あなたの隣に居たくて (不思議ちゃん)
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いちわめ

「もー! 勉強嫌ーっ!」

「千歌ちゃん、そんなこと言ったってどうにもならないよ」

「だってぇ……」

 

 シャーペンをテーブルへと放り投げ、仰向けに寝転んだ千歌は近くにあったぬいぐるみを抱きしめて言い訳を始める。

 

 そんな千歌の幼馴染である曜はまた始まったと苦笑いを浮かべ、自身も少し休憩を挟むべくシャーペンを置いてミカンへと手を伸ばす。

 

 高校一年から二年へと進級した二人はいま、春休みの宿題を終わらせようと千歌の家に集まり、頑張っていたのだが。

 あまり集中が続かない千歌によって結構な頻度で休憩が挟まれていた。

 

 むしろ休憩がメインとなり、合間合間に宿題を進める形となっている。

 曜はそれに気づいていながらもノンビリとミカンを口に運び、千歌の話に付き合っていた。

 

「どうしてこんなにも宿題があるのさ」

「確かに、そんなに多くない休みでこれは多いよね」

「寝て起きたら誰かが宿題をやってくれてたりしないかな?」

「小人の靴屋じゃないんだから」

 

 そう口にしつつ、曜もそうだったらいいなと思うが、現実はそんなに甘くないかと飲み込み。

 また一房、ミカンを口に運ぶ。

 

「おーう、ガキンチョども。しけたツラしてるなー」

「宿題の邪魔だからあっちいってよ、美渡姉」

「邪魔って……これ見て宿題やってるとよくもまあ言えたね」

「今はちょっとした休憩だもん!」

「ちょっとした休憩、ね」

「…………えへへ」

 

 曜の近くに積まれたミカンの皮の量を見て、美渡は呆れたため息を漏らす。

 実際に見た通りなので曜は何も言えず、笑みを浮かべてはぐらかすことに。

 

「まったく。女子高生二人が彼氏も作らずこうしているだなんて、お姉さんは悲しいよ」

「…………美渡姉だっていたこと無いのに」

「生意気言うはこの口かーっ!」

「いひゃいっ!」

 

 ボソッと呟いた千歌のセリフを聞き逃すことはなく、美渡は頰を引っ張って制裁を加える。

 

「彼氏作らなくても優くんが貰ってくれるもん!」

「あんたみたいなポンコツを貰うわけないでしょうが」

 

 そのまま言い合いを始めてしまった二人を他所に、曜は変わらずミカンを食べ進めながら先ほど名前の出た幼馴染の優について考えていた。

 

 いつもニコニコと笑みを浮かべており、何を考えているのか時々分からず、勉強は平均以上にできる、普通とは少し違う感じのする男の子。

 

 今は曜と千歌が女学院に通っているため学校は違うが、それでも変わらず集まって遊ぶことは多々あり。

 小さい頃からずっと一緒にいて、側にいるのが当たり前と思っていたけれど。

 

「…………これからも、ってことは無いんだよね」

「ん? 曜ちゃん、何か言った?」

 

 ポツリとこぼした曜のセリフは聞き取りこそできなかったものの、何か言っていたのは千歌に聞こえていたらしく。

 そこで曜は二人の言い争いがいつの間にか終わっていたことに気がつき、なんとかそれっぽいことを口にする。

 

「これから先、恋人って出来るのかな……って」

「出来るよ! 曜ちゃん可愛いんだから!」

「…………そうかな?」

「うん! 曜ちゃんに好きな人できたら私、応援するよ!」

「ありがと、千歌ちゃん」

 

 その後、二人はまた休憩メインの合間勉強へと戻るのだが。

 完全に集中の切れた二人は二度とシャーペンを手に持つことは無かった。




リハビリも兼ねて書き始めたはいいものの、筆が進まない…
3話までは書いてあります


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にわめ

「で、曜が付いていながらこの有様と?」

「面目無い……」

「昨日はたまたま調子が悪かったんだよ!」

 

 翌日、ほとんど真っ白な宿題を前に優はミカンを食べていた。

 対面には正座をしている千歌と曜がおり、苦笑いを浮かべている。

 

 曜はそのまま千歌の家に泊まり込みであったのだが。

 当然、夜も寝転びながらお喋りをし、そのまま寝落ちて翌朝を迎えている。

 

「千歌、今日の調子はどんな感じ?」

「へっ? んー、そこそこ?」

「なら昨日よりも進むね」

「うぇっ!? …………お、お手柔らかに頼みます」

 

 自身の返答が失敗だったことに気がつき、少しでも優しくしてくれるよう頭を下げる千歌だが。

 それは見事にスルーされ、優は曜へと向いていた。

 

「千歌ならまだしも、曜もだなんて珍しいね」

「いやー、昨日はなんだか気が乗らなくて」

「そんな日もあるよね」

「優くん! 私と曜ちゃんの差が酷くない!?」

「日頃の行い」

「それを言われるとちょっと弱いけど……」

 

 お遊びはここまでとした優も持ってきた荷物の中から宿題を取り出し、テーブルの上に広げる。

 それは千歌や曜とほとんど変わらない量であるのにも関わらず、すでに半分ほど終えられていた。

 

「……優くんも同じ学校だったら写せたのに」

「1ページ100円ね」

「お金取るの!?」

 

 当たり前だと言いながら千歌へとデコピンした優は、宿題を進めるように促す。

 そこでようやくシャーペンを手に取った千歌だが、5分と持たずに視線をあっちこっちへと向けたり、隅に落書きを始める。

 

 当然、その様子は優と曜の二人にも見えており。

 優はため息をつき、曜はあははと苦笑いを浮かべる。

 

「教えるからもう少し頑張れ」

「う、うん」

 

 

 

 途中に昼食を挟んだり、曜の分からないところを教えたりしながら優が頑張ること数時間。

 日も傾きかけた頃、半分に届きそうなほど宿題を進めることが出来ていた。

 

「こんなに早く宿題が進むなんて初めてだよ!」

「殆ど僕が解いたようなもんじゃん」

「そ、それはそうだけどさ!」

 

 いい時間になり、優と曜は帰り支度を始める。

 途中、千歌が泊まっていかないかと提案するが、優は泊まる準備がなく、曜は明日、水泳の部活があるため、また今度ということに。

 

「明日、遊びに行くんだから寝坊するなよ」

「しないよ!」

「遅刻したら明日も宿題進めるから」

 

 そんなと声を上げる千歌を残し、優と曜は部屋を後にする。

 綺麗な夕焼け空の下、家の方向が同じため並んで歩きながら帰っているが、二人の間に会話は無い。

 

 だからといって気まずいわけではなく。

 普段から話題があれば話し、そうでなければ別に無理して話そうとしないのがいつの間にか二人の間に出来ていた。

 

 けれど今回、優は気づいていないが、曜は何か話そうとして躊躇うことを何度か繰り返している。

 

 日もほとんど沈み、夜空の割合が大きくなってきた頃。

 ようやく決心がついたのか、一度深呼吸を挟んだのちに曜は口を開く。

 

「ねえ、優く──」

「曜、自転車来てる」

 

 痛く無い程度に曜の手を引っ張り、自身の方へと寄せた優はなんでもない風にしているが。

 された側の曜はそういう訳にもいかず。

 

「顔赤いけど、大丈夫?」

「うん、平気平気。大丈夫」

「それとさっき、何か言いかけて無かった?」

「あー、何話そうとしてたか忘れちゃった」

「よくある」

 

 手を振って誤魔化し、せっかくの決心もどこかへ行ってしまったため、作った笑みを浮かべて忘れたと口にする。

 

 残念ながら曜にもう一度決心がつくことはなく、分かれ道へときてしまう。

 

「暗くなってきたし家まで送っていくよ」

「や、すぐそこだから大丈夫。優くんも気をつけて帰りなよ」

「そう? それじゃ、また」

「うん、またね」

 

 手を振って分かれた曜は少しの間だけ優の後ろ姿を見やり。

 先ほど引かれた手の感触を思い返すかのように手をギュッと握るのであった。




ストックあったら出していきたいから貯められない


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さんわめ

「上の空みたいだけど」

「ちょっと、考え事をね」

 

 泳ぐにはまだ寒い季節。

 だからといって何もしない訳にはいかず、体力や筋力を落とさないために走り込みや筋トレをしていた曜だが。

 あまり集中できていないことに気がついた1人が合間を見計らって近寄り、声をかける。

 

「もしかしてまた、たわわな実りが育ちましたか」

「あ、やっぱり分かる?」

「くっ、持たぬ者に対して何ということを! 成敗! 成敗!」

「やっ、女同士だからってそれはセクハラだよ!」

「あいたっ!」

 

 自分から話題を振っておいて最後は嫉妬から胸を揉み始めた部員にチョップを食らわした曜は隙を見て少し距離を取る。

 

「ちょっと元気付けてあげようとしただけじゃないか」

「私の胸を揉みたいだけの人に何を言われてもね」

「こりゃ手厳しい」

 

 周りが二人一組になって柔軟を始めているため、曜も話をしていた子とペアになって身体を伸

ばし始めるが。

 彼女の中では先ほどの話は終わっていなかったらしく。

 

「それで、何を悩んでるのかな?」

「あまり大した悩みじゃないんだけどね」

「好きな人でも出来た?」

「……………………そんな人、いないよ」

「まさか当たりだとは……。この立派な実りを知らん男に揉ませるのは納得いかんな」

「ほら、交代だよ」

 

 また胸へと伸ばされた手をスルリと交わした曜は背後に回り込み座らせる。

 

「むむむ……最近触る機会が減って悲しいたたたたたっ」

 

 いらん事を口にしたため、限界以上に伸びるよう背中を押す手に力を込める曜の表情は冷めていた。

 

「いちち……。でも好きな人が出来て悩んでるって事は、その人に彼女がいるのか、それに近しい人がいるのか」

「……ほんと、セクハラさえ無ければ良いんだけどね」

「私からセクハラを取ったら何が残るのさ!」

 

 ブレない友人に苦笑しながらも、まさかあれだけの情報でああも当てられるとはと、曜は内心驚いていた。

 

「私の恋愛の価値観だとさ」

「うん?」

 

 再び普通に柔軟をしていたところ、真面目なトーンで話し始める友人に曜は首を傾げる。

 

「例え好きな人が結婚していた人だとしても、寝取ることって悪いことじゃないと思うんだよね」

「いやいや、ダメでしょ」

「どうして? 自分はその人の事が好き。自分の方がその人を幸せにできる。そう心の底から思って、想っているのなら、それも1つの愛じゃない?」

「でも……結婚してるし」

 

 曜の押す力が弱まり、上体を倒していた友人は身体を起こすが振り向く事なくそれを口にした。

 

「それじゃ、その人を好きな気持ちはその程度って事なんだよ」

 

 背後にいるため友人がどんな表情をしているのか分からない曜だが。

 自分が悩んでいる事を後押ししてくれている事だけはなんとなく理解していた。

 

「あれ、曜が悩んでる事のアドバイスになってる? これで見当違いのアドバイスだったら私、恥ずかしすぎるんだけど」

 

 急にいつもの調子となって振り返り、謎の心配をする友人に曜は思わず吹き出してしまう。

 

「え、これ合ってるやつ? 間違ってるやつ?」

「それは……教えないけど、気は楽になったよ。ありがと」

「私的にはモヤモヤするけど……まあ、スッキリしたようだしいっか」

 

 そう言ってさり気無く胸に触れようと伸ばしてきた友人の手を曜は叩き落とすのであった。

 

 

 

 

 

 部活を終えた曜は駅の方へちょっとした買い物に来ていたが。

 

「…………ぁ」

 

 視線の先には優と千歌が仲良く並んで歩いている姿が見え、思わず足を止めてしまう。

 そのまま声もかけずに見ていると、何かを見つけたのか急かすように千歌は優の手を取り、引っ張っていってしまった。

 

 姿が見えなくなってもその場から動けないでいる曜は2人が手を繋いでいたのを思い返し。

 つい最近、自転車から守るため引かれた手をキュッと握る。

 あの時の温もりを忘れないように留めるため。

 

 そしてこれから先、ずっと繋いでいけるように願いを込めて。



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よんわめ

「昨日遊びに出かけたんだから、その分やる約束だろう。サボらない」

「ううう……この間の優しい教え方がいい……」

「午前そうしてたらやる気無くしてったの千歌だろ?」

「そうだけどー!」

 

 今日の部活は午前だけであったため、昼から合流した曜が見たのはハリセンで頭を叩く優と、叩かれている千歌であった。

 

 会話から何となく流れを察した曜は苦笑いを浮かべながらカバンを置き、自身の宿題をテーブルへと出していく。

 

「曜ちゃん、制服だと嫌じゃない? 服貸そうか?」

「制服好きだからこのままでも大丈夫だよ」

「そうだったね──痛いっ!?」

 

 会話をした流れから休憩に持っていこうとした千歌はテーブルに置かれているミカンへと手を伸ばすが、目の前で行われようとしているのを優が見逃すわけもなく、ハリセンで手を叩かれていた。

 

 それを見た曜は苦笑しながらミカンを手に取り、皮を剥いて食べ始める。

 

「優くん! アレは怒らないの! 千歌と同じように手をパーンって! ハリセンで!」

「そんなもん、曜は千歌と違ってしっかりしているから、部活があってもキチンと自分で進めてるに決まってるじゃん。──ねえ、曜?」

「ふぇ?」

 

 扱いの差に納得のいかない千歌はシャーペンをテーブルに放り抗議の声を上げ、納得するまでもう宿題をやらないといった態度をとる。

 その様子を冷めた目で見ていた優は理由を説明し、曜へと振るが。

 ミカンを4分の1ほど口に含んだ曜は変な声を出し、ピタリと動きを止めて視線を合わせようとしない。

 

「…………曜?」

 

 まさか違うよね、と確認を込めて優はもう1度名前を呼ぶが。

 曜は視線を明後日の方へ向け、ミカンを含んだ口をキュッと結んでいる。

 

「んっ!?」

 

 このままじゃ何も進まないため、優はテーブルの上に出されている曜の宿題を手に取り、パラパラと中を見ていく。

 

「…………」

「んっ!」

「……ほら、これでいいだろ」

「良くないっ!」

 

 一通り中を確認した優はハリセンを手に持ち、ペシンと曜の頭を叩く。

 どこか嬉しそうにしている曜を不思議に思いながらも触れることはなく、優はさっさと宿題を始めるよう千歌を促すが。

 

「音が違くない?! 千歌はパシーンで曜ちゃんはペシンだよっ!」

 

 などと訳の分からない事を千歌は口にし、このまま今日は終わりの流れへ持っていこうとしていたが。

 

「日頃の行い」

「それを言われたら弱い……」

 

 一言で切り捨てられ、大人しくシャーペンを手に持つのであった。

 

 

 

 

 

「そう言えばさ」

「ペナ1ね」

「ちょっとした雑談くらい見逃してよ……」

「雑談しながら解けるほど器用じゃないでしょ」

「そうだけど……あ、そろそろ休憩とかいいんじゃない?」

「…………分かったよ」

 

 ペナルティが5貯まるごとに千歌のお小遣いの一部が優へと渡ることになり、しばらくは真面目にやっていたのだが。

 それでも限界があり、集中が切れた千歌は休憩の提案を口にする。

 

 初めはもう少しやらせようとしていた優だが、視界の端で曜がミカンへと手を伸ばしているのが見えたため、ため息とともに休憩を認めるのであった。




そう言えばこの話、『近未来ハッピーエンド』と『夏の終わりの雨音が』を聞いてイメージ固まったんですよね


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ごわめ

「それでなんだけど、宿題も早く終わりそうだし3人でどこか遊びに行かない?」

「どこかって……どこ行くのさ。曜も部活あるだろうし」

「次の休みは明後日にあるけど、泊まりで遊ぶならもう少し先になるよ?」

「泊まりじゃなくても3人でどこか遊びに行きたいの!」

 

 特に具体的な案があるわけでもないが、とにかく3人で遊びに行きたいと口にする千歌。

 優と曜は顔を見合わせ、片やため息をつき、片や苦笑いをする。

 

 何かをしたいと言い始めるのは殆ど千歌であるが、それを具体的に決めていくのは毎回優と曜であるため。

 今回も慣れたようにどうしたいのかを決めていく。

 

「で、体を動かしたいのか。何かを見て回りたいのか」

「曜ちゃんに疲れが残らないのがいいよね」

「私、体動かすの好きだから大丈夫だよ?」

「たまにはゆっくりするのもいいでしょ。僕、クラゲ見たい」

 

 優は千歌や曜の解説用に持ってきていた白紙を1枚取り、水族館と書き込む。

 

「優くん、ほんとクラゲ大好きだよね」

「1人で1日クラゲ見てたって聞いた時はビックリしたけど」

「見ていて飽きないじゃん」

「1日は私、無理かな? あ、カラオケ行きたい」

 

 曜の案を聞いた優は水族館の周りにクラゲの絵を描いていた手を止めてカラオケと書き、再びクラゲの絵を描いていく。

 

「絵、ほんとに上手いよね」

「他にも色々描けるのに、クラゲしか描いてない……」

「僕の絵よりも千歌が行きたいとこは?」

「え? うーん……行きたいところかぁ」

 

 経験上長くなるの感じた曜は紙の隅にミカンの絵を描き始め、それを横目に優はミカンを手に取り皮をむいていく。

 

 

 

 腕を組んであれこれ考えていた千歌だが、特に行きたいところも思い浮かばず。

 

「もう、水族館からのカラオケでいいんじゃないかな?」

 

 優と曜でミカンの皮を5つほどむいた頃、千歌の出した結論がそれである。

 2人はそうなるだろうと分かっていたので特に何かを言うこともなく、待ち合わせの時間や昼食をどうするのか話し合って決め、再び宿題を進めるのであった。

 

 

 

 

 

「優くんってさ」

「うん?」

「いつも千歌たちといるけど、他に友達とかっているの?」

 

 いい時間になり、帰り支度をしている2人をボーッと見ていた千歌だが。

 ふと思った事をそのまま優へと尋ねる。

 ピクリと反応した曜もどうやら気になっていたようで、片付けを進めながらも意識は優の返しに向いていた。

 

「そりゃいるよ。毎日千歌たちといるわけじゃないし、その時は遊び行ったりとかしてるよ」

「そうなんだ。優くんだからボッチなのかと少し思ってた」

「……残りの宿題、1人で頑張ってね」

「わっ、ウソウソ! ちょっとした冗談だよ!」

 

 余計な事を口にした千歌はなんとか残りも手伝ってもらえるようにと拝み倒す。

 その頭をハリセンでペチペチと叩きながら優は笑っているため、からかって遊んでいるのが見て分かる。

 

「それじゃ……告白、とか。されたりしたことある?」

「えっ、そうなの?! 優くん、告白された事あるの!? ──あうちっ」

 

 曜の告白という言葉に反応していきなり顔を上げた千歌はハリセンを顔で受け止めてしまい、それほど痛くなかったにせよ反射的に声を上げる。

 

 ごめんと優は軽く謝り、ハリセンをテーブルの上に置き。

 そしてそのままカバンを持って帰ろうとしたが、千歌に押さえつけられてそれは叶わず。

 2人からの視線に耐えきれなくなった優は特に隠すことでもないかと割り切り、ため息をついて口を開く。

 

「……あるよ」

「ってことは、優くん彼女いるの?!」

「いや、断ったけど。じゃなきゃここに居ないと思うし」

「なんだ。なら良かった」

「千歌にとって致命的だもんね。僕が居ないと」

「ま、まあ、それもあるんだけど……ね?」

 

 優はいまだテーブルの上に広げられている宿題へと目を向けながら口にするが、千歌は少し顔を赤らめながら暗に他にもあるぞと匂わせるが。

 

「それじゃ、帰るから。今度は1人でも進めてよ」

 

 それが伝わることはなく、肩を落とすのだった。



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ろくわめ

 早くも遊ぶ日となり、現地集合で水族館に来たはいいものの。

 

「ほら、優くん次見ていこうよ」

「先行ってていいよ」

「もうすぐショーやるみたいだよ」

「見てきていいよ」

 

 初めは一緒に見て回っていた優だが、クラゲの場所から1歩も動こうとしなくなっていた。

 半ばこうなることが分かっていたので千歌と曜は顔を見合わせて苦笑し、優へ一言かけて先へ進むことに。

 

「3人で見て回りたかったのに」

「まあ、水族館を選んだ時点でこうなるのは分かってたわけだし」

「それはそうなんだけどさ」

 

 1人自由な幼馴染に対して本来の目的からズレていると不満を口にする千歌。

 曜の言い分も分からなくはないが、それでもやはり3人で一緒に見て回りたかったと漏らす。

 

 春休みということもあり、普段よりも多くの人が来ているが。

 それでも移動するには十分な広さがあり、人が多すぎて魚が見れない、なんて事もなく。

 

「このお魚、お父さんが刺身にしてるの見たよ」

「千歌ちゃん……」

 

 水族館で遠慮ないことを言う幼馴染に若干の呆れを抱きながらも、曜は曜で食べたことのある魚であったため。

 

「この魚、美味しいんだよね」

「曜ちゃんも千歌と一緒だよ」

 

 互いに顔を見合わせ、笑みをこぼすのであった。

 

 まだ水をかぶるには肌寒い季節であるためか、もうすぐショーの始まる時間だが空席が目立っている。

 2人も水がかからない程度に距離をとった席を選び、千歌が持ってきたお菓子を一緒に食べながらその時を待っていたが。

 

「あ、ちょっとトイレ行ってくる」

「えっ、もう始まっちゃうよ?」

「すぐに戻ってくるから!」

 

 飼育員がステージに現れ、もう始まるという時。

 曜は立ち上がり、トイレへと走って向かってしまう。

 

「これじゃ一緒に来た意味あまりないじゃん!」

 

 残された千歌はもうどうにでもなれと、持ってきたお菓子を片っ端から口に放り込んでいくのであった。

 

 

 

 用を足し終えた曜はそのままショーへと戻るのではなく、未だクラゲを見ている優の元へと向かう。

 

「千歌は?」

「ショー見てるよ」

「戻んなくていいの?」

「少し、クラゲ見たくなって。すぐ戻るよ」

 

 横に立った曜をチラリと見た後、優は再びクラゲへと視線を戻し。

 そのまま気になったことを聞いた後は口を閉じてしまう。

 

 変わらない様子の優にクスッと笑みをこぼしながらも曜はクラゲではなく、クラゲをジッと見ている優の横顔を眺める。

 

 薄暗い館内の中、水槽からの淡い光に照らされて見えるその表情に、曜は胸の内から広がる暖かさを感じ。

 

「やっぱり、好きだなぁ」

「……曜?」

 

 思わず呟いてしまったその言葉は隣に立つ優の耳へと届いてしまい。

 曜へ向けられた目とばっちり合ってしまう。

 

「へぁっ、うん、うんっ? 優くん、やっぱりクラゲが好きなんだなって」

「ああ、なるほど? うん、好きだよ」

 

 クラゲに対する好きであることは曜も十分理解しているが、それでも面と向かって好きと言われ、胸の高鳴りを感じていた。

 

「優くんがクラゲを好きなのはよく知ってるんだけどさ。……やっぱり一緒に来てるんだから、一緒に見て回りたいな」

「……そっか。それじゃ、行こっか」

 

 普段、自身の気持ちをあまり表に出していない曜がそう口にしたことに優は微笑みを浮かべ、クラゲの前から離れる。

 

「曜が自分の気持ちを口にしてくれて、嬉しいね」

「……もしかして、そのためにずっと?」

「いんや、普通にクラゲが好きだから。たまたまだね」

「……そう」

 

 曜のテンションが下がったことに気がついていない優はその手を取り、引っ張って歩いていく。

 

「わっ、わわっ!」

「ああ、ごめん。少し歩くの速かったか」

 

 突然のことに嬉しさと驚きが混じってよく分からない状態の曜だが、優は単にはぐれないようした措置であり。

 嬉しさから思わず出た曜の声も進むのが速くて慌てたものと勘違いしている。

 

「ショーも半分は終わってるだろうし、千歌もカンカンだろうね」

「そ、そうだね」

「昼でも奢れば許してくれるかな?」

「ど、どうだろ」

 

 なんとか言葉は返せているが、今の曜は繋がれている手に意識が持っていかれた状態である。

 このまま2人で見て回りたい気持ちが曜の中に湧き上がってくるが。

 

「…………ぁ」

 

 目的の場所にたどり着いてしまい、繋がれていた手は解かれてしまう。

 

 曜はその場に立ち止まり、少しだけ、残った温もりを逃さないようにと手を握り締めた後。

 1つ深呼吸をして気持ちを切り替え、拗ねている千歌を優と一緒になだめるのであった。



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ななわめ

「まったく、んむ、私の、もぐもぐ、腹の虫は、あむ。こんなんじゃ、もぐもぐ、おさまらないんだから」

「食べながら話すなよ」

「優くんが千歌をこんなにさせてるんだよっ!」

 

 あの後、拗ねた千歌を何とか会話できる程度まで2人でよいしょし、お土産コーナーでお揃いのクラゲストラップを購入。

 駅まで移動して今の昼食に至るわけであるが。

 

「太るぞ」

「うぐっ」

 

 色んなのがあるからとファミレスに来たのはいいものの。

 奢りということで千歌は遠慮なく頼み。

 

「ハンバーグにパスタ、それとピザ。あ、ライスもか。この後にパフェもくるんだよね?」

「僕たちが合流する前には持ってきたお菓子を1人で食べてたらしいね」

「い、いいもんいいもんっ! 優くんに責任取ってもらうんだから!」

「取らないよ」

 

 本来、自分は悪く無いはずなのに何故こんなにも2人は心を抉ってくるのだろう。

 と、千歌は半分涙目になり。

 目の前にある切り分けたハンバーグをフォークで刺し、口へ放り込むのであった。

 

「私、見てるだけでちょっとお腹いっぱいになってきたかも」

「食べきれないのなら貰うよ」

「ほんとっ!?」

 

 普段から運動してよく食べている曜でさえ厳しいと思う量である。

 当然、千歌が食べきれるはずもなく、曜よりも早く反応していた。

 

 テーブルの上には千歌がそれぞれ半分残したハンバーグ、パスタ、ピザ、ライス。

 曜が3分の1程残したうどん。

 

 なんとなくこうなる事が分かっていた優はフライドポテトだけを頼み、それをつまんでいたので頑張れば食べれなくも無い量である。

 

「それで足りるって言ってたのは、千歌ちゃんが残すの分かってたんだね」

「そりゃ、あんなに食べられるわけがないから」

「あはは……」

「い、いいじゃんいいじゃん! 1回やってみたかったんだもん!」

 

 ぷいっとそっぽを向きながらも、千歌はまだ半分ほど残っていたフライドポテトへと手を伸ばしている。

 この後に来るパフェも甘いものは別腹と言って食べきるのは分かりきったことであった。

 

 優はため息を漏らしてポテトの皿を千歌の方へと移動させ、曜から残ったうどんと箸を受け取って食べ進めていく。

 

「…………うきゅっ」

「ん?」

「曜ちゃん、どうかした?」

「んんっ、な、何でもないない。ちょっとむせちゃって」

 

 喉から絞り出したような声が聞こえ、千歌と優はその音が聞こえてきた方へ目を向けるが。

 そこには少し顔を赤くさせながらも大丈夫と口にする曜がいるだけであった。

 

 そう、と2人はあまり気にせずそのまま話に戻り、曜もそれに混ざっているのだが。

 視線はチラチラと優へ、それも使っている箸に向いていた。

 

 これまでも一口あーんしてあげたり、飲み物は回し飲みなどしてきたが、ここまでガッツリとしたものはなく。

 それに気づいしてしまった曜は急に恥ずかしさがこみ上げてきたのである。

 

 2人が特に違和感を抱いていないため、変な会話はしていないはずだが、その後、曜は何を話していたかまったく覚えていなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「あーっ、スッキリした!」

「3人でカラオケって、久しぶりだったもんね」

「大体は誰かの家……ほぼ千歌の家だけど、ゴロゴロしてるだけだから」

 

 入るときは青空であったのに、店から出ると夕空へ変わってることに変な感覚を抱きながら、楽しかったと感想を口にし、3人は帰るためバス停へと向かう。

 

「あれっ、優?」

「ん?」

 

 時刻表を確認すればバスが来るまで少し時間があり、3人で駄弁りながら待っていると。

 千歌でも、曜でもない誰かに優の名前が呼ばれる。

 

「ああ、進藤さん」

「だからサキでいいって」

 

 優が振り向けばそこには同じクラスの女子がおり、そのまま親しげに会話をしていく。

 

「ね、優くん」

 

 少しのあいだ放って置かれた2人は顔を見合わせた後、優の服を引っ張って気を引き、紹介してくれるよう促す。

 

「ん? あ、ごめん放って。この子、同じクラスの進藤咲」

「サキでーす。よろしくっ」

「私、高海千歌!」

「渡辺曜でーす!」

 

 コミュニケーション能力が高く、自己紹介を互いに軽くした後は同じ女子だけあってか会話に花を咲かせていく。

 

 優たちと違い進藤は電車であるため、待っていたバスが見えたことでお開きとなってしまう。

 

「あ、2人に伝えておきたいんだけど」

「ん?」

「なになに?」

 

 内緒話であるのか、少し声を潜めた進藤へ千歌と曜は顔を寄せる。

 

「私、優に告白して振られてるけど──これで諦めるつもりはないから。2人もずっとぬるま湯に浸かっていられるとは思わないでね」

「ぇ……」

「っ……」

「それじゃ、優もまた学校でね!」

「うん、また」

 

 元気に手を振って去っていく進藤に対し、宣戦布告をされた2人はすぐに動けず。

 

「千歌、曜。バス来たよ」

 

 優が来たバスに乗ろうとしても2人は立ち止まったままであり、声をかけられてようやくといった感じである。

 

 バスに乗った後は多少会話していたものの、千歌と曜はずっと進藤に言われた事について考えていた。




誤字報告ありがとうございます
冒頭の「次見ていこうよ」は見て回るという意味も込めてるので意識してこう書いてあります
最後も作者の書き方としてそうあるのですが、違和感が減るよう加筆修正しました


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はちわめ

『千歌たち、大人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと、ずーっと一緒に居ようね!』

 

 それは純粋な子どもだからこそ口にしてできる約束事。

 

 まだ男女の違いなど意識する事はなく、いま一緒に遊んでいることが1番楽しいのだとすぐに答えることができる頃。

 

 けれど年を重ねるにつれて否が応でも成長し、世の中の事柄を知っていき。

 

 いつからだろうか。

 

 純粋ではいられなくなってしまうのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「…………はぁ」

「あれ? この前スッキリさせてあげたのに、また溜まってる?」

「誤解を招くような言い方はやめてよ。間違っていないのが微妙に腹立つ」

「ごめんごめん」

 

 朝、部活へ向かう途中の曜が昨日のことを思い返してため息をつけば。

 たまたま途中で会った変態が下ネタを意識するような言葉で返してくる。

 

 内容もそれほど外れているわけでもなく、少し不機嫌であった曜はイラッときており。

 それを察してか軽い謝罪を口にする。

 

「悩み事なら私に相談してごらんよ。今ならひと揉み……いや、ふた揉みで引き受けるよ?」

「それじゃ遠慮しておこうかな」

「言葉と行動が合ってないよ。もしかしてこれがツンデレ? …………いたたたたっ。冗談冗談。ジュースでも奢ってくれれば良し」

 

 遠慮すると口にしておきながら曜は変態の二の腕を掴んでおり、少しづつ力を込めていく。

 そこでまた軽口を叩いたため、ギュッと握り締めれば変態の口から再提案され。

 手を打つという意味を込めて曜は手を離す。

 

「んで、今回はどうしたの?」

「うーん……何から説明したらいいか」

 

 少し考えたのち、曜は口を開き。

 

 好きな人がそこそこモテること。

 1度告白して振られた子と会い、宣戦布告をされたこと。

 大切な友達が同じ人を好きなこと。

 

 それらを簡潔に説明していけば。

 

「なるほどなるほど。つまり曜と千歌っち、幼馴染くんで浸かっていたぬるま湯に溶岩ぶち込まれたわけね」

「別に最初から隠し通せるのは思ってなかったけどさ」

 

 なんか腹立つと口にし、曜は変態の脇腹を突いていく。

 

「やめっ、微妙にくすぐったいんだからっ」

「で、どうしたらいいと思う?」

「曜はどうしたいの?」

 

 思わぬ返しに曜の足が止まる。

 そこから2歩ほど進んだ変態は振り返り、とても楽しそうな笑みを浮かべて口を開く。

 

「前もそうだけど、私はアドバイスしかできないよ。こうしろああしろって私が決めちゃうとそれはもう、曜の恋じゃなくなっちゃうから」

「…………とても楽しそうだね」

「そりゃ、人の恋ほど楽しいものはないですから。馬に蹴られない程度だったらいいじゃん?」

 

 悩んでいる身としては少し思うところがある曜であるが、嫌なら頼まなければいい話であり。

 

「それじゃ、アドバイスとやらをお願いするよ。変態さん」

「うん、まっかせな──えっ、ちょっと私の呼び方に引っかかるところが」

「そもそも、いま何が出来るのかな」

「あれっ、スルー? ……まあ、それほど悪くないから別にいっか」

 

 曜は内心、いいんだと思わなくもなかったが。

 アドバイスを優先し、口にすることはなかった。

 

「まず1つ目としては、2人とも諦めるのが千歌っちと疎遠にならない方法」

「でも、それじゃ他の人に取られない?」

「確かに誰かに取られるだろうけど、少なくとも高校の間は大丈夫だと思うよ。幼馴染くんに付き合う気はないだろうし」

「どうしてそう言い切れるの?」

「幼馴染くんが、曜と千歌っちのことを大切にしてるから」

 

 真っ直ぐはっきりとそう告げられ、曜は照れてし顔を赤くし、そっぽを向く。

 

「おや、おやおやおや。新鮮な反応ですね」

「う、うるさいっ」

「それは理不尽というやつさ」

「次っ、他はっ!」

 

 相談している立場であるため、強く出れないことを分かっている曜は照れ隠しも込めて話を進めるように促す。

 それを変態も分かっているため、ニヤニヤとしながら次を口にする。

 

「2つ目が千歌っちとの仲よりも幼馴染くんを取る。3つ目が千歌っちと幼馴染くんをくっつけて自分は身を引く」

「…………やっぱり、そうなるよね」

「曜を見ているとさ」

 

 急にトーンの変わった話し方に曜は変態へと顔を向ければ。

 いつになく真面目な表情をした友人がそこに立っていた。

 

「なんだか幼馴染くんの隣にいることを強く望んでいるように感じるんだけど、私の気のせい?」

「…………本当に、優秀な変態だね」

「それほどでも。あ、別に理由は話さなくてもいいよ。ただ、その気持ちは大切にしていかないといけないってだけ」

 

 そう口にすると変態は前を向き、歩き始める。

 少し小走りで曜は追いかけて隣へと並び、先ほどの会話を思い返していた。

 

「…………優くんも、千歌ちゃんも欲しいってのは欲張りなのかな」

「ことわざに『二兎を追う者は一兎をも得ず』ってあるけど、そもそも1兎しか追わないものは1兎しか得られないし、やろうとしなければ何も得られないんだよ」

「試してみる価値はあるってこと?」

「曜の気持ちに従って動けばいいんじゃない?」

 

 アドバイスに徹する友人に曜はモヤっとしながらも、そうした方がいいと言われたら後で後悔することも分かっているため。

 

「ありがとね」

「やっぱり私へのデレ期に入ったんじゃ──いたっ」

「せっかく上がった株をすぐ下げるのどうにかしたら?」

「えっ、私の株ってもしかして低い?」

「どーだろうね」

「聞きたい気もするけれど……ここはやっぱりシュレディンガーの株ってことにしておこう」

「ふふっ、なにそれ」

 

 学校も近づき、曜は普段の調子に戻った友人へ苦笑しながら脇腹を突くのであった。




進藤はあくまで着火なので今後出る予定は無いです
変態さんも2回目あるとは思いませんでした
ちなみに名前は『揉丘 桃』(もみおか もも)です
名前に意図しかありませんが本編とは無関係


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きゅうわめ

 部活を終えた曜は千歌と話をするため、十千万へと向かうが。

 目的地そばのバス停に着く直前、なんとなく視線を向けた海辺に見知った顔が2人、向かい合うようにして立っているのが見えた。

 

「…………ぇ」

 

 夕暮れに染まる空、海へと沈みゆく太陽のため顔は見えないでいるが──あの雰囲気はダメだと曜の中の何かが警鐘を鳴らす。

 

 何かしようと、何かしているのだとしたら。

 

 バスが止まり、荷物を手に降りる曜は部活終わりに友人から言われたことを思い出していた。

 

『そうそう、1つ大事なことを言い忘れてたんだけど』

『うん?』

『曜みたいに全部を大事にしたいと思っている人もいるけれど、他の何を捨ててでも誰かの1番になりたいって人もいるってこと。──忘れないでね?』

 

 まさか、そんなはずは、と否定しようとしていた曜だが。

 果たして本当にそうだろうかと、心のどこかで思っていた疑問は今、目の前にある光景を見て確信へと変わる。

 

「優くーん! 千歌ちゃーん!」

「よ、曜ちゃんっ」

 

 まだ距離はあるものの、曜は声を大にして2人に呼びかけ、大きく手を振りながら駆け寄っていく。

 

 先ほどよりも近づいたことで表情が見えるようになり。

 1人はホッとし、もう1人は曜がここにいる驚きとどこか後ろめたさを漂わせていた。

 

「部活は終わったの?」

「うん。千歌ちゃんに用があって。優くんも宿題の手伝い?」

「そうそう。ほとんど終わったし、帰る前に気分転換で空気を吸いに」

「そしたら後は私の手伝いだけだね」

 

 手に持っている荷物を軽く掲げる優にまだ終わってないよと、曜は自分を指差してニッコリと笑みを浮かべる。

 

「曜は自分でもできるじゃん」

「千歌ちゃんだけ贔屓はずるいと思うよ?」

「そしたら僕の面倒は誰が見てくれるのさ」

「優くんは保護者なんだから、仕方ないんだよ」

 

 優自身も薄々分かっていたのか、苦笑しながら頷く。

 

「それじゃこれから僕、駅に用があるからまた今度ね」

「うん、またね」

「ま、またね」

 

 手を振って優はこの場を後にし、残ったのはどこか変な空気と千歌、曜であった。

 

 話をしても聞こえないであろう距離まで優が離れたのを見て、曜は千歌へと向き直るが。

 千歌は悪いことをして叱られる直前の子供みたいであり、視線を合わせようとせず砂浜ばかりを見ていた。

 

「ね、千歌ちゃん」

「…………うん」

 

 名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせた千歌は恐る恐る曜へと顔を向ける。

 

 怒っているのか、悲しんでいるのか。

 もしかしたら絶交と言われるかもしれない不安を千歌を襲うが。

 

 仕方ないと納得している部分もあった。

 先に抜け駆けをしようとしたのは自分であるのだから。

 

「…………ぇ」

 

 だからこそ顔を上げて曜を見た時、何故そのような表情をしているのか分からず、千歌は困惑した。

 

 照れと覚悟、そしてどこか寂しさのようなものを感じさせる表情にまた違った不安を抱き。

 何か言わなければと、纏まっていない思考ながら口を開くよりも曜が早かった。

 

「千歌ちゃん。私ね、好きな人がいるの」

 

 それを聞いて、千歌は全て分かったような気がした。

 

「私、優くんのことが好き」

「…………ぁ、で、でも」

 

 曜がここに来た理由に考えが至り、そしてそれを千歌自身が台無しにしてしまった事を。

 外れてほしい事であったが、曜が、場所が、そして今の自分が間違っていない事を証明していた。

 

「前に千歌ちゃん、言ってくれたよね。私に好きな人ができたら応援してくれるって」

「う、うん……」

 

 今からでもどうにかできないかと言い訳しようにも、非が全部千歌自身にあるため、うまく言葉にならず。

 

「私と優くんが上手くいくよう、応援してね!」

「…………うん」

 

 今にも泣きそうなのを千歌はグッと堪え。

 無理やり笑みを浮かべ、頷くのであった。




やっぱり自分に予約投稿は合わないみたいなので
これを最後に書けたら載せるに切り替えます
証拠隠滅兼ねて前の後書きは消しておきます

ミスって予約投稿しないで載せたのでこのままにします


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じゅうわめ

 じゃあね、と言って帰る曜の後ろ姿を千歌は声をかけることも無く、ただただ見つめているだけであり。

 曜も振り返る事のないまま去っていく。

 

 姿が完全に見えなくなった時、千歌は砂浜へと膝をつき、その目に涙をため。

 

「…………っ」

 

 自分の手で大切なものを壊してしまったという事実がただ突き刺さり、もう以前の関係に戻れないことを認識させられていた。

 

 側には誰もおらず、太陽さえも見放したかのように水平線へと沈んでいき。

 暗くなった海辺には少女の嗚咽をかき消すように波の音が響いていた。

 

 

 

 今、酷い顔をしていると分かっている千歌は誰にも顔を合わせないようにしながら自分の部屋へと向かい。

 そこで気が緩んだのか再び涙が溢れ出し、拭ったところで自分が砂で汚れている事に気がつくほど弱りきっていた。

 

 気持ち的に風呂へ入りたくない千歌だが、このまま部屋を汚すのも嫌であるため。

 せめてシャワーだけでもと準備をし、部屋を後にする。

 

「…………あはっ」

 

 想像以上に酷い顔だと、千歌は風呂場の鏡を見て自虐的な笑みが漏れる。

 涙の跡や砂が付着し、髪も潮風によって乱れていた。

 

 幸いにして千歌の他には誰もおらず、けれどもいまは虚しさが更に増すばかりであり。

 髪を洗う気力も無い千歌はシャワーを流し、ただそれを頭から浴びるのみである。

 

「…………っ」

 

 ドアの開く音が響き、驚いた千歌はビクッと肩を動かした後、なんでも無い風を装いながらゆっくりと髪を洗い始めれば。

 隣に誰かが座り、シャワーを流す音が聞こえてくる。

 こんなにも空いているというのに、わざわざ人がいる隣のシャワーを使う人へチラリと視線を向ければ。

 

 そこには普段と変わらぬ様子の志満が同じように髪を濡らしていた。

 

 だが話しかけてくることもないうえ、千歌が一方的に気まずいものを抱いているだけであり。

 このまま会話せずにさっさと体を洗って出ていこうとすれば。

 

「ゆっくり温まっていかない?」

 

 少し遅れて体を洗い終えた志満は立ち上がり、千歌に優しく微笑みながらそう促す。

 

「…………」

 

 思わず足を止めた千歌は少し悩んだのちにコクリと首を縦に振り、志満から少し距離を開けて湯船に身を浸らせる。

 

「…………聞かないの?」

「話したくなったらでいいわよ」

 

 あれから何も話しかけてこない志満に千歌はポツリと漏らすが。

 帰ってきた優しい言葉に自分の惨めな部分がどうしようもなく暴れまわり、口をキュッと固く結ぶ。

 

 膝を抱え、揺れる水面に反射する照明の光をしばらく眺めていた千歌はどのような気持ちの変化があったのか。

 口を開き、ポツポツと何があったのか話し始める。

 

 優がそこそこ人気あり、1度告白して振られた子に宣戦布告されたこと。

 今まで3人の関係を壊さないようにしていたが、それで意識し始めたこと。

 始めはそんなつもりなどなく、見送るだけだったのに浜辺で良い雰囲気になり、告白しかけた(・・・・)こと。

 曜にその場面を見られたこと。

 

 そして前にした曜との約束で、優と上手くいくように応援すること。

 

 

 

 それらを最後まで口を挟まずに聞いていた志満は少しの間をあけ。

 

「それで、千歌ちゃんはこれからどうしたいの?」

 

 千歌の方へ顔を向けそう口にする。

 

「どうって……曜ちゃんと優くんが上手くいくように──」

「本当に?」

 

 志満からの真っ直ぐな瞳に耐えきれず、千歌は再び揺れる水面へと目を逸らす。

 

「でも、他の誰かに取られるくらいなら曜ちゃんの方が……」

「千歌ちゃんは優くんと同じくらい、曜ちゃんの事も大切なのね」

「そうだよ! 幼馴染だもん! 小さい頃からずっと一緒に居たんだもん! ずっと一緒、だったんだもん……」

 

 勢いよく立ち上がって口にした千歌は自分が壊してしまったということを思い返し。

 俯き、湯に身を沈めて膝を抱える。

 

「なら、その思いを曜ちゃんにぶつけてみたら?」

「……今更そんなこと言えないよ。抜け駆けしようとしたのは千歌なんだもん」

「千歌ちゃんがそれでいいのなら、私からは何も言わないわ。ただ、後悔だけはしないようにね」

 

 のぼせちゃうから上がりましょう。と言って湯から上がる志満に続いて千歌も立ち上がる。

 

 その後、部屋に戻りベッドへ横たわった千歌は最後に志満から言われたことを考えているうちに、気付けば眠りについていた。




今のところ、予定通り20話いかないぐらいで終われそうです


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じゅういちわめ

 いつも千歌の家にお邪魔するのは悪いからと、今回は優の家に集まって宿題をすることになったのだが。

 いま来ているのは曜だけであり、千歌は先ほど用事ができて行けないとメールが届いていた。

 

「優くん、ここは?」

「そこもさっきと同じでこれをここに」

「あ、そっか」

 

 珍しく千歌よりも宿題が進んでいない曜であるが、決して出来ないわけではなく。

 けれどこうして優に教えてもらっているのは、曜曰く『出来る出来ないじゃなくて、ズルいズルくないの問題なの!』といった感じである。

 

 つまづいたとしても少し手助けをするだけでいいため、優も予定より少し遅れ気味な自身の宿題を進めることができていた。

 

 

 

「そろそろお昼にしようか」

 

 曜の集中が切れた頃を見計らい、優がそう声をかければ。

 今、お腹が空いたことに気付いた曜のお腹から可愛らしい音が部屋に響き渡る。

 

 恥ずかしそうに顔を赤くさせる曜だが、優はそれに触れることなく部屋を出てキッチンへと向かい。

 その後を慌てて追っていく曜だが、優の反応から確実に聞かれていたことが分かり、耳まで真っ赤となっていた。

 

「あ、何も無い。……簡単なのでいい?」

「ご飯にふりかけでも大丈夫だよ」

「自分だけならいいけど、もう少しちゃんとしたの出すって」

 

 苦笑しながらも何か調理する音が聞こえてくる中、曜はテレビをつけ出来上がるのを待つ。

 眺めているだけの番組から内容など入ってこず、意識は自分のためにご飯を作ってくれている優へと向いていた。

 

「(恋人になったらこういうの、増えるのかな?)」

 

 もし自分と優が恋仲になったらどうなるのだろう、と曜は想像を膨らませ。

 きっと今みたいに特別な何かがあるわけじゃなく、何気ない日々が続いているのが見え、クスリと笑みが漏れる。

 

「お待たせ。何か面白いのでもやってた?」

「芸人さんのツッコミが少し面白くて」

 

 なんでもない風にそれっぽい事を口にして誤魔化した曜がテーブルへと向かえば。

 そこにはオムライスにコンソメスープ、サラダが並べてあった。

 

「いや、ケチャップにご飯、卵があればオムライスになるし、スープに至ってはお湯を注ぐだけだから」

 

 曜の表情から何を言いたいのか察した優は、悪いことをしたわけでもないのに言い訳みたく口にする。

 

 曜も怒っているわけではないので優の様子にふふっと笑い、それにつられて優も笑みをこぼす。

 

 

 

 食事を終えた2人は優の部屋へと戻ってきていたが。

 テーブルに広げたままの宿題には手をつけないで休憩と称し、ノンビリとしていた。

 

「優くんの家に来たの、久々な気がするな」

「そう?」

「うん。学校が別になってからは私の家か千歌ちゃんの家だったから」

 

 久々と口にする割には異性のだというのにベッドの上で寝転がり、マンガを読むくつろぎっぷりである。

 

「ね、優くん」

「ん?」

「優くんは彼女作ったりとかしないの?」

 

 読んでいたマンガをパタンと閉じた曜は上体を起こし、真っ直ぐに優を見据えながらそう問いかける。

 

 脈絡などない、いきなりの質問に面食らう優だが、1つ深呼吸をして落ち着きを取り戻せば困ったような笑みを浮かべ。

 

「欲しいとは思ったりするけど、別に作らなくてもいいかなって」

「……それは私と千歌ちゃんが大切だから?」

「それもあるんだけど……いや、なんか恥ずかしいな。この話はここまでにして、続きを始めようか」

 

 この流れはいけないと、優は話を切り上げてテーブルへと向かい、シャーペンを手に持つ。

 

 今まで目を逸らしてきたものに期限が近づいていたのは優も薄々気付いていた。

 それでもあと少し、もう少しだけと、先延ばししていたが。

 

「私ね、優くんのことが好き。幼馴染としてじゃない、1人の男の人として優くんが好きなの」

 

 覚悟を決めた女の子を前に、そんなものは意味を成さなかった。




サクナヒメ、楽しい


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じゅうにわめ

 1人の少女がこれから、高飛び込みをしようとしていた。

 

 周りが固唾を呑んで見守る中、少女は1つ深呼吸をして集中を深め。

 そして綺麗に宙を舞い、少しの水飛沫をあげて水の中へと身を潜らせる。

 

 少女が水面に顔を出して観客席から見ていた幼馴染2人へとVサインを送れば、2人は喜びを露わにし、笑みを浮かべて手を振っていた。

 

 少女もその様子を見て嬉しそうに笑みを浮かべていたが、見守っていた人たちが歓声を上げてプールの中へと飛び込み、少女を囲んでしまったため遮られる。

 

 かけられる賞賛の声に応えながらも再び視線を幼馴染の方へと向ければ。

 そこでは2人が仲良く楽しそうに話している姿が見え。

 

 少女は先ほどまで感じていた喜びが無くなっていた。

 

 

 

 

 

 あの頃からだろう。

 羨ましいとずっと思っていた。

 

 出会った時期は同じはずなのに、いつの時も彼の隣にいるのは私じゃなかった。

 

 私の周りにはたくさんの人が居たけれど、本当に居てほしい彼はいない。

 

 幼馴染2人が話しているのを人の輪の中から見ているだけ。

 

 そんなはずは無いのに、私へ向けるものより柔らかい表情に見えて。

 日に日に胸の痛みは大きくなっていくばかり。

 

 些細なきっかけで彼を異性として意識してからはさらに痛みは大きくなり、苦しんでいた。

 

 こんな気持ちになるのなら知らなければよかったと思う時もあるけれど。

 それでもやっぱり、彼から与えられた温かさは胸の内にじんわりと広がっていき、とてつもない嬉しさを感じる。

 

 3人一緒だと、2人も思っていてくれてるはずだけれど。

 時たま2人と1人に感じてしまい、私だけが外れているように思えて。

 

 そして、そう感じてしまう自分自身が少し嫌になる。

 

 

 

 もう少し、あと少しだけを繰り返していくうち、ぬるま湯にはまって抜け出せなくいたこの関係。

 

 第三者によって強制的に変わらざるを得なくなったけれど。

 

 それでも変わらない関係を築きたいと、思っていた。

 

 思っていたけれど、世の中は思い通りにいかなかった。

 

 いかないのなら。

 

 ずっと、ずっと憧れていた彼の隣に居たいと願うのはいけない事だろうか。

 

 

 

 

 

「あ、もしもし」

 

 1つしか空いていないのなら。

 

 どちらかしか、手に入れられないのなら。

 

「あのね、千歌ちゃん」

 

 他がどうでもよくなるくらい、大切なものなら。

 

「私ね、優くんと付き合うことになったんだ」

 

 願いを叶える我が儘くらいいいじゃないか。

 

 だって、先に抜け駆けしようとしたのは千歌ちゃんだもんね。

 

 

 

 ……でも、私はこれからもずっと、3人一緒にいられたらって思っていたんだよ。




『じゅうわめ』で告白「しかけた」とありますが
あそこが告白「した」→「付き合う」「付き合わない」「返事を聞けてない」でそれぞれルート分岐があります
たぶん分岐は書かないのでこれ完結した時にそれぞれどの結末になるかだけ書きます(覚えていたら


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じゅうさんわめ

「曜、次は何乗る?」

「ジェットコースターがいいな!」

「ほんと好きだね。昼食べてそんなに時間経ってないし、次で3回目なのに」

「遊園地といえば、やっぱりジェットコースターじゃない?」

「いや、他にも色々あるでしょ」

 

 恋仲になった優と曜はいま、遊園地へとデートに来ていた。

 本日は春休み最終日であり、明日から学校が始まるということもあってか、いつもより曜のテンションが高いように優は感じている。

 

 2人が思っていたより人は少なく、並んでも30分なため短いスパンでアトラクションに乗れていた。

 

「普段なかなか来ないし、来ても人が多いからそんなに乗れないし……つまり今日はそういう日なんだよ!」

「千歌みたいなこと言うね」

「……デート中に他の女の子の名前出すのは良くないよっ」

 

 よく一緒に居た、けれど今ここには居ない幼馴染の名前が出た時に。

 曜は一瞬だけ(いた)い表情をしたが、すぐに笑みを作って誤魔化しを口にし、変な空気になろうとしていたのを防ぐ。

 

「ごめんごめん。今日は少し暑いし、アイス奢るからさ」

「全く、私は安い女じゃないんだよ! こんな事で許すと──あ、みかん味だって! 千歌ちゃんも…………っ」

「あはは、曜も人のこと言えな痛っ、ちょっ、曜、それは理不尽ではっ」

 

 安い女じゃないと言いつつ、貰えるのならと店に目を向ければ。

 あまり見ないみかん味のソフトにテンションが上がり、先ほど自分で言ったことをすぐさま破る曜に優が堪らず笑えば。

 

 自分で言った手前、何か言い返すこともできず。

 かといってやられっぱなしは癪だと、無言のまま優へパンチを繰り出していく。

 

 

 

 ひとしきりパンチを繰り出して満足した曜と理不尽な暴力にさらされた優はジェットコースターをひとまず置いておき。

 アイスを買い、イスに座ってノンビリとした時間を過ごしていた。

 

「…………ね、優くん」

「ん?」

 

 他愛もない会話がふと途切れ、互いに黙ってアイスを食べる時間が少しだけ続き。

 次に曜が口を開いたときは先ほどまでとは違い。

 迷い、そして後悔のようなものが混ざっていた。

 

「どうして私と付き合ってくれたの?」

「気になる?」

「…………うん。教えてほしい」

 

 優は少しおどけた調子で返したが、教えて欲しいと言葉にした曜から告白をされたとき以上の覚悟を感じた気がして。

 

 アイスの残りを口に放り、遊園地で遊ぶ家族連れの姿などを見てから口を開く。

 

「気付いてもらうには、これが一番手っ取り早かったから、かな?」

「…………気付く?」

 

 どこかしら自身の好きなところをあげてくれるものと思っていた曜だが、これまで聞いたことのない返しに優が何を言っているのか理解できずにいた。

 

「曜は今日のデート、楽しい?」

「え、うん。楽しいよ」

「本当に? どこか物足りないんじゃない?」

「それは……まだ、お化け屋敷とか行ってないから、じゃない?」

 

 けれど優からの質問に、曜は何を言いたいのかすぐに察し。

 とっさのことに誤魔化してしまうが、今まで目を逸らしていたものを突きつけられ。

 

「…………あれ」

 

 気が付けば、曜は目から涙を流していた。

 

 

 

「僕は今日のデート、楽しくなかった……と言えば嘘になる。でも、今まで曜と2人で出かけたどの時よりも一番つまらなかったよ」

 

 あの日から思っていた事。

 

「意識していなかったのかもしれないけど」

 

 だけどもう叶わないと思っていた事。

 

「曜は今日ずっと、千歌のことを考えてた。行動の、言葉の端々にそれを感じたよ」

 

 それらを心の奥底にしまい込み、鍵をかけたはずなのに。

 

「これから先もずっと、このままでいいのかな」

「よくない!」

 

 結局、それはただ自分を誤魔化していただけで。

 やっぱり1兎だけじゃなく、2兎欲しいのだ。

 

「帰るよ、優くん! 今度は3人で遊びに来るんだから!」




お久しぶりです。
完結させたくない病にかかり、長らく放置してしまいましたが、なんとか振り絞って書きました。
次の話にて完結予定です。
出来るだけ早くかきあげられたらと思います。


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さいしゅうわ

AZALEA1st初日、ギルキス2nd初日、現地参戦してきました。
語彙力なくなるぐらいとても良かったです。(本当はギルキスライブの後に載せる予定でした)
10月のCYaRon2ndも初日に現地参戦しますのでよろしくお願いします。


『千歌ちゃんと話がしたい』

 

 千歌のスマホへ来た、曜からの簡単な連絡。

 

 既読がついた事は曜も分かっているはずだが、それ以降何か送られてくる事はない。

 旅館目の前の海岸にいると場所も書かれていたが、千歌は返信する事なく何度も読み返していた。

 

 連絡が来てからすでに1時間ほど経っているが、ぬいぐるみを抱きしめてベッドに横たわったまま動く気配はない。

 

「……流石にもう、帰ったのかな」

 

 ちらりと千歌が時計に目を向ければ、時間的に太陽は海へと沈み、冷たい海風が吹き始める頃である。

 少し暖かくなってきたとはいえ、まだ4月の初め。

 長い間風に当たっていたら風邪をひくのは誰でも容易に想像できる事であった。

 

「……帰ったのか、ただ確認しに行くだけだから」

 

 誰かに言い訳でもしているかのように自分しかいない部屋でそう口にし、少し厚手のパーカーを羽織る。

 

「…………」

 

 部屋を出る直前、ピタリと動きを止めた千歌。

 『念のため』と小さく呟き、毛布を手にして部屋を後にする。

 

 階段を降り、一応外に行くことを志満へ伝えるため顔を出せば。

 

「志満姉、ちょっと──優くん、なんで……」

「や、千歌」

 

 そこではお茶を飲みながら志満と楽しげに話している優の姿があった。

 何となく、優と顔を合わせるのが気不味い千歌は先ほど反射的に名前を呼んでしまったものの、その後に何を話せば良いのか分からず。

 

「ちょっと外に行ってくる!」

「もう暗いから気を付けるのよ」

「うん」

 

 志満に要件だけ伝え、その場を後にした。

 

「ほら。千歌ちゃん、曜ちゃんのところへ行ったわ」

「俺も同じ方に賭けてるから、そもそも賭けが成立して無いですよね」

「あら、そうだったかしら」

「そうですよ。……まったく、1時間過ぎてから毛布持って行くぐらいなら、初めから行けば良いのに」

「それは優くんが女心をきちんと理解してないからそう思うのよ。……それとも、今のはただの照れ隠しかしら?」

 

 未だ帰ることなく待っている曜の元へ千歌が行くのを見送った2人。

 夕食のことも考え、みかんを仲良く半分に分けて食べながら駄弁っていた。

 

「今回の件、上手く収まるだろうからあまり言わないけれど……私、優くんに少し怒っているのよ?」

「言わんとしてることは分かりますけど、雨降って地固まると言うじゃないですか」

「それは当事者である優くんが言うことじゃないかな」

「……まあ、そうですよね」

「優くんならもう少し上手く出来たんじゃないかって思うのだけど」

「個人的にもう少しの間、変わらない関係のままでいたかったんですけど、世の中そう上手くはいかないみたいで。行き当たりばったりみたいな感じになりましたね。……結果論ですけど、後々変に拗れるよりは良かったのかなって」

「確かに、結果論ね」

 

 そこで志満は1度区切り、今頃2人が話しているであろう方へ目を向け──。

 

「もう、優くんが千歌ちゃんと曜ちゃんの2人とくっつけば良いと思うのだけれど」

「…………ここ、日本ですよ?」

「本人たちがいいのなら、良いんじゃないかしら? それに倫理観を除いてみたら1番良い案じゃない?」

「…………選択肢の1つとして入れておきます」

 

 優の返事を聞いた志満は満足げに頷き、徐に立ち上がる。

 

「あ、何か手伝いますよ」

「優くんは私よりも、ね?」

 

 どうしたのだろうと不思議に思っていた優だが、夕食の準備を始めるのだと察し、手伝うべく立ち上がったが。

 

「「優くん!!!」」

 

 ドタドタと足音を響かせ、少女が2人駆け込んでくる。

 

 その姿は砂で汚れ、髪はボサボサ、顔には涙の跡があったりと酷いものであるが。

 2人の浮かべる表情はとても素敵な笑顔であった。

 

 何か話したいことでもあるのか、千歌と曜は互いに顔を見合わせて頷き、口を開いたが。

 そんな2人を優は手で制し、ニッコリと笑みを浮かべ。

 

「え、えっ、ちょっ」

「優くん、私たち話が」

「さっさと風呂入ってこいアホ2人」

 

 半ば蹴飛ばすように2人を風呂へと押し込み、砂で汚れた床を掃除するのであった。

 

 

 

 

 

「おはよ、千歌ちゃん」

「おはよ、曜ちゃん」

 

 いつもと変わらない朝。

 いつもと変わらない挨拶。

 

「ね、ね、曜ちゃん。聞いて聞いて」

「千歌ちゃん、すごく嬉しそうだけど何かあったの?」

 

 いつもと変わらない毎日……ではなく。

 それはちょっとずつ、だが時には大きな変化が起こっている。

 

「志満姉から聞いたんだけど、優くんが私たち2人とも貰ってくれるって」

「ほんとっ!? や、そんな事……でも、志満さんからの情報だし……」

「これはもう、優くんを呼んで問い詰めるしかないよね」

「そうだね。優くんもきっと始業式だけで午前終わりだろうし」

 

 学校へ向かうバスの中、あれこれ楽しそうに話している2人のことを朝の光が優しく包み込んでいた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 日も傾き、空がオレンジに変わる時間。

 内浦に1人の少女が降り立った。

 

 長い時間電車に揺られて硬くなった身体を解し、見慣れぬ景色の新鮮な刺激に辺りをキョロキョロと見回している。

 

「そういえば、彼が住んでいるのもこの辺りだったわよね」

 

 それは事前に親から聞いており、すでに知っていたことであったが。

 白々しく、さも今思い出したかのような口ぶりで言葉にし、誰が見ているわけでもないのに照れ隠しをしている少女。

 それは良くも悪くも目立っていた。

 

 そのことに気が付いた少女は顔を赤くさせて誤魔化すようにコホンと1つ咳払いをし、そそくさとその場を後にする。

 

「でも、久しぶりだなぁ。…………会えると、いいな」

 

 言葉ではそう口にしつつも、会いたくないという思いも抱いていた。

 それは少女がここへ来た理由と関係があり、今の情けない自分を見られたくないが故に。

 

 

 

 ──少女と少女たち、そして彼が相見える日はそう遠くない。

 

 

 

               To Be Continued...?




これにて「あなたの隣に居たくて」は完結となります。
正確には「あとがき」が残っていますが。
最後の方は間が開いたりとする中、最後まで読んでくださった皆さんに感謝を。
ありがとうございます。

あとがきに色々と書き連ねたいと思います。
(この話の1分後に予約投稿できてたら良いな(願望))
→18時01分にあとがき、予約投稿いたしました。


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あとがき

 改めまして、「あなたの隣に居たくて」を最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

 本作は前作「君が好き」の反省を生かしつつ、簡潔に完結を目指したわけですが。

 12話目から怪しくなり、最後の2話は随分と長くお待たせしてしまいました。すみません。

 

 そこのあとがきではヤンデレ恋愛とか読み返すと書いてあったのですが、ヤンデレ要素は無くなってました。

 

 どこかの後書きにでも書いた通り、書いている途中で完結させたく無くなってしまい、モチベが下がった次第です。

 

 日が経って自身で1話から読み返し、完結させる気力が湧いたのでなんとかこじ付けました。

 元より1、2話ほど短くなってしまいましたが、そこそこ良いのではと個人的には思っています。

 

 

 

 前置きと言いますか作者の独白はここまでとし、本文へと触れていきたいと思います。

 

 まずは皆さんが気になっているであろう(と思っている)、千歌と曜の和解シーンは無いのかという部分について。

 

 無いです。

 実は途中まで書いていたりはしたのですが、書いたものを読み返してみると野暮だと思い、全カットしました。

 

 

 

 実は本文で1つ失敗したなという部分があります。

 3人が水族館でお揃いのクラゲストラップを買ったのですが。

 そのストラップを活かすのを忘れていました。

 

 ストラップの詳しい描写も忘れていたりします。(お揃いではあるが色違いであること、ゆるキャラ的な見た目なのでクラゲの足は3本なこと)

 

 千歌がやらかした時、壁なり床なりに投げ、足2本が壊れ、でも捨てられなくてそのまま引き出しにしまわれるシーン。

 

 仲直りした後、曜は自身のと優のクラゲの足2本を壊し、それぞれにくっつけ直し『これで一緒だね』(壊れたストラップ、3人これからも一緒)の二つにかけている)と言うシーン。

 

 すっかり忘れていました。

 また次があった時に活かせたらなと思います。

 

 他にも志満さんで入れようと思っていたけれどカットした部分とかもあります。

 あまり出番を増やすと千歌との風呂シーンの印象が薄れるような気がしたので。

 

 後は気になったところなど感想でいただいたら追記したりするかもしれません。

 

 

 

 分岐ルートの結末についてですが。

 千歌が告白した

 付き合う

 →本文と同じエンド(曜の部分が千歌に変わる)

 

 付き合わない

 →優、疎遠エンド

 

 返事を聞けていない

 →進藤咲ルート

 

 となってます。

 千歌ルート、曜ルートの個別になるのは遊園地デートの時、最後まで優を選んだ場合になります。

 

 

 

 最後に出てきた少女はお察しの通り、りこちゃんです。

 続きません。

 気が向けば書くかもしれません。

 

 

 

 

 

 他にも何か書きたかったことがあったような気もしますが、以上であとがきも終わります。

 繰り返しになりますが、本作を最後まで読んでいただきありがとうございます。

 作者は未完が多いですが、他にも色々と書いているので気が向いたら目を通していただけたらと。

 

 また、新しく書き始めた話に縁がありましたら嬉しく思います。



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