ネウロイ+デイリー建造 (haguruma03)
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全4話。



デイリー建造って、なんかやる気しないよね。

 

そんな私しか理解できないであろう事を思いながら、目の前からノロノロと飛び立っていくデイリー建造33号34号35号の3機を、岩場に転がっている真っ赤な四角錐である私は見送る。

丸みを帯びた体に羽のようなものを羽ばたかせた彼らが必死に飛ぶ姿はどこか風流を感じる。

 

 

おそらく彼らは後六時間後ほど飛んだ後、一瞬で叩き落とされてしまうだろう。

まぁ、彼らは最小限の資材で作ったし、彼らにコミュニケーション機能があるわけでもなく、いうならば私の排泄物のようなもの、つまりはデイリー建造号(うんこマン)なので壊されても何にも思わない。

 

ただ、壊されるとわかっているものを作ってこうやって毎日出撃させるのはなんというか・・・・虚無である。

 

 

 

 

とは言ってもだ。『巣』から「使命を果たせ。怠業は許されない。使命を果たさない個体には死を」みたいな感覚の念波が送られて来るため、デイリー建造は行わなければならないから仕方がないのだ。

 

そのため私は、毎日毎日建造を、仕事をしっかりと行う。

休日なしの連日仕事まみれ

ひどい上司だ。休暇をくれ

 

まぁ、実際私はなんとなくでしか『巣』の念波の内容がわからないため、『巣』が本当にそんな意味の念波を送っているのかは判断つかない

だが私が意思を持ち始めて1回だけ1日何も建造しないで体の修復と資材ために時間を費やしたことがある。その時に『巣』から殺意のこもった念波が送られて来たためサボったら本気で殺されるのは察することができた。

私に回す殺意があるのならその殺意を『敵』に向けてほしいものだ。

 

というか、そもそも同胞に殺意を向けるようになった原因は、どこかの土地で『敵』と交流を持った同胞がいたのが原因らしい

いい迷惑である。

 

 

そんなことを考えながら私は、今日もボリボリとこの絶海の孤島で地面を食って資材を貯める。

 

ゆっくりと沈みゆく太陽

日中受けた日差しの熱を発し続ける岩場

少し離れたところに墜落している飛行機の残骸

そして岩場に転がっている大きなヒビが入った『私』のコア

 

今日もまた、夕方まで資材の採掘を行い、夕方になるとノルマである1日3回建造を行い、デイリー建造号(うんこマン)たちが出撃するのを見届け、次の夕方まで採掘する。

 

この一ヶ月間何も変わらない風景と習慣。

 

 

端的に言って、虚無である。

どこからか聞こえる波の音がさらに私の虚無感を強調する。

虚無感が強調されるというのはどこかおかしい表現かもしれないが、虚無感が強調されるのだ。わかってくれ。

 

私の体が動くなら、この海の向こうの敵に突撃かましてさっさと仕事を終えてこの虚無感から脱出して帰りたいものだ。

 

 

というか、私が何故こんなことになっているのか考えても、まさに複雑怪奇であり、何が複雑怪奇というと、本当に最初から複雑怪奇なのである。

 

最初に私が意識を持ち、気がつくと私は、私のコアはこの岩場にゴミのように転がっていたのだ。

前後の記憶など何一つなく、分かるのは5つの情報のみ

 

1つ、少し離れた場所に航空機の残骸があり、それ以外は一面岩場しか見えず、今私がいるここは絶海の孤島であること。

2つ、私のコアは全壊ギリギリの状態で動くと壊れるかもしれず、コアが壊れたら私は死ぬ事。

3つ、私は再生能力を持つがなぜか発動しない事。

4つ、私は使命がある事。

5つ、私の能力のこと。

 

それを理解した時は焦ったものだった

ここはどこだ、私は誰だなんて、なんて事を考えたり、なぜ体が治らないの自身の体を精査したりした。

結局それらの事をいくら考えようが分からずじまいだった。

 

唯一分かったといえば、私はこうやって一人で考えることが好きなことだろうか?

 

 

そんな初期状態を確認して1日経った頃に、『巣』から念波が来た。

その時は驚いたものだ。

一応『巣』が私の上司のようなものであることは感覚でわかったが、それでも驚いた。

念波に驚いたのではない、念波の内容に驚いた。

念波の内容は一言。

 

「使命を果たせ」

 

・・・・

・・・・・・この状態の私に働けと?

 

瀕死の状態の私に繰り出される『仕事』の催促。

私は全力で抗議した。文字通り死に物狂いだ。

 

だが、私が救援要請をしようが、行動不能である事を伝えようが、『巣』はまるで私の言葉が理解できないのか、送られて来る念波の感覚はどれも同じ「使命をはたせ」の一言。

 

本当に非道な上司だ。動けないって言ってんだろ。

もしこの時私に腕と足があるならば駄々っ子のように転がり泣き喚いていただろう。

 

まぁそんな妄想や文句が頭に思い浮かんでも、私がやるべき使命は変わらないし『巣』からの命令も変わらない。

 

しかも、サボろうとしたら救助目的ではなく私を殺しに同胞を差し向けて来そうであった。

そんな戦力があるのなら『敵』に向けてほしいものだ。

 

とはいっても、外道上司は命令を撤回することはない。

だから私は、私の『能力』を使い使命を遂行することにした。

 

私を私たりえるものとしている、私の『能力』

 

それは、『私のコアの周りにある物質を吸収し、それを元にその資材量に見合った『同胞モドキ』を作ることができる』というもの。

しかも摂取した資材の量の数十倍の大きさのものを建造できるのだ

それに使用する資材の質や量が多ければ多いほど強い『同胞モドキ』を建造することができるかもしれないのだ

 

 

・・・とは言っても、私のコアは動けば死ぬ状態で岩場に落ちており、今の私はコアの周りにある岩しか食うことができない。

それどころかコアがボロボロなのが理由なのか、摂取量が微々たるものであり、1日の回収量が雀の涙。

 

チリも積もれば山となるという言葉を信じて資材を貯めようにも、『巣』の催促を満たすためには建造を1日3回以上行ない、3機以上の編成で『敵』に襲撃を行わなければならず、3機の生産コストで1日の回収量にロスが生じる。

よって、1日資材を掘っても最終的に残る資材はそこまで多くはない。

 

はい、クソである。

 

 

せめて目の前にある岩とは比べ物にならないほど質の高い物質。つまりは私から少し離れた位置に転がっている飛行機の残骸である金属を回収できれば、毎日岩だけを少しずつ食うというこの寂れた生活から卒業できるはずだ。それどころか夢の『大型建造』を行うことができるかもしれない。

 

だがそれができない。できないのだ。

その理由はいたって簡単である。

動くことができないからだ。

 

ならば金属を持ってこれる回収能力のある『同胞もどき』を作れないのか

それもまた、現状ではできる可能性が限りなく低い。

 

それは私の能力の最大の欠点

『私の能力で建造される『同胞もどき』の種類はランダムであること。』

が理由だ。

 

この欠点がひどい。

何がひどいってランダムなのだ。運なのだ。ギャンブルなのだ。

しかもランダムとは言っても、どうやら種類によって建造される確率が違うらしく、『よく建造される同胞もどき』、『希少な同胞もどき』がいるのはデイリー建造で確認済みだ。

 

今日作ったデイリー建造33号〜35号はそこそこの飛行能力とそこそこの連射力を持った射撃武装を持った小型飛行型。

最小資材で作ったデイリー建造の8割がこれである。

もちろん彼らに回収能力はなく、それどころか一度出撃すれば空中で停滞もできない。それどころか繊細な飛行能力などないため下手に瓦礫に近づくと飛行ミスして事故って私に特攻を仕掛けて私が死ぬ可能性すらある。

 

つまり今の所デイリー建造で作られる『同胞もどき』では私の前に飛行機の残骸を運ぶことは不可能なのである。

 

ならば建造資材を増やし残骸を移動させる能力を持つ『同胞もどき』を建造すればいいとなるかもしれないが、そもそもどのぐらい建造資材を増やせば、どれくらいのレベルの『同胞もどき』が作れるのか見当もつかない

最初の頃にチビチビと資材を増やしながら色々試した結果、無駄に資材を散らすことになった。

一週間の間デイリー建造資材を2倍に増やした時のことは思い出したくない。ろくな『同胞もどき』ができず最終日に見覚えしかない『同胞もどき』が建造された時は、私に腕があったら怒りのまま腕を床に叩きつけていたであろう。

 

そんなことがあってから、私は資材に余裕が出るまでは不用意に資材を消費する事を避け、黙々と毎日最低値建造を3回行なっている。

 

時々心が折れそうになるが私には希望がある。

 

それは、最初の建造の時に最低値の建造で回収機能を持った『希少な同胞もどき』を建造しているという事実だ。

 

今思えばあれは奇跡の産物だったであろう。何故あの時の私はまた作れるなら今出撃させていいやという思いつきの元、あれを戦場に出してしまったのだろうか・・・・本当に悔やみ一ヶ月前の私を殴りたくなる。

 

だが、確率は限りなく低い最低値の建造で『希少な同胞もどき』を作成したことは事実だ。

 

ということは建造資材を最低値の10倍に建造資材を増やしたらあの奇跡を故意に起こせるかもしれないのだ。

 

だから私は今、使用する建造資材が、最低値の10倍資材量で行うの建造を最低10回以上は回すために、資材の貯蓄を始めている。

最低値の10倍使ったらおそらく10倍の確率で出現してくれるはず

そんな夢を叶えるために

 

そのために私は今この『いつも通り』な習慣を行い、それによって応じる虚無感に勝たなければならない

 

 

なんてそんな事を考えていると

そんなデイリー建造で作られた、デイリー建造号(うんこマン)たちが今日も水平線に消えていくのが見えた。

水平線に沈む太陽に向かって飛ぶデイリー建造号(うんこマン)たちは少しかっこよく見えた。

ちなみに今までのデイリー建造号(うんこマン)たちが帰って来たことは、この一ヶ月の間に一度もなく、だいたい六時間後後に『敵』に壊されているのがなんとなく感覚でわかる。

 

どのようにデイリー建造号(うんこマン)たちが破壊されているのかはわからない。

なぜなら『敵』の姿を私は見たことはないからだ。

いや、見たことがあるかもしれないが、私の記憶はこの絶海の孤島に転がってからの記憶しかないため、忘れてしまっているのかもしれない。

 

そう私は忘れているのだろう。

私がなんなんのか、『敵』はどんな姿なのか、『巣』は何のために戦っているのか

 

多くのことを私は忘れてしまっているのだろう。

 

だから私は気になる。

 

おそらく私をこんな風にした相手であり、私の使命である倒すべき『敵』である者たちはどんな姿をしているのだろうか。

 

そんな独白をしながら思考を切り替え、再び岩堀り作業を再開しようとして、ふと疑問に思った。

 

私は考えるのが好きだ。だがなぜ、誰も聞いているわけがないのに、誰に記しているわけでもないのに、私はこう言った誰かに語りかけるような思考してしまうのだろう?

 

なぜかそんな疑問が頭を過ぎさり・・・・・・・

 

 

 

 

私は資源採取を再開することにした。

 

どうせ考えてもわからないのだ。まずは目の前のことから行っていこう。

 

 

 

それにしてもこの一ヶ月で割と資材もたまって来た。

そろそろ、資材の放出どきなのかもしれない。

 

そう思うと気分が高揚してくるのがわかる

やっと虚無感漂う『いつも通り』をやめれるのだ。

 

 

近いうちに来る『いつも通り』ではない資材代大放出の建造祭り

それを考えると本当に・・・・本当に

 

 

楽しみだ。

 

 

 

 

 

*******************************************

 

「准尉、今日も手早く片付いたようだな」

 

ストライカーユニットの稼動音しか聞こえない真っ暗な夜。

今日も敵機を撃墜し、その余韻と共に夜の空に身を委ねていた私の耳に声が入って来た。

 

上官殿の声だ

 

上官殿の声は女性にしては少し低い声。

上官殿はこの声があまり好きではないといっていたが、静かな場所で突然耳元から上官殿の声を聞くと背筋がぞわぞわして軽く気持ちよくなってしまう。

 

曹長が上官殿の声をハスキーボイスと言っていたが、それならばハスキーボイスは何と甘美な声なのだろうか。

この声を聞くだけで疲れが抜けていく

 

そんなハスキーボイスを持つ上官殿が女たらしだった場合、数多のウィッチたちはみんな上官殿の声で乙女心を撃ち抜かれていたに違いない。

なぜなら私がそうだからだ。

 

そんなことを私は考えながら通信機を起動する。

「はい、今日も遠距離からの狙撃で三機撃墜しました」

 

そうかそうか、と嬉しそうに相槌する上官殿の声が聞こえる。

彼女が通信機越しに笑顔で頷いているのが容易に妄想できる。

ああ、かっこいい。

 

それにしてもどうやら、報告を聞いて今日も出撃準備をしていたらしい。

まぁ今日も彼女が来る前に私が全部叩き落としたから今日も上官殿の仕事はなかったわけだが・・・・

 

 

「それで?今日も敵の内訳は一緒か」

「はい。昨日と一緒・・・いやいつもと一緒でした」

 

そう私は返事をする。

再び聞こえる上官殿の相槌の声。

その声質から、彼女が通信越しに眉間にしわを寄せるのが容易に妄想できる。

ああ、かっこいい。

 

まぁ、かっこいいのが当然なのは置いておいて、上官殿がこんな質問をして来たのは『変化』を求めてなのだろう。現に上官殿の声がどこか疲れているような気がする。

 

「いつもと一緒・・・・か」

 

「はい、いつもと一緒です」

 

どこか落胆した上官殿の声に私は同意した。

今日こそは何かしらの変化があるかもしれないという期待もあったのかもしれない。

だが結果はいつもと変わらなかった

 

そういつもと変わらなかったのだ

 

 

 

 

 

私たちの基地が守護するこの地域はネウロイが出現する確率はかなり低い。

出現したとしても小型が多く、大型ネウロイなんて出現したことすらない。

そもそも、上の将官達もこの基地を重要視していない。

 

なにやらこの基地は、政治屋の方々によるお金の話し合いの結果できたものらしく、軍事的価値はあまりないらしい。

というかぶっちゃけると、天下り先のようなものだと上官殿が基地司令を見ながらそう言っていた。

 

一介の兵士である私にとってはそれはどうでもいいことであった。

姉のような立派なウィッチになる。それが目標である私にとって政治ごとは興味がない。

 

まぁそんな胡散臭いこの基地は、割と安全であったという理由からか、兵士になったばかりのルーキーのウィッチが軍に慣れるために送られることが多い基地となっている。

私もその一人。

ナイトウィッチの才能があった私はこの基地で修行に励むことになった。

 

今、私たちの基地にいるウィッチは上官殿と私と曹長の3人

 

熟練のウィッチである上官殿と私と同時期にやって来た同じくルーキーの曹長。

 

私と曹長は上官殿との熱烈な行為(訓練)で腕を磨き、少しずつ力を蓄えていった。

 

 

そして一ヶ月前、ルーキーに毛が生えた程度の実力を私が手に入れた頃、夜間警備中の私は、夜の海上で基地がある方角に向かって飛んでくる3機のネウロイと遭遇した。

 

その時の私は、焦り、基地に報告した後に愚かにも一人で敵に向かってしまった。

今思えばバカのことをしたと思う。

 

結果的に言えば、私は十数分と言う長い時間をかけ2機を倒し、残りの性能がいい1機は基地から慌てて救援に来てくれた上官殿が瞬殺してくれた。

 

「なぜ一人で戦おうとした!」と上官殿から鬼の形相で怒られたのを一ヶ月たった今でも覚えている。かっこいい。

 

その後そうやって上官殿は怒った後「単独戦闘で2機撃墜なんて大手柄だな」だなんて褒めてくれたのを今でも覚えている。かっこいい

 

そうして私と上官殿は仲良く基地に帰ったわけなのだが・・・

 

 

 

その時の敵が今もなお私たちの基地を悩ましている。

 

 

 

通称『定期便ネウロイ』

いつからか基地のみんなからそう呼ばれるようになったあいつらの名称

 

3機編成の『小型ネウロイ』たち。

戦闘能力はかなり低く、拳銃程度の射撃武装しか装備しておらず、飛行速度もかなり遅く狙撃の的である。

時折、性能が高いのがいるがそれでもそこまでの力はない。

 

つまりこれらの能力から、このネウロイの脅威度はかなり低い、現に最初に遭遇した時は、ルーキーに毛が生えた程度しかない力量でありしかもそれに加えて焦っている私ですら2機撃墜し、その時一緒にいた性能がいい1機は上官殿のようなベテランなら瞬殺できるレベルだった。

 

 

だがこいつらの脅威はそこではない

問題は初発見の次の日から起こった。

 

また私は夜間警備中に同じ場所で敵機を発見したのだ。

すぐさま報告、上官殿が出撃し、上官殿と二人で撃破。瞬殺であった。

「一度あることは二度もあるのか」と上官殿が笑っていたのを覚えている。

「じゃあ三度目もあるかもしれませんね!」と次の日曹長が笑いながらいい、私がその頬を引っ張って不吉な事を言わないでくださいと注意したのを覚えている。

 

そして次の日、また奴らが現れた。

すぐさま報告、今度は曹長が援軍としてやって来た。そして撃破。瞬殺である。

その時に初撃破だと喜んでいる曹長の顔を覚えている。

だが私は流石に、何かおかしいと皆が気付き始めた。

 

そして次の日、また奴らが現れた

その次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も

 

私たちは、まるで一つの習慣のように奴らを倒した。

その過程でわかったことがいくつかある。

それは奴らが、毎日同じ時間に、同じ進路で現れる事。

 

そのことからいつしか、基地内で奴らのことを『定期便ネウロイ』

と呼び出すものが現れた。

今ではすっかり通称となっている。

 

そんな『定期便ネウロイ』はまだわからないことが山積みだ

なぜこうも定期的に飛んでくるのか、なぜ毎回同じ進路なのか、

 

わからないことが多すぎる。

上官殿が基地司令にこの状況がおかしい事を陳述しても、司令の楽観的な主観と被害が0であることから取り合ってもくれないらしい。

 

なぜ、誰がどう見てもおかしいのに司令は何も行動せず、上官殿の意見をフイにしているのは私にはわからない。

そして、そんな司令に準じる周りもだ。わけがわからない。

 

上官殿はそれでも諦めず、定期的に司令に陳述しているのを見る。

今ではよく見る光景となり、私たちの基地の当たり前となって来ている。

 

そう、当たり前となって来ているのだ。

毎日、「定期便」が出現することも

それを私が発見して報告することも

私が、「定期便」を撃墜することも

 

 

いつからだろうか、私の敵機発見の報告で基地が緊張しなくなったのは

皆、リラックスして自らのやるべき仕事をやっている。

 

いつからだろうか、撃墜したネウロイの事を曹長から聞かれなくなったのは

曹長は『定期便』を特訓相手として見始めている。

 

いつからだろうか、私が『定期便』を倒すためだけに狙撃銃を夜間警備の際に持ち出すようになったのは。

いつも同じ進路に現れ遅い速度で移動するため、狙撃しやすく、おかげで発見から撃破時間まで5分を切るようになった。

 

いつからだろうか、私が自身の撃墜数を数えなくなったのは

毎日3機増えるのだ。数える必要がない。

 

 

いつだろうか、私が最後に休暇をとったのは・・・

大丈夫だ。わたしはまだ

 

「・・・尉。准尉!」

 

 

愛しのハスキーボイスが耳を貫く

 

「は、はい!何でしょう上官殿」

 

慌てて返事を行うとともにあたりを見渡す。

すると、視界の先に月明かり以外のあかりが見える

基地が見えて来たのだ。いつのまにかここまで帰って来ていた。

 

「いや、こちらから話しかけても反応がなかったから心配してな」

 

そう言った私を気遣う上官殿の声が聞こえる。

ああ、幸せだ。だが心配をかけさせてしまって申し訳がない。

いつもなら、上官殿の声を聞き逃すはずがないのに・・・・・・・少し気が緩んでいるのかもしれない。

 

「そ、それは、申し訳ございません。すこしボーっとしていました」

 

「・・・うん。・・・・・・やはり無理していないか准尉?」

 

私は少し息を飲む。また上官殿に心配されてしまった。

上官殿は部下の私を心配してくれている。優しい方だ。

 

ここで私がハイと言えば、ウィッチの増援要請をまた司令に提出するだろう。

私は上官殿が今、司令や司令の周りの人間たちから厄介な目で見られていることを知っている。

これ以上私の事で上官殿が司令から、上官殿の上司から悪い目で見られるのは堪え難い。

 

これは私が我慢すればいいだけのことだから。

それに『定期便』は弱い

私が多少疲れていても、負けることはない。

 

私はそう考え、力一杯声を出し元気を出す。

 

「いえ、それは大丈夫です上官殿。毎日しっかり眠っておりますし、それに今の私の出撃は深夜のみ。それ以外は休養しておりますので全然大丈夫です」

 

「だが・・・・・・・・」

 

「大丈夫ですよ。安心してください」

 

 

そう、安心してください

 

いつもと一緒ですから。

 

 

 




*准尉
年齢:14歳
少し世間知らずのところがある、ナイトウィッチ
あまり自分から喋らず、いつもゆったりとした喋り方とどんな人間に対しても敬語で話すその姿勢から、大人しく可愛らしい花のような少女と基地の仲間たちから思われている。


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建造とは計画的に行うのが理想である

私はそんな1人しかいない寂しさを紛らわすための無為な独白を思考しながら金属を摂取する。

孤独や退屈は毒なのだ。無言で作業していたら心を病む。

まぁ、私に心なんてものがあるのかはわからないが。

 

 

かなたに見える太陽がゆっくりと傾いていくのがわかる。そろそろ夕暮れ時だ。

つまりはいつものデイリー建造の時間が来たというわけだ。

 

 

 

さてはて、私は晴れて先日、夥しい数の岩を消費して触手のついた同胞モドキを作り出すことができた。

 

ついに作り出した運搬機能を持ち合わせた同胞もどきが私の目の前に飛行機の残骸の一部を持ってきてもらった時には感動し、金属を吸収した時は岩とは比べ物にならないほどの資材効率の旨さに歓喜したものだ。

今思い出してもいい思い出である。

 

そんな私の希望であるこの触手のついた彼には「イカ君」と言う名前を付けていつも傍に置いてあり、必要な時に必要な分だけ、私の前に飛行機の残骸を拾って来てもらう仕事をしてもらっている。

 

そんな、このイカ君は私の一番のお気に入りだ

 

イカ君とは名付けているものの姿はカブトムシにイカの触手をつけた様な奇怪な姿をしているためイカ君というよりカブトムシ君の方が正確かもしれない。

だが、彼の存在意義は触手の存在が十割を占めているためイカ君と命名している。

一応触手以外に特殊能力が一つあるが、それは正直荷物運びにおいて役に立たないため意味がない。

 

ちなみにイカ君の戦闘能力はゴミである。

まぁ、苦労して作ったイカくんをわざわざデイリー建造くん(うんこマン)のように出撃させることはないからそこのところは考えなくても良い。

というかイカくんに愛着が湧いているので、そもそも出撃させたくない。

 

そんなこんなでこうやって私は金属を手に入れ、金属を吸収しているのだが、そもそもの『巣』からの命令と私の使命は金属を食うことではない。

ここからはるか先、日が沈む方向の彼方にいる『敵』を倒す事だ。

 

たしかに金属を食う事で今までのようなデイリー建造くん(うんこマン)とは比べ物にならない強さの同胞モドキを作れるし、今までのデイリー建造くん(うんこマン)を作るにしても金属を使えばごく少量の金属で大量のデイリー建造くん(うんこマン)を作る事も可能だ。

つまり戦力を今まで以上に作り出す事が可能であり、本格的に敵と戦闘することができるようになったのだ。

 

現在より敵と本格的に戦争を始める!と言いたいところだが、私は記憶喪失なのだ。

一応ある程度の記憶があるが、それは最低限の情報しか持っていない事と同じであり、それに持っている情報が完全に正しいのか確かめることもできない。

しかも何の記憶を失っているか分からない状態。

もしかしたら知っていなければ不味い事すら忘れている可能性がある。

 

唯一の救いといえば、敵を倒さなければならないという使命は『巣』がそれを望んでいる事を私に念波してくれるおかげで間違ってはいない事を確信できる事だろうか?

 

とまぁ、そんな感じでつまり私は敵のことを一切知らないのだ。

どんな形で、どんな攻撃をして来て、どのぐらいの勢力なのかすら知らない。

 

知っているのはただ毎日送り出すデイリー建造くん(うんこマン)が毎日撃墜されている事実のみ。

デイリー建造くん(うんこマン)達には出発の時に敵撃破後帰還の命令をしているため、今まで帰って来なかったと言う事はそういうことなのだろう。

 

デイリー建造くん(うんこマン)たちはどのようにやられているのだろうか?

彼らを倒している『敵』はどのようにデイリー建造くん(うんこマン)を倒しているのだろうか?

 

もしかしたらデイリー建造くん(うんこマン)を倒すのに精一杯な弱者なのかもしれない。

もしかしたらデイリー建造くん(うんこマン)など幾百来ても楽に倒せるような強者なのかもしれない。

 

だからこそ、どれほどの戦力を送ればいいのか知らなければならない。

 

計画性なしに建造して正体不明の敵に向かわせても酷いしっぺ返しをくらう可能性があるのだ。

というか確実にひどい目にあう予感がする。

 

しかし、敵の情報が必要とは言ってもだ、私が生み出す同胞モドキに私の視覚や聴覚は同期することは出来ず、録画や録音機能をつけることもできない。

モドキにはある程度の命令はセッティングできるが、それは事前に設定しておかなければならず、私の近くに帰還しない限り命令の上書きはできない。

 

つまり、モドキが出発したら祈るしか私にはできないのだ。

 

私が直接見ればいいかもしれないが、私の体は相変わらずひび割れている。

ある程度直ったが、どうも飛行機の残骸では私の体を治すことは不可能らしい

 

手元にある金属を全て使えばコアを治すことは可能なのかもしれないが確実ではない。

もしそれで失敗した場合、手元の資材は岩のみとなり、建造状況が金属を手に入れる前に逆戻り。

いや、手元に金属がなくなる以上前よりもひどいことになる。

 

そうなってしまったら、下手したら役立たずの烙印の元、『巣』から抹殺(クビ)を言い渡される可能性すら出てくるだろう。

 

そんな博打打ちたくはない。

 

 

戦闘を見る事も聞く事もできない。

ならばどうやって敵の強さを知るのか。

ならやることは一つ

 

威力偵察だ

 

多数のモドキ部隊を作り敵と戦闘させ一定数撃墜した、または一定数撃墜された場合撤退する事を事前に命令しておき、帰ってきたモドキの損害で敵の大まかな強さを確認する。

 

これを行う場合、作らなければならないのは、いつものデイリー建造くん(うんこマン)ではなく、ある程度の強さを持ち、戦闘後に帰って来ることができるモドキ達だ。

そしてそれらのモドキの攻撃手段や機動性、耐久性はバラけさせなければならない。

それには理由がある。

 

改めて語るが私は知らないのだ

敵が地にいるのか、空にいるのか、それとも両方なのか、敵の機動性どうなのか、敵の火力はどれほどのものなのか

 

それを知っている上司に情報提供を求めてもいつもの「我らが指名を果たせ(仕事しろ)」という念しか帰ってこないため無駄である。ほんとクソである。

だからこそ私自身で情報を収集しなければならない。

 

製造するモドキたちの個体性能をばらけさせる。

これにより

 

機動性が低いモドキがやられていれば恐らく高い対空性か高い機動性を持つ敵がいる。

装甲が高いモドキが生き残っていれば敵の火力を推測できる 

帰還したモドキたちの対地装備が多く使用されているのなら敵は恐らく地上にいる

 

などの情報を知ることができるはずだ。

 

まぁ、かなり雑で不正確で穴だらけな情報収集手段だが、それでも現状の無知の状態よりは、はるかに良く、情報さえ手に入ればある程度の敵への憶測は立てることが可能になるはずだ。 

 

 

という事で早速建造に入ろう。

使うのはもちろん金属。今日摂取した金属を作って20機ぐらいの部隊を作ろうと思う。

 

建造に関してだが、これには7つのステータスがある

装甲、機動、旋回、火力、対空、対地、特殊。

 

これらの各ステータスに資材を注ぎ込み私の能力を使う事で同胞モドキを作る事が可能なのだ

 

そして、注ぎ込んだ資材の偏りに合致した、モドキがランダムに作られる。

そう、できるモドキはランダムだが、性能をある程度揃える事が可能なのである。

 

特殊に関しては本当にその名の通り特殊な性能や特殊な部位が付くステータスなので本当何が出るかわからない。

 

ちなみに私がこの前から欲していた飛行機の残骸を運ぶための輸送性能は、この項目である。

 

まぁ今回は特殊には資材を振り分けなくてもいいだろう。変な能力がついた時、情報収集の阻害になるかもしれない

 

そのため今回の威力偵察を行うのなら、特殊以外のステータスにはデイリー建造くん(うんこマン)の二倍の数値を振り込み、そのうち一つはさらに倍の数値を振り込む。

これによりデイリー建造くん(うんこマン)よりも強く性能の一つが尖ったモドキが作れ・・・

 

 

あぁああ!!!!

なんで!!金属使って!いつも以上の資材を使って!いつもと同じ性能のデイリー建造くん(うんこマン)ができるの!!!

計画的に資材消費してるんだからやめてよ!そういうの!!ランダム本当にクソ!!

岩よりも遥かに効率はいいとはいえ金属は有限なの!!わかる!?

 

次!!次こそ・・・

あぁああ!!!!!なんでぇ!どうしてぇ!?

こうなりゃヤケよ!二倍じゃない三倍よ!今日のデイリー建造は威力偵察を行うって言う大義名分があるの!いつものみみっちい最低値建造とは訳が違うわ!!

こい!こいっっっ!!!!!

 

 

あああぁあああ!!!!!

 

 

 

******

 

42機ほどの大部隊が夕焼けに向かって飛んでいく。

いつものデリイリー建造の14倍の数の、数十倍の資材を使った部隊だ。

私が今ヤケクソ気味に周囲にいるモドキ達に命令を与えて出撃を命じた部隊だ

 

私の心には虚無感しかない。

なぜこんなにも資材を使ってしまったのか、途中でやめておけば良かった、などと今更遅い考えが浮かんでは消える。

どこからか聞こえる波の音と海鳥の鳴き声がひどく儚く聞こえた

 

 

・・・・・・・今更後悔しても、もう遅い。

私の意思は私の能力のランダム性に負けたのだ。

計画性を謳っていたのに計画以上の資材を消費するためになってしまった。

 

まぁいい様に考えれば、あれほどの部隊での威力偵察だ。いい結果が得られるに違いない・・・・

部隊の三分の一ほどはいつもと同じデイリー建造くん(うんこマン)なのだが・・・・・

 

はぁ

ため息しか出ないと言うのはこう言うことか

だが落ち込んでいてもしょうがない

威力偵察に出た彼らの成果によっては今回以上の部隊を作らなければならないのだ

そのために私は出撃していった彼らの戦果を祈りながら再び資材の補給に入ろう

取り敢えず手元に金属が無くなった

 

イカ君、新しい金属を持って来てくれ

 

 

・・・・?

イカ君?

 

あれ?イカ君?

 

背筋が凍る

すぐさま私は視覚を夕焼けに向けた

 

よく見てみるとそこには部隊に紛れているイカ君の姿が・・・・

 

『イカ君の戦闘能力はゴミ』

『命令の上書きは私の近くにいる時にしか出来ない』

『一定時間または一定数撃墜された場合撤退する事を事前に命令』

『私はヤケクソ気味に周囲にいるモドキ達に命令を言い渡した』

 

・・・・・・

・・・・・

・・・あ、詰んだわ

 

***********************************

 

 

コトコトと何かを煮込む音と美味しそうな料理の匂いがキッチンから漂い、私の鼻腔をくすぐる。

 

もうすぐ完成するであろう料理の臭いに私は懐かしさを感じた

 

あたりを見渡すとそこは、今はなき私の家。

暖炉の周りにはソファーがあり、あたりには物は少ないものの質素ながら飾られた部屋が広がっている。

棚にはものづくりが好きな姉が作った様々な動物の木彫り人形が置かれてある。

なつかしい

あれはリスの木彫り人形、リスくん

あれは熊の木彫り人形、熊くん

あれは犬の木彫り人形、犬くん

今思えば随分と姉のネーミングセンスは安直だったと思う。

だけど鮭の木彫り人形だけ、『美味いくん』だったのは未だに疑問だ。

 

そんな懐かしい光景を見ながら、私はあまりふかふかではないが座り慣れたそのソファーに座り隣の部屋であるキッチンへ続く扉をじっと見つめていた。

 

「さーて、そろそろあいつの料理ができるが妹ちゃんはあいつの料理好きかな?」

 

そんなハスキーボイスが聞こえ私は後ろを振り返る

 

ああ、上官殿だ

だがいつもの上官殿ではない。

胸についた階級章がいつもの上官殿より低い

 

「うん!あたしね!お姉ちゃんの作るご飯好きなの!」

 

勝手に私の口が動く

それも舌足らずな声だ。

 

そして私は私の事を「あたし」と呼んだ

 

「そうかそうか、俺もあいつの料理が好きなんだ。空を飛んで体が冷えて帰って来た時、あいつの料理を食うと体が温まってより一層上手いんだ」

 

私が「あたし」から「私」に変えたのはあの時だ

 

「お姉ちゃんの料理がもっと美味しくなるの!ならあたしもウィッチになる!お姉ちゃんみたいなウィッチになる!」

 

姉がいなくなり、いなくなった姉の様な立派なウィッチになるために、まず私は姉の一人称を真似て「あたし」は「私」に変わったのだ

 

「お、それは将来有望だな。だけどあいつみたいになるのは難しいぞ?あいつは固有魔法持ちでエースだからな。固有魔法がない妹ちゃんはかなり頑張らないといけないぞ?」

 

上官殿が少し意地悪な表情をしながら私にいう。

私は頬を膨らませながら反論していた

 

「ん!ならすーごい頑張るもん!!准尉ちゃんが驚くぐらい頑張るもん!!」

 

「なかなか根性あるじゃないか妹ちゃん。その時は俺がみっちりしごいてやるからな」

 

「わかった!その時はお願い准尉ちゃん!」

 

「おう!まかせろ!」

 

上官殿が笑いながら昔の私の頭を撫でる。

その少々荒っぽい撫で方に懐かしさと温かみを感じる。

 

上官殿は約束通り私をみっちりしごいてくれた。

だが、私が上官殿の部下になってからはこういった頭を撫でることはなかった。

おそらく上官殿なりのけじめだったのかもしれない。

 

ガチャリと扉の開く音が聞こえる。

自然と私の視線がそちらを向く。

 

「ご飯ができましたよ2人とも」

扉の向こうには姉がいた。赤毛の長髪を靡かせて軍服の上にエプロンをつけている

姉だ。

懐かしい姉の姿がそこにあった。

 

「お姉ちゃん!」

私が姉に飛びつく。

それがこの夢の私の行動なのか、今の私の行動なのかはわからない。

だけれど、飛びつかざるおえなかった。

抱きしめたかった。離したくなかった。

そして抱きついた姉からは、もう嗅ぐ事はない懐かしい優しい匂いがした。

 

「あたしね、あたしね、お姉ちゃんみたいなウィッチになる!」

 

そう言う私の頭を撫でる手の感触がする

優しく懐かしい安心する感触

 

「成程、私の様にですか。ならいっぱい食べて大きくならないといけませんね」

 

「うん!」

 

ああ、懐かしい

懐かしい思い出

 

ならば、これは

 

この光景は

 

 

 

走馬灯か

 

 

 

**********

 

「准尉!!!起きろ!寝るな准尉!!」

絶叫が聞こえる

それと共に聞こえる断続的に聞こえる発砲音と風切り音

そんな轟音の中ですら聞こえる絶叫

 

ああ、そんなに叫んで仕舞えばあなたのカッコいいハスキーボイスが枯れてしまいます。

 

それに准尉は貴方でしょう?

 

そう思うと同時に身体がぐらつく。

私が体を動かしているわけでもないのに右へ左へ下へと急速に移動しているのがわかる

 

なぜこんなにも動くのだろう?

それにここはどこだろう?

妙に眠いなだけわかる

准尉ちゃんの声をこんな近くで聞けるのは幸せだが何故こうもさけんでいるのだろう

目を開けてみると、そこは夜空が広がっていた。

満月と満天の星空が夜空と夜の海を照らしている。

そんな中私は体を動かしてもないのにこの夜空を高速で動いているのがわかる

 

准尉ちゃんが舌打ちしながらシールドを貼るのが見えた

するとすぐにそのシールドに何が当たる

 

准尉ちゃんらしくない、彼女ならこの程度避けれるはずなのになぜ?

准尉ちゃんが攻撃をシールドで受けながら、今准尉ちゃんに射撃して来た敵に反撃し撃墜する

近くで断続的な発砲音が聞こえる。

だがこんな大きな音なのになぜか遠くに聞こえる。

眠い。

なんでだろう?

このまま眠っていいだろうか?

 

そう私が、眠気に襲われていると准尉ちゃんの叫びが再び聞こえた

 

「いくなよ!お前まで俺の前からいなくなるな!准尉!...妹ちゃん!」

 

・・・・

・・・・ああ、そうか

・・・・・何を私は呆けているのか

 

その言葉に私の思考は眠気から、いや過去から解き放たれたような感覚を覚えた。

そうだ、あれは過去だ。

優しく、暖かで、大事な、もう戻ることはない過去。

 

「懐かしい呼び方ですね准尉ちゃん」

 

私は笑いながら准尉ちゃん・・・いや上官殿に語りかけた。

 

上官殿の目が見開くのがわかる

綺麗な瞳だ。そんな綺麗な瞳が潤んでいるのがわかる。

真横だからよく見える。かっこいい

どうやら上官殿は私を背負いながら戦っていたらしい

気絶している人間を背負いながら戦うなんて本当に無茶苦茶な人だ

かっこいい

 

「・・・准尉は今のお前の階級だ馬鹿者。今の俺は少尉だ」

 

上官殿が薄く笑いを浮かべ私を見る

確かにそうだ

どうやら先ほどまで見ていた懐かしい思い出に思考が引っ張られていたらしい

 

「そうでしたね。ちょっと昔の事を思い出していました」

「そうか、お前は姉と一緒で1人で考えたりすることが好きだからな。ただ状況は考えてくれよ?」

 

そう上官殿は言うとニヒルに笑いながら体を傾ける。

旋回行動

そう私は認識し上官殿に強く抱きつく

それと共に横方向に強い力がかかる

 

すると目の前に「定期便ネウロイ」が現れる

いや現れたのではない、上官殿が後ろに回り込んだのだ

 

「じゃあな」

そんな上官殿の決め台詞と共に「定期便ネウロイ」が穴だらけとなる

・・・・今が危機的状況でよかった。いつもならあまりの格好良さに悶絶していたかもしれない

 

 

「状況はわかるか?准尉」

上官殿が離脱行動をとりながら私に問いかける

 

「はい、なんとか。今頭の中を整理してます」

 

あいも変わらず眠気に私は襲われながらも、頭の中を整理する。

思い出すのは数刻前

 

私は『いつもと同じ』様に夜間哨戒をして『定期便ネウロイ』の撃退に向かった。

 

そして、私はいつも通りの航路に、いつもの時間に、いつもの様に狙撃銃を構え、

 

『いつもより早い』時間に、『いつもよりも多い』数の『いつもと違う』形態のネウロイ達を発見した。

その数おそらく5体。

 

それを見た瞬間私は背筋が凍ったのを覚えている。

私はすぐに上官殿に連絡し、狙撃を開始した。

 

新たな形態の『定期便ネウロイ』は通常よりもはるかに早く、私の狙撃では当てることすらままならない。

 

これならば使い慣れた機関銃を持って来るべきだったと後悔した。

私の人生は後悔の繰り返しだ。

家のことも姉のことも初出撃での無謀な戦闘のことも、そして『定期便ネウロイ』に慣れきっていたことも

 

そんな後悔を頭の中で反復したのを覚えている。

 

だが、昔を今後悔しても今は良くならない。

今を良くするためには今を動かなければならない。

その思いを元にその時の私は行動した

 

私はもはや撃墜は不可能と判断し、増援の上官殿が来るまでの足止めに移行しようとしたのだ。

 

たしかにその判断は間違っていなかったと今思い返してもそう思う。

 

実際に私は5機のネウロイ達とドックファイトに挑むことになったが、敵の火力はかなり貧弱であり旋回速度もかなり悪い様であった。

 

その為、お互いの攻撃が決定打になり得ない不毛な戦い。

だが、敵はどうしようもないがこちらには上官殿が来てくれる。

 

内心、上官殿の増援と勝利への確信に私は笑っていたと思う

 

だがそれが私の愚かな卓上の空論であることの証明はすぐに来た

 

数十機の『定期便ネウロイ』の編隊が私の魔導針に引っかかった

その数おそらく20、いや30を超えていた。

 

 

今までの『定期便ネウロイ』はこの大軍のための布石?

これはネウロイによる大侵攻なのか?

なぜ私は今狙撃銃しか持っていない?

この大軍を通した時私の後ろにある土地はどうなる?

私は生き残れるのか?

私はここで死ぬのか?

私にできることはないのか?

 

 

私は私の悪い癖である一人語りを頭の中で反復しながらやるべきことをなしていた。

これも上官殿の教育の賜物だったのかもしれない。

 

すぐに敵の大軍の存在を基地に連絡。

そして私は敵の先行部隊に囚われているため離脱不可能なこと

敵はおよそ30、もしくは40の大編成の部隊であること。

まだ視認できていないが反応からしておそらく小型ネウロイの軍勢であること。

そして上官殿が今から来てもおそらく敵の大編成の方が先に到着して間に合わないこと。

 

それをいった時、耳が痛いほど上官殿の叫びが聞こえたのがわかる。

それに対して私はどんな返答をしただろうか?

今も眠い頭では思い出すことができない。

 

だがその後私は、またもや無謀な戦闘。

数十機の敵機に対する一人っきりの足止め作戦を行ったのだけ覚えている。

そして会敵した時、もはや思考ではなく反射で動き逃げ回り、敵の情報を送り続け、不用意な敵を撃墜したのだけおぼろげに覚えている。

 

私の持つ記憶の最後は、敵機に体当たりされそうになった為至近距離で撃墜し、目の前で爆発が起きたこと。

 

そうか、私はその時に記憶を失ったのか。

 

よかった、ユニットが壊されたわけではなさそうだ。

 

 

「邪魔だ!!」

再び聞こえる上官殿の咆哮。

それとともに無謀にも上官殿に特攻を行おうとした敵が穴だらけにされていく。

いや、あの形は・・・

 

「上官殿!あれは自爆します!!」

 

「知っている!!」

私が警告を言い終えるよりも前に上官殿は返事をしてすぐさま離脱する。

すると穴だらけにされたネウロイが爆散するのが見える。

 

そうか、上官殿は私があれにやられたのを見ていたのか。

そう私が思考すると上官殿は、今度は急降下を行い始める

後ろから付いて来るネウロイの数は8。奴らは後ろを取ると各自攻撃をばら撒き始める。

 

雨の様な攻撃が後ろから降り注ぐ。

数が多すぎる。

 

本来の上官殿の飛行能力ならばこんな相手の豆鉄砲の雨あられなど掠りすらしないが今は私という重石を抱えてしまっている。

 

上官殿に無駄な魔力を使わせるわけにはいかない。

私はすぐにシールドを展開しそれを受け止めた。

 

私も消耗しているのか展開されたシールドは弱々しい。

だがそんなシールドでも敵の豆鉄砲を受け止めることはできていた。

 

 

「准尉!無理をするな!」

「大丈夫です!これくらいできます!」

上官殿の心遣いに感謝をしながら私はシールドを張り続ける。

こんな時まで私の心配をしてくれるなんて本当にこの人は伊達女だ

 

「大丈夫って・・お前そんなわけがないだろ!」

 

その声を聞くとともに上官殿はくるりと後ろを振り返り後ろにまとわりついていた8機の敵を迎撃する。

 

その時ふわりと赤い液体が中に舞うのが私の視界に入る。

 

血液?

 

「上官殿!?怪我をされているのですか!?」

「それはお前だ准尉!!馬鹿野郎!!」

 

その時、ぬるりという感触とともに目が赤く染まる。

いやこれは頭から血が垂れている?

 

それを認識して私はやっと気がついた。

足の感覚がない。

 

さすがに足が弾け飛んでいることはないのは視界にちらほら映る私の足。もといストライカーユニットの存在からわかる。

だけれど私は自分のストライカーユニットを赤色に遜色した覚えはない。

 

もしや、多分だが、私の頭と下半身は結構な傷を負っているのではないだろうか?

 

そう私は思考するが、自らの頭は見ることができず、足は見る勇気がわかない。

というか今私が足を確認し、そこにエグい傷があることを認識すると、なんか痛みが襲って来そうな気がする。

昔、曹長が話していた足を吹っ飛ばされた兵士が自らの足が吹っ飛ばされているのに気がつくまで生きていて認識した瞬間死んだ話を思い出した。

 

本当にあの子は余計なことを話してくれたものだ。

足を見る勇気がわかない。帰ったらあのモチモチの頬を引っ張ってやる。

まぁ、それよりもまずはいうことがある。

 

「上官殿・・」

 

「なんだ准尉!!」

 

「私はもしや、結構な重症では・・・?」

 

「そういってんだろう!この馬鹿野郎!!呑気に分かり切ってることを話すな!!お前たち姉妹はいつもそうだ!!」

 

上官殿は声を枯らしながらまとわりついていた8機の最後の一機を叩き落とす。

 

早い。もうあの数を落としたのか

だけれど敵はおおよそ30機の敵部隊、まだまだいくらでも敵がいる

 

そう思ったところで私は気がついた

 

妙に、敵が少ない?

私はすぐに魔導針を展開する。

確かにまだまだ敵がいるのだがその数は30もいない。むしろ十数機だろう。

 

もしや

 

「上官殿!もしや敵機が基地に!?」

 

「んぁ?ああ、それは大丈夫だ。というか准尉。お前は俺と曹長を舐めすぎだ」

 

その呆れを含んだ声が聞こえた時、視界に入っていた複数の敵機が突如撃墜された。

いや、この魔導針の反応、マズルフラッシュにより闇夜に一瞬見えたモチモチした頬は

 

「・・・曹長?」

 

夜の空の中、魔導針の反応がする方向に私が目をこらすと、曹長が笑顔で笑いながらこちらに手を降って入るのが見えた。

彼女の片手には散弾銃が握られている・・・って

 

「上官殿。あのトリガーハッピーに散弾銃持たせて良かったのですか?」

「状況が状況だから仕方ない。」

「あの子、前の基地で上官を散弾銃で撃ち落としたからこの基地に来たのでは?」

「あいつの弾丸に当たるほどまだ俺は落ちぶれていないぞ?」

「そのせいであの子が散弾銃を持つのは禁止されていて、持たせるのに基地司令の許可が必要だったような・・・」

「准尉・・・・・俺を信じれないのか?」

きらめく上官殿の笑顔。キラリとひかる真っ白な歯。それはまるでパリにいる女ったらしの伊達男が浮かべる笑顔と同じであり

 

「まさか、上官殿を私は信じます」

私は一瞬であっさり自ら上官殿に騙されることにした。

いや、しょうがない。上官殿があんな顔をしてなびかないウィッチがいないわけがない。

 

だがそれにしてもだ

「曹長がここまで掃除したのですか?」

 

確かに曹長のトリガーハッピーと散弾銃の組み合わせは敵殲滅に適している。だが曹長の飛行能力はそこまで高くない。そんな曹長がここまで敵を掃除できるとは思えない。

 

そんな疑問に呆れたのか上官殿がはぁとため息を着くのが聞こえた

 

「あのなぁ、准尉」

上官殿はそう言い、月に向かって飛び上がる。

その上官殿に追いすがり明かりに近寄る羽虫の様な数体のネウロイたち。

 

「確かに敵は膨大で強い。だけどな」

 

上官殿が語りながら次々に敵を潰していく

上官殿の持つライフルから放たれる発射音は夜の静寂を細かく刻んんでいき、一つの音がライフルから奏でられると同時に、紅茶に溶ける砂糖粒が如くみるみる敵が消えていく。

 

「それと、同じ様に。俺は、いやお前の姉は」

 

私という重石があるのにも変わらず、数をものともしないその姿。

そうかこれが

 

「エースってのはな、敵の数なんて、強さなんて関係ない。それ以上に強いんだよ」

 

これがエースなのか

 

訓練だけでは完全に知ることができないその姿、その強さ

 

ああ、なるほど。

これが私が目指す姉と同じ高みか

 

「だからもうちょっとエースってのを信用しろ」

 

 

とてもカッコよく・・・・・とても安心する。

その姿に私は感動し、口を開き

 

 

「そうですよ先輩!もうちょっと私を信用してくださいよ!」

 

・・・・・やかましい声に口を閉じる

 

「あなたはエースではないでしょう。曹長」

 

「でも、すっごい敵落としてますよ?総撃墜数だって普通のウィッチには負けません」

 

そんな曹長の能天気な声が通信機越しに聞こえる。

それとともにひっきりなしに聞こえる射撃音とリロード音。

 

どうやら久しぶりの散弾銃にハッピーになっている様だ。

 

「そのほとんど全部が定期便でしょう。あれはノーカウントですノーカウント」

 

「えー!!あれがノーカウなら先輩は撃墜数0じゃないですか!私よりしょぼい!」

 

「・・・・基地に帰ったらあなたの頬で餅つきでもしてやりましょうか」

 

「東洋の神秘!?」

 

そんなバカな会話が夜の空に響く。

私たちのバカな会話がおかしかったのか上官殿の笑い声が聞こえる

 

ああ、安心する

 

「まったく、戦場でなんの漫才しているんだ。漫才するなら基地に帰ってからするぞ」

 

「はーい!!」

 

二人の明るい声が聞こえる。

 

夜の空に似合わぬ明るい会話

私はもしかしたら彼女たちのことを仲間として信頼して信用していたが。

彼女たちの強さを、彼女たちの強力さを、信用できていなかったのかもしれない

 

 

「まぁ、そういうことだ。お前はナイトウィッチとしての訓練ばっかりして哨戒や探査ばっかりいたからな。俺と曹長実力を完全に知っていなかったんだろう」

 

上官殿はそう言い私に微笑む

 

「この程度の雑魚ども、私たちなら楽勝だ」

 

ああ、安心する

 

そんな、かっこよく頼りになる上官殿に

いつも明るい曹長に

いつもの様に安心する。

そういつもの様にだ。

 

 

わたしはいつもの通り安心して

確信する。

 

私は思う。

いつもの通りっていうのは言い換えればいつか『いつもとは違うことが起こる』からこそいつも通りなのではないか。

 

そしてそれを含めて『いつも通り』なのではないだろうか

そんな哲学じみたことを私は思う。

 

なぜなら、こうやっていつも通り安心している後に起こることはいつも一緒だ。

 

家族とともにいつも通り日々を過ごしていた時も

姉がいつも通り輸送機の護衛任務について飛び立つのを見送った時も

定期便ネウロイたちをいつも通り撃破していった時も

 

その後に起こることはいつも一緒だ

 

 

 

私は突然魔導針に現れた反応を認識するとともに反射的に上官殿を突き飛ばした。

 

上官殿の惚けた表情が目に入る。

ああ、背中に血がべっとりついているではないですか。早く洗わないと上官殿の制服に跡がついてしまう。

 

そんな呑気なことを考える私の腕に、首に、顔に、

イカの触手の様なものが幾十も巻き付くのがわかる。

 

 

ああ、ごめんなさい准尉ちゃん

 

貴方に、姉妹揃って貴方に同じ苦痛を味あわせてしまう、あたしを許して。

 

 

 

 

***********************************

 

あぁー

 

あああー

 

少しずつ青く染まり始めた夜の空。

深淵と形容すべき夜の海に光が満ち始める。

そんな海の孤島で私は虚無になっている。

 

私に口があれば、無為な私の独白があたりに響いていたことだろう

 

いや、どうすればいいんだ?

またあの虚無のデイリー建造くん(うんこマン)製造日々に戻るのか?

ああ、イカくん・・・・

 

そんな無為な思考が私の頭に堂々巡りする。

 

やはり、ひと時の衝動というものは後悔するものだ。

イカくんを失うという絶望が私の心を覆う。

 

そしてもう一つ。

そろそろ威力偵察部隊が帰ってきてもいい頃なのに一向にその姿を見せない。

 

ほら、日が登ってきているのがわかる。

夜の孤島を照らし、朝が来たことを海鳥の鳴き声がそれを知らせる。

 

だが、登る日と逆方向に見えるのは水平線のみ

 

・・・・・・?

あれ・・・・は

 

あれは・・・まさか

 

陽に照らされ見えてくる水平線。

そこに一機だけ見える機影

 

カブトムシの様で・・・触手を生やしている、その機影!!!!

 

イカくん!!!!!!

イカくん!!!!!!生きていたのか!!!

 

私の心の瞳から滝の様に涙が溢れる

 

イカくん!!!ごめんね!!本当にごめん!!君を戦場に出してしまって!!

ありがとう!!帰って来てくれてありがとう!!!

君は私にとっての!!

 

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・ん?

 

え、あの・・・・・・・

イカくん・・・・・

ねぇイカくん・・・・

その・・・触手に絡まってるの・・・・・・なに

 

 

 




*イカ君
大きなカブトムシにイカの触手が生えた様な奇怪な姿のネウロイもどき
基本的な命令は、本体である『私』が望むものを持ってくること

飛行能力はそこそこ高いが、武装はなく、装甲も魔力が付与されていない拳銃ですら容易に貫通する。
だがステルス性能を持っているため、実は生存能力はかなり高い。


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運というものは益にも害にもなりうる。そして唐突である。

運はひょんな時に転がってくるもので、それを運命なんて言葉で言い換えることもできる。

大事なのはその運をどう生かすかだと私は思う。

もしその運がいいものなら、それをうまく生かすことが重要なのだ。

 

そして、いざチャンスが来た時、思い切りが必要だ。

 

 

そう思う私の前には『イカくん』の触手によって四肢を縛られているウィッチがいる。

彼女は現在進行形で洗脳作業中である。

 

そのせいなのか時折、寝言のような声を出す。

「ウッ・・・」や、「ンッ・・・」などの声はどこか蠱惑的で・・・・・・

・・・・・・うん。これ以上の想像はやめよう。なんか戻れなくなる気がする。

 

 

はてさて、この可愛らしいウィッチを捕まえて1日が経過した。

本来ならばこの時間帯は真昼のギラギラとした日差しが私と目の前のウィッチを照りつけているはずなのだが、分厚い雲が煩わしい日差しを防いでくれている。

これは運が良かったと思いたい。もし日が照っていたら今頃目の前の可愛らしい白い肌を持ったウィッチが、可愛らしい肌が焼けたウィッチになっていただろう。

 

それにしても、この可愛らしいウィッチを『イカくん』が連れて帰ってきた時は驚いたものだ。

『イカくん』が連れ帰ったこの子はなんなのだろうと慌て、怪我しているのがわかって、『イカくん』に触手による圧迫止血を命じて、どうしたらいいのか分からなくなってダメ元で上司に連絡を入れてみたのが始まりだ。

 

まぁいつもと同じ「我らが使命を果たせ(仕事しろ)」が帰ってくると思っていた。

 

だが帰ってきたのは、膨大で様々な情報であった。

 

送られてきた情報を簡単にまとめると

この子たちはウィッチといい、私たちの敵である。

そもそも私たちの敵は人間という種族であり、ウィッチ私たちの敵である人間の中の種類の一つである。

そして我々は人類からネウロイと呼ばれているらしい。

 

ウィッチの数は多くはないが、ウィッチは魔法力と呼ばれる我々に致命傷を与えうる毒を持つ。

これにより数多の仲間や『巣』が彼女たちによって倒されているという。

 

ウィッチには、地上型と飛行型の二種存在する

彼女らと戦う場合、小型ネウロイでは単体でウィッチに歯が立たず中型ネウロイからやっと勝負できるようになり、大型ネウロイなら特定個体のウィッチ以外なら倒せる

だがウィッチは単体行動することはなく、ウィッチ以外の人間や他のウィッチとともに行動するため、かなり厄介な相手である。

 

それだけではなく、一部はトチ狂った強さを持っており生半可な個体だと一瞬でチリにされるという。

 

 

だが、厄介ではあるが利用価値もあるという。

ウィッチを捕獲した場合、洗脳して操り人形にしたり、コアと合体することでウィッチ力を自らのものにすることも可能らしい

 

そして、私が捕獲したウィッチは近くの人間たちの基地に住む3人の飛行型ウィッチの一人。

 

だから、そのウィッチをうまく使って敵を殲滅せよ

そう最後に上司は私に教えてくださった。

 

そんな情報を私はもらって、

ほぁーなるほどな、と頷いた。

 

頷いて、思った

 

いや、最初から教えてくださいよ

 

これ知ってたら私、威力偵察する必要なかったよね?

『イカくん』以外全滅したよ?

結構な量の資材を消費したよ?

え?私の今までの努力は?

は?なめてるの?

 

などと思ったが、以後いくら罵詈雑言を上司にぶつけようが、上司から送られてくるのは「いつもと同じ文言(仕事しろ)」のみ

 

その後私は小一時間思いの丈をぶちまけた後、とりあえずウィッチの状態を見ようと『イカくん』に縛られている彼女を見た

 

傷だらけの体。

だがもう傷はふさがっているのか、血は流れてはいない。

しかし、服や足についている機械に生々しい血の跡が付いていた。

 

だが、そんな戦士の傷跡を残してもなお

短く切り整えられた赤毛

綺麗な白い肌、

そこまで大きくない『イカくん』の触手で縛り上げられている小さな体

戦うには若すぎる子供

兵士とは思えないような穏やかに眠る可愛らしい表情。

 

このような姿を見てしまえば、彼女は血で汚れてもなお、美しく可愛らしく、ただの子供であった。

 

私と彼女は同じ種族ではないはずだ。

だが彼女を見ればみるほど、なぜか私は彼女に対して慈愛の念を覚えていた。

 

そう思うと同時に私は自らの思考の中にある思考が浮かんでいることに気がついた。

 

 

『この子を守らなくては』

 

 

それに気がついた時は驚いた。

 

たとえ美しく可愛らしくても目の前のこの少女は敵なのだ。

巣が教えてくれたように、洗脳するか、素材にすることで自らの戦力にするべきなのだ。

 

私がやるべきことは、使命を果たすこと。

これは絶対であり、私も望むことだ。

 

だがその使命を果たすという事柄と同じぐらいに私の思考は『この子を守らなくては』という事柄を重要視している。

 

なぜかは分からない。

 

だが、心の底からこの子は守らなければならいと、この子を守るために私はここにいるのだと、私のあるかも分からない『心』が私に呼びかけてくる。

 

『この子を守れ』と

 

もしかしたら、この『この子を守れ』という願いは私が無くしてしまった記憶に関係する事柄なのかもしれない。

ならば今はこの私の中から湧き出したこの願いに従うのが正解なのではないだろうか?

 

そう思った私はその時に決めた

『ネウロイとしての使命を果たす』『この子を守る』この二つの目的を達成する。

 

二つの目的を達成しなければならないというのは大変なことだ。

だが、そのためにやらないといけないことは簡単。

彼女を保護した状態で再び戦力をため、再び海の向こうの基地に攻め入る。

 

つまりはいつも通りだ。

 

いつもと違うのは、上司が基地の情報をくれたこ。

 

あの基地のウィッチたちは威力偵察の部隊が全滅させる強さを持っているとはいえ、やられたのは所詮偵察部隊。

そんな偵察部隊ですらウィッチ一人を捕まえることができたのだ。

そしてウィッチを一人捕まえたことによって、基地に残るウィッチは二人

つまり敵はそこまで強くないのだ。

 

偵察部隊とは違う本格的に戦闘することを前提とした部隊を送れば、敵の基地を殲滅することができるはずである。

 

前までの訳も分からない敵と戦っていた時とは違う

敵の戦力も敵の数もわかっているのだ

 

情報は手に入れた後は倒すだけである。

 

そうその時の私は結論を下し、心中で大いに笑ったものだ。

 

内心とても愉快だった。

それが目の前にこの子がいるせいなのか、それとも今まで手に入らなかった情報が手にはいったからなのかは分からない。

 

だが、その時の私は『うっかり』を起こしてしまった。

 

その時の私は早速戦力の補給を行う下準備をしようと思い。

いつもと同じように資材の摂取に取り掛かった。

 

だがわざわざ輸送機の残骸を取ってくるのも面倒だったので、一番近くにある金属を食べることにしたのだ。

 

そう、目の前の子の足についている機械のことだ。

イカくんに私の目の前にウィッチを連れてきてもらい、丁寧に足についた機械を私は食べ始めた。

 

結果どうなったか

 

 

数刻後、目の前の子が目覚めた。

そりゃそうだ、気絶してからかなりの時間が経ったからだろう。

 

彼女が最初に目にするのは何か

怪しげな触手に縛られた自らの体

足の先に鎮座するコア

そのコアによって食われていく足の機械

 

逃げることも動くこともできず、足の先から食われていく。

 

私は機械にしか興味がなかったが彼女はどう思ったであろう。

 

それは当然であり必然の答え

 

「いやぁああああああああ!!!!!!食べないでぇええ!!!

 

凄まじい音量の悲鳴が孤島に響いた。

休憩していた渡り鳥がバサバサと声に驚き飛んでいった。

 

私は別に彼女を食べようなんて万に一つも思っていない。私の目的は機械の補色であり、守りたいと思っている子を食べるような狂気的な愛は持ち合わせていない・・・・・・・はずである。

 

だがそんなことは目の前の彼女には分からない。

 

彼女は全力で叫び暴れた。

頭にアンテナのようなものが現れ、あたりに魔法力を巻き散らかし、体をばたつかせる。

 

だが、その力は弱く、魔法力も心もとない。だがそれでも目の前の食われるという、生物の原初の恐怖が彼女の体を動かしていた。

 

その火事場の馬鹿力のような力は自らの体を考え見ないほどに強く、彼女が暴れるたびに、止まっていた傷が再び開き、縛られているのに無理に体を動かすせいで関節や筋肉が悲鳴をあげているのがわかる。

 

 

このままではまずい、彼女の体が傷ついてしまうと思い、彼女を落ち着かせるための方法を私は考えた結果。

 

早速私は上司から送られてきた情報を使うことにしたのであった。

 

それは、洗脳

 

練習なしの突然の本番。

情報頼りの一発勝負

失敗が許されないぶっつけ本番

 

成功するかもわからないがやるしかないと私が心を決めた時

 

彼女が私を注視するのがわかった。

 

その瞬間、今まで狂乱していた彼女の動きが止まった。

まるで信じられないものを見るかのように、呆然と私を見た。

 

何を見たのかはわからない、だがその瞬間を私は好機と見て洗脳を開始した。

 

すると彼女はまるで、逢いたかったものに手を伸ばすかのように腕を私に向けて眠りについた。

本当、よくうまくいった。ホッとしたものだ。

 

 

そんな私日のことに思いを馳せ、私は目の前の少女を改めて見る。

「ンッ・・・・」や「アッ・・・」と口から声が漏れ悶えてはいるものの眠っている彼女の表情は穏やかであった。

 

彼女は今夢を見ている。

彼女が望む夢。

それは彼女の姉と共にのんびりと日常を暮らすというものであった。

 

今私は彼女の夢の中で、彼女の姉の姿を借り、彼女の意識を深く深く夢の底へと落としていっている。

 

彼女の姉の姿を借り、彼女の姉を演じるのは思いのほかうまくいった。

彼女の姉の姿を借りるのは何故かしっくりきた。

そのお陰か、夢の中の()を彼女はまったく違和感を覚えることなく私に甘えて来たのだ。とてもかわいい

 

そして彼女は今、とても幸せな日々を夢で過ごし、夢から離れられなくなっていっているのがわかる。

 

カールスラントの平原に立つ小さな家。

そこで二人で住む姉妹。

穏やかで誰も邪魔されない永遠の優しい夢

そんな夢の中楽しく二人で暮らしている。

朝は散歩をして、昼はお仕事、夜はゆっくりと家で過ごす。

そんな普通の生活。

 

このままゆっくりと眠っていってほしいと私は心から思う。

 

また私のところに来た時のように傷つくのは嫌だし、それにこんな可愛い彼女には戦って欲しくないからだ。

 

そう、彼女を、この子を私が守らなくてはならないのだ。

この可愛い子を。

 

私はそう思い、洗脳と並列して作業を進める。

 

建造で消費する資材料は前回の強行偵察部隊を作った時よりも多く。

もはや、後のことは考えない。

前回の強行偵察部隊とは比較にならないほどの兵力を整える。

それに加えて極端に一部の資材の量を増やしエース機を作る。

この部隊が負けたら身の破滅を覚悟する量の資材をつぎ込む。

 

残る資材を全て使う勢いだ。

 

こんなことをする理由は一つ。

 

早く叩かなければ、とらえたこの子を取り返しにウィッチが来る。

私にはわかる。この子を取り返しに『あの人』が来る。

『あの人』が誰かはわからないし、なぜそんな事を考えてしまうのかは分からない。だがわかるのだ。

 

これもまた私の無くした記憶によるものなのだろう

だから先に叩き潰さなくてはならない。

 

今、夢の中で()に甘えるこの子。

私と同じ思考するのが好きで少し内気なこの子。

大人しそうで実はやんちゃなこの子

私に甘えたがりなこの子

めちゃくちゃ可愛い私の妹

 

この子を再び戦わせてはいけない

 

この妹は私が守るのだ。

私がこの可愛い私の妹を守るのだ。

 

だから、今日のデイリー建造は制限なし!

大盤振る舞い!!資材大出荷!!自暴自棄!!

くらえ!今までにないぐらい資材をつぎ込んだこの建造!!

今までのチマチマとしたしみったれた建造とはちがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

なんで!デイリー建造くん(うんこマン)なんだよ!!最後ぐらい決めさせてよ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

カンカンッという階段を降りる音が先ほどまで静寂に包まれていた階段に響く。

一人の少女が薄暗い階段を、ランタンを片手に降りていっていく。

彼女の制服に縫い付けられた階級章から彼女が曹長であることがわかった。

 

彼女は迷いなく薄暗い階段を降りていく。

石やレンガでできた中世の建物のような内装。あかりは彼女の持つランタンのみ。

彼女ぐらいの年頃の少女なら少しは怯えそうな薄暗さだったが、曹長は気にした様子もなくはっきりとした足取りで下に降りていく。

その表情はまるで人形のように無表情であった。

 

そしてある程度降りたところで立ち止まる。

階段の先、そこには部屋があった。

鉄格子によって区切られた部屋。地下牢がそこにあった。

そして地下牢の中には見るからに固そうなベッドとボロボロの机と椅子。

そんな椅子に座り顔を俯いている一人の女性の姿があった。来ている服はブリタニア軍服。肩に貼られた階級章は少尉である。

 

その姿を確認した曹長は、はぁとため息をついた後、先ほどの無表情が嘘のようにこやかに笑い鉄格子の前まで近づき足元にランタン置いた。

 

「随分なところにぶち込まれましたね少尉!!」

 

 

声をかけられたことでやっと気がついたのか、少尉が顔を嗅げる。

その瞳は淀み、表情は絶望に彩られていた。

少尉は曹長を認識すると、諦めたかのように皮肉げに笑う

 

「よくここがわかったな曹長・・・」

 

「秘密の通路の秘密の地下牢なんてどこのファンタジー?って感じでしたようもう!古い建物を基地にするのも考えものですね!平面図の入手に時間がかかりましたよ!!」

 

そんな溌剌とした笑顔をした曹長に少尉は視線を合わせ、諦めたかのように皮肉げに笑う

 

ここはこの基地の隠された地下牢

元々、放棄された古城だったものを改築して基地にしているためこういった隠し通路や隠された部屋などはいくつか存在している

 

この地下牢もその一つであり、少尉は基地司令達によってこの場所に捕まっていた。

 

少尉が収監されている表向きの理由は命令違反と上官暴行による懲罰である。

 

基地司令は少尉が再三申請した他の基地への救援要請と『定期便』の情報共有の嘆願を基地司令は否決し、それが准尉が敵に捕まったという緊急事態が起こってもなおその考えを変えることはなかった。

それだけではなく「唯の雑兵一つに我ら派閥を危険に晒す必要がない、どうせあのMIAになった雑兵は死んでいるだけだろうし、救援なんぞ時間の無駄、それよりもこの事が問題にならないように工作する方が大事である」と言う言葉を彼は笑いながら吐いた。

 

その言葉は今までこの基地を守って来た准尉への裏切りであり命を張ったものへの裏切りである。

守るべき部下を守れなかった、逆に守られてしまった少尉にその言葉は禁忌であり、残虐非道のネウロイに捕まった准尉が生きている可能性がほぼない事実を突きつけるその言葉を耳に入れた時には、いつの間にか自らの拳が基地司令の顔面に突き刺さっていたのだ。

 

少尉は分かっていた。この基地がこの基地の上層部の人間達がそういった存在であるということを。

少尉は分かっていた、MIA、作戦行動中行方不明の意味を。

なぜなら今回MIAになった彼女の姉もMIAとなっているからだ。

 

そうして自分は懲罰の名目の元ここに監禁されている。

基地司令からしたら自暴自棄を起こして他の基地にこの基地の罪を知らせるのを防ぐための処置だろう。

あの基地司令もわかっているだろう、私が守ろうとしていた彼女の安全が彼らに協力する条件だったのだから。

それがなくなれば、それは自暴自棄にもなる。

だからこそ、こうやって私を一部のものしか知らないこの場所に監禁したのだ。

 

 

そんな監禁場所にあっさり来ているこの目の前のブリタニア軍曹長の少女。

曹長の正体は自ずとわかる。

 

 

「そんな古い建物の平面図を見つけれるなんて優秀じゃないか、さすがはMI6だな」

 

少尉の確信を持った答えが口から放たれた。

 

「あれ?気がついていたんですね。お褒め頂きありがとうございます」

 

その答え、自らの巣穴を言い当てられる答えを聞いてもなお曹長は笑顔の仮面を外さず笑い続け、まるでお姫様のように、わざとらしくお辞儀をする。

少尉はその笑顔をじっと見つめた後、飽きたかのように苦笑を漏らした。

 

気がついたのは最近のこと、『定期便』が出はじめた頃。

曹長に怪しい動きが増え、飛行訓練ではまるで一瞬で成長したかのような熟練の飛び方をはじめた頃。

曹長はおそらくわざと私に示したのだろう。理由は察することができる。

それなのに、まるで正体がばれたかのように語る曹長は本当にいい根性をしている。

 

 

その様子はじっと曹長は見つめながら口を開いた。

 

「それにしても少尉!随分派手にやりましたね!!上官の顔面をぶん殴るなんて!!基地司令の鼻がもうめちゃくちゃですよ!」

 

そう彼女はいうと、自らの鼻に手を伸ばして引っ張り変顔を少尉に見せる。

そんな道化の仕草に苦笑を続けながらも少尉は答えた。

 

「鼻だけで済んだか、もっと私に筋力があれば、鼻だけでなくあいつの脳みそも一緒にぐちゃぐちゃにしてやりたかったがな」

 

少尉はそう語り腕をふるう。薄暗さに隠れてはいたがよく見ると拳は赤く腫れていた。

魔力も使わず、腕の保護もなく人間の顔面を殴ればその拳も無事では済まない。

痛々しくその拳は腫れているものの少尉はそんなのことを気にしていなかった。

痛みはあれど、少尉にとってはそんなことどうでもよかった。

守るべき部下、戦友から託された妹を守れなかった、死なせてしまった今の自分には痛みなんてどうでもよかったのだ。

 

そんな気力の抜け落ちた少尉を気にせず笑顔の道化は、大振りにハンドジェスチャーと大袈裟な反応をしながら会話を続ける。

 

「おー!!随分と物騒なことを言いますね!処罰が重くなりますよ?」

 

「構わんさ。私の『定期便』に対しての警告を無視し、准尉の救出を邪魔し、それどころか私が他の基地に救援を求めるのを防ぐために私のユニットを破壊するようなクズだ。あんなクソ野郎を罵倒しぶん殴って処罰されるなら私は喜んでその処罰を受けよう」

 

少尉は諦めたかのようにそう語ると脱力し椅子にもたれかかった。

 

その姿は自らの部下である准尉と共にいた少尉、もとい上官殿の姿とはかけ離れている。

今ここにいるのは准尉が憧れた格好のいい軍人ではなく、全てを諦め全てを絶望し、もはやのぞみのなくなった奴隷のような死んだ表情をした一人の女性であった。

 

「随分とやさぐれちゃっていますね!でも少尉もわかっていたことでしょう!この基地のことをよく知っている少尉なら!」

 

曹長はそんな様子を気にせず語り続ける。

その表情は先ほどと変わらず笑顔である

 

そんな仮面のような笑顔を気にせず少尉は薄暗い天井を見上げ会話を続ける。

 

「まぁな。この基地は終わった派閥の尻拭いと罪から逃げ続けている」

 

「なら何故わざわざ答えがわかっていることを基地司令に聞いたんですか?」

 

そう曹長は聞くと、少尉は再びため息を吐く。

だがそのため息は今までのため息とは違う。心の底からの後悔による息であった。その一息の呼吸に彼女の深い後悔が染み付いていた。

 

ため息ひとつのわずかな時間。だがその時間は短いはずなのに何故か長く、そして重く聞こえる。

 

一テンポおいてから少尉は後悔を言葉にして口にした。

 

「見誤ったんだよ」

 

「見誤った?」

 

「派閥のトップのマロニーが捕まって、マロニーの洗い出しは始まっているんだ。いつかはこの基地まで捜査の手が伸びるのはわかりきっていた。ウォーロックの実験場だったここに手が伸びないわけがない。ここの基地の連中も全員わかっているはずなんだ、逃げれるわけないって。なのに、他の基地と関わらないようにして、この基地の情報を出来るだけ外に出さないようにして、影が薄いように振る舞って、隠れて、そうしてここまで罰を先延ばしにするなんて考えていなかったんだ。」

 

「全くですよ。おかげでこっちまで面倒な仕事をさせられているんですから」

 

「それはご愁傷様だな。」

 

曹長のやれやれといハンドジェスチャーに対して、心のこもっていない気遣いが少尉の口から溢れる。

そして続いてその口から少尉の懺悔と後悔が紡がれる

 

 

「で、だ。『定期便』が来た時はさすがに観念するだろうと思ったんだよ。小型が海を渡ってくる?バカを言うな、ネウロイは水を嫌う。大型や中型でもなければ海は渡れない。もし小型で渡れるなら、今頃扶桑やリベリオン、ブリタニアは大騒動だ」

 

ネウロイは水と低音を嫌う

だからこそ人類はネウロイの進行を止めることができているのだ

もし水を嫌うことがなければとっくに欧州はネウロイの手に落ち、リベリオンも扶桑もただでは済まなかったであろう。

大型か中型でなければネウロイは海を越えられないのだ。

 

そんなわかりきったこと一般人でもほとんど知っており、軍人ならなおのことだろう。

 

ならばだ。

 

「なら何故、『定期便』はこの基地に来ることができたのでしょうか?」

 

曹長が疑問を投げかける。

少尉は呆れた顔をしながら曹長の顔を伺う。

その表情はまるでクイズを投げかける子供のような表情。つまりは曹長は答えがわかっていることを聞いている。

 

なぜそんな無駄なことを聞くのか?何故会話を続けようとしているのか?少尉はわからなかったが、もはやどうでもよかった。

少尉は曹長の無駄話に付き合おうと思考し口を開く

 

「そんなの簡単だ。近くに小型を運ぶやつか小型を生み出すやつ。最悪のパターンは近くに巣ができている」

 

そう、それしかありえない。

だがもしそうならば、緊急事態である。

この基地はネウロイに襲われることがほとんど無い場所。そんな場所に小型ネウロイを撒き散らす敵が現れるのだ。

人類からしたら予想外の場所からの襲撃。下手をしたら致命傷になりかねない。

 

なのにだ

 

「なのに、この基地の連中はそんな状況に目をそらし、他の基地に『定期便』の情報が漏れないようにしてまで、まだ罪から逃げるなんてな。しかも最後は自らを守るはずのウィッチのストライカーをぶっ壊してまでだ。そして地下牢にそのウィッチをぶち込む。笑えるだろ?」

 

そう少尉は言うと笑い始める。

かすれた笑い声は薄暗い地下牢に響き渡る。

それにつられて、クスクスと曹長も笑う。

溌剌とした声と死んだ声が地下に響く。

 

他に人がいればこの状況は異常に見えたであろう、だが二人の少女は気にした様子もなく笑う。

 

「俺は、あいつに頼まれたのに、守ると誓ったのに、マロニー派閥に入ってまで、戦場に妹ちゃんを出さないようにしてたのに、ウォーロックがあればウィッチが戦わなくて良くなると思ったのに、ウィッチの仲間たちを裏切るような真似までして、軍人としての誇りも自分の信念まで曲げたのに、結局死なせて・・・・はははっ」

 

断片的な声が少尉の口から漏れる、

それは少尉にとっての悔いであり懺悔であり、自らへの憎しみであった。

今この場に自殺するための道具があれば少尉はすぐに大罪人である自らの頭を撃ち抜いていたかもしれない。

だが少尉はそれをやりたいがしないだろう。

彼女には自らの罪の自白という、行わなければならないことが残っているからだ。

自らは一つのことを守るために多くの罪を犯した。

ウィッチ否定派のスパイとして動く罪

ネウロイのコアを使った禁忌の兵器であるウォーロックを知って、その禁忌に手を貸した罪

それは一人の子を守るためであったが、最後に残ったのは罪のみ。

ならば、その罪の清算だけは行わなければならない。

 

だから少尉は笑う。

それはもはや終わってしまったことへの諦めの笑い

守るものを失い罪だけ残った笑い

少尉はそんな笑い声をあげ曹長を見る。いや視線は向けてはいるがその瞳に光はなかった。

もはや気力というものが抜け置いていた。

 

ここにいるのは軍人ではなく一人の少女であった。

 

あまりに痛々しいその姿を曹長は笑顔の無表情で見つめる。

そしてランプの明かりを消した。

 

明かりひとつない中、愚者の笑い声が響く

それはまるで聖書に書かれた煉獄のようであり、ひどく虚しく愚かであった

 

 

「准尉助けれますよ」

 

だがその笑い声は一つの声で止まる。

その声は先ほどまでの溌剌とした声ではなく無機質な感情ひとつこもっていない小さな声。

だがその声は希望に満ち溢れていた。

 

少尉はその声を聞き思考を停止していた。

 

夜間に敵に捕まった新人ウィッチ

もはやどこに連れ去られたのかもわからない

そして自分のストライカーは基地の連中によって壊されている。

なのにこいつはなんと言った?

 

様々な思考が少尉の頭をめぐる。その頭に畳み掛けるように無機質な声が響く

 

「先ほど、他の基地のナイトウィッチが准尉のSOSと座標を捕らえました。まだ准尉は生きています。まだ失っていません」

 

 

ガシャン!という金属音が辺りに響く。

曹長は真っ暗の中見えないが、その音が檻の中にいる諦めていたものが鉄格子を掴みこちらに迫ろうといる音だと容易に想像できた。

 

「それは!本当なのか!」

 

少尉からの声、信じられないような、それでも信じたいような声。

曹長はそんな声を無視して口を動かし続ける。

 

「少尉のストライカーは壊れていません。少尉は一人でかかえこみすぎで人を信じなさすぎなのです」

 

「信じ・・・なさすぎ?」

 

何をいわれているかわからない声が暗闇に響く

 

曹長はその声を聞き内心ため息をつく。

この女は本当ダメな女だ。

ウィッチに憧れと誇りを持っていたくせに、自らの相棒が託した妹をどんな手を使っても守ろうとして、トレヴァー・マロニーの反ウィッチ派閥のスパイになった。

反ウィッチという歓迎されない派閥で、本来なら自らが愛し誇りに思っているウィッチ達のスパイをするという自己矛盾。

それを抱えながらマロニーが進めていたウォーロックというウィッチの代わりになるはずだった兵器に希望を持ち、ウォーロックが開発成功すればウィッチは、相棒の妹は戦場に出なくて済むと思い、ウォーロックの開発を手伝い、そしてそれと同時進行で託された妹を鍛える。

調べる限りマロニー派からは酷い仕打ちを受けているはずなのだ、なのに彼女はそれに耐えた。耐え従順に命令に従った。

ウォーロックがウィッチの希望になると信じて。

だがその裏でマロニー派の様々証拠を集め保管していた。

ウォーロックが完成した後に自らを裁いてもらうために

 

それらをこの女は全部一人で行ってきた。

 

どこかで誰かに助けを求めればこんなことにならなかったであろうに、いなくなった相棒は彼女に一人で妹の面倒を見てくれとは言わなかったはずなのに、

妹が戦わなくなれるような世界を作ってなどと言わなかったはずなのに

全部一人で解決しようとしたバカな女だ。

 

だが、そんなバカを私は羨ましく思う。

 

私と違い誰かのためにここまで必死になれる人を私は羨ましく思う。

 

私はこんなバカが救われるのを見るのが好きだ

だから本来こんなしなくてもいいことに時間を費やすのである。

 

 

曹長がそう思言った時である。

 

ガコンという音が響くとともに石が擦れるような音が響く。

「な、なんだ?」

少尉の困惑した声が聞こえる

 

それに対して曹長は答えた

 

「言ったじゃないですか、この建物の平面図を手に入れたって」

 

そんな曹長の声とともに再び地下牢に明かりが差し込まれた。

 

地下牢の壁、それがまるで扉のように開いていく。

そして扉の先にはツナギを着てランタンを持った幾人かの男がいた。

 

「整備班のみんなー!遅いですよー!」

曹長の声と共にやって着た男達、この基地の整備班を出迎える。

 

「うるせぃやい!こちらとら冒険家じゃねーんだぞ!」

「隠し通路って本当にあるんだな・・・」

「入り口探すの大変だったんだぞ!」

「少尉殿!助けに来ましたぜ!」

「曹長ちゃんが鍵をなくさなければこんな通路使わなくてよかったんだよ!」

「そうだ!そうだ!」

 

男達がブーブーと曹長に口々に文句を言い、先ほどまで静寂が支配していた地下牢が一気に騒がしくなる。

 

そんな状況に、何が起こったのかわからないと少尉は目を白黒させる。

 

 

本当仕方のない人ね

 

「少尉!基地司令はあなたの敵ですけど、この基地のみんなが敵なわけないじゃないですか!」

「そうだ!誰が今まで面倒見て着たストライカーをぶっこわせなんて命令聞けるか!」

「当たり前だよなぁ!」

「森の方に少尉のストライカーは隠してあるので安心してください!

「整備も万全ですぜ!」

 

地下牢が騒がしくなる

それは夢のようで現実であった。

まだ、終わっていなかったんだ。

少女はそう思うとひとしずくの涙が頬から落ちる。

 

その様子を見て曹長は最後のひと押しをする

 

「今からこの基地に対して一斉捜査の名の下にウィッチの増援が来ます。おそらく基地司令は最後のあがきをするでしょう。ですがそんなことはあなたにとっては今はどうでもいいこと。それよりも外に私の協力者を待たせています。彼女らとともにお姫様を救出に行ってください」

 

そう語る曹長の表情は笑顔。だがいつもの溌剌とした笑顔ではなく優しく柔らかい笑顔であった。

 

様々な声が先ほどまで絶望し諦めていた少女の耳に入り心に染み渡る。

まだ終わっていない。その確信が彼女の冷え切っていた心のエンジンに火を灯す。

 

少女は頬を伝う涙を振り払い、軍人に戻った。

 

「ありがとう。みんな感謝する」

そう軍人は言うと整備班に連れられて隠し通路に入っていく。

一歩踏み出そうとした少尉は、ふと途中で足を止めた。

周りの皆がその行動に疑問に思う中、少尉は曹長に振り返り、少し悩んだ後口を開いた

 

「そういえば曹長。今先ほど、整備班のものがお前が鍵をなくしたと言っていたが?」

 

「うぇ・・・」

その問いに対して曹長は先ほどまで変わらなかった笑顔を初めて歪める。

 

それとともに整備班達が次々に声をあげる。

 

本来なら曹長が鍵を開けてそのまま外に出るはずだったと、だけどうっかり鍵をなくしてしまったせいで隠し通路を使って救出する羽目になったと。

 

 

口々に聞こえる曹長のポカに対して、曹長は顔が赤くなっていく、その様子があまりにおかしかったのか少尉が笑う。

今度の笑いは先ほどまでの乾いた笑いとは違う、明るいいつもの笑い声であった。

 

「よし曹長、帰ったら詳しく聞かせてもらうぞ」

「えー!勘弁してくださいよ〜!」

 

曹長と少尉は顔を合わせ笑い見つめた後。

互いに背を向けた

 

「行ってくる曹長。留守は任せた」

「基地は私に任せてください少尉。お二人の帰還を祈っています」

 

二人はそう言うと、互いに走り始めた。

互いのやるべきことのために

 

 

 




*曹長ちゃん
MI6に所属する一人。幼く見えるが童顔なだけで実は結構なベテラン
普段は溌剌とした元気な子供のように見えるが、それは彼女の多様な表情の一つ。
どれが本当の彼女なのかはわからないが、一つわかることは彼女はMI6に向かないほど感情的で仲間思いが強い人間であること。


*整備班のみんな
政治ごとには全く興味がなく、関わらないようにしている整備第一な人たち。
毎日黙々と同じ基地のウィッチ達のストライカーユニットの整備をしている。
最初は整備しか興味がなかったが、毎日頑張るウィッチ達を実は微笑ましく思っていた。
そんな中、ウィッチ達が愛用しているユニット壊せなんて言われたらキレる。
少尉ちゃんが地下牢に閉じ込められたことを曹長ちゃんに聞いた時はクーデターが起こりそうになったぐらい。
ちなみに曹長ちゃんの正体は知らないけど、なんとなく察してはいる。だけどわざと無視している。

*ウォーロック
かっこいい
(出自:アニメ〜ストライクウィッチーズ〜1期)

*トレヴァー・マロニー
鍋に入れると美味しい。
声優が秋元羊介さんであることをこの頃知った
第一期見返そうかな
(出自:アニメ〜ストライクウィッチーズ〜1期)


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結①

申し訳ない
全4話の予定でしたが全5話になりました


月明かりが一切見えない曇天の空。

本来なら光ひとつ見えないはずの夜の一時。

そんな夜を眩い光が彩る。

 

夜空ではビーム光線やらマズルフラッシュが星々のように瞬き、地上ではキャンプファイヤーのように基地が赤々と燃えていた。

 

そんな夜の馬鹿騒ぎを引き起こしているのは、何十もの小型ネウロイと幾人かのウィッチであった。

 

空を飛ぶウィッチ達がロッテ編隊2個による4機編隊であるシュヴァルムを組み、次々にネウロイ達を夜空から叩き落としていく。

だがネウロイの数は膨大で、そしてやすやすと落とされてくれるようなボーナスバルーンではない。

その数を生かした多方面攻撃でじわじわと空で戦うウィッチを追い詰めて行っているのが見て取れる。

 

そんな戦場の中、一人のウィッチが超低空飛行で数多の小型ネウロイを引き連れていた。

背中にトレンチガンを背負い、同種のトレンチガンを構え、地上を這うように飛ぶウィッチ。

燃え盛る基地の中、建物や瓦礫をうまく盾にして、多勢に無勢な状況を持ちこたえている。

また低すぎる高度によって、時折ネウロイが地面に体を引っ掛け土埃を上げながら派手に自滅していく。

 

それを流し目で見ながら、曹長の階級章をつけた一人のウィッチ、曹長は自らの獲物であるトレンチガンのリロードをして思考する。

後ろに見えるのは、まだまだ数が減ったようには見えない小型ネウロイ、『定期便』の群れ。

その種類は様々、だが今まで出会ったどの定期便達よりも性能がいいのは見て取れ、こうやって手加減抜きで全力飛行しているのに遅れることなくついてきているのがその証拠である。

そしてその攻撃もいつもの豆鉄砲ではない。

 

そこまで考えたところで曹長はすぐに横に体を傾けた

すると後ろからいくつもビームが夜を彩り始める。

小型特有の実弾攻撃ではなくビーム兵器。

後ろを追ってきていた小型ネウロイ達による一斉攻撃だ

 

多勢に無勢な攻撃。

そんなネウロイ達の攻撃を曹長は、地面スレスレであるにも関わらずエルロンロールやバレルロールを駆使して避ける。

はたから見ていたら今にでも地面に当たりそうな曲芸飛行。だがその動きは洗練されており、真下に地面があるのにも関わらず地面にカスリもしない。

 

ある程度後方からの攻撃を避けたところで彼女は体を後ろに翻した。

頭が地面に向き足が天に向いた状態

そして腕には自らの獲物。

曹長に攻撃が当たりそうになるがその全てがシールドによって始まれる。

そのシールドを突き破ろうと、小型ネウロイ達が攻撃を苛烈にしようとしたときにはすでに、曹長の持つ獲物はネウロイをとらえていた。

とっさに小型ネウロイ達が避けようとするがもう遅い

曹長はニヒルに笑い引き金を引く。

「BANG!BANG!」

曹長の声とともにトレンチガンから12ゲージのショットシェルが放たれる。

発射されたおびただしい数の散弾が追ってきていたネウロイにばらまかれ、瞬時に何体ものネウロイ達に直撃する。

その瞬間まるで榴弾が爆発したかのように小規模かつ大量の小さな爆発がネウロイを包み次々と白いチリとなって行くネウロイ達。

 

これが曹長の固有魔法。『起爆』

自身の魔力を付与した弾丸が着弾した瞬間小規模の爆発を起こさせるという殲滅に特化した優れもの。

トレンチガン、つまりは散弾銃との相性は抜群で打てば、その実包(ショットシェル)の中に入った大量の小さな弾(散弾)一つ一つが小さな爆弾に早変わりする殲滅兵器。

 

多数の小型ネウロイを殲滅するにはめっぽう強い

 

だが数は暴力である。仲間を盾にして後ろから次々と新たなネウロイが次々に姿を表す。

そんな死にたがり達を歓迎するかのように曹長は愛用のトレンチガンで死にたがりの彼らに散弾のプレゼントを渡して行く。プレゼントを渡されたネウロイ達は爆炎とともに次々に白いチリとなり消える。

 

そんな様子を見て曹長は小型の撃破数だけ見れば今日だけで荒稼ぎ出来るのでは?なんてことを考えるが、自らの所属ゆえに公式にこの撃墜数は認められないとすぐに諦め、再び体勢を立て直しトレンチガンのリロードとネウロイとの鬼ごっこを再び始める。

 

後ろから付いてくるネウロイ達を目に留めながら、曹長はついでにあたりを見渡した。

 

もうこの基地はしっちゃかめっちゃかである。

先日まで住んでいた我らの基地はすでに真っ赤に燃え上がり、瓦礫まみれだ。

 

幸い、必要な書類や証拠はすでに持ち出しているし、避難はすでに済ませているし、同僚MI6の部隊が基地司令達を捕らえているから問題ないのだが、本当にひどいもんだ。

 

それもこれも、先ほど襲撃して来た定期便のせいである。

本来なら基地司令達を捕らえるだけの作業が、まさかの『定期便』達の大軍勢。しかも今までの『定期便』よりも、多い数と強さを持った今回の『定期便』

 

もしものためと、他の基地のウィッチに来てもらっていたから助かったが、もし救援を呼ばずこの軍勢を一人で相手していたなんて想像すると背筋が凍る。

 

まぁ結局、私の飛び方と武器が武器なので結局一人で戦うハメになるのだが。

低空飛行での曲芸飛行が好きで、しかも愛用の武器がレバーアクション式の散弾銃という自らも納得する奇知なウィッチ。

即席のロッテなんて組んだら、仲間が地面とキスしたり、仲間を誤射する自信がある。

というかこの基地に来る際に偽造で出した経歴書、その誤射の経歴だけは本当なので確実に誤射する確信がある。

 

ならば武器を変えればいいかもしれないが、どうしてもこのトレンチガン以外だと調子が出ない。おかげでずっとこの武器を使い続け、同僚から「トレンチガンマニア」やら「リベリオンかぶれ」などと揶揄されたほどだ。

 

「トレンチガンマニア」はいいが「リベリオンかぶれ」は酷言い草である。まぁ確かに使っている武器がリベリオン製の最も人気のある散弾銃でそれを嬉々として延々と使って給料叩いてまで収集しているせいなのだろうが。

武器ぐらい好きに選ばせてほしいものだ、一部では投石機やサムライソードで戦っているウィッチもいるぐらいのなのだから。

 

そんなどうでもいいことを曹長は考えていると、突然前方に小癪にも先回りをして待ち伏せしていた『定期便』が現れた。

それと同時に後ろから明確な殺気を感じる。

なるほど、追いかけ回しているだけだと拉致があかないから挟み撃ちに切り替えたか。

待ち伏せされているところを見ると私の逃げる進路を誘導されていた?

そう思い曹長は感心する。

やはり前までの『定期便』とは違う。今回の『定期便』達は連携が取れており作戦を駆使して来る。

確かに厄介だ。

頭を押さえられては速度を落とさざるをえず、速度を落としては後ろの攻撃で穴だらけ。

ターンを行おうにも、結局前後ろの敵が変わるだけで意味がない。

そして上に逃げようなら障害物がなくなり、一人で戦う私はすぐに数の暴力で押しつぶされるだろう。

 

そう曹長は考え笑う。

『定期便』のそのあまりのお粗末な考えに、甘く見られた自身に

 

そんなお粗末な連携でやられるほど私はやわじゃない。

曹長は右手でトレンチガンを構え、左手で背中のトレンチガンを取り出し同じように構える。

 

「BANG!BANG!」

曹長の掛け声とともに二丁のトレンチガンが火を吹き、正面のネウロイ達を駆除する。

一丁でさえ過剰な火力。それが二丁にも慣ればどうなるか想像は容易い。

一瞬のうちに正面のネウロイ部隊の多くが爆炎に飲まれてチリとなっていく、流石にこの攻撃だけで正面の全てのネウロイを倒すことは不可能だ、だがそれでも敵部隊は半壊、生き残っているネウロイも半壊か、爆風で態勢を崩してすぐには動けない。正面の部隊から走り抜けるなら今しかない。

しかし、頭を押さえられたこととトレンチガンの反動で飛行速度を落としたことで、その隙を狙われ後方のネウロイ達に曹長は狙いを定められた。

 

このまま悠長にトレンチガンの弾を込めていてはリロードが間に合わず穴だらけ。シールドで後方からの攻撃受けようにも、後ろの攻撃を受けているうちに態勢を立て直した正面方向の敵に攻撃され、結局は穴だらけ。

詰みに近いこの状況

だがこの状況は曹長も予想済みであった。

曹長は両手に一丁ずつ持っているトレンチガンを、銃のレバーに指をかけたまま、その指を支点にしてくるりと回転させリロードを完了させ、すぐさま背面の敵に対して向けた。

スピンコックと呼ばれるレバーアクションの特殊射法。別名スピンローディング。

銃を片手のみで構え、発射後に片手のみで指をレーバー部のループに入れたまま銃を一回転させてレバーを動かし、装填する方法。

それを両手で同時にやる理外な曲芸。

 

ネウロイはその理外であり早すぎるリロード速度に適用できず個々に回避運動や、打たせる前にレーザーを打とうとする。

だがその動きのどれもが遅い。

 

「BANG!」

曹長のおきまりのセリフとともに後方に多数の花火を咲かせた。

二度目の二丁のトレンチガンによる殲滅射撃。

追って来ていたネウロイ達はたまらずその攻撃により半壊していく。

 

それを曹長は確認するとすぐにその場を離れる。

あのまま頭を潰した追っ手のネウロイを追撃した方が後々が楽になるのだが、曹長はそれができなかった。

 

理由は自らの利き腕の人差し指の痛み

曹長は左腕に構えていたトレンチガンを再び背負い、利き腕である右手に目を向ける。

するとそこには先ほどスピンコックを行う際に視点にした人差し指が赤く腫れ始めていた。

おそらく飛行中に無理に行ったのが原因だろう、下手したら折れている可能性がある。

 

スピンコックは片手で高速にリロードできる技ではあるが、その技は銃を痛め、慣れていなければ指に強烈な負荷がかかり、下手をすれば銃を肩や顔にぶつけて地獄を見る。

 

昔宴会芸で練習した技だが、もっと練習しておけばよかった。

そんなこと曹長は内心後悔しながらトリガーを引く指を腫れた人差指から中指に変えた。

 

 

多数の『定期便』達は倒されてはいるもののまだまだ敵の数は多い。

上層部に救援は出しているため近いうちに救援は来てくれるだろうが、それが一体いつ来るのかもわからない。

 

そんな時、インカムから声が聞こえる。

上空で戦っているウィッチの声だ

 

「敵多数の援軍を確認!!種別は全機小型!!数は20を超えています!」

 

そんな最悪な報告に曹長は苦笑いをする。

 

これならもっと弾を持って来るべきだった。

最初の目的どおり、基地司令の罪の証拠や基地司令を確保してさっさと逃げればよかったかもしれない。

 

そんな思考が頭の中に浮かぶが、曹長の胸には一つも後悔がなかった。

 

曹長は残弾を確認する。

まだまだ、戦える。

そう確認して、後ろから再び迫る『定期便達』目を向けトレンチガンを構える

 

脳内に浮かぶはクールに見えて少尉にべったりで少し変態的な准尉、戦友から託された妹のためになんでもするヤンデレが混じってそうなバカな少尉、そしてそんな少尉の道案内を託した銃を撃つのが死ぬほど下手だが、逃げ回り隠れることならトップエース級の同僚の双子

 

まったく、自分の周りにはろくなウィッチがいない。

だが、それがその事実が曹長にとって、とても愉快だった。

 

「さーて、王子様。こんだけ『定期便』をこっちで惹きつけているんです。さっさとお姫様連れて帰って来てくださいよ?こっちは思ってた以上の貧乏くじです、よっと!!」

 

その誰にも聞こえぬつぶやきとともにトレンチガンから散弾が発射された。

 

BANG!BANG!

そんな銃弾の音が響き合う、赤々と照らされた夜に起こるネウロイとウィッチの殺し合い。

それが終わりはまだ見えない。

 

 

**********************************

 

薄く聞こえる小さな波の音以外聞こえない夜の海。

雲が空を覆い、月明かりすらない漆黒の海。その上空に一人ウィッチがいた、

そのウィッチはまるで墜落するかのように頭を下に足を上に向ける。

 

意識を失ったのか?

足にはめたストライカーユニットは回り続けている。

つまりは意図的行為。

そう、一人のウィッチが地上に向けて一直線に急降下を開始した。

 

月光すらない漆黒の空。明かりという道しるべが存在しない空を、そのウィッチは手に持ったブレン軽機関銃を構え、ストライカーユニットのエンジンを全力で回し、一切のブレーキをかけず直下に翔ぶ。

 

地面や海に落ちたら即死。迫り来る落下死。

そして明かりひとつないためどこまでが空でどこからが地上なのか検討もつかない。いつ激突し死ぬかもわからない死へのチキンレース。

そんな死への恐怖を本来なら感じるべき凶行を行うウィッチ、だがそのウィッチには、少尉にはそんなもの存在しなかった。

 

その理由は二つ。

一つはこの暗黒の空を少尉は目ではないモノで正確にとらえていた。

それは少尉の頭には魔法で作られた一つのアンテナ

レーダー魔導針。

今のナイトウィッチのほとんどが使う夜の目。

 

レーダー魔導針は本来ならばウィッチ固有の能力だったが、1943年初秋にカールスラントが開発したレーダー魔導針をユニット側で擬似的に発現・増幅するシステムが開発された。そのため少しでも適用があるものはシステムが入ったユニットさえあれば,

レーダー魔導針を使えるようになったのだ。

 

そんなシステムが入ったユニットを少尉は愛用している。

昔から使っていたのではない、近年使い始めそして愛用し始めた。

その理由と、垂直落下という凶行を行う理由は同じもの

 

戦友から託された、戦友の妹にナイトウィッチの適性があったため、つまりは『戦友の妹を守る』という理由である。

この理由、いや使命は少尉の心をいかなる時も支えている。

この胸中にある一つの使命感が恐怖など感じさせない。

 

ほとんど暗闇で見えない中、確実に地上に向かって突き進む。風切り音が聞こえエンジンの振動が体を揺らす。

激突するという危機感がガンガンと脳に警告を鳴らす。

しかしその警告も、それにつられて出てくる恐怖感も、少尉の使命感の前には意味をなさない。

 

だが生物としての本能が呼び起こすのか、脳内で過去の出来事が過去のことを思い出させた。

 

孤児院にいた頃。

ウィッチの適性が見つかり士官学校に入ったこと。

戦場でともに戦い友愛を育んだ戦友のこと。

そんな戦友とその家族との優しい日々のこと

家族の温かさを知ったこと

ベルリンから避難が始まったこと

妹にウィッチの適性が見つかり落ち込む戦友のこと

ベルリンが陥落したこと。戦友の両親が死んだこと。

裏でどうにか妹が徴兵されないように裏で動く戦友を見つけたこと

そして表向きではない組織に戦友が協力しているのを知ったこと。

そんな戦友を詰問し喧嘩し、最後には妹を託されたこと。

戦友がその組織が命令した輸送機護衛任務から帰ってこなかったこと。

妹ちゃんを守るために、託された約束を履行するために、必死に一人で頑張ったこと。

戦友が入っていた組織に入ったこと

その道が間違っていると思いながらも進んだこと。

妹ちゃんと曹長と私で訓練に励んだこと。

妹ちゃんがさらわれたこと

 

そして、先ほどのこと。

 

「私たちが連れて行けるのは座標までです」

「戦闘はダメダメですが、隠密は得意です」

「だから戦うのはあなた」

「彼女を助けるのはあなた」

「がんばって」

「やりきって」

 

曹長の同僚と名乗る双子はそういっていた、

怪しい二人であったが、それでも言葉通りに彼女達は敵機に見つかることなく俺を敵の直上まで連れて来てくれた。

 

そんな走馬灯を脳内に浮かべながら少尉は直下にいる敵を見る。

 

眼科に見下ろすは小さな孤島に鎮座する三角錐のコア。

なぜ外皮を覆っていないのかはわからない。

だがわかるのは、コアの横に置かれた金属とコアによって次々に作られる小型ネウロイ『定期便』

 

やはり敵は子機を生み出す型のネウロイだったと、少尉は確信する。

それも金属を消費して自在に小型ネウロイを生み出すネウロイの巣じみた怪物。

このままだとこのネウロイだけで大軍勢が作られてしまうだろう。

だが、子機を出現させるネウロイは総じて本体が倒されると子機も消滅する。

 

ならばやることは一つ。

奇襲による本体のコアの殺害。

 

そう思った時、少尉の体が光に照らされる。

おそらくは月光。運悪く雲に裂け目ができたのだ。

 

そしてその光によって照らされた少尉に気がついたのかネウロイの独特な鳴き声が聞こえる。

 

その声を聞いたのか、基地の方向に飛ぼうとしていた『定期便』達が少尉の方向に進路を変えようとする。

 

しかしもう遅い。魔導針で捉えるコアとの距離はもうすぐ600ヤードを切る。

600ヤードそれはブレン軽機関銃の有効射程距離。

つまりは少尉の攻撃範囲である。

 

コアをかばうことができる距離に『定期便』はおらず、万が一小型ネウロイがコアの盾になろうとも小型ネウロイごときではブレン軽機関銃の猛攻を防げるはずがない。

 

必殺の状況。確殺の距離。

それを逃すほど少尉はバカではない。

 

「くたばれぇえええええええ!!!」

 

少尉の絶叫とともに必殺の銃弾が三角錐のコアに降り注ぐ

ブレン軽機関銃によって放たれる毎分520発の.303ブリティッシュ弾。

弾丸径7.9mmの牙は瞬く間に銃口から飛び出し空を飛ぶ。

 

その攻撃は動くこともできない三角錐のコアが避けることは叶わず、小型が守ることもできない必殺の攻撃だった。

 

・・・・そう、小型ネウロイなら防ぐことができない攻撃だった。

 

 

 

弾かれる

弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる

 

放たれた21発の必殺の.303ブリティッシュ弾が全て弾かれる。

コアを貫くはずだった牙は力を無くし孤島の地面に無為に散らばる。

ブレン軽機関銃の1マガジン量は30発、まだ1マガジンを撃ち尽くしたわけではないが、それに気がついた時、少尉はトリガーから指を離さざるをえなかった

 

少尉は呆然とした。

それは弾丸が全て弾かれたことか?

それもある。奇襲による軽機関銃の攻撃が防がれるとは思いもしなかった。

だがそれが理由ではない。その弾丸を防いだ存在がその理由である。

 

それはコアを守るように貼られていた青く光るシールド

 

シールドに見える魔法陣は見慣れたもの、戦友が、戦友の託した妹が張っている術形式のもの。

 

一人の赤毛のウィッチがコアの前に浮かび、必殺の弾丸を防いでいた。

 

連れ去られたはずの准尉がシールドでネウロイをかばった。

少尉と准尉の視線が合う。准尉のその目は虚ろではあったが確実に准尉であった。

だが魔道針の反応は彼女を小型ネウロイだと認識している。

 

 

助けるべき存在に、守る存在に、敵に放たれた攻撃が防がれた。

 

その事実に少尉の脳内が真っ白になる。

思考が停止する。

 

だが思考が止まろうとも速度の乗った少尉の体止まらず、地面にどんどん近づいていく

そんな少尉に対し准尉の背中から急速な速度で何かが伸びる。

 

少尉を受け止めるに伸ばされたのか?

否、その行為に少尉は殺意を感じ取る。

 

絶体絶命のその時、少尉の思考は止まろうとも少尉の体が勝手に動いた。

それは今までの経験から来た勘、思考ではなく反射とも言える行動。

 

体をそらし、准尉の背後から迫る攻撃を避ける。

その無理な体勢変更により体感が崩れ、墜落しそうになるが長年の直感で体をさらによじりそのまま斜めに上方宙返りし速度を高度に変える。

途中、ガリッという引っ掛けた音が少尉の耳に入る。

 

おそらくは地面にユニットの先を引っ掛けた音。

あと少しでも行動が遅れていたら地面にあたりミンチになっていたという事実。

 

そんな事実が、恐怖が少尉の心中に湧き上がる。

だがその恐怖はまた別の恐怖によって塗り替えられていた。

 

少尉は知っていた。

トレヴァー・マロニー大将の派閥で行動していた時に知った情報

ネウロイがウィッチを洗脳し操るという事実。

 

心のどこかでその可能性があることは思っていた。

だがこうも目の前にその事実を提示されるとここまで動揺するものなのか。

 

少尉はブレン軽機関銃のリロードをしながら、下を見る。

 

そこには、月光に照らされコアの傍に浮かぶ一人のウィッチがいた。

見慣れた赤髪と制服。だが彼女の四肢や体には触手がまとわりついていた。

その触手の根元は彼女の背中に続き、背中には虫のようなネウロイが触手を伸ばし張り付付いている。

ストライカーユニットをつけてもいないのに中に浮かんでいるのは彼女の背中にいるあのネウロイの仕業だろう。

 

そして少尉はその触手も見覚えがあった。そのネウロイには見覚えがあった。

近づかなければ魔導針で捉えることができないステルス性を持ち、虫のような体から触手を生やし、准尉を捉え、誘拐した憎きネウロイ。

 

そんなネウロイを体に貼り付け、虚ろな目で自信を見上げる准尉

 

そう、妹ちゃんが敵に操られている。

 

その悪夢が目の前に広がっている。

 

 

未だ混乱している少尉にいち早く戻って来た一機の小型ネウロイが迫り来る。

この小型ネウロイは速度に資材を多く使用したネウロイもどき。攻撃方法は乏しいが、頭部が鋭く尖り、速度を生かした体当たりを行うことができるネウロイもどきであった。

 

そのネウロイもどきは未だ准尉を見続ける少尉の背中から急速に忍び寄ってる。

 

ネウロイもどきが狙うは後頭部。

後ろからの不意打ち。人間は正面しか見ることはできず、視覚から多くの情報をえる。そのため背後からの不意打ちは古来より有効な手段として取られている。

 

だが、それは普通の人間に対してのもの。

今ここにいるのはウィッチ。それもベテランのウィッチであり、戦友から託された妹を守るために魔導針の使用法に慣れナイトウィッチの適性を得たウィッチであり、今、抑えきれないほどの怒りが心中に湧き出ているウィッチである。

 

今にもネウロイもどきが少尉の後頭部に当たるかと思った瞬間、そのネウロイはひしゃげた。

 

側方からの強い一撃。

それは少尉によるシールドを張ったまま行われた強烈な裏拳。

高速で飛んでくる個体を魔導針で捉え見もせずに振るわれた一撃。

 

ネウロイもどきは裏拳の一撃でふらふらと飛び、そこに少尉の銃撃が叩き込まれ白いチリとなる。

 

 

少尉の心中に達成感はない。

むしろ無限に怒りが湧き出てくる。

 

ああ、ネウロイのクソ野郎!妹ちゃんを人質にするどころか操りやがった!

あの子が正気を取り戻した時、どれほど傷つくと思っていやがる!

 

そう思考する少尉の眼前には大量の小型ネウロイがコアを守るために自身に迫って来る。その様子はまるで蜂の巣を叩いたかのようだ。

 

多勢に無勢。1対多数。

そんな状況下であり、怒りに身を焦がしながらも、冷静に少尉は武器を小型ネウロイ達に構え思考する。

幸い、妹ちゃんはコアの守りを任されているのか、コアのそばを離れる様子はない。

つまりはコアに対して銃撃しなけれ誤射をすることはないだろう。

 

ならばやるべきことは、小型ネウロイ達をブレンで殲滅しながら、妹ちゃんの背後に張り付く虫ネウロイを殺す、またはそれを無視して先にコアを殺す。

コアを殺せば虫ネウロイを含めて全ての子機は死ぬだろう。だが妹ちゃんを無視してコアを殺すことは難しい。先ほどと同じようにシールドや触手で守られてしまう。

ならば、先にあの虫ネウロイを殺すべきだ。

だがあの虫ネウロイをブレンで狙い撃つことは無理だ。妹ちゃんにシールドで防がれるか、下手をしたらシールドをぶち破り、妹ちゃんを撃ち殺す可能性がある。

それならば、残された選択肢は接近戦だ。

妹ちゃんにゼロ距離まで近づきナイフで虫ネウロイを仕留める。

 

 

そこまで考え少尉は苦笑した。

 

大量の小型ネウロイとそれを生み出すネウロイに対して、操られているウィッチに取り付き、ナイフでそのウィッチに取り付いたネウロイを仕留めなければならない。

 

馬鹿げている、無茶だろう。不可能だろう。

 

だが、やらねばならない。

戦友と約束したのだ。妹ちゃんを守ると

曹長から言われたのだ、准尉を連れて帰ると。

 

大量の敵が自身に向かってくる。

 

その向こうでこちらを見上げる洗脳されている少女。

 

少尉は気合を入れ直す。

彼女の内に秘めるは、友から託された想い

 

ならば、やらなければなるまい。

やれるに決まっている。

 

そう心に決意して、少尉は声を張り上げ迫り来る小型ネウロイ達に銃弾を発射する

 

「准尉ぃいいいいいい!!!助けに来たぞぉおおおおおおおお!!!」

 

その声はブレン軽機関銃の銃声よりも大きく、夜空に響き渡る。

そして今、『定期便』ネウロイとの最後の戦いが始まる。

 

少尉は思う。

 

不可能なんてありえない

 

何故ならば、私たちがウィッチだからだ

 

***********************************

 

「いや、諦めて帰ってください・・・・・本当にお願いですから・・・」

 

そう私は呟いて、ため息を吐く。

 

さっきは本当に危なかった。まさか私の居場所がバレており、直上から奇襲を受けるとは思わなかった。

 

エンジン音が聞こえ上を向いた時、悪魔のような眼光でこちらを睨みつけ武器を私に構えてくる『あの人』を見たときは悲鳴を上げた。

 

月明かりに照らされ見えた、あの悪鬼のようなあんな姿。トラウマになるわ。なったわ。

 

あれは確実に死んだと思った。だけれど、私はがむしゃらに放った「助けて!!殺される!!」という命令に私は救われたのだ。

 

私が放った命令は、近くで私の前に残骸を運ぶ仕事をしていた『イカくん』が受け取り、『イカくん』経由で私の妹が命令に従って私を守ってくれたのだ。

 

目の前のシールドが私を凶弾から守ってくれたときの『イカくん』と私の妹の姿は女神様のように見えた。

本当に可愛く、頼りになる仲間である。

で、その結果どうなったかというと現在私の直上では『あの人』と私の作ったネウロイもどきの死闘が繰り広げられている。

 

私は『イカくん』と妹に守ってもらいながら随時戦力補給。

鉄壁の守りと無限の戦力(資材は有限)で裏打ちされたた勝ちが確定した戦いなのだが・・・・。

 

 

・・・・・・いや、何あのバグキャラ?

 

速度に限界まで特化したもどきは裏拳で叩き落されるし

飛行性能が限りなく高い機体でも振り切られ後ろを取られて叩き落されていくし

高火力の攻撃はそもそも当たらないし、

数で押してもヒラヒラと空中機動を行いろくに攻撃が当たらず、わずかに命中する攻撃もその全てがシールドで防がれる。

そうしているうちにネウロイもどき達がボロボロと撃墜されていく

 

ははーん、なるほどウィッチって情報で聞くよりも大概やばいな?????

 

それがよく実感できる光景だ。

 

というか卑怯である。あんな縦横無尽に素早く飛ぶだけでなく、当たりそうな攻撃も鉄壁のシールドで守られる。

それだけではなく、ウィッチの攻撃力は異常に高く、そしてその攻撃もこちらに対して特効がかかっている。

 

どんなに走行を高く設定しても、『あの人』の持つ連射性能が高い武器のせいで一瞬で穴だらけ。

 

あんなの小型ネウロイもどき部隊でどうすればいいのだろうか??????

もはや鴨撃ちである。

 

一人でこれなのだ、こんなのが小隊を組んだら一体どんな化け物軍団ができるのやら考えたくない。

 

そんな風に現実逃避をしたいが、私には逃げる足はなく、私が作り出すネウロイもどき達が『あの人』を叩き落としてくれることを祈るばかり・・・・・

 

・・・って、『あの人』・・か・・・・

 

うん。私は何故か、今私を殺そうとしているあのウィッチが、前に私が思った『あの人』であると認識できる。

 

そして『あの人』がエースと呼ばれるまでの力量をもっていることも思い出せる。

 

やはり、『あの人』は私の知り合いなのだろうか?

それにしては、あの私を殺すときの表情は怖すぎた。それほどまでに私は恨まれていた?

 

真実はわからない、聞いてみるが一番だが、あの様子だと、無理である。

仮に話しかけたとしても

「はぁい、わたし記憶喪失なんだけど。私のこと知ってる?」

「死ね」

ズドンッ!!

 

で終了に決まっている。

 

はぁ・・・と口からため息が溢れ気を紛らわすためにコーヒーを飲んだ。

 

 

今、私の視界には二つの光景がある。

一つは「あの人」が私の作ったモドキたちに対して無双をしている視界。

そしてもう一つは、私がソファーに座り手に持ったホクホクと湯気がたっているコーヒーが入ったマグカップが見える視界だ。

 

この場所は、私が洗脳している子の夢のなか。

彼女が夢に見た、失われたはずの実家のリビング。

その夢で私は相変わらず『姉』の姿で夢の中を過ごしている。

 

今日の妹の夢は、外が雨なので家でゆっくりする夢だ。

今彼女は自室に本を取りに行っている。

私と一緒に読みたい本があるから取ってくるとあの子は言っていた。めっちゃかわいい。

 

夢の中のあの子は、現実の体より幼く小さい。多分実家があった頃の年齢まで体が小さくなっているのだろう。

現実も可愛いが、小さな彼女もまた可愛かった。

 

それにしてもだ。

片方の視界では銃弾やビームが飛び交う世界があり、片方の視界ではのんびりとした幸せな世界がある。

 

温度差が酷すぎる、温度差が酷すぎて風邪をひきそうだ。

 

だがまぁ、だからこそ私は現実で冷静な判断が下せているのかもしれない。

こんな幸せな世界を壊させないという強い思いと安らぎを覚えるからこそ、現実で頑張れるのだ。

 

・・・あ、めっちゃ資材使ったもどきが落とされた

いや前面装甲かなり硬かったはず拳で叩き落さないでくれます??????

ゴリラですか??????

人類なら道具を使ってください、小型でモドキとはいえ殴ってネウロイ壊さないで????

 

 

はぁぁ・・・・・

ため息が溢れる。

 

そうしていると、ドタドタと走る音が聞こえてきた。

あの子が自室から本を帰ってきたのだろう。

だがそれにしても、慌てすぎである。慌てると転ぶので気をつけてほしいがそんなところもかわいい。

 

私はコーヒーを机に置き、笑顔で彼女を迎えることにした。

 

ドタドタという音はすぐにリビングの扉の前までやってくる。

そして扉のノブがぐるりと回転するのが見えた。

 

「やぁ、慌てると転びますy・・・」

 

「お姉ちゃん。上官殿の声が聞こえたですが知りませんか?」

 

開け放たれたリビングの扉。その向こうには予想どおり妹がいた。

だがその妹の姿は、現実世界と同じ軍服で、手にライフルを持ち、その銃口を私に向けている

 

・・・・・

・・・・

oh・・・・現実世界との温度差がなくなりましたね

 

 

 

 

 




*双子
隠密と逃走、そして夜間飛行に適した固有魔法を持つナイトウィッチ。
ただ射撃能力は酷いを通り越して芸術の域なので戦闘能力は低い。
MI6にいる理由は色々流された結果行き着いたため。

*Ju-88C-6
ユングフラウ社が開発した大型爆撃ユニットを長距離戦闘用に改造されたユニット
C-6型は擬似レーダー魔導針発生装置が組み込まれている。
1943年にヘルミーナ・ヨハンナ・ジークリンデ・レント中佐の協力のもと、ブリタニアにあるカールスラント夜戦航空団基地にて実用化されたユニットである(出自:ワールドウィッチーズ 魔女たちの航跡雲 Contrail of Witches3巻)


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結②

完結


元の姿に戻っている愛すべき妹

私に向けられた銃口

 

和やかで優しい夢にはふさわしくない状況。

 

私は私に向けられたそのライフルの銃口を、妹の表情を見つめるしかできない。

 

何を話せばいい?

どうすれば丸く収まる?

 

そんな考えが頭の中を駆け回る。

だが、いくら思考を働かせようがいい案を思い浮かべることができない。

 

それはそうだ、なぜなら今妹は夢の中での姿である幼年期の姿ではなく、成長姿に元の姿に戻っている。

そして彼女が慕っている姉の姿をしている私に銃口を向けているのだ。

 

なぜ元の姿に戻っているのか、なぜ銃を持っているのか、それはこの夢は私が見せているとはいえ、この夢自体が彼女の願望であり元々は彼女のものだからだ。

だから意思さえあれば、この夢は彼女の思い通りになる。

元の姿に戻ることも、武器を手にすることも。

 

現在の、慕っている存在に銃を向けているこの状況。

彼女が何らかの核心がなければそんなことはできない。

それは先ほど彼女が話した「上官殿の声が聞こえた」に起因するだろう。

 

夢の中まで声を届かせるなんて『あの人』はなんて野郎だ。

これだから規則外のウィッチは・・・・

 

まぁ今は、「あの人」のことよりも目の前のことだ。

 

 

私は銃口ではなく、妹に視線を合わせて口を開いた

 

「あら、随分と物騒なものを向けますね。いったいそれをどこから・・」

 

BANG!!

響く銃声。

弾け飛ぶソファーの一部。

 

視線を横に向ければ、私の真横に見えるソファーの背もたれに大きな穴ができていた。

 

「質問に答えてください。上官殿を知りませんか?」

 

 

・・・・・・うん

これはまずい

 

彼女の表情は、夢に揺蕩っていた時の天真爛漫の表情ではない。

無表情。

そう表情一つなくライフルの引き金を引いたのだ。

 

おそらく彼女の今の心境は何らかの激情が溢れている

 

なぜなら、当ててはいないとはいえ慕っていた姉に対して躊躇なくライフルをぶっ放したのだ。

 

確信はないが、彼女は分かっているのだろう。

私が『姉』ではないことを。

 

次、辺なことを口走ったら今度こそ脳天をライフル弾でぶち抜かれそうだ。

 

観念して話すとしよう

 

「知ってますよ『あの人』は今私の作ったネウロイもどきと戦っているところです」

 

「ネウロイもどき?」

 

「そう、私が作った小型のネウロイもどきですよ」

 

「ああ、『定期便』のことですか。」

 

ん?

『定期便』とはなんだろうか?

 

私はそう疑問に思ったことが表情に出ていたのか、妹が答えてくれた

 

「毎日、同じ時間に同じ方向から同じ形の同じ数のネウロイが来ることからそう名付けられたのですよ。」

 

「あぁ、なるほどなるほど」

 

確かにそれは『定期便』だ。

私が毎日のルーチンにしていた事からそんな名前が付けられるとは夢にも思わなかった。

だが、それにしてもだ、そう語る妹ちゃんの眼光の強さが増している気がする。

何故だろう?彼女らの言う『定期便』は正直、彼女たちにとっては瞬殺できる雑魚だったろうに?

 

 

「えーと、何か恨みがこもっているような視線を感じますが、あなたたちウィッチなら『定期便』ごとき楽に倒せたはずでは?」

 

BANG!

再び吼えるライフル。

吹き飛ぶソファーの一部

 

「どんなに弱くても毎日毎日襲撃されたのですよ?本気で言っていますか?」

そう語る妹の視線は冷え切っている。

 

・・・・うん、余計なことをまた言ってしまったようだ

額からたらりと冷や汗が流れるのがわかる。

今後は妹の質問に回答するだけにしよう。次余計なことを言ったら今度こそ頭が吹き飛ぶ気がする。

それにしても優しく可愛い妹は、随分とアグレッシブに育ったものだ。

 

「とりあえず、今の言い分で分かりました。お姉ちゃんが私たちの敵で『定期便』の親玉だったわけですね」

 

妹はそう確認しながら私の対面にあるソファーに座った。

もちろん銃口は私を向いたままである

 

夢だから死ぬことはないとはいえ、それでも銃口をぴったりと向けられることは恐ろしい。

 

だが・・・うん・・やっぱり。

私は銃口を向けられているのにもかかわらず、私は妹に対して悪感情を抱いていない。

それどころか私の心はあいも変わらず『この子を守れ』と言い続けている。

 

これがなんでなのかはわからない。

だが、やはりこうやって彼女に私がネウロイだとバレていてもなお、私はこの子を守りたくて、そして戦わせたくない。

たとえ目の前の彼女がそれを望まなくてもだ。

 

ならば私がやるべきことは、彼女にこのまま眠ってもらうこと。

目を覚ませば否応がなく人類とネウロイとの戦争に妹は身を投じてしまうだろう。

だけど眠ってもらうためには、彼女を説得しなければならない。

 

すでに、ここが夢だと認識した彼女に再び甘い夢を見せ続けることは叶わないだろう。

 

さてどうやって説得するべきか・・・・

 

そう私が考えているのと同じように、目の前の妹も何かを考えている。

おそらくはこの夢からの脱出方法。

実はそれは簡単な方法だ。何故ならこの夢は彼女自身の夢。彼女が強く思えば目がさめるのだから。

だが彼女は目を覚ます様子が見えない、つまりなんらかの理由で目を覚まそうと彼女自身が思っているのだ。

説得の鍵はそこだ。

だが変にまた私から話を振ったらライフルが火を噴くだろう。うまく彼女からの質問に答えながら説得しなくては

 

そう私が確信し、次に妹の紡ぐ言葉を待つ。

少しすると妹も考え終わったのか口を開いた

 

ポツポツと雨の音が聞こえるリビングでその声は部屋に響いた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、お姉ちゃん。上官殿との喧嘩やめて一緒に帰りましょう」

無表情から朗らかな笑顔に表情を変え、クスリと笑い私に言葉を告げる妹

 

 

・・・・

・・・・・・・・んぁ?

妹の突然の提案に私の思考が止まる。

いや・・・・何を言っているのだろうかこの子は?

 

「えっと・・・あなた。私が『定期便』を生み出していたって確認しましたよね?」

 

「そうですね」

 

「私が敵だったって確認したよね?」

 

「そうですね」

 

「それで?」

 

「上官殿との喧嘩をやめて一緒に帰りましょう」

 

 

・・・・・・・????

なにを・・言っている???

もしや、もしやと思うが、彼女は未だに私が『姉』の姿を偽っていることに気がついていないのか?

いや、それはない、なぜならば彼女は私が『定期便』を生み出したことを知っているし、こうやって元の姿に戻り私に銃口を向けている以上とらえられた時の記憶を持っているはずだ。そしてその記憶の中には私がいる孤島で私のコアを見た記憶もあるはず

 

私が混乱しているのがわかったのか妹は再び口を開いた。

 

「ああ、もしかしてお姉ちゃん、上官殿に謝るのが怖いのですか?安心してください。あたしも一緒に謝ってあげるから」

 

にこやかに笑い私にそう告げる妹。

 

・・・・いやそうじゃない。問題はそう言うことじゃない

私は深呼吸して息を整える。

可笑しい、現実世界では『あの人』と息がつまるような殺し合いをしているはずなのに、それ以上にこの夢のなかの状況に冷や汗が流れる。

なにか、マズイ気がする。

 

「いやいや、待ってください。仮に一緒に帰ったとしても殺し合いをしているのです。謝る謝らないで済むわけないでしょう」

 

「大丈夫ですよ?上官殿はわかってくれます」

 

だからそうじゃない。そこが問題なのではない。

そんなこと言ったら妹は軍から人類から異常者だと思われ、最悪裏切り者だと思われるだろう。それはいやだ。

そして、そもそも違うのだ。私と妹は種族が違うのだ

たまらず私は妹を諭そうと語りかける。

 

「わかっているのでしょう?私はあなたの『姉』の姿を作り出して、その皮を被っているだけのネウロイだって」

 

BANG!!

頬へのかすかな痛み。

視線を下ろすと、頬にかすかに裂けた傷ができている。

目の前には硝煙が漂うライフルと、笑いながらも瞳のハイライトが消えている妹・・・・・

 

ふぁ・・?え・・・怖い

 

呆然としている私を見ながら妹ちゃんは口を開く

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんですよ?」

 

「・・・・・・・え、あ」

 

「お姉ちゃんですよ?」

 

「あ、はい」

 

・・・・・あれ?

・・・もしかして私は何かやらかしてしまった?

家族を亡くし、家を亡くし、姉を亡くし、戦争に心を痛めていた彼女に、私は幸せな夢を見せた。

その結果、彼女の心境になんらかの、マズイ結果をもたらしてしまった?

 

私が生まれてからもっとも頭を混乱させている間に妹は、傍にライフルを置き、そっと私に近づいてくる。

すると妹の姿再び幼くなっていく。

 

「お姉ちゃんがネウロイなわけないよ。だってお姉ちゃん、敵対しているのにあたしを殺そうとしないでしょう」

 

まるで蛇のように伸ばされた妹の小さな両手が頬に触れる。

撫でるように触られる私の顔。

その感触にゾクゾクと震え、それと同時に背筋が泡立つ。

 

「それどころか、あたしを保護してこんな幸せな夢を見せてくれる」

 

頬を触れていた両手が、今度はがっしりと私の顔を持ち、瞳を合わせてくる。

妹の瞳の奥はあまりに暗かった。

 

これは・・・・マズイ

なんか・・・・マズイ

 

「いや、確かにあなたを助けようとは思いましたが、保護したわけではなく、洗脳して戦力にしようとしたからに過ぎなくて・・・・」

 

なぜか私の口から紡がれる自らの立場を悪くする言葉。

ここで妹に流されるとマズイと私の本能が告げていた

 

だからこそ彼女が好意的に見てくれた捕獲行為を自ら覆そうとした。

確かに私は彼女を見た時、『この子を助けなくては』とは思った。今もそれは変わらない。だけれどここでそれを認めるとなんかマズイ気がする。

だがどうやらそれは無駄だったらしい

 

「洗脳しようとしてまで、あたしに近くにいて欲しかったんだ。うれしいな。だから一緒に帰ろう?」

 

妹が嬉しそうに微笑む。

可愛らしいはずなのに恐怖が胸中に湧いてくる。

なぜこうなった?どうしてこうなった?

 

「な、なんでそんなに私に執着するのですか?」

あまりに気になってしまい、つい本人に聞いてしまう。

それを聞いた妹はじっと瞳を合わせ答えてくれた。

 

「同じだよ?」

 

「同じ・・?」

 

「そう、お姉ちゃんが私に執着したようにあたしもお姉ちゃんに執着しているだけ」

そう語る彼女はソファーに座る私の膝に跨るように膝立ちになる。

幼い姿となった妹は私よりも小さいはずなのに、ソファーに膝立ちとなり私の顔を両手で包んだ妹は私を覗き込むかのように顔を近づける

 

瞳のハイライトは相変わらず消え去っている。

 

「あたし、おねえちゃんがいなくなってとても寂しかった。パパやママだけじゃなくてお姉ちゃんも居なくなって、上官殿がいてくれたから頑張れた、だけれどそれでも寂しかった。でも頑張って寂しさに耐えたんだよ」

 

そう語る妹の表情が微笑みから悲しみに変わっていく。

それがとても寂しく悲しいものであったのが、容易に想像がつく。

その表情を見る私の胸中にも悲しみが広がってくる。

辛く、悲しかったのだろう。だけれどこの子は頑張ってきたのであろう。

そう私は彼女を哀れむ

 

だが、悲しみに暮れていた彼女の表情が徐々に変化する。

その表情は安堵?いや喜びに満ちていた。

 

彼女は喜びを口にする。

 

「でも、居なくなっていなかった。ここにお姉ちゃんはいたんだ。だから帰ろうお姉ちゃん。また上官殿と、准尉ちゃんと一緒の暮らしに戻ろう?」

 

・・・・なるほど、死んだと思った『姉』が帰ってきて、耐えていた寂しさが解放されたわけか。

それで、それが実は『夢』でしたと。そしてネウロイでしたと。

 

・・・・・うん

なんでそれで『一緒に帰ろう』という結論になる????

普通怒るのでは?

 

「えっと、ですから、私はあなたも見た通りに三角錐のコアでして・・」

 

「それがどうしたの?」

 

「どうしたって・・・・」

 

「おねえちゃんはお姉ちゃんだったよ、姿もお姉ちゃん、動く姿もその雰囲気も思考もお姉ちゃんは完全に私の知るお姉ちゃんだったよ。」

 

そう語る妹の瞳は純粋でその言葉に何一つ偽りがないのがわかる。

 

・・・ああ、なるほど。そう言うことか

私はこの『夢』で妹の記憶から『姉』の姿と記憶を模倣した。

そして、私の胸中に浮かんでいた『この子を守る』という思いの元に、この夢で行動した。

 

それが妹にとって、記憶の中の『姉』と完全に同じだったのだろう。

姿も記憶も思いも同じならばそれは本物であると妹は結論を出したのだろう

 

・・・

・・・・まじ?

これは・・・もしや私は、『姉』という着ぐるみを建造したと思ったら、完璧な『姉』を建造してしまっていて。

しかも、その『姉』ごと私は、目の前の妹に確保されそうになっている・・・のか?

 

なんと言うことだろう、妹を優しい夢の中で保護しようとしたら、逆にその妹に保護されそうになっている。

いや保護か?目の前の妹の様子を見る限り誘拐または監禁されるのでは?

実際に妹を誘拐洗脳した私が言える台詞ではないがそれはマズイ。

 

たまらず私はその場から逃げようとあたりを見渡して気がついた。

 

扉がない。

それどころか窓もない。

いつのまにか部屋が密室に変化してしまっている。

 

まさかと思い、妹を見る。

妹は相変わらず私に笑いかけてくれる。

 

「逃げちゃダメだよ。もうこの夢は私の夢なんだから」

 

夢を掌握されてる。というか監禁された。

 

マズイ・・・・なんかもう、とにかくマズイ

 

このまま行けば、私は夢に監禁されてしまう

どうにかしなくては

 

「え、えっと・・・・わ、私にはネウロイの使命があるから人類と仲良くするわけにはいかないのよ」

 

とっさに出た言葉。

そう私にはネウロイの使命である人類打倒があるのだ。

そんな存在仲良くできるわけが・・・・

 

「それは、私と一緒にいるよりも大事?」

 

妹が頬を膨らませて聞いてくる。

可愛い。可愛いがその瞳は暗く澱んでおり、やっぱり怖い。

 

「いや、そう言うわけでは・・・・えっと・・・そうだ!これはしょうがないことなのです!この体になってから、私の心の中から湧き出てくる使命なので、しょうがないのです!」

 

「しょうがないの?」

 

「そう!しょうがないのです!だから毎日ネウロイもどきを建造していたのです!」

 

「じゃあ、これもしょうがないですよね」

 

ガチャン!

鉄出てきた何かがハマる音が聞こえる

 

ガチャン?

私はその音に嫌な予感を感じならが腕と足を確認する。

そこには手錠が、足枷がかかっていた。

いやそれだけではない。首に違和感を感じる

何か優しい力で締め付けられるような・・・・・・

もしやこれは、首輪・・・・

 

それを確認した後、私は恐る恐る再び妹の顔を見る

妹は笑っている

 

「こうやって捕まってしまったら、その湧き上がる使命を遂行できませんよね?その使命を諦めるしかありませんよね?しょうがないですよね?」

 

う・・・あ・・・・

 

「しょうがないですよね?」

 

妹は笑う。

可愛らしく笑う。

 

私は今、意識を持ってから一番の恐怖を味わっている。

 

妹は本気だ。本気でどんな手を使っても、ネウロイの私を捕まえようとしている。

それはネウロイへの怒りや探究心からの行動ではない、ただ純粋な家族愛からの真心のこもった行動。

 

夢を掌握されてしまっては、夢の中の私はもう動けない。

積みの状況。

だが、それは『夢』に限ってのこと

現実はそうはいかない。

 

私はそれを諭すために口を開く

 

「た、たとえこの夢の中で私を捕まえても現実の私を捕まえれるわけではありません!現実では私の有利です!だからこの枷を解放してくださ・・」

 

「本当にそう思ってるの?」

 

私の言葉が遮られる

遮った妹は、心底疑問に思っているような表情で私に問いかけてくる。

 

「いま現実で戦ってるのは上官殿だよ?本当に有利だと思ってるの?」

 

有利だ・・・有利に決まっている。

何故ならば現実の私の目の前には大量の輸送機の残骸があり、そこから生み出される大量のネウロイもどきたちがいる。

そしてそれに立ち向かうはたった一人のウィッチ。

多数対1。多勢に無勢。

現に、現実では大量のネウロイもどきに追い回されている『あの人』が見える。

確かに『あの人』の攻撃によりネウロイもどきたちは次々に撃墜されていっている。だが撃墜された数だけ私が建造したネウロイもどきたちが新たに補充されていく。

 

数は力なのだ。負けるわけがない。負けるわけがない・・・はずなのに。

 

何故私の心中には安心感がないのだろう?何故私の心中には不安があるのだろう?

 

「思ってます!不可能です!数が違います!多数対1です!『あの人』の弾薬は有限でこちらのネウロイもどきは無限なのです!」

 

私はその不安を振り払うかのように叫ぶ。

すると、妹はまるで安心させるかのように私の頭をその胸に抱きしめてきた。

暖かく安心するような抱擁。

 

しかしそれもつかの間。その抱擁の締め付けはどんどん力を増していく。

 

「お姉ちゃん。それは本当に無限なの?」

 

妹の声が聞こえる。

確かに、確かに言う通り無限ではない。

だけれど

 

「確かに私のネウロイ建造は『資材がある限りという限定条件』がつきます。だがその資材は、輸送機の残骸はまだまだ目の前に大量にあるのには変わりありません!」

 

そうなのだ。まだまだ資材はある。この資材をいつかは使い切るだろう。だがそれよりも早く『あの人』の弾薬が切れるはずだ。

根くらべならばこちらが断然有利・・・・・

 

「じゃあその資材の補給速度は?」

 

・・・あ

 

「わからないと思った?お姉ちゃん、あたしのストライカーユニットを食べる時すごいゆっくりだったよね?相変わらず食べるのがゆっくりなのかな?」

 

抱擁している妹の声が耳元で聞こえる。

妹の表情は見えない。だがなんとなくわかる。

おそらく笑っている。

 

「それに、あたしのユニットを食べ終わった後も輸送機の残骸を食べる速度も遅かったよね。多分、コアによる補給速度は速くない、いやむしろ遅いのではないかな?」

 

そうだ、私の補給速度は遅い。

だから、補給速度と建造速度にズレが生じる。

『あの人』に撃墜される数とその数を補充するための建造速度。それは私の補給速度を圧倒的に上回っている。

だからいつかは、いや近いうちに限界がくる。

 

 

だが、それよりもだ

 

それよりも今妹はなんと言った?

 

なぜ、なんで

 

「な、なんでユニットを食べ終わった後のことを知覚しているんですか!?その時には洗脳は終わっていたはずなのに!」

 

そうだ、妹は私がユニットを食べ始めた時に洗脳されたはず。だから意識は夢の中で揺蕩い、現実を知覚できるはずがない

 

私の声が辺りに響く。

何故か妹の返答は来ない。

 

静かな時が過ぎる。

先ほどまで聞こえていた雨の音は聞こえない。

その静寂によって、1秒1秒が長く感じる。

 

すると声が聞こえた。

声を堪えるような笑い声。私の声ではない。

 

次の瞬間、抱擁は解かれ、再び私の顔が掴まれていた。

 

目の前に見えるのは妹の顔。その顔はまるでいたずらが成功したようなあどけない幼顔。

 

それを見て私は察する。

その理由を察してしまう。

 

妹の口が蠢く。

 

「ねぇ、おねえちゃん。いつあたしが洗脳されたっていったっけ?」

 

一言も妹は自信が洗脳されたとは言っていない

 

「ねぇ、おねえちゃん・いつ自分が洗脳能力を持っているって勘違いしたの?」

 

『巣』は私にウィッチを捕まえた時の利用法を教えてくれた。だがそれが私にできるとは一言も言ってなかった。

 

「ねぇ、おねえちゃん。なんで『あの人』がここに来れたか分からなかったの?」

 

ここは海にポツンと立つ孤島。明かり一つない夜の孤島。本来なら見つかるはずもない。

 

だれかが場所を教えなければ。

 

「あ、う・・・あ・・・・」

無為な声が私の口から漏れているのが聞こえる。

だが私にそれを止めることはできなかった。

 

 

最初から間違っていた。

私は彼女を洗脳して味方にしていると思っていた。だが違う

彼女はただ眠っていただけなのだ。眠った私が見せる夢を満喫していただけなのだ。

 

いや、眠っていただけではない。彼女は一つ行動を起こしている。

 

先ほどの『あの人』からの銃撃。

私が死ぬはずだった攻撃を守ってくれた。

だがそれもまた、私の洗脳による命令からきた行動ではない。自由意志による行動。

 

つまりは・・・・・

 

「ねぇ、おねえちゃん」

 

妹が抱きついてくる。

夢の中のソファーで。

 

 

そして現実で。

現実で見える、粉々になった『イカくん』

そして、軍服を着て月明かりを背にしながら私に笑いかける妹

 

「いつ、多数対1だと勘違いしたの?多数対2だよ?」

 

動くことができない、現実でも夢でも

私は目の前の妹を見ることしかできない。

 

夢の中の幼い妹と現実の妹の口が動く。

声が二重に聞こえる。

 

「お姉ちゃん。つかまえた」

 

う・・・・・あ・・・・・・・

うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

**********************************

 

ガヤガヤと人々の声が聞こえる。

ここは駅のホーム。様々な人が今から来るであろう列車を待ちわびていた。

肌寒い風がホームを抜けていき、風に流されて来た枯葉がホームを舞う。

 

そんな中、一人の少女が鉄柱に背を預けて手に新聞を広げて読んでいた。

ハンチング帽を被り長めの茶色のコート着る姿はまだ若い少女にもかかわらず落ち着いており、着慣れている様子であった。

 

そんな彼女が見る新聞の一つの記事に先週起きた事件が書かれている。

 

ネウロイの突然の強襲。だがそれを迎撃するウィッチたち。

一週間前の深夜、夜中に大量の小型ネウロイが襲撃してきた。あわや大被害が引き起こされるとされたが、近隣の基地から4人のウィッチが果敢に迎撃し撃退。その活躍により、死傷者は0だったという。

 

そんな記事を、ハンチング帽をかぶる彼女は確認し、すぐに次の記事に目を向けた。

 

彼女は思う。

現実にはウィッチ7名、死者1名なんだけどなぁ

 

だが、それは表沙汰にされることはないと彼女は苦笑する。

 

その時彼女の肩に何かが当たる。

そちらに目を向けると、別の少女が同じ鉄柱に背持たれていた。この少女の体が当たったのだろう

その少女もコートを着ているがその下に見える服が軍服であることがわかる。

 

あたりは確かに人が多い。だがわざわざ同じ鉄柱に背持たれる必要があるほど人は多くはない。

 

疑問に思うべき行動。だがハンチング帽をかぶった少女はそのことを追求しない。

むしろ、彼女からさっと視線を反らせた。

 

ハンチング帽の少女の心境はたった一つ。

なんでここにいるんですか・・・・!?

 

そんな慌てた様子を軍服の少女は認識し、ニヤリと笑い声をかける

 

「随分と雰囲気が変わっているじゃないか曹長」

 

その声を聞いた曹長と呼ばれた少女は、いくつか思考する。

 

なぜここにいることがわかった?そう考えるとともに行くつかの候補が出てくる。

最後に会っていかないのか?と聞いて来た同僚の双子。

置き手紙ぐらいなら許そうといった上司。

 

そんなありがた迷惑を行うであろう容疑者たちの顔を脳裏に浮かべながら、犯人が誰であろうとこうなってしまったらしょうがないとハンチング帽の少女は観念して、呆れた視線を軍服の少女に向けて答えた

 

「曹長は一週間前の事件で死亡したはずですよ」

 

「お前があんなところで死ぬ奴か。私は死体を見ない限り死んだと信じないと決めている」

 

その答えを聞いてはハンチング帽をかぶった少女、曹長と呼ばれていた少女はため息を吐く

 

私が墜落死した工作を同僚に任せていたが。どうもその仕事が雑だったらしい。支部に帰ったら文句を言わなくては。

 

そんな恨みを同僚に向けながら元曹長は横の少女に目を合わせた。

 

そこには、どこか吹っ切れたかのような表情の元上司がいた。

王子様はさらわれた姫さまだけではなく、死んだと思われていた姫様も救ってきたのだ。そりゃ、こんな表情にもなる。

そんなことを思考しながら、元上司に元曹長は問いた。

 

「その死体を見ない限り死んだと信じないって今回の経験からですか?」

 

その問いに元上司は笑いながら答えた

「まぁ、そうだな」

 

 

一週間前、准尉がネウロイに誘拐され、基地に大量の『定期便』が襲撃して着た事件。

その事件は少尉による准尉救出によって終わりを告げた。

 

だが、事件は終れど、その後始末が大ごとであった。

少尉と准尉は一つの物を持って帰ってきたのだ。

それはひび割れた三角錐のネウロイのコア。

 

しかもただのネウロイのコアではない。そのコアの中には一人の少女が閉じ込められていた。

 

現場のウィッチたちは大混乱。

しかもその閉じ込められたウィッチはMIAになっていたウィッチであり、少尉の戦友で准尉の姉だという。

 

わけがわからない。混乱に次ぐ混乱。

この騒動を知った上層部はこの事件に箝口令を敷いた。

そもそもの始まりがトレヴァー・マロニーの派閥がウォーロックの実験場にしていたと思われる基地の捜査が始まりだ。

この事件を大事にしてしまうと、基地のことにまで話が広まり、下手をすると機密にしているウォーロックのことまで話が大々的に広まる可能性がある。

 

それはかなりまずいことである。

だからこそ、あの基地の事はなかったことにされ、あの基地に所属していた3人のウィッチもいなかったことにされている。

 

それに加え、3人のうち一人は秘密諜報部だったので此れ幸いと、死を偽装して彼女の存在もなかったことにした。

 

よって、この事件で活躍した彼女たち3人の活躍はなかったことにされ、そして秘密諜報部の一人と残る二人はもう会うこともない

 

はずだったのだが

結局、死を偽造された元曹長とその上司の少尉はこうやって駅で話す羽目になっている。

 

流石にこう安安と会える事はないはず。

だがこうやって会っていることから、この出会いはお目溢しなのだろう。

それが政治的理由なのか、活躍を葬られたことの謝罪なのかはわからない。

だが、そんなこと二人によってどうでもよかった。

 

 

「それで、久しぶりに出会った戦友の調子はどうですか」

 

元部下からの質問に少尉は答える

 

「コアから取り出されたあと、基本的に眠り続けているよ。起きている時も記憶が曖昧だ。ただ医者が言うには命に別条はないし、夢の中で合う限り元気なものだから安心だよ」

 

その答えを聞き、元曹長は助けられた彼女の経歴を頭の中で検索する。

 

「夢の中・・・固有魔法でしたっけ?」

 

「そうそう、あいつの固有魔法、近くにいる人の夢の中に入れるあまり使い道のないもの」

 

少尉は笑いながら答え、思考する。

他人の夢に入ることができるというネウロイの戦闘では全く使えない固有魔法。

だが対人類に対しては、かなり有用な固有魔法である。

他人の夢から秘密を抜くことができるのだ、組織によっては喉から手が出るほど欲しい固有魔法だろう。だからこそ戦友はこの固有魔法を種に自らをマロニー派に売り込んだのだ。一人で妹を守り育てるために。

 

本当にバカだ。俺に頼ってくれてもよかったのに。

まぁ同じバカをした俺が言えることではないが。

 

そんな思考をしているなんて思いもしない元曹長は問いを続けた。

 

「諜報部だと有用ですね。こちらに来ませんか?」

 

「もう裏方仕事はあいつも私も真っ平御免さ」

 

少尉は勘弁してくれた手を挙げた。

 

少尉とその戦友はトレヴァー・マロニーの元で動いていたウィッチたち。

本来ならばよくて拘束か除隊、悪くて死んでいるはずの人間。

 

こうやって、のんきに生きているのは彼女たちがマロニーの下で働きながら彼の罪の証拠を集めていたことに起因する。

だが、流石にお咎めがない事はありえなく、近いうちになんらかの罰が下るだろう。

だがそれは決して重くないものであるはずだ。

なぜならば、彼女たちはベテランのウィッチ、そんなウィッチを遊ばせていられるほど欧州の戦域は甘くない。

 

「そうですか」

 

断られた元曹長は視線を新聞に戻した。

 

それを見た少尉は少し目を見開いた後、ニヤニヤと笑いながら元曹長の肩を掴み引き寄せる。

 

「お、なんだ?残念だったか?」

 

「そんなわけないです」

 

そんな様子の少尉を呆れた表情をした曹長は煩わしそうに対応した。

だがその耳は赤らんでいるのがわかる。これは寒さのものではないだろう。

 

このままこの話を続けてもいじられるだけだと思った元曹長は話を変える。

 

「でもこんなところで暇を潰してていいんです?」

 

いぶかしんだ目を、元曹長は少尉に向ける

 

ネウロイのコアに長い間、閉じ込められていたウィッチ。

おそらくその間栄養供給などしていなかったはずなのに生存しており、取り込まれていた間、ネウロイの力を使えていたと話を聞く。

 

そんな未知の経歴のウィッチを国が放っておくわけがない。

下手をすれば研究所のモルモット行きだろう

 

 

そんなことを理解しているはずなのに少尉の余裕な表情は崩れない。

 

「ああ、それか。それは大丈夫だ」

 

「大丈夫?」

 

疑問に首をかしげる元曹長。

すると頭から帽子がずり落ちそうになり慌てて被り直す。

その様子に少尉は苦笑し口を開いた

 

「お前が言ったじゃないか。周りを信じろ。一人でやるなって。だから頼ったんだよ」

 

嫌な予感がする

そんな気楽な様子に元曹長は嫌な予感に襲われる。

だが、自らがアドバイスした手前聞かざるおえなかった。

 

「・・・・・誰に頼ったのです?」

 

「アドルフィーネ・ガランド少将」

 

「バカ!」

 

何をどうしたらそんな有名人に手を借りることができるんだ。

というかそんな繋がりMI6で確認できてないぞ!

そもそもその繋がりがあるのなら最初から頼っとけ!

というかあなたブリタニア軍なのになんでカールスラントに頼っているんですか!?

 

そんな様々な意味を含んだ元曹長の罵声。

そんな、思いの丈が詰まった罵声を聞いた少尉は、まるで心外だというようなジェスチャーをしながら答えた

 

「向こうから声をかけて来たんだ。少将の人となりを聞いていたから信用できると思ってな」

 

「だとしても他国の人間ですよ・・・」

 

「私にとってはそうだが、あいつもその妹の准尉も元々はカールスラント人だぞ」

 

「ああ、そういえばそうでしたね・・・・」

 

元カールスラント人の彼女たちがなぜブリタニア軍にいたのか。それを追い始めるとマロニー大将たちの政治的攻防に首を突っ込むことになるので考えたくもない。

 

そして、今後起こりうるネウロイのコアだった彼女をめぐる政治的抗争。彼女を手にいれたアドルフィーネ・ガランド少将の動きを監視する諜報部の戦い。

それらに思考を巡らした元曹長は頭を抱えた。

 

そんな思いを知らない少尉は頭を抱える元少尉の頭を帽子の上からぐしゃぐしゃと撫でる

 

「安心しろ、あいつや准尉、そしてお前に何かあれば、俺がまた救いだす」

 

少尉はそう語りかけ、歯を見せて笑いかける。

 

その無責任とも言える言葉。だがそれを実際にやり遂げたウィッチの言葉はどこか重く信用できるものであり。

そんな言葉を真正面から向けられた少尉は頬を赤らめ顔を少尉から逸らした。

 

そんな時ホームに甲高い音が響く。

汽笛の音である。

 

どうやらついに列車が来たらしい。

 

その音を聞いた元曹長は新聞を折りたたみ、鉄柱から背を話す。

 

「また会えるか曹長?」

 

元曹長の背中に少尉の声が聞こえる

元曹長はその声を背に聞きながら無視するように数歩歩いた後立ち止まる。

 

MI6に席を置く人間。

そうやすやすと会えはしない。

自らはネウロイと戦う彼女と違い、薄汚い政治抗争のために同じ人間と戦う人間。

住む世界が違う。今回はたまたま重なっただけ。

 

 

 

だけれど

 

元曹長は後ろを振り返らずに言う

「曹長は死んだのでもう会えません。ですが私に似た誰かとは合うかもしれませんね」

 

曹長だった少女はそれだけ呟くとまた歩き始める。

そんな自らの部下だったウィッチの背を見て少尉は笑い彼女を見送る。

 

また会える日があると確信して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、曹長!言うの忘れていた!准尉が『あなたもおねえちゃんや上官殿と同じ私の家族です』って言ってたぞ!!」

 

「勘弁してください!救出されて帰って来てからのあの人の瞳のハイライト、消えたままで怖いんですよ!!」

 

 

 

 




*おねえちゃん
父と母が死んだ事と国をネウロイによって追われ、そんな中妹がウィッチの才能を開花させてしまったため、妹を守り育てるためにいろいろがむしゃらに動いた結果いろいろとひどいことになった人。
輸送機の護衛任務中ネウロイと戦闘になり最後はネウロイに体当たりを仕掛けて相打ちになった。

だがネウロイも自身も半死状態で生きており、無意識にお互いが生き残るべく動いた結果コアに取り込まれ共存状態となった。

固有魔法は他人の夢への侵入。
ネウロイ状態でも使用でき、このせいで、できもしない洗脳が成功したと勘違いした。


*覚醒准尉ちゃん
家族大好き。逃さない


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初めて連載物完結できました。
これまで見ていただいた皆様に感謝します。

今回の作品は、二つの目的を持って書きました
①できるだけ短く終わる
②オリジナルキャラクターに名前をつけない。

これらの目的を元に書き終えることはできましたが、まだまだ執筆能力と物語の構成能力が未熟でもう少しうまく話を作ることができたなと、少々の後悔を持っています。

やはり短編を作るよりも長編は難しいと実感しました

ですが、それ以上に完結できたことにホッとしました。

そして来週は「ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN」の最終回。
どうなるか楽しみですね

では改めて、これまで読んでいただきましてありがとうございました。




あ、新作書き始めました。
今度は曹長ちゃんが主人公です。


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