救うどコろか、きっトまた辛い思いをさセて……シまったのに」

 

「……うん。だって、やった事は酷い事ばかりで、沢山の人を傷つけたんだから」

 

 彼女のした事は良くない事ばかり。私だって辛い思いをしてしまった、けれどクロヒナタさんは……。

 

「でも私を想ってくれて、ずっと頑張ってくれたんだよね。

 正しい方法ではなくてもその想いは本物だって分かるから、だから、ありがとう」

 

「エっ」

 

「やって来た事は悪い事でも、それでも私の事を強く想ってくれて……助けてくれようとしたんだって。

 貴方の想いは――凄く嬉しいから」

 

 私はクロヒナタさんにそう言って、笑顔を返したんだ。

 だって彼女の想いは、本当に嬉しかったから。

 

「ムカイ……ヒナタ」

 

 クロヒナタさんの身体はもう、限界だった。

 崩壊は進んでいて、今にも完全に崩れ去ってしまいそうなくらいに。

 それでも、彼女の表情は――

 

「あはは……ありがとうっテ言われチゃったワ。

 ……こんナのは初めて。何だか、とてモ良いものね」

 

 照れたようなはにかみ笑い。

 まるで、普通の女の子が見せるような、そんな笑顔。心から幸せだって――ちゃんと思えるような。

  

「そレに――ムカイ・ヒナタの笑顔も、最後に見る事ガ出来た。

 やっぱり……貴方の笑顔、何よりもズっと輝いテいて……とテも素敵なんだカら。

 ……それ、に」

 

 私を見る瞳もかすんで、声もずっと弱くなっていた。

 握る彼女の手からも力が失われていくのも感じる。きっと、もう。

 

「どうしたの。何でも聞くから、だから――」 

 

 消えないで。そう言おうとしたけれど、クロヒナタさんの崩壊もずっと進んでいて、だから言葉を止めてしまった。

 ……でもそんな中で、彼女は残っている力を振り絞るようにして。

 

「どうカお願い……優しイ貴方。

 これからは、もっと……他の人だけでナく、自分の幸セも考えて欲しいノ。

 たまにはワガママ言っテも良いジゃない。……本当は自分がどうしたイのか、正直ニなっても、ねェ。

 ワタシはただ、貴方に幸せニ…………なって欲しイから」

 

 最後の最後まで、ただ私の事を想ってくれる。

 

「――うん」

 

 辛くて泣きそうになるけれど、それでも私は笑顔で。だって彼女には笑顔を見せたかったから。

 ――クロヒナタさんには。

 

 

「…………やれるわよ……ムカイ・ヒナタ、なら」

 

 

 最後にクロヒナタさんは一番の、私にそっくりの満面の笑顔を見せてくれた。

 そして、笑顔のまま――彼女は完全に崩れ去ってしまった。

 

 

 

「……」

 

 クロヒナタさんだった黒い塵は、宙に霧散して消える。

 私が握っていたはずの彼女の手、それも塵に変わって手の平から零れていく。本当に……クロヒナタさんは消えてしまったんだって。

 

 ――こんな事になるなんて、私は――

 

「……ヒナタ」

 

 すると隣にいたヒロトが、私にそっと声をかけてくれた。

 私も彼に顔を向けて……

 

「私を助けるために、頑張ってくれたんだよね。 ――ありがとうヒロト」

 

「何より俺がそうしたかったから。またヒナタと、一緒にいたかったから。

 もしかすると、彼女の言う通り……彼女が俺として君の傍にいた方が正しいとも思った。けど、それでも俺は」

 

「ううん。私にはヒロトが一番だから、代わりなんて誰もいないんだから」 

 

 そう、私にはクガ・ヒロトが、誰よりも。

 クロヒナタさんはヒロトに成り代ろうとしたけれど、そんなのは違うって。……でも。

 

「でも…………クロヒナタさんは」

 

 私はさっきまで彼女がいた場所に、ちらっと視線を移した。

 クロヒナタさんは塵になって、もうそこには誰もいない。いなくなってしまったんだ。

 

「これで、良かったのかな」

 

 そう言わずにはいられなかった。私は彼女に、クロヒナタさんに何か出来たのかなって……そんな風に。

 ヒロトは私に優しい表情を向けて、こう答えてくれる。

 

「俺たちは、きっと出来る事に最善を尽くしたはずさ。

 特に、ヒナタは最初から……彼女を救っていた。君への想いが暴走はしたけれど俺がそれを止めて、そしてまたヒナタが最後に、彼女を救ったんだ」

 

「私に救われたってクロヒナタさんは言っていたの。

 でも私は分からないんだ、何も知らないんだよ。だけど最後のクロヒナタさんは、心から笑ってくれた気がするの」

 

「……ああ」

 

 ヒロトはこくり頷いた。 

 

「俺には止められたけど、そこから先は出来なかった。

 ヒナタだからこそ救う事が出来た。今度こそ心からの笑顔を取り戻せたんだ。

 だからこそ最後、彼女はあんな風に笑えたはずさ」

 

 ――そうだよね、クロヒナタさんはきっと――

 

 私は彼女にとって、出来ることは出来たんだって。そう思えたから。

 

「――帰ろうか、僕達の現実に。

 そして彼女の事も話すよ。偽物なんかじゃない、きっと本物だったもう一人の、ヒナタの事を」

 

 そう、ヒロトは私に言う。

 

「うん。色々あったけど……一緒に帰ろう、ヒロト」

 

 

 

 

 私が眠っている間に起こった大事件。

 それはヒロトたちみんなの――ビルドダイバーズの力で、解決したんだ。

 

 




 


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エピローグ Re:Connect
【エピローグ 表紙付き】 『Re:Connect』


エピローグの表紙、ヒナタとヒロト、二人のイラストになります。

【挿絵表示】

いよいよ……今回で。


 あれから、数日後。

 クロヒナタさんが引き起こしたコピーガンプラのGBN襲撃騒動は、もう落ち着いていた。

 あちこちで暴れ回って、破壊行為を繰り返していたけれど……他のダイバーさん達が頑張ってくれたおかげで被害は小さい範囲で済んだみたい。被害を受けた場所もすぐに復興されて、今ではその被害の跡も綺麗さっぱり元通りになったって。

 

 ――誰も犠牲者だって出なかった。……ううん、ただ一人――

 

 この事件を引き起こした張本人、私の姿と記憶を持った情報生命体、クロヒナタさん。

 私とは別の、確実に存在していたもう一人の私。最後までビルドダイバーズと戦って……そして消えてしまった。

 あんな事を起こした罰。そう言ってしまえばそれまでだけど、でも悲しくて、辛かったんだ。

 

 

 

 ――あんな事があってから、また日常に戻って来れたんだよね――

 

 私も無事に意識を取り戻して病院からも退院、いつもの日常を送っていた。

 今日は土曜日。部活の練習があって、今は家に帰る所なんだ。

 

 ――うーんっ、病院で長く眠っていたせいかな。まだ少し身体が固い気がするよ――

 

 退院したばかりで、身体が本調子じゃない感じ。さっきの部活でもちょっと腕が鈍った気もするし。でも……。

 

 ――やっぱり外を出歩けるのって、気持ち良いよね。こうしてお日様の下で――

 

 天気は晴れていて、外の帰り道を歩いて……私は改めて実感するんだ。

 

 

 

 そんな中で――私は。

 

 ――ヒロトの方は、今頃GBNでみんなと一緒なんだろうな。楽しくしているのかな――

 

 ヒロトはビルドダイバーズのみんなとGBNをしているって、私は聞いていたんだ。その間私は部活を……だけど。

 

 ――朝、ヒロトからその話を聞いた時、もう一つ気になる事も言っていたんだよね――

  

 互いに家を出る前に、少しヒロトとも話したんだ。他愛のない話や今日どうするかだとか、いつもの話。だけど話の最後……彼は。

 

『……あのさ』

 

『うん?』

 

『今日の夜、7時過ぎくらいに時間とか空いているか? どうしても……ヒナタと話したい事があるんだ』

 

 ――そんな話をしてたっけ。場所はいつもの、あの海沿いの通りだって言ってたけど。どうしたのかな――

 

 もちろんヒロトのお願いだもん、私はうんと答えたけど、どんな話なのか気になるんだ。

 

 ――多分、前のあの出来事についてかな。GBNでの出来事、大変だったから――

 

 クロヒナタさんが起こした眠っている間に本当に、色々あったみたいだから。何があったのか、その事はヒロトから後で聞いたんだ。

 ……大変で、そして悲しくもあった出来事。その話の続きなのかな、もしかすると。

 

 ――そう考えている間に、到着したね――

 

 考えながら歩いていると、私と……そしてヒロトが住んでいるアパートに到着したんだ。

 

 

 

 ――――

 

「……ちょっと、退屈だな」

 

 家に帰って自分の部屋で、私は椅子に座ってぼーっとしていた。

 机によりかかって、特に何かするわけでもなくて……ただ考え事をしながら。

 

 ――話、か――

 

 ヒロトにも話があるみたいに私も、彼に話したい事があるんだ。

 あの出来事は大きな事だけれど、私にはそれより大きな事がもう一つ、思っている事があるの。

 

 ――ヒロトとの関係も、私は……決着をつけたいから――

 

 あの遊園地での告白。ヒロトと絆を深めたいって、幼なじみだけじゃない何か特別な関係にありたいって――イヴさんみたいに。

 

 ――告白の答えも聞いていないから。

 だから彼と話をして、その答えが聞きたいんだ――

 

 ヒロトも悩んでいるみたいだった。

 私の告白にどう答えればいいのか。だって、彼にはもう大切な人が……イヴさんがいるから。

 例えいなくなっても彼女と過ごした時間は特別で、それに今はGBNでイヴさんのデータを復元して、生き返るみたいだから。

 本当に復元出来るのかは分からないけど、ヒロトの元にまたイヴさんが戻って来るかもしれない。

 

 ――ヒロトだってきっとそれを望んでいるはず。イヴさんが戻って、また一緒になれるのを。そしたら――

 

「……」 

 

 私からの想いはヒロトにとって負担になるかもって。そう思ったから私は一度諦めようともしたんだ。だけど、それでも諦めきれなくて。 

 

 ――やっぱり、せめてヒロトが本当はどう思っているか知りたいんだよ。

 私は諦めたくない。自分の気持ちに嘘はつきたくないから――

 

 だから私の告白にうんと答えて欲しい。断られるのだって怖くて、嫌だって……思ってしまう。

 自分勝手かもしれないけど、これが私の今の気持ちだから。

 

 ――会って話をするなら、私もその時に伝えたいんだ。改めて自分の気持ちを、ヒロトともっと絆を強くしたいって……せめてイヴさんと同じくらい――

 

 私はそう思った――けれど。

 

 ――同じくらい、イヴさんみたいに……だけどやっぱり――

 

 何だか違う気がした。彼女と同じ、それで良いと思おうとしたけれど、本当は私……。

 

 ――でも、そんな想いは、それこそ本当にヒロトにとって迷惑になるって思うから。

 だから――

 

 

『これからは、もっと……他の人だけでナく、自分の幸セも考えて欲しいノ。

 たまにはワガママ言っテも良いジゃない。……本当は自分がどうしたイのか、正直ニなっても、ねェ』

 

 

 途端もう一人の私が、クロヒナタさんが消えてしまう前に言った言葉が、私の脳裏によぎったんだ。

 正直に、自分にとって何が幸せなのか、望んでいるのか何なのか。

 

 ――私は――

 

 多分それはずっと自分の心の何処かで望んでいた事だったのかもしれない。でも上手く形に出来なくて、それにヒロトに伝える事が迷惑になると思ったから。

 だから想いを秘めて、自分でさえ分からなくなりかけていた。だけどね……私。

  

 ――後少しだけ、ワガママを言ってもいいかな。ヒロトに伝えたい事は最後まで伝えておきたいから。

 自分でこれ以上胡麻化したくない、後悔もしたくないから。…………それに、もしかすると――

 

 また拒絶されるかもしれない。でも、希望があるのなら私は、伝えられる限りの想いは伝えたいんだ 

 私のヒロトへの想いも、今ならもっと伝えられる気がする。

 そう、だから――

 

 

 

 

 

 ――――

 

 夕方の終わりに差し掛かった時間。

 空もほとんど夜空みたいに暗くて、もういくつも欲しが瞬いて月も見えるくらいに。

 そんな空の下、私は私服姿で家を出て、また街中を……少し駆け足で歩いていた。いつもの私服、今は変に着飾る気になれなかったから、何より恰好以上に自分の想いが大切だから。

 この時間だと、ほとんど夜だもんね。通りの街灯も明かりが灯って、見える建物だって窓明りできらきらしているんだ。 

 

 ――時間には少し早いかもだけど、いいよねー―

 

 ヒロトよりも先に着いて待っていたいから。あの遊歩道、私たちがよく通るあの場所で。

 いつも通い慣れた街中。私は通りぬけて、あっと言う間に――。

 

 

 

 夜の空に、通りの樹々が揺れて、海の水面と向こうに映る二つの街並みが輝いて見えるんだ。

 ようやく到着した。私は通りを歩いて辺りを見てみる。

 

 ――土曜日なのに、今日は人が少ないね――  

 

いる人はまばらで、あんまりいない感じがする。ヒロトもここに来るんだよね。

 

 ――えっと、どこで待てばいいかな。たしかに少ないけど、恥ずかしいからあまり周りに人がいない場所で――

 

 そう思いながら、歩いて彼を待つ場所を探していると。

 

 

 

 ――えっ――

 

 すると目の前、他の人から少し離れた場所……遊歩道に生えている木の一本。他より少し大きめなその木の下に、よく見覚えがある人の姿があった。

 誰かを待っているみたいな様子。……そこにいたのは。

 

 ――ヒロト! 私よりも早く来ていたなんて――

 

 先に私を待っていたヒロト。彼も私と同じで、いつもの私服姿でそこにいたんだ。

 ヒロトだって、そう分かった私は彼の元に駆け寄った。すると――彼も私に気づいて、驚いた顔を見せる。

 

「早かったじゃないか。ヒナタが来るのは、もう少し後だと思ったから」

 

「ちょっと、ね。早く待ち合わせ場所に来て、ヒロトを待ってみようかなって……そう思ったけど先を越されちゃった」

 

 私はちょびっと照れ笑い。でも、少し悪くも感じちゃって。

 

「それにヒロトを待たせちゃったかな。ごめんね、私ももう少し早く来れば良かったかも」

 

 けどヒロトは微笑んで首を横に振る。

 

「気にしなくても、俺もついさっき来たところさ。それに今だって約束した時間よりも10分早いんだ、全然気にしなくてもいい」

 

 私とヒロト、互いに見つめ合って、それぞれ何も言えないでいた。

 どっちも気恥ずかしくて……なかなか言葉が出ない感じ。

 

 ――私の想い、伝えないと――

 

 そう思って、私は口を開くと――

 

「……今日は良い夜だね。涼しくて、気持ち良いから」

 

 つい他愛もない事を話してしまった。けれどヒロトも同じ感じで。

 

「そうだな、良い夜だ」

 

 でもそう言う彼は、どこか踏み切りをつけようとしているみたいで。……そして。

 

「……あのさヒナタ、今日ここに呼んだのは話があるからなんだ。

 良かったら聞いてくれないか」

 

「あっ」

 

 ついに話し出そうとするヒロト。

 

 ――駄目だよ、私から言い出さないと、言えないまま終わりそうだから―― 

 

 今ここで、言わなくちゃ。

 

「それでさ、俺の話は――」

 

「待って! ヒロト!」

 

 

 

 ヒロトの言葉を、私は止めた。

 

「――ヒナタ?」

 

 いきなり呼び止められてはっとするヒロト。私は続けて彼に。

 

「私もヒロトに話したいことがあるの。どうしても……話したい事が」

 

「話……ヒナタも、なのか」 

 

 ヒロトは驚きと戸惑いが混ざったような表情を浮かべて、そしてどうしようかと考えているみたいで。

 

「よく分からないけど、ヒナタが真剣なのは俺にも理解出来る。

 なら、その話から先に聞くよ。一体どんな話なんだ」 

 

「えっと」

 

 私はまた、言葉に詰まった。

 ようやく勇気を出してここまで言ったのに、そこから先で止まってしまったんだ。けれど……。

 

「私は――あの時の」

 

 けど、この時だけは自分に正直にしようって決めたんだから。自分勝手かもしれないけど、それでも今、この瞬間だけ。

 

「あの時、遊園地での告白の答えが聞きたいんだ。

 私はヒロトの事が大好きなの。他の誰よりも一番大切な相手で、だからもっと強い絆で繋がりたいんだって」

 

「――ヒナタは」

 

 そう、それがあの時、遊園地でヒロトで伝えた私の気持ちなんだ。 

 真っすぐ、私は彼に想いを伝えるの。

 

「ヒロトがイヴさんを強く想っているのも分かっているよ。そして、GBNでは彼女を生き返らせようとしていて、もしかするとまた一緒になれるかもって事も。

 なのに、またこんな事を言って、迷惑かもしれないよね。でもヒロトを諦めたくないの、私だって想ってもらいたいから。

 イヴさんと同じくらいに…………ううん」

 

 ここまではあの時に伝えた想いのまま。

 だけど、本当はもっと――ワガママだって思われたって構わない。

 私は願っているのは……。

 

「本当は一番に私を、好きでいて欲しいんだ。

 私がヒロトの事を誰よりも想っているから、きっと誰にも譲れないって気付いたから。

 ヒロトが一途に想っている相手がイヴさんでも、その想いは譲れないんだ。彼女との思い出をヒロトが何より大切にしているって分かっているけど、それでも私は、ヒロトといた思い出が一番かけがえがないから」

 

 想いを吐き出すたびに胸の鼓動が強く鳴って、苦しくもなる。けれど一度出した言葉は止まらない。私は本気の想いをヒロトにぶつけるんだ。

 

「だから、イヴさんに渡したく……ないんだよ。

 自分勝手だって分かっているけど、でもヒロトには私の事を誰よりもずっと……ずっと、好きでいてもらいたいの。

 ヒロトが好きだから。幼なじみだからってだけじゃなくて、男の子として私は…………『恋』をしているって分かったから」

 

 こんな事を言うなんて初めてだった。恋――とっさに出て来た言葉。だけどその通り、私はヒロトに恋心を抱いていた。

 上手く言葉に出来なかった想い。でもきっとそれが……答えなの。

 

 

 

 彼には好きな人がもういるから。

 だから私の願い、想いなんて届かないかもしれない。……その辛さだって感じる。今だって、泣き出しそうになるのを我慢しているんだ。

 それでも、半泣きになりかけて、少し顔がくしゃくしゃになりながら私は――最後に告白する。

 

「ヒロトには、イヴさんがいるから。

 無理を言っているかもしれないけど……でも! これが私の想いなんだ! 大好きなヒロトに一番好きだって思ってもらいたいの。

 ヒロトの心を…………私は欲しいから――っ!!」

 

 

 

 多分初めてだったんだ、こんなに自分のワガママをヒロトに言ったのは。

 

「ヒナタ、そんなに」 

 

 話を聞いていたヒロトの表情は、ショックを受けたみたいに茫然と、そんな顔をしていた。

 どうすればいいのか、何て言えばいいのか考えているみたいで。私も彼の答えを待っていたんだ。

 けれどヒロトはまるで、元々答えは決まってるかのような感じだった。

 何か強く心に決めたみたいに、私を見つめると一言、言ったんだ。

 

「ごめん」

 

 ――やっぱり、そうだよね――

 

「そっか。……だよね、ヒロト」

 

 ヒロトには無茶なお願いだったんだ。私がこんな事を言っても迷惑だったんだって、でも……。

 後悔なんてしていない。迷惑かもしれないけど、今自分が思っている気持ちは全部伝えたから。

 だから、もう私は。

 そう思っていると……ヒロトは。

 

「ごめんヒナタ。君の想いに――――ずっと応える事が出来なくて!」

 

 彼はいきなり詰め寄ると、私の手をとって握ったんだ。

 私とヒロトの手と手、両手とも繋いで、私の目の前には彼の真っすぐな瞳が私を見据えていたの。

 

「もっと早く、ヒナタの想いに気づければ良かった。俺の事をそうまでして想ってくれたなんて、今まで。

 なのに気づかないままで、でも! それでもやっと分かったんだ。君の想いがどれだけの物か……俺にだって」

 

 ヒロトは私の気持ちを分かってくれた。だからこんな事を言うんだって、だけど。

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。でも、私のために無理して欲しくはないの。

 だってヒロトには好きな相手がいるって、分かっているから。だから」 

 

 その気持ちはもちろん嬉しくもあるよ。だけどヒロトにはイヴさんがいるんだ、それなのに私に無理して付き合わせるのは……やっぱり嫌だから。

 私はそう思ったから。だけど、ヒロトは静かに首を横に振って……こう応えたんだ。

 

「――無理なんてしていない。

 ヒナタの想いだけじゃない。俺が気づいたのは、俺自身の想いにも……だから。

 確かに二年前から俺はイヴの事ばかりだった。GBNで彼女と出会ってから今まで、あの世界でイヴと経験した事はどれも新しいものばかり、俺にとっては何もかも輝いて、楽しく見えたから。

 そして失ってからはショックで、なおさら彼女とその思い出ばかり意識して……ヒナタの事を置き去りにしていた部分があった。

 あの間、俺はイヴ程にヒナタを想えてなかった。――認めるよ」

 

「……」

 

 イヴさん程じゃないと、直接そう言われて胸が苦しくなった。だけど……ヒロトは

 

「でも――俺は分かっていなかっただけだった。

 ずっとはっきりとしていなかった。小さい頃から傍にいて、ヒナタといる事が俺にとってはあまりに日常で当たり前の事だったから。

 俺にとってヒナタの事も、君との思い出も、どれだけ大切なのかはっきりしてなかった。分かっていないまま、俺はイヴとの思い出ばかり大切にし続けていた」

 

 ヒロトもまた、私に想いを伝えていたんだと。

 そして――。

 

「だけど! ヒナタの告白を聞いて俺も分かった。今まで形にならなくて、はっきり気づかないないままだったけれど…………俺にとってヒナタの存在がどれだけ大切だったのか。

 ずっと当たり前だった日常の思い出、いつも俺を想ってくれてくれたヒナタは、本当はずっと……何よりもかけがえのない存在なんだ。

当たり前だったから。いや、当たり前だからこそ俺にとってなくてはならない大切な存在だって」

 

 

 

 何よりもかけがえのないって――私を。

 

「本当に、そう思ってくれてるの。ヒロト?」

 

 ヒロトからそんな風に言われるなんて思っていなかった。動揺していた私に彼は、こくりと頷いてくれた。 

 

「……勿論だ。

 だからこそ俺は今日ヒナタを呼んだんだ。君に対する想いを、伝えたかったから。

 確かにイヴの存在だって大切だ。沢山の思い出をくれた大切な……友達だから」

 

 だけど――。彼はこう言うと、身体ごと私に顔を近づける。

 息が振れて感じるくらいに近い距離。ヒロトはそのまま私に伝えてくれる。

 

「ヒナタはもっと俺にとって特別で、それこそ……一番に大切な人なんだ」

 

「そう、なの? 私で……いいの?」

 

「もちろん、それが俺の決めた答えだから。

 気づくのに遅くなってしまった。君の事も、たくさん傷つけてしまったかもしれない。……けれど、せめて。

 ヒナタからの告白に今出来る――最高の形で応えるから」

 

 

 

「――!」

 

 ヒロトの言葉と同時だった、彼の唇がそっと私に触れたのは。

 唇と唇が触れ合う、柔らかくて暖かい、優しい感覚。私はヒロトと――キスをしているんだって。

 私は頭が真っ白いなりそうだった。

 多分、ほんの一時。私にキスしたヒロトは静かに唇を離すと、彼の表情は照れているみたいに赤くなっていて。

 

「キス――して、くれた。私に」

 

「どうかな……ヒナタは知らないかもしれないけど、君とキスしたのは初めてじゃないんだ。

 君が意識を失っていた時にも俺はこうしたんだ。けど、今はヒナタに分かってくれたら。…………もう幼なじみだけじゃないって言う俺の想いが、少しでも」

 

「私は……私、ヒロトを……っ」

 

 想いがあふれてどうすればいいか、何を言えばいいか分からなくなる。

 何か強い感情で心がぐちゃぐちゃになりそうで、私は……。

 

「ひぐ……っ、うわぁぁぁあっ!」

 

 私はヒロトの胸に顔をうずめて、激しく泣きじゃくった。

 想いや言葉の代わりに涙と泣き声ばかりが出てしまう。自分ではもう、どうしようもないくらいに。

 

「ヒナタ……俺は」

 

「……本当にいいの? 私が……ひぐっ、そんな想いを受け取って…………っ」

 

「――もちろん、もちろんだ」

 

「ぐすっ、ヒロトが……そう言ってくれるなんて、キスだって……ううっ、思わなかったから……っ、だから――」

 

 何とか言葉に出そうとしても、それでも涙声が混じって上手く言えない。

 そんな私を、ヒロトは優しく抱いて、撫でてくれる。

 

「もう君を悲しませたり、傷つけたりなんてしないから。だから……今は好きなだけ泣いてくれ。

 今までの辛い事や悲しい事も、俺はこうして受け止めるから」

 

 私は彼の胸の中で泣きながらうんと頷いて、気持ちが落ち着くまで、後はただ……泣き続けたんだ。

 

 

 

 あれからしばらくの間泣き続けた私。でも、ヒロトのおかげで、ようやく今落ち着いたの。

 

「もう、大丈夫かな」

 

「……うん」

 

 思いっきり泣いたせいで気分は大分良くなった。けど、顔はくしゃくしゃになってひどい顔で、目だって泣きはれて少し痛む。

 

「ごめんね、ヒロト。こんなになっちゃって……上着だって濡らして」

 

「俺は全然気にしてないよ。そんな事より、ヒナタの気分が晴れたみたいで良かった。

 本当に、何より」

 

 ヒロトの優しい言葉。あんなに泣いた後だけど私はそれが嬉しくて、表情がゆるんでしまう。

 そんな私に彼も、微笑みを返してくれる。

 

「ヒナタの笑顔、やっぱりそれが一番だよ。俺にとっても君の笑った顔が、何より宝物だから」

 

「……嬉しいよ、そう言ってくれて」

 

 私とヒロト、今度は一緒に笑い合う私たち。

 

「さっきは泣いちゃったけど……それだって私は嬉しかったからなの。ヒロトが私を一番だって、特別に想ってくれたのが。

 ……私が願っていた事だけど、どこかで諦めてもいた、そんな願い。ヒロトはそれを叶えてくれるんだよね」

 

 ヒロトは勿論だって、答えてくれる。

 

「――今までは幼なじみだったけど、これからはもっと特別な関係に。

 俺とヒナタ、改めて互いの絆を繋ぎ直すんだ。ずっと強い……絆へと」

 

 ――絆を、繋ぎ直して。もう私たちは幼なじみだけじゃなくて――

 

「ヒロト……」

 

「うん?」

 

「それって、私たちは…………恋人、なのかな」

 

 私はヒロトに、ふと聞いたんだ。

 すると彼は私に、にこっと一番の笑顔を見せくれる。

 

「その通り、俺とヒナタはこれで恋人同士だ。恋人として、これからもっと――絆を深めて行こう」 

 

 ああ、私の願いはようやく叶った。想いが届いたんだって。

 ……ようやく。

 

 

「それなら……私、お願いがあるんだ。ヒロトと恋人になって初めての、お願い事」

 

「ふふっ。ヒナタの、素敵な恋人からのお願いなら断れないな。

 一体どんなお願いなんだ、叶えられる事なら何だって聞くよ」

 

「良かった! 私のお願いはね――またヒロトと、キスしたいの。

 さっきはヒロトからだったけど、今度は二人で、一緒に」

 

 ヒロトは微笑んで頷いた。

 

「さっきキスしたばかりだから照れるな。

 けどもちろん……喜んで。今度は一緒にしよう、ヒナタ」

 

「うん――ヒロト」

 

 私たちはもう一度、今度は互いに近づいてキスをしようとするの。

 

 

 

 夜空の月と星空、その薄明かりの下。

 恋人として私とヒロトは、互いの想いを伝え合うように――――また二度目の口付けを交わしたんだ。



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Endroll 1/2 それからと、メイの邂逅(Side メイ)

 ――――

 

「本当に、ここにはいつ来ても飽きないな。

 珍しいガンプラだってあるし、バトルだけじゃないガンプラ本来の楽しみ方って言うか……ただ見て回るのもいいな」

 

 GBNのエリア、その一つでもあるぺリシアエリアの砂漠。

 砂漠に中にある中東風な町ではダイバー達の作ったガンプラが数多く展示され、エリアの特色の一つになっている。

 今、私とカザミ、それにパルの三人はぺリシアエリアにそれを見に来ていたんだ。

 

「そうだなカザミ。前来た時にはなかった、新しい作品も多くあるからな」

 

 私たちがいる広場には、幾つも展示されたガンプラが立ち並びそれに、それを観に集まっている大勢の人の姿も。

 

「ちなみにパルは何か気になった物でもあったのか。さっきから私たち以上に観ているが」

 

 どうも一番楽しんでいる感じのパルの様子。私が気になって聞いてみると。

 

「はい! 色々ある皆さんのガンプラ、どれも……その人なりの愛があるって伝わります」

 

 目をきらきらさせてそう言うパル。

 

「ちなみに今気になっていたのは、あそこのSDガンダムフォースの主人公、キャプテンガンダムのガンプラです、

 SDガンダム、やっぱり好きなジャンルですから」

 

 キャプテンガンダム、パルの視線の先にある人間大で三頭身の、科学的なアーマーを身に纏った感じのガンプラがそれだろう。

 するとカザミもこんな事を。

 

「へぇ! 確かにパルらしいと言えばパルらしいな。

 ちなみに俺はあっちのガンダムアスクレプオスも気になるな。あの完成度は旧キットと思えない、MGに匹敵する出来だぜ」

 

 カザミの言うガンダムアスクレプオスは、キャプテンガンダムの少し右横に置いてあるガンプラだ。

 被り物のようなバックパックを背に、クロ―のようなパーツが装備された大型の両肩アーマーが特徴的なガンダムアスクレプオス。確かWガンダムだったか、その外伝である「G-UNIT」と言う名前の作品に登場する機体だと聞いた覚えがある。

 

「カザミの言うガンプラも、良い出来だな。……いや、やはり全部良い物だ。

 みんながそれぞれ想いを込めて出来上がった想いの結晶。――それは同じだと分かるから」

 

 どれもみんなが丹精を込めたもの。だからこそ素晴らしいと私は思う。

 そう考えていると、ふとパルがある話を振った。

 

 

 

「そう言えば、メイさんは今日もデータの解析作業でしたよね。

 ……イヴさんを復元するための。調子はどうでしたか?」

 

 パルの言う通り、私はついさっき解析から戻って、ここぺリシアエリアで二人と合流した所だ。

 GBNでは消滅したELダイバーであるイヴを復活させようと頑張ってはいた。――けれど。

 

「状況は変わらずさ。解析、復元作業は殆ど進む経過はない。

 やはり、電子生命体の完全復元は厳しいみたいだ」

 

「そう……ですか、残念です」

 

 GBNの運営も努力はしているけれど、実際は難航以前にほぼ進んですらいないのが現状だ。

 これではまともに形になるのさえ数年、それ以前に計画そのものが頓挫する事も考えられるみたいだ。

 

「まぁ――あまり期待はしない方がいいかもしれないな。

 一度消えた物が再び戻ると言うのも、むしの良い話、何だろうな」

 

「ヒロトが話していたイヴ、もしかすると会えると思っていたんだけどな。

 でも、そう言われるとどうしても、悲しいものだな」

 

 パルもカザミも残念がっている。私も気持ちは分かる、けど――。

 

「そう悲しむ事でもない。覚えている限り、イヴはみんなの中に生きているものだ。

 本当に消えてしまう事なんて、ありはしないのだから」

 

 

 

 ……と、そうだった。

 

「ちなみにヒロト達とは、まだ会っていないのか?」

 

 私はカザミとパルに聞いてみる。どうも気になっていた事だったからだ、けれど二人の答えは。

 

「いいえ、今日はまだ。メイさんの方こそ会っていないんですか?」

 

「俺もメイと一緒かと思ったぜ。それこそ解析作業とか、ヒロトはついて来なかったのか?」

 

 成程。二人がそう思うのも無理はないか。

 

「残念だが、私もまだヒロトとは会っていないんだ。

 解析も私は一人でだ。てっきり二人といるかと思ったが、どうやら違うみたいだな」

 

 ふむ、今日も別行動か。

 確かにビルドダイバーズとして共にGBNで行動もするけれど、この頃ヒロトは少し変わったみたいだ。その理由だって……私たちは知っている。

 カザミは可笑しそうに笑うと、私に。

 

「最近だとヒロトもヒロトで、色々あるみたいだしな。――何せ」 

 

 

 

 そんな時、少し離れた左横から知った声が聞こえた。

 そこに展示されているガンプラを挟み、向こう側から聞こえる――会話は。

 

「ねぇねぇ! あのガンプラは何て言うのかな?」

 

「あれはライジングガンダム、Gガンダムのヒロイン、レイン・ミカムラが使ったガンダムさ。

 必殺技が弓での一撃、必殺必中ライジングアロー…………ヒナタに似た感じかもな、機体も、パイロットも」

 

「うん? 確かに弓は得意だけど、パイロットも私と似ているの? ヒロト」

 

「まぁね。レインはGガンダムのヒロインなんだけど、彼女は作品の主人公、ドモン・カッシュの幼なじみだったりもする」

 

「幼なじみどうし……か。私たちと同じだね!

 それで、二人はどうなるんだろう? 一緒に幸せになれていたら、いいな」

 

「それは勿論。作中では互いに好意を抱いていたし、終盤の戦いではその想いを伝え合って、最後には結ばれたんだ。…………ヒナタ?」

 

「ふぇ!!」

 

「顔が赤いけど、大丈夫?」

 

「う、うん! 大丈夫だよヒロト! 私は、平気だから。

 ただ……ドモンさんとレインさんは結ばれたんだ。私たちは恋人になれたけど、ちょっと……その」

 

「あはは、でも気持ちは分かる。

 だから良ければ……俺たちも、そうなれたらって。――まだ先の話だろうけど、いつか」

 

「っ! ヒロトってば…………本当にそう思って、くれてるの?

 私だって……本当はね」

 

 

 

 

 聞こえて来る、そんな二人の会話。

 

 ――何だろうか。上手く分からないけれど、聞いている方もドキドキしてしまうような会話をしているな。

 いや、そもそもあの二人は――

 

「よぉ、ヒロトにヒナタじゃないか! まさかここで会えるなんて思わなかったぜ!」

 

 私がそう考えていると、カザミが勝手に向かい側にいる二人の元に行って声をかけていた。

 

「あっ! ちょっと、カザミさんってば!」

 

 いきなりのカザミの行動に慌てたパルも彼の後を追う。こうなったら、私も続くしかない。

 三人とも、向かった先にいたのは。  

 

 

 

 

「まさか三人ともぺリシアエリアにいたなんて、驚いたな」

 

 そこにいたのは、さっき話していた二人。正体はやっぱり――ヒロトと、それにヒナタの二人だった。

 

「やっぱりな! 声を聞いただけですぐに分ったぜ」

 

「……敵わないな、カザミには」

 

 ヒロトのすぐ隣にはヒナタもいた。寄り添うみたいに傍に、以前と比べていくらか距離感と言うか、関係性が変わったみたいなのが私でも分かった。

 

「みんなも来てたなんて私もびっくりだよ。――もしかしてさっきの話も…………聞いて、いたの?」

 

 ヒナタも顔を赤らめ、どきどきしている感じだった。

 

「えっと……人の話し声が混じって、僕達にはあまり」

 

「何言ってるんだパル、はっきりと聞こえてたじゃないか。

 ヒロトとヒナタがライジングガンダムやGガンダムの話をしながら、ラブラブな感じだったじゃないか」

 

「カザミさん!」

 

 私から見ても、今のは余計な事を言ったカザミが悪い。

 

「やっぱり聞こえてたんだ。――ううっ、恥ずかしいよ」

 

 おかげでヒナタはもっと赤くなって下を向いてしまった。

 

「……はぁ」

 

 そしてヒロトも恥ずかしそうに、頬を赤らめて顔を横に反らしている。

 あんなヒロトの態度も、私は初めて見た気がする。

 

「カザミさん、ここは黙っている所なんですよ。デリカシーがないと言うか」

 

「悪かったって、本当に。――すまねぇヒロト、それにヒナタも」

 

 パルに諭されてカザミは謝る。

 

 

 

 ――そう、もう幾らか前になるが、ヒロトとヒナタは互いに想いを伝え合って恋人同士になったらしい。

 幼なじみとして仲が良いのは知ってはいたけれど、それからはそれ以上に二人のは親密になった感じだ。私たちもヒロトの仲間としての絆はあるけれど、それとはまた違う特別な……そんな関係に。

 

「確かに、カザミやパル、メイまでもここにいたのは俺も驚いた。

 けれど心配しなくても気にしてなんていない。……むしろ、せっかく会えてよかったって思っているんだ」

 

 そんな風に笑って言うヒロト。

 私たちだって、勿論そうだ。私はヒロトにふっと、表情を緩めて言葉をかける。

 

「ヒロト達も楽しそうで何よりだ。――もし良かったら、今から一緒に高難易度ミッションなんてどうだろうか。

 せっかくビルドダイバーズの全員が揃ったんだ。みんなで……どうだろうか」

 

 こうして揃ったのも何かの縁だ。私はそう誘ってみる。……けれど。

 

「悪いメイ。今日は一日はヒナタと二人でGBNで過ごすって約束したんだ」

 

「ねぇヒロト、気を遣わなくても私は別に大丈夫だよ。

 今日はみんなででも。……私とは後で時間がある時でも構わないよ」

 

 ヒナタは横でそう言うけれど、ヒロトは首を横に振って彼女に。

 

「気なんて遣ってない。俺が、ヒナタとそうしたいって思っているから。

 ――と言う事でみんな、また別の機会に誘ってくれたら嬉しい」

 

 ――そっか、ヒロトがそう言うのなら、これ以上引き留めるのも野暮と言うべきか――

 

「分かった。私たちは私たちで構わないとも、だからヒロト達は――」

 

 

 

 その時、私は妙な気配を感じた。

 

「……またか」

 

 それは私たちよりいくらか離れた、目立ちにくい物陰から。私は視線と気配を感じた。

 

「メイさん? どうかなさいました?」

 

 態度を気にしたパルが、横から声をかけて来た。だからとっさに私は。

 

「いや、大したことじゃない。ちょっと知り合いの姿を見た気がしただけだ」

 

 そう言ってごまかす事にした。

 

「――それじゃあ、俺たちはそろそろ行くよ。

 ヒナタと一緒に行くと決めていた場所があるから、今から」

 

「了解だ! ならまた次の機会にな、ヒロト。目一杯楽しんで来てくれよ」

 

 ヒロトとカザミはそう話す一方で、パルとヒナタも。

 

「ヒナタさんも良かったですね。

 ずっとヒロトさんの事、好きだったみたいですから。今更かもしれないですが、お幸せに」

 

「うん! ありがとうパルくん!

 やっぱり私、今がとても幸せだって……そう思うから」

 

 

 

 そして、ヒロトとヒナタの二人は一緒に、私たちの元から去って行った。

 

「ははは、何だか羨ましいな。ヒロトにはああして良い恋人が出来たなんて」

 

 カザミの言葉に、パルも頷くと。

 

「はい! ヒナタさんも、何だか凄く嬉しそうみたいでしたから」

 

「俺たちと一緒に過ごす機会は……そりゃ少し減るかもしれないけどさ。やっぱ、二人のあんな感じな所を見ていると、応援したくなっちまうよな。

 ――メイもそう思うだろ」

 

「……ああ」

 

 彼に話を振られて私もそう答える。……けれど。

 

「なぁカザミ、それにパルも」

 

「ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 不思議そうにする二人に、私はこう伝える。

 

「すまないが用事が出来てしまった。少し離れさせてもらって、構わないか。

 大丈夫。用事が済み次第すぐに戻って来るから」

 

 そう言えば、ミラーミッション騒動では私が勝手に出て行ったせいで迷惑をかけてしまってもいた。

 だからか、いくらか心配しているみたいだったけれど……。

 

「分かった、今回はちゃんと無事に戻って来てくれよな。

 それまで、俺たちは待っているからさ」

 

「――ありがとう」

 

 カザミも、それにパルも、私の勝手を許してくれるみたいだった。

 

「それじゃあ、私は。……すぐに戻って来るから」

 

 私は二人にそう伝えると、離れて一人、別行動をとる。

 どうしても――気になった事があるから。

 

 

 

 ――――

 

 私はただ一人、ぺリシアエリアの町中を進む。

 大通りから、そこから狭い裏通りを抜けて私は、ある人影の後を追う。

 

 ――まだ確信はない。けれど、あれは恐らく……いやきっと――

 

 途中見失いそうになりながらも追跡を続ける。狭い通りを駆け抜けて追う道の先には、眩しい光が零れるのが見えて……その先には。

 

 ――町の外に、出て来てしまったか――

 

 通りを出た先に広がっていたのは、一面の砂漠景色。追っている間に私は、こうして町の端にまで来てしまっていたわけだ。

 けれど、町外れのせいか辺りには人の姿はない。まさかここまで来て見失ったのかと、私がそう思った瞬間。

 

 

「あらあら、こんな所にまで来るとは物好きね。まさか砂漠景色でも……見に来たわけじゃないでしょうに」

 

 声は後ろの、それに真上から聞こえた。

 振り返り見上げるとそこには――少し高い屋根に腰かけて、私を見下ろす誰かの姿があった。

 

「お前は……」

 

 ダイバールックはガンダムSEEDの一組織、確かザフトと言ったか、その黒いパイロットスーツ姿で、ここぺリシアエリアにはお世辞にも似合うと言えない格好だ。けれど体つきからして、恐らく相手は女性だと言う事くらいは分かる。

 それにこんな砂漠でもヘルメットまで被って、顔もバイザーを降ろして見えもしない。普通だったら他の個性的なダイバールックに混ざって気にも留めすらしないだろうけど、こうして見れば……どこか怪しさを感じずにはいられない。

 

「ワタシを追って来たんでしょ? 誰だか知らないけれど、ご苦労なことね。

 それで、一体何の用かしら?」

 

 声もヘルメット内に音声加工機能でも取り付けているのか、若干人工的な聞き覚えのない声だ。

 けれど、相手の言い回しは、確かに覚えがあった。それに……だ。

 

「ヒロトとヒナタの事を見ていたのは知っている。

 それも、私が気づいただけで何度も……遠くから」

 

「……気付かれないように注意はしていたけれど、よく分かったわね。

 さすが……ELダイバーは勘が良いわ」

 

「私の事は知らないと言ったのにELダイバーと気づくとは、そっちこそ勘が良いんじゃないか。

 ――本当は知っているんだろ。私の事も、ヒロトとヒナタの事も」

 

「……」

 

「あれからも二人が気になっていたんだろ。……クロヒナタ、ヒナタとは別の、もう一人の……ヒナタ」

 

 

 

 あの時ヒロトに敗れて、消滅したはずの彼女。けれど、もし本当はまだ生きているとするなら。

 

「ふっ」

  

 相手は僅かに笑い声を響かせると、両手をヘルメットにかけるとそのまま、ロックを外す音を立てて外した。

 ヘルメットから――現れた顔は。

 

「お見事、メイ。……まぁ貴方には分かって当然かも、しれないけれど」

 

 髪と瞳の色は本物より暗い、それにダイバールックのヒナタと比べて髪は短い。……そうだな、髪型は現実世界での彼女と同じ感じだろうか。けれどその顔はまさに――ヒナタそのものだった。

 

「やっぱりそうか。恐らくあの時、ヒロトとヒナタの前で消えた方は……偽物だな。

 二度も私はそれを目にしたんだ。三度目だって、あってもおかしくない」

 

 クロヒナタはふふっと微笑んで、屋根の上からひらりと飛び降りる。

 そして私の目の前に着地すると、真っすぐとこちらを見据えると。

 

「その通り。最もグランドクロスキャノンの一撃で、ワタシだって随分ダメージを受けたのよ。

 更にミラーミッションのシステムからも切り離された状態で、自分自身の持つ機能のみを使って……リライジングガンダムのコピー、その残骸のデータを変化して目くらましの身代わりを、ね。

 骨が折れたし、出来たコピーは不完全で崩壊するしかなかったけれど……消えたと見せかけるには十分だったわ」

 

「自分の消滅を偽装して、本物はGBNに潜んでいたわけか。

 やはり――」

 

 恐らくこんな事だろうと、予想はしていた。

 

「けれど、GBNに潜んでどうするつもりだった。あの事を忘れ一ダイバーとして、この世界で大人しく生きていくつもりだったのか」

 

「ククククッ、まさか!」

 

 クロヒナタは可笑しそうに高笑いをすると、私を鋭く睨んで言った。

 

「ワタシはねぇ、諦めてなんていないのよ。機会を見て再び事を起こすつもりに決まっているじゃない。

 ムカイ・ヒナタを傷つけた何もかも、メイ、貴方やイヴ、ELダイバーもそして――クガ・ヒロトも、許すつもりなんてない。

 いつかまた戻って来て、その報いを受けさせてみせるわ」

 

「……相変わらず、まだそんな事を言うのか」

 

 彼女の存在は、もしかすると危険かもしれない。GBNにとっても、私たちにも。

 

「当たり前じゃないの。私はムカイ・ヒナタの事を、強く想っているのですから」

 

 クロヒナタの態度は相も変わらずだ。彼女は私に敵意を向けたまま、続ける。

 

「あまり驚いていないわよね。ワタシが生きているかもしれないと、予想をしていたんじゃなくて。……おそらく、ワタシの憎しみだって消えていない事だって」

 

「――それは」

 

「だから、ね。GBNの運営にはもう報告したかしら。

 ワタシを放っておくと危ない事だって分かるでしょう、メイ」

 

 彼女が浮かべる冷たい笑み。確かに言う通りだろう、中身は変わる事は恐らくない、それだけムカイ・ヒナタの存在は……このもう一人のヒナタにとって大きいのだから。

 最善の方法は、クロヒナタの存在していると、予測の段階でGBNの運営に報告する事。そして対策を考えて早急に彼女を捕獲――完全消滅させる事が望ましいと。

 

 

 

 彼女に言われなくても、それくらい私でも分かる。

 

 ――けれど私は――

 

「クロヒナタ、お前の事は誰にも言ってない。

 そしてこの先だって、誰にも言うつもりはない」

 

「――は?」

 

 私の言葉にクロヒナタは呆れた表情を見せた。続けて、彼女の顔には怒りまでも浮かぶ。

 

「まさか、同情をしているつもり。……ふざけないで欲しいわね」

 

「違うとも。私はただ、そうする必要なんてないと思っただけだ。

 きっともう何かに、誰かに危害を加える事はしない――だから」

 

 私にはそんな自身があった。だからこそ、クロヒナタにはこれ以上何かするつもりはない。

 

「ワタシの言った事、聞いていなかったのかしら。

 許さないと――そう言ったのよ。なのに……」

 

 彼女の想いは、私なりに分かっているつもりだ。

 

「聞いていたとも。確かにお前は憎み続けているかもしれない。

 ただ、きっと手は出すわけがない。何しろクロヒナタはこれまでヒロトとヒナタの事を見ていただけだった。何かしようとは、一切していなかったじゃないか」

 

「ははっ、おめでたいわね。

 そんなのは様子を伺って、裏で準備を進めているだとか考えられないの?」

 

 クロヒナタは私を嘲笑うようにする。けれど私はそれに、首を横に振って否定する。

 

「いいや……行動を起こす気はないはずだ」

 

「ならどうしてそこまで言えるのよ」

 

「それはお前が――ヒナタの幸せを心から望んでいるからに決まっている」

 

「っ!」

 

 途端にクロヒナタの表情に動揺が走る。私は更に……彼女にこう伝えてみせる。

 

「分かるだろう、ヒロトとヒナタの想いが通じ合っているのが。

 これまでは知らないけれど今は……これからはきっと、互いが一番の相手として――恋人として共に幸せになれるはずだ。

 だから、クロヒナタが今更何かする必要は、どこにもない」

 

 きっともう、何かするつもりはない。それでもクロヒナタは依然、余裕を保ちながら。

 

「……ふっ、そんな戯言など。

 随分と都合の良い考えだけど、本当にそんな保障でもあるわけ?」

 

「当然だ。何より――あのミラーミッション騒動で取った行動が、一番の証拠だ」

 

 

 

 ――そうだ。私には思う所がずっとあった――

 

 私はクロヒナタに言葉を続ける。

 

「お前はミラーミッションでヒロトに、私たちに挑んで来た。復讐とそして何より、ヒロトの意識を乗っ取って成り代るためにだ。

 ……ただ、ずっと私は…………疑問に思っていた」

 

「疑問、ですって?」

 

「ああ。確かにクロヒナタ、お前は目的を果たすために本気だった。

 ――けれど一方で、その行動には無駄が多かった。

 ヒロトを乗っ取る事が一番の目的なら、どうしてビルドダイバーズの仲間も共にするのを許した。それに、彼とわざわざ一対一で戦った事だってそうだ。

 初めからヒロト一人だけ誘い出して、多数のコピーガンプラでねじ伏せれば済む事だったじゃないか」

 

「ははっ……復讐だって目的だったのよ。

 仲間を連れて来させたのだって、一対一で相手したのも…………クガ・ヒロトを苦しめるためなのだから」

 

「……だとしても、ミラーミッションを支配したのならもっと上手く出来たはずだ。

 なのに、実際はどの場面においても、ほんの僅かだけれど勝機はあった。

 私たちが相手したコピーガンプラの数も、どうにか切り抜けてヒロトの助けに向かえる程だった。例えギリギリだったとしてもみんなが全力を出せば、それを支える強い想いさえあれば、切り抜ける事が出来たんだ。だから――」

 

 そして私は、こう続けた。

 

「本当はどこかで、ヒロトに自分を打ち負かさせたかったんじゃないのか?

 彼の想いを喚起して試すために、ああまでしてしたのではないか……と」

 

 

 

「――」

 

 クロヒナタは沈黙していた。何を考えているか分からないような表情で……けれど。

 

「――勝手に、そう思っていればいいじゃない」

 

 一言だけ言うと彼女は私から背を向けた。

 ただ、『違う』とは否定しなかった。憎しみはあったとしても、もしかするとどこかで……ヒロトを信じたかったのかもしれない。

 

「クロ……いいや、ヒナタ」

 

「無理しなくてもクロヒナタ、でいいわよ」

 

 彼女は素っ気なく言うと。

 

 

「……そうね。ムカイ・ヒナタにはクガ・ヒロトと一緒にいるのが、とても幸せなのだから。

 だから――これでいいのかも、しれないわね」

 

 私に背を向けたまま、クロヒナタはほんの小さく……呟いたのが聞こえた。

 そしてほんの少し横顔をむけて、視線を僅かに私へと向けると、こう続けた。

 

「話はもう、これで終わりだわ。

 ……十分よ。ワタシは邪魔者みたいだし、そろそろ消えるとするわ」

 

「これで、さよならと言う事か」

 

 彼女は少し頷いて、再び前を向いて私から視線を外す。

 

「ええ、そう言う事よ。

 けれど忘れないで頂戴。もしまたクガ・ヒロトがムカイ・ヒナタを裏切るような真似を、傷つけでもしたなら――その時には」

 

「心配しなくても、ヒロトなら大丈夫だ。

 きっと、これからもヒナタの事を幸せにするはずだ」

 

「……私もそうだと、心から願っているわ」 

 

 一歩、二歩、そう言ってクロヒナタは砂漠へと歩みを進める。

 

「待て!」

 

 とっさに私は呼び止めた。まだ、彼女に言い残した事があったから。

 

「……」

 

「せっかくGBNに出れたんだ。だから、お前もヒナタとしてじゃない、『お前自身』として新しい生き方を見つけて欲しい。

 確かに生まれは違うかもしれない。けれど私たちは同じ、電子の世界で生きる命であることには…………変わりなんてしないのだから」

 

 これはどうしても、会って伝えたかった事だった。お節介かもしれないけれど、けれど同じ立場の命として。

 ELダイバーを憎んでいるクロヒナタ、言えば憎しみを向けられる事も覚悟していた。……けれど彼女は背を向けたまま、軽く肩をすくめただけで。

 

「まぁ――考えておくわよ」

 

 これが言い残した言葉だった。ふいに彼女の周囲に砂が大きく舞い、視界が遮られてしまう。

 砂が目に入らないように手で覆い、それが収まった瞬間には――もう姿は消えていた。

 

 

 

 ――彼女は……行ってしまったのか――

 

 少しの間、私はそこに立ち尽くしていた。けれどすぐに、ある事を思い出す。

 

 ――カザミ達も、そう言えば待たせていたな。今は早く戻った方がいいか――

 

 あまり待たせると悪い。来た道を戻ろうとしたけれど、ふともう一度振り返って、私は思う。

 

 

 ――これでみんな救われれば。それが一番、何よりだとも――

 




いよいよ次回が本編最後……完結になります。


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【最終話】 Endroll 2/2 繋いだ二人の――想い 

 ――――

 

 ヒロトとの関係が幼なじみだけじゃなくなって――恋人として。

 

 そんな風に付き合い出してから、もうしばらく経ったんだ。

 恋人同士の付き合い。今でもまだ私も、ヒロトだって慣れていない感じ。小さい頃からずっと幼なじみとしてだったから、どんな感じなのか互いにいまいちなのかな。……多分、本当に慣れるのにはまだまだかかるかも。

 

 

 だけど、これから慣れて行って、もっとヒロトとこの特別な関係を深められたらって。

 そう考えただけでも私は、喜びと期待で胸が一杯なんだよ。

 ――そんな中で、私たちは。

 

 

『良かったら明日一日一杯、GBNに遊びに……ううん、デートに行かないか』

 

『ヒロトがそう言ってくれて嬉しい。もちろん、OKだよ』

 

 昨日、二人で交わした会話。

 ヒロトからデートに誘ってくれてとても嬉しかったんだ。でも、ちょっと気になったりも。

 

『でも、ヒロトが考えてくれたデートって一体どんな感じなのかな。

 ふふっ! 凄く楽しみ』

 

 私の言葉に、ヒロトは照れながらでも、どこか得意げに笑ってくれたの。

 

『俺も色々考えたんだ。どうすればヒナタが一番、喜んでくれるのか。

 それでさ、二人でGBNで一日かけて回れたらなんて。一日であの世界を全部回りきる事は難しいけど、その中で特に良いと思った場所をあちこち。――そして』

 

 ヒロトはこんな事も、私に続けたんだ。

 

『そして最後に……とっておきの所を用意しているんだ。

 だから、本当に楽しみにしていて欲しい』

 

 

 

 その言葉通り、私はヒロトとGBNで一緒に過ごしてまわったんだ。

 ヒロトが選んでくれたのはどれも素敵な場所ばかり。途中ぺリシアエリアでガンプラを観ていた時に、メイさん、カザミさん、パルウィーズさん達三人に出会った時には……驚いちゃったな。

 だけどそこで一緒にって誘われた時、ヒロトは私とのデートを優先してくれたんだ。みんなには悪いけど――正直私は嬉しかったの。

 

 ――本当に一番に想ってくれているんだって、だから私は――

 

 自分勝手かもしれない。だけど、そんな風にヒロトから想われていると分かるのが嬉しくて。

 今まで私は彼を想っていて、それだけで良いと思っていたけれど。……でも今こんな風にヒロトから想ってくれて、一緒にいるのが嬉しく思って…………ずっと幸せだって。

 

 

 

 ――――

 

 そうしてGBNを巡った私たち。

 ヒロトと一緒に楽しくて、かけがえのない時間を過ごして……そして今。

 

 

 

 私はヒロトと一緒に、彼のガンプラ、コアガンダムⅡのコックピットに乗っていたんだ。

 機体はコアフライヤー、つまり飛行機みたな形態になってゲートの中を飛んでいたの。

 GBNのディメンションとディメンションを繋ぐ通路。そして出口が――もうすぐ。

 

「ようやく……着いたかな」

 

 ゲートを通って出て来た先は、一面の宇宙空間だった。

 

「――わぁ」

 

 限りなく広大で、無数の星々が煌めく大宇宙。

 辺りに見える星だって綺麗だけど、目の前に一大きく見える……天の川。

 

「こんな景色、GBNでも初めてだよ!

 あれって天の川だよね! 現実の夜空で見るよりもずっと大きくて、輝いて見えるけど」

 

 つい感動してしまう私に、ヒロトは。

 

「ここは普通の宇宙空間よりずっと遠くの、外宇宙をイメージして作られたディメンションなんだ。

 それに天の川って言うのは、俺たちが住む地球が属している銀河系が、あんな風に見えるから言う。だから地球よりもっと銀河系の外れへと向かうと、その銀河の――天の川はもっと鮮やかに、大きく見えて来る。

 ……あんな風に」

 

「そうなんだね、ヒロト。遠くの宇宙に行くと天の川が、銀河があんな風に見えるんだね!」

 

「まぁ、銀河系の外れへと離れて行けばだけど……ヒナタの言う通り。それに――」

 

 ちょっとだけ自慢げな表情を見せて、彼はこんな事を教えてくれる。

 

「実はこのディメンション、今日完成されたばかりだ。

 まだ公式には告知されていないけれど、運営とも関わりがあるクジョウさんが、先にここの事を教えてくれた」

 

「出来たばかりって事は、もしかしてここに来るのは私たちが初めてなんだ。……驚きかも」

 

 ヒロトはうんと頷いて答えた。 

 

「ヒナタの言う通り。――そしてあそこが、これから向かう目的地だ」

 

 彼が指さす先にあった目的地。それは、宇宙に浮かんでいる小惑星。……地表にドームみたいな建物がいくつもある、小惑星なんだ。

 

「あれは?」

 

「このディメンションに用意された宇宙ステーション、中には色々とあるみたいなんだ。

 それに……」

 

「うん? どうかした?」

 

 今、何か言おうとしていたヒロト。私は聞こうとしたけれど、彼は。

 

「……いや、まだいい。せっかくだから最後までとっておきたいから」

 

「?」

 

「とにかく、俺たちはあの宇宙ステーションに向かうんだ。

 ――今は言えないけど、楽しみにしていて欲しい」

 

 やっぱり、ヒロトは何か用意してくれているみたい。

 

 ――こんな風にサプライズだとか、ヒロトからは初めてな気がするよ――

 

 多分恋人として初めての。そう考えるとなおさら、胸がドキドキとしてしまう。

 

 

 ――ヒロトは何を用意してくれているのかな。きっと……凄い事なんだろうな――

 

 

 

 ――――

 

 宇宙ステーションに入った私とヒロト。

 隣り合う肩が触れそうなくらいに、二人で一緒に歩くステーションの中は、驚くくらい人がいなかった。

 

「はい。良ければ……ヒナタと」

 

 ステーションにあるお店でヒロトはソフトクリームを二つ買って、一つ、私にくれたんだ。

 

「ありがとうヒロト! ――うん、やっぱり甘くて美味しいよ」

 

 彼からのソフトクリームを一舐めして、私は嬉しいって表情になった。

 そして私はこんな事を聞いてみた。

 

「ねぇ、ここは本当に……人がいないんだね」

 

 真っ白くて清潔な通路を歩くのは、私とヒロトの二人だけ。

 通りの横にあるいくつかのお店には店員の人はいるけれど……。

 

「店の店員はノンプレイヤーダイバー……NPDだから、実際ここにいる人間は俺たちだけなんだ」

 

 出来たばかりだから、まだ誰も来ていない場所でヒロトと二人きり。

 

「でも、すぐにここも他のディメンションみたいに人で賑わっていくんだ。……その時にまたここに来よう。きっと今とは違う感じだと思うから」

 

「そうだね。またヒロトと、一緒に」

 

 するとつい、私の肩がヒロトの肩と触れるくらい、距離が短くなっていた。

 

「……あっ、ごめんね……つい」

 

 けれどヒロトは全く気にしていないみたいで。それどころか、ちょっとだけ彼も嬉しいように微笑んで。

 

「俺は全然、大丈夫だ。ヒナタとはもっと……その、こうしていたい」

 

 今までだったら出来そうで、でも出来なかった事と、交わせそうで交わせなかった言葉。

 けれど今はこうして……二人で。自分でもどうにかなりそうなくらい、胸の中が一杯なんだって。

 そう――分かるから。

 

 

 

 

 ――――

 

 そうして宇宙ステーションの中を歩いて、辿り着いた場所。

 そこは……。

 

「――俺はここに、連れて来たかったんだ」

 

「良い所だね。宇宙ステーションなのに、こんな風になっているなんて」

 

 新緑色の草木や綺麗な花、流れる小川のせせらぎまで聞こえる――自然公園。私たちは公園の小道を一緒に歩くの。

 歩きながら感じる、自然に囲まれて空気。何だか心地よくて、かすかに緑と花の甘い香りがかすかに感じるんだ。

 

「ここも、とても良いね。気持ちがいい――そんな場所だね」

 

 ヒロトとくっついて歩いて草花が生えている中を、そして今、小川にかかっている小さな橋を渡る所だった。

 ちょっと立ち止まって、軽くしゃがんで川を覗いてみた。

 

「きらきらと透き通っていて、綺麗な川。ねぇヒロト! 小さいお魚だって泳いでいるよ!」

 

「……そうだな。ヒナタの言う通り、綺麗だ」

 

 ヒロトは私の傍で、そっと優しく言ってくれた。だけど、彼は。

 

「でも今は、先に行こう。公園は後でゆっくり見る時間があるから」

 

 何だか少しだけ急いでいるみたいだった。どうしてなのか分からないけど、そんな気がしたと言うか、感じた。

 

「あっ、つい私見惚れちゃってて。ごめんねヒロト」

 

「いや。俺の方こそ、変に急がせてしまって。

 けれど今は少しだけ、どうしても」

 

「大丈夫だよ。今ヒロトの言う通りにしよう、その後、ゆっくりすればいいだけだから」

 

 

 

 そして私とヒロトはまた、公園の中を歩く。改めて見回すと公園は意外に広いって分かるの。

 それにね、上を見上げると。

 

「まるで地上みたいだけど。でもここは宇宙なんだって……不思議な気持ちだよね」

 

 自然公園はさっき外から見えた小惑星上にあるドーム型の建物の一つにあるみたいなんだ。だから、上は大きな丸天井で、それに天井が全部半透明な窓みたいにまっているの。

 その向こうには……外の宇宙空間、あの大きな天の川だって見える。

 まるで、空の上に大宇宙が広がっているみたいな、そんな感覚がするんだ。

 

「ここで――いいかな」

 

 少しだけ、周りを確認してヒロトが一人呟くのが聞こえた。そして彼は私に視線を投げかけると、言ったんだ。

 

「この場所ならきっと、景色が良く見えると思う。

 二人で座ろう、ヒナタ」

 

 

 

 ヒロトが言って指差したのは、もうすぐ目の前にあるベンチだった。

 二人並んで座っても余裕があるくらいの、長いベンチ。確かにちょっと歩き続けたもん。GBNだと疲れとか感じにくいかもだけど、そろそろ座りたいって思っていたから。

 

「そうだね。ちょっと休憩、かな」

 

 私の言葉に彼は頷いて答える。

 

 

 通り脇にある長いベンチ。私たち二人は一緒に座るんだ。

 

「ふふっ、ここから見る景色……いいね。公園の自然だって見渡せるし、宇宙(そら)だって」

 

 私たちがベンチに座っているのは、公園の小高い丘の上。

 公園の木や草花、それにさっき渡った小川だって見渡せるの。それに公園の中で一番高いのはこの場所なんだ。だから、丸天井に映る宇宙が、ここからよく見渡せる。

 

「ヒロト、やっぱり宇宙って広くて綺麗だね。

 星だってきらきらだし、あの天の川も、ここからだともっと大きく綺麗に見えるよ」

 

「ああ。きっと、そうだろうって俺も思ったから」

 

 歩いていたみたいに、また一緒に隣り合ってベンチに座る私とヒロト。

 しばらく、ここからの景色を眺めていた。けれどすぐに互いに顔を見合わせて。

 

「ヒナタが気に入ってくれたら、俺は嬉しい。この場所だってそうだし――GBNと言う世界だって」

 

 景色よりも今は私を見つめて、ヒロトは私に続けるんだ。

 

「もうヒナタがGBNを初めてから結構経った。この世界にも、大分慣れたかな?」

 

「とっても、ね。GBNでは何もかもが楽しいもん、全然飽きないくらい。その世界だってどこまでも広くて、美しくて、GBNにいるみんなの想いと思い出が詰まった世界だから」

 

 ヒロトの言葉に心から、私は答えたの。そして――

 

「改めて、私をここに連れて来てありがとう。

 こんなに素敵な世界に……私を」

 

「こんな時はどういたしましてと、言えばいいのか。

 けれど、ヒナタを連れて来るのがこんなに遅く……本当ならもっと早くそうしたかった。だけど、イヴの事と、エルドラの事があったから、俺は」

 

「私は平気だよ。今こうしてGBNにいられるから。だから、とても嬉しいんだ。

 ここで……大好きなヒロトと一緒にいられるのが」

 

 私が思う、正直な想い。ヒロトもそんな私に。

 

「俺もだ。――心から、君と」

 

 そんな風に言って、今度は彼の方から私の所にもっと近づく。ぴったりと、私とヒロトの身体どうしがくっつくくらいに。

 ベンチには全然余裕があるけれど、それでもこうしてくっついて。周りには誰もいないから、こんな風にしているのを見ている人だっていない。……だけど、こうしていると胸が強く、鼓動するのを感じてしまう。

 

「ふふっ」

 

 するとヒロトは突然、小さく笑い声をあげたのが聞こえた。

 気になって、私は聞いてみた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……俺は、長くGBNで過ごしていた。けれど気づかなかった、こうしてくっつくとGBNでも胸の鼓動が…………こんなに感じるなんて。

 ヒナタが今、ドキドキしているんだって、俺に分かる」

 

「――っ」

 

 思いもよらなかった言葉。私の感情まで、一気に高まってしまうくらいに。だけどね、私も。

 

「私だって感じるよ。同じようにヒロトだって、胸がドキドキしているって」

 

 それに、ヒロトは頬を赤くして、ぼそりと。

 

「……ヒナタとこうした関係なのが、まだ慣れていなくて。

 実はずっと俺も、君の事でドキドキしていて…………何言っているんだろうな」

 

 若干しどろもどろになっている彼。

 

「やっぱりもう幼なじみとは……違うから。俺と、ヒナタは」

 

「……そう、だね。…………恋人だもん」

 

 互いに慣れない言葉と気持ちで会話して、ついどっちとも照れてしまって、話の間が空く。

 ほんの少しの間沈黙してしまって、でも、そんな中でヒロトは今度は、こんな事を。

 

「……ヒナタ」

 

「どうしたの?」

 

「ヒナタは――どうして俺がここに連れて来たのか、分かるかな?」

 

 彼の質問。そう言えば、最後にここに連れて来たって事は、やっぱり何かあるんだって。

 

「えっと、ここでヒロトがサプライズを用意しているから、かな。

 それにこの場所だって素敵な場所だから……だからそれで」

 

「ははは。もちろん、ヒナタの言った事はどっちとも正解だ」

 

 朗らかに笑ってヒロトはこう答えた。加えて私に、こんな事も言ってくれた。 

 

「でももう一つ、大きな理由がある。

 ここはGBNでも新しく出来たばかりだって言っただろ。だからこそ、この新しいGBNの場所に、ヒナタと一緒に来たかった」

 

「新しい場所……だから?」

 

「そうだ。…………二年前から今まで、昔の事ばかりでヒナタの事を想う事を殆どしてなかった。

 君を放っておいて、何も言わずにイヴとばかり過ごして大切にしていた。……その後も、彼女の思い出と自分の後悔を引きずり、ヒナタが傍にいたのに…………俺は」

 

「……」

 

 そう、ヒロトにはイヴさんの事もあるんだ。――彼女の事だって

 

「あれからもヒナタは変わらないで傍にいてくれた。なのに俺は気に留めもしないで、失った事ばかりだった。イヴを失って、世界が色あせたように思えて……君がいてくれたのに。

 ずっと、どれだけヒナタが大切なのか、自分で見れていなかった。何もかもが終わってから、ヒナタが思いを伝えてくれてから、ようやく俺は気づけたかもしれない」

 

 少し俯き加減でヒロトは話していた。だけど、ふと顔を上げると、改めて想いを私に伝えてくれた。

 

「けど、これからはヒナタの事を想いたい。

 俺にとって何より大切な人として……君の事を。だから思い出だって改めて、これから作っていきたいから」

 

「――ヒロト」

 

「二年前、イヴとGBNを巡った思い出はある。けれどこの場所は俺も来た事がない、だからまだ、何も思い出がない場所だ。 

 一緒に新しくGBNでも沢山の思い出を作って行きたい。俺とヒナタ、二人にとって一番大切になる思い出をこれから。――その一歩になれたら。

 ヒナタ…………あの天の川を見て欲しい」

 

 

 

「……えっ?」

 

 いきなり促されて、私は丸天井に映る宇宙を、天の川を見た。

 すると、そこに見えたのは。

 

「わぁ――っ、すごいよ!」

 

 まるで光の花のようだった。

 宇宙一杯に次から次へと撃ちあがって、花開く光の華。……それは。

 

「この時の為に用意した沢山の花火。

 今自動操縦で、コアガンダムⅡが打ち上げている所だ」 

 

 どれも色とりどりで綺麗な花火、宇宙の星だって綺麗だけど、もっと。……私は目を奪われていた。

 

「ヒロトが私のために、用意してくれたんだね。私……私は…………」

 

 気持ちが上手く言葉にならなくて、これ以上出て来ない。そんな私に、ヒロトは優しく言ってくれる。

 

「言っただろ、新しく思い出を作って行こうって。

 恋人になってから少し経った今、伝えるのが今更かもしれないけれど……改めて伝えたかったから」

 

 彼の言葉も、それにこの花火だって。私は……また胸の中が一杯に、今度ははち切れそうになりそうで。

 

「今更なんかじゃないよ。私は今、とても幸せなんだから。

 本当に――幸せなんだ」

 

 そう言って私はヒロトにぎゅっと、抱きついたんだ。

 

「こんな風に甘えるのも慣れてないけど、いいかな。

 何だか今……ヒロトと、こうしたくて」

 

 少しはっとした顔を見せた。けどその後で、嬉しそうに微笑むとヒロトも、私の事を抱きとめてくれた。 

 優しく、でも私とおなじくらいぎゅっと強く。

 

「俺だってそうだ。

 今まで悲しませて寂しく思わせた分、これからはもうそんな思いはさせない。一番大切な人として、ヒナタの傍にいたい。

 これから先も、ずっと」

 

 ヒロトはそっと、私に顔を近づけるの。彼がどうしたいのか分かって……心がきゅっと感じた私も、同じようにヒロトに近づいて――キスで想いを通じ合わせたたんだ。

 

 

 

 ―――― 

 

 

 私と、ヒロト。それからは手を繋いで、互いに寄りかかるようにくっついて、一緒に花火を眺めるの。 

 

「私はね、ずっとヒロトのとっての、一番でいたかったの」

 

「うん、ヒナタの言う通りだ。俺はそう思っているから……これからだって」

 

 ヒロトは私の想いに応えるように、ほんの少し手を強く握るの。強くなるけど、でもその手は優しいままで。

 私も同じくらい手をぎゅっと握りかえすの。そして私からも改めて、想いを伝えるの。

 

「嬉しいよ。……これからもずっと、ヒロトの一番でいたいんだ。

 ワガママかもしれないけど……ずっと、ずっとこの先も」

 

 そんな私たちが見ている中で、綺麗な花火はまだ咲き続けている。

 

 

「ねぇ、今ヒロトと一緒にいると思うんだ。ずっと、こうしていたいって。

 このまま永遠に、時が止まればいいかもって。変な考えかな」

 

「変じゃないさ。その気持ちは俺も分かるから。

 だけど、これからだってヒナタと沢山、思い出を作りたい。だから時間が止まってしまうのは困る。けれど――」

 

 ヒロトの言いたい事だって、もちろん、私だって分かるよ。 

 私は彼に満面に微笑んで……こう答えたんだ。

 

 

「――この瞬間だって、大切な思い出なんだって。

 ねっ、ヒロト!」

 

 

 

 今も、これから先だって。

 

 ヒロトと繋いだ大切な、想い。――私はずっと大事にしたいんだ。 

 

 

 

 ――fin――



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後書き
後書き


 

 ・ガンダムビルドダイバーズRe:RIZE二次、「Re:Connect ――揺れ動く、彼女の想い――」本編無事に完結しました。

 メインが原作主人公のヒロトと、その幼なじみであるヒナタの恋愛物でしたが、ここまで読んでいただいて感謝です!

 内容的に原作と比べて解釈が大丈夫なのか、そしてオリキャラの登場と後半からの展開。当初は恋愛中編にするつもりでしたが、それだと面白味がないと言う事で、色々追加したけど……大丈夫だったかな。

 けれど全体の流れとしては大体当初の予定通り。半年以上はかかってしまいましたが、無事にハッピーエンド、完結も出来た事ですし、割と満足している感じです。

 

 

 反省点としてはパルウィーズが他のメンバーに比べて影が薄くなった部分と、そして原作の舞台であったエルドラとフレディ達そこに暮らす人々、前半の前半で登場したっきり出番がなかったのが……うーん。

 原作キャラを扱って作中であまり接点の描写が少なかったのが、残念だったかも。

 後は――作中で敵として登場したオリキャラかな。実は一度没にしかけたけれど、上記の通り面白味に欠けると言う事で後半からのバトル展開に。

 その展開や盛り上がりで必要とはいえ、かなり劇中での行動が過激になった部分もあり……我ながら心配だったりと。

 ――ただ、何故かそこからの下りは離脱者がほぼ出なくて少し不思議にも思ったり。

 ともあれ、何はともあれこれにて本編は完結。改めて感謝です!

 

 

 しかし……あくまでも本編は完結。

 と言うことは今後の予定としては……これからの二人を中心にアフターストーリー、番外編を用意する予定です。どれくらい出来るかは未定ですが、自分が満足できるくらいには。

 ……何しろ全30万字くらいの長編ではあるものの、いつの間にか二人の恋愛以上に、後半からのヒロトたちビルドダイバーズと敵であるオリキャラとの戦いで半分以上の量を使ってしまいましたから。

 だから番外編ではその分、結果あまり書けなかった恋愛描写を追加したいかな。 

 

 

 内容としてはヒロトとヒナタが恋人になった後、この前提さえ分かっていただければ番外編だけでも楽しめる形にしたいと。やはりラブラブな感じは好きですから。いくつか書きたいのですが……どんな話にするかは考え中でして。

 やはり恋人になった二人でイチャイチャするのはもちろんですが、他のキャラ視点の話もいくら欲しいかも。

 

 

 ちなみに、もしリクエストがあればコメントなどで入れていただいても大丈夫です。……挿絵もまた出来ればとも考えていますし――もしかすると。

 この辺りは随時募集をしてみる感じ、かな。後は気になった所など、もしあれば! 

 ――とりあえず、2、3は番外編の構想はあったりしますので。良ければ楽しみにしてください!



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番外編――after story 
番外編その一  ヒロトのプレゼント(Side ヒロト)


 番外編一作目、ここからはヒロヒナ的な話をいくらかしていきたいかな。
 まずは……現実世界での二人、告白からまだ日が経ってないある一日の話ですね


 

 今でも、ちょっと不思議な気分だ。

 

「――おはようヒロト!」

 

 いつもの日常、俺が暮らすアパートの部屋を出て学校に行こうとするとヒナタが出迎えてくれた。

 

「ヒナタ、おはよう」

 

 満面の笑顔で出迎えてくれる彼女に俺も、笑って返す。

 

「今日も学校に一緒に行こう。どんな授業があるか、楽しみだね」

 

 いつものヒナタの明るい雰囲気。

 俺はそんな彼女に――今まで、助けられた気がするんだ。

 

 

 

 ヒナタと一緒に通学の道を歩く俺たち。

 いつもの道、いつもの日常。……これまで通りの日々だけれど。

 

「……んっ」

 

「……」

 

 通学路を歩く俺たち。けれど、その距離は今までよりも幾らか短く縮んだような感じで、互いにどうもドキドキする感じもする。

 見るとヒナタの頬はいくらか赤くなっていた。それに俺も顔が火照る感じもする。多分、俺もヒナタと同じように……。 

 

 

 

 そんな中、俺の手がぎゅっと握られるのを感じた。

 

「えっ、ヒナタ?」

 

 見ると隣で一緒に歩いていたヒナタが、俺の手を握って繋いでいたんだ。

 

「……いいかな?」

 

 照れ恥ずかしがりながら、そう言う彼女。

 

「けど、今は通学中だ。……他だって見ているかもだし」

 

 今は通学中で、道には俺たち以外にも学生の姿だってある。

 同じ学校の同級生とかに、ヒナタとこうしているのを見られるのはその……恥ずかしくもあった。現に今だって微妙に、視線を感じているから。

 

 

「……だよね。ごめん」

 

 しゅんと顔を伏せるヒナタ。どこか寂しそうに、彼女は俺から手を離そうと……。

 

「待ってくれ!」

 

 瞬間、俺は離そうとしたヒナタの手を、掴んで引き戻した。

 驚く彼女。俺は、相変わらず照れている……ままだったけれど。

 

「少しだけ……恥ずかしいけど俺も、嫌じゃないから。

 だから、今日は繋いで行こう」

 

 自分でもらしくないと分かっているし、それにどこか緊張している感じもするけど、俺は勇気を出してヒナタに言った。

 彼女と繋ぐ手も、温かくて、それにドキドキする心音もかすかに伝わるのだって分かるから。

 

 

 そんな俺にヒナタは、嬉しそうに表情を緩めると、一言

 

「ありがとう。とても――嬉しい」

 

 

 

 

 ――――

 

 あれから結局学校に着くまで、俺たちは手を繋いだままだった。

 不思議とまんざらでもない感じもしたけれど、でもやっぱり……それなりに恥ずかしかった。

 

 ――何しろかなり、クラスメイトにも見られていた気がするから。

 だけど――

 

 俺が手を繋いでいる間、ヒナタはずっと幸せそうで。

 今までよく笑って、明るかったヒナタ。だったけれど、あんな風に幸せそうにしているのは、本当に最近になってからな気がする。

 

 ――俺とヒナタ、この前の事からかな。

 あの出来事から、俺たちはただの幼なじみだけじゃなくて――

 

 そう、あの時の『出来事』から……俺たちは。

 

 

 

 今は学校の授業の最中。

 高校二年と言う事で、大学受験だとかも視野に入れて教科も難しくなりつつある時期。

 

 ――だからこそ、もっとしっかり授業に取り組まないといけないけれど――

 

 クラスは数学を受けている最中。机に向かって、先生の授業を聞いている。

 けれど――上手く集中出来ない。今でも少しドキドキしていて、授業に集中してはいるつもりだけど、どうしても俺は。

 理由はさっき手を繋いで登校した事。――も、理由の一つだけれど、もう一つあった。とても大切な……理由が。

 

 ――こんな時でも、俺はまだ。ヒナタはどうなんだろうか――

 

 俺はそう思って、横目でちらとヒナタを見た。すると――時、同じように俺を見た彼女と視線が合った。

 

「――っ」

 

 ヒナタのどきっとした顔。俺も多分、彼女と同じ顔をしたんだろうか。

 俺はつい、これ以上見る事が顔を反らしてしまう。

 

 ――本当、俺たちはどうしたんだろうな。……こんなにも心が熱くて、変わってしまうなんて思わなかった――

 

 参ったな。授業は受けていてもなかなか上手くいかない。

 

 

 ――幼なじみだけじゃない。恋人になって、こんなに……変わるものなんだな――

 

 

 

 ――――

 

「……おい、ヒロト」

 

 休み時間に俺は、クラスの男友達と三人で話していた。

 ヒナタは今、弓道部の後輩の相談に乗っているみたいで席を外している。そんな中で教室の隅で固まっての談笑だ。

 

「どうしたんだ?」

 

 いきなり言われて不思議に思う俺に、二人ともニヤニヤとした顔を浮かべている。

 

「見たぜ! ヒナタと手を繋いで学校で通学している所を」

 

「それにさ、どうも少し前から二人ともドキドキしている感じだっただろ。

 もしかして……ヒナタと付き合っているのか?

 

 ある意味男子高生らしい会話。その内言われるだろうとは思ったけど、やっぱり……そう来たか。

 俺は、この質問に。

 

「……ああ。実は、数日くらい前に告白して、それで――」

 

「マジかよ! 驚きじゃないか!」

 

 すると友達の一人が、いきなり俺に肩を組んで来た。

 

「うわっと」

 

「何でもっと早く言ってくれないんだ。……水臭いじゃないかよ」

 

「それは……その、恥ずかしいと言うか、なかなか言える事じゃないだろ」

 

「気持ちは分かるけどさ、でも、とにかくおめでとうだヒロト!」

 

 

 

 友達にそう言われて、勿論嬉しかった。けれど――俺は。

 

 ――まだ上手く、俺はヒナタに何か出来ているわけじゃないから。……だから――

 

 俺は無意識にズボンのポケットを手で触れる。正確にはその中には、ある物を。

 

 ――だから少しだけ今俺が出来る事をしたい。ヒナタに贈りたいから、これを――

  

 

 

 ――――

 

 それから午後からの授業も、俺たちは受けた。

 相変わらずドキドキは……少し残ったままだ。何しろ今日これからヒナタに、したい事が残っている。そう考えると。

 

 ――ヒナタはもう、落ち着いているみたいだけど俺は、やっぱり――

 

 ……午後の授業も、上手く集中出来ないままだった。情けないかもだけど後でヒナタと授業の内容を復習出来ればな。

 

 

 とにかく、そんな中で授業を終えて俺は教室を後にしようとする。……その前に。

 

「ヒナタ、一緒に帰ろうか」

 

 俺はヒナタの所に行って、声をかける。

 

「ごめんね。ちょっと準備が出来てなくて、少し待っててほしいな」

 

 彼女は机に残っていた教材と筆記用具を、いそいそと直してした。俺はそんなヒナタに……。

 

「それとさ、帰る前に少しだけ時間はあるか?

 実はヒナタに――渡したいものが」

 

 

 

 ――――

 

 夕暮れ時に学校の校庭端、校舎の壁の傍で……俺たちは。

 

「ここなら、二人になれるか。……家で渡しても良かったかもだけど」

 

「ううん――ここでいいの。ヒロトからのプレゼント、気になるから」

 

 俺の目の前にいる、制服姿のヒナタは照れているようにもじもじしていた。

 

「でも、ヒロトが私にプレゼントを用意しているなんて、嬉しくてビックリだよ」

 

「ははは、ちょっとね。せっかく恋人になったんだから、記念に何かプレゼントでも出来ればなんて。

 俺らしくないかもだけど」

 

「そんな事、ないよ。ヒロトはよく私の事を思って色々してくれたの、たくさん覚えているから

 こうして……恋人になる前からずっと」

 

「ああ、確かにそうかもしれない。――けど」

 

 これまではずっと、俺たちは幼馴染だった。けれど……今はそれよりももっと、特別だから。

 

 

 

「――とにかく、ヒナタにはこれを受け取ってほしい。気に入ってくれれば……いいけど」

 

 俺はそう言って、ポケットから小さい紙袋を取り出してヒナタに渡した。

 ヒナタはきょとんとした顔で俺から貰った紙袋を眺めている。でもとても幸せそうにしていて……彼女は。

 

「ヒロトからプレゼント……貰っちゃった。この関係になって初めてのプレゼント、嬉しいな!

 中身が何なのかも、楽しみ」

 

 俺から貰ったプレゼントの紙袋、それを大切そうに胸に抱き留めた。

 

「喜んでくれて何よりだよ。でも、良ければ袋の中身も、ここで見て欲しい」

 

「えっ、いいの? ……ここで?」

 

 少し驚くヒナタに俺はもちろんと答える。

 

「ならヒロトの言葉に、甘えちゃおうかな。どんなプレゼントなのか気になってたもん」

 

 ワクワクしながらヒナタは、紙袋をゆっくりと空けて、中身を取り出した。

 半透明のビニールに入っていた中身……それは。

 

「これは、髪留め? それに……私のつけているのと、同じ」

 

 俺がヒナタにプレゼントしたもの。それは、ヒナタが使っているものと同じ、でも全く新しいヘアピンなんだ。

 

「どうかな? ヒナタが使っている物に近いのを、あちこち店を探して回った。

 その……さ」

 

 今になってまたドキドキもし出して、少し言葉に詰まる。けれど俺は、こんな風に彼女に伝える。

 

「言っただろ、恋人になった記念に何かプレゼントでもって。

 それで俺も考えて、こうしたアクセサリーがいいかな、なんて。

 見ての通り今までヒナタがずっと使っていた髪留めと同じ物。ヒナタと一緒なのは前から同じだから、でも関係は新しくやり直す訳だ……これから恋人同士として。

 それで…………新しく髪留めを、なんて」

 

 そこまで言うと自分でも恥ずかしくなってしまって、俺は少しヒナタから視線を逸らしてしまう。

 

「はは、やっぱりこうした事、慣れないな。

 もっと、ずっと上手に伝えられればいいけれど。今はこれが……精一杯だ」

 

 こんな気分なんて初めてだった。緊張している俺だけれど、ヒナタはそんな俺にそっと微笑むと、自分の付けていた髪留めを外してポケットにしまう。

 ふわっと舞う前髪。そして、俺が贈った髪留めを取り出すと、代わりに髪を留めた。

 

「……ふふっ、さっそくつけてみたよ。

 どう? ちゃんと似合うか、ヒロトに見て欲しいな」

 

 うながされて俺は、ちゃんと彼女に視線を向け直した。

 するとヒナタは自慢げに付けた髪留めに軽く触れると、目の前でくるりと一回転した。彼女の亜麻色の髪と、制服の裾やスカートがふわりとたなびく。

 それに彼女の嬉しそうな顔。俺はそんなヒナタに目を奪われていたんだ。

 

「どうかな。似合っているかな、ヒロト」

 

 目を奪われて、一瞬茫然としていた。けど俺は彼女の言葉にはっとすると、とっさに。

 

 

「ああ――綺麗だ」

 

 

 そんな風に答えてしまった。

 勿論髪留めは似合っている。けれど今言った、『綺麗だ』って言葉は…………ヒナタの事が。

 

「ふふっ、嬉しいよ。それに――」

 

 ヒナタは満足げに言うと、こんな風に俺に続けた。

 

 

「ヒロトの気持ち……いまでも十分に、伝わっているよ。もう胸の中が、一杯なくらいに!」

 

 彼女はにこやかに、そして眩しい笑顔を見せた。

 

 ――こんなに―― 

 

 ヒナタの笑顔、こんなに眩しかったなんて。今更ながらに俺は思ったんだ。

 彼女の笑顔、とてもかけがえがなくて、ずっと傍で見ていたいって。

 俺は――今になって、強く。

 

 

 ――ヒナタ、これからはもっと、君の事を――

 

 言葉にはしなかった。けれど心の奥底で、俺はこれからのヒナタとの事に……思いを馳せた。

 

 



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番外編その二 遠い星の、空の下で。

 番外編二作目、今回はようやくエルドラ回、かな。本編ではほとんど関わる機会がなかったので


「ふふふ――ん!」

 

 自分の部屋で一人、私は上機嫌でいたんだ。

 鼻歌まじりで鏡に映る自分の姿を見て、つい幸せで。

 

 ――ヒロトからの髪留め、新しくプレゼントとして貰っちゃった――

 

 前髪に留めたきらりと光る髪留め。もう何度も鏡に映る自分を見てしまうんだ。

 少し前にヒロトがプレゼントしてくれた贈り物。あまりに嬉しくって、その日は殆ど眠れなかったり……ね。

 しばらくたった今でも、こうして……つい。

 

 ――やっぱり嬉しくて堪らないんだ。このプレゼントだって、それに……この間GBNでの、デートも――

 

 つい昨日の事なんだけど、私はヒロトと一緒にGBNでデートに行ったばかりでもあったんだ。彼が私のために色んな所に連れて行ってくれて、打ち上げ花火のサプライズも用意してくれたの。それに――

 

『一緒に新しくGBNでも沢山の思い出を作って行きたい。俺とヒナタ、二人にとって一番大切になる思い出をこれから』

 

 言ってくれた言葉も、それにキスだってしてくれたから。私は感激していて……だから。

 

 ――これからヒロトと沢山、二人で特別な思い出、作っていきたいな――

 

 そんな事を夢見心地で考えていた私。だけど丁度その時、近くの時計を見てはっとなった。

 

 ――あっと、今日はカフェのアルバイトなんだよね。こうしていられないんだ――

 

 ふとこの事を思い出して、私は急いでアルバイトに出掛ける準備をするんだ。

 恋だって素敵だけど、いつもの日常だって励みたいから。それに……。

 

 ――何だか前よりもずっと、気持ちだって軽くて良い気分なんだ、私――

 

 

 

 ――――

 

「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」

 

「……なら、このアッガイカレーを頼もうかな」

 

「アッガイカレーですね! かしこまりました!」

 

 私は学校と部活以外に、こうしてガンダムカフェの従業員としてアルバイトもしているんだ。

 それなりに長くやっているからもうずいぶん慣れたって言うか。後やっぱり、アルバイトもまた楽しいもん。

 こうしてお客さんと触れ合ったり、楽しい雰囲気……どれも全部。

 

 

「やぁヒナタちゃん! 良い調子じゃないか」

 

 お客さんの注文も一通り聞き終わって、ちょっと手が空いたとき、店長さんが私に声をかけたの。私は元気よくこたえたんだ。

 

「はい! 何だか……ずっと嬉しくて、幸せな感じがして、絶好調なんです」

 

「うんうん、それは何より!」

 

 店長さんは良い笑い声をあげて、私に笑顔も見せてくれる。

 

「あの時、ヒナタちゃんが意識を失って病院に運ばれた時は心配だったけれど……今は前よりも元気になったと言うか。

 見ているこっちも、明るい気分になれるよ」

 

「ふふっ、ちょっと……ううん、とても嬉しい事があったから!

 店長さんにも前に話したよね。私はヒロトと――」

 

 

 

「ああ、そうだったな。……ははっ」

 

 店長さんもそう言って、ようやく安堵したみたいに微笑んでくれた。

 

「にしても、本当に驚いた。もしかして、いつかとは思ってはいたけれど、こんなに早くヒロトと付き合う事になるだなんて。

 実に、いやとても、めでたい事じゃないか」

 

 そう言われると……私だって。

 

「うん。凄く――良かったんだ。私はヒロトと、一緒になれて」

 

 

 

 ――――

 

 店長さんとこんな風に話をしていた時だったの。

 カフェにまた、新しくお客さんがやって来るのが見えたんだ。人数は三人くらいで、友達同士とかなのかな。

 扉が開いてやって来た店へのお客さんは――。

 

「来たよ、ヒナタ」

 

 店に来てくれたのはヒロトだったんだ。それに、他のお客さんも

 

「おう! 俺たちもせっかくだからな、ここでオフ会しようかって」

 

「少しいきなりだったかもしれませんね。前もって話しておけば、よかったのですが」

 

 ヒロトと一緒に来てくれたのは、金髪で快活そうな小柄の男の子と、車椅子にのった褐色肌で優しい雰囲気の、気品の良い男の子だった。

 二人は現実世界でのカザミさんとパルくん。こうしてリアルで会うのは、久しぶりかも。

 

「みんなでこうして来たんだぜ。ヒロトと俺、それにパル……もちろん」

 

「私も、ここにいるとも」

 

 パルくんの右肩からもう一人、小さな人影がこっそり顔を覗かせたんだ。

 緑色の可愛いドレスを着ている、小人さんみたいな女の子……それはメイさん。ELダイバーは現実世界では人型のガンプラの身体で活動しているから。でも、GBNではクールで格好いいけど、こうしてみると可愛いかな。

 

 

 

 みんな勢ぞろい。ヒロトは少しばつが悪そうに頬をかく。

 

「いきなり過ぎたか? こうしていきなりみんな連れて来てしまって、悪い。

 ヒナタに迷惑を……かけてしまったかもしれない」

 

 そんな風に言う彼だけど、私は全然大丈夫なんだから。

 

「平気だよ、全然! それにこんなにお客さんも沢山で……嬉しいんだ。

 みんないらっしゃい、どうかゆっくりしていって下さいね」

 

 私は笑顔でヒロト達みんなを席に案内しようと……すると。

 

「ヒナタちゃん」

 

「うん?」

 

「せっかく来てくれたんだ。先に少し休憩をとるのはどうだい? ……大丈夫、少しぐらい手が空いたってカバーは出来る」

 

 店長さんの心遣い。嬉しかったけど、でもやっぱりいけないかも。

 

「そんな、私は――」

 

「いいからいいから! ささ、みんなはこっちの席に。……ヒナタちゃんは」

 

 そう言って店長さんは私を、ヒロトのすぐ隣に座らせてくれたんだ。

 

「やっぱり二人とも――お似合いのカップルだ! だろ? ヒロト!」

 

 隣り合って並んで座る私と、それにヒロト。これにはドキッとしちゃうし……私の方は申し訳なく思ってしまう。

 みんなの前でこんな風にされて、もしかして迷惑かなって。そんな風に思っている中で、ヒロトは私に。

 

「まぁな。俺にとって、本当にかけがえのない彼女……恋人だから」

 

「――!」

 

 私に向かって笑顔で、ヒロトはそう言ってくれた。ちょっと照れているけれど、でも本心から言ってくれてるって分かるから。

 

「おいおい! 二人とも照れている感じじゃないかよ……これは」

 

「カザミさん! また余計な事を」

 

「っとと、そうだった。すまん、前にも似た事」

 

「ふふっ、仕方がないな」

 

 カザミさんとパルくんはそう話していて、メイさんもそれに可笑しそうに笑っていた。そして

 

「でも言う通り、やはり――似合っているとも。それこそ良い、カップルとも言うべきか」

 

「それは、メイさんの言う通りです! こうして並んでいるのを見ると僕でも……ああっ、僕まですみません。

 ヒロトさん、それにヒナタさんも、もし余計な事を言ってしまっていたら……」

 

 パル君は慌てて謝っているみたいだけど、傍でヒロトは私を軽く抱き寄せてこう言ってくれた。

 

「最初は確かに恥ずかしくて堪らない部分もあった。でも、それ以上にヒナタとこうして一緒にいる事に――満足しているから

 やっぱりまだ照れるけど、それでも」

 

「……ヒロト」

 

 私も何か言えれば良かったけど、今は彼の言葉で心が一杯になって、返事が出来ないでいたの。

 

 ――私だって、まだ照れているんだよ。ヒロトだって照れているけど、あんな風に言ってくれて……私は――

 

 もっと、私だって彼に想いを伝えたい。だって前よりも関係が親密になれたから、私自身ようやく気づいたヒロトへの『好き』だって想いを、もっと、もっと伝えたくて。

 

 ――だってそれだけ私は、ヒロトの事を想っているから――

 

 まだ伝え足りないから。恋人になれても私はまだ、全然。

 

 

 

 そんな風に思っていると、カザミさんはこんな事を話したの。

 

「……ちなみにさ、ヒナタちゃん。ヒロト達には先に話したけれど、俺達はこれからみんなでエルドラに行こうと思っているんだぜ」

 

「エルドラ……あの、星に?」

 

 エルドラ、ヒロト達みんなが力を合わせて救った、星の名前。ずっと遠い場所だけど、GBNを介してあっと言う間に行けるんだ。

 

「そうです。全員都合が合いましたから、久しぶりにエルドラに行って、フレディさんやマイヤさん達みんなに会えればと。

 ヒナタさんはアルバイトがあるみたいですから……終わるまで待ちますので」

 

「俺達全員で、あの星に。どうかなヒナタ?」

 

 パルくんも、そしてヒロトもそう言ってくれている。みんなと一緒にエルドラに……良いな。

 私の答えは、もちろん。

 

「うん! みんなで一緒に、行ければ」 

 

 メイさんは私の答えに、ふっと微笑みをパルくんの肩から投げかけた。

 

「それでは決まりだな。私たち五人全員でエルドラに向かおう。

 ……けれど」

 

 と、彼女は私たち全員を見まわすと。

 

「せっかくヒナタのカフェに来たんだ。しばらくここで過ごしてからに――しようか」

 

 それに店長さんも、私たちの会話を聞いていたみたいでこんな事を言ってくれる。

 

「ああ! ヒナタちゃんもみんなと一緒に、存分に、今はお客として過ごして欲しい。

 だっていつも頑張ってくれるからな。それに今日は早く上がってもいい。……もし良ければで、構わないが」

 

 店長さんの優しい気づかい。私は――。

 

 

 

 

 ――――

 

 あれからカフェで過ごした後、私たち五人はGBNにログインしてそして……エルドラに行ったんだ。

 

「うーん! この空気、エルドラに来たって分かるぜ」

 

 到着したエルドラの平原を見まわして、カザミさんはぐっと背伸びして深呼吸している。

 

「みんな、元気にしているだろうか」

 

 ヒロトはふと呟くと、メイさんがふふっと表情を緩めてこたえる。

 

「おいおい、確かに久しぶりかもしれないが……そこまで日を置いているわけじゃない。

 きっとみんな元気に――」

 

 

 

「ヒロトさん達、皆さん!」

 

 すると岩陰の向こうから元気な男の子の声が聞こえたの。やって来る小さな人影、茶色いふわふわな毛の長い耳と尻尾が生えた男の子――フレディくんが。

 

「パル、まさかここにいたなんて」

 

 少し驚き気味のヒロトに、フレディくんはにこっと笑顔を見せる。

 

「よくこうして一人、来てしまうんです。皆さんがいつ来るかって思うと……つい」

 

「そんな風に思ってくれているなんて、嬉しいですね」

 

 パルくんもフレディくんに笑いかけてそう答えるの。

 

「とにかく――ビルドダイバーズの皆さん、ようこそお越し下さいました!

 今日もぜひ、ゆっくりして下さいね」

 

 

 

 ――――

 

 それから私たちはフレディさん達の村に行って、歓迎されたんだ。

 こうしてエルドラに来るの、いつもみんな歓迎してくれるの。……何回されても嬉しいものだよね。

 今日は――。

 

 

「……と、言う事だから俺はこれで!」

 

「カザミと一緒に、二人でね! じゃないと今度いつ会えるかどうか分からないから」

 

「ははっ、ちょっと二週間くらい来れなかったくらいで大袈裟だぜ」

 

「むぅ! それはどう言う意味!」

 

 村から少しだけ外れた場所で。

 カザミさんとマイヤさん。二人はカザミさんのイージスナイトの前でそんな風に話していたの。

 

「今日は二人でエルドラを旅して……と言う事なんだな、カザミ」

 

 ヒロトの言葉に、カザミさんはああと答えた。

 

「みんなとは別行動になるが、次来たら――マイヤと一緒に過ごすって決めていたからな」

 

「そうですか。なら僕は……マイヤさん」

 

「ん? どうかした?」

 

 パルに対してマイヤさんは首をかしげる。

 

「お二人が出かけている間、僕が子供達を見ていても……いいですか?

 せっかくですから時間一杯、遊んでいるのもいいかなって」

 

 そんな彼の提案。マイヤさんは良い提案って言う感じの表情と、両手を合わせると。

 

「なら――お願いしちゃおうかな! パルくんの事、子供達はみんな大好きで気に入っているから

 それじゃあ、宜しくかな」

 

 

 カザミさんはマイヤさんと、二人の乗ったガンダムイージスナイトはエルドラの空を飛んで行くんだ。そして――。

 

「それでは、僕も失礼しますね。あまりみんなを待たせたくありませんから」

 

 パルくんも私たちに一礼すると、そのまま村の方へと戻って行く。

 そんな中で、ここに残っているのは私とヒロト……それにメイさん。

 

「――ふむ。二人とも行ってしまったか」

 

「あの、そう言えばメイさんは今日どうするかとか、あるのですか?」

 

 ちょっと気になって、私はメイさんに声をかけた。

 

「もしかして、私とヒロトさんと……一緒に、かな」

 

「それでも良いとは思いもする。けれど、生憎私も先約があってな」

 

「先約って?」

 

 そう私が聞いた時だった。少し離れた所からジープが走って来るような、音が聞こえた。メイさんはこの音を聞くとふっとおかしそうな顔を浮かべる。

 

「噂をすれば何とやらか。迎えが来たようだ」

 

「よぉ、メイ! 約束通り来たぜ」

 

「あそこに行くんだろ? 案内してやるぜ」

 

 走って来たジープ、乗っていたのは元レジスタンスの人たちだった。

 少しのっぽで、太っちょな男の人が二人。彼らはヒトツメからエルドラのみんなを守るために戦った、レジスタンスのメンバーなんだ。

 もうヒトツメの脅威はなくなって平和になって、レジスタンスも必要なくなってもう普通のエルドラの住民になったけど……でもどうして?

 

「ヒナタにも、ヒロトにも伝え忘れていたな、そう言えば。

 実は彼らが古の民の遺跡に案内をしてくれると言う。だから、私としても気になってな」

 

 古の民。それはフレディさん達の種族よりも前にこのエルドラと言う星に暮らして文明を築いていた古代の種族。ずっと高度な文明で、惑星の軌道エレベーターや、エルドラの月に巨大なステーションと人工知能を作れてしまう程に。

 今はもう古の民はいないけれど、そのデータがGBNに流れ着いてメイさんたちELダイバーに生まれ変わったって……そんな事も考えられるみたいだって。

 

「古の民の事、私はもっと知りたいと思った。

 だから彼らに頼んで遺跡を詳しく案内してもらえたら……と」

 

「そうか。その気持ちは俺も分かる、ならメイも別行動だな」

 

「そう言うことだ。じゃあなヒロト、それに――」

 

 ジープに向かおうとするメイさん。彼女はふと私の傍に近づくと。

 

「ヒナタ、こんな時だからこそ……ヒロトとエルドラでの時を、一緒に」

 

「……メイさん」

 

 そう伝えると彼女はジープに乗って、行ってしまった。

 

 

 

 メイさんも行ってしまって、今は――ヒロトと。

 

「私はどうしようかな、ヒロト。みんな行っちゃって、どうしたらいいか分からなくて」

 

 そう彼に聞いてみる。けれどヒロトも頬を掻いて、考える素振りを見せると言うんだ。

 

「実は、俺も何も考えていないままだ。

 けれど、せっかくだから……何かヒナタと一緒に過ごせたら」

 

「……うん。そうだね」

 

 ヒロトと一緒に居られたら、私は。けど、これからどう過ごそうか、私たちは何も考えていなかった。

 

「どうしようか、とりあえず村に戻ろうか。

 思いつかなければ今日はそこでゆっくりしておけばいいから」

 

 そんな風な提案を、彼がした時だった。

 

「皆さーん!」

 

 村の方からフレディくんが手を大きく振って、私たちの所に走ってくるのが見えたんだ。

 走って、近くに辿り着くと、とても急いで来たのか軽く息切れをしているみたいだった。

 

「フレディくん、大丈夫?」

 

「あはは、つい急ぎすぎてしまいまして。でも――」

 

 私と、ヒロト。フレディくんは私たち二人の顔を交互に見ると。

 

「カザミさんに、パルさん……それにメイさんもいないのですね

 ……お二人だけですか」

 

「何だか悪いな、三人ともそれぞれ用事があるみたいなんだ。

 今暇なのは俺達二人なんだ」

 

「そうですか。けど、用事があるなら仕方ないですね」

 

 ちょっと寂しそうなフレディくん。でも、彼は続けて……こんな事を話すんだ。

 

「でも、ヒロトさんにヒナタさんがいるのでしたら!

 ――少し離れた場所になりますけど、あの山の向こうで珍しいものが見れるんですよ。ですから僕が案内しようかな……と。

 本当はみんなに見て欲しかったのですが、せめてヒロトさんたち二人に、ぜひ!」

 

 私とヒロトは、互いに顔を見合わせた。

 

「……みたいだな。何も予定がなかったんだ、俺は丁度良かったと思うけど、ヒナタはどうかな」

 

「私も――良いよ。フレディくんと三人で、見に行こう」

 

 フレディくんのおかげで、私たちもする事が見つかったんだ。何だか。とても安心したな。

 

 

 

 ――――

 

 私とヒロト、フレディくんの三人はコアガンダムⅡに乗って、さっき示した場所へと

 

「――あともう少しです。目の前の山を越えたら、もうすぐですから!」

 

 コックピットの中で、少し興奮気味にフレディくんは目の前に映る山を指差す。

 

「分かっているから、あまり身を乗り出さないでくれ。揺れたりしたら危ないから」

 

「あっ、ごめんなさい、つい気になってしまって」

 

 フレディくんにそう話していたヒロト。それに私にも、顔を向けると。

 

「ヒナタ、三人だと狭いかもしれない。窮屈とかじゃ……ないか」

 

「ううん。私は全然平気だよ。気を遣ってくれて、ありがとう」

 

 確かに二人より三人の方が窮屈かもしれないけど、私は大丈夫。……ヒロトの気を遣ってくれる優しい言葉、それだけでも私は幸せだから。

 

「なら良かった。それにフレディの言うように、もうすぐ着くみたいだから……楽しみだ」

 

「そうだね。またヒロトと一緒の、素敵な思い出が出来たらいいな」

 

 

 

「ヒロトさん……ヒナタさん」

 

 フレディくんは私たちの事を、何だか意外そうに見ているみたいだった。

 

「ん? どうかしたか?」

 

「いえ……その、お二人の様子が前と違う感じがしまして。何だか距離感と言うか、関係が以前より……近いと言うのかな」 

 

「――えっと」

 

「それは……」

 

 そう言えばまだ、フレディくんにははっきりと教えていなかったな。

 私も、それにヒロトもどう答えればいいか迷ってしまう。だってフレディくんはそうした事を知らない感じだから、上手く説明できる自信だってないし……そう良い説明が出来るくらい、私たちの関係も慣れてもいないから。

 ヒロトは複雑そうな、困った顔をしている。私だって同じような顔をしているって、自分で分かるの。私はちょっとだけヒロトと顔を示し合わせる、どうしようかって……互いに考えて、私はフレディくんに答えるの。

 

「えっとね。フレディくんには後で説明してあげるから。今すぐは……ちょっと」

 

「えー! そんな風に言われると、余計気になってしまいますよ」

 

「まぁまぁ。少しフレディには早いと言うか、難しい事だから、な」

 

 ヒロトもフォローしてくれる。やっぱり、フレディくんには多分早いよね。

 

「もう、ヒロトさんまで! 僕だってもう成長したんですから。早くなんて……」

 

「けふん……それよりも今は、ほら――もうすぐ山を越える。フレディの言っていた場所も、そろそろ」

 

 軽く咳払いをして、ちょっとごまかす感じでヒロトは前を見るようにフレディくんに、そして私にも促す。

 そこに広がっていたのは。

 

「成程な、フレディが勧めた理由も分かる。

 だって――あんなに綺麗な場所だから」

 

 フレディくん、私も前に見える景色を見た。

 

「……わぁ」

 

 ヒロトの言う通り……綺麗で素敵な場所だったんだから。

 

 

 

 ――――

 

 着陸したコアガンダムⅡから降りた私たち。

 そこは――色とりどりの一面の花畑だったんだ。

 

「これは全部、地球じゃ見た事がないお花ばかり。……どれも綺麗だよ」

 

「ヒナタさんに気に入って貰えてよかったです! ここのお花、丁度この前が開花時期だったんです。だから今が一番綺麗な場所なんです」

 

 フレディくんは自慢げに私にそう伝えたんだ。でも、彼がそんなに得意げなの、分かる気がするな。

 だってそれだけ、ここは――。

 

「エルドラに咲く花……か。確かに、俺もこんなに沢山の花が咲いているのはここでは初めて見る気がする。

 フレディが自慢したい気分なのも、分かる」

 

「ありがとうございますヒロトさん! 皆さんにはぜひ、見て貰いたかったんですから!」

 

 本当に……良い場所だったんだ。

 

「ねぇ、一緒に歩こう――ヒロト」

 

 私はヒロトのすぐ隣に来て手を繋いだんだ。

 こうするの、今でもちょっと勇気がいるんだ。いつかこうした事も全然自然に出来れば、それだけヒロトと関係が当たり前になれたら、いいよね。

 見るとヒロトも少し赤面しているけれど、それを普通に受け入れてくれた。

 

「そうだな、ヒナタ。

 もちろんフレディも一緒に、この景色を見てまわろうか」 

 

「うーん、やっぱり二人とも……??」

 

 フレディくんはそんな私たちに不思議そうな眼差しを向けているけど。

 

「まぁ、気にしなくても大丈夫――ですね!」

 

 

 

 ――――

 

 フレディくんが教えてくれたエルドラの花畑。

 見た事のないくらいに綺麗な花畑の中を、私はヒロトと手を繋いで歩くんだ。

 

「エルドラには何度か来たけど、こんな景色は初めてだよね。

 こんなに色とりどりの花畑、ヒロトはどう思うかな?」

 

「俺もこんな風に花が咲いた場所なんて、見た事がない。GBNでも花畑はあるけど……ここはまた違うから」

 

「そうなんだね。GBNの世界も美しいものばかりだけど、エルドラの世界もいいな。

 みんなが守った世界だもんね。本当に、良い所だよ」

 

「だと思う――俺も。それに……」

 

 ヒロトも景色に見とれているみたいだった。そんな中で彼は、こんな事を話したの。

 

「それに……改めて思う。世界はこんなに鮮やかで、色あせてなんていたわけじゃないって。

 ずっとこんなに綺麗で、ただ、それを見ようとしていなかっただけだ」

 

 ふいに話した彼の想い。

 

「ああ――本当に、いいな。こんな風に俺も、思えるなんて」

 

「ヒロトさんも、ヒナタさんも、喜んでくれて嬉しいです。

 この場所はエルドラでも指折りで素敵な場所だって、僕も思いますから」

 

 フレディくんもニコニコしながら話していて、それに……本当に気持ちよさそうにしているヒロト。 あんな風にしているのを見ると私も胸の中が温かくなる感じがするの。

 でも、同時に私の心には、ほんの少し葛藤もあった。

 

 ――こんな時こそ、私もヒロトに伝えたいんだ。自分の気持ちを少しでも――

 

 どんな形でもヒロトに。髪飾りのプレゼントや、GBNのデート……ヒロトにそんな風にされてばかりだから。

 私も彼に、何か出来たらと考えて……私は。

 

「あのね――ヒロト」

 

 私はヒロトに、そう声をかけたんだ。

 

「一体どうしたんだ、こんな時に?」

 

「私……本当に幸せなんだよ。あれからもっとヒロトから色んな事をしてもらって、前よりもずっと。

 聞き飽きたかも、しれないけど」

 

 幸せだって、もう何度も伝えたかもしれないけど。でも、言わずにはいられなかった。それに――。

 

「言っただろ、これからはちゃんとヒナタの事を見ていたいって。

 世界の色と――同じなんだ。ずっと知らないままでいたから、ヒナタの事を。君の想いと、それに俺にとってどれだけの存在だったのか……何も。

 だからこそ、これからは」

 

「うん。ヒロトの想い、分かっているよ。でもね……」

 

 私は改めて自分の想いを、伝え直すの。

 

「私だってヒロトが一番に大切な人だから。今までだって、もちろん、これから先だって」

 

 私のヒロトに向ける想いは変らないから。……ううん。

 

「だけどね、これからは私だってもっと、ヒロトの支えになりたいの。

 向けてくれる想いに負けないくらい私も……誰より傍で、ヒロトを幸せに出来たらって」

 

 そんな私からの伝える想いと、出来ることなんだ。

 勇気を出して伝えた事、そして――これからも私だって、ヒロトに沢山伝えていけばいいだけだから。

 誰よりも近くで助けになれたらって、私だって彼を幸せにしたいって。

 

 

 私の伝えられた言葉。それを聞いたヒロトは目を丸くしていた。

 だけど、彼は大きく屈託のない笑顔を見せると。

 

「とても嬉しいよ、ヒナタ。

 もちろん、俺だって…………」

 

「もう! さっきから僕を置いて、二人だけで話してばかりでつまらないです!」

 

 ヒロトは何かまだ言おうとしていたけど、そんな時にフレディくんがむすっとした顔で間に入ったんだ。

 

「せっかく三人でいるんですから、僕もヒロトさんとヒナタさんと話したいんです。

 もっと、僕ともお喋りしてください!」

 

「……おっと、悪い悪い。もちろんフレディの事も忘れてなんてない。

 せっかくこんな良い所に連れて来てくれたんだ。ここで一緒に楽しく過ごそう、フレディも、もちろんヒナタも」

 

 あはは……良い所で、フレディくんが入って来ちゃったかな。一体何て言おうとしたのか、気になるけれど。

 

 

 ヒロトはフレディくんと話している中で、私に……照れたようにウィンクしてくれたのが見えた。私は――

 

 ――ヒロトが言おうとしたこと、多分……分かった気がするな。

 これからも二人で想いを伝え合えればいいな。どっちかだけじゃなくて、お互いに――

 

 

 そんな風に願って私の心はまた、とても暖かくなるんだ。



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番外編その三 イベントでもやっぱり――ドキドキ その1

 投稿が遅くなりましたが、三作目。
 今回は数話に分けて……かな。一話完結は厳しくて、申し訳ない。


 

「――あのさ、面白いイベントをやっているらしいぜ!」

 

 ビルドダイバーズのみんなでGBNのロビーにいる時、カザミさんがそんな一言を言ったのが、始まりだったんだ。

 

「イベント、ですか?」

 

「そうだぜ! 何だか、期間限定であるエリアが開放されてるって話でさ。

 もう多くのダイバーがそこに行って楽しんでいるみたいだから、俺達も行きないなーってさ。イベントもそこであるんだ。聞いた話では割と面白い内容だって聞いたから……どうかって」

 

「ふむ、成程な。……確かに今の所予定はない。詳しい内容はまだ聞いていないものの、せっかくだ、私はカザミの提案は良いと思う。

 パル、ヒロト、それにヒナタはどう思う?」

 

 メイさんは二人にも聞くんだ。パルくんと、ヒロトの答えは。

 

「僕も良いと思います。カザミさんがそう言うほど、きっと楽しいって分かりますから」

 

「カザミの案、賛成だ。せっかくの機会だからみんなで参加出来れば。――ヒナタ」

 

「うん?」

 

 ヒロトは私に声をかけてくれた。

 

「ヒナタはどうかな。カザミ、パル、メイは勿論だけれど、俺は君と……一緒がいい」

 

 そう言ってくれる彼の言葉と、向けてくれる微笑み。私の答えは、もちろん。

 

「勿論だよ! みんなでそのイベント、楽しもう!」

 

 

 

「よしっ! みんなサンキューな!

 そうと決まれば、ビルドダイバーズのみんなで行こうぜ!」

 

 カザミさんに促されて、私たちはみんなでイベントの開催されているエリアに行こうって。

 私の心は――ワクワクで一杯なんだ。

 

 

 

 

 ――――

 

 私たちビルドダイバーズはイベントが開催されているエリアに、みんなで向かったんだ。

 カザミさんに案内されて、森が広がるエリアへと。それだけなら普通だけど、森の中には…… 

 

「わぁ、凄いです! こんな物が、いつの間にか出来ていたなんて」

 

 目を見開いて、パルくんは驚いた。私たちも目の前の光景にびっくりしているんだ。だって――

 

 

 目の前にはきらきらとしたランプが飾られて、沢山の主背の屋台。まるでお祭りみたいな……そんな賑やかで楽しい雰囲気な場所だったの。

 

 ――とても楽しいお祭り会場だね。それにこれって、もしかして――

 

 これはただのお祭りとは、ちょっと違う感じだったんだ。

 会場のランプや、飾りつけや屋台に売られているものはどれも、ワンちゃんや猫ちゃん、クマさんだとかの色々な動物をイメージしたものばかりなの。そして、会場にいるダイバーさん達も。

 

「どこもかしこも動物だらけ! アニマルフェスティバルってな!

 楽しんでいるダイバーだってみんな……動物のコスプレをしてるんだぜ」

 

 そう、みんな思い思いの動物の恰好をしているんだ。耳や尻尾を飾り付けたり、服装や……それに着ぐるみだって。 いつものGBNにも色んな恰好やコスプレをしている人はいうけれど、ここでは動物に関係した恰好で統一しているんだ。

 例えば、羊をイメージした白くてモフモフな服装を身に纏っている子だったり、キツネの耳と尻尾のアクセサリーをつけてたり……向こうにはプードルやキリンだとかの動物のバルーンを道行く人に配っているゾウの着ぐるみの人だとか。どこもかしこもアニマルコスプレって感じかな。

 

「何だか、楽しそうな感じだな」

 

「……そうだな。こう言う感じも悪くない」

 

「だろヒロト、メイも! 割とGBNではかなり珍しいイベントだと思わないか? 

 もちろんガンダムにからめて、こんな物だってあるんだぜ! みんなもあそこを見てみなよ」

 

 カザミさんは右向こう側の離れた場所に見える屋台を指差したんだ。そこには、ガンダムSEEDのバクゥだったかな、ワンちゃんのような機体やあとはベアッガイ、クマさんみたいなのだとか……動物にちなんだガンプラのぬいぐるみが売られていたんだ。これはこれで、可愛い感じだな。

 

「な! やっぱりGBNらしくもあるよな。……じゃあ早速、楽しんで行こうぜ!」

 

 カザミさんに促されてみんなでこのお祭り――GBNのアニマルフェスティバルに入るんだ。

 

 

 

 ――――

 

 私たちビルドダイバーズの五人で、賑やかな会場を散策したんだ。

 あちこち見てまわって、いくらか寄り道して買い物したり……まだ来たばかりだけどとても楽しく過ごしていたの。

 

「こう言うのも良いものだ。ふむ、この『アニマル焼き』と言うのも……なかなか旨い」

 

 メイさんは口元に、動物の形をしたたい焼きみたいな食べ物を口にしていたんだ。

 

「だな! 後、動物によって中身も違うらしいぜ。俺のライオンのアニマル焼きは肉まんっぽいな、うまいじゃないか。

 みんなの食っているのはどんな味なんだ?」

 

「えっと、僕のヤギさんのアニマル焼きはミルク味っぽいです。

 甘くて美味しいですよ」

 

「私のはチョコ味だな。これは何だ? 多分シマウマの形をしているのか」

 

「俺はカスタードが入っていたな。……クマの形も結構本物そっくりだな」

 

 パルくん、メイさん、ヒロトもそれぞれの動物の形をしているアニマル焼きの話を。カザミさんは私の方に覗き込むと。

 

「んでさ、ヒナタのそれは……えっと、ネコかな」

 

 カザミさんの言葉に私はこくって、頷くんだ。

 

「はい! 中には美味しいあんこが入っていて、ホクホクなの」

 

「本当に来て良かったですね、皆さん。美味しいものも食べれましたし、それに僕はこんなのも買えましたから!」

 

 そう言うパルくんはニコニコして左腕に抱いていたバクゥの大きなぬいぐるみを抱きしめていたの。メイさんは微笑ましい表情を投げかけている。

 

「ふふっ、そうしているのもかなり似合うな」

 

「有難うです、メイさん。――あっ、今度はあれも気になります!」

 

 パルくんはある場所を指差すんだ。そしてカザミさんの手を握って、引っ張る感じ。

 

「カザミさんはあれ……得意そうですから。良ければ一緒にやってみませんか?」

 

「パルがしたいのは、へぇ! 金魚すくいか!

 こんな物まであるんだな、懐かしいぜ」 

 

 そこにあったのは金魚すくいの屋台だったんだ。人気があるみたいで長い行列を作っている金魚すくい、パルくんはそれに興味津々みたい。

 

「金魚すくい……ですか、面白そうです!」

 

 多分、本当に初めてだったのかな。キラキラした表情をしているパルくん。カザミさんはニッと笑うと、頷いた。

 

「成程な、分かった。じゃあ一緒に金魚すくいをやろう! 俺の自慢の腕を披露するからさ。

 ヒロト達は……一体どうする?」

 

 私はお祭り騒ぎな周りを見回して、考えてしまう。

 

「あちこちで楽しそうで迷っちゃうな。えっと、どうしようかな」

 

 そんな風に笑っている私に、ヒロトは傍でぽんと、肩に手をのせてくれた。

 

「こんなに楽しそうな場所がたくさんあると、迷ってしまうのも無理ないよな。

 でも、俺もヒナタと考えるよ。……どんな風に過ごそうかってさ」

 

「――ありがとう、ヒロト」

 

 彼の優しさに私は顔をほころばせる。

 

「と言う事だから、カザミとパルは俺達の事はきにしないで行って来てほしい。それとメイは――どうする?」

 

 ヒロトはメイさんにも聞いたんだ。

 

「実は私も、どうしようかまだ決めていないんだ。カザミ達に同行するのも悪くないとは思うが、私ももう少しどうするか考えさせてくれないか」

 

「了解だ! ……でも、結構並んでいるな。こりゃ待つだけでも時間かかりそうだな。パルは平気か?」

 

「全然平気です。確かにいくらかかかりそうですけど、僕は。

 ――それじゃあ、ヒロトさんにヒナタさん、メイさんも、行って来ますね!」

 

 

 

 そう言ってカザミさんとパルくんは金魚すくいに行ったんだ。

 

「さてと、私たちはどうしたものか。――やはり迷ってしまうな」

 

 考えるような仕草をするメイさん。私も、やっぱり同じように悩んでしまうんだ。

 

「みんなで目についた場所はあちこち行ってみたけど、まだまだ行きたい場所は沢山だもん。

 それにカザミさんが率先して決めてくれたから、私たちで決めるってなると……難しいよ」

 

「……」

 

 ヒロトも私たちのそんな所を見て考えていたみたい。でも、私たちとはまたちょっと違う感じの悩みかたみたいで。

 

「うん? ヒロトってば難しい顔しているけど、どうしたの?

 せっかくだから、楽しくいこうよ――ねっ!」

 

「……っと、ああ。それはもちろん。

 けれど、俺は」

 

 彼は何か決めたような表情で私を見たんだ。

 

「カザミの代わりに、ここからは俺がヒナタとメイが楽しめるよう頑張るから。

 だから――俺に任せてほしいんだ」

 

 ふっと、ヒロトの態度にメイさんは微笑んだんだ。

 

「ヒロトはずいぶんと張り切るものだな。前よりも、そうした所は。

 やっぱり……な、ヒナタ」

 

 メイさんは優しく表情を緩めたまま、私の肩にぽんと手を置く。

 

「せっかくヒロトがそう言ってくれたんだ。ここは彼に、任せるとしようか」 

 

 ――だよね。ヒロトは私たちの事を想ってだから、私も――

 

「うん、そうだねメイさん。

 ……ヒロト、ならお願いしてもいいかな。楽しみにしているよ」

 

 私を見て、彼はもちろんと答えたの。

 

「分かった! 良い思い出が出来るように、俺も頑張る。まずは――さ、あそこに行ってみようか」

 

 

 

 ヒロトが差し示した所、そこには動物をモデルにした耳飾りや服装、着ぐるみが売っているお店だったんだ。

 

「これってみんなが着ているコスプレの、かな」

 

 そう言えば周りの殆どは動物のコスプレをして楽しんでいるんだ。

 私たちはいつもの恰好のままだから――せっかくだからコスプレもしてみたいなって。

 

「俺たちもせっかくだから、一緒にああした恰好をしてみたいな、なんて。

 ……どうだろうか」

 

 ヒロトからの提案。私はもちろんと――微笑んで。

 

「いいね、ヒロト! ――どんな格好をしてみようかな」

 



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番外編その三 イベントでもやっぱり――ドキドキ その2(イラスト付き)

 お店に入って、私たち三人はコスプレの恰好を選んでいたんだ。

 ヒロトも、メイさんもそれぞれ別に選んでいるの。互いにどんな格好を選ぶのか、楽しみにだってなるから。

 

 ――二人とも何のコスプレをするんだろうな、ワクワクしちゃうよ。

 私はどうしようかな……えっと――

 

 ヒロト達が選ぶコスプレも気になるけど、私もどんなコスプレをするのか決めないとだもんね。

 私はハンガーにかけられて並んでいる衣装やアクセサリーを見て手に取りながら考えるんだ。

 

「これは……うーん、顔が隠れちゃうのは、ちょっと」

 

 黄色いクマっぽいガンプラ、ベアッガイの大きな着ぐるみ。それを見てみて可愛いって思ったけど着ぐるみ系は、いいかな。だって顔は隠れて見えなくなるから、ヒロトと一緒の時はやっぱり……顔を直接合わせたくて。

 そう考えて私はもう一度、衣装を選ぶんだ。

 

「クジャクの衣装は派手かもかな。 カンガルー……かな、このコスプレは。こっちは少し地味かも。

 えっと、この間に挟まっているのは…………きゃっ!!」

 

 私は挟まっていた一つの衣装を取ってみたけど、それを見た途端に思わず赤面して、顔を伏せてしまった。

 だって……。

 

 ――胸と下半身しか隠れてないんだもん。お魚のコスプレみたいだけど……ううっ、こんなの恥ずかしすぎて着れないよ。

 水着みたいだけど、それよりも露出だって多いもん――

 

 真っ赤な顔で、頬も熱くなってドキドキしてしまう。こんな衣装、もう色仕掛けみたいで、私には。

 ……だけど、ほんの少しだけ、いいなって思ったりも

 

 ――こうしたのって、私が着たらどんな反応をするのかな。

 ヒロト、喜んでくれたりする……かな――

 

 ついそんな風に考えもしてしまう。けど、頭に浮かんだ考えをすぐ振り払うように、一人首を横に振って衣装を元の場所に戻すんだ。

 

 ――ううっ、やっぱり駄目だよ。

 本当に恥ずかしい恰好だし、人前では無理だもん。ヒロトともまだ……早いって思うから――

 

 彼の事を考えると、また余計に頬が熱くなる感じがする。

 

 ――関係は幼馴染だけじゃなくなっても、それでもこんな事はもう少し大人になってからだよね。

 今はまだ――

 

 これ以上考えると、本当に頭がクラクラしちゃいそうで。それよりもちゃんど何の恰好にするか、決めないとだから。

 どうしようかな。衣装を探しても、なかなか似合いそうなのが見つからないんだ。

 

 ――うーん。本当に何を着ようかな。決まらなすぎて困るよ。どうしよう――

 

 そう考えながら私がコスプレ衣装を探していた時だったんだ。

 

「……あっ」

 

 私は、ふと手に取った別の衣装に視線が行った。

 

 ――この服は可愛いし、私にも良さそうって思うんだ。……いいかも――

 

 これを着てみたいって、私は思ったんだ。ヒロトもメイさんは多分待たせているかもしれないから、早くしないとって気持ちもあるしそれに、この衣装が一番合いそうって思うから。

 だから――。

 

 

 ―――

 

 更衣室で動物のコスプレ衣装に着替えた私は、鏡に映る自分の姿を見てみた。

 

 ――ううっ、やっぱり似合うかどうか心配だな。変じゃない……よね――

 

 可愛くて似合うかもって思ったコスプレだけど、実際に着てみると、凄くドキドキしてしまう。

 GBN、仮想世界だって分かっているけど、それでも自分のこんな恰好を見ると……ちょっとなって思ってしまう。だってワタシ、今までこうしたコスプレなんてした事なかったから。

 

 ――服は可愛いんだけど、変じゃない……よね。ヒロト達が見たらどう思うかな――

 

 衣装が決まったら、ヒロトとメイさんと店の外で見せ合おうって話したんだ。二人はもう着替え終わって待っているかもしれない。心配だけど、これで私のコスプレは決まったもん。

 

 ――自分でも良いと思って選んだんだから。きっと、大丈夫だよ――

 

 

 

 勇気をちょっと出して、私は店の外に出たんだ。

 外の通りには相も変わらずの沢山の人たちが歩いている。けれど、私のこの恰好を特に気にしている様子はないみたい。見ると本当にみんな、色々な動物のコスプレをしている。……だからかな、むしろこのイベントの場に溶け込んでいるみたいで全然普通なんだって。

 

 ――ちょっとだけ緊張し過ぎたのかな。あはは――

 

 私はほっと一安心して胸をなでおろす。ただの考え過ぎだって分かったから、全然普通なんだって、そんな風に思えて。

 

 ――良かった。変だって見られたらどうしようって思ってたから――

 

 ヒロトとメイさんの姿は見当たらない。店から出て来たのは私が一番早かったのかな。けど、もしかすると先に来ているかも。

 ここは誰かに聞いた方がいいかな。私は周りを見て確認してみると、ちょうど近くにコスプレをした誰かがいたの。

 柴犬のコスプレかな。尻尾の生えたぶかぶかめの全身芝色の上下一体の衣装を着ていて、犬の耳もついているフードを頭にかぶった誰かさん。

 これって丁度良いかも、あの人に聞いてみようかな。

 

「あの、すみません」

 

「うん?」

 

「私と同じくらいの男の子、店から出て来たのを……見たりしませんでしたか?

 彼は――ヒロトは、私の……」

 

「――その声はまさか、ヒナタなのか?」

 

「えっ!?」

 

 驚いた私に柴犬コスプレの人は、顔をゆっくりと私に向けた。

 犬耳がついたフードを被っていた顔、それは私が一番よく知っている、相手の顔だった。

 

「ヒロトっ! そんな恰好していたなんて、驚いちゃったよ」  

 

 少しぶかぶかな衣装とフードを被っていたヒロト。彼も自分の恰好に慣れていない感じで、どぎまぎとするみたいな態度で、それに視線も左右にそわそわ動かしているんだ。

 

「俺の……恰好、なかなか選ぶのが難しくて。

 だから勢いで選んでこうなった。……変じゃないか?」

 

 慣れてないと、やっぱりそうなるよね。

 

「分かるよ、その気持ち。

 ――でも変なんかじゃないよ。ヒロトのその衣装も良いって思うから、そのコスプレ、何だか可愛いもん」

 

 私の言葉にヒロトは照れたり嬉しかったりのはにかみ笑いを浮かべてくれた。

 

「ありがとう、ヒナタ。

 ヒナタのその恰好も良く似合ってる。ひらひらとした衣装に、猫耳と手袋、尻尾も――三毛猫のコスプレ、凄く……可愛い」

 

「あっ」

 

 ヒロトに言われて私ははっとして、自分の恰好に意識を向けた。

 

 

 そう、私がコスプレに選んだのは、三毛猫衣装のコスプレだったんだ。

 

 ――アイドルみたいな感じの可愛い服で、せっかくだから着てみれたらなって。だけど――

 

 ひらひらとした上着とスカート、それに猫らしく猫耳と尻尾、後肉球がついた大きな手袋と頬には猫のひげまで……何だかつい張り切り過ぎた感じの恰好と言うか。

 それに、ね。この三毛猫のコスプレ、それなりに露出が多かったりもするんだ。

 

 ――さっきのよりはまだ大丈夫なんだけど、ミニスカートからは太ももが見えちゃうし、上着も短いもん。

 ……お腹だって丸見えだよ――

 

「……ううっ、えっと……その」

 

 かあっと、さっきよりも顔が熱くなって、私は丸見えのお腹を手で隠してしまう。

 

「ヒナタ?」

 

「あは……は、やっぱりこの恰好は恥ずかしくて。だってひらひらして、あちこち出ちゃっているから。

 私の衣装、本当に可愛い……かな」

 

「それは――」

 

 私の姿を改めて見つめてかえすヒロト。その顔はみるみる赤くなって……。

 

「もちろん可愛いさ。けれど、ヒナタがそうした恰好をしているのが、見慣れないと言うか。

 何だか、普通に可愛いだけじゃなくて…………どう言えばいいかな、その」

 

 私は慣れない衣装姿を見られて、ヒロトはそんな私の姿を見つめて、互いにどぎまぎしている。彼が何か言おうとしているのを、どきどきして私は待っているの。

 

「ヒナタ、君の姿はとても――」

 

 そして、頬を赤くしたままのヒロトが私に言葉を伝えようとした時だったんだ。

 

 

 

「二人とも、待たせてしまったかな」

 

 声の方を見ると、コスプレ衣装に着替えたメイさんの姿があったんだ。その恰好は……。

 

「メイさんも私と同じ、猫のコスプレなんだね」

 

「ああ。ちょっと良いかもと、思ったからな」

 

 メイさんのコスプレも猫のコスプレ衣装だったの。ただ私が三毛猫衣装なのに対してメイさんは黒猫のコスプレ。

 猫の尻尾に耳、肉球付きの手袋に猫ひげだとかも私のと同じ。……だけど服は私のようにひらひらした露出の多い感じじゃなくて、落ち着いた感じの緑のドレスで、長めのスカートに黒いスパッツ。いつものメイさんの姿と違うけど、でも、何だか私よりも似合っていて……可愛い気がした。

 ヒロトもメイさんの姿を見ると、笑顔を向けてこう言ったんだ。

 

「メイは黒猫の恰好なんだな、よく似合うよ」

 

「そっか、そう言ってくれると……嬉しいものだな。

 ただこんな姿はどうも慣れていなくてな。ヒナタも、同じ感じだろうか」

 

 やっぱりメイさんもコスプレに慣れない様子だった、私もメイさんに照れ笑いを浮かべると。

 

「私も……ちょっとね。でもメイさんの衣装、素敵だと思うよ」

 

「ありがとう。ヒナタの三毛猫衣装も、とても可愛らしい」

 

 女の子同士、互いに笑い合ってそう伝える私たち。そしてヒロトも

 

「ヒナタもメイも、とても綺麗で可愛い。いつもと違うこの感じ、良いものだな。

 ……さてと、こうして三人で衣装に着替えたわけだし、もっとフェスティバルを楽しもうか。行こう――二人とも」

 

 ヒロトに促されて、私たちはまたアニマルフェスティバルを楽しみに行くために歩き出すんだ。

 でもちょっとだけ、もやっと。

 

 ――メイさんもヒロトにとって大切な仲間だって、分かっているんだ。でも……それでも――

 

 

 

 ――――

 

 

 私とヒロト、メイさんは三人でフェスティバル会場を巡ったんだ。

 

「よう、可愛い子ちゃん達、このプチッガイのキーホルダーとかどうだい?」

 

「……あっ、この黄色いプチッガイ、欲しいな。勝って来ていいかなヒロト!」

 

 店で買い物したり、それに。

 

「ほう? 確かクレープと言うのか。それのチョコクレープでも食べてみるか」

 

「毎度有りだ、お嬢ちゃん。もう一人のお嬢ちゃんと坊ちゃんはどうするかい?」

 

「なら俺はカスタードで」

 

「私はイチゴホイップがいいな」

 

 屋台でクレープだとか他に食べ物を買って食べたり。後々、行ったのはお店だけじゃないんだ。

 

「――楽しいね! ちょっと恥ずかしいけど、子供に戻った感じだね」

 

「遊園地にあるよな、こうした動物の乗り物。ガンダム繋がりでSEEDのバクゥもそうだし、Gガンダムの馬型モビルスーツの風雲再起とかもディフォルメされて……面白いな。

 気になって乗ってみたけど、ホワイトベースまであるのか。まぁ、確かに『木馬』だしな」

 

「私が乗るこの乗り物も興味深い、たしか……パンダ、だったか」

 

「はい、メイさん。やっぱりパンダカーは定番、外せないから」

 

 遊園地にあるような一人乗りの動物の乗り物、四足で歩いて音楽が鳴るの……フェスティバルのアトラクションの一つであったりもしたんだ。

 私たち三人でそれに乗って楽しんだりも。とても――楽しくて充実した時間だったんだ。

 

 ――衣装にも慣れたし、それにフェスティバルも色々過ぎるくらいに楽しめているから――

 

 私はコスプレと同じ三毛猫の乗り物に乗って、二人の傍にいたの。楽しいフェスティバル、それに勿論……ヒロトといれる事だって。

 

「来て良かったね、ヒロト! だってこんなに――」

 

 

 私はそうヒロトの方を向いて声をかけようとした。

 けれど、その時私の目に入ったのは……ヒロトの傍に乗り者を並べて笑い合う、メイさんとヒロトの姿。

 

「なかなかに面白い乗り物だな。私も気に入ったぞ」

 

「そうか。メイも気に入ってくれて何よりだ。……こうしてみるのも、面白いだろ?」

 

 何だか仲が良さそうな二人。ビルドダイバーズの仲間で友達だから、別に普通の光景だって分かっているけれど。

 

「……」 

 

 ――変だな。私はどうして……胸が苦しいんだろう――

 

 

 

 ――――

 

 それから私たちはまた、フェスティバルの会場を散策したんだ。

 

「もう随分と回ったね」

 

「ああ。思ったよりも広い会場だったけれど、大体は俺達で巡った気がする。

 ヒナタも、今日は楽しめたか?」

 

 ヒロトの言葉に、私は笑って頷いた。

 

「もちろんだよ! こうして楽しい事ばかりで、私は満足なんだ!」

 

「俺もだ。こんな風に楽しく過ごせたのは、とても良かったから」

 

「二人の気持ち、私も分かるとも。……祭りはやはり楽しいものだ」

 

 こうして遊び回って私は楽しかったから。大満足、なんだ。だけどちょっと心残りがあることも。

 

「でも、カザミさん達は、どうしたのかな? あれからはぐれたままで……出会えなかったから」

 

 実は、カザミさんとパルくんが金魚すくいをすると言うことで、二人とは別行動をしていた私たち。

 後で合流するつもりだったけれど、結局見つからないままで今に至るんだ。

 

「大丈夫。心配しなくても二人なら勝手に楽しんでいるはずさ。

 だから俺たちは俺たちで、このイベントを楽しめばいい」

 

「ヒロトの言う通りだ。私たちでも、十分に面白く過ごせたからな」

 

 そう言ってヒロトとメイさん、二人で笑顔を向け合っている。

 私は……また何だかもやっと感じた。

 

 ――ヒロト、やっぱり……私は――

 

 私が自分の思いをどうすればいいか分からないでいると。メイさんは今度はある場所を指差す。

 

「今度は――あれに乗ってみようか。ずっと気にはなっていたが、そろそろ乗ってみてもいいんじゃないか?」

 

 メイさんがそう言って示す先は……。

 

「あれだね。実は私も気になっていていたんだ、後でと思ってたけど、もうそろそろ行ってもいいかも」

 

 私だって気になっていたもの。それは目の前にある……観覧車だった。

 

「観覧車……か。ゴンドラの一つ一つも、動物をモデルにしているんだな」

 

「みたいだなヒロト。もう会場の場所も殆ど見て回った事だし、クライマックスはあれにでも乗ってみるか」

 

 ヒロトとメイさんはそう言っている。私は。

 

「……そうだね。三人で、行こうか」

 

 私もそれには賛成だった。……けど、何だろうな。

 

 ――こんな時、どうしたらいいんだろう。私は――

 

 

 

 ――――

 

 そう言うことで、観覧車にやって来た私たち。

 

「やっぱり、近くで見ると凄いよね。ゴンドラの一つ一つが動物の顔をしていて、可愛いな」

 

 私はゴンドラに見とれていると、ヒロトは。

 

「ああ。こんな風な観覧車、GBNならではかもしれないな」

 

「うん。何だか素敵だよ、ヒロト」

 

「俺もそう思う。――メイはどうだ?」

 

「観覧車と言うのも、面白そうなものだ。……気に入った」

 

 やっぱり、今は複雑だ。

 私とヒロト、それにメイさんの三人でいるけれど、だけど。

 

 ――ヒロトとメイさんが仲良さそうにしているの、きっと普通の事なのに。

 どうしてこう、胸がざわめくんだろう――

 

 今でも私は、どこか複雑な気持ちに囚われていたんだ。こう言う気持ちってどうすればいいか、いまいち分からないでいたの。

 

「とにかくだ、あの観覧車に乗る事にしようか。見るからに楽しそうだ。

 さて、行こうかヒロト」

 

 メイさんはそう言って、傍のヒロトの右手をとろうと、握ろうとするのが見えた。

 

 ――私は、やっぱり。メイさんには――

 

 ヒロトは私にとって、大切で特別な……だから。

 

「待ってヒロト! 私だって――」

 

 メイさんがヒロトの手を握るより前に、私は反対側から、彼の左腕に自分の右腕を絡めて、ぐっと引き寄せたんだ。

 

「うん? ……これは」

 

 メイさんは私の行動にはっと、少し驚くみたいな顔をしているのが見えた。そしてヒロトはと言うと。

 

「――ヒナタ」

 

「あの……ね、ヒロト。私は、私……だって」

 

 だけど、言葉が詰まって上手く言えなくなった。

 

 ――告白の時は言えたのに、やっぱり時々こうなってしまうんだ。ドキドキして、私――

 

「なぁ、メイ」

 

「どうしたんだ?」

 

 ヒロトはメイさんに視線を向けると、こんな事を。

 

「観覧車だけどさ、ゴンドラには俺とヒナタの二人で乗りたい。

 悪いけどメイは、少しだけ待っていてくれないか」

 

 彼の言葉を聞いて、メイさんは僅かに意外そうな表情を見せた。だけど、彼女は表情を緩めてこう言ったの。

 

「……成程、分かった。なら私はそうする事にするよ」

 

 ――私と、ヒロトの二人っきりで――

 

 どきっとする心。つい私は彼の方を見た。

 目の前のヒロトも私を見て、そして、ふっと優しい笑顔を見せてくれたんだ。

 

 

 

 ――――

 

 観覧車のゴンドラ。私とヒロトは二人、その中で一緒にいたんだ。

 それぞれ犬の着ぐるみとフードを被ったヒロトと、三毛猫のコスプレをした私。

 

 ――ううっ、やっぱりお腹が丸見えなのがどうしても気になるよ――

 

「……」

 

 ちょっと恥ずかしくて言えない中、ヒロトは横目で外の景色を眺めながら私に話しかけるんだ。

 

「ヒナタ、見てみなよ。ここからの景色は眺めが良い。会場だって、こうして一望出来るくらいに」

 

「あっ……うん」

 

 ヒロトに声をかけられて、私ははっと反応して返したんだ。

 

「私たちの回ったアニマルフェスティバルの賑やかな感じ、ここからだと全部眺められる気がするよ。……何だか、懐かしいよね」

 

 この前にもヒロトと一緒に、こうして観覧車の中で二人っきりだった事もあるんだ。ヒロトもその事を、覚えてくれていたみたいで。

 

「観覧車、か。こうしてヒナタと一緒に乗るのはあの時以来だな」

 

 私の前でヒロトはそう、思い出すように話すんだ。もちろん私だって覚えているよ。

 

「……うん。私がヒロトと遊園地に遊びに行って、告白しようとしたんだよね。

 でも思い出すと、何だかその、恥ずかしいよ」

 

 そう。私は現実でヒロトと一緒に遊園地にデートしに行ったこともあるの。自分の想いをヒロトに伝えたくて……そして告白、好きだって想いを伝えたの。

 

「あの時、ヒナタは俺の事を好きだって言ってくれたよな。幼馴染みだけじゃなくて、もっと特別に――好きだって」

 

「私だって勇気を出して頑張ったんだ。自分でも気づいた大切な想いを、伝えたかったから」

 

「ヒナタの想いを聞いて驚いた。……けれど、俺はそんなヒナタに対して酷い事をしてしまった。

 せっかく伝えてくれたのに拒絶して、傷つけてしまった。これまでだって、それに……」

 

 ヒロトは一人しゅんとしたような感じで。そして私に、こんな事を言う。

 

「さっきもメイと仲良くしているのを見て……多分複雑だったんだよな。

 決してヒナタの事をないがしろにしたわけではないけど、それでも君は寂しそうにしていたように見えたから」

 

「私……は」

 

 ヒロトには私がそんな風に見えていたんだ。気づいて、いたんだって。

 

「多分、前の俺だったらそうした所まで気づかないでいたままだったかもしれない。

 けど今は前とは違うから。だから」

 

「……」

 

「でも、まだ上手くヒナタとどう接すればいいか、分からないでいる部分もある。

 今まで幼馴染みでいたのがずっと長かったから、ついいつものヒナタとの調子になってしまったりで……他に人が一緒だとなおさらな。

 ……言い訳みたいだよな。やっぱり、ごめん」

 

 しゅんとしているヒロト。でも、謝る事なんて、全然。

 

「全然気にしないでいいよ、ヒロト。

 確かに、メイさんと仲良さそうにしていたの……少しだけそう思っていたかもだけど、私が勝手に変に思っていただけだから。

 ヒロトはちゃんと見ていてくれたのに、それなのに私の方こそ、ごめんなさい」

 

 悪いのは私の方だよ。

 メイさんはヒロトの大事な友達で、それにエルドラの戦いでだって一緒だった戦友、だもん。仲だって良いのは当然なのに、私は。

 

「駄目だよね、私って。むしろヒロトに気を遣わせちゃって。

 ――でもね」

 

 それでも私は、ヒロトの事が好きだから。

 

「やっぱりもっと、ヒロトに私の事を好きでいてもらいたいの。

 メイさんと仲が良いのは分かっているけど、けどメイさんに負けないくらい私の事も好きだって、伝えてくれたら嬉しいんだ」

 

 私がこんな風に言えるのも、ようやくなんだ。素直に好きだって、それにわがままだって言えるようになったのも。

 ちゃんと想いを伝えるのは……とても良いものだから。

 

「――ヒロト」

 

 私は席を立って。前に座っているヒロトの元にそっと寄るんだ。

 

「せっかく二人になれたから。

 メイさんが一緒にいて出来なかった分まで、ヒロトの想いが欲しいんだ。あの時遊園地では出来なかったから。だから今、もう一回」

 

 また私のわがままかもしれないけれど、やっぱりさっきは、寂しかったから。

 遊園地のゴンドラと言う二人きりの空間で、私はヒロトの想いと愛情を、感じたいんだ。

 ヒロトだって、前とは違って今度は私をちゃんと見ていてくれて、私の想いを受け止めてくれるみたいに優しい顔を。

 

「うん。――分かった。

 俺も前の事を後悔していたから。だから……喜んで。

 今度はちゃんと、受け止める」

 

 また、あの時と同じように私はヒロトに顔を近づける。

 私は緊張もしていた。だって前はヒロトから拒絶されて、突き放されてしまったから。

 

 ――今度はきっと大丈夫だよね。だって私とヒロトは、今は――

 

 ヒロトは私の事を待っていてくれる。今度こど、きっと大丈夫だから。私はドキドキしながら自分の唇を、彼に。

 

 

 

「――」

 

 温かくて優しい、唇同士が触れ合う感触。私は半分夢見心地な気分で、嬉しくて。

 互いに長く、少しだけ強めに続いた……キス。やがてキスを終えて名残惜しく唇を離すと、ヒロトはふっと照れ恥ずかしくはにかんでいた。

 

「どう、だったかな。ヒナタとのキス……GBNでも現実と同じように、とても良かった。

 ヒナタも満足してくれたのなら、俺は嬉しい」

 

 私にそう尋ねて来る彼。答えは……もちろん。

 

「今度は、受け止めてくれたんだね。

 ――私も嬉しいよ。もちろん、満足だってしているから」

 

 こうしてキスしてくれたの、とても嬉しくて幸せだったんだ。ヒロトは私の事を想ってくれるのが改めて実感出来るから。

 

 ――今ならはっきり分かるんだ。今自分はこんなにも満足してるって――

 

 私はそう思っただけで、つい表情がふわって緩んでしまう。ヒロトも同じように笑ってくれて。

 

「ヒナタも嬉しそうで、何よりだ。

 ところで……さ」

 

 するとヒロトは、少しどぎまぎするような表情でこんな事を話すんだ。

 

「その三毛猫のコスプレだけど、可愛いと俺は言った。

 もちろんいつものヒナタだって可愛い。けれど、今は……大人っぽい可愛いさと言うか、……色気と言うか」

 

「ふぇっ!?」

 

 自分の恰好の事を言われて、今度は顔が赤くなってしまう。今更ながらに恥ずかしくなってしまって、かあって熱く。

 

「今のヒナタも、とても良いって思う。

 俺が――ドキドキする感じで。特にその、お腹の所が……」

 

「あああっ! ヒロトってばストップ、ストップ! ……恥ずかしいから!」

 

 私は恥ずかしさで真っ赤になりながら、ヒロトを制止してしまう。

 

 ――だって恥ずかしいんだもん。けどね――

 

 そんな中で、今着ている三毛猫のコスプレ……自分でも。

 

 ――ヒロトにこうして意識してもらえるの、全然嫌じゃないな。

 ……また、ヒロトと一緒の時に着ようかな――

 

 

 みんなで一緒に来た、このアニマルフェスティバル。

 色々と楽しくて、それにヒロトともこうする事が出来たんだもん。ちょっと恥ずかしいけど……でも、いいなって。

 私はこうしていて、思ったんだ。 

 




 今回は番外編最初のイラスト。……全番外編でこれも含めて三つは用意したいな。
 内容は本作でのヒナタとメイの三毛猫、黒猫のコスプレ。今回も素敵なイラストを頂きました!


【挿絵表示】


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番外編その四 ワタシの想いと、葛藤 その1(Side クロヒナタ)

 今回は本編唯一のオリキャラかつ敵キャラのクロヒナタの短編に。本編以降の、彼女は。


 

 ワタシはGBNで偶然に生まれた名無しの情報体。

 ミラーミッションにおいてELダイバーを解析して生成されたコピーの、その余剰データが原始的な自我を持った……意識と形もない不完全な存在。けれど、一人の少女に――ムカイ・ヒナタによってワタシは救われた。

 『自分』と言う存在を――明確な自我と感情を、ヒトですらないワタシに、ヒトとしての心を与えてくれた。それに彼女の、ムカイ・ヒナタの心と想いはとても綺麗で、ワタシの宝物になったのだから。

 

 ――だからこそワタシは『私』を、ムカイ・ヒナタを幸せにしたかった。想いを守りたかった。

 そして彼女の想いを踏みにじったGBNとガンプラ、ELダイバーとそして……クガ・ヒロトを許せなかった。

 憎んでいるのよ、ワタシは――

 

 ムカイ・ヒナタの大切な想いは誰よりも大事な人に、クガ・ヒロトへと向けられていた。けれどそれらは……何より本人がそれを踏みつけにした。彼女の想いは報われない。だからこそ……。

 ワタシはムカイ・ヒナタを救うために計画を立てた。GBNを破滅させガンプラの尊厳を踏みつけにし、ELダイバーとそして、クガ・ヒロトに復讐し……最終的には彼と言う存在そのものをワタシが乗っ取り、ワタシ自身がムカイ・ヒナタの想い人――『クガ・ヒロト』と成り彼女を心から愛し、幸せにする計画を。

 何から何まで、ヒトとしては常軌を逸した、狂った計画かもしれない。けれど……ワタシは後悔はしていない――間違っていたとも思わない。 

 

 ――ミラーミッションのシステムを手にしてGBNを、クガ・ヒロトどもビルドダイバーズを追い詰めた。

 あと一歩でワタシは障害を排除し、ムカイ・ヒナタを救う事が出来た。その筈だったのに――

  

 何度も追い詰めはした。けれどワタシの計画はその一歩手前でビルドダイバーズによって阻止された。

 あの時出せる全てを、使えるモノはすべて利用した挙句に敗れた。

 

 

 ワタシが奴らに、クガ・ヒロトに敗れるなど。……けどこのままでは終わらない、終われるものか。

 

 

 

 ――――

 

「……」

 

 ただ一人、荒野の真ん中に放置されたコロニーの残骸、その真上に腰かけてワタシは空を見上げていた。ここはGBNの中でも辺境のエリア。ダイバーも殆ど寄り付きもしない寂れた場所、だからこそこの場所を隠れ拠点に選んだ。

 ワタシはELダイバーとも違う、GBNにおいてもイレギュラーな情報体。それにワタシの存在は消滅した事になっている。GBNに牙を向き、ビルドダイバーズと戦い消滅したと。だから……ワタシの正体を知られるわけにはいかないもの。

 データ上の仮想世界、GBN。その空は今夕暮れで、沈みゆく夕日とそれに、薄闇の空に輝き出す星。ワタシははそんな空を見上げて……。

 

「……大嫌いな、世界だわ」

 

 戦いに敗れたワタシは、消滅を偽り実際はこうしてGBNに潜んでいた。

 ……あれからGBNをいくらか巡りもした。この仮想世界がどれだけ美しいと言えるのか、多くの人間――ダイバーが世界を愛しているのを、楽しんでいるをワタシは見て十分に知った。

 それを知っても、いえ、だからこそワタシはこの世界……GBNが大嫌い。憎んでいるのよ。

 でもいくら嫌いでも情報体であるワタシにとってはここが自分の世界、唯一存在出来る場所なのだから。……でもね。

 

 ――いずれこの世界全てにも思い知らせてあげるわ。GBNだけではない、ワタシは必ず――

 

 ワタシがこうして、そんなGBNに今も存在しているのは再び自らの役割を果たすため。ムカイ・ヒナタ、彼女を傷つけた物全てに復讐し何より、ワタシがクガ・ヒロトの身体を奪いそして――『彼』としてムカイ・ヒナタを本当に幸せにしてみせると。

 諦めはしない。いつか再び逆襲してみせると――そう決意しているはずなのに。

 

『分かるだろう、ヒロトとヒナタの想いが通じ合っているのが。

 これまでは知らないけれど今は……これからはきっと、互いが一番の相手として――恋人として共に幸せになれるはずだ。

 だから、クロヒナタが今更何かする必要は、どこにもない』

 

「――くっ!」

 

 ある事を思い出して、ワタシは忌々しい感情を覚える。

 

 ――メイ、あのELダイバーめ。ワタシに向かってよくも言ったものだわ――

 

 戦いの後、たった一度だけビルドダイバーズのメイと、ワタシは再会して言葉を交わした。

 ELダイバーも嫌いよ。でもね、彼女はその中でも特に大嫌いなELダイバー。そして……メイの中にいまだに、それ以上の大嫌いで堪らないもう一人のELダイバーも。

 

 ――思い出すだけで忌々しいわ。

 でもとにかく、あの時メイは言ったわね。……もうワタシに行動を起こすつもりなんて、ないですって――

 

 この言葉だって本当に忌々しい。――神経に障る。

 

 

 

 

 ――――

 

 ――全く。一体ワタシはどうしたと言うの――

 

 今、ワタシがいるのはGBNのとあるエリア。拠点を離れて、少し用事があったから……移動したの。

 ちなみにこのエリアは――。

 

 ――アニマルフェスティバル、妙なイベントをよく思いつくものだわ――

 

 周りには色々な動物の恰好、コスプレをしたダイバーと、沢山の出し物や店に屋台……まるでお祭り会場そのものね。

 でも、こうしてみんな動物のコスプレをしているのなら都合がいい。ワタシはゾウの着ぐるみを全身に着こんで、この場所に潜んでいた。元々はフェスティバルの係員をしている別のダイバーがここで風船を配っていたけれど、頼んで少しの間だけ仕事を交替して貰っているのよ。これなら自然に溶け込めるから。

 

「あのさ。そのプードルの風船、青とピンクのやつを一つずつくれないかな?」

 

「……」

 

 ワタシはゾウの着ぐるみ姿で風船配りに扮してアニマルフェスティバルに紛れている。ゾウと言い……動物なんて生で見た事はない。ワタシの中にある『ムカイ・ヒナタ』の記憶で、それぞれどんな生き物なのかが分かる。

 見ると猫耳と尻尾を生やした青い髪の男の子、一応は風船売りとしてここにいるから、風船を貰いに来たみたいね。

 

「……」

 

 無言で右手に握っていた沢山の風船のうち、青とピンクのプードル風船を取り出して男の子に渡す。男の子はワタシに、ニコッと笑みを向けると。

 

「ありがとね! 

 ――ミユ、ほら見てみて、風船を貰ったんだ」

 

 男の子はワタシに礼を言うと、後ろで待っていた同じく猫耳と尻尾がある白い髪の女の子の元へと去った。

 

 ――ふふっ。悪くないかもね、こう言う気分も――

 

 つい穏やかな気分を覚える、ワタシ。悲しみと怒り、憎しみばかりだった自分にも……まだ少しはこう感じる心くらいは。

 

 ――だけど今はそれよりも――

 

 ワタシは周囲の様子に目を凝らして、人探しをしてみる。確かこのアニマルフェスティバルには人が多いけれど、確かここに……来るはずだから。そう思って見回してみると。

 

「観覧車良かったね! 二人で乗ってくれて、ありがとヒロト」

 

「礼には及ばない。だって、当たり前じゃないか。……俺とヒナタとなら」

 

 覚えのある声を聞いた。そこには犬の被り物と衣装を着た少年と、三毛猫のコスプレをした少女が観覧車から出て来る所だった。

 

 ――ムカイ・ヒナタ……貴方は――

 

 三毛猫のコスプレをして、犬のコスプレをした少年、クガ・ヒロトと笑い合っている少女。もう一人の『私』……ムカイ・ヒナタ。かつてワタシが何をしてでも救いたかった、大切な人。

 

 ――本当に嬉しそうで、幸せそうね。だってムカイ・ヒナタの想いは彼に、クガ・ヒロトに通じてようやく恋人同士になれたのだから――

 

 長い間一緒に過ごして彼女にとって大切なヒトと、クガ・ヒロトと通じ合えている。

 これがムカイ・ヒナタの望んでいた事。けれどクガ・ヒロトは別の相手を――あの木偶人形、イヴを想っていた。二年前に出会ってGBNで過ごした頃から……失った後も、きっと今だって。

 例えああしてムカイ・ヒナタの事を見ていたとしても。……それでなくても、二年間あのクガ・ヒロトが彼女を蔑ろにしていた事に変わりはない。一度は戦いで決着をつけたつもりだったけれど、やはりワタシは。

 

 ――クガ・ヒロト、貴方の事は認めない。……許すものか。あの時は失敗したけれど、機会を見て必ずワタシは貴方を消し去って、ワタシこそが『クガ・ヒロト』として――

 

「…………」

 

 最初からそう決断していたつもりだった。けれどワタシは自分でも今、決断が揺らいでいるのを感じていた。

 

 ――だって、本当に幸せそうに笑っているんですもの。ムカイ・ヒナタはあんなに嬉しそうに――

 

 

 

 ワタシは幾らか離れた場所から遠目から見ていたけれど。

 

「――っ」

 

 その時、ムカイ・ヒナタがワタシの方へと視線を向けた。

 僅かに合う互いの視線。全身着ぐるみ姿のワタシの姿は分かりなんてしないはずなのに。きっと別の事に気をとられてこっちを見たんだろう。けれど、ワタシは自分に向けられたものだと……つい思ってしまった。

 

「どうしたんだ、ヒナタ?」

 

「ううん。ちょっとだけ、気になった感じがしたから。それに……あっ! メイさんと一緒にパルくんとカザミさんもいるよ! 二人とも合流したんだ」

 

「それは良かった。別行動していた二人の事も、少し気にしていたから。でもようやく再会出来て安心したよ。じゃあ、俺たちもみんなと合流しようか」

 

 ムカイ・ヒナタとそれにクガ・ヒロトは、向こうに見えるビルドダイバーズの三人の元へと。ワタシはそれを見届けると、一人この場を離れて去った。

 

 

 

 ――――

 

 フェスティバル会場の人気ない裏通りで、一人でワタシはいた。

 今まで被っていたゾウの着ぐるみ頭、被り物を外して一息つく。……だってずっと被りっぱなしだったから、息苦しく感じていたのですもの。それから、あの時ワタシが見た二人、ムカイ・ヒナタとクガ・ヒロトの様子を思い起こす。ずっと距離が縮まって親密そうにしていた姿を。

 

 

 大切な人と――クガ・ヒロトと一緒にいられて。そして、あの戦いの後で……二人が恋人同士になれた事。二人がそんな事になったと、後からGBNで話しているのを聞いて知った。ワタシもあれから身を潜めて、ムカイ・ヒナタの事を秘かに見てもいたから。

 前よりももっと……そして心から幸せそうにしている彼女。大切な人とようやく結ばれて、本当ならワタシが叶えようとしていた願いは既に叶えられていたの。――もう一人のこの『ワタシ』が認めない、許しもしない本物のクガ・ヒロトによって。

 

 ――ワタシは認めない。今になってああした所で裏切り続けた事には変わりはない。やはり……許せはしないじゃない――

 

 その感情は変わることはない。はずなのに、ワタシは行動を再び起こすのを躊躇っていた。今のムカイ・ヒナタから彼を、本物のクガ・ヒロトを奪うなんて。せっかく手にしたあれだけの幸せを、ワタシにそんな事をする権利があるのかと。

 

 ――メイがワタシがいまだ存在し続ける事を見抜いた上で見逃したのは、ワタシがこうなると分かっていたからと言うわけ。忌々しいわ――

 

 そう、メイはワタシの存在を知っていた。戦いの後に自らの消滅を偽装していたことも、分かっていたのに……それを一人秘密にしていたの。

 かつてワタシがGBNに、ビルドダイバーズにどれだけの事をしたのか分かっていたのにワタシを見逃した。危険なのは理解した上で、それでもこれ以上は何もする事はないと信じて。何故ならクガ・ヒロトとムカイ・ヒナタはあんなに、上手く行ったのだから。彼女の願いもああして叶った。それは――ワタシも同じ願いであったから。

 ムカイ・ヒナタのあんな様子を見て、ワタシがは……迷っているのかもしれない。どこか本気で行動を起こす気になれないでいた。自分でも――認めたくはないけれど。

 ……いえ、もしかするとあの時、ビルドダイバーズと戦った時でさえ。

 

 

『本当はどこかで、ヒロトに自分を打ち負かさせたかったんじゃないのか?

 彼の想いを喚起して試すために、ああまでしてしたのではないか……と』

 

 

 メイはワタシにこうも言った。

 あの時のミラーミッション、ワタシとビルドダイバーズとの戦いでワタシは負けた。

 もしもワタシが他のダイバーではなく、最初からクガ・ヒロトのみをミラーミッションに誘い込めば、彼との勝負にしても一対一にこだわるよりも他のコピーガンプラを彼一人にぶつけて一気にねじ伏せれば良かった。……なのにワタシはそうしなかった。

 敢えてそうした。ビルドダイバーズに、何よりクガ・ヒロトを苦しめたかったから。自分の手で復讐もしたかったのだから……だからこそと思っていたけれど。

 

 ――ワタシの本来の望み、『ワタシがクガ・ヒロトを乗っ取る』事を最優先にしさえすれば良かった。ミラーミッションの権能全て得たのだからそうすれば、ただその望みを果たす為に手段さえ選ばないほどに本気を出せば良かった。

 それが正しい行動だった。ムカイ・ヒナタを想うワタシが、復讐なんかに余計な手を回すより。いいえ――

 

 ムカイ・ヒナタを想っている事に変わりはしなかったからこそ。だからこそ復讐もだけれどもしかすると……こんなこと、認めたくないけれど。

 

 ――こうもワタシ自身思ってしまったと言うの。……やはりクガ・ヒロトが良いと、叶うのなら本物の彼とムカイ・ヒナタが結ばれればいいと願って。

 自分が彼に倒される事を何処かで望んでいた、だなんて――

 

 

 

「そんなのっ、やはり認められないわ!」

 

 ワタシは激情のままに被り物を地面に叩きつけた。同時に今浮かんだ考えもかき消すように。認めるわけにいかないもの……そんな自分の想いなど。そう思っていた時だった。

 

「おう、坊主ども! こんな所で俺達に会うとは運がなかったな」

 

「そー言う事じゃん! せっかくだからポイントをたっぷり頂くとしようぜ、兄貴。なぁ坊主たち、今後俺達とトラブルなんて起こしたくないじゃんよ。なら……分かるよな」

 

「……ううっ」

 

 見ると向こうの少し離れた場所では、少年二人に対して柄の悪そうな男四人が絡んでいるのが見えた。

 

 ――あの男たちはいわゆる、悪質ダイバーと言うものね。人が多い場所での裏路地だとかは危険だってあるもの。そんな場所に呑気に入り込んだ二人が悪い。それに、どうなろうがワタシには関係ないから――

 

 ワタシはどうでも良いと思って、その場から離れようとする。こっちまで絡まれればますます面倒だもの。

 

「……」

 

 だけど、さっきの考え事のせいでもあるのか、胸の中には何かモヤモヤが残っていた。何だか上手く気分が晴れなくて、ワタシは……。

 

 

 

「おらっ! どうした、ビビッてんのか?」

 

「ここはひとつ大人の怖さってヤツ、教えてやろーぜ。大丈夫だって、GBNの中なんだから多少乱暴になったって――ん?」

 

 頭の被り物を被りなおしたワタシは少年と悪質ダイバーたち六人につかつかと歩み寄ると、まずは一人、近くにいた相手の肩を掴む。

 相手――まぁいかにもチンピラみたいな男はワタシに振り向いて一瞬驚いて目を丸くした。けれどすぐに感じの悪い表情で睨みつけて来ると。

 

「んだよテメェ! ふざけた着ぐるみをしやがって、お祭り騒ぎなら向こうでやれよ。それともテメェも痛い目に――」

 

「うるさいわ」

 

「――ぐはっ!」

 

 これ以上聞くのも面倒になったワタシは、肩に置いた右手でそのまま相手の横顔を鷲掴みにして、一気に地面に叩きつけた。

 大きな音とともに地面に潰れ、倒れた男は僅かにぴくりと動いたかと思うとそれっきり。動かなくなった男の身体はデータとして崩れ、この場から消失した。

 

「あらあら、力を入れすぎてしまったかしら。これがダイバー死亡時による強制ログアウト、と言うものかしら」

 

「なっ……何のつもりだっ! いきなりあんな事しやがって!」

 

「俺達にたてついて、タダで済むと思ってんじゃんよ! いっそここで――」

 

 残った悪質ダイバー達は今度はワタシに敵意を向けていた。けれど、そんな時に周りからこちらへと向かって来る音が聞こえた。多分ワタシがしたさっきの音が、外にも聞こえていたのだろうかしら。

 

「ここにいるのは、俺たちがまずいぞ」

 

「言われなくても分かっている! ……クソっ!」

 

 悪質ダイバーの男達は苛立った様子をしていたけれど、すぐに諦めたかのようにすると。

 

「――覚えていろ。誰だか知らないが、この借りは必ず返してやる」

 

 そう言い捨てると彼らは足早にここから離れた。同時に、別の方向から騒ぎを聞きつけたダイバーが数人、こっちへと。

 

「大きな音が聞こえたから、ここに来た。……君達大丈夫か? 何が起こったんだ?」

 

 数人の内、代表として一人のダイバーが尋ねた。この問に少年二人は。

 

「ううん、僕達は大丈夫」

 

「この人が助けてくれたから。だからもう平気だよ」

 

「そうか。なら、良かった」

 

 一安心した様子を見せて、他のダイバーにもその事を伝える。そして改めて少年と、ワタシにも視線を向けると。

 

「こうした人気のない所は危ないからな。とにかく、早めにここから離れることだ。……勿論君もだ」

 

「……ええ」

 

 ワタシも一言だけ答えた。そして、本当に心配して来ただけだったダイバーたちはこの場を去った。

 

 

 

 そして、残ったのはワタシと少年、三人だけ。

 

「……」

 

「着ぐるみで誰だか分からないけど、まずは――」

 

「――助けてくれてありがとう!」

 

 結果的にワタシが助けた二人の少年は、息の合う感じでそう言った。二人とも見分けがつかないくらいにそっくりで、前髪にそれぞ左右対称の星のヘアピンをつけた金髪の長いポニーテールの、女の子みたいな容姿の少年。まるで双子みたいだけれど。

 二人の内、右にヘアピンを付けた方の少年がワタシにこう話す。

 

「せっかく助けてくれないと失礼だよね。僕は兄のフィオ!」

 

「そして弟のティオ! 僕達は双子の兄弟なんだ!」

 

 左前髪にヘアピンを付けた……ティオもそう話す。フィオとティオ、兄弟だと言いはしている。そしてティオはワタシに向けて右手を伸ばす。

 

「顔は分からないけどせめて、握手くらいは。それくらいならいいだろ」

 

 向けられた握手の手。けれどそんな、手など。

 

 ――パシッ!

 

 ワタシはティオの手を強く弾いた。そんなもの、握れるわけないじゃない。

 

「別に、ワタシが気分晴らしにしたにすぎないわ。礼になんて及ばない、それよりねぇ?」

 

「……えっ?」

 

「気安く触れないで欲しいわね。

 ワタシはねぇ、大嫌いなのよ。――貴方のようなELダイバーは」

 



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番外編その四 ワタシの想いと、葛藤 その2(Side クロヒナタ)

 アニマルフェスティバルの広場にいたワタシは、着ぐるみ姿のままベンチに座って沈黙する。

 

「……」

 

 あまり何かする気にも起こらない、気分が複雑すぎて。大体、どうして。

 

「どうして……まだ貴方達がワタシについて来ているの」

 

「だってさ、僕達も」

 

「助けられたままじゃ――いられないから」 

 

 ワタシの前にはさっき助けた二人、確かフィオとティオと言ったわね。しつこくワタシに付きまとっていたの。本当、嫌になるわ。

 

「そう言うのいいからワタシの前から消えてよ。フィオならまだしも、ティオ。貴方のような……ELダイバーは大嫌いなのだから」

 

 ELダイバー、GBNにて出現した電子生命体。ではあるけれど……ワタシはその存在が嫌いで堪らないの。

 

「どうして普通のダイバーとELダイバーがそっくりなのか、二人がなぜ双子の兄弟としているのか分からないわ。

 けれど、これ以上ワタシに構わないで頂戴。でないと……」

 

 けど、ELダイバーは嫌いで堪らないけど、この二人……フィオとティオ、人間と電子生命体がどうして兄弟の真似事をしているのか気にもなった。ヒトの感情で言うのならそうね、『好奇心』と言うのかしら。

 

「……けど」

 

 追い返すくらいいつでも出来る。確かに嫌いでだけれど、ようはワタシの気まぐれだわ。ここは少しだけ我慢してあげる。

 

「フィオに、ティオだったわね。

 なら――少しだけ付き合ってもらって良いかしら。GBNには慣れていなくて、ね。……楽しんでみたいのよ」

 

 ワタシの答え、二人はそれを聞いて笑顔になる。

 

〈あはっ、そう来なくっちゃね! でも……〉

 

〈そう言えば名前を聞いていなかったね。君の事、何て言えばいいのかな?〉

 

「――ワタシは」

 

 名前……ワタシの、名前。

 本当は名前なんてない、コピーされた情報の塊でしかない。今まではワタシの元になったムカイ・ヒナタ、もう一人の彼女であると名乗りはしたけれど……もはやワタシにはその資格はない。本当に名無しなのよ。

 でも、あえて名乗るなら。

 

「ワタシは……『クロ』。ただのクロと、呼んでくれて構わないわ」 

 

 ――――

 

 それからワタシ達はアニマルフェスティバルを後にして、別のエリアへと移動しようとしている所だった。

 

〈どこに行くのがいいかな。……やっぱ楽しむならまたイベントをやっているエリアや場所がいいかな、ティオ〉

 

〈フィオの案もいいね! 後さ、ミッションとか受けるのもいいかも。だってGBNと言ったらガンプラバトルって思うし、探せば面白いミッションバトルもあるはずだよ〉

 

〈うーん、迷うな。クロさんはどうしたいかな?〉

 

「……」

 

 ワタシは沈黙していた。

 

〈それにしても、クロさんのダイバー姿……ザフトのパイロットスーツに、ヘルメット。素顔は見せないんだね、どうなっているか気になるけど〉

 

「……」

 

 ティオの言葉に反応する気になれなかった。すると、今度はフィオが代わりにカバーするように話す

 

〈ああっと、もしかして今の気に障ったら、ごめん。触れちゃいけない事だったかもなのに。

 それより……クロさんが使っているガンプラはリーオーなんだね。バインダーガンの剣にクロスボーンガンダムみたいなX型のバックパック、恰好良いよ〉

 

「……それはどうも」

 

 ワタシはガンプラなんて持っていない。今使っているこのリーオーはGBN上に配備されていたリーオーNPDを一機、データを乗っ取って自分のガンプラとして登録したものよ。だってGBNではガンプラがないと不便でしょう? その際外見も元のリーオーに戻し、いくつか武装も取り付けた代物。……けれど。

 

 ――かなり気分が悪いわ。正直目茶苦茶、反吐が出る程に。

 まさか二人が、あんなガンプラを使っているなんて――

 

「褒めて頂いて光栄だけれど、残念ね。ワタシは正直……貴方達のガンプラは大嫌いよ。

 吐き気がする程悪趣味ね…………『コアガンダム』だなんて」

 

〈〈……〉〉

 

 ワタシの言葉に、二人は複雑な態度を見せる。

 

「そのガンプラ、クガ・ヒロトのオリジナルのコアガンダムをモデルにして作ったんでしょう? 本当、最悪だわ」

 

 

 ワタシがリーオーを使っているのに対して、二人が使っているのは、『コアガンダム』。あの男の物とは違って頭はⅩガンダム……だったかしら。それの登場機体、Gビットの頭にバックパックには一対のウィング型のバインダーを装備している。

 ティオとフィオ、二人とも同じガンプラで、色もどちらとも金色。例えモデルにして作ったものだとしても、このワタシの前にまた、コアガンダムなんて……よくも。

 

 ――あれはクガ・ヒロトと、イヴとの忌まわしい思い出の象徴――

 

「――彼女を裏切って、平気で木偶人形ごときとあんな物を作って。……醜くてたまらないわ。プラネッツシステムもそれを作ったクガ・ヒロトも…………大嫌いで、憎いのよ」

 

〈クロさん〉

 

「……」

 

 ここまで話して、自分でもはっとした。落ち着いたワタシは二人に対してこう続ける。

 

「こんな事、貴方達に言ったところで仕方ないのにね。悪い事を言ったわ」

 

〈ううん。クロさんの事、苦しめてしまった僕達も悪いから。知らなかったから、君がコアガンダムをそんなに嫌っているなんて〉

 

「でも……どう? これでワタシの事も今度こそ嫌いになったでしょう。もうワタシに構う事はない、これで――」

 

 だけどおかげでこの二人と別れるきっかけも作れた。誰かと仲良しこよしなんて柄じゃないのよ。これで別れられると、ワタシは自分のリーオーを動かし離れようとしたけれど。

 

〈〈待って!〉〉

 

 二人の乗るコアガンダムは同時に、ワタシのリーオーの片手を掴んで引き留める。

 

「えっ」

 

〈あのさ、やっぱり僕達は放っておけないよ〉

 

〈助けられた借りもそうだけど……クロさんは何だかずっと辛そうな感じだから。だからなおさら、楽しい思いをして貰いたいんだ〉

 

 二人ともそう言う。……けれど、分からない。どうしてフィオとティオはそこまで、ワタシに。

 

「ワタシに、どうして」

 

〈とにかく行こう、クロさん! 悩んでいる事なんて少しの間忘れて……〉

 

〈僕たちといる間は、楽しめるようにするからさ!〉

 

 断っても良かった。むしろ、そうするつもりだったのに。

 どうして……なのだろうか。本当に分からない、理解に苦しむ。

 

 

 

 ――――

 

 それからワタシは二人に連れられてGBNをいくらか巡った。

 街で買い物に付き合ったり、あちこちのエリアの名所を巡って、ちょっとしたイベント事に参加したりで……ティオとフィオは自分達が知っている『楽しい場所』、『楽しい事』をワタシに教えてくれた。

 

 ――本当に色々と、よく知っているものね。それに二人とも楽しそうで――

 

 ワタシに楽しい事を教えようとしてくれる、ティオとフィオ。二人も楽しんでいるみたいだけれどワタシは……そんな風にはなれなかった。楽しいだとか、嬉しいだとか、ワタシにはいまいち分からないまま。

 

 ――けれどワタシは上手く楽しめもしない。ムカイ・ヒナタの事ではない、本当にワタシ自身……自分自身の事で喜んで、楽しむ事なんて――

 

 ワタシはもう一人の『自分』だった――今でも誰より大切な人、ムカイ・ヒナタの為に全てを捧げた。彼女の為に怒り、悲しみ、そして憎んで。ワタシにはその感情ばかりなのだから。今はもう違う。結局彼女のために何一つ出来なくて、失敗して、もう一人の『ムカイ・ヒナタ』としての己である資格を無くして何者でもなくなったとしても。ワタシの在り方は簡単に変わるものではないのだから。

 

 

 

 ――――

 

「ねぇねぇ! こんなのにも乗れたりするんだ!」

 

 そう言ってティオが乗っていたのは、大きな二本足の乗り物。人一人が乗れるくらいの大きさで、多分二、三メートルくらいの全長の、モビルスーツよりもずっと小さい。

 

「これは、何?」

 

 草原の広場では今ティオが乗っているような二足歩行の乗り物をここでは乗り回せるイベントがあるらしく、近くの小屋では乗り物の貸し出しが出来るみたいで、現にティオ以外にも周囲には他のダイバーが乗り者を草原で走らせていた。

 ワタシはあれが何なのか、隣にいるフィオに聞いた。

 

「あれは、ほら……名前までは覚えてないけど、『Gのレコンギスタ』に出て来る二本足の小型機械さ。確か三、四話くらいに出る機体だよ」

 

「ふーん」

 

「クロさんもせっかくだから乗ってみなよ。きっと、楽しいからさ」

 

「フィオの言う通り。モビルスーツと違って風を身体に感じる気持ち、とても良いよ!」

 

「……ワタシは別に」

 

「いいからいいから! 何事も挑戦だよ、クロさん。僕は降りるからさ、ちょっとだけでも乗ってみて!」

 

 二人に半ば無理やり勧められて、ワタシはティオと入れ替わりで二足歩行機へと乗り換える。

 

「どう? クロさん、動かせそう? 何なら僕が教えようか」

 

「……必要ないわ。ELダイバーの助けなど」

 

 例え二人で行動を共にしていると言え、フィオはともかくティオは……ELダイバーへ向けるワタシの気持ちは変わらない。嫌いで憎いままなのだから。

 手なんて借りない。ワタシは一人でも十分なのだから。

 

 ――これは、ガンプラを動かすのとは少し違うわね。でも操作そのものは全然簡単そうだわ。多分……ここを、こうすれば――

 

 操作系統を確認し、ワタシは乗り物を動かす。一歩、二歩。ちゃんと自分で考えて動かして、確実に歩みを進める。

 

「すごいよクロさん。僕よりも早く操作に慣れるなんて」

 

「ふっ、ELダイバーなんかには負けないわ。ワタシにかかればこれくらい」

 

 ちょっとだけ、良い気持ちがした気がする。よく分からないけど、自分で動かせて達成感と風を感じて気持ちが良い、それに単純に……面白い、なんて。

 

「ははっ、クロさん」

 

「……どうしたのよ。そんな笑った顔で、ワタシがおかしいって訳?」

 

 見るとフィオも、ティオもワタシを見て笑顔を見せている。気になって聞くと、二人は。

 

「あのさ、さっきヘルメットのバイザーからクロさんの口元が見えたんだけどさ」

 

「ほんの少しだけど――笑ってたんだ。クロさんもあんな風に笑うんだね!」

 

「なっ!? ……えっ!」

 

 思わない言葉に、頭を強く殴られるようなショックを……驚いてしまったの。その拍子で操作を間違えて、ぐらりと揺れたかと思うとそのまま一気に右横に、二人がいる方へと傾いて倒れる。

 

「危ないわ! 二人ともっ!」

 

「うわわわっと!」

 

 フィオとティオが離れたと同時に、二足歩行機は盛大に転倒した。ワタシもその勢いで草原に投げ出されてしまう。

 

「大丈夫、クロさん! それに……」

 

「くっ……あはははははっ!」

 

 本当なら無様なはずなのに、いつの間にかワタシは大笑いしていた。何だかおかしく思えて、それでつい。

 

 ――変な感覚ね。どうしておかしいのか、分からないのに――

 

「あの、クロさん?」

 

「はは……っ、どうしたの」

 

「その、さっき倒れた拍子でクロさんのヘルメットが、外れて」

 

「!!」

 

 言われてワタシははっとした。投げ出された勢いで、頭に被っていたヘルメットが取れて素顔が露わになっていた事に、今更ながら気づいた。

 ワタシは慌てて傍に転がっていたヘルメットを手に取って被り直す。それから、後ろにいた二人に顔を向ける。

 

「……ワタシの顔、もしかして見たの」

 

 フィオとティオはワタシの質問に、揃って首を横に振る。

 

「ううん! 見てないよ、はっきりは」

 

「後ろ姿と、横顔がちらって見えたくらいだよ。でもちゃんと見えてはいなかったから。……ただ」

 

 見るとティオは、少し頬を赤くして言葉を考えているみたいだった。

 

「どうしたのよ、ティオ? 言いたい事があるなら」

 

「えっと、その……さ。クロさんの素顔、隠す程かなって。だって顔は普通の女の子って言うか……何だか素朴な感じで、可愛い女の子で。なのにどうしてずっと隠そうとしているのか、分からないよ」

 

「……関係ないわ。見たのならすぐ、忘れてしまいなさいな。別に面白い顔でもないでしょうし」

 

 ワタシは立ち上がって、気を取り直すように二人に言った。

 

「まぁ、それなり楽しめたわ。……本当に、ね」

 

 

 

 ――――

 

 ワタシたちはまたGBNを巡った。

 フィオとティオといっしょに、またあちこち。でもそろそろ三人との旅も終わりに近い。

 

「ここが最後の場所になるかな。ローマの遺跡みたいな……ここが」

 

 辺りには石造りの遺跡の街が立ち並ぶエリア。かつて昔の街があった柱や壁の跡、中央には巨大なスタジアムのような物まである。

 

「確かコロセウム、だったっけ。それにそっくりだよ。フィオの家で写真を見た事があるよ」

 

 そう解説するティオ。情報体であるELダイバーでも、現実で行動できる器が……身体があれば現実世界でも活動が可能なのだから。 ある人間が用意したガンプラを基にした身体、『モビルドール』があれば。

 

 ――羨ましいわね。ワタシとは違って、何もかも。ELダイバー……貴方たちは――

 

「……クロさん、雰囲気が怖いけど、何かあったの?」

 

「ううん……何でもないわよ」

 

 フィオからの言葉にワタシはそう答えて胡麻化した。

 

「そう。……なら、いいけど。

 ちなみにあそこのスタジアムでは、ガンプラバトルも出来るみたいなんだって。時間があればしてみたいよね」

 

「……」

 

 僅かに気まずい空気の中、ティオはこんな提案をする。

 

「ねぇフィオ、一旦座ってゆっくりしようよ。別に歩き疲れたわけじゃないけど、少し飽きちゃって。ちょっとだけ」

 

「と言うことだけど、クロさんはどうする? あそこの倒れた柱なんか丁度三人で座れそうだし」

 

「……ワタシは別に構わないわ」

 

 素っ気なく答えるワタシ。こうしてワタシたち三人は、目の前の倒れた柱に並んで座る事になった。

 

「確かに、こうしてただ座って景色を眺めるのも、いいものだよね」

 

「だろ? フィオ。ずっとせわしなくエリアを移動して回っていたから、最後くらいただゆっくりするのも良いさ」

 

「ティオの言いたい事……分かるよ。GBNは現実だと見られない景色ばかりだから。クロさんもそう思うだろ?」

 

「かも……ね」

 

 現実世界、か。この仮想世界ではない、本当の世界。ムカイ・ヒナタの記憶でそれがどんな物なのかは知ってはいる。けれど……ワタシ自身が現実世界を見たことは一度もない。きっとこれからも無いだろう。

 

 ――GBNでさえ、こうして正体を隠し続けている日陰者。ヒトでもELダイバーでもない、まともに存在する事の出来ない異端の存在。ELダイバーでさえ実体を持つ事が出来るのに、ワタシは――

 

 そう思いを巡らせていた時、ふいにティオはこんな事を聞いてきた。

 

「ちなみにクロさんは、リアルではどんな人なの?」

 

「は?」

 

 よりによって、今ワタシにそう聞いてくるなんて。本当にELダイバーは勘がいいわね。……悪い意味で。ワタシは内心苛立つけれど、この場はそれを心の内に留めると。

 

「人にそう聞くなら……貴方たちはどうなの」

 

 逆にワタシは二人に言った。自分の本当の事を言うわけにはいかない、適当な嘘を考えつくまで時間稼ぎでもさせて貰うわ。

 

「うーん、言われて見るとまずは僕達から答えた方が良いかもね」

 

 ティオは一人頷いて納得しているかのようだった。……どうでもいいけど。

 

「リアルでの僕達の事だね。分かった、教えるよ。僕とティオは現実では――」

 

 そうフィオが話そうとした時、彼の傍から着信音のような物がした。

 

「――もしかして、ちょっといいかな」

 

 フィオは慌ててメニュー画面を開いて何か確認しているみたいで。それから、彼はワタシとティオにこう伝えた。

 

「ごめん、二人とも。今彼女から通話が入ってさ、少しだけ外れるよ」

 

 彼からの言葉、ティオはこれを聞いて僅かにしゅんとした表情をしたように見えた。けれど、すぐに笑顔になってフィオに伝えた。

 

「分かった。話が終わるまで僕達はここで待っているよ」

 

「そっか、ありがとう。……しばらくかかるかもだけど、待っていてね」

 

 フィオはそう言い残すと、ここからいくらか離れた岩壁の向こうに消えた。 

 

 

 

 ティオとワタシ、フィオがいなくなって二人きりになっていた。

 よりによってELダイバーと二人きり、猶更気分が悪い。それなりに共に行動をしてきたけれど、だからと言ってワタシのELダイバーに向ける悪感情は変わりはしない。嫌いな物は、嫌いなのだから。

 だから、ティオが戻るまでティオとは会話する気はなかった。向こうだってワタシに話しかける事はないと、思っていたけれど。

 

「……ごめん」

 

 ふいに呟いたティオ。ごめんって、ワタシに言っているのかしら。けれど分からないのなら関わる必要はない、ワタシは無視し続ける事にした。すると彼はワタシに顔を向けて今度は、ちゃんと伝える。

 

「ごめん、クロさん。僕の事……ELダイバーが嫌いなのに、付き合わせてしまって」

 

 やっぱりティオも、自分がワタシに嫌われているとは理解していたみたいね。

 

「構わないわ。ワタシはフィオの頼みで付き合ったに過ぎないのだから。貴方じゃない……貴方なんて」

 

「……」

 

「気にする必要はない、いっそ嫌ってくれても構わないわ。……その方が楽でしょう。

 だからこれ以上ワタシに話しかけないで。フィオの手前言わなかったけれど、そろそろ貴方と過ごすのも我慢の限界なのだから」

 

 ここまで言えばもう話しかけて来ないだろうし、今後関わる気さえ起こさないと思ったから。けれど、ティオは――。

 

「僕が、ELダイバーが大嫌いなのはよく分かるよ。……だけど、それならせめて少し理由を教えて欲しいんだ。

 どうしてか全然よく分からないし、分からないまま嫌われるのは何か……凄く嫌だから」

 

 ティオの想いの告白。誰が、ELダイバーなんかの頼みなんて――そうも思った。だけど彼の言っている事自体も、間違っていないとも思った。

 

「……はぁ」

 

 深いため息をついて、ワタシはさっきからずっと見ようともしなかったティオの方に視線を向ける。

 

「だって、気持ち悪いでしょう。魂なんてありはしないデータの集積物、お人形がヒトの真似事なんてして。……いえ、それだけなら別に構わない。自分達で勝手に真似事でもしていればいいだけだから。最悪なのは――」

 

 こんな事を無関係の相手に言う事になるなんて、でも言うからには最後まで言わせて貰うわ。

 

「ヒトの真似事をして、悪意さえなく平気で本物のヒトにも介入し何もかも目茶苦茶にして行く。大切な物を奪って、苦しめて、無自覚なまま想いを踏み壊す。……ヒト同士の絆に割り込んで自分達ばかり良い思いをする、己が善性と信じて疑わない化け物よ。

 ……他の事なんか知りもしないで良い思いをして、身の程を知らないで。だから嫌いなのよ、憎いのよ。……貴方のようなELダイバーは」

 

 ELダイバーはワタシの大切な人から当たり前のように大事な物を奪った。同じ情報体であるワタシよりもずっと恵まれている上に、更にヒトから幸せを奪うのよ。

 それに、ワタシの言葉を聞いてティオは一人俯く。

 

「クロさんは、そんなに」

 

 しゅんとして、申し訳がないような態度。自分とは関係がないのに、罪悪感を感じているように。

 

「ごめん。よく分からないままだけど、僕たちELダイバーはクロさんに辛いさせてしまった事は分かるから。せめて、ELダイバーとして僕が謝りたいから……だから」

 

「く、くくくっ!」

 

 ――本当に大嫌いだわ、貴方達は!――

 

 あまりの苛立ちで、思わず声がこぼれてしまう。

 

「何謝っているのよ、貴方とは直接関係ないのに。それとも良い子ちゃんのつもり? 自分は純粋で清い存在だって。所詮は薄汚い……木偶人形ごときがっ!!」

 

 

 

 憎しみのあまりワタシは右手でティオの襟首を強く引き掴んで締め付ける。

 

「ううっ……う」

 

 上手く呼吸が出来ない感じで苦しんでいるようなティオ。逆鱗に触れてワタシを、怒らせるからよ。

 

「そう言う所が特に大嫌いなのも分からないの? ELダイバーなんでどいつもこいつも、良いヒトを真似たヒトもどきじゃない。……そうよねぇ、こうすれば本物のヒトから愛情が貰えるものね。貴方たちはずっとそうして思いを横取りし続けていたのよ。本来なら別の誰かに向けられるべき、想いだって」

 

 もう片方の左手でワタシは、ヘルメットに手をかけて外した。ワタシが貰った『ムカイ・ヒナタ』の姿、その顔で直接ティオを睨む。

 

「ワタシの顔を見なさいよ。名前も、姿も何もなかったワタシに……大切な人が与えてくれた、この顔を。とても良い子で、優しい子だったのに…………なのに貴方達ELダイバーはっ!

 やはり許せない、ただでは済まさないわ。貴方たちELダイバーども全員……そしてあの男、クガ・ヒロトも!」

 

「名前も、姿もない……って。もしかしてクロさんは……僕と同じ――」

 

「ふざけないで!」

 

 怒りと憎しみのあまり、なおさら力を込めてティオの襟首を掴む。

 

「このワタシがELダイバーと同じだと言いたいわけ? どこまでワタシを怒らせれば気が済むの。――手始めにティオ、貴方をここで始末しても構わないのよ」

 

 本気でティオの事を消してしまおうとも思った。ELダイバーが憎くて、憎くて堪らなかったから。

 息が絶え絶えなティオ。けれど、それでもまだ何かを言おうとしているみたいだった。ワタシが聞いた、彼の言葉は。

 

 

 

「違う……よ。僕だって名前も……姿もなかったから。僕が……こうしていられるのは兄さんが…………フィオがいてくれたおかげだから」

 

 思いも寄らなくて、分けの分からない一言。思わず襟首を掴んでいた手も放してしまう。

 

「それって、どう言う事?」

 

 ティオは数度咳き込み、それから答えた。

 

「クロさんは気になっている感じだったよね。どうしてELダイバーの僕と、人間のフィオが兄弟として振舞っているのか」

 

 否定はしない。元々、二人と行動にしたのは兄弟として振舞っているヒトと、ELダイバーに興味があったからでもあるの。最もここまで聞く機会もなかったし、半分忘れかけてもいたけれど。

 そしてティオは自分の話を、ワタシに伝える。

 

「僕は去年にGBNで生まれたんだ。あの夜の星空の下、花畑のエリアで。多分他のELダイバーと同じように。けれど……僕の身体は不安定だった。身体を構成する情報は一つの情報体として定まる事がなくて、放っておけばまた霧散して元の無数の、ただの情報に逆戻りする寸前だったんだ。

 そんな時――フィオがエリアにやって来てた。興味本位かもだけど、崩れそうな僕に触れてくれた。おかげでフィオの情報を取り込んで僕は、彼そっくりの身体を得る事が出来たんだよ」

 

「そう言う……事」

 

 例えELダイバーとしてでも、ティオもワタシと同様に不完全な存在として誕生した。そして同じくヒトに救われて存在を得た事も……そっくりだった。

 

「生まれて初めて出会ったのがフィオ。いきなりの事で彼も驚いていた、けれど僕の姿を見て嬉しそうに抱きついて来たんだ。――『GBNで僕の弟が出来たんだ』って」

 

「弟、ねぇ。フィオの方からと言うわけ」

 

「フィオはリアルではずっと一人っ子で、弟が欲しいって憧れていたらしくて。だから僕に出会えて嬉しいって……僕も必要とされて、嬉しかったし。

 それからだったんだ。僕とフィオは兄弟としてGBNで過ごして、リアルでもフィオは僕の身元引受人として傍に置いてくれもしてくれた。僕にとって……誰より大切な人なんだ」

 

 そんな所もワタシに似ていた。ええ、悔しいけれど似ているわ。――けれど。

 

「はっ! 止めてよねそんな事。大切な人とはよく言うわ、どうせ貴方はフィオの事を独占しているだけよ。ああもずっと彼と一緒にいて……結局の所あのELダイバーと、『彼女』と同じよ。彼の心を奪って独り占めにして、リアルで想ってくれるはずの相手から引き離して……っ」

 

「悪いけどクロさん、僕の場合はその逆だよ」

 

 ティオの顔は寂しそうに、微笑みも見せていた。逆って、どう言う意味よ。

 

「フィオが今通話で話しているいるだろ。あれは……フィオの同級生の女の子なんだ。リアルでも特に仲が良い友達で、最近はGBNも始めて、よく連絡とり合ったり一緒に遊んだりしてもいる。

 僕も二人の事を見守っているんだよ。今はまだ友達くらいみたいだけど、きっといつか……友達よりもっと大切な人に、なるって思うから」

 

「……ティオは」

 

「だから僕は、応援している。フィオ――兄さんから弟として大切に想われているのは変らないから。兄さんはその子の事も好きだから、僕とはまた別の特別なヒトだからさ」

 

 ――正直、想定外だった。フィオがあんな想いでいたなんて。それに……ね。

 

「……ワタシには分からないわ。どうして、そう思えるのか」

 

「僕はティオに助けてもらった、弟として大切にしてもらって、愛されているから。だから――」

 

「そういう事じゃないわよ」

 

 忌々しいわね、とても。ワタシは言葉を続ける。

 

「ティオの言う愛って一体、何だって言うの? 

 愛は……自分にとって大切な、ただ一人に向けられるものでしょう? そうじゃない。それ以外の想いなんて……価値なんて」 

 

 今の話だとフィオが一番に想っているのはその女の子。なのにティオはそれを応援していると言う。例え大切にされていると言っても、そんなのはまやかしよ。

 ――反吐が出るわ。こんなのムカイ・ヒナタと同じじゃない。例えもっと親密な……『恋人同士』になれたとしてもクガ・ヒロトの心にはまだあのELダイバーが……イヴの事があるに決まっている。

 あの戦いでクガ・ヒロトはワタシに、ムカイ・ヒナタの事を今は一番大切に想っていると言いはした。でも、ワタシには信じられはしなかった。今、ムカイ・ヒナタは幸せで、想いだって報われてはいる。だからそのままでも良いとも僅かに思いはしたけれど、クガ・ヒロトはどうなの。イヴの事がありながら一方でムカイ・ヒナタに対してもだなんて、彼の想いは――信用できない。

 

 

 

 思いを巡らしながらワタシの心の内が苦しくなる。でも、ティオはさっきの言葉を聞いて小さく微笑みを向けた。それから、一言。 

 

「クロさんは、きっと純粋なんだね」

 

「……は?」

 

 本当に意味が分からない、理解出来ない。ティオの考えも、それにワタシが純粋だって言ったさっきの言葉も。

 

「クロさんもそんな顔をするんだ。当たり前に驚いて、今は普通の女の子みたいだよ」

 

「何を……言うの、よけいな事を」

 

 ワタシの混乱をよそに、彼はさっきの問いに答える。

 

「僕はELダイバーだから、実際にヒトについてはまだ分かっていないかもしれない。あくまで僕の考えだけれど……ヒトの心はそんな単純じゃないよ。もっと複雑で、色々あるものなんだって思うんだ」

 

「ヒトの心は、単純じゃないですって?」

 

 ティオは頷く。

 

「そうだよ、クロさん。好きだって想いも色々だよ。誰か一人を強く想うのは勿論だけど、後で何かのきっかけでそれが変化したり……他の人にだって同じか、それ以上に想いを向ける事もあるんだ。好きにしても男女とか以外にも友人愛だとか家族愛だとか様々だし、そんな沢山の『好き』も両立するんだよ。

 どの好きだって本物だし、それに――」

 

 ワタシに対して伝えたいように、顔を真っすぐ見つめて……彼は。

 

「例え前に好きになった人がいて、それから離れてしまって別の人を好きになったとしても間違いじゃないと思う。前の好きな人の事が心にあるとしても、今好きでいる人を蔑ろになんてしてない。思い出として大切にしながら、一緒にいる今の相手も特別に思える……それだって『ヒト』だよ」

 

「好きにも色々、どれも……本物」

 

 一応は同じ情報体として、それに境遇も少し似ているティオの考え。ワタシとは違う、考え。

 

「そんなのは詭弁よ、認めないわ」

 

「あくまで僕の考えだよ。ただ……そうした考えがあるのは、知って欲しかったから」

 

「下らない。知ったからと言って――ワタシは」

 

 

 

 ――――

 

「ごめん二人とも、通話が長くかかって」

 

 ワタシ達がそう話していた所に、ようやく通話を終えたフィオが戻って来た。

 

「あっ、兄さんお帰り」

 

「ただいまティオ。どうやら僕がいない間、クロさんと話していたのかな。ねぇクロさん……あれ?」

 

 フィオはワタシを見てきょとんとした顔をしている。

 

「クロさん、頭のヘルメットを外してどうしたんだい? 何かあったの?」

 

「……!」

 

 そうだった。頭のヘルメットを、ワタシは外したままだったわ。

 

「でも、その素顔……やっぱり綺麗だよ。全然隠す必要はないのに、どうして」

 

「クロさんと話していたら、見せてくれたんだ。話では確か――」

 

「ティオ」

 

 ティオが余計な事を話す前に、ワタシは制止した。

 

「悪いけれどさっきの話は、二人だけの秘密の話よ。ねぇ……ティオ」

 

 さっきまでの話は二人だけの秘密だと。ワタシは彼に釘をさす。この事にティオも察したように。

 

「ごめん兄さん、クロさんとの秘密なんだ。ちょっと内緒の話って言うか」

 

「うーん、そう言う事なら仕方ないかな」

 

 そんな風に話すフィオとティオ。ワタシは――ヘルメットを手に取って席を立つ。そして二人に対してこう伝える。

 

「さて、と。じゃあワタシはそろそろ失礼するわ。色々と楽しかったし、話が出来て……良かったわよ」

 

 ここらでもう潮時だと。ワタシは別れを告げた。

 

「そう。クロさんが少しでもいい気持ちになれたら、僕たちも嬉しいよ。だろ、ティオ」

 

「……うん」

 

 フィオはそう言って、ティオも同意を示すように頷く。

 

「フィオも……そしてティオも、じゃあね」

 

 ワタシは軽く手を振って、二人から離れて去ろうとした。……すると後ろから、声が。

 

「クロさん!」

 

 振り向くと、呼び止めたのはティオだった。

 

「ティオ、どうしたんだい?」

 

「……」

 

 横にいたフィオは驚いたように。ワタシは――黙って。ティオはそれに構わないで、こう続けた。

 

「クロさん、君も色々と思う所はあるかもだけどさ。また――会えないかな。

 またいっしょに過ごせればって思うし、話だって……続きがしたいから」

 

「貴方は――」

 

 よくそんな事をワタシに言える。ELダイバーなど嫌いだって言うのに、それにさっきワタシがティオに言った事、した事を受けてもまだ……ああ言うの。

 

 ――本当に、ELダイバーは――

 

 心底うんざりするし、嫌になる。そうどこまでも綺麗な所も。――本当は分かっている、彼女ら、彼らには悪意なんてない事くらい。……ワタシとは違って。

 だからこそ余計に大嫌いなのよ。分かり合う気なんてない――けれど。

 

 

「ええ。もし機会があれば……ね、ティオ」

 

 つい、ワタシはこう返してしまったの。……おかしいかもしれないけれど。

 

 

 

 ――――

 

 一人、自分の乗機であるリーオーに乗り、GBNの空を飛行する。

 

「はぁ……っ」

 

 ヘルメットは外したまま。ワタシは大きく息を吐き、後ろにもたれかかる。

 

 ――どうすればいいの、ワタシは――

 

 クガ・ヒロトに敗れてから、それから彼とムカイ・ヒナタの仲が上手く行って、一度はそれで彼女が幸せならと、ただ見守ろうとも考えた。……けれどやはり認められない、許せない。

 行き場のないその怒り、憎しみ。けれどどうするにしても中途半端な気持ち。あの時には迷わずムカイ・ヒナタのために、クガ・ヒロトら憎むべき存在に対しての復讐を実行出来た。なのに今は……こうして、憎む相手の一つであるELダイバーとも慣れ合って。

 

 ――忌々しいったらないわ。だけど、どうしてか――

 

「ふ――」

 

 自分でもどうかしていると分かっていても、それでもティオとフィオといた時間……悪くはなかった部分もあると感じてしまった。ワタシがこうも思う心が、まだあっただなんて。

 

 

 傍に置いたヘルメット。ワタシはおもむろに両手でとって眺める。

 

 ――今は少しだけそっくりね、貴方に――

 

 ヘルメットのバイザーに映っているのは、うっすら微笑んでいるムカイ・ヒナタの……いいえ、その姿をコピーしたワタシの顔。けれど、不思議と見ていると、自分にはあるはずもない心が穏やかになるような。

 そんな風に、思っていると。

 

 

「――えっ?」

 

 

 ヘルメットを持ってワタシの手が、一瞬画像乱れのように、一部黒いノイズのようになってブレたのが見えた。

 

 これは……まさか。

 



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番外編その五 家でゆっくり、二人の時間

 いつも通りの一日。

 学校に行って、授業を受けて友達と話したり。学校が終わったら大切な幼なじみで――恋人のヒロトと一緒に帰るの。

 でもね……今日は。

 

「来てくれて嬉しいよヒナタ。今日は家で、ゆっくりしてくれ」

 

「うん。私も、家に誘ってくれてありがとうね」

 

 私たちの暮らすアパート、自分が暮らす部屋のお隣……ヒロト達一家が暮らしている部屋に遊びに来たんだ。こうして家に遊びに来るの、前にも何度もあったけれど。

 

「それじゃ、お邪魔するね」

 

「ああ。父さんも母さんも出かけているから、だからその間は……二人だけで過ごそう」

 

 

 

 ――――

 

 私とヒロトしかいない、このリビング。ソファーに座って周りを見回すと……見慣れた部屋の景色。カーテンの隙間からは夕暮れの、オレンジ色に彩られた景色が見えるんだ。

 

「静かだね。でも、良いな。何もしないでこうしてただ部屋で二人きりなだけでも、好きだよ」

 

 今は私たち二人だけ。そんな事は今までもあったけれど、でも――改めて良いって。

 

「ああ。ヒナタと二人で、こうして」

 

「……あっ」

 

 ヒロトはソファーに座っている私の後ろから、両手を肩に乗せて軽く抱きよせる。振り向くと、後ろの彼は嬉し気な、照れてもいるみたいな顔で微笑んで。

 

「ちょっとだけこう言うの、どうだろうか」

 

 座っている私に、後ろからの抱擁。多分……幼馴染みだった頃にはこんな事、なかったよね。ヒロトからのスキンシップについ顔がほころんで。

 

「とても素敵だよ。何だろ、ヒロトと家で過ごすのは当たり前だけど、ドキドキしちゃうな。ねぇ……」

 

「うん?」

 

「あのね。一緒になってすぐだけど、こうされると私、我慢できなくなっちゃって。…………しよう」

 

 私からの告白、するとこれを聞いたヒロトは顔を急に赤くする。

 

「しよう……って、えっ?」

 

 どうしてか急にしどろもどろなヒロト、私はそんな彼にこう続けるの。

 

「しよう……キス。せっかくだからって」

 

「あはは。……そう…………だよな」

 

 変なの。ヒロトってばあんな風に慌てて。でも……。

 

「キス、か。もちろんいいよ。いつだって、大歓迎だ」

 

 そう言うと彼はゆっくり、私に顔を近づけてくれる。……嬉しいな、私もヒロトに近づいてキスしようって。だけど。

 

 

 ……グー

 

 

「あれ?」

 

 そんな時にお腹の鳴る音がしたんだ。見るとヒロトは恥ずかしそうに俯いて、苦笑いを。

 

「ごめん。ついお腹が減って、お腹が鳴ってしまった。……かなり恥ずかしいな」

 

「あはは、やっぱりヒロトだったんだ。少しびっくりしちゃった」

 

 いきなりの事に私もついおかしくてくすりとしてしまう。

 

「せっかく良い所だったのに、何だかごめんな。改めて続きを――」

 

「――大丈夫。それよりお腹が減っているんだったら、先にご飯にしない? 実は私もお腹がペコペコで……キスは後でも出来るから、そうしよう?」

 

 私からの提案。ヒロトはちょっと考えこんで、そして。

 

「そうだな。なら、それにしようか。今日は親もバタバタしていて、冷凍食品くらいなら今から用意するよ」

 

「待って! せっかく私が来たんだから、私がヒロトの分もご飯を作るよ。……作りたいんだ」

 

 やっぱりご飯は手作りがいいよね。これまでだって何度もヒロトの家で作ったりもしているし、全然慣れてるもん。

 それにカフェのアルバイトもしているから、料理、自信があるんだから。

 

 

 

 ――――

 

 家のキッチンで、私は二人分の料理を作るんだ。

 二人って言うのはもちろん私と、ヒロトと。作る料理はオムライス! ケチャップで味付けしたチキンライスの上からとろふわのオムレツを乗せたおいしいの。

 

「~♪」

 

 鼻歌まじりで私は料理を作っている。料理は楽しいし、向こうで待ってくれてるヒロトのために、とびきり美味しいのを作らないとって。

 

「調子はどう、ヒナタ?」

 

 そう思っていると、ヒロトが私の所にやって来たんだ。

 

「あっ、待っていても良かったのに」

 

「様子が気になってさ。それに、とても良い匂いもするから、待ちきれなくて」

 

「そう言ってくれると、ふふっ、嬉しいよ」

 

 今はフライパン片手にご飯を炒めている所。ヒロトはそんな私の脇から料理している様子を眺めて来る。

 

「ヒナタが作っているのは、チキンライスかい?」

 

「うーん、惜しい! 正解は……オムライスなの。そこに卵がいくらか置いているでしょ、チキンライスの後はそのまま卵でふわふわのオムレツを作って乗っけるの。

 だからもう少し待ってて。オムレツも、ただ卵を焼くだけじゃなくて隠し味を入れようとも思ってるから」

 

「オムライスか! ヒナタのオムライス、どんな風に美味しいのか楽しみだ」

 

「ありがと、ヒロト。楽しみにしててね。あともう少しで出来ると思うから」

 

 ヒロトも待っているし早く作らないとね。私は改めて料理に……だけど、こうしていると。ついある事を思ってしまう。

 

「ねぇ……。家の中で二人で、こうして。まるで……」

 

「まるで?」

 

 つい思った事。ヒロトがそう聞くのを、私は自分でもどぎまぎしつつ答えたの。

 

「うん。まるで私が、ヒロトの奥さんになったような、そんな感じみたいだって、ね」

 

 こうして彼の所で料理を作るの、初めてって訳じゃないけど。でも私はついそんな風に思ったんだ。

 

「ヒナタが俺の……か」

 

 ヒロトは少しだけ驚いたみたいに、だけど嬉しく思ってくれているような表情で、軽く微笑みかけてこう話したんだ。

 

「それはとても、いいな。ヒナタはきっと……良い奥さんになれるって思うから」

 

 そんな彼からの言葉。思わず、私も。

 

「うん! まだ早い話かもだけど、とても――良いよね。

 そのうち、いつか。だって恋人にもなれたんだもん、だから順番に行ったら…………」

 

 ――あれっ?――

 

 そこまで言って私ははっと我にかえったの。いつの間にか、自分でもとんでもない事を言ってしまってたって。

 

「あ……あはは。私ってばつい、変な事を話しちゃったね。

 その、えっと、いきなりだし……ヒロトも私もまだ高校生で本当に気が早いのに。でもやっぱりいつかはって…………ああっ、何話しているんだろ」

 

 途端に凄く恥ずかしくなって、私はつい胡麻化そうとするけれど、でもこんがらがって上手くいかない感じで。

 

「大丈夫だから落ち着いた方がいい。料理中にそうしていると、怪我するかもだから」

 

「っと……そうだね、ごめんね」

 

 おかげでいくらか落ち着けた。私はまた料理に意識を戻す。

 

 ――ちゃんとしないとね、美味しい料理を作るんだから――

 

「じゃあ、私はオムライスの続きをするから、後は任せて」

 

「了解だ、ヒナタ。……あっ、でもそうだ」

 

 そう言うとヒロトはキッチンの流しの所へと。

 

「どうかした?」

 

「あのさ、良ければヒナタが料理で使ったまな板や包丁、容器だとか先に洗っていてもいいかな?」

 

「……いいの? 嬉しい! ならお願いしようかな」

 

 ヒロトの心配り、私は笑顔で答えたんだ。

 

「任せて欲しい。――俺も、将来ヒナタの良い旦那さんになるなら、これくらい出来た方がいいから」

 

 

 

「うんうん。私の旦那さんに……って、えっ!?」

 

 私はそんなヒロトに、またドキッとしたんだ。  

 

 

 

 ――――

 

 私が腕によりをかけて、愛情込めて作ったオムライス。

 あれからオムライスを一緒に食べて、ちょっと早い夕食に。私の作った料理、ヒロトも美味しいって凄く喜んでくれて、とても幸せに感じたな。テーブルで二人、向かい合わせで食事するのも……素敵だって。

 

 

 食べ終わったら一緒に片づけをして、今は――

 

「どう? 最近俺が作ったガンプラ……せっかくだから見て欲しいなって」

 

 今、私はヒロトの部屋で彼からガンプラを見せてもらっている

所なんだ。

 

「やっぱりガンプラを作るの、上手だね」

 

「そう言ってくれるとうれしい。……昔からずっと好きだったから、ガンプラ。好きだからこそ、こうしてやって来れたんだ」

 

「えっと、このガンプラは『ガンダムОО』のガンダムクアンタ、って言うんだっけ。肩についている剣も、ガンプラのスタイルもすらっとして恰好良くて、青と白の色の感じも綺麗だよね」

 

 ヒロトが作ったガンダム、名前はそれで合っていたよね。

 

「正解だ。ヒナタももう随分とガンダムに詳しくなったな。宇宙世紀の作品だけじゃなくて、アナザーのガンダム作品までよく知っている感じで」

 

「ふふん、おかげさまでね。ヒロトと一緒に、こうしているから」

 

 ガンダムが好きな私のヒロト。一緒にいると私だって色々、もっと分かるようになってくるんだ。

 でも、このガンプラ……ヒロトの作ったガンダムクアンタは。

 

「だけど、私が見たのよりもずっと青の色が深くて、ディティールも細かいよね。……あとデカールだったかな、それもガンプラに綺麗に貼っているから」

 

 彼のガンダムクアンタは、色々手を加えていて……まるで精巧なフィギュアと言うか、普通のプラモデルとは思えないくらい。

 

「ありがとう。今回作ったクアンタ、完成度を高める感じで作った。……学校とかもあるから、数週間かかったけど俺も満足した出来なんだ」

 

 自分でも、満足そうにクアンタを眺めているヒロト。それから何気なく手に取ると、部屋の空いている棚に、剣を構えるようなポーズにして飾った。

 

「――これでよし、と。どう? 恰好良く決まっているか?」

 

 そんな風に聞くヒロト、私はうんって頷いた。

 

「うんうん、とても良いよ、ヒロト。あと、ガンプラとは違うんだけど、それ……」

 

 さっき置いたガンダムクアンタ、その横に置いてあるものを指さして彼にたずねた。ヒロトもそれを見て、にこやかな顔で応えてくれる。

 

「ああ。……そう言えばこれも新しくこれも撮って、飾ったんだ。良い感じに二人で撮れていると思うけど、どう?」

 

 置いてあったのは写真立てに入れて飾ってある、写真。

 私とヒロト、この前エルドラに行った時、フレディさんと綺麗な花畑に行った時の写真。花畑を背景に私達二人で手をつないで笑い合っている写真があったんだ。

 

「あの時の写真、撮って飾ってくれているんだ」

 

「俺は結構気に入っているんだ。もちろん他の写真だって、素敵だって思っている」

 

 部屋には他にも……ヒロトに貰ったばかりの髪留めをつけて街にデートに行った時、照れ笑いを浮かべている私と、それに彼とのツーショット。後、GBNで彼が宇宙ステーションの新エリアで花火のサプライズを見せてくれた時に二人でいた写真だとか、私とヒロトとの写真がいくつも、新しく部屋に置いてあるんだ。

 イヴさんとの写真もそのままだけど、それでも私との写真もこうして飾ってあるの、ちゃんと私の事も特別に想ってくれてるって分かるから。

 ……だから

 

「――素敵だって私も思うよ。今更だけど、私との写真も飾ってくれて、ありがとうね」

 

「礼には及ばない。だって、俺がこうしたかっただけだから。でも……ありがとうって言ってくれると、嬉しい」

 

 こう言って嬉しそうにはにかむヒロト。そんな彼の事も、私は……好きなんだ。

 

 

 

 ―――― 

 

「――それじゃあ、今日はとても楽しかったよ」

 

「俺の方こそ。でも、もう帰るのか? あと少しいても大丈夫なのに」

 

「ううん、本当はそうしたいけど、明日部活があるから、早めに眠りたいんだ」

 

 ヒロトと一緒の時間を、家でしばらく過ごした私。でもそろそろここまでかな。

 玄関先で見送ってくれる彼、私はちょっと寂しいけど、それでも笑ってこたえるの。

 

「そう言うことなら仕方ないな。……じゃあ、ヒナタ。明日また」

 

 別れの言葉。私も、こう返事を返した。 

 

「うん! 明日もまたね、ヒロト!」

 

 別れは寂しいけど、また一緒になれるから。今日はさよならだけど、明日――またヒロトと。

 

 

 

 

 そうして家を出て、私は自分の家に帰ったんだ。まぁ……帰ったって言ってもお隣だから、すぐそこだけどね。

 夕食はヒロトと食べたから、後はシャワーを浴びて着替えて歯を磨いて、後はもうベッドに入るだけで。

 

「……うーん!」

 

 寝間着に着替えて、私は軽く背伸び。身体がリラックスしたって感じると少し欠伸が出て眠たくなるんだ。

 

 ――やっぱり、眠いな。もうそろそろ――

 

 もう眠ろうかなって、私はベッドに軽く腰を下ろす。だけどそのまま横になろうとした時、ふと今日の事に思いをはせる。

 

 ――ヒロトの家で二人だけで過ごしたの、良かったな――

 

 二人っきりでいられて楽しかった。彼とも親密に過ごせて、互いに想いが通じ合えもしたから。ヒロトと過ごした時間、本当に楽しかったな。見せてくれたガンプラも恰好良かったし。

 

「私も……今度遊びに行ったらガンプラ、一緒に作りたいな」

 

 一人そんな事も呟いてしまう。それだけ充実した彼との時間。

 

 ――こうして一緒に過ごすのは幼馴染の時もよくあって、恋人になってからも過ごし方はあまり大きく変わったわけじゃないけど。でもね――

 

 ただ、彼の私に対する態度や言葉……部屋に写真も飾ってくれた事だって、前よりも距離が近くて私を、もう幼馴染だけじゃない特別に想ってくれると分かるから。それが――幸せで。

 だって私がキスしようって言った時も、ヒロトは全然大丈夫そうに受け入れてくれたもん。お腹が鳴って途中でやめちゃったけど。

 

 ――あっ――

 

 私はふいに、ある事を思い出した。

 

「キス……。結局今日は、出来ずに終わっちゃった」

 

 思い出してちょびっとだけ残念に思った。だけど、すぐにそんな思いはどこかに行って、にこっと明るい気持ちに変わるの。

 

 ――でも、いいかな。その代わりまたヒロトに会ったら……もっと甘えよう。もちろんキスだって、ね――

 

 だって、いくらだって大丈夫。もう私は自分の気持ちを素直に言えるんだから。

 そうと決まったら、もう眠ろう。ぐっすり眠って、またいつものように元気に……ヒロトと会うんだ。

 

 



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番外編その六 私達のドキドキ、ワクワクな宿泊旅行 その1

 

 今日は休みで時間があるから、街に買い物に出ていたんだ。

 

 ――えっと、後は何を買おうかな。野菜は買ったし、そうだ……洗剤が切れそうだからまた店に行って――

 

 手にぶらさげている買い物かごには色々と入っていて、それに……今私が手に持っている一枚の券。これは買い物をした時について来たもので、店の人の話では街でくじ引き大会をやっていてそれに使うみたいなの。

 左腕に買い物かごをぶらさげて、右手に持っているくじ引き券をひらひらさせて眺めながら、ちょっと考え事。

 

 ――くじ引きか、何だかワクワクだよね。せっかくだからやってみたいけど、えっと、どこでやっているのかな――

 

 こんな風に思っていると、通りの横でちょっとした人だかりと行列が出来ているのが見えた。

 

「あれって」

 

 人が集まっているのは小さなテント。集まっている人の隙間から見えるのはぐるぐる回すくじと並んでいる商品、くじ引きの係員の人が見えたんだ。

 

 ――やっぱりあそこでくじ引きをしてるんだ。……うん!――

 

 私は一人うんと頷いて、手にしているくじ引き券をたなびかせて……行列へと向かうんだ。

 

 

 

 ――――

 

 列に並んで私は順番を待つの。前の人が次々とくじを引いて一喜一憂しているのを眺めながら、ドキドキ緊張しながら自分の番を待つの。そして……ようやく。

 

「やぁ、嬢ちゃん。君もくじ引きだね?」

 

 ようやく来た私の番。目の前にはくじ引きのガラガラ……あの回して玉が出るのが置いてあったんだ。

 

 ――くじ引きは一回だけ回せるのかな。景品はどんな感じのがあるんだろう――

 

 そんな風に思っていると、くじ引きの係のお兄さんが気さくに声をかけて来た。

 

「ほう、景品が気になるかい」

 

「うん。何だか色々、あるみたいですね」

 

「……外れの景品はあそこに積まれたティッシュと飴、当たりは商品券だったり電化製品、そこの掃除機やテレビとかだな。そして一等賞は――」

 

 お兄さんはテント奥にかけてある大きな写真を指し示したんだ。それは綺麗な森の中にたたずむ和風の雰囲気がある旅館の写真。

 

「一等賞はあの高級旅館への旅行、宿泊券だ。自然の中で静かな一時、料理も美味しいし旅館の少し下に降りれば有名な温泉街がある。

 きっと、最高の思い出になるだろうな」

 

 ――旅行……か。とっても素敵かも――

 

 私はそんな憧れを感じてしまう。

 

「さて、と。じゃあ早速引いてみるかい? 良い景品が当たればいいな」

 

 あっと、そうだった。ここまで来たんだもん、くじ引きを引かないとだよね。

 

 ――でもたった一枚だけ、良いのが当たる可能性は低いかのだけど、夢を見るくらいいいよね――

 

 そんな風に思いながら私はガラガラの取ってを掴んだ。こう言うのって本当にワクワクするよね。胸を高鳴らせながら私は、思いっきりガラガラを回したんだ。

 音を立てながらガラガラは回って、そして……一個の小さな玉が転がり出て来た。

 

「――これは!」

 

「……えっ?」

 

 転がって出て来た玉は、綺麗な金色をした玉だった。これって……もしかして。

 

「おめでとう嬢ちゃん! 大当たり、特賞の旅行、宿泊券二人分は君のものだ!」

 

 これを聞いて周りの人たちも大きく騒めく感じ。私も、いきなりこんな事になって驚いて茫然としちゃっている。

 

「宿泊券、たしかに欲しいって思ってたけど、本当に当たっちゃうなんて。信じられないよ」

 

 だけど思いがけず素敵な景品が当たって、やっぱりとても嬉しい。……けど、ちょっと待って。

 

「あの……」

 

「おや、どうかしたかい?」

 

「当たった旅行券と宿泊券、たしか二人分だって……そう、言いました?」

 

 私の問いに、お兄さんは笑顔で答えてくれる。

 

「その通り! それぞれ二人分だ。

 君の他にももう一人、誰かと一緒に行けるってわけだ。家族の誰かなり、それとも他に特別な相手がいるのなら、な」

 

「特別な、相手と」

 

 一緒に旅行、か。そんな風にしたい人は――もちろん。

 

 

 

 ――――

 

「……もしもし」

 

 くじ引きで当たった二人分の旅行券、宿泊券を持って、私は電話をかけるんだ。出てくれるといいけど。

 

〈どうかしたかい、ヒナタ〉

 

「あっ、ヒロト、出てくれたんだ!」

 

 電話を掛けたのは私の彼……ヒロト。

 

〈いきなりの電話で少しびっくりだけど、何かあった? 電話越しでよければ聞くよ〉

 

「ありがとう。……実はね、さっき街でくじ引きがあったから私、引いて来た所なんだ」

 

〈うん、それは良かったな。もしかして良い景品でも当たったのか?〉

 

 ヒロトからの言葉に、私は明るくこたえた。

 

「そうなんだ! 実はくじ引きで当たったのは素敵な旅館への宿泊券と、旅行券を貰ったの。

 しかも……二人分、当たったんだよ。だから――」

 

 でも改めて言おうとするとドキドキだよ。

 二人で……一緒に旅行に出掛けようって。ただ後はそう言うだけなのに、なかなか上手く言えないな。だってこんなの、初めてな感じだから。だけど誘うからにはちゃんと言わないと。

 

「だから――もし良かったら、一緒にどうかなって。二人で旅行に出かけるの、今度連休もあるから良いかもしれないから」

 

〈旅行、か〉

 

「あっ、でも旅行先はここみたいに沢山物があるわけじゃなくて、多分GBNをプレイする環境もない感じだから、数日間出来ないかも。それに他に用事があるかもだし……もし本当に、良ければ」

 

 ヒロトと旅行だなんて夢みたいだけど、彼の方はどうかなって。私の言葉に対する答えは。

 

〈連休には他に用事もないから、もちろん構わない。……旅行か。こうしたのは初めてな気がするから、もし行けるの俺も楽しみだって思う〉

 

「――!」

 

 良かった、彼がOKしてくれて。これで一安心だね。

 

「ありがとう。なら次の休み、一緒に出掛けよう。ふふっ、楽しみだよ」

 

 ちゃんと約束も取り付ける事も出来た。後は、その日まで待つだけだね。

 

 ――本当に楽しみ。ヒロトと遠い所まで旅行だなんて。……良い思い出、作りたいな――

 

 

 

 ――――

 ――

 

 

 約束通り、数日後……。

 

「うんしょ……っと」

 

 部屋でトランクケースの中に持って行く物を積み込んで、出かける準備を済ませている所。

 

 ――これで全部かな。歯ブラシやカメラ、服の着替えもばっちり。これで大丈夫――

 

 中にちゃんと物が揃っているのを確認して私は、トランクケースを閉じる。そのままトランクを手にして早速、部屋から出てお母さんに声をかけるんだ。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 

 ここに帰って来られるのは数日後。ちょっと名残惜しくて寂しく思ってしまうけれど、でもこれからとっても楽しい時間が待っているから。

 挨拶をして、私は家を出た。そしてそのままヒロトの家に。

 

 ――あっちはどうかな。準備が済んでいるといいけど――

 

 そう思いながらインターホンを鳴らして待つんだ。するとすぐに向こうからやってくる音が聞こえて。

 

「おはよう。今ちょうど、俺も準備が終わった所だったんだ」

 

 インターホンを鳴らして出て来たのは、私と同じように外出着姿でトランクケースを手に持ったヒロト。何だか彼もワクワクしているような、楽しみみたいな感じの様子をしている。でも、ちょっと寝ぼけてもいるみたいで。

 

「ははっ、俺も今日が楽しみでさ、昨日はあまり寝れなかったんだ。

 遠くまでヒナタと二人で旅行、とても面白そうだって思うから」

 

 私も、これに笑顔でこたえる。

 

「だね、ヒロト。それじゃあ早速――行こう!」

 

 どっちも出かける準備は満タンだね。さーてと、せっかくのお出かけ、楽しんでいこう!

 

 

 

 ――――

 

 私達はトランクケースを片手に、街の駅へと。そしてそこから新幹線に乗って今は。

 

「景色が……こんなに早く流れて。見て見てヒロト!」

 

 次から次へと、傍の車窓から流れる町や山の景色。私は興奮気味で隣に座っているヒロトに声をかける。彼も車窓に視線を向けて、私に。

 

「本当だな。やっぱり新幹線は普通の電車より、ずっと早い。GBNならともかく、リアルでこんなにスピードが出る乗り物、凄いと思う」

 

「だよね。GBNを始めてからちょっと忘れていたけど、こう言うのも凄いよね。

 ……新幹線、最後に乗ったのはいつだったかな。こう乗っているだけでも新鮮と言うか、楽しいよ」

 

「その気持ち、俺も分かる」

 

 私も、ヒロトも、新幹線に乗る事だって慣れていないから。だから楽しいんだ。

 

「さて、と。じゃあこれから目的地になる旅館に行くわけだけど……」

 

 私はこんな時のために用意した地図を出して、前に広げた。そこには私達が暮らす街と、これから向かう旅館がある町までの範囲の広さの事が記されていて、私とヒロトは一緒にそれを眺めるの。

 

「私達が行く場所って、別の県の……それに山の中にあるんだよね」

 

「地図で見るとその通りだ。にしても、それなりに離れてもいるな。普段だと絶対に行かないような場所だ」

 

「あはは、だよねぇ。でもここは旅行地として有名なんだって。綺麗な自然と、温泉街には色んな店や温泉があったりで、それに旅館だってとても良いって評判なんだよ」

 

「それはなおさら、楽しみだな」

 

 うんうん。楽しみなのはその通りだよね。でも……ちょっと。

 

「でも。地図で見ると行くまでが大変だよね。新幹線で駅まで、そこから地元の電車に乗り換えて町に行って、途中またバスに乗って旅館にだから。

 調べたんだけどこうした乗り継ぎもあるから、到着するのが夕方くらいになるみたいなの」

 

「何度か乗り換えするには、ヒナタの言うとおりちょっと大変かもだ。けど、それも旅行の醍醐味じゃないか?

 そう言うのも普段体験できる事でもないから。それも含めて、楽しみたい」 

 

 これはヒロトの言う通りだよね。大変かもだけど、それも含めて普段じゃ出来ない特別な時間だから。彼と一緒の、思い出だから。

 

「うん、そうだよねっ。移動の途中にもあちこち寄ったり見て回ったりも出来るから。だってこれから行くのはどこも見た事ない、初めての場所だから」

 

 これから先は、本当に知らない場所だから。だからこそ期待で胸が膨らむんだよね。

 

 

 

 ――――

 

 新幹線、景色を眺めたり、駅弁を食べたりして充実した時間だったな。

 そして新幹線を降りた後、地元の大きな駅のショッピングモールで少しだけヒロトと見て回ったよね。……乗り換える電車を待つ一時間足らずの空いた時間だけど、でも見たことないお店もあったりして面白かったんだ。

 時間をそんな風に過ごしてから、地方の電車に乗り換えてまた移動、そうして一つの町に辿り着いたの。

 

「温泉街、か。話では聞いていたけど、実際に見ると凄いよね。大きな川や、風情のある昔ながらの大きな橋……それに川沿いには湯気が立ち上っている建物がいくつも。多分、建物の中に温泉があったりするのかな」

 

「多分な。他にも、旅館や観光客の為のお土産屋だとか、見所がたくさんそうだ。出来れば全部巡ってみたいな、ヒナタ」

 

 ようやく温泉街にやって来た私達。その景色に、思わず目を奪われてしまっていた。だって、とても素敵だったんだもん。

 

「今度は旅館までのバス待ちか。時間までのバス停があるさっきの駅に戻らないとだから、それに電車待ちしていたより時間も少ないから……少しだけだけどさ」

 

 ヒロトとそう話しながら、少し坂道な温泉街の通りを歩いて散策するんだ。

 あちこちに店があって、それに温泉も。出来れば入ってみたかったけど時間がないから……本当に見て歩くだけだけど。

 

「見るだけなのは惜しいけど、どっちみち温泉街には明日行けばいい。時間もあるわけだし、その時にはゆっくりと」

 

「だね。それに今はこうして、景色を見るだけで良い気持ちだもん」

 

 そんな風にしながら通りを歩いて、私達は……ある場所に。

 

「……付き合わせちゃったね、ヒロト。バスまでの待ち時間のうちに、この景色だけは先に見ておきたかったから」

 

 私達がやって来た所。それは温泉街の真ん中に流れる川にかかっている、さっき見えていた風情がある橋の上。ちょうど真下には川の流れがよく見えるの。

 

「やっぱり来て正解だったな。ここから見渡す温泉街も良い景色だし。それに下に見える川の流れ、きらきらしていて綺麗だから」

 

 川のせせらぎの音がここからでも聞こえて、それに少し夕暮れ時で薄いオレンジ色になっていた夕日の色できらきらとしているの。後、川は綺麗に透き通っていて、泳いでいる数匹の鯉だって見える程なんだ。

 

「こう言う景色も、俺達が暮らす街では見かけない。それに、あっちは海に面した街だけど、この温泉街は山の中だしな。だからとても珍しい。それにこうしていると何だか、気持ち良い気分もする」

 

 ヒロトも私の傍で、ここからの景色を眺めていた。何だか心地よさそうで……でも、ここは空気も美味しいし、肌を撫でる風も気持ちがいいもん。心地いいってヒロトの気持ちも、分かるんだ。

 

「私もだよ、出来ればしばらくここで、ゆっくりしたいよね。――あっ」

 

「ん? どうかしたか」

 

「ねぇヒロト、少しだけ下を見てみて」

 

「下って、一体?」

 

 私は彼に、下に流れている川を見てほしくて促したんだ。それを聞いてヒロトは私が見ている下の川に視線を向けてくれた。そこには……。

 

「へぇ、珍しいな。…………金色をした鯉がいるなんて」

 

 川に泳いでいた鯉。その中に一匹だけ、金色でぴかぴかな鯉が泳いでいるのを見つけたんだ。とても珍しい気がしたからヒロトにも見て欲しくて。

 

「珍しいって言うのも、ふふっ、何だか縁起が良いよね。金色の鯉って、そんな気はしないかな?」

 

「言われてみれば、だな。縁起がいいって俺も思う。こう言うのも、素敵だって」

 

「だよね! 幸先が良い感じというのかな、この先も良い事が待っている予感がするんだよね」

 

 そう楽しく私達は話していた。けれど、ふと時間を思い出して、確認して見ると……。

 

「あっ、と! ヒロト、もう戻らないとバスが来ちゃう。私達が行く旅館への本数は少なかったから、乗り遅れたら大変だよね」

 

 ヒロトもこれには、慌てたような表情になって。

 

「もうそんな時間か。……俺もうっかりしていた、なら早く戻らないと、だな」

 

 うんうん、バス停に向かわないとね。

 バスに乗って、私達が泊まる旅館に。――どんな感じだろうな。 




 今回の番外編はやや長い感じ、多分三話くらいかかるかな。……次回はイラスト付きですので、良ければそちらも。


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番外編その六 私達のドキドキ、ワクワクな宿泊旅行 その2(Side ヒロト)(挿絵付き)

「……ふふっ」

 

 バスは山道を、ガタゴトと揺れながら進んでいる。そんなバスの中で俺と、そしてヒナタは座っていた。

 山道を走って、窓から見えるのは山景色と、それに森。ここまでの道程で見た景色もそうだけれど、今見ている景色も……何だか新鮮だ。

 

「ねぇ、ここから見える景色も、いいよね」

 

 窓際の席に座っているヒナタ。彼女は気分が良さそうに窓からの景色を眺めて、いい微笑みしていた。

 

「どこもかしこも、見慣れない物ばかりだものな。景色だって、雰囲気だって、始めて来る場所だけどとても気に入った」

 

「私もだよ! それに……これからいよいよ旅館にだもんね。写真では見たけれど、実際はどうなのか気になると言うか」

 

「成程な」

 

 彼女はずっと上機嫌。見ている俺だって微笑ましくなるくらいだ。

 

「ほら? 写真でも素敵だって思ったけど、きっと本当はもっと良いって思うから。だから凄く期待しているの。だって……」

 

 バスに乗っているのは俺達だけじゃなかった。多分、同じく旅館に向かう観光客が何人も。座席も殆ど埋まっていて、トランクもその傍に幾つも置いてある。勿論俺達のトランクも近くにある。

 ヒナタの言う通り評判が良くて人気だから、人もこう多いんだろうな。

 

「俺達以外にも、これだけ人が来ているなんて思わなかった。確かに楽しみだ」

 

 一体どんな感じの旅館だろうか。俺自身、そんな期待はもちろんある。時間で言えばもうそろそろ着くはずだ。さてと……ワクワクするな。

 

 

 

 ――――

 

 時間として三十分くらいだろうか。俺たちはバスに乗って、それから今、ある場所に停車した。

 他の乗客も続々と降りて行って、俺達も。

 

「じゃあ俺から先に、荷物も持って行くよ」

 

 先に俺が、ヒナタの分も含め、両手に二つのトランクを持ったままバスから降りる。でもやっぱりトランク二つはきついな、出入口に引っかかりそうにもなりながら俺は、どうにか降りた。

 

「これで到着か。さてと、旅館は……っと」

 

 バス俺が周りを見渡すと、すぐにそれが分かった。目の前の光景につい目を奪われていると、続いてヒナタが降りて来て。

 

「ようやく着いたんだね。あれヒロト? 何を見ているの」

 

「丁度良かった。ヒナタほら、見てみなよ。本当に凄いから」

 

「どう言う事? ――――えっ」 

 

 俺が指し示した先を彼女は見た。すると俺と同じ反応をして驚いた。

 

「わぁ! これが、私達の泊まる旅館なんだね!」

 

 

 

 俺とヒナタの前に見えるのは、静かな林の中に佇む、大きな和風の旅館だった。

 

「まさか……ここまでだなんて思わなかった。とても雰囲気を、感じるって言うか」

 

 普通だったらまず行くこともないような所。手入れのされた周りの玄関先に、風情があるのと同時に高級感のある旅館の建物。建物もよく手入れしている感じで汚れがなくて、それに人里離れた自然の中にあるせいか空気も澄んで、街特有の喧騒感もない。

 

 ――俺達の暮らす街とは何もかも違うな。でも、ここなら凄く良い時間が過ごせる、そんな気がする――

 

「やっぱりここ、良い所だよね。――じゃあ行こうヒロト。旅館の中もどうなっているか、楽しみだもん!」

 

 ヒナタは早速俺の手を引いて、旅館に入ろうと促す。ワクワクしている彼女。でもこんなに立派な旅館だ、気持ちは十分に分かる。

 

 ――俺だって早く旅館の中も見てみたい。だって楽しみで堪らないから、とても――

 

 予定ではここに二泊三日。少し短いかもしれないけれどせっかくの機会だ、たくさんの思い出と充実した時間を過ごしたい。

 ヒナタと――俺は。

 

 

 

 ――――

 

 俺たちが入った旅館の中も想像通り、いや想像以上に良かった。

 豪華で煌びやかではなくてむしろ内装は余計な飾りつけがなくてシンプル。だけど少ない内装……生け花や掛け軸だとか、それに壁や障子、木造の柱と言った旅館の中の作りそのものが上手く調和して、一つの完成された空間を作っている。もちろん中も清潔で、木造建築で素材がいいのか良い木の香りも漂う。

 

「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました。当旅館は明治時代より旧華族御用達の休息地から始まり、やがて民間にも開放されてからは人々が宿泊する旅館として、長年訪れる方々に憩いと安息を提供して来たのです」

 

 旅館の中はなかなかに広くて、時間もまだある。だから今は旅館で接客をする女性の人、つまり仲居さんに少し案内してもらっている所。ヒナタが気になっていた感じで俺も興味があったから、お願いしたわけだ。

 

「お願いを聞いてくれて、ありがとうございます。こうして案内してくれる時間まで、本当は部屋まで案内するだけで良かったのに、我がままを聞いてくれて」

 

 ヒナタの言葉に、仲居さんは穏やかな表情を向けて応える。

 

「いえいえ。お客様のご要望に応えるのも、大切な仕事ですので。それにここは私共の自慢でもありますから、むしろ大歓迎です」

 

 俺達は旅館を案内してもらって、色々教えてもらった。

 今話してくれた歴史の事もそうだし、広い旅館にある色々な客室――もちろん空いている部屋の中――を見せてもくれた。いわゆる松、竹、梅と言うのか。どこも良い部屋ばかりだけれど部屋によって内装や快適さの良さが違ったりして、本当にこんな風になっているんだなって勉強になった。それに他の場所、大広間や食堂、テラスだとか、旅館にはどんな物があるかも見せて貰いもした。

 

 ――特に、この旅館にも温泉……露天風呂があるのが気になった。後で早速行ってみたい――

 

「……この水槽、いいな。丸い形なのは始めて見るし、木製の枠も雰囲気があって良い感じ」

 

 今は廊下を歩いていた所。するとその傍にあった水槽に俺達は興味を覚えた。

 水槽って四角いガラス張りで無機質な感じのイメージがするけど、ここにあるものは円形の丸い形に加えて木彫りの装飾を施した木製。何だか水槽まで、和風と言う感じのイメージがする。

 

「和風の水槽か。この旅館の雰囲気に合っている、工芸品と言うやつかな」

 

「うん、かもね。それに見て。水槽に泳いでいるの……赤と白が綺麗で、こんなに大きな金魚なんだよ」

 

 水槽は初めて見る物で、ヒナタも興味津々。それと木製の水槽に空いた大きなガラス窓。中で悠々と泳いでいる金魚の姿がよく見える。

 ヒナタの言う通り大きくて、赤と白の色合いの綺麗な金魚。ひれもドレスのようにひらひらしていて、こんな綺麗で優美な金魚も見た事がない。

 

「ふふふ、この金魚は地域の特産です。水槽には一匹だけですが、ここから行ける温泉街の水路や池でも泳いでいる姿が見られるのですよ」

 

「――なんですね! 聞いたヒロト、今日は無理だけど明日、見に行こうね」

 

「だな。……明日はたっぷり時間があるから、全然寄る事だって出来るはずだ」

 

「あそこの温泉街も、温泉だけではなくて見所にお店も、充実しているのですよ。一日あればとても楽しめるはずですわ。

 でも……これで旅館内の事は大体紹介出来ました。お二人のお部屋ももうすぐですので、このまま案内させて頂きますね」

 

 そうだった。案内もだけれど、部屋にも行かないとな。何しろ移動が長かったから、そろそろくつろぎたい。

 

 

 

 ――――

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

 部屋に案内してくれた仲居さんは俺達に一礼して去って行った。

 そして案内してくれた、部屋は。

 

「……良い部屋だな、すごく。大満足だ」

 

 旅館と言うことで部屋は和室。畳が敷き詰められた心地よさそうな床に、ここも木の良い香りがする。それにテーブルと座布団、寝る用の布団とかの類は多分壁端の押し入れ……ふすまの中に収納されているんだろうな。寝る時にはあそこから布団を取り出して広げるのは、俺でも分かる。

 

「ここならとてもゆったり出来そうだよ。それに、私達のトランクも持って来てくれているね」

 

 部屋の端には俺とヒナタのトランクケースが先に置かれていた。旅館に入ってすぐに荷物を預かって貰って、俺達が案内してもらっているうちに先に持って来てくれたようだ。

 

「私、ここが気に入ったよ。もっと色々見てみようかな」

 

「それはいいと思う。どんな感じなのか……さ」

 

「――えへへっ。じゃあ私達で一緒に、だね」

 

 そう言うとヒナタは部屋のあちこちを見てまわる。俺も気にもなるから、だから一緒について部屋を眺めるんだ。

 

「テレビもちゃんとあるんだね、それに何だか豪華そうな壺に、掛け軸まで。でも掛け軸には何て書いてあるのかな、字が独特で読めないよ」

 

「これは俺も、ちょっと読めないな。漢字だとは思うけど何が書いているんだろうか。……あっちはどうだ? ここから外の景色、見えるかもだし」

 

 入口から見て部屋の奥、一面閉じられた障子の壁。障子からはオレンジ色の光が漏れているし、開ければ外が見えるかもと思った。

 

「開けて外を、眺めてみようか」

 

 俺がそう聞くと、ヒナタはうんと答えた。そして俺達が障子を開くと……そこには。

 

「これは――いいな。部屋からだとこんな風に外が見えるのか」

 

「綺麗だね、とっても。風流って言うのかな、まさにそれな気がするよね」

 

 障子を開けた先、そこは客室と外窓の中間の空間で、座り心地の良いソファーもある。そしてガラス窓から見える外景色……俺とヒナタの目の前に広がる景色もまた、良かったんだ。

 時間はもう夕暮れ間近。右向こうの山に沈みかけた夕日は辺りを濃いオレンジ色に照らされて、空の端ももう夜空のように暗くなって星も見えるくらいに。

 

 ――空ももちろんだけど、地上の景色も凄く良い――

 

 新緑色の小高い山がいくつかあって、所々から野鳥の鳴き声も聞こえる。風にたなびく樹々のざわめきも、それに夕日の光に照らされている山に……ここから見える景色の真ん中に流れる小川。GBNで見るような未来都市や宇宙空間と言った現実にないような、後ガンダム作品ゆかりの場所と言うわけでもない。綺麗ではあるけど現実世界の常識内の景色。GBNでの驚き、興奮とはまた違う。だけど……。

 

「もうすぐ夜だね。だけど日没前のキラキラしているの、素敵だね」

 

 今見ている外景色とそれに、俺より前で景色に見とれているヒナタの……俺の彼女の姿。

 

「――――」

 

「あれ、固まってどうかしたの? ……ヒロトてば」

 

「――あっと」

 

 見とれていたのはむしろ俺の方だった。そんな俺に顔を向けて訊いて来たヒナタの声で、つい我にかえる。

 

「もしかしてヒロトも景色に見とれてた感じ? だって、真剣に見つめていたみたいだったから」

 

「それは……その」

 

 俺をすぐ近くまで顔を近づけて来る彼女。これには緊張してしまうけれど、だけど答える。

 

「ヒナタの言う通り、見とれていた。GBNともエルドラとも違うけれど、やっぱり俺達が暮らしている世界はこんなに素晴らしいから。それと――」

 

 景色もだけれど、俺の視線の先にはヒナタの姿もあって。

 

「それとヒナタ、君と一緒にいる事も。こうして一番大切な人と、普通と違う特別な時間を過ごせているのも。凄く良い事だって心から……」

 

 つい自然に出てしまった俺の告白。ヒナタはその告白に少し驚いたように目を丸くしていたけれど、その後すぐに純粋な笑顔を見せて、彼女は。

 

「嬉しいな、本当に……とっても。だって夢だったんだから、叶うならヒロトと――恋人同士になって、こんな風に旅行に行けたらなんて。

 今でも信じられないくらいなんだ、嬉しすぎて。でも現実……なんだよね」

 

 そんな彼女に勿論だって、俺は伝える。 

 

「もちろん、当たり前だ。俺の気持ちだって今は――決まっているから。

 だからさ、今は二人きりでこの時間を沢山満喫しよう。ここでの事もヒナタとの、最高の思い出にしたい」

 

「あはは。こんなに幸せでいいのかな。でも私もヒロトと思い出をもっと、作りたいんだ。だから楽しもう、一緒に」

 

 俺とヒナタ、二人の気持ちは一緒で、それもまたやっぱり嬉しかったりもする。

 すると彼女は、ふとある事を思いついたようにこんな提案を。 

 

「あっ、そうそう。良かったら今から旅館の温泉に行ってみない? さっきの案内で寄って気になっていたんだ。どうかな、ヒロト」

 

 温泉か、それはいいな。

 

「実は俺も行ってみたいと思っていたんだ、温泉。なら一緒に行ってみようか。トランクにもシャンプーとか風呂場で使う分のは用意しているから、それも持って行かないとな」

 

「うん、そうだね! でも着替えの方は、あれにしようよ。さっき見たけど浴衣も用意してくれている感じだったの、あれも着てみたいんだ」

 

「言われてみれば、中に浴衣が置いてあったな。俺も良いと思う。せっかくの機会なんだから、そうしよう」

 

 と言う事で、温泉に行くことに決めた俺達。

 

 ――温泉、気持ちが良さそうだ。……けどヒナタの浴衣姿、か。どんな風に……なるんだろう――

 

 

 

 ――――

 

 そんなこんなで早速、俺達は旅館の温泉へとやって来た。

 温泉は屋外に、いわば露天風呂。上を見上げれば月夜の夜空が見えて、辺りには湯気が立ち込めている。

 

「……はぁ」

 

 温泉の岩盤の縁にもたれかかって、俺は夜空を見上げて息を軽く吐く。

 

 ――普通の風呂とはまた違うな。熱い感じだけどとても心地が良くて、身体の芯まで温まるのが分かると言うか――

 

 俺は温泉を存分に満喫していた。唯一、心残りだったのは。

 

 ――当たり前だけど、ヒナタとは別々なんだよな。男湯と女湯と分けられているから当然だけれど、それに――

 

 俺の周りには他にも数人、温泉に入っている人もいる。……これだとあの竹で作られた男湯、女湯の区切りの向かい側にいるヒナタに声をかけるのもなかなか気恥ずかしくて出来ないでいる。

 

 ――温泉、心地はいいけれど、ヒナタの方はどうしているんだろうか。後で感想とか聞いてみたい所だ――

 

「よう、兄ちゃん」

 

「……えっ」

 

 温泉に浸かっていると、俺より十歳くらい年上の青年、男の人が傍に来て気さくに声をかけて来た。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「そう固くならなくていいさ。せっかくの裸の付き合いだ、気軽に行こうぜ」

 

 愛想の良い表情でそう言う彼。いきなりでびっくりもしたけれど俺も、同じく笑顔でかえした。

 

「この旅館……始めてだろ? 泊り心地も料理も良いけれど、やっぱり温泉が一番だと俺は思うんだぜ」

 

「確かに、とても気持ちがいい。俺はあまり、温泉とか入り慣れてはいないけど、それでも良い場所だと俺でも分かる」

 

「ハハハ! だろう? それに――」

 

 続けて男はいくらか可笑しそうに、こんな事を言う。

 

「彼女と一緒とは、羨ましいな。いやさ、君ともう一人の女の子と一緒にチェックインしたのがたまたま目に入ったものだからさ。付き合っているんだろ、彼女と?」

 

「まあな。まだ付き合いだしたばかりで、関係にも慣れていないけど。……今まで幼馴染みだったから、どうもまだその感じが抜けてないけど」

 

「そう言うのは、まぁ慣れしかないだろう。でもその内きっと良い感じになると思うぜ」

 

「……なのか?」

 

 俺も、恋人としてもっと上手く出来れば良いと思うけど、改めて考えると少し心配にもなりはする。

 

「多分そう思うぜ。けどまぁ、あまり無理はしないことだ。ところで――もしかして彼女、向こうの女湯にいるのかい?」

 

「――っ!」

 

 今度はこんな事を言われてついドキッとした。

 

「どうして、そんな事まで」

 

「やっぱり図星か。何だかどぎまぎしてもいる感じがしたからな。彼女の事を考えていたんだろ?」

 

「……うう」

 

 言われると猶更恥ずかしい。俺はよけいに温泉に身体と顔半分を沈めて、ブクブクと泡立てる。

 

「ハハハッ! そう照れるなよ。最初は無愛想かもと思ったが、意外に分りやすい奴じゃないか」

 

 温泉は確かに気持ちが良い。けれど、ちょっと複雑な思いを抱えてしまう、俺でもあった。

 

 

 

 ―――― 

 

「……ふぅ」

 

 温泉では少し色々あったけど、でも凄く良かった。身体も温まったし、疲れもすっかり取れてリフレッシュしたと言うか。

 

 ――はは、やっぱもっとしっかりしないと、だな――

 

 俺は温泉から上がるとタオルで髪と身体を拭いて、着替えの浴衣に着替える。……普通の服とやっぱり違うな。身体に羽織って、しして帯を締めて、と。どこか緩んでないか自分でも確認してみる。

 

 ――これでよしと。大丈夫かな――

 

 俺はどうにか浴衣に着替えた。慣れない事だけど、それなりに上手く着こなせていると思う。

 そうして、俺は温泉の更衣室を後にした。男湯と書かれた暖簾をくぐると、そこに先にヒナタが待ってくれていた。

 

「ヒロトも上がって来たんだね。――温泉、すごく気持ちが良かったよ」

 

「もう先に上がっていたのか。それに……」

 

 俺は今目の前にいる彼女の姿に、視線を奪われてしまう。

 

「浴衣、来てみたんだけど。……変じゃない、よね?」

 

 いつものヒナタとは違う、浴衣を着た彼女の姿。本人も慣れない恰好で緊張しているけど、恰好は似合っていて、それに俺は――。

 

「そんな事あるわけない。凄く似合っているし、ヒナタの今の姿も、誰よりも可愛いと……言うか」

 

「――」

 

 思った事をそのまま、俺は言ってしまった。もしかすると少し言い過ぎかと思われたかもと、そう思いもしたけれど……彼女はニコッと得意げに、嬉しそうな顔をして。

 

「そう――かな! ヒロトにそう言ってもらえて、やっぱり浴衣を着て良かった!」

 

 とても喜んで、それに彼女も浴衣を気に入っているみたいで何よりだ。

 

「浴衣、俺もこうして来てみたけど、割と着心地も良いものだな。

 ……さてと、温泉も気持ちが良くて、長風呂になってしまった。そろそろ部屋に戻ろうか」

 

 俺の言葉にヒナタはうんと答える。

 

「そうだね。それに夜ご飯もあるから。確か部屋に持って来てくれるんだよね? どんな料理が出て来るか楽しみだよ。お腹だって空いてもいるし、早く食べたいな!」

 

 そんな風に言ってワクワクした表情の彼女。やっぱり彼女は――俺にとって一番、可愛い。

 

「ああ。じゃあ部屋まで、一緒に戻ろう」

 

 俺達は二人で浴衣姿のままで、部屋へと。

 こうした恰好でこうするのも……いいな、やっぱり。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――――

 

 部屋に戻った俺達はさっそく夕食を。時間はもう八時を越して遅くなってしまったけれど、旅館が用意してくれた夕食――刺身だとか天ぷら、煮物だとか色々な料理が小皿に分けられた懐石料理、凄く美味しくて俺もヒナタも大満足だった。

 そして、それから……。

 

 

 

「じゃあ、少し早いかもしれないけれど、明日温泉街を巡るなら早く寝た方がいいかもしれないし」

 

「そうだね。早く寝て、明日は早く起きて出かけるのがいいもんね」

 

 風呂はもう先に入りもしたし、歯も磨いた。今は押し入れから布団を取り出して広げて、寝る支度をしている。ヒナタの言う通り早く寝て、その分早起きして観光をしたいから。

 布団も準備し終わって、ようやく俺達は眠ることに。

 

「お休みヒロト。明日も楽しみだね」

 

「ああ、待ち遠しいけど、まずは良い夢を。ヒナタ……お休み」

 

 

 

 ――――

 

 布団に入って俺とヒナタは眠っていた。……けれど、途中で俺は目が覚めてしまった。

 

 ――しまったな。やっぱり、慣れない布団だからか――

 

 目覚めてしまった俺は上体を起こす。電気を消して部屋は暗く、すぐ隣にはヒナタがぐっすり眠っていた。

 

 ――ヒナタはよく眠っているみたいで良かった。俺は……どうしようか――

 

 けど明日は早いからまた眠らないといけない。俺がそう思っていると、外側の障子がぼんやりと淡く光っていた。部屋の電気も消しているのに真っ暗でないのも、その向こう側の外の光が僅かでもこぼれているせいだろう。

 ……そうだな、少し気分転換で外を眺めようか。俺は起き上がって、障子を開けて向かい側に移動する。

 そこにあるソファーに座って傍の窓ガラスから外を眺めると、無数の星々が鮮やかに空で瞬いて、外を照らしているのが見えた。

 

 ――街で見るよりもずっとはっきり見える。この辺りには家だとかの人工的な明かりがない、山の中だからこうして綺麗に見えるんだろう。

 やっぱり、ここはまるで別世界だ。ヒナタにも――

 

 一緒に見れればと言う考えが頭をよぎった。だけど、部屋でぐっすり眠っている彼女を起こすのも良くない。明日の夜、ヒナタとゆっくり夜空でも眺めよう。

 それに、おかげで気分もリラックス出来た。俺はしばらくソファーに座って星空を眺めた後、眠りに入ろうと部屋に戻った。

 障子を元通りに閉めて、自分の布団に入ろうとした時。

 

「ヒロ……ト」

 

 声がして、浴衣の裾が軽く引っ張られた。 見ると寝ていたはずだったヒナタが、右手で裾先を握っているのが見えた。

 

「うん……っ、ヒロト……私は……」

 

 そしてそう呟く彼女。もしかして起こしてしまったのか、俺は思ったけれど、よく様子を見てみるとただの寝言。ヒナタはちゃんと眠ったままだ。

 

 ――起こしてなくて良かった。けど、裾は掴まれたままだし――

 

 無理に離すわけにもいかないな。俺はどうしようかと考えていると、今度はこんな寝言が聞こえて来た。

 

「傍に……いたいよ、ヒロト。……誰よりも傍で、ずっと。…………大好きだから」

 

 心なしか寂しそうな、切実な感じで呟くヒナタ。眠っていても彼女は、そんなの俺を――想って。

 

「――」

 

 さっきまでは布団に入って眠ろうとしてた俺だった。けれど俺はそのままヒナタの傍に腰を下ろして、裾を握っていた彼女の右手にそっと、自分の手を上に重ねる。

 

「俺もだ、ヒナタ。君の言う通り、これからだって傍にいる……だから」

 

 だから、安心して欲しい。その思いが少しでも伝わるように俺は、しばらくこうしていたい。

 別に眠るのくらいは、その後でも全然構わないから。

 

 




今回もAiさんからの、浴衣姿の二人のイラストを。つい頼んでしまいました。


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番外編その六 私達のドキドキ、ワクワクな宿泊旅行 その3

 

 

「――んっ」

 

 ヒロトと一緒に旅館に泊まりに来て、次の日の朝。私は布団から身体を起こして目を覚ましたんだ。ぐっと背伸びをしてリラックス。それからうっすらと目蓋を開ける。

 

 ――よく眠れた感じだよ。おかげでスッキリと朝を迎えられたかな――

 

 外からはスズメの鳴き声が聞こえて、明るい日差しが外から差し込む感じ。絵にかいたようないい朝。

 

 ――とってもいい気持ち。ヒロトはまだ眠っているのかしら――

 

 私はヒロトが眠っているはずの横の布団を見て見るけど、そこに彼の姿はなかった。

 もしかして先に目覚めてどこかに行ったのかな? そう思って私も起きようとすると……すぐ横で何か当たる感覚に気づいた。

 

「あれ?」

 

「……ZZZ」

 

 ヒロトも私の布団で寝ていた。

 掛け布団には入ってなくてその上からだけど同じ布団でそれに、私の身体とくっつくくらいに傍で……ぴったり。

 

「あっ、えっ……ちょっ――!」

 

 どうしてヒロトが、自分の布団じゃなくて……私の所で一緒に寝てるんだろう。それに……えっと、いつからこうして――。

 びっくりして、ドキドキして……緊張だとか色々、感情がごっちゃになっちゃって。頭の中が混乱してしまう。

 

「これって、ただ寝相が悪いとか、だよね。何かあったりとか、全然そんな事ない……よね」 

 

 私のすぐ隣で、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てているヒロト。寝顔が何だか可愛いって言うか……いやいや! 私ってばこんな時に何を考えてしまっているんだろう。

 

 ――どうしよう。眠ったままだから放っておいた方が親切かもだけど、でも、このままだと私――

 

 そんな風にどぎまぎしていると、寝ていたヒロトの目蓋が少し動いたのが見えた。

 

「う……っ」

 

 そのままゆっくり目を開けて、彼は私を見上げて微笑んだ。

 

「おはようヒナタ。昨日は……よく眠れたか?」

 

 私は彼の仕草にまたドキッとする。だから少し固まってしまったけど、ちゃんと応える。

 

「うん。よく眠れて、良い気持ちだよ」

 

「……それは良かった。安心した」

 

 ホッとしたみたいなヒロト。何か心配事でもあったのかな? ……でも彼が目覚めたのなら。

 

「ねぇ、ヒロト?」

 

「どうかしたか?」

 

「あのね、その、どうして私の布団の所に来てたのかな……って。多分大した事じゃないとは思うけど、気に……なったから」

 

 自分でもすこしもじもじしながら。顔も熱くなって、赤くなっているんだろうな。そんな風になりながら私は尋ねたの。

 だけどヒロトも、私に言われてどうしようか困惑しているみたいにどぎまぎして。

 

「――それは、えっと……ヒナタは覚えて、ないのか」

 

「……何の事? 昨日は普通に眠ってそのままで、私、何かしたかな?」

 

「いや、それなら大丈夫、なんだけれど」 

 

「??」

 

 ヒロトの言葉、ちょっと意味が分からなくて首をかしげた。でもすぐに気を取り直すようにして、軽く笑ってこう言うの。

 

「あはは、自分で言うのも恥ずかしいかもだけど、夜中に少し眠れずに起きてしまってそれからちょっと…………ヒナタの傍にいたいな、って。

 しばらくいた後に自分の布団に戻るつもりだった。けれどそのまま、寝てしまったみたいで」

 

「そう、だったんだ」

 

 私の傍にいたいって、彼は思ってくれていたんだ。少し照れてしまうけど、やっぱりとっても……幸せだって、私は感じた。

 

「さてと、こうして起きたんだ。確か食堂では朝食が出るらしいから今から行くかい?

 それからは昨日話していた通り温泉街を巡ろう。ヒナタ、どうかな?」

 

 あっと、そうだったね。今日は旅館から近い温泉街を観光しようって言ってたもんね。

 

「うん! 私も出かけるのを楽しみにしていたから。でもまずは朝ごはんだよね、先に食べに行こう」

 

 ちょっとだけドキドキした朝だったな。……さてと、今日は一日いっぱい、ヒロトと観光しよう。

 

 

 

 ――――

 

「――それでは、行ってらっしゃいませ」

 

 朝ごはんも済ませて、準備を済ました私たち二人は旅館を後にした。見送ってくれる仲居さんに私とヒロトは手を振って返すの。

 

「こうして外まで来て見送りに来てくれるの、嬉しいよね」

 

「少し照れ臭いけど、俺も悪くないと思う。こう言うのも素敵だって思うし」

 

 表情をふっと緩めるヒロト。それから、こうも続けるの。

 

「さてと、バスの時間もそろそろだ。ヒナタは忘れ物とか大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。携帯も、財布もばっちり。後……シャンプーや石鹸、タオルとかの温泉道具も用意したよ。だって温泉街だから、全部は無理かもだけど、温泉もあちこち入ってみたくて」

 

「温泉か、悪くない。俺も道具は一式用意はしている。やっぱり温泉街に行くんだ、入りたいと思うしさ」

 

 彼も楽しそうな感じで、そう話している。もちろん私だって――楽しみだよ。

 

 

 

 ――――

 

 バスに乗って、旅館から山を下りて……その先にある温泉街に。

 駅前のバス停に停車したバスから降りると、そこには温泉街の町並みが広がっていたんだ。

 

「ようやく着いたね。やっぱり……雰囲気があって良い所だよね」

 

 あちこちの煙突から湯気が立ちのぼっていて、和風の建物がいくつもたくさん並んでもいる。

 

「聞いた話だとこの温泉街もそれなりに広いみたいだし、どう観光して行くか」

 

 そう言ってヒロトは駅前に置いてあったのを貰った、温泉街の観光マップを広げて確認していた。私も、その横から一緒に眺めるんだ。

 

「川岸には遊歩道があるみたいだ。色々花が植えてあって綺麗みたいだしそれに、有名な神社やお寺だったりとか、昔の屋敷や庭園とかも観光出来るみたいだ」

 

「そう言う所も行ってみたいよね。後はお土産屋さんだとかのお店にも行きたいよね。みんなの分のお土産も買ったり、それにどんな物があるのか見るだけでも楽しいから」

 

「ヒナタの言う通りだな。後はそうだな、昨日話していた水路や池も見に行こう。金魚にそれに、鯉だとかも泳いでいる感じらしいし」

 

 私たちは今日どうするか、改めて考える。こうしているだけでも楽しいけど、そろそろ出発しようかな。

 

「まだまだ時間はたっぷりあるから、まずは歩いて行こう、ヒロト。

 さっき話した場所もそうだし、他に気になる場所もあるかもだから。……そうそう! 後は温泉も、色々あるみたいだから入ってみたいよね」

 

 まだ一日は始まったばかり。だから、今日はたくさん色んな所に行って、ヒロトと思い出を作るんだ。

 

 

 

 ――――

 

「うーん、やっぱり風情があって、良い気持ちだね。……あの黄色い花は菜の花かな、感じ的に好きなんだ」

 

 今はヒロトと一緒に、川沿いの遊歩道を歩いていた。右手にはさっき売店で買ったばかりのアイスクリーム。歩きながらペロッと一舐め、バニラの甘い味を感じるんだ。

 

「アイスクリーム、やっぱり甘くて美味しいよ。私はバニラアイスを頼んだけどヒロトはどう? 抹茶アイスだよね、気になるんだ」

 

 そして隣にはもちろんヒロトも。左手で手を繋いで、一緒に歩いている。繋いだ手から彼の温もりを感じて、それも心地よくて安心して……良いんだ。

 

「こっちも美味しいさ。抹茶だから苦みなイメージだったけれど、意外にこれはこれで甘くて美味しい。……良かったらヒナタも、食べてみるか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「もちろん。少し食べかけだけど、良かったら。こう言うのは何て言うのか……間接キス、と言うやつか」

 

 自分で薦めたのに、ヒロトってば照れながら言うんだもん。それがつい可笑しくて、くすくすと笑ってしまう。

 

「むぅ、笑うことはないだろ。これでも俺は、勇気が要ったんだから」

 

 ちょっと拗ねたようにするヒロト。私はすぐにごめんって謝る。

 

「ごめんねヒロト。けど――そう言うの、私も良いって思うし、嬉しいよ。

 だからアイスクリームを一口、いいかな? それに……」

 

 私も、ドキドキしながら自分のソフトクリームを、ヒロトに差し出してみるんだ。

 

「だったら私のアイスクリームも、良かったらどうかな? 間接キス……するなら両方ともが、いいかなって」

 

 私からもそう言ってみた。多分ヒロトと同じように照れる気持ちはあるけど、せっかくだもん。

 

「両方とも、か。――いいな」

 

 彼も心なしか気に入っているみたいに、笑ってくれる。そしてこう答えてくれたんだ。

 

「なら俺もヒナタの持っているソフトクリーム、一口貰うよ。互いに交換しよう」

 

「……うん。じゃあ、はい! ヒロト!」

 

 私とヒロト、私たちは自分のアイスクリームを交換する。そして彼から受け取った抹茶味のアイスクリーム、上がちょっとかじられていて……それにちょっとどきっとしたり。

 でも私は、ヒロトのアイスクリームを一口、そのまま口にした。味は……。

 

「美味しい! ちゃんと抹茶の味はするけどちゃんと甘くて、何て言うのかな、不思議な味って感じだけどでも美味しいの」

 

 不思議な風味だけど美味しい味。私がそう言うとヒロトは良かったと言うような顔を見せて。

 

「気に入ってくれて何よりだ。ヒナタのアイスクリームも、美味しかった。それに間接キスも、悪くないな」

 

 そんな風に言ってくれる彼。……もう幼馴染みだけじゃなくて、こうして接してくれるのがとても嬉しい。何度でも嬉しいのは、嬉しいもん。

 

「私もヒロトとこんな風に出来て、幸せだよ……とっても。

 それにヒロトの抹茶アイスも気に入っちゃった。このまま食べちゃっても、いいよねっ!」 

 

「あっ、ちょっと!」

 

 私は悪戯めいた表情でヒロトにウィンクして、遊歩道を駆けるんだ。そして私を追いかる彼。

 こんな風にするのも、楽しいよね。

 

 

 

 川沿いに歩いて、また店に立ち寄ったり……それに通り道には小さい庭園とお寺、あと神社もあったから、そこにもね。

 

「お寺もだけど神社もやっぱり雰囲気あるよね。前の弓神事だったり、私は弓道をしているから神社の方が馴染みがあるんだ。ヒロト、こっちに来て一緒に撮ろう?」

 

 今は神社を観に来ていた私たち。そこで神社の社も映るように自分の携帯で、ヒロトと一緒に写真を撮るんだ。

 パシャっと、一枚。写真を撮るとどんな風に撮れているのか確認してみる。

 

「どうかな? 写真、よく撮れていればいいけど?」

 

「うん、ばっちりだ。ちゃんと俺とヒナタ、それに後ろの神社だってよく写っている。良い写真だ」

 

 撮った写真、ヒロトもばっちりお墨付きだよ。

 

「良かった。だって大切な思い出は、しっかり残さないとだからね」

 

 私はにこやかに言って、後ろの神社へと振り返る。古くて歴史のある神社、数百年も前に建てられているみたいだもん、何だかそれも凄いよね。

 

「神社……いいよね。雰囲気があるのもそうだし、後お参りも出来たから。やっぱり神社に来たら、それをしないとね」

 

「確かにな。俺もこうしてお参りするのも、久しぶりだったから」

 

 そうそう、さっきは神社で二人でお参りもしたんだ。賽銭も入れて 手を合わせて……少しお願い事も。

 

「なぁヒナタ?」

 

「ん? どうかした?」

 

 神社の敷地を歩きながらヒロトが私に聞いて来た。私がこう言うと、彼は。

 

「さっきのお参りの時、ヒナタは何か願い事をしたのか? もししたのなら、気になってさ」

 

「……うーん」

 

 ヒロトの質問にちょっと悩んでしまうな。私の願い事、今話すのが少しだけ照れてしまっちゃって。

 でも、ちゃんと言えるよ。昔なら無理だったかもだけど、今は自分でも……もっと正直に、自信を持てる感じだから。

 

「えっとね、私は――」

 

 私は質問に答えようとする。すると、その前にヒロトがこう話したんだ。

 

「ちなみに俺も願い事をしたんだ。――これからもヒナタと一緒に、もっと絆を深めていけたら……って」

 

「――!」

 

 でも、先に答えてくれたヒロトの願い事に、私は不意討ちみたいな感じで驚いてしまった。彼がそんな願い事をしていたなんて。

 

「ヒロトもそう、願ってくれていたんだ。……てっきり、別の事をお願いしているのかなって思ったけど。例えば――」

 

 例えばそう、イヴさんの事だとか。彼女は今、GBNの人たちの手で復元作業がされているんだ。ずっと前にGBNを守るために消えてしまった、ヒロトにとっても大切な人。

 だから……願うならイヴさんが戻って来る事だって思っていた。私がそう言うと、ヒロトは少し頭を掻いた感じで。

 

「確かに他の事も少しは考えもした。けれど俺にとっての一番は、やっぱり君だから。こんな事を言うのも、変だろうか?」

 

「……」

 

 そんな風なヒロトの答え。気持ちがこうして向けられて、今は特別、何だかいいなって。

 

「全然! 変なんかじゃないよ!

 それに私たち、同じだから。私もまだまだ、恋人としてもっと絆を深くしたいって――ヒロトの一番としてずっと居れたらって、お願いしたの。……もし嫌じゃなければいいけれど」

 

 私は少しだけ心配な気持ちも混じりながらこう言った。すると、ヒロトはすっと私の肩を寄せて、軽く抱き留める。

 

「――っ」

 

 彼の身体の重なって、温もりと心音を感じる。そうしてヒロトは優しい微笑みと一緒に、言うんだ。

 

「嫌なわけが、ない。俺はヒナタの事が大切だから。その事をちゃんと、今は分かっているから」

 

 自分でも身勝手かもしれない。けれどこうして、ヒロトに想われて幸せだって……思ったんだ。

 

「ありがとうね、ヒロト。そんな風に言ってくれて」

 

 まだまだ、自分でも自信が持てていないけれど。本当に一番に想ってもらえるか、もらえているのか。……だけど、もっと自分でも自信が持てたら――変われたら。きっとずっとヒロトと、それこそ絆を今まで以上に深めて行けるような。そんな気がするんだ。

 

「ふふっ、やっぱりヒロトとこう過ごせて嬉しいな。……あっ」

 

 そして、ヒロトとこんな話をしながら神社を出てすぐ、ある物が目に入ったんだ。

 

「ねぇねぇ! あれを見てみて、こんな所にも温泉があるみたいなんだ」

 

 神社を出てすぐの歩道端に、今ちょうど温泉があるのが目に入ったんだ。あれは確か……。

 

「成程、あれは……足湯だな。温泉街だからか、こう言う所にも普通にあるのか」

 

 そう。神社近く、歩道の脇にあったのは、屋根付きの小さな足湯施設だったんだ。見ると人が普通にその足湯に浸かっているのも見えるから、多分自由に使っていい場所なのかな。

 

「良かったら試しに入りに行かない? 私たち二人くらいなら余裕がありそうだから、どうかな?」

 

 ヒロトも足湯に興味がある感じだったから。そう聞いてみると彼は、うんと頷いて。

 

「いいな、俺も賛成だ。足湯なら靴と靴下くらい脱げば済むしそれに……俺たちはまだ温泉にも入ってないから、そろそろ少しくらいは、な」

 

 そうだったね。観光から優先していたり、それにまだ午前中だからかもだけど、私たちは今日ここまで一度も温泉に入ってなかった。……足湯は普通の温泉とはまたちょっと違うかもだけど、せっかくだもん。

 

「そうだね! ちょっと歩き疲れたのもあるし、一休みにも丁度良さそうだもん」 

 

 そうと決まったら……私たちはその足湯へと行ってみる事に。

 足湯には他に三人くらいの人が入っていたけど、さっきも言ったようにスペースには余裕があるし、ちゃんと空いている場所だってあるの。

 

「ここがいいかな? ヒロト、一緒に座ろう」

 

 私たちは足湯にあるベンチに腰掛ける。足湯……今座っているベンチを縁にして、足先が浸かる深さくらいの温泉があるの。

 

「こう言うの、ふふっ……いいよね。まずは靴と、それに靴下も脱がないと」

 

 少し姿勢を変えて、右足、そして左足の順で靴下と靴を脱いでいく。ヒロトも同じようにして……だけど。

 

「……あれっ?」

 

 丁度左足の靴下を脱ごうとした時、ちょっとだけヒロトが私に視線を向けていたのに気づいた。

 

「どうしたのヒロト? 私が、どうかした?」

 

 そう聞くと彼は、少しだけ頬を赤くして視線をそらして、ぼそっと呟く。

 

「いや、ちょっとな。ヒナタのそうしていると事も、何だかいいなって」

 

「いいなって――どこがなのかな?」

 

「それは、その……足が、そんな風にしてると…………何だか」

 

「うん?」

 

 ちょっと聞き取れなくて私は聞き直してみた。だけどヒロトはけふんと軽く咳払いして。

 

「いや、何でもないさ。――それより足湯はなかなか気持ちがいい。ヒナタもほら、入ってみてくれ」

 

 パシャっと、先にヒロトが足湯に浸かる音がした。無理矢理話を胡麻化した感じもしないでもないけど……でも足湯、確かにそろそろ入りたいって思うし。私はヒロトに続いて足を入れてみるんだ。

 温かい温泉、その温もりと気持ち良さが足からるたわって来るのを感じる。

 

「……気持ち良いね。何だかホカホカするって言うのかな、そんな感じがするんだ」

 

「だろ? 足だけしか浸かってないけれど、それだけでも十分に気持ちが良いと思わないか」

 

 傍で同じように足湯に浸かっているヒロトも、心地良さそうな感じでそう話して来る。私は、それにうんって頷いてこたえるの。

 

「ヒロトの言う通り、とてもいいね。気持ちが良くて、身体が温まっていくんだ」

 

 そう言うと彼はにこっと、微笑んでくれるの。

 ここに来て初めての温泉なのかな。やっぱり、温泉ってとても……いいものだよね。

 

 

 私達はしばらく足湯に浸かりながら、お喋りも。

 

「もうお昼近くになったね。これからどうしようか?」

  

「そうだな。俺はちょっと腹も減って来た感じだ。少し早いかもだけどどこかで昼ご飯とか食べれたらって思う」

 

「いいね! 私もお腹がペコペコだったから。じゃあ、どこで食べようか。えっと……」

 

 足湯に入ったまま私は周りを見回してみる。すると丁度良い所に、すぐ近くにある店があったんだ。

 

「――ねぇヒロト、あそこの店なんかどう? 昔ながらの茶屋って感じのお店だけど、うどん蕎麦に、丼ものや天ぷら、定食だとか色々と料理があるみたいなんだ」

 

 私が示した場所に、ヒロトは視線を向けると。

 

「おっと、こんな所にちゃんと店があったのか。気がづかなかった。

 それに見た感じ人気もありそうだし、多分いい店なんだろうな。……よし、ならそこで昼ご飯にしよう。それからは、そうだな……食事が済んだらあっちの温泉に行ってみたい。足湯も良いけれどちゃんとした温泉にも入ってもみたくなった」

 

 そう言って今度は、同じく丁度近くにあった別の場所にヒロトは視線を向けたんだ。その場所にはちょっと大きな、いかにも昔ながらの銭湯みたいな建物があったりしたんだ。

 

「あそこで温泉だね、いいよ。

 なら先にご飯を食べてから、あそこの温泉に行く感じだね。……その後の事はまた後で考えるって事で。それでいいか?」

 

 ヒロトはうんと言って、応えてくれる。そう言ってくれて良かった。それにしても――。

 

 ――やっぱり足湯も良い気持ちだよね。……もう少し、浸かっていたいかも。

 

 

 



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番外編その六 私達のドキドキ、ワクワクな宿泊旅行 その4

 

 私達は温泉街の茶屋――今で言うレストランかな。そこで昼ご飯を食べていたんだ。

 私は天ぷらとそば、ヒロトはかつ丼を頼んだの。

 

「あっさりしたのが食べたかったから、丁度良かった。そばはすっきり食べられるし、天ぷらもサクサクして美味しいよ。

 お腹も満たされるから、大満足だね」

 

「俺のかつ丼は思ったより沢山で、これなら十二分に食べ応えがある。もちろん味も上手いしな、このカツとかもジューシーでさ」

 

「そっちもたしかに、美味しそうだもんね。

 ねぇ、ヒロトのかつ丼もちょっとだけ……食べてみたいな」

 

 そう言って、彼に頼んで少しだけ食べたかつ丼も、やっぱり美味しかったな。

 

 

 

 ご飯を食べて、その後はヒロトが言っていた銭湯にも行ってみたの。

 

 ――いかにもドラマとかで見る、下町の銭湯みたいでいいよね――。

 

 青いタイルに、積まれた風呂おけ。それに奥にある温泉の壁の上には、富士山の絵が大きく描かれてもいたんだ。

 身体を洗って、温泉に浸かって心地よく感じながら、火照った顔を上にあげて絵を眺めたり。

 

 ――よく描かれているよね、凄いよ。ヒロトの方はまだ温泉に入っているのかな、それとも、もう上がっているかな?――

 

 やっぱりここも人が多いし、それに男湯と女湯はここだとしっかり別々の部屋に分かれているから、彼がどうしているか分からなかったりするんだ。だけど……。

 

 ――でもヒロトは長風呂な感じだもん。昨日も、私より後に上がって来たし。だから……もうしばらく私も入っていようかな――

 

 だって本当に心地いいから。私は縁にもたれて、それからあと少しの間、温泉を満喫したんだ。

 

 

 

 ――――

 

「仲居さんのお話通りだね。水路にも……ここの池にも金魚や、それに鯉もこうして泳いでいるから」

 

「この公園も風情がある、そんな場所だな。まるで大きな日本庭園と言った感じで、観光客も多い」

 

「やっぱり人気な名所だからかな。良い場所だし、もう少し一緒に歩いて回ろう、ヒロト」

 

 温泉街の水路に沿って観光して、今はその先にある公園に来ていたの。水路に繋がっている大きな池があって、池に架かっている橋を二人で歩いて景色を眺めたり……普通に観光しているって感じだけど、だからこそいいよね。

 それからいくらかヒロトと公園を歩いて、景色を堪能したり。

 

「相変わらず天気も良いし、日差しが温かいいね」

 

「ああ。まさに外出日和だよな」

 

 そんな風に良い気分で二人、歩いていたんだ。公園を散策しながら私はふと、視線がちょっと別のものに移る。

 

「……あっ、あそこに泳いでいる金魚、けっこう大きいよね。模様も綺麗だし」

 

 池の縁で泳いでいた大きくて、赤と白の模様がとくに綺麗な金魚。私はそれに目が入って、足を止めて見とれてしまったんだ。それにこんな事も、考えてしまったり

 

「ねぇ、こうした金魚……飼えたりしないかな」

 

「飼うって金魚をか、確かこの町の特産だったって話だよな。よく夏祭りとかで金魚すくいとかは見かけた事はあるけれど、売っているものなのか?」

 

「うーん、どうだろう。お土産屋さんとかに売っているのかな」

 

 私がちょっとそれに悩んでいたけれど、ヒロトはこんな風に、答えてくれた。

 

「なら今からお土産屋に行ってみるか? さっき途中で店があるのを見かけたから、丁度いいかなって」

 

「本当なのヒロト? 私、気付かなかった」

 

「ヒナタは公園の景色に夢中みたいだったからな。見た感じ色々ありそうだから、もしかすると金魚とかも……あるんじゃないかなって」

 

「お土産屋さん、いいね。ならヒロトの言うそこに行ってみよう。みんなの分のお土産も、一緒に買えるしね」

 

 公園はもう十分に見たから。だからお土産屋さん、今度はそっちに……ね。

 ――金魚だって、あるかどうか気になるから。

 

 

 

 ――――

 

 ヒロトに案内されて来たお土産屋さん。さっきの公園のすぐ近くにある店で、入ったら色々な物が売ってあったんだ。

 お土産用のお菓子に、物産品、後はキーホルダーやぬいぐるみとかのグッズだとかも、色々豊富な感じで見ているだけでも楽しくなる。

 

「このキーホルダーとかも可愛いね。ちょっと、欲しくなったかも」

 

「なら買って行くかい? せっかくだから良いと思う」

 

 私はヒロトと一緒にどんなのがあるか見て回ったり。後々……。

 

「――みんなのお土産とか、どうかな? ガンダムカフェの人たちにはこのクッキーにしようかな。学校のみんなには、うーん……迷うよ」

 

「俺もカザミやパル、メイに何かお土産を考えないと。二人はともかくメイには食べ物関係は厳しいし、な」

 

「でもどれも美味しそうだね、ヒロト。……自分でも食べてみたいな、なんて」

 

 そうそう、旅行にこうして行ったんだもん。みんなの分のお土産も何か買わないとね。家族や学校、アルバイト先だとかそれぞれにお土産をどうするかで悩んだけど、ヒロトと相談したりしながらで何とか決めたんだ。

 そして、もちろん――

 

 

 

「こうして見ても、煌びやかで綺麗だよね。それに泳いでいる所も、何だか可愛いし」

 

 小さい水槽の中で泳いでいる、金魚。公園の池や水路で見たものと比べると一回り小さいかもだけど、お土産屋さんにはちゃんと金魚が売っていたの。

 

「……やっぱり、いいな。家でも飼ってみたいよ」

 

 お土産やグッズもだけど、私の一番の目的は金魚なんだ。自分の家でも飼ってみたいなって、そう思って。

 

「確かに綺麗だもんな、俺もいいと思う」

 

 ヒロトも隣でそう優しく言ってくれる。私も、もう一度金魚を見つめて、ちょっとだけ考えるんだ。

 

 ――金魚……やっぱり飼いたいな。だってこんなに可愛いもん。だけど――

 

「……」

 

 でもちょっとだけ何か……その、悩んでしまう。

 

「じゃあ金魚も含めてレジに持って行こうか。もし落としたら大変だから、持って行くのは俺が――」

 

「あっ、待ってヒロト」

 

「ん?」

 

 ヒロトがそう言うのを、私は止めた。

 確かに金魚を飼いたいって思っていた。……だけど、私はね。

 

「やっぱり――止めるよ」

 

「……?」

 

 私の言葉にヒロトは、不思議そうに首をかしげていた。

 

「止めるって、一体どうして。ヒナタはあんなに買いたがっていたのに」

 

「うん。確かにそう、なんだけどね」

 

 私は水槽で泳いでいる金魚を見ながら、ヒロトにこう話したんだ。

 

「生き物、だもんね。だから……やっぱり私には、ちょっとね」

 

 生きている物を飼うって、きっと責任があるって思う。だから、考えなおして止めたんだ。私の言葉を聞いたヒロト。彼は成程って、軽く頷くと。

 

「そっか。ヒナタがそう言うなら」

 

「ごめんね、せっかくヒロトが私のために連れて来てくれたのに」

 

「大丈夫、全然構わない。お土産屋にはどの道行く予定でもあったから。……そうだ」

 

 するとヒロトはすぐ近くの棚の所に行って、ある商品を手に取って、こう言ってくれたの。

 

 

「その代わりと言っては何だけれど、良かったらこれを買って行かないか?」

 

 

 

 ――――

 

 買い物をして、お土産屋さんを出た私たち。

 

「ふふっ、お土産だとか色々買っちゃったね」

 

「これくらい買えばみんなの分も足りるかな。けど確かに、思ったよりも買い物をした気がするな、これは」

 

 手元にはお店で買ったお土産やグッズが入った袋を下げて、それに……ね。

 

「ヒロトの言う通り、これも可愛くていいね。それに、抱いていてフワフワで心地もいいから」 

 

 金魚は結局飼わないままだった。だけど、ヒロトからの勧めで本物の金魚の代わりに手のひらサイズのフワフワな金魚のぬいぐるみを買ったんだ。

 

「ああ。この手触りは俺も気に行ったから。ヒナタも、ぬいぐるみならいいかなと思って」

 

「うんうん、ぬいぐるみだったら私も……大丈夫だよ。ありがと、ヒロト」

 

 私に対しての優しさに、私は笑顔でお礼を伝えた。

 

「どういたしまして。それにほら、ぬいぐるみならこうして――お揃いにだって出来るから」

 

 あとね、この金魚のぬいぐるみはヒロトと一緒に二人分買ってお揃いにしてもいるんだ。それも私は嬉しく思うの。

 ヒロトは自分の金魚のぬいぐるみを見て、呟いたんだ。

 

「金魚のぬいぐるみさ、この白と赤の感じ、ダイバールックのヒナタにも似ている気もして……それもいいなって」

 

 そんな風にも彼は言ってくれた。褒めてくれているのかな、何だかそれも照れてしまうよ。私も手元にある金魚のぬいぐるみを眺めて、呟く。

 

「たしかにGBNの私に、似ているのかな?

 ……そう言えば」

 

 ぬいぐるみとはまた違うことになるけれど、私はある事に気が行ったの。

 

「空、もう夕方だね」

 

 見上げた空はいつの間にか夕暮れ色に染まりかけていて、こんなに時間が過ぎていたんだって実感する。

 

「こう過ごす時間って、何だかあっと言う間だよね。もうすぐ一日も終わりなんだね 」

 

 こう考えると寂しく思えて。でも、ヒロトはそんな私に言ってくれたんだ。

 

「たしかに、もうすぐ夜になる。けれど旅館に戻るバスの最終便は十時くらいだから、まだ色々観て回れるよ」

 

「……あっ、そうなんだ」

 

 彼はそんな所まで確認してくれてたんだ。私もちょっと時間を見てみると今は五時過ぎくらいで、ヒロトの話でなら後五時間、観光出来る時間があるって事だよね。

 

「良かった。ならもう少し、町を周れるね」

 

「ああ。ここからは温泉をメインに観光しようか。まだ三か所くらいしか入っていないから、もっとあちこち行ってみたくてさ」

 

 何だか、今日も色々と彼に助けてもらっちゃってる感じだよね。本当に、助かっているんだ。

 

「ありがとね、ヒロト。後、夜ご飯もどこかで食べたいよね。

 なら温泉にも行って、途中で良いお店があったらそこにも行っていいかな?」

 

 私からもそんな風に提案してみたの。ヒロトはもちろんと、こたえてくれた。

 

「勿論いいと思う。せっかく来たんだ、まだまだ……楽しんで行こう」

 

 ……だね。もうこんな時間だけど、それまで色々出来たもん。こうしてお土産だって。

 だから、ちゃんと最後まで――ね。

 

 

 

 

 ―――

 

 もう外は完全に夜になって、空にまん丸な満月が上る中、私はヒロトと町中を歩いている。

 

「旅館からだと見えなかったけれど、ここからだと月が見えるんだね」

 

「ああ、確かに。満月か。星も良いけれど月も……良いものだ」

 

 二人で空を眺めて歩いて、身体もさっき入ったばかりの温泉のせいで火照った感じで。まだホカホカだったんだ。

 

「さっきの温泉も、柚子だったっけ、それが沢山温泉に浮かんでいて香りが良かったもん。あんな温泉もあるんだね」

 

「確かにな、俺もああした温泉は始めてだ。それに別の温泉ではサウナもあったし、あれも初体験だったな。俺には……結構暑かったけれど」

 

「あそこでのサウナ、入って来たんだね。ヒロトの言う通りちょっと暑い気もしたけれど、でも、私はあれはあれでサウナって感じで、悪くなかったけどな」

 

 歩きながら私たちはここまで立ち寄った温泉の話をしたり。それにね、温泉だけじゃなくて。

 

「それにね、お腹もいっぱいで大満足だよね。温泉だけじゃなくてちゃんと美味しいレストランもあったから。

 昼ご飯が和食だったから、夕食は洋食って言う事でハンバーグ。……ハンバーグはハンバーグでも和風ソースの、少し酸味が効いて良い味だったね」

 

「夕食は俺もヒナタと同じ和風ハンバーグを頼んだけど、やっぱり美味いかったな。さすがに温泉街で完全に洋食って言うのもあれだったし、それに君とお揃いを頼むのも、良いと思ったしさ」

 

「レストランでもヒロトとこうして過ごせて、私……本当に今日は楽しかったな。……それと」

 

 今日は沢山、いろんな所を巡って楽しかったんだ。でもね、もうそろそろ。

 

「ヒロトの言っていたバスの最終便まで、もう少しだね。旅行は二泊三日だから、明日には帰らないといけないから」

 

「そうだな。考えると、何だか寂しくなる」

 

 ヒロトも私の言葉に頷く。

 もうすぐ、この楽しかった温泉街の観光も終わり。寂しく思うのは私も同じなんだ。

 

「さびしいよね、やっぱり。もっと時間があれば良かったのに、ね」

 

「仕方がないさ。それに、初めてのヒナタとの温泉街、十分楽しめたと思う」

 

「それは私もだよ。だけど、何だかつい……ね」

 

 名残惜しい感じでそう話しながら、私たちはある所に辿り着いたんだ。

 そこは、温泉街の真ん中を流れる川に架かっている大きな橋の上。――温泉街が一番良い眺めで見える、そんな所。

 

「ここからの眺め、やっぱり一番だよね。建物も灯りできらきらで、下に見える川だって夜空の星で輝いて見えるの。

 でも何よりも、川に移る大きな満月が、何だか神秘的で良いと思うんだ」

 

「月か。たしかによく映っているな。それに

昨日の時に初めてここで見た時と、全然雰囲気は違う。昼間と夜とだと、まるで別だ」

 

 橋から見渡すこの景色。ヒロトもこの景色を眺めて、感慨深げみたい。

 

「だよね。夜の温泉街の景色……ヒロトと見れて、いいんだ」

 

 そんな風にうっとりしながら思っていた私。けれど、時間はまだあと少しだけ残っているから。――だから。

 

「ねぇ!」

 

「……っと」

 

 私は傍にいるヒロトの手を繋いで、軽く引っ張って促すんだ。

 

「まだちょっと時間があるから。――だからあと一か所、温泉に行こう」

 

 せっかくだもん。あと少しでも、最後にもう一回温泉にでも行きたいって思ったの。

 

 ――実はちょっと一か所、気になっていた温泉があるんだ。でもどうするか迷って後回しにして悩んでいたけど、最後だから。もっと勇気を出さないと、ね――

 

 

 

 ――――

 

 あと少し時間があるから、最後にもう一度温泉に入りに来た私たち。

 やって来た温泉は露天風呂で、夜空が見えて開放的な空気感。温泉そのものだって良い感じなの。

 

「やっぱり良いよね、迷ったけど来て良かった。他には誰もいなくて独占出来るから」 

 

 広いお風呂に、時間のせいなのか……それとも運がとても良かったのか、他のお客さんは誰もいないの。今この温泉に入っているのは私と、そして――。

 

「まさか、こう言う所に入るなんて。……はは、驚きだ」

 

「……やっぱり恥ずかしいかな、ヒロト。でも私も…………凄くドキドキなんだ」

 

 この温泉には私とそれにヒロト、二人きりで入っているの。これまでみたいに男湯女湯で別れているんじゃなくて、同じ温泉で二人一緒、すぐ隣同士で。

 

「「………」」

 

 全裸……と言うわけではなくて、それぞれ隠すべき所はタオルでちゃんと隠している。だけど隣り合って一緒に入っているんだけど、お互いの事を直視できないでいた。

 

「それにしても混浴温泉か。まさかヒナタから、こう言う所に誘うなんて」

 

 そう言って、ヒロトがちらって視線を向けたのを感じる。……私も、少しだけ横目で彼を見て返したんだ。

 

「せっかくだから、ヒロトと一緒に温泉に入れたらって思ったんだ。…………だって、もう私たちは恋人だから、いいかなって」

 

 今までただ幼馴染みだけだったらあれかもしれないけど、今の関係ならこうして、二人一緒に温泉に入るのもありかもって思ったの。幸い他にお客さんはいないから、二人っきりで……それも良い機会だなって思ったけれど。

 

「やっぱり、こういうのって照れちゃうよね」

 

「確かにそうだな。こんなのは初めての経験だから。もちろんヒナタとも」

 

「一緒に温泉に入りたいって……私のわがままかもしれないけど。もしかして嫌とかじゃ、ないかな?」

 

 少し無理させたんじゃないかなって、私は心配したけれど、ヒロトは。

 

「ううん、そんな事はない。一緒に温泉に入るのも良い思い出だ。せっかく温泉旅行にも来たんだ、こう言うのだって悪くない。

 でもやっぱり、なかなかに照れてしまうな」

 

「……だね。ちょっと……気恥ずかしいって、言うか」

 

 正直、自分でも――タオルを巻いていてもその下は――裸で二人きりなのはちょっと、それなりには恥ずかしい。どうしても自分や、ヒロトの事を強く意識してしまうって……言うか。

 

 ――でも、ずっとこんな感じじゃダメだもんね。混浴で……ヒロトと一緒なのに、せっかくだからもう少し――

 

 私はちょっとだけ顔を向けて、彼の様子をよく見てみるの。

 温泉縁の岩場にもたれて半裸で温泉を気持ちよさそうに満喫しているヒロト。腰にタオルを巻いていて下は隠しているけど……こうしてほとんど裸で一緒に入るなんて初めてな気がする。もしかすると小さい時とかに入った事があるかもしれないけれど、でもこんな風にだなんて。

 

 ――やっぱり男の子、だもんね。身体は思っていたよりがっしりしていて、たくましいって言うのかな。……ヒロトってば、あんな風だったんだ――

 

「……ヒナタ?」

 

「あっ」

 

 そんな風にしていると、ヒロトの方も私の事を見ていて、視線が合ったんだ。

 

「――ううっ」

 

 ヒロトは今、同じように緊張している感じだけど、私の事を見てくれている。彼から視線を感じるのは嬉しくもあるけれどやっぱり少し、ううん、本当は結構恥ずかしかったりするし、もっとドキドキとしてしまう。

 思わず胸元から巻いていたタオルを少し上げたりして襟元を正すと、照れ笑いを彼に向ける。

 

「あのね、ヒロト。こんな所で自分から言うのもあれかもしれないけど、今の私って……どうかな。

 もし気に入ってくれたら、その……」

 

 自分でもいくらかどぎまぎしながら聞いてみると、ヒロトは私を改めて見ている感じで、そして。

 

「ヒナタの――今の姿、か」

 

 ……今更だけどこんな質問をして、自分でも後悔してしまったかも。私の姿を眺めながら段々と顔を赤らめている彼、困らせてしまったのかなって。

 でも、それから口を開いて、こんな風に言ったんだ。

 

「とっても……女の子って感じがする。もちろん良い意味で、その……セクシーで、綺麗だと思う」

 

 何だか凄くドキドキした感じでヒロトは答えてくれた。だけど、それと同時に我慢できなくなったみたいに、視線を私から外して俯く。

 

「もっと、上手く俺の気持ちを伝えられたら良かったけど、ごめん。変な感じの、ありきたりな感想で。でも今のヒナタだって、俺は――」

 

「……大丈夫だよ、ヒロト」

 

 私は隣にいるヒロトに、距離を縮めて……ぴたって、肩だとか身体が少し触れ合うくらいに。これは彼は驚いて、真っすぐ私の方に顔を向けるの。

 さっきまで横目で互いを見てばかりだったけど、今はすぐ近くで正面から、見つめ合う私たち。

 

「ヒロトが想ってくれている気持ち、伝わっているから。こうした恰好でいるのも初めてなのに、綺麗だって言ってくれて」

 

 綺麗だって言ってくれたこともだけど、想いを伝えるために頑張ってくれた事だって、私は嬉しいって思うの。あとは、もう一つ。

 

「ふふっ。それにヒロトから『女の子って感じ』だとか、『セクシー』だなんて。

 もしかすると、初めて言われたかも」

 

 本当に初めてかもしれないから。私はつい、また照れたようにして笑ってしまう。だけど、ヒロトは恥ずかしいと言うか、気まずそうに少しうつむく。

 

「やっぱり、変な事を言ってしまったな。ヒナタが女の子なのは当たり前なのに、わざわざそう言うのも失礼かもだし。セクシーだなんて……もう少しまし言い方があったかもなのに」

 

 何だか悪いと罪悪感を覚えているみたいな彼。 

 

「ううん! 私は嫌って言うわけじゃ、ないんだよ」

 

 そんなつもりじゃないんだって、両手を振って慌てて私はフォローする。ヒロトがそんな風に言ってくれたの、全然嫌じゃなくて……むしろ。

 

「――むしろね、私が一番嬉しかったのは、それなんだ」

 

「……? それって、どう言う事なんだ?」

  

 疑問に思っているみたいなヒロト。私は、軽く表情を緩めてそして、左手を伸ばして彼の右手に手を繋ぐんだ。そしてそのまま手を引いて、自分の胸元に持って行って彼の手も一緒にくっつけるの。

 

「ヒナタ!?」

 

 びっくりするヒロト。自分でも、積極的すぎるかもって思いもしたけど、つい我慢出来なくて。だってこんな風に出来るのは今が一番だって、そうも思ったから。

 胸元にくっつけた彼の手。私の体温と心臓の鼓動が、伝わっていくのを感じる。

 

「ヒロトがそんな風に意識しているのが分かって、私、すごく嬉しいし幸せなんだ。

 女の子だって――異性だって、見てくれているって事だよね」

 

「それは……その」

 

 向こうもさっきよりドキドキしているみたいなヒロト。私だって同じように、心が鼓動をうっているんだ。

 

「ただ友達ってだけじゃなくて、そうして見てくれているのかどうか、実は少し自信がなかったんだ。だから、言われて胸がドキッとして、温かくなったんだ」

 

 私はもうすぐ近くまで彼に近づいて、こう聞いてみるんだ。

 

「ねぇ、さっき言った通り私って、女の子って感じかな……ヒロト?」

 

 そんな質問に、ヒロトはまだ照れている感じだったけれど――私の目を真っすぐ見つめて、答えてくれた。

 

「――ああ。ヒナタは女の子としても魅力的だ。……とっても」

 

 うん――うれしいな、そう応えてくれて。本当に嬉しすぎて、どうにかなってしまうくらい。

 

「ふふっ、やっぱり温泉旅行が出来て良かった。ヒロトとこうして過ごせたから。普通だったら過ごせない、大切な時間を」

 

 感慨深くなって、ついそう呟く私。ヒロトもそれには同意見みたいで。

 

「ヒナタには感謝だな。君がくじ引きで温泉旅行を当ててくれたから、こうして素敵な時間を過ごせた。だから、ありがとう」

 

「どういたしまして。私の方こそ、一緒に旅行について来てありがとうね」

 

 そう言うと彼も笑顔を、清々しげな良い笑顔を見せてくれたんだ。そして、こんな事を。

 

「あのさ、ヒナタ。今回はたまたまだったけれど、また……君と旅行に行きたい

 同じように温泉旅行でも別の旅行とかでも構わない。二人でこうしている時間がとても良いから、何より俺自身が――ヒナタとそうしたい」

 

 ヒロトの想い。そんな言葉が聞けて、私は感激したんだ。

 ううん、それだけじゃなくて二人で旅行をした思い出もそうだけど……彼が私に向ける想いも、たくさん知ることが出来た気がするから。温泉って、まるでいつもとはちょっと違う感じで打ち解けるのかな。

 だからね――私はこんな風に、思ったの

 

 

 ――やっぱり温泉は素敵だよね。温かくて、身体までこうしてポカポカだもん。……でもポカポカなのは、温泉のせいだけかな――

 

 

 

 

 ――――

 

 ――二泊三日の、短かったかもだけど長くも思えて、楽しくて充実した旅行。

 次の日、私たちは帰りのバスと電車に乗り継いで帰って来たんだ。新幹線で街まで戻ってきて、そのまま家に。

 

「ようやく帰りついたね。やっぱり、いつもの家も落ち着くよね」

 

「そうだな。俺の家だけれど、ヒナタが落ち着ける気分なら、それに越したことはない。移動でも結構疲れたと思うから」

 

 私の家は、丁度両親が出かけていたから。だからせっかくって事で、ヒロトの家にそのままお邪魔したの。

 

「二人とも、お疲れ様。良かったら麦茶でもどうかしら?」

 

 ソファーに座ってゆっくりしている所に、ヒロトのお母さんが私たちにグラスに入った冷たい麦茶を持って来てくれた。

 

「ありがとうございます。麦茶……冷たくて、美味しいです」

 

 口にした麦茶は冷え冷えで、おいしかった。ヒロトのお母さんはにっこり笑って。

 

「ねぇ、旅行は楽しんで来たかしら? 良ければ後で、思い出話でも聞かせて欲しいわ」

 

「母さん、もう少し待っていてほしい。あとちょっとヒナタとゆっくりしてたいと、言うか」

 

 ヒロトはそうお母さんに話していた。

 

「あっと、お邪魔だったかしら。ごめんなさいね……なら、若い二人でゆっくりしてね」

 

「俺の方こそごめん。それに麦茶、ありがとう」

 

 そうしてまた二人の空気に戻る私たち。

 

 

 昔から通いなれた彼の家で、ヒロトとこうして。……私たちは旅行に行って、非日常な経験をしてきたばかり。だからかな。 

 

「ふふっ……あのねヒロト、こうしているのも、やっぱり良いよね」

 

「良いって? どう言う事かな」

 

 そう聞いてきたヒロトに、私は軽い微笑みを見せて言ったんだ。

 

「こうしていつもの所でヒロトといるのもいいなって。私、改めて思ったんだ」

 

 旅行での事ももちろん素敵だけれど。けど、旅行って言ういつもと違う経験があったから、いつもの日常もいいんだって。

 ……改めて思ったのは、そう言う事なんだ。




長かった温泉旅行回も完結です。
ここからまた、もう少し番外編が続く感じかな


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番外編その七 ――たまには映画も悪くないよね

 

 今日は学校、いつものように授業を受けている私。教科は数学で、それに試験が近いから勉強には力を入れないと。

 

 ――授業はちゃんとしないとだもんね。うん、ばっちり覚えたし――

 

 クラスメートの勉強に集中しているって感じで、負けられないよね。

 

 ――あっ……うーん、でもこの辺りとか難しそうだな。後でヒロトに教えて貰おうかな。数学だったら、彼が得意だったと思うから――

 

 高校二年生にもなると科目も難しくなって行くから、ついて行くのも大変になるよね。でも、真面目に授業を聞いていれば、大丈夫だもん。

 勉強の方も今だとちゃんと、集中出来るし。……けど、今ちょっとある事を考えて、一人ふふってなってしまう。

 

 ――ヒロトに告白されて付き合い出してからもうしばらくだよね。最初はドキドキが止まらなくて学校の授業だって上手く受けられなかったけど、今はそこまでならなくなったかな――

 

 と言っても、決して彼と恋人になった熱が冷めたわけでは決してないんだ。私のヒロトが大好きだって気持ちは、ずっと変わらないもん。どう言えばいいかな、自分でも強い想いに振り回されなくなった感じかな。

 ……でもとにかく、今は授業に集中しないとね。ヒロトとはまた昼休みくらいにゆっくり過ごしたいなって。

 

 

 

 ――――

 

「ふふっ、ヒロトと一緒にお弁当! この時間を待っていたんだ」

 

 それから昼休みになって、待ちに待ったヒロトとのお昼ご飯。今日は校庭側のベンチで一緒に座ってね。それぞれ用意したお弁当の包みを広げて、弁当箱の箱を開けるの。

 

「ヒロトのお弁当は、焼きそば」

 

「今日は自分で作ってみたんだ。あまりヒナタに用意してもらうのも悪いから、たまには自分でもと思って」

 

 彼は自分でお弁当を用意したみたいで、作って来たのは焼きそばに、あと卵焼き。慣れてないせいなのか、ちょっと焼き焦げていたりとかもしているけど、頑張って昼ご飯を作ったんだって言うのは分かるんだ。

 

「ヒナタのはチャーハンにエビチリに……餃子か。凄いな」

 

 今度は私のお弁当を見るヒロト。彼の言う通り、今日のお弁当は全部中華に挑戦してみたんだ

 

「えへへ、そうかな。中華料理とか慣れてなかったけど、ヒロトに褒めてもらえて、私」

 

「ああ。俺と違って、やっぱりヒナタは料理が上手いから」

 

 ヒロトはそう言ってはいるけれど、彼の焼きそばと卵焼きも。ちょっと不格好かもだけど……でも。

 

「ヒロトのお弁当だって、私、好きなんだ。良い匂いだってするし、きっと味も美味しいって分かるから。だってガンプラも上手く作れるんだし、割と器用でしょ? ――だから」

 

「そうかな? 俺も一応味見はしたけど、美味しいかな」

 

「うん。私も食べてみたいな。――ねぇ、良ければお弁当、それぞれ半分こにしない? ヒロトが作った焼きそばと卵焼きも、食べてみたいんだ」

 

 そんな私の言葉にヒロトはちょっと考える様子だけれど、彼の答えは……もちろん。

 

 

 

 ――――

 

 お願い通り私とヒロトはお弁当を半分こにして、お昼ご飯にしたの。

 

「私の思った通り……ヒロトの作った焼きそば、美味しいね! 卵焼きも火が中まで通って、それに隠し味にチーズを入れているんだね」

 

 そう言うと彼は照れ顔で、頷いて答えてくれた。

 

「よく分かったな。ちょっとだけこだわってみたんだ」

 

「焼きそばも七味で味付けしていて、ピリッとした味がいいな。さすがヒロト!」

 

「ははは、まさか弁当でそこまで褒めてくれるなんて。ヒナタの中華弁当もすごく美味しい。どれも本場の中華料理みたいでさ、特にこのエビチリの甘辛い感じとかは癖になる。

 もし良ければ今度また時間があるときに、作ってほしいくらいだ」

 

 ヒロトのお願いに、私は目いっぱい頷いてこたえるの。

 

「もちろん! ヒロトのためなら私、頑張って作っちゃうから!」

 

 上機嫌になって私は、笑顔で軽くファイトポーズをとってみせるんだ。

 

 

 そんなこんなで、一緒に楽しく昼ご飯をしている中。ヒロトがある事を聞いてきたんだ。

 

「ヒナタ、良ければ今日学校が終わったら時間があるかな。その……デートとかどうかなって」

 

 デートのお誘い。もちろん私は大歓迎!

 

「うんっ! ヒロトとのデートなら、いつだってOKだよ!」

 

「良かった、そう言ってくれて。実は映画のチケットを二人分友達からもらったんだ。はは……何なら幼馴染みの彼女と行って来いってさ、変な気を遣うものだよな」

 

 これには私もクスっとしてしまう。

 

「そんな事があったんだ。嬉しいけど、ふふっ、クラスメートにも周知されているんだったね。改めて考えるとちょっと照れるかも」

 

 ヒロトもつられて軽く微笑んだ感じで。

 

「俺も言われた時にはドキッとしたさ。でも、言われて悪い気は全然しないと言うか、応援してくれるのは分かるから」

 

「その気持ち、私も分かるな。女の子の友達も私が付き合い出した事を知って、たくさん祝ってくれたもん。何だか、ヒロトとはいつかそうなるんじゃないかなって……思っていてくれたみたいで。だからね」

 

「ははは、俺も同じ感じだったよ。むしろようやく付き合ったのかって、俺の場合はそんな風に言われたな」

 

 でも、彼ははっとした表情をして、改めて言ったんだ。

 

「……そうだった。ヒナタは映画館に行っても良いって、言ってくれたんだよな。なら学校が終わったらそのまま行こうか、家に帰ってからだと時間がギリギリっぽいしさ」

 

 ヒロトのその言葉に、私はうんと頷いた。

 

「分かったよ。じゃあそうしよう。ふふふっ、今からでも待ち遠しいな」

 

 

 

 ――――

 

 今日は映画館デートに行こうって言うヒロトとの約束。午後の授業を受けながら私は、それを待ち遠しく思っていたの。

 そして――放課後。チャイムと一緒に最後の授業が終わった私たちは、荷物をまとめて一緒に学校を出たんだ。

 

「ようやく学校も、終わりっ! いよいよヒロトと映画館だね!」

 

 気分が弾んで、道をつい少しステップで渡る私。一緒に歩いているヒロトはそんな私を見つめて……

 

「随分と上機嫌だな、ヒナタ。そんなに映画が楽しみだったなんて」

 

「映画だってもちろん楽しみだよ。けれど、やっぱりヒロトとデート出来るのが一番、私にとっては」

 

 ヒロトは私の言葉を聞いて、にこっと笑顔を投げかけてくれたんだ。

 

「そう思ってくれて感激だ。ヒナタとのデート、俺だって最高に幸せな気分だ」

 

 そう言って彼は私に手を差し伸べる。

 

「良かったら映画館まで、手を繋いで行こうか。――君と一緒に」

 

 私だけに向けられた手。手を繋いだことは付き合ってから何度もあるけれど、その胸からこみ上げるドキドキと嬉しさは、いつだってすごく良い気分なのは変わらないの。

 

「うん! 映画館に着くまで、手を離したら……嫌だよ」

 

 ヒロトの手を、私はそっと握った。

 そうして一緒に映画館に行くの……今の一時だけでも、幸せで一杯なんだ。

 

 

 

 ――――

 

 二人で街を歩いて映画館に。

 もちろん手を繋いで。何度か人から気になる感じで見られもしたけれど、でも私は気にならないくらいに――満ち足りている気分で。

 そんな、こんなで。

 

 

 

 映画館があるのは大きなショッピングモールがあるビルの上階、エスカレーターに乗って映画館のフロアに向かっている所なの。

 

「もうすぐ映画館……割とここまで歩いたね」 

 

「だな。上映の時間にも間に合って、良かった」

 

 時間を確認してヒロトは、そんな風に話した。でも、そう言えば。大事な事を一つ聞くのを忘れていたんだ。

 

「そう言えば、これから見に行く映画……何なのかな? もし知ってたら教えて欲しいな、なんて」

 

 これから観る映画の内容、そう言えばどんなのだろうって気になったから。

 

「……っと、俺とした事が、教えるのを忘れていたな。確か――」

 

 ヒロトもはっとした感じで、バックの中に手を入れてチケットを取り出す。私がチケットの内容を見てみると。

 

「えっと、『虹色ガールカルテット』? アニメ映画みたいだけど……ラブコメ、なのかな?」

 

 チケットには学生服を着た可愛い女の子のイラスト。でも、髪型とか雰囲気の感じが、ちょっと私に似ているかも。

 それに私の言葉に、ヒロトはうんと答えてくれた。

 

「その通りだ。見ての通りこの映画はラブコメ、恋愛もののアニメ映画なんだ。詳しい内容は聞いてないけど、友達いわく俺達におススメ――だってさ」

 

「なるほど、ね。そんな風に言われるとなおさら楽しみになるよね」

 

 話しているとエスカレーターを上がりきって、映画館に。

 ロビーは広くて、大きなモニターには上映中の映画のコマーシャルが流れている感じで。それにホットドックやポップコーンを売っている所に、映画関係のグッズを売っている売店とかも。……本当に、全部含めて映画館に来たんだなって感じだよ。

 すぐ近くにはチケットを売っている券売機もあったりで、お客さんが映画のチケットをそこで買っている所が見えたりも。

 

「俺たちはもうチケットがあるから、そのまま映画館に入れば済む。けれど、どうしようかな」

 

 ちょっと何か考えているみたいな感じのヒロト。

 

「何か考え事?」

 

「いや、さ。映画館にこうして映画を見に来たんだ。あそこで飲み物と食べ物でも買うのもどうかなって、思って」

 

 映画を観ながら飲んだり食べたりか……こうしたのもあるあるだし、せっかくだしね。

 

「いいと思うな! お財布にも余裕があるからワタシに任せて。そのためにもアルバイトとか続けてるもん」

 

「それくらいなら俺でも大丈夫、小遣いにもまだ余裕があるから。……でも、俺もそろそろアルバイトでもした方がいいかな」

 

 最後は少し小声でつぶやいた感じで。でも、すぐに改めた感じで私に笑みを向けると、、こう言ったんだ。

 

「じゃああそこで買って行こうか。飲み物は何がいい? 食べ物は……ホットドックかポップコーンか、俺も悩むな」

 

 そう考えると、やっぱり映画館には欠かせないよね。うーんと……私もどうしようかな。

 

 

 

 ――――

 

「……うん、ヒナタのこのキャラメル味も甘塩っぱくて、くせになる。なかなかな味だよ」

 

 映画館の中、スクリーン前の席に座った私たちは今、買って来たポップコーンをちょっとつまんでいる所だったの。私はキャラメル味で、ヒロトはバター醬油味。それぞれのポップコーンもこうして食べ合いもしたり……彼は私のキャラメル味も気に入ってくれたんだ。

 私もヒロトのバター醬油味のポップコーンを、一口。濃いめのバターと醤油の味が、ぐっと口の中に広がるの。

 

「バター醬油も、とっても美味しい! 甘いのも良いけど、こう言う味もいいよね」

 

 バター醬油のポップコーンを食べて、私は席の横のドリンクホルダーに置いてあるジンジャーエールドリンクを一口、口に含む。

 

 ――こっちも飲み物に合う味だよ。スカッと爽やかって感じで――  

 

 そう思いながらまたジンジャーエールをもう一口。そして映画のスクリーンに目を移すの。

 

「色々と面白い映画もあるよね、こう見ていると」

 

「まぁな。最近でも結構映画が作られているんだな。洋画のアクション物だとかも、また新しく作られるみたいだし。……カーアクションは定番か」

 

「そうした映画も良いと思うな、私も! 何だかまた映画館に行きたくなるような、そんな気分になるよ」

 

 辺りはもう半分暗くなって、スクリーンでは映画のコマーシャルが流れているの。この様子だと本編が始まるまでもうすぐだよね。

 

「ヒナタのその気持ち、俺も分かる。……っと」

 

 同じようにコマーシャルを見ていたヒロト。けれどある場面で、彼は驚いたみたいな反応をする。反応したのは今やっている映画のコマーシャル。ガンダムの映画みたいで、横にアーマーが広がった感じの、まるで戦闘機みたいな大型ガンダムが空を飛んで空中戦をしているシーンが大迫力の。

 

「まさかこの映画の再上映があるなんて、驚きだな」

 

「えっと、ガンダムなのは分かるんだけど……何だったけ、ヒロト」

 

 今映っているガンダム、分からなくてヒロトに聞いてみるんだ。すると彼はこう教えてくれた。

 

「あのガンダムはクスィーガンダム、ミノフスキークラフトを備えて高速で空を飛翔して、ファンネルミサイルと言った大火力の装備を備えた、宇宙世紀後期のあの時代において最強のMSとも呼べるガンダムさ」

 

「やっぱり、とっても強いガンダムなんだね。活躍を見ると私でも少しは分かるから。……私の知っているガンダムの姿から、なかなか離れている気もするけど」

 

 だってあんなにトゲトゲして、大きい姿だもん。普通のガンダムとは違う感じがしたから。

 私がそう言うとヒロトは、確かになって一言呟いて軽く笑うんだ。

 

「はははっ、ヒナタの言う通りだな、それは。クスィーガンダムも、それにこの映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』はこれまでのガンダム作品の中でも異質だから。

 ……この映画、再上映されるならぜひ観てみたい」

 

「そう言われると気になっちゃうな。観に行くなら私も一緒に、いいかな?」

 

 そんな私の提案。ヒロトはちょっとドキッとした感じだったけど、すぐに優しい顔を向けて一言。

 

「ああ――もちろんだ」

 

 こう二人で話していると、開幕のブザー音とともに辺りは暗くなった。コマーシャルも終わってスクリーンも真っ暗に……いよいよ、映画が始まる感じだね。

 

「映画、そろそろだね。静かにゆっくり、楽しもう」

 

 そうして映画を、ヒロトと二人で観ることに。ゆっくりして行こうね。

 

 

 

 ――――

 

 ――やっぱり面白い映画だね。ヒロインは可愛いし、それに主人公との場面も観ていてドキってするもん――

 

 私たちが観ている映画、『虹色ガールカルテット』。内容は思った通り、とてもキラキラした青春ラブコメって感じの映画みたいなの。

 内容は普通の男子高校生の主人公、『二条タケル』君と小さい頃からの幼馴染みで同じ学校に通うヒロイン『虹園ひかり』との学園ラブコメと、そして恋愛が中心のストーリー。二人とも仲が良いんだけど、ヒロインには大人気の四人組アイドルグループ『虹色ガールカルテット』のリーダーだって言う秘密があるの。学園生活とアイドル、二つの生活の間で揺らぐヒロインが、大好きな主人公の子に振り向いてもらうために頑張るのが本筋なんだ。

 自分がアイドルであることがバレそうになったり、それに学校のクラスメートで同じ『虹色ガールカルテット』のメンバーでもある残り三人の女の子も主人公に恋心を抱いていたりで……まだ途中だけれどハラハラしているんだ。

 

 ――ひかりちゃんとタケルくんとの恋はどうなるんだろう? タケルくんは、グループのメンバーで学校の後輩の『月崎しずか』ちゃんと水族館のデートにも行って……良い感じだし、ひかりちゃんももっと頑張って欲しいよ――

 

 今はそのメインヒロイン、ひかりちゃんと主人公のタケルくんと昼休み、二人で過ごしているシーン。今までは幼馴染だけれど、この機会に距離が縮んだらいいなって。

 

 ――せっかくのチャンスなんだから、もっと積極的に頑張ればいいと思うのに。ううっ――

 

 仲良くして微笑ましいけれど、今はまだ想いを伝えられてない感じで、ちょっと観ている私もやきもきしてしまう。そんな時に。

 

「……ヒナタ」

 

 映画を観てると、隣にいるヒロトが周りの迷惑にならないくらいに小声で、声をかけて来たんだ。

 

「うん? どうかした?」

 

「こうした映画は俺も経験ないんだけど、面白いな、やっぱり。主人公とヒロインの関係がドキドキすると言うか、微笑ましいと言うか。……でも、やっぱり二人の仲が気になるな」

 

 彼のそんな言葉。私も、そうだねってこたえるんだ。

 

「うん。仲がいいのは良いんだけど、もっと進展しないかなって」

 

「そうだな。たしかに主人公は他の子とも仲が良かったりするし、誰と結ばれるかまだ分からないから。

 ヒロインの子、主人公の事をとても強く想っているのは分かるけれど……伝わるかな」

 

 映画は今真ん中くらい。他の女の子ともだけど、やっぱり主人公とヒロインとの関係が中心で、二人の仲良い感じを見ているとやっぱり応援したくなるもん。

 

「うん、伝わればいいね。――最後まで一緒に、見守ろう」

 

 この恋の結果もどうなるのか、気になるから。だから残りの映画も見逃せないよね。

 

 

 

 ――――

 

 映画『虹色ガールカルテット』も、いよいよ終盤。

 想いの通じ合った主人公とヒロイン――ひかりちゃんとタケルくん。……だけどアイドルだって秘密がついに気づかれてしまって、そのまま恋人になっていいのか二人は悩むんだ。

 アイドルは夢だったけれど、主人公との恋も諦められなくて。――そして。

 

 

 夜の、イルミネーションの灯った広場で。待ち合わせをしていた二人。

 

 ――いよいよクライマックスだね。ようやく、告白かな――

 

 広場で出会って向かい合う主人公、そしてヒロイン。この様子を見ていると私も、あの時の事を思い出してしまう。だってよく似ているから。それは……。

 

「ねぇヒロト、ここのシーン……覚えがないかな?」

 

「もちろんだ。この感じ、俺たちが告白した時と同じだな」

 

 小さな声でヒロトが私にそう言ったんだ。それに、こくりと頷いて応える。

 

「そうだね。あの時……思い出すだけでも、幸せになれるんだ」

 

 さっきから繋いでいた彼の手。つい私はちょっとだけ、さっきよりも強く握ったんだ。あの時……ヒロトに大好きだって、幼なじみだけじゃない、『恋している』って私の気持ちを伝えた時。わがままかもしれないって、分かっていたけれどそんな私の想い。――それにヒロトは応えてくれたの。

 

「今でも思い出すだけで幸せ一杯な一番の思い出。そんな思い出に、何だか似ているから」

 

「ふふっ、その通りだな。あの時は俺も勇気が要った。でも、ちゃんとヒナタに想いを伝えられて心から良かった。――っと」

 

 するとヒロトは映画の方を観るように、軽く指先で指して促す。

 

「そろそろ、良い場面みたいだ。クライマックスだからここからはしっかり見よう」

 

 ……っとと、そうだったね。今はちょうどいい所だから。映画に集中しないと。私は改めてスクリーンを観るの。

 

 

 想いを伝え合う二人。ヒロインはアイドルも大切にしているけど、やっぱり主人公への気持ちは諦められなくて、自分の想いを正直に告白したんだ。そして主人公もヒロインの事を好きでいて、ようやく……。

 

『僕もひかりの事が好きだ。これからは恋人として、付き合って欲しい』

 

『嬉しいな。タケルくん……ずっと一緒だよ』

 

 告白した二人。そして互いに傍に寄って……ようやく。

 

「ヒナタ」

 

 けどその瞬間にヒロトが一言、声をかけて来たんだ。

 

「あれ?」

 

 このタイミングで呼ばれて私は彼に顔を向けた、その時に。

 

「――――んっ」

 

 向けた瞬間に、ヒロトは私のすぐ近くに寄っていて……唇にキスをしたんだ。

 ちらと見える、スクリーンでも映画の二人がキスをしている様子。それに合わせて私とヒロトも、こうして。

 何だか甘くてロマンチックな、ちょっとだけ私には似合わないかもって思いもしたけどでも、とっても素敵なそんな――キス。

 ふわっとした良い気分で、多分しばらくの間続けたと思う。……それから。

 

「驚いちゃった。……ヒロトがそんな事をするなんて」

 

「もしかしてガラじゃないのかもしれないけどさ。映画を観てたらこうしてみたいと、つい思ったから」

 

 自分でも照れるようにしている彼。それから、こんな事も。

 

「それにヒナタ、こうして映画を観て思った事がある。やっぱり好きな人にはもっと自分から想いを伝えて行くのがいいって。だからさっきのキスも、その……だから」

 

 そして私に、こう言ってくれたんだ。

 

「だからこれからもヒナタに、もっとこんな風にしても――構わないか? 君の恋人としても慣れて来たから、もっと想いが伝わるようにしてみたい」

 

 本当はただ映画で一緒に過ごせればよかったのに、こんな事をされるなんて思わなかった。でも――。

 

「……ありがとう。何だかすごく、感激しちゃった」

 

 嬉しい事には変わりがないの。だってあんな風に言ってくれて、それにキスだってしてくれたもん。

 

 ――恋人にはなったけど、やっぱり気恥ずかしいのもあってなかなかキスなんて出来ないから。だから特に――

 

 一人、私は表情をゆるめて、ふっと名残惜しく人差し指でヒロトとキスした自分の唇を撫でるの。だってそれだけ嬉しかったもん。

 

 

 それに映画ももうエピローグ。告白して幸せそうな二人。……こっちも、ハッピーエンドで良かったな。

 

 

 

 

 ―――― 

 

 昨日はヒロトと映画館に行って、いい時間が過ごせたな。

 

「……ふぁ」

 

 朝起きた私。でもちょっとまだ眠気が残って、欠伸を一つついてしまう。

 映画館に行った後、二人でショッピングモールを巡ったり、レストランで夜ご飯も一緒にしたんだ。……簡単に言えばデートを続けて、いつの間にか遅くまで経っちゃった。楽しい時間はあっという間だもんね。おかげで帰るのと眠るのが夜遅くになっちゃった。

 

 ――まだ眠いけど、学校があるもんね。だからしゃんとしないと。それにヒロトも待ってるから――

 

 時間を見ると少し遅い時間に起きてしまっていた。遅刻するのはまずいから、だから早く準備しないとね。

 

 

 

 いつもより急いで学校に行く準備を済ませて、私は家を出たんだ。

 

「ヒナタ、おはよう。よく眠れたか?」

 

 家から出た時、先に準備を済ませていたヒロトが外で待っていてくれたんだ。

 

「あっ、おはよう! ちゃんとグッスリ眠れたよ。でもちょっと眠いかもだけど……ふぁーあ」

 

 また眠くて欠伸をしてしまった。これには自分でも苦笑いをしてしまう。

 

「昨日は結構遊んで回ったからな。実は俺も、く――わぁ、幾らか眠くて」

 

 ヒロトまで同じように欠伸を、一つ。私は少し可笑しくなって。

 

「ふふっ、眠いのはお互いさまだね。だけど先に起きて私を待っていてくれたんだよね。ありがとう、嬉しいよ」

 

「何……それほどでも。当然だ」

 

 ちょっと照れている感じの彼。そして、自分の手を私に差し伸べる。

 

「じゃあ一緒に学校に行こうか」

 

「うん、ヒロト」

 

 私は差し伸べられたヒロトの手を繋いで、ニッコリ笑って応えたんだ。彼も同じように微笑んで。

 

「こうしているのも、幸せだ。――それとさ」 

 

 ヒロトは手を繋いだまま、急にぐっと身体ごと近づけると、軽く私に口づけをしたんだ。

 

「――っと」

 

「えっ!?」

 

 本当に急だったから、私は頭の理解が追い付かなくて固まってしまった。そんな私に彼は優しい笑顔のままで言ってくれた。

 

「言っただろ。もっと想いが伝わるようにしてみたいって。

 だから、こうして出かける前のキスとかもしてみたかった」

 

「それは……とっても嬉しいけど。――でもね」

 

 昨日されたばかりなのに、今日もまたキスをされてドキドキしたままの私。でも、ヒロトはまだまだ言葉を続けて。

 

「喜んでくれるなら、これから出かけるときにはこうしてキスでもしよう。ははは、やっぱり自分でも照れるけど……好きな人とキスするのは良いものだから。

 もちろん他にもヒナタと、もっと心を通じ合いたいと思う。だから――」

 

「うう……っ、嬉しいけど。でも嬉しすぎて……ちょっと」

 

「でもまずは学校だな。いつものように二人で、さ」

 

 私はヒロトに促されて学校へと行くことに。でも、やっぱりドキドキ。嬉しすぎて、凄くドキドキがして止まらないんだ。顔だって赤くて人には見せられないくらいだもん。

 ――でも、こう言うのも幸せだよね。

 赤面した顔だったけれど、私は彼に微笑んで頷いたの。 

 



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番外編その八 私だって、相応しい人になれるように

 

 

 休日の朝、ヒロトとお出かけでもしようかなって家に誘いに行ったんだ。

 だけど、今日は。

 

「……えっ!? ヒロトが風邪で、寝込んで?」

 

「ごめんなさいね、せっかく遊びに誘ってくれたのに。でも熱があって、軽い風邪みたいなんだけれど今日は一日寝込みそうな感じなの」

 

 玄関先で迎えてくれたヒロトのお母さん。それにヒロトが風邪を引いてるって話も、心配だよ。

 

「風邪だなんて、大丈夫かな。良かったら私が看病でも」

 

 寝込んでいるなら彼の看病が出来ればって。だって、私はヒロトの――。

 

「ふふふっ、気持ちはとっても嬉しいけど心配ないわよ。今日は休みでずっと家にいるから、私だって看る事が出来るから。それにもしヒナタちゃんに風邪が移ったら大変ですもの」

 

「それは……でも」

 

 そう言われてしまうと、弱いな。後、お母さんは軽く微笑んでこんな事も。

 

「それにね、あの子の性格から考えても、もし自分のせいでヒナタちゃんが風邪をひいたらすごく悲しんでしまうと思うわ。

 傍に居たい気持ちは分かるけど、今日は我慢して欲しいの」

 

「……」

 

 残念だけど、これじゃ無理に看病するわけにはいかないから。やっぱり任せた方がいいんだよね。

 

「ごめんなさい。でも、ヒロトだってヒナタちゃんに本当に会いたがっていたのよ。だから……」

 

「いえいえ! 私は全然、ヒロトとはまた別の日に過ごせばいいですから。……でも元気になって欲しいって、お大事にって伝えてくれたら」

 

「もちろんよ。ヒナタちゃんがそう言っていた事、知ったらきっとヒロトも喜ぶもの」

 

 ヒロトのお母さんの言葉、私は嬉しく思った。けれど彼と会えないのはやっぱり少し……それなりに、寂しいな。

 

 

 

 ――――

 

 ヒロトが家で寝込んでいるから、私は一人でお出かけすることにしたんだ。

 どう過ごそうか考えて……それでやって来た所は。

 

 

「今日はヒナタさん一人で、何だか珍しいかもしれませんね」

 

「風邪をひいちゃってね、一日は家で休んでいるんだ。本当はヒロトと一緒に来れたら良かったけれど」

 

「そうですか、早く体調が良くなって欲しいです。ですよねメイさん」

 

「ああ。ヒロトが風邪か……重くなければいいが」

 

 GBNの、名前はエストニア・エリアだったよね。この西洋風の街中に私とパルくん、メイさんの三人でいたんだ。

 

「大丈夫だよメイさん。風邪は大したことはないみたいだから、一日寝ていれば平気そうだから。……でも正直私も、心配しちゃっているんだ」

 

 看病はヒロトのお母さんがしているけれど、やっぱり気になっちゃうな。それに風邪で寝込んでいるヒロトだって私、直接様子を確認したわけでもないから、どんな感じか心配になるの。

 そんな私にパルくんは優しい表情を向けてくれた。

 

「ヒロトさんなら平気ですよ。心配する気持ちは分かりますけれど、お母さんが面倒を看ているのでしたら、僕達はいつも通り過ごすのが一番です。

 心配し続けるよりも楽しんだ方がきっと、ヒロトさんは喜んでくれるはずですから」

 

「ありがとうパルくん、たしかにヒロトならそう思うかも……だもんね」

 

 彼はとても優しいって、私も分かるから。パルくんの言っている事は正しいかも、だもん。

 

「今出来る事はないけど、やっぱり後でお見舞いくらいは行こう。でも、そう言えば」

 

 こうしていて一つ気になった事があったの。それはね。

 

「カザミさんも、今日はいないんですね。……どうしたのかな」

 

 パルくんとメイさんはいるのに、カザミさんはここにはいないみたい。何か別の用事があるのかな。

 

「ああ、カザミなら一人でエルドラに出掛けて行ったぞ」

 

 するとメイさんが質問に答えてくれた。

 

「話ではマイヤに会いに行くだとか、だったか。私たちも一緒にとも考えていたが、ヒロトとヒナタが一緒ではなかったから、置いて行くのも悪いと思ってな」

 

 だから二人は。こうして待っていてくれたんだね。

 

「ありがとうございますメイさん、パルくんも」

 

「ふっ、礼には及ばないとも」

 

「僕も……ヒナタさんにも会いたかったですから」

 

 二人ともそう言ってくれて優しいよね。ビルドダイバーズのみんなは、本当に。

 

「……では、ここからどうしようか? 二人とも休みで時間があるそうだから、一日GBNで遊んでいくのか?」

 

 メイさんからの言葉に、パルくんは穏やかな表情のまま首を横に振ってこう答える。

 

「いえいえ。ヒナタさんには会ってすぐで申し訳ありませんけれど、実は僕はもうすぐお二人と別れないとですから」

 

「えっ? パルくん」

 

 唐突な言葉に驚く私に彼は説明してくれた。

 

「実はこれからすぐ、父さん主催のパーティーに家族ぐるみで参加しないとなんです。

 父さんと仲が深い、大企業の社長さんやら会長さんだとかのお偉いさん方にその家族が集まってのパーティーで……僕達が行かないと面子だったりとか色々で、出ないわけには行きませんから」

 

「パルくんの家族が開くパーティー……と言うことは」

 

 パルくんはリアルでは外国の大富豪なんだよね。さっき社長さんや会長さんも来るって言ってもいたから、きっと――。

 

「きっと、とっても豪勢なパーティーなんだろうな」

 

 想像するだけでも憧れちゃうな、やっぱり。

 

「あはは、確かに豪勢と言えば豪勢なのですが、僕の場合付き合いもありますから。色々大変なんですよね。

 ……あっと、でももうそろそろ出ないと不味いかな」

 

 パルくんは改めて一礼して、私達にお別れを言った。

 

「それではヒナタさん、メイさんも。僕はこれで失礼しますね。二人とも、どうか楽しんで下さい」

 

 

 

 と言うことで、パルくんがいなくなって今は私とメイさんの二人。

 

「さて、ヒナタはどうする?」

 

 メイさんに聞かれて、私は考えてからこうこたえる。

 

「私も、午後までくらいにしようかなって。ヒロトのお見舞いにも行きたいから。……何か買ってもいきたいな、せっかくだし」

 

 外に出て来てもいるし、何かお土産でも買って行きたいよね。

 

「ヒロトのお見舞いか……そうか、分かった」

 

 メイさんは一人頷いて、それからこう言った。

 

「だが、午後からと言うことはまだ時間はある。私たちでGBNを楽しむことにするか」

 

「うん、そうだね」

 

 二人だけになっちゃったけど、せっかくだもん。GBNを楽しんで行こう。お見舞いも早く行きたい気持ちはあるけれど、お母さんから大丈夫って言われたから。少し時間を置いてからにした方が良いと思うし。

 私がそう言うと、メイさんはうっすら、凛々しい感じで微笑んだ

 

「そう来なくては。……しかし、やはり二人だけと言うのも寂しいかもしれないな。どうしたものか」

 

 メイさんも二人だけだとあれかもって、考えていたみたいなんだね。それから何故か辺りを見回して、一人納得したような顔を。

 

「……?」

 

 どうしてか分からなくて首をかしげていた私に、メイさんは伝えた。 

 

「すまないが、ちょっと待っていて貰って構わないだろうか」

 

「? 別に大丈夫だけど、どうして?」

 

「実は一人、知り合いに心当たりがある。……幸いにもこの近くにいるようだし、今から呼んで来ても構わないか?」

 

 メイさんの知り合い……どんな人なんだろう? 私の知っている人かな、でも話を聞く限りだと、どうなんだろう。気になるかも。

 

「うん。メイさんの知り合いの人、私も会ってみたいから」

 

 私の言葉に、彼女は分かったって答えると。

 

「少しだけ待っていてくれ、今からその人を連れて来る。……仲良くしてくれれば良いが」

 

 そのままメイさんは、その知り合いの人を呼びに行くために何処かに行ってしまったんだ。

 

 

 

 ―――― 

 

 メイさんが知り合いだって言う人を呼びに行っている間、私は建物の壁にもたれて待つ事にした。

 通りを歩く多くのダイバーの人たち。パイロットスーツや制服、それにキャラクターのコスプレと言ったガンダム作品ゆかりの恰好をしていたり、獣人やエルフ、冒険者みたいなファンタジー世界みたいな姿だったり、こうしてただ眺めているだけでもとっても面白いんだ。そんな人たちや街景色、後は晴れ渡った空を眺めて戻って来るのを待って……だけど、ちょっと遅いかも。 

 

 ――うーん、どうしたんだろう。少し時間がかかっているみたいだけど、何かあったのかな――

 

 知り合いの人を連れて来るのに上手く行ってなかったり、なのかも。だとしたら悪いことしちゃったかも。

 

「すまない、色々あって遅れてしまった」

 

「……」

 

 街の一画からやって来るメイさん。ようやく戻って来たみたい、それに左手で繋いでもう一人、一緒に誰かがいたの。

 二人は私の傍に来て、メイさんは一緒に連れて来た――多分さっき話していた知り合いの人を紹介する。

 

「お待たせした。彼女が私の知り合いで、名前は……」

 

「ワタシに……名前なんて。けれど一応は、そうね――クロとでも呼べばいいわ」

 

 メイさんの隣にいた人。それは黒いパイロットスーツにヘルメットを被った、女の子だった。

 パイロットスーツの体つきから私と同じくらいの女の子みたいなのは分かるけど、でもヘルメットを被ってバイザーまで下ろしているせいで顔は分からなくてそれに、声まで普通より高音で加工されてるみたいで。……何だかちょっと、変わっている子。

 

「初めまして、クロさん。私はヒナタと言います。メイさんとは友達で、クロさんも知り合いだと聞きました。だから今日は私とも仲良くしてくれたら、嬉しいです」

 

 初めて会う人だからちゃんと挨拶はしないと。クロさんは表情は分からないけど、でも優しい感じでこう返してくれた。

 

「ワタシの方こそ、宜しくね。こうして過ごす事になったのですから、互いに満足の行く時間を過ごしましょう。ねぇ、ム…………いえヒナタ、さん」

 

「?」

 

 最後の言葉が、何だかぎこちがなくて不自然だった。……どうしてなんだろう。

 だけど私たちの初対面、お互いの印象は良い感じだったの。メイさんもそれを感じとったみたいで。

 

「二人とも、仲が良いようで何よりだ。

 どうだクロ、やはり私の言う通り、来て良かっただろう?」

 

 メイさんはクロさんに声をかける。けれど、クロさんは彼女に対してそっぽを向いて。冷たく言い放つ。

 

「余計なお世話よ、メイ。それに勘違いしないで頂戴。別に貴方に言われたからではないわ。ただワタシは…………その、ヒナタさんに一度会って話をしたいと思った。たったそれだけよ」

 

「相変わらずだな君は。まぁ、いいとも」 

 

 知り合いだって話なのにクロさんはメイさんの事を、何だかひどく距離を取っていると言うか、嫌っているみたいな感じに見える。メイさんの方は軽い苦笑いで受け流している

みたいだけど、正直仲が良いとはあまり思えなかった。

 

 ――それにクロさんの口ぶり、私は知っている気もするの。誰かだった気がするけれど、えっと――

 

 でも思い出せない。こう言うのって、モヤモヤするよ。

 だけどメイさんにクロさん、仲が悪そうなのは良くないって思うの。せっかく三人でいるんだから、やっぱり。

 

「メイさん、クロさんも」

 

 距離がある二人。私はその間に入って、それぞれの手を握って繋ぐ。

 

「ヒナタ、君は」

 

「……貴方」

 

「どうしてなのか分からないけど、せっかくGBNで一緒になれたから。だから仲良くしよう、二人とも」

 

「「……」」

 

 メイさん、クロさんは揃って私を見て、それから互いに顔を見合わせると。

 

「だそうだ。クロ、ヒナタはああ言っているが、どうする?」

 

「ワタシは……そう、ね」

 

 少し間が空いた後、クロさんはメイさんと、それから私を見て言ったんだ。

 

「分かったわ。今のはワタシが……悪かったわ。仲良くしないとなのに、あんな態度をとってしまって」 

 

 クロさんは謝ってくれた。

 変わっていて、色々気になる感じの不思議な人。だけどこうして素直に謝ってくれたんだもん、悪い人では……ないと思うんだ。

 

「私のお願い、聞いてくれてありがとう。クロさんは優しい人なんですね」

 

 私はクロさんにお礼を伝えた。すると彼女は、今度は照れたようにして視線を逸らして。

 

「そんなつもりなんて。ワタシはただ貴方が言うのならと、たったそれだけだわ」

 

「ふふっ、クロさんってば」

 

 照れているのを誤魔化すのが下手で、本当に素直なんだろうな、きっと。

 それからこうして打ち解けたような感じだもん。私は二人に、こう言うんだ。

 

「さて、と。こうして仲良しになったんだもん。改めて三人でGBNを楽しもう!」

 

 私の言葉にメイさんは微笑んで応えて、クロさんは……顔は分からないけど、でもきっと思いは同じだって思うから。

 

 ――初めて会う人だけど、クロさん、か。こうして会えたんだから仲良くしたいよ。友達にだって、なれたらな――

 

 

 

 

 ――――

 

 そうして私とメイさん、クロさんの三人でGBNで過ごす事にしたんだ。まずは早速――

 

 

〈ふっ、これぐらいの敵ならば、造作もない!〉

 

 メイさんの乗るガンプラ、ううん、モビルドール……って言うんだっけ。彼女そっくりの機体を使って戦うんだ。

 今は高難易度ミッションの最中。宇宙空間を舞台にして次から次に現れる、色々なガンダム作品の主人公機を相手に戦っていく内容なの。

 

 ――やっぱりメイさん、強いな。主人公のガンダムを相手にあんなに戦えるなんて――

 

 私は比較的戦いに巻き込まれないくらい離れた場所で、そんな戦いを見ていたの。

 ……実は私もガンプラに乗ってミッションに参加しているんだ。使っているのはライジングガンダムって言う、Gガンダムのヒロインが使っていた機体。赤と白を基調にした色と、それに一番の武器が弓なんだ。だから私に一番合うガンプラだって思って。

 それにこのライジングガンダムはヒロトと一緒に組み立てて貰った、大切なガンプラ。ガンプラバトルだって彼とGBNで過ごした時に何度か教えて貰っているもん。だから戦えないことは、ないんだ。

 

 ――今は私の所には来てないけど、援護はしないと――

 

 向こうでメイさんが戦っているのはZガンダム。戦闘機みたいな形に変形するガンダムなの。そんなガンダムとメイさんが乗るモビルドール・メイはビームサーベルを武器にして近接戦を、私は戦っているZガンダムにライジングガンダムの武器であるビームボウ――ビームを撃ち放つ弓を構えさせた。

 

 ――これでも私は弓道部、弓を扱うのは得意だから――

 

 狙いを定めてそのまま一撃、ビームの矢を私は放った。

 矢は真っすぐ飛んで、メイさんが戦っているZガンダムに命中して撃ち貫いた。

 

「やった! 上手く命中したよ!」

 

 弓の一撃が命中して、それに上手く相手を倒せたことではしゃいでしまう私。メイさんも私にお礼を言ってくれる。

 

〈ヒナタのおかげで助かった。ありがとう、さすがだ〉

 

 そんな風に言われると、照れちゃうよ。

 

「えへへっ。今の私、恰好良かったかな? ……きゃっ!!」

 

 でも調子が良い状況は続かなかったんだ。いきなり、私が使っているガンプラに攻撃が命中して大きく揺れたの。

 見ると私がいる方に別のガンダム、ガンダムSEEDのストライクガンダムがビームライフルを片手に向かって来ているのが分かったんだ、けれど……。

 

「うわわわ、っ」

 

 攻撃にビクッとなって私は固まってしまう。その後シールドを構えて防御するけれど、迫って来たストライクガンダムは先に回り込んで、更にもう一撃。

 

「きゃああっ!!」

 

 確かにガンプラバトルは教えてもらって出来るようにはなったけれど、でも上手いわけでは……全然ないんだ。だってGBN自体始めたのはつい最近、バトルもみんなに比べればまだ初心者みたいだから。

 

 ――どうしよう。さっきの攻撃で思うように動けないし、このままだと私――

 

 ダメージのせいでガンプラが動かなくなって、ストライクガンダムはそんな私に、今度はビームサーベルを構えて来る。

 

〈ヒナタ!〉

 

 メイさんは助けに来ようとするけど、続けて来た別のガンダムが割り込んで邪魔されてしまう。

 

 ――駄目、やられちゃう!――

 

 もうダメだって、私はあきらめたその時に……。

 

 

 

〈――させはしないわ!〉

 

 けどその瞬間だった、間に一機のガンプラが割って入って片手剣でストライクガンダムを一閃、真っ二つにした。

 

「あっ……」

 

〈貴方の事は、ワタシに――任せて頂戴〉

 

 私を助けてくれたのは、黒に近い紫色をした、リーオー。背にはクロスボーンガンダムに近い×字型のバックパックを付けて、それにバインダーガン……だよね。GBNのミッション報酬で手に入ったりする装備、それを組み替えた片手剣を装備している、ガンプラ。あれに乗って、いるのは。

 

「ありがとう、助かったよ。クロさんもとても強いんですね」

 

 通信用のモニターには相変わらず黒いパイロットスーツとヘルメットを被っている、クロさんの姿があった。彼女こそ、あのリーオーに乗っているパイロットなんだ。

 

〈ふふっ、それほどでもないわ〉

 

 今度は別のガンダム、νガンダムがビームライフルとそれに、専用装備のフィンファンネル――複数の遠隔操作型の射撃兵器を射出して攻撃を行う。

 

〈ヒナタさん、貴方を守ってみせるわ。このワタシが〉

 

 クロさんのリーオーは、飛んで来るフィンファンネルをバインダーガンの剣先からビームを放って撃ち落とす。

 

「私だって、力になりたいから!」

 

 フィンファンネルの一機が近くに迫って来るのが見えた。私はライジングガンダムの近接武器、ビームナギナタで切り落とす。

 だけど、そんな後ろにνガンダム本体が回り込んでビームサーベルを振り下ろそうとする。

 

「っ!」

 

 とっさにナギナタで受け止めるけれど、力が強くて押されてしまう。……だけど私だってもっと、やれるもん!

 負けないようにぐっと力を込め返して、νガンダムの斬撃を弾いてそのまま、もう片腕でビームボウを持って一撃を胸元に放った。

 

〈やるじゃない。ヒナタさん、そんなに……自分で〉

 

 今の私の活躍を見てクロさんは驚いたような、感心したような態度を見せたんだ。表情が分からなくてもなんとなく、でも……そんな感じが伝わった。

 だから私は彼女に微笑んで、こう答えてみたの

 

「どうかな? 私だって、守られてばかりじゃないよ。

 自分でも出来る事は、頑張りたいから」

 

〈…………そう〉

 

 クロさんは一言呟いて、少し間が空いた。まるで何か思う所があるみたいに。

 

 ――クロさん、どう考えているんだろう。私にはそこまで分かる事なんて出来ないから――

 

 やっぱり気になる人だなって、そう思っていたらクロさんは私の横に、来ると。 

 

〈とにかく貴方は、ワタシが守ってみせるわ。ええ、ワタシが――絶対に〉

 

 クロさんの想いは嬉しいと感じた。だけど逆に少し本気過ぎる所もあるかもって、つい……思ってしまったりも。

 

 

 

 ――――

 

 三人でのミッション、ガンプラバトルも楽しかったな。やっぱり私には難しいミッションだったけれど、メイさんもクロさんも私の事を助けてくれて、クリア出来たから。

 ……でもミッションをして疲れちゃった。だからそれからはゆっくり、GBNのエリア――エストニア・エリアの街中で過ごしたの。

 

「どう? ここから見渡せる景色、絶景だと思わない?」

 

 街一番の高台、その頂上から景色を一望する私たち。さっき街中も歩いたりしてお店も少し見てまわったりもしたけれど、やっぱり綺麗な景色も見所だもん。

 高い塔に登って、屋上から眺める街景色。オレンジ色の屋根に石造りの風情がある、昔ながらの西洋風の街並み。何だか海外旅行気分になるよね。

 

「良い気持ちだな。ずっとこうして、眺めていたくなると言うか。そう思ってしまうくらいだ」

 

「ワタシもここには初めて来たわ。でも、ヒナタさんの言う通りね。確かに……とても良い眺めではあるもの」

 

 メイさんも、それにクロさんも、屋上の縁に腕を乗せて景色を見下ろしている感じで。見とれているのかな、たぶん。

 

 ――あれからクロさんとも距離が縮まったって言うか、仲良くなれた感じかな。気難しい所もあるけど、優しくしてくれるから。……だけど――

 

 

 だけどクロさんは、相変わらずヘルメットのままなのは変わらない。あんなのを被ったままで、ちゃんと景色は見えているのかな。

 ちょっと気になったから私は彼女に聞いてみることにした。

 

「ねぇクロさん、せっかくだから頭のヘルメット外してみない? きっとその方が景色だってよく見えるって思うから。

 それにクロさんの顔も、気になっちゃって」

 

「……ふふふ、そう」  

 

 私の言葉にクロさんは軽い笑い声を響かせる。それから、こう彼女は言ったの。

 

「心配しなくてもちゃんと見えているわ。それに、ごめんなさい。ワタシは……その、人見知りで。ヒナタさんには悪いけど素顔を見せるのは、ちょっと」

 

 どんな素顔かちょっと見てみたかったけれど、やんわりと断られてしまった。

 

「謝らなくても大丈夫だよ。私の方こそ、変な事を言っちゃったかもだし」

 

 だよね。やっぱり事情があるかもだもん、なのに気になるって理由でそんな事を聞いた私が悪いもん。

 

「やっぱり、優しいのねクロさんは。…………っ!」

 

 話している途中、いきなりクロさんは左腕を押さえて、苦しそうに小さく呻くのが聞こえた。

 

「――クロさん? もしかして、どこか痛むのですか?」

 

 我慢しているみたいだけど、それでも痛そうにしていたから。心配する私だったけど、クロさんは平気そうに笑って言った。

 

「心配しなくても。全然問題ないわ、本当に」

 

 さっきは痛そうに見えたけど、でも今は彼女の言う通り大丈夫そうだった。もしかして私が気にし過ぎただけかも。ちょっと気になるけど、大したことじゃないのかな。

 ちなみに――メイさんはそんな事に気づいてなくて、まだ風景を眺めていたの。そしてこう呟くのが聞こえたんだ。

 

「この景色だってそうだが、やはり綺麗なもので溢れているな。GBNと言う世界は……だからこそかけがえのない世界だ」

 

 GBNがかけがえのない世界だって、メイさんの言う通りだよね。こんなに広くて、たくさん素敵なものがあるんだもん。そして、たくさんの人がここで思い出を作るから。私やみんな、……もちろんヒロトだって。

 私もメイさんと同じ想いに浸っていた。けれど、一方で。

 

「…………ふん」

 

 クロさんは不機嫌そうに呟くと、メイさんに対してそっぽを向いていた。

  

 ――やっぱりクロさんはメイさんと仲は良くないみたい。それに、何だか――

 

 あの態度、単にメイさんの事だけではなくて、さっき言った言葉も気に入っていないような感じで。

 GBNに対して良い感情を抱いていないと言うか、どこか嫌っているようにも思えて。

 

 ――クロさんってGBNが嫌いなのかな。……ううん、まさかね――

 

 だってさっきもここからの景色を、良い眺めだって言ってたのに。それにGBNが嫌いな人なんて考えつかないから。

 

 

 ……でも、本当は一人だけ心当たりがあった。

 

『ワタシはね、GBNもガンプラも大嫌いなのよ。

 とっても憎くて憎くて堪らないのよ』

 

 いつか言った言葉。私のためにGBNにガンプラ、ELダイバーにそして……ヒロトの事も憎み続けていた、別の『ワタシ』の事を。

 ミラーミッションで私のデータをもとに生まれた、黒い姿をした私――クロヒナタさん。彼女は彼女なりに私の事を想ってくれて、幸せにしようとしてくれた。……例えいけない事だったとしても。

 私のためにビルドダイバーズのみんなと、ヒロトと本気で戦って……負けて、消滅してしまった。

 やり方は間違っていて、酷い事をしたのかもしれない。だけどクロヒナタさんは、もう一人の『ワタシ』は私のために想って、真剣に向き合った結果だったんだ。

 

 ――最後は彼女なりに……救われたのかな。でもやっぱり、分からないよ――

 

「……ヒナタ」

 

 一人考えこんでいたところに、メイさんが私に声をかけて来た。

 

「あっ、私……」

 

「何もないのにボーっとしていたから、気になってしまった。どうかしたのか?」

 

 そう聞かれてどんな風に答えようか悩んだけれど。

 

「ちょっとだけ、考え事をつい、ね。でもそこまで大したことじゃないから……心配してくれてありがとう」

 

 メイさんにこう答えることにした私。それに、横にいてまた景色を眺めているクロさんにちらって視線を向けてふと思ったりもした。

 

 ――そう言えば、クロさんってあの『ワタシ』と……クロヒナタさんに似ている感じがするんだ――

 

 

 

 ――――

 

 その後も街中を三人で一緒に巡ったの。

 

「これは飲み物、なの?」

 

「そうだよ、クロさん! これはタピオカジュース、ジュースの味と一緒にモチモチした触感も味わえるんだよ」

 

「へぇ……これも、食べれるのかしら」

 

 屋台でタピオカジュースを一緒に飲んだ時にはクロさん、初めてのタピオカにも戸惑ってたりしていたんだ。だから、私とメイさんは先にタピオカジュースを飲んでみたんだよね。 

 

「ほら、とても美味しいよ。甘くてモチモチなんだ!」

 

「確かに、飲めばクセになる味だ、見た目こそあれかもだが、なかなか良いものだぞ?」

 

「――っ! 余計なお世話よ、メイ。確かに独特な見た目だけど、別に飲めないわけではないわ」

 

 強気を見せるけれど、やっぱり緊張しながらクロさんは口元だけヘルメットから出して、恐る恐るタピオカジュースを飲んだんだ。

 最初は気持ち悪いって思っていたかもだけど、一口飲んだ瞬間に驚いた感じで。

 

「これは……悪くないわね! 良い味、と言うのかしら」

 

「うんうん! まさにそれだよ。クロさんもタピオカジュース、気に入ってくれて嬉しいな!」

 

 

 

 それにファッションショップ、お洋服屋さんにも寄ったりも。

 

「どうかな? この恰好、似合っているかな?」

 

 つい色々と試着しちゃって、今度はZZガンダムに出て来る女の子、エルピー・プルさんの私服のコスプレをして試着室から出て来たの。

 黒くてヒラヒラした、女の子らしい可愛い感じの衣装。外で待っていたメイさんとクロさんは、私の姿を見てこう言ってくれたんだ。

 

「ふむ、なかなか良いじゃないか」

 

「とても可愛いわよヒナタさん。その衣装も、とても良く似合っているもの」

 

「そうかな……ふふっ。褒めてくれると嬉しいな、やっぱり」

 

 二人とも私が着替える度にそう言ってくれるから、喜んでしまうよね。――でもね。

 

「でも、せっかくだから二人も着替えればいいのに。私だけこうしているのも。楽しいけど、やっぱり恥ずかしくもなっちゃうよ」

 

 メイさんもクロさんも、こうして私が試着する所を見るばかりで自分達は着ようとしないから。

 

「すまん、何だかいつもの恰好が性に合ってると言うか。あまり別のを着たいとか、そうした気持ちが薄くてな」

 

「ワタシはほら、このヘルメットがあるでしょう? これじゃあ何を着ても似合わないと思うもの。ごめんなさいね」

 

「……あはは」

 

 二人から似た事を言われて、私はつい苦笑いしてしまう。でも、そんな私にクロさんはこう続けて言ってくれたりも 

 

「それに、ね。自分で着るよりも何だか、こうしてヒナタさんが色々な衣装を見せてくれる方が……ワタシは良いなって、そう思ってしまうから」 

 

 そう言ったクロさん。顔は見えなくても、彼女も嬉しそうなのは……雰囲気から感じたんだ。

 自分ばかり着替えるのはちょっと恥ずかしいけど、私は。

 

「それならもう少し、色々試着してみようかな!

 だってみんなで良いなって思える時間が過ごせるのが一番だもん!」

 

 それにね、クロさんがああして喜んでくれた事――私も同じように喜んでもいたから。

  

 

 

 

 ――――

 

 こうして楽しい時間を過ごした私達。けれど……。

 

 ――もうそろそろ、時間かも――

 

 時間的にもGBNをログアウトして、ヒロトのお見舞いに行こうかなって考えていた私。でも、こうしてメイさんとクロさんと過ごすのも楽しくて、別れるのも名残惜しい気もしていた。

 私の隣にはクロさん、それに後ろにはメイさん。三人で街の通りを歩いている所。今の時間もあるし、通りは賑わう場所みたいで私達の他にもたくさんの人でごった返している。そんな通りの道を歩きながら、私は二人に声をかけたんだ 

 

「ねぇ、私……次の場所で最後にしようと思うの」

 

「あら? それはまた急じゃない、どうしてかしら」

 

 隣を歩いているクロさんは首をかしげて、そう尋ねて来た。

 

「GBNは午前中くらいまでって決めてたから。ヒロトが風邪で、お見舞いにも行きたいって思っているから」

 

「……」

 

 私の言葉に、彼女は少しうつむいて沈黙している。

 

「せっかくなのにごめんね。メイさんも、そう言うことだから……」

 

 後ろを歩いているメイさんにも、この事を伝えて振り向いた。けど、そこにいるはずのメイさんの姿は、なぜか見えなかった。

 

「あ……れ?」

 

 後ろについて来ているはずのメイさん。さけど見たときにはもう、その姿はどこにもなかった。クロさんもそれに気づいたみたいで。

 

「あら、いつの間にいなくなったのね。はぐれたのかしら?」

 

「みたいだね。……どうしよう、GBNを切り上げるにしてもお別れは言いたいから。

 ねぇ、一緒にメイさんを待ってもらっても、いいかな?」

 

 多分向こうもはぐれた事に気づいて、探していると思うから。だからどこか分かりやすい所で待っていた方がいいかなって。

 

「成程、ね。ワタシは構わないわ。……じゃあ待っていましょうか。ワタシとヒナタさん、二人で」

 

 

 

 とりあえず私達は通りのベンチに座って、メイさんを待つことにした。

 

「……」

 

 クロさんと一緒に座って、私はちょっと考え事。

 

 ――やっぱり不思議な人だよね。クロさんって、実際どんな人かよく分からないから――

 

 それに今はメイさんもいなくて二人だから、彼女の事を聞くのは丁度いいかもって思った。良いチャンスだもん、少しだけ話をきいてみようかな。

 

「クロさん、私――」

 

 私が口を開いた、その同時にクロさんからこんな事を。

 

「ねぇヒナタさん。ワタシ、貴方に聞きたいことがあるの。構わないかしら?」

 

 向こうから先に言われて、私は僅かに驚いて固まってしまった。けれどクロさんがそう言うのなら、私は。

 

「うん、大丈夫ですよ。クロさんは何が聞きたいのですか?」

 

 私もクロさんの事は気になるけど、やっぱり直接聞くのも失礼かもって思ったから。それにクロさんからの話を聞いた方でも、彼女の事を知れるかもしれないし。

 

「ありがとう、嬉しいわ」

 

 彼女は一言お礼を言った後、こう聞いて来たんだ。

 

「メイさんから聞いたけれど、ヒナタさんには幼馴染みの、それに今は恋人になった男の子がいるみたいじゃない。名前はヒロト、だったかしら」

 

「そんな話も、聞いていたんだ。……うん。ヒロトは小さい頃からの幼馴染みで、最近では恋人同士として、彼と付き合っているんだ」

 

 ヒロトの事も知っていた事に驚きながらも、私は驚いた。でもメイさんとは知り合いみたいだから、不思議はないのかな。

 

「やっぱりね。ワタシが聞きたいのはそのヒロトついてなの。

 ねぇ、ヒナタさんは彼に出会えて幸せだって――そう心から思っているの?」

 

 それがクロさんの聞きたい事だった。そんなのは当たり前だよ、私は迷わず答えた。

 

「うん、とっても! ヒロトは私にとって、一番かけがえのない大切な人だから。昔からずっと傍にいてくれて、私にもたくさん優しくして貰ったから。ヒーローなんだ、私の。

 それに……色々あったかもしれないけど、私の想いに答えてくれて、恋人にもなれたもん。ヒロトがいない事なんて、考えられないよ」

 

「貴方は……」

 

 表情は分からないけど、クロさんは顔を俯けて。何か思い悩みがある感じって言うか、葛藤しているみたいな感じを私はその雰囲気から覚えた。

 

「ワタシには、どうしてそう思えるのか分からないわ。今までずっと幼馴染みとして仲良くしているのは知っているわ。

 けれどヒロトは貴方にとっての良い人とは、ワタシには到底思えないのよ。なのにヒナタさんは一緒にいて幸せだと言う、そんな想いなど、理解出来ない」

 

「そう……かな」

 

 私が聞くとクロさんは、当たり前じゃないと、そう言った。

 

「――彼は貴方に相応しい人だとは思えないのよ。いえ、むしろヒロトなんて存在しない方が幸せじゃないかとも思うのよ。

 きっとその方がヒナタさんだって、もっと色々な事が出来たと思うし、良い人と出会えたのかもしれないのに。ヒロトさえいなければ、そしたら……きっと」

 

 最後には、まるで隠しきれない怒りのようなものを感じるような、クロさんの言葉。それにもしかすると――彼女は。 

 

「ねぇ、クロさん」

 

 複雑そうにしているクロさんに、私はある話をする事にした。

 

「実はね、前にもクロさんとよく似た人がいたんだよ。この世界やガンプラ、それにヒロトが私を強く悲しませているって考えて、自分でも悲しんで、怒っていた人が」

 

「――ヒナタ」

 

「でもそのせいで酷い事をして、人だって傷つけようともしたの。きっとその人も悪い事だって分かっていたんだと思うけど、それでも私の幸せを純粋に考えてくれた……結果で。

 だけど、私はちゃんと幸せなんだ。ヒロトとの事だって、色々あるかもしれないけれど彼はとても優しい人で、それに繊細だから。だから一人で背負ってしまったりして、ヒロトも苦しかっただろうし、自分にも余裕がなかったと思うから。でもね、それでも私の事やみんなの事だって考えて、救おうとも頑張ったんだよ」

 

「どうでもいいじゃない、そんな事なんて!

 それよりも、貴方自身はどうなの!? ヒロトさんが向ける貴方への想いは……本当に、満足が行くものなの。それで幸せですって、彼はその中で…………どれだけ貴方の事を想っていると言うの。例え恋人になれて仲良くしているように見えても、結局は――っ」

 

 クロさんはまだ怒りを隠せない感じで、拳を握っていた。本人も堪えようとしているけど、やっぱりとても怒っているみたいで。

 私だって気持ちは分かるから、それだけ彼女が思っているのだって。でもそれってとても苦しい事だと思うから。

 だから私はクロさんに、優しく諭すように答えるの。

 

「そんな事なんて、ないよ」

 

「……」

 

「みんなの事もだけど、私の事もヒロトは大切に想ってくれているから。だから告白も受け入れてくれた、私を一番に想って欲しいって、ワガママだって叶えてくれたもん。

 今だって彼は私の事を恋人として、特別に好きだって想ってくれているし、その想いは紛れもなく本物だって分かるから。だからとっても幸せなの。恋人になれたらって夢だったから、それが叶ったからこの幸せは私にとって間違いなくて、否定されるのは……悲しいよ」

 

「ワタシは――」

 

 まだ考えている様子のクロさん。だけど、さっき見せた怒りの感情は薄らいでいた。……良かった。私も安心したよ。 

 

「クロさんも、ヒロトと会って話をしたら、きっと分かってくれるって思うんだ。

 それに彼だって想いに応えてくれたから。だからね私も……もっとヒロトの想いに応えられるように、ヒーローな彼に相応しい相手になれるように頑張らないとって!」

 

 心からの私の言葉。つい思いっきり笑顔になって、そう言ったの。

 恋人に、ヒロトにとって誰より特別な人になるって夢は叶ったから。だから次は私も、彼に相応しい人になりたいって……それがささやかな、私の夢なんだ。

 

 

 

「すまない、少し用事があって離れていた。一言言っておけば良かった」

 

 そうしていると、ようやくメイさんが戻って来た。……良かった。これで一安心だよね。

 

「メイさんが戻って来てくれて、良かった。……私はそろそろお別れだから、お別れは言わないとって思ってたから」

 

「……っと、そうだったな。ヒロトのお見舞いに行くと話していたな」

 

 メイさんの言葉に私は頷く。

 

「分かった。名残惜しいが、今日はこれでお別れだ。今度はビルドダイバーズ全員でGBNを満喫したいものだ、ヒロトにもよろしく伝えてくれ」

 

「はい! もちろんメイさんの事も、伝えますね。――クロさん」

 

 私はベンチに座ったままのクロさんにも、声をかける。

 

「……」

 

「クロさんも今日は一緒に過ごしてくれて、ありがとう。遊んだことだって……心配もしてくれて、とても嬉しかったよ」

 

 今日初めて出会って、GBNで一緒に過ごして良い時間が過ごせたから。だから彼女にもお礼が言いたかったんだ。

 

「本当に、ありがとう。それに、次会えた時も一緒に遊ぼう。だって私はまだクロさんと過ごし足りないし、話したいことだってまだたくさんあるもん。

 だから…………またね、クロさん」

 

 それに、また会いたいって思ったから。クロさんは少しの間口を閉ざしていたけれど、ほんの少しだけ笑い声をこぼすと。

 

「ふふ……っ。そうね、もしまた会えたのなら――ね。

 さようなら、ヒナタさん。ワタシも貴方と過ごせてとても良かったわ」

 

 彼女も私と同じ気持ちだって、安心したよ。

 新しい友達も、こうして出来たから。胸の中の温かい感覚を感じながら私は、二人とお別れしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――〈Side メイ〉――

 

 ヒロトのお見舞いに行くと言うことで、ヒナタは先にGBNを出た。

 その一方で――私達は。

 

 

 

「今日はどうだったか、クロ。……その呼び方で構わないだろう」

 

 街中の裏路地。他にダイバーもいないこの人気のない場所で、私は今日ヒナタと共に過ごしたパイロットスーツの少女――クロと二人で話していた。

 

「構わないわよ。――『クロヒナタ』と呼ばれるより、そっちの方が都合いいですもの。

 まぁ、所詮は便宜上の名前に過ぎないのは、変わりはないけれど」

 

 そう言うと、クロは今まで被り続けていたヘルメットに手をかけて、頭から外す。露わになったその素顔は……ヒナタと全く同じ顔をしていた。

 

「まさか、このワタシを直接ヒナタさん……いえ、ムカイ・ヒナタに会わせようだなんて何を考えているの」

 

 複雑そうな表情をクロ、ミラーミッションでヒナタのデータを元にして形作られた情報生命体、クロヒナタはそう言って見せる。

 本当にたまたまだった。あの時、私とヒナタだけだと寂しいと思った時、ふと彼女がいくらか離れた場所からこっちを観察している事に気づいた。無害だから放ってはいたが、クロヒナタはたまにヒナタの事をああして見ている事があった。……そしてあの時もそうだった、だから私はそんな彼女の所に行って誘ったわけだ。

 

 ――最も、彼女は最初かなり消極的で誘い出すのには苦労したが。でも私は――

 

 

「私はただ、一度彼女と会って欲しかったと思った。ああして遠くから見ているより会って過ごした方が、今のヒナタの事を理解してくれると思っただけだ」  

 

「……」

 

「どうだったか? ヒロトと共にいた時だって何度も見たはずだ、ヒナタはちゃんと、心から幸せだっただろう。

 ……それとも彼女が無理してああ見せていると思ったのか?」

 

 改めて私はクロヒナタに尋ねた。彼女は思い悩むような様子でしばらく黙っていたが、諦めたようにこう呟いた。

 

「……いいえ。ムカイ・ヒナタはとても幸せで、満ち足りている感じだったわ。間違いなくね。ワタシだって…………それくらいは分かるわよ」 

   

 やはり、彼女なら理解していると思った。

 

「君がどれだけヒナタの事を想っているのか知っている。けれど、十分に分かっているだろう? 君自身が願っているように彼女は幸せに過ごしていると、そしてそれはヒロトが傍にいてくれるからこそだと言う事だって」

 

「それは……っ」

 

 拳を握りしめながら、私から視線を逸らして唇を噛むクロヒナタ。口を閉ざして、答えられないまま沈黙する。私は彼女にそっと、手を伸ばす。

 

「なぁ、もうそろそろいいんじゃないか、今のヒナタの幸福を正直に認めても。

 私達やヒロトを恨んでいる気持ちは分かる、けれどこのままでは君が苦しむだけだ。だから――」

 

「――ふざけないで!」

 

 その瞬間に彼女の瞳に怒りと憎悪に燃えて、私の手を振り払って拒絶する。

 

「分かってはいるわよ、ヒナタが幸せな事くらい! だけど貴方達は……クガ・ヒロトは…………っ――ぐぅっ!!」

 

 

 

 クロヒナタが激昂した途端だった、突然左腕を押さえ込んで苦しみ出した。

 

「こんな……時に。感情的になったせいで……うう、っ」

 

 苦痛の表情を浮かべて、腕を押さえながら数歩後ろに下がる彼女。それに見てしまった。クロヒナタの左腕……その一部分がデータのノイズのように変化して崩れかかっているのを。

 

「クロ、君のその腕は、一体」

 

 彼女の異常に私は動揺してしまう。が、それは僅かな間だけだった。腕のノイズはそれから収まり、崩れた部分も何事もないように元通りになっていた。

 

「……見たわね」

 

 自身の事を知られたクロヒナタ、彼女は私を鋭く睨む。……そして。

 

「まぁ、いいわ。とにかく貴方の言うように付き合ってあげたのだから、もう失礼しても構わないでしょう。

 今日はとても楽しかったわよ。嫌味は抜きにして、本当にね」 

 

 半ば一方的に言うとクロヒナタは、踵を返してこの場を後にしようとする。

 

「待ってくれ、君は!」

 

「時間は……限られているから。だから答えを出さないと。

 何のために――ワタシは」

 

 

 

 かすかに一人そう呟いたのが最後だった。クロヒナタの姿はそのまま路地の角へ入り、姿を消した。

 私はすぐに彼女を追った。けれど入ったはずの路地を見ると、姿はもうどこにも無かった。

 

 ――消えてしまった、か――

 

 いなくなってしまったクロヒナタ。それに最後見せたあの身体の異常と、思い詰めている様子も、気になっていた。

 

 

 ……私はどうすればいい。もしヒロトならこんな時に、何て言うのだろうか。




 今回は区切りの関係でかなり長くなってしまいました。
 次回の番外編はこのまま、看病回になる予定です。


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番外編その九 看病なら一人でも大丈夫だよ

 

 午前中、私はメイさん達と一緒にGBNで過ごしていたんだ。

 本当はヒロトと来るつもりだったけれど、今日は風邪をひいたみたいで。今はヒロトのお母さんが看病をしているの。

 

 ――私も看病したかったけれど、大丈夫って言われたから。でもせめてお見舞いくらいは……やっぱり――

 

 さっきGBNをログアウトして、近くのお菓子屋さんにも寄ったの。右手にぶら下げているビニール袋に入っているのは、そのお菓子屋さんで買って来た大きなプリン。風邪をひいたヒロトにはケーキとかよりも柔らかくて食べやすいプリンの方が良いって思ったから。

 実はプリンは四人分買ったんだ。ヒロトと彼の両親の分と……それに私の分。もし大丈夫そうなら一緒に食べれたらって、だからつい、ね。

 

 ――プリン、ヒロトは喜んでくれたらいいな――

 

 こう思いながら私は家路についていた、そんな時だった。

 ポケットに入れていた着信音が聞こえた。手に取って確認してみると、それはヒロトのお母さんからだったの。

 

「はい、もしもし」

 

 どうしてかなって思いながら、私は電話に出ることにした。

 

〈良かった、電話に出てくれて。いきなりでごめんなさいね〉

 

「いえ、私は大丈夫ですよ。でもどうして私に電話を?」

 

〈ちょっとヒナタちゃんにお願いがしたい事があってね。その、ヒロトが風邪で寝込んでいると話したでしょ? あの時は大丈夫って言ってたけど、やっぱり看病……お願いしてもいいかしら?〉

 

 いきなりのお願い、それにヒロトの看病をして欲しいって事を。

 

「――もちろん大丈夫、丁度ヒロトのお見舞いに行こうとしていた所だったから」

 

 ヒロトと一緒にいられるのが嬉しいから、私の答えはもちろんオーケーなんだ。

 

〈ありがとう、それにごめんなさいね。急に大事な仕事が入っちゃって、それで任せる相手が欲しかったから。

 ……あの人も小説のネタ探しで遠くに旅行に行っているから、今日帰って来れそうになくて〉

 

「いえいえ、私は全然。じゃあ今から家に向かいますね」

 

 通話を終えて、私はちょっとだけ喜びでドキドキしていたんだ。

 

 ――本当は喜ぶのはあまり良くないかもしれないけど、ヒロトの看病が出来るから。傍で世話をする事だって……私――

 

 そう考えただけで何だか頬が温かくなってしまう。

 でも、まずは家に行かないと。だってヒロトが待っているんだもん。

 

 

 

 ――――

 

 真っすぐヒロトの家に行った私。

 

「失礼します」

 

 そう言って玄関のドアを開けて、家にお邪魔した。

 

「ようこそヒナタちゃん。改めて、来てくれてありがとうね」

 

 玄関先には先に仕事着に着替えていたヒロトのお母さんがいて、私に声をかける。

 

「ヒロトの事は私に任せてください。ちゃんと彼の傍にいますから。

 あっ、後それと……お土産にプリンも買って来たんです。お母さんとお父さんの分と、ヒロトの分も。冷蔵庫に入れておきますので、良かったら後で食べて下さいね」

 

「あら! お土産も……嬉しいわ。

 じゃあヒナタちゃんも来てくれた事だし、私はそろそろ出かけるわね。夕方くらいには帰って来れると思うから、それに私も、せっかくだから帰りに何か買って来ようかしら? ふふっ、看病してくれるお礼も含めて。

 どうか……宜しくお願い」

 

 

 

 ヒロトのお母さんは仕事へと。

 私はその代わりに彼の看病、多分自分の部屋で寝ているのかな。――私がそう考えていると。

 

「……来てくれたんだ、俺のために」

 

 声が聞こえた。振り返るとそこにはヒロトが、私の事を出迎えに来てくれていたの。

 目の前に立っている寝間着姿の彼は、少し赤くなっている顔に微笑みを浮かべて。それに額には熱を冷ますためのシートを張っている。

 

「こんにちはヒロト。でも、起きて来て大丈夫なの?」

 

「平気さ。ヒナタに会えたから、俺も元気に……」

 

 そう言ってヒロトは歩み寄ろうとしたけれど、途中でぐらっと身体がふらついたかと思うと、そのままふらついて壁にもたれかかった。

 私は彼の傍に歩み寄って抱き留める。その体温はいつもより熱くて、強い息遣いも肩越しに感じる。

 

 

「熱だってこんなに……やっぱり無理してたんだね。ダメだよ、もう」

 

 ヒロトの風邪は思っていたよりある感じで、私は心配になってしまう。

 

「すまない、逆に迷惑をかけてしまったな。でもヒナタが来てくれるって聞いたから俺は、つい居ても立っても居られなくて」

 

「迷惑なんかじゃないよ。だって、こうしてヒロトと居れるから。

 それだけでも幸せだから……私」

 

 

 

 私はヒロトをそのまま部屋まで運んで、ベッドに寝かせた。

 

「風邪をひいて大変だと思うけど、今日はベッドでゆっくりしよう。出来る事は少なくても一緒にいるから」

 

 ベッドの隣に置いてある椅子に座って、そこに横になっている彼に優しく言うんだ。

 

「有難う、ヒナタ。……でも俺が言うのもあれかもしれないけど、風邪が移らないように気をつけて欲しい。

 俺のせいで君まで風邪を引いてしまったら悪いから」

 

「心配してくれて嬉しいよ。でも心配しなくても私、元気は取り柄なんだから!」

 

 私は得意げにヒロトに軽いガッツポーズをして答えてみせた。

 

「……そうだね、まずは熱を測っておこうか。それと喉とか乾いてない? 冷蔵庫から何か持ってくるよ。アクエリアスとかいいかな?」

 

 確か時間は夕方までだったよね。見舞いだけのつもりだったけれど、今日はこうして看病も出来るから。

 ……ふふっ、こう言うのもドキドキだけど、ちゃんとしないと。

 

 

 

 ――――

 

 それからの時間はゆっくりだった。風邪で寝込んでいるヒロトの様子を見守って、必要だったら飲み物の用意や、額に乗せている氷の入った袋――氷のうを替えたり。

 看病と言ってもただの風邪だから、する必要のある事は少ない感じで。

 

「うう……っ」

 

 今はヒロトは眠っていた。風邪だと何もしなくても体力減っちゃうし、やっぱり眠る方が一番だもん。でもやっぱり息苦しそうで、寝付きにくそう。

 少しだけ額に触れるとまだ熱いままで、熱は相変わらず。時々さっきみたいに苦しそうな声や息遣いも漏れたりするし、大変そうだなって。

 

 ――氷のうの中の氷が、いくらか溶けかけてるね。新しいのに替えないと――

 

 彼の額に乗せてある氷のう、中の氷を入れ直すために一旦部屋からキッチンに。中身を入れ替えるのと、それとグラスにも氷と水を入れて一緒に持って行くんだ。だって起きた時に喉が渇いているだろうし、冷たい水がきっと良いと思うから。

 そして部屋に戻ると、私は新しく氷を入れたグラスを机に置いてから、冷たい氷のうをヒロトの額に乗せる。

 ……見ると今の彼の表情は、さっきよりも穏やかで、寝息もすうすうと静かだった。何だかホッとしたな。

 

 

 

 それからしばらくの間、そんな穏やかに眠り続けているヒロトを見守っていた。前までは熱で苦しそうだったけれど少しは落ち着いて来たのかな。私も一安心。

 改めて見ると、本当に気持ちよさそうなヒロトの寝顔。つい見入ってしまって……私は彼にもっと近づいてしまう。

 

 ――こうして見るとヒロトって、可愛いな。起きている時は恰好良くて頼りになる彼だけど、こんなヒロトも私――

 

 つい段々と近づいて、間近で眺める彼の顔。好きな人の寝顔に夢中になってもいた、そんな時に。

 

「……ヒナタ?」

 

 うっすら目を開けて、私に呟くヒロト。私はいきなりの事でつい固まって、それぞれ間近から互いの顔を見つめ合っていたの。

 

「どうしたんだ、そんなに近くで?起きたらいきなりヒナタがすぐ目の前で……ドキッとしてしまった」

 

「えっと、私は」

 

 ようやくはっとした私は彼から顔を離して、どぎまぎする。どう答えればいいか戸惑って、私は言いよどんでしまうけど。

 

「ヒロトが寝ていた顔が、その、可愛いって思って。だからつい見惚れちゃって」

 

 正直に、つい私は答えてしまった。

 

「だから、ごめんね。

 ……それと良かったら水とか飲む? 喉が渇いているんじゃないかなって、用意したから」

 

 少し胡麻化す感じで、私はさっき持って来た水入りのグラスを差し出す。

 自分の勝手で驚かせてしまって、それに恥ずかしくもなって謝る私。だったけれど、ヒロトは少し可笑しそうに、笑うと。

 

「はははっ、謝る事なんてない。確かにいきなりで驚きはしたけれど、でも近くで見るヒナタの顔も――とても綺麗で、俺も目を奪われてしまったから」

 

「……はぇっ!?」

 

 いきなりな言葉に私はさっきよりもっとドキッとしたショックを受けてしまう。そしてそのショックで、手元からグラスまで……落として。

 

「ああああっ! ごめんね、こぼした水はすぐに拭くから」

 

 幸いヒロトのベッドにはかからなかったけど、床を盛大に水浸しにしてしまった。私はすぐにタオルを持って来て拭くことに。

 

「それくらいなら俺でも拭くことくらい、だから」

 

「気持ちは嬉しいけど、ヒロトは寝ていて大丈夫だから。驚いてグラスを落とした私が悪いし」

 

 拭くことくらいならすぐだから。私はこぼしてしまった水を拭きながら、少し嬉し笑いで続けたの。

 

「でも私を綺麗だって、言ってくれたからつい。……ねぇ、もう一度さっきの言葉、言って欲しいな」

 

 私のお願いごと。ヒロトは仕方ないなと軽く言った後で、私に――。

 

「もちろん。ヒナタ、俺のとって君は何よりも……綺麗だ」

 

「――えへへっ! ヒロトからのその言葉、最高に幸せに感じちゃうな」

 

 凄く幸せで、私はつい思いっきりの笑顔になってしまう。やっぱり好きな人に言われるその言葉って、とても幸福な気分にさせてくれるから。

 

「ありがとう、ヒロト。熱の方はもう大丈夫?」

 

「寝る前に比べれば大分楽になった感じだ。ヒナタが一緒にいてくれたから、そのおかげだな」

 

 微笑みかけてそう言ってくれるヒロトに私ははにかむ。

 

「そうかなっ? そう言ってくれると嬉しいよ。

 熱ももう一回測ってみようかな。さっきは38度7分くらいだったけど、下がっていればいいな」

 

 傍に置いていた体温計を持って来て彼の体温を測ってみる。少しの間待って、それから。

 

 ――ピピピピッ、って。

 

 音が鳴って、測り終わった事を確認して体温計を見たんだ。

 

「37度2分。うん、微熱だね」

 

「そっか。だからそこまで苦しいわけじゃないのか」

 

 私もヒロトも一安心。熱はちゃんと下がっている感じだもん、良かったよ。

 

「この調子だとすぐに良くなるよ。……あっ、そうだ」

 

 ここで少し思い出した事があったんだ。私は彼にこう話してみる。

 

「ヒロトのお土産に買って来たプリン、冷蔵庫で冷やしたままだったね。もし大丈夫そうなら、そのプリンを一緒に食べない?」 

 

 この言葉にヒロトもとても嬉しそうな、そんな顔を見せてくれたんだ。

 

「――プリンか! 俺も甘い物が食べたいと思っていた所だから、結構嬉しい」

 

「良かった。ヒロトのために買って来たから、そう喜んでくれるとお土産を用意した甲斐があったよ」

 

 私もまた嬉しく思いながら、ヒロトとそれに私の分のプリンを持って来ることに。

 やっぱり二人で食べた方が、美味しいもん。

 

 

 

 ――――

 

 熱も大分下がっているからか、大分余裕があるヒロト。だって、持って来たプリンだって――あんなに美味しそうに食べれるくらいだし。

 

「とろけるくらいに甘くて、滑らかな舌触り。このプリン、凄く気に入った。……美味しい味だ」

 

 ベッドから上半身を起こしてヒロトはプリンを片手に、スプーンでまた一口食べた。そんな彼を微笑ましく見ながら私も、プリンを一口。

 

「このプリン、ガンダムベースの少し近くにあったスイーツ店で買って来たの。行ったことのない店だったから気になって。でも確かに凄く美味しいよね、これを買って正解だったよ」

 

「まさにそうだな。次のデートの時には、そのスイーツ店に寄ってみたい。ヒナタと、今度は二人で」

 

「……うん。これでまた、ヒロトと行ける場所が増えたね」

 

 こう言うのも幸せで私は、そんな表情をしてしまう。

 

「ねぇヒロト、ちょっといい?」

 

「構わないけど、どうかしたか」 

 

「せっかくだから今日の事、ヒロトに話したいなって思ったんだ。看病に来る前に少しだけ、GBNで遊んで来たから。その思い出を知ってもらいたいなって」

 

 ヒロトはちょっと面白そうと言ったみたいな表情を、私に見せてくれた。

 

「GBNに行って来たのか。ヒナタがどう過ごしたのか、確かに気になる。

 ならその話を聞かせて欲しい」

 

 これにうんと、頷いてこたえた私。

 それから色々話しだしたんだ。今日はGBNでどう過ごしたのか。他愛のないかもしれないけど、そんな思い出話を。

 

 

 

 ――――

 

「――へぇ、ヒナタはガンプラバトルまでしたのか。怖くはなかったか?」

 

 プリンを少しずつ食べながら、GBNで過ごした思い出話をしていた私。ヒロトはどの話も楽しそうに聞いてくれるから、話す方の私も気持ちが良いな。

 

「全然! 確かに私はまだガンプラを動かすのは慣れてないかもだけど、でもメイさん達が助けてくれたから。

 ガンプラバトルのミッションも楽しめたし、それからエストニア・エリアの街中を散策したのもだって。三人であちこち行って、見て周れたりでとても楽しかったの」

 

「それは良かった、ヒナタ。けど……クロ、か。不思議なダイバーと知り合ったものだな。GBNなのにダイバールックの顔をヘルメットで隠したままなんて、変な事をするんだな」

 

 クロさん、それは今日知り合ったダイバーの女の子の名前。そのクロさんと言う子とメイさん、それと私の三人でGBNを過ごしたんだけど、ヒロトの言う通り不思議な人なのは確かかも。

 

「あはは、確かに不思議な人かも。でも……良い人なんだよ」

 

 私はくすりと笑って、それから続けたの

 

「それにちょっとだけ気難しい所があって、考えている事も分かりにくいかもだけど、でも素直で優しい人なんだ。だから、今日のGBNはまた良かったの。……新しい知り合い、お友達が出来たから」

 

「そっか。それはヒナタの言う通り、素敵な事だな」

   

「そうなんだ。だからね、ヒロトが元気になった時にはまたGBNに行くのが楽しみなの。今度は二人一緒に、またクロさんとも会えたり、新しい出会いや出来事が待っているかもしれないから。

 だから――」

 

 ヒロトはもちろんだって、言って応えてくれる。

 

「ヒナタとまた一緒に……俺だってそうしたい。だからこそ早く良くならないとな。

 まぁ、心配しなくてももう大分良くなっている。明日にはきっと風邪もおさまっているはずだから」

 

 安心したんだ。私は彼の言葉に。

 こうして看病して一緒にいるのも嫌じゃないけれど。でもやっぱり、ヒロトに元気になってもらいたいって言う気持ちと、そんな彼とまた過ごしたいって。

 ――そう願っているから。

 

 

 

 

 ――――

 

 昨日はヒロトのお母さんが帰るまで看病して、そして――次の日。

 

 

「おはようヒナタ、早起きだね」

 

 ちょっとだけ、いつもより早起きと学校への身支度をしてヒロトの家にお邪魔した私。そこには……制服を着替えて、元気になったヒロトの姿が。

 

「良かった! ちゃんと元気に、風邪ももう治っているみたいで」

 

 私が言うと彼は軽くはにかんで言ったの。

 

「もちろん。ヒナタが俺の傍にいてくれたから元気になれた。だから昨日はありがとう……凄く助かったし、嬉しかった」

 

「私からも有難う。仕事でいない代わりに、ずっとヒロトの看病をしてくれて、ね」

 

 ヒロトのお母さんもそうお礼を伝えてくれる。……ちなみにお父さんの方はまだ旅行中だから、家にはいないんだよね。

 

「どういたしまして。でも、やっぱりヒロトがこうして元気になってくれて、私こそ嬉しいよ。風邪はもう大丈夫、なんだよね」

 

「もういつも通りだ、風邪の方はもう完全に良くなっているとも」

 

「――ふふっ! ならやっと、こうしてもいいよね」

 

 

 

 そう言うと同時にヒロトの胸に飛び込んで、ぎゅっと彼を抱きしめたんだ。

 

「うわっと、と!」

 

「……わぁ。ヒナタちゃん、大胆になったわね」

 

 いきなりの事で驚くヒロトと、彼のお母さん。私はそんなヒロトの顔を見上げて思いを伝えた。

 

「風邪がうつるかもって、あまりヒロトに

触れられなかったから。だからその分少しだけ――こうしてギュってしたいなって」

 

「……ヒナタ」

 

 彼も私を見てくれて、それから軽く笑顔を投げかけた後で同じように、私をそっと抱きしめ返してくれたの。

 

「まだ風邪は治ったばかりだ。さすがにキスとかは心配だけれど、ハグくらいなら構わないと思う。

 こうしているとヒナタの体温と鼓動を感じる、俺もとても良い気持ちになれる」

 

「……私だって。ずっとこうしていたいな、ヒロトと」

 

「うふふっ、二人とも仲睦まじいわね。良い事だとは思うけど、学校もあるから程々にね」

 

 そうしているとヒロトのお母さんから、優しくそう言葉をかけられた。

 私たち二人は改めて顔を見合わせると、それからどっちも照れたようになって。はにかんだ顔を彼女に向けたの

 

 

 

 

 



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番外編最終話 前編 大切な彼女との日常と(Side ヒロト)

 番外編も含め、本作もようやく本当の最終回に。
 前、中、後編と三部に分ける感じになります。



「――ヒロト!」

 

 元気の良い声と一緒に、後ろから抱き着かれる感触を覚える。

 

「またガンプラを作ってたんだ! ガンプラが好きなヒロトも私……大好きだよ」

 

 土曜休みの日、俺は朝から自分の部屋でガンプラを作っていた。そんな俺に抱きついているのは――俺の大切な恋人のヒナタだ。

 こうしていると彼女の暖かくて柔らかい身体の感覚と、ほんのり良い匂いもする。それに見るとヒナタの表情と瞳はとても嬉しそうに、きらきらしていて。

 

「いきなりで驚いた。今日は家に来るのは聞いていたけれど、急にこう来るだなんて」

 

「えへへっ、驚かせちゃったけど、ヒロトの後ろ姿を見たら我慢出来なくなっちゃって。だからつい、抱きついちゃったんだ」

 

「――そっか」

 

 だけどこうしているヒナタは、何よりも可愛いく見えた。俺もいつの間にか……惚気ているんだろうか。

 元々は幼なじみだった彼女が今はこうして、ずっと魅力的で可愛いと感じると言うか。もっと傍にいたいと、一緒にいてかけがえがないと思ったりと。

 もちろん、そんな思いがこれまでも無かったわけじゃない。ヒナタの事は今も昔もずっと、俺にとって大切な人なのは変わらない。けれど、何て言えばいいか。

 

「こんな風に、ヒロトと居るのもいいよね。二人でラブラブな雰囲気……とってもいいの。

 今も私の事を熱い眼差しで見てくれて、照れちゃうけど、嬉しいな」

 

「……っと、そんな風に見ていたのか? ついヒナタに……俺は」

 

 自分でも不思議な気分だ。

 あれから告白して、恋人同士になってから最初はあまり生活は変わらないものと考えてもいた。けれどしばらく経って、本当は大きく変わっているのかもしれないと、自分でも感じてもいたから。

 

 ――俺のヒナタに対する見方とか、自分自身の内心とかも。これが恋人に……特別な人になると言う事かな――

 

 そう考えていると今度はヒナタが、隣に座って心地良さそうに寄りかかっていた。

 

「うん。さっきみたいに見てくれたのも、今の関係になってからで。――もっと早く告白すれば良かったかも!」

 

 今、すぐ傍で笑顔でいるヒナタも、本当に良い笑顔をしていた。

 もちろん俺だけじゃない、彼女も随分と変わったと思う。明るくて優しい性格は同じだけれど、前はもっと……どこか控えめな所があった気がする。それが今は積極的で、直接好意を示すようにもなった。

 そして、そんなヒナタが見せる笑顔も――以前とまた違う感じの、幸せそうで良い笑顔をよく見せてくれるように。

 

「……やっぱりヒロトの傍が一番いいな。凄く落ち着くんだ、私」

 

 夢見心地みたいに彼女は呟く。こうして二人、あれから色々気づいたりして、変わった所もあったりで。俺も――今ならはっきり言える。

 

「俺だって一番いい。ヒナタと一緒に居れるのが、誰よりも落ち着くし……良い気持ちになれるから」

 

 そう素直に思った気持ち。俺はヒナタに言うと、彼女は両腕を優しく俺の首元に回して、上半身を寄せる。

 

「恋人になってから、そうした言葉も言われるようになったりで、もう慣れてもいいはずなのに……でも何回言われても変わらずに、すごく幸せに思えるんだ。

 ヒロトがそう言ってくれるの、だから――」

 

 心から喜んでいる感じで、こう言うとヒナタは俺の左頬にそっと、口づけをしてくれた。

 

「――本当に、ありがとう」

 

 そうお礼を言った彼女。ヒナタこそ、こうして俺と一緒になれて……凄く幸せでいるのは見て分かる。

 俺はそうして喜んでくれている彼女を見ているのが、特別にかけがえのない時だと思うから。こうして、そして――これからも。

 

 ――これからもヒナタの傍にいる。あんな風に笑っている彼女を、俺は誰よりも近くで守るし、ずっと大切にして行くから。きっと――

 

「ねぇ、しばらくこうしていていい? 暑苦しいかもだけど、ヒロトがガンプラを作っているの、今日はこんな風にして見てたいんだ」

  

 すぐ隣でヒナタは寄りかかったまま、俺に聞いた。答えは、もちろん。

 

「大丈夫だ。ヒナタが傍にいてくれた方が俺は凄く……良い気持ちだから」

 

「よかった、なら私はこうしているね。こうしてすぐ近くで、一緒に」

 

 俺はまたガンプラを作る手を動かす。ニッパーでパーツを切り離したり、やすりで削って接着剤で張り付けながら丁寧に組み立てて行く。

 そうしながら、途中途中で何度も、傍で心地よさそうに寄りかかってガンプラ作りを眺めているヒナタの方も見て、会話も楽しんだりも。

 

 ――ガンプラ、一人で作るのも悪くない。けれど……大切な人と一緒にいながら作るのは、やっぱり一人よりも楽しくて、幸せな感じだ――

 

 ヒナタとの二人でいる時間。こうしている時間がやっぱり、俺は大好きだ。

 

 

 

 ――――

 

 俺はヒナタと部屋で過ごした。ガンプラもそうだけれど、それからも他愛のない話をしたり、お菓子でも食べながら……彼女との時間を満喫した。

 それから昼食も、今日は彼女が作ってくれた。俺だけじゃなくて父さんと母さんの分まで、美味しいコロッケ料理を。

 

「どう? 私の作ったコロッケ……美味しい?」

 

「もちろんだ。きっと世界一美味しい、ヒナタの作ってくれる料理は」

 

 一緒に四人で食卓を囲んで、俺はヒナタの作ってくれたコロッケを、昼食を食べながら俺は素直な感想を答えた。実際に彼女の料理は、本当に美味しいから。

 それに俺の両親も気に入ってくれたようで。

 

「確かにヒナタちゃんの作ってくれる料理はとても良い、流石なものだよ」

 

「うんうん! こんなに美味しい料理を作ってくれて助かっちゃうわね」

 

「……えへへ、そう言われると私もすごく嬉しいです」

 

 みんなに褒められて喜んでいるヒナタ。俺はそんな彼女にこうも話す。

 

「それだけヒナタが作ってくれる料理は美味しいんだ。うん、前も美味しかったけど何て言えばいいか……段々と、もっと美味しくなって行っている気もする」

 

 今日のコロッケにしても、前に作ってくれた時と比べると格段に美味しくなっている感じがする。料理の腕が上がったのか、それとも。

 

「ヒナタちゃんの料理が前よりも……か。ヒロトの言う通り、もしかして腕を上げたかい? カフェでのアルバイトを続けたからかな?」

 

 俺の父さんもそう聞いた。ヒナタは嬉し気にはにかんで答えたんだ。

 

「気づいてくれた? アルバイトもだけど、自分でももっと美味しい料理を作りたいって思ったから。

 ヒロトにこれからだって、もっと私の料理が良いって思ってもらいたいから。愛情だって……立派な隠し味だから」

 

「俺のために、こうして料理まで」

 

 ヒナタが俺をどれだけ好きでいるのか、もちろん分かっている。けれど改めて俺のためだって言われると、結構どきっとしてしまう。  

 

「うん! だってこれからも、こうしていたいから。

 私たち二人が……ちゃんと大人になってからも、ヒロトの為に料理を作りたいんだ!」

 

 彼女はこっちを真っすぐに見てそう言った。一体何を伝えたいか、俺にはすぐに分った。答えを待っているヒナタに俺は、自分の心からの気持ちを告白する。

 

「――ああ。この先もずっと、俺はヒナタが作ってくれる手料理を……食べたい」

 

「ヒロト!? それって……」

 

「ふふっ」

 

 想いが分かるからこそ、俺はそう受け止める。何より、やっぱり自分でも……そんな将来を望んでいるから。

 俺の答えに父さんはびっくりしていて、母さんは嬉し気に微笑んで。そして、ヒナタは。 

 

「もちろんだよ! だって、私はヒロトを世界で誰よりも、愛しているから!」

 

 彼女は俺に笑顔を見せた。

 あんなに喜んでいるヒナタの笑顔。それはまるで俺だけの――太陽みたいで。

 

 

 

 ――――

 

「今日も、良い天気だね」

 

 昼食を食べてから、俺たちは外に出て軽い散歩を。

 

「あんなに晴れ渡った青空に、ポカポカの太陽……気持ち良いよ。それに、繋いでいるヒロトの手も、温かいな」

 

「とっても、ヒナタの温もりもこうして握っている手から伝わって来る。

 俺はそれが、たまらなく嬉しい」

 

 腕を組んでヒナタともっとくっついている事もよくあるけれど、こうして手を繋いでいるのも、俺は好きなんだ。

 最初はそれさえドキドキしていた。けれど慣れるにつれて、恋人同士としてこうしているのがとても、愛おしくて心地が良いと……感じられて。 

 

「ふふっ、ヒロトと居れて、今日も楽しかったよ」

 

「俺だってヒナタと過ごせて、嬉しかった。こうしていられるのが日常でも……当たり前のように君が傍にいてくれるのが、本当に」

 

 そんな気持ちを感じながら、俺はヒナタと一緒に街を歩いて……けれど。

 

「あのさ、ヒナタ」

 

「うん?」

 

「やっぱりもう、行ってしまうのか。俺はまだヒナタと……過ごしていたいけれど」

 

 俺自身寂しく感じながらもヒナタに聞いた。彼女はごめんねと、謝ると。

 

「午後から試合を見に行ってあげるって、後輩の子に約束してたから。それに試合の後はみんなで打ち上げもあるから、帰りも遅くなるかも。

 だから……今日はそろそろお別れかな。時間的にも、もう行かないとだから」

 

 ヒナタは昼から弓道部の試合を観に行くと……実は伝えてあった。だから今日は午前中と正午まで彼女と過ごした感じで、もちろん大切な時間が過ごせた。でも、だからこそ、これでお別れなのが寂しく思えて。

 

「いいんだ。でも、やっぱり寂しい。さっきまで一緒に居たのに、もう離れ離れになるなんて。

 ……せっかくだからGBNで、ヒナタと過ごせれば良かったけれど」

 

 もし大丈夫なら、一緒にGBNにも行きたかった。それもやっぱり名残惜しいと思って。

 

「ごめんなさい、もっと先に言っておけばよかったよね。――でも」

 

 ヒナタはにこっと、笑顔を見せて俺にこう言ってくれた。 

 

「でも明日は日曜日だから、その時に二人で過ごそう! 最初にGBNで遊んで、それから……お昼にいつもの海沿いの遊歩道の広場でピクニックなんてどうかな? 私、美味しいお弁当を作って来るから、一緒に食べよう。海や街の景色を眺めながら……そう言うのも、いいかなって」

 

 明日、か。明日だってヒナタとまた居られる。それに今日だって彼女と一緒に過ごせたから。俺は……だから。

 

「――楽しみだ。なら、明日は一日中ヒナタと過ごそう」

 

「うん、ヒロト! だから楽しみにしてくれたら、私も嬉しいなって」

 

「もちろんだ。また明日……約束だ!」

 

 俺たちはどちらも笑顔で、道の途中でそのまま別れた。ヒナタは弓道部の試合がある学校に、俺はGBNをプレイしにガンダムベースがある方向へと。

 もちろん自分のガンプラも持って来ている。ヒナタはもう居ないけれどせっかくだ、GBNで少し過ごして行こう。もしかするとカザミやパル、メイたちもログインしているかもしれないから。

 そう考えて俺はGBNに行くことにした、けれど。

 

 

 

 その時俺はまだ知らなかった。

 GBNで消えたと思っていた彼女と――もう一人の『ヒナタ』と、これから本当の……決着をつけに行く事にもなると。

 



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番外編最終話 中編 ワタシ自身にとっての決着 1/3(Side ヒロト)

 

 GBNに来た俺を出迎えてくれたのは、カザミ達ビルドダイバーズのみんなだった。

 

「おう! ようやく来たな、ヒロト!」

 

 俺の姿に気づいたカザミは俺の元に駆けて来て、親し気にポンと肩に手を置いて声をかける。筋肉質で大柄な体格のダイバールックのカザミ、こうして立つとやっぱり俺より大きいな。……リアルではそこまででもないけれど。

 

「やぁ、カザミ。俺も会えて嬉しい」

 

「ハハハ! やっぱりヒロトがいないとだもんな。もちろん、俺だけじゃないぜ」

 

 カザミに続いて向こうからはパルに、それにメイも来てくれた。

 

「ヒロトさん! こんにちは」

 

「……やぁ」

 

 パルも嬉し気に挨拶してくれる。……メイも、笑顔を俺に向けてはいたけれど。

 

 ──妙だな、雰囲気が少し思い詰めているような、複雑そうな様子に見える。

 何かあったのか、メイ?──

 

 今はカザミにパルもいる。どこかタイミングがあれば、聞いてみるのも良いかもしれない。

 

「これでビルドダイバーズ、全員そろったな! ……と言いたい所だが」

 

 改めて俺を見た後、カザミは残念そうに言った。

 

「やっぱり、ヒナタは今日は一緒じゃないのか。ちゃんと全員で集まれたら良かったけれど、用事があったのか?」

 

「ああ、部活の試合にな。俺もヒナタと来たかったけれど……」

 

「でも用事があるなら仕方ないですよ。今日は僕達四人で行きましょう?」

 

「……」

 

 口数の多い方ではないないけれど、今日はいつもよりも無口なメイ。やっぱり奇妙だ。パルもそれに気づいたみたいで。

 

「あのメイさん、やっぱり何かあったのですか?

 今日会ってから少し変でしたし、僕は心配で」

 

 心配しているパルに、メイは安心させるように話していた。

 

「心配しなくても、大丈夫だ。しかし、やはり……そうだな」

 

 と、今度は俺の方に視線を投げかけた。それから少し考える様子を見せた後、俺に──言った。

 

「ヒロト、二人で話したい事がある。もし良ければ、構わないか?」

 

「……ん? ああ、俺は別に問題はない」

 

 急だとは思ったけれど、話くらいなら全然構わないと思った。

 

「おいおい、メイ。相談があるなら俺たちだって乗るぜ?」

 

「すまないカザミ、これは二人だけの事なんだ。

 ……さて、じゃあヒロトは私と来て欲しい。大切な話だ、頼む」

 

 未だによく分からない状況とは思う。けれど、メイの言うように重要そうなのは分かる。

 だから俺は彼女の話を、聞きに行く事にした。

 

 

 

 ────

 

 GBNのロビーから離れ、俺は建物の屋上に。他にも人はいたが俺とメイは離れた場所で二人、話をする事にした。

 

「それで、俺に話したい事は……一体何なんだ?」

 

 カザミやパル達にも話さずに、俺にしか言えない事。それが何なのか自分自身気になりもしている。

 見るとメイの様子も複雑そうな様子が強く、ただならない事情を抱えているかもしれないと、そう考えた。

 

「いきなりで悪い。しかしヒロトにはどうしても、伝えないといけない事がある。……その前に」

 

 メイはそう言うと俺に対して、頭を下げる。

 

「すまない。私はヒロトに……本当ならみんなにも謝らなければならない事がある」

 

「謝るだって? 急に言われても何が何だか、説明してくれないか?」

 

 いきなり頭を下げられて謝られても戸惑うだけだ、まずは説明して欲しい。

 俺はそう伝えるとメイはそうだな、と。そして改めて話をしてくれた。

 

「私はずっと秘密にしていた事がある。ヒロトにも、カザミにパルやGBNの運営に……ヒナタにも。

 ヒロトは覚えているだろう? ミラーミッションで生まれたヒナタのコピーが起こした、あの出来事を」

 

 

 

 もちろん、忘れてなんていない。

 ミラーミッションでELダイバーの不完全なコピーが偶然に自我を得て、その後ヒナタの情報を取り込んで誕生したもう一人の黒いヒナタ……通称クロヒナタとも呼んだ。初めて得た人の、ヒナタの心と想いは彼女にとって大切な物で。

 それを守ろうと、そして彼女なりの方法でヒナタを幸せにするためにミラーミッションのシステムを乗っ取りGBNやELダイバー、そして俺に敵対して戦った。

 あのヒナタの目的は俺の身体を乗っ取り、代わりに自分が『クガ・ヒロト』として成り代ってヒナタの想いを遂げさせる事だった。けれど俺と、ビルドダイバーズのみんなの力でその目的を阻止して彼女を打倒した。……そして戦いに敗れ、消滅したはずだ。

 

「ああ。あの戦いでGBNを救い、ヒナタを取り戻した。

 ──だけどもう一人のヒナタは救えなかった。救えたかもしれないのに、今でも俺は心残りで」

 

 黒いヒナタはGBNにガンプラ、ELダイバーに……何より俺を、ヒナタ傷つけた相手として激しく憎んでいた。それでも、彼女はヒナタを想って必死だった。最後は俺の手で──互いに譲れなかったから。俺がヒナタを強く想っている、それを示すためにも……しかし。

 

「本当にあれで良かったのか。もっと俺に出来る事が、まだあったのかと今でも思う。

 けれど彼女は消えてしまった。今更……」 

 

「消えてはいない。今も、あのヒナタはGBNに存在している」

 

 ──俺はその言葉に驚いた。

 

「何だと? けど、あの時確かに身体が崩れて、消えたのをヒナタと……この目で」

 

「あれは彼女が持つミラーミッションの機能で作った、自身の偽物だ。

 本物はGBNに移り潜んでいた。……いつか立て直して逆襲するためだと本人は言っていたが、あれからヒロトと結ばれて幸せそうなヒナタを見て、本気でそうする気はないように思えた。だからクロヒナタが生きている事を秘密にして見逃していた。

 ……万が一、ヒロトやGBNに再び危険を及ぼす可能性もあるとも分かっていた。それでも私はそうしたかった、いつか彼女も分かってくれて、生まれは違うかもしれないけれど一人の生命としてGBNの世界で暮らして欲しいと願ったからだ」

 

 危険がある事を承知で見逃して、それを一人秘密にしていた。だからメイが謝ったと思うけれど、謝る必要はどこにもない。──それどころか。

 

「メイの考えは正しい。俺でもきっと、そうしていたとも思うから。

 それに……俺も安心しているんだ、あのヒナタも無事にいてくれて、良かったと」

 

 リアルでのヒナタと違い、彼女は俺を強く憎み、酷い事をした……命さえも奪おうとも。 

 それでも俺は彼女が生きてくれていた事が嬉しかった。無事でいてくれて、ほっとしたんだ。 

 

「本当に良かった。せめて彼女がこれから、幸せにになってくれたら。

 ただ……彼女からしたら、俺なんて会いたくないとは思うだろうけれど」

 

 俺はあの黒いヒナタが──恐らく、一番憎んで堪らない相手だから。そう思っていた俺に、メイは話す。

 

「──それだ。ヒロトに話したい事と言うのは」

 

「メイが話したい事と言うは、まさか」

 

 言葉で察した。そして俺の考えた事は……的中していた。

 

「ああ。話と言うのは彼女が、黒いもう一人のヒナタがヒロトに──会いたがっている事だ」

 

 

 

 ────

 

 俺は自分のガンプラ、コアフライヤーに変形したコアガンダムⅡでGBNの、広い荒地のエリア上空を飛び移動する。

 このエリアはGBNでも辺境の地域にある。だから会う場所としては、丁度いいのだろう。

 

〈こっちだヒロト、この先に彼女が待っている〉

 

 前を飛ぶのはメイのウォドムポッド。彼女が俺の道案内をしてくれている。

 

〈さっき話した通り、向こうは危害を加えないと言っていた。危険な相手だと分かっているが……真剣そうに話している彼女の様子は印象的だった。私としては信用出来ると思う。

 念のために警戒もしているが、嘘を言っている感じではなかった。本当に会いたいだけなんだろう〉

 

「今更かもしれないが、これまでにもメイは彼女と何度も会っていたのか?」

 

「直接コンタクトをとったのは三度くらいだ。一回、二回目は私から、……そして三度目は向こうからやって来た。

 ヒロトと会いたいと、そう伝えに。後…………時間はもうないとも」

 

 時間がない? どう言うことかは分からない。しかしそれにしても……。

 

「カザミたちには悪い事をした。会ったばかりでいきなり分かれてしまうなんて、けれどどうしても、ヒナタの事が気になったからだ。 

 ──どっちとも。部活で今日来れなかったのが、丁度良かったかもしれない」

 

「そうだな、カザミもパルも分かってくれるだろう。これは私とヒロトの問題でもある、だから……」

 

「分かっている。俺に出来る限りの事を、彼女に。

 後悔なんてしないように、今度こそ救ってみせる」

 

 改めて決意した。俺はヒナタのヒーローだから。だからこそ、もう一人のヒナタも救いたい。

 メイはそれを聞いて、頼もしい顔を見せてくれた。

 

「ヒロトがそう言うなら、私も力になろう。

 さて、目的地も見えて来た。あそこに……待っているはずだ」

 

 

 

 荒野の中に、まるで墓標のように突き刺さるスペースコロニーの残骸。 

 俺とメイはその手前にガンプラを着陸して機体から降りる。

 

「ここはずっと前に……来たことがある、のか? イヴの手がかりを探していた時に、けれどここには何もない。

 あの、寂れたスペースコロニー以外は」

 

 降りて間近で見ると、やはり巨大な物体だ。空が殆ど隠れてしまうくらいに。けれど、あの黒いヒナタの姿は見当たらない。

 

「この荒野のエリアのスペースコロニーで待っていると。目立つ目印だ、間違ってはいないはずだけれど」

 

「ああ。エリアもここで合っている、まさか彼女の方が来ていない……のか?」

 

 俺も、メイもそう考えていた矢先だった。スペースコロニーの残骸、その中の暗闇から人影が浮かび上がって来るのが見えた。

 

「来たのね、クガ・ヒロト」

 

 灰色のマントとフードで身を隠している人物。けれどその声と、フードから辛うじて見える左半分の顔は……髪や瞳の色彩が暗い以外、ヒナタと同じもので。

 

「こんなに早く来るなんて驚きだわ。でも、おかげでワタシの時間も……間に合いそうだわ」

 

 微妙に謎な言葉。けれど俺も言葉を返す。

 

「俺に会いたいと聞いたから。それと──君の事もヒナタと、呼んでも構わないか?」

 

 俺の前にいる黒いヒナタ──彼女は、色々とヒナタ本人とは違うかもしれない。けれどもう一人の『ヒナタ』であるのも正しいと、俺は思うから。

 

「ワタシが……ヒナタねぇ」

 

 顔の右半分はフードに隠れて見えないまま。けれどそう呟いた彼女の左半分の表情は何処か物寂し気で、片目の視線を伏せていて。

 

「もうワタシにはあの子を、ムカイ・ヒナタと名乗る資格なんてない。だって救う事が出来なかったもの、クガ・ヒロト──貴方から」

 

 再び視線を上げて俺を見た瞳には、以前戦った時と変わらない、強い憎悪と敵意で一杯だった。

 前によく見せた外見上は微笑んだまま──嘲笑いながらの憎しみではない。最初から彼女の表情からも感情相応の、静かだけれど、深い憎しみが伝わる。

 メイもそれに気づいたらしく、俺を庇うように言った。

 

「まだヒロトの事をそこまで憎んでいるのか。こうして話の場に来たんだ、もう許しても構わないだろう」

 

「ええ、許してあげても構わないわよ。

 ……もしムカイ・ヒナタが貴方に費やし続けてきた時間と想い、全てを元通り彼女に返せるものなら、クガ・ヒロト」

 

「──」

 

 俺は何も言い返せなかった。

 

「そんなのヒトに、出来るわけないわよねぇ。つまり……そう言うことよ。

 後ねメイ、貴方がそんな事言えるのかしら? ワタシはクガ・ヒロトも憎いけれどメイもイヴも、ELダイバーだって嫌いで憎いのよ。まさか改心しただなんて、都合の良いことを考えていたわけではないでしょう?」

 

 けれどね──。彼女は今度は苦悩の表情を見せて、続けた。

 

「あれからGBNに潜んでいたのも、機会を見て貴方達に報復するためだったわ。けど、ワタシはずっと何も出来ないでいた。

 だって彼女は、ムカイ・ヒナタは確かに──心から幸せでいたのだから」

 

「……君は」 

 

 恐らくどこかでヒナタの事を見ていたんだと思う。俺の恋人になってからの──彼女の幸せそうにしている様子も。 

 

「前よりも、記憶にあるムカイ・ヒナタのどれよりもずっと、本当に……幸せそうに。きっとあれがワタシの望んでやまなかった、あの子の幸せだと思った。

 ……なのにどうしてかしらね。何故か喜べない。こんなにもワタシは、腹立たしくて堪らないのは。どうしていいか分からない、このぐちゃぐちゃした感情は」

 

 そしてもう一人のヒナタは、俺を強く睨んで言う。

 

「分からないわ、よりにもよってクガ・ヒロトと。貴方のような……貴方みたいな人間がどうして、ムカイ・ヒナタを幸せに出来るのよ!

 ワタシはそれが…………うう、くうっ!」

 

 感情的になった彼女は、途端に隠れて見えない顔の右半分を押さえて苦しみ出した。

 

「大丈夫か、ヒナタ!?」

 

「……っ! 寄るなっ!」

 

 心配になり近寄ろうとした俺を、激しく拒絶する。

 けど、それでもまだ苦しむ様子を見せている。一体どうしたんだ?

 

「ふざけ……ないでよ。どうせムカイ・ヒナタの事なんてろくに思いもしなかった貴方が、今になって。

 ……どうせあの子に向ける想いさえ紛い物、偽物に過ぎないのに。貴方なんて彼女の傍にいる資格なんてっ!!」

 

 感じるのは強い失望と絶望。悲しみに怒り、それに憎しみと言った負の感情も漂わせているけれど、彼女が一番心に持っているのは──絶望だ。

 

 ──最初に会った時から多分そうだった。俺がヒナタに対してこれまでしてきた……いいや、『してこなかった』事に対する途方のない絶望を。

 彼女はずっと抱えて苦しんでいた。そしてヒナタのために怒り悲しんで、憎んで──

 

 かつてGBNを巻き込んでまでの、大事まで引き起こした。

 目の前のあのヒナタはそんな絶望を向けている。彼女に何か言う資格すらないかもしれない。それでも、俺は伝えたい事がある。

 

「俺は本気でヒナタの事を愛している、心から。彼女と繋いだ手を……絆を、離したりなんてしない。

 これから先だってずっと、もっとヒナタを幸せにして行きたい。俺の想いは──嘘じゃない」

 

「……」

 

 俺の言葉は届いているのか、いないのか、睨んだまま沈黙している。

 だけど……少しの間を置いてもう一人のヒナタは口を開く。

 

 

「……やはり理解出来ないわ。でも、だからこそワタシはクガ・ヒロトに会いたかった。 理解出来ない、分からないからこそせめて…………貴方と戦うためにね」

 

 

 

 ──俺と戦うと、今度はそう言った。

 

「もう一度貴方の想いとやらを、ワタシに見せて欲しいわ。

 以前にワタシと戦った時、そしてエルドラの時のように命や世界の危機を賭けるわけでもない。……それこそGBNでありふれたただの遊びのような戦いだからこそ、全てを賭けた本気の、そんな戦いをしたいのよ」

 

 黒いヒナタはパチンと指を鳴らした。それに反応するように、彼女のすぐ傍に一機のモビルスーツが出現した。

 紫と黒を基調にしたカラーの、X型のバインダーを背部に備えたリーオー。あれは彼女が持つ機体なのか?

 

「それが君の、望みなのか?」

 

「ええ、その通り。

 ワタシはガンプラなんて持っていないからねぇ、これはGBNにいるリーオーNPDの一機を拝借して、少しだけ自分用にカスタマイズした機体よ。

 でもね、さすがにこれでクガ・ヒロトと戦うのは厳しいわね。だから……」

 

 彼女は出現したリーオーの足元を、手で少し触れた。

 瞬間、触れた部分からノイズのようにテクスチャが置き換わっていき、リーオーが別の物に変形して行く。やがて変化した──それは。

 

「確か、アルスアースリィガンダム……と言ったわね。これなら貴方とも戦えるはずだわ」

 

 エルドラの戦いでアルスが、俺のコアガンダムとプラネッツシステムを模倣して作り出した機体。その一つがアルスアースリィガンダム、あのヒナタはそのデータをリーオーに上書きして──漆黒のアルスアースリィガンダムを形成した。

 

「そんな物まで……わざわざ」

 

「データの上書きは一時的なものだけれど戦うには十分。

 安心しなさい、仮に貴方が負けたところで何もしないわよ。だからワタシと戦いなさい、クガ・ヒロト。

 そうすればワタシも──今度こそ」

 

 本当に、彼女はただ戦いたいだけみたいだ。言葉よりも今はそれで……俺に出来ることであるならば。

 

「分かった。それがヒナタの望みなら、俺は戦う」

 

 それからメイにもこう伝える。

 

「メイには俺達の戦いの立会人になって欲しい。良ければ、頼めるか?」

 

「ああ。まさかこんな事になるとは驚きだが、応援している。

 ……そして出来るなら、彼女も救って欲しい。同じ電子生命体として、頼む」

 

 彼女からの願い。俺も、思いは同じだ 

 

「分かっている。俺は必ず──」

 

 もう一人のヒナタの心も、今度こそ受け止める。今の自分の想いを……届かせてみせる。

 

 

 

 ────

 

 俺はコアガンダムⅡに乗り込み、コックピットに座る。

 起動させたモニター画面に広がるのは一面の荒地と、スペースコロニーの残骸が見える。そして──

 

〈……クガ・ヒロト〉

 

 正面に向き合って立つのは、黒いヒナタが乗る漆黒のアルスアースリィガンダムの姿。

 俺は今から一対一で彼女と戦う。そして立会人であるメイはウォドムポッドに乗り、巻き込まれないように離れた場所に移動して見守っていた。通信画面には相変わらずマントとフードで身体を隠す、もう一人のヒナタの姿が映っていた。

 相変わらず突き刺すような敵意を向ける様子の彼女。画面越しに俺を睨んだまま……だけれど

 

〈ねぇ、戦う前に一言言っておくわ。

 本当は貴方などに言いたくはない、そんな言葉だけれど〉

 

「どうしたんだ。言いたい事があるなら……何でも聞く」

 

 俺も気になって言うと、もう一人のヒナタは少し沈黙した後で……一言

 

〈……こうして来てくれて礼を言うわ。ワタシとの戦いを受けてくれて、ありがとう〉

 

 今、彼女は俺に、ありがとうと言った。

 ──驚いた。だって、俺の事をあれほど憎んでいるはずなのに。

 

「……ヒナタ」

 

〈ワタシは貴方が大嫌いよ。けれど、この戦いは言うなればワタシのワガママ。

 ムカイ・ヒナタ本人にとっては意味のない、あの子の為でも、望みですらない。ただワタシがそうしたいから……戦う、突き詰めればそれだけに過ぎないのだから。

 だから、そんな戦いを受けてくれるのなら誰であろうと、礼は言うべきだと〉

 

 そして俺に、敵意はあるけれど真剣な視線を向けて……言い放った。

 

〈クガ・ヒロト、貴方はワタシをムカイ・ヒナタと半ば同一視しているようだけれど、もうそんな資格はない。

 今は、ワタシの名前はただの『クロ』。もう一人のクロヒナタとしてではなくて…………あの子を『愛している』、ただ一人のヒトとしてここにいる!〉

 

「君は、そんなに思って……まで」

 

 目の前の漆黒のアルスアースリィガンダムは、右手先からビームサーベルを形成して戦闘態勢をとる。

 彼女は──言った。

 

〈そう、だからこそワタシ自身の想いを、戦いで全てぶつけてみせる!

 貴方にも強い想いがあるのなら、今ここで……もう一度全力で証明しなさい!〉

 

 それが彼女が望む事、救うことが出来るのなら。俺がヒナタをずっと愛していると、示すために。

 

 ──ヒナタ、俺に力を貸して欲しい。彼女を救えるだけの──

 

 俺はそんな気持ちを胸に秘め……そして答える。

 

 

「──ああ。俺の想いを……クロ、君に示してみせる」

 

 



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番外編最終話 中編 ワタシ自身にとっての決着 2/3(Side ヒロト)

 ヒナタと同じ記憶と姿のデータを持つ電子生命体、クロ。

 彼女が乗る漆黒のアルスアースリィガンダムは──右手からビームサーベルを展開して、俺のコアガンダムⅡに肉薄する

 

〈さぁ! どうするかしらっ!?〉

 

 最初から先手を打ったクロ。俺は寸前でコアガンダムⅡをコアフライヤーに変形してその場を離脱、上空を飛びながら……俺はアースアーマーを呼ぶ。

 空の向こうから飛んでくる青い航空機、アースアーマーが飛来する。

 飛行するアースアーマーがコアフライヤーに並んだ時に俺は、機体を再びコアガンダムⅡに変形させて──。

 

「コアガンダムⅡ……ドッキング・ゴー!」

 

 俺が乗るコアガンダムⅡは分離したアースアーマーを手足、全身に纏い、コアチェンジ……アースリィガンダムに姿を変えた。そのタイミングに。

 

〈何が……ドッキング・ゴーよっ!!〉

 

 すぐ背後から追いついて来たのは、クロが乗るアルスアースリィガンダム。手にビームライフルを構えて、ビーム攻撃を次々と放つ。 

 

「っ!」

 

 俺は上空でシールドを構えて後方からの攻撃を防御し、同時にビームライフルを構えて応戦する。……けれど、俺の射撃をクロは次々と避けて、俺に迫る。

 

 ──やはり強い、俺の実力もコピーしているだけあるのか──

 

 彼女は以前、俺の戦闘データも取り入れていた。理論上の強さは俺と同等、と言うことにはなるけれど。

 

 ──けれどそれは、あくまで過去の俺のデータだ。今現在の俺では……ない!──

 

 俺のアースリィガンダムは空中でターンバックして急停止、ビームサーベルを抜いてアルスアースリィガンダムに迫る。

 

〈!!〉

 

 驚くクロ、同じくビームサーベルで俺の斬撃を受け止めるけれど、勢いに負けてアルスアースリィは地上に落下する。

 それでも、倒れずに態勢を整えての着地。続けて追撃、落下した相手に迫り、更にビームサーベルで斬撃を放つが、今度は待ち構えたように完全に防ぎ切る。

 鍔迫り合いになる中……クロは俺に言った。

 

〈楽に勝たせは……しないわよ。GBNにいる間、ワタシはワタシなりにガンプラバトルの腕を磨いてもみたのよ。

 ……貴方通りの戦い方を、そのまんま模倣するだけだとは思わないで頂戴〉

 

「そのようだな。……でなければ今の二撃目で、倒せていたはずだから」

 

 かつての俺と同じ程度なら、今の斬撃で確実に倒していた……はずだ。実際俺は本気で、最初から止めを刺そうとした。

 確かにクロの戦い方はデータを覚えているだけあって俺に似ていて元にしているかもしれない。けれど、より攻撃的な戦い方、微妙な癖の変化など、今は微妙に異なっていた。

 言うなればただの俺の模倣ではなく、クロ独自の戦い方をしている、そう言うことだ。

 

〈ビルドダイバーズのクガ・ヒロト、惑星エルドラを救った……世界の救世主サマ、英雄。

 ……どうでも良い、くだらない事だとは思うけどねぇ、一応はそれだけの実力があるとは認めているのよ〉

 

 ビームサーベル同士で鍔迫り合う中、俺はアースリィガンダム頭部のバルカンを放って反撃する。バルカンはこっちにしかない武装だ。アルスアースリィは後方に下がって距離をとる……と思った瞬間、機体はその大型の脚で蹴り上げを放った。

 

「──うっ!!」

 

 向こうもいきなりの反撃、俺は反応に若干遅れて蹴り上げを喰らった。

 下ったおかげで勢いをいくらか殺すことは出来た。直撃してもダメージは少なくて済んだ……けれど。

 

「まさか俺に攻撃を、直撃させて来るなんて」

 

〈そんな救世主サマの、貴方と戦うのですものねぇ。ワタシもそれなりに頑張らないと。

 前回はミラーミッションのシステムを利用したけれど…………それも使えないならワタシ自身が実力をつけて、どうにかするしかない。…………っ!〉

 

 途端、また画面越しに見えるクロの顔半分が苦痛で歪むのを見た。多分本人も我慢して隠そうとしている、けれど相当に痛いのをこらえているように感じた。

 だけど──。

 

〈……負けないわ、クガ・ヒロトっ!!〉

 

 更に一撃、二撃、三撃……。押し迫るようにビームサーベルで斬撃を繰り出して行くクロ。

 本気の猛攻、そんな中で彼女は俺に言った。

 

〈アースアーマーだけで戦うのは大変かしら。ねぇ、自慢のプラネッツシステムはどうしたの?

 戦いに合わせてアーマーを換装して戦うのが、クガ・ヒロトの戦闘スタイルでしょう?〉

 

 俺とイヴで作ったコアドッキングシステムと、プラネッツシステム。様々な戦局に合わせて用意した複数のアーマーに換装して戦う、万能とも言えるシステム……だけど今回は。

 

「今回は使わない。君と同じように、俺もこのアースリィガンダムだけで戦う」  

 

〈はぁ? 本気の戦いと言ったわよねぇ……ふざけているのっ!?〉

 

 怒りに任せたビームサーベルの薙ぎ払いを、横からシールドで受け止めながら俺は続ける。

 

「俺は本気で戦っている。……けれど、クロの使っているアルスアースリィガンダムも、コアチェンジが出来ないはずだ。

 元々はリーオーなのを無理に情報を上書きして形成したのなら、恐らくアルスアースリィガンダムの形態のままで固定されているとも思える。現にクロも……前みたいにプラネッツシステムは使っていない、そうだろう?」

 

〈……っ〉

 

 苦い表情を、途端に浮かべるクロ。

 

〈……勘がいいじゃない。でも、そんな物などクガ・ヒロトには関係ないでしょう!?〉

 

「そうじゃない。本気だからこそ、俺も可能な限り君と対等の戦いをしたい。

 君がプラネッツシステムを使えない、使わないのなら俺も同じ条件で戦う。そしてその上で本気を出して──君に勝つ」

 

 哀れみや同情じゃない。俺はクロの望みに応えたい、彼女と向き合いたいと……願った結果だ。

 対等な条件で、本気で戦って勝ってみせる。それに……。

 

 ──プラネッツシステムは使わない方が、今はいい。あくまで俺自身の力だけヒナタへの想いを……示す──

 

 俺の言った事にクロは、氷のように冷ややかな視線を向けた。どこまで分かってくれたのかは、分からない。

 それでも彼女は……言ってくれた。

 

〈勝手にするといいわ。どちらでも構うものか、それにね、勝つのはこのワタシだわ!〉

 

 クロはビームライフルを放り、今度は左右両手からビームサーベルを展開して彼女が乗るアルスアースリィは二重に連撃を放つ。

 一撃目をビームサーベルで防ぎ、その勢いを上手く利用して後方に下がって、二撃目の攻撃範囲から離れる。なおも接近しようとする相手を俺はヘッドバルカンで攪乱しながら牽制、距離を離す。

 

〈防戦ばかりでは勝てはしないわ。ねぇ? 本気で戦いなさい。あんな事を言ったからには……ちゃんと、ね〉

 

 半ば苛立ちを感じるクロの声。

 ビーム射撃をビームサーベルで弾きながら真正面から迫る、彼女のアルスアースリィ。俺も再度グリップを抜いて、ビームサーベルで応戦する。

 

「勿論本気だ! クロ!」

 

 剣と剣、互いのビームの剣先がぶつかる度に火花が散る。

 やっぱりクロ自身の実力は上がっている。なかなか、手ごわい。……けれど!

 アルスアースリィは両手二本のビームサーベルで猛攻を繰り出す。

 

〈やられなさいっ!〉

 

 激しくバツの字に放つ強烈な斬撃、俺はそこに隙を見つけた。攻撃を跳んで避けてそのまま、ビームサーベルを振り下ろす。

 俺の一撃、アルスアースリィはそれを左肩アーマー、背部の左ウィングに受けた。よろめく相手、俺は止めを刺そうと再度ビームサーベルの、今度は腹部を狙って突きを放つ。

 ただ二度目はなかった。止めの瞬間に横に飛び退くと同時に先ほど落としたビームライフルを取って、構えて放つ。

 

 

 

 ──早い!──

 

 あそこまでとっさの行動が早いとは思わなかった。俺は後方に下がって回避したものの、アースリィガンダムの右顔半分にビームがかすった。

 

「く……ぅ!」

 

 ツインアイの右目も損傷を受けてモニターがフラッシュして、一部画面が消失する。多分今ので頭部が半壊、片目も潰れて機能を失ったんだろう。でも、まだ左目は使えるなら問題はない……けれど態勢は整える必要はある。

 俺はアースリィガンダムを後方に下げて相手から離れる。ビームライフルを構えエネルギーを充填、最大出力で──スペースコロニーの残骸に向けて放った。

 強い一撃を受けた残骸の壁面とパーツは砕け、剥がれて辺りに落下して突き刺さる。それこそモビルスーツと同等、それ以上の大きさの破片が幾つも、俺はすぐに移動して破片の背後に身を隠す。

 

〈小賢しい真似を、するわね〉

 

 そこにクロのアルスアースリィがビームライフルで攻撃を放った。けれど破片は割と丈夫なもので一撃では壊れなかった。即席の遮蔽物、それなりに耐久性はあるようだ。

 俺は遮蔽物で身を隠しつつ、アルスアースリィを狙い撃つ。クロは舌打ちをしてギリギリで避けて同じくスペースコロニーの破片に隠れる。そして警戒しながら……身構えて。

 

〈……はぁ……っ〉

 

 痛みをまた堪えているような、クロ。それに画面から僅かに見えた彼女の右手は何か……黒く浸食されているようにも見えて。

 

「本当に、大丈夫なのか? 君は──」

 

〈そう言う所も、大嫌いなのよ! ワタシは!〉

 

 クロは俺に憎悪を向けて、言葉を続ける。

  

〈本当は……貴方なんて初めからいなければ良かった。それが叶わないならムカイ・ヒナタが貴方を嫌いになるなりして未練なく離れて、次に進んでくれたのならどんなに良かったか。

 クガ・ヒロトさえいない方が、あの子はもっと良い人生を、幸せを見つけられたはずだわ。それなのに──っ!〉

 

 彼女のアルスアースリィは破片から銃身を出し、ビームを連撃して放った。一撃は耐えてもさすがに続けては無理だった、あっと言う間に砕けて、俺は爆煙に紛れて別の破片に隠れる。

 

〈ずっと気に入らないのよ、貴方は! 

 ……なのに平然とあの子と、ムカイ・ヒナタといるだけでも虫唾が走る! 貴方の存在がどれだけあの子の障害になっているかも知らずに、いかにも良い人、救世主だなんて。

 良いご身分ねぇ…………何様のつもりなの?〉

 

「……っ」

 

 複雑だった。以前よりも行動や態度は収まってはいても、俺の何もかもを全否定するクロヒナタ──いや、クロの心は一つも変わっていなかった。

 俺へ限りない敵意と憎しみ。当然分かってはいたつもり、覚悟をしてはいたつもりではあった……けれど。

 

 ──あそこまで憎まれて、責められて。やはり俺はそこまで許されない……のか──

 

 ヒナタと同じ顔で、瞳で……声で、あれほど憎悪を向けられている。やはり何も感じずには、いられなかった。

 ……それでも俺は戦う、彼女と。

 スペースコロニーの破片、遮蔽物に隠れながらの射撃戦。こうした戦いは俺も得意だ。

 

「──そこだ!」

 

 俺はアルスアースリィガンダムが身を隠した破片に一撃を放つ。砕けた破片、そこからアルスアースリィが姿を現して反撃を放つ。そのタイミングで俺は破片に身を隠して避ける。

 

「俺は、その時、その時が精一杯なだけだった。ただ精一杯で、必死に出来る事をしようとした……だけだ」

 

 俺がクロの機体を捉えて再度射撃に出る。──が、今度は彼女と同じタイミングで、しかも距離が近い地点でライフルを構えて引き金を引いた。

 同時にビームが放たれて俺達の間で、衝突。ビームのエネルギーが一瞬で混ざり、膨れ上がって大爆発を起こす。

 近距離での爆発で吹き飛ぶ俺とクロの機体。飛ばされて、アースリィガンダムは荒地に倒れはしたがすぐに起き上がる。──ただ吹き飛ばされただけで大きな被害はなかった。

 けれど、クロのアルスアースリィガンダムは──

 

 ──!!──

 

 コロニーに空いた穴から閃光が見えた気がした。反射的に今の場所から飛び退いた、瞬間……そこから強力なビーム攻撃が放たれた。

 あの場所にいたら、きっとやられていた。けど今の一撃でクロは今スペースコロニーの残骸内にいると分かった。

 コロニー内部は巨大で、どこで待ち受けているか分からないけれど……行くしかない。俺はついさっきビームが放たれた大穴から、内部へと侵入した。

 

 

 

 ──クロは一体、どこに──

 

 スペースコロニーに入り、内部を探ろうとした瞬間に再び、上からビーム射撃が襲った。

 

「やっぱり、待ち構えていたのか。それに真っ先に仕掛けて来るなんて」

 

 俺のいる真上に、クロが乗るアルスアースリィガンダムが浮かんでそこにいた。

 墜落でボロボロになった、広大な居住空間。周囲には建物や住居のあった名残、スペースコロニーは地面に斜め垂直に突き刺さっているせいで、空間もずっと斜め上に高く続いて……先にはコロニーの端が折れて空いた場所から外の空が見える。

 ──けれどゆっくり状況確認している余裕は無かった。続けて上から降り注ぐように、クロはビームを一方的に放つ。

 

〈守りに入っているだけでは勝てないものね。だからワタシは貴方よりも、攻めさせて貰うわ。

 地の利はこちらにある。閉鎖空間で上から降り注ぐ攻撃に、反撃する余裕もないでしょう?〉

 

「確かに苦戦はしている。……けれど、まだやれる事はある!」

 

 攻撃をかいくぐり、連撃の合間を狙って俺はビームライフルで狙って一撃、頭上にいるアルスアースリィガンダムに放つ。

 しかしクロはそれを避ける。

 

〈ふっ、それがやれる事と言うわけ? 全然当たってなんて──〉

 

 けど今のビームの一撃はブラフ、囮だ。本命はこの──シールドだ!

 さっきのビームで右手に持つビームライフルに警戒させ、一方で左腕に装着したシールドを外して、続けざまにそれをアルスアースリィに目掛けて投てきを放つ。

 

〈何っ!?〉

 

 不意をつかれたクロ。彼女のアルスアースリィはシールドの直撃をうけてよろめき、墜落しそうになるけれどすぐに持ち直す。

 

〈よくも、小賢しい手を使うっ!〉

 

「けれどこれで、互角だ!」

 

 シールドを受け、態勢を崩したその隙に俺のアースリィガンダムもバーニアで跳び、アルスアースリィのすぐ直前にまで迫る。

 バックパックのビームサーベルを抜刀して居合切りを放つ俺に、クロはさっき投げたアースリィガンダムのシールドを、とっさに取って防御する。

 

「まさか俺のシールドを使って……やるな」

 

〈貴方などに褒められても、不快なだけだわ〉

 

 そのまま、俺のアースリィガンダムのシールドを構えながら、ビームライフルで反撃を繰り出す。

 

 ──今、下に居続けるのは俺が不利だ。せめて対等な条件か、それ以上は確保したい── 

 

 しかもシールドまでも奪われた、油断は出来ない。俺は下に落下しないよう、斜め急勾配になっているスペースコロニーの大地や建物を足場にしながら、より上の位置を確保しようとする。 

 クロも同じように、傾いた大地を上がりながらビームライフルで俺に攻撃を仕掛ける。

 

 ──シールドを取られたのは痛い。対して向こうは──

 

 俺もビームライフルで反撃を仕掛けるが、彼女のアルスアースリィはシールドで防いで、すぐにまた攻撃に転じる事が出来る。

 射撃戦で有効な防御手段を手に入れた事で、相手はより射撃に集中する事が出来る。

 

「やはり……厳しいか」

 

 廃墟の建物で身を隠そうとしても、バーニアの光りで気づかれる。何より同じ位置に留まるのは危険だから、それにボロボロの建物はコロニーの破片よりずっと脆く遮蔽物にすらならない。

 

〈──吹き飛びなさい〉

 

「!!」

 

 アルスアースリィガンダムの片手で構える銃身が展開して変形するのを見た。あれは……最大出力で放つつもりか!

 そして瞬間、アルスアースリィはビームライフルを最大出力で放った。強力なエネルギーは内部表層と建物を消し飛ばしながら俺の方に。──寸前で避けはしたが、衝撃と飛び散った瓦礫の直撃を受ける。

 軽いダメージに態勢が崩される一方で、クロも……。

 

〈しまった……わ〉 

 

 本来アルスアースリィガンダムや、俺のアースリィガンダムもだが、ビームライフルを最大出力で放つ時には両手で放つのが基本だ。

 クロはそれを片手だけで無理に撃とうとした。彼女のアルスアースリィも今の一撃の反動でバランスを崩し、のけぞった。

 

「無理なんてするからだ!」

 

 いち早く態勢を戻した俺は、クロのアルスアースリィガンダムに迫る。

 

〈ちぃっ!〉

 

 接近する俺に再度ビームライフルを、今度は通常射撃で俺に放った。それでも、シールドがなくてもこの──ビームサーベルでも!

 シールドを失って空いた左手で、俺はビームサーベルを抜いて刃先でビームのエネルギーを弾く。そしてそのまま、アルスアースリィガンダムに向けて斬撃を放つ。

 対してクロは、シールドで斬撃を受け止める。

 

「俺は、本当に大した人間じゃない。みんながいたから、ビルドダイバーズのみんなもそうだし……イヴの事も、あったかもしれない。

 けれど──ヒナタがいたから、俺の心を支えてくれたから俺は、頑張れた! だから……」

 

〈……そんな事なんて、ないわよ。

 大切な人を自分の手で失って、さぞ罪悪感で苦しかったのでしょうね。それでも約束は忘れずにいて、想いを受け継ごうとエルドラで戦って。

 自分の辛い過去からも立ち直って、世界まで救って。ああ……偉い、偉いわ〉

 

 クロのアルスアースリィは右脚を上げてアースリィガンダムに、回し蹴りを繰り出した。俺は察知して左後方に下がろうとした……けれど、寸前に右腕を一気に伸ばしたアルスアースリィガンダムはその手からビームの刃を放つ。

 

〈──そして何より許せないのよ、それら全てが。貴方のその悲劇のヒーローじみた……態度も。

 よく言うわ、都合よくムカイ・ヒナタの想いを利用し続けただけで、最後までろくに省みてさえいなかったのに、虫が良すぎるのよ。だってエルドラとビルドダイバーズ、何よりイヴと彼女の想い、ほとんどがそればかりだったのにねぇ〉

 

「……っ」

 

 放ったビームサーベルは俺が乗るアースリィガンダムの横っ腹を……抉っていた。

 

〈あの子は純粋に貴方を想っていたのに、それをただ踏みにじるばかりで、応えもしなかった。あまりにも可哀そうじゃない。

 それどころか、そんなムカイ・ヒナタを裏切ってクガ・ヒロトは──イヴに行った。なのに、自分の手でイヴを消したから心が傷ついた? 悲劇的だなんて……ふざけないで! 

 ヒーロー? 救世主? 冗談じゃない! 貴方などに人を愛する資格も、愛される資格さえ────あるものかっ!!〉

 

 俺へ向ける、激しく強固な負の感情。怒りに悲しみと憎しみが、全て混ざったような……徹底した俺への全否定、拒絶、絶望の態度。

 けれど……それで辛いのはきっと、クロ本人だと思う。

 ただ悪意があって恨んでいるわけじゃない。彼女はヒナタの事を強く想って、愛している……だからこその俺への憎悪。

 分かっている、俺は。

 

〈終わりね。このまま、真っ二つにしてあげるわ!〉

 

 クロのアルスアースリィガンダム、そのビームサーベルは抉った脇腹から切断しようと力が籠る。

 

「こんな事で俺は、終わらない!」

 

 けれどそれはさせない。俺は腹部がこれ以上切断されないよう、ビームサーベルで辛うじて受け止めた。

 

「強いな……クロは。それだけヒナタへの想いや、俺への怒りが強いからだって、そう思う。

 けれど俺もヒナタが大好きなんだ! 今は本当に、一番好きだって言える程に!」

 

〈今更、都合が良すぎるわ! あのELダイバーに、イヴに心が行ったクガ・ヒロトが!

 結局はあの子との思い出が何より大切なのでしょう? イヴこそが最愛の人で、一途だって、ねぇ……っ!!〉

 

 怒りで激昂して叫んだクロ。……その瞬間に、彼女にまた異変が起こった。

 

〈ぐぅ……はぁ……ぁっ、うう…………っ! ああっ!!〉

 

 見悶えして、苦痛で絶叫するクロ。何度か苦しそうにしている兆候は見た、けれど今はそれよりずっと、明らかに耐えられない程に強い苦しみだと分かる程に。

 前のめりになり、僅かに見える表情も酷く苦痛に歪んで。 辛うじて両手をコントロールパネルには置いているけれど、これ以上はまともに戦えそうには……思えなかった。

 頂上まであと少しだ。俺は動きが鈍ったアルスアースリィの攻撃から逃れ、そのまま上に飛んだ。

 

 

 

 ────

 

 斜めに地面に突き刺さった、スペースコロニーの残骸の最上部……そこは長いコロニーが途中で折れ、空いた内部の空洞が穴を開けて、外縁部が円形に囲んでいる場所だった。。

 俺が乗るアースリィガンダムはコロニー内部から先に脱出、外縁部に立ってクロを待ち構える。さっき受けた脇腹の傷、切断は防ぎはしたがそれでもダメージは結構大きい。でも、まだ戦えなくはない。それに……彼女の方も。

 

〈……はぁ……っ、は……ぁ……〉

 

 間もなくして、アルスアースリィもコロニーの内部から最上部に出た。機体はアースリィガンダムの幾らか近くの縁に立ち、俺と向かい合う。

 状況はまるで、例えるなら橋の上に二人が向き合っている感じと、言えばいいか。

 

「クロ、一体どうしたんだ? 言わずにはいたけれど、ずっと苦しそうにしているだろう」

 

 顔は左半分しか見えない。けれど息遣いはまだ荒く、耐えがたい激痛で歪む……血の気の悪い表情も相変わらずだ。

 

〈……く……ぅ〉

 

 フードから覗く左目で、苦痛の中、なお憎しみで睨むクロ。こんな状態でこれ以上、戦うなんて。

 止めにしたい。あんな状態でいる彼女とこれ以上戦うのは、したくなかった。

 

 

「もう……ここで止めないか。俺達は十分に戦った、満足だろう? 

 傷だってこれだけ受けた、勝負は俺の負けだ。だからその……身体の事を。もし、何かあるなら俺やメイが力になるから──」

 

〈──変わりなんて、するわけないわ、何も〉

 

 そう、クロの口元から言葉が漏れた。息も絶え絶えで、話す事さえ苦しそうな中……それでも。

 

〈……それがクガ・ヒロトなのでしょう?

 どれだけ傍にいて思っていても返すのは形だけ、あの子の事なんて想う事はない。ただ良いように半端に扱われて、浪費させ続けるだけ。ムカイ・ヒナタが心から愛される……そんな訳なんて。

 だって、今までそうだったじゃないの、貴方。本当に変われたりなどするものか〉

 

「言い訳かもしれないけど、言わせてくれ。──そんなつもりはなかった。

 イヴとの事もまだ心のどこかである、けれどあくまで大切な想いをくれた……大事な友達としてだ。それに……想いに気づく事が出来なかったのは俺のせいだ。クロが俺をそう思って許せないのも知っている。────ただ、クロの言うようにヒナタを利用したり都合よく扱ったつもりも、蔑ろにしていた事は決してない。今までだって俺の大切な人として、ずっと思っていた」

 

 幼なじみとしてヒナタとは、これまで一緒に居た。普通の友達よりも親密で、仲良しでもあって。

 きっとかけがえのない事だと思う。けれどあまりにも日常で、当たり前で、本当はもっとどれだけ大切なものか、それにヒナタが心の奥でどう思っているか……気づけないでいた。

 

「色々と気が付けなかった事、それでイヴを優先していた部分があったのも本当だ。…………だから、もしそれが許せないなら、憎いのなら構わない。

 ──でも俺はようやく分かることが出来た。ヒナタと自分自身の想いに、俺が心からどうしたいのか。あんな事は……もうしない。今までも大切な人だった。けれどこれからは他の誰より、俺が愛している人として、ヒナタを幸せにする。…………約束するから

 許せなくても、それだけは信じてくれ。そうすればクロもきっと……楽になれる」

 

 ヒナタへの想いを示すのも、それが本物だと俺が示したいからだ。そうすれば…………きっとクロも救われると思う。

 彼女は押し黙って、思いを巡らせていうように見えた。

 

〈随分……言うようになったわね〉

 

 ぼそりと、クロは呟くと改めて俺を見据えた。

 

〈でもクガ・ヒロトを信じるなど、悪趣味な冗談……だわ。

 大体ね──今更、ワタシも手遅れなのよ〉

 

 通信画面に映る彼女は、身体を覆っていたフードとマントに手をかけて、外した。

 黒い巫女服を着たヒナタの姿、ダイバールックを模倣した外見のクロ。

 けれど、今の彼女の…………姿は。

 

 

 

「──そんな酷い状態で、俺と戦って……いたのか」 

 




 中編も長引く感じですが、戦いの決着と二人の顛末は……次回に。


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番外編最終話 中編 ワタシ自身にとっての決着 3/3(Side ヒロト)

 

 まるで亀裂のように広がる漆黒のノイズに侵食されていたクロの姿。

 身体全体を蝕むノイズ、特に右半身は酷く、殆どが侵食され尽くされていた。……それに少しずつ黒い侵食部が、灰がこぼれるようにボロボロと崩れているのも、見てしまった。

 変わり果てた異様な姿──言葉が出なかった。

 

〈もう隠せは出来ないでしょう? だから見せてあげるわ、ワタシの姿。

 どう? 随分と醜くて……酷いものよねぇ〉

 

 彼女は俺に、皮肉めいた表情を零した。

 ──フードで隠れていた顔の右半分は……殆ど全て黒いノイズで覆われ消えて、残る左半分の顔のただ一つ目の左目を向けて。

 

「…………っ!」

 

 目を覆いたくなる彼女の有様。こんな事になっているなんて、思わなかった。

 

 ──何かあるのは察してはいた。けれど、あんなにクロヒナタ……いや、クロがあそこまで酷い状態になっていた…………なんて── 

 

 それでも、彼女に聞く事がある。──聞かないといけない事が。

 

「その身体は……どうして」

 

 当然の疑問。クロは淡々とした、まるで他人事のような口ぶりで話す。

 

〈ワタシはね……ミラーミッションで形成されたELダイバーのコピー情報、その余りのデータが命を持った不完全な情報生命体よ。

 自我も……名前も、姿さえなにもなくて。だから適合するヒトの、ムカイ・ヒナタのデータを取り込んでこうして、今の姿と自我を得ていられる〉

 

 けれど……ね。そう呟いて彼女はふっと目を閉じて、まだ辛うじて原型を保っている左手で、ノイズに侵食されている右胸に触れる。

 

〈適合しないデータではヒトの形、意識を保てなかった。ムカイ・ヒナタの模倣データがあるからこそ、ワタシは今の意識と姿を保っていられるの。

 ──だけど、それも今は限界。幾らあの子のデータが適合しても、一時的に過ぎなかった。……やはり不完全なデータの残りを別の異物で埋めた事に、変わりなかったみたい。長く持ちこたえてはいたけれど……これまで失敗したヒトのデータで起こったような拒絶反応、情報体そのものが崩壊が、ついに始まったのよ〉

 

 話し終わると、彼女のアルスアースリィガンダムは持っていたシールドを俺に投げて渡す。

 

〈もう使い過ぎて大分痛んではいるけれど、せめてこれは返してあげる。まだ幾らか使えはするから、無いよりは……良いでしょう。

 ──だから、改めて仕切り直して続きをしましょう。勝負はまだ……ついてなんていないのだから〉

 

 そしてビームサーベルを構えて、クロは戦闘態勢をとる。……俺は目を疑った。

 

「まだ戦うのか!? そんなにボロボロで君は。それよりも早く身体を────」

 

〈知った事ではないわっ!!〉

 

 言ったその瞬間、クロが乗るアルスアースリィは足場を蹴り、俺のアースリィガンダムに接近する。

 ビームサーベルの鋭い斬り上げ、バーニアを駆使して大きく後ろに飛び退き距離を離す。

 

〈……っ、ごほっ! ……はぁ!〉

 

「やめるんだ! もう! これ以上戦えば……君は」

 

 画面に映る崩壊しつつあるクロの姿。今こうしている間にも彼女は黒いノイズに侵食され続けて、身体の崩壊は続いている。

 モニターに映るクロは、相変わらず激しい苦しみを、それでも無理に耐えている様子で。……さっきよりも酷くなっている。

 戦いが続けばきっと彼女は無事でいられない。きっとクロ自身も分かっている……はずなのに。

 

〈……く……っ、最初に言ったわよねぇ、全てを賭けた本気の戦いをしたいと。だからこそ!〉

 

 離れている俺に狙いを定めてビームライフルを、今度は両手で構える。

 銃身が展開して──最大出力のエネルギーを薙ぎ払うように放った。

 

「!!」

 

 俺がいた周囲を襲う強力なビーム。さっき不安定なまま放った時と違い、より威力の高いアルスアースリィガンダムの最大出力のビーム攻撃は、足場になっていたコロニーの外縁を容赦なく粉砕する。

 ビームで一気に削り取られた外縁部。いきなりで大出力、それに広範囲の攻撃に俺も巻き込まれそうになった。……だけど。

 

「なら──こう仕掛ける!」

 

 アルスアースリィが立つ外縁部の真下から、俺は跳び出して仕掛ける。

 さっきのビーム攻撃をアースリィガンダムは足場の下に降下して逃れた。そして、その位置から飛行し距離を縮めて俺は、一気に機体を上昇させて奇襲を仕掛けた。

 

 ──奇襲と言うにはあまりにも単純な方法かもしれない。だけどあの最大出力、威力は高いけれど攻撃後の隙は長い。その間に素早く仕掛けさえすれば、有効な手段だ──

 

 現にまだアルスアースリィガンダムはビームライフルを構えた状態のままで。今なら行ける。

 

「今すぐにでも君を倒す! それしか……ないならっ!」

 

 クロを倒して止められるのなら、そうするしかない。俺のアースリィガンダムはビームライフルを構えた……が、とっさに彼女のアルスアースリィガンダムはライフルの向きを変えて、先手の一撃を撃ち放つ。

 

〈甘いわね! クガ・ヒロトのやりそうな事、想定範囲内だわ!〉

 

 クロの放ったビームは、構えたままだったアースリィガンダムのライフルを貫いた。

 

 ──ビームライフルがやられた。けれど俺だって……想定していた! ……続けてっ!──

 

 攻撃を受けて爆発寸前のビームライフルを、俺は即座にアルスアースリィガンダムに向けて投げた。

 

〈ちいっ!〉

 

 近距離で爆発し、爆風でひるみ視界を遮られるアルスアースリィに急接近し、……狙って即座にビームサーベルを抜き放つ。

 

「二段攻撃だ。これで、終わらせてみせる!」

   

〈──!!〉

 

 これが今、一番に出来る方法。……全てを賭ける。

 アースリィガンダムが放った痛恨の一撃は、アルスアースリィガンダムの右胴に縦一文字の斬激を与えた。当然コックピットは外してある。けれど傷は……大きいはずだ。

 傷から火花とスパークが散り、機体はぐらりとよろめいた。これで止めだ、戦いはもう終わりだ。

 

「やったか!? …………いや違う!」

 

 胴に傷を受け、よろめいてもアルスアースリィガンダムは、踏みとどまった。その赤く光る一つ目で──睨み付ける。行動不能になるような致命傷には……ならなかった。

 

 ──傷が……浅かった。俺はクロを止められなかった──

 

 アルスアースリィはまだ動く。傷つきながらも機体はすぐさまアースリィガンダムに再び銃口を向けて一撃を放った。俺は横に避けてすぐ間近の足場に飛び移り、続けて斬撃を放つ。クロも今度はビームサーベルで応戦。互いに斬り合いになる。

 近接戦闘になりながら、モニターに映る彼女も、絶えず襲う苦痛に……それでも無理に耐えて余裕に振舞って言う。

 

〈……っつ、はぁ。……すぐに終わりなんてつまらないでしょう? 最後の、最後まで戦いましょう。

 ワタシが完全に壊れて…………消滅するまで!〉

 

「そこまでする必要なんてない。いくら何でも、悲しすぎる!」

 

〈同情なんて無用よ! それがワタシの、望みだっ!!〉

 

 コロニーの縁に立ち、正面から戦う俺とクロ。激烈な近接戦闘……あれだけアースリィガンダムも、それにクロもボロボロになっているとは思えない程の、激しい斬撃を次々と仕掛けて。

 それでも、受けた傷はそれなりのもので。……動きにもダメージのせいでぎこちない部分もあった。もう一撃あれば、恐らく。──けれど。

 

 ──俺のアースリィガンダムも……ダメージが大きい。今でも、大分無理をしているくらいだ──

 

 アルスアースリィは左肩、右胴に傷を受けている。──けれどアースリィガンダムも右目を潰され……さっき脇腹を深く差されもした。動くだけでも負担がある。

 どちらもダメージを受け、条件は互角。勝ち目が十分にあるなら、行けるはずだ!

 

「なら俺が、止める!」

 

 俺のガンプラはアルスアースリィガンダムにサーベルの横薙ぎを放つ。対して、向こうは上空に飛び退いた。

 空の上からビームライフルを構えて、ビーム攻撃の連射を次々と放つ。

 

 ──くっ! こっちはビームライフルが無いのが痛い──

 

 ビームライフルで反撃する手段がない以上、射撃戦になると一方的にクロが有利だ。俺は外縁部を走り、逃れる。

 

 ──これでは戦いが長引くばかりだ。早く、勝負をつけないと。

 ……だとするなら!──

 

 ビームから走って逃れていた俺だったが、瞬時に振り返ってアルスアースリィガンダムに向けて方向転換して……一気に跳ぶ。

 下から迫る俺のアースリィガンダムに対してクロは、更に狙ってビームライフルで集中して連射する。──避ける時間も勿体ない。俺はシールドを前に構え、次々襲うビームを防ぎながら強行突破を仕掛ける

 

 ──シールドも攻撃を受け過ぎて、もうボロボロだ。それでも……持ちこたえてくれ!──

 

 シールドの耐久性は使い過ぎで限界に近い。攻撃を受ける度に軋み、一部ずつ砕けて亀裂が入る。やがて──ビームの一撃を喰らうと同時に、シールドは砕けた。けれど……間に合った!

 壊れたシールド、そこから大きく姿が見えたのは、すぐ至近距離にいるアルスアースリィガンダムだ。

 

「もらった!」

 

 つかさずビームサーベルを一振り。ビームライフルを握っていたアルスアースリィガンダムの右腕ごと、切り落とした。

 

 ──相手のビームライフルも、右腕ごと奪った。これでもう使えは──

 

〈その程度……などっ!〉

 

 瞬間、右腕を斬られた次の瞬間に、クロは膝蹴りを俺のガンプラに放った。

 アースリィガンダムの腹部に命中した膝蹴り。──さっきビームサーベルの傷を受けた腹部に、強く。

 

 ──余計にダメージが……広がって── 

 

 機体のきしむ音と、コックピット内に響く……警告音、それにダメージ表示。

 

 ──機能まで一気に低下している、不味いな──

 

 動きが一気に鈍った俺のガンプラ、その頭部をアルスアースリィガンダムは残った左手で鷲掴みに、一気に急降下を仕掛ける。

 俺のガンプラごと……そして、スペースコロニーの外壁に強く叩きつけられた。

 

〈貴方──なんてっ!!〉

 

「ぐ……ぅ!」

 

 叩きつけ、外壁に強くアースリィガンダムを擦りつけながらコロニー上部から地上へ降下する、クロ。

 

 ──まずい。このままだとアースリィガンダムがもたない──

 

 外壁とともにガンプラも強く削られて、パーツの破片が次々と剥がれて行く。

 機体が壊れれば、俺の負けだ。……けれど、ふとある考えが頭をよぎる。

 

 ──このまま負ければ、クロもあれ以上無理させないで……済む──

 

 自分の身体が崩壊する事さえ構わず、戦うクロ。戦う度に、怒りを露わにする度に、崩壊は進んでいる。戦いや……そして俺への感情が更に負担をかけているのなら、すぐにでも止めさせるべき──だけど。

 

『だからこそワタシ自身の想いを、戦いで全てぶつけてみせる!

 貴方にも強い想いがあるのなら、今ここで……もう一度全力で証明しなさい!』

 

 クロが一番望んでいる事。彼女は俺に対して憎んで、否定して……何より絶望している。けれど、もしかすると、僅かにでも────望んでいるのかもしれない。

 だから、裏切らない!

 

「……俺は!!」

 

 押さえつけている左腕を逆に掴み返し、アルスアースリィガンダムを強く引き寄せ、横に叩きつける。

 

〈がぁっ!〉

 

 そしてそのまま、今度は俺が壁面に相手を押し付けて、反撃する。

 

「悪いけれど戦いでは、手を抜かない。俺も本気で戦うと……そう言った!」

 

 

 

 そうして、俺達はコロニーから地上へと落下した。その最中さえ二機は激しい取っ組み合い、ぶつけ合いを続け……その末クロは落下ギリギリでアースリィガンダムを蹴り離して機体を着地した。

 俺も同じように着地するが。

 

「──しまった……な」

 

 着地の時、左脚部に強烈な違和感が走った。ガクッと膝をつき、上手く上がらない左足。見るといつの間にか相当なダメージが入っていた。動作さえまともに機能しにくい状態だ

 

 ──さっきの取っ組み合いの中で、片足がやられたのか──

 

 それでも、どうにか左足を動かして……アースリィガンダムを立ち上がらせる。

 

 ──立ちあがるのさえ一苦労だ。戦いは……一応出来はする、それでも自由に動く事は出来そうにない。厳しいけれど──

 

 ……やるしかない。

 クロが乗るアルスアースリィガンダムは既に、俺の方へと歩み寄って来る。アースリィガンダムに右腕を斬り落とされ、残った左腕の手元からビームサーベルを形成して前に向ける。

 

〈かはっ……ごほっ! ……ぐぁ……っ〉

 

 強い咳き込みに、耐えられない痛みの呻き声。まだ俺と戦い続けようと、画面越しにいる俺だけを、睨み続けるクロの……視線。

 

〈クガ……ヒロトっ〉

 

 そこまでして、戦おうとしている。俺もそんなクロに…………真剣に向き合うしかない。

 

「ああ、分かっている。俺の想いを、今度こそ証明するために。君が……望むなら!」

 

 ビームライフルもシールドも失った、残りの主兵装であるビームサーベルを二本、両手で抜いて構えた。

 

〈……ぐっ、ああああっ!!〉

 

 クロの苦しみの絶叫の中、一気に走り迫るアルスアースリィガンダムと、その刃。

 片足は自由に動かない。待ち構えて……勝負を受ける。真正面から繰り出される斬撃に、俺も応戦する。

 

 

 

 片方しか無い腕のビームサーベルで、それでもアースリィガンダムに絶え間ない攻撃を繰り出すアルスアースリィと……クロ。

 俺とアースリィガンダムも両手のビームサーベルで戦う。片方を防御に回して、もう片方を攻撃に集中させる。向こうは片腕を失っているが、俺も足の、動きの自由が利かない。対等の戦いだ。 

 

「ヒナタの想いだってそうだ! さっき言った事は嘘じゃない。……クロも、信じたい思いがあったからこそ、こうして戦いを望んだはずだ」

 

 ビームサーベル同士が交叉する激戦。俺が放った斜め上からの斬撃を、アルスアースリィガンダムは横に避けたと思うと、そのまま横一文字に、上体に回転を加えて強い一撃を繰り出した。

 俺はビームサーベルを二本とも使って防ぐしかなかった。

 

「『想いを証明しろ』と、言ったのはクロだ。──前にも一度似た言葉を言った事を、俺は覚えている」

 

 以前、ミラーミッションで彼女と戦った……その最後の決着の時も言っていた。俺に『想いを示せ』と、と同じ意味の言葉を。

 

〈!!〉

 

 瞬間、言葉に反応したのかクロの表情に動揺に近い感情が走るのを、見た感じがした。

 そのまま、俺は攻撃を防いだまま二本同時に力を入れ押し返す。攻撃を弾かれて怯む彼女のアルスアースリィガンダムに、今度は右手に持つビームサーベルを──上から振り下ろした!

   

「だからクロに伝わる希望が少しでもあるのなら、もう一度……本気で戦いで示す。 ヒナタへの譲れない想いを! どこかで君がもし少しでも──願っているのなら!」

 

〈……黙りなさいっ!!〉

 

 耐え切れない激情と共に、ビームサーベルで受け止めるクロ。

 押し返す強い勢いで機体同士が衝突、アースリィガンダムの頭部に直接擦り付けられるアルスアースリィガンダムの頭──その一つ目が画面一面に映り、俺を睨む。

 

〈黙りなさいよ……クガ・ヒロト。……ワタシはっ!!〉

 

 今まで心の奥底に隠していた物が一気に噴き出すような、クロの強い感情。色々な物が心に渦巻いて、それでも……必死で。彼女もヒナタに対する想いが、それだけあるからなのは分かっている。

 

 ──だけどそれは……俺も、譲れないから!──

 

 アルスアースリィはビームサーベルの片方を防いだだけだ。鍔迫り合う中、俺は二本目で急所を狙って、今度こそ止めを……けれど。

 

〈──それに気づいてるわっ! 左足が……壊れかけている事くらい!〉

 

 言葉よりも早く、アルスアースリィはアースリィガンダムの左足を、強く蹴り飛ばした。

 

「まずい……俺と、したことが」

 

 今の一撃で態勢が崩され、攻撃を中断せざるを得なかった。そのタイミングで今度はクロのビームサーベルが迫る。

 

 ──やられなんてしない、ここで!── 

 

 無事な右足とバーニアを使って跳躍、とっさにアルスアースリィの元から離脱した。数段後方に跳び下がり、距離を離して着地をする。

 

「──っ!」

 

 さっき蹴られた左足が酷くぐらついた。態勢を崩れて倒れそうになるのを、どうにか持ち直して、機体を立たせる。

 

 ──ダメージで更に足の関節がやられている。もう立つのでさえギリギリで、歩いただけでも……完全に壊れそうだ。

 それに左腕までも、斬られて──

 

 アースリィガンダムの左腕の肘から先は、なくなっていた。ずっと手前にはビームサーベルのグリップを握ったままの、左腕先が転がっている。離脱前のビームサーベルの攻撃で、切り落とされて……しまったと思う。

 コアガンダムⅡの部分から切り落とされ、かなりの痛手だ。けれど、俺ばかりやられたわけじゃない。──痛み分けだ。

 

〈ち……ぃ、やって……くれたわね〉

 

 目の前にいるクロのアルスアースリィガンダムも、まともに立てる様子ではなく、半分膝をつきかけている。

 アルスアースリィの両膝は傷を受けて、そこから火花とスパークが散るのが見える。……止めは刺せなかったが離脱する寸前、とっさに俺はビームサーベルで脚を狙って攻撃した。

 

「これで痛み分けだ。互いに脚をやられて、限界だと思う。

 俺も──動けるのは次で最後。その両足の傷だと、クロも同じはずだ」

 

 

 

 俺とクロのガンダムが対峙する。

 アースリィガンダムの右目が潰されたままで視界範囲が制限される中、俺はクロのアルスアースリィガンダムを見据える。

 

「──次で決着だ。戦いはこれで、終わらせる。ヒナタとその想いのためにも、これ以上クロを……苦しませないためにも」

 

 残った右手でビームサーベルを握り、切っ先をアルスアースリィに向ける。

 

〈はぁ……うっ、どこまで……もっ…………!〉

 

 相変わらず、ひどく苦しそうなクロ。そんな中でも……決着のために機体を身構えさせ、左腕のビームサーベルを放つ。

 

〈どこまでもヒーローを、善人を気取るな! 貴方のような…………ヒトがっ!!〉

 

 決して認めないと──そう言いたいような視線をクロは俺に向ける。それから……ある事を続けた。

 

〈ワタシは貴方に期待なんて……初めから何一つするものか。

 ただクガ・ヒロトなんて──ムカイ・ヒナタの前から消えてくれさえすれば、いなければ良かったのよ。

 なのに……ねぇ、何なのよ〉

 

 苦痛と絶望も……今は何より、凄く悲しそうな表情で。

 クロは俺に──言った。

 

〈──どうして貴方がムカイ・ヒナタの傍にいる! 

 どうしてっ! 貴方だけしか……あの子を幸せに出来ないのよ!

 クガ・ヒロト……貴方しか、あの子にはっ!!〉

 

 心が切り裂かれるような、クロの悲鳴のような声。彼女はそれだけ…………きっと。

 

「……ごめん」

 

 つい、そんな言葉が口から洩れた。

 

「もっと早くに想いに、気づいていられたら良かった。GBNや、イヴに出会うよりも先に、ちゃんと。ヒナタと……自分の心をはっきりさせていれば」

 

 だけど……俺は。

 

「クロの言う通り、きっと俺はヒナタにとって誰より大切な存在で、代わりなんていない。

 でもそれは俺にとっても同じだ! ヒナタの代わりになる人は他に誰もいない…………大切で、俺が愛している相手だから。

 ──だから過去よりも、今は! これからは……っ!」

 

〈──うるさいのよっ!!〉

 

 最大の拒絶の感情、言葉を遮るようにクロは最後の攻撃に出た。

 バーニアの出力を最大にして迫る漆黒のアルスアースリィガンダム。俺もアースリィガンダムで、右足で地を蹴って最大出力で加速して走る。

 

 

 

 高速で迫る二機のガンダムと、そして俺とクロ。 

 

 

〈クガ・ヒロトっ!!〉

 

「……クロ!!」

 

 

 瞬く間に互いに接近し、俺たちのアースリィガンダム、アルスアースリィガンダムはビームサーベルを……同時に斬り放つ。

 一閃、赤と紫のエネルギーが火花を散らして衝突する。

 ──まだだ! すぐさまビームサーベルを離して態勢を整える。そして……今度こそ決めようと突撃を放つ。クロのアルスアースリィも、ほぼ同じ瞬間に右手を引いて、一気にサーベルの突きを繰り出した。

 

 

〈ワタシは──!〉

 

「俺は──!」

 

 

 踏み込んだ瞬間にアースリィガンダムの左足が完全に壊れて、砕ける感触を覚えた。

 構わない、それでもこの一撃だけは──想いは、届けさせてくれ!

 

 

〈──絶対に許さない、貴方を!!〉

 

「──二人で一緒に幸せになって行きたい、ヒナタと!!」

 

 

 

 

 ────

 

 

 刹那、宙で交錯するビームの刃。俺が乗るアースリィガンダムとクロのアルスアースリィガンダムは……ビームサーベルを展開したまま、至近距離で面と面を向かい合わせて固まっていた。

 

「……はぁ……っ」

 

 全力を出し切り、俺は深く息を吐いた。

 クロが放った紫色の刃先は、アースリィガンダムの胴体を貫く────寸前で止まっている。

 

「……クロ……俺の、勝ちだ」

 

〈──〉

 

 アースリィガンダムが右手に握るビームサーベルは、アルスアースリィガンダムの左胸を大きく刺し貫いていた。勝負はあった……ようやく。

 

〈また……ワタシの負け。あと少し……だったのよ……〉

 

 信じられないと。──唖然としたクロの表情。

 

「ああ、惜しかった。でも良い勝負だった。

 例えガンプラやガンダムそのもの、GBNも憎んでいるかもしれない。それでも、クロとの戦いはとても良かった。……どちらも本気だからこそ」

 

 アルスアースリィの一つ目の光は消えかかっていた。

 

〈……腹立たしいわ。ええ、ワタシだって本気、だったのよ。

 なのに、クガ・ヒロト……などに、貴方…………みたいな〉

 

 通信画面の接続、音声も途切れかけ、画面も消失しかかる中。クロは恨めしそうに俺を睨みながら、呟いたのを聞いた。

 呟いて、そして──力尽きて、座席に倒れ込んだ。

 

「クロ!!」

 

 ずっと無理を続けて戦っていた。恐らく、身体の限界さえもとっくに超えているくらいに。

 憔悴して息も絶え絶えで、言葉も、もう話すことさえままならない……彼女。

 

〈認めないわ、許さないわ。心底、憎くて、憎くて堪らない………けれど〉

 

 映像と音声が消える寸前、俺はある言葉を聞いた。

 

〈クガ・ヒロト、ワタシは貴方に一言……言ってあげる、事が────〉

 

 通信は途切れた。それとともにアルスアースリィガンダムは、まるで糸が切れた人形のように力を失い、完全に機能が停止する。

 前斜めに倒れた頭部の一つ目も、光りは消えていた。……けれど、それより。

 

 ──最後に何を言おうとした? クロは俺に、まだ言おうとしていた事が──

  

 それに気掛かりでもあった。クロが無事でいるのか……俺は彼女の事も、救いたい。

 

 

 

 ────

 

 すぐさま、俺は機体から降りてアルスアースリィガンダムのコックピットハッチに急いだ。

 機体の腕の位置が、丁度胸元のハッチ前の足場になっている。俺はそこまで登り、ハッチを開けようと試みる。

 

 ──何とか、外から開けられるか?──

 

 そうして俺が、手をかけようとした瞬間──ハッチは一人でに開いた。

 

「……!」

 

 警戒して身構える。けれど、何も起こらなかった。何かする事も、もう彼女には出来ないみたいだった。

 

「来た……わね」

 

 力なくコックピットの座席に座ったまま、小さく途切れそうな声を出す、クロ。

 俺は開いたハッチ越しに、外から彼女と直接対面する。

 

「はは、は。ずっと激しい痛みがあったのに、苦しかったのに、今は何も……感じないわ。感覚さえ、機能しなくなったのね」

 

 直接見ても、身体の崩壊は酷い。俺との戦いの中でも黒いノイズの侵食は進み続けて、比較的無事だった左半身さえもう大半の部分が侵食されていた。

 特に酷い……右半身は既に隅々まで侵食され尽くされて、更に身体そのものも大分崩れ……まだ人型を辛うじて保っていても、もう半身はヒナタの形ではなくなっていた。

 今でも砂が崩れるように身体が崩壊している……凄惨な光景に、思わず目を覆いそうになる。

 

「そんな、姿になってまで」

 

 身体が動かない中、クロはそれでもまだ残っている左目を動かして俺に向けて、侵食されかけの口元を、動かす。

 

「これが……元々の、ワタシよ。

 ヒトですらない。ELダイバーの情報をコピーしたデータの……不完全な余りものの塊。じきにこの身体さえ、完全に崩壊する。……どうしようもない」

 

「……」

 

「元の不定形のデータの塊に、逆戻りね。……いえ。長い間ムカイ・ヒナタのデータを取り入れ続けて……ワタシ本体のデータとも大分干渉してしまっている。

 拒絶反応で……あの子のデータが分解するなら、ワタシの情報体も共に分解して……今度は完全に消滅する。ヒトで言う──『死』と言うものだわ」

 

 ミラーミッションの時は偽っていたらしいけれど、今度は本当の……自分自身の完全な消滅。

 

「だから消滅する前に、クガ・ヒロトと……もう一度戦いたかった。

 あの時も、戦って決着はつけたけれど……それでもまた想いを確かめたかった。今度こそ、ムカイ・ヒナタを心から愛してくれるのか、あの子の想いに相応しいのか。……でないと消滅しても、しきれないわ」

 

「クロは、やっぱり俺に絶望だけじゃなくて、ヒナタの事を愛して欲しいと……願って」

 

 俺が言うと、クロは限界の中でも敵意の眼差しを向けた。

 

「勘違いしないで。……言ったでしょう、貴方にしかムカイ・ヒナタを幸せに出来ないって。

 だからもし叶うならと──そう信じたかっただけよ。でないと……あの子が可哀そうでならないもの」

 

 表情にも強い未練……憎しみ、それでも認められないと言う思いが、浮かび上がっている。

 

「結局……二度まで戦っても認められはしない、許すことなんて…………ワタシには出来ない。クガ・ヒロト、貴方が憎くて堪らないのだって変わらないわ。

 小さい頃から何年も、長い時間ムカイ・ヒナタは貴方を想い続けていた。なのに、それは当のクガ・ヒロトにとっては……二の次で。あっさりイヴと、彼女とGBNでの思い出を選んだ」

 

「それは……否定できない。俺は」

 

「なら……あの子にとってのクガ・ヒロトとの時間や、思い出は……どうなるの? 結局、何もかも全て偽物で、無駄な物に過ぎないなんて。…………そんなのはあまりにも悲しくて、たまらなくて。

 ……貴方はムカイ・ヒナタの想いと時間を、その程度に過ぎないとした。台無しにして、裏切った……許せるものですか」

 

 クロが俺を憎むのも、許せないのも。根源を辿ればそれだ。理解は出来る、当然の思いなのかもしれない。

 だけど──。彼女は憎しみと別に一言呟いて、ひどくやるせないように……片目を伏せる。

 

「でも一方で──どこかで、多分ずっと願っていたのよ。

 本当はクガ・ヒロトがムカイ・ヒナタを心から……それこそ一番に愛して、大切に

してくれたのなら……と。

 だって……どんなに思っても、クガ・ヒロトがムカイ・ヒナタの傍にいる事には、変わりないもの。あの子にとって、誰より愛している相手だから……今更取り消す事なんて、出来はしないから」

 

 

 

 ずっと憎み絶望していた。けれど同時に信じたかったと言う、願いも。

 クロはそう言うと、薄く苦笑いのように口元を歪ませて、かすれた皮肉めいた笑い声をあげた。

 

 

「くく……っ、矛盾、しているわね。でもせっかくよ、最後くらいは教えてあげる。

 結局、ワタシの心は晴れることはなかった……何も変らない。……けれど結局は貴方の言う通り、あの子の想いを受け止めて叶えてくれたから、ムカイ・ヒナタはあんなに幸せ…………なのよね。──貴方自身が、あの子を選んでくれたから

 クガ・ヒロト、やはり貴方の……おかげだと」

 

 憎しみ以上に、クロはヒナタの事を強く想っていた。

 彼女のために俺がいなければ良いと思うのも本心だろう。けれど、それでもヒナタが俺を好きでいて、いつか自分の想いが実を結べばいいと……心の底で願っていたなら。

 

 ──自分はその資格はないと言っても、クロはヒナタの記憶を……想いを受け継いだ。

 だから、クロもそれが叶って欲しいと……何処かで思っていても不思議じゃないと──

 

 クロの言葉に俺は頷いて、改めて言った。

 

「俺がヒナタを選びたいと、そう決めた。

 クロの言うように過去の事ももちろんある、それに……正直迷いもした。けれど俺なりに考えて、最後にしっかりと決めた事だ。選んだからには責任も持つ。クロが裏切ると思うような真似はしない。

 だから──これからもヒナタの傍にいてもいいと、君が認めてくれるなら。きっともう、絶望はさせない」

 

 例え俺がヒナタといるのを許せないと、憎んでいたとしても。……クロの言う通りその矛盾した想いさえ、何処かで一人抱えていたのかもしれないと。

 ヒナタと、それにクロの、二人の想いと願いは……俺が。

 

「ああ、ずっと自分でも……否定しようと必死だったけれど。最後になって貴方なんかにこんな事を……焼きが回ったものだわ。……まさに、最悪ね」

 

 自己嫌悪もにじみ出るような、クロの呟く言葉。それから俺に対して精一杯の嫌味を無理に……そんな笑みを浮かべて俺に見せようとする。

 

「いくら絶望しても、憎んでも…………やっぱり貴方がムカイ・ヒナタを誰より愛してくれたら、同じように想ってくれたらと……願ってしまっていたのよ。

 例え僅かでも、希望を捨てられなかった。あれだけワタシは色々やったのに…………本当に全て絶望なんて、仕切れなかった。──忌々しい。でなければ、ワタシはもっと楽に貴方を……憎めたものを。

 結局コピーに過ぎないとは言え…………それでも『ムカイ・ヒナタ』であったのね、ワタシも」

 

 苦々しく、悔しくも思うようなクロの様子。けれど……彼女はやがて、観念したように瞳を閉じ、俺から顔を横に反らして────ある事を言った。

 

 

「──でも、せめて少しは認めてはあげるしか、ないわ。二度も戦ってここまでされた以上は、仕方ないもの……ねぇ。

 たった少しだけ、これからも貴方とムカイ・ヒナタがいる事を受け入れるのも良いかもしれないと、ワタシでも…………思えたのだから」

 

 クロが俺を一番に許せない、憎いと思う気持ちは変わらないのは、分かっている。

 だから本当はああ言う事すら、彼女にとってどれだけ嫌で、屈辱的かも……想像がつく。けど──それでも。

 

「ありがとう、クロ」

 

 それでも、理解し合えた想いも確かにある。本当に僅かかもしれない。けれど……決してゼロでは、なかったんだと。

 

 

 最後の最後に俺は──想いを届ける事が、ようやく出来た。

 

 

 

 ────

 

「……」

 

 クロは相変わらず、俺から顔を逸らしたまま黙っていた。けれど、言い返して来るわけでもない。やっぱり認めて……くれたからなのか?

 俺も少しどうするか迷った。けれど、彼女の身体はこうしている間にも、漆黒のノイズによる浸食が進み、その部位からぐずぐずと崩れ続けている。

 

 ──侵食と崩壊のスピードも、段々早くなっている気がする。このままだと本当に──

 

「──クロ」

 

「……」

 

「君の事をこのままには、しておけない。

 戦いは俺の勝で終わった。だから……すぐに身体の事を、何とかした方がいい。

 GBNの運営や、みんなの力を借りればきっと──」

 

「……はぁ。クガ・ヒロトは、何を勘違いして……いるの」

 

 するとクロは大分弱りながらも、再び顔を俺に向けた。今までのように敵意ある口調と表情で……言葉を返す。

 

「戦いに勝てばそうするって……条件だったかしら?

 ……違うわよ、ねぇ。さっきの戦いはワタシとクガ・ヒロトの……何も賭けないただの、本気のガンプラバトルに過ぎないじゃない。ワタシがどうするか、ワタシの勝手…………でしょう?

 用はこれで、終わりよ。だからもう、ワタシを置いて──消えなさい。貴方の顔なんて見たくもない。……もう二度と、会う事もないわ」

 

「そうは言っても、見過ごせるわけが──放ってはおけない」 

 

 俺はコックピットからクロを出そうと、中に入ろうとした……その時。

 

「──いい加減に、しなさいよ」

 

 クロはまだ動かせる左手でハンドガンを握り、銃口を俺に向けていた。

 

「このまま貴方を撃って、強制ログアウトさせても構わないのよ、ワタシは」

 

「……どうして」

 

 銃を構えることさえ限界な左腕は震えて、必死で持ちこたえてまで……彼女は。

 

「調子に……乗らないでよ。例え僅かに認めた部分はあっても、根本的には何も変わるものか。

 ワタシはムカイ・ヒナタとその想いを傷つけて、苦しめた全て許さない。分かり合うなど出来るものか…………どちらかが、消えるべきよ」

 

「そんな事はない。もう終わった、クロの気持ちだって……十分ではないけれど分かっているつもりだ。

 だから──」

 

 これ以上こんな事をしても、辛いだけだ。何とか思いとどまらせたい……けれど、クロのその瞳に映る感情は変らない。

 

「終わってないわ。ワタシが……消えない限りね。

 ……まぁ、どの道ワタシの身体はもう保ちはしない。中身……人格も崩壊が始まっている。意識を保っているのも……一杯一杯で、じきに何も考えられなくなる。対策なんて間に合わない…………手遅れ、よ」

 

「そんな事なんて……っ」

 

 けれど、クロの言う通り崩壊のスピードはずっと早い。今から手を打ってももう……間に合わない。

 

「結局、何も……出来ないのか、俺は」

 

 どうしようもない、やるせない思いに駆られて、拳を握る。

 

「未練はない──わけではないわ。

 けれど少しでも……今度こそムカイ・ヒナタが、ちゃんと幸せになれる希望があると分かれたのなら、もう構わない。消える運命も……受け入れてあげる」

 

 そう言ってクロは真っ黒になり表面が崩れ、ボロボロの骨のようになった右手を動かそうとした。──けどその瞬間に、腕ごと肩先からボロっと剥がれ……コックピットの床に落ちる。

 落ちた右腕は粉々に砕けて、黒い粉末になって飛び散り、霧散する。それでも……クロは表情一つ変えない。

 

「所詮、ワタシは存在するべきでは、なかったのよ。

 あの憎らしい……木偶人形ども、ELダイバーよりも不完全な出来損ないに過ぎないくせに……一丁前にヒトのような感情と人格を得たがゆえに、それに振り回され続けた惨めな末路。

 ……はは、は。何より下らなかったのは、ワタシ自身よ。だから……こうなった」

 

 あんまりすぎる。いくらクロが──もう一人のヒナタとも言える彼女が、こんな最後を迎えるなんて。

 

「……ふっ、本当、笑える程に惨めなものね。でもこれで良い。……ワタシ自身も、心も全て消えれば、感情に苛まれ、思い悩む苦しみだって……なくなるのですから。

 ──これがワタシの救い。綺麗さっぱり、消えることが…………消えるべき、なのよ」

 

 

 

「消えてもいい存在なんて──どこにもない」

 

「──!」

 

 そんな時、すぐ右横から声がした。振り向くとそこにいたのは……。

 

「お疲れ様だ、ヒロト。……よく頑張った」

 

 隣に立っていたのは、メイ。俺にそう言って彼女は、軽く微笑みかけてくれた。

 

「……いつの間にいたなんて」

 

「戦いが終わったようだから、私も様子を見に来た。

 ──クロ」

 

 メイは身体が崩れかけのクロに、視線を向ける。

 

「メイ……っ」

 

 彼女に対しても、激しい憎悪の感情を、片眼から投げかける。メイの表情は、複雑そうで。

 

「私を……いや、私たち……ELダイバーの事も、それだけ恨んでいるんだな」

 

「当然……じゃないの。最悪の、木偶……人形が、よくも…………ワタシの前に。

 何しに来たのよ。貴方まで現れるなんてなおさら不快だわ、とっとと消えなさいよ。……最後まで、ワタシを苛め足りないわけ?」

 

 変らず酷い言いようのクロ。それでもメイは彼女を見据えたまま、視線を外さない。

 

「そうじゃない、クロ。

 身体の異常は、実は気づいていた。だからこそ助けに来た。その身体を、直してみせる」

 

「──!」

 

 俺も、クロもこの言葉に反応した。

 

 ──本当なのか、メイ? クロを助ける方法があるのか── 

 

「はは……は! ふざけないでよ。貴方なんかに、何が出来ると言うの。

 ワタシは既にもう……ここまで壊れている。……見なさい右腕だって、もう、ないのよ。なにも──出来はしないわ」

 

「──出来る。こんな事だろうと思って、クロのための修復プログラムを用意して来た」

 

 クロはそれに……言葉を詰まらせる。

 修正プログラム、そんな物を用意していたなんて──。

 

「いつの間に、用意していたのか? けれど一体……どうやって」

 

「以前クロに会った時に、同じように彼女に苦痛と、異常がある事を私は知った。

 ヒナタの情報で形を得た情報生命体だとヒロトから聞いてもいた。そして異常の原因は、その身体を構成するヒナタのデータに拒絶反応を起こし出している……らしいと。

 ──だから復旧と修復用のプログラムも、頼んで用意して貰った」

 

 これで、クロを救う事が出来る。

 メイも彼女の事を考えて……それだけの事をしてくれた。俺も嬉しかった。

 

「……最も、理論上は可能らしいが、実際試してみないと何も言えないのは否定出来ない。

 しかし、試す価値がある」

 

 助かるかもしれないと言う、希望。クロはハンドガンを下ろしてメイの話を黙ったまま聞いていた、けれど。

 

「…………くく、っ」

 

 彼女は呆れたような笑い声を小さく口元から漏らした。

 

「そんな物、ワタシが受け入れると思うの? このまま生き続けて……どうしろと言うの。ただ無意味で、苦しいだけだわ。

 消滅した方が……ワタシの為であり、唯一の救いよ」

 

 意識が朦朧として、今にも失いそうな寸前のクロ。

 

「消えるなんて簡単に言うな。助かる命なら、助かる方が──いいはずだ。

 消滅が救いなど、悲しいだろう」

 

「うるさいわね。ワタシがこうなったのも……末路を迎えた原因は、貴方たちにも……あるわ。

 なのに、偉そうに……言わないでよ」

 

「……それは」

 

 メイは口を閉ざす。俺も……否定は出来ない、何か言える資格も、多分……。

 対してクロは、俺とメイを睨むように見て、言葉を続けた。

 

「けれど──それで満足するなら…………そうすると、いいわよ。

 ……ええ、望んでもない救いを、自己満足を満たすためにね。それに……ワタシの憎しみも、消えはしない。

 助けたら、きっと……後悔…………するわ」

 

 言葉通り……その目は救いを求めている、それではなかった。

 

「──自己満足……か」

 

 例え救ったとしても、そうかもしれない。きっと感謝なんてされない。それどころか……恨まれもするかもしれない。

 そしてクロも──限界に来たように、目を閉ざしかけてゆく。

 

「まぁ……ワタシと最後に戦ってくれた、礼だわ。

 ……クガ・ヒロト、貴方の好きなように…………任せてあげる、わよ。

 せいぜい……苦悩でも、しなさい……な」

 

 これが最後の言葉になった。瞳は完全に閉じて、クロのは意識を……完全に失った。

 

 

 

「────」

 

 何が──正解だ? 

 例え俺を憎んでいても、消えて欲しくはない……生きていて欲しい。けれどクロはそれを望まず、自分の消滅が唯一の救いだと言った。

 

 ──俺はクロを救いたい。消える事が、もしただ一つの救いだと、したら──

 

「ヒロト!」

 

 考え悩む俺だったが、メイの言葉で一瞬で我に返る。

 

「あまり考える時間は、ないみたいだぞ。……見ろ、クロの崩壊は一気に進んでいる」

 

 メイが言った通り、意識を失ったことでクロの身体は侵食と崩壊が一気に加速した。左半分の残る部分にもノイズが瞬く間に侵食し出し、黒いノイズと化した身体は崩れて消えて行く。

 

「……あと数分も持たない。どうする、ヒロト?」

 

「どうすれば……いい」

 

 何が正しいか、俺にも分からない。きっとメイもそうだ。

 

「私はクロを助ける手段を用意して来た。けれど正しいかどうかは、分からない。

 本当に消滅を望むなら、それが救いなら……止める権利は、ないかもしれない……けれど」

 

 分かっている。メイの言うように、答えは出せない。正解すらも分かりはしない。

 それでもクロの身体が崩壊するのは、待ってくれない。見る間に崩れ、壊れてゆく彼女。俺はその姿を……眺めて。

 

「……」

 

「……ヒロト?」

 

 気にかけるメイの声。

 確かに正解ははっきりと分からない。それでも、俺は一つの……答えが出た。 

 

 

「メイ、俺にも正しいかは分からない。それでも……決めた。

 俺は、クロを────」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 俺とクロが戦った、荒野。

 あの荒野に突き刺さったスペースコロニーの残骸も、遠くに見えて。

 

「終わったな……これで、良かったのか」

 

 俺は隣に立つ、メイに聞いた。すると優しい表情を向けてこたえてくれた。

 

「私は間違っていないと、そう思う。ヒロトの決断は悪いものではないとな」

 

「そう言ってくれると助かる。やっぱり俺の……自己満足かも、しれないけれど」

 

 

 

 

「ええ──まさに自己満足だわ、クガ・ヒロト」

 

 

 

 俺たちの後ろから、返事が返って来た。

 振り返ると、俺とメイの後ろ、その離れた場所に背中を向けて立っていたのは…………黒い巫女服を着た、ヒナタと同じ姿をした少女だった。

 

「消える事が、ワタシにとっては救いだったのよ。……それを自己満足で奪った。

 さすが、さすが。大したヒーローじゃない」

 

 それにヒナタの声で、痛烈な嫌味をこぼす彼女は、振り返って横目で俺を見た。

 

「……クロ、それが俺の答えだ。君の思いとは反するかもしれない。

 けれど、考えて良いと思った結果だ。クロも俺に判断を任せた──だから俺なりの答えを出した、君には生きて貰いたいと」

 

「……そう」

 

 クロは元の姿に、ヒナタの黒いダイバールックの姿へと元通りになっていた

 メイが用意してくれた修復プログラムの効果は十分にあった。崩れ去る寸前のクロの身体を……綺麗に元通りに直してくれた。

 

 ──メイの話ではこれで大丈夫だそうだ。拒絶反応も、これからは問題はないらしくて──

 

 きっと、プログラムを作った相手は……凄腕のプログラマーなんだろう。 

    

「生きて……ワタシに苦しめと、言うのね。憎くて堪らないクガ・ヒロトとELダイバーに生かされ、大嫌いなGBNで……ヒトの感情に苦しみ苛まれながら、生きろと。

 く……くくく、ワタシへの報復で言うなら、上出来だと思うわよ」

 

 俺に向けて言う皮肉の言葉と、表情。

 けれど、そんなつもりでクロを助けたわけではない。彼女と正面から向き合って俺は伝える。

 

「報復じゃない。俺なりに、クロを救おうとした決断だ」

 

「──」

 

「確かに、怒りと憎しみは消えないと思う。嫌いなものは嫌いで……そんな感情を抱えて生きるのも辛いものだと思う。

 けれど──だからと言って消えるのが良いなんて違うと思うし、悲しすぎる。

 生きているのは……きっと嫌な事ばかりじゃない。感情で苦しむ事があっても生きて行ける、楽しい事や嬉しい事も見つかると思う。他の救いだって、生きていればこそ、いくつもある」

 

 俺なりの真剣な言葉だ。クロは今度は、呆れたように乾いた笑いを出した。

 

「はは、は。綺麗ごと……それに、無責任だわ」

 

「──それは、そうだとも思う。俺も否定はしない」

 

 ありふれた説教みたいな言葉。もっと、良い言葉が言えればいいと思ったけれど……これくらいが限界だった。

 

「ヒロトの言葉、例え綺麗事だとしても──全てが間違ってはいないのではないか?

 大切な物を傷つけられた苦しみと絶望、それに怒りと絶望で……復讐したいと言う気持ち、どんな手段でも取り戻したいと言う思いも。それだってヒトだからこその感情だ。

 けれど、そうした苦しみがあるのは……何かを強く愛して、想うからこそだ。だからこそ……本当に負の感情ばかりじゃない、心から喜ぶ事だって、嬉しく思う事……良い心もしっかりとあるのだと」

 

 続けて話すメイ。クロは彼女にも鋭い眼差しを向けて、敵意を返す。

 

「……よく言うわ。ELダイバーがヒトを……語らないでよ」

 

「私の言葉ではない。今の言葉は、私の頼みで修正プログラムを用意してくれた──シバ・ツカサが言っていた言葉だ」

 

 ──シバ・ツカサ、二年前の第一次有志連合の時に戦った、あの──

 

 俺も名前は知っていた。彼が、クロのために修復プログラムを用意してくれたのか。

 

「彼も同じだ。……大切な居場所を、思い出をGBNに奪われて、かつて復讐しようともした事もあった。

 だから私が事情を話した時も理解してくれた。クロの事も……強く気にかけて救おうとしてくれた」

 

「ワタシ……を? 関係、ないのに」

 

「クロの苦しみはシバのそれとはまた少し違うとは思う、でも……気持ちはきっと私やヒロト以上に分かってくれていた、だからこそだ。

 自分が消えれば良いと言ったな。けれどシバはあの修復プログラムを懸命に作ってくれた……数日間も徹夜して一刻でも早く出来るように、救えるようにと。

 恐らくは一番の理解者足りえる相手だ、その気持ちも──否定するのか?」

 

「…………」

 

 クロは押し黙った。先ほどのような嫌味や敵意もなく、真剣に思い考えるような様子で……俯いて。

 それから、ようやく。

 

「……尊重するわ。ワタシの為にプログラムを作ってくれた彼の想いも、ちゃんと。それにメイとクガ・ヒロト、それを使って救おうとした……決断も。

 けれど、ね──」

 

 彼女は真剣に、真っすぐな瞳を……憎悪の感情とともに俺と、メイに向けた。

 

 

「でも、忘れてないわよねぇ。ワタシは貴方達を……決して許したりは、するものか。

 ねぇ、クガ・ヒロト。さっきはああ言ったからと言って調子に乗っていないわよね。ほんの僅かだけ、気まぐれで希望を認めたに過ぎない。

 もしも……気が変わったら、いつまたこの世界や、貴方達に牙を向けるわよ。遠慮なんて────するものか」

 

 ……もちろん分かっている。でも、だからここそ。

 

「分かっている。もしその時には、そうしてもくれても構わない」

 

 

 

「クガ……ヒロト、本気?」

 

 ああ、当然だ。全て受け入れた上で俺は、クロを助ける事を選んだ。

 

「さっきの言葉の続きだ。クロは俺に綺麗事で無責任だと、そう言った。

 ──けれど俺も考えないで、君を助けたわけではないから」

 

 俺を見据える彼女に、ちゃんと……伝える。 

 

「未練はないわけではないと、言ったのなら──見届けて欲しい。

 ヒナタの幸福を望んでいるなら、これからだって……ちゃんと見ていて欲しいと。それだって生きていればこそ出来ると思う。ヒナタにとって俺は誰よりも大切な人で、俺にとっても、きっと誰よりも」

 

「……貴方、は」

 

「君が願ったように、ヒナタの事は──俺が必ず愛し続けるし、幸せにする。

 だからこれからも見届けて貰いたい……その上で期待外れで、また裏切ったと思った時にはいつでも構わない。──好きなようにすればいい」

 

 俺もクロを真っすぐに見返して、

 

「見届けて、ねぇ…………」

 

 両目を閉じて、深く考え直すような彼女。

 きっと難しい事かもしれない。それでも……軽く息をついた後、俺に言った。

 

「──ええ。ならそうさせて……もらうわよ。

 そうであって欲しいと──願っているわ」

 

 それからまた背を向けて、クロは一言……告げた。

 

「……ムカイ・ヒナタの事、本当に幸せに……しなさいよ。

 でないと……きっと」

 

 ──当然だ。迷う事なく俺は言う。

 

「もちろんだ。ヒナタは俺が──この先も、必ず」

 

 

 

 荒野にはクロが自ら用意した、一機の黒色のコアファイターがある。……機体のデータもどこかで手に入れたんだろう。

 彼女は黙ったままコックピットに乗り込むと、俺とメイに一瞥をくれる。

 

「メイ、それにクガ・ヒロト。これでサヨナラね。

 せいぜいするわ……けどせめて、礼くらいは言ってあげる」

 

 告げた別れの言葉。メイは軽く微笑みを向けて、それから返事を返す。

 

「これからどうするか、なんて聞くのは野暮だろうな。けれど……達者でいてくれ、クロ」

 

「まぁ、適当に生きて行くわよ。

 それとメイ、シバ・ツカサにも……感謝していると伝えて欲しいわ」

 

「分かった。シバには今度、私の方から礼を伝えておくとも」

 

 それからクロは俺にも話す。

 

「クガ・ヒロト。あの話は、ゆめゆめ忘れないことね。もしムカイ・ヒナタを悲しませる事があれば──その時には。

 ……ワタシは見ているわよ」

 

 彼女の言葉。……分かっている、俺も。

 

「──もちろん。俺は必ず、ヒナタを悲しませたりはしない。

 それに……クロ」

 

「……何かしら?」

 

 分かれる前に、少し言いたい事があった。気になる様子のクロに、俺はこう……話した。

 

「その、さ。様子を見るにしても……これからは直接、会いに来ても全然構わない。

 きっとヒナタも、喜んでくれると思う。だから──いつでも、俺も歓迎するから」  

 やっぱり、出来るものならそうしたいと、俺も思った。

 彼女はその言葉に、俺を見据えたまま……考えているみたいで。けれど、すっと何事も無かったように視線を外して、クロは素っ気なく一言だけ返す。

 

「考えて……おくわ」

 

 そしてそのままハッチを閉ざした。

 クロが乗るコアファイターはすぐに飛び立ち、空の向こうへと──消えた。

 

 

 

 

「──」

 

 飛び去った空を、俺はまだ眺めたままだった。

 

「これで、本当の決着だな。……いや、正確には一区切りとも言えるか」

 

 メイからの言葉。俺は頷いてこたえる。

 

「そうかもしれない。分かり合えたと言うのは違う、クロが言ったように憎しみは無くならない、許すことも……ないかもしれない」

 

 そう言う話ではないのは、よく分かっている。クロとは仲良くなれたわけではない。きっと、本当は今でも憎んでいると思う……けれど。

 

「それでも──悲しい結末にならずに済んだ。俺が言えた義理ではないかもしれない、だけど……クロが良い方向に進めそうで良かったと、そう思う」

 

「……だな」

 

 何もかもが解決したわけではない、それでも、たった僅かでも良くなった事があるのなら。

 ……俺も、メイも。決して悪くはない決着だと──そう思えた。

 

 




これで彼女との決着も。
そして次回で、完全な最終話に。……よろしければ。


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番外編最終話 後編 Connect ──from now Forever(挿絵付き)

これにて本作も本当の完結です。
一年以上かかりましたが……読んで頂き、有難うございました。


 大人気のインターネットゲーム、ガンプラバトル・ネクサスオンライン――GBNの世界で、私たちは。

 

 

「しっかり掴まっているか? ヒナタ?」

 

 私のすぐ傍には、私の幼なじみのヒロトがいる。

 同い年の少し癖っ毛のある男の子。

 一番仲が良くて、ガンプラが好きで優しくて便りになる幼なじみで……そして、他の誰よりもずっと大切で、特別な──。

 

「──うん。ぎゅっと……掴まっているよ」

 

 コアフライヤーになって飛ぶコアガンダムⅡのコックピットの中で私とヒロト、二人で。

 GBNにもあれから大分慣れたんだ。今では一人でも当たり前のように遊べるし、ガンプラを動かすことも出来るんだ。

 けれどね、やっぱり。

 

「あのね、ヒロト」

 

「どうかしたか?」

 

 右横から抱きついている私に、ヒロトは気になった感じで声をかけてくれたの。私は彼の肩元に寄りかかって、頬っぺたをくっつける。

 

「今日は──二人で、GBN。

 やっぱり一緒がいい。ヒロトの傍が私にとって……とても心地いいの」

 

 見上げるとすぐそばにある、ヒロトの顔。今こうして、誰よりもすぐ近くに。

 

「ふふ……っ、それは良かった」

 

 彼は私にそっと、笑顔を投げかけてくれたの。それから、こう続けたんだ……ヒロトは。

 

「それに今日はこうするって、ヒナタと約束していた。

 日曜日の休みに二人で過ごそう、GBNで、それから後はリアルでも……君とデートをしようと」

 

 

 

 ……うん。今日は一日、ヒロトと二人で一緒に。

 

 ──前の日は私に用事が入っちゃってて出来なかったけど、今日はちゃんと。……昨日はヒロトもGBNに行ったみたいで、色々と楽しめたの……かな──

 

「──ここからの景色、ヒナタにも見て欲しい。とても綺麗な景色だから」

 

 あっ……と。ヒロトにばかり夢中で、つい景色をあまり見てなかったんだ。言われてみて私はモニターに映る外の景色を、見下ろすと──。

 

「ほんとに綺麗。一面桃色の……桜景色」

 

 下に広がっている景色は、一面桜の木が並ぶ綺麗な景色だったの。

 

「桜の木、と言うことはGBNのジャパンエリアかな、ヒロト?」

 

「その通り。今日はここに来てみるのが、いいかなと思った。それに──」

 

 ちょっと考える様子を見せてから、ヒロトは照れてはにかんだ顔を見せて、言ったの。

 

 

「ちょっとだけ……会う約束をした人がいる。ヒナタも、きっと驚いてくれると思う」 

 

 

 

 ────

 

 コアガンダムⅡは沢山の桜の木が並ぶ桜並木を見渡せる、小高い丘の上に着陸したの。

 

「こうしたのも、悪くないだろ?」

 

「──ヒロトってば」

 

 機体から、ヒロトは私を抱き上げて下ろしてくれた。両腕で優しく抱いて、持ち上げた……お姫様抱っこで。

 

「せっかくだからヒナタとこうしてみたいと、そう思った。

 二人で一緒に降りやすいのもあるし、それにやっぱり、良い感じがする。……こうしていると」

 

「ねぇ、重くない? その……」

 

 もちろん嬉しいけど、ドキっとしていて……ついそんな事を聞いちゃった。ヒロトは一瞬驚いたみたいだったけど、すぐに可笑しそうな表情を向けて、答えてくれた。

 

「心配ない。ここはGBNだから多少の事は苦にならない。

 それにヒナタは実際重くないし、大丈夫だと思う。良かったら今度リアルでもしてみたい……今みたいにお姫様抱っことか」

 

「いいの? 照れちゃうけど、出来るならまた……そうされたいな。

 だってこんなに、良い気持ちだもん」

 

 大好きな人からこうされて、嬉しくない女の子はいないと思うから。

 それにやっぱり、ここから見渡せる桜の景色も、とっても壮観で……夢みたいで。

 

「ヒロトに抱かれて、こうして景色を眺めるの………私、大好きだよ」

 

 

 

 私たち二人はそのまま、近くにあった小さなお茶屋でゆっくりと。

 お店の外にある席にヒロトと隣同士で座って、外を眺めながら。

 

「うーん! 良い気持ち。何を頼もうかな?

 でもお昼はピクニックだから、あんまり食べ過ぎは良くないよね」

 

 今はまだ午前中で、午後からはリアルでデート……海沿いの通りがある公園で、一瞬にピクニックをする予定なの。

 

「心配しなくても、ここで食べてもお腹は膨れない。気兼ねする必要なんて……」

 

「かもしれないけれど、やっぱり気分的な感じがしちゃって、ね。でもせっかくだし、お団子とか食べてみようかな?」

 

 良い雰囲気のお茶屋で満開な桜を見ながら。風流って、言うのかな。

 

「こうしているの、いいな。それと……」

 

 ヒロトと二人でこう過ごすのも良いけれど、でもね……。

 

「確かここで誰かと、会えるんだよね。どんな人なんだろう? 何だかワクワクしちゃうかも」

 

 会う約束を少ししているって、ヒロトは言ってたから。それもちょっと楽しみで。

 私が言うと彼は──ふっと口元に笑みを、こぼして。

 

「もうそろそろ、会えると思う。時間はもうすぐな────はずだ」

 

 ヒロトがそう言った……ちょうど、そんな時だったの。

 

 

 

 ふと足音が、左向こうの方から聞こえて来た。

 

「噂をすれば、か」

 

 ヒロトと、それに私も音がした方を見たの。そこには……黒い袴と灰色の着物を着た、時代劇の浪人さんみたいな姿のダイバーの人がいたの。

 顔は帽子、ううん、笠って言うのかな。それで隠れて見えなかったけど、でも私と同じくらいの……女の子みたいだった。

 

「──来たわよ」

 

 そのダイバーの子は私たちの所にやって来て、一言言ったの。ヒロトはその子に笑顔を向けて、言葉を返して。

 

「よく来てくれた。君に会えて……俺も嬉しい」

 

「あくまで様子を見に来ただけよ。変な勘違いは、しないで頂戴。

 構わないと言ったのはそっちよ。問題はないでしょう、ねぇ?」

 

 ……あれ? あの人の声、凄く聞き覚えがあるような。

 そう思っているとダイバーのその子は、今度は私を向いて、笠の下から見える口元にほんのり笑みを浮かべたんだ。

 

「何よりまた、会ってみたかったもの。改めて、幸せにしている貴方………と」

 

「ありがとう。でも……初めまして、かな。今日はよろしくね、お名前は───」

 

 浪人さんの姿をした子なんて初めてだから、私はどぎまぎしながら声をかけたの。

 すると相手は優しく、ちょっと可笑しそうに口を緩めて、返事を返してくれた。

 

「ふふっ、確かにこの……ダイバールックと言うのかしら。

 新しく用意したから、見覚えがないのは当然ね。……元の姿は色々と不味いし、前のパイロットスーツ姿も──やっぱり不自然で、浮いていたかもですもの」

 

 浪人さんは頭に被っていた笠の先を上げて、顔を見せた。

 私に見せた、顔。それは──。

 

 

 

「ワタシが来て、少しお邪魔かもだけど。構わないかしら? ……ムカイ・ヒナタ」

 

 それは本当に驚いた意外な人で。だけど会えて、良かったって。

 私も笑顔を、大きく投げ返して。   

 

 

「無事でいてくれて…………本当に、良かった。

 もちろん──喜んで!」

 

 

 

 

 ────

 

 ──そうして、私たちはGBNで過ごしたの。

 何だか思ったより長く過ごしちゃった感覚だけど、それでも午前中には収まったし……とっても良い時間も、過ごせたから。

 

「GBN、楽しかったね」

 

「ヒナタと二人で……だな。俺にとっても、最高の時間だった」

 

「──うん!」

 

 力強く、私は頷いてこたえたの。

 

 

 

 GBNから出て、私はヒロトとリアルで──現実で私たちが暮らす街で、今はこうして過ごしているの。

 一日一緒に……デートの続き。街の通りを手を繋いで歩きながら、GBNでの話をしたり。それに──ね。

 

「本当に無事で安心したんだ。消えてなくてほっとしたから、私も。

 だから、あの子とも会えて……嬉しかったの」

 

 GBNでの『ある再会』の事も、凄く感激したんだ、私。

 

「ヒナタに会えて、向こうも喜んでいたはずだ。きっと」 

 

 少し考える様子を見せた後で、ヒロトはふっと軽めに笑いかけて言ったの。

 

「俺のせいかもしれないが……一緒にいれたのは少しの間で、あまり何も話さずに傍にいるくらいだった。別れる時も、さよならと一言──それだけで。

 けれど、彼女はヒナタに会いたがっていた。満足はしていたはずだ」

 

「そうかな、ヒロト?」

 

「もちろん、きっと。彼女はそれだけ君の事を……愛していると、そう思うから」

 

 そう言われて何だか嬉しい気持ちになったの。

 

「もしそうなら、いいな。……きっと」

 

 少しでもそう思ってくれたらって、願ったんだ、私も。

 ヒロトは微笑んで頷いて。それからそっと私に寄り沿って、言ったの。

 

「けれど俺は負けないくらいに。それ以上にヒナタを愛している。

 それだけはきっと、誰にも譲れない。──俺は」

 

 私に向けてくれる、優しくて、強く見つめているヒロトの眼差し。

 

 

 

 ──きゅっと、胸の中に何か感じるものがあった。でも辛くて苦しいのとは違って、とても暖かくて心地良い感触で。

 私ははにかんだ顔になって、こたえたの。

 

「好きな人に、そう言って貰えるなんて。いい気持ちだね!」

 

「それに好きな人が、いると言うのも。こうした気持ちと……想いは、やっぱり俺の最高の宝物だ」 

 

 私たちは互いに気持ちを伝え合って。それからヒロトは、にっと眩しいくらい屈託のない笑顔を向けてくれて──

 

「おっと、おしゃべりも良いけれど……ピクニックも待ち遠しい。もうそろそろ、着く頃合いか。

 ──お腹もペコペコだ。ヒナタと二人で、俺に作ってくれたサンドウィッチも早く食べたいな」

 

 気さくな言葉に、私も明るくこたえるの。

 

「だね! ヒロト!」

 

 ピクニックが今日のデートのメインだもん。サンドウィッチだって、美味しく作ったんだから!

 

 

 

 ────

 

 いつもの、街の海辺にある遊歩道。

 道脇に広がる海と、その向こうに見える街並み。通りだって広くて木々や草原、広場もあって、半分公園みたいな所で。

 

「今日もここに、やって来れたね」

 

「リアルでは割と来る場所だな。ヒナタとも昔から二人で、ここには」

 

 並んで遊歩道を歩きながら、景色を眺めながらで言葉を交わす私たち。私と、ヒロトが暮らすこの街。海の先に見える、高層ビルが立ち並ぶ大都会。……改めて考えると、良い所に住んでいるんだね。

 

「よく来る場所だけど、いつ来ても良い場所だ。

 風も心地良いし景色だって。天気も快晴で、まさにピクニック日和で」

 

 そう言って、快晴の青空を仰ぎ見るヒロト。

 

「青い空に眩しい太陽、か。やっぱり心地が良い、とても」

 

「ポカポカだもんね。……今日こうして出かけられて、良かったね」

 

「幸運だったな。やっぱりピクニックは、こうじゃないと、それと──」

 

 ヒロトはにこやかな表情で、ある提案をしたの。

 

「──良かったらあそこで、ほんの少しだけ座って行かないか? 歩き続けて来たから休憩も出来ればと思うし、それに……改めて二人で眺めてみたい。ここから見える街景色を」

 

 

 

 

 そう言って示したのは、海辺近くにある空いたベンチ。私は彼と一緒に座って、景色を眺めるの。

 

「私たちの街。こうして座って眺めると、もっとよく見える感じがするんだ」

 

 ベンチに腰かけて目前に見える風景。風が強くないから、波も立ってない穏やかな海。それに海の先に並んでいる街で自慢の摩天楼。……見渡すと昔に建てられた赤レンガの倉庫に、等身大のガンダム──エールストライクガンダムの像も見えたりもするの。

 

 ──街の名所だよね。……この前のデートの時はあそこにも行って、それから──

 

「やっぱり、ここからの眺めは好きだ。俺たちが暮らして来た場所がよく見渡せる、場所で」

 

「高いビルの上とかでも見渡せるかもだけど、私もここの景色の方が……何だか好きなんだ」

 

 私は彼に呟いてから、こう話も続けるの。

 

「告白したのもこの場所だったよね。私の想いを、ヒロトに。それにヒロトも私に──好きだって言ってくれたから」

 

 この場所は……もう幾らか前に、ヒロトに告白した場所でもあるの。ずっと胸に秘めていた想いを、勇気を出して。ヒロトもその時の事を振り返るように── 

 

「今まで幼馴染として長い間ヒナタといて、言うのは遅くなったかもしれない。それでも俺は決める事が出来たから。本当に大切にしたい物が何か……自分でも」

 

「私もヒロトと同じ気持ちだよ。ずっと大切な、一番の人だもん」

 

 海辺のベンチに座っている私たち。それに、今は人が少なくてこっちを見ている人もいないみたいで。

 だから私はせっかくだからって、ある事を思ったの。それにね、ヒロトも考えていたのは同じだったみたいで……すぐ横に、私に身体を寄せて伝えてくれた。

 

「あのさ、ここに来れた記念に──構わないか? ヒナタとの気持ち、想いをもっと伝え合いたい」

 

 ヒロトからのそんな言葉に、嬉しさでつい顔をほころばせながら私はこたえたの。

 

「うん、しよう。……ヒロトとなら」

 

 私も同じように身体を近づけた。

 そうして、互いにくっつきそうな距離で顔を見合わせてから────私とヒロトは、口づけを交わしたの。

 

 

「ん──」

 

「──っ」

 

 

 そっと交わした、キス。触れたヒロトの唇は暖かくて、甘くて……何より優しい感覚で。

 

 ──今日のキスも、とっても優しい。ヒロトの温もりが感じられて、こんなに私を想って、愛してくれているのが分かるもん──

 

 唇越しに伝わる愛情。ヒロトも、私を求めてくれるように唇を付けているのを感じて、それが幸せだったりもするの。

 恋人になってからヒロトと何度もして、慣れもしたし互いにキスも上手にもなった。

 だけど、この心から満たされるこの幸せな気持ちは……いつだって私にとって、最高なんだ。

 

 

 今日はいつもより、長くキスで。二人で十分に気持ちを伝え合った後、それからゆっくり唇を離して、見つめ合って。

 

「……ヒナタ」 

 

 私を見て、ヒロトが見せてくれる嬉し気な笑顔。

 

「ありがとう。やっぱり俺には君が、ヒナタがいて欲しい。これからだって、こうして」

 

 そんな言葉と、笑顔で。私も今のヒロトと心は一緒なの。

 

「うん。私ならいつだっているよ。……居たいから、ヒロトと」

 

 今、こうして心が通い合っているって感じるから。

 それが幸せなんだって、私も負けないくらい笑顔で、ヒロトに応えたんだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ────

 

 そうして私とヒロトは良い場所を探して、ピクニックをすることにしたの。

 今日一番の、デートの目的。ヒロトと一緒にピクニックしようって……だもん。

 

「良い感じの所だね、ここ」

 

「この場所なら景色も良く見える。場所だって広いから、他の人の迷惑にもならない。それに日差しもポカポカ……だから」

 

 遊歩道の傍にある、横に広がっている草原がある場所。私たちはその草原の上でピクニックをすることに決めたの。

 

「この草原も暖かくて気持ちいいね。それにフカフカで、まるで緑のカーペットみたい!」

 

 草原の感触、心地が良くて私はつい思いっきり寝そべってみたの。

 

「っと! ヒナタ!?」

 

「ヒロトも、ちょっとこうしてみて。とても気持ちがいいから」

 

 私が促すとヒロトも草原の上で横に寝そべってみたの。それから心地よさそうにして、隣にいる私に顔を向けると……。

 

「……うん、とても良い気持ちだ。このまま二人でここで昼寝するのも、いいかもしれない」

 

「ふふっ、そうかも! ──だけどやっぱり、今日はヒロトとピクニックがしたいんだ。

 お昼寝するならその後がいいかも、でも……」

 

「でも?」

 

 気になる様子のヒロトに、リラックスした気分でこたえたの。

 

「ちょっとだけなら、こうしているのもいいかも。だってこんなに心地がいいから」

 

 さっきもベンチでゆっくりしてたのに、また草原でもゆっくりしちゃう感じで。でもせっかくだもん、いいよね。

 

 

 

 

 ──ほんの少し、草原でそうした後。いよいよ私たちはピクニックを始めたの。

 草原を汚さないようにシートを広げて、その上で座って、バスケットを開けてサンドウィッチを食べるんだ。

 たまごサンドにハムサンド、あとデザートに生クリームとフルーツの切り身を挟んだ、フルーツサンドもあるの。ヒロトとのピクニックだから、いろんな、美味しいサンドウィッチを頑張って作って来たんだ。

 

「美味しい。ヒナタが作ってくれた、サンドウィッチは」

 

 傍でサンドウィッチを頬張って、喜んでくれているヒロト。私が作ったサンドウィッチ、気に入ってくれて良かった。

 

「まだまだあるから、沢山食べよう。じゃあ私も……はむっ」

 

 自分でもサンドウィッチを一口、とても美味しい。我ながら良い出来だよね。

 

「今食べているツナサンドも、味わい深くて好きだ。ツナの味もよく出ていると言うか。とにかくこれも美味しい。──ヒナタが作ってくれるものなら、全部」

 

「褒められると、照れちゃうな。だけど私もヒロトにそう思ってもらえるように頑張って作ったから。

 ピクニック……二人で美味しいのを食べたいもんね、やっぱり」

 

 話しながら私もサンドウィッチを一切れ食べ終わって、今度はフルーツサンドを手にとって食べてみたの。

 

「うーん! フルーツサンドは初挑戦だったけど、この組み合わせも良いかも。甘酸っぱい味がやみつきだよ?」

 

 我ながら上出来かもって、得意げに顔を向けてみた。そんな私にヒロトも見つめて応えてくれて。

 

「そうして美味しそうに食べるヒナタも、俺は好きだ。

 サンドウィッチもそうだけれど、好きな人と一緒のピクニックはこんなに……幸せで一杯なんだって」

 

 私とのピクニック、彼がこう言ってくれて私も嬉しくなるんだ。

 

 ──やっぱり来て良かった、ピクニック。またヒロトと新しい思い出が出来たもん──

 

 ふっと、そんな暖かい思いが胸にこみ上げたの。こうして……ヒロトとの思い出。もちろんこれまでだって沢山あるの。

 

 ──この海沿いの道も、小さい頃から二人でよく来たよね。遊びに来たり、学校帰りの寄り道や。ヒロトと一緒にいた思い出が沢山なの。

 どれも大切な思い出。例えば──

 

「ヒナタ、今更かもしれないけれど」

 

 一人思い返していた所、ヒロトからの突然の言葉。はっとして、ちょっと驚いてしまったりもしたけど、私は顔を向けたの。

 

「あっ!? うん、どうかした……かな」

 

 ……あはは。思い出も良いけど、今だってヒロトと居れるんだから、こうして。ちゃんと今を大切にしないと。

 気を取り直して私はヒロトと向き合ったの。すると彼は、改まったような様子で、今は私だけに目を向けて話してくれた。 

 

「──俺の傍に居てくれた。

 この街で昔からずっと、一緒に。俺とヒナタは」 

 

 そう言ったヒロト。どうしてそんな事を言ったのか分からなかったけれど、微笑んで私はもちろんって、こたえたの。

 

「……うん、私たちはここで過ごして来たんだよ。

 ヒロトとは家が隣同士の幼馴染で、学校だってこの街の小学校から一緒で、二人で沢山の時間と思い出を過ごしたの。

 前にも同じような話をしたかもだけど」

 

 話していると懐かしい気持ちになって、こんな話を自然としてしまう。

 

「前にこの遊歩道で小さい頃よく遊びに来たって、学校帰りとかも何度もよく通った事も……前にヒロトに話した事があったよね。なら、この話は覚えてる?」

 

「──なんの話かな?」

 

 興味深々なヒロト。私は自分でもあの頃の事を思い出しながら、話すんだ。

 

「中学校の頃、工作の授業が学校であった帰りに……二人でここに寄り道した時、プレゼントしてくれたよね。工作で作ってくれた、貝殻の首飾り。

 せっかくだから私に作ったって、そう言ってくれて嬉しかったのも覚えているの。それにあの時貰ったネックレスも、今でも大切に持っているんだ」

 

「俺がヒナタに……そんな、プレゼントしたのか」

 

 ヒロトは驚いたみたいに、少し目を丸くした。

 

「うん。ヒロトとの思い出は全部、私にとって大切だもん。だからちゃんと覚えているから」

 

 自信たっぷりにそう答える私。ヒロトも優しい表情になったけど、でも、その後申し訳ないように目を伏せてしまって。

 

「でも俺は……それも、忘れていたのか。

 今までは気にしてもいなかった。けれどヒナタはそれだけ想っていたのに、俺は……忘れて」

 

 何だか思い詰めてしまっている彼。──真面目だから、そう思うのは分かるけど。

 

「大丈夫だよ。昔の事はなかなか覚えてないのが、普通だって思うから。うん……仕方ないよ」

 

 私はこう伝えた。ヒロトは今の言葉に思いを巡らせて、考えているみたいで。

 そして──何か決めたような感じで、彼は。

 

「あのさ、ヒナタ」

 

「ヒロト?」

 

「もしも良かったら──俺達の思い出も、こうしてまた振り返っていきたい。ヒナタと一緒に思い出話を沢山。一度忘れてしまった君との思い出の分も、全部思い出すくらい……今度は忘れないから。

 恋人になってからの新しい思い出と一緒に、全部。俺とヒナタの、ずっと大事な宝物にしたい」

 

 

 

 

 ふわり──。私たちの間に優しい風が吹いた感じがした。

 

「宝物──私と、ヒロトの」

 

 真っ直ぐ見つめて、答えを待っているヒロト。私はにこっと、今日一番の……幸せ一杯の笑顔で答えたの!

 

「もちろんだよ! 私もヒロトと過ごした思い出の話を、もっと出来ればって……思っていたんだ」

 

 私からの答えと、笑顔に。ヒロトも喜んでくれた──微笑み顔で返してくれたの。

 

 

 

 今、こうしていられる事。ヒロトと想いが繋がった……新しい、特別な絆で繋がれた事も。

 

 

 ……今、とても幸せなんだ。

 だけど、ね。これから先はもっと幸せになれるって、私は思っているの。

 ヒロトとなら……『大好き』だと想い合える二人でなら────きっと、どこまでも。

 

 



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