魔法科高校の転生者 (南津)
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魔法科高校の世界へ
0.0 転生。魔法科高校の劣等生の世界へ


連載予定ですが、執筆速度は未定。勢いだけのプロローグ掲載なので、気が向いた時に書いています。
殆ど原作を知らない主人公なので、原作に積極的に関わることも、積極的に避ける事もしません。そのため、原作沿いですが、原作にない部分なども独自解釈や、独自設定で描いていく予定です。
この小説を読んで、原作を読んで確認したい、みたいに思って頂ければ幸いです。Web版は消えているので、ライトノベルを買ってください。本作品はWeb版主体+ライトノベルで行く予定です。
主人公最強要素や、ご都合主義有り。
基本オリ主×オリヒロイン(転生者)で行きますが、原作キャラの好意の対象は展開次第で、オリ主に好意を持つ人も出るかも?
十師族の女性もどういう扱いになるか展開次第。
その展開は、書いている時の気分次第。
以上の事を了承の上読んでいただける人だけ読んでください。












 0.0 転生。魔法科高校の劣等生の世界へ

 

「目が覚めたかの?」

 不意に声をかけられて意識が覚醒する。目を開けるとあたり一面が白い世界だった。

「……ここは?」

 見たこともない場所で混乱しながらも、現状を知るために声の主へ質問する。

「ここは転生するものが訪れる世界の狭間じゃ」

「転生……ということは、俺は死んだのか?」

「そうじゃ」

 

 青年――時嗣(ときつぐ)はIT企業に勤める社会人だった。入社して数年、大きな仕事も任せられるようになり、最近では深夜の帰宅も珍しくはなかった。この日も終電を逃し、仕方なくタクシーでの帰宅を余儀なくされていた。

 帰宅までの暇つぶしに、数日前から読み始めたWeb小説を携帯で開きながら、タクシーに乗車する。小説のタイトルは「魔法科高校の劣等生」。一章も二十話を読み終わり、そろそろクライマックスを迎えると言う時にそれは起こった。

 タクシーの横合いからスピードを超過した暴走者が飛び出し、時嗣の座る後部座席付近を押しつぶした。時嗣は即死、タクシー運転手は一命を取り留めるも三日間の意識不明の重体となった。

 

「――というところじゃな」

「なるほど……。しかし、どうして転生することに?」

「そうじゃな。転生するものにもいろいろあるが、お主はその体に神力を微かに宿しておった。普通、人間に宿るはずのないお主の力が、お主をここへ連れてきたんじゃ」

「よくわからんが、わかった」

 神力というからには神の力なのだろう。世界の狭間に自我を持って訪れる事ができる程度には神秘を宿していたということか。

「それじゃあ、お主に転生をしてもらうわけじゃが……この賽子を振ってくれるかの」

「賽子? なぜ?」

「お主に与える特典の個数を決めるためじゃ。お主で最後じゃから特典はゆっくり決めても良いがの」

「最後? 他にも転生者がいたのか?」

「お主とは違う理由じゃが、お主の前に三人ほど転生したの」

「転生先は同じなのか?」

「そうじゃな。お主がさっきまで読んでおった『魔法科高校の劣等生』の並行世界の地球じゃ。転生者の魂の容量からお主が最後になる」

「あそこか……魔法があるのは楽しそうだし、知識も殆どないし丁度いいかな」

 時嗣が渡された賽子を振ると、『六』の目が出た。

「最後の最後で六の目か。お主は運がええのぉ」

「ということは六個の特典が得られるわけか?」

「そうじゃ。他の三人は二、三、四の目を出しておったぞ」

「そっか。他の転生者の特典は知ることができるのか?」

「普通はダメじゃが願いを消費すれば教えてやるぞ」

(願いの内容を聞くのはダメか……それなら)

「……他の転生者の願いから一つ同じ特典を選ぶことはできるか?」

「なるほど、そうきたか。いいじゃろう。これが他の転生者の願いじゃ」

 文字の書かれた紙が三枚出現し、時嗣の前に浮かぶ。時嗣が文字を追うと、一枚毎に転生者の特典が記されていた。

 

・一人目の転生者(女性)

 Web小説での原作知識を持つ元大学生。八歳の子供を助けて死亡。賽の目は二。希望した特典は【完全に制御可能な、達也の五倍のサイオン量及び之を十全に扱う魔法力】と【無意識内にある魔法演算領域の強化拡張】の二つ。

・二人目の転生者(男性)

 原作ライトノベル四巻迄の原作知識を持つ元中学生。事故に巻き込まれて死亡。賽の目は四。希望した特典は【膨大なサイオン量】【達也が使っていた自己修復術式と分解魔法】【身体能力強化】【銀髪で虹彩異色のイケメン】の四つ。

・三人目の転生者(女性)

 原作知識は無しの二十歳女性。生まれつきの病で死亡。賽の目は三。希望した特典は【魔法の才能(魔法力等)】【多めの魔力(この世界ではサイオン)】【比較的裕福で暖かい家庭に健康な身体で生まれる】の三つ。

 

(二人目の転生者が気になるが……関わらなければ大丈夫か? 原作知識持ちの特典は有用性がありそうだな)

「それじゃあ、一人目の【完全に制御可能な、達也の五倍のサイオン量及び之を十全に扱う魔法力】がいいかな」

「了解じゃ。他はどうするかの? この中から決めるかの?」

「特典はこの世界に準拠したものだけかな?」

「そうじゃ。二人目は別の世界の剣製魔術を希望したが、法則が違うから使えんと言ったら仕方なくそこの特典を選んでおった」

「そうか。それなら二つ目は膨大な高性能魔法演算領域を、意識内と無意識内に。『無意識内』とあるのなら意識内でも可能なんだろう?」

「そうじゃな」

「三つ目は最大十個までの並列思考と、思考の高速化が可能なスペックの頭脳にしてくれ。二つまでの並列思考は今までできたが、出来ればこのくらいは出来るようにして欲しい」

「良いじゃろう。思考に耐えられるよう全体的に脳のスペックは上がるぞ」

「わかった。……四つめは情報体やサイオンなどが解析出来る解析眼」

「達也の精霊の眼みたいなものか?」

「? よく分からんが、イデアやエイドスだったか、起動式や魔法式で情報体や構造体を改変するのがこの世界の魔法なんだろう? その情報体や、魔法式を構成するサイオンや……まぁいろいろ視ることができて構造を把握できる眼が欲しいな。死角や距離の概念なしで意識的、無意識的に視る事ができるものにして欲しい」

「了解じゃ。似たような眼もこの世界にはあるし、問題はない。普通なら脳に負担がかかるが、三つ目の願いで脳の処理能力も強化されるし、負担はないじゃろう」

「五つ目は、これまでの才能を十全に発揮出来る魔法の才能にしてくれ」

「二つ目までで十分才能を発揮出来る程あるから、意味はないぞ? 二人目のように才能を圧迫するような魔法も無いしの」

「そっか……それなら別の特典にしたほうがいいか。……二人目の自己修復術式と分解魔法はどんなものなんだ?」

「そうじゃな……自己修復は、本当は達也の別の魔法の一端なんじゃが、無意識内で常に待機している魔法で演算領域を圧迫するのもじゃ。過去の情報体を記録しておいて肉体をその状態に復元する魔法じゃ。この程度の自己修復なら過去のエイドスを記録しておけば、お主の希望した魔法演算領域および魔法力でも再現できるし、分解魔法はお主なら完全に再現できるかの。分解魔法は構造体や情報体を分解する超高等魔法じゃ、が、儂が与える魔法力なら簡単じゃ」

「それも主人公が使う魔法なのか?」

「そうじゃな。達也は物質をエネルギーに直接分解も可能じゃな」

「直接エネルギーに……可能なのか?」

「可能じゃな。物質が存在するという事象を改変するという意味で、物質的な事象じゃから系統魔法に分類されるが、現代魔法で言う四系統八種には分けられない魔法じゃ。それだけ世界を改変できる干渉力と魔法力があれば再現可能じゃ」

(随分物騒な魔法だな……転生者も使うようだし対抗手段は習得しておいたほうがいいな……となると)

「俺や他の転生者の干渉力や魔法力はどのくらいなんだ?」

「最も強い魔法力はお主と一人目の女性じゃな。あの世界でも隔絶しておる。これは、一人目の女性の願いである、達也の五倍のサイオン量を十全に扱える魔法力のおかげじゃな。やろうと思えばその量のサイオンを一度に扱う事ができるのだから、並みの魔法力では扱いきれん。達也や他の魔法師が実現できんような世界の改変もお主らには可能ということじゃ」

「なるほど、力を抑えるのは思い通りにできるのか?」

「ある程度までは可能じゃな。じゃがあまりに抑えすぎることは熟練度次第じゃな。最初から巨大な力を扱える分、小さな力を扱う感覚は自分で身につけるしかないからの」

「わかった。覚えておこう。この事はその転生者も知っているのか?」

「大体はの。質問の内容もお主とは違うし、特典の注文の際にいろいろ考えておったからの。そう言う意味では二人目はほとんど何も考えずに特典を選んでおったかの。さっさと送れとも言いよったし。三人目も少しは考えたみたいじゃが、一人目のように元の知識がないから大まかな願いになったの」

「そうか……」

(それであの注釈か……この世界に適応した魔法の才能になっている訳か……)

「……質問だが、時間に干渉する魔法はこの世界では実現できるか?」

「出来んことはないが、限定的じゃな。世界を止めることは出来んが、自身と干渉力の影響範囲は時間に限定的に干渉する事は出来る。過去と未来のエイドスに直接干渉し事象や構造体を書き換えたり、自分の時間だけを引き伸ばして擬似的な時間停止は実現できるの。ただ、自分の時間だけ引き伸ばした状態で動けば肉体にかなりの負担がかかることになるな」

「それなら五つ目は才能を圧迫しない時間干渉魔法が欲しいな。干渉力の及ぶ範囲で自由に時間干渉が出来るように。系統外魔法になるのかな? 物質的な事象を起こすから系統魔法? もちろん演算領域を使っての魔法行使も出来るように」

「時間干渉魔法の系統魔法じゃな。四系統八種には分類されないがの。この時間干渉魔法は、お主が生まれたら世界でお主一人だけの魔法になる。これまでの特典に含まれる魔法の才能が圧迫されて使えなくなることはない、でいいのかの?」

「ああ、それでいい。それじゃあ、最後は限界のない身体能力が欲しいな。外見には影響がないが、発揮出来る身体能力や耐久は鍛えるほど限界なく上がるようにして欲しい」

「成長というより進化の特異体質じゃな。この体質は三歳の時に発現するようにしておこう。最初は大怪我するかもしれんが。それまでに治療できる魔法を習得しておくんじゃな。直ぐに回復力も上がるじゃろうが」

「そうだった。まぁ、そのうち強靭に成るなら我慢しよう」

「以上の六つで大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

「……まぁ本当に大丈夫そうだから良いかの。ちなみに魔法の才能の一部は遺伝によるものに設定するから、お主の子供も一部の才能を受け継ぐことになる。まぁ、魂が違うからその世界の魂が許容する範囲まで劣化するがな」

「サイオン量や演算領域の縮小などか?」

「そんなところじゃ。といってもそれでも超一流に変わりはないんじゃが。時間干渉魔法は特性を受け継ぐが劣化したもの、頭脳や特異体質はお主一代のみの物になる。まぁ、あの世界の強力な魔法師は人体改造された者の子孫もおるし、悪影響がない分お主の家系は安泰じゃろうな。……それじゃあ目が覚めたら赤子になっておるからな。お主の自意識が覚醒するのは生後数日といったところじゃ」

「赤子からか……誰かの代わりというわけではないんだな?」

「そうじゃ。お主が転生するからその命は生まれることになる。生まれる場所はだいたい決まっておるが、特典で指定してないので、誰のもとに生まれるかは候補の中からランダムで決まるぞ。もちろん名前も変わるので、過去のアイデンティティは失うがの」

「そうか」

「それじゃあ転生するぞ」

 その言葉を聞いたのを最後に、時■(とき・ぐ)の意識は閉じていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 




転生者の死亡時期はまちまち。主人公はライトノベル1巻発売前宣伝中あたりという解釈で。

13/2/3 ルビふり修正


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登場人物設定
主要登場人物設定


本編を読むのに影響がない程度に追記予定。

















◇主人公設定

 

名前:小鳥遊 伊月

年齢:十五歳

性別:男性

身長:一八二cm

所属:――

特典:

 一.完全に制御可能な、達也の五倍のサイオン量及び之を十全に扱う魔法力(※血統継承設定)

 二.意識内、無意識内への膨大な高性能魔法演算領域(※血統継承設定)

 三.並列思考及び思考高速化が可能な頭脳

 四.情報次元体やサイオン等、様々な解析・把握が可能な眼

 五.才能を圧迫しない時間干渉魔法(※血統継承設定)

 六.限界のない身体能力を発揮できる特異体質

 (※:親からの遺伝及び子への遺伝有り)

備考:

 本編の主人公。第一章の一部のみ原作知識を持つ。黒髪黒目な基本的に万能な最強系主人公。得意魔法は収束・移動・加重系。あと時間干渉魔法。金髪+サングラス+バーテン服が似合いそう。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

◇オリジナル登場人物設定

 

名前:柏木 彩花

年齢:十五歳

性別:女性

身長:一六〇cm

所属:――

特典:

 一.神様印の魔法力(※血統継承設定)

 二.サイオン保有量の増加(※血統継承設定)

 三.比較的裕福で暖かい家庭に健康な身体で生まれる

備考:

 本編のヒロイン。原作知識を持たない転生者。二度目の人生では色々と経験したい魔法少女。主人公のことを伊月ちゃんと呼ぶ。得意魔法は収束・振動系。特典の御蔭で食べても太らない体質。同年代の少女の敵。

 

名前:八千古嶋 早苗

年齢:十五歳

性別:女性

身長:自称一四五cm

所属:一年A組

特典:

 一.完全に制御可能な、達也の五倍のサイオン量及び之を十全に扱う魔法力(※血統継承設定)

 二.無意識内にある魔法演算領域の強化拡張(※血統継承設定)

備考:

 Web小説版の原作知識を持つ転生者。得意魔法は振動系で冷却魔法と加熱魔法だが、暑いのも寒いのも苦手。前世に続いて発育不良のちょっと可哀想な少女。特典がもう少しあれば良かったのに。陰陽五行を担う八千古嶋の家系で百家に分類される。七草には劣るが万能と言われる家系。

 

名前:■■■ ■■■

年齢:十五歳

性別:男性

身長:――

所属:――

特典:

 一.膨大なサイオン量(※血統継承設定)

 二.達也が使っていた自己修復術式と分解魔法

 三.身体能力強化

 四.銀髪で虹彩異色のイケメン(※血統継承設定)

備考:

 ライトノベル版の原作知識を持つ転生者。得意魔法は発散系魔法。分解魔法は使えるが魔法力はサイオンを除いて一般魔法師並み。海外との魔法師の交流があった頃に生まれた子供の子孫。銀髪は先天性白皮症ではなくプラチナブロンドで、瞳は先天性の遺伝子疾患ではなく、弱いながら魔眼によって片眼の色素が失われている。結果、メガネが必要となった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

◇原作登場人物設定《原作小説時点》

 

名前:司波 達也

年齢:十五歳

性別:男性

所属:一年E組(二科生)

備考:

 原作の主人公。妹に後述の司波深雪を持つ。得意魔法は分解魔法。とある事情からシスコン。いろんな意味で重症。

 

名前:司波 深雪

年齢:十五歳

性別:女性

所属:一年A組(一科生)

備考:

 原作のヒロイン。原作主人公である司波達也の妹。得意魔法は冷却魔法。昔ブラコンに目覚め、重症。

 

名前:光井 ほのか

年齢:十五歳

性別:女性

所属:一年A組(一科生)

備考:

 深雪のクラスメイトで友人。幼い頃から後述の北山雫の親友。得意魔法は光波振動系魔法。達也の物になりたい。

 

名前:北山 雫

年齢:十五歳

性別:女性

所属:一年A組(一科生)

備考:

 深雪のクラスメイトで友人。光井ほのかの親友で無口系。得意魔法は振動・加速魔法。たまに心を抉る。

 

名前:――

年齢:――

性別:――

所属:――

備考:



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登場人物設定Ⅱ

名前:小鳥遊 柚姫

年齢:十四歳

性別:女性

所属:中学校三年

備考:

 主人公の義理の妹。五歳の時に母親が伊月の父親と結婚し小鳥遊となる。母親は魔工師であり魔法師であるため、その才能を受け継いでいる。得意魔法は加重・振動系。幼い頃から伊月の影響で近接格闘術を身につける。静かで清楚な印象と裏腹に行動的で活発。

 

名前:小鳥遊 紗月

年齢:七歳

性別:女性

所属:小学校三年生

備考:

 主人公の実の妹。伊月が六歳の時に父親が再婚し誕生した。本作品の幼女担当。

 

名前:小鳥遊 和樹

年齢:四十三歳

性別:男性

所属:HEI社 魔法機械開発部

備考:

 伊月の実の父親。魔法師兼魔工師として開発部に所属している。ビジネスネームは鷹来(たかぎ)和樹。伝統として継がれる中二の代名詞とも言える並列思考だが、簡単なものは他の魔法師も少ないが使っている。幼少から並列思考に脳を慣れさせる事で魔法の行使に役立てている。

 

名前:小鳥遊 優姫

年齢:三十八歳

性別:女性

所属:HEI社 魔法機械開発部CAD開発部門

備考:

 伊月の義母で柚姫、紗月の実母。父親と同じく魔法師兼魔工師として開発部に所属している。ビジネスネームは鷹来優姫。

 

名前:小鳥遊 永美

年齢:二十二歳(死去)

性別:女性

所属:小鳥遊家之墓

備考:

 旧姓藤地(とうち)永美。主人公の実の母親で、伊月を出産後に死亡する。過去に時間干渉の魔法を行使した記録が小鳥遊家に残っている。名前の設定は「Time」→「Emi・T」から。

 

名前:柏木 静雄

年齢:四十六歳

性別:男性

所属:葛城産業(柏木グループ)

備考:

 柏木彩花の父親。柏木グループ(対外的には葛城グループ)の一企業葛城産業の社長や、飲食店のオーナーをしている。仕事上北山雫の父北山潮と交友がある。

 

名前:柏木 桃華

年齢:三十八歳

性別:女性

所属:主婦・魔法師

備考:

 彩花の母親で小鳥遊優姫の元学友。優姫とは昔からの親友で、彩花と伊月の中は両親公認になっている。雄也という息子もいる。

 

名前:斎藤 文哉

年齢:十五歳

性別:男性

所属:一年D組

備考:

 伊月のクラスメイト。沙妃とは幼馴染で仲はいい。口では沙妃と言い合うが今の関係を気に入っている。

 

名前:岡田 沙妃

年齢:十五歳

性別:女性

所属:一年D組

備考:

 伊月のクラスメイト。前述の文哉の事が気になる、何かと突っかかるツンデレ。成績は普通。

 

名前:■■ ■■

年齢:■■歳

性別:――

所属:――

備考:

 

名前:■■ ■■

年齢:■■歳

性別:――

所属:――

備考:

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 



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第一章 魔法科高校の転生者
1.1 原作開始の朝


「お兄ちゃん、おはよう!」

 まだ幼い少女の声を感じて、意識が浮上する。

「ん、んん……」

 ほとんどクセのない黒髪の少年は眠たげに枕に顔を埋めてくぐもった声を漏らす。彼の名前は小鳥遊(たかなし)伊月(いつき)

 懐かしい夢を見た様な気がして、未だに覚醒しない頭で思考する。

 以前の名前は失ったため、彼が時嗣という名前だった事は伊月自身も覚えていない。所謂転生をした者は、過去の自分を示す記号を失うのだ。

「お兄ちゃん! おきて!」

 可愛らしい声の主は伊月がかぶった布団を取り払い、耳元で大きく叫ぶ。伊月は無意識に少女を抱き寄せてベッドの上に引きずり込む。

 殆ど毎日見られるこの光景は、微笑ましい朝の日課になっていた。

「お兄ちゃん、おきた?」

「んー」

 伊月が目を開けると、そこには十にも満たない幼女がいた。黒髪黒目で、可愛らしく首を傾げながら伊月の顔を覗き込む彼女の名は小鳥遊紗月(さつき)。今年で八歳になる伊月と半分血の繋がりのある妹だ。

「おはよう?」

「ん、おはよう。紗月は今日も可愛いなぁ」

「えへへ。お兄ちゃんは今日もおねぼうさん」

 ここのところ毎日のやりとりだが、紗月は毎回照れたように可愛らしくはにかむ。

「彩花おねえちゃんが来てたよ? にゅうがくしきなんでしょ?」

 唯、今日は休みが続いていた昨日までとは違い、高校への通学に合わせた時間になっていた。

 紗月が言うように、今日から伊月が通うことになる高校は『国立魔法大学附属第一高校』。其処は原作の主人公たちが通うことになる魔法科高校だった。

 尤も、伊月自身は原作知識など殆どなく、一五年以上も前の小説、しかも一章を中途半端にしか読んでいない話の内容など、現実で身につけた知識と混ざり、記憶の奥底にしか残っていなかった。もちろん、伊月ならば思い出そうと思えば思い出せるだろうが。

 この世界に関する知識も、小説より現実で身につけた物が全てであり、既に物語の世界に居るなどという意識は無い。積極的に殆ど知らない原作に関わる気もなければ、避けるような意識もない。

 結局、あるものは全て使う主義な伊月は、『魔法の才能を得た』や『両親が出た大学だから』、『魔法技能師として将来のため』や『自宅から通える』といった理由で第一高校進学を決めたのだ。

「そうだった。彩花と一緒に行くって言ってたか」

 遅刻はしないがのんびりできるような時間ではないため、紗月を先に降りるよう促し、二階の自室で学生服に着替える。購入して二度目に着る制服は真新しく、胸には八枚の花弁をデザインした刺繍が自己主張していた。

 既に一八〇を超えた長身の伊月の顔は整っており、あと数年経って金髪に染め、サングラスをすれば、似た体質を持つどこかのバーテンダーの衣装が似合う男そっくりになる容姿をしていた。表情によっては、周囲に威圧感を与えてしまう顔立ちだ。

 鏡の前で身だしなみを適当に整えて、階下のリビングに向かう。テーブルには既に朝食が用意され、五人の人間が椅子に座っていた。

「おはよう」

「おはよう。義兄(にい)さん」

 最初に口を開いたのは、伊月のもうひとりの妹である小鳥遊柚姫(ゆずき)。黒い髪を長く伸ばし、活発な紗月とは違い物静かで清楚な印象を受ける。実際には口数が少ないだけで、積極的に行動する、見た目とは異なる性格をしている。柚姫の通う中学は既に始まっているため、地元の学校の制服を着ている。

 柚姫が義兄と言うように伊月とは義理の兄妹で、伊月が六歳の頃に父と再婚した女性の連れ子だった少女だ。その後、両親の間に紗月が生まれ三人兄妹となった。柚姫も紗月を非常に可愛がっており、両親、兄妹仲も良好である。

「伊月ちゃんおはよう」

 柚姫に若干遅れて挨拶を返したのは、紗月が「彩花おねえちゃん」と呼んでいた、伊月のことを「ちゃん」付けで呼ぶ唯一の少女、柏木(かしわぎ)彩花(あやか)だ。黒髪をゆったりと一つに纏めて肩から前に垂らし、年齢よりも年上な雰囲気を醸し出す。伊月とは小学校の頃からの付き合いで、伊月同様にこの世界では特別(・・)な存在だ。

 伊月の着ている男子制服と同じ意匠の女子制服を身に付け、胸には同じく八枚の花弁の第一高校エンブレムが刺繍されている。彩花の制服も真新しく、伊月と同じで今日、高校へ入学することが覗える。

 彩花の母親と柚姫の母親は昔からの親友で、親同士の仲も非常に良好である。彩花の家は幾つかの会社を経営しており、中には機器産業や高級飲食店も含まれる、柏木グループの総帥が祖父にあたる。

 続けて伊月の両親も挨拶を返した。両親は揃って魔法機器を開発する研究所に勤めている。HEI《Hawk Eye Industry》と呼ばれる伊月の祖父が経営する産業会社の、魔法機械開発部の本部長が父である小鳥遊和樹(かずき)であり、CAD開発部門の主任研究員が母、小鳥遊優姫(ゆうき)である。小鳥遊がHEIを経営しているという洒落はあるが、両親ともに会社では本名ではなくビジネスネームを名乗っている。

 既に朝食をとっていた家族に続き、伊月も食事を摂る。

 第一高校へは電車で向かうことになる。この電車も、前の世界で通勤ラッシュを経験していた伊月にとって、この世界に来た当初は目新しいものだった。

 電車の時間が決まっていないため、電車の時間に遅れるといった事はなくなったが、待ち時間や到着速度が変わったりで、あまりのんびりとはしていられない。特に、今日のような入学式や、学校が始まった日などは同じ時間帯に人が集中し、車両待ちの時間が増えることになるのだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 朝食を終えた伊月は一度地下に行き、昨夜調整し終えたばかりの術式補助演算機――CAD(シーエーディー)を装着する。伊月専用のこのCADは母の研究室で作られたものだ。

 『クロノスオリジナルⅣ』と名付けられた限定の汎用CADは、コストを度外視して設計された玄人向け汎用CADの第四期製品で、不定期に直営店でのみ限定販売される。このモデルのコストを抑え、需要に合わせた仕様に変更したシリーズである『カスタムシリーズ』も同会社で販売されている。

 事前の広告もなく、費用回収のため販売されるクロノスオリジナルは、シリーズ毎に試作機含めて少数のみの生産になっている。その分性能と保証は折り紙付きで、発表、未発表に限らず、技術の粋を集めて設計され、頑丈に仕上がっており信頼性も高い。

 唯、玄人向けであり、感応石を応用した想子(サイオン)操作型のCAD操作スイッチや、複数並列展開される起動式の演算領域内への選択取り込みや順次連続取り込み、さらには起動式の同時取り込みなど、慣れない者には扱うこと自体が難しい。Ⅱシリーズからは、トーラス・シルバーの開発した、特化型CADのループキャストをクロノスシリーズ用に応用した技術も取り入れられた。

 最大の特徴は一機のCADによるマルチキャストの実現である。九九個の記録された起動式の内初期設定では、最大四つの起動式をパターン登録する事で、一度の操作で起動式を複数展開し、使用者の意思で選択して演算領域内に起動式を取り込み、魔法を行使する。次のパターン呼び出しまで、それぞれの起動式が待機状態で用意され、起動式をサイオン変換前の最終段階で常時保持することができる。また、同時展開された別の起動式を連続して取り込むことや、サイオンの干渉を起こさないマルチキャストの高等技術を持つ人間は、同時に複数の起動式を読み込み、魔法を使うことも可能になっている。

 その分起動式の登録パターンを覚えたりする必要があり、さらなる玄人向けのCADとなっている。

 オリジナルシリーズは伊月の専用機として三年前に伊月自身が設計を行った。

 数々の仕様は伊月の並列思考や思考の高速化を最大限に活かすための設定だが、慣れたものには、二つの並列展開などは応用性も有り、特化型CADのように同一の起動式を連続で使用すると言う行為も可能で、非常に重宝する。

 また、伊月が生まれたからか、思考系の才能を希望したからなのか、小鳥遊家は並列思考技能によるマルチキャスト技術を高めようとする家系とされていた。

 起動式への変数入力など、複数の思考で別々にイメージを焼き付けることで、複数の魔法を同時に行使する。また、マルチキャスト時のサイオンの干渉についても鍛錬によって幼い頃から克服、習得することになっていた。

 これらの技術を活かすためのCAD技術が起動式の並列展開技術であった。

 元々、複数のCADでマルチキャストを実現していたが、伊月の改良によって単一CADによる並列展開が可能になり、展開速度の上昇もあって、HEIよりオリジナルシリーズの販売が決まった。

 Ⅲシリーズからは、広告もされていないにもかかわらず、販売される七機全てが売り切れ、市場ではある意味で有名なCADシリーズとなっていたりする。

 伊月が使うものは試作機で、クロノスオリジナルの刻印のみがあり、シリアルナンバーが刻まれていない。本来の伊月専用という意味から、設計開発者である伊月は二機、会社に三機の試作機が納められている。

 既に第Ⅴシリーズの構想に入っているのだが、革新的な技術の取り込みを考えなければいけないため、早くても年内末の販売になりそうではあった。

 とにかく、そんなCADを腕に装着し時計を見ると、そろそろ出発するべき時間になるころだった。地下から出て荷物を取り、玄関に向かうと既に彩花が待っていた。

「おはよう、伊月ちゃん」

「おはよう彩花。よく似合っているよ」

 期待するような目を受けて、制服姿の彩花を褒める。すると、花の咲いたような笑顔を伊月へと向けた。

「ありがと。ふふ、伊月ちゃんも格好良いね」

「そうかな?」

「そうだよ」

 彩花へと笑を返し、玄関を開ける。伊月に続いて彩花も玄関を出ると、朝の光が二人に差す。自然に横に並んで歩き出し、少し離れた駅に向かう。二人の距離は小学校の時からこの距離だった。

「遂に高校生かぁ。昔は通えなかったから私は初めてだよ」

「そういえばそうだったな。俺は二度目だが、魔法学校は初めてだから勝手が違うとは思うが……」

「うんうん。でも、憧れてたんだよ? 高校生活。あのおじいちゃんには感謝だよね」

 二人の会話から分かるように、彩花も所謂転生者である。前世では殆ど入院続きでろくに学校にも通えなかった彼女は、本を読むのが好きだった。お話の中だけの高校生活や、魔法といった不思議な世界。彩花にとって今回の転生は、正に望外の幸運だった。

 伊月にあるような僅かな原作知識も無い彼女は、新しい生を十二分に楽しんで暮らしている。幼少の頃は転生したことで悩んだりもしたが、小学校入学の際に伊月と知り合い、新しい生を楽しむようになった。その後、精神年齢の高い者同士、共に行動するようになり、魔法を学んだりして一緒に過ごすうち、恋人という間柄になった。

 その際お兄ちゃん子になっていた柚姫との間にいろいろあったのだが、現在では姉妹のように仲が良くなっている。その影には二人のあいだで、伊月の知らない色々な話があるのだが。

 親の仲も良好で、公認の仲になっているため、家族間での親交も深い。休暇が揃った時期には両家族で旅行に行ったりもする。この世界では持株による親族経営の会社も多く、小鳥遊家も柏木家もそれぞれ会社を経営しているため、滅多に休暇が揃うことはないが、近年は年に一度は揃って旅行するようになっている。

「お父さんが今度顔を夕食でも取りに来なさいって。柚姫ちゃんと紗月ちゃんも連れて」

「そうか。そっちの都合のつく日にでも行くよ。聞いておいてくれるか?」

「うん。雄也(ゆうや)兄さんも来るらしいから、麻衣ちゃんも連れてくるみたい。もうすぐ三歳になるって」

 雄也とは、彩花の十歳近く年の離れた兄だ。既に結婚しており、麻衣という二歳の子供がいる。母親のお腹には次の子供もいるようで、数ヵ月後には第二子の誕生を控えている。

 他愛のない会話を続けながら、電車に乗って第一高校前の駅で降りる。この駅から第一高校へは一本道で、入学式に向かうであろう第一高校の制服を着た生徒が歩いていた。

 学園の敷地に入ると、伊月たちは情報端末を取り出した。事前に配信されている入学式データを確認しながら、会場へと向かう。学校到着時には既に開場時間だったため、会場に着いた頃には三分の二ほど席が埋まっていた。

 逸れないようにと、彩花に手を引かれながら、空いている席を探すため講堂を歩く。手を翳しながら席を見回す彩花を横目に、会場を見渡す。

 伊月個人としてはこういう講堂では後ろの席に座る方が好みなのだが、見る限り一科生が前半分、二科生が後ろ半分に座っているようだった。

 そうしている内に、彩花は二つ続きの空いている席を見つけたようで、伊月の手を引きながらズンズンと進んでいく。

「すみません。ここの席は空いていますか?」

 空席の隣に座る女子生徒に彩花が確認を取る。入学案内を確認していた女子生徒は顔を上げて彩花に視線を向ける。

「空いている。どうぞ」

「ありがとうございます。伊月ちゃん! 空いてるって!」

「聞こえている。ありがとう」

 女子生徒の隣に座った彩花に続き、その隣に腰を下ろす。彩花が伊月をちゃん付けで呼んだことに対して、声をかけた女子生徒の隣にいた生徒が不思議な顔をしたが、ここ数年で慣れていた為特に気にしない。

 彩花は何か気になることがあったのか、隣の女子生徒を気にしていた。

「もしかして、北山さんですか?」

 知り合いだったのか、女子生徒の名前を尋ねる彩花。女子生徒は短めに切られた黒髪の少女で、あまり表情を動かさなかった。

「? そうだけど……柏木さん?」

 女子生徒もしばらく考えていたが、思い当たったのか彩花の苗字を言い当てた。

「はい、柏木彩花です。お久しぶりですね」

「久しぶり」

「ねぇ、雫。知り合いなの?」

 北山雫という生徒の隣に座った女子生徒が会話に入ってきた。彼女は髪を首のあたりで二つにまとめている。高校に進学したといっても、未だ中学を卒業したばかりで、二人共幼さを残している。

「父さんの知人のご息女。何度かあったことがある」

「そうなんだ。光井ほのかです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。北山さん、光井さん」

「よろしく。雫でいい」

 雫が短く挨拶を返す。

「私もほのかでいいですよ。彩花さん」

「はい、雫さん、ほのかさん」

 会話に参加せず思考の隅でぼんやりと自己紹介を聞いていた伊月は、彩花に腕を引かれて、視線を彼女たちに向ける。

「で、こっちの伊月ちゃんが小鳥遊伊月ちゃんです。伊月ちゃん、北山雫さんと光井ほのかさんです」

「小鳥遊伊月です。よろしく、北山さん、光井さん」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 挨拶が終わると、伊月を除く三人は静かに話を始めた。

 伊月は、彼女たちの会話を聞きながら、原作にそんなメンバーがいたことを静かに思い出していた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




導入回というか説明回。主人公の周りの人物について等。
過去編は気分が乗れば原作みたいに何処かに入れようかなと……
義妹はとりあえず出したけど、将来第一高校へ入学するくらいしか決まっていないかも。登場は気分次第!
紗月は幼女担当。
登場人物設定更新。
主人公たちは数字持ちではありませんが、他の転生者は数字持ちを予定。登場はまだ先なので、苗字はどうなるか……
各家系に特徴を少しは持たす予定です。今のところ。

伊月はCADを使って普通にマルチキャストします。一般人が一つの思考で二つ魔法行使できるのに、伊月は十の思考……反則です。
さらに思考の高速化……

ご都合主義全開でごめんなさい。

ループキャストは演算領域で起動式を複製し続けるシステム。ということはCADの介入は最初の一度で、何度でも起動式を利用できるということ。汎用と特化の規格は違うが、頭脳チートを以て技術を応用すれば、同様のシステムを汎用でも可能であると判断。

四つの起動式の並列展開から、演算領域への同時または順次取り込みは、CADで並列展開が可能なら、達也や、九校戦の雫や幹比古の例から、実現可能。並列展開技術をHEIが開発したという設定。

想子操作型については、感応石はサイオンと電気信号の相互変換が可能であるが、人の発するサイオンから電気信号へはサイオンの持つ情報をすべては変換できないとして、ペンタブのようにCAD(パネル)に送られるサイオンの位置情報により、スイッチ操作の信号としています。
起動式が単なるデータであるのと異なり、人の発するサイオンはイメージで、全てを電気信号に変換することができたとしても、その信号が何を意味するのか個人で異なり、サイオン→電気信号は規格化出来ないという勝手な設定です。


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1.2 彩花の……才能?

 新入生代表の司波(しば)深雪(みゆき)の答辞が終わった。

 伊月が一応想定していた、転生者の主席入学等という展開はなかったようだ。

 実技において、鍛錬を怠っていなければ、転生者の才能は一般魔法師の数段上だと考えられる。実技試験で下手な数値を出すことのほうが難しい程に。

 流石に、筆記試験は勉強するしかないが、一科二科を分ける最大の要因は実技試験によるものだ。そして、一科の中で総合的に最優の者が、主席として選ばれる。

 伊月自身はこの一五年で、この世界の現状というものを知ってしまった。未だに簡単に戦争が起こり、中学時代には日本への侵攻もあった。

 アメリカも他国も、優秀な魔法師の情報は収集しており、身を守る術がなければ殺されたり、連れ去られて人体実験も行われる可能性がある世界だと知った。

 それに、転生者が他にいるという点でも、厄介事に発展する可能性がある。この手(転生)の話ではよく描かれる話だ。他の転生者の立場が分からない以上、伊月は主席入学という面倒なことは避けたかった。

 何も考えていないか、力を誇示したいような転生者がいなかった事に、伊月は一応の安堵をおぼえた。他の事を考えている可能性もあるが、厄介事に巻き込まれるのは願い下げだった。

 日本の十師族等ならともかく、会社を経営している程度の一般人では国家組織等に対抗することは出来ない。あくまで、魔法師としては超一流だが、特別な価値は無いと思われる事が最優となる。

 伊月が身を、家族を守るためには、他所の興味を惹く特異性を極力表に出さない事が大切である。

 彩花は転生特典として魔法師の才能を得ているが、魔法師で一般人に輿入れした母親の才能を引き継ぎ、特典で強化をされた程度。伊月を含めた残りの転生者は魔法師としての才能は格別だろう。

 中でも時間干渉魔法等といった才能を得た伊月や、固有魔法として自己修復術式を得た転生者は特に目立つ。

 母親の血統で過去、時間干渉魔法を扱ったという記録が残されており、調べるものが調べれば、彼女の血を引いている事に気づかれてしまう。伊月の誕生と同時に母親は死亡し、伊月がこの血統の最後の一人ということになっている。

 記録に残らない母親のもの程度なら興味を引く程度で済むが、今の伊月の魔法では何処かが手に入れようと考えてもおかしくはない。

 自身と周りの者を守る為には出し惜しみなどしないが、何時も一人で守れるものはたかが知れている。手の届かないものの方が多い。

 現状で、伊月の時間干渉魔法を知る者は居ない。伊月の実母も、時間干渉魔法を宿す血を引く者だということを父親にすら教えていなかった。彼女も、この魔法の特異性を危険と判断していたのだろう。

 特異なものは特異なものを引き寄せる。この世界の危険性を知りながら他国の引くのはどう考えても悪手でしかない。

 彩花以外の転生者は、原作すべてを読んだのなら、流石にこの世界の危険性を認識しているのだろうと思いながら、挨拶を終え、壇上から去る司波妹を見送る。

 周囲の男たちの視線に熱いものを感じ、さすがは原作ヒロインだな、等と考えていると、すぐ横から小さなつぶやきを感じた。

「……どうした?」

 となりには司波深雪を眺める彩花の姿があった。

「司波さん美人だね……天は二物を与えたって感じだよね」

「そうだな。彩花とは系統が違う美人だな。彩花も負けていないが」

 彩花も、(神様)に才能を与えられているので、字面通り正しく、天に二物を与えられている。

「そ、そうですか」

 実際伊月の目から贔屓目抜きにして見ても、彩花の容姿は司波妹にも引けを取らない。伊月自身の容姿も目が若干鋭い事以外比較的整っており(周囲から見れば非常に整っている)、これも転生者特典なのか等と考えたこともある。

 本当は、過去のアイデンティティを失ったため生前の姿は思い出せないため伊月自身は気づかないが、姿は違えども伊月は生前も似たような雰囲気を持った人間だった。

 伊月の父親は伊月に似た整った容姿の渋い中年で、将来の姿も容易に想像できる。彩花も彼女の母親によく似ている。

 精神の影響か、同年代の少女たちより遥かに落ち着いた雰囲気を持っている。落ち着いているのは雰囲気だけだったが、伊月も彼女の雰囲気を好んでいるし、性格にも好感を持っている。

 他の転生者も一人は銀髪のイケメンが確定しており、もう一人も整った容姿をしている可能性は高い。

(そういえば、銀髪を見かけてないな……)

 会場に入った時は見かけなかったので、後から来たのか第一高校に入学していないのかわからないが、伊月の見える範囲に銀髪の生徒は見当たらない。

 座席も講堂の中程より少し前あたりのため、一科生の多い前側の席に座っていないことから、後ろに座っているのか、とあたりを付ける。態々二科生として入学するとも思えないので、思考の隅から銀髪を追い出す。

 もうひとりの転生者の容姿は全く分かっていないのが、解析眼でサイオンを確認すればある程度特定は可能だろうと考え、こちらも思考から外す。

 入学式の終了と共に人垣の移動が始まる。

「次はIDカードの交付だよね」

 IDの交付を行う窓口には、直ぐに人の列が生まれた。彩花と共に比較的すいている窓口に向かうと、個人認証後にカードが渡された。

「伊月ちゃんは何組だった?」

「ん? D組だな」

「私はA組だった。残念……」

 彩花はA組、伊月はD組に配属された。この学校は一クラス二十五人の八クラス。一科二科がA組からD組と、E組からH組で分かれている。

 少し落ち込んだ表情を見せた彩花の頭に手を置く。艶やかな髪の感触が手のひらに伝わり心地良い。

「仕方ない。とりあえず今日はこれで終わりだが、どうする?」

「まだお昼には早いし、少し学校内を見てみたいかな」

「ホームルームに行くか?」

 A組とD組でホームも違うが、離れているというほどでもない。明日から通うのだから位置ぐらいは確認しておくのも良いだろう。

「そうだね。それから練習場や実験棟に部活の施設かな? 伊月ちゃんは弓道部に入るの?」

 伊月は中学校では弓道部に所属していた。伊月にとって精神統一という面で小学校の頃から道場に通っていたが、中学では弓道場が使えたので、弓道部に所属していた。

 並列思考と思考の高速化が出来る伊月は、弓道をしている間だけは思考を澄ませ、唯、弓を引くと言う行為を行っていた。更に、解析眼という大量の情報を取り入れる眼も持つため、精神統一を行うことは大変困難な事だった。

 中学の頃にようやく形になり、今では精神も思考も自由に整え、扱うことが出来る。

「弓道はたまに道場に通うから、部活としてはやらなくて良いかと思っているが」

「でも勧誘が来るんじゃないかな? 大会の優勝経験者だし」

(前世)からやっていたからな。魔法科高校だし、一般の部活に掛かり切りになるのも考えものだ。卒業までに学校の図書館の書籍を全部読む予定だし、端末内の資料も見てみたいからな」

「あ、私も図書館は興味あるね。今日は開いてないだろうけど」

 彩花は前世からよく本を読み、この世界に来てからも暇さえあれば本を読むか魔法の練習をするかに分かれている。伊月は読書が趣味というより、IT会社に勤めていたこともあり、情報技術関連、魔法技術関連、特にCAD等の魔法機器に対して、貪欲に知識を吸収する。この世界は、情報系の犯罪は重罪になることもあり、情報系の技術も発展し、そちらの分野についても広く知識を集めている。また、前世同様、入ってくる情報を整理して、株などで小遣いを稼いでいたりもする。

「ん?」

「どうかしたの?」

 ホームルームの位置を確認して、校舎内を移動していると、視界に銀色の何かが映った気がして目を向けるが、人垣の中で埋もれて確認することができなかった。

「なんでもない。ここからだと……次は実験棟か?」

 情報端末に保存している校舎の見取り図を確認しながら構内を歩く。

「実験棟はあそこらしいけど……今日は解放されてないかな。位置は確認したし練習場をいくつか確認したらお昼食べに行こっか」

「そうだな。このあたりはあまり来なかったし、気になる店を探してみるのも良いかもな」

「それなら既にいくつか見当をつけてるよ。ケーキ屋でしょ、喫茶店にレストラン、ファミレスにカフェテリアにケーキ屋」

「彩花、ケーキ好きだよな」

「女の子はみんな好きなはずだよ。それに、神様にもらった健康な身体のおかげか、全然太らないし」

「女の敵だな」

「いいんだよ。神様から授かった才能なんだからね。それにちゃんと運動もしてるよ。あと、伊月ちゃんも言ってるでしょ? 『あるものは全て使う。生まれつきの才能も神からの才能も変わらない。生まれつきの才能も、死んで神と会う事ができるのも、本人の運しだいだからな。それに賽子の目も本人の運だっただろ』って。才能を得る確率と神様に会う確率、検証はできないけど低いのは絶対神様の方だよね。そんな神様に会えたんだから、それも一つの才能。もらった才能もおんなじだよね」

「そうだな」

「ということで、この太らない体質は私の才能なのです。伊月ちゃんもそのほうが良いもんね?」

「……そうだな」

「?」

 さらりと答えにくいことを聞く彩花に、伊月の返答に間が空いた。確かに彩花の体型は伊月好みの体型なので特に問題はない。多少違っても彩花という女性を好いているので問題はないのだが、好みの体型というのも、男からすると好ましい事もまた事実である。

 聞いてきた本人は良くわからないといった表情で首を傾げているが。

「……とりあえず、さっさと見て回るか」

「うん!」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇




少しづつ原作組に絡んでいくようにしたい。
主人公の活躍の場は出来るだけ達也から奪わないようにしたいけど、違和感なく継ぎ接ぎするのが難しいかも……取らぬ狸のなんたらで、先の心配をしている……

主人公はとりあえずD組へ。オリキャラなども出ますのでご了承を。

伊月の再現した自己修復はあくまで意識的。分解魔法も構造体への直接干渉からアプローチしています。達也のように“分解”に特化した固有魔法を再現しているわけではないです。
転生者の自己修復、分解は固有魔法。自己修復は無意識に発動します。


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1.3 カフェテリアにて

オリジナルの方はなんだかスランプ。

なんか人生に疲れたので、二次創作にかまける。


「ここだよー」

 そう言って彩花が振り向いた。彼女の後ろには営業中のカフェテリア。外観からフレンチのようだが、てっきりケーキ屋に行くと思っていた伊月の予想は外れていた。

「ケーキ屋じゃなかったのか?」

「ケーキ屋だと伊月ちゃんがお昼食べられないでしょ?」

「そうだな」

「ここはデザートが美味しいカフェテリアで人気らしいんだ。昼食も取れるしちょうどいいかなって思ったの」

 そう言いながら伊月の腕を引いてカフェテリアに入っていく。店内には真新しい第一高校の制服を着た人間も居て、彩花の言っていた話を証明していた。女生徒が多いところを見ると彩花のようにデザート目的の生徒も大勢いるのだろう。

 店内に入った瞬間一度視線が集まるが、直ぐに戻る。いくつかの視線は残っているが二人は慣れたもので気にしない。

 身長一八〇を超える美形と言える男性と、落ち着いた雰囲気を持つ美人の女性。街を歩けば自然と視線にさらされる。ちなみに、伊月は彩花に視線が集まっていると思っており、彩花は伊月に視線が集まっていると思っていたりする。

「席も空いてるし、料理が先でいいよね」

「そうだな。昼の時間とも少しずらしたし、これ以上混むこともないだろう」

 二人でカウンターに向かい料理を選ぶ。彩花は、デザートは後からもう一度選ぶということで、とりあえず昼食を摂ることになった。

 一旦精算を終えて窓際の空いている四人席へ向かう。四角いテーブルを囲うような配置の席に隣り合って座り、早速食事を始める。彩花がデザートに到達するまでかなりの時間を有するので、伊月の食事のスピードは遅い。

「料理も美味しいね。滅多にないだろうけど学校帰りに食事を摂るのには良さそうだね。デザートが美味しかったらそっちはよく食べるだろうけど」

「そうだな。位置も悪くないし、足を運びやすい」

 それから伊月が食べ終わる頃にようやく彩花も食事を終えた。これからデザートに取り掛かるわけだが、ここからがさらに長い。

「まだ時間かかるから自由にしてていいよ。ついでに飲み物とってきてあげる」

「頼む」

 デザートを取りに行った彩花を横目に、メガネ型(サングラスタイプ)の情報端末を取り出す。HEI製の透過型スクリーンで、薄い色をつけて外からの情報の視認を防ぎながら、使用者の視界を塞がないように作られている。本来は片眼タイプのものだが、伊月が改造して両目にディスプレイを取り付けている。

 視線ポインタや脳波アシストも搭載されているが、外付けで外部入力機器も使用でき、伊月は想子操作型の入力機器を持ち歩いている。端末の特定の配置に微量のサイオンを流すことで、感応石がサイオンを電気信号に変換し入力機器として働く。

 HEIからは指でボタン操作ができない魔法師用のシステムとして売り出したが、伊月は之をキーボードとして扱えるように改造し、使用している。手を専有しないので、慣れれば複数の作業を同時に行うのに適している。自宅では数台の情報機器を同時操作するという行為を日常的に行っているので慣れたものだ。

「おまたせ」

「おかえり。ありがとう」

 彩花から飲み物を受け取り、早速口に含む。彩花はデザートを大量に仕入れていた。男からすれば胸焼けがしそうな光景だったが、伊月は慣れたもので特に気にしてはいない。

 周囲の女生徒などは、彩花のトレーに乗ったデザートと彩花を見て、複雑な表情を浮かべている者もいた。

「今は何してるの?」

「情報収集と株取引だな。魔法技術関連の情報を色々と見ているんだが、特に目立ったものはないな。外国の論文なんかも全て読めればいいんだが、ネットに転がっているのは断片の情報だけだな」

「そっか。ん、これは美味しいよ。食べる?」

「ん」

「あーん」

 伊月が頷くと、彩花はフォークでデザートを切ると、そのまま伊月へと差し伸べた。

 伊月は口を開けていつものように差し出された物を食べる。周囲から見れば恥ずかしいが、伊月も慣れたもので、自然に感想をこぼす。

「ん。丁度いい甘さだな」

「だよね。男の人でも大丈夫かなって」

 伊月も頭を使うため、甘いものは比較的よく取るようにしている。唯、甘すぎるものやしつこい味がするものは苦手だった。

 彼が食べる甘いものは殆どが彩花に勧められたものか、妹に勧められたものだ。特に彩花は出かけるときはいつもと言っていいほどお菓子をチェックする。その中で伊月が食べられそうなもの、好きそうなものを発掘するのが彼女のもうひとつの趣味のようなものだった。

「ん?」

「? どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 不意に今までの好奇な視線とは違う、観察するような視線を感じた。視線の先には原作組の司波兄妹と二人の女生徒が座っていた。

 目を向けると既に視線は無かったが、全方位を視る解析眼の影響で自身に向けられる視線やサイオンに敏感な伊月が見逃すことは無い。害意などはなかったので警戒はしないが、原作組に観察されるようなことはないつもりの伊月だった。

 伊月の解析眼は眼球で見るのではなく、第三の目が感覚的に別にあり、無意識下で全方位を捉えている感覚だった。意識的に集中して視ることもできる。

 今回は無意識下の警戒に引っかかった形だった。

「ん、司波さんだね。周りは二科生か。もうお友達ができたのかな?」

「元からの知り合いとは考えないのか?」

「そうだね。そうかも」

「まぁ、半々というところだな」

 原作の知識を少しだが持つ伊月は、彼女らが誰か知っている。元から記憶力がいい伊月は、意識すれば原作知識を記憶のそこから引き出せる。逆に言うと、意識しなければ印象に残っている部分しか思い出すこともない。

 伊月は彼女らが司波達也・深雪の兄妹と百家の千葉(ちば)エリカ、柴田(しばた)美月(みづき)であることを知っている。なので、半々とは司波兄弟が元からの知り合い、ほか二人が新しい知人という意味だ。

 彩花は原作メンバーを知らないので、元からの知り合いか新しいお友達、どちらかの可能性が半々という意味合いで納得した。

「彩花も知り合いが出来ただろ」

「雫さんとほのかさんね。まだ同じ組か分からないけど、同じ組だといいな」

「そうだな」

 ここも伊月は既に知っている。知識通りなら司波妹と今名前の上がった二人は同じクラスになるはずだ。少なくとも第一高校入学者が二人、多ければ四人入れ替わっているわけだが、人数自体が変わったわけではないのでおそらく原作通りになると思っている。

 伊月も、おそらくもう一人の女性転生者も才能という面では司波妹に劣ってはいない。むしろ、膨大なサイオンを十全に扱う魔法力、今の基準では『処理速度』『演算規模』『干渉強度』だが、並列演算など他に魔法力として考えられる物の殆どを才能に上乗せされている。さらに、無意識内の演算領域も性能が拡張され、才能だけでも超一流なのだ。

 男の転生者は知らないが、少なくとも女性の方が本気になれば実技だけでも容易に主席になれるだろう。二歳の頃から意識して魔法式を直接組んだり、効率の良い魔法の発動方法を研究してきた伊月が体験してきたので間違いない。

 二科から最大四名の入学漏れが発生しているが、原作組が外れることはないだろうし、入試の成績で組みを分けている訳でもなさそうだ。

「ぅまし~」

 彩花はようやく折り返し地点を迎えたようだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 二人の姿が店内から無くなった時、ひとりの少女が小さく息をついた。

「は~。気づかれたよね……」

「どうしたの? エリカちゃん」

 少女の隣に座る美月が、そんなエリカの様子を伺う。

「いや、あそこに座ってた一科生のカップルいたでしょ?」

「あ、うん。あの女の人すごかったね。デザートあんなに食べて太らないのかな?」

 美月は女生徒、彩花のデザートの量に驚いていた。普段からあれだけの量を食べていたら間違いなく自分なら太ると確信していた。

「そうよ! あんなに……って、それもだけど、途中からサングラスかけていた男の方」

 エリカも気になっていたようで、理不尽を感じていたが、今重要なのはそこではない。

「背、高かったよね。一八〇以上はあるんじゃないかな。その人がどうしたの?」

「なんか甘ったるい雰囲気だったから、ちょっと観察してみようと思ったんだけど、そういう視線を向けた途端にこっちを見てね。咄嗟に目線を外したんだけど、多分気づかれたかなって」

「偶然じゃないの?」

 美月は分からないようだった。美月自身一般人に近い感覚の魔法師なので、百家で、それも剣術に優れた千葉の人間であるエリカの感覚とは違っている。

「多分気づかれただろうな。ちょうどそのあと男子生徒の視線に気づいた女生徒の方も、こちらを見て会話していたし」

 二人の会話に、昼からこちら聞き専門に回っていた達也が口をはさんだ。

「お兄様も観察されていたのですか?」

「いや、店に入ってきたときにちらっと見ただけだが、体の線もブレていなかったし、何か武道でもやっているんじゃないかな」

 達也は入口が視界に入るよう座席に座っていた。店の出入りに関しては無意識に確認をしている。

「やっぱり?」

「ああ。それにあのメガネはサングラスじゃなくて情報端末だな。確かHEI社製の透過型スクリーンタイプの物だろう。視線ポインタや脳波アシスト、別途に入力機器を用意することで用途が広がるし、透過型だから視界を塞がない。前からは表示された情報も分からないから情報を晒すこともない」

「へぇ。情報端末だったんだ。でも特に操作してなかったよね?」

「脳波アシストや視線ポインタも搭載されているし、HEIからは想子操作型の入力機器も発売されているから、もしかしたらそれを使っていたのかもね」

 達也は自身の推測を語った。魔法関連の技術については一応一通りの知識を集めてはいる。主に技術関連の論文などが多いのだが、情報は常に仕入れるようにしていた。

「え、あのCADにも一部採用されているあれ? 今のところHEIしか採用してないみたいだけど」

「操作が難しいからね。最低限、細かいサイオン操作が必要だし、普通は指で操作したほうが早いからな。慣れると手が空いて便利みたいだけど。HEIでもごく一部にしか搭載されていないし、玄人向けのシステムだな」

「確か指で操作できない魔法師のための入力機器、って広告していた気がします」

 美月は過去を思い出すようにつぶやいた。昔どこかで宣伝を見たことがあったのだろう。

「そういう面もあるだろうな。CADのように少ないパネルなら出来る人も結構いるだろうし」

「起動式のサイオンなんかで干渉したりしないの?」

 起動式は電気信号が感応石でサイオンに変換されて無意識領域に取り込まれる。起動式が展開される際のサイオン情報体の干渉を心配していた。

「対策はされているみたいだよ。起動式展開時の誤動作は一%未満。ただ、慣れないと想子操作時に誤操作があるけど、扱いが上達すれば誤操作もなくなるし、補助として他の型のスイッチも搭載されているから、そちらでも操作できるようになっている」

「HEIって玄人向けの汎用CADが多いよね。想子操作型スイッチ然り、並列起動式処理然り」

「一部だけどね。他は普通のCADも作っているし、全体的に衝撃にも強い仕様になっている。クロノスシリーズなんかは対衝撃にはケタ違いの対策をとっているみたいだし」

 男子生徒の話題はいつの間にかCADについての話題に刷り変わり、更にほかの話題へと移り、四人が帰宅する夕方近くの時間になると、一科生の伊月たちの話題は完全に記憶の隅に追いやられていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇




端末の技術とか勝手な妄想&捏造です。

最後の会話部分は載せない方が良かったかな?


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1.4 クラスメイト

 昼食を済ませて少し出歩いたあと、駅で彩花と別れ、伊月は自宅に戻った。両親は仕事で不在、自宅には誰もいなかった。あと少しすれば紗月が近くの小学校から戻るだろう。柚姫は中学三年生で、中学の入学式は昨日だったので今日から授業のため、部活動も始まって帰宅は遅くなる。

 一旦自宅に戻り私服に着替えてキッチンに向かう。湯を沸かしているあいだに紅茶の準備を進める。小鳥遊家にもホーム・オートメーション・ロボット(HAR/ハル)は導入されているが、一人の時は何時も自分で紅茶を淹れる。

 前世ではHARのような物はなく、一人暮らしだった伊月は、家事の全てを自分でやっていた。恋人のいた時期もあるが、社会に出てからはほとんど一人だった。

 コーヒーより紅茶が好みで、前者は夜間の仕事で夜ふかしをするとき、濃いものを飲むくらいだった。コーヒーが嫌いなわけではない。

 紅茶を飲みながら、明日からの生活を考える。

 成績は、親の期待もあるので、そこそこ上位の成績を取るつもりだが、あまり目立ちすぎるのも良くない。転生者に目をつけられるのは構わないが、第一高校には十師族や百家が多く在籍している。高すぎる成績も、下手に成績を落としていつかボロが出るのも困る。魔法式の構築など、咄嗟の時には構築速度を抑えることなど出来ない。

 実技で重要視されるのは『処理速度』『干渉強度』『演算規模』の三点だ。伊月が本気になれば、思考高速化と並列思考、時間干渉でCADから起動式が返ってきた瞬間に、タイムラグなしで魔法式の構築が完了する。

 それどころか、意識内の演算領域内では、思考高速化、並列思考で一から魔法式を瞬時に構築することも出来る。解析眼で解析した魔法式も瞬時に記憶し、全く同じ物を複製することもできるのだ。

 転生の際に話した相手が、分解魔法や自己修復魔法の存在も言っていたため、実際に試しもした。

 自己修復魔法は伊月の体質とは相性が悪かったので、使えるようにはなったが多用する予定もない。回復力も耐久も三歳から地獄のような激痛に耐えながら、全力で鍛えてきた。上限が無く鍛えるほど上がるというのは確かに叶えられていた。

 特異体質が発現した当初は激痛に意識を失い、父親に心配をかけた。寝ている間に魔法治療が済み、速やかに退院し、回復すると直ぐに鍛錬を始めた。直ぐに回復力も上がり、発揮できる全力も上昇した。

 分解魔法は構造体への直接干渉という面から最初は難航したが、干渉強度と演算規模、サイオンの扱い及びエイドスの読み取りにより、伊月にも出来ることがわかった。

 必要な要素は伊月の推測だが、神には、膨大な演算領域を持つもうひとりの女性転生者にも可能であると聞いていた。尤も、分解魔法は構造体への直接干渉の一種で、現代魔法として最高難度とされているので、構造体干渉の才能があれば別の人間でも多少は可能だろう。

 同時に、分解魔法への対抗策も検討してきた。

 分解魔法に対抗するには、自身の干渉力を持って相手の干渉力に対抗するか、自身を標的にさせないよう圧倒的戦力で妨害または制圧する。もしくは相手の演算を不発にさせるために何らかの手段をとる必要がある。

 神の言うとおり、この世界で伊月ともうひとりの転生者に勝る干渉力を持つ者はいないだろう。転生者が敵に回った場合は苦戦するだろうが、干渉力と他の手段を持って対抗すれば問題はない。

 伊月は一般に情報のある、有名な魔法についても様々な研究を行ってきた。並列思考を使って四六時中構想を練ったり、魔法式を構築して解析したりもした。

 戦闘能力としても、魔法と肉体を無暗に振り回すのではなく、過去の知識などを自身の肉体で再現出来るように練習も行った。

 ここに、硬化魔法や加速魔法、加重魔法等を併用した戦闘方法も考え、自在に扱えるように鍛錬もした。その結果が、想子操作並列魔法式処理技術であり、専用CADクロノスオリジナルシリーズだ。

「ふぅ……」

 カップを置いて一息つく。いつの間にか過去の回想に思考が逸れていたが、家に近づいた存在に気付き、出迎えの用意をする。

「ただいま~」

 未だ幼く可愛らしい声が玄関から聞こえた。紗月が帰宅するときは何時もこの声が聞こえてくる。

 ソファで寛いでいた伊月は、リビングに入ってきた紗月を迎える。

「おかえり、紗月」

「お兄ちゃん! ただいま」

「手を洗っておいで」

「は~い」

 紗月を洗面所に向かわせて伊月は紅茶の用意を始める。紗月はミルクと砂糖を入れるのでそちらも出してくる。

 買い置きの茶菓子を少しだけだして、紗月用の紅茶を淹れる。

 紗月は伊月に影響されたのか紅茶を好む傾向にあった。両親は二人共コーヒー派だ。舌がまだ幼いことも影響しているのかもしれないが。

「お兄ちゃんの紅茶!」

 手を洗って戻ってきた紗月がソファに腰を下ろした伊月の隣に座る。

 早速ミルクと砂糖を入れて紅茶を飲む。伊月も紗月と一緒にミルクティーを淹れ、軽く菓子をつまむ。

「お兄ちゃん今日は早かったね?」

「ああ、入学式だからな。午前中には終わって、午後は彩花と出かけていた。さっき帰ってきたところだ」

「彩花お姉ちゃん?」

 紗月は彩花の姿を探すように周囲を見渡す。彩花と伊月は紗月が幼い頃から一緒にいたので、紗月にとってもうひとりの姉のような存在だ。

「彩花は駅からそのまま帰ったよ。家に来たら遠回りだからね」

 今朝は入学式ということもあり、彩花が小鳥遊家にやってきて一緒に登校する事になった。明日からはおそらく駅での待ち合わせになるだろう。

 彩花のことだから伊月の家までやってくるかもしれないが。

「そうなんだ」

「今度彩花の家に夕食に呼ばれたから、紗月も一緒に行こうな?」

「彩花お姉ちゃんの家?」

「ああ、麻衣ちゃんも来るらしいぞ」

「麻衣ちゃん!」

 紗月は自分より年下の女の子ということで、姉になったような気持ちで麻衣に接している。紗月も、柏木家では可愛がられており、妹や弟の居ない彩花も、実の妹のように接してきた。

「来週あたりの週末になるだろうから、覚えておいてくれ」

「うん!」

 力強く頷く紗月。伊月は妹の頭を撫でながら、再び思考の海に意識を割いた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 一年D組に配属された伊月は、一緒に来ていた彩花と分かれて教室に入った。

 伊月の通っていた中学から、第一高校へ入学した知り合いは他に知らないので、おそらく全員が初対面だ。昨日の間に知り合ったのか、教室ではクラスメイトと雑談をする姿が見られた。

 伊月は、積極的に友人を増やすことは殆どない。中学まで、友人と呼べるものは極端に少なかった。殆ど彩花と共に行動していた事も一つの要因だったが、伊月から他人に話しかける場面は殆ど見られなかった。

 友人と呼べたのも、クラス内に数人や積極的に伊月に話しかけてきたもの、部活の仲間、彩花の友人などに限定されていた。

 高校や大学時代の友人は、義務教育の頃の友人と比べて生涯の付き合いになることが多い。魔法科高校という事も、更にその傾向を顕著にするだろう。

 ただ、前述のとおり、伊月は積極的に友人を作らない。おそらく、このクラス内でも、せいぜい数人仲良くなればいいほうだ。狭く、深い交友関係が伊月の好みでもあった。

 周りの喧騒を無視して、自分の端末を探して机の間を歩く。端末はすぐに見つかった。

 いつの時代になっても、氏名順というのはどこも変わらない。教室の中ほど、窓際の席が伊月の座席だった。

 腰を下ろしてから、端末に入学式で配られたIDカードをセットして、インフォメーションをチェックする。履修規則を確認し、カリキュラムを確認しながら、受講講座の選択をする。将来的に、魔工師として契約をとって活動する予定は無いが、おそらくHEIの研究所にでも所属することになる。

 魔工師としてライセンスを所得する予定も今のところないが、常に魔法技能に思考を割いてきた伊月に、魔法師として今更学ぶようなことも実は少ない。伊月にとって、受講講座の選択はあまり重要なことではなかった。

 受講登録を済ませた伊月は学内の規則や案内の確認を始めた。確認といっても、流し見るだけで頭が内容を理解するので、オリエンテーションまでの暇つぶしといった意味合いが大きい。

 ふと、視界に人影が入り、そのまま伊月の前の席に着いた。スラックスを履いていることから男子生徒だろう。特に気にしなかったが、直ぐに視線を感じて顔をあげる。

「風紀規則なんて読んでるのか?」

 オリエンテーション前に端末を操作しているのが珍しかったのだろう、男子生徒は後ろ向きに腰掛け、伊月の端末を覗き込んでいた。

「ああ、暇つぶしだ。それに、風紀委員に睨まれるのは勘弁だからな」

「はは、それは確かにな。風紀委員長は美人らしいがな」

「知っているのか?」

「いや、沙妃が……ああ、俺の腐れ縁の幼馴染なんだが、風紀委員長にお熱らしくてな。くくっ、できればお近づきにって、痛って!」

 可笑しそうに話していた男子生徒は近づいて来ていた別の生徒に頭を殴られた。

「何言ってんのよ、そんなんじゃないわ!」

 男子生徒が振り向くと、後ろに来ていた女子生徒に気付く。

「って~、冗談だろ。そんなにプリプリすんなよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「な、何言ってるのよ! そ、そんな……」

 男子生徒は直ぐに向き直り、伊月に視線を向ける。

「俺は斎藤(さいとう)文哉(ふみや)だ。で、あれが沙妃だ。岡田(おかだ)沙妃(さき)。俺のことは文哉と呼んでくれ」

 沙妃と呼んだ生徒を放置して、自己紹介を始める。沙妃と呼ばれた彼女は、文哉の後ろで何やらブツブツと呟いている。

「ああ、俺は小鳥遊伊月だ。伊月でいい」

「か、可愛いだなんて……ふみ……って、あれ?」

「んあ? どうかしたのか、沙妃?」

 文哉は可笑しそうに沙妃に訊ねた。二人にとってはいつものやりとりらしい。

「な、なんでもないわ。……コホン。私は岡田沙妃。文哉の言うことは嘘ばっかりだから、気にしないで」

「そうか。小鳥遊伊月だ。よろしく、岡田さん」

「おいおい、俺が嘘つきみたいじゃないか」

「適当なこと言うからでしょう? 渡辺(わたなべ)先輩は中学の時の先輩なの。それに、第一高校の七草(さえぐさ)会長、十文字(じゅうもんじ)会頭に渡辺先輩は有名よ」

「七草に十文字か」

 十師族。第一高校には彼、彼女たちがいる。昨年は彩花や妹達と共に、魔法科高校九校で毎年行われる九校戦の観戦に行った。そこで圧倒的実力を見せ、第一高校が優勝したのだが、そこに彼女たちの姿もあった。

「ええ、第一高校の三巨頭なんて言われているわ」

「そうなんだ」

「興味なさそうだな?」

 何もなければ、あまり関わらないようにしようと思っていたのが顔に出ていたのか、文哉が伊月に訊ねた。

「そんなことはないが、あまり直接関わることはないだろうしな」

「まぁ、そうだな。問題を起こせば直ぐにでも関われるがな」

「目を付けられるだろう……」

「はは、まぁそうだな」

[――五分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機して下さい。IDカードを端末にセットしていない生徒は速やかにセットして下さい――]

 教室の前面スクリーンにメッセージが表示される。同時に、手元の端末に同じメッセージのウインドウが開く。

「ん? ああ、もう時間か。沙妃も席に戻れよ」

 端末を挟んで座っていた文哉が、伊月の端末のメッセージに気づいた。沙妃に着席を促し、文哉は椅子に座り直す。

 文哉は電源の自動的に入った端末にIDカードを刺した。それを視界の端に捉えつつ、伊月は再び端末に目を落とした。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




13/2/3 ルビふり修正


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1.5 新しい出会い

 オリエンテーションが終わり、それぞれ授業を見学することになった。今日明日と魔法科の授業を見ながら、新入生に魔法科高校に慣れてもらうのが目的の日程だ。

 一科の生徒には教員から個別指導を受ける権利がある。当然、各クラスにも授業毎に担当の教師が付くのだが、まだ見学の段階のため、工房を見学するグループと、練習場等を見学するグループにそれぞれ教師が付くようだった。

 もちろん、個人で回ることも許可されているので、友人と共に授業を回る者もいた。

 伊月もその一人で、文哉に誘われて一緒に授業を回ることになった。文哉に付いて来た沙妃も一緒だ。

「というか、初日から練習場を使う授業はあるのか? 進級してもカリキュラムの説明もあるだろうし」

 誰もいない練習場を見学していると、文哉が声を発した。

「あるんじゃない? 魔法理論は一年生で集中して習うから、二年からは実技の履修が増えるって事だし、練習場の使用スケジュールもどこかのクラスで埋まっているでしょ。それに上級生には今日で授業二日目。そうじゃないと新入生の見学の意味がないじゃない」

「あ~、そうだな」

「教員が引率して授業中の練習場に行っているんじゃないか?」

「おぉ、そうだな」

 いつ気が挙げた意見に文哉は今気づいたという感じで同意した。

 伊月が言うように、授業カリキュラムを知って、見学の行き先を考えている教員は、新入生を連れて回っている。使用していない練習場や工房も回るが、授業見学の意味での時間なので上級生の授業見学が中心だ。

「そうよ、誰かが自分たちで回ろうなんて言うから」

「……」

 文哉は沙妃の物言いに反論できない。無言で返しつつ、情報端末から構内の地図を表示する。

「そ、それなら工房にでも行ってみないか? CADの調整なんかで世話になる所だし、授業してなくても見るものがあるだろう」

「そうだな、魔法科高校の工房には俺も興味はある。国立大学付属という位だし、機械なんかも充実しているだろう」

「あれ文哉、CADの調整なんかできたんだ?」

「……」

 とりあえず、実験棟内の工房へ三人で向かうことになった。

 工房――工学実習室は、実際は企業の実験棟や実験室のような趣だった。情報工学系の仕事をしていた伊月も、前世ではよく目にしたような場所だ。

「へぇ……これが普通なのか?」

「高校の実習室というより企業の実験棟だな」

「すごいわね……魔工師志望でもない私たちじゃあまり縁のない場所だけどね」

 沙妃は工房に並んだ機材を眺めながら呟いた。

「魔法工学の授業で使うだろう。文哉達は魔法師志望なのか?」

「ああ、CAD位は自分で調整できるようにはしたいが、研究やプログラムなんかはよく分からねぇからな」

「私は自分のCADの点検くらいなら出来るけど、魔工師のタイプじゃないのよね」

 文哉も沙妃も、魔法師となるための一歩としてこの第一高校に進学した。現状、魔法師になるには国立の魔法大学を卒業するのが一番の近道だ。

 他にも様々な要因が重なれば、魔法師として仕事を得ることができるようになるが、誰もがそのような機会に恵まれるとは限らない。それに、魔法師が不足している現在、魔法大学卒業というだけで就職先に困るようなことは滅多にない。

「伊月は魔工師志望なのか?」

「いや、自分のCADは自分で弄るが、まだどちらとも決めたわけじゃない。選択授業は無難に選んだが、魔工師になるために選んだわけでは無いからな。この学校に来たのも取り敢えず大学へ入学する一番楽な手段だったからだ」

「へぇ、自分でCADを弄れるのか。今度機会があったら見てもらってもいいか?」

「あぁ。問題ない」

 第一高校の工房には見学者用の通路が設置されている。ますます、実験棟という表現が適切になってくるが、扱いによっては危険なものや、騒音を発する機材が多く置かれているため見学通路は当然遮音性のあるものが設置されている。

 企業ならば取引先などの人間が見学するために設置する場合もあるが、ここでは授業を見学するために設置されていた。その殆どが、今回のような新入生が見学する場合だ。

 見学用の通路に上がると、向かいから数名の生徒が歩いてくるのが解った。数名は何故かバツの悪い表情をしていたが、その後ろに向けられる視線から、何かあったのだろうと伊月は推測した。

 通路の先の見学スペースには、数名の生徒を率いた教師の姿があった。D組を引率していた教師ではなかったので、他のクラスの生徒達だろう。他に、生徒だけで来ている者はほとんど見かけない。その少ない生徒は皆、刺繍がないので二科の生徒ということだろう。

「やっぱ魔工師志望は少なそうだな」

「そうだな。教師の引率も少ないし、魔法師志望が多いのだろう。近年は九校戦も第一高校が勝っているし、魔法師のが集まって層が暑くなっているのだろう」

「お、九校戦か。今年は俺も出たいんだがな~……」

「無理ね」

「うぉい! 少し位希望を持たせてくれ!」

「男子十人に文哉が入る? 笑えるわね。新人戦は負けかな」

「おーい……そこまで言わなくてもいいんじゃ……ない、かな」

 がっくりと肩を落としてうなだれる。おそらく二人のいつもの遣り取りなのだろう。容赦のない言葉の中にもどこか漫才のような空気が漂っている。

 文哉は腐れ縁と言っていたが、二人は小学校に通う以前から付き合いだった。十師族や百家のように、非凡な資質を伝承する家計では無いが、同じ魔法師を輩出家として二人の家は交流があった。住居も近いということもあって中学までずっと同じ学校に通っていた。

「はぁ……伊月はどうなんだ?」

「九校戦か?」

「ああ。新人戦に選ばれるくらいはしそうだな。こう……雰囲気的に?」

「なによ、その雰囲気って……」

「どうかな。選考基準がわからないから何とも言えないが、実技試験の結果を基準にするなら選ばれる可能性はあるかな」

 実技試験で成績を調整するなら一番落としやすいのが干渉力だ。

 無意識領域下という魔法演算領域の特性上、処理速度は非常に落としにくい。咄嗟の場合に発揮されるのも処理速度で、変に数値を落とせばこれから先も面倒になる。

 演算規模(キャパシティ)は多工程の魔法を処理する際に性能が発揮される。魔法師として両親に恥じない成績を取るためには必要な才能だ。

 そんな理由で、伊月は魔法行使をする際に干渉力を抑えて魔法を行使している。普通に学校生活を送るだけなら、別段干渉力を発揮する場面は殆どないはずだ。

 硬化魔法で武装し、加重、加速、移動魔法などを瞬間的に多用する戦闘スタイルになっているのも、干渉力を発揮しなくても良い要因になっている。高い身体能力での格闘戦に必要なのは高い処理速度と演算容量、そして、妨害されない程度の干渉力だ。

 干渉力を抑えた結果、伊月の入試における実技成績は三席程度まで抑えられていた。ちなみに、伊月は知らないが、次席は同じ転生者だ。

「やっぱりな。オーラが違う、オーラが」

「オーラが見えるのか?」

「いや、見えんが」

「はぁ……いい加減なんだから」

 疲れたように呟いた沙妃の言葉で一旦会話が途切れる。

 その後も、三人で工房を見て回り、昼食の時間まで時間を潰していた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 昼休み。待ち合わせがあると伊月が言うと、二人共弁当を持参していたようで、自然と分かれることになった。

 二人と別れた伊月は待ち合わせ場所には数名の一科生がいた。近づいていくと、伊月の姿が見えたようで、話を切り上げた。

「悪いな、待たせたか?」

「ううん。丁度来たところ。行こっか」

 歩み寄ってきた彩花は先程まで話していた生徒たち――男ばかりだった――を置いて、伊月とともに食堂の中に入っていった。後ろから強烈な視線が注がれていたが、伊月は気にしないことにして、何事もなかったように彩花と並ぶ。

 待ち合わせは食堂近くだったので、直ぐに中の様子が見えてきた。辺りには新入生らしい真新しい制服を着た生徒が溢れていた。広い食堂とは言え、生徒全員を収容する設計にはなっていないので、早めに席を確保しないと暫く待つことになりそうだった。

「日替わりランチ……杏仁豆腐」

 彩花はデザートで昼食を選択するようだ。とはいえ、無難な選択に伊月も同じものを食べることにする。

 出された食事を受け取り、空いている席を探す。丁度席を立った生徒が居た一角を目指す。食堂のテーブルは、長椅子のついた、ゆったりとした対面式四人がけの物で、詰めれば六人は座れそうだ。

 この一角は食堂利用の初期の集団が座っていたのか、他のテーブルも食事を終えた生徒が次々と席を立っていく。

 伊月たちはテーブルにつくと、早速食事を始める。

「さっきから気になってたんだが、その包はなんだ?」

 彩花は最初から小さな包を持っていた。弁当にしては小さいが、食堂に行くので弁当ではないと思っていた。

「ん? これ?」

「ああ」

「これはデザートだよ。果物の詰め合わせ」

「あぁ、なるほど」

 彩花が持っていたのは果物の入った保存容器だった。過去の入院生活もあって、果物を食べる習慣が染み付いている彩花は、弁当を用意するときなど何時も果物の詰め合わせを用意していた。

 食堂を利用するといっても、メニューが分からなかったのでデザートだけでも用意してきていたのだ。

「あ」

「ん?」

 彩花の声に反応し伊月が顔を上げると、彼女は伊月の後ろを見ていた。

「あ、彩花ちゃんだ。一緒にいいかな?」

 その声に反応して伊月は後ろを振り返る。

 そこには一科の制服を着た男子を引き連れた、数名の女子生徒が立っていた。

「いいですよ。……でもみんなは座れないかな?」

「大丈夫、大丈夫。詰めれば四人は座れるよね」

「あの、お邪魔します……」

 女子の人数は四人だったらしく、女子生徒は同じテーブルに集まる。後ろの男子生徒はひとつのテーブルに座れる人数を大きく超えている。

「ああ、大丈夫だが……後ろの男子は……」

「平気、平気、隣も空いてるしね!」

 四人の女子の中で、ひときわ元気な少女が伊月の疑問に答えた。

 元気なのはいいが、他の女子生徒に比べて明らかに小柄で、本当に高校生なのか疑問に思える体型だった。

「あ、その目知ってますよ! 私の体型を馬鹿にした目です!」

「ん? ……あぁ、残念だったね」

 伊月は、心底悲しそうな目を少女に向ける。

「う、その目も知ってます。別に哀れんでほしくなんかないんだから!」

「はいはい。彩花、誰だコイツは?」

「あ、紹介します。彼がD組の小鳥遊伊月ちゃんです。で、彼女が八千古島(やちこじま)早苗(さなえ)ちゃんです」

 四人の女子生徒は次々と席に座っていく。比較的小柄な体型の二人が伊月の隣に並ぶように座った。

「そのとなりの北山雫さんとこっちの光井ほのかさんは知ってますよね」

 いつ気の座る長椅子には八千古島と北山が座っていた。男子が一人混じっているため多少狭いが、八千古島が小柄なため問題なく納まっている。

 反対側には二人の少女が座った。伊月はその二人ともに見覚えがあった。

「ああ、入学式の時の二人だろ」

「はい、そして、最後に私の隣に座っている司波深雪さんです。伊月ちゃん以外、ここにいる皆A組ですね」

 彩花の隣には今年の主席入学者であり、原作ヒロインの司波深雪が静かに座っていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 



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1.6 紹介

「はじめまして、小鳥遊さん。司波深雪です。柏木さんとは同じクラスになりましたので、お会いする機会はあると思います。よろしくお願いします」

「ああ、小鳥遊伊月です。よろしく、司波さん」

 こんなところで原作組と食事を共にするとは思っていなかったが、伊月にとってはただの彩花のクラスメイトだ。先程から痛いぐらいの視線(殺気)を向けてくる男子生徒のように、彼女に対して何か思うところはない。

 彼女の本来の身元について知っていれば、伊月も若干の対応は変わっていたかもしれないが、伊月の知っている情報は主人公の妹で、魔法に関しては天才的。転生時の会話から、兄達也は再成と分解の魔法が使え、膨大なサイオンを保有している二科生であるということだけだ。

「そういえば、皆さんは互いに紹介されたんですか?」

「そういえば……」

 彩花の言葉に、四人の女子生徒が反応した。

 彩花は四人全員と面識があるようだが、クラスで伊月クラスメイトのように挨拶も済ませていなかったようだ。それに、隣のテーブルには知らないだろう男子生徒も居る。

「そうですね、改めて……司波深雪です。皆さんとはクラスメイトですので、これからよろしくお願いしますね」

「光井ほのかです。これからよろしくお願いします」

「北山雫です。宜しくお願いします」

「私は八千古島早苗です。苗字は長いので早苗でいいです。司波さん、光井さん、北山さん、これからよろしくお願いします。彩花ちゃんも改めてよろしく! それから小鳥遊くんも、ついでに、よろしく!」

「あぁ」

「はい! えっと、私は柏木彩花です。改めてよろしくお願いします」

 そのまま、隣のテーブルから男子生徒の自己紹介が始まった。司波深雪――兄がいるため深雪とするが――は表面上にこやかにその紹介を聞いている。

 伊月の隣に座っている八千古島に至っては、男子の紹介など聞かず既に食事を始めていた。

「お前は聞かなくていいのか?」

「どうでもいいです。みんな深雪さんに聞いてもらえるだけで幸せなんですから。それから早苗です。お前じゃないです」

「あぁ、そうみたいだな」

 彼女の言うとおり、男子生徒のほとんどが深雪に視線を向けていた。やはり美人は色々と大変らしい。中には一緒に彩花に目を向けている男子もいたが、彩花も普通に食事を再開しており、既にデザートに差し掛かっていた。

 時折見せる幸せそうな顔に、何人かの男子の気がそれていた。

「……彩花ちゃんも人気があるんですよね。一年A組の二大巨頭ですね」

「お前は……あぁ」

「その態度がムカつきます! 私だってまだ育ってるんです!」

「……そうか」

 伊月はこういう弄りがいがある人間は嫌いではない。気楽に接することが出来る分、交友の少ない伊月には貴重な存在だ。

「……がんばれよ」

 そう言って、伊月は早苗の頭を撫でる。いつも妹の紗月にやっているように。

「くぅ~、これでも四捨五入したら一五〇はあるんですよ!」

「はいはい」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 昼食が終わり、再びクラスのオリエンテーションとなる。

 午後からも基本的には自由に上級生の授業見学を行うようになっており、D組の大半の生徒は引率の先生とともに各授業の見学に出た。

 伊月たちは午後も三人で行動していた。

 見学時間が終わり、一度教室に集められた生徒たちには、明日からの授業日程について告げられ、解散の意図が告げられる。明日の授業、といっても、明日も基本的に授業見学に当てられているので今日行われていなかった授業の概要についてなどの説明だった。

「小鳥遊くん、いますか?」

 オリエンテーションを担当していたカウンセラー教諭から声が上がった。

「はい」

「あぁ、小鳥遊くん。このあと時間あるかな?」

「ありますけど……何か?」

「この学校には風紀委員というものがあるのは既に知っていますね?」

「はい」

 風紀委員。それは知っているが、呼び出されるような行動を伊月はとっていない。

「風紀委員は教職員、生徒会、部活連の三つの組織からそれぞれ推薦された三人、合計九名で組織されています。現在、部活連側から三名、生徒会から二名、教職員側から二名の七名で活動しています」

「はぁ……」

 伊月はこの時、大凡の話の方向を悟っていた。原作開始そうそう、かませっぽい一科生徒が教職員枠で推薦されて風紀委員になっていたはずだ。

「明後日からは部活勧誘も始まり、風紀委員最初の仕事である部活勧誘の監視と取締を行います。風紀委員の仕事はじめですね。これに合わせて教職員の推薦枠から風紀委員を出さないといけないのですが……」

「そこで、自分だと?」

「はい。主席入学の司波深雪さんは恒例により生徒会に入ることになると思いますが、次いで入試成績優秀者であった小鳥遊くんへ、教職員から風紀委員へとの声が上がりました。実技成績も申し分ありませんし、中学での部活動とは言え主将を勤めていたということで、人格的にも適切だと判断されました」

 伊月の入試成績は司波深雪に次ぐ成績だったようだ。伊月は、前世と中学の試験の感覚で平均的な成績を狙ったつもりだったが、結果的に八〇点代後半の魔法科目筆記成績に、実技に至っては、演算速度の評価において深雪も上回る成績をおさめていた。

「……分かりました」

「それではこれから生徒会室へ案内しますので、付いて来てください」

「鞄などの荷物はどうすれば?」

「そのまま帰るようでしたら持って行ってもらって構いません」

「分かりました」

 教員に軽く会釈をし、伊月は自分の席に戻る。そこには文哉と沙妃の二人が待っていた。

「なんだったんだ?」

 いきなりの呼び出しに、気になったのだろう。文哉が若干心配そうに声をかけた。

「どうやら風紀委員に推薦されてしまったみたいだ。悪いがこれから挨拶に行くみたいだから先に帰っていてくれないか? 誘ってもらったところ悪いんだが……」

 机に置いていた鞄に、出していた筆記具などを収めながら、断りを入れる。放課後何処かによってお茶でもしようと誘われていたため、先約を不意にしてしまった。

「ああ、問題ねぇよ。それにしても伊月が風紀委員か……沙妃、羨ましいな?」

「ぐ、別にそんなことないけどね」

「悪いな、先生を待たせてるから行ってくる」

「ああ。また明日な」

「さようなら、伊月さん」

「また明日」

 鞄を持って、再び先生のもとへ戻ると、教諭は何やら端末を操作していた。伊月が戻ってきたことに気づき、しばらく操作して端末を仕舞った。

「よろしいですか?」

「はい」

「それでは付いて来てください」

 そう言って歩き出した教諭に続き、教室を後にした。

 途中、彩花に連絡していないことを思い出し、携帯端末を操作して事情を連絡する。返って来たメールは、用件が終わるまで待っているという旨が記されていた。

 四階の突き当りの部屋に到着し、そこが目的地である事を知った。「生徒会室」と刻まれたプレートが、教室の用途を示している。

 インターホンを教諭が操作し、スピーカーから女性の声が返ってくる。続いてロックの外れる音が僅かに鳴ると、引き戸を開いた教諭に続いて室内に入る。

「お手数をおかけします、(たちばな)教諭」

 カウンセラー教諭は橘という名らしい。意識して聞いていなかったので今まで伊月は忘れていた。

「いえ。こちらが風紀委員教職員推薦枠の小鳥遊くんです。それでは、後のことはお願いします」

「はい。承りました」

 奥から進み出てきた二人の女子生徒の返答を聞いた橘教諭は踵を返して生徒会室を立ち去った。

 改めて室内を見渡すと、目の前の二人に加えて、一人の男子生徒と二人の女子生徒がテーブルについて伊月を見ていた。

「はじめまして、小鳥遊伊月くん。私が生徒会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)です」

 そう言って受けの良さそうな笑顔を浮かべる。そのまま視線を隣に移して言葉を続ける。

「それからこちらが、小鳥遊くんが所属する事になる風紀委員会の委員長、渡辺摩利」

「風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ」

 七草会長とは違う、短めの髪の麗人が沙妃の言っていた風紀委員長だった。

「小鳥遊伊月です。よろしくお願いします。七草会長、渡辺先輩」

 印象を悪くしない、社交的な笑みを浮かべて軽く会釈をする。元社会人としてはこういう場での対応は慣れたものだ。

「……せっかく生徒会室にいるんだから、生徒会のメンバーを紹介しますね。風紀委員会は明後日顔合わせするみたいですから、今日は摩利からの説明だけでしょう?」

「そうだな」

「取り敢えず座りましょうか」

 そう言って勧められた席に腰を下ろすと、正面には小柄な女生徒が座っていた。

「まず生徒会副会長の服部(はっとり)形部少丞(ぎょうぶしょうじょう)範蔵(はんぞう)くん。通称はんぞーくん」

「服部形部です!」

 唯一の男子役員が会長の言に反論する。会長はその反論を無視して、次の紹介に移った。

「そして、会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)、通称リンちゃん」

「……」

「最後が書記の中条(なかじょう)あずさ、通称あーちゃん」

「かいちょ――」

「入学式でも紹介しましたが、以上が今期の生徒会役員です」

「あぅう……」

 あーちゃんと呼ばれた生徒の言葉に被せるように、会長は締めの言葉を重ねた。

 昼間に会った八千古島といい勝負をしそうなほど小柄な体型だ。こちらは八千古島のように賑やかな性格はしていないようだ。

「それでは本題だが、風紀委員の仕事については分かるか?」

「魔法使用に関する校則違反者の摘発と取り締まり、ですか?」

「そうだ。正確には校則違反者の摘発と、争乱の取り締まりだな。魔法使用がなくても我々が対処することになる。違反者の罰則については、私と真由美から懲罰委員会に意見を出すことになる」

「風紀委員には生徒会役員と同様にCADの常時携行が許可されています。正式な許可については摩利の方から追って連絡が行くと思うので、それまでは従来通り事務室にCADを預けるようにしてくださいね」

 委員長の言葉を引き継いで、会長がCAD携行について述べる。

 現在伊月は例に漏れず、登校の際にCADを事務室に預けている。

「風紀委員会本部は生徒会室の真下の教室だ。明後日の放課後、風紀委員会の顔合わせと部活動勧誘週間の取り締まりを始めるので、その時には直接其方に向かうようにしてくれ。IDカードの認証登録は済ませておくので、自分のIDカードを使って中に入ってくれ」

 その後、いくつかの注意事項を教えられ、この日の顔合わせは終了した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 



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1.7 風紀委員

 二日間の授業見学期間を終えて、新入生の授業初日。一科では魔法選択科目A――魔法史学又は魔法系統学――の授業が開講された。

 魔法科高校も基本的な授業形態は一般校と変わらない。各クラスに分けられた教室で授業を行い、特殊な設備が必要な授業では移動教室となる。そして、選択科目においては、授業履修を選択した生徒を分配し、適度な人数で纏まった授業形態をとる。

 魔法選択科目Aにおいては、二種の科目から一科目を選択し、一科、二科それぞれの日程で授業が行われる。魔法系統学を選択した生徒は一科で半数を超え、講義室にて講座が開かれていた。

 伊月も魔法系統学を選択した生徒の一人で、授業が開かれる講義室へ移動していた。

「あ、伊月ちゃん見つけた! 一緒に受けよ?」

「ん? 座席は決まってないのか?」

 教室に入ると、彩花が伊月を見つけて話しかけてきた。

「うん。端末にIDを挿すだけ。AからDまでの生徒がいるし、座席は自由にして良いんだって」

「そうか」

 授業の出席は基本的に個人IDカードによって認識される。魔法科高校の施設は基本的に個人IDを認識して利用する。施設には機密や魔法大学関連施設内でのみ利用することができる情報が多々有り、機密保持という観点でも徹底されている。

 出席を担当教員が取ることは基本的に無いが、IDを利用する以上代返など行うことはできないし、IDを貸与して代返を行う生徒もそうそう居ない。生徒管理の意味でも、IDカードによる識別は理に適っていた。

 彩花に引かれる形で、講義室中央より少し後方の席に付く。端末にIDカードを差し込み、授業の体制を整える。まだ比較的早い時間で、生徒もひとクラス分に足りないほどしか来ていなかった。

「よかったー。これで一緒に授業が受けられるね。クラスが違うと選択教科位しか一緒になれないからね」

「そんなに重要なことか?」

「重要だよ。一緒の授業、貸し合うノート、代返……は出来ないけど、学校ならではの事は全部やらないと! ホントは普通の大学の授業も憧れてたけど、機密の多い魔法科学校じゃ仕方ないよね。華のキャンパスライフ! ふんっ!」

 気合を入れるように両手の拳を握って構える彩花。どうも彼女は青春に飢えている様だった。こういう子供らしいところも、外見の大人らしさとのギャップで伊月の目には魅力的に見えた。

「かた、小鳥遊くんもこの授業だったんだねー」

「ん……?」

 後ろから、聞き覚えのある声で話しかけられた伊月は、席に座ったまま後ろを振り返った。

 ――態々目線を少し上に向けて。

「……あれ、八千古島の声がしたと思ったんだが……」

「目線下です! 態とやってますね!?」

「あぁ冗談だ」

「ふぅ……大人な私はこんな事気にしません。彩花ちゃんの用事って小鳥遊くんだったんだ」

 目をつむって息をつき、一旦落ち着いた八千古島は、伊月の隣に座っている彩花に話を投げた。

「うん。選択科目は伊月ちゃんに聞いてたから。みんなもこんなところに座ってたんだね」

 彩花の言うみんなとは、伊月も紹介されたA組の彩花のクラスメイトだった。四人掛け四列八行で並ぶ最大百二十八人収容する講義室の机、通路側に座る伊月の後ろに八千古島。その隣に深雪、光井、北山の順で座っていた。

 魔法系統学は文字通り、現代魔法において作用面から分類される四系統八種類の系統魔法と、それ以外、サイオンそのものを操作することを目的とした無系統魔法の歴史等について学ぶものとなっている。近年の魔法傾向に興味があるものが多く受講することになる。

 逆に、魔法史学は歴史に登場してきた伝統魔法や、伝統魔法の歴史、魔法文化の軌跡を学ぶ授業となっている。こちらでも近年分類された系統魔法は登場するが、近代の魔法推移の歴史としての意味合いが強い。伝統魔法を扱うものや、魔法の古い歴史に興味のあるものが主な受講者となる。また、授業内容が年によって頻繁に変わることもないので、比較的点数を取りやすい科目でもあったりする。

「あれ、てっきり知ってて前に座ったのかと思った」

「伊月ちゃんは後ろのほうが好きだから。私は、みんなは前に行くと思ってた」

「あはは、私が後ろに座っちゃったから。皆に付き合ってもらっちゃった。ちゃんと前も見える作りだから大丈夫」

 講義室は教室とは違い、緩い傾斜をとった形になっており、後ろからでも視界を妨げるものは無い。この講義室は比較的小規模なものだ。

「それに、授業は端末で十分だしね」

 八千古島が言った通り、前方のスクリーンを見なくても端末にも同様の情報は表示される。教師の手振り等で説明される箇所は多少分かりづらくなるが、些細な点だった。

 伊月としては前世――といっても既に二十年以上は前になるが――個人端末での授業などではなく、黒板やホワイトボードもしくはスクリーンによる授業が主だったため、個人の端末での授業というのは始めの頃は戸惑った。ただ、生活の中で文字を書く必要性はなくならない以上、ノートを取る文化も無くなっていない点は伊月としては良い事だった。

 伊月の生きていた時より八十年は経っていても、変わらないものがある点に見た目子供ながらに安心した記憶がある。

 なかには、授業内容を端末に保存できることからノートを取らないものなどもいるが、その辺りは試験への取り組みの仕方で成績にも影響することになるだろう。

 彩花達の会話を横に聞きながら授業を待つ。途中から先日聞いたような男子生徒の声も聞こえてきた。八千古島が迎撃するように追い払っていると授業の開始が宣言され、魔法系統学の初授業が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 部活動勧誘週間の開始ということで、伊月は先日言われた通りに風紀委員の会室に向かっていた。原作においては別の男子生徒が教員推薦枠の風紀委員になっていた記憶があるが、伊月は完全にその男子生徒の名前を忘れていた。

 原作に登場しない風紀委員となったことで、転生者に目を付けられる事になるかもしれないが、あまり重要そうなポジションじゃなさそうなことから、実は転生者も覚えてないんじゃないかと、気楽に身構えることにした。

「失礼します」

 IDカードを使用して会室の扉を開錠して入室する。教室の半分ほどはありそうな室内は綺麗に整っており、風紀委員らしい部屋に思えた。

「ん、来たか。まだ全員揃っていないから適当な席に着いて待っていてくれ」

「分かりました」

 風紀委員長の渡辺摩利の声に、入口に近い席に座り室内を見渡す。壁付近に設置されたキャビネットには複数のCADが置かれていたり、本や書類が並べられている。書類はともかく、CADや書籍は多少気になるため、そのうち暇なときにでも読もうと、頭な片隅に予定を書き込む伊月。

「どうかしたのか?」

 室内を見渡す伊月に、委員長が何故か心配そうに声をかけてきた。

「はい? いえ、男所帯と聞いていた割に綺麗に整頓されていたので」

「そ、そうか」

 そこでチラッと伊月の正面に座っている達也をみた委員長は、何故か焦ったような顔をしていた。

「? どうかしたんですか」

「なんでもない。出来るだけ、この状態を保つようにこの部屋は使ってくれ。……出来るだけ、な」

「? はい」

 最後の辺りは、席が離れていたせいもあり伊月にはほとんど聞こえなかったが、取り敢えず了承の意思を返した。

 微妙な表情をしている委員長と達也に詳しく聞こうと口を開きかけた瞬間、入口の扉が開く音と共に、上級生らしい二人組が入室してきた。

「あ、ああ。全員揃ったな! 鋼太郎、関本、さっさと座れ」

「え、ああ」

「どうしたんですかい、姐さん」

「姐さん言うな! とにかく座れ」

 室内の人数が九人になり、これですべてのメンバーが揃ったようだ。最後に入ってきた二人は三年生のようで、委員長に近い奥の方の席についた。席の数は若干多めに用意されているのか、幾つかの席は空いている。

 委員長に質問しようとしていた輿を折られ、取り敢えず気にすることでもないので、伊月は疑問を忘れることにした。

「ん、あー。今年もまた、あの馬鹿騒ぎの一週間がやって来た。新入りにも簡単に説明したが、風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気を引き締めて当たってもらいたい」

 そこまで言って、それらしい人物に目線をやり、委員長は続ける。

「いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 どうやら視線をもらった数人は心当たりがあるのか、小さく首をすくめて委員長の忠告に答えた。

 伊月は自己診断では落ち着いていると思っているので、そうそうトラブルからやってくることはないだろうと、気楽に考えていた。

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 顔合わせと聞いていた伊月は、急な展開だが、委員長の声に従って立ち上がる。同時に達也も立ち上がり、上級生の方に向き直り、委員長の紹介を待つ。

「1-Dの小鳥遊伊月と1-Eの司波達也だ。今日から早速、パトロールに加わってもらう。それから、小鳥遊にはまだ紹介していなかったな。三年の辰巳と関本に阿部、二年の岡田と沢木、それから山下だ」

「誰と組ませるんですか?」

 手を上げて発言したのは、委員長に岡田と呼ばれた二年生。

「前回も説明したとおり、部員争奪週間は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

「役に立つんですか」

 岡田と聞いて、同じクラスの沙妃を思い浮かべたが、彼の表情を見て、無関係と判断した。視線は達也の胸に注がれており、これまで何度も目撃した面倒な思考の持ち主だと判断した。沙妃や文哉からも兄をにおわせる発言は出てきていないし、二人と行動していても、一科生であることを鼻にかけた様子も感じられなかった。

 伊月は顔に出さなかったが、委員長は明らかにうんざりしたような顔を岡田に向けていた。

「ああ、心配するな。司波の腕前はこの目で見ているし、小鳥遊のほうは、直接確認はしていないが、教師陣からは実技成績はずば抜けて高いと聞いている。その評価を鵜呑みにはできんが、見たところ魔法以外でも頼りになりそうだ」

「……そうですか」

 達也に向けていた視線をチラッと伊月に動かしたあと、嫌そうな表情で視線を外してそう言った。

 委員長と伊月の目が合うと、伊月は小さく肩を竦めて気にしてないと態度で示した。

「ん、他に言いたいことのあるヤツはいないな?」

 ハッキリとした態度の人間は岡田という生徒と、達也の方を見ようとしない三年の一人だけだった。伊月の脳裏にはチラッと原作の内容が蘇っていた。

(教員枠はたしかそんな感じだったな……。名前は覚えてないけど)

 伊月ははっきりと覚えてはいないが、教員枠の一年も同じような人間だったような気がしていた。このような役職に教員が推薦するのは成績の高い人間が主なため、実力を誇りに思っている人間が大半で、伊月のような生徒が教員に推される確率は少ないのだろう。

「巡回要領については前回までの打ち合わせ通り、新入りにはこれから私が説明するが、残りの者は今更反対意見はないと思うが?」

 特に意見を出すものがいないことを確認し、委員長はひとつ頷いた。

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。小鳥遊と司波は残れ。他の者は解散だ」

 委員長の発言を受けて、全員が立ち上がる。伊月もそれに続いて立ち上がるが、上級生は少し変わった敬礼のような動作を行って、次々に部屋を出て行った。

 それから巡回の説明が委員長の口から述べられ、CADの携行について達也が委員長に質問していた。

 伊月は携行許可が下りたので、このあと事務に預けてあるCADを取りに行く事になる。

 部活連に行くという委員長と別れたところで、伊月は達也と二人になった。

「司波、だったかな? 1-Aの司波さんの兄なんだっけ?」

「ああ」

「達也でいいかな? どっちも司波だし」

「構わないが……。小鳥遊だったな」

「ああ、小鳥遊でも伊月でもどっちでもいい」

 伊月としては、長ければ三年間同じ委員会に所属することになるので、達也を避けるという選択肢はない。ただ、少しばかり主人公という立場が引き寄せるトラブルについては、積極的に関わろうとは思っていなかったが。

「分かった、伊月でいいか。伊月は普通だな?」

「ん? あぁ、二科がどうとか言うやつか。入試成績での選別にとやかく言うつもりはないが、面倒な慣例だな。そういう傾向があるのは知っているが、あからさまな生徒を見ていると、正直どうかと思うな」

 達也の発言で彼の意図を察した伊月は、正直に気にしていないことを話す。高校入学までの魔法師としての教育は基本、各家庭で行われるものだし、レベルに差が出るのは当然だ。本格的な教育を受ける高校で魔法師としての技能が上がる者も多い。成績で分けるなら、三年間通して入れ替えを取り入れるべきだが、元はエンブレムの発注ミスからの慣例らしいので、入れ替えなどの制度は取り入れられてすらなかった。

 本校舎から外に出る近くまで、特に別れる理由もなかったので一緒に行動し、事務の付近で分かれる。達也は誰かと待ち合わせをしているらしく、CADも風紀委員会の会室に用意されていたものを使うということで、事務からCADを引き出す伊月とは別行動になった。

 CADを事務から受け取り、校庭いっぱい埋め尽くされたテントを避けて比較的人の少ない場所を歩きながら遠目に勧誘の様子を確認していく。

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

「……三度目だが?」

 声を掛けられたらしく、聞き覚えのあるような無いような声の主に視線をやると、八千古島早苗がスカートの裾を掴んで頭を垂れていた。

 その立ち居振る舞いは……あまり似合ってはいなかったが。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




魔法系統学と魔法史学の内容や授業形態、ID仕様については独自設定というか捏造設定?
教員が少ないので、講堂でまとめて授業しています。

授業日程についての設定は以下の通りに設定しています。
午前4限、午後3~4限。土曜は午前授業。
選択A(魔法史学、魔法系統学から1科目選択)
選択B(魔法幾何学、魔法言語学、魔法薬学、魔法構造学から2科目選択で、選択した講座が開講していない時は空きコマということに)
選択教科の人数調整は行われない。

教員による個別指導は申請で、授業としては一科も二科も同じ内容、同じ形態をとっていることにしています。

風紀委員部活連推薦枠の阿部さんと山下さんは捏造です。東京八王子に多い苗字を参考に。


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1.8 八千古島早苗

※注  八千古島が前世のサブカルネタを発します。人によってはこれまでで構築した八千古島のイメージが崩れる場合があります。

※注  人によっては不快になる話題、ネタがあるかもしれません。

※注  R15にもならない程度の性を連想させる会話が含まれます。

以上がお嫌いな方は劣等生の話しの流れに関係は無いので読み飛ばしも可(これまでの話も劣等生の主軸をずれた展開なので今更かもしれませんが、しばらくはこういうお話ですのでご了承ください)。
この物語のコンセプトは主軸に掠る転生者たちの話しです。
九校戦など、話が進めば少しずつ原作組との関係も複雑になる……予定、……です。今のところ。






















「お兄ちゃんってなんだ」

 伊月には義妹も実妹もいるので妹は間に合っている。ここで新しく妹が増える事も望んではいない。さらに言えば、こんばんはという挨拶も間違っていた。

「もう、ノリが悪いわ。それとも知らないのかしら」

「なんだその声と口調は……」

「義理の妹って言えばこうでしょ?」

義妹(いもうと)はまにあっている」

「へぇ、妹がいるんだ。私という義姉(いもうと)がいながら!」

 なぜか妹キャラ押しでくる同級生に面倒臭くなりながら、大体の要件を察しながらあえて尋ねることにする伊月。

「はぁ……で、何か用か?」

「風紀委員に入ったみたいね」

「まぁな。所謂教員推薦枠というやつらしいぞ」

「森崎ェ……」

「ん? 森崎? 誰だそれは」

「……森崎ェ」

 そう言いながら八千古島は空を見上げ、同じクラスの男子の顔を思い浮かべる。八千古島の目には青空に浮かぶ森崎の顔が確かに見えていた。

「……かたなしくんも二度は接触していた気がするんだけど」

「小鳥遊だ。そんな覚えは無いが……」

「食堂と魔法系統学の授業で深雪ちゃんに絡んできてたでしょ……」

「んー。そう言われれば、いたような気もするな」

 伊月の答えを聞いて深くため息を漏らした八千古島は、気を取り直して本来の目的を告げる。

「『魔法科高校の劣等生』って知ってる?」

「知ってるぞ」

「そうだよね、そう簡単には……って普通に答えるんだ! ってサナエはサナエはテンプレ通りの反応をしてみたり!」

「……ラノベ系の元オタクか」

「アニメも漫画もイケルけどね!」

とある魔術も科学も(インデックスやレールガン)なんてこの世界(ここ)にはないぞ」

 この世界には魔法があるせいか、独自の設定の魔法や魔術のライトノベルは少ない。未だに戦争が身近にあるためか、娯楽関係のオタク文化は前の世界程発展していなかった。

 ただ、そういう文化が生まれて長いので、数はそれなりにうまれている。

「続編の新約が始まったばかりなのにね。残念だわぁ」

「俺がいた頃はまだ十九巻までだったが。劣等生の単行本も転生時(こっちに来るとき)に初めて知ったくらいだから、結構なズレがあるな」

「あ~、買った日にこっちに来たんだよね、私」

 久しぶりに前の世界とこの世界の違いについて会話をする伊月。彩花とは小学生の頃に違いについての会話は済ませていた。

 元々、工業系の学校出身だった伊月は、クラスメイトの影響を少なからず受けてオタク文化にも明るかった。とはいえ、この世界に来てからは魔法が趣味のようなもので、そういう文化については生前知っていた作品が過去に生み出されていたかを調べた程度だった。それに、八十年も昔のそういうものは特別な理由もない限り、増刷もされていない。

「それで、何か用か?」

「いや、もうほとんど用事は済んだんだよね。最初は彩花ちゃんかと思ったんだけど、風紀委員にかたなしくんが入ったから、確認しただけ」

「小鳥遊だけどな。彩花も同じだぞ」

「え、そうなんだ! 今のところ四人か……。まだいるのかな?」

「全員で四人だ」

「知ってるの?」

「ああ。あの爺さんから聞いたからな」

「へぇ、あと何人か来るって聞いたけど私が最初だったからなぁ。で、どこまで知ってるの?」

「一章の途中までだな」

「えぇ~! はじめの方だね! 彩花ちゃんは?」

「全く。聞いたこともないって」

「それじゃあ私の知識が一番多いのね……」

「早苗は原作介入ってやつをするのか?」

 伊月の質問に八千古島は頭を振って答えた。

「ん~、特に予定はないけどね。平和が一番。ま、1-Aで仲良くなるっていったら司波さんたち女子しかいないんだけど」

「さっきの森崎とかいうのは」

「だめね! 森崎ェ、は。私はああいうのは無理」

「そうか。ところでその口調が素なのか?」

「そうよ。ま、あっちも素って言えば素だけど、こっちはどちらかといえば前の口調かな。一応百家の出身としては体裁を気にしないといけないのですわ、オホホホ」

「……もう行っていいか?」

 キャラの定まらない八千古島に面倒臭くなってきた伊月は、この場を辞する意を表明する。

「待って待って、かたなしくんはどうするの? 介入するの?」

「予定はないな。詳しく知らないしな」

「これから先、何があるか知っておきたくない?」

「どんな危険があるかは知っておきたい気もするが、絶対ではないな。じゃ」

 またな、と言って巡回に戻ろうとする伊月に、八千古島は後ろからすがりつく。

「知りたいでしょ? 知りたいわよね。知りたいはずだわ! というわけで週末は三人で集合よ! 私だけ秘密を抱えてるのは不公平よ! 話させなさい!」

 押しつけというか、懇願するような表情で伊月を足止めする八千古島。おそらく初めて秘密を打ち明けられる人間ができたために、これまで溜まっていた思いが表に出てきたのだろう。

「わかった、わかった」

「よしきた!」

 しばらく引きずって歩いていたが、やがて諦めて携帯端末を差し出す伊月に、八千古島も自分の端末を取り出して連絡先を交換する。

「かたなしくん、っと」

「小鳥遊だ。わざとか」

「まぁね。知らない?」

「ん~、知らん」

 何かのネタのようだが、伊月に思い当たるネタは浮かばない。

「ま、いいわ。かたなしくん。もう行っていいです」

「はいはい」

「あ、私のことは早苗でいいですよ、八千古島って長いし」

 ようやく早苗に開放され、伊月は部活勧誘の見回りに戻った。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 達也の方では何やら騒動があったようだが、巻き込まれ体質もない伊月には特にトラブルは降ってこなかった。初日から幸先のいいスタートを切った伊月は、巡回終了後、弓道部に見学に行っていた彩花と待ち合わせをして帰路についた。

 伊月は結局風紀委員に入ったため、部活動は今のところ考えていない。彩花も弓道部に入部するかは決めていないらしく、当面は保留にするということだった。

 翌日からも、騒動は主人公達也がほとんど請け負ってくれたらしく、伊月の方では数回の揉め事を処理したところで週末となった。

 午前の授業をもって土曜日の日程は終了し、伊月は彩花と早苗を連れて自宅へと向かった。

「ただいま」

 玄関を潜ると、リビングの方からバタバタと足音が近づいてきた。扉を開けて頭だけ出して玄関を伺うのは下の妹の紗月。

「おかえり~! ……だれ~?」

 兄と一緒に見知らぬ少女がやって来たのを見た紗月は、挨拶のあとに疑問の声を上げた。傾いていた首がさらに傾き、扉からほとんど垂直に首が伸びているように見える。柔らかな黒髪は地面に向かって真っ直ぐ垂れていた。

「可愛い! かたなしくんの妹がちっちゃい!」

 後ろでそんな感想を漏らす早苗を無視して、伊月は家に上がる。

「お兄ちゃんと彩花のお友達だ」

 紗月に近づきながら先の疑問に回答する。その答えを聞いて扉から全身を出して伊月の隣に並び、早苗と向き合う紗月。

「はじめまして! 小鳥遊紗月です!」

 紗月は子供らしく元気に声を上げて自己紹介をする。

「初めまして、八千古島早苗です。紗月ちゃんって呼んでいいかな?」

「はい! やちこじゅ、や、やちこじま、さん!」

「かはぁっ、これが本物のロリかっ。私なんて所詮紛い物なんだわっ」

「……?」

 目の前で悶え始めた早苗に、紗月は首をかしげる。早苗の後ろでは、初めて見るそんな早苗の姿に彩花が戸惑った表情を浮かべていた。

「早苗お姉ちゃんって呼んでね!」

「さなえおねえちゃん」

「はぅぅ、お持ち帰りぃ――ぐぇ」

 靴を脱いでの紗月に向かった突進は、到達の寸前に伊月の突き出した腕によって頭を抑えられて強制的に停止することになった。乙女らしからぬ声を上げたが、既に中身は乙女ではないようだったので問題は無さそうだ。

「ただいま、紗月ちゃん」

「おかえりなさい、彩花おねえちゃん!」

 僅かなショックから回復した彩花が紗月と挨拶を交わす。その横で自分に対して簡単な治療魔法を施す早苗の姿があった。

「取り敢えず部屋にでも上がっていてくれ」

「うん、わかった」

 彩花に早苗を案内させておいて、伊月は飲み物の仕度に取り掛かるためにキッチンへ向かう。既に柚姫も帰宅していたようで、リビングで寛いでいた。

「おかえりなさい、義兄さん」

「ただいま。彩花の他に来客があるから紗月を頼む」

「ん。……女の子?」

「ああ、彩花のクラスメイトだ」

「そうなんだ。わかった」

 適当なジュースとお菓子を用意して二階の自室へと向かう。入れ替わりで紗月が階段を下りてきて、簡単に言葉を交わしてすれ違う。紗月はそのままリビングの柚姫のところへ向かった。

 部屋の扉を開けると、早苗による家宅捜索が行われていた。

「こ、これは……」

 早苗の手の中に握られていたのは四角い包装に包まれた薄くて丸い輪のような何か。となりで彩花がわたわたと頬を染めて珍しく慌てていた。

 バッ、っと擬音が発生しそうな勢いで彩花の方へ振り向いた早苗は、出ない声を絞り出すように、小さな音をようやく発した。

「あ、彩花ちゃ、い、いえ、彩花さん、まさか……」

「……うん」

 主語を抜かして行われる会話。何故か早苗が彩花のことをさん付けで言い直していた。

「リア充爆発!」

 部屋の中央付近に置かれたテーブルに飲み物を置いた伊月に向かって勢いよく振り向いた早苗は、手に持ったままの物を振りかぶり、投げると同時にもう一度声を発した。

「バクハーツ!」

 空気の抵抗でまっすぐ飛ばなかったそれは、伊月の手前のテーブルの上に落下した。

「落ち着け」

「……ふぅ。で、いつ?」

 早苗の方に再び向き直り、小声で訪ねた。微妙に伊月にも聞こえるような声で。

「……卒業式の日。主観では三十超えてるし、大丈夫」

「……あと数年で四十になりそうな私はどうすれば」

 呆然とした口調で小さく呟いて、自分の体と彩花の体を見比べた早苗は伊月の方へ顔を向けながら、自分の胸に両手を当てて真顔で発言する。

「……前世(まえ)と同じで体の成長がもうほとんど止まっている件について」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




ありがとうございます。




ガールズトーク的な性的表現のある閑話を掲載予定ですが、本編に含めないで欲しいという意見があれば、R15別掲載か、R18別掲載とします。メッセージにて除外して欲しい等、意見をお願いします。

除外希望が無いようなら、1.8.5として掲載いたしますので、メッセージは不要です。もしどうしても本編に必要、や、分けないでほしい、等の意見があれば筆者の判断にて決定しますのでご了承ください。


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閑話 ガールズトーク

※ 性的な話題を避けたい方は回避推奨。
















《ガールズトーク》

 

 当初予定していた内容を相談し終えた後、伊月を追い出した早苗と彩花。伊月は紗月の相手をしながらリビングで寛いでいることだろう。

「それでは、彩花ちゃん。いえ、彩花さん。詳しく」

「ん、んんっ。えー、前世(まえ)と合わせてもう三十五歳になるのかな?」

「ということは二十歳でこっちに来たのね。私は二十二だったからほとんど同じってことね」

「うん、そうなるかな。……伊月ちゃんは知ってるんだけど、私ね、前は殆ど病室で過ごしてたんだ」

「そう、なんだ」

 その発言を聞いて、早苗の表情が僅かに曇る。

「あ、別にもう昔のことは気にしてないから大丈夫。気にしないで」

「ん、了解」

「それでね、そういうことに興味はあったんだけど、相手もいないし体も余裕がないしで、結局経験もなしでそのままこっちに来ることになったの」

「うん」

「それで、小学校で出会ったのが伊月ちゃん。ていっても、特別何かがあったわけじゃないけど、やっぱり精神年齢が高かったこともあって自然に一緒に話すこととか多かったの」

 最初に声を掛けたのは彩花からだった。

 女子と男子では女子の方が、早く精神的に成長するらしい。子供らしく騒ぐ男子達の中で一人だけ魔法関連の本を読んでいたりと、子供らしく無い、というのが最初の印象だった。彩花の親も魔法師だったため、魔法について知識はあったが、本格的な練習はまだだった。一般人と魔法師の間の壁も影響していたかもしれない。

「それから、伊月ちゃんのご両親の結婚式、だったかな」

 伊月の両親が再婚したのは彩花たちが小学一年生になった直後だった。その一年前くらいから子供を引き合わせたりと、再婚の準備を進めていたらしい。

 彩花の母親と柚姫の母親は学生時代の友人だったが、互いに忙しいこともあり、結婚式を機会に会うまで滅多に連絡を取ることもなかった。彩花が柚姫と初めて会ったのもこの時だ。

「それからいろいろあって、付き合って。中学の時にちょっと大変なことがあって、やっぱり好きなんだって思って、将来というか、子供というか、……そういうことを意識しちゃって」

「前世でも体型のせいか、趣味のせいか、そういうことに縁がなかった私は一体……。で、それが卒業式の頃なの?」

 早苗の質問に頭を振って否定する。

「ううん。一年生の頃かな。でも伊月ちゃんがまだ早いって」

 早熟だった彩花も、流石に小学校を卒業したばかりでは体も出来上がってはいなかった。間近で成長を見てきた伊月も理性が危なかったが、過去に経験がある者としては余裕を出して時期を先送りにした。

 それが崩されたのが、中学卒業の時期だった。

「うわ、ロリコンだ」

「その頃には体も出来上がってたから、ロリコンっていうのかな?」

 二人の通う中学の若い教師が、歳不相応の色香を醸し出す彩花の魅力にやられたのだ。卒業直前に、卒業してから付き合うように迫った。伊月と付き合っていると断ったのだが、魔法まで使って逃げる羽目になった。

「流石に怖くて、次の日の卒業式は寝不足で。卒業式が終わって両家族でお祝いをしたあと、伊月ちゃんの家に私だけ泊まったの」

「リアルでロリコンはダメね! あれ、その時にコンドーさん用意してあったの?」

「ううん」

「ェ、じゃ、じゃあ、な、ナマ」

「う、うん。初めてはナシがよかったから。それに、伊月ちゃんの子供なら産んでも良いって」

 伊月は渋ったが、最終的に時間干渉魔法で精子を処理することを内心で決めて彩花の誘いに乗った。伊月も男なので、本気で迫られれば断れるはずもなかった。

「魔法師は若いうちに子供を産むことが求められてるって言っても、中卒で子供は早すぎよ。学校に通うなら尚更。小鳥遊くんも避妊はちゃんとしないといけないのに……」

「あ、終わったあとで、魔法で何かしてたから、大丈夫だったみたい」

「魔法……。避妊用に魔法なんか組み立ててるの? 小鳥遊くんは」

 何系統の魔法なのかしら、と避妊魔法について考える早苗だが、彩花も教えられていないようで答え合わせは出来なかった。

「それから、二人で避妊具を買いに行ったの」

「まって、その前にこの部屋でヤったのよね? 卒業式の夜に」

「え、うん。そうだけど?」

「声はどうしたの!? 隣りって確か柚姫ちゃんの部屋って聞いたんだけど」

「い、伊月ちゃんが移動・振動系統の複合魔法を制御して、声と音が洩れないようにしてくれたみたい」

「セックスしながら魔法制御、だと……」

 早苗は伊月の魔法制御能力、構築能力に驚愕した。激しく体を動かすため、酸素を大量に消費する。空気の振動を止めながら、且つ酸素を室内に取り込んで空気の循環を阻害しない。

 実際、伊月の魔法の起動式に入力する変数は少なくない。普段用途が決まっている起動式はそこまでではないが、どんな状況にもCADで対処できるよう、変数を設定しておらず、ほぼすべての変数を入力で対応する起動式が各系統、各組み合わせそれぞれに用意されている。

 セックス用に魔法を用意している訳もなく、その場で性交時用対室外遮音魔法を組み立てていた。振動伝播率の異なる空気の層と空気の移動を促す層、一系統二種の魔法を幾層にも重ねては張り替えることで、空気の振動を完全には止めずに完全防音を実現した。従って、酸素なども完全には止まることなく確実に循環する。実はこの即席で作り出された性交用魔法、十文字家の代名詞と言われる防御魔法『ファランクス』に通じるものがあるのだが、この場においては些細なことだった。

 持続時間の設定も、何時間続くかわからない上、魔法の性質上持続時間には限度がある。短ければ途中で忘れず更新しないと急に声や音が漏れて大変なことになる。

「私も振動系は得意だから何度か挑戦してみたけど、魔法制御から気がそれた瞬間に解けちゃって」

「何無駄に高度な訓練みたいなことやってるのよ……」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

《ガールズトーク2》

 

 前世の話題を交えた会話を終えた彩花と早苗に、差し入れを持って上がってきた柚姫が加わり、内容はさらに生々しい話題に突入した。

「で、実際どんな感じなの?」

「ごくっ……」

 姉のような幼馴染と、義理とは言えたった一つ違うだけである兄の話題に、柚姫は真剣に食いついていた。兄妹になったとは言え、彩花より先に伊月と出会い、意識し始めたのは柚姫だった。兄と付き合い始めた彩花とは一時期剣呑な空気となっていたが、二人の間で交わされた取り決めごとのおかげで、今では姉妹のような仲になっている。

「伊月ちゃんはね……絶倫っていうやつかもしれない」

「ま、まさか。リアルでそんなことあるわけ……」

 彩加の発した感想に、早苗が異論の声を上げた。エロ漫画や小説等ではよくある設定だが、それは創作の話だからだ。小説の中で描かれていた世界にいるとは言え、今がリアルである早苗には到底信じられない事だった。

「だって、そうとしか考えられないんだよ。底が見えないというか、毎回私の負けっているか……」

「うわぁ」

 彩花の告白に、柚姫が何故か嬉しそうな、驚いたような、そんな声を上げた。その顔は羞恥に染まっている。

「くそぉ、リア充め。うぅ、私のようなエセロリはコスプレ会場でチヤホヤされる位しか存在価値はないのですね」

「コスチュームプレイ?」

「あぁ、基本的に同じ意味だけどどう考えても違うのは確定的に明らかだわ」

 リア充と非リア充の間には超えることのできない壁が存在しているようだった。

「あ、あの。彩花さん、義兄さんはコスプレがすきなのですか?」

 と、此処で柚姫が気になったのか、義兄の趣向を聞き出すべく彩花に訪ねた。

「ん~、どうだろ。一度だけ届いたばかりで新品の魔法科高校の制服を二人で着てみて、そのままそういう流れになったけど、他は試してないからわからないや」

「し、新品でやっちゃったんだ」

「そうですか」

「……よし! 彩花ちゃん、コスプレしましょう! 衣装は私が作ってあげる!」

「早苗ちゃん衣装作れるんだ。すごいね!」

「ふふん。だてに三、……長いこと生きてないわ!」

「さん? (……ながい?)」

 早苗は自称“軽い”オタクであり、レイヤーだった。発育が宜しくないこともあって、方向性は限定されていたが、毎年夏と冬に行われるイベントに参加していた。イベント参加歴は十年に届くかといったところだが、悲しいことに途中から衣装のサイズが変わることはなかった。

「但し! お願いがあるわ」

「えっと、なにかな?」

「小鳥遊くんにも色々と着せたいのよね……。こう、見てると色々と創作意欲が湧いてくるのよね~。目標は九校戦でコスプレね。小鳥遊くんなら選ばれるでしょうし。男子は殆ど衣装着ることは無いみたいだけど」

 九校戦を何年か見てきたが、男子が衣装で着飾って参加していたのは片手で数えられる程だった。種目の関係もあるが、男子が着飾ることに対して、特に熱心なファンが発生しない事も大きい。対して、女子は毎年多くの選手が色とり取りの衣装で参加し、観客を魅了していた。元レイヤーとしては、衣装製作と参加、両方に惹かれる。

「九校戦かぁ。私も出られるかな」

「その時は私が衣装を用意してあげる。ただ、出場競技が決まってからだと間に合わないから、ある程度決め打ちになるけど」

 流石にひと月前から用意して、二人分、三人分と完成させる余裕は無い。それに、早苗の成績から、九校戦の選手として選出される可能性も大きかった。少なくとも伊月に二着、彩花に二着、自分用に二着と用意するつもりでいる。競技毎に衣装の方向性が変わるので、種目の選出が一致しなければさらに多くなる可能性もある。

 ただ着せることも楽しみの一つなので、無駄にはならないが、早苗としてはできれば大勢にお披露目したいものだ。

「あんまり肌の露出が多い衣装って売ってないから、自分で作らないといけないのよね」

 寒冷化の影響等により、二十一世紀初頭よりも肌の露出が少なくなる傾向にあった。素肌は露出しない、という近年一般的となっているマナーの影響もある。

 しかし、現状に慣れている女子はともかく早苗としては、肌の露出が少々多くなっても恥ずかしくはない。短いスカートなど本当に今更だ。

「小鳥遊くんも露出の少ない服は物足りないんじゃないかなぁ」

 短いスカートやホットパンツなどで女子が足を晒していた時代にいた男としては、今の時代は物足りないんじゃないかと言う早苗。

「どうせ脱ぐんだから一緒じゃないかな?」

「そんなオカルトありえません! 脱がないからこそのエロスがイイのよ!」

「は、ハイっ!」

 早苗の剣幕、というかあまりに真剣な顔に、思わず返事をしてしまった。

「って、エラい人は言いました。小鳥遊くんも同意してくれるはずです」

 腕を組んで目を瞑り、納得するように首を振る早苗。彼女の中では同意する伊月の姿が見えていた。

「……未経験の私が言うなっていうね」

 そして何故かダメージを受ける早苗。前世で凡そ二十二年、今世十五年で述べ三十七年。もうすぐ三十八年の彼氏いない歴を貫く少女(?)にとっては深刻な問題だった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




次回は10月10日0時予約投稿。
新刊発売だね。やったね。


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1.9 百目鬼エリス

新刊、新年度。
あまーぞんで予約したので10日か、11日か。
届いたら早速読みたいです。

最新刊発売記念更新。ツギハイツダェ……


 

 早苗からこれからの出来事を聞く、という名目で行われた転生者三者懇談自体は直ぐに終了していた。流石に十五年以上昔に読んだ小説では、特に印象に残った場面位しか早苗は詳しく覚えていることはできなかった。それでも、物語の各章の山場をそれぞれ僅かに覚えている程度には、記憶が残っていた。

 伊月も、あまり詳しく聞くのもこれからの行動が限定されそうだったので、大雑把に聞くつもりだったが、そもそも早苗が細部まで覚えていなかった。九校戦で、論文発表で、交換留学でそれぞれどのような問題が発生する可能性がある、程度のものだった。彩花を危険に近づけたくないと言った伊月の意見を尊重してか、早苗も発言にはある程度気を遣っていた。

 司波家の秘密等、個人的だが重要な情報は早苗も覚えていたが、個人の情報を他人に漏らさないような配慮はあった。四葉ともなれば、何が起こるかわからないので一人で抱えるのは仕方がないが、ある程度未来について打ち明けたことで早苗の中で一つ、重い荷がおりた気持ちになった。

 風紀委員になった以上、論文発表会とやらで巻き込まれる可能性が高いこと等、どの騒動も意識的に避けることは出来ないようだった事に、伊月は小さくため息をついていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 数日後。部活動勧誘週間も無事に終了し、1-D組では初めての魔法実習授業が行われていた。最初の授業内容は、基礎単一系魔法の魔法式構築の処理速度測定と、課題設定時間内への処理時間の短縮だった。

 魔法科高校に入学生とは程度の差はあれ、入学時点で魔法スキルを身に付けている。基本的に魔法の才能を継承する魔法師の家系では、それぞれ子供に対して魔法教育を施すことが当たり前だった。また、魔法師と結婚し生まれた子供が才能を持っていた場合も、親が教育を施すか、教師として魔法師を雇って魔法スキルの習熟をさせている。

 第一高校ではこの魔法スキルの格差による相互の影響や授業の効率を考慮して一科、二科に区分けされている。生徒数の関係から他校では行われていないものだが、この区分けにより、全体の実力の底上げが効率的になされている事は一種の皮肉かもしれない。

「221ms……すごいな、小鳥遊君は」

 声を掛けてきたのは、同じクラスに所属する里美スバル。今回の授業では二人組のペアで課題をこなすという指示により組むことになった女子だった。

 文哉と沙妃は当然のようにペアを組んでいるため、近くにいた彼女と目が合い、ペアを組むことになった。氏名順としては前後だったため、これまでも何度か話をしたこともあった。

 また、少年的な振る舞いを見せるためか、女子同士が僅かな時間、牽制し合った。そのため、直ぐに彼女に声がかからなかった事も、ペア結成の理由となった。

「まぁ、ね」

 一般的に、この速度は一流以上であるため、謙遜をすれば逆に嫌味になると判断し、ひとつ頷いて返事を返す。

「CADの設定なんか弄ればもう少し早くなるかもしれないけど、今はこの辺りが限界かな」

 と、伊月は言うが100ms台になると、人間の反応速度の限界値が関わってくる。例のごとく反射速度も限界値を超えた伊月は、無意識での反射は理論的な人間の限界を上回っている。近代魔法師の魔法式構築は、CADの返したサイオンを無意識に取り込み、魔法演算領域で行われる。そこには当然無意識での反射的な反応時間が発生する。

 無意識下での反応は当然意識下の反応よりも早いものだ。体なら細胞が、精神ならその機能自身が反応をかえすため、思考という行動を省いた分だけ早くなるのは当然だった。

 伊月の221msというのは、意識的(・・・)な反応を元に魔法式を構築した結果の時間だった。これは普通の人間の無意識下の最速値に近い反応だ。

 起動式の取り込み自体は、魔法師が無意識に行っているため、才能もとい魔法演算領域の性能によっては0に近づけることができる。しかし、魔法式構築完了までは脳で設定した変数を入力する時間だけ、どうしてもロスが生じる事になる。従って、いくら魔法式の構築が早い魔法師でも、人間の信号伝達限界速度を上回ることは難しい。

 今回の授業では変数入力すらする必要がないため、単純に起動式読み込み開始から魔法式構築までの時間を測定することになる。無意識領域に存在する機能なため、起動式と変数を魔法式として出力する過程を意識することは普通できない。そのため伊月がやっていることは、起動式の読み込みから、意識的な反応で魔法式構築を開始している、ということだ。伊月の無意識領域での処理が限りなく0に近いため、意識的な部分でなんとか時間を調整していた。思考加速も行わず、本来なら半ば無意識に魔法演算領域に起動式を取り込み、魔法式構築を開始するところを、意識的に行うことで、魔法師としては一流、人間としては限界に近い速度に抑えることができていた。

 伊月としては、反射的に魔法式の構築を開始してしまうのを抑えるようにすることに、これまでかなりの時間を費やしていた。

「ふぅ……。なかなかうまくいかないな」

 初挑戦で二人共課題時間は達成していたので、交互に練習をすることになったため、里美はさらなる時間短縮に挑んでいた。

「自分のCADとの違いに戸惑ってるのか?」

「あれ、よくわかったね」

「まぁね。魔法式構築には無意識下での要素が多い。自分用に調整されたCADから受け取る起動式と、違うものでは無意識下に働く反応が変わってくるからな。人によっては普段と同じ行動をすることで、いつもと同じ状態に近づけることができたりするぞ」

 魔法師にとって、慣れない起動式や慣れないCADからのサイオン取り込み、未調整のCADの使用によって無意識に僅かな不快感や拒絶感が発生し、魔法式の構築を妨げる場合がある。里美が感じているのもその類のものだった。

「確かに慣れている起動式とは異なる感じはするよ」

「レベルの高い魔法師なんかは違和感にも気づきやすいし、違和感から起こるそういう影響も抑えられる。誰でもわかるようなCADの違いだけじゃなく、僅かな違いや起動式からも違和感を感じとれれば、そこへの入口が見えている証しだな」

「なるほどね。まだまだ精進しろと言うことかな」

 肩を竦めて嘆息しながらも、里美のその言葉には確かな向上心が乗せられていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 翌日、校内の図書館に彩花と伊月の姿があった。

 伊月の風紀委員の仕事が非番となったので、以前から予定していた図書館利用を実行することになった。図書館には外部非公開資料や、一般では手に入らない魔法資料が多く貯蔵されている。

 個室に区切られたブースを二人で使いながら伊月と図書館デートを満喫する彩花。隣で伊月は瞬間記憶を使いながら、次々にブースに持ち込んだ資料を頭に入れている。彩花も魔法が好きなので、自分の得意な系統に目新しいものがないか資料や書籍を見ながら確認していく。

 作業に集中していても、彩花が話しかけたり退屈そうにしていると伊月は相手をしてくれるので図書館デートでも彩花に不満はうまれない。

 先日伊月に教わった遮音障壁だが、音を含む振動系が得意な彩花は、別のアプローチで実現できないかと考えていた。多重障壁を張り替え続ける遮音障壁は彩花にとって無理ではないが難しい。特に集中力が発揮できない場合になると、成功する可能性は殆どないといっていい。

 この世界の魔法が、ファンタジーのようなものではなく、サイオン操作やエイドスの書き換え等で起こる現象を操作するものなので、可能な限り物理法則などに従う必要があった。

 ファンタジーならば、音や声等特定のものだけ止めたりできるかもしれないが、ここの魔法では音を遮断するためには空気の振動の伝播を制限したり、空気を操作して真空状態を作ったりする必要がある。また、呼吸のことも考えて魔法を設定しなければならない。

 自分の制御の手を離れて障壁を張り続けられるなら、多少複雑な魔法式でも大丈夫だろうが、もちろん彩花にそんな手段は存在しない。

 伊月が言うには、サイオンやイデア、エイドスへ干渉するために、意識領域と無意識領域の精神構造の狭間に存在するゲートを介して魔法式が出力されているという。魔法師がイデアに対して魔法式を出力できるのは心霊現象の次元に干渉する精神構造を持っているからで、これが無いものが魔法師以外の一般人ではないかということだった。幽霊や霊を感じることができる人間は、そういう機能を少しは持っているのではないかとも言っていた。

 当然、伊月一人の推測なので魔法師によっては異論があると思うが、彩花はなんとなく納得していた。

 つまり、彩花の目的の遮音魔法はそういう機能を再現しなければいけない訳で、当分は伊月に遮音魔法を張ってもらうか、集中力を上げて自分で障壁を張る必要があるんだ、と微妙にピンクな思考の彩花の魔法考察は切り上げられた。

「他の本を探してくるね、伊月ちゃん」

「ああ、いってらっしゃい」

 自分でブースに持ち込んだ分の資料を戻しに、元あった棚に向かう彩花。途中、図書館を利用しているらしい生徒と何度かすれ違う。

 元あったところに資料を戻し、新しい資料を探しているところで、彩花に声をかける人物がいた。

「なにか探しているのかな、レディ」

「はい?」

 振り返った先にいた声の主は非常に目立つ容姿をしていた。

 銀色のような頭髪に、日本人顔ではあまり見ない高めの鼻に洒落たメガネをかけている。

「お手伝いしましょうか?」

 ニコッっという効果音が似合いそうな笑顔で手伝いを申し出る件の男。

「あ、俺は百目鬼エリス。名前を聞いてもいいかな?」

「私は柏木彩花ですけど……」

「彩花ちゃんか。可愛い名前だね」

「はぁ……」

 流石に、初対面の相手に下の名前で呼ばれることに困惑する彩花。外国人はファーストネームで呼び合う場合が多いみたいだが、名前は一応日本の家の名前だ。

「柏木です。百目鬼さん」

「エリスでいいよ。彩花ちゃん」

 再び微笑みを向けてくるこの男は、彩花の話を聞いていないのか、呼び方について訂正せずに、名前で呼ぶように言う。

「柏木です」

 妙に馴れ馴れしい百目鬼に、流石に拒絶するように訂正を求める彩花。顔は笑顔を浮かべているが、伊月が見れば違いに気づいただろう。

 そんなやり取りのなか、百目鬼の背後で、本を落としたような音が鳴った。

 彩花が視線を向けてみると、先ほどすれ違った女生徒が、百目鬼の方を見ながら涙目になっていた。

「どうかしたの?」

 百目鬼を放り出して女生徒の方に向かう彩花。此処で、百目鬼も女生徒に気がついた。

「げ、冬華。こ、これはちがくて……」

「うぅ……エリス様は私にお飽きになったのですか?」

 どうやら二人は知り合いらしい。しかも結構親しい関係のようだと、急に外野になった彩花は悟った。

「そんなわけ無いだろ。これは、えっと、そう、本を探す手伝いをしていたんだ、ね?」

「ナンパかと思いました。馴れ馴れしく呼んでくるので」

 同意を求められた彩花だったが、率直な意見を述べた。

「うぅぅ……」

「あぁっ、ごめん。僕が悪かった。もうしない! 許して」

「……何があったんだ?」

 修羅場というか、浮気を発見された亭主が妻に許しを請う場面の再現のような現場に、読み終わった資料を持ってやって来た伊月が現れた。

「ナンパにあって、その現場で彼女? が現れて修羅場になった?」

「……」

 伊月の視線が百目鬼に注がれるが、当の百目鬼は完全に泣いてしまった冬華と呼ばれた少女に謝りながら、あやすのに必死で気づかない。

 どうやら百目鬼という男は冬華という少女にめっぽう弱いらしい。彩花から見ても冬華と呼ばれた少女は可愛らしく、百目鬼と並んでも釣り合いの取れているようだった。

「ぐす、……エリス様はいつもそうです。やっぱり私に魅力がないのですか?」

「そんなことない! 僕が好きなのは冬華だけだよ、あの時からずっと」

「エリス様……」

「冬華……」

 修羅場からやすいラブコメに流れが変わり始めたのを察して、伊月はため息をついて視線を彩花に向けた。

「……行くか」

「うん。返すの手伝ってあげるね、伊月ちゃん」

 彩花は伊月に腕を絡めながら、ラブコメ現場を離れる。伊月は思考の片隅で、彼が四人目の転生者だろうな、と結論付けていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




構築速度等は結構独自解釈、独自設定。
神経伝達とサイオンの伝達は違うと思うけど、変数等入力する関係で通常の魔法師が200msをきるのは難しいとして設定。
伊月が反射で構築すると、無意識領域読み込み完了と同時に変数も入力を終え、神様印の演算領域の性能故、ラグはほぼ発生せず魔法式が出力されます。無意識領域下では早苗も殆ど同じ。思考加速により意識領域で一から魔法式を構築する場合は起動式を読み込む無意識領域処理より速くなります。

百目鬼のお話は外伝など予定。イツカネ……ェ。


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1.10 「3/2」

 

『全校生徒の皆さん!』

 放課後は基本的に風紀委員会の見回り、たまの非番に図書館に篭るという、一見色気のない高校生活が定着し始めたその日。

 スピーカーからの大音量の放送が、伊月と彩花の図書館篭りという名のデートの予定を叩き壊した。

「……はぁ」

 授業終了直後に出鼻を挫かれた伊月は、立ち上がろうとしていた腰を落として机に突っ伏した。

 手を動かすことも億劫で、想子入力装置により携帯端末を操り彩花に連絡を入れる。この時の伊月の送った文面は珍しく精彩に欠けており、彩花が噴き出して奇異の視線を向けられることになっていた。

 放送室を占拠したらしい「スリー・ハーブス」は生徒会と部活連に対して対等な立場での交渉を要求しているらしい。校内に根付いている一科、二科の不毛な差別に対しての見解を述べながら、差別撤廃を呼びかけていた。

 もちろんそんな事を気にかける気力も挫かれた伊月は机に突っ伏したまま、スピーカーから垂れ流される校内差別撤廃同盟のアピールを聞き流していた。

 それと同じくして、伊月は別の思考において十六年前のあの日を思い起こしてもいた。

 伊月が交通事故で亡くなった日。丁度この辺りを読んでいるところだった。

 今のところ「ブランシュ」という反体制組織関係者との関わりは全くないため、昨今の情報からは判断できないが、過去の小説知識からそういう名の政治結社が校内で活動していることは認識できた。

 そして、このままいくと二日後には公開討論が開かれ、風紀委員が借出されるというあまり知りたくない情報も認識した。

「お、おい……どうしたんだ?」

 普段の様子からはかけ離れた伊月の様子に、前列に座っていた文哉が躊躇いがちに声を掛けてきた。

「ああ、たまの非番がこれから委員会に潰されるところだ」

「風紀委員会か。これじゃ仕方ないな」

 そういって文哉は視線をスピーカーに向けた。

 丁度その時、伊月の端末に委員長からの召集命令が届いた。

 非番だから呼び出されない、なんてことは当然のように起こらない。仕方なく気持ちを切り替えて立ち上がり、文哉と近くに寄ってきた沙妃に声を掛けて放送室へ足を向けた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 ゆっくりしていたつもりはなかったが、伊月の歩みには感情が多分に反映されていた。

 放送室前にたどり着いたころには、達也が何処かに電話を掛けているところだった。周囲の視線が幾つか達也に集中している間に、何食わぬ顔で風紀委員の塊に紛れた。

「遅かったね、小鳥遊君」

「すみません」

 最後尾にいた沢木という先輩が伊月に気づき声を掛けてきた。普段は威勢が良い彼だが、流石に電話をしている者の近くで大声を出すことは無いようだった。

 その沢木という先輩に伊月は一度部活動の勧誘を受けていた。マーシャル・マジック・アーツのクラブ活動で活躍する沢木は、同じ格闘戦技を行使するものとして伊月から何か感じ取ったのだろう。

 尤も、伊月自身は様々な武術の基礎を書籍から習得し、前世のサブカルチャーの記憶から格闘戦に最適な魔法を鍛え、肉体を破壊しながら最適化した過去がある。一般的な徒手格闘競技としてのマーシャル・マジック・アーツは書籍による知識しかなく、多少惹かれる思いもあったが、委員会や図書館通い等を入れて考えた結果、クラブ活動は断っていた。

 何より、弓道のような停止した的ならばともかく、人間を相手にした競技は伊月本来の魔法(・・・・・)的にも、体質的にも反則なほどに優位になりすぎる。

「それで、どういう状況でしょう」

 少し離れた位置の達也の会話を耳に入れながら、沢木から現状を確認する。

「司波君が放送室の中にいる壬生(みぶ)という生徒を説得しているみたいだが……」

「丁度終わったみたいですね」

 達也が会話を終えて受話器を外し、摩利へと向き直る。

「すぐに出てくるそうです」

「今のは、壬生沙耶香か?」

「ええ。待ち合わせの為にとプライベートナンバーを教えられていたのが、思わぬところで役に立ちましたね」

 先ほどの達也の会話が切欠で二日後にスリー・ハーブスとの公開討論会が組まれることになる。

 達也は電話で交渉の場を用意することで放送室開放を勧め、壬生の自由を保障して内部の説得を任せていた。こういう交渉ではよくある方便だが、的確に話に乗せて丸め込んだ様子だ。

 その上で、達也は中の連中を拘束する態勢を整えるように摩利へ促した。

「……君はさっき、自由を保障するという趣旨のことを言っていた気がするのだが」

「俺が自由を保障したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は風紀委員会を代表して交渉している等とは一言も述べていませんよ」

 これもよくある方便だが、達也は確かに言っていない。

 摩利を含めて周囲は呆気にとられていたが、すぐに気を取り直して風紀委員に指示が飛ぶ。

「――ということだ。何人いるかは分からないが、放送室だ。十人はいないだろう。CAD及び武器を所持していることを想定して拘束を行え」

 間違っても放送室内部まで声が聞こえないように小声で風紀委員に指示する摩利。

「放送室内部に人がいない事を確認してから拘束だ」

 摩利の指示で風紀委員が扉の左右に分かれる。あからさまに身構えることはせず、しかし警戒は十分にしながら内部から開かれる瞬間を待ち構える。

 しばらくした後、内部から扉は開かれ五人の生徒が出てきた。扉に近いメンバーが室内を確認して合図を行った瞬間、五人全員が拘束された。

 伊月も自身に比べて体格の小さい男子生徒を拘束して検め、CADを取り上げた。多少機嫌が悪かったため伊月に締め上げれれた生徒は呻き声をあげてしまった。本気で掴んでいればどこぞ小説の自動喧嘩人形が道路標識を握りつぶすがごとく、男子生徒の腕は潰れている筈なので多少のことは誤差の範疇だろう。

 拘束された生徒のうち、髪を後頭部で一つに纏めた女生徒だけは摩利の手によってCADを取り上げられ、解放された。伊月は状況的にその生徒が件の壬生沙耶香であると判断した。

「どういうことなの、これ!」

 当然のごとく沙耶香は達也に詰め寄った。

 胸元に伸ばした手を達也にあっさりと捉まえられた沙耶香は拘束を逃れようともがきながら文句を垂れる。

「あたしたちを騙したのね!」

「司波はお前を騙してなどいない」

 伊月より少し背が高く体格の良い十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)が沙耶香に言葉を放つ。間近で目にするのは初めての伊月だったが、他はともかく「()文字」という十師族については十分に理解していた。

 この国には、十師族と呼ばれる国家の裏で不可侵に等しい権力を手にしている魔法師の集団がある。六十年以上前に魔法師の実験開発を目的として設立された十を数える魔法技能師開発研究所が、この十師族を含めた二十八の家系を生み出す元となっている。

 当時は非人道的な実験を含めて、様々な研究がそれぞれの研究所で行われてきた。その結果、強力な魔法師を輩出してきたという事実があり、現在も半数の研究所は稼動を続けている。

 中でも第十研究所は、伊月に流れる血とも少なくない関係があった。

 この第一高校に所属する十師族は生徒会長の七草真由美、課外活動連合会代表十文字克人の二人。それぞれその名に相応しい実力の持ち主であった。

 その克人の声に静められた沙耶香は声の元に視線を向ける。

「十文字会頭……」

「お前たちの言い分は聞こう。交渉にも応じる。だが、お前たちの要求を聞き入れる事と、お前たちの執った手段を認める事は別の問題だ」

 放送室の占拠という手段に出たスリー・ハーブスの面々は克人の厳しい言葉に呑まれ、肩を揺らした。

 沙耶香の態度からは攻撃性が消え去り、他の拘束されたメンバーからの抵抗も治まる。

 ここで漸く伊月も僅かに力を緩め、成り行きを見守ることにした。

 そんな中、伊月の視線の先で姿が見えなかった一人の女生徒が達也の前に歩み出た。

「それはそのとおりなんだけど、彼らを放して上げてもらえないかしら」

「七草?」

「だが、真由美」

 克人と摩利が声を上げたが、真由美は摩利の言葉を遮って話を続ける。

「言いたいことは理解しているつもりよ、摩利。でも、壬生さん一人では打ち合わせもできないでしょう。当校の生徒である以上、逃げられるということも無いのだし」

「あたしたちは逃げたりしません!」

「生活主任の先生と話し合ってきました」

 遅れてきた伊月は生徒会長が居なかった事に気付いていなかった。真由美の言葉で初めて思い当たり、事情を理解して改めて彼女をみた。

「鍵の盗用、放送施設の無断使用に対する措置は、生徒会に委ねるそうです」

 この魔法科高校では生徒会の権限が中々強いようだ。魔法師の教育者が少ないため余計な仕事まで負えないだけかも知れないが、校内のトラブルの殆どは生徒会や風紀委員会、部活連に任される。

 教育者であると同時に、研究者でもあるという体質が魔法科高校にはある。魔法大学の付属機関であるのだから当然だ。

 今回程度の用件では生徒間で対処するよう委ねられたらしい。

 三巨頭の話し合いの結果、伊月の拘束を放れた男子生徒は伊月に一睨みを残し、赤くなった手首を擦りながら沙耶香に続いてこの場を去った。

 真由美に直接声を掛けられた司波兄妹も続き立ち去ったため、自分もと立ち去ろうとしたがその肩に手が置かれた。

「まぁ待て。召集に応えたのは良いが、少々遅かったな」

「委員長……」

「非番に関わらず真面目に集まった小鳥遊には、風紀委員の心がけを確りと教えてやろう」

「……」

 結局、召集に遅れた伊月が多少は悪いとはいえ、凡そ理不尽な理由で風紀委員室に拘束され、生徒会室での話し合いを終えた仔細を伝えられるまで延々と、風紀委員の心構えを叩き込まれることになった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 生徒会室での話し合いを終えて詳細を伝えられた摩利に、二日後の放課後に開かれることとなった公開討論での学内差別撤廃同盟メンバーの監視の命を受けた。彼女と生徒会はこれからマークすべき人物を洗い出す作業がある。

 当日に何らかの行動を起こす可能性が否定できない以上、万全の態勢で討論会に臨む必要があった。相手に時間を与えないためとはいえ、備える側としてもあまり時間が残されていなかった。

「……洗い出しもあまり意味が無かったな」

 スリー・ハーブス決起の翌日、校内には青と赤で縁取られた白いリストバンドを着けた者が目に付くようになった。

「『エガリテ』でしたっけ、あのシンボルは」

「君も知っていたのか」

「ええ、まぁ」

 名目だけの非番が明けた伊月は風紀委員室に控えていた。

 取り締まりの強化習慣でもない限り、全員が見回りに出るわけも無く、伊月は昨日の流れで討論会の警備について摩利他見回りに出ていない上級生と話し合っていた。

 反魔法国際政治団体「ブランシュ」と、その下部組織「エガリテ」。

 この世界で何年も暮らしながら情報を集めていれば、自ずと注意すべき情報は浮かび上がってくる。

 魔法師が政治的に優遇されている現代の行政システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的として掲げるブランシュ。

 この国の行政にはそのような事実は無いため、伊月からすれば理解できない組織だが、世界情勢が不安定なこの世界ではある程度の注意を向ける対象ではあった。

「とりあえず、リストにしたメンバーと凡そ一致しているが、多少人数が増えているようだ。鋼太郎は沢木と連携を取るように。それから、明日舞台下を担当するものはリストに加えリストバンドのメンバーに注意、いつでも拘束できるようにしておいてくれ」

「分かりました」

 そして、当日の討論会の直前にもう一度確認のために集まることが決まった。

「テロリストの侵入も想定される。生徒に犠牲者が出ないように」

 摩利はブランシュの名称を出さなかったが、その組織の介入を想定して風紀委員を動かしていた。

 反体制組織の活動は往々にして犯罪行為、テロ行為に結びつきやすい。下部組織の関与が確定した今となってはブランシュおよびエガリテによるテロ行為はほぼ確実に起こると見ていい。

 話し合いのなか、伊月は彩花を帰宅させるべきか否か検討していた。

 どのような介入があるか分からない現状、明日の放課後の校内が安全であるとは言いにくい。しかし、確実に第一高校付近にテロリストが居るなか、一人で帰宅させることも憚られた。

「だが、どういう事態が発生するか分からないから、各自臨機応変に対応してくれ」

「姐さん。結局いつもどおりってことですかい」

「うるさいぞ、鋼太郎。それと、姐さんって言うなといっているだろうが」

 既に散らかり始めた摩利の席から鋼太郎に叱責が飛ぶ。風紀委員として出てきたときには毎日のように聞くやり取りだが、鋼太郎のほうは改める様子も反省の様子も見えなかった。

「はぁ……。とりあえず、連絡は以上だ。見回りに出ている者が戻ったら交代で行ってくれ」

 そういって摩利は自分の席で何かの作業に戻った。普段は上の生徒会室に入り浸っている摩利だが、今日に限っては風紀委員室に控えることにした様だった。

 結局、委員会活動を終えた後に合流した彩花は、伊月の心配をよそに明日の公開討論へ参加する旨を伝えてきた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 




久しぶりの劣等生更新です。原作知識ありきで書いているから説明不足が否めない。今後必要があれば追記していくかも。

原作読んでいる人は人物紹介で気付いている人もいるかも知れないけど、伊月は主人公らしく間接的にだけど研究所との関わりがあったり。
ただし、時間魔法に関しては研究所は関係ないです。

伊月は第十研究所の成果を前世の数少ないサブカルチャー知識を元に防御兼攻撃に使用していたりします。肉体が強化されているといっても流石に生身でライフルを殴り返せたりは出来ないので。

防御と攻撃……ライフル、弾く……とあるサブカル……う、頭が……




それと、今更ながらオリキャラの文哉が「ふみや」読みで被っている事実に気付く。気付いたのは結構前だけど。
とりあえず漢字も年齢も学校も違うのでこのままで行きます。



基本的にただ原作に沿うサイドは書く予定は無いけど、伊月が関わらない為にどうなったか分からない場面が。
改変があったり伊月に絡む場合は描写していきたいですが、達也の物語は原作を読んで楽しんでみてください。
本格的に道が交わり、ずれるのは九校戦辺りから。二年生偏が出た今、色々とずれていくことも出てくるかも。
九校戦では森崎ェらは交代しない、とだけ。この小説はタグ通り森崎ェにやさしい小説となっております(?)。


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