魔法少女と超英雄 (リョーマ(S))
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プロローグ






 

 

 

 

 『魔法少女』っているよな?

 そう、魔法で変身してキラキラでフリフリな衣装を着ながら、悪者と戦って世界の平和を守る女の子たち。

 戦い方は魔法だったり肉弾戦だったり物語によって様々。年齢も小学生から高校生までバラバラだけど、変身して戦うことは共通している。

 

 

 これを読んでる皆さんの世界では、この『魔法少女』はアニメやゲームに出てくる空想上の存在だろう。

 

 しかし俺の世界には、この『魔法少女』が本当にいる。

 

 その『魔法少女』達も、“悪いヤツ”が現れると、どこからか察知して、その“悪いヤツ”と戦って退治し、街の平和を守っている。

 その活躍が認められ、今ではちょっとした街の顔役だ。

 街の人たちからの人気も高い。

 

 

 街の名前は『高宮町』。駅前には高いオフィスビルやショッピングモールが並んで、郊外は住宅街や学校がある豊かな町だ。

 俺……水樹(みずき)優人(ゆうと)の住む家と通う高校“高宮第一高校”も、ここ『高宮町』にある。

 

 

 

 

 そんな高宮第一高校、2年C組の昼休み。

 

「なぁなぁ、お前はどう思うよ?」

 

 クラスメイトの葉山(はやま)が俺に雑誌の一面を見せてきた。そのページには『高宮町を守る謎の魔法少女、マジック少女戦士“キューティズ”』という見出しで一枚の写真が載っていた。

 写真には、ピンク、ブルー、イエローのドレスを着た三人の少女とマスコットみたいな怪物らしき影が写っている。文面には“キューティ・スプリング”、“キューティ・サマー”、“キューティ・オータム”と、三人の名前が書かれている。

 

 

 俺は雑誌の写真と文章をチラッと目を通した後、雑誌を指で示しながら、葉山に視線を戻した。

 

「校則違反だぞ?」

「冷めるようなこと言うなよ……」

 

 そう言われても、お前が訊いてきた『どう思う?』という問いに対して、俺の思った感想がそれなんだけど……?

 

「それより、お前はどの子が良いと思うよ? やっぱりリーダーのスプリングちゃんか? それとも、明るいサマーちゃん? 清純派なオータムちゃんも良いよなぁ。いやぁ、やっぱり可愛いよなぁ。キューティズ!」

「否定はしないけど、目の前で鼻の下伸ばすな」

 

 はっきり言って、見苦しい。

 あと、そんなに一気に話されると答えにくい。

 

 葉山は顔立ちの良くて、皆からそこそこ人気があるくらい良い性格してるけど、中身は結構女好きなヤツだ。かわいい女の子と付き合っては別れて、付き合っては別れてを繰り返している。今はフリーらしいけど、先週、今年に入って5人目となる彼女と別れたらしい。

 

「なんだよぉ、興味なしかぁ? 近くに可愛い可愛い幼馴染がいる優人君ともなると、目が肥えてキューティズの可愛さもわかんなくなっちゃう感じか?」

「そんなんじゃねぇ!」

「何の話?」

 

 ふと、俺と葉山の話題に入ってくる声が聞こえた。雑誌から目をはなして顔を上げると、見た目の整った女の子が俺達のそばに立っていた。

 

「おぉ、夏目ちゃん!」

 

 葉山がその子の名前を呼んだ。夏目と呼ばれたその子のフルネームは夏目(なつめ)沙織(さおり)。今ちょうど葉山が『可愛い可愛い幼馴染』と言い表した本人だ。

 

 沙織は、青みがかった髪を持つ女の子だ。髪型は肩より少し長いストレートヘアで、青色を好み、身につけるものも青色のものが多い。イメージカラーを言うなら、まさしく『青』だ。勉強が苦手で、あまり頭が良くないのがたまにキズだが、性格は素直で明るく、誰にでも優しく接するため、男女問わず周りからの人気も高い。

 

 そんな彼女と俺は、物心ついたころからの付き合い……つまり、幼馴染同士だ。幼稚園の頃は、よくお互いの家や近所で日が暮れるまで遊んだものである。

 

「あっ、これ先週の?」

「そう、先週あったキューティズと“ハデス”の戦いの記事さ」

 

 “ハデス”とは、キューティズが戦っている悪の組織の名前だ。なぜか毎度高宮町に現れては手下となるマスコットチックな怪物を放って人間から“陽のエネルギー”(希望とか喜びとか)を吸い取り、“陰のエネルギー”(絶望とか邪心とか)を広めている。

 巷の話では地球の支配を目論んでいるらしいが、キューティズの活躍もあって、幸い被害は高宮町内だけとなっている。

 けどその正体は今のところ、まるっきり謎だ。

 

「いま優人にキューティズの三人の中で誰が良いか訊いてたんだよ」

「へぇー、それはちょっと興味あるかも……。それで、優人の好みの子は?」

 

 沙織は笑みを深めて、少しワクワクした様子で俺に訊いてきた。

 

 まったく、答えにくいことを訊いてくるなぁ。目の前に()()()()()がいるってのに……。

 

「それが、優人のヤツにはキューティズの魅力が分からないんだと」

「えぇ!」

「おい、デタラメ言うな。否定はしないって言っただろう!」

 

 沙織もイチイチ反応して「ひょっとして優人って……」とか言いながら引いたような顔するなよ。

 俺は普通に女の子が好きだっつーの!

 

「じゃあ、お前どの子が好きなんだよ?」

「そうそう、どの子どの子?」

 

 二人はごまかしは利かないぞと言うように、じーっと俺を見てくる。

 

 はぁぁ。答えにくいなぁ、まったく……。

 

「……サマーとか良いんじゃないの?」

 

 俺が応えると、葉山は「かぁぁ!」と腑に落ちたような声を上げた。

 

「やっぱりなぁ。明るくて可愛いし気立ても良さそうだからなぁ、サマーちゃんは!」

「別に、そんな理由じゃねぇよ」

 

 明るくて可愛いってのはその通りだけど……。

 流石に()()が目の前にいると分かっていて、本人以外の子を答えるのは気が引ける。

 

「へ、へぇぇ……。え、えへへぇ!」

「なんでお前が照れてるんだよ?」

「えっ! い、いやぁ別に!」

 

 まるで自分が褒められたようなリアクションだ。

 正体隠す気あるのか?

 

「そ、それよりさ、き、キューティズも良いけど、私はやっぱり“守護神(ガーディアンズ)”の方が好きだなぁ!」

 

 自分の反応を誤魔化すように、沙織は話を変えた。

 話題を変えるのは良いけど、()()()()()になるのか……。

 

「良いよねぇ、ガーディアンズ! 四神の称号を持つ四人のヒーロー、カッコイイよね!」

 

 沙織は目をキラキラ輝かせて語りだした。

 

 “守護神(ガーディアンズ)”は日本各地に点在しているヒーローとエージェントで構成された組織の名前だ。沙織が言ったように、象徴となる四人のヒーローには四神『朱雀』『玄武』『白虎』『青龍』の称号が与えられていて、ガーディアンズといえばこの四人のヒーローを指すことが多い。

 キューティズがハデスという特定の組織と戦っているのに対して、ガーディアンズの活動は強盗犯や窃盗犯の制圧、震災時の人命救助などが多い。たまに世界を滅ぼそうとしたり支配したりしてくる輩とも戦うこともある。

 そういった功績を積み重ねて、今では警察や自衛隊に並ぶ治安維持組織になり、ガーディアンズは日本全国だれもが知るスーパーヒーローチームになった。

 

 

 沙織はそんなヒーローチームの大ファンなのだ。

 

「スッゴいテンション上がったな、夏目ちゃん?」

「沙織は元から特撮とかアメコミとか好きだったしなぁ」

「まぁーねぇ……あっ、この雑誌にも特集されてるじゃん!」

 

 沙織がキューティズの記事が載っていた雑誌をめくると、めくった先のページに、ちょうどガーディアンズが解決した事件についてが載っていた。

 あっ、これ……半年前の“宇宙人の侵攻”の時の写真だ。『朱雀』と『白虎』、そして『青龍』の()が宇宙人の軍勢と戦っている写真が載っている。おそらく現場にいた人が逃げてる途中にスマホで撮ったものだろう。

 

 沙織は雑誌の写真を見ると、さらにニコニコとした笑みを深めた。

 

「いやぁぁ、ガーディアンズのヒーロー四人ともカッコいいけど、中でもやっぱり“ハイドロード”が一番だよねェ!」

 

 そう、ガーディアンズの中でも沙織のイチオシは、ハイドロードと呼ばれる青色の戦士だ。

 ハマった当初から熱心に語ってくるため、俺にとって、その話はもうすっかり耳タコだ。

 

「いや、一番って……普通、一番は『朱雀』じゃないの?」

 

 葉山が訊ねると、沙織は人差し指を立てて「チッチッチッ」と舌を鳴らした。

 

「甘いねぇ葉山君。確かに『朱雀』はガーディアンズの長とも言える存在で、メディアでも一番に注目されてるヒーローだけど、自衛官ってこともあってヒーローというよりかは軍人って感じがどうしても強いんだよ!」

 

 まぁ、確かに……。

 あの人、平常時は迷彩服だからなぁ。

 

「あと『白虎』は、戦う時も体術ばっかりで少しパッとしないし……あれでもう少しカッコいい武器を使ったりバイクに乗ったりしたら良いと思うんだけどねぇ……」

 

 アイツがバイク、ねぇ。

 普通二輪なら乗れるけど、アイツって免許持ってたっけ?

 ()()の性格的に取ってなさそうだけど……。

 

「『玄武』は、指揮官やっててほとんど表に出てこないし……」

 

 戦うと強いんだけどな、あの人は……。

 

「やっぱり、ガーディアンズの中では『青龍』のハイドロードが一番だよ! ハイドロードはね、水の力を操る戦士で、“スネークロッド”を駆使して悪と戦うの。私は一回だけ生で戦ってるところ見たんだけど、超ぉカッコ良かったんだよねェ! こう、まるで身体の一部みたいにロッドを振り回して、敵を打ったり薙ぎ払ったり! そして、体術も使えてね、こう、ロッドの棒術と合わせて……それがまたカッコいいんだ!」

「「お、おぅ……」」

 

 また始まった……。

 沙織は身振り手振りで俺たちに説明してくれたが、下手くそなジェスチャーのためイマイチが迫力が伝ってこない。

 それからも、ハイドロードについて熱弁する沙織の話は続いたが、俺と葉山は圧倒され、ただただ沙織のマシンガントークを聞き流した。

 そんな沙織の話を聞いていたら、いつの間にか今日の分の昼休みの時間が終わってしまい、俺は思わず頭を抱えた。

 

 は、恥ずかしいぃ……ったく、勘弁してくれよ。

 ハイドロードの話なんて、“ハイドロード本人である俺”が一番よく知ってるんだから。

 

 

 

 

 

 







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2021/06/10 一部修正しました。
2022/12/04 一部修正しました。


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第0.5章 魔法少女とヒーローの日常
第1話 幼馴染


 

 

 

 

 俺……水樹優人には秘密がある。

 それは、俺が“守護神(ガーディアンズ)”の『青龍』の称号を持つ“ハイドロード”であることだ。

 

 

 1年前、中学を卒業してすぐに、俺はとあるイカれた科学者による人体改造プロジェクトに巻き込まれた。なぜ俺だったのか、その理由はいまだ謎だが、そのせいで俺は被験者として、身体を改造され、ある“能力”を身につけさせられた。

 その後は科学者の手先として命がけの調教と洗脳をされかけたが、幸い、その前に当時の『青龍』の称号を持っていた人とキャプテンによって救出され、正気のまま一命をとりとめることができた。

 それからは……まぁ、色々あって、ガーディアンズに入って研修や訓練を受けて、能力を活かしながら世のため人のため活動して、そのうち“ハイドロード”なんて名前がついて、さらに『青龍』の称号を得た。

 

 この話は、また次の機会に話すとしよう……。

 

 

 とにかく、そんな過去を経て、俺……水樹優人は、ガーディアンズの四神の一人としてヒーローをやっている高校生となった。

 ヒーロー活動は、年中無休。主に自己管理で事にあたっている。たまにガーディアンズ本部から召集され、突発的なミッションを受けたりするけど、そんなときは、両親や周りの友達とかにはアルバイトだって言って誤魔化してる。

 命懸けのミッションも少なくないが、小さい頃に夢に描いた親父のような警察官みたいになれたと思ってることもあり、特に辞めたいとか思ったことはない。

 

 それに、ヒーローとして忙しい毎日を送っていても、しっかりと高校生として学生生活を楽しめているしな……。

 

 昼休みに食堂へダッシュしたり、放課後に部活へ顔を出したり、定期テストの結果に一喜一憂したり、友達と少年誌の回し読みしたりと……、我ながら平凡で楽しい青春時代になってると思う。

 普段、周りに隠れてデンジャラスなことをやってることもあってか、平常時のそんな何気ない日常が楽しくて仕方ない。

 

 

 

 

 

 ある日。

 帰りのHRが終わり、生徒たちは皆、席を立つ。そして、多くの生徒は放課後の活動に取り組み、残りは校舎を後にする。

 

「優人ぉ、帰ろうー」

「あぁ」

 

 周りのクラスメイト達と同じように、俺と沙織も教室を出る。お互いに“用事”や部活がないとき、俺と沙織はこうして二人で並んで家に帰ることが多い。

 

 教室を出ると、肌を刺すような夏の暑さに襲われた。クーラーが効いた教室の涼しさとのギャップもあって、梅雨明け後の空気が格段に暑く感じる。だが、毎年この暑さを感じると、『あぁ、あともう少しで夏休みなんだなぁ』という感じもするため嫌いじゃない。

 

「今日はどこか寄って帰るか?」

「そうだねぇ、今日は本屋に寄りたいなぁ。新刊の発売日だからさぁ」

「あぁ、分かった」

 

 そういえば、今日はあの少年マンガの新刊が出るんだったな……。

 

「俺も買いたい新刊あったからちょうど良いや」

「あははっ、そうでしょ?」

 

 分かってたよ、という感じで沙織はニコッと俺に含みのある笑みを向けた。

 何で沙織がそんな笑って俺を見るのか分からず、一瞬首を捻ったが、すぐに彼女の思惑を察した。

 

「買うんでしょ?」

「……あぁ」

 

 沙織のヤツ、俺に新刊買わせて、自分は借りて読む気だ。

 俺は苦笑いで「ちゃっかりしてんなぁ」と言いつつ首を縦に振った。

 

「はいはい貸してやるよ」

「やったー! じゃあ、早く行こ!」

 

 沙織はピョンと跳ねて喜び、歩くスピードを速めた。俺も彼女についていくよう、速く歩いた。

 

「そんな急がなくても、単行本はそうそう売り切れたりしないだろ?」

「いやいや、そんなんじゃなくて早く読みたいんだって!」

 

 気持ちは分かるが、あまり急ぐと転ぶぞ?

 

 

 

 

「あっ。おーい、沙織ちゃーん!」

 

 二年生のフロアの廊下を歩き、階段の前まで行ったところで、ふと沙織を呼ぶ声が聞こえた。

 沙織と一緒に振り返ると、ピンク髪の少女が沙織に向けて手を振って走ってきた。ピンク髪の少女の後ろには、黄色っぽい髪色をした少女もいる。

 

「ん、千春、麻里奈?」

 

 沙織が反応して二人の名前を口にする。

 

「いま帰り?」

「うん、これから優人と駅前の本屋によって買えるとこ」

 

 沙織が答えると、ピンク髪の少女は「そうなんだ」と呟いた。

 ピンク髪の少女の名前は、綾辻(あやつじ)千春(ちはる)さん。ミドルボブの髪型で、とても優しい顔つきをしている子だ。純粋で明るく、まっすぐな性格をしており、男女問わず人気がある。

 

「何か用事?」

「今から千春と“キャロル”に行くから、沙織もどうかなって思ってたんだけど……」

 

 沙織に訊かれて、黄色の髪色をした少女がチラリと俺を見ながら答えた。俺が「どうも」と簡単に挨拶すると、少女は綾辻さんと一緒にうっすらと笑って挨拶を返してくれた。

 

 黄色っぽい髪色をした少女は、秋月(あきつき)麻里奈(まりな)。背中くらいまである長い後ろ髪をひとつにまとめ、落ち着いた雰囲気を感じさせる顔つきをした子だ。性格も大人びており、滅多なことがないと取り乱さない。

 

「彼氏との先約があるならダメみたいね?」

「もう、だから彼氏じゃないってば!」

 

 秋月はクスクス笑い、沙織は強い口調で否定した。秋月は沙織と俺が一緒にいることを、よくこうやってからかってくる。

 いたずらっ子のように笑う秋月に沙織がツッコミを入れるのも、今ではすっかり見慣れたものだ。

 綾辻さんと秋月との付き合いは中学生からのことなので、二人のこんなやり取りを見るのも、かれこれ四年以上になる。

 

「残念ね。沙織、キャロルの夏の新作パフェ、楽しみにしてたのに……」

「あっ、そういえば今日からだったっけ?」

「ふふ、先に食べてくるわね?」

「うぬぬっ……!」

 

 キャロルは学校の最寄り駅の前にある喫茶店で、俺達四人は、なにかとよく使わせてもらっている。女子三人あるいは俺と沙織の二人で、放課後や休日にそこでゆっくりと過ごすことも珍しくない。

 

「どうする? 新刊は諦めてキャロルに行くか?」

 

 その場合、俺は新刊買ってすぐ家に帰るけどな。

 流石に、女子三人と喫茶店でお茶する度胸は俺にはない。

 

「うーん……いや、今日は私が誘ったんだから、パフェはまた今度!」

「ふふっ。じゃあ、私と麻里奈ちゃんで行ってくるね」

 

 決心した、といった感じでキリッとした顔をする沙織を見て、綾辻さんはニコリと柔和な笑みを浮かべた。

 隣に立つ秋月も、いたずらっ子ようにクスクスと笑う。

 

「まぁ、そうよね。沙織にとっては、私たちよりも大好きな彼氏の方が良いわよねぇ」

「そんなんじゃないよ……というか彼氏じゃないてば!」

「またまたぁ!」

「またまたじゃなぁーい!」

 

 秋月にからかわれて頬を膨らませる沙織に、綾辻さんと俺はクスクスと笑うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「まったく、麻里奈ったらもう!」

 

 綾辻さん達と別れ、学校を出てからずっと沙織はごねていた。

 道行く周りの人たちのがすれ違いざまにこっちを見てくるので、少しは声を抑えてほしい。

 

「……優人は、どうなのさ?」

「はぁ?」

 

 なにが“どう?”なのさ……?

 

「いや、私が彼氏だなんだって言われてるってことは……それってつまり優人とって、私が……か、彼女だって言われてるみたいなような、ないような……」

 

 言われてるみたいなもんだよ。

 そんな間接的な言い方だけじゃなく、この前も葉山に『お前ら非公式カップルは……』とか言われたし。

 

「それについて、優人はどう思ってるのかなって……?」

「どうって……」

 

 今日の秋月だけじゃなく、俺と沙織がそういう風……カップルみたいに言われるのは今に始まった事じゃない。

 幼稚園や小学校の時は、『やーいカップルカップル!』とか『チューしろよぉ』とからかわれ、泣いたり喧嘩したりしたし、父さんと母さん、沙織の両親からは今でも『あなた達いつ付き合うのよ?』だの『優人君はいつ沙織と結婚してくれるの?』だの、さんざん言われている。

 

「……別に、勝手に言わせてればいいだろ。周りに言われたからって、どうなるわけでもないし」

「そうだけど……私が訊きたいのは、そういうことじゃなくて……」

 

 沙織は暗い顔で、「むぅ……」と口を結ぶ。

 

「……少しは意識してくれても良いじゃん、まったく」

 

 ボソボソと呟いて普通の人にとって聞こえるかどうか怪しい小さな声だったけど、普通より感覚が優れている俺には十分に聞こえる音量だった。

 

 意識してないわけじゃないんだけどなぁ。

 

 胸の鼓動が大きくなったのを感じつつも、段々と感情の変化が鈍くなっていく自分の(あたま)に俺は辟易した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 本屋についてすぐ、沙織は新刊コーナーに向かった。

 

「おっ、あったあった! 続き気になってたんだよねぇ……では、はい、お願いします!」」

「はいはい」

 

 お目当てのものを手に取って、沙織はニコニコしながら俺にそれを渡す。

 その後、俺たちは他にも何かないかと一緒に店内を見て回った。

 

 

 

「えっ、この漫画の作者また休載したの?」

「腰の病気だってさ。病状そのものは大したことないらしいけど大事を取って、またしばらくは休むって」

「優人は知ってたんだ……ハァ、この人のマンガ好きだったのになぁ……」

「俺もこの先生の連載楽しみにしてたのになぁ。続き気になってたし」

「あっ、ネタバレしないでよ! 週刊誌派の優人と違って、私は単行本派だから!」

「分かってるよ」

 

 漫画コーナーでは、休載した漫画について二人揃ってため息をついた。

 

 

「最近、なんかやけにタイトルが長いラノベが多いけど、これ何なの?」

「さぁ、よく分かんない。俺も不思議に思ってるけど……」

「ここにある本も……『帝国から追放された俺はヒーラー能力を使って田舎で医者として過ごす ~拾ったエルフが実は隣の国のお姫様でスローライフをエンジョイしていた俺に助けを求めてきた件~ 』って、もうあらすじ読まなくても話の内容が分かるんだけど……!」

「……言ってやんな」

 

 ライトノベルコーナーでは、新刊の表紙に書かれたタイトルの長さに違和感を覚えた。

 

 

「んー、あんまり面白そうなの無いなぁ」

「面白そうって……ここ参考書コーナーだよ。面白いのがあるわけないじゃん!」

「いやいや、それは沙織が勉強嫌いなだけだって。参考書にも面白いものはたくさんあるんだから」

「嘘だぁ!」

「例えば、ほらコレ、帝都大の教授が書いてる『高校化学の新エビデンス』。分厚くて辞書みたいな参考書だけど、基礎的なことから応用的なことまで簡単な文章で書かれてるから受験にも役立つし、それとこの『高校数学でわかる物理基礎』は間違ったこともほとんど書いてないし、最近の研究についても触れられてるから結構実用的だ。あっ、この『流体力学エッセンス』も面白いよ」

「あぁー、分かった、分かったから! 私にはどれも難しすぎるから! というか、それ全部理系科目じゃん?」

「まぁーね」

「前にも言ったけど、私、物理と化学って苦手なんだよね……」

「……沙織ってなんで理系選択したの?」

「えっ! それは、だから、そのぉ……」

 

 

 参考書コーナーでは、俺がおすすめする参考書や実用書を紹介したが、どれも沙織には不評のようだった。

 

 

 そんな風に各コーナーで話をしながら、俺と沙織は店内を見て回っている。

 

「えっ?」

「ん?」

 

 最後に雑誌コーナーを見に行こうとした時、ふと沙織が何かの声を聴いたような反応をして、店の外へ顔を向けた。

 

「……どうした?」

「あ、あぁー! 何でもない何でもない!」

 

 そう言って、沙織は挙動不審に手と顔を横に振っている。

 その反応はどう見ても何かあった時の反応だ。 

 

「あッあぁーーッ、そ、そういえば私、今日は早く帰るってお母さんと約束してたんだったァ! ごめん優人、私さきに帰るね!」

 

 俺の返事も聞かず、沙織は「じゃあねェ!」といって、そのままお店を飛び出していった。周りにいた学生や主婦の人たちは、彼女の行動に何事かと首を傾けている。

 

「……はぁ」

 

 俺は一人、その場に残された。

 どうして沙織があんな取り乱して、慌てて出ていったのか……大体のことは理解できる。

 

 どうせいつものように、近くで“ノーライフ”が出たのだろう。

 

 俺は沙織の後を追うように、本屋を後にした。

 

 

 

 

 




2022/12/04 一部修正しました。


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第2話 おしごと

 

 

 

 片側二車線の大通り。周りは見上げるほど大きなオフィスビルが並んでいる。駅からそれほど遠くないその場所は、普段は多くの人達が行きかい、様々な車が走っている活気のある高宮町の一角だ。

 だが、今そのオフィス街の大通りは、陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 

「キャーシャシャシャシャッ!」

 

 道の中心には、普通の生活では絶対に見かけないマスコットのような生き物が高笑いしている。

 大きなカマキリのマスコット。言葉にすればそんな感じだ。だがマスコットといっても、その二メートルはある大きな身体と大鎌のようなハサミの腕は、見た者に恐怖を与える。

 

「キャーー!」

「な、なんだアレはッ!」

「化け物よ! 化け物だわ!」

「とにかく逃げろォ!」

 

 突如現れた生命体の姿に、周囲にいた人々は悲鳴を上げながら逃げ出していた。

 カマキリはその逃げ惑う人々をあざ笑うように大きな笑い声を響かせ、周りのドライバーが乗り捨てた車を斬り裂いていく。

 

「恐れろ! 怯えろ! もっと悲鳴を上げろ! お前らの絶望が俺たちの餌となるのだァ!」

 

 “ハデス”という悪の組織から生まれた“ノーライフ”と呼ばれるその生き物は、周りの逃げ惑う市民から負のエネルギーを吸収して力をつけていく。

 その様に市民は恐怖して、更にノーライフが狂暴化していくという悪循環が生まれていた。

 

 

「そこまでよ!」

 

 突然、その場に鋭い少女の声が響く。

 

「あァん?」

 

 カマキリのノーライフが声のした方に眼を向けると、そこには三人の少女が立っていた。

 

「この街で悪さをするものは、私たちが許さない!」

「これ以上、皆を怖がらせるわけにはいかないわ!」

「覚悟なさい!」

 

 ピンク、ブルー、イエローのドレスを着た少女たちは、ノーライフに挑むように構えを取った。

 対して、ノーライフは三人少女たち……マジック少女戦士“キューティズ”を睨みつけ、ハサミのようになったアゴをカチカチと鳴らして威圧する。

 

「テメェら、また邪魔しに来たか!」

 

 カマキリのノーライフ、名前は《シクルキ》。気性の荒い性格で、その腕の鎌は鉄を切り裂くほどの力を持っている。

 過去5回、今のように高宮町に現れて暴れたが、いずれもキューティズによって追い払われていた。

 

「今日こそ、ブッ倒してやらァ!」

「それはこっちのセリフよ。今度こそ逃がさないわ!」

 

 シクルキは「やってみろやァ!」と腕の鎌を大きく広げて、キューティズに斬りかかった。三人はその場から飛び上がり、シクルキの斬撃を躱す。

 

「ウィンドガンナー」

「シャインロッド」

「メイプルブレード」

 

 着地と同時に、三人はそれぞれが携帯している固有の武器を出現させた。

 魔法で作られたそれらの武器は、それぞれ三人のコスチュームにあったカラーリングとなっている。ピンクの“銃”、ブルーの“杖”、イエローの“剣”だ

 ちなみに、武器を出現させる際に三人が武器の名前を言うのは、それが発現させるためのキー……いわゆる呪文の役割をしているからだ。

 それは、技も同様である。

 

「スプリング・ブレット!」

 

 ピンクコスチュームの少女“キューティ・スプリング”がシクルキに狙いを定めて、風を凝縮した弾丸を撃つ。瞬時に放たれた弾丸の群れは、大きなシクルキの身体の各所に命中して、その衝撃は硬い装甲を持つシクルキに「グっ!」とうめき声を上げさせた。

 

「テェヤァァ!」

 

 続いて、ブルーコスチュームの少女“キューティ・サマー”がシクルキに飛び掛かってロッドを振り下ろす。

 シクルキは両腕の鎌でロッドの一撃を防いだが、腕をあげたことで逆に懐ががら空きになった。

 その無防備になった腹部に狙いを定め、サマーは回し蹴りを打ち込んだ。

 

「ガァッ!」

「まだまだぁー!」

 

 シクルキの体勢が崩れたのを見切り、サマーはロッドを巧みに扱って二撃目、三撃目と攻撃を打ち込む。

 

「グっ、なめんなァ!」

 

 怯んでいたシクルキが怒りをぶつけるように鎌を振って反撃に出た。

 

「サマー、避けて!」

 

 後ろから聞こえてきた声に、サマーは跳躍してその場から離れた。そのおかげで、またシクルキの大鎌が空を斬る。

 自身の攻撃がかわされ、シクルキが舌打ちをした。だが次の瞬間、サマーの立っていた場所にイエローコスチュームの少女“キューティ・オータム”が現れる。

 

「斬り伏せる!」

 

 オータムは両手で持ったロングソードを構え、大きく踏み込んだ。

 

「メイプルスラッシュ!」

「ぬぅぅ!」

 

 シクルキのうめき声と共に、鉄を叩いたような音が辺りに響く。

 振り抜かれたオータムの剣は、シクルキの硬い皮膚にヒビを入れた。

 

「このッ、またしても俺の身体にキズをォ!」

「くっ、ホントに硬いヤツ……!」

 

 お互いに苦い顔をして、シクルキとオータムは睨みあった。

 

「オータム、もう一撃!」

「そんな簡単に言わないでよ」

「サマーと私で援護するよ」

 

 三人は自身の武器を持つ手に力を込めて、まっすぐ自分達の敵を見据えた。

 

 

 

 マジック少女戦士は、ノーライフと戦い、街の人々の平和を守るのが使命だ。だが、その使命は、決して誰かに押しつけられたモノなんかじゃなく、彼女たちが自ら背負ったものだ。

 この話も、また次の機会に話すとしよう。

 

 

 今、俺……水樹優人が話したいことは、このマジック少女戦士たちが戦っている裏で、別の物語が進んでいるということだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 キューティズがノーライフと戦っている大通りから少し離れた所には、一件の銀行があった。

 よくある大手銀行の支店だ。いつもはサラリーマンや主婦たちが利用しており、昼頃にはATMに行列ができてたりする。

 

「オラァ、早くしろ!」

 

 だが現在、銀行の中ではサングラスとマスクで顔を隠して全身黒の衣類に身を包んだ男が窓口係の銀行員にハンドガンを向けていた。

 脅している男の他にも、仲間と思われる男二人がATMに入っている金を奪うべく、なにやら見慣れない機械を使って、ATMを静かに破壊している。

 

 

 そんな現代日本ではまず見られない銀行強盗事件が起きているにも関わらず、銀行周辺はまったく騒ぎになっていなかった。

 

 

 それもそのはず、ノーライフの騒ぎのせいで銀行の周りに人はおらず、騒ぎに気づくものは銀行員と数名の利用客を残していないのだ。

 銀行に備え付けられている通報装置や警備装置も、シクルキが暴れたことによって区域の電気が供給されなくなっているため作動していない。

 

「よ、用意できました!」

「よし、そこに置け。怪我したくなかったら、余計なことするんじゃねぇぞ!」

「は、はい!」

 

 窓口係の女性銀行員は犯人に向けられた銃口に怯えながら、奥の金庫から運んできた現金の入った鞄を震える手でカウンターに置いた。

 すぐに鞄を取り、男は銃口を向けながら、出入口まで後退る。

 

「おい、早くしろ!」

「ちょっと待て、あとちょっと!」

 

 あとはATMの現金を持って逃げるだけだが、思いの外、ATMから取り出した現金を積めるのに手こずっていた。

 

「残りはいい! 早くズラッ!」

 

 早くずらかるぞ、そう口にしようとした男の言葉は途切れ、代わりに何かを打つような鈍い音と男が倒れる音がした。

 

「なっ!」

「おい、どうした!」

 

 現金を積んでいた男二人は、急に仲間が倒れたことに驚き、視線を移す。

 すると彼の立っていた後ろには、見慣れない人影があった。

 

「なんだお前ェ!」

 

 男の一人が持っていた銃を取り出して人影に向ける。そして同時にその影の正体をハッキリと目にした瞬間、男はその目をギョッと見開いた。

 

「なっ、なんでお前がこんなところに!」

「お前らみたいのがいるからだよ」

 

 人影の男は強盗の二人を見ながら煩わしそうに言った。

 

 その男は、体型のハッキリした青いスーツに身を包み、その上からプロテクターのような薄く強固な装甲を纏っている。武者が使う面頬のようなマスクで口元を、強化レンズでできたゴーグルで目元を隠され、顔はまったく分からない。

 だが、見たものに『水の戦士』という言葉を想起させるその姿は、いまや日本全国の誰しもが知る姿だった。

 

「“ハイドロード”だ!」

 

 銀行にいた客の誰かが希望を見つけたような声で、その男……つまり、()の名前を呼んだ。

 

「いいか一度しか言わないぞ。銃をおいて、投降しろ」

 

 とは言ってみるけど。

 

「うるせェ!」

 

 やっぱり……わかってた。

 

 強盗の男の一人が「この蛇野郎ォ!」と大きな罵声を俺に飛ばした。そして強盗二人は揃って持っていたハンドガンを俺に向けてくる。

 だが、二人が引き金を引くよりも早く俺は射線上から身をかわした。

 

 銃声が響き、弾丸が俺の横を横切った。銃弾とすれ違いながら、俺は強盗の二人に迫る。

 

 強盗は銃を持った手をまっすぐ伸ばしている。その腕を殴って上に打ち上げ、がら空きになった腹部に拳を一発、続けて顔面に一発。

 

 銀行の自動ドアをくぐって十数秒、強盗三人を制圧できた。

 

「この街も治安悪くなったなぁ」

 

 多分、日本の犯罪上昇率一位じゃない?

 

 そんなことを思いながら、俺は倒れた強盗三人を引きずって運ぶ。

 

「あのぉ、何か縛るものあります? ロープとか、ガムテープでもいいけど……」

「は、はい!」

 

 俺が頼むと、奥にいた銀行員の男性がガムテープを持って走ってきた。

 銀行員からガムテープを受け取り、そして俺はガーディアンズに入った時のエージェント研修でやった技能を駆使して、強盗犯三人を拘束するのだった。

 

 

 

 

 



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第3話 エージェント

 

 

 

 銀行強盗を拘束して、その後、近場で起こったコンビニ強盗2件と窃盗1件、計6人の犯罪者を制圧した。

 日本の犯罪発生率は海外と比べて少なすぎるくらいだが、ここ最近の高宮町の犯罪発生率は異常だ。いずれも俺、あるいはガーディアンズのエージェントが対応しているおかげで大事にはなってないが、これも“ハデス”や“ノーライフ”の影響だろう……。

 

 

 まぁ、とりあえず話を戻して……。

 

「クソがッ、覚えてやがれェ!」

「あっ、待って!」

 

 今、俺の百数メートルくらい先では、ノーライフのシクルキが黒い次元の渦のようなものに吸い込まれていた。

 それを追って、沙織……じゃなくて、キューティズ達が逃亡を阻止しようとしたが、どうすることもできず、渦が消えた空中を空振りするだけに終わった。

 

 

 その光景が、俺が犯罪者たちを制圧した後、現場に到着して初めに目にした光景だった。大通りの向こうには、ピンクとブルーとイエローの少女三人と廃車にされた車の列が見える。

 

 急いで来てみたが、どうやら遅かったらしい。

 

「遅かったじゃない、ハイドロード」

 

 俺が肩を落として息を整えていると、ふと後ろから凛とした声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには黒髪ショートカットの女性が一人立っていた。警備隊とスパイの中間のような格好をしたその人の腰には、小さめのハンドガンが装備されている。身なりは地味だが、確実に一般人ではない。

 

 まぁ実際、彼女は一般人ではない。ガーディアンズのエージェントだ。

 名前は、滝沢(たきざわ)(れい)。コードネームは“エージェント・ゼロ”。対ハデスとの任務において、魔法少女との交渉役を担当している。

 

 高宮町に現れるハデスについても、ガーディアンズは“一応”組織的に対応を行っている。だが対応といっても、ハデスに物理兵器は効果がなく謎も多すぎるため、現状、ガーディアンズがハデスやノーライフに対して行っていることは『魔法少女』であるキューティズの支援と、ノーライフのせいで邪心が増幅した人間が引き起こした犯罪の対応がほとんどだ。

 

 玲さんはエージェントとして魔法少女の彼女達と連絡を取り合い、彼女たちのサポートとハデスの情報収集を行っている。ノーライフが出てきたときは、こうして現場に駆けつけ、逃げ遅れた市民の救助などもやっている。

 

「補習でも受けてたの?」

「補習受けるほど成績悪くないですよ」

「じゃあ、どこかで道草でも食ってた?」

「そこの突き当りにあるコンビニと20メートル先の銀行、200メートル先の裏通りで」

「そう、いっぱい道に雑草が生えてたのねぇ」

 

 道草を食うって言うとサボってるみたいに聞こえますけど、むしろ、その“雑草”をむしるのが俺の仕事なんですが……?

 

「今日出たのは、またあのカマキリのヤツですか?」

「えぇ、相変わらず無駄に頑丈なうえ逃げ足の速いヤツでね、今日も逃げられたわ」

「そうですか……負傷者は?」

「ドライバーが数名。幸い、死亡者は出ていないわ」

「そうですか……」

 

 良かったと思いつつも、怪我人が出たことに心にモヤっとした感覚が残る。

 

「気を落とさないで。キャプテンだって全員は救えないわ。死人が出てないだけラッキーよ」

「えぇ、そうですね」

 

 ガーディアンズの見解では、ノーライフが人を殺しにかかるような行動を取ることは、まずない。ノーライフは人間の絶望や邪心を広めているため、その対象となる人間が減るのを良しとしていないとのことだ。だがこれは、あくまでハデスとノーライフが人を殺すことを優先していないということだけであって、人を殺さないという意味ではない。

 ハデスやノーライフは人の命など欠片も気にしていないし、必要となればノーライフは人を殺すだろう。

 それを阻止するために、ガーディアンズ(俺たち)がいるのに、負傷者を出してしまうというのは、どうしても不甲斐なさを感じてしまう。

 

 

 暗い気持ちを吐き出すように、俺は「ふーっ」と深呼吸した。

 

「帰るか……」

 

 やることもなくなったので、俺は身をひるがえして帰路につく

 

「あなたは、いつ彼女に自分のことを伝えるつもり?」

 

 だが、数歩足を進めた途端、玲さんが後ろからそう言葉を飛ばしてきた。俺は足を止め、玲さんに目をやった。

 

「幼馴染なんでしょ、彼女?」

「えぇ。でも自分から言おうとは思ってませんよ」

「どうして?」

「余計な混乱を与えたくないんです。なので、知らせるべき時がくるまでは黙ってようと思ってます」

「あなたが彼女の正体を知っていることも?」

「……えぇ」

 

 キューティ・サマー……沙織は、ハイドロードのファンだし、もしも俺がハイドロードだって話したら、絶対にパニックになる。身体を改造されて、日夜、強盗やヤクザと戦ってるなんて話を聞いて、沙織が平然としていられるっていうなら別だが……。

 それにハイドロードの正体を知ることで敵対する誰かに狙われ、危険にさらされる可能性もある。

 

 逆も同様で、俺がキューティズの正体が沙織達……キューティ・スプリングが綾辻さんで、キューティ・サマーが沙織、キューティ・オータムが秋月であることを知っていると教えたら、沙織達はパニクるだろう。そして、どうしてそれを知っているのかという話になり、俺がハイドロードだという話につながりかねない。

 俺がキューティズの正体を知ったのは、ガーディアンズが高宮町に現れたハデスと魔法少女について調査した報告書を見たからだからな。

 

「いつかちゃんと話せる時が来るといいわね」

 

 玲さんのその言葉に、俺はイマイチ素直に頷けず、固い表情のままその場を去って家へ帰った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ただいまぁ」

「おう、おかえり!」

「……えっ?」

 

 家に帰ると、父さんがリビングでくつろいでいた。

 俺の父さんは警察官、それも刑事課強行犯係だ。なにかと時間外勤務の多い仕事なので、今みたいに陽が出ているうちに家にいるのは珍しい。

 俺はビックリした顔で、夕方のニュースを見ながらビールを飲んでいる父さんを見る。

 

「珍しいね、こんな時間に家にいるなんて」

「十年に一度あるかないかのアフターファイブだ。オリンピックよりもめでたいぞ!」

 

 そういってビールを傾ける顔は、本当に愉快そうだ。でも顎の無精髭とボサボサ髪のせいで不健康そうにも見える。見方を変えれば、世間的にはダンディなおじさんとも見えなくもないが、自分の父親として見ると、やはりどうしてもだらしなく見えてしまう。

 

「今のご時世に、ブラック過ぎじゃない?」

「一昔前と比べたらどうってことないさ。それに国民の命を守ってるんだ。仕方ないさ」

「イヤにならないの?」

「自分で決めたことだ」

 

 父さんってそういう所“は”カッコいいよね?

 

「ママぁ、もう一本!」

 

 顔真っ赤にして母さんにビールをねだる様は、完全に飲んだくれだけど……。

 良い匂いが漂ってくる台所の方からは「はいはい」と母さんの呆れたような声が聞こえた。

 

 

『引き続きニュースをお伝えします。今日、午後四時半頃、高宮町の銀行で三人の男が「金を出せ」と銀行員を脅し、現金を持ち去ろうとする事件が発生しました。幸い怪我人はおらず、容疑者の三人は駆けつけた“男性”によって取り押さえられました』

 

 テレビのニュースでは女性キャスターのアナウンスと共に、銀行の監視カメラの映像が流れている。その映像には“ハイドロード”が強盗犯を倒し、銀行員と共に強盗三人をガンテープで拘束する様子が映っていた。

 

「またか、ここ最近ずっとだ」

 

 父さんは辟易としたようにため息をつく。

 

「……やっぱりハデス(アイツら)が出てきて、父さんの仕事も増えたの?」

「あぁ。幸い、ガーディアンズのおかげで市民に被害が少ないのは良いが、後始末がな……調書を取っても、理由と言えば『むしゃくしゃしてやった』とか勝手なことばかり……」

 

 ハデスやノーライフについて、情報の一部には緘口令が敷かれている。なので警察を含め一般人はノーライフが周りの人間の邪心を増長させる存在ということを知らない。これは『もしその事が知れたら、そもそも悪いことを企んでいた犯人が自らの犯罪の要因をノーライフのせいにする可能性があり、正しく裁けないから』とのことらしい。

 

「お前も気をつけろ。このところの高宮町は何か変だ。ガーディアンズや魔法少女なんてのがいるとはいえ、アイツらだって、いつも助けてくれるわけじゃねぇからな」

「わかってるよ」

 

 そんなことを言ってると、台所から母さんがビールを持ってやってきた。

 顔の整った落ち着いた雰囲気の女性。母さんを言葉で表すと、そんな感じだ。父さんとは同い年らしいが、父さんがあんな見た目なので母さんは年のわりに、よく若く見られる。

 

「おかえりぃ。はやく着替えちゃって。もうすぐ晩御飯できるから」

「はいはーい」

 

 俺は二階の自分の部屋へ向かい、階段を昇る。

 

『“ハイドロード”が高宮町での活躍や目撃証言が多いことから、一部ではハイドロードが高宮町に住んでいるのではと憶測が広がっています』

 

「ハイドロードか……気にいらないな」

「あら、どうして?」

「ハイドロード、あと仮面ファイターもだが、正義の味方なら正体を明かすべきだ。ちゃんとした信念があって犯罪者と戦ってるなら、なぜ身元を隠す? とても信用できん。まだ、キャプテンとマスターの方がマシだ」

 

 プシュっとプルタブを開ける音を鳴らして、トクトクと父さんはグラスにビールを注ぐ。

 

「それに、あの二人はおそらく高校生か大学生くらいの青少年だ。体形を見れば分かる」

「まぁ言われてみれば、そんな感じよね。けど、それがどうしたのよ?」

「そんな若者が、何かあったときに、ちゃんと責任を取れるのか? 人命に関わることをするってのは、それだけ責任も大きいってのに……」

 

 ゴクゴクとビールを飲み干す音が聴こえる。

 

「それに……」

 

 そこで父さんの話が少し止まる。

 その間、ゆっくりとグラスをコトッと置く小さな音が聴こえた。

 

「それに、そんな若者に犯罪者を相手にさせてると思うと、日本の警察官として、自分が情けない……」

 

 父さんの声が、憤りから落ち込んだものに変わった。

 

「……仕方ないわ。あなたはただの警察官。あの人はスーパーヒーロー。同じ“正義の味方”でも、できることが違うわ。それでも、あなたの仕事は、確かに私たちの平和を守ってるんだから、もっと自信を持って」

「……あぁ」

 

 一段目の階段に片足を置いたまま、俺はそんな父さんと母さんの会話を複雑な心境で聞くのだった。

 

 

 

 

 



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第4話 ヒーローの一日①

 

 

 

 

 微睡んだ意識の中でアラームが響き、やがて意識がハッキリしてきた。

 喧しく無機質に響くスマートフォンのアラームを止めて、また今日も俺の1日が始まる。

 

 

 ベットから身を起こして、部屋を出て洗面所に行き、顔を洗う。その後、さっぱりした顔でリビングに行くと、すでに父さんがテーブルで新聞を広げていた。

 

「おはよう」

「おはよぉ……」

「今日、夕方から雨が降るらしいから、折り畳み傘でも持ってけ」

「うぅーい……」

 

 父さんの話を聞き流しながら睡眠で固まった身体をほぐした後、母さんが台所から持ってきてくれた朝食を食べる。

 

「優人、あなた今日は部活だったわよね?」

「うん」

「じゃあ、帰りは少し遅くなるのね?」

「……うん、多分」

「多分って何よ?」

 

 だって、“予期せぬ事件”があったら帰るのもっと遅くなるし……。

 

「行ってきまーす!」

 

 そんな会話をしながら、さっさと朝食を済ませ、自分の部屋で制服に着替えた後、俺は学校へ向かった。

 

 

 

 

 登校中、途中の通学路が同じこともあり、俺はよく沙織と会う。

 今日もいつものように、制服姿の沙織を見つけた。

 俺は声をかけようと背後から歩み寄ったが、彼女の“話し声”に一瞬足を止めた。

 

「まぁ別に……ミーもそんな…………宿………人に……」

 

 沙織は誰かと話しているように何か言っているが、彼女の周りには今、話し相手と思われる空いてはいない。

 事情を知らない者から見れば、完璧に不審者の言動だ。

 

「ひとりでブツブツなに言ってんだよ?」

「うわぁ!」

 

 俺が背後から話しかけると、沙織はビクッと身体をはね上げて驚いた。

 

「優人ぉ、ビックリさせないでよ! もう!」

「悪かったよ」

 

 ビックリさせるつもりは、まったくなかったんだけど……。

 

「そんで、なに話してた?」

「えっ!」

「なにか話してたろ、悩み事でもあるのか?」

「えっ……あ、あぁーそうそう!」

 

 ……下手な言い方。

 

「実は、そのぉ……物理の宿題やってなくてさ。当てられたらイヤだなって思っててさ」

「朝から5限目の授業の心配かよ。どんだけイヤなんだよ」

「だって、東山先生の授業、難しいんだもん。まいっちゃうよ」

「いや、あの先生の授業って、かなり分かりやすい方だと思うぞ?」

「でも私には難しい!」

「……沙織にとって難しくない授業ってあるのか?」

「ない!」

 

 言い切ったな。

 

「あっ! いや、ある。体育!」

「そ、そーかぁ……うーん……」

 

 なんだろう、俺の思ってた回答と違う……。

 まぁ、沙織が勉強苦手なのは今に始まったことではないので、とりあえず置いておくとして……。

 

 

 

 沙織の独り言……勿論これは沙織が心の病気を患っているわけでもないし、まして沙織がなにか悩みを抱えているわけでもない。

 

 もっと言うなら“独り言”ですらない。

 

 沙織のこの“会話”には、ちゃんと話し相手がいる。だが、この話し相手は魔法少女以外の人には目に見えない存在なのだ。

 

 魔法少女の使い魔、あるいはパートナー的なマスコットといえば、わかるかな?

 

 玲さんの報告によると、その使い魔たちが沙織達に助けを求め、ハデスを倒すため魔法少女になるよう、お願いし、力を与えたらしい。実際に見たわけではないが、外見は『ネコと子熊を足して2で割って、ピクシー要素を足した感じ』とのこと。

 種族名は“ニャピー”。自称『妖精界の住人』で、故郷の星をハデスに侵略され、なんとか地球に逃げてきたらしい。逃げてきたのはマーとミーとム―って名前の3人(匹?)。今はそれぞれ綾辻さんと沙織、秋月の元で暮らしている。

 

 つまり、さっきの沙織の独り言は魔法少女の使い魔、兼同居人であるニャピーのミーとの会話なのだ。

 俺はガーディアンズからの報告資料でそれを知っているから良いものの、はたから見ればただの怪しい人だ。

 沙織には、もう少し、その辺を気にしてほしいな、ホント……。

 

 

 

 

 

 

 朝のHR、一限目の古文、二限目の数学、三限目の英語、四限目の現代文と、今日も一日の時間割通り授業が行われていき、あっという間に時間は昼休みとなった。

 

「優人ぉー!」

「ぐへぇ!」

 

 葉山と一緒に昼ご飯を食堂で済まして教室に戻ると、教室に入った途端、情けない声で泣きついてきた。

 

「物理の宿題が終わんないよぉ。たすげてぇーー!」

「わかったわかった。わかったから手をはなせ! 首が絞まる!」

 

 襟元掴んでグワングワンゆすって、カツアゲか?

 

「あっ。宿題、俺もやってないや」

 

 席について沙織の宿題を手伝っていると、偶然通りかかった葉山が思い出したように言った。

 

「俺にも見せて水樹!」

「別に良いけど、丸写しして授業で当てられても知らねぇぞ?」

「当たらねぇだろ。確率で30分の1だぜ?」

 

 それはフラグか?

 今日の日付、葉山の出席番号と同じなんだけど……まぁいいか。

 

 

 こうして今日の残りの昼休みの時間は、次の物理の宿題を片付けることとなった。

 しかし途中、沙織に宿題の解法を教えながら横目で葉山が宿題を丸写ししているのを見ていると、ふと“仕事用”のケータイが鳴った。

 画面を見ると、玲さん名義で着信が入っていた。

 

「あれ、優人、ケータイ変えた?」

「いや、これはバイト用……ちょっと出てくるな」

「すぐ戻ってきてよぉ、まだ問題あるんだから!」

「少しは自分で解けよ……ったく」

 

 昼休み中は滅多に鳴らない電話を気にしながらも、俺は教室を出た。

 向かった先は、校舎の隅にある空き教室。休み時間中には滅多に人が来ない場所だ。

 

「はい、水樹です」

「こんにちわ、ハイドロード」

 

 電話に出ると、玲さんが俺のコードネームを呼んだ。

 どうやら本当に仕事があって電話してきたらしい。

 

「いま出て来れるかしら?」

 

 本当に突然だな……。

 俺は腕時計を見て、昼休みの残り時間を確認した。

 

「20分だけなら」

「“ファング”の助っ人を頼みたいのだけど」

「助っ人って……アイツ、高宮町(こっち)に来てるんですか?」

「今、隣町で戦闘中。場所については後で送るから手助けしてあげて」

「他に助っ人に行ける人は?」

「生憎、私たち一般エージェントじゃ力不足なの。すでに援護部隊の半数がやられて、救援要請が来てるわ」

 

 昼休みの残り時間は、あと20分。往復に5分掛かるとして、10分で片付けろってことか。

 無茶をおっしゃる。

 

「……了解!」

 

 電話を切って、送られてきた情報を確認した後、俺は全速力で指定された場所に向かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「困りましたね。仕事の邪魔をしてもらっては……。私はね、皆を幸せにするために、この仕事をしているんですよ。国民の皆が安心して暮らせる平等で差別のない世界を作るためにね」

 

 向かった先では、きっちりとしたスーツを着た男が傷ついて倒れている少女をゴミを見るかのような眼で見降ろしていた。すでに争った後なのか、周辺の建物や地面は壊れ、荒れていた。

 

 場所は大手会社の敷地内。確か有名な製薬会社だったと思う。玲さんからもらった情報によると、スーツを着た男は、この会社の社長さんだそうだ。

 なんでも巷で一般人が怪人に変身する事件が発生していて、その黒幕がこの会社にいると突き止めた“仮面ファイターファング”は、この男を追って会社に乗り込んだらしい。

 

 結果、いま目の前にある光景になってしまっているわけだが……。

 

「ふざけんなッ。お前は皆の幸せなんて考えちゃいねぇ……全部、自分のためだ。周りを奴隷みたい使い捨てて、王様気取りのただの勘違い野郎だ」

「ふん……まぁ、組織の狗になっている君に言ったところで無駄でしたね」

 

 少女の言葉を鼻で笑うと、男の身体が変化した。

 特撮モノで怪人のスーツをよく見るけど、男が変身した姿は、それよりもずっと禍々しい姿をしている。何をモチーフにしてるのかは分からないが、人が悪魔にとり憑かれたらあんな風になると言われたら納得してしまうような外見だ。

 

 

 倒れた少女を踏み潰すそうと、男は大きく足を上げた。そしてここが俺が最初に目にした光景だ。

 

「それでは、お嬢さん……さよなら」

「そうはさせるかドロップキーーック!」

 

 俺はダッシュした勢いを利用して、怪人に跳び蹴りをかました。

 怪人は倒れはしなかったが、その場から離れるくらいには飛んでいった。

 

「なんですか貴方は?」

「ゆ、ゆーとぉ……」

 

 怪人は不快そうな声で言いながら、俺を見る。

 倒れた少女は顔を上げて俺の名前を呟く。スポーツアスリートみたいな白黒ジャージを着て、腰部には象徴的なベルトをつけている。

 

「よっ、調子悪そうだな」

「うるさい、ちょっと油断しただけだ……」

 

 俺が気安く話しかけると、少女は悔しげに言葉を返す。だが、その表情には微かに安堵の色が見える。

 青少年みたいな容姿と声だが、これでも華の女子高生だ。年齢は俺と同じである。

 

「お仲間の登場というわけですか。それもまた社会人にもなっていない青年とは……。あなた方の組織も本当にクズですね」

 

 否定はしないけど、クズは言い過ぎじゃない?

 

「つくづく、この国は老いぼれの都合の良いようにできていると感じますね……貴方は、そう思いませんか?」

 

 それも否定しないが、だから何よ?

 この場において何か関係ある?

 

「私はね、そんな国の腐った基盤を変えたいのですよ。若者が搾取され、老いぼれがふんぞり返るこの国を……この力でね!」

 

 男は怪人になった姿を示すように、自分の胸に手をやった。

 

「だったら出馬して議員にでもなれ。民間人を巻き込むな」

「大義のための小さな犠牲です」

「その犠牲を守るために、俺たち守護神(ガーディアンズ)はあるんですよ」

「それは建前でしょう。芯にあるのは、老いぼれ共が自分達の地位を維持するためですよ」

 

 ……半分くらい、言いがかりじゃね?

 

「優人、ソイツに何を言っても無駄だ」

 

 俺と男が言い合ってる内に、倒れていた少女が立ち上がっていた。

 

「やれるか?」

「当然!」

 

 力強く頷いて、少女はベルトのバックルを起動させた後、格闘技の型のように身体を動かす。その活気ある動作は、見るものに虎のような力強さを感じさせる。

 

「変身!」

 

 直後、バックルのシステムが反応する。ナノテクノロジーでできたパワードスーツを身に纏い、少女は“仮面ファイターファング”となった。

 彼女の名前は、上地(かみじ)悠希(ゆうき)。ガーディアンズで『白虎』の称号を持つ彼女のコードネームは“仮面ファイターファング”。空手や柔道、ボクシング、カポエラ、ムエタイなどなど、世界中のありとあらゆる格闘技の達人である。一応、棒術や剣術もマスターしており、武器を扱えないこともないようだが、本人曰く武器で戦うのはあまり好きじゃないらしい。

 

 ちなみに、この変身ポーズ、ただ単にノリでやってるわけでなく、音声認証とモーション認証による装着者の識別を行っているのだ。これによって、ファングのスーツは、システムに登録された者でないと変身できない仕様になっている。

 

 俺のスーツも、製作者が同じとあって原理は一緒だ。俺の場合は、“変身”というより“装着”って感じだけど……。

 悠希の変身アイテムはベルトのバックルだが、俺のは腕時計だ。腕時計のスイッチを押して盤面を触れると、装着システムが起動する仕組みになっている。

 

「それじゃあ、俺も……」

 

 俺がシステムを起動すると、特殊素材でできたスーツが侵食するように制服ごと俺の身体を覆い、アーマーやマスクとなって装着された。

 ハイドロードのスーツを身に纏った俺の横にファングが立つ。

 

「5分で片付けるぞ。こちとら昼休みを抜けて来たんだ」

「授業なんて、サボれよ」

「イヤだよ」

 

 そう軽口を言いながら、俺とファングは怪人へと立ち向かった。

 

 

 

 

 






2021/06/10 一部修正しました。
2022/12/04 一部修正しました。


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第5話 ヒーローの一日②

 

 

 

 

「「オリャァァァ!」」

 

 勢いよく殴りかかったは良いが、怪人の男は俺とファングのファーストアタックを見事に両腕で受け止めた。両手が空いた隙を見抜き、すかさず俺達は相手の腹に蹴りを入れるが、怪人は何ともないようにその場に立っていた。

 

 頑丈だな、コイツ。

 ヒーローと呼ばれる超人二人からの足蹴りを無傷で耐えるなど、並みの強さじゃない……。

 

 それに動きもすばしっこい。追撃に俺とファングで絶え間なくパンチとキックを繰り出すも、怪人は綺麗にかわしていった。後ろに回り込み、ファングが前から、俺が後ろから攻撃したりしてみるも、怪人は後ろに目があるみたいに反応して攻撃をかわす。

 

「フン!」

「「ぐっ!」」

 

 しばらく2対1の攻防が続いたが、やがて、俺達は怪人からカウンターをもらってしまった。

 その攻撃も強力だ。ライフルの弾丸をものともしないハイドロードの特殊スーツにもかかわらず、殴った痛みがお腹にドスンと伝わってきた。

 

「弱いですね。その程度じゃ、私は倒せませんよ」

「チッ! この野郎ォ!」

 

 敵の煽りを受けて、ファングの奴がより怒りを露わにした。元々この男のやっていたことに相当イライラしてたみたいだが、今はマスクの上からでもその怒気を感じる。

 ファングは握った拳に力を込めて、再度相手に詰め寄った。

 

「フン、ハッ、タァ、ハァァ!」

 

 気合の含んだ声を洩らしながら、ファングは殴り掛かっていった。彼女の流れるような体術は、普段は力強く華麗で神秘的とすら感じるが、今の動きはどこか野性的で猛獣のようだ。

 

「ふふふっ……ぐッ!」

 

 怪人は嘲笑いながら攻撃をよけていたが、途中、ファングの連撃の一発がその顔にぶち当たった。その一撃によって敵は体勢を崩す。その隙を逃すまいと、ファングは次々と攻撃を繰り出した。

 

「グハッ、ウグッ……」

 

 ファングの攻撃に受け続け、怪人は後退りして膝をついた。息遣いもいつの間にか荒くなっており、雰囲気にも動揺が見え始めた。

 

「小癪なァ!」

 

 怪人は不穏なエネルギーを纏い、八つ当たりするみたいに辺りに飛散させた。

 そのエネルギーは衝撃波となって、辺りを破壊していく。俺とファングは距離を取ってなんとか身を守ったが、周辺のコンクリートやアスファルトは元々の形が残らないほど破壊された。やや遠くにあった建物の窓ガラスも割れ、地中にあった水道管も壊れて水が噴き出している。

 周りが荒れた光景になったのは少し気の毒だが、俺はこの光景の中で、ひとつ好機を見つけた。

 

「しめた!」

 

 俺はすぐに行動に移った。

 

 

 ここで、俺の“能力”について説明しよう。

 前に軽く説明したが、俺はとあるイカれ科学者によって身体を改造させられた。そしてその時、俺の身体は超人並みに強化されて、かつある“能力”を身につけた。

 その能力は主に2つ。

 1つ目は、水中で生命活動を維持する能力だ。これによって、俺は水中でも地上と同様に活動できるようになった。酸素ボンベなしで水中で呼吸できるし、体温を奪われ死にかけることもない。

 2つ目は、水の分子を自分の思うようにコントロールできる能力だ。これで俺は自分の意識の届く範囲にある水を自由自在に操作することができる。コップなどの入れ物に水を入れなくても、水の形を空中にとどめることはもちろん、その気になれば重力に逆らって何千リットルもある水の塊をダムの放水の如く、遠くへ飛ばすことも可能だ。

 

 これらの能力の原理は解らないが、改造後の身体検査の結果を聞いたところ、どうやら俺の細胞は、なにか“特殊な細胞”と結合しているらしい。

 ガーディアンズの調査によると、その“特殊な細胞”は『異界の生物』の細胞であり、それが身体に組み込まれたことで、俺の身体は水中の活動に特化するよう変化したとのことだ。おまけにその細胞は特殊なエネルギーを放出しており、そのエネルギーが液体……とりわけこの地球のH2O(エイチ・ツー・オー)の分子を操る力を持っているらしい。

 

 ガーディアンズのファイルでは、この2つの能力をそれぞれ『水中活性(すいちゅうかっせい)』と『水操作(みずそうさ)』と呼称している。そしてこの能力が、俺が“ハイドロード”と呼ばれる由縁である。

 

 

 話を戻そう。

 俺は壊れた水道管から吹き出ている水に意識を飛ばして、怪人へ向けて流れるように操作した。俺の意識に従って水道管から流れ出る水流は水神の蛇の如く怪人を飲み込んだ。

 

「ぬぅアァァァァ!」

 

 洗濯機の中の布のように水流に揉まれながら、怪人は俺が操る水の塊の中で必死に藻掻いている。普通の人間なら溺死してもおかしくないが、怪人の頑丈さのせいで、あまり手応えがない。

 やがて俺の集中力が切れて、水の塊は地面に落ちてはじけ飛んだ。

 

「お、おのれ……!」

 

 水が弾けた中心で倒れていた怪人が、地の底から出てきたような低い声をあげて、のっそりと起き上がる。

 

「くそっ、しぶといヤツだな」

「“核”を壊せ!」

「なに?」

「アイツの力の源は『マージセル』っていう、アイツの身体に埋め込まれてる細胞だ。その細胞の“核”を壊せばアイツを倒せる」

「ンなこと言われたって、アイツの身体のどこにそんなのが……」

 

 途端、どこからか車の激しい走行音が聴こえてきた。音がした方を見ると、黒いセダンが会社の敷地に乗り込んできていた。

 車はF1さながらの走行をしながら俺たちの所まで来ると、急ブレーキで停止した。

 

「ハイドロード!」

「玲さん?」

 

 止まった車の運転席から玲さんが出てきた。玲さんは俺の名前を呼ぶと、車の中から見覚えのある“武器”を取り出した。

 

「これ、本部から持ってきてあげたわよ!」

 

 そう言って玲さんは、俺の武器……“スネークロッド”を投げ渡してくれた。

 

「ありがとうございます!」

 

 俺はスネークロッドを受け取って、手に馴染ませるように振り回す。

 

 

 スネークロッドは、ガーディアンズが俺専用に用意してくれた武器だ。俺のコスチュームと併せて青い蛇のようなデザインをしている。長さは1メートルと70センチ。アルティチウムという世界一の強度がある物質を素材しているため、10トン以上の力を加えてもまったく変形しない頑丈さを持っている。なのに重さは同じ形の木製の棒とあまり変わらない。

 

 まぁ、一般人を装う高校生が、そんなものをいつも持ち歩いてるわけにはいかないので、普段はガーディアンズの本部に置いてある。

 どうやら今回は、玲さんが気をまわして、わざわざ持ってきてくれたみたいだ。

 

 えっ? 『どうしてスーパーヒーローの武器を一般のエージェントが持ち出せるのか、どんな管理をしてるんだ』って?

 だってスネークロッドは、雑にいえば、ただの壊れにくい棒だよ?

 そんな厳重に管理されてないよ。

 

 

「ハイドロード、とにかく攻撃を続けろ。身体のダメージが許容量を越えれば、拒絶反応で『マージセル』が出てくるはずだ!」

「わかった!」

 

 俺は得物をいつでも振れる位置に構えて、ファングと共に走り出す。

 

「糞ガキがァァァ!」

 

 水流に揉みくちゃにされて堪忍袋の緒が切れたのか、さっきまであった紳士的な態度はすっかり消え、怪人は怒声をあげて俺達を迎え撃つ。

 ファングは拳で殴り、俺はロッドで殴る。同じ組織に属し、かつ過去にキギサラ人という異世界人の侵攻を阻止するため肩を並べて戦った仲とあって、俺とファングは息の合った攻撃を繰り出すことができた。

 

 そして殴るだけでなく、ファングは剛法の体術を、俺はロッドの突きや足蹴りをまぜながら、相手に攻撃し続けた。

 怪人に反撃の手を与えず、そのまま二人の攻撃で『マージセル』が出てくるまでダメージを与え続ける戦法だ。

 ちなみに、これは俺の個人的な感想だが、棒術は自分の持っている所からの棒のリーチと地面との距離を計り間違えない限り、スムーズに振り続けられる。そして、振り回した両端で攻撃が可能なので、拳で殴ったり刀を振り回すよりも攻撃回数は多い。

 

「リャっ! ウリャ! ソリャ!」

「ハっ! フっ! タァ!」

「ふん……ぐっ、ガバッ!」

 

 怪人は途中まで俺達の攻撃を受け流したり、後ろにさがって避けたりしていたが、怒りで周りが見えなくなってきたのか、やがてまともに攻撃を受けるようになってきた。

 動きに余裕がなくなってきた相手を追い込むのは、意外と容易い。

 

「「ハァァァ!」」

「グッッ、ウゥゥアァァァ!」

 

 ファングの回し蹴りと俺のロッド突きが同時に直撃しする。すると怪人が後退りして痛みに悶える。やがて、何かの発作が起きたように胸を押さえ苦しみ始めた。

 

「ウゥーーッ、ヌァァァ!」

「見えた!」

 

 怪人の押さえる手の中に腫瘍のような肉の塊があった。心臓のように脈を打って動いているその塊は、怪人の身体から今にも抜き出るように浮き出ていた。

 

「あれが『マージセル』か!」

 

 あの塊を破壊すれば、怪人を無力化できるのか……。

 

「ファイターキック!」

 

 ファングの声に反応して、彼女のコスチュームの脚足部に装着された機械が作動した。

 

 この技の原理について俺はよく知らないが、バックルから出力された信号を元に身体の生体エネルギーを足先へ収束して、キックとして撃ち放つ技らしい。

 なんでも、ガーディアンズの開発部と悠希が一週間考えて編み出した技だとか……。

 

 まぁ、そんな解説は今この場では置いておくとして……。

 

「援護するぜ!」

 

 ファングが技を繰り出そうと理解した俺は、先ほどの攻撃で周辺に散った水を再度操り、縄状に形を作った。そして“水の縄”で怪人の手首を縛り、『マージセル』を押さえていた腕を広げる。

 怪人は振りほどこうと抵抗したが、水で形作られたモノを力で引きちぎることはできない。

 俺はそのまま水の縄で怪人の腕を広げて、『マージセル』が前につき出すような体勢を取らせた。

 

「よし、今だ!」

「うん!」

 

 ファングはネコ科の動物が地を跳ねるように飛び上がり、そのまま身体を回して怪人の『マージセル』を狙ってキックを放った。彼女の足に集中していたエネルギーは、キックが打ち込まれると同時に放出され、爆発でも起こったかのように、怪人を吹き飛ばした。

 

「ヌァァァァッ!」

 

 キックの影響で怪人の生体エネルギーが爆ぜる。爆発の中、怪人は雄叫びじみた悲鳴をあげ、胸部にある『マージセル』は破壊されて塵となって消滅した。

 

 

 爆発がおさまると、ボロボロのスーツを着た男が横たわっていた。

 

「……やったか?」

 

 ファングさん、それはフラグか?

 まぁでも、『マージセル』は破壊されてるし、大丈夫とは思うけど……。

 

「ぬぁぁ!」

 

 なんて思っていると、男が気絶から目覚めたみたいに身を震わして起き上がった。

 てか、さっきから目の前の相手を男とか怪人としか呼んでなかったが、この人の名前は何なんだ?

 ここの会社の名前は、たしか雪井製薬会社とかいう名前だったけど、ひょっとしてこの男が雪井さんか?

 

「おのれェ……よくも、よくもォォォ!」

 

 おぅ、目が血走ってる……。

 そんなホラー映画に出てくるような眼でこっち見んなよ。

 

「この借りは、いつか必ず返しますからね」

「おい、待てッ!」

 

 後退りして逃げようとしている男を捕らえるためファングが後を追おうと走り出す。だが途端、どこかから放たれたエネルギー弾がファングを襲った。

 幸い、瞬時に襲撃を察知したファングに、そのエネルギー弾は当たらなかったが、着弾して生じた爆煙によって男は姿を消す。

 そばでその光景を見ていた俺は、すぐエネルギー弾が飛んできた方に目を向ける。すると、そこには建物の影に消える何者かの姿があった。

 やがて煙が晴れたときには、もう男はその場にいなかった。

 

「くそッ、逃げやがった!」

「仲間がいたのか……!」

 

 ファングは悔しげに地面を蹴る。

 彼女の蹴ったアスファルトには大きなヒビが入っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 戦闘が終わり、俺とファングは変身を解除した。俺達のコスチュームは身につけた時の動きを逆再生するように、それぞれの変身ツールに格納される。

 

「大丈夫、二人とも」

 

 近くで見ていた玲さんが駆け寄ってきた。

 

「すみません玲さん。逃げられました」

「仕方ないわ……それよりも、来てくれてありがとう。助かったわ」

「いえいえ」

 

 仕事ですから。

 

「……ふん、別に来てくれなくても良かったのにさ」

「やられそうになってたのに、なに言ってんだか」

「ウッ」

 

 俺が呆れた目で見ると、ファング……じゃなくて悠希はバツの悪そうな顔をした。

 

「ま、まぁ助けられたのは事実だしぃ一応礼は言っとくぜ」

「ツンデレか!」

「るせぇ!」

 

 ボロボロの身なりで、悠希が赤くなった顔を隠すようにそっぽ向く。

 コイツの性格が負けず嫌いで少しひねくれてるってことは理解してる。同い年かつ同じガーディアンズの四神ということもあって、ガーディアンズメンバーの中では一番付き合いも長いしな。

 

「二人ともお疲れ様。あの男の追跡とこの場の後片付けは私たちが引き受けるから、あなた達は撤収して良いわよ」

「お願いします」

「…………チッ」

 

 俺は小さく頭を下げてこの場を去ろうとするが、悠希は不服そうに舌打ちをした。

 

「アイツ、次は絶対倒してやっかんな!」

「お前、一体アイツとの間に何があったんだ?」

 

 訊いてみたけど、悠希は何も答えず握った拳をバチバチ叩くだけだった。

 暗に、『自分一人で片を付けるから手を出すな』ってことだろう。

 

「まぁいいや」

 

 さて急いで帰りますか……ってェ!

 

「げっ、やべっ昼休み終わってる!」

 

 時間の確認に腕時計を見たら、すでに5限目の開始時間を過ぎていた。

 現時点で遅刻確定だ。

 

「フケればいいじゃん」

「だから、イヤだって!」

 

 悠希がサラッとそんなことを言ってくるけど、ヒーロー活動中心に考えている悠希と違って、俺はあまり学業をおろそかにしたくないのだ。それに、サボったらサボったで言い訳を考えるの面倒くさい。

 でもまぁ、ヒーローとしては悠希の考え方の方が正しいんだろうけど……。

 

「……じゃあ俺、帰りますから!」

 

 そう言って俺は、全速力でダッシュした。超人的な身体能力を駆使して裏道や建物の屋上を通れば、この場所と学校まで5分くらいだったけど、来た道をそのまま戻れば帰る時間は、もっと短縮できるだろう。

 

「今度メシ奢ってやっからなァ!」

 

 走り始め、後ろから聴こえてきた悠希の言葉に、俺は前を向いたまま手を振って答えたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ちょうどその頃、高宮第一高校2年C組では……。

 

「つまり、この充分時間が経った時刻のコンデンサAに溜まった電荷がコンデンサBにも流れていくというわけだ。そして、このコンデンサBの電位差Vbを求めるのが宿題の1問目だったんだが……じゃあ、葉山」

「えっ! あっはい!」

「この問1の答えは何だ?」

「え、えーと……Vbイコール5分の1Vです」

「おっ、正解だ。じゃあ、解法の説明も頼む」

「えっ!」

 

 葉山は見事にフラグを回収していた。

 

 

 

 

 



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第6話 ヒーローの一日③

 

 

 

 

 学生生活を充実させるものって何だろう。

 

 体育祭や文化祭などのイベントとか、委員会とか、友達とのバカ話とか恋人とのほのぼのした会話とか……この答えは生徒によって様々だろうけど、それらの中でも部活動というのは、わりと上位にあるものだと思う。

 俺も部活に入っている。ヒーローとしての時間もあるため、そんなに熱心に参加してるわけではないが、時間が取れる限りなるべく参加するようにしている。

 

 部活は美術部。中学の頃はクラスメイトに誘われてバドミントン部に入り、高校一年生と合わせて四年間所属していたけど、ハイドロードとして活動することを機に転部した。

 転部した理由は、異常な身体能力のせいでフェアな勝負ができなくなったからだ。美術部ならそんな心配もないし、休みも取りやすくて都合が良かった。

 

 ちなみに、運動が大好きな沙織は陸上部だ。その他にも、綾辻さんは料理研究部、秋月は文芸部兼図書委員。後どうでもいいけど、葉山は軽音部だったりする。

 

 

 

 さて、時刻は放課後。ややデンジャラスだった昼休みを過ごし、「バイト先からの電話が長引きましたぁ!」と東山先生を誤魔化して物理の授業に遅れて参加した俺は、そのまま残りの授業を受け、いつも通りの学校生活を過ごした。

 午後の授業とHRも終わり、他のクラスメイトと同じく俺は教室を後にする。沙織や葉山もそれぞれの部活の活動場所へと向かった。

 

 俺が向かった先は美術室。言わずもがな、美術部の活動場所だ。

 

「お疲れ様でーす」

「……あっ、お、お疲れさま、です」

 

 俺が挨拶を言いながら美術室の扉を開けると、中にはすでに人がいた。その人は俺の声にピクッと反応すると、画材を持ったまま律儀にお辞儀をした。

 後輩であるはずの俺にそこまでする必要もないのに、目の前の先輩は毎回今のように頭を下げる。育ちが良いというよりかは、人見知りゆえの行動だ。

 

 先輩は顔をあげて顔を俺に向ける。けど長い前髪のせいで先輩の目元をはっきり見ることはできない。

 いくら女子生徒が長い髪を許されてるとはいえ、その髪型は校則違反では……と前から思ってるんだけど、不思議と先輩は先生から注意されない。

 

「……水樹、くん」

「はい?」

「あっ、いや……今日は、来てくれたんだね」

「えぇ、今日はバイトもなかったので」

「そう、なんだ……」

「すみません、副部長なのになかなか顔出せなくて」

「う、ううん。水樹くんは、ちゃんと絵を描いてくれてるし、入部してくれただけで、嬉しい、から……」

 

 相変わらずのその辺の物音にも負けてしまいそうな小声だ。ハイドロードとしての超人的な聴覚を持ってなきゃ、ボソボソ言ってて何言っているか分からないくらい声量が小さい。

 

「俺が来てないうちに何かありました」

「あっ、え、えーっと……とくにはなかった、かな……」

 

 先輩はうつむいて考える仕草をした。顔を下げたせいで、ただでさえ見えにくい眼がすっかり隠れてしまった。

 

 先輩の名前は、舞鶴(まいづる)絵里香(えりか)。美術部部長の3年生だ。

 目元まである前髪と黒縁の眼鏡、若干ボサっとした腰辺りまである後ろ髪……長身で顔立ちは整っているはずなのに、頓着してない容姿とオドオドした振る舞いのせいで、だいぶ損をしている先輩だ。

 面倒見が良く、やさしい性格だから、身なりを整えて普通の話し方さえ身につければ、かなりモテモテなJKになれるだろうなぁ、なんて個人的に思っているが、それを本人に言っても冗談だと思われて、いつもスルーされる。

 

 舞鶴先輩は美術部の部長。俺は副部長だ。担当顧問は相沢先生という美術の先生がいる。

 今の美術部に、他に部員はいない。去年までは5人いたらしいけど、4人の部員が卒業して、舞鶴先輩だけとなった。そこへ今年はじめに、俺が転部してきたというわけだ。

 俺と先輩しかいないこの部は、廃部寸前の部活動だ。今年中に5人以上部員が確保されなければ、廃部が決定する。

 けど、先輩は今年で卒部するし、俺は美術部にこだわりがあるわけではないため、特にこれといって部員の募集とかはしていない。

 俺にとっては今年限りの部活だ。

 

 

 さてさて、美術部についてはここまで。

 今日の部活動開始だ。

 俺と先輩は、絵を描くため道具の準備を始めた。俺は2B鉛筆とスケッチブックのみ。先輩のは油絵セットとイーゼル、キャンバスだ。

 画材の準備を終えると、俺は備品の幾何学立体模型を机においてスケッチブックを開く。開いた先のページには立体と同じ形の絵が半分描かれていた。

 今日の活動はこの絵の続きだ。俺が描いたデッサンだが、形は描けているが陰影がまだ描けていない。

 俺は2B鉛筆を握って、その絵に手を加えていく。

 

「うーん……」

「……ん、よし」

 

 俺が作業に取り掛かり始めて少しして、先輩もようやく自分の作品に手を付け始めた。鉛筆で描く俺と違い、油絵は準備が大変なようだ。

 

「………」

「………」

 

 そしてしばらく、俺たちは作業を進めた。活動中の俺たちにほとんど会話はない。先輩も俺も、黙々と筆と鉛筆を走らせていく。

 時折、先輩がチラチラと俺を見てくる。入部当初はその視線が気になり、何度も「どうしましたか?」とか「何かありましたか?」と訊いていたが、いつも「なッ、ななな、何でもない、ですぅ!」としか返してこないため、だんだんと訊かなくなっていった。

 この先輩の行動……最初は人見知りからくる挙動なのかなんて思っていたが、どうやら後輩である俺に気を使ってくれているらしい。前に絵の描き方について訊ねたら、嬉しそうに口元を歪めて答えてくれた。

 それ以来、何か分からないことがあると先輩に訊いてみたりしているのだが、そうそう訊きたい事もないので、普段は何事もないようにして過ごすことの方が多い。

 

 今日も刻々と時間が過ぎていく。

 気がつけば、外は雨空に変わって雨粒が落ちる音が響いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今日も絵を描いている内に、いつの間にか下校時間になった。

 下校時間を過ぎてまで部活をしていると、生徒指導の先生がうるさいので、俺と先輩は急いで画材を片付ける。もちろん片付けも準備と同様、俺の方が早く終わる。

 はやく片付け終わった分、俺は美術室の窓の施錠を確認した。

 

「先輩、戸締り終わりました」

「あっ、ありがとう。あ、あとは私がやっておくから、先に帰っていいよ……」

「はい、ありがとうございます。じゃあ、お疲れ様でしたー!」

 

 いつも通りのやり取りを終え、俺は美術室を後にした。

 

 

 

 昇降口で靴を履き替え、俺は空を見上げた。

 空は鼠色の雲に覆われ、周りの地面にはたくさん雨粒が跳ねている。朝は綺麗に晴れていたのに、今の空には、そんな様子は欠片も残っていない。

 

「うわぁぁ、思ったよりも降ってるなぁ」

 

 そういえば朝、父さんが夕方に雨が降るって言っていたような……。

 寝ぼけてて、いままですっかり忘れてた。

 この雨の中、傘なしで帰ろうものなら、水につかったようにずぶ濡れになることは不可避だろう。

 

「……まぁ、いっか」

 

 普通なら購買で傘を買ったり学生鞄を雨よけにするところだが、俺に限っては濡れることを気にする必要はない。

 俺は小走りで雨の中を下校する。けどその時、俺の身体はずぶ濡れになるどころか雨粒ひとつ制服に当たることはなかった。俺は雨粒の水を避けるように操作することで、傘を差さなくてもまったく濡れないでいられるのだ。

 どんな大雨でも濡れないでいられるのは、とても便利だが、注意するべきことがある。それは、決して長時間その場にいないこと。もし雨の中誰かといれば、濡れない身体を見て普通じゃないのがバレてしまう。

 まぁ、そんな時は水を操って服と髪の毛を濡らせばなんとかなるんだけど……。

 

「あっ、優人!」

「ん?」

 

 特に息も切らさずに走って帰っていると、突然、誰かに呼び止められた。

 振り返ると、そこにはシアン色の傘を差した沙織がいた。

 

「あぁ、沙織」

 

 俺は沙織と向かい合うと直前に、自分の制服を濡らし、髪の毛を湿らせ、毛先に水滴を垂らせた。

 

「なにぃ、傘忘れちゃったの?」

「ま、まぁ、御覧の通り……」

「まったく……夕方の天気は降水確率80%だって、朝テレビで言ってたのに。見なかったの?」

 

 そういって沙織は、そばまで来て俺を自分の傘に入れてくれた。

 葉山や秋月あたりに見られたら相合傘だなんだとからかわれそうだが、いまさら沙織と相合傘をしたところで恥ずかしがることでもない……。

 

 ……すみません、嘘です。けっこう恥ずかしいです。

 わりといつもと違う近い距離に、胸がドキドキします。

 

「もう、折りたたみ傘くらい持ち歩きなよ。風邪ひくでしょ!」

「はいはい、ごめんなさいよ」

「適当に返事するなぁ!」

 

 沙織は頬を膨らませ細くした眼で俺を睨みつける。身長は俺の方が高く、沙織が見上げる形となっているため、あまりプレッシャーはない。俺は口を閉じ、沙織と眼を合わせないことでその場をやり過ごした。

 やがて沙織が根負けして、「まったく……」と大きなため息をこぼした。

 

「それで、優人は部活の方は最近どう?」

「ん? 別に、どうって訊かれてもなぁ……」

「ピカソみたいなの描けるようになったりした?」

「なってねぇーよ……。まぁ普通かなぁ」

 

 ハデスやノーライフが現れる日々に比べたら、たまの部活動なんて、どうというほどのものではない。とりわけ今日なんて昼休みに抜け出して怪人と戦ったりしたせいで、いっそう平凡に感じた。

 

「……ふーん」

 

 俺の返答に、沙織はなにかイマイチ納得していないような顔をした。

 

「ねぇ、なんでバドミントン部を辞めて美術部なんて入ったの?」

「それは前にも言っただろ。バイトしたくなったから時間管理の楽な部活に転部したって」

「うん……でも、中学の時はあんなに頑張ってたのに、急に辞めてバイトなんて……なんか、もったいないっていうか……」

 

 まぁ、不自然に思う気持ちも分かる。

 高校生になってからならまだしも、2年生の4月末って中途半端な時期だったしな。

 

「そのバイトっていうのも、何のバイトか訊いてもはっきり答えてくれないし……」

 

 ガーディアンズに所属しているなんて言えないし嘘をつくのも面倒なので、俺はハイドロードとしての活動は、すべて“バイト”と言っている。

 そしてそのバイトに関しての話題は、基本話さず、訊かれてもウヤムヤにしている。

 

 たしか前に沙織達には、警備関係のバイトだって話した。その時は、駐車場で車を誘導する仕事だとか出入口のゲートの開け閉めの仕事だとか、適当なことを言った気がする。

 

「ねぇ、そのバイトって四年間やってきた部活よりも大事なの?」

「……あぁ」

 

 ふいに俺の頭の中にあるの映像が過る。

 そういえば、“あの日”も、今みたいに冷たい雨が降っていたな……。

 あの日があったから、いま俺は生きていられるし、ハイドロードをやっている。間違いなくあの出来事が、俺にとっての分岐点だった。

 

「そっか……」

 

 横から視線を感じる。目を移すると、観察するような眼で俺を見上げていた。

 

「優人って、今年になってなんか変わったよね」

「……そうか?」

「うん」

 

 妙に確信のある言い方に、顔には出さなかったが思わず身構えてしまった。

 

「なんか、こう、バカっぽくなくなったっていうか……」

「……ん?」

 

 えっなに?

 いま遠回しに『昔の俺はバカだった』って言った?

 

「テストの点数は昔からお前より高かったと思うけど……」

「いや、別にそういう意味じゃなくて……その、うまく言えないけど……子供ぽっさが抜けて、大人っぽくなった気がする。前はもっと無邪気だったのに……」

「………」

 

 沙織の言っていることには、いくつか心当たりがある。その原因も、おそらく身体を改造されてガーディアンズに所属したことがきっかけだろう。

 流石に人の生き死に関する事件を目の前で見ていると、無意識に日常の振る舞いや考え方も変わってしまってくるのも無理ないだろう。

 

「意識して何か変えたつもりはないけど……まぁ、もう俺も高校生だし、色々成長したってことで」

 

 ここはそういうことにしておこう。

 健全な高校生なら反抗期や思春期を通るなりして声変わりなりして、振る舞いのひとつやふたつ変わるものだろうし……。

 てかむしろ沙織みたいに昔と変わらず無邪気で普段のテンションが高いままの方が珍しい。

 

「……沙織は、あんまり成長してなさそうだけどな」

「えっ?」

「高校生のくせに走り回るのが好きで、いまだにグリンピースが食べられず、ホラー映画を見たら夜眠れなくなる。たまのメイクもしない。身長は伸びたけど体形はあまり変わってないし……あっ!」

 

 やべっ!

 

 自分がマズいことを口走ったことに気づき、俺は足を止めた。

 頭上の傘も止まっている。ゆえに、隣を歩く沙織の足も止まったのだろう。しかも隣から凄く穏やかじゃないオーラと視線を感じる。

 

「……へぇー」

「あっ、い、いや、今のは違ってェ!」

 

 横を見ると、沙織が怖い顔でこっちを見ていた。その顔は目が瞳の奥に光がない眼で見開かれ、口元は笑う気がないと分かるのに緩んでいる。

 

「……いま優人、私のこと、“貧乳”って言った?」

「言ってない言ってないッ!」

 

 いや、間接的に言ったかもしれないけど、そんなつもりは全然なかった。

 

「ねぇ、ちゃんと私の眼を見て答えて。いま優人は、私の胸を見て小さいっ言った? ねぇ言った? 言ったよね? 正直に言ってみてよ? 怒んないからさ。さぁほら」

 

 それ、完全に怒るヤツやん……。

 

「沙織さん、落ち着こうか」

「いやだなぁ、まるで私が落ち着きがないみたいな言い方してぇ……」

 

 この反応を見て分かるとは思うが、沙織は自身の身体、というか“小さめの胸部”にコンプレックスを持っている。いつからか忘れたが、沙織は自身の胸が小さいと言われたと感じたら、変なスイッチが入って、まるで鬼も泣いて逃げだすんじゃないかと思わせるほどのキャラに豹変する。

 この時の沙織には、ヒーローの俺でも恐怖を覚える。

 

 俺は後退りして沙織と距離を取ったが、俺が後ろに下がれば下がるほど沙織はじりじりと寄ってくる。

 

「ねぇ……ゆ、う、と、君!」

「お、おぅ……な、なんか、ごめん!」

 

 沙織の気持ちが落ち着くまで、俺は平謝りしてその場をやり過ごした。

 

 

 

 

 

 このとき、俺は気がつかなかった。

 俺と沙織のことを、背後から見ている存在がいたことを……。

 

 

 

 

 

 






書き溜めたものが無くなったので、以降は更新ペースが遅くなります。



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第1章 謎の少女現る
第7話 夜の学校に怪しい影?


 

 

 

 昼休みの食堂、大きなフロアに設置されたテーブルにはたくさんの生徒が座って昼ご飯を食べている。食堂とあって、その多くは学食や購買のパンを食べているが、中には家から持ってきた弁当を食べている生徒もいる。

 生徒の過ごし方は様々だ。思い思いにおしゃべりしたり、ひとり黙々と食べたり、読書をしながら食事をする生徒なんかもいる。

 そんな賑やかな食堂で、俺と沙織と葉山も昼ご飯を食べていた。

 

「はぁぁぁ」

 

 ふと、学食の炒飯セットを食べていた沙織がスプーンを置いて憂鬱そうに息を吐いた。ちなみに、俺は学食のB定食(サバ味噌)、葉山はカツカレーだ。

 

「デカいため息だなぁ夏目ちゃん。何かあった?」

「うん、ちょっとね……」

 

 答えを濁す沙織に、葉山は不思議そうに首を捻る。

 今朝から沙織はこんな感じだ。授業中もたまにうつむいて小さくため息をついていた。

 

 葉山は俺の方を見て『お前なにか知ってる?』と眼で訊いてくる。俺は一緒に登校した時に理由を聞いたけど、正直あまり大したことじゃない。

 

「今日の夜、テレビでホラー番組があるからイヤなんだと」

「あっちょっ、優人、言わないでよぉ!」

「ホラー番組……あぁ、そういえばそんな特番あったなぁ。たしか」

 

 俺が定食のサバ味噌をほぐしながら言うと、沙織は少し恥ずかしそうにして声を上げる。葉山は思い出したように言い、カレーを口に含む。

 

「でも、それと夏目ちゃんが元気ないのと何が関係あんの? イヤなら見なきゃ良いじゃん」

「私が見たくなくても美佳(みか)が見るし、晩ご飯のときはテレビつけてるから私も見ちゃうんだよぉ!」

 

 沙織は今にも泣きそうな顔で頭を抱える。そんな彼女の様子を見て、俺と葉山は「あはははぁ」と苦笑いした。

 

「美佳ちゃんって、たしか?」

「沙織の妹だよ」

 

 美佳は俺達のふたつ下、つまり現在中学3年生の沙織の妹だ。沙織に似て顔立ちは良いが、ホラーが大の苦手な沙織に対して美佳はホラー映画が好きといったように、性格や趣味嗜好は少し対称的なところがある。

 

「優人は美佳ちゃんとも仲良いのか?」

「まぁ、それなりにな」

 

 小学生くらいまで俺と沙織はお互いの家で遊ぶことが多かった。美佳とは沙織の家で一緒に遊ぶこともあれば、俺の家で遊ぶときに美佳が沙織についてくることもよくあった。

 そして当時、一人っ子ということもあって兄妹(あるいは姉弟)に憧れていた俺は、美佳を本当の妹のように可愛がった。勘違いでなければ、美佳もけっこう懐いてくれていたように思う。

 

「最近会ってないけど、美佳ちゃん元気?」

「うん。今年は受験だけど、まだ部活頑張ってるよ」

「そっか。どこ志望?」

「高宮第一だって。美佳の偏差値なら愛星学院も狙えるらしいけど、本人が高宮第一(ここ)が良いって」

「ふーん」

 

 俺が相槌を打つ横で、葉山が「へぇ、美佳ちゃん頭良いんだなぁ」と呟く。

 愛星学院は2つ隣の町にある進学校で、高宮第一高校よりランクが上の高校だ。略称は愛星(あいせい)。かなり偏差値が高いけど、それほど学費がかからず、教室や体育館などの設備も良い。

 けど愛星に入学すると長距離通学は避けられないため、愛星を受けられる学力がある受験生が高宮第一を第一志望にするのはそう珍しいことではない。俺と沙織の中学でも、愛星に行けるが高宮第一(ここ)に入学したヤツは何人かいた。

 

 話がそれたな。

 話題を戻そう。

 

「美佳ちゃんがホラー好きで沙織が苦手なのは知ってるけど、今夜のことを今心配しても仕方なくないか?」

「そうなんだけどさぁ……夜眠れなくなるからイヤなんだよぉ」

 

 子供か!

 小学生の時もそんなこと言ってたけど、まだなおってなかったんだな。

 

「はぁぁ……美佳のヤツも、何が面白くてホラー番組なんて見るんだろう」

「さぁ。俺はマンガ読む感覚で見ちゃうけど、普通は怖いもの見たさじゃない?」

 

 そんなことを言いながら、葉山はサクッと音を鳴らしてカツカレーのカツを食べる。

 

「そういえば、ホラーで思い出したけど、優人と夏目ちゃんは“あの噂”知ってる?」

「うわさ?」

「噂って?」

 

 俺と沙織は揃って首を傾けた。

 ホラーと聞いて思い出す噂とか、あまり良い予感がしないけど……?

 

「軽音部の先輩から聞いたんだけどさ、ここ最近、高宮第一の夜の校舎で人影が目撃されてるんだって」

「人影?」

 

 俺はサバ味噌を食う手を止めて、葉山の話を聞くことにした。沙織は何かイヤな予感を察知したのか、ピクッと背筋を伸ばす。

 

「なんでも、たまたま学校の近くを通った先輩が夜の暗い校舎に入って行く人影を見たらしいぜ。しかも、その人影は校舎の扉を開けることなく、校舎の中に入っていったらしい」

「“開けることなく”?」

「そうそう、スーッとすり抜けるみたいに消えたんだって」

 

 嘘くせぇ。

 

「他にも、明かりのない校舎の廊下を歩く影を見たとか屋上に人がいるのを見たとかいう話もあるらしいぜ」

「みみみ、見間違いじゃないのぉ!」

 

 おぅ、怖がってる怖がってる……。

 葉山の嘘くさい話にも、沙織は顔を青くしていた。

 

「ウソかホントかは分かんねぇけどさ、本当だとしたら一体何だろうなぁって思うじゃん?」

「本当だったら、普通に不法侵入だろ」

 

 後者の話は特にな……。

 

「でも魔法少女だっているんだぜ? 幽霊とか妖怪とかがいてもおかしくないじゃん?」

「それは……まぁ、そうかもなぁ」

 

 そう言われると、うわさが全部ウソだとは言い切れない。

 幽霊かどうかはさておき、人影の正体がハデスやノーライフで、何か企んでる可能性は十分に考えられる。その場合、どうしてなんの被害も出てないのかとか、なんで夜に出るのかとか、いろいろ気になるけど……。

 

「ま、魔法少女はいるけど、ゆゆゆ、幽霊はいないんじゃないかなぁ……!」

 

 沙織さん? 貴女どんだけ怖がってるの?

 手に持ってるスプーンがマナーモードみたいに震えてるけど、大丈夫?

 

「どうだろうなぁ。この学校の歴史も古いからさぁ、ひょっとしたら昔亡くなった先生や生徒の幽霊が」

「あぁぁあぁぁあぁぁ、聴こえなーい聴こえなーい!」

 

 沙織は話題から逃げるように耳をふさいだ。その様子は小動物のようで少し可愛い。

 そんな沙織を見て、ふと俺の心にちょっとした悪戯心が沸いた。

 

「そういえば、俺も先輩から聞いたけど、うちの美術部には夜中に笑う絵画あるらしいよ」

「聴こえな―い!」

「あと、夜の音楽室ではピアノがひとりでに鳴るとかも聞いたなぁ」

「聴こえませーん!」

「テストの赤点を5つ以上とった生徒は、東山先生の7教科特別補習があるって」

「きーこーえーなーいーっ!」

「……今度キャロルの特製イチゴパフェでも奢ろうか?」

「えっホント! ありがとう優人!」

 

 なんでや!

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日の夕方、陽が沈む直前といった感じに空が群青色に染まってきた頃。

 葉山とクラスメイトの(さかい)と一緒に下校した俺は、自分の部屋で近々提出期限の宿題と今日出された宿題を片付けていた。ヒーローとして急に呼び出されることもあるため、俺は今みたいな空いた時間に宿題を片付けるよう心掛けている。

 

 数学の宿題にあった加法定理の問題を解いていると、バイト用のケータイが鳴った。

 着信画面を見ると、玲さんからの電話だった。

 

「もしもし」

「こんばんわ、ハイドロード」

「どうしました、またノーライフでも出ましたか?」

「いいえ。確かにあの娘たち関係のことだけど、今回は少し違うわ」

「……えっ?」

 

 てっきりすぐに出動するもんだと思って電話に出てすぐ椅子から立ち上がったけど、予想してた返答と違い、俺は思わず動きを止める。

 

「あなたの学校、夜中に不審者が出るんだって?」

「……えぇ」

 

 まさか今日の昼休みの話題が玲さんから出てくるとは思わなかった。口調からして、沙織が玲さんに話したんだろう。

 となると、俺にその噂について調べて来いとか、ガーディアンズから任務がきたのかな……。

 

「その正体を確かめるために、今夜あの娘たち学校に忍び込むみたいよ」

 

 えっ!

 

「今夜ですか!」

「えぇ、さっきスプリングの子から連絡がきたわ。その不審者がハデスの可能性もあるから今夜調べてくるって」

 

 そういえば今日、沙織は綾辻さんと秋月と一緒に帰っていた。おそらくその時に沙織が綾辻さん達に“噂”の話をして、そんな話になったんだろうなぁ。

 それにしても今夜って……。

 急すぎ。

 

「噂の正体がハデスやノーライフなら良いですけど、ただの不法侵入者だったらマズくないですか?」

 

 もし噂の正体がハデスやノーライフなら沙織達で対処できるけど、普通に不法侵入している犯罪者なら女子高生三人で行くなら危険だ。

 犯罪者といえど、ハデスやノーライフ以外の相手に沙織達が魔法少女の力を素直に使うとは思えない。

 というか、もしその正体がハデスや不審者じゃなくて、残業してる先生とかだったら、どうするつもりなんだろう?

 

「だから今あなたに電話してるのよ。いつものようにあの娘たちをサポートしてあげて」

「良いですけど、玲さんは?」

「それが生憎、私いま本部にいるからそっちに行けないの」

 

 それは、なんと間の悪い……。

 まぁでも、仕方ないか。

 

「分かりました。とりあえずやれることをやってみます」

「えぇ、頼んだわ……あぁそれと」

 

 電話を切ろうとした瞬間、玲さんの話が続いたので俺は慌ててケータイを耳につける。

 

「近々“四神会議”があるみたいよ」

 

 四神会議……ガーディアンズの長官と四神のヒーロー、あと数人のエージェントや技術者が本部の会議室に集まっていろいろ話し合う不定期会議だ。たまに政治家や官僚も参加したりもする。

 俺が四神会議で青龍として参加するのは今回で2度目だ。前の会議はキギサラ人が侵攻してくる直前に行われた。

 

「何かあったんですか?」

「多分、ファングが追ってた敵についてだと思うわ」

「敵って、この前の?」

「えぇ、ファングとあなたが戦った雪井製薬会社の社長のこと」

「見つかったんですか?」

「さぁ。けど何か進展があったのは確かね」

 

 進展ね……。

 ちゃんと捕まえられたのか、はたまた別の問題が生じたか……。

 

「あとで明智(あけち)長官から正式に連絡があるとは思うけど、一応伝えておくわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 今度こそ話を終え、俺は「それじゃ」と電話を切った。

 四神会議の内容は気になるところだが、今は沙織達のことが先だ。

 

「……よし、行くか」

 

 変身ツールの腕時計を身につけ、俺は家を抜け出して学校へと向かった。

 

 

 

 

 






感想やアドバイス、評価のほど、よろしくお願いします。



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第8話 夜の学校に潜入!

 

 

 

 途中、コンビニで500mLペットボトルの水を買って、俺は夜の高宮第一高校に忍び込んだ。

 夜の学校は静かだった。聴こえる音といえば、自分の足音と周辺の車道を走る自動車の音くらいだ。

 当然、校舎は電気がついておらず真っ暗だ。こうも明かりがないと、いつも見慣れているはずの学校がなんだか違って見える。

 

 えっ? 学校の校舎に鍵は掛かってなかったのかって?

 掛かってましたよ。けどそんなの、操った水を鍵穴に通して水圧で開けてやりましたよ。

 校舎に入った後は、沙織たちが来ることを考えて、また鍵をかけました。

 

 そのあとは誰かに見つかってはマズいので職員室や事務室も覗いてみたが、校舎内に残業している先生や事務員さんはいなかった。どうやらウチの学校はブラックな職場ではないらしい。

 今の高宮第一高校はまったくの無人である。

 職員室や事務室を覗くついでに学校の中をいくつか見て回ったが、俺が見た限り不審な点は見つからなかった。

 

 学校を一通り見て回った後、俺は屋上で沙織達が来るのを待った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらく屋上でストレッチや筋トレをして暇をつぶしていると、綾辻さんと沙織、秋月がやってきた。

 

「いやぁぁ、帰るぅ帰るぅぅ、かぁぁ、えぇぇ、るぅぅぅぅ!」

「まったく、いい加減諦めなさいよ」

 

 沙織の悲鳴のおかげで三人が学校に来たのはすぐに分かった。屋上から校門の前に目を向けると、沙織が秋月の腕にしがみつき、病院に行くのを嫌がる子供のようになっていた。

 

「沙織ちゃん、怖いのはわかるけど夜だからもっと静かにね」

 

 流石、綾辻さん。しっかりしてる。

 いくら学校の前とはいえ、周辺に住宅がないわけではない。アレでは近所迷惑も良いところだろう。

 

「だってだってだってぇぇぇぇ!」

 

 涙目の沙織に、綾辻さんは苦笑して、秋月は大きなため息をついた。

 その光景は同級生というより、泣きじゃくる妹に呆れる姉と、それを優しく見守る母親のようだ。

 

 ちなみに今、俺を含めた非魔法少女にはこの場に三人の姿しか見えないが、実は沙織達と一緒に学校に着ている者たちがいる。

 

《沙織は何を怖がってるの?》

《さぁ、ボクにもよくわからない》

《人間はよくわからないものに怯えるのねぇ》

 

 名前はマーとミーとム―。沙織たちに魔法少女の力を授けた、魔法少女の使い魔的な生き物だ。

 3匹の自称『妖精界の住人』は、パートナーである沙織たちの周辺を浮遊しながら彼女たちのやり取りを見ていた。

 彼女ら“ニャビー”という種族の世界には、お化けや幽霊といった怪異の存在がないため、なぜ沙織が怖がっているのかイマイチ理解できないようだ。

 

 ビクビクしている沙織を引っ張りながら、綾辻さんたちはそんなに高くもない校門をよじ登って敷地内に侵入して、校舎へ向かう。

 学校内の電気はすべて消灯しているため、敷地に入れば街灯の明かりも届かず真っ暗になる。

 

「マーちゃん、何かわかる?」

《ううん、今のところハデスやノーライフの気配は感じないわ》

 

 綾辻さんがパートナーのマーと共に先頭に立って、スマートフォンのライトで先を照らす。

 

「なんで真夜中の学校に忍び込まなきゃなんないのぉ!」

《沙織が人影の話をしたからじゃないかな?》

「私が見たんじゃないもん! 葉山から聞いただけだもん!」

 

 その後ろを沙織が歩く。沙織のパートナーであるミーは、放課後からずっとこんな調子の沙織にすっかり慣れてしまったようで、もうあまり気にしなくなってしまったようだ。

 

「高校生にもなって、居もしないお化けなんか怖がってるんじゃないわよ」

《ふふっ。なんだか今の沙織さん、とても可愛らしいわぁ》

 

 最後尾で、ムーを肩に乗せた秋月が前を歩く沙織を細い目で見ながら歩いていた。パートナーであるムーはどこぞのお嬢様のように上品に笑っている。

 

 やがて彼女達は昇降口までやってきた。

 綾辻さんが扉に手をかけるが、そこでふと何かに気がついた顔になった。

 

「あ、ダメ。閉まってる」

「夜なんだから当然でしょ?」

 

 思い出したような顔で「ありゃりゃ」と呟く綾辻さんに対して、秋月は顔色ひとつ変えず言った。

 

「じっじゃあ、今日は諦めて帰ろう!」

《沙織はただ帰りたいだけじゃないかな?》

 

 沙織のヤツ、あきらめが悪い……。

 隙あらば帰ろうと言い出す沙織に、秋月はため息をこぼす。

 

「まったく……みんな、ついてきて」

 

 そう言って、秋月は昇降口の横を行き、校舎に沿って歩き出した。

 綾辻さんたちは「なんだろう」と不思議に思いながら、沙織は嫌々といった様子で彼女の後に続く。

 やがて秋月は図書室がある校舎の外側まで行くと、いくつかある窓のひとつに手をつけた。その窓はクレセントの鍵に止められることなくスーっと開く。

 

「下校する前に開けといたのよ」

「さすが麻里奈ちゃん!」

 

 文芸部、兼図書委員の秋月なら、事前に図書室の窓の鍵を開けておくぐらいは簡単にできたのだろう。

 彼女たちは図書室の窓から校舎内に侵入した。

 

「わぁぁ、夜の図書室ってなんか新鮮。知ってる場所なのに、なんだか違う場所みたい!」

「うぅぅ、暗いぃ……」

「とりあえず、その辺から見て回りましょ」

 

 三人は図書室から出て、秋月を先頭に校舎内を見て回り始めた。

 図書室の周辺は特別教室が建物の縦と横に並んでいる。秋月は図書室の隣にあるコンピュータ室のドアに手をかけるが、ドアには鍵がかかっていて開けることはできない。

 

「……やっぱり、中には入れないわね」

 

 そう言って秋月は、部屋の窓からスマホのライトを照らして室内を見る。

 

「ここから見える限り変わったところはないけど……ムー、何か感じる?」

《どれどれぇ……いいえ、大丈夫みたいよぉ》

「そう。ちなみに、ムーたちの力でドアのカギを開けたりできないかしら?」

《うぅーん……それはちょっと無理かしらねぇ》

 

 ムーは苦笑いしながら顔を傾けた。

 

「外から確認していくしかなさそうねぇ」

 

 三人は廊下を歩き、続けて、その他の教室を見て回った。

 外からでは十分に教室の中を確認することはできなかったようだが、どの場所からもマー達“ニャピー”はハデスやノーライフの存在を感じなかったようである。

 

 ちなみに、“ニャピー”という種族は空気中に含まれる魔力を肌で感じることができるらしく、ハデスやノーライフが放つ邪悪な魔力が近くに流れていれば、すぐに分かるらしい。

 その魔力の実態や魔法少女の魔法については、“守護神(ガーディアンズ)”でも研究中だけど、科学を使った検証では不明な点が多くあり、今のところ良い結果は得られていない。

 

 特別教室を確かめ終えた後、沙織達は一般の教室も見て回った。1年生のフロアから3年生のフロアへ、そして自分たちが普段使っている2年生のフロアの教室と、順番に確認したが、どの教室もなんの異変も見つからなかった。

 

「うーん……大体の場所を見て回ったけど、何もないわね」

「人影どころか、物音ひとつしないねぇ」

 

 秋月は顔をしかめ、綾辻さんは再度辺りに目をやる。

 

(やっぱり、ただの作り話だったのかなぁ)

 

 最初はあんなに怖がっていた沙織も、校舎内を歩いているうちに恐怖心に慣れて、今は比較的落ち着いている。

 三人とも事の真相がただのデマであるような気がしてきていた。

 

 

 しかしふと、沙織は背後に気配を感じて、後ろを振り向いた。

 すると、廊下の先にある暗闇の中で、“何かの影”が動いたのが見えた。

 

「キャーーっ!」

 

 沙織は目を見開き、反射的に悲鳴を上げる。

 彼女の声を聴いて、綾辻さんたちは思わずビクッと身を震わす。

 

「ちょ、ちょっと急に大声ださないでよ! ビックリするじゃない!」

「ど、どうしたの沙織ちゃん?」

「い、いま、何かいた!」

「何かって何よ?」

「わかんないよぉ!」

 

 せっかく落ち着いていた恐怖心が膨れ上がり、沙織の目がどんどん潤んでいく。

 

《ミー、ムー、何か感じた?》

《ううん、ボクには何も感じなかったけど》

《私もよぉ》

「とりあえず、見に行きましょう!」

「やだぁぁ!」

 

 秋月とムーが先頭を進み、沙織は綾辻さんとマーとミーに引かれながら、小走りで廊下を行く。

 やがて秋月達が階段のある曲がり角に差し掛かると、また“何かの影”が踊り場を横切った。

 

「今のはっ!」

《えぇ、今度は私も見えたわぁ!》

「追いかけるわよ!」

「あっ、待って麻里奈ちゃん!」

 

 秋月とムーは目にした影を追って、駆け足になって階段を上がる。綾辻さんも彼女たちを追って足を速めたが、怯えている沙織の腕を引いている分、足が遅い。

 時折、前を走る秋月の後姿を見失ったものの、こだまする秋月の足音を聴きながら綾辻さんは走った。

 

 

 やがて渡り廊下の前で、秋月は足を止めていた。

 

「どうしたの麻里奈ちゃん?」

 

 追いついた綾辻さんが訊ねると、秋月は渡り廊下の先にある扉をライトで照らした。

 

「追っかけてた影が体育館(あそこ)に入っていったの」

「えっ!」

 

 高宮第一高校の体育館は食堂の上にあって、出入口は渡り廊下の先にある扉ひとつしかない。周りに設置されている窓も落下防止のため鉄格子がついている。よって、体育館から出ようと思ったら入った同じ扉から出るしかない。

 つまり、この先、秋月たちの見た何ものかが中で待ち受けているということだ。

 まるで罠に嵌めようとしているような思惑を、秋月は感じ取っていた。

 

「千春、沙織、気をつけて。すぐに変身できるように!」

「うん!」

「うへぇぇ!」

 

 それぞれのパートナーであるニャビーと共に、秋月たちは警戒しながら、ゆっくりと体育館の中へ入っていった。

 

 

 

 

 



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第9話 侵入者発見!夜の学校で戦闘開始

 

 

 

 体育館の中は、校舎と同様、静かだった。けど周りがガラス窓のおかげで月明かりが射し込み、床のラインがはっきり見える程度には明るい。

 入口から見た限りでは、校舎の中で見た影らしき姿は見当たらなかった。

 

「……誰もいないねぇ」

「油断しちゃダメよ」

 

 三人は警戒しながら、体育館の中へ入る。中央から奥にあるステージや隅にある体育倉庫、設置されたバスケットコートなどを見ても、特に異常は見当たらなかった。

 しかしふと、三人のそばにいたマー達が何かを感じ取ったように顔を上げ、出入口の扉の方を振り向いた。

 

《あっ!》

《っ! 来るよ!》

《みんな気をつけてぇ!》

「「「えっ!」」」

 

 ニャピーたちの声を聞いて、三人が目を向けた先では“黒い渦”が現れていた。

 そしてその渦がある程度大きくなると、中から蛇と人間を合わせたような姿をした生物が現れた。

 

「あーらあらあらあらぁ」

 

 その生物は下半身は蛇、上半身は人間の女性の形をしており、全身が黒い鱗で覆われている。眼球の色は黒、瞳の色は赤。いかにも冥府の世界から来た怪物といった感じだ。

 

「ちょっとぉ、せっかく小娘たちの巣に忍び込んで罠に仕掛けようと思ったのに、計画がバレてるじゃなーい! “ヒューニ”のヤツ、しくじりやがったなッ!」

 

 その怪物は口から出た細い舌をチロチロと動かしながら、目の前にいる沙織たちを睨む。

 

「出たわね、ノーライフ!」

「ハッ、私をあんな奴らと一緒にしないでくれないかしら!」

 

 秋月の言葉に、怪物は心底不快そうに返した。

 

「私は《メデューサ》! ノーライフ共を従えるハデスの幹部よ!」

「「幹部ぅ!」」

 

 綾辻さんと沙織が声を揃えて驚く。

 メデューサの言った通り、ハデスの幹部とはシクルキのようなノーライフを生み出し、従えている存在だ。彼らとは桁違いのパワーを持っていて、ノーライフを高宮町に送り付ける、諸悪の根源といってもいい。

 

《三人とも気をつけて!》

《ハデスの幹部っていったら、ただモノじゃないよ!》

《あの蛇のヒト、すごい魔力ねぇ》

 

 ニャピーたちに注意を促され、沙織たちは変身アイテムである“宝玉”を取り出した。

 

「まぁでも、計画がバレてるっていうなら、ここで長居することもないわねぇ……それじゃあ、サヨナラ」

 

 そう言うとメデューサは身をひるがえして、また黒い渦の中に入る。

 

「あっ待て!」

「ダメ千春!」

 

 撤退するメデューサを追おうと、綾辻さんが前に出ようとしたが、秋月によって止められた。

 瞬間、メデューサと入れ替わるように渦の中から何かの影が飛び出してくる。

 

「《スレイブアント》、小娘たちを始末なさい!」

 

 その影の輪郭はあやふやな形をしていたが、それもそのはずで、その現れた何かは数十体の群れで構成された軍団だった。一体の大きさは、三十センチ程度。蟻の外見に頑丈そうな鎧を身につけ、それぞれ剣、盾、槍、弓といった武器を装備している。

 

「なにこれぇ!」

「うわっ、デカっ、怖っ!」

「マー、コイツ等……!」

《えぇ、ノーライフよぉ!》

 

 蟻のノーライフ《スレイブアント》の群れは持っている武器ごとに分かれて隊列を組み、綾辻さんたちの前に出る。

 対して、彼女達三人は手にしていた“宝玉”をグッと握りしめた。

 

「麻里奈ちゃん、沙織ちゃん、変身だよ!」

「うん!」

「えぇ!」

 

 三人の意志に反応するように、綾辻さんの持っているピンク色の宝玉と、沙織の持っている青色の宝玉、秋月の持っている黄色の宝玉がキラリと光る。

 

「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」

 

 その言葉がキーとなって、宝玉から発せられた神聖な光が3人を包む。

 三色の光の中に3人分のスレンダーなシルエットが浮き上がり、弾けるようにフラッシュした。

 徐々に閃光が消えていくと、そこにはマジック少女戦士のコスチュームを着た綾辻さんと沙織と秋月の三人、改め“キューティ・スプリング”と“キューティ・サマー”と“キューティ・オータム”の三人の姿があった。

 

「変身完了っと……ねぇ、やっぱり名乗り口上考えない?」

沙織(サマー)またソレ? 遊びでやってんじゃないのよ!」

麻里奈ちゃん(オータム)の言う通り、名乗ってる間に敵が待ってくれるわけもないからね!」

 

 瞬間、弓矢を構えていたスレイブアントが一斉に発射した。

 それが開戦の合図となり、マジック少女戦士キューティズ3人と蟻のノーライフ軍団の戦いが始まる。

 

「ウィンドガンナー」

「シャインロッド」

「メイプルブレード」

 

 三人は武器を出現させ、飛んできた弓矢を慣れた身のこなしで躱し、軍団と距離を取った。

 ピンクの“銃”、ブルーの“杖”、イエローの“剣”。それぞれの武器を構え、三人はノーライフと向かい合う。

 

「スプリング・ブレット!」

 

 スプリングが魔力で風を凝縮した弾丸を撃つ。ウィンドガンナーから放たれた風の弾丸は、途中で散弾となってノーライフに飛んだ。

 弾丸はノーライフに直撃する。それによって一時爆煙が舞ってノーライフの姿が隠れたが、すぐに煙は晴れ、ノーライフの軍団が再度顔を出した。

 

「あっ防がれた!」

 

 直撃したと思っていた弾丸は、盾を持ったスレイブアントによって防いでいた。

 

「ヤァァ!」

「ハァァ!」

 

 息つく暇も与えないといった感じで、続けてサマーとオータムがロッドとブレードを振って攻め掛かるが、今度は槍と剣を持っていたスレイブアントが前に出て、二人の攻撃を防いだ。

 

「えっ!」

「くっ!」

 

 攻撃を受け流してそのままスレイブアントが槍と剣で反撃してきたが、二人は距離を取って攻撃をよける。

 しかし、スレイブアントの部隊は二人を追うように前へ出て、一気に追撃してきた。

 

 スレイブアントの部隊の連携はかなり強かった。言葉や鳴き声を発していないにもかかわらず、反撃に出て早々、見事に三人をかく乱し始めた。

 サマーとオータムが相手している槍の部隊と剣の部隊は、ひたすら攻撃と後退を繰り返すことで、攻撃回数が多く反撃を受けずらい動きをしている。

 少し離れたところにいる弓の部隊は、盾の部隊に守られながらスプリングの援護射撃を妨害している。

 それぞれの威力は弱いが、スレイブアントの戦法に、三人は劣勢に立たされていた。

 ただ幸いにも、どうやら単体の強さはそうでもないようで、攻撃の合間で三人の反撃を受けたスレイブアントは一撃でやられ、影に溶け込むように静かに爆ぜて消滅していった。

 だが百体ほどいるスレイブアントのうち、交戦を始めてからキューティズが倒せたのは2、3体だけだ。

 

「スプリングぅ、ちょっと助けてぇーー!」

「ごめん、サマー! 私もいま余裕ないのぉ!」

 

 シャインロッドでスレイブアントの槍を受け流しながらサマーはスプリングに助けを求めるが、スプリングは飛んでくる弓矢を避けながら否定の返事をかえした。盾で守りを固めているスレイブアントと違い、障害物のない体育館の中でスプリングが弓矢を避けるには、的にならないよう動き続けるしかない。

 体操選手のように飛び回りながら、スプリングはスレイブアントを狙い撃っていく。射線が通っているときは、サマーとオータムが相手しているスレイブアントも狙撃する。

 しかし何故か、スプリングの弾丸は当たることはなかった。

 

「……コイツら」

 

 メイプルブレードを使ってスレイブアントの攻撃をかわしながら、オータムはノーライフの強力な連携を、ひとり不自然に感じていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「すいませーん!」

 

 キューティズが体育館でスレイブアントと戦っている頃、俺は屋上から体育館の屋根に飛び移り、外から中の様子を伺っていた“何者か”に職務質問をかけた。一応、ハイドロードを含め、ガーディアンズのエージェントたちには警察と同様、不審者や参考人などの対象に質問を行う権限がある。

 その何者かは、秋月達に追われて渡り廊下の入口から体育館の中へ入った後、すぐに“影のゲート”のようなものを通ってその場に現れた。そして当たり前のように空中を浮遊し、無表情でキューティズの戦いを見ていたのだ。

 

 俺が声をかけると彼女はこっちを見て、徐々に口の端を吊り上がらせる。

 月明かりの中にある、ニヤリとした怪しい笑み。顔立ちが良いせいで魅力的に見えなくもないが、その真っ黒な瞳からは全く感情が感じられない。年齢はおそらく俺と同じか少し上、無感情の瞳に合わせて目の下には不眠症のようなクマ、夜の闇よりも深い色をした長い黒髪、黒のドレスと……まるでキューティズの誰かを闇落ちさせてパワーアップさせたような格好だ。

 

「あらぁ、こんな夜の学校でいったい何してるのかしらぁ。下校時間はとっくに過ぎてるわよぉ」

 

 目の前の彼女は冗談めかした口調で言う。その声色はアルトで女性の声にしては低く、ダークな雰囲気があって聴いたものに恐怖を誘うような声だったが、同時にどことない色気もあった。

 

「ただいま見回り中でしてね……あなた、ここで何してるんですか?」

「フフっ。さぁ何だと思う?」

 

 質問を質問で返すなよ……まぁ、正直に答えるわけもない か。

 見るからに何か暗躍してますって感じだし。

 

「あなたの名前は?」

「“ヒューニ”よ。よろしくねぇ“ハイドロード”さん」

 

 あ、ちなみに俺いま、ハイドロードのコスチュームを装着してます。

 さすがに高校生の姿を晒して職務質問や怪しい人の目の前に出るわけにはいかないので。

 

 てか、俺が誰か分かってて、そんなに平然としてたのか……。

 

「ヒューニさん、ね……身分証とか、見せてもらえます?」

「あいにく免許証も学生証も持ってないの。フフフフっ!」

 

 けっこうノリが良い人だな……。

 こっちのペースに持ち込むため少しボケてみたけど、すんなり流された。

 

 何かを暗躍している最中に、ヒーローが現れたら少しくらい取り乱しそうなものだけど、彼女の話し方には緊張や動揺は一切見られない……もし敵側としたら、なかなか厄介そうだ。

 

「そうですか……実は今この下で魔法少女が悪い奴らとドンパチしてるんですけど、あなた何か知ってます? 見た感じあなた、『魔法少女(亜種)』って感じの服装ですけど……」

 

 俺がそう言うと、ヒューニの目の端が、一瞬ピクリと揺れた。

 

「あらあら、私をあんなお子様たちと一緒にしないでくれないかしら」

 

 『お子様』の部分で微かに言葉が強くなったように感じたけど、それ以外に、ヒューニの表情や言動に変化はない。

 

「ついでに言っておくと、私はハデスでもノーライフでもないから……フフフフっ」

 

 えっ、違うの?

 

「……ふーん」

 

 顔には出さなかったが、その言葉に俺は不意を突かれた感覚を覚えた。

 

「じゃあ、あなたは何者なんですか?」

「なにって、ただの通りすがりの“魔法使い”よぉ」

 

 “魔法使い”って。やっぱり『魔法少女(亜種)』じゃん。

 いや、まぁ、“少女”って年齢じゃないのかもしれないけども……。

 

「そうですか……」

 

 彼女の言う“魔法使い”というのが何なのかは分からないけど、魔法少女やハデスについて知ってることから、何かしらの関係者であることは間違いないだろう。

 

「とりあえずガーディアンズの基地まで任意同行願えます?」

「フフっ、私を連れ帰って何をする気かしら?」

「心配しなくても、いくつか事情聴取するだけですよ」

 

 魔法使いって何なのかとか、どこから来たのかとか、敵なのか味方なのかとか。訊くべきことはたくさんある。

 あとは長官殿のお考え次第かな。

 

「ちなみに拒否された場合、無理矢理にでも連れてかなきゃいけないんで」

 

 そう言いながら、俺は隠し持っていた水の入ったペットボトルを背後に忍ばせ、片手でキャップを回す。

 

「あらあら、正義のヒーローが何も関係のない人間を誘拐する気かしら?」

「ただの一般人ならまだしも、流石に魔法使い相手ですとねぇ」

「それって差別じゃない?」

 

 いいえ、判別した上での当然の対応です。

 普通の人だったら、そもそも職務質問なんてしませんよ?

 

「……フフっ、まぁいいわ」

 

 ヒューニは身をひるがえした。

 

「おい待て!」

 

 まぁ期待なんてしていなかったけど、その反応を見てヒューニが同行してくれる気がないと判断した俺は、忍ばせていたペットボトルを投げて、飛び出た水を操り、それで彼女を拘束するように仕掛けた。

 

 しかし、俺が操作した縄状の水は、ヒューニの身体をすり抜けて飛散した。

 

 そのとき何が起きたのか分からず、俺は思わず目を見開いた。

 

「じゃあね。また会いましょう、ハイドロード」

 

 そんな言葉を残して、ヒューニは黒い靄のようなものに包まれ、夜の闇に溶けるように姿を消した。

 

 

 

 



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第10話 連携の秘密?奴隷蟻を倒せ!

 

 

 

 俺が自称『魔法使い』の女を取り逃がした頃、高宮第一高校の体育館では、ノーライフであるスレイブアントと魔法少女のキューティズの戦いが続いていた。

 バトル開始当初は百体ほどいたスレイブアントは、攻防の中で八十体ほどまで数を減らしている。

 しかし、キューティズの三人の顔色は決して良いものではない。

 

「むぅ……」

「つ、疲れたぁ……!」

「バカ、まだ終わってないのに気抜いてんじゃないわよ!」

 

 渋い顔をしている綾辻さん(スプリング)の横で、自身の杖を地面について脱力しようとしている沙織(サマー)に、秋月(オータム)が叱責する。

 彼女たちの前では、スレイブアントが今にも襲い掛かってきそうな様子で、隊列を組んで武器を構えていた。

 その大きな蟻の隊列を睨みながら、オータムはひとり思考していた。

 

(……この数の連携、誰かが指示を出してると考えなきゃ説明がつかない)

 

 盾の部隊が守り、弓の部隊で掩護射撃を行い、剣の部隊と槍の部隊で追い込む。事前にプログラムされた動きにしては、あまりにも迅速かつ適切にキューティズの動きに対応している。

 さきほど試しにオータムが剣の部隊の攻撃から逃れて、そのまま盾の部隊と弓の部隊に斬りかかったが、すぐにサマーの相手をしていたはずの槍の部隊が襲撃してきた。

 この襲撃といい、戦闘開始直後にサマーとオータムの攻撃に合わせて綺麗に隊列が分かれた事といい、不自然すぎる。それらの一連のスレイブアントの動きを見て、オータムは何者かが全体の戦況を見ながら随時指揮をとっていると推測していた。

 

(私の推測が正しければ、あの軍団の中に指示を出しているヤツがいるはず……いや、待てよ)

 

 オータムは何か閃いたような顔つきで暗い天井を見上げた。

 

「どうしたのオータム?」

「……ねぇ、体育館の電気のスイッチってどこにあるか覚えてる?」

「えっ?」

 

 スプリングはオータムの質問を聞いて首を傾げたが、途端、スレイブアントの弓矢が飛んできて「うわぁっとと!」と驚きながら、その場から飛び退いた。

 

「たしか、出入口の横だったと思うけど……!」

「なになに、灯りが欲しい感じ?」

「えぇ!」

「オーケー、まかせなさいな!」

 

 オータムは頷いたのを見て、サマーは得意げに笑った。

 その後、すぐにスレイブアントが攻撃を仕掛けてきたが、サマーはその攻撃をすり抜けて、ロッドを構えた。

 

「サマーマジック、皆を照らす希望の光よ、輝け!」

 

 サマーが呪文を唱えると、シャインロッドの先に魔力が収束して光の玉を生成した。

 サマーはロッドを振って、光の玉を天井付近まで飛ばす。その光の玉によって、体育館内はまるで昼間のような明るさになった。

 

「えっ!」

「な、なにアレェ!」

「……やっぱり」

 

 はっきり見えるようになった体育館の中。その天井にいたものを見て、スプリングとサマーは驚愕し、オータムは案の定といった表情を浮かべた。

 丸い頭部に、大きな複眼、細長い腹部、真ん中にある丸っこい胸部の背中からは平らな(はね)が左右に生えている。大きさはスレイブアントと同じくらいだ。

 三人に姿を見られたノーライフ“ドラゴン・オブザー・フライ”は、天井から足をはなして飛翔し始めた。

 

「ノーライフがもう一匹、いつの間に……!」

「変な見た目。あれってハエ? トンボ?」

「どっちでもいいわよ。いずれにしろアレがこの蟻たちに指示を出して動かしてたのね」

 

 オータムの言葉に、ドラゴン・オブザー・フライはギクリと身を震わせ、挙動不審な動きをし始めた。その反応から、オータムはドラゴン・オブザー・フライにそれなりの知性があることとあまり戦闘能力がないことを見抜いた。

 

「動揺している今がチャンスよ、スプリング! あのノーライフを倒せば、蟻の連携も崩せるはずよ!」

「分かった!」

 

 スプリングは力強く頷いて、ウィンドガンナーの銃口を天井に向けた。やがて銃身が魔力に覆われ、ピンク色に発光する。

 

「ストームフォース・バージニッド!」

 

 スプリングが引き金を引くと、ウィンドガンナーに蓄積された魔力は、流星群のような暴風の弾丸となってドラゴン・オブザー・フライを射貫いた。

 ドラゴン・オブザー・フライは絹を裂くような悲鳴を上げ、黒い影となって爆ぜて消滅した。

 

 司令塔が消え、スレイブアントの軍団は混乱したように動き出した。小型犬ほどの大きさの蟻の群れが右往左往と動き回る様子は、なかなかに不気味である。

 その光景を見て、サマーも思わず「うわ、キモっ!」と呟いていた。

 

「まとめる者がいなくなって、パニックになってるわね」

「よし、一気に片付けちゃおう!」

 

 スプリングの言葉を聞いて、三人は意識を合わせたように揃って頷き、自身の武器を握る手にギュっと力を込めた。

 

「スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

「オータム・メイプル・チャージ!」

 

 三人の呪文に反応して、桃、青、黄色の三色の魔力がそれぞれの武器に収束していく。魔力を極限まで貯めた三人の武器は、清らかな光を放ち、強力なパワーを生んだ。

 やがて、スプリングが銃の引き金を引き、サマーが杖を掲げ、オータムが剣を振るう。

 

「ストームフォース・ソニック!」

「サンフォース・ストライク!」

「アースフォース・スラッシュ!」

 

 スプリングの射撃、サマーの魔法、オータムの斬撃によって生じた光が、スレイブアントの軍団をのみ込んでいく。光に包まれたスレイブアントの黒い影は、みるみる小さくなって、やがて消滅した。

 ノーライフを撃った魔力は飛散していき、徐々に光も消えていく。そしてその場にはバトルで荒れた体育館だけが残った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

《みんな、お疲れ様ぁ》

《ノーライフの魔力も感じないし、ちゃんと全部倒したみたいだね》

《三人とも凄いわぁ》

 

 変身後、体育館の隅に隠れていたニャピー達がフヨフヨと浮いて三人の元へ戻ってきた。

 戦闘能力がないニャピー達は、キューティズが戦っている時は、いつも付近のどこかで隠れている。今回はどうやら体育館の窓についたカーテンの裏にいたようだ。

 

「はぁぁ」

「よぉーし、勝ったぁ!」

「こらこら、まだ終わってないでしょ?」

 

 ノーライフを一掃し、三人は変身を解く。綾辻さんと沙織が気を抜いたのを見て、秋月が軽く注意した。

 

「マー、ミー、ムー、いつものお願い」

《ラージャー!》

 

 秋月の依頼に声を揃えて元気良く応えると、マー達は円形に並んで手をつなぐ。

 

《聖域に住まう精霊王よ、我らニャピーとの契約に従い、災厄の傷跡を癒したまえ。輝け、キューティーパワー!》

 

 すると、三人を中心に魔力が溜まって虹色に輝き始め、心地の良い光のオーラが周囲に伝播していく。そして、そのオーラに触れた体育館は、まるで時間が巻き戻ったように元に戻っていった。

 虹色の光が消えると、ノーライフとのバトルで荒らされた体育館は、すっかり以前の状態に戻っていた。

 このように、ニャピーの魔法でバトル後の現状復帰してくれるのが、マジック少女戦士キューティズが町の人達に人気な理由のひとつだったりする。

 魔法少女の物語でも良くある魔法だ。

 死人は蘇らないけどな……。

 

 

「ありがとう、ムー達」

《イェーイ!》

 

 役目を終え、ニャピー達はハイタッチする。

 現場が元に戻ったのを確認して、ようやく秋月は肩の力を抜いた。

 

「ふぅ……それにしても、あのメデューサとかいうヤツ、一体なにを企んでたのかしら?」

「なんか罠を仕掛けようとしてたみたいだったよねぇ。まぁ、何はともあれ阻止できたから良いじゃん!」

「あははぁ……」

「まったく、もう……」

 

 沙織はのんきに笑って考えるのを放棄した。現状、いくら考えても答えは出ないから、行動としてはあながち間違っていないが、あまりの危機感のなさに、綾辻さんは苦笑いし、秋月は頭を抱えた。

 

「はぁぁ……うーーん、身体動かしたらお腹すいちゃった。みんな、帰ろう!」

「うん、そうだね!」

《私も、魔法使ったら眠くなったよ》

《ボクも》

《ふふっ、実は私もぉ》

「あ、ちょっと皆ぁ……」

 

 もうすっかり万事解決ムードとなってしまった秋月を除く皆は、家へ帰るため体育館を出ようとする。

 

「……はぁ、やれやれ」

 

 なんとも締まりのない幕切れに、一人残された秋月はため息を洩らした。

 ハデスの幹部《メデューサ》の出現。その罠を防いで窮地は脱したが、噂になっていた人影の正体や秋月が見た影の正体も、結局ハッキリしていない。

 

「いったい、何が起きてるの……」

 

 窓から見える月を見上げながら、秋月は不穏な予感を覚えるのだった。

 

 

 






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第11話 ようこそガーディアンズ本部へ!

 

 

 土曜日、時刻は午前9時。

 そしてここは、高層ビルが建ち並ぶ大都会のド真ん中。平日よりも数は少ないのだろうが、周りを見渡せば、スーツを着たビジネスマンや買い物に来たと思われるおしゃれな若者や主婦達が行きかっている。雑踏や車の走行音も、高宮町と比べると何倍も騒がしい。

 あまりの人の多さに、この中を歩くだけで軽く疲れすら覚える。

 

「……はぁ」

 

 最寄り駅から電車を乗り継ぎして、約2時間。

 俺、水城優人は東京の品川にいた。

 目的はガーディアンズの本部で行われる四神会議だ。

 玲さんが事前に知らせてくれた次の日に、長官から四神会議を開催すると通達があった。基本的に四神のメンバーは、この会議への参加が原則だ。俺も『青龍』の称号を持つ者として参加しなければならない。

 本当なら葉山と流行りのアクション映画を見に行く予定だったんだけど、急にバイトが入ったと言って断った。

 学生ヒーローの災難な点のひとつだな……。

 

 ここ最近でやっと見慣れてきた歩道を進むと、やがて大手企業のオフィスビルと並んで建っている目的の超高層ビルが見えてきた。

 外壁はピカピカなガラス張りで、中の階数は55階。正面玄関の隅には『Guardians』とプレートがついている。ビルの上部にも同じ文字があるけど、ビルの前からだと首が疲れるくらい見上げないと見ることはできない。

 

 言わずもがな、これがガーディアンズの本拠地だ。

 ニュースにガーディアンズ関連の話があるときは、よくこの建物の入口の映像や航空映像が使われている。

 建物の入口を抜けると吹抜けの大きな玄関ホールがあって、そこに設置された大画面モニターやサイネージにはガーディアンズの広報映像が流れている。そしてその奥には電車の改札のようなゲートが設置されており、社員証のICカードと顔認証の二重認証によって関係者と部外者を振り分けている。

 スーパーヒーローの基地というより、周りのオフィスビルと同じ、大企業の本社って感じだ。

 

 目的地にたどり着き、俺は建物の入口に足を向ける……なんてことはせず、その正面の入口をスルーして荷物の搬入などに使う裏口へ回った。

 というのも、表の玄関ホールにはマスコミの人間がいて、いつも事件の速報を得るために待機している。そんな中を高校生の俺が平気な顔で中へ入っていけば、どうなるか……。

 『あら、アルバイトの子かな?』なんて思ってもらえるわけもなく、根拠のない推測や邪推によって有ること無いこと報じられ、ガーディアンズをよく思わない勢力の格好の餌になること請け合いだ。

 もしかしたら、『あれがハイドロードの正体ではないか』と疑われることにも繋がるかもしれない。

 それを防ぐため、俺や悠希がここに来るときは、いつも裏口から入るようにしているのだ。

 

 建物に沿ってできた道を歩き、俺は比較的に人通りの少ない本拠地の裏口にやってきた。

 一応、裏口にも正面玄関と同じ二重認証のゲートがある。違いは、その数とゲートの横に黒ずくめの警備員さんが立っていることくらいだ。

 

「こんにちわ」

「………」

 

 俺は警備員さんに挨拶をしてゲートを通るが、いつも通り、この警備員さんから反応は返ってこない。

 ゲートを通ると、承認の証である機械音が鳴った。そしてそのまま人通りの少ない通路を歩き、エレベーターで上の階へ向かう。

 途中、エージェントらしき人達がすれ違いざま「やぁ」や「よぉ、ハイドロード!」と笑みを浮かべながら挨拶してきたので、俺は固い笑みで「こんにちは」と返しておいた。表向きは正体を伏せているけど、ガーディアンズ内部となると、俺の素顔は普通に知られている。

 

『Hello、Hydlord!』

 

 エレベーターに乗ると、今度は女性の声を模した機械音が鳴る。どうやらカメラ映像で俺の存在を検知しているらしい。

 この本部にはこれまでに何度か足を運んだけど、この近未来チックなオフィスのような雰囲気は、なんだかまだ慣れない。

 

 会議まではまだ一時間ほど時間があったので、俺は会議のあるフロアでは降りず、売店や食堂、自販機があるカフェテリアのフロアで降りた。

 カフェテリアは、誰が掃除しているのか知らないが、埃ひとつ目にしないほど、いつも綺麗にしてある。土曜の午前中とあって、まだ人は少ない。それでもたくさん置いてあるテーブルの各所には、エンジニアや研究員らしき人の姿があった。

 

「おっ!」

 

 そんなカフェテリアで、俺は見知った人影を見つけた。作業着や白衣を着ている人の多いこの空間で、白黒ジャージのソイツの格好は、それなりに目立つ。

 ソイツは、顔をしかめてスマホをいじりながら席に座っていた。

 

「よー、悠希」

「ん? なんだ、優人か」

 

 悠希(ゆうき)は目の前に座った俺をチラリと見て、またスマホに視線を戻す。

 彼女も『白虎』の称号を持つ四神のメンバーだ。当然、本部(ここ)に召集される。

 

「何やってんの?」

「この前、友達からMINEってアプリ教えてもらったんだけど、イマイチ使い方が分かんなくてなぁ」

「えっ!」

 

 MINEって、スマホユーザーのほとんどが使うメッセージアプリなんだけど……?

 

「……お前、スマホ持ち始めてどれくらい?」

「んー、高校生になった時に買ったから……一年とちょっとかな」

 

 一年ちょっと使って、MINE使ってこなかったのか?

 ある意味スゲェな……。

 

「なんだよ、悪いかよ」

「いや、悪かねぇけどさ……」

 

 そういえば、悠希って幼少期から武者修行してて他国の言葉はペラッペラだけど、機械が絶望的に苦手だって前に言ってたな……。

 ガーディアンズに入った当初は、トランシーバーやインカムの操作とかにも苦戦してたって聞いたし……。

 

 しばらく、悠希は目を細めてスマホの画面と睨めっこしていたが、やがて「あぁもぅ!」と音を上げてテーブルにホイっと放り投げた。

 

「まったく……大体スマホなんて電話ができれば良いんだよ。なんだよMINEって、話があるなら直接来いっての!」

 

 それだけだと不便だから人類はEメールやメッセージアプリを作ったんだと思うぞ?

 

「電子機器を投げるなよ。てか、良いのか? メッセージが来たからMINEイジってたんだろ?」

「あぁ。名前は見えたし、今度、学校に行ったときに話すさ」

 

 良いのかよそれで。急ぎの用事かもしれないのに……。

 いや、それだったら、それこそ電話するか。

 

「あ、そういえば!」

 

 ショートヘアの後ろ髪を手でさすりながら不貞腐れたようにしていた悠希は、急に何かを思い出したような声を洩らす。

 

「この前の借り返さねぇーとな」

 

 この前っていうのは、あの怪人社長の件のことか?

 

「来いよ、ジュースでも奢ってやる」

「あの時は、メシ奢るって言ってなかったっけ?」

「細けぇこと言ってねぇで、ほら、行こうぜ!」

 

 ガッと立ち上がり、悠希は売店へと向かう。奢ってくれると言われれば断る理由もないので、俺も後を追った。

 こういう時、ジュースを奢るっていうなら自販機でも良い気がするが、そこは機械音痴、当たり前のように悠希は売店を選んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ここにいたのね」

 

 悠希から奢ってもらったコーヒーを飲みながら、しばらくカフェテリアで彼女と雑談していると玲さんがやってきた。身体のラインがハッキリして動きやすそうな、いつものエージェント姿をした玲さんは、俺たちのそばに立ってテーブルを指でたたく。

 

「もうすぐ時間よ。二人とも来てくれる?」

「えっ、もうそんな時間か?」

「あっホントだ」

 

 気がつけば、会議が始まる十五分前となっていた。思ったよりも話すのに夢中になっていたようで、俺と悠希は今の時間を見て揃って驚いた。

 

「じゃ、行くか」

「そうだな」

 

 会議室のある場所は、このカフェテリアよりも上階だ。なのでまた、俺たちはエレベーターに乗らなければならない。

 俺と悠希は玲さんの後ろに続く形で、四神会議のある会議室へ向かう。

 

「そういえば、どうして玲さんが?」

「私も今回の四神会議に参加するの」

「えっなんで? いままで参加したことなかったですよね?」

「そうなんだけど、どうやら今回の内容は、私の任務にも関係あるみたいなのよ」

「……マジですか」

 

 玲さんの任務は前に話した通り、魔法少女との交渉役だ。その彼女の任務と今回の四神会議の内容が関係があるということは、十中八九、その内容とは魔法少女に関することだろう。

 なんだろう、気になるな……。

 

 玲さんがボタンを押すと、すぐにエレベーターの扉が開いた。二人に一歩遅れて、俺もエレベーターに乗り込む。他に人はおらず、エレベーターの中は俺たち三人だけでとなる。

 

「でも玲さん、前の電話で今日の会議はこの前の社長のことについてだって言ってませんでしたっけ?」

「えぇ、そのはずよ……」

 

 以降、玲さんの言葉は続かなかった。

 

 魔法少女の件と社長の件、それぞれ別の内容なのか、それとも同じ内容として話題があるのか。

 別々ならそれだけの話だが、同じだとしたら、それは一体どういうことなのか……まったく、想像がつかない。けど、もしそうだとしたら厄介そうなのだけは、なんとなく分かる。

 

 また、俺が“社長”って言葉を口にしたら、悠希が分かりやすく少しムスッとした。どうやら自分が追ってる事件の黒幕を逃がしたことを、まだ引きずっているようだ。

 少しの間、エレベーター内に無音が続いた。

 

「……なんか、あんまり良い予感がしませんね」

「今までの会議で良いニュースを聞いたことなんてあったか? 前の会議じゃあ侵略宇宙人の対策について、その前はヤクザとの抗争についてだぞ」

「その前は、マッドサイエンティストの捕獲についてだったわね」

 

 ……あぁ、俺の。

 

 確かに、そう聞くと四神会議で扱う内容なんて碌なもんじゃないな……。

 

「……はぁ、どんな会議になるものやら」

 

 

 

 



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第12話 四神会議①

 

 

 

 会議室の扉は防護壁のように厚い自動扉だ。正面玄関やカフェテリアなど、今まで場所はどれも、言うなれば会社のようなデザインだったのに、この会議室と地下の研究開発室のフロアは通路から何から、妙に頑丈かつ機密性が高くなるように作られている。エレベーター、あるいは階段の出入口を境にして、まるで別の建物に入ったみたいだ。

 まさに“ヒーローの基地”って感じの雰囲気で、俺も、初めてここに来たときは、少年心をくすぐられ胸が躍ったものである。

 

『Hello、Kamen fighter Fang And Hydlord!』

 

 会議室の自動扉のセキュリティが俺と悠希を認証して開く。このセキュリティはロックの開閉のためではなく、四神メンバーが偽物か本物かを見分けるために組み込まれているらしい。

 

「どうもぉ」

「失礼します」

「エージェント・ゼロ、入ります」

 

 会議室の中は一応電気はついているが、自然光が入らない作りになっていてモニターの青い光がはっきり分かる程度に薄暗い。

 中にあるのは、大きな長テーブルと投影用の電子端末、テーブルを囲うように並べられた出来の良い椅子だけだ。霞が関のお偉方の会議室に無駄なデザインを取り除いて近未来要素を加えたら、おそらくこんな感じの会議室になるだろう。

 

 この会議室では、すでに迷彩服を着た男が椅子に腰かけていた。

 整った顔立ちに、まっすぐな眼光、体格は適度に筋骨隆々って感じだ。背筋を伸ばして胸を張って堂々と座っていることもあってか、そこにいるだけで圧を感じる。けど決して暑苦しくなく、ちゃんと清潔感もあるおかげで、顔つきは実年齢よりも若く見える。

 彼の名前は、『朱雀』の称号を持つ“キャプテン・フェニックス”こと、火野(ひの)正義(まさよし)。自衛隊特別兼務のガーディアンズのメンバーだ。航空自衛隊所属で、年齢は確か、38歳。人一倍強い正義感を持ちながら悪と戦う、ガーディアンズの長である。

 

「よぉ!」

 

 正義さんは手を上げて、俺たちに声をかける。相変わらず、聞き取りやすい渋い声だ。

 

「来たか……」

 

 そしてこの会議室には、もう一人、男が立っていた。

 上等なスーツを着たその人は、中身の現実主義が現れたような冷めた眼光で室内に入ってきた俺たちに目を向けた。きっちり整った髪に、シンプルなメガネ、その表情の変化が乏しい顔は、テレビやネットニュースなどのメディアでもよく見られる。年齢は、おそらく正義さんと同じくらいか、少し上だろう。

 その男の名前は、明智(あけち)(まなぶ)。このガーディアンズという組織の最上位の役職を持つ人だ。俺を含め周りのエージェント達からは、明智長官と呼ばれている。

 

 明智長官はかけた眼鏡を軽く押した後、俺と悠希に席に着くよう促した。

 俺と悠希は椅子に腰かけ、玲さんは部屋の隅で休みの姿勢で直立する。

 

「全員揃ったな。なら始めよう」

「は? まだ爺さんが来てないだろ?」

 

 悠希が眉を歪めて長官に言う。口には出さなかったけど、俺も同じ疑問を持った。

 この場にいるのは、明智長官と『朱雀』の火野さん、『白虎』の悠希、『青龍』の俺、そして特別招集された玲さんだけだ。

 つまり、まだ四神の一人である『玄武』の称号を持つ人が来ていない。

 

「あの人ならここには来ないぞ」

「えっ、なんかあったんですか?」

『ワシならおるぞ』

 

 俺が長官に訊ねた途端、誰かの声が会議室に響いた。

 俺と悠希が声に反応して、反射的に声の主を探そうとした瞬間、立体映像が起動して一人の透けた老人の姿が投影された。

 

 長く白い後ろ髪と髭をまとめ、緑色の作務衣を着たその老人の姿は、まるでどこぞの仙人のようである。

 老人の名前は松風(まつかぜ)孝守(たかもり)。『玄武』の称号を持ち、“マスターワイズマン”と呼ばれる男だ。

 その正体はキャプテンと同じく世間に公表されていて、国家予算級の金を運用する資産家である。ガーディアンズの中では主に裏方の仕事をこなしていて、警察や自衛隊、ときには政治家すら動かすことがある。

 表に立って戦うことは少ないけれど、間違いなく悪と戦う力を持っているヒーローの一人だ。

 

 

「何やってンだよ爺さん!」

『ワシは長野の自宅からオンライン参加じゃ』

 

 なにそれ、ズルい。

 

『いやはや、この年になると長距離長時間移動がキツくてのぉ』

 

 よく言うなぁ。見かけに反して身体能力はそんなに老いぼれてないくせに……。

 それに、いざとなればヘリコプターやジェット機であっという間に日本全国どこでも飛んでいけるだろ?

 

「なんだよ、それ! ならオレもそれがいい!」

 

 同感だな。俺も二時間かけて東京に出てくるのは正直めんどくさい。

 けど、悠希にできるのか?

 ただでさえ機械音痴なのに……。

 

「会議の内容はAAA級クラスの極秘事項だ。通信にネットは使えない」

「じゃあ何で爺さんは良いんだよ?」

『ワシの場合、自前の専用線引いとるから大丈夫なんじゃて』

 

 ……専用線?

 よくわからないけど、セキュリティの高い回線のことか?

 一般人でもあまり聞き慣れない単語に、悠希も当然首を傾げる。

 

『本当はSkyleとかRoomとかを使おうとしたんじゃが、長官殿がうるさくての……』

「当然でしょう」

 

 髭を撫でる松風さんを見ながら、明智長官はやれやれといった感じの表情で、また眼鏡を押さえた。

 ちなみに、SkyleとRoomとは世間でよく使われるウェブ通話ツールの名前だ。

 

 

 

「さて……では早速、はじめるぞ」

 

 途端、明智長官の話し方が早くになった。会議中、早口でものを言うのが長官の癖だ。

 その明智長官の言葉に反応して、会議の内容に関係すると思われる立体映像がテーブルの上に出現する。

 現れたのは、つい先日に見た男の写真だった。

 

「今回、集まってもらったのは、先日悠希が追い詰めた雪井製薬会社の社長についてだ」

「見つかったのかよ?」

 

 悠希が不機嫌な顔で長官に訊いた。

 

「いや、まだだ。だがファングとハイドロードが戦った後、ヤツの会社にあったコンピュータを開発班(エンジニア)に調べさせた。そこに残っていたデータから、ヤツの計画や仲間の情報をいくつか入手できた。今日はそれをここにいるメンバーに共有しておきたいと思う」

「ちょっと待て。その前にコイツは一体誰なんだ?」

 

 火野さんが訊ねる。この件について把握しているのは、主に明智長官と悠希、それと一部のエージェントだけだ。俺と玲さんも少し関係あるけど、先日の一件で助っ人に入った程度で、それ以上はあまり知らない。

 火野さんがそう反応するのを分かっていたという感じで、明智長官は「あぁ」と小さく頷いた。

 

「ではまず、事の内容を簡単に説明しよう」

 

 すると、気持ち悪いウイルスのような球体の立体映像が社長の写真の横に現れた。大きさはバスケットボールくらいで、アメーバみたいにウネウネ動いている。

 

「事の発端は3ヶ月前、一般人が突然、異形な姿に変化して暴れだすという事件が発生した」

『ニュースでやっとったヤツじゃのぉ』

「……あぁ。そういえばそんなのあったな」

 

 松風さんと火野さんと同じく、俺もその事件のニュースを思い出した。

 キューティズの特集や街の強盗事件や殺人事件、テロリストとヤクザの制圧、どうでもいい芸能人の失言のニュース、政治家の汚職事件の報道とかで埋もれてたけど、そんな報道があった気がする。

 

 長官は“異形な姿”と言っているが、要は怪人である。身体能力が大幅に強化され、その強さはパンチ一発でアスファルトの床やコンクリートの壁を破壊するほどだ。

 

「暴れていた者……以降、そいつらのことを“変異者”と呼んでいるが……そいつらの身体に警察官の銃は一切効果が見られず、やがて警察組織からの要請を受けて、私はファングを出動させた。幸い、このときの被害は変異者が現れた工場の敷地内だけで済んだが、この奇妙な事件の真相を掴むべく、我々ガーディアンズは行動を開始した。担当は当事者のファングと一部のエージェントだ」

 

 当人である悠希をチラリと見た。彼女は腕組みをして黙って長官の話を聞いていた。

 

「その後、続けて十件、同じ内容の事件が起こった。事件は全てファングによって解決されたが、その中で、変異者を生む原因が、その“マージセル”と呼ばれる未知の細胞によるものであることが判明した」

 

 明智長官が先ほどからずっと投影されていた“マージセル”の立体映像を指さす。

 実際の大きさはもっと小さいのだろうが、ここまで拡大してウネウネ動いているところを見せられると、なんだか気持ち悪い。

 

「マージセルはドラックなどと同じく注射によって変異者の身体に打ち込まれる。体内に侵入したマージセルが通常の細胞を攻撃し、変異者へと変化させる。対応方法は変異者の身体にダメージを与え、拒絶反応で細胞を体外へ露出させて破壊するしかない」

 

 それは知ってる。社長と戦った時、悠希が言っていたヤツだ。

 

「細胞を取り除いた変異者はどうなる?」

 

 不快そうに眉間にしわを寄せていた火野さんが訊ねた。

 

「生きている。後遺症らしき症状もない。だが、拒絶反応を与えずにマージセルを破壊した変異者は、通常の細胞もろとも破壊され、死亡した」

 

 ……やはり、死者も出ていたか。

 予想はしていたけど、聞いてあまりいい気はしないな……。

 

『そのマージセルを作ったのが、この雪井製薬会社の社長ということかの?』

 

 今度は松原さんが顎髭を撫でながら訊ねる。その柔らかい表情や口調からは感情や思考がイマイチ伝わってこない。

 相変わらず、腹の内の読めない人だ。

 

「あぁ。コイツの名前は雪井(ゆきい)彰人(あきひと)。各地でマージセルを売りまわり、その侵食に対応できる身体を持つ者を探していた」

「対応?」

 

 どういう意味だ?

 

「変異者は総じて錯乱したように暴れまわるものだが、意図的か偶然か、変異者の中にはマージセルの浸食に対応して、稀に自我を保ったままのものもいた」

 

 ふーん……そういえば、社長自身も怪人の姿になった後、普通に意識を持ってたなぁ。

 あの社長はマージセルの浸食に対応しているってことか。

 

 それにしても……。

 

「よく突き止められましたね?」

「あぁ、かなり苦労した。詳細は長くなるので、この場では話さないが、データベースにファイルを残している。そっちを確認してくれ」

 

 データベース……あぁ、あの地下にあるメインフレームだかスタンドアローンだかとかいうデカいコンピュータのことか。

 あとで見ておこう。

 

「そして先日、ファングと一部のエージェントで、雪井の拠点である製薬会社へヤツを捕らえに向かわせた。結果、ハイドロードの助けもあり、あと一歩のところまでヤツを追いつめることができたが、途中、“ヤツの仲間”と思われる者の手によって、逃がしてしまった」

「……チッ」

 

 大きな舌打ちが聴こえた。確かめるまでもなく、悠希だろう。

 

「なんだ、水樹君も関わってたのか?」

「えぇまぁ……でも最後の方でたまたま呼ばれただけなんで、俺も事件の詳細は今はじめて知りました」

 

 火野さんが意外そうな顔で俺を見る。というのも、四神のメンバーが組んで任務にあたるのは珍しく、四神二人以上で組むときは、大規模な災害や侵略者(テロリスト)制圧クラスの任務なことが多い。

 

 

 事件の概要を話し終え、明智長官は話を区切るように「さて」と話題を本題へ移した。

 

「以上が事件のあらましだが、今日の会議の本題はここからだ」

 

 長官がそう言うと、テーブル上に浮いていた社長とマージセルの立体映像が消え、一人の少女の写真が現れた。

 長い黒髪と黒のドレス、それに顔立ちが良いにも関わらず目元にはくっきりと分かる大きなクマ……。

 

「あれ、この人……!」

 

 俺はその少女の写真を見た瞬間、反射的に言葉を洩らしていた。

 立体映像として投影された少女は、ついこの前、夜の学校に現れた“ヒューニ”、その人だった。

 

 

 

 

 

 

 




2022/12/04 一部修正しました。


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第13話 四神会議②

 

 

 

 

『どうかしたか、水樹?』

「あぁいや……」

 

 立体映像の松風さんが俺の方へ顔を向けた。一体、彼の方ではどういう風に俺たちが見えているのだろう。向こうもこっちの様子を立体に見ていると考えなければ、松風さんの顔の向きと俺たちの位置が合うことが説明できないのだけど……。

 まぁ、今はどうでもいいか。

 

「実は俺、この前この人と会ってまして……」

「なに?」

『ほぅ』

 

 悠希が眉を歪めて驚き、松風さんは面白そうに声を溢した。火野さんからは特に反応は返ってこなかったけど、何を考えているのか、腕を組んでずっと渋い顔をしていた。

 

「その話は、エージェント・ゼロを通して私も把握している。この少女については、エージェント・ゼロの任務である“変化人間”の件にも関係していたため、今回、彼女にも会議に参加してもらった」

 

 “変化人間”とはガーディアンズ内での魔法少女の呼称、つまりマジック少女戦士キューティズのことだ。なんでも、キューティズが高宮町で活動を始めた当初、ガーディアンズ内で彼女達のことをどう呼ぶか決める際、魔法少女と呼ぶのは子供っぽいとのことで、そう呼ばれるようになった。主に、明智長官と火野さんの意見だけど……。

 まぁ、こんな風に組織の雰囲気との兼ね合いで、呼び名が決まったり取引企業が選別されるのは、ままあることだ。

 

「ふーん。それで?」

 

 悠希がテーブルに肘をのせ、頬杖をつきながら長官に訊ねる。

 

「誰なんだよ、この女?」

「名前はヒューニ。ハイドロードの報告では、彼女は自分の事を『魔法使い』だと言っているらしいが、おそらく、変化人間と同義だ」

 

 あぁ、やっぱり明智長官も同じと見なしたか……。

 まぁ、魔法という未知の技術を使っている点では同じようなものだから、仕方ないか。

 

『この娘と水樹の彼女の写真を、AIで特徴を抽出して比べてみたが、コスチュームに限っていえば、約85%の確率で一致しておるぞ』

 

 おい、ジジィ。誰の彼女だって?

 

 松風さんの前には、ヒューニの写真と沙織(キューティ・サマー)の写真が投影され、その上に何かのゲージと『85.77%±1.54%』という数字が表示されていた。

 ジジィのくせに、本当にハイテクな人だな……。

 

『年齢推定もやってみたが、10代後半から20代前半と出た』

 

 範囲ひろッ!

 全然あてにならねぇよ……。

 

「あてになんねぇなオイ!」

 

 悠希も俺と同じ指摘をする。

 

『目元のクマのせいで正確な推定ができんのじゃよ』

「まぁ、たとえ正確な年齢が分かったとしても、姿が変えられるんじゃ意味ないだろう。警察や役所にあるデータベースの顔写真と照合しても一致する人がいるかどうか……」

『もうやっておる。該当者おらずじゃ』

 

 火野さんが話している間に、松風さんが照合結果をはじき出す。

 いつの間にか先ほど表示したコスチュームを比較した確率の横に、無数の小さな顔写真と『完全一致なし』という文字が表示されていた。

 ちなみに、この松風さん……というかガーディアンズで使われている顔認識システムは、過去キューティズの判定もできなかったので、あまり期待はしていなかった。

 

 

「彼女の正体については今回の会議ではどうでもいい。以後、ガーディアンズでは彼女のことを高宮町の少女たちと同じく変化人間として扱うが……」

 

 あらら、せっかく自称『魔法使い』って言ってたのに『魔法少女(亜種)』にされた……ま、いっか。

 

「この変化人間は、つい先日、ハイドロードの前に姿を現したが、我々はわけあってハイドロードの報告を受ける前に、彼女の存在を認識していた」

 

 えっ、マジで?

 

 俺達が意見や質問を投げ掛ける間もなく、長官はテーブルの電子端末を操作して、ある映像を投影した。

 映像には、どこかの作りの良い部屋と二人の人物が写っていた。

 一人はきっちりとしたスーツを着て、もう一人は死神が持つような大鎌を片手に、黒いドレス姿で立っている。

 言わずもがな、雪井彰人とヒューニだ。スーツ姿の社長はともかく、正直、部屋の雰囲気と彼女の格好が合ってなさすぎて違和感がすごい……。

 

『どうやら、仮面ファイターが乗り込んできたようよ』

『まったく、邪魔をしないで頂きたいですねぇ』

 

 社長が身をひるがえして部屋から出ていこうとした所で、映像が停止された。

 

「これは、ファングが雪井製薬会社に突入した時の社長室に設置されたカメラの映像だ。見ての通り、雪井とこの少女は、何かしらのつながりがあったようだ」

「あの時、このクソ野郎を逃がしたのもコイツの仕業か?」

「おそらくな……」

 

 俺と悠希で社長を追い込んだあの時、悠希が社長を追おうとしたのを邪魔したヤツがいた。あれの正体がこの人というわけか……。

 

「……上地、落ち着け」

「なんだよ、何も言ってねぇだろ!」

 

 悠希が不服そうに火野さんを睨むが、さっきから彼女の握りしめた拳の力が強くなっている。

 何も言ってない、といえば確かにその通りだけど、態度が口ほどにものを言っている。微かに殺気もまじってる。

 

「雪井製薬会社のデータベースに、彼女の情報も少しだけあった」

 

 今度はテーブルに今まで現れたノーライフの一覧画像が表示される。

 すると、その一覧の中にあったシクルキの画像がアップにされ、ヒューニの写真にラインが引かれた。

 

「彼女は高宮町の変化人間の敵の一味だという記録が残っていた。彼女をパイプにして、多くの金が雪井製薬会社に入ってきていた。雪井はそれを財源にマージセルの生産を行っていたらしい」

 

 魔法少女の敵組織が、まさかの仮面ファイターの敵のスポンサーか……。

 

『魔法少女の敵……名前はなんて言ったかな、滝沢君』

「ハデスです」

『そう、ハデス。ギリシャ神話の冥府の神が日本政府崩壊を目論むブラック企業と手を組むとは……なんとも面白ものよ』

 

 松風さんは顎髭を撫でながら、愉快そうに笑う。

 意外と日曜の朝の番組でありそうな話ですけどね。

 

「ハデスが雪井彰人に手を貸していた理由については、互いに利害が一致したからだと思います。ハデスの目的は人々に絶望を与えることですので、マージセルを使って変異者が暴れれば、世間に不安をつのらせることもできると考えたのでしょう」

 

 説明どうも、玲さん。

 

「なぁ、なんでコイツはクソ野郎を助けた? マージセルのプラントは潰したし、もう用済みだろ?」

「さぁな。ヤツにまだ利用価値があると判断したのか、その辺の理由は不明だ」

 

 長官は「そこで……」と口を開き、悠希の方から俺と玲さんに目をやった。

 

「エージェント・ゼロ、それとハイドロードには、今後、高宮町の変化人間たちの動向をしっかりと見張ってほしい。ハイドロードの報告から判断して、このヒューニと呼ばれる変化人間が、彼女達と接触する可能性は十分あり得る」

「了解」

 

 長官の指示に、玲さんが短く返事をした。

 

「ヒューニの対応は、どうします?」

「見つけ次第、拘束、連行しろ。雪井彰人の居場所を聞き出して、後はその時に判断する」

「了解です。彼女について他に情報は?」

「それを探るのも君たちの仕事だ。現時点では変化人間であることと雪井彰人と関係があることしか、まだ情報がない。彼女の正体や高宮町の変化人間との関係の有無、なんでもいい、新たなことが分かり次第、報告しろ」

「了解」

 

 魔法少女の手助けに加えて、敵の情報収集……。

 これまでとやることはあまり変わらないだろうけど、面倒そうな任務が増えた……バイト代も増えるかな?

 

「闇堕ち魔法少女のことについては分かった。それで、あのクソ野郎はどうなったんだよ?」

「以前、捜索中だ」

「住所とか家族構成とか分かんねぇーのかよ! 住民票とか調べれば分かるだろ?」

「役所、クレジットカード会社、ネット回線、電力、水道、ガス……個人情報があると考えられるデータベースや基幹システムは全部調べた」

 

 ……それで?

 

『結果は、もぬけの殻。ヤツの個人情報があったと思われる部分すべてに改ざんされた痕跡だけが残っておった』

 

 長官の代わりに、松風さんが言った後にため息をつく。

 

「おいおい、民間企業はともかく、国のシステムがそんなんで大丈夫なのかよ?」

『仕方あるまい。ITに力を入れるとかぬかしておるが、ネット回線のことすら知らんIT音痴のシステムじゃ。技術に関しては期待するだけ無駄じゃて』

 

 やだぁ、ジジィってばホント怖い。

 

「……チッ!」

 

 舌打ちしてるけど、悠希? お前の機械音痴も相当だからな?

 

「社長の捜索については、全国の監視カメラ映像を解析している。場所の特定ができ次第、ファングに知らせよう」

「それだけしかないのかよ、できることは!」

 

 悠希のイラつきを含んだ言葉をサラリと聞き流し、長官は端末を操作する。すると、投影した立体のフォルダアイコンからファイルが取り出され、悠希の前にスライドされた。

 展開されたいくつかファイルには、いくつかの文章とどこか場所の情報が記されていた。

 

「なんだよコレ?」

「ヤツの会社のデータベースに残っていた取引リストだ。望みは薄いが、たどればヤツに関する情報が何か見つかるだろう。もしかしたら、ヤツ本人を見つけることもできるかもしれない。見つけたときの対応は、お前にまかせる……それで文句ないだろ?」

「……了解」

 

 指示を了承し、悠希は深く息を吐きながら椅子に背をあずけた。

 

「マスターは、引き続き情報解析を頼む」

『おぅ、まかせとけ』

「キャプテンは、今の仕事が片付き次第、ファングと合流。彼女のフォローを頼む」

「了解」

 

 松風さんと火野さんは、すんなりと長官の指示を了承していく。

 流石、俺や悠希と違って、それなりに付き合いが長いだけある。

 

「何か質問のある者はいるか?」

 

 長官は会議室にいる面々を見まわすが、彼の問いに答える者はおらず、数秒間、静寂が流れた。

 

「よし……以上で会議を終了する」

 

 こうして、俺にとって二回目の四神会議は終わりを告げた。

 

 

 

 






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第14話 デートじゃないよ、幼馴染と仲良くお出かけ!

 

 

 

 『高校生ヒーロー』と聞けば、世間はどういうリアクションを取るかな。

 

 高校生という、大人でも子供でもない中途半端な年ごろの人間に、人の命に関わるヒーローの仕事をさせるのは、様々な面で問題がある。

 一般的な常識や善悪の概念、倫理観を持ってる人なら、当然こう考えるだろう。

 だから俺と悠希は、正体を隠してヒーローをやっているし、ガーディアンズに入るときに、それ相応の覚悟を求められた。人の命が亡くなるのをこの眼で見ることも、自分が誰かを殺めることになることも、俺自身が死ぬことも、全部受け入れた。

 

 まぁ、そんなシリアスな話は置いておいて……。

 今回、俺が何が言いたいかというと、例え俺がヒーローといっても、根っこの部分には高校生としての楽しみや生活があるわけでして……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 四神会議が行われた次の日。つまり、日曜日。

 俺は高宮町の駅前に着ていた。周辺にはショッピングモールやレストラン、映画館、カラオケ店などの様々な飲食店や小売店、アミューズメント施設がある。そのため、人の行き来はけっこう多い。俺みたいに、駅の改札口や出入口周辺を待ち合わせ場所に使って待っている人もたくさんいる。休日となれば、なおさらだ。

けど、昨日の品川と比べれば、全然、人の数は少なく、こっちは気疲れするほどじゃない。

 

「優人ぉーー!」

 

 駅の出入口にあるモニュメントのそばで待つこと、15分。ようやく本日の待ち合わせ相手の沙織がやってきた。

 沙織は季節に合わせて風通しの良さそうな服装をしている。ショートパンツにタンクトップと、そのままだと肌の露出が多いファッションだけど、上着のおかげで脚以外の露出は少ない。他に身につけている帽子やカバンと合わせて、自身の髪の青色が栄える色合いだ。

 

「ごめーん、待った?」

「あぁ、かなりな」

「むっ……もう、そこは嘘でも『今来たところ』って言うところでしょ」

 

 別に待ち合わせで待ったかどうか、互いに気にする関係でもないだろうに……。

 

「冗談だよ……その帽子、似合ってるな」

「えっあ、うん、ありがと!」

「前まで見たことないように見えるけど、最近買ったのか?」

「えへへぇ。そうだよ。この前、千春達と出かけたときに買ったんだよねぇ」

 

 可愛らしく顔をほころばせて、沙織は帽子を手で押させる。

 

「それじゃあ、さっそく行こっか」

「そうだな」

 

 こうして、俺と沙織は肩を並べて歩き出した。

 

 

 ここまでだけ見ると、いかにもデートって感じだけど、俺たち二人にその意識はない。

 今日、俺と沙織が待ち合わせた理由、それは昨日公開されたヒーローもののアクション映画を見るためだ。

 前に少し話したけど、沙織は特撮やアメコミが大好きだ。土日の朝方にある番組やアクション映画など、彼女がカッコいいと思う作品は欠かさず見ている。

 けど、周りにはそれ系統の話を共有できる友達が少ないため、新作の映画が公開された時なんかは、綾辻さんや秋月、妹の美佳、そして俺に声を掛けて一緒に見に行くこともけっこう多い。

 今回は、前者の三人は、それぞれ都合が悪かったらしく、俺に話が回ってきた。

 

 まぁ、俺もヒーロー物の映画やドラマは好き“だった”し、本来なら昨日、葉山と見に行く予定だったから、声を掛けられて悪い気はしない。

 

 “だった”というのは……それらが好きだった時期はもう過ぎ去ってしまったという意味で、自分がリアルでヒーロー活動をやっている今となっては、フィクションのヒーローへの熱がすっかり冷めてしまった。

 言うなれば、理想と現実の違いを知ったという感じだ。現実を知っていると、どうしてもフィクションのヒーローの非現実的な部分に目が行ってしまい、なかなか楽しめない。

 分かりやすいものでいうと戦隊ものの名乗りなんかがそうだな。まぁでも、あれは子供向けの見せ場と考えれば、まだ割りきれるけど、アクション映画の過剰な爆発とか戦闘シーンでの市民の逃げ方なんかは、特に目につく。

 ヒーローと敵が戦ってる周りで、いつまでもキャーキャー言いながら逃げるエキストラを見てると、リアルで戦ったことがある者から見たら、『なんで障害物もないのに敵のそばを横切って逃げてくンだよ!』とか『警察の出動、早過ぎじゃない?』とか思ってしまう……。

 

 ……職業病ってヤツだな。

 

 

 やがて映画館に着いて、早速チケットを購入した俺達は、開始時間までの暇を潰すためグッズ売り場へと足を運んだ。この駅前にある大手映画会社が運営する映画館は、小さい頃から利用しているので、劇場の場所とかチケットの購入場所とか全部頭に入っている。もうすっかり慣れたものだ。

 

「パンフレットぉ、パンフレットぉ……あっ、あったあった!」

「どうせ見終わるまで読まないんだから、帰りに買えば良いのに……」

「売り切れてたらイヤじゃん?」

「公開二日目に売り切れることはないと思うけど……」

「あっ、この下敷きカッコいい! 優人、買って!」

「あなた下敷きなんて使わないでしょ、我慢しなさい」

「使うよぉ……てか、ふふっ。それってお母さんのマネ? 微妙に似てないよ」

「似せる気なんてないからな……」

 

 そんな風にグッズを見ながらしゃべっていると、あっという間に時間は過ぎていった。

 こういう場所にあるものは、欲しいかと言われるとイマイチなものが多いけど、見ていて楽しい。

 

「……ぃでよ!」

「ん、どうした?」

「えッあっ、ううん何でもないよぉ!」

「……そう?」

「うん!」

 

 途中、明らかに何かあった様子で沙織が取り乱していたけど、あえて俺は気づかないふりをした。

 沙織はその後も虚空にチラチラと目をやりながら何か呟いている。

 俺は陳列したグッズを見るふりをしながら、その小声に耳をすませた。

 

「ちょっとミー、珍しいからってあんまりお店のものイジらないでってば」

《別に壊すわけでもないんだし、少しくらい見ても良いじゃん。それより、この鎖に繋がれた鉄の塊は何なんだい? なにかの絵が描かれてるけど?》

「だからって、グッズが不自然に揺れてたら変でしょ! 優人もいるんだし、ミーの姿は皆には見えないんだから! あとそれはキーホルダー!」

《むぅ……分かったよ》

 

 あぁ、ニャピーのミー君とやらもついて来てたのか。姿が見えないから、ついつい存在を忘れてしまう。

 こういう時は、知らないふりをするのが吉だ。

 

 

 やがて映画の上映時間が近づき、俺と沙織はグッズ売り場を後にして、フード売り場へと向かった。

 

「ポップコーンとドリンクはいつもので良い?」

「うん」

 

 俺と沙織が映画を見るときのフードメニューは決まっている。沙織がキャラメルポップコーンとグレープソーダ、俺が塩ポップコーンとメロンソーダだ。

 

《沙織ぃ、ボクにもそれ頂戴!》

「はいはい、あとであげるから」

「ん?」

「ううーん、何でもなーい!」

 

 映画のお供を手にして劇場に入った俺達は、その後、ひとしきり映画を堪能した。

 CGを駆使した豪快なアクションと熱いストーリーに、沙織は目を輝かせながら見いっていたけど、やっぱり、俺はどこか一歩下がったような目線で見てしまった。

 

 そして途中、俺の手元にあった塩ポップコーンのひとつが浮遊して空中で消えてしまったのを目にしたけど、見なかったことにした。

 『おーい沙織、お前のペットが盗み食いしてるんだけど?』とは言えないしなぁ……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねぇ優人、見てコレ、可愛くない?」

「うん、良いんじゃない?」

 

 そんなこんなで、俺と沙織は映画を見終えて映画館を後にした。映画の感想としては、『あのアクション、カッコ良かったなぁ……今度やってみよう』って感じだ。

 今は、近くのショッピングモールで服を見ている。

 

「あ、こっちの服も良いなぁ」

「またそんな青色のものを」

「良いじゃん好きなんだもん」

 

 まぁ、青色ばかりといっても藍色もあれば水色もあるし、黒や白、灰色も混ぜているので決してダサいわけじゃないけど、綾辻さんといい秋月といい、よく同じ系統の色だけで服装を考えられるものだ。

 

「試着してみよっかなぁ……どう思う?」

 

 持っていた服を自分の体の前に重ね、沙織は俺の方を向いて首を傾げた。

 

「うん、良いんじゃない。似合うと思うよ」

 

 沙織は顔が可愛いから、なに着ても似合うと思うけどなぁ。

 絶対、口にはしないけどな。

 

「そう? じゃあ行ってくる!」

「あぁ」

 

 沙織は嬉しそうに顔を緩め、ウキウキとした様子で更衣室へ向かっていった。

 了承したのは良いものの、女性用の洋服売り場で男一人でいるのは、なんとも居心地が悪い。俺はそっと店の区画から出て待つことにした。

 

 

 

 

 数分くらい、店の外でショッピングモールの賑やかな風景を眺めた後、俺は店の中へ戻った。

 

「……あれ?」

 

 しかし、沙織がいると思っていた店の試着室は、いずれもカーテンが開いていて中には誰もいなかった。

 

「すれ違ったかな?」

 

 俺は首を傾げて、店の中を探したけど、沙織の姿はどこにもなかった。

 

「どこ行ったんだ?」

 

 これまでも何度か沙織と買い物をしていて、こんなことはあったけど、いつもは試着室の前や店の中で待っているため、今みたいに、どこにもいないというのは初めてだ。

 いつもとは違う出来事に、俺は違和感を覚えながら、店を出た。

 しかしここでふと、周りの雑踏や人々の話し声、ショップ店員の呼びかけの声に混じって、遠くの方から悲鳴が聴こえてきた。

 

「……なんだ?」

 

 ただ事ではないその声に、俺は悲鳴の聴こえる方へ足を進めた。すると、その方向へ進むにつれて、顔に怯えが見える人たちが増えていった。

 

「ん、なんだか騒がしいな」

「おい、はやく逃げた方が良いぜ!」

「えっ、ちょっと!」

「なんだ、何があった!」

「皆はやく逃げろ、あっちで化け物が暴れてるんだ!」

「なんだってェ!」

 

 途中それらの声を聞いて、いよいよ俺の足は走り出していた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間は少し遡り、ショッピングモールのとある場所。

 周辺では買い物に来た親子やカップルが行きかっている。

 そんな中、走る娘を追って苦笑いする父親らしき男性が一人

 

「パパぁ、あっちー!」

「こらこら、分かったから走らないの……ん?」

 

 ふと、その男性はモールの広間の空中に、黒い(もや)のようなものを見つけた。

 その靄はどんどん大きくなっていき、黒い渦となった。

 

「なんだ?」

 

 男性を含めた周辺にいる買い物客たちも、その黒い渦に気づき、その禍々しさに恐怖を感じはじめた。そして黒い渦が大きくなるにつれ、警戒しながら距離を取っていく。

 やがて渦の中から大きなカマキリのマスコットと黒衣の少女が現れたのを見ると、悲鳴を上げて逃げだしはじめた。

 

「キャーシャシャシャシャッ!」

「……チッ、なんでコイツなんかと」

 

 渦の中から現れたのは、愉快そうに笑うノーライフのシクルキと不機嫌そうな顔をした魔法使いのヒューニだった。

 

 

 

 



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第15話 ショッピングモール大バトル!①

 

 

 

 ショッピングモールの広間に、シクルキとヒューニが現れて間もなく、沙織の使い魔であるミーは、二人の放つ魔力を感じ取っていた。

 

「ホントなのミー、近くにハデスがいるって?」

《間違いないよ。今もハデスの邪悪な魔力を感じるから!》

 

 沙織はミーの後を追う形で、混雑している人の合間を縫いながら走る。

 お店で選んだ服を試着しようとしていた彼女であったけど、ミーがハデスの魔力を感じて走り出すと慌てて後を追った。もう今の沙織は、俺が待っていたことも忘れている。

 

「キャーー!」

「逃げろォ!」

 

 ミーに続くままに走っていると、やがて彼女の向かう先から人々の悲鳴がこだました。そして沙織は、向かう先から逃げてきたと思われる人たちとすれ違う。その皆の顔には怯えや恐怖の表情が張り付いていた。

 瞬間、地鳴りのような轟音が鳴り響いた。

 

「うわぁぁ、な、なにィ!」

《この先でハデスが暴れてるんだ!》

 

 前方から聴こえてきた大きな音に驚き、沙織は足を止める。

 今の轟音でノーライフがいることを実感した沙織は、ポケットに仕舞っていた宝玉を取り出して握った。

 

「もぉぉ、せっかくの休みだったのにぃ! マジックハーツ、エグゼキューション !」

 

 キーワードを唱えると、宝玉から発せられた神聖な光が彼女の身体を包む。

 やがて閃光が消え、沙織はマジック少女戦士のコスチューム“キューティ・サマー”となった。

 

《沙織、一人で大丈夫?》

 

 ミーに訊かれ、一瞬、沙織の顔つきが変わり、大人しくなった。

 

「……確かに、私ひとりで戦うのって今回が初めてかも。だけど、だからって黙って見てらんない!」

 

 そう言って駆け出しながら、沙織はキューティ・サマーとして騒ぎの中心へと足を踏み入れた。

 たどり着いた場所では、シクルキが辺りを破壊しながら愉快そうに高笑いしていた。

 

「あっ! アンタは!」

「来たか、小娘!」

 

 暴れていたシクルキは、邪な笑みを向けた。

 

「またアンタなの? いい加減にしなさいよ!」

「キャーシャシャ、なんだ今日は一人だけなのか?」

「ふん、アンタなんか私ひとりで十分よ!」

「ほざくなガキが!」

 

 お互いに思った言葉をそのまま吐き出す。もう既に何回も戦い、逃がしたり仕留め損ねた相手だ。怒気の差異はあれど、顔を見るのも鬱陶しく感じるらしい。

 

「……まぁいい。何人で来ようと関係ねぇ。今日こそ俺様の鎌の錆びにしてやる!」

「ふん、やれるものならやってみろってのぉ! シャインロッド!」

 

 サマーは自分の武器である(ロッド)を、ブンブンと風を斬る音を立てながら回して先端をシクルキに向ける。対して、シクルキは両腕の鎌を構えて威嚇した。

 

「待ちなさい」

「えっ!」

 

 戦闘開始と思われた瞬間、広間に低い女の声が響いた。

 すると、シクルキの背後から大鎌を持ったヒューニが姿を現す。無感情の瞳と大きなクマ、闇のように深い黒の長髪と装飾の付いたドレスを着た彼女に、サマーは目を見張った。

 

「あなた、誰?」

「あなたの敵よ」

 

 どこか小馬鹿にした口調でヒューニは答えた。

 

「敵って……でも貴女、ノーライフって感じじゃないよね。てことは、ハデス?」

「クスっ、敵がいちいち教えるわけないでしょ」

 

 見下した眼でサマーを見ながら、ヒューニは大鎌を振った。

 

「ちょッ危なッ!」

 

 その場にいるとマズい……そう今までのバトルから感じ取ったサマーは、すぐにその場から退いた。

 瞬間、サマーが立っていた床にキズが走る。ヒューニの振った大鎌から発せられた風が斬撃となって走ったのだ。ショッピングモールの床はえぐれ、峡谷のようになっていた。

 事前にシクルキが暴れていたこともあり、その場の荒れた様は、もはや戦場だ。

 

「何がなんだか分かんないけど敵だって言うなら……サマーマジック!」

 

 サマーが始動呪文を唱えると、シャインロッドの先端に魔力が収束されていく。

 

「暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

 

 収束された魔力はキラキラ輝きながら、数発の光の弾丸となって、ヒューニに向かって飛んだ。

 しかし、ヒューニは表情一つ変えず、何事もないように大鎌を振るって飛んでくる弾丸を斬った。いずれの弾丸も、ヒューニにたどり着く前に音もなく飛散した。

 

「そんな……!」

「私は遊ぶつもりで来たんじゃないの。命が惜しければ、私の質問に答えなさい」

 

 サマーの放った弾丸の威力は、シクルキのような頑丈なノーライフでも、ただでは済まないはずだった。

 その弾丸をヒューニは埃でも払うように、いとも簡単にあしらった。

「“ラッキーベル”はどこ?」

「ッ!」

 

 ヒューニの問いに、驚愕していたサマーの表情が、一瞬にして曇った。

 

「な、なんのことかなぁ……!」

「……チッ!」

 

 額に汗を浮かべてわざとらしく誤魔化すサニーに、ヒューニは不愉快そうに顔を歪めて大きな舌打ちをした。そして次の瞬間、彼女の姿がブレて、立っていた場所から消える。

 

「グッ!」

 

 するとサマーの身体が横に吹き飛んだ。彼女はボールのように床をはずみ、お店の陳列棚に衝突する。サマーが立っていた場所には、ヒューニが脚を上げて立ってした。どうやらヒューニがサマーを横蹴りしたらしい。

 

「い、痛ぁぁ!」

 

 サマーが横腹を押さえて痛みに耐いる間に、ヒューニがゆっくり歩み寄る。

 

「おい、ソイツは俺の獲物だぞ!」

「黙ってて、クソ虫」

「あん?」

 

 途中、シクルキが苛立った顔になったけど、ヒューニはそんなことは知ったことではないといった感じで無視した。彼女は倒れたサマーのそばに立ち、サマーを見下しながら大鎌の刃を向けた。

 

「もう一度訊くわよ、“ラッキーベル”はどこ?」

「……誰が言うもんか!」

「あっそう……じゃあ、死ねクソガキ」

 

 ヒューニは鋭利な大鎌の先端でサマーを突き刺そうと、鎌を振り下ろした。

 目の前に迫ってくる刃に、サマーは反射的に目をつぶることしかできなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ヒューニがサマーに大鎌の刃を振り下ろそうとした瞬間、ショッピングモールの広場に一発の銃声と金属が弾ける音が響いた。

 

「ヒューニ、武器を捨てて投降しなさい!」

 

 そして、凛とした女性の声がヒューニに投げかけられる。

 下す大鎌の手を止められたヒューニは、無表情になって声が聴こえてきた方へ視線を向けた。

 そこには、ハンドガンの銃口を向けたガーディアンズのエージェントが一人立っていた。

 

「ゼロさん?」

 

 サマーがエージェントのコードネームを溢した。

 

「あらあら、お早いご到着ね」

「ガーディアンズはネット情報や高宮町の監視カメラを常時チャックしてるわ。あなた達が現れれば、10分も掛からずに現場に出動できる」

「ご丁寧な説明、どうも」

 

 ガーディアンズの本部から高宮町までは電車で2時間ほどかかるが、出動時に限ってはジェット機やヘリコプターを使用するので、移動時間は5分も掛からない。

 この場にいるのは、エージェント・ゼロ……玲さんだけだが、出動しているのは彼女だけではない。

 

『エージェント・ゼロ、市民の避難完了しました』

「了解。各員、引き続き周囲の警戒と避難誘導を続行せよ」

『了解』

 

 現場の周辺では玲さんと共に来たガーディアンズのエージェントが市民の避難誘導を行っていた。

 

「それに、来てるのは私達だけじゃないわよ」

 

 瞬間、何かの影が過ぎり……というか、まぁ、俺なんだけど……俺は、ヒューニ達に向かって思いっきり走り込み、飛び蹴りをかました。しかし、勘の良かったヒューニはその場からすぐに飛び退き、進行方向の先にいたシクルキだけに攻撃が当たる。俺の飛び蹴りを受けたシクルキは床に弾むこともなくまっすぐ飛んでいき、大きな音を立てて壁にめり込んだ。

 玲さんと示し合わせたようなタイミングになったけど、それは偶然だ。

 

「えっ……ハイドロード、さん?」

 

 ハイドロードのコスチュームを着た俺を見て、サマーは瞬きした。ちなみに、玲さんが気を利かせてくれたおかげで、スネークロッドも装備済みだ。

 

「やぁ、キューティ・サマー」

「おっ、覚えててくれたんですか!」

 

 うわぁ……声がいつもより高いし、眼がキラキラしてる。

 今回でサマーとは二度目の顔合わせになるけど、沙織(サマー)から憧れの眼差しで見られると、なんだか心がむず痒い。

 多分、今の俺は顔を引きつらせたような微妙な表情をしていると思う。ハイドロードのマスクがあって助かった……いや、マスクを被っているから、こうなってるのか?

 

「グラァァーーッ!」

 

 そんなことを考えているのも束の間、俺が蹴り飛ばしたシクルキが雄叫びを上げて、思いっきり瓦礫を殴りながら土煙の中から出てきた。

 

「人間の分際でェ、よくも俺様を蹴りやがったなァ!」

 

 過去に何度か遠目で見たことあったし、話にも聞いていたが、ホント柄が悪いな。やられ役の三下みたいだ。

 

「サマー、あのカマキリをお願い。そこの魔法使いは私たちが引き受けるわ」

「えっ、あっはい!」

 

 ハンドガンの銃口と鋭い眼光をヒューニに向けながら、玲さんはサマーに言った。戦闘時とあって、いつもより張り詰めた雰囲気になっている。

 それを見てサマーは若干戸惑った様子だったけど、すぐに返事をして気を引き締めなおした。

 

「死ねェ、サルがァァ!」

「アンタの相手は私だぁ!」

 

 鎌の手を振り上げながら俺に向かって飛びかかろうとしていたシクルキだったけど、横からきたサマーに思いっきりロッドで殴られ、またどこかに吹き飛んでいった。

 どうでも良いけど、魔法少女の杖でその戦い方はあってるのか……?

 

 

 サマーは飛んで行ったシクルキを追って、その場を後にした。そして、残された俺と玲さんはヒューニと対峙する。

 

「言っても無駄だと思うけど、規則だから言っておくわ。ヒューニ、我々ガーディアンズは雪井彰人の件であなたに訊きたいことがたくさんあるわ。大人しく投降して私達と本部まで来なさい」

「イヤよ」

「同行を拒否するなら、取り押さえて連行することになるわ」

「ふーん、やってみれば良いんじゃない?」

 

 玲さんに銃を向けられながら警告されても、ヒューニは平然としている。

 素人が余程自分の力量に自信があるのか。それとも……。

 

「そう。それなら……」

 

 俺がヒューニの思惑を勘ぐっていると、突然、銃声が響いた。

 振り向くと、玲さんの持っているハンドガンの銃口から煙が上がっていっていた。

 

「えっ、撃った?」

「そりゃあ敵なら撃つでしょ」

 

 いや、最初の一発は威嚇射撃とか……ね?

 ノーライフならまだしも、一応ヒューニは人間(?)なんですから。

 

「チッ、痛いわねぇ」

 

 お前も無傷なのかよ!

 急所じゃなかったとはいえ、ガーディアンズのハンドガン……ベレッタって言ってたかな……それを肩に受けて、すれ違いざまに肩と肩がぶつかったようなリアクションで済むのはおかしいぞ?

 

「どうやらノーライフと同じで、彼女にも物理攻撃は効きにくいみたいね」

「魔法って便利だなぁ」

「貴方の身体や能力も似たようなものでしょ」

 

 それはまぁ、はい……おっしゃる通りで。

 そんなやり取りを玲さんとやっているうちに、ヒューニが大鎌を構えて怖い顔をしながらこっちを向いた。対して、玲さんは銃を握る手の力を強め、俺はスネークロッド構える。

 

「先に仕掛けたのは、そっちだから」

「いやいや、そもそもここに暴れに来たのはそっちだろ?」

 

 そんな会話を交わした後に、ヒューニとの戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 



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第16話 ショッピングモール大バトル!②

 

 

 

 

 ヒューニの大鎌の扱いは目を見張るものがあった。俺も棒術をマスターしているけど、重心が真ん中にある(スネークロッド)と違い、大鎌は刃側に重心が傾くため桁違いに扱いが難しい。また剣や刀、槍とも違い、振った時の刃の抵抗も違うので、大鎌の持ち手部分を振りながら、先端の刃で目標を斬るには、刃を振り回すだけの筋力とそれ相応の独特のセンスが必要だ。

 それにも関わらず、ヒューニはペン回しでもするように大鎌を振り回して鎌の刃で斬りかかってくる。刃が俺の身体を斬りそうになるたびにスネークロッドで防いでいるけど、大鎌とスネークロッドがぶつかり合うたび、鉄を打つような大きな音が鳴った。

 パワーも中々のものだ。

 

 

 しかし、こう言ってはなんだけど、彼女の動きはハッキリ言って子供騙しだ。

 

 

 死神とかのせいで強そうな凶器のイメージがあるけど、大鎌なんて、まったく実戦向きの武器じゃない。

 訓練で対人戦になれているものならば、特殊能力のない人間でも簡単にあしらえる。ガーディアンズの研修中に一通りの格闘技を見せてもらった俺にとっても、彼女の攻撃を防ぐのはそう難しいものではなかった。

 玲さんがうまいことハンドガンで牽制してくれることもあって、防御から反撃に切り替えるのも容易い。

 

 

 そんなこんなで、しばらくヒューニの大鎌の攻撃を俺がスネークロッドで防ぎ、合間に玲さんがハンドガンで狙撃する流れが続いた。時折、ヒューニは標的を俺から狙撃する玲さんに変えようとしていたけど、俺がヒューニと玲さんの直線上に回り込むことでそれを防いだ。

 

「……チッ!」

 

 ヒューニにしてみれば、俺と玲さんの連携は不愉快なものだろう。舌打ちするのも無理ない。

 

「アァーもォー、ウッザイ!」

 

 途端、イライラをぶつけるようにヒューニは大鎌をブン回した。

 けどただ単純に癇癪を起したわけでもないらしい。大鎌から生じた風圧が斬撃となって辺りに飛散したのだ。

 

「おぉ!」

 

 漫画みたいな芸当に俺は思わず声を洩らす。

 斬撃は辺りの床や壁、柱、店の陳列棚を破壊した。当然俺や玲さんに向かっても飛んできたけど、玲さんはその場から飛び退いて身をかわし、俺はロッドを回すだけで防ぐことができた。流石にアルティチウム製のスネークロッドを壊すほどの威力はないらしい。

 しかし、今の斬撃……魔法か?

 まさかホントに鎌風を飛ばしてるわけじゃないだろうし……。

 

「……おっと!」

「このォォ!」

 

 斬撃を飛ばしてもヒューニの怒気は治まらず、彼女は俺に向かって大鎌を振り回す。彼女の大鎌とスネークロッドがぶつかる音が、まるで爆竹でも爆ぜたみたいに大きくなった。

 彼女の攻撃は先ほどより力任せになり、パワーが増している。

 

「ハァ、フッ、このォ!」

「ッ! クッ! 危なッ!」

 

 てか、ヤバい。大鎌を受け流すたびに俺の筋肉が軽くきしむ。

 一体その細身の身体のどこにそんな力があるんだか……。

 

 そんなことを考えている瞬間も、俺とヒューニの攻防が続く。

 俺が後ろに下がって攻撃を避ければ、ヒューニは前に踏み込んで追撃してくる。追撃できないくらいまで距離を取ったら、今度は大鎌を振って鎌風を飛ばしてくる。

 形勢としては、少し押されている形だ。

 

 けど、こんな怒りに任せた力技の攻撃がそう長く続くわけがない。

 今は攻撃をすべて受け流して、やがて力尽きた所を狙う。

 

 俺がそんな風に作戦を考えていると、途端に大鎌を振るうヒューニの口がニヤリと歪んだ。

 

「ほらほら、早くしないと“愛しの幼馴染”がシクルキ(あのバカ)にやられるわよ!」

「……は?」

 

 今コイツなんて言った?

 

「確か名前は、夏目沙織、だったかしら?」

「……何の話だ?」

「フフフッ」

 

 惚けてみたけど、ヒューニの顔に張り付いたダークな冷笑と確信は消えなかった。

 瞬間、手に持っていたスネークロッドが大鎌の刃に弾かれて、あらぬ方向へ飛んでいった。

 

「しまった!」

 

 油断した。

 態度には出さないようにしてたけど、思った以上に俺は動揺していたらしい。

 

 そんな俺の隙を逃さず、ヒューニは畳み掛けるように大鎌を振るって俺の足を引っかけ、倒れた俺を踏みつけて抑え込んだ。

 

「どうやら、あなたの方が一足早く私にやられるみたいね、ハイドロード……いいえ、水樹優人くん」

 

 ……マジかよ。

 

 口調が妖艶だったことなど正直どうでもよく、俺はヒューニが自分の名前を呼んだことに心の底からドキッとした。

 

「……お前ぇ」

 

 俺は反射的に低い声を出してヒューニを睨んだ。マスク越しだから表情なんて見えないだろうけど、おそらく今の俺は、かなり目つきが悪くなっていると思う。

 俺の聞き間違いでなければ、コイツは今、どういうわけかサマーの正体だけでなく俺の正体も口にした。

 

「どうしてそれを……?」

「そんなこと、どうでもいいじゃない」

 

 よくねぇーよ!

 

「どうせ貴方は、ここで死ぬんだから!」

 

 そう言いながら、ヒューニは大鎌の刃を俺に向けて持ち上げ、一気に振り下ろした。

 

「ハイドロード!」

 

 玲さんの声が響く。

 首を上げて見ると、玲さんの姿の代わりに、水の入った2リットルペットボトルが視界に入ってきた。

 どうやら玲さんがその辺から、あるいは本部から持ってきてくれたらしい。

 

「だから常備してなさいって言ってたのに!」

 

 そう言うのは簡単だけど、水の入ったペットボトルって意外にかさばるのですよ。それに、その辺のコンビニや自販機でゲットできるし……。

 

 ……いや、ごめんなさい。今度から常備しておきます。

 持ってきてくれてありがとうございます。

 

 なんて、心で玲さんに謝罪と感謝をしながら、俺は飛んできたペットボトルの水に意識を飛ばした。

 ありがたいことにペットボトルのキャップは外してある。

 玲さん、サポートがパーフェクト過ぎる……。

 

「ありがとうございますホント」

 

 俺の意識下に入った水は、ペットボトルの中から飛び出して、ヒューニに向かって飛んだ。

 2リットルの水、つまり2キロの重さのある物質がぶつかる衝撃というのは……まぁ、速度にもよるけど……結構なもので、ヒューニの振り下ろそうとした大鎌の刃は、俺の飛ばした水に弾かれた。

 

「なに!」

 

 ヒューニが踏みつけて抑えていた俺への拘束が外れ、そして同時に、彼女の持っていた大鎌が床に突き刺さる。

 俺は跳ね起きて、転がっているスネークロッドのところに行き、そのまま流れるように手にして構えた。

 

「チッ!」

「まだまだぁ」

 

 俺にトドメを刺し損ねたことに気を悪くしたようでヒューニは大きな舌打ちをしたが、あいにく俺の制御下にある水は彼女の周りに飛び散っている。

 いつぞやの時のように、俺は飛び散っている水を縄状に操作してヒューニを拘束するように仕掛けた。今回、水は彼女の身体をすり抜けることなく、手首と腰部に巻き付いて、あっという間に拘束した。

 

「ふん、またコレ?」

 

 すると突然、ヒューニの身体やドレスがどんどん黒く染まってていった。正確に言うと、彼女の全身が闇に包まれているような感じだ。やがて、水で拘束していた彼女の身体が形を無くしていき空気の中に消えていった。俺が操っていた水も拘束対象を失って弾け飛んだ。

 

「これは……!」

 

 ひょっとしなくても、魔法か?

 あの時も、こうやって避けたのか。これじゃあ、拘束するのは一苦労だな。

 

 それにしても、コイツ、どうやって俺たちの正体を……。

 

 いやいや、とりあえず今は連行するのが先だ。どこで知ったのか訊くのは、本部ですれば良い。

 問題は、どうやって捕まえるか……。

 

「フフフフッ!」

 

 警戒しながら辺りに目をやるが、声は聴こえても姿は見えず……。

 

「……ッ!」

 

 ふと、足下で不自然な形に空気が流れるのを感じた俺は、眼だけで視線を下に移した。

 すると床が、いや床に差した“影”が異様に色濃くなっていた。そして、俺がその異変に気が付いてすぐに、その影の中から大鎌の刃が生えてきた。

 俺は瞬時に足を踏み込み、その場から跳び退いた。次の瞬間には、その刃がつけたと思われる大きな傷が床に走る。

 

「……“影”か」

「フフっ、正解」

 

 ニヤリと笑いながら影の中からヒューニが現れる。

 どうやら彼女には自分の身体を影に溶け込ませ、移動する力があるらしい。

 

「魔法ってなんでもありなんだな……」

 

 影を捕まえるなんて雲を掴むことより難しい、ハッキリ言って無茶苦茶だ。

 これがヒューニの魔法なら、彼女を捕らえるには本人を気絶させて連行するくらいしかない。

 

「……参ったね全く」

 

 俺は内心で頭を抱えなから、作戦を考える。

 幸い、この場にいるのは、俺ひとりじゃない。

 

 ……“餅は餅屋”だ。

 

 俺が彼女を捕らえる作戦を練り上げた途端、遠くの方で大きな爆発が起こった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方その頃、俺と玲さん、ヒューニが戦っているすぐ近くで、サマーとシクルキの戦いが行われていた。

 

「ハァァ!」

「シャァァ!」

 

 二人の振りかぶった(ロッド)と鎌の手がぶつかり合って接触部分から何度も火花が散る。

 

「サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

 

 サマーの放つ弾丸がシクルキに当たり、爆炎を発生させる。弱いノーライフなら一撃で倒せる威力のある魔弾だけど、これまでのシクルキとの闘いで何十発と使ってきたサマーは、今の直撃でシクルキを倒せたとは思っていなかった。

 

「無駄だゴミがッ!」

「もう、しぶとい!」

 

 効果が薄いと分かっていても、何度も同じ結果になることにサマーはイライラし始める。

 爆発の土煙から姿を現したシクルキは、身体は汚せどダメージらしい傷は与えられていなかった。

 

「大人しくラッキーベルの在処(ありか)を言いなァ!」

「誰が言うもんか!」

「じゃあ死ねェェ!」

 

 シクルキのギザギザした鎌の腕が開き、剣で斬りつけるみたいに腕を振るう。だが、その動きは全て単純だ。サマーは、そのシクルキの大ぶりな斬撃をすべて躱していく。

 何度斬りつけても、シクルキはサマーに攻撃を当てることができない。代わりにショッピングモールの床や壁、お店に並べられた商品や陳列棚が破壊されていった。

 

「サマー・シャイン・チャー、うぉぉっと!」

 

 そんな中、反撃に転じようとしたサマーだが、次々と襲いくるシクルキの攻撃に呪文を演唱を遮られ、なかなか反撃できないでいた。

 

「シャァァ!」

「うぁぐっ!」

 

 やがてシクルキの一撃が瓦礫を吹き飛ばし、サマーに直撃した。ダメージは無いようだけど、シクルキにとって追撃のスキができた。

 

「シャッハァーー!」

「やばっ!」

 

 斬られる、サマーは一瞬覚悟した。そして反射的に、目を閉じて衝撃に備えて身構えた。

 

「ドワッ!」

 

 しかし次にやってきたのは、鎌の斬撃でも投擲された瓦礫でもなく、シクルキの短いうめき声と瓦礫が転がる音だった。

 

「……えっ!」

 

 いつまで経っても衝撃が来ないことに疑問を覚え、サマーはゆっくりと目を開いた。

 すると、先ほどまで目の前にいたシクルキの姿はなくなっていた。どこへ行ったのかと辺りを見渡すと、なんとシクルキは店の一角に転がっていた。

 イライラしながら息を切らせているヒューニと共に……。

 

「何してやがるヒューニッ!」

「うるさいわねェ!」

 

 瓦礫とヒューニに挟まれ、シクルキは悪態をつく。

 この前の四神会議でヒューニはハデスの一員だと聞いたけど、どうやらヒューニとシクルキ、あるいはハデスのメンバー間にまともな仲間意識はないらしい。

 

(あの人の動きが急に変わった。どうして……まさか、はじめの動きは私の技量を知るための探りだったっていうの。それに、私の影の魔法、身体を影化しているときは、どんな物理的な攻撃も寄せ付けないけど、代わりに、こっちも攻撃できないことが見抜かれてる! これが戦闘経験の差……!)

 

 ヒューニが恨みのこもったような眼で、こっちを見ている。

 何を考えているのかは知らないけど、追いつめられて相当胸くそ悪くなっているようだ。

 

「チッ、バカにしてェ……!」

 

 怖いねぇ。

 馬鹿にしたつもりなんて欠片もないのに……。

 

「ハイドロードさん!」

 

 急な状況の変化に、少しポカンとしていたサマーだったけど、俺の方を見て、ようやく事の理解が追い付いてきたようだ。

 

「サマー、今だ!」

「えっ……あっはい!」

 

 返事に間があったけど、俺の意図を理解してくれたらしく、サマーは自分の杖を持ち直す。

 

「サマー・シャイン・チャージ!」

 

 サマーは呪文を唱え、清らかな光を輝かせながら青色の魔力が杖の先に収束していく。

 やがて光が最大限まで集まると、サマーは杖を掲げ、攻撃の対象であるヒューニとシクルキに杖の先を向けた。その際、杖の先端から零れる光の粒子が装飾のようにキラキラ輝いていて、まさに魔法少女って感じになっていた。

 

「サンフォース・ストライク!」

 

 その呪文が所謂発射の始動キーなんだろう。轟音を響かせ、波動砲のような魔力の光線がサマーの杖から放たれた。

 眩しく太く青い光線は、まっすぐヒューニ達に向けて直進し、あっという間にのみ込んでいった。

 青色なのが少し気になったけど、“太陽の力”と言うだけあって、その威力は凄まじい。

 やがて放たれた光線は徐々に細くなっていき、サマーが杖を下すとプツリと消えた。

 

「はぁ、はぁ……ふぅぅ」

 

 必殺技を出して疲れたのか、サマーが呼吸を整える。その間に俺は、もしもの時の反撃を警戒して、二人のいたところを注視する。光線が通った所は荒れているけど不思議と焦げ跡とかはない。熱も感じない。あるのは瓦礫と舞い上がった土煙だけ。光線の跡というより、横向きの竜巻が通った跡って感じだ。

 やがて、徐々に土煙が流れていき、ヒューニの姿がハッキリ見えた。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……クッ!」

 

 ヒューニは自身の大鎌を杖代わりにして体重を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。“餅は餅屋”ってことで、サマーの魔法攻撃を当てるように仕向けたのは俺だけど、思っていたよりもサマーの攻撃が強力だったため、一瞬、ひょっとして死んだかも、と心配していた。

 身なりは、だいぶボロボロになっているけど、生きてるようで、とりあえず一安心だ。

 今の彼女は隙だらけ、捕らえるのも簡単そうだ。

 

「……悪いな」

「なっ、ハイドロっ!」

 

 俺の名前を口にしようとしたヒューニだけど、途中で言葉が途切れる。

 俺が操った水で彼女は口元と鼻を覆い、発声できなくさせたせいだ。

 普通、水で口や鼻を覆われたらならボコボコと空気が漏れ出て肺の方へ流れ、溺死するが、俺の場合は、その流れを起こさず、強制的に呼吸を止め、低酸素症で気絶させる事ができる。勿論、そのまま呼吸を止めれば死ぬが、気絶後すぐに操った水を取れば、自発呼吸で死ぬことはない。

 絵面はなかなか残酷だが、当て身で気絶させるより確実かつローリスクだ。

 

「ガッ、グゥ、ッッ……」

 

 サマーのダメージによる疲労と驚いて気を乱したこともあったからなのか、一分もしない内に、ヒューニは気を失いバタリと倒れた。

 

 これで、彼女を本部に連れてけば、俺の任務は達成だ。

 影の魔法は厄介だけど、本部なら何かしら彼女を拘束する方法や装置があるだろう……。

 

「グアアァァァ!」

 

 俺が倒れたヒューニに歩みより口元と首元に手をやって生死と呼吸の有無を確認した途端、近くから腹の底から響かせたような咆哮が聴こえてきた。

 目を向けると、シクルキが鬼のような形相で襲ってきていた。

 

「うるさい!」

「グハッ!」

「……あっ!」

 

 やべっ、つい反射的に蹴り飛ばしてしまった。

 いや、まぁ敵だし、それに襲ってきたのは向こうだし、別に良いんだけど……。

 

「お、おのれェ、よくもォ……よくもォォォォ!」

 

 蹴飛ばしたシクルキは、その場に倒れたまま顔だけこっちに向けて、血走ったような眼で俺を睨み、殺気をぶつけてくる。

 ヒューニ以上に身体中ボロボロで、よく見ると片腕が無くなっている。

 

「殺すッ! 殺してやるッ! 魔法少女(クソガキ)もッ、テメェ等人間もッ、全員まとめて地獄に送ってやるッッ!」

 

 見るからに死にかけって感じなのに、お元気ですこと。

 普通、片腕取れてたら傷みに悶えそうなものだけど……。

 いや、虫には痛覚が無いんだっけ?

 

「そこまでにしておきなさい、シクルキ」

「ッ! おわッ!」

 

 瞬間、背後から殺気を感じて、俺はその場から飛び退いた。だが反応が遅れてしまい、攻撃の爆風に押され吹き飛ばされた。

 倒れ込みながらも受け身を取って、すぐに振り返ると、目を向けた先には暗黒空間につながったような黒い渦があった。その渦の前には人間の上半身と蛇の下半身をした女怪人が立っていた。

 その女怪人……メデューサのことは、沙織(サマー)から玲さん(ガーディアンズ)への報告を聞いて知っている。

 

「邪魔すんな!」

「あらぁ、幹部の私に逆らうつもり?」

「なっ……クッ!」

 

 メデューサの冷めた笑みに、さっきまで怒り狂っていたシクルキが不気味なくらい大人しくなった。

 メデューサは魔法らしき力を使って、ボロボロになったシクルキと倒れているヒューニの身体を浮遊させた。

 

 ヤツら、逃げる気だ……。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 サマーが叫びながら杖を振って魔法を放つ。青い光の球体は魔弾となってメデューサたちに向かって飛んだ。

 

「ふん、無駄無駄ぁ!」

「アイタっ!」

 

 しかし、魔弾はまるでメデューサから逃げるように弾道を変え、俺を襲った。

 着弾するのと同時に魔弾は爆ぜ、俺の身体に爆発の衝撃と痛みが走る。衝撃によって俺の身体は宙を浮き、10メートル以上の距離を派手に吹き飛んだ。

 

「ハイドロードさん!」

「イテテぇ」

 

 幸い、強固な装甲のおかげでダメージは少ないけど、魔法少女の力が強いのか、それともメデューサが弾道を変えるときにパワーを加えたのか、思いのほか魔法ってのは強力だ。まるで普通乗用自動車が突っ込んできたみたいだ。

 

「ふふっ、じゃあねぇ!」

 

 シクルキとヒューニを黒い渦の奥へと連れて行くと、メデューサは馬鹿にしたように笑いながら、後ろを向く。文字で現したら語尾に音符マークでもつけたような言い方だった。

 そして徐々に渦が小さくなっていく。ここまで来ると、俺たちに奴らの足を止めるすべはない。

 完全に、逃がしてしまった。

 

「くそっ!」

「逃げられた」

「いや、まだまだ」

「「えっ!」」

 

 俺とサマーは揃って声を洩した。

 

「玲さん?」

「これだけ暴れておいて、タダで帰すわけにはいかないでしょ」

 

 サマーの横に立って、玲さんは淡々とした口調で呟き、何かを肩に背負う。

 その玲さんが肩に背負っているモノを見て、サマーは目を見開き思わず後退りした。

 

「なっァァ、ロケットランチャー!」

 

 細長い筒状の銃身と二つの持ち手……サマーが言ったように、玲さんが持ち出したのはロケットランチャーだ。

 RPGのような形をしているそのロケットランチャーの側面には、ガーディアンズのロゴが入っている。それはスネークロッドと同じく、本部の開発班が作った武器のひとつだ。

 

 本部から持ってきていたんだろうけど、今まで一体どこに隠してたんですか?

 てか、ロケランって、こんな距離で撃つものじゃ……。

 

「ハデスさん、忘れものよ」

 

 俺が口を挟むも間もなく、玲さんは鋭い眼光でスコープを覗きながら、小さくなっていく黒い渦へ銃口を向け、引き金を引いた。

 爆音を轟かせ、ロケット弾が発射される。弾は一直線に飛んで行き、吸い込まれるように黒い渦の中へ入っていった。まるで裁縫針の穴に糸が通るような見事な射撃だ。渦の中へ飛んだロケット弾は、あっという間に俺たちの眼から見えなくなる。

 ロケット弾の発射から渦の中に消えるまでは僅か一秒足らず、そして次の瞬間、渦の奥の方で大きな爆発音が聴こえた。

 本来なら、ロケットランチャーの射程距離は数百メートルほど。こんな距離で射撃と着弾をすれば、撃ち手の玲さんや俺たちも爆発にまき込まれる。

 けど、衝撃が来る前に黒い渦が縮小して目の前から消滅したおかげで、その心配は杞憂に終わった。

 消えた瞬間、爆発の火と風がちょっとだけ漏れ出ていたけどね……。

 

「や、やったぁ、んですか?」

「さぁ、どうかしらね……」

 

 サマーが呆気にとられながら、玲さんに訊ねた。

 ロケット弾が当たったのか、そして奴らにダメージはあったのか、渦の向こうでの出来事で確認ができないため、玲さんがそう答えるのも無理ない。

 まぁ、ヒューニ達を逃がした形になったけど、一矢報いた、のかな……?

 

 いやはや、それにしても……。

 

「……え、エグい」

 

 俺はマスクの下の表情を引きつらせ、ボソリと呟いた。

 

 

 こうして、ショッピングモールの戦いは幕を下ろした。

 

 

 

 






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第17話 魔法少女の隠し事

 

 

 

 

 高宮町のショッピングモールに現れた黒い渦の向こうは、何もない暗黒の空間がどこまでも続いていた。

 その空間に光は全く照っておらず、薄い靄のようなものが漂っている。湿気はないのに、まるでジメジメとしているようにすら感じられる。

 今そこには、3つの影があった。そのうちの2つ、ヒューニとシクルキはボロボロになって地面に倒れている。

 

「………」

「クソォ! 殺す! 絶対殺す! あの人間どもォ!」

 

 一言で地面に倒れているといっても、その二人の様子は違っている。ヒューニは静かに気を失い、シクルキは恨み言を罵声のごとく口にしていた。

 そしてこの場にあるもうひとつの影……メデューサは、自身の身体の欠損部分を修復させていた。

 彼女の身体を吹き飛ばしたのは、ショッピングモールの去り際に放った玲さんのロケットランチャーだ。そのロケット弾がメデューサの身体に直撃していたのだ。おまけに、弾の破片もいくつか食い込んでいる

 

「あがっ、あぁ、ぐッ」

 

 うめき声を上げながら、メデューサの残った身体の部分が細胞分裂を繰り返す。そして爆発によって吹き飛んだ肉片部分が植物が生えるみたいに修復されていく。

 やがて再生が終わり、メデューサは元の姿を取り戻した。

 

「はぁぁ……まったくヒドイことするわねぇ」

 

 身体が吹き飛び、地獄の死者のような声をあげながら身体を再生させたというのに、まるで子供の悪戯でもあったかのように、メデューサはため息を溢した。

 

「……フフフッ。けど、やっぱり人間の技術はこの程度。これなら、私達の障害となるのはあの小娘たちだけね」

 

 修復によって乱れた髪の毛を整えながら、メデューサは不敵に笑う。

 

「さて、今回の襲撃で人間どもの“負のエネルギー”も良い感じに集まったことだし、作戦を次の段階へ進めましょうか」

 

 その見るもの全てを見下すような彼女の眼は、足元でのたうち回っているシクルキへと向けられていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 高宮町のショッピングモールの広場。

 現在、戦闘で荒れたモールは、ガーディアンズによって封鎖されて支援部隊のエージェントが瓦礫の撤去を行っていた。当然、お客らしき人の姿はなく、いるのはエージェントの服を着たガーディアンズの関係者だけだ。

 だが今そこに、エージェント服を着ていない少女が一人いる。その少女……沙織は、変身を解いた姿で作業の様子を眺めていた。

 

「結構、壊しちゃったなぁ」

《マーとムーがいないから、修復の魔法も使えないからね》

 

 沙織と一緒にエージェントの作業する風景を眺めながら、ミーは残念そうな顔でため息をついた。

 先日体育館で使ったような、戦闘で壊した建物などを元に戻すニャピーの修復魔法は、マー、ミー、ムーの三人が揃わなければ発動することができないのだ。

 

「それに、優人も……あっいけね。そういえば優人のこと、すっかり忘れてた」

 

 沙織はハッと思い出したように反応して、すぐさまスマホを取り出した。

 

「優人、大丈夫かなぁ。ゼロさんは負傷者は出てないって言ってたし、大丈夫とは思うけど……んー、あれ?」

 

 MINEのメッセージや留守電がないことに少し首を傾けつつも、沙織はMINEのアプリを開き、メッセージを打った。

 

「……それで、沙織さん、話を続けて良いかしら?」

「あっはい、すみません!」

 

 玲さんに声を掛けられ、自分が事情聴取されている途中であったことを思い出した。

 

「そのぉ、一緒に来てた友達に一言メールして良いですか? 別れてから何の連絡もしてなかったんで、心配してるかも……」

「……えぇいいわ。けど手短にお願い」

「ありがとうございまーす!」

 

 

 

 

 時は少しさかのぼり、30分ほど前のこと。

 ヒューニ達が暗黒空間へ逃げ帰り、ショッピングモールの戦闘は終わった。玲さんは非常線を張っていたエージェントに指示を出して警戒を解かせ、後片付けとして本部に支援部隊の要請を出した。

 

「……ふぅぅ」

 

 俺もスネークロッドを肩にのせ、緊張を解いた。

 

「あ、あの! は、ハイドロードさん!」

「ん?」

「あぁいや、その、ああああ、あのっ!」

 

 落ち着けよ。

 幼馴染だけど、沙織(サマー)がこんなにも挙動不審になっているのは初めて見た。顔は真っ赤だし、視線はキョロキョロして、口はポカンと開いたままになっている。手の動きなんて、まるで手話みたいだ。

 

「落ち着いて……どうしたの?」

「……その!」

 

 サマーは大きく息を吸って、まっすぐ俺に眼を向けた。

 

「私、その、初めて会った時からハイドロードさんのファンなんです!」

「あぁ、そうなんだ」

 

 うん、知ってる。

 どこから入手したのか、スマホの待ち受け画面もハイドロードにしてたしな。

 

「あの頃からずっと、私もハイドロードさんみたいに人助けしたいなぁって考えてて!」

「へ、へぇ……」

「だから、その、えっと、何が言いたいかというと、あの…………ハイドロードさんの、サインください!」

「えっ! あ、あははは。そっかぁ、弱ったなぁ」

 

 ねぇーよ、サインなんて。

 

「あっ、色紙がないですよね。じゃあ、その、とりあえずこの私の杖にでも!」

 

 変身解いたら消えるよねソレ?

 

「アァー、そういえばマジックも無い! どうしよォ!」

 

 知らねぇよ。

 

「ハイドロード」

 

 サマーがあたふたしている様子にマスクの下で苦笑いを浮かべていると、玲さんが戻ってきた。

 

「れぃ、っじゃなくて……エージェント・ゼロ、どうした?」

「本部から通達よ。『至急、帰還せよ』ですって」

「あぁ。けど、その前に話しておきたいことが」

「報告なら本部で」

 

 玲さんは俺の言葉を遮り、サマーから見えない角度で片目をまばたきさせた。

 

「……了解。すぐ戻る。ではサマー、また会おう!」

「あっえと、は、はい! またいつか……!」

 

 そのアイコンタクトで、玲さんの指示が彼女の(フォロー)だと察した俺は、サマーに一声かけてその場を後にする。

 いつまでもここにいちゃ、サマーは変身を解かないだろうし、後々、俺と合流するときに支障が出る。ヒューニ達と戦っている間に、俺が何をしていたのかとか、口裏が合うよう考えなきゃいけないしな……。

 

「……んーくぅぅーー、ねぇ見てた見てた、ミー! ハイドロードさんが私に『また会おう』だってぇ! もうコレ、私もヒーローに認めてもらえたってことかな。そうだよね、いやそうに違いないよねっ!」

《う、うん。どうだろうねぇ……》

「はいはい、喜ぶのは勝手だけど、事情聴取するから付き合ってくれる?」

「了解です!」

 

 

 

 

 

【優人、いまどこ? 大丈夫だった?】

 

 そして時間は進み、ハイドロードのコスチュームを解いた俺は、送られてきたメッセージを見て、ひとり苦笑いした。

 

(……電話すれば良いのに)

 

 今、俺がいるのはショッピングモールの外、入口から離れたところにある物陰に立っていた。

 入口周辺はガーディアンズによって規制線が張られ、野次馬と一部メディアが集まっている。けど、建物に設けられたスタッフ専用の出入口の周りには誰ひとり人がいなかったため、俺は人目につかず、こっそり建物から出ることができた。

 これで、後は沙織がモールから出てきて落ち合えば、さもパニックで逸れただけのようにできるだろう。いままで何をしていたかなんてのは沙織もできるだけ避けたい話題だろうし、お互い深く追求しなければ、上手く誤魔化せるだろう。

 

【モールの外。とりあえず無事だけど、沙織は?】

 

 疑問文で返信してはみたものの事情聴取中だし、すぐに返事は返ってこないだろうなぁ。

 

「……それじゃあ次の質問だけど、ヒューニと名乗った少女について、貴女やお付きの妖精は何か知ってるかしら?」

「いいえ、私は何も……。ミーは?」

《ハデスの一員と見て、まず間違いないね。彼女からシクルキやメデューサと同じ邪悪な魔力を感じたよ。でも、それ以上のことはまだ分からないね》

「ミーはハデスの仲間だろうって」

「……そう」

 

 ハイドロードのインカムから沙織の事情聴取を聞きながら、俺はこの前の四神会議での情報と照らし合わせる。

 なぜ、モールの外にいる俺に沙織の事情聴取が聞こえているのか……それは玲さんがインカムの電源をオンにしたまま、事情聴取をしているからだ。しかも、御丁寧に(ハイドロード)への緊急無線の周波数に合わせて、だ。つまり、玲さんは他のエージェントにこの通信を送らず、俺だけに聞こえるように細工しているのだ。

 おそらく玲さんなりに気を使ってくれいるのだろう。

 

「私もハイドロードと一緒に彼女と戦ったけれど、ノーライフと同じく、普通の武器じゃ効果は少ないみたいだったわ。だからガーディアンズとしては今後、彼女の相手も貴女達にお願いすることになるかもしれないけど、頼めるかしら?」

「はい」

「彼女については何か情報が分かり次第、貴女達にも共有するけど、そっちも何かあればこっちに随時報告を頼むわね」

「はい」

 

 ヒューニと社長のことは、言わないのか?

 まぁ、話して沙織たちが社長の事件の方にも足を突っ込みだしたら事だし、今は特に言う必要もないか。

 

「最後に、今回の襲撃、相手の目的は何か分かるかしら? やっぱりこれまでと同じく、人々の不安を煽ること?」

「はい。そう、みたいです。あの、ヒューニでしたっけ、あの人もそんなこと言ってました」

 

 ……ん、なんだ?

 今、沙織の話し方に違和感が……。

 

「そう。幸い、今回はうまく周りの人を避難誘導できたし、犯罪の誘発も無かったから、その点は結果オーライね」

「はい……あの、そういえば、この壊れたモールって」

「ん? あぁ、修繕の件は、今は気にしなくていいわ。貴女達の魔法を使って直してもらいたいところではあるけど、今から他の二人に集まってもらうのは流石に急すぎるし、直すのは後日で大丈夫よ。時間が経てば元に戻せないっていうなら、急いで連れてくるけど?」

「それは……どうなの、ミー?」

《大丈夫だよ、修復の魔法は、魔法による破壊ならいつどんな場所でも直せるから》

「大丈夫みたいです」

「そう良かったわ…………魔法って便利ねぇ」

 

 まったくな。

 てか沙織のヤツ、さらっと話を逸らしたな。

 

 

 

 

 その後、沙織への聴取は終わり、俺はインカムの電源を切った。

 

 『なぜヒューニが今回襲撃してきたのか』

 

 その質問に対する沙織の答え方……アレは何かを誤魔化したような言い方だった。

 そもそも沙織の言うように、いつものように人間を恐怖させるだけなら、ヒューニのヤツやメデューサが出てくることもないだろうに……。

 

「……もしかして、キューティズ達(アイツら)、何かガーディアンズに隠し事してる?」

 

 

 

 

 






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第18話 再来



間違えて、先に19話を投稿してしまった……!





 

 

 ショッピングモールの事件から、数日が経った。結局あの後、キューティズ達によって建物が修復され、事件は新聞に小さく載っただけでいつも通り目立った騒ぎにはならなかった。

 そして、今日は平日。時間は三限目だ。

 

「これで判別式が求まった。そして問題にある楕円と直線が共有点をもつための条件は、この判別式がゼロより大きいときであるから……」

 

 川崎先生の解説を頬杖ついて聞きながら、俺はふと思う。

 

 何か視線を感じる……気がする。

 

 俺が最近、こんな風に思うようになったのは、十中八九、あのショッピングモールでのヒューニの発言が原因だろう。

 

『どうやら、あなたの方が一足早く私にやられるみたいね、ハイドロード……いいえ、水樹優人くん』

 

 あんなことを言われれば、嫌でもヤツがどこから見られているのではないかと意識してしまう。

 もちろん、あの後、玲さんと明智長官にはこの事を報告した。けど二人とも、この事にはあまり驚いておらず、むしろ予期していたような反応だった。

 理由を訊ねてみると……。

 

「あなた、この前、雪井製薬会社に行ったとき、素顔のまま現れたらしいじゃない? あの時、彼女は周辺で様子を伺っていただろうから、可能性として考えられる話ではあったわ」

 

 ……とのことだった。

 

 迂闊だった。そういえば、あのときは悠希のヤツが今にもやられそうだったから、つい変身せず飛び出してしまっていた……。

 

 おまけに、なんで沙織(サマー)の正体も知っていたかということに関しては……。

 

「それは……ニャピーだっけ、あの妖精って彼女たちに四六時中くっついてるんでしょ? 私達には見えないけど、その妖精たちの星を滅ぼした奴等なら、その存在を認識できてもおかしくないんじゃないかしら。認識できるとしたら、その妖精がくっついてる子が“変化人間”だと特定するのは時間の問題よ」

 

 ……とのことらしい。

 推測に過ぎないけど、筋は通ってるし妙な説得力はある。

 

 この推測が当たっているのか確認なんてできないけど、この際、どうやって知られたかは置いておこう。

 つまりは、正体が知られている以上、俺、ないし沙織は、いつアイツ等から襲撃されてもおかしくない状況にあるというわけだ。玲さんと明智長官からも十分に注意するよう言われた。

 その襲撃も、当人に直接ならまだマシだけど、俺達の家族や友達が狙われる可能性だってある。あるいは、ヒューニがテレビ局や新聞社などの各メディアに情報を渡して、俺達の正体が日本中に晒されるなんてことも考えられる。

 

 そんなこんなで、俺はここ数日、気の抜けない生活が続いた。

 今みたいな授業中でさえ、教室の窓や廊下からヒューニやハデスが覗いているのではないのかとヒヤヒヤしている。

 この警戒心と緊張感、不安を解消するには、とっととヒューニを捕まえてハデスを倒してしまうしか方法はないのだろうけど、その辺のヤクザと違ってアイツ等は自分達の拠点などを持っていない。仮に存在したとしても場所が分からないんじゃあ手の出しようがない。

 分かってたら、明智長官がすぐにでもガーディアンズとキューティズと一緒に乗り込む計画を立て、実行することだろうけど……。

 

「……はぁぁ」

「よし、水樹、この問題を解いてみろ」

「えっ! あっはい!」

 

 無意識に出たため息が先生の気を引いたのか、俺は黒板に書かれた問題を解くように言われた。

 急に当てられたことに少し驚きつつも、俺は席を立ち、前に出て問題を解いた。

 

「式を満たす点xとyの概形を書け、と……」

 

 問題を読み解いて俺は解法を書いていく。幸い、そんなに難しい問題じゃない。

 問題を解きながら、俺は周辺の気配を探った。

 

 よく漫画とかでキャラクターが敵の気配や殺気をカッコよく察知したりするけど、現実的に気配なんてのは、人の五感で察知できるものではない。まして殺気なんてものが分かるんなら警察なんていらない。

 いくら俺が改造され、超人的な五感を手に入れたと言っても、隠れながら覗き見するヤツを見つけるのは難しい……ってか無理だ。

 その証拠に、いま黒板を見ながら計算式を書いている俺の後ろで、生徒が何人こっちを見ているかなんて、俺には分からない。

 仮に今、ヒューニが俺を狙っていたとしても、気配だけでそれに気づくことはできない。

 

 まぁ、“五感で探っていれば”、の話だけど……。

 

「……できました」

「よし、戻っていいぞ。授業中にぼーっとするなよ?」

「さーせん」

 

 適当に平謝りして、俺は席に戻った。

 

 

 

 

 三限目の終了を告げるチャイムが鳴り、10分休みに入った。

 

「おーい、水樹ぃ!」

 

 名前を呼ばれて目を向けると、教室のドアのそばに、ひとりの女子生徒が立っていた。

 その女子生徒は、校則にギリギリ引っ掛かるか引っ掛からないくらいの丈の短いスカートの制服、金髪、色のついた爪と、なかなか派手な身なりをしている。

 

「おぅ皆川、どうした?」

 

 名前は皆川(みながわ)麻衣(まい)。身なりの通り、彼女はいわゆるギャルだ。

 彼女とは一年の時からの付き合いだ。同じクラス、しかも名前順の関係から席が前後になって、色々あって話すようになった。俺から何か話しかけるというよりかは、向こうから絡んでくることが多かったけど……。

 

「数Ⅱの教科書、貸してくんね?」

「……まぁ、良いけど」

 

 彼女の大きい声とは対称的に、俺の声は小さい。

 二年なってからは、文系理系と分かれて、別々のクラスになったけど、たまにこうして、ものを借りにやってくる。

 半ば気乗りしないまま、俺はロッカーに入れていた数学の教科書を取って皆川に渡しに向かった。

 

「サンキュー!」

「貸すのは良いけど、お前、まだ数Bの教科書返してもらってないんだけど?」

「あぁ、今度返すわぁ」

 

 それ、この前も聞いたぞ?

 

「おっ、麻衣ちゃんじゃん」

「げっ、トシ……!」

 

 俺が目を細めて皆川を見ていると、葉山がやってきた。

 あぁ、ちなみに葉山の下の名前は、寿樹(としき)という。皆川と葉山は一年の時に数か月間だけ付き合っていたことがあるらしく、それぞれ下の名前と愛称で呼ぶ仲だ。けど、余程ひどい別れ方をしたのか別れて以来、皆川は今みたいに葉山に対して良い顔をしなくなった。

 

「なになに、どうしたの?」

「別に。ただ水樹に教科書借りに来ただけだっつーの」

「なーんだ。そういえば麻衣ちゃんって今付き合ってる男とかいるの?」

「さぁ。仮にいたとしても、なんでアンタに言わないといけないわけ?」

「いやぁ、フリーならまた俺と付き合ってくれないかなぁって」

「ハァ? イヤなこった!」

 

 葉山お前、節操ねぇーな。

 そら皆川もイヤだろうよ。

 

「私はぁ、もし付き合うなら水樹君が良いぃー!」

「はいはい」

 

 俺は冷めた眼を向けながら腕に抱きついてきた皆川を引きはがす。皆川が人を君付けで呼ぶのは、からかっている証拠だ。過去、真面目に返事をしたら、ケラケラ笑われたことがある。

 

「ッ!」

 

 ふとここで、俺は“違和感”を感じ取った。例えるなら、自分の肌に蚊が止まったような、あるいは、遠くの方で鳴子の音が聴こえたような、そんな感覚だ。

 

「どうした、優人?」

「あぁ、いや何でもない」

 

 皆川がぼーっとしていた俺を見て訊ねてきたけど、俺は適当に誤魔化した。

 

「あっやばっ! もう四限始まんじゃん! じゃあ、ウチもう戻るね」

「あぁ」

「また俺と付き合うなら、いつでもウェルカムだから!」

「うっさい葉山、バーカ!」

 

 教室に戻る皆川を葉山と見送りながら、俺はどこからか感じる“違和感”に意識を向ける。

 今からまた授業が始まるけど、コイツの正体を確認して処理するためなら、サボるのも仕方ない。

 

「葉山、俺ちょっと次の授業……ん?」

「ん、なんか言ったか?」

「あぁいや、何でもない」

 

 だが、四限目の授業が始ろうとしたときには、その“違和感”はすっかりと消え失せた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして昼休み、食堂でサバ味噌定食を食べている時に、またあの“違和感”が現れた。

 

「んあっ!」

「ん? どうしたの優人?」

「あぁいや、サバの小骨がのどに引っかかった」

 

 いつものように沙織と葉山と一緒にテーブルを囲んで昼飯を食べていた時、ふいに感じたとあって、つい変な声が出た。

 

「ふーん……あっそれで、この前、あの新作映画を優人と見に行ったんだけど」

「ほぅ、デートか?」

「いや、違うから。普通に遊びに行っただけだから」

「夏目ちゃんと優人の二人で?」

「……まぁ、うん」

「デートじゃん」

「ちーがーうーかーらー!」

「と夏目ちゃんは言ってるけど、優人はどう思ってんだ?」

「……えっ、なに?」

「だーかーら、お前にとって夏目ちゃんと二人で映画を見に行くのは、デートの内には入るのか?」

「デートじゃないだろ」

「「うわぁ!」」

「おい、なんで沙織までそんなリアクションなんだよ!」

「だってさぁ……ねぇ?」

「ねぇぇ」

「めんどくせぇなぁお前ら」

 

 そんな風に、適当に雑談して昼飯を食べ終え、やがて、俺たちは食堂を後にする。場所を移しても、どこからか感じる、その“気配”は付いて回った。背後霊にでも憑かれたようなこの感覚は、あまり気持ちの良いものではない。

 

「あっ! ちょっと、先に行っててくれ。自販機で飲み物買ってくる」

 

 いつもならこのまま俺達は教室へ向かい、雑談したりするところだけど、さりげなく身を翻した。

 

「あっ俺、コーヒー牛乳よろしく」

「じゃあ私は、カルピスをお願い」

「誰が奢るか!」

 

 二人と軽口を交わした後、俺はひとり食堂の隅にある自動販売機へ向かった。

 周りの食堂にいる生徒や廊下を歩く生徒に混じってはいるけど、まだ確かに、あの“気配”がある。

 沙織の方に付いていく可能性もあったけど、どうやらヤツの狙いは俺のようだ。けど仕掛けてこない辺り、目的は敵情視察か、あるいは俺の隙を狙っているのか……。

 ここであからさまに“気配”のある方へ目を向ければ、俺がソイツの存在に気がついたことがバレてしまう。

 俺は自動販売機で買ったミネラルウォーターを片手に、そのままゆっくりと屋上へ向かった。

 通常、ここの屋上にはドアのぶの鍵と錠前とで二重に施錠してあるが、俺の能力を使えば、そんなのはすぐに解錠できる。

 鍵を開け、そのまま俺は屋上に出る。そして後で誰もこないように、ドアのぶの方の鍵を掛けておく

 もちろん、屋上には誰もおらず、遠くから聴こえる生徒達の声と通り抜ける風の音だけが響いていた。

 

 

 

 ここで、俺が感じ取った“気配”について説明しよう。

 冒頭で述べたように、人の気配なんていうアバウトなものは、普通の人間にとっては認識しようのないものだ。人は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚(?)、このいずれかでしか他人の存在を認識できない。

 だけど、俺には改造された際に身につけた能力がある。今回、俺が使った能力、それは『水操作』の応用……いや、応用というより能力の根本といった感じだろうか。

 『水操作』は本来、意識を飛ばして水を自由自在に操る能力だけど、この能力の発生源である俺の身体に植えつけられた細胞には、水を操るだけでなく、周辺にある水のあり方を認識することができる。

 つまり、上下左右前後、立体空間のどこに水があるのか身体で感知することができるのだ。

 そして、人の身体、ないし生物の身体を構成する物のいくつかは水分だ。よって俺はこの能力を使うことで、周辺にいるあらゆる生物の場所と大きさを探知することができる。

 純粋な水ではないため、操ることはできないけど、およそ半径50メートル以内ならば、エリア内に何人の人や生き物がいるのか察知できる。そしてこれは、自分の身体に近ければ近いほど、正確だ。

 

 

 

 さて、話を戻そう。

 

「ふぅぅ」

 

 俺はゆっくり息を吐いて、真後ろから感じる“気配”に意識を向けるのを止めた。この水を探る能力、目を凝らしたり耳をすませるのと一緒で、それなりに集中力がいる。

 

「……おい!」

 

 後ろを振り返って、俺は対象に向かって声をかけた。

 目の前の地面には、不自然な円形の影があった。周辺にその影を作るような遮蔽物はなく、しかもその影は周辺の光を吸い込んでいるのかと思うほど色が黒い。

 

「いったい何の用だ? 人の周りウロチョロしやがって!」

「フフフッ」

 

 俺が見透かしたような眼で見ると、その影は女の声を響かせながら膨れ上がっていき、人の形を成していく。その人型のシルエットは、俺にとって見覚えのあるモノだった。

 やがて影が散り散りになっていき、そのシルエットを形作っていた中の者だけが残った。

 その姿を現した者……ヒューニは妖艶な笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 

「こんにちは、ハイドロード……いや、水樹優人くん」

 

 

 

 






19話は、明日投稿します。

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第19話 ラッキーベル

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

《……ん?》

「ん……どうかしたミー?」

《あぁいや、なんでもない》

 

 沙織と共に教室にいたミー、また別のところにいるマーやムーは何かを感じ取っていたが、はっきりとしない一瞬の感覚に、気のせいだと片付けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 無感情な瞳に、不眠症のようなクマ、真っ黒な長髪、漆黒のドレスと、ここ最近ですっかり見慣れてしまった格好で、ヒューニは現れた。

 ただ今回は、前回の時と違って得物である大鎌を所持していない。まぁ、だからといって戦う意思がないとは限らない。俺のスネークロッドと違って、彼女の場合、いきなり魔法で生成したり、どこからともなく取り出したりできるだろう。

 魔法って厄介だなぁ……まったく。

 

「なにしに来た?」

「あらあらぁ、そんなに怖い顔しなくても良いじゃない。優人くん」

 

 語尾に音符でもついてそうな発音で名前を呼ばれて、なんか少しイラッとした。

 

「お前ぇ……この前、自分が何したか忘れたか? 雪井彰人逃がしたのもお前だろ!」

「さぁ、何のことかしらぁ?」

 

 なんだろう……無性にムカつく。

 手で口元を隠してクスリと笑う仕草は、見る者によっては魅力的に見えるだろうが、わざとらしくもあるその仕草は、俺にとってはイラつきを助長させるものでしかない。

 

「フフフッ」

 

 顔には出してないはずだけど、そんな俺の心を見透かしてるのか、ヒューニは不敵に笑う。

 

「……まぁいい」

 

 俺は持ってきていたミネラルウォーターのキャップを片手で回して、中の水をヒューニに向けて飛ばした。狙いは、前回と同様、水でヒューニの口元を覆い、彼女を失神させることだ。

 だが、今回は隙をついたわけでもない上、そう何度も同じ手に掛かるほどヒューニは馬鹿じゃなかったようだ。

 

「あら、危ないわね」

 

 そう言って、ヒューニはこの前のように身体を影へと変えた。俺の飛ばした水の塊は、黒く染まった彼女の身体をすり抜ける。そして、その場にあったシルエットは黒い霧が風に流れるように移動し、少し離れたところでヒューニの姿に戻った。

 

「フフフッ」

「まだまだ!」

 

 ヒューニを捕らえ損ねた水の塊は、まだ俺の意識下にあり宙に浮いている。俺はその水を操って再度彼女を捕らえようとした。

 しかし結果は変わらず、まるでさっきのリプレイ映像みたいに水は影化した彼女をすり抜けるだけとなった。

 水を飛ばせば影となり、再度出現した所を狙えば、また影となり、それを何度も繰り返して、やがて切りがないと諦め、俺は一旦彼女を捕らえるのをやめた。

 

「フフッ、もうおしまいかしら?」

「…………はぁ」

 

 飛ばしていた水をペットボトルに戻して、俺は小さく息をついた。

 まっすぐ捕らえようとしても、影となってかわされてしまう。やはり、あの影化の魔法(?)をどうにかしないと……。

 

「フフフッ」

 

 反撃が来るかと警戒したが、ヒューニは相変わらず、微笑を浮かべながら、こっちを見ている。

 攻撃してくる様子はない。

 その敵意の無さに違和感を感じながら、俺は彼女の思惑を見極めるようにヒューニを注視した。

 

「相変わらず面白いわね、貴方のその能力。どこかのテーマパークで噴水ショーでもしたら人気になるんじゃない?」

「……かもな。なんだったら今からシャークショーでも見せてやろうか?」

 

 俺はペットボトルに戻した水を再度操り、空中に浮かせた。無形だった水の塊は俺の意識に従って形を変え、三角形の背びれと三日月形のような尾を持つ魚類の形になっていく。

 俺が形作ったものは、ホオジロザメ……某パニック映画で有名なサメだ。俺は20センチサイズでできた水のソレを、まるで生きているかのように空中を泳がせた。

 水でできた透明なサメといっても、その無機質そうな目と尖った歯、獰猛そうな動きは、見るものに警戒心や恐怖を誘発する。その類の映画を見たことがあるものなら尚更だろう。過去、玲さんや悠希も、これを見て表情をこわばらせたことがあった。

 

「へぇ、貴方の能力ってそんなこともできるのね」

 

 しかし、何をしようと無駄だという余裕の表れか、それを見てもヒューニはクスクス笑うだけだった。

 まぁ実際、水で作ったサメをいくら噛みつかせた所で、彼女には暖簾に腕押しだろう。

 早々に俺はホオジロザメの形を崩して水をペットボトルに戻し、次の手を考える。

 

 せめて、前回のようにヒューニから攻撃してきてくれると反撃の隙ができるんだけど、向こうもそれを知ってか、攻撃してくる様子がない。

 なら、向こうから仕掛けてくるようにけしかけるか……。

 いや、てかそもそもコイツ……。

 

「……お前、一体なにしに来たんだよ?」

 

 俺は頭で考えたことをそのまま口にする。

 コイツがここに来た理由、それがもし俺の偵察であるならば、見つかった時点で撤退するのが普通だ。なのに、コイツは撤退はおろか、戦おうともしない。

 時間稼ぎの可能性もあるが、それにしては、消極的過ぎる。

 

「別に。少し貴方と話がしたかったのよ」

「話?」

 

 正直、誤魔化されるだろうなと思って訊いてみたんだけど、その意外な返答に、俺の眉間が反射的に歪んだ。

 

「あなたは、“ラッキーベル”がどこにあるか知ってるかしら?」

「……なんだそれ?」

 

 ラッキー、ベル?

 日本語でいうと、【幸運の鈴】か?

 

「惚けないで。ハデスがこっちの世界に来る時のゲートを誘導する装置よ。それのせいでハデスは、この町にしかゲートを作れなくなってるんじゃない」

 

 えっ、マジで何それ?

 ゲートって、あの黒い渦のことだろ。

 えっ!

 てことは、ハデスやノーライフが高宮町にしか出現しないのは、そのラッキーベルのせいってことか!

 

 かなりとんでもない情報を聞かされ、俺の思考は半ばパニック寸前となった。しかし敵前とあって、俺は動揺を悟られぬよう、なんとか平常心を装った。

 

「ご丁寧な説明はありがたいけど、ホントに知らないんだが?」

「……まさか、本当に!」

 

 ヒューニは眼を見開いた後、何かを考えるように手で口元を隠した。その自然な反応が、彼女が嘘をついてないと俺を確信させた。

 多分いま、初めて彼女の人間らしい表情を見た気がする。

 

 いや、そんなことより、その“ラッキーベル”……絡んでるとしたら、やっぱり沙織達か。

 だとしたら、俺が知らないのは長官や玲さんが意図的に伝えてないのか、あるいは沙織達が玲さんに話してないのか……。

 

「……ふーん、まぁいいわ」

 

 やがて、いつもの無表情に戻ったヒューニがこちらを見る。

 なんだろう、真顔なのに、眼光にすっごい嘲笑が混じって見える気がする。

 

「意外と貴方達も信用されてないのね」

「は?」

 

 なんかいきなりディスられた。

 

「だってそうでしょ。こんな大事なことを言わないなんて、あの小娘達が貴方達のことを信用していないってことじゃない」

 

 ……確かに。

 信用云々は置いとくとして、もし沙織達が玲さんに話してないとしたなら、何で話さないんだ?

 言うのを忘れてるなんてことも無いだろうし……。

 

 そういえば、この前、コイツがショッピングモールに来たあの日、玲さんに事情聴取された時の沙織の様子が、何か変だった。

 

 …………まさか。

 

「この前、お前がショッピングモールを襲撃した理由って……」

「へぇ、察しが良いわねぇ。そうよ、あの時私達はラッキーベルを探しに来てたの。あの建物がある場所は丁度この町の中心、ラッキーベルがある候補のひとつだったから」

 

 やっぱり。

 だからあのカマキリ、あの場をあんなに荒らしてたのか。

 

 いやいや、そんなことより……あの時、沙織は『襲撃の目的は不安を煽ること』って言ってた。もし、沙織がヒューニの襲撃理由がラッキーベルだと知っていたなら、あれは嘘だったってことになる。

 

「フフフッ」

 

 何がおかしいのか、無表情だったヒューニがニヤリと笑う。

 

「どうする? あの小娘達に問い詰める? なんでラッキーベルのこと黙ってたんだーって」

 

 言えるかよ。

 けど……コイツがさっき、俺達が信用されてないって言った理由が分かった。

 沙織達がラッキーベルのことを玲さんに話してないのは、やっぱり意図的に隠してのことだ。

 じゃあ、なぜ隠すのか……その理由のひとつに当然、沙織たちがガーディアンズを信用していないってのが挙げられる。

 

「……何か理由があってのことなんだろうよ」

「強がっちゃって。けど、そんな適当なこと言っていいのかしら? このまま黙って隠し通して、もしハデスや私がラッキーベルを壊してノーライフが全国的に出現するようなことにでもなったら、一体だれが責任を取ることになるのかしら?」

「それは……」

 

 責任、ね。

 確かにそんなことになって事の真相が世にバレたら、世間は非難轟々だろう。そして世間の人間は、その責任を誰に取らせればいいのか、誰を吊るし上げればいいのかと、犯人探しを始める。

 世間から見れば、その犯人は、ラッキーベルの存在を隠していたキューティズだ。いや、もちろん本当ならノーライフを送り込むハデスが悪いんだけど、世間の人間は敵であるハデスより、味方であり報復の可能性のない魔法少女たちをたたく。

 何もしなければ、だけど。

 

「それは、俺達、ガーディアンズだろうな」

 

 俺はハッキリとヒューニに言い切った。

 本当なら世間の眼は魔法少女たちに行くけど、そうなる前に俺達ガーディアンズが表に立って責任を取る形になる。可能なら、情報の一部を改ざんして。

 個人で動いている彼女達より、組織的に動いている俺たちの方がダメージが少ないからな。

 

「……ふーん、やっぱり小娘なのね」

「は?」

 

 しかし俺の言葉を聞いて、ヒューニは小馬鹿にしたように笑いながら言った。

 

「自分の行動に責任を取らないのは、ガキのすることよ。高校生にもなって魔法少女ってだけでも可笑しいのに、敵を倒したらチヤホヤされて、自分たちのせいで被害が出たら誰かに責任を取ってもらうとか、めちゃくちゃ笑えるわ。それで正義の味方のつもり?」

 

 魔法少女の敵が何を言う!

 

「そうだとしても、それがお前に何か関係あるのか?」

「別にぃ、確かに私には全然関係のない話なんだけどぉ……」

 

 そこでヒューニは言葉を区切った。そして、惚けたような態度がみるみる変わっていき、怒りや憎しみみたいな負の感情に染まっていった。

 

「大ッ嫌いなのよ。都合よく逃げる“ガキ”が!」

 

 その荒く低い声に、俺は一瞬恐怖した。今までのヒューニの振る舞いは全部どこか演技染みていたけど、さっきの驚いた表情や今の嫌悪した表情は、心の底から出たもののようだった。

 

「お前、一体……」

 

 過去に何があった?

 俺がそう訊こうとした瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。

 

「あらあらチャイムが鳴っちゃったわねぇ」

 

 すると、今までの負の感情が嘘のようにヒューニの纏う雰囲気がけろっと変わった。

 

「今日の所は退散してあげるわ。ちゃんと授業受けなきゃダメよぉ、フフフッ」

「あっ待て!」

「まーたねぇー!」

 

 軽く手を振りながら俺に背を向け、まるで空気に溶け込んで行くみたいに、ヒューニは影の中に消えていった。水気を探って気配探知もしたけど、すでにそれらしい気配は無くなっていた。

 

「アイツ、マジで何なんだ……?」

 

 夏の始まりにしては冷たい風が流れる屋上で、一人佇む俺の口から出た言葉がそれだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 あのまま屋上に居続ける理由もなく、5分後に次の授業が始まるとあって、俺はさっさと教室に戻った。正直、まともに先生の話を聞けるか怪しいけど、かといってサボるほどでもない。

 教室では、すでに沙織を含めたクラスメイト達が集まっていた。

 

「あっ、遅かったねぇ優人」

 

 席に着こうとした途中、沙織がいつもの調子で話しかけてきた。

 

「何やってたの?」

「別に。ちょっと面倒くさいヤツに絡まれてただけ」

「へぇー。誰、中井先生?」

「いや違う」

「あっそう。それより私が頼んだカルピスは?」

「買ってない」

「えぇー、ケチぃ!」

「ケチじゃない」

「守銭奴!」

「守銭奴でもない」

「金の亡者!」

「……そこまで言う?」

 

 なんてことない、いつもの会話。

 けど、沙織と話す俺の脳裏には、さっきのヒューニとの会話とラッキーベルのことがチラついていた。

 

 

 

 

 

 

 






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第20話 また来た

 

 

 

 

 夜、場所は俺の家。

 母さんがリビングでゆっくりし始めたのを機に、俺はさりげなく二階へと上がり、自分の部屋へ入った。声が漏れないよう、ドアもしっかりと閉めた。

 この時間帯になると、母さんはドラマを見るのにテレビの前に釘付けになる。そしていつも通り、父さんの帰りは遅い。あと一時間くらいは帰ってこないだろう。

 当分、横やりの入らない環境になったことを確認して、俺はバイト用のケータイを取り出す。ボタンを操作して、選択したのは着信履歴の中にあった一番新しい番号だ。

 呼び出しのコールが数回鳴った後、プツリと音が鳴って電話が繋がった。

 

『どうしたの?』

「すみません、夜分に。少し報告することがあるんですが、今って時間大丈夫ですか?」

『えぇ、大丈夫だけど、長官じゃなくて私にってことは、あの子達がらみ?』

「まぁ、そうですね。一応、明智長官にも報告したんですけど、玲さんへも俺から伝えといてくれと」

『そう。それで、何かあったの?』

 

 前置きも早々に、番号の人物……玲さんと俺は本題へ移った。

 

「実は、今日の昼、ヒューニが俺のところに現れたんです」

『やっぱり来たのね』

 

 想定通りと言うような口調で玲さんはサラッと言った。

 

『確保できた?』

「すみません、逃がしました」

『被害の方は?』

「いえ、これといってありません。そもそもまともに戦ってなくて、ヒューニのヤツは偵察を目的にやってきたみたいです」

『そう。何かマズい情報でも知られた? といっても、貴方の場合、自分の正体以上に知られてマズいことなんて無いでしょうけど』

「えぇ、それも特にありません」

 

 強いて言えば、俺や沙織の交友関係くらいか。けど、それも俺の正体が知られれば、遅かれ早かれ芋づる式にバレることだっただろう。

 

『他には、何かあった?』

「えぇ。ひとつだけ……」

 

 他に話すことは、あるといえばある。というか、それが本題中の本題だ。

 けど、この話……するべきかどうか、正直、迷う。明智長官には放課後に話したけど、その時もあまり気は進まなかった。

 

「ヒューニは、『ラッキーベルがどこにあるのか知ってるか』と、俺に訊いてきたんです」

 

 俺は一呼吸おいた後、意を決して口を開いた。

 これで玲さんから誤魔化すような反応が返ってきたら、少し面倒だ。

 

『ラッキー、ベル? 何それ?』

「どうやらヤツ等は、それを探してるみたいです」

『いや、だから何それ?』

「……明智長官から聞いてないですか?」

『えぇ、まったく』

 

 取り繕うような反応じゃない。やっぱり玲さんも知らないのか。

 ちなみに、明智長官に訊いた時の返事は「そんなものは聞いたことがない。なんだそれは?」だった。でもあの人はでき過ぎてて、演技だったとしても俺程度では見抜くことができない。

 

「すみません……ヒューニが言ってたことなんで、ホントかどうかは分からないんですけど、ラッキーベルっていうのは、ハデスがこっちの世界に来る時のゲートを誘導する装置、だそうです」

『ゲートって、あの黒い渦のことよね?』

「はい」

『それを誘導するってことは、つまり』

「高宮町だけにアイツ等が現れてるのは、そのラッキーベルのせいってことです」

『……魔法少女(あの子たち)は、このことを知ってるの?』

「えぇ、多分」

『明智長官はこのことについて何か言ってた?』

「いいえ、特に。必要以上に誰かに話すなとは言ってましたけど、最終的な判断は俺と玲さんに任せるって」

『そう……』

「…………」

『…………』

 

 何か考え込んでるのか、その相槌を境に、しばらく玲さんから返事が聴こえなくなった。

 自然と俺も玲さんの返事を待つ形になる。

 しかし、三十秒ほど経っても何も言ってこないので、俺はいよいよその無言の時間に耐え切れなくなった。

 

「もしもし?」

『…………』

「……もしもーし?」

『…………』

「…………」

『…………』

「hanged up?」

『聞こえてるわよ』

 

 あぁ、そうですか……。

 

『とりあえず、話は分かったわ。あの子たちがどんな理由で、そのラッキーベルっていうのを隠してるのかは分からないけど、変に問い詰めると彼女たちとの関係が危うくなるかもしれないから、私は、今はまだ静観しておくべきだと思うの』

 

 まぁ、そうなるよねぇ……。

 

『貴方は、どうするつもり?』

「俺も玲さんの意見にだいたい賛成です。とにかく、情報収集を兼ねて俺も独自に動いてみます。何か分かったら随時連絡しますよ」

『分かったわ。お願いね』

 

 報告することをすべて伝え終え、俺は「それじゃあ失礼します」と言って電話を切った。

 

 

 結果、長官や玲さんは本当にラッキーベルのことを知らないようだった。となると、沙織達が玲さんに話してないってことになる。

 ラッキーベル……一体それは、どんな見た目で、どこにあるのか、そして何故沙織達はそれをガーディアンズにまで秘密にしているのか。そもそも、沙織達が訳があって隠しているモノを俺たちが暴いて良いものだろうか……。

 現状では、分からないことが多過ぎる。

 

「……どうしたもんかなぁ」

 

 俺は深いため息をついて、ケータイをベットに放り投げた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌日、俺は昨日と同様、食堂で昼飯を食べていた。俺は学食のサバ味噌定食、沙織はきつねうどん、葉山は購買のパンだ。

 

「そういえば、キャロルがまた新作メニュー出すってさ」

「えっホント!」

「どこ情報だよソレ?」

「軽音部の先輩」

「女子か?」

「当然!」

「……はぁ」

「まぁ、葉山君だしねぇ……」

 

 俺はため息をついて、沙織は苦笑いした。

 しゃべる内容に違いはあれど、一緒にいるメンツや頼んだメニュー、座席の位置など、思い返せばほとんどが昨日と同じな気がする。

 行動がパターン化するのも良くないし、明日はラーメンでも食べようか……。

 

「……んぐっ!」

 

 なんてことを思っていたら、ふと昨日受けた“違和感”と同じ感覚が俺を襲った。

 

「ん? どうしたの優人?」

「まーたサバの小骨が引っかかったか?」

「あぁ、まぁそんな感じ、ゲホゲホっ!」

 

 沙織と葉山を適当に誤魔化して、食後、俺はまた二人と別れた。

 

 こんなことまで昨日と同じにしなくていいのに……。

 

 

 

 

 俺はミネラルウォーターのペットボトルを片手に、また屋上へとやってきた。

 扉を開けると、目の前には漆黒のドレスを着た少女が腕組みしながら立っていた。

 今回は影に潜むこともなく、堂々と姿を現している。フェンスに寄りかかっている姿は、なかなか様になっていた。

 

「まさか二日連続でお前が来るとは思わなかったな」

「私も二日連続で貴方がサバ味噌を食べてるとは思わなかったわ」

 

 悪いかよ。

 実は、四日連続だったりするけど、なにか問題あるか?

 

「なに貴方、サバが好きなの?」

「どうでも良いだろ」

「まぁ、そうね……けどぉ、ククッ、他にもメニューがあるのに二日連続で同じメニューとか、普通頼むぅ、しかもサバ味噌って」

「良いだろ、別に……」

 

 いつ仕掛けられても対応できるように警戒しながら、俺はヒューニを睨みつけた。

 けど今の彼女には殺気は愚か、敵意すら感じない。

 小馬鹿にした笑みが地味にムカつくが、まるで通りかかったついでに知り合いに挨拶でもしに来たような態度だ。

 

「んで、今日は何の用だよ。ラッキーベルとやらについては知らないって言ったはずだぞ」

「あぁ、それについては、もういいわ。貴方の組織が何も知らないのは大方察しがついたし」

 

 そんなに分かりやすい反応してたか、俺?

 

「じゃあ、何の用なんだよ?」

「……ふふっ」

 

 ヒューニは後ろで手を組み、歩幅を大きくして歩きながら、俺の方へゆっくりと迫ってくる。その若干のあざとさを感じる動きと敵意の無さは、俺の警戒心を強く煽った。

 そして俺が、あと一歩近づけば攻撃に転じようと思ったところで、ヒューニは足を止め、俺の顔を下から覗き込むように腰を曲げた。

 

「私と組まない?」

「……は?」

 

 なに言ってんの?

 

「私と貴方なら、きっと上手くやれる気がするの」

「訳わかんねぇ。何たくらんでるのか知らないけど、敵のお前と組めるかよ」

 

 俺が拒否すると、ヒューニは前屈みになっていた身体を伸ばして、まっすぐ俺を見る。その表情に変化はなく、相変わらず怪しげな笑みを浮かべていた。

 

「そうかしら? 例え敵同士でもお互いにメリットがあれば、手を組む価値があるとは思わない?」

「……メリット?」

「貴方達、雪井彰人を探してるんでしょ?」

「あぁ」

「貴方が私と組んでくれれば、彼の居場所を教えてあげてもいいわよ」

 

 雪井彰人は、現在、悠希が血眼になって探している。

 彼女はハデスと雪井のパイプ役を担っていたし、雪井の居場所を知っていてもおかしくはない。

 雪井とは仲間というわけではなく、あくまで利害関係だったというし、俺たちがマージセルのプラントを潰した今、関係を切ったところで、大した被害もないのだろう。

 こちらとしても、取引の対価としては、まぁ妥当なところだ。

 けど問題は……。

 

「お前の目的は何なんだ。俺と手を組んで一体何をさせる気だ?」

「それはまだ言えない。貴方が私と手を組むと約束してくれれば、話してあげるわ」

「……はぁ」

 

 俺は大きくため息をついた。

 この取引において、最も重要となる部分を明かさないとは、まったくもって話にならない。

 

「なら断る。そんな不明瞭な条件で、引き受けられるか」

「あらそう、残念ね。ならいいわ」

 

 そんな言葉とは裏腹に、やけにあっさりと彼女は諦めた。

 その妙な諦めの良さに、俺の眉が無意識に歪んだ。そんな俺の反応が面白かったのか、ヒューニは口の端をつり上げてニヤニヤと笑う。

 

「……気持ち悪いぐらいあっさりだな」

「そんなに急ぐ必要もないもの。でも手を組みたくなったら、いつでも言いなさい。待ってるわ」

「一生、待ち惚けてろ、アホ」

 

 しかし、コイツは雪井の居場所を知ってるのか。

 悠希が知れば、力ずくで聞き出しに来るだろうな。

 

「それじゃあ、この話は置いといて」

「まだ何か?」

 

 話はついただろ、もう帰れよ!

 

「あなた、あの青の子と付き合ってるの?」

 

 なんか、急に下世話な話になったな……。

 彼女の言う『青の子』とは、言わずもがな沙織のことだろう。

 小さい頃から散々周りから訊かれてきたことだが、まさか敵からも訊かれる日が来るとはな……。

 

「付き合ってねぇよ」

「ホントにぃ? 照れ隠しで嘘ついてるんじゃないのぉ?」

 

 なんでそんな気安い感じなんだよ。俺とお前は友達か?

 

「実は、密かに恋心があるとかぁ?」

「ねぇーよ」

「自分以外の異性といるところを見るとイライラするとか?」

「ないない」

「思春期の性欲に任せてヤり合ったとか?」

「おい、冗談なら笑えるヤツだけにしとけ」

「つまんないわねぇ。フフフッ」

 

 その割には、どことなく愉快そうに見えるのは気のせいか?

 

 

 束の間、嫌悪感の混じった眼でヒューニを睨んでいると、やがて校舎中のスピーカーからキーンコーンっと予鈴のチャイムが鳴った。

 

「今日はここまでね」

 

 すると、ヒューニは身を翻した。足元の影がじわじわと昇っていき彼女の身体を侵食している。

 そして顔だけでこっちを見る形で、ヒューニは俺に眼を向けた。

 

「じゃあまたね、水樹優人君」

 

 そう言い残して、ヒューニは昨日と同じく影の中へ消えていった。

 

「……はぁ。できれば、もう来ないでほしいね」

 

 俺はまた大きなため息をついた。

 俺のどんよりした気分とは対照的に、屋上から見上げた空は青く澄んでいた。

 

 

 

 

 

 







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第21話 放課後キャロル

 

 

 

 本日最後に聴くであろうチャイムが鳴る。

 帰りのホームルームも終わり、クラスメイト達は席を立って、それぞれ放課後の活動に移っていった。

 

「じゃあ優人、お先にぃ!」

「おぉー」

「また明日な」

「おぉ、葉山も部活がんばれよぉ」

 

 いつもなら俺も、部活に向かうか沙織達と帰るところだけど、今日は珍しくサボり魔の葉山が部活に顔を出すとあって、一緒に帰る友達やクラスメイトが誰もいなかった。加えて今日はガーディアンズからの任務もない。

 よって、俺は一人でのんびり帰路につく。

 

 平日の放課後。ヒーローとして気を張るでもなく、沙織や葉山達とわいわい過ごすわけでもない。良い言い方をすれば、穏やか、悪い言い方をすれば、ぼっち。

 こんな一人の放課後も、健全な生活を送るには必要な時間だ。

 

 家に帰ったら何をしようか。

 とりあえず、今日出された宿題を片付けて、昨日買った少年誌でも読もうか。

 

 そんな極々普通の男子高校生のような放課後の過ごし方を考えながら、俺は校舎を出た。

 

 昼休みに良からぬ訪問者が来たが、ショッピングモールの件以来ノーライフは現れず、比較的今日も高宮町は平和そのものだ。

 

 そう思っていたんだけど、次の一声で、俺のほのぼのとした気分は消し飛んだ。

 

「水樹くーん!」

 

 ふと誰かに呼ばれ、俺は反射的に前を向く。聴いたことのある声だったけど、学校終わりの直後とあって気が抜けていた俺は、一瞬それが誰の声なのか理解できなかった。

 

「なッ!」

 

 そして声を掛けた本人の姿を見て、俺は目を大きく見開く。

 俺が目を向けた先には、なんとヒューニが平然と立っていたのだ。

 

「一緒に帰ろぉ、なんてね」

「お、おまえ……!」

 

 歩み寄ってきたヒューニに、俺は一歩後退りして距離を取る。

 いつも通りの黒を基調とした格好。およそ学校にくる格好としてそぐわない服装のはずだが、周りで下校する生徒の誰も彼女に目を向ける者はいない。

 

「どうしたの?」

「いや、どうしたって……!」

 

 いつもならすぐにでも戦闘態勢を取るところだけど、周りの眼もあるため、俺はなんとか動揺と警戒を表に出さぬように平静を装った。

 

「なにしに来た?」

「貴方を勧誘しに」

「その話は断っただろう?」

「何度でも来るわよ。貴方が首を縦に振るまでね」

 

 だからって、勧誘に来るスパン短過ぎだろ。

 この昼休みから放課後まで、およそ4時間しか経ってねぇぞ。

 せめて日を跨いでから来いよ。

 

「しつこい、帰れ」

「そう言わないで、とりあえず一緒に歩きましょう」

 

 ヒューニはクスリと笑って、俺に付いてくるように促しながら身を翻した。

 

 付いて良くべきだろうか。

 通学鞄の中にペットボトルの水が入っているが、人目の多いところで能力を使うと正体がバレる恐れがある。下手に抵抗できない。

 かといって、このまま見逃すのもなぁ……。

 

「ほら、早く来なさいよ」

 

 ヒューニに急かされ、少し迷いつつも俺は彼女の後を追った。

 

 

 

 

 校門を抜けると、ヒューニは歩くスピードを落として俺の隣に並んだ。

 しばらく会話のないまま俺たちは適当に道を歩く。時折、ヒューニは俺の顔をチラチラ見ては、何がそんなにおかしいのか、ニヤニヤ笑っていた。

 こんな目立つコスチュームを着た少女が歩いていたら、本人だけでなく隣にいる俺にも注目が集まりそうなものだが、反対側の歩道を歩くお爺さんやおばさん、公道を走る車の運転手など、誰も彼女に興味を向けることはなかった。おまけに、前方から来た通行人の何人かは、俺やヒューニを避けて何事もなくすれ違っていく。

 どうやらヒューニの姿が見えないわけではないようだ。

 そうこうしてヒューニと周りの様子を窺いながら歩くこと十数分、やがて、俺達は最寄りの駅前へとやってきた。人通りの多い駅前であるが、ここでもヒューニの格好を気にする者は誰一人いなかった。

 

「おい、なんで周りの人達はあんなにお前に無関心なんだよ。おかしいだろ?」

「魔法で誤魔化してるからねぇ。貴方以外の周りの一般人には、私は普通の生徒にしか見えてないのよ」

 

 また魔法か。相変わらず便利だなぁ魔法。

 

「そんな手間のかかることしてまで、何がしたいんだよ」

「だから言ったでしょう。貴方に私と手を組むように依頼しに来たのよ」

「だーかーらー、その話は断ったろうが!」

「あっ、なにアレ?」

「聞けよ!」

 

 俺の話も聞かず、ヒューニはとある店の前へ駆け寄った。

 ヒューニが見ている置き看板には、手書きと思われるパフェの絵とイチ押しメニューの名前がいくつか載っている。

 店の名前は『CAROL(キャロル)』。俺や沙織達もよく使っている個人経営の喫茶店だ。

 

「なかなか良い雰囲気の店ね。立地のわりに落ちついてて、メニューは……ぜんぶ甘ったるそうだけど」

「確かに甘いけど、マズいわけじゃないんだぞ。それにその分、コーヒーは絶品だぞ」

「ふーん」

 

 するとヒューニはおもむろに店の扉を開けて中に入っていった。

 

「ちょっ、おい!」

 

 慌てて俺も後を追い中に入る。扉を抜けると、この喫茶店特有のコーヒーの匂いが俺の鼻腔をくすぐった。

 

「いらっしゃ……あぁ水樹君!」

 

 扉の内側に取り付けられたベルを聴いて、カウンターに立っていた初老の男性が俺の名前を呼んだ。

 この男性の名前は内海さん。白髪交じりの頭髪と落ち着いた仕草、白いシャツに黒いベスト、それに蝶ネクタイ、エプロンと、いかにもって感じの格好をしている、この喫茶店のマスターだ。

 俺や葉山、それに沙織達三人もここをよく利用するため、マスターとはお互いすっかり顔見知りだ。彼の穏和な印象と流れるような接客は店内の空気とよくマッチしている。良い意味で、あまりお客に存在感を感じさせないマスターだ。

 

「その子は、新しい友達かい?」

「えぇ、そんなとこです」

「そうかい。まぁ適当に座って」

 

 初対面のヒューニをチラリと見ながら、マスターはいつも通りの優しい声色で言った。

 そのマスターの言葉を聞いてか聞かずか、店内を興味深そうに見ていたヒューニは、そのまま店の奥のテーブル席に座った。俺もヒューニと向かい合うように座席に座る。

 

「店の人と随分親しげね。ここにはよく来るのかしら?」

「あぁ、なにかとな」

 

 他にもお客さんはいるけど、幸い、俺たちの席の周りのテーブルには誰もいない。店内には邪魔にならない程度の音楽も流れているので話し声もあまり目立たない。意識して耳を傾けない限り、俺たちの話し声が聞かれることも無いだろう。

 俺達が席に着いて間もなく、マスターがお冷を出しに来てくれた。

 

「水樹君はいつも通りコーヒーで良いかい?」

「えぇ、お願いします」

「かしこまりました。じゃあ他に注文が決まったら声かけてね」

 

 慣れた言葉を交わし、マスターは奥へと戻っていった。

 その間、ヒューニはテーブルに置かれたメニュー表を黙々と眺めていた。

 俺はそんな彼女を眺めつつ、お冷をちびりちびり口にする。

 

 まるで友達と寄り道するような流れでお店に入ってしまったけど、大丈夫かな……。

 一体コイツが何を考えているのか、さっぱり分からない。

 

「すみませーん」

 

 ヒューニがジト目でメニュー表を眺めること2、3分、彼女はカウンターで作業していたマスターを呼んだ。呼ばれたマスターは俺たちのテーブルに来ると「先に水樹君のブレンドコーヒーね」と俺がいつも頼むコーヒーを出してくれた。

 

「ご注文は?」

「3種のチョコレートケーキとブレンドコーヒー」

「かしこまりました」

 

 軽く頭を下げて一礼するとマスターは再度奥へと戻っていき、ヒューニはメニュー表をテーブルの隅に置いた。

 ヒューニがコーヒーと一緒に頼んだ3種のチョコレートケーキとは、ミルクチョコとダークチョコのスポンジ、チョコ味のクッキー生地を使ったチョコレートケーキだ。手の込んでる分、普通のケーキよりも値段が高い。

 

「素朴な疑問なんだけど、お前、日本のお金持ってるの?」

「持ってないわよ」

「は?」

「フフッ、ご馳走様」

 

 えっ、てことは俺が奢らなきゃいけないの?

 てかコイツ、最初からそのつもりで店に入ったのか。

 しかも、その辺を分かってて、そこそこ高いもの注文したのか。

 

 そんな彼女の小賢しい図々しさにムカついた気持ちが表情に出たのか、俺の顔を見てヒューニはうっすらと笑う。

 

「まぁまぁ、奢ってくれたら“良いこと”教えてあ、げ、る!」

 

 うざッ!

 もう“良いこと”とかどうでもいい程に、うっざッッ!

 

 彼女の誘惑的かつ作為的な言い方に、俺は嫌悪感を強めた。そしてそんな俺の負の感情が増えるのと同じように、ヒューニはさらに笑みを深くした。

 

 

 

 

 しばらく時間が経ち、ヒューニの注文したメニューが出された。

 

「ふーん、味はまぁまぁね」

 

 三色のチョコが使われたケーキと俺と同じコーヒーを口にして、ヒューニはまんざらでもなさそうな感想を述べた。すぐに二口目を食べている辺り、美味しいとは思っているみたいだ。

 奢ってもらってるんだから、もう少し美味しそうに食えと思わないでもないけどな。

 

「それで、良いことって何だ?」

 

 残り少なくなったコーヒーを口にしながら、俺はヒューニに訊ねる。

 

「メデューサが動いてる。多分近いうちに、ハデスの一団がこれまでにないほどの大規模でこっちに攻めてくるわ」

 

 まるで世間話でもするかのような口調でヒューニは言った。

 正直、期待してなかったが、その思わぬ情報に、俺のカップをソーサーに戻そうとしていた手が止まった。

 大規模って言うのがどれくらいの規模なのかは分からないけど、わざわざ言うってことは相当なものなのだろう。

 

「目的は何だ。市民を恐怖させることか、ラッキーベルとやらの捜索か?」

「両方ね。今までの襲撃で人間の負のパワーがある程度集まったから、ここに来て一気にそのエネルギーを使って、こっちの世界に侵攻して、さらに多くのエネルギーの収集とラッキーベルの捜索を行おうとしてるみたいよ。うまくラッキーベルを破壊できたら、そのまま日本中や世界中へ侵攻することも計画に入れてる。あと当然、あの小娘達を殺すこともね」

 

 ホントに本腰いれてるな。これはガーディアンズとしても放ってはおけない。

 まぁ、報告は後でするとして……。

 

「その情報が真偽が気になるが、とりあえず本当だと仮定して、なんで敵である俺に教える?」

「そうね……手を組むのには、それなりの信用が必要だからってとこかしら」

 

 つまりは俺と手を組むための前払金か。筋としては通っているが……。

 

「味方の情報を売るヤツを俺が信用するとでも?」

「勘違いしてるようだけど、私はわけあってハデスに手を貸してるだけでアイツらの仲間ってわけじゃないから」

「なに?」

 

 コーヒーを口にするヒューニを見ていた俺の眼の端がピクリと動いた。

 

「私の目的を達成するには、アイツらに手を貸した方が都合が良いってだけ。人間の恐怖とか正直どうでも良いわ」

「そのわりに奴らと同じく随分と魔法少女を毛嫌いしてるようだけど?」

「別に、アイツ等が嫌おうがどう思ってようが関係ない……ただ目障りなのよ。あの小娘達」

 

 八つ当たりするようにヒューニはケーキにフォークを突き刺した。

 

「どうしてそんなに?」

「…………ふん!」

 

 俺の質問を無視して、ヒューニは残りのチョコレートケーキを一気に食べきった。ムスッとした態度のわりに、綺麗に食べきっていた。

 その魔法少女への嫌悪の原因も彼女の目的に関係するのか、話す気は無いようだ。

 

「お前の目的とやらが何か知らないけど、そもそもなんで俺なんだ? ハデスと手を組んでるなら、今でも十分なんじゃないのか?」

「アイツ等の頭にあるのは、嘲笑いながら世界を壊すことだけよ。“手段”としては使えるけど、“制御”はできないわ」

「俺なら制御できるってのか?」

「フフッ。まぁ、そんな所ね」

 

 改めて言うこともないのだろうが、ヒューニは人をイラつかせて楽しむ癖がある。

 今回のも、多分わざとだろう。

 分かってはいるけど、俺は彼女の期待通り少しイラっとした。

 

「他のガーディアンズのエージェントじゃダメなのか?」

「下っ端のエージェント程度じゃ力不足よ。それに、利権が絡んでくる組織に属してる奴等は嫌いなの」

 

 およそ魔法を使うヤツが言いそうにない言葉だな。

 

「どんな利権があるってんだよ。てか、一応俺もその組織の人間なんだけど?」

「貴方個人になら利権もくそもないから大丈夫よ。それに、貴方はガーディアンズになって間もないから、いろいろと都合が良いのよ」

「……じゃあ、ファングは?」

「まぁ、あの人は単純そうだし。そもそも雪井に手を貸してた私の言うことなんて聞かないわよ」

 

 ……確かに。

 もし二人が顔を合わせたらどうなるか考えてみたけど、ヒューニに突っかかっていく悠希の様がすぐに想像できた。

 水と油というか、立場的にも性格的にも相性が最悪そうな二人だ。

 

「そういえば、気になってたんだけど」

「ん?」

 

 俺は口につけていたカップを傾けると、唐突にヒューニは何かを思い出したような顔をした。

 

「貴方とファングって付き合ってるの?」

「っぶ!」

 

 口内のコーヒーが出ていきそうになるのをなんとか耐えて飲み込み、俺はガチャリと音を鳴らしてカップを置いた。

 

「またかよ。異性の話をすれば、すぐに付き合ってるだとか訊きやがって。小学生かお前は!」

「フフッ、女はゴシップが好きなものよ」

 

 嘘つけ、俺の弱みを握りたいだけだろ。

 人の反応見てニヤニヤしやがって。趣味が悪い。

 

「アイツとはただの同僚だ。勘違いするな」

「ふーん、あっそ」

 

 俺が否定するとヒューニは笑顔を消して、つまらなそうな顔でテーブルに頬杖をつき、残ったコーヒーを飲み干した。

 

 

 やがて、話すべきことはすべて話したとでもいう感じで、ヒューニは静かに息を吐いた。

 

「ふぅ……じゃあ、今日はこれで帰るわ」

「あっおい!」

 

 彼女の切り替えの早さについていけず、俺はワンテンポ遅れて席を立った。

 

「またねぇ、水樹君」

 

 ヒューニはそのまま何の迷いもなく店を出たが、俺はというと、そういうわけにもいかない。

 

「ちょっ、待っ……あっ内海さん、お金ここに置いておきますね!」

 

 顔なじみの店とはいえ、無銭飲食をするわけにはいかない。

 俺はレジに置いてあるコイントレーに財布にあったお札全部と会計伝票を置いて、急いで彼女の後を追った。

 ヒューニが店を出てから俺が続いて出るまで、時間にして30秒ほどだっただろうか。魔法を使って逃げたのか、周辺を見回しても帰宅ラッシュの雑踏が流れていくだけで、すでに彼女の姿はなかった。

 

「水樹君、お釣りお釣り!」

「あ、あぁ、どうも……」

 

 マスターが気を使ってお釣りを持ってきてくれたが、俺はその場に立ち尽くし、生返事を返すしかできなかった。

 

「……また逃げられた」

「えっ?」

「あぁ、いや何でも……」

 

 

 

 

 

 






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第22話 ハデスの侵攻

 

 

 

 ヒューニから近々ハデスが大きく攻めてくると聞いて三日が経った。具体的にいつ攻めてくるかは聞いていないので、この三日はいつ何が起きても対処できるよう気を引き締めながら過ごす生活が続いた。あれ以来、ヒューニも姿を現さなくなった。

 ガーディアンズに報告して、街の警備を強化するよう要請したが、組織だと何事もすぐに実行することは難しく、警備体制を引けるのは明日からということになった。それまでは、俺がガーディアンズとしてこの街を常時警戒することになる。

 おかげで、この三日は眠りの浅い夜が続いた。

 

 

 今日は日曜日。俺は昨日と同様、パトロールのため一人街へ出かけようとしていた。

 

「あら、今日も出かけるの?」

「うん」

 

 玄関で靴を履いていると、リビングから母さんが顔を出して話しかけてきた。

 

「昨日もバイトで一日中出てたけど、今日はどこ行くの? まさか、また沙織ちゃんとデート?」

「残念ながら違う」

 

 てか、“また”とか言うなよ。

 

「今日は、参考書とか買いに本屋に……」

 

 俺が適当に嘘をつくと、母さんは「なーんだ」と期待したような顔をやめて肩を落とした。

 

「気をつけなさいね。今日はずっと晴れみたいだけど、今朝テレビで今日の天気は不安定だって言ってたから、ゲリラ豪雨が降るかもしれないわよ?」

「りょーかーい!」

 

 昔なら折り畳み傘でも持つところだが、今の俺にとっては些細な問題だ。

 

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい」

 

 母さんに見送られる形で家を出て、俺はさっさと街中へ向かった。

 

 

 

 

 もしヒューニの言っていたことが本当で、ハデスの侵攻目的が市民を恐怖させることとラッキーベルの捜索なら、場所や人の数から考えて、奴等が現れるのは前回現れたのと同じ駅前周辺だろう。

 そう当てをつけて駅前にやってくると、案の定、駅周辺は休日とあって人で溢れていた。道行く人の数もそうだけど、バスの乗車数や飲食店などにいる人の数も平日よりずっと多かった。流石は、都心へ向かう駅と周辺にショッピングモールやアミューズメント施設があるだけのことはある。

 

 ハデスからしたら、絶好の環境だろう。

 けど今日はハデスにとっては障害、俺にとっては援護となる点もある。

 

 MINEで聞いたところによると、沙織達、魔法少女三人も、今日はボーリングやカラオケ、ショッピングなど、この辺りでいろいろ遊びに出ているらしい。

 侵攻の件は、()()()ガーディアンズから魔法少女へは伝えられていないはずだが、三人が今日この場に居合わせているのは偶然らしい。

 

 ハデスが現れても、すぐに対抗できる人間が俺を含め現場にいる。これで被害はある程度防げるだろう。けど逆にそれが、ハデス侵攻の予感を強めた。

 

「来るなら今日だな……」

 

 半ば確信に近い予感を持ちながら、引き続き街中を歩き回った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 黒い靄が広がる暗黒の空間で、群衆の影が蠢く。

 そこは見渡す限りのノーライフの群れ。知能の低い大きな生物たちが今か今かと侵攻の命令を待っている。一部のノーライフはフシューっと威嚇した声を上げ、興奮状態になっていた。

 そんなノーライフたちを指揮するのは、蛇の下半身と人間の女性の上半身を合わせたよな身体を持つ、ハデスの幹部であるメデューサだ。

 

「フフッ、いよいよね」

 

 ノーライフの群れを見下すように見ながらメデューサは微笑した。そんな彼女の隣には、目の前のノーライフ達とは異なり、大きな体を持つノーライフが立っている。

 その巨体のノーライフは鋼の身体を持ち、静かにメデューサのそばでひれ伏していた。その一切活気の感じられない姿は傀儡のようである。

 

「時は来た。今こそ人間の世界を絶望に落とす時!」

 

 メデューサの声が空間中に響く。すると彼女の言葉に賛同するかのように、周りにいたノーライフたちが一斉に声を上げた。言葉はないが、その声には殺意や狂気といった様々な負の感情が混じっている。

 

 そんな最中、メデューサの後ろに影が差した。

 その影の中から禍々しい亡霊がしゃべるような声がする。その声は生き物が発した声に間違いないが、まったく言葉になってない。しかしメデューサはその声の意味を理解していた。

 浮かべていた笑みが消え、メデューサは真面目な顔つきになった。

 

「分かっております“ハデス様”。必ずや、あの邪魔な小娘とニャピー共を殺してみせます」

 

 そうメデューサが口にすると、背後の影は塵が風に流れるように姿を消した。

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 再度、笑みを浮かべたメデューサは、手を前に出して侵攻開始を合図した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「……来たか」

 

 いつもハデスやノーライフの存在を察知するのは、沙織達についているニャピーの仕事だ。

 しかし今回、その異変は俺にもすぐに察知できた。

 分厚い雲が空に掛かったように、あるいは皆既日食でも起こったように、急に空が暗くなったのだ。

 

「お、おい! なんだアレ!」

 

 周りの一般人達も異変に気が付き、慌てふためいている。

 駅から少し離れた所を歩いていた俺は、辺りを見回す。上空を見ると、何か結界のような壁が出現していた。壁といってもコンクリートのような物体が現れたわけじゃない。例えて言うなら、薄く硬いシャボン玉の膜が空間を覆っている感じだ。

 そしてよく見ると、俺のいたすぐそばにも、その壁が現れて道をふさいでいた。形はどうやらドーム状になっているらしい。駅前周辺エリアをざっと囲っているようだ。

 

「なんだコレ?」

「どうなってるの?」

「出られなくなってるぞ」

 

 壁の周りでは、何も知らない一般人が内側と外側から壁を触ったり叩いてみたりしている。しかし、一般人が何かしたところで壁に変化はない。

 おそらく、魔法だろう。それなら物理的に何かしたところで破れるとは思えない。これじゃあ、外からの応援も期待できないな。

 

 辺りの状況を確認した俺は、戦場になっているであろう結界の中心部へと向かった。

 

 

 

 

 一方その頃、結界の中心部に程近い場所にあるアミューズメント施設の前では、綾辻さん、沙織、秋月の三人が異変を感じ取ったニャピー達と一緒に外へ飛び出していた。

 

「なにこれ!」

《これは! ハデスの結界だよ!》

 

 周辺の変化に戸惑う三人とは対称的に、ニャピーの三匹は上空にある壁を見て状況を理解した。

 

《ハデスの奴等、今回は本気でこっちの世界に攻めてきたみたいだね》

「そんな……!」

《とにかく急ぎましょう!》

 

 三人は宙を浮くニャピー達に続く形で現場へ走った。

 結界の中心地に向かうにつれて、木霊する悲鳴がはっきり聴こえ、恐怖が張りつた顔で逃げる人々とすれ違う。

 

「だいぶマズい状況みたいね」

 

 秋月が逃げていく人々の様子から現状を察していると、すぐ近くで爆音とともに建物が壊れる音が轟いた。

 

「あっちね!」

《気をつけて、すごい魔力の量よ》

 

 騒音の源らしき場所を特定して三人は足を速める。それぞれのパートナーであるニャピーはそこから感じる魔力に冷や汗を浮かべていた。

 そして、周りにすっかり人影がいなくなった現場近くで、三人は自身の宝玉を握りしめた。

 

「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」

 

 宝玉から発せられた神聖な光が三人を包む。三色の光の中にそれぞれシルエットが浮き上がった。そして徐々に閃光が消えていき、マジック少女戦士たちが現れた。

 

 

 やがて、三人は開けた場所に出た。

 そこは駅前広場。いつもなら待ち合わせの人々や歩行者で賑わう場所だが、今はすっかり様変わりしてしまっていた。

 

「これはッ!」

「……ひどい」

 

 特撮やアクション映画、あるいは戦場カメラマンが撮った写真くらいでしか目にした事がない荒れ果てた戦場の光景に、三人は思わず足を止めて、呆然と辺りを見回した。

 舗装された地面は剥がれ、あちこちに瓦礫が転がり、周りの建物の一部は破壊されて残りは今にも倒壊しそうになっていた。ガス爆発でも起きたのか、発火した炎によって残った建物や瓦礫は所々黒ずみ、周辺は少し焦げ臭い。幸いにも、死体は転がってはいないようだ。

 先ほどから聴こえていた悲鳴が、よりその場の恐怖を掻き立てた。

 

 その惨状を作り出したのは、あちこちにいるノーライフと、中心でそれらを先導しているメデューサだ。

 

「あらぁ!」

 

 三人がやってきたことに気が付いたメデューサは、緩んだ顔を彼女たちに向ける。

 

「来たのねぇ」

 

 三人は何とか気を持ち直して身構えながら、メデューサを睨む。しかし、その三人の内にある恐怖をメデューサは見透かしていた。

 

「あーらあらあらぁ。これはこれは、飛んで火に入る夏の虫」

「アンタ、この間の……!」

 

 変身した沙織……キューティ・サマーがメデューサを認識して言葉を漏らす。

 

「貴女、よくもこんな!」

「こんなことして、ただで済むと思ってるの!」

「へぇ、一体どうなるっていうのかしら?」

 

 スプリングやオータムの怒りなど気にも止めず、メデューサは余裕綽々だ。辺りにいたノーライフも一斉に三人に向かって威嚇し始めた。

 

 周辺にいるノーライフは、二種類。ひとつはこの前体育館で姿を見せた、蟻型のノーライフであるスレイブアントだ。そしてもうひとつは、キューティズ達が初めて見るノーライフだった。

 名前は“キル・ギルス”。大きさはスレイブアントより少し大きいくらい。枯れ葉のような褐色をしており、特徴的な長い脚と触覚を持っている。キリギリス型のノーライフだ。シクルキやスレイブアントと同様、本物の虫をデフォルメしたような見た目をしているが、口元に見える牙や顎は本物の虫と同じように鋭く力強い。

 

「ウィンドガンナー!」

「シャインロッド!」

「メイプルブレード!」

 

 無意識に感じる恐怖を抱えながら、少女たちはそれぞれの武器を構えた。

 

「……やれ」

 

 メデューサが手を振り下ろして、目の前の少女たちを指さした。

 その命令を合図に、周りにいたノーライフが一斉に襲いかかった。

 

「サマー、オータム、行くよ!」

「うん!」

「えぇ!」

 

 

 



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第23話 侵食する恐怖

 

 

 

 

 ハデスの侵攻に、市民は恐怖する。メデューサとノーライフが現れた周辺は、まさに阿鼻叫喚としていた。

 荒れた街中で人々はノーライフから逃げるため、怯えた表情を顔に貼り付けて走っている。しかし逃げようにも駅前周辺には結界が張られており、それ以上外側へ逃げることができない。結界の内側周辺では、市民の助けを求める声と悲鳴が響いていた。

 かけつけた警察や救助隊も結界の中に入れず、外側で頭を抱えている。

 

 逃げ遅れた人々は、その辺の建物に籠って避難していた。けど立て籠っている建物の壁や扉など、ノーライフはいとも簡単に破壊してしまう。

 

「うわァァァ!」

「キャァァ!」

 

 建物の中へ侵入したキルギルスに、立て籠もっていた人たちは悲鳴を上げる。その人々の恐怖に反応して、キルギルスの内にある邪悪な魔力が増幅していった。

 力の増したキルギルスに威嚇され、人々はより一層恐怖する。キルギルスの持つ硬い牙や丈夫な身体は、普通の人間には到底敵うものではない。言わば獰猛な肉食獣、いやそれ以上の生物を相手するようなものだ。

 カチカチと牙を鳴らし、やがて、キルギルスが怯える人々に飛びかかった。

 

「ハァァァ!」

 

 しかしその瞬間、キルギルスの前に影が過ぎった。

 同時に激しい音が響き、襲い掛かろうとしていたキルギルスが壁にめり込む。壊れた壁から土煙が風に流れ、辺りに舞った。

 

「は、ハイドロード!」

 

 土煙が晴れて、キルギルスを吹き飛ばした者の正体を見た者の一人が大きな声で叫んだ。

 

「助かった!」

「やった!」

 

 青を基調としたコスチュームに身を包んだヒーローを見て、他の面々も安堵の色を浮かべた。

 

「早く逃げろ」

「に、逃げるって、どこへ?」

「北西側には、まだ敵は侵攻してない。そっちに向かって全力で走れ!」

「で、でも……」

「急げ!」

 

 ハイドロード……俺の横を通っていき、立て籠もっていた人々は急いで避難していった。

 

 

 

 

 建物内にいた面々が全員避難したのを確認して、俺は外へ出た。壁にめり込んだキルギルスはまだ生きているが、深くめり込んだおかげで身動きが取れないでいる。

 

「うわっ!」

 

 しかし外へ出た途端、別のノーライフが襲い掛かってきた。

 蟻の形をしたノーライフが数匹、束になって俺に剣を振るう。俺は太刀筋を見切って、蟻んこの剣をすべて躱し、反撃に拳と蹴りを放った。俺の攻撃でノーライフは全て周りに吹き飛んでいく。

 どうやら一匹一匹の蟻のノーライフの力は、そんなに強くないようだ。おそらくガーディアンズの一般エージェントでも対処できるだろう。

 だが対処はできても、トドメを刺すことはできない。その証拠に、いま俺がダメージを与えたノーライフは、すぐに身を起こして、再度、襲い掛かってくる。やはりノーライフを倒すことができるのは、魔法少女であるキューティズだけのようだ。

 

「しぶとい……ッ!」

 

 俺は再度攻撃を退け、反撃の隙を窺う。

 複数の敵を相手するのは正直しんどい。特撮やアクション映画では、敵一人が攻撃してくるとき、他の敵は待ってくれることが多いが、現実だとそうはいかない。一人の敵の攻撃を処理している時も、周りの敵に注意しなければならないのだ。

 敵全員の動きを捉えなければ、あっという間にやられてしまう。反撃した時なんかは、意識が敵一体に向かっているので、敵にとっては袋叩きにする絶好の隙だ。

 なので反撃する際は、いつもより気を使う。しかも今は素手だから、攻撃のリーチも短い。

 

「一人ずつ掛かってこいよ。めんどくさい!」

 

 そんなことを口にしたところで、ノーライフが言うこと聞いてくれるわけないけど……。

 

 やがて相手の隙を見つけた俺は、足を踏み込んで一気近づき、ノーライフの一匹を踏みつぶし、その足を軸に周辺にいた仲間を蹴り飛ばした。

 そして敵が怯んだ隙に、ノーライフが持っていた武器を手に取り、手足を斬り落とす。かなり残酷なことをしている自覚はあるが、倒せないノーライフを無力化するためには仕方ないことだ。

 

 そんな風に、逃げ遅れた人の救出とノーライフの討伐を繰り返しながら、俺はキューティズが戦っていると思われる現場へと向かう。

 できれば一刻も早く向かいたいところではあるが、救出と討伐を繰り返しているため必然的に俺の進行速度は遅い。

 しかも現場に近づくにつれ、ノーライフの数も増えていく。倒しても倒しても、まるで本物の虫のように次から次へと湧いてきた。

 

「切りが無いな……うぁッ!」

「助けてくれェ!」 

 

 俺がノーライフの数に頭を悩ませていると、突然、見知らぬ男が縋り付いてきた。

 

「なっ、お前ヒーローだろ? 俺を守ってくれよ!」

 

 どうやら逃げ遅れた人らしい。

 怯えた表情と震えた体で、俺に助けを乞う。

 

「落ち着いて。あっちの方はまだ敵が侵攻してなく安全ですから、はやく逃げてください」

「そんなこと言わずに、安全なとこまで一緒に来て俺を逃がしてくれよ! なっ! なっ!」

「……チッ!」

 

 つい舌打ちが漏れた。こんな状況なら、パニックになって助けを求めるのも仕方ないことなんだろうけど、この人の場合、自分だけ助かればそれで良いという自己中心さが鼻についた。

 こんな人でもヒーローとしては助けてやりたいところだが、この人一人のために他のことを投げ出すわけにもいかない。

 

「うっせぇ、助かりたきゃとっとと逃げろ!」

「ひっ、ひぇぇぇぇ!」

 

 男の腕を振りほどいて一喝すると、男は四つ足で歩きながら、どこかへ逃げていった。

 ヒーローとしては、あまりよろしくない対応だが、この際仕方ない。

 

 あの男性の態度も、おそらくノーライフのせいだろう。

 以前にも話したが、ノーライフには周辺の人々の負の感情を増幅させる能力がある。この能力、素直に恐怖するだけなら、まだマシだが、『他を蹴落としてでも生き残りたい』あるいは『パニックに乗じて、金を盗んでやろう』とか、そういった邪な心も増幅させて、普段は理性や倫理で抑えられた人間の欲望を露にしてしまう。

 

 辺りをよく見ると、それらしい人がチラホラと目についた。

 いつもなら数人程度が影響されて悪行に走る程度だったが、これだけ数が多いと対応は困難だ。

 この地獄絵図を止めるには、原因を元から断つしかないだろう。

 

「ったく、はやく何とかしないとな」

『ハイドロード、聞こえる?』

 

 俺が現状を改善するため現場に急ごうすると、ふとコスチュームに搭載された通信機から女性の声が聞こえた。

 

「はい、こちらハイドロード」

『こちらエージェント・ゼロ。聞こえてる?』

「えぇ、聞こえてます。感度問題なしです」

 

 通信の主は玲さんだった。俺は走りながら、通信に耳を傾ける。

 

『貴方、今どこにいるの?』

「高宮町の駅のすぐ近くです」

『じゃあ、結界の中にいるのね?』

「えぇ」

『実は私たちエージェントも高宮町に来てるの。でも現場周辺に謎の壁があって中に入れないでいるわ』

 

 やっぱりか。

 概ね予想通りの状況だ。

 

「応援は無しってことですね?」

『えぇ。でもできる限りの手は尽くすわ。もうじき貴方への援護も送れるはずよ』

「というと?」

『この現場周辺を囲っている壁だけど、妨げるのは生き物だけみたいなの。だから物質の移動は可能よ』

「へぇ……って、それじゃあ実質なにもできないじゃないですか! ミサイルでも撃つつもりですか?」

「えぇ」

「……は?」

 

 玲さんの返事に、自分の耳を疑い、俺は思わず足を止めた。

 

『だから、“ミサイルを撃ち込む”っていったの』

「…………えっいや、なに言ってんの?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ヤァァ!」

「ハァァ!」

「ハッ!」

 

 キューティズが力任せの素人体術を使って、スレイブアントとキルギルスを蹴散らしていく。幸い、この2種類のノーライフは、一個体の力はそこまで強くない。素人体術でも、変身したキューティズなら一から三撃程度で倒せる相手だった。

 加えて彼女達には、それぞれ固有の武器による攻撃もある。

 

 キューティ・スプリングによる、ウィンドガンナーの射撃。

 キューティ・サマーによる、シャインロッドの打撃と呪文攻撃。

 キューティ・オータムによる、メイプルブレードの斬撃。

 

 魔法少女としての力を使ったそれらの攻撃は、辺りいたノーライフを一掃した。

 しかし、ノーライフは非常に数が多く、一個体の強さが弱くとも次から次へと湧いてくるため、確実に彼女たちの魔力と体力を消耗させていった。

 彼女たちの顔にも徐々に疲労の色が混じってきている。

 

「ふふっ。良いわ、その調子よ」

 

 そんな三人の戦いぶりをメデューサは不気味に笑って見ていた。

 

「魔力と体力が無くなってゆけば、心に余裕がなくなっていく。余裕が無くなってゆけば、内にある恐怖は身を蝕む」

 

 人間は、とりわけ他のどの生き物よりも不安や恐怖を抱えやすい生き物である。いくら魔法少女だからといっても、その原則に反することはない。戦う力があることと共にいる仲間のおかげで、比較的に抑えられているが、その抑制も精神に余裕がなくなれば、一気に加速していく。

 

「そしてその恐怖は、我々を強くする……ふふふっ」

 

 メデューサにはキューティズ達の内にある恐怖が、細菌のように増殖しているのを感じ取っていた。

 

「さぁ、そろそろアイツ等に絶望を与えてあげましょう」

 

 

 

 

 






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第24話 絶体絶命!魔改造ノーライフ現る!

 

 

 現場に近づくほど、ノーライフの数が増えて街中の風景が戦地に変わっていく。ある程度進むと、逃げ惑う人や立て籠もる人の姿は無くなり、それと反比例するように、暴れるノーライフと瓦礫の山を目にするようになった。

 時折、倒れたままピクリとも動かなくなっている人を見たような気がしたけど、俺は見間違いだと切り捨てて走り続けた。冷酷かもしれないが、ここで精神的な重りをつけて行くのは、後の戦いに支障が出る。

 今は一刻も早く前へ進み、誘導弾が来るまでに現場に着くことが最優先だ。

 

「……チッ!」

 

 俺が心を殺して大通りの車道を疾走していると、前方にノーライフの一団が立ちふさがった。

 スレイブアントは武器を構え、キルギルスは牙をカチカチ鳴らして威嚇してくる。

 

「邪魔すンなァァァァ!」

 

 車道に転がっていた車を蹴り飛ばして虫どもを下敷きにしながら、俺はそのまま走り続けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 所変わって、駅前広場。

 倒しても倒しても減らないノーライフを相手に、キューティズの三人は息を切らしていた。

 

「タァァ!」

「ハッ!」

「ふっ!」

 

 十分近くの時間を息をつく間もなく戦っていた三人の動きは、戦闘開始当初と比べると、やはり悪くなっている。普段通りなら、これほど動きが乱れることもなかっただろうが、今みたいな荒れた場所に立ちながら恐怖心を抱えて戦うことは、三人にとって初めてのことだった。

 普通なら戦っている最中に隙を突かれて、いつ劣勢に立たされてもおかしくない。それでも彼女たちが戦っていられるのは、魔法少女としての彼女たちの資質とメデューサの加虐心のおかげだ。

 

「ふふふふっ」

 

 ふと、メデューサの笑みを溢すと同時にノーライフたちの攻撃の手が止まった。

 キューティズ達は戦闘態勢を取り直して荒れた息を整える。メデューサに目を向けると、彼女は腕を組みながら口元に手を当ててクスクス笑っていた。

 

「なかなかやるわねぇ。流石はマジック少女戦士」

 

 周りの状況を見ると、はじめの時と比べてノーライフの数は減少している。それを確認できた彼女達は、ほんの少しばかり心に余裕を持てた。

 

「ふん! 大したことないじゃん。これで全力?」

「ふふっ、強がっちゃってぇ。かぁわイイ!」

 

 サマーは挑発染みた言葉をメデューサに投げた。しかし、まるで大人が子供をからかうようにメデューサは笑みを深める。

 

「じゃあリクエストに答えてあげるわね」

 

 そう言って、メデューサはフィンガースナップを鳴らした後、何者かを呼ぶようにクイクイと指を動かす。すると彼女の後ろに黒い靄が現れて、大きな渦を作っていった。もはや見慣れているハデスがこっちの世界に来る時のゲートだ。

 キューティズ達は警戒しながら、その様子をうかがった。その最中では、恐怖か、あるいは後悔からか、サマーのこめかみから冷や汗が伝って落ちていた。

 やがてゲートが出現すると、渦の中にどこか見たことのあるシルエットが浮かんだ。

 大鎌になっている両腕に、ずっしりとした体と四本の脚。

 その姿は、キューティズ達にも見覚えのあるモノだった。

 

「あれって……!」

「はぁ。またアイツか」

「……えっ、ちょっと待って!」

 

 スプリングとサマーがシルエットの正体を察した横で、オータムが違和感を覚える。

 影の全体的な形は見覚えのあるモノだが、よく見るとその形を作る線が不自然にカクカクしているように見えた。

 その原因が何なのかは、すぐに明らかになった。

 

「えっ、ちょ、何アレぇぇ!」

 

 ゲートから出てきた敵……シクルキの姿を見て、サマーが驚きのあまり、思わず大声を上げた。

 カマキリ型のノーライフ、シクルキ。以前、ショッピングモールでサマーと戦った時までは普通のカマキリのような姿をしていたはずだったが、今はその身体の至る所に鉄の鎧が組み込まれている。

 鉄の鎧を着ているのではない。文字通り、組み込まれているのだ。

 羽の付いた細長い胸部や腹部、特徴的な逆三角形の頭部など、一部元の身体が残っているが、外見の大部分がメタル色の鉄の身体になっていた。ギザギザしていた大鎌の腕は、鋭利な刃物に変えられ、片目は赤いランプのような瞳をしている。

 シクルキが身体を動かすと、体中から機械的な稼働音が鳴っていた。おそらく体の内側もいくつか機械に変えられているのだろう。

 そして、その表情や仕草からは一切の感情が感じられない。以前のシクルキにあった粗暴な形相や態度は欠片も残っていなかった。

 

「どお? これがパワーアップしたシクルキよ」

「パワーアップって……!」

 

 スプリングは唖然として、短い言葉を溢す。

 パワーアップと言えば聞こえはいいが、これはどう見ても“改造”である。サイボーグと化した体はむしろ拘束具をつけているようにも見えた。しかも見た所、その改造は本人の意思を無視して行われた非人道的なもののようだ。でなければ、本人の感情を無くす理由がない。

 

「ちなみに、コイツの身体には爆弾が仕込まれてて、魔法の攻撃を受けたら爆発するようになってるわ」

「ば、爆弾っ!」

「威力は……そうねぇ、この結界の中くらいなら簡単に吹っ飛ぶかしらねぇ」

 

 それを聞いて、オータムが驚愕する横で、いよいよサマーは怒りを露わにし、拳を作って力任せに握りしめた。

 

「アッ、アンタ、仲間の命を何だと思ってるの!」

「仲間? ハハッ、お馬鹿さんねぇ。コイツ等は私たちの戦力よ。戦いに勝つために兵器や兵士を強くするのは、当然じゃないかしら?」

「アンタねェ!」

「サマー!」

 

 激昂のあまり、まっすぐメデューサに攻撃しかかろうとしていたサマーを、オータムは腕を掴んで引き留める。

 しかし、サマーは止まらなかった。サマーが腕を振り払おうとしたので、オータムは羽交い絞めで動きを止めた。

 

「落ち着いて! ここで怒りに任せて攻撃するのは、メデューサの思うつぼよ!」

 

 無理やり振りほどこうとするサマーを、オータムはなんとか落ち着かせようとしたが、怒りで半ば我を忘れているサマーに彼女の言葉は届かず、サマーは力づくでオータムの拘束を抜けて、メデューサに向かって走っていった。

 シャインロッドを握る手に力を込めて飛び掛かり、うっすら笑みを浮かべているメデューサを狙って振り下ろす。

 

「フフフフっ」

「コンにゃろォォ、ッ!」

 

 しかし瞬間、シクルキの大鎌がサマーを襲った。サマーの攻撃はメデューサにかすりもせず、逆にサマーは、硬い地面に打ち付けられた。相当な威力で打ち付けられた彼女の体は、数回ほど弾んだ後、そのまま地面の上を転がる。

 転がり回る最中、持ち前の運動神経をフル活用して、サマーはなんとか身を起こして着地を決めた。

 

 

 膝をつきつつ体勢を立て直したサマーだったが、すぐにまた何かの影がさした。見上げるとそこには、大鎌を振り上げたシクルキが立っていた。どうやら改造によって、動作スピードも以前より比べものにならないほど速くなっているようだ。

 振り下ろされたシクルキの大鎌を、サマーは反射的に手に持つロッドで受け止めた。

 彼女の体に、重い力がずっしりとのしかかる。

 

「グッ!」

 

 自身の身体が軋むのを感じ取り、サマーはその痛みに顔を歪めた。ロッドを支える腕が振るえ、このままでは押し負けて身体が切断されてしまうと本能が悟った。

 サマーは何とか大鎌を振り払い、その場から距離を取る。しかし、シクルキはまたすぐに距離を詰め、サマーに斬り掛かった。

 次々と放たれる斬撃に、サマーはロッドで受け流したり避けたりすることで対応した。斬撃を受け流すたびに、大鎌とロッドがぶつかり合って鉄を打つような音が辺りに響く。

 

「サマー!」

「待って、スプリング!」

 

 ウィンドガンナーの銃口を向けて、サマーを援護しようとしたスプリングだったが、その射撃はオータムの手よって止められた。

 

「メデューサが言ってたでしょ、魔法で攻撃したら爆弾が起動するって。下手に攻撃しちゃダメよ」

「でも!」

 

 二人がそんなやり取りをしてる間にも、攻撃を避け切れなかったサマーがシクルキの斬撃で吹き飛ばされ、倒壊した建物の壁に打ち付けられた。その際、壁にできた破壊の跡が、サマーに与えたダメージを物語っていた。

 

「「サマー!」」

「グッ、ウッッ!」

 

 サマーは腰をつき、瓦礫にもたれる。そして身体に走る痛みに、うめき声を洩らした。

 コスチュームもすでにボロボロで、満身創痍な状態だ。ここまでの攻撃を食らって、出血や打撲、骨折などの目立った怪我が無いのは、ひとえに魔法少女の力のおかげである。

 

《大変だよスプリング!》

《サマーの魔力と生命反応が弱くなってる!》

《このままだと危険よ!》

「そんなもの、見りゃ分かるわよ!」

 

 サマーのピンチに、いつもは隠れて見ているニャピーが物陰から出てきて二人に告げた。

 普段冷静なオータムも、この時は声が荒くなった。

 

「アハッ、見つけたわ。ドラ猫共!」

 

 そして悪い事態は続き、ニャピーを見つけたメデューサが笑う。

 

「スレイブアント、キルギルス。小娘どもを殺して、あのニャピーどもを捕らえなさい!」

 

 すると、周りにいたノーライフ達が一斉にスプリングとオータムに向かって襲ってきた。

 人間の頭一個分くらいの大きさのある虫の群れが襲ってくるというのは、かなりインパクトのある光景であり、例えるなら、洞窟の天井にぶら下がっていたコウモリの群れが一斉に襲ってきたような光景だ。

 

《あわわわ!》

「クっ!」

 

 四方八方から来る敵に、ニャピー達はパニックになって、二人の背に隠れる。

 そんな中でも、スプリングとオータムは互いにカバーし合い、ニャピー達を守りながら、襲い来るノーライフを撃退していった。

 

「フフフッ。さて、あっちは一旦置いておくとして、先にこっちの小娘を片付けましょうか」

 

 そんな光景を愉快そうに眺めていたメデューサは、静かにその視線をサマーに向ける。

 メデューサの命令に従って、シクルキは吹き飛んだサマーの元まで行く。そして腕の大鎌の刃の先端を彼女の頭部に狙いを定めるように近づけた。

 

「「サマーッ!」」

 

 そんな光景を視界の端に捉えてたスプリングとオータムは、声を揃えて彼女を呼んだ。急いで助けに行こうともしたが、スレイブアントとキルギルスの大群がそれを阻む。

 

「サマーッ!」

「早く逃げて!」

 

 サマーは彼女達の声に答えることもなく、身体に走る痛みに耐えながら、ぼんやりとした眼で目の前のシクルキを見上げた。

 

「大丈夫よ。すぐに貴女達二人も、この子の後にあの世へ送ってあげる。そしたら寂しくないわよね?」

 

 逃げなきゃ殺される。そう頭では理解していても、サマーの体は思うように動かなかった。

 

「殺れ、シクルキ!」

「キャシャーー!」

 

 赤い目のランプをギラリと光らせ、シクルキが憎しみの混じったような奇声を上げながら腕を振り下ろす。

 逃げられないと悟ったサマーは身を縮め、ぎゅっと目を閉じた。

 

 

 

 

 その瞬間、花火でも爆ぜたような轟音が鳴り、嵐のような突風が吹いた。

 やがて、遠くの方で瓦礫が崩れ落ちる音がする。

 

「なっ!」

 

 目を閉じて身構えていたサマーには、一体何が起きているのか分からなかった。だがこの時、先ほどまで落ち着いた態度を取っていたメデューサが何か動揺した声を洩らしたのを、サマーは聴き取っていた。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはすでにシクルキの姿は無くなっていた。

 代わりに、青いコスチュームに身を包んだ人影がサマーの眼に映る。

 

「こちらハイドロード、いま現場に到着した」

 

 

 

 

 

 



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第25話 形勢逆転の秘策!それは希望を運ぶミサイル?

 

 

 

「こちらハイドロード、いま現場に到着した」

『了解。こちらエージェント・ゼロ、ガーディアンズ本部へ連絡。誘導弾、発射』

 

 俺が現場に着いたことを報告すると、通信先の玲さんが指示を出す。今回の現場指揮は、変化人間の事件ってことで、パイプ役の玲さんが現場の統括指揮を担っているらしい。

 

「は、ハイドロード、さん……!」

 

 背後から沙織……キューティ・サマーの弱々しい声が聞こえた。ここに到着した際、サマーは瓦礫にもたれ掛かりぐったりしていた。

 それを見て急いで助けに入ったが、正解だったな。どうやら俺が来るまでに相当なダメージを負わされたようだ。様子を見てやりたいところだが、俺はまっすぐ敵に目をやる。

 

「あのシクルキを吹き飛ばしたですって! 何の魔力も持たない人間が!」

 

 下半身が蛇の女の人……メデューサが目を大きく見開いて、こっちを見ている。

 確かに魔力なんてものは持っていないが、こちとら科学の力で作られた改造人間なんだ。ナメんなよ。

 ……不服だけどな。

 

「サマー!」

「大丈夫?」

「う、うん。なんとか、ってイテテっ!」

 

 周辺にいたノーライフを倒しながら、綾辻さんと秋月……スプリングとオータムがサマーに駆け寄って行った。

 

「あの人って!」

「うん、ハイドロードさんだよ!」

「あれが……!」

 

 サマーとは過去何度か会ったけど、スプリングとオータムと会うのは、実はこの時が初めてだったりする。

 

「殺れ、キルギルスども! その人間を噛み殺せ!」

 

 メデューサの指示の元、キルギルスと呼ばれたノーライフ達が俺を囲む。デフォルメされてるみたいとはいえ、大きな虫に囲まれるというのは、あまり気分の良いものじゃないな……。

 やがて大きな牙を使って威嚇していたキルギルスは、噛みつこうと俺へ飛び掛かってきた。

 俺は一番近くにいたキルギルスを蹴り上げて、そのまま足を踏み込みノーライフの包囲網を抜ける。ここに来るまでに何匹か相手にしていたので、この虫達の強さはおおよそ把握していた。

 攻撃は主に噛みつき攻撃のみ。大きな脚を使ってものすごい俊敏な跳躍力で移動するが、軌道が単調なのでそんなに脅威ではない。

 俺は体術を駆使して、続けて飛び掛かってきたキルギルスに一匹ずつ蹴りを入れて返り討ちにしていく。間合いに入ってきたら殴ったり、その長い脚を掴んで、別の個体に投げつけたりもした。体が小さいわりにコンクリートを破壊するくらいの力はあるようだが、対応としてはこの前のヒューニほど苦戦する相手じゃない。

 

「すごい。流石プロ……」

「よし、私達も!」

「待て!」

 

 戦ってる最中、援護しようとしてくれたキューティズに、俺はキルギルスを相手しながら大きな声で静止させた。

 俺がいくらノーライフを攻撃しても相変わらずダメージが入らないから、キューティズ達の援護は欲しいところだけど、いま壁際から出てこられると少し困る。

 

「もうじき、ここに誘導弾が飛んで来る。君達はその場でじっとしてるんだ」

「誘導弾って?」

「確か、ミサイルのことね……って!」

「「「えぇーー!」」」

 

 まぁ、そんな反応するわな……。

 

『誘導弾、弾着10秒前』

 

 なんてやり取りをしている内に、玲さんから通信が入った。ロケットエンジンを使ってるとあって、発射してからここに来るまでにあっという間だ。

 やがて空の彼方から、飛行機が通るときに鳴るような轟音が聴こえてきた。

 

「あっ、あれ!」

「ホントにキタぁーー!」

「嘘……!」

 

 誘導弾が飛んでくるのを見て、キューティズの三人が慌て出す。

 このエリア周辺には結界が張られているが、無機物の誘導弾には関係ない。誘導弾は結界を通り抜け、それと同時に推進力のジェットが役目を終えた。後方から出ていたジェットの火は消えたが、その勢いが死ぬことはないので、誘導弾の本体はまっすぐこっちに飛んで来る。

 

《何あれ?》

《あれがミサイルってヤツ?》

《宇宙船みたいねぇ?》

「呑気か!」

 

 オータムがツッコミをいれる。後から聞いた話だが、ニャピー達はミサイルが何なのか知らなかったらしく、この時はずっと首を捻っていたらしい。

 

 閑話休題、誘導弾が俺達に迫ってくる。何も知らない人が見れば、このままだと爆発に巻き込まれることを予期することだろう。

 キューティズ達が悲鳴を上げる間もなく、誘導弾はものすごい勢いで自由落下して俺の立っている場所の数メートル前の地面に着弾した。

 着弾の衝撃で周辺にいたノーライフも何匹か吹き飛んだが、いつまで経っても、爆発は起きなかった。

 

 事前に色々聞かされてはいたけど、実際に見てみると、実に計算された動きなのが分かる。

 

「誘導弾、命中」

 

 目の前に地面に突き刺さるように生えた誘導弾を見て、俺は無事に“モノが送られてきた”ことを通信で伝える。

 

「……あれ?」

「爆発、しない?」

 

 後ろでキューティズ達の力の抜けた声が聞こえた。

 

 この誘導弾に爆薬は入ってないので、爆発しなくて当然だ。

 代わりに、着弾した誘導弾は推進機構が自動的に分離して、ガーディアンズのロゴが描かれた外装の円筒が花びらのように開いた。

 その中から出てきたのは、俺の武器……スネークロッドだ。

 

「スネークロッド、無事に到着。戦闘を続行します」

『了解……あとは好きになさい』

「言われなくても!」

 

 誘導弾から出てきたスネークロッドを手にした俺は、ロッドを手に馴染ませるように回した後、メデューサに向かって身構える。

 スネークロッドの端を右脇で挟み、左半身を前側に持ってくる構えを取る。

 

「か、カッコいいーー!」

「あれって」

「スネークロッド! ハイドロードさんの専用武器だよ! すごい、あんな呼び出し方、初めて見た!」

「はいはい、分かったからサマーは一旦落ち着きなさい」

 

 さっきまで満身創痍だったはずなのに、沙織……じゃなくて、サマーのヤツ、めちゃくちゃテンション高いな……。

 

 ちなみに、このスネークロッドの輸送方法だが、毎度玲さんに持って来てもらったり、取りに行ったりするのが面倒なため、長官や松風さんに何とかできないかと訴えた末に実現した代物だ。

 ガーディアンズ本部の屋上から誘導弾を発射してスネークロッドを運ぶこの方法。原理的には十分以内で日本全国どこでも運ぶことが可能で、構想自体はだいぶ前からあったらしい。けど、爆薬が入っていないとはいえ都心から誘導弾をぶっぱなすというのは、なかなかの根回しと予算が必要だったようで、最近になってようやく実現可能レベルになったらしい。

 今回は試験も兼ねての運用だそうだ。

 

「ちっ! 人間風情がっ!」

 

 メデューサは殺気のある眼で俺を睨む。

 

「シクルキィ!」

「キャシャーー!」

 

 メデューサが名前を呼ぶと、先ほど俺が吹っ飛ばしたシクルキが瓦礫の中から勢いよく飛び出してきた。そしてそのまま羽を広げて、俺の方に向かってまっすぐ飛んでくる。

 

 カマキリってあんな風に飛べたっけ?

 

「のわっ!」

 

 そんな感想が過ったのも束の間、シクルキは両腕を開き、ラグビー選手のタックルのように俺へ突っ込んできた。両手の刃はなんとかスネークロッドで防いだが、俺はそのまま勢いに押される。

 

「ハイドロードさん!」

 

 スプリングが慌てた声で叫ぶ。

 心配してくれるのはありがたいけど、君にも蟻のノーライフが迫ってるぞ……ってサラッと撃退してる。

 

「このッ!」

 

 一直線上に押され、あっという間に俺は建物のそばまで追いやられた。だが、建物に激突する寸前のところで、俺は体を倒しながら足を振り上げて蹴りを入れる。巴投げの要領でシクルキはひっくり返り、そのまま建物の中へに突っ込んでいった。よく見ると突っ込んだ先は建物の一階に入っているコンビニだった。壁や窓ガラスは倒壊してシクルキの姿は土煙の向こうに消える。

 俺は体勢を立て直して、一度距離を取った。俺が構えを取り終えると同時に、またシクルキが俺に向かって突っ込んでくる。

 再度、スネークロッドで防ぐ形になったが、今度は踏ん張ってその場にとどまった。

 

「すっかり様変わりしちゃってぇ。頭も少しは良くなったのか?」

「シャー―!」

 

 煽っても特に反応なし。自我も消されたか……。

 

「……チッ!」

 

 シクルキは刃を押し付けるのを止め、代わりに腕を振って斬撃を繰り出す。

 当たればよく切れそうな鎌の刃だが、流石にアルティチウムを斬る強度はない。攻撃の動作も単純だ。スネークロッドで簡単にいなして反撃できる。

 

「フンッ! ハァ! オォーリャッ!」

 

 斬撃を避けてはロッドで突き、薙ぎ払っては打ちと反撃に転ずる。

 改造されても相変わらず攻撃方法は腕の鎌だけなのか。改造されてるみたいだから、目からビームでも出すんじゃないかと、さっきから警戒しているけど、一向に攻撃に変化が見られなかった。

 まぁ、それならそれで別に良い。けどだからといって、事態が好転するわけでもない。

 さっきから何度もスネークロッドで突いたり打ち込んだりしているけど、まったくダメージが入っている様子がない。せいぜい怯む程度だ。

 

 こうなれば、俺が相手しているうちに、キューティズの三人にトドメを刺して倒すしかないか……。

 

 俺はシクルキの攻撃を処理しながら、横目でチラリとキューティズ達を見た。

 

 

 

 

 キューティズ達は周りのスレイブアントやキルギルスを倒しつつ、こちらの戦闘を窺っていた。

 

「やっぱりスゴい。あのシクルキをあんなに……!」

《けど、いくらあの人が強くてもノーライフは倒せないよ》

「助けなきゃ!」

《ちょっと待って、サマー! その怪我のままじゃ危険だ》

 

 スプリングとマーの会話を聞いて、サマーが助けに入ろうとしてくれたがミーに止められた。

 

「でも、だからってこのままじっとしてらんない!」

《分かってる。だから癒しの魔法を使うんだ》

 

 ミーの返答に、サマーは眼を見開いて少し驚いた。

 

「癒しの魔法って、つまり回復魔法だよね。えっ、ちょっと待って、そんな魔法も使えるの?」

《サマーが使ってるキューティズの鎧は、万能の魔法を授ける鎧。当然、傷を治す魔法だって使えるよ》

「そんなのがあるなら、なんでもっと前に言わなかったの!」

《普通ならスプリング並みの魔力量が必要な魔法だからね。それにサマーは勉強が苦手だし、一度にいくつもの呪文を教えても覚えられないと思って》

「うっ……!」

 

 サマーに反論の余地なし。

 

《でも今は、あの青い人が来たことで、サマーの中に喜びや安心……つまり、プラスのエネルギーがたくさん生まれてる。そのエネルギーをキューティズの力を使って魔力に変換すれば、癒しの魔法を発動することができるはずだよ!》

「……分かった。やってみる!」

 

 サマーは眼を閉じて心を落ち着かせ、魔力を練るのに集中する。

 サマーが集中している間は、スプリングとオータムが邪魔の入らないように周りのスレイブアントやキルギルスを排除していた。

 やがて、キューティズの力が発動してサマーの身体に魔力が満ちていく。この時、サマーは暖かい何かに包まれたような感覚を覚えた。

 

《うん、この魔力ならイケる。サマー、ボクの後に続けて》

「うん!」

 

 ……アイツ等、何やってんだ?

 

「この魔力……小癪なっ!」

 

 サマー達が何をしようとしているかは俺には分からないけど、メデューサがそれを邪魔しようと動いたのが見えた。

 俺はシクルキの顔面にロッドで突きを入れることで怯ませ、一度シクルキとの攻防から離脱する。そして、近場にあったマンホールまで走り込み、ロッドで地面を強く突いた。

 するとその衝撃でマンホールの蓋が空中に浮く。

 

「フンっ!」

 

 俺はそのままマンホールの蓋を掴みメデューサに向けて投擲した。四十キロ近くある円い鉄板を投げるのは相当な力を要するが、その分、威力もある。

 マンホールの蓋は、俺の狙い通りメデューサの頭部に直撃した。

 

「グフッ!」

「黙って見てろ」

 

 流石の幹部と呼ばれるメデューサも、マンホールの蓋を頭部に受けて地面にぶっ倒れた。

 

 

 

 






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第26話 恵みの雨

 

 

 

 

 サマーは魔法の発動媒体となるシャインロッドを構え、魔力を集中させた。するとロッドの先にある装飾が安らかな青い輝きを帯びる。

 

「サマーマジック、この世の森羅万象の生命の灯よ、(ことわり)に従い、治癒を授け給え。我はこの恩に報い、目の前の闇を払わん。癒しの光よ、輝け!」

 

 瞬間、シャインロッドに帯びていた光が強まり、サマーの身体を包んだ。その光でサマーの姿が見えなくなったのも束の間、光は徐々に消えていき、すぐにサマーの姿が現れる。

 よく見ると、光の中から現れたサマーの姿は、先ほどまでボロボロになっていたのが嘘のように、見事に完治していた。

 サマーは自身の身体全体を確認した後、先程まで感じていた疲労や痛みが消え失せていたことを自覚した。

 

「スゴい、めちゃめちゃ体が軽くなったよ!」

 

 いいなぁ、魔法。あれがあれば、トレーニング後の筋肉痛とか無くなるんだろうなぁ……。

 

「キャシャーー!」

 

 そんなことを俺が一人思っていると、またシクルキが俺に斬り掛かってきた。

 俺はその攻撃をスネークロッドで振り払い、反撃にシクルキの頭部へ蹴りを入れる。

 

「ホントしつこいなぁ……なぁ、キューティズ。俺が相手する間に、隙を見てコイツにトドメをお願いしたいのだけど」

「あぁいや、でも……」

「実は、そのぉ……」

 

 スプリングとサマーが返事を濁した。

 

 えっ?

 なんでそこで返事を濁すの?

 

「実はソイツの身体には爆弾があるらしくて」

「えっ、マジで?」

 

 返事を濁した二人に代わって、オータムが襲い掛かってきたノーライフを倒しながら答えてくれた。

 それを聞いて、迂闊に攻撃できないと判断した俺は、バックステップで一度にシクルキから距離を取った。

 

「爆弾って、どんな?」

「どんな、というのは?」

「えぇと、ほら、何かしらのセンサーで起爆するとか、時限式とか、ダイナマイトとかプラスチック爆弾とか、爆弾にも色々あるだろ?」

 

 いや、まぁ、元がただの女子高生のキューティズに、そんなこと判断できるわけないだろうけど……。

 つい、いつもの癖で訊いてしまった。

 訊かれたオータムも何と答えて良いものかと、少し困り顔だ。

 

 すまん。

 

「えーと、メデューサが言うには魔力で反応するって。あと爆発したら、この結界の中くらいは吹き飛ぶ威力があるらしいです」

「それはまた面倒だな……」

 

 だから下手に反撃できなくて、サマーのヤツはボロボロになってたのか。

 はてさて、どうしたものか……。

 

「このォ、下衆な人間めがァ!」

 

 どう対処したものかと、少しの間思考としていると、メデューサの怒声が響いた。

 

「ん? あっヤバっ!」

 

 声のした方を見ると、眼をつり上げて怒った顔をしたメデューサが俺に向かって、何かよく分からないエネルギー弾を……おそらく魔法なのだろうが……放とうとしていた。その黒紫色のエネルギー弾らしきものは、まるで冥界の不気味な渦が収束したような見た目をしている。

 マンホールの蓋をぶつけられたのが、余程ムカついたのだろう。

 

「死ねェェ!」

 

 地獄の底から響かせているのではないかと思わせるほど低い声を上げながら、メデューサはエネルギー弾らしき球体を放つ。途端、エネルギー弾から紫色のプラズマが走り、雷となって俺の周辺に撒き散った。

 雷撃によって、轟音と共に辺りが荒れ地に変わる。

 

「ハイドロードさん!」

 

 俺の姿も舞い上がった土煙の中に消え、サマーが声をあげた。

 

「このぉ……サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

「ストームフォース・ピシッド!」

「はんッ、こんなもの!」

 

 サマーとスプリングが杖と銃を使って魔力の射撃を放つが、メデューサも魔力を使った射撃技で相殺した。無数の射撃を射撃で撃ち落とすのはかなりのテクニックを要するけど、これはメデューサの腕が良いのか、魔法が便利なのか……。

 

「ハァァ!」

 

 弾丸が爆ぜ、爆炎で一瞬お互いの姿が見えなくなるが、空かさずオータムが距離を詰めて煙の中から顔を出す。オータムはメイプルブレードを構え、メデューサに斬り掛かった。

 普通ならメデューサの身体に傷をつけてもおかしくない攻撃だが、なんとメデューサは片手で刃を掴みブレードを受け止めてみせた。

 

「嘘っ!」

「まず一人」

 

 オータムが驚いている間に、メデューサはもう片方の手を振り上げる。その彼女の手には鋭利な爪が光を反射していた。

 

「オラオラオラッ!」

「ッ! クソっ、また貴様かッ!」

 

 しかし、その攻撃は横から来たスネークロッドによって防がれた。槍突きのように放たれたその連打はメデューサの腕、肩、頭と上半身の広範囲に命中し、ダメージを与える。

 メデューサは奥歯を噛みながらブレードを放して俺達と距離を取った。

 

「大丈夫か?」

「えぇ、助かりました。ハイドロードさんも、大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない」

 

 気を使って訊き返してくれたオータムに、俺は頷いて返す。

 流石、ガーディアンズが作った特別スーツ。雷撃の衝撃はあれど通電はしなかった。おまけに、地面に着いたアルティチウムのスネークロッドが避雷針代わりになって、そっちにも雷が逃げてくれたようだ。

 普通の電気じゃなくて魔法でできた雷だったから、もしかしたらと思ったけど、狙い通りできて良かった。

 

 

 

「……さて、ここからどうしたものか」

 

 俺はスネークロッドで構えを取りつつ、今の状況を整理した。

 

 現場周辺は結界に囲われ、外からの人的援護は無し。

 敵は、主に3種。スレイブアントとキルギルスの群れ、シクルキ、メデューサ。

 スレイブアントとキルギルスの群れは、数が多いけどそれほど戦闘力はない。言わば雑魚敵だ。この戦いにおいては、こちらの体力を削ぐこと、あるいは足止めくらいの役割しかない。

 シクルキは戦闘力がそこそこ。おそらくキューティズ達が倒せないほどではないけど、特殊な爆弾が身体の中にあるため、彼女達は下手に攻撃できない状態だ。目的としてはキューティズの抹殺だろう。

 メデューサは、敵のボス。アイツを仕留めれば、この戦いはこっちの勝ちだ。戦闘力は高め、キューティズ三人で勝てるかどうかってところだ。ヒューニからの情報では、コイツの今回の目的はラッキーベルの捜索らしいが、キューティズが邪魔しに来たため、今はシクルキと同じくキューティズの抹殺を狙っている感じだ。

 

 この状況の中で、今俺たちがやるべきことは、メデューサの撃破、次にシクルキの撃破だろう。もしくはシクルキを倒せば、メデューサは撤退を決めるかもしれないから、先にシクルキを倒すのも手だ。

 しかし、俺では相手の邪魔はできても、ハデスやノーライフを倒すことはできない。ヤツ等を倒すのはキューティズ達の役目。俺はあくまでもサポート役だ。

 

 それに、なんといっても今の状況で一番面倒くさいのはシクルキだ。

 現状、安全にコイツを倒す方法が無い。魔力で反応し、爆発したら周辺一帯が吹き飛ぶ威力とか、どうすりゃいいんだ……?

 

 爆弾だけ取り除ければ良いが、体のどこに爆弾があるのか分からないし、それによって起爆する可能性もある。普通の爆弾だったら、あえて起爆させて処理する方法もあるが、周辺を吹っ飛ばす威力となるとそうもいかない。耐爆容器に入れたとしても無駄だろう。

 俺の『水操作(みずそうさ)』で水圧の壁を作って爆発を抑える手もあるが、その辺の水道管から出る水の量程度じゃあこの爆弾の威力を抑えるのは無理だ。

 

 地下に誘導して起爆すれば、もしかしたら……いや、それでもリスクが大きいな。それに、周辺の地下室の所在も不明な上、この辺りには地下鉄も走っていない。

 

「……このままだと万事休すだな」

 

 俺は誰にも聴こえない声でボソリと洩らした。

 

 キューティズの魔法で何とかならないかなぁ……。

 

「……ん?」

 

 ふと、俺のマスクに水滴が当たる感触が走る。俺は水滴が落ちてきた上空に目を向けた。

 そして頭上に広がっていた鉛色の空を見上げ、空気の湿度が高くなっているのを感じ取った俺は、自然とマスクで隠れた口元をニヤリと動かしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 メデューサが距離を取り、やがて再度、スレイブアントとキルギルスが俺達に襲い掛かってきた。

 先ほどから言葉遣いが荒く頭に血が上っているフシのあるメデューサだが、内心ではそうでもないのか、あまり積極的にこっちに手を出してこない。作戦のためか、あるいはプライドのせいか、あくまでも司令塔として後方にいるようだ。

 

「ハァァ!」

「タァァ!」

「フンッ!」

 

 それぞれの武器を使い、スプリングは射撃で、サマーは射撃と打撃で、オータムは斬撃で、スレイブアントとキルギルスを倒していく。

 

「キャシャーー!」

「お前の相手は俺だ」

 

 シクルキもキューティズに向かって攻撃しようとしたが、そっちは俺が間に入って相手をする。例の爆弾を抱えている以上、コイツは俺が足止めするのがベターだろう。

 合間にスレイブアントとキルギルスも俺にちまちまと襲い掛かってきたが、こっちはスネークロッドを振って適当に対処できた。

 

「むぅ、しつこい。このままじゃ埒が明かないじゃん!」

「でも、シクルキには手が出せないし、このノーライフ達を相手しながらメデューサを倒すのは難しいよ。オータム、なんか良い作戦ない?」

「あったらとっくになんとかしてるって!」

 

 三人は作戦を練りながら、ノーライフたちと戦う。しかし、特に打開策は浮かばない。

 

「……ん? あっ、雨」

 

 やがてふと頭にかかった水滴に、スプリングが空を見上げて声を洩らした。サマーとオータムも同じように上方へ視線を移す。

 

「降ってきた……って、ちょっ、雨強っ!」

「クッ、こんな時にゲリラ豪雨なんて!」

 

 三人が空を見上げて天候を確認したのも束の間、あっという間に降水量が増していき、滝のような雨となった。

 水滴のせいで視界も悪くなって、戦場としてはあまり嬉しくない環境だ。敵のメデューサも多少煩わしそうに顔を歪め、空を見上げている。

 

 けど俺にとっては、これはまさに“恵みの雨”だ。

 

 俺は辺り一帯に意識を飛ばして、周辺の空間にある水全てをコントロール下に置いた。

 すると、滝のように降り注いでいた雨が嘘のように勢いが無くなる。そして今まで降り注いで地面に水溜まりとなって積もっていた雨も、吸い込まれるように俺の元へやってくる。

 

「なっ!」

「おぉーー!」

「これは、一体っ!」

 

 こちらに目を向けて、キューティズ三人とメデューサは思わず眼を疑っていた。

 

 俺の周りには雨の水が集まってできた水流が龍の如く渦巻いていた。

 

 

 

 

 



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第27話 深海の水圧

 

 

 

 俺のガーディアンズでの称号、『青龍』。

 これはガーディアンズ発足当初からある称号らしいけど、過去に俺が水流を操る様子を見て、「まさに青龍だな」と『朱雀』の正義さんに言われたこともあった。

 

 俺の周りで渦巻く水流は、まさに青く大きな龍のようだ。動き回る衝撃でできた気泡も、白いラインを描いて龍の毛並みようになっている。それを形作る水は学校のプールや水族館の水槽とは比べものにならないほど多い。その大量の水が何の容器の中にも入らず、地上で暴れるように動いて水流を形作る様は、普通の人なら誰もが圧倒されるだろう。

 そして、この水流の威力は災害級だ。いや、ゲリラ豪雨によってできたものと考えるなら、災害そのものとも言えるかもしれない。

 俺が操る水流の速度は、以前にカーディガンズ本部で計測した数値通りなら、時速50キロくらいのスピードがある。流れるプールの速さ……時速2キロくらい……なんて目じゃない。

 その流れから発生する水圧は、コンクリートの壁も破壊する。

 

 いつもなら災害で地上に流れる豪雨も、今の俺にとっては天が寄越した武器だ。

 

「貴様、その力は一体……!」

「知らん」

 

 面白いくらい眼を見開いて動揺しているメデューサの言葉に、俺はバッサリと答えた。

 わざわざ答えてやることもない。

 

「キューティズ!」

「は、はい!」

 

 俺が強めの声で名前を呼ぶと、スプリングがピクンと身を跳ねて返事をした。

 

「俺が隙を作るから、奴等を倒す大技の準備しとけ」

「えっ! で、でもシクルキの身体には……」

「いいからやれ。爆弾は俺が何とかするから」

 

 そう言ってキューティズ達の返事を待たず、すぐに俺は水流を操作して周辺にいるノーライフ達を飲み込んだ。

 その光景は、まさに大津波。普段なら絶対に聴くことのないドシャドシャという水の轟音を響かせて、ノーライフを飲み込んでいく。一部、水流に攻撃している個体もいたが、すべて焼け石に水……というか海に石を投げつけるようだった。

 俺は辺りにいたスレイブアントとキルギルスを水流に巻き込みながら、シクルキとメデューサを捕らえるように水を操作する。

 

「くそっ!」

 

 しかし、水流を目前にしてメデューサはその場から跳躍して、建物の上まで逃げた。そして俺が改めて捕らえる隙を与えることなく、すぐにゲートである黒い渦を背後に出場させて中へ消えていった。

 撤退の判断が速い。あの女……賢い上に、意外に冷静である。

 

 けど、まぁいい。目標のシクルキは捕らえたからな。

 

「…………ん?」

 

 しかし、ここでふと、俺はとある“気配”を感じ取った。

 『水操作』を使っていると、付随的に辺りの水の気配も察知できてしまうわけだが、今、現場周辺には生命体としての水の動きがいくつかあった。

 それがこの場にはオレを除き四つ……キューティズの三人と、もうひとつ。

 

 この“気配”は知ってる。

 けど気配の流れを見る限り、どうやら気配の主は静観の構えのようだ。

 

 俺はソイツのことを一旦頭の隅に置き、辺りに散らした水流が一纏めになるように操った。

 水流はうねうねと動きながら合流していき、やがて一つの球体を形作る。そして俺の操作が届くギリギリの高さまで浮き上がった。

 

「……凄い」

 

 上空でしぶきを纏いながら浮いている水の塊を見て、キューティズの誰かがボソリ呟いた声が聴こえた気がしたけど、俺は集中してその水の塊をその場にとどめつつ地表に引きずり落とすように意識を飛ばした。

 

 場所をとどめつつ引きずり落とすイメージというのは、言葉としては矛盾しているようだが、この時の俺が水を操る際の意識は、まさにそんな感じだ。この意識を持って水を操作すると、水に引力が働かせることができる。

 そして水に引力を働かせることで、強力な水圧を生み出すことができる。以前にガーディアンズ本部でこの技を出した時には、深海並みの水圧が発生していた。

 この強力な水圧が掛かる水の塊の中にシクルキを閉じ込めることで爆弾の威力を弱めることが俺の狙いだ。

 

「今だ、やれ!」

「えっ……あ、はい!」

 

 俺の合図を聞いて、スプリングはピクリと反応した。

 

「行くよ二人とも!」

「うん!」

「えぇ!」

 

 今から攻撃態勢に入るのかよ。

 準備しとけって言ったのに……。

 

「スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

「オータム・メイプル・チャージ!」

 

 桃、青、黄色と、それぞれのイメージカラーの魔力を収束させて、三人は武器を構えた。そして、スプリングは銃口を、サマーは杖の先を、オータムは剣先を、それぞれ上空で俺の操る水に揉まれているシクルキに向ける。

 

「みんなの力をひとつに!」

「「「エレメントフォース・インパクト」」」

 

 三人の呪文に反応してか、それぞれの武器から光線状の魔力が放たれた。途中、三人の攻撃が混じわって、白色の光線となる。その光線はまっすぐ上空へ水の塊を貫いた。

 

「グッッ!」

 

 直後、水の塊の中で閃光が走り、鈍く低い轟音と共に強力な衝撃が伝わってきた。同時に、まるで大きな巨人に足で踏みつぶされるような感覚が俺を襲う。

 その衝撃を何とか水中にとどめるべく俺は意識を集中した。

 外側へ広がろうとする爆発の威力と内側へ押し潰そうとする水圧の力が拮抗する。

 その拮抗は、水圧を生み出している俺に、走っているのに思うように走れない夢を見ている時のような感覚を与え、俺の精神をゴリゴリ削っていく。

 

 その精神的なダメージに、俺の顔は苦痛に歪む。

 肉体的には一切ダメージは無いはずなのに、まるで身体の神経がズタズタに擦り切れていくみたいだ。

 俺は奥歯を噛みしめ、操る水の塊に水圧を掛け続け、その気持ち悪い感覚と精神的ダメージに耐え抜いた。

 

 やがて、爆発の威力が徐々に無くなっていき、俺の精神的負担も減っていく。身体についた重りが外れるような感覚を受けながら、俺は徐々に集中を解いていった。

 そしてついに内側から感じていた爆発の力が無くなったのを感じ取って、俺は水圧を掛けるのをやめ、大量の雨水を周辺に散らす。水流に飲み込んだシクルキやスレイブアント、キルギルスの姿は、跡形もなく消えていた。

 

「…………ふぅぅ」

 

 ノーライフたちが完全に消えたのを目視で確認して、俺はスネークロッドを杖代わりにして脱力した。

 ふと空を見上げると、いつの間にかゲリラ豪雨は止んでおり、先ほどまで空を覆っていた厚い雲と周辺を囲んでいた結界は無くなっていた。

 

『ハイドロード、生きてる?』

「えぇ、俺と変化人間3人含め、全員無事です。応援お願いします」

『了解』

 

 通信機から聞こえてきた玲さんの声に、俺は気を引き締めなおした声で返すのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「よっしゃー、勝ったぁー!」

 

 戦いが終わると、サマーが飛び跳ねてガッツポーズをする。

 

「マーちゃん達、お願い」

 

 スプリングが何もない空中を見ながら話をしている。おそらく、ニャピーに魔法で周辺の建物や道を直すように言っているんだろう。相変わらず、ニャピーが見えない俺にとっては虚空に話しかけているようにしか見えないから、少し異様だ。

 

《聖域に住まう精霊王よ、我らニャピーとの契約に従い、災厄の傷跡を癒したまえ。輝け、キューティーパワー!》

 

 そして突然、虹色の光が生まれ、辺りに放射される。すると、まるで時間が巻き戻ったように壊れた建物や地面の舗装が修復されていった。

 

「相変わらず、便利ですこと……ッ!」

 

 原状復帰した周辺を眺めながら感心していると、俺は先ほどまで静観していた“気配”が動き出したのを感じ取った。目を向けると、“気配”の主が建物の影から飛び出して自身の武器である“大鎌”を構えながら、まっすぐ三人に襲い掛かろうとしているのが見えた。

 

「そういえば、メデューサは?」

「さっきハイドロードさんが攻撃してるときに逃げてったよ。ふっふーん、きっとハイドロードさんのあまりの強さにビビったのね!」

「なんでアンタがそんなに得意げなのよ」

 

 当然キューティズの三人は、そのことに気づいていない。シクルキを倒して、もうすっかりお気楽ムードだ。

 そんな三人に向けて、大鎌を持った女……ヒューニは素早い動きで近づいていき、一気に距離を詰めると同時に、鎌の刃を振り下ろす。

 

 いや、正しくは三人に向けてではなかった。

 ヒューニは何故か、何もない空中に鎌を振り下ろそうとしていた。そこは、つい今しがた壊れた建物や地面を修復した虹色の光が発生した場所。つまり、ヒューニが狙ったのは、三人お使い魔であるニャピーだったらしい。

 

《きゃー!》

「わっ!」

 

 急に聴こえた悲鳴と鉄と鉄がぶつかり合うような音に、サマーが驚いた声を上げる。彼女達が反射的に視線を向けた先では、ヒューニと俺が大鎌とスネークロッドを合わせて対峙していた。

 鎌の刃とスネークロッドが擦れてカチカチと音が鳴る。奇襲に失敗したヒューニは舌打ちした後、後方へ跳んで一度俺と距離を取った。

 

「邪魔しないでくれないかしら、ハイドロード」

「そういうわけにもいかないだろ」

 

 俺は目の前のヒューニを警戒しながら、両手で持っていたスネークロッドを構えなおした。

 

「アイツは!」

「サマー、知ってるの?」

「ほら、このまえ話した……ハデスがショッピングモールを襲ってきた時に変な女の子がいたって話、その時の子だよ」

「えっ、あの子が……!」

 

 俺の背後からサマーとオータムの動揺した声が聴こえる。

 

《ひゃぁぁ!》

《び、びっくりしたぁ!》

《危なかったわねぇ》

 

 俺に助けられた三匹のニャピーは、三人の元に避難した。この行動は当然、この時の俺が知るところではない。

 

《何なの一体……って、あ、あれは!》

「どうしたの、マーちゃん?」

《そんな、あの鎧は!》

「ムー?」

 

 スプリングとオータムがパートナーであるニャピーの名前を口にする。

 今の奇襲で、ひょっとしたら斬られたかもとか思考が過ぎったけど、どうやらニャピー達は無事らしい。

 

《あれはキューティズの鎧だよ!》

「えぇ!」

「嘘っ!」

「なんですって!」

《えっ、そうだったの!》

「って、知らなかったのミー!」

 

 なんか後ろが騒がしい。

 俺には会話の片方しか聞こえないからイマイチ何の話しているのか分からないけど、何かあったのか?

 

「沙織ちゃ、じゃなくてサマーの話じゃ、あの子はハデスの仲間……なんだよね?」

「けど、そんな子がなんでキューティズの鎧を?」

 

 キューティズの鎧?

 アイツのコスチュームのことか?

 ということは、つまり……。

 

「やっぱり、お前も魔法少女だったのか」

「私をそこのクソガキ共と一緒にするなァ!」

 

 そんな怒声を上げて、ヒューニは俺に斬り掛かってきた。

 何か今日はいつにも増して機嫌が悪いな。いつもの人を小馬鹿にしたような笑みはどこへ行ったのやら……。

 ショッピングモールで戦った時に、彼女の力量はおおよそ理解したけど、今のヒューニの武器捌きや体捌きは最悪だ。ただでさえ子供騙しに近い動きをしていたのに、頭に血が上っているのか、攻撃の狙いがバカ正直過ぎる。

 事前動作やタイミング、俺の身体のどこを斬ろうとしているのか、それらが一目見ただけでまる分かりだ。

 

 俺は後退りしながらスネークロッドで彼女の攻撃を受け流す。

 今の彼女なら捕獲するのも簡単そうだ。反撃は極力控え、攻撃を受け流し続けて、隙を見て水操作で拘束しよう。

 

「とりあえず、話は後。今はあの子を何とかしないと」

「うん。はやくハイドロードさんを助けなきゃ!」

「よっしゃー!」

 

 しかし、そんな俺の守りの構えを劣勢と勘違いしたのか、キューティズが横から手助けしようと動き出した。

 そんな三人の気持ちは嬉しいけど、それ完全に判断ミスだから。

 

「スプリング・ブレット!」

「サマーマジック!」

「メイプルスラッシュ!」

 

 けど、俺が手を出さないよう呼びかける間もなく、三人は魔法を発動させた。

 

《あっ、三人ともダメェ!》

 

 三人の魔力でできた魔法攻撃が飛んで来る。その彼女達の攻撃に巻き込まれないように、俺は魔法が飛んで来る直前に後ろへ跳んでヒューニと距離を取った。

 しかし、思いのほか威力は無かったようで、ヒューニは三人の攻撃を大鎌を一振りすることで消し飛ばす。

 

 するとその途端、ドサッと何かが倒れる音と地面と擦れる音が聴こえた。

 

「沙織ちゃん! 麻里奈ちゃん!」

 

 えっ、何ごと……?

 

 次に聞こえてきたスプリングの冷静さを欠いた声に、俺はびっくりして反射的にそちらへ目を向ける。

 すると、そこにはサマーとオータムが意識を失って地面に倒れていた。

 

 えっ、マジで何ごと!

 

「ふん、いい気味ね!」

 

 さっきまで浮かべていた苛立った顔はどうしたのか、ヒューニは愉快そうに鼻で笑う。

 

「……お前、アイツ等に何した?」

「フフフっ、失礼ね。別に何もしてないわよぉ」

 

 ヒューニの人を逆撫でするような態度は今に始まったことじゃない。でも、今は妙にその彼女の笑顔がムカついた。

 俺は殺意の混じった眼でヒューニを見つつ、彼女の顔面に一発入れたくなる衝動を何とか抑え込む。

 

「フフフっ、おぉー怖っ、じゃあねぇ!」

 

 そこら辺にある雨水をかき集めて仕掛けようかと企んでいたのも束の間、ヒューニは影となって、あっという間にその場から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 






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第28話 ハイドロードの敵

 

 

 

 

 戦いは終わり、その後、すぐに玲さんがガーディアンズのチームを引き連れて現場にやってきた。

 今はガーディアンズの整備班や救護班が周辺の後始末を行っている。といっても破壊された建物や道などはキューティズの魔法で修復されているため、作業としては周辺の立ち入り制限や避難していた市民の誘導、情報の統制などがほとんどだ。

 

 そして、キューティズの二人、サマーとオータム……いや、もう沙織と秋月と言うべきか……とにかく、直前に気を失い変身が解けた二人はガーディアンズの救護車に運ばれた。検査の結果、二人に外傷はなく呼吸や心拍数などにも特に問題は見られなかった。

 

 玲さんが綾辻さんから、そして綾辻さんがマー達から聞いた話では、どうやら魔力の消耗によって一時的に気を失っただけらしい。

 なんでも、すでにシクルキを倒すのに使った大技や街を修復するのに使った魔法で、かなりの魔力を消耗して魔力切れ寸前だったのに、最後にヒューニへ攻撃魔法を使ったせいでいよいよゼロになったらしい。

 

 俗に言う、『MPが切れて戦闘不能』というヤツだ。命に別状はなく、しばらく休めば無事に目を覚ますらしい。

 その報告を聞いて、とりあえず俺は一安心した。

 

 今、沙織と秋月は救護車の中に備え付けられたベッドで眠っている。

 

「そういえば、どうして千春ちゃんは倒れなかったの?」

 

 バックドアの開いた救護車の後方から眠っている二人を見ながら、玲さんは事情聴取がてら綾辻さんに訊ねた。

 

「私は二人よりも持ってる魔力が多いみたいで、多分そのおかげで魔力が切れなかったんだと思います」

「ふーん。同じ魔法少女でも色々違いがあるのね」

 

 その後、綾辻さん曰く、持っている魔力量の大きさは、綾辻さん、沙織、秋月の順に高いらしい。中でも、綾辻さんは飛び抜けて魔力量が高く、秋月はめっぽう低いらしい。沙織は、時々によって高かったり低かったりと変動が激しいらしい。

 まったく、どんな仕組みなんだか……。

 

「まぁ、いいわ。じゃあ私は仕事があるから、千春ちゃんは二人のそばにいてあげて。何かあったらその辺の作業員に声かけてくれれば良いから」

「はい、分かりました……あっ!」

 

 綾辻さんは何かを思い出したような声を出して、また玲さんに目を向ける。

 

「あの、ハイドロードさんは?」

「ん? あぁ、彼ならとっくに帰還したわ」

「そうですか。じゃあ、その、御礼を伝えておいてくれませんか? 今日は、ハイドロードさんにいっぱい助けてもらいましたので」

「えぇ、分かったわ」

 

 そう言って、玲さんはどこかへと足を進め、綾辻さん達から離れていった。そして、ある程度距離を取ったところで、彼女は耳につけた通信機へ意識を向ける。

 

「……だってよ。ハイドロードさん」

『えぇ、全部聞こえてましたよ』

 

 通信先である俺は、通信を通して玲さんに返事をした。

 

「とりあえず、お疲れ様。街を吹っ飛ばす爆弾の報告を聞いた時は焦ったけど、無事でなにより」

『……全部が全部、無事ってわけでもないですけどね』

 

 俺は少しトーンが落ちた声で返す。それを聞いて、玲さんは何かを察したのか、少しの間、声を掛けるのを止めた。

 

「……そういえば、問題の変化人間についてだけど」

 

 ヒューニのことだな。

 

「報告で彼女、あの子達のマスコットを狙ってきたってことだけど、理由わかる?」

『いいえ。てか、分かってたら報告してますよ』

「でしょうね。一応確認してみただけよ」

 

 ハデスを利用したり、俺と手を組もうと交渉してきたり、そして今回、魔法少女のマスコットを狙ったり、アイツが何を考えて動いてるのか、さっぱり分からないのは今に始まったことじゃない。

 沙織達と同じ魔法少女なのに、魔法少女と扱われるのに相当な嫌悪してるのも謎だ。

 まぁ、確かに、少女(ガキ)って呼ばれる、扱われるのがイヤっていうのは分からなくはない。けど、あの嫌悪の様は普通じゃない。

 余程の理由があるんだろう。

 

「彼女達の魔法で現場が綺麗さっぱり元通りになったのは良いことだけど、ヤツ等が何をしていたのか痕跡や証拠もまっさらに消えてるのよねぇ。整備班の班長がげんなりしてたわ」

『あぁぁーー』

 

 俺は納得と同情と悔いの混じった声を洩らす。

 

「よってヒューニがラッキーベルを探し当てたのか、あるいは他の目的を果たしたのか、全くの不明」

『手に入れてたら撤退してないでしょ』

 

 裏で何かコソコソ動いていた可能性はあるけど……。

 

『けど今回の件で、そもそもラッキーベルはこの辺りには無いんじゃないかって俺は思いましたよ』

「へぇ、その根拠は?」

『もし有ったら、三人があんなに落ち着いてないでしょう』

「……そうね」

 

 もしラッキーベルがこの辺りにあったなら、三人はそれを守ることを第一に動いたはずだ。けど実際には、ハデスが攻めてきた直後は、メデューサのいる場所へ駆け付けているだけだし、その後はメデューサやシクルキ達を倒すことだけに集中している。戦いの終わった今も、ラッキーベルを心配しているような素振りはない。

 これはラッキーベルがこの辺りに無い証左だろう。

 

 ヒューニも気づいたかもな……。

 

「とりあえずは様子見ね……それで、貴方は今、何してるのかしら?」

『疲れたんで、家に帰ってる途中ですけど?』

「嘘ね」

『えぇまぁ、嘘なんですけども。見抜くの早過ぎません?』

「だって貴方、いま目の前にいるもの」

『えっ?』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 横へ視線を向けると、そこには通信機の通信を切る玲さんがいた。

 

「いるなら普通に話しかけてくださいよ。メリーさんですか貴女は?」

「何してるのよ」

 

 スルーですか、そうですか。

 お道化て取り繕ってみたけど、視線を戻すとイヤでも現実に引き戻され、シリアスな気持ちが戻ってきた。

 

「……別に、なにも」

 

 何しているのかと聞かれると、俺自身何をしているのか、分からない。

 

 これは後始末か、追悼か、あるいは気休めか……。

 

 俺の目の前には、膨らみのある遺体収納袋が置かれている。

 数にして3つ。綺麗に並ぶように置かれた、その真っ黒な袋はノーライフの侵攻にまき込まれ、命を落とした犠牲者が収められていた。

 

「まさか魔法少女の戦いで死人が出るなんてねぇ」

「現実はアニメじゃないですからね。クレーム入れて解決できるものでもないですし……」

 

 この人たちは間もなくガーディアンズ本部の霊安室へ運ばれ、その後、ガーディアンズ側で密かに埋葬される。通夜や葬式などは執り行われず、世間には一切公表されない。

 何故死んだのか、何故死んだことを秘密にされなければならないのか、必要とあれば遺族に伝えられることもあるけど、ほとんどは機密として処理される。

 これには当然、事情を知らされた遺族からの反発もある。その大概は話し合いで治めたり、最悪、金で黙らせたりもするらしいけど、ひどい場合は死因を偽装する。

 まぁけど幸い、過去に偽装するまでに至ったケースは無いらしい。俺が知らされていないだけかもしれないけど……。

 

 俺は膝をついて、遺体に向かって両手を合わせる。

 こうやって、まっすぐ救えなかった命と向き合うのは、正直、辛い。ガーディアンズに入った当初なんかは一日罪悪感が纏わりつき寝込んだりもした。

 今もできれば目を逸らしたい気持ちはある。けど、何故か、こうしなければならないと体が駆り立てられる。

 

 俺は眼を閉じて、しばらく心の中で自分の気持ちと向き合う。

 

 今、俺の心にあるのは、悲嘆と謝罪、後悔、恐怖、苦痛。それらの感情を自ら慰めながら受け入れていき、次へ向けて心を決める。

 

 それらの気持ちが一巡して、やがて俺は眼を開けた。言葉にしてしまえば実に簡単なものだけど、この心の整理には結構気力がいる。

 

「戦いの終わりが一番辛いのも、現実だからなんですかね?」

 

 俺は合わせていた両手を下ろして、遺体収納袋に視点を定めた。

 

「割り切りなさい。私たちは正義の味方じゃない、ただのセーフティーネット。この仕事じゃ、こんなの日常茶飯事よ。いちいち“敵”にまわしてたら切りがないわ」

「そうですね……でも、沙織達がハデスと戦っているように、きっとこれが俺にとっての“敵”なんですよ」

 

 この“敵”を言葉として表すならば、【犠牲】や【代償】、【理不尽】、【無情】、【不幸】……そんな感じだろう。

 

 もし特撮や映画の企画で敵がこんなんなら、その作品は即お蔵入りだろうな。

 

 けど、現実の“敵”というのは大概こういうものだ。分かりやすい悪役が現れて倒して『はい、おしまい。皆ハッピー、めでたしめでたし!』となることは、極稀である。

 そして厄介なことに、これ等は概念ゆえ決して倒すことができないし、無くならない。人間が生きている限り永久的に付いて回る。自然の仕組みとして受け入れるしかないのだ。けど、この被害者、ないし市民やマスコミは、その被害を無くせなかったのかと理想論と同情を盾に叩いてくる。

 

 まったく、どうしろってんだか……。

 

 こんなんを相手にするくらいなら、ハデスや雪井彰人のような【悪】を相手にする【正義の味方】の方が万倍マシだ。

 

「あなた一人じゃ力不足でしょーに……」

「えぇ、そうですね」

 

 玲さんは呆れたようにため息をつき、身を翻してどこかへ歩いて行った。

 

 確かに、これは水を操る能力を持つ人間だけじゃ、どうにもならない。

 

「……けど、一人でもやりますよ。俺は」

 

 それから俺は一人、遺体を作業員が回収していくまで、しばらく物思いにふけっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






次で第1章、完結です。
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第29話 ヒューニの策略

 

 

 

「ギャアあぁァァァーーーー!」

 

 光のない暗黒空間で、苦痛によって吐き出される断末魔の声が木霊していた。

 声の主は高宮町から逃げ帰ってきたメデューサだ。今、彼女は目の前にいる謎の影が放つ魔法に、苦しめられている。その魔法は発動者の魔力を雷のようなエネルギー波に変えてメデューサを襲い、彼女に惨い苦痛を与えていた。

 

「もっ、申し訳ございませんハデス様! 次こそ、次こそは必ずッ!」

 

 メデューサは全身に走る痛みに耐え抜いて、地に膝をつきながら頭を下げ、なんとか言葉を絞り出した。するとハデスと呼ばれた影は魔法の発動を止め、言葉になっていない声でメデューサに警告した後、空間に溶け込むように姿を消した。

 しばらくその場に沈黙が流れ、メデューサの荒々しい息遣いだけが響く。やがて、メデューサが壊れたブリキ人形のような動きで伏せていた頭を上げる。その顔には憎しみと怒りが張り付いていた。

 

「クソっ、キューティズめェ……次は必ず殺す!」

 

 そう言いながら、自身の主によってボロボロにされた身体に鞭を打ち、メデューサはなんとか立ち上がった。

 

(それに、あの水を操る男、アイツも絶対に殺す! 虫けらのように踏み潰してヤツ裂きにしてやるわ!)

 

 彼女の怒りの矛先は、キューティズだけでなくハイドロードの俺にも向けられる。メデューサの中では四人分の死体が出来上がっていた。しかしやがて、メデューサの脳裏にある疑問が過る。

 

(けど、どうして人間界にあんなヤツがいる! あそこは魔法なんて存在しない世界のはずでしょ! しかも、今回は邪魔が入らないように結界まで使ったのに、どうしてアイツがあそこにいたのよ!)

 

 メデューサの疑問は、ご尤もなものだろう。

 頭に血が上ってるのに、こんな思考ができる辺り、彼女もバカじゃないようだ。

 

(あの場所に偶然いた? そんな都合の良いことがあるわけない……けど、もし偶然でなかったとしたら、こちらの情報が漏れていたことになる。じゃあ、誰が……いや、ひとりしかいない!)

 

 メデューサは考えを巡らせ、ひとつの解を導きだした。

 

「作戦は失敗だったみたいね」

 

 ふと何者かの声がメデューサの背後から聴こえてきた。

 

(このメスガキだ!)

 

 そして次の瞬間、メデューサは振り替えると同時に間合いを詰め、背後に立っていた人物に自身の尾を絡め、いつでも攻撃できる体勢を取った。今の彼女がその気になれば、巻きついた尾は枯れ木のように体をへし折り、魔法攻撃によって肉片は消し炭へと変わるだろう。

 

「ヒューニぃぃ! 貴様ァ!」

「何よいきなり?」

 

 メデューサに殺気を向けられた人物……ヒューニは、まったく動じずに、まるでハエが飛んできた程度の煩わしそうな口調で返した。

 

「惚けるなッ! あの水を操る男をけしかけたのはお前だろ!」

「はっ! 自分が下手こいたからって私に変な言いがかりつけないでくれないかしら?」

「何をっ!」

「もし私が邪魔したって言うなら証拠を出しなさいよ証拠を。それでも、やるってんなら相手になるわよ?」

 

 くわえてヒューニは鼻で嗤い、メデューサを見下すように言った。何か勝算があるのか、やけに余裕ある態度で挑発している。

 メデューサは額に血管を浮かばせ、今にも魔法を撃たんとしていたが、頭の隅に残っていた理性が彼女を思い止まらせる。

 

「……チッ!」

 

 メデューサはゆっくりと巻きつけた尾を解いてヒューニと距離を取った。その際のメデューサの悔しげな表情に、ヒューにはニヤリと笑みを深める。

 

「まぁいいわ。それで、ラッキーベルは見つかったんでしょうね?」

「それについては、少し事情が変わったわ。あの辺りにラッキーベルはないわね」

「はぁ? 話が違うじゃない!」

「分かってる。だからもう少し探りを入れてみるわ」

 

 それだけ言い残して、ヒューには身を翻し、その空間から消えていった。

 

「……チッ、このメスガキがぁ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 次の日、あんな事件があった後でも、いつも通り学校はある。今回の事件、規模はこれまでよりも大きかったけど、メディアに死者の数は報告されず、日頃からハデスやノーライフが出現する高宮町の住人にとっては、いつもの事件の延長線上の出来事のように処理されった。

 俺は昨日の疲労が抜けきれないまま、ベットから体を起こした。月曜日ってだけで、ただでさえ気が滅入るのに疲労も合わさってダルさ倍増だ。

 

 首や肩、腕を回すと筋肉痛が……いや、無いな。

 そういえば、この改造された身体は筋肉痛や疲労とは無縁だった。

 じゃあ、このダルさは精神的なもの……言い換えれば、俺の気のせいなんだろうなぁ。

 

 制服に着替えて朝の日課を済ませて家を出てからも、体は重りをつけたように鈍い、気がした。

 

「はぁぁ」

 

 ため息をつきながら俺は通学路をのろのろ歩く。

 

「おっはよーー!」

「痛っ!」

 

 肩を叩かれた衝撃で反射的に声が出たけど、実際にはそんなに痛みは無い。

 

「どうしたの優人、珍しく寝不足って感じじゃん?」

「あぁ、まぁーなぁ」

 

 お前は、すっかり元気だな、とは言えなかった。

 視線を横に向けると、制服姿の沙織が明るい表情で立っていた。

 

 昨日、あれから救護車で眠り30分ほどで目を覚ました後、そのまま帰ったとは聞いていたけど、どうやら後遺症もなく、まったく無事のようだ。とりあえず、良かった良かった。

 

「そういえば、今日提出の宿題やった?」

「やってない」

「そう、じゃあ見せて……って、えっ?」

「だから、やってない」

「えっ、えぇーー! なんで?」

「なんでって……?」

 

 土日は街に出てて、宿題やる暇なかったからな。

 

「じゃあ、私は誰に宿題を見せてもらえば良いのぉ?」

「さぁ……葉山とか?」

 

 綾辻さんと秋月もいるけど、二人は文系クラスだから出ている宿題も違うからな。

 

「再提出はイヤだぁーー!」

 

 ひどいな、おい……まぁ、尤もだけど。

 

 沙織はズーンと肩を落としてギャグ漫画みたいな泣き顔を浮かべる。

 けどそんな彼女を見ていると自然と柔らかい笑みがこみ上げてきた。

 

「ちょっとぉ、なに笑ってんの?」

「いや、別に……フフッ」

「笑うなぁ、宿題見せてぇぇ!」

「無茶言うな」

 

 そんなやり取りをしながら、俺達は学校へと向かった。

 学校に着いた時には、不思議とダルさが抜けて体が軽くなっていた……気がした。

 

 

 

 

 やがて時間はあっという間に過ぎていき、学校は昼休みとなった。

 それまでの授業は、いつもなら先生の話と板書に集中するところだけど、今日は頬杖をつく時間が多かった。宿題は授業まで間に合わず先生から再提出を命じられ、後日提出する羽目になった。俺はため息ひとつで済ませたけど、沙織は机に突っ伏して泣いていた。

 

 そして、俺は今、ここ最近ですっかり感じ慣れた“気配”が近くにいるのを察知して校舎の最上階にある階段をのぼっていた。その気配の主は、前回と同様、屋上に一人ポツンと待っている。

 階段を上がり切り、持参したペットボトルの水を使って屋上の扉を開ける。すると想像通りの光景があった。コンクリートでできた屋上の地面と白いフェンス、それと上方には綺麗な青空、その中心には黒衣の少女の姿があった。

 

「昨日あんなに暴れといて、よく顔出せたな」

「暴れたのは私じゃないわ。私がしたのは最後の化け猫への奇襲だけよ」

 

 化け猫て……ニャピーのことか?

 

「なぜヤツ等を狙った?」

「アイツ等が私の敵だったから。他に理由があると思う?」

「同じ魔法少女なのに、パートナーのマスコットが敵なのか?」

 

 俺がそう口にすると、黒衣の少女……ヒューニは振り返り、俺を睨んだ。その眼は、これまで何度か見たことのある怒りのこもった眼だった。

 

「今度、私を魔法少女扱いしたら、ただじゃおかないから」

 

 だって事実、同じなんだろ?

 

「何がそんなに気に食わないんだよ? ヤツ等に親でも殺されたか?」

「えぇ、家族が殺されたわ」

「……マジかよ」

 

 いや、身内の不幸って内容もそうだけど、答えてくれるとも思わなかった。

 

「えっなに、『僕と契約して魔法少女になってよ』とか言われたか?」

 

 突然、俺の顔面にパンチが飛んできた。俺は反射的に彼女の拳を手の平で受け止めたけど、受け止めた手の平はジンジンするほど痛かった。

 

「次また舐めた口きいたら、今度はマジに殺るから」

「こりゃ失敬」

 

 我ながら少しふざけ過ぎた言い回しだったと反省しながら、俺はブラブラと手を振って痛みを紛らした。

 この場でこれ以上踏み込んだ尋問はできないと感じて、俺は話題を変えることにした。

 

「……それで、何しに来た?」

「昨日の一件、裏でノーライフの別動隊があの辺りを探索していたけど、ラッキーベルは見つからなかった。どうやらあの一帯にラッキーベルは無いようね」

 

 やっぱり、そう思うか。

 

「当てが外れたのはムカつくけど、それならそれで、別の手段を取るまで」

「なんだ、別の手段って?」

「教えると思う?」

「まぁ、期待はしてない。けどそれを言うためにわざわざ来たのか?」

「フフッ、まさか」

 

 ヒューニは突然、その場で膝をついた。

 

「えっ何?」

 

 何の脈絡もない彼女の行動に、俺は思わず彼女と距離を取って身構えた。

 ヒューニはただ静かに地面を手で触る。すると彼女の影が一層濃くなり、その黒い影から何かの先端らしきものが生えてきた。彼女はその先端を握りしめ、立ち上がると同時に引き抜いていく。

 ヒューニが取り出したものは、彼女の得物である大鎌だった。

 すでに身構えていた俺だが、それを見て、より警戒を強める。しかし、対するヒューニは特に攻撃する仕草を見せず、出現させた大鎌を肩に乗せて持った。

 警戒する俺を見てクスクス笑いながら、ヒューニは大鎌の柄をクルクル回す。その回転に合わせて鎌の刃も彼女の後ろでクルクル回っていた。

 

「フフフッ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、やがてヒューニは肩に背負っていた大鎌を持ち上げて先端の刃で地面を着いた。

 しばらくの間、俺とヒューニの視線がぶつかる時間が続いた。しかし、いくら警戒しながら様子を窺えど、ヒューニが攻撃してくることも無ければ、何かおかしなことを仕出かす様子もない。

 

「……何してる?」

 

 これまでのラフな口調でなく、ハイドロードとして戦っている時の少しのゆるみのない口調で俺は訊ねた。

 

「ラッキーベルを探す。これはその布石」

「大鎌を回すことがか? 探知機能でも付いてるのかソレ?」

「えぇ、そんなところね」

 

 は?

 

「ただし、探知するモノはラッキーベルでもなければ、私が探すわけでもないけれどね」

「何っ?」

 

 そう言って、俺が詳しいことを訊く暇も与えない内に、ヒューニの足元にあった影が濃くなり彼女の体を包んでいく。

 

「それじゃあ、せいぜい楽しんで」

 

 笑顔を浮かべて軽く手を振りながら、ヒューニは影の中へ消えていった。

 一人残された俺は、辺りを警戒しながら見回したけど、周辺に異変はない。

 

「……何だったんだ?」

 

 はったり、なわけないよな……。

 

 俺が首を傾げていると、ふと背後で物音がした。警戒していなければ聞き流していたほど微かにしか聴き取れない音だったけど、それは何者かが階段を駆け上がってくる音だった。

 

「……本当に、この先にハデスの魔力の反応が!」

 

 そして、俺が背後を振り返るのと同時に、屋上の扉が勢いよく開いた。

 塔屋から出てきたのは一人の女子生徒だった。黄色っぽい髪をなびかせ、彼女は屋上に一人いた俺を見ると、少し目を見開いた。

 

「水樹!」

「……秋月」

 

 驚き半分警戒半分といった感じの声で秋月麻里奈は、俺の名前を呼んだ。

 

 どうやら、俺の面倒ごとは続きそうだ。

 

 

 

 

 






第1章、完。

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第2章 青龍と白虎と、ときどきオータム
第30話 ヴィランは魔法少女?




第2章、始まります!



 

 

 

 拝啓、この日本に住む誰かさん、お元気ですか。最近の高宮町は本格的な暑さを迎えておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

 こちらは、それなりに元気に過ごしております。

 

 高校生の身分でありながら、突然イカれた科学者によって人体改造され、水を操る能力を得た俺……水樹優人は、“守護神(ガーディアンズ)”という組織に属しながら、ハイドロードと名乗り、正体を隠しつつヒーローとして活動している。ある時は街中で手当たり次第に女の子をナンパしている迷惑野郎を追っ払い、またある時は宇宙から来た侵略者を撃退する、日本の社会と治安を守る高校生アルバイターヒーローだ。

 

 そんな高校生ヒーローの俺だけど、物心ついた頃から何かと一緒にいる幼馴染がいる。幸運なことに、運動神経の良い容姿端麗な女の子だ。

 頭が悪くて子供っぽいのが、たまにきずだけど……。

 

 そんな俺の幼馴染の少女……夏目沙織には秘密がある。

 それは彼女が中学校からの友達である綾辻千春と秋月麻里奈と一緒に、ひょんなことから魔法少女していることだ。

 彼女達はマジック少女戦士キューティズと名乗り、日夜、高宮町に現れるハデスという悪の軍団と戦っている。

 ガーディアンズ、ないし俺は、陰ながら彼女たちを手助けしている。ハデスが現れれば彼女たちが戦っている間に周辺の市民を避難誘導するし、必要とあればハデスの手下であるノーライフをロケット弾で射撃する、ただしハデスは通常兵器では倒せないので、後方支援が主な活動だ。

 

 そんなこんなで、幼馴染の俺達二人はお互いに自分の正体を隠しつつ、それぞれヒーローと魔法少女として人助けをしているわけだけども、実は最近、厄介事がひとつ増えまして……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「がながながながながなぁぁーー!」

 

 今日もまたノーライフが高宮町に現れる。今日現れたのは、セミを模したノーライフだった。体長2メートル、触覚をつければゴキブリの怪人みたいにも見える姿だ。そのノーライフは今、口から超音波を放って、周辺の建物や車を壊し回っている。現れた場所は、またしても駅前付近のオフィス街だ。時間が経つにつれ、被害もどんどん大きくなる。

 毎年聞いているセミの鳴き声とは違い、このノーライフの鳴き声は風情の欠片もなく人間を不快にさせる。おそらく、この不快感も彼らのエネルギーとなるのだろう。

 

「がぁーな、がながながながな」

「あぁーー、もぉぉーー、うるさぁぁーーーい!」

 

 駆けつけたキューティズの内の一人、その名もキューティ・サマーが耳を押さえながら叫ぶ。しかし、そんな彼女の叫びも、蝉型ノーライフであるアブラ・ケーセダインの鳴き声にかき消された。

 

「スプリング、あなたの武器で何とかならない?」

「えぇ、なにぃ?」

 

 そばにいるキューティ・オータムが同じく一緒にいたキューティ・スプリングに訊ねるも、その声は届かない。

 

「がぁーな、がぁーな、がながながながなァァァァ」

 

 今、戦況はキューティズがノーライフの騒音に苦しむ形で膠着していた。

 

 

 

 

 そんな中、キューティズ達が戦っている場所のすぐ目の前にある建物の屋上では、一人の男性がポツンと立っていた。そのスーツを着た男がいるのは、転落防止用のフェンスの外側。あと一歩踏み出せば真下に真っ逆さまに落ちるであろうギリギリの場所だ。建物の高さは、高宮町にしては珍しく20階分の高さのある建物だ。地上にいるアブラ・ケーセダインの鳴き声も、この高さになるとわずかにしか聴こえない。

 落ちれば命はない。そんな場所に立っているのにも関わらず、男の顔に恐怖や怯えといった感情もない。むしろ、何かの後押しがあれば、進んで落ちてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

「……はぁ」

 

 最後の目にする光景として、男は顔を上げて青空を眺める。

 やがて何かを決心して片足を浮かせた。

 

「どうもぉ」

 

 そんな男に、突然、誰かが声を掛けた。男は驚き、浮いた足を戻して声がした方へ顔をやる。すると、男の隣に、メディアでよく目にする青色のコスチュームを着たヒーローが立っていた。

 

「なっ!」

「どうしたんですか、こんな所で。落ちたら死んじゃいますよ?」

「別に良いんだよ。俺なんてどうなったって……!」

 

 青色のヒーロー……まぁ、俺なんだけど、ハイドロードこと俺、水樹は、サラリーマンらしき男性が飛び降りないよう遠回しに引き留めるが、男は聞く耳を持たず顔を逸らした。

 

「俺なんて、生きてたってどうしようもねぇんだ!」

「いやいや、だからって死ぬこたぁないでしょう。なに、入った会社がブラック企業だった? それとも職場の人間関係が上手くいってないんですか? いずれにしても死ぬことないって」

 

 我ながらありきたりな説得の言い分だな……。

 

「スーパーヒーローのアンタに何が分かるんだよ! どうせアンタなんて皆からチヤホヤされて、さぞ良い気分だろ。俺みたいに一生懸命やっても、なにもできないクズの気持ちなんて分かんねぇーだろ!」

 

 拗らせてるなぁ、この人。 

 

「そうそう。何やってもダメな人はダメなんだから、死んだ方が世のためよ」

「わぁ!」

 

 また突然、誰かの声がした。男が驚き、振り返ると男の隣に……俺が立っている位置の反対側に、どこから沸いてきたのか、黒いドレスを着た少女が立っていた。

 

「出たなヒューニ。何しに来たんだよ?」

「別にぃ。ただスーパーヒーローが自殺志願者を説得するなんて、面白そうな光景が見えたから、見物に来ただけよ」

「嘘つけ。思いっきり背中押しに来ただろ!」

 

 黒衣の少女はクスクス笑いながら、見下した眼で男と俺を見る。

 

 この少女の名前はヒューニ。キューティズ達の敵であるハデスと手を組んでいる魔法少女だ。彼女の正体や目的、どうしてハデスと手を組んでいるのかは、まったくの不明。そして、なぜか本人は自分が魔法少女と扱われるのを嫌っている。

 美人な外見と性格の悪さ以外は、謎に包まれた少女だ。

 

 出会った当初に本人から手を組まないかと誘われ、ここ最近、なにかと彼女に絡まれている俺は、彼女が現れたことに多少の不快感を覚えた。

 

「とにかく、俺はもう死ぬんだ! ほっといてくれ!」

「いや、だから死ぬことないだろ?」

「私は邪魔しないから。お好きにどうぞ」

 

 ヒューニが案内人が行き先を示すように手を下に向けて男性を促す。

 

「おまえ、マジやめろや!」

「良いじゃない。来世はきっと良いことあるわよ。もしかしたら神様からチート能力を貰って、異世界でハーレムできるかもしれないわよ」

「適当いうな」

 

 なに、そのご都合主義。

 

「……あのさ、何があったか知らないけど、どうせ死ぬなら、死ぬ前に話くらい聞かせてくれよ」

 

 

 話してるうちに気が変わるかもしれないしな……。

 

 俺が訊ねると男は顔を俯かせた。

 

「…………彼女にフラれたんだ」

「「はっ?」」

 

 おぅ、思ったよりも軽い内容だった……!

 あまりの内容に、ヒューニも若干呆れてる。

 

「出会ってから一目惚れして、一年間ずっとアプローチしてようやく付き合ったんだ」

「めちゃくちゃ頑張れてるじゃん。なにもできないクズじゃないじゃん」

「一年も片想いとか、痛々しいわね」

 

 俺が励ますのと対称的に、ヒューニは冷める言葉を投げつける。

 

「俺は結婚を前提に彼女と付き合ってたけど、そんな彼女から、昨日別れて欲しいって。別の好きな人ができたって……」

 

 あぁ、それはキツイ。

 

「でもそれって、貴方は何も悪くないだろ」

「一方通行の愛ほど惨めなものってないわよねぇ」

「この経験をバネにすれば、もっと良い男になれるって。その女の人が別れなきゃ良かったって後悔するくらい良い男になれば良いさ。貴方ならなれるさ!」

「確かな保証は無いけどね」

「人間は逆境を乗り越えて成長していくんだ。ここで死なずに前へ進めば、またひとつ強くなれるって」

「そしてまた新たな逆境の苦しみがやって来るのね」

 

 ヒューニ(コイツ)、いい加減シバこうかな……!

 

「なんにせよ、だからって死ぬことないって、きっとまた素敵な出会いがあるって!」

「ありがちの薄っぺらい言葉ね」

「だからってネガティブな言葉が正しいわけじゃないからな?」

 

 さっきから男は、俺やヒューニが話すたびに目線を行ったり来たりさせている。まるでネットの近くでテニスの試合を見ている観客みたいだ。

 

「もういい!」

 

 やがて男は大きな声で俺たちの会話を遮る。

 

「もうッほっといてくれ!」

「あぁーあ、貴方が追い詰めるから」

「お前だろ」

 

 その場に頭を抱えてうずくまった男に、ヒューニが俺に責任をなすりつけるような眼で見てきたので、当然の如く俺は反論した。

 

「……はぁ、もういいや」

「あらぁ、説得するの辞めちゃうのかしら?」

「そうじゃねぇーよ!」

 

 ヒーローが市民を見殺しにできるか!

 

「この人をこんな風にしてる元凶を断つ」

 

 そう言って、俺は予め用意していた飲料水の入ったペットボトルを取り出す。

 

「あら、準備が良いわね」

「最近、誰かさんに付きまとわれてるから用心してんだよ」

 

 俺は取り出したペットボトルのキャップを開けて、真下へ投げ落とした。

 

 

 

 

 地上では、いまだに騒音を上げるノーライフと、それに苦しむキューティズが戦っていた。

 

「がぁーな、がながながながな!」

「うるさぁぁーーーい!」

「鼓膜が破れるぅぅ!」

「ッッ!」

 

 三人は耳を塞ぎ騒音に耐える。サマーとスプリングは目を閉じながらひたすら耐えるが、オータムはしっかりと相手を見据え、逆転の策を考えていた。

 しかし、そんな最中、ノーライフの頭上に透明な物体が降ってきた。言わずもがな、俺が投げ落とした水の入ったペットボトルだ。

 

「がながながなっ……がな?」

 

 上から落ちてきたそれはノーライフの頭に直撃する。その衝撃に気を取られた瞬間、ペットボトルに入った水がスライムのように変形してノーライフの顔に張り付いた。

 

「がなぁぁーー!」

 

 ノーライフは騒音を鳴らすのをやめて、悲鳴を上げて水中で溺れているみたいに藻掻き始めた。

 

「えっ?」

「なに、どうしたの?」

 

 急に騒音が止んだことに、スプリングとオータムは戸惑いを見せる。

 

「よく分からないけど、チャンスだよ!」

「えっ! あっうん、そうだね!」

 

 勝機を見つけたと、サマーは攻撃するよう二人を促し、スプリングが頷いた。

 そして三人は揃って自身の武器を手にして構えを取る。

 

「スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

「オータム・メイプル・チャージ!」

 

 桃、青、黄色の三色の魔力がそれぞれの武器に収束していき、強力なパワーを生んだ。やがて、スプリングが銃の引き金を引き、サマーが杖を掲げ、オータムが剣を振るった。

 

「ストームフォース・ソニック!」

「サンフォース・ストライク!」

「アースフォース・スラッシュ!」

 

 射撃、魔法、斬撃から生じた魔力の光が、ノーライフをのみ込む。

 

「がなぁぁーー!」

 

 断末魔の叫び声をあげて、光に包まれたノーライフは浄化されていき、やがて姿を消した。

 光が消えると、そこには音波によって破壊された跡だけが残った。

 

「ふぅぅ、勝てた」

「やったぁーー!」

 

 脅威が去り、また今日も街の平和を守れたことに、サマーとスプリングは腕を上げたりガッツポーズをしたりと、それぞれ喜びをあらわにする。

 だが、ただ一人、オータムの表情は晴れなかった。

 

「なんで、敵は攻撃をやめたの?」

「あら、そういえば……」

「そうだね、なんでだろ?」

 

 オータムが口にすると、二人も首を傾げた。

 

「一体、何があったの?」

 

 すでにいなくなったオータムが彼女の足元に何かが転がってきた。見てみるとそれは、どこでも売っている飲料水のペットボトルだった。中身は空になっていて、ポイ捨てされただけのようにも見えるペットボトルだが、彼女にはそれが、ただそこに捨てられただけだとは思えなかった。

 オータムは顔を上へ向け、そばの建物を見上げたが、その屋上にいる者を目にすることはできなかった。

 

 

 

 

 地上にいたノーライフが倒されると、男にどことなく漂っていた陰鬱とした雰囲気が無くなった。

 男も目を見開いて、自分は何をしていたのかと目をパチクリしている。そして、自分が屋上の柵の外にいると自覚すると、驚きをあらわにしながら後退りし、背中を柵に張り付けた。

 

「大丈夫かい?」

「えっ……あっ、はい!」

「もう死のうとするなよ」

「は、はい!」

「よし。じゃあ、もう帰りなさい」

 

 俺の指示を聞いて、男はコクコクと勢いよく頷いて柵を越えていき、逃げるように屋上を後にした。

 

「ほら、お前も用が済んだならとっとと帰れ」

「あら、私を捕まえなくても良いのかしら?」

「何の準備もなくお前を確保できるとは思ってない。悪事を働くってなら相手になるけどな」

「はぁ、つまんないわねぇ」

 

 ヒューニは大きく肩を落としてため息をつく。

 

「まぁいいわ。今日はたまたま通りかかっただけだし、大人しく帰るとするわ」

 

 おうおう帰れ帰れ。

 正直なところ、ここでヒューニと戦っても勝算が少ない。手持ちの水も今使ったばかりだし、スネークロッドも無い。使えるものは自身の体術だけだ。それだけで、彼女の大鎌と影の魔法と戦うのは、かなりキツい。

 彼女が帰るというなら、俺にとっても都合が良い。

 

 しかしそんな俺の心情とは反対に、ふとヒューニは思い出したようなか表情を浮かべてこっちを見た。

 

「そういえば、“例の件”について考えは変わった?」

「変わらねぇーよ。お前もしつこいな」

 

 ヒューニは何を考えているのか、先日から何かと自分と手を組むように俺を誘ってくる。

 “例の件”とは、つまりそれだろう。

 だが俺と彼女は間接的にとはいえ敵対している上、目的や手段を一切明かさずに取引を求めてくるので、俺はその申し出を断り続けている。

 一応、手を貸せば、とある事件の黒幕の居場所を教えてくれるとは言っているが、その情報も本当かどうか怪しいものだ。

 

「ふーん、まぁ良いけどね……困るのはあなたのお仲間の“白いの”だし」

 

 俺の返答に、ヒューニは一瞬目を細めて不服そうな顔をしたが、すぐに口元を歪ませて見下すような笑みに変わった。

 

「……そういえば、あなた最近、あの“黄色いの”とも面白いことになってたわね」

「誰のせいだ! 誰の!」

 

 彼女の言う“白いの”とは、俺と同じ組織に属している『白虎』のファングのこと、そして“黄色いの”とは、今地上にいるキューティ・オータムのことだ。

 

 少しわけあって、俺はここ最近キューティ・オータムである秋月から疑いの目を向けられている。別にやましいことが無いとはいえ、正体を隠してハイドロードとして活動している俺としては、監視のような眼を向けられるのは正直鬱陶しい。

 その原因を作ったのは、目の前にいるヒューニだ。

 

 俺のイヤそうな顔を見ると、ヒューニは満足げにクスクス笑う。

 流石は人の不幸や反感を喜ぶ捻くれ者だ。会ったばかりの当初は無表情な顔を見ることが多かったが、今では人を小馬鹿にした顔をよく見ることの方が多くなった。それだけ俺が彼女の前で

 

「フフッ、じゃあねバイバイ!」

 

 そう言いながら、手をひらひら振るヒューニの体が影で黒く染まる。この転移魔法のビジュアルも、今ではすっかり見慣れてしまった。

 ものの一分もしない内に、ヒト型の影は消えてなくなった。

 

「…………はぁ」

 

 彼女が影の中に消えていくのを見送った俺は、肩の力を抜いて一人大きなため息をつくのだった。

 

 

 そして俺は、数日前の屋上での出来事を思い出す。

 

 



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第31話 疑いの目

 

 

 

 これはつい数日前、学校の屋上での出来事。

 

「水樹!」

「……秋月」

 

 勢いよく扉を開けて出てきた秋月は、すでにその場にいた俺を見て目を大きくした。走ってきたのか息も少し荒い。

 

「どうして水樹がここに……?」

 

 本来、屋上には鍵が掛かっていて生徒は立ち入り禁止だ。だから今、俺がここにいるのを秋月が不審に思うのは当然のことだろう。

 

 秋月の問いに、俺は口を閉ざした。幸い、これまでのガーディアンズでの経験が活きたのか、なんとか動揺を表に出すことはなかった。けど代わりに、その場に不自然な沈黙が流れる。

 風の音がやけにはっきり聴こえ、ひとつに束ねた秋月の黄色い長髪も、風でひらひらとなびいていた。

 俺の返答が遅れるほど、彼女の疑いは高まっていくだろう。

 

「……えっと、あー、ちょっとバイト先に電話したくてね。廊下や教室で話すのもアレだから、なんとなく屋上まで来たんだよね」

 

 俺はできるだけ自然な仕草でズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出して秋月に見せた。もちろん電話というのは、咄嗟に思い付いたそれっぽい嘘だ。

 

『探知するモノはラッキーベルでもなければ、私が探すわけでもないけれどね』

 

 なぜ秋月がここへ来たのか。

 去り際、ヒューニが言っていたことをヒントにすれば、おのずと答えが導かれる。

 

 おそらく秋月は……正しくは、彼女のお付きのニャピーが、だけど……先ほどまでこの場にいたヒューニの気配を察知したのだろう。

 敵の気配を感じて、その現場に俺がいたとなれば、当然キューティズは俺に何があるのかと勘繰り始める。

 ヒューニの狙いは、キューティズの誰かをここにおびき寄せ、俺を疑うように仕向けることだったのだ。

 まったく、面倒なことをしてくれたものだ。

 

 しかし、この程度で慌てる俺じゃない。

 色々と探られて困るのは、お互い様だ。

 

「お前こそ、どうしてここに?」

「えっ! いや、えっと、それはその……」

 

 俺が訊くと、秋月はしどろもどろし始めた。

 

「ちょっと気になることがあってさ、水樹はここで何か変なもの見なかった?」

「ん、見なかったけど?」

 

 我ながら、よくこんなにすんなりと嘘がつけるものだ。

 

「……そう」

「よく分からないけど俺は教室に戻るから、それじゃ」

 

 秋月の隣を横切り、俺はいそいそと屋上の階段を降りて行く。

 背後で秋月は疑いのこもった眼で見ていたけど、俺はなにも気づかないフリをした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんなこんなあったわけだが、放っておけばそのうちなんとかなるだろうと思っていたけど、これは俺の楽観が過ぎたらしい。

 

 それからというもの、秋月は事あるごとに俺へ疑いの目を向けるようになった。

 登校時にたまたま鉢合わせた時や廊下ですれ違った時、食堂で昼飯を食べている時など、クラスは違えど、秋月は沙織と仲良いので何かと俺と顔を合わせることが多かった。

 別にやましいことをしている訳でもないので普段通り振る舞えば良いだけなのだが、流石に教室の外から顔をのぞかせて睨まれていることに気づいた時は、顔が引きつった。

 

「……優人、麻里奈に何かしたの?」

「なにもしてないよ」

 

 ふと休み時間に机をはさんで話していた沙織が訊ねてきた。

 蝉のノーライフが現れた翌日、そして屋上でのやり取りから今日で一週間。あまり勘の良くない沙織も、秋月が毎度俺を睨んでいることに気がついたらしい。

 

「じゃあ、なんで麻里奈に睨まれてんの?」

「こっちが聞きたいよ」

 

 ごめん嘘。聞かなくても分かってる。

 

「まさか、優人……麻里奈の“恥ずかしいところ”でも見ちゃったんじゃ!」

「なんだよ、恥ずかしいところって?」

「例えば、何もないところで転びそうになったところとか」

 

 普通に恥ずかしいところだった。

 

「もしくは、名前を呼ばれて自分かと思って振り向いたら別の人だったとか」

「あー、あるある」

 

 俺が共感しながらコクコクと頷いてる最中にも、沙織は「それとも……」とあるあるネタを考え出す。

 

「おーい、授業はじめるぞー!」

 

 そんな感じで話が逸れていき、次の担当科目の先生が教室に入ってくると同時に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 沙織は話すのをやめて、いそいそと自分の鞄から教科書とノートを取り出す。

 教室の扉へ目を向けると、すでに秋月の姿はない。流石に、授業が始まる頃には彼女も自分の教室へ戻っていた。

 

 

 

 

 そして時は進み、放課後。

 

「じゃあ優人、お先にぃ!」

「おぉー」

「また明日な」

「おぉ、葉山も部活がんばれよぉ」

 

 いつぞやと同じように、沙織と葉山は部活へ行き、俺は一人で帰路につく。

 

「はぁぁ」

 

 ずっと座ったままで凝り固まった身体を背伸びでほぐしながら、俺は教室を出た。

 

「さーて……ん?」

 

 家に帰ったら何をしようか……などとのんびりしたことを考える暇も無く、教室を出てすぐに“違和感”を覚えた。

 俺は歩く動作をそのままに曲がり角を曲がった際に視線だけで後方に目をやる。すると下校する生徒達に混じってこちらを見ている“黄色髪の少女”の姿があった。

 

(ついに尾行までやるようになったか……)

 

 廊下を歩き、階段を降り、靴を履き替えて昇降口を出る。俺の後をつけてくるのは、言わずもがな秋月だ。どうやら休み時間だけでは飽き足らず、放課後も俺を監視するようだ。

 しかし魔法少女とはいえ追跡の動きは素人同然で、周りの生徒も不審な目で彼女を見ていた。

 

「……むぅぅ」

 

 背後に意識を向けながら、正門を抜けてしばらく適当に歩いてみたが、やはり秋月も付いて来ている。今も電柱に隠れて目を細めてこっちを睨んでいた。

 

《ねぇ、いつまであの子の監視を続けるのかしら?》

「水樹が何か尻尾を出すまでよ」

《何もなかったらどうするの?》

「ハデスの気配がしたと思ったら、その場にたどり着く直前に気配が消えて、現場に着いてみたら奴らの姿は無く、代わりに水樹がいた。何もないと考える方が不自然だわ」

《それは、そうかもしれないけど……》

「別に水樹がハデスの仲間だなんて思ってない。けど、もしハデスが水樹を何かに利用しようとしてるなら止めなきゃ」

 

 何やら、独り言まで聞こえる。

 多分、ニャピーと話しているんだろうけど、人を尾行しながらブツブツ何か呟くのは、完全に不審者の言動だ。

 

「ったく。このまま家まで付いてくる気かな、秋月の奴は……」

 

 俺は大きなため息をつく。

 別に家まで尾行されるのは……正直、面倒だが……この際、仕方ない。けど、このまま何日も尾行されると、いずれハイドロードとしての支障が出るだろう。

 

「よぉ、優人」

 

 そう、例えば今みたいに、ガーディアンズの人間に話しかけられてる所でも秋月に見られたら……。

 

「…………えっ?」

 

 突然自分へ掛けられた声に、俺は足を止めた。

 前方には見慣れた白黒ジャージを着た“少女”が一人。

 

「ちょっと付き合え」

 

 彼女はズンズンと詰め寄って鋭い眼で俺を睨みつける。

 噂をすればなんとやらとよく言うけど、何というタイミングの悪さ……。

 

 少女は間合いを詰めると、俺の胸ぐらを掴む。反射的に俺は両手を上げて抵抗しない意思を示した。

 一見したら高校生がヤンキー少女にカツアゲされている光景だ。後ろにいる秋月もさぞかしあらぬ誤解することだろう。

 

「えっ何いきなり? それになんでお前が高宮町に?」

「お前に訊きたいことがある。イヤとは言わせないぞ」

「えっ! あっいや別にイヤとは言わないけどさ、今はちょっと」

「いいから来い!」

「あ、あぁ、分かったよ。分かったからとりあえず放してくれ」

 

 掴まれた手を振りほどき、俺は渋々“上地悠希”に付いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 ファングの恫喝

 

 

 

 電柱に隠れていた秋月は、親友の幼馴染こと俺、水樹優人と、初めて見るジャージ少女の上地悠希のやり取りを凝視していた。

 

「何、あの子?」

《クラスの子じゃないのぉ?》

「いや違う。あんな子、見たことない……と思う」

 

 パートナーのミーの問いに、秋月は自身のない言葉を付け足した。いくらなんでも学校の生徒全員の顔を知っているわけではないので、絶対に違うとは秋月も言い切れなかったようだ。

 しかし制服を着ているわけでもないし、今は状況が状況だから、俺が見慣れないヤツと接触して不審に思うのは自然なことだろう。

 

「とりあえず、監視続行よ」

《おぉー》

 

 手を突き上げるミーと共に、秋月は電柱の影から出て俺達の後を追った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらく道沿いに歩き、やがて俺と悠希は駅前までやって来た。見慣れた駅前は相変わらず人通りが多い。ウチの学校の生徒もチラホラと見える。ここまで通って来た道が先日ヒューニと歩いた道と同じだったのは、十中八九偶然だろう。

 

「どこ行く気だよ? いい加減教えろよ」

「とりあえず、どこか人の少ない場所に行こうとしてたんだけどよぉ……なんか、“変なヤツ”がいてな」

「あぁ」

 

 悠希は顔を俺に向けて視線を後ろへとやった。

 やはり彼女も秋月の下手くそな尾行には気が付いていたようだ。

 

「誰なんだアレ? 知り合いか?」

「まぁーな」

「なんで付けられてんだよお前。何したんだ?」

「別に俺がどうこうしたわけじゃないけど……まぁ、その、色々あってさ……」

 

 悠希は大きな舌打ちを鳴らす。

 

「適当に撒くぞ。部外者に聞かれると面倒くさい」

「……あぁ」

 

 ここで姿をくらますのは、秋月に余計な疑いを増やすことになるだろうが、ガーディアンズ関係の話を聞かれるのはもっとまずい。

 俺の平穏な学生生活的にも、コンプライアンス的にもな。

 

 悠希と俺はわざと人の多い方へ歩を進めた。やがて適当な曲がり角を曲がると、全速力で走り出す。

 途中でまた何度か曲がり角を曲がって、しばらく走り続けていると、もう秋月の姿は見えなくなった。

 相手が素人とはいえ、尾行を撒くなんて初めてやったが案外うまくできるものだ。

 

「撒いたか?」

「みたいだな……ウッ!」

 

 俺が肯定するや否や、悠希はまた俺の胸ぐらを掴み、すぐ近くにあった路地裏まで引き込んだ。幅にして1メートルもない狭い通りには、室外機や誰が捨ててるのか分からないポリバケツのゴミ箱が置かれている。周りに通行人もおらず、ドラマや映画で不良がケンカやいじめのシーンを撮るにはもってこいの場所だ。

 そんな殺風景な場所で、俺は悠希に思いっきり背中を壁に叩きつけられた。

 

「なんだよいきなり!」

「お前、なにチンタラやってんだよ?」

 

 まるで脅迫でもしているみたいに、悠希は鋭い目付きで俺を見る。

 一般人なら怯えて漏らしてるんじゃないだろうか。これまでいくつもの修羅場を体験してきた俺でも、答え方を誤れば、ただじゃ済まないと予感させるほど、彼女の発する殺気は凄まじい。

 悠希にしては“珍しい”。

 

「なんのことだ?」

「惚けんな! 長官と玲から話は聞いた。お前、ここ最近“アイツ”と繋がりのある仲間と接触してんだろ!」

 

 悠希の言う“アイツ”とは雪井彰人のことだ。そして繋がりのある仲間というのは、ヒューニのことだろう。

 彼女がこんなに荒れて、かつ名前を呼ぶのも嫌悪する人間は、他に心当たりがない。

 ヒューニが最近、俺の周りに現れているのは長官と玲さんには報告済みだし、どこかしらから彼女の耳にも入ったんだろうなぁ……。

 

「いや、接触してるというより付きまとわれてるって言った方が正しいというかなんというか」

「どっちでも良い! なんでさっさと捕まえねぇんだよ、お前の実力なら簡単にとっ捕まえられるだろ?」

 

 悠希の壁に押し付ける力が増していく。

 いい加減、背中が痛くなってきた。

 

「いやいや、相手も結構めんどくさい能力持っててさ……。てか何でお前はそんな殺気立ってんだよ?」

「ンなもん、早くその仲間をとっちめてアイツの居場所を吐かせたいからに決まってンだろ!」

 

 やっぱり……。

 俺の予想した返答の一文字も違いがない。相違点をあげるとすれば、胸ぐらを掴む手の力が増した点くらいだな。

 

「そう簡単にいかないから、いまだに確保できてないんだけどなぁ」

 

 雪井彰人の居場所は向こうの取引材料のひとつだ。にも関わらず、こちらが乱暴な手で無理矢理その情報を聞き出そうとすれば、永遠に“本当の事”を話してくれない可能性もある。

 それに近接戦闘特化の悠希は、物理攻撃を無効化できるヒューニと相性が悪い。感情的に動けばやられてもおかしくない。

 

「なら教えろ、ソイツはどこにいる! お前がやらねぇならオレが捕まえてやる!」

「知らねぇよ、いつも向こうが勝手にやってくるんだ」

「じゃあ、お前を見張ってれば、いつか向こうからやって来るってことだな」

 

 おいよせ、お前まで俺をストーカーする気か!

 

「お前が俺を見張ることで敵の俺への接触自体が無くなるかもしれないけど、それでも良いなら好きにすれば?」

「…………チッ!」

 

 掴んでいた手を荒々しく放しながら悠希は奥歯を噛みしめた。さらに、偶々そばに捨ててあったスチール缶を力任せに蹴りつける。缶はクシャリと形を変えて、左右の壁に乱反射しながら遥か彼方へ飛んでいった。

 

 その苛立ちには事件の進展が無いのもあるのだろうが、彼女の性格を知る俺には“別の理由”もあって気を悪くしているのが分かった。

 

「……“イヤならやらなきゃ良いのに”」

「うるさい、お前が敵に誑かされてないか確認のためでもあったんだよ!」

 

 それは……お疲れ様ですこと。

 

「まっ、そうと分かれば、大人しくこの件は俺に任せろ。相手が要求を聞けば社長の居場所を教えてやると言ってるし、上手くやればいずれ手かがりが掴めるさ」

「あぁ、それも知ってる。相手の要求は何なんだ?」

「それが分からないから、俺も慎重になってるだよ」

「適当に話し合わせりゃいいだろ。そして早くあのクソ社長の場所を聞き出せよ」

「無茶言うなよ」

 

 口を尖らせて拗ねたように言う悠希に、俺はやれやれと頭を振った。

 

 

 ここで突然、どこからか警報のような“アラーム”が聴こえてきた。

 

「ッ!」

 

 悠希が真剣な顔になってポケットからなにかを取り出す。

 その音の正体は、悠希の持っていたトランシーバーのような端末だった。普通のトランシーバーと違い、画面がスマートフォンのように広い。よく見ると、画面にはレーダー座標のような円形のマップが写っており、一ヶ所だけ赤い点が点滅していた。

 

「それは?」

「“変異者”だ!」

 

 悠希は「クソッ!」と悪態をついて走り出した。

 

「あっおい!」

 

 俺は一瞬戸惑いつつも、すぐに彼女の後を追う。

 

「おい、どういうことだ?」

「この近くに変異者がいる。この機械は変異者が一定の距離に現れると探知できる」

 

 並走する俺に対して最低限の説明だけして、悠希は端末のマップを見て方角を確認しながら走った。

 “変異者”とは、悠希の追っている雪井彰人が作った“マージセル”と呼ばれる細胞によって変異した怪人の名前だ。

 どうやら悠希の持っている端末は変異者を探知するモノらしい。後日聞いた話によると、怪人になった変異者の身体からは特殊な波長の電磁波が出ているらしく、悠希の機械はその電磁波を受信して居場所を割り出せるようにガーディアンズが開発したとのことだ。

 

「それを使って、お前は今まで変異者と戦ってたのか?」

「あぁ、そうだ……てか分かったら、お前はもう帰れ。これはオレの仕事だ」

「アホ、自分の住む町に怪人がいると分かってじっとしてられるか!」

 

 途中、道行く歩行者や障害物を避けながら、俺たち二人は現場へと走った。

 

 

 

 



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第33話 抗う力

 

 

 

 

 時間は少し戻り、俺と悠希が秋月から逃げるために曲がり角を右折左折しながら走っていた頃。当の彼女は目標である俺達を見失い、しばらく勘だけで走っていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……はぁぁ」

 

 しかし次第に息が上がっていき、いよいよ足が止まる。周囲を見渡すと、そこには河川敷が広がっていた。

 高宮町の端には大きな川が流れている。秋月が走った末に辿り着いたのは、その川の淵部分に作られた沿道だった。人通りはそこまで多くなく、犬の散歩やランニングをしている人をたまに見かける程度だ。

 

「はぁぁ、見失った!」

《残念ねぇ》

 

 額に浮き出た汗を拭い、秋月は手を膝に着きながら息を整える。

 

《……あらぁ?》

 

 頬に手を当てながら、あらあらと頭を振るミーの耳がピクリと動く。そして何かに反応するように、河川敷の上流の方へ目を向けた。

 

「どうかした、ミー?」

《んぅぅ……何かしらぁ、イヤぁな魔力を感じるわぁ》

 

 ミーはニッコリした顔に影を浮かせて身構えた。

 

「えっ、もしかしてハデス?」

《いいえぇ、彼らのような冷たくて暗い感じじゃないわぁ。もっと別の気配がするのぉ、言葉にするなら刺々しくて危険な感じねぇ》

「そう……よく分からないけど、悪い気配がするってわけね」

 

 抽象的な話にあまり理解ができなかった秋月だが、普段ゆったりとして穏和なミーが珍しく引き締まった態度をしていることに、事の異様さを察した。

 

「行ってみましょう」

《えぇ》

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間はまた更に戻る。場所は高宮町を流れる川を渡れるように伸びた車道の高架下。

 昼でも影が差し、人通りのほとんどないその場所では、今、近辺にある高校の制服を着た少年たちが高笑いしていた。

 

「ギャハハ!」

「うぇーい!」

「ほらほら、次々ィ!」

「…………うぅ」

 

 しかし、その中に一人だけ、やけに身なりのボロボロな少年がいた。表情は苦痛で歪み、目の下には涙の跡がある。

 

「はーい、じゃあ次、ストレートナックルやりまーす!」

「おぉー、やれやれ!」

 

 ボロボロの少年は両腕を拘束されて無抵抗のまま、周りの少年達から暴行を受けている。他の少年達はその様子をスマートフォンで撮影をしたり大声で笑いながら鑑賞していた。

 

 その光景はおふざけやじゃれ合いを通り越し、もはやただのいじめとリンチだ。普通の人間なら気分の悪くなるような光景だが、この場に人通りは、ほとんどなく止めに入る者は愚か警察に通報するような人もいない。

 いじめている少年達も、それを分かってこの場所を選んでいた。

 

(痛い、つらい、死にたい、もうイヤだ、なんで俺が、誰か、助けてくれよ……!)

 

 砂利の上に倒れた少年の思いなど知ろうともせず、周りの柄の悪い少年達はケラケラと笑い続けた。

 

 そんな車道の高架下で、ふと新たな人影が現れる。

 その人の気配に気がついて、少年の一人が人影へと目を向けた。

 

「あん、何か用かよアンタ?」

「俺達、仲良く遊んでる最中なんでぇ邪魔しないでくんね?」

 

 少年たちは悪ぶった態度で人影に脅しをかける。しかし、人影に全く動じた様子はなかった。

 よくよく見ると、人影の正体は身なりの良いスーツを着崩した男だった。見かけは少年たちの父親とほぼ同じくらいだ。

 その男……雪井彰人は沈黙したまま、ゆっくりと少年たちに近づいていく。その変化の乏しい表情には、周りの少年たちの威圧など眼中にないのが見てとれた。

 

「人間は逆境に立ってこそ成長する。しかし多くの人間は成長の兆しを見せる前に力あるものにその身を押し潰されてしまう」

「はぁ?」

「何言ってんだ、おっさん?」

 

 雪井はリンチの末、満身創痍になって地に倒れていた少年の前で膝をつき手を伸ばすと、懐に仕舞っていた注射器を取り出して迷うことなく少年の腕に刺した。

 銃のような形をした注射器に入った薬剤は、雪井が引き金を引くと同時に全て少年の身体に注入された。

 

「だから私はそんな弱き者に抗う力を授けるのだ」

「お、おい、おっさん何してんだ!」

 

 少年の一人が動揺して声を上げる。どこの誰とも知らない怪しい男がいきなり人に注射を打つ様を見たら、それは当然の反応だろう。

 しかし、そんな少年たちの驚愕した様子も知ったことではないと言ったように、雪井は立ち上がって身を翻すと、そのままどこかへと去っていった。

 時間にして一分も無いあっという間の出来事に、周りの少年達は唖然としていた。

 

「な、なんだったんだよ、アイツ?」

「し、知らねぇーよ」

「まさか薬の売人とかじゃねぇーよなぁ」

「がああぁぁァァ!」

 

 少年達が混乱していると、突然その場に絶叫が木霊する。声を上げているのは、先ほどまで倒れていた少年だった。

 頭痛、筋肉痛、吐き気など、少年は身体中を駆け巡る激痛に苦しみ悶えながら、地面の上で身体をよじったり反ったりしていた。

 心臓は強く多く鼓動を続け、体温も普通ではあり得ないほど上昇している。

 

「お、おい……?」

「なな、なんなんだよ?」

「うがッッ、イッ、あァァァァ!」

 

 地獄の底から響いてくるような少年の声を聞きながら、周りの少年達は顔を引きつらせ、ただただ呆然として苦しむ少年を見ていた。

 

 やがて、少年の身体に異変が表れた。

 皮膚がヘドロのような色に変わり、形も奇怪な見た目へと変化する。その形はまるで蜘蛛の細胞が人間に溶け込んだようだ。

 身体の様々な箇所から蜘蛛の足らしき触覚が生えている。口は大きく裂けながら鋭利な牙がむき出しになり、顔面には複眼のような蜘蛛の眼が張り付いている。身体の皮膚も装甲のように全身硬化している。

 

 雪井の打った“マージセル”が細胞を侵食し、少年を蜘蛛の怪人へと変身させたのだ。

 

「アァァァァーー!」

 

 怪人となった少年は立ち上がり、天に向かって雄叫びを上げる。

 

「うわぁぁ!」

「ば、化け物ォ!」

 

 周りにいた少年達は皆そろって腰を抜かして悲鳴をあげた。

 

「ウゥゥッ!」

 

 怪人は唸り声をあげて、周りの少年達を威嚇する。その低い声は、おおよそ人間の声帯から出る声色ではない。振る舞いも、知性や自我は感じられず意思疎通はできそうもなかった。

 その姿に恐怖しながら、周りの少年たちは逃亡を試みるが、すっかり腰が抜けてしまい地面の砂利を蹴り飛ばすだけに終わる。

 

「グワぁぁ!」

「ギャァァ!」

 

 そんな少年たちを怪人は容易く捕まえて次々と殴り飛ばしていった。中には腰を浮かして這いつくばるように逃げようとした少年もいたが、怪人は体内で生成した糸を口から飛ばして、魚を釣る漁師のように少年たちを引き戻しては、次々と暴行を加えていった。

 

「なにアレ!」

 

 そんな現場に、突然、少女の声が響く。その声の主は、ミーに導かれてそこに駆け付けた秋月だった。

 襲い掛かっている怪人を見て、彼女は息を呑む。

 

「あれってハデス……じゃ、ないわよね?」

《えぇ。でも変ねぇ、あの蜘蛛みたいなの、気配は普通の人間と同じだわぁ》

「なに?」

 

 首を傾げるミーの言葉に、秋月は目を少し見開いた。今までハデスしか相手にしてこなかった彼女にとって、目の前で人を襲っている怪人は、彼女が敵対する初めての“人間”だ。

 しかしそれを自覚しようがしまいが、正義の味方として彼女が取るべき行動はただ一つだ。

 秋月は気持ちを切り替えて、ポケットに入れていた宝玉を取り出す。

 

「どんなヤツにしろ、放ってはおけないわね……マジックハーツ、エグゼキューション !」

 

 宝玉から放たれた清らかな黄色い光に包まれ、秋月はキューティ・オータムへと変身するのだった。

 

 

 

 

 



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第34話 オータムが敵発見!相手はノーライフ……じゃなくて変異者!?

 

 

 

 

 

「はぁぁ!」

 

 変身した秋月……キューティ・オータムは、襲い掛かる怪人と少年の間に割り込み、怪人と向かい合う。

 

「早く逃げて!」

 

 オータムの指示を聞いてか聞かずか、怪人に襲われかけていた少年は、急いで背を向けて逃げ出す。

 しかし復讐の執念なのか、怪人は現れたオータムを気にすることなく逃げる少年へ粘着糸を口から飛ばした。

 

「うわァァァァ!」

 

 糸は銃弾の如く少年を捕らえ、命中すると投げ網のように大きく広がり、少年の体を巻き込んで地面にへばりついた。倒れた少年はそこから逃げようと抗ったが、張り付いた糸は強固で、とても常人の力で抜け出せる代物ではない。

 怪人の狙いは、拘束したその少年へと向いた。

 

「クッ! はっ!」

 

 奥歯を噛んだオータムが前に立って、怪人へと攻撃を繰り出す。

 彼女が放った回し蹴りで、怪人は少年と距離を取るように吹き飛んだが、大したダメージは無い。しかしそれによってオータムの狙い通り、怪人の標的は彼女へと変わった。

 

「あなたは何者?」

「グルゥゥ!」

 

 オータムが訊ねるが、怪人から答えは返ってこない。

 怪人は低い唸り声を洩らしながら、ゆっくりとオータムへにじり寄る。その構えはいつでも相手に襲い掛かれる獣のような姿勢だ。オータムは相手にコミュニケーションを取れるほどの知能が無いことを察した。

 

「訊いても無駄そうね……仕方ない」

 

 そんな怪人に臆することなく、オータムは相手より早く距離を詰めて、両手で数発打撃を放つ。

 胸部、肩部、腹部と、各所にオータムのパンチが直撃するが、怪人は微動だにしなかった。むしろ硬い装甲のせいで、オータムの方が苦い顔を浮かべることになった。

 

「ツっ! 硬い身体わね……!」

「ゥゥぅう!」

 

 後退りしたオータムに、今度は怪人が攻めに転じる。

 間合いを詰めての大振りな打撃。怪人の腕から放たれたその攻撃は、魔法少女のオータムにとっても重い一撃だった。

 オータムは咄嗟に腕でガードしたが、鈍器で殴られたような衝撃に、また顔が歪む。

 

(クっ! 素手の戦いだと勝ち目は無さそうね!)

 

 身体の頑丈さを覚ったオータムは、足を踏み込んで後方へと飛び、間合いを取る。

 

「メイプルブレード!」

 

 オータムが言葉を発すると、マジック少女戦士の鎧が反応して目の前にオータムの専用武器である剣が出現した。

 その紅葉のような黄赤の色味のある刀身の剣を、オータムは両手でしっかりと握りしめる。

 

「はァーーっ!」

 

 そして一気に怪人へ近づき、刃渡り七十数センチほどある得物を振り下ろす。これまでにハデスと戦ってきたこともあり、その剣筋に乱れや迷いはない。

 オータムの斬擊を受けた怪人は、呻き声を上げて怯んだ。

 

「よし、効いてる!」

 

 自身の攻撃が怪人に有効だと理解したオータムは、引き続き怪人に向けて斬りかかった。

 怪人に人的防御動作はなく、素直にオータムの斬擊を身に受けた。二撃、三撃と、オータムが剣を振る度、怪人の装甲が鉄を打つような音を響かせる。

 しかしだからと言って、怪人も何もせずに突っ立っていたわけではない。オータムが斬りつける合間に、怪人は打撃や粘着糸で反撃を試みていた。オータムはその反撃を冷静に受け流したり跳躍して避けたりした。

 どうやら機動力はオータムの方が上らしい。

 

「あなたが何なのかは知らないけど、ハデスと同じく人を襲うっていうなら容赦しない!」

 

 怪人と適度な間合いを取って、オータムは自身の魔力をブレードに纏わせた。魔力を宿した刀身は黄色く輝き、エネルギーが収束している。

 

「メイプルスラッシュ!」

 

 オータムが剣を横に振りぬくと、魔力によって生成された斬撃が空間を伝播する。三日月形のエネルギー体をした斬撃は、怪人の体を切り裂くと火花を生み出して大きく爆ぜた。

 

「グルァァーー!」

 

 怪人は低い悲鳴を上げながら衝撃で後方へと吹き飛び、砂利の上を転がる。直撃した胸部は黒く焼け焦げ、一部灰に成りかけていた。

 

(よし、あと一押し!)

 

 外見の不気味さと肉体の頑丈さ、獰猛な振る舞いとは対称的に、怪人があまり強くないと考えたオータムは、内心でこの戦いの勝利を確信した。

 

 怪人は起き上がると、怒り狂った動きでまっすぐオータムへ向けて走り出す。そして間合いを詰めると力任せに腕を振り、攻撃を繰り出した。

 

「ふっ、はっ、タァァっ!」

 

 オータムは怪人の攻撃を見切り、カウンターにパンチとキック、ブレードの斬撃を与える。

 怪人は痛みに悶え、その場で膝をついた。

 

《今よ、オータムぅ!》

「分かってる!」

 

 傍から見ていたミーにも怪人にトドメを刺せるチャンスであることが分かったらしい。

 オータムは剣を構えなおし、刀身を片手で撫でる。

 

「オータム・メイプル・チャージ!」

 

 オータムの呪文に反応して、黄色の魔力が剣に収束していく。魔力を極限まで貯めたメイプルブレードは、清らかな光を放ち、強力なパワーが蓄積した。

 

「アースフォース・スラッシュ!」

 

 オータムは上段に剣を構えて、力を込めて振り下ろす。すると、メイプルブレードの軌跡から黄色に発光したエネルギーが放出された。

 怪人にその攻撃を躱す余裕はない。この時、オータムとミーは自分たちの勝利を疑わなかった。

 

 しかし突如、オータムの必殺技が怪人に当たる直前、高速で動く影が横切った。

 その影によって怪人は射線から外れ、オータムのスラッシュは河川へと飛び、大きな水柱をあげた。

 

「えっ!」

 

 さっきまで立っていた所から少し離れた所で転がっている怪人を見て、オータムから驚いた声が洩れる。

 

「そんな、どうして?」

《そうねぇ……?》

 

 ミーは辺りを見回すと、すぐ近くに人影があるのに気づいた。

 

《あらぁ? あの方は、どちら様ぁ?》

「えっ?」

 

 ミーが手を頬に当てて首を傾げる。彼女の視線の先には、ある人物が立っていた。

 オータムには、その姿に見覚えがあった。というのも、その人物はオータムの親友である沙織が好きなヒーローの一人だ。

 

「あなたは……確か、ガーディアンズの!」

 

 白虎を模したマスクに、全身を覆う白銀の鎧、象徴的なベルトのバックル……バックルには動力源と制御機構としてアースストーンと呼ばれる丸い物質が埋め込まれている……そして、全身の各所には血管のように黒いラインが走っている。

 

 その人物こそ、守護神(ガーディアンズ)の四神である“仮面ファイターファング”だ。

 

「でも、どうして……?」

 

 変異者の反応を探知して現場にかけつけたファング……変身した悠希は、オータムが必殺技を放つ直前に、この場の状況を察し、まっすぐ怪人の方へ走ってドロップキックで怪人をオータムの技から回避させたのだった。

 今この場所にファングが現れたことと合わせて、ファングが怪人にトドメを刺すのを阻止したことに、オータムは疑問を抱いた。

 

「ソイツはオレが相手する。手ぇ出すな」

「えっ?」

 

 ファングに命令され、オータムは戸惑う。

 わざわざ助けて貰わずとも、あのまま技が決まれば自分が勝っていたと、彼女は思っているようだ。事実、その考えは間違いではない。

 

「いいから、部外者は下がってろ」

 

 ファングは手を出さないよう、更に警告した。

 

「……は?」

《あらあらぁ、いきなりやってきて随分な物言いねぇ》

 

 その偉そうにも取れる言い方に、オータムとミーは苛立ちを覚えた。理由を知らない者からすれば、今のファングは手柄を横取りしようとしているようにも見える。その反応も、まぁ当然だろう。

 オータムとミーのファングを見る眼には、明確な敵意が混じっていた。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……はぁぁ、現着ぅっと。って何この状況?」

 

 そして少し遅れて、その場に到着したハイドロード……変身した俺は、怪人が倒れる横で魔法少女がヒーローを睨む現場の光景に、戸惑いを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第35話 感触

 

 

 

 

 

「何この状況?」

 

 現場についたハイドロードこと俺は、ファング姿の悠希とキューティ・オータム姿の秋月、そして怪人と周りにいる怪人の被害者と思われる近所の高校生たちを見ながら、ここまでの経緯を推測した。

 

 多分だけど……、

 

 『怪人が高校生を襲う』

 『たまたま通りかかった秋月が怪人と戦う』

 『悠希が戦いに割り込む』

 『突然、現れたヒーローに秋月が驚く』

 

 ……大まかに言って、こんな所だろう。

 

 

 

「あとはオレがやる!」

「あっ、ちょっと……!」

 

 ファングがオータムに釘を刺している間に、蜘蛛の怪人はフラフラしながら立ち上がった。

 身なりはボロボロだが、まだ戦う意思はあるようだ。

 

 ファングは走り出して、怪人との間合いを詰める。そして、ダッシュの勢いを利用してそのまま怪人のボディに拳を入れる。怪人は無抵抗のまま、ファングの攻撃を受けた。

 しかしファングの攻撃は止まらない。続けて、また腹部へのパンチ、胸部への突き蹴り、怪人が自分に倒れ込むように組み付いてきたところを腹部への膝蹴りと背部への肘打ちで地に倒した。

 更には、怪人が倒れたところを蹴り飛ばす。

 

 相手が怪人とはいえ、ヒーローとは思えないほどの酷い追い打ちだ。

 蹴り飛ばした怪人は俺の攻撃が届く間合いの中まで転がってきた。

 

「ちょ、そこまでやらなくても!」

「うるせェ!」

 

 オータムは戸惑いながら声を掛けるが、ファングは怒気のこもった声で一喝した。

 いつもの彼女を知る者なら、この戦いの不愉快さに、彼女が不機嫌になっていることが理解できる。

 しかし、初対面のオータムの目にはファングがただのガラの悪い人物にしか映らなかった。

 

「ハイドロードさん!」

 

 怪人が俺のところに転がってきたことで、オータムが俺の存在に気がついた。

 オータムからすれば先日ぶりの顔合わせだが、正体を知っている俺からすれば、つい数十分前ぶりな上、ここ最近は毎日顔合わせているので、あまり新鮮味はない。

 

「すまないなぁ、オータムくん」

 

 俺が作った口調でオータムに謝ってる間にも、怪人はその場でヨロヨロと立ち上がる。そして、目の前にいた俺を見境なく攻撃してきたので、俺はその攻撃を反射的に避けて蹴り飛ばした。

 

「事情は後で話すから」

 

 この場で目の前の怪人……変異者についてやマージセルについて、オータムに説明している暇はない。

 加えて、これらはガーディアンズの機密でもあるので、位置付け的に部外者であるオータムへ、気軽にペラペラと話す訳にもいかないのだ。

 

「ハァ、ハァ……ガアァァァァ!」

 

 ふらつきながら、また変異者は立ち上がってファングへと襲い掛かる。

 いい加減、ぶっ倒れてもおかしくないくらいダメージを負っているはずだが、マージセルが埋め込まれて暴走している変異者に、自分の身体を気にするほどの理性は残っていない。

 

「……覚悟決めろよ」

 

 誰に向かって言ったのか、ファングが呟く。

 その相手は、変異者か? 俺か?

 あるいは、自分にか……?

 

 

 俺とファングは、挟み撃ちで変異者と戦った。

 

「ガッ! ラァァ! ぐッ! シャーーッ!」

 

 俺とファングが攻撃する度に鈍い音が辺りに響く。

 相手も隙あらば俺達に反撃を繰り出してきたが、その攻撃が俺達を捉えることは無かった。

 やがて俺達は横並びに立って、揃って変異者を蹴り飛ばす。

 

「グァァァ!」

 

 また変異者が地面の上を転がる。

 よく見ると俺達が攻撃したと思われる変異者の身体が内出血で変色している。その傷が、彼の身体がスーツや鎧の類いではなく、生身であることを俺達に実感させた。

 

「クッ………オラァ!」

「……フン!」

 

 しかし俺達は手を止めず、変異者を攻撃する。

 

「…………ひどい」

 

 オータムがぼそりと呟いた。

 正直、俺もそう思う。

 

 変異者とはいえ、ボロボロの相手に二人がかりで攻撃している今の光景は、はたから見ればリンチ以外の何物でもない。

 

 けど、マージセルが身体に入ったまま変異者を倒せば、変異者本人は死んでしまうし、変異者からマージセルを切り離すには痛みによって拒絶反応を与えなければならない。

 だから、いくら変異者が苦しもうが、またリンチと誤解されようが、マージセルが変異者の身体が出てくるまで、俺達は攻撃をやめるわけにはいかないのだ。

 

 この事件を担当しているファングはもちろん、前回の四神会議で話を聞いた俺も、その仕組みを知った上で変異者を痛め付けていた。

 

 

 それにしても、今回の変異者はやけにしぶといな。

 前回、雪井彰人と戦ったときは、こんなに手こずらなかったとはずだけど……。

 

「おい、ダメージを与えれば、拒絶反応で出てくるんじゃねぇーのか?」

「よほど相性が良いらしいな」

 

 マージセルにも相性とかあるのか?

 まぁ、薬にも効きやすい体質とかあるから、そんな感じなのか?

 いや、それにしても……。

 

「……いい加減“キツイ”んだけど?」

「それが“普通”だ。いいから黙って続けろ。それが嫌ならとっとと帰れ」

 

 そんな会話を小声でかわし、ファングは拳にある“感触”を誤魔化すようにその握る力を強くした。

 ファングと同様に、俺は手首を振り下ろして“感触”を誤魔化す。

 

「……誰が帰るか」

 

 ファングと並んで立った俺は、再度気を引き締めた。

 毒食らわば皿まで、だ。ここまでやったら、中途半端に終わらせる訳にはいかない。

 

 俺とファングは攻撃のため、足を震わせて立っている変異者の元へ走った。

 

「もう止めて下さいッ!」

 

 しかし、ここでオータムが俺達の前に立ちはだかる。

 

「いくら何でも酷すぎる! どうしてこんな!」

「バカ! どけ!」

 

 ファングが焦った声で警告する。

 立ち止まった俺達にオータムは、悲痛な面持ちで俺達に静止を促したが、対面している俺達には、彼女の背後で変異者が攻撃体勢に入ってるのが見えた。

 

「おい!」

「分かってる!」

 

 場所が河川敷で良かった。

 俺は横を流れる川の水に意識を飛ばして水流を作り、変異者を飲み込んだ。竜巻のように渦を巻く水流は河川上まで引きずり込み、大きな水柱となって変異者を揉みくちゃにする。

 水の中で変異者が暴れているのが、俺の体に伝わってきた。

 

「ギシャ!」

 

 水流の中でぐるぐると回る中で、抵抗したかったのか、変異者は口から毒々しい色をした液体を吐き出す。幸い、水中とあって周りに広まることはなかったが、一部が水流の外に飛び散った。

 液体を被った河川敷の砂利は蒸気のようなものを上げて溶けていった。

 

「うぉ、溶解液まで出すのかコイツ……!」

 

 そんなことをぼやきつつ、俺は水を操るのを止める。

 水流に揉まれていた変異者は重力に従って落下し、河川の浅瀬に叩きつけられた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ぐぅ、ぐあっ、ガアァァーー!」

 

 変異者の荒い息遣いが叫び声へと変わる。そして変異者は天へ咆哮するかのように身を大きく反らせる。やがて、その胸部からは生々しい肉の塊が浮き出てきた。

 前にも見た光景だが、相変わらず目を背けたくなるような光景だ。保健体育の教科書でたばこで汚れた肺の写真を見たことがあるけど、そんな臓器の写真なんて目じゃない。動く分、さらに生々しい。

 

「な、なに……あれ!」

「ようやく出たか」

 

 オータムは口元を手で隠しながら顔を青くし、ファングは冷静に相手を見据える。

 マージセルが露出したのもつかの間、“核”は再度浸食を始め、次第に変異者の身体へ戻ろうとしている。

 

「ファイターキック」

 

 ファングの声に反応して彼女のバックルが作動した。脚足部に装着された機械の周りでは、収束した生体エネルギーによってプラズマが走っている。

 ファングは飛び上がり、そのまま変異者に向かって足を突き出した。行動の判断から、技の構え、タイミング、体の動きの細部に至るまで、一連の動作は熟練の達人や一流のアスリートのように無駄のないものだった。

 そしてキックが打ち込まれるとエネルギーが爆発的に放出され、変異者を吹き飛ばす。

 

「ギャアァァー-ッ……!」

 

 変異者は後ずさりしながら悲鳴をあげ、やがて意識を無くしたようにその場に倒れる。キックのエネルギーによって生じた爆発の後、マージセルは塵となって消滅した。

 力の源が無くなり、変異者は元の少年の姿へと戻っていた。

 

「……はぁぁ」

 

 キックの後、猫が高いところから着地したように両手両足を地面につけていたファングは、マージセルが消滅したのを確認して構えを解き、大きく息を吐いて脱力する。

 

 

 そんな戦いの結末を目にして、オータムはその場で呆然と腰を抜かしていた。

 

 

 

 

 

 



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第36話 病んだ感覚

 

 

 

 

 戦いが終わり、俺は変異者だった高校生の少年を抱えて浅瀬から河川敷へと移した。幸い、息はちゃんとある。

 しかし砂利の上に横にした少年の体は、制服の上からでも分かるほどボロボロになっていた。擦り傷や切り傷、軽度の出血、青痣、腫れなど、あまり見ていて気分の良いものではない。意識がないにも関わらず、体を動かすたびに少年の表情が苦痛にゆがむ。

 何の罪もない一般人がこんな目に合っているのかと考えると、胸の奥にずっしりとした何かが引っ掛かる。

 しかも、この傷を作った一因は、他でもない自分だ。なおタチが悪い。

 

「本部、こちらファング。変異者を沈静化させた。至急、救護班を頼む」

 

 ファングが通信機で本部に応援を要請した。対応が手慣れているあたり、いつもやってるんだろう。

 

「大丈夫か、ソイツ?」

「あぁ、外傷はひどいが、とりあえず息はしてる」

 

 俺の返答を聞いて、ファングは安堵した。マスクで表情は読めないが、さっきより張り詰めた雰囲気が穏やかになった気がする。

 しかし、そう思ったのも束の間、倒れている少年の様子を見ると、なぜか再び彼女の雰囲気が変わった。

 

「あ、あのぉ、はやく助けてくれませんか?」

 

 ふと聞きなれない声が聞こえた。声のした方を見ると、変異者の糸によって拘束された男子高校生が助けを求めていた。その少年の服装は、変異者だった少年や、周りで気絶している被害者たちと同じ制服だ。

 友達かクラスメイトか、あるいは同じ部活の仲間か……。

 

「……あぁ、今はがすよ」

 

 俺は少年の元まで行き、張り付いていた糸を力づくで引きはがした。糸はねじ止めでもしてあるのかと錯覚するほど、強固に地面へ張り付いていたので、はがすのには結構な力を要した。

 

「ふぅぅ、助かったッス。ありがとうございます!」

 

 拘束から解放された少年は立ち上がると制服についた砂利や土を手で払う。口では礼を言っているけど、顔が自分の体に向いている。周りの学生たちに比べて、そんなに怪我をしていないことから推測するに、この少年が襲われる直前にオータムが現場に来たのだろう。

 

「あれ、何だったんですか?」

 

 服装を整え、少年は俺の顔を覗き込むようにしながら訊いてきた。その眼差しからは変異者のことよりも(ヒーロー)が目の前にいることの方に興味が向いているのが分かる。

 変異者だった少年のこととか、周りで倒れてる仲間のこととか、他に気にすることがあるだろうに……。

 

「後でガーディアンズの係の者が来る。詳細はその人達から聞いてくれ」

 

 多分、機密事項ってことで何一つ答えてはくれないだろうけどな。

 

「そうッスか……」

 

 少年は望んだ回答が返ってこなかったことに不満そうな顔をした。そして俺が相手にしてくれないことを察すると、近くで倒れていた仲間のところへ向かう。

 その反応を見て、俺はその少年と変異者だった少年が大して親しくないことを確信した。

 

 まぁ、襲い掛かってきたヤツを心配するお人好しの方が、いまどき珍しいか……。

 

「大丈夫か?」

「……は、はい」

 

 俺は座り込んでいたオータムに手を貸して立ち上がらせた。

 いくら変異者とはいえ、あんなバイオレンスな光景を見て平気な人間はあまりいない。魔法少女として戦っているオータムも、相手を出血させたり甚振(いたぶ)ったりしているところを見たのは初めてだろう。

 

「あ、あの」

「……おい!」

 

 オータムが何か話そうとした途端、ファングの声がその場に響く。

 その場にいた者は、俺や少年を含め全員、変異者だった少年のもとで膝をついているファングに目を向けた。

 

「お前、コイツが姿を変えるまで一体何してた?」

「えっ! あっ、えーと、その……」

 

 ファングが問うと、少年が分かりやすく動揺する。その反応で、何か後ろめたいことをしていたのが丸わかりだ。

 

「オレも素人じゃない。傷を見れば、その傷の原因や威力くらい分かる」

 

 なんだか、監察医かなにかが言いそうなセリフだな。

 そういえばガーディアンズに入るときに、医療関係の研修があった。ファングもそれは受講済みだろう。

 けどそんな研修の知識などなくても、ファングなら彼女自信の経験からソレを判断できるだろうな……。

 

「コイツの身体中の傷にはオレ達が付けたもの以外に、素人がつけた痣がいくつもある。それも、まだ新しいヤツがな」

 

 自供などなくとも、その痣をつけたのが少年であることをファングは見切っていた。

 ファングはゆっくりと立ち上がって冷や汗を浮かべている少年を見る。今の彼女が殺気立っているのは素人でも分かるだろう。加えて、一般人の少年や戦闘経験の浅いオータムにとっては、表情の読めないマスクが、ひときわ恐怖を引き立たせていた。

 

 ゆっくりと歩みながら近づいてくるファングに、少年は思わず後ずさりした。

 

「ちょっと!」

「待て待て」

 

 俺は止めに入ろうとしたオータムの腕を取って制止させた。

 

「ここはアイツに任せるんだ」

「でも!」

「大丈夫、ファングもプロだ。悪いようにはしないさ」

 

 ……多分な。

 

 俺たちがそんなやり取りをしている間にも、ファングはゆっくりと距離を詰め、少年の前で足を止めた。

 

「……うぅ!」

 

 ファングの気迫に圧倒され、怯えた少年はその場で転んで尻を地面に打ちつけた。

 

「もう一度訊く。お前、アイツが姿を変えるまで一体何をしていた?」

 

 少年を見下ろしながら、ファングは問う。

 

「うっ。そ、それは…………そんなの、アンタには関係なっ!」

 

 少年が言い切る前に、ファングは息を深く吐きながらギュッと拳を握る。

 

「ひっ!」

 

 保身からか少年は虚勢を張ろうとしたが、ファングの威圧に委縮した。

 ただ黙って佇んでいるファングがマスクの下でどんな表情をしているのか、この場にいる誰にも知ることはできない。付き合いのある俺でさえ、悠希が今どんな思いでそこにいるのか、そのすべてを推し量ることはできなかった。

 

「ひとつ忠告しておくが……人を殴って平気でいられるような人間は、もう健常じゃねぇ」

 

 そのファングの声は河川の音が響く中でも、とてもよく聞き取れた。

 

「カウンセリングでも受けるんだな」

 

 そんな言葉を言い残し、ファングは身をひるがえして足早に歩を進める。自分に向けられた殺気とその場の緊張感から一気に解放された少年は、大きく脱力してその場に倒れ込んだ。

 

「おい、どこ行く?」

「帰る」

 

 俺の問いに端的に答え、ファングはそのままその場を後にする。

 河川敷を歩き、徐々に小さくなっていくファングの背を、変身を解いた秋月は、ただ黙って見ていた。

 

 

 

 

 

「もしかして私……」

 

 その後、ここまでの一連のことを振り返ってか、秋月がポツリと呟いた。

 

「……どうした?」

「あぁ、いえ……!」

 

 独り言で留めておきそうな様子だったが、片腕を撫でている彼女が何かに怯えているように感じて、俺は訊ねた。

 

「どうしてあの人が敵をあそこまで傷つけるのか……最初はそういう少し危ない人なのかと思いましたけど、さっきの感じだと多分そうじゃないと思ってて……」

 

 まぁ、アイツは口が荒いし、そんな風に誤解してしまうのも無理はない。

 

「もし、傷つけることがあの怪人だった少年を助けるためだったのだとしたら、それをする前に彼を倒そうとした私は、何か大変なことをしてしまうところだったんじゃないのかって……」

 

 さすが秋月、聡いな。

 おそらく、自分が“人を殺しかけたこと”を察しているのだろう。俺もファングも口にはしなかったが、

実際、少年の身体にある切り傷はオータムのブレードによって付けられたものだった。

 

「……まぁ、君たちはハデスの戦いに慣れているし、それも仕方ないさ」

 

 何事にも今までの経験をもとに事へ当たるのは人間の(さが)だし、そもそも変異者についても知らなかったわけだ。

 それが転じて、今回のような顛末となるのも無理はない。

 

「結果的には無事に済んだことだし、あまり気にすることないさ」

「…………はい」

 

 そんな話をしているうちに遠くの方から聴き慣れた車のエンジン音が聴こえてきた。

 ガーディアンズの救護班が乗っているバンが到着し、中から各エージェントが様々な医療道具を携え出てきた。皆、ガーディアンズ独自の救急服を着ている。そのうちの隊長と思われる一人が俺のところへ来て一礼した。

 

「ガーディアンズ救護班、現着しました」

「お疲れ様です。変異者だった少年はあそこです。他にも変異者に襲われたと思われる被害者が数名います」

「了解。これから周辺に規制線を張り、あとは我々にお任せください」

「はい、お願いします」

 

 俺はいつものように後始末を専門のエージェントたちに任せる。

 ここで通常ならスーツを解除してその場を後にするところだが、秋月がいる手前、そうはいかない。

 

「あとでエージェント・ゼロから何かしらの話があるかもしれないが、とりあえず、今回の件は君たちとは関係のないことだ。今日は早く帰って、ゆっくり休むといい」

「……はい」

 

 俺が帰路につくように促すと、秋月は小さく頷いた。

 そして少年たちが救護されている現場の後処理の光景を目に焼け付けるように一瞥した後、彼女はゆっくりと歩みを進める。

 俺は帰っていく秋月の姿が見えなくなるまで、その場で彼女を見送った。

 その時の秋月の後ろ姿からは、ハデスやノーライフが好むような負のオーラが出ているように見えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後、帰り道で一人、秋月は戦っている時の手の感触を思い出すように自身の手を見つめていた。

 

《どうしたの、麻里奈?》

「ううん、何でもない」

 

 暗い顔で手を見つめている秋月に、ミーは首を傾げるが、当の本人は何事も無いように振る舞った。

 しかし、その振る舞いも一時的なもので、しばらくすると彼女の表情は再度曇る。

 

 魔法少女になる前には感じることのなかった“剣を握る感覚”は、今の彼女にとっては、すでに日常的なものとなっている。

 その感覚を持ってノーライフを斬ることに、彼女はまったく違和感を覚えなくなっていた。

 

「……私も、普通じゃなくなってるのかな」

 

 いじめの少年に吐いたファングの言葉は、秋月の心にも突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 



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第37話 不穏分子

 

 

 

 

 数日後。夏休みも目前となって来た頃。

 

「ねぇねぇ、優人」

「ん、なに?」

「なんか最近の麻里奈、変じゃない?」

 

 昼休み、教室で机に座っていると、ふと沙織が訊ねてきた。

 

「ん? んーー、まぁ言われてみればそうかもな」

 

 俺は言われてみて初めて気が付いたような反応をしながらも、内心で違うことを考えていた。

 

 沙織に言われる前から秋月の様子が変なのは気がついていた。先日の一件以来、端から見て分かるほど彼女は落ち込んでいる。

 

 事件の前は暇さえあれば俺のことを厳しい顔で睨んでいたけど、今は前ほど視線を感じない。それは観察される俺からすれば、煩わしさが無くなって良いことなのだけど、正直、今の状況はあまり良い予感はしない。

 なまじ頭の良い奴は、考え込むと他がおろそかになりがちだ。秋月の様子からして、今ノーライフが出てきたら戦いの時に何かミスをやらかしそうに思えてならない。

 

 何とかした方が良いのだろうけど、どうしたものか……。特に案も浮かばない。

 秋月が先日の戦いで何を感じて、何を悩んでいるのか、詳細は本人にしか分からないことだ。

 

「なにか落ち込んでるみたいだよな」

「そうそう、なんだか思い詰めてるような……」

 

 沙織は顎に手を当てて考える仕草をする。

 

「何かあったのかな。訊いても『なんでもない』って言うだけで教えてくれないし……」

 

 友達思いの沙織も、どうして秋月の元気がないのか気になるようだ。

 秋月も心配かけたくないのか、沙織たちにも自身の悩みを打ち明けていないようだ。

 

「うー-ん…………ひょっとして、恋?」

「そんなロマンチックな感じじゃないと思うぞ。それより……」

 

 俺は目の前に座っている沙織のノートをシャーペンでつついた。

 

「今は勉強に集中しろよ。夏休みが補習漬けになっても知らないぞ?」

「うっ! わ、わかってるよぉ!」

 

 そう言って、沙織はむくれた顔になってノートに目を戻した。そのノートには今度の試験に出ると思われる英作文の問題が書かれている。

 

 期末テストもすぐそこだ。今、クラスの中では俺たちと同じく、熱心に勉強している生徒が何人もいる。

 魔法少女が夏休み中は補習でノーライフと戦えないとか、笑い話にもならない。

 そう玲さんから釘を刺されたのか、珍しく自分から勉強を教えて欲しいとお願いしてきた沙織に、俺は勉強を教えるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 放課後になった。

 テスト前とあって部活動もしばらく停止期間だ。生徒は大人しく下校するか、校内に残って勉強するかとなる。沙織達三人も図書室で勉強しようとしていたが、図書室は夏の追い込みの3年生でいっぱいになっていたようで、駅前の喫茶店キャロルで勉強することにしたらしい。

 駅前なら街中でノーライフが出ても、すぐに向かうことができるだろう。

 

 そして俺はというと……。

 

「試験前でも来るのか、お前は」

「敵が相手の事情を考えて動くと思う?」

「……そりゃそうだ」

 

 俺は自分で訊いた質問のバカバカしさを鼻で笑いながら顔を上げる。

 屋上から見える空は、昨日の梅雨空が嘘に見えるほど青かった。澄んだ青空というのは、見ているとだんだん気分が軽くなる。俺も好きな天気だ。

 だが反対に、雨空の日と違って周辺に水がないため、水を武器とするハイドロードにとっては戦いには向かない日だ。

 そのあたりも狙って、コイツはここに来たのかもしれない。

 

 家へ帰ろうとした俺は、ヒューニの気配を感じ取り、辟易しながら校舎の中へと戻った。そして屋上の扉を開けると、案の定いたヒューニに、先ほどのセリフを吐いた。

 

「お前には、試験もなんにもないのか?」

「人を妖怪みたいに言わないでくれないかしら」

 

 俺を見るヒューニの眼が細くなった。秋月に俺への不信感を抱かせたあの日から、コイツは顔を出さなくなっていた。

 それが今日になって、また姿を現すとは何か狙いがあるのか?

 

「何の用だよ?」

「別にぃ、先日の一件で貴方も雪井彰人の居場所を知りたくなったんじゃないかと思ってねぇ」

 

 つまり、手を組む件について、俺の気が変わったかどうか確かめに来たってか……。

 コイツ、あの現場近くにいたのか……いや、確かあの一件については、極小規模ながら地元紙のメディアにも取り上げられたから、それから知ったのかもしれない。

 

 いずれにしても、俺の答えは決まっている。

 

「お前もしつこいな。何回来ても俺はお前とは組まねぇーよ」

「そう? あの男は今も怪人を増やしてるわ。ガーディアンズとしては早く捕まえたいところなんじゃない?」

 

 確かに、雪井彰人の事件を解決することについてはガーディアンズ内でも急務だ。プラントの会社を取り押さえたとはいえ、いまだに雪井がマージセルを所持していると分かった今、変異者の事件はまだ終わっていない。

 ストックがどれくらいあるのかは定かでないが、今後も変異者の暴走事件は続くだろう。

 急ぎ解決を目指すなら、情報をもらうために交渉するのもひとつの手段……と、単独で動けるヤツなら考えるかもな。

 

 しかし、残念かな。俺は組織に属してる人間だ。

 

 俺はヒューニから目をそらし、わざとらしく俯いて大きなため息をつく。

 

「……お前、俺たちの組織の中でどういう扱いになってるか知ってる?」

「何よ唐突に?」

 

 俺の問いに、ヒューニは怪訝な顔を返す。

 

「……まさか私が改心してあのガキ達の仲間になるとか思ってるんじゃないでしょうね?」

 

 あぁ、魔法少女ものの定番だな。

 そんな可愛い扱いなら、どれだけ楽なことか……。

 

「お前……あと雪井彰人もだけど、ガーディアンズや公安の中での扱いは“準テロリスト”だ。国家をターゲットにした声明を出していないこともあって、まだ準のレベルにとどまってはいるが、今までさんざん民間人を巻き込んで暴れてりゃあ、そんなレッテルが貼られても仕方ないよな?」

 

 俺が問うと、ヒューニの怪訝な顔のまま目をそらす。

 光の加減か、一瞬、彼女の瞳が濁っていたように見えた。

 

「そしてテロリストと交渉しないのが、この国では鉄則だ。だからあやふやな条件で交渉に来られちゃあ応じることはできないし、俺の一存でお前との取引を決めることもできない」

「…………チッ!」

 

 少しの間の後、ヒューニが舌打ちをする。

 魔法少女扱いしても怒るし、テロリスト扱いしてもキレるのか……ったく、どう扱って欲しいんだか。

 

 ちなみに、キューティズが相手しているハデスやノーライフは、ガーディアンズをはじめとした組織では“害獣”として扱われている。

 なんでも、色々な根回し上、立場的に民間人に位置付けられるキューティズが奴等を相手するには、その方が都合が良いらしい。

 詳細は、いつか語れるときが来たら語るとしよう。

 

「まっ、そんなこんなで、組織で動くっていうのは色々なしがらみがあるんでねぇ。交渉したいなら俺じゃなくて上に言うんだな」

「あなた、それでもガーディアンズの四神なの?」

「四神だからって、なんでもかんでも好き勝手できるわけないからな?」

「……これだから組織ってヤツは!」

 

 組織に恨みでもあるのかコイツ?

 

「まぁ、そういうわけだから、いくら揺さぶりを掛けたり取引材料を持ってこようと、お前とは交渉の余地は無いってことだ」

 

 正直、このことはあまりバラしたく無かった。

 なぜなら、これでヒューニが俺との交渉を諦めたら、こうして彼女が姿を現す機会もなくなり、接触する機会がひとつなくなる。

 

 では、なぜ俺がこうして組織の事情を話したか。

 その理由は3つ。

 1つは、こっちにその気がないことを伝えることで、ヒューニにより大きな取引の材料を引き出させること。2つ目は、交渉相手を明智長官に変えることでヒューニをガーディアンズ本部に誘い出すこと。

 そして3つ目は…………。

 

 

 

 

 瞬間、低い銃声が轟いた。

 

「グっ!」

 

 そして、すぐにヒューニがうめき声をこぼす。とはいえ、彼女が痛みを感じている様子はない。

 少し体勢を崩しはしたが、着弾したと思われる左肩にも傷らしきものはなかった。

 もちろん、発砲したのは俺ではない。なにせ俺はヒューニの前にいるのに対して、弾はヒューニの後ろから飛んできたからだ。

 

「痛いわね、いったい誰よ?」

 

 不愉快な顔をしながら、ヒューニが振り返る。すると何かの影が上方へと過った。その何者かは屋上に立つヒューニを飛び越えて俺の前に着地する。

 

 片手には見慣れない形の銃を持っている。いつもは両手をついて猫のような体勢で着地を決めることの多い彼女だが、その銃を持っているせいで三点着地の体勢になっている。

 この高さまで跳躍したら着地にもそれ相応の反動があるのだろうが、そこは彼女自身の頑丈さとコスチュームの足部と脚部の特殊素材と実装された機械のおかげで無事なのだろう。

 

「ファング!」

 

 ヒューニが彼女のコードネームを口にする。

 変身した悠希は、目の前にいるヒューニに向かって銃を構えた。

 

 

 

 

 そう、俺が組織の事情を話した3つ目の理由は、ファングがこの場に現れることを知っていたからだ。

 

 

 

 

 

 



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第38話 追跡

 

 

 

 

 数日前、悠希と変異者を倒した日の夜、俺が自宅にていつものように過ごしていると、ふとガーディアンズ用の携帯電話が鳴った。

 

『今日の話だけどよぉ』

 

 通話が繋がると、電話の主である悠希は「もしもし?」や「お疲れ様です」とかの前ふりもなく、いきなり本題に入った。

 なんとも機械の苦手な悠希らしい。彼女と付き合いのない人間からすると、なんとも不思議な感覚だろう。

 

『お前、アイツの居場所を知ってる人間と接触してるんだよな?』

「あぁ」

 

 昼間と違い、あまり怒気や威圧ない声で悠希は訊き、俺は素直に頷いた。

 

『今度、ソイツと会ったら俺に連絡入れろ。いいな?』

 

 いや、良くねぇーよ。

 

「何する気だ?」

『オレがアイツの居場所を吐かせる』

 

 拷問でもする気か?

 

『良いから、次接触したら知らせろ。じゃあな!』

 

 突然プツッと切れた通話に、俺は反射的に携帯を耳から離す。

 

 連絡入れて、どうするんだ?

 まさか来るのか?

 

「…………はぁ、メンドくさ」

 

 俺は考えるをやめて携帯をその辺に置く。

 そして身体に張り付いた疲労感を取るべく、ベットにダイブして眠りについた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんなやり取りをした後、状況は今に戻る。

 俺がヒューニの気配を察知して悠希に連絡を入れてから屋上に上がるまで、時間にして十五分くらい経っている。多分、近場で待機していたんだろうが……。

 

「お前、ここ数日、ずっと待ってたのか?」

「当然」

 

 当然、なのか? まぁ、見張られてないだけマシだけど。

 ヒューニに、秋月に、悠希に……モテ期かね。

 あー、やだやだ。

 

「ヒューニだな。お前にはあの野郎……雪井彰人について聞きたいことが山ほどある。大人しく吐け」

 

 俺の冷めた表情などに目を向けることなく、悠希……ファングは銃口をヒューニに向けたまま指先で引き金を撫でる。

 銃口を向けらえたヒューニは怯むことなく、まっすぐファングを見据えていた。白虎デザインのマスクをしたファングの表情や視線は読めないが、おそらく今、二人の視線はかち合い、アニメや漫画で表現したなら火花が散っていることだろう。対して、周辺の空気は気温が2、3度は下がっているかと思うほど張り詰めている。

 

「……フフッ」

 

 やがてヒューニが嘲笑ったような微笑を浮かべると、影が彼女の身体を包んでいく。

 ヒューニが魔法を使って逃走を図っている。零れた水が床に広がるように影が身体を伝っていく光景は、俺にとってはもはや見慣れた光景だ。

 その不審な行動に、ファングは迷うことなく発砲してみせたが、彼女が使っているガーディアンズ本部特製の銃でも彼女の影を捉えることができず、影の塊をすり抜けた。

 

「ちっ!」

 

 ベルトの後ろについている専用ガンフォルダーに銃を仕舞い、ファングは腕づくで捕まえようとしたが、ファングが間合いに入った頃にはヒューニの姿と影は跡形もなくなった。

 

「逃がすかよ」

 

 姿をくらましたヒューニに、ファングは焦ることなく次の行動に移った。

 彼女は先日変異者を探知するのに使っていたトランシーバーのような端末を取り出した。

 

「……えぇっと、これを……こうか? いや違うな……こっちだな。ここのディテクション設定を発信機に変更して…………」

「なんだか、しまらねぇな」

「うるせぇ…………よし、できた。絶対に逃がさねぇぞ!」

 

 俺が半笑いで呟くと、ファングは気恥ずかしそうに端末を操作し終えた。

 ガーディアンズではエージェント達は事件の犯人を追跡するために、特製の超小型発信機を使うことがある。察するに、ファングの持つ変異者を検知する端末でその発信機も追えるようになっているらしい。レーダー上には発信機の場所を現していると思われる赤いポイントが点滅している。

 どうやらその場所がヒューニに居所のようだ。

 

「けど、いつの間に発信機を?」

 

 そんな素振り全然……いや、あったな。

 

「さっきの射撃か」

 

 ここに来た時、ファングがヒューニに撃った弾。アレが発信機のついた弾丸だったのだろう。

 本来、人に発信機をつけるなら直接相手の衣服に触れるかポケットに滑り込ませるのが普通だ。弾丸を使う場合は、逃走車に取り付けることが多い。

 けど物理攻撃が効かないヒューニになら、不意打ち射撃に見せかけて取り付けることができたってわけか……。

 

「行くぞ」

 

 そう言って、ファングは跳躍して、すぐに発信機の反応を追う。

 バッテリーの関係上、発信機の有効時間はおよそ30分。ヒューニが発信機に気が付かなくても追跡できる時間は限られてる。すぐに追うのは当然だ。

 屋上から周辺の建物の屋根へと跳んで、数十メートル以上ある距離を屋根伝いに進んでいくファングの姿は、まるで忍者か何かのようだ。

 

「まったく、気軽に言うなよなぁ。俺は変身しても跳躍力は大して上がらないってのに」

 

 スーツのおかげもあり、ファングの跳躍力は一回の跳躍でおよそ30メートル。対して、俺の跳躍力はおよそ15メートル。スーツにパワード機能もない。なのでメカニックなスーツを身に付けているファングのように跳びながら屋根伝いに移動するのは難しい。

 

 まぁ、できないわけじゃないけど……。

 

 俺は装着システムの腕時計を起動して、特殊素材でできたアーマーやマスクを身に纏う。スーツが全身を包み終えると、俺はコスチュームを馴染ませるように体を適当に動かす。マスクで顔全体が覆われているのに、あまり閉塞感が無いのが相変わらず不思議なものだ。

 

 こうしてハイドロードとなった俺は、助走をつけた後、ファング同様その場から跳躍した。

 ファングの半分ほどしかない跳躍力では、一気に距離を移動することはできないけど、地面に触れる回数が多い分、俺の方が足が速い。着地時、足場が無いときはその辺の水溜まりから水を操って足場にもできる。

 よって俺は出遅れながらも、すぐに端末を見ながら発信機の出所を追っているファングに追いついた。

 

「おい! ヒューニを追うのは良いけど、こんな目立つことして大丈夫か?」

「大丈夫だろ。今日日(きょうび)、空を見ながら外歩いてるヤツなんていねぇよ」

 

 チラリと周りを見れば、皆スマホを持って俯きがちに歩いている。

 確かに、運転手は愚か通行人すら誰もこちらに目を向けていない。これならいくらヒーローが空を跳んでいても誰も気が付かないだろう。

 

「……嘆かわしいねぇ」

 

 別に見て欲しいわけでもないが、俯きがちに歩く世間の人々に、俺はその行く末を案じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「着いたぞ。ここだ」

 

 しばらく高宮町の住宅やビルを跳びながら移動していると、とある立体駐車場に辿り着いた。

 高さにして五フロアあるその駐車場は、駅近とあって周辺のオフィスや店舗に用のあるドライバーがよく利用している場所だ。平日の昼間でもいくつかの車が停まっているが、人通りはほとんどない。

 

「発信機の反応はこの中で止まってやがる」

 

 ファングはレーダーの座標を確認して、もう端末は必要ないと判断すると電源を切ってその辺に放った。

 後で回収に来るのだろうけど、機械を投げるなって前にも……いや、今はどうでもいいな。

 

「ここがアジトってわけじゃないよな。追跡がバレたか?」

「かもな。どうする? 一度引き上げるか?」

「バカ言え。ここでみすみすヤツの手掛かりを逃がしてたまっかよ!」

「だろうな。けど念のため用心しておこう」

 

 なにせヒューニやキューティズが使う魔法は、物理法則完全無視のなんでもアリな能力だ。

 実は目の前の駐車場に亜空間があって奴等のアジトや罠だった、なんてこともあり得る。

 

「……よし、じゃあ行くか」

 

 そう言って、俺……ハイドロードは、ファングと共に立体駐車場へ跳び込んだ。

 

 

 

 



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第39話 2対1プラスα

 

 

 

 

 俺とファングは屋上から下へと降りていく。

 立体駐車場の中には、不思議と人が一人もいなかった。まぁ、俺たちとしても一般人に被害がでなくて済むから良いけど、薄暗いこともあってどこか不気味な雰囲気だ。

 そして3フロア目に辿り着いたとき、俺達は目的の人物を見つけた。

 

 各所に駐車してある車に隠れることもせず、片手に自身の武器である大鎌を持ち構えて、ヒューニは通路のド真ん中に立っていた。

 

 俺とファングは、彼女の様子と周辺を警戒しながら、彼女に近づいていった。コンクリートでできた駐車場の床と俺達の靴底がコツコツと鳴り響く。

 

「正義のヒーローがストーカーなんてして良いのかしら?」

「治安維持組織の人間がテロリストを捕まえようとして、何か問題あんのかよ」

 

 ヒューニと俺の声が辺りに響く。彼女は背を向けていたが、反響しやすい環境とあってすんなりと聞き取れた。

 ヒューニが振り返って、顔をこちらに向ける。その表情はこれまでに何度か見せている彼女が機嫌の悪い時にしているものだった。

 

「いやねぇ。国家権力でもないガーディアンズのくせに、一体どういう権限で、ッ!」

 

 まだヒューニが何かしゃべっている途中だったが、ファングが勢いよく走り出して間合いを詰めた。ある程度の距離まで来ると、ファングは踏み込んで跳躍した後、ヒューニの背後から攻めかかる。

 

 ヒューニは振り返りながら身構えるが、すぐにファングの流れるようなパンチとキックが彼女を襲った。

 大鎌を持っているヒューニだが、間合いとリーチの不和のせいか刃で反撃できず、()の部分を使ってファングの攻撃を受け止める。

 ファングの打撃がヒューニの大鎌に当たる度に、鉄を打つような音が鳴る。ボクシングの打法なのか、あるいはムエタイか、プロ以上の格闘術と実戦経験が積まれたファングの攻撃に、戦いに慣れていないであろうヒューニはただただ圧倒された。

 はたから見ても、受け流すことで精一杯なのがすぐに分かる。

 

「ふっ、はっ……ク゚っ!」

 

 そんな一方的な白兵戦の攻防が始まって10秒もしない内に、ファングの強力な足刀蹴りが彼女の横腹に入った。

 その衝撃でヒューニの体が後退する。普通なら骨が折れても不思議ではないが、ヒューニは大鎌から手を放すこともなく踏ん張って耐えた。顔も苦痛に歪むどころか、薄い笑みを浮かべている。

 流石、物理衝撃無効化能力を持った魔法少女だ。

 

 そんなことを思いつつ、ヒューニの背後にいた俺は一気に間合いを詰めて手刀で彼女の首筋を狙って振る。

 しかし、その攻撃はヒューニが上体を傾けたために空振りに終わった。

 彼女は突き刺すような眼で俺を見る。

 

「2対1なんて卑怯じゃない?」

「バカか、お前?」

 

 淡々とした口調でファングがヒューニを罵倒した。

 戦力や戦略で優位な状況で戦うというは戦いの基本だ。卑怯もなにもない。

 

 ヒューニの注意が俺に向いた瞬間、ファングは左手で大鎌の刃を押さえ、右手で彼女の首を捉えた。

 

「グァ!」

「言っておくが、オレはハイドロードほどお人好しじゃねぇからな」

 

 またまた御冗談を。

 

 ファングはヒューニを締め落とそうと、彼女の首を掴んだ手に力を込める。

 

「ガッ、クッ、ウゥ!」

 

 少女の首を絞めるという、ヒーローとしていかがなものかと思うほど酷い絵面だが、物理攻撃が効かない人間を素手で確保するには、こうして意識を狩るのがベターな方法だ。

 このままいれば、いくらダメージの入らない魔法少女でも酸欠で意識を失っていくだろう。この前のショッピングモールの戦闘でもそれは確認済みだ。

 

 しかしそれ故になのか、今回、ヒューニは素直に気絶することはなかった。

 

 気を失う前に、ヒューニの身体が真っ黒に染まっていく。やがてあっという間にヒューニの姿は大鎌ごと影の中に消えていき、ファングの拘束から逃れた。

 捉えていた対象がいなくなり、彼女の手は空気を握りつぶす。

 これは、今まで何度も見てきたヒューニの影の魔法だ。

 

「チッ、どこ行った!」

 

 ファングの大きな舌打ちが聴こえた。すぐにファングは周辺を見渡したが、どこにもヒューニの姿はない。

 

 また逃げたか。

 反射的にそんな予感が俺達の中で過った瞬間、ファングの背後の天井から黒い塊が突き出てきた。

 その黒い塊はあっという間に人の姿に形を変え、そこから大鎌を構えたヒューニが現れた。

 

 ヒューニは大鎌を振り上げてファングに襲いかかる。ファングは背後から斬りかかる彼女に気づいていない。

 

「ふんッ!」

「くっ!」

 

 しかし、間合いから少し離れた所にいた俺には、ヒューニの奇襲にいち早く気づくことができた。

 飛び蹴りで襲い掛かるヒューニを妨害すると、ヒューニの体は勢い良く飛んでいき、駐車した車に直撃してフロント部分を破壊した。セキュリティアラームが鳴りだして、かなりうるさい。

 俺が飛んできたことでヒューニが自分の背後にいたことに気がついたファングは、車の上で仰向けになったヒューニへ目をやった。

 

「今のが魔法ってヤツか。面倒くせぇな」

「だから言っただろ」

「お前の能力で何とかできねぇのか?」

「できなくはねぇけど、ここじゃ無理だ」

 

 前回のように不意をついて能力を使えば何とかできるかもしれないけど、ここには消火のためのスプリンクラーはあれど、こういう所の消火設備には化学薬剤を使われるため水は出ず、能力を使うのは難しい。

 

「チッ!」

 

 ヒューニが殺気を放ちながら車から降りる。そして八つ当たりするように彼女は大鎌を振るう。

 刃から鎌風が生じて斬撃がこっちに飛んできたが、俺とファングは難なく避けた。

 

「へぇ、あんな真似もできるのか」

「ふん、これだけじゃないわよ」

 

 そう言ってヒューニがまた大鎌を構える。武器に自身の魔力でも込めているのか、徐々に鎌の刃が紫色に発光しはじめた。あまりいい予感はしないが、俺たちが止めようとする前に、ヒューニはその光る刃で何もない空間を斬った。

 すると、大鎌の刃が走った軌跡に布が破れたような亀裂が走り、なんと空間に“裂け目”ができた。こちらからは“裂け目”の中には光の照らない暗黒の空間が広がっているように見える。

 

「なんだアレ、どうなってんだ?」

「知らない。俺も初めて見た」

 

 いつもハデスやヒューニが使う“黒い渦”のようにも見える。けど事前動作が違うあたり“裂け目”には“黒い渦”とは違う何かがあるのかも……?

 

「現れよ、アサルトホーネット!」

 

 ヒューニの呼び声に反応してか、虫かごを開いたみたいに“裂け目”の中からノーライフと思われる生き物が飛び出てきた。

 

「あの“裂け目”は、召喚魔法の類かなにかか?」

「現実で『現れよ』とか言ってるヤツ初めて見たな」

 

 確かに……ってそうじゃねぇよ。

 

 ファングの呟いた感想に少し共感しつつ、俺は出てきたノーライフ達の様子を伺った。

 昆虫らしい頭と胸と腹、そして茶色の大きな羽。オレンジ色の体には邪悪な黒模様。腹部の先端には殺傷能力の高そうな刺針がある。

 アサルトホーネットと呼ばれるスズメバチのようなノーライフは、喧しい羽音を響かせて、大顎をカチカチと鳴らして俺たちを威嚇する。全長は八十センチほどある巨体だが、知性らしきものは感じられない。

 

「やれ!」

 

 ヒューニが大鎌の先を俺達に向けて合図すると、三十体ほどいるアサルトホーネット達は襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第40話 赤い血

 

 

 

 

「やれ!」

 

 ヒューニが呼び出したノーライフ、アサルトホーネットが俺達へ向かって襲い掛かる。

 

 しかしその瞬間、どこからか風を切るジェット音が聴こえてきた。

 

「ん? なん、ッッ!」

 

 だんだん大きくなるジェット音に、ファングが『なんだ?』と呟きつつ警戒を強めたと思ったら、轟音と共にアサルトホーネットがいる所の天井が瓦礫となって倒壊した。

 

 直前、円筒状の“何か”が天井を突き抜けて落ちてきたが、それはすぐに俺達のいる駐車場の階層の床に突き刺さった。

 その“何か”によって壊れた天井がコンクリートの破片や鉄片となって滝のように崩れ落ちてくる。

 

 距離をあけて立っていた俺やファング、そしてヒューニは反射的に後ろへと跳び下がって難を逃れたが、中心にいたアサルトホーネット達は衝撃波と瓦礫に襲われ、ある個体は吹き飛んでいき、また別の個体は瓦礫の下敷きになった。

 

 ジェット音が聴こえてから建物が壊れるまで、ほんの十秒もない出来事だった。

 いつの間にかジェットの音は消え、しばらく瓦礫の崩れ落ちる音だけがその場に響く。

 

「な、なななっ!」

「おいおい、なんだアレ?」

 

 その一瞬の出来事に、ヒューニとファングが声を洩らす。

 

 戦いの火蓋を切って早々、ついさっきまで日陰しになっていた駐車場の中は、ぽっかりと空いた穴から日が差すようになった。

 

「……うわぁぁ」

 

 唯一、この場で今何が起きたか理解している俺は、天井に空いた穴を見上げながら二人とは違ったトーンの声を洩らす。穴の大きさは直径約1メートルくらい。それなりの厚みのある駐車場の床と天井を2階層分ぶち抜いているあたり、かなりの衝撃があったことが推測できる。

 

 いやはや、人がいなくて良かった。

 

 視線を前に向けると、そこにはガーディアンズのロゴが描かれた円筒状の“何か”……輸送用誘導弾が地面に突き刺さっている。

 見覚えのあるその誘導弾(ミサイル)は、この前、高宮町の駅前に飛んできたものとまったく同じものだ。

 

 穴に埋まってない方の円筒の先にはジェット機構がついているが、やがてそのジェット機構と外装がパージして、中に入っていた俺の武器……スネークロッドだけが残った。

 

「あぁ……これが前に長官が言ってたお前の武器の輸送システムってヤツか。なかなか面白ぇーじゃねぇか」

 

 出てきたスネークロッドを見て事態を察したファングが愉快そうな口調で言いながら俺の隣に立つ。

 

 駐車場に入る直前に用心のために本部へ要請していたのだが、なかなか良いタイミングで弾着してくれた。

 

 けど、自分から要請しといてなんだが……。

 

「これ、あとで怒られないかな?」

「ジジィのポケットマネーが無くなるだけだろ。気にすんな」

「まぁ、そうだけどさぁ……」

 

 そのポケットマネーの桁数はいくつだ?

 ……いやいや、この際、考えるのはよそう。結果さえ出せばプラマイゼロだ。多分。

 

 気持ちを切り替えて、俺は床に突き刺さったスネークロッドの元まで行き、手に取った。

 同時に、衝撃で散り散りなっていたアサルトホーネットがうるさい羽音を響かせて俺達の周りを飛び、口の牙をカチカチと鳴らして威嚇する。

 

「さて、気を取り直して……やりますか!」

 

 俺がスネークロッドを構えると、アサルトホーネットは一斉に俺達へ攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 眼前や頭上など、様々な高度を飛び回りながら、アサルトホーネットは頭突きや突進、そして腹部の針を突き刺そうと攻撃してきた。

 しかも、腹部の針は弾丸のように発射することもできるようで、何匹かが連携して全方位射撃を仕掛けてくる。それを避けるのは別に難しくはないが、その辺に着弾した針を見ると、先端から毒液らしきもの零れ落ちているのが見えた。

 今までの蟻や蟷螂と違い、群れにも関わらず個体それぞれがなかなか強力な能力を持つノーライフだ。

 

「デカキモい蜂どもだなっ!」

 

 浮遊しながら四方八方から攻めてくるアサルトホーネットに、ファングが持ち前の体術で反撃する。俺もスネークロッドで殴ったり回し蹴りで蹴り飛ばしたりするが、やはりノーライフに通常攻撃は効かず、まったく数を減らせない。

 

「相変わらずしぶといなぁ……ん?」

 

 ふと視界の端に写った動くものに意識を向けると、ヒューニがこの場から逃げ出そうと後退りしているのが見えた。

 俺が気づくのとほぼ同様に、ファングもそれに気づいたようだ。

 

「ハイドロード!」

「分かった、行け!」

 

 俺が合図すると、ファングはアサルトホーネット達を無視して、まっすぐヒューニに向かってダッシュした。彼女を攻撃しようとする個体もいたが、その個体たちは俺がスネークロッドで振り払って邪魔をする。

 そして戦況は、俺とアサルトホーネット、ファングとヒューニの戦いに二分した。

 

 

 

 

 俺がアサルトホーネットを殴ったり掴んで他の個体に投げつけたりして戦っている横で、ファングは逃げようとしたヒューニの前に立ちふさがる。

 

「逃がすかよ」

「チッ、しつこいわね!」

 

 ヒューニは立ちふさがったファングを大鎌で斬りつけようとしたが、ファングは彼女の動きを完全に見切り、鋭利な鎌の刃を難なくかわす。例えヒューニの大鎌に鉄筋コンクリートの柱や駐車した車のフレームを切断する力があっても、二人の力量は、まさに雲泥の差だ。いくらヒューニが攻撃のリーチを活かして相手の間合いに入らないようにしていたとしても、歴戦の格闘技術を持つファングは、じわりじわりとヒューニとの距離を詰める。

 

「なっ!」

「ふん!」

 

 やがて、ファングは手刀で大鎌と腕を払って牽制した後、体勢を崩したヒューニの軸足を刈り取り、そのままねじ伏せた。

 

「くっ!」

 

 うつ伏せにさせられたヒューニの首に冷たいものが当たる。それはヒューニの大鎌の刃であり、脚を刈り取られる直前にファングが彼女の手から抜き取ったものだ。

 空手や合気道などをはじめ、世界中のあらゆる武術や体術の中で、相手の得物を抜き取る技法というのは、そう珍しいものではない。ファングにとっても相手の持つ武器を取り上げることは造作もないことだった。

 

「捕まえたぜ、この野郎」

 

 そして何より、ヒューニの大鎌は魔法によって生成された武器だ。物理攻撃の効かないヒューニでも、その刃は彼女の身体を傷つけることができる。その証拠に、刃が当たったヒューニの首からは血が流れていた。

 

「……魔法少女にも赤い血が流れてるんだな」

「うるさい!」

 

 そのまま首を刎ねれば、絶命も免れない。

 この時、ファングが狙ってやったのかどうか俺には分からないが、いずれにしろファングはヒューニを倒すチャンスを得ていた。

 

「まぁ良い。さっきも言ったが、オレはハイドロードほど気は長くねぇ。死にたくなけりゃ、オレの質問に答えろ」

 

 いつになく低い声でファングは言う。下手に抵抗すれば、本当に命が危ういかもしれないとヒューニは悟った。

 

「あのクズ野郎……雪井彰人はどこにいる?」

 

 そして、ヒューニが口にした質問は彼女が予想していたものと違いなかった。

 横でアサルトホーネットと戦っている俺、ハイドロードと違い、雪井彰人と因縁のあるファングは雪井を追い詰めるためなら手段は選ばない。ちなみに、この時、なぜファングがそんなにも雪井彰人を恨んでいるのかは、わけあってヒューニにも及び知ることだった。

 

「ンググっ!」

 

 ヒューニは奥歯を噛む。そして見下ろしているファングの尋問を拒絶するように視線を逸らす。

 答える気がないと理解したファングは「そうか」と呟き、大鎌を振り上げた。

 

「あっ、おい!」

 

 いわばギロチンの刃が落ちる一歩手前、そんな感じだ。

 アサルトホーネットと戦いながら、そんな光景が視界に入った俺は思わず焦った。ファングを止めに入ろうにも、ファング達とは距離があるし、なにより襲い来るアサルトホーネットが邪魔だった。

 

「最後のチャンスだ。さっさと雪井彰人の居場所を言え」

「…………」

 

 ヒューニは口を噤んだままだ。

 

「…………あぁ、そう」

 

 彼女が答えないと見切りをつけたファングは、大きくため息をつく。

 そして静かに大鎌の刃を振り下ろした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 超お人好しな性分を隠すために、粗暴を装っている不良女子高生。

 

 ガーディアンズに所属してから4カ月近くの間、彼女と関わってきて抱いた俺の悠希へのイメージはそういう感じだ。

 幼少期から父親と共に世界中を飛び回って身につけた武術を駆使して戦う格闘家で、受けた恩はちゃんと返し、仲間思いで、悪人を許さず、誰かのために戦うことのできる、強い意志と優しい心の持ち主。

 そして本当は人を傷つけるのを良しとせず、どんな悪人が相手でも他人を傷つけることを嫌っている。しかし、そんな弱みを周りに知られまいと隠すために、普段は荒っぽい振る舞いをしている少女が、上地悠希という少女だ。

 

 だから、それを知っていた俺は、ファングがヒューニに向けて大鎌を振り上げているところを見た時も、焦りはしたけど、本気で止めようとはしなかった。

 

「……ふん」

 

 ファングが振り下ろした大鎌の刃は、ヒューニの首ではなく、コンクリートの床に突き刺さっていた。刃が下りる直前、身構えて目を閉じていたヒューニも、自身の身体から外れたところに刺さった刃を見て、一瞬、状況を飲み込めていない様子だった。

 

「何故やらない。情けでもかけてるつもりか!」

 

 虚仮にされたと感じたのか、ヒューニは助かったにもかかわらずファングを睨みつける。

 

「本部に連れてって、そこでたっぷりと締め上げてやる。ここでお前を殺したら、あのクズの居場所が分からねぇままだからな」

「私なら、ここにいるが?」

 

 ファングの声の後、聴き慣れない男の低い声が聴こえた。

 

「「えっ」」

 

 俺とファングの声が重なる。この場にいない俺以外の男の声が聴こえたことにもだが、過去に聴いたことのある、その男の声に反射的に意識がそちらに向いた。

 戦っていた俺は、危うくアサルトホーネットに毒針を刺されるところだった。

 

 そして、そこにいたのは見覚えのある顔の男。

 前に会ったときはきっちりとしたスーツを着ていたその男は、すっかり様変わりした格好で駐車場のフロアの隅に立っていた。着崩れたスーツにロングトレンチコートと、良く言えばハードボイルドな探偵、悪く言えば放浪者、そんな身なりをしている。

 

「テっ、テメェ! いつの間に!」

「えっ、マジか!」

 

 その男の名は、雪井彰人。

 ヒューニの仲間で、世間にマージセルをばらまき、ファングが追っている張本人だ。

 

 

 

 

 



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第41話 変異ノーライフ

 

 

 

 

 

 突然どこからともなく現れた雪井彰人に、俺とファングはそれぞれのマスクの下で目を見開いていた。

 

「あの人どこから、うおぉと!」

 

 俺が目を逸らすと間髪入れずアサルトホーネットが攻撃してくる。残念ながら俺にはあまりリアクションを取る余裕はなかった。

 特に命の危機を感じることもないが、しぶとさと数の多さも相まって手こずっている。先ほどからスネークロッドを振り回して周りにいるアサルトホーネットを突いたり殴打したりしているが、もぐらたたきでもしているような感覚になってきた。

 

「このクズ野郎、何しに来やがった!」

「何しに来たとは随分な御挨拶だな。君は私を探していたのではないのかね?」

 

 ファングの感情を刺激するように、雪井は演技染みた口調で返した。

 最初あった時もそうだったが、この紳士ぶった口調は本性を悟られぬようわざとやっているのか、それとも素なのか……。

 以前はスーツだったこともあって身なりに合っていたけど、今は紳士というより道化師のようだ。

 

「あぁそうだな。テメェから来たなら話が早ぇ!」

 

 そうして、殺気立ったファングは雪井の方へ体を向けて構えを取る。その隙にヒューニは彼女の間合いから出て体勢を立て直していた。

 普通なら、ここからファングと雪井、ヒューニとで1対2の戦闘になるのだろうが、過去の因縁から、もはやファングに、ヒューニの存在は眼中にない。

 

「今ここでとっ捕まえてやる!」

「やれやれ、貴女もしつこいですね」

「黙れ! お前がオレの親友(ダチ)に何をしたのか、忘れたとは言わせねぇぞ!」

「えぇ、忘れていませんよ。ですがあれは大義のための尊い犠牲です」

「ざけんな! テメェが(けしか)けなけりゃあアイツはあんな目に……変異者になんてならなかった!」

「……えぇ、そして“貴女に殺されること”もなかったかもしれませんね」

 

 雪井のその言葉に、ファングの殺気が膨れ上がるのを感じた。

 握りしめる拳からギリギリと音が鳴っているのが聴こえる。近くにいたヒューニには、ただそこにいるだけなのに手に負えない獣から威嚇されているような感覚を覚えていた。

 マスクで隠れているがファングが今どんな顔をしているのか想像に難くない。怒りから奥歯を噛みしめ、その眼光は憎しみから獰猛な虎のように鋭くなっていることだろう。

 

「テェメェェー-ッ!」

 

 咆哮の如く怒声を響かせて、ファングは雪井に向かって飛び掛かった。

 それは武術の達人であるファングにしては、あまりに荒々しく、そして単純な攻撃だった。それでも一般人の生身に当たろうものなら、ただでは済まないが、雪井は臆することなくファングの攻撃をいなす。

 激高して攻撃しているファングに対して、雪井は冷静に淡々と対処している。はためくトレンチコートが妙に様になっていた。

 2撃目、3撃目と、ファングのパンチやキックが次々と空振りに終わっていく中で、やがて雪井が軸足を払い、ファングを転倒させた。

 この時、受け身すら取れず転げるファングを、俺は初めて見た。

 

 雪井はファングとすれ違うように体を動かし、ヒューニの下に

 

「……大丈夫か?」

「ふん、余計なお世話よ。助けに来なくたって私一人でどうにかできたわ」

「別に助けに来たわけじゃないさ。私にも目的があってね」

 

 そう言って、雪井はコートの内ポケットから見慣れない銃を取り出した。銃口が大きく、大きさや形は中世のピストルを思わせる。

 雪井はその銃を、俺の方へ向けて引き金を引いた。大きな銃声が鳴り響き、銃弾が飛んでくる。

 

「っ!」

 

 この時、アサルトホーネットと戦ってはいたものの、突然現れた雪井彰人と怒るファングに視界の隅に入れる程度に警戒していた俺は、銃弾が飛んできても防ぐくらいは容易にできた。

 しかし、雪井の撃った弾は俺には飛んでこず、俺の近くにいたアサルトホーネット直撃した。

 

「は?」

 

 着弾したアサルトホーネットの一匹は、断末魔の叫びをあげて、死にかけのセミのように地上を転げ回る。いくら意思疎通のできないノーライフでも、苦痛に悶えているのが見て分かった。

 

「なんだ、雪井が俺達を助ける、わけないよな。一体、何を狙って?」

 

 瞬時に、俺は雪井の狙いを思考したが、直後にイヤな予感がよぎる。

 

 よくよく見るとその体には、注射器らしき器具が突き刺さっている。

 どうやら、その器具が雪井の持った銃から放たれた弾だったようで、その弾から注射された薬品がアサルトホーネットを苦しめてるらしい。

 

「おい、まさか!」

 

 論理的に考え付くより先に、俺の直感が答えを想起した。

 同時に、目の前で苦しんでいたアサルトホーネットがみるみる姿を変えていく。

 今まで大きな蜂の形をしていたそのフォルムは、うねうねと(うごめ)き、ヒト型へと変わっていった。

 その光景はまるで肉塊が膨張しているようで、正直、気持ち悪い。

 やがて変形が終わると、そこには邪悪な顔つきをした怪人が生まれていた。

 

「…………おいおい」

 

 怪人はこちらを見て、周りのアサルトホーネットと同じように大きな顎をカチカチと鳴らして威嚇してくる。

 形や肉付きは細マッチョな成人男性のようだが、頭には触角のような角、目元には大きな複眼、背中には昆虫特有の茶色の羽、そして見るからに固そうな真っ黒な外皮が全身を覆い、所々にオレンジの縞模様が走っている。

 

 俺の予想が正しければ、十中八九、目の前の怪人はアサルトホーネットにマージセルが融合して怪人化したのだろう。

 

「ふむ。実験その1、成功だな」

 

 唖然としていると、雪井のそんな声が聞こえてきた。

 

「さて、お次は……」

 

 まだ何かやる気か?

 

 そんなことを俺が心の中で思っていると、目の前の蜂怪人は俺に向かって攻撃してきた。

 

「ふっ! ハァ!」

 

 飛んできた拳を反射的に避けて、反撃に俺はスネークロッドで殴りつけたが、蜂怪人は肩部に打撃を受けてもびくともしなかった。

 続けて腹部を突き、頭部を殴るが、結果は同じだった。

 

「痛っ!」

 

 逆にスネークロッドを握る俺の手の方が痛みが走る。

 

 えっ、俺いまホントに有機物殴った?

 

「ぐっ!」

 

 あまりの強度に俺が驚き怯んでいると、蜂怪人がまたパンチを放ってきた。速さはそこまでないので、なんとかスネークロッドで打ち払えたが、蜂怪人の攻撃はそれだけでは終わらない。

 

 距離をじわじわと詰めて、蜂怪人な何度も何度も俺に殴りかかる。その乱暴なパンチのラッシュに、俺は後ろに下がりながら同じようにスネークロッドで対処するが、やがて駐車場の柱まで追い込まれた。

 いよいよ後ろに下がれなくなった俺は、横に飛び込むように逃げることで、なんとか蜂怪人の攻撃を避けたが、俺へ放った蜂怪人のパンチはそのまま柱へとめり込み、鉄筋コンクリートでできた柱を破壊した。

 

「わぁお!」

 

 なんだろう、これまでノーライフも幾度か建物を破壊したりしてたから、元がノーライフである目の前の蜂怪人が壊したところで不思議じゃないんだろうけど、虫型のモンスターとヒト型の怪人が素手で壊すのとではインパクトが違うな。

 

「シャァァァァ!」

 

 柱を殴り壊したと思ったら、次に蜂怪人は奇声を上げて、右腕をこっちへ向けた。

 と思ったら、怪人の腕が蠢き出して、肘から先が変形し始めた。やがて形作ったのは、細長い円筒。言葉にするとシンプルなものだが、肉塊がうねうねして作り上げたとあって形はやや歪だが、はっきり円筒の形をしているのが分かる。そしてガーディアンズで一通りの武器を目にしてきた俺には、その変形した腕で何を仕掛けようとしているのか、何となく察しがついた。

 

「マジかよ……!」

 

 思わず口からそんな言葉をこぼすと同時に、俺は一番近くにあった車の影に向かってダッシュして跳び込んだ。

 すると蜂怪人の変形した腕から銃声のような破裂音が鳴り、異物が発射された。それも一回や二回じゃなくて、一秒間に2、3発くらいの間隔で放たれる連続射撃だ。

 

 俺はなんとか身をかわしたが、蜂怪人の連射は鉄筋コンクリートの床や柱だけでなく、駐車場している車のボディにも穴ぼこを作った。窓ガラスも割れ、音を鳴らしながら周辺に飛散している。

 

 飛んできた異物の正体は鋭く尖った大きな毒針だ。威力はアサルトホーネットよりも強力になっているようで、コンクリートの床に着弾ところを見ると、飛んできた針が見えなくなる深さまでめり込んでいる。

 

「はぁ、参ったな」

 

 その辺にあったワゴン車の影に腰を低くして隠れた俺は、車体に背をつけて相手の様子を伺おうと、サイドミラーをスネークロッドでへし折る。

 

 蜂怪人の射撃が止み、サイドミラーを手にとって、怪人のいる方を見ると、怪人の周りにアサルトホーネットが集まっていた。

 怪人はアサルトホーネットを従えさせているようで、奇声と動作で指示を出している。さながら蜂の王様にでもなったようだ。

 やがて、その王様気取りの蜂怪人は、司令官のように手を振って飛んでいたアサルトホーネット達に俺を攻撃するよう命令した。

 アサルトホーネット達は指示に従い、俺の方へ飛んでくる。

 

「チッ、面倒だな……おぉわッ!」

 

 俺がいよいよ撤退も視野に入れようとしたとき、突然、何がの爆音が轟く。そして俺が驚愕したのも束の間、横から駐車されていたと思われるクーペが飛んできた。

 車に運転手はおらず、エンジンも掛かっていない。そしてアサルトホーネットを巻き込んだクーペは、まるでミニカーを放り投げたみたいに転がり、別の車にぶつかって静止した。

 

「フゥゥゥゥ!」

 

 カーアクション映画の撮影でも見せられてるような光景に唖然としながら、クーペの飛んできた方を見ると、ファングが拳を突き上げるようにして立っていた。

 どうやら今のクーペは、ファングが殴り飛ばしたものらしい。変身しているときの彼女のパンチ力は3トンくらいあるらしいので、1トンくらいの車を殴り飛ばすくらいわけない。

 

「ファング! 助かった……けど、雪井とヒューニは?」

「消えた」

「えっ、消えた?」

「あぁ! 気がついたら消えちまってたよ!」

 

 苛立ちを含んだ口調で、ファングは答えた。

 

「消えるって……そりゃあヒューニがいれば何でもできそうだけどさぁ、逃げたのか?」

「俺が知るかよ!」

 

 取り逃がしたのが悔しいのだろう。ファングの機嫌が心底悪い。

 

 それはともかく、ここで雪井彰人が撤退したことに、俺は何か引っ掛かりを覚えた。

 あの人はノーライフを怪人に変えるためだけにわざわざ姿を現したのだろうか? かすかに聞こえた最後の言葉からも、別の何かを企んでいるように思えてならない。

 

「とっとと片付けるぞ!」

「えっ? おっ、おう!」

 

 思考してる暇もなく、俺はファングと共にスネークロッドを両手で持ちなおし構えを取る。

 前を見ると、車に巻き込まれたアサルトホーネットがまた飛行して、蜂怪人と共にこっちを見て威嚇していた。どうやらクーペを雑にぶつけられて怒り心頭らしい。

 

「まずは周りの雑魚を殺れ! 次にあの親玉を殺る」

「殺れって言われても、どっちも普通の攻撃だと効果ないんだけど?」

「生き物には変わりねぇだろうが!」

「あっ、ちょっと!」

 

 それだけ言って、ファングは蜂怪人に向かってまっすぐ走った。

 

「ったく仕方ねぇーな!」

 

 そんなファングの後ろ姿を見た俺は、大きなため息をついた後、急いで彼女の後に続き、蜂怪人達へ立ち向かった。

 

 

 

 

 



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第42話 麻里奈の迷い、わからないなら誰かに訊こう!

 

 

 

 

 時間は少しさかのぼり、俺とオータムがヒューニを追って街中を跳んだり走ったりしていた頃。

 

 沙織達三人はパートナーのニャピー三匹と共に、駅前の喫茶店キャロルにいた。店内の隅にあるテーブルに座った彼女達は教科書とノートを広げて黙々と試験勉強していた。

 勉強道具の他には、注文したドリンクのグラスが三つ。飲み物の残量からそこそこ長い時間、三人がその場にいることが見て取れる。

 

「In my life, I have known a lot of weird characters.……ウィヤードって何だっけ?」

「異なる2つの実数解を持つように、判別式Ⅾをゼロより小さく、ん? 大きく? どっちだっけ……んうぅぅ」

「…………はぁぁ」

 

 綾辻さんは英語、沙織は数学、秋月は日本史を勉強しているが、勉強している教科がバラバラなのと同じように、三人の様子もバラバラだ。一人は順調に、一人は悩み苦しみながら、そして一人は心ここにあらずな様子だ。

 対照的にパートナーのニャピー三匹、マーとミーとムーは揃って、空いている一人分の席に川の字になって昼寝をしていた。ペット入店不可のこの店に猫のような生き物が寝ているのは些か問題があるが、一般人にはニャピーの姿は見えないので、マスターの内海さんや店内にいる他のお客数人には、四人掛けのテーブルに三人が座っているようにしか見えていない。

 

「うぅぅ……ねぇ、千春この問題ってどうやって解くか分かる?」

「んー? ごめん、ちょっと分からないかなぁ」

「うぇーん、もうヤだぁぁ」

 

 綾辻さんに苦笑いで返され、沙織はテーブルに顔を伏せる。それなりに勉強のできる綾辻さんだが、文系と理系では範囲も違うので、分からないのも仕方がない。

 

「あぁぁ、もう数学とかやりたくなーい。意味わかんない」

「あははぁ。じゃあ、なんで理系選択したの?」

「別に数学がやりたくて理系に選んだんじゃないもん」

 

 子供が拗ねたように言う沙織に、綾辻さんはまた苦笑いする。

 

「はぁぁ、しょうがない。あとで優人に訊こぉ。あーあぁ、なにかラクして問題解く方法ないかなぁ……ん?」

 

 いつもであれば、ここでツッコミのひとつでも飛んでくるのに、と沙織は不思議に思い秋月を見る。

 

「麻里奈?」

 

 秋月は頬杖をついて喫茶店の外へ顔を向けていた。しかしその視点は定まっておらず何もない虚空を見つめてボーっとしていた。

 

「麻里奈ちゃん?」

「えっ、なに?」

 

 綾辻さんに声を掛けられ、秋月は目を見開いて顔を向ける。その反応から、直前の沙織の文句を聞いていた様子はない。

 

「麻里奈ちゃん、何かあったの?」

「えっ?」

「なんだか最近ずっと悩んでるみたいだから」

 

 ここ数日、秋月の様子がおかしいのは綾辻さんも感じ取っていた。授業中や休み時間にも今みたいにボーっとしていることあったが、同じクラスとあって綾辻さんはその様子を何度も目にしていた。

 

「私達で良ければ、話を聞くよ?」

「そうそう、友達なんだから! 役に立てるかは分かんないけど」

 

 綾辻さんと沙織は明るく優しいトーンで言う。

 秋月は顔を俯かせ、話すかどうか迷ったようだが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「実はこの前……えーっと、色々と複雑で話すのが難しんだけど、そのぉ……」

 

 先日の件を話そうとした秋月は言葉を濁す。そしてとりあえず、俺やファングについては伏せておこうと考えた。ヒーローファンの沙織が聞けば話の腰を折ると思った上での配慮だろう。

 

「ある人が『他人を傷つけて平気でいられるような人間は、もう普通じゃない』って言ってて、私も、どうなんだろうって……」

「どうって?」

 

 綾辻さんに訊ねられ、秋月は自分の中にある言葉を整理するように、少し間を置いた。

 

「ハデスやノーライフと戦い始めて2カ月以上経ったけど、最初の時に比べて、なんだか戦いの中での私の心のありようも変わってきている気がしてるの。前はノーライフをブレードで斬るときの“感触”がなんだか嫌だった。でもこんなことに一々気にしていたら、この先戦っていけないと思って、ずっと気にしないようにしてた」

 

 秋月は淡々と言葉をこぼす。それを二人は静かに見守りながら聞いた。

 綾辻さん(スプリング)の銃や沙織(サマー)の杖と違い、秋月(オータム)の武器はノーライフを倒す感覚を実感しやすい。

 いくら人々を守るため、かつノーライフに生命が宿ってないといえど、普通の女子高生だった人間が剣を握るのは気持ちの良いものではなかっただろう。

 

「そしてあの人の言葉を聞いて気がついたの。人の皆を守るためとはいっても、私はいつの間にかノーライフを倒すことにすっかり慣れちゃってた。何かを斬る、あの“感触”を全く嫌に思わなくなってた。そんな自分が、なんだか怖くなっちゃって……そしてこの怖さも、いずれ慣れちゃうんだと考えると、なんだか自分が自分じゃなくなるように思えて、どうしたら良いんだろうって……ここ最近、ずっと悩んでたの」

 

 利き手を撫でながら、秋月は迷いの含んだ眼で見る。

 彼女の内にある漠然と生まれる恐怖や苦悩は、ハデスの力となるかもしれない。そうならないために何とか解を得ようとしたが、何度考えても彼女は解を出せないでいた。

 

「そっか」

「うぅー-ん」

 

 秋月の話を聞き終えて、綾辻さんは頷き、沙織は腕を組んで考え込んだ。

 

「……どうかな、私変かしら?」

「ううん、全然変じゃないよ。ただ……」

 

 綾辻さんはノートを閉じて秋月を見る。

 

「「ごめん、よく分からない」」

 

 綾辻さんと沙織の気の抜けた答えに、秋月は「あらら」と体を傾ける。

 

「あははぁ。ごめん、変なこと訊いたわね。忘れて」

「あーいやいや、全然変じゃないよ!」

 

 引き下がる秋月に、綾辻さんは慌てて手を振り否定する。

 

「でもきっと、麻里奈ちゃんは優しいし賢いから、色々考え過ぎちゃってるだけなんだと思う」

「そう?」

「うん。少なくとも私には、今の麻里奈ちゃんが何か変わちゃったようには見えないよ」

 

 綾辻さんの言葉に同意するように沙織はコクコクと頷いた。

 

「ね、だから大丈夫!」

「…………そうね!」

 

 その大丈夫には、綾辻さんへの信頼以上の保証はない。

 だが彼女に気を使ってか、秋月は笑って返した。

 

「そーそー。だいたい私達が相手にしてるのは人じゃなくて、ハデスじゃん。ノーライフは人っていうより大きい虫だし、そんなに思い詰めることもないって。害虫退治と変わらないよ」

「それは極論過ぎると思う、かなぁ?」

「そお?」

「ノーライフはそうでも、メデューサやヒューニは人とそう変わらないから……」

 

 だから彼女達と対峙したとき、秋月の中の答えが出ると、綾辻さんは感じ取った。

 しかし、そんな綾辻さんの言葉の意味が理解できず、沙織は首を傾げる。秋月の不安を理解して綾辻さんとは反対に、沙織は本当に分かってないらしい。

 

 あまり考え過ぎないでいるのも、ある種の才能だ。

 

 ふと、寝ていた三匹のニャピーの耳が何かを感じ取ったようにピクリと動く。

 

《むぅぅ……うんっ?》

《ん?》

《ふぁ?》

 

 目を覚ました三匹は寝ぼけ眼を擦りながらテーブルの上に立ち、感じ取ったものを確かめるように神経を研ぎ澄ます。

 

「マーちゃん? どうしたの?」

《ハデスだよ千春ちゃん!》

「「えぇ!」」

「……まぁ仕方ないわね。行こう!」

 

 声を揃えて驚く綾辻さんと沙織に対して、秋月がため息をつきながら席を立った。二人も遅れて席を立つが、三人のカバンやノートはテーブルに置かれたままだ。

 

「あっ、ちょっと君たち、カバンは?」

「あとで取りに来まーーす!」

 

 急いで出て行った三人の後ろ姿を見ながらマスターの内海さんは「やれやれ」と首を振っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 喫茶店キャロルを飛び出て道行く人や建物を縫うように走り、ニャピーに導かれる形で三人がたどり着いたのは、立体駐車場だ。

 

《あそこだよ!》

《あの建物から、ハデスの邪悪な魔力を感じる!》

《あらあらぁ……けど、なにか変ねぇ?》

 

 マーとミーと一緒に並んで浮遊しながら、ミーが頬に手を当てて違和感を抱く。

 

「変? 変って何が?」

《はっきりとは分からないわぁ。確かにハデスの気配はするんだけど、なんだかいつもの感じと違う気がするのよねぇ》

 

 他の二匹も《言われてみれば》とミーに同感して立体駐車場のフロアを見上げる。

 するとその瞬間、大きな爆発する音が鳴って、同時に3階のフロアから黒い煙が上がった。

 

「わぁ!」

「えっ! なになに、何なの!」

「とにかく行きましょう!」

 

 三人は急いで駐車場の中へと入り、爆発のした階へ駆けあがった。

 

 

 

 

 

 

 



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第43話 ノーライフが怪人に?ヒーローと一緒に戦おう!

 

 

 

 

 現場フロアの入口に着いて目にした光景に、三人は反射的に身構えた。

 

「えっ!」

「な、なにコレ! どういう状況?」

 

 そこらに転がる瓦礫に、穴ぼこだらけの鉄筋コンクリートの床や柱、ぽっかりと空いた天井、隅では大破した車が煙をあげ、スプリンクラーが消火剤を撒いていた。目の前には、つい先日のハデスが侵攻してきた時のような光景が広がっていた。薄暗く、人気がないというのも、一層、人の恐怖を掻き立てる。

 奥の方からは何かが暴れているような音が聴こえていた。

 

「あそこにノーライフが。行こう!」

「ラジャー!」

「えぇ!」

 

 綾辻さんに合わせて、沙織と秋月も光輝く宝玉を握る。

 

「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」

 

 宝玉から発せられた神聖な光が三人を包み、ピンク、ブルー、イエローの光の中に、それぞれシルエットが浮き上がる。やがて閃光が消え、三人はマジック少女戦士の姿になった。

 変身した三人は迷うことなく、敵がいると思われる場所へと走った。

 

 

 

 

 三人がまず目にしたのは、デカい蜂と戦っている青と白のコスチュームを着た二人だった。

 

「あぁ! あれは!」

 

 その二人を見て、まず反応したのは、沙織……キューティ・サマーだった。

 

「ハイドロードと仮面ファイターファングだァ!」

 

 目をキラキラと輝かせてサマーは歓喜する。

 サマーのはしゃいだ声を聞いて、この時、俺とファングは初めて三人がこの場に来たことに気がついた。

 

「シっ!」

「チッ!」

 

 しかし俺達二人にキューティズの三人に構う余裕はなく、顔を向けることもなく、引き続き周りで飛んでいるノーライフ、アサルトホーネットをスネークロッドで殴ったり蹴り飛ばしたりする。

 ここまで俺達は息をつく暇もなくぶっ続けで戦っていた。

 

「スゴイスゴイスゴイっ! ハイドロードさんに加えて、生ファングにも会えるなんて! カッコいいィ! ほらほらスプリング! ホンモノだよぉ!」

「う、うん。分かったから落ち着こ」

 

 目の前のヒーローが戦っている姿を見て興奮するサマーにペチペチと肩を叩かれ、キューティ・スプリングは眉を歪ませて作り笑いを浮かべた。

 サマーにイマイチ緊張感が無いのは相変わらずだとして、そんな二人の横でキューティ・オータムは真剣な顔つきで戦っている俺達の奥にいるヒト型の生物に目をやった。

 それを見たオータムは先日の蜘蛛怪人のことを思い出して、思わず目の端がピクリと動いた。

 

「あ、あれ? あれは何?」

「ん? うぉ! なにアレ、怪人?」

 

 やがてスプリングとサマーも奥にいた怪人の存在に気づき、その姿に目を見開いた。

 その見た目は虫をデフォルメしたようなノーライフと異なり、妙にリアルでおどろおどろしい。

 

《あの人からハデスの魔力を感じるよ》

《変な気配の正体はアイツだね》

《んー、やっぱりただのノーライフじゃないようねぇ》

 

 ニャピー達が怪しいものを見る眼で蜂怪人を見る。その眼は、例えると魚の専門家が初めて鯨やイルカを観察する様子に似ている。

 

「マーちゃん達は隠れてて」

《うん、気を付けてね》

 

 スプリングの指示に従い、ニャピー達は揃って姿を隠した。

 

「ソリャ!」

「オラァ!」

 

 俺とファングは同時に残っていたアサルトホーネットを始末した。始末と言っても、時間が経てばすぐに起き上がってくるので、完全に倒したわけではない。

 アサルトホーネットがやられると、今度は蜂怪人が俺達に攻撃を仕掛けてきた。

 先程からこの連続だ。アサルトホーネットがやられると蜂怪人が俺達に襲い掛かり、なんとか良いところまで追い詰めたと思ったら、今度は蜂怪人が俺達と距離を取り、交代するように復活したアサルトホーネットが俺達へ襲い掛かる。

 俺達二人は絶えず戦い続けているが、向こうは休んでは戦いの繰り返しだ。まったく埒が明かない。

 

「シャァァァァ!」

 

 蜂怪人は威嚇すると共に俺達へ襲い掛かる。技は大したことないが、体の頑丈さと馬鹿力のせいで、かなりタフだ。大振りのパンチや鈍い動きでも油断はできない。

 

「「ハッ!」」

 

 俺とファングは相手の技を避けて揃ってキックを放つ。

 キックを受けた蜂怪人は、二、三歩だけ後退りするだけで、すぐに体勢を立て直した。

 やはりダメージは入らない。普通の人間なら肋骨が粉々になってもおかしくないほどの威力なんだけどな……。

 

「ギャアシャーーーー!」

 

 途端、蜂怪人が絹を裂くような声で雄叫びをあげると、頭の触覚にビリビリとプラズマが走る。頭上に収束したエネルギーは、雷となって俺達を襲った。

 俺達は後ろに飛び退き、間合いを取ることでなんとか直撃を避けたが、周辺に落ちた雷撃は地面をえぐり火花を散らす。

 受け身を取った後、俺とファングは膝をついて、相手を見る。

 

「チッ!」

「あの謎電撃は流行ってんのか?」

 

 お互いやや呼吸が荒れていたけど相手と距離を取ったことで、なんとか冗談を言えるくらいの余裕ができた。

 

「ハイドロードさん! ファングさん!」

「大丈夫ですか?」

 

 膝をついた俺達を心配して、キューティズ達が駆け寄ってきた。スーツの汚れや傷から見ても、あまり俺達の戦況が良くなかったのが伝わったのだろう。

 

「あの怪人は……?」

「あぁ、あれはノーライフに……要は君達の敵と、ファングの敵が合体したものだ」

 

 オータムの問いに俺が返すと、三人は揃って驚きと戸惑いが混じった様子で蜂怪人を見た。唯一、初見ではないオータムだけ、驚きの薄い顔つきで相手を注視している。

 

 俺達がそんな話をしている内に、先ほど打ち倒したアサルトホーネット達が復活して、うるさい羽音を鳴らしながら蜂怪人の前で浮遊する。

 俺とファングは立ち上がり、スネークロッドと拳を構える。それに合わせて、キューティズ三人も、各々の武器を出現させて身構えた。

 

 目の前の蜂怪人とアサルトホーネットを確実に倒すことができる彼女達が来てくれたおかげで、戦況はだいぶ俺達に有利になった。

 

「あのヒト型はオレ達が相手する。お前等三人は距離を取って飛んでるヤツを攻撃しろ」

 

 ファングが俺達に指示を出す。周りのアサルトホーネットがいなくなれば、それだけで蜂怪人を倒すのが随分と楽になる。

 弱くてウザいヤツから倒すのは基本戦術だ。俺も同じ考えだったため頷いて同意を示した。

 スプリングとサマーも素直に頷く。

 

「……あの、私も戦います!」

「はぁ?」

 

 しかし、オータムはまっすぐファングを見つめて、蜂怪人と戦う意思を示した。その言葉にファングは馬鹿を言うなとでも言うように声を洩らす。

 

「あの怪人がノーライフなら私達の誰かが相手にした方が良いでしょう?」

「いや、そうだけど、そうじゃねぇーよ! 良いから指示に従え!」

 

 ファングは荒っぽい声でオータムの意見を却下した。オータムはムッと少し口を尖らせる。

 事実としてオータムの考えは間違っていない。だが白兵戦の連携はかなりシビアだ。無理にキューティズを手分けして戦うより、先にアサルトホーネットを倒した後に蜂怪人を倒す方が討伐の成功率が上がる。

 戦術と戦況の見極めができるファングは、それを考えて指示を出していた。

 

「来るぞ!」

 

 俺達がそんなやり取りをしていると、蜂怪人達の方が先に動いた。

 アサルトホーネットが自分達の針を俺達へ向けている。そして次の瞬間、大きな発砲音を鳴らして敵は一斉射撃を始めた。

 相手の射撃は狙いが荒い。まさしく下手な鉄砲も数撃てば当たるの通りだ。

 

「いやぁぁ!」

「あわわわぁ!」

「くっ!」

 

 図らずも俺達は揃ってその場から飛び退き、近場の物陰に隠れた。結果、俺とスプリングとサマーは車の陰へ、ファングとオータムは柱の陰に移動する。

 次々と連射される針の弾丸によって車体と鉄筋の柱に穴が空いていく。だがすぐに射撃は止み、瓦礫の転がる音とガラスの破片が崩れ落ちる音だけが残る。

 

「いきなり出鼻をくじかれたな……」

 

 ぼそりと呟きながら柱の陰の方を見ると、ファングも虫の居所が悪そうな様子だ。

 そして突然、またアサルトホーネットが一斉射撃を繰り出す。その放たれた針の雨は、俺達三人が隠れている車の地面部分に降り注いだ。鉄筋コンクリートの床は俺達のいる所まで地割れを起こし、あっという間に崩れ落ちる。

 

「きゃあああ!」

「わあぁぁぁ!」

「スプリング! サマー!」

 

 俺達三人は重力に従って瓦礫と車と共に下の階へと落ちていく。階層は2、3メートルほどの高さしかないため、すぐに次の地面へたどり着いた。

 幸い、落下先に通行人や駐車された車などはなく、着地自体は容易だった。

 

「あたったったったぁぁ」

「はぁぁ、ビックリしたぁ!」

 

 と思ったが、横を見ると一緒に落ちた二人は転んだように横に倒れていた。

 スプリングとサマーはゆっくりと立ち上がりながら、打ち付けた個所を擦ったり体に被ったチリを払う。

 

「チッ、分断させやがった。いっちょ前に知恵のある戦い方しやがって……」

 

 天井にできた大きな穴を見上げながら、俺はうっとおしげに呟く。

 やがてその大穴からアサルトホーネットの群れが噴き出すように降りてきた。

 

 

 

 

 



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第44話 激戦!春夏水のトリプルアタック!

 

 

 

 

 

「スプリング! サマー!」

「待て! 無闇に動くな!」

 

 落ちていくスプリング達を見て、オータムは助けに行こうとしたが、柱の裏から出ようとした直前にファングに止められた。

 床の大穴からアサルトホーネットが下の階へと飛んでいく。

 もし迂闊に出ていってたら、良い的になっていたことだろう。

 

「チッ! いっちょ前に知恵のある戦い方しやがるな!」

 

 相手がこちらを分断したことに、ファングは大きな舌打ちをした。

 柱の陰から覗き見ると、蜂怪人の周りには少数のアサルトホーネットがまだ残っていた。数にしては十匹ほど。蜂怪人が二人を相手にするには十分な手下の数だ。

 それらが今、柱の陰にいる自分達を見ていた。

 

「下はハイドロード達でなんとかしてもらうとして、こっちはこっちで何とかしねぇとな……」

「何とかって?」

 

 何とかもなにも戦うしかないのでは、とオータムは首を傾げる。蜂怪人と戦う気であった彼女にとっては、この状況は望むところなのだろう。

 しかし、勝手を知る仲間とならまだしも、よく知らない魔法少女と近接戦闘を行うのは、ファングにはリスクが多く思えてならず、無策に突っ込むことはできなかった。

 

「……お前、確か名前はオータムっていったよな?」

「えっ! あっはい!」

「オータムお前、確か武器持ってたよな?」

「はい。メイプルブレード!」

 

 オータムは自身の武器を出現させて持ち手を握った。

 それが近接武器だったことに、ファングのマスクの下の表情が歪む。

 

「……飛び道具はあるか?」

「えっ、いや……あぁ、斬擊なら飛ばせますけど?」

「よし!」

 

 ファングの声に驚き、反射的にオータムの目が少し大きく見開く。

 迫り来る蜂怪人から一度身を隠すため、ファングは「ついてこい」と言って、敵に見つからないようにしながら柱の陰から別の物陰へと移る。

 オータムは首を傾げたがらも指示に従った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一方その頃、下の階に落ちた俺達も、降りてきた大勢のノーライフとの戦いが始まった。

 

「ウィンドガンナー」

「シャインロッド」

 

 こちらは雑魚敵の大群とあって特に戦略などはなく、飛んで来るアサルトホーネット達をそれぞれ一匹ずつ倒していく。倒したアサルトホーネットは悲鳴を上げながら地面に落下し、跡形もなく消えて無くなった。

 俺にはノーライフを倒す力はないので、彼らにとどめをさしているのはスプリングとサマーの二人だ。俺がやっていることといえば、二人が倒しやすいよう敵の攻撃を邪魔したり牽制したりとサポート的な攻撃がメインだった。

 

「スプリング・ブレット!」

「あーもう、ブンブンうるさいなぁ! サマーマジック! 暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

 

 二人は四方八方から襲い来るアサルトホーネットの攻撃をかわしながら、射撃と呪文攻撃で反撃する。二人の武器から放出された魔力の攻撃は、命中したアサルトホーネットを確実に駆逐していく。

 敵の数は多いが確実にその数が減っている。

 

『こちらエージェント・ゼロ。ハイドロード、ファング、聞こえる?』

 

 付属の通信機から聴こえてきた玲さんの声に、俺は耳元についた送信機のスイッチを入れた。スネークロッドの輸送システムを起動したことで、ガーディアンズエージェントも出動してきたらしい。

 

「はい、なんですか?」

『…………どうした?』

 

 通信中もアサルトホーネットの攻撃は止まらないので、俺は話ながらもスネークロッドで敵を振り払う。

 ワンテンポ遅れてファングも答えた。通信機での彼女の返答が遅れるのは、いつもの事だ。

 

『現在、私達迎撃班が貴方達のいる現場を囲んでる。向かいの建物から敵の姿と変化人間の姿も確認できたわ。周辺の避難誘導と規制線の設置も完了した。現状を報告できるかしら?』

「戦況は二分。さっきまでいた雪井彰人により、ノーライフが変異者に変化してます。あとは、ッ!」

 

 そこまで言って、俺は一度言葉を切った。

 視界にアサルトホーネットが尻尾の針を飛ばそうとしているのが見えて、急遽バックステップでその射線から外れたが、息つく暇もなく敵の追撃が襲ったのでスネークロッドで防ぐ。

 

「ちょっと今、手が離せないんで!」

『オレもだ』

 

 それだけ言うと、ファングの通信が切れた。

 どうやら上の二人も戦闘中らしい。ファングもいるし、特に心配することはないだろうけど、今回は“変異者になったノーライフ”という半ば未知の敵だ。早く合流して片をつけたいところではある。

 

「とりあえず、現状は手出し無用です」

『了解』

「状況が終了次第また報告します……うぉ!」

 

 俺が通信機を電源を切った瞬間、眼前に光の弾丸が過った。マスクが無ければ目がチカチカしていたことだろう。

 

「あっ、ごめんなさいハイドロードさん!」

 

 どうやら今のはサマーの放った魔法だったようだ。

 まぁ、仕方ない。こういう乱戦に素人がいると、味方を誤射することはままあることだ。

 

「あぁ、気にするな」

「すみません。でも私の魔法は普通の人は傷つけませんから、ご安心を!」

 

 本当か?

 今一瞬、鼻先が焼けたような気がしたぞ?

 

「ん?」

 

 そんなやり取りをしているのも束の間、ふとアサルトホーネット達に変化が現れる。

 今まで規則性など全くなく、乱れ飛んでいたのにもかかわらず、急に鳥のように列を組んで飛び始めた。

 

「な、なに?」

「なんだなんだ?」

 

 そのノーライフ達の様子に、スプリングとサマーも警戒を示す。

 駐車場中を旋回しているアサルトホーネットを注視している中、とある一匹が一点に止まって浮遊していたのに気が付いた。

 

「シャァァー-!」

 

 その一匹が奇声を上げると、体が闇に包まれ、列となって飛んでいた他のアサルトホーネットがその闇に向かって一斉に突撃し始める。

 突撃したアサルトホーネットは闇の中へと消え、代わりに闇の塊が増殖していく。ウネウネと動きながら巨大化していく闇の塊は、黒いさなぎのようでもあった。

 やがてすべてのアサルトホーネットがその闇の中へと消えると、先ほどまで虫の羽音や瓦礫の転がる音で騒がしかった空間が嘘のように、静寂に包まれた。

 

「ッ!」

 

 空中で静止した闇の塊を見ていると、導火線に火のついたダイナマイトを目にした時のような緊張感が俺の体を襲った。

 

「二人とも下がれ!」

「えっ?」

「早く!」

 

 俺の指示を聞いて、二人は黒い闇の塊から離れる。途端、闇の塊は爆風を周囲に広げて、また姿を変え始めた。

 細長い球体のような形から、虫特有の羽と足が飛び出し、長い尻尾が生えてくる。そして悲鳴のような雄叫びと共に、強靭な大顎と蜂らしい複眼のついた顔と両腕が現れたかと思うと、いよいよデカい一個体のノーライフが全容を現した。

 

「「うわぁぁ」」

 

 サマーと俺の引いた声が重なる。

 目の前にいるノーライフは、大きさは2メートル程度、尻尾の長さを入れるともっと大きい。昆虫特有の頭・胸・腹の作りと羽はそのままに、尻尾の部分が長く伸びてサソリの尻尾ようになっていて、先端には鋭い針が付いている。

 スズメバチにサソリの腕と尻尾が融合したような見た目だ。ただ、大きな両腕にはハサミではなく四角いバレルの銃が付いたような形になっており、胸から生えた残り四本の細い脚の先には飾り程度の鋭利なかぎ爪が付いていた。

 

「ギャァァーー!」

 

 目の前のノーライフはまた大きな金切り声を上げ、俺達を威嚇する。対して、俺達は自身の武器を握りしめていつでも攻撃に対処できるように身構える。

 敵の無機質な眼は、まず俺を捉えた。

 

「チッ!」

 

 両腕の銃口がこっちへ向くのを察知した俺は、横に飛んで柱の陰へと逃げた。同時に、合体したアサルトホーネット……以後、成虫体と呼ぶ……の両腕が火を噴いた。銃声と共に両腕から発射された弾丸は、先ほどのアサルトホーネットが尻尾から撃っていた針と同じものだったが、その威力と連射速度は段違いだった。幸い、俺の体に当たることはなかったが、俺の通った軌跡上に着弾した地面は深く抉れ、ぽっかりと穴が空いている。しかも俺が隠れた1メートルほどの太さがある柱は半分以上が崩れ落ちていた。

 

「厄介だな……!」

 

 あの射撃の威力と連射、それに、もし装填がなく弾切れもないとすると、けっこう面倒くさいな……。

 

「ハイドロードさん! こんにゃろー!」

 

 俺が柱の陰で射撃を避けている様を見て、サマーが成虫体に攻撃しに掛かった。

 

「ハァァ!」

「えっ!」

 

 声を上げながら走るサマーの姿に、俺は愕然とした。

 

 あのアホ。射撃メインの敵相手に、まっすぐ突っ込むか普通?

 案の定、成虫体の銃口は俺からサマーへと射線を変えた。

 

「スプリング・ブレット!」

 

 サマーが突撃して成虫体の的になりかけるのを見て、スプリングが援護する。成虫体が攻撃する前に、魔力でできた風の散弾がヒットした。

 おかげでサマーはシャインロッドで思いっきり成虫体の頭部を殴打することができた。

 

「キャアァァーー!」

「うっ!」

 

 しかし、あまりダメージは入っていないようで、成虫体は自分のサソリのような尻尾を鞭のようにしならせて、サマーを叩き飛ばす。

 

「サマー!」

 

 スプリングが咄嗟に呼びかけるが、それによって成虫体の次のターゲットが彼女に移った。

 

「させるか!」

 

 だが、スプリングに銃口を向けて射撃する直前に、回り込んで成虫体に接近していた俺はスネークロッドで両腕を振り払った。

 それによって、スプリングは射線から外れ、敵が撃った針はあらぬ方向へと着弾する。

 そして追撃に、俺は振り回したスネークロッドで敵の頭部や腹部、触覚部など、急所と思わしき部分を連続で殴打した。その際、殴った感触が手に伝わってきたが、成虫体の頑丈さは、先ほどまでのアサルトホーネットとあまり変わらないように思えた。

 

「オラァァ!」

 

 追撃の最後の一撃に、俺は全力で成虫体の顔面を突いた。

 スネークロッドの先端は、成虫体の大顎の間をすり抜け、口内に突き刺さる。

 

「ギャアァァーー!」

 

 成虫体は悲鳴を上げながら、のたうち回るように空中を飛び回り始めた。引き抜いたスネークロッドには成虫体の何かしらの体液が付着していたので、俺は振りましてそれを払う。

 

 ある程度ダメージが入ったようだが、どうせすぐに復活するだろう。

 

「大丈夫か?」

「はい、なんとか!」

 

 俺が吹き飛んでいったサマーに声を掛けると、サマーはしっかりとした声で返事する。幸い、大きな怪我もないようで、強いて言えば塵で服が汚れたくらいだ。

 

 スプリングも彼女の元に駆け寄り、苦痛にもがく成虫体を見据えながら、俺達三人は一度集結した。

 

「んむむぅ。あのサソリ蜂、キモい上に強いよぉ」

「合体してる分、強くなってるみたいだね」

 

 二人が真剣な顔で感想を述べている内に、成虫体は痛みが落ち着いたのか飛び回るのをやめて、またこっちを威嚇し始めた。

 心なしか、さっきより怒気が強くなってるように見える。アイツに感情があるのかは分からないが……。

 

 二人は成虫体を警戒しているが、しかし逆に考えれば、数の有利を捨てて姿を変えたことといい、俺の攻撃で悶え飛んだことといい、今の敵にはそんなに余裕が無いのが分かる。

 合体して強化したのも最後の悪あがきだ。コイツを倒すのに、そんなに時間は掛からないだろう。

 

「俺がヤツの注意を引く。君達二人は横から回り込んで、挟み撃ちに」

「うぉーー、こんにゃろーー!」

「ってオイ、話聞いてくれ!」

「もう、サマーたらぁ……!」

 

 人の話を聞かず一人で突撃しに走るサマーに、俺とスプリングはため息をつく。

 

「ったく……仕方ない。俺とサマーで敵の隙を作るから、隙ができたらスプリングはサマーと同時に大技で攻撃してくれ」

「は、はい。分かりました!」

 

 早口でスプリングに指示を出し終えると同時に、俺もサマーの後に続いた。

 

 近づいていく中で、成虫体は両腕の銃でそれぞれ俺とサマーを射撃する。

 連射された大針を、俺はスネークロッドで払いながら走った。

 

「サマーマジック! 朱炎が生み出す聖なる海の風よ、我を守り給え!」

 

 そしてサマーは魔法を使って大針を避ける。サマーの唱えた呪文によって、その場に突風が吹き、敵の攻撃から身を守った。

 だが代わりに、サマーの走る速度が遅くなる。俺は先に出たサマーを追い抜き、成虫体に近づいた。

 成虫体はサソリ形の尻尾についた針で俺を刺そうとしてきた。俺は迫りくる針を寸前のところで体をずらして避ける。さらに体節を器用に折り曲げて2回、3回と刺そうとしてきたので、俺は同じように針を避けた。

 やがて針では刺せないと察したのか、今度は先ほどサマーを叩き飛ばしたように、尻尾を鞭のようにしならせた。

 

「フンッ!」

 

 俺はスネークロッドの先端を向けて迎え撃ち、迫りくる尻尾を突く。結果、スネークロッドの細い形状とアルティチウムの硬度、敵の振りぬく勢いもあって、成虫体の尻尾に穴が空いた。

 

「グャエァ!」

 

 貫いた尻尾の穴からは血の代わりに黒い靄が噴き出し、成虫体は短い悲鳴を上げる。

 

「とりゃーー!」

 

 成虫体が俺に気を取られている隙に、サマーは距離を詰め、空中に飛ぶ成虫体よりも高く跳び上がり、敵の背後へ回り込んだ。

 俺が前に出れば、敵に攻撃するためにサマーは横か背後に行かざるおえない。

 普通、背後に立つなら横から回り込むのが普通だが……まぁ想定通りだ。

 

「サマーマジ、ッ!」

 

 背後に立ったサマーが呪文を唱えようとした途端、成虫体は片腕の銃口をサマーに向ける。

 痛みに気を取られていたように見えたのはフェイクか、あるいは敵が射程内に入れば腕を向けるように体ができているのか。

 いずれにしても、突然、銃口を向けられたことにサマーは驚き、詠唱を止めた。この時、代わりにサマーがシャインロッドを短く持ち変えたのが俺には見えた。

 呪文を唱えるよりも直接殴った方がはやいと考えたのだろう。捨て身で……というよりも、これまでの射撃を見て避けきる自信ができたのだろう。

 感覚派のサマーらしい。

 

 しかし、必要以上に危険に晒すわけにもいかないので、俺はスネークロッドを振り上げてサマーに向けてる片腕を無理やり上げさせた。直後、発射された針は天井に弾着する。

 俺は右足を軸に体を回して、さらに打撃を繰り出せる体勢に入った。

 

「「ハァァ!」」

 

 偶然にも、俺がスネークロッドで殴るタイミングとサマーが杖で殴るタイミングが重なった。

 攻撃を受けた成虫体は吹き飛び、鉄筋コンクリートの柱に叩きつけられる。

 

「キャアァァ!」

 

 ほとんど魔法少女としての攻撃が効いたのだろうが、俺とサマーの二重の攻撃によって成虫体は大きなダメージを追った。殴った部分はへこみ、よく見ると胸にある小さな脚も折れていた。

 

(すごい。サマーとハイドロードさん、息ピッタリ)

「いまだ二人とも、やれ!」

「あっ、はい! スプリング・ウィンド・チャージ!」

「サマー・シャイン・チャージ!」

 

 二人の武器に桃色と青色の魔力がキラキラ輝きながら収束していき、高いエネルギーを生む。そしてスプリングが銃の引き金を引き、サマーが成虫体へ杖を向けた。

 

「ストームフォース・ソニック!」

「サンフォース・ストライク!」

 

 スプリングの風の魔力でできた銃撃と、サマーの光の魔力でできた魔法光線が、成虫体に向かって放たれた。

 悲鳴を上げる間もなく、成虫体は光の中へとのみ込まれる。轟音と共に眩い光が消えていくと、もうすでにそこに成虫体の姿はなくなっていた。

 

「……ふぅぅ」

「よぉーし、勝ったぁ!」

 

 敵を倒したことを確認して、二人の緊張が解ける。

 俺も一息ついてスネークロッドを持ち直すが、すぐに気を引き締めた。

 

「上の二人の状況が気になる。すぐに上へ向かおう!」

「「はい!」」

 

 

 

 



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第45話 合わない二人?秋地のダブルアタック?

 

 

 

 

 時間は少し戻り、立体駐車場の3階。

 ファングの指示に従い、オータムは物陰に隠れていた。指示を出した本人も、彼女とは別の場所で身を隠している。

 物陰から蜂怪人の姿を覗き見ながら、オータムは先ほどファングの指示を思い返した。

 

「よし、作戦を言うぞ。とりあえずヒト型の方は無視で良い。まず先に周りに飛んでるデカ蜂を片付ける。オレが囮になるから、デカ蜂がオレに攻撃してきた所を、お前が飛ぶ斬擊で斬れ。誘い込む場所はあの黒い車の前だ。お前は迎え撃てる場所で待機してろ」

 

 キューティズがハデスと戦うとき、作戦を立てて倒すことはほとんど無い。それはノーライフが突然現れるため作戦を立案する時間がないというのもあるが、キューティズの魔法が強力ゆえ、力押しでなんとかなってきたことも理由だ。加えて、キューティズの三人は元々ただの女子高生。戦闘訓練を受けたこともなければ、戦略のための知識も身に付けていない。

 

 オータムは戦闘のプロであるファングを信じて、早口で伝えられた作戦内容に、素直に頷いた。たとえ作戦に異議があっても、じっくり話し合う時間もなかった。

 そして二人は分かれ、オータムは指示通り配置に着いた。

 

(デカ蜂の数は、二、四、六……十二匹か。大半が下の階(ハイドロードのとこ)に行って、これくらいなら一斉に攻撃されても、一人で対処できる)

 

 アサルトホーネット達は集団で固まって蜂怪人の周りを浮遊しながら、隠れたファングとオータムを探していた。その様子はまるでボスと手下……女王蜂のために活動する働き蜂の関係である。

 やがて、蜂怪人とアサルトホーネット達が駐車場の通路の真ん中まで動いたことを確認して、ファングは物陰から出て、彼らと向かい合うように姿を現した。

 

「ッ! キャァァ!」

 

 蜂怪人はファングの姿を捉えると、威嚇してアサルトホーネット達に攻撃するよう命令を下す。アサルトホーネット達は纏まってファングに襲い掛かった。ファングにとっては、先ほどからすでに何回も見た光景だ。

 駐車場の通路とあって遮るものは何もない。

 

「今だ! メイプルスラッシュ!」

 

 直線飛行するアサルトホーネットに向かって、車の陰に隠れていたオータムが三回、魔法による斬擊を横から飛ばした。3つの斬撃は二匹、二匹、三匹とアサルトホーネットを切断する。

 残ったアサルトホーネットは倒された同類のことなど気にすることもなく、そのままファングの元へ向かい攻撃を仕掛けにかかった。

 

(あと四匹……ん、()()? あと一匹はどこだ?)

 

 自分のところに向かってくる敵の数が合わないことに気づき、すぐにファングは目だけで索敵を行う。周辺や蜂怪人の近く、車や柱の陰など、瞬時に目を向ける。

 

「はっ!」

 

 そしてファングはオータムの近くに“動く影”を見つけた。その動く影は他のアサルトホーネットとは別に、隠れていたオータムを強襲するため備えていた個体であった。

 そのアサルトホーネットは、腹先の針を突き出して今にもオータムを刺さんと飛んでいた。当のオータムは撃ち洩らしたアサルトホーネットに気を取られ、その一匹に気が付いていない。

 

「チッ!」

 

 舌打ちと同時にファングは脚についたホルダーからファイティングナイフを取り出して、そのままアンダースローで投擲した。

 ファングの腰にはガーディアンズ特製の銃、右脚にはナイフが装備している。だが素手の攻撃が基本戦法のファングがこれらを戦いで使うことはほとんどない。使うとすれば、今のようにある程度の遠くにいる味方の援護等として使うことが多い。

 

 弓矢の如くまっすぐ飛んでいくナイフは、オータムを襲うアサルトホーネットの羽をすんなりと切断した。飛んでいたアサルトホーネットは短い悲鳴を上げて、地面の上を転がった。

 

「えっ、なに?」

 

 地面の上をのたうつアサルトホーネットに気が付いたオータムは、咄嗟に自身のブレードで斬り払った。

 それによって、奇襲を仕掛けようとしたアサルトホーネットは消失したが、代わりに残っていた四匹のアサルトホーネットがファングを襲う。

 

「ハァァ!」

 

 敵の針に注意しながらファングは応戦する。相手の攻撃パターンはついさっきまでのものと全く変わりがないため、彼女にとっては回避も反撃も難しいことではなかった。むしろさっきより数が減っている分、反撃するのも更に容易になっている。

 真っ直ぐ飛んできた針を避け、多角攻撃に移ったアサルトホーネットを冷静に捌く。しかし、殴ろうが蹴ろうが、ファングの攻撃ではアサルトホーネットはすぐに復活する。

 

「ファングさん!」

「来るな!」

「えっ!」

 

 助太刀に入ろうとしたオータムだったが、ファングに制止され、足を止める。

 

「オレのことはいい! お前は斬撃で敵を倒せ!」

「は、はい!」

 

 オータムは一瞬戸惑いながらも指示に従て、ファングのもとに行くのをやめた。この時、なぜファングが助太刀を拒んだのか、オータムには理解できなかった。

 

『こちらエージェント・ゼロ。ハイドロード、ファング、聞こえる?』

『はい、なんですか?』

 

 ふと、ファングの通信機から声が聞こえた。その声が玲さんと俺のものだと、ファングはすぐに理解したが、敵と戦っている最中であるのと自身の機械音痴によって、通信機の電源を入れるのが遅れた。

 

「どうした?」

『現在、私達迎撃班が貴方達のいる現場を囲んでる。向かいの建物から敵の姿と変化人間の姿も確認できたわ。周辺の避難誘導と規制線の設置も完了した。現状を報告できるかしら?』

『戦況は二分。さっきまでいた雪井彰人により、ノーライフが変異者に変化してます。あとは、ッ……ちょっと今、手が離せないんで!』

「オレもだ」

 

 それだけ言って、ファングは攻撃してくる敵を殴り飛ばして通信を切る。その殴り飛ばしたアサルトホーネットは、オータムの斬撃によって姿を消した。

 

(残り三匹……ッ!)

 

 敵の数も減り、数え漏れもなく、この戦闘の終わりを微かに予感していたファングだが、ここでふと、視界に入った影にピクリと反応して視線を移す。すると、すぐ目の前に腕の針を突き出した蜂怪人が迫ってきていた。

 その針を払いのけて、ファングは間合いを詰める。そして十発ほど自身の拳で瞬時に殴り付けた。

 蜂怪人は彼女のラッシュに押されるも、ダメージを受けた様子はない。反撃に、カウンターにファングを殴り返した。

 

(硬ェなぁ、ッたく!)

 

 蜂怪人の反撃を、ファングは腕で急所をかばい防いだが、代わりに殴られた腕に麻酔が打たれたような痺れが走る。

 

「ファングさん!」

 

 ファングが腕の痛みに気を取られていると、急にオータムの警戒を促す声が響いた。ファングが振り向くと背後にはアサルトホーネットが毒針を刺そうと襲ってきていた。

 

「チッ!」

「メイプルスラッシュ!」

 

 襲われるファングを助けるためオータムが斬撃を放つ。三日月形の斬撃は一直線上にまっすぐ飛んだが、アサルトホーネットが斬撃の軌道を外れたため、斬撃は対象を斬ることなく消滅した。

 

(外した!)

(外れたか。まぁいい)

 

 攻撃は外れたが、斬撃を避けたことで三体のアサルトホーネットの動きが一時止まった。それを見てファングはアサルトホーネットに近づき、手刀打ちと熊手打ちで二匹を打ち払った後、残りの一匹を飛び蹴りで蹴り飛ばす。

 先ほど通信しながら敵の攻撃をさばいていた時のもそうだったが、その熟練の動きにオータムは目を見張った。

 

(スゴい、さすがプロ。でも、いくら上手く攻撃してもファングさんじゃ、アイツらは倒せない。やっぱり私がやらなきゃ!)

 

 先ほどのファングの指示を無視して、オータムは剣を握る手の力を強め、援護に向かった。

 

「キャァァ!」

「ハァァ!」

 

 ファングを攻撃しようとしていた蜂怪人の前に割って入り、オータムは両手で剣を振るう。縦の振りから横の振り、突きと、オータムの剣の連撃は蜂怪人に当たることはなかったが、怪人を彼女達から離すことができた。

 

「ちょ、お前!」

 

 距離を置いた蜂怪人に向かって剣を構えるオータムを見て、ファングは焦りを見せる。

 

「はぁ! たァ! このォ!」

 

 続けて、オータムは間合いを詰めながら剣を振る。その攻撃を蜂怪人は最小限の動きで避け続けた。通常のノーライフよりも高度な知能を有した蜂怪人にとっては、魔法少女といえど中身が素人同然のオータムの動きを見切るのは、わけないことだった。

 しかし、そんなことを彼女が知るわけもなく、オータムはいつもの力押しで攻め続けた。

 やがて蜂怪人はオータムの斬撃を横切るようにして身を避けた。

 

「ちっ!」

 

 それと同時に、ファングも背後に回り込まれたアサルトホーネットに対処すべく、回し蹴りしながら後ろを向いた。状況としては、蜂怪人とファングが互いに背を向ける形になる。

 途端、アサルトホーネットは三匹揃って針を突き出すようにファングへ向けた。その動きが針を弾丸のように発射する事前動作だと、これまでの戦いから理解していたファングは、発砲と同時にすぐに射線から逃げることができるように、視界の三匹を注視する。

 

 しかし次の瞬間、ファングの背に激痛が走った。

 

「ぐはっ!」

「あっ!」

 

 膝を地面についたファングが振り向くと、そこには剣を振り下ろして立っていたオータムが目を見開いて彼女を見ていた。その背後にいる蜂怪人の様子から、ファングは怪人がオータムを引き付けて同士討ちさせたことを悟った。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 オータムは自分がしたことに、顔を青くしてファングの身を案じる。ファングの背部には、斬撃によってできた傷がまっすぐ入っていた。

 

「くそ、だから嫌だったんだ。ッ!」

 

 ジンジンと感じる背中の痛みに耐えながら、ファングは立ち上がる。直後、前にいたアサルトホーネットが針を発砲しようとしていたのに気がついた彼女は、横に倒れ込むようにして、その弾丸を避けた。

 受け身をとりながらもコンクリートの床上を転がったことで、ファングはまた膝をつく

 

「ファングさん!」

 

 傷つけてしまったファングに気を取られ、オータムは相手をしていた蜂怪人の攻撃に気が付かなかった。

 

「きゃッ!」

 

 横腹に強力なキックを受け、オータムはファングの前まで吹き飛んだ。そのあまりのパワーに、剣を手から放してしまう。その威力は数にして10トン以上。魔法少女やガーディアンズの特製スーツでもなければ、とても耐えられるものではなかった。

 

「ぐぅぅッ!」

 

 しかし無傷で済むわけでもない。痛みに悶え、オータムは倒れたまま両手で痛む体を押さえる。今までの人生の中で感じたことのない激痛を、彼女は受けていた。

 そんな隙だらけの彼女に、蜂怪人はトドメを刺そうと両腕の針を向けた。アサルトホーネットも司令塔の怪人と一緒に針を向ける。三匹と一体が放つ毒針のいずれかが体に刺されば、その神経毒によって絶命は免れない。

 

「ッ!」

 

 危険を察知して、ファングは転がっているオータムのメイプルブレードに手を伸ばして跳んだ。そして彼女がブレードを手にしたと同時に、蜂怪人とアサルトホーネットは毒針の弾丸を一斉射撃する。ファングは動きを止めることなく剣を振り、飛んでくる針の内、自分と後方にいるオータムに当たりそうな針の弾丸をブレードで斬り払った。

 咄嗟に手にした他人の武器だが、そんなことを感じさせない適度な力と速さ、精密さだ。

 更にファングは踏み込んで間合いを詰め、敵に向かって剣を振るう。跳躍と同時に体ごと回転した大きな横振りによってアサルトホーネットは一掃される。そのまま続けてキックの牽制によって隙を作り、蜂怪人のボディへ連撃を叩きこむ。そのブレードの動きはまさに一閃、常人の眼では刀身を目で追うことすらできない速度だ。

 鉄を打つような音を鳴らして硬い装甲が裂かれ、蜂怪人は大きなダメージを負う。

 

「ギャァァー-!」

 

 悲鳴を上げながら、蜂怪人は後ずさりした。斬られた箇所からは、血の代わりに黒い靄のようなものが噴き出ている。しかも、その心臓部には醜悪な肉塊が浮き出ていた。ノーライフに埋め込まれたマージセルが、魔法少女の力によってダメージを負い、拒絶反応で外へ出てきたのだ。

 

「ファイターキック」

 

 ファングは脚足部に装着された機械を作動させ、手に持っていたメイプルブレードを放り投げて走り出す。そしてネコ科の動物を思わせるジャンプ力で蜂怪人に向かって跳び、身体を回して足を突き出してキックを放った。

 いつも通りなら足に集中していたエネルギーが怪人を吹き飛ばしてマージセルを破壊するはずだったが、直前、蜂怪人のマージセルは体内へ戻り、代わりに背中の羽根が広がり、素早く羽ばたく。

 

「ッ! 速い!」

 

 攻撃対象が範囲内から消え、ファングは着地した後、浮遊した蜂怪人を見上げた。

 雑魚敵のアサルトホーネットをすべて倒したとはいえ、今まで地に足をつけていた蜂怪人が飛ぶとなれば、その戦法も大きく変わる。空中を飛ぶ敵を相手にするため、ファングは警戒を強めて身構えた。

 

「オータム! ファングさん!」

「大丈夫ぅ?」

 

 その時、フロア出入口から二人の少女の声が聞こえた。

 

 

 

 ***

 

 

「ッ!」

「今の音は!」

 

 アサルトホーネットの成虫体を倒して3階へ向かっている時、俺達は大きな打撃音を聞いた。それはファングがオータムのメイプルブレードで蜂怪人の装甲を斬り裂いた音だったが、この時の俺達がそれを知るわけもない。

 ただひとつ分かったのは、まだオータムとファングの戦闘が終わっていないことだけだ。

 スプリングとサマーはオータム達の身を案じて走る足を速めた。二人に後続していた俺も合わせて速く走る。

 

「オータム! ファングさん!」

「大丈夫ぅ?」

 

 そのまま現場にたどり着くと、空中を飛んでいる蜂怪人と身構えているファング、少し離れたところにダメージを負って膝をついているオータムがまず目に入った。

 

 あの蜂怪人、飛べたのか。いや、元が蜂なら別に飛べてもおかしくはないか。

 オータムの具合も心配だが、蜂怪人の傷から察するに、だいぶ追い込んではいるらしい

 

「オータムっ!」

「なになに、どういう状況?」

 

 スプリングとサマーが傷ついたオータムに気を取られた瞬間、蜂怪人は動く。警戒しているファングから距離を置き、背を向けて逃亡を図ろうとした。

 

「逃がすか!」

 

 ここで逃がせば、今までの苦労が無駄に終わる上、一般人にも被害が及ぶ危険がある。

 ファングはすぐに駆け出して、蜂怪人の後を追った。途中、駐車した車の上を跳び越す姿は、アクション映画さながらだ。やがてすぐにファングと蜂怪人の距離は縮まり、ファングは跳び上がって蜂怪人の足を掴もうと手を伸ばした。

 だが次の瞬間、蜂怪人の姿がファングの視界から消えた。

 

「なに!」

 

 ファングは空を掴むことに驚くが、離れたところから見ていた俺には、蜂怪人が柱を中心に旋回して方向転換したのが分かった。しかも、そのまま腕の針を構えてオータムの方へ向かい、()を狙う。

 この怪人、やはりなかなかの策士だ。

 

「「オータムっ!」」

 

 スプリングとサマーが進行方向の先にいたオータムに向かって叫ぶ。

 だが……。

 

「違う、そっちじゃない!」

「「えっ!」」

 

 突如、蜂怪人は腕の毒針を二人の方へ向けて発射した。

 

 この場で、一番隙が多いのは、この二人だ。ここで弱っているオータム一人を狙うよりも、フェイントで二人を仕留める方が、敵の数を多く減らせる上、確実性も高い。

 けど、だからって瞬時にこんな不意打ちがひらめくか普通。どうなってんだ、この怪人の知能は……。

 と、いうのは、その後に思い返した時の俺の感想だ。

 

 この時、蜂怪人が毒針を発射する直前、俺は気が付いたら二人を守るように毒針の射線上へ割って入っていた。

 そして発射された蜂怪人の毒針の集中砲火をスネークロッドで振り払う。

 

「ぐはっ!」

 

 しかし、流石にアサルトライフル並みの連射速度で放たれる弾のすべてを打ち落とすことはできなかったようで、途中、体の各所に焼けるような痛みが走った。

 目線を下げると、肩と腹、足先に、毒針が数本刺さっていた。

 身体中の激痛が増すのと反対に全身の力が抜け、俺はその場に立つ力ことさえできなくなる。

 

「ハイドロードさんッ!」

 

 悲鳴のような沙織の声を最後に聴いて、俺はその場で気を失った。

 

 

 

 

 

 

 



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第46話 毒の抗体

 

 

 

 

 

「…………ンッ!」

 

 真っ暗な視界が色づき始め、白い天井がはっきり見えるよりも早く、まず全身に感じた激痛のせいで自然と力が入り背筋が伸びた。

 そしてそのズキズキする痛みは、俺の意識を覚醒させると共に、意識を失う前に俺が何をしていたかを思い出させる。

 清潔なベットに寝かされていた俺は、痛みに耐えながらゆっくりと上体を起こす。周りには高そうな医療装置が置かれているが、いずれも電源は入っていない。室内は綺麗に整頓されている。しかし時計や窓がないため今がいつなのかは分からない。

 見覚えのある部屋の特徴に、俺は自分の置かれた状況をなんとなく察した。

 

「グゥゥッ、痛ェ……!」

 

 身体の激痛は、蜂怪人の毒針によるものだろう。傷口らしき跡はもうないが、全身の筋肉が感電したみたいに痛むと共に、腫れてもいないのに熱を帯びたようにじんわりとしている。

 

 どうやら駐車場で倒れた俺は、あの後、ガーディアンズ本部へと搬送されたらしい。

 今がいつで、あれから何があって、現状がどうなっているのか、気になるところだが、とりあえず今はここから出なければ……。

 

「おーい」

 

 俺は天井の四隅についているカメラのひとつに向かって、手を振った。

 この部屋の壁は、一見どこにでもある病室のように装飾されているが、実は核シェルター並みの強度のある特別な材質でできている。

 普通の病室ではなく、ここへ搬送されたってことは、つまり“そういうこと”なのだろう。

 

 

 

 

 それからしばらく、俺が大人しく待っていると治療室の頑丈な自動扉が開いた。

 入ってきたのは、蒼色の手術着の上に白衣を羽織った医師が一人。白衣のポケットに手を突っ込んで、無表情で俺の様子を伺ったその男は、俺の様子がいつも通りであることが分かると、にっこりと笑みをこぼす。

 

「よっ、大丈夫そうだな」

「えぇ、全身が痛みますが、とりあえず生きてますよ」

 

 その男……空峰(そらみね)さんに、俺は言葉を返す。

 さっぱりとした頭髪と面長な顔、二重でキリッとした目元。その整った顔立ちは医療ドラマの主人公みたいだ。

 そんな空峰さんは、ガーディアンズの医療チームのメンバーで、本部に搬送されたエージェント達の怪我の治療や診断を行っている。専門の診療科はよく知らないが、外科の治療をしているのを目にすることが多い。腕は確かで、ここに所属するまでは、どこぞの国の野戦病院にいたというのを本部内の噂で聞いたことがある。真偽は定かでないが。

 

「起きて早々悪いが、まだしばらく寝てろ。血圧や心拍、脳波が正常になったとはいえ、油断はできない」

「えっ。俺、そんなに危ない状態だったんですか?」

「まぁーな」

 

 空峰さんはポケットからスマホのような携帯端末を取り出して、立体映像を投影した。

 端末の上に浮かび上がったのは、何かの化学構造図だ。化学の教科書でベンゼンとか安息香酸とかの構造式は見たことあるけど、目の前にある映像はそんなのが比較にならないほど複雑な形をしていて、高校化学の知識しかない俺には、もはや何がどうなっているのかわからない。

 

「お前の受けた怪人の針には有害な神経毒が付着していた。解析によると、この毒が血中に注入された場合、人間の筋肉と神経を麻痺させ、細胞を破壊する。考えられる症状としては痺れ、発疹、目眩、発熱、痙攣、吐き気、失神、呼吸停止、心停止、脳死、発癌、壊死。普通の人間なら、まず助からない」

 

 どうやら目の前の構造式は蜂怪人の毒の成分らしい。

 空峰さんが説明に合わせて立体映像を操作すると、その成分が人間の体内に入った時の検証映像が再生され、イメージの人間はあっという間に絶命する。イメージとは言え、その人間が置かれている状況が自分の体だと思うとゾッとする。

 

「怖ぁ」

 

 じゃあなんで俺は……って、俺、普通じゃなかったわ。

 

「お前の場合、多少、神経の動きに変化があったが、改造された肉体のおかげで死に至ることはなかったようだな。お前に埋め込まれた“特殊な細胞”が毒に対抗できるよう変異して体内に抗体を作ったようだ」

 

 つまり、改造された身体のおかげで、俺は命拾いしたというわけか。

 ……なんか複雑な気分。

 

「でも今、全身スゴい痛いんですけど?」

「神経毒には違いないからな、身体の神経に作用してるのが、痛みとして伝わっているんだろうな」

 

 また空峰さんがホログラムを操作すると、今度は俺の容態を表したと思われる電子カルテと人体図が現れた。

 空峰さんが人体図のホログラムに触れると、その人体に描かれている神経が強調され、その横に白血球やら赤血球やらALT(GPT)やら、心電図やら節電図やら……とにかく俺の身体検査の結果と思われる何かの数値やグラフが次々と出現した。

 

「けどまぁ、検査結果は前回と変わらないし、症状も落ち着いてきてる。しばらくすれば痛みも治るだろう」

 

 そう言って、空峰さんは端末の電源を切って、ポケットにしまった。

 

 身体の痛みは気になるが、治るというなら、とりあえずはそれで良い。

 

「良かったです……俺が気絶した後、どうなったか聞いてますか?」

「報告は後で担当のヤツに聞け。俺の仕事は患者の治療だ」

 

 むぅぅ。やっぱりすぐにはここを出られそうにないな。

 仕方ない、質問を変えよう。

 

「じゃあ、俺の他に怪我人は?」

「いや、本部に運ばれたのはお前だけだ」

 

 ということは、悠希や沙織達はとりあえず無事なのだろう。

 

「さぁ、分かったら横になれ。お前の意識が戻ったのは、俺が上に報告しておくから、お前はしばらくは安静にしてろ」

「分かりましたよ」

 

 けど、起きたばっかりだし、横になったところでなぁ。身体も痛いし……。

 

「あの、麻酔とかって打ってもらえたりは?」

「できるわけねぇだろ。ただえさえ未知の神経毒で神経が普通じゃなくなってるってのに、下手に麻酔なんて打てるか」

「ですよねぇ」

 

 アナフィラキシーショックとか起こっても困るしなぁ。

 

 ため息をつきつつも、俺は言われた通り、また横になった。

 俺が大人しくベットに寝たことを確認した空峰さんは、身を翻して部屋の出入口へと向かう。

 

「そういえば、今って、いつですか?」

「今は、土曜の夜2時半だ」

 

 てことは、あれから俺は六時間以上も寝てたのか。

 

「夜勤、お疲れ様です」

「気にするな。その分、金はもらってる」

 

 空峰さんは振り替えることなく、そのまま手を小さく振って出ていった。

 

 そして再度、ここの病室の扉が厳重に閉まる。あの扉はちょっとやそっとの衝撃では、傷ひとつつかないようにできている。

 

 ここに入れられる患者がどんな症状を持っているのか、前回入れられた時に聞いた。

 

 この病室は、反抗的な人間や錯乱した超人を治療するための場所だ。だから患者が暴れても逃げられないようにできている。

 凶暴な怪我人や精神の異常が疑われる患者がガーディアンズ本部に搬送された時には、この特別病室に入れるのが、ガーディアンズの規程だ。ここに入れられた患者は正気が確認できるまで外に出ることはできない。

 前回、肉体改造された時も、俺はここに入れられた。どうやら今回は、神経毒が脳にも異常をきたしている可能性があったために一時的にぶち込まれたようだ。

 

 正常な患者の身としては、まるで牢屋に監禁されているようで何とも言えない気分だが、ガーディアンズ側としての考えも分からなくないので、まぁ仕方ない。

 実際、俺の思考はハッキリしているし、朝には出られるだろう。

 

 空峰さんが出て行って、病室の中は常夜灯だけを残して消灯し、静寂に包まれた。

 眠気も特に感じない俺は、ぼぉーっと天井を見つめ、俺が駐車場で気絶して、それからどうなったのか考える。

 

 俺の他に運ばれた人がいないってことは、他にあの場で怪我人や死傷者は出なかったってことだろう。

 とすると、蜂怪人は無事に沙織達の手によって倒されたのかもしれない。

 まぁ、あの怪人も俺達三人があの場に駆けつけた時には、すでに結構ダメージを負ってた感じだったし、キューティズがトドメをさしていても別におかしくない。

 仮に何かトラブルがあったとしても、周辺には玲さん達も待機していたわけだし。何かあれば、すぐに対応できただろう。

 

 結果、怪我人は俺ひとりだけ。

 駐車場が半壊しただけで、一般人の被害もなし。

 うんうん、上々、上々。

 

「はぁぁ……」

 

 なんて考えてみたものの、要は、怪人は沙織達に倒してもらい、俺は何もできなかったってことなんだよなぁ……。

 

「…………だっさ」

 

 身体の痛みとは別に、自分の中にあるモヤモヤしたものを感じながら、俺はひとりボソリと言葉を吐いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 深夜。日本のとある街。

 高宮町からずっとずっと北へ向かってところにある、そこそこ賑わった街がある。海に面して鉄鉱石が取れたおかげで過去に鉄鋼業が盛んだったの街には、港と隣接している大きな製鉄工場がひとつある。

 その製鉄所は、一時は日本の産業を支えるまでに至ったが、エネルギー革命により需要がなくなると同時に衰退の一途をたどり、今はただの廃工場と成り果てた。

 それでも少し前までは細々と稼働していて作業員が汗水垂らして活気のあったのだが、工場を管理していた会社が経営難で倒産した。手入れのされていないプラントは潮風であっという間に錆び付き、中の設備も廃材と化して、すっかり寂れている。

 土地は広いが、かといって多額の土地代や設備の撤去費用を出そうとする者はおらず、今では街のお荷物となっている。

 

 そんな廃工場を見下ろすように、敷居の外から眺める人影2つ。

 

「アイツがあそこに?」

「あぁ、過去のノーライフにはない生体を見せている。なかなかに興味深い」

 

 人影の正体は、雪井彰人とヒューニである。

 前日に高宮町にいたこの二人は、どういうわけか町から程遠いところにあるこの場所にやって来ていた。

 お互いの服の裾が夜風になびく。片や着崩れたスーツにトレンチコート、片やファンタジーなドレス。街中では目立つであろう格好をした二人だが、深夜とあって周囲に他の人間はおらず、彼らに気づくものはいない。

 

「まぁ、すぐにあの娘達とガーディアンズに駆除されるだろうがね」

「いいの?」

「構わないですよ。私が実験で知りたかったことは確かめられたし、今は“こっち”の実験の方が大事です」

 

 そう言って、雪井は試験管を三本取り出した。その中には米粒ほどの大きさのノーライフが一匹ずつ入っている。

 

「さて、帰って実験その2に移ろうか」

 

 二人は身をひるがえして、その場を後にする。

 しかし一度ヒューニは立ち止まり、廃工場の中にいる“何ものか”を意識して目を向けた。無表情ではあるが、その眼は憂いを帯びているように見える。

 

「…………倒せたら良いわね」

 

 そう呟いて、ヒューニは雪井の後に続く。雪井が彼女の呟きに気づくことはなかった。

 やがて二人の姿は深夜の闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第47話 無生殖による増殖

 

 

 

 

 あれから何とか眠ろうと頑張ってみたが、痛みが気になって嫌でも目が覚めてしまった。しかし空峰さんが言った通り、次第に痛みも落ち着いてきて、身体の不快感もなくなってきた。

 そしてようやくウトウトし始めた頃、突然、電気がつくのと同時に部屋の扉が開いた。

 

「調子はどうだー?」

 

 部屋に入ってきたのは、空峰さんだった。片手には支給品のタブレット端末を持っている。

 

「えぇ、まだ体が鈍いですが、問題ないですよ」

「そうか、なら良い。お前の退室許可が出た。歩けそうにないなら車椅子を持ってくるが、どうする?」

「良いですよ、自分で歩けます」

 

 出て行って良いといわれ、俺はベットから出る。痛みの影響もなく身体にはいつも通り力が入った。

 立ち上がると同時に、思わず大きな欠伸が出る。

 

「ふぁぁ。結局一睡もできなかった。今何時ですか?」

「午前9時だ」

 

 ということは、あれから六時間近く経ってたのか。

 暗い中でボーッとしてると時間の感覚が変になるなぁ。

 

「三十分後に会議があるらしい。お前も参加しろとお達しがあった。それまでに準備しとけ」

「内容は何ですか?」

「さぁな。あとで別のヤツに聞け」

 

 そう言って、空峰さんは手で部屋の外へ促す。

 

「そういえば、俺の服は?」

「後で持ってきてやる。ついでにシャワーでも浴びとけ」

「そうですね」

 

 治療のためか、あるいは検査のためか、着替えさせられていた俺は、入院着姿で病室から出ていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 本部のトレーニングルームに備え付けられているシャワーを浴びた俺は、用意されたエージェントの服に着替えた。

 でも前に着てたのは、学校の制服だったんだけど、あれはどこ行ったんだ?

 返してくれなきゃいろいろと困るんだけど……。

 まぁ、あとで確認しよう。

 

「やっと出てきたわね」

「玲さん?」

 

 そんなことを考えていると、トレーニングルームの出入口の前で玲さんに会った。腰に手を当てて、もう片方の手でタブレット端末を持っている。

 

「空峰さんから聞いたと思うけど、この後すぐに会議があるの。それまでに現状について説明するから、頭に入れておいて」

 

 玲さんは俺にタブレット端末を渡すと、ついてくるように促した。端末の画面には昨日の出来事をまとめたと思われる文章や画像、映像のデータが時系列順に並んでいた。

 俺が倒れるまでの内容は分かってるから、見るとすれば、それ以降のデータだな。

 その該当する内容を選択しながら、俺は玲さんの横に並んでついていく。

 

「昨日、貴方が倒れるまでの出来事は知ってるわよね?」

「えぇ」

「その後の出来事については、結果だけいうと、ノーライフの変異態は現場から逃走したわ」

 

 えっ、逃がしたのか?

 

 端末を操作すると駐車場から飛んでいく蜂怪人の映像が残っていた。おそらく、周辺にいたエージェントが記録として撮ったものだろう。

 蜂怪人が俺の覚えている姿よりも少し傷が多いことから、俺が倒れた後にキューティズ……多分、スプリングとサマーが追い詰めたのだろう。

 

「その後は、周辺にいた私たちエージェントで変異態を追跡。変異態は五時間ずっと不規則に飛び回りながら。最終的に港付きの廃工場に逃げ込んだわ」

「えっ、そんなところに?」

 

 端末のデータにもあるけど、その廃工場は町の境界を三つほど超えたところにあり、車で三時間くらい掛かる場所だ。

 関東圏の距離間で言うと横浜市からさいたま市くらいの距離か?

 直線的に見るとその程度だが、西へ東へクネクネ飛びながらだから、この距離を連続飛行できるとすると、日本の外まで移動できることになる。

 治安的にも、外交的にも、早めに駆除しておきたいところだろう。

 

「そして、問題はここから」

 

 えっ、まだ何か?

 

 トレーニングルームから廊下を歩き、俺達は会議室のあるフロアを目指してエレベーターの前に立った。玲さんがボタンを押した後、俺達のいるフロアにエレベーターが来るのを待つ。

 

「廃工場の中へ逃げ込んだ変異態はその後、活動を停止。周辺をエージェントたちが監視しているけど、いまだに一度も外へ出てきていないわ。それで深夜、工場の中で何が起こっているのか調べるために調査班が偵察ドローンを起動。その暗視カメラで撮った映像が……」

 

 玲さんは映像データを再生するよう、指でツンツンとして促す。

 

 俺は指示通りアイコンをタップすると、黒と緑で表示された映像が再生された。

 映し出されたのは、今話していた工場の中と思われる建物の中を移動する映像だ。鉄なのかコンクリートなのか、素材は分からないが複雑な形をした床には至る所にある鉄の柵があり、壁や天井には何本も管が通っている。

 映像は通路を抜けると、鉄を生産する装置と思われるラインの中へと移動した。前に何かのテレビで加熱された鉄が1キロくらいの長さを一気に走る映像を見たことがあるが、これもあの装置だろうか。あるいは鉄を変形させる圧延機かもしれない。

 そんな鉄を加工するための古びた装置が並んだところにドローンが移動すると、暗視カメラが何が動くものを捉えた。その動く“何か”を撮影するべく、ドローンは徐々にそれへ近づいていき、やがてその正体をはっきり撮った。

 そして、そこに映っていたものを見て俺は目を見開く。

 

「な、なんだコレ!」

 

 装置にフジツボが張り付いたように付着したそれは、六角形の穴が並んでいるような見た目で、穴の一つ一つの中には張りのありそうな肉塊が不気味に蠢いていた。

 その気持ちの悪いものを撮影して数十秒後、映像は突然プツッと切れた。どうやらドローンがカメラごと破壊されたようだ。

 俺は映像を巻き戻して、対象が映ったところで停止した。

 

「これってまさか、卵……いや、幼虫ですか?」

「両方ね」

「まさか、あの蜂怪人が中で増殖してるってことですか!」

「そういうこと」

 

 俺の質問に短く答えると、玲さんはエレベーターに乗る。どうやら俺が映像を見ている間に、エレベーターが着いたようだ。

 俺もすぐに後続して乗り込む。

 

「変異態は工場の中に巣を作って増殖してる。ガーディアンズの稼働できる偵察ドローンをすべて犠牲にして集めた映像と時間から推測して、その数は百体近く。無生殖による個体増殖を振り返し、卵と幼虫はなおも指数関数的に増加してる」

「……マジですか」

 

 唖然。自分が気を失っている間に起った出来事、そのことの大きさと急変に、俺はただただ唖然とする。

 

「てか無生殖……無精卵の孵化って、あり得るんですか?」

「現実に起こってるでしょ?」

 

 そうですけど!

 いや、それは確かに、ノーライフの変異者っていう、よく分からないモノに、よく分からないモノが掛け合わさってるモノだから、この世界の理屈が通じないのも分からなくはないですけど!

 水を自在に操る俺が言うのもなんですけど、そんなすぐに受け入れられないですって。

 

「今は工場の中にいるけど、いつ周辺に拡散するか分からない。そうなればガーディアンズやあの子たちだけじゃあ対応が追いつかない上、市民への被害も日本だけに止まらない」

 

 あの怪人が世界中に……ちょっと、考えたくないな。

 

「よって、ガーディアンズは急務としてこの事件の解決にあたるわ。今から行う会議の内容は、事態の共有と対策の立案よ」

「……了解です」

 

 とはいうものの、どうするりゃいいんだコレ。

 ガーディアンズのエージェントでサポートしても、有効な攻撃ができるのはキューティズ三人のみ。それに対して、敵は百以上。

 数では完全に劣勢だ。

 

 なんて、半ば絶望している内に、エレベーターは目的のフロアに着いた。ここはゲストキーで入れる最高層のフロアだ。だからか、ここはあまり威圧感のないように穏和なデザインになっている。よくあるホテルや公共施設のロビーのようだ。

 

「ちなみに、会議のメンバーは貴方と悠希、明智長官、火野さん、私、そして変化人間の彼女達三人」

「火野さんが。って、沙織達も?」

「えぇ。もしかしたら、お付きのペットも三匹いるかもだけど」

 

 まぁ、三人がいるなら確実にニャピーもいるだろう。

 ステルス機能のある正体不明の動物三匹を本部に入れるのはリスクだろうけど、そこは沙織達がしっかり監視してもらうしかないな。

 

 エレベーターを降りて、俺達は会議室のある通路を進む。今回の場所は四神会議のある場所とは別で、応接室としても使われる会議室だった。

 

「でも沙織達がいたら、俺と悠希は顔を隠す必要があるのでは?」

「そうね。だから、貴方たち二人には別室から参加してもらうわ。こっちよ」

 

 目的の場所だと思っていた会議室を素通りして、玲さんは隣の部屋の前まで行き、そのまま扉を開いた。玲さんの後に続いて中へ入ると、まず大きなアクリル板のようなスクリーンが目に入った。そして、それに向かうようにテーブルとイスが並べられている。

 なんか、会議室なのにちょっとしたシアタールームみたいになっているな。

 

「よぉ」

「おぉ」

 

 置かれた椅子は二つ。そのうちの一つには、すでに悠希が座っていた。

 

「このスクリーンで貴方たちには遠隔式に参加してもらうわ」

 

 隣にいるのに遠隔って。

 

「隣の会議室にもこっちと同じスクリーンが設置されていて、そっちのスクリーンでは貴方達の姿はハイドロードとファングの姿で映るようになってるわ」

「へぇー」

「というわけで、じゃあ私は三人を連れてくるから」

 

 そう言い残して、玲さんは部屋から出て行った。

 玄関のロビーにでも待たせてるのか? いや、メディア関連の人たちに見つかると面倒そうだし、すでに建物内のどこかか?

 まぁ、どうでもいいか。

 

「怪我は大丈夫か?」

「とりあえずはな。お前も大丈夫だったか?」

「見ての通りだよ」

 

 俺は空いてる方の椅子に座る。

 悠希はいつものジャージ姿で、傷や治療の跡なんかも特に無かった。報告にも負傷についての記載はなかったし、大丈夫なようだ。

 

 さて、スクリーンには電源が入っているようだが、この後どうすりゃいいんだ?

 

「……悪かったな」

「は?」

「いや、今回の件、オレが引き起こしたみたいなもんだし」

「そうだっけ?」

 

 思い起こしてみると……確かに事の発端は悠希がヒューニを問い詰めようとしたから、ではあるけど、悪化させたのは雪井彰人がノーライフにマージセルを埋め込んだせいだろうに。

 そう思いながら悠希に目をやると、彼女は何かばつの悪そうに仏頂面で頬杖をついていた。

 

「……まぁ、気にすんな」

「……あぁ」

 

 その後、しばらく沈黙が続く。

 俺はタブレット端末のデータを眺めながら時間を潰したが、五分後にスクリーンに映像が投影されるまで、悠希はただ黙ってじっとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第48話 怪人が増殖?ガーディアンズと作戦会議!①

 

 

 

 

 タブレット端末のデータを確認していると、スクリーンに隣の会議室の様子が映し出された。

 映った会議室の壁はシミ一つなく真っ白で、床は隙間が無いようにカーペットが敷かれている。自然光は差し込まず、明かりは天井の電気のみ。それも、俺と悠希の映るスクリーンを見えやすくするためか、部屋全体が薄暗くなる程度の明るさにされている。

 部屋の中心には巨大なテーブルが一つあり、高そうなオフィスチェアが対面する形で並んでいる。そして、その椅子のひとつには火野さんの姿があった。

 

「よぉ!」

 

 火野さんは手を上げて、相変わらずの渋い声で映像の俺と悠希に声をかけた。これも相変わらずだが、服装はきっちりとした迷彩服だ。

 

「お疲れ様です、火野さん」

「……どうも」

 

 俺が返した後に、悠希も適当に返事する。この時、俺も悠希も火野さんとは前回の四神会議ぶりに顔を合わせた形だった。

 

 テーブルの端では、明智長官が後ろで手を組んで立っていた。俺と悠希がスクリーンに映っているのをチラリと確認して、長官は眼鏡を押す。

 

「優人は、怪我はもう大丈夫なのか?」

「えぇ、とりあえずは大丈夫です」

「そうか、ならいい」

 

 火野さんに心配されるが、俺はいつもの調子で返す。前回の四神会議での松風さんのホログラムもそうだが、スクリーンを挟んでいるにもかかわらず目が合う辺り、流石ガーディアンズの先端技術だ。

 

「それにしても、お前の彼女がここに来るとはなぁ」

「火野さんまで、よしてくださいよ」

 

 彼女じゃねぇーつぅの。

 

「言うまでもないと思うが、言動には気をつけろよ」

「えぇ、わかってますよ」

 

 明智長官が忠告に、俺は当然と言わんとした口調で返す。俺も伊達にハイドロードとして活動していない。いつもと違うからってボロを出すような下手な真似はしない。

 

 それよりも……。

 

「明智さん」

「なんだ?」

「ここに火野さんがいるってことは、つまり」

「失礼します。エージェント・ゼロ、入ります」

 

 その玲さんの声が聞こえて、スクリーンに映る会議室のドアが開く。自然と会話が途切れ、明智長官と俺は部屋に入ってくる面々に視線を向けた。

 

 話ができなかったのは、残念だが……まぁ、後で別に話すか。

 

 そして、玲さんに続いて入ってきたのは、綾辻さんと沙織、秋月の三人だ。服装はそれぞれの好きな色……つまり、キューティズのイメージカラーを基調とした私服だ。

 なんだろう……大人三人の服装とは、印象が違いすぎてここでは少し浮いている。

 

 普段の学校等と違ったガーディアンズ本部の雰囲気に、三人ともめちゃくちゃ緊張した様子だ。けど部屋に入った瞬間、沙織の眼がキラキラと輝いていたのを、俺は見逃さなかった。

 

(きゃーー、キャプテン・フェニックスだ! スゴいスゴい! 本物だぁ!)

 

 ……なんてことを考えてるな、あれは。

 

「三人を連れてきました」

「ご苦労。座れ」

 

 明智長官は三人に席につくように促した。沙織達は半ば戸惑いながらも素直に従い、それぞれ会議室にいるメンバーを見ながら席に着いた。

 三人とも、生の明智長官や火野さん、スクリーンに映っているハイドロードとファングの姿を興味深そうに見ていたが、場の雰囲気や緊張もあってか、あまり表には出さないようにしている。

 

《あの人がここで一番偉い人なんだね》

《あの二人もいる……何で映像なの?》

《きっと正体を隠すようにしてるのよぉ》

 

 この時、ニャピーのマーとミーとムーもいたが、当然、沙織達にしか認識できていない。

 

 沙織達が座ったのを見て、明智長官が「さて」と口を開く。

 

「三人とも、よく着てくれた。通常なら日頃の君達の健闘に感謝の言葉を述べたいところだが、残念ながら今は時間がない。早速本題に入る」

「えっ、あっ、はい」

 

 明智長官の早口に、綾辻さんが圧倒されつつ代表として返事をした。

 

「まずは事態の共有だ。エージェント・ゼロ、頼む」

「はい」

 

 明智長官の指示に従い、玲さんが端末を手にしながら報告を始める。

 

「事の始まりは、昨日、ファングとハイドロードが変化人間のヒューニと接触したことから始まりました。接触と追跡の後、高宮町の駐車場にて、二人はヒューニと戦闘を開始」

 

 テーブル上に表示された立体地図と駐車場のホログラムに、沙織は「おぉ!」と驚いていたが、気にせず玲さんは続けた。

 

「私を含めたガーディアンズの部隊も現場に出動。しかし、この戦闘中に現れたのが、雪井彰人でした」

 

 玲さんの報告の合わせて、ホログラムの映像や写真も次々に切り替わる。

 初めて見る雪井の顔に、沙織達は首を傾げていたが、質問する間もなく話は進んだ。

 

「雪井はヒューニの召喚したノーライフ群の一匹にマージセルを注射。マージセルを注射された個体は、ヒト型へと変形しました。報告によると、身体能力と射撃能力の強化が見られたようです。以後、この個体を変異態と呼称しますが……変異態は他のノーライフと連携して、ファングとハイドロードの二名と戦闘を続行。ここへ変化人間三名が合流しました。少し遅れ、ガーディアンズの部隊も現着しています」

 

 ここの説明までに、ヒューニ、ノーライフ、雪井彰人、ノーライフの変異態、キューティズの三人と、ガーディアンズ関係者を除いた事件に関係する人物や生物のホログラム写真が次々と投影される。

 キューティズ三人のそれぞれのホログラム写真のそばには『Mar』『Mii』『Moo』の文字も浮いていた。

 

「あ、あの!」

 

 ここで綾辻さんが意を決した様子で声を挟む。

 

「質問しても良いでしょうか?」

「前置きはいらない。何だ?」

 

 明智長官がバッサリと聞き返す。

 慣れない雰囲気に緊張してくる彼女達に、長官なりに気を使って言ったのだろうが、それは無駄なことは言うなと指摘しているように聞こえ、かえって彼女達を強張らせる結果となった。

 

「こ、この、雪井彰人って誰ですか?」

「現在ファングが追っている、雪井製薬会社の元社長よ。雪井はマージセルと呼ばれる特殊な細胞を開発し、本人の意思関係なく市民に投与していたわ」

「マージセル?」

 

 玲さんの解説に、今度は沙織が訊ねた。

 彼女の問いに答えるため、玲さんは先日の四神会議で使ったホログラム映像を再生して見せる。

 

「人の細胞に影響を与えて、姿を変える細胞のことよ。これを投与されると、身体能力の向上と暴走の傾向があるわ」

「へぇ、怪人みたい」

「ここでは変異者と呼んでいる」

 

 沙織の大きい呟きに、長官が付け加える形で訂正する。

 けど、沙織の感想も尤もだ。ホログラムで再生された映像は、実際はマージセルの検証映像として作られているが、知らずに見ると特撮もののワンシーンにも見える。

 

「秋月さんは、前に見たわよね?」

「はい」

「えっ?」

「そうなの?」

 

 頷いた秋月を、綾辻さんと沙織が目を大きくして見る。

 

 秋月の奴、言ってなかったのか……まあ、言ったところでどうなるものでもないからなぁ。

 

「エージェント・ゼロ、報告の続きを」

「はい……高宮町の立体駐車場にて、ファングとハイドロード、変化人間の計五名によってノーライフを殲滅。この戦闘によってハイドロードが軽傷を負いましたが、命に別状はありません。しかし、変異態は現場から逃走。五時間の飛行の末、旧帝住金属株式会社の製鉄所の中へ逃げ込みました」

 

 玲さんの話に合わせて、ホログラムが製鉄所の立体画像に切り替わった。

 

「幸い、周辺に住宅は無く工場も廃棄されているため被害者はいませんが、現在、大きな問題が発生しています」

「問題?」

 

 綾辻さんが首を傾げる。

 すると製鉄所の立体画像から線が伸びて、いくつかの映像が再生された。さっき俺がタブレットで見た偵察ドローンの映像だ。

 

「えっ!」

《えぇ!》

「うわぁぁ……!」

《こ、これは!》

「な、なにこれ?」

《あらあらぁ!》

 

 再生された映像群を見て、三人と三匹は驚くと同時に、その不気味な絵にドン引きする。

 

「変異態は工場の中で巣を作って増殖しています。現在、総数はおよそ百体ほど。変異態の卵と幼虫は、なおも増加中です」

「そ、そんな……!」

「じゃあ、早くやっつけないと!」

 

 息を吞む綾辻さんの横で、沙織がギュッと気を引き締める。ここで下手に恐怖に臆さず前向きになれるのは、沙織の長所だ。能天気、無鉄砲、無計画とも言うが……。

 

「この変異態の群れが外に出れば、市民への被害は甚大なものになる。よってこれらが外に出てくる前に、我々としてはなんとしても先手を取って、全滅させたいと思う。君達にも協力してもらいたい」

「はい、勿論です!」

 

 明智長官の言葉に、綾辻さんが返事をして沙織と秋月も大きく頷いた。

 

「それでは、次に今回の作戦について共有する」

 

 

 



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第49話 怪人が増殖?ガーディアンズと作戦会議!②

 

 

 

 

「それでは、次に今回の作戦について共有する」

 

 明智長官はそう言うと、玲さんを通して三人に書類数枚を渡した。

 俺と悠希へは、同じ内容の文面がスクリーンに投影される。俺達はコンピュータのターミナル上でプログラムを実行した時みたいに流れる文字列を目で追った。

 

「ノーライフ変異態の駆除を目的とした旧帝住金属製鉄所内への侵攻に関する作戦要項……相変わらず長ぇな」

 

 書類の表紙に書かれたタイトルを、隣の悠希が呟いた。

 私法人とはいえ、流石、国防組織。役人や研究者が付けそうな名前だ。

 正式名称は長いが、タイトルのすぐ下には略称も記載されている。

 

「以下、“七色作戦”とする」

 

 七色(しちしょく)

 …………あぁ、沙織達で三色、俺(青龍)、悠希(白虎)、火野さん(朱雀)で三色、エージェント部隊で一色、合計七色ってことか。

 

「なんだか、いかにも極秘情報ですって感じ」

「だねぇ。こういうの、映画とかでしか見たことないよ」

《なになに?》

《どれどれ》

 

 渡された書類の内容に、綾辻さんと沙織は少し萎縮していた。

 

「ただの紙よ。外に漏らさなければ問題ないわ。取り扱いに自信がないなら、内容だけ頭に入れてここに置いて部屋を出なさい」

 

 玲さんが保護者のように言う。

 まぁ、普通の高校生が機密文書を目にする機会なんてないからな。俺も最初の頃は、あんな感じだった。

 

「では作戦を。キャプテンから頼む」

「はい」

 

 火野さんが返事をして、ホログラムを切り替えた。

 先ほどまで投影された製鉄所のホログラムが周辺の地形も含んだ図に変わる。

 

「まず、製鉄所内部への侵攻ルートだが、この製鉄所は北側が港になっていて海に面している。よって今回は三班に分かれて東西南の三方向から仕掛ける。ここにいるメンバーは、既に俺の独断で割り振らせてもらった」

 

 文書を流し読みしていくと、それらしい記述があった。

 玲さんと綾辻さん、俺と沙織、悠希と秋月。

 どうやらこの三班に、作戦実行担当に加え、弾薬補充担当などのガーディアンズのエージェントがそれぞれ編成されている形らしい。

 

「以降、それぞれの班の名前を、(レッド)(ブルー)(イエロー)とする」

 

 いつもならアルファとかブラヴォーとか使っているが、沙織達に気を使ったのか今回は色で分けている。

 まったく分かりやすい名前だ。どのチームがどの名前かは、言うまでもないだろう。

 それにしても……。

 

「火野さんは、どうするんですか?」

「俺は“アカシシ”で上空に待機している。敵が空に逃げたら、打ち落とすのが今回の俺の役目だ」

 

 “アカシシ”とは、ガーディアンズが開発した戦闘用のヘリコプターだ。戦闘ヘリだと一般的にはコブラとかアパッチとかがあるが、まぁその類だと思ってくれれば良い。

 

「命令はこちらから行うが、現場の細かな指示はエージェント・ゼロ、ハイドロード、ファングの三名に行ってもらう。三人は作戦開始までに建物のマップを頭に入れておけ」

 

 名前を言われた俺達三人は命令に揃って頷いた。その反応を確認して、火野さんは「それでは作戦の詳細を説明する」と口を開く。

 

「今回の作戦の目的は、変異態の殲滅。中でも奴らの卵と幼虫、これらの殲滅は本作戦の絶対達成事項だ。よって三班は製鉄所内に進入したら、向かってくる敵を倒しつつ奴らが巣を作っているポイントを目指せ」

 

 ホログラムの地図に俺達が向かうべきポイントが表示される。映像にあった蜂怪人の卵と幼虫のいる巣があった場所だ。その場所までのルートは特に複雑なわけでもないが、屋内ということもあって迎え撃ちやすくもある。

 俺が敵方なら、侵入者が通りそうなルートに罠を仕掛けるが、まぁ、今回の敵に限ってはその心配はいらないか……。

 

「なお、今回の敵には通常兵器でしばらく行動不能にすることはできても、殲滅することはできないことが確認済みだ。よってガーディアンズにできるのは、あくまでも援護のみ。変異態のトドメを君たちに行ってもらう」

「はい!」

 

 火野さんの説明に、綾辻さんが返事をした。秋月も了承した様子で頷いている。

 この作戦……彼女達に死体撃ちさせるようで少し不満だが、この方が百体もの敵を全て相手にさせるよりは彼女たちの負荷は少ない。敵を完全に殲滅するすべが彼女達、魔法少女にしかない以上、これが一番合理的だ。

 

「巣の破壊も君たちに行ってもらうが、基本は我々の指示に従ってもらう。エージェント・ゼロ、ハイドロード、ファングは、その他エージェントを率いて彼女達が敵の殲滅が行えるよう戦いつつ、彼女達を巣のあるポジションに辿り着かせるのが任務だ」

 

 火野さんは「以上が作戦の内容だ」と話を区切った。

 

「部隊の装備はどうしますか?」

「通常装備で行く。だが敵の情報から考えるに、銃撃による交戦が想定される。防弾の装備を徹底させておけ。銃撃といっても敵の弾は毒針だ。掠るだけでも命はないと肝に銘じさせておけ」

「了解」

「お前らもだぞ!」

 

 火野さんが視線を玲さんからこっちに向けて言う。

 

「了解です」

「分かってるよ……弾倉でも持ってくか」

「そうしろ」

 

 俺の場合、アナフィラキシーショックじゃないけど、次に毒が体内へ入ったら死ぬかもしれん。

 悠希は悠希で、いつもは素手で戦っているが、今回は流石にそうもいかないだろうなぁ。隣にいる彼女を見ると、イヤそうに眉間にしわを寄せている。

 

「あ、あのぉ」

 

 秋月が書類のとある部分を示しながら声を発した。

 

「この最後の黒くなってる部分って何なんですか?」

「機密事項だ。組織の人間でない君達には知らせることのできない内容が書かれている」

 

 長官の言う通り、彼女達の書類中で、見せたくない部分が黒く塗りつぶされている。

 通称、のり弁というヤツだな。お役所の人間が良くやることだ。

 機密事項と言われ、秋月もそれ以上言及することはなかった。

 

 ちなみに、俺達の電子文書にも、隅に“青龍/白虎版”と書かれ、かつ一部が文字化けになっている。俺には何となくそこ書かれていることが推測できた。

 

「他に質問がある者はいるか?」

 

 その返事に答える者はいない。沙織達に目を向けるも、彼女達も特に言いたいことがある様子はなかった。

 ただ沙織に至っては、作戦を理解できてるのか不安だ。今、書類をうんうん頷きながら眺めているが、試験勉強している時に、たまにあんな反応していることがある。そんな時、聞き返すと内容を分かっていないことが多い。

 まぁ、同じ班だし、何かあれば俺がフォローすればいいか……。

 

「よし。それでは定刻より作戦を開始する。エージェント・ゼロはエージェントに招集をかけ、作戦を共有しろ。全員、二時間後に屋上へ集合。輸送ヘリで現場に向かう」

 

 玲さん、俺、悠希が「了解!」と声を揃えて返事をして会議は終了した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 会議が終了し、玲さんと共に沙織達は部屋を出て行った。少し遅れて隣の悠希も席を立ち部屋を出て行った。

 

「どうした?」

 

 ずっと席に着いたままだった俺に、明智長官が火野さんと共に目を向けた。

 

「この黒塗りの部分についてですけど、作戦失敗時の“空爆”について書かれてるんじゃないですか?」

 

 俺がそういうと、この場の空気が張り詰めた。明智長官はいつも通り何考えてるか分からない冷めた顔のままだが、火野さんの眼が少し細くなっている。

 

「……何故そう思う?」

「火野さんがこの部屋にいるのを見た時から、薄々何かあるのは気が付いてました。作戦の内容から考えて、変異態を撃墜するために制空権を押さえるだけなら、一般のエージェントでもできるはず。なのに火野さんが出てくるということは、現場で“何か”あった時に役職の高い人間が執行権限を持って、すぐに実行することを想定しているということ。では、その“何か”とは何か……」

 

 色々と可能性を挙げればきりがないが、一番ありえそうなのは……。

 

「作戦失敗時……つまり変化人間三人の死、あるいは変異態が拡散しそうだと判断された時、空爆によって変異態と巣を破壊する。それがこの作戦の隠された部分なんじゃないですか?」

 

 俺は真っ直ぐ火野さん達を見据えながら言った。

 やがて、火野さんが大きなため息を吐いた。

 

「……正解だ」

 

 そういうと、スクリーンに文字化けの消えた作戦の文書が表示された。

 目を通すと、そこには俺の想像したものとあまり相違ない内容が書かれていた。

 

「“次の事態が生じた場合、現場の状況に関わらず、直ちに空対地ミサイルによる空爆を行うものとする”」

 

 そんな文章を始めとして、以降に空爆が行われる条件がまとめられていた。

 その条件は、魔法少女の死、変異態の拡散、部隊の全滅などなど、おおよそ想定される最悪の事態が記載されている。これらのひとつでも当てはまった場合に、爆撃によって変異態の全滅を実行するとのことだ。場合によっては米国や国連安保理による熱核兵器を使用する可能性も書かれている。

 あの敵に爆撃や核攻撃が効果があるのかは知らないが、少なくともこの作戦が失敗したら、半径20キロ内は更地になるのは避けられない。

 

「……本気なんですね」

「そうだ。何か異論が?」

「いいえ。ガーディアンズが警察や自衛隊と同じく武装できる独自機関として存在できてるのは、創設時にこういう事態での責任をすべて負うように法案を通したからとのことですし、この内容に異論はありません」

 

 いや、無いわけじゃないけど、市民を守るためというなら犠牲になるのは仕方がないし、覚悟の上だ。

 

「三人が死亡した時の対応として、空爆の手段を取るのはまだ分かります。ですが、それ以外の条件で実行するのは納得できません。ここで沙織達を巻き込むのは、ハデスに対抗するすべを失うことにもなります。空爆は彼女達三人が現場から撤退でき次第ということにしていただけませんか?」

 

 下から提案するような言い方だが、俺は物怖じせずに言い切った。

 事態の成り行きによっては、そんな猶予は無いかもしれないが、今後の対応的に……なにより心情的に、沙織達を死なせるわけにはいかない。死なせたくない。

 

「作戦の内容は本決定だ。変更はない」

 

 だが、明智長官は顔色一つ変えず却下した。

 

「どうしてですか?」

「逆に訊くが、変化人間三人を射程外に避難させるのに要する時間、その時間で変異態が射程外に出ないという根拠はあるか? また仕留め損ねた変異態が別の場所でまた巣を作って増殖しないという根拠はあるか?」

 

 明智長官の問いに、俺は口を噤む。

 根拠は無い。また可能性が少ないわけでもない。むしろ十分にあり得てしまう事象だ。長官を納得させて作戦を変更してもらうには、より確実な作戦を提案するしかない。

 しかし、いくら思考を巡らせても俺にはこの場で代案を出すことはできなかった。

 

「……まっ、そういうわけだ」

 

 火野さんが俺と長官の間に流れる空気を散らすように口をはさむ。

 

「俺だって仲間や彼女達を殺すようなことはしたくない。けど市民を守るため、ここで変異態を確実に消すのが俺達の責務だ」

 

 分かってる。

 組織は、少数より多数。多数の命や利益のためなら少数の犠牲は厭わない。

 そういう判断をするのが組織だ。

 

「それに最悪の事態にならなければ、このオペレーションは実行されない。俺がミサイルを打たないで済むよう頑張ってくれ」

 

 確かに、それはそうだけど……。

 

「……了解です」

 

 口から出た言葉は、その辺の物音で搔き消えてしまいそうな声量だ。

 作戦への不穏な要素を残したまま、俺は席を立った。

 

 

 

 



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第50話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!①



作者が“流行り病”に掛かりまして、
執筆が止まっておりましたが再開します。




 

 

 

 

 会議を終えた沙織達は、玲さんに案内される形でカフェテリアに来ていた。土曜の午前中にも関わらずカフェテリアにいる人はいつもと変わらず、まばらだ。その一部の人たちは見慣れない女子高生がいることに、一瞬、不思議なものを見る眼を向けたが、玲さんがそばにいるのを見ると納得した表情に変わり、すぐに興味を無くした。

 

「じゃあ、時間になったら迎えに来るから、それまでこのフロアにいて頂戴。飲み物が欲しければ、ゲストキーをかざせば買えるから好きに使って。ペットはちゃんといる?」

《ペットじゃないよ! ニャピーだよ!》

 

 ペット呼ばわりされたことに、ミーが頬を膨らませるが、当然、玲さんは知ることはない。

 

「あははぁ……はい、ちゃんといますよ」

 

 綾辻さんがミーをなだめるマーとムーを苦笑いしながら一瞥した後、答えた。

 

「じゃあ、しっかり見張っておいてね。このフロアは大丈夫だけど、もし関係者以外立ち入り禁止のエリアに入ったと分かれば、かなり面倒なことになるから。貴女達も、一生、空が見られない暮らしになるのは嫌でしょ?」

「なはははぁ、またまたご冗談をぉ!」

 

 呑気に笑う沙織に、玲さんは何も言わず「ふっ」と意味深な微笑を浮かべる。

 

「……えっ、マジなの?」

 

 玲さんはまた何も答えず、そのままその場を後にした。

 その玲さんの反応に、三人は揃って自分のパートナーがどこにもいかないようにちゃんと見ていようと心に決めるのだった。

 

 

 

 

 やがて三人は空いているテーブルについた。周りに白衣やスーツを着ている人が多い中で学生服の女子高生というのは、かなり浮いて見えるが三人に気にしている様子はない。

 

「はぁぁ、緊張したぁ!」

「そうだねぇ、ガーディアンズっていつもあんな風に作戦立てたりしてるんだねぇ」

「本当、心強いわね」

 

 背もたれに体を預けた沙織を見ながら、対面に座る綾辻さんと秋月は頷く。

 

「それにしても、ノーライフを怪人にするなんて……」

「まさにクロスオーバー映画みたいな展開だよね!」

「ちょっと沙織、映画じゃないのよ」

 

 事の深刻さに反して今の状況に半ば浮かれている沙織に、秋月が目じりを険しく吊り上げる。それを綾辻さんが苦笑いしながらなだめるという、良くも悪くもいつも通りのやり取りだ。

 

《けど、こっちに来て色々見てきたけど、この世界の技術はスゴいねぇ》

《あのノーライフの体を変えるなんて、並の技術じゃできないよ》

《魔法技術がない分、科学というものが発展してるんでしょうねぇ~》

 

 テーブルに座っているニャピー達は呑気に語る。

 ニャピーの世界には魔法という技術があるせいか、こっちの世界と比べて科学技術はそこまで進んでいないようだ。

 コイツ等も、沙織と同じく平常運転だ。

 

「マーちゃん達から見て、どうかな?」

《えっ、なにが?》

「今回の敵、ちゃんと倒せるかな?」

《うーん、いつものノーライフならキューティズの鎧で十分倒せると思うけど、今回のマージセルや変異態とかいうのについては、私達はよく知らないから、なんとも言えないかなぁ……》

「そっか……」

「まぁまぁ。そんなに心配しなくても、今回はガーディアンズの人達も協力してくれるし、大丈夫でしょ?」

 

 不安げな表情を浮かべる綾辻さんを沙織が励ます。楽天的とも取れる言い分だが、こんな時でも変に重く考えずいつも通りでいられるのが沙織の良い所だ。

 それを分かっていているが、少しは危機感を持ってほしいと、秋月は大きなため息をつく。

 

「まったく沙織は……今回はいつもと状況が違うんだし、少しは気を引き締めようとか思わないの?」

「……むぅ」

 

 沙織は気まずそう視線をそらして、口を尖らせる。しかし、ふと何かを思い付いたように顔をあげた。

 

「ねぇ、ミー」

《なに?》

「キューティズの鎧にさ、なんかこう、パワーアップアイテムとかないの? 腕に装着すると姿が変わってー、みたいなやつ」

《あいにく、沙織がいつも見てる物語……特撮だっけ? それに出てくるようなモノは無いよ》

「じゃあ、なんか新しい技とか強力な呪文とか!」

《それは、あるけど……》

「それ教えて!」

 

 沙織のお願いに、ミーは戸惑いつつ頷いた。

 

「それ、今から教えてもらって間に合うの?」

 

 秋月が訊ねる。その問いは至極もっともだ。

 しかし、訊かれた沙織に迷った様子はなかった。

 

「大丈夫、一夜漬けとぶっつけ本番は得意だから!」

 

 腰に手をあてて胸を張る沙織に、綾辻さんとマー、ミーは苦笑いし、秋月はまた大きなため息を吐く。ムーは口に手をあてクスクスと笑っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ここに居たか」

 

 しばらく経って、フロアの入口に現れた一人が沙織達を見つけて呟いた。ソイツは沙織達の方へ足を進めるが、その場の雰囲気に合わない格好のせいで周囲のエージェントや研究員達からジロジロ見られる。

 染み一つない白い特殊素材のスーツに、急所を守るための装甲、ベルトのバックル、白虎デザインのマスクと、ファングのコスチュームは、落ち着きのあるカフェテリアではとにかく目立つ。

 

「あっ、ファングさん?」

 

 沙織達も、自分達の方に来るファングに気づいた。

 ファングは沙織達の元まで行くと、秋月に目を向ける。

 

「ちょっとお前に用がある。一緒に来い」

「えっ、私に?」

 

 それだけ言うと、ファングは秋月の返事も聞かず、身をひるがえして足早に来た道を戻る。

 

「どうする?」

「でもゼロさんがここに居ろって」

「早く来い」

 

 綾辻さんと沙織が首を傾げるが、ファングに急かされて秋月はミーを肩に乗せて席を立つ。友達を一人だけにするのが不安なのか、あるいは好奇心か、綾辻さんと沙織もそれぞれマーとミーと一緒に後を追う。

 

《あの人、いつもあの格好で過ごしてるの?》

「そんなことはない……と思う」

 

 通路を歩くファングの後ろ姿を見ながらマーはふと疑問に思い、綾辻さんは言葉を濁して返す。もちろん悠希にそんな趣味はない。

 

「あの、私達このフロアにいるようにゼロさんから言われてるんですけど?」

「エージェント・ゼロにはオレが後で言っておくから気にするな。良いからついてこい」

 

 秋月の言葉にも淡々とした口調で返し、ファングは沙織達と共にエレベーターへ乗って行先のボタンを押した。

 

『Hello、Kamen fighter Fang!』

 

 機械音声を最後に、エレベーター内は無言となる。上階へ動くにつれ、エレベーターの階数も増えていく。上昇の速さに反して中の振動の無さに、沙織は内心で少し驚いた。そんな彼女の隣では、綾辻さんと秋月がエレベーターの階数を見つつファングの後ろ姿をチラチラ見ていた。

 

「……あの、どこ行くんですか?」

「着けば分かる」

 

 秋月の問いにファングが答えると同時に、エレベーターは目的の階へとたどり着き、扉が開いた。エレベーターを出て、沙織達は引き続き、ファングの後についていく。

 

(ここは……特に何か変わった場所ってわけじゃないみたいだけど……?)

 

 日光が入らないせいで少し閉塞感のある雰囲気だが、他に変わった点はない。病院や公共施設の地下みたいだ。

 手狭な通路を歩き、何回か角を曲がると、やがて一面防弾ガラスの張られた自動扉が見えた。その扉は警備システムを通してファングの存在を認識すると、自動で開錠された。

 

「着いたぞ」

 

 扉の向こうは沙織達の身長の5倍はありそうな高さのある空間が広がっていた。幅と奥行きもそれなりにあり、ちょっとしたボウリング場くらいの広さだ。周りは頑丈そうな金属できた壁、天井のライトも厚いガラスで覆われている。今は作戦実行直前であることもあって周りに他のエージェントはいない。

 

「ここは?」

 

 室内のあちこちを眺めながら、秋月が訊ねる。

 

「ここはトレーニングルームだ。ガーディアンズのエージェントはここで射撃訓練や近接格闘訓練をやってる。何もないように見えるが、ここの床や壁、天井にはガーディアンズのあらゆる最先端技術が組み込まれていて、防壁の設置や射撃ターゲットの操作、ホログラムの投影、なんでもござれだ……オレはあんまり使わねぇけどな」

 

 ファングの説明を聞いて沙織達は「へぇー!」と声を洩らす。彼女が最後に言ったことは、小声だったために聞こえていない。機械音痴のファングがここを使うときは、ここの機能を一切使わないか、誰かと訓練する時だけだ。

 三人がトレーニングルームを眺めている横で、いつの間にかファングはどこからか大きな工具箱のようなケースを運んできた。彼女は荒っぽくそれを地面に置くと、蓋を開けて中を漁った。

 

「それは何ですか?」

「これは訓練用の道具だ」

 

 ガサゴソとケースの中にあるものを扱い、やがてファングは黒いT字型の何かを取り出して、沙織達の方へ向けた。それが“拳銃”であることを沙織達が認識したのと同時に、その場に大きな発砲音が響いた。

 

「「「わァ!」」」

 

 突然の爆音に、沙織達は驚愕し、揃って声を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第51話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!②

 

 

 

 

 

 

 ファングが目の前にいる沙織達へ“拳銃”を向けている。自分達に発砲されたと思い、咄嗟に身構えた沙織達だが、実際には射線上に彼女達はおらず、発砲音が響くだけだった。

 

「えっ、えええっ! な、なに!」

「ビッ、ビックリしたぁ!」

「な、何なんですか?」

 

 三人は狼狽えながら、しばらく身動きできず、その場に立ち尽くした。心臓は激しく高鳴って、息も荒くなっている。一緒にいたマー達も同じようなリアクションだ。

 

「コイツはとある自動式拳銃……9mm拳銃とかいう銃を模して作られたガーディアンズ特製の訓練用拳銃だ。弾は特殊素材を使っていて、弾速や発砲音は本物と変わらないが、殺傷能力は無い。弾が当たっても……」

 

 そこでファングは、銃口を自身のこめかみ部分に向けて引き金を引いた。

 また大きな発砲音が鳴ったが、弾の当たった彼女は全くのノーリアクションで説明を続ける。

 

「衝撃は最小限、デコピンで打たれた程度で済む」

「それってファングさんが変身してるからなのでは……?」

 

 沙織のそう思うのも無理ないが、実際にこの銃に人を傷つけるほどの威力はない。

 この訓練用拳銃は、ガーディアンズのエージェントが射撃を含んだ白兵戦訓練によく使う銃だ。俺も研修の時、同じ説明を受けた。

 

「それを使って、どうするんですか?」

「作戦開始までに、お前に銃撃戦の基礎を叩き込む」

 

 そう言ったファングの手には専用のマガジンが握られていた。ファングが秋月だけに言っていることに、沙織は「なんで麻里奈だけ?」と首を傾げる。

 

「今回の敵は、射撃能力を持つ怪人集団だ。本当ならこっちもちゃんとした武器で攻める所だが、お前はソイツ等の巣に、魔法の剣一本で戦う気でいやがる。しかもまともな実戦の知識もない。正直言って、ただのアホだ。トドメだけとはいえ、チームとして動くことを考えると足手纏いでもある。だから邪魔にならないよう、銃を持った敵を相手にした時の簡単な立ち回りを覚えてもらう」

 

 ファングの歯に衣着せぬ言い方に、秋月は少しムッとした。

 

「教えてもらうのはありがたいですし、確かに貴方達に比べたら戦いに関して私はド素人です。けど私だって、今まで街の人達を守るために戦ってきました。昨日だって」

「本当にそうか?」

 

 秋月の言葉を遮り、ファングはケースからまた何かを取り出すと、そのまま足で蓋を閉じて隅に押しやった。

 

「昨日の戦いでオレの背中を斬りつけたのはどこのどいつだったっけなァ?」

「むっ……」

 

 ファングの問いに、秋月は口をつぐむ。そして申し訳なさと悔しさの混じったような感情から表情をゆがめ、顔を逸らした。

 そんな彼女にファングは「ほれ」と、手に持っていたものを放り投げた。自分の所に飛んできたそれを、秋月は慌てつつも反射的に手で掴んだ。

 

「……これは?」

「模擬剣だ。この拳銃と同じ、訓練用の武器だ。それを使え」

 

 ファングが渡したのは、長さ80センチほどの黒い模擬剣だ。それもまたガーディアンズ特製の訓練用ソードで、刃は無く、重さも一般人が片手で扱える程度。見た目だけで言えば大きな警棒のようだ。

 

「お前の目的(ルール)は簡単だ。一時間以内にその模擬剣で俺に一撃を入れること」

「それだけですか?」

「あぁ。生憎、親切に教えてやる時間もないからな、体で覚えてもらう」

「……分かりました。よろしくお願いします」

 

 銃撃戦の訓練をするなら、まず銃について知るのが第一だ。しかし作戦開始まで現在あとわずか。悠長に教えている時間もない。

 最も速く身につけるなら実戦が一番だ。秋月はそれだけといったが、根っこが素人の彼女が熟練者のファングに一撃入れるのは、相当の技術、あるいは戦略が必要だ。

 例え、目的通り一撃入れれなくても、その経験は付け焼刃の武器や知識よりも役に立つ。

 

「あと今回の作戦では、飛ぶ斬撃は使うな」

「えっ、どうしてですか?」

「あれはモーションが大きいし、隠れながらの攻撃はできないだろう。要は隙だらけだ。開けた場所ならまだしも、今回は建物の中だ。使えば良い的になる」

「……は、はい」

 

 秋月はしぶしぶ納得しながら、慣らすように模擬剣を振る。その感触は偶然にもメイプルブレードとあまり変わりないようだった。

 

「あのぉ?」

「私たちは?」

「その辺で好きにしてろ」

 

 綾辻さんと沙織が揃って手を挙げて訊ねたが、ファングは二人に離れているようにジェスチャーで示す。

 二人については、玲さんと俺に丸投げしたようだ。

 

「好きにって……」

《どうしようか?》

「魔法の練習でもしてよっか」

《それがいいかもね》

「……よし、それじゃあ」

 

 二人(と二匹)が離れたことを確認して、ファングを構えを取った。

 

「訓練開始」

 

 ファングの音声コマンドに反応して、トレーニングルームの防護壁がせり上がった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「えっ、えぇ!」

 

 2メートルほどの高さのある防護壁がせり上がったことで、トレーニングルームの光景は一変した。何もなかった体育館のようだったそこは、仮想の屋内戦場が再現され、サバイバルゲームのフィールドのようになった。

 

「これは……痛っ!」

 

 周りの変化に驚く秋月だったが、今の状況を頭が理解する前に銃声が響き、頭に小突かれたような痛みが走る。

 衝撃を感じた頭を手で擦りながら、一体何があったのかと秋月が戸惑っていると、目の前でファングが銃を向けていたのが見えた。

 ファングは更に2回、3回と引き金を引き、秋月の体の各所に弾を命中させる。訓練用の銃とはいえ発砲には反動も伴う。それでも銃身が全くブレないでいるのは、ファングが武器についても経験と技術力を持っている証左だ。

 

「ほらほら、馬鹿正直にずっと突っ立ってんじゃねぇ!」

「くっ!」

 

 弾が命中しても命に別状はないが、弾が当たる度に感じる衝撃の不快感に、秋月は射線の通らない防護壁の陰に逃げた。

 

「厳しいんだか、優しいんだか……ッ!」

「無防備に顔出すな!」

 

 ファングの様子を確認するため防護壁から顔を出した瞬間、また秋月の額に弾が命中する。

 まるで自分の行動を読まれたみたいなヘッドショットに、秋月は悔しさから奥歯を噛んだ。

 

「これは……確かに“ただのアホ”だったかもね」

 

 防護壁に寄りかかりながら、秋月は訓練前にファングが言っていた言葉を実感した。

 

《これじゃあ、何もできないわねぇ》

「そうね……攻撃するには、まず近づかないと」

 

 言うのは簡単だが、近づくにはファングの撃つ弾を避ける必要がある。弾に当たってもダメージがないことを考えれば、まっすぐ突撃する手もあるが、被弾を良しとしていては実戦で役に立たない。

 訓練が始まってまた一分も経っていないが、ファングが撃った七発ほどの弾は、すべて秋月に命中している。本来であれば、既にアウトだ。

 模擬剣を握る手を強め、何か手はないかと秋月は考えを巡らせた。

 

《あの人は、最初の位置から動いてないわよぉ?》

 

 ミーが顔を出して、マガジンを付け替えるファングの様子を伺っている。

 

「ふんっ、いつでも掛かってきなさいってわけね」

 

 秋月はポケットから黄色の宝玉を取り出した。

 

「マジックハーツ、エグゼキューション!」

 

 その言葉をキーに閃光が生じ、秋月はキューティ・オータムとなった。

 明るいマジック少女戦士のコスチュームに、殺伐としたデザインの黒い模擬剣はミスマッチだが、オータムは自分の専用武器であるメイプルブレードを扱うように構える。

 

「ふぅぅ……ハァァァァ!」

 

 息を整えたオータムは物陰から飛び出し、ファングに向かって走った。

 二人の距離は、およそ十五メートルほど。魔法少女の身体能力なら、あっという間に距離を詰められる間合いだ。

 まっすぐ自分のところへ進んでくるオータムに、ファングが一発、弾を撃つ。オータムは射線上に模擬剣を構えて身を守った。続けて二発目、三発目と弾が飛んできたが、それは魔法少女の身体能力を活かして避けることができた。

 

「ふん、ド素人が!」

 

 撃った弾が防がれ、続けてかわされたのを見ても、ファングは更に発砲を繰り返す。ただし、銃口は少し下を向いていた。

 花火のような銃声が連続で響き、放たれた弾丸は全てオータムの足に当たった。しかも、着弾したのは走っているオータムが地を蹴る寸前の軸足だ。

 

「わぁ!」

 

 足に走る衝撃によってオータムはバランスを崩して転倒した。体が勢いよく地面に打ち付けられ、彼女の表情が歪む。

 

「弾が切れる前に仕掛けんじゃねぇよ」

 

 床に倒れたオータムを見下ろしながら、ファングは銃のマガジンを取り換えて、次の弾を装填した。そして、彼女の頭を小突くように、また弾を撃つ。

 悪戯した子供に軽く言って聞かせる程度の口調と衝撃だったが、絵面は完全にアウトローのお咎めだ。もし実弾だったら、オータムは二十回は死んでいる。

 

「うっ……ハァっ!」

 

 頭の感触を不快に感じながらオータムは急いで立ち上がり、そのまま再度ファングに攻めかかった。魔法少女に変身し、かつ日頃の戦いで剣を振っていることもあってか、初めての得物でも彼女の剣捌きはしっかりとしたものだった。だが、ファングは一切動じることなく、オータムが振った模擬剣を最小限の動きで全てかわしていく。

 突きや縦振りが来れば体をずらし、横振りが来れば後ろに下がる。攻撃の回数はおおよそ十回ほど。そのどれも、ファングの体に、かすりもしなかった。

 

(この動き……やっぱり我流臭いな)

 

 先日の河川敷での戦いや昨日の駐車場での戦いの動き、そして今の動き。今までのオータムの剣捌きには一貫性がまるで無い。ファングの推察通り、これまでにオータムは誰かに剣術を教えてもらったことはなく、戦闘能力は魔法少女の力と経験によるところが大きかった。

 純粋な剣術だけでは知性の無い虫相手(ノーライフ)になら兎も角、プロの人間相手にはイマイチ技術不足だった。

 

(いや、それよりも、コイツ……)

 

 だがそれよりも、今こうして相手として戦うことで、ファングはその動きに、とある違和感を覚えた。ファングにとっては、オータムの戦闘能力は予想の範囲内だったが、剣術の未熟さよりも“そっち”の方が問題だった。

 

「その辺のイキリチンピラの方が、まだ戦えるぞ?」

 

 オータムの分析を一通り終えると、ファングはまた銃口を彼女に向ける。それを見てオータムは、すぐ模擬剣のブレード部分で身を守るように構えたが、ファングは引き金を引くより先に回し蹴りで彼女の防御の構えを崩した。

 

「距離を詰めれば勝てると思ったか?」

「うッ!」

 

 銃声が鳴る度に、オータムの体の各所に微弱な痛みが走る。その痛みを拒絶するように後退りし、やがてオータムは防護壁の陰へ退避した。

 

《おかえりなさぁい》

「はぁ、はぁ……ただいま」

 

 ミーの呑気な言葉に、オータムは息を整えながら言葉を返す。

 

「はぁぁ……ファングさん相手とはいえ、ここまで手も足も出ないのはキツいわね」

 

 防護壁に寄りかかるオータムと余裕綽々と待ち構えるファング、状況的にはついさっきと全く同じになっている。違いを言えば、額に流れるオータムの冷や汗ぐらいだ。

 

「ミー、ファングさんは?」

《さっきと同じで動き無しよぉ》

「向こうから攻撃するつもりはないってわけね。なんだかムカつく」

 

 馬鹿にされているとでも思っているのだろうが、ファングにそのつもりはない。この訓練は銃撃戦について教えるのが目的だが、先手をすべてオータムにやることで、この後の作戦と似た状況を作るのもファングの狙いだった。

 よって、攻撃を仕掛ける側と待ち受ける側、この戦況を変えるつもりはファングにはない。

 

《強者の余裕ってヤツかしらねぇ?》

「分かんないけど、軽くあしらわれてるのは確かね。真正面から挑んでちゃ勝負にならない」

《それじゃあ、どうするのぉ?》

「さてねぇ。どうしたものか……」

 

 オータムは閉口し、次の手を考える。彼女の視線の先では、またミーが防護壁から顔を出して、じーっとファングの様子を伺っていた。

 しかし、ずっとミーが顔を出してもファングから撃たれることはない。

 

「……そうか!」

 

 そこでふと、オータムの表情が変わる。

 ファングがニャピーの姿を認識できないことに気づいたオータムは、ひとつの作戦を思いついた。

 

「ミー、そのままファングさんを見張ってて、動きがあれば教えて」

《分かったわぁ》

 

 額にかいた汗を拭い、ファングに一泡吹かせようとオータムは動き出した。

 

 

 

 

 






2022/12/28 一部修正しました。


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第52話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!③

 

 

 

 

 周辺を防護壁に囲まれた中、比較的に開けた場所に立っているファングは、一人呆れていた。

 

(丸聞こえなんだがな……)

 

 オータムがミーと話している声は、ファングが立っている所にも僅かに届いていた。耳の良い彼女にとってはその言葉も聞き取ることができた。

 見えない使い魔に自分の行動を見張られているからといって、別に不利になるとは全く思っていない彼女だが、それ以降、オータムの声が全く聞こえなくなったのが少し気になった。

 

(……まぁ良いか。とりあえずお手並み拝見だな)

 

 拳銃の装填を済ませ、ファングは一度体に入っていた力を抜く。射撃に反動は付きもので、訓練用の拳銃でも例外ではない。

 手のひらに蓄積した微小な痛みを払うようにして意識の外へと追いやり、ファングは再度銃を構え、オータムが動くのを待った。マスクの下で不機嫌そうな顔を浮かべながら、

 

 現在、オータムが身を隠している防護壁は、置き盾のようにひとつの壁が独立して設置されている。よってオータムが動くとすれば、その壁の左右どちらかから姿をさらす形になる。

 ファングはどっちから出てきても対応できるように、銃口を向けていた。

 

「っ!」

 

 やがて、オータムは防護壁から姿を現す。反射的にファングは狙いを定めて引き金を引いた。だが、その弾は外れ、奥の壁に着弾した。

 

「ちッ!」

 

 今まですべて弾を当てていたファングが、初めて的を外す結果となった。それもそのはずで、オータムはファングに向かっていくでもなく、まっすぐ別の防護壁の陰へと移っていた。

 

(何か仕掛けてくるかと思えば、移動しただけかよ)

 

 ファングは銃の引き金から指を離し、オータムが向かった先を観察する。しかし直後、またオータムが姿を現して、別の防護壁の陰へと移った。そしてまた姿を現しては別の防護壁へ、また現れては別の防護壁へを繰り返す。次から次へとオータムは防護壁の陰に隠れながら間を縫うよう動く。

 

(……なんだ?)

 

 ファングは冷静にオータムの動きを追う。

 最終的にオータムが移動した先は、ファングの後方。フィールドの防護壁が密に設置されている場所だ。防護壁が単独だけでなくL字型やT字型と複雑に並んでいて射線が通らないため、銃を持っているファングにとっては面倒なエリアだ。だが逆に、オータムにとっては戦略として悪くない選択である。

 

(あそこを選んだのは偶然か、それともアイツの作戦か……どっちにしろ、銃相手には良い判断だ)

 

 やがてオータムは移動を止め、並んだ防護壁のひとつに身を隠した。

 

「お前の得物が剣じゃなければな……」

 

 だがファングの対応は変わらない。オータムがファングの射撃を対策しようとも、彼女が剣で一撃入れるためにはファングのいる開けた場所に出てこなければならない。

 それを理解しているファングがオータムのいるエリアにわざわざ行くわけもなく、結果、状況に変化はない。

 

「さて、次は一体どうする?」

 

 ファングの呟きに答えるかのように、次の瞬間、オータムが防護壁の陰から飛び出してきた。今度は移動のためではなく、体をファングの方に向けて距離を詰める動きだった。

 

「……またか」

 

 場所が変わっただけでさっきと同じような動きをするオータムに、ファングは銃口を向けて引き金を引いた。

 オータムは先ほどと同じく模擬剣で防ぐが、二発目、三発目をファングが撃つと、ジグザグに動いて弾を避ける。左右不規則に動いたことで、今度は足を払われることもなかった。

 ファングは構わず弾を撃ったが、やがて拳銃の弾が切れた。

 

《今よ!》

 

 ファングがマガジンを換える仕草を取った瞬間、ミーが合図を送る。すると、オータムは左右に動くのをやめて、まっすぐ距離を詰めた。マガジンを取り換えて次の弾を装填されるよりも早く、オータムは模擬剣を構えて一気に斬り掛かった。

 

(……ん?)

 

 斬撃をかわしながら、ファングは剣を振るオータムに違和感を覚える。目の前の彼女は剣捌きは同じだが、表情に変化がないどころか、(まばた)きすらしていない。

 

「……ったく」

 

 そこで何かに気が付いたファングは拳銃の装填を済ませ、目の前のオータムを撃つとすぐに背後を振り返った。弾が額に当たると、オータムの身体が枯葉となって消失したが、ファングはそれを見ることなく、後ろから迫る“本物のオータム”に目をやった。

 

「ヤァァーー!」

 

 ファングが振り返ると、オータムの模擬剣が、すでに彼女の目の前まで来ていた。あと、ほんの十センチほど振り下ろせば、ファングに一撃が入る。

 オータムも作戦が決まったと、半ば勝ちを確信していた。

 

「あっ」

 

 しかし、オータムの剣は空を切った。思わぬ結果に、本人の力の抜けた声が漏れる。

 

「奇襲するなら静かに近づけ」

 

 正中線をずらして剣を避けたファングは、オータムに淡々と諭す。

 斬りかかる時の声もそうだが、近づいて来た時の靴音から、ファングは後ろからオータムが迫っているのに気が付いていた。キューティズの履いている靴はヒールが高いこともあって音が鳴りやすい。

 奇襲を狙うには高度に気配を消す必要があるが、オータムにその技術や知識も有していなかった。

 

「ッ! ハァァァァ!」

 

 奇襲が失敗に終わって一瞬焦りを見せたオータムだったが、ここまで来たら力押しで勝負を決めようとでも思ったのか、すぐに間合いを詰めて剣を振った。

 

「ふん、最後の悪あがきだな」

 

 だが当然、土壇場の力押しで勝てるほどファングは甘くない。ファングはオータムの連続斬撃を軽々とかわしながら、タイミングを見切って反撃に弾を撃ち込んだ。

 

「うっ! くっ、まだまだァ!」

「いや、もう終わりだ」

 

 額に衝撃を受けながらも、オータムは諦めずに攻撃を続けようとしたが、ファングは彼女の模擬剣を握る手の手首を蹴り上げて、銃を持っていない方の手でオータムの首を掴む。

 

「ぐっ! このっ……はぅ!」

 

 抵抗を試みたオータムだったが、そのまま後ろへ後ろへと押しやられ、防護壁に叩きつけられる。模擬剣も手首を蹴られた時に手放してしまい、もはやオータムに勝ち目はない。

 自分の首を絞めながら銃口を額の前にやるファングに、オータムは思わず恐怖する。影のあるマスクからは冷たい殺気すら感じられた。

 これが訓練であることすら、今の彼女には頭になかった。

 顔を青くした彼女の目の前で、ファングは残っていた銃の弾五発すべてを撃ち切る。連続で鳴り響く銃声に、オータムは目をぎゅっと閉ざした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ファングが手を離すと、オータムは膝を曲げてその場にペタリと座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ただの訓練にもかかわらず、彼女の心には敗北感が植え付けられていた。途中、魔法少女の能力である分身魔法を使って奇襲を仕掛けた時には勝利を確信していた。そこから一瞬にして敗けてしまっただけに、気持ちの落差は凄まじい。

 

 やがて戦意が喪失し、オータムの変身が解けて秋月の姿に戻った。

 

《麻里奈ちゃん、大丈夫ぅ?》

 

 身を案じて声を掛けたミーに返答することができず、秋月はただ黙ってコクリと頷く。

 しばらくその場に静寂が流れた。秋月が呆然と座っている中、ファングは空になった拳銃を仕舞い、蹴り飛ばした模擬剣を拾っていた。やがて、ファングが模擬剣を肩にかけて秋月の前に戻ってくる。

 

「何で負けたか分かるか?」

「……私の、考えが甘かったから」

 

 秋月はゆっくりと口を開く。

 

「いや、お前の作戦は悪くなかった。自分と相手の力量の差、武器、周辺の状況から考えれば、お前の取った行動は最善の策だった。オレに一撃入れるのも充分できたくらいにな」

「でも……」

 

 秋月は納得いかないという顔で、ファングを見上げる。実際、秋月の攻撃はファングにかすりもしていない。腑に落ちないのも無理ないことだ。

 

「お前の敗因は、お前自身が自分の攻撃に無意識にブレーキを掛けてるからだ。どんな技でも使い手に迷いや不安があれば威力やスピードが劣る」

 

 ファングは模擬剣の先を秋月に向ける。

 

「目の前の敵を傷つけることを怖がっていたら、勝てる敵にも勝てねぇーよ」

 

 自分の心を見透かされ、秋月はドキッとした。

 

 

 

 

 



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第53話 戦うとはこういうことだ!ファングさん、戦いの心得!④



今回、短めです


 

 

 

 

「目の前の敵を傷つけることを怖がっていたら、勝てる敵にも勝てねぇーよ」

 

 自分の心を見透かされ、秋月はドキッとした。ズバリと言い当てられ、彼女に返せる否定の言葉は無い。

 

「……ファングさんは、怖くないですか?」

「ん?」

 

 代わりに、彼女の口から出てきたのは、ファングへの問いだった。

 

「ファングさん、前に言いましたよね? 『他人を傷つけて平気でいられるような人間は、もう普通じゃない』って」

「あぁ、言ったな」

 

 ファングは模擬剣をおろして、短く答えた。

 そんなファングを目の前に、秋月は教えを乞うような眼で見る。

 

「私も、前まではノーライフを斬るとき、手から伝わってくる“感触”が嫌でした。でもこんなことを気にしていたらダメだと思って、ずっと気にしないようにしてきたんです。でも、ファングさんの言葉を聞いて、今の私は、あの“感触”を別に嫌とも思わなくなってるって気がついたんです。そんな自分が怖くて……そしてこの怖さも、このまま戦っているといずれ消えて無くなっちゃうのかもしれないって考えると、なんだか自分が自分じゃなくなるように思えて、怖いんです」

「……なるほどな」

 

 昨日、綾辻さんと沙織に話した内容を秋月はファングに話した。二人が見せた反応とは異なり、話を聞いたファングは事情を心得たように頷いた。

 

「人間は環境に適応する生き物だ。殴る感触が嫌でも無理矢理にでも殴り続ければ、いずれ慣れる。戦うってのはそういうことだ」

「でも、それじゃあ」

「つまり、良くも悪くも人は変われる」

 

 秋月の言葉を遮って、更にファングは続けた。

 

「ある時自分を振り替えって、自分が他人を傷つけて何も感じなくなっているって気づいた時は、オレだって怖かった」

「……ファングさんも?」

 

 意外に思え、秋月は眼を大きくした。

 

「それに、自分がなりたくない人間になってしまうことを怖がるのも当然だ。でも、自分がどう変わろうと、それで終わるわけじゃない。生きてる限り、絶えず人は変わる……」

 

 ふと、ファングは手に力が入っていたのに気づいた。マスクが無ければ、秋月に顔をしかめていたのを気づかれていただろう。

 

 “感触”を取り戻したのは事実だが、代わりに“変異者となった親友を代償にしてしまったこと”は彼女の心に大きな傷跡として残っていた。

 

 ファングは、ゆっくりと静かに息を吐いて、力を抜くと共に心を落ち着かせる。

 

「たとえ他人を傷つけるのに慣れてしまっても、その“感触”は治せる」

「そんなこと、できるんですか?」

「できるさ。帰る場所さえあればな。これはオレの経験則だ」

 

 ファングの言葉に、秋月は思案顔を浮かべた。

 

「それに、まだお前は“軽症”だ。だからそんなに心配することもないと思うぞ」

「えっ!」

 

 やがて、ファングが模擬剣を片付けようと身をひるがえすと、突然、防護壁の外側で地響きのような音と何かが噴き出したような音が轟いた。

 

「えっ! な、なに?」

《何かしらぁ?》

「なんだ? 訓練終了」

 

 音声コマンドが実行され、防護壁が床の中へ格納されていく。壁が無くなると視界が開け、元の開放的なトレーニングルームに戻った。すると、囲まれた防護壁の外側にいた二人の姿が見えるようになった。

 

「何やってんだ、お前ら?」

「あ、あはははぁ」

「ちょーっと魔法の発動ミスっちゃって」

 

 ファングが訊ねると、変身した綾辻さんと沙織……スプリングとサマーは気まずそうに笑みを浮かべる。ファングが疑問に思ったのも無理はなく、二人の周辺はブールの水を全てぶちまけたのかと思えるほど水浸しになっており、本人達もずぶ濡れになっていた。

 

「ミスったって……あーあぁ、一面水たまりにだらけじゃねぇーか」

 

 気が付けばファングの足元の方にも水が広がってきていた。水を掛けたところでこの部屋の設備に異常が出るわけではないが、この惨状がバレた時に自分が小言を言われるのかと思うとファングは気が重くなった。

 

「はぁぁ」

「「ごめんなさーい!」」

 

 頭を掻きながらため息をつくファングに、二人は揃って頭を下げた。端から見ると、コミカル的でほのぼのとした光景だ。

 

「……ふふっ」

 

 そんな光景に、自然と秋月は頬を緩ませた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 同時刻、トレーニングルームで沙織達がそんなことをしているとは露知らず、俺、水樹優人は一人、ガーディアンズ本部のとあるフロアに来ていた。

 ここには何度か訪れたことがあるため、俺の足取りに迷いはない。だが、その薄暗く入り組んだ廊下を初めて歩いたときは、かなり緊張したことを覚えている。真っ白な壁や床、天井は無機質過ぎて、清潔感を通り越して威圧感さえ感じる。たまに目にできる別の色といえば、部分的に設置された消火栓の赤色や非常口の緑色くらいだろう。

 そんな廊下を右へ左へと曲がりながら進み、やがて俺は奥にあるスライド式の扉の前で足を止める。俺が扉の隅にある機械の穴に人差し指を突っ込むと、静脈認証によって扉のロックが解除された。

 本部に入る時もそうだったが、ここのフロアはそれよりセキュリティが厳重になっている。

 

「お邪魔しまーす」

 

 中に入ると、薬品の匂いが鼻孔をくすぐる。

 何度経験しても嗅ぎ慣れない匂いに、思わず足を止めて顔をしかめていると、俺の背後で開いていた扉が静かに閉まった。

 

 

 

 

 

 



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第54話 アルティチウム合金

 

 

 

 邪魔にならないよう様子を伺いながら、俺は部屋の奥へと入っていく。

 ここはガーディアンズの研究開発室だ。周辺では白衣を着た研究員さん達が集中して何か作業している。普通の高校生ではまず手にしないであろう機械を扱いながら、黙々と薬品や何かの回路を研究員さん達が触る光景は、いかにも最先端といった感じだ。

 ここでガーディアンズの武器や機械、衣類、乗り物、治療薬などなどが開発されている。当然、機密性も高いため、ここまで来るのもそこそこ面倒くさい。

 

「和泉さん、います?」

「あぁ、いるよ。あっちだ」

「どうも」

 

 俺が訊ねると近くにいた研究員の一人が奥の方を指さして答えてくれた。俺は礼を言って、そのまま更に奥へと進む。

 すると、デスクに見知った研究員が作業していた。

 

「和泉さん」

「ん? なんだ君か」

 

 声をかけると、その研究員はこっちを見て、着けていた防護グラスを外した。

 

 この人は和泉さん。ガーディアンズ本部の研究員で、この研究開発室の室長補佐でもある。

 短めの頭髪に、そこそこ端正な顔立ち、研究員らしく清潔感のある風貌。年齢はおそらく三十代。研究員の中では若い方だが、年齢のわりに頭が良い。性格も落ち着いていて、俺が今まで見てきた科学者と呼ばれる人の中では、一番まともな男性だ。

 専門分野が無機化学らしいってのは何となく分かるが、研究している内容については高校生の俺には、周りの高そうな分析装置も含めて、専門的過ぎて全く理解できない。

 

「君がここに来るのは珍しいな。何か用か?」

「ロッドを取りに来ました。明智さんから、和泉さんが持っていると聞きましたので」

「あぁ、それならあそこだ。必要なことはもう済んだし、持っていっても構わないよ」

「どうも」

 

 俺はケースのような実験デスク……ドラフトチャンバーというらしい、その中に置かれたスネークロッドを見つけて手に取った。ざっと見た限りでは特に何か変わったところはない。

 

「一体、何に使ったんです?」

「アルティチウムの分析に少しね」

 

 肩にのせるようにして持ちながら訊ねると、作業デスクに置かれたマグカップを手に取った。

 スネークロッドの元になっている、アルティチウムという元素はかなり希少で、チタンより丈夫で軽く、ダイヤモンド並みに傷つけにくい特性を持っている。だがその分、加工がとても難しいようで、実用法などは、まだ研究段階のものが多い。スネークロッドも、大昔に『玄武』の松風さんの祖父が知り合いから譲り受けたとかで、どうやって作ったのかは謎とのことだ。

 なので、俺が使っていない時には今回のようにサンプルとして研究室に持っていかれて調べられることが偶にある。

 

「これから出動か?」

「えぇ、蜂の巣駆除に工場まで」

「そうか。刺されないように気を付けるんだな」

 

 実は、もうすでに刺されてます。

 

「では、お邪魔しました」

「……あぁ、そうだ。ちょっと待った」

 

 その場を後にしようとする俺の後ろ姿を一瞥しながらマグカップに入ったコーヒーを飲んでいると、ふと和泉さんが思い出したように声を上げて、俺を呼び止めた。

 

「実は研究の過程で面白いものが完成してね。君の戦闘にも恩恵のあるものだろうし、良かったら持って行ってくれ」

「何ですか?」

 

 和泉さんは部屋のすみにある収納棚から、何かを取り出してデスクに置いた。

 それは、何の装飾もない四角い金属の塊を薄い紙で包んだもので、見た感じは手の平サイズの鉄板って感じだ。厚さは二センチないくらい、ちょうど俺のスマートフォンと同じくらいの大きさだ。

 包んでいる紙は、もしかしてオブラートか?

 

「アルティチウムととある元素を混ぜた合金だ。もともとはアルティチウムの特性を知るために作ったんだが、調べたところ、この合金はその一方の元素の特性を強めることが分かったんだ」

「その元素って?」

「ナトリウムだよ」

 

 和泉さんはズズッとコーヒーを飲む。

 

「高校生の君でもその性質は知っているだろう?」

「まぁ、黄色に燃えることとかなら……」

 

 あとは、ナイフで切りやすいとか、灯油に浸けて保存するくらいかな。

 塩化ナトリウムや水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどなど、単語だけなら高校化学だけでなく理科の教科書から何度も目にする。

 

「加工の難しいアルティチウムと、様々な触媒を試しながら反応性の高い元素を合わせたらどうなるのかという実験の中でできたものでね、同じアルカリ金属のリチウムやカリウムでは何もなかったのに、何故かナトリウムだけにこの特性が見られた」

「へぇ、どうしてですか?」

「分からない。それを調べるのが今後の僕の仕事だね」

 

 俺は「ふーん」と頷き、デスクに置かれた金属板を手に取った。

 硬さや重さはそれなり。オブラートに包まれているとはいえ触った感じは鉄を触るのと変わらない。

 

「特性を強めるって言いましたけど、具体的にどんな?」

「水に浸るとクーロン爆発する」

「えっ!」

 

 思わずビックリして落としかけたが、俺は何とか落とす前に金属板を掴み取った。

 そんなものを、まるで適当にお菓子をあげるような感覚で渡さないで欲しい。

 

「安心しろ。単純なナトリウムと違って、ただ単に水へ浸けても反応はしない。実験でも確認済みだ。その合金が反応を起こすのは、水中で9.17気圧以上の圧力が掛かった時だけだ」

「条件が限定的なうえに、妙に刻みますね」

「物質とはそんなものさ」

 

 そうなのか?

 

「9.17気圧以上って具体的に、どのくらいの圧力なんですか?」

「水深9メートルくらいの所で掛かる圧力だな」

 

 それなら、まぁ大丈夫……なのか?

 

「爆発の威力は?」

「その大きさなら、TNT換算でいうとおよそ2から3倍くらい、プラスチック爆弾なら1.5倍かな」

「数で言われてもイメージできないんですけど?」

「それ一発で、大型バス1台が吹っ飛ぶ」

 

 あぁ、なんかリアルだなぁ。

 

「おまけに、爆発すれば水酸化ナトリウムとアルティチウムの破片が周囲に飛び散る」

「よく分かりませんけど、いずれにしても、そんな物騒なもの、気軽に渡さないでくださいよ」

「確かに、これを応用すれば機雷などに利用できるだろうが、地上で使うには特性的にもコスト的にもまだまだ改良点が多い。けど、水を操れる君ならうまく使いこなせると思ってね。君専用の爆弾だと思って、使ってみてくれ」

 

 いや、使ってみてくれって簡単に言いますけど……俺、一応まだ高校生なのですが?

 成人もしてない少年に爆弾を渡すって、どうな神経してるんですか?

 

「ついでに、使った後には感想を聞かせてくれると助かる」

 

 ついでじゃなくて、それが目的でしょ?

 実戦で使った実験サンプルが欲しいだけだろ。

 

「……はぁぁ。分かりましたよ」

 

 説明は終わりだと言うように和泉さんはまたコーヒーに口をつける。俺はため息つきつつ合金を懐にしまう。

 作戦の黒塗り部分しかり、この仕事が世間の常識や倫理で考えていてはやっていけないというのは、今に理解したことじゃない。

 

「ん?」

 

 ふと仕事用の携帯電話が鳴る。

 

「玲さん?」

 

 俺は画面の名前を確認した後、通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

『今どこ?』

「研究室ですけど」

『そう。今からあの子達を屋上に連れていくわ。鉢合わせるとマズいだろうから、貴方は先に行って変身してなさい』

「了解」

 

 それだけ話して、俺達は通話を切った。

 

「行くのか?」

「えぇ。じゃあ、失礼します」

「あぁ、いってらっしゃい。気を付けてな」

 

 和泉さんに見送られ、俺はスネークロッドを持って屋上のヘリポートへ向かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 屋上に出ると、俺は建物の高さのわりに穏やかな風を感じながら、ヘリポートに上がった。

 ガーディアンズ本部の屋上にあるヘリポートは、大型輸送ヘリコプターも着陸できるように作られているため、そこそこ広い。

 そこにはもうすでに、これから一緒に出動するエージェント三十人が待機していた。皆、黒色を基調としたヘルメットや防弾チョッキを着用し、今は武器や道具の整理をしている。

 

「よぉ、水樹」

「雨宮さん、どうもです」

 

 エージェントの中の一人が、俺に来たことに気づいて手を上げた。

 名前は雨宮賢吾。コードネームはエージェント・ファイブ。ガーディアンズ本部の実働部隊の隊員。

 彫りの深い顔に、強い目力。年は三十路半ば。防弾チョッキを着ていても分かる筋肉質な体は、いかにも兵士といった感じだ。妻子持ちで、七歳の娘さんと四歳の息子さんについて同僚に話しているのをよく見る。

 

「今回も、よろしくな」

「えぇ、こちらこそ」

 

 そういって賢吾さんは笑顔で俺の左肩をポンポンと叩く。本人は軽くやってるのだろうが、叩かれた方としてはそこそこ力強さを感じる。

 まぁ、これは賢吾さんなりの挨拶みたいなものだ。

 今日みたいな作戦では、俺と賢吾さんのチームはよく組むことがある。研修の時にも色々と面倒を見てもらい実戦の動き方や戦い方について教えてもらった。

 

「雨宮さんはどこの班に?」

(ブルー)だ。足引っ張んなよ」

「そっちこそ、間違えて俺の背中撃たないで下さいよ?」

「おっ、なんだぁ、言うようになったなぁオイ」

 

 ケラケラと笑う雨宮さんにつられて、俺も頬を緩ませた。周りにいる他のエージェント達も、クスクスと笑っている。

 

「けどお前、作戦報告の時に聞いたが、今回の敵に撃たれたって?」

「えぇ、まぁ。でもなんとか、この通り大丈夫でしたよ」

「おいおい、弛んでんじゃねぇのか? よくまぁ、さっきの軽口が叩けたもんだ」

「仲間を守るために仕方なく受けただけですよ」

「あー確か、その仲間ってのの一人がお前の彼女なんだっけか? そうかぁ、それなら仕方ねぇよなぁ。よっ、まさしく愛する彼女を守るヒーロー、カッコイイ!」

「からかわないでください。彼女じゃないです」

「まーたまたぁ、ハイドロードちゃんたら恥ずかしがっちゃってぇ」

 

 ニヤニヤと笑う雨宮さんを、頬を赤くした俺は奥歯を噛みながら睨み付ける。仕返しにスネークロッドの先で小突いてやろうとしてみたが、雨宮さんは横にズレたり後ろにさがったりして、うまく避ける。

 何回か突いてみたが、結果、俺は反撃できず、周りのエージェント達を愉快にさせただけに終わった。

 雨宮さんの避ける動きが無駄なくやけに様になっているのもあって、なんか更にムカつく。

 

「まぁ、冗談は置いといて、今回の作戦にはその娘達も一緒なんだろ? その子が死なないよう、しっかり守ってやんな」

「……言われなくても、そのつもりですよ」

 

 口を尖らせながら、俺は雨宮さんへスネークロッドを放り投げた。雨宮さんがそれを受け取ったのを見ながら、俺は腕時計のスイッチを押して盤面に触れ、装着システムを起動させる。

 システムが起動すると、俺の身体がダークブルーのスーツに覆われ、その上からアーマーやマスクが装着される。

 装着システムが実行を終え、俺はハイドロードに変身した。

 

「ヒュぅぅ、相変わらずクールだねぇ。俺にも一着くれねぇかなぁ」

 

 そう言って雨宮さんはスネークロッドを投げ返す。

 

「瞬間着脱機能くらいなら、申請すればエージェントの装備にもつけてくれるでしょう」

「バカ野郎。自分オリジナルのデザインってのがミソなんじゃねぇーか。それに平のエージェントが申請しても、承認が通んねぇーんだよ。そんな機能を装備につける予算の余裕があるなら弾薬や燃料に回すってね」

 

 確かに。エージェントは俺や悠希よりも何かと金を使う。

 成果や利益の見込みも無しに予算は出ないのか……。

 

「一般エージェントは万年予算不足だぁ」

「待遇に不満が? でもその分、バイトの俺より良い給料ちゃんと貰ってんでしょう。何なら変わりましょうか?」

「……いや、それは遠慮しとく。俺にはヒーローより平社員の兵士の方が性に合ってる」

「はいはい、そうですかぁ」

 

 思った通りの返答に、俺は適当に頷いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらく雨宮さんや他のエージェント達と雑談していると、ファングが沙織達を連れてやってきた。

 

「……あれ?」

「あの子達が例の魔法少女達か。あん?」

 

 この場にやってきた面々に違和感を覚え、俺と雨宮さんは揃って首を傾けた。

 

「おい、エージェント・ゼロはどうした?」

 

 雨宮さんがファングに訊ねる横で、俺は目を凝らすため手で擦ろうとしたが、自身のマスクに阻まれて、一人やきもきしていた。

 

 雨宮さんには、“見えていない”のか?

 

 

 



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第55話 みんなで出動ぉ!現場へレッツゴー!

 

 

 

 

「あん、エージェント・ゼロはどうした?」

「なんか取ってくるものがあるってよ」

 

 雨宮さんとファングのやり取りの横で、俺はマスクの下で目を凝らしていた。

 

「……なんだか、今更だけど凄い緊張してきた」

「分かる。いつもと違って、いかにも作戦の前って感じ」

「大会前みたいでワクワクするよね?」

 

 綾辻さんと秋月は手際よく準備をしているエージェント達を見てソワソワとしている。

 沙織は……まぁ、いつも通りだ。

 

「君達が例の魔法少女だな。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

 

 沙織は相変わらずのマイペースだが、緊張している二人に気を使ってか、雨宮さんが三人に気安い口調で声をかけると綾辻さんが代表して挨拶を返す。それから雨宮さんは「君たちの活躍は聞いている」とか「慣れないだろうが心配するな」とか適当に話しかけ、彼女達の緊張を和らげていた。

 

 やっぱり、雨宮さんには“見えていない”らしい。

 だとしたら、どうして俺だけに見えてるんだ?

 

 俺が黙って考えていると、その様子に気づいたファングが首を傾げる。

 

「あん? どうした?」

「あぁ、いや、何でもない」

 

 しかし、今は気にしている暇はない。

 ファングに声を掛けられ、俺は“それ”について考えるのをやめた。俺の推測があってるなら、“それ”については後で考えるでも問題ない。

 

「てかお前、なんか機嫌悪くなってないか? 何かあったか?」

「……別に」

 

 どことなく口調が荒っぽくなってると感じて訊いてみだが、ファングはフンと顔をそらした。彼女のふてくされた態度に、今度は俺が首を傾げた。

 後で聞いた話だが、この時ファングは、ここに来る前に無断で沙織達をトレーニングルームに入れたことについて、玲さんに小言を言われたとのことだった。

 

 

 

 

 やがて、北西の空から一機の航空機がババババと音を響かせながら飛んできた。

 

「来たな」

「えっ!」

 

 先に気が付いた雨宮さんにつられる形で、綾辻さん達もその方向に目を向ける。

 航空機は近づいてくるにつれ、段々とその姿を大きくしていく。

 

「うわぁぁ」

「でかっ! すごっ!」

「………」

 

 50名ほどの人間が乗れる大きな胴体と回転翼が付いた側面の薄く頑丈な羽、細くて丸みのある先端(レドーム)とパイロットのいるコクピット。そのフォルムは見た者に、鳥というよりドラゴンを思わせる。

 そんな大型輸送航空機はプロペラを上方に向けて、ガーディアンズ本部の上空でホバリング飛行した後、ヘリポートに着陸するよう垂直降下した。

 初めて間近で見る航空機が着陸する光景に、三人はそれぞれ息を呑んだ。プロペラの回る音にかき消され、三人の声も誰かの耳に入ることはなかった。肩に乗ったニャピー達も、風に飛ばされそうになっている。

 着陸を終えた航空機は待機モードに入り、後部ハッチがゆっくりと開く。そして今まで騒がしかったプロペラ音がおさまり、周りの音も聞こえるようになった。

 

「これって、オスプレイってヤツですか?」

「いや、これはウチが開発したオリジナルの航空機だ」

 

 指をさして訊く沙織に、雨宮さんが訂正した。

 まぁ、素人が見たらティルトローターの航空機を見たら、一様にオスプレイと言うだろう。俺もガーディアンズに入るまで、固定翼機と回転翼機の違いなんて知らなかったし、あれは色んな意味で話題になったからな。

 

「着たわね。総員、搭乗準備」

 

 ふと聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り返ると玲さんが立っていた。どうやら航空機が着陸している間に上がってきていたようだ。

 

「うわ!」

 

 しかし、その手ある見慣れないものに、俺は目を大きくし、思わず口からも声を出た。

 長さは約70センチ、口の大きさは約5センチ。持ち手には反動を抑えるためのゴツい銃床と大きな弾倉、中心には伏せて撃つ時の支えとなる二脚の銃架が付いている。

 一般の日本人ではまず見る機会はない、大口径のライフル銃……要は対物(対戦車)ライフルを、玲さんは持っていた。

 

「わぁぁ、ゼロさんカッコイイ!」

「おいおい、戦争でも始めるつもりかよ?」

 

 対物ライフルを肩にのせるようにして持った玲さんを見て、沙織が眼をキラキラ輝かせ、雨宮さんが若干驚きの含んだ口調で訊ねる。

 対物ライフルは、その名の通り、およそ生き物に向けて撃つ銃ではないし、有効射程は一キロ以上だ。今回の射程は最長でも二十メートルあるかどうか。明らかに威力過剰だ。

 

「ちゃんと威力は相応に調整してある。建物ごと破壊して怪人と一緒に瓦礫の下敷きになるようなことはしないわよ」

 

 だからってそんなゴツいもの持ってこなくても良いだろうに。

 

「ショットガンで充分だろ」

 

 雨宮さんの意見に賛成。

 

「たまにはこっちも使わないと。保管室で眠らせ続けて錆びらせるつもり?」

 

 いやいや、それにしても……。

 

「それに、パンチ力がトンもある怪人の皮膚を貫くにはこれくらいあってもちょうど良い方よ」

 

 まぁ、素体のアサルトホーネットはロケットが直撃しても死ななかったし、それなら一理ある。

 でもそれはそれとして……。

 

「良い趣味してるなぁ」

「マッチョですね」

「案外、野蛮なんだな」

「何か言った?」

「「「いいえ、何も」」」

 

 雨宮さん、俺、ファングは、玲さんの眼光から逃げるように顔をそらし、揃って返答した。

 よく見たら、脚と背中にベレッタと30口径のミニミ軽機関銃が装備されている。やっぱりマッチョだ。

 

「よし、じゃあこれより現場に向かう。貴女達三人も用意して」

「あっ、はい!」

 

 玲さんに指示され、三人はそれぞれの宝玉を手に握った。

 

「「「マジックハーツ、エグゼキューション !」」」

 

 ピンク色の宝玉と青色の宝玉、黄色の宝玉から発せられた神聖な光が彼女達を包んだ。

 

「うっ、目がチカチカする」

 

 初めて見る魔法少女の変身に、周りのエージェント達は興味深そうに見ていたが、その光に目を細めたり、手をかざして目元に影を作った。

 やがて光が消え、三人はマジック少女戦士に変身した。

 

「おー、娘が見たら喜びそうだ」

 

 目の前の魔法少女に、雨宮さんと一般エージェントは目を見張る。一般エージェントの何人かは既に彼女達を目にしていたこともあったが、変身したところは初めて見ただろう。

 

「よし、それじゃあ総員、輸送機に乗れ。まず貴女達からよ」

 

 玲さんの指示に従って、三人は機内を興味深そうに見渡しながら、中へと入る。その後ろに、玲さんと俺、ファングが続き、最後に雨宮さんを含めたエージェント達が搭乗する。

 

「貴女達はそこの席に座って、ヘッドフォンつけて」

「は、はい!」

 

 玲さんの指示に素直に従って、三人は座席に座り、ヘッドフォンをつける。慣れない搭乗のようだが、そこは玲さんが上手くサポートしている。

 

「通信機をつけた魔法少女なんて、なかなかレアな姿だよな」

「そうかもな」

 

 対して俺やファング、一般エージェント達は、慣れた手つきで準備を済ませた。

 やがて離陸準備が完了して後部ハッチが閉まる。機内は大型トラックのコンテナ並みに広い空間になっているはずだが、およそ三十人ほどの人間と、銃や防弾盾の武器や道具が積まれた輸送機の中は、なかなかに手狭になっている。

 

「よし、出せ」

 

 玲さんの命令を出すと、コックピットにいたパイロットが装置を起動した。そしてプロペラが再び回転しだすと同時に、機内にもその音が響き渡る。

 垂直離陸特有の浮遊感を感じながら、輸送機は現場へと飛んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「現場に着いて作戦開始時間になったらすぐに建物内部へ突入する。その前に、作戦の最終確認をしておくぞ」

 

 離陸後、上昇と加速を終え、飛行が安定すると玲さんは席を立って、携帯簡易ホログラムを起動した。投影されたのは製鉄所の立体マップだ。

 

「今回のターゲットは、旧帝住金属の製鉄所内にいるノーライフの変異態。目的は奴らの巣の駆除と変異態の全滅だ。突入は三チームに分かれて東西南の三方向から仕掛ける。チーム(レッド)は東、チーム(ブルー)は南、チーム(イエロー)は西から進入する。チームメンバーはそれぞれ私とハイドロード、ファングの指示に従え。なお、変異態は彼女達三人にしか倒すことはできない。よって我々ガーディアンズメンバーは、彼女達が変異態を討伐できるよう上手く支援しながら、ヤツ等が巣を作っている製鉄所の中心へと向かえ。そこで三チームは合流し、残りの変異態と巣、卵と幼虫をたたく」

 

 玲さんが「ここまでに質問のあるヤツは?」と訊くが、エージェントの誰も口を開かなかった。皆、目の前に投影されている製鉄所のマップ、進入ルート、作戦の概要は既に頭に入っていた。

 それを確認して、玲さんは話を続ける。

 

「よし。敵の動きは製鉄所付近にいる観測部隊から随時報告が入る。各チームのエージェントはオペレーションA5に従い、前に防弾盾、後ろに銃の構えで敵の攻撃を防ぎつつ進攻しろ。もし敵が上空や北側の海へ逃げようとした場合は、上空で待機している“アカシシ”が殲滅する」

 

 そこまで言って、玲さんは通信機に触れながら「あと最後に言っておくが」と静かに息を吸う。

 

「現場はノーライフの変異態の影響で、常人がその場に長く居ると精神に異常をきたす可能性がある。エージェントは精神に少しでも異変を感じたら、すぐに現場から離脱しろ。最悪、錯乱して仲間を撃ち殺す可能性もある」

 

 それだけ言うと、玲さんは通信機から手を離した。

 エージェント達は真面目な顔つきで聞いていたが、キューティズの三人は首を傾げている。どうやら玲さんは最後の指示を彼女達に聞かせていないようだ。

 察するに、既に犠牲者が出たか……。

 

「以上だ」

 

 ホログラムが消え、突入前の簡単な作戦会議は終了した。

 それからしばらく、機内いるメンバーは黙って、ある者はアサルトライフルをいじりながら、またある者は目を閉じて瞑想しながら、作戦前に気を落ち着かせていた。

 途中、サマーが「コックピットを見てみたいです」と玲さんにお願いして、魔法少女三人がコックピットを見に行ったりしたが、それ以外は特に言うこともなく時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 やがて製鉄所付近の上空までたどり着き、俺は輸送機の小さいガラス窓から地上を見下ろす。製鉄所の外観は事前に見せられたマップの通りで、プラント配管や煙突など特に変わったところはない。教科書にも記載されているような、如何にもな製鉄所だ。

 だがそれよりも、敷地の外にいる人の群れに、俺は目が留まった。目を凝らすと、それは規制線を張っている警察の他に、カメラを持った新聞記者やテレビ局のカメラマン達だった。

 

「マスコミが来てますね」

「ウチから漏れたってことはないだろう。警察側からリークがあったのかもな」

 

 俺が呟くと、隣で同じく地上を見ていた雨宮さんが推測を述べた。

 

「……なるほど。指揮権の受け渡しで一悶着あったんですかねぇ」

「多分な。松風さんも無茶するよなぁ」

 

 政治のことはよく分からないが、自分達の領域を荒らされてガーディアンズのことをよく思わない組織ってのは少なくない。これも、その影響なんだろう。父親が警察官であることもあって、少し複雑な心境だ。

 まぁ、雪井やヒューニがバラしたって線もあるけど、いずれにしろ、できるだけ弱みになるようなことは見せられない。

 

「もし正体がバレたら面倒ね。ハイドロードとファング、あと貴女達三人は現場を離れるまでは変身を解かないように注意しときなさい」

『現場に到着。着陸態勢に入るぞ』

 

 俺達が玲さんへ返事をする前に、パイロットの声がそれぞれの通信機から響いた。

 そして、ガーディアンズ本部から飛び立った時とは逆に、輸送機は減速と下降を行って、製鉄所の敷地内にある広場へと着陸した。輸送機が地面に着くと同時に一度大きく上下に揺れるが、バランスを崩した者はキューティズの三人だけだった。

 エージェント達は防弾盾と銃を構え、ゆっくりと開く後部ハッチの方を向く。

 

「ふぅぅ、いよいよね」

「安心しろ、オレ達が付いてる」

 

 胸に手を当ててゆっくりと息を吐くオータムと、彼女に声をかけるファング。

 

「よーし、いっちょやりますか!」

「張り切るのは良いが、あまり前に出過ぎないようにな」

 

 杖を肩にのせて持ちながらぴょんぴょん跳ねるサマーと、その横にスネークロッドを同じように持って立つハイドロードこと俺。

 

「ゼロさん、よろしくお願いします」

「えぇ、任せなさい」

 

 ウィンドガンナーを持つスプリングと、対物ライフルを持つエージェント・ゼロ。

 

「突入部隊、現着。作戦を開始する」

 

 その玲さんの通信を合図にして、魔法少女とガーディアンズによる共同作戦が、今、始まった。

 

 

 

 



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第56話 作戦開始!チーム青、全力前進!

 

 

 

 玲さんとファング、スプリングとオータム、そしてそれぞれの部隊のエージェント達と別れ、俺とサマーは同じチームのエージェント達と共に、作戦にあった製鉄所の南側に向かっていた。

 銃と盾を構えたエージェント達が前に出て、無駄の無い動きでポイントに向かう。

 まだ建物の外だというのに油断してないところを見ると、流石プロだなと思う。

 

『アカジシ、射撃準備完了。ポイントA1にて待機』

『観測部隊、準備完了。各センサー感度良好』

『目標に動きあり。我々の動きを感づいた模様』

『構うな。想定内だ。支援部隊、非常設備に影響はあるか?』

『電力供給に異常なし。作戦運用に支障ありません』

『よし。各自、地上部隊が配置完了するまで待機維持せよ』

『地上部隊、まもなく各ポイントに現着』

 

 通信機からは既に上空にいる火野さんや観測部隊含む各部隊の連絡が聞こえてくる。

 状況を簡単に言えば、彼らは準備を終え、地上部隊である俺達三チームが突入するのを待っている形だ。製鉄所の敷地は広いため、どうしても地上部隊の方が配置が遅れる。

 しかし、これも作戦の内だ。俺は遅れず急がずを心掛け、周辺を警戒しながら目的のポイントを目指す。

 製鉄所内の建物は金属の錆のせいか、あるいは人の気配が無いからか、なんだか不気味だ。それに今は、中に怪人が巣食ってるのもあって、景色もどんよりして薄暗くなっているように感じる。

 

《この空気は良くないね》

「えっ?」

《ハデスが好きそうな“負のエネルギー”が漂ってる。気を付けた方が良いよ》

「う、うん。わかった」

 

 横でサマーがミーと何やら話しているが、俺は気にせずサマーと共に前にいるエージェント達の後に続いた。

 

『チーム(レッド)、ポイントR1に現着』

 

 また通信機に連絡が聞こえてきた。玲さんとスプリング達が予定のポイントに着いたとのこと。彼女達のいる場所は輸送機の着陸地点から近いため、当然配置も早い。

 そんな連絡を耳にしながら更に足を進めると、やがて目的の入口が見えた。入口といっても片開きの金網扉なので向こう側の様子はよく見通せる。錆びた鉄骨の柱に折板屋根、薄暗い工場内部と、まるで魔物の住む洞窟ようだ。

 そんな入口の前でエージェント達は突入体勢に入る。盾を持ったエージェントが後ろのエージェント達を守りながら進入できるように前に出た。

 

「チーム(ブルー)、ポイントB1に現着」

 

 通信機に報告を流し、俺達はそのまま待機を維持する。後は合図を聞いて突入するだけだ。

 静かに待機していると、工場の中から冷めた風が流れてくる。夏も近いというのに、マスクや戦闘スーツごしでも分かる冷気っていうのは気味が悪い。

 

「冥界の入口に立つってのは、こんな感じなのかね?」

「お化け屋敷の間違いでしょ。どちらにしても冷房いらずで助かりますね」

「ははっ、そうだな」

 

 小銃を構えて冗談を言う雨宮さんに、俺は冗談で返す。

 そして、ふと横目で隣を見ると、サマーが強ばった顔をしていた。よく見ると杖を握る手も右手へ左手へと持ち替えて落ち着きがない。

 テストといい部活の大会といい、なにかと沙織は本番に強いが、周りを心配させまいといつも通りに振る舞おうとする。ここに着く前から、あるいは輸送機に乗る前から、結構無理してたのかもしれないな。

 そんな彼女の背中を、俺はポンと優しくたたいた。

 

「そう緊張するな」

「う、うん。あっいや、はい」

 

 緊張からか素の反応を見せたが、すぐにサマーは言い直す。

 

「君なら大丈夫だ。俺が守る」

「えっ。あ、あはははぁ。ハイドロードさんにそう言ってもらえるなんて、なんだか照れちゃいますねぇ。頼りにしてます」

 

 頬を指先で掻きながらサマーは笑う。

 まだちょっと作った感じがあるが、少しでも不安が拭えたなら、それで良い。

 

『チーム(イエロー)、ポイントY1に現着』

『全部隊、配備を確認。これより、七色作戦を開始する』

 

 そんなやり取りをしている、通信機からファング達のチームも位置に着いた報告が聞こえ、続けて火野さんが作戦の開始を宣言する。

 いよいよ突入だ。

 

『突入開始。繰り返す、突入開始』

「よし、行け!」

 

 命令を出して、俺とサマーはエージェント達と共に工場の中へと入っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 内部は外の光が入らず薄暗い。支援部隊のおかげで電気は通っているはずだが、いちいち照明をつけていく暇もないので、明かりは一部のエージェントが持つ小銃についたウェポンライトだけだ。

 周辺を警戒しつつ、俺達は靴音を響かせながら奥へ奥へと進んだ。内部の作りは予め見たマップと同じなので、当然、その歩みに迷いはない。

 

『チーム(ブルー)、こちらOU(観測部隊)、目標が接近。警戒せよ』

「OU、数と距離は?」

『目標、数12。距離、直線にして20(メートル)』

「了解。全員止まれ」

 

 観測部隊からの情報を聞いて、俺はチームメンバーに停止するよう命令した。

 幸い、今いる通路は突き当りのL字の曲がり角まで、ある程度距離がある。明るくはないが、廃材等もなく見晴らしも悪くない。迎え撃つにはちょうど良い。

 

「敵が来る。この通路で迎え撃つぞ。サマー、俺が合図したら敵を射撃できるよう準備してくれ」

「はい!」

 

 防弾盾を持ったエージェントが前に出て、その後ろに小銃を持ったエージェントと俺、サマーが並ぶ。

 すぐに態勢は整い、ライトと銃口が前方に向けられる。後は敵が来るのを待つだけとなった。

 少しの間、この場は静寂に包まれていたが、すぐに奥の音から怪人の羽音が聴こえてくる。音はだんだん大きくなり、やがて、ライトが照らした曲がり角から目標である敵が姿を現した。

 蜂のような顔とヒト型の身体、茶色の羽、光沢のある灰色の外皮とオレンジの縞模様。確認したフォルムは増殖した蜂怪人で間違いない。

 そして一体目を確認すると、すぐに二体目、三体目も姿を現す。

 

「撃て!」

 

 俺の命令が響くと、射撃の閃光と共に銃声が次々と鳴る。間近で聴くリアルな銃声に一瞬サマーは「ひゃッ」と小さい悲鳴を上げたが、それもすぐに銃声によって消えた。

 エージェントの撃った弾丸は、すべて蜂怪人に直撃して身体に穴をあけていく。傷口から体液が噴き出す様子は中々グロテスクだが、飛んでいた蜂怪人が地面に落ちて行動不能になっていくのが確認できた。

 死に際に反撃してくる個体もあったが、飛んできた毒針は前にいたエージェントの防弾盾によって防がれた。

 

「サマー、今だ。中心から少し左側と地面を狙え」

「は、はい!」

 

 十体目が倒れたところで、俺はサマーに指示を出した。

 サマーがスネークロッドを構えると、魔力が蓄えられ、杖の先端の装飾も青く光る。

 

「サマーマジック。暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

 

 サマーの呪文に反応して、杖に収束された魔力はキラキラ輝きながら、青い光の弾丸となって放たれる。そして、最後に現れた蜂怪人と倒れていた蜂怪人に命中して浄化するように敵を消し去った。

 射撃の音と敵の羽音が消え、再度その場に静寂が戻ってきた。

 

『チーム(ブルー)、こちらOU、目標の消失を確認』

「了解。よし、先へ進むぞ」

 

 敵の消失を目視でも確認し、俺達は更に奥へと足を進める。

 

「……止まれ!」

 

 だが、曲がり角を曲がった直後、俺は小走りで前へ進むエージェント達に停止の命令を出した。何の前触れもなく足を止められたことに、エージェント達とサマーは何事かと疑問を抱いた。

 

「全員、構え」

「どうした?」

「ヤツ等の羽音が聴こえる。敵がまたこっちに来ます」

 

 周りの面々は不可解に思いながらも、命令に従って先ほどと同じように迎え撃つ隊形を取った。

 雨宮さんが俺の返事を聞いて耳を澄ませたが、普通の人間の耳では聞き取れないらしく首をひねる。

 

「OU、こちらエージェント・ファイブ、目標確認できるか?」

『チーム(ブルー)、OU、目標は確認できず……あっいえ、目標接近! 繰り返す、目標、多数接近!』

「なに? どういうことだ?」

 

 観測部隊が急遽報告を訂正して、敵の接近を告げる。雨宮さんは眉間にしわを寄せた。

 

『こちらOU。どうやら、目標は我々の索敵能力を察知し、熱源センサーに反応しないように個々の体温を外気と同じに調整している模様。各チームは注意してください』

 

 なるほど、こっちが通路で待ち構えていたことに気づいて対策したのか。

 羽音は消せていないとはいえ、知恵が回るヤツだな。

 

「ほぅ。さすが虫がベースになってるだけあるな」

「問題ありません。このまま作戦通り行きましょう」

 

 敵の対応に動じることなく、俺達は作戦を続行する。

 本部や火野さんから命令があれば別だが、この程度であれば中止する必要もない。

 

「来ます。撃て!」

 

 俺が命令した直後、後続の目標が姿を現し、エージェント達は蜂怪人へ一斉射撃した。

 弾は全て命中して蜂怪人は先ほどと同じように地面に倒れていく。死んでないとはいえ、体液を流しながら行動不能になった蜂怪人の身体が続々と倒れていく様は、死体の山が積まれていくようで気味が悪い。

 

 だが、今度の群れは数で押してきた。数体倒したかと思えば、奥の方からまた新手が次々と現れる。おかげでサマーにトドメの攻撃を繰り出させるタイミングがない。

 しばらく銃声が鳴り続けるが、やがて距離を取るために、防弾盾を持ったエージェントが後退し始めた。

 

「くそっ、切りがねぇ!」

 

 雨宮さんが小銃の弾をリロードしながら愚痴る。

 当たり前だが、銃の弾数には限りがある。いくら弾薬補充担当がいるとはいえ、このままではエージェント全員の弾が尽きる方が早い。

 

「俺が敵の動きを止めます。SU(支援部隊)、エリアB2の消火設備を作動させろ」

『こちらSU、了解』

 

 俺が支援部隊に命令を出すと、蜂怪人達のいる天井のスプリンクラーが作動して、水を撒き散らし始めた。

 俺は降り注ぐ水に意識を飛ばして、蜂怪人達の身体に付着させていく。付着した水はスライムのように蜂怪人にまとわりつき、身体を伝って顔面を覆う。

 怪人といっても、肺呼吸をしている生き物だ。顔を水で覆われれば窒息する。

 よって蜂怪人は身体に付いた水や周辺の水玉を振り払おうと暴れるが、その分、こちらに全く意識が向いていない。こうなれば、もはやただの的だ。

 

「よし、今だ。総員撃て!」

 

 再度、エージェント達による一斉射撃によって、蜂怪人が地面に倒れていく。

 

『敵相手とはいえ、ひどいことするなぁ』

 

 銃声にまじって、サマーの近くを飛んでいるミーが何か言っていたが、俺は無視して瀕死になっていく蜂怪人を見据え続ける。

 やがて、新たに奥からやってくる蜂怪人がいなくなった。

 

「サマー、トドメだ!」

「はい! サマー・シャイン・チャージ!」

「総員、端によれ!」

 

 輝く青色の魔力を収束させて、サマーが蜂怪人に向かって杖を向ける。その呪文が何度か見た必殺技だと理解した俺は、前にいるエージェント達に射線を開けるよう指示を出した。

 

「サンフォース・ストライク!」

 

 杖先に大きく光を帯びると、ファンタジーなエフェクトがかった光の輪に囲われ、サマーの杖から眩しいほど大きな光線が発射される。暗闇に慣れていたのもあって、その光に目が眩みそうになるが、そこはプロ、エージェント達は皆瞬時に顔を伏せた。

 蜂怪人達が光線に飲み込まれ、やがて光が落ち着くと水浸しで地面に倒れた蜂怪人達の姿は無くなっていた。

 敵の姿が消えて技の前後で光景がガラリと変わり、あまりの一層ぶりに、雨宮さんは感嘆として目を大きくしている。

 

「すげぇな」

「行きましょう。総員、陣形を組み直して進め」

 

 驚く気持ちも分かるが、今は作戦の最中だ。

 俺は静かになったその場に命令を響かせ、引き続き奥へと進んだ。

 

 

 



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第57話 チーム赤、チーム黄も突入!力を合わせて敵を倒そう!

 

 

 

 一方その頃、俺とサマーが蜂怪人を倒しながら進んでいるのと同じように、玲さんとスプリングもエージェント達と共に進攻していた。

 

『チーム(レッド)、こちらOU(観測部隊)、目標が接近。警戒せよ』

「OU、了解」

 

 玲さん達の所もおおよそ俺達と同じく、最初はエージェント達の小銃とスプリングの魔法射撃で蜂怪人を倒していたが、やがて数の多さに押され、後退を余儀なくされた。

 しかし、ただで引き下がるわけもなく、チーム赤のエージェント達は盾で身を守り、小銃を撃ちながら蜂怪人と一定の距離を保ち、時間稼ぎをするようにゆっくりと後退している。

 

「重くないですか、それ?」

「慣れよ……よし。ガンナー、エリアR3を抜けて後退。敵を誘導しろ」

 

 エリアR3とは、チーム赤の進入ルートにあるT字路の部分だ。

 そのエリアの曲がり角を見据えて、玲さんは誘導役のエージェント達が通過したのを確認すると、立ったまま対物ライフルの銃口を向ける。

 

「耳ふさいでなさい。あと、撃たれる敵は見ない方が良いわよ」

「えっ、どういうことですか?」

 

 スプリングがウインドガンナーを構える横で、玲さんは対物ライフルのボルトを引く。そして自分の忠告の意味を理解せず、キョトンとした彼女を見て目を細くした。

 

「……あなた、相変わらずピュアね」

「へ?」

「良いから言うとおりにしてなさい。あと私が合図したら、アイツらを一掃できる大技を出せるように準備しておいて」

「は、はい!」

 

 玲さんに命令され、スプリングは息を大きく吸った。

 

「スプリング・ウィンド・チャージ!」

 

 呪文によってスプリングの武器であるウィンドガンナーに桃色の魔力が貯まり始める。やがてエネルギーが最大まで達して、あとは引き金を引くだけとなった。

 スプリングは真剣な目つきとなって、玲さんと同じく蜂怪人が現れるであろう曲がり角を直視する。

 やがて蜂怪人が曲がり角の陰から出てきた。怪人達は毒針を連射しながらエージェントを追っていたが、すぐにスプリングの魔力に気づき、目標を変えた。

 蜂怪人の集団は威嚇した声を上げて、進路を変えてスプリングと玲さんの方へ飛ぶ。

 

「今だ撃て!」

 

 そう言ってハンドサインを出した後、玲さんは対物ライフルの引き金を引いた。大砲のような音が鳴り、撃った本人は反動で後方に吹き飛んだが、それでも地に足をつけて体勢を保つよう踏ん張った。

 対物ライフルの弾は蜂怪人達の身体を全て貫いて猟奇的な肉塊へと変え、奥の壁に着弾する。しかし、いくら鉄の壁に穴をあける銃弾で身体を吹っ飛ばされても、怪人達の生命活動は続いている。

 このままだと、射撃の衝撃でまき上がった土煙の中で、蠢く肉塊は元の姿へ再生するだろう。

 

「ストームフォース・ソニック!」

 

 だが間髪入れず、スプリングも引き金を引いた。そして風の魔力でできた銃弾がウィンドガンナーから放出される。弾は土煙を払いながら射線上にいる怪人達をかき消した。

 対物ライフルが発射された痕跡だけを残し、敵の姿が無くなったことを確認して、玲さんは構えを解く。

 

「OU、敵は来てるか?」

『チーム(レッド)、こちらOU、目標確認できず』

「よし」

 

 玲さんは頷くと対物ライフルを肩にのせ、スプリングと一緒に誘導役のエージェント達と合流した。

 

「作戦続行。総員、陣形を組み直して進め」

 

 玲さんはエージェント達に命令して、作戦通り奥へと進んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 所変わって、西側から目的のポイントへ目指しているチーム(イエロー)はというと、チーム(レッド)とチーム(ブルー)とは少し違う方法で、敵を殲滅しながら進んでいた。

 

『チーム(イエロー)、こちらOU、目標第3波が接近。警戒せよ』

「OU、了解した」

 

 観測部隊からの連絡を聞いて、ファングは防弾盾のエージェントを前に出るようサインで指示する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ふん!」

 

 エージェント達が通り過ぎる横で、オータムは地面に倒れた蜂怪人をメイプルブレードで突き刺した。その銃弾の穴があいた蜂怪人は、第2波の最後の一匹だ。

 

「いつもこんなことしてるんですか?」

「こんなことってのは害虫駆除のことか? それとも敗者に鞭打つことか?」

「両方、ですかね?」

「前者はそこそこ。後者はここ最近ずっとだな」

「……そうですか」

 

 ファングの言葉を聞いて、オータムは大きく息を吐きながら、ブレードに突き刺していた蜂怪人が消えたのを確認した。

 奥からやってきた蜂怪人をエージェントが防弾盾に隠れながら小銃で撃ち落とし、すべて行動不能にした後に、オータムが一体一体トドメを刺す。

 そんなやり方で敵を倒しているため、こちらは他二チームと比べて時間が掛かっていた。というのも、射撃能力のあるスプリングとサマーと違い、オータムの武器は剣だ。よって蜂怪人にトドメを刺すには、オータムがある程度近づく必要がある。

 スプリングやサマーのようにエージェントが射撃した後、距離を作って一掃することはできなかった。

 目標の蜂怪人がエージェント達によって行動不能になっているとはいえ、体液を吹き出してピクピク動く怪人を剣で斬るのは、オータムの心理的負担が大きかった。

 

「やっぱり斬撃で」

「伏せろ!」

 

 オータムの言葉をかき消すファングの叫び声が響いた直後、奥から毒針の弾丸が飛んできた。エージェントの面々は防弾盾の陰にいたため、伏せるまでもなかったが、オータムは寸前のところで射線から逃れていた。

 

「今、何か言いかけたか?」

「いいえ、何も」

 

 ファングに訊かれ、オータムは間が悪そうに顔を逸らす。

 奥から第3波の蜂怪人達がやって来たおかげで、チーム(イエロー)の足が止まる。

 

『チーム(ブルー)、ポイントBT1に現着』

 

 エージェント達の小銃と蜂怪人の毒針が鳴り響く中で、通信機に連絡が入る。連絡で言った場所は、蜂怪人の巣があるエリアの入口に当たるポイントだ。

 作戦では、そのエリアの出入口である三ヶ所にそれぞれのチームが一時待機して、合図と共に中に入る手筈になっている。つまり、予定の場所にそれぞれのチームが辿り着かないと、作戦は停滞し続けてしまうのだ。

 

「クソっ、オレ達も早く行かないとな……」

 

 このままでは自分達のチームが遅れるだけだと考え、ファングは現状を打開する策を考える。

 ふと、目の前で防弾盾を持ったエージェントに目が止まった。頑丈に作られた盾は、自分やエージェント達の身を守り、怪人の毒針を防いでいる。かれこれ何十発と撃ち込まれているが、浅くへこむだけで貫通する様子は全くない。

 

「おい、その盾を貸せ」

「えっ! は、はい」

 

 何かを閃いたファングは前にいた一人のエージェントから盾を受け取る。

 

「オレが隙を作る。総員、10秒後に攻撃を一時停止しろ」

 

 ファングの命令にエージェント達は「了解」と返答する。

 盾を持ったファングは、飛んでくる毒針を防ぎながら、エージェント達より一歩前に出た。

 

「ファイターキック」

 

 音声コマンドによってファングのバックルが作動し、脚足部に装着された機械の周りにプラズマが走る。そして10秒経った直後、ファングはエネルギーの貯まった足を後ろにやって、思いっきり地面を蹴った。

 足から高エネルギーが放出されて地面が抉れると同時に、ファングは盾を突き出しながら蜂怪人達に向かって突進する。

 

「ギャシャっ!」

 

 ファングの盾と蜂怪人が衝突して鈍い音が連発する。蜂怪人達は短い悲鳴をあげながらはね飛ぶ。

 まるでトラックで引いているような光景だが、ファングの必殺技のキック力を考えると、あながち間違いでもない。

 

「クッ!」

 

 ファングは蜂怪人にぶつかる度に受ける抵抗を歯を食いしばりながら耐えた。やがて前進する勢いも無くなり、シールドチャージを逃れた残りの蜂怪人に囲まれる形となった。

 蜂怪人は毒針を撃ち込むように腕を突き出す。

 しかしそれもファングにとっては想定内なわけで、彼女は怪人の体液で汚れている防弾盾を振り回し、叩いて怯ませる。そしてそのまま盾を斜めに構え、片膝を地面につけて体を縮こめた。

 

「撃て!」

 

 ファングが手に持った盾の陰に隠れて合図を出すと、残りの蜂怪人を狙ってエージェント達が一斉射撃した。銃声が響いたのも束の間、その場にいた蜂怪人は全員、突進と射撃によって傷だらけになって行動不能となった。

 

「総員、前へ。第4波に備えろ」

 

 流れるようなファングの動作に思わず目を奪われ、オータムがポカンとしている横をエージェント達は通り過ぎ、彼女の命令通り従う。

 盾を持つエージェントは前、その後ろに小銃を持つエージェントが立つ。エージェント達が通り過ぎる際に、ファングは自分の持っていた防弾盾をエージェントの一人に返した。

 

「……どうした? 早く片付けろ」

「あっ、はい!」

 

 ファングに急かされ、そこでオータムは我に返る。そしてメイプルブレードを握り直して、また地面に倒れている蜂怪人達にトドメを刺していく。

 

『チーム(レッド)、ポイントRT1に現着』

 

 オータムが怪人達を消していく最中、ファングとエージェント達の通信機に報告が入った。

 

「エージェント・ゼロ達も位置に着いた。オレ達も、早く向かうぞ」

「はい!」

 

 ファングに返事をして、オータムはブレードを振り下ろすスピードを速めた。

 

 

 

 

 



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第58話 全員集合!でも見つけたのは凶兆の繭?

 

 

 

 

 

 薄暗い工場の通路。俺達、チーム(ブルー)のメンバーは陣を組み、敵を警戒しながら待機していた。しかし、いつまで待っても敵は攻めてこない。先ほどまで巣から出てくる蟻の群れのように出てきていた蜂怪人達は、俺達がここまで来ると全く姿を見せなくなった。

 今は嵐の前触れのように不気味なほど静かだ。おまけに不自然に寒い。息が白くないことから察するに、この寒気は気温が低いわけではないようだ。

 エージェント達もピリピリしている。決して表には出さないが、彼らも内心でかなり恐怖を感じているようだ。

 

『チーム(イエロー)、ポイントYT1に現着』

『各チーム、準備よし』

 

 しばらく待機していると、ファングのチームも作戦にあった待機場所に着いたと連絡が入った。

 今、俺達がいる通路の先にある曲がり角を曲がってまっすぐ行けば、すぐに敵の大群がいるエリアに出る。事前の情報通りであれば、圧延工場の名残であるだだっ広い空間に、フジツボのように奇怪な形をした蜂怪人の巣があるはずた。

 

『作戦、第2段階。各チーム、攻撃開始』

「よし、行け」

 

 作戦の第2段階に入り、俺達はいよいよ敵の巣に向かって突入した。

 まず最初にエリアへ入ったのは盾を持った部隊。そのエージェントの一人がハンドシグナルで問題ないことをメンバーに伝えると、残りの銃を持った部隊、そして俺とサマーも中へ続いた。

 

「うわッ! 気持ち悪ッ!」

 

 中は蜂怪人の巣と思われる塔のようなものが天井まで伸びるようにしてできていた。だだっ広いこの空間はかなりの奥行きがあるはずだが、それを感じさせないほどの大きな巣が床や壁に広く侵食している。

 そんな暗い中にあるイビツで巨大な形の巣というのは、サマーの言う通り、かなり気持ち悪く見える。

 その周りを、蜂怪人は羽音を響かせながら飛んでおり、俺達が入ってくると一斉にこっちを向いて臨戦態勢に入った。

 敵が襲ってくるのに備えて、こちらも身構える。しかし蜂怪人が毒針を撃とうとした直前、爆音と共に奥の方で飛んでいた蜂怪人の何匹かが吹き飛んだ。

 

「わぁッ! なになに! 何の音?」

「玲さんの対物ライフルだ」

「対物……あぁ、あのデカい銃ですね」

 

 また、デカい射撃音が鳴る。

 

「うへぇ、スゴい音!」

 

 サマーが吃驚している中、爆音は続けて鳴り響く。加えて、多数の小銃の射撃音も聴こえ始めた。

 玲さん達だけでなくファングの所でも他のエージェント達が攻撃を開始し、本格的に戦闘が始まったようだ。

 

「こっちも撃て!」

 

 俺の命令に従い、こっちのエージェント達も飛んでいる蜂怪人を射撃する。

 被弾した蜂怪人は血飛沫と同時に地面に墜落していった。

 

「よし、サマー。作戦通り、地面に落ちた目標を倒していけ。サポートは俺がする」

「分かりました!」

「雨宮さん、チームの指示をお願いします」

「おぅ、援護は任せろ」

 

 エージェント達の指揮権を雨宮さんに渡して、俺とサマーは銃撃によって瀕死になっていく蜂怪人達にトドメに刺しに向かう。

 内部の地形は、かなり複雑だ。鉄板とパイプでできた階段に、大きな装置を避けるようにできた通路を、上へ下へ、あるいは左へ右へと、俺達は進む。

 

「サマーマジック、暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

 

 サマーが魔法を使って敵を消滅させ、俺は彼女を毒針で射抜こうとする蜂怪人の攻撃を防ぐ。地上に降りて接近戦を仕掛ける個体もいたが、それらはサマーに接近する前に俺が間に入ってスネークロッドで撲殺した。

 ここまで来て、初めて蜂怪人の子(?)を殴ったが、先日戦った親の個体よりも装甲は脆い。一発殴っただけで、チューブ型アイスみたいにポキッと四肢が折れた。

 

「うわっ、グロっ」

「余計なことを考えるな。考えてる暇があったら一匹でも多く“駆除”しろ」

「は、はい!」

 

 スネークロッドで殴られた蜂怪人に、サマーが顔を青くする。

 殺生を意識すれば身がすくむ。今回のようなヒトの形をした敵なら、なおさらだ。

 

(いけない、いけない。あれはノーライフ。しっかりしなきゃ!)

 

 俺の指摘が効いたのかは分からないが、サマーは返事をして、すぐに俺が倒した蜂怪人を魔法で消滅させていく。

 

(でも不思議。ハイドロードさんと一緒に戦ったことなんて数えるほどしかないのに。まるで……)

 

 サマーを狙った毒針をスネークロッドで打ち落とし、その毒針を撃った蜂怪人に接近する。そして2撃、3撃とダメージを与えた後、体をズラすと、そこにサマーが放った魔法の弾丸が走る。走った光の弾は蜂怪人を消し去った。

 

(ハイドロードさんがどう動くか、何となく分かる。なんでだろう?)

「よし、行くぞ」

「はい!」

 

 俺とサマーは蜂怪人を倒しながら中心へと向かう。エージェント達の援護射撃に撃たれて地に落ちた個体、俺達に襲い掛かって返り討ちにした個体など、俺達は前進しながらも確実に敵の数を減らしていった。

 

 

 

 

 しばらく戦闘が続き、やがて近くで俺達とは別に鉄を殴るような鈍い音が聴こえた。襲ってきた蜂怪人の一匹と近接戦闘をしていた俺は、ふと音のした方に目を向ける。すると、やや上方でファングが同じように蜂怪人と戦っていた。鉄板の通路という狭い所だが、彼女はいつもの戦闘スタイルで敵を追い詰め、特に苦戦している様子はない。

 しかし、今その背後では、別の蜂怪人が襲いかかろうとしていた。

 

「ハッ!」

 

 俺は目の前の蜂怪人を蹴り飛ばすと、そのまま槍投げのようにスネークロッドを投げ飛ばした。弾丸のようにまっすぐ飛んだスネークロッドは、ファングの後ろにいた怪人に突き刺さる。

 悲鳴をあげて通路上に落ちた蜂怪人は、そのままファングの後ろで倒れる。やがて、ファングは目の前の敵を倒すと、すぐに後ろへ倒れている蜂怪人からスネークロッドを引き抜いた。

 

「フンッ!」

 

 引き抜いたスネークロッドを振り回し、襲ってきた蜂怪人を一掃すると、ファングは棒術の構えを取って戦闘を続ける。

 素手で戦うこととなった俺は、背後に迫っていた蜂怪人に力任せな裏拳で殴る。殴り飛ばされた蜂怪人は鉄の柱に激突した後、サマーの魔法によって消失した。

 

「ふぅ……おっ!」

 

 魔法を放ったサマーは、スネークロッドを振るうファングを見つけて目を輝かせる。

 

(ファングさんがスネークロッドで戦ってる! スゴイ! なんか上がるぅ!)

「こらこら、ぼーっとしない!」

 

 突然聞こえてきたオータムの声に驚き、サマーが振り返ると、そこにはメープルブレードを振った彼女と真っ二つになって消える蜂怪人がいた。

 そして、その個体を区切りに、敵の攻撃の手が止んだ。

 

「ほれ、返す」

「おう」

 

 その隙にファング達と合流し、俺はスネークロッドを返してもらった。攻撃の手が止んだとはいえ、まだ周りには蜂怪人が羽音を鳴らしながらたくさん飛んでいる。

 

「ここに来るまでかなり倒したけど、少しは減ったかな?」

「そうね。作戦会議の時に映像で見た卵や幼虫は見当たらないみたいだけど……」

 

 魔法少女の二人が周辺をキョロキョロ見ている中、同時に俺とフォングの通信機に声が流れる。

 

『こちらエージェント・ゼロ。ハイドロード、ファング、変化人間を連れてポイントRT5へ来なさい。大至急よ』

「「了解」」

 

 何事かと頭の隅で気にしながらも、俺とファングは二人を連れて玲さんが指定したポイントに向かった。玲さんの言ったポイントRT5は、チーム(レッド)の進攻ルート近くにある北東側の壁際だ。向かう途中で襲ってきた蜂怪人を四人で倒しながら、5分もしない内に俺達はポイントにたどり着く。

 その場所は、対物ライフルの射撃した跡か、クレーターがあちこちにできており、鉄できた通路や壁、パイプがもぎ取られたように変形している。もし蜂怪人の死体が残っていたら、辺り一面血まみれになって肉片が転がっていただろう。

 しかしなにより俺達の目を引いたのは、そこにあった奇怪な塊だった。無機物なのか、それとも有機物でできているのか分からないが、その塊は繭のレリーフのような形をして壁にくっついている。そして赤錆色をしたソレを中心に怪人の巣が形成され、植物が実をつけるように壁一面に怪人の卵や幼虫が生まれていた。

 

「うわっ!」

「何コレ!」

 

 サマーとオータムが顔を青くする。その塊から距離を取るようにしていた玲さんとスプリングが蜂怪人と戦っていたので、現着してすぐ、二人の周りにいた怪人達を俺達は不意打ちの形で撃退した。

 

「来たわね」

「みんな!」

 

 玲さんとスプリングはミニミ軽機関銃とウィンドガンナーをそれぞれ構えたまま、こちらへ目を向ける。よく見ると玲さんの対物ライフルが隅に転がっていた。

 

「スプリング、何あれ?」

「分からない。ここに来たときには、もうあそこにあって……!」

「ミー、何か分かる?」

《分からない。けどあの変なヤツから、ノーライフの気配を感じるよ。多分あれがここにいる人達の負のエネルギーを増幅させて吸ってるんだと思う》

《その蓄えたエネルギーで、手下を増やしてるみたいねぇ》

《あと、ゼロさん達三人の敵意や殺意とかね。あれを何とかしない限り、ずっと蜂怪人が生まれ続けるはずだよ》

 

 サマーの問いにミーが答え、ムーとマーが順に私見を述べる。

 

「観測部隊、何か分かった?」

『こちら観測部隊、現在こちらにある全ての計測器で探っていますが、分析はおろか、対象の存在すら認知できません』

「なんですって!」

「肉眼でしか確認できないのかアレ」

「それは、またファンタジーなことで」

 

 驚く玲さんの後ろで、俺とファングは襲ってきた蜂怪人を殴り飛ばす。

 こっちはこっちでお手上げだった。

 

「あのー、ゼロさん達、少しの間だけ殺意ださないでくれませんか?」

「敵を目の前にして、できるかバカ!」

《だから、怒っちゃダメだって!》

 

 無茶苦茶なこと言われてんなぁ……。

 

「……あん?」

 

 途端、バキッと何かが弾けるような音が鳴った。音のした方を見ると、壁についている繭のレリーフが割れていた。やがてその裂け目から、ひとりの蜂怪人が死霊のごとく姿を現す。

 しかし、その姿は周りにいるたくさんの蜂怪人とはかなり違っている。強固な装甲は厚みが増し、茶色の羽は黒く染まっている。同じように身体のオレンジの縞模様も無くなって、身体中に闇が貼り付いたみたいに黒い。頭の触覚は角へと変化して複眼も無くなった。おかげで昆虫のような顔つきが人間味が増して悪魔のような顔になっている。おまけに、肩や肘からは鋭利な棘が生えている。

 そんな新たな姿となった蜂怪人……多分、最初に誕生したオリジナルだろう。ソイツは、レリーフの裂け目が出てきて、生まれ変わった自分の身体を確認したと思ったら、手から何か黒い砂塵のようなものを出して辺りに振り撒いた。

 周囲に散ったいくつもの砂塵は壁や地面に落ちると、人間の姿を形作り、やがて周りにいる蜂怪人と同じ姿になった。

 

「ついに卵と幼虫の形態を介さず、増殖できるようになったか」

「みたいだな。物理的な強さも上がってそうだ」

「卵や幼虫を第零形態とするなら、あれは第三形態ってところかしら」

 

 目の前の敵に怯む魔法少女達の横で、ファングと俺、そして玲さんが相手の様子を観察する。

 第三形態となった蜂怪人は、悲鳴にも似た大きな奇声をあげて俺達に敵意を向けた。

 

 

 

 

 



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第59話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!①

 

 

 

 

 蜂怪人の第三形態……以後、とりあえず“進化態”と呼称するが……進化態は奇声を上げると、まっすぐこちらを見た。前の形態だった頃の記憶も受け継がれているのか、あるいは本能によるものなのか、コイツは俺達をはっきり敵だと認識しているようだ。

 

『ハイドロード、こちらエージェント・ファイブ』

 

 進化態の様子を窺っていると、通信機から雨宮さんの声が聞こえてきた。

 

『隊員の中に敵の影響を受けて錯乱する者が現れた』

「了解。錯乱した人をすぐにこの場から離脱させてください。余力のある人は残って目標の殲滅を続行。くれぐれも無理はせずに」

『分かった』

 

 横目で見ると玲さんとファングも同じようなやり取りをしている。どうやら、二チームの中からも錯乱したエージェントが出たようだ。この事態については作戦要項の中に入っていたし、対応はスムーズだ。

 しかし、三チームからほぼ同時に錯乱者が発生したというのは、あまりにもタイミングが良すぎる。これも、目の前の進化態の影響だろうか……。

 

「あっ! 敵が!」

 

 サマーの声が聞こえ、反射的に彼女の視線を追う。するととそこには、蜂怪人が一様に羽音を響かせて宙に浮いていた。その体勢は今までのように俺達へ襲い掛かるようなものではなく、顔を上へ向けて、まるで昇天するかのような姿勢だ。

 その異様な光景を目にしたのも束の間、周りにいた蜂怪人が一斉に工場の屋根を突きやぶって外へと飛び出して行く。

 

「あっ、敵が逃げちゃいます!」

「いや、そっちは大丈夫」

 

 慌てるスプリング達を落ち着かせ、玲さんが通信機のスイッチを入れた。

 

「アカジシ、こちらエージェント・ゼロ。敵が上空へ移動した」

『エージェント・ゼロ、アカジシ。了解、目標を確認した』

『アカジシ、こちらOU(観測部隊)、飛行する対象をマーキングします』

『OU、アカジシ。マーキングを確認。数58。これより撃墜する』

 

 そんな通信を聞いてすぐ、上空から機関砲の音が聴こえてきた。ヘリコプターのプロペラ音にも似た連射音が轟き、ドカッと工場の屋根に何かが落ちた。おそらく、30ミリ弾に撃ち抜かれた蜂怪人だろう。

 

『OU、目標の撃墜を確認。なお飛行する目標が増加中』

『アカジシ、了解。引き続き飛行した目標を撃墜する。こっちは任せろ』

「エージェント・ゼロ。了解。頼んだわ」

 

 連絡を終えると、玲さんは慣れた手つきでミニミ軽機関銃の弾倉を交換する。

 

「外に出た敵については、作戦通りキャプテンが対処する。私達は引き続き目の前の敵を殲滅する」

 

 敵は進化態と多数のノーライフの変異態。進化態の誕生と共に、卵や幼虫はすべて変異態へと成長している。進化態のせいでお手軽増殖できるようになった今、ここで進化態を駆除することは最重要かつ最優先事項となった。しかも、もし人間を錯乱させる能力を持っているようなら、なお危険だ。ここで逃がせば最悪、日本中が地獄絵図になる。

 

「とりあえず、目の前のアイツが簡単に増殖できるのなら、長引くとこちらが不利だ。はやく片付けよう」

「そうね……まずハイドロードとファングでアイツを引き付けなさい。私達で周りの変異態を殲滅しながら援護する」

「「異議なし」」

 

 玲さんの作戦に、俺とファングが了承する。

 

「そして貴女達は敵に隙ができたら、すぐに大技で決めなさい」

「はい」

「了解です!」

「了解」

 

 玲さんの命令を聞いて、三人は揃って頷いた。武器的にはオータムも俺達と一緒に近接戦闘した方が都合が良いが、敵の能力が不明な今、いたずらに彼女達を前に出すのはリスクがある。

 メンバーの配置と役割としては妥当なところだ。

 

「そういえばファング、お前、銃は?」

「弾切れだ」

 

 本部を出たときにはベルトの後ろに有った弾倉が無くなっていることから、なんとなくそうなんじゃないかとは思っていたが、どうやら当たりらしい。

 

「要るか?」

「要らねぇよ。素手の方が慣れてる」

「だろうな」

 

 俺の後ろ腰のガンホルダーには手付かずのベレッタが残っていたが、案の定、フォングは断った。

 そんな言葉を交わしつつ、俺とフォングは並んで前に出る。その後ろに玲さん、そしてキューティズの三人が横並びになる。

 

「こちらエージェント・ゼロ。作戦を第3段階へ移行する」

 

 俺達六人は改めて目の前の敵へ向き直る。スプリングと玲さんは進化態へ銃口を向け、俺とサマー、オータムは自身の武器を握り直し、ファングは体術の構えを取る。

 

「各組、攻撃開始」

 

 玲さんの命令を合図に、俺とファングは同時に地を蹴った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 初手は玲さんの30口径のミニミ軽機関銃だった。俺とファングの間を抜けて、連射された弾は敵に向かって飛んだ。その威力は結構なもののはずだが、弾丸は進化態の身体を射貫くことができず、足元に散乱した。

 進化態の外皮硬度は、やはり普通じゃない。撃たれているにもかかわらず、直立のまま動かないことから見ても、進化態は痛くも痒くもないのだろう。

 

「チッ!」

 

 玲さんは舌打ちをして引き金から指を離す。その間に、俺とファングは進行上にいた蜂怪人を数体ほど蹴散らしながら、進化態との間合いを詰めた。

 

「ハァっ!」

「オラっ!」

 

 俺はスネークロッドの先端で、ファングは自身の拳で、進化態の腹部を突いた。建物内にズドンと重い衝撃音が響く。だが超人二人の力を持ってしても、進化態は後退りすらしなかった。

 最初の変異態もそうだったが、スネークロッドから伝わる感触はとても生物を殴った時のソレではない。糠に釘というが、これではまるで鉄板につまようじだ。

 

「ふん!」

「ハッ!」

 

 一撃目で通常攻撃では効果がないと察した俺とフォングは、更に近づいてそのまま蹴りを入れる。二人の足蹴りを受けて、やっと進化態は後退りした。

 ファングのキック力はおよそ10トン、俺のキック力はおよそ5トン。だが計15トンの力を受けても進化態には目立った外傷はつかなかった。

 

「スプリング・ブレット!」

「サマーマジック。暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

「メイプルスラッシュ!」

 

 進化態が俺達から離れると、すぐにキューティズ達が自分達の魔法で攻撃する。ピンク、青、黄色に発光した魔力でできた攻撃は、それぞれ進化態に向かってまっすぐ走る。

 だが進化態の身体は飛んできた三人の魔法をまとめて弾き返した。その光景は、まるで光がガラスに反射するようだった。弾かれた魔法は周辺へ飛散し、爆ぜて土煙を広げる。

 

「えっ!」

「は、弾かれた?」

「一体どうして!」

 

 自分達の技が効かなかったことに、三人は目を見開く。そして驚いたのは三人だけではない。

 

《そ、そんな!》

《あれは!》

《“マジック反射スケール”ぅ!》

 

 三人のそばにいたニャピーも、今の現象に動揺していた。

 

「マーちゃん達、なにそれ?」

《魔法を反射する皮膚や鱗のことだよ》

《ボク達の世界では、上位種ドラゴンなんかの魔法生物が身につけてる能力だ》

《あれを持ってる生き物は、どれだけ魔力を込めた魔法でも反射してしまうのぉ》

 

 なにそれ、ファンタジック。

 

「そんなものが!」

「私達の魔法が効かないなんて。それじゃあ、アイツを倒せないじゃん!」

「何か対処法はないの?」

《剣や弓で鱗を剥がすことができれば、魔法が効くようになるはずだけど……》

(あー、それはちょっと絶望的)

 

 スプリングに答えるマーの言葉を聞いて、俺は眉を歪める。

 銃もダメ。通常攻撃もダメ。魔法もダメ。どうすれば良いんだ……?

 

「ギャシャァァ!」

 

 俺が知恵を絞っていると、進化態は陰鬱そうなエネルギーを溜め、近くにいた俺とファングに向けて一気に雷撃として放出した。紫色のプラズマが衝撃音を鳴らしながら飛んできたが、俺達はその場から跳躍して攻撃をかわす。

 

「危なっ……ハッ!」

「避けろ!」

 

 攻撃をかわした直後、空中で進化態に尻尾が生えたのが見えた。後ろの腰辺りから生えた、そのサソリのような尻尾の先端には、先日の成虫体と同じく鋭い針がついている。

 

「あれは……みんな、物陰に逃げて!」

 

 そんな敵の動きを見て、いち早く危険に気がついたオータムがスプリングやサマー、ニャピー達に避難を促した。

 その後、進化態は尻尾を渦を描くように回して四方八方に毒針を撃ちまくる。スプリング達は物陰に隠れることでなんとか射撃から逃れたが、その威力と衝撃によって周辺の鉄板やパイプが瓦礫となって土煙と共に吹き飛んだ。

 

「おわっ!」

「にゃろォ!」

 

 俺とファングは走り続けることで、飛んでくる毒針と瓦礫を避ける。その途中、数体の蜂怪人が俺達に攻撃を仕掛けに来たため、俺はスネークロッドを振り抜いて敵の頭部を潰し、ファングは自身の拳で撲殺させた。

 

 

 

 

 ここで突如、何者かの影がファングの視界に入った。その動きが速すぎて姿を捉えることはできなかったが、咄嗟にファングは急所を守るように身構える。直後、彼女の腕に重い痛みが走った。

 そこでやっと、ファングは影の正体を目にする。今、彼女の目の前では先程まで毒針を乱射していた進化態が自分に向かって拳を振り回していた。

 さっきまでいた所からここへ来るまでの移動速度と、そして今の攻撃速度。頑丈な体に反して敵の動きは随分と速い。

 そのパンチ力も、超人並みの能力を持つファングを痛めつけるほどの威力があった。

 

「くっ!」

 

 なんとか避けたり体術を使って受け流したりしているが、ファングと進化態の攻防はファングの劣勢だ。というのも、彼女の反撃に繰り出すパンチやキックは、大きな効果を見せていないのだ。

 

(打撃がダメなら……斬撃だ!)

 

 それを理解してファングは戦法を変えた。彼女は脚のホルダーからファイティングナイフを取り出し、逆手に持って再度攻防を繰り返す。

 ファングは隙を見つけては進化態の外皮に刃を走らせた。しかし、接触したナイフと外皮は火花を散らすだけで、まったく傷は付かない。二撃目、三撃目と繰り返しても結果は変わらなかった。

 

「ふっ、くっ、うっ……グハッ!」

 

 いくつか攻防した後、ついに進化態の拳がズドンとファングの顔面に直撃してしまう。そのパワーによって、一瞬彼女の意識が遠のき、体は地面の上を転がってそのまま工場の設備に背をぶつけた。

 

「ファングさん! 大丈夫ですか!」

「ッッ! 痛ェ……!」

 

 遠くでオータムの声が聞こえた気がするが、今の彼女にはその声に答える余力はない。顔と背中の痛みに悶えながら、なんとか意識をハッキリさせると、ふと自分の視界に違和感があることに気づく。

 

「なッ!」

 

 なんとファングのマスクに大きな(ひび)が入っていた。ファングは直接指で触って確かめるが、目元から顎部分にかけて亀裂が走っている感触があった。外側から見てもパックリと溝ができているのが分かる。

 質量や速度の大きさとか接触面積とか、条件で物体への影響も異なるのだろうが、それでも、人間の頭部を守る装備とあってハイドロードやファングのマスクは、かなり丈夫に設計されている。大型トラックの正面衝突でも耐えられるくらいには頑丈だ。そのマスクに亀裂が入ったとなると、素人推定だが、ヤツのパンチ力は30トンはあるだろう。

 

「クソッ、面倒だなまったく……あっ!」

 

 ファングが進化態の強さに苛立ち混じりに困惑していると、今もなお進化態がこちらに敵意を向けているのに気がついた。尻尾の毒針もまっすぐ彼女に向けられている。

 

「ファングさん!」

 

 身動きの取れないファングに、進化態は尻尾の毒針を発射した。

 

 

 

 

 

 



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第60話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!②

 

 

 

 

 進化態が毒針を発射した瞬間、ファングの前に何者かの姿が現れた。その後ろ姿を見て、ファングは目を見開く。

 

「ハァァァァ!」

 

 黄色のコスチュームを着た少女……オータムはファングを庇うように射線上に立つと、手に持った自身のブレードで飛んできた毒針を振り払った。弾かれた毒針は周辺に着弾して土煙をあげる。

 

「ッ……お前!」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 ファングが痛む身体に鞭を打って立ち上がると、自分を庇ってくれたオータムの背中に声をかけた。オータムはメープルブレードを構えながら、刃を進化態の方へ向けている。此処一番の反射神経と瞬発力を行使したせいか、彼女の息は荒い。

 この時、蜂怪人と戦っていた俺は、横目で二人の様子を目にして状況の危うさを悟った。

 このままでは二人まとめて殺られてしまう。

 いくらブレードで毒針を払うことができても、その数は精々五発程度が限界。それ以上の弾数で連射されれば、受け流すことはできないだろう。故に今のオータム達は進化態にとっては良い的だ。進化態もそれを理解してか、続けて射撃するべく尻尾の毒針をオータムに向けている。

 

「サマーマジック、皆を照らす希望の光よ、輝け!」

 

 しかし突然、サマーの呪文を詠唱する声が聞こえたと思ったら、照明弾のような光の球体が現れ、進化態の目の前で強く発光した。どうやらサマーの魔法のようだ。

 光を直視した進化態は、そのあまりの明るさに悲鳴を上げる。

 

(目眩ましか!)

(確かに、こんな薄暗いところで明かりなんて見たら……!)

 

 俺とファングは反射的に明かりから視線を逸らす。工場の中が薄暗いこともあって、その光量はカメラのストロボが発光したかのようにも感じられた。

 

「アァァっウァァ!」

 

 閃光が消えると、俺とファングの予想通り、進化態は顔を押さえて悶えていた。

 

「オータム、今だよ!」

「えぇ!」

 

 小さく頷くと同時に、オータムは地を蹴って進化態へと一気に近づいた。メイプルブレードの刃を下に向けて、抜刀するかのような構えをしている。そのまま進化態の胴体に斬りかかるのかと思ったら、彼女は進化態とすれ違い、背後に立った。

 

「ハァッ!」

 

 オータムが体を回転させてそのままブレードを振り抜くと、鉄を打つような音が響き、血飛沫が舞う。彼女によって斬り落とされた進化態の尻尾は、地面に落ちると浄化されたように消滅する。

 確かに、尻尾を斬り落とせば毒針も封じられる。良い判断だ。

 

「オータム! そこ退きなさい!」

 

 玲さんの声に反応して視線をそっちに向けると、すぐにオータムは跳躍してその場から離れる。同時に、対物ライフルを構えた玲さんが銃口を向けて進化態に照準を合わせた。

 

(まだ残弾があったのか)

 

 どうやら俺とファングが進化態の相手をしていた隙に、拾って装填を済ませていたらしい。玲さんのそばではスプリングが蜂怪人に襲われないよう援護していた。

 玲さんが引き金を引くと、爆音と共に対物ライフルの弾丸が発射される。瞬間、弾丸が直撃した進化態は後方へ吹っ飛んだ。そしてそのまま鉄でできた工場の壁に叩きつけられる。

 

「貫通していない。どんな装甲よ」

 

 痛みに悶えながら唸り声を上げる進化態を見て、玲さんは煩わしそうに目を細めた。対物ライフルにも耐えるとなると、進化態の強度はちょっとした特殊装甲車並みだ。

 ホント、凄まじいことで……。

 

「ファングさん、大丈夫ですか?」

「あぁ……少し表面の皮が切れたみたいだけどな」

 

 進化態が行動不能になっている隙に、オータムがファングの身を心配して小走りで近づく。外からでは分からないが、ファングは自身の額からじんわりと温かいものが漏れているのを一人感じていた。

 だが、その頭の痛みを気にすることなく、ファングはオータムの肩を軽く小突いた。

 

「助かった。サンキューな」

「い、いえ」

 

 ファングに礼を言われて、オータムは照れたように頬を微かに染めた。

 

「あっ! 見てください!」

《マジック反射スケールが割れてる!》

 

 スプリングが進化態を指し示す。よく見るとマーの言う通り、弾が当たったと思われる進化態の胸部の外皮がクモの巣状に罅が入っていた。

 

「あれなら、ひょっとして私達の魔法も!」

《いや、まだダメだ。あれだけの傷じゃ中まで攻撃が通らない。例えバラバラに割れても、マジック反射スケールの能力は消えるわけじゃないからね》

「そんな……ん、“傷”?」

 

 ミーの言葉を聞いてサマーは思案顔を浮かべる。そして何かを閃いたのか、ハッとした顔をして自身の(ロッド)を持ち直した。

 さっきの光の魔法もそうだが、普段はそんなでもないのに、本番に強いサマーはこういう時に機転が利く。

 

「えへへっ、新しい呪文の練習しておいて良かった!」

 

 シスターが十字架を持って祈るように、サマーはシャインロッドを構えて精神を集中する。やがてだんだんと魔力が溜まり、杖の先が青く輝きだした。

 

「サマーマジック、朱炎が生み出す聖なる海の大波よ、水しぶきとなりて闇を冥府へ流せ!」

 

 呪文を唱え、サマーは発光する杖先を進化態へと向ける。

 

「サマーオーシャン・スプラッシュ!」

 

 杖に溜まった魔力が一気に吹き出させるがごとく、青色の光の中から水飛沫が発射された。幾つもの高圧洗浄機をまとめて作動させたのかと思わせるほどの大量の水が凄い勢いで進化態へと降り注いだ。その量はプールの水をまるまる使ったくらいに大量だ。

 だが、10トン近くの力で押されてもビクともしない進化態とあって、ちょっとしたウォータージェットの水圧に押された程度では後退りすらしない。それにマジック反射スケールとか言う皮膚のせいか水滴は表面に付着はすれどすぐに流れ落ちている。

 やがて溜めた魔力を使い切ると同時に、サマーの攻撃も止まる。見かけ上、進化態はずぶ濡れにはなったが、新たな外傷ができたわけでもなく、その効果は見られない。

 

「ウゥゥ……ガァァ、ギャァァ!」

 

 しかし、しばらくすると進化態は体の内に感じる何かに苦しみ出した。よく見ると、進化態にできたクモの巣状の傷が薄く光っている。

 

「傷ができたら、すぐに消毒しろってね……例え小さな傷でも“水”を掛けたら沁みるでしょ」

「……なるほどな」

 

 サマーの作戦に、俺を含め周りにいた一同は納得する。

 確かに、魔力の弾丸やブレードを通さない僅かな隙間でも、液体なら貫通することが可能だ。サマーの放った水飛沫は、他の魔法と同じくノーライフを滅する能力を有しているため、それによって進化態にとって毒となったようだ。

 陸上部とあって何かと怪我をすることも多かった沙織だが、どうやらその経験が活きて今回の作戦を閃くことができたらしい。

 おまけに、水となれば俺にとっても好都合だ。

 俺は戦っていた蜂怪人を払いのけると、サマーが立っているところまで跳躍した。

 

「サマー、今の攻撃、もう一度やれるか?」

「はい!」

「よし、やれ!」

「了解」

 

 俺の指示を聞いてサマーは大きく頷くと、先ほどと同じように杖に魔力を蓄え、進化態へと向けた。この時、隙をついて何体か蜂怪人がサマーを襲おうとしていたが、そこは俺がスネークロッドで撃退しておいた。

 

「サマーオーシャン・スプラッシュ!」

 

 詠唱を終え、再度シャインロッドから水飛沫が発射された。そして今度は俺の『水操作』によって、水飛沫を進化態の身体に付着したまま拘束するようにまとわりつける。進化態は身体に付いた水を振り払おうとやたらと手を動かすが、いくら振り払っても、水は俺の意識に従って進化態の身体から離れない。

 

「ウッ! ウガッ! ガァァ!」

 

 身体に付着した水が傷から体内へ侵入して、進化態が更に苦しみだす。

 だが、進化態の抵抗はまだまだ強い。手で振り払うだけでなく、電撃を使って抗いだした。雷撃程度で『水操作』の能力が切れることはないが、紫色のプラズマで周辺に走って土煙が舞う。

 このままでは、誰かがとばっちりを受ける危険もある。

 

「思ったよりも効かないな」

 

 というのも、見かけより傷口が小さく、サマーオーシャン・スプラッシュの水があまり体内に入らないのだ。これを何とかするには、傷口をもっと広げる必要がある。

 

「玲さん。さっきの、もう一発撃てますか?」

「生憎、残弾無しよ」

 

 通信機を通して玲さんに狙撃を頼んでみるも、すでに対物ライフルの弾は無いとのこと。

 残念だが、無いものは仕方がない。

 他に何かないかと知恵を絞った結果、俺は作戦前に持ってきたあるものが思い浮かんだ。

 

「……仕方ない。“コイツ”を使ってみるか」

 

 コスチュームの腰部分についた小物入れのポケットに手を伸ばし、俺は持ってきていた“アルティチウム合金”を取り出した。

 

 

 

 

 

 



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第61話 最終局面!変異ノーライフを殲滅せよ!③

 

 

 

 

 

「何ですか、それ?」

「秘密兵器」

 

 サマーの問いに答えると、俺は取り出した“アルティチウム合金”を利き手に持ち、ハンドボールのシュートのように投擲した。二十メートルほど風を切ってまっすぐ飛んだ合金のブロックは、進化態に纏わりついている水に接触すると、飛沫を立てることなく水中へ飲み込まれる。

 底無し沼に沈んでいくように、俺の意識に従う水に浸かった合金は、そのまま進化態の傷口に固定された。

 

「総員、物陰に隠れろ!」

 

 俺の警告を聞いて、玲さんとファングは、それぞれ近くにいたサマーとオータムを連れて物陰へ避難する。この時、二人がアルティチウム合金について何か知らなくても、すぐに対応できたのは、ひとえに二人の戦闘経験の賜物だ。

 直後、俺はサマーを庇うように前に立つと、進化態に纏わりつけている水に思いっきり水圧を掛けた。

 すると、合金のブロックが高速回転していき、進化態に纏わせている水が『水操作』に反発して膨れ上がっていくのを感じた。球状に広がるような圧をなんとか操作して、進化態の方だけに向くように意識を集中する。

 だが、俺が集中したのも束の間、アルティチウム合金は水と反応して凄まじい勢いで爆発を起こした。

 

「わァ!」

 

 工場内に轟く大きな爆発音と微かな閃光に、サマーが声を上げて驚く。音の大きさとしては、玲さんの対物ライフルと良い勝負だが、こっちの場合、水飛沫も大きく飛び散ったせいで結構派手だ。ちょっとした水族館のイルカショーや遊園地のアトラクションを連想させる。

 

「馬鹿野郎ォ! ンなもん使うなら、先に言え!」

「アハハぁ、悪い悪い……」

 

 衝撃に巻き込まれかけたことを怒鳴るファングに、俺は苦笑いを返す。

 事前にどうなるかは和泉さんから聞いていたが、威力は予想以上だ。

 

「クォ、ギャ、グラッ!」

 

 今の爆発の影響で、進化態は鉄の壁に押し込まれていた。身体は水……というより、水酸化ナトリウムによって外皮が溶け、アルティチウムの破片によって傷だらけだ。対物ライフルによってできていたクモの巣状に入っていた傷口も、さらにズタズタになっている。その傷口からは赤紫色の体液が流れ出ていた。

 

「ギシャ、アガっ、ガアァァァァ!」

 

 やがて、マジック反射スケールと呼ばれる装甲が砕け落ちる。外皮が剥がれるのが痛むのか、進化態は金切り声を上げた。外皮がすべて剥がれ、中からはグロテスクな肉の塊が露になった。

 

「あ、あれは……!」

「マージセルの核か?」

 

 物陰から出てきたオータムとファングが進化態の身体の中から出てきたものに目を見開く。

 これまで何度か見てきたマージセルの“核”は、すべてアメーバのようにうねる球体状のものだったが、いま進化態の身体についているのは、人間の心臓のようなものから管が全身へ伸びているような形をしていた。色は炭のように真っ黒で、すごい速さでドクンドクンと脈打っている。

 

「ッ!」

「うわぁぁ……」

 

 その光景を遠目で見たスプリングとサマーは顔を青くする。だが反対に、近くにいたオータム達二人の判断と行動は早かった。

 

「ここで決めるぞ!」

「えっ! あっ、はい!」

 

 ファングはもうオータムの肩を軽く叩き、進化態が攻撃範囲内に入るまで走って近づいた。オータムも続いて後を追うと、ファングの隣に立って剣を構える。

 

「オータム・メイプル・チャージ!」

「ファイターキック」

 

 二人の声に反応して、それぞれバックルと剣が光を帯びる。そしてファングの脚足部には生体エネルギーが、オータムのメイプルブレードには魔法エネルギーが収束していく。

 白いプラズマと黄色の魔力光を発生させ、それぞれのエネルギーが極限まで高まると、ファングは空中に飛び上がり、オータムは剣を構えながら地を蹴った。

 

「ハァァァァ!」

「アースフォース・スラッシュ!」

 

 突き出したファングの足と振り抜いたオータムの剣が進化態に直撃する。そのキックと斬撃によって、二人の貯めたエネルギーが放出され、進化態を吹き飛ばした。

 吹き飛んだ進化態は工場の壁を破壊して、そのまま外へと飛んでいく。ファングとオータムの二人も、技の勢いに乗って外へと出ていった。

 

「おぉ、カッコいい!」

「そうだな。けど今は見惚れてる場合じゃない。ほら、いくぞ」

 

 目を輝かせていたサマーを促して、俺は二人の後を追う。いつの間にか対物ライフルを捨ててベレッタを構えていた玲さんも、スプリングと共に後を追った。

 満身創痍とはいえ、油断はできない。蜂怪人をすべて瀕死にしても、ここで進化態を逃がしたら、この作戦のすべてが無駄になる。殲滅の確認は必要だ。

 

 

 

 

 壁に空いた大穴から外へ出ると、日の光に一瞬目が眩む。外の明るさに目が慣れると、地面に倒れた進化態と、その様子を注意深く伺うファングとオータムの後ろ姿が目に入った。

 工場の外は、通路部分がアスファルトで舗装されているが、それ以外の隅などは廃棄されたとあって雑草まみれになっている。その劣化したアスファルトの上で、進化態は痛々しい姿でのた打っていた。

 

「…………どぉ……シぇ」

「あん?」

 

 一瞬なにか聞こえた進化態の声に、ファングが首を捻る。

 

「……どう、シテ?」

 

 しかし今度は、この場にいた全員が確かにそれを耳にした。

 

「なっ! 喋った!」

 

 これまでの唸り声や奇声とは異なり、進化態が発した言葉に、サマーが驚く。彼女だけでなく、スプリングやオータム、俺達も目を見開いていた。

 

「ワ、たしは……タダ……生きた、カッタ……ダケ、なのに!」

「ッ!」

 

 苦痛混じりの声を聞いて、魔法少女三人の表情が歪む。

 どうやらここまでの時間で、この進化態は人間と同じくらいの知能を持つほどに進化したらしい。そして、彼の本性か、あるいは同情を誘うための罠か、進化態はキューティズが自分を倒せなくなるような言葉を口にした。

 確かに、ノーライフが人間に害を及ぼすのは、彼ら自身が望んでそう生まれたわけではないし、少なくとも目の前の進化態は、ノーライフだった頃から今に至るまで、一般市民を襲ったわけでもない。

 純粋に生きたかったと言われたなら、十分同情の余地もある。

 

「おい、お前の(ソレ)貸せ」

 

 だが、俺達ガーディアンズの人間には一切迷いは無かった。目の前の進化態を始末するため、ファングはオータムの剣を渡すように言った。

 進化態は虫の息。オータムのメイプルブレードを突き刺せば、すぐにでも絶命して消滅するだろう。

 言っても剣を渡そうとしないオータムに、ファングは無理矢理にでも剣を奪おうと彼女に近づく。

 

「待ってください!」

 

 しかし、オータムの反発に、ファングは足を止める。

 

「分かってるのか? コイツを生かせば、市民に被害が」

「分かってます。だから、私が殺ります」

 

 ファングの言葉を遮ってオータムは言い切った。その言葉に一切の迷いはなく、聞くものに確固たる意志を感じさせる。

 そして、それを証明するように、オータムはメイプルブレードを握りしめ、進化態へと歩み寄った。近づいていくにつれ、剣を握る手に力が込もっていくのが分かった。

 剣先を自身に向けられ、進化態はその場から逃げようとするが、身体に上手く力が入らないのか、倒れた身体を引きずるだけに終わる。

 

「やめ、テっ…………グギャっ!」

 

 進化態の悲痛な懇願を無視して、オータムは両手に持った剣をそのまま下へとやる。剣先が腹部に突き刺さり、進化態は短い悲鳴と共に姿を消した。

 戦いが終わり、静寂がこの場を支配する。だが、しばらくの間、俺達の耳には進化態の悲鳴が残っているような気がした。

 敵の姿が消えてもなお、剣を地面に突き刺したまま静止しているオータムの後ろ姿を、俺達は静かに見つめた。彼女が今どんな気持ちでいるのか、それを理解する者はいない。ただ近くにいたファングだけが、俯く彼女の表情を黙って見ていた。

 

「……目標の殲滅を確認。現状を持って七色作戦を終了する」

 

 不自然に静まり返った中で、玲さんが作戦の終わりを告げた。

 

 

 

 

 



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第62話 作戦終了!けど心はモヤモヤモード?

 

 

 

 進化態が消滅すると同時に、周辺で死にかけていた蜂怪人や巣も塵となって消えた。どうやら事後処理としてキューティズの三人に一匹一匹片付けさせなくて済んだようだ。

 作戦が終了して、アカジシで空を飛んでいた火野さんが撤収していく。俺は東の空に小さくなっていくヘリコプターを見上げながら、作戦中に空対地ミサイルが飛んでこなかったことに安堵する。

 やがて去っていった火野さんのヘリコプターと交代するように、整備班や救護班などの事後処理部隊が現着した。輸送機から降りると、班のエージェント達がそれぞれ班長の命令に従ってテキパキと仕事に掛かった。死体袋を持っているエージェントがいたのが気になった俺だが、サマー達が近くにいたため、詳細を確認することはできなかった。

 そんな様子をしばらく眺めていると、部隊の中にいた一人が玲さんへ歩み寄ってきた。

 

「事後処理部隊、隊長のエージェント・デルタです。ここからの指揮権は私が引き継ぎます」

「了解。後はお願いします」

「えぇ。お疲れさまでした」

 

 玲さんと後任の隊長によって、すぐさま形式的な現場の引き継ぎが終わる。

 整備班は現場の調査と片付けを行い、救護班は救護テントを設置して三チームにいた負傷者を治療する。負傷者の多くは作戦中に錯乱したエージェントだ。すでに彼らは鎮静剤を投与されて落ち着いているようだが、救護テント内で簡易検査を受けた後、次々と搬送されていった。

 大事無いと良いが、精神的な負傷は外傷よりもタチが悪い。大丈夫だろうか……。

 

「あなた達も、後で救護班に診てもらいなさい。特にファング!」

 

 そう言って玲さんはマスクに罅が入ったファングを指さす。彼女がマスクの下で血を出していたのは、玲さんも察していたようだ。

 

「あぁ。分かってるよ」

「本当かよ、お前?」

「あなたもよ、ハイドロード。病み上がりなんだから、あなた」

「……了解」

 

 俺もファングと同じように、玲さんから顔をそらす。特に怪我などしてないが、そう言われると、返す言葉がない。

 俺達に言い聞かすと、玲さんは自身の武器を回収するために工場の中へ入っていった。

 

「よっ!」

 

 そんな玲さんと替わるように、エージェント・ファイブ……雨宮さんが中から出てきた。もうすでに武装を解除し、作戦中にあった迫力はもうない。

 

「雨宮さん、無事でしたか」

「あぁ、何とか今回も生き延びたよ……俺はな」

 

 雨宮さんは安堵の表情を浮かべた後、やがて悲愴が漂う。その彼の反応から、俺はチーム青の中からも死人が出たのだと理解した。死因は錯乱によるものか、あるいは毒針か。

 いずれにしても、覚悟していたはずだが、仲間が死んだと実感的に理解すると心に重くどす黒い何かが刺さったような感覚に襲われる。

 

「おいおい、今はそんな暗い顔すんな、彼女達に悟られるぞ。ファング、お前もな」

「はぁ? マスクで表情なんて分からねぇだろうが」

「雰囲気に出てんだよ。葬式みたいな空気がな」

「…………チッ!」

 

 雨宮さんに指摘され、ファングは舌打ちして身をひるがえした。

 背中に哀愁が……なんてよく言うけど、ファングの様子を見て雨宮さんの言うことがなんとなく分かる。

 

「それより、魔法少女の三人はどうした?」

「アイツ等ならあっちでへこんでるよ」

「へこんでる? 何かあったのか?」

「敵が胸糞悪い死に方したもんでな」

「どんな死に方だ?」

 

 雨宮さんに訊かれ、俺とファングは重い口を開きながら説明した。

 死ぬ直前、進化態が人間と同じ知性を身に付けたこと。そして自身が本能として分裂を繰り返したこと、ただ生きたいと渇望して死んでいったこと。

 それを聞いて、雨宮さんは顔を曇らせる。

 

「……それは、確かにしんどいな」

 

 進化態の誕生に対して、進化態自身に罪はない。進化態や蜂怪人を生んだのは、ノーライフにマージセルを打ち込んだ雪井だからだ。

 進化態の襲撃に対して、進化態に罪はない。自分の縄張りを侵したものを攻撃するのは、生物としての防衛本能だ。

 そして進化態の増殖に対して、進化態に罪はない。巣食うのも繁殖も、生物としての生存本能だ。

 だから、今回の俺達の作戦は、罪無き生き物を殺したことに等しい。

 動物や虫なら有害生物の駆除で済んだだろうが、人と同じ知性を持ったとなれば、それは“駆除”ではなく“殺人”に近い。加えて前回のシクルキのような人殺しを楽しむような悪なら、殺すための大義名分もたつだろうが、罪無き生き物なら、それはかなり薄れる。むしろ普通の人間なら心に残る罪悪感の方が強いだろう。

 

「ファング?」

 

 しばらく俺達の間に沈黙が流れたが、やがてファングがゆっくりとどこかへ歩き出した。

 

「おい、どこに行く?」

「……さぁな」

 

 ファングは答えなかったが、彼女の歩く方に誰がいるのか俺には分かった。

 

「どうしたんだ、アイツ?」

「さぁ。優しい彼女のことですから、カウンセリングにでもしに行ったんじゃないですか」

「はぁ?」

 

 雨宮さんにそう言うと、スネークロッドを肩にのせて、俺も彼女の後を追うように歩み出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あれ、アイツどこ行った…………おっ!」

 

 ファングの後を追っていた俺だが、気がつけば彼女の姿を見失った。けど代わりに、工場の近くあった港で佇む二人の姿を見つけた。

 沙織と綾辻さんの二人とも、変身を解除した姿で水平線を見ている。製鉄所と海、陽の落ちかけた赤みのある空と、そんな風情のある背景に立つ二人は何かと絵になっていた。

 

「はぁぉ……なんか、スッキリしないなぁ」

「沙織ちゃん、さっきからそればっかりだよ?」

「だーって、ずっと何かモヤモヤしてるんだもん」

《どうして? ノーライフも倒したし、一件落着じゃない?》

「うーん、確かにそうなんだけどさぁ……」

《沙織が勉強以外のことでそんなに悩むなんて、よっぽどだね》

「ちょっとぉ、ミー、人を能天気みたいに言わないでよねぇ!」

 

 ため息を吐く沙織を綾辻さんが慰めているようだが、綾辻さん自身も表情が暗い。唯一いつも通りなのは、二人の肩に乗っているマーとミーくらいだ。

 

「あっ、ハイドロードさん!」

「よっ。二人ともお疲れさん」

 

 二人に歩み寄ると綾辻さんが俺に気がついた。できるだけ明るい口調で声をかけると二人は揃って「お疲れ様です」と返す。

 てっきり三人でいると思ったが、周りのどこにも秋月はいない。

 

「秋月君は、どうした?」

「麻里奈ちゃんなら、今は一人になりたいって、どこかに行っちゃいました。すぐ近くにはいると思いますし、ムーちゃんが一緒なので、呼べばすぐ来ると思いますけど。用があるなら呼びましょうか?」

「いや、大丈夫だ。一人になりたいって言ってるなら、そうさせてやろう」

 

 進化態にトドメを刺した秋月とあって、一番心に堪えたのは彼女だろう。

 多分そっちにはファングが行っただろうから、彼女のことはアイツに任せよう。

 

「二人はここで何してたんだ?」

「い、いえ、ゼロさんから指示するまで待機するように言われたので、適当に待ってただけです」

 

 明るく元気な笑顔で沙織が答える。

 長い付き合いだ。その沙織の反応が取り繕ったものであるのは、すぐに分かった。

 

「そっか……二人とも、怪我とかしてないか?」

「いやいやぁ、ハイドロードさんが上手くサポートしてくれたので、元気満々ですよ!」

「私も、ゼロさんが守ってくれたので何とも無かったです」

 

 綾辻さんも、素直な性格が裏目に出て表情の暗さが隠せていない。

 

「なら良いが、その割には二人とも表情が暗いぞ?」

 

 図星をつかれ、案の定、二人の表情が固まる。やはり二人とも、進化態の最後の言葉に、言い知れぬ罪悪感が残ったのだろう。

 二人はうつむき、気まずそうに閉口する。しばらく無言の時間が流れた。その間、俺は二人の隣に立って海を眺めた。海面は夕焼け色に染まり、穏やかな風と波の音がよく聞こえる。

 

「……あの、ひとつ訊いて良いですか?」

「なんだ?」

「その、ハイドロードさんは、あのノーライフ(進化態)を倒したのは、正しいことだと思いますか?」

 

 珍しくオドオドした様子で沙織が訊ねてきた。そばにいた綾辻さんとニャピー二匹は、『何を分かりきったことを訊いているんだ?』という眼で沙織を見る。

 

「あっいや、別に私は、あのノーライフを倒したのが間違いだったなんて全然思ってませんよ! アレが街に出たら罪の無い人達に危害が及ぶのは明らかだったですし! けど、あのノーライフが最後に言った言葉が、なんか引っ掛かってしょうがないって言うか、なんと言うか……」

 

 急に早口になりながら、沙織は開いた両手を横に振る。そして語尾を濁し、また顔を俯かせた。

 俺は深く考えることもなく、目の前の海の方へまっすぐ向きながら「そうだな……」と口を開く。

 

「その質問だけに答えるなら、君たちがやったことは正しい。夏目君が言った通り、あの生き物を放っておけば、間違いなく多くの一般市民が犠牲になっていたからな」

 

 そんな俺の答えを聞いても、二人の表情は晴れない。

 まぁ、そんな表面的な問題の答えが聞きたい訳じゃないのは、百も承知だ。

 

「けど、君達が気になっているのは、自分達がノーライフを倒したのか……あるいは“人殺し”をしたのか、だろ?」

 

 俺の問いに、二人は口を閉ざす。

 無言の肯定というか、躊躇した頷きというか……二人は答えを聞くのを怖がるように俺から目をそらしながらも、否定はしなかった。

 

「……ハイドロードさんは、どう思いますか?」

 

 やがて意を決して、沙織が重い口を開いた。

 しばらく間を置いて、俺はこれから自分が答える内容が正しいのか思考する。この問いに即答できるほど、俺は経験があるわけでもなければ、この分野の知識に富んでいるわけでもない。

 しかし、少しでも彼女達の抱える悩みを解決に導くために手助けするのが、今の俺の役目だ。

 

「君達にやってもらうのは、あくまでも有害異生物(ノーライフ)の駆除だ。例えヒトの形をして言葉を喋ろうとも、アレが君たちの敵であるなら『あの生物はハデス、またはノーライフである』ってのが、ガーディアンズの答えだ」

「でも、あのノーライフは」

「確かに、マージセルを打ち込まれたことで、あのノーライフは別の生き物へ進化していたのかもしれない。もしかしたら、話し合いによって共存できた可能性もあった」

 

 綾辻さんの言葉を遮って、俺は続ける。

 

「けど、規則や法に明記されていないなら、ガーディアンズはあくまでも進化態(アレ)をノーライフとして扱う」

 

 そうすることで合法の範囲で処理できるからな。もしあの進化態を人間と同格のコミュニケーションが取れる“ヒト”や異星人の類として扱えば、トドメを刺した秋月は殺人を犯した者として拘束され、明智さんは長官の職を追われる。

 実際には、明智さんや松風さんのことだし、事後処理としてファングが倒したことにするだろうが、表向きにはソレが(ルール)だ。

 

「納得できません。それになんだか……そんなの、薄情じゃないですか?」

「あやふやなことは都合の良いように解釈するのが社会組織なのさ」

 

 綾辻さんは目を見開き、口をすぼめるようにつぐんで俺を見る。その眼には微かに憤怒と失望が混じっているように感じられた。

 

「もし仮に、アイツが人間と同等の存在へと進化していて、あの死に際の言葉が真実ならアイツは何も悪くない。けど、アイツを受け入れられるほど、俺達は強くないし、この世界も寛容さを持ち合わせていない。だから結局、俺達はアイツをノーライフとして倒すしかないんだ」

 

 そこで言葉を区切り、俺は綾辻さんへ目を向ける。

 

「今はそういうことにしておいてくれ。俺個人としても、君達に重い業を背負わせたくない」

「…………はい」

 

 つかの間の思考の後、また綾辻さんの表情が変わる。今度は怒りというより悲哀に近い顔つきになっていた。

 綺麗事や理想論だけでは片付けられない、この世の複雑さや矛盾、無常とかを受け入れるのは、彼女のように純粋で、争いを好まず、優しい心を持つ人間には、特に難しい。

 納得はいっていないようだが、どうやら建前としては理解してくれたようで、綾辻さんはそれ異常、何も言わなかった。

 

 

 

 

 そういえば、さっきから沙織もだんまりしてるな。

 

「んぅぅ、ぬぅわぁぁぁぁーー!」

《わっ!》

「えっ何、どうした?」

 

 そんなことを思っていると、突然の沙織の絶叫に、俺と綾辻さんだけでなく、マーとミーもビックリする。あまりにも唐突だったので、俺も思わず素の声が出た。

 

「よく分かんない!」

 

 難しい顔して沙織はハッキリと言い切り、両手で自身の頭をわしゃわしゃと荒っぽく掻いた。漫画的に表現するなら頭からピュシューっと湯気が出ていることだろう。

 どうやら黙々と考え過ぎて、最終的に行き詰まったようだ。

 

「……ははっ」

「もう、沙織ちゃんたら」

 

 そんないつも通りの沙織の様子に、思わず俺の口元が緩んだ。綾辻さんも重い空気が薄れ、顔つきがだいぶ柔らかくなる。

 

「ったく……まぁ、分からないならそれでも良いさ。今すぐ理解することもない」

「むぅ。けどモヤモヤしますぅ!」

「良いんだよソレで。すぐに答えを出すより心に抱えてた方が成長できることもある……って、先代の『青龍』がそう言ってた」

 

 沙織は「むぅぅ」と口を尖らせるが、ふと耳ざとく反応を示した。

 

「先代の『青龍』さん? その人って確か」

『ハイドロード、ファング、変化人間を連れてきなさい。本部へ帰還するわ』

 

 沙織が話している途中で通信機に玲さんからの指示が入った。会話を止め、俺は「了解」と返事をする。

 

「その話はまた今度な。迎えが来たみたいだ。帰還しよう」

 

 俺は身をひるがえし、玲さんの元へと向かう。二人とも、もう少し何か聞きたそうだったか、大人しく俺の後を付いて来た。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、俺や沙織達がいるエリアとは別の海岸。ガーディアンズのエージェント達が作業している工場からやや遠く離れたそこは、現場の喧騒が薄れて、まるでそこだけ切り離されているかのように静かだ。決して無音ではないのだが、それが逆に疎外感や空虚さを強めている。

 現在、そこで一人の少女が目の前の海に向かってポツンと座っている。その少女……秋月は見ようによってはそのまま海へ向かって飛び込むのかと思わせるほど、表情や態度に活気がない。

 パートナーのミーも、心配した様子で彼女の隣に座っていた。

 

「よぉ」

 

 そんな体操座りで海を眺める秋月に、いつの間にか背後に立っていたファングが声をかけた。

 

 

 

 



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第63話 個人の特権

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

 膝を抱えて座りながら海を眺める秋月に、いつの間にか背後に立っていたファングが声をかけた。周りが静かなこともあり、その声はすんなり秋月の耳に入る。

 

「ファングさん?」

 

 秋月は首だけを動かして、ファングに目を向ける。彼女は片手を腰に当て、片足に重心を置くようにして立っていた。罅の入った白虎のマスクに、傷ついた装甲、汚れたコスチュームと、普段着になった秋月とは対称的に今のファングの姿は戦いの跡がくっきりと残っている。そんな佇まいと見た目が相まって、素人でも分かるほどの凄みが今の彼女から伝わってくる。

 

「何やってんだ、こんなところで?」

「別に。何でもないです」

「……そうか」

 

 秋月は体勢を戻して、ファングから顔を背ける。だが直前に、彼女が無意識に何かを拭うよう両手を擦っていたのを、ファングは見逃していなかった。

 

「ならオレからひとつ訊くが……」

 

 そう言って、ファングは秋月の隣に立つ。

 

「最後、進化態(ヤツ)を倒して、お前どう感じた?」

「どうって?」

「本部で言ってただろ。『あの“感触”を別に嫌とも思わなくなってる』って。今はどうなんだ? 平気なのか?」

 

 半ば確信しているような口調でファングに訊かれ、秋月は隠すように交差させていた両手を前に出す。

 

「最悪です。気持ちの悪い何かが両手にべったりと張り付いてるみたいで……」

 

 秋月の見る自身の手のひらには皺や手荒れもなく、すらりとしていて綺麗なままだ。だが彼女の手には進化態に突き刺した時の剣から伝わってきた“感触”が残っていた。その“感触”を拒絶するように、今の彼女の手は微かに震えている。

 秋月は両の手のひらを撫で合わせることで、その震えを抑え込んだ。

 

「でも、私は人を守るために魔法少女になりました。こんなことで今更戦うのを止めたりしません」

 

 ファングが「……こんなこと、ね」と乾いた声でボソリと呟く。

 

「その気持ちは立派だが……良いのか?」

「何がですか?」

「このままだと、やがてその“感触”にも慣れていくかもれないぞ?」

 

 秋月は口を噤んだ。顔を俯かせて、震えのなくなった自分の手を見る眼には憂いを帯びている。

 

「正直、やっぱり怖いです……けど」

 

 止めるわけにはいかない。自分の弱さを理由に戦いから逃げて、綾辻さんと沙織の二人だけに戦いを背負わせることは、秋月にはできなかった。

 やがて秋月は覚悟した眼で顔を上げて、グッと手を握りしめる。

 

「ファングさん、言いましたよね。この“感触”は治せるって」

「あぁ、言ったな」

「それなら大丈夫です。私には大切な友達もいますけど、頼れる大人もいますから」

「……そうか」

 

 言うまでもなく、その大人とは玲さんだけでなく自分も含まれているのだろうと察し、ファングは「同い年だよ」と思いながらため息をつく。それと同時に、内心では秋月が思ったよりもへこんでいなかったことに安堵していた。彼女から頼られていること自体にも悪い気はしていない。

 そんな気持ちを隠すようにマスクの罅を指先でなでるファングに、秋月は顔をほころばせた。

 しかし、その表情もすぐ元に戻り、また秋月は膝を抱えて海を眺める。さっきまで心にあったモヤモヤは晴れて半ばすっきりしているが、それでもまだひとつ、彼女の心には疑念が残っていた。

 

「……ファングさん」

「なんだ?」

「このイヤな“感触”を抱えながら戦うのか、それとも何も感じずに戦うのか……あなたはどっちが良いと思いますか?」

「どっちでもいいだろ」

 

 最後に残っていた秋月の疑問を、ファングは一蹴する。自分の抱えた疑念をあまりにも簡単に片付けられ、秋月は思わず大きくした。

 

「学校のお勉強と違って、世の中の大抵の問題に正解なんてねぇんだ。あやふやで良いんだよ。組織なら兎も角、それが個人の特権だ」

 

 秋月は隣に立つファングを見上げる。

 

「戦うってことは、そのあやふやな問題をずっと抱えることだ」

「ファングさんも?」

「当たり前だ」

 

 そう言って、夕暮れの空を背景にしてまっすぐ海を見つめるファングの姿は、とても様になっている。白虎のマスクで隠れた顔からは表情は分からないはずだが、その佇まいからファングの力強い真摯な表情が連想された。

 そんなファングに見惚れている自分に気づき、秋月はふと我に返る。

 

「……そうなんですね」

 

 このとき秋月は、ファングの言葉が腑に落ちると同時に、ヒーローのカッコ良さに憧れる沙織の気持ちをほんの少し理解できた気がした。

 

「何だか私、初めてカッコいい大人の男性に会った気がします」

「はぁ、なんだソレ…………てか同性だっつーの」

「えっ?」

「なんでもねぇーよ」

 

 ファングの呟きに、秋月は首を傾げたが、そこでファングの通信機に起動のノイズが入る。

 

『ハイドロード、ファング、変化人間を連れてきなさい。本部へ帰還するわ』

「了解……エージェント・ゼロがお呼びだ。帰るぞ」

「はい!」

《…………ふふっ》

 

 元気よく返事して秋月はファングの後を追う。肩に乗ったミーにはファングの後ろ姿を見る秋月の瞳が輝いているのが分かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そんな感じで、爽やかとしたまま終われたら良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 なにせ今回の事件の元凶である雪井彰人のアジトは掴めず、その張本人とヒューニには逃げられ、彼の言っていた実験とやらの目的や全容も分からないままだ。結局はすべて徒労に終わった。

 今回の成果で唯一良かったことといえば、一般市民に被害が出なかったことくらいだ。

 作戦が終了して、そのことを実感した俺や悠希、玲さんを含むガーディアンズの面々は人知れず気落ちした。

 

 その後、俺達は輸送ヘリに乗ってガーディアンズ本部へと帰還した。そして魔法少女の三人は本部に着くと、そのまま玲さんの運転する黒いセダン車に乗せられ、それぞれの家に帰っていった。

 戦いで疲れたのか、三人とも輸送ヘリの中で半ばウトウトしていたが、後で玲さんから聞いた話だと、車の中ではすっかり寝落ちしていたらしい。

 週末に新手の敵と慣れない作戦に参加していたら無理もないだろう。翌日が日曜日なのはわずかな救いだ。できるなら俺も同じように帰って寝たかったけど、事後処理と身体検査や精神鑑定があって、悠希と一緒に本部に残る羽目になった。

 まぁ幸いにも、二人とも怪我の後遺症や精神汚染などは見られなかった。悠希は頭の傷を針で縫うことになったが、本人は特に気にした様子もなく手術中ずっと煩わしそうに口を尖らせていた。

 

 そんなこんなあって、俺が高宮町に着く頃にはすっかり真夜中になっていた。飲み会や残業で遅くなったサラリーマン達と一緒に電車で揺られながら、俺は帰路につく。

 

「はぁぁ」

 

 街灯に照らされる夜道を歩きながら、俺はため息をつく。時間が時間とあって周辺に通行人の姿は無く、周りの住宅からの生活音や車の音より虫の声の方がよく聴こえた。

 事前に連絡を入れてもらったとはいえ、突然家に帰らず、おまけに翌日のこんな夜中に帰ったとなれば、父さんと母さんの小言は避けられないだろう。今回の作戦に比べれば両親の説教など特に何ともないのだが、それでも疲れた体で叱られるのはなかなか堪えるものがある。

 

「…………はぁぁ」

 

 再度俺は大きなため息をつく。しかし今度は親の説教を面倒に感じたからではない。

 

「またおかしくなったのか、俺の身体ぁ」

 

 作戦中は気にしないようにしていたが、今朝から俺の身体に“ある変化”があった。

 その変化に気づいたのは、ガーディアンズ本部の屋上で、沙織達と合流した時。

 初めは俺の気が違ったのかと思った。その姿はこの世の生物のものではなく、明らかに日本語を喋っていたからな。

 しかし、その生物が何かはすぐに理解できた。その生物達は沙織達三人のそばにそれぞれ一匹ずついて、彼女達とコミュニケーションを取っており。かつ報告書にあった『ネコと子熊を足して2で割って、ピクシー要素を足した感じ』という見た目と一致していた。

 そう。玲さんや雨宮さん達の常人の目に見えない、魔法少女の使い魔的な存在“ニャピー”を、俺も見て、声を聞けるようになっていたのだ。

 作戦終了後、このことを玲さんや空峰さんに報告したのだが、二人とも半信半疑だった。

 

『あのぉ、なんか俺、ニャピーが見えるようになったんですけどぉ』

『……は?』

 

 気持ちは分かるが、報告した時の玲さん達の怪訝な顔は、地味に心が痛んだ。かと言って、俺の言っていることが本当かどうか証明するすべもない。

 とりあえず、検査結果にも異常は見られなかったので、詳しくは明日に話すことになった。せっかくの日曜日なのに、出勤確定だ。

 だが、事はそれだけで終わらなかった。

 

「…………参ったねホント」

《それはこっちのセリフだ》

 

 突然、背後から声が聞こえたが、俺は聞いていないフリをしながら歩き続ける。この声の主がガーディアンズ本部を出た直後くらいから俺の後を付いてきていたのには気が付いていたが、声を聞いたのはこれが初めてだ。

 

《まったく、なんでオイラがこんな奴の尾行しなきゃいけないんだ。ヒューニもニャピー使いが悪いよなぁ》

 

 声の主が続けて大きな愚痴をこぼす。俺には聞こえていないと思っているようだが、おかげでコイツが何なのか大方察しがついた。これ以上泳がせる必要もないので、俺は小道の曲がり角を曲がったところで、すぐそばにあった電柱の陰に身を隠す。

 

《あれ……ニャっ!》

 

 俺の姿を見失った声の主は一瞬焦りを見せる。その隙を突いて俺は暗闇の中から手を伸ばして片手で握り締めて拘束した。空中に浮かんでいたソイツは、急に体の自由がきかなくなったことに驚き、短い叫び声を上げるとともに目を見開いた。

 二頭身の身体に、丸い頭と熊のような耳、くりくりとした目、背中の小さな羽と、カラーリングは違うがそのマスコットのような姿は今朝見た三匹のニャピーと特徴が一緒だ。マーはピンク、ミーは水色、ムーは黄色で、コイツは紫。部分的な配色も彼女達のコスチュームの色と一致している。十中八九、コイツも同類だろう。

 

《バ、バレた! えっ! ていうかお前、なんでオイラの姿が?》

 

 そのニャピーと思われる生物は俺が目を合わせているのを見て、さらに分かりやすく動揺する。そして急いで逃亡を図ろうとしたが、コイツのジタバタ暴れる力は俺の握力の足元にも及ばなかった。

 

《はーなーせーっ! このッ!》

 

 手の内に微かな抵抗力を感じながら、俺はもう片方の手で頭を抱える。

 

「はぁぁ、どうしたもんかなぁぁ」

 

 

 

 

 

 



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第64話 戻ってきた日常と新たなトラブル①

 

 

 

 

 その後の話を少しだけしよう。

 作戦の翌日、つまり日曜日。俺は疲労の残った身体を動かしてガーディアンズ本部へと向かった。休日とあって本部内はいつもより人が少なかったが、身体検査や精神検査、たくさんの計測に、捕獲した生物の処遇を決める会議など、諸々の仕事に費やして、俺は貴重な高校生の休日を潰すことになった。

 捕獲したニャピーも様々な検査や計測が行われ、今はガーディアンズ本部の研究室のゲージに保護という目的で幽閉されている。詳細は次回にでも話そうと思う。

 

 

 そして現在、月曜の朝、俺は眠気を顔に張り付けたまま登校していた。目の下に隈ができているまではないが、いつもより瞬きが多い。睡眠はいつも通り取れているのだが、この2、3日の出来事が濃すぎて、その疲労が抜けていないのだ。おまけに時間感覚も少し狂っている。

 俺と同じように道を歩く生徒やサラリーマン、道路を行く自動車やバス、のどかな住宅街に、初夏の青空。目の前の風景は3日前にも見ているいつもの通学路の景色だが、この当たり前の日常風景がまるで一月ぶりにでも見たように感じられる。なんというか、時差ボケみたいな感覚だ。

 

「優人ぉ!」

 

 そんな眠気と時差ボケを抱えながら登校していると、後方から沙織が走ってきて、俺の背中を押す。一瞬こけそうになったが、なんとか踏ん張れた。

 

「おっはようー!」

「あぁ、おはよう」

 

 沙織のいつもの明るい声に癒されながら、俺は挨拶を返す。昨日はすっかり休めたのか、その表情や動作には疲れや取り繕った様子は全く見られない。

 ふと沙織は俺の顔を見ると、覗き込むように観察して首を傾げる。

 

「どうしたの? 顔色悪いよ?」

「ん、少し寝不足で」

「へぇー珍しいね。大丈夫?」

「うん。一応、意識はハッキリしてる」

 

 俺は片目を擦るようにしながら、横目で沙織を見る。その肩にはパートナーであるミーの姿もあった。俺がいるのもあって、ミーはただ黙って俺達の様子を眺めている。

 

「ふーん。なら良いけど…………あっそうそう。そういえば、宿題やった?」

「やってない」

「だよねぇ! じゃあ悪いんだけど午後の授業までに写させ……えっ?」

「だから、やってない」

「えぇーー! 何で!」

「いや、何でって……」

 

 言わずもがな、やる時間が無かったからだよ。宿題が出された金曜日からずっと働いてたんだよ俺は。

 

「英語のヤツ、提出今日じゃん!」

「そーだねぇ」

「そーだねぇって、優人がやってないなら私は誰に宿題を見せて貰えばいいのぉ!」

 

 知るかいな。

 

「綾辻さんや秋月に見せてもらえよ。英語は共通だろ」

「千春はともかく、麻里奈は見せてくれないよぉ!」

 

 確かに。言われてみると、泣きつく沙織を冷めた顔で突き放す秋月の様子が容易に想像できた。おまけに、そばには苦笑いする綾辻さんもいる。

 

「まぁ、今週から期末テストだし、テスト勉強がてら片付ければいいだろ?」

「……え?」

 

 ふと、沙織の足が止まる。振り返って見ると、沙織はぽかーんとして目を丸くしていた。

 

「……期末?」

「なに鳩豆な顔してんだよ。夏休み前に期末あるだろ?」

 

 その俺の言葉を最後に、しばらくの間この場を静寂が支配する。今日は蒸し暑い青空の日のはずだが、気のせいか、木枯らしが吹いた気がした。

 そして沙織の顔がだんだん青ざめていく。

 コイツ、忘れてやがったな……。

 

「はぁぁぁーーーー!」

 

 ムンクの叫びのような顔になって悲鳴を上げる沙織に、俺とミーは揃って、やれやれと顔をふった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時間は進み、昼休み。俺は葉山と共に食堂で昼飯を食べていた。

 

「お前、今日は珍しくカレーなんだな」

「まぁ、たまにはな」

「たまにはって……なにもこんなクソ暑い日に食べなくても良くね? それに食堂(ここ)のカレーってそこそこ辛いのに、お前よくそんな涼しい顔して食えるな」

 

 そう言って、葉山は自身の唐揚げ定食に箸をのばす。

 お前だって、つい先日カツカレー食べてたろうに……。

 

「そういえば、夏目ちゃんはどうしたんだ?」

「沙織なら秋月達に監視されながら宿題してる」

「……あぁ、英語のヤツな」

 

 葉山はすべてを察した目をして、唐揚げを口にした。

 

「今からやって間に合うか?」

「無理だろうな」

 

 ちなみに、葉山と同じで、俺はもう諦めたよ。

 

 

 

 

 所変わって、文系クラスの教室。そこでは綾辻さんの机にノートを広げて宿題を片付ける沙織の姿があった。

 

「んぐぅぅぅぅ」

「ほら、早くしないと昼休み終わっちゃうわよ」

「分かってるよぉ!」

 

 シャーペンを握る手が止めてじーっとノートを睨む沙織に、秋月は呆れの含んだ細い目で見た。

 

「むぅぅ、そもそもなんで二人は終わってるのぉ!」

「まぁ、日頃からコツコツやってるから」

「そういうこと……これじゃあ夏休みも思いやられるわねぇ」

 

 購買で惣菜パンを買ってきて、さっさと昼食を食べ終えた沙織は、隣の席で昼食の弁当を食べている綾辻さんと秋月を見ながら口を尖らせる。二人とも沙織の宿題を助けることはしないらしい。

 沙織が泣きついた時には、綾辻さんも協力しようとしたが、そこを秋月が自業自得だと言って自分でするように叱った。

 

《この問題の答えは1番かな?》

《いや、多分3だよ》

《えー、私は2番だと思うなぁ》

 

 ニャピー3匹は沙織の机の上に集まり、ノートの中身を眺めている。沙織にとっては少し邪魔だが、退けたところで手が進むわけでもないので、そのままにさせている。

 

「あれ? 麻里奈ちゃん、壁紙変えた?」

「っ!」

 

 やがて昼食を食べ終えた秋月がスマホを取り出す。その一瞬見えたスマホの壁紙について、綾辻さんが訊ねた。

 

「ま、まぁ。ちょっとね」

「へぇー。でもそれってファングさんだよね?」

「えっ!」

 

 ファングという単語に反応して沙織は顔を上げて立ち上がった。そして秋月のスマホを覗き込む。

 そこには、ついこの間まで猫の画像だった壁紙が、偶にガーディアンズが宣材に使っているファングの画像になっていた。

 

「えっなに? 麻里奈ってばファングさん推しになったの?」

「べ、別にそういうわけじゃ……ただまぁ、この前の一件で、私も街の平和を守る身として色々見習わないとなぁって思っただけで」

「ふーん」

 

 沙織から顔を背けながら秋月はスマホの画面を隠す。本人は大した理由じゃないとでも言いたげだが、その頬はほんのり赤くなっていた。

 そんな彼女の様子を見て何かを思いついた沙織は、ニヤリと悪い顔を浮かべる。

 

「それなら、私が厳選したファングさんの画像あげようか?」

「えっ、ホント?」

「その代わりぃ……」

 

 『分かるよね?』と沙織はニヤニヤと笑う。意図を察した秋月は苦々しげに奥歯を噛んだ。

 というのも、ガーディアンズでは正体を隠しているハイドロードとファングをあまり広報として使うことがなく、写真や画像はほとんど世に出回らない。よって、この二人の画像を手に入れるとなると、かなり苦労する。手に入れようとしても、ガーディアンズが初期に出した宣材写真か、事件現場の野次馬が撮ったものくらいだ。後者の画像にいたっては手振れがひどく、まともに写っているものは無いに等しい。

 しかし沙織ほどのヒーローファンともなると、長年のファン活動の中でネットに出回っている画像を集めるのはもちろんのこと、その中から質の良いものを厳選したりしている。

 秋月も、いつも沙織が「ネットにハイドロードの画像がない」とか「昨日、高画質のファングさんの画像を手に入れた」とか話しているのを知っているので、それらのことはよく理解していた。

 

「むぅぅ……わ、分かったわよ!」

「イエスっ!」

 

 秋月は渋々頷き、沙織は白い歯を見せながらニカッと笑いガッツポーズした。

 

《あらら、麻里奈ちゃんったら買収されたわぁ》

《沙織も悪知恵をつけたね》

《良いの、千春ちゃん?》

「なははぁ……ホントはダメだけど、沙織ちゃんも一昨日は頑張ったし、少しくらいは良いんじゃないかな」

 

 沙織が秋月から嬉々として英語のノートを受け取る様子に、綾辻さんとニャピー達は揃って苦笑いする。

 こうして、沙織は昼休み中に宿題を終わらせることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第65話 戻ってきた日常と新たなトラブル②

 

 

 

 

 時間は進み、放課後。期末試験直前とあって、校内は比較的静かな空気が流れ、廊下を歩く生徒も少なく、何処となく空虚とさえ感じられる。

 そんな校舎の屋上で一人、俺はケータイを耳に当てながら壁に背をつけて立っていた。

 

「やったねファングさん。ファンが増えたよ」

『ンなこと、どうでも良いっつーの』

 

 通話の相手は悠希だ。さっき沙織から聞いた秋月がファング推しになった話を伝えると、照れ隠しなのか、悠希は強めの口調で返してきた。

 彼女も今日は学校があるはずだが、下校途中なのか、あるいはサボっているのか、外を出歩いているらしい。時折、電車の走行音が聴こえてくる。

 コイツ、どっかの跨線橋にでもいるのか?

 

『それで、そっちはあの女(ヒューニ)から接触はあったか?』

「いや、まだ無い。一応、いつ現れても良いように気をつけてはいるんだが、まったく反応なし」

『ホントかよ。一昨日お前が捕まえたってナマモノは、あの女の手下なんだろ?』

「あぁ。本人曰く、そうみたいだぞ」

『なのに、一日経っても向こうから反応が無いってのは……ひょっとして見捨てられたか?』

「可能性はゼロじゃねぇけど、どうだろうな……」

 

 まだあのニャピーから大した情報は聞き出せていない。俺がガーディアンズ本部に連れて行ってからは、基本ずっとケージの中でだんまりだ。

 おかげで、俺は軽く精神異常を疑われたが、研究室の様々な機器の計測によってニャピーの存在自体は確認できたし、後に念のため精神診断も受けて、完全に疑いは晴れた。

 

『それにしても、何でお前にそのナマモノが見えるようになったんだ? あの毒針のせいか?』

「どうやらそうらしい。空峰さんの診断では、あの毒針の神経毒に身体が対抗する過程で、神経が変異したのが原因だろうって」

『ふーん……他に異常は?』

「今のところは何も。ここ三日でできた疲労以外はな」

『そうか。あんまり無理すんなよ』

「おっ、心配してくれるのか?」

『そんなんじゃねぇ……ただ、友達を殺すのはもう御免だ』

 

 また、電話の向こうから電車の走行音が聴こえてきた。ここでまた会話が止まる。

 最後の消え入りそうな悠希の声に含まれていた感情は、怒りか悲しみか、あるいは罪悪感か、いずれにしても彼女が今、過去の出来事を思い起こしているのは、すぐに分かった。

 

「……大丈夫だ。俺も殺されたくねぇーしな」

『なら良い……おっと、仕事だ。じゃあまたな』

「あぁ、お疲れ様」

 

 俺は通話を切って、ケータイをしまう。

 仕事ということは、また変異者が現れたのだろうか……。

 

「作戦明けだってのに、働き者だな……」

 

 屋上から降りようと扉へ手を伸ばしながら、そう呟いた途端、ふと背後に気配を感じた。それが誰かなのか、おおよそ察しはついた。

 

「……お前もな」

「あら、案外元気そうね」

 

 聞き覚えのある声が聴こえて振り返ると、そこには案の定、ヒューニが立っていた。いつもの黒ドレスに、風で揺れる黒い長髪。見下したような眼に、にやけた口元。なんとなく作為的な態度にも見えなくはないが、武器の大鎌は持っておらず、敵意は感じられない。

 

「なにしに来た?」

「別に。雪井のマージセルの実験体にハイドロードがやられたって聞いたから、様子を見に来ただけよ」

 

 嘘だな。

 注意深く見ると分かるが、ヒューニの目線が僅かにチラチラ動いている。まるでその辺にいる“何か”を探しているみたいだ。彼女の目的は、その“何か”……十中八九、パートナーのニャピーだろう。

 

「ご生憎さま。この通りピンピンしてるよ」

「そう。それは……残念ね」

「分かったら、とっとと帰れ。こちとら明後日から期末試験があって忙しいんだよ」

 

 手をひらひらと振って、去れ去れと仕草でも示す。俺的には半ば本音であることもあって、うまく演技できたと思う。

 だが、ヒューニは俺の仕草を見て、じーっと疑うような目を俺に向けてきた。

 

「……なんだよ?」

「あなた、まさか……」

 

 意味深な顔をしたヒューニはこっちを見ながら、しばし黙考する。

 

「……いや、まさかね」

 

 えっ。マジでなに?

 そんな「気のせいか」みたいな顔されても、こっちは気になるんですけど……。

 だが俺の心情など露知らず、ヒューニは身をひるがえす。

 

「それじゃあね、ハイドロードさん」

「お、おい!」

 

 俺の呼び止める声を聞くこともせず、ヒューニはバイバイと手を振って影の中へと消えていった。

 昨日の会議で決めた通り、ひとまず俺がニャピーを認識できるようになったことは明かさなかったが……。

 あのヒューニの反応、ひょっとして悟られたか?

 

「……はぁ。まっ良いか」

 

 いずれにしろ、これであのニャピーがヒューニの使い魔であることと彼女の指示で俺を尾行していたことへの確信が強まった。あとは尋問なりなんなりして、あのニャピーからヒューニの目的を聞き出すか……。

 俺はため息をつき、屋上の扉を開けて階段を下りていく。

 つい先ほどまで、そこに“彼女”がいたことなど、気が付くこともなく……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌日。時間は昼休み。俺は“彼女”に声を掛けられ、一緒にひとけのない校舎裏に連れてこられた。

 人が周りにいないことを確認して、彼女は俺と向かい合う。

 

「ごめんね、急にこんなところに連れてきて」

「あぁ、別に構わないけど……」

 

 彼女とは日頃からそれなりに話もしているので、声を掛けられたこと自体は特に気にすることもなかったが、「人のいないところで話がしたい」と言われた時には、思わず身構えてしまった。

 これが、皆川や舞鶴先輩のような、ただの友達の一般生徒だったらロマンティックな展開を期待しないでもないが、彼女とは沙織と一緒にいる時に話すことが多かったし、そんな展開は期待できない……というより、正直そうなったら気まずい。

 

「それで話ってなんだ?」

「うん。あのね……こんな事、いきなり言うのは迷惑かなって思ったんだけど、でもどうしても我慢できなくて」

 

 制服のすそを握りしめ、もじもじする彼女のピンク髪がゆらゆら揺れる。

 やがて何かを決心した顔つきになって、俯いていた彼女……綾辻千春は、まっすぐ俺へ目を向けた。

 

「水樹君って、ハイドロードさんなの?」

 

 その問いを聞いた俺は、やるせない顔を上へ向ける。そして、気持ちの良いほどの快晴の空に向かってため息を吐いた。

 

 

 

 






第2章、完。

感想・評価の程、よろしくお願いします。




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第3章 玄武とスプリング、明かされる青龍の過去
第66話 試験終了!打ち上げだぁーっと思ったら?


 

 

 

 

 

 拝啓、この文章、読んでいる誰かさん。あなたは今どこで何をしていますか?

 この異常気象な青空の下で、今日も元気に暮らせていることを、私、水樹優人は願っています。

 そして、そんな俺は今、夏休み直前の期末試験の真っ只中。いつもの学校の教室でクラスメイト達と共に黙々と物理の試験問題を解いています。

 けど、このテストを終えれば、期末試験も終わりです。

 

 

 高校生でありながら、突然イカれた科学者によって人体改造され、水を操る能力を得た俺……水樹優人は、“守護神(ガーディアンズ)”という組織に属している高校生アルバイターヒーローだ。『青龍』の称号を持ち、ハイドロードと名乗り、正体を隠しつつ活動している。

 この前は、廃工場で繁殖した強力な蜂怪人を、ガーディアンズと魔法少女の共同作戦で殲滅させた。

 

 

 そんな高校生ヒーローの俺だけど、小さい頃から何かと一緒にいる幼馴染がいる。それが俺の席の斜め前にて、答案用紙を消しゴムでゴシゴシしている少女……夏目沙織だ。

 沙織には、ひとつ秘密がある。それは彼女が中学校からの友達である綾辻千春と秋月麻里奈と同じく、魔法少女であることだ。

 今言った共同作戦を行った魔法少女というのも、彼女達三人のことだ。

 

 

 ある日、“ニャピー”という異界の生き物から素質を見込まれ、マジック少女戦士に変身する宝玉を手渡された沙織達。以降、キューティズと名乗り、日夜、高宮町に現れるハデスという悪の軍団と戦っている。

 そんな彼女たちを、俺を含めたガーディアンズは表と裏から支援している。ハデスが現れれば彼女たちが戦っている間に周辺の市民を避難誘導するし、ハデスの悪い気に誘発されて犯罪に走った人を制圧する。必要とあれば彼女達と共闘してハデスの手下であるノーライフを倒し、俺も自身の武器であるスネークロッドで撲殺……もとい牽制したりする。

 

 

 そんなこんなで、幼馴染の俺達二人はお互いに自分の正体を隠しつつ、それぞれヒーローと魔法少女として人助けをしているわけだけども……。

 実は最近、またひとつ厄介事が増えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 テストの終わりを告げるチャイムが鳴り、先生が答案用紙を回収し始める。期末試験最後の科目とあってクラスの皆、すっかり脱力した。先程まで漂っていた緊張感も、完全に散ってしまった。

 俺もグイッと背を伸ばして、貯まった疲労を吐き出すように、大きく息を吐いた。

 

「どうだー、テストの出来は?」

「あぁ。良くも悪くも、いつも通りって感じ」

 

 帰りのホームルームが終わってクラスが解散すると、背後から葉山がやってきて訊いてきた。

 

「葉山は?」

「俺も似たような感じだ。けど、補習は回避したと思う」

「なら、十分だな」

「あぁ、十分だ」

 

 志が低い?

 まぁ、否定はしないけど。

 

「夏目ちゃんは?」

「訊かないでぇ」

 

 続けて葉山が訊くと、自席で椅子に寄りかかって天井を見上げていた沙織が、力の無い声で返す。

 彼女の机の上ではパートナーであるニャピーのミーが燃え尽きた沙織を心配そうに見上げていた。

 

「あらら、夏目ちゃんたら夏休みは補習確定な感じ?」

「いやいや、まだ希望はある!」

「どれくらい?」

「シュレディンガーの猫くらい!」

 

 つまり、採点されるまで分からないと?

 ガバッと姿勢を正して言い放った沙織だが、口元が引きつっていて空元気まる出しだ。いずれにしろ、出来は良くないってことだろうな。

 

「まぁ結果はどうあれ、もう期末も終わったんだ。折角だし、どっか遊びに行こうぜ」

「おっ、良いねぇ! 千春と麻里奈も呼んで良い?」

「オフコース! もちろん大歓迎よ!」

「あぁ悪い、俺今日この後バ」

「それじゃあ、呼んでくるねぇ!」

「聞けよ、人の話!」

 

 この後バイトがある、という俺の言葉をかき消して、沙織はさっさと綾辻さん達のクラスへと飛んでいった。本人としても、遊んで試験への鬱憤を晴らしたいのだろう。

 

「えっ何、水樹ってばこの後バイトなの?」

「あぁ」

「おいおい、期末試験が終わってすぐにバイトって。その年でもう社畜かよ。学生の本分は遊ぶことだろうによぉ」

 

 勉強だよ。

 

「まったく、折角可愛い幼馴染みが近くにいるってのに。もっとこう、青春を楽しもうぜぇ。甘く切ないヤツ!」

「アホか。ラブコメ漫画の見すぎだぞお前。それに、こっちにも事情ってもんがあんだよ」

「貴重な青春時代を代償してバイトすることに、どんな事情があるんだよ?」

「それは……機密事項だ」

「はぁ? 意味わかんねぇ」

 

 葉山はため息をついて、やれやれと首を振る。

 

「もう良いや、俺だけで夏目ちゃん達とハーレムするから。もたもたしてると俺が夏目ちゃんのハート取っちゃうからなぁ?」

「はァ?」

「ごめん冗談。悪い冗談だからそんな睨むなよ……怖ぇって」

 

 俺が首を傾げて見ると、葉山は反射的に謝り、後退りして寒気に襲われたように身体を震わせた。特に睨んだつもりもなかったが無意識に威圧させてしまったようで、俺は顔をそらす。

 その態度をいじけたとでも勘違いしたのか、葉山は苦笑いしながら「まぁまぁ」と俺の肩をたたく。

 

「安心しろって。NTRは俺の趣味じゃねぇーし、俺の好みは夏目ちゃんみたいなスレンダータイプじゃなくて部分的にふくよかな子だ」

「それ沙織の前で言うなよ。俺より怖いぞ」

 

 胸を張って言い切る葉山を、俺はジト目で見る。高校入学からの付き合いとあって葉山が良いヤツなのはよく知っているし、女好きといっても、どこぞのエロ同人みたいに人の嫌がる事をするヤツではない。

 というより、そうでなければ、付き合っては別れるを繰り返すなんて、モテ男ムーブはできないだろう。これまで別れたのも、すべて彼女側から「別れよう」って言ってきたとのことらしいし……。

 原因は未だ不明だけど。

 

「千春たち連れてきたよー、二人とも行こ行こー!」

 

 俺が5秒くらい葉山の振られる原因について考えていると、沙織が綾辻さん達を連れて戻ってきた。三人の様子から察するに、綾辻さんと秋月も半ば話を聞かされずに連れられて来たようだ。けど二人とも、いつものことだとよく慣れたものだ。

 俺は沙織の通学鞄を持って、葉山と共に教室を出た。

 

「どこ行くどこ行く? カラオケ? ボーリング? それともキャロルでパフェでも食べる?」

「あぁ、悪い沙織。俺、これからバイトあるから」

「「えぇーー!」」

 

 鞄を渡しながら言うと、沙織と葉山が声を揃えて肩を落とす。

 葉山の悪ノリはとりあえずスルーして、俺は「ごめんな」と沙織に謝った。

 

「うそぉ!」

「ホントだよ」

「えぇー、折角みんなで遊べると思ったのに!」

「ごめんって。また今度時間作るから」

「むぅぅ……じゃあ、夏休みにプール、奢りね」

「はいはい。分かったよ」

 

 沙織は残念そうに口を尖らせる。けど俺が愛想笑いをしながら了承すると「やった!」とガッツポーズした。

 ちゃっかりしてるなぁ。

 

「試験終わってすぐになんて、随分と忙しいバイトみたいね」

 

 そう言って、沙織の隣にいる友達二人の内の一人が声をかけてきた。背中くらいまである黄色っぽい長髪を後ろでひとつにまとめた少女……秋月麻里奈は、妙に疑り深い目つきで俺を見る。彼女の肩にいるニャピーのムーはそうでもないが、先日の屋上での一件以来、秋月は俺のことを怪しんでおり、隙あれば今のように探りを入れるようなことを言ってくる。

 だが証拠も何もないためか、どうやらまだ沙織や綾辻さんには何も話していないようだ。

 

「あぁ、常時人手不足なもんでね」

 

 俺はまったく動揺することなく、いつもの態度で秋月へ返した。

 

「というわけで、悪いけど俺は先に帰るわ。それじゃあ、お先に」

「うーん、じゃあねぇー」

 

 俺が手を振りながらその場を去ると、沙織と葉山は手を振り返し、秋月はずっと睨んでいた。

 だが、その中でもう一人。秋月の隣にいた少女……綾辻千春は何かを理解したような顔で立っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 学校から出てすぐの裏道にて、俺は見覚えのある車を見つけた。この辺りは、学校から最寄り駅へ向かうルートとは反対に位置するためか、通行する生徒も少なければ、一般人も少ない。そんな人通りの少ない道にセダン車が一台停車している。その黒いセダンには運転席に一人だけ人が乗っていた。

 後ろから近づいていくと、サイドミラーを通してその運転手と目があった。俺は周りに他の人間の目が無いことを確認した後、流れるようにその車の後部座席に乗り込んだ。

 

「お疲れ様です」

「綾辻はどうしたの?」

「もうじき来ますよ」

「なんで一緒に来なかったの?」

「なんか、その場の流れで」

 

 運転手である黒髪ショートカットの女性……エージェント・ゼロこと滝沢玲さんは、ルームミラー越しに俺へ目を向けた。彼女の目線から逃げるように、俺は顔をそらして窓の外を見た。

 いつものエージェント服を着た玲さんは、ため息をついて俺を睨むのを止めると、俺が着た時と同じようにまたサイドミラーで後方を監視し始めた。

 

「あれからあの黒ニャピーの様子はどうですか? 何か反応ありました?」

「さぁ。私たちには認識できないから、なんとも。でも、計測機器からの反応は変わってないから、研究室のゲージの中からは出ていないみたいよ」

 

 それならひとまず安心だ。

 『七色作戦』が行われた日、俺が帰宅している途中に捕まえた黒いニャピーは、どうやらまだ逃げ出していないようだ。先日、飼い主と思われるヒューニがやってきて彼を探していたようだったので、もしかしたら悟られて本部が襲撃されるのではとも考えたけど、杞憂に終わった。

 

「貴方の方も最近どうなの? あれから身体に何か異常とか感じない?」

「大丈夫ですよ、元気満々です」

「……そう、なら良いけど」

 

 そんな世間話にもならない会話を玲さんとしていると、やがて後方から一人の少女が歩いてきた。

 ウチの高校の制服を着た彼女は、俺達が乗る車を見つけると、緊張した面持ちでこちらまで歩み寄り、そのまま俺と反対側の後部座席に乗った。

 

「お、お待たせしました」

 

 扉を閉め、その少女……綾辻さんは玲さんに声をかけた。肩には彼女のパートナーであるニャピーのマーもいる。

 

「意外と早かったな。どうやって抜けてきた?」

「うん、お母さんにお使い頼まれてたって言って出て来ちゃった」

「へぇー。沙織のヤツ、拗ねてなかったか?」

「あはははぁ。ま、まぁ少しね」

「話は後。車出すからシートベルトしなさい」

「は、はい!」

 

 玲さんに言われ、綾辻さんは慌ててシートベルトをしめた。そして、玲さんはエンジンを掛けて、そのまま車を走らせる。

 

 

 変身していない俺と綾辻さん、そして玲さんの三人がいる車内。

 俺と玲さん、あるいは綾辻さんと玲さんであれば、特に問題ない組み合わせだが、本来なら正体を隠している者同士の俺と綾辻さんが変身せずにいるのは、普通ではあり得ない組み合わせである。

 さてさて、どうしてこんなことになったのか……その話は期末試験が始まる前日までさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第67話 身バレは計画的に!

 

 

 

 

 時は期末試験の直前、七色作戦から三日経った日の昼休み。

 校舎裏で俺と綾辻さんは向かい合っていた。周りに他の生徒はおらず、いるとすれば、綾辻さんの肩に乗ったニャピーのマーだけ。

 異性の高校生同士が誰もいない校舎裏で二人きりというのは、言葉だけで表したら恋愛漫画のワンシーンのようだが、生憎この場の雰囲気は、どちらかというとサスペンスものでの崖の上のシーンに近い。

 

「水樹君って、ハイドロードさんなの?」

 

 緊張感が漂う中、綾辻さんは意を決して口を開いた。

 その綾辻さんの問いに、顔を上げてため息をついた俺は、目を細めて綾辻さんを見た。

 

「どうしちゃったの、綾辻さん?」

 

 口元を緩ませて半笑いな口調で問う。我ながら、よくこんなナチュラルな知らないフリができたと思う。

 

「俺がハイドロードって。嘘告白の方がまだ笑えるけど?」

「私、昨日見たよ。屋上で水樹君がヒューニって人と話してるの」

 

 マジか!

 その言葉を聞いて、俺の心臓がドキッと大きく鳴った気がした。俺は閉口して作った表情を止め、無表情で綾辻さんを見据える。

 まさか、あの場に綾辻さんがいたとは……。周りの気配には気をつけていたつもりだけど、一番気をつけていたヒューニが目の前にいたせいか、あるいは疲れていたためか、まったく気がつかなかった。

 あの場を見られたとなると、ここで下手に惚けてやり過ごすなんてことはできないな。

 

「……そうか」

 

 どうしたものかと内心で考えていると、綾辻さんは「あっ!」と声をあげて慌てて口を開く。

 

「勘違いしないでね。だからって別に水樹君がヒューニさんの仲間とは思ってないから!」

「……なんでだよ? もしかしたら、俺がヒューニと手を組んでお前らを落とし入れようとしてるのかもしれないだろ?」

 

 あの場を見たのであれば、ヒューニと俺が仲間だと思われても仕方がない。

 例え俺がガーディアンズのハイドロードだったとしても、その可能性が消える訳じゃないし、そもそも変身した所を見たのでなければ偽者の可能性だってある。

 

「ハイドロードさんには先週の作戦で……ううん、水樹君にはそれよりも前からずっと、私たちのこと守ってくれてたもん。だから大丈夫だよ」

「お人好しか!」

「えへへ、よく言われる」

「そもそも偽者の可能性だってあるだろ?」

「……偽者?」

《へっ?》

 

 綾辻さんとマーが揃って目を丸くして首を傾げる。

 さては考えつかなかったな、コヤツ等。

 

「そ、それでも、水樹君が沙織ちゃんが嫌がるようなことするはずないもん。だから、水樹君があのヒューニって人と何か悪いことするなんてあり得ないよ」

「……純粋だなぁ、ホント」

 

 なんの躊躇いもなく、そんなことを言われ、俺は何だかむず痒くなり、指先で頬をポリポリ掻いた。

 

「……はぁぁ、まぁいいや」

 

 やがて、心にある羞恥心を吐き出すように、大きなため息をついて俯いた後、俺はまた綾辻さんへ向き直る。

 

「あぁ。綾辻さんの想像通り、俺がハイドロードだよ」

 

 俺が正体を明かすと、綾辻さんは「そうだったんだ」と複雑な心境を表情に出しながら小さく頷いた。

 いずれ正体を明かす時が来るとは思っていたが、いざそうなってみると何ともあっさりしたもんだ。

 

「私から訊いておいてなんだけど、いざ言われてみると、やっぱり少し信じられないかな」

「まぁ普通はそうだろうな」

 

 苦笑いする綾辻さんに、俺は共感するように頷いた。俺も綾辻さん達三人がキューティズだって報告を聞いた時は、現場を見るまで信じられなかったからな。

 

「それで? この事、沙織や秋月には言ったのか?」

「ううん。水樹君も何か事情があるんだろうなって思ったら、まだ誰にも言ってないよ」

《私以外にはね》

「……えへへ」

 

 綾辻さんは首を横に振る横で、マーが補足する。今日こうして打ち明けるために、どうやら綾辻さんはマーと色々相談したようだ。

 

「……そうか」

 

 俺は視線を綾辻さんから外して、少し思考する。

 つまり、まだ沙織と秋月、ミーとムーは知らないわけだ。ここで沙織達にも俺のことを明かすべきか、あるいは黙っておくべきか、判断に悩む。

 いや。というよりも独断専行するのはマズいか……。

 

「綾辻さんは、今日の放課後、時間ある?」

「えっ! あっうん。大丈夫だけど……?」

 

 そこでちょうど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「なら、付き合ってくれ。今後について話したい」

「うん」

「あと、俺がハイドロードってことは、まだ沙織達には内緒で頼む」

「うん。分かったよ」

 

 綾辻さんはすんなりと了承してくれた。まだ聞きたいことはたくさんあるようだが、彼女もここですべてを聞けるとは思っていないらしい。

 放課後にまたここに来るように伝えて話を終えると、俺と綾辻さんは校舎裏を後にする。

 

「それじゃあ、また放課後」

「うん、またね」

 

 やがて2年生のフロアに着くと、それぞれのクラスへと向かうため俺達は別れる。手を振って去っていく綾辻さんを見送り、俺も自分の教室へ向かった。

 そして教室に入るまでの間に、俺はケータイを取り出して“ある人物”にメールを送った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 放課後、こっそりと合流した俺と綾辻さんは、ある程度生徒が下校したのを見計らった後に学校を出た。綾辻さんを引き連れる形で、俺は最寄り駅とは逆方向の道を行く。

 俺がどんどん人通りの少ない裏道に行くので、綾辻さんは少し不安げだ。

 

「ねぇ水樹君、どこ行くの?」

「んー、どこってわけでもないんだけどな」

 

 現代社会はどこに目があり耳があるか分からない。よって重要な話をするのに、その辺の公園や河川敷で話すわけにもいかず、かと言って、キャロルのような喫茶店を使うわけにもいかない。

 いつもなら、そういう時はガーディアンズ本部へ行くのだが、今回はそんな時間もない。となると、方法は一つだ。

 しばらく綾辻さんと道を歩いていると、俺は道中に車が一台止まっているのを発見した。車種とナンバープレートを見ると、目的の車で間違いない。

 俺は周りに誰もいないことを確認しながらその車の横まで歩くと、そのまま後部座席のドアを開けて中に乗り込んだ。

 

「えっ! 水樹君?」

 

 いきなり見知らぬ車に乗り込んだ俺を見て、綾辻さんとマーは目を見開いて驚いた。

 

「すみませんね。急に呼び出して」

「気遣い不要よ。仕事だから」

「……ゼロさん?」

 

 俺が車の運転手に声をかけると、運転席にいる女性は平然と言葉を返す。そこでやっと綾辻さんは目の前の車が先日乗った玲さんの黒いセダン車であることに気が付いた。

 

「良いから、早く乗って」

 

 運転手の玲さんに言われて、綾辻さんは慌てて車に乗り込んだ。彼女がドアを閉めたのを確認して、玲さんはフロントミラー越しに俺達を見る。

 

「どうしてゼロさんが?」

「水樹から連絡をもらったの。綾辻に自分の正体がバレたってね」

 

 玲さんの言った通り、彼女を呼んだのは俺だ。車の中であれば盗聴の心配はない上、話し合いと情報共有を同時に行える。一石二鳥だ。

 

「えぇまぁ。実はヒューニが接触して来たところを見られまして……」

「ごめんなさい」

「貴女が謝ることないわ。それに遅かれ早かれ、そうなるだろうと思ってたし、想定内よ」

 

 言ってることとは反対に、玲さんの目線がチクリと俺に刺さる。

 

「ホントに水樹君がハイドロードさんだったんだ」

「あぁ。だから一応、綾辻さん達が変化人間……魔法少女だってことも知ってるし、大方の事情も知ってる」

「そうなんだ」

 

 俺と玲さんが知り合いだったと分かり、綾辻さんは納得したように頷いた。

 

「知ってしまったのは仕方ないとして、綾辻はこのこと、今までの間に誰かにしゃべった?」

「いえ、水樹君にも事情があると思ったので、まだ誰にも言ってません」

「そう……良かったわね、バレたのが良い子で」

「……まったくです」

 

 ミラー越しの玲さんの目線から顔を反らして俺は小さく頷いた。暗に『これが一般生徒にバレてたら危なかったぞ。気を付けろ』と言っているのだろう。確かに他の生徒にバレて、もしSNSで拡散されたりでもしたら、面倒なことになっていた。

 

「状況は分かった。ガーディアンズとしてはハイドロードの正体を知る人間は最小限にしておきたいのだけど、綾辻はどう? 他の二人にも水樹のこと話したい?」

 

 玲さんに訊かれ、綾辻さんは俯いた。

 

「わ、わかりません……でも水樹君やゼロさんにも事情があるだろうし、黙っておくようにってことなら従います」

「そう」

 

 膝に手を置いて姿勢を正しながらまっすぐ言った綾辻さんを、玲さんは静かに見定める。緊張から少し手が震えているが、隣にいる俺から見ても綾辻さんが嘘を言ってる様子はない。

 

「貴女のペットはどうかしら? 仲間の二匹に黙っておける?」

《ペットじゃないよ! ニャピーだよ!》

「あははぁ」

 

 ペット呼ばわりされたことに怒るマーを見て、綾辻さんが苦笑いする。

 

《むぅぅ……まぁ、千春ちゃんがそれで良いなら、私もミー達には秘密にしておくよ》

「ありがとマーちゃん……はい、大丈夫みたいです」

「……分かったわ」

 

 綾辻さんが代弁した回答に短く頷くと、次に玲さんは鏡に映る視線をこちらを向けた。

 

「水樹はどう考えてるの?」

「そうですね……俺個人の意見としても、できればまだ沙織と秋月には隠しておきたいです。今いきなり正体を明かせば、二人も混乱するでしょうし」

《沙織ちゃんなんて、ビックリして倒れちゃいそうだもんねぇ。まさか憧れのハイドロードが、実は幼馴染の男の子だったぁーなんて聞いたら》

「そうだね」

 

 俺の言ったことに共感するように見せかけて、綾辻さんはマーの言ったことに頷いた。

 

「……そう」

 

 俺達が言ったことを整理するように、玲さんは顎に手を当てて思考する。

 

「そういえば貴女達、明日から期末試験って言ってたわね」

「はい」

 

 綾辻さんが頷く。ちなみに玲さんは、魔法少女とのパイプ役として、俺達の高校の学校行事とスケジュールは一通り把握している。

 

「なら、詳しくは試験が終わってから話しましょう。ここで綾辻に色々話して試験に集中できなくなって、夏休みに補習を受けることにでもなったら面倒だし、それまでにこちら側の方針も決めておくわ。色々と訊きたいこともあるでしょうけど、今はそれで良いかしら?」

「……はい」

 

 納得しているのかどうかは分からないが、綾辻さんは小さく頷いた。

 俺としても異論はなく、鏡越しに目を合わせると玲さんも俺の意思を察した。

 

「それなら今日はここまでね。ついでだから送ってくわ。ベルトしめなさい」

 

 玲さんはエンジンを掛けて、綾辻さんの家へ向かって車を走らせる。

 走行中、綾辻さんは俯き気味になり時折俺へ視線をチラチラと向けてきたが、俺達の間にまったく会話はなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらくして、綾辻さんの家近くに着くと玲さんは車を止めた。

 

「また何かあれば、水樹にでも良いから連絡して」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ」

 

 綾辻さんは降車してドアを閉めると、俺に向かって手を振ったので、俺も振り替えしておく。俺たちが道路の角を曲がるまで彼女はその場で俺たちの車を見送っていた。

 

「何か申し開きがある?」

「ありません」

 

 綾辻さんの姿が見えなくなってすぐに、玲さんが訊ねてきた。

 仕事中の早口なのは変わらず、いつもより低い声の玲さんに、俺がハッキリと言い切ると、彼女は大きなため息をついた。

 

「気をつけなさいよ。今回はあの子だったから良かったものの、他の誰かだったらどうなってたか」

「ご尤もです。すみませんでした」

「……もう良いわ。過ぎたことだし、次から気をつけなさい。本部には私から報告しておくから」

「ありがとうございます」

 

 俺は素直に謝罪する。言葉だけ聞くと、お前ホントに分かってるのかと言われそうだが、その辺は普段の行いのお陰か、玲さんもそれ以上は何も言わなかった。

 玲さんは車を走らせ、俺の自宅へ向かった。

 

「それにしても、やっぱり綾辻は純粋ねぇ。人の弱みを握っても、それを利用しようとかまったく考えてないわ」

「そうですね」

 

 『それが普通だろ』と言えれば良いのだが、残念ながら世間というのはそれほど善意に満ちていない。特に今回の件、人によっては金を要求したりして俺やガーディアンズを脅し、大金を得ようと考える輩もいたかもしれない。

 そういうことを考えると、綾辻さんは愚直なほど純粋だ。一見それで良いようにも思えるが、綾辻さんの立場で考えると一概には言えない。

 それの何が問題かというと……。

 

「こちらとしては助かるのだけど……あの子、自分が“消される”かもとか微塵も思ってないのよね」

 

 そう、玲さんの言う通り、綾辻さんは自分の取った行動の危うさや拙さを分かっていない。

 確かに今回の場合、俺に落ち度があるし、綾辻さんは魔法少女というハデスを倒せる唯一の存在であるため、可能性としてはとても低いのだが、一般人が下手に国家や巨大企業の裏の秘密を知れば、大概ろくな結末にならない。

 その結末とは何か……。端的に言うと、社会の闇に葬られるのだ。ドラマや映画でもよくあるような、どこぞの誰かに暗殺され、表では自殺や病死、行方不明などで処理されて終わる。そんな結末だ。

 だが、綾辻さんはそんな可能性をまったく考慮していない。ガーディアンズや俺を信頼しているからと言えば聞こえは良いが、今回、俺に真っ正面から確認しにきたのは、行動としては少し能天気過ぎる。

 ガーディアンズが守っている内は大丈夫だろうが、いつか何かをやらかしそうだ。

 

「あーいうタイプは戦いに向いてないわね」

 

 途中、赤信号に差し掛かり、玲さんはブレーキを踏んだ。

 

「それが魔法少女の素質って言うなら、随分と残酷な話ですね」

「ホントね」

 

 前に言っていたが、魔法少女の魔力量は三人の中では綾辻さんが一番高い。もしこの素質が本人の心の純粋さや高潔さに相関しているなら、なんともあべこべで無慈悲なものである。

 戦いで勝つためには大なり小なり狡猾さが必要なのだが、純粋な人間には恐ろしくほどその素質がないからだ。

 

「それでもあのタイプの子が戦い続けると、辿る道は大体2パターンなのよね」

「というと?」

「火野さんや上地みたいに折り合いをつけながら背負い込むか、利用されるだけ利用されて身を滅ぼすか」

 

 ……あぁ、なんとなく分かる気がする。

 

「いずれにしても、心が汚れていくのよ」

「『水清ければ魚棲まず』ならぬ『心清ければ人戦えず』ってことですか?」

「そういうこと」

 

 信号が赤から青へと変わり、玲さんはアクセルを踏んだ。

 

「なにか思うところがあるんですか?」

「個人的に少しね。いまどき綾辻みたいな子は珍しいし、私としてはあの子達にあまり戦場に立って欲しくないのよ。できればこちら側の秘密も、知らないままでいて欲しかったわ」

「そんなの今に始まったことじゃないでしょうに、なんで今さら?」

「言ったことなかったかしら? 私はそういう純粋な人達を守りたくてこの仕事をやってるの」

 

 無意識に俺の視線が玲さんの方へ向く。

 それは初めて知った。そういえば、他のエージェントと比べて玲さんとは付き合いの長い方だが、彼女の過去について聞いたことはなかった。

 だが、なるほど。そう言われると、なんとなく玲さんらしい気がする。

 

「でも、そういう純粋さを持ち合わせて許されるのって子供の内だけなのでは?」

「……まぁ、普通はそうなのよね」

 

 また別の赤信号に差し掛かり、玲さんはまたブレーキを踏む。止まった時に勢いが余っていたのは、多分気のせいだろう。

 

「この世界や社会が想像以上に“汚れてる”っていうのは、普通なら生きていくうちに何となく気づいていくわ。そして皆ズル賢く生きていくようになって、周りの純粋な人の弱みや優しさにつけこんで、それでまた純粋な人が汚れていく」

「悪循環ですね」

「えぇ。けど、世界を良いものにするには、きっとその純粋さが必要なのよ。だから私は守るの」

「そうですか……」

 

 ……そういえば、前に松風さんがそんなこと言ってたな。

 

『本当の意味で世界を救えるのは、ワシのような金持ちや政治家ではなく、ただあるがままの純粋なものを受け止められる、そういう存在なのじゃよ』

 

 『青龍』になった時に聞いたあの人の言葉は、俺には今でもよく分からない。

 その言葉の真意を考察しながら、俺はぼーっと車の外を眺めるのだった。

 

 

 

 

 やがて、俺の家の近くまでたどり着き、玲さんは路上に車を止めた。周りに人がいないことを確認して、俺は降車する。

 

「それじゃあ、お疲れ様です」

「えぇ。補習にならないよう、ちゃんと勉強しときなさい」

「悠希に言うべきだと思いますよソレ?」

 

 ドアを閉めると玲さんは車を走らせて去っていった。あのまま帰宅するのか、あるいは本部に戻るのか知らないが、俺は夕焼けを眺めながら自宅へと帰った。

 

 

 

 



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第68話 いざ、魔法少女とヒーローの同時変身!

 

 

 

 

 

 時間は戻って、現在、期末最終日の放課後。

 先日と同じように、俺と綾辻さんは玲さんの運転する車に乗っていた。偶然にも俺が助手席の後ろ、綾辻さんが運転手の後ろと、座っている場所も同じだ。俺は流れていく窓の外を眺め、綾辻さんは膝の上にいるマーを抱えながらフロントガラスに映る風景を見ている。

 小道から大通りに出たところで、綾辻さんは運転席の玲さんへ目を向けた。

 

「あの……私達、どこに行くんですか?」

「ガーディアンズ本部よ。そこで情報を開示する。その後、綾辻に会わせたいヤツがいるから会ってもらうわ」

「えっ?」

 

 綾辻さんとマーが揃って首を傾げる。

 

「会わせたい人? 誰ですか?」

「……行けば分かるわよ」

 

 瞬間、玲さんの視線がチラリとフロントミラーへ動いた。

 

「水樹君は知ってるの?」

「いいや……けど、大体予想がつくけどな」

 

 最後は綾辻さんから顔を逸らして小声で言う。車内の走行音にかき消えて、綾辻さんにその声は聞こえなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しばらく車は大通りを進み、あと少し行けば高宮町から出る交差点に差し掛かる場所まで着いた。そこから最寄りのインターを目指して高速道路に入り、県境を超えて東京まで行く流れだ。

 

《……っ!》

「ん? どうしたの、マーちゃん?」

 

 ふと、マーが何かに反応してピクッと動いた。綾辻さんは自身の膝の上で前方を凝視し始めたマーを見下ろし、俺はその様子を横目で見る。

 

「……ッ!」

「ドワッ!」

「きゃッ!」

 

 マーの反応に意識を向けていると、急に玲さんがブレーキを踏んだ。タイヤと路面が擦れて甲高い音が響く。急停止によって勢い余った俺と綾辻さんの体は大きく揺れ、シートベルトに引っかかった。

 

「なんだ?」

「どうしたんですか玲さん?」

「分からない。前の車が急に……!」

 

 前方を見ると、赤信号でもないのに二車線上にあるすべての車が停止していた。逆に、反対車線は車が一台も走っていない。いつまで経っても前へ進まない前方の車に、クラクションを鳴らし始める者もいた。

 この不自然な状況に、俺と綾辻さんも不穏な空気を感じ取った。

 

《ハデスの気配がする!》

「えぇ! ハデスが!」

「まったく、面倒ね」

 

 綾辻さんの言葉を聞いて、玲さんも状況を察したようだ。直後、前方から騒音が聴こえてきて、周りから悲鳴がこだましてきた。そして同時に、周りにいた通行人や前の車に乗っていたと思われる人たちが怯えた表情で逃げてきた。

 俺達三人は車から降りて、周りの状況を把握する。車から降りると、交差点近くにある車が煙を上げているのが見えた。わずかだが、その中心で暴れている何かの姿も見える。多分、あれが新手のノーライフだろう。

 

「化け物がいるぞ!」

「逃げろォ!」

 

 周りの車に乗っていた人達も続々と降りて、車線と反対方向に逃げ始めた。玲さんの車を横切るように逃げていく人の中には、派手に転ぶ人もいた。俺は転んだ人の手を取って起こし、早く逃げるように指示する。

 

「私は市民を避難させる。敵は貴方達に任せるわ」

「了解」

「は、はい!」

 

 俺達の返事を聞いて、玲さんはすぐに行動に移った。周りの車の窓や屋根をたたき、まだ車内に残っている人達や、出たは良いもののどうしたら良いのか解らず立ち尽くしている人に避難するよう叫ぶ。

 

「皆さん、こっちへ! 早く車降りて! そこォ、動画撮ってないで逃げなさい! 死にたいの!」

 

 避難誘導しながら一般人をその場から逃がす玲さんを見送って、俺達二人は敵の方向へ走った。

 ノーライフがいると思われる地点に近づいて行くほど、人影は減って車道には無人の車だけになっていく。止まっている車は、無傷のものもあれば、衝突してフレームがへこんだり、エアバックが作動しているものもあった。

 やがて俺達は襲撃地点である交差点まで辿り着いた。周辺は舗装された道路が崩れ、大破した車が転がって火と煙をあげている。辺りを見渡すと、一部の建物も半壊していた。

 

「相変わらず派手なことで」

「……ひどい」

 

 俺と綾辻さんが現場の様子を確認していると、一台の車が爆ぜて黒煙が上がる。そしてその黒煙の中から、この惨状を作ったであろう生物が姿を現した。

 これまでの個体と同じく、マスコットチックな虫らしいフォルムから判断して、間違いなくコイツもノーライフだろう。

 

「グオォォーーッ!」

 

 そのノーライフは俺達に気づくと、威嚇するように大きな雄叫びを上げた。

 虫というにはあまりに大きい体。その体から生えた6つの手足に、鋭い爪。銃弾も弾きそうな装甲。ここまでは今までのノーライフとほぼ同じ特徴だが、目の前にいるノーライフの頭部には象徴的な角が生えていた。

 

「蜂の次は、カブトムシかよ」

 

 そのノーライフの姿に、俺はぼそりと呟いた。といっても、俺の知っているヤマトカブトとは全然違う。

 大きさもそうだが、顔の部分には獣のような口と牙がついており、黒い装甲には曼荼羅のような模様が描かれている。吹き飛ばされえた車から察するに、パワーもかなりあるだろう。

 しかしどんな相手でも、コイツ等から町や市民を守るのが俺達の仕事だ。

 

「行くぞ、綾辻さん」

「うん。マーちゃんは隠れてて」

《分かった。気を付けてね》

 

 俺と綾辻さんは横に並んで、真剣な顔つきで敵へと向き直る。そして綾辻さんは変身アイテムである宝玉を取り出し、俺は手首につけた腕時計の文字盤に触れた。

 

「マジックハーツ、エグゼキューション!」

 

 綾辻さんが変身呪文を詠唱する横で、俺は腕時計のシステムを起動する。

 宝玉から発せられた桃色の光が綾辻さんを、腕時計から出てきた特殊素材のスーツが俺の体を包む。

 光に包まれた綾辻さんのシルエットはマジック少女戦士の姿に変化し、スーツを着た俺の体の各所にはシステムが生成したアーマーやマスクが装着された。

 徐々に閃光が消えていくと、そこには綾辻さん改め“キューティ・スプリング”が現れる。それと同時に、俺の“ハイドロード”スーツも装着を終えた。

 

「………」

「………」

 

 綾辻さんと俺は、お互いの変身した姿を一瞥する。お互い、すでに変身後の姿は見慣れているはずだが、こうして見ると少し目新しささえ感じる。

 

「行くぞ」

「うん!」

 

 そして、キューティ・スプリングとなった綾辻さんとハイドロードとなった俺は、目の前の殺気立ったカブトムシのノーライフに向かって身構えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第69話 春水の2対2バトル!

 

 

 

 

 カブトムシのノーライフは、スプリングと俺を見ると、鋭い牙をガチガチと鳴らして威嚇してきた。見た目から推測して、ヤツの攻撃手段は頑丈なツノと体を使った頭突き、あと鋭い牙と爪による斬撃だろう。カブトムシモチーフなところから判断すると飛翔して突進してくる可能性もある。

 普通自動車サイズの虫がそんな攻撃をしてきたらどうなるか。常人であれば体が潰れたトマトみたいになるのは想像に難くない。

 

「ガーディアンズ本部、こちらハイドロード。スネークロッドの輸送を要請する」

『こちら本部。了解、二分後に誘導弾を発射する』

 

 俺が通信機での要請に、本部から承認の連絡が返ってきた。理由を訊いてこない辺り、すでに玲さんから戦闘が始まっていることが報告されているのだろう。

 ここから本部までは、およそ三分ほど。スネークロッドが来るまで計五分ほどだ。だが、それまで敵が悠長に待ってくれるわけもない。

 

「よし……俺がヤツの気を引く。スプリングは射撃で敵の牽制と追撃を頼む」

「う、うん。わかった! ウィンドガンナー」

 

 スプリングが頷いて自身の武器を取ると、俺は敵へ向かって走りだした。

 俺が距離を詰めるのを見て、ノーライフも臨戦態勢を取る。前足を浮かせてツノを構えると同時に、まるで四足歩行の獣のように牙をむき出しにする。

 野生のライオンや虎が草食動物を狩る時は、おそらくあんな顔をしてるんだろうな。

 しかし、ノーライフに噛みつかれる直前に俺は上方へと飛んだ。

 

「せぇー、のッ!」

 

 俺はカブトムシのツノの先端部分を掴み、跳び箱を飛ぶように腕を曲げ伸ばしして更に大きく飛び上がった。ノーライフの頭上を取った俺は、落下する勢いと体を捻る力を利用して足を振り下ろす。

 俺の回し蹴りは光沢のある敵の外皮に直撃し、大きな音と風圧が辺りに広がった。

 

「ッ!」

 

 しかし、電撃が走ったような足の痛みに、俺は思わずその場から離脱する。

 

「イっテェ!」

 

 俺は痛みを誤魔化すように何度も地面を蹴った。俺の足の痛みとは真逆に、敵にダメージが入った様子はない。体には傷やへこみも見受けられず、まったくの無傷だ。予想してはいたが、敵の装甲は桁外れに硬かった。

 だが俺がノーライフを飛び越えたことで、スプリングと敵を挟む形となった。

 

「スプリング・ブレット!」

 

 敵の体はデカく、動きはそんなに速くない。スプリングの放った弾丸は全弾ノーライフに直撃する。

 敵の姿が爆炎の中に消えるが、広がった煙はすぐに風に流れていった。魔法少女の魔法攻撃はノーライフにも効果があるはずだが、敵はまだ健在だ。目に見えて分かるダメージも入っていない。

 ノーライフはのっそりと動き、俺の方に顔を向けた。

 

「我が名は、ビーストル」

 

 カブトムシのノーライフが喋った。前のカマキリのノーライフ……シクルキの例もあるので、ノーライフが言葉を話すこと自体には特に驚かないが、のんきに自己紹介してきたことに、俺は目を細める。

 

「貴様のことは、メデューサ様とヒューニより聞いている。魔力を持たないくせに水を操る人間だとな」

 

 コイツ、武士キャラか?

 

「……だから?」

「我の相手として不足なし。その命、我が貰い受ける。いざ、尋常に勝負!」

 

 直後、カブトムシ……ビーストルは角の先端を俺に向け、弾丸の如く一直線に俺に向かって飛んできた。体感的には時速200キロはある。その巨体と細い手足で、どうやってその速さを出したのか謎だが、そんなことを考える間もなく、俺はその場から横に飛んで攻撃を回避した。

 

「おわッ!」

 

 受け身を取った俺は、ビーストルが飛んで行った後方に体を向け、膝を付けたまま上体を起こす。すると、突進したビーストルが直線上にあった自動車に突っ込んでいた。車は宙を舞い、カーアクションのワンシーンのように地面を転がる。

 

「……危なぁ」

「水樹君、大丈夫?」

 

 敵の技と目の前の光景に俺が軽く引いていると、スプリングが心配して駆け寄ってきた。心配してくれるのはありがたいが、本名呼びは困る。

 

「あぁ。大丈夫だけど、できれば敵前ではハイドロード呼びで頼む」

「あっ。う、うん!」

 

 俺とスプリングがそんなやり取りをしていると、またビーストルがこちらを向く。敵の次の行動も気になるところだが、この時俺は、遠くからジェット音が聴こえてきたのに気がついた。

 

「ほほう、我の攻撃を避けるとは見事な反射神経だ。だがまだまだ我の……」

 

 ビーストルが話している途中で、ミサイルが飛んできた。弾着した衝撃で土煙が舞い、同時に轟音が響く。

 

「今アイツ、なんて言ってた?」

「えっ! う、うーん……ごめんね、私もよく聞こえなかった」

「そうか……間の悪いヤツだな」

 

 地面に突き刺さった輸送用誘導弾を見ながら、俺はイマイチ格好つかないビーストルに同情した。

 輸送用誘導弾のジェット機構と外装がパージして、中に入っていたスネークロッドが出てくる。それと同時に土煙が晴れて、奥にいるビーストルの姿が見えた。

 

「ぐぬぅぅ! お、おのれェ!」

 

 よく見ると、ビーストルは弾着の衝撃でひっくり返っていた。胸部が上になって6本足がもぞもぞ動いている。その様子にスプリングは「わぁぁ」と顔を青くした。

 ビーストルは何とかひっくり返った体を戻そうとするが、手足を少し動かしたり体をクネクネさせた程度では動きそうにない。

 

「なーんかイマイチ締まりがないけど、まぁ良いか」

 

 気の抜けた姿に追い打ちをかけるのは少し気が引けるが、俺はその隙を突くため、すぐにビーストルに向かって走った。

 敵との直線上にあるスネークロッドを手に取ると、そのまま宙に飛んで振り上げる。

 

「ハァァァァ!」

「ヒャッハーーっ!」

 

 俺がビーストルの腹にスネークロッドを叩き込もうとした瞬間、何者かの声が響く。何かと思い、そっちに顔を向ける直前、何かが俺の腹部に突進してきた。

 その衝撃の強力さに、肺の空気が一気に外へ出ていくような感覚に襲われた。おまけに、何かにがっちり拘束されて逃げられない。

 

「っ!」

「水樹君!」

 

 その勢いのまま、俺は近くにあった建物に打ち付けられた。スプリングがまた声を上げて俺の名前を呼ぶが、この時の彼女の声は、建物が瓦礫となって落ちる音にかき消えて俺には聞こえなかった。

 

「ヘヘーン、ざまぁ見やがれ! 水ヘビ野郎が!」

 

 その声の主は羽音を響かせながら浮遊して、瓦礫に埋もれた俺に罵声を浴びせる。

 ソイツはビーストルと同じ巨体を持ち、鋭い牙と爪を持っている。体の構造や色合いは全くと言っていいほど特徴が同じだ。違いといえば、体が少し平たいことと、2本の角がハサミ状に生えていることだ。

 そう。つまり俺に突進してきたソイツは、昆虫で言うところのクワガタ虫の姿をしていた。

 カブトムシのノーライフの仲間で、オオクワガタのノーライフである。

 

「どうだぁ、ビーストル! この俺様こと、ビッグスタッグ・ビーストル様の殺しぶりをよぉ!」

 

 そう言って、浮遊しているオオクワガタのノーライフであるビッグスタッグ・ビーストル……以降、ビッグスタッグというが……はビーストルに自慢げな声をかける。当のビーストルはひっくり返っていた体をようやく元に戻して、ビッグスタッグを見上げた。

 

「敵の様子も確認せずに、浮かれるとは。未熟者め」

「あん?」

 

 瞬間、瓦礫の中から高速で何かが飛び出してくる。ビッグスタッグはビーストルに意識を向けていたせいで、その何かを避けることができなかった。

 

「ガハッ!」

 

 ビッグスタッグの意地の悪い笑みが消える。変わりに、ビッグスタッグは身体に感じる激痛に悶え、自身の胸に突き刺さったスネークロッドを見た。

 

「イテェェ! なんだよォこれはァヨォォォ!」

 

 まるで何が起こったのか受け入れられないようなビッグスタッグの反応だが、それは地上にいるビーストルも同じだった。なぜなら、彼らの体は鉄の刃で斬られても傷ひとつ付かないほど丈夫で、これまでその体に傷をつけた者など一人もいなかったからだ。

 

「フッ!」

 

 瓦礫の中でスネークロッドを投擲した後、俺は空中にいるビッグスタッグに向かって飛んだ。直前まで無駄に大きい声で叫んでいたため、敵のいる方向や位置は簡単に分かった。ビッグスタッグが飛んでいる高さも、およそ建物の3階分くらいの高さだったので、思いっきり跳躍すればなんとか届いた。

 そして一気に間合いを詰めると、刺さったスネークロッドを手に取って体をよじった。すると俺の回転力によってスネークロッドが引き抜かれる。それと同時に、ビッグスタッグの体から黒色の体液が噴き出て、一部が俺の体にかかった。

 

「ハァっ!」

「ガハッ!」

 

 だが、そんなことを気にすることなく、俺は引き抜いたスネークロッドを振り回して、ビッグスタッグの体に全力の一撃を入れた。

 鈍い音が鳴って、ビッグスタッグはまっすぐ地上へと落ちていった。地面に打ち付けられたビッグスタッグは道路のアスファルトを破壊して土煙を上げる。

 その後、俺も地上に着地した。

 

《……すごーい!》

「ホントだねぇ」

 

 あのぉ、スプリングさん?

 なーんで、呑気に突っ立ってんのぉ?

 

「スプリング、今だ撃て!」

「えっ! あっはい!」

 

 俺が指示すると、スプリングは慌ててウィンドガンナーの銃口をビッグスタッグが落ちた地点に向けた。

 

「スプリング・ウィンド・チャージ!」

 

 スプリングの呪文によって、桃色の魔力がキラキラ輝きながら収束していき、高いエネルギーを生む。徐々に魔力が蓄積していき、最大まで貯まるとスプリングはウィンドガンナーの引き金に指を置く。

 強いて言えば、ここはそんな大技ではなく牽制する程度の技を使って欲しかった。

 

「ストームフォース・ソニック!」

 

 スプリングが引き金を引くと、風の魔力でできた強力な銃弾が発射される。

 直前、俺はスプリングに向かう何者かの影から彼女を守るため地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第70話 敵は去って競合が現れる



念のための前書き:
この物語はフィクションです。
実際の人物、団体組織などとは一切関係ありません。





 

 

 

 

「きゃ!」

 

 魔法を放った瞬間、すぐ隣で生じた大きな音と衝撃に、スプリングは反射的に身を縮めた。それによって射線がズレて、魔法は狙ったところより少し外れた所に着弾した。よって、ビッグスタッグ・ビーストルも地面に伸びたままだ。

 しかしそんなことよりも、綾辻さんはすぐ横に視線を移す。そこには振り払われようとしたビーストルのデカいツノをスネークロッドで受け止めたハイドロード……つまり、俺が立っていた。

 俺はスネークロッドにずっしりと掛かる力になんとか抗っていた。ビーストルの力は凄まじく、まるでスネークロッドがバーベル300キロ……いや、それ以上の重量に感じられた。おかげで支えている腕や脚の筋肉が悲鳴をあげる。俺が足をつけているアスファルトも音を鳴らしながら割れていった。

 

「ぐぬぃぃ! このっ!」

 

 このままずっと力比べをするのは不利と判断した俺は歯を食いしばり、スネークロッドを傾けてビーストルのツノを受け流す。更に体を回転させ、ロッドを振り抜いてビーストルを殴り払った。

 

「むっ!」

 

 振ったロッドは敵の頭部にヒットしたが、硬い装甲のせいでこれと言った手応えはない。しかし、ビーストルは飛んでいき、ある程度は俺達と間合いができたので、とりあえず狙い通りの結果となった。

 飛んでいったビーストルは身体が地面に擦れる前に、羽を広げて宙に浮く。

 

「見事!」

 

 ビーストルは声を張って俺に言う。その眼はまっすぐこちらを見ていた。

 俺はスネークロッドを回して構えを直す。

 

「力、速さ、技術、そしてその観察眼と判断力。実に見事だ。その実力と我らの慢心を認め、この場は退却するとしよう」

「は?」

 

 そのビーストルの言葉に、俺は眉を歪めた。直後、次元の裂け目のようなものがビーストルの背後に現れる。裂け目の先には入った光も逃がさないような暗黒空間が広がっている。

 

「あっ。待って!」

《こらーーっ! 逃げるなぁーー!》

 

 スプリングが慌てて手を伸ばし、いつの間にか彼女のそばに来ていたマーが両手を上げて大声をあげる。

 ビーストルは後退して裂け目の中に入ると、空間に溶けていくように姿を消していった。ビーストルが姿を消すと空間の裂け目は消えてなくなる。よく見ると、一緒にいたビッグスタッグ・ビーストルの姿もなくなっていた。

 俺は警戒と構えを解いて、スネークロッドの先端を地に着ける。

 倒せはしなかってが、とりあえず危機は去った。

 

「こちらハイドロード。ノーライフは撤退し、戦闘は終了。整備班をお願いします」

《こちら本部。了解。至急、向かわせる》

 

 俺の報告と申請に対して通信機から承認の言葉が返ってきた。

 

「逃がしちゃったね」

「そういう時もあるだろ。次に仕留めれば良い」

 

 敵を逃がしたことに、スプリングは肩を落とした。俺は彼女の肩を軽く叩きながら励ました後、周辺に目を向けた。ノーライフのせいで建物や道路は荒れているが、幸いにも死者や負傷者は見当たらない。しかし、破壊された痕跡から察するに、ヤツ等が現れたのは俺達のいた場所とは目と鼻の先。果たして、これは偶然か?

 もしかして、今回の襲撃はいつものような市民の恐怖を煽ることではなく、俺達の足止めだった、とか?

 しかし、そうだとするとビーストルの態度や簡単に撤退したのにも疑問が残るな……。

 

「貴方達、無事?」

 

 俺がビーストル達の目的を考えていると、玲さんが転がってる車をよけたり乗り越えたりして俺達の元にやって来た。

 

「怪我は?」

「はい、大丈夫です」

「俺もです」

 

 俺達の返事に、玲さんは「そう」と小さく安堵する。

 

「お疲れ様。じゃあ早速で悪いけど、この場は整備班に任せて私達は本部に向かいましょ。周辺に人が戻ってきてる。人目が増える前に、さっさと離れた方が良いわ」

 

 玲さんの指示を聞いて遠方へ眼を凝らすと、避難していた市民達が徐々に現場に戻ってきているのが見えた。

 ノーライフがいなくなったせいか、あるいはそれより前に野次馬根性から見に来たのか。中には転がっている車の持ち主もいるのだろうが、理由はどうあれ、その大半はスマホを手にとって荒れた様子を撮影している。

 まだそんなに時間が経っていないにも関わらず、無警戒に戻ってきた市民に、玲さんと同じく俺は少し呆れた。

 

「分かりました。俺達はその辺の陰で変身を解いてきます。スプリング、行こう」

「う、うん。わかった」

「私は車を回してくるわ。ここから西側三つ目の角、3530号線で落ち合いましょう」

 

 俺は頷くと玲さんと別れ、スプリングと共にすぐ近くの裏道に入った。そこは左右をマンションや雑居ビルに囲まれ、日中でも光の当たらない暗い小道だ。幅も車一台分歩かないかだ。その道に人目や監視カメラが無いことを確認した後、俺とスプリングは変身を解く。

 だが変身は解けても、俺のスネークロッドは手に持ったままだ。俺はロッドを肩に乗せて、すぐに玲さんとの合流地点に向かおうとしたが、ここでふと、制服姿に戻った綾辻さんがこっちをじーっと見ていることに気が付いた。

 

「なに?」

「あっ。ううん、何でもない」

 

 俺が声を掛けると、そこで本人も自分が黙って見ていること気づいたようで、綾辻さんは慌てて手を振って否定した。

 

「でも、さっきは助けてくれて、ありがとう」

「気にすんな。仕事だからな」

《ふふっ。沙織ちゃんが知ったら嫉妬しちゃうかもね》

「……それより、さっさと玲さんと合流しよう」

 

 すると突然、ぐぅぅぅっという音が響く。とても小さい音だったが、残念ながら周りが静かだったため、普通よりもよく聴こえた。

 音がした方に俺とマーが目を向けると、そのおなかの音を鳴らした本人である綾辻さんは顔を赤くして俯いた。

 そういえば、今日は昼飯まだだったな。

 

《千春ちゃん、おなか空いたの?》

「うぅぅぅ」

「俺も腹減ったし、昼飯はあとで玲さんに頼んでみよう。それよりも今は合流だ」

「……う、うん」

 

 恥ずかしそうにする綾辻さんを励まして、俺達は玲さんの指示した地点へと走った。

 そして合流した玲さんの車に乗って俺達はガーディアンズ本部に向かうのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 およそ三時間後、俺達の乗った車はガーディアンズ本部の地下駐車場へと入った。

 昼食は高速道路のサービスエリアで買ってもらったパンだった。ここへ来る途中、玲さんに頼んで寄ってもらった。綾辻さんは奢られることに最初は遠慮していたが、「貴女達の修復魔法のおかげで浮いた経費に比べたら微々たるものよ。良いから食べなさい」と玲さんが言うと、礼を言って食べていた。

 運転手の玲さんが食べなかったのも、遠慮した理由のひとつだろう。ガーディアンズのエージェントは三日食事をしなくても問題なく動けるように訓練を受けているので、一食抜いたところでどうってことないのだが、一人だけ食べるのは気が引けたらしい。隣で俺がパンを口にし始めるのを見て、ようやく食べ始めていた。膝の上にいたマーは遠慮なくモグモグ食べていたけど……。

 そんなこんなあって、俺達は長時間の車移動の後、品川のガーディアンズ本部に辿り着いた。玲さんは地下駐車場に入ると適当な空きスペースを見つけて車を止めた。

 こうして車でガーディアンズ本部に来るのは、俺と綾辻さんも初めてではないので、ここからの流れは理解している。

 

「綾辻のゲストパスを取ってくるわ。少し待ってて」

 

 そう言って、玲さんは俺達を車内に残して、一人で出入口の近くにある警備ルームへと向かった。一般人の綾辻さんが本部に入るには、そこでゲストパスを受け取らなければならない。

 しかし、ふと車の前に立った玲さんが何かを見つけて、俺にアイコンタクトを送ってきた。一瞬の仕草だったが、いつもと違う行動だったので俺はすぐに気づくことができた。

 

「ん?」

 

 何だろう思い、俺も玲さんの見ていた方向を見るとそのアイコンタクトの意味を察した。

 玲さんの視線の先にはスーツを着た男が二人。二人とも特に特徴のない風貌をしており、雰囲気はその辺にいるサラリーマンと大して変わりない。強いて言えば、一人は面長な顔、もう一人は堀が深い顔をしている。

 その男達を見て一瞬立ち止まった玲さんだが、すぐに何事も無かったように自然な振る舞いで警備ルームに向かって歩き出した。

 

「綾辻さん、少し頭を下げて」

「えっ?」

 

 俺は座席の陰に隠れるよう綾辻さんに言う。綾辻さんは何を言っているか分からないようであったが、素直に俺と同じく頭を下げた。

 そして俺の視線を追って、車の前を通る男達から身を隠しているのだと綾辻さんは理解した。

 

「あの人たちがどうかしたの?」

「公安だ」

「公安?」

 

 綾辻さんは膝に乗せたマーと一緒に首を傾げた。

 男達は斜向かいに止めてあるシルバーのセダン車に乗り込んだ。

 

「公安って、確か警察の人だよね?」

「いや、あの人たちは調査庁の方」

「えっ?」

「……まぁ、警察の方を知ってるならそっちの理解でも良い」

 

 口をポカンとして瞬きする綾辻を見て、俺は歯がゆくなると共に「普通はそうだよなぁ」と同情した。

 

「ガーディアンズは国の機関じゃないからな。たまに国の人間があーやって調査に来るんだと」

「へぇー。でも、国の人ってことは良い人達なんでしょ? なんで隠れなきゃいけないの?」

 

 綾辻さんは綺麗な眼のまま俺を見る。なんだか最近、彼女のこの眼を向けられるのが苦手になってきた……気がする。

 

「……あーいう人達は総じて勘が良いからな。ガーディアンズに高校生が出入りしてる所なんて見られたら、変な疑いを掛けられる。綾辻さんも、警察とはいえ知らない男に尾行されるようになるのはイヤだろ?」

「それは……まぁ、ちょっと困るけど」

 

 ちょっとだけですか。そうですか。

 

「でも私達が何か悪いことしてるわけじゃないんだし、隠れる必要もないんじゃないの?」

「…………はぁぁ」

 

 俺は顔を逸らし、ため息をついた。

 悪いことはしてないけど、“弱味”ではあるんだよ。

 

「良いか綾辻さん、この際だから言っておくけど」

 

 俺達がそんなやり取りをしている内に、男二人は車のエンジンをかけて駐車場から出て行った。俺は車が出て行ったのを確認して姿勢を正す。

 

「あまり肩書きで人間の善悪を決めない方が良い。いつか痛い目見るぞ?」

「えっ?」

 

 綾辻さんはキョトンとした。

 ここで、戻ってきた玲さんが車の前に立ち、指をクイクイとやって俺達に車から出てくるように合図するのが見えた。

 綾辻さんはまだ何か訊きたそうだったが、俺が車を出たことでこの会話は中断される。俺に続いて綾辻さんも車を出た。

 

「行くわよ」

 

 玲さんはゲストパスを綾辻に渡して身をひるがえす。

 俺と綾辻さんは玲さんの後に続き、ガーディアンズ本部へと入っていった。

 

 

 

 

 

 



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第71話 ニャピーの再会……そんなことより、あんパン?

 

 

 

 

 

 

 地下駐車場から建物内に入り、スネークロッドを肩に乗せた俺とマーを肩を乗せた綾辻さん、そして玲さんは、警備ルームの隣にあるセキュリティゲートを通った。俺と玲さんは顔認証、綾辻さんはICカード認証だ。

 セキュリティゲートを通るとすぐに、エレベーターの扉が並んでいるのが見える。俺達は手前にある小綺麗なエレベーター……ではなく、奥の方に隠されたように設置されたエレベーターに乗り込んだ。こっちの扉と乗り場ボタンは周りの壁と同じようなデザインで作られているため、初見ではまず気がつかない。そんな簡単な侵入者対策が成されている。そして本部の重要なエリアや階に行くには、このエレベーターでないとたどり着けない仕組みだ。

 俺達三人はそのエレベーターに乗り込んで上階へと向かう。静まり返ったエレベーター内では、綾辻さんが視点をあちこちやって少しソワソワしていた。ここには何度か来ているはずだが、一人だけだとまた違って緊張するのだろう。車の中でもそうだったけど、ここに来ていよいよ挙動が目立つようになった。肩に乗っているマーも同様だ。

 この調子じゃ、聞きたいことも訊けないだろうな。

 仕方ない、少しフォローするか。

 

「それで、どこ行くんですか?」

「……“マテリアルルーム”よ」

 

 玲さんがチラリと俺を見て答える。俺が気を使って話しかけたと察してくれたらしい。

 

「開示範囲は?」

「明智長官が言うには、私と貴方に任せるとのことよ」

「は? 良いんですか? 玲さんはともかく、高校生ですよ俺」

「彼女達の件は半分貴方の管轄でもあるし、高校生とはいえ貴方は四神の一人。それだけ長官の信頼が厚いと思いなさい」

「……了解」

 

 隣に立つ綾辻さんに見られながら俺は頷く。すると突然、玲さんのケータイが鳴った。3コールの後、玲さんは電話に出た。

 

「はい……えぇ、今は本部に……はい、そうです……そうですか、わかりました」

 

 淡々としたやりとりの後、玲さんはケータイを仕舞いながら、追加でエレベーターのボタンを押した。

 

「予定変更よ。松風さんが遅れてるから“マテリアルルーム”は後。先に綾辻に“対象”と会わせるわ」

 

 どうやら今の連絡は松風さんだったようだ。

 ガーディアンズがこれまで関わってきた事件や記録は、サーバールームの隣にある“マテリアルルーム”で閲覧することができる。本来であれば、そこで綾辻さんにいくつかの情報を開示するつもりだったのだが、松風さんが遅れたことで後回しになったらしい。

 指定した階に着いたエレベーターだったが、玲さんは改めてボタンを押して扉を閉めた。そして再びエレベーターが動き出す。

 

「松風さんって、確か『玄武』の?」

「なんだ、知ってるの?」

「あっうん。テレビでも何度か見たことあるし。何よりほら、沙織ちゃんが……」

「あぁ……」

 

 綾辻さんの説明を聞いて、嬉々としてヒーロー話をする沙織が簡単に思い浮かんだ。

 

「その松風さんが、どうかしたの?」

「あぁ、それはな……」

 

 本来なら、綾辻さんにはマテリアルルームで情報を渡そうとしていた。けど、そのマテリアルルームをはじめとするガーディアンズ本部の機密エリアへ、綾辻さんのようなゲストを入れるには、一人につき一定の権限を持ったガーディアンズのエージェントが最低3名同席しなければならない。

 よって、松風さんが遅れたとなれば、このままマテリアルルームに行っても、セキュリティが解除されないので完全な無駄足となる。

 そんな事情があって、急遽、玲さんは行先を変えたわけだ。

 

「……というわけ」

「そうなんだ」

 

 一連の経緯を綾辻さんに話している内に、エレベーターは目的の階に到着した。

 俺と綾辻さんは玲さんの後を追って外へ出る。エレベーターを出て、まず目についたのは薄暗い通路だ。ここはガーディアンズのエージェント自身が定期的に掃除しているため、外の人間が立ち入れるエリアと比べてそこまで小綺麗ではない。

 そんなお世辞にも表の人間が来るところとは思えない通路を、答えの分かった迷路を進むように歩いて行くと、玲さんはとある扉の前で立ち止まった。そして扉の横に付いた操作盤にパスワードを入力して自動扉のロックを解除する。

 

『Hello、Hydlord!』

 

 俺がいたことでアナウンスが鳴ったが、玲さんと俺は気にすることなく中へと入った。少し遅れて綾辻さんも続く。中は薄暗い通路とは打って変わって、明るく清潔感のある空間が広がっていた。

 綾辻さんは室内と通路の明るさの差に一瞬目をくらませたが、すぐに慣れて辺りを眺める。何に使うか分からない機械。薬品や書類が並んだ棚。実験に使うと思わしき作業台に、デスクとイス。そしてその奥には、厚いガラスを挟んで、もう一つの大きな部屋がある。その部屋の作りと光景を見て、まるでドラマで見た病院の検査室みたいだと綾辻さんは思った。

 そこに今、白い防護服を着た研究員が数人と玲さんと同じ格好の武装したエージェントが二人いる。

 

「対象の様子はどう?」

「相変わらず目視はできませんが、計測器から反応は感知できていますので、逃走はしていないようです」

「死んでないでしょうね?」

「現状の我々の技術では、対象の生死は確認できませんので、なんとも……」

 

 そんなやり取りをしている玲さんと研究員の横をすり抜けて、俺は空いているデスクに鞄とスネークロッドを置き、ガラスの向こうへ目を向けた。

 ガラスの向こうには透明なケージがひとつ。まるで宝物庫に大事な宝石を保管するように置いてある。その周りには鉄の棒をアンテナにしたような計測機器が置かれていた。

 

「おいおい……!」

 

 ケージの中にいる生物の様子を見て、俺は思わず声を洩らす。同時に、鞄を置いた綾辻さんがマーと一緒に俺の隣に立ってケージの中を見た。

 

《えっ! “モーメ”?》

「えっ!」

「あっ、なんかヤバそう」

「えっ! えっ?」

「すみません、ゲージ開けてください」

《モーメが何でこんなところに?》

「えっ、えっ、なになに? どういうこと?」

 

 こちらにまったく反応を示さないニャピーを見て、俺はすぐにガラスの扉とケージのロックを解除するように指示した。

 突然の指示に研究員は吃驚した様子だったが、急いでフルフェイス型の防護マスクを装着してロックを解除した。よく見ると、玲さんと二人のエージェント達も同じ防護マスクを着けていた。

 ガラスの扉が開き、俺はすぐにケージへと駆け寄った。中央にいた黒紫色をしたニャピーはケージの中でぐったりとしていた。マー曰く、コイツの名前はモーメというらしい。

 

「おい、大丈夫か?」

《……うぅぅん》

 

 良かった。生きてるっぽい。

 呼吸、体温は……まぁ、正常。そして、若干の発汗と手足の震え。

 

「これは、何かの病気か?」

 

 俺が色々と邪推していると、ぐぅぅぅっという大きな音が鳴る。その音が鳴った場所は、モーメのお腹だった。

 

「なんだ、ただの空腹か。ってか、えっ!」

 

 俺は玲さんと研究員達に目をやった。

 

「あの、コイツをここに入れてから、食事って?」

「あぁ、そういえば与えてませんでしたね。対象を認識できない我々だけでは、下手にケージを開けることはできませんでしたので」

 

 研究員の一人がマスクでこもった声で答えた。

 つまり、およそ三日間、コイツは絶食状態だったわけか。それはお腹も空くわな。

 

「すみません、急いで適当な食料を持ってきてくれますか? どうやら対象が飢餓状態のようです」

 

 俺が指示を出すと、目があったエージェントの一人が頷き、部屋の外へ出ていった。その直後、俺は昼に玲さんが奢ってくれたパンの余りが鞄にあることを思い出した。

 俺は急いで鞄からパンが入った袋を取り出して、余っていたあんパン(こしあん)をモーメの口元に持って行った。

 

「ほれ、食え」

《うぅぅ。お、オイラは敵からの情けは受けないぞ》

 

 ……面倒くせぇ。

 

「良いから、食えッ!」

《むぐぅぅぅ!》

 

 俺は渋るモーメの口にあんパンを押し当てる。最初は口を力強く結んでいたモーメだが、俺は無理矢理こじ開けて口に入れ込んだ。口内まで入ると、本能なのか空腹に負けたのか、モーメは素直に咀嚼してゴックンと胃に流し込んだ。

 

《うっ!》

「う?」

 

 一瞬、パンを一口食べたモーメの動きが止まる。

 

《うめぇぇェェーーーー!》

 

 大声を上げながら、モーメは飛び跳ねてケージの上に立った。

 

《うめぇぇ! なにコレ! なにコレ?》

「あんパン」

《あんパン、チョーうめぇ!》

 

 あんパンでこんなに喜ぶヤツ、初めて見たな。

 

「ほれ、全部食え」

 

 残ったあんパンを差し出すと、モーメは両手で持ってむしゃむしゃと食べ始めた。自身の体と同じくサイズくらいあるあんパンを、モーメは口を大きく開けて食らいつき、頬張る。

 

《モーメ、何でここにいるの?》

《グっ! まぁふぁはふぉひへほほひ!》

「食うか喋るか、どっちかにしろ」

《……もぐもぐ》

 

 食べるのかよ。

 

「マーちゃん、この子と知り合いなの?」

《うん》

「どうせ同郷なんだろ?」

《うん、そうだよ》

 

 綾辻さんの後に俺が問うと、マーは同じく頷いた。

 

「そうなんだ……ってえっ! 水樹君、マーちゃんが見えてる?」

「あぁ、実はこの前から見えるようになった」

「《うそぉ!》」

 

 綾辻さんとマーが声を揃えて驚く。なんか、少し混沌としてきた。

 ガラスの向こうでは、玲さんが研究員達と目を合わせた後、お手上げだとため息をついていた。ニャピーを認識できない彼女達には、俺と綾辻さんが空のケージを前にあたふたしているように見えていた。

 

 

 

 

 

 



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