ナーベラルがちょっと勇気を出すだけ (モモナベ推進委員会)
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1話

 モモナベ流行を願って書きました。


 ここはエ・ランテル、その領内で最も低位とされる場末の安宿。

 内装を見れば思わず身構えてしまうほどであるが、そこに俺達は冒険者として滞在している。

 

 

「───下手をすればユグドラシルのプレイヤーがここにいるぞと不特定多数に宣伝するような結果を残すだろう。世界を知らない現状ではそれは避けたい」

 

 

 先程はポーション一つの為にやたら大げさに事を騒ぎ立ててしまうなどアクシデントもあったが、一先ず無事冒険者となることはできた。

 予想以上に夢が無く、立場的にも低いこの稼業ではあるが、そんなのはリアルでの就職でもよくあることだ。

 ……そう言い聞かせていると言われれば否定できないが。

 

 

「プレイヤー……アインズ様と同格の存在であり、かつてナザリックに攻め込んだ不逞の輩ですね」

 

 

 片膝をつき、頭を垂れて従者のような態度を取る彼女はナーベラル・ガンマ。俺が冒険者として外で活動する際、パートナーとして連れてきている。

 

 プレアデスの中から同行者を選出する際、人型を取れるということでナーベラルを選出したのだが……しかし、こんなに人間に対して敵対的だとは知らなかった。

 ルプスレギナにするべきだったかなぁ……とほんの少し後悔したが、それを伝えたが最後、忠誠心の塊のようなNPCのことだ。本当に首をくくりかねない。

 

 

「そうだ、決して油断してはならない存在だ」

 

 

 そんなナーベとうまくやっていけるのかなぁ、と悩みながらも今は冒険者としての方針を策定している。

 ユグドラシルにおいてレベル100プレイヤーは決して珍しくない。

 それどころか大半のプレイヤーがそうだったことを考えると、ユグドラシル金貨を使うのは得策ではない、という話だ。

 

 課金アイテムを使えることを考えても俺の強さは上の中程度。

 悪役RPで名を馳せたAOGの敵は多い。そう考えるとプレイヤーに見つかることだけは避けなくてはならない。

 ただでさえユグドラシルプレイヤーは人間種が多かったのだ。

 人間に肩入れする者は多いだろう。

 

 

(アルベドを連れてこなかったのは俺達が人間全体の敵だと思われたくなかったからだが……ナーベラルもそういう性格だったとは思わなかった)

 

 

 俺自身は人間の敵じゃない。

 目的の為に人間を殺すこと自体は何とも思わなくなったが、積極的に敵対していきたいというわけではないのだ。

 

 

「……」

 

「? どうしたのだ、ナーベ」

 

 

 ふと話を止めると、ナーベラルはじっと床を見て発言を止めている。

 表情こそ俯いていて見えないが、何か苦悩している……ような気がする。

 

 

「ナ、ナーベ? どうしたのだ? 何か疑問があるなら質問してくれていいのだが……」

 

「い、いえ! そっ、それは、そのような恐れ多いことはっ」

 

 

 えっ、今の説明で何か問題とかあったか!? 

 それとも、やっぱり人間に紛れて冒険者になるのに思うところがあったのか……? 

 アルベドには散々ダメって言われたのを押し切って来ているわけだし、ナーベラルも内心嫌がってたりするのかな……

 

 ナーベラルに悟られないよう、うんうんと唸って解決策を考えるも、一考に思いつかない。

 無理に聞き出すのもパワハラな感じするし、どうやって聞き出したものか……! 

 

 

 

 そんな時だった。

 ナーベラルが覚悟を決めたような表情で、声を上げた。

 

 

「モモンさ───ん。発言の許可を、いただいてもよろしいでしょうか」

 

 

 表情こそ伺い知れないが、その声色からは幾何かの決意が感じられる。

 

 

「う、うむ。許す。なんだ?」

 

「……先に申し上げた通り、私は人間を何の価値も無いゴミであると考えています。虫にも劣る、生きる価値も無い、塵芥にも劣る存在と、そう考えています」

 

 

 うっ、さっき注意したばっかりなのに全然意識を変えてくれない……

 いや、そうあれと設定したのは俺達である以上、変えるというのも烏滸がましい話ではあるのだが……

 

 いや、今この場で切り出したということは何か意味があるのだろう。

 話を最後まで聞かず、途中で結論付けるのは悪い上司のやることだ。最後まで聞いてから判断しよう。

 

 

「……続けてくれ」

 

「ハッ。……しかし、かつてナザリックに侵攻してきたのも人間であり、その戦闘の凄まじさは我らプレアデスにも伝わっております。その侵攻は階層守護者の皆様だけでなく、至高の御方々による総力戦であったと」

 

「……今一つ要領を得んな。本題に入れ」

 

 

 まずい、何が言いたいのかさっぱり分からない。

 思わず強い言葉で先を促してしまいナーベラルには悪いが、はっきり言ってもらわないと分かんないことだらけなんだ……! 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様、進言させていただきます。すぐにでもアルベド様に代わっていただくべきです! 私では、御身を守護するにはあまりに力不足!」

 

 

 モモンと呼べという命令も忘れ、ナーベラルが提案してきたのは護衛役の交代、それもアルベドとの交代であった。

 正直、またかという気持ちが無かったといえば嘘になる。

 ナザリックでも散々言ったし、エ・ランテルに来てからも事情はちゃんと説明しているのだ。

 

 

「言ったはずだ。アルベドにはナザリックの守護という重大な責務がある」

 

 

 そもそもアルベドは羽根や角を隠すことが出来ない。

 その点も同行をさせない理由の一端となっているのだ。

 

 しかし、ナーベラルはバッと顔を上げ、鬼気迫る表情で続ける。

 

 

「しかし、何よりも優先すべきはアインズ様の御身です! 現在、その御力の全てを放つことができない御姿である以上、護衛を務めるならば相応に強き者が務めるのは必然であるかと!」

 

 

 ナーベラルの言うことに内心頭を抱えてしまう。

 確かに、この世界において強者とされるものも、俺達にとっては全くもって敵にはならない。

 

 しかし、全てがそうと決まったわけではない。

 この世界には俺達よりはるかに強い存在がいないとは限らないのだ。

 そう考えるなら、護衛を務めるなら全力を出せない俺より強くなくては意味がないのは当然と言える。

 

 見ればナーベラルは口元をぎゅっと絞り、悲痛な表情で俺を見ている。

 ……自分では力になれないと知った上で、そう提言する彼女は痛々しい程に献身的だった。

 

 だが、次の言葉が俺を凍り付かせた。

 

 

 

 

 

 

「私にはっ、私には分からないのですっ。アインズ様がその身を未知に晒すほどの価値が、この世界にはあるのでしょうかっ!?」

 

「不敬であることは百も承知ですっ。しかし、私には、私にはまるで……っ」

 

 

 

 

 

アインズ様が、ナザリックを離れてしまうのではないかと思えてしまうのです……っ!

 

「───ッ」

 

「外貨、及び情報の入手は我々シモベ一同、全身全霊をもって成し遂げて見せます!! ですがそれでもっ、それでもアインズ様がナザリックの外へと向かわれるならばっ!」

 

「伏してお願い申し上げます。どうか、アルベド様を護衛にお付けくださいっ!」

 

 

 ナーベラルの悲鳴にも近い嘆願を聞き、俺の胸の中にあったのはとても大きな罪悪感だった。

 

 現場を見ずに上がってくる情報のみで判断はできないから冒険者となった。

 実際に外の世界を旅することで、得られる見識がある。そう判断してのことだった。

 

 

 

 

 

 ───本当に? 

 

 俺は無意識のうちに彼らを疎ましく思い、自由に冒険ができない今の状況から逃げ出そうとしたんじゃないか? 

 

 

「申し訳ございませんっ! アインズ様の御心を疑うなどシモベにあるまじき愚行ッ! ですが……ですが私は……ッ!」

 

 

 ナーベラルは、泣いていた。

 

 

 

『───なんで皆そんな簡単に棄てることが出来る!

 

 

 

 

 その時俺は、ユグドラシルのサービス終了を迎える時のことを思い出した。

 

 

 

 今のナーベラルは、あの時の俺と同じだ。

 仕方ないと分かっていても、自分にはどうしようもない無力感に絶望するんだ。

 

 大切な人に、置いて行かれてしまう気持ちが、俺には痛いほど分かる。

 

 ……そこまで共感を覚えておきながら、俺はナザリックのNPCに本音を言えないでいる。

 

 

 

 

(俺は、俺は怖いんだよナーベラル)

 

(本音で話したとき、お前達は本当に味方でいてくれるのか?)

 

(俺がどうしようもない臆病者で、卑怯で、小心者だって知ったら)

 

(お前達は、俺を見限ってしまうだろ───?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……申し訳ありません。一介のシモベが出過ぎた発言を致しました」

 

(───でも)

 

「至高の御方の決定に口を出すなど、許し難き愚行。どうか、如何様に罰をお与えください」

 

(寂しいのは、嫌だよな)

 

「……ナーベラル」

 

(本当は、凄く怖いけど)

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

「……ナザリックの外に出る本当の理由がある、と言ったらどうする」

 

「───ッ! ……どうか、お聞かせくださいっ!」

 

 

(勇気を出せ、鈴木悟。独りぼっちは嫌だって、ずっとずっと思ってたじゃないか!)

 

 

「誰にも、誰にもだ。何人たりともこのことを口外することは許さん。領域守護者、勿論アルベドにもだ。口外するならばお前の命では足りん。お前の……お前が愛する全てを失うだろう。……それでも、聞くか」

 

「……それがアインズ様の望みならば。私は、我々は御身の為にこそあるのです」

 

 

 

(信じるんだ。……その為に、俺から、歩み寄るんだ)

 

(親友の子供達を、俺は信じたい!)

 

 

「ナーベラル、私は……いや、俺は───!」

 

 

 

 



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2話

 

 

 

 

「……では、アインズ様。いえ、モモンガ様は、為政者としての経験は無く、あくまで組織運営にかかわる一人でしかなかった、と。」

 

「ああ、俺は皆が思っているような大それたものじゃない。俺はただ、皆の意見を聞き、それを集計、調整していただけに過ぎないんだ。皆のリーダーではあったかもしれないけど、頂点なんかじゃ、ない」

 

 

 意を決した俺は、ほとんどの事実をナーベラルに打ち明けた。

 

 それを聞いていたナーベラルは時折目を見開き、時に唖然とし、そして今は真剣な表情で俺を見ていた。

 

 

「ユグドラシルと異なる文字の解読はできておらず、先刻の冒険者登録も自分で書かなくていいことに実は安心していた、と。」

 

「うぐっ……。いや、言い訳はしない。その通りだ。俺には瞬時に文字を理解できるような学や頭があるわけじゃない。小卒……物心ついた時には組織運営の為に働いていたからな」

 

 

 ここも決して嘘をつかない。

 デミウルゴスやアルベドのように、先々を見据えての行動なんて到底できはしない。

 

 ましてや異なる世界の文字の判別など当然できはしない。

 

 

「……かつてモモンガ様は人間であり、過酷な環境下にその身を置かれており、『ユグドラシル』に現身を作ることで娯楽としていた。そして世界の行き来が不可能になった為、そのお姿でいらっしゃる、ということで合っておりますでしょうか……?」

 

「……そうだ。ナザリックに住む者の多くが、人間を嫌う。そんな中、俺が元々人間であったと知れたら。そう思うと、みんなに嫌われるのではないかと、恐ろしかったんだ……」

 

 

 説明は難しかったが、俺がリアルでは人間であることも伝えた。

 言う直前まで、本当に言うべきかどうか迷った。

 

 でも、それを黙っているのは、なんというか、不誠実のような気がした。

 

 

「……このような発言は不敬である、ということは承知しています。もし不快だと思われたのなら即座に、私の首をお刎ねください。」

 

「……どんな言葉だって、受け入れるよ。俺は、それだけのことをした。覚悟は、決めてる。」

 

「でしたら、申し上げさせていただきます。」

 

 

 その表情こそ伺い知れないが、ナーベラルの言葉には迷いが無い。

 失望されただろうか、幻滅されただろうか。

 

 ……もう、ナザリックにはいられないだろうか。

 

 

(後悔は、ない。嫌われても、憎まれても、それは受け入れなきゃ───)

 

 

 

 

 

 

「我々はモモンガ様に、必要とされている、と感じました。……そのことを心から、嬉しく思います。」

 

 

 

 

 

 

「……そんな、バカな。ありえない。幻滅、しただろう。」

 

「いいえ。私は嬉しく思いました。貴方様は真に、私達のことを想ってくださっているのだと。」

 

 

 嘘だ、そんなわけがない

 

 

「俺のことを、知っただろッ!?俺はッ!どうしようもなく嘘つきの卑怯者なんだぞッ!?」

 

「貴方様はッ!私達を傷つけない為にそうされたのですッ!!それは我等を慮り、愛してくださったが故!!」

 

「違うッ!!それはただの自己保身だッ!!俺はただ、皆に嫌われるのが怖くてッ!それに、俺は人間だったんだぞッ!?お前の嫌いな、大ッ嫌いな虫以下の存在だったんだぞ!?どうしてそれなのにそのようなことが言えるッ!?」

 

 

 やめてくれ、俺は既に忠誠を誓われるような存在じゃない

 

 

「かつて人であったからなんだと言うのでしょうか!今のモモンガ様は死をも統べる支配者!敬意を払わぬ理由とはなりません!!」

 

「ならどうして!?そこまでして俺を信じられるんだッ!?俺は、どうしようもない奴なんだぞ……!?誰にも本音で語ることもできない臆病者なんだぞ……!?」

 

「……モモンガ様、お手を、お借りします。不愉快だと思われましたら、お手払いを」

 

 

  彼女はそっと立ち上がり、俺のすぐ傍に跪き───

 

 

 

 

そっと、その手を俺の手に重ねた。

 

 

 

 

 

 

「……私に、話して下さったではありませんか。」

 

「───」

 

 

 

 

 

「私は、モモンガ様の本音を、嬉しく思いました。」

 

「それでは、いけませんか……?」

 

 

 

 

 

 

「……嘘だ。お前も思っているんだろう?こんなものが主では、ナザリックは、と……」

 

「支配の魔法をかけられたとしても。この想いは変わりません。この忠誠を疑われるならば、それは私の献身の不足。貴方様が気に病むことでは決してありません。」

 

「違う、違うんだ。俺が、俺が悪いんだ。仲間を、家族を。信じきれない俺が……」

 

「……申し訳ありません。この態度が、恭しく傅かれることが苦悩の一助となっているのに。貴方様への態度を、崩すことができません。……これほどまでに、至高の御方々に創造されしこの身を、モモンガ様の前で態度を崩せないこの身を、恨めしいと思ったことはありません。」

 

 

 彼女はまるで、自分自身に問題があるような言い方をする。

 全て俺が悪いのに、俺が不甲斐ないせいなのに。

 

 そう考えていると、心が急に静まり返ったような感覚になる。

 精神抑制が働いたのか、忌々しい……

 

 

「……いいんだ。俺もどこか、まだ頭の中が整理できていないからな。また後で、振り返るとするさ。……ナーベラル、こうしてお前に話せただけよかったんだ。」

 

「……しかし、どうしても腑に落ちない点があります。」

 

「なっ、なんだ?何かおかしなところがあったか?」

 

 

 ここまで俺の境遇を話し続け、一息入れたところでナーベラルが問う。

 

 

「モモンガ様は自らを「臆病」と評されました。同時に、ナザリックの者達を失うことを強く嫌っておられます。……外部には、どのような脅威があるのかわからないのだから、と。」

 

「……す、すまん。質問の意図が分からない。何が言いたいんだ?」

 

 

 言っていることは分かるんだが、やはり要領を得ない。

 一体何がナーベラルの疑問点となったのだろうか。

 

 

「も、申し訳ありませんっ!……その、御方を臆病とするなら、自らを守る手段を取るなら尚のこと、外に出るという手段は取らないのでは、と。」

 

「……?……ああ!そういうことか!」

 

 

 合点がいった。要するに『未知であることの危険性は分かってるのに、なんで外に出るのか?』ということだろう。

 

 

「いやすまんすまん、それなら理由は簡単だ。大した理由じゃないさ。」

 

「な、何故でしょうか。」

 

「俺はさ、ナーベラル。冒険がしたかったんだ。」

 

「冒険、ですか……?」

 

「そうだ。未知の領域を探索して、凄いアイテムを手に入れて、強い敵と戦って。……それを、また、誰かとしたかったんだ。」

 

 

 まだ皆がユグドラシルにいた頃、楽しかった日々の思い出は未だに色褪せてはいない。

 

 皆でもう一度……というのは難しいかもしれない。

 

 けど、俺はあの時楽しかったワクワクをもう一度、確かめたいんだ。

 

 

「…………そう、でしたか」

 

「俺はお前達の主失格だ。お前達のことを置いて、楽しく遊びたかったんだよ。」

 

「そのようなことは決してございませんッ!モモンガ様のお気持ちを優先せず、何がシモベでしょうか!」

 

「ありがとう。でも、理由はそれだけじゃない。」

 

 

 

「……仲間を、この足で探しに行きたかったんだ。」

 

「……ッ!」

 

「分かってる。この世界にギルメンはいない。……いや、いないと決まった訳じゃないが。だが少なくともナザリックにはいなかった。」

 

「俺はそれを、探したいんだ。……俺の手で、足で。やるべきだと思ったんだ。」

 

「……モモンガ様の御心のままに。我等はただ、付き従うのみです。」

 

「ありがとう。……できたらもう少し、態度を緩めてくれると嬉しいんだがな」

 

 

 

いやしかし、随分話した。

いくら眠らず疲れずとはいえ、話し続けるのは精神的にクるものがある。

 

 

「さて、長話に付き合わせて悪かったな、ナーベ」

 

「いえ!お役に立てたのなら本望でございます!」

 

「はは、ありがとう。さて、俺は周辺の地理を確認してくる。定時連絡を頼む」

 

「かしこまりました。……お気をつけて」

 

「ああ」

 

 

 正直なところ、ナーベラルになら話してもそこまで大事にはならないだろうという下心もある。

 それでも、きっとこの冒険はただ外を眺めるより有意義なものになる。

 そんな確信が、今の俺にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ様がお話になられたことは、ナザリックにいるものは誰も知らない。

 私と、モモンガ様だけが唯一知っているユグドラシルの真実。

 

 そして、それを共有しているという状況に、誠に不謹慎ながらも胸が高鳴る感情を覚えてしまう。

 

 

「……アインズ様はアルベド様を「あれほど信頼できるものはいない」とおっしゃっていました」

 

「くふー!よーしいい子よナーベラル。その調子で私をアピールするのよ!これはナザリック守護者としての命令よ!」

 

 

 モモンガ様の命を受け、現在は守護者統括であるアルベド様に定期報告をしている。

 

 大きな歓喜の声を少々煩わしく思いながらも、細心の注意を払い、先に話した内容に関しては一切触れず、本日の行動のみを伝える。

 

 

「しかし、どうしてあなた達は力を貸してくれるのかしら?欲しい物でもあるの?」

 

「……いいえ、私はアルベド様こそがアインズ様にお似合いと思っておりますので。」

 

「くふー!素晴らしいわ!あなたこそナザリックの大局が見える者、感心してしまうわ。」

 

 

一瞬、返答に間が空いてしまい冷や汗が出るが、どうやらアルベド様は気づかなかったようだ。

 

 その後プレアデス内の派閥なども聞かれ、最後にモモンガ様の近況報告を済ませ、伝言の魔法を切る。

 

 

 

 ……モモンガ様が、かつて人間であったことに驚かなかったわけではない。

 

 しかし、至高の御方が私に本音を打ち明け、頼ってくださったという喜びに勝るものはない。

 私が今成すべきなのは、冒険者となり、モモンガ様の無柳を慰めるために最善を尽くすこと。

 

 全てはモモンガ様の孤独を癒やす、その一助となること。

 

 

 

 

 

「……ええ、嘘は言ってません」

 

「アインズ様に相応しいのは貴女です。そこは認めます。命令にも従いましょう」

 

「だからこそアルベド様。貴方といえど……」

 

()()()()()の御心だけは、譲れません」

 

 

 





 元々アイデアだけあった話なので、もう一話投稿したらそこで打ち止めとなります。

 読んでいただき本当にありがとうございます。


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3話

「───では確認を。出発後は北上し、森には入らず周辺を沿って東に向かい村まで向かう。最長三日、徒歩移動の護衛依頼。ンフィーレアさん、間違いありませんか?」

 

「はい、間違いありません」

 

 

 依頼内容を一つずつ確認していく。

 

 昨日の大暴露の後、俺とナーベラルの間にあった壁はなくなったように感じた。

 ナーベラルは以前より、俺に笑顔を見せてくれるようになった……気がする。

 今までは常に気を張ったような、そんな表情ばかりだったからなんとなく嬉しい。

 

 あの後はナーベラルと簡単な設定のすり合わせを行い、組合で依頼を獲得してきた。

 

 

『うっ、さっぱり分からん……。ナーベ、読めたりしないか……?』

 

『申し訳ありません、全く読めません……』

 

 

 俺達は二人とも文字が読めないのがはっきりし、この際受付に正直に話して依頼を貰おうとしたのだが、そこに彼ら『漆黒の剣』が声をかけてきた。

 俺達に街周辺のモンスター討伐依頼への同行を頼む、という話だった。

 

 

『初めまして。僕が依頼させていただきました』

 

 

 そこにンフィーレア・バレアレという少年が俺達に指名依頼。

 指名依頼が名誉なことであるとも言われたが、先に討伐依頼を受けてしまったため、間が悪かったということで断るつもりであった。

 名誉だからと先約を蔑ろにすれば、金で動く俗な男と思われかねないという判断からだった。

 

 そこで俺はカルネ村までの護衛として彼らを雇い、そこに道中モンスター討伐という形にしてはどうかと提案し、これから依頼開始というわけだ。

 

 

「モモン氏は慎重であるな。冒険者として見習いたいものである!」

 

「ちょーっと慎重すぎねぇか? 危険性の薄い場所の往復なんだし、もっと気を抜いていいだろ」

 

「ルクルット、彼らは初めての依頼。このあたりの地理だってまだ把握してないでしょうし、仮に熟知してたとしても確認は大切だろ」

 

「依頼主の認識と冒険者の認識が食い違ってるなんてよくあることだ。その点、モモンさんの行動は極めて正しい」

 

 

 うむうむ、どうやらこの行動は間違っていないらしい。

 何事も報告・連絡・相談は大切だからな! 

 特にクライアントと下請けで認識が食い違えば……納期……仕様変更……ウッ、無い胃が痛む。

 

 

「それでは出発しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このあたりから危険地帯に入ります。モモンさん、周囲の警戒をお願いします」

 

「了解しました」

 

 

 太陽が頂点を過ぎた頃、進行方向には鬱蒼とした原生林が見えてきた。

 今まで開けた平原を進んできたというのもあってか、日差しの差さない暗い森が、より一層ほの暗さを醸し出している。

 

 今の所はモンスターも現れず、至極順調に旅は進んでいる。

 道中、ルクルットがナーベラルをナンパ、それを無視するという事が何度かあったが、大きなトラブルは発生していない。

 

 

「なぁに心配いらねぇって。俺が目であり耳であるなら問題ナッシング! なぁ、ナーベちゃん。どうよ、俺凄くない?」

 

(こいつも懲りないなぁ……)

 

 

 既に何度も手酷く振られているというのに、この男はしつこくナーベラルにいいかっこを見せようとしている。

 彼らより遥かに強いことを隠している身としては、些か以上に滑稽に映ってしまう。

 

 

「この下等生物(ヤブカ)は───ッ」

 

 

 ああ、またそういうこと言う……と少し先の未来を想像してげんなりする。

 が、何を思ったのかナーベラルはぐっと言葉を引っ込め、至極嫌そうな顔ではあるがこう言った。

 

 

「……ならば精々、口だけではなく役に立つ所を見せなさい」

 

「! ヘヘッ。任せてくれよ!」

 

 

 それを受けたルクルットは、おっしゃやるぞーっ! と意気揚々と張り切っている。

 

 正直に言うと、かなり驚いた。いや驚いたなんてものじゃない、聞き間違いかとすら思った。

 あの、あのナーベがだぞ!? 人間相手に毒舌を吐かず、あまつさえ焚きつけるようなことを言ったんだぞ!? 

 

 

【ナーベ、その調子だ。良い言い回しだったぞ】

 

【あっ、ありがとうございますッ!】

 

 

 思わず<伝言>まで使って褒めてしまったが、それに見合うだけのことをナーベラルはしたと思っている。

 ナザリック大侵攻が人間が起こしたこと、俺が元々人間であることを打ち明けたこと、これらがナーベラルの人間に対する認識を若干だが変えたのかもしれない。

 

「つっても、あんまり出番はこねぇと思うがな。出るときは出るが、この辺でモンスターが現れるってことは滅多にねぇし」

 

「どういうことです? ここからが危険であると……」

 

 

 さっき聞いた話と少し違うじゃないか。

 そんな疑問を持っていると、ンフィーレアがフォローを入れる。

 

 

「モモンさん、ここからカルネ村の間は森の賢王という強力な魔獣のテリトリーなんです。他の魔物もそれを恐れているからか、あまり出てこないんです」

 

「ほう、魔獣……興味深いですね……」

 

 

 聞けば森の賢王は魔法も使うらしく、ここいらでは本当に恐ろしい魔獣として伝わっているらしい。

 森の奥地に生息している為目撃情報こそ無いが、遥か昔から伝わる伝説だそうな。

 

 ゆくゆく思い返すとと、ユグドラシルには『鵺』というモンスターがいたことを思い出す。

 なるほど、正体不明、かつ強力な魔法を使う存在としては合点がいく。

 ユグドラシルの天使がいたのだ、モンスターがいても不思議ではない。

 

 思考にふけっているとそれを怖気づいていると勘違いしたのか、ルクルットが軽い口調で言い放つ。

 

 

「うんじゃ、いっちょ仕事してナーベちゃんの高感度上げるとするかねぇ!」

 

「……チッ」

 

「眉1つ動かさず舌打ちしたのである……!」

 

「器用ですね……」

 

 

 ……やっぱり褒めたのは早計だったかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 陰鬱な原生林の中を、一考は黙々と歩く。

 アンデッドの体からは老廃物が出ず、照り付ける日差しも苦にならない。

 こればっかりはアンデッドでよかったと思える。

 

 

「みんな、そんなに警戒しなくたって大丈夫だって! 俺がしっかり見てるからさ! ナーベちゃんなんか俺を信じてるから超余裕の態度だぜ?」

 

「あなたじゃありません。モモンさんがいるからです」

 

 

 人間への認識が変わったとしても、流石にこういう手合いには慣れていないだろう。

 ナーベラルの眉間に皺が寄り、このまま放置では良くないことが起こるという確信を覚える。

 労うつもりでそっと肩に手を置くと、かなりその雰囲気と表情が和らいだように思える。

 

 

「なぁー、ナーベちゃんとモモンさんは恋人関係なの?」

 

「……ッ!」

 

(げぇっ、このバカ!)

 

 

 なんてことを聞くんだこいつ! 

 マズい、下手なことを言う前に対応しないと! 

 

 

「ルクルットさん、私達はそういう関係ではなく───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうなれたら、いいなぁ、なんて……

 

「……えっ」

 

 

 えっ

 

 

「……ッ! も、申し訳ありませんッ! あまりに烏滸がましい発言でしたッ!」

 

 

 自分が無意識に発言したことに気づいたのか、ナーベラルは顔を()()()にして即座に頭を下げる。

 

 

「あ、ああいや不敬とかではなくだな。ナ、ナーベ! その、なんだ。それは、そのぉ……」

 

 

 NPCのことだから怒って冷静でなくなると思っていただけに、意表を突かれた。

 えっ、うそっ、ナーベはアルベドとかシャルティアみたいな感じじゃなかったハズなんだが。

 ヤバい、なんか急に恥ずかしくなってきた。骸骨なのに顔が熱いような気がする。

 

 

「なるほど、男女の二人旅ですからね。深くは詮索しませんとも、ええ」

 

「あーあ、ナーベちゃんはモモンさん狙いなのかぁ。仲間って言ってたのに、はなっから勝ち目無しかー……」

 

 

 振られたにも関わらず口元はしっかり弧を描いているルクルットと、全部わかってますよみたいな悟った笑顔のペテルがこちらをみている。

 やめろ、そんな目で見るな。デミウルゴスみたいな笑顔をお前がするな! 

 

 

「ペテルさん、ルクルットさん。変な勘繰りはやめていただきたい。ちょっと、何ニヤニヤしてるんですか! 我々は別にそういうのじゃありませんよ!」

 

「さぁ、楽しいお話はそこまでにして、警戒はしっかりね」

 

「ちょっ、待っ」

 

「分かってるぜー。今のところは問題なさそうだ」

 

 

 訂正しようにもなぁなぁで話が流れ、もはや取り返しがつかなくなってしまった。

 ナーベラルを横目で見ると許されざる失態をしたと考えているのか、落ち着かない表情でこちらを伺っている。

 

 

(モモン殿、どうやらお二人は複雑な関係の様子。しかし! ここはナーベ女史に男を見せるのであるっ!)

 

(何微笑んでんだこの糸目……!)

 

 

 思わず悪態が胸の内をついて出るが、ちゃんと上司として対応してやれとでも言いたいのだろう。

 まぁ、部下の失言……いやもちろん好意は嬉しいが、迂闊な発言のフォローはしておくべきだろう。

 

 

「あー、そのだな、ナーベ。その……」

 

「……ッ」

 

 

 .......えっ、好意を口に出してしまった部下を諫める言葉ってなんだ? 

 気にするな、とか? いやナザリックのシモベ相手にそれは無理だろう。

 マズい、早くしないとナーベラルが頭を下げっぱなしで馬車に置いて行かれてしまう。

 えぇいままよ! 

 

 

「その、ナーベ」

 

「っ、はい!」

 

 

 

 

 

 

お前の気持ちは、う、嬉しかったぞ……

 

 

 あっ、なんか違う。

 まるで俺が告白を受け入れて照れてるみたいな言い方になってるじゃないか! 

 いやそりゃ、ナーベラルみたいな美人相手なら照れてもなんらおかしくはないが、今言うべき言い方じゃなかったような気がするぞ!? 

 

 

「くーっ、ナーベちゃんを射止めるモモンさん、羨ましいぜ!」

 

「まったくだ。あんな美人さんとの二人旅、何もないわけがない」

 

「二人とも下世話。……まぁ、ナーベさんの恋が報われそうなのは、素敵なことだ」

 

「うむ、良きかな! 未来ある二人に幸あれ、であるな!」

 

「ハハ、羨ましいです。……いいなぁ、僕もいつか……」

 

「~~~~あまり人をからかうのは感心しませんね……ッ!」

 

「やべっ、ごめんごめん! ちょっとからかうつもりだっただけだって! おっ、俺は前の方で索敵するから!」

 

 

 言うや否やルクルットはすたこらさっさと馬車の前方に走って行ってしまった。

 まったく、俺らを引っ掻き回すだけ引っ掻き回してすぐ逃げるなんて……

 

 ……まぁ、でも。

 

 

「……ハハッ。あぁ、こういうのも楽しいな。なぁ、ナーベ」

 

「うぅ、御方の前でなんという発言を……顔から火が出そうです……」

 

 

 冒険っていうのとは少し違うが、こうして軽口を叩きながらの雑談っていうのもしたかったんだ。

 そう考えると、不思議と彼らをどうこうしようという気持ちが起きてこない。

 

 何より、ナーベラルが命を持って~とか言わなかったことが少し嬉しかった。

 あまり仰々しくされると辛いと言ったのを覚えてくれているのだろう。

 

 

「……ナーベ、ありがとう。一緒にいるのが、ナーベでよかった」

 

「有難き……いえ……うぅ……」

 

「どうした? 何かあったら遠慮なく言ってくれ。今の私達は仲間なのだからな」

 

 

 それにナーベラルはアルベドみたいにグイグイ来ないから、そういう意味ではすごく助かる。

 彼女ではこの旅は……と思っていたが、うん、ナーベラルを連れてきてよかった。

 今ならそう思える。

 

 そう考えているとナーベラルは、穏やかというには少しぎこちない微笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

「……どう、いたしまして、モモンさん」

 

 

 無い心臓が、跳ねたような気がした。

 

 

「ッ!! ……ああ! さぁ、馬車が離れる前に行こう」

 

 

 

 誤魔化すように進行を促したのに、気づかれてしまっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

((できればもうしばらくは、二人で旅をしたいなぁ……))

 

 

 お互いにそう考えていることに、気づくことはなかった。

 




 アイデアだけだったものをどうしても形にしたく書いてまいりましたが、これより先は何も考えておりません。
 ですので、この作品はここまでとなります。

 お読みいただき、誠にありがとうございました!


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4話

 夕暮れと呼ぶにはまだ少し早い時間、俺達は野営の準備を始めた。

 今は周辺を正方形になるように配置した棒と紐で鳴子を張っている。

 これが存外に楽しい。リアルで噂に聞く『キャンプ』みたいだ。

 

 

「はい、モモンさん」

 

「ああ、ありがとう。ナーベの方は終わったのか?」

 

「はい。テントの設営は完了しました」

 

 

 3本目に取り掛かっていたところにナーベが枝を運んでくれる。

 随分仕事が早い。流石はプレアデスの一員、その気になれば作業の補助なんかはお手の物ということだろう。

 

 

「モモンさん、設営後は夕食になるようです。いかがいたしましょう」

 

 

「……しまった、考えてなかった」

 

 

 まずいな、ナザリック外の誰かとパーティを組んで活動することはないと思ってたから目撃者対策はしていなかった! 

 どうしたものか……? 

 

 

「一先ず、殺生した日は大人数で食事は控える宗教とでも言っておくか……。向こうでは特に問題はなかったか?」

 

「はい。煩わしい羽音が聞こえましたが、それ以上の問題は発生していません」

 

 

 ……うん、もうこれは治らないな! 

 仕方ない、俺が人間であることを踏まえて過度な暴言は控えてくれているんだ。

 心遣いとしてはそれだけでも十分だ、良しとしようそうしよう。

 

 

「この後は集まるだろうから、適当なところで切り上げる。そしたらまた話そう」

 

「かしこまりました」

 

 

 さて、うまく切り抜けられるだろうか……

 

 

 

 

 

 

「モモンさん、ご苦労様っす」

 

「いえ、いえ」

 

 

 ルクルットは穴を掘りながらこちらに挨拶する。

 今は地面に穴を作り、竈になるものを作っているようだ。

 

 その周囲ではニニャが、周囲を歩きながら<警報>という魔法による探知を行っている。

 タイミングや効果範囲などの兼ね合いから有効に働くことはあまりないらしいが、行うに越したことはないらしい。

 

 

「……見てて面白いですか?」

 

「ニニャさんの魔法には非常に関心があります。大変興味深いです」

 

 

 周辺の警戒をしている姿を見ていたからだろうか、苦笑いを浮かべたニニャがこちらに声を掛ける。

 

 そう、この<警戒>という魔法はユグドラシルには存在しない。

 個人的な知識欲もあるし、是非ともご教授願いたい。

 

 

「いやいや、私ではナーベさんに大きく劣りますよ?」

 

 

「ナーベでは使えない魔法なんですよ。……ナーベ、そんな顔をするな」

 

 

「……すみません」

 

 

 途中まで口にしてナーベがむくれっ面で俺とニニャを見ているのを確認し即座にフォローを入れる。

 かわいい。……じゃない、ユグドラシルとこの世界の魔法体系が若干違うことに興味を抱いただけで他意はない。

 

 

「魔法ってのは昨日今日で使えるもんでもないらしいぜ? 世界の接続とか潜在的な才能とか、なんか小難しいことできねぇといけないらしいし。後は地道に生涯かけて習得するかだっけか」

 

 

 どっちにしろ俺にゃ無理だねー、と地面を掘り終えたルクルットがこちらに歩きながら語る。

 聞く話によれば、帝国では大規模な魔法学院なるものもあるらしい。

 

 

「入学、というのは難しいでしょうか」

 

「帝国の臣民、かつ子供向けですし、コネでもないと厳しいかと」

 

 

 むむむ、未知の魔法習得の為にと思ったが、そう上手くはいかないらしい。

 

 その後帝国や既存の魔法についていくつか質問をしていると、竈の様子を見ていたルクルットがこちらに声を掛ける。

 

 

「盛り上がってるとこ悪いな、そろそろ飯の準備が整うぜ。向こうのやつら呼んできてくれるか?」

 

「ん、了解しました。ナーベ、行こう」

 

「分かりました」

 

 

 気づかないうちに随分話し込んでいたらしい。

 急ぎ呼びに行かねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の食事の場は恙なく進んでいた。

 食事を取れないと言ったときは少々緊張したが、宗教に理解のある人達でよかった。

 

 今は食事の雑談の最中、『漆黒の剣』の由来を聞いている所だ。

 

 

「───じゃあ、漆黒の剣はもう全員分行きわたらねぇってことだな。……まぁ、しょうがねぇか」

 

「いっそ、俺達が見つけるまで隠れていて欲しいね」

 

「ちゃんと日記に書いとけよニニャ。忘れないようにな」

 

「うむ、形に残るというのは良い事である!」

 

 

 彼らもまた、冒険の内に絆を紡いだパーティなのだろう。

 共に未来を語り、歩んでいく姿は、今の俺には酷く羨ましい。

 ちらりとナーベラルを見ると、心配そうに俺を見ている。

 

 

「皆さん、仲がいいのですね。冒険者の皆さんは仲がいいのが普通なのですか?」

 

「多分そうですよ。命を預けているわけですからね。一緒に仕事をしている内に、気づけば仲良くなってるんですよ」

 

 

 暗にこのパーティが特別仲がいいのかを確かめるような俺の質問に、ペテルは明るく、それでいて誇らしげに答える。

 

 

「それに、チームとしての目標がありますからね。それも結束力を高めているんじゃないでしょうか」

 

 

 四人が揃って頷く。

 

 

「……そうですね。皆の意志が一つの方向を向いていると、違いますよね」

 

 

 目標、か。

 アインズ・ウール・ゴウンの目標はなんだったかな。

 

 

 

 立ち上げ当初は確か、PKした奴をPKKする為だったはず。

 異形種だという理由で攻撃されるのに納得がいかないという、カルマ値とは真逆の義憤に駆られた行いが行動指針だった。

 

 その後は何だったかな、大侵攻を経て悪のギルドの名を欲しいがままにして……

 

 

 

 その後からだったかな。

 

 少しずつ、メンバーが離れていったのは。

 

 

「モモンさんも、昔はチームを?」

 

 

 ンフィーレアの問いに、思わず言葉に詰まる。

 そうだな、既に()()()だな……

 

 夜空を見上げ、思いを馳せる。

 

 

「かつて私が弱かった頃、窮地を救ってくれた人がいたんです。剣と盾を持った純白の騎士でしてね、『義を見てせざるは勇無きなり』を体現したような方でしたよ」

 

「『義を見てせざるは勇無きなり』……。素晴らしい言葉ですね」

 

「その後、合わせて9人の同志が集まり、そこからチームが形成されました」

 

 

 隣に座るナーベは目を輝かせて俺の話を聞いてくれる。

 そうか、ギルド結成当時の話なんてNPCにしたことなかったな。

 NPCからすれば、さしずめ建国秘話のようなものだろうか。

 

 

 そう言うことならばやぶさかではない。

 今でも鮮明に思い出せる。

 胸の中で輝く、大切な思い出達。

 

 

「本当に素晴らしい仲間達でした。聖騎士、刀使い、神官、暗さ……盗賊、二刀忍……二刀盗賊、妖術師、料理人、鍛冶師」

 

「最高の友人達でした。数多の冒険を超えたあの日々は、決して忘れられません」

 

 

 俺が『友達』を知ることが出来たゲーム、ユグドラシル。

 そんな世界で生まれた絆の結晶、それこそがアインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 

 

 だからこそ、俺は、俺の全てを捨ててでも。

 

 あの場所を護るんだ。

 

 

「いつの日か、またその方々に匹敵する仲間ができますよ」

 

 

 ニニャはきっと、俺に何かがあったのを察し、慰めてくれたのだろう。

 

 けれど、その言葉を受け入れるには、あまりにあの冒険の日々は輝かしすぎた。

 

 

「……そんな日は、来ませんよ」

 

 

 自分でも分かる程に、弱々しい声だった。

 

 ああ、いけないな、こんな調子では。

 場の空気を悪くしてしまった。

 

 

「失礼。……私はあちらの方で食べてきます。ナーベ、来てくれるか」

 

「はっ、はい。ご一緒します」

 

「ありがとう。……今夜の見張りは我々で行います。皆さんはお休みください。それでは」

 

 

 おかしいな、歩いているときや戦っているときは何も思わなかったのに。

 

 

 今は妙に、鎧が重く感じるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ様は倒れた木の幹に腰かけ、酷く気落ちしている様子だった。

 今すぐにでもあの下等生物(ウジ虫)どもを殴殺してやりたい所ではあったが、今のモモンガ様を放って何処かへ行くということは、私にはできない。

 

 

「ははは……滑稽だよな、俺は。皆にだって、生きるべき人生があって、それを優先していただけなのにな……」

 

 

 『リアル』の話だろうか。

 その世界では、至高の御方々はか弱く、今日を生きるのも精一杯の過酷な環境であったと聞く。

 

 兜をつけたままの為、その表情は窺い知れない。

 私にできることは、傍に控えることだけだ。

 

 

「……なぁ、ナーベ。ちょっとだけ、弱音を吐いてもいいかな……」

 

「もちろんです。……どうか、お聞かせください」

 

 

 私がその苦悩のほんの欠片でも背負うことで、モモンガ様の御心が楽になれるなら。

 従者として、これ以上に誇らしいことがあるだろうか。

 

 

「ありがとう……。なぁ、ナーベ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しいんだ……っ!

 

 

「寂しいんだよ……!!ナザリックがあって、皆が作ったものがあって、皆の子供達がいて……!!」

 

「全てが終わる前、他のギルドには、本当に全部消えて無くなってしまったところだってあった……」

 

「俺は恵まれているはずなんだっ! 彼らに比べれば、ずっとずっと!」

 

「なのにっ、なのに……! 胸の中が冷たくてっ、どうしようもなく悲しいんだ……」

 

「彼らが羨ましかった……っ!」

 

「友達が傍にいて、一緒に冒険しているのがどうしようもなく羨ましかったよ……っ!」

 

「ごめんなぁ、ナーベラル……! 俺は本当に最低だ……!」

 

「みんなと一緒に終わりを迎えたかった.......!!」

 

 

 

 

 慟哭するモモンガ様に、私の感情が大きく揺れる。

 

 脚に力が入らず、膝をついてしまう。

 

 

 

 ───悔しい。

 

 私では、この寂寥を癒すことはできない。

 

 

「……なんだよ、ナーベラル」

 

 

 ───悲しい。

 

 モモンガ様を置いて行かれてしまった、至高の御方々はもう戻らない。

 

 

「なんでだよ、なんでお前が泣くんだよ……」

 

 

 ───苦しい。

 

 今のモモンガ様の心境、私が察するというには余りある。

 

 

 

 とめどなく溢れる涙を、止める術が分からない。

 必死に眼を覆っても、擦っても止まりはしない。

 

 

 ……もし、もしも。

 プレアデスの皆が、ナザリックの皆様が何も言わず私を置いていってしまったら。

 家とも呼べるナザリックだけを残し、一人ぼっちになってしまったら。

 

 それは『孤高』などではなく、『孤独』だ。

 

 私の恐怖や悲哀とはきっと、比較にならない程の悲しさを、モモンガ様は背負っている。

 

 

「泣けないっ、モモンガ様に代わって、泣いているのです……ッ」

 

「……ッ。ああ、ありがとう……! ありがとうな、ナーベラル……!」

 

 

 モモンガ様は震える声で私に感謝を告げる。

 

 私には、何もできない。

 

 否、私だけではない。

 きっとナザリックにいる者は誰であっても。

 その寂しさを埋めることはおろか、誤魔化すことすらできはしない。

 

 無力だ。

 私達はどうしようもなく、無力だ。

 

 

「ナーベ、ありがとう。……俺の為に泣いてくれて、ありがとう。お陰でまだ頑張れそうだ」

 

「ぐすっ、苦しい時、寂しいと思ったときはいつでも仰ってください。私は、私は……」

 

「ごめんな、皆がいなくて寂しいのはお前達も同じだっていうのに……」

 

 

 そう言うと何かを閃いたのか、モモンガ様は私に隣に座るように促す。

 あまりに恐れ多い為辞退しようとしたのだが……

 

 

「まぁ、そう言わないでくれ。一人で座るには、些か広い」

 

 

 至高の御方の願いを叶える、それこそが我々の至上命題。

 

 

(かつての私なら、そこで考えをやめていたでしょうね)

 

 

 ───モモンガ様が寂しそうだったから。

 

 言葉にこそしないが、私が行動するのは畏れだけではないという自覚はある。

 

 

 

 そっと、隣に腰かける。

 

 こうして見ると、モモンガ様の背丈はとても高い。

 思わず見上げてしまう程に高い。

 

 

「……うん、そうだな、折角の機会だ。二式炎雷さんの話でもしようか」

 

「ほっ、本当ですかっ!! 是非っ! 何卒お聞かせください!」

 

「ああいいぞ! ……よし、実はナザリック大墳墓の第一発見者が二式炎雷さんだって知ってたか?」

 

「いっ、いいえ!」

 

「そうだろうそうだろう。ある時、二式炎雷さんが未探索のダンジョンを発見したという報告があってだな……」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、世界征服が目的じゃないのですか!?」

 

「いやいやいや!! ギルドの名前を広めるという目的であって……」

 

 

 

 

 

 

「伝言の魔法が切れる程興奮されるのはちょっと、えぇ……」

 

「アルベド……お前……。定時連絡、大丈夫そうか?」

 

「……正直な所ですが、隠しきれるかどうかは……」

 

 

 

 

 

「……ブループラネットさんはさ、この星空を再現しようとしたんだってさ」

 

「そうだったのですね。……それほどまでにリアルというのは……」

 

「星空どころか、まともな自然すら残っていなかった。だからこそ、この世界に来た時はビックリしたさ」

 

 

 モモンガ様とのお話は、朝日が昇るまで続いた。

 

 それは何事にも代え難い至福の時間であり、きっとナザリックの誰も賜れない栄誉なのだろう。

 

 

 

 しかし、何より。

 

 誰よりもモモンガ様の御心に寄り添える私は、幸福だ。

 

 



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5話

 見張りを襲撃も無く終え、俺達一行は再度出発を開始する為、既に起きているであろう漆黒の剣のメンバーに声を掛けに行く。

 ついつい話が込んでしまい、ナーベには少し悪いことをしてしまった。

 

 

「朝まで付き合わせて悪かったな、ナーベ」

 

「とんでもありません! 貴重なお話をたくさん聞かせていただきました!」

 

「はは、そう言ってくれると助かるよ」 

 

 

 誇張や誤魔化しをせずにするギルメンの思い出話、話に花が咲かないわけがない。

 ……二式炎雷さんの話をしてる時のナーベが可愛らしくて、ついつい長話をしてしまったというのも、まぁ、ある。

 

 ほんの少し歩くと、テントを片付けて俺達を待っている皆がいる。

 

 

「皆さん、おはようございます」

 

「モっ、モモンさん。おはようございます……」

 

 

 リーダーであるペテルが挨拶に応じるが、その挨拶はどこかぎこちない。

 見ればンフィーレアも含め、他の面々もどこか居心地悪そうにしている。

 何かあっただろうかとナーベを見るも、首をかしげて疑問符を浮かべている。

 

 

「? どうかされたんですか?」

 

「……モモン殿。昨日は、そのぉ……」

 

 

 昨日? 昨日……

 

 あっ、雰囲気悪くしてしまったままじゃないか! ナーベと話してて忘れてた! 

 

 

「……昨日は、本当に申し訳ないことを言いました。モモンさんの気持ちも考えず、本当にごめんなさい」

 

「おっ、俺からもごめんっ! そのさ、突っつかれたら嫌なことは誰にでもあるよな……」

 

 

 こちらから何か言う前に、ニニャ、ルクルットが立て続けに謝る。

 ……うん、確かに辛くはあったが、結果的にナーベとも深く話せたし、あまり気に病まれてもこの先困るよな。

 

 

「どうかお気になさらないでください。ただ、私の大切な仲間達は、そう替えがきく方々ではないということを、どうかお忘れなく」

 

「はい。……本当に、ごめんなさい」

 

 

 うん、このくらいでいいだろう。

 それに、すぐに非を認めて謝るのは大人として好感が持てる。

 

 

「分かってくれればいいんです。さぁ、出発しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元は草原で覆われ、微かに街道が見えるような道を歩み続け、どこか見覚えがあるような風景が見える。

 

 

「あと少しでカルネ村の筈です」

 

 

 道を知るンフィーレアが村の接近を告げる。

 危ない危ない、俺はこのあたりの地形を知ってちゃいけないんだ。

 アインズとして村のことを知っているが、モモンとしては初めてなんだから。

 

 一行の反応を見ようと軽く周りを見渡すが、その雰囲気はやや気まずい。

 フォローしたとはいえ、そう簡単に昨日の空気が変わるものでも無いからな、こればかりはしょうがない。

 

 隣を歩くナーベはすこぶる機嫌がよく、今にでも鼻歌でも歌いそうな……

 

 

「~♪」

 

 

 ……いや歌ってる!? 小さくてほとんど聞こえないが何かメロディのようなものを歌ってるぞ!? 

 なるほど、皆が困惑しているのはこのナーベを見てのことでもあるのか……

 

 仕方ない、雰囲気を明るくする一手、俺が打とうじゃないか。

 

 

「ナーベは歌が上手いな。初めて知ったぞ」

 

 

 そう、こういう時は何かしらを褒めるのだ! 

 会社でも上司が部下を大勢の前で褒めれば、自然と場の空気は明るくなるという物だ。

 まぁ俺はずっと部下だったが……

 

 

「……っんぅ!? き、聞こえていたのですか!?」

 

「お、おお。ナーベの声は聞き心地が良くてな、つい聴き入ってしまった」

 

 

 ナーベの声は高く、それでいて耳に優しい声だ。

 その声から紡がれる歌はとても聞き心地が良く、なんとも胸が温かくなる。

 

 

「思えば、ちゃんと歌を聞いたのはいつぶりくらいやら……。ナーベの歌は聞いてるだけで心が温まる。私は芸術には疎いが、ナーベの声が綺麗なことは分かる」

 

「えっ、はわっ、そんなっ、わっわたしは……」

 

 

 最後に歌を聞いたのはいつぶりだろうなぁ。

 いやユグドラシルプレイ中にBGMは流れていたが、ちゃんと意識して聞いたのは久々な気がするんだ。

 

 

「そうだ、良かったら後でまた歌ってほしい。もちろん、さっきと同じ歌を。ナーベの歌う歌ならいつまででも聞けそうだ。それくらい───」

 

「ちょっ、モモンさん、ストップです! ナーベさんが限界です! いったんそこまでで!」

 

「えっ」

 

 

 見ればナーベラルは顔を真っ赤にし、両手を頬に当てて狼狽えている。

 

 

「お、思ったことを言っただけだったんだが……ダメだったろうか……」

 

「ダメってんじゃねぇけど、もうちっと女心ってもんをだな!?」

 

 

 えっ、なんで今女心って単語が出てくるんだ? 

 最高難易度のダンジョンすらも超える、あの複雑怪奇にして千変万化と言われる女心が? 

 

 

「はわわわ、はわわわわわ……!」

 

「ナ、ナーベ殿、落ち着くのである!」

 

「これは、前途多難だな……」

 

 

 どうやら対応を間違えてしまったようだ、とほほ……

 

 

「あははは……さて、もうじきにカルネ村が……あれ?」

 

「どうしたんです? 何かありましたか?」

 

「いえ、あんな頑丈な柵、前は無かったんですが……」

 

 

 

 その後、村にいない筈のゴブリンの群れがこちらに武器を向け立ちふさがったり、それがアインズの時にエンリに渡したマジックアイテムで頭を痛めたりとひと悶着あったが、依頼は無事達成。

 

 事情を話したあたりでようやく、肩の荷が下りたと言ったところか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このナザリック大墳墓における支配者、アインズ様は現在外部の情報を得る為に外出しておられる。

 その間、ナザリックを管理するのは我々階層守護者、並びにアインズ様に任された我々の使命と言えるだろう。

 

 

「……しかし、アルベドにはどうにも、困ったものですね」

 

 

 思わず独り言ちるのは守護者統括、アルベドのあの痴態を思い出してのことだ。

 恐れ多くも立ち入りが許可されているとはいえ、アインズ様のベッドに忍び込んで匂いをつけるだのというのは少なからず面を喰らってしまう。

 アンデッドですしベッドで寝ないと思うよ、と言わなかったのは偏に私なりの優しさだ。

 

 

「言いたいことは分かるんですがね……」

 

 

 アルベドの守護者統括としての、ナザリックの管理能力は私を遥かに凌ぐ。

 その点において、これからナザリックに残るのがアルベドとコキュートスということに何の不満も無い。

 

 しかしあの姿を見ると、どうにも一抹の不安が残る。

 

 もちろん、至高の御方の後継の為ともあらば、我々にとっても一大事。

 諸手を上げて歓迎すべきことだろう。

 

「確かに極めて重要事項ではあるが、急務という訳ではないのも事実……」

 

 しかし、そもそも異形種である我々にとって、寿命という物はさして重要ではない。

 そう考えればアルベドやシャルティアのように、まるで肉食獣のように迫るのはあまり上等とは言えないだろう。

 

 アルベドのあのアインズ様への執着心は果たして淑女としていかがなものだろうか……

 

 

(そう言えば、アインズ様にはナーベラル・ガンマが同行しているが、無事役目を果たせているだろうか)

 

 

 プレアデスの一員であるナーベラル・ガンマ。

 アインズ様は彼女を選定し、同行を命じている。

 

 彼女はプレアデスにおいて、今回の動向に最も適した人材と言える。

 

 

 

「ふむ、ナーベラル・ガンマ……」

 

 

 彼女は少々抜けているところもあるが忠誠心に篤く、命令に忠実に従う。

 アインズ様の今回の目的に適役だろう。

 

 

「せめて彼女達がプレアデスくらいに、淑やかであればねぇ……」

 

 

 無いものねだり、か。

 

 考えても仕方がない、まずはアインズ様の命令を遂行するとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ンフィーレアの依頼の第一段階、村までの護衛を無事に終え、今はエンリが呼び出したゴブリン達による、村人達の訓練を見学しているところだ。

 

 

「ふーむ、中々どうして……」

 

 

 見れば武器こそ粗末ではあるがその狙いは正確であり、予め用意したわら束を見事に射抜いている

 ついこの間村を侵略され、同じ村の住人を殺されたにも関わらず、そこから立ち上がり自衛を学ぼうとする彼らは立派と称えられるべきだろう。

 

 

「彼らは、凄いな」

 

「……左様ですか? お言葉ですが、彼らの技術は拙いです。また人間の兵士が来れば、到底守り切れるものではありません」

 

「ナーベ、力量も容姿も……今だからこそ言えるが、種族だって些細な問題だ。大切なのは意志だ。あれほどの恐怖に晒されても、再び立ち上がろうとする意志だ」

 

「成程……」

 

「たとえそれが人の業であったとしても、明日を生きようとする人々を、俺は素晴らしいと思う。俺も見習わないとな……」

 

 

 例えそれが憎しみだとしても、悲しみを乗り越えて苦難を踏破しようとする意志を俺は尊重したい。

 人としての倫理観を失い、更にはこの想い、信念を失えば俺はきっと()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 俺はアンデッドだ。

 だからこそ、生者として抱いた『鈴木悟』としての意志を貫かなくてはならない。

 

 即ちナザリック、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンを護るという意思を───

 

 

「……モモンさん、私は───」

 

「モモンさーん!!」

 

 

 ふと目をやると、向こうから汗をかきながらこちらに走ってくるンフィーレアが映る。

 なにやら焦っているようにも見えるが、何かあったのだろうか。

 

 

「まったく、この村はトラブルに事欠かないな……。ナーベ、何やら言いかけたようだが後でも大丈夫か?」

 

「……はい。後ほどお時間をいただけますでしょうか? できれば、ご内密の話を」

 

 

 ……む、普段なら『御心のままに』と言うはず。

 いや、そもそもンフィーレアが来た時点で舌打ちの一つでもしていただろうに、それすらもしなかった。

 一介のシモベであるナーベラルが、時間を取ってまで言いたいことは、彼女にとって極めて重要なことなのだろうと予測できる。

 

 

「分かった、必ず時間を取ろう。……ンフィーレアさん、どうしたんです?」

 

 

 ンフィーレアは肩で息をし、まっすぐにこちらを見つめ、冷静にこう告げた。

 

 

「モモンさんが、アインズ・ウール・ゴウンさんなのでしょうか?」

 

「───ッ」

 

「この村を救っていただき、エンリを助けていただきありがとうございました。きっと、身分を隠されているのは理由があると思われます。それでも、好きな人を助けてくれたことにお礼が言いたかったんです」

 

 

 頭を下げる彼を見て一瞬、口を封じるべきかと思い、やめた。

 彼の青春を俺の都合で閉ざすのは、どうにも気分が悪い。

 

 それに、俺自身証拠を残しすぎたという反省もある。

 この失敗は次に生かそう。

 

 

「頭を上げてくだ……上げたまえ」

 

 

 素で話すべきかとも思ったが、この村の住人にはアインズとして接している。

 ならばこちらの口調で話すのが適切だろう。

 

 

「それともう一つ、モモンさんには隠し事をしてしまっていたのです」

 

「……聞かせてくれ」

 

 

 顔を顰めたナーベラルを離すべきかと思ったが、今の彼女なら短気な行動はしないだろう。

 そのまま話を促す。

 

 

「ゴウンさんは、宿屋でポーションを渡していましたね。あのポーションなんですが───」

 

 

 話を聞けば、やはりユグドラシル産のアイテムは問題だったようだ。

 元々ただのデータの塊であった、それも最下級のアイテムが、なぜかこの世界では劣化しないオーバーテクノロジー扱いになってしまう。

 そしてンフィーレアはそれを利用し、俺達に接触したというわけだ。

 

 見ればナーベラルも気まずそうに俺を見ている。

 

 

「……分かったろう、ナーベ。私だって失敗するし、後先考えない行動だってすることはある。だから許せということではないが、皆にも気を付けて欲しいのだ」

 

「かしこまりました。肝に銘じさせていただきます」

 

「さて、ンフィーレア。それらの一連の行動に関して私から何か言うことは……特に無い」

 

「えぇっ!?」

 

 

 いやぁ、コネクション作りなんてそんなものじゃないか? 

 たまたま先方の好みの話とかが入ったら、そこを切り口に付き合いを深めて契約、なんて割と常套手段じゃないか? 

 ビジネスという概念が薄いこの世界だからこそ、こういった一期一会のチャンスをものにする素養は必要だろう。

 

 

「それに、ポーションを悪用するつもりも無いんだろう? なら私から言うことはない。強いて言うなら、素直に感謝と謝罪を口にするのは、私にとって好ましい」

 

 

 感謝はともかく、今回の謝罪は言わなければこちら側に『ポーションを利用して接触する』という意図が伝わるものではなかった。

 それをナンセンスだと言う者もいるかもしれないが、こちらとしては真相を知れて良かったと思える。

 

 

「……なんて心の広いお方なんだ。凄いや……流石だ……」

 

 

 本当に気にしていないだけなのだが、随分買ってくれているみたいだ。

 キラキラとした目で見られるのはどうにもむず痒く、それでいて精神抑制が働くくらいにはこちらを嬉しい気持ちにさせてくれる。

 それほどまでに憧憬の目で見られるのはユグドラシル以来なのもあり、どうにも照れくさい。

 

 

「君以外に私のことを知っている者はいるかね?」

 

「いいえ! 誰にも伝えていません」

 

「それは良かった。私はあくまで冒険者モモン。……それを忘れないでいてくれると、嬉しいな」

 

「分かりました。……モモンさんには、迷惑をかけてしまいました。ですが、僕の感謝を伝えたかったんです。この村を救ってくださって、ありがとうございました!」

 

 

 義憤に駆られて……と言えれば格好もつくのだろうけどな。

 俺がこの村を助けたのは、情報収集、それと……セバスを見て、たっちさんを思い出したから。

 

 

「たまたまだよ。偶然、助けようと思っただけだ」

 

 

 もしあの場にセバスがいなかったら、俺はこの村を見捨てていただろう。

 彼の感謝を受け取る資格なんて、本当はないのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 その後ンフィーレアから、一時間後に魔物の盗伐依頼を行うため、時間になったら集合して欲しいと告げられ彼は去っていった。

 ほんの僅かな苦さと、彼にはエンリと上手くいってほしいなという若干のおっさんくささが残り微妙な気持ちになるが、それよりナーベラルだ。

 

 

「すまない、随分話してしまった。今からなら少し時間が取れそうだ」

 

「お気遣いに感謝いたします、モモンさん」

 

 

 この辺りは村のはずれ、周囲もそれなりに開けているから盗み聞きの心配はいらないだろう。

 しかし、どんな話をするのだろうか……

 

 

「モモンさん、無礼を承知で申し上げさせていただきます」

 

 

 ナーベは俺の目をじっと見つめている。

 何故だろう、その眼を見ていると胸がざわざわする。

 例えるなら、何をしたかは思い出せないが、何故かこれから怒られることだけは確信している、あの感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

恐れながら……アインズ・ウール・ゴウンをモモンガ様の御名とすることに賛成できないのです

 

「……え?」

 

 

 無い心臓が止まり、立っている地面が消えて無くなったような感覚を覚えた。

 



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6話

 今回は非常に短いです。


「そ、れは。俺に名乗るだけの資格が無いと……」

 

 

 その言葉の真意を理解するには、今の俺では到底冷静にはなれなさそうだった。

 

 が、その言葉を聞いた途端に精神の抑制が働き、急に頭の中がクリアになる。

 

 

「……その、俺じゃあ、力不足ってことかな」

 

「いっ、いいえ!!そのようなことは決してありませんっ!!」

 

 

 えっ、じゃあどうして……?

 ナーベラルの考えがさっぱりわからないのだが、彼女の目は力強く俺を見ている。

 

 

「モモンガ様の御名を口にする度に常々思っておりました。モモンガ様は、モモンガ様であるのだと」

 

「? それは、当然のことじゃないか?」

 

 

 何やら哲学的な話が始まってしまったが……どういうことだ?

 我思う、故に我あり、みたいな話でいいのか?

 

 

「モモンガ様は為政者として、アインズ様としての振る舞いを我々の為にしてくださっていると存じます。なればこそ、モモンガ様としての御身を、どうかご自愛いただきたいのです」

 

 

 ……! そうか、ナーベラルは俺に気を使ってくれているのか。

 『アインズ』としてではなく、『モモンガ』として振る舞ってくれと。

 

 

「しかしだな、ナーベラル。実際問題、あれだけの宣言をした以上取り返しはきかないだろ?それに、アインズとしての俺も必要なんだ」

 

 

 大勢の前で俺の旗を落とし『アインズと呼べ』とまで宣言したのだ。

 それに、アインズというのは俺がナザリックを収める上で必要な存在。

 二重人格とは違うが、自分自身で行う意識の切り替えとして必要な物だと思う。

 

 

「ですが……」

 

 

 なんか今日のナーベラルやけに食い下がるな……

 それほどまでに心配なのだろうか?

 

 

「昨晩のモモンガ様のお話で度々口にされていたのです。『アインズ・ウール・ゴウンは俺達の誇りだ、41人の名だ』と」

 

 

 むっ……確かに言った気がする。

 というか、そんなことを覚えていない程話に熱中してしまったのか……

 

 

「なればこそ、モモンガ様としての御身を大切にしていただきたい、と。この冒険者としての旅を経て、そう思うようになったのです……」

 

 

 うーん、そういうものか……?

 ナーベラルには二式炎雷さんの話をたくさんしたから、尚のことそう思うんだろうか。

 でも、モモンガとして、鈴木悟としてナーベラルに接したことで随分精神的に楽になったような気はする。

 

 

「なら、ナーベラル。一つ頼みたいことがあるんだが」

 

「はっ!なんなりと」

 

 

 確かに、俺が俺であるためにも、必要なことだと思う。

 

 

「その、ナーベラルと二人で話す時は、モモンガ、冒険者として活動しているときはモモンと呼んでもらってもいいか?その方がメリハリもつくというかなんというか……」

 

「……! はいっ!こちらこそお願い申し上げます!」

 

 

 ナーベラルはかなり引き気味に賛同してくれている。

 ……とはいえ、我ながらメリハリがつくって理由がどうかと思うけどな!

 さっきまでアインズという名前で切り替えとか考えてたくせにな!

 

 

「うん、なら改めて……これからよろしくな、ナーベ」

 

「はいっ、モモンさん!」

 

 

 ……なんか、こう、『俺のことは下の名前で呼んでくれ』みたいでちょっと気恥ずかしいな。

 ペロロンチーノさんとかが聞いたら絶叫してPVP仕掛けてきそうな雰囲気だが、一先ずこの話は切り上げでいいだろう。

 

 

「さて、ンフィーレアのことだが……まぁ、放置でいいだろう。今手を出したとしても、冒険者としての名前に瑕がつく」

 

「かしこまりました、そのように。……モモンさんは、お優しいですね」

 

 

 ……そんな優しい顔で見られると凄くむず痒いのだが!!

 

 

 




 次回は完全に未定です。

 大分先の方まで話が跳ぶかもしれません。


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