ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot (高杉祥一)
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NEW EARTH ERA 31 9/12 20:13

IMPRESSION

・ゾイド因子オメガ
 ゾイドを他の生命体と区別せしめる諸々の要因をまとめてゾイド因子と呼称する。それは生化学上のものも含まれれば、物理・エネルギーにまで広く適用される概念である。
 ゾイド因子オメガはその中でもゾイドの闘争本能を司るエネルギーであり、外見上は紫色の光として観察される。
 ゾイド因子の中でもゾイド因子オメガを過剰に与えられたゾイドは暴力的な衝動に支配され、また外部からのコントロールに屈し易い。この点を最大限に駆使して新地球歴30年の世界を混乱に陥れたのが、移民船時代に科学船をジャックし姿を消した思想犯イレクトラ・ゲイトであった。
 事件収束時に正常ゾイド因子とのバランスが取られ、地球のゾイド因子オメガ汚染は回避されたが――その一方でゾイド因子オメガの存在が消滅したわけではない。

 かつてゾイド因子オメガの滞留する土地からはそれのみによって生み出された不完全金属生命体・ジャミンガが発生していた。
 戦いに駆り立てる力そのものであるゾイド因子オメガから発生した存在が斯様に弱々しいものであった事実は、多くの者達に寓意を見出させたという。


新地球歴三一年 九月一二日 二〇一三時

日本列島 東京エリア 旧渋谷駅前

 

 宇宙の虚空に浮かぶ、生命の奇跡に恵まれた星の一つ――地球。

 今その夜の面に一繋がりの列島が潜っていた。弓のようにも見える連なりは、かつて日本列島と呼ばれた場所だ。

 そこに生きていた人々が去り……しかし新たな人々がたどり着いた時代。この地の名についても、残された記録から彼らは知った。惑星Ziから地球に移り住んできた人々は。

 前年、新地球歴三〇年に繰り広げられた数々の戦いは彼らの二つの国家、共和国と帝国の団結を促した。その一方で荒廃した国土、北米大陸から外に豊かな土地を求める動きは加速し……この地に至ったということになる。

 北米からシベリアを経て、北海道と東北へ。人の営みの光は惑星の影の中に浮かび上がっている。その一方で列島中心はまだ開拓の前線の彼方であり、それ故に先行した光は夜闇の中に鮮明だった。

 その位置は、関東地方の中心に残る東京の残骸の中。まだアスファルトが大地の上に残るその土地が、彼らには必要であった。

『ではこれより……ゾイド因子オメガ除去実験の先行チェックを開始します』

 広い五叉路の跡地をサーチライトが照らし、その光の中には大地に設置された煙突状の機材があった。

『各員は配置の最終チェック報告をどうぞ』

『抽出機班、よし』

『中和作業班、よし』

『応急対処班、よし』

 路上に設置された機材とケーブルで繋がるコンソールに向き合う者達。そこから一歩下がり、一体のゾイドの周囲に集まる者達。そして遠巻きにこの現場を囲う多くの戦闘ゾイド。

 その規模がこの地で行われることの重大さを物語る。

 昨年繰り広げられた戦いの結果、この地球の大地に振りまかれたゾイド因子オメガ――ゾイドの攻撃性を高める生体因子を取り除く。それが彼らの目的だ。

 もっとも、開拓の最前線から遠く離れ――そしてこの自然環境とはほど遠い場所で作業を行うのは、この技術がまだ実験段階だからだ。ここで行われるのは実証試験前の機材チェックという、その成果がろくに記録にも残らないような作業である。

 だがその手順の一つ一つが、地球に移住して以来苦しい開拓の時代を過ごしてきた人類を、ゼログライジス事件を経て発展の時代に向かわせるならばと、関係者達は士気を上げていた。

『各部署準備完了。ゾイド因子オメガ抽出作業の先行チェックを開始します。

 目標抽出量は基準値の0.001%。抽出機稼働時間上限は三〇秒。実験開始……!』

 響き渡るアナウンスと共に、アスファルトの五叉路に設置された機器は作動を始める。この地球にまき散らされたゼログライジスの残滓、ゾイド因子オメガを取り除くための第一歩が始まる。この場に居合わせる者達の興奮は、静かだが確実なものだ。

 そして五叉路に設置された機材は静かに唸りを上げ始める。タービンの回転が地中から何かを吸い上げ始め――そして多数の照明が照らす中にも、薄紫の光を放ち始める。

 それは一年前の地球を混乱に陥れた、ゾイド因子オメガの光だ。歴史の裏で暗躍してきた者達の力の源であり、巨獣ゼログライジスとその配下のゾイドであるゼロファントスがまき散らし、人もゾイドも苦しめたもの。それを大地から抽出し取り除く――偉大な行いになるはずだ。

『抽出速度は予測値の98%……』

「お、順調ですね」

「そりゃそうさ。この装置はあのボーマン博士の監修を受けているんだ。博士の作の、オメガレックスに使用されたデフレクターや、去年の騒動の中心になったリジェネレーションキューブは完全に稼働していた……。

 このゾイド因子オメガ抽出機も……」

 作業員達は互いに言葉を交わす。そして彼らの見る前で抽出機は紫の光を強め、さらに光の柱が高く立ち上っていく。

『抽出速度102%……110%。123%……?』

『おい、オーバードライブじゃないか』

『えー各員、作動時間一八秒ですがチェック中止です。――おい、停止コマンド』

『もう入れてます……!』

 チェック作業の統括室からのアナウンスに混乱の色が混じる。

『WARNING! WARNING! ゾイド因子オメガ抽出作業停止不能! 抽出因子量が実験用溶媒の許容量を超過します!

 各員は緊急事態aの対応マニュアルに従って行動して下さい!』

 作業エリアの各部に用意された赤色回転灯が作動し、緊急事態を告げる。ゾイドの攻撃性を高める因子の純粋物が過剰に蓄積し、煙突状の装置の上に何か光の影を描き始めていた。

『ゾイド因子オメガの緊急相殺作業を行います。クリューガー准尉――アカツキライガーを前に!』

「――了解しました」

 鋭いアナウンスの中、強まっていく紫の光。そこに踏み込んでいく機影が一つあった。

 それは重厚なライオンの姿を持った巨体。正面に向いた面が多い装甲は、その厚みであらゆる攻撃を受け止める意図を感じさせる。

 その一方で、ゾイドの武装プラットフォームとして使われることが多い背面に一切の武装を背負っていない。そんな、パールホワイトと朱色のゾイドがそれだった。

 アカツキライガー。ワイルドライガー種をベースとして――高濃度のゾイド因子を浴びて変化した神秘のゾイド、若き英雄レオ・コンラッドのライジングライガーを模して改造された機体だ。同じような高容量ゾイド因子保有機体であり、ゾイド因子オメガ除去作業の要となる、非戦闘用ゾイドとして生み出されたもの。

 紫の光を浴びて歩み出る機体は、二つの装甲色が合わさって橙の煌めきを放っている。その機体を操るのは、操縦席に跨がる小柄な姿。

「リン・クリューガー……アカツキライガー、ゾイド因子オメガの相殺を行います!」

 若い女性ライダー。昨年の戦いで少なからず将兵を失った二大国は、若い士官候補生を急遽役職にあてていた。彼女もその一人だ。

 士官学校での成績が良かったから――そして体格に劣っていたから、実戦の場ではなくこの実験の場に送り込まれた。それがリン・クリューガー准尉だった。

 だがその覚悟は軍人のそれだ。目の前で荒れ狂うゾイド因子オメガの光に対し、彼女はアカツキライガーの操縦レバーを押し込んでいく。

「ファクターロアー……ドライブチャージ。アカツキライガー、いい!?」

 光放つ抽出機に迫る機体の中で、リンは愛機に呼びかける。未知の圧すら感じる中で、アカツキライガーは爪を立ててアスファルトの上を進んでいた。

「ファクターロアー……ゴーッ!」

 立ち上る紫の光めがけ、アカツキライガーは吠えた。その喉元で橙の光がわだかまり、そして叫びと共に放射されていく。

 その威力をもってゾイド因子オメガの相殺を行う。その役目の通り、アカツキライガーの叫びは紫の光を揺らめかせた。蝋燭の炎のように……。

 だが大地からわき上がる光は掻き消えない。

「…………! アカツキライガー! お願い!」

 リンの叫びに、アカツキライガーは一度息を呑むとさらに轟くような声を上げた。その咆哮が紫の光を揺らし――しかし、押された光は、挑みかかるようにアカツキライガーの方へ揺り戻してきた。

 降りかかる紫の揺らめき。そしてそこから浴びせられる、物理とは異なる圧がアカツキライガーを吹き飛ばした。

「ああっ……!?」

 戸惑うリン。そして砕けた古代の路面に倒れ伏したアカツキライガーは、これまでに比べてか細い声で悲鳴を上げる。

 戦闘用ではないアカツキライガーは……ライガー種の中でも好戦的ではない、大人しい個体が選ばれていたのだ。ただでさえ下から挑みかかるような威嚇のポジションに、圧倒的な力が上から降り注いではたまらない。

「ま、まだまだ……ファクターロアーを……」

『抽出速度250%ォ! 作動時間一分経過! 重篤事態です! レベルB要員までは退避! クリューガー准尉、アカツキライガーも……』

『おい、ヤバいぞ!』

 アカツキライガーが吹き飛ばされたことで、ゾイド因子オメガの収束は歯止めを失い加速していく。今やその光は虚空に、かつてこの地上を混乱に陥れたゾイドの姿を描き出していた。

『ゼログライジス……!』

 摩天楼の残骸の中にも明確な巨体。それは稲光に浮かび上がるように紫の光の強弱の中にその姿を描き、そして周囲に広がる鉄筋コンクリートの密林から徐々に体組織を掻き集め、実体を持ち始めている。

『全レベル作業員は緊急退避! 開拓兵団戦闘部隊は対象の撃破を……開拓兵団!? 応答をお願いします! 開拓兵――』

 金属を掻き集める風の勢いは、仮設の統括室を巻き込んで吹き荒れた。プレハブがその風に巻かれ、屋根も壁も失っていく。

『――クリューガー准尉! アカツキライガーを退避させて下さい! その機体は、この計画の希望――!』

 錆びた鉄骨が統括室にめり込み、アナウンスは途切れた。そしてその声に、若いリンは唖然とする。

「それは、どういう……」

『各部隊に告ぐ。

 やったぜ、想定通りだ。抽出機に施した工作は正しく機能している。

 抽出機周囲の制圧を開始せよ』

 緊急事態に備えていたはずの外周部隊の通信は異常なほど落ち着いていた。そして紫の光を遠巻きに囲んでいたゾイド達の中から、一体のゾイドが歩み出てくる。

「ロイ中尉! なぜ部隊を動かさないんですか!? 事故が起きているのは事実――」

『事故なんかじゃないぜ』

 外周部隊の指揮官――ロイ・ロングストライド中尉の通信がリンに応じる。彼の指揮官仕様ギルラプターが、紫の光に照らされてその姿を夜闇に浮かび上がらせた。

『俺達は去年みたいな……戦乱の時代を求めているんだぜ。准尉、知らなかったのかい』

「中尉! あなた達はまさか、反乱を……!? やめて下さい! 磨り潰されるのが関の山ですよ!」

『イレクトラ・ゲイト達に取り込まれた連中のようにならなければ目はあるさ……』

 ロイのにやついた声と共に、ギルラプターは鎌のような足の爪でアスファルトをノックして話を急かすような態度を見せる。

『本土から離れたこの山がちな列島に、強力なゾイド。それらをもって未開の土地の最前線を占めれば、仲良しこよしな二つの国の関係にくさびを打てる第三勢力になれる。

 なまっちょろい二カ国とは違う、戦いが富を生む国……素晴らしいだろう』

 ロイが語るビジョンに、リンは操縦レバーを握りしめ、歯ぎしりの音を立てる。それはかつての戦いを経て、開拓の時代を始めた世界に逆行するような言葉。

 だが今この場で、その言葉を実行できる力の持ち主は彼らだ。リン一人、アカツキライガー一体では立ち向かうことなどできはしない。

『しかし我々の描く未来には……ゾイド因子によるゾイド因子オメガの相殺が可能なその機体は障害となるな准尉。

 アカツキライガーを差し出せ。そうすればお前は新たなる国家で気楽に一生を過ごせるだろう……』

「そんなこと……できるものですか!?」

 リンは叫び、そして左右に視線を振る。この場を脱し、この企みを誰かに伝えなければならない。

 だが本来実験で生じる不備に対応するために配備されていたのがロイ達の部隊だ。その包囲網は完璧なものであり、非武装のアカツキライガーが突破できる空間は存在しない。そのように見える。

『力があれば、力が無い相手には思うがままだよ、准尉……』

 ロイは誘うような声をかけてくる。

 だがリンはここに至るまでに学んでいた。軍人は、自分の国も含めて世界の平和を守るために命をかけるのだと。そうでなければ彼らのような存在になってしまうのだと。

「あなた達の言うとおりには……できません!」

『じゃあどうするっていうんだ? ここからそのライガー一体の力で、逃れられるとでも?』

 圧倒的優位からあざ笑う声音がリンの耳朶を打つ。そしてわき上がる焦燥感の中、リンはこの試験のために用意された土地に立つ一世紀前の駅舎の廃墟を見上げた。

「やってみなければわかりませんよ! あなた方の企みのように……」

『交渉決裂だな。じゃあ、続きはあの世からご覧下さいまし――。

 総員かかれ! ゼログライジス周辺を確保しろ!』

 ロイの号令と共に、周囲のゾイド部隊が動き始める。そしてロイ自身のギルラプターも、アカツキライガーめがけ突進し始めていた。

 リンは操縦レバーに活を入れる。戦闘ゾイドではないということになっていても、そこはライガーだ。大きな跳躍がギルラプターの突進を躱す。

『迂闊に飛ぶんじゃないよ!』

 だがロイの対応は早い。路上でクイックターンしたギルラプターが、腕に懸架したチャージミサイルランチャーを空中のアカツキライガーに向けてくる。

 放たれるミサイル。炸裂する弾体。その威力にアカツキライガーは古の駅舎へと叩きつけられた。

 だが戦闘用ではないにせよ、分厚い装甲を持つアカツキライガーはダメージに耐えていた。鉄筋コンクリートへの激突から落下したライガーは、滑るように走り出す。

『こいつ、なにを……』

 ロイが上げる声を背後に、リンはアカツキライガーを走らせる。その先には、この地域の概略図に垣間見た情報が示す位置がある。

 再びの跳躍から、アカツキライガーは路面の一カ所へ両前足の爪を叩きつける。そしてその一撃がアスファルトを粉砕し、アカツキライガーの姿は砂煙とガレキの奥に消えた。

『な……なんだこれは』

『前世紀の地下鉄だ! まずいぞ、この東京エリアの地下鉄路線は複雑だったはず……!』

 突如姿を消したアカツキライガーに、ロイの部下達は狼狽える。しかしそれもつかの間、ロイのギルラプターが咆哮を上げることで混乱は釘を刺された。

『狼狽えるんじゃねえ! 力不足の対抗手段なんて一つ残ったところでどうにもならねえんだよ! 手が届かないなら無理に追うこともねえ。

 今の俺達に必要なのはヤツだろうが。総員、抽出機周辺を固めろ!』

 ロイの怒鳴り声が部隊の動きを導いていく。今や脈動にも似た明滅を繰り返しながら強くなっていく、紫の光の周囲へ。

 抵抗する者がいなくなった廃都市に、野望が連なる。

 

 そしてその数分後、駅舎跡を臨む坂の上に動きがあった。

 うち捨てられた地下鉄入口の階段を粉砕し、地中から姿を現わすゾイドが一体。それは包囲下から逃れたアカツキライガーの姿だった。

 土砂にまみれながら地上に這い出したアカツキライガー。その操縦席を開き、リン・クリューガーは遠く視線を飛ばす。

 周囲から一段深く沈んだ駅舎脇から上がる光。今やそれは周囲から巻き上げた物質により、確かに実体を持っていた。

 ゼログライジス。人類に先んじて地球に落着し、惑星の環境を破壊しきろうとした恐るべき存在。その襲撃を受けた共和国首都は未だ復興を遂げていないという。

 歩き回る災厄と言うべきその姿は幾度も報道の中に姿を現わし、そして今リンが見る廃都の中に蘇っている。かつてのような荒ぶる姿ではなく、項垂れ、沈黙した巨影。

 そしてその周囲でゾイド群が動き、ゼログライジスの体に拘束ワイヤーがかけられていく。この夜が明けるよりも先に、あの姿は企みを持つ者の元に連れ去られてしまうだろう。まき散らす災厄の種と共に。

「止められなかった……」

 吹き付ける風に長い横髪を揺らすリンは、しかしそれを押さえつけることもできずに嘆きの声を放っていた。倒れ伏すアカツキライガーも共に。

「地球は救われたはずなのに……。

 私達が次の救いを生み出すはずだったのに……!

 アカツキライガー、私、どうしたら……」

 コンソールに突っ伏するリン。まだ年若い彼女の涙を首筋に受けながら、アカツキライガーは傷ついた体を引きずって振り向いた。

 北へ。そこにはこの日本列島の開拓を任せられた合同軍第七開拓兵団の司令部がある。

 ロイ達の行いが反乱だというならば、司令部はそれを看過しないはずだ。若く階級も低いリンでも訴えられることがあるはず。

 北へ続く列島。そこに続く長い闇と、その向こうに見える文明の光へとアカツキライガーは歩んでいく。

 今、歴史の一ページがめくられる。たった一枚だが、そこに綴られる者達にとっては長い一ページが。

 

 

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NEW EARTH ERA 31 9/18 09:32

IMPRESSION

・ギルラプター
 デイノニクス種の中型ゾイド。
 その機敏な運動性と、鋭利な爪、そしてワイルドブラスト時に展開するウイングショーテルの鋭さが戦闘能力として注目される地球産ゾイド種の一種である。
 しかし実戦、及び民間も含めた運用の現場でギルラプター種に向けられる評価において無視できない要素であるのは、この種が持つ高い知能である。共に行動する人類の機微を感じ取り、個体によってはそれに応じ、あるいは異なる有り様を示すその形態は、他にも知性的なゾイドが存在する中でも非常に人間的であると言えるだろう。
 攻撃的な形態を持つ一方で非常に繊細であり、人類に近しい存在。地球生物学上に存在した恐竜種に人類のような知的生命体への進化の可能性が論じられていたことを思えば、この種のゾイドにそんな性質が見られるのはそれほど奇妙なことではないのかもしれない。


新地球歴三一年 九月一八日 〇九三二時

日本列島 東北エリア 大湊開拓前線司令部

 

 東京での出来事から一週間近くの時間が過ぎていた。

 ゼログライジスの再誕とロイ達の部隊の反乱に居合わせたリンは、今その身を本州の北の果て、大湊に置いている。現場から脱出した彼女はアカツキライガーと共に開拓兵団本隊に保護され本州開拓事業の頭脳となるこの地へ移送されたのだ。

 一昼夜に渡る逃避行で衰弱した体に治療を受け、事情聴取も受け、そしてこの日が訪れた。ベッドから起き上がり病棟を後にしたリンが見るのは、仮設建造物や天幕が並ぶ大湊開拓前線司令部の威容である。

「最初に見た時はもうちょっと規模が小さかったっけ……」

 北米大陸から始まった開拓の流れは、この日本列島には北海道地区から注ぎ込まれた。現在もその北海道の開発が進められており、その一方で本州への橋頭堡として設けられたのがこの拠点。合同軍と入植者からなる開拓兵団の指揮を執る司令官も、今はこの本州側司令部に来ているのだという。

「今回の事件のために増員するって言っていたし、この中にもそのために作られたものもあるのかな……」

 反乱を起こしたのがロイ達なのはリンにもわかっている。だが目の前で起こる出来事を止められなかったことは、リンの責任感を苛んでいた。あの場で自分とアカツキライガーが、暴走する抽出機を止められればという思いは募るばかりだ。

 アカツキライガーはどう思っているだろうか。そう疑問を抱いた頃に、屋外駐機場に置かれたライガー自身の姿が見えてくる。

 そこでアカツキライガーは、横に立つギルラプターにすりつかれていた。その様子に、リンはただでさえ意識が向いていた東京での出来事を瞬間的に喚起される。

「お……オワ――――っ!」

 漫画的にその場で跳躍したリンは、駐機場への道を駆け抜けた。アカツキライガーにじゃれつくギルラプターは、ロイのギルラプター指揮官仕様に似た暗い色合いをしている。装甲の黒の中に、石材の模様のように赤いラインが走っているのが独特の質感だ。

 そして頭部には放熱用のブレードがトサカ状に取り付けられている。Z・Oバイザーも装備しているにもかかわらず、あまりにも自然な動きだ。顔を寄せられ、アカツキライガーはどこか観念したような目で虚空を見上げている。

 ともあれ、アカツキライガーにギルラプターが迫っている様子はリンにとっては気が気ではない。

「ちょ、ちょっと! あのギルラプター誰のですか! 大丈夫なんですかあんなに動かして!」

「ああ悪い悪い。こいつついさっきまで輸送のために固定されてたから体を動かしたくて仕方が無いと思うんだよね」

 そう言って歩いてくるのは、帝国の軍服に身を包んだ男だ。呼吸器を付けていることから第一世代とわかるし、軍服に付けられた勲章からその経歴もある程度窺える。惑星Zi時代の戦闘に参加したことを示すものもあった。

 この地を訪れる高官。リンは相手の名を思わず声にする。

「あっ……アハトバウム少将! これはその……!」

「いいっていいって。愛機のことは心配だよな。ただまあ……俺の〈ナハトリッター〉は人なつっこいだけだから、大目に見てやってくれ。

 アカツキライガーはゾイド因子増強機体だから、そばにいると心地いいってのもあるかもな」

 気さくに応じる男は、グロース・アハトバウム。帝国から合同軍に出向した少将であり、この日本列島を担当する第七開拓兵団の長だ。

「アカツキライガーを……ご存じでしたか」

「俺は兵団長だもん。担当エリアで行われることについては全部目を通してるよ、リン・クリューガー准尉」

 白髪交じりの黒髪を脇に撫でつけながら、グロースはマスク越しに微笑む。余裕のあるその表情に、リンは恐縮した。

 リンが属していたゾイド因子オメガ除去の研究チームは、第七開拓兵団に後から加わったチームでもある。ロイ達の企みがいつから始まっていたかはわからないが、今回の騒動を外から持ち込んできた形になるのは事実だ。

 だがグロースは、そんなリンの引け目を見抜いているようだった。少将、という立場を得るまでに経験してきた事柄の中に、リンのような若者を相手にした経験もあるのだろう。

「東京では大変だったな。ま、二つの国が去年のことで国力を落とした結果として、一旗揚げてやろうってヤツが出てくることは予想できていたよ。真帝国なんて奴らもいたしね」

 困った奴らだ、という風にグロースは肩をすくめる。その芝居がかった身振りに、リンは聞き入る。

「血気盛んなのはいいことだが、しかし合同軍の資産であるゾイド因子オメガの抽出装置や、あれだけ猛威を振るったゼログライジスを利用しようってのは行きすぎだよな。

 成敗してやらなきゃならんが……それにはリン准尉やアカツキライガーの力も欠かせないだろう」

「でも、私とアカツキライガーは東京でゼログライジスの発生を止められなくて……」

「それについては、かのボーマン博士から提言が届いている」

 リンを遮り、グロースは自身の情報端末を取り出した。液晶パネルには文書データが表示されており、

「アカツキライガーのゾイド因子放射は現在の形では効率が良くないようだから、ボーマン博士の手による追加装備が届く予定だ。追加の戦力と一緒にね。

 それを装備した、いわば〈アカツキライガー改〉と共にリン准尉には反乱軍討伐部隊への配属を命じる。俺の直下について貰うから、よろしくな」

 グロースの言葉を、リンは噛みしめる。失敗をしたと思っている自分に、新たに与えられる装備と機会。それは罰か、挽回か。

「ちなみに出現したゼログライジスについては、ゾイド因子オメガの高凝縮体であったオリジナルのゼログライジスが失われた結果として、現在の地球に広がっているゾイド因子オメガにはヤツの形が取りやすい形状として残っているんだそうだ。

 いわば今回出現したゼログライジスは、去年のヤツの残像だってボーマン博士は分析している」

「残像……」

 確かにリンが目撃したゼログライジスの出現は、あやふやな光からの現出だった。鋳型に原料が流し込まれていくように周囲から様々な物を掻き集めていたのも覚えている。

「故に今回の個体はゼログライジスそのものではなく、ゼログライジス〈ネガシルエット〉と呼称する。

 俺の目標は反乱軍の撃破。君の目標はネガシルエットの撃破。今はそれを考えるんだ。いいね?」

 悪戯っぽく指を立てるグロースの姿は、リンの活躍を促している。思いは一つに定まらないが、リンは支えを一つ得て奮い立った。

「……頑張ります」

「ははは、最善を尽くすことは期待するけど、無茶はするなよ。そこを見誤るとキャリアを積んでいけなくなるから気をつけるように。

 こんなマスクが必要無い時代を担っていくのは君達の世代なんだから、自分を大事にな」

 少将らしい含蓄も、グロースの口から出る時はどこか楽しげだ。彼にとってはこの状況も、乗り越えていける出来事だということだろう。

「今日この後、反乱軍討伐の主力として派遣されてくる戦力がここに到着する予定だ。アカツキライガーの新装備と一緒にな。

 まずは迎えに行こうぜ。今回の作戦は、そこからスタートだ」

「はい!」

 戦地への誘い。本来なら剣呑なはずのそれに、リンは自然に応じることが出来た。

 歩き出すグロースが手招きする。リンはそれに続き――そしてその傍らでは、アカツキライガーにナハトリッターがじゃれつき続けていた。ゴツゴツと鳴る金属音と共に。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/18 11:21

IMPRESSION

・NEW EARTH ERA 30『山彦の守護神』
 『ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL』第一話。
 新地球歴30年初頭の冬。まだ対立関係を抱えていた共和国と帝国の国境緩衝地帯となる一つの山地があった。
 天然の要害の上、冬は吹雪に閉ざされるその地は立ち入る者が少ない。だが周囲に比べて標高が低い"ヤスリの尾根"と呼ばれる一角は帝国軍の偵察行為のために陸に空にしばしば侵犯の手が伸びていた。
 そんな地を共和国から任せられていた山岳傭兵"煙突掃除夫"ことブルーダーはある日いつもと異なる動きをする帝国軍から一人の少女を保護する。
 そして彼女を追うと共に、山岳戦のプロとして地域に名を轟かすブルーダー自身を狙う帝国の貴族"死化粧"ララーシュタインの姿もその尾根に迫っていた。
 少女ユインが握る秘密と、ブルーダーと愛機だけが覚えている過去、ララーシュタインの矜持が吹雪の中で交錯する。


新地球歴三一年 九月一八日 一一二一時

大湊開拓前線司令部 港湾部

 

 昼前、リンを連れたグロースが訪れたのは大湊司令部の軍港部。グラキオサウルスとガブリゲーターからなる第七開拓兵団の海上兵力が待機しているが、今穏やかな湾内には外洋の旅を終えた船団が入港してきている。

 グラキオサウルスによく似た長い首を海上に突き出してコンテナ船を引いているのは、海洋首長竜種ゾイドのネーバルサウルス。昨年の出来事以来各地に出現し始めた新種ゾイドの一体であり、こうして輸送に供される就役個体はまだ貴重なものだ。

「大船団……ですね。どれだけの戦力が運ばれてきたんですか?」

「俺の要請で動かせる戦力だから規模としてはそこそこだ。元から遊撃隊気質のあるところで……一個師団には足りない。

 ただ資金面を指揮官自身の家がある程度賄っているんで自由度は本当に高いんだ。

 ララーシュタインって言って、共和国出の准尉にはわかるかな?」

「名前だけは……企業でしたっけ?」

「企業もいくつか持っているけど、実体としては貴族ってやつだ。帝国建国に関わって以降、有力な一族として帝国の様々な事業に顔を出している。

 そこの現当主が司令官を務めるセプテントリオン戦闘団という部隊に声をかけたんだ」

 共和国育ちのリンとしては、帝国の事情については関心ばかりだ。もし下士官の促成教育が正常な過程を踏んでいれば、戦略的にその点については触れられただろうに。

 だがグロースが新たに出した名前は教育課程とはことなるルートからリンも耳にしていた。

「セプテントリオン戦闘団……真帝国や、イレクトラ・ゲイトの戦力相手にもよく戦っていた部隊だと聞いています。

 帝国軍の中でも動きが活発で……それってその、ララーシュタインさんがトップだからでしょうか」

「そんなところだ。物資なんかも自前の資金で都合してしまうような男だしね。

 だがそれ以上に……帝国のために戦うことへのモチベーションが尋常ではない奴でもある。貴族として皇帝陛下に尽くし、民草の規範たらんとする貴族の末裔が自分だという考えの持ち主だからね」

「ノブリス・オブリージュ……でしたか」

 リンが口にした言葉に、グロースはそれそれとサムズアップを見せる。そしてそんな彼の陽気な様子に、背後に控えるナハトリッターもカチカチと爪を鳴らしてはしゃいでいるようだった。

 輸送船団の入港は、簡略化されているが歓迎の態勢で迎えられている。グロースがここにいるのもそのためであり、リンはこれから始まる作戦でグロースに付き従うことと合わせ、ここにアカツキライガーを出すためにも同行している。

「輸送艦隊とセプテントリオン戦闘団の入港を祝し、軍楽用意。演奏始め!」

 接岸作業が始まる頃、周囲の軍楽隊が演奏を始める。彼らもグロース同様北海道エリアからこの拠点に移動してきた部隊であり、本来は開拓兵団麾下でのイベントや、来賓相手の活動をしていた。

 軍楽隊としては珍しく配備されたゾイド、ナックルコングがドラミングで低音を添える中、ネーバルサウルスが引く艦隊はコンテナ船を桟橋に繋げていく。そして最初に接岸した一番艦から、二体のゾイドが降り立つ。

 姿を現わすのは艶やかな紫色のファングタイガーと――対照的に、くすんだ灰色のハンターウルフ。特にハンターウルフの側は装甲の角に衝突による塗料の禿げが見受けられるような、歴戦と言えば聞こえがいいが粗末な風体である。

『ブルーダー君、君輸送中の塗装直しは結局しなかったのかね!?』

『今のマットな状態の方が迷彩としては効果的なので……』

『いやしかし、こうして表舞台に出る場面もあるのだからねえ!』

『ゾイドにきらびやかさを求める層の需要は少佐の機体にお任せしますよ』

『君ぃ! 私のローゼンティーゲルを装飾品か何かと勘違いしていないかね!』

『直接戦った仲なのに甘く見るわけないでしょう……』

 軍楽に紛れてスピーカーで言葉を交わすそれぞれのゾイドのライダー。そして二体はライダーの言い争いをおくびに出さずに、グロースとリンの前まで進んで立ち止まる。

 降り立つ二人のライダーはファングタイガーからは帝国の、ハンターウルフからは共和国の耐Bスーツを来た男がそれぞれ。特に共和国側の男は寒風に耐えるためか、丈の長いポンチョを羽織っていた。そして二人はグロースへと敬礼を送る。

「セプテントリオン戦闘団、司令官アルベルト・ララーシュタイン少佐。只今を持って着任いたしました」

「セプテントリオン戦闘団客員、ウィルソン・ブルーダー少尉。同じく着任します」

 言い争っていたが、二人の敬礼は手慣れたものだ。片や帝国の者は刈り上げた髪と青いアイシャドー、片や共和国の者は無造作な髪に規範外の服装。どちらも乱れた姿をしているにもかかわらず、その立ち居振る舞いは将官たるグロースにも引けを取らないものだった。

「グロース・アハトバウム少将だ。今回の事件、協力して解決にあたろう。ようこそ第七開拓兵団へ」

 グロースは指揮官ララーシュタイン、客員のブルーダーに返礼を返し、さらに握手していく。その手慣れた様子に、士官学校を促成課程で出たばかりのリンは面食らうばかりだ。

「……こちらの方は副官ですか? アハトバウム閣下」

 手持ちぶさたなブルーダーが、グロースの隣で縮こまるリンを横目に見て問いかけた。その動きに、ララーシュタインは先に気付いていたという体で傍らのブルーダーに口の端を吊り上げる。

「手が早いなブルーダー君。ユイン君を射止めただけのことはあるか。

 だがパートナーがいるのによそにちょっかいを出すのはジェントルマンのすることではないと思うよ」

「そう言うあなたも後ろのゾイドごと気になっていたでしょうが?」

 ブルーダーの問いに、ララーシュタインとその後ろの紫のファングタイガーはそろって視線を逸らす。ナハトリッター同様Z・Oバイザーを取り付けられているとは思えない挙動だった。

「……さすが『死化粧』ララーシュタインに『山彦の守護神』ブルーダーだ。

 ご察しの通り彼女は今回の作戦の重要人物で、運んできていただいた装備を取り付ける特殊ゾイド、アカツキライガーのライダーだ。リン准尉?」

「あっ……はい」

 グロースに促され、リンは前へ一歩を踏んだ。無帽故に頭を下げ、

「リン・クリューガー准尉です。ゾイド因子オメガ除去研究チームより、現在はアハトバウム少将麾下に着いています。

 ロイ中尉達……反乱軍を、今回の事件を……解決したいです。よろしくお願いします……!」

 歴戦が窺えるララーシュタインとブルーダー。その二人に頭を下げるリンの背後で、アカツキライガーもまた息づかいと共に頭を垂れていた。

 その動作にファングタイガーとハンターウルフは超然とした佇まいを見せる。そしてその前で二人の男は互いの顔を見合わせ、

「准尉、アカツキライガー及びゾイド因子オメガ除去の研究については私達も聞き及んでいる。よろしく頼む」

 応じるのは戦闘団司令ララーシュタインだ。だが彼は手振りを伴ってリンに問いかける。

「しかし解決とは、ゼログライジスの現し身の撃破か、確保か、あるいは君が目撃したロイ中尉の離反への断罪か、どのような形なのだろうか」

 問うララーシュタイン。そしてそれに相対するリンは、その答えを即座に出せなかった。

 己の中に、確かにロイや、彼の手に渡ったネガシルエットへの思いは渦巻いている。

 だがそれを言葉に表わせばどのようなものになるか、そのフォーカスは……リンにはまだ出来ていなかった。

 そしてリンの背後でアカツキライガーも、狼狽えるように後ろに一歩を踏んだ。Z・Oバイザーを取り付けられていないゾイドだとしてもプリミティブなその反応。

 それらを見渡し、ララーシュタインは傍らのブルーダーにまた視線を投げかけた。

「まあ、すぐに答えが出るものでもあるまい。どのみち反乱者を野放しには出来ないのだし、我々の戦いは始まる。

 答えはいずれ出るのだ。それまで思うなり、一心不乱になるなり、それは君の自由だろう」

 そう言うと、ララーシュタインは一度リンの肩に手を置いて歩き出す。

「さて、入港記念のパレードが行われる予定なのであるよなあ!

 ブルーダー君、せめて愛機の立ち居振る舞いぐらいはこの場に相応なものにしてくれたまえよ!」

「エコーはそんな振る舞い方なんか知らないんだけどな……」

 連れ立っていく二人を見送りつつ、リンは己に愕然としていた。

 不確かなままに、グロースの元で立ち上がろうとしていた己の足下を見透かされたようで。しかしその原因は自分自身であり、

「うっ、ぐっ、うう……?」

 急所を突かれたように苦しむリンに、背後のアカツキライガーは不器用な唸り声を上げて寄り添う。

 だが金属の巨体はリンに触れられない。そこへ、リンの頭を上から覆う手があった。

「……答えを出して戦場に立てる者の方が少ないんだぜ、准尉。

 なに、いざとなったら俺の命令に全てをおっかぶせてくれても――」

「い、いえ」

 グロースの気遣い。しかしそれを受けて、リンは顔を拭いながらも首を振った。

「私とアカツキライガーには、本来ならさらなる役割があったはずなんです。だからいずれ、私の役職に対する決意を決める時は訪れるはずだった……。

 ララーシュタイン少佐の問いは、その点を射貫いていたと……私はそう思います」

「そ、そうか? うーん、ララーシュタイン少佐は己のポリシーから君にそんな質問をしたんだと思うけどな」

 ララーシュタインは己の生家のこともあって極度の貴族主義者だ。規範意識を持つ者がそれを示して人を導くべきと、そんな意識を持っている。だからこそ敵対していたはずの共和国の兵を客員として招いてもいるのだろうし、リンにもその立場からの問いを放ったのだろう。

 若きリンには重すぎる問い。しかしリンは……それを受け止めたようだった。

「私は答えを出します……! この戦いの中で!」

「……そうか。うん……」

 涙を浮かべながら、拳も握りしめるリンをグロースは複雑な面持ちで見ていた。そしてそんな二人の前に、トレーラーを引いたキャタルガが一体、コンテナ船から進んでくる。

『優先輸送物資です。ボーマン博士からの物資……アカツキライガーの追加武装をここに』

 呼びかけるキャタルガの操縦手からの声にリンとグロースが視線を挙げれば、トレーラーに載せられた装備が見える。

 双胴式のユニットの中央に、前方に展開する銃剣を挟み込んだ武装。一方にはドラムマガジンを抱いた機関砲、もう一方には銃剣を突き出すための炸薬を封入したリボルバーが見て取れる。

「これは……〈ライジングライガー〉と同じ装備」

 リンを抱き留めるグロースがその威容を見て断じた。それは昨年の事件でゼログライジスを封印せしめたゾイド因子強化ゾイド――ライジングライガーと同じ装備であった。

 それを参考にしたアカツキライガーには問題なく適合するだろう。しかし、かつての一撃を繰り出した英雄の存在を思えば、グロースの腕の中にいる少女はあまりにもか弱い。

「……運命というものは、いつもあまりにも過酷だね……!」

 歓迎式典を見渡す中、グロースの呟きは鳴り響く曲の中に掻き消えていく。

 だがその背後で、いつもは楽しげに過ごしているナハトリッターが項垂れている姿だけがこの戦いの真髄を示していた。

 

「ララーシュタイン卿……あんなことを問う必要はあったのか?」

 歓迎パレードの先頭に立ち、自分達のゾイドを先導するブルーダーはララーシュタインに問いかけた。そして軍楽隊に笑みで手を振ったララーシュタインは半眼でブルーダーに視線を戻し、

「私の知りうる限り、この問いに答えを持たぬ者は必ず戦いの中で命を失ってきたものであるよ。

 もっとも、答えの持ち主であって亡くなった例はあるのだがね」

 ララーシュタインは腕を組み、静かに独白する。それを横目に見るブルーダーは、その声音にララーシュタインが込めた思いを見出していた。

「ヤスリの尾根での戦いの後、何かありましたか?」

「『セプテントリオン戦闘団を設立した』とも。地球入植以降、陸路で北極点まで最接近したという実績もあるね」

 ララーシュタインの立ち居振る舞いは凛としたものだ。だがその一方で、どこか寂しげに視線を切る仕草も見て取れる。

 その隣に並ぶブルーダー。怪訝そうな表情を浮かべるしかない彼だが、そこへ駆け寄る人影があった。

「ブルーダーさん! パレードにポンチョはまずいですって! 回収しますから!」

 駆け寄ったのは軍服ではなく、民族衣装を着た少女。彼女はブルーダーからポンチョを預かって後列に戻っていくが、ブルーダーとララーシュタインはその背を視線で追い、

「……今のがユイン君かね」

「そうですよ。あのポンチョも、折角刺繍をユイン自身が縫ってくれたものなんですが」

「民族のアイデンティティである染料の作物は無事その数を増やしたのであろうな。

 あの時君を討ち取らなくてよかったと思うよ」

 ブルーダーとその側に控える少女について、ララーシュタインは遠い目で告げる。その様子を見てブルーダーはかつての彼の苛烈さとは異なる点を見出した。

「……ララーシュタイン卿。なにかあったんでしょうか」

「……あったとも。だからこそ思うのだよ」

 ララーシュタインはそう言ってブルーダーよりも前に一歩を踏んだ。

「時間があればな、と。誰にも、答えを出してそれを実現できるだけの時間があるべきだと。

 問いを放った以上、私はリン准尉に時間を与えねばならぬ。

 かつて敵対した仲ではあるが、協力していただけるかね。ブルーダー少尉」

「……あなたほどの人が言うならば、それが正しいんでしょう。

 『本能』の住民としては、そう感じますよ」

 かつての戦いで二人と二体が対立した軸。今それは、互いを理解する共通点となっていた。

「……『理性』が導く先を信じてくれるかね。『本能』の人よ」

「それを信じられなければ、あなたの招聘には応じませんでしたが」

 視線を巡らせてくるブルーダーに、ララーシュタインは苦笑を見せる。

 彼が辿った旅路をブルーダーは知らない。だがそこに秘められたものを理解できるのは、極限の環境で向かい合った者だからだろうか。

「……貴君と、彼女の奮戦に期待する」

「そのためには、ララーシュタイン卿も頑張りませんとね」

「私が頑張るのはいつものことである」

 二名はそう言葉を交わして互いの腕を交差させる。その様子を見下ろすファングタイガーとハンターウルフは、それぞれの主を誇りながらも、どこか面倒くさそうな視線を交わし合うのだった。



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NEW EARTH ERA 31 9/22 13:11

IMPRESSION

・開拓兵団
 惑星Zi人達がはじめに降り立った北米大陸から外へ開拓の手を広げる組織が、開拓兵団である。
 彼らの原型は新地球歴三〇年に起きた諸々の事件に対処すべく決戦された二カ国合同軍であり、外界の開拓という自己完結力を求められる任務を行うこともあって軍事組織ベースの集団となっている。その一方で開拓した土地を人類の生存圏とするため、多くの非戦闘員も同時に存在する。
 ジャミンガの発生が抑えられた新地球歴三一年ではあるが、未知の危険に備え軍が先陣を切って進み、人々がそれを追う。巨大な文明のスチームローラーとして放たれた存在が開拓兵団達であるといえよう。
 その一方で、設立間も無いこれら組織の中では最適な配置の模索や、後から技術的指導を行うために訪れるものもいるなど内情は流動的である。さらに合同軍からの移管や官民の連携、そして急速な人材確保などの面に設立されて間も無い組織独特の歪みも見受けられ、各兵団長は開拓以外にも様々な問題に立ち向かわなければならないようだ。
 開拓という道に背く者達が付け入った隙は、まさにその点であろう。しかしそれでも、人類の歴史は世界を広げることで続いてきた。多くの者達は先人の偉業を思い、そして自分達自身も歴史の最先端に生きる意気を手にしている。


新地球歴三一年 九月二二日 一三一一時

東京エリア

 

 ゾイド因子オメガ除去チームを謀ってゼログライジスの現し身、ネガシルエットを強奪した者達を追う討伐部隊の戦いは始まった。

 グロースが指揮を執り、主戦力としてララーシュタインのセプテントリオン戦闘団を含んだ一行は発端の地東京への進軍ルートを取り、そしてかつてリンが見た風景を視界に収めるに至っていた。

「シブヤ・スクランブル交差点跡地……ふむ」

 リンを伴って調査に訪れたグロースが見るのは、ゾイド因子オメガ抽出機の稼働実験が行われた地だ。そこにはアカツキライガーの抵抗の痕跡と共に、巨大な足跡が南の道へと続いていた。

「抽出機の残骸も回収されています。修理を行って、ネガシルエットの強化に用いるのでしょう……」

「ふむ……彼らがゾイド因子オメガの除去をやってくれるんならいいんだけどな。ま、アカツキライガーがここにある以上奴らにはその手段が無いわな。

 ヤツらに出来るのはネガシルエットを強化することだけと」

 グロースが軽口を叩いてリンの肩を叩くが、リンは唇を噛み、拳を握りしめていた。彼女を見下ろすアカツキライガーも、大人しい気質ながらに唸り声を上げて俯いている。

「……まあ、そう気を落とすなって。これからララーシュタイン達も味方になって、奴らを追い詰めていけるんだから。

 と言っても、若い内はそう割り切れないもんだっけか」

 一人と一匹の様子に、グロースは腕を組んで苦笑い。彼にもそんな時代があったか、そんな仲間がいたか。その経緯は表情からは読み解くことは出来ない。

 そもそもリンは黙りこくりグロースに振り返りもしない。遙かに高い階級を持つグロースに敬意を払う若者らしい態度をしていたはずだが、失敗が堪えているのもまた若さ故か。

 そこへ、グロースの部下が彼に向けて走ってきた。渡される封書を開き、グロースは書面に視線を走らせる。

「……リン准尉、東京エリアで活動している他の部隊から呼び出しがかかっているぜ。共和国系のとこだな」

「えっ、私に?」

「この地域で発見されたゾイドについて、アカツキライガーの力が必要かもしれんらしい。君と同じ共和国系の派遣チームが立川という場所に待機しているそうだ。行ってみようか」

 突然の要請に、リンの表情は呆気に取られてグロースを見上げている。沈んだ表情が変わったことでか、グロースも翳りの無い笑みを返した。

 こういうときには成功を積み上げていくのが一番だ。グロースはそう感じる自身の思考に頷き、リンを苦い思い出の地から次の行き先に促した。そこでまだ年若い彼女に良い出会いがあることを期待しながら。

 

 そして反乱軍討伐部隊の移動が始まる様子を、東京の廃墟の一角から見下ろす姿があった。

 コンクリートの色を模したマントに身を包み姿を隠したそれは、グロースとリンの姿を追って移動し始めようとした。

 しかしふと何かに気付き、その姿はトランシーバーを耳元に当てる。一言を告げると、数棟離れた廃墟の非常階段で血飛沫が散った。

 暗闘がある。それは他の者が知らぬが故の暗闘だ。だが反逆の牙は、確かにこの地に巣くっているようである。

 

新地球歴三一年 九月二二日 一四三二時

東京エリア 立川

 

 移動したリンとグロースを待ち受けていたのは、風化した都市の中に広がる空間だった。アスファルトの舗装はひび割れ草生しているが、元々は飛行場か何かであったことが窺える。

 そしてそんな空間に、共和国軍の天幕が立ち並び活動拠点となっている。行き交う人々は共和国軍所属だが研究系の軍属が多く、ゾイドの姿は周囲を囲う護衛部隊に見えるばかりだ。

 だが天幕の並びにはよく見ればゾイド一体分の通路がある。そして今、リンはグロース達に先導されながらアカツキライガーをその先に進めていた。

 そこには一際大きな、ゾイド整備場に使われるような天幕がある。その入り口が開かれ、誘導はその中へ続いていた。

「この地域で発見されたゾイド……」

 その存在はあらかじめ伝えられている。しかし野生状態のゾイドが、取り押さえるための監視も無しにこんな研究拠点の中に安置されているということは、

「アカツキライガー、入場します」

 照明で照らされた空間へ。アカツキライガーは歩んでいく。背中に取り付けられた新装備の分姿勢を下げるのは、最近になってライガーが身につけた動作だ。

 そして天幕の中にいる影は、そんなアカツキライガーよりも低く体をうずくまらせていた。くすんだ青の、落ちくぼんだ目元のゾイド。

「これは……!」

『東京エリアに先遣隊として展開していた部隊が発見し、ここで検分されていた機体です。

 種はワイルドライガー。亜種が多い種ですが、これはその中でもワイルドライガーブレードと呼ばれるものです』

 スタッフがリンに告げる。インカム越しのその声は、事情の説明を続けていった。

『体構造の経年劣化や、施されていた塗装や装備の形跡からこの個体はゾイドクライシスの当時に発生したものであると判断されています』

「塗装に、装備?」

 このワイルドライガーブレードは野生ゾイドではなかったのか。そんな人為的な言葉が関わるゾイドなのか。

 見れば、うずくまるワイルドライガーブレードの脇、天幕の壁面に立てられたパレットに固定されたものがある。朽ち果てているが、金属製の物品が二つ。支持アームの先に機械の連なりがあり、装甲を支えるマウント部の周囲にだけカウリングの残骸があった。恐らくライガーと同じブルーだったであろうものが。

『この機体には操縦席の痕跡もありました。おそらくはゾイドクライシスに直面した地球人が戦闘ゾイドとして利用したということです。イレクトラ・ゲイトが引き起こしたゾイドクライシスの中で、地球人類が繰り広げた戦いの生き証人……このワイルドライガーはおそらくそれなんです』

 地球人類が、ゾイドクライシスによって一三〇年前の地球から姿を消した事実は昨年の事件の中で明らかになったことでもあった。そして本来なら遙か未来の地球に到着するはずだった自分達惑星Zi人の祖先が、その地球からの脱出者達かもしれないという。

『このゾイドを調査すれば多くのことがわかるのですが、なにせ一〇〇年以上のおじいちゃんですから。調査に耐えるだけの体力がもう残っていない。そこでアカツキライガーのゾイド因子で、このワイルドライガーの生命力を賦活したいわけです』

「ドーピングのようなものですか……。それこそこのライガーの負担になるのでは」

『大丈夫です。正常なゾイド因子は無生物と生物を区切るエネルギー。それはゾイドを死による停滞からも遠ざける存在です。

 必ずワイルドライガーの力になります! 私達を信じて下さい!』

 彼は研究スタッフ。このチームの関係者として、ゾイド因子投与の判断にも関わっているのだろう。

 その覚悟、自信。そんなものを感じて、リンは自分に立ち返って考えてみた。己がロイ達反乱軍を追う理由を、彼のように口にすることはできるだろうか。

 失敗を挽回しようとする気持ち以外に――自分に柱はあるだろうか。

 リンは汗ばむ手で操縦レバーを握りこむ。すると、アカツキライガーはかすかに首を傾けた。頭上の操縦席を、リンを見上げるようにするような動きだった。

 アカツキライガーは自分を気遣っている。そのことに申し訳なさと……心強さが沸いてくる。

「……一歩ずつ、進んでいこうか。アカツキライガー……」

 後ろからライガーの頭を撫でるように、リンはライガーのコンソールに手を触れた。そして機体が低く伏せるようレバーを押し下げる。

「わかりました。機体のコマンドシステムはこちらで管理します。ゾイド因子抽出の作業はそちらでお願いします」

『こちらこそよろしくお願いします! 頸部に出力コードを連結しますので、作業が完了次第アカツキライガーをエヴォブラスト状態に!』

 そう告げると、スタッフは周囲に控える仲間に矢継ぎ早に作業の指示を飛ばしていく。ライガーの首に存在する関節ボルトへ、野太いエネルギー伝達ケーブルが取り付けられた。そしてすぐさま作業員は退避し、アカツキライガーとワイルドライガーブレード、二体からフェンスで隔離された観測ブースに入っていく。

『準備OKです! リン准尉、よろしくお願いします!』

「……アカツキライガー! エヴォブラスト!」

 操縦レバーを押し込むリン。そしてその動作に応じ、アカツキライガーはゆっくりと起き上がりながら全身に力を漲らせ、さらにパネルラインや関節ボルトから橙色の光を溢れさせていく。

 巨体から溢れるほどの生命力。そしてそれは連結されたケーブルからも光を漏らしながら伝達していき、傍らの機材を経て、沈黙するワイルドライガーブレードへ。

 乾いてひび割れた土に水が染みこんでいくように、ゾイド因子の光はワイルドライガーブレードの全身に伝播していった。うずくまったままの姿は光に包まれていき――そしてやはり動かない。

 リンは歯噛みする。そしてその視線は、観測ブースのスタッフ達を捉えた。彼らも拳を握り、固唾を呑んでこの光景を見守っている。

「――ワイルドライガーブレードッ!」

 目の前で命の灯火を絶やしつつある存在。それに対し、リンは自分が抱く感情を理解するよりも先に声を上げた。

 そして同時に、アカツキライガーも吠えた。若き獅子から老いた獣に向けて轟く叫びは、天幕を支える鉄骨と、それを支える大地を震わせる。

 勇壮でもあり、挑発的でもあり、そして悲痛でもあるその咆哮。そしてスタッフ達が思わずインカムやイヤーカットを押さえて縮こまる中、錆びた金属が擦れる音が叫びに紛れる。

 こびりついた時間の残滓をこぼれさせながら、ワイルドライガーブレードはその顔を上げていく。それまで下にしていたために見えなかった右の横顔、焼けただれたような溶解の痕が露わになって、古き英雄の視線はアカツキライガーを正面から見据えた。

 あまりにも多くの見てきたであろうその目は、装甲と同じようにくすんでいる。しかしその眼差しは、光を放つアカツキライガーの姿を映して煌めいていく。

『動いた……! 大成功だぁ!』

『ありがとうございますリン准尉。ワイルドライガーブレードのバイタルが安定していきます。すごい、ここまでとは!』

 計測機材や、実際に立ち上がりつつあるワイルドライガーブレードを前にスタッフ達も歓声を上げている。その姿に、リンは胸元から熱いものがこみ上げてくることを止められなかった。

「……皆さんが、しっかり準備していたからですよ」

 そう言いつつ、耐Bスーツの袖でごしごしと目元を拭うリン。音声回線越しなのでその姿を見られないのが救いだった。

 そしてアカツキライガーに相対し、ワイルドライガーブレードは震えながら立つ。萎えた四肢に力を入れて立つその姿は、しかし生まれたばかりの幼獣が初めて立ち上がったかのようにも見えた。

 錆び付いた時計が動き出すその場に居合わせ、リンは言葉も無い。自分とアカツキライガーは無力などではない……そんな感覚が、操縦レバーを握る手からリンを奮い立たせていく。

 しかしその時、天幕内の喧噪を掻き消すようなサイレンが鳴り響く。その鋭い高音は、軍用の空襲警報だ。

『南方より敵味方識別に反応しない航空ゾイド集団が接近中。戦闘要員は対空戦闘用意。非戦闘員は所定の指示に従い退避されたし。繰り返す――』

 合成音声のアナウンスまでもが始まる。その響きに観測ブースのスタッフ達は騒然となるが、しかし動き出すのも早かった。

『リン准尉、ワイルドライガーブレードを退避させます! 誘導をお願いできますか!?』

「――もちろんです! 誘導だけじゃない、このライガーを守ります。どこまでいけばいいんですか?」

『掩体壕はすぐ近くに用意してあります。ただ、戦術情報によれば接近しているゾイドはかなりの優速です。こいつは……』

 リンとの通信を担当するスタッフは、情報が表示されるタブレットを手にしながら困惑した表情を浮かべていた。

『この速度はソニックバード・タイプ。開拓の最前線に展開しているはずの富士航空隊に配備された新鋭機のはずです!』

「共和国の部隊……。私の国からも反乱軍が!?」

 愕然とするリン。そして彼女を乗せたアカツキライガーを、立ち上がったワイルドライガーブレードは静かに見据えていた。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/22 14:46

IMPRESSION

・NEW EARTH ERA 28『理由無き翼』
 『ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL』第四話。
 本編の二年前、共和国軍は帝国軍の最新鋭航空ゾイドスナイプテラの脅威に対抗すべく自国独自の戦闘ゾイド・ソニックバードの開発を進めていた。
 三チームによるコンペ形式の開発レースの中、若き女性技術者リチャーダ・フォークトが率いる〈エトピリカ〉チームは難題に突き当たる。自分達の設計理念への自信はあるのだが、肝心のソニックバード〈エトピリカ〉が飛ばないのだ。
 エトピリカチームのテストライダーである第一世代のベテラン、ジャック・カノー少佐は持ち前の経験から自体を楽観視していたが、懸命なリチャーダの横顔と彼女らの拠点であるキティホーク航空基地に迫るスナイプテラの脅威を目にして動き始める。
 果たして赤きソニックバードは地に伏したままなのか、高空の支配者となるのか。空に因縁を持つキティホークの地に爆撃の時が迫る。


新地球歴三一年 九月二二日 一四四六時

東京エリア 八王子

 

 反乱軍討伐部隊の東京進出に際し、主戦力として招聘されたララーシュタインらセプテントリオン戦闘団は東京の南端戦域に展開し反乱軍の動きを警戒していた。

 しかしそこに襲来したのは航空戦力。陸戦主体のセプテントリオン戦闘団は簡易ながら強固な陣地を敷いていたが、その上を敵に通過されてはたまらない。

「ブルーダー少尉! 対空戦闘は君の得意分野だろう! 頼んだぞ!」

「ソニックバード型の相手をするのは初めてなんですが……まあ頑張ります」

 敵の突撃を受け止めるはずだった火力陣地の奥、指揮所脇にその主ララーシュタインと客員ブルーダー二人のゾイドの姿がある。そしてブルーダーの愛機ハンターウルフ〈エコー〉は、展開した背部レゾカウルと共に長大な対空砲を展開していた。

 ブルーダーが生まれ育った雪山を縦横に駆け巡りながら、対空砲で帝国軍の越境を封じていたのがこの一人と一体のペアだ。ララーシュタインが彼を招聘したのも、立ち会った一戦で見せたこのペアの実力に起因する。

「確かに速いし、この辺は気流が穏やかだから向こうの選択肢も多い。

 とはいえ、飛行原理が近いならスナイプテラ相手と変わらないか……?」

 独り言を呟くのは孤独な対空狙撃を繰り返してきたからか。廃墟の陰に伏したハンターウルフは対照的に静かでありつつも、レゾカウルを立ち上げたワイルドブラストの態勢だ。

 静かなる狙撃手の一射は、周囲の陣地から吹き上がる対空防御射撃に紛れて飛んだ。対空榴弾が炸裂する頃には、狙われたソニックバードは周囲に気を取られ全く気付いていない。

 炸裂が片翼を飲み込み、被弾したソニックバードは悔しげに対地装備を投棄して反転していく。しかし残る機体――七機は健在であり、すでにブルーダーの頭上の空域を通過しきろうとしていた。

「ええい突破されてしまうぞ! ブルーダー少尉!」

「ヤスリの尾根でだってこの数は一度には仕留められませんよ、ララーシュタイン少佐。

 しかし迎撃火器が集中している前線を突破していくということは、連中の狙いは高い確度で定まっているということでは?」

 ファングタイガー〈ノイエ・ローゼンティーゲル〉に通過していく敵への対空射撃をさせるララーシュタインへ、ブルーダーは冷静な意見を述べた。

 単に戦いをするということなら、ここにいる自分達に対地攻撃をするのが筋というものだろう。だがソニックバード達は対空砲火を回避しつつ、この東京南端の地域からさらに北へ、東京の中央へ向けて突き進んでいこうとしている。そこに今いる者と言えば、

「兵団長の命……あるいはネガシルエットへの対抗手段であるアカツキライガーを潰しに来たか?」

「共和国系の部隊みたいですし、それを手土産に合流とか考えているかもしれませんね。

 ともあれこのまま飛んで行かれたら、アハトバウム少将にせよアカツキライガーにせよ、確実に捉えられます」

 淡々と所見を述べるブルーダー。渋い顔でそれを聞き果たしたララーシュタインは、頷くと手振りと共に周囲の部下に命令を下す。

「高速部隊を追撃に出す。アハトバウム少将らとも連絡を取り合流しよう。機甲部隊は引き続きこの場を維持しつつ、ソニックバード部隊が撤退に移る際反転し対空攻撃を試みるように。

 では行こうか、ブルーダー少尉」

 ブルーダーを従え、ララーシュタインは愛機が収まる掩蔽壕へ踵を返した。しかしそこへ、伝令の兵が一人駆け寄ってくる。

「報告! 未確認部隊のソニックバードに対し迎撃機が上がりました。同じくソニックバードの部隊です」

「早いな。共和国側でも反乱部隊と認めたということか」

「しかし直近の航空拠点はイルマだかヒャクリだか……ハネダだかナリタでしたか。ここからさらに前進している富士の部隊に比べると、後方待機ということもあって練度が低いのでは」

 ブルーダーの懸念。しかしそれに対し、ララーシュタインは今度は彼の肩を叩いて言葉を返した。

「ならば、我々が要るということだよ。

 急ごうではないか!」

 

新地球歴三一年 九月二二日 一四五二時

東京エリア 立川

 

 空襲警報が続く立川では、研究班の護衛部隊が対空戦闘に備えていた。

 対空レーザーを持つバズートル部隊をスティレイザーが統括する形態で、研究班と施設への突入を阻止するように布陣がなされている。そして同時に、簡易な施設が多い中急造された分厚いコンクリートの掩体に、科学スタッフの軍属達が避難していく。

 その流れの最後尾には、ゾイドの姿もある。輸送トレーラーに乗せられたワイルドライガーブレードと、それを引くキャタルガ。そしてその隣には護衛に付いたアカツキライガーだ。

『未確認部隊はこのエリアの航空統括からの呼びかけにも応じなかったため、正式に反乱部隊に認定する。各員存分に戦ってくれ』

 最高指揮官であるグロースがこの場にいるため、判断は早い。しかし航空ゾイドの優位を相手に、その意思を通すことができるか。

「……来た!」

 トレーラー上で再びうずくまるワイルドライガーブレードを見守っていたリンは、護衛部隊の一角でレーザーが大気を灼く響きが上がり即座に振り向く。

 閃光は空の彼方へ次々と撃ち込まれていく。そして止まず、さらにレーザーの発射音を掻き消すようにジェット噴射の轟音が轟いてくる。

 対空射撃は本来狙って当てるものではない。レーザーを装備するスティレイザーとバズートルであっても、基本は弾幕を張り敵の機動を制限するのが精一杯だ。それでもこの場合は十分なはずだが、

「速いし……運動性も高い!」

 ソニックバードのドッグファイト性能はスナイプテラ以上だとリンは聞いたことがある。そしてそれを証明するように、七機のソニックバードは対空砲火の領域とその外の境界を舐めるように旋回し、さらに上空へ逃れていく。

「トップアタックだ! 航空爆弾が直撃したら掩体も危ない!」

 それに加えて傍らのワイルドライガーブレードも。その周囲にはまだ避難し切れていない人もいる。リンは逆光のソニックバード達を見上げた。

「対空防御――!」

 叫びを上げ、リンは上空へとトリガーを引く。アカツキライガーも空を見上げ、新たに装備した武装ユニットの機関砲を構えていた。

 放たれる連射。汎用性を重視したそれは対空射撃としても有効だ。急降下に転じたソニックバードの前にばらまかれた弾幕は、その突入を食い止め周囲に散開させた。

「よし……!」

 咄嗟の行動だったが、上手くいったようだ。そして周囲にエンジン音が散っていく一方で、新たな響きが北から接近してきている。

『迎撃部隊が空域に到着した。同士討ちに注意せよ』

 グロースの声にリンが見れば、北からは灰色のロービジ塗装の編隊が向かってきている。数は一二機、反乱部隊より優勢だ。

「今のうちです! 避難を急いで――」

 周囲に呼びかけるリンの頭上で空中戦が始まる。ジェット噴射に加え機銃の唸りに、甲高い咆哮。降りしきる音と共に、翼が宙を引っ掻いて刻むヴェイパートレイルが幾重にも空を結んでいく。

 地上から見上げる入り乱れはどちらが優勢かは判断が難しい。リンはワイルドライガーブレードが格納されるのを見届け、さらに残る避難者達に道を譲るしかない。そしてそれが終わる頃には、一機が撃墜される黒煙が頭上を横切っていった。

 墜落していくのは――ロービジカラー。迎撃部隊だ。素人考えだが、空中で動きが活発なのは反乱部隊だとリンには見える。

 頭上の爆発は連続する。さらに反乱部隊のソニックバードの中にはエヴォブラストを発動して迎撃部隊機の背後につくものもいた。

「敵の方が上手……!? このままじゃ!」

『――その声はリン准尉か? こちらララーシュタイン。立川の状況を伝え給え。聞こえているか?』

 割り込んでくる通信に、リンは頭上から意識を引き戻された。大湊の軍港で問いを放ってきたララーシュタインの声にリンはびくりと肩を震わせるが、しかし眉を立て、

「立川は現在反乱部隊と迎撃部隊の空中戦が繰り広げられています。それも反乱部隊が優勢です! 現在迎撃部隊の損失が――四!」

『ふぅーむ、なんたる……』

 二つの隊の差はもはや一機。そしてこのペースで撃墜されているということは、反乱部隊の優位は堅い。

『私が高速部隊を率いて急行しているが、対空火力には限界がある。アハトバウム少将には脱出の準備を――』

『ララーシュタイン卿、レーダーが新たな機影を捉えたようですが』

 ララーシュタインに同行しているブルーダーの声が割り込んでくる。彼らの側でも何か動きがあったようだ。

『反乱軍の増援か?』

『いえ、方位は北から。迎撃部隊が使用したルートをなぞって……三機』

『三機? コールサインは?』

『全てバラバラですが、同一部隊だそうです。共和国航空技術実験団所属……』

 報告を読み上げるブルーダー。それを聞きながらリンは北の空へ視線を巡らせる。

 確かにその方角から三つの影が、白と黒と――赤の翼が接近しつつある。

『〈ワイルドバロン〉、〈ストラトスフィア〉……〈エトピリカ〉だそうです』

『航空実験団? それは確か、ソニックバードの開発を行っていた組織では』

 二カ国の関係がまだ穏やかではなかった時期のことだ。ララーシュタインは戦略的な情報として聞いていたのだろう。

『だとすれば、ソニックバードの生産が始まるよりも前から関わっていたパイロット達では?』

 ララーシュタインの指摘に、リンはハッと上空の情勢を見上げた。また一機の迎撃部隊機が被弾し宙から転げ落ちていくが、

「流れを……変えて……!」

 そう絞り出しながら、リンは周囲を見渡した。自分にも、自分とアカツキライガーにも何かできないか。

 周囲は廃墟の街だが……そこにリンは見た。空に近い位置が一つ。

 接近する新手を脇に見つつ、リンはアカツキライガーを飛び出させる。手をこまねいているだけでは耐えられぬが故に。

 そして上空では、空戦に乱入する機影が三つ。

 

新地球歴三一年 九月二二日 一五〇六時

東京エリア 立川 上空

 

「いかんなあ。こっちの部隊は運動性の高さを活かせていない。相手の出方を窺ってしまうのはまだルーキー意識が残っているからか」

 三機編隊の先頭を行く赤いソニックバードの操縦席で、一人の男が呟く。

 階級章は少佐。さらに航空技術実験団や、技術実験基地の所属を表わすワッペンが取り付けられた耐Bスーツが特徴的だ。そして何より、ゾイドライダーとしては不利になる呼吸器を身につけながらも先陣を切っている。

 ジャック・カノー。北米開拓時代、新地球歴一〇年代から航空ゾイドに関わってきたベテランだ。そして共和国の航空戦闘ゾイドソニックバードの開発に関わり、現在の仕様を決定づけたこの機体――〈エトピリカ〉を初飛行させた男でもある。

 それ以来各種実験、そしてソニックバード運用のための戦技開発を続けてきた彼と開発チームは、今やソニックバード運用部隊の教練役として文字通り世界を飛び回っている。この日本列島に居合わせたのも、そのためだった。

「相手は富士の部隊か。先に教練した時は含みがある様子も見せなかったが……反乱は見逃せないな。

 リンドバーグ! リッケンバッカー! お灸を据えてやろう」

『おうさジャック』

『了解! カノー少佐!』

 長い付き合いになった僚機のパイロット二人が返事を寄越してくる。彼と彼女のワイルドバロン、ストラトスフィアは当初の仕様とは様変わりしたが、二人の陽気さは変わらない。

「航空技術実験団エクスペリメント51部隊――〈ライトフライヤーズ〉! アタック!」

 カノーが声を上げた瞬間、三機のソニックバードはそれぞれの方向に散った。

 カノーとエトピリカは空戦領域の上空へ、さらに殴りかかるような急降下に転じた先には、反乱部隊のソニックバードが一機。

「敵を追うことに没頭しすぎる。なんのためにゾイドとライダー二つの目があるのか、と」

 機銃掃射が眼下へ降り注がれる。四門の機関砲が生む火力は敵ソニックバードを真上から打ち据え、その背面にあるエンジンを爆発炎上させた。

「きちんと脱出して反省するように」

 黒煙と交錯し、カノーはエトピリカを引き起こす。そして墜落していく相手を見るために振り向いていた視線が、こちらの軌道を追ってくる一機を捉えた。

「残り六機、ね」

 強烈なGを感じながら引き起こしをかけつつ、カノーはエトピリカの体を回らせた。ロールを打てば背後に見えていた敵の姿は真正面。さらに機関砲を旋回させれば攻撃力も相対する。

 遠心力が逆Gとなり、耐Bスーツが体を締め付けてカノーの血流をコントロールする。それでも頭に集まる血が視界を赤くするが、カノーは敵から視線を外さない。

「こっちは気付いてるぜ」

 迎撃の弾幕をぶちまけられ、しかし敵はその中をくぐり抜けてくる。エヴォブラストの刃が展開し、腹を見せるエトピリカへと迫った。

 だがカノーは、カノー達はこんな状況でソニックバードをどう扱うべきかも研究したことがある身だ。カノーがスロットルをひっぱたくと同時に、エトピリカ自身も翼を大気に叩きつける。

 羽ばたきと脚部スラスターの威力で、エトピリカはほぼその場で一回転する。そうして縮まった体躯の下を、敵のウイングソードが空振りしていった。

 そしてその回転の中から、カノーとエトピリカはオーバーシュートしていく敵の姿を捉え続けている。

「取ったぞ真後ろ!」

 翼を広げて回転に楔を打ち、エンジンに点火してエトピリカは敵を追う。エヴォブラストを続けて加速する敵はさらに左右の揺さぶりもかけてくるが、エトピリカの軌道は背後から一直線にその背後に食らいついていく。

「こっちを振り切ろうってのが見え見えなんだから旋回に付き合うわけないだろってな」

 カノーはGの負担を吐息一つで脱し、悠々と敵の背後に。しかしそこに、後方から視界をよぎって飛んでいく機銃の射線があった。

「おっ、カバーか! そういう風に気が利くのはいいぞ」

 反乱部隊側のソニックバードがもう一機、エトピリカの背後に占有している。その存在を見たカノーはすぐさま操縦レバーを押し込み、エトピリカのエヴォブラストを発動した。

 ウイングソードの展開と、マグネッサーウイングの唸り。エトピリカはまるで炎のような軌跡を残して追い立てる敵に迫った。

 すでにエヴォブラストのピークを過ぎた相手に背後から斬りかかり――エンジンに一撃を与えると同時にエトピリカは柔軟に身を翻す。切りつけた相手を盾にしつつ、追跡の相手に向き合う姿勢だ。

 その中からエトピリカは蹴りを放つ。エンジンを失い倒れ込むように高度を下げていた相手はその蹴りに直撃し、背後へ。カノー達を追う僚機の方へと吹き飛ばされる。

 突然の接近と、破損したエンジンが上げる煙がカノーの姿を追跡者から掻き消す。その間に、カノーはエトピリカの機首を下に向けていた。

 降下と加速。それは格闘戦で失った運動エネルギーを得るために重力に手を引かれる軌道だ。水面から水をすくい上げるように、エトピリカは速度を取り戻す。

 そうして振り向けば、破損した味方を振り切りながら追跡の敵ソニックバードがエンジンを振り絞って猛追してきている。

「速度は近いのにそっちは随分余裕が無さそうだな」

 楽しげに振り向くカノー。エトピリカはエヴォブラストを中断し、まだまだ余裕だ。

 さらに降下した際に、一瞬面白いものが見えた。この戦いに一撃を撃ち込もうとするものが。

 カノーは楽しい。人とゾイドの命がかかった戦場だが、自分とエトピリカが全力を発揮していい広大な空間。自分が地上にいるままでは手に入らなかった空が、全てのフライトでカノーが飛ぶ空だ。

「ついてこい!」

 ロールと降下、即座の引き起こし、左右に鞭打つような揺さぶり。余力を駆使し、カノーは背後の敵を引きずり回す。その激しい機動の中で、敵はエヴォブラストを起動し、さらにもう一機が追随してくる。

「いいぜ、こっちだ!」

 届かずとも呼びかけ、カノーはエトピリカの軌道をねじ曲げた。さらに降下する赤い機影は、安全高度を切って廃墟の都市の合間に沈み込んでいく。

 かつての街道に沿い、翼を畳み、エトピリカは砂埃を巻き上げ突っ切った。だがそれは街道に軌道を制限されるルート。二機のソニックバードが上空から機銃掃射の構えを見せてくる。

 が、エトピリカが沈み込めるほどの街道があるそこは、地上の拠点の近くだ。横様に、二機の敵めがけ対空砲火がほとばしる。

 泡を食って身を躱す二体。そしてその一方めがけ、急降下の速度を得たエトピリカが襲いかかる。

「Right Stuffは俺達だぜ……!」

 ウイングソードの一閃が敵の翼を根元から断ち切る。マグネッサーウイングの各セグメントと火花が羽毛のように宙に散る中を、エトピリカは急上昇していった。

 そして反乱部隊のもう一機は回避運動で姿勢を崩しながらも、こちらに食らいつこうと旋回してくる。その軌道は廃墟の中でも一際大きなかつての駅舎ビル周辺をかすめ、

『うおおおっ!』

 そこに咆哮が被さる。廃墟に風雨が穿った穴を伝って、何者かがビル内を突き抜け高度を確保していくのだ。

 瓦礫を突き抜け宙に飛び上がるのは、白と朱の機影。その頭上に鋭い一筋のブレードを展開するのは、リンのアカツキライガーだ。

「例のゾイド因子増強機体か……!」

 噂は聞き及んでいる。そしてかつて試作機を操縦していたカノーとしては、どことなく親近感の湧く相手でもあった。

 そして宙に飛び、反転する敵のソニックバードに躍りかかっていくその機影は橙色の輝きを放っている。

『アカツキベイオネット!』

 ガンブレードから放たれる射撃がソニックバードを空中に縫い止める。その姿を放物線軌道の先に見たアカツキライガーは、さらにガンブレードを突き出し、

『アカツキペネトレイタァ――――!』

 大地ごとソニックバードを撃ち抜く一撃。それは敵の胸郭に突き刺さって翼を繋ぐ肩へ抜けた。

 そして落下の中でガンブレードの背後に控えるシリンダーが巡り、撃発の響きが空を打つ。その瞬間、敵の翼は断ち切られて宙に舞った。

「ああいう必死さは、いつ見てもすがすがしいもんだな」

 三年前のエトピリカ開発の現場で抱いた感慨を、ふとカノーは思い出した。

 そして空を見れば、まだ反乱部隊の姿は空中に残っている。

 あの時のように……この空に覇を唱えよう。

「残りの連中も片付けるぞ! エトピリカ!」

 鋭い咆哮と共に、エヴォブラストの閃光を曳いてエトピリカは敵へ襲いかかっていく。その背後に白と黒の機影を引き連れ。

 

 立川空中戦において反乱部隊が壊滅させられるまでに、そう時間はかからなかった。



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NEW EARTH ERA 31 9/22 15:45

IMPRESSION

・NEW EARTH ERA 30『千鳥足、地雷原を往く』
 『ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL』第二話。
 新地球歴三〇年夏。まだ二大国の間に緊張状態が存在している頃、とある帝国勢力下のゾイド採掘地が戦闘の末に共和国の支配下に移ろうとしていた。
 これに対し帝国軍は損害を出しつつも撤退。さらに共和国軍が進行する前に同地に地雷を広く散布し利用を抑制する策を実施。しかしそんな地に、帝国軍の一人と一体が取り残されていた。
 うだつの上がらない虚無主義者の男、ボラン・バボン一等兵とその愛機スコーピアは地雷原と化した戦場からとぼとぼと撤退を開始する。何事も無く終わるはずのその道行きだったが、彼らは立ち往生していた一人の女、アビゲイルと鉢合わせすることとなる。
 アビゲイルはこの荒野に築かれたコミューンの無事を確認しようとしていたのだが、この地で活動拠点となり得るそのコミューンには両国も注目を向けていて――。


新地球歴三一年 九月二二日 一五四五時

東京エリア 立川

 

 反乱部隊の襲撃を下した討伐部隊本隊は、その場で反乱部隊のライダー達を確保。即座に事情聴取を開始していた。

「お前達に離反を手引きした者は何者か、答えてもらうからな」

「し、知ったことか……。お前達の不甲斐なさのせいではないのか」

「おっ、そういうこと言っちゃう?」

 拘束された反乱部隊のライダーに、尋問担当の兵が首を傾げる。そして手元のリモコンを操作すると、ライダーが着たままの耐Bスーツが音を立ててライダーを締め付ける。

「アー! ちょっと待てこれキツイってあちこち締まっ……!

 こっ、股間を重点的に絞めるのヤメロ!」

「やめたら拷問にならねえんですよね」

「拷問て言ったぞこいつ!」

 訊問官はそう言ってリモコンのスティックを親指でネジネジといじる。そしてその動作に悶絶するライダーを背後から監視するのが、グロースであった。

「……証言引き出すにはまーだかかりそうやね」

 掩体から戻り天幕の一つに陣取ったグロースとその側近達は、初接触となる反乱部隊の人員から情報を得ようとしているところだった。

 ともあれ、それなりの覚悟を持って反乱に荷担した者達が相手だ。そう易々と情報が得られるわけもなく、長丁場の様相が見て取れる。

「ネガシルエットを得たとはいえ、それなりの組織としての後ろ盾がなければソニックバード部隊を巻き込むなんてこともできないはずだ。そこんところ、うちの兵団でなんか掴んでないの?」

「兵団内の人や物の動きは高い確度で捕捉しています。が、ロイ中尉達や今回の富士部隊には直前まで怪しい点は……」

 そう応じる相手は、グロース自身が信頼して任命した兵団内務の担当である。彼がそう言うならそれが現実だと、そう判断するだけの信頼があった。

「そうなると……この日本列島に俺達以外の組織がいることになっちまうな」

「それは事実ですよ」

 突然の声。天幕内の総員は、尋問を受ける富士部隊のライダーすらもその声に顔を上げた。

「おっと……私は帝国の真っ当な組織のものですよ。

 帝国軍戦略情報局捜査官、アビゲイル・ピグルスです」

 都市の廃墟に溶け込むためであろう、くすんだ色のポンチョを身につけた女はそう言って懐から所属を示す手帳を示した。

「戦略情報局……。昨年の一件でも真っ先に動いていたところだな」

 科学船がイレクトラ一派にジャックされて消息を絶って以来、ことの推移を監視していた組織だ。その結果として科学船から脱出していたウォルター・ボーマン博士とその孫サリー・ランドの存在をいち早く捉え、追跡を続ける中でゼログライジス事件の核心に迫っていた。

 さらに帝国内外のあらゆる情報に目を光らせる情報機関。それほどの存在となれば、公務員たる軍人には知らない者はいない。

「『帝国の知恵袋』がアドバイスに訪れてくれるとはありがたい。教えて欲しいものだな、この事件の裏側にある問題を」

「あなた方が気付けなかったのも仕方がありません。彼らはあなた方よりも先にこの日本列島に侵入していた……。

 ご存じですか? 昨年の事件の前哨戦であった真帝国蜂起が幕を閉じても、未回収の兵力がまだ存在するのです」

 その噂はグロースも聞いていた。前帝の血を引く息女が密かに王宮外に存在したことに端を発する軍事クーデター、それによって建国された真帝国と称する組織は、合同軍との戦闘に加え彼らに取り入ったイレクトラ・ゲイトに使い潰され戦力としては消滅したはずだ。

 だが、捕縛や出頭せずに辺境に落ち延びた部隊や、元から帝国軍内部に残留し彼らを密かに支援していた部隊がまだ残っている。戦略情報局は彼らをあぶり出すべく活動を続けていると。

「さらに帝国内の反王室派や対共和国過激派、場合によっては共和国側の地下組織と結びついた彼らはいくつもの勢力に分裂し、場合によっては開拓兵団に先んじて外界で活動できるだけの規模を持っているのです」

「いつの世も厄介な人間の種は尽きないもんだな。

 それで? 敵の正体はなんて残党戦力なんだ?」

 グロースの半ば面白がっているようにも見える表情に対し、アビゲイルは神妙な面持ちで切り出す。

「〈正統真帝国戦線〉……どうやら二カ国それぞれに後ろ盾を持つらしき、規模の大きな真帝国系組織の一つです。

 単純に真帝国としての活動を継続するのみならず、合同軍を作る二カ国を外部から刺激する第三国家を設立することに関する独自の思想を持っており、それらを流布することで勢力を伸ばしているようです」

 リンの証言にそのような様子は確かに垣間見えていた。グロースは顎に手をやり、アビゲイルからの情報を吟味していく。

「……実際、去年の一連の事件の結果大きな金も動いたからな。商人の中にはそこに可能性を感じた奴らもいよう。

 そこに食い込んだとしたら賢しいヤツがリーダーなんだろうな、その正統真帝国戦線とやらは」

「そのような認識で概ね間違いはないと思います」

 アビゲイルはしみじみと頷くのであった。戦略情報局として対象を追ってきたためか、あるいは、それ以前にもなにか根ざす感情があるのか。

「また正統真帝国戦線以外にもこの日本列島に侵入して活動している組織もあるようです。規模は劣りますが組織として異なるため予想が付かない動きになると思われますので警戒して下さい」

「おや、同行して逐一情報をくれるとかそういう嬉しいことしてくれないのかな?」

 去り際に付け加える体で踵を返すアビゲイルに、グロースは目一杯いやしんぼそうな表情で首を傾げる。そんな様子に苦笑したアビゲイルはそのまま天幕の入口をめくり上げ、

「合同軍から発展した組織に一国の諜報機関がベッタリではまた邪推が生まれますので。

私達は実働部隊も含めて先行して敵の動向を探りますから、是非追いついてきて下さい。その時またお話しましょう」

 そして頭を下げると、アビゲイルの姿は天幕の外へ。降り注ぐ陽が天幕に落とす影はすぐさま行き交う人々の間に消え、溶け込んでいく。

「ふむ。根が深い問題のようだねえ……。そして共和国側の部隊が確認されたところにやってくる辺りがあの手の組織らしいいやらしさというか?」

「はあ……。

 しかし、諸々教えて貰いましたがこの捕虜どうしますか? このエリアでは捕らえておく場所も少ないですが……」

 アビゲイルが洗いざらいぶちまけていったこともあり、捕らえられた反乱部隊のソニックバードライダーは唖然としつつも、若干ホッとしている様子であった。これ以上訊問で絞られることもあるまいということだ。

「仕舞う場所のことはまだ心配しないでいいよ? 訊くこともまだ一杯あるし」

「あるんですか」

「チョーホーキカンが言うことなんて少なからずこっちをコントロールするために事実と異なることが含まれてるもんじゃない? 裏取りたいなあ俺。

 それに敵の布陣とかわかったら嬉しいこと一切教えてくれなかったしぃ~」

 しななど作りつつグロースは手を差し出す。何の促しかと天幕内の面々は互いの顔を見合わせ、そして耐Bスーツを操作するためのリモコンにその視線が注がれていることに気付く。

「ここから先は俺に任せな。俺はそういうのも得意だぜえ?」

 リモコンを手渡され、にじり寄ってくるグロースに反乱部隊のライダーは蒼白な顔で引きつった表情を浮かべる。

 

新地球歴三一年 九月二二日 一五五六時

東京エリア 立川

 

「ん? なにか聞こえたかな?」

 空襲被害の確認で慌ただしい人の動きがある天幕外で、連絡所となる机に向かうララーシュタインが夕刻に入ろうとする空を見上げた。

「なにか聞こえたかね君達? 知らない? そうかね……」

 訊問待ちで縛られて車座にさせられている反乱軍ライダーに問いかけつつ、ララーシュタインは連絡所の机に運んできたものを並べていく。それはセプテントリオン戦闘団のフィールドキッチンで急遽作った軽食を、各部署に配りやすいようケータリング状に梱包したものだった。

「報告に来たならばついでに持って行ってくれたまえ、前線で敵を食い止められなかった代わりではないがね。

 気力は腹からだ。ここでの配給は我がセプテントリオン戦闘団が受け持たせていただこう」

「これは……?」

 集められたライダー達にも軽食が手渡されていく。リンはその中に、煎餅状に焼き固められた薄板に食材が載せられたものを見つける。

「なんて言うんでしたっけ、こういうの……。パンやクラッカーに食材を乗せた奴に似た……」

「カナッペ風にしたものだね。具材を載せているのは当家の系列食品メーカーが新たに開発したオキアミクラッカーである」

 初めて会った時の問いかけとは打って変わって、ララーシュタインはカラッとした表情で応じる。その様子に驚きつつ、リンは自分が手にしたものにも視線を落とした。

「オキアミクラッカー」

「北海の胃袋を支えるプランクトンの力を人間向けにアレンジしたものである。私が北極探検で得た……教えられたものであるよ」

 確かによく見ると小エビの尻尾の様なものが生地の隅からはみ出しているものもある。怖々とリンはそれを口に運び、

「……あ、磯っぽい塩味とレタスが意外と合いますね」

「商品開発は万全であるよ」

 小さくふんぞり返り、ララーシュタインはまた次の軽食を取りにフィールドキッチンの方へ戻っていく。リンはその姿を見送り、そして彼とすれ違ってブルーダーが三人ほど共和国のゾイドライダーを連れてこちらに向かってくるのを見つけた。

「カノー少佐。ライダー用の軽食は皆さんの分もあるとか」

「帝国の大富豪……じゃなくて貴族か。

 どんなものか楽しみだな」

「我々だけ食べたとなると、博士達に怒られそうですな」

「包んで貰いますか?」

 呼吸器を付けた第一世代の男性二人に、若い女性一人。ワッペン付きの耐Bスーツは、彼らが救援に駆けつけたソニックバード開発チームのゾイドライダーであることを表わしていた。

「航空技術開発実験団……!」

「やあ准尉。えーと……ああ、さっきのあのライガーのライダーだね!

 私はジャック・カノー。先程すれ違った赤いソニックバードのライダーだ」

 リンは知っている。技術系部隊でライダーとなる際その業界について教えを得る機会があったが、そこで触れられた組織とライダー達がソニックバード開発に関わる彼らであった。

「建物を足場にして空中戦を仕掛けるとは凄まじかったね。誰かからああいうやり方を習ったのかな?」

「あ、いえ……、必死だったので。ライガーと私でなんとか思いついたようなものです」

 恐縮するリンを前に、ジャック達はしみじみと頷いていた。

「思いつくものがあるのはセンスがある証拠だろうな。ジェイクもそうだったし」

「普通の指示に従うタイプだと教えたことしかやらんからな……」

「まあでも、キャリアを積めば普通の人でもそこそこ……」

 リンを賞賛するカノーの後ろで、リンドバーグとリッケンバッカーがひそひそと言葉を交わしている。そんな同僚に振り向いて苦笑を見せたカノーは、

「ご存じかも知れないが反乱部隊も迎撃部隊も、我々開発チームがソニックバードでの戦い方を指導した相手でね。

 どちらにせよ我々の不徳を恥じるところだよ。コテンパンにされた迎撃部隊も……反乱に荷担しようとしていた点を見抜けなかった彼らも」

「それは……仕方がないと思います。私が見た反乱者達も、直前までまったく予兆がありませんでしたから」

 頭を掻くカノーにリンがフォローを入れると、その言葉にカノーははっと顔を上げた。そして合点の頷きを見せる。

「そうか……君は今回の反乱の件の発端から関わっている身でもあったか。難儀だね。

 だが戦場で咄嗟のことができるだけの意気があるならきっと乗り越えられるだろうさ。ここ一番の場面というのは誤魔化しがきかないものだからね」

「私は……私とライガーにはまだ自信は持てないですけれども……」

「今回のようにぶち当たっていけば結果はついてくる。

 失敗したら次から修正すればいいし、上手くいったらそのまま自信として積み上げていけばいい。私はひとまず、そうやって生きてきたな」

 呼吸器を付けているカノーはベテランの第一世代ゾイドライダーでもある。実感のあるその言葉は、リンの胸中に静かに染み入っていった。

「酸いも甘いも……ということでしょうか」

「ポジティブシンキングということさ。そして何より生き残ること。

 そうすれば今胸中にわだかまっていることもいつか消化しきれる。解決できるという意味でも、答えを出せるという意味でもな」

 第一世代であるカノーはそんな時間を過ごしてきたのだろうか。自分もそうなれるだろうか。リンは胸元で拳を握る。

「富士まで進行していた部隊や、このエリアの迎撃部隊の空中戦力に穴が空いた分、しばらく俺達はここに留まる。討伐部隊の戦闘にも支援に行くことがあるだろうから、ま俺達の存在の分心労が軽くなれば嬉しいな、准尉」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 リンの固さは取れない。そんな様子に、カノー達はまた苦笑を交わした。

「……ところで食事いただけるんだっけ? ソニックバード達の燃料を使った分詰め込んでいきたいな」

「あっはい! ララーシュタイン少佐の部隊がいっぱい作ってくれてますので!」

「ララーシュタイン?」

「帝国の貴族です」

 ブルーダーが補足すると、カノー達は興味深そうに軽食のテーブルに向かう。同じ一戦を終えた後でも、常在戦場の心構えに振り回されるリンに比べると限りなく日常生活に近い。

「また彼女と同じ戦場を飛びたいね、二人とも」

「入れ込みますねえカノー少佐」

「俺は未来に希望がある若者の味方だからね」

 同僚の茶々にカノーはそう応じる。彼はソニックバード開発時にも、最も若いリーダーのチームを支えたテストライダーであった。その結果として、現在のソニックバードの仕様に採用されたのはカノーのチームの機体だ。

「好き勝手に飛ぶだけの俺が、さらに誰かの役に立てればいいってわけよ。高く飛ぶソニックバードはいろんな相手から見えるだろうしな」

 少しくたびれ気味なカノーはそう言う。それ故に、

「はじめから誰かの役に立ちたい、自分の目標を成し遂げたいって思ってるやつには味方したいもんだよ。何度やってもそう思うもんだ」

「前回はリチャーダ博士にってわけだ」

「カノー少佐ぁ私も若者ですよ」

「お前は俺と同じ飛行フリーク側だろうがリッケンバッカー」

 テーブルで仲間を小突くカノー。そうしつつ肩越しにリンに振り向くと、彼女は戻ってきたララーシュタインにカノー達のことを示していた。

 ゲストの存在に気付いたララーシュタインが小走りに向かってくる。そしてその背後で、リンは決意にせよ高揚にせよ焦りにせよ疲れにせよ、複雑な感情を顔に浮かべて佇み続けている。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/24 10:41

IMPRESSION

・パキケドス
 パキケファロサウルス種の中型ゾイド。骨格と形態、集団行動への適正などにギルラプターに似た点がある一方、気性が穏やかで耐久性にも優れ戦闘継続時間も長いなど草食恐竜系ゾイドの特性を持っている。
 その強固な頭部甲殻と頸部ダンパー構造による突撃が真骨頂とされる種だが、二足歩行ゾイド故の汎用性の高さからその運用範囲は広い。近接戦闘は勿論、各種砲撃武装の射手としても活躍し得る。無論民間でも幅広く活躍することが出来、その潜在的な需要は高い。
 そのようなゾイドであっても激しく消費させられていくゾイド戦の過酷さを最も表わしている種であると言えるだろう。


新地球歴三一年 九月二四日 一〇四一時

東京エリア近郊 厚木市跡地

 

 捕縛された富士のソニックバード部隊を訊問した結果、反乱軍こと正統真帝国戦線は開拓前線の奥、日本列島中央部に位置する日本アルプス地域を拠点としているようだった。

 巨大ゾイドであるネガシルエットや様々な戦力を輸送するために用いられたのは、廃墟同様地上に残っている幹線道路の一部。グロースの討伐部隊も、日本アルプス方面に向かうならば同じルートを取らねばならない。

「まあ俺なら罠仕掛けるよ。俺じゃなくてもそうだろ」

 追跡のため東京を発つに際し、グロースはそう言い行軍中の警戒態勢を強める。ルートが細分化し都市部も途切れるまでは我慢の時だ。

 ゾイドクライシスによって破壊されたゴーストタウンにまず歩兵部隊が切り込み進路を確保。そしてその背後に戦闘時に突入する機甲ゾイド部隊、物資や指揮系統を司る隊、さらに背後を守る部隊とが続き、全体はゆっくりと進軍していく。

 そしてその日陽が昇りきる直前、彼らの先頭は妙に開けた空間に出た。

『この近辺は倉庫のような施設が多いようです。道も広い……。民間の運送拠点が集中していたようですね』

 トラック用の多数の積み込みゲートや、螺旋状のスロープを備えた廃墟を見て先陣を切る兵が報告した。これは厄介な空間だ。

『戦闘部隊が潜伏していてもおかしくない。警戒を強めます。オーバー』

『了解。空中からも確認する』

 歩兵支援用のスコーピアを伴い、兵達は倉庫跡の内部を一つずつチェックしていく。さらに排気ガスの充満を防ぐためか開口部が多い大型流通センター跡は、飛来した偵察型カブターが覗き込んでいった。

 そうしてさらに鈍った行き足でも隊は進み、周囲から守られる中核部も倉庫街に到達した。グロース達を乗せた移動指揮トレーラーを引くキャタルガに、護衛機と並んでアカツキライガーも寄り添っている。

「荷物の集配センター……これだけの規模のものがたくさんあるなんて、二一世紀は豊かな時代だったんですね」

 アカツキライガーよりも全長があるトラックの残骸が転がっている。その隣を通過しながら、リンはかつての時代を偲んだ。

 そしてそんな時代がゾイドクライシスによって終わりを迎えたなら、ゾイドにはそれだけの力があるということだ。現に昨年の事件もあり、リンはゾイドを扱う立場の者が持つべき意志を思う。

 ロイ達はそれを持っているだろうか。ネガシルエットを生み出し、二つの国家を牽制する新たな国を作ると語った彼ら――正統真帝国戦線は、世界をまたこんな風にする者達だろうか。

 討伐部隊として彼らを追っている今、その答えはいずれ出るだろう。恐らく戦いの中で。リンがそう覚悟を決める頃、隊列前方から爆発音が響いてきた。

「! 接敵……いや、トラップ?」

『前衛班、状況を報告せよ』

 トレーラーからグロース自身が問いを放った。その通信に応じるのは慌ただしい様子の前衛部隊の兵であり、

『廃墟からゾイド部隊が出現しました! パキケドスと……ラプトリア? いや、重火器装備のラプトールからなる部隊です!

 迎撃していますが……少し様子がおかしい』

『報告は明瞭にし給え』

 グロースと同席するララーシュタインがたしなめる。その声に兵は一息を吐き、

『奇襲を仕掛けてきたにしては敵の動きが低調です。中型のパキケドスまでいるのだから突撃してくるのが正しいと思いますが、その気配も無く……』

『やる気の無い連中が待ち構えてたってことかな』

 グロースはどこかつまらなさそうに応じる。突然の攻撃ではあったが、対処は可能なようだ。

 リンは気を引き締めてアカツキライガーの操縦レバーを握りこんでいたが、自分達が前に出ることも無いだろうか。再び視線を前方に遠く飛ばしたリンは、それと同時にキャノピー内側に展開した通信ウインドウも視界に収めた。

 行軍中の映像通信はあまり用いられるものではない。グロースからだろうかと疑問したその瞬間、通信ウインドウは一人の男をそこに映し出した。

『我々を追跡する開拓兵団部隊に通告するぜ』

「……ロイ中尉!」

 それはどこかの倉庫を背後に置いたロイの姿。酷薄に口の端を歪めたロイは画面越しにリンを睨め上げながら続けた。

『我々正統真帝国戦線には交戦の意思があるので降伏勧告などは無意味であることを先に伝えておく。

 が、今お前達の前に現われた連中は別だぜ。そいつらは正統真帝国戦線に参加するために離反した部隊に含まれていたが、俺達のように覚悟ある存在ではなかった手合いだ。

 お帰りを希望なすったがそこは俺達、最後に正統真帝国戦線の有り様を体験して帰って戴くこととなったわけだ』

「な、なにを……」

『落伍者共はキャノピーを閉鎖して溶接固定された操縦席に収められている。そしてゾイド自身にはZ・Oバイザーと遠隔式の自爆装置を装着してこちらの指示で攻撃を強要させていただくわけだ』

 告げられたことの意味にリンは絶句した。

 今討伐部隊の前に現われたゾイド部隊には、脱出もままならない反乱部隊からの離脱者達が閉じ込められ、戦闘を強要されているのだ。さらに自爆装置によって生殺与奪も握られたまま。

「ロイ中尉! ロイ中尉あなたは……なんということを!」

『お優しい開拓兵団の皆様のことだ、彼らを救出して下さることだろうな。ま、上手く行かなかったら精々落ち込んでくれ。

 なお、この通告は録画されたものである。残念だったな、じゃあな』

 圧倒的優位の者が見せる歪んだ笑みを残し、ロイからの言葉は終わった。リンは歯噛みして、今こそ隊列前方に強い視線を送る。

「グロース少将、行かせて下さい! こんなこと……許してはいけません!」

『まあ待て、そう熱くなるなよリン准尉。

 隊列前で倒したんじゃ遠隔で爆破されちまうだろうし、彼らをモニターしている連中を納得させて隙を作る必要があるだろう?』

 リンに応じるグロースの声は、何か準備するように動きの気配を見せていた。さらに移動指揮トレーラーに追随する指揮官クラスの将兵達のゾイドを乗せたキャタルガが、前に出て並んできた。

『上手いことやるには、上手いゾイドライダーが必要だよな?

 ちょっと久々に頑張っちまうかなあ俺』

 ヒヒヒと笑いを付け加えるグロースの声音はいつもの楽しげなもののままだ。

 だがリンは、そこに込められ、なにか圧力のようなものを高める意思をそこに感じ取らずにはいられなかった。

 

新地球歴三一年 九月二四日 一〇四九時

東京エリア近郊 厚木市跡地

 

 隊列前方に位置していたブルーダーは、周囲のセプテントリオン戦闘団の兵達と共に襲撃を迎え撃っていた。

 ブルーダーとハンターウルフ"エコー"の得手は山岳戦だが、経験の多い一人と一体はこの市街地戦にも適応している。倒壊した廃墟の陰から俯角を取った対空砲で敵ゾイドを牽制するのは、岩場が多い山での戦いとさほど変わらない感覚だ。

 普段との違いは敵の扱いだろう。前方から向かってくる重装化されたパキケドスとラプトールの集団は、しかし武装の多さとは裏腹にゾイド自身の動きで迫り、そして火器を中々使おうとはしない。正統真帝国戦線に加わろうとしなかった兵達はこちらへの攻撃を躊躇うもので、あの武装はおそらく自爆時の破壊力を強めるためのものなのだろう。ブルーダーは敵の目論見に、口中に苦々しく吐き捨てたくなるようなつばきが湧くのを感じる。

 そしてそんな彼らを、この討伐部隊はどうするのだろうか。戦闘部隊の成すことはもちろん敵と戦い打ち倒すことだが、彼らは事情が異なる存在であり、そしてこの討伐部隊の母体は軍だけでもない。

 傭兵であり、エコーと共に戦うに至った経緯も決して積極的なものではないブルーダーはその点に懸念があった。彼を招集したのは刃を交えた相手であるララーシュタインだが、

「いいか諸君! 彼らを死なせるな!

 自らの命を賭して義を貫かんとする彼らがベットしたのは我々だ。力ある者として、それに応じずしてなにがセプテントリオン戦闘団か!」

 前線に立ち兵を鼓舞するララーシュタインの様子は、ブルーダーの理解通りであった。この男は苛烈だが、その奥には信念があり決して凶悪ではない。それは反乱部隊やテロリスト組織とは違う――ブルーダーはそう認識している。

 だがグロース達はどうだろうか。この一度滅びた世界にまた人の営みを広げるための軍勢は。

「――ブルーダー少尉!」

 兵の誰かから声が飛ぶ。ふとブルーダーが顔を上げると、未だ残る倉庫の影から飛び出してくるパキケドスが一体、間近に迫っていた。

「ぐっ……!」

 咄嗟にブルーダーはエコーを横様に跳躍させる。その瞬発を繰り出すエコーの視線は的確に相手を捉えていた。

 エコーは気付いていたが、ブルーダーは物思いに耽っていた。集中が途切れるという要因一つで実力は曇る。ブルーダーとしては己の経歴を思えば情けない話だが、それでも胸中の重みは意思の動きを鈍らせるものだ。

「どうしたブルーダー! 低地の大気に溺れでもしたかね!?」

 ラプトールを押し倒して操縦席をむしり取るララーシュタインが、そんな挑発じみた声を飛ばしてくる。自爆するかも知れない相手に格闘戦を挑みながらよく周囲を見ているのは指揮官の器ということか。

 しかし侮られたようなことを言われるのは面白くない。ブルーダーは跳躍したエコーを廃墟の壁に貼り付くように留め、

「冗談じゃない……!」

 鉄筋コンクリートの壁面を蹴り、エコーはパキケドスめがけ跳ね返るような跳躍を見せる。その速度の先に見えるのはパキケドスの背面に装備された砲塔型の操縦席で、こちらの突撃に命の危機を感じたか砲が旋回してこちらに向きつつある。

 やむを得ない反応だろう。ブルーダーに怒りは無い。それよりも相手ライダーが抱いているであろう恐怖を祓いたい。ブルーダーはそう思うし、エコーもそれに同調していることは滑らかに動く操縦レバーから伝わる。

 悲鳴のような砲声を躱し、エコーはパキケドスの手前に着弾するように滑り込む。そこから後脚で跳ね上がれば頭部を下にしながらパキケドスの上空を側転する軌道だ。牙を剥き、エコーはパキケドスから操縦席をむしり取る。

「こちらも一機確保しました!」

 声を上げれば、こちらの陣営のラプトリアが操縦席を回収に駆けてきてくれる。しかし同時に眼前で、操縦席を奪われたパキケドスはバイザーによって誘導を続けられ、そして火器の弾倉部などを中心に爆破させられていく。

「しっかり敵は動きをモニターしているようだな。こちらに手立ては無いのか?」

「さあて、操縦席だけを引きちぎるような荒技をやれるライダーとゾイドなどそうそういるものではあるまい?

 下手に取り付けば自爆させられるであろうし、部下にやらせるわけにもいかんね……!」

 応じながらララーシュタインは背面砲塔からの連射で接近する敵を牽制しつつ、部下達に後退を促す。しかしそこで後退せずに脇に控えていたのが、彼の補佐が乗る通信増強仕様のディロフォスだった。

「少佐、グロース少将から全体命令です。前衛部隊は自爆攻撃部隊を隊列に引き込めと」

「なんと……。確かに自爆を引き延ばさせて対処の時間を得るにはそれしかなかろうが、隊の重要物はどうなると」

「輸送チームなどはすでに後衛部隊に護衛されて下がっているそうです。しかしグロース少将他数機のゾイドの反応がその場に残っている――」

 戦術画面にはマップ上の光点で各機体の位置が示されている。そしてブルーダーはそのマップ上にグロースが半ば個人的に保有し続けているギルラプターの名前を見つけていた。

「何をするつもりだ……?」

『前衛班、よくやってくれた。ここから先は俺達が対応する』

 ブルーダーの疑問に応じるようなタイミングで、グロース自らからの通信が前衛に届く。その声にすかさず反応したのはララーシュタインだった。

「グロース少将! 彼らを救う手筈があるなら我々にも協力させて欲しいものであるが――」

『少佐達はここまで何人か救出してるだろ? もうマークされてるはずだ、下がってくれ』

「しかし!」

『このままだと少佐達が近づいただけで先回りで自爆されかねないぞ。

 もう充分だって。俺が保証するぜ』

 グロースはいつも通り楽しげな口調だったが、有無を言わさぬ勢いがそこにはあった。ララーシュタインが問う姿勢と正面衝突を起こし息を呑む横で、ブルーダーが自分の問いを差し込む。

「あなたがたは救えるのですか、少将閣下」

 攻めた問いかけに、ララーシュタインのローゼンティーゲルが振り返るのが見える。だがグロースは気分を害した様子も無く、

『救うさ。それも軍人の仕事の一つだぜ。

 お前達より長く戦っている俺が音頭を取るんだ。任せておきな』

 グロースの声は通信越しにも淀みない。慣れたこと、可能なことを語るような気軽さがそこにはあった。

 グロースにはできるのだろう。しかしどのように離反者達を救うのか。そしてなぜ彼らを救うのか。ブルーダーはその点が気になる。

「ではお手並み拝見……。ララーシュタイン卿、我々は下がって火力で彼らの誘導に徹しましょう。救出したライダー達の保護もありますし、ね」

 ララーシュタインは闘争心を抱いているが、ブルーダーはそれをたしなめて後退を進言。無論それはグロースが言い出したことへの興味に端を発することだが、こちらをよく振り回してくるララーシュタインに対して落ち着いたような言葉をかけられたのでよしとする。

 正統真帝国戦線を追う兵は、それぞれの想いを持ってこの行軍に参加している。それを率いるグロースという男はどうなのか、自分以外にも見届けようとしている者はいるだろう――。ララーシュタインを脇に押しのけていくブルーダーはそんなことを考えながら、隊列中央の方角へ視線を飛ばす。愛機であるエコー共々。



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NEW EARTH ERA 31 9/24 10:58

IMPRESSION

・ディロフォス
 ディロフォサウルス種の小型ゾイド。形態としてはラプトールに近いが、鼻筋に存在する二つの突起と首に存在するフリル、そしてそれらを用いた電磁攻撃手段を持つ点が特徴的な種である。
 惑星Zi並びに新地球歴時代のゾイドは環境から来る収斂進化によって地球炭素系生物の種に酷似した形態を持つ傾向があるが、ディロフォスに近しいとされるディロフォサウルスにはフリルは存在しなかったという説が根強い。
 その一方でディロフォスにフリルが存在する理由としては、近似の電磁攻撃手段を持つディメパルサー種との共存関係が原因ではないかと推測されている。一方で異なる理論を掲げ、さらにディロフォサウルスにもフリルが存在したと主張する者も若干数存在する。
 ともあれゾイド生物学的には近似の電磁波利用の性質を持つディロフォスとディメパルサーだが、電磁波出力が安全なレベルにまで落とせ指向性も強いディロフォスは人間の手による運用ではディメパルサーとは異なる活躍の場を得ている。


新地球歴三一年 九月二四日 一〇五八時

東京エリア近郊 厚木市跡地

 

 反乱部隊からさらに離反した兵達は、進行していく事態を薄暗い操縦席で見ていた。

 キャノピーの開閉で出入りが出来るはずの操縦席には外から装甲パネルが溶接され逃れることが出来ない。それでも脱出しようともがいた形跡は溶接部を内側から見た位置に付いた血の手形や引っ掻き跡に現われている。

 閉じ込められて丸一日以上。すでに脱出不可能を離反兵達全員が理解していたが、さりとてこのまま死にたくもない。通信装備を取り除かれた操縦席からペリスコープカメラ越しに見るグロースら討伐部隊は彼らにとって希望でもあり、危険でもあった。

 彼らが乗せられたゾイドは遠隔バイザー操作で討伐部隊に襲いかかり、討伐部隊はそれに反撃する。離反兵達は自分の身を守るためにも、本気で挑んでくる相手には攻撃せざるを得なかった。自分のことで精一杯の彼らには、ララーシュタインやブルーダーの奮戦も視界に入らない。

 だが彼らにもわかる変化が戦場に生じ始める。討伐部隊が距離を取り、離反兵達を乗せたゾイドは前進を始めたのだ。

 遠巻きに見る討伐部隊。前進する離反兵達のゾイド。戦場に似つかわしくない沈黙の中へ歩み行っていく機体の上で、兵達は配送センターの廃墟を見上げる。

 何か仕掛けられる。それを予測した彼らは自爆装置を作動させられる予感に息を呑んだ。そして討伐部隊の動きに目をこらし、配送センターの螺旋スロープや排ガス換気用の開放部を見渡す。

 そしてそこになにか動く影を認めた瞬間、兵達が見る画面に砂嵐が被さる。外部の音声収集システムも、それどころか通常の操縦機能すらもなにかシステム的なハングを起こしている。

 自爆システムも作動しない。しかし何故――。兵達が疑問した瞬間、マイクを通さない直の響きでゾイドの足音が迫ってくる。地や、それ以外を軽く蹴って加速する響きが。

 

 リンは動きを止めた離反兵達へ向けてアカツキライガーを跳躍させた。

 飛び出す位置は集配センター跡の屋上。そして背後に吹っ飛んでいく場所には並び立っていたゾイドの姿もあった。それはディロフォス、しかも帝国仕様でワイルドブラストを発動済みだ。

 ディロフォスのワイルドブラストはジャミング波を放つもの。生体由来の高周波電磁パルスは電子攻撃にも比肩する威力を持つ。そして同系列のより大型なディメパルサーの攻撃に比べると影響範囲が小さいが、その分精密な攻撃が出来る。

「攻撃手段を探知されずにゾイドを硬直させられる……!」

 そういう作戦だとグロースは言っていた。そしてそれが上手くいっている様子にリンは頷きを見せる。

 ディメパルサーも討伐部隊にはいるが、そのワイルドブラストでは周辺にも影響が生じ、正統真帝国戦線に観測される恐れがある。だが指向性があるディロフォスによる攻撃ならそうではない。その辺りを瞬時に判断できるセンスはどこで磨いたものだろうか。

 疑問は一瞬。アカツキライガーの速度は相手を眼前に迫らせていた。近接レンジ用の照準レティクルが相手に重なるのを見てリンがレバーを捻り込めば、ライガーの爪がパキケドスの背の操縦席を引っかけて剥がすように前脚を振り抜く。

 外れた操縦席がだるま落としで弾かれたかのようにひび割れた路面を滑走していくのを見送り、リンは巨体を振り乱すパキケドスからアカツキライガーを飛び退かせる。見れば見ればさらに周囲でも選抜された攻撃メンバーが離反兵のゾイド達にアタックを仕掛け、操縦席を奪いにかかっていた。

 ノルマは一人一体。しかしその渦中へ、一際勢いよく飛び込んでいく機影があった。黒地に赤いラインが走るギルラプターは、グロースのナハトリッターだ。

「短期決戦だぜ、リッター! 出し惜しみは無しだ……マシンブラスト!」

 螺旋スロープを駆け下りてきた黒のギルラプターはその速度の中で跳躍するとウイングショーテルを展開。さらに背部のブースターに点火すると、鋭い爪と硬い踵とでアスファルトの上をスケーティングして離反兵のゾイド集団に突入していく。

 機体の左右に生じた切断力は、推進力に導かれるままに地を走る。その一撃はそれぞれの方向でパキケドスの操縦席を機体から削ぎ落とすと、さらに跳ねる機体の動きのままに宙を回り低軌道に至った一方でラプトールの操縦席を引っかける。

 瞬時に三体。宙返りするナハトリッターは、昼の日差しの中でも赤い眼光のラインを曳いていた。

 そしてジャミング下の戦場では、グロースがノルマの三倍兵を救った一方でアタックに失敗した者が数名。

「責任を取るのが上役の仕事ってなあ!」

 戦場の最も高い位置で全てを把握したグロースは、空に向いたブースターでナハトリッターを地表に押しつける。その勢いで沈み込んだ体を強烈なキック力で前進させるナハトリッターは、討伐部隊のアンキロックスのハンマーをかわして身を低くしたラプトールへ向かっていく。

「グロース少将、ディロフォス隊のワイルドブラスト戦限界時間まで残り――一五秒!」

 小型ゾイドであるディロフォスの、遠隔攻撃であるワイルドブラストは継続時間に限りがある。その時間制限に相応しい速度で駆けるのがナハトリッターだ。

 背面のドスクロー基部ごと操縦席を切り飛ばし、ラプトールの後方空中に飛び出すナハトリッター。切断力を行使して刃にかかった抗力の分、その身は空中で横回転していた。その回転でブーメランのように旋回しながら、機体はもう一体操縦席を残して振り返ろうとするパキケドスへ。

 スピードの乗った跳躍の最中にあるナハトリッターはパキケドスの上空を後ろ向きに通過しかけている。操縦席を引き剥がす手段が全て通り過ぎかけ――しかし速度の中から、ナハトリッターの爪がパキケドスの背を一閃した。背のウイングショーテルよりも鋭い湾曲を持ったハーケン状の爪が。

 ギリギリの一瞬から放たれた一撃は操縦席を切り飛ばせはしない。だが操縦席に溶接された装甲パネルを溶接部で割り吹き飛ばしている。その中には衰弱したライダーが一人顔を上げていた。

「おーっと誰か彼を頼むぜっと!」

 速度で吹っ飛んでいくナハトリッターはもはや手も足も届かない。しかしそこで動けたのが、全てを見ていたリンだった。

「アカツキライガー、行けぇっ!」

 雪崩打つように身を低くしながら突入したアカツキライガーが、分厚いたてがみ装甲を備えた頭部でパキケドスに真横から激突する。そしてその衝撃で倒れる機体からライダーが投げ出されると、ワイルドブラストの制限時間を迎えたディロフォスの一体が彼を受け止める。

「ハングしていた自爆装置が復旧するぞ! 離れろクリューガー准尉!」

「……っ!」

 着地しドリフトするナハトリッターからグロースの声が響く。それとほぼ同時に、リンはアカツキライガーを離反兵達が乗っていたゾイドの群れから逃れるように駆け出させていった。

 兵達は救った。そして残されたゾイド達は――。リンは視線を切って逃れるべき先へ向ける。

 爆音が轟く。ゾイド達の重武装を巻き込み炎が上がった。熱い風に押され、アカツキライガーは退避する友軍に追いついていく。

「反乱軍、ひでえことをしやがる……」

 ディロフォスのライダーが後ろを窺いながらアカツキライガーに併走していた。

 リンも全く同意だ。正統真帝国戦線のこの戦法には強い怒りを覚える。ゾイド達を救うことが出来なかったのは自分達だが、手を下したのは彼らだ。

 リンの心を沈み込ませるベクトルが、その小さな胸中に生じつつあった。しかし同時に、昨日に立川でカノーと交わした会話のことも、リンは思い出すことが出来る。

「……今は救うことが出来た人々のことを考えましょう。もう大丈夫だって言ってあげなくちゃ」

 そんな言葉を口に出してみて、リンは自分と違って心が強く見える人々のことを思った。彼らも実は割り切れず粘つくような想いを抱えながら人を励ましているのだろうかと。

 この粘つきを無視できるように、麻痺する時が来るのかも知れない。だがそこから生じる怒りが自分の中にエネルギーを生み出していることを思えば、リンはそんな変化を迎えたくはなかった。

 例えそれが苦しいことだとしても。そんな風に一人考え込むリンに、アカツキライガーが怪訝そうな唸りを上げた。

「……アカツキライガー」

 リンは思い出す。前線勤務ではなく技術部に回された自分は、おそらくどこまでもこのアカツキライガーと共にいることになるだろう。この戦いも、その後も。

「一人で思い詰めることはない……かな」

 ゾイド因子オメガ抽出実験に関わっていた頃には思いもしなかった未来をリンは思い描いた。

 そしてその時間には、ここで失われたゾイド達のことも記憶していこう。リンはそう心に決めると顔を上げる。そこには回収した操縦席を収容する討伐部隊本隊の姿があった。

 

新地球歴三一年 九月二四日 一一二八時

東京エリア近郊 厚木市跡地

 

 装甲パネルを引きはがされ、操縦席から救出されたライダー達はリンをはじめ多くの討伐部隊員に見守られながら介抱を受け、搬送の時を待っていた。

 荒っぽい方法で救出したこともあって負傷している者もいたが、なにより衰弱が最大の被害だった。操縦席内には最低限を割り込む生存物資と設備しかなく、彼らはその状態で最低でも三日はこの地に留められていたのだという。

 シートに寝かされ点滴や傷の手当てを受ける離反兵達を見て、リンの胸中にはやはり正統真帝国戦線――そしてその人員としてほぼ唯一知る相手であるロイのにやついた表情が怒りと共に浮かぶ。

 その横顔を、離反兵達の心理に考慮して廃墟の陰に駐機させられたアカツキライガーが横目に窺っている。そして隠された意図を察し静かに座り込むライガーだが、そこにアスファルトに爪を打ち付けるような騒がしい足音が近づいてくる。

『ふぃー……久々にハッスルしたからくたびれちまったぜ。なあリッター!』

 豪快に外部スピーカーから声を漏らすグロースに、脚を投げ出して座り込むギルラプター・ナハトリッター。その頭部放熱索から蒸気も上がり、あたかもサウナから出てきたかのような様相だ。

「ぐ……グロース少将!?」

 救出されたとはいえ、先程まで強い精神的負荷を受けていた離反兵達のそばだ。他の兵は自発的に沈黙しているし、ゾイドも隠されている。だがグロースはそんなことは気にしていない様子でナハトリッターから降り立ち、

「なんだお前達辛気くさい顔をして。生還した勇者を迎えるのにそんな態度があるかんん?」

 耐Bスーツにジャケットを羽織り、外していた呼吸器を浸けるグロースはいつも通り気楽な身振りだ。そしてそのままずかずかと離反兵達の介抱スペースに歩いていく。

「諸君、もう大丈夫だ! 我々は第七開拓兵団、反乱軍討伐部隊。君達を事件に巻き込み苦難を強要した正統真帝国軍を討つべく行動中だ!」

 わああとリンや周囲のディロフォスのライダー達などがグロースを止めようとしつつ、相手の階級の高さ故に二の足を踏む。その間にもグロースは前進し、

「君達を苦しめた存在は今や遠く、そして君達は今第七開拓兵団の勢力圏下に戻った。もう何も心配することは無く、体を休めて欲しい」

 物怖じしない堂々たる声に、疲労困憊で俯いていた離反兵達も顔を上げる。その視線を受け止め、グロースは頷いた。

「君達も本来第七開拓兵団傘下に加わった兵であり、正統真帝国戦線の反乱の中で戦ってくれたわけだ。兵団長として君達の勇気に敬意を表するぜ。最高の待遇を約束しよう。

 手始めにまずは、順調に開拓が進んでいる北海道エリアの病院へ向かってもらうかな」

 グロースは気楽に、しかし具体的に語る。その二つの効果は、救出された離反兵達が安堵の吐息を漏らすことに現われた。

「衛生部隊のキャタルガは到着しているか?」

「そこまで来ています。現在収容準備中です」

「よし諸君移動準備だ! 一足先にこの戦場からおさらばしてくれ! 行く先に吉報を届けると約束しようじゃないか」

 朗々と告げるグロース。そして衛生兵達は肩を貸し、担架を手にし離反兵達を移動させていく。そこに沈んだ空気が無いのは、グロースの振る舞いのせいか。

 リンは運ばれていく離反兵達に敬礼を送るグロースを感心の目で見ていた。しかしそこに、操縦席から兵達を回収してきた工兵部隊の士官が耳打ちする。

「少将、一つ報告したいことが」

「お? どうした」

「今回回収した各ゾイドの操縦席ですが、ライダーが閉じ込められていない――空っぽのものが数個あったんです。どういうことでしょうか」

 聞き耳を立てるリンも、問う士官同様首を傾げるしかない。グロースもその問いの内容には片眉を跳ね上げ、訝しげな表情となる。

「無人操縦用に改造されてたとかじゃないのか?」

「いえ、他の兵が閉じ込められていた操縦席と同じ仕様にも関わらずです。一体何故……」

「離反した兵だけじゃ数を揃えられなかったから仕方なく、とかじゃねえかなあ」

 士官に対し、グロースは何か含みがあるような表情で腕を組む。だがそれが何を意味するかは、リンにも、相対する士官にもわからなかった。

「ま、思惑はどうあれ俺達は敵を叩き潰すだけさ。なにか隠し事があれば、最後に勝利した後に全て明らかになるってな」

 鷹揚に告げるグロース。リンはその姿を遠目に見て、改めて彼が少将という立場を得ている理由を思い知る。

 だがそれ故に、グロースが誰にも見せないよう表情を遠くに向け背中を見せていることには気づけなかった。

 午後の日差しの中、一つの戦いが終わり討伐部隊はまた進軍の準備をはじめる。大きな事件を終わらせるために。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/26 13:24

IMPRESSION

・正統真帝国戦線
 新地球歴30年に帝国から発生したクーデター組織『真帝国』は前帝の妾の子ハンナ・メルビルを擁立することで帝国の王権を簒奪し国家の成立を目論んだ組織であった。
 しかし首都制圧に失敗した真帝国はその後メルビルの逃走によって依って立つ点を失い、同時期に活動を開始していたイレクトラ・ゲイトら移民船時代の思想集団に吸収されていく形で消滅していった。
 その戦力は超大型ゾイドゼログライジス出現時にエネルギー源として消耗され尽くしたものとされているが、実際の所その現場に居合わせた者以外や帝国内の「草」として潜伏していた勢力もまだ多く存在し、開拓政策が始まり北米大陸以外にも世界が開かれた現在ではいち早くその手つかずの大地に自分達を根付かせようと活動する者も多い。
 だが皇帝の血筋もかつてのトップも失ったそれら「真帝国系過激派組織」はその目的を見失い単なる武装集団となってしまったものが多く、その一方で二大国を震撼させた前代のネームバリューを利用するため殊更に真帝国の名を利用している。
 正統真帝国戦線もそれら真帝国系の組織の一つだが、帝国への反抗以外にも二大国両国に存在する諸企業に対し戦争経済による利潤を示唆していることから一歩抜きん出た後ろ盾を得ている様子である。


新地球歴三一年 九月二六日 一三二四時

正統真帝国戦線 拠点

 

「ロイ中尉」

 薄暗く、パイピングの隙間に金網製の通路を通した施設があった。そしてその片隅の階段でネット端末を見ていた男に、クリップボードを手にした女が話しかける。

「よお、どうしたカナン。俺は読書タイムだぜ」

「またゴシップニュースサイトですか? 民間ネットにアクセスしてこの拠点の位置など露見しないでしょうか……」

「拠点からのアクセスは諜報用の外部サーバー経由してっから大丈夫だっつーの。おまけに課金や会員系のサイトに侵入するための偽装ツールもあるから有料コンテンツも見放題だぜ」

 そう言って男――リンの目の前でゼログライジス・ネガシルエット強奪の行動を起こしたロイは端末の画面をカナンに見せる。一件ニュースサイト様のページ形式が見えるが、書かれている文章は空行が多く、表現も扇情的だ。

「で、なんだ? これよりおもしれー話?」

「面白いかどうかはわかりませんが……私達に対する討伐部隊の動きに関する最新情報が入りましたよ。

 本隊は神奈川エリアを通過して静岡エリア、熱海に到達し補給線を構築しています。私達がいる位置に着実に接近しているし、戦力も充実させていますね」

「俺発案の『腰抜け爆弾』共の効果はイマイチだったか。ま、ああいうのは結果よりもやったことに意義があるとかなんとか」

 カナンに応じながら、ロイは立ち上がり当て所ない足取りで階段を降り始める。カナンはそれに続きながら、小さく眉をひそめていた。

「こう言っては何ですが、ああいうやり口は私達の正当性を揺るがすことになると思うのですが……」

「総帥からの許可は出ているぜ。共和国と帝国にチョロい相手と思わせないためには必要だってな」

 言葉を交わしながら、ロイとカナンは階段を下りパイプ類が続く先へキャットウォークを歩いて行く。熱を持ったエネルギーラインも、冷媒を流す冷却系も共に存在する周囲は密閉空間であることも相まって生ぬるい空気が満ちていた。

 そしてパイプ類が向かう先は改造された格納スペース。深く掘り抜かれ、スロープで外部との出入りを確保されたそこに陣取るものこそロイが入手してきたゼログライジス・ネガシルエットであった。

「でっけえよなあ。コイツがあれば細かい問題なんざ気にせず新国家も成立させられそうなもんだが」

「しかし昨年出現したオリジナルゼログライジスは撃破されましたし、このゼログライジスのスペックは概算でオリジナルの八割程度だと技術班は報告しています。上手く運用しなければなりませんよ」

「だからこうして武装を追加しているわけか」

 キャットウォークから見えるネガシルエットはパイプ類が接続され調整を受けている一方で、周囲に足場やクレーンが設けられロイが言うとおり整備改造も受けているところであった。

 現在は腕部に連装火器が取り付けられているところだが、さらに周囲には武装の輸送パレットやコンテナが控えている。

「『腰抜け爆弾』共の自爆に気合い入れる分に加えて、さらにこんだけ使えるのはありがたいこったね。企業様々かな」

「確かに正統真帝国戦線には企業系の後ろ盾も多いですが、それは期待を受けているということでもあります。相応の成果を出さなければだめです。

 私達の場合は企業が利益を出せるだけの、闘争による各種需要の創出を成し遂げなければ」

 淡々とロイに応じるカナン。そんな姿に対し、ロイは見透かすような目でにやつきながら訊ねた。

「しっかりお勉強してるわけだな。色々気になるか? この―― ゼログライジスの専属ライダーになる身としては」

 ロイに告げられた言葉に対し、カナンはこれまで同様顔色一つ変えずに応じる。

「私はそれ以前に総帥の信頼厚い副官でもありますから。おそばで役に立てるようにしているだけです」

「思想に惚れ込んでるってわけか? それとも拾って貰った恩義かな? 詳しくは知らないがどこぞの少数民族の出だったか、お前は」

 その言及にもカナンの表情は変わらない。その様子を見て調子に乗ったか、ロイはさらに続けた。

「差別がある母国とは異なる、これまでと異なるルーツがある国が生まれるならってとこか、お前の動機は。

 おかてえ話だよなあ。まったくお堅い」

「ロイ中尉――」

 無言でロイに続いてきたカナンは、ようやく口を開く。しかしあくまでもその表情に変化は無く、能面のような無表情がこびりついたままだった。まるで摩耗しきってしまったかのように。

「私の感情を動かそうとしても無駄です。私がこれまでに味わってきたものは、あなた一人に越えられるものではありません」

「へえ……」

 ロイは足を止め、ポケットに手をツッコミながら振り返る。そこにあるカナンの沈黙をのぞき込み、意地の悪そうな笑みを強めた。

 しかしそれは、目の前にいるカナンの向こうに何か別の存在を見ているような視線だった。

「ただの一般市民様方が、寄ってたかってそんな傷をお前にこさえさせたわけだ。恐ろしい世界だな。共和国も、帝国も」

「……それはあなたの所感でしょう、ロイ中尉」

「俺は見たとおりに感じたまま喋ってるぜえ?

 多くの人々が平和な世界として生きている場所が、お前のことはズタズタに傷つけてきた。事実だろう?」

 問われ、しかしカナンの擦れきった表情は動かない。だが言葉は出なかった。

 ロイの真意を測りかねている。そんな疑問が、表情ではなく首の傾きに現われていた。しかしロイはそれをろくに見もせずにまた振り向き、キャットウォークを進み続ける。

「ところでなんで付いてくるわけだ? 情報が入った話は終わったろ?」

「あなたは戦闘部隊の中でもゼログライジスの随伴も担当する部隊のトップではないですか。この近辺での戦闘が予測されるのだから、話し合う必要があります」

「どうせ時間かけても無難な結論しか出ねえと思うけどなあ」

 応じながら、ロイはまたキャットウォークの先にある階段を降りる。そこはこの格納庫の地上階の高さだったが、ネガシルエットの体躯のために地下スペースを拡張した現在は人の行き来も物品の設置も粗雑だ。

 そして本来地下行きに用いられていた階段は備品やゴミを入れられたダンボールに埋もれかけていた。

 その傍らに来れば、階段脇の壁にはなにか符丁めいたマークが書き込まれていた。それを見て、ようやくカナンの表情が動く。小さく眉をひそめ、

「話から逃れるために、ここを使うつもりですか?」

「冗談はやめろって」

 ロイは階段を一瞥し、しかし歩みは止めない。カナンはそれに続き、背後になる階段をチラチラと窺う。

「私達に同調しない兵を遅滞作戦に用いるにあたり……女性兵士のみゾイドへの搭乗を偽装して、この地下に監禁したわけですよね。

 なんのために、までは言及しかねますが」

「言ってやってもいいんだぜ。こうでもしなきゃ女も抱けない奴が多すぎてなあ。

 ま、女を抱くことしか楽しみが無い奴ってのも哀れだよな」

 力一杯小馬鹿にした笑いをかみ殺しながら、ロイはカナンを連れて歩いて行く。

「このような場所を用意するあなたも同類では」

「俺は使わねえよ? 病気うつされたくねえもん。

 だいたいゾイドライダーは乗るならゾイドの方が楽しいもんだぜ」

 悪びれもせずに言ってのけるロイに、カナンは嘆息。ネガシルエットを背後に置き、二人は歩き続けていく。

 討伐部隊を待ち受ける二者の歩みを受け止め、ネガシルエットを飲み込んだ施設の暗がりはさらに先にまで続いている。

 窓一つ無いその暗がりが位置するのは、日本アルプスを形作る三つの山脈の中でも南に位置する赤石山脈。しかしその位置を窺う術は無い。

 その底知れぬ闇は、接近する討伐部隊を待ち受けるものでもあり、正統真帝国戦線の成り立ちを隠すものでもある。そしてその中に歩いて行くロイを、通常戦力の駐機スペースに立つ彼のギルラプターが出迎えた。

 立ち並ぶ戦力はネガシルエットを抜きにしても正規軍の部隊と遜色ない。開拓兵団から寝返った戦力があるとしても過剰な規模だ。

「めんどくせえ理屈はあるが、俺達が暴れるのを支援してくれるありがてえ奴らもいる。

 俺は幸せなゾイド乗りだなあ」

「ロイ中尉……あなたは本当に正統真帝国戦線に心から属しているのですか?」

「当たり前じゃん。ムカつく奴をぶん殴ってもいい国を作ってくれるんだろ? 俺はそういう世界じゃないと生きられないからな。もうガンガンお手伝いしちゃうぜ」

 暗闇の中に嫌に白い歯を剥いてロイは笑う。その振り向きの上で、ギルラプター〈ブラックナイト〉も同じように牙の並びをカナンに見せ、威力を放つ時を待ちわびているようだった。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/26 14:03

IMPRESSION

・惑星Zi
 地球から銀河の中心を挟んで6万光年の距離を置いた対蹠地領域に存在していた地球型惑星。F級黄白色恒星系に属する第二惑星であり、発生当時はDe〈ディアナ〉、Se〈セレーネ〉、Ae〈アルテミス〉の三つの衛星を備えていた。
 その最大の特色は生命の誕生に加えて、その中の一大グループとして金属生命体ゾイドという生物グループが存在したことであろう。その強靱な体躯と多彩な生態を持つゾイド達は惑星Zi最強の生命体として跋扈し、そして惑星Zi人文明のあらゆる局面で活躍した。
 そんな惑星Zi文明は近代化目前の時期に地球からの来訪者と接触し、加速度的にその技術を発展させていった。その結果「中世の精神に未来の技術」と形容されるような歪な近代国家関係が形成され、数多くの戦乱を呼ぶこととなる。
 やがて惑星崩壊の危機に際し、惑星Zi人達は母星を後にして地球への移住を決意した。現在の惑星Zi及び星系の状況は不明である。


新地球歴三一年 九月二六日 一四〇三時

熱海市跡地

 

 リン達討伐部隊は東京から南下を続け、海のそばまでくると進路を西に切り替えて行軍を続けた。そうしてたどり着いたのが、かつては観光地だったと推測されるこの熱海だ。

 大湊以来に見る海から、開拓の前線に物資を送り込むための揚陸設備も設けられており、ネーバルサウルス艦隊が停泊している点も大湊と同じだ。そもそも彼らはララーシュタイン達を運んできた艦隊であり、補給物資の輸送と火力支援のために相模湾に先行していたのだ。

 彼らから物資を受け取る合間に、グロースは反乱部隊を出した富士・御殿場基地との話し合いに向かい、討伐部隊はここで一時行軍を止め休息を取っている。リンも自由時間を得て、防衛線の内側にある熱海旧市街の見物に繰り出していた。

 無論、アカツキライガーも共にだ。ゾイドが移動することが出来る舗装路跡からは、近代建築ながらにどこかノスタルジックな町並みの跡が見て取れる。

「温泉もあったんだって、ライガー。今はもう、設備は壊れてしまっているけど」

 操縦席からではなく、前を歩いて先導しながらリンはアカツキライガーに呼びかける。現地部隊が余った資材で温泉を復旧していることが露見したが、グロースは笑って許したことなどに触れつつリンは二一世紀の痕跡の中に踏み行っていった。

 厚木での離反兵を用いた自爆攻撃を脱した後も、散発的な遅滞行動があったがリン達はそれを突破してきた。それは自信としてリンの中にも積み上げられ、一時はどん底に近かった士気をこうして見物に繰り出せるほどにしている。

 離反兵達も後方に収容され、命に別状は無いという。空の操縦席があった謎はそのままだが、憂いは少ない。以前なら荒廃にばかり向いていたであろう視線も、この熱海跡地の細部に見えるかつての栄華を捉えていた。

 そしてその視線は、かつてと今のこの街のどちらにも属さない存在を見出す。道の先で一人、街を見ている女性の姿を。

「えっ? ……民間人?」

 シックなロングスカートと茶の上着を身につけた、長い黒髪の老婦人がその正体だった。

 両横の髪に飾り布を巻いた彼女は、アカツキライガーが立てる足音によってリン達に気付いていたようだった。穏やかな表情を向けてくるその姿に、リンは会釈を返しそしてその胸に開拓兵団の客員用名札を見つける。

「こんにちは。確かあなたが……クリューガー准尉? 後ろのゾイドがアカツキライガーですね」

「は、はい……そうですが」

 気楽に声をかけてくる老婦人に、リンは足を止める。するとその老婦人の方からリンへと歩み寄ってきた。

「グロースさんが言っていました、真面目で面白い若い方がいるってね。

 ……はじめまして。私はウェインライト・アハトバウム。グロースの妻です」

「少将の奥さん!?」

 老婦人、ウェインライトの自己紹介にリンは愕然とした。歳不相応に明るいグロースを見てきたリンにしてみれば、彼と結婚という単語がどうにも結びつかない。

 しかし眼前のウェインライトは重ねた年月を感じさせる柔和な笑みを浮かべている。目が顔の皺の中に溶け込むような破顔に、自然とリンも突然の緊張がほぐれていった。

「あの人は真面目な年下を放っておけないですから。

 私もそうやって見出されたんですよ。惑星Ziにいた頃のことですけどね」

 思い出を口にするウェインライトだが、しかしその視線はすぐに今目の前にいるリンに戻ってくる。

「あなたとライガーが、今回の事件の始まりを目撃したのだそうですね。そして本来、危険なゾイド因子を打ち消す立場でもあったと」

「そうです。アカツキライガーは本来ゾイド因子オメガを中和するためのゾイド因子強化ゾイドで……。今となっては、形骸化したようなことですけどね」

 リンはそんな風に謙遜を込めて言うが、それはかすかに心に残るわだかまりでもあった。

 正統真帝国戦線との戦闘は純粋なゾイド戦になりつつある。その中でアカツキライガーに求められる役割は、本来のものからライガー系ゾイドの強さを表わすものに変わっていた。

 それによって討伐部隊の友軍戦力や、敵に苦しめられる人々を救えるのならばリンはそれでも構わない。だが一抹、という規模で残念は心の底に残っていた。故にこんな言葉が口を突くのかも知れない。

 そしてそれを聞いたウェインライトは穏やかな笑みを浮かべ続けつつ、口を開いた。

「グロースさんはきっとあなたに、気にするようなことは無いって言ったでしょうね。そして活躍の場を与えてくれた」

「? え、ええ。確かにそうです。感謝していますが……」

「でも思いますよね。……助けられる前に、自分の元の力で止められていればって。

 あの人が気にかけるような人なら、あなたもそうなんじゃないですか?」

 図星を突かれ、リンは息を呑む。だがウェインライトはしてやったりという雰囲気ではなく、ただただ苦笑するばかりだった。

「あの人が助けようとするのはそういう人ばかりですから。頑張ったのに否応なしに失敗させられた人に、勝てる舞台を用意してくれる。

 それはありがたいことだけど、燻りは続きますよね。戦場に立つことを選んだのに、思うように出来なかった記憶は」

「ウェインライトさん……」

「――あっ、もちろんグロースさんには感謝しているんですよ私の場合。そうじゃなきゃ結婚なんてしませんよ。ねえ?」

 おほほ、と口元を覆いウェインライトは誤魔化す。いかにもなオバチャンめいたその動きに、リンは一瞬ぎくりとした心の拍子を外され遠い目をする。

「でもねクリューガー准尉。もし心の中に本当はああしたかった、ってものがあるなら、それは是非自分の力で叶えて下さいね。

 あの人の優しさは大きすぎるから、ついその中でまどろみ続けてしまうから……」

「ウェインライトさんは、そんな過去が?」

「惑星Zi時代のことですもの、もう取り戻せない時代です。

 でもあなたは違う。そこで若い人には頑張って欲しいと思うのは、年寄りのお節介というか、お婆さんなりの嫉妬というかですかね」

 そう言って笑うウェインライトに、リンは自分が歩む道の先を見た。現に彼女は、自分達が進んできた道の先に立っていたのだから。

 そして同時に思い出すのは、立川の空にアカツキライガーを跳躍させた一瞬。道無き空に一撃を放った時、確かにそこにはグロースの部隊の誰かではなく、自分とアカツキライガーがいて、そして戦場にその名を刻み込んだ。リンの手の中にはその感触が残っている。

「……確かに、ウェインライトさんが言うように、少将の思うがままではだめですよね」

「ええ。あの人は人を動かすのが好きなところもありますしね。思うがままでいるとこんな風に、幸せの絶頂から降りられない場所に連れていかれてしまいますよ」

 そう言うウェインライトの笑顔は決して翳りがあるものではない。

 だが若いリンが求めるものは与えられた平穏ではない。つかみ取るなにかであった……そのはずだ。

「あの人があなたのような人を助けたいのと同じぐらい、あなたが成し遂げたいことも正しい思いなのですから。

 あの人は楽しそうに救いの道に誘ってきますけど、自分のことも見失わないで下さいね。これは妻としての嫉妬も込みのお願いです」

「し、嫉妬ですか」

 悪戯っぽくウインクするウェインライトに、リンは苦笑して頭を掻いた。こういう所はグロースに似ているなと、そんな風にも思う。

「ご指摘ありがとうございます。最近上り調子だったんですが、ここに来て初心も取り戻せた気がします」

「それはよかった。盤石な基礎の上にこそ、高くそびえるものを建てられますからね。是非素晴らしい成果を上げて下さい。

 ……と言ったところで」

 何か抱えるサイズのものを横に置くジェスチャーを見せ、ウェインライトの笑みはふにゃりと気の抜けたものになる。

「女性兵士が増えたとはいえ軍隊って男所帯でしょ? グロースさんについていると中々ガールズトークに花を咲かせる機会が無くって……! もしよかったらどこかで腰を落ち着けて軽いお話でもしません? こういうシリアスな話だけじゃなくて」

「あはは……いいですね」

 女二人は連れだって歩き始める。そんな姿を後に続くアカツキライガーは首を傾げて見つめ、やがて少し遅れて追い始めた。

 海岸から見える峯を越えれば敵がいるという土地でも、穏やかな時間が過ぎていく。それは嵐の前故か、あるいはそれこそが在るべき時間だからこそか。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/26 15:31

IMPRESSION

・ NEW EARTH ERA 29『亀甲部隊前へ』
 ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL第三話・第四話。
 新地球歴29年、帝国辺境の河川交易都市ノイエントランスは群を脱走した兵達による野盗集団バルバロスに包囲されていた。
 世界に背を向け、日々の糧を求めて彷徨う暴力の群れに立ち向かうのは、実戦経験無き帝国軍ノイエントランス守備隊。しかし彼らは市街地を壊滅させられながらも、市民達を市の中心部である中州に避難させることに成功していた。
 籠城戦を繰り広げる彼らを追い詰めるバルバロス。そこへ、市のさらに外部から帝国軍本隊の増援が到着した。わずか三機のバズートルだが、疲弊しつつあった守備隊に彼らは新たな動きを生み出していく。
 軍人は誰のために、なんのために戦うのか。若者達、玄人達、そして落伍者達の想いが燃え盛る都市に交錯する。


新地球歴三一年 九月二六日 一五三一時

熱海市跡地郊外 伊豆スカイライン跡

 

 討伐部隊は熱海に橋頭堡を築き、伊豆半島の付け根を横断し沼津にも拠点を設けた上で南アルプスの正統真帝国戦線勢力圏に突入する算段を立てていた。

 直線距離では短い熱海・沼津間ではあったが、その間には山地に近づいていることを予感させる峠もある。二拠点間の移動に用いられるのは二一世紀に運行していた高速鉄道のトンネル跡とされ、物資の揚陸と同時進行ですでに先遣隊は沼津入りしている。

 当然敵勢力圏に近づくため、進路と沼津の拠点予定地周辺には防御戦力も配備されている。戦力を誇示できる正面、襲撃を警戒すべき側面と厚く戦力が配備されたが、

「ここは眺めばっか良くて後は暇だよなー……」

 気の抜けた声が、崩れつつある峠道に響いた。伊豆半島へと続くその道は熱海・沼津間の最高地となる稜線に沿っており、彼らはその稜線越しに沼津方向に睨みをきかせている。

 だが実際には周囲に他の隊の姿は無い中で、彼らと三機のバズートルは退屈な時間を過ごしていた。

「兵隊は暇なのが仕事であるべきだって言ってませんでしたっけ? キリング隊長」

「それは事実だ。だがそれに付随する退屈、これは由々しき労働問題である。そうだろ?」

「まー確かに。お陰で軍隊に入ってからしりとり強くなりましたしねー……」

 バズートルの装甲シェルを開き、直接言葉を交わす三人の軍人達。男二人に女一人。隊列中央機体は側面に『1』の刻印を持ち、その操縦席にふんぞり返った男の姿を見せていた。

 第七開拓兵団に帝国軍から派遣されてきた部隊の一つが彼らだった。隊長ダニエル・キリング曹長に率いられたバズートル小隊。機甲戦力の一端としてここまで進軍に同行してきた兵達だ。

 しかしバズートルは火力は高いが機動性に劣る機種であり、進軍が基礎のこの作戦ではここまで活躍の場を得られずにいた。ルート防衛の局面でようやく、という場面が今日この場所であったが、残念ながらキリング達が配置された場所は戦闘の気配は薄そうであった。

「くっそ、なまじ見通しはいいからよそでなんか起きたら見えるだけになりそうなのは泣けるな。アタミもヌマヅも射程外だもんなあ……」

「なんでここに配備されたんです? 我々」

「この真下を高速鉄道の線路跡が通ってるんだよ。シンカンセンだったかなんかだ」

「シン、カ……進化?」

 ピンとこない様子の部下二人に、キリングも深くは追究はしない。兵としての遠征は観光旅行ではないのだ。現地のことで頭に叩き込むんでいることは少ない。

 とはいえキリング達は割と俗っぽいタイプの軍人達であり、退屈なのは願い下げでもある。故にここへの配備は彼らにとって大問題であった。

「キリング曹長、こうしてよくわからない土地をあちこち連れ回されると軍人とは……? という気分になりますね」

「なんだクラップ、勝手知ったる帝国本土での戦いをご所望か? 末期戦か去年みたいな内乱をご所望?」

「いやそういうわけではなくて」

 部下の男の方であるクラップは、キリングの意地悪な応じ方に苦笑しつつ言葉を続ける。

「人の息吹の絶えた土地で戦っていると、帝国軍人として国民と陛下を守る初心を忘れてしまいそうになるってことですよ。

 それに開拓兵団の任務も帝国の外に人類の住める場所を作ることだし、相手は真帝国系の新国家樹立を目指す集団だしで」

「この前戦ったノイエントランスだって俺達が着いた頃には瓦礫の山だっただろうに」

「でもあそこには守備隊の人達や市民もいたじゃないですか」

 クラップの言うことはキリングにも理解できることではある。だがキリングは彼らの隊長としての視点を持っていた。

「けれどな、軍隊が派遣されるってことはここでの出来事が遠からず帝国の、俺達が知る町並みに影響を及ぼすことだって証拠でもあるだろうよ。現に奴らが奪っていったのは去年地球を滅ぼしかけたゼログライジスだぜ?」

「そう……なんですが、そこに実感を感じられないのがこの景色なんですよね……」

 話は堂々と巡る。いまいち士気が低い部下の姿に、キリングも気だるげに視線を熱海側の斜面下へと向けた。そこには物資陸揚げ中の拠点があり、

「事件の発端を見た実験ゾイド乗りはまだあっちにいるんだっけ。そのぐらいこの一件に関わってりゃ話は別なんだろうがなあ」

 ぼやきは高地の風に乗って散っていく。故に麓の熱海に届くわけもないのだが、ふとキリングは遠く見える廃墟と仮設施設の間で人々が慌ただしく動いている様子に気付いた。

「んんん……なんだ?」

 人の動きに加え、耳を澄ませばサイレンも鳴っているように聞こえる。緊急事態を告げるもののはずだが、外部の防衛部隊である自分達の方が気付くのが遅く、そして連絡も無いとなれば拠点内部の出来事かもしれない。

「周りに事情知ってる奴いねえかな……。なんか動いてる部隊いねえ?」

「どうでしょうねえ」

「うーん……あ隊長、あっちあっち」

 辛気くさい話に加わらず、明後日の方角を見て暇を潰していた女性隊員が何かを見つけていた。現在地から南側、斜面の中程のようだ。

「スティレイザーが見えます。どこの部隊ですかね」

「――ん? この山中に射程の短いスティレイザー?」

 部下トランパの視線を追ったキリングは、道無き緑の斜面に確かにスティレイザーの姿を見つけた。そしてその巨体は、斜面での機動に向いていないにも関わらず全力で疾走していた。

 その向きは熱海方面。そしてそのフリルに装備された対空砲とレーザーが戦闘のために前方展開されていた。

「様子がおかしいよなあ……!」

 身を乗り出したキリングが双眼鏡でスティレイザーを捉えようとした。その途端、黒い影がその視線を横切る。

 木々の合間から飛び立つ機影は小柄だが、翼を備えた飛行可能なゾイド。その両腕に備えられた鎌と、頭部に比して巨大な複眼型バイザーが特徴的だった。

「キルサイス! 真帝国が使っていた――ってことは奴らか!?」

 真帝国最大の攻勢であった首都ネオゼネバス占拠の際に猛威を振るったのがそのゾイドだ。小型ながらに高い格闘性能と飛行能力、そして人員に劣る真帝国に物量を与える遠隔操作機能によって当時の合同軍は大いに苦しめられた。

 今ここにかつての戦いは再現されようというのか。

「クラップ、トランパ! 俺達は反転し熱海拠点の救援に向かうぜ! 状況が状況だ、独自の判断で行動す――」

 る、とキリングは命令を下そうとした。しかしその瞬間、通信チャンネルが開く電子ノイズが通信機から漏れ出す。

『――熱海守備隊応答せよ。こちらは富士・御殿場基地よりグロース司令の指示で急行中の部隊である』

「あ? あのスティレイザーからか? 騙されねえぞこの野郎」

『スティレイザーは我が部隊の戦力ではないな。

 我々は北から接近中だ。緊急事態につき、我が隊の指揮下で各員熱海拠点への救援に向かわれたし。各隊位置を報告せよ』

 一切遠慮の無い男の声にキリングはちらりと北を見る。すると、確かに自分達が陣取る道に沿って北から接近する影もあった。

 キリングが手にする双眼鏡を覗けば、その先頭に見えるのは特徴的な背びれを背負ったゾイド、ディメパルサー。そしてその背後に続く機体を見て、キリングは唸った。

「へえ……ああいうのが出てくるならさすがに本物か。じゃあ仕方ない。

 二人とも、我が隊は連中の指揮下に入るぜ。――こちらはダニエル・キリング曹長。バズートル小隊を率いている。そちらは?」

 キリングの問いに、北から接近する部隊を率いるディメパルサーからは変わらぬ声音で応答が飛んでくる。

『ペーター・シールマン中尉だ。

 我々は第4989小隊。ご存じの方も多いのではないかな。不本意なことだが』

 



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NEW EARTH ERA 31 9/26 15:38

IMPRESSION

・スティレイザー
 スティラコサウルス種の大型ゾイドをベースとした、帝国軍が誇る強力な兵器ゾイドである。
 近似種として広く普及するトリケラドゴスと比較されることが多い本機だが、比較者はある点に気付くだろう。即ち、本機はガンソードや対空砲、ショートレーザーガンといった攻撃兵装はもちろんのこと、全身に配置されたリアクティブアーマー、多彩な兵装を支える動力源ハイパワーアキュムレーターといった特筆すべき点全てが人工物である点である。
 キャノンブル、バズートルという先発機には原型種の特性を活かした装備、部位が存在し機体性能の無視できない部分を占めていたが、本機はその傾向が異なる。金属生命体ゾイドの肉体を加工し意図を持って設計された機械獣と化す、惑星Zi由来の設計思想を色濃く受け継ぎ新地球歴の地球上で実現せしめたのが本機種であると言えよう。
 最新科学技術で実装されたショートレーザーガン四門と速射性と破壊力を両立したAZ2連装対空砲による火力は機体前方を容易に制圧し、金属の体躯を持つゾイドに多大な影響を与える電撃端子による接近戦で蹂躙する本機は、新地球歴における理想的な重ゾイドである。
 しかしそれだけのスペックを実現する上で、スティラコサウルス種の強靱なボディと、武装配置に影響する身体突端部の多さ――何より『蓄積データが多く転用も容易いスティラコサウルス種ゾイドである』という点が欠かせないことは新地球歴の現状を表わす一面でもある。


新地球歴三一年 九月二六日 一五三八時

熱海市跡地

 

 談笑していたリンとウェインライトがその放送を聞いたのは突然のことだった。まずサイレンがかかり、そして討伐部隊の通信部隊員がアナウンスを行う。

『只今揚陸作業現場より侵入者の報がありました。保安要員以外は所定の持ち場で警戒待機をお願いします。

 保安部隊は対象の情報を確認後――』

「あら、スパイでしょうか」

 ウェインライトはあっけらかんと呟く。降って湧いた事態にも動じないのは流石は将軍の妻という立場か。

「ウェインライトさん、緊急事態です……。安全な場所へ」

「ゾイドライダーとゾイドのそばは安全だと思いますが?」

「それは……」

 ウェインライトはリンの実力を買ってくれているようだ。それはグロースからの伝聞のためだろうか。

 自信を深めてきたリンだが、他人から頼りにされることは思わぬ事態であった。

 自分よりも実力が高い相手から可愛がられるように話しかけられるのとは違う。庇護すべき、戦う力を持たない者からの視線。それを受けて、リンは一瞬狼狽した。

 しかしそこに唸り声が降ってくる。背後からのそれは、アカツキライガーがリンに向けたものだ。戦う意欲と、なにかを庇護しようという意思の籠もったその声音に、リンは頷きを返す。

「――はい、私が守ります。

 でもここにいたのではダメですね。一緒にライガーにどうぞ。まずは避難からです」

 リンの促しにウェインライトは微笑みで頷き、そしてアカツキライガーも自ら頭を下げて操縦席を近づけてくる。

 アカツキライガーに乗り始めた当初に使い、最近は慣れて放置している搭乗用ラダーを引き出してウェインライトに促す。元軍人なら使ったことはあるだろうかと思慮を巡らせると、そこに思考を寸断するように爆音が轟いた。

「……! 侵入者、では……!?」

 爆音は熱海の郊外側から轟いてくる。拠点周囲の防衛陣地群の内側だ。敵がそれらを突破してきているならば、迎撃は遅れるだろう。

 拠点側で即応出来るゾイドも少ない。その内の一体がアカツキライガーだが、まずはウェインライトを退避させなくては。

「リン准尉? 私は大丈夫です」

 先に乗り込ませていたウェインライトが操縦席から合図を送ってくる。リンはライガーの脚と肩の装甲を蹴って駆け上がった。

「全速で安全な場所まで向かいます。そこから私は戦闘に、ですね」

「敵もゾイドでしょうか」

「思わぬことですがそのようです。どこから現われたのか……」

 言葉を交わしながらアカツキライガーを反転させるリン。するとその頭上をいくつかの影が通過していった。

 翼を持ち、しかし人の上半身にも似た前半部を持つ小型ゾイド。

「キルサイス! やはり正統真帝国戦線……?」

「あら、グロースさんが見ていた資料では供給源が断たれて向こうには渡っていないはずの機体ですが……」

 意外な事情が漏れ聞こえてくる中、リンはライガーを発進させる。頭上をすれ違ったキルサイスを追うような形で、壕が用意された軍港部へ。

 その軍港部では停泊や遊弋しているネーバルサウルス艦隊が動き出して対空砲火を上げているが、キルサイス部隊は廃墟を盾に巧みに低空に侵入している。背後から飛びかかりたい気持ちを抑え、リンはライガーに活を入れて走らせた。

 しかしそこへ、横の町並みから何かを蹴散らす破壊音も届いてくる。重量ある存在がコンクリートを蹴散らして疾走する轟きだ。リンとライガーがそちらにはっと視線を向けた途端、その存在は廃墟をぶち抜いてリン達が走る道に合流してくる。

 現われるカーキ色はスパークを纏っている。そして吹き飛ぶ瓦礫を避けてアカツキライガーが飛び退けば、甲高い叫びがリン達に浴びせかけられた。

「……スティレイザー!?」

 帝国軍の大型兵器ゾイドだ。強力かつ制圧力が高いレーザー火器に加え、接近戦で強力なインパクト力を誇る電撃端子付きのフリルシールドで武装した高出力機である。

 帝国軍のゾイドの中でも比較的高級機。真帝国での運用実績もあったが、その後追い組織にまで用いられているとは。リンは歯噛みする。

「正統真帝国戦線……どこまで戦力を持っている!?」

 スピーカーを起動し、リンは相手に声を放った。問いかけに応じて動きを止めるならよし、こちらの反応に愉悦なり高揚なりで油断を得ればそれもよしという算段だ。

 そして結果は前者の反応だった。スティレイザーは四肢を張りライガーに向けて吠え、そして敵もスピーカーで声を上げてくる。

『はあああ!? 正統とか自分で名乗るような連中と一緒にしないで下さいね!?』

 やたらヒステリックな女の声が周囲に轟く。その甲高さにリンとウェインライトは目を白黒させた。

「連中……?」

 正統真帝国戦線を突き放すようなその口振りを思わず反芻したリンは、ライガーの首の動きでそれに気付いた。スティレイザーの体側に刻まれたそのマークは帝国の紋章を交差する剣で支えたもの。正統真帝国戦線の機体には無いものだった。

「別の組織!?」

『そうその通り。ここで名乗りを上げておきましょうか』

 女の声に合わせ、スティレイザーは四つの足でひび割れたアスファルトを踏みしめる。そしてキルサイス達が襲撃する物資集積地との間に立ちはだかり、

『私達は「継続真帝国評議会」。現在の帝国の行く末を憂い、真に正しい帝国の有り様を実現しようとするのが私達ですわ』

「他にもそんな組織が……。

 正統真帝国と手を組んでいるんですか!?」

『だからあんな奴らと一緒くたにしないで下さいまし!』

 女は声を荒げる。そしてスティレイザーはアカツキライガーめがけ突進の足音を上げた。

『私達は高貴なる精神を堕落した帝国社交界の外に保存する真の貴族!

 戦闘隊長クエンティーナ・ハバロフ! 参ります!』

 雲間の稲光のようなスパークを走らせて迫るフリル。壁面か砦かとも思えるようなその接近に、リンは操縦席の後ろにいるウェインライトへ叫んだ。

「――しっかり掴まっていてください!」

 戦闘は避けられない。だがそれならばウェインライトのような存在を守らなければならない。

 それは真帝国の後継を称する者達が言う小難しい理屈よりもシンプルで、確実な理屈である。リンはそう思う。

 

新地球歴三一年 九月二六日 一五四五時

熱海市跡地

 

 突然の敵襲に対応したのはリンだけではなかった。陸揚げされたコンテナ群を傍らに、空を舞う黒い影に立ち向かう灰色のゾイドが一体。

「ブルーダーさん! 大丈夫ですかあ!」

 そしてその傍らには民族衣装のストールを羽織った少女が、コンテナの陰からインカムを押さえて灰色のゾイドに呼びかけている。

 少女の不安げな視線の先で、灰色のゾイド――ハンターウルフ"エコー"は背負った対空砲を振りかざし、キルサイスごと虚空を射貫いている。操縦は当然、ブルーダーによるものだ。

『ユイン、俺達は大丈夫だ。そして君は危ない。早く避難するんだ』

「いや、でも……!」

 おろおろと視線を巡らせる少女ユイン。戦闘の中で身動きが取れないわけだが、同時に目の前のエコーに生じている不備に対する不安も大きかった。

 エコーは肩部装甲にミサイルポッドを懸架しているが、今そこには空のランチャー部しか存在しない。

 整備中であったエコーの装備は不完全だ。グロースに同行し御殿場に向かったララーシュタインにこの地を任されていたが、拠点外周防御から戻っていたタイミングであった。

 だがブルーダーとエコーは果敢だ。元々極限環境である高山で戦ってきた一人と一体は、多少の逆境など気にかけない。ユインはそれを間近で目撃した一人だ。

 もう一人であるララーシュタインがこの遠征を用意したのに対し、ユインはブルーダー達を知る者としてその生活を支えるために同行した。

 だがユインはブルーダーとエコーの戦いそのものは支えられない。かつても、今も。

「ブルーダーさん……!」

『ユイン、心配することはない。

 俺達は負けないし……』

 ブルーダーの言葉と共に、エコーの対空砲が機関部からの放熱のためにコッキングする。金属音が響き作動停止する火力を見て、上空のキルサイス達は急降下攻撃に転じ始めた。

 だがそれを待ち構えるエコーは揺るぎもしない。ブルーダーの声も同じだ。

『君の支えは俺達の力になっている……!』

 対空砲と共に展開していたレゾカウルの間で、エコーのワイルドブラストを支えるタービンが屹立していく。

『山がちな土地が近い。本気を出せる……。

 そしてここまでコンディションを保てたのは間違いなくユインがいたからこそだ』

「ぶ、ブルーダーさん、それって……」

 なんかプロポーズっぽくないですかと場違いに思ってしまうのは、最近周囲の兵から暇つぶしにと渡される雑誌だとかの内容のせいだろうか。ともあれブルーダー達はこの戦闘の中で主導権を握っている。

 空に向けて放たれるワイルドブラストの音波プレッシャーが、降下に移ろうとしていたキルサイス達を周囲にはたき落としていった。

「『山鳴り』……!」

 ブルーダー達が主戦場としていた雪山では、雪崩を巻き起こすのに使われていたワイルドブラストだ。戦場を一掃するその威力は、空に向けて放たれる今でも変わりはない。

 ひとときキルサイスの影に覆われていた空が晴れていく。だがその日差しの中でエコーが首を振れば、周囲からは戦闘の音が響いてくるし、一際大きな金属音はこちらに向かってきつつある。

『地上戦力もいるか?』

 ブルーダーが疑問すると同時に、コンテナ群の外縁で宙に舞うものがあった。さらに周囲に飛ぶスパークと咆声。

 そして一瞬の間を置いて姿を現わすのは、突進するスティレイザーを抑え込もうとするアカツキライガーの姿だった。

『リン准尉!? その相手は一体……』

『ブルーダー少尉、この人達は正統真帝国戦線とは別の組織です! 私達の警戒網をすり抜けてきたところから見てきっと規模は小さい――。

 ここでこの大型機を倒せば掣肘をくわえることができるはずです』

『そうはいきますかって話ですのよっと……!』

 爪を立てるアカツキライガーを、スティレイザーは電撃混じりの身震いで吹き飛ばした。さらにレーザーの掃射がライガーを追い立て、そして照準の視線はブルーダーとエコーも見据える。

『ハンターウルフ・タイプ? そちらも強敵のようですね……。

 まとめて相手して差し上げますわ……!』

 前足でアスファルトを掻き、スティレイザーは闘争心を剥き出しに二機のゾイドを見渡した。

 眼前で展開するスペクタクルに、ユインは息を呑むしかない。その一方でエコーが勢いよく振り返り、ブルーダーの声が通信に乗る。

『白兵戦……まずい! ユイン、逃げろ! これは確実に巻き込まれるぞ!』

 点で穿ち合う空と地の射撃戦とは違う、ゾイドの巨体と武装が工作する格闘戦が周囲にまき散らす被害は大きい。薄い外板で作られたコンテナの陰に隠れているだけではひとたまりも無いだろう。

 すでに取り返しのつかない事態の中だ。ユインがはっと我に返ると、その視線はスティレイザーのものと噛み合った。

 二体の肉食獣型ゾイドを相手に奮い立つスティレイザーの視線。しかしそれはユインの姿を認めると不意に動きを緩めた。

「えっ……?」

 その変化にユインが違和感を覚えた途端、鳴り響く女の声も勢いを欠いて舌打ちした。

『なんで子供がこんなところにいるんですか……。さっさとどこかに行きなさい』

 襲撃者とは思えないような言葉。だが次の瞬間には、襲撃者はその攻撃性を取り戻している。

『非戦闘員を連れて最前線にいるとは、開拓兵団だか屯田兵だか知りませんが戦う者の風上にも置けませんね。半分は兵隊ではないということですか?』

 呆れたような声音と共に、スティレイザーは鼻先のガンブレードをアカツキライガーとエコーに突きつける。

『主戦力を撃破して勢いを挫こうと言うのなら、あなた方も同じように狙われる立場であることを自覚することですね。

 さあ戦いなさい! この一戦がどちらにとっても戦略を左右する戦いですわよ!』

 スティレイザーが頭部を振り乱しながら全身を突進で放つ。アカツキライガーとエコーは左右に跳び、ユインから遠ざかっていく。

 そしてスティレイザーはそれを追ってターンする。その姿は無防備なユインの前に立ちはだかって守るかのようであったが、しかしユインはそこにブルーダーとエコーのような守りの意思を感じられない。

 そこにあるのはただただ戦闘への意欲のみ。邪魔者として背後に置かれたユインの前で、スティレイザーは左右の二大ゾイドに視線を飛ばし、レーザーの掃射を飛ばす。

『世界を動かすのは力ある者です……!』

 重苦しい足音を立て、スティレイザーが駆け出す。その狙いはまず、ここまで交戦を続けてきたアカツキライガーだ。

『戦いに真摯でない者から、私達が排除して差し上げましょう!』

 暴力が意思に手綱を引かれ、若き獅子に襲いかかる。その一瞬を、ユインは目撃した。

 



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NEW EARTH ERA 31 9/26 15:51

IMPRESSION

・真帝国
 新地球歴30年に帝国内部で発生したクーデターは、帝国軍将官ジョナサン・V・シーガル准将によって率いられ、前帝の血を引くハンナ・メルビル少尉が存在したことにより皇位継承権の面からも帝国の国体を得ようと画策したものであった。そのためか、シーガル准将は自分達を真帝国と呼称している。
 しかし実際の所シーガル准将は皇位継承を正しく行うことを求めていた帝国王家の信奉者というわけではなく、軍内でも強硬路線を取る派閥の長として融和路線を取る帝国並びに帝国議会に反抗を試みたというのが動機と見られている。現にシーガル准将は真帝国蜂起以前にジェノスピノが国際共同管理下に置かれる切っ掛けとなった侵攻事件(アルドリッジ少佐事件)を引き起こしており、ハンナ・メルビルの存在を自身の技術的ブレーンであったフランク・ランド博士から伝えられたのはその後のことである。
 シーガル准将の真帝国という存在はこのようにタカ派の暴走と単純に見ることが出来る。しかしそれは、融和・対話路線での治世が多くの妥協や不和の蓄積を生み、その蓄積がシーガル准将という存在から吹き出したということでもある。
 現に真帝国事件以前の二大国の国境地帯では小競り合いが常態化していた。明確に解決されぬまま放置されていた問題は多くあったはずであり、そしてそれらは今でも燻り続けている。
 真帝国の後継を称する様々な組織が出現する裏には、そのような面に気付いてしまった者達の思いも少なからず存在するだろう。


新地球歴三一年 九月二六日 一五五一時

熱海市跡地

 

 西日が差し込む廃墟とコンテナの連なりの中で、大型ゾイドを挟み二体の猛獣が疾走していた。

 リンのアカツキライガー、ブルーダーのハンターウルフ"エコー"共にスティレイザーの重装甲を貫いて致命打を与えるに足る威力は持ち合わせている。だがその一撃を放つための間を、スティレイザーは周囲に振りまくレーザーと巨体のプレッシャーで作らせない。

「これが重戦闘ゾイドの力……!」

 リンはアカツキライガーが背負う武装ユニットから機関砲を放つが、スティレイザーはそれをフリルで受け止めて距離を詰めてくる。阻止できない攻撃では射貫かれず、射貫かれるほどの攻撃なら隙を突けるという達観を感じさせる機動だ。

『踊って下さるとは風流ですが、それでは私どもの思うがままですのよ』

 突き込まれるガンブレードを横様に跳んで躱したアカツキライガーから、リンは一瞬周囲の空を見た。対空砲火が渦巻く空には、その合間にキルサイスの飛翔が続いている。

 そしてそのキルサイス達はこの熱海に陸揚げされたコンテナから武装や物資を搬送パレットや梱包ごと引きずり出し、そそくさと背を向けて空中を離脱して行く。それこそがハバロフ達継続真帝国評議会なる組織の戦術目標であることは明らかだった。

『貴族主義者が盗人紛いなことを……恥ずかしくはないのか』

 アカツキライガーへの距離を詰めるスティレイザーに対し、背後からブルーダーのエコーが突撃を仕掛ける。操縦席に牙を剥く低い軌道の跳躍がライナーとして襲いかかっていくが、しかしそこでスティレイザーはその尾をスコーピアのように突き上げてエコーの腹に叩き込んだ。

 打ち上がったエコーは宙で身を回して廃墟の上に着地するが、流石に細身に撃ち込まれた威力に傾いでいた。

『少なくとも……俺が見ている貴族はこんな真似は唾棄すべきものと見ているがな』

『はっ! あのララーシュタイン家の御曹司のことですか!

 与えられた立場に甘んじている方は言うこともご立派ということですねっ!』

 振り向き際に放たれた対空砲の射撃が、エコーが着地した廃墟の中程に直撃して倒壊を促す。崩れ落ちる屋上からエコーは次の攻撃地点に跳び、リンは隙を見出しアカツキライガーを飛び退かせようと操縦レバーを引いた。

 だが巨体のスティレイザーは対空砲の発射反動をものともせずに、さらに身を回してアカツキライガーに向き直ってくる。

「くっ……済みませんウェインライトさん! まだちょっと降ろせないです……!」

「困りましたねえ……。

 メーターどんどん回ってしまいますね?」

「タクシーじゃないですよ!」

 レーザーの乱射が横殴りの雨のように襲いかかってくる中、アカツキライガーはなんとか突き込みよりも長く跳んで回避。

 ライジングライガーを模したアカツキライガーの装甲は光学兵器には耐えられるものだが、ウェインライトを乗せている今リスクを取って踏み込むことはできない。

 暴風のような射撃と稲光を放つスティレイザーを前に、アカツキライガーはその嵐を乗りこなしていく。機動の伸びで距離を稼いで隙を窺えば、リンの口をついて思わず言葉も飛び出した。

「それにしても、ブルーダー少尉が言うとおり――。

 そしてあなた自身が言うとおり、ララーシュタイン少佐とあなたは違う! 身勝手なことを言って、世の中に対して文句を喚いているばかりじゃないですか!」

 声を上げる勢いで、リンはアカツキライガーをスティレイザーの横に抉り込ませるように飛び出させた。逃れるための隙を作るには、一撃を加えることが要る。威力の面でも、意志の面でも。

 その点を理解していたし、リンはこの戦いの中でふと怒りを抱いていた。スティレイザーを駆るハバロフだけではなく、山並みの向こうにいるであろうロイや、正統真帝国戦線にも。

「世界が動き出している中で……どうしてこんな風に、大それたことを……!

 私達軍人だけじゃないんですよ!? 巻き込まれているのは!」

 ウェインライトを守り、ブルーダーが連れたユインがいるのを見た今、リンの怒りはその輪郭を明らかにしつつあった。

 なぜ彼らは、世界に不満があるという者達は――過激な手段を用いるのだろうと。

「今はこの最前線で戦っていても……開拓兵団には一般からの参加者もいる。あなた達はいつかその人達にも手をかけるんでしょう?

 そんなことをしてまで……世界を変えたいと言うんですか!?」

『何を今更……!

 「そんなことをしてまで」という気概があるからこそ、私達は立ち上がったんですのよ!』

 回り込むアカツキライガーに対し、スティレイザーはそのまま身を投げ出すような前進を続けた。そしてすれ違った直後に野太い四肢を張って、砕けたアスファルトをさらにめくり上げながら滑走とターンでリン達と向き合い続ける。

『あなた方賤民が良しとする世界も、少しでも視野を広げれば足らぬ所ばかり。しかしそれを提言すればあなた方は妄言として扱う。

 それでもと声を上げ続ける誰かが……必要なのです!』

「その結果として傷つく人がいるのに!?」

『世界を先に傷つけたのはどちらでしょうかねえ!』

 火器を備えた頭部を振り乱し、スティレイザーは周囲の廃墟に炸裂の花を振りまいた。そして降り注ぐ瓦礫に身構えるアカツキライガーめがけ、今こそ電撃の首飾りを携えて踏み込む。

『正統を名乗る連中は気に食いませんが、一つだけ同意するところはありますわね。

 互いに満足した豚ではないという一点のみで!』

 スティレイザーのマシンブラストの一撃が、切り返そうとしたアカツキライガーを直撃した。大質量のシールドバッシュがライガーの半身を打ち据え、そして掴みかかるような雷撃が白と朱の装甲を引っ掻き回す。

「がああっ……!」

 朽ちかけた街の中に差し込む西日に沿って、アカツキライガーは吹き飛んだ。叩き込まれた運動エネルギーの中で、電流に震える爪を立ててなんとかその身を留める。

『安穏と生きる者達の小屋を守る牧羊犬であろうと言うなら、私達を止めてみせなさい!』

 態勢を整えようとするアカツキライガーにハバロフは容赦しない。この熱海拠点で稼働する強力な機体を足止めし、可能ならば撃破しようというのが彼女の役目だろう。ならば手を抜く理由が無い。

 そして一度は声を上げたリンは、ハバロフの気迫に返す言葉を紡げなかった。

「…………っ!」

「リン准尉!」

 歯を食いしばるリンの肩に触れたのは、緊急用ハーネスで操縦席後部に固定されたウェインライトだった。激しく振り回された操縦席の中で意識を保っているのは、かつて軍人であったからこそか。

「言葉は如何様にでも紡げます。今は形に出来なくても……心に浮かんだ感情から、いつかは。

 だから今は心に浮かんだままに戦って下さい。言葉を持たぬゾイドがあなたを支えてくれるはず」

 その手の温かさを起点に、リンはハバロフの声から自分が要る操縦席に意識を戻した。未だ立たんとするアカツキライガーと、ハバロフの言葉を聞きながらもまだ胸の中に重みのように残る問いにも似た怒りがそこにはある。

 そして上がった視線は、スティレイザーの奥から突撃を駆けてくるハンターウルフ"エコー"の姿も捉えていた。

『そういうことはララーシュタインも言っていたぞ、と……!』

 唸るブルーダーの声と共に、エコーは背後に高圧音波のプレッシャーを放ってさらに加速した。その速度を持って、今度こそスティレイザーの世を削る。

 その威力にスティレイザーは傍らの廃墟に半身をめり込ませて急制動をかけられるが、しかし悲鳴のようなモーター音は波を突き破るように巨体をコンクリートの向こうに突き抜かせた。

『フ、ん……!

 ララーシュタインもかつては高貴な精神を持ち合わせた家。その残り香程度はありましょう。

 ですが今でも堕落の民を見据え、在るべき未来を描けるのは私達だけですわ!』

『今を生きている人々を傷つけて得られる「在るべき」がどんなものか、まずは拝聴してみたいものだ』

 アカツキライガーの傍らに滑り込み、エコーからブルーダーが非難の声を上げる。そしてその声を浴びて砂埃をなびかせながら、スティレイザーは再び駆け出した。

『あなた方に答えるまでもなく、描いてみせようと言っているんですわ!』

 スパーク走るフリルはそのままに、スティレイザーはまたレーザー機銃をリン達に向けてくる。そしてその各砲口に、威力を秘めた光がわだかまった。

『まずはこの地に示してみせましょうか? この〈サンダーボルト〉号の力を!』

 瞬間、放たれるレーザーはこれまでの速射とは異なり砲口から持続して伸びた。光剣とも取れるその形態に、フリルの上を縦横に走っていたスパークが絡みついて空間に解き放たれる。

『レーザー導電が生む雷撃の檻! ただのスティレイザーにこれができるものですか!』

 巨体から放射状に伸びる雷撃と光線に囲われ、アカツキライガーとエコーは自分達めがけて閉じてくる威力を見据えた。

 その操縦席で歯を食いしばるリン。打開の一撃は――そう思考を走らせた瞬間、それに先んじるようにスティレイザーのフリルめがけ届いた火力が爆風を上げた。

『…………!?』

『気持ちよく演説しなさんな、テロリストさんがよお!』

 届く声にリンが振り向くと、沼津方面に続く山並みを駆け下りてくる影が見える。熱海周囲の防衛に駆り出されていたバズートル部隊の一つだ。

 滑走で無理矢理速度を得て拠点を射程に収めた彼らの射撃が、スティレイザーを留めた攻撃の正体だ。そしてそれは留めるだけの力に収まらない。

 西に見える稜線の上で一体のディメパルサーがその背びれを揺らし、

『ギャラン君!』

『よーし……間に合ったぜえ!』

 その時リンは一度聞いたことがある音をまた捉えた。それは町並みをなにか大質量のものが突き抜けてくる破砕の轟音。

 だがかつてより大ボリュームのそれは、スティレイザーに横様から襲いかかった。

『こちら第七開拓師団――野生ゾイド対策部所属、帝国軍第4989小隊。

 特殊実験機材――デスレックス9号機〈スカベンジャー〉アサルトパッケージ。熱海拠点の防衛に参戦するぜ!』

 スティレイザーの巨体を吹き飛ばして姿を現わすのは、濃緑色の装甲をまとったさらなる巨大な影。その大顎が、武装を連ねた全身を戦闘空間に食い込ませてくる。

『スティレイザー〈サンダーボルト〉号。聞き覚えがあるなあ!?』

『緑のデスレックス……!? グラットンの――。

 なんたる因縁……!』

 エレクトフリルを突き出され、乱入したデスレックスはその横顔を張り飛ばされる。しかしそれでも全身の重量任せにのしかかりながら、両肩に懸架した対ゾイド用メガランス機構を打ち込みにかかる。

 だがスティレイザーは側転を続けてデスレックスの直下から逃れた。そして火器の乱射で現われた強敵を留めながら、周囲の空に視線を走らせる。

『熱海にこんなのがいるとは聞いてません。増援……御殿場基地!?』

 瞬間、奪取した物資を持ち去ろうとするキルサイスの一角を爆炎が飾った。炸裂する威力を放ったのは、北の空から接近するスナイプテラ部隊の編隊だ。

 そしてその編隊が描く図形から抜きん出て接近してくるのは、三機のソニックバード。赤、黒、白のその色にリンは気付いた。

「カノー少佐!」

『おっ、例の娘っ子もいるな?』

 飛来するのは、東京立川で共に戦ったソニックバード開発チームのベテランテストライダー達とその愛機。彼らは撃墜した部隊の穴埋めとしてどこに向かったか。答えは一つだ。

『聞け! 御殿場基地は正統真帝国戦線討伐作戦に参画する。それがグロース少将との折衝の結果だ!

 派遣部隊の合流地点として指定されたのはここ、熱海だぜ! 派遣部隊が急行中なのは……見りゃわかるか!』

 上空空域に躍り込み、散開しながらキルサイスを掃射していくソニックバードの下でデスレック〈スカベンジャー〉が吠える。

 力が現われ、戦場は変わった。リンはその一瞬を体感した。

『オメガレックスの武装データを参照して強化されたスカベンジャーの力を見ろよってなあ……!』

 背負った三連装の大型ミサイルと、数多の近接防御火器の火力を撒き散らしながらデスレックス〈スカベンジャー〉はスティレイザーをそのアギトにかけようとする。身を横に跳ばし、牽制射を放ちながらスティレイザーは行き違った。

『チッ……潮時ですか。

 ですが結構。我々の目的はとうに達していた次第ですもの。

 怯えなさい、体制の守護者達。あなた方の否定者は一つではなくてよ……』

 バックステップを踏み、スティレイザーは廃墟の奥に下がっていく。それを追ってデスレックスの巨体が熱海の町並みに飛び込むが、そこにキルサイスからのエアカバーが降り注ぎ、さらにその上からカノー達のソニックバードとスナイプテラ達がドッグファイトを仕掛けていく。

 乱戦の中に取り残されたアカツキライガーとエコー。張り詰めていた息を吐くリンを、背後からウェインライトが支える。

「リン准尉……あなた達は正しい。彼女達がこれから何を言おうと、それは事実です。

 あなた達のような人が守ろうとするものが、壊されるべきものであるものですか。かつての私もそう言うでしょう」

 それはかつてリン達と同じく軍人であった者の言葉。戦闘の中で息を吐いたリンは、その言葉を受けて頷きを一つ。

「そう、世界は壊すものではなく作り上げ守っていくものであるはず。

 去年のことがあったのに、そう思わない人々がなぜこんなに……」

 撤退していく継続真帝国評議会の戦力を、荒い息を吐くように身震いするアカツキライガーからリンは見上げる。しかしそこへ、外周から駆けつけてきた守備隊や、御殿場からの合流部隊の機体が駆けつけてくる。

 敵も複数の勢力がいるが、リン達も孤独ではない。そしてリン達の知る世界から飛び出した敵は、その後ろ盾も少ないはずだ。

 周囲のゾイド達に頼もしさを感じつつ、しかし逆境の中から挑んでくる敵のこともリンは思う。

 それだけの意志があるとハバロフは言った。では自分はどうだろうか。守るという当然のことに寄りかからず、戦う意志を持てているだろうか。

 あの時わき上がった怒りが、自分の中にある理由に繋がっていて欲しい。リンはそう願いながら、ウェインライトを降ろすためにアカツキライガーの踵を返させた。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/01 05:31

IMPRESSION

・スパイデス
 ゴケグモ種の小型ゾイド。走破性と瞬発力に優れた脚部と強靱なワイヤーの生成や推進力を生み出す内蔵機関、そして節足動物系ゾイドとしては高度な知能を有する。
 小型ゾイド故に搭載可能な兵器は少なく本体の攻撃性能も高くはないが、正面戦闘や大規模輸送を除くあらゆる局面において活躍が見込め、さらに工夫次第では苦手とする場面でも力を発揮し得る。極めてユーティリティ性が高いゾイドであるといえるだろう。
 軍用機の場合は複雑な地形を踏破しての偵察斥候任務に多く投入されている。原種が単独行動するタイプのゾイドであるため孤独な行軍や劣勢の戦闘へのストレス耐性も強く、地上ゾイドとしては規格外な機動性によって生還率も高い。


新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三一時

南アルプス 身延山近辺

 

 時は新地球歴三一年の一〇月に入っていた。

 御殿場・熱海・沼津の三拠点から兵站支援を受けながら進行した討伐部隊はついに南アルプスの南東端に到達し、正統真帝国戦線が潜伏する山地への進入を開始。山脈東の富士川下流にベースキャンプを設け、観測に有利な高地の制圧を目刺しまず斥候部隊を放っている。

 そして今その斥候の一隊は、寺の跡が残る身延山付近で敵と思しき兆候を捉えていた。

「地上第三より空中第一。西に見える斜面で砂煙が上がっている。空中から別アングルで確認できるか?」

『やってみよう』

 地上部隊は険しい地形を踏破するためにスパイデス部隊で編成されており、その上空支援を行うカブターやクワーガの航空部隊が入れ替わり立ち替わりカバーに入る。そして今スパイデスのライダー達は隣の山中になにか動く気配を捉えていた。

 彼らの頭上を越え、偵察装備を積んだカブターの一個編隊がフライパスしていく。敵がいた場合迎撃も予想される危険な接近だ。だがそれを果たし、空中からの報告がスパイデス部隊に届く。

『機体が動いているのではないな。地形……なにか施設があるのかも知れない。ゾイドを出撃させるためのハッチか?』

 離脱旋回を行うカブター部隊の疑問に、さらにスパイデス部隊の隊長は疑問を浮かべた。

「地下施設を用意できているのか、奴らだってこの地に到達したのはさほど前ではないだろうに……。どんな工兵勢力を持っているんだ?」

「さて、それも気になりますが……あれがハッチだとすればゾイドが出てきますよ。我々の装備では交戦は避けるべきでしょう」

 スパイデスは小型ゾイドだ。さらにその偵察仕様ということで搭載武装は自衛用の対ゾイド機銃とスパイデス自身の爪や牙ばかりである。出現しようとするものがなんであれ、自分達を迎撃するための機体なら武装差は決定的だろう。

「情報収集の後全力機動で離脱する。観測用意。カブター部隊はこちらに構わず退避してくれ」

『おっと、見くびるなよ?

 ――退避はするが、空中視点での観測は行わせて貰う。記録は切り口が多い方が良いものだって、基本だな?』

 カブター隊の隊長は軽口を言いながら編隊に稜線を越えさせていく。その様子に同意の笑みを浮かべつつ、スパイデス隊のライダー達は現われる存在を待ち構えた。

 そして、砂煙を上げていた山肌の一部が不意に剥けた。その上に載せた木々ごと上にスライドした長方形の奥には闇があり、開口部は巨大だ。

 そしてまず赤い光が、そして網目のような紫の光がその中に浮かび上がり、それは朝の薄明かりの中に姿を現わした。

 ゾイドとしても巨大な、直立したその姿。山中に生える巨木よりもさらに野太いその体躯からは、数多の武装がその砲身の枝葉を周囲に向けていた。

「ゼログライジス・ネガシルエット……!」

 斜面中腹からも見上げるほどのその姿に、スパイデス隊は戦慄した。

「武装が追加されている……。連中め、面倒なものを」

「しかしなぜアレはこんなところに?」

「そりゃ駆動テストだろう。万全の状態で納品されたゾイドとは違うんだ。あらゆるチェックを連中自身がしなきゃならん――」

 言葉が交わされる中、出現したゼログライジス・ネガシルエットはゆっくりと視線を上げていく。さらにその背部でも八連の砲身が細かく作動し、自らの存在を確かめているかのようだった。

「くそ……なんかガツンと一発打ち込んでやれれば今後の戦略に有利なんだが」

「偵察部隊らしからぬ衝動ですね……。人間としてはわかりますが。

 しかしあんな細かいテストをこんな支配地域の外縁近くで?」

「去年地球を滅ぼしかけたゾイドだぜあれは。拠点内部で迂闊に起動できるかよ」

 自分達が発見されている、という真っ先に思いつく可能性は最初に排除できる。スパイデス隊はプロフェッショナルだ。山中にゾイドを発見するための設備があれば自分達に向いたそれを確実に発見しているし、そしてそれはここまでの道のりの中で存在しなかった。

 今し方地上に出たばかりのネガシルエットには、退避していくカブター隊だけが観測できているはずだ。

 そしてそうでなくても、斥候を務める偵察部隊の彼らはネガシルエットの全貌を捉えなければならない。後に続く者達と、後に繰り広げられる戦いのために。

「機動テストもしてくれないかな……運動性とかわかれば大金星なんだが」

 スパイデスにいつでも飛び退けるよう腰の引けた姿勢を取らせつつ、隊長は部下を鼓舞するような軽口を続ける。それは仲間の耳に届きつつ、しかしネガシルエットは出現したその場から動くことはなかった。

 かすかに口を開き、胸部骨格を動かすネガシルエットは静かに息を吐いているようだった。焦れる時間をスパイデス隊は過ごし、

「……昆虫種ゾイドの機影をレーダーで確認。直上より接近!」

「カブター隊とは別……?

 空中待機させられていたのか!?」

 響き渡る羽音に、スパイデス隊は見上げた。暗い空を降下してくるのは友軍とは別の機影。搭載した武装と電子戦装備のために見えにくいが、橙色の光を放っている。

「クワガノス……去年採用の新鋭機だぞ!? ソニックバード隊以外にあんな戦力まで――」

「隊長、高高度から監視されていたのだとしたら……?」

 部下の懸念。そしてその瞬間スパイデス隊は気付く。上空からの接近に目を向けた一瞬の間に、ネガシルエットの視線が自分達に向いていたことに。

 状況は斥候から交戦に移っていた。言葉を交わす間も無いままスパイデスを退避させる彼らへ、ネガシルエットの咆哮が追いすがる。

 

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三四時

南アルプス 身延山近辺

 

 ゼログライジスの操縦席は、その巨体の背部にある。

 八門のドーサルキャノンの合間に存在し、コンソール類を前に置いたその席はまるでパイプオルガンのようだとカナンは思う。いつかに誰かの善意で知り、そして一生たどり着くことが出来ない場所の一つだろうと思った、あの荘厳な場所だと。

「しかし実際に動かしてみれば……」

 何体かのゾイドに乗ってきた経歴を持つカナンにしてみれば、スケールは大きいがやはりここは戦うための場所だ。そこに感慨は無いし、持ち込むこともない。

 今ゼログライジスは、この正統真帝国戦線での運用形態を試行している。マインドホーンと呼ばれる他のゾイドと共鳴する器官を用いて、空中待機させていた無人ゾイドから観測結果を受け取り、地下の移動経路を用いて現地に向かうというものだ。

 現状、討伐部隊が接近しているこの山地の南東側には急ピッチでゼログライジスのための地下道が整備されているし、空中待機させるための無人観測ゾイドは全て納入され稼働している。今カナンの目の前で爆撃を受ける彼らにとっては予想外のことであろう。

 しかし、奇襲としては過剰な威力を浴びながら彼らは動きを止めていなかった。爆風ごしに彼らが散開して撤退しようとしている様子は、ゼログライジス自身とクワガノス達によってそれぞれ捉えられている。

 一筋縄で行く敵などいないことはカナンもよく知っている。故に彼女はゼログライジスに前進の操作を加えながら、機体が備える高度な電子装備を駆使して彼らの声を傍受にかかった。

「ふむ……」

 彼らはこのゼログライジスのことをネガシルエットと呼称していた。それが討伐部隊、第七開拓師団をはじめとするカナン達が捨て去った世界側からの呼び名なのだろう。

反転像(ネガシルエット)……随分と下に見た名前ですね」

 実物ありきというその呼称を、カナンは無感動に口にする。

 敵はこの機体を侮っているわけではあるまい。ただ事実として原型のゼログライジスよりは劣化した複製であることと、それ以上の存在に発展することを恐れてそのような名前を与えているのだろう。

 だがそれとは別にこちらの思惑はある。故にカナンは操縦席の交信装置を操作した。

「総帥、本機のコールサインを思いつきました」

 唐突なカナンのその言葉に、しかし交信相手の声は静かに応じた。このゼログライジスの状況をつぶさにモニターし、交信用のチャンネルも用意した相手だ。

 技術者や戦闘司令部もそうしているが、個人でそれだけの用意をしている者はただ一人。この正統真帝国戦線を率いる者。その男の声は穏やかに応じる。

『おや、ゼログライジスはそうそう増えるものではないと、定めないつもりだったのではないかね?』

「敵は名前の呪縛によって本機の存在を抑え込もうとしているようですので。ならばこちらはそれを覆すことでまじないを断ち切るまでです」

『なるほど……それが君の流儀かね。

 ならば、そのゼログライジスにはなんと?』

改訂版(セカンドイシュー)

 カナンはそう告げつつ、機体を走らせる。地下からのハッチがある斜面を発ち、前方に見えていた斜面は一瞬で迫ってきていた。そこにいる、逃走に転じた敵の姿も。

「実物から劣化した影ではなく、改善された存在である。それがこのゼログライジスに求められる要素です。

 戦闘能力、影響力、そして人からのコントロール性。

 そしてその結果としてもたらされる、世界を現状から改訂すること……。それらを踏まえた、適正な名だと考えます」

『ふ、む。よい命名だと思うよ、カナン。

 プロフェッサー・ランドとイレクトラ・ゲイトが放った問いに続く「第二の問題」としての意味も見いだせる。存分に世界に楔を穿ち給え』

「はっ……」

 激励を受け、カナンはゼログライジス――セカンドイシューの威力を振りかざす。目の前の斜面を後退跳躍しようとするスパイデスの一機に、巨大な腕が伸びた。

 腕一本でも巨大なゼログライジスの挙動は、初速が遅く、慣性が乗ると引かれるように伸びる。そしてスパイデスはその速度を超えて飛び退こうとしていたが、

「逃げられませんよ」

 虚空をセカンドイシューは握りこむ。その瞬間、退避しようとするスパイデスは空中で縫い止められたように停止した。障害物も、推進力も無しにだ。

「グラビティコントローラー……」

 このセカンドイシューがゼログライジスという種のゾイドとして持つ能力の一つだ。重力に作用する両の腕が、その長さ以上の位置でスパイデスを捉えている。そしてカナンは相手を把持したまま続く敵を視線に収め、

「続けて、そこ……」

 スナップを返させれば、捕縛したスパイデスが重力に包まれたまま僚機めがけて飛ぶ。空中で激突する二体にコントロールされた重力は伝播し、糸屑のように絡み合って宙に持ち上げられていった。

「ドーサルキャノン……」

 カナンの操縦は淀みない。操縦席の左右上方に砲身を伸ばす八門がその位置を正し、そして上空へと光線を放つ。

 セカンドイシューの視線の先にいるスパイデスに対し、的外れな射撃。しかしセカンドイシューが空いた片手を握りこむと、八つの光線はねじ曲げられて眼前の空間めがけて孤を描いた。

 大型ゾイドすら容易く射貫く威力を、自在にコントロールする主力火器がドーサルキャノンだ。スパイデスのような小型ゾイドにはオーバーキルの威力だが、

「テスト中ですので」

 ねじり上げられた光の線が渦を巻いて、空中のスパイデス達に迫る。容易く小型ゾイドを飲み込む光量に、カナンは眩しそうに見上げる視線を細めた。

 しかしその瞬間、空中から現われた影がスパイデスを横からかっさらってドーサルキャノンの射線から逃れていく。

「……?」

 スパイデスを救ったのは、偵察装備のカブターだった。広げた足にスパイデス達を絡みつかせて降下していく影を追って、さらに追随する機影が現われる。

「先程後退したはずの航空偵察隊ですか……」

 戦果を逃してか、カナンは操縦席で声のトーンを落とす。そして必死の退避行動を取る小型ゾイド達に刻まれたマークを、拡大した視界に捉えた。

 それは同心円内にO・C・Tの文字を並べ部隊名で支えたもの。討伐部隊の紋章ということだろうか。

 

【挿絵表示】

 

 

「『オクトーバーフォース』……。この十月で決着を付けるとでも言うつもりでしょうか」

 眼前で抵抗を見せる小さな力に、カナンはセカンドイシューの手を伸ばす。彼らの名乗りの不遜さを叩き潰すかのように。

 

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三八時

南アルプス 身延山近辺

 

 死を覚悟したスパイデス隊の隊長は、部下共々自分達を地表に連れ戻そうとするカブターを見ていた。それはエアカバーを行っていた部隊の隊長機で、

「おい、戻ってきたのか……!?」

『観測データ類は転送済みだぜ。その上でさ……。感謝してくれよ? 少なくとも俺がいなきゃこうして会話できてないんだ』

 そう告げるカブター隊隊長の機体は、引っかけたスパイデス二機の重量で落下している。故に低高度域で二機を放り出し、梢をかするほどの急角度で引き起こしをかけていく。

『情報を送ったなら、人員とゾイドも生還しなくちゃな。

 捨て身なんてするなよ? あんなゾイドを運用するような相手じゃあ、俺達のゾイドを突っ込ませたところで一晩で復旧されちまう』

「ああそうだな……。そっちも、道草食いに戻ってきた分帰り道は気をつけろよ!」

 あっけらかんと軽口を飛ばしてくるカブター隊隊長に、スパイデス隊隊長は負けん気の笑みを浮かべるしかない。

 一直線の後退は追いつかれてしまうのがここまでのやりとりでわかっている。航空ゾイドとしては低速のカブターも危険だ。この地から離脱するには、あのゼログライジスを足止めする一撃を加える必要があるだろう。

「だがどうする? ヤツから逃げる隙を作るのは骨だぞ」

『月並みだが土砂崩れでも起こすか? 都合良く落とし穴になる地形があったりしてな?』

「去年はマグマまで使って足止めしたと聞いているがな。どうする……?」

「隊長」

 共に救われたスパイデス隊副隊長が緊迫した声で告げる。

「富士川の上流に、確か……」

「……そういやブリーフィングで教えられてたな!」

『あれかあ。よーし……』

 ターンしていく隊長機は、支援のために戻ってくる部下達へ声を飛ばす。

『各機、戦略標的F1、F2、F3を攻撃せよ。俺達は下流に敵を誘導する!』

 小型ゾイド部隊である自分達が、ゼログライジスである敵を誘導するには危険な挑発を行うしかない。だがそのような手段について、スパイデス隊もカブター隊もやりようとして存在を知っていた。

「よーし……これよりゼログライジス・ネガシルエットに対する威力偵察を開始する!

 敵の能力を丸裸にしていくぞお!」

『あーもしもし。こちらは正統真帝国戦線、ゼログライジスのライダーです。

 本機はゼログライジス・セカンドイシューを公式呼称としております。そのようによろしくお願いします』

 割り込んでくる声に、スパイデス隊もカブター隊も一瞬言葉を失う。だが隊長達は図太く、

「戦果その一……!」

 やったぜとサムズアップしながら、スパイデス隊隊長は機体を跳躍させる。

 目標地点は富士川。その方角めがけて跳ぶスパイデス達めがけ、逆落としの土砂崩れのようにゼログライジス――セカンドイシューは木々を巻き込んで追いすがった。

「さーあ他にもいろいろ露わにしてくれよ皇帝龍殿……!」

 絶望的な戦いを前に、掠れた軽口が飛ぶ。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/01 05:46

IMPRESSION

・ゼログライジス
 ギガノトサウルス種と推測されるゾイドの規格外個体。
 新地球歴三〇年の北米大陸において出現した個体は、移民船団内で反乱を起こした民族系過激派指導者イレクトラ・ゲイトと彼女に同調した科学者フランク・ランドによって運用され、帝国・共和国両国に甚大な被害をもたらした。
 そのルーツは他の地球種ゾイドとは一線を画するもので、資料コンラッドノート及びコンラッド・アイセル・ボーマン報告書によればゾイドクライシス以前に地球にゾイドコアが落着していた可能性があるとされ、リジェネレーションキューブによるゾイド因子放射で地球にゾイドが発生し得た原因の一つであると同時に、発生したゾイドの攻撃性を刺激しゾイドクライシスを巻き起こした元凶であるとも考えられている。
 地球に落着したと推測される六五〇〇万年前には惑星Zi側でもまだ文明が発達していなかったにも関わらず、ゼログライジスのボディには強力な火器が実装されなおかつ体組織としてコアにも認識されている。このことからゼログライジスは未知の古代文明が地球に向けて射出したか、あるいは時空間を超えた場所に存在する別の惑星Ziから地球に漂着した可能性が指摘され、現在も研究途上である。
 そして強力な戦闘ゾイドであることは多くの人々が知ることだが、その巨体を支える攻撃的ゾイド因子「オメガ」が他の生物や土壌に与える影響、なによりイレクトラやランドをも左右し得るゼログライジス自身の意志とも呼べるものが危険視され、常識的な組織においては復元などは計画されていない。


新地球歴三一年 一〇月一日 〇五四六時

南アルプス 身延山近辺

 

 南アルプス東部での戦闘は続いていた。

 木々の合間を駆け巡るスパイデスを見下ろし、カナンはゼログライジス・セカンドイシューが装備した武装の威力を振りまいていく。

「高い運動性を持った小型ゾイドへの対応力にはやはり限界がありますか……」

 腕部に増設した連装砲でスパイデスを追跡しながらカナンは呟いていた。その射線は細かく跳躍するスパイデスを追いつつ、しかし捕らえ切れてはいない。

「今回装填しているのは徹甲弾のみですからね……」

 照準性能を測るために、効果範囲が広い砲弾は使用していない。テスト中故の扱いにくさがあるが、カナンはそこに文句を漏らしはしなかった。

 人生のあらゆる場面は思い通りに行かない。カナンはそう知っている。いちいち苛立つだけの感性は摩耗しきっていた。

 そして精密照準ではスパイデスを追い切れないが、このセカンドイシューが本来持っている攻撃力を開放すれば敵は山渓一つごと吹き飛ばすことが出来る。保険付きの戦闘で腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいことだ。

「ミサイルを使用してみましょうか」

 操縦桿のホイールを親指で押し込み、カナンは武装を選択する。セカンドイシューの腰部に搭載されたミサイルランチャーは、ゼログライジスとしての強力な金属生成能力と新陳代謝を駆使してミサイルを機体内部で生産できるという代物だ。

 打ち上がる四発のミサイルは退避行動を取るスパイデスの動きを先読みするように追い、そして操縦席後方では次のミサイルが金属の析出音と共に生成されていく。敵は追い詰められていくだけだ。

 だが飛翔するミサイルの前を一つの影が横切り、それが撒き散らす銀の風に突っ込むとミサイル達は自爆していった。カナンはその爆風ではなく、飛来した影を視線で追う。

「偵察型のカブター……粘りますね」

 スパイデス隊を支援すべく舞い戻った敵の航空戦力。だが彼らは一機を残して北の方角に向かっていった。何か策を弄するためだろうが、ここに残った一機も時間を稼ぐためによく動いている。

 チャフをばらまいてミサイルをスパイデス隊から遠ざけた機影は、全身を傾けて低空に降下し、連なる山陰の背後に消えていく。航空ゾイドの機動性を駆使して地形を遮蔽物とする戦い方は、一朝一夕で身につくものではあるまい。

 あのチャフも、本来はカブター自身の自衛のための装備だ。それをああもばらまいてしまえば直接狙われた時の手筈が無くなる。しかし斜面を壁にする機動は、その危機を逃れられるだけの腕前を想像させる。

「世界に抗うと言うことは、これだけの力の持ち主も相手にするということですね。

 ――これほどの力の持ち主が、何故あの虚飾の世界を守ろうと必死になるのでしょうね」

 セカンドイシューを前に抗い続けるスパイデスもカブターも、そのライダーの技量はベテランが培った大したものだ。

 しかしカナンは、惑星Ziの片隅で生きていたある民族の末裔である彼女は、それ以外の全ての人々に遠ざけられながら、一度たりともそんな大した力を差し伸べられることは無かった。

 自分以外の全てに世界は優しく、世界は自分達に厳しい。それがカナンの認識であり、そうではない場所は自らの操作に従うこのセカンドイシューの操縦席と、世界に反旗を翻す正統真帝国戦線にしかない。

 緑に覆われていても荒涼として見える世界に、カナンは自分の色を付けていく。セカンドイシューが放つ火力の赤を。

 そしてその中で翻弄されながらも、スパイデス達は必死の逃走を続けていた。

「保ちますね……」

 自分が同格のゾイドに乗っていたならば、同じようなことができただろうか。しかしセカンドイシューの暴威を向けられているのは彼らであり、力を振るうのは自分だ。その運命がカナンを支えている。

 すでにスパイデス達は山の稜線を越え、下りに入っている。流れる富士川を背後に置く彼らは、それを越えれば一段落というところだろう。水が染みた川の軟弱地は、セカンドイシューの超重量を支えられまい。

「自然環境下では、ですがね」

 敵の目論見に勘づきながら、カナンはセカンドイシューに脚を踏み込ませる。その足は下り斜面を堪えるために爪先に力を込めていたが、カナンはその力の向きを踵に移させる。

 踏ん張るのではなく、巨体を前進させるためだけに踏み出された足は勢いのままに滑り出す。斜面の急角度をなぞり、セカンドイシューは富士川へと滑り落ちてスパイデス達を追い詰めていった。

 それはここまで登り斜面を追跡されていたスパイデス達からしてみれば急加速に見えるだろう。その勢いの中で、カナンはセカンドイシューの両手に捕縛重力塊を形成させて敵の姿へと伸ばした。

 瞠目するかのように動きを止めるスパイデス達。しかし次の瞬間、その姿は木々の合間から掻き消えていた。後に残るのは、強引に枝葉の合間を突っ切っていくものが散らす緑の散らばりのみ。

 滑走するセカンドイシューはそのままに、カナンは振り向く。そこには山頂の木々に結びつけたワイヤーに自身を引き上げさせ、力任せにすれ違っていくスパイデス達の姿があった。

「なるほど、これが彼らの手筈……」

 この高速での切り返しを利用してセカンドイシューを富士川に落下させるのが彼らの抵抗の策だろう。巨体の滑走に合わせて剥がれていく山肌はセカンドイシューを支えることは敵うまい。勢いに乗った機体はその速度に従い続けるしかない。

 通常ならそんな発想になるだろう。

「昨年のゼログライジス事件の記録を精査していなかったようですね……!」

 カナンは操縦レバーを捻り、そして全身をもって機体を振り回すように操縦した。その動作に応じ、セカンドイシューは滑走の先に左足を踏み込みながらスパイデス達に振り返る。

 振り返るだけだ。勢いは減じない。しかしその次の瞬間、踏み下ろした左足の下から山肌がそこに生える木々ごと銀の光沢をまとっていく。

「地盤の金属化能力。オリジナル・ゼログライジスの脅威の一つであった点を忘れているとは」

 剥がれ落ちる山肌が瞬時に固められ、金属の軋みと共にセカンドイシューの踏み込みを受け止める。その反力を得て、今までより強くセカンドイシューの巨体は山体を駆け上がった。逃れようとするスパイデス達に追いつくほどの速度で。

「あなた達の甘さが招いた死です」

 捕縛用に展開していた重力場を槌のように爪にまとわりつかせ、セカンドイシューは両腕を振り下ろす。山頂に接近しながらの一撃は、細まりつつある山の直径を貫いて対の斜面までを貫いていた。

 一つの山の標高を削り取る威力に巻き込まれ、スパイデス達は宙に打ち上がる。だがそこに飛来したカブターが、また空中の二体をかっさらって降下していった。

 しぶとい。しかし自らの意に反する敵の動きを、カナンはなんとも思わない。敵とはそういうものだし、まだ生きているなら戦い続けるだけだ。

「そろそろ試すべき武装も尽きてきましたが」

 セカンドイシューの尾列に沿って並ぶレーザー砲塔が対空の砲火を連続した。宙を薙ぎ払う光の扇にかかり、カブターはスパイデス達を放り出す。

「ここで一掃を――」

 今こそ全身を振り返らせ、セカンドイシューはその威力を降り注がせようとした。

 しかしその動作の一点が何かにかかり留められる。踏み下ろそうとした足を受け止める張力は、太い幹の間に貼られた一条の光。

「……スパイデスの糸……!?」

 吹き飛んだはずの敵の装備に、カナンは思わず呻いていた。そして気付くのは、ここまで相手にしていたスパイデスが二体であるということ。

 地上部隊の編成であるならば、三体目のゾイドがいてもおかしくはない。その思い当たりに応じるように、今木々の合間から三体目のスパイデスが富士川の方角へ斜面から跳躍する。

「なるほど……!」

 スパイデスとカブター。この地に存在する敵戦力は戦闘ゾイドとして武装を追加されていてもこのセカンドイシューを撃破しきれる存在ではない。だからこそ、撃破され得る直前の極限状況でこちらの能力を引き出そうというのだろう。

 敵は必死だ。――かつての自分のように。

「認識を改めましょう、オクトーバーフォースの尖兵……!」

 つんのめっていくセカンドイシューの背で、カナンは頷きを一つ。そして機体が両手に生じていた重力塊を握り潰させると、その左手を迫り来る斜面に叩きつけた。

 打撃の手はその威力のままに斜面を金属化させる。その強固な面の反力を得て、セカンドイシューは崩れ行く身を宙に回した。山麓の狭間に、長い尾をたなびかせてセカンドイシューの巨体が螺旋を描く。

「あなた達を全力で排除する……!」

 空中からセカンドイシューはドーサルキャノンの威力を敵へと振り下ろした。さらにその光爆が荒れ狂う中、巨獣は食いしばっていた口元を開き冷たい大気をその喉奥に飲み込んでいく。

「原始開放・ゼロブラスト……!」

 莫大な水飛沫と共に富士川に降り立つ中、セカンドイシューの吸気は続く。それと同時に、体を縛り付けるように伸びるあばら骨の拘束を引きちぎって胸郭内部の砲口が露わになる。

 Zi-END。ゼログライジスというゾイドが持つその威力は、かつて共和国首都ネオヘリックを焼き払ったものだ。このセカンドイシューもそれに並ぶ威力は備えている。

 穏やかな流れを堰き止めながらその破壊力を胸に抱いていくセカンドイシュー。そこへ、操縦席がある背後から衝撃が襲いかかった。

「…………!」

 カナンが振り向いてみれば、土の色の濁流が操縦席のキャノピーにまで届いている。それはセカンドイシューが着地した富士川を貫く鉄砲水の流れだ。

「上流の方向に消えたカブターの目的はこれですか。しかし……!」

 富士川の上流には、二一世紀に作られたダムが存在する。三カ所あるそれぞれではまだ水量に対する堰き止め効果が働いていると、カナン達の調査では判明していた。そして自然の中にあるもの故、オクトーバーフォースも容易くそれを見つけていただろう。

 あとはそれを破壊すれば鉄砲水が生じるのは当然の流れだ。

 だが濁流に包まれながら、セカンドイシューはその体を崩さずにいた。川底の地形を金属化させ踏みとどまり、Zi-ENDの威力の源となる大気中のゾイド因子を飲み込み続けている。

「大いなる力はいつも小さな抵抗を飲み込んでいく。

 この激流をさらに上回る力に灼かれなさい」

 飲み下しきれない大気の理力は、今こそ破壊力としてカナンの眼前にほとばしった。セカンドイシューのゼロブラストが、富士川流域を貫く光の渦として空の彼方までを渡っていく。

 その先には、濁流の中に落ちて下流まで退避しようとしていたスパイデスやカブター達の姿もある。水面から宙空までを薙ぎ払う威力は小さな存在など構わず飲み込もうと走り、

「…………!?」

 カナンは見た。Zi-ENDの光条が縦に空を引き裂く中、何者かがスパイデスとカブターを川面から掬い上げて飛び去る様を。

 空間が受け止められるエネルギー量を超えて破壊力を注ぎ込まれた空は、薙ぎ払われるままに炸裂していく。しかしその爆炎が生む壁の左右に、逃れていく光は散っていった。

「……別の飛行ゾイド……?」

 予期せぬ戦場を動かす要因に、カナンは首を傾げるしかない。眼前にいたはずの敵はすでに遠く運び去られ、セカンドイシューは氾濫した富士川に浸かりながら己が生み出した金属の足場の上で静かに吐息を漏らしている。

 カナンの敵達を連れ去った存在が何者かは、今この戦場では窺い知れない。ただ敵を失い、しかしこの戦場に一人最大の戦力を持つに至ったカナンにしてみれば敵が如何様なものであろうと大したことではなかった。

「敵は撤退したようです。残敵はいますか?」

 カナンの問いに、周囲の山々で動くものがあった。それは敵対していたスパイデスやカブター達からも身を隠し続けていた正統真帝国戦線の山岳レンジャーのゾイドだ。

 緑の迷彩装甲に一撃必殺の長砲身火砲や大型ミサイルを抱え、擬装ネットを払って立ち上がるのはナックルコング・レンジャー達。さらにそれを率いるのは、

『敵の手応えはどうだあ? 野獣を率いるお姫様よお』

 ニタニタと笑みをたたえているのが思い浮かぶ声音で問いかけてくるのは、ナックルコングの群れの中で唯一ギルラプターに乗り込んだ男、ロイの声だった。戦場を俯瞰し、カナンの存在をも見下ろすようなその声に彼女の心は冷めていく。

「テストを兼ねていなければ容易く処理できた相手です。それより、そちらはこの機体の記録を取れていますか」

『もちろん。隙だらけな連中に殴りかかるのを我慢して観測していたぜえ?

 一番ビビッドなデータから教えておこうか? そのゼログライジス……セカンドイシュー? のゼロブラストの射程だがな』

 伝えようとするロイの声は、一度水音に遮られた。富士川の氾濫によるものではなく、彼が操縦席で何か呑んでいるからだろう。

『二〇キロは保証するぜ、っと……。

 まだ厳密な観測データは出ちゃいないが、ここから海まで届いている。ならそれだけの数値は間違いないだろう』

 山渓を貫いて舞い上がる水蒸気の彼方を、横に逸れた山頂にいるロイ達は見切れるのだろう。その見透かすような声を受けつつ、カナンはセカンドイシューを山中の回収地点へ向け回頭させた。視線を逸らすように。

「充分ですね。本機は正統真帝国成立を支える戦略兵器たり得るでしょう」

『おや、もっと大きな可能性に目を向けないのか?』

 ロイは面白おかしそうに続ける。

 このセカンドイシューの存在を持ってすれば、これまでカナンを虐げてきたありとあらゆるものへの復讐が果たせるのではないかと。

 そんな誘惑を振るわれながら、カナンは淡々と言葉を続ける。

「本機は次の作戦行動に備えます」

『ふん、ご随意に……?』

 富士川から揚がり、山中に設けられた地下通路のハッチに向かうセカンドイシューに、ロイは己のギルラプター・ブラックナイトを追随させる。

 その姿を見下ろしながら、カナンはこの男がどこまで自分を見透かしているのかについて思いを巡らせていた。

 

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五五三時

南アルプス 身延山近辺

 

 それは生まれ落ちてからこの方、自分の意志に寄らぬ世界に生きていた。

 眠るような時間の中で自分が拡張されていく感覚に身を委ねていたかと思えば、今は吹き付ける外界の風に襲われている。

 それは己が一つの存在であること、己の外に思いも寄らぬ者達が存在することを理解していた。しかし外なるものに吹き曝されながら、自身の力を他者の意志に引き出されていく流れの中でそれの意志は麻痺していく。まどろみの中では、自分自身すら己の意志では動かせない。

 輪郭のぼやけた意志は、周囲に生命が渦巻くこの山中に意識が溶けていくかのようにすら感じていた。その中に誰かの手で導かれていくことに恐れを感じないのは、自身が持つ力故だろう。

 全てを飲み込むのは結局自分の方だ。強大なのだから。

 しかし始めて目覚めた時は、周りにこんな緑のものはいなかった。己に抵抗していたものは一つだけ……。

 そしてそれ以前、自分が生まれる前にもこんな戦いがあって、そこでも自分は周りを多くのものに囲われていたような。

 曖昧な記憶を咀嚼しながら、それ――ゼログライジス・セカンドイシューは正統真帝国戦線が設けた地下通路のハッチへとその身を進めていく。

 その奥にわだかまる深い闇が、芽生えつつあった意志を飲み込み――閉じる。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/01 13:21

IMPRESSION

・アカツキライガー〈黎明兵装〉
後述


新地球歴三一年 一〇月一日 一三二一時

南アルプス オクトーバーフォース富士川キャンプ

 

 早朝に身延山付近からほとばしった破壊光線の威力は、富士川下流旧富士宮市に置かれた討伐部隊――オクトーバーフォースのベースキャンプでも観測された。

 御殿場から加わった部隊を迎え、共通の部隊章を機体に刻み南アルプスへの進入を始めようとしていた矢先のことだったが、その後彼らの前に敵と交戦した斥候部隊が帰還したことで不安の声は収まりを見せる。

「鉄砲水を起こしての脱出時に、我々を救ってくれた未知の部隊がいました」

「機体の映像記録を見るとこりゃキルサイスがお前らを下流まで運んでくれたんだなあ。熱海に出たとか言う継続真帝国評議会の方か?

 まあいい、貴重なデータをありがとう」

 緊急ミーティングにてグロースはそう言って帰投した部隊を労い、そしてオクトーバーフォースは予定通り動き出す。

 グロース達主要メンバーがいるのはこの富士川キャンプだが、斥候同様先行した部隊が山中にも前進キャンプを設けている。オクトーバーフォース主力はまず直近のキャンプに向かう予定だ。

 そしてその中には当然リンの姿もある。その傍らにはアカツキライガーも。

「よし……」

 塗料のスプレーガンを下ろし、リンは防毒マスクを外す。出撃を前に行っていたのは、アカツキライガーへの塗装だった。

 パールホワイトと朱というアカツキライガーのカラーリングは実験・特殊作業機という出自から視認性を重視したものであり、また本来の目的であるゾイド因子の放射にも適したものであった。だが軍用機としてはあまりにも目立つものであり、都市部の跡であったこれまでの戦場から南アルプスの自然環境下に向かうのではさらに誤魔化しがきかない。

 故に今、アカツキライガーはその白の部分にダークブルーのロービジリティ塗装を加えられていた。他方でたてがみの一部や肩部装甲の放熱フィンなど朱色の部分はそのまま色を残されているし、骨格や目にはマスキングのシートが貼られ、塗装を手伝ってくれていた整備兵の手で剥がされていく。

「植生がある土地なので接近戦では緑色の迷彩が有効ですが、今回の作戦では長駆進撃を行いますので遠方からの視認性を落とすことが重要です。

 空気遠近法で言われるとおり、遠くの山は青みがかって見えるのでこのカラーは効果的ですよ」

 塗装の指揮を執っていた技術士官がそう種を明かす。あくまで操縦者であり技術については初心者のリンは感心して頷くしかない。

「ただアカツキライガー本来の目的であるゾイド因子放射や、戦闘時の放熱を考えると朱色のパーツには塗料を乗せられません。機体内部から外部まで直接アクセスする重要なパーツですので」

「増設された武装ユニットの、ガンブレードもそうなんですね」

「昨年ライジングライガーがオリジナル・ゼログライジスを撃破した際にゾイド因子の注入に働いたのがあの部位ですからね」

 ワイルドブラスト時に展開する銃剣部を見上げるリンに、技術士官はすらすらと答えを返していく。愛機に関わることだが知らぬことだらけだ。しかしすぐに理解できるのは、技術――科学が普遍の知識たらんとするものだからか。

 一方でリンの感性から、その心の中にだけ浮かぶ思いもある。アカツキライガーに乗せられたダークブルーの色彩は、残されたままの朱色と相まって、

「夜明けの前後のような色合いになりましたね、アカツキライガー……。

 名前通りになったというか」

「確かに言われてみれば明け方の空の色のようにも見えますね」

 リンの言葉に、技術士官は意表を突かれたように頷く。そしてその様子にリンは笑みを浮かべ、

「重装アカツキライガー改・ロービジ仕様……元の名前に加えて新たに明け方の要素を纏ったわけですし、〈黎明兵装〉とひとくくりにしましょうか」

 凜々しく引き締まった色合いになったアカツキライガーを前に、リンは新しい名前に相応しい名前を口にする。そしてそこへ、塗装を終えたアカツキライガーに武装を取り付けるための整備ガントリークレーンが移動してきた。

 一〇連発式の一般的なミサイルポッドが方装甲に軽く懸架させられるが、続けて取り付けられる武装は大きい。機体自身の胴体長ほどはある角張った砲身だが、その全体がスライドしさらに長さを得る機構を持っていることが外見からも窺える。

 

 

IMPRESSION

 

・アカツキライガー〈黎明兵装〉

 

全長10・5m(砲身収納時) 全高5・1m 重量59・5t

最高速度210km/h

IQ 114

武装 ライジングユニット(A-Zガンブレード A-Z機関砲 インパクトリボルバー)

   旧規格型レールガン改 A-Z10連装マニューバミサイルポッド

   ライジングクロー ヘビーテイル

   高濃度ゾイド因子放射フィン アカツキアーマー ロービジ迷彩

本能解放行動 ファクターロアー アカツキベイオネット(アカツキペネトレイター)

 

 

「こちらのレールガン、移民船に搭載され惑星Ziから運ばれてきた旧式ですが、逆に言えば技術水準が高かった時代の代物でもあります。

 現在の我々では装弾機構を単発式からマガジン式に改めるのが限度でしたが……威力は保証します。ゼログライジス級の相手をする上で大きな力になるでしょう」

 この種の規格外兵器は昨年の事件に対応した二カ国合同軍が収集し管理下に置いていたものだ。今回の事件が再び超大型戦略ゾイドの絡む剣呑なものになったことで、そのいくつかはこの地に持ち込まれている。

「ライガー系ゾイドへの搭載実績がある武装としては、ロングレンジバスターキャノンもありますが……」

 説明をする技術士官は、そう言いよどんで振り向いた。リンもそれに倣って視線を上げれば、アカツキライガーと同じようにキャンプの露天作業場で装備を調える巨大なゾイドがそこにいた。

 御殿場から熱海に駆けつけ、そのままオクトーバーフォースに参加したデスレックス〈スカベンジャー〉がその正体だ。熱海での戦いでは突撃制圧仕様として増加装甲やメガランスで武装していたが、今その巨体は大型ミサイルや増加エネルギータンクに加えて二門の巨大砲をその背に担っていた。

「合同軍のジェノスピノとオメガレックスが復旧作業中の現在、我々が持ち得る最大の純陸上戦力があのデスレックス級になるわけですね」

「連装の大型砲であるロングレンジバスターキャノンはあちらに搭載するのが適任、という結論になりまして。

 あの砲はオメガレックスの鹵獲に活躍したものなのでいささか皮肉じみていますが、ちょうどスカベンジャー号はいろいろな武装を変更しながら運用を試しているところだったこともあり、搭載が決定されました」

 それら武装配分には数多の議論があったのだろう。技術士官は疲れを滲ませる苦笑をリンに見せた。

 そしてその一方で、気の抜けた声が飛んでくる。

「ここんところは野生ゾイド対策用のハンティングパッケージばかりで代わり映えしなかったからなあ。これだけのデカブツを載せられて俺としてはウッキウキだぜ」

 無遠慮に口を挟んでくる男が一人。リンと技術士官が目を向けると、そこには帝国軍の野戦服を身に纏った一団がおり、その中から背をかがめ、どこか野戦服もしわくちゃでみすぼらしい男がリンに握手を求めてくる。

「デスレックス九号機専属ライダー、ギャラン・ホークだ。あんたも厄介なゾイドのライダーらしいな。お互い大変だねえ」

「ああいえ、それほどでも……?」

 酒臭さを漂わせるギャランの接近に、リンは若干面食らう。熱海戦で戦列を共にした相手の一人だが、御殿場からの合流以来こうして顔を合わせるのは初めてのことだ。

「この一件が持ち込まれたお陰ででかい武器貰えたし嬉しいねえ。忘れかけてたゾイド乗り冥利って奴に尽きるてもんだ」

「ロングレンジバスターキャノンは今でも合同軍管轄で、貸与されているだけですよギャラン君」

 ヘラヘラするギャランをたしなめるのは、後ろに控えていた眼鏡の男だ。しかし細身のその肩についている階級章はギャランより上の尉官。ちょうど部隊指揮官となる中尉のものだった。

「失礼、私が第4989小隊司令のペーター・シールマンです。東京では御殿場基地からの反乱部隊がご迷惑をかけたようで……。今回の合流で汚名返上の機会とさせていただきたい」

「つっても俺達も後から来たクチじゃねーかねえ?」

「そだねー?」

「ねー?」

 ギャランは後ろについてきた若い女性隊員二人と露骨なひそひそ話をする。その様子にシールマンは一瞬視線を向けるが努めて無視し、

「我が隊のデスレックスはコントロールの容易さを重視してスペックが低い個体が起用されていますが、それでも強力な機体です。昨年の事件後はジャミンガ対策から運用方法を変更すべくいくつかの武装ユニットが用意されていますので、ロングレンジバスターキャノン以外の装備でも活躍できるでしょう。

 よろしくお願いします」

 面接のようなシールマンの隊紹介に、リンはたじたじとするしかない。そして堅い雰囲気の一方で、背後ではギャラン達に近づいてくる三人組がいた。

「ギャラン軍曹、お疲れさん。挨拶回りですかい?」

「キリング曹長! その節はどーも。バズートル隊もベースキャンプ入りしてましたか」

「ま、ここがどの隊もスタート地点なんでね。

 あちこち声かけるなら案内しようか? 砲兵やってるとあちこちに顔が利くんでね。同じグラットンにいたよしみでさ」

 元から討伐部隊に属していたバズートルの部隊とギャラン達の和やかな雰囲気に、嗚呼ああいう会話の方がいいなあなどとリンは軍人にあるまじき思いを抱いたりする。そんな上の空の様子にシールマンも気付いたか、

「クリューガー准尉?」

「あっはい、聞いてますよ! 大丈夫、大丈夫です……」

 言ってから露骨にダメな反応だったなと思うようなことを口走り、リンは冷や汗を浮かべる。その様子にふむふむと何かを察した様子のシールマンは話を変えて切り出してきた。

「ところで我が隊は希少なデスレックス運用部隊ということで帝国軍広報と密接に関わっておりまして、記者が同行しているんですが……。

 討伐部隊のオクトーバーフォースとしての正式な発足と我が隊の参加もあっていろいろな方に取材したがっているのです。今回の事件に初期から関わっているというクリューガー准尉にも」

「しゅ……取材?」

 急展開にリンは浮かべていた社交辞令の笑みを歪める。取材など、小学生の頃運動会の徒競走でトップを取ってクラス新聞の係相手に応じた程度の経験しかない。

「いやその、取材と言われても何を答えたらいいのか……?」

「簡単なことでいいんですよ!」

「ヒ――――!」

 シールマンの陰から突如として現われた軍服姿の女性に、リンは思わず悲鳴を上げる。そしてその一瞬の隙にボイスレコーダーとメモ帳を手にしたその女性は隣にまでにじり寄っていた。

「帝国軍広報局『4989七転八倒記』担当のディーナ・クレイトンと申します! ゾイド因子強化ゾイドであるアカツキライガーのライダーにして今回の正統真帝国戦線事件に最も早くから関わっているということで、クリューガー准尉にはお話を伺いたいものであります!」

「この記者、軍に入ってからまだ一年程度しか経っていないので絶妙に無礼なところがありますが平にご容赦を」

 どこか遠い目をするシールマンを無視しながら、記者ディーナは笑顔でリンの視界を埋め尽くしにかかってくる。風雲急を告げる突然の展開にリンは目を白黒させるしかなく、隣にいた技術士官は話しについて行くことを放棄してこっそり後ずさっていた。

 だがディーナは咳払いを一つ入れると、姿勢を正してリンに丁寧に問いかけてくる。

「昨年の真帝国事件以来の後継武装勢力の多くは、現代社会に対する批判を主張の軸としています。

 ですが対立していた二つの国の結びつきが強まり、惑星規模の災害に立ち向かうことができた現代の世界が……彼らが言うように唾棄すべき世界であるとは思えません。

 現代の世界を守る軍人、正統真帝国戦線に立ち向かうオクトーバーフォースの筆頭としては、どのようにお考えですか?

 多くの人々が、今その答えを探しているはずです。いかがでしょうか」

 質問する表情は穏やかだが、その問いは心からのものだと窺い知れる目の力がそこにはあった。

 紋切り型のそれらしい問いでも、知的さを装うための計算でもない。真にその問いの答えを求めているのが、このディーナという記者なのだ。

 対し、軍人リン・クリューガーは答えを示すことができるか。当の本人が誰よりも先に問うこととなった。

「あ……その……。もちろん、この世界は守るべきものです。そうでなければ去年の戦いはなんだったのか……。

 そうでしょう……?」

 自信が無い言い方で、質問を返してしまうのは自分の中に明確な答えが無いからだ。

 この問いは、大湊でララーシュタインから問われたことを押し進めたものだと言える。異なるのは、ララーシュタインが求めたのはリンの内心の理由であるのに対し、これは世界に示し、他者と共有できる答えを求めるものだということだ。

 リンはここまで戦いを積み重ね、自信は得てきた。だが、それを表現したことはなく、そしてそれが世界に通じるものかを試したことも当然……無い。

 リンは敵を討つことはできるが、自分が守るものの価値を示すことはできない。問う力に対し対照的な答えに、ディーナは仕方なさそうに微笑む。

「確かに、昨年合同軍で戦いを繰り広げた多くの人々の努力を無にするようなことですね。クリューガー准尉は事件以降の態勢で任官した方でしょうし、その思いはひとしおでしょう」

 フォローされてしまった。相手も軍属ではあるが、気を遣わせてしまったことはリンに負い目を抱かせる。

 ロイ達への怒りや、自分の周囲にいる人々を守る意志はある。だがリン個人が世界に対して持つものはあっただろうか。

「なんか、すみません……」

「いいえお構いなく。突然訊ねたのはこちらですしね。

 それに、戦いの中で築いていく価値観というものもあると思います! 何かあった時はこのディーナ・クレイトンまでどうぞ! いつでも世界にお届けしますよぉ!」

「あはは、よろしく……」

 力尽くで明るい雰囲気に戻していくディーナに、リンは苦い笑みを浮かべながらも感謝するしかない。そしてふと、傍らのアカツキライガーへ振り返る。

 ここまでともに歩んできた相棒は、新たな戦場に向けた装いで、しかし今までと変わらない視線を自分に向けてくれている。

 暁、黎明。それは世界を照らす光の始まりを示す名だ。

 一方でリンは――己をそれにふさわしい存在であると言い切れるか。

 リンは続く戦いに課せられたものを、アカツキライガーの瞳に見出す。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/01 16:32

IMPRESSION

・惑星Ziの文明

 惑星Ziにおける文明の発祥には諸説があるが、近代社会に直接的に関わるものが中央大陸デルポイでの多民族国家の成立であった。
 民族間での紛争が絶えなかった中世期のデルポイにおいて、有力部族の長であったある人物が大陸外に渡りデルポイの存在を喧伝。これによって外部からの侵略を受けたデルポイに舞い戻り諸勢力をまとめ上げて大陸統一を成し遂げた。
 この結果生まれた大国家がヘリック共和国である。
 しかしその成立にまつわる策略と、統一を成し遂げたヘリック・ムーロア一世が融和の証として敵対していた部族との間に婚姻関係を結んだことが惑星Ziの歴史に影を落とし、いくつかの戦いの原因となった。


新地球歴三一年 一〇月一日 一六三二時

南アルプス 宍原キャンプ付近

 

 かくしてオクトーバーフォース本隊の前進ははじまった。まずは富士川キャンプから最も近いベースキャンプである宍原キャンプへ、物資輸送と合わせて部隊が移動する。

 まだ南アルプスの入口であるこの地域には、二一世紀の道路跡も残っている。砕けたアスファルトの上をキャタルガとトレーラーが移動できるが、さすがにそろそろ歩行するゾイドには後れを取るようになりつつあった。

「この先は思い通りにものを運ぶのも難しいな。空輸や、他の輸送ゾイドを駆使することになるなあ」

 司令トレーラーで部隊運用に関する書類や情報を参照しつつ、グロースは部隊運用について考え込んでいる。無線で彼と言葉を交わすのは、戦力の大部分を掌握し実質的に戦闘隊長となるララーシュタインだ。愛機ローゼンティーゲルは、他の戦闘ゾイドと共にトレーラーに追随している。

「我がセプテントリオン戦闘団にはキャノンブル系の輸送ゾイドとしてラリーブルを配備してあります。キャンプ間の輸送ネットワークに活用していただきたい」

「しかしキャノンブル系では山岳機動性には不安がありますね」

 そう指摘するのは山に詳しいブルーダーだ。彼とハンターウルフ"エコー"が本領を発揮するのはこれから先の戦場だろう。

「輸送と移動には河川も活用しているが、日本列島の川は北米大陸に比べて狭さと浅さが目立つし何より急でな。水中ゾイドの移動は出来ても物資輸送には限界がある」

「そんなところに連中はどうやって拠点を作っているんです?」

「斥候の報告では、ネガシルエットは地下から出現したという。つまり正統真帝国はこの南アルプス山中に、高低差を無視できる地下トンネルを多数整備していることになるのであるな……?」

「そんなものを用意するのは大工事でしょう。なぜ気づけなかったんです?」

 山に詳しいからこそ、そこで起こっている異常事態についてブルーダーは追及する。そこで頭を働かせる役目は上に立つグロースやララーシュタインのものだ。

「まず思いつくのは二一世紀から存在していた、というものであるが?」

「いや、二一世紀の山地開発に関する記録はサルベージが出来ていてなあ。確かにこの列島では鉄道用車両用問わずトンネルは多かったようだが、件のネガシルエットが出現した場所は記録に無い地点なんだな……。

 記録に残らないものだったとしても、ゼログライジス級ゾイドを移動させられるような地下道が二一世紀に存在したものかな」

 移動しながら会話する三者は、この事件の解決に向けひたむきである様が明確だった。彼らの後にアカツキライガーを続かせるリンは、直属故にその通信チャンネルの傍受も許されていた。

 帝国軍少将であるグロース、少佐にして貴族であるララーシュタインは帝国を脅かす敵に立ち向かうのが生業なのは納得できる。しかしそこに加わるブルーダーは、共和国傭兵の籍を持つ者だ。

 ララーシュタインに招聘された彼は、それを受けぬ選択もあっただろうに。記者ディーナからの質問に歯切れが悪い答えしか返せなかったリンは、前を行くハンターウルフ乗りのことが気になり始めていた。

 と、戦闘ゾイドに護衛されているキャタルガトレーラー列の上で動く人影がある。特徴的な民族衣装のストールと小柄な体は、ブルーダーが連れている少女ユインだ。

 トレーラーのオープントップ部に出てきた彼女の後ろには、しずしずと歩むもう一人の女性がいる。こちらもリンは知っている人物で、グロースの妻ウェインライトだった。

 ウェインライトは元軍人としてグロースの補佐を行っているというし、ユインはブルーダーの身の回りの助けのために同行している。二人とも非戦闘員だが、一方で富士川キャンプ――それどころかより後方の沼津・熱海や御殿場まで戦闘領域である現在、彼女達が共にいるのは本来危険なことだ。

 二人は車内で何か会話をして出てきたのだろう。そしてその表情は戦場の一角にいる緊張こそ感じさせるものの、恐怖や不安の様子は見当たらない。そして二人がそれぞれ見上げる先は、互いのパートナーのいる場所だ。ウェインライトは前方の司令トレーラーを、ユインは傍らのハンターウルフ"エコー"を。

 戦う力なき彼女達を支えているのは、戦う力持つ相手とゾイド。そしてその相手である男達は、彼女達に支えられている。故に互いが互いを守り合う、そういう関係がここにはあるのだ。

 そしてそう言った関係を持たないララーシュタインには、自らの矜持がある。それらが彼らが戦場に立つ理由だ。

 独り身であるリンには――なぜかそこに考えが至った時ほのかに悲しみがわき上がり、アカツキライガーがちらりとこちらを見た――リンにはララーシュタインのような己の中に飼っているべき理由があったはずだ。

 それは軍人を志して士官学校を目指した時に抱いたもの。それはなんだっただろうか。勉学と、実働で対面する出来事の中で忘れてしまったような――。

「私は……どうしたいんだっけね、ライガー……」

 リンとアカツキライガーが共有する理由は、ゾイド因子オメガの影響を排すること、それを悪用しようとするロイ達正統真帝国戦線を止めることだ。

 しかしそうすることで自分達は世界に対してどのような立場になるのか、世界をどう動かしていきたいのか。それがリンが見失い、周囲の誰もが持っているように感じるものであると彼女自身は気付いている。

 自分達には確かな力がある。だがそれを伝える先が不確かだから、空回りしている。自分達だけ……。操縦レバーを握っていた手を離し、リンは感触を補うように握りしめた。

 きっと不確かなままでもいい、不確かなまま戦っている者達の方が多いだろう。だがそれを見定めることが出来れば、自分はここしばらくで出会った多くの尊敬すべきゾイドライダーのようになれるのではないか。

 そこでライガーが唸り、リンは我に返った。戦地を行軍中にしては随分と雑念が多い時間を過ごしていた。

「軍人がこういうこと考えるもんじゃないってよく言われるわけだね……」

 納得を得ながら、リンは自分を気遣ってくれたライガーに感謝する。

 元々は戦闘目的ではないということで選定された個体がこのアカツキライガーだ。それが今や激しい戦いの最前線にいる。彼とは打倒正統真帝国戦線の思いを共にしていると信じたいが、

「ライガー、あなたは世界のこれからに関わるなら、どうしたい……?」

 その問いにアカツキライガーは言葉で答えることは出来ない。だがきっと彼も彼なりの答えは持っているだろう。

 そのライダーである自分も並び立てるようにならなければ……。そう決意して、リンは視線を上げた。いい加減上の空ではよろしくない。グロース達の会話も結論ぐらいは覚えておかなければ。

「つまり山で迷った時は下ではなく上に登るべきで……」

「なるほど面より点というわけだ。ん……?」

 グロース達もなんだかんだで関係ない話に転がりかけていたらしい。なんとも締まらない雰囲気がそこにはあったが、

「なんだかノイズが……混信か?」

「映像回線も開いてみましょうか。……うわっ」

 キャノピーに開いたテレビ会議用の映像回線は、各人のバストアップが砂嵐によって横向きにいくつも区切られていた。明らかに別の情報が割り込んできている。

「なにが出所だこいつは。ジャミングの類いじゃなかろうな」

「待たれよグロース少将。部下よりの報告で、本国の民間ネットワークにも強制割り込みをかけているものが確認できるようです。内容は……」

 他の通信も不調なのか、ララーシュタインのローゼンティーゲルに駆け寄って伝令をしている兵が見える。そしてリンはララーシュタインの声を聞いた。

「正統真帝国戦線からの放送とのことである……!」

「――回線を空けて受信してくれ」

「全帯域に向けて発信されているようである。我々が利用する回線への混信をカットし、未使用回線で受信を……!」

 動き出す事態に慌ただしくなる隊列。人間達の様子に、バイザーを持たぬゾイドなどは視線を彷徨わせていた。

 そして各ゾイドの操縦席では、通信ウインドウやマップの傍らに新たな表示が浮かび上がる。動画を受信するための簡素なウインドウは、その中に暗闇を映し出していた。

 否、それは回線状況が向上して行くにつれノイズの奥からディテールを浮かび上がらせてくる。照明が絞られた空間は、その奥と左右に巨大な存在が並んでいることを、影のエッジでわずかに反射する光で表わしている。

 そしてそれらの中央に小さな光が灯った。それは燭台に点けられた小さな火によるものであり、その揺らめきの中に説教台と、一人の男の姿が浮かび上がる。

『全世界の皆様にご挨拶申し上げます。

 我々は昨年建国の意志を示した真帝国より、継続して活動を続けている勢力です。

 いくらか似た経緯の組織が他にも存在しますので、正統真帝国戦線を仮の名称として参りましたが――』

 暗がりを撮影していたためか、映像を捉えるカメラは男の顔の造作を少しずつ明らかにしていく。壮年の、第一世代用の呼吸器と帝国軍服を身につけた男であることだけが今はわかった。

『本日ここに、我々は建国準備組織を解体し、我々の国家の樹立を宣言します。

 正統の字を掲げ、真帝国から継続した存在であることを示してきた身としては恐縮ですが……』

 男が顔を上げ、そしてカメラの光量が適正になったことでその表情が明らかになる。

 そこにあるのは武装組織に属する者とは思えない穏やかな眼差しの男の貌。そして彼は、厳かな手つきで自身の呼吸器を外した。

 傷一つ無いが、年月と共に皺を刻んだ顔。しかしそこには一つだけ異質なものがある。

 肌の色とは異なる、鼻筋の青いライン――。

「あの顔は……!」

「む……」

 思わず唸りを上げたのはグロースとララーシュタインであった。二人の様子に、リンは思わず問いを放つ。

「あの()()がなにか……?」

 しかしそれに誰かが答えるより先に、男は続きを口にする。

『我々はここに、新国家デルポイ連邦の建国を宣言します。

 首長は僭越ながら私……元帝国軍大佐、ヘンリー・ムーロアが務めさせていただきます』

「ムーロア一族……!」

 呻くララーシュタイン。だがリンには、この放送に周囲が抱く剣呑な雰囲気の理由がわからない。トレーラーの上に出たユインも同様のようだが、一方で彼女を支えるウェインライトは周囲に漂う空気同様、緊迫した表情を浮かべていた。

「ムーロア……その名はこの地球移民時代まで継続した二大国家の礎を築いた、惑星Zi最古の家系のものだ。

 その血筋は帝国王家の祖でもあると言われているが……あの男は?」

 グロースが問いを向ける相手は、帝国社交界に近しいララーシュタインしかいない。そして彼はこみ上げるものを飲み込むような時間を掛けて応じた。

「あの男は……真帝国蜂起以前はヘンリー・ハルトマンと名乗っていた。確かに帝国軍大佐の一人であり、ハルトマン家も歴史ある血筋であった……。

 真帝国事件と同時に行方不明になっていたので一味に加わっていたとは思っていたが……!」

 芝居がかった言動をするララーシュタインだが、その動揺や裏返りかけた声音は演技を感じさせない。本気の狼狽が、彼の言葉を裏付けていく。

『さて……全世界の皆様は我が国がデルポイ「連邦」という名を名乗った理由を訝しんでいるものと思います。

 理由は簡単です。今我々は単一の勢力ですが……既存の二つの国家から独立するさらなる同志を求めているからです』

 混乱するオクトーバーフォースの隊列を尻目に、名乗り出たヘンリー・ムーロアなる男は言葉を続ける。

「この放送は確か北米の共和国と帝国の本土にも……」

 この男の視野は広い。彼は世界に呼びかけているのだ。

『かつてシーガル准将が真帝国の樹立を宣言したように、この地球に生じた社会、二つの国家の中には、自らが思い描くものが実現できずにいる方々も多いでしょう。

 我々デルポイ連邦はその理想の受け皿となることを理念とするが故に「連邦」の名を掲げる次第です。

 新しい世界を求める方々はどうか声を上げて下さい。あなた方が求める国の存在を我々は支持します。あなた方が求める国が存在する場所が、デルポイ連邦です』

 自分達の遙か背後に向いたヘンリーの視線に、リンは寒気を覚えた。己の足下を、背後を、そこにあるものを揺るがされる感覚。

『声を上げ、この極東弓状列島を目指して下さい。

 あなた方を含めた我々の独立を保証するのは、我々が保有する戦力です』

 そしてその時、暗闇に沈んでいた画面に光が溢れる。

 一瞬のホワイトアウトを経て画面に浮かび上がるのは、ヘンリーが背後に置いたゼログライジス・ネガシルエット。そしてその左右に並ぶのは、武装を整えた戦闘ゾイド達。

 ギルラプター。

 ステゴゼーゲ。

 グラキオサウルス。

 キャノンブル。

 スナイプテラ。

 ソニックバード。

 その狭間には数え切れないほどの小型ゾイドと、そして戦力たる人員。

 しかしその整列は、不自然に左右に分かれていた。そして今、ヘンリーの姿を掻き消して下から上へ、黒々とした影が屹立していく。

 視点が変わる。ヘンリーの側から、立ち上がっていく巨大な筒を見上げる位置へ。

『ご覧いただけるでしょうか。こちらは我が国が誇る戦略兵器、一二〇〇ミリ電磁マスドライバーです。

 国土防衛をなす決戦ゾイド、ゼログライジス・セカンドイシューとこの巨砲、デストロイヤー・ガンの威力が、二つの国家しか存在しない世界に楔を打つことになります。

 申し上げておきましょう、この巨砲デストロイヤー・ガンはこの列島からニューホープ、ネオゼネバス両都市を射程に収めることが可能であり、ゼログライジス・セカンドイシューは国土の守りを完全なものとします』

 二つの戦略兵器を示し、ヘンリーは傾いたカメラに顔を覗かせる。腰の後ろで左右の手を組んだ悠然とした姿勢だ。

『古き国家から継続する秩序は、かつて滅びた我々の母星の歴史を継続するものです。

 今それを変え、新たなる息吹を歴史に吹き込む機会が訪れています。

 どうか立ち上がっていただきたい。これは最も古い歴史を有するムーロア一族の、傍流と言えどその血を引くものからの願いです』

 そして閉鎖された空間を映していたカメラは、稲妻に巻き付いたヘビを抱く白地の国旗を示す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『歴史と世界は常に多様性を求めるものであり、それが成されていた古き良き時代を取り戻さなければならない。

 故に私は、どれだけ薄かろうとムーロアの血を引く者として、この地に新たな国家を築きます』

 マスドライバーの砲身部が下げられ、再び正面からのカメラとなる。そしてヘンリーの背後に立つゼログライジス……セカンドイシューの前にホログラム画面が投影され、そこには縦長の地図が映し出された。

 緑の濃淡で標高が示された地が広がるその地図は、まさにこの南アルプスの地形を表わしている。広大な山々を抱いた地球の大地の一角。

『我々デルポイ連邦最初の領土はこの山脈。この地は領土を持つことが出来ず、しかし独立を望む全ての人々に開放しましょう。

 が、旧世界の秩序のみを重んじる者が立ち入ることは、これを許しません』

 ヘンリーの地図の一角、右下の隅に赤い光の列が並んだ。そしてワイプ画面が開き、そこには山々を埋め尽くす木々と、その中に走る旧道。

 そしてそこに立ち止まって狼狽えた様子を見せるゾイドの隊列は、自分達のものだ。

「これは……どこかから監視されている!?」

 隊列を俯瞰する視点を逆算し、リンはアカツキライガーを振り向かせる。そこは稜線の一角でしかなく、身を潜めるゾイドの姿も窺い知れない。

 そして隊列の中で大きく動いたアカツキライガーの顔へと、ヘンリーの放送に映るワイプはアップになっていく。

『この列島を旧世界秩序に収めんとする第七開拓兵団の戦力の排除をもって、我々は国家として独立を維持する能を持つことを示させていただきましょう。

 その経過は順次報告させていただきますが……ひとまず、これにて我々デルポイ連邦からの第一回放送を終了とさせて戴きます』

 そう言ってヘンリーが手を一振りすれば、ホログラム画面は消え去る。そして画面の背後にいたゼログライジス・セカンドイシューの全身に薄紫の光が走り、内包する力を示していた。

『そしてこの放送をもって、我々デルポイ連邦から帝国・共和国・合同軍への宣戦布告とさせて戴きます』

 穏やかさと毅然さが共存するヘンリーの表情は、為政者として、指揮官として人の上に立つ者の貌だった。そしてその視線を真っ直ぐ見る者へ通すようなアップから、放送はブラックアウトしていく。

「――随伴護衛部隊、さっきの俺達の映像の出所は?」

 その途端に、グロースが状況の確認に動く。放たれた問いに、アカツキライガーが向いた撮影場所と目される地点の側で小さな影が動く。

「カメラが設置されています! 地形に擬装したヤツです!」

 迷彩塗装と擬装ネットを被ったラプトリアが歩兵部隊を引き連れてそこにいる。その鋭い爪の先に、設置式の望遠監視カメラが突き刺さっていた。

「なるほど、敵の本拠地らしく準備万端ということだな……」

「グロース少将、奴らデストロイヤー・ガンなる戦略兵器を示しておりましたな。本土に影響が出るのであれば作戦行動を見直す必要があるのでは」

 ララーシュタインの問いを聞いて、リンははっと振り向く。

 この日本列島は北米大陸にある帝国、共和国両国との間に太平洋を挟み地球半周近い距離がある。惑星Ziではその距離を飛んで敵国を撃つ兵器もあったと聞くが、その技術は現在断絶しているものだ。

 しかし一二〇〇ミリという、軍事をかじれば異常さがたちどころにわかる数字にマスドライバーなる名、そして放送に映った砲身らしき巨大な影が規格外の性能をリンにも予感させる。

「マスドライバーは惑星Ziでの移民船建造時に使われた技術だな。衛星軌道に大型船用の資材を打ち上げるのに使われた。

 ロケットの代わりになるものだから、弾道ミサイルのように使うことも出来るだろう、な……」

「ならば奴らは本土を攻撃出来ると……」

「だが大がかりな設備だし、軌道計算は面倒だぞ。奴らの後ろ盾が本土の企業だというなら、迂闊に攻撃はできないはずだ」

 グロース、ララーシュタインら指揮官達はそう語る。彼らはリン達を率いる軍人であると同時に、戦場の外の世界との窓口役でもある。気を揉む立場だろう。

「だがあれが出てきたということは、奴らがこの山の中で拠点を築けている理由も予想が付くぞ。

 おそらくあのマスドライバーは地球移民後の開発用に移民船に積まれていたが、設置されずにいたもの……。

 似たような経緯で死蔵されていると聞いたことがあるんだが、地上環境が悪かった場合に地下居住区を作るためのパッケージ建築が存在したらしい。結局使われなかったわけだけどな」

「そういった活用されなかった資材を保有している企業や組織から供給を受けている……というわけであるか」

 意外なところから、敵の備えの正体が明らかになる。あるいは、リン達地球生まれの第二世代がまだ知らないことだらけなのだろうか。

「敵について推測するにせよ、この山道の途中で足を止めるのは良くはないでしょう。

 ベースキャンプへ急ぐべきです。そこの安全は確保しているんですし」

「で、あるな、ブルーダー。

 あの放送が本土にまで流れたとなれば我らの活動をせっつく輩も出よう。忙しくなる前に落ち着くところを得なければ」

 隊列が再び動き始める。カメラを発見した随伴部隊もまた木々の合間に姿を隠し、

「クリューガー准尉?」

「……はい」

 敵の本拠地だけあって、事態は大きく動き始めている。ゼログライジスの一撃が海まで届いたのも今朝のことだ。

 ディーナに問われて以来気にかけていた、自分が立ち向かうもの、自分が守るものについてが現実に姿を現わしてきたかのようだ。

 並び立つ山々に遮られた視界に今の心情を重ね合わせながら、リンはアカツキライガーをまた山道の行軍に向かわせる。

 山の端から朝日が昇るように、迷いが晴れる日は来るだろうかと思いながら。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/01 18:13

IMPRESSION

・マスドライバー
 大質量物を射出レールを用いて投射することを目的とした施設。多くの場合物体を天体の周回軌道や重力圏外に打ち上げるために使用される。
 有人機打ち上げにも用いることが出来るが、加速度に考慮するならば無人物体の打ち上げに適している。ロケット類と異なり外部から加速力を与えられる分打ち上げ能力は高い。
 作動原理としてはエネルギーを投入しやすい電力で作動するリニアモーターやレールガン機構を用いることが有効。
 惑星Zi時代の大型輸送ゾイドに武装として搭載されていた記録が残っており、大質量物を地上攻撃に用いることの有効性は古くから認識されていた。


新地球歴三一年 一〇月一日 一八一三時

南アルプス 宍原キャンプ

 

 山中の集落を中心に作られたベースキャンプ・宍原に到着したオクトーバーフォース本隊はその地で緊急ミーティングを開いていた。

 天幕の下に長机とパイプ椅子、ホワイトボードやプロジェクターが運び込まれ、更に各員に配られる端末やパーソナルコンピューターの数はダース単位だ。

「確認するが、今朝の身延山方面への斥候以外では敵との遭遇は無かったんだな?」

「敵戦力は勿論、痕跡もありませんでした。今回のようなカメラも……。

 つまり敵は偵察とベースキャンプ設置後の警戒の合間を縫って後方浸透し、あのカメラを設置したことになります」

 グロースの問いに応じるのは、隣の席に座る女性参謀だ。眼鏡を押さえながら彼女は書類を手に取り、

「偵察は現在、富士川以外に安倍川、大井川、天竜川を遡上する各ルートで行われており、十枚山、井川湖、黒法師岳ライン以南が安全圏と目されていましたが……」

「敵に後方浸透の方法があるなら前提は覆るな。しかし、その方法はある程度見当がついている。地下だ」

 そう言うと、グロースはプロジェクターを操作する相手に促しの合図を送る。そこで表示されるのは軍用資料ではないが、急遽収集されたことを示す赤い判が押された紙面だった。

「本土の帝国、共和国各諜報部から上がってきた報告だ。

 デルポイ連邦を名乗る当該武装組織が使用しているのは地球開拓のために開発、ストックされていた地下開発資材で、これを保管していた複数の企業から連中への物資の流れが確認された。ま、これは俺の予想通りだな。

 そしてこの資材には地下建築の構造材以外に、地底開発を支援する装置類も含まれる。これにキャタルガみたいなゾイドの力も加えれば、想定以上の速度で秘匿陣地を作り上げることが出来ただろう。

 だが、それにも限度はある」

 グロースが手繰るように手を回すと、プロジェクターが投影する画像が切り替わる。それはヘンリーが映したのと同じ南アルプスの地図だが、その端々に幾何学的な赤のラインが走って図形を重ねている。

「これは今紹介した資材を用いて、今年に入ってから南アルプスの地形を改造した場合可能な地下施設開発の規模を概算したものだ。

 南アルプス全体をカバーできないのは当然のこと、手を入れられる面積は全体から見ても精々四分の一、地下空間が南アルプス全体に占める割合で言えば一六分の一に過ぎないことがわかる。

 さらに……」

 スライドはさらに進む。次もやはり南アルプスの地図だが、やはり一部が赤く塗られたものだ。

「……南アルプスの山々の西側斜面――それも一定以上の標高のものだけが塗られているようであるな」

 指摘したのは戦闘部隊の半数を占めるセプテントリオン戦闘団を掌握するララーシュタインだった。もっとも、その隣でブルーダーが耳打ちした気配があったが。

 しかしそれらを意に介さず、グロースは頷く。

「そう、つまり()()()()()()()()()だ。これが何を意味するかはわかるな?」

 グロースに問われると、会議の参加者達は一瞬狼狽えた。しかし想像力を働かせ、一人また一人とはっと顔を上げていく。

「……北米大陸を砲撃できる仰角を持った斜面……?」

 会議の末席に加わっていたリンが気付く頃には、グロースはスライドにワイプを加えていた。それはデルポイ連邦の放送の一場面を切り取ったもので、デストロイヤー・ガンの砲身と思われるものが映り込んだ場面だ。

「連中は放送でこれ見よがしに戦力を誇示してくれたが、ペテンが含まれていると思われる場面がこれだ。

 砲撃を強調していたが、使用するマスドライバーというものは極めて大がかりな装置だ。記録に残っているものも地形に沿って設置されて大質量物を打ち上げるものだった。その辺の大砲みたいに砲身を動かせる規模じゃない。

 つまり本物の砲身はどこかに設置されているはずで、その可能性が高いのが各山の西側斜面というわけだ。東側斜面上に発射口を設けて砲身部を地下に敷設する方式もあり得るが、メンテナンス性を考えると機構を完全に地下に埋没させる方式は難しい。発射の起点部の深度も深くならざるを得ないしな。

 そうなると北米を砲撃できるだけのマスドライバーを設置できる位置はこれだけということになる。そして敵の最重要兵器の一方であるそれがあるところは、当然敵の拠点の中でも最重要なところであるわけで……」

 その近辺に敵の本拠地が存在する。その程度の結論を洞察できるだけの知性は、この場に居合わせる者なら本来持ち合わせているはずのものだ。

「いいか、敵は強いカードとハッタリとを使い分けてこっちの判断を揺さぶりにかかってきているが、所詮は未開の地に秘密基地一つ作るのが限度の組織でしかない。だから現にこうして化けの皮を剥ぐことも出来る。

 各人の本来の知識を持って、作戦立案に参加していただきたいもんだ。いいか?」

 腕を組み、これ見よがしにふんぞり返ってみせてグロースはそう告げた。その余裕の態度こそハッタリであろうが、それでもそうして見せるトップがいることで天幕内の空気は和らいだ。

「……それでしたら一点、指摘できることがございます」

 一人の男が挙手する。共和国軍軍服に身を包んだ彼は、さらに胸元に海軍の徽章を付けていた。

「ネーバルサウルス艦隊の……」

 誰かが呟く。彼は海上輸送並びに艦砲支援を担当するグロースの副官の一人であり、しかし戦場が海から離れていく今役割が少ない立場だった。だがそれ故の冷静さあるのだろうか、彼は物怖じせず、

「放送で敵が誇示した戦力の中にグラキオサウルスがいましたが、ネガシルエット――敵はセカンドイシューと呼称しましたが、つまりゼログライジス級を除けばこれが敵の最大の通常兵力であり、この山中での戦闘の障壁になると思われます。しかし……」

「うむ、続けてくれ」

 グロースの頷きに、海戦参謀も首肯を返す。トップの支持が持つ効果は絶大だ。

「――しかしグラキオサウルス種は山中での機動性に難があります。このことから敵はこれを河川部に投入する腹づもりでしょう。

 大型のボディ故に武装プラットフォームとしても強力なグラキオサウルスですが、その戦力が影響を及ぼせる範囲は限られたものになるはずです」

「確かに、山中の川は谷間にあるわけだから周囲の視界は狭いだろうしな」

 河川砲艦として活動することになるだろうグラキオサウルスの射程が制限されるということだ。

「山岳地帯で活動するために選抜された我々の戦力ならば、グラキオサウルスからの攻撃はほぼ考慮しなくても良いでしょう。

 さらに駿河湾にネーバルサウルス艦隊が進出している今、グラキオサウルスが海上に逃れることもありえない」

「川の上でも我々は負けませんよ!」

 声を上げたのは帝国軍機甲部隊の戦闘隊長だ。

「我が軍から持ち込まれたバズートルはグラキオサウルス相手でも引けを取りません。さらに歴戦のガブリゲーター部隊も河川部を遡上する偵察部隊に組み込まれていますからね」

「川の上の敵だからって水上戦力だけが有効なわけじゃないですよ。先頃生還したスパイデスを用いるレンジャー部隊にカブター航空隊……それに制空権を確保し得るソニックバードとが共和国からも参戦しています」

「おおっと、対地攻撃なら未だに我が軍のスナイプテラ・タイプがトップクラスですよお」

 やいのやいのと声は上がり始めた。その盛り上がりは、天幕の中まで入り込んでいた緊迫の空気を追い出していく。

「その調子で頼むぜえ、お前らあ」

 周囲を見渡し、グロースは椅子に座り直してくつろぐ態勢だ。

 各分野に秀でた者達が声を上げ始めた今、グロースの役目は最後の調整と承認だ。ここまで士気を高めることも、役目だったかも知れない。

「部下が優秀だとお仕事楽しいわー」

 そう言いながら、議事録を取る副官に労いの手振りをするグロース。

 そしてその様子を、リンは全て見ていた。戦いに向けて動き出す部隊の頭脳たる現場を。士気の低下がひっくり返される時を。

 ここは戦場ではないが、今確かにこの時代の、この局面が動いた。その場に居合わせたリンは、それを成し遂げたのがグロースであることを理解し嘆息するしかない。

「導き手……」

 世界の主導権を握ることが出来る。だからこそグロースは少将という立場を与えられたのだろう。

 彼がもたらした高揚を実感しながら、リンは自分とアカツキライガーでそれを為すことを考える。目の前で繰り広げられていくこれからの戦いの青写真を理解し、そこに自分の姿を重ねていった。

 アカツキライガーを任せられた自分が目指すべきもの。目指すばかりで、その有り様を実感してこなかったもの。それを古い時代の住民であったグロースから得るのは、これからを担う者のモラトリアムだと言い訳できるだろうか。

「違う……今必要なのは言い訳なんかじゃない。

 私に何が出来るか……」

 グロースはそう世界を単純にしてみせた。その問いの中で出した答えは荒削りだろうが、正しい方向を向いているはずだろう。

 思えば彼の妻ウェインライトも似たようなことを言っていたかもしれない。言葉に出来なくとも抱いた思いを信じろという彼女に、自分の出来ることを為せというグロース。感情と理性の両側面から、答えを煮詰めていく道筋がそこにはある。

 そして導くグロースに対し、自分で歩くことを忘れないよう告げてくれたのがウェインライトだった。二人が夫婦なのは、存外在るべき姿なのかも知れない。

 自分もそんな、『在るべき』に向かっていかなければ。

 ミーティングの片隅で一人リンは両手を握りこむ。今は、独りで。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/02 10:03

IMPRESSION

・高速ゾイド
 主に陸戦ゾイドの分野において、他の機種より快速であることを特長とするゾイド群が高速戦闘ゾイドと呼ばれ区別されている。
 瞬発的な速度だけではなく長距離行軍能力なども含めた軍事用語としての「機動性」を持ったこれらゾイドは、固定化された前線を押し合う古典的な戦闘から飛躍した後方浸透や長距離偵察などの戦術を実行する上で強力な戦力となる。
 また高いスペックを持つこれら高速ゾイドは多くの場合正面切っての戦闘にも対応した基礎的能力を持つ者も多く、その点と戦場のどこにでも行ける機動力から戦闘部隊のピンチヒッターとして劇的な活躍を遂げることも多い。
 しかしそれら勇壮な記録の影には、高いスペック故の操縦難や判断力を求められる作戦に投入されるが故のライダーのミスなどで多くの機体が喪われている事実が存在することを忘れてはならない。


新地球歴三一年 一〇月二日 一〇〇三時

南アルプス 宍原キャンプ

 

 キャンプ間を前進した翌日、戦略に変更はありながらもオクトーバーフォースは次の前進に向けての準備に入っていた。

 斥候はこの宍原からはもちろんこと、他のベースキャンプからも既定のルートに向かっていく。空に地に小規模な部隊が向かっていくが、その一方で一際目立つデスレックスを中心としたオクトーバーフォース本隊も動きを見せていた。

「敵が地下に戦力を配置できるようにしているなら、それを探る必要がある。敵の奇襲と遭遇する危険性も考えるなら、主力を連携を試しがてらに投入するのもいいだろうなって」

 グロースはそんなことを気軽に言って、リン達に出撃を下命した。部隊を動かすことに関する折衝や本国とのやりとりで身動きが取れないことへの当てつけのような雰囲気があったが、その点については隣に控えていたウェインライトがなにか手を下す様子に見えたのでリンは黙っていた。

 そして動けないグロースの代わりに指揮を任せられたのが、デスレックス〈スカベンジャー〉を擁する4989小隊の隊長、シールマンだった。

「では手筈通りの隊列で偵察コースを周回し、敵の地底侵攻ルートの発見を目指します。高機動チームが先行し進路確保の後に私を含めた観測チームが続く。後衛の要にはギャラン君のスカベンジャーがついて下さい」

「おいーす。アビー、ベッキー、ケツの守りは頼んだぜーっと」

「なんかバッチイー!」

「スカベンジャーの尻尾長いから後ろ付いていくの大変なんだぞー!」

 部隊中枢となる4989小隊はアットホームな様子だ。その一方で、リンとアカツキライガーは先行する高機動チームに編入されるわけだが、

「より高い階級の私がこちらの担当なのは、判断力を必要とされるチームだからということであろうな」

「そうですね」

 発奮するララーシュタインに対し、ブルーダーがどこか空々しく応じる。その間に挟まれリンは愛想笑いを浮かべるしかないし、アカツキライガーも尾を股に挟んで縮こまっている。

「まあ良い。こうした多段階で各チームが関わる作戦では、各員はそれぞれの役目を果たしつつ、各チームの役割に関しても認識し自分が気付く範囲でサポートを行うのが常道だろう」

「我々の場合は?」

「高速部隊としての索敵と先行制圧を果たした上で、臭い位置をチェックすること。そして敵を発見した場合にはその位置の測量情報を後送することであろうな」

 問うブルーダーへの返答をするララーシュタインに、リンもそうなのかと思わず感心の頷きをしてしまう。そんなライダーの様子に困惑してか、アカツキライガーは小さな唸り声を上げる。

「あっ……。

 おほん。ララーシュタイン少佐、私達は少佐の指示に従えばいいんですね?」

 感心している場合ではない、自分達は作戦に参加し役割を持つ戦闘員の一端なのだ。指揮系東都役割は明確に認識しなければ。

 そして確認を取るリンに対し、ララーシュタインは少し考え込み、

「まあ概ねはその通りだが、リン准尉、高速部隊でゾイド乗りに求められる素養はなんであるか知っているかね?」

「素養……?」

「部隊に対してスタンドアローン性が高い、先行する高速ゾイド乗りは多くの場合単独時の判断力が要求されるということだよ」

 そういうララーシュタインは、会話に割り込まれたことも特に気にする様子も無く高揚しているようだった。自ら口にするそれを心待ちにしているような、そんな様子だ。

「リン准尉は栄えあるライガー乗りだものな。そういうものに憧れたこともあろう。こうして実戦の場に立てて羨ましい限りだよ。ま、私も歴史に名を残すタイガー乗りだがね」

 微妙に当てこすりの雰囲気を感じるが、リンはララーシュタインが言っていることをわかっていた。確かに士官学校ではゾイド乗りの歴史的経緯の中で、高速陸戦ゾイドに乗るパイロット達は花形のようなポジションだったと教えられている。

 そして、だからといって同じ立場になったとしても自分は決してヒーローではないのだという点も教諭側も口元が酸っぱそうに、そして自分達士官候補生側も耳にタコを作りながら教わったことだ。

 ともあれ、前線ではまた違うルールが跋扈しているものだ。リンはここまでの戦いでその点を痛いほど実感している。

 戦場を支配するのは臨機応変の四文字。しかもそれまでに培った知識も決して無駄ではなく、むしろ必要不可欠なものとしてのしかかってくる。

 そんな戦地に、自分達は個々人の力が求められる高速ゾイド乗りとして乗り込むのだ。そう思うとリンは若干尻込みする気持ちが生まれるのだが、

「――ライガー」

 アカツキライガーが唸り声を上げる。その様子にリンが思い出すのは、立川で二一世紀のワイルドライガーブレード達を守るために戦った時。あの時も、自分達は単独で、そして多くの人々を守るために立ち向かった。

 かつて自分は、自分達は出来たのだ。あの時の必死さをまた自分の中に再現しなければ。

「私を励ましてくれるんだね。えらいね、ライガー……」

 本来ならアカツキライガーは戦闘に向かない個体にゾイド因子増強の処置を施した機体であったはずだ。それが自分を励ましてくれている今、自分が躊躇っていてはいられない。

「歴史に名を残しに行きましょう、ララーシュタイン少佐、ブルーダー少尉」

「ほう、中々言うようになってきたではないか准尉。君が歴史に名を残すことも期待しているよ」

「いやあ、口先だけですよ……」

 威勢のいいことをいいながら謙遜してしまう自分に情けなさを覚えながら、リンは視線を上げる。

 南アルプスの山々。遠巻きに何度も見てきたそれが、今はリンを試すように近くにそびえている。

 そしてリンとアカツキライガーはその中へと進んでいく。

 

新地球歴三一年 一〇月二日 一一一三時

南アルプス 中河内

 

 かくしてオクトーバーフォース本隊による宍原ベースキャンプ周辺の安全確保巡回は始まった。

 高速部隊が前進して安全を確保したところで、シールマンのディメパルサー〈ミス・スクリーチ〉をはじめとした観測ゾイドや歩兵部隊が地下道の有無を確認。それらを背後から火力の抑止力で守るのがスカベンジャー他重ゾイド部隊だ。

 それらを連携させた行軍シークエンスは二、三と繰り返すうちにスムーズになっていく。そして警戒を要するとはいえ、一度は安全を確保したと判断されたエリアだ。自然とその空気はだらけ気味になっていく。

「――そしたらディーナのヤツ飲み過ぎてまたフラフラになっちまってさあ。頭が右に左にぐわんぐわん揺れてるわ『めるざいむ……』とか意味わかんねえこと言い出すし」

「でもその時ギャランもゲラゲラ笑いながら逆立ちしたりでんぐり返ししてたじゃん」

「『べあもーびる』ってなに?」

 後衛のギャラン達がそんな世間話に花を咲かせる中、リンはその通信をラジオのように聞き流しながらライガーを木々の合間に進ませる。

 この山奥にまで舗装路の跡がある辺り、21世紀にこの列島に存在した国家は近代的な国だったのだろう。だが今警戒網を広げるために単騎ここを訪れたアカツキライガーの周囲には、鬱蒼とした緑の連なりが厚く存在している。

「森での戦闘は士官学校での訓練以来かな……」

 決して遠い昔の記憶ではないが、あの頃はアカツキライガーと出会う前で訓練用のゾイドに乗っていた。そして実戦でこのような深い森に踏み込む事態は初めてである。

 道と建物が明確な市街地と異なり、複雑な木々と枝葉の合間に空間が存在するこの場所は見通しも機動の目算も困難な空間だ。

 敵が地下を通ってくる可能性が指摘されている今、あらゆる木の陰、稜線の陰が怪しい。故に意識を振り向け続ければ消耗がのしかかってくる。

 森林戦は緑の地獄だと士官学校時代の教官は言っていた。今リンはその意味を実感する。

「ぴ、ピクニック日和なんだけどなあ……」

 一〇月とはいえ晴れの昼間。気温は悪くはない。だがこの地に課せられた戦場という状況はリンに風景を楽しむことを許さないのだった。

 警戒しながら、リンは自分の担当するポイントにアカツキライガーを進めていく。ライガーが踏む落ち葉や枝の音の奥から敵の音を聞き逃さぬように気を張れば、自然にしかめ面が浮かんできた。

「これを繰り返すのかあ……」

 後方で呑気にしているギャラン達の通信を切り、意識を集中させていく。気楽そうな部隊の中で、自分だけが密度濃い時間を過ごしているような懸念がリンの中には浮かんだ。

 そうしてそろりそろりとライガーを歩ませれば、

「クリューガー准尉」

「ヒ――――!」

 突然かけられた声に、リンはアカツキライガーごと仰け反る。レールガンの暴発はなんとか堪えたが、裏返った声を上げるリンに、ローゼンティーゲルごと首を傾げているのはララーシュタインだ。

「……ペースが遅いようだが大丈夫かね?」

「アッハイ! 慣れていくところですよ!? 大丈夫ですよ場数を積めば!?」

 そう言いながら、ああ自分はテンパっているのだなとリンの心の冷静な部分が理解していく。

「まったく、君とライガーはそこそこ実力があるのだから臆病になることなく構えていればいいのだ。ここまでの戦いを忘れたかね?」

「すみません、森での戦いってのが初めてでして……」

「そんなものかね」

 実績を積み重ねているであろうララーシュタインにはリンの抱く不安は記憶の彼方だろうか。その一方で、彼は年長者らしいことを言ってくる。

「クリューガー准尉のような若者には難しいかもしれないが、君は度胸を身につけた方がいいかもしれぬなあ」

「ど、度胸?」

「なにか見落としがあった時でも、自分が見落とすなら誰にも気づけなかっただろうと思えるような図太さのことであるよ」

 そんなことを言いながら、ララーシュタインはリンが行くべきポイントへの先導にローゼンティーゲルを歩ませる。その無造作さは、全方位を警戒するリンとアカツキライガーとは異なるものだ。

「士官学校、そして実戦で身についたものは、自分の意志で行使せずとも体が勝手に行っているものだよ。『身についた』ものなのだからね。

 君のような生真面目な人間は、時には自分の無意識や……パートナーとなるゾイドを信用してみるべきなのだ」

「で、でも自分は若輩者で、アカツキライガーは戦闘向きの個体ではなくて……」

「そういうところである」

 半眼を向けてくるララーシュタインに、仕方なさそうなため息を吐いているように見えるローゼンティーゲル。その姿が一足先に森を抜け、ガードレールがところどころに残る峠道へと至る。

「一戦交えられれば感覚も変わるのだろうが、古い基準とはいえここはまだ安全圏であるからなあ。まったく、機会というものは欲しい時にはあらず、入らない時に降ってくるものである」

「そういうものでしょうか……?」

「そうであろう? 君のこの事件への関わりの始まりや……アカツキライガーとの出会いも、意外なものだったのではないかね」

 指摘されてみればその通りだ。望まず得たものが自分を伸ばしてくれて、自分が夢想した筋書きはいつも訪れない。

 ならば、予想だにしないものを待ち望んでもいいのだろうか。

「例えばここで敵が現われたら、私にとっては成長のチャンスなんでしょうか」

「で、あろう。危機と言うには君はもう強すぎる」

「本当に?」

「疑り深い子であるね。そも、戦闘向きのモチベーションの持ち主ではないだろうが、ライガータイプの武装強化タイプに乗っているというだけでも普通は自信になると思うのだが」

 言われてみるとそうなのかなと思うことばかりだ。ララーシュタインはズケズケと切り込んでくる上官だが、それ故にリンがどこかで避けている割り切りを代わりにしてくれるように思える。

「だったら……ドンと来いと思ってもいいのかもしれませんね」

 リンが心を上向きにさせた途端、その衝撃音はドンと響いた。

 二人と二体が北の方角に目を向けると、木立の奥に煙が上がっているのが見える。現在地からの距離は一キロと少しだろうか。

「……私のせいでしょうか」

「重ね重ね言うがそういうところである」

 半べそになるリンに、ララーシュタインはぴしゃりと告げた。そして同時に、峠道の下からブルーダーのエコーが駆け上がってくる。

「少佐! 何者かが北で交戦している!」

「そのようであるな。何かあの煙以外に情報は?」

『すみません少佐、地上レーダーではあの山陰の様子はわからないのです』

 通信に割り込んでくるのはシールマンの個人回線だ。その声にララーシュタインは鋭い目を北へと向け、

「で、あればこの場面で取る手は一つであるなシールマン中尉」

『はい、高速部隊は現地に先行し状況を伝えて下さい。場合によってはうちのギャランをはじめに火力部隊に支援射撃をさせますので』

「了解である中尉。高速部隊の真骨頂をお見せしよう。ブルーダー、クリューガー准尉、良いかね?」

「は、はいっ!」

 片眉を上げて問いかけてくるララーシュタインに、リンは操縦レバーを握り姿勢を正して応じた。

 その一方でブルーダーはすでにエコーを走らせて北の方角に向かっている。木々の合間に溶け込んでいくエコーのグレーの速度は淀みない。

「先行します!」

 枝葉を揺らしながら駆けていくハンターウルフ〈エコー〉。そしてそれに続くように、他の高速ゾイドの気配も森の中を駆けていく。

「……ああいう風になれるといいのであるな」

「難しそうですね……」

「自然とああなっているものである。ブルーダーとか野戦任官であるしな、はじめからあんなであろう」

 こともなげに言い、そしてララーシュタインもローゼンティーゲルを北へと駆け出させた。

「……! アカツキライガー、私達も……!」

 リンも紫の機影にアカツキライガーを追随させていく。新たな武装を得た機体の加速は始めは鈍く、そして伸びるようにローゼンティーゲルに続いた。

 北方向の戦闘の煙は、新たな筋が上り始めている。そこに敵がいることを示す証へと、新たな装いの機獣は加速した。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/02 11:20

IMPRESSION

・レールガン
 実体弾を電気的な効果によって投射する火砲。二本の砲身レール間に弾体を挟み込んで形成したコの字型の回路に大電流を流すことで発生するローレンツ力によって、固定されていない弾体を発射する。
 爆薬を用いた化学的な方法で投射速度を得る従来型火砲に対して構造が単純かつ、外部からエネルギーを投入可能なことで「撃ち分け」の容易さや、最大威力・弾速の増加が見込める先進的な装備である。
 発射時に弾体がレールと起こす摩擦などの現象によって弾体そのものや周囲の大気のプラズマ化を招くが、実際の所これはエネルギーロスの一部であり破壊力を増加させる効果などは薄い。凄まじい威力故に材料工学や周辺環境との齟齬をきたすほどであることの証左と言えよう。
 またその先進的な作動原理が広く理解されておらず、電流そのものを収束発射する「電磁砲」など他の電磁気的兵器との間に分類の間違いを起こされがちである。


新地球歴三一年 一〇月二日 一一二〇時

南アルプス 中河内

 

 ベースキャンプ周辺の安全を確保すべく、そしてオクトーバーフォース主力の連携を深めるべく出撃した一団は突如勃発した戦闘の気配に迫っていた。

 機動力の担い手であるリン、ララーシュタインらのゾイドが森の中を駆け抜けていくと、立ち上る煙に沿って空中を後退していく影が見えた。翼を広げ、しかし人に似た上半身を持っているようにも見えるそれは、

「キルサイス! 継続……の方でしょうか」

 熱海拠点襲撃に居合わせたリンはその姿に見覚えがあった。カマキリ種ゾイドキルサイスが数機、肘に増設した火器で地上を牽制しながら下がりつつあるのだとわかる。

「あいにく私は継続真帝国評議会の方とは鉢合わせしていないのである。君の目で見るとどうだね」

「ええっとお……」

 そういえば熱海襲撃の当日、ララーシュタインはグロースと共に御殿場基地に出向いていたのだった。その結果としてギャラン達や、ソニックバードを駆るカノー達が駆けつけてくれたのだが。

 ともあれ当日を知る自分の、直観を信じて頭上のキルサイス達を見れば、

「あんなに整然としてはいなかったかな? ……継続真帝国評議会は」

 熱海からの物資強奪に飛来したキルサイス達は、無人機込みだと推測される入り乱れるような機動をしていた。だが空中の隊列は、明確な図形を描いて互いにカバーし合っているように見える。

「ふむ、さらに別口かね。ならば地上にいる側はどうなのかな……?」

 戦闘を示す黒煙は地上から上がっている。そしてたなびく色の中に、新たに白いものが打ち上がった。煙よりも鋭く伸びるそれは、ミサイルに引きずられた噴射煙だ。

 さらに応射するキルサイスから逃れるように、手前の山の稜線を越えてこちら側に跳躍してくる機影が一つ。一瞬木立の上に見えた緑の機影は、長大な対ゾイド砲を長い両手で把持しているように見えた。

「ナックルコング……!」

「なるほど局地戦向きの機体である。どちらの陣営もこの山地に適応しているようであるな。

 さて目下我々の敵であるデルポイ連邦なる連中は――」

 その瞬間、迷彩色で山肌に溶け込んでいったナックルコングからの射撃がリンとララーシュタインを襲った。だがそれぞれの機体であるアカツキライガーとローゼンティーゲルはその一撃が弾けるより先に軌道を分かち、稲妻のように木々の合間を敵へと迫っていく。

「さもありなん。

 頭上の連中は出方を窺うとして、まずはあの不埒共の手先を始末するとしよう」

「はい!」

 気を張って応じるリンに、ララーシュタインは苦笑を見せて愛機を先行させていく。そしてリンはその姿を見送りながら、木々の合間でアカツキライガーの足を止めた。

 新たに黎明兵装を得たアカツキライガーは高速ゾイド部隊の中でも重装大火力機だ。他の機体が接近戦を挑むなら、その前進を援護すべきだろう。

「レールガン装填。照準は座標で。

 出力プールコンデンサ一番接続」

 レールガンの運用法や、試射実験の結果についてレクチャーは受けている。今回はまだ敵の規模がわからないので威嚇の意味合いが強いが、その威力で身を隠す敵を薙ぎ払うことも狙いたい。

 高いパワーを持つアカツキライガーをして発射までに時間がかかるレールガンには、未使用時間に出力を貯めるコンデンサも装着された。この一撃はそれを利用する。

「レールガン、第一射!」

 木々の影に沈み込むディープブルーの機体に、一瞬の電光が走る。そして次の瞬間甲高い発射音と、ストロボのような発砲炎の光がアカツキライガーの周囲を塗りつぶした。

 兵器とは思えない清涼感すら感じさせる現象。しかしその直後に、大気が引き裂かれる轟音と共に戦場の景色がリンの視界に戻ってくる。

 そこでは緑の木立がスコップですくい取られたかのように半円筒形状にえぐれ、その断面では秋とは言え生木であるはずの枝葉が燻っている。発射された弾丸よりも影響を受けた範囲が広いのは、弾丸が纏う圧縮された大気によるプラズマのためか。

「こ、こんな威力のものを投入しなければならない相手が……!」

 放たれた砲弾は、すでに空の彼方で流星のように光の粒をこぼしながら消えていこうとしていた。そしてえぐり取られた緑の中から、武装を手にしたナックルコングが呆気に取られたようにこちらを見ている。相手にとっても規格外の破壊力だったというわけだ。

 だがこの武装の本分である、ゼログライジス級を撃つという目的を考えればこれでも威力は足りないのかもしれない。

「……考えてる場合じゃない!」

 先程ララーシュタインに指摘されたばかりだ。あまりの威力に物思いに耽ってしまったが、今は戦闘中。高速部隊の役目は目の前にある稜線を越え、戦闘の全容を捉えることだ。

 そしてそれを示すように、レールガンが削り取った空間に姿を現わす紫の翳り。

「惚けている場合か革命家気取りめが!」

 牙を剥いて飛びかかるローゼンティーゲルに、慌ててナックルコングはキャノン砲を掲げて防御とする。だが速度に乗ったローゼンティーゲルはナックルコングを押し倒し、そして機体に増設されたドライブレードで抑え込んだキャノン砲の砲身を切断にかかった。

 長い腕をキャノン砲の下に抑え込まれたナックルコングは反撃できない。好機を掴んだララーシュタインは一方的だ。そしてさらにその周囲を、彼の配下の高速部隊のゾイドが通過していく。

『敵の全容を掴みます』

「頼んだぞお前達」

 一瞬木々の合間に見えるのは帝国軍の新鋭ステルス機、ドライパンサー達だ。ララーシュタイン率いるセプテントリオン戦闘団の高速機はこの機種に統一されている。

「前進だ、クリューガー准尉」

「ブルーダー少尉!」

 レールガンの砲身を格納するアカツキライガーに、エコーも並んでくる。対空戦に強いエコーは上空のキルサイスを警戒していたのだろう。

「前方、地上の敵がいる位置は谷間になっている。狭いエリアだ、格闘戦になるが大丈夫かな?」

「も、もちろんです!」

「よし、行こうか」

 ユインを連れてきているブルーダーとしては、リンのことも気になるということだろうか。気遣うような気配に歯噛みしつつ、リンはライガーを登り斜面へと向かわせていった。

 戦場の中心となる谷間を俯瞰する位置。それはララーシュタインがナックルコングを抑え込んだ場所だ。リンとブルーダーが接近すれば彼はそれに気づき、ローゼンティーゲルに引き裂かせたナックルコングを置いて自らも谷間に飛び込んでいく。

 幅数百メートルほどの谷間では、キルサイスに抵抗していた他のナックルコング達が雪崩れ込むドライパンサーにターゲットを変更していた。その姿は機体ごとに装備が異なり、すでに数機が黒煙を上げながら擱座している。

 そしてその内の一機が倒れ込む位置には、

「ハッチ……地下道!」

 山肌に空いた空隙の中にうつぶせに倒れ込むナックルコングが一体。その周囲の空間は自然の中にあって明らかに人工的な金属の奥行きを持ち、そして擱座した機体によって閉鎖不能に陥っていた。

「あれは確保したいですね……敵の地下施設の仕様を確認できる」

「ならばまずあのナックルコングの排除からだな」

 リンの判断に頷き、ブルーダーもエコーを飛び出させていく。地上のナックルコングを包囲する位置取りに向かっていく動作は一直線だ。

 リンもアカツキライガーをそれに続かせる。

「行くよっ、ライガー!」

 まだレールガンの発砲炎に眩んでいる様子があったアカツキライガーだが、リンの声に首を振って鋭い視線を取り戻す。そして咆哮と共に野太い爪を斜面に食い込ませ、谷間の森へと駆け込んでいった。

 斜面に囲まれた空間は、斜面上の森とは異なる。差し込む日差しは稜線を迂回してきた弱々しいものであり、まるで逢魔が時のような薄闇が木々の合間にうずくまっていた。その中を駆けるリンの懸念は戦闘開始前よりも強まるが、

「……いる」

 木々の狭間で、息を潜めている敵が一体。肩にミサイルランチャーを担いだ武装ナックルコング。

 こちらに気付いていない。アカツキライガーのロービジ迷彩の効果か。

「……ならばっ!」

 リンが操縦桿を押し込めば、アカツキライガーは本能解放形態へ。その背面ユニット上でA-Zガンブレードが前方に展開し、暁の色を残した朱のフィンがゾイド因子の輝きを漏らした。

 その煌めきにナックルコングの視線がこちらに向いてくる。だがそれが届く距離は、すでにガンブレードの切っ先も届く距離だ。

「アカツキベイオネット!」

 枝葉を掻き分ける擦過音を突き抜け、アカツキライガーの突撃はナックルコングが担いだミサイルランチャーに突き刺さる。基部から脱落した箱状の装備が切っ先にぶら下がり、その下でナックルコングは身を回してアカツキライガーから距離を取ろうとしていた。

 だが突撃の勢いでガンブレードを振るアカツキライガーは、ガンブレードと機関砲の二つの火器をフリーとしてナックルコングへ向けている。そのまま連射をすれば、二つの火器の威力は至近距離からナックルコングの全身を打ち据える。

 機銃掃射を浴び、仰け反って倒れていく眼前の敵。リンはその姿に息を吐くが、なにか引っかかるような感覚が首筋にある。

「……そこにもいるなっ!」

 瞬間、アカツキライガーは背後に蹴りを飛ばしながら跳躍した。そして爪が届いた空間に存在する抵抗によって、アカツキライガーは森の暗がりの中に飛び込んでいく。

 背後に見えるのはやはり別のナックルコング。それもワイルドブラストして拳に纏った装甲に爪を増設した接近戦仕様だ。

 ライガーの蹴りで機先を制された敵は、しかしそれでもアッパーカットの軌道で爪を振り上げてくる。その刃風の外側で身を回し、アカツキライガーは新たな敵に向き直る。

 敵のインファイターに対し、アカツキライガーはフィジカルから来る格闘能力と強化された火力を併せ持つ。リンは愛機を敵の得意分野に立たせないことを選んだ。

 跳躍したアカツキライガーは両肩に懸架されたミサイルポッドから一発ずつを敵に放ち、その爆風で相手を押しとどめる。そしてその炎越しに着地し、展開したままのガンブレードと機関砲を向けた。

 だがリンが抱く違和感は消えない。右耳に気圧差で詰まったような感触があった。そして火力を爆炎の向こうに送り込む寸前で、全身ごと操縦レバーを左に倒す。

 射撃を中止し飛び退くアカツキライガー。そしてその場に、クロー付きの装甲ナックルが打ち下ろされてくる。

「もう爆風を回り込んできている……!」

 ナックルコングの速度はリンも知っている。そしてその記憶以上に相手の移動は速い。爆風を強行突破して正面から現われることはあったかもしれないが。

 しかし先んじて機体を跳ばすことができたリンには、ナックルコングだけではなくその背後の木々を見る余裕もあった。一本、へし折るのではなく、圧力で幹を潰されて倒れ行く木がある。

「木を掴んで跳んだんだ……」

 腕力に優れるナックルコングならば、地面に垂直に手がかりが乱立するこの空間は体を引き寄せて高速移動できる空間というわけだ。恐らくララーシュタインやブルーダーはそれに勘づいた上で敵を評していた。

 自分達は――今気づけただけで上出来と思うべきか。ララーシュタインの忠告に従うならば。

 跳躍の中から身を折って、今こそ火力を浴びせかける。だが相手はハンドスピードで装甲ナックルを体の前に掲げて連射弾幕を防いだ。

 一体目、二体目と火力で倒すことが出来たが、長駆侵攻を仕掛けてくる敵の実力がようやく見えた。規格外兵器が絡まなければ敵はゾイドの特性を活かして上回ってこようとする。

 だがアカツキライガーとてライガーだ。インファイトを譲るつもりは無い。

「こっちだって銃剣(ベイオネット)付きだっ!」

 後退跳躍からの着地で折りたたまれる四肢に力が溜まる。分厚い爪で地を捉えるアカツキライガーは、火器として構えていたガンブレードの切っ先をまだ敵に突きつけている。

 ガードを解いて飛びかかってこようとする相手に、アカツキライガーは跳ね返るような突撃をカウンターで叩き込む。その一瞬の中で、リンは相手のナックルコングが咄嗟に身を振って切っ先を躱すのを見た。

 装甲ナックルを分離した肩装甲がガンブレードの切っ先にかかって吹き飛ぶ。その一瞬を後方においてアカツキライガーは敵後方の森の中へ。

 前進に入っていた敵はアカツキライガーとすれ違った。振り向くリンの視界で、確かにその姿は新たな幹に手を伸ばしている。

 だが周囲の木々を使うのは敵の専売特許ではない。こちらも跳んでおり、前方には太い幹がある。

 アカツキライガーは前の爪を幹に叩きつけ、宙空の体をターンさせる。そしてその回転の中でガンブレードの切っ先も一層長い刃に切り替わった。

「アカツキペネトレイタあああああ!」

 二段解放のエヴォブラスト。幹を手にターンしようとするナックルコングの胸の中央へ、鋭い切っ先が突撃する。

 思わずガンブレードをつかみ取ろうとする掌を突き抜け、アカツキライガーの一撃はインファイターのナックルコングを貫く。

 鋭い突きの威力に加え、すかさず撃発したインパクトリボルバーから伝わるパイルバンクの威力がナックルコングを吹き飛ばす。

 濃密な接近戦を経て、リンはまず詰めていた息を呑み、そして吐き出す。一つの相対が終わり、そして戦場は続く。

 無造作にリンは操縦レバーを押し込んだ。アカツキライガーもそれに応じて跳ねた。そして今いた場所を、一撃が通過していく。

 敵が狙うなら今だろうなという予感がリンの首筋にあった。ライガーもきっとそれを感じていたから素直に操縦に応じたのだろう。

「やっぱり周りの方がすごいものね……」

 自分が油断した瞬間が力ある者達の狙う場所だろう。やはりリンはそういう発想の方が性に合っていた。

 そして刺すような射撃が向かってきた方向へアカツキライガーは飛び出していく。見ればそれは擱座機体がいる地下道ハッチの方角だ。

 高速部隊の接近を阻止しようと守りについている者がいる。しかしその相手から射撃を受けるということは、

「私が先行している……?」

 ララーシュタインや彼の部下が自分達より先行していたはずだ。いつの間にか、ナックルコング達と連戦している間に前に出ていたのか。

 だとすれば自分達は敵中に引き込まれているとも取れる。だが――、

「突き抜けるしかない! 他の人達も追いついてきてくれるはずだ!」

 重装備、重装甲のアカツキライガーなら敵中であっても持ちこたえられる。それにこのエリアはオクトーバーフォースの勢力圏なのだ、敵中孤立とはいえ、敵も孤軍として磨り潰されていくはず。

 自分達は今地下道を確保に走るべきだ。決意を固め、リンはアカツキライガーの鼻面を襲いかかる火線に叩きつけるような突撃を見せた。

 立ち並ぶ木々が掠れた緑の影として後方に流れていく中、前方にはライフル状の火器を手にしたナックルコングが地下道ハッチの前に立ちはだかっているのが見えてきた。

 そしてそのライフルが投げ捨てられ、敵は肩に背負ったガトリングでの近距離制圧に切り替えてくる。その弾幕に潜り込み、たてがみで上に弾くようにしてアカツキライガーは迫った。

 ガンブレードの第二の刃、タテガミブレードは上に刃を向けたものだ。低い姿勢から突き上げればそのまま相手に抉り込むことが出来る。その通りの威力がナックルコングからガトリングを奪い取った。

 作動中に破壊されたガトリングが耳障りな機械音と共に内側から分解していくのに対し、相手はなんとか側転して距離を取り先程投げ捨てたライフルを手にしようとする。そこへすかさず、リンは展開したタテガミブレードを収容しガンブレードの砲口を開いた。

 今こそ掃射がゾイドを打ち据える。閉じられぬハッチを背後に置いたアカツキライガーの前でナックルコングが崩れ落ち、リンは付近に他のゾイドの姿が無い様子を見渡す。

「ララーシュタイン少佐、ハッチを確保しました! 敵を地下道から遠ざけて下さい!」

 火器を左右に振り警戒の構えを取るアカツキライガーから、リンはララーシュタインに報告を送る。そうしつつライガーが地上を見る中でふと空を見ると、リンはそこに違和感を覚えた。

 すでにキルサイス達は後退した様子であり、空に影はない。だがリンはその空に対して何か敵がいる時の警戒心を解くことが出来なかった。

「え……何?」

「クリューガー准尉! ハッチにたどり着いたなら地下道に飛び込め!」

 そこに聞こえてくるララーシュタインの声。急かすようなその声音が告げるのは、

「スカベンジャーのロングレンジバスターキャノンによる制圧射撃が始まっている! 弾着……今!」

 その一瞬、確かにリンは弾道を描いて迫ってくる大口径弾を見た。少なくともそんな気がした。

 擱座したナックルコングを弾き飛ばして、アカツキライガーはぽっかりと口を開けた地下道に飛び込む。そしてそれにわずかに遅れて降り注いだ二発の砲弾は、リンとアカツキライガーが駆け抜けた森を一瞬でめくり返した。

 大爆轟の響きがアカツキライガーと共に地下道に飛び込み、より激しく反響していく。その中で振り向いたリンは、爆風の中に投げ出されるナックルコング達の姿をいくつか捉えることが出来た。

 自分達のレールガンに並ぶ威力。ロングレンジバスターキャノンは地球に墜落した科学船から当時の地球人がデータを得て建造したものだという。ゾイドの出現に屈したという地球人だが、これだけのものを量産できていれば現代はこうはならなかったかもしれない。

 念のため警戒しつつ、リンは勝負が決した戦場にライガーを進ませる。敵の規格外兵器であるゼログライジスやマスドライバーに比べれば小ぶりな兵器だが、勝負を決するカードとしては同数。投入する戦場を選べる機動性はこちらが圧倒的だと言えるだろう。

 手応えを確かめるように操縦レバーを握りこむリン。しかしそこの時、先程空に感じた違和感に似た感触が首筋にチリついた。

 まず見上げるのはスカベンジャーがいるはずの後方。だが先程の砲撃で感じた気配はそこには無い。

 はっとリンは真上を見る。頭上がキャノピーのリンの方が広いその視界に、空中の小型ゾイドの姿が映った。

「クワガノス……?」

 自軍にはいただろうか。御殿場からの派遣か。いや、最近話題になった理由は――。

「セカンドイシューの観測機……!」

 昨日の偵察部隊からの報告に含まれていたことだ。新鋭かつ低速での長時間滞空に適したあの機体が、ゼログライジス・セカンドイシューの目となって活動していると。

 その瞬間、リンの眼前に紫の光が降り注ぐ。宙をのたくって飛来したそれは、スカベンジャーの砲撃とは逆に北の、敵勢力圏の側から飛来したものだ。

「クリュー――無事か――の長距離――下が――」

 ララーシュタインからの指示が莫大なエネルギーのうねりでノイズにまみれながら届く。その間にも地上を打ち付ける砲撃は連続し、リンはアカツキライガーを地下道に下がらせるしかない。それどころかライガー自身が文字通り尻込みし自ら後退するほどだ。

「セカンドイシューの観測機がいたということは、これは……誘導火器のドーサルキャノン? なんて威力……どこから?」

 降り注ぐ威力の中で、リンはなんとか冷静さを維持しようとしていた。しかしその分析は決して的外れなものではない。ゼログライジスの曲射兵器は、レーザーをねじ曲げるドーサルキャノン以外にはミサイルしかないはずなのだ。

 そして今降り注ぐ破壊力は紫の光の尾を曳いている。ビーム兵器だ。その使い手は現代には一体しかいない。

「それにしたって偵察部隊がいくつも放たれている中でなんの予兆も無いなんて……!?」

 不条理に満ちた砲撃にリンは耳を押さえながら呻くしかない。砲撃を放つ相手は自分が身を隠す山の向こう、どれだけの距離にいるかここからはわからないのだ。

 だがその中でもリンは視線を伏せなかった。立ち向かうべき敵が巻き起こす破壊を焼き付け、それを突破する糸口を掴もうとした。

 それ故に、リンは彼らの飛来を見逃さなかった。

『畜生……好き勝手やってくれるよなあ……!』

 南、東寄りの方角から飛来する航空ゾイド。一体のソニックバードが率いるスナイプテラ編隊が観測機として砲撃地点を通報するクワガノスを捉えていた。

 先導機であるソニックバードは黒いカラーリングに重武装を携えている。カノーとエトピリカの僚機として御殿場に所属する一機、ワイルドバロンだ。

 大火力を誇るスナイプテラとの駆逐攻撃がドーサルキャノンの火線をかいくぐって空を覆い、観測機であるクワガノスを撃墜する。そして降り注ぐ破壊力の中をかいくぐってフライパスしていくが、砲撃は止まない。

「測距が完了していれば後は撃ちまくるだけということですか……!」

 この位置はすでに通報済みなのだ。セカンドイシュー側は出力が続く限り撃ち続ければ敵である自分達を掃討できる。

 優れた能力を持つナックルコング達とそのライダーごとではあるが、敵はその覚悟のようだった。砲撃は止まない。一〇秒、二〇秒と連続し、

「…………っ。…………?」

 そして不意に爆轟は止んだ。夕立が止むような突然の静寂に、リンは張り詰めていた気を拍子抜けさせて思わずレバーを前に倒した。

「終わった……?」

 爆風に洗われた空は嘘のように澄んでいる。そして眼前に存在した先程までの戦場、森林は薙ぎ払われ燻る切り株の群れとなっていた。

 力尽きたナックルコングに、友軍のドライパンサーが数体炭化した木片を被って倒れている。しかしそれを越えて、生存したゾイド達がリンの元に向かってきていた。

「大丈夫かねクリューガー准尉」

「少佐……なんだったんでしょう今の。急に砲撃が止みましたが」

 ドライパンサーを引き連れてくるララーシュタインのローゼンティーゲルに、ブルーダーのエコー。さらに上空をターンした航空部隊が飛び去っていく。

『地上部隊へ、再度の砲撃の兆候は確認できない。不完全だが砲撃地点の予測をそちらに転送する』

「我々よりも後方に分析に優れた部隊がいるからそちらに送ってくれたまえ。

 ……ともあれ、砲撃を行ったのは間違いなく敵のゼログライジス級であろう。単騎でこれだけの破壊……厄介であるな」

「既存のベースキャンプは位置が露見しているから移転した方がいいかもしれないですね」

 ブルーダーはそう忠告するが、その手間を考えるとリンすらも気が遠くなる。だが割かねばならぬ手間だろう。

「砲撃が止まったのは、敵のエネルギーが切れたからでしょうか」

「さて、観測機を撃墜されたから損害評価が出来なくなり、打ち切ったとも取れる。昨年のオリジナル・ゼログライジスの性能を考えれば底は知れぬよ」

 油断せぬよう釘を刺すララーシュタインの様子に、リンは気を引き締める。敵は力の一端だけでもこの破壊力を持っているのだ。

 深く続く山並みに、敵の恐るべき力。オクトーバーフォース側の切り札を持ってしても困難が立ちはだかる様が見える。

 故に……砲撃が止んだ原因に、敵側の不調を求めてしまうのは、弱さばかりが原因ではないはずだ。リンは内心で密かにそう思う。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/02 22:12

IMPRESSION

・ゼログライジス〈セカンドイシュー〉

全長15.5m 全高9.8m 重量247t
最高速度147km/h
IQ 131
武装 ドーサルキャノン 3連ビーム砲 インフィニティミサイル テイルレーザー
   Gグラップクロー
   グライジス・コア
(追加兵装)
   腕部連装砲 近接防御機銃群
   広域戦術統制システム
ゾイド因子オメガ供給機構
本能解放行動 Zi-END


新地球歴三一年 一〇月二日 二二一二時

南アルプス デルポイ連邦拠点

 

 ゼログライジス・セカンドイシューは基本的にデルポイ連邦の拠点最奥部に設けられた専用の整備施設に固定待機させられている。一度は世界を滅ぼしかけた存在故に、切り札であっても多用はできないというのがヘンリーの方針だった。

 何を切っ掛けに活性化するかも知れぬことから整備施設は照明も落とされ、セカンドイシューには冷媒が循環させられ半凍結の状態にある。

 そして次の出撃に向けて眠る巨体を、三人の男女がキャットウォークから見上げている。総帥ヘンリーに、副官にしてセカンドイシューの専属ライダーであるカナン。そしてその随伴部隊を率いるロイだ。

「その後の経過はどうかね」

「復旧したゾイド因子オメガ抽出機より補填を行い、現在は休眠させています。明日朝回復しているかを確認する予定です」

 言葉を交わすヘンリーとカナン。そして傍らのロイは小馬鹿にしたような表情でセカンドイシューを見上げ、

「まさかエネルギー切れで動けなくなるとはな。コイツ本当にゼログライジスなのか?」

 ロイが口にしたとおり、昼間の戦闘でドーサルキャノンによる長距離射撃を行ったセカンドイシューはその最中に出力低下を起こしている。大型の機体をこの場所まで戻すことは困難な作業であった。

 ロイはその作業に関しては傍観者であった。他人事という風情の彼に、ヘンリーとカナンは何か言いたげな表情を向ける。

「ふむ……まあ発生原理が原理だからね。昨年のオリジナル個体より劣化している点はあるだろう。だからこそ武装を追加し、万全のサポート態勢を敷いているわけだよ」

「ふぅん……それにしてもスタミナ不足とうすらデカい大砲とが国の切り札ってのはなんとも締まらないねえ……。

 俺が持ってきたゾイド因子の抽出機でエネルギーを補充したんだっけ?」

「その通りです。セカンドイシューに加えて回収していただいた成果がここで現われているわけですね」

 ロイが妙なことを言い出さぬようにか、カナンは無難な応じ方をしていく。しかしロイはずけずけと自分の言いたいことを並べ立てていった。

「あれ、このセカンドイシューになら直接搭載できるんじゃねえかな。サイズ的にさ。

 載せちまえば出撃中にエネルギー不足になるなんてことも無いだろう?」

「それは……」

 カナンがキャットウォークから下を見れば、施設内に設置された抽出機が見える。そのサイズは確かにセカンドイシューの体躯ならば背に負うことも出来る程度の、せいぜい数メートルの高さしかない。

「……ロイ君、私はセカンドイシューは危険な存在だと考えている。だからこそ、普段安置しておくこの場所には複数のセーフティを設けているわけだね。

 そしてそうした視点から考えると、セカンドイシューに戦闘中にエネルギーを供給する手段を与えるのは、私としては避けたいものだな」

 諭すように言うヘンリーだが、ロイは気にしない。手すりに寄りかかり、カナンが見下ろす抽出機を同じように視界に入れる。

「総帥閣下の不安もわかるけれども、こちらとしては戦闘中に動けなく奴がいる方が困るんだよなあ。

 乗る本人としてはどうなんだぁカナン? 回収中ずっと操縦席で待ちぼうけしてたんだろお?」

 首をぐるりと巡らせて、ロイはカナンの顔を覗き込んでくる。その動きに人間とは別の生物のような感覚を抱きカナンは眉をひそめた。

「……私はデルポイ連邦の決戦兵器を預かる身。総帥の判断全てに従うまでです」

「ふぅん……ご立派ですこと」

 わざとらしくゆっくりと拍手をしてみせるロイ。そして手すりから身を離すと、彼はポケットに手を突っ込んでヘンリーとカナンに背を向けた。

「眩しくて目ん玉潰れちゃうぜ。お部屋かーえろ」

「ロイ中尉、今日の作戦では私の火力支援のを受けたレンジャー部隊はあなたの指揮下でしたが、そちらはいいんですか?」

「ん~?」

 ロイはくねくねとした仕草で振り返り、さらに悪戯っぽく人差し指を立てる。

「奴らはほら、俺の隊でもダメな連中だったからさ。

 これまでいい目を見ただろうし? こう……間引き? みたいな?」

 気にしてないよ、と言わんばかりのふざけた態度。そして変わらぬ足取りでロイはその場を後にしていく。

 しかしロイがこともなげに言うメンバーごとオクトーバーフォースを砲撃したのは他ならぬカナン自身だ。セカンドイシューのパワー故に手加減など出来なかったが、結果的に彼らを手にかけてしまった。

 ロイという男が、カナンが気にしないように言葉を選ぶような人間ではないことは彼女自身がよく知っている。つまり彼は本気で、あの戦場に投入されたメンバーのことなど気にかけていないのだ。

「……総帥。ずっと気になっていたことがあります。

 何故あのような男を重用しているのですか?」

 感情が枯れ果てたと感じているカナンだが、ヘンリーに対しては思わず強い口調が出てしまった。だがそれはロイへの感情というよりは、ヘンリーへの依存だと彼女は思う。

 カナンが今この場所にいるのは、このヘンリーという男に拾われたからだ。だからこそ彼には……父に甘える娘のような口調が出てしまうのも仕方が無いのかも知れない。

 ヘンリーもそれがわかっているのか、カナンに向けて仕方なさそうな笑みを浮かべる。

「確かに彼は、我々が目指す新しい世界の中で不和を生む存在かも知れない。だが実力は確かでもあり、そして旧世界を憎んでいるという点では我々と同じだよ。

 今のところ順調に事を運んでいるが、規模自体は小さい我々にとっては捨てられる駒ではない」

「だから利用している、と?」

「幸い、彼は刹那的で享楽的ではあるが野心は無い。戦う場所を与えておけば嬉々として赴くし、我々の国が成立すれば次の戦乱を求めて去って行くだろう」

 つまりは、ヘンリーもロイのような危険な男は利用するに留めたいということだ。しかしすでにロイの言動に翻弄されているカナンとしては、彼は充分に実害を生んでいる。そしてこの整備施設の片隅に彼は――、

「彼はすでに未来に禍根を残すような行いをしています。捕虜や部下の扱いで……。

 それはすでに私達のデルポイ連邦の立場を貶めるものだと思います」

「わかっている。この施設の一角に彼がそういう場所を作っていることも。

 だからこそ彼が去る時にはこの国が生まれる上で避けられない恨みを背負っていって貰う。建国戦争の負の側面をね。

 その象徴として、彼には実際の悪行を積み重ねていってもらわねばならない」

「それは……いずれはデルポイ連邦が旧世界国家と融和していくということですか?」

 帝国、共和国への強い敵対から生まれたこの国が、そこから来る禍根をロイに託して外に出すということは関係を改善していくことを意味しているだろう。カナンの問いに、ヘンリーは頷く。

「旧世界国家から我々の国を目指す人々に、常に危険な逃避行を強いるわけにもいくまい。正式な国交を結ぶことはいずれ必要になってくる。

 そして我々が作る世界のことをつまびらかにするためにもね」

「…………」

 カナンは不服そうな表情を浮かべ、ヘンリーから視線を逸らした。だがそんなカナンの様子に娘を見るような温かな目でヘンリーは告げた。

「君を否定した世界から正しい手順で人々がこの新しい世界を訪れられるようにする。それこそがこのデルポイ連邦の完成の時であり、あるいは復讐が成就する時だと私は思うよ。

 そしてカナン、新世界の住民として君がいつか旧世界を訪ねられるようになることもね」

 ヘンリーが描く未来は壮大だ。しかしカナンが求めるものは、もっと単純なものだった。

「私はあの旧い世界に泥をかけて立ち去れればそれでいいのですが……」

「なに、今この局面だけが人生の全てではない。いずれ君も自分が立ち去った場所の感覚を確かめたくなる日が来るはずだ。

 その可能性を守るために、禍根は彼に背負っていって貰おうじゃないか」

 カナンの恨み言を、ヘンリーはそう言って笑い飛ばす。そんな風にデルポイ連邦成立の夢を語る男が彼で、だからこそカナン達は付いてきたのだ。

 ロイはどうだろうか。志は異なるだろうし、恐らく彼は利用されていることも理解しているだろう。その程度の聡さはあるだろうとカナンは見ている。

 その存在が自分達にまで災いを呼ばねばよい、とカナンは一人思うのだった。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/04 10:20

IMPRESSION

・第二世代
 惑星Ziから地球に移住した人類のうち、地球で出生した世代を第二世代と俗称する。
 地球移住計画の進展を象徴する世代ではあるが、惑星Zi出身者(第一世代)の地球環境への不適応のため早くから労働力として期待されていた世代でもある。概ね社会的に保護されているが、それでも若い時期から過酷な環境に置かれる者は多い。
 開拓の最前線に存在する目が届きにくい地域ではスラムなども発生し、第二世代の若者が家族や自分自身の命を支えるために法や倫理の外での労働に身を投じているともされている。
 これらを解消し全ての人類が文明的な生活を送ることができるようになった時こそ、地球への移住は完了したと言うことが出来るだろう。


新地球歴三一年 一〇月四日 一〇二〇時

南アルプス 山伏岳ベースキャンプ近辺

 

 宍原ベースキャンプ付近と、さらに身延山への再度の偵察によってオクトーバーフォースはあるものを入手した。即ち、デルポイ連邦が南アルプスに設置した地下道の実物サンプルだ。

 どちらも独立した短距離のもので、南アルプス奥地に張り巡らされているはずの地下拠点網とはつながっていない。だが建設に使用した資材は彼らの本部のものと大差ないはずであり、その構造や設置された周囲の様子などについて貴重な知見が得られた。

 また宍原近辺での戦闘時にセカンドイシューからの長距離砲撃があったことで、オクトーバーフォースは敵の観測射撃を避けるべく既存のベースキャンプの位置転換を実施。さらに部隊も拡散とまでは行かないまでも、一射で壊滅せぬよう分散気味に進軍する形となっていた。

「くっそー……ベースキャンプの施設が使えないと面倒だぜ」

 すっかり山中となった野営地のど真ん中で、グロースはそんなぼやきを漏らす。すでにキャタルガが踏み入れる地形ではない。彼が乗るのは己の機体、ギルラプターのナハトリッターである。

 司令官がベースキャンプ入りすると砲撃を受ける危険性があるため、彼は司令部施設の代替となる電子戦機や輸送ゾイドと共に戦闘部隊に同道している。そしてその戦闘部隊も、足を止める際にはベースキャンプとベースキャンプの間に緩やかに展開して野営している有様だ。キャンプの物資は機動力のある部隊が野営地の各所に配って回っている始末である。

 リンとアカツキライガーの姿もその一角に存在した。

「おはようございます! 今朝の補給です!」

 輸送コンテナを取り付けられたラプトリアを率いて、アカツキライガーは野営地の片隅で今日の進軍に備える部隊を訪れる。相手は帝国から派遣されたキャノンブルの部隊であり、今日リンが物資を引き渡す相手としては最後の部隊だった。

「おはようございまーす、お待ちしてましたー」

「おー……噂のアカツキライガー」

 準備は終わっているのか、偽装ネットを被せた機体の合間でカード遊びに興じていた隊員達がリンを出迎える。リン達が運んできた弾薬や食糧を補充した後、彼らは斥候が安全を確保した先に進軍することになる。

「噂はかねがね。活躍期待してますよ准尉。なんかあったときは駆けつけて下さいね」

「あはは……頑張りますね」

 長く作戦を共にしているからか、始めは堅物という印象をリンが持っていた帝国兵士達の砕けた側面も見受けられるようになってきている。彼らも泣いたり笑ったりする人間なのだなと、今更ながらに思うリンだった。

 そんな彼らから期待の声をかけられた彼女も、物資の集配の後には進軍に加わる。それも高速部隊として全体の前方に出るのだから、考えてみれば激務だ。しかしリンはここに来て、東京や神奈川エリアに比べてどことなく充実した感覚を得ている。

「最近わかってきたのであるが、クリューガー准尉、君は考え込む時間があると思い悩むが、忙しい時は割と即断即決するタイプのようであるな」

 昼過ぎに部隊の前に出たリンに対し、高速部隊を率いるララーシュタインがそんな評を述べる。

「それって……私は深く考えない方がいいってことですか?」

「そうかもしれん……」

「ひどい……!?」

「いやしかし、若い頃にはありがちなことですよ」

 口を挟んでくるのは少し離れた位置を進むブルーダーだった。

「自分も若い頃は答えの出ない問題にいつまでも取り組むことが功徳だと思っていた時期があったもんです。でも実際は自分の手を動かして得たことが全てで、そこにどんな心構えがあったというのは関係ないんですよね」

「……若い頃?

 ブルーダー少尉、僭越ながら今おいくつでしたっけ」

「二一ですが」

「私と二つしか違わないじゃないですか――――!」

 ぴーぴーと泣くリンに、ブルーダーは扱いあぐねるように顎を掻くしかない。そんな彼を乗せたエコーに、アカツキライガーがどこか申し訳なさそうに目を伏せた。

「ま、抜き差しならぬ局面に突入していくことになるのだ。クリューガー准尉にもその意味するところがわかる日は近いのかもしれんなあ」

「ララーシュタイン少佐はおいくつでしたっけ」

「二六である」

「えっ……」

「ええ……」

「なんであるかその反応は!?」

 騒がしい高速部隊の三巨頭に、周囲のドライパンサーからほのかに呆れたような視線が突き刺さる。それに対し三人を乗せたゾイド達は抜き足差し足で視線から逃れるように森の中に入っていくのだった。

 

新地球歴三一年 一〇月四日 一七三一時

南アルプス 畑薙ベースキャンプ付近

 

 一日の行軍を終え野営地を確定すると、オクトーバーフォースはもう一つの戦いに入る。この南アルプスにはびこるデルポイ連邦という敵への戦略と、はるか北米の本国との折衝という盤外戦だ。

 オクトーバーフォースを指揮するグロースは司令部代わりの天幕の中で無線機を前に通話を終えると、深いため息を漏らす。その様子を見るのは妻ウェインライトと副官達だった。

「何か淹れますか?」

「コーヒー……ホットならミルク入りでな」

 ウェインライトの呼びかけにグロースはすぐさま応じ、そしてウェインライトはすでに沸かしている湯のポットを手にする。ツーカーと言っても過言ではないその淀みない流れに副官達は含み笑いを漏らすのだった。

「どうですか、本国は」

「デルポイ連邦のマスドライバーが北米を攻撃出来るという発表で世論が揺れているようだな。そっちを早くにどうにかしろってせっつかれてるよ。

 こちらとしても北海道エリアを狙われたら困るんでわからんでもないが……。それどころじゃないよなあ?」

 ステンレスのマグカップを差し出すウェインライトに、グロースは肩をすくめてみせる。だがコーヒーを口にしたグロースの表情に疲れは無い。

「だがせっつかれるってことはこっちもアレコレ提案してもいいってことだ。一つ大きな案件を通したぜ」

「と言いますと?」

「科学顧問としてウォルター・ボーマン博士を日本列島に招聘することが出来た。オクトーバーフォースの観測データを元に、科学の目でゼログライジス・セカンドイシューの在処を探ってもらえるはずだ」

「ボーマン博士を呼んだんですか!?」

 思わず声を上げてしまったのは眼鏡の事務寄りの副官だ。その様子にグロースは人差し指を立てチッチッチッと話を付け加える。

「こっちは本当はレオ・コンラッドとライジングライガーも呼ぼうとしたんだぜ。けどあっちはボーマン博士の保護下みたいでな。噂じゃあ博士の孫娘の匿い先らしいし……」

「他にもエースパイロットに声はかけなかったんですかー? ”赤き死神”クリストファー・ギレルとか、”超音速”ジェイク・ラモンとか」

 副官の中でも伝令などフィジカル寄りの、どこかミーハーそうな女性士官が訊ねてくる。それに対しグロースは首を振り、

「戦力は充分だと思うんだよ俺は。博士とかライジングライガーに手を出したのはそういう軍事的な面じゃなくて、去年の出来事でミラクルを起こした要素が欲しかったなってこと」

「ミラクル……」

「具体的に言えばボーマン博士の科学的知見とか、ライジングライガーの強力なゾイド因子性能とかってことになるかな。

 ……しかし、ライジングライガーを呼べなかったのはむしろいいことかもしれん」

 話しながらなにか結論に至ったのか、グロースは背もたれへ身を倒しながら呟く。ウェインライトも副官達もその様子に首を傾げる中、

「隊に加わっているクリューガーとアカツキライガーに、同じような強力な存在になれる伸び代を残してやれたことになるのかもな。

 あの若いのは、今でも発端となったゾイド因子オメガ抽出機強奪を止められなかったことを悔やんで考え込んでる。ただこの事件を解決しただけじゃ、ルーキーだった事件前に戻るだけ、しかもこの事件で消耗した分マイナスだ。

 あいつらには、何か財産を築いてもらわなきゃ目覚めが悪いんだよなあ……」

 そうぼやくグロースに、副官達はどういうことかと互いに視線を交わす。その一方でウェインライトだけは微笑み、

「相変わらず、若い子には優しいですね。昔から変わらない……」

「俺達の世代が若い時代を惑星崩壊や移住のゴタゴタで使い果たしちまったからかねえ。

 まあ第二世代、第三世代も地球開拓のために忙しい時代が続くんだろうけどな。少しでも楽になって欲しいと思うのは、我ながら年寄り臭いかもなあ」

 応じたグロースはコーヒーを一口。そして二人の副官を見る。

「ハインツ、コーネリア、お前達は今何歳だっけ」

「二人とも二四。主計学校の同期ですよ」

「若いよなあ、この手の役職にしては。クリューガーも一九だ。

 若い奴が戦わなきゃいけないのは、惑星Ziの最期の頃から変わってねえ」

「司令は今おいくつなんです?」

「五七」

「三〇年前は……二七ですか」

「惑星Ziを出る頃は大尉だったなあ」

 二つの意味で戻ることが出来ない過去をグロースとウェインライトは思い返す。そして同じように未来へ思いを馳せた。

「お前らは三〇年後、この頃をどんな風に話していることやら」

 



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NEW EARTH ERA 31 10/14 20:30

IMPRESSION

・南アルプス
 日本列島本州島中央に存在する大山岳地帯。赤石山脈の名でも知られ、飛騨山脈、木曽山脈と合わせて日本アルプスを構成する。最高峰北岳は日本第二位の標高を持つ。南北に広大な面積を持ち、また複数の大型河川も走っている。
 ゾイドクライシス以前にも自然保護のために複数の指定を受けた豊かな山地であり、その環境は地球人類が姿を消してから今まで大きく変化していないとされていた。少なくとも新地球歴31年を迎えるまでは。


新地球歴三一年 一〇月一四日 二〇三〇時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

 オクトーバーフォースは索敵、設営、前進のサイクルを繰り返し、数度は激しい襲撃を受けた。しかしそれを退けつつ、気付けば南アルプスの中央とでもいうべき赤石岳に到達していた。

 すでに本隊に先行するベースキャンプ設置と本隊の進攻はほぼ同じタイミングになり、ベースキャンプ網も数を減らし先細りしていた。補給線が伸びていることを感じさせるが、後方には盤石の態勢が出来ていることが前線の支えになっている。

 そしてその日も陽が落ち、月が昇り、リンは睡眠時間として当てられている大休止の時間を迎えていた。しかしここまでの行軍で、リンはテントと寝袋で寝るよりもアカツキライガーの操縦席で寝る方が緊急事態にも対応しやすいし、なにより臨戦態勢を取っていると余計なことを考えずに済むことを理解している。

 偽装ネットを被ったライガーの操縦席。前傾のライディングポジションのシートで俯せ寝するのも慣れてきたものだ。夜間警戒は別の部隊に任せ、リンは体を休めにかかる。

「そろそろ半月だね、ライガー……」

 一〇月に本格始動したことからグロースがオクトーバーフォースと名付けたこの部隊だが、同時にそれはこの一〇月で事件を終わらせる意も込められていた。そしてその一〇月が、間もなく半分を迎えようとしている。

 敵との遭遇が増える中で、それでも先行する偵察部隊からの情報で敵の本拠地の見当は付き始めている。南アルプス最高峰、北岳近辺がそのスポットだ。

 すでにそこまでだいぶ接近している今、敵は本拠地近辺の地の利数の利を活かした強襲を仕掛けてくることが予想されている。眠りに向かうリンだが、周囲の地形を頭に入れて何かあればライガーをどう動かすかを考えておく。

 すでに半月が過ぎたことや、未だ明確な形が見えてこない戦う意味。だが目の前の戦いによって、リンの意識はフラットなものになっていくのだった。

 さらなる戦いの日々へ。リンは眠りに落ちながら、次に目覚める時のことに思いを馳せるのだった。

 

新地球歴三一年 一〇月一四日 二二一四時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

 しかしその夜は突然の轟音によって途切れさせられた。

 そして夜間哨戒をしていた者も、目覚めた者もそれを見た。北の空に夜空よりも暗い色で立ち上る黒煙の筋。

 ベースキャンプと野営地の警戒線の外側、山陰から上がるその黒煙にざわめきが上がるが、ひとまずグロースからの指示が下った。

「第二種警戒態勢――」

 交戦を予期した警戒の構え。警戒ラインの外で異常が起きたならば正しい選択。しかし、

「……訂正。総員、第一種警戒態勢!」

 全部隊に交戦態勢を求める最上級警戒だ。その訂正が意味するものは。

「第一種に変更? どうして……」

「クリューガー准尉、あれを!」

 目を覚ましたリンに声をかけてくるのは、同じように偽装したドライパンサーで休息を取っていたララーシュタインの部下。彼の方が階級が高いのだが気を遣ってくれるのは彼の人格というものだろう。

 いや、気遣いを生むに足る原因がそこにあった。黒煙と共に宙を舞う小さな影。リンが見覚えを覚えたとおり、その空にはキルサイスの影があった。

「また別の勢力が――」

 現われたのか、と呟きかけるリン。その瞬間、空中のキルサイス達めがけて紫の閃光が走った。

「アレは……!?」

 襲いかかる光の柱に、キルサイスは散開して回避の軌道を描く。するとその光は発射地点の動きで角度を変えていくが、それ以上に明確に湾曲して夜空にのたくった。

「ドーサルキャノン……!」

 ゼログライジス・セカンドイシューが装備した主力火器。それが威力を発揮しているということは、そこに使い手が存在するということだ。

「セカンドイシューがいるということは、敵の大規模攻勢!」

「我々を充分懐に誘い込んだってことですよね。多分周囲からも敵が来ているはずです」

 僚機のライダーの分析にリンは頷きを返す。デルポイ連邦は決戦兵器を万全の状態でこちらにぶつけるため、地下道網を駆使して包囲陣を敷いてくるはずだ。

 キルサイスとの交戦で敵襲が早い段階で露見したのは僥倖だろう。そしてセカンドイシューに注目したくなるが、こちらをセカンドイシューから逃さないための包囲を成立させぬことが重要だ。

『ララーシュタインより各員。敵の攻勢をこれまでに確保したベースキャンプ網に引き込むのがグロース司令の判断だ。

 正面の敵は主力機甲部隊に任せ、後方の突破口を確保に向かう。総員転進』

 グロースは現在オクトーバーフォースが仕掛けられている状況をデルポイ連邦に仕掛け返すつもりだということだ。そのためには、スムーズに後退し後方ベースキャンプを確保している部隊と合流しなければならない。

 例えそれが後ろ向きであっても先陣を切るのが高速ゾイドの役目。重要な局面だが、今回もそれは変わらないということだ。

「よし、向かいましょう!」

 キルサイス部隊が舞う空に背を向け、リンはアカツキライガーを反転させる。決着を付けるべき相手はいるが、そのために舞台を整えなければ。

 夜の闇の中に、明けの色を帯びたライガーが飛び出していく。そしてそれが長い戦いの始まりだった。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/14 22:19

IMPRESSION

・デスレックス復元9号機〈スカベンジャー〉ドミナンスパッケージ

全長12.3m 全高5.6m 体重203.8t
最高速度212km/h
IQ 92
武装 ロングレンジバスターキャノン
   AZ対ゾイド三連装大型ミサイル×2
   AZ10連装マニューバミサイルポッド×4
   集中配備マクサービーム砲近接防御ユニット
   ウブラドリル クラッシュクロー デスジョーズ カイザーテイル
(追加兵装)
   対大型ゾイド薬理沈静ハーネス

本能解放行動 タイラントグラトニー


新地球歴三一年 一〇月一四日 二二一九時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

「ゼログライジスが現われるとは、いよいよ今回の作戦も極まってきたって感じだなあ!」

 興奮も露わにデスレックス〈スカベンジャー〉へ乗り込むギャラン。その周囲では同じ部隊のアビーとベッキーのディロフォス達も緊急起動し、迎撃態勢を整えつつある。

「ギャラン君、グロース司令は後退して敵主力をこちらの勢力圏に引き込むことを考えている。

 くれぐれも突撃などしてくれるなよ」

「前の装備だったら渋々従ってたところだが、今はこいつがあるからなあ」

 鎮静剤を投与されているためにゆっくりとした動きだが、立ち上がるスカベンジャーの背には巨大砲ロングレンジバスターキャノンの二つの砲身が備わっている。さらに追加武装を得た今の姿は、スカベンジャー制圧前進兵装(ドミナンスパッケージ)だ。これまでにない攻撃的な姿だといえる。

「周囲から包囲の敵が接近している。各隊は野営地周囲の稜線を敵に確保されないよう迎撃しつつ移動の合図を待て」

 ギャラン達も含めた各部隊にシールマンが指示を飛ばす中、ギャランはスカベンジャーを斜面に向かわせる。耳を澄ませてみれば、山体の向こうからこちらに向かってくるゾイド群の足音が重く響いていた。

「さあて、上から目線は許さないぜっと」

 断面図がΛ型の山を挟んでの戦闘は、接近するまでは山が盾になるが頂上を押さえられれば狙い撃ちされる。こちらが取ろうとしている後退戦術を考えれば、敵が稜線を越えるところをモグラ叩きにしていくしかない。

 ロングレンジバスターキャノンに加え、増設された武装の仰角を取るスカベンジャー。そしてその視線が不意に稜線上の一点を捉えた。

「ギャラン! 一一時方向!」

「見えてらあ!」

 随伴するアビーからの声と同時、ギャランはスカベンジャーを向き直らせると搭載した対ゾイドミサイルを発射した。巨大砲身の下に搭載されたそれはオメガレックスにも搭載されていたものだ。

 飛翔した大型弾はやや上空から殴りかかるようなトップアタックを仕掛ける。そして稜線を削り落とすような爆発が上がるが、その爆風よりも広い範囲で木々がさざめく。

「結構いるじゃねえか」

 悠々と感心してみせるギャランが見るのは、大口径砲を搭載したステゴゼーゲ部隊だった。大型故に山中での機動力に劣るはずの機体だが、全身のブレードを稼働させ木々の間を突っ切ってきたように見える。

 まだオクトーバーフォース側は擬装を被っている機体が多く、位置を把握されていない。先制打を打ったスカベンジャーを除けば。

「精々目立ってやるさ……」

 接近してきた歩兵や小型ゾイドを撃退するための小火器を乱射しながら、スカベンジャーは敵の前を横断していく。迷彩に近い濃緑のカラーリングも関係ない、曳光弾の軌跡の根元で、スカベンジャーは敵を引き寄せた。

「突撃するなよって言われてるんだよなー。でも突っ込んでも戻ってきたら突撃とは言えないだろ。なあスカベンジャー」

 斜面の緩い角度の部分に身を寄せ、スカベンジャーは敵のラインに接近してプレッシャーをかけていく。ステゴゼーゲ部隊からの砲撃を確かに引き寄せながら、スカベンジャーも自分の格闘戦のリーチに踏み込んでいった。

 全身ハリネズミにも近い刃の群れであるステゴゼーゲだが、巨大な顎を向けるスカベンジャーの圧は別物だ。思わず砲を向ける者は出るし、その視線を切って捕食者は迫る。

 大顎の中は夜の闇よりも暗い。その中へ敵を呑むべく、巨体は食らいつく。

 稼働するブレードとスカベンジャーの牙が激突し、基部から脱落したブレードが月明かりを反射しながら吹き飛ぶ。砲撃手の群れの中に飛び込んだ凶暴な存在に戦場は混乱に包まれた。

 さらにスカベンジャーに対応しようとする機体が増えることで、後方の友軍に横腹を見せる敵が増える。そこへオクトーバーフォース側からはキャノンブルを中心とした戦力が迎撃の威力を叩き込んでいった。

「はっはぁ! 視線を釘付けってヤツだ。男の夢だねえ!」

 見せつけるように咆哮するスカベンジャーとギャラン。それを留めるように周囲から砲撃が浴びせられるが、その爆炎の中からスカベンジャーは一喝するようなロングレンジバスターキャノンの撃ち下ろしを放って応じた。

 稜線を削り取るような火線が長い砂煙を上げる。それにかかったゾイドは稜線から転がり落ちるしかない。

 崩壊した戦線から、自陣側へ落ちた敵を追ってスカベンジャーは斜面を戻る。その視界に映るのは周囲、包囲陣の他方位だ。

 他の部隊も敵襲に拮抗し後退に備えている。稜線上と窪地からそれぞれの砲撃が流星のような景色だ。一方で本物の星が瞬く夜空はひたすらに暗く、

「ん……?」

 夜空に違和感を覚え、ギャランは目をこらす。そしてそれと同時に、スカベンジャーがその咆声を上げた。

「帝国ゾイドが困った時はバイザー様の力を借りるんだよっと」

 スカベンジャーは何かに気付いている。人間を越えたその知覚にギャランが近づくには、操縦のために搭載された各種観測機器が助けになる。レーダー、環境センサー、そしてゾイドと視線を共にするZ・Oバイザー。

 暗視増光機能のボリュームを上げていけば、夜空のコントラストが強調されていく。そこには暗闇に隠れながら移動するシルエットが複数――。

「空挺かあ――――!」

 昆虫ゾイドに吊り下げられた戦力が、空中からオクトーバーフォースに襲いかかろうとしている。しかもその位置は拮抗する攻防のラインを文字通り飛び越え、野営地上空へ。

「乱戦にして身動きを取れなくさせようってハラなんだなあ……。

 シールマン! やばいんじゃねえの!」

「こちらでも捉えたよギャラン君」

 オクトーバーフォース本隊戦闘指揮官にして、ギャランが属する4989小隊の隊長を務めるシールマン。聡い彼も戦場上空を警戒していたようだ。ディメパルサーを愛機とすることから自ら索敵を打っていたのだろう。

「対空榴弾は持ってきてねえよってな。困るんだよなあそういうことされると!」

 思わず苦笑いしつつ、ギャランは空中の敵へとなけなしのミサイルを照準した。陸戦ゾイドの降下中はさすがに無防備だが、落下の速度は陸戦ゾイドが出す速度でもない。迎撃は至難。

 それをなし得る高い旋回速度と弾速、速射性を持つレーザー火器を装備しているのはバズートルやスティレイザーなど安定性が高いが機動性が低い機体だ。ここまで進出しているオクトーバーフォースへの配備数は限られる。

 その貴重な火力が迎撃の威力を打ち上げる中、いくつもの影が降り注いでくる。対空レーザーの着弾をシールドで弾き飛ばしながら落ちてくるのはナックルコングに、

「ギルラプターか……。陣形を掻き乱す気満々のチョイスだ。

 いやそれよりも……」

 どちらも器用で運動性の高い種のゾイドだ。しかしそれよりも、以前出現した長駆攻撃を意図した部隊に似た編成なのがギャランには気にかかる。

 デルポイ連邦側のその道のプロ集団が相手なら、この夜間、山中、そこへの空挺という条件は整然と後退しようとするオクトーバーフォースの虚を突く形になる。

「さてグロース少将、どうすっかな」

「ギャラン君。周辺の戦いは友軍に任せて野営地の中部に移動して下さい。

 乱戦をコントロールするフラッグシップが要ります」

 シールマンの指示にギャランは頷く。戦略戦術はどうあれ、今目の前の戦いは制する必要がある。

 暴竜スカベンジャーを翻らせ、ギャランはアビーとベッキーを引き連れて敵降り注ぐ戦場の中心へと駆けつけていく。

 

新地球歴三一年 一〇月一四日 二二三一時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

「空挺降下……!」

 後退ルートを確保するためにアカツキライガーを走らせるリンは、背後の空と地上の友軍との戦いに後ろ髪を引かれる思いだった。

 仲間を助けに行きたい。しかし高速ゾイド、それも強力な武装を持つアカツキライガーは乱戦の中では持て余される存在だ。敵を突き抜けるためのこの戦場で戦うことこそが、より多くの友軍を救うことになるはず。

 歯を食いしばり、リンは視線を前へ、愛機アカツキライガーと同じ方向へと向ける。夜の闇の中に見えるのは、やはり刃を閃かせたステゴゼーゲの軍勢だ。

 接近戦用の火器を乱射し、さらに周囲の木々を切り飛ばす敵影に向けてリンはアカツキライガーを突撃させていく。そのまま斬りかかるには鋭い守りを持った相手だが、

「負けるものか……!

 アカツキライガー、エヴォブラスト! アカツキベイオネット!」

 ガンブレードを展開。A-Z機関砲と合わせての吶喊射撃が夜闇を貫き、敵を萎縮させていく。数多くの刃を振りかざすのに適した姿勢を崩させればリン達にも勝機はあった。

 銃口下のブレードを敵の首筋に突き刺し、即座に跳ね返るような跳躍で距離を取る。急所に一撃を受けた相手は山肌に伏し、周囲の機体はアカツキライガーを追うが射線に捉えきれない。

 さらにアカツキライガーに気を取られた周囲のステゴゼーゲが不意の金属音と共に火花を立ててたじろぐ。暗夜に姿を隠しながら駆けつけたドライパンサー達が隙を突いて追随しているのだ。

 厳しい戦場だが、自分達は大丈夫そうだ。そんな感覚にリンは高揚感を抱く。この戦局を乗り切り、デルポイ連邦に攻め入ることが出来る。そんな展開を垣間見る。

 だがそう易々とことが運ぶこともない。高速部隊の背後から爆発音や木々を揺らす響きが迫ってくる。

「空挺降下してきた戦力……。私達も追撃してきますか!」

 咄嗟にアカツキライガーを反転させ、リンは友軍のドライパンサー達を先に行かせる。急な事態に対応するのはスペックに余裕がある自分達の方が適任なはずだ。

 そうして迎え撃つ構えを見せると、リンの眼前には追撃の敵が姿を現わしてくる。迷彩に塗られた敵は、鋭いブレードと視線を持ったディノニクス種ゾイド、ギルラプター。グロースのナハトリッターを身近に見ているためもはやよく知った種だ。

 そしてリンにとっては因縁の相手でもあるが、

「敵の総攻撃なら……ロイ中尉もどこかにいるのでは」

 低い跳躍で襲いかかってくる相手に機関砲を浴びせながら、リンの視線は夜の闇を一巡り。しかし周囲に見え隠れするギルラプター達は思い描いた黒ではなく緑の迷彩で景色に溶け込もうとしている。

 そうそう遭遇することはないか。そう思った途端、追撃を迎え撃つために振り向いた視界の一角で火の手が上がる。

「あの位置は――」

 野営地の中心を外したそこは、グロース達司令要員がキャンプを張った場所に近い。大丈夫だろうかと思いを巡らせた瞬間、不意の声が響いた。

『リン・クリューガー。俺達はここにいるぜえ』

 粘り着くような男の低い声がスピーカー越しの音質で聞こえる。そしてギルラプターのハスキーな咆声が続き、新たな爆発が起きる。

『急がねえとお前達の大事なトップを倒しちまうぞ? ヒヒヒ……』

 あからさまな挑発だが、リンは粟立つ。この事件の発端として存在した、あの何も出来なかった夜のことが鮮烈に思い浮かんだ。

 それでも踏みとどまれたのは生来の生真面目さと、今ここにある役目故だ。リンは歯を食いしばり、周囲のギルラプターに火力を放っていく。

 それに司令部要員のキャンプ付近ということはグロースもいる。指示は的確だろうし、彼自身も強力なゾイドライダーだ。自分が駆けつけるまでもあるまい。

 そう自分を納得させるリンに、アカツキライガーの心配そうな唸りが聞こえる。応じてコンソールを撫でるリンだが、しかしそこに急報が入った。

「クリューガー准尉! ここは我々に任せて司令達の援護に向かって下さい!」

「えっ、でも後退ルートの確保が……」

「向こうが貴官らをご所望だから――などという伊達な理由ではない。

 司令達が押されているのであるよ」

 闇夜に紛れながらもリンの周囲で戦うドライパンサー隊に、さらに高速部隊を率いるララーシュタインまでもがそこにはいた。そしてララーシュタインの言葉にリンは目を見張る。

「グロース司令達が……!?」

「敵もさるものといったところであるか。

 クリューガー准尉、即応性と戦闘力を併せ持つゾイドは君のアカツキライガーだ。ここは我々に任せて向かってくれたまえ」

 厚木で見たグロースの立ち回りは相当なものだった。ロイはそれを上回るというのか。

 ともあれ、あまりにも意外なその状況にリンの心は決まる。そして抑え込んでいたとはいえ、ロイを自らの手で取り押さえたいという思いはずっと前から抱き続けているものだ。

「こちらクリューガー! グロース司令、今そちらに向かいます。大丈夫ですか!?」

 無線機に声を上げながら、リンはアカツキライガーを追撃のギルラプター達の中に飛ばす。

 だが今見たい相手は彼らではない。漆黒を身に纏った敵と味方二体のギルラプター。リンはその二体が対峙する現場へと愛機をひた走らせる。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/14 22:36

IMPRESSION

・高圧濃硫酸砲
 惑星Zi時代から運用されている化学兵装。
 基本的には金属生命体であるゾイドを標的とし、その外装から器官までを浸透侵食し得る濃硫酸を噴霧する武装である。
 だがゾイドの身体を破壊するだけの激しい化学反応を起こす濃硫酸はゾイドに随伴する歩兵や操縦者など人間に対しても甚大な被害をもたらす。その側面から軍事関係者、一般市民問わず非人道兵器としての認識が深い。


新地球歴三一年 一〇月一四日 二二三六時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

 夜闇の野営地。星明かりと戦火が散発的に照らすその場所で二体のゾイドが対峙していた。

 その姿はどちらもギルラプターの細身。黒地に赤という色味も同じだが、その立ち居振る舞いは異なる。

「デルポイ連邦のギルラプター乗り……。気になってはいたが、こういう方向性だったとはねえ」

 両腕のガトリングを構えるのはグロースが駆るギルラプター〈ナハトリッター〉。夜の闇の中にそびえ立つその姿は、周囲で退避するオクトーバーフォース司令部要員達を守るように構えている。

「お嫌いかな将軍閣下。俺は好きなんだがなあ。こういう、楽勝な状況」

 他のギルラプターやナックルコングを率いて嘲笑うように仰け反るのはロイの〈ブラックナイト〉。

「イヤだねえ、そういう風に殊更に勝ち誇ってみせるヤツは。それが同じギルラプター乗りだなんて俺ぁガッカリだね」

「ハ、縁が無かったようだな。そんな相手と同じ世の中で生きるのは辛いだろ、楽に始末してやるよ」

 そう言うとロイのブラックナイトは顎でグロース達を指し、部下達に攻撃の構えを取らせる。それに対するグロース側は司令部の直援戦力はいるが、空挺降下による乱戦で彼らしか守りの力は無いという状況だ。

 力量差をひっくり返し得る要素は、自らゾイドに乗るグロース。そんな状況に本来は指揮官であるべきグロースは苦笑するしかない。

「やっぱ俺は自分の手が届く範囲で事を進める方が性に合ってたなあ」

「実力も無いのに組織の中で出世しちまうと大変ってことだな?」

「かもなあ。ま、お前さんはそんな心配とは無縁だろうが」

 挑発が交錯し、夜の大気が張り詰める。直後に二体のギルラプターは急接近の一歩を踏み、オクトーバーフォース司令部キャンプ近辺での戦闘は生起した。

 駆け出すグロースのナハトリッターにオクトーバーフォース司令部直援のキャノンブル隊は二の足を踏む。

「少将閣下……!」

「お前達は司令部要員が撤退するまで守りを固めるんだよ。牽制は俺達がやるからってなあ!」

 友軍に密集陣を敷かせながらグロースは前に出る。重装甲大火力に加え野太い角を備えたキャノンブルの槍衾は並大抵の戦力で突破出来るものではない。

 それに襲いかかるのは剃刀のような切れ味を誇るギルラプター軍団。だが鋭く切り込むには速度が要り、濃密な弾幕の前ではその行き足が鈍り拮抗が生まれる。

 そして押し合いの戦場に横様に飛び込む二つの影。食らいつきと切り裂きを互いに飛ばし合いながら身を躱し、踊るように戦場を横切っていくのはグロースとロイそれぞれのギルラプターであった。

「じーさんが反射神経でピチピチの若者に勝てるとでも思ってるのかよ!」

「そこら辺頑張るのはこっちの場合相棒の方なんだよなあ」

 ロイのラッシュに対し、グロースは操縦席から周囲に視線を飛ばし火線をかいくぐっていく。迫り来る刃はナハトリッターが見切るし、グロース自身も相手をかすかに視界の端に収めるだけで対処出来る。

「悪いけどギルラプター同士での戦闘ならこっちは飽きるほど経験があるわけよ、と……」

 鉤爪をかいくぐりながらナハトリッターを後ろへ後ろへと進ませたグロースは、そこで不意の後ろ蹴りを放たせる。そこにいたのはキャノンブル隊の火線の隙間から突入を仕掛けようとしていたデルポイ連邦側のギルラプターだ。当然隙を突かれ、無防備に吹き飛ぶしかない。

「慣れで戦ってるってことかい。いいのかあ? 俺のような若者はお前の想像を超えていくかもしれないぜえ」

「んな擦れきった物言いの若者がいるかよ!」

 ナハトリッターが駆け回らぬよう、ロイのブラックナイトは包み込むように周囲から斬りかかる。回避を繰り返してきたナハトリッターは、それに対して爪とショーテルを当てて弾き返す構えだ。

 激しく畳みかけるブラックナイト、その場で小刻みにステップを踏み刃を当て返していくナハトリッター。どちらもギルラプターの瞬発力を極限まで発揮した対決。

 周囲での激突は続くが、異次元の決闘は徐々にその周囲の空間に空隙を作っていく。それは畏敬故か、それとも刃が飛び交うその場が危険だからか。

「頑張るじゃねえかジジイ。じゃあこういうのはどうか……!」

 その瞬間、ロイの操縦に引き戻されてブラックナイトは背後に跳んだ。リズムが崩れる中ショーテルを防御に合わせに行っていたナハトリッターはそのままその切っ先を向けて防御とするが、そこへ浴びせられるのは銃撃戦の最中にあって違和感がある気体の噴出音だった。

 すかさず操縦レバーを引くグロースと、飛び退くナハトリッター。どちらが先かはわからないが、勘づいたものは同じだった。

「高圧濃硫酸砲か……!」

「けっ、知ってたか」

 ブラックナイトが左腕に携えていた火器を振り上げる。後部にタンクを備えたそれは、弾倉が装填されるべき通常火器とは異なる。

 そしてその射線に突き出されていたナハトリッターのショーテルが蒸気を上げ、発射されたものの正体を示していた。

 それは激甚な反応を引き起こす化学兵器。ゾイドの装甲や作動部を侵食し得る濃硫酸だが、装甲に守られていない戦闘員に対しても危険な存在でもある。

「惑星Ziでもわざわざ外すパイロットがいたんだぜ、そいつは」

「おお、調べた上で付けたんだぜこれ。

 すげえよなあ。顔がボロボロに溶けたり? 皮膚と野戦服が混ざり合って取れなくなったり? 俺のお気に入りエピソードは負傷兵二人がくっついちまったヤツでよお」

「てめえ……」

 第二世代のロイにとっては伝聞となるそれらの事柄だが、グロースはわずかとはいえその実態を見てきた層だ。

「――そういえばこの辺にも生身の兵士がいたっけ?」

「てめえ!」

 粘り着くようなロイの声と、口の端を吊り上げるように首を傾げるブラックナイトにグロースは食ってかかった。そしてそれを躱し、黒のギルラプターの一方はまるで零した油のように弾幕の隙間を縫って前に出ていく。

「いやホントお仲間を気にしなきゃいけない立場って大変そうだぜ! 俺は御免だね!」

「お前だって戦力を与えられた立場だろうが!?」

「俺はそういうキャラじゃねーもおおおん!」

 ロイがブラックナイトを走らせる先にはキャノンブル隊の隊列があるが、軽快かつ単騎のその姿は射線をかいぐり、角の壁を越えていく。

 そこにいるのは書類や機材を破棄し要員輸送用のカーゴスペースを持ったゾイド、ラリーブルに乗り込もうとする司令部要員達だ。ウェインライトに促される副官ハインツやコーネリア達はもちろん生身であり、高圧濃硫酸砲を浴びれば――。

「お前っ! それでもゾイド乗りかよ!」

「俺は自分だけ強くて勝てる環境も大好きなんだよなあああ!」

 ラリーブルのラダーに足をかけていた司令部要員達の前で、ブラックナイトはスライディングで足を止めて腕の高圧濃硫酸砲を構える。そのまま蹴り飛ばすことも出来ただろうに。

 それ故に、その鋭い光は間に合った。

「ロイ中尉ぃぃぃぃぃっ!」

 夜の闇を切り裂いてその空間に届いたのは高い声と風を纏った刃。瞬間的に飛び退いたブラックナイトの代わりに空間に飛び込んだのは、夜の闇に溶けながらも鮮やかな朱を携えた獅子の姿。

 アカツキライガーだ。

「リン・クリューガーかあ」

 乱入者を前に唸るロイに対し、リンはアカツキライガーの機関砲とガンブレードを乱射し追い散らす。背後の人影をライガーが一瞥し、

「ウェインライトさん、撤退を!

 グロース司令、加勢します!」

「ナイスタイミングだぜ、流石だな……!」

 口笛混じりに歓声を上げるグロースに、ナハトリッターも同調して爪先でストンピングを見せる。一方で飛び退いたブラックナイトは低く構えてリン達を睨め上げ、ロイの声を低く轟かせる。

「けっ、優等生のチビ女か……。てめえの相手する時間は終わったんだよ! すっこんでろ!」

「そうはいきません! ロイ中尉、あなたは私が倒します!」

 声を上げるリン同様挑みかかるように吠えるアカツキライガー。その音圧を低空でいなしたロイのブラックナイトは滑るように横へ、リン達を躱すように動き出していく。

「マッチアップしてくるストーカー野郎なんてお望みじゃねーんだよ。こっちが仕掛けた対策が無駄になっちまうじゃねーかっと……」

 砲火の中を泳いでいこうとするブラックナイトへ、アカツキライガーは重装甲を頼りに詰め寄っていく。ロービジ迷彩をかすめて砲弾がたてがみを削っていくが、被弾の見返りは最短距離を一直線で行くルートだ。

「そうやってのらりくらりと……卑怯な手に、人から奪ったものに、あなたはなんでそう露悪的なことばかり!」

「俺は俺がやりたいように、やりやすいようにしてるだけだぜえ!?」

 ガンブレードを突き込むアカツキライガーに対して、ブラックナイトは夜の霧のようなつかみ所の無い挙動でその切っ先から身を躱していく。

「クソ……武装があるとやっぱりライガーは突っ込みが強いな。ぶつかりたくねえ――」

 重装を速度に乗せて突っ込んでくるアカツキライガーに対し、ブラックナイトは闘牛士のような回避の挙動。しかし突撃を躱したその瞬間、首を振って視線を巡らせたブラックナイトは躓くように不自然な角度で跳んだ。

 その影が行く先だった空間に蹴りを空振るのは、アカツキライガーと飛び交う火線の陰に身を沈めたナハトリッターだった。完全にロイの意識の外から襲いかかったシックルクローをブラックナイトが回避せしめたのはゾイド、ギルラプター種が持つ驚異的な反射神経故か。

「ははっ、こっわ!」

 リンとグロースの強攻を愛機の力で躱し、ロイは裏返った笑いを上げる。

 そしてロイを助けたブラックナイトのように、二体のゾイドが動く。戦いに勝利するために。

 蹴り足を出した勢いで身を回すナハトリッター。その背で展開したウイングショーテルが、転ぶような回避を見せたブラックナイトの首めがけてギロチンとして落ちる。

 刃によって閉じていく空間。だが液体のように流れるブラックナイトはその背と尾をショーテルに削られながら突破した。

 そしてロイが声を上げるよりも先に、突破先の空間に砲身を向ける巨体。突撃で踏み込んだ足で踏ん張り振り返るのはアカツキライガーだ。

 回る視界の中央にブラックナイトが飛び込んだ瞬間、リンは反射的にトリガーを引いていた。

 バレルの展開、出力プールコンデンサの接続はもはや自動化している。そして空間を抉りながら飛び出した砲弾は、プラズマ化しながらブラックナイトの足下へと飛び込んだ。

「かっ……はっ――!」

 凄まじい弾速を突き込まれ炸裂する地表。その破壊力に巻き込まれて浮かび上がるブラックナイトからロイの息が漏れる。しかしそれでもブラックナイトは威力に乗って跳び、アカツキライガーとナハトリッターの間合いの外へ着地した。

「へ、は……! 噂のレールガンか。とんでもねえものを振り回して来やがる」

 衝撃に全身を叩かれながらもロイは操縦席にしがみついていた。そしてブラックナイトも体躯の芯まで震わされ着地の勢いのままに傾いで戦場の外へとふらついていく。

「覚悟して下さい、中尉!」

 アカツキライガーの強い蹴り足の勢いに乗り、リンは展開したガンブレードを突き込んでいく。その先端のブレードは銃口を閉鎖し、より長く鋭いものを反転展開。

「アカツキペネトレイタ――――!」

 エヴォブラストの突撃が一瞬で間合いを詰めてブラックナイトに迫る。

 そしてその先端で口の端を吊り上げるように首を傾げるブラックナイトに、リンとアカツキライガーは震えた。

「――弱ってなんかいない!?」

 瞬間的に身を捻って虚空に吹っ飛んでいくアカツキライガー。そしてその腹をかすめて、ブラックナイトが振り上げるショーテルの鋭い光沢が走った。

「けっ、これだから真面目ちゃんは……。騙されねえんだもんな」

 アッパーの斬撃を飛ばしたブラックナイトの操縦席から、ロイの感心しつつも小馬鹿にしたような声が響く。しかしそんな余裕を残すほど、レールガンの威力は甘くはないはず。

 交錯しすれ違う敵の姿を、リンが操縦席の中から認める。そしてブラックナイトの仕草が闇夜にも明らかに見えた理由がそこにあった。

 ブラックナイトの全身、特に破損として刻まれた装甲の亀裂や端々から燐光が立ち上っている。夜闇にも淡い光だが、それは白に近い――、

「紫色……。

 これは……ゾイド因子オメガの色!?」

 巨獣ゼロファントス、巨神ゼログライジスを支えるエネルギー源にして、前年に北米大陸を震わせた大事件の根底に流れていた存在。それはこの時代のゾイド乗りにとっては自我を奪われる恐怖と共にあるもののはずだが、

「知ってるぜえ。もうゾイド因子オメガを通じて人を操る怪しいババアはいねえってなあ。

 なーら使わない手は無いよなあ……折角チューシュツキなんてかっぱらってきたんだもんなあ!」

 始めはじわりと染み出すように、そして今や全身にその光は広がっていく。前年ゼログライジス事件の最中において多くのゾイドとライダーを狂わせたはずのそれを漲らせ、ブラックナイトはその名に反して闇夜にその姿を露わにした。

「ダメージが回復していく……」

 一歩引いて牽制の射撃を構えていたグロースが言葉を漏らす。その通りに、装甲の亀裂に特に強い光が走って癒合を促していた。

「残念でした、かな? へへ、真面目に戦ってるバカは可哀想で仕方がねえや」

 司令部要員達へのルートを塞がれたためか、ロイはブラックナイトを後退させていく。その行く先ではキャノンブルと撃ち合う同じ空挺部隊のギルラプター達が踏ん張っているが、火力の差からか同じように下がり気味だ。

 オクトーバーフォースが押し返している。しかしそれはこの場所だけの事実だ。

 ロイ達の背後の山並みに、この戦場の大前提たるその姿が姿を現わす。

『――ロイ中尉、ゾイド因子オメガ抽出機を使用したということですか。

 あの機材は現状セカンドイシューの補給用ということになっているのですが』

 山々の谷間をなぞって前進してきた巨体の持ち主、ゼログライジス・セカンドイシュー。そのライダーたるカナンがブラックナイトの燐光を認めるほどの距離だ。

「いいじゃあねえか。別の使い道もあるなら有効活用するのが人の知恵ってもんだぜ。

 戦力増強になるなら尚更だろ? なあ」

『あなたの場合は別……、まあいいです。

 周囲を確保して下さい。この作戦の次の段階に入ります』

「へへっ、仕方ねえなあ」

 その威容に圧倒されるリンの前から、ロイはブラックナイトを後方へ跳躍させる。率いているギルラプター達も、司令部要員を追い詰めるよりは消極的な戦いにシフトしていく。

 こうなると後方にセカンドイシューが見えている以上、オクトーバーフォース側が攻めたい時間帯だ。だが突撃を得意とするキャノンブル部隊は他にも周囲から現われ得る敵から司令部要員を守らねばならない。

「クリューガー准尉、セカンドイシューにアタックしなければならない。攻められるか!?」

「はい、私もライガーも行けます!」

「頼むぞ、他からも戦力を送る。ここで撤退前にセカンドイシューにダメージを与えておけば、続く決戦を有利に進めることが出来る」

「わかって……います!」

 近接用の小口径火器が弾幕を張ってくる中を、アカツキライガーは前進していく。そしてその先にそびえるゼログライジス・セカンドイシューはロイの部隊や他のデルポイ連邦の状況を見渡し、

『オクトーバーフォースと称する旧世界の戦闘部隊に通告します』

 操縦者カナンの声が戦場に響き渡る。



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NEW EARTH ERA 31 10/14 23:03

IMPRESSION

・ファクターロアー
 戦闘武装化を施される前のアカツキライガーに固有の能力がファクターロアーと呼ばれるものだった。
 これはワイルドブラストに相当する能力であり、ゾイド因子増強個体であるアカツキライガーの咆哮によって体内のゾイド因子を増幅し放射するというものである。ゾイド因子オメガを取り扱う抽出計画においては重要なセーフティの役割を持っていた。
 しかし実際の所アカツキライガーの開発開始において重要視されたのはゾイド生体としてのライジングライガーの再現であり、この機能が発現したことは半ば偶発的な事柄であったとの報告も存在する。
 ともあれ、この能力を持っていることによりアカツキライガーは一度は世界を救ったゾイド因子を操ることができるゾイドの一角を占めている。
 たとえそれが不十分なスペックのものであったとしても、である。


新地球歴三一年 一〇月一四日 二三〇三時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

 地球生態系産のゾイドとしては最大級の存在であるゼログライジス。その形態を持つセカンドイシューが姿を現わしたことで、オクトーバーフォースとデルポイ連邦の戦場には鋭い楔が打ち込まれていた。

 誰もが、ゾイド達もが目を見張るその巨体は足下の戦場に視線を落としている。

『通告します。

 デルポイ連邦はこの戦闘においてオクトーバーフォース戦力をこの地より一掃。その上でデストロイヤー・ガンによる戦略攻撃のデモンストレーションを実施する予定です。

 新しい世界秩序の誕生に向けて、正しい判断をお願いします』

 睥睨する巨獣からの静かな声。しかし確実に広いチャンネルに放たれたその声に、一瞬戦場からゾイドの格闘の響きも、砲声も停止した。

 しかしその次の瞬間、低い唸りのような音が轟く。それも、空から。

『現われたなセカンドイシュー……。

 全機ダイブ! 飽和攻撃で敵を沈黙させろ!』

 夜の空、そして急に生起したこの戦い。そんな戦場に駆けつけている戦力はただ一つ。

 オクトーバーフォース御殿場基地という一大拠点で万全の整備を受けている航空ゾイド部隊。その先陣を切るのはソニックバード試作機を駆るベテラン三名であり、それに追随するのは対地攻撃のプロフェッショナルたる帝国軍出身のスナイプテラ乗り達だ。

 地上の部隊が苦しい戦いを繰り広げる間にも攻撃を控え、ここに集中攻撃を仕掛ける指示を放ったのは当然、

『グロース司令! 地上側からのアタックは任せましたよ!』

 スクランブル部隊を率いるカノーが呼びかける先はセカンドイシューが見下ろした戦場にいるはずのグロース。全てを見越して空中部隊に指示を出していたのも彼だ。

 兵器ゾイドの常として重武装のスナイプテラに加え、他のどのソニックバードよりも戦績を重ねている試作型達は重装備にも適応している。空を渡って運ばれてきた弾薬量は充分なはずだ。

 ソニックバード種の道を拓いた赤きエトピリカ、それと道を共にした白きストラトスフィア、黒きワイルドバロンが巨大な対ゾイドミサイルを投下して引き起こしをかけていく。さらにスナイプテラ達はドラム式のミサイルランチャーから攻撃を連続し、降り注ぐ火力は夜目にも鮮やかな流星群としてセカンドイシューに襲いかかった。

 壮大な空爆が爆炎を生み、セカンドイシューの姿を闇夜に掻き消す。だがわき上がる煙を吹き散らし、セカンドイシューは再び月下に姿を現わした。

『愚かな……。効かないと知っているはずだ、あなた方は』

「いいや、知っているのは可能性の方だね!」

 カナンの問いに、千切れていく爆煙の根元から挑みかかる影が一つ。

 渦を巻く機動でセカンドイシューの巨体を駆け上がるのは、グロースが駆るナハトリッターだった。すでにワイルドブラストしたその体躯が展開したウイングショーテルが軌道上のセカンドイシューを切りつけるが、そこには火花だけが散っていく。

『グロース・アハトバウム……。仮にも軍勢を率いる身がそんな無謀を!』

 跳躍するナハトリッターを追って、セカンドイシューがその手を伸ばした。伸ばされてる爪の先に重力塊が展開し、軽量のギルラプターであるナハトリッターを捉えようとする。

 だが生来の体躯にブースターを持つギルラプター種であるその身は、空中に孤を描いて伸ばされる手を逃れていく。そしてその足下から、暗夜に沈みながらかすかな光を宿したシルエットが駆けつける。

「突っ込めクリューガー!」

「仕掛けます! アカツキペネトレイタあああああっ!」

 地上を高速で疾走してきたその影は、金色の燐光を爆発させた。そして自らが発する光に照らされる姿は、重装甲と重武装をまとったアカツキライガーだ。

 だが今ライガーが全てを賭けるのは数ある武装の中でもただ一つ、ガンブレードの切っ先。金色の光もそこから発し、疾走の速度のままに広がっている。

 セカンドイシューの巨体を支えるゾイド因子オメガに対し、それ以外の全てのゾイド因子が持つ金の色。致命たり得るその一撃は、グロースの陽動によってセカンドイシューの胸元に迫っていた。

 回避不能。物理法則がもたらす絶対の先に、金色の一撃は銀と紫の巨獣に突き刺さった。胸部中央、野太い骨格で形作られた胸郭へ。

「今こそゾイド因子強化個体の本領を発揮する時……!

 アカツキライガー、フルパワーッ!」

 リンにとってはロイのこともあるが、アカツキライガーにとっての因縁の相手がこのセカンドイシューだ。東京ではゾイド因子を放射する咆哮しかできなかったライガーだが、今その背には身体に直結したブレードがある。そしてそれはセカンドイシューの胸部に突き刺さっている。

 今こそ金色の奔流は拡散をやめ、セカンドイシューのボディに流れ込んでいく。全身にリアクターラインを持つセカンドイシューは、その導線上へ金の光を自ら伝播していった。

 光の塊となっていくセカンドイシューの姿は、その戦地に集結したゾイド乗り達には見覚えのあるものだ。

「ゼログライジス事件の最後に……ライジングライガーが起こした奇跡と同じだ!」

 誰かが声を上げる。それは確かに、星一つの命運をかけたあの戦いを決した光景に似ていた。

 かつて世界を救った輝きと、打ち倒された者。その再現となる光景に誰もが手を止め、そして気付く。

「セカンドイシューが……!?」

 アカツキライガーに胸部を突かれたセカンドイシューは、その衝撃に仰け反っている。だが少しずつその腕が、その首が、胸元のアカツキライガーに食らいつくように動いているのだ。

 ゾイド因子の中でもオメガと呼ばれるものの純粋顕現体であるゼログライジスは、相反する金色のゾイド因子の奔流には耐えられない。それが昨年の事件を総括する結論だったはずだ。現に姿勢を戻していくセカンドイシューの背後で、流し込まれるエネルギーに耐えかねるように何かが爆発を起こす。

 しかしその爆炎に照らし出される影を見てオクトーバーフォースの兵は気付いた。セカンドイシューが背負っていたのは、何かタンクのような、本来ゼログライジスが備えていない装備であることを。

『……言ったはずです、この機体はゼログライジス・セカンドイシュー(改訂版)であると……!』

 爆風に押されるようにアカツキライガーを掴んだセカンドイシューが、金の光を放つ獅子を投げ飛ばす。そうして、夜の闇に繰り広げられた光の嵐は掻き消されていった。

 

新地球歴三一年 一〇月一四日 二三一一時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

「ま、連中が知らなくても無理はないわけだよなあ」

 セカンドイシューの足下、傷を癒やすゾイド因子オメガの光を漏らすのはロイが駆るブラックナイトだ。部下達と共に、セカンドイシューへの攻撃を画策するオクトーバーフォースゾイドへの迎撃を行っている。

 そんな彼がグロースとリンを通らせた理由こそ、今し方繰り広げられた光景にあった。

「ゾイド因子オメガの抽出機を暴走させた結果生み出されたのがセカンドイシューだが……これは自然にゾイド因子オメガの純粋存在として生まれたオリジナル・ゼログライジスとは微妙に異なる出自だ。

 実験段階のゾイド因子オメガ抽出機は、少なからず通常のゾイド因子も地殻から吸い上げていたんだよな。そしてセカンドイシューはそれを取り込んだ上でゼログライジスとして実体化した」

 何が起きたのかわかっていない風の部下達に、カナンやヘンリー達ともやりとりをするロイはそう真相を明らかにしていく。

「わかるか? セカンドイシューはゼログライジスとしては混じりけのあるまがい物だ。そういう意味で当初名付けられていたネガシルエットという名前は正鵠を射ている。

 だがその混入物がある結果、オリジナル・ゼログライジスが弱点としていた正常なゾイド因子に対して耐性がある。それどころか正常なゾイド因子を代謝することすら可能だ」

 アカツキライガーを投げ飛ばした今、セカンドイシューは胸郭を膨らませ深呼吸するように項垂れている。そしてそうする全身に金色の光が巡り、身体の深奥へと吸い込まれていきつつあった。

「異なる血を入れたがために進化した存在……なるほど確かに改訂版だ。

 ムーロアの血族としては傍流のヘンリー総統閣下が率いるには相応しい存在かもなあ」

 一言多いロイに、部下達は下卑た笑いを漏らす。そしてそんなロイ達を尻目に、今や完全に金色の光を内包したセカンドイシューは南の方角へと首を巡らせる。

『――通告通り、オクトーバーフォースの戦力に対する掃討作戦を開始します』

 カナンが告げる声は間違いなくオクトーバーフォースに届くよう、全チャンネルと大音量の外部音声によって放たれている。そしてその声を聞く者達に対して、セカンドイシューの視線は相対していなかった。

 南の空、山脈の彼方へとセカンドイシューは顔を上げている。敵は眼前のあらゆる位置にいるにも関わらずだ。

 その意図に気付くことが出来た何人かが声を上げる。

「ダメだ! ヤツの砲撃を阻止しろ――――!」

 ロイ達、さらに複数のデルポイ連邦戦力に妨害されながらも、オクトーバーフォースからセカンドイシューに砲撃が飛ぶ。

 だが全身に力を漲らせたセカンドイシューは、その砲撃が炸裂する爆光の中に仁王立ちすると、その背に負った八門のドーサルキャノン、そして自ら生み出し続けるインフィニティミサイルとの斉射を放った。視線の先、南の方角遠くへ。

 火線が届くのはオクトーバーフォースの戦力が包囲されつつある近辺ではなく、山を越えた先。それはこの戦場の外だが、

「後方のベースキャンプが……!」

 カナンの意図に気付いた誰かが呻く。そう、そこにあるのはオクトーバーフォースの後ろ盾たり得る、この南アルプスに張り巡らされたベースキャンプ網の一点だ。

『警告します。

 セカンドイシューの砲撃能力は以前示したとおり山脈を越えて後方拠点を破壊可能です。

 そして本来増加ゾイド因子タンクを装備して出場した今回ですが……。先程直撃した高濃度ゾイド因子によるアタックの結果セカンドイシューは活性化しています。皆様方が撤退可能な距離に存在するベースキャンプを虱潰しにするには充分なエネルギーがセカンドイシューには備わっている現状です』

 一斉射撃を止め、方角を変えるセカンドイシューからカナンの声が響く。

『投降するならばそれなりの扱いをしましょう。

 ですが、オクトーバーフォースなる軍勢にはこの地上から消滅していただきます』

 再びの斉射。夜闇を引き掻く紫の光条に、幾重にも連なるミサイルの噴射煙。その根源たるセカンドイシューには周囲から悲鳴のような総攻撃が浴びせられるが、巨獣はその威力を浴びてさらに磨かれていくかのように輝きを増していった。

「フツーのゾイドである俺のブラックナイトに同じ抽出機からゾイド因子オメガを導入出来たことが唯一のヒントだったろうが、ま連中にはどうにもできないことだったなあ。

 ははっ、こっちだけタネを知ってるチートってのは気持ちがいいなあおい!」

 傍らの部下の機体にブラックナイトを寄らせ、ロイはゲラゲラと笑う。圧倒的な力を背後に起き、それを止められる者は誰もいない。

 いや、しかしそこへ周囲からの砲撃とは異なる鮮烈な一撃が飛んだ。目に焼き付く白銀の光を引いてセカンドイシューを狙ったのは、アカツキライガーが投げ飛ばされた辺りからの砲撃だった。

『済み、ません……。私達では、力及ばず……』

 カナンも用いるオープンチャンネルにノイズ混じりの声を流すのは、確かにリンだった。ゾイドの体すら引きちぎられそうな投擲を食らいながらまだ生きている。そしてアカツキライガーもレールガンの一撃を放っている。

 だが今はそれまでだ。このタイミングで彼女が頼れる相手は二人だけ。

『グロース司令……』

「しょうがねえよな、敵がこんなインチキゾイドだったなんて俺も知らなかったもん」

 その姿は空中から消えた後、ロイ達の直近に現われた。へし折った枝葉を装甲に引っかけたナハトリッターの出現に、ロイの部下達が武装を向ける。

 しかしセカンドイシューの砲撃が続く中で、グロースの背後から轟いてくる地響きに気づけた者はロイだけだった。

「おめーら危ねえぞ」

 そう言いながら一足先にブラックナイトを翻らせるロイ。そしてその警告に気づけた一部の者以外、グロースを討ち取ろうとした者達の前にそれは姿を現わす。

『ギャラン軍曹……!』

「ああ、ここから先は俺達に任せなあ!」

 瞬間、ナハトリッターの傍らの森を突き抜けて巨大な牙の群れがロイの隊列に食い込んだ。

 上下左右に全てを根こそぎする獰猛なその歯列は、巨大ゾイドデスレックスの一体であるスカベンジャーのワイルドブラストによるものだ。

「好き勝手絶頂に囀ってんじゃねえぜテメェ! オクトーバーフォースは二枚看板なんだよ!」

 捕食のための牙と、破壊のための砲身を備えた濃緑の影が、セカンドイシューへと襲いかかる。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/14 23:14

IMPRESSION

・ロングレンジバスターキャノン
 惑星Ziにおける陸戦ゾイドのオプション火器としては最大級の砲弾サイズを誇る強力な装備がロングレンジバスターキャノンである。
 その構造は単純な実包火器だが、軍事技術の発達によって火砲の適正口径が概ね割り出されている現代においては規格外の大口径が特徴的である。砲身長も長く、陸戦兵器用の火砲の常識を越えたスペックは戦艦の主砲にすら比肩する。
 純粋に通常火砲として過剰な威力を持つが、巨大な砲弾の弾頭容積を活かした特殊弾の開発が容易でもある。ゾイドクライシス当時に墜落した科学船からこの兵器のデータを得た地球人文明ではゾイド因子を封入した特殊弾の発射装置として、この装備を独自に再現していた模様。


新地球歴三一年 一〇月一四日 二三一四時

南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近

 

「クリューガー准尉は大丈夫そうか? まあ、すぐにこっちも心配出来なくなるんだがな……」

 ゼログライジス・セカンドイシューに愛機を相対させ、ギャランは唇を舐める。

 セカンドイシューは今アカツキライガーのゾイド因子攻撃に耐性を見せた。しかしそれはピンポイントな効果であり、そしてスカベンジャーにとっては影響が無い。

 オリジナル・ゼログライジスは昨年ジェノスピノとオメガレックスを相手に優位な戦いを繰り広げたという。そしてこのセカンドイシューの性能予測は、純粋なスペックならオリジナルを下回る。

「オメガレックスの近似種であるこのデスレックスならどうかなというところだ」

 スカベンジャーは運用上の理由からスペックが低い個体が選定されているが、しかしそれは数少ない帝国軍が確保した個体の中での話だ。フルパワー時のスカベンジャーはギャランでも持て余す部分がある。

 そして昨年ゼログライジスに立ち向かったオメガレックスは強力な個体だったが、接近戦では強みである荷電粒子砲が使えないという、実質デスレックスと変わらない条件で戦った。その状態で接近戦を得意とするジェノスピノと戦列を共にしたのはギャラン達にとっては福音だ。

「インファイトでも使える武装はオメガよりスカベンジャーの方が多いんだ。どうかな、セカンドイシュー!」

 砲撃を止め、スカベンジャーに視線を向けるセカンドイシューめがけてギャラン挑みかかる。相手が集中してくることも力の証拠となるか。

 注目してくる相手めがけてスカベンジャーは突き進んでいく。すでにその巨大な顎に加えて体側から前方に展開するデスジョーズも開いたワイルドブラスト状態だ。

 そしてそれらを開いて突撃していく最中から、ギャランは操作をした。ロングレンジバスターキャノンの砲身を敵に向けるという奇襲の一撃だ。

 太めの瓶ほどはある金属の塊を超音速で叩きつける巨大砲。それも発射直後の一撃を直撃させる間合いだ。先程山肌をえぐり取った徹甲弾の一撃がセカンドイシューに突き刺さる。

 そして闇夜にも黒い爆煙がセカンドイシューの姿を掻き消す。破裂音の残響も轟き、破壊力が戦場の一瞬を支配した。

 確かに直撃はさせた。その手応えにギャランは頷くが、しかし同時に、

「……まだ健在か!」

 爆煙の奥に未だ存在するプレッシャーめがけ、ギャランはスカベンジャーを飛びかからせる。しかしそれよりも早く、巨大な腕がスカベンジャーの顎に突き込まれた。

 野太い牙と喉奥の破砕ドリルとが存在するにもかかわらず、その腕は無造作にスカベンジャーの頭部を口内から捕らえていた。金属が軋む音と共に鋭いエッジが装甲を抉るが、相手は意に介さない。

 そして夜風に煙が流れていけば、そこに存在する腕の持ち主はセカンドイシューだ。砲弾が直撃した胸部に着弾痕を生じさせながらも、その視線は悠々とスカベンジャーを見下ろしている。

 さらにその全身には金と紫の輝きが入れ替わり立ち替わり脈動し、被弾箇所も牙に抉られる腕も再生に向けてすでに新たな金属細胞を湧き出させていた。

「てっめぇ人の給料数ヶ月分のたっけえ砲弾だぞ相応に食らいやがれ!」

 すかさずギャランは連装のロングレンジバスターキャノンのもう一方をセカンドイシューの被弾箇所に向けた。この巨大砲が連射可能なのは通常の戦場においては過剰な性能だが、この敵に対してはどうか。

 二発目の直撃。しかし再び生じた爆煙を、スカベンジャーが自ら吹き散らすことになった。

 口内に突き込まれたセカンドイシューの腕で、スカベンジャーの巨体が掲げるように持ち上げられていく。

「がああっこの馬鹿力野郎!」

 セカンドイシューの足下では地盤が二体の重量に耐えかねて音を立てて形を変えていくが、セカンドイシューは野太い爪をそこへ食い込ませて全身を振りかぶっていく。スカベンジャーに出来ることは自分を支える腕に一際強く食らいつき、すでに金属同士噛み合っているドリルからも火花を散らすことだけだ。 

 そして次の瞬間、鞭でも振るうようにしてセカンドイシューはスカベンジャーを地面に叩きつける。その打撃音は二発響いたロングレンジバスターキャノンの砲声にも劣らぬ轟音だった。

 操縦席のギャランからしてみると、一瞬視界に映る色彩が全て入り交じるほどの勢いだった。そして直後には遠心力で視界がレッドアウトした上で、加速度に脳も揺さぶられて目眩が渦巻く。全身も操縦席内側に打ち付け、耐Bスーツを身につけていなければ原型を保っていたかも怪しいほどだ。

「け、けどまだ死んでねえぞ……!」

 うめき声を上げた途端、ならばとでも言わんばかりにセカンドイシューは再び二度、三度とスカベンジャーを地面に叩きつける。スカベンジャー自身も苦悶を漏らすが、しかしそこでセカンドイシューからのグリップが解けて巨体は山中に砂埃を上げて転がった。

 身を震わせて起き上がろうとするスカベンジャーの前で、セカンドイシューは自身の腕を見下ろす。スカベンジャーの喉奥を掴んでいたその手指からは爪一本が欠けていた。

「へへ……食ってやったか、スカベンジャー……」

 まだ紫の燐光が残るそれを、スカベンジャーはこれ見よがしに咀嚼して飲み下して見せた。捕食者という、生物としてより強い者が見せる態度を示すのは意地に他ならない。

 鳴り響く金属の咀嚼音に対し、セカンドイシューはゾイド因子の光を纏って牙跡や食い千切られた指を修復していく。だが確かに、『食らった』のはスカベンジャーだ。

『そんな風に意地を張ったところで……』

 思わずカナンが言葉を漏らす。光に包まれたセカンドイシューにはもはやダメージなど無い。

『あなた方がどれだけ戦力を投入しても、セカンドイシューを止めることは叶わないはずです。ここで撤退することこそ賢明な判断では?』

「そういうことを言って自分の思い通りにことを運ぼうとするヤツってのは俺は大っ嫌いなんだよなあ。そういうヤツの鼻っ柱をへし折ってやりてえってのは充分な理由になるはずだぜ!?」

 ゾイド因子オメガを含むパーツを捕食したためか、スカベンジャーもうっすらと紫の光を帯びながら立ち上がる。ロングレンジバスターキャノンの機関部がコッキングし、次弾を装填することで巨獣の闘争心を示していた。

「お前らだって始めはそういう気持ちで新しい国を作ろうとしてたんじゃねーの? ショシンは大事だぜ? へへへ」

『っ…………』

 見透かすようなギャランの声に、カナンは声を詰まらせる。しかしすぐさまその声は怒気を帯び、

『あなた方のような、あの社会の中で生きることが保証されていた人々に真の怒りがわかるものですか!』

「おお!? なんだとこの野郎!

 こっちだってなあ、散々ミソッカス扱いされてだなあ!」

 ギャランはスカベンジャーを飛び出させる。カナンの言葉は許しがたいものだった。

 ギャラン達の4989小隊は運用の困難さから死蔵気味だったスカベンジャーの管理先として、どうでも良い、どうでも良くなった人材の墓場となっていた。

 そこから真帝国事件で生じた一瞬のチャンスをものにして、広報戦略を足がかりにしてここまで這い上がってきた。

「文句ばっかり言いながら汚い手しか使わないヤツが偉そうな口聞くとかあったまくんなあスカベンジャー!」

 吠え猛るスカベンジャーの地力がこの躍進の原動力だったことは事実だ。だがそれだけではない。

「雑草の正しい足掻き方を見せてやるぜ……。

 アビー、ベッキー!」

「ほいさギャラン!」

「私達も負けないよー!」

 巨獣二体の絡み合う乱戦は他のゾイドが踏み込んで来ない激しい格闘戦となっている。しかしその戦場に躍り込んでくるのは二体の小型ゾイド。対ゾイドの格闘装備とした巨大なメガランスを一本ずつ装備しているが、それだけのものが必要になる体格であるとも言える。

 襟巻き状の器官を持つそれはディロフォス。ギャランとスカベンジャー達の同僚であるアビーとベッキーの駆る機体だ。

 ロングレンジバスターキャノンもその威力を妨げられた今、その程度の武装がセカンドイシューに通用するわけもないが、

「へいへーい大将ビビってるー!」

「それともキレてんのかなーっ!」

 機銃を撃ちながら接近するディロフォスだが、轟音を立てながら突撃するスカベンジャーに比べれば些末な戦力だ。挑発を口にしてもセカンドイシューは見向きもしない。

 だからか、二体の小型ゾイドはスカベンジャーの背を蹴ってセカンドイシューの眼前に飛び出した。それと同時にスカベンジャーは反転し、セカンドイシューの視線を真横に引きつける。

「ストロボジャミングを食らえ!」

 宙に舞ったディロフォスは襟巻きを展開している。そしてそこから発せられる瞬間的な高インパルス電磁波が、至近距離からセカンドイシューの双眸に降り注ぐ。

 小型故にその威力は限定的だが、一瞬に収束させたそのエネルギー密度は無視出来るものではない。セカンドイシュー頭部、特に電子戦器官であるマインドホーンを中心にスパークが走った。

 目眩を起こしたように顔を覆うセカンドイシュー。最も敏感な器官に向けて放たれた鮮烈な一撃は、小さいが鋭い針のような威力を秘めていた。致命たり得ることはないが、一瞬意識を引きつけるものだ。

 そしてその一瞬の間に、スカベンジャーはセカンドイシューの背に回り込んでいた。そこには火器が密集しているが、アビー達が生んだ隙の中では迎撃は発動しない。

「さっき爆発があったのは背面中央……」

 ギャランが一縷の望みをかけたのは、ここまでで唯一明確にセカンドイシューがダメージを負った部位。増加エネルギーを内包していた装備の接続部。

 しかしそこには焦げ付いてはいるが、的確に遮断されたプラグが存在している。ダメージは表面にしかない。

 しかしその代わりに、下方からの爆発を装甲で耐えた操縦ブロックがそこにはあった。

「へっ、オリジナルとコクピットは同じ場所かい。片手落ちなんじゃないかい改訂版さんよお!」

 飛びかかるスカベンジャー。だが操縦ブロックは林立するドーサルキャノン他火器の奥にあり、直接食らいつくことはできない。スカベンジャーはセカンドイシューの背にのしかかり、短い腕で這い上がり、多数の砲身を掻き分けていこうとする。

「ここまで近づけば武装も使えねえだろうが!」

『それはどうでしょうね』

 その瞬間、スカベンジャーの腹部で爆発が起きる。飛びついた背中の中央部に装填されていたインフィニティミサイルがそのままランチャー上で起爆されたのだ。

 通常のミサイルではあり得ない運用方は驚異的な耐久力と再生力を持つセカンドイシューだからこそ。だが同時にイレギュラーな戦法は本来の威力を発揮しない。

「逃すか……!」

『無駄なことです。このまま機体が両断されるまで起爆し続けますよ』

 爆発で破損したランチャーごと、新陳代謝によって次のミサイルが生成されていく。だがスカベンジャーはその背に食らいつき続け、

「逃がすかって言ってんだ! てめえはここに釘付けだぜ……!」

『!?』

 捨て身とも取れるギャランの言葉。だがここで彼が賭けられる相手は決してゼロではない。

 そして動きを止めたセカンドイシューめがけ、周囲の空から集まってくる光がある。

『弾が通じなかろうとこっちは速度自体が武器だ! 全機、ワイルドブラストで突入をかけるぞ!』

 スナイプテラ隊を背後に起き、接近するのは三機のソニックバート試作機。三方位からセカンドイシューに殺到する衝突目前の軌道だが、その速度は加速していく。

『俺達のワイルドブラストも食らえ!』

 セカンドイシューの上空で交錯する三機は、わずかにタイミングをずらして直上でそれぞれ音速を突破した。そしてその周囲に発生するマッハコーンが三連発でセカンドイシューを真上から打ち据える。

 衝撃はセカンドイシューよりもその操縦席に浸透する。友軍の一撃を予期したギャランはとにかく、カナンにとっては不意打ちだ。

『ぐうう……!』

 息を詰めるカナンの声が漏れる。そしてそれを受けて指示を飛ばすのは、電子の目で戦場を俯瞰していた一人。

『やはりゾイド自体は強靱でも後から付け加えられた部位の強度には限界があるようですね。

 さらにパイロットも生身の人間です。そこを攻めることが出来れば勝機はあります』

 戦闘部隊長シールマンの結論に、ギャランは口の端を吊り上げた。セカンドイシューの背にスカベンジャーを乗り上げさせているギャランは最もチャンスに近い位置にいる。

 オリジナル・ゼログライジスはその搭乗者になったフランク・ランド博士の肉体に金属化変性を加えていた。それ故に合同軍の総攻撃に晒されてもラッキーヒット一発あり得なかったが、

「よっしゃあシールマンのお墨付きぃ!」

 短い腕でしがみつき、衝撃波にも耐えたスカベンジャーがセカンドイシューの背を掻き分ける。そして今こそ二門のロングレンジバスターキャノンが突きつけられた。

 号砲の二連発が炸裂し、セカンドイシューはかすかに仰け反る。そしてその威力をより強く浴びたのが操縦席のカナンだ。

『私が……セカンドイシューの弱点?

 私を殺せばいいと……?』

 被弾の衝撃に震える操縦席から、カナンの呻きが通信にこぼれていく。しかしその苦しげな声音は、降りかかったダメージだけが原因ではなかった。

『いつもそうやって……力で黙らせればいい相手だと、人のことを……!』

 誰も知らぬカナンの過去。しかしそこに端を発する確かな怒りが、セカンドイシューを駆動させる。

 スカベンジャーに食らいつかれたまま、セカンドイシューはその胸郭を展開していく。現われるコア部は、全身に漲るエネルギーの中核として一際強く赤い光に包まれていた。

 そして収束重力レンズは展開することなく、あふれ出るエネルギーをそのままぶちまけた光条がセカンドイシュー正面の大地を吹き飛ばす。本能解放攻撃、Zi-ENDの破壊力の直射であった。

 そしてその威力で地表を赤熱化させつつ、セカンドイシューは身を捻り力を振り回す。書き殴られる破壊の痕跡は、森もゾイドの軍勢も関係なく一筆書きで塗りつぶしていく。

 赤熱する地表に、燃え盛る木々やゾイド達の光がセカンドイシューを赤く照らす。その一薙ぎは周囲での戦闘の帰趨を一瞬で決するものだった。数多のデルポイ連邦機も巻き込みながら。

「この野郎、暴れ回るじゃねえか! ちょっと大人しくしな!」

 覆い被さるスカベンジャーからギャランは叫びを上げるが、セカンドイシューは止まらない。ゾイドの中でも重量級の存在に対しても、もはやセカンドイシューは止まらなかった。

「てめえこの……!」

『邪魔だあああああっ!』

 ロングレンジバスターキャノンを再び突きつけようとするスカベンジャーに対し、セカンドイシューはその腕を背中に回す。そして刀でも引き抜くように、長い砲身を掴んでスカベンジャーの巨体を無理矢理引きはがした。

 先程よりも不安定な体勢で振り上げられるスカベンジャー。そして赤熱した大地を周囲に吹き飛ばしながら、地面に埋め込まれるように叩きつけられる。その背で金属がひしゃげる音が響くと、赤熱化した土砂と共にその身はバウンドした。

「砲が……!」

 ロングレンジバスターキャノンの一方が、支持アームの断裂でセカンドイシューの手の中に残っている。そしてそれを一瞥もせずに投げ捨て、セカンドイシューは威力の放射を続けていく。

 数々の戦力がその実力を披露したその戦場だが、セカンドイシューの存在は桁外れであった。周囲を紅蓮に塗りつぶしていくその背に、ギャランはなんとかスカベンジャーを起き上がらせる。

「くっそ……思うように行かないな……」

『ギャラン君、周囲の戦線が崩壊しデルポイ連邦側の戦力が雪崩れ込んで来ている。警戒を――』

 通信越しのシールマンも、当然ギャランも継戦の意志を残していた。スカベンジャーも強力な武装の一方を失いながらも、鎮静剤が抜けてきたか凶悪な吐息を漏らしながらセカンドイシューの背中を睨み上げている。

 しかしその瞬間、戦場の上空に音を立てて打ち上がる一つの光。赤い煙の尾を曳いたその様子に、ギャランは振り返る。

「……『各員それぞれの能力を持って撤退せよ』」

 光は信号弾。それが意味するところはここまで目指していた秩序だった後退策とは違う。兵一人一人、ゾイド一体ずつで戦線を突破し後方へ向かえというものだ。

 その判断を下すグロースはこう決断したのだ。この戦場は、

「敗走か……」

 この戦場はもはや勝ちに傾くことはない。次を戦うためには、可能な限りの戦力を脱出させ温存させるしかないのだ。

 ギャランとスカベンジャーもその一部だ。そして炎上する森の奥に突き刺さったロングレンジバスターキャノンを一瞥し、ギャランは機体に踵を返させる。

 セカンドイシューはZi-ENDに加えてドーサルキャノンとインフィニティミサイルの乱射も繰り広げ、周囲全てに破壊力を振りまいている。それはもはやセカンドイシューではなく、自分を狙ってくる敵に対するカナンの怒りを反映しているかのようだった。

 そして降り注ぐ破壊力の中をスカベンジャーは南へ。

 否、スカベンジャーだけではない。オクトーバーフォースの残存する全ての戦力がそれぞれの位置から南を目指し始める。

「ギャラーン! 勝てなかったね!」

「大砲片方飛んでっちゃったじゃん!」

「うるせーよお前ら。この場だけのことだっつーの。それよりちゃんとついてこいよ!」

 ギャランが声を上げ、スカベンジャーはふらつきながらも燃え盛る森の中に道を切り開いていく。アビーとベッキーのディロフォスは遠く見えるセカンドイシューへ振り向きつつそれに続いていく。

 Zi-ENDの収束光に薙ぎ払われた周囲では戦場が崩壊し、しかし後方が健在のデルポイ連邦がいち早く体勢を立て直し追撃の構えを見せている。オクトーバーフォースは包囲されかけていた状況だが、

「南側の戦線は空いている……。ララーシュタイン中佐の部隊がやってくれたかな?

 シールマン! そっちは大丈夫かあ!?」

『人のことを――いでくれよギャラン君』

 なにかダメージがあるのか、シールマンからの通信はノイズがひどい。だが心配するポーズをとっても意味は無い状況だ。

 方位の穴である南へ、ギャラン達のみならずオクトーバーフォースの戦力は隊列も組めずに殺到していく。そしてそれを追撃するデルポイ連邦。

 

 その夜、南アルプスの中央でオクトーバーフォース本体は敗走に転じた。前線寄りの拠点すらも失ったことは、立て直しに多大な時間を要する損害である。

 しかしその直後、日付が変わる目前にデルポイ連邦は北米へ向けた宣告を放送する。時差がある北米大陸の帝国共和国両国の昼間に向けた、二四時間後の戦略攻撃の予告。

 世界の有り様を変える一撃までの時間が示され、そして炎の夜が明けていく。

 



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FINAL COUNT DOWN N.E.E.31 10/15
NEW EARTH ERA 31 10/15 05:01


IMPRESSION

・光学迷彩
 敵に発見されにくくなる、という技術は基本的には二種類に分けられる。すなわち光、音、温度などの外部への影響を断つパッシブなステルスか、積極的に索敵を妨害する効果を発するアクティブなものかである。前者は迷彩塗装や静音機構、後者は煙幕や電子妨害などが挙げられる。
 光学迷彩はその両者の境界に位置するような技術である。発見を避けるために周囲の景色に溶け込むよう視認性を低下させることは単純な迷彩塗装と同様だが、それに際して光学的映像投影技術を駆使し、能動的に機体表面にリアルタイムな周囲の映像を映し出すことでその効果を飛躍的に高めようという概念に基づいている。
 究極的には映像を映し出すことで擬似的に透明になることを目標とする技術だが、それを実現するための技術的ハードルは多い。それでもなお開発が進んだこの技術を先んじて実用化したのは帝国軍であったが、その実験機ガトリングフォックスの外部への流出によって当該技術の今後には暗雲が立ちこめているとされる。


新地球歴三一年 一〇月一五日 〇五〇一時

南アルプス 畑薙湖

 

 前線部隊潰走の翌早朝。戦場となった赤石岳近辺まで川を遡上してきた部隊が存在した。

「はてさて、どうなっちまうんだろうねえ現状……」

 昨夜の激戦が無かったかのように薙いだ湖面を進むのは四機編成のバズートル部隊。その内一機は見張のマストや銃座のための甲板を増設したパトロール仕様で、これを護衛するために通常型三機が周囲を固める編成だ。

 そしてその通常型バズートルを操るのは、オクトーバーフォース機甲部隊のキリング小隊だった。

「湖と言っても川の途中が膨らんでるような感じなんだな。でもこれだけ水深と幅があればネーバルサウルス級でも戦闘行動が取れるかな?」

「ま……我々のバズートルなら小回りが効くので関係ないですけどね」

 湖面を雁行隊列で進む部隊では、キリングとクラップが言葉を交わしている。そしてそんな彼らの行く先、南アルプス奥地は薄明の空に戦闘の煙がたなびいた景色を見せている。

 デルポイ連邦からの攻撃勧告で帝国、共和国本土がパニックを起こす中、後方からせっつかれたオクトーバーフォースは前線の様子を窺うことしか出来ずにいる。トップであるグロースと主力部隊、そして彼らを支える前線キャンプ群がまとめて連絡不能に陥ったためだ。

 沼津・熱海・御殿場の各拠点は本国との折衝を行いながら前線の状況を把握することに努めている。航空戦力に優れた御殿場は空から。そしてキリング達が属する沼津は陸路と水路から。

 キリング達が進む大井川ルートは昨晩の戦闘があった赤石岳周辺に至る本命ルートの一つ。そこへ投入された彼らが見たものは、

「……キリング隊長、前方二時方向。森の中に動きがあります」

 パトロールバズートルの見張り台から声が上がる。それに釣られてキリング達が目を向ければ、確かに斜面に生えた木々が不自然な揺れを起こしている。

「……水上砲戦準備」

「あんまり経験無いんですよねえ我々」

「いっつも地上でドンガメしてますよね」

「緊迫してる事態なんだが?」

 部下達に白い目を向けるキリングだが、彼らが言わんとしていることはわかる。バズートルというゾイドに水上戦適正があろうと、彼らの主戦場は地上なのだ。

 そんな状況での地上の動きに、キリング小隊はパトロールバズートルを庇うように陣形を変える。航跡をねじ曲げ陸地に対して壁になるよう斜行しつつ地上を見れば、

「敵ではないかな……だが」

 隊列前方で部下を率いるキリングとしては一つのことが気がかりだ。

「さて……負けて帰ってきた仲間だったとしたら、どんな顔で迎えてやればいいのかって感じでもあるよな」

「ノイエントランスの連中はまだ負けてない時期でしたからね……」

 部下の言葉にキリングは頷くしかない。

 かつてキリング隊は包囲下の帝国軍部隊の増援に向かったことがある。局地的には現状よりハードな現場だっただと思うが、ここでの結果がもたらす世界情勢の変化のことを思えば暗澹たる思いだ。

「さて、昨晩の戦闘を乗り越えたどちら様が姿を現わすか……うわあ」

 警戒態勢の正面に立つキリングの視界、それもバズートルのバイザーで拡大された景色に映り込んできたのは暗い色のライガーのものだった。

 見覚えがある。それはオクトーバーフォースのフラッグシップたり得る注目株、アカツキライガーの姿だ。その背後にはやはり強力なララーシュタイン麾下のドライパンサー隊に、どうやら要人を輸送しているらしいカーゴを引いたキャタルガの姿もある。

「ふー……エースでも女の子の方か。いや、若いことの方が問題かな。どういうメンタルをしているか……」

 湖畔に姿を現わしたオクトーバーフォースの一団に対し、キリングは苦笑するしかない。

 彼はオクトーバーフォースのフラッグシップの一方であるデスレックス〈スカベンジャー〉の専属ライダーであるギャランとは既知の仲だ。その一方で同部隊の片翼たるアカツキライガーのリンについては多くを知らない。

「心が折れていなけりゃ付き合いやすいんだが……あのゾイドの眼差しはどうだろう?」

 木々の合間から、アカツキライガーがキリング達を見つける。その視線は頭部装甲の奥、落ちくぼんだ眼窩からかすかに暗い空間を経て湖上のキリング達を捉え、そしてリンもキリング達に気づいたようだった。

『オクトーバーフォースの部隊ですね……。こちらは前線部隊、リン・クリューガーとアカツキライガーです。

 負傷者、軍属……その他消耗した人員とゾイドが多数います。近くの拠点に誘導願えませんか?

 ……もう、残っていないのでしょうけど』

 沈んだ声音が通信越しにキリング達の耳に届く。声の主リンのことは彼らも多少なりとも聞き及んでいることだ。

 そして聞こえてくる調子は彼らの知るリンのそれではない。そしてなにより、落ち込んでいるが故に沈んだ声音であるようには感じられないのが不可思議であった。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 05:21

IMPRESSION

・キルサイス
 カマキリ種の小型ゾイド。帝国軍が開発し、実戦投入されたのは新地球歴30年という新型機である。
 基本的に格闘兵装のみを備える機体だが、拡張性が高い上に外部からの無人操作も可能な最新のインターフェースを備えるため元々の長所を伸ばした運用、他の用途に転換しての運用どちらにおいても高いユーティリティ性を誇る。
 さらに本機種は汎用航空ゾイドとしてこれまで運用されてきたカブター・クワーガなどの甲虫種ゾイドと同等以上の飛行能力も存在するため、小型汎用ゾイドの傑作であるラプトールやディロフォスといったゾイド以上に活躍の場が広く、大いに期待された存在であった。
 しかし新地球歴30年の真帝国事件において、生産拠点の一部がシーガル元准将に寝返ったことで機体の提供が行われ帝国首都占拠の際にその猛威を振るってしまったことはいささか皮肉な結果であると言えよう。そうして帝国国民に恐怖を植え付けた結果か、正規軍での運用は新地球歴31年現在では開始していない。


新地球歴三一年 一〇月一五日 〇五二一時

南アルプス 畑薙湖 湖畔

 

 キリング達に誘導され、リン達撤退部隊は畑薙湖の湖畔に存在する旧世紀の舗装路跡にて足を休めていた。

 滞空時間に制限があるものの、御殿場のスナイプテラ部隊がエアカバーを行っている中での休息。一晩中敗走を続けてきたリン達にとってはようやく一息をつけるタイミングだ。

「……それで昨晩のうちに本土にデルポイ連邦からの放送が流れて、帝国も共和国もそれなりにパニックが起きている様子だ。

 砲撃予定時刻はおよそ一八時間後……航空偵察で北岳斜面にデストロイヤー・ガンの砲身らしきものが確認されている。空爆も計画されたが、デルポイ連邦は北岳周辺に防空網を集中させているようで……」

 後方から上がってきたキリングが前線部隊の各員に状況を説明していく。後退してきたゾイドライダー達は皆思い思いの姿勢で疲れを見せながらもそれに聞き入っていた。

 そしてその中に一人、リンも混じっている。ロービジ迷彩の端々が擦れて剥がれたアカツキライガーにもたれかかり、その小柄な姿はキリングの話に聞き入っている。

 セカンドイシューに立ち向かい、しかし撃退された。そしてそこから敗走の集団を率いてここまで戻ってきた。その疲れがリンの双眸を落ちくぼませ、どこか壮絶な表情を作り上げている。状況を説明するキリングや、その部下のトランパやクラップもついちらちらと様子を窺ってしまうような風情だ。

「攻撃が実施されるまで残り一八時間弱……オクトーバーフォース、いや、日本列島に展開した開拓兵団は攻撃阻止のために動いているわけで」

「――それは、グロース少将の指示ですか?」

 キリングの説明が現在にまで至ったそのタイミングで、リンは口を開いた。そのギラついた目に射すくめられつつも、キリングは伝えるべきことを並べていく。

「グロース少将以下、オクトーバーフォースに参加していた高級将官とは未だ連絡が付かない。開拓兵団に関しては以前から大湊から指揮が飛んでいたからいいとして……」

「オクトーバーフォースは、敵に最も近い位置に存在しながら積極的に動きが取れない」

 リンの指摘に、キリングは頷くしかない。他のメンバーもそんな現状は大なり小なり察している状況だった。

 だがそこから先を口に出来たのは、この時のリン・クリューガー一人だけだった。

「チクショウ……!」

 あまりにも口汚い悔しさの発露。だがそれを口にする資格の持ち主がいるとすれば、彼女以外に何人いるか。

 オクトーバーフォースの切り札としてセカンドイシューに挑み、そして返り討ちに遭ったのがリンとアカツキライガーだ。そして近い立場のギャランとスカベンジャーも撤退した今、オクトーバーフォースは最大の戦力二つをぶつけて勝利出来なかったことになる。

「クソ……」

 敵の強大さか、己の不甲斐なさか。リンの強い視線は周囲を固める者達ではなく自分自身に向かっているようだった。あるいは、自分を通して後ろ――前線の向こうにいるデルポイ連邦を睨んでいるのか。

「……キリング曹長、この近辺には我が軍のベースキャンプがあったはずですよね?」

「ん? ああ……」

「勘違いではなくてよかったです……」

 会釈し、リンは踵を返した。そしてくたびれた風情を見せながらもリンの顔を覗き込むアカツキライガーへと一歩を踏み出し、周囲のざわめきを呼ぶ。

「何をするつもりです、リン准尉!」

「決まってます。デルポイ連邦の暴挙を止めに行きます……!」

 軍属の人垣からウェインライトが呼びかけるのに対し、リンは肩を怒らせて歩みを止めないまま応じる。

「それが私とアカツキライガーの役割です。砲撃で壊滅させられたとはいえベースキャンプには弾薬が残っているはず……。

 皆さんは後退して下さい。私達は行く、それだけです」

「いけません! そんな特攻じみた戦いは……!」

 ライガーへ向かっていくリンに、人垣からまろび出たウェインライトがその手を掴みに行く。だがリンが全身から発する鋭い刃のような殺気が、その接近を許さない。

「ここで誰かが行かなければ、明日の零時には本土へ向けての攻撃が始まるんですよ!? それを手をこまねいて見ているわけには……」

「だから自分が……自分とライガーが犠牲になるような戦いをしても仕方が無いと?」

「仕方が無いでしょう。私達が行かなければ他の誰かが『仕方が無い』ことになるでしょうしね」

 とげとげしい言葉だが、しかしそれは事実の一端を指し示していた。

 無辜の民が暮らす北米大陸を狙う巨砲。例えいかなる状況であれ、軍人はその存在を看過してはならない。ましてやその発射が迫っているとなれば。

 そのロジックを前に、ウェインライトも、周囲の者達も言葉を失う。そしてリンはまた幽鬼のようにライガーへと進み、しかしそれを留めるのは論理の外側の存在だった。

 リンに降り注ぐのは、眼前のアカツキライガー自身が漏らす唸りの声。全身を擦過しロービジ塗装も剥がれかけたその表情に、リンは視線を上げる。

「……いいえライガー、それでも誰かが行かなければならないんです。誰かが……」

「仕方なくなんかありません」

 ライガーを狼狽えさせるリンに、ウェインライトが背後からぴしゃりと告げた。それは穏やかな夫人の振る舞いではなく、将官の妻として多くのものを見てきた人物の声音だった。

「リン准尉、誰かがやらねばならないことだというのなら、あなたは志願して軍人になったのではなく、徴兵されたのですか?」

「それは……」

 当然異なる。共和国の士官学校は、若い軍人が求められているとはいえ狭き門だ。強く望み努力する者だけがたどり着くことが出来る。

 リンもかつてそうした者の一人だ。それは他国の軍関係者であるウェインライトにもわかる。

「そしてリン准尉、今あなたは勝てるかもわからない戦いに死を賭して臨もうとしている。それもまた、軍人の本分であるようで異なることだと思います」

「異なる……?」

 振り返るリン。その表情は未だに目元が落ちくぼんだものだったが、しかしここではないどこかではなく、目の前のウェインライトに向いた目をしていた。

「軍人が挑む戦いは勝ちを求められるものです。その過程で命を賭す必要があるのは事実でしょうが……始めから命を捨てるつもりで挑むのは、諦めが過ぎると思います」

 真正面から切り込む言葉に、リンは俯く。結果を問わず、砕け散るために戦おうとしていることを見抜かれ、叱られたように拳を握りこむ。

「私だって……負けたままでいたくはないです。勝つために戦いたい。

 でも……皆さんは……!」

 そう言ってリンは周囲に視線を送った。そこにいるのは戦い傷ついたゾイドとオクトーバーフォースの兵達だ。山中を敗走してきたその姿は、リンに劣らず疲弊している。ウェインライト自身もだ。

「皆さんに、ここからの戦いを強要なんてできません! だから私が行方を定められるのは私だけです!

 だから、私は……」

「そうは言っても准尉、あんた、ライガーも連れていくのは前提みたいだが……ライガーはあんたのこと止めようとしてるじゃないか。少なくとも今の段階では」

 そう指摘するのはキリングだ。そしてリンの背後でアカツキライガーはかすかに唸り声を上げる。

 それは決して威圧的ではない、むしろ穏やかに諭すような唸りであった。

 言葉を持たぬアカツキライガーがそれで何を伝えようとしているか。その場に居合わせた者達が思い描くことは一つだけだった。

「……命を掛けて戦うのではなく、命を掛けるために戦おうとしていると……」

 そう呟くリンは俯きがちだが、視線に宿る抑え込んだような力は失せていない。行き場の無いエネルギーの軌道を慎重に修正していくように、リンは視線をゆっくりとライガーに向けていく。

「……そうだね。ライガー、あなたも関わって、あなたが真っ先に命を掛けることになるのに、私は間違えていた……。

 あなたは、セカンドイシューに勝つつもりでしょうに」

 リンと同じように、アカツキライガーも役割を与えられた存在だ。そしてライガーはリンとは違った形で落ち着いている。

 ライガーという種に属するアカツキライガーが闘争心を持つのはこれまでの戦いで証明されている。その一方で穏やかにリンを諭すその姿は、気性以外に根ざすものがあることを示している。

 相棒に、そして周囲に矯正されたリンが今度こそ正しく仲間達を見渡した。

「済みません、少し頭を冷やしました。

 でも、それでも私はデルポイ連邦の暴挙を止めに行きたい。しかし皆さんは……」

「おいおい准尉、俺達が前線まで上がってきたのは後退する部隊の収容のためだけじゃないんだぜ? 奴らの攻撃阻止のための再進攻は当然考えられている。俺達はその布石さ」

 疲労の色が濃い前線部隊を気遣うリンだが、後方から上がってきたキリングが気丈なセリフでフォローに入る。実際、規模が大きな側であるオクトーバーフォースは熱海・沼津・御殿場に前線部隊と同等の規模の予備兵力を維持しているのだ。それを前線に上げる戦略的機動力は別問題ではあるが。

「戦いを諦めていないのはあんただけじゃない。そこは忘れないで欲しいな。

 その流れで一つ報告すると、グロース少将が招聘していた合同軍科学顧問のボーマン博士が昨晩日本列島に到着して御殿場基地に向かっている。

 セカンドイシュー――ゼログライジスに対抗するアイディアを出して貰えるだろうな」

「ウォルター・ボーマン博士ですか」

 昨年のゼログライジス事件で活躍した人物だ。実際には移民船時代からイレクトラ・ゲイトと対峙し、ゼログライジスの存在が顕在化する以前から独自に事態の解決に動いていた。事件以降は新たな科学者としてのパートナーを得て軍事分野から撤退したと言われていたが、

「博士をまた戦地に入り浸らせるわけにはいきませんね。折角の南アルプスの自然を観察出来るよう、この事件を早く解決してしまいましょう」

『ようやく意気が前を向き始めたようですね。私達の出番だ』

 突然、聞き慣れぬ女の声がその場に響いた。それも肉声ではないスピーカー越しの声。それはアカツキライガーや、キリング達のバズートルの無線機から聞こえていた。

「おいおい誰だよ。こっちは一応ひそひそ話の最中だぜ」

『心配なく。デルポイ連邦ではありません』

 キリングが無線機のマイクにがなると、女の声は穏やかに告げる。そして木々が風にさざめくような音を立て、そばにそびえる山の各所からゾイドが姿を現わした。

「キルサイス……! これまでも何度も現われていた……」

『連携を取れずに済みませんね。私達はあまり表だって活動出来るような組織ではないので』

「おいおい、制空権を取ってるのになんでここまで接近を許してるんだ。上空――――!?」

『ええっ? こちらの索敵装備には何も反応がありませんでしたよ?』

 障害物が多い地上に比べて、上空からの索敵は強力なものだ。それを避けて姿を現わしたキルサイス達はどこから現われたのか。

『我々は帝国軍戦略情報局所属、遠征部隊。日本列島での真帝国残党勢力の監視と制圧を命令されています。

 そういう任務ですので隠密性には気を遣っていましてね。戦闘時以外は皆さんには発見出来なかったと思います。光学迷彩に消音装置――』

 帝国軍が先進的なステルス装備を開発していたことは、ゼログライジス事件に参戦した機体〈ガトリングフォックス〉やここにも存在するドライパンサーの戦果が証明している。そして紆余曲折を経たとはいえコンバットプルーフが得られた技術は他の機体や装備にもフィードバックされただろう。

『こちらは遠征部隊情報士官、アビゲイル・ピグルス少尉。

 クリューガー准尉、それに皆さん。戦いに挑むなら我々は重要な情報を提供出来ます。攻撃を受けたベースキャンプ跡の物資以上のものをね。

 さらに言うと、皆さんに引き取って貰いたいものもありまして』

 アビゲイルと名乗る女の声がそう告げると、山上に現われたキルサイス部隊が動きを見せる。数機が動いて見せるのは、木々の合間に張り巡らされたシートを剥がすような動作だ。

 そしてその動きと共に緑の色がめくり上げられると、そこにうずくまっているシルエットが見える。巨砲を一門背負い、そしてもう一方の背にねじ切られた砲架を取り付けられた巨大ゾイド。そしてそれに随伴する二つの小さな影が二つ。

「デスレックス……ギャラン軍曹!?」

「敵にマークされていただろうに、ここまで後退していたのか……どうやって」

 キリング達が絶句する中、アビゲイルと名乗った女が操るキルサイス達は色味が変化していく擬装シートを収容。そしてデスレックス〈スカベンジャー〉に随伴してリン達の前へと降下してくる。

『反撃開始……いや、あるべき勝利への道筋に入って貰います。

 この混迷の状況だからこそできる連携を取って、ね』

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 05:42

IMPRESSION

・NEW EARTH ERA 30『千鳥足、地雷原を往く』
 ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL 第二話。
 帝国と共和国の小競り合いがまだ続いていた新地球歴30年。ゾイド化石発掘地帯の攻防戦の結果地雷原にただ一人取り残された男ボラン・バボン一等兵はスコーピアと共に帝国領への離脱を開始する。
 しかしその道中で発見した墜落したカブター。その残骸の影に身を潜めていた女アビゲイルをピックアップした結果、彼はその荒野に存在する生活拠点・コミューンとそれを巡る戦いに身を投じていくことになる。
 野放図で卑小な男ボランは己を賭けるべきものを持つ人々を見て何を思うのか。



新地球歴三一年 一〇月一五日 〇五四二時

南アルプス 畑薙湖 湖畔

 

「改めて失礼します。帝国軍戦略情報局……アビゲイルです」

 ダメージを負ったデスレックス〈スカベンジャー〉を受け入れる傍ら、キルサイスを操縦してきた一団がリン達の前に降り立つ。彼らを率いるのは細面の女――アビゲイルだった。

 相対するのはこの場でもオクトーバーフォース最高階級になってしまったリン。そして彼女は、目の前に降り立ったアビゲイルという女の姿にかすかな違和感を覚える。

「あまり鍛えていない……?」

 一国家の諜報機関に属する、それも前線勤務のエージェントにしてはアビゲイルという女は体に筋肉がついていなかった。ちょうど士官学校課程の途中から軍務に付いているリン自身のように、戦う者としての不完全さがそこにはある。

 だがその一方で、アビゲイルという女は堂々とした態度をしていた。

「ギャラン軍曹とスカベンジャー号……それに同じ部隊の方々をオクトーバーフォースと合流させられたのは僥倖ですね。原隊に、とは行かなかったようですが」

「ええ……シールマン隊長らと自分達ははぐれてしまいましたので」

「現在南アルプス各地で電子妨害が行われています。オクトーバーフォースが分散しながら後退したため対策を集中できなかったためのようですが」

 そんな中でリン達敗走部隊、キリング小隊、アビゲイルら戦略情報局が合流出来たこの一件は幸運な出来事だ。さらにリン達がウェインライトら軍属を保護出来たこと、アビゲイルらがギャラン達をかくまえたことを加えれば不幸中の幸いという他無い。

 だが同時に幸いであっても不幸の中でのことでもある。

「ともあれ、被害は甚大なようですね。あちらのスカベンジャー号のダメージを目の当たりにした時点で実感はしていましたが……」

 そう言ってアビゲイルが振り向く先には、ロングレンジバスターキャノンの基部を一方ねじ切られたスカベンジャーがうずくまっている。降り立ったギャランがそのまま足下に座り込み、仲間に囲まれながらエネルギー飲料をがぶ飲みしていた。

「キャノン片方無いとバランス悪いな……大丈夫なのかギャラン軍曹」

「まあ元々積んでなかったものなので。むしろ鎮静剤が切れてることのほうがまずいかな。いつ人に食らいつくか……」

 ギャランが深刻そうな顔でそう告げると、キリング達取り巻きは後ずさる。だがアビーとベッキーがそばで苦笑いを浮かべ、スカベンジャーは疲れ果てているのか吐息を漏らすばかりだ。

「……あのスカベンジャー号が健在であることは大きな力になります。しかし、それを上回るというあなた方の持ち得る情報とは……?」

「大したことでは無い、と言うとウソになりますね」

 リンの問いかけに、アビゲイルは苦笑しながら自身の情報端末を操作した。そこに映し出されるのは、何か施設内の見取り図のようなものだが、

「私達帝国情報局は合同軍とは別に真帝国継続組織を追跡しており、現在デルポイ連邦と名乗る組織についても独自の調査を行っていました。純粋に帝国側に属するために合同軍との接触は控えていましたが……。

 その結果確保出来た、デルポイ連邦の地下施設のデータがこれです。南アルプス北部の地下、地底湖空間を利用して開発されているデルポイ連邦『新世界首都 ジオシティ』。その第一階層と、それに繋がる地底トンネル」

 目が慣れてくれば、その図の中に南アルプス最高峰である北岳の等高線が含まれていることが見えてくる。そして角張ったラインはその地下に建造されている都市の萌芽だ。

「デストロイヤー・ガンの下にはこんなものが……。ということは、この末端のラインは?」

 都市計画図から四方に伸びる細いライン。リンがそれに気づけば、アビゲイルは待っていたかのように頷いた。

「地上へのトンネルです。物資や人員の移動など、恐らく仮設のもの。南アルプス山中に張り巡らされているトンネル路と同じ部材を使っていることでしょう。

 そして我々は元々、ここから独自にデルポイ連邦を攻撃する予定を立てていました」

 今となっては忘れがちだが、デルポイ連邦は昨年現われた真帝国に端を発する組織だ。帝国にとっては因縁深い相手だろう。

「しかしあなた方の規模では……」

「はい。ですのでグロース司令には先んじて情報を伝え、この南アルプスの深部で合流を図っていたのです。

 ですがこうなり、時間制限まで課された今……こうして合流出来た戦力だけでもアタックを仕掛ける必要があります」

 ギャランとスカベンジャーを連れてきたのも、保護するだけではなく再攻撃のためなのだろう。

「幸いにも、という言い方は少し妙ですが、デルポイ連邦は指導者や象徴に依存した比較的小規模な組織です。それらを……どれか一つでも討ち取ることが出来れば瓦解していくことでしょう。

 その過程で別の動乱が引き起こされる恐れはありますが、手をこまねいているよりは良い。私達はそう思います」

「なるほど……電撃的な奇襲をしかけると。私は……参加したいですが」

 呟きながらリンが振り向く先にいるのは、キリングやギャラン、それにウェインライトらだ。そしてギラつきが収まって少し自信なさげなその視線に、ギャランが片目をつむってにやつく。

「ここにいるオクトーバーフォース戦闘員の中ではアンタが一番階級上なんだぜ。それにみんな前向きに考えてんだし、決めちまえよ」

「そ、そうですか……?」

「少なくとも後方は再アタックの機会は模索している。午前の早い時間にこのチームが動き出せれば、後方経由で今後他の後退部隊にも呼びかけが出来るようになるぜ」

 キリングも助け船を出すようにそう告げた。しかし先程突っ走ってしまったリンにとっては、決断を下すのが難しい時間帯だ。

 だがそこへ、不意に山々を越えて遠い咆声が響いてくる。長く伸びる、高くもあり、低く轟くようでもあるその声をリン達は知っていた。

「ハンターウルフ……ブルーダーさん」

 ウェインライトと共に話の流れを見守っていたユインが、その名を告げる。本土から招聘された山岳戦のプロとその機体が、この山中のどこかで健在だという証左が聞こえてきたのだから。

 そして遠吠えが残響になっていく中で、さらに遠くから唸るような声が轟いてくる。一つ、二つ。数は多くないが、確実に複数の響きだ。

「応答している……一体何を」

 リンが呟くと、アカツキライガーが動いた。遠吠えに応じて顔を上げ、思案するような息づかいを見せる。

 そしてその前足は北――デルポイ連邦が待ち構える方角に爪を立てていた。その身じろぎに気づいたリンは意図を見出す。

「前に進もうとをしている……。じゃあこの遠吠えが意味しているのは……」

 ブルーダーと、それに応じる決して少なくない数の誰か。彼らもこの山々を越えてデルポイ連邦を目指そうとしている。アカツキライガーをも急き立てる声は、ゾイド同士に通じるそんな意味を響かせているのだ。

「……ギルラプター種の鳴き声もあるようですね。グロース司令……でしょうか」

 アビゲイルがそう言っているが、本当かどうかはリンにはわからない。上手く乗せようとしているのかもしれない。

 だがそれでもいい。もうリンも、この場にいる者達も、進もうとする方向は同じだとわかったのだから。

 だが一つだけ確認しなければならない。リンは遠吠えに聞き入って上げていた視線を下ろし、

「しかし問題があります。私達の集団は戦闘員以外の軍属や負傷者、負傷ゾイドも含まれています。

 ウェインライトさん達を後退させる手段が必要ですよね?」

「おっと、そういうことなら俺達の出番だぜ」

 アビゲイルの陰から顔を出すのはキリングだ。そして彼はもう一人帝国のライダーを引き連れている。

「俺達は後退する友軍を見つけるだけでも、再進攻をするだけでもなくここまで進出してきたんだぜ」

「えーとですね、自分らが後方にここでの合流を報告していますので、回収のための手段がそろそろ来るはずで……」

 キリングに続くそのライダーは、パトロール艇仕様のバズートルを担当する人物だ。直接戦闘担当ではないそのゾイドの乗り手が担当するものは多岐にわたる。

 そしてその声に応じるように再び遠く轟くゾイドの声が響く。甲高い響きながら長大な金管楽器から響くようなその声は、リン達が目にする河に沿って聞こえてきた。

「あっ来ました。外洋艦隊のネーバルサウルスに人員収容用の追加船体を装備してきているはずで」

 霧笛のような鳴き声を上げながら姿を現わす海竜種ゾイド、ネーバルサウルスは確かにその通りの装備をしていた。グラキオサウルスに似た形態を持っているが、背部から胴体左右まで人員収容用の追加船体を身につけている。

「よかった……。これで非戦闘員の皆さんは後退することが出来る。

 ウェインライトさん、皆さんをよろしくお願いします」

 直接戦闘に関わらぬ軍属、負傷者達とはここで別れることになるが、彼らにもその後がある。リンが後退までの道のりを託したのは正式な軍人ではないが、グロースの妻であり経験豊かな人となりを感じさせるウェインライトだった。

 そして誰もがリンのその判断に異を挟まない。この後退劇、そして今し方のリンへの言葉で誰もがグロースの妻ウェインライトの人となりを知っている。

「はい、皆さんは私が導いていきます。

 そして私からもリン准尉に、再会の約束をお願いしますね」

 そう言ってウェインライトが差し出す手を、リンは握り返した。小柄ながらに勢いのある握手は、リンが戦う者の一人であることを表わしていた。

「――方針が決まったなら前進する側も出発を急ぎましょう。なにせ時間がありませんからね。

 破損したゾイドはここに隠していくしかありませんが……残存部隊の指揮は暫定的にクリューガー准尉が取るということでよろしいでしょうか?」

 促すアビゲイルにリンは頷き、しかしふと考え込んだ。引っかかった部分に気付くのはすぐのことだ。

「……えっ!? 私が指揮官!?」

「この集団で最も階級が高いのはクリューガー准尉だと伺っていますが……」

「そうですよ准尉。それにここまでの様子を見れば、准尉が一番我々を『掌握』しているし、我々の『中心』だと思いますよ」

 ドライパンサー隊の一人、古参風の軍曹が口を挟む。それに対しリンはいつものように遠慮がちに下がろうとするのだが、しかし今は踏みとどまった。

「……わかりました。これより我々は暫定的に『クリューガー戦闘集団』として、帝国軍戦略情報局と連携しデルポイ連邦中枢を目指します。

 目的は第一にグロース司令との合流。そしてそれによるデルポイ連邦の暴挙の阻止です。

 アビゲイル少尉、道案内をよろしくお願いします」

「ではまず近隣のベースキャンプ跡地で物資を回収しましょう。電撃戦とはいえ、先立つものはないといけませんからね」

 先導するアビゲイルにリン達は続き、ウェインライトは周囲に怪我人を助け起こすよう声を掛ける。道は分かたれ、しかしどちらも進み始める。

 折しも夜明け際。あいにく天気は曇りであったが、南アルプスには光が戻りつつある。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 〇六二一時

南アルプス 山伏ベースキャンプ跡地

 

 アビゲイル達の先導を受けてリン達がまず向かったのは、セカンドイシューの砲撃を浴びて荒れ果てた山並みの中。そこに存在した山伏ベースキャンプだ。

 すでに前線からだいぶ下がった位置だが、前線のどの位置にも物資を供給出来るよう後方キャンプには潤沢な備蓄が用意されていたはずだ。砲撃を受けてなお使用出来るものがあれば儲けものとなる。

 すでにエアカバーはウェインライト達の後退に追随してそのまま帰投する流れ。リン達はゾイドの操縦席から物資のコンテナや集積場を探す。隠蔽されていたものがさらに砲撃で崩壊しているはずなので容易ではないことだ。

「足下に集中していると、敵が現われた時に反応が遅れそうですね……」

 思わず独りごちるリンに、唸るアカツキライガー。実際の所はアビゲイル達戦略情報局のキルサイス達が警戒してくれているのだが、

「目の前にいきなり敵ゾイドが出てきたりして、なんて信用してなさ過ぎですかね」

 キルサイス部隊との遭遇は数あれど、アビゲイルと出会ったのは今日が初めてだ。信頼するまでにかけた時間を考えればブラックジョークの一つも浮かぶ。

 だがここから、今日この日を共に戦っていくのだ。己のブラックなセンスを鼻で笑い、リンはアカツキライガーと共に顔を上げる。

 するとそこにスティレイザーがいた。

 リン達の集団にはいないゾイドであり、キルサイスで統一されているアビゲイルの仲間でもない、

「……えっ?」

 思わず疑問符がほとばしるリンに対し、眼前のスティレイザーもパカリと口を開け、

『げえええっあなたは熱海の!?』

 響く女の声。その声音とスティレイザーの姿とでリンは相手の正体を突き止めた。

「継続真帝国評議会……クエンティーナ・ハバロフ!?」

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 06:23

IMPRESSION

・継続真帝国評議会
 新地球歴三〇年に勃発した真帝国事件の後、投降することなく活動を続けている残党組織の一つである。
 構成員は三二名。首魁(議長と称する)クエンティーナ・ハバロフをはじめとして、帝国社交界にかつては属していたいわば没落貴族の子息ら若手将校が中心の集団。
 真帝国という国家の理念を、大衆主義的な現帝国の政界を一新し皇帝と貴族中心の体制を復古するものと理解して活動を継続している様子だが、実際の所は現在もわずかに残る貴族家系に対し自分達の家名の没落を認められないというのが活動の本質として存在しているとされる。
 戦力はスティレイザー一機と複数のキルサイス。特にキルサイスに関しては真帝国で運用されていた無人制御機構が組み込まれた形式であり、小規模な集団であるにも関わらず戦力としては侮れないものがある。真帝国壊滅後文明圏外縁に逃れて略奪で生計を立てつつ、日本列島にまで侵入を果たせたのはひとえにこの戦力を保持していたから、と考えられる。
(帝国戦略情報局資料より引用)


新地球歴三一年 一〇月一五日 〇六二三時

南アルプス 山伏ベースキャンプ跡地

 

 突如としてリンの目の前に現われたスティレイザー。そしてそこから発された声はリンの記憶の中で結びついていた。

「熱海で戦った相手……!」

 継続真帝国評議会のクエンティーナ・ハバロフ。熱海の物資集積拠点を襲って装備などを強奪していった、デルポイ連邦とは異なる真帝国系組織の中心的人物だ。つまりはオクトーバーフォースと対立する組織であるわけだが、

「今のところこの人々は我々の敵ではありませんよ、クリューガー准尉」

 ハバロフのスティレイザーの隣にはキルサイスが一機。そしてその操縦席から顔を出すのは当然アビゲイルだ。

「彼ら継続真帝国評議会は三〇名ほどの小さな組織ですが――」

『余計なお世話です!』

「――この日本列島に逃れていたところ、ホットスポットとなったデルポイ連邦との戦闘に紛れて物資を確保出来ると踏んでこの南アルプスに潜伏していたのです。

 何度かオクトーバーフォースの後方部隊とも交戦しているようですが、最前線の部隊だったクリューガー准尉はご存じないでしょう」

「熱海以降もそんなことを……」

 白い目を向けるリンに対し、ハバロフのスティレイザーはふんぞり返るように顎を上げる。ハバロフも微妙に不名誉な説明を気にする様子も無く、

『私達の理想を実現するためには粘り強い戦いが欠かせないのです。だから臥薪嘗胆の今も堪え忍ぶのみ。

 ……だからこそ、この共同戦線にも参画しているのです』

「共同戦線?」

 ハバロフがここにいる理由として納得出来る言葉が出てきた。だが同時にその言葉通りになる経緯が想像しがたい。

「継続真帝国評議会は他の真帝国後継組織の中では、後継の正当性を主張している点でデルポイ連邦と思想的に敵対しているタイプでしてね。まあこの本国から遠く離れた地では『敵の敵は味方』という点を互いに活かしていこうというわけです」

『その通り。正統真帝国などと名乗っていながら異なる王家の存在を担ぎ出し、さらに帝国臣民に危害を加えようとするかの国を認めるわけにはいきません。我々は我々の理想を実現する上で敵対する相手を選んでいく所存ですわ』

「まあ、継続真帝国の規模のままではデルポイ連邦に相手にされないという問題もあるとは思いますが……」

 どこか遠い目でぼやくアビゲイルの声は、ハバロフには聞こえていなかったようだ。脚を揃えた堂々たる立ち姿のスティレイザーの操縦席で、ハバロフがふんぞり返っている様子がキャノピー越しに見える。

『ですのでこんな落穂拾いのような真似でも協力するわけです。幸い、私達のゾイドでもオクトーバーフォースの弾薬類は使えますしね。キルサイスの補充パーツが手に入ったのも僥倖でした』

 思えばどちらの組織もキルサイスを運用している。パーツが共有出来るのも接近した理由かとリンは納得を覚えるのだった。

『むしろ心配なのはあなた方の方ですね。そのライガーや……あのデスレックス、武装が独自規格のものが多いようだけど、こういう物資集積所に予備が存在するのかしら』

「ああ……確かにそれは問題ですね」

 ハバロフの指摘はもっともだ。アカツキライガーのレールガン、スカベンジャーのロングレンジバスターキャノンはそれぞれが他に使用する者がいない砲弾を使う兵器であり、常に両者がいる拠点に輸送されてきていたものだ。昨晩の戦闘で損耗している状況だが、

「私達の場合汎用型の機関砲弾とミサイル以外は補充出来ないでしょうね……。レールガンもロングレンジバスターキャノンも、襲撃を受けたベースキャンプまで砲弾を運んであったはずですから」

『特殊な武装を使っていると大変ですね』

 物資類は横流しや強奪品で賄っているであろう組織の人間が言うと実感のある言葉であった。そんな風にリンはハバロフの言葉に人間味を感じ、かつての熱海での戦いとは異なる印象を抱くのだった。

「……同じ真帝国系組織でも、なんだかハバロフさん達はデルポイ連邦とは雰囲気が違いますね」

 思わず漏れた感想に、キャノピー越しのハバロフは露骨に嫌そうな顔を見せた。

『デルポイ連邦の連中は現帝国やそれを取り巻く世界への憎しみで動いているような組織ですもの。正しい体制を作らんとしている私達とは比べるまでもありません』

「その正しい体制ってのが往年の貴族主義の復古というのもどうなんでしょうね……」

 アビゲイルのぼやきは、変わらずハバロフには聞こえないようになっている。

 そしてリンはハバロフの言葉に合点がいった。怨恨、それは確かにデルポイ連邦に属する者達の端々に見え隠れしていたものだ。

「そうか……憎しみ……」

『? どうかしましたの?

 言っておきますけどあまりぼーっとしたりおしゃべりしている時間はありませんよ?』

 さっぱりとした様子でハバロフはスティレイザーを振り向かせ、再びキャンプ地へと分け入っていく。

 実際の所真帝国系組織として離反したハバロフや、それを追うアビゲイルの間に怨恨が皆無だというはずは無い。そしてリン自身も、デルポイ連邦やロイへの怒りは抱いている。

 だがオクトーバーフォース側においてそれは戦う動機の中心ではない。別の何かが、すでに存在している。

 気付かぬうちに拠り所にしていた何かについて、リンは思考を巡らせていく。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 〇六三〇時

北岳地下 デルポイ連邦首都ジオシティ

 

 昨晩の戦闘を終え、カナンもロイもデルポイ連邦の地下施設へと帰還して数時間。その朝を二者はヘンリーの執務室にて、その持ち主と共に迎えていた。

「昨晩はご苦労。オクトーバーフォースは潰走した。

 だがこの南アルプスの各所で動きはある。間違いなく、デストロイヤー・ガン発射までに再度の攻撃があるだろう」

 そう告げるヘンリーの背後、窓越しには戦闘後再び格納されたセカンドイシューの姿がある。戦闘行動で活性化したその巨体を封じるためか、以前よりもふんだんに冷媒が投入されている様子で、その姿は半ば蒸気に埋もれていた。

「ま、散り散りになった連中がバラバラに仕掛けてきたところで面倒ではあれど問題にはならんでしょう。今日は徹夜、それでお終い。お気楽ですねえ」

 いけしゃあしゃあとそう言うロイに対して、ヘンリーとカナンの視線は剣呑なものだった。

「……ロイ。昨晩の戦闘についてだが――君のギルラプターには、いつの間にゾイド因子オメガが投与されていたんだ?」

 ヘンリーが問う姿にカナンは小さく頷く。彼女の疑問もその一点にあった。

 ゾイド因子オメガを利用可能にする抽出機は、それこそセカンドイシューを生み出したもの一基だけが存在している。そしてそれはセカンドイシュー共々厳重に管理されているものだ。

 しかしそれに対してロイは事態の重さを感じさせない態度で、頭の後ろで手を組み、

「さて、抽出機をここまで運んでくる時に相棒に抱えさせてえっちらおっちら運んで来ましたんでねえ。その時に何かあったんじゃないでしょか?

 へへへまああの力には助けられたということで」

 露骨な嘘がその言葉にはあった。抽出機の輸送はデルポイ連邦の計画において重要な行程であり、当然厳重な態勢で行われたものだ。ロイが言うような粗雑な扱いは当然行われていない。

 ロイは現在でも何らかの方法で抽出機にアクセス出来る。それは暗に示された事実だ。そして地下に女性捕虜を独自に囲っているような彼がそれをなし得る手段は、その地の『利用者』を駆使した人脈によるものだろう。ヘンリーも、カナンも、そう判断していた。

 ヘンリーもカナンも表情は晴れない。この事実はこのデルポイ連邦の中にロイの意のままに動く人員がおり、そしてロイの意志でコントロール出来る戦力が生じていることを示している。

「ロイ……我々は新たな国家を作ろうとしているんだ。そしてそれは戦略的に成し遂げられようとしている。

 そこに余計な禍根を生むような真似は、くれぐれもしてくれないでくれよ」

 暗に含んだものがあるヘンリーの言葉。釘を刺すためのそれに、しかしロイはヘラヘラとした表情を崩さない。

「こちらの意図に無いことをするなって? そう言っておいて、おたくらにもこっちに黙って企んでいることがあるでしょうに。

 お互い利用し合って……win-winの関係でありたいもんですなあ」

 そしらぬ風をしながらも、ロイも言葉に含みを持たせてくる。そしてひらひらと手を振りながら、彼はヘンリーの部屋を後にしようとした。

「どちらに?」

「敵の襲撃が予想されるんでしょう? 昨晩大立ち回りしたんだから休ませてくれよ。勝ってる側なのに余裕が無いなんて俺は嫌ですなあ?

 なに、適当に過ごしたらジオシティの警備に付きますよ。地下通路が色々通じてますからねえ」

 立ち去るロイをヘンリーもカナンも止められない。彼の戦力はまだ、あと一息デルポイ連邦に必要だ。

 そしてそれを過ぎれば、ロイは己の意図を形にし始めるだろう。今夜はデルポイ連邦という国家にとって様々な面で正念場となるはずだ。

「……総帥。私達のデルポイ連邦は、新しい世界は成立するのでしょうか。旧世界とは異なる、そこに居場所の無い者達の世界……」

 心細そうなカナンの言葉は、最強とも言えるゾイドの操縦席を任された者とは思えないものだった。そしてそれに対し、ヘンリーは毅然とした表情を見せる。

「……もとより保証された道ではない。だが我々はやり遂げることができる。セカンドイシューにデストロイヤー・ガン、そして同志達……必要なものは全て揃い、あとは時間を待つだけなのだから」

 言い聞かせながら、ヘンリーはセカンドイシューの巨体に視線を送った。

 冷媒の蒸気に包まれたその巨体は、自分達の守護神と言うにはいささか禍々しい。だからこそ御しきらなければならない存在だ。

「……我々にとって試されるべきものが形となったのが、ロイという男なのかもしれないな」

 呟くヘンリーの頭上で、時計がデストロイヤー・ガン発射時刻までを一秒ごとに刻んでいく。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 09:38

IMPRESSION

・ナックルコング・レンジャー
 汎用性の高い類人猿種ゾイド、ナックルコングに森林地帯での戦闘を想定した装備を施したバリエーション機。帝国軍において運用されているが、真帝国並びに同組織をルーツとするデルポイ連邦にも多数の機体が流出している。
 元々のナックルコング種自体が森林地帯で生活するゾイドであるため、環境に適応するための装備はさほど施されていない。純粋に戦闘能力を拡張するための武装ポート類と、密林の環境からそれらを保護するためのシステムが基本的なパッケージとなり、他のゾイドでは木々の合間での取り回しに難儀するような装備を縦横に扱うことが出来る。
 ともすれば類人猿系ゾイドの汎用性は他のゾイドを駆逐する要因になるのではないかとも議論されるが、しかし戦闘環境とゾイド自身の生態とのマッチングの関係はそう単純な話ではない。このナックルコング・レンジャー自体も、ナックルコング自体の森林への適応性という強力な個性を基礎としていることからもそれは明らかである。


新地球歴三一年 一〇月一五日 〇九三八時

大井川近辺

 

 日が昇った冬の空。その下に広がる南アルプスはデルポイ連邦側の勢力圏だ。

 デストロイヤー・ガン発射を控えるその一日、デルポイ連邦側のパトロールは厳重な体制を敷いている。投入されている機体も中型クラスで森林に強いナックルコング・タイプだ。

『ウェイポイント・フォックストロットよりウェイポイント・ゴルフに到着。異常無し、パトロールを続行する』

 三機小隊、迷彩カラーのナックルコング・レンジャーが降り立ったのは大井川のそば。流れを見下ろす斜面上だった。そして互いにカバーし合う位置から視線を上げると、川の反対側をパトロールしている部隊も見える。

 互いに健在を確認しながら包囲網を巡っていくパトロール部隊はオクトーバーフォース側からしてみれば厄介な存在だ。遭遇すれば遅かれ早かれ、大まかな位置情報が広く共有されてしまう。

 しかしだからこそ、彼らは仕掛けた。

「一撃で仕留めたまえ」

 パトロール部隊が互いの確認を終えたその瞬間、森の闇に紛れていた影がナックルコングに忍び寄る。

 突風のようにナックルコングに到達したのは隠密戦闘を得意とするドライパンサーだった。奇襲が二体のナックルコングの背後から首筋に牙を立てる。叫びも上げさせず、抵抗も許さない組み伏せが一瞬で雪崩れかかった。

 そして奇襲に対応しようとした残る一体に挑むのが、深い紫色のファングタイガーだった。

 ララーシュタインの愛機〈ローゼンティーゲル〉。一際長い牙と優れた戦闘センスを持つその機体は、三機目のナックルコングの喉に牙を貫通させ全くの抵抗を許さない。

 無音の制圧劇。そしてナックルコングが制圧されると、ララーシュタインに率いられたさらなる戦力が姿を現わす。だがそこに連なるキャノンブル達は奇襲攻撃には向いてはいない。隠密作戦を実行出来るのは二機のドライパンサーと、ララーシュタインのローゼンティーゲルだけだ。

「道のりはまだ半分も過ぎてはいない、か……」

 ナックルコングのライダー達の拘束を部下に任せつつ、ララーシュタインは嘆息する。昨晩から続いての進軍だ。疲労は免れない。

 さらに奇襲を仕掛けられる機体が限られるララーシュタイン一派は、身を潜めたまま敵を突破するのにも困難を伴う。そのためにララーシュタインは自分の元に集った戦力を、他のオクトーバーフォース戦力のための囮とすることを決意していた。

「他の残存戦力よりも速く、鋭く進軍することで我々は最大の迎撃を受けるだろう。だがそれは他の戦力……特にグロース少将が直々に率いているであろう人々の助けとなるはずだ」

 言い聞かせるように言うララーシュタインに、彼の直属の部下であるドライパンサーのライダー達も真剣な表情で頷く。しかしその一方でキャノンブルのライダー達は雄々しい眼差しだ。

「囮で終わるだけじゃないんでしょう少佐。セカンドイシューの撃破にせよ、デストロイヤー・ガンの破壊にせよ。俺達は諦めていませんよ」

 オクトーバーフォースの半身となったララーシュタインの部下達、セプテントリオン戦闘団のメンバーとそうではない者達の間には志気も心構えも異なる。

 ララーシュタインはデルポイ連邦の本拠も、デストロイヤー・ガンも詳細な位置は知らない。故にキャノンブルのライダー達の言うようなことは恐らく出来まい。だがその一方で、囮として無視出来ない戦力は要る。

 彼らを口車に乗せている。ララーシュタインの良心はかすかに痛む。だが迫り来るデストロイヤー・ガン発射の刻限までに手を打たねば帝国の威信は失われ、世界には不穏な勢力が台頭することになるのだ。

 己の為さんとしていることの是非は一概には言えまい。だが少なくとも、人を騙したことで地獄に落ちることになるだろうとララーシュタインは己を断ずる。

 しかしそれを引き延ばし、せめてこの事件は解決に導かねばならない。願わくば、部下達はそれ以後にも生き延びさせなければ。

 人知れずララーシュタインが悲壮な覚悟を決めたその時、ふと大井川に向けた視線が何かに引っかかる。

「……んんむぅ?」

 何かの気配が穏やかな水面の奥にある。そしてそれは自分達を襲うでもなく、上流の方角へ移動していくようだった。

 ララーシュタインだけではない。ローゼンティーゲルもそちらに視線を向け、静かに喉の奥で唸りを発している。

「どうしましたかあ中佐ぁ!」

「いや……なんでもない」

 ナックルコングのライダーを拘束する部下が声を掛けてくるが、ララーシュタインは自身の思いも、何かの気配もその胸の中に飲み下した。

 今はただ突き進むしかない。

「ポラリス……私達を導いてくれ」

 日が昇って見えなくなってもそこにあるべき星、そしてその名を持つ志ある人物へと祈りを捧げ、ララーシュタインは自身の戦力を北上させ続ける。

 本土砲撃まで、残り一五時間。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 〇九四七時

赤石ダム

 

 ララーシュタイン達が北上する大井川の下流、旧世界のダム跡にはリン達の姿があった。

「アビゲイル少尉達の部隊は単独での攻撃も想定していたそうですね。その計画はどんなものだったんですか?」

 見通しの良いダム湖畔に到達したところで、リンはアビゲイルら戦略情報局の動きに興味を持って問いかけた。

「クリューガー准尉でしたか? 諜報機関である戦略情報局がそう簡単に情報を漏らすとお思いで?」

 そんなリンに対し、元々オクトーバーフォースとも戦略情報局に敵対していたハバロフは呆れたような声を掛ける。だがそれに対してアビゲイルはたしなめるように、

「共闘する相手に無闇に隠蔽などしませんよ。それに今日一日が正念場となるわけですからね。

 情報機関が思わせぶりなのは娯楽の中だけで充分です」

「む……」

 至極もっともな指摘にハバロフは黙り込む。素人扱いしようとしたリンに向けられた視線があったが、それは行軍の列とキャノピー越しでは当人には届かない。

「――先程お見せしたジオシティへの進攻ルートにはいくつか水中のルートが存在していまして、そちらから私達とは別の部隊が侵入して破壊工作を行い、そこに私達が突入する計画でした。真帝国によるネオゼネバス襲撃を参考にした計画でしたが、デストロイヤー・ガンの発射などを控えている現状では確実性に劣るのが正直なところですね」

「戦略情報局には水中用のゾイドも?」

「三軍とは独立した組織ですから一通りのものは備えていますよ。共和国もそうなのでは?」

「あうぅ……」

 ハバロフとは別方向から知識不足を指摘され、リンはしょげる。昨年の事件によって繰り上げでライダーとなった身では仕方の無いことであった。

「……まあ、誰にも世間知らずな時代はあります。私だってそうでした。

 そしてそれはいつか終わらせることができるし、終わる前に得たものが無駄であるとも限りません」

 ふくれっ面のハバロフと困惑顔のリンに対し、アビゲイルは実感のこもった慰めを告げる。その様子に、リンは反省で伏せていた視線を上げた。

「アビゲイル少尉は戦略情報局に入る前には何を?」

「……それはさすがに個人情報です」

 回答を免れるアビゲイルの様子に、ハバロフは今度こそ期待通りだと言わんばかりの表情を浮かべていたのだがやはりそれは周囲からは見えない。

「我々の別働隊は現在オクトーバーフォースの他の部隊を捜索していますので、もしかしたらもう合流しているかもしれませんね。残念ながら無線封鎖下ですが」

 そう言うと、アビゲイルのキルサイスが南アルプスの山々を見上げる。進行方向である北を指す視線は、そこに同じ戦略情報局のゾイドがいることを示しているのだろうか。

 そしてその視線を追ったリンは、アカツキライガーは気付いた。

「あの残骸……真新しい」

 それはダム湖畔の森の中に横たわるゾイド達の姿。オクトーバーフォースのものではない。デルポイ連邦のナックルコングだ。

 検分のためにハバロフの部下に無人のキルサイスを向かわせてみれば、それは確かに昨晩から今朝までに撃破されたようなもので、ご丁寧にライダー達が縛り上げられて脇に吊されている有様だった。

「オクトーバーフォース側が後退途中に撃破した、にしては余裕がある対応ですね。撃破手段は……切断されている残骸が多いような」

 ナックルコングは関節を断たれて倒れ込んでいる様子が目立つ。そして画面越しにその姿を見たリンは、その戦術をとれるゾイドを思い浮かべた。

「ギルラプター……グロース司令達でしょうか」

 その鋭い切り口だけではない。的確に肘や膝を断ち相手の行動を封じていったであろう手管は、昨晩リンが見たグロースの戦いを想像させるものだった。

 グロース、ララーシュタイン、ブルーダー……諦めていないであろう人々とゾイドをリンは思い浮かべる。

「……私達も急ぎましょう。まだ誰も諦めていない。私達は決して無勢ではない。

 みんなで、デルポイ連邦を止めるんです」

 再び見上げた山脈の北。最高峰にして目標足る北岳の姿はまだ見えないが、寒々とした秋から冬にかけての空はその接近を静かに示していた。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 12:13

IMPRESSION

・グソック
 ダイオウグソクムシ種の小型ゾイド。新地球歴においては希少な水中活動を得意とする種である。
 水中では航行よりも水底を歩行する活動形態を持ち、前方投影面積が極端に小さく、また扁平な形状から自身を隠蔽する能力が高い。個体によって多少差があるが、ゾイド自身の生命代謝も不活発であり温度などのエネルギー放射が少なく、また長期間の活動が可能である。
 体構造も頑強だが、攻撃性は低い生態故直接戦闘には不向きとされ特殊な活動領域を活かした任務で運用される場合が多い。しかしまれに、その強固なボディから苛烈な体当たりを行う様子も確認されている。ゾイドという生物種の闘争本能が普遍的なものであることが窺える事例である。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一二一三時

ジオシティ

 

 正午過ぎ。

 デルポイ連邦中枢に設けられたセカンドイシューのハンガーを前に、カナンは一人沈黙していた。

 キャットウォークの手すりにもたれかかるカナンの視線の先、セカンドイシューは大量の冷媒を流し込まれ全ての行動を抑制されている。それだけの対処が必要となるゾイドであるからだ。

 昨晩の戦場となったエリアについて、日が昇ってからデルポイ連邦の偵察隊が空撮を届けてきている。カナンが見たその写真には、焼き尽くされ抉られ禿山どころかクレーターと化した戦場が写っているばかりだった。

 恐ろしい力にして、デルポイ連邦の守護神。そしてこれだけの力を用意しなければ、既存の世界から別の居場所を生み出すことは出来ないということの証左でもある。

「なぜでしょうね。一つの世界では幸せになれない人々がいるのに、他の場所を作ろうとするとこんなにも抵抗される……。

 私達を抑圧していた人々は、排斥しようとしているにもかかわらず、同時に私達の存在に依存しているのでしょうか」

 呟く相手であるセカンドイシューは、冷たい眠りの底から答えを返すことは無い。

 故にカナンは振り返り、そこにそびえるものを見上げる。このジオシティを擁する地下空間の、天井側。そこには背骨のように一直線の構造体が設置されている。

 それこそ帝国と共和国に突きつけられたもう一つの戦略兵器、デストロイヤー・ガンの砲身だ。本来は電磁式のマスドライバーとして運用されるそれは、遠目にはこの地下空間から地上に出るための鉄道の類いにすら見える。

 そしてヘンリーの放送であたかもデストロイヤー・ガンそのものであるかのように示された円柱はその砲弾として、装填作業が進められているところだ。宇宙開発用というのが本来の目的であるデストロイヤー・ガン同様、その砲弾も本来は宇宙ステーション用の構造材とその保護カバーである。

 セカンドイシューが元から破壊力を備えた獰猛なゾイドであるのに対し、このデストロイヤー・ガンは平和利用されるべきマスドライバーの転用物だ。その存在はセカンドイシューとは異なる歪みをこのデルポイ連邦の存在意義にもたらすものだろう。

「ですが……デストロイヤー・ガンはデルポイ連邦の独立が成立すれば宇宙開発にも利用されるとヘンリー閣下は言っていた……。

 ……もし、その価値をもって帝国と共和国から独立することができたら?」

 ふと、カナンは今生まれようとしている国家の別の道を思い浮かべる。平和裏に、祝福されてこの国が、自分達の世界が生まれることがあったならば。

「……ありえませんね。旧い世界の人々が、差別の対象の私達を手放すはずが無い。

 やはり戦わなければ……新しい世界は作れない」

「なにやらシリアスな調子でありますなあ!」

 そこに聞こえてくる不躾な声。カナンが鋭い視線を向けると、そこには軍服を着崩してオフの様相のロイやその取り巻き達が向かってくるところだった。

「生い立ちがシリアスな方は物思いに耽っているだけでも絵になるようで羨ましい限りだぜ。俺達はそういう雰囲気が足りなくて締まらねえんだよなあ」

「まったくでさ」

 ロイに話を振られ、彼の取り巻き達は無遠慮な笑い声を上げる。その様子を見つめ、カナンはロイめがけて低い声を放つ。

「ロイ中尉……今夜はデルポイ連邦にとって重要な時です。しかしその一方であなたはこのデルポイ連邦と意志を別にしていると、先程伺いましたが」

「そうは言うけどよお。連邦の意志っつっても国自体がものを考えるわけじゃないだろ?」

 揚げ足を取るようなロイのニヤつきに、カナンは険しい表情を浮かべる。そしてその様子を見たロイはさらに加虐心をくすぐられたか、見透かすような目をカナンに向けた。

「国の意志ってものが存在するなら、それはいろんな人間が考えることを総合したものだろう? それと俺個人との間に噛み合わない部分があるのは当然じゃないか」

「…………」

「それに? その意志の総体であるはずの『デルポイ連邦の意志』をお前一人が代弁できるってのはなんだか嘘くせえなあ?」

 せせら笑うロイ。その姿に、今こそカナンの怒りは沸点に達した。

「デルポイ連邦はヘンリー閣下の描いたビジョンに賛同した人々によって、真帝国の中で独立した派閥として存在していたのです。

 あなた方のように外からやってきた人間にはわからないでしょうね……私達の求めるものが一つであると言うことは……!」

「おおそうさわからねえとも。金で雇われている俺達にはな。

 金を払って助力を得なきゃ実現出来ないビジョンとやらなんてわかりたくもないしな」

 嘲笑うロイに、カナンは歯噛みする。その様子に溜飲を下げたのか、ロイは鼻を鳴らして仲間達に振り向いた。

「もしデルポイ連邦がこわーい独裁国家じゃないってんなら俺達のことも認めておいてほしいもんだぜ。なあ?」

 ゲラゲラと笑うロイとその取り巻き。彼らを前にして沈黙するカナンだが、しかしその背後でセカンドイシューの冷却システムが排気音を立てる。

 カナンは我に返る。ヘンリーが言っていたとおりであれば、ロイ達はデルポイ連邦が成立した暁には、その戦いの暗部と共にデルポイ連邦の外に向かってもらうという。理想が成し遂げられた時にはロイ達にデルポイ連邦での居場所は無いのだ。

 この国を揶揄するロイ達にとってはそれも望むところなのだろう。しかし彼らはいずれまた根無し草に戻っていく。そのことを思うと、カナンの胸の奥には暗い愉悦が生まれるのだった。

「好き勝手に……何も理想を持たない人々は、他者を揶揄してばかりですね」

「へへへ、そうしていれば周りが勝手にみっともない姿を晒してくれるんでね。俺からしてみれば、何か目標を掲げてはそのせいで苦しんでみせる連中はみんなコメディアンさ。

 あんたもそういう風に生きてみたらどうだい? セカンドイシューを操れるあんたは、そうやって社会から一歩引いてものを見ることもできるんじゃないかね」

 確かに、背後にそびえるセカンドイシューの力はそれだけのことをなし得させるだろう。だがセカンドイシューが抽出機からのゾイド因子オメガ供給を受けなければならないことはロイも知っているはずであり、彼がカナンをおちょくろうとしているのはここまでと変わりが無い。

 そしてカナン自身も、ロイの言うとおりにするつもりはなかった。

「私は、私達は……逃げ出さずに、誰も手が届かない場所に自分達の生存圏を作ろうとは思いません。

 あくまでも帝国共和国からなるゾイド人文明の中に、私達のデルポイ連邦を存在させ、両国で生きられない人々を――」

「ああもういいよ、そのお題目聞き飽きたぜ」

「――デルポイ連邦は新たなる世界であっても、これまでの世界とは異なる異世界でも、傍観者でもないのです」

 話を打ち切らせようとうんざりしてみせるロイに対し、カナンは自分の言葉を言い切ってみせる。それが己の信念の証であるというかのように。

 睨み合う両者。そして二人を見下ろすセカンドイシューがため息のような排気音を立てたその時、ジオシティを収める地下空洞に遠雷のような低い音が響いた。

「おや? 天気が悪いのかな?」

 ロイが耳を澄ませるような仕草を見せるが、しかしそんな気のせいのようなか細い音ではない。カナンがジオシティの建築中の区画へと視線を向けると、そこには小規模だが黒煙が立ち上っているのが見えたのだった。

「爆発事故? いや……この状況では……破壊工作!?」

 カナンは即座に状況を理解し、そして身を翻した。

 オクトーバーフォースがデストロイヤー・ガン発射阻止に動いている現状、あらゆる攻撃は想定されている。何か起きたならばカナンのような立場の者は警戒態勢に入らなければならないし、この地下空間内での出来事であるならばセカンドイシューを動かすわけにもいかない。

「ロイ中尉、司令部で情報を――」

 駆け出しかけたカナンが見るのは、やはりニヤついた表情を浮かべるロイ達だった。その姿にカナンは不吉な予感を抱かずにはいられない。

「まさか、ロイ中尉……」

「おっとお、俺達じゃねえよ? やだなあまだおまんまを頂いてる身だぜ。

 不届き者を始末しに行こうぜえ? ボーナスが貰えるかもしれないしなあ」

 ロイがそう言って手を振ると、彼は取り巻き達と共に連れ立ってこの場を後にし始める。

 その底知れぬ態度を見てカナンは静かに決心する。この戦いの中でロイ達が不穏な動きを見せたその時は――。

 駆け出す前にカナンはセカンドイシューを見上げる。その威容は何も語らず、カナンの導いた答えを見下ろし続けていた。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一二三六時

ジオシティ 居住エリア 景観地区

 

 北岳地下のデルポイ連邦本拠地。その地はこれまでデルポイ連邦に連なる者しか足を踏み入れたことが無い地だった。

 だがその地に彼らはいた。デルポイ連邦に対抗する――帝国戦略情報局が彼らの所属先だ。

「爆破――完了です」

「よし……ここから陽動を重ねてデルポイ連邦側の注意をこのジオシティ内部に向けさせていくぞ」

 将来的に一般市民が居住する予定であろうそのエリアには、建築途中のアパートが立ち並んでいる。そして戦略情報局の潜入工作員達はその居住エリア内に設けられた公園――景観地区に潜んでいた。

 彼らは景観地区の川のほとりに立ち、遠く立ち上る黒煙を見上げている。爆破したのはジオシティに設けられた物資集積場であり、この場所からはそこそこの距離がある。

 そして水中活動も想定したドライスーツを着た彼ら工作員の背後、川の中から一つの影が浮かび上がる。工作員移送用の小型キャビンを背負ったその姿は、水中ゾイド・グソックのものだった。

 そしてキャビンの水密ハッチを開き、同じようにドライスーツ姿の男が姿を現わす。

「少佐!」

「ご苦労だった。だがここから忙しくなるぞ、搭乗したまえ」

 男に促され、地上で待機していた工作員達はグソックに乗り込んでいく。そして先んじてキャビンに戻る男のドッグタグには『マーティン・ゴア』の名があった。

 キャビン内部にはゴアと工作員を合わせて六名が額を付き合わせるような距離で簡易シートに詰めている。小型ゾイドに乗せる水中用キャビンということで当然余裕は無いのだ。しかしそのことをぼやく者が一人もいないのは彼らがプロフェッショナルであることを示している。

『ご乗車ありがとうございます。狭いので詰めてお座り下さいませ。エチケット袋はご持参でよろしくお願いしまあす』

 なおグソック自体の操縦席は別だ。しかしユーモアを忘れないライダーもプロではある。

「運転手さん、次の停留所はどちらで?」

『残念! バスではなくてタクシーなんですよね。行き先をどうぞ少佐』

 ジョークに仕方なさそうな顔を浮かべるゴア。地上から戻った部下も疲れを滲ませつつも苦笑を浮かべるのだった。

「『前の車を追って下さい』って言ってやって下さい少佐」

「今は我々の方が追われる側なんだがな……。

 ユーモアはここまでだ。居住エリアに敵の警戒を引きつけたところで敵の本丸に乗り込む。敵保安施設、保有ゾイドを無力化する」

 アビゲイル達がオクトーバーフォースの残存戦力を掻き集める一方で、ゴア達は戦略情報局本来の作戦に沿って今夜に向けての下準備をする。そういう手筈だ。

 潜入ゾイドにグソックが選択されているのは、このジオシティが建築途中故に北岳本来の地下水脈が用水路として転用されている点からだ。

 水中行動、それも水底を這うように歩行出来るグソックの隠密性は高い。図らずもこのジオシティへの潜入は、ゴア達のグソックにとってはこれ以上無い適材適所の現場であった。

「アビゲイル達の首尾はどうでしょうね。捜索と誘導ですが、無線封鎖下でしょう? まだ半分ルーキーみたいなもんですが……」

「その点に関しては心配していない。彼女は人一倍任務には熱心だよ」

 別働隊を案ずる部下に、ゴアは頷きを見せる。実際の所、彼はアビゲイルがこの帝国軍戦略情報局に初めて接触した際に居合わせた者の一人だった。

「アビゲイルが我々の前に現われた時には一人変わった兵と一緒だったからな。彼の影響があるのかもしれん」

 特殊部隊にはあるまじき情緒的な言葉。そしてそれから最も遠い立場であろう隊員達もそれに頷きを見せた。彼らもその場にいた隊員達だからだ。

 精神、志気は戦いに影響をもたらす要因だ。しかしその浮き沈みは彼ら特殊部隊の任務に求められる戦果とは噛み合わない。故に本来彼らはそういう要素を排除しているはずだが、

「俺達はどうだかわからないが、このデルポイ連邦とやらはあいつが憧れていた賢明な人々とは思えんからな。

 我々もアビゲイルに負けていられないぞ」

 彼らは覚えている。決して立派ではないが、立派になろうとしはじめた彼から自分達に向けられた憧れの視線を。

 それに報いようと決意して以来、彼らは無情な特殊部隊であることをやめた。意志を持って戦いに臨む者達へと変わった。その結果としてここに派遣されたことはどういうことであろうか。

 答えはわからない。だが彼らは求める結果に向かうだけだ。

『少佐。例のポジションに到着しましたぜ』

 キャビンの外から水流の音を響かせて移動していたグソックは、ゴア達が言葉を交わす間に目標地点に到達していた。ライダーの言葉に、ゴアは膝を打ってシートから腰を上げる。

「よし、小休憩は終わりだ。次の作戦段階を開始する」

「へい」

 ゴアの指示に、隊員がキャビンの水密ハッチを開く。そこに広がっていたのは先程までの公園のような開けた空間ではない。

 みっしりと機能を持った機械で四方を埋め尽くされた空間。市民が立ち入ることを想定されていない、軍事目的のエリアがそこにはあった。

 破壊工作を担当する隊員達がキャビンから飛び出し、外部トランクに搭載された爆薬類を手にグソックから降り立つ。水路がつながるここは軍事エリアの用水路だった。

 彼らの次なる目的はデルポイ連邦の戦力を削ること。デストロイヤー・ガン発射までの間に、どれだけ戦果を上げることが出来るだろうか。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 13:41

IMPRESSION

・ゾイド因子
 ゾイドコア内に高温高圧の環境を持ち、他の生物種とは比較にならないエネルギーポテンシャルを持つ生物がゾイドである。そのゾイドの体内を巡り身体能力を発揮させるエネルギーは、他の生物や自然現象の中にあるものとは区別されたゾイド固有のものであり、『ゾイド因子』という概念の主たるものとして認識されている。
 少なくとも工学分野においてはこのエネルギーを熱・電気などの形で取り出し利用することは出来ている。しかし単なる熱・電気エネルギーはゾイドコアにゾイド因子として入力することはできない。厳密に言えば『ゾイド固有の因子』はその差異を生むものであると言えるだろう。このことは近似の存在であるゾイド因子オメガも(概ね)ゾイド以外の存在にとっては単なるエネルギーにすぎない点からも説として補強を得ている。
 これらのことからエネルギーとして知られるゾイド因子は『強力なエネルギーに震動波・パルスなどの形でゾイド生命体の活動を喚起する情報が含まれたもの』ではないかとも言われているが、その神秘に最も近づいた人物の一方は口を閉ざし、もう一方は行方知れずとなっている。前者はウォルター・ボーマン博士、後者はフランク・ランド博士である。

 エネルギーとしてのゾイド因子はそれに触れるだけでゾイドを活性化させることが出来る点で他のエネルギーとは区別される。
 また同じ惑星生物種であるためか、人類も高濃度のゾイド因子を浴びた場合身体に変化が生じることがある。
 その単純かつ有効な効能から、未だ窺い知れない深淵――そしてフランク・ランド博士がその強大さを大いに利用したことを考えれば、ボーマン博士の慎重な情報開示の理由も窺い知れるものだろう。
 あるいは、ゾイド因子を利用し地球にゾイド生態系を生み出した己自身にも、ボーマン博士は恐怖している面があるのかもしれない。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一三四一時

笊ヶ岳近辺

 

 前進を続けるリン達だったが、彼女達の前に姿を現わしたのはデルポイ連邦首都を目前とした防衛拠点だった。

 山肌にくり抜かれた複数の射点から、デルポイ連邦側のガノンタスが砲撃を送り込んでくる。これに対抗するのは火力に優れたキャノンブルと、大井川水上を追随してきたキリング達のバズートルだ。

 レールガンの弾数が限られるアカツキライガーと、近接射撃戦向けの装備を持つドライパンサーは射撃戦には参加出来ない。その代わりにリン達は砲撃戦の下を防衛拠点に向け忍び寄っていた。

「この種の拠点は接近を許せば脆い……。というのは、向こうも当然理解していますよね」

 ドライパンサーはもちろん、ロービジ塗装されたアカツキライガーも木々の間を走る分には砲撃を向けられない。だがデルポイ連邦は当然そのような襲撃者を想定し、木々を刈り取り森を分断するエリアを設けていた。リン達がいるのはその目前であった。

「分散して接近しましょうか……。三体で固まっていては目撃されやすいはず」

「しかし拠点近辺には防衛機体が潜んでいます。孤立するのは危険ですね」

 足踏みするリン達。敵の目を引きつけるために続けられている砲撃の効果はどうかと味方に視線を向けると、後方ではキャノンブルに混じってギャランのスカベンジャーも砲撃をしているのが見える。やはり弾薬に制限があるロングレンジバスターキャノンは温存し、それ以外の火器での攻撃参加だ。

 攻めきれないリン達に対し、防備に徹する陣地は強固だ。トーチカからはガノンタスの砲口しか見えず、しかしそれだけで彼らは最大の火力を発揮出来るし、身を守ることも出来る。

 状況を変えるには砲撃で向き合うのではなく、接近して相手が予期しない位置から攻撃する必要がある。意を決し、リン達は別々の位置からアタックを仕掛けようと分散を開始した。

 しかしその瞬間、突入のタイミングよりも早く緩衝地帯を突破した何者かの影があった。それは速度を一切落とさないまま、トーチカの開口部一つへと接近していく。

「あの速度はハンターウルフ……ブルーダー少尉!?」

 切り開かれた山野を駆けるのは灰色のシルエット。そしてその背面カウルが開き、長大な対空砲がその姿を現わす。

 駆け込んだ影はトーチカ開口部の脇から内部に発砲し、内側から爆風が発するより先に離脱し次に向かっていく。その段になってようやく敵側も接近に気付いたか、リン達への攻撃か味方の援護かで砲撃が乱れ始めた。

「……今っ!」

 仲間の生存を喜ぶよりも先に、リンは好機を見抜いた。すかさずアカツキライガーに活を入れ飛び出させる。

 ハンターウルフの快速に比べてアカツキライガーの速度はいささか鈍い。だがその分踏み込む力に満ちた一跳びは木々が塞ぐ空間を突き抜け、その先で砲撃が降り注ぐ荒野も同じように突破した。

 ドライパンサーが追随する中、リンとアカツキライガーは開口部に取り付くと内部に睨みを走らせた。そこにはハンターウルフを追おうと視線を逸らしていたガノンタス自身や、その周囲で運用に携わる兵がいた。

「下がりなさい! エヴォブラストォッ!」

 ガンブレードが展開されると、兵達は慌てて逃げ出す。ガノンタスのライダーもハッチから這い出る中、アカツキライガーは至近距離からガンブレードの砲撃を横様に浴びせた。

 狭い空間を横に吹き飛ばされたガノンタスが砲撃スペースの内側に激突し、デルポイ連邦の兵達は陣地奥の退避口に殺到する。その姿を見送り、リンは次なるトーチカへ機体を走らせた。

 そこへトーチカへの接近に対抗すべく控えていたであろう、デルポイ連邦側のパキケドスが山を越えて駆けつけてくる。リンはそれに応じてアカツキライガーを跳ばし突進から逃れようとしたが、

「おおっとさせないよっ!」

「食らえぇ!」

 響いた高い声はギャランと共に合流したアビーとベッキーのものだった。リン達の突撃の裏で隙を突いて接近した二人のディロフォスが、至近距離から妨害電波のインパルスをパキケドスに浴びせて動きを止める。

 さらに突撃の背後で森から飛び立ったアビゲイル達と、ハバロフの部下達のキルサイスも空中から制圧射撃を浴びせながらトーチカに殺到する。『形勢』はその一瞬でリン達に傾いたのだった。

 砲撃を行うキャノンブル部隊も前進を始める。接近する友軍に、リンは一息を吐いて現地の確保のためアカツキライガーに周囲を警戒させるのだった。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一三五六時

笊ヶ岳近辺 デルポイ連邦防衛拠点

 

 リン達による制圧は瞬く間に進んだ。この拠点が他の拠点と連携して侵入者を迎撃するものではない、末端の通報施設のようなものだったことが短時間で制圧可能である理由だろうか。

 取り押さえることが出来たデルポイ連邦の兵達を一カ所にまとめつつ、リン達は拠点から何か有用な情報は得られないかと捜索を行っていた。

 時間はあまりない。この拠点が通報施設でもあるならばリン達の位置とそこから移動出来る先はすぐさま予想されてしまう。追っ手が迫る前に移動しなければならない。

「施設のチェックは我々がやりましょう」

 アビゲイルが部下に指示しトーチカに潜り込んでいく。そしてそれにハバロフ達も続き、

「使用可能な弾薬は全て頂いていきます。武装は取り付けている時間が無いので全て破棄! 急ぎなさい!」

 どちらの組織も手際が良い。アビゲイル達情報機関は当然として、非合法な活動をしているハバロフ達の火事場泥棒っぷりは流石と言うべきか。

 その間に周囲を守るのがリン達オクトーバーフォース組の役割だ。しかしこの状況でも言葉を交わしておかねばならない相手が一人、現われていた。

「リン・クリューガー准尉。この隊の指揮は貴官が取っていると聞いたが」

 戦闘で駆け巡った脚を緩める灰色のハンターウルフ〈エコー〉から降り立つのは、傭兵ブルーダー。山岳地帯で生まれ育ち戦いを経てきた彼は、この混乱の中でも確実に生き延びているはずだと目されていた一人だ。

「はい、帝国軍の情報機関と一緒にデルポイ連邦の本拠地を目指しているところです。

 そういえば、私達の方で後方に下げた非戦闘員の中にお連れの方がいましたよ」

「ユインか、助かる。俺の方でも負傷者を何人か救出しているんだが、見つからない場所に隠すことしかできなかった。情報機関とやらに場所を伝えれば救助して貰えるだろうか」

 こともなげにブルーダーはそう言うが、昨晩の混乱を考えれば大したものだ。リンは感心するしかない。

「負傷者を隠した後にここまで一人で……?」

「いや、もう少し先まで行ってアタックする場合に使えそうなルートを探っていた。今朝遠吠えに応じた者がいたから継戦を望んでいるグループはいるとわかっていたからな。合流できればと思っていたのだが」

「この先のルートも調べてあるんですか!?」

 驚くリンの様子に、ブルーダーの方も驚いたようだった。彼らにしてみればそれだけのことを昨晩から実行出来るのは当然のことなのだろう。

「ルートはエコーに記録してある。高機能型の操縦席は便利だな。ヤスリの尾根……地元では簡易的な操縦席を使っていたからな」

 現状において貴重な情報がエコーに収められている。そんなエコーにアカツキライガーが並びくつろいでいる様はそんなことを感じさせないが。

「私達の方では、帝国の戦略情報局から地下空洞のデータを頂いているんです。ブルーダーさんの調査結果を合わせれば、デルポイ連邦の首都に突入出来るはずです!」

「力になれるならば光栄なことだ」

 手を取るリンにブルーダーは静かに応じる。その表情はリンに比べて懐疑的で、慎重さを漂わせたものだった。

「だが昨晩の戦闘を思い返して見ると、セカンドイシューに対して我々は決定打を持っていない。

 その状況でデルポイ連邦の奥深くに侵入して……どのような戦いをするべきだろうか」

 それは事態を動かすことで士気を蘇らせたリン達が無意識にか意識的にか避けていた話題だった。

 ジオシティに待ち受けるセカンドイシューはアカツキライガーとスカベンジャーという強力なゾイドを撃退している。そして両機共に損耗してしまった。昨晩よりもさらに厳しい戦いになるだろう。

 一度敗北した上でより厳しくなったのならばもはや絶望的とも言える状況だ。だがリンは慎重に語り出す。

「……私達が倒すのはデルポイ連邦です。セカンドイシューはその戦力ですが、全てではありません……」

「それは――」

「強力なゾイドへの対処法としてはポピュラーだなあ」

 無遠慮な声が響く。それは警戒に向かないスカベンジャーから降り立って戦闘糧食を食べていたギャランだった。そしてデスレックス種であるスカベンジャーは、ある意味ではスカベンジャーに似た形質である強力かつ単騎の重戦闘ゾイドだ。

 だからこそそのライダーであるギャランはリンがたどり着いたアイディアを察したのだろう。

「迂回――あるいは陽動ってことだろ? セカンドイシューを主戦場から引き離して、その隙にデストロイヤー・ガンを破壊する。そうすれば当面の本土攻撃は防げる。

 そんなところだろ、思いついたのは」

 ギャランの言葉に、リンはゆっくりと頷く。そしてその覚悟を決めたような様子にブルーダーは眉をひそめた。

「……君がセカンドイシューを引き寄せるつもりか」

「はい。私とアカツキライガーはセカンドイシューに敵いませんが、敵にとってはまだ無視出来ない存在であるはずです。だからこそ陽動ができる……そうすればデストロイヤー・ガンは通常のゾイドでも破壊出来るでしょう」

「しかし危険だぞ。昨晩の戦闘結果を忘れたわけではないはずだ」

「撃破を目指さなければやりようはあるはずです。私は死ぬつもりはありません」

 ウェインライトとのやりとりを経てリンはその点は強く決意していた。そして捨て鉢にはならない強かさがリンをこのアイディアに導いたと言える。

「いやあ無茶だろ。俺とスカベンジャーも戦ったが、セカンドイシューはとんでもない強さだったぜ。

 デスレックスよりデカいくせに動きは速く、パワーもある。おまけに火力はこれまでに何度も発揮されてきただろう?」

「しかし地下にあるデルポイ連邦の本拠地であれば火力は……」

 意地悪そうな口調のギャランに、リンは反論する。するとギャランはたしなめるように両手を広げた。

「まあ待てよ、俺は単純に反対しているわけじゃない。

 単騎で挑むのは危険だ。昨晩のようにな。

 だから今度は俺とお前、スカベンジャーとアカツキライガーで同時に挑む。それなら少しは保つだろう」

「ギャラン軍曹……!」

 覚悟を決めていたリンにとっては心強い申し出だった。ロングレンジバスターキャノンの一方を失ったスカベンジャーのダメージは気に掛かるが、他の者に協力を仰ぐよりも確実ではあるだろう。

「機体のダメージはいかがですか?」

「良くはねえな。全身満遍なく打ちのめされたわけだからな。

 ただそろそろスカベンジャーは腹を空かせてきているはずでな……鎮静剤も切れて本能が強まってきている。今夜には差し引きでかなりいいコンディションになるだろう」

 長くスカベンジャーに乗っているギャランはそう見立て、待機する機体へと振り向いていた。

「ん……?」

「ギャラン軍曹?」

「いや、破損した部位に金属細胞の薄膜が張ってるようでな。回復してるようだ」

 言われてみれば、スカベンジャーの全身に走る擦過はどこかエッジに丸みを帯びているように見える。風化したようにも見えるが、実際は金属生命体であるゾイドの細胞が傷口にかさぶたを作るようにダメージ表面を覆っている状態だった。

「……けどいつもよりペースが速いな。ゾイドやジャミンガを食わせたわけでもないのに」

「そう……なんですか?」

 デスレックスのような強力なゾイドであればこれだけの時間でも充分ではないのかと、リンはそんな風にギャランに首を傾げる。

 そしてアカツキライガーはどうかと振り向いてみれば、やはりこちらもダメージ部に溶解したような丸みが見えていた。そしてその隣にやってきたエコーは、まだ昨晩の戦闘の痕跡として鋭い擦過の傷が装甲に残っている。

「まさか……」

「リン准尉!」

 リンの口をふと疑問がついたその時、トーチカ内部を調査していたアビゲイル達がにわかに騒ぎ始めた。しかしその雰囲気は緊急事態という様子ではない。

「有力な情報が手に入りました! 来て下さい、アビゲイル少尉がミーティングを希望しています」

 ちょうどよく人が集まるタイミングが訪れた。リンは浮かんだ疑問をそこにぶつけてみようと、ギャランやブルーダー達を引き連れて歩き出す。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 15:41

IMPRESSION

・ジオシティ(1)
 デルポイ連邦首都として建設されたジオフロント、それがジオシティである。
 南アルプス最高峰北岳地下に建設されたこの地下空間はメイン空間の半径が3キロに及ぶ巨大なものである。その一方で建設には移民船の補修資材を始め、移民後の宇宙開発用資材――つまり新地球歴三〇年代現在死蔵されている物品が多く利用されていることから、その建設コストはさほど大きなものとはならなかった。ジオフロント自体の規模も移民船に近く、デルポイ連邦の人員にその持ち主が含まれるかは別として、建造と維持のノウハウ自体は存在しているものである。
 そしてジオシティと一体化した戦略兵器デストロイヤー・ガンも移民後の宇宙開発に用いられるはずだったマスドライバーを元にしているなど、宇宙開発に近しい都市と言える。しかしその一方で、それらを扱う先進的な研究施設などはデルポイ連邦には欠けた存在であった。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一五四一時

ジオシティ 軍事エリア

 

 地下に存在するジオシティには外界の時間の流れを感じさせる現象は起こらない。ただそこにあるのは、この場所で起きている事態の進行を示すものだけだ。

 例えばそれは、ジオシティ西部に位置する軍用スペースの一部で火の手が上がって黒煙が立ち上っていることなどだ。炎上しているのは特に格納庫、それもゾイドを収めているものだった。

 ジオシティに潜入したゴア達特殊部隊の破壊工作は、居住のために用意されていた地区の爆破による陽動によって当初の目的、軍事エリアに到達していた。

 しかし常駐する戦力が存在するこの場所では、完全に身を隠したまま戦闘を進めることはできなかった。ゴア達の部隊は弾薬が保管された耐爆コンクリートの掩体壕に立てこもり、包囲を仕掛けてくるデルポイ連邦側と交戦している。

「弾薬を背負って銃撃戦てのはぞっとしませんねえ!」

「弾切れしないで済むのと、大火力を撃ち込まれないで済むのはありがたいことだよ」

 掩体壕の正面扉を遮蔽物として、ゴア隊の隊員がデルポイ連邦側の突入を食い止めるべく射撃を断続的に繰り返していた。さらに掩体壕内部には彼らが乗ってきたグソックも入り込み、搭載された対ゾイド砲を隊員が操作している。

『工作員諸君、君達は完全に包囲されている』

「おおあんな典型的なこと初めて言われた」

「基本気付かれないように戦ってきましたからね俺達」

『――さらに君達を救助する戦力は現われない。ジオシティ周辺は我らデルポイ連邦の軍によって制圧状態であり、ここに侵入した勢力は君達だけである。

 状況が好転することは無い。直ちに投降したまえ』

 呼びかけてくるデルポイ連邦側は、この弾薬庫正面に陣地を構えて隊員達と対峙していた。弾薬を背にした隊員達相手にゾイドでの攻撃はできずにいるが、その一方で装甲板を増設したステゴゼーゲを盾代わりにして展開している。

「アレ確か軍じゃなくて警察に配備されてるゾイドですよね? ステゴゼーゲの改造機で……」

「ウォールゼーゲだな。対暴動用の移動バリケードと機動隊員輸送用のゾイドのはずだ。

 デルポイ連邦と繋がってたってんなら警察より、そこにゾイドを納入してた企業とかであってほしいがなあ」

 ウォールゼーゲの陰から牽制射撃してくるデルポイ連邦兵を尻目に、ゴア隊の隊員達はぼやく。この新興国家になろうとしている組織の成り立ちは、彼らが属する戦略情報局にとって重要事案の一つだった。そして軍事的ではない動きの内に止められずにいたことで現在に至る。

 かつての段階で止められていればという後悔は眼前の敵戦力全てに向けられる。今まさに敵に合流しようとしているパキケドスにもだ。

「……パキケドス?」

 パキケファロサウルス種のそのゾイドは、発達した頭部による格闘戦を得意とする機体だ。この状況でそんな機体が合流してどうしようというのか。

「壁を破って突入してくる気ですかね」

「いや、だったらわざわざ真正面から来るか?」

 この弾薬庫の広さはゴア隊全員でもカバーしきれないものであり、開口部がこの正面だけであるからこそ持ちこたえているのが現状だ。しかしパキケドスのパワーなら耐爆コンクリートに別の開口部を作ることもできるかもしれない。

 しかしそれならば正面以外から来るのが然るべき手順。そのことを疑問に思った隊員達の前で、接近してきたパキケドスはそのままウォールゼーゲの一体に蹴りを叩き込むとそのまま跳躍し、包囲陣の内側に踏み込んできた。

「……総員無事か? 報告!」

「隊長! 全員健在です!」

 隊員達の前に着地したパキケドスの背中から、隊長たるゴアの問いかける声が響いた。隊員達がその声に応じる間に、パキケドスはデルポイ連邦兵達に対して向き直り搭載火器で反撃を開始している。

「こちらでは機体を強奪してきたがそちらのチームは弾薬庫を盾にしたか。いい判断だ。

 しかし現状で籠城戦は不利だ。敵を撒いて再度潜伏を目指す」

「やむを得ませんね。できればデストロイヤー・ガンにダメージを与えたかったですが」

「あちらは警備が厳重すぎる」

 パキケドスから飛び降りるゴアを出迎えた隊員達は、言葉を交わしながらグソックへ走る。突入で敵の陣形が乱れ、さらに自軍に戦力が加わったなら状況は動かすべきだろう。

「一端水中に退避して再攻撃の機会を窺う。ゾイドは大部分が出動しているようなので次はパワープラント類を攻撃したいな」

 追われる状況だがゴアは強気だ。プロフェッショナルとしての自負があるのはもちろんだが、デルポイ連邦による本土砲撃まで残り九時間を切っていることも見逃せない。

「パワープラントは流石に警備が厳重では?」

「だが有効な攻撃地点はそのぐらいしかない。デストロイヤー・ガンの構造が問題でな……」

「構造データが手に入ったんですか?」

「ああ、コイツに関してはオクトーバーフォース側と情報を共有したいところだ、が……!?」

 言葉を交わすゴアと隊員達を乗せてグソックが動き出す。しかしそうした直後に、キャビンに収まったゴア達に衝撃が加わる。

「どうした! ランチャー持ちでも出てきたか!」

『それどころかゾイドですよ! 敵ゾイド、白兵戦型……ギルラプターです!』

 ライダーの報告に、ゴア達はキャビンに設けられた耐圧耐弾ガラスの小窓から外の様子を窺う。そしてそこには立ちはだかるパキケドス越しに黒いギルラプターの姿があった。

「黒のギルラプター……ロイ・ロングストライドか!?」

 デルポイ連邦の要注意人物については、ジオシティ内部よりも先に情報は確保出来ている。黒いギルラプターを操る戦闘狂――ロイについても同様だ。

『ははぁ、こそ泥だか放火だか、はたまたスパイかゲリラかな? 不届き者がぁ成敗してくれるわあ』

 薄ら笑いを声音に浮かべながら、ロイはギルラプター〈ブラックナイト〉をパキケドスに対峙させた。嘲笑うように顎を反らせたその姿に、パキケドスに乗り込んだ隊員がゴア達へ呼びかけた。

『隊長! こいつは自分が引き受けます。後退して下さい!』

『てめーじゃ荷が重いだろうよっと』

 ライダーが呼びかけたために振り向いたパキケドスめがけ、ブラックナイトが高圧濃硫酸砲の不意打ちを吹きかけた。着色された薬剤の霧がパキケドスの横顔に広がり、目を狙われたからかパキケドスが身を竦める。

「出せ! 奴がいるということは周囲を部下に固められている恐れがある」

『仕方が無い。飛ばしますよ!』

 緊急事態に対し、グソックのライダーは機体をワイルドブラスト状態に移行させた。この状態での高速回転と急加速がグソックの攻めにせよ守りにせよ切り札となる。

 今は逃走の手段だ。ゴア達がキャビンの耐衝撃グリップを握って身を縮めると、窓の外ではブラックナイトがワンステップでパキケドスの脇を抜け距離を詰めてきていた。

『わざわざ玉になってくれんのかい』

 無遠慮な蹴りがグソックを横様に吹き飛ばす。衝撃でかき混ぜられる景色の中、割り込んだパキケドスが横からの体当たりでブラックナイトを突き飛ばした。だが宙に飛んだ黒い体躯は衝撃を殺しきってふわりと舞うばかり。

『即席のコンビなんざ敵じゃねえなあ!』

 傍らの格納庫の壁を蹴って戻ってきたブラックナイトはパキケドスの背に爪を突き立てる。それは操縦席を狙った一撃だったが、ゴアの部下もただではやられない。パキケドスの身をかがめさせてヒット点をずらすと、さらにそのまま機体を前に出す。

『行け!』

『おう!』

 蹴りを受けたグソックもその前に前転で飛び出し、緊急離脱を開始する。目指すのはこの軍事エリアに食い込んでいるジオシティ用水路だ。

 格納庫の合間を駆け抜けるグソックと、それを追うブラックナイト、そしてそれを阻止するべく併走するパキケドス。横様に噛み合い体をぶつけ合う二体のゾイドだが、機敏かつ側面に武装を持つギルラプター種のブラックナイトの方が優勢だ。

『ハハハァ! どうしたどうした頑張らないとみんな死んじまうぞ!』

『くそ……』

 運動性に勝るブラックナイトはこの狭い路地なら自在にパキケドスを責め苛むことも、置き去りにしてグソックを仕留めることも少しの本気で可能なことだろう。しかしロイはそのどちらも弄ぶことを選んだ。

 ブラックナイトは緩い足取りでパキケドスに横から食らいつき、反撃を受けそうになると横様に宙返りして反対側に着地する。そして脇腹に高圧濃硫酸砲を押しつけて発砲してみせた。

 噴出音と共にパキケドスは甲高い悲鳴を上げ、脇腹から蒸気が広がる。溶解した体側骨格が痛々しいが、しかし致命打には至らない被弾。戦いを長引かせて舐め回すような威力であった。

『かわいそうだなあ、お前らに使われちまったばっかりにボロボロにされちまって。悪いとは思わねえの?』

『お前が不必要に痛めつけているんだろうが!』

『いやだなあ趣味と実益を兼ねるって奴だぜ』

 嘲笑うロイ。そしてブラックナイトはゆったりとした足取りでグソックとパキケドスを追う構えを見せ始める。

 腹立たしいまでの余裕。しかしその一方で、ゴア達は目的地に接近していた。

『用水路だ!』

 格納庫に激突しながら角を曲がったグソックの先に、揺れる水面が見える。重量物をこの保管施設に運び込むための水運用水路だ。

 軽い体躯で機動力を武器とするブラックナイト、そして液体を噴出する高圧濃硫酸砲。そのどちらも水中では威力を発揮出来ない。そこまで逃れればゴア達のひとまずの勝利だ。

 だが、

『うっ……』

 グソックのライダーはうめき声を上げ、機体のワイルドブラストを停止させた。ゴア達キャビンの乗員は猛烈な回転から解放されたが、しかしロイによる追跡という脅威は終わらせられていない。

「どうした、まだ水中ではないぞ」

 三半規管を揺さぶられてふらつきながら、ゴアがライダーに呼びかける。そしてそうしながらキャビンの窓から外を見ると、彼は返事より先に理由を理解した。

『まずいです。ガブリゲーターが……』

 水面の揺れに限りなく隠れながらも、いくつかの視線がゴア達を見ていた。

 水中白兵戦ゾイド、サルコスクス種ガブリゲーター。グソックと比しても強力なゾイドが、複数そこでは待ち構えているのだ。

『バーカ。ジオシティの中を見つからずに動き回れる手段として、水路を利用しているぐらいのことは思いつくんだよ』

 そう種明かしをするロイを乗せて、ブラックナイトは鋭い足爪をアスファルトの路面に打ち付ける。乗り手同様演技じみたことをするゾイドであった。

 そしてその余裕の態度の後ろから、弾薬庫を包囲していたものと同じウォールゼーゲが姿を現わしてくる。地上と水中からの包囲が成り、ブラックナイトは歩みを進めてくる。

『さてご立派な特殊部隊様は投降せざるを得ない状況ではどうしてくれるのかな?』

『おのれ……』

 グソックの前に立ちはだかるパキケドス。そしてその王冠状の頭部打突部が屹立する。ワイルドブラストだ。

 破壊工作だけではなく、内部の状況も探ったゴア隊が捕らえられるわけにはいかない。パキケドスに乗った隊員はグソックを逃がしに掛かる構えだ。孤立した場合の手筈はあるとはいえ、決死の覚悟となる。

『ハハッ、表社会の連中はホントご立派な奴らばかりだなあ! 始末し甲斐があるってもんだ!』

 応じてロイもブラックナイトをワイルドブラストさせる。ゾイドの体力を消耗させる戦い方だが、本拠地にいるロイにとってはあまり関係あるまい。

 余裕綽々。一方的な戦いを楽しんで見せるロイに対しゴアの部下達は歯噛みするしかない。

「やむを得ん。強行突破を――」

 グソックのライダーに指示すべく、ゴアは視線を振り向かせた。そして水路側のキャビン窓に一つの光を見出す。

「……あのゾイドは!?」

 ゴアが思わず声を上げたその瞬間、戦場に機銃掃射が降り注いだ。

 威力はグソックとパキケドスの周囲に襲いかかり、瞬時に反応したブラックナイトは飛び退いている。そして水路を飛び越え、狼狽えるウォールゼーゲ部隊の前に姿を現わすのは四足獣のゾイドの姿だった。

 視認性を抑えた暗色に武装ユニットを背負ったその姿は、

『――アカツキライガーだと?』

 ロイがその名を口走る。現われたのはオクトーバーフォースの切り札の一つ、そして未だここには到達することも出来ていないはずの機体――リンのアカツキライガーであった。

「オクトーバーフォースの……アビゲイルに任せていた側か? なぜもうこんな場所に――」

 ゴアもその出現には呆気に取られざるを得ない。しかし硬直した戦場の空気の中で、アカツキライガーだけは確かな息づかいと共にゴア達へと振り向いていた。

『――ゴア少佐、後退して下さい。あなた方の情報が私達には必要です。

 誘導はあちらのキルサイスが』

 アカツキライガーから響く声も確かに女性、リンのものだった。そしてライガーに続いてこのジオシティの空中を飛来する複数のキルサイス。

 ガブリゲーターに対して爆雷らしきものを投下していくキルサイス部隊だが、しかしゴアの目にその機体が友軍、アビゲイル隊のものとは異なる仕様であることが見えていた。

『私達のトリックについては後でお伝えします。急いで!』

「助かる! ――出せ!」

『よくわかりませんが了解ですよ!』

 襲撃による混乱の中、ゴアの指示でグソックは水中に突入した。部下が乗るパキケドスも水路沿いに追随してくる。

『へえ、お仲間には種明かしするってわけだ。俺達も聞きたいねえ。取り押さえてじっくり訊ねればこっちにも教えてくれるかあ?』

『ロイ中尉……』

 遠ざかっていく戦場からは、対峙する二体のゾイドを駆る者達の声が響いてくる。

『私達は誰も諦めていない……。あなた達が為そうとしていることを必ず止めてみせます』

『ははあ、ご立派ぶった連中の中でも特にご立派なこったなあ准尉殿。

 だがいいのかい? 俺はともかくとして、お前らの社会に居場所が無い可哀想な可哀想な連中のお望みだぜえ? 冷てえ軍人さんだなあお前ぇ』

 露骨な当てこすりで揺さぶりを掛けるロイ。しかしそれに応じるリンの声は揺らぐことが無い確かなものだった。

『何を言っても無駄です、ロイ中尉。あなたは物事をややこしくすることを楽しんでいるだけ。

 そしてこのデルポイ連邦も……わかってしまいました。可哀想なだけの存在ではないことを』

 その瞬間、遠ざかりつつあるゴアは、それでも鋭く響く音を聞いた。アカツキライガーが地を蹴り飛び出す轟きを。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 15:58

IMPRESSION

・新地球歴の建築物
 地球に入植した惑星Zi人達にとって、その生活圏を確保し広げることは急務であり、その過程で必要不可欠なのが建築物を作り上げることであった。
 最初期には移民船内の保守増築用資材を転用したパッケージ建設が移民船着陸地点の周囲に築かれ最初の都市圏が生み出され、建材の安定供給と安全な土地の確保に伴って、資料上に存在する従来の建築方法に則ったものが生み出されていくようになった。
 新地球歴30年代現在においては「建造物の第一世代」とも言える移民船資材による簡易建築物の多くは役目を終え通常建築に置き換えられているが、迅速な展開を要求される一部軍事施設――そして秘密裏に規模を広げる必要があったデルポイ連邦首都ジオシティにおいては移民船資材を用いた様式のものが数多く建てられている。

 また惑星Ziが失われた折に多くの歴史的建造物も喪失したことになるが、極々一部に関しては移民船団の旗艦に積み込まれ今日では各国首都の一部を担っている。
 特にネオゼネバスに存在する王宮区画は皇帝の威厳を維持する上でも重要なものであり、30年度に発生した真帝国クーデターでの被害に関しても即座に修復が行われている。
 一方共和国でも船内首都ネオヘリックに多くの施設が存在したが、これらはゼログライジス事件の際に移民船突撃と共に喪失した。このことが共和国国民に対してどのような影響を与えるかは未知数といえる。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一五五八時

ジオシティ 市街予定地

 

 地下の都市に激音が響き渡る。それは二体のゾイドが激しく打ち合った結果だ。

 戦場は移動し、将来デルポイ連邦の『国民』達が住むことになる集合住宅に入っていた。

「この団地は……」

 ブラックナイトをガンブレードで切り払って遠のけながら、アカツキライガーは複数の棟からなるブロックの中央広場に着地した。

 アカツキライガーの後足が石畳を噛み、広場の中央に作られた噴水にまで至る。そしてその噴水にはまだ水が流れていない。

 周囲の団地棟もこの噴水と同じだ。まだ動き出していない人の営みの場所――。リンは周囲の景色をそう感じた。

「ネオヘリックやニューホープにあった都市に似ている……移民船の資材を使っていたあの都市と近い存在ということですか?」

 昨年のゼログライジス事件で被害を受けた共和国首都のことをリンは思い出す。特に移民船の内部にあったネオヘリックは完全に失われた。しかし共和国軍人を志して教育を受けていたリンは、首都たるどちらの都市もよく知っている。

 この星にたどり着いた人々が新天地に希望を持ちながら作り上げた都市。それに似た姿を持つこのジオシティも、デルポイ連邦の理念通りであれば新天地への足がかりとなる物だろう。

 だが今のリンは、この都市に潜む『異なる動機』に気付いていた。

「ハハハどうした! 物件漁りか? ここの大将は移住者は歓迎するらしいぜ!

 今なら俺が取り仕切ってる仕事場もあるぜえ!?」

「どうせろくなことをやってはいないのでしょう」

 飛び退いたロイのブラックナイトが団地のバルコニーを踏み砕いて戻ってくるのに対し、リンはアカツキライガーの機関砲での迎撃をぶつける。射線はブラックナイトの軌道を追い、スラスターに点火したブラックナイトがその先を鋭いダイブで駆け抜けた。

 湾曲した足爪が迫ると、アカツキライガーは全身を横様に飛ばして蹴撃を回避。そして石畳の上を転がりながら視線をブラックナイトに向け、ガンブレードを突きつけるように対峙した。

 しかしその眼前に、ブラックナイトは高圧濃硫酸砲から腐食性の霧を撒き散らす。リンはその広がりに操縦レバーを引いて退くかと歯噛みするが、

「…………!」

 下がるものかと引き金を引く。ガンブレードから放たれた一撃は濃硫酸の霧を散らして突き抜けた。

 そしてその空間を、砲撃をこめかみにかすらせながらブラックナイトが踏み込んでくる。

「へえええガッツが付いたんじゃねえの!?」

 下がらないリンに対しロイは賞賛の声を上げながら、しかしブラックナイトの爪をアカツキライガーの目へと突き立てに掛かる。

 対するアカツキライガーは首を捻り、突き込みを分厚いたてがみ装甲に受け流す。そうしてブラックナイトを横に弾くと、さらに肩口からぶち当たって黒いギルラプターを団地棟へと突き飛ばした。

 当然ブラックナイトは鉄筋作りの棟を蹴って再び跳ぼうとする。しかしその足が壁面に突き立ち窓ガラスを砕くと同時に、リンは機銃掃射をロイ達めがけて放った。

「ヒエエひひひ、死んじまうよやめてくれえ!」

「そんな殊勝なことを言えたクチですかあなたは! もうわかりましたよ、あなた達の……あなたの性質は!」

 団地棟の壁面を駆け抜けながら掃射を躱すブラックナイトめがけ、リンは声を荒げる。挑発への苛立ちのような表面的な怒りではなく、より深い場所から沸き立つ激情がその声には込められていた。

 その剣呑さに、嘲笑うような態度を見せていたロイがふと黙り込む。そしてブラックナイトは一際強く壁を蹴ると、アカツキライガーの射界の外へ跳躍。別の団地棟の屋上へと降り立ち、まじまじとリン達を見下ろした。

「……なんか面倒くさいタイプになっちまったな。逃げ回ってる連中の方が痛めつけ甲斐があるか」

「! させませんよ!」

 文字通り踵を返すブラックナイトに対し、リンは即座にアカツキライガーを飛び出させた。

 屋上から降りたブラックナイトは団地棟の間を抜け、ゴア達が脱出に使う用水路の方がクへと駆け出している。それも単に地を走るどころか、棟の合間の空間を跳弾するような空中機動を交えてだ。壁を蹴り、共同廊下や非常階段に爪を引っかけ、脚力全てを前進する力に変えている。

 足がかりとなるものが多いこの地区はブラックナイトにとってトップスピードを出せる場所であるようだった。しかし、

「振り切れねえ……?」

 駆け抜けていくブラックナイトめがけ、藍色のアカツキライガーが食らいついていく。地を蹴る四足獣の疾走であり、この狭苦しい空間に特化したブラックナイトの速度には届かない走り方のはずだった。

 だがその後方に、莫大な量の石畳が基礎部の土と共に巻き上がっている。圧倒的なパワーによる加速が、効率化されたブラックナイトの速度への追随を支えているのが見て取れた。

「てめえはもう遊び相手じゃないんだよ」

 棟の外に張りだした階段を蹴り、宙に跳んだブラックナイトが身を捻る。そしてその側転の中から放たれた高圧濃硫酸の霧がアカツキライガーの前に瞬時に広がった。

 だが次の瞬間には、その霧を貫いてガンブレードから放たれた砲弾がブラックナイトを追い抜いていく。衝撃波に散らされた霧を抜け、アカツキライガーもかすかに塗装に酸を浴びながら迫り続けている。

「こいつ……」

「ロイ中尉! 人を小馬鹿にするのはそこまでです!」

 前方に展開したガンブレードを突きつけるようにして、リンはアカツキライガーからロイに呼びかける。その視線も切っ先も、のらりくらりと振る舞うロイを逃がさぬと言っているかのようであった。

「あなたはそうやって他人の行いを笑っているけれど、その結果何事も為さない……。

 ただ暴力を持って自分を安全なところに置いているだけで、本当は孤独な人です。

 それ以上あなたにその事実を隠したまま笑い続けることは許しません!」

「なんだあ? 人をお寂しい奴扱いして勝手に気遣ってくれてるってのかあ?」

「違います!」

 断固とした否定と共に放たれた機関砲の射線がブラックナイトをかすめる。少しずつ、リンはブラックナイトの速度を捉えつつあった。

 そして言葉はいち早くロイに突きつけられていく。

「あなたは他人を嘲笑うことも、幸せを感じることも許されないと言っているんです!

 共和国と帝国の国民……それどころかこのデルポイ連邦の人々すらも、あなたが笑っていい相手ではない!」

 棟の並びが途切れ、ブラックナイトが空中に飛び出す。そしてそれを追って、アカツキライガーはさらなる加速をもって跳躍した。

 その軌跡に金の光が散る。その輝きをロイは見逃さなかった。

「ゾイド因子か……!」

 光を散らしながら迫るアカツキライガーの切っ先に対し、ロイはその正体の名を呼ぶ。そして突き込まれる一撃を蹴り飛ばして、二体は空中で分かたれる。

 二体が着地したのは団地のエントランス部。ジオシティ内を循環するバスやタクシーゾイドのためのロータリーだ。

「放射するためのゾイド因子を自分の中に循環させることで能力を向上させているってわけだ。自分の脚を食って生き長らえるみたいな真似を――」

「話を逸らさないで!」

 リン達が行ったことを見抜くロイに対し、リンはあくまでも今ここで繰り広げられている戦いから目を逸らさない。ガンブレードの切っ先もブラックナイトに向けたままだ。

「他人を嘲笑い、他人が得ようとしているものをもう手にしているように振る舞っていても……あなたが手にしているのはただの暴力。

 誰かに危害を加えて否定することしか出来ない。だから言っているんです。あなたは孤独で、哀れだと」

「わけがわからねえなあ! 強くて何が悪い、ええ!?

 俺はこの力で誰にも文句を言わせず好き勝手できてるんだぜえ!?」

「それは押さえつけた相手としか共に過ごすことが出来ないということです。あなたはそうやって帝国とも共和国とも……デルポイ連邦とも付き合っているでしょう。

 それが孤独とどう違うんです!」

 リンの剣幕に、ブラックナイトが歯を剥いてかすかに視線を逸らした。それに対しアカツキライガーは、主の言葉を放つ土台として切っ先を掲げたまま佇み続けている。

「あなたは間違った幸福を掲げて、自分だけがそれを手にしていると他人を嘲笑っている。

 共に過ごすことが出来る人々を……そんなことを、私は許さない!」

「人捕まえて説教ぶちやがってよ……。本当にかったるい野郎になりやがった。

 ぶっ殺してやる……!」

 リンの言葉に向き合わず、ロイはブラックナイトにワイルドブラストを発動させる。背のショーテルが開くだけではなく、今やゾイド因子オメガを投与されたブラックナイトは紫色の燐光を放っていた。

 スラスターの吐く炎も長く伸び、強まる推力にブラックナイトは前傾し前足を地に突いた。

 そしてその推力を解放すれば、ブラックナイトは紫の尾を曳いてアカツキライガーに迫る。金属同士が噛み合う激音を残して交錯し、さらに切り返したブラックナイトは二の太刀で再びアカツキライガーを切りつけると空中に飛び出した。

「ふざけたツラぁ真っ二つにしてやっ――」

 振り返ったブラックナイトの視線の先で、アカツキライガーはまだその四肢を張って立ち続けていた。

 その顔面には十字に傷が刻まれたが、しかしゾイド因子の光と共に金属細胞が充填されロービジ塗装を除いて即座に回復が果たされていく。

「そして今やあなたは暴力においても最大の存在ではない」

「何……?」

「ゾイド因子オメガを単純に投与されたのあなたのギルラプターと、自らゾイド因子を抽出する私のアカツキライガーが同じ地平の存在だと思いましたか」

 リンはそう告げ、アカツキライガーのガンブレードをブラックナイトめがけて照準。そして連続する火線でロイ達を追い立てる。

「あなたは確かに強い。でもセカンドイシューと戦った今では、最も強い存在ではない……。少なくとも私達にとっては。

 にもかかわらず誰よりも上からの視線を振るうあなたは、間違った存在です……!」

「はあっ! 俺だって誰よりも強いつもりなんかありゃしねえや! ほどほどでいいんだよそんなもんはバトルマニアじゃあるまいし」

 叫びを上げながらロイはアカツキライガーに斬りかかる。ここまでで最高の速度を持ったその斬撃だが、しかそその鋭さはリンの言葉を掻き消そうとする悲鳴のようでもあった。

 幾重にもアカツキライガーを責め苛む刃。しかしそれでも動かないアカツキライガーに対し、ブラックナイトは正面に着地するとショーテルの長さを最大限に利用し、ライガーを両断しにかかった。

 石畳を蹴散らし、ショーテルの切っ先が地を掻いて甲高い音を立てる。しかし刃が切り込む瞬間、鈍い音が周囲に轟く。

 噴射煙を撒き散らしながら石畳の上に転がるブラックナイトに対し、アカツキライガーは悠然と振り向いた。

 その口には本来胴体に斬り込まれるはずだったブラックナイトのウイングショーテルの一方が丸ごとくわえられている。そしてその刃にアカツキライガーが牙を突き立て、金属の軋みと共に噛み砕いた。

 断末魔のように立ち上る紫のオーラ。しかしアカツキライガーはそれを折り割りながら飲み下し、ガンブレードの切っ先をブラックナイトに向ける。

「……ほどほどの強さなどでは、あなたの今の態度は生み出せないはず。

 あなたは自分が一番強いと思っていて、それは間違っていた。そういう存在です」

「て……んめえ……!」

 呻くロイに対し、アカツキライガーからの射撃が走る。それに対しブラックナイトが横転した体に鞭打ち団地棟の屋上めがけて跳躍すると、ロイはリンを見下ろした。

「てめえ好き勝手吹きやがってよお……! 種明かしてねえ手品で人のことおちょくったところでお前が強いとは――」

『ロイ君、そこまでにしたまえ』

 歯ぎしり混じりのロイの言葉を遮ったのは、この居住区画に張り巡らされた放送設備からのアナウンスだった。

 落ち着いた壮年男性の声。それはリン達の前に一度流れたことがある。

「ヘンリー・ムーロア……」

『アカツキライガー……専属ライダー、リン・クリューガー准尉。ジオシティへようこそ、と言いたいところだがそんな状況ではないようだね。

 狼藉はやめていただこうか。被害の半分はロイ君によるものにも見える、が……』

「おい! 政治の頭が戦場に口出すんじゃねえクソが! まだ……クソッ!」

 ロイが声を上げると、リンとアカツキライガーはブラックナイトめがけ射撃を放った。弾け飛ぶ団地棟の建材を受け、ブラックナイトは眼下のアカツキライガーを横目に見ながら踵を返す。

「てめえぶっ殺すっつったからな……。精々でけえツラしてろよ。それごと叩き落としてやる……!」

 吐き捨て、ロイはブラックナイトを団地棟の陰へと跳ばした。その姿が消えることで、集合住宅の風景にはアカツキライガーがただ一体残ることとなった。

「ヘンリー・ムーロア……閣下とお呼びしましょうか?」

『心にも無いことはやめたまえ、若い方。

 君が戦っている場所は我々にとっても大事な場所だ。我々の間に存在する誤解を解きたい。良いだろうか?』

 ヘンリーの呼びかけに、リンはアカツキライガーのガンブレードを収納させる。そしてアカツキライガーの首を振り、周囲を警戒しながら応じた。

「私はオクトーバーフォースの中でも大した権限の持ち主ではありません。

 そんな人間に向ける意味がある説得があるというならば聞きましょう」

『うむ……』

 地底都市に佇む獅子に向けて、反乱の指導者が言葉を投げかけ始める。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 16:12

IMPRESSION

・ジオシティ(2)
 地底に存在するジオシティに必要不可欠となるのが地上とのアクセスである。
 建築途中かつ周囲の南アルプス地域の開発も進んでいない現在では他の都市との接続を目的とした幹線道路の設置などは望むべくもないが、ヘンリー・ムーロア総帥はデルポイ連邦の将来的な発展を見据え車両、ゾイド共に通行可能な大規模トンネルをジオシティ各方位に設計している。ただし、これらは未だ基礎部が設けられたのみで地上への貫通は旧世界圏、及びその派遣部隊であるオクトーバーフォースとの決着を付けて以降となるだろう。
 工事用トンネルは必要に応じて設けられ続けており、主に物資の搬入と換気のためのものが複数存在する。中にはジオシティ建築初期に、地中空間を設けるために土砂を搬出するために用いられた古く内部構造も簡易なものも存在し巨大な洞窟のような様相を呈しているという。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一六一二時

ジオシティ 市街予定地

 

『さて……我がデルポイ連邦が帝国、共和国両国の財産を簒奪ないし傷つけるものとして、討伐軍オクトーバーフォースが結成されているというのがこちらの認識だがそれは相違ないことだろうか』

 響き渡るヘンリー・ムーロアの声に対し、アカツキライガーに座乗するリンはその姿無き相手にそれでも視線を上げて応じる。

「それを判断するのは一軍人の役目ではありません。

 確認を取るならば合同軍との正式なチャンネルを通せば良いし、主張を行うならばそのまま続ければ良いのでは?」

『なるほど、君は分をわきまえているということか。

 ならば私は話を続けるが、君は己の判断を他者に預けても良いのかな?』

「あなたの国民ではない私個人の意志を、あなたが心配することはないと思います」

 隙あらばなにかを引き出そうとしてくるようなヘンリーの問いかけを切り捨て、リンは距離をとり続ける。そうして相手の言葉を引き出すことが自分の立場でできることだと、リンは自覚していた。

『ならば言わせてもらおう。ここデルポイ連邦は君のように国家や、自分よりも大きな存在に圧殺されそうになった者達のための国だと』

 だがリンの無言すらもヘンリーは利用するようであった。仮にも一国を作り上げようとする器の持ち主だからこそか。

『差別、格差、分断……あらゆる「不可能」によってその意志を挫けさせられようとしている全ての人々のための国家がデルポイ連邦だ。

 我々はそう言った人々を迎え入れ、その活動を支援する。その結果が新国家の独立であろうともだ』

「…………!?」

 新国家樹立を掲げる元首としては意外とも取れる発言だが、リンは一瞬息を呑みながらも納得した。

 デルポイ連邦という名称はそういう意味も含んでいるのだろう。かつて惑星Zi中央大陸(デルポイ)に存在し最後まで一つになることが出来なかった国家も、そのどちらにもムーロア家という存在が関わっていたことも事実だが。

『デルポイ連邦は帝国、共和国とは異なる、ゾイド人第三の選択肢として存在するために建国を目指しているものだ。

 我々の存在を拒否すると言うことは、その可能性を不要だと断じることであることをオクトーバーフォースは改めて認識していただきたい』

 それは確かにデルポイ連邦の存在を保証する理屈であるようだった。しかしリンは言い切るヘンリーに対し眉を建てて声を上げる。

「それだけじゃない……」

『うむ?』

「あなた達の『理由』はそれだけじゃないでしょう!?」

 リンの叫びのタイミングはヘンリーの予想外か、予想通りか。特に言いよどんだ様子も無くヘンリーはリンの言葉を受け止めている。

 底知れぬヘンリーの懐の深さを感じながら、リンはそれでも声を張り上げた。

「新たな可能性……その裏であなた達が深い怨恨を抱えているのもまた事実だ!

 あなた達を傷つけ、あなた達の思い通りにならないものを恨んでいるからこそ、帝国と共和国を攻撃する戦略兵器を保持しているんでしょう!」

『国家が独立を維持するために軍事力を持つことは必要なことだよ。それがわからない立場ではあるまい』

 確かにリンは士官教育を受けていた立場だ。そう言った戦略的な事柄への知識もある。『軍人は外交官』だ。

 しかしそのような知識を持っていてなお、リンにはデルポイ連邦の、ヘンリーの矛盾が見える。

「独立を維持するためだけに弾道兵器と……ゼログライジスを用いる必要がありますか。

 あなた達はこの独立戦争で帝国と共和国に被害を与えることを一つの目標としている。復讐のために……!」

 この黎明期を脱しきっていない新地球歴世界において、大陸間弾道兵器など過ぎたる代物だ。さらにセカンドイシュー――ゼログライジスはこの地球を壊滅させかねない存在でもある。

「あなた達が独立戦争の結果に満足しても、あなた達の下に集う新たな国民はどこかに自分の復讐心を抱えてやってくる。

 それが澱のように積み重なれば……デストロイヤー・ガンも、セカンドイシューも、北米大陸に攻め入るための兵器になる。あなた達はそれを助長しようとしているんですよ! わかっているんですか!」

 自分達が属した旧世界への怨恨。それ故の過剰な武装と、もしその威力が示された後に訪れる結果。恨みを果たす可能性がある場所が存在すれば、あらゆる恨みが未来においても生存しかねない。

 デルポイ連邦がその存在を確定することはそんな、暗黒の未来が生じる可能性を秘めている。一度は怒りと自棄に身を浸したリンは、その可能性に気付いたのだった。

『侮ってもらっては困る。そんなことを私達は許さない――』

「今ここにいるあなた達が許さなくても、あなた達の後継者がその思いを完全に引き継げるでしょうか?

 地球に移住することを望まれて旅立った私達がこうして戦っているのに?」

『む……』

 今自分達が争っていること、それはゾイド人が持つ己の信念を強く確信する力の現われそのものだ。それぞれが己の為すべきを為そうとするが故にぶつかり合う。

 やがて、世界から爪弾きにされたと感じ恨みを抱く者達もその気質を持ったまま、この国家に集まりかねないのだ。

「あまりに危険な力を、恨みと結びつけて存在させる……その危険性があるなら、私は一人の軍人としてではなく、一人のゾイド人としてその存在を許容出来ません!」

『……一個人である君が思いつくような懸念を我々が危惧していないはずがあるか!

 我が国をそのように認識することには遺憾の念を表明する他無い』

「…………!」

 ヘンリーはリンの糾弾に建前じみた言葉を出すしか無いが、しかしそれはリンを拘束する言葉でもある。

 相手が否定する解釈を持ったまま交戦を是とするならば、その判断を下す誰かが必要となる。そしてリンは一軍人としてその権利を手放したばかりだ。

 それでもリンは否定の声を上げるしかなかった。その結果が今のしかかっている。

 撤収すれば、リン個人の名誉は地に落ちるとしてもオクトーバーフォース本来の目的に帰依することはできる。だがそれは若いリンにとっては一瞬の逡巡を与えるものであった。

 ロイがそうしたように捨て台詞を吐いて、リンはアカツキライガーを退避させようかと操縦レバーに力を掛ける。

 しかしその時、ヘンリーの声を伝える居住区画のアナウンスシステムにノイズが走った。

『……どうした?』

『外部からジオシティ内の放送システムに干渉が行われています! 民間グレードの部位から侵入が……』

 ヘンリーの音声に放送をコントロールしていると思しきオペレーターの音声が混じる。しかし瞬間的に、彼ら以上の明瞭さを持ってその声は響いた。

『オクトーバーフォース司令官、グロース・アハトバウムより各員に告ぐ』

 朗々と響くのはこれまでに何度もオクトーバーフォースに、第七開拓師団に指示を飛ばしてきたグロースの低い声だった。

『デルポイ連邦制圧作戦は継続している。

 各員攻撃を続行せよ。以上――』

 このタイミングでデルポイ連邦の通信網に干渉を仕掛けられるということは、グロースはこの状況を把握しアクションを起こせる状況にあるということだ。それは明け方に響いた咆哮よりもさらに強い、オクトーバーフォースが未だに健在である証拠となる。

「了解しました! グロース少将!」

 届いているとは言えないが、それでもリンは声を張り上げた。そしてアカツキライガーもそれに応じて声を上げると、戦場を離脱すべく巨体を跳ばす。

 だがロイの後退を待ち構えていたか、居住区画の外に控えていたデルポイ連邦戦力が前線を押し上げて来ていた。揺れる背びれを持ったディメパルサーが、その機体両脇にミサイルを懸架しているのが見える。

「高機動型の対地ミサイル……!」

 高速ゾイドを捉えるべく開発されたものだ。電子戦能力が高いディメパルサーと合わせて、アカツキライガーを逃がさず仕留めるための布陣だろう。

 後続も備えたディメパルサーの隊列。しかしそれを見渡すリンの表情に狼狽は無い。

「この流れで死んでたまりますか……!」

 連続するミサイルの射出。それを背後に、リンはアカツキライガーを加速させる。

 即座に最高速度に達する機影に、追随するミサイル。爆光が連続し居住区画が巻き込まれていく中、リンが離脱させようとしていたゴア達の行方はもはやデルポイ連邦には捉えられなくなっていたのであった。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一六二九時

ジオシティ 廃道六三五号

 

 リンがロイ達を引きつけていたその頃、キルサイス部隊に先導されたゴア達特殊部隊は奇妙な空間にたどり着いていた。

 それは地底に存在するジオシティと地上とを結ぶトンネルの一つだったが、建造物の陰に隠れるような入口に照明の無い内部と粗末な環境の空間だ。

 足下にはキャタルガのものらしき轍が刻まれた土が剥き出し。それも風化の気配がある様子からしてしばらく誰も踏み込んでいないトンネルであることが窺える。そしてZ・Oバイザーの暗視機能を駆使して進む彼らの前に、そのような万全の装備でなければ気付かれないような横穴が姿を現わした。

 先導のキルサイスがそこに踏み込み、放置されている資材の脇を抜けるとようやく光源が現われた。それは一体のスティレイザーが装備した投光器であり、その光の中には急ごしらえの戦闘指揮所が設けられている。

「ゴア中佐、ご無事ですか?」

 地図を広げていたアビゲイルがゴア達を出迎えに歩み出てくる。ゴア達も狭苦しいグソックのキャビンから這い出て地下空間の冷えた空気を吸い込んだ。

「ご苦労、アビゲイル少尉。……ここはなんだ? あのキルサイス部隊は恐らく継続真帝国評議会のものだろうが」

「あらっ、私達のことをご存じで? さすがは帝国のエリート部隊ですね!」

 スティレイザーの操縦席から顔を出したハバロフがふんぞり返っていたが、ゴアはそれを一瞥して自らの問いかけの半分を解決した。そしてアビゲイルは背後の空間を視線で示し、

「ここはジオシティと地上を結ぶトンネルの一つですが、ジオシティ建築段階以降では放棄された廃道となっているものです。特にこの空間はトンネルの中間に設置された倉庫代わりの空間だったようですね」

「ここが廃棄されたルートだというのはどこで?」

 戦略情報局が入手したジオシティに関するデータはこのトンネルが利用されていた建築途中時のものだ。その後このトンネルが現状を迎えていることを知るには最新の情報と照らし合わせる必要がある。

「オクトーバーフォースの部隊と合流したことで地上の拠点を攻略できたので、そこで最新のマップを入手出来たんです。

 情報局側のマップから消えたトンネルの内、監視システム類も設置されていないものを数個絞り込むことが出来ました」

「そうか……! よくやったぞアビゲイル少尉」

 地底に存在する本拠地に対し、敵が無警戒であるルートを導き出せたのは値千金だ。ゴア達の逃走劇で敵がその存在に気付いたとしても、ここまで警戒していなかったルートに注意を向けなければならなくなることは付け入る隙を生むだろう。

「地上にはデスレックスを含むオクトーバーフォースの一派を待機させています。デストロイヤー・ガン攻撃に最適なルートを割り出し、本番のアタックを仕掛けていきましょう」

「うむ……いいアイディアだアビゲイル。だが――君達が成果を得てきたように、我々からも提供出来る情報がある」

 そう言ってゴアが示すのは自身の軍用端末だった。その画面に映るのはジオシティに被さる北岳の斜面地殻に埋め込まれたデストロイヤー・ガンの構造図だ。

「デストロイヤー・ガンの砲身は地中に埋設され地上、ジオシティどちらからも攻撃で破壊することは困難だ。ジオシティ側からは砲身に沿ったラインが見えるが……これはエネルギー供給ラインの予備ラインの一つでしかない」

 ジオシティの地上から撮影した画像も交えてゴアはその事実を伝えた。

 デストロイヤー・ガンの構造は外部からの破壊が不可能。それは本土攻撃の阻止を狙う側からしてみれば絶望的な情報である。

 しかしその一方で、ベットすべき戦術が見えてくる情報でもある。

「つまり攻撃するべきは砲にエネルギーを供給する施設か、砲口部か、照準を定める司令部かというわけですね」

 響いた女の声は、ゴア達の背後からのものだった。

 それは投光器に薄く照らされた闇の中に姿を浮かび上がらせたアカツキライガーからのリンの声だった。

 ロイとの戦いと離脱のための戦いによって、そのロービジ塗装には幾重にも断裂が刻まれている。だがその下からはすでに本来のパールホワイトを彩った金属細胞が傷を埋め、アカツキライガーを本来の色彩に戻しつつある。

「ヘンリー・ムーロアを止めるためにデルポイ連邦の総司令部には向かうことになるので、それをメインに据えるといいんじゃないでしょうか。他のポイントはどうですか?」

「あ、ああ……君がアカツキライガーのライダーのリン・クリューガー准尉か。

 確かに君の言うとおりだろう。狙うとしたらそれらとなるが、総司令部と砲口部の守りは特に堅いぞ」

「では動力部……」

 ゴアはリンの言葉に頷く。己の情報端末に表示した地図の中にその一点を見た。

「核融合ジェネレーターの位置はジオシティ南端。だがこちらも安全措置の一環として施設の大半はジオフロント外の地中に存在している」

「それでもなんとかするしかないでしょう。デストロイヤー・ガン発射まで……残り七時間弱なんですから」

 毅然としたリンの言葉。ゴアはその迷いの無い返事に応じて笑みを浮かべた。困難な作戦に挑むことを生業とする特殊部隊指揮官の挑戦的な笑みだ。

 そしてそんなゴアに対し、アビゲイルが己の情報端末から情報を転送した。画面に現れるリストと地図。

「地上に待機させている、スカベンジャーをはじめとする指揮下の戦力のリストと位置です。攻撃に最適な布陣を敷いて、デルポイ連邦に決戦を挑みましょう」

 ゴアは端末に視線を落とすと、手振りでグソックに追随するよう指示を出した。そして歩き出すゴアを中心に、暗闇に設けられた臨時の戦闘指揮所は撤収の流れに入っていく。

 彼らがその場を立ち去り、持ち主から忘れられたトンネルは再び闇に閉ざされていく。そのまま時間が経過すれば再びデルポイ連邦側がその存在を認識することもあり得ただろう。

 だがそうはならなかった。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇〇時

ジオシティ 南部エントランス地区予定地

 

 ゴア達特殊部隊、そしてオクトーバーフォースに所属していたはずのアカツキライガーの襲撃を受けてジオシティはその守りを固めつつあった。デストロイヤー・ガンの発射予定時刻も近づいている中で当然の増強だ。そしてその守りはジオシティ東部の総司令部近辺と、南部のインフラ関連施設に比重を置かれていた。

 だが午後六時を迎えたその時に爆発音が響いたのは、外からのトンネルに向き合って陣地が敷かれた南部だった。

 突入してくる複数のキャノンブル。さらに彼らの砲撃によって支援を受けながら、数体のゾイドが速度をまとってデルポイ連邦側へ突撃を仕掛けた。

 四足の高速ゾイド達。その先頭で深い紫色のファングタイガーから声が響く。

「アルベルト・ララーシュタイン見参!

 デルポイ連邦の逆賊共、覚悟せよ!」

 先陣を切るのはララーシュタイン。リン達と合流せぬままの彼らが口火を切り、デルポイ連邦首都ジオシティでの戦いは本格的な始まりを告げた。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 18:00

IMPRESSION

・ジオシティ(3)
 歴史を持たずに建造されたジオシティの地理は高度に計画されたものであり、おおよそ都市というものに求められた機能を完備している。
 市内は居住区及び商業区、産業区、軍事地区などに明確に区分けされている一方、インフラ類は各地区各ブロックごとにある程度分散され安全マージンを確保している。ただし都市を支えるだけの強力な発電量を確保するパワープラントは安全を確保するためにほぼ一カ所に集約されており、各地区の自家発電システムは緊急用のものとなっている。メイン動力は核融合炉、補助システムは地下水脈を利用した水力及び地熱となっており、換気能力に限界がある地底都市らしい構成と言えるだろう。
 これらジオシティ都市計画からは軍事都市としての同地だけではなく、後の時代の国家首都及び生活都市としての姿も考慮に入れられている。しかし独立戦争の最中とも言える現在居住区はほぼ空白であり、主な動きが東部軍事地区、並びに西部産業地区での武装生産に集中していること、そして頭上にかかる戦略兵器デストロイヤー・ガンの存在とがジオシティを要塞都市たらしめている。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇〇時

ジオシティ 南部エントランス地区予定地

 

「ふぅむ、ここがデルポイ連邦の本拠――。 地下空間とは思えぬ広さよ。遠景が霞んで見える」

 ジオシティのデータを持たないまま突入したララーシュタイン達は、南のエリアから突入していた。その先に広がるのは商業施設予定地として整地されたエリアであり、外部トンネルから引き込まれた道は複雑なロータリーで全方位に分岐している。

 だがその場所には今、先の破壊工作の影響で防御陣地が築かれていた。キャノンブルと高速ゾイドからなる陣容のララーシュタイン部隊はそれなりの規模だが、防備を固めた場所に攻め入るには不安があるのも事実だ。

「私達が敵陣に穴を開ける。それまでキャノンブル部隊はトンネル出口と……左右に見えるサービスエリア状の施設を盾に応戦! 敵歩兵及び小型ゾイドの接近に注意せよ」

 指示を出しながら、ララーシュタインは愛機ローゼンティーゲルを前に進ませる。

 反撃を企図している友軍のために陽動、あわよくば橋頭堡を築くのがララーシュタインと彼に合流した生存戦力の目的だ。敵の喉笛に食らいつき続け対応を強いるのだが、その間の自らの出血も回避できないだろう。

 だがララーシュタインにとって己と敵以外の血が流れることは許しがたい。友軍が早く動き出すことか、

「――私に可能な限り、散々に切り刻ませて頂こうか。なあローゼンティーゲル!」

 己の手で決着を付けること。それは遠い道のりだが、今現在の入植惑星Zi人の中でもトップクラスの遠出の経験があるララーシュタインからしてみれば覚悟できる作戦だ。

「切り込むぞ諸兄ら! ついてこい!」

 地下空間に飛び出すララーシュタインのローゼンティーゲルに、セプテントリオン戦闘団から付き従うドライパンサー二体が続く。キャノンブルを中心とした力押しに強いように見える部隊から飛び出した高速ゾイドは、戦場の焦点から外れたルートを前進しデルポイ連邦側迎撃部隊の側面へ向かった。

「ウォールゼーゲか。元来は治安維持用ゾイド……どこまでの存在が後ろ盾になっていることか」

 眼前の機体に、帝国に属するララーシュタインの懸念は深い。だがそれは紫電の切っ先を鈍らせるものではなかった。

 急襲したローゼンティーゲルが首元に食らいつけば、ウォールゼーゲは近接火器を向けて抵抗してくる。だが相手を打ちのめすために引きずり回すローゼンティーゲルには、たとえ密着している状況でも照準を合わせるどころか視線を合わせることすらできなかった。

 ウォールゼーゲの後方に展開するガンナー仕様のラプトールは搭載火器でローゼンティーゲルを排除しようとするが、ねじ伏せられたウォールゼーゲの装甲が襲撃者を守る盾と化して射線を遮っていた。さらにその両隣では、肩から展開したドライブレードを押しつけそれぞれのドライパンサーが他のウォールゼーゲを押しのけようとしている。

 そうしてこじ開けられた間隙に、ララーシュタインが率いてきたキャノンブル部隊は火力をたたき込む。トンネルの半ば、施設の陰、そして倒れた仲間の機影の後ろからの砲撃が、敵前衛の攻撃手達を直接狙っていく。

「善し! 敵に打撃を与えながら前進せよ! この偽りの都に我々の楔を打ち込――」

 ララーシュタインは鼓舞の声を上げるが、ここは敵の本拠地。当然敵の層は厚い。整地されたエリアの奥、基礎部を組み上げている途中の商業施設周囲にガノンタス達が布陣し、遠巻きな攻撃を放ってきていた。

 曲射砲撃を許容する地下空間の広さは、その威力が発揮されることも許す。前衛を制圧しかけ前進を試みようとしたララーシュタイン達ごと土壌を耕すように、砲撃は角度を持って突き刺さっていった。

「ぬうう敵の砲撃の懐へ飛び込め! 敵がガノンタスタイプであれば近接戦でワイルドブラスト砲撃はたやすくはできぬ!」

 叩き付けられる砲撃を躱し、さらにジオシティに進出するためララーシュタインは先陣を切った。ローゼンティーゲルがウォールゼーゲを蹴り捨て、着弾を背に迫られながら前進していく。

「進め! 敵の急所に迫っているのは我々だ! 劣勢に非ず! 押し込め!」

『その声は――ララーシュタイン少佐ですか!?』

 連続する爆音の中に不意に割り込んでくる通信。その声にララーシュタインは厳しい表情を一瞬緩める。

「おおクリューガー准尉か! 先のアタックとアハトバウム少将の応答は我々にも聞こえていたぞ!

 我々はこの通り、デルポイ連邦本拠南方より仕掛けている! そちらも攻撃手段を選択してくれ!」

『ララーシュタイン少佐、ジオシティ南部は戦略上の価値が低いエリアです! 敵司令部は東部、都市動力部は西部!

 我々は西部から攻撃を行います! 可能ならそちらに転進し私達と合流してください!』

「敵の都市データを確保しているのか! 共有を望む!」

『そちらは何も?』

「あいにく我々の突入は、先んじて発見したどこかの陣営の特殊工作機を参考にしたものでね!」

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇六時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地

 

「南部のあのトンネルを発見したということはその近辺で機体を目撃――ああどうやら我々のことのようだね。水中のグソックを見かけて追跡したことでトンネルを発見した――」

 ララーシュタインとの交信を確立したリン達側では、ゴアがララーシュタインの証言を検証し仮の結論を出していた。そしてすぐさま現状に認識を復帰させていく。

「我々の攻撃開始予定時刻とあまり変わりは無い。前倒しでアタックを開始するべきだろう」

「砲撃まで六時間ですからね……。

 突入を開始します。ギャラン軍曹! ハバロフさん!」

「よぉーし!」

 作戦開始の指示が飛び、放棄されていたジオシティ西部の初期開発用トンネルに施されていた閉鎖カバーが爆破される。ジオシティの動力部を襲撃するための最も至近の突入口だった。

「ようやく俺とスカベンジャーも入場できるぜ。お上りさんに優しくしてくれよなあ?」

「ふん、こんな都市に訪れることが誉れになどなるものですか」

 破孔部から姿を現すのは、大型ゾイドであるギャランのスカベンジャーとハバロフのスティレイザー。どちらも制圧力に優れた機体だ。それ故に後続の機体は二体を盾にしてジオシティ内部に突入してくる。

「じゃあ俺は手筈通り発電エリアをやらせてもらうぜ。攻撃班はついてこい」

「戦線構築頼む」

 巨大な頭部を巡らせてスカベンジャーはジオシティ外壁沿いのルートへ足を踏み出す。ブルーダーが駆るハンターウルフ〈エコー〉や、アビーやベッキーのディロフォスをはじめとした周辺戦力がそれに続く一方、

「さあ私達は堂々と行きましょう。ここは真帝国の名を捨てた裏切り者の都。何をはばかるものがありますか」

 前進する集団の先頭に立つのはハバロフのスティレイザーだ。制圧力と防御力を兼ね備えるその巨体にキャノンブルとドライパンサーが続き、その隊列にはリンとアカツキライガーの姿もある。

「ララーシュタイン少佐、ジオシティ内に引き込まれている川からバズートルの部隊が遡上してきますのでまずはそちらと合流を目指してください。バズートル側からも支援があるはずです」

『なんだそちらの突入計画は完璧ではないか。存外我々が悲壮な覚悟をする必要も無かったのではないかね』

 ララーシュタインはそんな風にぼやくが、彼らが先行して突入したことでジオシティ西に敵戦力が集中するのが遅れているのは事実だった。

 それでも警備に巡回していた小型ゾイド部隊はいる。リン達の前に、建造物の陰からこちらを伺っているスコーピアの姿がいくらか見え始めた。

「パワープラント破壊のために西部エリアを制圧していきます。ハバロフさん、小型ゾイドの駆逐お願いします」

「ふん、楽勝ですね!」

 最前に立ったハバロフのスティレイザーが大雑把なレーザー掃射を繰り出し、建造物ごと待ち構える敵を撃ち抜いていく。

「歯応えが無いですねえ! 別にもっと大きなゾイドが現れても構いませんのよ!」

「敵がゼログライジス級を保有しているのに剛毅なことを言う人ですねこの人は……」

 乱射を繰り広げるハバロフにアビゲイルがぼやくが、ことの推移はここまでは順調だ。空中に展開したキルサイスのレーダーから、ララーシュタイン達がこちらに移動しつつある様子も確認できている。

「このままギャラン軍曹が融合炉を破壊できればジオシティ内部にさらなる混乱を引き起こせるはずです! それまではこの場で持ちこたえてください!」

 指示を飛ばすリンに、ここまでついてきたキャノンブルやドライパンサーを駆るオクトーバーフォース残存兵達はそれぞれの声を上げ続いていく。寄せ集めの集団とはいえ、この一カ所に集中している火力はなかなかのものだ。

 砲撃の時間まで六時間。決戦の滑り出しは悪くないが、目指す結果までの道のりは長い。勢いある軍勢の中でもリンの表情は険しい物だった。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇六時

ジオシティ 地下予備格納スペース

 

 地底に存在するジオシティにおいてもさらに地下となるその空間にも、都市での戦闘の響きは遠雷のように届いていた。

 しかしその場所に集まる男達はそんなものには狼狽えない。彼らにとっては聞き慣れ、むしろその轟きの中に身を置いているのが常態のようなものだからだ。

 集団の中央でコンテナに腰掛け俯いているのはロイ。そして周囲にいるのは彼が率いてきた者共。地球に芽生えた新たな文明圏で、戦いの中に自由を得てきたのが彼らだ。

「ロイ、敵のアタックが始まったぞ」

「……俺がそんなことにも気づかないような奴だと思うかあ?」

 仲間に声をかけられ、ロイは前髪を垂らした下から胡乱げな表情を見せる。そして締めずに垂らしたベルトを無造作にバックルに通し始めた。

 ロイ達のたまり場として使われているこのスペースには、顔を上げた男達以外に床に倒れ込んだ人影がいくつかある。そしてどこか生臭い空気に、薄暗い照明を反射するいくつかの水滴。ロイ達のフラストレーションが発散された結果がそこにはある。

「待ってりゃ相手の方からまな板に上がってきてくれるんだから人生楽勝だよなあ俺達よお」

「ははっ」

 敵意を燃やすロイに、周囲はなんとも言えずに曖昧な反応を返す。先程ロイがやり込められたのは希少な出来事だが、下手に気遣えば彼の癇癪はその矛先を定めるだろう。仲間達はそれをよく知っている。

 そしてその場に新たな人影が入ってくる。その男もロイの取り巻きの一人だ。

「ロイ、ブラックナイトへの因子オメガ追加投与は終わったぞ」

「へへへ、まだ足りないもんなあ。ガンガンやろうぜ」

「それと――これな」

 入ってきた男は懐から一本のアンプルを取り出す。それはごくありがちな手のひらに収まるサイズのものだったが、かすかに紫の燐光を帯びている。

「本当にやるのか?」

「当たり前じゃねえか。誰だろうと俺を虚仮にすることは許さねえ」

 ロイはアンプルを受け取る。それは摂取する薬剤を入れるものではなく、サンプルを納めるためのものだ。だがロイはガラスの口をためらいなく折る。

「乾杯」

 発光する液体を嚥下するロイ。取り巻き達はかすかに顔をしかめる。

 ロイが口にした物はゾイド因子オメガ抽出機から取り出された溶液。ゾイド因子オメガを研究用の溶媒に溶かし込んだものだった。

 異常が起きやしないかと周囲はロイを見つめる。だがロイは息を吐くと口の端をつり上げる。

「俺の前でいい気になっていい奴なんていないのさ。なあ?」

 そう言って開かれるロイの目は、復讐心だけではない要因で光を放っていた。そしてその視線はスペースの西、ジオシティに攻め込んだリン達のいる方角に向けられる。

「今夜もいい夜にしようぜ。こんな使い古しなんかよりもな」

 立ち上がり、足下の影を蹴飛ばすとロイは歩き出す。その足取りが向かう先には、ロイ達が駆る機体の息づかいが伝わってくる格納庫への通路が存在していた。

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 18:30

IMPRESSION

・対ゾイド火器
 機甲戦力であるゾイドに対抗する火器は当然強力な性能が求められる。装甲防御力に加え骨格をはじめとした機体構造部自体も頑強な上、総じて運動性も高いためである。
 そして単純な運動エネルギー弾によってゾイドを撃破しようと試みる場合、その口径ないし砲身長などの問題から火器を搭載するのに大型ゾイドを要する規模となりやすい。小型ゾイド及び歩兵が用いる上で利便性が高いのは、弾頭に機能を持った化学エネルギー弾――すなわち炸裂する砲弾である。
 数あるこの系統の武装の中でも多く運用されているのが対ゾイドシュツルムファウストだ。弾頭と推進装置、発射装置をコンパクトにまとめた結果歴史上の傑作火器と似た形状を持ち、名称も同じものとなった。このような装備が存在することで、小型ゾイドや歩兵によるジャイアントキリングも大いにあり得るのがゾイド戦の最前線である。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一八三〇時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地区

 

 ジオシティ守備隊の西部エリア担当は、先んじて突入してきたララーシュタインらの迎撃に加わろうとしたところをリン達に側面から打撃される流れとなっていた。

 ダメージを受け、さらにララーシュタイン達までもが向かってくる状況で彼らは西部エリアの重要施設、すなわちパワープラントを守るべく後退と籠城の構えを見せる。

「くそう、もう少しで俺達の国が……」

「もう残り五時間台なんだ、このままこらえさせてもらうぜ」

 建造物とウォールゼーゲを盾にした防御陣地に立て籠もるのはラプトールを装備した守備隊。戦力としては心許ない規模しか残っていないが、対ゾイド火器は備えており接近してくる相手を迎え撃つことはできる。

 山中を踏破してきたオクトーバーフォースには曲射砲などを装備した重砲撃ゾイドはいない。厳密にはバズートルが数機いるが、パワープラントを包囲にかかっているのは直射武装を持ったキャノンブルが中心だ。姿をさらして攻撃しなければならない相手ならば、守備隊側にも反撃の手はあった。

 だが武装を構える彼らの前に、そのゾイドが姿を現す。

「……デスレックス!」

 キャノンブル達の前線を割って姿を現すのは、オクトーバーフォースの切り札デスレックス〈スカベンジャー〉。ロングレンジバスターキャノンの一方を失った姿だが、しかしその巨体は未だ圧倒的な存在感を放っている。

「奴に火力を集中させるんだ! もう一門しかないバスターキャノンはそうそう使ってこないはず。接近戦に持ち込ませなければあのゾイドの強みは発揮出来は……」

 しない、と守備隊の隊長が部下を奮い立たせようとした口にした途端、スカベンジャーが背負う巨砲は火を噴いた。砲弾が貫通したウォールゼーゲがくの字に折れて吹き飛び、そのまま一撃は防御陣地後方のパワープラント外壁にまで突き刺さる。

「撃ってきましたぁ!」

「クソッ! 向こうはここを正念場にするつもりか! こっちは生き残りしかいないってのに……!」

 慌てて反撃する守備隊に対し、スカベンジャーはロングレンジバスターキャノンの排莢をしながら接近してくる。中型クラスのゾイドが相手なら致命打になり得るパワーライフルの射撃がいくつも向けられているが、その足取りは揺るがないものだった。

「やはり規格外のゾイドだな……。だが負けるわけにはいかない!」

「俺達のデルポイ連邦を成立させるために!」

『――あー、あー。聞こえてるかぁお前達』

 互いに声を掛け合い奮起する守備隊。しかしそこに、接近してくるスカベンジャーから声が響く。当然それは、操縦するギャランの声だ。

『どうせよお、理想の国を作ろうとしているのに虐げられている僕ら、みたいな悲壮な感覚に酔ってるとこなんだろうけどよ。物パクったり脅しかけたりでお前らも相当ブラックだぜってことを理解しておけよ』

 射撃にさらされても小揺るぎもしないスカベンジャーから、うんざりしたようなギャランの声が響き渡る。そしてその内容に抗議するように、守備隊側からの射撃は密度を増した。

 だがギャランは止まらない。

『オクトーバーフォースの他の面々はお優しいから黙って戦っているけどよお、俺みたいなのは言っちゃうぜ。

 社会に不満があるんでこんなことしてるんだろうが、そんなお前らが他人に恐怖を振りまいて不幸を再生産してるんじゃあ世話ねえってな。それでいて自分たちを革命の戦士かなんかだと信じ込んでるなんてちゃんちゃらおかしいぜ。けっ』

 言い切るギャランに対し、一瞬砲撃が止んだ。それは守備隊の兵達の絶句の代わりであるかのようだ。

 そして次の瞬間、陣地の中から一機のラプトールが飛び出してスカベンジャーへ突進していく。その手には対ゾイドシュツルムファウストが一基握り締められていた。

「黙れ! 生まれたときから何も心配無かった側の人間のくせに!

 俺は、俺の民族は惑星Zi時代の出来事のせいで……」

『知らねンだよタコがあああああっ!』

 滑り込んで射撃姿勢を取ろうとするラプトールめがけ、スカベンジャーの足裏が横蹴りとしてかっ飛んできた。壁面に正面衝突したかのように折れ曲がり、ラプトールは宙へ吹き飛ばされる。

『自分達だけの不幸を解決しようってのにご大層に革命ぶりやがってよお。

 そういう詐欺野郎は俺達が叩きのめしてふん縛って本国の刑務所にぶち込んでやるぜ。

 あのシーガルのようにな! オラオラかかってこいよぉ!』

 蹴散らしたラプトールの後を追うように、スカベンジャーはいよいよ陣地に迫る。

「チクショウ……俺達は……そんな……」

「奴を許すな! 俺達の国はあんな奴らから独立するために作られたんだ!

 これ以上奴にジオシティの土を踏ませるんじゃない!」

 迎え撃つ守備隊では、ウォールゼーゲの側面砲までもが全て展開しスカベンジャーの鼻先に火力を集中する。だがその中を突き進んできた巨体が牙を剥き、ウォールゼーゲ一体の首元を捉える。

 振り回されるウォールゼーゲに、スカベンジャーに踏み砕かれるアスファルト。荒れ狂う最前線では後退する者と、彼らのために時間を稼ぐ者達が戦場に、スカベンジャーの周囲に対流した。

 だが暴君デスレックスの威力は圧倒的だ。立ち向かう守備隊の前で、その機体はわずかに装甲に煤や着弾痕を帯びただけで佇んでいる。対する守備隊は武装の残りも少なくなり、精も根も尽き果てる直前の様相を呈しつつあった。

「まだだ! みんな諦めるな! 奴を一秒でも長くここで食い止めるんだ!」

 味方を鼓舞するべく前に出たのはラプトール部隊の指揮を執る若い男。彼と愛機は対ゾイド用のメガランスを携えていた。

「俺達はデストロイヤー・ガンの発射を待つ側……一分一秒でも時間を稼げばそれが俺達の戦果なんだ!

 ここで勝てなくたっていい! もう一踏ん張りなんだ……!」

 叫びを上げ、ラプトールがスカベンジャーの横っ腹に突撃する。それはギャランの虚を突いたか、直前まで何の対応も取られず――、

 しかし次の瞬間、スカベンジャーの巨体に見合わない小さな腕が瞬発し、突き込まれるメガランスの穂先を掴んだ。わずかなスキール音と火花と共に突撃の勢いは失われ、ラプトールは空中に掲げられる。

『へっ、冷静ながらに熱い奴が残ってやがったな。

 だがそういう素質があるならもうちっと大局観って奴を養っておくべきだったな』

 勇敢な青年を晒し者にしながら、ギャランはせせら笑う。そしてその言葉に応じるように、不意の闇が戦域を包んだ。

 否、それはその場所だけではない。突然の闇はこの西部ブロックからジオシティ全域に広がり、そして各地で非常灯が点灯し始めたのだ。その光景はパワープラントが停止したことを意味するのだが、

「な……まだパワープラントは健在のはずだぞ! バスターキャノンの直撃でも核融合炉は破壊できなかったはず……」

『馬鹿だなあ。発電施設みたいに頑丈で有用なものを真正面からぶっ壊すアホがいるかよ。こっちには特殊工作部隊もいるんだぜ』

 そして守備隊の面々は見た。パワープラントのジオシティ側に突き出した建屋上に一体グソックが鎮座している様子を。

 スカベンジャーを前線に投入し、それを無視できない守備隊を釘付けにする。その隙にパワープラントに特殊部隊が突入し制圧する。あまりにも単純なその戦術が成立してしまった事実に、守備隊は半狂乱となった。

 スカベンジャーに突撃する者、パワープラントに身を翻す者。沸き立つ最前線に、今こそスカベンジャーはその全身を投げ打った。

『お前らがこの場に費やした一秒一秒全部が無駄だったなあ! お前らの革命とやらも同じなんだよ! くたばれクソッ!』

 迫る者、逃れる者全て区別無く蹂躙するデスレックス。その姿はデルポイ連邦が振りかざすセカンドイシューの暴威の似姿だった。

『こんなやり方で満足なのかよ、お前らはよ……。平和な国を作ろうってのによ』

 全てが潰え、燻る戦場に独り残るスカベンジャーからギャランは呟く。そして戦場たる西部ブロックからジオシティへと振り向いた。

『……メインのパワープラントを潰してもやっぱり各部で貯蓄や予備の発電施設が活きてやがるな。

 デストロイヤー・ガンも止まってないんだろうなあ』

 西部ブロックの守備隊に自ら与えたような虚無感を抱きながら、ギャランは非常灯が各地で煌めくジオシティを見渡していた。そしてその星明かりの空のような景色へ、スカベンジャーも咆哮を上げる。

 未来都市の光は消えた。だが戦闘は続いている。未来を賭けた戦いが――。



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NEW EARTH ERA 31 10/15 18:50

IMPRESSION

・ドライパンサー
 帝国軍が開発した隠密破壊工作ゾイド。新地球歴30年ロールアウトの同コンセプトゾイドにはガトリングフォックスが存在するが、能動的な光学迷彩を中心とした当該機体に対しパッシブな低視認性、静音性を重視することで夜戦に適した機体特性を持つ。
 またライオン、タイガー種に比肩する機体剛性を誇るパンサー種ゾイドを原型とすることで格闘性能に優れ、さらに新設計の武装懸架ユニットを搭載することで重武装・強襲ゾイド化も容易い。このことから特殊作戦部隊のみならず主力ゾイド部隊への配備も検討されていた。
 しかし当機は真帝国の反乱に際し先行量産型が反乱部隊によって運用されたことから民間、軍事関係者問わずその運用に複雑な感情が抱かれている。ゼログライジス事件以後生産体制は確立しているが、これを正面切って運用しているのは風聞を気にしないララーシュタイン率いるセプテントリオン戦闘団など一部の部隊に留まる。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一八五〇時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地区

 

 光の消えた地下都市は、しかし変わらず戦場であった。

 曳光弾の光条が行き交うその場所は西部ブロックと他のブロックとの行き来に用いられるインターチェンジ周辺。すでにハイウェイは砲撃によって破壊され、しかしその残骸を盾にゾイド達が撃ち合う状況だ。

『索敵情報更新。敵の位置を新たに送る』

『ありがとう! しかししぶといな。前線をここまで押し上げられるとは……』

 デルポイ連邦側ではディメパルサーの支援を受けたアンキロックスが一機、オクトーバーフォースが潜む西部ブロック方向に攻撃を続けている。しかし手応えも空しく応射が飛んでくる状況に、アンキロックスのライダーは機体を前進させた。

『ここからじゃ残骸越しにしか狙えな――』

 その瞬間、姿を現したアンキロックスに飛びかかる影があった。金属の巨体同士が激突したにも関わらず異常なまでに静かなその一撃は、すぐそばまで接近していたドライパンサーの奇襲だった。無論、ドライパンサーはオクトーバーフォース、リン達の側に属するものだ。

『この暗闇なら俺達は本領を発揮できるな』

『砲撃戦が互角なら戦線を切り崩せる分俺達が有利……であってほしいもんだが』

 暗闇の中で言葉を交わすドライパンサーのライダー達。そしてそんな彼らの前で引き続きデルポイ連邦側は戦線を押し上げるべく、別の箇所でゾイドを前進させているのが見える。

 そしてドライパンサー部隊が見る前で、新たな敵の前線は後ろからの攻撃を受けた。瞬間的に紫の稲光が走り、そして路上に展開した彼らの背後から飛び込んでくる。

『キェエエエエエ!?』

 鳴り響く怪鳥音はゾイドではなくそのライダーの叫びだ。姿を現す紫のファングタイガーの周囲に、さらに紺色のライガー、灰色のハンターウルフが並び立つ。

『多少の無茶の部分はあの人達がどうにかしてくれる……と思いたいな』

『他力本願なこった……』

 街灯下の三体を一瞥し、ドライパンサー達は再び闇に溶けていく。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一八五二時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地区

 

「はてさてどうして、暗転させたにも関わらず敵の動きは活発であるなあ!」

 リン達に合流したララーシュタインはこの暗転ジオシティでの戦いで率先して切り込みを勤めている。

「我々は視界の悪い空間での機動戦は慣れ親しんだものだが、敵がそれに慣れているのはどういうことだろうか?」

「俺達と似た理由じゃないのか」

 ララーシュタインとは古い仲と言えるブルーダーが応じる。リンが周囲を警戒する一方で交わされる言葉は、

「似た理由とは何だね」

「慣れているってだけだ。俺達の寒冷地への勘みたいなもんだよ。

 向こうはここを本拠地として……防衛するための訓練も積んでいるはずだ。『目をつぶっていても』ここでは戦えるというわけだろう」

「ぬううそれではお膳立てをしてしまったようなものではないかね」

 悔しがるララーシュタインに応じ、ファングタイガーのローゼンティーゲルは歯ぎしりを見せた。この暗夜の中では金属の牙が軋って落とす火花の紫も鮮やかだ。

 そしてその一瞬の光の中にアカツキライガーの横顔が浮かび上がり、その操縦席でリンは呟く。

「デルポイ連邦の士気は高い……この国を作るために、全力を尽くしている人々もいる……」

 ここまでロイという個人を相手にしてきた傾向が強いリンとしては、デルポイ連邦に誠実な兵という存在を改めて見るのは思うところがある出来事だった。

「……でも生きる場所を作ろうとする思いは、共和国も帝国も同じはずです。デルポイ連邦だけが悪意に満ちた方法を使ってでもそれが許されると言うことはない……」

 オクトーバーフォースの兵としての認識を改め、リンはアカツキライガーの操縦レバーを握り直した。

「ララーシュタイン少佐、ブルーダー少尉、続く敵部隊に向かいます! 先導は私が!」

 暗視モニターに浮かぶ新たな敵影へ、リンはアカツキライガーの鼻先を向けた。その頭上でA-Z機関砲が展開し、突撃の道を拓く構えを見せる。

「クリューガー准尉、先走るな!」

「でも時間が無いですよ……!」

 ララーシュタインが警告する一方でアカツキライガーを飛び出させたリンは、高架の陰に潜んで前進しようとしていたデルポイ連邦のパキケドス部隊を真っ向に見ていた。

 身を潜めていた敵だが、アカツキライガーが機関砲を乱射しながら接近してくればもはや隠れていることも出来ない。すかさず分散してリンの突入を受け止める構えを取った。

「パキケドス……」

 リンが思い出すのは厚木エリアで遭遇したロイの遅滞作戦。離反者を閉じ込めた機体がその場で使われたことがリンの心の中に引っかかりを残している。

「――今回の相手はデルポイ連邦の正規兵。ためらうな、リン・クリューガー……!」

 ここまでロイに固執してきた自分に活を入れるロイに、アカツキライガーも応じる。牽制の弾幕を切って跳躍したその影が、パキケドスの一体を捉える。

 二足歩行するパキケドスは横転した状態に弱い。押さえ込んだアカツキライガーがその首筋に牙を突き立てれば抵抗しようとした機体が動きを止める。

 だが相手を押さえ込むということは自身も動きを止めるということだ。装甲が分厚いとはいえ高速ゾイドであるアカツキライガーに対し、強襲目的のパキケドスは強力な火器を搭載している。

『クソっ……旧世界人め! 俺達の首都から去れ!』

 パワーライフルを構えて突進してくるパキケドスの一機。それにアカツキライガーが振り向くと、暗い都市にも鈍い色の影が横様に襲いかかるところであった。

「北米大陸に危険をもたらしているのはお前達の側だろうが……!」

 横様に現れたのはブルーダーのハンターウルフ・エコー。パキケドスの喉笛に食らいつきねじ切るその機影に対し、残る一機のパキケドスが怯えるように身をすくめた。

「――身をすくめたな! そんな覚悟で前線に出てくるべきでは無かろうが!」

 その一機に襲いかかるのは紫の稲光をたなびかせたローゼンティーゲル。ララーシュタインはデルポイ連邦の兵が相手でも容赦が無い。

 ドライパンサーから移植されたドライブレードが火花を散らすが、ローゼンティーゲルに傍らをかすめられたパキケドスはさらにまばゆい光に包まれた。側面を切りつけられ倒れるその姿を、ローゼンティーゲルは鋭い爪で押さえつける。

「……既存世界への復讐を求めながら、新世界の開拓者を名乗るなどおぞましいことだよ」

 デルポイ連邦兵を組み敷きながら、忌々しげにララーシュタインは呟く。普段のララーシュタインとは様子が異なるその口調にリンが視線を向けると、ブルーダーも怪訝に思ったのか問いかけるところだった。

「噂の北極探検でなにか得るものがあったのか? ララーシュタイン閣下」

「茶化してくれるな。

 しかしかつていたのだよ。未知なる世界を拓くことに、未来への希望を見いだしていた人が。

 それに対して……自分達の復讐のために新世界を語るこの国よ」

 歯がみするララーシュタインの言葉に、リンはゆっくりと頷く。

 この新国家の首都は帝国と共和国が存在する北米から遠く離れているにも関わらず、あまりにも背後の大陸に目が向きすぎている。暗くなった頭上に光のラインとして見えるデストロイヤー・ガンの一部がその最たるものだ。

「……今ある世界への恨みではなく、純粋に新しい世界への思いだけで世界を開拓していけるんでしょうか。これだけ私達の国に恨みを持つ人々がいて、こんなに大それたことをしているというのに……」

「できるとも。少なくとも私はそうしようとしている人を一度は見たことがある。彼女こそ帝国の至宝であった」

 リンの呟きにララーシュタインが即座に応じた。帝国への忠誠を常に表にしているララーシュタインが、皇帝以外の誰かの話題を出すのは珍しいことだった。

「少佐が何を見たのかは知らないが、例えばユインの一族は保護されるような小さな集まりだがこの地球に自分達の文化を根付かせようとしているぞ。

 騒乱の時期に帝国に利用されそうになったようだが今でもそれは変わらないそうだ」

「ンンン」

 気まずそうにララーシュタインが咳払いをする。二人の間で語るべき過去は多いようだ。

 苦笑でこわばりを解しつつ、リンは戦場を見渡す。戦乱の地底都市が視界に広がるが、一度ここまで到達した人類がまたこの地まで前進できる日は近いのかも知れない。ララーシュタインとブルーダーの会話を聞いたリンは前向きにそう考えることにした。

 しかしそんな彼女の視界に、ふと動く光が入ってくる。位置は空中だが、天井の非常灯やデストロイヤー・ガンの光よりは近い。

「飛行ゾイド……?」

 非常灯の光をはらんでわずかに煌めく翼を持つその影にリンは目をこらす。しかしそれと同時に、より強い光が闇に沈んだジオシティの一角を照らし出した。

「照明弾……!」

 まばゆい光にリンが目元を覆うのと、操縦席キャノピーの対閃光機構が作動しリンの視界を保護する。

 これまで夜戦への特別な対応を見せなかったデルポイ連邦側が突如として投入した照明弾。その存在にララーシュタインもブルーダーも視線を上げる。

「なんだ? 今更視界を確保する? これまでと異なる戦力を投入するつもりか?」

 ララーシュタインの判断は早い。しかしその一方で視界に入ったものを判断することに関してはブルーダーが長けていた。

「見ろ! 照明弾を投下したゾイドはあれだ!」

 ブルーダーが声を上げ、エコーが首を上げた先には確かに照明弾を手前に置いてホバリングする機体がいる。それも三機。

「クワガノス……!」

 共和国が近年採用したクワガタ種の航空攻撃ゾイド。しかしオクトーバーフォースに属するものは、デルポイ連邦が運用するそれが意味するところを知っている。

「使うつもりか……この地下都市でセカンドイシューの砲撃を!」

「全部隊、敵の砲撃に警戒せよ! セカンドイシューが動くぞ!」

 二人のベテランが合流した自軍戦力に呼びかける。リン達オクトーバーフォース側の部隊は暗闇に紛れて前進するドライパンサー隊に、ギャランのスカベンジャーと合流して前進を試み続けているキャノンブル部隊……さらにジオシティ内の運河に侵入したキリング達バズートルの小隊もここにはいるのだ。

 空中に観測機を置いての砲撃がここに降り注げば、それは昨夜の再現になりかねない。その状況が突如として発生したこの瞬間に、リンは驚愕するしかなかった。

「セカンドイシューの砲撃を使えばこの都市の被害は相当なものになるはず。それでも……戦うつもりだと!?」

 リンが虚空に問いかける先、クワガノスの背後に浮かび上がるのはインフィニティミサシル――セカンドイシューが放った誘導弾の姿だった。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一八五六時

ジオシティ 東部軍事地区・最奥部

 

「よくもまあ……やってくれたものです」

 暗転したジオシティでは、この東部地区からでも西部の戦闘の光を見渡すことが出来た。そして今その光を凝視しながら、冷媒が上げる白煙をまとってセカンドイシューの巨体が固定位置から前進しつつある。

『カナン、ジオシティ内部ではセカンドイシューの火力は過剰といってもいい』

「わかっていますヘンリー閣下。可能な限りこの都市へのダメージは留めてみせます」

 セカンドイシュー起動はカナンの独断ではない。デルポイ連邦の長たるヘンリー直々の命令だった。それが意味するところを汲んで、カナンはセカンドイシューの操縦桿を静かに握り直す。

 だがヘンリーが下す指示は苛烈なものだった。

『いや、すでにジオシティは大きなダメージを受けているが、同時にこれまで作り上げてきたものは基礎部分に過ぎない。

 ジオフロント構造の崩壊を起こさない範囲で存分にやってくれ。ここに集結している戦力はオクトーバーフォースの半身……ゾイド因子強化機体アカツキライガーの姿もあるという。

 今のジオシティを犠牲にしてでも、あの敵を撃破できればそれに越したことは無い。やれ、カナン。君とセカンドイシューにならできる』

「……はい!」

 未来の首都を犠牲にする覚悟は、ヘンリーが傍流ながらに引くムーロア……かつて惑星Ziで数々の国家を指導した者達の果断な血脈を感じさせるものだった。

「閣下が作り上げる新たなる国家のために……死力を尽くします」

 ヘンリーが下す指示に、カナンは身を震わせる。

 カナンのルーツは惑星Ziに存在したある島嶼の少数民族……それは希少な文化を継ぐ一族であった。

 だがその文化と記録はこの星にたどり着いた多くのゾイド人にとっては価値が無いものだった。古くさい古典的なものを好む者など……。それどころか少数ながらに生存を主張するカナンの一族を大衆の一派は迫害にかかった。

 その状況に甘んじる一族……その一人たる少女カナンを登用したのが、ヘンリー・ムーロアその人だ。

 その言葉が自分達に向けられたこと、その背後に惑星Ziの大いなる血族の系譜が存在すること。それがカナンという少女に揺るぎない力を与えている。

「観測機、戦術情報転送!」

 カナンの叫びに応じ、前線に展開していたクワガノスが照明弾を射出し、敵の位置情報を観測し始める。

 カナンの傍らにはその情報を反映した戦術マップが表示される。カナンはその立体映像を撫でて敵のアイコンに触れていく。

「インフィニティミサイル戦術ロックオン……ウェーブ・ワン、掃射!」

 セカンドイシューの背後で爆煙が吹き上がり、その中から機体の新陳代謝で生み出された生体誘導弾がジオシティの暗夜へと解き放たれる。遠隔照準に従ったそれらが向かう先は、この都市を襲う敵。

 臨み見るジオシティの夜景に、ミサイルの噴射煙が吸い込まれていき、着弾地点にライン状に爆光が瞬いた。

 オクトーバーフォースの前線に撃ち込まれる威力は、今夜北米に撃ち込まれる旧世界との決別の一撃の予兆にも見えた。

 復讐と言いたければ言えばいい、とカナンは思う。デルポイ連邦が成立したならば、帝国も共和国も存在しようがしまいが、滅びようがどうなろうが……。

 燃えさかる都市にカナンは暗い感慨を浮かべる。そこで燃えているのが自分達の都市だということがわかっていても。その倒錯を認識していても、新世界への焦がれは止まない。



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NEW EARTH ERA 31 10/15 19:08

IMPRESSION

・バンカーバスター
 地底貫通爆弾。その名称通り地底に建設された敵勢力の設備を攻撃するための航空爆弾である。
 ゾイドの装甲ではなく敵拠点に覆い被さる地形という、より巨大な物体を貫徹する必要があるためその構造は特異なものとなりやすい。少なくとも単に炸薬量を増せば敵に打撃を与えられるわけではなく、強固な弾芯や瞬間的な加速のためのロケットモーターを搭載する場合もある。
 新地球歴30年代現在、各国の軍事施設はまだ高度に要塞化されたものなどがあまり存在しないことからこの分野の兵器開発はあまり進んでいないが、対地攻撃能力が高いスナイプテラを開発した帝国軍においては若干数が生産運用されている。それらはあまりにも強固な装甲を持つ超大型ゾイドが運用されたゼログライジス事件において対ゾイド戦に投入されることも検討されたという。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一九〇八時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地区

 

 暗転した都市に炎が広がることで、再び地底空間には光が満ち始めていた。しかしこれまでと異なり、地上から地底の天井を照らす光には戦場でうごめくゾイド達の影が浮かび上がりさながら百鬼夜行の様相を呈している。

 そしてその地に立つ者達にとって、その場所は確かに地獄と化していた。

「ララーシュタイン少佐、キャノンブル部隊はどこに……!」

「ええいミサイルが降ってくるのではどうにもならん! 倉庫でもなんでも……上空から発見されない位置へ移動させねばならん!」

 そう言うとララーシュタインが駆るローゼンティーゲルは一瞬悔しげな視線を空中に向けた。そこにはこの惨禍を生み出した者――セカンドイシューのミサイルを誘導するクワガノスの姿がある。

 運河に展開したキリング達によるものか、対空射撃がクワガノス達には向けられている。しかし空中の影は上下に左右に自由に回避しながら新たな獲物を探し続けていた。

「私は友軍をまとめて誘導する。ブルーダー、君は対空戦の得手だろう。上の連中を頼む。

 クリューガー准尉も……できるか?」

 ララーシュタインの指示にブルーダーは頷き、そして駆け出す。去り際のララーシュタインはリンとアカツキライガーにも振り向くが、

「――問うまでもなかったか。頼むぞ!」

 毅然と宙を睨むアカツキライガーの姿に、ララーシュタインは愛機を駆け出させる。そしてその場に残っていたアカツキライガーも、アスファルトに爪痕を残して跳躍した。

 

「対空戦……覚えている」

 呟くリンはアカツキライガーをそばに残る高架上に降り立たせると、すかさず機関砲の掃射を空に向けた。ばらまかれる弾幕に、狙われたクワガノスは急旋回でその空間を逃れていった。

 そしてその背後の空には次なるミサイル群。その内何発かは反撃を仕掛けたアカツキライガーに向けて旋回しつつあった。

「よし……来い」

 リンの操縦に、アカツキライガーは飛び退く。剥がれかけているが迷彩を施されたその機体は、炎の影に溶け込みながら加速し始めた。

 一部でも敵の攻撃を誘導できれば御の字だ。そして自身の周囲に着弾があれば、上空の敵への一撃を繰り出せる。その一瞬に賭けるために、リンはアカツキライガーに活を入れた。

 そして降り注ぐセカンドイシューのインフィニティミサイル。周囲で炸裂する爆風の中、アカツキライガーは横様に熱風を叩き付けられながらも止まらない。

 周囲に降り注ぐ破壊力には目もくれず、リンは前方の地面を書き込むアカツキライガーの爪だけを見つめていた。一心不乱に向かう先には倒壊し坂状になった高架の残骸。

「立川戦、ソニックバード相手にあの攻撃は届いた。今の私達なら!」

 炎にかき消されながらアカツキライガーは疾走を続けた。そして周囲ごと煙の中に沈んだ直後、立ちこめるものを引きずってその影は空中に躍り出る。

「アカツキペネトレイタァァァァァッ!」

 ガンブレードを展開し、紺碧の機影は空中を鋭く貫く。その切っ先が向かう先は、一心不乱にクワガノスの一機を捉えていた。

 空中に飛び出したアカツキライガーにそれ以上姿勢も軌道も制御する術は無い。瞬発の威力だけを武器に、空中戦の得手であるクワガノスに襲いかかる。その一撃は、

「届け……!」

 リンの叫びが最後の一押しとなったかのように、展開したガンブレードの切っ先がクワガノスの腹部に斬撃の火花を散らした。

 そして切り抜けるアカツキライガーの背後から、空中に展開する別のクワガノスが襲いかかってくるが、

「アカツキベイオネット……!」

 切り抜けた勢いで身を回しながら、アカツキライガーはガンブレードの先端も稼動させていた。回転の中から一瞬後方を向いた切っ先が、クワガノスの真正面から砲撃を放つ。

 直撃が巻き起こす爆煙。一跳びで二つの影を撃破したアカツキライガーは、倒壊した高架の残骸へと降り立つ。

「これで少しでも……どうだ!?」

 セカンドイシューの目であるクワガノスの撃墜。それを為したことは自軍の被害を食い止めることとなるはずだ。

 だが大跳躍から着地したアカツキライガーの頭上を、さらに一体のクワガノスがフライパスしていった。

 敵の目はまだある。さらに追加装備を抱え散るように見えるクワーガや、デルポイ連邦側のディメパルサーの姿も周囲にはあった。

 セカンドイシューの暴威を、デルポイ連邦が布陣する隅々にまで届けるシステムは維持されている。リンとライガーだけでそれを打ち破ることは出来ない。

「く……!」

 歯噛みするリンが見上げる宙空。そこに後方から砲火が飛び、上からの視点を取り除こうと抵抗を続けている。

『クリューガー准尉、強攻するな。俺達の戦力は現状オクトーバーフォースの中核として失うわけにはいかないものだぞ』

 一際鋭い対空砲の一撃を撃ち上げ、ブルーダーが駆るエコーがアカツキライガーの隣に駆けつける。さらにデルポイ連邦の隊列めがけ、ローゼンティーゲルが突入していく姿も見えた。

『ララーシュタインもか……。無茶をしなければならない場面ということか?』

 苦々しく呟くブルーダーに、リンも嘆息するしかない。ここはデルポイ連邦の本拠地でありながら、オクトーバーフォースは半身を失った状態なのだ。それでもここまでたどり着けたことは僥倖だが、やり遂げなければならないことへはまだ遠い。

 残る半身がここにあれば。今日一日の強行軍を導いてきたリンは、詰めることが出来ない残りの距離を見渡して叫んだ。

「グロース司令……! なぜあなたはここにいないのですか!」

 張り詰めたものが崩れかけるその瞬間、再び飛来するインフィニティミサイル。燃えさかる都市と降り注ぐ災厄を前に、リン達の前進は完全に停止していた。

 そして爆轟と土煙が地下空間に広がる。しかしその破壊力は、地上のリン達を打ち据えるのではなくジオシティの天井を貫くものだった。

「…………えっ!?」

 頭上で起きた突然の破壊に、ミサイルの飛来を待ち構えていたリンは一呼吸の後に驚愕した。そしてその間に、炸裂したジオシティの天井がミサイルを巻き込みながら土塊を地上へと落下させてくる。

『クリューガー准尉!』

 呆気にとられるリンとアカツキライガーに、ブルーダーが操るエコーがタックルする。そうして退いたその場所へ、砕けた天井からの土塊が叩き付けられた。

「これは、ジオシティの天井が爆破されている……?」

『全面的な崩壊ではない。局所的に破壊されているということは……何かが貫通したような』

 高空での出来事を見渡すことに長けたブルーダーは、頭上で起きた大破壊を瞬時に分析しているようだった。そしてリンがその言葉に視線を向けた途端、二人の傍らに土塊よりも重い何かが落下してくる。

 それは長い金属構造体の後方にロケットモーターが接続された巨大な残骸。長い距離を貫通することを目的としたミサイルの根幹部分であることは明白だった。

「セカンドイシューのミサイルじゃない……ということは!?」

『地上……北岳上空から攻撃が行われているのか』

 周囲にも土塊に混じって同じような残骸が複数降り注いでいる。そしてジオシティ天井の炸裂はその数と等しいだけの数であった。

「航空攻撃……ということは!?」

 勘づくリン。その瞬間、土砂の雨が降るジオシティの夜空に落下傘が広がるのが見えた。

『バンカーバスターによる地底貫通攻撃に、空挺降下。外部からジオシティを攻撃している者がいるということであるなあ』

 追随してきたララーシュタインが隣に並び、強襲の宴と化したジオシティの宙空を見上げる。その空に突如として現れた落下傘装備のギルラプター達が、回避行動を取るクワガノスやクワーガへと射撃を開始していた。さらに続けて天井の破孔からはスナイプテラに加え、赤白黒の機影が出現する。

『航空技術実験団エクスペリメント51部隊――〈ライトフライヤーズ〉! アタック!』

 聞き覚えのある声と共に三機の機影が散開する。スナイプテラに比べて短い頭部と長い尾。ソニックバードだ。

「エトピリカ……カノー少佐達だ!」

 立川航空戦で出会い、南アルプス攻略戦ではオクトーバーフォースと連携を開始した御殿場の部隊。そこに加わる彼らがジオシティ攻略に加わったことは明白だった。

 そしてその指揮を執れる者は一人しかいない。

「待たせて悪かったな、クリューガー准尉! ブルーダー少尉! ララーシュタイン少佐!」

 落下傘部隊を追い抜いて現れるのは、低高度減速用にブースターを積んだ機影。まだ火の手が上がるジオシティをして暗い色彩のその機体を、リン達はよく知っていた。

「ナハトリッター……グロース少将!」

 オクトーバーフォース司令官であるグロース・アハトバウム。そして彼が駆るギルラプターであるナハトリッター。昨晩を最後にリン達の前から長く姿を消していた二者は、今爆轟に包まれていくジオシティに確かに降り立った。

「グロース……少将……! 今までどこに!」

 様々な感情がない交ぜになった叫びを上げるリンに対し、アカツキライガーは静かにナハトリッターと視線を交わす。使い手とその愛機ですらもそれぞれの思いを見せるその姿に、通信ウインドウを開いたグロースは静かな頷きを見せた。

「ま、心配も苦労もかけてしまったことは否めないな。至らない指揮官で済まない。部隊を率いて御殿場方面に脱出して航空部隊をまとめていたんでな。

 准尉達が後送した人員を保護する部隊も送ることが出来た……が、批判は続く歴史の中で受けよう。そのためにもまずは、セカンドイシューの撃破と、デルポイ連邦の攻撃阻止に取りかかろう」

 あくまでもグロースの視線は、オクトーバーフォースの目的の方向に向いている。その言葉を受けて、リンは吐き出しかけたさらに多くの言葉を飲み込む。愛機と同じように落ち着き払い、力ある視線を取り戻し、

「俺がボロクソに言われる明日のために……前進再開! 降下部隊と航空部隊に合流せよ!」

「――了解! 司令官! リン・クリューガー准尉以下、原隊復帰します!」

 今こそ"オクトーバーフォース"は再び隊伍を整え、デルポイ連邦に対峙した。その先陣を切るべく駆け出すリン達の視線の先、地底の炎の彼方にはジオシティ最奥のセカンドイシューの姿がかすかに浮かび上がり始めていた。

 

 



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NEW EARTH ERA 31 10/15 19:15

IMPRESSION

・前線指揮ゾイド
 多数の兵科や目的のために運用されるゾイドの中には、直接戦闘ではなく前線での戦闘指揮を行うための機体も数多く存在する。
 当然俯瞰した視点を持っての指揮は後方の安全な位置から行うことが最適ではあるが、伝達や状況把握のタイムラグ、並びに意思疎通のトラブルや戦場の分断に即応可能な前線司令部の存在は戦術上必要不可欠なものである。
 またそれに加えて、一部のゾイドにとっては本能である『群れをなすこと』において、強力な前線指揮ゾイドの存在はより強いポテンシャルを引き出す可能性があると述べる研究者もいる。
 あるいはそれは、運命に翻弄され避けられたかも知れない戦いを繰り返す、未だ幼い種族であるゾイド人にも共通することかもしれない。歴史上、国家間の決戦において指導者が移動司令部としてのゾイドに搭乗し出撃した事例もまた多数存在するのである。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一九一五時

ジオシティ 東部軍事地区・最奥部

 

「な、なにが……」

 旺盛なミサイル攻撃を放っていたセカンドイシューの眼前でジオシティの天井が炸裂したのがつい先程のこと。カナンは土埃の瀑布の彼方に、降下侵入してくる多数のゾイドの姿を見た。

「北岳上空からの航空攻撃と空挺……。制空権はどうなっているんですか! 死守命令が――」

『それは先程までの話だ、カナン』

 カナンの叫びに応じるのは当然ヘンリーの声だった。しかしその背後から聞こえる環境音の変化に、カナンは操縦席から背後を振り返る。

「閣下!? まさか……司令部の放棄を?」

『内部に侵入を許し、セカンドイシューでの攻撃を開始した時点で想定していたことだよ。

 幸いにもデストロイヤー・ガンはまだ稼動するが、ジオシティは再建を要する。そして我が軍勢をこの攻勢に付き合わせるのは損失が大きすぎる』

 撤退を臭わせるヘンリーだが、あくまでもデルポイ連邦の建国と維持には前向きな姿勢が声音からは窺えた。カナンもこの状況で頼れる存在のことを思い浮かべ、一瞬の狼狽えから脱する。

「南方拠点との合流を目指すのですね」

 地底の都市であるジオシティは強固かつ高度な都市を目指して作られていたが、それだけでは住民達の糧食を支えることは出来ない。故にデルポイ連邦は日本列島のさらに南方に食料生産拠点を開発していた。当然その地の防衛に就いている者達もいれば、

『敵がこの地の攻略に全力を尽くすならば、こちらは焦土作戦で距離の利を得るだけだ。

 ジオシティも、デストロイヤー・ガンもいくらでも再建できる……彼らの戦いは徒労に終わるだろう』

 ヘンリーが告げると同時に、ジオシティ総司令部施設の背後から立ち上がる影があった。

 それはセカンドイシューに比べれば小振りではあったが、しかし同じだけの砲門で武装した大型ゾイドだった。ベースはグラキオサウルスであり、その長い首に加えて背面にも城郭のような艦橋が設置されているのが特徴的だった。そしてその周囲を固める多数の火器を持った偉容は、まさに戦艦というほかない。

『カナン、〈グレートサウルス〉は最終的に私と共にジオシティを脱出するが、その前に将兵の撤退支援を行う。

 付き合ってもらうぞ、君とセカンドイシューにも』

「かしこまりました。私が前に出て壁となり、そこに砲撃を行う……ということですね」

 セカンドイシューはそれが存在する場所が戦場の楔となる存在だ。市街地への進出はジオシティ内部を完全に更地にする行為だが、撤退が決断された今となっては何も恐れることではない。

「彼らには最大限この地で血を流していってもらいましょう。もう一度作り直すジオシティすらも芳醇な田畑になるほどに」

 冷徹に呟きながら、カナンはセカンドイシューの操縦レバーを押し込む。その動作に応じて、セカンドイシューは冷媒を送り込むパイプを引きちぎりながらゆっくりと前進を開始した。

 炎と煙の戦場へ、まだ強制冷却の残り香を漂わせながら一歩を踏むセカンドイシュー。行く先を睥睨するカナンは、そこでふと思い出した。

「閣下、ロイ中尉達は?」

『彼らには現状で出来る「攻勢」を命じている。そして撤退は陸路を、ともね』

 南方拠点との連絡線は基本的には海上を用いるものだ。南アルプス山中にあるこのジオシティから、陸路で列島南方へと移動することはゾイドを用いても困難なことではある。

「長期戦略的に勝利するのは我々だと……そういうことですね」

 オクトーバーフォースを疲弊させ、ロイ達を消費させれば最後に生き残るのはデルポイ連邦だ。それぞれが血を流し尽くしても、国家として未来に展開する準備をしていた自分達はその存続力で抜きん出ている。

「全て承知しました。セカンドイシュー、前線に進出し戦場の動静を固定化します。閣下、存分にグレートサウルスの力を振るって下さい」

 帰趨を決するために、カナンはセカンドイシューをさらに前進させる。その足取りは軍事区画からいよいよ一歩を踏み出そうというところだった。

 しかしその時、傍らの通信施設上に不意に躍り出る機影があった。

「オクトーバーフォース……!?」

 浸透突破を許したかとカナンはサイドモニターでその姿を確認する。しかしそこに現れたのは見知った姿だった。

 だが同時に、それは見知っているからといえど安心できかねる姿でもある。

「いえ……ロイ中尉。あなたでしたか」

『こんばんは、とか言っておこうか?』

 出現したギルラプター、ブラックナイトは今まさにカナンとヘンリーが懸念していたロイのゾイド。デルポイ連邦の力でありながら、いつ炸裂するかわからない不発弾であり、切り離すべきと判断された存在だ。

「ロイ中尉、あなた方には前線への進出が命令されているはずです。そしてその通信設備はゾイドの接近が禁止されている重要設――」

『知らねえなあ、お前らが決めたことなんざ!』

 せせら笑うような口調で言うロイと同時に、ブラックナイトもわざとらしくコケティッシュに首を傾げてみせる。そのふざけた態度にカナンは顔をしかめるが、しかしそこで気付く。

 ブラックナイトの小さな動作が燐光を帯びている。それも紫――ゾイド因子オメガの光を。

「ロイ中尉、一体何を……」

『うるせえなあ……もう自ら敗北することを選んだ連中に何を教えてやれって言うんだ』

 放つものは言葉。しかしそこに宿る刺々しさがそれだけでロイの態度を示す。背のショーテルを振り上げるブラックナイトの姿も加わればその意図は明らかだ。

『俺は負け犬根性の持ち主に力を貸そうとは思わねえ。だからてめえらに協力するのはここまでだし、俺達が協力した分の利益も返却してもらおうと思ったわけさ』

「ほほう……そういうことですか。今となっては奇遇なことですね」

 ヘンリーの決断が下りた今、カナンはロイに対して遠慮することは無い。思わせぶりな言葉を吐くロイに対し、カナンは操縦レバーを傾けた。

「造反者は死あるのみ! あなた方もよく知っているでしょう」

 怒鳴りつけるカナンの声と共に、セカンドイシューの手がブラックナイトへと伸びる。その瞬発は通信施設の屋上を粉砕し、ブラックナイトを掴み取るに足る速度を帯びていた。

 しかし紫の燐光を帯ながら、ブラックナイトの姿は宙空に跳び逃れている。巨体を持つセカンドイシューの異常な速度同様、あってはならない瞬発力の結果だった。

「ゾイド因子オメガ――。それも先程よりも強い……?」

『カナン! ロイ中尉らはゾイド因子オメガ抽出機に独自のラインを持っているはずだ。だがそれで力を得ていても、君のセカンドイシューならば問題は――』

『確かに「俺達」と「セカンドイシュー」じゃあこっちがいくらドーピングしても不足だろうがな。こっちがあんまり無策だと思っちゃ泣けるぜ総帥閣下ぁ?』

 ロイの言葉は、セカンドイシューが使っている直通回線を彼らも傍受していることを明らかにするものだ。デルポイ連邦側としては最高グレードの機密回線ではあるが、友軍であるという体の彼らには如何様にもできるはずだ。

『他にも手があるはずだ。セカンドイシューの機体セキュリティは完全閉鎖のアーマゲドンモードとせよ。友軍だった立場を利用して無力化を仕掛けてくるぞ』

「了解。セカンドイシュー、アーマゲドンモード」

 カナンの操作によって、セカンドイシューの操縦ブロックは追加の装甲殻に覆われていく。さらにメンテナンスハッチ類の内側からセカンドイシュー自身の金属生体組織が急速生成され、物理的に機体を外部環境から独立させていく。セカンドイシューが孤立した場合に、操縦者の意志以外のものが機体に干渉する手段を断つ措置だ。

『お早い判断だ。だがそれならこっちはこうするわな』

 飛び退いたブラックナイトが着地すると同時に、軍事地区の各地で火の手が上がる。同時にロイが率いるナックルコング・レンジャーの機影もそこかしこに現れた。

 だがカナンとセカンドイシューの視線は最前線の方向へ向いていた。そこには、視線を辿るように、前線に向けて炎のラインが生じていたのだ。

「オクトーバーフォースに侵攻ルートを提供した……?」

『乱戦狙いだ。カナン、君は構わず前線にセカンドイシューを進出させろ!』

『させねえんだよなあ』

 ブラックナイトが吠えると、ナックルコング部隊は起動したばかりのグレートサウルス周辺へと砲撃を開始した。さらに近くにオクトーバーフォースの警備機体がいればそちらへの攻撃も。ついに彼らの明確な敵対行為が発生した瞬間だった。

『お前は倒せないけれどヘンリー総帥閣下はどうかな? カナンさんよお』

『いかんぞカナン、彼らの思い通りに事を運ばせることはない』

 砲撃態勢を取り始めていたグレートサウルス周辺に着弾の煙が上がる。ヘンリーはカナンの進撃を促すが、

「……いけません閣下。デルポイ連邦が成立するためにはまず閣下の存在が必要不可欠です。この状況になってしまったならば、前線に直行することはできません」

『カナン!』

「ロイ中尉達を始末次第すぐ前線に急行します」

 一歩を踏み出していたセカンドイシューがロイがいる後方へと振り返る。そしてカナンがモニター越しに向ける視線に合わせ、セカンドイシューの全身からも紫色の燐光が立ち上り始めた。

『ははは……そうだそれでいい。鬼ごっこしようぜえ』

 虚無的な笑いを浮かべ、ロイのブラックナイトはふらりとビルの上から身を投げた。ちらりとグレートサウルスの方角を見るその姿に、カナンは声を荒げる。

「あなた達の思い通りにはさせない……!」

『こっちのセリフだよなあ!』

 瞬間、飛びかかったセカンドイシューの目前でブラックナイトのブースターが火を噴く。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一九二〇時

ジオシティ 西部パワープラント・産業地区

 

 合流したグロース達との連携を取り始めたリンらの前で、ジオシティの中枢が火を噴いたのはつい先程のことだ。

 敵司令部から前線までに走った爆発の列は一瞬新手の攻撃のようにも見えたが、最前線でぴたりと停止したその場所に戦闘の空隙を生んで終わっている。

「……ゴア少佐、なにが爆発したかわかりますか?」

 地面に開いた大穴を前にリンが問いかけるのは、ジオシティの構造情報を確保してきたゴア達だ。その選択の正しさは回答の早さに表れる。

『位置から推測するに軍事地区を通る水道施設のメイントンネルだ。他のエリアからの侵入口が存在しないため無視していたものだが……メンテナンス用のゾイドが移動できるサイズは確保されているはずだ』

「なるほどその通りの造りをしている」

 グロースのナハトリッターが覗き込むその先では、落下した瓦礫の底に水の流れが見える。それは前線を通過してリン達の背後に続く流れだが、すぐ先で複数のトンネルに細分化されている。

 その一方、敵司令部方向には広々とした闇が続いている。さらにそのルートの地上側では建造物が倒壊し、他の進入口を塞いでいるようであった。

「なるほど司令部への道をお膳立てされたか。敵は仲間割れかな?

 しかしこの段まで来ても向こうで考えている奴の思い通りというのも癪だね」

「ですが司令、デルポイ連邦は今ヘンリー・ムーロアを失えば瓦解する存在だと思います。機動力のある戦力を突入させる意義はあるはずです」

 リンは物怖じせず進言した。そしてその調子にグロースは目を見張る。

『……なるほど、ここまで相当な苦労をかけたようだね准尉』

「いえ、おかげで大事な経験を積むことが出来ました。ですから司令、ここでの突入を是非自分に任せていただけませんか」

 思わず労いの言葉を掛けるグロースに対し、リンとアカツキライガーの眼差しは揺るがない。彼女達がそう成長し、そうなってしまったここまでの道のりはライガーの装甲に傷跡の轍として示されている。

 グロースはそれを見渡して頷く。

『准尉、ドライパンサーを一〇機連れて行きたまえ。正式な特別コマンドの指揮官として君を任命する』

「……了解しました!

 ララーシュタイン少佐! 部下をお借りします!」

『好きなのを連れて行きたまえ! 気心が知れたのもいる頃だろう!』

 突如開いた進攻ルートに対し、周辺を確保するために駆け回るララーシュタインは適当とも取れる返事を寄越す。だがその言葉足らずな部分を、同じように飛び回るブルーダーが補完した。

『ここまで残存部隊として率いてきたメンバーを使えと言っているんだ少佐は』

『准尉、ご一緒しますよ!』

『ここまで進軍してきたならば、最後の最後まで踏破したいであります!』

 ここまでリン達と共に来たドライパンサー隊の士気は高い。それはグロース達が合流したことで形勢が逆転したからだけが理由ではなかった。

「では私達に続いて下さい! 敵司令部に突入し、デルポイ連邦の首魁、ヘンリー・ムーロアを捕らえます!」

 そう言うリンはもう是非を問わない。そして口を開くトンネルへ先んじて飛び込んでいく。

 たとえその先が闇でも、アカツキライガーが漏らす光の粒が後続のドライパンサー達を導くように漂っていた。



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NEW EARTH ERA 31 10/15 19:27

IMPRESSION

・デルポイ連邦総旗艦〈グレートサウルス〉

全長28.0m 全高13.5m 体重212.0t
最高速度100km/h
IQ 104
武装 ハンマーボーン
   C4ISTAR統合戦闘司令艦橋構造物
   36口径長艦載砲No.1~No.4
   バノーパ自動迎撃砲塔システム×16
   内蔵式AZマニューバミサイルランチャーセル×8セル

本能解放行動 シール・オブ・スターズ


新地球歴三一年 一〇月一五日 一九二七時

ジオシティ 東部軍事地区

 

 デルポイ連邦の戦闘力を司る最奥部へ向け、リンとアカツキライガーは深い闇の中を疾駆する。その背後には無言でドライパンサー部隊が追随し、落ちくぼんだルートを通るが故に一旦無線環境は悪化したが、

『クリューガー准尉、我が方のディメパルサー部隊も降下に成功し通信網が確立しつつある。前線側の状況は随時確認されたし』

 グロース直々の通信は状態が悪いながらもまだ通じている。息を詰めて先を急ぐリンは無言で頷くのみだったが、グロースはそこから気楽に言葉を続けた。

『さらに回線は後方の各拠点にも通じている。ので、准尉宛の特別ゲストからの通信をつなげさせてもらおう。今ぐらいしか時間は無いだろうしな。というわけで博士、どうぞ』

『ありがとう少将。

 聞こえるだろうかリン・クリューガー准尉。私は連合軍特別科学顧問を務めるウォルター・ボーマンだ』

 グロースに代わる声は、ハスキーボイスの老人のものだった。しかし彼の名乗りに、意志を先行させていたリンも思わず顔を上げる。

「ボーマン博士……!?」

 科学者ウォルター・ボーマン。彼はゾイド人の地球移民に際して環境操作を行うZiフォーミング計画を考案した人物だ。

 地球にゾイドを発生させるためにゾイド因子を用いるその計画は、様々な要因によって20世紀の地球文明を滅ぼすゾイドクライシスと、地球に潜伏していたゾイド因子オメガ強化個体であるゼログライジスの跳梁を招く結果となった。

 しかしそれらの問題に背を向けることなく、解決に奔走し続けたのがウォルター・ボーマンという男だった。

 手製のゾイド因子増幅装置を与えた孫娘や、彼女が出会った多くの人々との協力の果てにボーマン博士は事態の解決にたどり着いている。科学技術と冷静な判断力、そして不屈の意志を持つ博士は今やゾイド人国家間組織の最高科学顧問を務めている。一つの時代を作り上げた男として。

 彼の来訪はオクトーバーフォースの間でも予め知らしめられていたことではある。しかしリンは、この局面で自分に焦点が当たる理由が咄嗟には思いつかない。

『クリューガー准尉がこの日本列島でのアカツキライガーのライダーだと伺っているが間違いはないかね』

「あ……はい! 自分がアカツキライガーの専属ライダーです! ――ゾイド因子オメガ抽出実験以来、この事件においても……」

 ボーマンの問いに、リンは思い至ることがあった。ロイ達による抽出機奪取や、昨晩のセカンドイシュー撃破の失敗……ゾイド因子オメガへの対抗手段として用意されたアカツキライガーをしてそのような結果を残した自分を、ボーマンはどう見るだろうか。

『実験機材として整備したアカツキライガーでよくぞここまで戦い抜いたものだ……。

 私もそのゾイドの開発に関わっているが、アカツキライガーの個体選定には実験時の安定性を重視して戦闘向きではない温厚なライガー種を用いているのだ。

 ライジングライガーをどれだけ模したところで……と考えていたが、君の戦いぶりは賞賛に値する』

 ボーマンの評価は科学者らしい無骨さに満ちている。だがそれは、飾り立てることなくリンを正当に評価するものだった。

 そしてボーマンの言葉が含むニュアンスに、アカツキライガーが操縦席へとかすかに視線を向ける。確かにその様子はボーマンが言うように、温厚でライダーを気遣いがちなものだ。

「ボーマン博士達の判断は正しかったと思いますよ。今この局面で私達が戦い続けられていることが、その証明です」

 言葉足らずながらに実感を込めてリンは告げる。その声音に、ボーマンも察するものがあるようだった。

『……君とアカツキライガーが良い時間を過ごせたことを幸運に思うよ。

 さて、こうしてエールを送るために通信をさせてもらったわけではない。クリューガー准尉、今でもアカツキライガーはゾイド因子オメガを封じ込めるための役割を持っている』

「……はい」

 ボーマンの指摘はリンがこの状況下で意識の隅に追いやっていたことの一つだ。昨晩通用しなかった以上、セカンドイシューに対するゾイド因子攻撃は想定できない――。少なくともリンはそう考えていたし、あの場に居合わせたオクトーバーフォース構成員達も暗にそう認識しているだろう。

 しかしボーマンは違う。あの場に居合わせなかった、科学者。それがこの状況における彼の個性だ。

『昨晩の戦闘のデータは私も参照している。ゼログライジスのコピー……セカンドイシューと言ったか、あれがレオとライジングライガーが利用したゾイド因子流に耐性を持っていることもよくわかった』

「だとすれば、なにか手はあるんですか? 単体でも強力なゼログライジスタイプが、特別に効果がある正常なゾイド因子にも耐性を持ってしまったわけですが」

『最終的にやることは大して変わらない。原理は異なるがね』

 ボーマンの言葉にはかすかなペーパーノイズが混じる。急遽まとめた解析資料の紙を手元に持っているのだろう。

『セカンドイシューは正常なゾイド因子が混入したことで耐性を身につけたゼログライジスコピーだが、あれは地球に浸透したゾイド因子オメガに残るゼログライジスの形態から再生された存在であることは変わらない。オリジナルゼログライジスが消滅した後の空洞に再びゾイド因子オメガが注入されたことによって生じた複製というわけだ。

 ならば、莫大な量のゾイド因子による希釈……これは間違いなく有効であるはずだ。ノミを打ち込んで亀裂を生じさせられる氷のサイズには限りがあるが、いかなる氷もいずれは水に溶けるのだから』

 ボーマンの言葉に、リンは一つの理解を得る。セカンドイシューにはゾイド因子攻撃が今でも有効であるということ。しかし同時に、己の経験からその指摘に対する反論も浮かぶ。

「しかしボーマン博士、セカンドイシューは昨晩アカツキライガーのゾイド因子放射に耐えました。仮に本当は有効だとしても、効果を発揮するには相当な時間か、あるいは莫大なゾイド因子量が必要になるのでは……」

『その通りだクリューガー准尉。』

 ボーマンは事実に基づいた発言しかしない。自らの言葉への反論も受け止める。その上で、彼はその先を考えていた。

『セカンドイシューを撃破する場合、抵抗不可能なように強い拘束をかけた上で正常なゾイド因子を注入する必要があるだろう。それに成功すればあのゾイド個体はゼログライジスを模したものから、正常なゾイド因子が表現する何者かに姿を変えて消滅するはずだ。

 流動的な戦闘の中でそれを行うのは困難だとは思うが、その補助たり得る戦力が前線に派遣された部隊に同行している。現地で合流し、是非成功を収めて欲しい』

「ゾイド因子による戦いへの増援……?」

 ボーマンの言葉に対して真っ先に思い浮かぶのは、昨年ゼログライジスにゾイド因子の奔流を流し込んで勝利を収めたレオ・コンラッドとライジングライガーだ。しかしそれだけの存在が同行しているなら、言葉を濁す理由も無いはずだ。

『現状、かの機体が有効な戦力になるかはまだ確証が持てない。だが私が信頼する最高のスタッフを付けた。君達の力になると確信する』

「一体どんな……」

 確信が持てないことについてボーマンは断言はしない。疑問を浮かべるリンに対して彼が代わりに与えるのは、確実な情報だけだ。

『しかしクリューガー准尉、ここまでの戦いでゼログライジスに類する力を持つ敵に対し思うところがあったと思う。しかし覚えていてくれ、あれは決して手が届かない、神の力の類いではないということをだ』

「それは……」

 そう告げられてリンが思い出すのは、セカンドイシューよりもその周囲にいる人間達だった。デルポイ連邦の首謀者であるヘンリー、セカンドイシューを駆る女カナン、そしてリンの目の前でこの事件の始まりを告げた男――ロイ。

 今のリンならばわかる。彼らは自分と同じ、対等な人間同士だ。それはセカンドイシューが何者であろうと関係は無い。

 そしてリンは知っている。ゼログライジス事件の際にゼログライジスを操っていたのも、このボーマンの義理の息子である人物であったことを。

『ゼログライジスを、ゾイド因子オメガの力を邪な目的のために使わせないでくれ。手段があるが故に邪な道に堕ちる者を救ってくれ、クリューガー准尉』

「……了解しました、ボーマン博士! リン・クリューガー、奮戦します」

 ボーマンの言葉を受け、リンはアカツキライガーにさらなる加速を入れる。戦士として、戦いと勝利を願われた今退くわけにはいかない。

 暗い進行ルートは、まもなくジオシティ軍事エリアの中枢に至ろうとしていた。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一九三三時

ジオシティ 東部軍事地区・最奥部

 

『ぶははははは! どうしたどうした決戦兵器! 総身に知恵は回りかねってか!? ええっ?』

「黙りなさい!」

 格納庫施設の屋上に着地したロイのブラックナイトめがけ、セカンドイシューの蹴りが建材を破砕しながら飛んだ。オールを差し込まれた水面のように鉄筋コンクリートがめくれあがり波濤となるが、ブラックナイトは軽い跳躍でそのビッグウェーブを乗りこなし再び空中へと逃れていく。

「ロイ・ロングストライドっ……!」

 かすかな燐光を帯びながら施設間を跳び回る影へ、カナンはセカンドイシューのドーサルキャノンを照準する。並び立つ砲身が怒りに震えるように屹立していくが、しかし不意にセカンドイシューは視線を横に飛ばした。

 そこには兵舎の陰から、遠く離れたヘンリーのグレートサウルスへと狙撃銃を構えたナックルコングの姿があった。ロイの部下の一人だ。

「――やめろぉ!」

 瞬時に照準先をそちらに変え、カナンはドーサルキャノンの連打をねじ曲げて叩き付ける。宙を舞う光の弧線に、ナックルコングは武装を放り出して慌てて退避していった。

 そしてまき散らした破壊からカナンが視線を戻すと、ブラックナイトは施設間を走る通行路へと降り立ってセカンドイシューの足下に迫っている。すばやく手足をかけ、黒いギルラプターはセカンドイシューの眼前へと駆け上がった。

『気がかりなことが多いと大変だなあ』

 心の底からそんなことは思っていなさそうな口調でそう述べながら、ロイの一撃がセカンドイシューの左目を襲った。足の鋭い鉤爪が、眼窩をえぐるように突き込まれてくる。

 とはいえさすがにセカンドイシューの頭部を破壊するには至らない。火花を上げてブラックナイトは弾け飛び、そしてセカンドイシューも咄嗟に顔面を押さえて仰け反る。

「このっ……」

『はははっ! ホラホラ頑張らないとお前の大事な総統閣下も、お前の力のセカンドイシューもやられちまうぞ!』

「黙れっ!」

 振り回される自分に対して、自由自在に振る舞うロイ。カナンはその姿に自分の敵だった者達の姿を重ねずにはいられない。

「あなた達のように……自分の立場を確固たるものにしない者達が、他人のルーツを揶揄して……」

『んんん? どうしたのかなよく聞こえないな! どうしたのかな? 言いたいことがあったら言ってくれないとわからないな!

 ぶははははは!』

「この野郎死ねえええええっ!」

 カナンを追い詰めてきた、他者のルーツを嗤うばかりで自分の本質を示さない者達の見本じみた言動を見せるロイ。激昂するカナンを面白がるように、彼が駆るブラックナイトはセカンドイシューの爪を躱してジオシティの闇を跳ね回る。

『この稼業をやってると余録で付いてくるのがお前らみたいな連中の滑稽さを見る楽しみなんだよな!

 自分達はこういう感じでなければならない! みたいなポリシーに凝り固まっちまってよお、そういうのの外側の言動を見せてやると顔真っ赤にしちまって超楽しいんだよなこれがさあ!』

「黙れ! 思想無き暴力の使い手が! 世界がどうあるべきかを考えもしないくせに、自分達が好き勝手振る舞うための力にだけは貪欲でえええっ!」

 あざ笑う黒い影に、セカンドイシューは拳を振り下ろす。その一撃の度に理想郷として作り上げられたジオシティの摩天楼が叩き壊され、しかし本当に討つべき黒い影だけは自由自在に飛び跳ねていく。

 セカンドイシューという力を操りながら、カナンの胸中にはどす黒い不能感が渦巻いていた。オクトーバーフォースに責め立てられるこのジオシティにも、目の前で捉えられないロイにも。

「滅びろ悪魔め! お前達のような奴がいなければ、私達はあああああっ!」

『「こんな国をわざわざ作らなくても済んだのに」ってか?

 ご苦労様だぜえええええ!』

 物資管理棟に降り立ったブラックナイトは、高圧濃硫酸砲を備えた腕で自身の頬を掻いて見せた。目元に指を引っ掛けてあかんべえを見せる仕草だ。

『そんな憎い憎い俺達の力を借りなきゃ、そのセカンドイシューも手に入らなかったのはどこのクソ思想集団なんだよ言ってみろよ!』

「そうやって力さえ持っていれば自分達のおぞましさは他者に押しつけられると考えているところがあああああっ!」

 棟を叩き潰し、逃れるロイめがけてセカンドイシューは建造物の残骸を投げつける。

 都市の崩壊そのものの中で捉えきれないブラックナイトの姿は、つかみ所が無い悪意そのもののようにも見えた。カナンは、圧倒的な力を持つはずのセカンドイシューの操縦席で目頭に熱いものを浮かべていく。

 そしてその視線の先、ちょうどセカンドイシューの手は届かず大それた砲撃しか撃ち込めぬ位置に、こちらの様子を窺いながらまた一体のナックルコング・レンジャーが出現した。通信塔に軽くよじ登り、その機体は背負っていたミサイルランチャーをグレートサウルスが布陣する方角へと構える。

「隙さえあればお前達はあああっ……!」

『カナン』

 慌ただしい戦場の全てを押さえ込むように、静かな声が響いた。

 それはカナンが開き、ロイ達が傍受している特殊回線。即ち、ヘンリーが座乗するグレートサウルスからの声だ。

『心配してくれるのは嬉しいが、私と部下達を侮ってもらっても困る。

 君のセカンドイシューほどではないが、このグレートサウルスも捨てた物ではない』

 次の瞬間、通信塔のナックルコングが蹴飛ばされたような勢いで宙に舞う。

 カナンが垣間見たのは、その胸板に大穴が開いているところまでだ。そしてその穴の中から見えない力が広がっていくかのように、ナックルコングは四肢を四散させていく。

「今の一撃は……砲撃」

 カナンは知っている。ゾイドの巨体を穿ち炸裂させるようなこの一撃は、大口径砲の直撃が産んだ結果だ。オクトーバーフォースが投入したロングレンジバスターキャノンのようなものの。

 しかも胸部のど真ん中を打ち抜いた一撃は、巨大弾に爆薬を搭載し爆風や弾片で破壊力を振りまくようなものではない。徹甲弾による狙撃の結果でもある。

 そして視線を移した先、遠く見えるグレートサウルスは確かに艦載砲をこちらに向けている。その砲口から立ち上る砲煙も、パノラマの視界の中では共に確認できる。

『ムーロアの系譜が為してきた数々の武勇に比べれば大したことではないが、ヘンリー・ムーロアの戦いをご覧に入れよう。

 一番砲次弾装填。二番砲固定。同時にグレートサウルス、取り舵三度』

 ヘンリーの指示に従い、遠い視界の中でグレートサウルスはわずかに体を開いたように見えた。そしてその様子に、カナンと向き合っていたロイが視線を逸らす。

『おい、お前――――』

『二番砲撃て!』

 しかしヘンリーの声は何かを言おうとしたロイより早かった。同時に、先程砲煙を放った一番砲と同じハンマーボーンに支えられた、二つ目の巨砲がカナン達のいる方角へと爆煙を吹く。

 目には見えないが高速の何かが、闇夜のジオシティ宙空を貫いてカナン達の側に着弾する。貫かれたのは水筒にも見える給水タンクの一つだった。

 そしてその段に至ってカナンは気がついた。タンクの陰に次の移動場所を探ろうとしていたさらなるナックルコングが存在していることに。

 タンクの薄い外装を容易く貫いた徹甲弾が、そのままナックルコングの右肩も吹き飛ばす。その威力に全身をスピンさせて倒れ伏した機体へ、さらに貫かれたタンクから分厚い水流が浴びせかけられた。

 襲撃を仕掛けようとした者を塵芥のように水に流し、グレートサウルスが彼方からカナンとロイ達を見渡す。

『ゾイド人の指導者は……ムーロアの血は荒っぽさからは逃れられぬ宿命かな。

 しかし今は敵を討つために敢えてその血を呼び起こそうではないか。三番砲射撃用意。接近する敵機を迎撃しつつ、さらに取り舵九〇度』

 ヘンリーの声は高揚などは感じさせるものではない。平板な宣言に応じ、グレートサウルスは次の射撃に備える逆舷側の砲を構えるために身を回し、さらに周囲へと迎撃火器の弾幕を張り始めた。

 距離を置いたこの地の敵を見抜いたヘンリーがそう指示したからには、そこにも敵がいるのだろう。そして今走った二発同様撃ち抜かれるのだろう。カナンは自らの指導者の行いを信じた。

「流石です、閣下」

 目を伏せ、カナンは唸るように告げる。そして目を開き、相対する敵であるロイとブラックナイトを視界に納めた。

「私達をただの夢見がちな集団だと思っているのなら、こちらこそ笑ってしまいますね」

『は、バカは簡単なことで元気になりやがる』

 ロイは気圧されていない。しかしカナンとセカンドイシューの視線を受け止めるブラックナイトの姿は、これまでのあざ笑うかのような跳躍の中にあったものとは違う、噛み合いを感じさせるものだ。

『七面倒くせえ連中を滅ぼしてやる』

「私達の国は、生まれるんだ」

 形態もサイズも色も異なる二体のゾイドが、今こそ交錯した。

 



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NEW EARTH ERA31 10/15 19:42

IMPRESSION

・ゾイド因子オメガ抽出機
 ゼログライジス事件の解決に伴い、消滅したゼログライジスを起源とするゾイド因子オメガは地球の土壌に拡散した。オメガはエネルギー型のゾイド因子であり、現在は地球の地殻活動によって緩やかに対流しているものと推測されている。
 そして地底にそのようなものが存在している限り、対流の濃淡によって局所的にゾイド因子オメガの比率が強まり、ゼログライジスに類する何者かが出現する危険性も指摘されていた。
 これを未然に防ぐために、地殻からゾイド因子オメガを抽出し何らかの手段で排除するために開発されていたものがゾイド因子オメガ抽出機である。現存するものはその機能実証の工学実験機であり、その機能にはまだ改良の余地が大いに残っている。
 さらに奪取の際にロイらが施した工作により、その稼働を安全な範囲に収めるためのリミッターは取り払われてしまった。現在でも全開運転させようものなら未曾有のゾイド因子オメガ災害を起こしかねない危険な設備である。


新地球歴三一年 一〇月一五日 一九四二時

ジオシティ 東部軍事地区・最奥部

 

「めんどくせえ戦い方をするようになりやがったな……」

 カナンが駆るセカンドイシューとの対峙を続けつつ、ロイは舌打ちを一つ。

 セカンドイシューに一撃を加え着地するブラックナイトは、後方にステップを一つ。しかしそれに対し、カナンは先程までのような苛烈な追撃の姿勢は見せない。

 むしろ巨体は唸り声を上げながらも一歩を後ろに戻す。背後にグレートサウルスを置いたその位置から、カナンはもはや機体を大きく動かさない。

「まあ要するにこっちはおちょくってるだけだもんな……」

 ロイは舌打ちを繰り返す。

 巨体と重装甲、そして強烈な新陳代謝と再生力を併せ持つセカンドイシューにしてみれば、ロイ達の攻撃は蚊が刺す程度のものに過ぎない。挑発に応じなければ、負けることは無いのだ。カナンが冷静さを取り戻した今、セカンドイシューはその事実の上に立っている。

「頭でっかちらしく頭に血ぃ上らせてればいいのによ。こういう奴らに知恵を付けちまうからシドーシャ様ってのはいけねえ」

 カナンの目を覚まさせたヘンリーが乗るグレートサウルスは、セカンドイシューの後方で砲撃を放っている。最前線のデルポイ連邦兵の撤退支援のためでもあり、自身に接近しようとするロイの部下達を追い払うためでもある。

 たった二体のゾイドをして要塞とも言える防御態勢と攻撃力を構築してみせる様は、デルポイ連邦という国家の成立を目指す中心人物のカリスマ性を感じさせるものであった。しかしロイは、そんな相手に反骨心を抱いて止まない存在でもある。

「『お前ら』が倒せないって言うのなら、まあこうするしかねえよなあ?」

 ロイの操作でブラックナイトは、傍らに立つデルポイ連邦の兵站調整事務所となるはずだったビルに爪を立てる。コンクリートが削れていく様に対し、カナンのセカンドイシューは静かな視線を向け続けていた。

「なあ見ろよこうだぜ? お前達の大事な首都の大事なお役所をこんな風に……」

 さらに背後で、ロイの部下達が駆るナックルコングが会計局ビルに拳を叩き込み始める。基部に近い部分に打撃を受けたことでビルは傾き、

「おおっと」

 セカンドイシューが発砲する。ドーサルキャノンのねじ曲がった光条が一本だけ宙を走り、そして会計局ビルを屋上から貫いた。

 爆発する建造物からロイの部下は慌てて退避していく。そしてセカンドイシューは悠然とした構えを解かない。

「もう失う首都だからいくら壊されたって構わねえし、なんなら自分でやっちまうってか。

 あーあ……覚悟決まっちまった奴は本当に面白くないぜ」

 ロイは頭に来て青筋を浮かべている輩を相手にしているのは好みだった。だが静かに腹を立てて、自分に据わった目を向けてくる相手は苦手だった。冷静に自分の挑発を潰してくる相手では遊ぶことが出来ない。

「……まあいいや。お前らがこの都市はもういらないってのなら、じゃあ俺達が好きにしてもいいよなあ」

 ロイはつまらなさそうに呟くと、ブラックナイトに腕を振らせた。会計局から離脱したナックルコングがそれをリレーし、ロイの決定はこの軍事地帯の奥へ流れていく。

 そして突如として光の柱が立ち上がる。冷たさを感じる薄い紫の光が上がるのは、セカンドイシューが固定されていた位置にほど近い。

『あれは……ゾイド因子オメガ抽出機?』

「ご明察! あれを過剰に動かせばプールできる分量以上のゾイド因子オメガは漏出する。それがあの光の柱であり……」

 穴が空いたジオシティの天井に、さらに下から紫の光が激突する。しかし光柱は水流のように広がって、周囲へと降り注ぎ始めた。

「つまりはゾイド因子オメガのシャワーというわけだ。この地底空間にゾイド因子オメガが充満するのにそう時間は掛からないよなあ」

『だからなんだというのですロイ中尉。この空間が汚染されようと、もう抽出機のシステムはデルポイ連邦も保有しています。除染は我々にもできますし、これからここを占拠するであろうオクトーバーフォースも行うでしょう。

 なにがしたいんです? あなた方は』

 悠然と見下ろすセカンドイシューからカナンは問う。そしてそれに対して、ロイは堂々と応じた。

「土地を使えなくして嫌がらせなんてみみっちい真似を俺達がするとでも? そんなつまんねえことするかよ!

 そっちは気付いてないのか? 俺や……俺達のゾイドはゾイド因子オメガに適応しつつあるんだぜ……」

 せせら笑うような表情を浮かべるロイも、駆るブラックナイトも、かすかに紫の燐光を帯び続けている。そしてそこに降り注ぐのが天井を伝って降り注いでくるゾイド因子オメガの霧雨だ。

 色濃くなる紫の光の中で、セカンドイシューは静かにロイ達を見渡し続けている。その一方で、ロイのブラックナイトや部下達のナックルコング・レンジャーは不意にえずくように身を折った。

『何が……』

「てめえのセカンドイシューが正常ゾイド因子に適応したのと同じだろうが! 俺達のゾイドは普通のゾイドだったが、適応力を得た今ゾイド因子オメガが空間に飽和すれば当然それを取り込んで力を増していくぜえ!」

 苦しむかのような姿を見せるブラックナイトだが、しかしその装甲表面が塗装面を維持したまま艶やかさを得ていく。そして突如として、その装甲は液体金属のような柔軟さで、粘土を捻るかの如く各部から鋭いエッジを複数生じさせた。

 ギルラプターであるはずのブラックナイトが異形へと変貌していく。そして同様の現象はナックルコング・レンジャー達にも起きていた。一体ずつがそれぞれかすかに異なる姿へと全身を伸張しつつあった。

「さーあどこまで行ったらセカンドイシューの面の皮に爪を立てられるかあ?」

『愚かな……ゾイド因子オメガを無制限に吸収すれば、ゼログライジス事件におけるフランク・ランド博士のような肉体の変質が……』

「あいにくと飯食ってクソ垂れて女抱いて寝ないとろくに動かないこの体にも飽きてきてた頃でな! もっと面白い方に行けるなら大歓迎だ……ぜ!」

 流石に一度は取り繕った感情を狼狽えさせるカナンめがけ、ロイはブラックナイトを飛ばした。全身に発生したエッジは敵に引っ掛ける武器でもあり、空力を整える効果も併せ持つ。さらに背面のブースターの噴射口を絞り込むように組織が発達したことで加速力も抜群だ。

 ブラックナイトは勢い余って、セカンドイシューの横顔をかすめて空中に飛び出す。そしてその背後で、セカンドイシューの頬が火花を散らした。

「はああ……少しは効き始めたか?」

『わかっていないんですか? ゾイド因子オメガから力を得る点においても、ゼログライジスであるこのセカンドイシューの方が最終的には勝っているというのに……』

「確かになあ……。だが、お前らがコントロールするために必死に押さえ込んできたセカンドイシューと、今目一杯ゾイド因子オメガを吸い込んでいるこちらとなら伸びしろの多さでなんとも言えないところがあるんじゃないかあ?」

 ビルの上に降り立ったブラックナイトの装甲は、さらに液体金属として波打ちエッジを成長させ続けている。それに対し、セカンドイシューは視線に加えて巨体をも向き直らせた。

 生まれつきの暴威と、今まさに成長していく脅威とが対峙する。

 しかしその時、

『ロイ中尉!』

 不意に響いた声と共に、ビル上のブラックナイトめがけて弾幕が襲いかかった。ブラックナイトは軽く振り払うような動きで直撃弾と切り払いながら、数歩を下がってビル自体に射線を遮らせる。

「来たなあ……クソチビがよお……!」

 聞こえてきた声の主をロイはよく知っている。知ってはいたがさほど重要視していなかったのが先程までだが、今は違う。

「リン・クリューガぁぁぁ……」

 軍事地区の一角に相手の姿はある。複数のドライパンサーを引き連れ、薄暗いロービジ迷彩と重武装のライガーが一体。

 リンとアカツキライガー。ゾイド因子オメガとその化身が存在する戦場に駆けつけた、正常なるゾイド因子の使い手だ。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一九四七時

ジオシティ 東部軍事地区・最奥部

 

 ドライパンサー部隊を引き連れてジオシティ軍事地区に到達したリンが見たのは、このわずかな時間で大きく変化した状況だった。

 立ち上るゾイド因子オメガの光柱と、それを背後に置いて聳え立つセカンドイシュー。そして自身の前には以前より鋭さを増したロイのギルラプター、ブラックナイト。

「これは……ゾイド因子オメガ抽出機を暴走させていますね!?」

 かつては抽出機の実験に関わっていたのがリンだ。今起きている事象のことは辛うじてわかる。今周囲に降り注いでいる物がゾイド因子オメガであることも、だ。

『クリューガー准尉、どういうことです?』

「皆さん気をつけて下さい、今降り注いでいるものはゼログライジスを形作っていたゾイド因子オメガの抽出物そのものです!

 ……そうだ! アカツキライガー!」

 リンの呼びかけにアカツキライガーは即座に応じる。その関節各所から橙色の光が浮かび上がると共に、咆吼が上がれば降り注ぐ紫の光は周囲へと吹き散らされていく。

「今のファクターロアーで皆さんのドライパンサーはゾイド因子オメガから保護されるようになったはず……です!

 しかし注意して下さい。皆さんのゾイド以外にどんな影響が出ているかは――――」

『こんなになってるのさあ!』

 その瞬間、リン達めがけビルをなぎ倒しながら一機のゾイドが突入してきた。咄嗟に飛び退いた各員が目にしたのは、二回りは肥大化した装甲に包まれた濃緑色のナックルコングだった。

『ロイの親分はさすがだぜ。この力があれば俺達は無敵の傭兵としてどんな勢力の間も渡り歩くことができるじゃないか……』

『おいおいおチビさん達をあんまりいじめてやるなよ。この恵みの雨の中でもゾイド因子オメガはダメなんですぅ~ってプリプリしてる優等生さん方なんだぜ』

『はっはあバカじゃねーの!?』

 ロイと言葉を交わすナックルコングのライダーは、間違いなくロイの部下なのだろう。オクトーバーフォースの機体に対して振るわれる拳は当然遠慮が無い。

「各機散開! 最終目標はゼログライジス・セカンドイシューとデルポイ連邦首魁であるヘンリー・ムーロア。そして抽出機強奪主犯のロイ・ロングストライド中尉です! なんとしてでもこれらを仕留めます!」

『俺とは遊んでくれないのかよう!』

「雑兵は黙っていろ……!」

 肥大化したナックルコングへと、アカツキライガーはガンブレードの射撃を放つ。その一撃が胸甲に炸裂する間に、ドライパンサー隊はリンの指示を呑んですでに散開していた。

「あんな男の部下をよくやっているものですね、あなたは……」

『なんだあ? 楽に食わせてくれる以外に上に望むことがあるのかよお! テメーもデルポイ連邦の連中とそう変わらねえなさては!』

 ゲラゲラと笑いながらの打撃がジオシティの路面に叩き付けられる。そうして飛び散るアスファルトの破片を浴びながら、アカツキライガーは肥大化ナックルコングの前でにらみをきかせ続けていた。

「確かにあなた達のような側にいるのであれば変わらなく見えるでしょうね。

 ――そしてそれがあなた方の限界です!」

 瓦礫の雨の中でも視線を逸らさずに、アカツキライガーはガンブレードを低く構えていた。そしてそこへと拳が振り下ろされ、

「努力もせずに膨らませた拳がどれほどのものか!」

 より鋭い一撃が地表側から打ち上がり、橙色の軌跡と共に拳を切り裂いた。風船を割るような破裂音と共に軌跡を残したのはアカツキライガーのガンブレードであり、ナックルコングは装甲を失った腕を弾かれて仰け反るしかない。

「ゲンコツは……こう!」

 歯を食いしばってレバーを押し込むリンに合わせ、アカツキライガーは分厚い爪をナックルコングの顔面に叩き込む。その拳が向かう先ナックルコング自身の顔は元と変わらないサイズであり、一撃で歪んで顎装甲が吹き飛ぶほどの威力が直撃していた。

 ぐらりと崩れ落ちていくナックルコングの肩に一度着地したアカツキライガーはその上で視線を巡らせ、ブラックナイトの姿を捉え直す。

「やれ、アカツキライガー!」

 ついに膝を突いたナックルコングの上からアカツキライガーは跳躍する。その蹴り脚の威力にナックルコングは背中からアスファルトに倒れ込み周囲に亀裂を走らせるが、もはやリンもアカツキライガーもそちらを一顧だにしていない。

「ロイ中尉、今度こそあなたを……!」

『下がりなさいオクトーバーフォースのライガー乗り』

 瞬間、ぴしゃりと叩き付けるような声と共にアカツキライガーの視界を紫の光が上から下へと貫いた。

 セカンドイシューのドーサルキャノンが生む暴力的な光の奔流に対し、瞬時にアカツキライガーは身を捻った。その体側を射線にかすらせ、ロービジ迷彩を削り落とされながらアカツキライガーは手近なビルの屋上に着地する。

「セカンドイシュー……!」

『オクトーバーフォースに告ぐ。現在我が国デルポイ連邦では反乱者としてロイ・ロングストライド中尉への処分を実行中です。これを妨害するのであれば重大な内政干渉であると判断します』

「独立を承認されていない組織が、交戦中の相手に言うことですか!」

 外部音声でリンはセカンドイシューのライダーであるカナンと言葉を交わす。当然それは空間に響き渡り、ロイにも聞こえている。

『ハハハァ! 両手に華って奴だなぁ。ベッドの上でだったら同時に相手にしてやってもいいんだぜ?』

「この……」

『罪を重ねますね』

 冷ややかな視線を浴びながら、ロイのブラックナイトは屋上から跳んだ。その動きに応じ周囲にはそれぞれ異なる変化を遂げつつあるナックルコング達が現れ、そして彼らに対しても後方のグレートサウルスが砲撃を撃ち込み続けている。

 燃え盛るジオシティの中枢に三つの勢力が切っ先を揃える。崩壊していく都市の姿と同じように、決着の時が近づいていた。

 



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