怪人バッタ男 THE NEXT (トライアルドーパント)
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外伝 怪人バッタ男 in すまっしゅ!! Land 2
No.01 雄英探偵


此方は前連載作『怪人バッタ男 THE FIRST』でも投稿した、『すまっしゅ!!』を元ネタにした番外編です。今回は約6500字と短めですが、楽しんでいただければ幸いです。

タイトルの元ネタは『風都探偵』。正直アニメ化するとは思わなかったので、作者は非常に楽しみです。

2021/8/22 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


それは、俺がリカバリーガールから緊急の呼び出しを受けた所から始まった。

 

「後頭部脳挫滅……ギリギリ生きてるみたいですが、これかなり不味くないですか?」

 

「だからアンタを呼んだんだ。早くしな。事態は一刻を争うよ」

 

何事かと思い保健室に急行してみれば、峰田が生きているのが不思議な位の重傷を負っており、それはリカバリーガールの言う様にデッド・オア・アライブとしか言いようのない命の瀬戸際であった。

幸い、俺の『モーフィングパワー』による外科治療と、リカバリーガールの『治癒』による細胞活性の合わせ技で峰田は一命を取り留め、しばらくして意識も無事取り戻した。通常ならば重篤な後遺症が心配されるのだが、その心配もどうやらなさそうだとの事。

 

かくして俺は一仕事を終え、のんびりとエリの相手をしていたのだが、耳郎と麗日が俺達の元を訪れた事で、本日の予定は珍妙な方向へと崩れていく事になる。

 

「ちょっと解決して欲しい事件があるんだけど良い?」

 

「事件?」

 

「いや、事件かどうかはまだ分からないんだけど……まあ、今の状況でもコレはコレで事件って言うか……」

 

妙に歯切れの悪い耳郎と麗日が言う所によると、先程保健室に担ぎ込まれた峰田だが、アレは寮の裏手で頭から血を流して倒れているのを八百万が発見したモノで、峰田自身何故こんな事になったのか全く記憶がない事から、出久と飯田と瀬呂の三人は峰田が重傷を負った真相の究明に乗りだしているらしい。探偵や刑事のコスプレをした状態で。

 

「……大体分かった。しかし、何故俺に依頼を?」

 

「(依頼って何気に探偵っぽい事言うとる……)」

 

「いや、呉島が一緒ならすぐ解決するでしょ? それに飯田と緑谷はI・アイランドの事件の時の呉島を意識してるっぽいのよ。ロビーに推理小説とか散らかってたし」

 

「なるほど……」

 

正直言って自分でもビックリする位に全くやる気が起きない。被害者が峰田と言う時点で、何か禄でもないオチが待っていそうな気がしてならないからだ。

 

「? お兄ちゃん、また何か始まるの?」

 

「ん~~……始まると言うよりは、終わらせるって感じだな」

 

「? 始まるのに終わるの?」

 

「えっとね……エリちゃんは探偵って分かる?」

 

「たんてい?」

 

「誰も分からない犯人を当てたり、トリックを見破ったりする凄く頭の良い人や」

 

確かに探偵小説に登場する探偵は麗日が言う様な感じではあるが、現実世界の探偵とは主に「相手の事情や罪状を密かに調べ上げる」と言う職業を指し、少なくとも今の出久達の様に率先して事件に首を突っ込んだりはしない筈だ。多分。

 

「それでお姉ちゃん達は呉島お兄ちゃんに事件を解決して欲しくてきたって訳」

 

「? お兄ちゃんはたんていさんなの?」

 

「まあ、アイツらよりは頼りになるかな」

 

「名探偵なんよ」

 

「めいたんてい……!」

 

そして、何たることぞ。耳郎と麗日のヨイショによって、エリがキラキラとした尊敬の眼差しを俺に送っているではないか。こうなってしまっては最早、二人の依頼を断ることなど俺には出来ぬ。

 

「はーい、アンタ等どいてどいてー。名探偵のお出ましだよー」

 

「来た! 強力なライバル探偵の登場だ!」

 

「いいな! ますますぽくなってきた!!」

 

「ああ! ぽいな!!」

 

「??」

 

そんなこんなで耳郎に連れられて出久達の元へとやって来た訳だが、俺を見た出久達は妙に嬉しそうだった。そして何故か出久が俺にグイグイと妙に強い押しで金田一耕助の衣装を渡してくるので、俺は仕方なくソレに着替えて彼等に同行する事になった。俺としては明智小五郎の方が良かったのだが……。

 

その後、三人が調べて手に入れた情報を教えて貰ったのだが、第一発見者は八百万で、峰田が倒れていた現場は寮の裏手で外からは植え込みで見えづらく、寮の中からも死角になっている場所なのだと言う。

峰田の性格的に自殺は考えづらく、普段の行動と言動から怨恨の線を有力視しているが、麗日が育てていたイチゴの植木鉢が現場の近くに落ちていた為、それがたまたま頭に命中した事による事故の線も否定出来ないのだとか。

 

「……なるほど。現状では事件と事故の両方の可能性がある訳か」

 

「うん。それでガイシャの人物相関図を作ってみたよ!」

 

好意……上鳴。

 

殺意……麗日。蛙吹。八百万。芦戸。耳郎。葉隠。

 

利用……イナゴ怪人1号~RX

 

滅亡……イナゴ怪人アーク

 

「……なるほど。禄でもないな」

 

出久が自信満々で発表した人物相関図を見て頭を抱えたくなるものの、ぶっちゃけ間違っているとも言い難い。峰田に好意を持っているのが上鳴だけで、女子全員からは毛虫の如く嫌われているとしても、普段の峰田を鑑みるに当然の結果と言わざるを得ない。

 

「ふむ……イナゴ怪人達は兎も角として、女子全員に動機があるのか」

 

「それじゃ、一人一人に聞き込みして回るか」

 

「そうだね」

 

「………」

 

かくして我々は峰田の負傷を事故ではなく事件と仮定し、容疑者を特定する作業に移った。1人目は『Ultimate DIE』と言う不穏な文字が胸にデカデカとプリントされているTシャツを着た葉隠だ。

 

「たまにこっそり抓ったりしてるけど、流石にホントに殺そうとしたりはしないよ」

 

「死んだらそれ以上苦しまないもんな」

 

「そう言う事じゃないと思うケド……」

 

出久のツッコミを無視し、葉隠は殺意を否認していると言う事で、俺達は次の容疑者から話を聞く事にする。2人目は『Kill You』と物騒極まりない言葉が目を引くTシャツを着た芦戸だ。

 

「ヒドーイ! 疑うなんて! 大体私なら死体が上がらない様に溶かすし!」

 

「怖ッ!!」

 

「まあ、そうだろうな」

 

そもそも峰田が負った傷は後頭部脳挫滅である。脳挫滅と言うのは頭蓋骨と脳を深く大きく破壊された状態を指し、高確率で死に至る重傷の一つだ。

これはかなり強力な物理的衝撃によって引き起こされるもので、鉄パイプなどで殴打される他、高所から落下した重量物が頭部に命中した事でなる事もある。

 

その為、現時点で俺は内心出久達三人とは違い、事故の線が強いのではないかと睨んでいるのだが……。

 

「八百万さんは……どうする?」

 

「動機は一番強そうだぜ」

 

「第一発見者が犯人のパターンか。幾つか読んだな」

 

しかし、事件の方向での聞き込みを続ける出久達が八百万に話を聞きに行った時、事態は思いも寄らない展開を見せ始める事となる。

 

「実は峰田さん、当時はまだ息があって……『違う……誤解だ』と呻いていた様に見えました」

 

「誤解?」

 

「ええ……『違う……誤解だ』と……」

 

「やっぱり他殺の線が濃くなってきたな」

 

「ゴカイ……五階の誰かって言おうとしたのかも」

 

「なるほど。蛙吹君か」

 

「………」

 

俺としては「ゴカイ」よりも「チガウ」と言った方が気になるのだが……ひとまず女子全員の話を聞こうと言う事で梅雨ちゃんから話を聞いた所、真相を解明する上で最も重要な情報を手に入れる事が出来た。

 

「今朝9時頃? 中庭で皆でご飯してたわ」

 

「女子全員!? 一気に皆アリバイが!!」

 

「そう言えば、峰田ちゃんしきりに言ってたわよ。『今日は朝練があって大変だ』って……」

 

「朝練?」

 

……おかしい。これまでの証言を全て真実だと仮定して考えた場合、明らかに奇妙な所がある。そして俺の考えが正しい場合……やはりこの事件は禄でもないオチで終わる事になるだろう。

 

そんな俺の心境を余所に、皆で峰田が倒れていた所を発見された現場に行ってみれば、そこには真新しい血痕と人形の白線。それにもぎもぎが幾つか落ちていた。

 

「ホントだ……もぎもぎ、見落としてた」

 

「んー? さっきあったか?」

 

「では、峰田君は朝ここで自主練習中に何者かに何らかの誤解を受け、それが元で殺されたと?」

 

「今の所、矛盾は無いね」

 

「いや、峰田は生きてるし、矛盾する所ならちゃんとあるぞ?」

 

「「「え!?」」」

 

「被害者である峰田の足取りだ。普段の峰田の性格と行動を考えると、大きな矛盾が見受けられる」

 

「被害者の足取りの矛盾!」

 

「スゲェ! 何かスゲー解決編っぽい!」

 

「ああ! 物凄くぽいな!」

 

「………」

 

だから何でコイツ等こんなにもノリノリで嬉しそうなんだろう? まあ、そんなキラキラした眼差しもすぐに曇るだろう。禄でもないオチの所為で。

 

「それで! それで被害者の足取りの矛盾とは一体何なんだ!? 金田一君ッ!?」

 

「……これまでの情報を整理すると、峰田は女子に『朝練が忙しい』としきりにアピールし、その後此処で自主練習をしていた事になる訳だが……何故峰田は自主練習の場所として此処を選んだんだと思う?」

 

「え……?」

 

「峰田の行動原理は基本的に『女にモテたい』と言う欲望だ。その為に女子に努力する姿をアピールすると言うのなら、当然『努力している所を見せよう』と行動する筈だ。

しかし、現場は寮の裏手で、外からは植え込みで中の様子が見えづらく、寮の中からも死角だ。普段の峰田の性格と言動を考慮すれば、その言動と行動には大きな矛盾があると思わないか?」

 

「……言われてみればそうだな。しきりに女子にアピールしておいてこんな場所で朝練するってのはちょっと不自然だ」

 

「そして、八百万が峰田を発見した時に聞いた『違う……誤解だ』と言う台詞から察するに、峰田は此処で『誤解を受けるような事をしていた』と考えられる」

 

「誤解を受けるような事?」

 

「さっき出久と瀬呂が言っていただろう? 恐らく、本当にその時には『もぎもぎ』が無かったんだろう。そして、時間が経って剥がれたから気付いたんだ」

 

「剥がれた? ……あ! 壁か!!」

 

「そうだ。恐らく峰田は此処で『もぎもぎ』を使い、壁を登っていた。そして手を滑らせたか足を滑らせたかして地面に落下し、重傷を負ったんだ」

 

「それじゃ、あっちゃんはこの事件は事故だって言う訳?」

 

「いや、ある意味では事件だ。落ちているもぎもぎの個数や麗日の植木鉢が落ちている事から察するに、峰田は麗日の部屋へ壁を登って侵入しようとしたと考えられる」

 

「何ッ!?」

 

「それじゃあ……まさかッ!!」

 

「朝練云々と言う部分は恐らくフェイクだろう。万が一、誰かに見つかった時に誤魔化す為のな。仮に峰田を泥棒か何かだと思って誰かが攻撃したとすれば、その攻撃した誰かが峰田を放置するとは考えにくい」

 

「つまりコレは……『被害者が実は加害者だった』と言うパターンかッ!!」

 

「でもよ、証拠はあるのか? 何かこうバシッと決まる様な証拠は」

 

「ある。雄英の警備システムを考えれば、何処かの監視カメラにこの現場が映っている可能性が高い。何が起こったのか、その一部始終がな」

 

ぶっちゃけた話、こんな事をしなくてもそれで一発解決なのだが、流石にその辺のロマンは俺も分かっているので敢えて言わなかった。

 

かくして、推理の答え合わせと称して俺達は警備室に雪崩込み、そこで事件の真相を知る事になる。

 

――壁をよじ登って麗日の部屋のベランダに侵入し、干していた麗日の下着を盗もうと手を伸ばした所、手すりに乗っていたイチゴの植木鉢を誤って落としてしまい、それを拾うべく手足を滑らせて地面に落下していく峰田の姿が……。

 

「「「「………」」」」

 

以上が事件の顛末である。当然ながら峰田には制裁が加えられたが、実はこの事件には後日談がある。

 

変態ブドウ下着泥棒未遂事件より数日が経過し、雄英が平和を取り戻したある日の事。寮の共有スペースで夕食を摂っていた俺達の前に、イナゴ怪人アークが台車に布を被せた大きなモノを乗せて現われたのだ。

 

『先日の変態ブドウ下着泥棒未遂事件により、私は新たに「探偵」と言う存在をラーニングした。そこで私は今後、類似した事件が起こった場合に備え、ラーニングした探偵の情報を元に、かつて私がスクラップにした雄英のセキュリティロボのパーツを材料にあるものを製作した』

 

「あるものって……何?」

 

『人工知能による高度な演算と情報処理能力。それに優れた捜査能力と非常に人間らしい感性を併せ持った探偵型ロボットだ』

 

「「「探偵型ロボット!?」」」

 

『お見せしよう。たった一つの真実を見抜く、迷宮無しの名探偵! その名も……』

 

「「「その名も!?」」」

 

『テツワン探偵ロボタックだッ!!』

 

「は~い! ボク、ロボタック、バウ!」

 

「「「ええええええええええええええええええええええええええ!?」」」

 

探偵ロボットと聞いて思わず身を乗り出した出久達三人だが、イナゴ怪人アークが披露したのは真っ赤なボディが眩しい二頭身体型の、実にゆるキャラチックな犬のロボットだった。しかし、テツワン探偵とか言っているが、この姿の何処に探偵要素があるのだろうか?

 

「こ、このAIBOが変な方向に進化したみてーなロボットが、アークの造った探偵ロボット!? ワズ・ナゾートクは!?」

 

『そんなモノは知らん』

 

「つーか、コレ全然探偵っぽくないんだけど!? 何で人型じゃないの!?」

 

『人間に似せる必要などあるまい』

 

「てか、オイラの事件を参考にしたっつーなら、男を喜ばせる様な機能を持ったロボットを造るべきなんじゃねーの!?」

 

『男が喜ぶ機能なら搭載している。ロボタックよ! ジシャックチェンジだッ!!』

 

しかし、イナゴ怪人アークが造ったロボットが只のロボットである筈がない。イナゴ怪人アークの謎の指令を受けたロボタックにより、我々は想像の斜め上の光景を目の当りにする。

 

「ジィイーーーー、シャアーーーークッ!!」

 

何とロボタックの両腕と両足が分離し、頭部・胴体・両腕・両足それぞれが変形。それらがドッキングするとカッコ良い頭が胴体の中から出現し、ロボタックは二頭身のゆるキャラから八頭身のメタルヒーローに変身した。

 

「勇気凜々! 腕はビンビン! 笛の音色はワンダフル! ロボタック・アズ・ナンバーワンッ!!」

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」」」」」

 

確かにロボットの変形機能は男が喜ぶ機能には違いないので、イナゴ怪人アークはウソ“は”言っていない。現に「そうじゃねぇよ」と吼える峰田以外の男衆はロボタックの勇姿を見て盛大にフィーバーしている。

 

「確かに男子ってああ言うの好きだよねー」

 

「ねー」

 

何処か呆れた様にテンションアゲアゲの男子達を見る女子達だが彼女達は知らない。来年度の雄英高校一般入試の実技試験。そして雄英体育祭において、彼等を筆頭とした人工知能を搭載した可変機能を持つロボットが大量に投入され、色んな意味で世間の話題をかっ攫って一世を風靡する事を……。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 幼女の期待を裏切る事が出来ない怪人。事件は無事に解決したし、推理した内容も当たっていたものの、汚れを知らぬ幼女に下着泥棒未遂を説明するのは気が引ける。結局、麗日達を頼って何とかイイ感じにふんわりと説明して貰った。

緑谷出久&飯田天哉&瀬呂範太
 探偵プレイにのめり込んでいた三人。今回の一件で怪人探偵との推理対決に敗れたが、割と面白かったので結果としてはそこそこ満足している。でも推理で負けたのは悔しいので、再戦の機会を虎視眈々と狙っている。

イナゴ怪人アーク
 本編第一話で破壊したセキュリティロボの残骸を用いてリサイクルを実践してみた怪人。ヒューマギア? 知らないマシンですね。尚、ロボタック達を扱う会社の名前は『ゴールドプラチナ社』を予定している。飛電インテリジェンス? 知らんな。



テツワン探偵ロボタック
 正直ロボタックやカブタックやロボコンを知っている読者が何人居るのか分からないし、ワズ・ナゾートクを期待した読者には悪いが、ジシャックチェンジは男の浪漫が溢れる素晴らしい機能なのだ。尚、作者が『ロボタック』で一番好きなキャラはマイトバーン。
 原作がアレなので書く予定は一切ないが、この世界では来年度の雄英高校の一般入試の実技試験や雄英体育祭では審判としてマスターランキングの他にキャプテントンボーグやガンツ先生が投入され、更に混沌とした様相を呈する事になる。

???「四つ! 容赦はせずに制裁だッ!!」


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No.02 青・春・奈・落

此方は前連載作『怪人バッタ男 THE FIRST』でも投稿した、『すまっしゅ!!』を元ネタにした番外編です。今回はハロウィン回と言う事で、久々の季節物であります。ギリギリ間に合った……ッ!!

タイトルの元ネタは『フォーゼ』の「青・春・銀・河」。7000字程度と短めですが、楽しんでいただければ幸いです。


ハロウィン――それは何だかよく分からんが、妙に高揚する謎のイベント。

 

まあ、真面目に説明するなら、毎年10月31日に行われる一種の祭事であり、日本において一般人が認知する所としては「各々が思い思いの仮装・コスプレをして参加するイベント」と言った具合であろう。

商業的には夏休みとクリスマスの間の販促イベントの題材として度々扱われており、千葉にある夢の国ネズミーランドを筆頭に全国各地で様々なハロウィンにかこつけたイベントが企画され、近年では幼稚園や保育園でも慣例行事として扱われている所があるらしい。

 

一方、ハロウィンにまつわる事件や騒動も年々増加する傾向にあり、ヒーロー候補生としては何とかしたい所でもある。特に今年は『敵連合』関連で色々と事件が多発している為、例年よりもトラブルの発生率が高いと予想されているから尚更だ。

 

「シャーケッケッケッケッケ! ノーパンプキン! ノーモアパンプキン! 日本人なんだから、ハロウィンにはシャケを食えーーーーーッ!! 今年のハロウィンはこのベニザケ怪人が考案した『日本クリス鱒作戦』の前哨戦として、ハロウィンをシャケ一色に染めてくれるわーーーーーーッ!!」

 

しかし、こうした大衆向けのイベントは、ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』にとっても主義主張をアピールする良い機会である。その所為かベニザケ怪人はお菓子の代わりに鮭の切り身を配るつもりでいるらしく、全身からやる気と言う名のオーラをこれでもかと垂れ流している。

 

「いいや、団子だッ!! 此度のゴルショッカーが提供するハロウィンには、拙者の特製団子こそが相応しいでござる!!」

 

対するは、団子に異様な情熱を燃やすダンゴムシ型ロボットのダンゴロン。その手にはお手製の餡団子が握られている。

一応「季節物も入れろ」とアドバイスした為か、ラインナップ中には餡子やゴマやみたらしの他にも、クルミやおさつ餡やカボチャ餡と言った変り種の串団子も散見される。

 

ハロウィンイベントでシャケの切り身と団子を配るなら、お菓子にカテゴライズされる団子の圧勝の様な気もするが、やりようによっては今晩の献立に悩む奥様方なんかにはシャケの切り身の方が有り難くて、もしかしたら団子よりもウケるかも知れない。

いずれにしても、競争相手が居た方がお互いにやり甲斐はあるだろうとベニザケ怪人もダンゴロンも放置しているが、コイツ等は活動資金をどうやって工面したのだろうか? 疑問に想って聞いてみれば「情報料と報酬」と言っているが……まあ、少なくとも非合法な事ではないらしい。

 

「とりっく・ぉあ・とり~と……?」

 

「そうそう。トリック・オア・トリート。日本語で『お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ』って意味だよ。まあ、実際にはハロウィンの時の挨拶みたいな感じだけどね」

 

そして、我らがA組もハロウィンイベントの参加には結構ノリ気であり、周りを見て何事かと思ったエリが、「わ~た~が~し~機だッ!!」と何故か綿菓子機を抱えてやってきたオールマイトからハロウィンの説明を受けている。

そんなハロウィン初心者のエリはオールマイトが作った綿菓子を食べながら、何だか楽しそうだと想い始めたのか、徐々に目を輝かせている。

 

かく言う俺もハロウィンイベントには参加する気満々だし、元々エリを連れていく事は確定しているのだが、問題は仮装の内容だ。

当初の俺は出久がオールマイトのコスプレをして参加するだろうと予想し、ならば俺はオール・フォー・ワンのコスプレをして参加しようと思ったのだが……。

 

『はっはっは! わ~た~し~が~来た!』

 

『………』コンコンコン

 

『? 開いてますよ、どうぞ~』

 

『ぼ~く~が~、居るゥウウウッ!!』

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

感想を聞こうとスーツ姿で髑髏仮面なオール・フォー・ワンのコスプレで出久の部屋に突撃した所、チェーンソーを持った殺人鬼にでも襲われたかの様な恐怖に引きつった顔で腰を抜かし、あらん限りの悲鳴を上げたオールマイトのコスプレをしている出久を見て、「コレはアカン」と結論づけた俺はネタ切れに陥ってしまったのである。

 

神野区で相対したオールマイトやサー・ナイトアイの証言を元に製作したオール・フォー・ワンの髑髏仮面もさることながら、声真似までして無駄にクオリティーを上げたのが悪かったのかも知れない。

つーか、冷静に考えたらエリが怯えるに決まっているコスプレだから、どう足掻いてもボツの運命は決定している代物だった。

 

「所で、エリちゃんはどんな仮装をしてみたいのかな~?」

 

「う~んと……魔法使いになりたい……」

 

そうこうしている内に、とうとうエリの仮装も決まってしまった。エリに関しては無駄に女子力が高い上に、最近妙に甲斐甲斐しいオールマイトに任せるとして、俺も迅速に仮装を決めなければならない。

 

何かヒントは無いだろうか……む? コレは……。

 

 

○○○

 

 

紆余曲折あって迎えたハロウィンイベント当日。紙袋やゴミ袋でソレっぽくした麗日や、子供“の”仮装をすると勘違いした飯田。常闇の仮装をした瀬呂や上鳴など、一部が非常にカオスな仮装をしているA組の前に、とんがり帽子を被って背中に箒を背負ったエリが、バスケット片手にお決まりの台詞を言いながら現われた。

 

「と、とりっく・ぉあ・とり~と!」

 

「か、か、可愛い~~!」

 

「ステキな衣装ね」

 

「魔女っ子エリちゃんって感じだね」

 

「魔女じゃないもん。エリは魔法使いだもん」

 

エリがA組の女子勢に囲まれ、あくまでも自分は魔法使いである事を強調していると、異様な雰囲気を纏った異形の集団を彼等は捉えた。

 

それは、紫色の細い縦のスリットが入った黒い仮面を被り、全身に黒いパワードスーツの様なモノを着込んだ男を先頭に、それぞれデザインが異なる黒い仮面を被った黒ずくめの男達が追従しているのだ。

 

「え……何アレ?」

 

「アレって……まさか……」

 

「お兄ちゃん!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「それじゃ、アレ呉島なのか!?」

 

嬉しそうに漆黒のI字仮面に駆寄ったエリの発言により、相手が何者なのかを察したA組であるが、新が選んだ余りにも異様な風体の仮装に驚きを禁じ得ない。そんな彼等彼女等の驚きを余所に、仮面の男はエリのほっぺを撫でながら何でも無いように声を掛けた。

 

「やあ皆さん。お待たせしました」

 

「あ、いや、それほどでも……」

 

「と言うか、呉島君のソレは一体何の仮装なんだ!?」

 

「ボンドルドだよ。そんでイナゴ怪人達は祈手(アンブラハンズ)。『メイドインアビス』知らないのか?」

 

「うん。僕は知ってるけど、完成度が異様に高いね」

 

「……ええ。ヒーロー飽和社会と呼ばれる現代に於いて、今や常識に左右されない全く新しいアプローチが試されるべきと考えます

 

「頼むからあっちゃん、声真似は止めて! 怖いから!」

 

器用に黎明卿の声真似をしつつ、暗黒のすしざんまいポーズを取る新を見て、元ネタを知る出久は割と本気で訴えた。何せ新は怪人軍団と言う、本当に常識に左右されない前代未聞の全く新しいアプローチを実行している為、かなり洒落になっていない台詞だからだ。

 

「……所で、エリちゃんはどうして魔法使いなの?」

 

「いや、ナナチもプルシュカもエリにはやらせられないだろ」

 

「じゃあ、その背負っているヤツの中身は何?」

 

「ああ、コレはな……」

 

「「「トリック・オア・トリート~~!」」」

 

「おやおや」

 

気を取り直して、出久が新の仮装について聞いていると、三人の仮装した少年達が彼等の元にやってきていた。こんな怪しい連中に絡んでお菓子を貰おうとするあたり、もしかしたら彼等は命が要らないのかも知れない。

 

「ハッ!! しまった!! 俺とした事が、お菓子の用意を忘れていたッ!!」

 

「問題ない。ポチッとな」

 

仮装だけでお菓子の用意を忘れた事に気付いた飯田に対し、落ち着いてボタンを押す新。すると新が背負っていた物から、何かケースの様な物が射出され、それを後ろに居た祈手(アンブラハンズ)に扮するイナゴ怪人が受け止めると、新はケースを開いて子供達に中身を見せつつこう言った。

 

「お菓子の為ならば悪戯も厭わない勇気ある子供達。さあ、一歩前へ……」

 

「両手で掴めるだけ持っていくが良い」

 

「「「わーーーー!!」」」

 

子供達はケースに手を突っ込んで、掴めるだけのお菓子を掴むと、嵐の様に次の獲物を求めて去って行った。その様子を見て元ネタを知る出久は、ケースの中身がお菓子だと知って心底安心したのは言うまでもない。

 

「呉島。もしやその背負った物の中身は……」

 

「お察しの通り、お菓子の詰め合わせだ」

 

「で、何で掴み取り方式な訳?」

 

「そっちの方が何か楽しいだろ?」

 

「ワカル」

 

「そうね。何となく分かるわ」

 

「しかし、こうして見てみると、一般の方々はステインの仮装をしている者が多いな」

 

「アイツには分かりやすい思想があったからな……」

 

子供達の襲撃を乗り切り、落ち着いて周りを見てみると、「コレが今年のトレンドだ」と言わんばかりに、ヴィランであるステインの仮装をしている者が多い。

 

それに気付いた飯田と新は、ステインに関わった者としてかなり思う所がある訳だが、傍目から見れば赤ん坊の仮装に加え、全身タイツで筋肉質かつモッコリしたボディラインが浮き出ている青年と、全身黒ずくめの配下を多数従える謎のI字仮面である。ハロウィンでなければ不審者として通報される事は必至だ。

 

「あれ……? 相澤先生!?」

 

「お前等……!」

 

「何いい年してはしゃいでるんすか!」

 

「馬鹿……違う、静かにしろ(何故常闇がいっぱい……)」

 

すると人混みの中に、こんなイベントには絶対に参加しないような、自分達の担任が居る事に上鳴が気付き、受け持ちの生徒達に見つかった事でドラキュラ姿の相澤は珍しく慌てている。単に三人に増えた常闇を見て戸惑っているだけなのかも知れないが。

 

「任務中だ。ヴィランが紛れていると情報があった」

 

「えー!? 手伝いましょうか?」

 

「要らん。早く帰れ」

 

「良いじゃない。人手足りてないんだし」

 

「ミ……ミッドナイト先生!!」

 

「ハロウィン万歳!!」

 

ゾンビナースの仮装で現われたミッドナイトを見てテンションが上がる上鳴を筆頭に、A組の面々はヴィラン退治に乗り出そうとしているが、新は違った。

この人混みの中にヴィランが紛れているとなると、エリをこのままにする訳にはいかない。故に新はヴィランと聞いて足にしがみつくエリを連れ、雄英に帰る決断をした。

 

「大丈夫です、エリ。私は何処にも行ったりはしません」

 

「ふぁっぷ……本当?」

 

「ええ、エリ。貴方の愛があれば……私は不滅です!」

 

「?」

 

「(ヤバイ……本当に不滅っぽい)」

 

意味は分からないが、兎に角一緒に居てくれるらしい事は理解したエリは大人しくほっぺを撫でられているが、傍で新の発言を聞いていた出久の顔は青ざめていた。

 

何せ新はイナゴ怪人BLACKと言う、ある意味では『精神隷属機(ゾアホリック)』で自分の意識を植え付けた様なイナゴ怪人を“個性”で作りだした前科がある。

それこそ今度は「エリを残しては死ねない」とか考えて、イナゴ怪人シンとかそんな感じの『完全な呉島新の記憶を持つイナゴ怪人』が生まれたとしても、出久は何も不思議だとは思わない。

 

「と言う訳で、我々はエリと共に雄英に帰ります」

 

「あ、ああ……」

 

「あ、それじゃアタシも」

 

「私も行くわ」

 

「それでは私も……」

 

その後、立候補によって耳郎、梅雨、八百万の三人が新とエリに同行し、5人は雄英へ帰る事にしたのだが、その道中で彼等は意外な人物と遭遇した。

 

「おやおや、轟ではありませんか」

 

「!? もしかして、呉島か?」

 

「ええ、私は呉島新。新しき呉島と人は呼びます」

 

「??? そ、そうか……」

 

完全にノリノリで黎明卿プレイを楽しんでいる新だが、轟には元ネタが全く分からない。新に同行している耳郎や梅雨、八百万にも分からない。そして誰もツッコミを入れなかった為に轟は、混乱しながらも新の発言を「新しく思いついたジョークか」と勝手に納得した。

 

「もしかして貴方達、雄英の……?」

 

「ええ、轟さんと同じ一年A組のクラスメイトですわ」

 

「ああ、やっぱり! 焦凍の姉の冬美です。何時も弟がお世話になっております」

 

そんな轟の傍に居たのは、轟の姉である轟冬美。ちなみにこの時轟はドラキュラの仮装を、冬美はゴーストの仮装をしていたりする。

 

「これはこれはご丁寧に。自分は呉島新です。さあ、エリ。ご挨拶ですよ」

 

「え、エリです……と、とりっく・ぉあ・とり~と~」

 

「ふふふ。はい、トリック・オア・トリート~」

 

「ありがとう……」

 

ある程度は改善されているものの、まだまだ大人に対して人見知りの気があるエリは冬美からお菓子を貰うと、新の後ろにさっと隠れてしまう。そんなエリに冬美は気を悪くすること無く、むしろ微笑ましい顔で見つめている。

 

「あらあら」

 

「おやおや。それにしてもドラキュラとゴーストですか……二人ともよくお似合いですよ」

 

「てか、轟がこう言うイベントに参加するのって結構意外なんだけど」

 

「俺も最初は参加する気は無かったんだが、そしたらイナゴ怪人から『奥行きのあるヒーローになりたいなら、こう言うイベントも今の内に体験して経験を積んでおくべきではないか?』と言われてな。それで俺が行くなら姉さんも参加するって言ってくれたんだ」

 

「……なるほど」

 

新はベニザケ怪人とダンゴロンが言っていた「情報料と報酬」の内容を理解した。地震・雷・火事・親父の内、火事と親父が悪魔合体した焦凍成分に飢えているあのポンコツ親父は、ドラキュラ姿の轟と言うSSRな代物をイナゴ怪人から提供して貰い、色々と頭がやられてしまったに違いないと。

 

「ふふふ、可愛い妹さんね」

 

「ええ。血は薄いですが、私の家族です。可愛いでしょう?」

 

「薄い……?」

 

「冬美さん。家族とは血の繋がりのみを言うのでしょうか? 私はそうは考えていません。『心を受ける』と書いて『愛』と読むのなら、互いに慈しむ心を受け止め合う事こそが、人と人とを家族たらしめるのです。血の繋がりはその助けに過ぎません」

 

「………」

 

「愛です。愛ですよ、冬美さん。それに家族とは他人同士が出会い、築き上げていくものではありませんか」

 

冬美が何か言う前に先手を打つべく、新は暗黒のすしざんまいポーズで家族愛を高らかに語った。

 

元ネタを知る出久がこの場にいたならば名状し難い渋い顔をするだろうが、この場に元ネタを知る者が一人も居ない上に、相手は家族について色々と思う所がある轟家の二人である。

 

また質の悪い事に、その台詞が完全に兄と言うよりは父親のソレだったので、轟家の二人にとってありとあらゆる意味でクリティカルヒットしていた。

確かに台詞そのものはネタである。しかし、そこに込められた思いは紛れも無く本気であり、善くも悪くも本気の思いが込められた言葉と言うのは心に響く。

 

冬美は弟と同じクラスの、僅か16歳そこそこ男子高校生とは思えない、溢れんばかりの慈愛と父親のオーラに圧倒されているし、轟は轟で30歳になる担任の相澤先生をも上回る父性を獲得するに至った同級生を目の当りにして、心の底から「どうして俺の親父はこんな風じゃないんだ」と思った。

 

「えっと……それじゃあ、この辺で失礼しますね」

 

「そ、そうですわね。さあ、呉島さんもエリちゃんも帰りましょう」

 

「そうですね。さあ、エリ。バイバイですよ」

 

「うん。バイバイ……」

 

何かヤバイと勘の鋭い耳郎が察し、少々強引に話を切り上げると、異形の集団は雄英に向かって歩き始めた。

 

「………」

 

しかし、時既に遅し。轟家の二人に手を振っていたエリと手を繋いで帰路についた仮面の男の背中を、冬美はじっと見つめていた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 溢れんばかりの呪いと祝福を受けている怪人。自分を受け入れてくれた人間が増えた所為か、かなりノリノリで悪役をやれる様になっている。ハロウィンを存分に楽しんだが、その所為でとんでもない地雷を踏み抜いた事に気がついていない。

エリ
 中途半端になってしまったが、ハロウィンイベントを結構楽しんでいた幼女。当初は『不思議の国のアリス』をイメージした仮装だったが、原作者の堀越先生が投稿したハロウィンエリちゃんが可愛かったので、急遽仮装を変更したと言う経緯がある。

ダンゴロン
 カブタックよりも先に登場したダンゴムシ型ロボット。睡眠学習が充分な為、「女性の顔が区別できない」と言った弱点は無い。この作品のダンゴロンは只の消費者では無い。自ら究極にして至高の団子を作り出そうとする求道者なのである。

緑谷出久
 色々と吹っ切れてしまった幼馴染みの悪ふざけの所為で、心労が絶えない原作主人公。シンさんと別れた後で、元ネタの『すまっしゅ!!』と同じく死柄木弔と黒霧に遭遇したが、イベントと勘違いした一般人によって二人を取り逃がす事となる。

耳郎響香&蛙吹梅雨&八百万百
 元ネタの『すまっしゅ!!』では仮装してイベントに参加しているケド、後半ではフェードアウトしている面々。切島もそうではあるが、キャラ的にヴィラン退治の方に向かいそうだと思ったので、エリの護送には同行はしなかった。

轟冬美
 弟と仲良くハロウィンイベントに参加したお姉さん。よりにもよって家族愛を語らせれば右に出る者は居ない(意味深)ボンドルドの仮装をしているシンさんに出会ったのが運の尽き。轟家の爆弾……何とかしたいですよね。



ボンドルドアーマー
 シンさんが『メイドインアビス』に登場するボンドルドの装備を見た目だけ再現した物。故に戦闘能力は皆無であり、フル装備されたカートリッジの中身も全てお菓子。しかし、奈落の深淵に魅入られたのは果たしてどちらなのか……。

愛です。愛ですよ、ナナチ。
 ボンドルドの名台詞。元々は仮免試験にエリが着いてきて、相澤先生とMs.ジョークのやり取りの中でシンさんに言わせようと思っていた。其方ではボツになったが、もっと効果的な相手が居る事に気付いた作者によりこうして再利用される。


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本編
第1話 俺は改造人間バッタ男!!


大変長らくお待たせしました。短編の『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』、連載作の『怪人バッタ男 THE FIRST』から続く、『怪人バッタ男』シリーズの三作目であります。

原作で死柄木に移植された“個性”『オール・フォー・ワン』に宿ったオール・フォー・ワンの意志が死柄木の肉体を乗っ取ろうとしたり、オール・フォー・ワンが“個性”に宿る人間の意志について臓器移植を例に挙げて解説したりと、作者的に「ヒーハー!」と叫びたくなる展開が続いて楽しいです。

原作デク君「例え、何を犠牲にしたとしても……ッ!!」

作者「? 今の死柄木に『ワン・フォー・オール』を譲渡すれば爆発して死ぬのに? 意味ないよ」

しかし、ガンギマリデク君VS改造超人死柄木の戦いを見てこう思ったのは、果たして作者だけなのだろうか……。

今回のタイトルの元ネタは『ストロンガー』の「おれは電気人間ストロンガー!!」。令和の世でも相変わらず昭和ライダーのタイトルを参考にしております。

10/25 誤字報告より誤字を修正しました。誤字報告ありがとうございます。


仮面ライダーこと呉島新は、改造人間である!

 

彼を改造した『敵連合』は、ヒーロー社会の崩壊を企む反社会組織である!

 

「それじゃ、いってきまーす」

 

「い、いってきまーす」

 

「車に気をつけるんだぞー」

 

「「はーい」」

 

仮面ライダーは人間の自由の為に、今日も登校するのだ!

 

 

○○○

 

 

雄英高校敷地内、徒歩5分の場所に建てられた築三日の学生寮『ハイツアライアンス』。その玄関前に集合していたのは、家庭訪問と言う名のある意味では林間合宿以上の修羅場を乗り越えた、ヒーロー科1年A組の面々であった。

 

「取り敢えず、1年A組。無事にまた集まれて何よりだ」

 

「あの……呉島さんがこの場に居ないのですが……」

 

「呉島は訳あって寮の中に居る。心配する必要は無い」

 

「って事は……皆、入寮の許可降りたんだな」

 

「私は苦戦したよ……」

 

「フツー、そうだよねぇ……」

 

「二人はガスで直接被害遭ったもんね」

 

この場に姿が見えない唯一のクラスメイトが居ると知って皆が安堵する中、葉隠は両親の説得が困難だった事を思い出して溜め息をついた。

それを見た耳郎は葉隠と同様の被害を受けたにも関わらず、両親の説得が割かし容易だった事の方がおかしいと改めて理解した。

 

尚、耳朗の両親が雄英の全寮制……つまりは娘を継続して雄英へ通わせる事に好意的だったのは、ヴィランに攫われてヒーローに救出された直後、地獄と化した神野区の病院で医療活動を行っていたと言う、娘のクラスメイトのロックな記事を見た事が原因である。

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」

 

「うん」

 

「……俺もびっくりさ。まぁ……色々あんだろうよ」

 

正直に言えば、相澤としても今回の事件の責任を負う形で退職する事を覚悟していた。しかし、雄英に潜む『敵連合』の内通者と言う懸念材料は決して無視する事が出来ない為、如何なる理由であっても雄英から教師・生徒を問わず人を出す事は余り宜しくない。

 

故に、雄英としては「敢えて泳がせる事で、内通者の尻尾を掴むつもりでいる」と相澤は考えているが、それを口に出す事はない。目の前に居る生徒達もまた容疑者である事もそうだが、生徒達を疑心暗鬼に陥らせるなど、それこそ内通者の思う壺だからだ。

 

「さて……! これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面、諸君等は合宿で取る予定だった、“仮免”取得に向けて動いていく事になる」

 

「そういやあったな、そんな話!!」

 

「色々起き過ぎて頭から抜けてたわ……」

 

「大事な話だ。いいか……轟、切島、緑谷、八百万、飯田、麗日、蛙吹。この7人はあの晩、あの場所へ、呉島救出に赴いた」

 

「え……?」

 

「お前達に何があったのかは俺も聞いた。確かに、お前達に言われたような事は、呉島の身に充分起こり得た」

 

「「?」」

 

「その上で、色々棚上げして言わせて貰う。オールマイトの引退とサー・ナイトアイの口添えがなけりゃ、俺は呉島・爆豪・耳朗・葉隠以外、全員除籍処分にしてる」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

「オールマイトの引退によって暫くは社会に混乱が続く……『敵連合』の動きが読めない以上、今雄英から人を出す訳にはいかない。先の7人の行動はサー・ナイトアイのお陰で一応は正規の活動と言う事になっているが、俺達の信頼を裏切った事に変りはない。把握しながら止められなかった10人も同様だ」

 

相澤は家庭訪問の前に、神野区における顛末をオールマイトとサー・ナイトアイの二人から聞いているが、仮にサー・ナイトアイが7人と病院で合流しなかった場合、7人はそのまま独断で呉島救出に赴いていたと確信している。

特に八百万は自身を含めた『敵連合』が警戒しているだろう面子を囮として使い、別働隊として麗日と蛙吹の二人へ密かに呉島の救出を頼んでいたと言うのだから始末に負えない。作戦が合理的なだけ余計に質が悪い。

 

「正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれると有り難い。以上! さっ! 中に入るぞ。元気にいこう」

 

「「「「「「「「「「(いや、待って。行けないです……)」」」」」」」」」」

 

「どうした貴様等!! どっかに玉ぁ落としたか!? それとも早速ママのパイオツでも恋しくなったかッ!?」

 

「そ、その声は!」

 

「イナゴ怪人……」

 

「やれやれ、珍しくしけた面をしおってからに。まあいい、我が王と我が君のおなりだ」

 

相澤の発言を受け、葬式の参列者の如く意気消沈しているA組の面々。そこへ現われたのは、本体である新を王として崇め奉り、要る事も要らん事もしでかす忠実なる下僕(自称)。その名もイナゴ怪人1号だ。

そして、相変わらずの態度と何時も通りの言動をかますイナゴ怪人1号がこの場にいると言う事は、彼等の主である新も此処にいると言う事に他ならない。イナゴ怪人を見て安堵すると言う、入学当初からは考えられないリアクションを各々が見せるなか、数日振りに彼等の前に現われた新はと言うと――。

 

「大丈夫。皆、気の良い奴等だから」

 

「………」

 

――何故か傍らに見知らぬ幼女を連れていた。

 

「くっ呉島コラァアアア! コラァコラら鳴呼鳴呼鳴呼鳴呼!!」

 

「ひっ……!」

 

『………』

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

そんな新を見て発狂する峰田。奇声を上げて迫りくる峰田に怯えた幼女が新を盾にして隠れた瞬間、幼女の影の中から出現した謎の白いバッタ怪人の指先から放たれる謎の光線を受け、峰田は断末魔の悲鳴を上げながら石化した。

 

「な……!」

 

「今のは……」

 

「………(クイッ)」

 

「ハッ!」

 

A組の大半が驚き絶句する中、新とイナゴ怪人1号、それに相澤はこうなる事が分かっていたとしか思えない程に冷静だった。そして、新の目配せを確認したイナゴ怪人1号は、石像と化した峰田を迷う事無く森に向かって放り投げた。

 

「………」

 

「大丈夫。もう怖いの居ないから」

 

「いや……峰田は、その、大丈夫なのか?」

 

「問題ない。しばらくすれば元に戻る」

 

「てゆーか、今の何!?」

 

「白いイナゴ怪人……?」

 

「も、もしかして、その子って、呉島の子ど……ブヘラッ!?」

 

「この痴れ者がッ!! 我が王は1000%童貞だぁッ!!」

 

謎の幼女と謎の怪人の組み合わせから、幼女の正体を邪推した尾白にイナゴ怪人1号の情け容赦ない鉄拳が炸裂する。しかし悲しいかな、イナゴ怪人1号の発言はある意味、新の名誉回復にも汚名返上にもなっていない。

 

「えっと……あ、あっちゃん。どうしたの、その子?」

 

「取り敢えず、この子に自己紹介させてくれ。ホラ」

 

「……エリです。よろしくおねがいします」

 

「うん、良く出来ました。エライエライ」

 

「うぅー……」

 

元々人見知りなのか恥ずかしがり屋なのか、或いは峰田が発狂した所為なのか、幼女は顔を出してA組の面々に自己紹介をするものの、その手はずっと新のズボンを掴んでおり、すぐに新の影に隠れてしまう。しかし、新に頭を撫でられて目を細める姿はとても可愛らしい。

 

「かっかっ可愛~~」

 

「いや、可愛い子だけど、服ッ!!」

 

麗日がエリの可愛さにメロメロになる一方、芦戸はエリが着ている服についてツッコんだ。

何故ならエリが着ている服は、目が異様に大きいネコのイラストにフリルがあしらわれた、妙な迫力を備える余りにもダサい代物だったからだ。

 

「ねぇ、その子の服って呉島が選んだの?」

 

「いや、コレは相澤先生が選んだ服だ」

 

「「「「「「「「「「え゛ッ!?」」」」」」」」」」

 

「もっと言えば、全部俺のオーダーメイドだ。どうだ? 羨ましいか?」

 

エリが着ているクソダサい服の送り主が相澤だと知ってA組の面々が驚愕する一方、相澤は自身のファッションセンスに絶対の自信を持っている為、生徒達のリアクションは良い意味での驚きだと思い込んでいた。その証拠に相澤は何処かニヒルな笑みを浮かべている。

 

「(やっべぇ、これ本人気付いてねぇパターンだ!)」

 

「(最早どっから突っ込んで良いか分からねぇ!)」

 

「(ある意味、想像の斜め上を行く破壊力……ッ)」

 

「(ここは一つ、オブラートに包む形で……)」

 

「いや、ダサッ!!」

 

「「「「「「「「「「(芦戸ぉおおおおおおおおお!?)」」」」」」」」」」

 

「いやいや、これもう放送事故レベルでしょ!? よくこんなの選びましたね!?」

 

誰もがどうにか相澤を傷つけない様にファッションセンスの無さを伝える方法を模索する中、芦戸が相澤のクソダサコーデを真っ向から酷評する。それに対する相澤の返答は……。

 

「ダサい? 誰が? 俺? ……フッ、見る目ねぇな」

 

「「「「「「「「「「(全然、動じてないッッ!!!)」」」」」」」」」」

 

自身が受け持った生徒のファッションセンスの無さ(主観)を鼻で笑うと言う驚くべき返しに、少年少女は度肝を抜いた。

正にプロヒーローに相応しい圧倒的な精神力を誇る相澤に対し、彼等彼女等に打てる手段など最早何一つとして残されていない。

 

「ではこれで義理は果たしたな。貴様等は少し其処で待っているが良い。我が君のお色直しだ」

 

「? お色直し? 何でだ?」

 

「いや、だってこのネコ、目が怖いじゃないですか」

 

「うん。このネコさん、お目目こわい」

 

「………」

 

……と、思いきや。プレゼントした相手からストレートに好みじゃないと言われ、相澤は地味に精神的大ダメージを受けた。

哀れではあるが、これで「プレゼントとは自分の趣味を押しつける様な物ではいけない」と言う事を理解した事だろう。

 

そんな貴重な教訓を得た相澤は、新がエリを連れて寮に戻ったのを確認すると、気を取り直してエリについての事情を切り出した。

 

「あの子……エリちゃんはオール・フォー・ワンによって壊滅した指定敵団体『死穢八斎會』の組長の孫娘でな。先日のオール・フォー・ワンの逮捕に伴って保護されたんだが、林間合宿で緑谷達に撃ち込まれた『個性破壊弾』。その原料となっていたのが、エリちゃんの血液や細胞なんだそうだ」

 

「え……?」

 

「それじゃあ……」

 

「尤も、オール・フォー・ワンの供述によると、『敵連合』はもうあの子に頼る事なく『個性破壊弾』を量産する事が出来るらしくてな。あの子が再び『敵連合』に狙われる可能性は低いと言うのが警察の見解だ」

 

「? それでは何故、雄英に?」

 

「エリちゃんは親に捨てられた上に、血縁関係にある『死穢八斎會』の組長は現在意識不明で、現状あの子には寄る辺が無い。本来なら養護施設に送る所なんだが、エリちゃん自身が自分の強大過ぎる“個性”を制御する事が出来ていない。それに加えてお前達も見た通り、少々厄介な事になっている」

 

「それって……」

 

「さっき見たあの怪人の事ですか?」

 

「ああ。あの怪人の名前はイナゴ怪人アーク。その正体はイナゴ怪人4号の変異体だ」

 

――イナゴ怪人4号。それはイナゴ怪人3号が自身の相棒として彼等に語った、『敵連合』の操るイナゴ怪人の名前である。

 

「先程の様子を見れば分かる通り、アレはあくまでもエリちゃんを守る為に存在する。無闇にエリちゃんを怖がらせたりしなければ問題は無い」

 

「しかし、それではエリちゃんはあのイナゴ怪人アークを通じて、『敵連合』の監視下にあると言う事なのではないのですか? それどころか、此方の情報が『敵連合』に筒抜けと言う事も……」

 

「それは無い。アレの支配権は今、呉島が持っている。その辺の事は緑谷達から聞いているだろう?」

 

イナゴ怪人4号の変異体と聞いて息を呑み、今回の全寮制が無意味なものとなる懸念を口にする飯田に、相澤はその心配が杞憂であると説明する。

そして、相澤の言葉を聞いて、出久と轟、常闇と障子の4名は、林間合宿に於いて『敵連合』が襲撃をかけた夜のイナゴ怪人3号の捨て台詞を思い出していた。

 

――「呉島新が死ねば、我が主が『新世界の王』となる!! 我が主が死ねば、呉島新が『新世界の王』となる!! それが、我らが求める世界の……『未来の魔王』なのだッ!!」――

 

要するに、新が生き残った事で、エリちゃんに取り憑いたイナゴ怪人アークの支配権を新が手に入れたのだろう。それならば確かに雄英の情報が『敵連合』に漏れる事は無いだろうと、彼等は納得した。

尤も、エリちゃんにイナゴ怪人アークが取り憑いたのは“新がイナゴ怪人4号の支配権を得た後”なので、事の真相を知る相澤と生徒の間で微妙に認識が食い違っているのだが、「言わない理由も無いが、やって貰う事は変わらん」と、相澤は合理的に無視した。

 

「いずれにせよ、力の使い方が禄に分かっていないエリちゃんを下手な施設に預ける訳にはいかない。元々の“個性”にせよ、イナゴ怪人アークにせよ、強大な力との付き合い方を模索していくなら、ここ雄英はうってつけだ」

 

「なるほど……」

 

「そこで、当初は教師寮の空き部屋を使ってエリちゃんを監督するつもりだったんだが……今の所、エリちゃんが心を開いている相手は呉島だけでな。これまでの経緯から大人に対する警戒心が強く、唯一病院で世話になったリカバリーガールには警戒心は薄いが、婆さんは普段から出張が多い為、あまりエリちゃんの面倒を見る事は出来ない。

しかし、エリちゃんを呉島と一緒に男子棟に住まわせるとなると、今度はこのクラスに性欲の権化が居る事を懸念され、エリちゃんの教育に宜しくない所かエリちゃんの身が危険だと言う話になった」

 

「「「「「「「「「「ああ……」」」」」」」」」」

 

「そこで協議を重ねた結果、寮のセキュリティを一部変更し、使用する予定の無かった女子棟2階のフロアに呉島とエリちゃんを住まわせると言う案が出た」

 

「「ちょっと待てぇえええええええええええええええええええええええええ!!」」

 

雄英の校風は“自由”が売り文句であり、『生徒の如何は教師の“自由”』である。しかし、それを差引いても聞き捨てならない案が出ている事に、上鳴と石化から復活した峰田の怒りが爆発した。

 

「いやいやいや! それはおかしいでしょ!? だったら、呉島とエリちゃんが教員寮で暮らせば良いじゃないですか!」

 

「最初は俺達もそれを考えた。だが、イナゴ怪人やマタンゴが発生した経緯を考えると、呉島をお前達から切り離す事で孤独感を誘発する様な真似は避けたい。今の呉島の状態を考えれば尚更だ。心の闇を刺激されて無意識に生み出された怪人がどんな能力を持っているか、まるで予測が付かないからな」

 

「ククククク……賢明だな、イレイザーヘッド。そうだ。我々は言った筈だ。『心を照らす光が生まれる事で、更なる闇が生まれる』と。『王の中で貴様等と言う存在が輝けば輝くほど、王の闇を体現する我々もまたその力を増す』と。

今や、我が王の心に巣くう闇は、我々イナゴ怪人を生み出した昔のソレとは違う。暗闇の性質が違う。その中から生まれるモノがどんな姿や性質を備えているのか、我々ですら想像もつかん」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

事実、当初は3人しか居なかったイナゴ怪人は順当にその数を増やし、林間合宿では別のプログラムを課した事が原因で(B組の小森の“個性”『キノコ』が生物系であると言う点も大きいが)マタンゴと言う突然変異の怪生物が誕生している。

また、勇学園との合同演習において、藤見露召呂の“個性”『ゾンビウィルス』がイナゴ怪人アマゾンに感染し、変異したシグマウィルスも同様の理由で誕生したと考えられる為、新を教員寮で生活させれば更なる怪人やミュータントが誕生するリスクが高くなる事は明白だ。

 

「いやいや、だからってオイラの所為でそうなるってのはおかしいでしょ!? だったら、むしろオイラを女子棟の2階に住まわせれば良いじゃねーですか!!」

 

「お前が今までにやってきた事を、胸に手を当てて考えてみろ……ッッ!!」

 

「「「「「「うん」」」」」」

 

しかし、それでも納得出来ない峰田の直訴に対し、これでもかと感情が込められたドスの効いた声色で凄む相澤と、相澤に賛同して一斉に首を縦に振る6人の女子。

男子も相澤を肯定する発言こそ口にしていないものの、先程の峰田の奇行を見ている事もあり、男子の大半が「確かにコイツにエリちゃんを近づけるのは危険だな」と考えている。

 

「――とは言え、諸君等が非常識な話だと訴えるのは理解できる。しかし、呉島が仮免を取得した場合、『校外活動(ヒーローインターン)』でリカバリーガールと行動を共にする機会が多くなり、今ほどエリちゃんの相手をする事が出来なくなる。

言い方は悪いが、これは呉島がエリちゃんに構ってやれる今の内に、エリちゃんが呉島以外にも信用できる人間を作る事を目的とした処置だ」

 

「『校外活動(ヒーローインターン)』?」

 

「平たく言うと“校外でのヒーロー活動”。以前行ったプロヒーローの元での『職場体験』……その本格版だ。『職場体験』の様な授業の一環ではなく、各々の生徒が任意で行う活動で、雄英では仮免を取得した2・3年生の多くがこれに取り組んでいる。

これは一般企業で見られる数日から一週間の『就業体験(インターンシップ)』とは異なり、最低でも一ヶ月の就労で給料も出る。インターン生はサイドキックと同列……つまりプロとして扱われ、卒業と同時にそのままインターン先の事務所へサイドキック入りする……何て事も珍しくはない」

 

「はぁ~~そんな制度があるのか……」

 

仮免を習得する事で選ぶ事が出来る雄英の制度の話を聞き、「お給料が出るならやろうかな」と思い始めた麗日。しかし、制度の内容を今一度考えた時、ある重大な事実に気がついた。

 

「体育祭の頑張りは何だったんですかッッ!!?」

 

そう。雄英体育祭である。相澤はあの時「雄英在学中でも三度しかないアピールの場だ」と言っていたが、仮免を取得して『校外活動(ヒーローインターン)』なる制度を利用すれば、雄英を卒業した後はそのままインターン先のヒーロー事務所へのサイドキック入りが可能なのであれば、わざわざ体育祭で全力を出す意味は果たしてあったのだろうか? それこそ死に物狂いで体育祭に取り組んだ麗日としては、決して無視する事の出来ない話である。

 

「確かに……! そんな制度があるなら、体育祭で指名を頂かなくても道は拓けるな」

 

「まあ、落ち着けよ。うららかじゃないぜ?」

 

「しかしぃ!!」

 

「『校外活動(ヒーローインターン)』は体育祭で得た指名をコネクションとして使うんだ。むしろ、体育祭で指名を頂けなかった者は活動自体が難しいんだよ。元々は各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れの為にイザコザが多発し、その様な形式に落ち着いたそうだ。分かったか?」

 

「早とちりして、すみませんでした……」

 

「つまり仮免を取得すれば、諸君等はより本格的・長期的にヒーローとしての活動へ加担する事が出来る様になる訳だ。尤も、1年生の仮免取得は余り実例が無い事と、今後ヴィランの活性化が予想される事も相俟って、お前等の参加は慎重に考えているのが現状だ。

だが、呉島の場合は少々事情が異なり、仮免習得後はリカバリーガールの元で『校外活動(ヒーローインターン)』を行う事が決定している。貴重な医療に転用する事が出来る能力を持っているからな」

 

相澤は新の今後についての事情を説明したが、勿論それだけではないだろうとA組の大半が察していた。

 

今の新は改造人間であり、その戦闘能力は現時点でもオール・フォー・ワンに匹敵、或いは凌駕する程のモノである。

下手なヒーロー事務所に送れば改造人間としての戦闘能力を見せつける形となる可能性が非常に高く、新が『敵連合』に攫われた事も相俟って、不要なトラブルを招きかねない。

 

つまり、リカバリーガールの元での『校外活動(ヒーローインターン)』が決まっているのは、雄英が新を守る為の配慮なのである。これは他にも幾つかの狙いがあっての決定なのだが、新としては夏休み中にリカバリーガールから『校外活動(ヒーローインターン)』の誘いがあった事もあり、願ったり叶ったりと言った所である。

 

「まあ、詳しい事は体験談なども含め、仮免を取得した後でちゃんとした説明と今後の方針を話す。コッチにも都合があるんでな。

それで話を戻すが、もしも峰田を別館に住まわせるなら、呉島とエリちゃんを男子棟に住まわせても大丈夫だろうと言う事になった」

 

「別館?」

 

「ああ、コッチだ」

 

別館と言っても、周囲にそれらしき建物やモノは無い。生徒達が怪訝に思いながら相澤の後に続くと、其処にあったのは『峰田』と書かれた白い名札が眩しい、何処から見ても文句の付けようもない程に立派な犬小屋だった。サービスで地面に深く打ち込まれた杭と、鎖に繋がれた首輪まで付いている。

 

「……え? 冗談ですよね?」

 

「俺が冗談を言う様な奴だと思うか?」

 

「これ別館って言うか、犬小屋ですよね?」

 

「犬小屋じゃない。この小屋に犬は一度も住んでいないからな」

 

「(此処で……? これからずっと……?)」

 

改めて別館と言う名の犬小屋を確認する峰田。其処はどう見ても飼い犬の気持ちを存分に堪能する事ができる素敵な空間であり、此処ならば雨にも負けず、風にも負けず、冬の寒さにも、夏の暑さにも負けないと言う、正にヒーローに相応しい精神を育む事が出来るだろうと予想された。

 

「いや、やっぱ変だろ!! これならオイラ普通に通うよ!!」

 

「大丈夫! アンタなら出来るッ!!」

 

「オイラのポテンシャル信じ過ぎだろ-ーーーーーーッ!!」

 

結局、峰田は男子棟に住む事を熱望し、雄英での犬小屋生活は始まらなかった。イイ笑顔でサムズアップしながら峰田が出来る男である事を信じる耳朗を筆頭とした女子勢は揃って盛大な舌打ちをした。

 

仮に雄英での犬小屋生活が始まったとしたら、それは最早事件レベルのスキャンダルになるだろうが、それ以上のスキャンダラスな事件をやらかす危険性と前科を併せ持っているのが峰田実と言う男なので、単純に同じ建物に住んで欲しくなかったからである。

 

「……此方としては、エリちゃんの心と体の安定を図りつつ、おいおい彼女の能力を検証していくつもりだ。エリちゃんが自分の力を上手くコントロール出来る様になったら、2人の対応もまた変わる」

 

「待たせたな皆の衆! これが我が君の真のお姿である!」

 

「「「「「「「「「「「おお~~~~」」」」」」」」」」」

 

そして、新に手を引かれる素敵なおべべを着たエリちゃんを見て、A組の面々は感嘆の声を上げ、相澤は複雑そうな表情でそれを見ていたが、気持ちを切り替えて次の仕事に移った。

 

「では、これから寮の説明に入る。1棟1クラス。右が女子棟、左が男子棟に分かれている。但し、1階は共同スペースだ。食堂や風呂・洗濯等は此処で」

 

「おぉ~~~~!!」

 

「広キレーーー! そふぁああああああ!!」

 

「中庭もあんじゃん!」

 

「豪邸やないかい……ッ!」

 

「おっと」

 

「?」

 

寮内の設備の充実振りに大興奮の一同。先日まで借りていたアパートとは比較にならない豪華さを目の当りにして卒倒する麗日と、床にぶっ倒れる前に背後に回って麗日を支える新。そんな麗日のリアクションをエリは不思議そうに見つめていた。

 

「聞き間違いかな……? 風呂・洗濯が共同スペース? 夢かッ!?」

 

「男女別だ。お前がそんなんだから呉島とエリちゃんを使う予定の無い女子棟の2階に住まわせるだの、セキュリティの一部を変更するだのと面倒な話になったんだ。いい加減にしろ」

 

「……ハイ」

 

相澤の瞳は憤怒と殺意に満ちていた。これ以上峰田が何かやれば相澤は、エリの安全確保よりも雀の涙ほどの反省と改心を期待する意味で峰田を別館に住まわせるだろう。

 

相澤からすれば雄英から人を出せないと言う状況でなければ、これまでの前科から鑑みても峰田を除籍処分とするのが一番合理的なので、警告で済ませなければならない現状はハッキリ言ってストレスが溜まる。今年は峰田の所為で苦労が無駄に増える羽目になっていたのだから尚更だ。

 

「部屋は2階から、1フロアに男女各4部屋の5階立て。一人一部屋。エアコン・トイレ・冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」

 

「ベランダもある。すごい」

 

「我が家のクローゼットと同じ位の広さですわね」

 

「豪邸やないかい……ッ!!」

 

「って、またか」

 

「……ハッ! そうだ! 先生、光熱費は!? 光熱費はどんな算出方法なのですか!?」

 

「基本的に全部雄英持ちなので、考える必要は無い」

 

「で、では、エアコンの設定温度はッ!?」

 

「まぁ……自由だ」

 

「うわぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

「ああ、うん。良かったな。うん」

 

「? お兄ちゃん、このお姉ちゃん何で泣いてるの?」

 

「大きくなると色々あるんだよ。この場合は主に世知辛い苦労だ」

 

「せちがらいくろう?」

 

「結局、世の中はお金が無いと何も出来ない。だから泣いてるんだ」

 

「? お姉ちゃん、お金ないの?」

 

「グハァアアアアッ!?」

 

純粋無垢な瞳の幼女から放たれる悪気の無い一言が、麗日にクリティカルヒットした。

 

これまでヤクザや闇の帝王と言った裏社会の住人に囲われて暮らしていたエリにとって、麗日の様な庶民的なセンスを持った貧乏人とは、ある意味“未知との遭遇”である。

また、エリにはこれまで自由は無かったものの、その代わり物に困る事も無かった為、麗日の涙ぐましい節約生活を想像する事は不可能だった。

 

「部屋割は此方で決めた通り。各自、事前に送って貰った荷物が部屋に入っているから、取り敢えず今日は部屋作って自室にいろ。明日また今後の動きを説明する。以上、解散!!」

 

「「「「「「「「「「ハイ、先生!!!」」」」」」」」」」

 

何はともあれ。かくして彼等の雄英高校における新生活は、若干の茶番を交えつつスタートしたのであった。

 

 

●●●

 

 

エリが呉島家に来てから数日が経過し、呉島家で全寮制に関する家庭訪問が行われた頃にはすっかりエリに懐かれた俺は、紆余曲折あってエリと一緒の部屋で暮らす事になった訳だが、それが女子棟の二階と言うのは流石に想定していなかった。

 

そもそも、俺が継続して雄英に居続ける事だって、実は結構危ういのではないかと内心思っていたのだが、その辺は家庭訪問に来た相澤先生の話によると、根津校長が色々と動いてくれたらしい。曰く、「異常とさえ言える程に強大な力を持つ者を、通常と切り離して扱う事こそ危険なのだ」と。

この辺はリカバリーガールから聞いた所によると、根津校長は“個性”を生まれ持ったが故に人間に色々と弄ばれた過去があるそうなので、今回の俺やエリに関する事は他人事とは言えないと言う部分もあるのかも知れない。

 

ちなみに、家庭訪問に関しては思いの外すんなり入寮する事で話は終わった。どうも、俺と相澤先生の会話をイナゴ怪人が録画していたらしく、それを父さんに見せたのが決め手になったらしい。理屈としては“見えない所で人の事を良く言っている人こそ信頼できる”と言った所か。

 

問題はエリである。今のエリは俺から離れる事を非常に恐れており、入浴や就寝を含めて24時間体勢で俺が相手をしている。正直に言えば、エリが俺に半ば依存しつつある現状は、オール・フォー・ワンが目論んだ俺とエリの関係に等しいものだろう。

だが、だからと言ってエリに甘える事を許さないほど俺は鬼ではない。むしろ、今の内は存分に甘やかすつもりだ。相手がまだ6才の子供である事と、これまでの経緯や環境を鑑みれば、エリが俺の後をヒヨコの様に付いて回るのは仕方が無いと俺は思っている。

 

そして、エリは諸々の事情から雄英で預かる事になったのだが、エリだけを教員寮に住まわせるのはエリの精神状態を考えると難しいと考え、当初は俺とエリを教員寮に住まわせる予定だったらしいのだが、それが新たな怪人を誕生させる引き金となりかねない事を考えれば、俺がクラスメイトと離れて教員寮で生活するのも危険だと判断された。

 

しかし、これから新学期が始まる事を考えると、これまで通りに俺がずっとエリの面倒を見るのはどう考えても不可能である。

その為、俺が学校で授業を受けている間はエリを教員寮で面倒を見ると言う話になったのだが、これは『死穢八斎會』の若頭とオール・フォー・ワンの厄介極まりない置き土産によってご破算になった。

 

「お兄ちゃん、何処に行くの?」

 

「これからエリがお世話になる所だよ」

 

「来たか、コッチだ」

 

「!」

 

それは、雄英が教員寮に用意したと言う、エリの勉強部屋を見に行った時の出来事である。この時、エリが相澤先生を見た途端に俺の服を掴む力が強くなり、未だに相澤先生(と言うより大人か)を警戒しているのがよく分かった。

 

「此処がエリちゃんの為に用意した部屋だ。お前が授業を受けている間、雄英教師で手の空いている者がエリちゃんを此処で監督する」

 

「中々良い部屋ですね。子供っぽいと言えばそれまでですが……エリ?」

 

案内された部屋にはポップな絵の壁紙が貼ってあり、スタンドなどの小物類も楽しげなデザインの物が多めの、正に子供向けのレイアウトが施された可愛らしい部屋だった。

随所にエリが楽しく勉強できる様にと言う雄英の配慮と努力が見て取れるが……肝心のエリはその部屋を見た途端、恐怖と絶望に染まった表情を浮かべており、その小さな体はガタガタと震えていた。

 

「いや……いや……」

 

「エリ?」

 

「いかないで……おいていかないで……」

 

子供部屋を異常に怖がり、全力で服を掴みながら怯えるエリを落ち着かせるべく、ひとまずエリと共に教員寮から外に出ると、教員寮の一角が大爆発を起こした。

けたたましいベルの音が鳴り響き、爆炎の中から現われたのは、やはりと言うか何と言うかイナゴ怪人アークだった。

 

どうやら今も胸の中で恐怖するエリの為、その原因を物理的に排除するべく傍迷惑にも潜在能力の一部を開放したようで、その力によって子供部屋は瓦礫の山と化し、早くも雄英が誇る最新の防犯・防災システムがイナゴ怪人アークを相手にその機能をフル活用している。

 

その後、恐慌状態のエリを何とかなだめる事で、スクラップを量産したイナゴ怪人アークを引っ込め、改めてエリから話を聞いてみると、エリの“個性”の悪用を目論んだ『死穢八斎會』の若頭とオール・フォー・ワンは、悪党にしては意外と言うか何と言うか、エリにちゃんとした「まともな子供部屋」を用意していたらしく、今回雄英が用意した子供部屋を見た事でその時の怖い思い出が一気にフラッシュバックしてしまったらしい。

 

結果、エリは余計に俺から離れたがらなくなり、大人に対する警戒心を強めてしまった。そこで、今度は子供とも大人とも言えない中間くらいの高校生との触れ合いを経験する事で、エリにはまず年上の人に慣れて貰う所から始めようと言う事になった。

要はエリが大人を警戒するので、手始めに生徒の中から信用できる人間を作ろうと言う事らしい。エリが信じられる人間を複数作り、エリが信頼する生徒達から語られる人物評を通して教師陣の評価の向上を狙う訳だ。

 

無論、内通者の可能性を考えれば、エリと接触させる人間に対し、ある程度の警戒は必要になるだろうが、内通者とは別の理由で信用する事が出来ない例外を除き、A組の面々は信用出来ると俺は思っている。その例外は早速石になったが。

 

「お兄ちゃん、まだー?」

 

「今行くー」

 

そして、俺はイナゴ怪人の人海戦術で瞬く間に部屋を完成させ、色々あった所為で疲れたエリの昼寝に付き合う所である。それも全裸で変身した状態で。

 

何故、全裸で怪人に変身する必要があるのかと言うと、エリは普段の人間の姿よりも、救出された時の怪人の姿の方が安心するらしく、実際に人間の姿で寝れば高確率でエリは魘される。

俺にとってエリが安眠できる様にする事は最も重要な事柄の一つであり、怪人の姿で寝る事は別に苦では無い。ただ、幼女を全裸で抱きしめて眠らねばならないのがどうにも慣れないだけだ。

 

そして、俺はエリの昼寝に付き合うと同時に、テレパシーの精神感応によってイナゴ怪人の肉体を使い、隣の部屋でバイクの運転免許を取得する為の勉強に励んでいる。

エリを寝かしつけながら静かに免許の勉強をするマルチタスクを一時間ほど実行した頃、何者かによって部屋のドアがノックされた。

 

「『開いてますよ、どうぞー』」

 

ドアの向こう側に居るだろう来客に鍵が開いている事を告げると、ゆっくりとドアを開けて2人の女子が部屋に入ってきた。耳朗と葉隠だ。

 

「え? イナゴ怪人? 呉島は?」

 

「『テレパシーでコイツの体を使って勉強してんだよ。本体はエリと一緒に隣で昼寝してる』」

 

予想外の来客であるが、こうした展開もあろうかと、お茶とお茶請けは部屋に完備されている。俺は座布団とちゃぶ台を引っ張り出し、適当に見繕ったクッキーとアイスティーを2人に提供した。

今の俺はイナゴ怪人の体を使っているので、傍から見ればちゃぶ台を挟んで1人の少女と透明人間がバッタの怪人と向かい合っていると言う、実にシュールな光景が展開されている。それでも全裸の怪人が幼女を抱きしめて眠っている絵面よりはマシだと思うが。

 

「『それで、一体何の用だ? 特に五月蠅くしたつもりは無いんだが』」

 

「いや、そう言う事じゃないんだけどさ……」

 

「『なら何だ? 正直、耳郎と葉隠の組み合わせで此処に来る理由で俺が思いつくのは、真下の階から聞こえる騒音とかのご近所トラブル位しか思い当たらないんだが』」

 

「……あのさ、ウチと葉隠が気絶してる間に、一体何があったの?」

 

「『何とは?』」

 

「何かクラスの空気が変にギスギスしてるって言うか……それとは別に皆は何か分かってる感じだけど、ウチ等だけが置いてけぼりにされてる感じって言うか……」

 

「『………』」

 

そう言えば、イナゴ怪人3号が出久の病室に現われた際、耳郎と葉隠はガス人間第1号……もとい、マスタードとか言うヴィランの毒ガス攻撃で意識不明になっていたんだったな。

 

正直に言うと、イナゴ怪人3号が語った事はオール・フォー・ワンの勘違いが多分に含まれているのだが、ソレを聞いた出久以外のA組の面々には確固たる事実として認識されている。俺の口からソレを語るのは少々アレだが、2人がソレを知らないでいるのも問題だ。現にこうして他の面子とのズレが生じている訳だし。

 

「『……これから話す事は、2人が意識を失っていた間に起こった出来事だ。A組では2人以外の全員が知っている。心して聞いて欲しい』」

 

「う、うん」

 

「わかった」

 

そう前置きして、俺は出久から聞いた病室での一部始終を2人に説明した。そうなると必然オールマイトの“個性”『ワン・フォー・オール』についても言及する事になるのだが、そこはイナゴ怪人3号が語った内容と同じく、俺がオールマイトから『ワン・フォー・オール』を継承し、俺の“個性”『バッタ』と融合したと話しておいた。

 

勿論、真実は違う。だが、出久と『ワン・フォー・オール』の現状を考えると、俺が『ワン・フォー・オール』を継承したと勘違いさせたままにしておいた方が色々な面で都合が良いと判断し、クラスに蔓延する勘違いを貫き通させて貰う事にした。

 

そして、俺がオール・フォー・ワンによって肉体を改造された、脳無を超える改造人間である事。オール・フォー・ワンが改造人間を造る目的が、いずれ来る『個性特異点』との決戦の為であり、その素体として俺が攫われた事。そして、事と次第によっては脳無の様に、平和に仇成す危険物として秘密裏に処理されていただろう事を話した。

 

「『……以上だ』」

 

「「………」」

 

一通り話を終えた時、耳朗と葉隠は呆然としており、何を言えば良いのか分からないでいる様子だった。自分達の想像を超える内容に、脳がキャパオーバーを起こしたのだろう。或いは、単純に俺の話が信じられないのかも知れない。

 

「『まあ、とてもではないが信じられんと言うのも無理は無いが……』」

 

「いや、信じるよ。呉島は嘘つく様なヤツじゃないし、嘘つくならもっとマシな嘘つくでしょ?」

 

「うん。疑ってる訳じゃないよ。それに、私達だけにそんな嘘ついたって仕方ないしさ」

 

確かにな。話の内容が世界七不思議の一つや、今やカルト化している終末論が絡んでいる為、単純に信じて貰えない方が可能性としては高いと考えていたのだが、そんな嘘を教えた所で意味は無い。クラスの他の連中に聞けば一発でバレるからだ。

 

「それに……確かにそんな事があったら、あんな空気にもなると思うしさ……」

 

「うん……」

 

「『………』」

 

それっきり、俺達には会話がなくなってしまった。こうなる事は予想していたが、気まずいにも程がある。そんな空気に耐えかねたのか、部屋をキョロキョロと見回した葉隠が、ふとこんな事を言い出した。

 

「そ、そう言えばこの部屋だけどさ! 何でそこの壁にカーテンがしてあるの?」

 

「『校長の許可を貰って壁を取り払って、隣の部屋と繋げてるんだ。流石に2人で一部屋に暮らすとなると、チョット手狭だからな。コッチが俺とエリの勉強部屋で、隣が寝室って所だ』」

 

「ああ、それでこの部屋に机が二つあって、ベッドが無いんだね」

 

「ってかさ。林間合宿でも思ったケド、呉島ってやっぱ釣りとかキャンプとかアウトドア趣味にしてたんだね」

 

「『まあな。訓練を兼ねた趣味なんだが、結構楽しいんだよ、これが』」

 

葉隠が部屋の事を話題にした事で、それに便乗する様に耳郎が俺の趣味について聞いてきた。部屋の片隅にはこれ見よがしに釣り竿やクーラーボックスが置いてあるから、これでアウトドアな趣味が無い人物だとは誰も思わんだろう。

 

「? このおじさん誰? 呉島君のお父さんじゃないよね?」

 

「『その人は勝己の親父さんだ』」

 

「え?」

 

「何で呉島が爆豪のお父さんとキャンプしてんの?」

 

「『勝己の趣味って登山なんだけど、それで反抗期の息子とコミュニケーションを取ろうとした親父さんが、アウトドアが趣味の俺に相談してきたんだよ』」

 

「え? それじゃ爆豪って反抗期だからあんな感じなの?」

 

「『いや、俺が知る限り、勝己は5才の頃からずっとあんな感じだ』」

 

尚、親父さんが言うには俺と出会う前から勝己はずっとあんな感じだったらしく、「思い返してみると、今までずっと反抗期の様な気がする」との事。それでもコミュニケーションを取ろうと努力する親父さんの何と健気な事か。親の心子知らずとは良く言ったモノである。

 

「『それで、一応相談には乗ったんだけど、勝己は「下界のモブより俺が上に居るって言う事実がゾクゾクしてたまらねぇ」って理由で山に登ってるから、内心では親父さんが思う様な爽やかな展開にはならないだろうなって思っててな』」

 

「爆豪ってそんな理由で山に登ってんの!?」

 

「『それで勝己と登山に対する意見の相違に苦しんだ親父さんと一緒にキャンプする事になった時の写真がそれだ』」

 

「……ねえ、呉島君。一つ聞いても良い?」

 

「『何だ?』」

 

「もしかして、爆豪君よりも爆豪君のお父さんの方が仲良かったりする?」

 

「『………』」

 

そう言われてみれば、そうかも知れん。例えば一緒にキャンプした時、親父さんは嬉々としておばさんとの馴れそめを俺に語ってくれたが、もしかしたら勝己は知らないかも知れん。勝己の場合「そんなん知りたくもねぇ」とか言いそうだから尚更に。

 

そんな親父さんは爆豪家において最弱のカーストに属する男であり、爆豪勝と言う名前からは想像もつかないほど気弱な性格をした人物であるが、美人の良い女を嫁さんに出来た事を考えれば、少なくとも名前負けはしていないレベルの人生勝ち組である。尤も、それで一生分の幸運を使い果たしてしまったのかも知れないが……。

 

「『……まあ、俺と爆豪家の関係は兎も角としてだ』」

 

「(やっぱ、爆豪君より仲良いんだ)」

 

「(下手したら実の息子より仲良い息子の友達って……)」

 

「『俺としては迅速にエリが周りを怖がっているのを何とかしたい。流石に一朝一夕といかない事は分かっているが、せめて取っ掛かり位は今日中に作ってやりたい』」

 

「(それよりもヤオモモ達をどうにかした方が良いと思うんだケド……)」

 

「(知らぬが仏ってこう言う事を言うんだろうね……)」

 

一方、エリを第一に考える発言をする新に対し、耳郎と葉隠は新の知らない隠された問題を先に解決するべきだと考えていた。

 

林間合宿二日目の夜におけるA組とB組の合同女子会の全容を知る2人からすれば、ヴィランに攫われた新を救出すべく、麗日・蛙吹・八百万の3名が神野に赴いた事について思い当たる節があった。

また、仮に自分達と同様にヴィランのガス攻撃で意識不明になっていなかったら、救出メンバーの中にB組の小森が加わっていたのではないかとも考えている。他には自身の悪性(と言うほどでもないが)に懺悔し、贖罪を求めていた塩崎とか。

 

「(まあ、『重い』って事は分かるんだけどさ……)」

 

「(そりゃ、責任を取らなきゃいけないって事なんだろうケド……)」

 

オールマイトから託された力がヴィランに悪用される事を防ぐ為に自害する……それがヒーローとしては正しい事は分かる。そうしなければならない責任がある事も理解できる。だが、納得は出来なかった。だからこそ、あの3人は動いたのだ。例えソレがルールに反する事だとしても。

 

「『何か案は無いか? 具体的には、俺が持ち得ない女子の視点でのアイディアが欲しい』」

 

「って言ってもねぇ……何かイベントでも企画してみるとか?」

 

「『イベントか……悪くは無いと思うが、何が良い? 流しそうめんとか?』」

 

「いや、流しそうめんって……まあ、夏らしくて良いケド……」

 

「! そうだ! 良い事思いついた!!」

 

「『どんな?』」

 

「フッフッフ……クラスの皆がエリちゃんと仲良くなれて、クラスの雰囲気も元に戻るウルトラCな企画だよ!」

 

「『だからどんな?』」

 

「ふっふっふ……それは……」

 

「『それは!?』」

 

「……次回をお楽しみにッ!!」

 

「『この引き上手ッ!!』」

 

「いや、今話せば良いんじゃないの!?」

 

自信満々に胸を張る葉隠の顔は透明で見えないが、確実に渾身のドヤ顔をかましている事だけは理解出来る。

そして、耳郎のツッコミも虚しく、葉隠は自称ウルトラCな企画を秘密にしたままお茶会は終了した。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 前作で改造人間へとジョブチェンジしたが、怪人バッタ男である事は変わらない主人公。これから『HOPPER-Version3』こと『強化服・三式』を使う為、必然的に妹ポジのキャラが出来た。父よ、母よ、妹よって事で。

エリちゃん
 相澤先生が選んだGANRIKI☆NEKOのクソダサい夏服を着て登場した幼女。その後は夏を感じさせる素敵なオベベにお着替えした。デザインに関しては原作コミックス19巻のおまけページに載っているヤツの夏服バージョンと言った感じをイメージ。

相澤先生
 この世界線では自ら茶番を作り出す教師の鑑。ヒゲ面のおっさんで服のセンスがダサいとなれば、作者は「クソコーデおじさん」こと『ビルド』の氷室幻徳のネタを使わずにはいられない。

峰田実
 ある意味では元凶。こんな人間が除籍処分にならず、前年度は相澤が担当したクラス全員が除籍処分。つまり、「雄英の2年A組は変態ブドウ以下と言う耐え難いレッテルを貼られている事になるのではないか……?」と、作者は訝しんだ。

イナゴ怪人(1号~RX)
 ある意味では主人公以上に、この『怪人バッタ男』シリーズを象徴する怪人。シンさんの中で最優先すべき存在に設定されているエリちゃんを「我が君」と呼ぶ。尚、イナゴ怪人クウガを筆頭とした平成イナゴ怪人軍団はどっかに消えた。

イナゴ怪人アーク
 最早イナゴ怪人とは言えない脅威の怪人。エリちゃんに危害を加える存在に容赦しない。相手がオートバジン……ではなく、ロボットならば火球をぶっ放す。人間ならばビームで石化させる。そこから食われないだけまだマシだと思え。

耳郎響香&葉隠透
 前作における展開の都合上、クラスメイトと認識のズレがあった二人。今回シンさんから偽りの真実を知る事になるが、その様子は傍目から見るとシュールにも程がある。作者は二人に『目兎龍茶(メトロンちゃ)』を出すべきか否か地味に悩んだ。

没ネタ『狙われない女』

イナゴ怪人「ようこそ、イヤホン=ジャック。我々は君が来るのを待っていたのだ」

耳郎「………」

オール・フォー・ワン&オーバーホール
 両者ともエリちゃんに割とちゃんとした子供部屋を用意していたヴィラン。オーバーホールは潔癖症な点がそうさせたが、オール・フォー・ワンは「ヒーローがまともなレイアウトの子供部屋を用意すれば、それがエリのトラウマを刺激する引き金になる」と言う、ヒーローへの嫌がらせを兼ねていたりする。

爆豪勝
 かっちゃんの父親。今回は息子のかっちゃんを含め、スピンオフ作品である『チームアップミッション』第一巻の巻末に収録されている『私のヒーローアカデミア』のネタを使わせて貰った。尚、キャンプではヘビを捕獲して食うシンさんにドン引きしていた。



シンさんとエリちゃんの部屋
 配置は原作コミックス11巻に記載された見取り図で言うと、女子棟2階の上から二つ目と三つ目。校長の許可を得て壁を抜いている為、実質一部屋。上から二つ目が寝室で、三つ目が勉強部屋になっている。
 実は学生時代に作者は寮生活を経験しているのだが、建物の大部分が男子部屋で、一部分が女子部屋と言う学生寮で生活していた。つまり、今回の話の「一階上がれば女子部屋のエリア」、「上の階に居る同級生の女子が、下の階の男子部屋にやってくる」と言った部分は、作者の学生時代の実体験が元ネタになっている。
 尚、現在では女子生徒の増加と、建物の老朽化に伴う改築工事によって、ちゃんと建物毎に男子寮と女子寮に別れている。今にして思えばトンデモナイ環境で生活していたと思うが、それだけ生徒のモラルがしっかりしていた学校だったと言えるかも知れない。……実際に何らかの間違いが起こっていたのかどうかは知らん。


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第2話 ワタシがアークでイナゴ怪人

読者の皆様のお陰で、10月25日の日刊ランキングで9位を記録しました。『怪人バッタ男』への変わらぬご愛顧を何時もどうもありがとうございます。

最近は『鎧武外伝』の新作や、『ゼロワン』の劇場版。それに『ウルトラQ』の「2020年の挑戦」など、面白い話題が多くて楽しいです。まあ、ライチアームズのアームズウェポンがどう見てもアレとか、リミテッドレッドのゼロワンドライバーで変身する奴いねーかなーとか、色々思う所はありますが。

今回のタイトルの元ネタは『ゼロワン』の「ワタシがアークで仮面ライダー」。前話とは前・後編な感じを意識してタイトルを決めた次第です。

10/29 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


あれから俺はエリと早めに入浴と晩飯を済ませ、葉隠の言うウルトラCな企画とやらが始まるのを、二人で絵本を読みながら待っていた。

エリはこれからイベントがある事を教えた所為か、何が起こるか不安で緊張している様子だったが、その反面どこかワクワクしている様にも見えた。

 

「シン君、エリちゃん、居るー?」

 

「居るー」

 

「い、居るー」

 

そして、ドアの向こう側から麗日のうららかな声が聞こえたと言う事は、いよいよイベントが始まると言うことだ。葉隠の渾身のアイディアの正体について色々と考えてみたが、果たして俺の仮説の中に正解はあるのだろうか? ちなみに俺の仮説の中での最有力は、夏の風物詩的な感じで百物語である。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。何が始まるの?」

 

「何が始まるんだろうねぇ? 麗日のお姉ちゃんに聞いてごらん?」

 

「……お姉ちゃん、これから何をやるの?」

 

「(可愛い)うんとね……皆で笑って、これから頑張ろうって感じの事だよ!」

 

「?」

 

なるほど、よく分からん。どうやら麗日はイベントの内容を把握しているようだが、イベントの目的は兎も角、イベントの具体的な説明は無い為、エリは首をかしげている。

 

「ハー、疲れたー」

 

「切島、荷解き終わったのか?」

 

「漸くな」

 

「お疲れ様」

 

「経緯はアレだが、共同生活ってワクワクすんな!」

 

「うん!」

 

「共同生活……コレも協調性や規律を育む為の……訓練ッ!」

 

「キバるなあ、飯田」

 

そして、エリと共に上層階から来た女子達と合流し、一階の共同スペースに向かうと、そこには都合の良い事に自室を作り終えて一段落し、駄弁っている男達が居た。

 

「男子ー、部屋出来たー?」

 

「うん、今くつろぎ中」

 

「あのね! 今女子で話してて!」

 

「提案なんだけど!」

 

「お部屋披露大会しませんか!?」

 

「「「え……?」」」

 

葉隠が発端となって採用されたであろうイベントの恐るべき内容が芦戸の口から飛び出し、出久・峰田・常闇の3人の顔から表情が消えた。かく言う俺も予想外の内容に絶句した。

 

男女を問わず思春期真っ盛りの高校生にとって、自室とは言い換えるなら何人も手を触れる事が許されない禁断の領域である筈だ。それは現代における一種のパンドラの箱と言っても良い。それが白日の下に晒されるとなれば、彼等のリアクションも当然であろう。

 

つーか、この企画の発案者であろう葉隠は一体、何を考えているんだ。こんな企画を出したが最後、自分自身も巻き込まれるのは分かり切っている筈だ。どんだけ自分の部屋に自信があるんだ、アイツは。

 

そんな事を俺が考えていた中、出久の頭に電流走る――。

 

この場から物理的に近い距離に部屋を構えている者は誰だ? 当然、2階に部屋を構えている者達だ。そして、芦戸は「男子の部屋がどんなものか見てみたい」と言ったニュアンスでモノを言っており、女子棟側の2階に部屋を構える新とエリの部屋が最初に選ばれる確率は低い。下手したら既に見ている可能性すらある。

 

ならば、部屋を披露する順番が最初、或いはそのすぐ後になるのは必然――。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああッ!! ダメダメダメダメちょっと待ぁあーーーーーーーーーーッ!!」

 

出久はパニックに陥った。とても『オールマイトの真の後継者』とは思えない程の狼狽えっぷりだ。ある意味、林間合宿で洸汰少年がマスキュラーなる凶悪ヴィランと会敵した時よりも必死で、鬼気迫る表情をしていた。

しかし、相手は自分と同じく雄英で切磋琢磨するヒーロー候補生。出久の抵抗は無意味であり、彼が自室のレイアウトを何とか誤魔化す為の時間は皆無であった。

 

「「おおーーーーーッ!!」」

 

「オールマイトだらけだ! オタク部屋だ!」

 

「憧れなんで…………恥ずかしい……」

 

まあ、俺に関して言えば5才の頃から出久のオールマイト推しに付き合っていたから、どんな部屋なのか想像は出来ていた。そして、出久が重度のヒーローオタクである事は既に周知の事実である為、出久の部屋を見た誰もが「予想通り」と言った反応をしている。

 

「やべぇ、何か始まりやがったぞ」

 

「でもちょっと楽しいぞ。コレ……」

 

「フン。くだらん」

 

突如始まったイベントの破壊力(意味深)を目の当りにし、戦慄と期待が入り交じる上鳴や瀬呂とは対照的に、常闇は「興味は無い」とばかりに言い捨てた。そんな常闇は自室の扉を背にして腕を組み、不動の構えを見せている。

 

しかし、何度でも言うが、抵抗は無意味である。芦戸と葉隠が二人がかりで天岩戸を守らんとするツクヨミを押しのけて部屋の中に突入すると同時に、我々もまた常闇の部屋に雪崩込んだ。

 

「「黒ッ! 怖ッ!」」

 

「貴様等……」

 

すると何たることぞ。部屋の中に天照大御神は何処にもおらず、その代わりに出久と同レベルで趣味全開のレイアウトが施された、物理的にも精神的にもダークでオサレな固有結界が混沌をそのままに展開されているではないか。

 

「このキーホルダー、俺中学ん時買ってたわぁ」

 

「男子ってこう言うの好きなんね」

 

「出て行け……」

 

(つるぎ)だ……カッコイイ……」

 

「出て行けぇええーーーーッ!!」

 

しかし、コレはチョット参ったな。常闇に関しては以前、飯田達と遊園地に遊びに行った際に知り合った迷子の幼女とのエピソードを聞いていた手前、エリとも相性は良いのではないかと期待していたのだが、当のエリは真っ暗な常闇の部屋が怖いのか、余り芳しくない表情をしている。

 

また、それ以前の問題として、不可侵の聖域を暴かれた事で怒りに満ちている常闇をどうにかしなければなるまい。折角、仲良く頑張ろう的な意図で葉隠がイベントを企画したのに、その結果互いの信頼関係にマリアナ海溝よりも深い亀裂が入ってしまっては本末転倒も良い所だ。

 

……やむを得ん。此処は俺が一肌脱ぐとしよう。

 

「変身ッ!!」

 

「えッ!?」

 

「く、呉島君! 何故、変身をッ!?」

 

「シャドーセイバーッ!」

 

俺は神野区でこの姿に進化した時と同時に誕生したと言う「イナゴ怪人RX」なるイナゴ怪人に倣って「アナザーRX」と名付けた姿に変身すると、クラスメイト達の驚きを無視してベルト状の器官の中央にある宝玉から暗闇を紅く照らす一本の光剣を取り出し、超強力念力で常闇の部屋の壁に掛けてあったローブを引き寄せ、その身に纏った。

 

俺の次の行動に誰もが固唾を呑んで注目する中、俺はシャドーセイバーを手に堂々と言い放った。

 

「ワシにはフォースがついておる……」

 

「「「バフォッ!!」」」

 

「ツクヨミよ。貴様もフォースの導に従い、ダークサイドへ身を委ねるのだ……」

 

「「「ブフォオッ!!」」」

 

「ちょ、ヤバ……! ウチこの呉島……」

 

「デーデーデー♪ デーデデーデーデデー♪」

 

「ツボッフォ!!」

 

ハッハッハ、ウケてる。麗日と芦戸と葉隠は普通に、耳郎は初めこそ耐えていたが、俺のアカペラを聴いて堪えきれず盛大に噴き出している。他の連中も笑いながらヒーヒー言ってやがる。そして肝心の常闇はと言うと……。

 

「………………返せッ!!」

 

ふむ。ダークサイド(笑)の抗いがたい誘惑(爆)を撥ね除けるまでの間が少々気になるものの、返せと言われたら素直に返すしか無いな。その理由がヒーローとしての矜恃なのか、はたまた単なる羞恥心なのかは知らんが、この小芝居によって多少は常闇の怒りが和らいだと思いたい所である。

 

続いて拝見するのは青山の部屋であるが、青山は出久や常闇と違って抵抗する事は無く、むしろ「存分に俺の部屋を見てくれ!」と言わんばかりのアグレッシブな態度を取っていたのだが……。

 

「「「「「「「「「「眩しい!!」」」」」」」」」」

 

「ノンノン。まぶしいじゃなくて、ま・ば・ゆ・い!」

 

「思ってた通りだ」

 

「想定の範疇を出ない」

 

……まあ、青山には悪いがコレは普通にまばゆいを超えて眩しい。青山の部屋は不必要な位に照明器具が多く設置されている上、鏡やラメ入りのカーテンなど光を反射する物がこれでもかと配置されている為、常闇の部屋とは逆に光に満たされている。

しかし、芦戸と葉隠は「予想通り」と言っているが、俺としては照明がミラーボールなのは趣味の範疇と言う事で理解出来るが、なんでテーブルの上にもう一つミラーボールが置いてあるんだ。まるで意味が分からんぞ。

 

「楽しくなってきたぞ~。あと二階の人は……」

 

そして、次の部屋を拝見しようとした時、我々は見た。半開きになったドアから邪悪なオーラが間欠泉の様に噴出し、その中で此方をじっと見つめる峰田の姿を。

 

「入れよ……。スゲェの……見せてやんよ……」

 

「3階行こー」

 

「入れよォ……なァ……」

 

『………』

 

余りにも禍々しいエネルギーに満ちた峰田の部屋を誰もが無視して三階に向かおうとしたその時、どう言う訳かエリの影からイナゴ怪人アークが出現し、単身で峰田の部屋へと向かった。

 

 

○○○

 

 

峰田の部屋に侵入したイナゴ怪人アークの複眼に映ったモノは、口に出すことも憚られる暴力的なまでに肌色の“悪意”に満ちた空間だった。

そして、年頃の娘と年端もいかぬ幼女の網膜にこの光景を焼き付けようとした男が、よりにもよってヒーローの学校に在籍している事実にイナゴ怪人アークは“恐怖”した。

 

イナゴ怪人アークは地獄の業火の如き“憤怒”を覚えた。常軌を逸した卑しい変態と、そんな害悪をのさばらせる事を良しとする人間の思考回路を“憎悪”した。ヒーローが善なる者に“絶望”を与える存在であってはならないと言う思いが燃料となり、ソレ等を増長させた。

 

押さえ込んでいた“闘争”本能が存分に刺激され、変態に対する底なしの“殺意”が後押しとなり、イナゴ怪人アークは事態の解決に“破滅”と言う名の手段を選択する。

変態とは“絶滅”すべき、この世で最も愚かな種族であると定義したイナゴ怪人アークは、自身が守るべき者達の為、この世界から変態を“滅亡”させる事を此処に誓う。

 

『変態は、滅びる……』

 

「へ?」

 

『ハァアッ!!』

 

正に唯一絶対にして完璧なる結論(パーフェクトコンクルージョン)もはやこれ以上の推敲は不要である(ラーニングエンド)

 

イナゴ怪人アークから発生した破壊エネルギーにより、峰田が半生を賭けて構築した広大なアーカイブと膨大なデータは一瞬で灰燼に帰した。

 

「うぉおおおおおおおおおおおああああああああああああああッ!?」

 

血と汗の結晶が破壊され尽くした事に絶叫する峰田。しかし、イナゴ怪人アークは止まらない。怪人としての高度な情報分析と演算により、峰田の秘蔵のお宝が隠された場所を難なく探し当てると、それを手にして峰田に見せつける。

 

「ば、馬鹿な! な、何故それを隠していた場所が分かった!?」

 

『峰田実。お前がコレを隠し持っている事は分かっていた……』

 

「ま、待て! 何をする気だ! やめろ、アークゥウウウウウウウウウウウ!!」

 

『身を以て、ラーニングさせてやる……!』

 

恐らくは、人生でもう二度と手に入らないであろうお宝が手の届かない場所に逝ってしまう事を察し、峰田は一も二も無くイナゴ怪人アークに懇願するが、イナゴ怪人アークは容赦なくお宝を……I・アイランドで峰田が発目から貰った脱ぎたてのパンティ(修繕済み)を破壊した。

 

 

●●●

 

 

尋常ならざる峰田の絶叫を聞いた俺達が何事かと峰田の部屋を覗くと、なんたる事ぞ。イナゴ怪人アークが峰田の目の前で見覚えのあるパンティを石に変え、握り潰し、粉々に砕いていた。

 

そして、秘蔵のパンティを破壊された事に慟哭し、エロ本やらエロDVDやらエロゲーやらをゴミ屑にされた怨み節を炸裂させる峰田に同情する者は誰一人としておらず、むしろ「学生寮にそんな物を持ち込むな」と、当たり前過ぎる正論を叩きつけられる形で峰田は止めを刺されていた。

 

『変態の滅亡は既に決まっている。しかし、どうすれば「変態絶滅」と言う結論に至ると思う? 魔王……』

 

「………」

 

「いや、それって普通じゃない?」

 

一方、周囲に被害を出す事無く峰田の部屋に存在したありとあらゆるエロスな物品だけを破壊したイナゴ怪人アークは、如何なる理由でそうなったのかは分からないが、流暢な日本語でのコミュニケーションを可能としていた。しかも割と良い声で。

つーか、今までエリに見つからない様に行動していた上に、一言も話さなかったのが嘘の様に堂々と姿を現し、堰を切った様に喋りまくっていた。そして、何事も無かったかのように、何食わぬ顔でしれっとお部屋披露大会に参加しているのである。

 

無駄に図太い所は実にイナゴ怪人っぽく、話の内容もやはりと言うか何と言うか中々物騒なのだが、イナゴ怪人アークの掲げる「変態絶滅」と言う目的は、女性陣から絶大な支持を得ているのが現状だ。

 

「わぁー、普通だァ!」

 

「普通だァ! 凄い!」

 

「これが普通と言う事なんだね!」

 

「言う事無いなら良いんだよ……?」

 

そんな予期せぬトラブルはあったものの、お部屋披露大会は引き続き三階の尾白の部屋から再開された訳だが、確かに尾白の部屋は普通としか言い様が無かった。これまでに見てきた部屋と違い、特に弄る部分が無いと言える無難なレイアウトだ。……うん、つまりは普通だな。

 

「難しそうな本がズラッと……流石委員長!」

 

「おかしなモノなど無いぞ!」

 

続いては飯田の部屋だが、ゴミ箱が可燃と不燃と言った具合に複数ある等、全体的に生真面目な飯田の性格が反映された感じの部屋だった。ただ、飯田本人は「おかしな物は無い」と言うが、明らかにおかしい物がある。

 

「ブフッ! 眼鏡クソある!」

 

「何がおかしい! 激しい訓練での破損を想定してだな!」

 

「いや、それよりもベッドの近くに本棚置くのは止めとけ。地震が起きたら死ぬぞ」

 

「ハッ! た、確かにッ!!」

 

見る限り本棚が固定されているかどうかは分からないが、本棚の上にも本が山積みされているとなれば、夜中に地震が来たら間違いなくそれらは雪崩と化し、就寝中の飯田を襲うだろう。自殺行為も良い所である。

尚、当の飯田は俺に指摘されて漸くその事に気付いたらしく、明日以降地震を筆頭とした緊急時を想定した部屋の模様替えを余儀なくされている。

 

「「「チャラい!!」」」

 

「手当たり次第って感じだなー」

 

「えー!? よくねー!?」

 

また、自身のインテリアセンスに割と自信があったのか、上鳴は思った以上に高評価が得られなかった事に戸惑っていた。

まあ、此処まで見てきた部屋のセンスが「深く狭い」と言った色々と濃いモノが多かったのに対し、上鳴の部屋は「浅く広く」と言った印象である事は否定できない。耳郎が言う様に「興味本位で手を出して、すぐに飽きた」って感じだ。

 

「「ウサギいるー!! 可愛いぃいいいい!!」」

 

「………(キラキラ)」

 

「口田。この子触っても大丈夫か? ……なるほど。向こうから近づいてくるのを待つんだな」

 

一方、インパクトと言う点において、意外なダークホースは口田だ。口田はペットのウサギを連れてきていたらしく、その余りの可愛さに芦戸と麗日が魅了され、エリも目を輝かせていた。ただ、エリとしては触りたいけどちょっと怖いみたいなので、まず俺が触っている所をエリに見せようとしたのだが……。

 

「………(シーン)」

 

「………(アワアワ)」

 

「……取り敢えず、コレは『触って良い』と解釈して良いのか?」

 

件のウサギは近づくどころか、俺を見るとその場で仰向けになり微動だにしなくなった。飼い主の口田としても想定外のリアクションだったようだが、恐らく俺が生物として逸脱した存在である事を本能で看破したのだろう。

尚、甲田曰くウサギの名前は「ゆわいちゃん」と言うのだが、性別はオスだった。しかも年齢を人間に換算すれば30代。つまりは脂の乗った中年のおっさんである。

 

「あったかくて、ふわふわする……」

 

しかし、可愛いは正義だ。ゆわいちゃんをおっかなびっくり触りつつ、嬉しそうな様子を見せるエリに免じて、俺に対してヒグマかエゾオオカミにでも出くわしたような反応を見せた事は許してやろう。

 

「てゆーかよぉ、釈然としねぇ」

 

「ああ、奇遇だね。俺もしないんだ。釈然……」

 

「そうだな」

 

「僕も☆」

 

しかし、しかしである。この世の全てにおいて、光が当たる所には必ず影がある。即ち、勝者と言う概念がある以上、敗者もまた同時に存在しなければならない。

口田と言う勝者の出現により、敗者へとカテゴライズされた者達が不満を露わにする中、イナゴ怪人アークの意志によって滅ぼされた筈の変態が不死鳥の様に蘇った。

 

「男子だけが言われっぱなしってのは、変だよなぁ? お部屋、披露大会っつったよなぁ? なら当然んッ! 女子の部屋も見て決めるべきじゃねぇのかぁ!? 誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主かぁ、全員で決めるべきなんじゃねぇのかあッ!?」

 

「? 初めからそうだったんじゃないのか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「良いじゃん!」

 

「え?」

 

「え!?」

 

峰田の主張に俺は「何を言っているんだ」との思いを込めて発言したが、耳郎と芦戸の反応を見るに、どうやら女子勢は自分達の部屋を披露するつもりは無かったらしい。そして、その上でお部屋披露大会を提案していたと……。

何と言う事だ。俺がお互いの腹の内を見せ合うイベントだと思っていたお部屋披露大会は、実は女性陣による男性陣への一方的な開腹手術だったのだ。いや、見方によっては最早、解剖と言うべきなのかも知れん。

 

「えーっと……じゃあ、誰がクラス一のインテリアセンスかー、部屋王を決めるって事で!」

 

「部屋王?」

 

「いや、別に決めなくて良いケドさ……」

 

「フフフ……『(オイラだけが主張しても足蹴にされてただろう。だが! 少なからず自尊心を傷つけられたコイツ等の意志に乗じる事で、オイラの主張は“民意”と言う皮を被るのさぁ! これにより実に自然な流れで、女子部屋を物色出来るッ!!)」』

 

そして、俺がお部屋披露大会の真実を知って驚愕する中、イナゴ怪人アークが唐突に何かを語り始めたと思ったら、峰田がその発言に合せる様に邪悪な炎を両目に宿し、性欲丸出しの顔で口から滝の様に涎を垂れ流し始めたではないか。

その光景は先程イナゴ怪人アークの手によって変態ブドウへの変身に必要なパンティを破壊された事も相俟って、峰田に向けられる女性陣の視線には殺意が込められている。

 

「ふーん……実に自然な流れで、女子部屋を物色出来るねぇ……」

 

「!? ば、馬鹿な! どうしてオイラの考えている事が分かったんだッ!!」

 

『ククク……お前が何を思考し、どう行動するか、その結論は予測出来ている。「法に触れる事無く、溢れんばかりの性欲を満たしたい」と言う心が透けて見えるぞ?』

 

協議の結果、峰田は女子棟へ足を踏み入れない事を条件に、お部屋披露大会は続行された。中止では無い事に耳朗がちょっと残念そうにしていたが、今後の寮生活の平和の為には雌雄を決する以外に誰もが納得する方法は無いので仕方が無い。

 

「男子棟4Fに住んでるのは、爆豪君と切島君と障子君……だよね」

 

「爆豪君は?」

 

「ずっと前に『くだらねぇ、先に寝る』って部屋行った。俺も眠い……」

 

「じゃあ、次は切島部屋!!」

 

「ガンガン行こうぜ!!」

 

「どーでも良いケド、多分女子には分かんねぇぞ。この男らしさはッ!!」

 

「……うん」

 

「彼氏にやって欲しくない部屋ランキング2位にありそう」

 

「アツイね。アツクルシイ!」

 

「ホラな」

 

麗日が言う様に、切島の部屋は実に暑苦しく男らしい部屋であり、切島本人が自身のインテリアセンスを自覚している分、精神的なダメージは他の面々と比べても低い……いや、目に涙を浮かべている所を見るに、やはり女性陣からの理解は得たかったのだろう。そんな切島を見て、上鳴・尾白・常闇の3名もまた目に涙を浮かべている。

 

「次! 障子!」

 

「面白いモノは何もないぞ?」

 

部屋を拝見する前に飯田と似たような事を俺達に告げる障子だったが、飯田と違い障子の部屋には本当に面白いモノは無かった、と言うか、物そのものが圧倒的に少なかった。具体的には布団と座布団と机だけだった。

 

「ってか……」

 

「面白いモノどころか!!」

 

「ミニマリストだったのか」

 

「まあ、幼い頃から余り物欲が無かったからな」

 

「こう言うのに限ってドスケベなんだぜ」

 

『流石は破れたパンティを修復する為、自ら裁縫のスキルを習得した男だ。説得力が違う』

 

なるほど。I・アイランドでの戦闘で破れた筈の発目のパンティが何故修復されていたのか疑問だったが、峰田が自分の手で直していたのか。

しかし、峰田のリアクションを見ればそれが真実である事は間違いないが、どうやってイナゴ怪人アークはそれを知ったのだろうか? まあ、知った所で正直どうでも良いが。

 

「次は一階上がって5F男子!」

 

「瀬呂からだ!」

 

「マジで全員やんのか……? ……フッ」

 

「!?」

 

障子の意外な一面を知った後、全員で男子棟の最上階へと足を運ぶ中、俺は瀬呂が一瞬不敵な笑みを浮かべているのを見た。一見すると瀬呂は乗り気では無い感じなのだが、その目は何か確信に満ち溢れている様に見える。どうやら瀬呂はインテリアセンスに相当の自信があるようだが、果たして……。

 

「おおーーッ!」

 

「エイジアン!!」

 

「ステキー」

 

「瀬呂こう言うの拘る奴だったんだ」

 

「フッフッフ……ギャップの男、瀬呂君だよ!」

 

此奴、やりおるわ。尚、個人的には部屋の何処かしらにチャリの要素があると思っていたのだが、瀬呂の部屋にはチャリの影も形も無かった。そして単純な部屋のセンスで言うなら、瀬呂は現時点でピカイチと言っても過言では無い。

 

「次々ー!」

 

「轟さんですわね(クラス屈指の実力者……)」

 

「(クラス屈指のイケメンボーイ……)」

 

「(クールな轟君の部屋……ちょっとドキドキ……)」

 

「さっさと済ましてくれ。ねみい」

 

さて、次は普段の成績とクールな態度からクラスの興味と注目を集める轟の部屋だ。轟本人は面倒臭そうな態度でイベントに余り関心は無さそうだったが、それでもこのイベントに付き合ってくれるあたり、入学当初の頃に比べると轟も大分人付き合いが良くなったものである。

 

そして、肝心の轟の部屋だが、それは意外性に富んだ瀬呂の部屋のインパクトを上回る、我々の想像の斜め上を行くモノだった。

 

「和室だッ!!」

 

「造りが違くね!?」

 

「実家が日本家屋だからよ。フローリングは落ち着かねぇ」

 

「理由はいいわ!」

 

「当日即リフォームって、どうやったんだお前!」

 

「…………頑張った」

 

「何だよコイツ!!」

 

「大物になりそ」

 

「いや、既に大物だろコレ」

 

『確かに小物に出来る芸当でない』

 

「イケメンはやる事が違ぇな」

 

「じゃ、次! 男子棟最後は!?」

 

「俺……」

 

男子棟最後の部屋を飾るのは砂藤だが、洋室から和室へと劇的にビフォーアフターした轟の部屋の直後となると、流石に高評価を得るのは難しいだろう。それは本人も分かっているようで、正直運が悪いと言わざるを得ない。

 

「ま、つまんねー部屋だよ」

 

「轟の後は誰でも同じだぜ……」

 

「て言うか、良い香りするのコレ何?」

 

「ああ、イケね!! 忘れてた!! 大分早く片付いたんでよ、シフォンケーキ焼いてたんだ!! 皆、食うかと思ってよ……ホイップがあればもっと美味いんだが、食う?」

 

「「「KUU~~~~~~~~~~~!!」」」

 

「「模範的意外な一面かよ!!」」

 

ううむ、個人的には夜にお菓子を食べるのは悪い文明なのだが……まあ良いか、今日くらいは。それに砂藤のお菓子は美味しい。きっとエリも気に入る事だろう。

 

「あんまぁい! フワッフワ!」

 

「ボーノボーノ」

 

「瀬呂のギャップを軽く凌駕した」

 

「ウンウン」

 

「素敵なご趣味をお持ちですのね、砂藤さん。今度私のお紅茶と合わせてみません?」

 

「オォ……こんな反応されるとは……! まあ、“個性”の訓練がてら作ったりするんだよ。甘いモン食うと高えし……」

 

「ちっきしょー、流石シュガーマンを名乗るだけ……うまっ!!」

 

「ここぞとばかりに出してくるな……うまっ……」

 

確かに美味い。林間合宿の時にバスで食べたチーズタルトも相当美味かったが、このシフォンケーキも絶品だ。これでホイップがあれば更に美味いと言うのだから、大した腕前である。砂藤が振る舞うシフォンケーキに誰もが喜びの舌鼓を打つ中、シフォンケーキを手にしたエリが予想外の行動に出た。

 

『……何だ』

 

「い、一緒に食べよう……?」

 

『………』

 

自分に渡されたシフォンケーキを半分に千切り、恐る恐るイナゴ怪人アークに手渡すエリ。イナゴ怪人アークは無言のままシフォンケーキを受け取り、しばし手にしたソレを凝視した後、閉ざされていた口を展開してシフォンケーキに噛り付いた。

 

『……理解した。これが、人間の善意か……』

 

何となく、この瞬間に超人世界の未来を左右するような特異点が生まれた様な気がする。いずれにせよ、エリのお陰でイナゴ怪人アークは善意と言うモノを理解したらしいので、少なくとも悪い事にはならないだろう。

 

『しかし……いや、だからこそ、私の結論は変わらない……』

 

そう思ったのも束の間、イナゴ怪人アークは決意を秘めた剣呑な視線と共に、右手の人差し指を峰田に向けた。

 

 

●●●

 

 

この学生寮『ハイツアライアンス』が女子棟と繋がっているのは共同スペースがある一階だけなので、男子棟から女子棟へ行くには一階まで降りる必要がある。この道中、イナゴ怪人アークによって念入りに石にされた峰田が二階の自室に放り込まれたが、我々にとっては必要かつ些細な事である。

 

そして、いよいよ本来なら使われる事の無かった女子棟二階に設けられた、俺とエリの部屋を披露する時がやってきた。

ちなみに相澤先生によれば、女子棟二階が使用される予定がなかったのは、性欲の権化である峰田を警戒しての事だったらしい。雄英のセキュリティを考えれば相澤先生にしては珍しく非合理的と思える対応だが、その気持ちは分からんでもない。

 

「おー! アウトドア系だー!」

 

「本棚の絵本はエリちゃんの物でしょうけど……図鑑が多いですわね?」

 

「ああ、俺の私物だ。俺は基本的に食い物を持ちこまないキャンプをしていてな。万が一に備えて、最低限の水やチョコレート何かは持っていくケド、食料は現地調達を心掛けている。最近はよく似た有毒の外来種も出てきてるから、食材の知識は必須だ」

 

「なるほど! 現地での食料調達や調理法などのサバイバル技術を身に着ける事で、緊急時への備えとしていると言う訳だな! 流石だ!」

 

「ガチキャンってやつか……それにしても、どっちの部屋も子供っぽくないな」

 

「これって実質、二つとも呉島の部屋だよな? ちょっとズルくね?」

 

「むしろ、子供っぽいのはダメなんだよ。意外に思うかも知れないが、エリは今までちゃんとした、それこそ子供っぽい子供部屋で過ごしていてな。ヴィランからは食事を充分に与えられなかった訳でも、不衛生な環境に居た訳でもない。それどころか女児用の玩具なんかも頻繁に与えられていたらしい」

 

「マジか」

 

「ま、思い込みや固定観念で判断せず、相手に合わせて柔軟に対応する必要があるって事だ。そして、今のエリにとってはコレが一番落ち着く環境なんだよ」

 

「じゃ、ワザとこうしてんのか……」

 

「ねぇ、あっちゃん。壁にルアーが掛けて無いケド、どうしたの? 家に置いてきたとか?」

 

「何かの拍子でエリに刺さると危ないから、全部タックルケースにしまってある。同じ理由でオールマイトから貰ったサボテンは家に置いてきた」

 

「な、何て事をッ!!」

 

芦戸が釣り竿やクーラーボックスなんかを興味深そうに見ている中、八百万は本棚を物色し、飯田が何時も通りに何かイイ感じに解釈してくれている。

また、切島と上鳴による部屋のレイアウトに関してのツッコミは、エリの境遇と教師寮での惨劇を知らなければごもっともな話なので、前例を知ると言う意味でもしっかりと説明させて貰った。

 

そして、この中で唯一、実家の俺の部屋を知る出久がこの部屋との差異を指摘し、オールマイトから貰ったサボテンの処遇を聞いて過剰反応するが、エリの安全には変えられない。コレは可能な限りリスクを排除する為の必要な犠牲だ。それにサボテンの世話は何とかなるだろう。実家にはイナゴ怪人やマタンゴがいるし。

 

「次は私達だね!」

 

「やだなー。マジで全員やるの? 大丈夫?」

 

「大丈夫でしょ。多分」

 

「……ハズいんだけど」

 

さて、俺で男性陣は最後となり、いよいよ女性陣のお部屋拝見となった訳だが、珍しく耳郎が消極的な態度を見せている。何時もの強気な耳郎らしくないと思いつつ拝見させて貰うと……なるほど、コレが理由か。

 

「思ってた以上にガッキガキしてんな!!」

 

「耳郎ちゃんはロッキンガールなんだねぇ!!」

 

「コレ全部弾けるの!?」

 

「まぁ、一通りは……」

 

「女っ気のねぇ部屋だ」

 

「ノン淑女☆」

 

耳郎の部屋はある意味、出久や常闇等の部屋と同レベルで自分の趣味一色に染まった部屋だった。それを皆に披露するのは憚られると言う事なのだろうが、そんな耳郎の心境を知ってか知らずか、上鳴と青山がここぞとばかりに舌剣を振るい、耳郎から制裁を食らっていた。余り言いたくはないが、自業自得である。

 

「次行こ、次!!」

 

「次は私、葉隠だぁ!」

 

さて、いよいよこの企画を提案した張本人の出番である。果たして、葉隠のインテリアセンスは如何ほどのモノか……。

 

「どーだッ!?」

 

「お、オオ……フツーに女子っぽい! ドキドキすんな!」

 

上鳴の言う通り、葉隠の部屋は女の子っぽさに溢れていた。直前に見た耳郎の部屋との対比の効果も多少はあるだろうが、それを踏まえても見る者に「女の子の部屋」と言う印象を抱かせるお洒落な部屋だった。

 

「次は私だぁ! じゃーん! カワイーでしょーが!!」

 

「「「「「「「「「「おォ……」」」」」」」」」」

 

「味気の無い部屋で御座います……」

 

「「「「「「「「「「おぉ……!」」」」」」」」」」

 

「何かこう……あまりにもフツーにフツーのジョシ部屋見て回ってると、背徳感出てくるね……」

 

「禁断の花園……」

 

各々が4階に上がり、披露された芦戸と麗日の部屋だが、芦戸の部屋が派手目で、麗日の部屋が地味目と言う差異こそあるものの、どちらも充分に女子っぽい部屋である。尾白と常闇の台詞は、この場に居る男子全員の心境に当て嵌まるのではないだろうか。

尚、俺としては麗日の部屋に関してのみ、麗日が借りていたアパートの部屋とよく似ていると思っていたが、敢えて黙っていた。

 

「次の部屋は蛙吹さん……」

 

「って、そういや梅雨ちゃんいねーな」

 

「あ、梅雨ちゃんは気分が優れんみたい」

 

「優れんのは仕方ないな」

 

「優れた時にまた見して貰おーぜ」

 

そして、女子棟の最上階に到着した訳だが、梅雨ちゃんは具合が悪いのか欠席している為、俺達は梅雨ちゃんの部屋を通り過ぎ、八百万の部屋に向かったのだが……。

 

「………」

 

「?」

 

はて、気の所為か? 今、梅雨ちゃんの部屋の扉が開いた様な気がしたが……。

 

「最後は八百万か!」

 

「それが……私見当違いをしてしまいまして……皆さんの創意溢れるお部屋と比べて……少々手狭になってしまいましたの」

 

「でっけぇ、狭ッ!! どうした八百万!?」

 

「私の使っていた家具なのですが……まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」

 

「「「(お嬢様なんだね……)」」」

 

そう言えば、相澤先生が俺達に部屋を案内した際、八百万は部屋の大きさについて「我が家のクローゼットと同じ位」と言っていたな。これまでに過ごしてきた部屋の基準が庶民と違う為、こうした弊害が生まれた……と言う事だろうか。

 

しかし、天井付きのベッドはお姫様感があって、エリには良いかも知れん。その発想はなかった。後でエリに相談して、ソッチの方が良いと言ったら明日にでも改造だ。

 

 

●●●

 

 

勝己と梅雨ちゃんを除いた全ての部屋が披露され、いよいよ部屋王を決める投票の時間である。但し、エリはまだ平仮名すら書けないので、俺が代筆する事で投票に参加する形になっている。

尚、イナゴ怪人アークは普通に漢字すら書ける事が判明し、やはり何食わぬ顔でしれっと投票していた。石になった峰田も復活した為、投票数は合計で21票である。

 

「えー、皆さん! 投票はお済みでしょうか!? 自分への投票は無しですよ!? それでは、爆豪と梅雨ちゃんを除いた、第一回部屋王暫定1位の発表ですッ!! 」

 

まあ、正直に言えば部屋王など、最早どうでも良い。今回の企画で多少なりともクラスメイトとエリに取っ掛かりが出来たなら、俺としてはそれで充分だ。

そして、俺の中では明日になったら口田にはゆわいちゃんによるエリのアニマルセラピーを、砂藤にはエリが好きなリンゴを使ったお菓子を作って貰えるように頼み込む事が決定している。

 

「得票数5票! 見事、部屋王に選ばれたその部屋は―――砂藤力道―――ッ!!」

 

「はああッ!?」

 

「ちなみに全て女子票! 理由は『ケーキ美味しかった』だそーですッ!!」

 

「部屋はッ!?」

 

「ちなみに2位は口田で、得票数は3票! 理由は『ゆわいちゃん可愛かった』だそーですッ!!」

 

……チョット待て。俺とエリとイナゴ怪人アークの3人は揃って口田に投票していた筈で、口田の得票数は3票。つまり、半ば組織票じみた結果で口田は2位を取ったと言う事になるのか……?

ま、まあ、別に口田本人がそれに関与した訳でもないし、口田自身もまさかの結果にどぎまぎしつつも嬉しそうだから、問題は無いだろう。多分。

 

「「テメー、ヒーロー志望が贈賄してんじゃねー!!」」

 

「知らねーよ! 何だよ、スゲェ嬉しい」

 

「終わったか? 寝て良いか?」

 

「俺はダメだって言っても寝るぞ。これ以上エリに夜更かしはさせられん」

 

最後まで起きていようと大分頑張っていたが、腕の中に居るエリはウトウトし始めている。これは投票の結果を聞いてイベントが終わったと安心した所為もあるだろうが、本来ならそろそろ寝る時間だと言う事もある。何より寝不足はエリの成長に悪い。この辺が6歳児の限界だ。

 

「うむ! ケーキを食べたので歯磨きは忘れずにな!」

 

「分かっている。エリ、皆におやすみって挨拶しな」

 

「うん……お兄ちゃん、お姉ちゃん、お休みなさい……」

 

「よしよし。それじゃ、皆お休みー」

 

「んぅ……」

 

俺は褒めて伸ばす方式を採用している為、些細な事でも出来たら褒めるを心がけている。それと同時に頭を撫でるスキンシップも欠かさない。

そして、胸に顔を埋めるエリはとても可愛らしい。まあ、それでも歯を磨かずに眠る事は許さないがな。その辺は心を鬼にさせて貰う。

 

 

◯◯◯

 

 

「……なあ、思った事言っていいか?」

 

「何だ?」

 

「今の呉島、もうお兄ちゃん通り越してお父さんじゃね?」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

新とエリが去った後、二人のやり取りを見た上鳴の感想に対し、A組の面々は沈黙を以て肯定した。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 ある意味では元ネタのシンさんの様に見えなくも無い怪人。生物としての規格がおかしな事になっている為、仮にヒグマやエゾオオカミに出会ったとしも、今回のゆわいちゃんと同じリアクションを取られる可能性が高い。

エリちゃん
 今回の企画を割と楽しんでいた幼女。そして、彼女の優しさによって人類の未来は救われた。後日、アニマルセラピーでゆわいちゃんに人参をあげようとした際、ゆわいちゃんの好物がバナナだと知って仰天する。

イナゴ怪人アーク
 人間の悪意を学習し、自我を獲得した怪人。コレに伴い、元になったエターナル克己……もとい、イナゴ怪人4号の自我は完全に消滅した。そして、人間の善意を学習した事で「変態を絶滅させる為に、人類を絶滅させる」と言う手段は選択肢から消えた。

常闇踏影
 ダークサイドの誘惑を撥ね除けたダークっぽいヒーロー。この世界線では、小説『雄英白書Ⅰ』で起こった出来事を理由に主人公からは密かに期待されていた。後日、エリちゃんとは「リンゴが好物」と言う共通点がある事を知る。

砂藤力道
 スイーツの腕前で部屋王となった男。上述のエリもそうだが、彼のクラスメイトに美味しい食べ物を提供する心意気もまた人間の善意である為、彼もエリと同様に人類の未来を救った救世主と言っても過言では無い。

口田甲司
 ペットの可愛さで準優勝を飾った男。小説『雄英白書Ⅲ』での描写を見る限り、ペットの気持ちを第一に考える素晴らしい飼い主。エリのアニマルセラピーに伴い、エリとはウサギの世話の仕方を教える形で交流する事になる。

ゆわいちゃん
 小説『雄英白書Ⅲ』で名前が明かされた、口田のペットたるウサギ(♂)。好物はバナナ。校長と違って“個性”は無い筈だが非常に知能が高く、峰田の性欲にある程度の理解があると言う希有な存在。まあ、ウサギだからなのだろうが。



イベント「部屋王」
 原作における経緯は不明だが、この世界線では葉隠が発端となっている。基本的には原作と同じく進んだが、峰田の部屋に保管された有害物質と、変態ブドウの変身に必要なドライバー(笑)が消滅した。え? 変態ブドウ02? 余り考えたくはないな……。


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第3話 軋む変身

読者の皆様のお陰で、10月29日の日刊ランキングで43位を記録しました。怪人への変わらぬご愛顧を、何時もありがとうございます。

今回のタイトルは『新 仮面ライダーSPIRITS』の「軋む変身」から。そして前作『THE FIRST』で軽く触れた部分に、若干の変更や加筆、修正を加えて突入します。だって、そのまんまだと面白くないでしょうし。


雄英に全寮制が導入され、昨日から敷地内の学生寮で過ごす事になった俺達だが、現在雄英は夏休み期間中であり、新学期が始まったと言う訳では無い。

ヒーロー科に在籍する我々が少々特殊なカリキュラムを組んでいるから雄英に居るのであって、普通科や経営科の生徒は今も夏休みを満喫している事だろう。

 

残念な事に林間合宿は予想外の形で終わってしまったが、だからと言ってヒーローを目指し切磋琢磨する日常まで終わってしまった訳ではない。また、仮免試験に向けた“個性”の強化を目的としたカリキュラムを正常な形で修了する事が出来なかった事で、我々は半ば追い込まれた状況にあると言って良いだろう。

 

「昨日話したと思うが、ヒーロー科一年A組は、“仮免取得”を当面の目標とする」

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

しかし、その程度の逆境で怯むほど、我らA組の精神力は柔では無い。むしろ、全員が仮免の取得を目指し、今日から再開される訓練に対してやる気に満ち溢れている。

ちなみにエリは本日、学校に出勤しているリカバリーガールに面倒を頼み、保健室で預かって貰っている。

 

「ヒーロー免許ってのは、人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然、取得の為の試験はとても厳しい。仮免と言えど、その合格率は例年5割を切る」

 

「仮免でそんなキツイのかよ……」

 

「そこで今日から君等には、一人最低でも二つ……『必殺技』を作って貰う!!」

 

「「必殺技ぁ!?」」

 

「「学校っぽくて、それでいて……ッ!」」

 

「「ヒーローっぽいのキタァアアアアアッ!!」」

 

仮免の合格率の低さを考えれば、教室にエクトプラズム、セメントス、ミッドナイトの三名が追加で入ってきた事を含め、これから始まる仮免試験を突破する為の訓練の過酷さが相当のモノである事は想像に難くない。

しかし、そんな状況下でも心が高鳴るモノがあれば、テンションの一つも高くなるのが人情である。それが超人社会の誰もが、人生で一度は考える「必殺技」に関する訓練となれば尚更だ。

 

「必殺! コレ即チ、必勝ノ型・技ノ事ナリ!」

 

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない! 戦闘とは如何に己の得意を相手に押しつけるか!」

 

「技は己を象徴する! 今日日、必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

 

「詳しい話は実演を交え、合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γへ集合だ」

 

かくして、エクトプラズム、セメントス、ミッドナイトがそれぞれ考える必殺技の定義を聞いた俺達は、久方ぶりにコスチュームに着替えて体育館γに集合した。

そこはレスキュー訓練で使うUSJと異なり、一見すると特に何も用意がされていない広めの体育館なのだが、そこは雄英。此処がただの体育館である筈がない。

 

「体育館γ。通称、トレーニングの台所ランド。略してTDL!!!」

 

「「え……?」」

 

「(TDLはマズそうだ!!)」

 

「此処は俺考案の施設。生徒一人一人に合わせた地形や物を用意出来る。“台所”ってのはそう言う意味だよ」

 

「なーる」

 

「質問をお許し下さい! 何故、仮免許の取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!」

 

「順を追って話すよ。落ち着け」

 

TDLの考案者であるセメントスの説明と軽い実演の後、飯田が相澤先生に必殺技修得の必要性を問う。それは正にA組における日常の風景であり、その光景に安心感を覚えるのはきっと俺だけではないだろう。

 

「ヒーローとは、事件・事故・天災・人災……あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然、その適性を見られる事になる。

情報力・判断力・機動力・戦闘力の他に、コミュニケーション能力・魅力・統率力等、多くの適正を毎年違う試験内容で試される」

 

「その中でも戦闘力は、これからのヒーローにとって極めて重視される項目となります。備えれば憂い無し! 技の有無は合否に大きく影響する!」

 

「状況に左右されること無く、安定した行動を取れれば、それは高い戦闘力を有している事になるんだよ」

 

「マタ、技ハ必ズシモ“攻撃”デアル必要ハ無イ。例エバ……飯田君ノ『レシプロバースト』。一時的な超速移動。ソレ自体ガ脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」

 

「! アレ必殺技で良いのか……ッ!!」

 

「なるほど……要は自分の中に“これさえやれば有利・勝てる”って型を作ろうって話か」

 

「その通り! 先日大活躍したシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』なんか、模範的な必殺技よ。分かりやすいよね。相手が何かする前に縛っちゃう」

 

「中断されてしまったが、林間合宿での『“個性”伸ばし』は……この必殺技を作り上げる為のプロセスだった」

 

「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」

 

「つまり、これから後期始業まで……残り10日余りの夏休みは、“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出す――圧縮訓練となる!!」

 

相澤先生の言葉に呼応し、セメントスの“個性”によって体育館の床は起伏に富んだものに変化し、何十体と言うエクトプラズムの分身がエクトプラズムの口から現れる。

 

そして、エクトプラズムの分身と同時に体育館に現れたのは、6体のイナゴ怪人。しかもイナゴ怪人達は全員、何故か黒いジャンパーを着込んでいる。

 

「って、なんでエクトプラズム先生に混じってイナゴ怪人がいるんだ?」

 

「ククク、知りたいか? ならば……お見せしよう……ッ!」

 

不敵な笑みを浮かべながら紡がれたイナゴ怪人2号の台詞に合わせ、イナゴ怪人全員が一斉にジャンパーを脱ぎ捨てる。すると、イナゴ怪人達の腰に見覚えの有り過ぎるモノが装着されていた。中央に風車を備えたベルトである。

 

「ね、ねぇ、アレって……」

 

「まさか……!」

 

「変身ッ!!」

 

「変身……ブイスリャァアアアアアアアアアアッ!!」

 

「いくぞッ!!」

 

「セッターーーーープッ!!」

 

「アーーーーマァーーーゾォーーーーンッ!!」

 

「変身……ストロンガァアアアアーーーーーーーーッ!!」

 

「「「「「「トォオウッ!!」」」」」」

 

三者三様ならぬ、六者六様のポーズを決めるイナゴ怪人が一斉に跳躍すると、ベルトのダイナモが回転すると同時にベルトに格納されたライダースーツが飛び出し、異形の体を包み込む。

そして、全員が同じタイミングで着地すると、6人のイナゴ怪人は首に巻かれた黄色のマフラーを靡かせ、何処からともなく取り出したバッタを模したヘルメットを装着する。

 

「な……に……!!」

 

「変身、した……」

 

「『仮面ライダー』……だと……」

 

「そう……我々イナゴ怪人もまた『仮面ライダー』。我らの王が愛用した『強化服・一式』と『強化服・弐式』で得られたデータを元に、我々イナゴ怪人専用として開発された『強化服・一七五式』を纏った姿よ」

 

「そして、これこそが我らイナゴ怪人最強の姿。今や我々の誰か一人が貴様等全員と戦ったとしても……貴様等に勝ち目は無いッ!!」

 

「面白ぇ……!」

 

「言っておくが、コイツ等の相手は俺達から見て、それなりに必殺技が形になっている者からになるので、各自そのつもりで。

尚、各々の“個性”の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も平行して考えていく様に。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備は良いか?」

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

「ワクワクしてきたぁあああああああああ!!」

 

明確な逆境を前に、皆冷汗こそかいていたが、決して臆する事は無かった。むしろ、不敵な笑みを浮かべている者の方が多い位だ。何故なら「逆境を覆す事」は、俺達にとって初体験ではない。むしろ、ヒーローになれば必須の条件と言えよう。

 

「(……どうしよう……)」

 

「………」

 

しかし、そんなクラスメイト達を余所に、自分の右腕を不安な顔で見つめる出久の事が俺は気になっていた。

 

現在、出久に宿る“個性”『ワン・フォー・オール』は“個性”そのものに蓄積された力を全て使い切り、“無個性”に等しい状態に陥っている。その力を復活させた上、更なる力を得る方法もあるにはあるが、予想されるリスクとデメリットが高過ぎる。

 

また、仮に『ワン・フォー・オール』が使用可能になったとしても、それが出久の為になるかと言われれば、それはそれで疑問が残る。

 

大事を前にすると小事を疎かにしがちなのは人間の悪しき習性であるが、出久の場合はそれが自己犠牲と言う形で現われる。俺も出久の事は言えないが、『ワン・フォー・オール』がその強大な力を取り戻したのなら、出久は遠くない未来でここぞと言う時、間違いなく自分自身をも滅ぼす力を迷い無く使うだろう。

俺自身、出久のそうした自己犠牲によって救われた結果、こうして雄英にいられる訳なので、ソレに関して強く言う事が出来ない。しかし、それでも病院のベッドで死人の様に眠る出久に縋る出久のおばちゃんの姿を思い出す度に、やはり力を手にする事の是非について考えてしまう。

 

「サテ、必殺技ノ修得ニツイテダガ……君ノ場合ハ既ニ複数ノ必殺技ヲ持ッテイルト言ッテ良イ」

 

「でしょうね……」

 

仮に人から「必殺技とは何ぞや!?」と問われたならば、俺は「文字通り相手を必ず殺す技である」と答える。それを食らえば終わる的な恐るべき技であると。

 

しかし、先生方が考える必殺技の定義を総合して考えれば、ヒーローにとって必殺技とは「自分自身の代名詞となる必勝の型・技である」との事で、言い換えるなら「飛び抜けた長所=必殺技」と言っても過言では無い訳だ。

その点で言えば、様々な困難を乗り越えて複数の能力と複数の形態を体得した俺は、既にそれ自体がヴィランに対する脅威である為、現時点で複数の必殺技を持っているに等しいとエクトプラズム先生の分身は言う。

 

ただ、その理論で言えば、出久の方はかなり不味い事になる。

 

出久の他を圧倒する長所の一つは『ワン・フォー・オール』に由来する「自身の肉体が破壊される程の並外れた力」だ。しかし、これまでに出久が見せたモノの中では、『フルカウル』以外の使い方は先生方が求める様な「安定した行動」とは正直言い難い。

これまでに出久が使ってきた決め技は全て必殺の威力こそあるが、常に無視する事の出来ないリスクとデメリットが付いて回る博打に等しいモノであり、必殺技の定義からすれば論外と言わざるを得ない代物……と言う訳だ。

 

そもそもの話、“無個性”でも超人社会の柱になるべく体を鍛え続けてきたオールマイトと、中学校三年生の春から体を鍛え始めた出久では、同じ“無個性”でも積み重ねてきたモノの厚さがまるで違う。

オールマイトと同じ様に『ワン・フォー・オール』を使う事自体、冷静に考えればかなり無茶な話なのだが、これに関しては『ワン・フォー・オール』の使い方を教授できる人間……つまり経験者がオールマイトしか居ない為、理論派の出久は感覚派のオールマイトから使い方を習い、オールマイトの使い方に倣わざるを得なかったと言う仕方の無い部分もある。

 

また、出久のオールマイトに向ける憧れは、最早崇拝の域に達するレベルにあり、オールマイトの“個性”と言う巨大で強大過ぎる力を授けられ、「“平和の象徴”の後継者になった」と言う自覚もまた「オールマイトに倣わなければならない」と出久に思い込ませ、その力の使い方を限定させた要因と言えるだろう。

 

しかし、しかしである。それなら闇の帝王の“個性”と言う凶悪で凶暴過ぎる力を吸収した俺も立場的には似た様なモノである。そして、俺はあの男に倣うつもりは毛頭ない。

 

確かに強力な“個性”は素晴らしい。卓越した能力は眩しい。だが知った事か。選ばれて手にした力がどれだけ強く美しいモノなのだとしても、俺は俺で、出久は出久だ。オール・フォー・ワンじゃあないし、オールマイトでもない。

 

「一応、先生方の言う『必勝・必殺の技や型』で、パッと思いついたモノは幾つかあるんですが……」

 

「ホウ……デハ、早速見セテ貰オウカ」

 

「待て、その役目は我々がやろう。今は出来るだけ多くのデータが必要なのでな」

 

分身であるが故に、その身を以て俺の考えた必殺技を受けようとしたエクトプラズム先生に待ったを掛けたのは『強化服・一七五式』を……即ち、『仮面ライダー』と言う名の鎧を纏ったイナゴ怪人達。

その数は5体。残り一体はどう言う訳か傍観を決め込んでいるが、俺が思うにアレは客観的な視点でのデータ収集を担当している。後は勝己あたりが強化服を纏ったイナゴ怪人に喧嘩を吹っかけそうなので、その為に残っていると見た。

 

「それじゃ……始めるか」

 

「うむッ!!」

 

これまでの様に「オールマイトの力でオールマイトを模倣する」やり方を続けていたら、何時まで経っても出久は「安定行動に繋がる必殺技」を身に付ける事は出来ない。

出久はこれまでのやり方を捨て、自分の他の長所を用いた必勝・必殺の型や技を編み出さなければならない。言わば、オールマイトでも持ち得ない、出久だけのオリジナルを……だ。

 

最近の出久はすっかり忘れているようだが、出久にはオールマイトとは違う持ち味と言うモノを持っている。俺にだってオール・フォー・ワンとは違う持ち味がある。俺はそれを言葉ではなく、行動で此処に示そうと思う。

 

「「「「「………」」」」」

 

そんな俺達の様子を、体育館の外から5人のイナゴ怪人がじっと見つめていた。

 

 

○○○

 

 

A組の皆がそれぞれ必殺技を修得するべく、分身のエクトプラズムの指導を受けて訓練に励む中、僕はその様子を見て焦りと不安を覚えていた。

 

「(皆、進んでる……)」

 

「何ヲ、ボーットシテイル?」

 

「ドッハ!」

 

根本的な立ち回りの改善。“個性”の使い方の工夫。皆が訓練の方向性を定めていくのを見ていた僕に、エクトプラズムのツッコミが蹴りと言う形で入る。

 

「あっと……その、必殺技なんですけど……僕、“個性”を使い過ぎた後遺症で“個性”が使えなくて……」

 

「ウム。ソノ事ハ、りかばりーがーるカラ聞イテイル。確カ、う゛ぃらんトノ戦闘デ無理ニ“個性”ヲ引キ出シタノダッタナ」

 

「はい……一応、回復の見込みはあって、前みたいに“個性”が使える様にはなるみたいなんですけど……正直、先生方が言うような必殺技のヴィジョンが全然見えないんです……」

 

「フム……確カニ君ノ“個性”ハアル意味、安定行動トハ最モ遠イ。ソノ“個性”ガ不調トナレバ、今日ノ所ハ安定行動ヲ取ル為ノすたいるヲ模索シテイコウカ」

 

前もって用意していた言い訳を使って“個性”が使えない事を誤魔化したケド、安定行動が取れるスタイルの模索と言っても、『フルカウル』の許容上限を伸ばす以外に特に思いつくモノは無い。

仮に『ワン・フォー・オール』が前みたいに使える様になったとしても、オールマイトみたいに100%の出力を使いこなせない現状でどう戦っていけば良いのか、その答えが見つからない。

 

「やってるねぇ、皆!」

 

「オールマイト……?」

 

「私が……呼ばれてないケド、今日は特に用事もなかったので、来たッッ!!」

 

「いや、療養してて下さいよ。後期に備えて」

 

「(挨拶代わりに変身したわ……)」

 

「オイオイ、つれないな。必殺技の授業だろ? そんなの見たいに決まっているんだよ! 私も教師なんでね。―――……」

 

僕が必殺技について悩んでいる中、体育館γにオールマイトがやってきた。あっちゃんとリカバリーガールのお陰で神野区での負傷は治ったらしいんだけど、憔悴した体を治す事は出来なかったみたいで、現にマッスルフォームになったのはほんの一瞬で、すぐにトゥルーフォームに戻ってしまう。

 

神野区の件ではオールマイトから随分と心配されたし、長いお説教も受けた。お母さんの気持ちを蔑ろにして気苦労をかけた結果、雄英で学ぶ事を一時は猛烈に反対された。

 

どんなに困ってる人でも笑顔で助ける――そんな最高のヒーローになるには、大事な人達に心配をかけない為には、まず自分が無事でいなきゃいけないんだと、今更ながらに分かった。だから、安定行動を取る為の必殺技の修得は、僕にとって必要不可欠のモノなんだけど……。

 

「久々に暴れるとスッキリすらぁ……! エクトプラズム!! 死んだ!! もう一体頼む!!」

 

「彼は凄いな」

 

「ええ。もっと強くなりますよ。アレは」

 

「おぉ! 爆豪君、張り切ってる!」

 

「アイツもう技のヴィジョン沢山あんだろうな」

 

「入学時から技名つけてたもんね!」

 

「オイラだってガキん頃から温めてる『グレープラッシュ』っつう技あんぜ!」

 

「つーか、誰でも一度は考えんだろ。俺『電撃ソード』とか考えてた。それをこうやって実現できるってんだから、テンション上がるぜ!」

 

「………」

 

やっぱり、皆を見ると焦ってしまう。“無個性”に戻ったら僕には何も無いんだと思ってしまう。どうすれば良いのか、どんなに考えても何も分からない。

 

「ヘイ!」

 

「あっ、オールマイト……!」

 

「アドバイス。『君はまだ、私に倣おうとしてる』ぞ!」

 

「へ……? それはどう言う……」

 

オールマイトのアドバイスの意図が理解出来ず、どう言う意味か聞こうとしたその時、何かが高速で回転する甲高い異音と共に、体育館γの中に強風が吹き荒れる。

ふと、突如発生した嵐の発生源に目を向けると、そこには力強いポーズを取り、強化服を纏った5体のイナゴ怪人と向かい合うあっちゃんの姿があった。

 

「ライダー……パワーッ!!」

 

あっちゃんの言葉に呼応する様に、バッタを模したヘルメットの複眼は赤く輝き、全身に隈無く高密度のエネルギーが駆け巡っている。

 

ライダーパワー。それは瞬間的に『強化服・弐式』の性能を限界まで向上させるモノだと、あっちゃんから聞いた。そして、神野区ではその切り札を使って、あのオール・フォー・ワンと渡り合ったとも。

 

「行くぞッ!! 者共、かか――」

 

それは、正に刹那の間に起こった出来事だった。一筋の赤い閃光が走ったと思ったら、次の瞬間には衝撃波が発生し、イナゴ怪人の一体が高速でセメントスの作った高台に激突。そして、一呼吸適度の間を置いた後、大爆発を起こした。

 

「何が……」

 

「殴ったんだよ。『電撃』を拳に纏い、『爆破』を込めてイナゴ怪人を殴り、時間差で爆破した」

 

オールマイトの言う通り、爆煙が晴れた後には黒焦げの強化服を纏ったイナゴ怪人が横たわっていて、さっきまでイナゴ怪人が立っていた場所には、ボロボロのグローブを嵌めて右拳を突き出したあっちゃんが立っていた。

 

「ぬぅ、おのれぃッ!」

 

「キェエエエエエエエッ!!」

 

五体の内一体が早速脱落し、残された四体のイナゴ怪人達が猛然と襲いかかる。強化服を身に付けた事で向上した身体能力から繰り出される攻撃は速く鋭く、その拳が、蹴りが、手刀が、爪先が高い攻撃力を有している事を容易に予想させる。

 

「………」

 

直後、僕達は驚くべき光景を目の当りにした。あっちゃんは迫り来るイナゴ怪人達の攻撃を次々と通り抜けた……いや、透り抜けた。まるで、『透化』の“個性”によって実体を無くしたミリオ先輩の様に。

 

「新しい能力……」

 

「いや、アレは新しい能力なんかじゃない。回り込んでいるだけだ」

 

「回り込んでいるだけ……?」

 

「そう。ただ、極限まで無駄が無い。あれは“個性”に由来する特殊な能力ではなく、純粋な技術によって為し得たモノだ」

 

オールマイト曰く、あっちゃんがやっている事は「回り込んだ」だけで、何も特別な事はしていない。ただ、その防御に、体捌きに、足運びに関する無駄な動きがギリギリまで削ぎ落とされ、その結果“回り込む”を超越し“通り抜ける”の境地に踏み込んでいる――と。

 

つまり、今僕が目にしたのは、単純で地道に積み重ねた、理に適った努力の帰結。「回り込む」と言う凡庸な技術が磨き上げられ、速度の概念を超えた速度を身に付けた事で、「通り抜ける」と言う超常の高みに到達したのだと。

 

「シィッ!!」

 

「ヌァアアアッ!!」

 

そんな僕の驚きを余所に、あっちゃんはイナゴ怪人達の攻撃すり抜けると、猛烈なキックを一体のイナゴ怪人の背中に叩き込んで空中にかち上げる。

 

直後、再びあっちゃんは姿を消し、幾筋もの赤い閃光がイナゴ怪人の肉体を落下させる事無く空中に留めていた。

 

やっている事は多分、期末テストの実技演習でサー・ナイトアイを相手にやった、空中に『超強力念力』の足場を展開して行う高速戦闘。

だけど、明らかにあの時とはスピードが違う。空中を移動するスピードが、空中に『超強力念力』の足場を展開するスピードが、桁外れに速くなっている。

 

「ライダー……キックッ!!」

 

「ぐぉおおおおおおお!?」

 

次にあっちゃんの姿がハッキリと見えたのは、空中でイナゴ怪人に必殺の右蹴りを叩き込んだ一瞬だった。多分、『超強力念力』の壁を空中のイナゴ怪人の背後か周囲に展開して、逃げ場を無くしていたんだろう。

それから『超強力念力』を解除。或いは力技で強引に破る事で、イナゴ怪人が勢いよく地面に叩きつけられると同時に衝撃波と振動が体育館γに発生。先程と同じ様に一呼吸程度の間を置いて大爆発が巻き起こる。

 

「フゥー……」

 

「「「シャァッ!!」」」

 

あっちゃんのコスチュームは必殺技の反動からか、右足のブーツが右腕のグローブと同様のダメージを受けていた。

そんなあっちゃんに休む間を与えまいと、3体のイナゴ怪人達がダーツの様な物を三方向から一斉に投げつけ、今度はあっちゃんが爆発に飲み込まれた。

 

「やったかッ!?」

 

自分達の主へ容赦なくダーツ型爆弾で攻撃したイナゴ怪人達は、確かな手応えを感じた発言をしていた。

その直後、炎の体を持つバッタの群れと、氷の体を持つバッタの群れがイナゴ怪人達を強襲し、あっちゃんが居た場所には半円状の金属が鎮座していた。

 

「あれは、I・アイランドでの……!」

 

「そうだ。あの時は薬物による“個性”の強制的な活性化と、ヴィランのサポートアイテムを奪う事で可能としていた。だが、今の呉島少年ならば、それらの外的要因が無くとも同様の事が可能となる」

 

イナゴ怪人達が炎と氷のバッタの群れに翻弄される中、あっちゃんが爆発から身を守る為に半円状に展開していた金属が分解され、鋼の体を持つバッタの群れとなってイナゴ怪人達への攻撃に加わる。

あっちゃんの意志によって操作された三種のバッタの群れは、三体のイナゴ怪人達を二体と一体に分断すると、氷のバッタ達が二体のイナゴ怪人を纏めて覆い尽くし、凍りつかせてその動きを止めた。

 

すると、間髪入れずに炎のバッタ達が集合し、人型に変形。空中で飛び蹴りの体勢を取ると、その高密度に圧縮されたエネルギーを以て、必殺の威力を誇る一撃を氷漬けで身動きの取れない二体のイナゴ怪人に繰り出し、炎の人型は大爆発と共に霧散する。

 

「これで決まりだ」

 

あっちゃんに相対するイナゴ怪人は残り一体。その最後のイナゴ怪人を撃破するべく、あっちゃんは鋼のバッタの群れを人型に変形させると、最後のイナゴ怪人へ向けて跳び蹴りを繰り出す体勢を取らせた。

 

「させるか! トォオオオウ!!」

 

それに対する最後のイナゴ怪人の返答は、その場から勢いよく跳躍し、鏡写しの様に跳び蹴りの体勢を取る事だった。

 

「ライダーキィーーックッ!!」

 

迫り来る鋼の人型の右跳び蹴りを、同じく右跳び蹴りで迎撃するイナゴ怪人。空中でせめぎ合う二つの必殺キック。勝負に競り勝ったのは、イナゴ怪人だった。

 

「フッ……ぬっ!?」

 

イナゴ怪人の必殺技によって崩壊する鋼の人型。それを見てイナゴ怪人は勝利を確信するが、砕けた金属は無数のバッタに姿を変えた後に円錐状へと変形し、その切っ先をイナゴ怪人に向けた状態で回転を始めた。

 

「トォオオオオオオウッ!!」

 

「!!」

 

「ライダァアーーーキィイイーーーック!!」

 

そして、あっちゃんはその場から跳躍し、イナゴ怪人に回転する鋼の円錐を押し込む様に跳び蹴りを繰り出した。緑色の電撃を纏って行われたその攻撃は、正面からまともに受けたイナゴ怪人を猛烈な勢いで吹き飛ばし、やはり一呼吸程度の間を置いての大爆発を引き起こした。

 

「………」

 

圧倒的だった。でも、あっちゃんは一度も被弾する事無く戦闘を終えたにも関わらず、コスチュームは全身の至る所がボロボロになり、ヘルメットの一部から火花が散っていた。『強化服・弐式』があっちゃんの行使する力と技に耐えきれていないのは明白だった。

因みに、イナゴ怪人達のコスチュームはあっちゃんの必殺技のダメージによって黒焦げになっていたけど、それでもダメージはかなりに抑えられていたらしく、全員がヨロヨロと起き上がると、あっちゃんの元へ歩いていった。

 

「……うん。アドバイスをもう一つ付け加えるなら、呉島少年を参考にすると良いよ」

 

「はい!?」

 

僕はオールマイトの言いたい事がますます分からなくなった。今の僕があっちゃんの何をどう参考にしろと言うのか。

 

「それと、今日の訓練が終わったら、呉島少年と共に職員室に来てくれ。会わせたい人達が居るんだ」

 

「え? わ、分かりました。それで、あっちゃんを参考にってどう言う……」

 

「やぁ、切島少年! 私がアドバイスして回るぞ!」

 

混乱する僕を余所に、オールマイトは切島君の方へと行ってしまった。そして、オールマイトのアドバイスの意味が分からぬまま迎えた放課後で、僕は予期せぬ再会を果たす事となる。

 

 

●●●

 

 

人間とは誰もが運命の奴隷であり、人生と言う船は運命と言う潮流にただ流されるモノでしかない。しかし、その抗えない潮流は時として、予想だにしない方向へと船を走らせ、思いがけない幸運を船の乗り手に与える事がある。

 

「……信じられない。これが、たった一つの“個性”によるモノだとは……」

 

そう。例えば、目の前でモニターに齧り付く、デヴィッド・シールド博士の様に。

 

博士はI・アイランドにヴィランを招き入れ、安全と平穏を約束された科学者の楽園に恐怖と混乱をもたらした罪で警察に逮捕された訳だが、博士の「オールマイトの“個性”が消失の危機にある」と言う、大半の人間が質の悪いジョークだと一笑に付したその犯行動機は、オールマイトの引退によって異様な信憑性を帯びる様になった。

 

仮定の話と言うモノは、総じて何の生産性も無い、毒にも薬にもならないモノだと相場が決まっているが、事は世界にその名を轟かせ、ヒーローの本場アメリカでも有名な日本の№1ヒーローの現役引退である。

こうなると博士の犯行に至る経緯を知る者の中に「仮に博士の研究が完成していたのなら、オールマイトは引退せずに済んだのではないか?」と言う考える者が出ても可笑しくはない訳で、それを上手い事利用しようと企む怪人もまた存在した訳である。

 

「デヴィッド・シールドはオールマイトの“個性”が消失の危機にある事を知っていた。そして、それを打破するべく行動に移したと言うのが事件の真相だ。結果的に博士の目論見は失敗したものの、博士の懸念はオールマイトの引退と言う形で現実のモノとなった。各国政府の愚かな決断がなければ博士の研究は完成し、少なくともオールマイトが今引退する事は無かった……貴様等もそうは思わんか? ん?」

 

イナゴ怪人の言う事は正直とんでもない暴論であるが、博士の研究が試作段階で止まった原因は各国政府の圧力によるモノである事は間違いなく、研究が完成していれば今とは違った結末を迎えていた可能性は高い。そう断言する事が出来るだけの天才性を博士は持っていた。

 

「……単刀直入に聞く。何を目的にそんな情報を我々に話した?」

 

「知れた事よ。貴様等の力でデヴィット・シールドを日本に呼び寄せて欲しいのだ。あの男ならもしかすればオールマイトの“個性”を復活させ、現役復帰させる事も出来るやも知れんぞ?」

 

「……確かに魅力的な話ではあるわ。でも、それだけではないのでしょう?」

 

「当然だ。何、悪い様にはならん。貴様等とて『敵連合』が……ひいてはオール・フォー・ワンが改造人間の完成形と称した『ガイボーグ:SEVEN』。そのデータの一つや二つは欲しいだろう? それも信頼できる優れた科学者から」

 

「「………」」

 

脳無とガイボーグと言うプロトタイプを経て、それらから得られたデータを元に完成させた改造人間『ガイボーグ:SEVEN』。

オール・フォー・ワンが“個性特異点”との決戦を想定して造ったと言う力が如何ほどであるかと言うのは、警察や公安委員会が知っておきたい事柄であり、近々調べようと思っていた案件ではあった。

 

しかし、そうなると問題となるのは「誰にそれを任せるのか?」と言う事。

 

超常黎明期から社会の闇に君臨していたオール・フォー・ワンのシンパである『財団』は、警察でも何処にどれだけ潜んでいるか把握する事が出来ず、改造技術者の存在を考えれば優秀な医者や科学者であるほど、オール・フォー・ワンの息が掛かっている危険性は高い。

 

仮に『財団』のメンバーではなかったとしても、それが『異能解放軍』や他の闇組織の人間だったと言う事になったら目も当てられない。特に『異能解放軍』はオール・フォー・ワンの供述が正しければ、何十年と言う永い時間をかけて政治や経済、メディアと言った様々な業界・分野に深く潜り込み、雌伏の時を虎視眈々と狙っている、今や日本の裏社会最大の闇組織だ。

 

誰よりも“個性”に精通し、『敵連合』の改造技術者と同等の技術力と知識を併せ持ちながら、確実にヒーローサイドであると信じるに値する人物――犯罪者であると言う一点を除けば、雄英卒業後にアメリカで活動していた若き日のオールマイトのサイドキックを勤め、オールマイトが日本に戻ってからも長年に渡ってオールマイトを支え続けたノーベル個性賞の受賞者と、デヴィット・シールド博士はこれらの条件を全て満たす希有な人材だった。

 

当然、犯罪者であるデヴィット・シールド博士を動かすのは容易ではないが、元々計画を立案し、博士にそれを提案したのは助手のサムであり、その辺の事情はサム本人が自白している。また、金銭目的でヴィランに協力していたサムと比べれば、博士はまだ情状酌量の余地があり、幸か不幸かオールマイトの現役引退がそれを後押していた。

 

結果、日本の正義と秩序を守る組織の偉い人達が如何なる手段を用い、どの様な過程を経てこうなったのかは余り考えたくないが、兎に角デヴィッド・シールド博士は超法規的措置によって密かに雄英に召喚され、俺の肉体や“個性”の解析に勤しんで貰っているのである。いやはや、権力とは恐ろしい……。

 

「それで、デイヴ。君は呉島少年に『ワン・フォー・オール』を譲渡し、緑谷少年に戻したとしたら、『ワン・フォー・オール』はどうなると思う?」

 

「……それは、今も緑谷君の中にある『ワン・フォー・オール』の力を復活させる事は可能かと言う事だな?」

 

「ああ。連合が“人造個性”や“複製個性”と言った技術を保有していると考えられる以上、奴等が今後『オール・フォー・ワン』の“複製個性”を、後継である死柄木に与える可能性は高い。脳無の様な改造人間に対抗する為にも、『ワン・フォー・オール』の復活は必須だと私は考えている」

 

「ううむ……」

 

しかし、そんな偉い人達の頑張りのお陰で、見方によってはオールマイト以上に『ワン・フォー・オール』を熟知している博士に俺と出久の体と“個性”を調べて貰い、『ワン・フォー・オール』の力を復活させる最適解を意見して貰う事が出来る訳だ。

尚、博士には『ワン・フォー・オール』の詳細は元より、『ガイボーグ』の製造目的や『敵連合』が保有するであろう“複製個性”や“人造個性”に関する情報も既に伝えてある。

 

だが、流石の博士も『ワン・フォー・オール』については前例の無いパターンである為か、眉間に深い皺を寄せて唸っている。

 

「……その方法なら『ワン・フォー・オール』は力を取り戻す所か、今まで以上の力を手にする事が出来るだろう。だが、その後で『ワン・フォー・オール』にどんな変化が起こるか、全く予想出来ない。

測定された呉島君の個性数値は、全盛期のオールマイトの『ワン・フォー・オール』のソレを遙かに上回っている。神野区で起こった緑谷君の変化を鑑みても、それ以上のナニカが緑谷君の身に起こったとしても不思議じゃない」

 

「それ以上のナニカ……ですか」

 

「そうでなくとも、元々『ワン・フォー・オール』には不可解な点がある。『ワン・フォー・オール』の始まりは、オール・フォー・ワンが弟に『力をストックする』“個性”を与えた事だと言う話だが、それなら『ワン・フォー・オール』を使えばストックされている力は消費される筈だ。譲渡される度に力が蓄積されて増強の一途を辿り、それらが一切消費される事無く使えると言うのはおかしい。

それに『力をストックする』“個性”は、オール・フォー・ワンが病弱な体を持つ弟でも使いやすい(・・・・・・・・・・・・・・・)と考えて与えた“個性”なのだろう? つまり、それから派生した『ワン・フォー・オール』の力を蓄える能力については、別に体を鍛えていなくても問題は無いと言う事になる筈だ」

 

「し、しかしだな、デイヴ。実際に『ワン・フォー・オール』を譲渡する際、それを受け止められるだけの器を作らなければ、受け止めきれずに四肢が爆散してしまうのだが……」

 

「それについては“個性”に蓄積されるエネルギーの量みたいな話ではなく、譲渡される度に継承者が発揮できる身体能力の上限が増え、その伸びしろが極端に増える負荷に肉体が耐えきれずに起こるのではないかと私は考えているが……兎に角、『ワン・フォー・オール』には色々と説明の付かない部分がある事は確かだ」

 

ううむ、流石はノーベル個性賞を受賞した個性研究の第一人者だ。我々とは異なる発想と視点を持ち、我々では気付く事の無かった点を指摘してくれるのは実に有り難い。

 

「ふむ……つまり、『ワン・フォー・オール』そのものに懸念材料があり、安易に復活させるのはデクの為にならないと言う訳だな?」

 

「うん? まあ、そうだな……」

 

「ならば、話は簡単だ。デクが『ワン・フォー・オール』を我が王に譲渡する必要は無い。むしろ、その逆……つまりは、我が王がデクに力を与えれば良いのだ。今のデクでも使いやすい力を。かつて、オール・フォー・ワンがそうした様にな」

 

秘密の会議に乱入したイナゴ怪人スカイのアイディアに、出久とオールマイトと博士の三人は揃って目を剥いていたが、俺にとってソレは非常に魅力的な解決方法に思えた。

 

そうだ。『ワン・フォー・オール』を譲渡すれば、『ワン・フォー・オール』へ極端に大きな力が蓄積されてしまう。

ならば、ただ出久に使いやすい力を与えれば良い。この方法なら出久が“個性”の反動によって必要以上に傷つく事も、それで出久のおばさんが涙する事も無くなる。

 

「………」

 

「あ、あっちゃん?」

 

「お前が大切だ。今のお前でも、使いやすい力があるんだ。『共に征こう』」

 

「!?!?!?」

 

「オール・フォー・ワンッ!! 貴様ッッ!!!」

 

俺のオール・フォー・ワンの声真似に、出久は夜道で魔王にでも出くわしたかの様な表情を見せ、オールマイトは般若の如き凄まじい形相でマッスルフォームを発動し、俺の顔面に渾身の一撃を叩き込もうとしていた。

 

「待って待って待って待って!! ちょっと待って! 嘘! ウソ! 冗談! ジョーダンですって、オールマイト!!」

 

「「「………」」」

 

「すみません! 悪ふざけが過ぎました! 正真正銘、俺です! 呉島新です!」

 

「……雄英の合格通知の映像で、麗日さんが名前を知らない僕の事を何て言ってた?」

 

「美少女ゲームとか好きそうな、アイドル馬鹿にするとマジギレしてくる感じのヤツ!」

 

「林間合宿の前にクラスの皆と行った買い物で、僕が手に入れたオールマイトのパネルに書かれていた言葉は?」

 

「オールマイトの匂い完全再現!」

 

「……うん。オールマイト、本物のあっちゃんです」

 

「質が悪いにも程があるッ!! 心臓が止まるかと思ったぞッ!!」

 

出久のお陰で何とか誤解は解けたが、オールマイトからはマジで怒られてしまった。それもこれも二人はオール・フォー・ワンが“個性”『オール・フォー・ワン』を投与する事で、俺の肉体を乗っ取ろうとしていた事を知っている為だ。

 

「それで真面目な話どうします? それ以外の方法となると、サー・ナイトアイやグラントリノに協力して貰う位しか思いつかないんですけど?」

 

「……少なくとも、呉島君に『ワン・フォー・オール』を譲渡するのは駄目だ。それに、緑谷君の体が『ワン・フォー・オール』と合っていなかった事は、“個性”を研究する者として否定する事は出来ない。『ワン・フォー・オール』に蓄積される力を、緑谷君の体に合わせる事が出来るのなら話は変わるが……」

 

「しかし、これから緑谷少年が相対するであろう脅威の事を考えると、私としては少なくとも前と同じか、それ以上の力を発揮できる方が良いと思うのだが……」

 

「確かに今後の事を考えれば、その方が良いのかも知れない。“個性”と体が合っていないのなら、今の所はそう言う人達の為に開発したサポートアイテムに頼ると言うのも選択肢としてはアリだろう」

 

「なら……」

 

「だがな、トシ。私はもう、その人の体が耐え切れない程に強い力が与えられる事を、良しとする事は出来ない。例えソレが、人々の平和の為に必要なのだとしてもだ」

 

「デイヴ……」

 

まあ、そうでしょうね。博士ならそう言ってくれると思っていました。

 

しかし、俺の横に座る出久の顔を見た感じ、出久はオールマイトと同様に「前と同じかそれ以上の出力派」と言った感じである。俺と博士が提案する「出久の体に合わせた出力派」との対立は避けられないだろう。

 

ちなみに、「出久でも使いやすい力を与える」案が採用された場合、俺が魔王の力を習熟する必要があるのだが、恐らくソレはすぐに出来る。

何せ俺の体はオール・フォー・ワンの鎧にして、その魂を収める鉢として改造されている。そう考えれば、この体は『オール・フォー・ワン』が使える事を前提にしている筈だ。現に脳無やガイボーグを人間に戻す際、その“個性”を奪う事が出来ている。

 

もっとも、それとは別にソレが出来る様になる必要が俺にはあるのだが……。

 

 

●●●

 

 

林間合宿において、『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』のマンダレイ、ピクシーボブ、ラグドールの三名がオール・フォー・ワンによって“個性”を奪われ、その“個性”は俺に投与された。

 

事件が終結し、拉致された彼女達は無事に保護されたが総じて“無個性”となり、ヒーロー活動を休止せざる得なくなってしまった。

そんな彼女達がメンバーの虎さんや、安全な場所に一時的に預けていた洸太君と共に事務所へ戻った翌日、想像を絶する事態が5人を待ち受けていた。

 

「フォフォフォウ、フォフォフォウ、フォッフォフォウッ!!」

 

「フォフォフォフォ、フォフォフォフォ、フォッフォフォフォウ!!」

 

「フォフォフォフォ、フォフォフォフォ、フォッフォフォフォオ……」

 

「フォッフォフォ、フォッフォフォ、フォフォーフォーウッ!!」

 

「「「「フォウフォフォ・フォウフォフォ・フォッフォーフォーッ!!」」」」

 

「「「「「………」」」」」

 

マタンゴの奇形種であるマランゴ。『敵連合』の一人を苗床にして4体に増えたマランゴ達は、ガス人間第一号ことマスタードを撃破した後、森の中へと姿を消して行方を晦ませていた。

 

巨大な男性器を模したキノコの怪人と言う、見た目だけならある意味で俺以上にヤベェ奴等が、黙って失敬したプッシーキャッツのフリフリのコスチュームに身を包み、人ならざる声で本人達の口上とポーズを決めると言う悍ましい絵面を前に、プッシーキャッツの面々と洸太君がマランゴ達に嫌悪と絶望の表情を向けていた事は簡単に想像できる。

 

『それでこのまま同士達の“個性”が戻らなければ、奴等がプッシーキャッツの新メンバーになりかねんのだ……』

 

「それって既にマランゴにチームを乗っ取られたも同然では?」

 

そんな訳で虎さんが雄英を通して俺に助けを求めたのだが、これはエンデヴァー等の“個性”を俺が復活させた事で、彼女達の“個性”を復活させる事も出来るのではないかと期待しての事らしい。

 

だが、エンデヴァー等が受けた無個性化と、プッシーキャッツの3名が受けた無個性化は、「個性が使えない」と言う点こそ同じだが、その過程と本質が全く違う。

 

前者はエリの『巻き戻し』に由来する、体内の個性因子に影響を与えた結果であるが、後者は『オール・フォー・ワン』による“個性”そのものの強奪である。少なくとも『巻き戻し』由来の力では彼女等の“個性”を元に戻す事は出来ない。

 

『一応、我とジェスチャーでコミュニケーションが取れる上、協力する気持ちはある様なのだが……その……必殺技の見た目がどうにも……卑猥でな……』

 

虎さん曰く、マランゴ達は虎さんのヒーロー活動を助ける意思と意欲に溢れており、それをアピールする為に必殺技を見せたのだと言う。

 

だが、今一度言うがマランゴは巨大な男性器にしか見えないキノコを頭と両腕に生やした怪人と言う、最低最悪のヴィジュアルを誇る魔物様である。

両腕の巨大なタケリタケをロケットパンチとして繰り出す「マラバゴーン」もそうだが、プッシーキャッツに見せた必殺技と言うのも、絵面が本当に酷いモノだったらしい。

 

両腕を回転させて放つコークスクリューパンチの「ドリルマーラ」を筆頭に、虹色の胞子を両手や頭部の一点に集中・圧縮し、ビームの様に噴射する「マラブッシャーン」。4体のマランゴが合体・巨大化する「ガッタイダアーッ」に、その強化フォームによって4つの巨大なタケリタケが合体した両腕から機関砲の様に「マラバゴーン」を連射する「マランペイジガトリング」。

挙句の果てには合体した4つの頭部と四対の両腕をニョキニョキと伸ばし、12本の巨大なタケリタケから虹色の胞子光線を放つと言う、キングギドラも真っ青な応用技まで見せたらしい。聞いただけで目眩がする必殺技の数々である。

 

スペックだけを見れば、胞子の感染によるヴィランの無力化や、毒ガスや薬品を無効する体質など、マランゴは割と有用な能力を数多く持っている怪人なのだが、ヒーロー活動休止中のメンバーがマランゴの必殺技を死んだ魚の様にハイライトの無い瞳で見つめ、ただただ静かに涙を流す様を見てしまった虎さんは、最善はやはりメンバーの“個性”が復活する事であると結論付け、方々に手を回して奔走したのだと言う。

 

『タルタロスのオール・フォー・ワン曰く、マンダレイの『テレパス』は貴殿のテレパシー能力の強化に。ピクシーボブの『土流』はモーフィングパワーの強化を目的に使われ、ラグドールの『サーチ』は投与された後、シャドームーンなる姿の能力の一つである『マイティアイ』に変化したらしい』

 

「なるほど……」

 

幸いと言っていいか分からないが、虎さんが聞いたオール・フォー・ワンの話が真実ならば、彼女等の“個性”は今も俺の中で形を変えて、或いは吸収された形で存在している。そして、元は各人が持っていた能力である以上、拒絶反応など起こる筈もない。

 

問題は、各人の能力がオール・フォー・ワンに奪われる前よりも何かと強化されて返却される可能性がある事だが……少なくとも、マランゴ達にチームの抜けた穴を任せるよりはずっとマシだろう。多分。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 幼馴染みに色々思う所がある怪人。戦闘面では『ゼロワン』の要素が盛り沢山だが、本人は期末試験でナイトアイから指摘された事を実行しているだけである。その体が魔王の器である以上、魔王の力が使えない道理は無い。

緑谷出久
 日頃の行いが原因で、幼馴染みに「下手に強大な力を預けると、また同じ事をやらかすだろう」と判断されている原作主人公。原作の世界線にしろこの世界線にしろ、その懸念は当たっている。つーか、マジでどうなるのよ、原作のデク君。

デヴィッド・シールド
 ショッカー首領の指令により、ヨーロッパから日本へ招集された怪人造りの名人っぽい扱いの科学者。正直この人に相談すれば『ワン・フォー・オール』について色々分かる事は多かったと思うの。ちなみにI・アイランド産の植物怪人達も一緒に雄英に来ている。

ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ
 この世界線では原作以上の被害により、事実上の壊滅状態に追い込まれているヒーロー集団。しかも唯一健在の虎をサポートする為に立候補した補充メンバーが下記のマランゴと言う、悍ましくも切羽詰まった状況に陥っている。

警察上層部&ヒーロー公安委員会
 元ネタのショッカーやゴルゴムみたいに怪人と結託する正義の組織。メンバーの中には当然、オール・フォー・ワンのシンパである『財団』の人間も居る訳だが、『財団』からすれば今回の件は“闇の帝王の勅令”以外の何物でもない。

イナゴ怪人(1号~RX)
 遂に仮面ライダーの力を手にした怪人達。今回変身したのは2号・V3・イナゴマン・X・アマゾン・ストロンガーの6体。密かに1号が上記の偉い人達に爆弾情報を渡して取引をするのを筆頭に、各々やりたい放題に拍車が掛かっている。

マランゴ×4
 善意が空回るキノコ怪人達。コイツ等としては自分達が生まれた森の管理者達を助けたいだけなのだが、管理者達からすれば大きなお世話と言わざるを得ない。各種必殺技の元ネタはハカイダーだったりゴリライズだったりと、ノリで決めた所為で統一性がまるで無い。



ショッカーライダー×6
 総合的な意味でイナゴ怪人最強フォーム。メタ的な事を言うと今回変身したのが6人なのは、「ひとまずは元ネタと同じ6人にして、次に萬画版『仮面ライダー』みたいに12人のショッカーライダーを登場させよう」と言う、作者の原作へのリスペクトである。

強化服・一七五式
 読みは「きょうかふく・いちななごしき」。名称は語呂合わせで「一七五(イナゴ)」を採用。『敵連合』の操る改造人間との戦闘を前提に造られている為、防御性能は折り紙付き。これからバージョンアップを繰り返し、全身に武装が搭載される予定である。
 見た目は『仮面ライダー THE NEXT』に登場した「ショッカーライダー」の強化服そのもの。その為テレビ版『仮面ライダー』のショッカーライダーの様に、個体毎にマフラーの色が違うと言った外見上の差異は無い。


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第4話 さようなら! 栄光の仮面戦隊ゴライダー!

思ったよりもスムーズに見直しが終わったので投稿します。そして、前作『怪人バッタ男 THE FIRST』のお気に入り件数が何時の間にか4000を超えていました。本作が11月24日の日刊ランキングで80位を記録した事も含め、怪人バッタ男シリーズのご愛読ありがとうございます。

今回のタイトルの元ネタは『ストロンガー』の「さようなら! 栄光の7人ライダー!」。一応は初登場の回なのにクライマックスとはこれ如何に……。


雄英の一角で開催された『ワン・フォー・オール』の真実を知る者達による秘密の会議は中々どうして難航していた。今の所「出久の中の『ワン・フォー・オール』を如何にして復活させるか問題」を解決する方法の候補は以下の二つ。

 

1.俺を除いたサー・ナイトアイやグラントリノ等に協力して貰い、彼等の間で『ワン・フォー・オール』の譲渡を繰り返した後に出久に返却する。

 

2.いっそ『ワン・フォー・オール』を復活させる事を諦め、俺が『オール・フォー・ワン』由来の能力を用いて出久に何かしらの力を与える。

 

後者に関しては本末転倒も良い所だが、俺とデヴィッド・シールド博士はむしろ其方を推している。だが、オールマイトと出久はどうにもボツ案である「俺と出久で『ワン・フォー・オール』のやり取りをする」を諦めていない節があった。

 

出久のメリットとデメリットを考えれば、それこそ今の出久でも使いやすく、且つ何とか周りを誤魔化せる力を……具体的には神野区で『オール・フォー・ワン』と共に投与され、俺の『バッタ』に取り込まれた“個性”の一つである『空気を押し出す』。それに『ワン・フォー・オール』と同系統の『膂力増強』の能力を与えるとかが良いのではないかと俺は考えている。

 

複数の“個性”所持に関しては、歴代の『ワン・フォー・オール』継承者で言えばオールマイトのお師匠さんを筆頭に何人も居る訳で、博士も「2つ位なら問題は無いだろう」と言っていた。むしろ、“無個性”のオールマイトや出久の方が、継承者としては希有な例外だと思った方が良い。

 

――だが、どうもオールマイトが『ワン・フォー・オール』の復活方法として「譲渡」に拘る理由は、出久に降りかかる将来的な不安だけでは無いらしい。

 

「面影……ですか?」

 

「ああ。これはお師匠の受け売りなんだが、『ワン・フォー・オール』は色々なモノを溜め込む“個性”なんだそうだ。例えば、ああしたい、こうしたい、ああなりたい、こうなりたいと言った、歴代の継承者達が培っていた力と共に、それぞれの想いが“力”の一部として『ワン・フォー・オール』に記憶されている。だから例え道半ばで斃れたとしても、『ワン・フォー・オール』の中でまた逢える……生前のお師匠はそう仰っていた」

 

「そう言えば、僕が林間合宿の時の怪我で入院していた時の話なんですが――」

 

俺がオールマイトの説明にデジャヴを感じる中、出久が入院中に『ワン・フォー・オール』の面影と言うか、『ワン・フォー・オール』に記憶された『ワン・フォー・オール』の成り立ちを夢で見た事を語った。そして、出久の口から語られたその内容は、やはり俺にとって既視感を覚えるモノだった。

 

「初代の記憶……! 見たのか……!」

 

「見たには見たんですけど、映像が粗かった上にノイズも酷くて……ただ、その後で初代が話しかけてきたんです。『まだ見せるつもりは無かった』とか、『新しい強大な力が生まれようとしている』とか……オールマイトはそこに意志は無いって言ってましたけど……とてもそうとは思えませんでした」

 

「それなら俺にもあったぞ。見た記憶はもっと多かったし、話しかけてきたのは別の人だったけどな」

 

そして、恐らくは俺も出久と同時期に『ワン・フォー・オール』の歴代継承者の記憶を見ている事。また、それとは別に超常黎明期に『仮面ライダー』を名乗り、闇の帝王との戦いに敗れ、“個性”にこびり付く記憶に成り果てながらも存在し続けたヒーローとの一部始終を話した。

 

「なるほど……だが、私は経験しなかったし、お師匠にもそう教えられた。私の知る限りじゃ、それは君達だけに起こった現象だ。ただ……」

 

「間違いなく、俺がガイボーグに改造された事が原因で起こった事でしょうね。出久に話しかけた初代からしてみれば、宿敵が増えた様なモンでしょうし」

 

「…………言いたくなかった事を……」

 

「いや、待てよ……呉島君にも『ワン・フォー・オール』の力と記憶があるのなら、『オール・フォー・ワン』で『ワン・フォー・オール』の力を調整して、その記憶と一緒に緑谷君へ譲渡すれば良いんじゃないのか?」

 

「「「え……?」」」

 

そして、俺の話を聞いた博士が提案した方法は、この場に居る誰もが納得出来る折衷案と言うべきモノだった。

 

出久が言うには、初代の記憶は出久が神野区で『デクさん』と化し、その力を振るう事を必死になって止めていたらしいのだが、それ以降『ワン・フォー・オール』の力と共に完全に気配が消えたらしい。恐らく、歴代継承者の記憶も『デクさん』の代価として消費されてしまったのだろう。

 

一方、俺に関しては超常黎明期の『仮面ライダー』の記憶が消えた感じはするが、『ワン・フォー・オール』の歴代継承者の記憶が消えた感じはしない。吸収したのがオリジナルではなくその“残り火”と言うのが少々不安だが、上手くすれば強大な力よりもずっと大切なモノを復活させる事が出来る可能性が出てきた訳だ。

 

「………」

 

「オールマイト?」

 

「はっ!? ああ、いや、デイブの提案は私としても賛成だ。ただ、初代の警告を無視した緑谷少年の事を、呉島少年の中にいる初代の記憶はどう思っているのだろうかと……」

 

「ああ……」

 

確かにどう思っているのかは気になる。記憶を見た限りではそう悪く思ってはいないと思うが、そうなると他の継承者の記憶は出久をどう思っているんだって話になる。

思い返す限り、少なくとも出久の決断に罵声を浴びせる様な方はいない感じだが、その事について説教しそうなハゲのおっさんとかは居る。

 

「あ、記憶と言えばもう一つ」

 

「うん?」

 

「オールマイトのお師匠さんですけど、俺はどことなく出久のおばさんに似た美人さんだと思いました。髪型とか」

 

「! だろ!」

 

「また髪型……」

 

「ちなみに学生時代のオールマイトも見ましたよ。お師匠さんの視点で」

 

「デ・ジ・マ!?」

 

「ウッソォッッ!?!?!?」

 

俺が気まぐれで投下した爆弾発言はオールマイトに直撃し、出久はその余波で『ワン・フォー・オール』の力が使えなくなっていると知った時よりも深く落ち込んだ。

 

 

●●●

 

 

『コスチュームの改良についてだが、御覧の通り私は表立って協力する事は出来ない。勿論、君達への協力は惜しまないが……コスチュームで変更したい点があるなら、校舎一階の開発工房へ行って欲しい。私よりもずっと頼りになるサポーターがそこに居る』

 

「それで挨拶に伺ったのですが、まさか貴方まで雄英に来ているとは思いませんでした。ほら、出久。そろそろ元気出せよ」

 

「……お久しぶりです……メリッサさん……」

 

「え、ええ、デク君も久し振り。私もまさか雄英でサポートアイテムの研究をする事になるなんて思わなかったわ。ねぇ、レオン?」

 

「……メリッサはん。透明になっとるワイに目ぇ向けて言ったら、透明になった意味があらへんやないですか。てか、何でワイの居場所が分かるんでっしゃろ……」

 

出久の中の『ワン・フォー・オール』の復活方法が決定した後、博士からのお墨付きを貰ったサポーターに会う為、俺と出久は開発工房に足を運んだのだが、そこに居たのは博士の一人娘であるメリッサさんだった。

無論、博士とイナゴ怪人スーパー1の取引により、何かと悪意に晒されそうなメリッサさんの護衛として派遣された変な関西弁を話すカメレオン怪人こと「死神カメレオン」のレオンも一緒である。

 

「そう言えば、ヒーロー科の皆は必殺技に伴うコスチュームの変更や改良を考えてるって話を聞いたんだけど、デク君達はどうなの?」

 

「俺はコスチュームに関しては全部父さんに任せてあります。今日の訓練で得た戦闘データを元に、コスチュームのバージョンアップが施されるかと」

 

「僕はその……必殺技のヴィジョンすら出来て無くて……オールマイトは『君はまだ私に倣おうとしてる』とか、『あっちゃんを参考にしたら良い』とか言ってたんですけど……」

 

「俺を参考に、ねぇ……」

 

メリッサさんの質問に言い淀みながらも、出久は必殺技修得の圧縮訓練でオールマイトから指摘された事を告げるが、出久自身はそのアドバイスの意図がまるで分からず、どうすれば良いのか困っていた。

単純に考えるなら、オールマイトは「出久は『ワン・フォー・オール』をオールマイトと同じように使う必要なんて無い」と言いたいんだろう。実際、歴代の『ワン・フォー・オール』の継承者が全員、オールマイトと同じ使い方をしていたとは思えない。

 

……仕方ない。もういい加減に言ってしまおう。このままだと変に拗れそうだし。

 

「確かに、これまでと同じくオールマイトに倣った“個性”の使い方をしていたら、誰かがまたお前の壊れた体を治さないといけなくなる。治療する事を前提にした“個性”の運用は、ハッキリ言うと『安定行動』にはならない……だろう?」

 

「う゛……た、確かに……」

 

「それでだ。人が手っ取り早く喧嘩に強くなる方法は、大きく分けて二つある。『腕力を脚力並みに強化する』か、『足を手並みに器用にする』かだ。出久はこれまで前者のやり方をしていた訳だが、それは“個性”に頼った極端なモノだった。それしかやりようが無かったとも言えるがな」

 

「うん……」

 

「だが、職場体験で“個性”の使い方を学び、身体能力を全体的に増強させる『フルカウル』を修得した事で、勝己並みの機動力と小回りを手に入れた。現状ではコレが今の出久に出来る、唯一の『安定行動』と言える訳だ」

 

「……つまり、手から足をメインにしたスタイルに変える?」

 

「どちらかと言うと、一撃必殺のパワータイプから、手数で補うスピードタイプに変えるって感じだ。それか技術や知識を武器にして戦うテクニックタイプ。勿論、スピードとテクニックを両立したスタイルもアリだ」

 

と言うか、本音を言えばテクニックタイプこそが、出久の本来のスタイルだと思うんだよな。

 

これまで持っていなかった“個性”と言う力を手に入れ、手に入れても禄にその力が使えなかった分、出久はヒーローオタクとしての知識を元に知恵を絞り、その観察眼と分析力を武器にして戦っていた訳だが、“個性”がまともに使える様になればなる程、何処か考え無しの脳筋になっていた様な気がする。

その最たる例がI・アイランドの事件である。ヴィランに奪取された警備システムの解除に、メリッサさんの様な警備システムを解除できる人間が必要だと気付かなかったとか、俺の知る出久ではまず有り得ない。

 

つまり、言っては悪いが『ワン・フォー・オール』を習熟すればする程、出久の持ち味が失われていたのである。

原因としてはオールマイトへの大き過ぎる憧れや責任感。何よりオールマイトの力そのものが足枷になり、視野狭窄に陥っていたのだとは思うが……。

 

「そうね……デク君は体が強過ぎる“個性”についていけてないし、仮に『フルガントレット』みたいなサポートアイテムを使っても、その力を発揮する回数には限度があるわ。体に“個性”の負荷をかけないスタイルに変えて継戦能力を高めるのは、サポーターとしても良いアイディアだと思うわ」

 

「スピードとテクニック……確かにそれなら、オールマイトのアドバイスにも通じるモノがある……オールマイトに倣うって部分も、あっちゃんを参考にって部分も!」

 

「なるほど! つまりは、今までの戦い方だと不安だから、思い切って別の戦い方に切り換えていこうって訳ですね! 好きですよ、そう言う発想ッ!!」

 

「出やがった」

 

「はい! 出やがりました! ご存じ、呉島明です!」

 

「勝手に呉島を名乗るんじゃない」

 

かくして、出久がこれまでのパワー重視のバトルスタイルを一新し、スピードとテクニックに重点を置いたバトルスタイルへの変更を決意しようとした矢先、何処から沸いてきたのか発目が俺達の会話に乱入した。そして、畏れ多くも呉島の性を名乗る発目が乱入した目的は、何となく察しが付いている。

 

「でしたら、私がまずドッ可愛いフットパーツベイビーを作ってあげましょう!! それ以外にもコスチュームの大幅な変更が必要になるでしょうが、問題ありません!! ここは一つ、私とメリッサさんに全てお任せ下さい!!」

 

「あ、いや……でも僕、今のコスチュームからデザインを大きく変える気は無いんだけど……」

 

「クライアントの無茶・無知・無謀に応えるのがデキるデザイナーです! 先生!! 私達の案、良ければ採用して貰えますね!?」

 

「…………良ければね……」

 

「では早速取りかかりましょう!」

 

「ええ!」

 

相変わらず押しの強い発目によって、出久のコスチューム変更が瞬く間に決定してしまった。そんな発目に常日頃から大分苦労しているのか、開発工房の主であるパワーローダー先生は妙に疲弊しており、半ば諦めた様子で発目の提案を認めている。

 

「それで、出久は良いのか? よりにもよって発目にコスチュームを任せて」

 

「うん。確かにちょっと不安はあるけど……」

 

「金属ベースで耐久性をアップ! 内部には衝撃吸収剤を詰めます!」

 

「なるほど。頑丈そうな構造ね!」

 

「発目さんとメリッサさんの二人が組んだら、何だか凄いのが出来そうだと思わない?」

 

「……なるほど」

 

確かにこの二人なら“ありとあらゆる意味で凄い物”が出来るだろう。出久が期待する気持ちも分からないでは無い。

だが、俺は父さんを通じて知っている。サポートアイテムの研究と開発に携わる人間……つまり研究者と言うのは、総じて譲れない拘りや信念を持っている人種なのだと。

 

「設計できました! コレは……最高に可愛いんじゃないですか!?」

 

「でも、コレじゃ重過ぎるんじゃないかしら……ココは逆に軽い素材にしてみたら――」

 

「いいえ! こっちの方が可愛いです! 早速、作業始めます!」

 

「待って! サポートアイテムはあくまでもヒーローを補助する為の道具。デザインは変えないと言う要望だし、まずはヒーロー側の意見を酌まないと……」

 

「ですが、緑谷君はサポートアイテムに関しては素人です」

 

「そうね。でも……やっぱり私はサポーターとして、第一にヒーローの事を考えて作るべきだと思うわ!」

 

「……見解の相違の様ですね」

 

「(あ……あれれ……?)」

 

「(やっぱこうなったか)」

 

「では緑谷君に判断して貰いましょう。どちらがより優れたサポートアイテムを作れるか勝負です!」

 

「……ええ!」

 

「え? 勝負……?」

 

「……じゃ、俺はエリを待たせてるから、この辺で」

 

「えッ!?」

 

「フフフ……私のベイビーは負けませんよ!」

 

「私だって、サポーターとして負けられないわ!」

 

まあ、過程は兎も角として、出久が望む様な凄いサポートアイテムが出来る事は間違いないだろう。だから、ここは結果オーライ。結果オールマイトと言う事で何とか頑張ってくれ。

 

ヒートアップする発目とメリッサさんに巻き込まれる出久を尻目に、俺はリカバリーガールに預けたエリを迎えに行くべく、開発工房を後にした。

 

 

○○○

 

 

雄英での圧縮訓練が始まって四日が経過した頃、各々がコスチュームの改良と平行して必殺技の開発と修得に精を出す中、教師としてアドバイスした生徒達の進捗状況を確認するべく、体育館γにオールマイトが現われた。

 

「オッハー。進捗どうだい、相澤君?」

 

「また来たんですか……ボチボチですよ。漸くスタイルを定め始めた者も居れば……既に複数の技を修得しようとしている者も居ます」

 

「ふむ……その中でもやはり……」

 

「はっはぁ! 出来たぁ!」

 

生徒達の歩幅には個人差こそあるものの、誰もが順調に「自分だけの必殺技」を朧気ながらも形にしており、早い者では現段階で複数の必殺技をモノにしつつあった。

 

そして、早い者の代表格はオールマイトの予想通り爆豪勝己である。

 

戦闘センスの塊である爆豪にとって、“個性”を用いた必殺技のヴィジョンは入学時から既に複数あり、それを今になって形にしているのだろう。実際、そう思わなければ納得する事が出来ない修得スピードである。

 

「……爆豪少年は相変わらずセンスが突出しているな……」

 

「あ!! オイ、上!!」

 

「馬……ッ!!」

 

改めて爆豪のバトルセンスの高さに感心するオールマイトが背を向けた時、爆豪が必殺技で破壊したセメントの的が一部崩れ、オールマイトの頭上に向けて落下する。

 

爆豪が焦り、相澤がそれに対処しようとした時――ソレは現れた。

 

「「「「「トォオオオオオオオオオオオオオウ!!」」」」」

 

「!?」

 

威勢の良い掛け声と共に、セメントの塊を一発の蹴りで粉砕する赤い影と、それに続く青・緑・黄・桃色の4色の影。そして、色の違いこそあれ、5人全員がバッタを模したコスチュームに身を包み、マントを羽織っている。

その正体は何となく想像がつくものの、オールマイトの危機を救ったソレ等は何かを待っている様にオールマイトを凝視しており、オールマイトは期待に応える形で彼等にその正体を問う事にした。

 

「えっと……き、君達は、一体……?」

 

「アカライダー!」

 

「アオライダー!」

 

「ミドライダー!」

 

「キライダー!」

 

「モモライダー!」

 

「我ら、仮面戦隊!!」

 

「「「「「ゴライダー!!」」」」」

 

「………」

 

どう考えても中身がイナゴ怪人な彼等は仮面戦隊ゴライダーと名乗ると、ポーズを決めると同時に背後で爆発が起こり、五色のカラフルな煙が上がる。

体育祭で似たような光景を見た記憶があるが、コスチュームによって見た目がヒーローっぽくなっている所為か、何となく前よりパワーアップしている様な気がする。

 

「何ぃ!? 仮面戦隊ゴライダーだとぉ!?」

 

「うむ! そこのショッカーライダー達よ! 我々が貴様等に真の必殺技と言うモノを見せてやる! そこの人間共を実験台とする形でなッ!!」

 

「「「「「「「「「「え゛え゛ッ!?」」」」」」」」」」

 

「行くぞ! ゴライダーハリケーンだッ!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

勝手に実験台にされる事に「聞いてないよ!?」と言わんばかりのリアクションを見せるA組の面々と、「そんな事、俺達が知るか!!」と言わんばかりに必殺技の準備にかかるゴライダーに、それを止める事無く傍観するショッカーライダー達と教師陣。

まあ、実戦において対戦相手が此方の必殺技をワザワザ待つ訳がないので、これはある意味ではとても実戦的な訓練と言えるだろう。現に名乗った直後に必殺技を世界征服組織にぶっ放すヒーローも存在する訳だし。

 

「ゴライダーハリケーン・視力検査!!」

 

「あん?」

 

「いや、視力検査って何?」

 

「アタックッ!!」

 

モモライダーがラグビーボールの様な物を何処からともなく取り出すと、A組の困惑を他所にゴライダーは一斉に駆け出した。A組の面々はゴライダーが誰を狙っているのか分からず、中には「一度に全員を倒す広範囲攻撃なのではないか?」と予想を立てている者もいるが、ゴライダーのターゲットは一人だけである。

 

「いくわよッ!! キライダー!!」

 

「任せろッ!! ミドライダァーーッ!!」

 

「アオッ!!」

 

「OK! アカライダー! クラウディングトライだッ!!」

 

「オッケイ! トォオオオオオウ!!」

 

モモライダー、キライダー、ミドライダーが空中で華麗にパスを回し、アオライダーがジャンプキャッチしたエンドボールを地面に固定すると、アカライダーは助走をつけて天高く跳躍。空中で華麗なバク転を決め、右足でエンドボールに狙いを定めた。

 

「エンドボォーーーーーーーーーーーールッ!!」

 

――その時、不思議な事が起こった。

 

アカライダーが勢い良く蹴り込んだ五色のカラフルなラグビーボールが空中で視力検査表に変化し、真っ直ぐ飯田の手元へと向かっていったのだ。

 

「むっ!? これは、視力検査表か? 何々……」

 

飛んできた視力検査表を受け取ると、飯田は律儀にも視力検査(至近距離)を行った。しかし、今回は飯田のその生真面目な性格が徒となった。

 

「ダ・イ・ナ・マ・イ・ト……何ぃ!? ダイナマイトだとぉ!?」

 

「いや、それがどうしたって……」

 

コントの様なやり取りに耳朗が呆れる一方、飯田は危険を察知し、視力検査表を手放してその場を離れようとするも、時既に遅し。飯田が手にしていた視力検査表は大爆発を起こし、飯田は爆炎に包まれた。

 

「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?」

 

「次だッ! ゴライダーハリケーン・耳栓!!」

 

「え? ちょっと、何でウチを見てんの? それに耳栓って……」

 

「アタックッ!!」

 

そして、耳郎もまたコント染みたやり取りをした後、大爆発に飲み込まれるのだった。

 

 

●●●

 

 

時を遡ること、今から3日前。イナゴ怪人スカイ~イナゴ怪人RXの5人のイナゴ怪人が俺の元に集合し、イナゴ怪人スカイが平伏しながらこう宣った。

 

「私が王に問いたい事は一つのみ。何故『強化服・一七伍式』は6着しかないのか」

 

「データ取り用に雄英に寄こしたのが6着なんじゃなかったっけ?」

 

「そんな事を我々に言われても……」

 

「試験までには全員の分が来るよ。父さんがチューニングしたコスチュームと一緒に」

 

「我が王! どうか我々に機会(ジィーフィー)をッ!! 機会(ジィーフィー)をお与え下さいッ!!」

 

「………」

 

俺に対して何か妙に腹が立つやり取りをするイナゴ怪人スカイ達の話を要約すると、能力を分け与える実験台として自分達を使う際、出来ればモーフィングパワーを与えて欲しいのだと言う。

 

他者に能力を分け与える練習自体は、出久やプッシーキャッツの為にやらなければならないので、俺としては別にワザワザ言わんでもやるつもりでいるのだが、やる気があるなら物は試しと思い、俺は彼等にモーフィングパワーを含めた能力を幾つか分け与えた。

 

その結果がコレである。ショッカーライダーになれなかったイナゴ怪人スカイ達は、モーフィングパワーを用いて独自のコスチュームを作り、どんな形状に変化しようとも爆発力は一切変わらない恐るべき必殺技を編み出していた。

 

最大の特徴はその変形のバリエーションの多さだ。『ゴライダーハリケーン・冷凍スプレー』で梅雨ちゃんを冬眠状態に追い込んでから爆破したと思えば、『ゴライダーハリケーン・ドクロ』なる技で青山の頭にカラフルなドクロを被せ、青山が変な顔になったショック(?)で爆発する。

極めつけは『ゴライダーハリケーン・変化球』と言う、リモコン操作で軌道をコントロール出来るインチキボールで「テレ朝がナンボのモンじゃーい!!」と叫んでバットを振るうスポーツガチ勢の麗日を三振させ、麗日が野球界からの引退を決意した所で爆破する。

 

うん、まるで意味が分からん。尚、教師陣は「並外レタ臨機応変サハ、確カニ必殺足リ得ル」「相手が苦手にしている事を押しつけるのもアリだね」「チームを組むなら代名詞になる合体技は必須よね!」と言った具合で、思ったよりも評価は高い。

 

パッと見た感じだと5人の連携を崩す事が最も有効の様に見えるが、『ゴライダーハリケーン』はモーフィングパワーによる必殺技である為、連携は本来不要である。つまり――。

 

「ジャッカー必殺武器――アフリカ象ッ!!」

 

「さっきも思いましたが、大きさ的には武器と言うより兵器では!?」

 

「ビィーッグ・ボンバーーーッ!!」

 

八百万のツッコミを無視し、ゴライダーは各々が大砲のパーツを造りだして合体させると、宣言通りに必殺としか言いようのない武器を大砲から射出する。

 

イナゴ怪人スカイ達は律儀にも相澤先生の「二つ以上の必殺技を修得する」と言う課題をしっかり守り、大砲から射出された砲弾が空中で変形し、相手を問答無用で爆破する必殺技を開発していた。

そして、この『ビッグボンバー』と呼ぶ必殺技も『ゴライダーハリケーン』に負けず劣らずの理不尽さに溢れており、『ビッグボンバー・蜘蛛の巣責め』はすり抜けてかわす事が出来そうな常闇の『黒影(ダークシャドウ)』を絡め取り、常闇諸共爆破している。

 

「SMAAAAAAAAAASH!!」

 

「何ぃいい!?」

 

しかし、どんな必殺技でも流石に何度も見せていれば、何かしらの対応をされるのが世の常である。

 

昨日、俺は出久に俺の中の『ワン・フォー・オール』の力を、その出力を30%程度まで落として譲渡した。これは出久の体を診察して得たデータと、出久との問診で「出力が20%を超えると体が動かなくなる」と言った体験談を元に、デヴィッド・シールド博士が判断した限界ラインである。

 

オールマイトが言うには「出力が15%を超えると、手足から風圧を繰り出しての遠距離攻撃が出来る」と言っていたので、発揮できる最大出力が従来の半分以下だとしても、大抵のヴィランを相手に充分戦う事が出来るだろう。

ちなみにこれから出久の許容上限が増えれば、俺が追加で『ワン・フォー・オール』の力を譲渡する予定なので、『ワン・フォー・オール』の出力を元に戻せるか、或いはソレを超える事が出来るのかは、出久のこれからの努力次第と言った所である。

 

かくして、『ワン・フォー・オール』が使用可能になった出久は『フルカウル』によって増強した身体能力を用い、ジャッカー必殺武器が変形する前にゴライダーへと蹴り返す。

蹴り返された砲弾がゴライダーに向かう最中、砲弾は巨大なアフリカ象へ変形したと思いきや、何故かそこで更に人間大のアフリカ象の着ぐるみに再変形した。

 

「「「「「アフリカ象、嫌いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」」」」」

 

そして、アフリカ象の着ぐるみはゴライダーに組み付いて大爆発を起こし、ゴライダーは素敵な遺言と共に全員仲良く爆裂四散した。

 

「何、緑谷ぁ!? サラっとスゲェ事やったな!」

 

「おめー、パンチャーだと思ってた」

 

「上鳴君、切島君」

 

出久が『シュートスタイル』と名付けたスピードとテクニックを重視した戦法を、体と『ワン・フォー・オール』に馴染ませるべく練習し始めた蹴り技を早速実戦で使った様を見て、これまでとは違うバトルスタイルに驚いた上鳴と切島が出久に話しかけていた。

尚、上鳴と切島はそれぞれが『ゴライダーハリケーン・電気コンロ』と、『ゴライダーハリケーン・ブリリアントカッター』を食らっており、二人とも体が黒焦げになっている。

 

「発目さん考案のソールと、メリッサさん考案の新素材のお陰だよ。あっちゃんや飯田君から体の使い方を教わって、スタイルを変えたんだ。方向性が定まっただけで、まだ付け焼き刃だし、必殺技と呼べるモノでも無いんだけど……」

 

「いいや! 多分、付け焼刃以上の効果があるよ。こと、仮免試験ではね」

 

「?」

 

「オールマイト。色々と危ないんで、余り近づかない様に」

 

「いや失敬! すまないね」

 

出久のシュートスタイルを絶賛しつつも、何処か含みのある事を言うオールマイトに出久は怪訝な様子を見せていたが、オールマイトがその場を離れた事で気を取り直し、上鳴と切島の二人と向き合っていた。

 

「それより……! 皆もコスチューム改良したんだね!」

 

「あ!? 気付いちゃった!? お気付き!?」

 

「ニュースタイルは何もおめーだけじゃねぇぜ! 俺等以外の奴等もちょくちょく改良してる! 気ィ抜いてらんねぇぞ!」

 

「だがなぁ、中でもこの俺のスタイルチェンジは群を抜く! 度肝ブチ抜かれっぞ! 見るか!? 良いよ!? 凄いよ、マジで!!」

 

ほう。上鳴もスタイルチェンジを考えていたのか。さっきは、『ゴライダーハリケーン・電気コンロ』による、ゴライダーの無駄に上手いパス回しと、沸騰したヤカンに翻弄されていた所為でその辺がよく分からなかったので、ちょっと面白そうだ。

上鳴がハイテンションで出久に見せつけている右腕のサポートアイテムの形状と、腰に装着している複数のカートリッジっぽい物から察するに、俺としては何かを射出する類いのサポートアイテムだと思うのだが、果たして……。

 

「そこまでだA組!! 今日は午後からB組が此処を使わせて貰う予定だ!」

 

「B組!」

 

「カー! タイミングッ!!」

 

「イレイザー、さっさと退くが良い」

 

「まだ10分弱ある。時間の使い方がなってないな、ブラド」

 

……と思いきや、B組が体育館γにやってきた事により、上鳴のニュースタイルのお披露目は出鼻を挫かれる形となった。

 

尚、ブラドキング先生の後ろをB組の面々がゾロゾロとついてきており、小森の後ろで何故かマタンゴがフォーフォー言いながら俺に向かって大きく手を振っていた。俺と目があった小森も小さく手を振っていたので、一応手を振り返しておく。

 

「それよりも、ねぇ知ってる!? 仮免試験て半数が落ちるんだって! 君ら全員落ちてよ!」

 

「(ストレートに感情ぶつけてくる……)」

 

「つか、物間のコスチュームってアレなの?」

 

「“個性”がコピーだから、変に奇をてらう必要は無いのさって言ってた」

 

「てらってねぇつもりか」

 

「まあ、精神がアレな状態になるのも無理はない。B組の中で最も危険なのはこの男なのだからな」

 

「はぁ!? 一体、何を根拠にそんな事を言ってるのかなぁ!?」

 

「『敵連合』だ。奴等は複数の“個性”所持を可能とする改造人間の製造を目的としていた。つまり、複数の“個性”を使用できる“個性”と体質を持つ者は、連中にとって喉から手が出る程に欲しい改造人間の素体と言う事になる」

 

「……ちょっと待って、それって、つまり……」

 

「うむ。そして、今こそ貴様にこの言葉を贈ろう。『あー怖い、怖い! 何時か君が呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らにまで被害が及ぶかも知れないなぁ! 疫病神に祟られたみたいに! あー怖い、怖い!』」

 

「………」

 

何時ぞやの食堂で物間が浴びせてきたクッソムカついた言動を、声帯模写まで行って物間にそっくりそのままお返しするイナゴ怪人1号の芸の細かさに、物間は絶句していた。傍目から見ると凄まじいまでの意趣返しであるが、実はこのやり取りの真意は他にある。

 

これはイナゴ怪人1号を経由して得た情報なのだが、物間は現在公安委員会や警察から要注意人物とみなされているらしい。

 

物間の“個性”『コピー』は、「触れた相手の“個性”が5分間だけ使える」と言うモノであるが、これは一つだけと言う訳では無く、複数の“個性”の使用を可能としている。

それ単体では全く意味を成さず、限定的ながらも複数の“個性”所持と使用を可能とする“個性”。そして何より、“個性”には「遺伝する」性質がある。

 

故に、物間が実はオール・フォー・ワンの血縁関係者。或いは同系統の“個性”を持つ事による師弟関係にあり、雄英に潜り込んだ『敵連合』の内通者なのではないかと疑われているのである。実際、『敵連合』が活動を開始したのは物間が雄英に入学してからの話なので、タイミングは合っている。

 

また、林間合宿においてA組男子とB組男子の腕相撲対決が行われた二日目の夜。補習組の物間は頻繁にトイレと称して補習の教室を抜け出していた訳だが、実はその時に神聖なる男と男の勝負に横槍を入れるだけでなく、合宿先の位置情報を『敵連合』に送信していたのではないか……と言う疑惑もあるのだとか。

 

尤も、この世には『突然変異(ミューテーション)』と言う発現パターンの“個性”も存在する為、たまたま『オール・フォー・ワン』とよく似た“個性”が発現したと言うだけなのかも知れないし、『コピー』の性能はハッキリ言うと『オール・フォー・ワン』とは月とすっぽん程の差がある。

基本的に“個性”は親から子へと遺伝し、世代を経る度に強化され、複雑化し、深化していく傾向にある為、「“個性”を奪えない」「複数の“個性”の同時使用が不可能」「5分間しか“個性”をストックする事が出来ない」と言った具合に、性能面の明確な劣化だけが起こり、強化された部分がまるで見当たらないと言う事はまず有り得ない。

 

そして、あらゆる“個性”に対応出来る体質は確かに魅力的かも知れないが、逆に言えば『敵連合』にとって物間の価値はそれだけだ。改造人間の製造は全てオール・フォー・ワンの為の研究であり、それが『ガイボーグ:SEVEN』と言う完成を見た以上、『敵連合』の改造技術者が複数の“個性”所持を目的とした改造人間の素体として物間を狙うだろうか?

 

オール・フォー・ワンの言葉を鵜呑みにする訳では無いが、『敵連合』の改造技術者が脳無やガイボーグから得たデータを元に何か新しい物を造ろうとしているなら、今後『敵連合』の手の者が物間を「複数の“個性”を操る改造人間の素体」として狙う事はないと俺は考える。

 

どちらかと言えば『敵連合』の改造技術者が持つ“複製個性”の技術の土台。或いは教材になったのが物間の『コピー』で、物間の細胞を使って“個性”を複製しているとか言われた方が、俺としてはまだ納得できる。

だが、例えそうだったとしても、それをやる上で物間自身の意思は必要ない。改造技術者の正体が医者と考えられる以上、その気になれば検査だの何だのと容易に物間の細胞を入手する事が可能だろう。

 

しかし、それでも物間の内通者疑惑が晴れたと言う訳では無い。そこでイナゴ怪人1号は物間に対し、大胆にもカマを掛ける事にしたのである。

 

「………」

 

そして、問題の物間のリアクションを見る限り、『敵連合』と物間は無関係だろう。これで本当に物間が『敵連合』の内通者だったなら恐るべき演技力であるが、そうなったら俺は素直に敗北を認めるしかない。

 

「……まあ、貴様の事情はどうでも良い。それよりもデクの“個性”の調子の方が重要だ。エネルギーが蓄積されて使用可能になった“個性”の調子をもう少し見ておきたいのでな」

 

「……なるほど、緑谷君は“スカ”って訳か。そりゃいい! “スカ”と分かれば、事前にそれに応じた策を練れるからねぇ!」

 

デヴィッド・シールド博士と共に考えた、出久の“個性”の弱体化に関する言い訳……「これまでに発揮していた超パワーは、“個性”が判明するまでに蓄積された10数年分のエネルギーによるものである」と言う理論に基づくイナゴ怪人1号の言動を聞いた途端、物間は水を得た魚の様に生き生きとした。

 

しかし、“スカ”? 何となく物間にとって良くない意味である事は予想は出来るが、その発言に疑問を持ったのは俺だけではなく、早速上鳴が物間に疑問をぶつけていた。

 

「? “スカ”って何だ?」

 

「緑谷君の“個性”をコピーしても、僕には何の意味も無いって事さ。僕の“個性”は『“個性”の性質そのもの』をコピーする事が出来る。でも何かしらを蓄積してエネルギーに変える様な“個性”の場合、その蓄積まではコピーする事が出来ないんだよ」

 

「? つまり、どう言う事?」

 

「例えば、物間が上鳴の“個性”をコピーしても、上鳴が体に貯めこんだ電気まではコピーする事が出来ない。物間が上鳴の『帯電』を使うには、“個性”をコピーした後で電気を溜める必要があるって事だ。違うか?」

 

「いや、それで正解だよ。たまに居るんだよね、僕がコピーしても“個性”が使えないって事。そう言う君達みたいな使えない“個性”を、僕は“スカ”って呼んでるのさ」

 

「なるほど……って、ヒデェな、オイ!!」

 

物間の言い分に上鳴は憤慨するが、俺としては非常に良い事を聞いた。その理屈で言うなら、物間は溜め込む系の“個性”に該当するエリの『巻き戻し』は使えない。

 

相澤先生はエリの『巻き戻し』の訓練において、物間に協力して貰ってエリに『巻き戻し』の使い方を教えると言う方法も考案していると言っていたが、それは不可能と言う事だ。つまりは、エリを物間と会わせる必要も無い。良かった……。

 

「しかし……彼の意見はもっともだ。同じ試験を受ける以上、俺達は蟲毒……潰し合う運命にある」

 

「だからA組とB組は、別会場で申し込みしてあるぞ」

 

「へ……?」

 

「ヒーロー資格試験は毎年6月・9月に全国三ヶ所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避ける為、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになっている」

 

「ふむ……と言う事は、学校によってはセオリーとは違う例外的な対応をする事もあると言う事か?」

 

「それは例外と言うか、単に受験する生徒が少ない為、学校側でそうした配慮をする必要が無いってだけだ。例えば、『ヒーロー科が一学年に一クラスしかいない』とかな」

 

「………」

 

「そもそも学校側からすれば、只でさえ合格率が低い試験の合格者を少なくするメリットは無い。同じ試験会場に多数の生徒を受験させ、少ない合格枠を巡っての潰し合いが起こってはむしろ困る訳だ。何より、仮免試験は同校の生徒同士で協力する事が認められている」

 

「え? 生徒同士で協力?」

 

「仮免試験って、チームプレイもOKなんすか!?」

 

「最初に言っただろう。仮免試験では情報力・判断力・機動力・戦闘力の他に、コミュニケーション能力・魅力・統率力等、多くの適正を試される……と。当然、チームプレイも判定基準に入っている。その上で、合格率が例年5割を切る」

 

「あ……」

 

ブラドキング先生の口から「チームプレイが認められている」と聞き、少しは試験が楽になるかもと思った者もチラホラ見受けられたが、逆に言えばそれで合格率が例年5割を切っていると知り、仮免試験の厳しさを各々が再確認した。ある意味では、雄英の入学試験よりも狭き門と見る事が出来るだろう。

 

「そして、1年の時点で仮免を取るのは全国でも少数派だ。雄英も本来のカリキュラムなら2年で仮免を取得する。諸君等は例外的に通常の習得過程を前倒しする形での受験になった訳だが……それは君達よりも訓練期間が長い者。未知の“個性”を持ち、洗練してきた者達と合格を奪い合う事になる訳だ」

 

「ククク……もったいぶった言い方よな、イレイザーヘッド。ハッキリと言ってやればどうだ? 貴様等は全国放送で各々の“個性”やバトルスタイルは勿論、人によっては“個性”の発動条件や使用制限、リスクやデメリットと言った弱点さえも割れているとな」

 

「え? 弱点が割れてるって……」

 

「! そうか! 体育祭か!」

 

そして、駄目押しに相澤先生が言った事を、より分かりやすくイナゴ怪人1号が解説した事で、ただでさえ難易度の高い仮免試験が更に困難なモノになっている事を、ヒーロー科の全員が理解させられた。

 

「まあ、その通りだ。『同校の生徒同士で協力する』事が認められているなら、必然的に学校単位での対抗戦になる。なら当然、受験生は合格する為に『どの学校の受験生が一番倒しやすいか』と誰もが考える。その為、仮免試験では毎回他校の受験生による『雄英潰し』と呼ばれるモノが、半ば慣習として行われている」

 

「雄英潰しぃ!?」

 

「何っすか、その悪しき慣習!!」

 

「落ち着け。確かに諸君等は他校の受験生と異なり、既に情報面でアドバンテージを取られている。だが、プロになれば相手に自分の“個性”が知られているなんざ、ヒーロー活動をする上での大前提だ。必殺技を習得する為の圧縮訓練と、それに伴うコスチュームの改良は、そうした諸君等の状況を覆す為のモノでもある」

 

うん。改めて思うのだが、相澤先生は普段からそれ位丁寧に説明してくれても良いと思う。

 

別にヒントだけ与えて各々で考えさせる教育方針を否定はしないが、『雄英潰し』に関してはブラドキング先生が言わなければ、相澤先生は黙っているつもりだっただろう。「言おうが言うまいが、生徒達にやって貰う事は何も変わらない」とか合理的に考えて。

 

「試験内容は不明だが、明確な逆境が待ち受けている事は間違いない。余り意識し過ぎるのも良くないが……忘れないようにな」

 

「「「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」」」」

 

しかし、結果的にはブラドキング先生が早めに来てくれたお陰で、仮免試験に対して更なる対策を練る事が出来、相澤先生を含めた先生方の株が全体的に上がったと言える。

 

そして、相澤先生が何か美味しい所を持っていった感じがするのだが、その事はA組に並々ならぬ対抗心を燃やすブラドキング先生が気付いた様子は全く無い。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 いよいよ本格的に『魔王』へと至る道を歩き始めた怪人。エリを保健室へ迎えに行ったら、I・アイランド産の植物怪人達がエリの遊び相手をしている光景を目撃する。そしてエリからクレヨンで描いた自分の絵を渡されてホッコリする。

緑谷出久
 復ッ活ッ! 緑谷出久、復ッ活ッ! ちなみに復活の方法はシンさんの緑色の血を果糖と一緒に飲む事……ではない。ヒロアカは彼が「最高のヒーローになるまでの物語」と言うが、原作のガンギマリデク君を見ると……だからちょっとだけ変えます。

メリッサ・シールド
 スピンオフの『チームアップミッション』と比べ、かなり前倒しになる形で雄英にやってきた少女。彼女のお陰でデク君のコスチュームは全体的に原作よりも強化されているが、その分デク君の気苦労も増えている。主に発目とのサポートアイテムバトルで。

発目明
 イナゴ怪人に負けず劣らず何時も通りのサポート科女子。上記のメリッサとの関係は割と良好。しかし、やはり時折譲れない拘りがアグレッシブにぶつかり合う時があって、その度に開発工房は爆発し、パワーローダーの胃袋にストレスが溜まる。

A組の面々
 ゴライダーハリケーン&ビッグボンバーの犠牲者。相手はイナゴ怪人なのにヒーロー的なコスチュームを着ているものだから、見方によっては彼等の方が悪役怪人に見えるかも。爆発の威力は割と抑えられていた為、食らっても黒焦げになる程度で済んでいる。

B組の面々
 マタンゴが近くに居ても別にどうって事がなくなった連中。この後、復活したゴライダーによる『ビッグボンバー・ドブネズミ』を、銀の小峠こと戦士鉄の爪っぽい鉄哲が食らって半端じゃない大爆発が起こり、レトロな特撮好きの円場は大興奮。

相澤先生&ブラド先生
 原作よりも多くの情報を教え子に与えた教師達。作者の所感として、ブラド先生はB組の生徒に『雄英潰し』の事を普通に教えていると思う。またA組対B組の『合同戦闘訓練編』を見る限り、受け持ちの生徒同士の合体技とか提案していそう。



コスチュームγ
 メカニカルな発目のサポートアイテムと、メリッサさんのスマートなサポートアイテムがモリモリ盛ってあるデク君の新しいコスチューム。原作との相違は改良されたフルガントレットを筆頭とした両腕の装備や、ベースのスーツに使用されている素材。
 ヒロアカの元々の設定だと、デク君は『“無個性”でヒーローを目指す主人公』だったらしいので、それなら同じ“無個性”の視点で開発されたメリッサさんのサポートアイテムはかなり重宝される気がする。

仮面戦隊ゴライダー
 変身者は下弦の鬼……ではなく、主人公から能力を分け与えられたイナゴ怪人スカイ・スーパー1・ZX・BLACK・RXの5体。血ではなくジーフィーを求めたのは、『いきいきごんぼ』の作者である陸井栄史先生が、烈海王の異世界転生マンガを描いていると知った事が原因。私は一向に構わんッッ!!!
 見た目は劇場版『超スーパーヒーロー大戦』等に登場した「仮面戦隊ゴライダー」と瓜二つ。使用する必殺技は「ゴライダーハリケーン」と「ビッグボンバー」の二つだが、技の性質はどちらも似たようなモノなので、実質的には一つと言える。

ゴライダーハリケーン&ビッグボンバー
 ありとあらゆる意味で最強の必殺技。名前こそ「ゴライダーハリケーン」だが、作者の趣味で戦隊ヒーロー屈指の謎過ぎる必殺技「ゴレンジャーハリケーン」の要素がふんだんに組み込まれている。「ビッグボンバー」は「ゴライダーバズーカ」的なポジで出した。
 技の内容と言うか、爆発に至までの過程が余りにも意味不明過ぎるし、まず予測する事など不可能に近い性質を持つので、仮免試験編に登場したアニメオリジナルキャラクターである印照才子の様なタイプにとっては天敵と言って良いと思う。


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第5話 コレが新の生きる道

大変長らくお待たせしました。例年、年納めとして大晦日に最新話を投稿していたのですが、去年はそんな余裕がありませんでした。そして年始めの投稿が2月になる始末……。

現在放送中の『仮面ライダーセイバー』ですが、『Sound Horizon』のファンである作者は『終端の王と異世界の騎士達の壮大な戦いの浪漫』ってガイダンスボイスが流れるワンダーライドブックを妄想しております。名前的に仮面ライダーホライズンとか今後出てきそうな気がする。

タイトルの元ネタは『ゼロワン』の「コレが滅の生きる道」。今回は二話連続投稿で、どちらも17000字超えの大ボリュームです。

2021/5/11 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

2021/9/21 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


仮免試験まで残り一週間を切った中、ブラドキング先生から仮免試験には『雄英潰し』と言う、煮ても焼いても食えない名物がある事を知った我々A組は、必殺技の修得に加えて『雄英潰し』の対策を練る必要に迫られた。

 

風の噂によると、ブラドキング先生の教育方針は「生徒とは親身に接する」と言う相澤先生の教育方針とは真逆のもので、その程度がどれほどなのかは分からないが、間違いなくB組は既に『雄英潰し』の対策がある程度出来ている。

また、拳道は過去に期末試験の実技演習に関する情報を、個人的に仲が良い先輩から聞き出していた。まず間違いなく今回の仮免試験も同様に、その仲が良い先輩から当時の仮免試験の内容を聞き出している事だろう。

 

つまり、A組は仮免試験の対策において、B組に後れを取っている訳だ。その事に目敏く気付いた物間が何時もの様にA組を不必要に煽り倒した事もあり、可能な限り迅速にこの後れを取り戻そうと言う気概と意識が、TDLでの訓練を終えたA組に浸透していた。

 

「案ずるな、皆の衆! 既に『雄英潰し』に関する情報は収集済みだ! 主にエンデヴァーから!」

 

「「!?」」

 

しかし、A組の皆が鼻息を荒くして『雄英潰し』対策を考えようと教室に集まった矢先、待ち構えていたイナゴ怪人1号が割とトンデモない事を堂々と胸を張って宣いやがった。

我々が『雄英潰し』について聞いたのはついさっきなので、時間を考慮するとどう考えてもこの短時間でイナゴ怪人達がエンデヴァーから『雄英潰し』について聞き出したとは思えない。

 

そうなると、考え得る答えは一つ。イナゴ怪人達は事前に仮免試験の情報を収集していて、『雄英潰し』についても知っていて教えなかった訳だ。大方その情報が一番高く売れる機会を見計らっていたのだろう。俺にも秘密で。

ただ、どうやってあのエンデヴァーから『雄英潰し』に関する情報を聞き出せたのかが、俺としては気になる所だ。まあ、だからと言って聞きたいとは思わないが、轟が俺に向ける物理的に攻撃力を発揮しそうな力強い視線を無視する訳にもいかない。

 

「……取り敢えず、どう言う経緯でエンデヴァーから情報を手に入れたか教えて貰おうか」

 

「うむ! これは我が王が我が君の相手をしていた時の事なのだが……」

 

そんな俺の心境を知っているのかワザと無視しているのか、イナゴ怪人1号は意気揚々と事の顛末を語り始めた。

 

 

○○○

 

 

時を遡ること三日前。新がエリを膝に乗せて絵本を読んでいた時、イナゴ怪人1号は充電中の新のスマホを勝手に使い、エンデヴァーへ連絡を入れていた。

 

「我が王の慈悲により“無個性”と言う名の呪縛から解き放たれし者よ。今こそ、その大恩に報いる時である」

 

『……用件は何だ』

 

暫定とは言え、現№1ヒーローに対する態度とは思えない、この異様にふてぶてしい物言いは、間違いなくイナゴ怪人のソレだ。普段ならブチ切れて通話を切る所だが、そこをぐっと堪えてエンデヴァーは連絡した理由を聞く事にした。

 

此処で感情に任せて着信拒否にでもしたら、今度はイナゴ怪人達が群れを成してエンデヴァーの元へ襲来し、直接話を聞きに来るだろう。そうなればもっと面倒臭い事なる。

イナゴ怪人の主には確かに大きな借りがあるし、電話で済むような用件ならそれで済ませるのが吉……そう結論づけたエンデヴァーの判断は賢明である。

 

「我々イナゴ怪人は今、我が王を仮免試験に合格させるべく情報を収集している。過去の仮免試験の試験内容から出題傾向を予測する為にな」

 

『……それは分かったが、何故俺に聞く?』

 

「情報は多ければ多いほど良い。それには多数のサイドキックを雇用するヒーロー業界でも大手の事務所を構え、更には可愛い息子の力になりたいと常日頃から考えている貴様が最も都合が良い。肝心の息子に送ったラインは全て未読スルーされていたようだが」

 

『貴様、何故それを知っている!?』

 

「スマホをチラ見したと思ったら、実に忌々しそうに舌打ちをした所を偶々見かけてな。どうかしたのかと聞いたら苦虫を噛み潰した様な顔で教えてくれたぞ? ついでに流石に未読スルーは鬼畜過ぎるから、せめて既読してやれとアドバイスしてやった」

 

『!!』

 

全寮制になった事で新が昼夜を問わず他人と関わる時間が増えた事に伴い、必然的にイナゴ怪人達も人間と触れ合う時間が増えた。その結果、イナゴ怪人1号はエンデヴァーが送ったラインを轟に既読させる偉業を達成し、エンデヴァーは突然ラインに既読が付く様になった理由を秒で理解した。

 

『(うくっ……ま……まあ、情報位くれてやるか……)』

 

エンデヴァーとしては息子の為だけに集めた情報なのだが、此処で良くしておけばイナゴ怪人が息子との仲を上手い具合に取り持ってくれるかも知れないと言う期待と打算は、当初の予定を覆すだけの価値を秘めている。

結果、お互い言葉にはしていないものの、イナゴ怪人1号とエンデヴァーとの間で何処か薄ら暗い取引が成立した。海老で鯛を釣るどころか、ミミズで牛を釣るレベルで両者の損得に隔たりがある気がするが、双方が納得しているので問題は無かった。

 

「なるほど、『雄英潰し』か……ならば『雄英潰し』を受けた側だけでなく、『雄英潰し』を仕掛けた側の意見も聞きたい所だな。我々が雄英と言う襲われる側に立つ以上、どうしてもその予測は想像の範疇を出ない。経験に基づいた襲う側の生きた情報が必要だ。まあ、無理にとは言わんが」

 

『……ふん。つまらん気遣いは無用だ。俺とサイドキック共の関係は、その程度の事で揺らぐ様なモノでは無い』

 

そして肝心の『雄英潰し』についてだが、イナゴ怪人1号は『雄英潰し』を突破した経験者としての意見は元より、あろうことか『雄英潰し』を仕掛けた側の意見まで聞き出そうしていた。

常人ならば何て事をと思う所行だが、意外や意外。エンデヴァーの返答は良い意味で予想外であり、エンデヴァーは既に自分のサイドキック達の中から雄英高校の卒業生と『雄英潰し』を実行した経験者を探し出し、彼等から当時の意見を聞き出していた。無論、溺愛する息子の為にだ。

 

『そもそも俺は「雄英潰し」を卑怯だとは思わん。彼等は別にルール違反を犯した訳ではないし、自分に出来る事を全てやっていたに過ぎない。それは「何が何でもセミプロになりたい」と言う、真剣で純粋な気持ちの表れだ。体育祭における貴様等の主がそうだった様にな』

 

「フン、言うではないか」

 

そんなやりとりを経てエンデヴァーから語られた『雄英潰し』に関する情報であるが、仮免試験において雄英生が他校生に何かとマークされている事は確かだが、『雄英潰し』を実行するかどうかは「仮免試験に居合わせた雄英生の“個性”やバトルスタイルと、自分や仲間達の“個性”やバトルスタイルの相性や噛み合わせ等を吟味し、勝てるかどうか相談した上で決める」のが普通だと言う。

 

まあ、それはそうだろう。相手が自分や仲間の“個性”と不利な“個性”を持っていると知っていて、しかも対抗手段が一切無い勝ち目のゼロの状態でワザワザ仕掛けに行く様な馬鹿はいない。

イナゴ怪人としては「相手の“個性”が自分の“個性”と不利だから戦わない」と言う考えには少々思う所はあるが、そんな事を言っていられない人命が掛かった緊急時ならばまだしも、あくまで試験に合格する為の戦略と言う範疇で考えれば、別に間違ってはいないと納得した。

 

――だが、エンデヴァーが言うには、そう言った“個性”の相性や戦闘力の強弱と言った要因とは関係無く、優先的に雄英生を狙う受験生が仮免試験には出現するのだと言う。

 

『雄英の一般入試は何かしらの強力な攻撃を可能とする“個性”持ちが合格しやすい傾向にあり、推薦入試もやはり戦闘において有益な“強個性”や“レア個性”を持っている方が合格には有利に働く。

故に、雄英の入試に落ちて別の高校のヒーロー科に入学した経緯を持つ受験生の中には、仮免試験の合格を目的にこそしているが、その手段として「雄英生を倒す事」に固執する者が後を絶たない』

 

「つまり『物理的な破壊力を持たない“個性”を持つ者』や『試験内容が対ロボット戦闘だった為に真価を発揮する事が出来なかった“個性”を持つ者』が、雄英の入試に落ちた私怨で積極的に雄英生を狙ってくると?」

 

『事実、今年の体育祭で緑谷と戦った普通科の心操なる生徒の様に、対人戦において有効であろう“個性”持ちが合格出来ない入学試験を続ける雄英に対し、悪感情を持つ者は少なくない。何かと他者から一目置かれるエリート校となれば尚更だ』

 

今年度の雄英高校における一般入試の合格枠は、前年よりも定員が二つ多い38名。倍率は例年通り300を超えたが、仮に300倍と仮定すると受験生の総数は11400名にのぼり、実に11362名もの中学生が雄英の一般入試に落ちた計算になる。

その中には心操の様に、ヒーロー科の入試に落ちた後に普通科へ入学し、編入制度を利用してヒーロー科に編入する……つまり雄英でヒーローになる事を諦めない者も居る訳だが、大抵は雄英でヒーローになる事をとっとと諦め、滑り止めで受けた他校のヒーロー科に入学してプロヒーローを目指す。

 

そして、体育祭における心操がそうだった様に、雄英に落ちた約1万人の胸の内には「雄英ヒーロー科の連中に一泡吹かせてやろう」と思う気持ちが大なり小なり燻っているのだとエンデヴァーは言う。

 

「愚かな。透明になるだけ等の攻撃力を一切持たぬ“個性”を持つ者達が合格している以上、そんな理屈は通用しない。そんな事も分からん馬鹿が雄英に合格出来る道理など有るわけが無いではないか」

 

『違いない。そして、試験の内容は確かに毎年異なるものの、合格の判定基準である「仮免許を発行するに足るだけの戦闘行動と人命救助を、ヒーローとして全うする事が出来るのか」と言う部分は変わらない。つまり、多少至らない所があったとしても、ヒーローとして大事な部分を蔑ろにしてさえいなければ一発で失格になる事はまず無い』

 

「なるほど。要はマニュアル通りの対応をしていれば失格は避けられる訳か」

 

『うむ。だがあくまでも「失格にならない」と言うだけで、「不合格にならない」と言う訳では無い。当然ある程度の柔軟性や臨機応変さも求められる。特に人命救助を目的とした演習試験ではな』

 

最後に、エンデヴァーが地味に懸念している事として、『人命救助を目的とした実技演習』を挙げた。これは単純な経験不足による不手際だけでなく、同校の生徒同士で協力する事は勿論、場合によっては他校の生徒とも協力し、連携を取って事にあたる必要がある。

 

――つまり、事と次第によってはついさっきまで敵同士であり、最悪仮免合格の為にクラスメイトを餌食にした者達と、或いは自分達が仮免に合格する為に餌食にした者達の仲間と協力しなければならないのである。

 

様々な確執を乗り越え、助けを求める人々の声と命を優先する事が出来るのか――。そんなヒーローとしての精神力を試すと言う事なのかも知れないが、仮にそうなったら中々エグい事態に陥る事は想像に難くない。

 

だからこそ、エンデヴァーの話を聞いたイナゴ怪人1号は密かにこう思った。『雄英潰し』が実質的な学校単位での対抗戦ならば、『雄英潰し』を仕掛けてきた学校の受験生は一人残らず脱落させる必要がある……と。

 

 

●●●

 

 

「――と言った感じで、仮免試験と『雄英潰し』の情報を集めておいた次第だ!」

 

「お前『報連相』って知ってる?」

 

「何分、試験まで時間がありませんので。それに我が王と我が君の尊き時間が削られる事を避けるのは、我が王の忠実なる僕として当然の行動では?」

 

「聞いてねぇし」

 

「……待て。それじゃお前は親父から情報を聞く為に、俺を利用したって事か?」

 

「何を言う。一般的に考えて父親からのメールを無視するのはどう考えても良くないだろう。『既読が付くから』と言う理由で父親の方からラインを始めたとなれば尚更だ」

 

「まあ、確かに未読スルーは無いよな」

 

「そうだぜ。幾ら不仲とは言えよォ」

 

「う゛……」

 

「でも轟君の気持ちだってあるしさ。そこは本人に任せようよ」

 

「(緑谷……)」

 

「最悪さ……ホラ、僕がエンデヴァーの相手になるし。ラインとか……ね?」

 

「(み、緑谷……?)」

 

「ううむ……しかし、『雄英潰し』とは想像以上に根が深い問題の様だな」

 

「そうだな。聞いた時は“仮免試験の悪しき慣習”と思っていたが、これは“雄英が抱える負の側面”と捉えた方が良いかも知れないな」

 

「ハッ! くだらねぇ」

 

返答になってない返答をしれっと宣うイナゴ怪人1号に頭痛を覚えるが、収集してきた情報は間違いなく有益だった。

 

そんなイナゴ怪人1号に詰め寄る轟だが、上鳴と瀬呂が轟の所行を咎めた事で何も言い返せず、フォローに回った出久は出久で何か裏がありそうな提案をしており、轟を困惑させている。

一方で、イナゴ怪人1号の話を聞いて『雄英潰し』に思う所がある様子を見せる飯田や障子の様な者も居れば、勝己みたいに「それがどうした」と言わんばかりに無関心な者と、その反応は正に十人十色である。

 

「尚、ボンバー・ファッキューの訓練教官であったベスト・ジーニストから話を聞いた所、ボンバー・ファッキューが仮免試験を突破する事は不可能だろうと予言していた」

 

「あ゛あ゛ッ!?」

 

「ちなみにその理由は?」

 

「ベスト・ジーニスト曰く、『雄英潰し』で狙われる受験生の一例として、“雄英に相応しくない振る舞いを見せる者”が挙げられる。ヒーローらしからぬチンピラ染みた粗悪な言動と態度が周囲の反感を買い、仮免試験では優先的に狙われるだろうとの事だ」

 

「勇学園の藤見みたいにか?」

 

「お前、方々から同じ様な理由で目ぇ付けられてんのな……」

 

「っっせぇッ!! 要は全員ブッ殺しゃあ良いんだろ!!」

 

「だからソレが駄目なんだっての」

 

確かにこのリアクションを見ると、ベスト・ジーニストの言いたい事も分からんではない。だが、勝己の仮免試験の合否に対する予想は、一重に職場体験で勝己の気質と性格を間近で見た事が原因だろう。

期末試験における実技演習の内容を出久から聞いた限りでは、勝己も目的の為に他人と協力する事位は出来る様になっているらしいので、少なくとも職場体験の時よりは可能性があると俺は考えている。

 

「他人事の様に言っているが、リビドー・スパーキングよ。同様の理由で貴様とグレープ・チェリーも優先的に狙われる可能性は高いのだぞ?」

 

「え? 何で?」

 

「この痴れ者がッ!! 貴様は体育祭でグレープ・チェリーと結託してうら若き乙女達の痴態を拝むべく卑劣な策略で誑かそうとした結果、誰も得をしない醜態を日本全国と世界のお茶の間に流した挙げ句、プロからの指名が掛かったトーナメントで対戦相手をナンパする凶行に及んだであろうがッ!!」

 

「「「「「「ああ~~~……」」」」」」

 

「いや、それってお前等の所為でもあるよな!? 俺達はむしろ被害者だよな!?」

 

「……そうですわね。『裁かれるべき被害者』と言う感じですわね」

 

「もう裁かれた後だっつーの!」

 

「しかし、不合格になった者達の『雄英に合格した者は自分よりも雄英に相応しき者であってくれ』と願う気持ちは理解出来る。

入試と言う名の蟲毒から栄光を勝ち取った以上、俺達は誰もが一万を超える破れた夢と叶わなかった理想の上に立っている」

 

「そうなると、やっぱ全国放送で塩崎をナンパしたのは不味いよねー」

 

「瞬殺宣言した後で逆に瞬殺されたのもねー」

 

「………」

 

上鳴は体育祭の時の事をすっかり忘れていたのか、イナゴ怪人1号から指摘された事で当時の事を思い出した様だが、上鳴と峰田に騙されそうになった八百万、芦戸、葉隠によってガラスのハートを粉微塵に砕かれ、何とも形容し難い表情を浮かべている。

 

そして、常闇の言う事も充分に理解出来る為、確かに勝己ほどではないにしても、上鳴とて『雄英潰し』の優先的ターゲットとして狙われる要素は少なからずある訳だ。八百万の尻に貼りついて腰を振っていた峰田に関しては最早説明不要。論外である。

 

「他にもエンデヴァーに対するアンチでWが。異形に対して偏見を持つ愚か者共から我が王が狙われる可能性は高い。ただ、この世にはガチ勢と呼ばれる熱狂的な連中も存在する為、もしかすれば逆に味方する者が出現する可能性も否定出来ない。あのスピナーの様にな」

 

「スピナー? 誰だっけ?」

 

「我が王の熱烈的なファンだ。メンバーを募集していた『敵連合』に潜入し、林間合宿では襲撃メンバーの“個性”を含めた様々な情報をヒーロー側に提供した後、自らもヴィランとして逮捕される事により、我が王の偉業の礎になろうとした狂信者よ」

 

「そう言えば、彼はあの後どうなったんだ? 何でも“個性”の増強剤を打たれた事で暴走し、警察に逮捕されたと聞いたが……」

 

「ヤツなら雄英の用務員として働いているぞ」

 

「何ッ!?」

 

「他の逮捕された『敵連合』のメンバーと異なり、“個性”の暴走による被害は自分の意志によるものでは無く、前科も無かったからな。それに『林間合宿』の襲撃で死者が出ずに終わったのは、ヤツが我々にもたらした情報による所も大きい。

報復が予想される『敵連合』の魔の手から身の安全を確保する為でもあるが、本人の強い希望により採用の運びとなったそうだ。ちなみに、イレイザーヘッドからは似た様な個性犯罪に巻き込まれた被害者が勤務する猫カフェをオススメされたらしい」

 

「猫カフェ? 相澤先生の行きつけか?」

 

「恐らく。至極どうでも良いが」

 

俺が狙われる理由はお前等イナゴ怪人が体育祭で暴れ倒した事もあるんじゃないかとか、あんな覚悟が変な方向に決まったガチ勢はそうそう居ないだろと思いつつ、俺はイナゴ怪人1号の話を黙って聞いていた。共食いとかやった俺も人の事は言えないし。

そして、話題がスピナーの顛末に及んだ事で、スピナーの行動には少なからずステインが絡んでいたからか飯田が興味を示していた。そんな飯田も、スピナーが雄英の用務員として働いている事について心底驚いていた。

 

ちなみに俺は本人に直接会ってその事を聞いていた。尚、スピナーの本名は伊口秀一と言うそうで、伊口家は代々爬虫類系の“個性”が発現する家系なのだとか。あと、相澤先生は他人に猫をひたすら推すのは止めた方が良いと思う。

 

「それで、結局『雄英潰し』はどうする? 正直、爆豪が言う様に近づいてきたヤツを片っ端から倒していく以外に何かあるか?」

 

「そうだね。『雄英潰し』が受験生同士の戦闘演習で起こるなら、迎撃に徹するのもアリだと思う。相澤先生は“試験内容は不明”って言ってたケド、『雄英潰し』が仮免試験で毎回起こる(・・・・・・・・・・)って言うなら、確実に受験生同士で対戦する形式の試験があるって事だし……」

 

最終的にエンデヴァーとのラインの文面を添削して貰う事で出久と話がついた轟が反れた話を戻しに掛かるが、轟や出久が言う様に勝己の暴論は『雄英潰し』の対処方法としては案外的を射ている。

 

仮免試験で『雄英潰し』が発生するのは、「学校単位での対抗戦になる状況」に限定されている為、見方を変えればそれは「倒すべき相手が向こうからやってくる」と言う事に他ならない。

勝己や轟の様に強力な攻撃を繰り出せる“個性”を持った面子からすれば、『雄英潰し』は自分から対戦相手を探す手間が省ける好都合なモノでしかない。

 

だが、それはあくまでも“強者の理論”である。この『雄英潰し』対策会議も、そうした強者ではない者達が合格する為に開かれたと言っても過言では無い。

 

「それなのだがな。今回の仮免試験で起こると予想される『雄英潰し』は、その内容と言うか実行する人間が偏る可能性が高い」

 

「? どう言う事だ?」

 

「『雄英潰し』が起こる状況は学校単位でのチーム戦。当然、体育祭でチームプレイの競技があればソレを参考にする。では、今年の体育祭におけるチームプレイ……第二種目の騎馬戦では一体何が起こった?」

 

「え?」

 

「あ……」

 

イナゴ怪人1号に言われて各自が思い起こすのは、文字通りの意味での騎馬戦と言うか、色んな意味で一方的な合戦だった。と言うか、冷静に考えたら俺に関しては第一種目もチーム戦だった。

しかも他人の体を乗っ取る事が出来る上に、何度倒しても残機がある限り幾らでも復活すると言う、面倒極まりない能力と特性を持った怪人が縦横無尽に暴れ回ると言う、雄英体育祭でも前代未聞の内容だ。

 

「気が付いたようで何より。無論、対抗手段はあるだろう。しかし効率を考えて『雄英潰し』を企む連中からすれば、我らイナゴ怪人が集う1年A組は獲物としては不適格と判断するのではないか?」

 

「って事はアレか? 俺達の場合『雄英潰し』が起こるとすれば、『雄英生を倒したい』って考えてる奴等が主な相手になるって事か?」

 

「うむ。つまりは『勝つ事よりも勝ち方に拘るタイプ』と言う事よ。そして、こうした連中は“勝利の質”を重視する傾向にある。自分が望む勝利の形、勝利に至る為に練った方法に拘る余り、その執着を捨てる事が出来ない。それが致命的な隙となる。

そこで! このイナゴ怪人1号に一つ名案がある! 同じ雄英生でも狙われやすい者と狙われにくい者が混在する状況を利用するのだ!

即ち! 我が王、ボンバー・ファッキュー、リビドー・スパーキング、グレープ・チェリー、Wの5名を囮とし、油断しきった愚か者共の不意を突く! 名付けて『目指せ、二代目“平和の象徴”! 卑劣なる囮寄せ大作戦』だッ!!」

 

「作戦名が酷いッ!?」

 

「てか、自分で卑劣って認めてるのな……」

 

確かにヒーローとは思えない酷い作戦名だ。しかし、俺を含めて囮に選ばれた5名は“個性”による強力な広範囲攻撃や、相手の身動きを止める拘束手段に長けている為、タチは悪いが割とイケそうな内容である。

 

「待ってくれ。先程の理屈で言えば、兄がステインの被害を受けた俺も皆より比較的狙われやすいと言えるのではないか?」

 

「その可能性は低いな。此処に居る全員のメディアでの露出について一通り調べてみたが、確認した限り貴様は雄英生としてもヒーローとしても模範的な行動と言動を心がけている。言い換えるなら、“雄英生に相応しい振る舞い”をしているのだ。

確かにステインの魔の手に掛かった貴様の兄と関連づける輩はいるやも知れんが、私としては貴様が『雄英潰し』で優先的に狙われる可能性は極めて低いと判断する」

 

「………」

 

懸念材料を述べた飯田にイナゴ怪人1号は杞憂だと断言するが、俺としてはそれ以外にも「高速移動を可能とする“個性”持ちは対処が難しい」事も、飯田が狙われにくい理由の一つだと考えている。

 

これは必殺技について説明を受けた際、エクトプラズム先生も触れていた事だが、「相手が自分より速く動ける」と言う事は、それだけ充分な脅威なのだ。

無論、手の内が分かっていれば何かしらの対策を練る事も出来るが、突き抜けた“速さ”は優れた策を打つ前に潰して「無策」にする事が出来る。要するに、飯田はA組の中でも攻略するのが結構難しい部類に入ると言う訳だ。本人に自覚はないみたいだが。

 

「それと、エンデヴァーから各々のバトルスタイルや“個性”についての意見を一通り貰っている。纏めた資料があるので、各自目を通しておくが良い」

 

「………」

 

それってエンデヴァーのポンコツ親父な性格を考えると、「本当は轟にだけやりたかった事なんだケド、それだと上手くいかないからA組全員にアドバイスする形にした」と言う事なのではないか?

例えるなら、クラスの好きな子に年賀状を書こうと思ったけど、変に思われたくないからクラスメイト全員に年賀状を書いて送るみたいな……。

 

「何々……『電気で剣を作れないとの事だが、それは“個性”の本質が電気を取り込む事であるのが原因だと考えられる。例えば、対ロボット戦闘においても溜め込んだ電気を放出して攻撃するのではなく、電力を吸収する事による無力化を狙う戦法を用いればデメリットも少なかった筈だ』……どう言う事?」

 

「要は、貴様の“個性”は『電気を吸収する』のが本領であって、電気の放出はその副次的なモノでしかないと言う事だ。内容を鑑みるに近接戦闘の技術を身に付けた方が良いとも聞こえる。

安定して“個性”を運用する事を考えるなら、キャパを増やしてもデメリットそのものを無くす事が出来ない電気の放出による遠距離攻撃より、電気を纏った状態での近接攻撃の方が継戦能力は高くなる……とな」

 

「なるほど……何て言うか、思ったよりもこう……」

 

「ああ、結構ちゃんとしてるってか、熱い感じがするな」

 

「正直、オールマイトよりも上手いかも……」

 

「エンデヴァーは努力で№2に登り詰めたヒーローだからね! 出来ない人の気持ちが分かるんだよ!」

 

「………」

 

そして、流石は暫定№1ヒーローと言うべきか、A組の“個性”やバトルスタイルの情報など体育祭の活躍とイナゴ怪人からの説明位しか無いにも関わらず、エンデヴァーの意見はどれもためになるものばかりで、予想に反してかなり好評である。

特にそれが目立つのは、スタイルチェンジを褒められて完全にのぼせ上がっている出久。対照的なのは「あの野郎」と言わんばかりに釈然としない形相を見せる轟。他で気になるのはドアの陰から一物を抱える表情で此方を見つめるオールマイト――。

 

「!?!?!?」

 

「? シン君、どうかした?」

 

「……いや、何でも無い」

 

はて、今視界の隅にオールマイトが見えた様な気がしたが、気の所為か?

 

訓練の疲れから来る幻覚だろうと気を取り直し、イナゴ怪人1号より渡された資料に目を通して見たが、何度見ても資料には『赫灼熱拳』の四文字があり、初めは轟のモノと間違えたと思ったが、轟に『バッタ』の“個性”は無いので、間違いなくそれが俺の資料だと分かる。

 

現在進行形で必殺技を習得しているからこそ理解出来る事だが、ヒーローにとって必殺技とは自分自身を象徴する代名詞である。それを息子の轟ならまだしも、他人の俺に教えるエンデヴァーの意図がまるで分からない。

 

まさかと思うがあのポンコツ親父、同じ様に炎が使える俺に自分の必殺技を伝授する事で、轟の対抗心でも煽ろうとしているのか?

それとも自分と息子との仲を取り持ってくれる事を期待しての賄賂か? 非常に判断に困るのだが……取り敢えず、アドバイス通りにやってみるか。この技、割と応用は利きそうだし。

 

 

○○○

 

 

その日の夜。学生寮一階の共有スペースに、A組の女子全員が集まっていた。

 

「フヘエエエ……! 毎日大変だぁ……!」

 

「圧縮訓練の名は伊達じゃないね。ヤオモモは必殺技どう?」

 

「………」

 

「ヤオモモ?」

 

「え? あ、はい。やりたいことはあるのですが、まだ体が追いつかないので、少しでも“個性”を伸ばしておく必要がありますわ」

 

「梅雨ちゃんは?」

 

「………」

 

「梅雨ちゃん?」

 

「ケロ? 私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもビックリよ。お茶子ちゃんは?」

 

「………」

 

「お茶子ちゃん?」

 

「うひゃん!!」

 

「お疲れの様ね」

 

「いや、梅雨ちゃんもだからね」

 

「え?」

 

「ヤオモモもね」

 

「はい?」

 

「三人とも何か様子が変だけど……何か悩み事?」

 

「それは……」

 

「ケロ……」

 

「……何だろうね。最近、心が無駄にざわつくんが多くてね……」

 

「恋だ!」

 

「ちゃう」

 

「違うわ」

 

「違いますわ」

 

まさかの即答。三人とも全く狼狽える事無く、余りにもハッキリと物を言うものだから、流石の芦戸も何時ものノリで茶化す事など不可能であった。

 

「えっ……えっと、それじゃあ、何で?」

 

「……嫌なんよ」

 

「嫌? 何が?」

 

「……何て言うんかな。林間合宿の前までは、普通にシン君の事応援してられたんだけど……何でやろね。前と同じ様に一緒に勉強出来て嬉しいのに。ヒーローになって欲しくないなって気持ちもあって……今日も必殺技の訓練の様子とか見てたら、何か胸がザワザワするんよ」

 

「そう……ですわね」

 

「ケロ……」

 

「………」

 

重い。芦戸としては何処かフワフワとした甘酸っぱい青春の一ページなやりとりを期待していたのだが、場の空気はそんなゼログラビティとは程遠い、何処か鉛の様に重く苦しいモノへと変わっていった。

 

実は葉隠と耳朗の二人は八百万達が救出に動いた理由を……つまりは新がイナゴ怪人BLACKによる自害を決断し、実行した事を新から聞いているが、芦戸はその事を全く知らない。

これは芦戸が「ヴィランに攫われた呉島を麗日達三人が助けに行った」としか認識していないが為に起った悲劇であった。

 

「……あのさ。それって『呉島にはもう戦って欲しくない』って思ってるって事?」

 

「うん……戦ってたら、その……また同じ事が起こるかも知れんし……」

 

「………」

 

そして、麗日達の行動理由を知る耳郎には、一つ危惧している事があった。

 

そもそも、麗日達が神野区で呉島を回収する事が出来たとして、彼女達はその後で呉島をどうするつもりだったのか?

警察やヒーローを頼れない以上、呉島を秘密裏に匿っておく位しか手は無いだろうが、それは一般的に拉致監禁と呼ばれる行為である。

 

耳郎は何故か地下に沈んだ教室に設けられた水槽に浸かる呉島が何時か復活する事を信じ、水槽に張り付く三人の姿がありありと想像出来てしまい、このまま放っておいたらコイツ等はいずれトンデモない事をしでかすのではないかと気が気でなかった。

 

「……もしもし呉島? 今チョット時間ある?」

 

だからこそ、耳朗は此処で決断した。多少無理をしてでも早急にこの問題を解決しなければ、ある意味では『敵連合』以上の脅威が身内から生まれてしまうだろう。

 

「ちょ、耳郎さん!?」

 

「いいから。……うん。うん。分かった、今からソッチに行くから」

 

交渉の結果、耳朗は呉島と麗日達三人が話し合いをする間、エリの相手をする事と引き替えに、話し合いの席を設ける事に成功した。

最初は新と離れる事にエリがぐずついていたが、どう言う風の吹き回しかイナゴ怪人アークがエリを説得した事で、エリは耳郎の部屋に連れていかれた。

 

「どうぞ。梅シロップのソーダ割りだ」

 

「うん……」

 

「い、いただきますわ」

 

「………」

 

その一方で、この急展開に全くついていけてなかったのは麗日達だ。同じ様に寝耳に水だった新の方がむしろ落ち着いていて、お洒落なグラスに入った特製ジュースで三人をもてなしている。

 

耳朗が自分達に気を利かせてくれたのは分かる。このままじゃいけないと言う事も理解している。

 

だが、突破口が見えない。正着手が分からない。

 

目の前に座る新は自分達が出会うずっと前から、『戦う』事を選択していた。その帰結が自死と言う決断だった。ならば、新が再び『戦う』事を選択した以上、何時か何処かでこの男は再び同じ決断を下すだろう。

 

「「「………」」」

 

「……耳郎から俺に話があるって聞いたんだが……もしかして、何か企んでる感じか?」

 

「「「………」」」

 

鋭い。そうだ、死なせる訳にはいかない。もう一度、この男に同じ答えを選ばせる訳にはいかない。

 

しかし、どうすれば納得する? どう話せば翻せる? この男の決意と覚悟を――。

 

「ん~~~、アレだ。正直、そう押し黙られても困る。何でも良いから話してくれ。このままじゃ埒があかない」

 

「はぁ……」

 

「話せば場は動き出す。後はその動きの中で考えていけばいい。不完全でも、動かないと何も変わらない。それは俺達が此処で実践している事だろう?」

 

「「「………」」」

 

気付いたら説得する側である筈の自分達が、説得する相手に逆に気遣われていた。だが、確かにその通りである。どれだけ不安材料や不確定要素があろうとも、例え一切の戦略が立たずとも、動かなければ何も変わらないし、変えられない。

 

「あのね……私、思った事は何でも言っちゃうの」

 

「うん」

 

「……でもね、思ってても何も言えなくなったり、どうすれば良いのか分からない時もあるの」

 

考えがまとまらないままだけど、言葉が全然見つからないけれど、精一杯の勇気を振り絞って、まずは蛙吹が動き出した。

 

「病院でモモちゃんからシンちゃんが何をしようとしてるのか聞いて、とてもショックだったの。事件が終わった後、シンちゃんから電話を貰って、本当に良かったって思ったけど、もしもまた同じ事が起こったら、またシンちゃんは同じ事をするんじゃないかって考えたら……」

 

「………」

 

「ずっと嫌な気持ちが溢れて、止まらなくて……本当は皆と一緒にお部屋披露大会したかったケド……前みたいにシンちゃんと楽しくお喋り出来そうになくって……でもどうしたら良いのか全然分からなくて……でもこのままじゃ駄目で……」

 

「………」

 

「とても悲しいの……」

 

涙が溢れて止まらなかった。でも全部言い切った。ケロケロと泣き出した蛙吹の背中をさすりながら麗日が、そして八百万が続いた。

 

「梅雨ちゃんだけじゃないよ。私も、八百万さんも、多分、他の皆も、きっとそこの所がすんごい不安で……でも皆シン君の考えもちゃんと分かってて……だから、その……責めるんじゃなくて……」

 

「……緑谷さんから話を聞いた時、どうにもならない事だと思いました。まだ学生の身分ですが、それでも普通の人よりはヒーローについての知識も考えもあります。オールマイトに次の“平和の象徴”として選ばれる程の人なら……仕方がないと思いました。ですが、その……何と言うか……本当に、良かったんですか?」

 

「うん?」

 

「本当に……死ぬつもりだったのですか? あの時……本当に、『生きよう』と思わなかったのですか? もしかしたら、誰かが助けてくれるかも知れないとか……カケラも……1%も……」

 

「………」

 

聞き手に徹していた新は、八百万の質問にどう答えたモノか悩んだ。言えば確実に目の前の三人は傷つくと容易に想像する事が出来たからだ。

しかし、その沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女達の表情から滲む不安の色はますます濃くなっていった。

 

「ゼロ、だったのですか? 本当に、心から……」

 

「……いや、0%どころか、100%『生きたい』と思っていたよ」

 

「え……?」

 

「ずっと『生きたい』とか『助けて欲しい』とか……死ぬつもりなんてサラサラ無かったよ。本当は」

 

悩んだ末、新は正直に話す事にした。例えこれから語る事がどれだけ残酷な事でも、あの時に自分が何を思って『自死』の決断をしたのかを、その過程を正直に話す事こそが、彼女達の勇気に対する誠意なのだと考えた。

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

「だったら、何で……」

 

「……今の俺にしてみれば当時の事は後から思い出したって感じで、その時は何も不思議に思わなかった。それを前提にして聞いて欲しい」

 

新の予想外の答えに動揺した麗日達だったが、自分達が最も知りたい事柄を話してくれるとあって、一字一句を聞き逃すまいと姿勢を正し、真剣な表情で新を見つめていた。

 

「林間合宿で奴等に捕まってからの記憶は殆ど無い。感覚としては、ずっと夢を見ていたって感じだ。だから、死ぬだとか苦痛だとか、そう言うモノは無かった。無かったんだが……漠然と自分が無くなっていく恐怖があった。どう言う訳か少しずつ俺自身が無くなって、別のナニカに変えられていく。そんな悍ましさと恐怖が、実感を伴ってどんどん大きくなっていった」

 

「「「………」」」

 

「次第に思い出せるモノが少なくなって、別のナニカになる事がむしろ当然だとさえ思い始めて、それを自覚して心底ゾッとした。いよいよ、俺が俺で無くなるんだと思った。もう……駄目なんだと思った。

それで俺が俺である内に、せめて父さんと出久に会いたいと思った。さよならも言えずに消えたくなかった。そしたら……何て言うのかな。俺の中から決定的なモノが無くなった喪失感があって……それからは、ずっと何も考えられなくなった……」

 

その話を聞いて麗日達は殴られた様な衝撃を受けた。自分達が止めたいと思う男の『自死』と言う選択は、思っていたよりもずっと単純な理由からきていた。

 

――単純に、間に合わなかったのだ。

 

ヴィランに攫われて二日以上が経過し、自分達がまだ取り戻せると思って行動に移した時、タイムリミットは過ぎていたのだ。「奪われたなら取り返せば良い」等と言うのは甚だ見当外れな考え方で、むしろ「奪われた時点で終わり」なのだ。

 

「俺は事前にオールマイトから『敵連合』が操る改造人間の正体を聞いていた。だから、奴等が俺で何をしようとしているのか予想がついていた。だからこそ、俺は変わり果てた俺を殺すと決断したが……それは間違いだったと、今はハッキリと言える」

 

「え……?」

 

「人命に携わる職業を選んだ人間が言って良い台詞じゃないとは思うが……俺の人生の主役はあくまでも俺自身で、命は俺が俺の人生を全うする為の……俺を目的地まで運んでいく乗り物だと考えていた。

つまり、俺が俺を全うする為に命がある訳で、俺が俺で無くなった命に、俺の信念や矜恃が消えてしまった命に価値は無い。破壊と殺戮を成す為の抜け殻に成り果ててまで、俺は生きていたいとは思わなかった」

 

「「「………」」」

 

「勿論、あの時の決断に義務や責任と言ったモノが無かった訳じゃない。だが、どちらかと言えば……もっとシンプルな好き嫌いの問題だった。俺は『ガイボーグ』として生きるよりも、『仮面ライダー』として死にたかった……だけど、それが間違いだった」

 

「……間違い、って?」

 

「俺なんかよりもずっと厳しい状況に陥りながらも、決して諦めなかった人達がいた。例え命を奪われても、肉体も魂も失ったとしても、その願いや祈りは決して、誰にも奪う事は出来ない。そんな願いと祈りのお陰で、俺は俺を取り戻す事が出来た。

その人達に『こんな俺にありがとう』と感謝する気持ちがあれば……同時に『まだまだなっちゃいない』と未熟を恥じる気持ちもある。俺が俺でなくなるから消えて無くなろうと、そんな甘ったるい考えを実行した事に、諦めてしまった自分に腹が立つ」

 

「「「………」」」

 

「ヒーローがヴィランとの闘いに敗れ、その結果命を失う。その点について疑問を挟む余地は何も無い。ヒーローでなかったとしても、事件や事故で命を落として、身近な誰かが突然居なくなる事もある。そう言う事は何時だって、誰にだって起こり得る事だ。俺にも……お前達にもな」

 

「「「……!」」」

 

麗日も蛙吹も八百万も、新の目を見てハッとした。胸がギュッと締め付けられた。

 

新の心配をしている場合ではないのだ。他ならぬ自分達も、新が言う様な悲劇が起こらないかと、家族に心配をかけている。

そして、新が自分達に向けた視線は、雄英への入寮に際し、家族が自分達に向けた視線と同じモノだった。

 

「警察官や消防官がそうである様に、確かにヒーローには自己犠牲の精神が必要とされる時がある。だが、だからと言って自己犠牲そのものを誰も望んでなんかいない。

だから、『我が身と引き替えなら』と、誰かを救うと言う結果を得る為に自分を切り捨てた事。それを好き嫌いで選択した事。それは誰かの希望になろうとする人間がしていい選択じゃない。評価されるような事じゃない。むしろ、恥ずべき事だ」

 

「「「………」」」

 

「かのフローレンス・ナイチンゲールはこう言った。『犠牲なき献身こそ真の奉仕』だと。『看護師は自己犠牲を持って他人に尽くしたとしても、それは本来あるべき真の奉仕ではない』と……この言葉は、本来は奉仕活動であるヒーローにも言える事だと思う。

いざと言う時、自己犠牲の精神を発揮できる人間であれ。しかし、自分を犠牲にする事なく物事を解決する事が出来る人間であれ。何かを成す為に、自分や自分の大事な何かを捨てるのではなく、それらを全部抱えて前に進む事。それが、『ヒーロー』をやるには必要なんだと、俺は思う」

 

ああ、そうだ。そうだった。その余りの強さに目を奪われ、見落としてしまっていた。この男が自分達と同じ学生で、未だに孵化すらしていないヒーローの卵なんだと。

 

自分達が不安に感じていた事を男は後悔と共に教訓とし、より良い明るい未来を目指して『戦う』選択をしたのだ。

 

最高のヒーローにはまだ遠い――と。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 前作で超常黎明期の先人や母親からは特に悪い事は言われてないけど、その在り方を見て密かに猛省していた怪人。今回彼が語った事は、原作のデク君にとってかなり耳が痛い話だと思うが、ソレはソレ、コレはコレで気にしないで欲しい。

エンデヴァー
 焦凍成分の補給に余念が無いポンコツ親父。必殺技の修得とか溺愛する息子へ確実に、そして積極的に絡んでいるだろうイベントなので、この時には原作でも迷惑メールレベルで轟にラインを送っていたと思うの。

轟焦凍
 クラスメイトの中で父親の株が急上昇する様を見て、「これはきっと悪夢に違いない」と現実逃避した男。彼の中ではデク君が「エンデヴァー最高!!」とサムズアップしているが、現実のデク君はそんな事を言っていないし、してもいない。思ってはいるケド。

緑谷出久
 エンデヴァーの「出来ない人の目線によるアドバイス」は、同じ様に出来ない人である彼にとってかなり為になるモノだった為、その背中をオールマイトが物陰から見つめている事に気付いていない程に浮かれている。エンデヴァー最高!!

麗日お茶子&蛙吹梅雨&八百万百
 開催時期と場所がズレた梅雨ちゃんイベントの参加者。心配していた事は杞憂に過ぎなかったと分かったが、それとは別に色々と考えさせられる事に。この夜以降、毎日家族に連絡を入れる事を日課にしたとか。

イナゴ怪人
 自分達の主が神野区の病院で得たプロヒーロー達のコネクションを利用し、独自の情報網を構築している魔物。今回得られた情報を元に『雄英潰し』対策を練るが、その具体的な方法については次回をお楽しみに。

オールマイト
 今回の『すまっしゅ!!』ネタの犠牲者。弟子枠の少年二人がそれぞれ別人の影響を大いに受けている所為で腹に一物抱えている。特にオール・フォー・ワンから聞いたお師匠の家庭事情を鑑みてエリちゃんと接するシンさんは見ていて色々と複雑な気分になる。

伊口秀一/スピナー
 前作で回収されることなく放置されていた事の一つ。雄英高校の用務員とか異能解放軍の大幹部に比べると実にささやかな出世だが本人は幸せ。ルート次第ではヒーロー事務所と言う名の秘密結社だか暗黒結社だか暗黒組織だかの大幹部になる。



雄英潰しの内情
 実際、試験開始直後の固まっていた所を狙った傑物学園は良いとして、アニメで単独行動する轟を10人体制で襲った誠刃高校や、八百万達四人を狙った聖愛学園はその後でどうするつもりだったんですかね?
 デク君が言う様に「相手の手の内がバレてるから対策が立てやすい」って部分もあるとは思うケド、原作とアニメを見る限り「仮免合格」よりも「雄英生を倒す事」が目的になっている受験生って割といると思うの。

エンデヴァーの教育スキル
 今回は『すまっしゅ!!』要素をメインに据えたが、原作におけるインターンを見るとオールマイトよりも人に教えるのが上手く見える。これはエンデヴァーが努力型の人間で、生徒側にオールマイトの様な感覚型の人間が少ない事が理由だと作者は考えている。

シンさん地下監禁エンド
 原作のガンギマリなデク君みたいに、シンさんが自分の身を省みなかった場合に発動。最終的には監禁場所を嗅ぎつけた発目がカチコミをかけた事で水槽から投げ出されたシンさんの体が粉々に砕け散って終了。

かのフローレンス・ナイチンゲールはこう言った。
 原作第三話においてプレゼントマイクが言った「かの英雄ナポレオン=ボナパルトはこう言った」のオマージュ。彼女が遺した言葉の数々は、ヒロアカ世界における『ヒーロー』と言う職業の本質的な部分に刺さるものが多いと作者は感じます。


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第6話 ソノ変態、予測不能

二話連続投稿の二話目。ジャンプで連載中の原作を読んだ結果、『怪人バッタ男 THE NEXT』の終着点は超常解放戦線との総力戦にする事としました。本作ではスピナーが『敵連合』に居ませんので。

今回のタイトルの元ネタは『ゼロワン』の「ソノ結論、予測不能」。作者的に『ゼロワン』のサブタイトルは何気に汎用性が高い気がします。

2021/2/21 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

6/15 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。


――『反省する』……キーワードは、『反省する』である。

 

人は社会全体や大多数の人間から批難され、弾劾されたなら、その人は自分を正当化、或いは弁護しつつも、心の中では『反省』をする。出ている杭は打たれ、突出したパワーは引っこ抜かれて消え失せてしまう。大抵の場合は――。

 

 

●●●

 

『他者に能力を分け与える能力』……これは俺がオール・フォー・ワンから投与され、取り込んだ“個性”『オール・フォー・ワン』に由来するモノだが、俺のそれは『オール・フォー・ワン』とは少々仕組みが異なるらしい。

 

デヴィッド・シールド博士曰く、“個性”をアプリに例えるなら、アプリを使えば使うほどキャッシュデータが貯まる。このキャッシュデータの蓄積が当人の努力による「“個性”の成長」であり、“個性”『オール・フォー・ワン』は他人のハードからアプリとそのキャッシュデータを奪えるアプリなのだと言う。

 

しかし、ハードに奪ったアプリを使えるだけのスペックや、アプリに対応したシステムがなければ奪ったアプリは使えない。奪ったアプリが起動しないなんて事もあれば、奪ったアプリが使えたと思ったらハードのシステムに悪影響が出たなんて事も起こりえる訳だ。

 

そこでオール・フォー・ワンは古いハードでも最新のアプリが問題なく使える様に、アプリを取り込むと同時にスペックが強化され、システムがアップデートされるハードを求めた。

 

そんなオール・フォー・ワンの理想のハードたる俺がやっている「能力の譲渡」だが、『オール・フォー・ワン』のソレがハードにストックしたアプリを他のハードへ移動させるのなら、俺の“個性”『バッタ』のソレはアプリの膨大なキャッシュデータを元にアプリを作成もしくは複製し、他のハードに譲渡している様な感じ……らしい。比喩だが。

 

その為、他のアプリを取り込んで獲得した新機能はアプリから無くならないが、譲渡した分アプリの性能や出力が落ちる。しかし、アプリを使っていればキャッシュデータは蓄積され、落ちた性能や出力もいずれは元に戻るのだと言う。

 

オール・フォー・ワンが『ガイボーグ』を造ったのは、いずれ来たる『個性特異点』との決戦を想定しての事。世代を経る事で深化し複雑化する強大な“個性”がひしめく未来世界において、再び頂点に立つには単独でソレと同等の事が出来なければならない。

先程の様に“個性”をアプリで例えるなら、他人のアプリを複数ストックする事で色々な事が出来ても、それらを元に自分のアプリそのものを強化し深化し進化する事が出来ないと、最新のアプリに対抗する事が出来ない……と言う訳だ。

 

しかし、そうなると今度は今までの様に「“個性”の譲渡」によって配下を作る事が出来なくなる。能力そのものは複数あっても“個性”自体は一つしかないからだ。

 

超人社会における『オール・フォー・ワン』の最大の利点は「“個性”と言うどうしようもない事を何とか出来る」と言う部分に他ならず、力を持たざる者や望んでその力を得た訳では無い人達にとって、その能力は何物にも代え難い魅力となる。

かつて“個性”が“異能”と呼ばれていた時期から裏社会に闇の帝王として君臨していたオール・フォー・ワンがその事を知らない筈は無い。自分にしか出来ない忠実な部下を作る方法を簡単に手放す訳が無い。

 

だからこそ、他者の“個性”を奪い、取り込み、自身の“個性”と体を自己進化させつつ、今までと同じ様に他者に“個性”を譲渡する事が出来る方法を模索し、確立したものが俺の『他者に能力を分け与える能力』の正体なのではないかと博士は推測している。

 

そして、この方法なら将来的に起こると予想される「“個性”の出力が肉体の容量を上回る事で暴走する」と言う問題も、「一度相手の“個性”を奪って自分を強化し、その後で奪った“個性”を相手の肉体に合せた出力に調整して返却する」と言った一石二鳥のやり方で解決し、未来世界で忠実な小間使いを増やす事も可能となる訳だ。

 

「仮免試験の合格を目指す我が王に、このイナゴ怪人V3から素晴らしい提案がある。貴方も怪人を作らないか?」

 

「何言ってんだお前」

 

……とまあ、最近モノになってきた能力について色々と考えながらペンを動かす中、俺はイナゴ怪人V3の提案に思わず素で「訳が分からん」と返した。お前に言われずとも怪人なら既に作っているからだ。

 

不本意ではあるが、イナゴ怪人スーパー1を筆頭に、マタンゴ、ウツボカズラ怪人、死神カメレオン、人食いサラセニアン、エトセトラ、エトセトラ……と、俺の“個性”に由来するミュータントは此処一ヶ月の間で爆発的に増殖した。

改造手術に伴う俺自身の“個性”の成長と言うか進化した能力に関する資料を仮免試験の前に作成し、市役所に提出する必要に迫られている今、当然俺の“個性”から生まれた怪人達についても纏めなければならない。

机の上に積み上げられた“個性”に関する資料は一目で通常のソレとは明らかに違う厚さを持ち、もはやムック本の領域に足を踏み入れている。

 

「我が王、このイナゴ怪人V3が仮免試験において『雄英潰し』が慣習化した最大の理由を教えよう。人間だからだ。弱点は克服出来ないからだ。デメリットを消す事が出来ないからだ」

 

「………」

 

大分口足らずな台詞に加え、普段のイナゴ怪人らしからぬ慇懃無礼な態度だが、言いたい事は分からんでもない。

 

“個性”は使えば使うほど成長し飛躍する。“個性”は使い続ける事でその能力は次第に強大に、コントロールはより緻密に、そして誰よりも洗練されたものへと昇華していく。

だが、これはあくまでも「長所が伸びる」とか「出来なかった事が出来る様になる」と言った事であって、決して「弱点やリスクがなくなる」と言う事では無い。

 

具体的な例を挙げるなら、青山や麗日など“個性”を使い過ぎる事で何らかのデメリットが発生するタイプの“個性”は、使い続ける事で「デメリットが発生するまでの限界値を伸ばす事」や「デメリットをある程度まで軽減する事」は出来ても、「デメリットそのものを無くす事」は出来ない。

 

幾ら努力して成長しようと、バトルスタイルやコスチュームを変えて工夫しようと、“個性”のデメリットはなくならない。弱点を克服する事は出来ない。

それは誰もが知っている“個性”の共通見解であり、それが“個性”の割れた雄英生を狙う『雄英潰し』が仮免試験で慣習化した最たる理由だと、イナゴ怪人V3は言う。

 

「怪人を作ろう、我が王。そうすれば、ヒーロー科1年A組の全員が仮免試験に合格する確率は飛躍的に高くなる。例え愚かなる人間共がケチをつけ、怪人軍団を仮免試験で運用する事が認められなくとも、その手伝いにはなれる」

 

「リハーサルとか必要無いだろ。多分」

 

「しかし、人間共が我が王の『ミュータントを無意識の内に造り出す能力』を恐れているのなら、我が王にはその力を意識的にコントロールする事が出来る様に訓練する必要があるのでは?」

 

痛い所を突いてきやがった。確かにイナゴ怪人やマタンゴの様に、俺の孤独や願望によって厄介な怪人が生まれている事は間違いない。

しかし、しかしだ。それはミュータントハリガネムシや死神カメレオンを作り出したお前等が言って良い台詞ではない。

 

「いやいや、ミュータントハリガネムシや死神カメレオンについても我が王と無関係とは言えますまい。何故なら我々を構成するミュータントバッタの細胞が持つ意志と行動力は、全て我が王が与えたモノではありませんか」

 

「………」

 

これまでのミュータントバッタの研究により、その起源は俺の“個性”『バッタ』が無意識に発動した超能力によって、自然界に生息するごく普通のバッタが持つバイオロジック……即ちDNAとRNAを改造した事であると判明している。

この新型のDNAとRNAによって塩基配列が猛スピードで変化した結果、バッタの細胞そのものが意志と行動力を持つようになり、ごく普通のバッタをミュータントバッタに、そしてイナゴ怪人と言う全く違う形の怪生物へ変異させたのである。

 

生命体の形を造っているのは細胞の――遺伝子の並び方に他ならず、『従来の生物をミュータントに変異させる能力』とは、地球が45億年と言う永い年月をかけて創った細胞の並び方を……言い換えるなら『生物の歴史を作り変える能力』と言う事に他ならない。

だからこそイナゴ怪人を初め、ミュータントハリガネムシやマタンゴ。果ては死神カメレオンやウツボカズラ怪人と言った具合に、様々な怪人・怪生物の発生源と言える俺が危険視されるのは当然だった。

 

しかし、その発動にはある程度の条件があり、それが感情や意志をスイッチとしているのであれば、それはコントロールする事が可能な能力である事の証左であり、そう言った状況を作り出さない環境に居ればひとまずは何とかなる。

 

だからこそ俺はこうして高校生活をエンジョイ出来ている訳で、仮にミュータント化が無差別且つコントロール不能な代物であれば、とっくの昔に俺は極めて危険な生物として討伐対象待ったなしだ。まあ、超人を超えた超生物になった現状も似たようなもんだが。

 

「『毒を以て毒を制す』と言う言葉がある様に、如何に危険な代物でも有益と判断すれば寛容になるのが人間だ。幸いな事に此処は雄英。“個性”をコントロールする為の訓練に於いて此処ほど都合の良い場所はなく、またその訓練を止める道理もありますまい」

 

「怪人が生まれる事そのものが問題の様な気がするんだが?」

 

「ハハハ、笑止。“個性”やミュータントによる生態系の破壊や遺伝子の汚染云々を言うなら、ネズミのミュータントが雄英の校長をするなど有り得ませんぞ」

 

「それを言っちゃあ、お終いだ」

 

イナゴ怪人V3が言う様に、ネズミと言う生き物は一個体で見ればそれほど強い生物ではないが、一種族として見れば何でも食べる雑食性に加え、一度の出産で生まれる子供の数と成熟するまでのスピードの速さに、レベルの高い危険察知能力と、人間とは比べものにならない驚異的な潜在能力を秘めた恐るべき生物である。

こと生態系の破壊について言うなら、人間が持ち込んだネズミによって在来種の鳥類が絶滅した何て事例がある訳で、そんな生物に「人間を超える知能」が宿ったとなれば、この星が猿の惑星ならぬネズミの惑星になっても何ら不思議ではない。

 

そんな「生まれた事が罪」と人間に判断され、凍結処理されかねないマジヤベー存在が、如何なる経緯で日本トップクラスのヒーロー教育機関で校長をやっているのかは俺の知り及ぶ所ではないのだが、イナゴ怪人の思考回路に根津校長と言う希有な前例を利用しない道理は存在しなかった。

 

「尚、この件に関してはイレイザーヘッドから許可を貰っております。『まあ、懸念材料を放置して本人ですら知らない内に能力も特性も分からない怪人を造られるよりはマシか』と、半ば諦めた様な表情で言っておりました」

 

「………」

 

「そして、世界中から我が王の忠実な僕となる怪人に相応しき素体は、既に充分な数が集まっております。具体的にはイナゴ怪人1号がヨーロッパに向かう途中で密猟者から助けた虎など」

 

「虎?」

 

「全長4.7m。体重490㎏と言う同種でも最大級のシベリアトラで御座います。愚かな人間共は毛皮を目的に密猟していた様です」

 

そうか、イナゴ怪人1号がヨーロッパに行く途中で善行を積んでいたのは良い事だ。しかしシベリアトラって確か生存の危機が叫ばれる保護動物じゃなかったか? 何でも世界で500頭くらいしか生息していないとか……。

 

「心配ご無用。この国にはかつて葛飾区亀有署に勤務する警察官が南極のペンギンを手懐け、『ペンギンの自由意志で日本に来るのだから輸入ではない』と言う理論を振りかざし、ペンギンを日本に持ち込んだ前例があります。

今回我々が確保したシベリアトラもそれと同様、イナゴ怪人1号の肉体の一部を食らう事でヒーロー事務所『暗黒組織デストロン(仮)』に忠誠を誓い、自由意志によって怪人になる事を希望したに過ぎません」

 

「単に敵だと思って攻撃しただけじゃね?」

 

「尚、件の警察官は火山の爆発に巻き込まれ、ビルから転落しても無傷で済む恐るべき生命力を誇り、単独でアメリカ軍を叩き潰す事が出来る戦闘力を備えた、ガン細胞すら食い尽くす超強力な抗体を持つ“無個性”の人間だそうです」

 

「それは本当に“無個性”って言うか人間なのか?」

 

俄には信じられないが、イナゴ怪人達は嘘をつかない。信じ難い事だが、下手をすると改造人間の俺ですら歯が立たない様な“無個性”の警察官がこの世に、それも日本の葛飾区に存在していた事は間違いない。

 

「他にもハザード怪人デンジャラスゾンビこと勇学園の藤見より、学校を通して成長した『ゾンビールス』のサンプルが献上されております」

 

「『ゾンビウィルス』な。いや、『ゾンビールス』の方が響きは良いケド……」

 

先日、雄英に勇学園の藤見が俺に宛てて送ってきたと言うソレは、紫色のガスが封入された6本の小さな試験官だった。

 

同封された資料によると、雄英との合同演習の後で藤見が“個性”を成長させた事で『ゾンビウィルス』の特性がバージョンアップし、ゾンビウィルスに感染した人間を意のままに操れる様になったらしく、俺が提供した『シグマウィルス』のお返しとして送ってきたのだとか。

 

ちなみに『ゾンビ』とは本来ヴードゥーに於ける恐るべき社会制裁であり、ハイチ社会の裁判で有害と判断された人間を毒物で一度仮死状態にしてから復活させ、その時にはもう自分の意志では生きていけない状態に……つまりは奴隷になるより他にない状態にされた人間を指す言葉である。

これは彼等が毒物をいじっている内に発見した発明であり、劇画や映画の様に死者が勝手に蘇る訳では無い。まあ、ウィルスを毒と解釈すれば「他者の思考力を奪い、意のままに操る」と言う点で、藤見の“個性”は本来の『ゾンビ』に近づいたと言えるだろう。

 

但し、懸念材料として「感染者が元から持っている記憶や感情等は相変わらず残る為、勝己や峰田の様に強烈なエゴや欲望を持つ人間がバージョンアップした『ゾンビウィルス』に感染しても、前回と特に何も変わらない可能性がある」とも書かれている。

 

「これらの素体を用いた訓練にかこつけて我が王に忠実な怪人を増やし、一大勢力を築き上げましょう! 最早ヒーロー事務所『暗黒組織デストロン(仮)』が日本を征服する日は目前です!」

 

「……いい加減にその(仮)とか止めて、ヒーロー事務所の名前を決定しないか?」

 

「そうですな。確かにそろそろ決定した方が良いでしょうな」

 

漸く会話のキャッチボールが成立した。そして怪人を生み出す能力の訓練は自分でも驚くほど気が乗らなかった。しかも、イナゴ怪人達が用意した素体と言うのが、全て眼球が複眼になっていたり、触角や羽根が生えていたりと、既に半ばミュータント化していた。

尚、イナゴ怪人1号は「生態系の破壊を防ぐために確保した」と言っているが、その後で「動物ならば確かに法に触れるだろうが、突然変異を起こしたミュータントならば何も問題ない!」と、悪党を成敗しつつそれに便乗しているとしか思えない発言をしている。

 

それだけなら最悪、集まった素体を全て殺処分すると言う選択肢もあった。しかし、イナゴ怪人1号は容赦なく、俺に最強の切り札を叩きつけた。

 

「しかし、我が君に自身が忌み嫌う『巻き戻し』の訓練を課すのなら、我が王もまた御身が忌み嫌うミュータントの作成能力を訓練し、我が君に範を示さなければならないのでは?」

 

ぐうの音も出ない正論だった。俺はエリのお兄ちゃんだから逃げる訳にはいかなかった。精神的には今までで一番辛い訓練だったけど、やらない訳にはいかなかった。

一度エリが寝ぼけて俺を「お父さん」と言い間違えた事で顔と耳を真っ赤にする様を見ていなければ、俺はきっと耐えられなかっただろう。

 

だが、如何にエリの為を思い、自分に言い聞かせて訓練をしてみても、気分が乗らない上に手探りで“個性”を使っている為、当然ながら思った通りに成功するとは限らなかった。

 

まず、俺は最初にイナゴ怪人1号がヨーロッパへ向かう旅で密猟者と出くわし、密猟者をボコボコにした後で檻から出そうとしたイナゴ怪人1号を食らったと言うシベリアトラに『爆破』の能力とオーラエネルギーを与えてみた。

イナゴ怪人達は「コンピューターの計算によると、トラとUFOの組み合わせがベストマッチ」と言っていたが、UFOなんてどうしようもないしイナゴ怪人達の言う通りにやるのは何か嫌だったので、独断で『爆破』の能力を与えてみたのだ。

 

するとシベリアトラは何故か巨大な繭を作って蛹になり、俺は今にもシベリアトラとイナゴ怪人が合体した勝己の“個性”が使える怪物と言う、悍ましくも恐ろしいミュータントが誕生するだろうと予想していた。

 

「さあ、生まれ出でよ! 怪人ダイナマイトタイガーよ!」

 

「ムガー」

 

「ンンッ!?」

 

「ガムガム。ムガ?」

 

繭の中から出てきたのはグロテスクとは程遠い、怪人と呼ぶのも憚られるプリチーな見た目をした、エリと同じ位の身長で二頭身体型の、人畜無害かつ何処か愉快なサムシングだった。しかも一体ではなく何十体と繭の中から出現し、何か良い感じに癒やされる動物の群れが爆誕した。

 

想像していたのとは全然違うし、与えたはずの『爆破』の能力も失われていたが、俺としては見た目が爆発的に可愛いので、個人的にはコレはコレでアリだ。

 

しかし、それによって「A組のマスコットキャラの座を奪われた」と言いがかりを吹っかけてくる峰田と、大した能力もない怪人らしくない怪人を見て異口同音に「ソレ見た事か」と抜かすイナゴ怪人達に心底苛ついた俺は、神野区の決戦以降世界中に散らばったと言う平成イナゴ怪人軍団の一人であるイナゴ怪人オーズが日本に送り込んだ……もとい、自由意志で日本に来たと言うペンギンを素体に選び、次の怪人製作に移った。

 

俺はオール・フォー・ワンが持っていた“個性”の一つ『エアウォーク』に由来する能力とオーラエネルギーをペンギンに与え、空を飛べるペンギンの怪人を作るつもりだった。

しかし、出来たのは空を飛ぶ処か、怪人になった影響からか泳ぐ事も出来なくなり、異様に高いフィジカルを誇る身長180㎝のペンギンだった。二頭身の低身長ではない分、前よりは怪人らしい見た目をしていると言えよう。

 

「いやいや! これ服着てないケド、まんま『にこに○ぷん』のぴっ○ろよね!?」

 

「いや~、懐かしいですねぇ~」

 

「『にこ○こぷん』って何ですか?」

 

「ああ、世代が違うから知らないか。えっと……『おか○さんといっしょ』って教育番組分かる? あれでやってた着ぐるみ人形劇の名前よ。『ドレ○ファ・ど~○っつ!』の前にやってたやつ」

 

「『ド○ミファ・ど~な○つ!』って何ですか?」

 

「『ぐ~○ョコラ○タン』は知ってるけど……」

 

「え? 『ぐ~チ○コ○ンタン』?」

 

ミッドナイト達教師陣と生徒間のジェネレーションギャップを浮き彫りにする快挙を成し遂げたペンギンの怪人だが、とても気が強いが面倒見の良いしっかり者で、メス個体と言う事もあって試しにエリの相手をさせてみると、仲良くごっこ遊びに興じている辺り問題は無さそうである。

 

思った通りの怪人が出来ず、いよいよ追い詰められた俺は「正誤は重要じゃない! 自分で考え行動する事が重要なんだ!」と妙に熱く語るオールマイトの励ましを受け、三度目の正直と言わんばかりにヒマラヤで発見したイエティと言うスペシャルな個体を使って更なる怪人製作に挑んだ。

 

冷静に考えたらコイツに関してはそのまま運用した方が良かったんじゃないかと思わないでもないが、トゥワイスの“個性”『二倍』の“複製個性”が元になっていると言うシャドームーンの分身生成能力とオーラエネルギーを与えた結果、怪人スノーマンに生まれ変わったイエティは見事に『内なるもう一人の自分(ドッペルゲンガー)』と言う頭に角が生えた分身を作る特殊能力を獲得していた。

ちなみに『内なるもう一人の自分(ドッペルゲンガー)』とは“オリジナルの悪の側面”を自称するオリジナルとは別の人格を備えた分身であるが、自制心がオリジナルよりも高い所為で『内なるもう一人の自分(ドッペルゲンガー)』の方が何だかまともに見える。

 

外見もヒマラヤから遠く離れた日本の環境に適応する為なのか、真っ白な体毛が赤いモジャモジャのモップの様に変化し、眼球が大きく飛び出しているその姿は何処かユーモラスではあるものの、誰がどう見ても怪人だ。

 

「いや、コイツはどう見てもム○クじゃねーか!」

 

「ムッ○ではない! よく見ろ! 頭にプロペラが付いていない!」

 

「だからプロペラが無いだけの○ックだろーーが!」

 

「角が生えたガチャ○ンをガチョビンって言ってる様な感じカナー?」

 

「それでガ○ャピンは何処にいるんだ?」

 

「何を馬鹿な事を言っているんだ貴様等。現代に恐竜が生息している訳が無いだろう」

 

「雪男が居たのに恐竜が居ないとか全然説得力ねーよ!」

 

尚、これらの妙にコミカルな見た目をした怪人達について博士に検証して貰った結果、俺がエリの事を考えて造った為にこうなったそうで、彼等は全員エリの子守と護衛を担当して貰う事にした。

 

「ストーミングペンギンにスノーマン。ちょっとコッチに来てくれ」

 

「………」

 

「ストーミングペンギン? スノーマン?」

 

「………」

 

「……ぴっ○ろとムッ○」

 

「ハーーイ!」

 

「はいはい、何の御用ですかな~?」

 

「………」

 

しかし、呉島の名を勝手に名乗る発目が、これまた勝手にサポートアイテムの服やらプロペラやらを与えた事をきっかけに、二体は自分達の事を本気でぴっ○ろやムッ○だと思い込む様になってしまった。

ちゃんとそれぞれストーミングペンギンとスノーマンと言う名前があるのに、ぴっ○ろやム○クと呼ばないと反応しないのである。

 

これは服やプロペラが付いたことで完全に瓜二つな見た目になり、クラスの連中が悪ノリした所為でもあるのだが……発目め、要らん事をしてくれやがって。

 

そんな珍妙奇天烈な過程を経たものの、慣れてきた所為か怪人作成の能力を制御する為の訓練は順調に進み、その能力にせよ見た目にせよ徐々に俺の思い通りに、怪人らしい怪人を作れる様になっていった。

 

そして、仮免試験当日まで残り二日と迫った時、雄英教師陣の監督の下、前代未聞の戦闘演習が体育館γで開始された。

 

 

●●●

 

 

その日、体育館γは異様な雰囲気に包まれていた。困惑するクラスメイトを前にした俺はシャドームーンの姿で今か今かと出番を待ち望む怪人達を背に、サタンサーベルを振るいながら声を大にしてこう言った。

 

「雄英ヒーロー科1年A組の諸君! 毎日の厳しい訓練、実にご苦労! 折角だが此処が貴様等の墓場だッ!! 掛かれぇーーーー!!」

 

「「「「「「「「「「WHYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」」」」」」」」

 

「「いや『雄英潰し』って絶対こんなんじゃないよな!?」」

 

「でも何か無駄にしっくりしてる!」

 

「確かに何かスゲー自然っつーか、納得しちまう絵面だな……」

 

切島と上鳴のツッコミはごもっともだし、芦戸や瀬呂が言う様に俺もビックリする位、妙にこの立ち位置がしっくりくる。

そして、気になる戦闘演習の内容は、シャドームーンの姿になった俺が率いる怪人軍団VS俺を除いたA組全員……実質的には俺 対 A組と言う、教師陣の正気を疑う実にイカれた内容だった。

 

これは圧縮訓練の総仕上げとして、『雄英潰し』の模擬戦闘を兼ねた怪人達の能力テストであり、俺がシャドームーンの姿をしているのは怪人達の動きを全て「マイティアイ」でチェックする為である。

当然、試験直前と言う事もあって怪人達にはある程度手加減する様に命令してあるが、今回投入された怪人達は総じて人間並みの知能に加え特殊な能力を備えており、贔屓目無しに見てもクラスの連中を相手に遅れは取るまいと俺は考えていた。

 

「ゴロニャーン♪」

 

「え? 何? 何が起こってるの?」

 

「マタタビの成分を造りましたわ!」

 

「おい、クロネコ怪人! 何をしている! クロネコ怪人! クロネコ怪人!?」

 

「ニャニャニャニャーン♪」

 

「キャー!! くすぐったいですわ!」

 

「クロネコ怪人ンンンンンンンンッ!!」

 

しかし、怪人軍団には致命的な弱点が存在した。それは如何に強力な怪人と雖も、その見た目から何の怪人なのかが一目瞭然であり、元になった動植物の感性に引っ張られる形で容易く無力化されると言う事だ。

 

八百万が“個性”『創造』で出したマタタビ成分のエキスによってメロメロになっているクロネコ怪人などは正にその典型で、八百万は怪人達にとって天敵と言える存在だった。

 

幸いな事にクロネコ怪人はしつこく八百万に纏わり付いている為、結果的に八百万が他の怪人達の対処に向かうのを妨害していると前向きに考えれば、厄介極まる“個性”『創造』の封じ込めには成功している。

 

他にも低温による無力化等、対生物戦では無類の強さを発揮する轟や、怪人になって日が浅い所為か“個性”で怪人を操れる口田など、A組には怪人達にとって鬼門と言える“個性”持ちが多く、怪人軍団は苦戦を強いられていた。

 

無論、中には善戦所か圧倒する怪人も存在する。その中でも今回、俺が一番注目しているのは――。

 

「グォオオオオオ!? かっ、固ぇええええええ!?」

 

「クックック……なるほど、人間にしては中々の能力だ。しかし! 時の重みを加えた俺の硬さには及ぶまいッ!! オ゛ォーーーーーンッ!!」

 

「ぐわぁあああああああ!?」

 

――化石男ヒトデンジャー。

 

この怪人は生きた巨大ヒトデの化石が素体となっており、その肉体は地層の中で何万年もの歳月によって固められた事で鋼鉄を上回る硬度を誇り、並大抵の攻撃ではビクともしない。

 

事実、切島が果敢に殴りかかっているが、ヒトデンジャーからはとても生物を殴ったとは思えない鐘を突いた様な音がするばかりで、ヒトデンジャーはピンピンしている。

また、手裏剣の様に高速回転して繰り出すヒトデンジャーの体当たりは、A組でも随一の防御力を誇る切島を真っ正面から跳ね返してしまう程に強力だ。

 

「んのヤロウ……!」

 

「んんん、温いッ!! どうした! この程度かぁ!!」

 

更に生きたまま化石になった所為か、そのヒトデ丸出しの見た目に反して轟が繰り出す氷と炎はおろか、上鳴の電撃も通用しないし、口田の強制話術も受け付けない。その意外な弱点さえ突かれなければ、正に無敵と言っても差し支えない脅威の怪人である。

 

「クソッ、手が付けられねぇ化物がいやがる……!」

 

「ヌワッハッハッハッハッハッハッハ!」

 

「KYIII―――――!!」

 

しかし、如何にヒトデンジャーが無敵とは言え、他の怪人達はそうでもない。轟がヒトデンジャーに繰り出した炎熱攻撃の余波で、女王アリの卵を素体にした怪人アリキメデスが生み出した量産型のアリ怪人が何体か燃えており、勝利を確信して高笑いするヒトデンジャーの横で、一体のアリ怪人が仲間を助けようと消化器を振り回している。

 

「ハッハ……ハッ!? きっ、気を付けろッ! 俺に水をかけるな、馬鹿者ォ!!」

 

「KYIII―――――!?」

 

「え……?」

 

「もしかして……」

 

あ、不味い。異様に水を嫌がってアリ怪人を殴ったヒトデンジャーのリアクションを見て、半信半疑ながらも轟が天井目がけて炎を放ちスプリンクラーを作動させた。終わった。

 

「ウォオオオオオオ! ヤメロォオオオオオオ! 俺は水が弱点なんだぁあああああ!」

 

「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ッ!?」

 

ずぶ濡れになって恐慌状態に陥ったのか、ヒトデンジャーは自ら「水」と言う弱点を暴露し、まさかの内容に上鳴が驚愕する。

正確には「水そのもの」が弱点なのではなく、「水を吸収すると体が柔らかくなってしまう」のが弱点なのだが、ヒトデンジャーの無敵と思われた能力が破られた事には変わりない。

 

「ウラァアアアア!!」

 

「ホゲェエエエエッ!!」

 

「!! さっきまでと感触が違ぇ! 湿気ると体が柔らかくなっちまうのか!」

 

「ぐぉおおおおお!! おのれぇええええええええ!!」

 

圧倒的な防御力が無くなった事で一気に窮地に立たされたヒトデンジャーは勢いよく跳躍すると、高速回転によって空を飛び、高台に登った。恐らく体が乾いて防御力が復活するまでの時間稼ぎであろうが、そんな致命的な隙を身逃す程A組は甘くない。

 

「逃がすかぁああああああああああああああああ!!」

 

「ぬぉおおおおおお! 落ちてしまえぇええええええええええ!」

 

全身を硬化させて高台をよじ登る切島に、ヒトデンジャーは“個性”の圧縮訓練で破壊されたのであろう、セメントの的の残骸を落として必死に妨害する。しかし切島の体は瓦礫よりも固く、ヒトデンジャーの落石攻撃をものともしない。

 

「オララアアアッ!!」

 

「ア゛ア゛ア゛-ーーーーーーーーッ!!」

 

悪足掻きも空しく、ヒトデンジャーの元まで辿り着いた切島は、ヒトデンジャーの足を掴むと勢いよく投げ飛ばした。落下するヒトデンジャーは柔らかくなった体で受け身も禄に取れなかった為に大ダメージを受け、一度は根性で起き上がったものの力尽き、仰向けにバッタリと倒れた。

 

「倒した……のか……?」

 

「多分……ってか、あの見た目で弱点が水って……」

 

「いや、これはある意味、一番凄い怪人なんじゃないか? だってあんな見た目じゃ誰も水が弱点だなんてまず思わないもの。人間の心理的な盲点を上手く突いているって言うか、実際に弱点が分からない状態だと正攻法で倒すのは難しい訳で……(ブツブツ)」

 

「落ち着いて、緑谷ちゃん。怖い」

 

「ふむ……総合的に見ると、素体が持つ才能と言うか質の差が出てきますな。一部例外は居ますが」

 

横でデータ収集に勤しむイナゴ怪人1号の言う通り、基本的には素体となったのが通常の生物の怪人と、“個性”絡みの生物が素体となった怪人では戦闘力が違う。

また、攻撃性能は申し分ないが、防御性能が杜撰なのが多いと言った印象で、その辺を補えるヒトデンジャーはかなり良い感じだったのだが……まあ、次に期待するか。

 

「所で我が王、ヒーロー事務所の名前の候補として『秘密結社ショッカー』と『暗黒結社ゴルゴム』の二つに絞りましたが、我が王はどちらが宜しいでしょうか?」

 

「……いっそ、二つを合せて『ゴルショッカー』とかじゃ駄目なのか?」

 

「なるほど、第三の選択肢が生まれましたな」

 

冷静に考えたら異形系の……それも生物系の“個性”の生徒だけで構成された学校のクラスなんてある訳が無い。まあ、此方としても色々と収穫はあったから、それなりに有意義と言えば有意義な訓練だった。

 

――そう納得して適当にヒーロー事務所の名前に意見した時、不思議な事が起こった。

 

「気分はエクスタシィイイイーーーーーーッ!! フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

突如、野獣の様な咆哮によって体育館γが落雷にでも遭ったかの様に振動し、何事かと思ってその発生源に目を向ければ何たることぞ。そこにはパンティを仮面の様に被り、その上から更にブラジャーを装着した峰田がいた。

 

「クロスアウトぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「「「「「KIYIIIIIIII―――――!!」」」」」

 

邪悪な紫のオーラで着色された一陣の風が峰田に近づいたアリ怪人達を吹き飛ばし、体育館γを走り抜けると、峰田は己の象徴である筈のコスチュームを迷うことなく脱ぎ捨て、限界までねじり上げたパンツと網タイツだけの変態スタイルにフォームチェンジしていた。

 

その直後、変態ブドウに変身した峰田に誰もが呆気にとられる中、体育館γの天井に大穴を開けてイナゴ怪人アークが乱入した。

 

『………』

 

「アーク……」

 

明確な敵意を以て並び立つ怪人と変態。何らかの方法で絶滅させるべき変態の出現を感知したらしいイナゴ怪人アークは、真っ直ぐに峰田を見つめつつ疑問を口にした。

 

『何故だ。何故変態ブドウに変身する事が出来る? 貴様の変身に必要な物は、私が破壊した筈だ』

 

「それはアーク……お前のお陰だ」

 

『何……?』

 

「お前がオイラのエロ本を、エロDVDを、全てのエロスグッズを破壊した事で、極限状態に晒されたオイラの欲望は最高潮に達し、臨界点を突破したオイラは遂に……! 遂に女人の臭いを新品のパンティに付与する能力を獲得したんだッ!!」

 

「何かますます手が付けられない変態にグレードアップしとる!」

 

「そしてッ! 更にブラと言う強化パーツを使う事で、変態ブドウはより完全で究極の力を得たッ!! 今のオイラは変態ブドウエロツー! アーク! お前を止められるのは唯一人……オイラだッ!!」

 

「いや、むしろアークにアンタを止めて欲しい!」

 

峰田が堂々と胸を張って変身の原理を説明する様を見て、先日ベランダに干してあった下着を峰田に盗まれかけた麗日が戦慄し、変態ブドウエロツーを名乗り決めポーズを取るその姿に芦戸が容赦ないツッコミを入れる。

尚、芦戸に言われるまでもなく、イナゴ怪人アークはこの手の施しようのない変態を止めるつもりで此処に来ている。こんな変態が下界に出たらどうかるか分かったもんじゃないからだ。

 

「行くぞぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

『前提を書き換え、結論を予測……』

 

変態的で人間離れした動きを見せるエロツーに、イナゴ怪人アークはエロツーの攻撃パターンを卓越した演算能力によって計算し、正確に予測する事で対応する。

 

『予測、完了……!』

 

そして、イナゴ怪人アークは次から次へと繰り出されるエロツーのトリッキーな攻撃を、余裕を持って流れ作業の如く次から次へと捌いていく。

イナゴ怪人アークの予測はもはや未来予知のレベルに足を突っ込んでおり、その過程は元よりその結末に至るまで、既に予測済みである。

 

『ハァッ!!』

 

「ぬぅ!? う、動けんッ!!」

 

有効打を打てないエロツーがひとまず距離を取った瞬間、その攻防の隙を予測していたイナゴ怪人アークが発射した円錐状のエネルギーにより、エロツーの体が拘束される。

 

『この一撃を以て、エロツーは滅びる』

 

身動きが取れないエロツーにイナゴ怪人アークは止めを刺すべく、右足にエネルギーを集約して跳び蹴りを放つと、エロツーを中心に大爆発が巻き起こる。

 

『フッ……ムッ!?』

 

予測通りの完全勝利を確信し、笑みを浮かべるイナゴ怪人アーク。しかし、その背後から邪悪な紫色のオーラが立ち上っていた。

 

「残念だが、その結論は予測済みだ」

 

『……!! シィッ!!』

 

イナゴ怪人アークが背後に裏拳を放つも、エロツーはそれを難なくかわしたばかりか、お返しとばかりにボディブローを叩き込む。

その後は先程までの展開がウソの様にエロツーがイナゴ怪人アークを圧倒し、驚異的な速度で翻弄しつつ、一方的に攻撃を叩き込んでいく。

 

『馬鹿な……! 私の結論を超えていく……何故だッ!!』

 

「この新品のパンティとブラには、オイラが寄せ集めた女人の臭いが……そう! 雄英ヒーロー科1年A組とB組の女子全員! それにサポート科の発目にメリッサさん! 更にミッドナイトの、合計16人分の臭いが染みついているからだッ!!

つまり! オイラが被っている新品のブラとパンティは、うら若き16人の女人が洗濯せずに使い回した使用済みのブラとパンティに等しい! 故に、変態ブドウの16倍もの戦闘力を発揮する事が出来るんだッ!!」

 

――それってもう殆ど『ワン・フォー・オール』じゃね? いや、女子の臭いを勝手にブラとパンティに集めている点はむしろ『オール・フォー・ワン』に近いかも知れない。

 

いずれにせよエロツーの発言はありとあらゆる意味で凄まじい破壊の力を発揮し、普段ならブツブツとその能力の考察を始める出久が絶句し、ただただエロツーを死んだ魚の様な目で見つめている。

無理もない。遠くない未来で『ワン・フォー・オール』をも超える“個性”が生まれ、誰かがきっと“平和の象徴”になるだろうと思っていても、まさかそれがこんな変態的な能力によって実現される等と誰が予想出来ようか。

 

『じゅ、16人の女性が使い回した未洗濯のブラとパンティだと!? な、なんと不潔な……ッ!!』

 

「いや、私達は穿いてないからね!」

 

「そう言われると新品の筈なのにメッチャ汚く見えるね……」

 

イナゴ怪人アークは絶望した。滅ぼすべき悪と判断した変態は、自分の行動が原因で予測を遙かに超える最狂最悪最凶の変態へと究極進化していたからだ。

しかも、新品のブラとパンティを使うと言う点が厄介だ。これではこの世から全てのブラとパンティを消滅させない限りエロツーは永遠に不滅だ。

 

「これで終わりだッ! アークゥウウウウウウウウウ!!」

 

「フォオオオーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

余りにも隔絶した変態を滅ぼす為の有効な手段が全く予測出来ず、心が折れたイナゴ怪人アークにエロツーの莫大な変態パワーによるエネルギー弾が迫る。

必殺の一撃を回避する素振りすら見せない絶体絶命のイナゴ怪人アークを救ったのは、プッシーキャッツの元から帰ってきたマランゴだった。

 

棒立ちのイナゴ怪人アークを押しのけ、身代わりとなってエロツーの攻撃を受けたマランゴの体は一瞬でバラバラになり、その残骸が辺り一面に転がった。

 

「マランゴ……? 何のつもりだ?」

 

「抜カセ、変質者ガ! 我々ハ倒シニ来タノダ! 放テ-ーーーーーーッ!!」

 

「「フォオーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」

 

イナゴ怪人アークを庇った個体の除いた三体のマランゴが頭と両腕を伸ばし、一点に圧縮して放つ胞子光線を一斉にエロツーへと発射する。

マランゴの只でさえアレな見た目がよりアレな感じになり、公共の電波に乗せられない様な絵面の必殺技を、エロツーが無駄に三次元的な動きで変態的かつ華麗にかわす。

 

地獄としか言いようのない光景を前に、誰もが嫌悪と絶望の眼をしている中、イナゴ怪人アークは自分を庇ったマランゴの首に話しかける。

 

『何故だ……何故、私を……』

 

「あーく……アノ、邪悪ナ変態ヲ……止メテクレ……! 皆、オ前ノ勝利ヲ願ッテイル……!」

 

確かにな。ぶっちゃけ、あんな変態の相手は誰もしたくないから、出来るならアークの手で何とか決着して欲しい。これは間違いなくこの場にいる全員に共通した切なる願いだ。

 

そんな我々の内心を美しい言葉で纏めたマランゴの首が崩れ落ちたかと思えば、その残骸がイナゴ怪人アークの右腕に集まり、男性器を模した歪なキノコの豪腕を形成する。

 

――渾身。右腕のみのマランゴアーマー。その歪な姿が物語っている……!

 

「煩わしい」

 

「「「フォォオオーーーーーーーーーーーー!!」」」

 

エロツーが地面に向けて放ったエネルギー波により三体のマランゴが一掃され、戦いは再びエロツーとイナゴ怪人アークの一対一となる。そして、エロツーは此処に来て、更なる変身を遂げた。

 

「精神の話はよして……現実の話をしよう。麗日。蛙吹。八百万。芦戸。葉隠。拳藤。塩崎。柳。小大。小森。角取。取蔭。発目。メリッサさん。ミッドナイト……変態パワーを破壊エネルギーとして放つのでは確実性が無い。確実に倒す為に、今のオイラが掛け合わせられる最高最適の女人の臭いで降臨した、この股間の荒ぶる神で……君を殴るッ!!」

 

「二頭身の峰田が、オールマイトみたいな八頭身の大男にッ!!」

 

「てか、さっきまでと画風が違うッ!!」

 

「……ウチは?」

 

名付けるなら差し詰め『変態ブドウエロツー・マッスルフォーム』と言った所だろうか。

 

そんな悍ましくも逞しい姿に変わった峰田にクラスの面々が驚愕し、色々と思う所があるだろう出久とオールマイトは白目を向いた。でも荒ぶる神って言う割には、股間はその何て言うか……控えめだった。

そして、耳郎だけがハブられていた理由は何となく察するが、口に出せば確実に命が無い事が分かっているので俺は黙っていた。無言ではいたが露骨に耳朗の慎ましい胸を見ていた上鳴には死刑が執行された。

 

「必殺! 変態秘奥義――」

 

エロツーはひらりと高く飛び上がると、股間を中心として全身をプロペラの様に回転させた。そして、変態ブドウの時とは比較にならない程に高まった変態パワーにより、エロツーの全身が炎に包まれた。

 

「地獄のスピニングファイヤーッ!!」

 

イナゴ怪人アークに訪れる二度目の窮地。しかし、イナゴ怪人アークを助けるのは何もマランゴだけではない。

 

イナゴ怪人アークはかなり特殊な経緯で誕生した怪人だが、彼もまたバッタが持つテレパシー能力を備えている。

つまり、その気になれば俺とイナゴ怪人達はイナゴ怪人アークに対し、この状況を打破する為の情報をテレパシーで転送する事が出来るのだ。

 

俺は自分と同じヒーロー名を冠する、偉大な先人の生き様の記憶を情報として転送した。それと同時にイナゴ怪人1号は単身ヨーロッパへ向かう途中、北海道で出会ったとある猟師との記憶を転送していた。

 

――だが、この世界にはまだ、正義は存在する! それを今から教えてやる! この俺が――その使者となって!!――

 

――五発あれば五発勝負できると勘違いする。一発で決めねば殺される。一発だから腹が据わるのだ。――

 

『……ラーニング、完了……!』

 

一度は折れた心を奮い立たせ、イナゴ怪人アークは右腕に力を込める。正義は悪から生まれて悪を打倒するのが道理だと言うのなら、変態から生まれたマランゴの力で変態を打倒するのもまた道理だ。

エロツーは変態ブドウの時とは、その能力も戦法も違う。真っ向勝負で有効打は期待出来ない。何とかエロツーの虚を突き、マランゴより託されたこの歪な豪腕を叩き込む以外、イナゴ怪人アークに勝機は無い。

 

「フォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

全身を燃やしながら高速回転して突っ込んで来るエロツーの股間と、マランゴアーマーを纏ったイナゴ怪人アークの右腕が激突する。

花火の様に火の粉を飛び散らし、激しく回転し続けるエロツーの股間にマランゴアーマーは正面から押し潰され、瞬く間に崩壊していく。

 

『……知っているか、エロツー……! 信念は、覚悟は、人の思いは……時として計算を超えるらしい……ッ!!』

 

「ハウワアッ!?」

 

股間と拳の激突の余波で体育館γに嵐が吹き荒れる中、マランゴアーマーを剥がされたイナゴ怪人アークが、剥き出しになった右手でエロツーの股間を鷲掴みにする。

そうして強引に高速回転を止めたイナゴ怪人アークの左腕には、崩壊したように見えて実はエロツーの死角を移動していたマランゴアーマーが装着されていた。

 

最後の一発……! 右腕のマランゴアーマーを左腕に! 右腕を囮に使ったッ!!

 

『これが……これが私の勃○だァアアアアーーーーーーーーーーッ!!』

 

「ブファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

腰の入ったイナゴ怪人アークの渾身の一撃がエロツーの顔面を捉え、殴り倒すと同時にブラとパンティを破壊する事でエロツーを変身解除に追いこんだ。

気持ち悪い位に筋骨隆々とした身長2メートル超えの大男が、一瞬でエリと同じ位の身長にまで縮み、鼻血を出して気絶している姿はとても同一人物とは思えない程の変貌だ。

 

「……○起……?」

 

「そうだ。これが『勃○』だッッッ!!!」

 

絶対に違う。予想外の単語に誰もが困惑する中、無駄に力強く、そして無駄に格好良くイナゴ怪人1号が叫ぶ。

滅茶苦茶に下品な単語を言っている筈なのに、異様なカッコ良さと訳の分からない感動がある所為で誰も何も言えない。

 

その後、教師陣がいち早く再起動した事で戦闘演習は終了し、イナゴ怪人アークは手を洗うべく体育館γを後にした。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 立ち位置が完全にラスボスな怪人主人公。戦闘演習では怪人軍団に任せっきりだが、変態ブドウエロツーと言うイレギュラーが無ければ途中で『強化服・三式』を纏って参戦し、どっちがヒーローなのか分からない絵面を展開していたかも知れない。

イナゴ怪人V3
 №3の繋がりで上弦の参と化した怪人。元々はイナゴ怪人1号が主人公を説得していたのだが、今話の見直し中に2021年にアニメ『鬼滅の刃』の遊郭編が開始されると知って、急遽その場のノリで内容を変更した。

峰田実/変態ブドウエロツー
 自分の所行を反省する処か全力疾走して色々と振り切ってしまった変態特異点。ブラを装着した事で視界はほぼ0%だが、変態仙人の様に超音波を獲得しているので問題ない。つまり目が見えない状態で戦っていた訳で……やっぱり変態オール・フォー・ワンじゃないか。

イナゴ怪人アーク
 肉体面よりも精神面のダメージが大きい怪人。滅ぼすべき変態相手に辛勝した事を反省し、変態ブドウエロツー対策として中年男性の靴下を用いた女人臭気破壊剤『オヤジジェン・デストロイヤー』の開発に乗り出す。

マランゴ×4
 今回のエロツーとの戦いで全員消滅。これに伴い、前作のオーマランゴオウへ至る未来は破壊され、ゲイデヤバイブドウが誕生する未来もなくなったのだが……。尚、条件さえ整えば別個体だが復活そのものは可能だったりする。

平成イナゴ怪人軍団
 前作でイナゴ怪人1号は「世界中に大飢饉をもたらす」と宣っていたが、それはコイツ等を世界中に派遣していたからに他ならない。彼等は今も世界中にミュータントバッタの卵をばら撒き、怪人の素体となるミュータントや動植物の採集に勤しんでいる。

怪人ダイナマイトタイガー
 エリちゃんと同じ位の身長で、見た目が爆発的に可愛い怪人。元ネタは『ダイナマ伊藤!』に登場するムガトラことダイナマイトタイガー。トラの怪人と言う事で、実は「しまじろう」も候補に挙がっていたが、キャラ的に余りいじれなさそうなので止めた。

怪人ストーミングペンギン
 名前は『ゼロワン』に登場するレイダーだが、見た目が完全に『にこにこぶん』のぴっころな怪人。本物に倣って相撲・ボクシング・レスリングを嗜む様になった武闘派。ちなみに好きな相撲漫画は『火ノ丸相撲』ではなく『バチバチ』。

スノーマン
 名前はショッカーの怪人だが、見た目は完全に赤いモジャモジャのモップ。恐竜が何処にも居ない為、とあるサポート科の女子にスペースガチョビンスーツを開発して貰い、『世界皆ガチョビン化計画』を発動する事で緑色の相方を作ろうと企んでいる。

化石男ヒトデンジャー
 巨大なヒトデそのものの見た目で岩タイプと言う、ポケモンのウソッキーみたいな怪人。前作で死穢八斎會が壊滅したので、乱波に代わる切島のライバルキャラとして作者が採用。ヒトデ由来の再生能力もあって、訓練の翌日にはケロッとしていた。

アリ怪人
 女王アリの卵を素体とした怪人アリキメデスの配下で、萬画版『Black』に登場した無数のアリの怪人が元ネタ。所謂「戦闘員」のポジションに位置する量産型の怪人で、複数体がいる。アントロード? アリアマゾン? 知らんな。
 尚、今回の演習でヒトデンジャーに殴られた個体は、演習終了後に速攻でビーイングを買いに行った。「ちくしょう! タイミングさえ合えば、何時でも転職してやる!」と息巻いているらしいが……。



シャドームーンと怪人軍団
 前作で読者さんから貰った意見の一つに「雄英体育祭はシンさん&イナゴ怪人軍団VS雄英一年でも良い」って言うのがあったのを思い出して、2年生の雄英体育祭は出来そうにないから此処でソレっぽい事をやってみた次第。要は何時もの読者サービス。
 ちなみに怪人達は人間ではなく動植物がベースになっている為、その成り立ちは『アマゾン』の獣人に近い。え? どっちかと言うと『アマゾンズ』の溶原性細胞? コントロール出来る様になったから違うって。

これが私の勃○パンチ
 後半は完全にオールマイトVSオール・フォー・ワンのパロディですが、相手が変態ブドウエロツーとイナゴ怪人アークなので、『ゼロワン』ネタもふんだんに盛り込んでみた次第。キメワザについて女子勢から「下品なのに不思議と不快感がない」と困惑の声が上がった。



後書き

今回の投稿はここまで。そして投稿が遅れたお詫びと読者サービスを兼ねて、作中で未だに仮称扱いの主人公のヒーロー事務所の名前を「怪人達の投票」と言う設定で、読者の皆さんの投票によって決めようと思います。

下記の三つの選択肢から一つを選び、活動報告にて投票して戴ければ幸いです。尚、投票が一切無かった場合、自動的に三番目の選択肢で決定とします。

①秘密結社ショッカー

②暗黒結社ゴルゴム

③暗黒組織ゴルショッカー

期限は3月7日の日曜日正午までで、投票の結果は次話の投稿を以て発表とさせていただきます。具体的にどうなるかと言うと――。

「貴様等こそ獅子身中の虫。我等ヒーロー事務所『○○○○○○○○』に仇成す、目の上のたんこぶ――生かしておく訳にはいかぬッ!!」

――と言った具合で、仮免試験の傑物高校との戦いでイナゴ怪人達が高らかに名乗ります。


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第7話 ゴルショッカー出現! 傑物学園最後の日!

遂に主人公のヒーロー事務所の名前が決定しました。アンケートでは予想以上に多くの票が集まり、想像以上に二次創作特有のオリジナリティを望む声が多かった事に作者は驚きました。読者の皆さん、アンケートへの協力、本当にありがとうございました。

今回のタイトルの元ネタは『仮面ライダー(初代)』の「ゲルショッカー出現! ライダー最後の日!」。投票結果がタイトルで完全にバレバレですが、もしもショッカーやゴルゴムに決定したなら別のタイトルを採用していました。「13人の仮面ライダー」とか。

2021/3/15 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。 


仮免試験まで二日と迫ったこの日、ヒーロー公安委員会本部にて臨時の会議が開かれていた。

 

「……良いのか? コレを認めて」

 

「今回の仮免試験は意図的に混乱状況を作り、『非常時に能力や思考を働かせられるかどうか』を採点する形式になりますので、問題は無いかと。我々が想定する以上の混乱状況を作り出せると考えれば、渡りに船とも言えます」

 

「しかし、これでは他と比べて雄英が有利過ぎないか?」

 

「私としてはむしろ雄英が今まで不利過ぎたとも思いますが……先日の企画会議で言ったように、オールマイトの引退に伴い、警視庁からの提唱で今回の試験から『協力と協調の姿勢を強く意識した“群のヒーロー”』が求められている訳ですが、その一方で我々は“より質の高い”ヒーローが、なるべく“多く”欲しい。能力が強過ぎる事を理由に制限を掛けると言うのはナンセンスです」

 

「ううむ……」

 

「何より“個性”不明のアドバンテージに頼った形で仮免に合格しても、セミプロとして活動すればそんな戦法はすぐに通用しなくなります。彼等に試金石の役割を期待し、結果的により質の高いヒーローを選別出来ると考えれば、そう悪くはないと思いますが?」

 

会議に参加した誰もが「多古場競技場での仮免試験は荒れるだろうな」と思いつつ、一斉に深く溜め息をついた。彼等の手元にある資料には、“ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』”と記載されていた。

 

 

●●●

 

 

怪人共の厳正なる投票の結果、俺のヒーロー事務所の名前は『暗黒組織ゴルショッカー』に決定した。怪人の中には『ゴルゴムショッカー』と言っている奴もいるが、ゴルショッカーと言う名称自体『秘密結社ショッカー』と『暗黒結社ゴルゴム』を混ぜたものなので、別に間違ってはいない。

 

「これよりヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』の結成式を執り行う!」

 

「「「「「「「「「「KIIIIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」」」」」」」」

 

「『秘密結社ショッカー』と『暗黒結社ゴルゴム』は統合され、『暗黒組織ゴルショッカー』に新生した! ゴルショッカーは幸福により必ずや地上を征服する! その為に我々はヴィラン犯罪の鎮圧! 災害時の人命救助! ゴミ拾い等の社会貢献活動! あらん限りの善行を山と積み上げ、世界に平和と安寧を撒き散らすのだッ!!」

 

「「「「「「「「「「KIIIIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」」」」」」」」

 

「言ってる事は至極まともだな」

 

「ああ、言い方が悪いだけだな」

 

「………」

 

統合も何も怪人の軍団は元々一つだっただろうが。強いて区別するなら日本産とI・アイランド産と言う産地(?)の違い位である。

 

昨日はそんなツッコミ所が非常に多いゴルショッカーの結成式に、俺はゴルショッカーの大首領として出席した訳だが、無数の怪人が雄英体育祭で使われたスタジアムを埋め尽くし、司会を務めるイナゴ怪人1号の演説に咆哮を上げる光景は、誰がどう見てもヒーロー事務所の結成式には見えない。

黄金の鷹にリンゴを食らわんとする銀色の蛇が絡みつくゴルショッカーのシンボルマークが印刷された黒地の旗がスタジアムの至る所に乱立している事も相俟って、悪の秘密結社の結成式だと言われた方が余程納得する事が出来る絵面だ。

 

監視と称して同席した相澤先生とブラドキング先生は特に問題視していないが、善行を用いて世界征服を企むヒーロー事務所とか、悪行を以て世界征服を企むヴィラン犯罪組織よりも遙かに質が悪いのではないかと思うのは俺だけか?

此処がヒーローの巣窟たる雄英高校ではなく、広大な地下空間で人知れず行われていたならば、偶然目撃した一般人にヒーローと警察を呼ばれたって仕方が無いと思うのは俺の考え過ぎか? そして目撃者は確実に始末されると思うのは俺の気の所為か?

 

「降りろ。到着だ」

 

朝早くからバスに揺られながら俺はそんな事を考えていた訳だが、今日は待ちに待ったヒーロー仮免許取得試験当日。事前にあった説明の通りにA組はB組と別会場での受験となり、A組の試験会場は国立多古場競技場だった。

 

「うぅ~~緊張してきたァ……」

 

「多古場でやるんだ」

 

「学校によっては試験会場近くのホテルに泊まって受験するらしい。その点バスで行ける距離の試験会場を選んで貰った俺達はラッキーな方だ」

 

「うむ。少しでも仮免取得の為に訓練の時間を作ってくれた先生方の配慮に感謝しないとな!」

 

仮免試験が全国三ヶ所で一律に行われる以上、学校によっては試験会場までの移動に1日を費やす所もある。轟や飯田が言う様に、1年生の俺達が受験する会場が多古場なのは、訓練期間が他校の受験生よりも短い俺達が仮免に合格出来るよう、雄英側が配慮した為だろう。

 

「あの、呉島さん。何故、既に変身を?」

 

「戦いは既に始まっているからだ」

 

「ちょっと! アレ! アレ!」

 

「マジかよ……同じ会場なのかよ……」

 

「ウソだろ。アイツ、1年だろ?」

 

「もう駄目だ。お終いだぁ……!」

 

そして、俺は試験会場に到着した時点で既に人間の姿ではなく、怪人バッタ男の姿になっていた。雄英体育祭の関係で怪人バッタ男の姿こそが「呉島新」として最も有名である所為か周囲の視線を独り占めしており、所々で畏怖と絶望に満ちた声が聞こえるがそれは幻聴と言うモノだろう。多分。

 

「試験て何やるんだろう。ハー、変身なしでオイラ仮免取れっかなァ……」

 

「峰田、“取れるか”じゃない。“取って”こい。変身なしでな」

 

「おっ! もっ、モロチンだぜ!!」

 

思わず零れた峰田の不安も、ドスの効いた相澤先生の言い分も理解出来る。確かに試験そのものは変態ブドウの力を以てすれば楽勝かも知れないが、峰田が変態ブドウに変身した時点で峰田は間違いなく失格となり、合格不合格どころの話ではなくなる。

 

「この試験に合格し、仮免許を取得出来れば、お前等タマゴは晴れてヒヨッ子……セミプロへと孵化出来る。頑張ってこい」

 

「っしゃあ! なってやろうぜ、ヒヨッ子によぉ!!」

 

「何時もの一発決めて行こーぜ! せーのっ、“Plus……」

 

「Ultraaaa!!」

 

「!?」

 

切島の音頭で景気づけに雄英の校訓でもあるお馴染みの言葉を決めようとしたその時、やけに声が大きくガタイの良い坊主頭の男が乱入した。これには俺も少々驚いたが、それ以上に気になるのはこの男が着ている制服だ。

 

「勝手に余所様の円陣へ加わるのは良くないよ、イナサ」

 

「ああ、しまった!! どうも! 大変!! 失礼ッ!! 致しましたぁあああああッ!!!」

 

同じ制服を着ている事から、同校の生徒と思われる人物の注意を受け、坊主頭の男は無駄にキレの良い動きで姿勢を正し、猛烈な勢いで頭を下げて謝罪すると、その勢いのまま頭を地面へ豪快に叩きつけた。

物凄い音が鳴ったが坊主頭の男は生身であり、“個性”を使った様子も全く無いので、彼は大事な試験の前に相当な大ダメージを受けている事になる。

 

「何だ!? このテンションだけで乗り切る感じの人は!?」

 

「飯田と切島を足して二乗したような……!」

 

「!(この男……)」

 

「待って、あの制服!」

 

「あ! マジでか……!」

 

「アレか! 西の有名な!!」

 

「東の雄英。西の士傑」

 

「数あるヒーロー科の中でも雄英に匹敵する程の難関校――……士傑高校!!」

 

やはり士傑高校の生徒だったか。士傑高校――その名を知らずにヒーローを志している者はモグリと呼ばれても仕方が無いと言われる程、雄英高校に負けず劣らずスーパーヒーローを排出し続けている、ヒーロー養成学校の中でも名門中の名門である。

また、雄英高校は自由な校風が売りで有名なのに対し、士傑高校は対照的に規律にとても厳しい事で有名なので、その辺の違いも『東の雄英。西の士傑』と呼ばれる所以だろう。

 

「一度言ってみたかったっス!! プルスウルトラ!! 自分、雄英高校大好きっス!! 雄英の皆さんと競えるなんて、光栄の極みっス!! 宜しくお願いしまあああああああっすッ!!」

 

「あ、血」

 

「行くぞ」

 

「待てぃ!!」

 

俺は立ち去ろうとする士傑高校の面々を呼び止め、頭から派手に流血している坊主頭の男に近づいて患部を確認し、何処からともなくガーゼと包帯を取り出して応急処置を始めた。坊主頭の男の頭はものの見事に割れていたが、しっかりと止血すれば問題無く受験する事が出来そうだ。

 

「? 何すか?」

 

「止血だ。血は出ているが、骨や脳に損傷は無いから安心しろ」

 

「……何のつもりだ?」

 

「ヒーローは怪我人を無視する様な事はしない。プロともなれば、例え相手がヴィランでもその命を助けなければならない時がある。これから合格を奪い合う相手であろうとも、怪我人を治療するのはヒーローを目指す者として当然の行為だ」

 

やけに目つきが鋭い細目の男からの疑問に答えつつ、坊主頭の男の頭にしっかりと包帯を巻き付ける。この場にはリカバリーガールが居ないので、治療に“個性”を使う事は出来ない。此処は包帯を巻いて止血する程度がベストな選択だろう。

 

「む……」

 

「感激っす! アンタのヒーローとしての熱い思い! しっかりと受け取ったッス! ありがとうございましたぁあああああああッ!!」

 

俺の返答に細目の男が言葉に詰まる一方、処置が終わった坊主頭の男は感極まった様子で先程よりも更に勢いをつけて頭を下げる事で感謝の意を示し、またもや地面へ盛大に頭を叩きつけていた。その衝撃で頭の傷が更に開いたのか、真っ白な包帯に真っ赤な血が滲んでいる。

 

「もしかして無限に処置しないといけない感じか?」

 

「いえ、結構。行くぞ、イナサ」

 

「ええ! もう大丈夫っす! それに俺好きっすから、血! それでは、雄英の皆さん! 失礼しまっす!!」

 

何だか誤解を招きそうな発言をその場に残し、士傑高校の面々は嵐の様に去って行った。主にイナサと呼ばれた坊主頭の男のキャラが異様に濃い事が原因だが。

 

「すごい前のめりだな」

 

「よく聞きゃ、言ってる事は普通に気の良い感じだ」

 

「夜嵐イナサ……」

 

「先生、知ってる人ですか?」

 

「ありゃ……強いぞ。嫌なのと一緒の会場になったな……」

 

「はて? 我々ゴルショッカーの調査によると、過去3年間のメディアにおいて、士傑高校で夜嵐イナサなる人物の情報は無かった筈だが……」

 

雄英体育祭ほどではないにしても、職場体験なんかの校外活動はどの学校のヒーロー科でも授業の一環として行っている為、何かしらの活躍を見せればメディアに露出する可能性はある。その為、仮免試験前にイナゴ怪人達は“仮免試験で遭遇するだろう高校生”の情報を収集していた訳だが、その中でも注目していたのは士傑高校の生徒だ。

実際、先程現われた士傑高校の生徒の中に、ゴルショッカーが纏めたリストで見た覚えのある者を何名か確認しているが、夜嵐イナサなる人物についてはノーチェックである。

 

「世間的にはそうだろうな。だが、雄英教師の間で“夜嵐イナサ”と言えば、ちょっとした有名人だ。昨年度……つまり、お前等の年の推薦入試。トップの成績で合格したにも拘わらず、何故か入学を辞退した男だ」

 

「え!? じゃあ、一年!? てゆうか、推薦トップの成績って……」

 

「しかし、雄英大好きとか言ってた割に入学は蹴るって、よく分かんねぇな」

 

「ねー、変なの」

 

「変だが本物だ。マークしとけ」

 

「うむ。あの口ぶりから察するに、積極的に『雄英潰し』を実行する可能性が高い」

 

「所で、あの夜嵐の“個性”について俺達に教えてくれたりとか……」

 

「俺が教えると思うのか?」

 

「ですよねー……」

 

この場で唯一、夜嵐の“個性”を確実に知っている相澤先生に上鳴が夜嵐の“個性”の詳細を聞いてみるが、予想通りけんもほろろに断られた。

まあ、普段の相澤先生の教育方針を考えれば、「雄英の推薦入試をトップの成績で合格した」と言う情報をくれただけでも大盤振る舞いと言える。

 

「轟と八百万は夜嵐について何か知ってるか? 推薦入試の時に会ってるとか」

 

「……いや」

 

「私も存じ上げませんわ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「推薦入試の実技試験は6名ずつで行われる3㎞のマラソンで、体育祭の障害物競争の様に『“個性”を駆使して所定のコースを完走する』と言うものでした。推薦入試をトップの成績で合格したとなると、機動力や応用力に優れた“個性”をお持ちなのではないかと」

 

「なるほど」

 

そこで俺は推薦合格者である轟と八百万の二人に夜嵐について何か知っているかと聞いてみたが、二人とも夜嵐と面識は無いとの事。二人が受けた試験の内容からある程度は予想が立てられるが、結局夜嵐の“個性”については分からずじまいだ。

 

「イレイザー!? イレイザーじゃないか!! テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久し振りだな!」

 

「!」

 

「あの人は……!」

 

予想外の強敵が出現した事に誰もが多かれ少なかれ戸惑う中、現役のプロヒーローと分かる格好をした女性が相澤先生に話しかけてきた。尤も、当の相澤先生はその知己と思える女性に対し、心底嫌そうな顔をしているが……。

 

「結婚しようぜ!」

 

「しない」

 

「わぁ!!」

 

「プハァ! しないのかよ! ウケる!」

 

「相変わらず絡み辛いな、ジョーク」

 

「スマイルヒーロー『Ms.ジョーク』! “個性”は『爆笑』! 近くの人を強制的に笑わせて、思考・行動共に鈍らせるんだ! 彼女のヴィラン退治は狂気に満ちてるよ!」

 

何時も解説サンクス、出久。そして今のやり取りで相澤先生が嫌な顔をした理由は察したが、このMs.ジョークなるヒーローの態度には妙な既視感が……って言うか、この異様な強引さは呉島姓を勝手に名乗るサポート科の発目のソレと同じなのではなかろうか?

 

「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞッ!?」

 

「その家庭、幸せじゃないだろ」

 

「ブハハ!」

 

「仲が良いんですね」

 

「昔、事務所が近くてな! 助け助けられを繰り返す内に、相思相愛の仲へと……」

 

「なってない」

 

「良いなァ、その速攻のツッコミ! いじりがいがあるんだよなァ、イレイザーは!」

 

前言撤回。どうやらMs.ジョークのソレは「単に相澤先生をからかうのが面白い」ってだけで、発目の様に「結婚によって得られる利益や損得」を主体としたモノではないようだ。

 

しかし、俺と発目のやり取りも傍から見ればこんな感じなのだろうか? そう考えると相澤先生に対して親近感が泉の如く湧いてくるのだから、人間の感覚とは実にいい加減なモノである。

 

「なんだ。お前の高校もか」

 

「そうそう、おいで皆! 雄英だよ!」

 

「おお! 本物じゃないか!」

 

「すごいよ、すごいよ! テレビで見た人ばっかり!」

 

「一年で仮免? へぇー随分ハイペースなんだね。まァ、色々あったからねぇ。流石、雄英はやる事が違うよ」

 

「傑物学園高校2年2組! 私の受け持ち、よろしくな」

 

そんな発目とは似て非なるMs.ジョークの呼びかけで、彼女が担当するクラスの生徒達がゾロゾロと此方に近づいてきた訳だが……彼等が1年生である俺達の事を知っていると言わんばかりの発言をしているのは由々しき問題だ。

 

「俺は真堂! 今年の雄英はトラブル続きで大変だったね」

 

「えっ、あっ」

 

「しかし君達は、こうしてヒーローを志し続けているんだね。素晴らしいよ!! 不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!!」

 

「(眩しい……)」

 

「(ドストレートに爽やかなイケメンだ……)」

 

「中でも神野事件を中心で経験した呉島君と爆豪君」

 

「………」

 

「あ?」

 

「君達は特別に強い心を持っている。今日は君達の胸を借りるつもりで頑張らせて貰うよ」

 

明るい口調とフレンドリーな態度。そして爽やかな笑顔で誤魔化されそうになるが、この真堂なる人物の目の奥は全く笑ってない。その事に気付いたのか、俺達に握手を求める真堂先輩の手を勝己が払いのけた。

 

「フカしてんじゃねぇ。台詞とツラが合ってねぇんだよ」

 

「ボンバー・ファッキューの言う通りだ。貴様の瞳の奥には野獣が見える。心に闘争の炎を燃やし、丹念に研磨を重ねた牙を突き立てる瞬間を虎視眈々と待ちわびる――そんな血に飢えた野獣の姿がなぁ」

 

「………」

 

「コラ! オメー等、失礼だろ!」

 

「何を言う。貴様等人間は誰しも、心の中に獣や魔物を一匹や二匹飼っているモノではないか。もっとも、ソレを容易く看破される様ではまだまだ未熟よ」

 

「だから止めろっての! すみません、コイツ等無礼で……」

 

「……良いんだよ! 心が強い証拠さ!」

 

野獣……もとい、真堂先輩は先程と同様に爽やかな態度で切島に返しているが、勝己とイナゴ怪人1号の言葉に沈黙した瞬間に見せた表情が真堂先輩の本心を何よりも雄弁に物語っている。やはりこの男、油断出来んな。

 

「ねぇ、轟君。サイン頂戴。体育祭カッコ良かったんだぁ」

 

「止めなよ、ミーハーだなァ」

 

「はぁ……」

 

「オイラのサインも上げますよ」

 

「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

……まあ、お互いに小手調べはこの位だろう。ただ、どうにも爽快感のあるイケメンの所行に流されている感じの奴が多いのはチョット不味いかも知れん。

 

「何か……外部と接すると改めて思うケド……」

 

「やっぱ、結構な有名人なんだな。雄英生って。イヤハヤー」

 

「呑気な事を言っている場合じゃ無いぞ」

 

「え?」

 

「考えてみろ。例年通りなら警戒すべきは最も試験会場で出会う可能性が高い2年生で、次が自分達よりも訓練期間が長い3年生だ。しかし傑物学園の先輩方は、不参加の可能性が高い1年生の体育祭を見ていた。じゃあ、何の為にそんな事をすると思う?」

 

「!! 『雄英潰し』か……!」

 

「もっと言えばさっき出久達の手を握ったのも、“個性”の仕込みやバトルスタイルの確認の為だったかも知れん」

 

「は……?」

 

「……もしかして、あっちゃんは真堂さんの“個性”が、麗日さんや物間君みたいに『相手に触れる事』で発動するタイプの“個性”だって考えてるの?」

 

「「!!」」

 

「あくまでも可能性の話だ。中にはラグドールの『サーチ』みたいに、一度見るだけで居場所が分かる“個性”何てモノも有るから、その為の視線誘導(ミスディレクション)だったとも考えられる。事と次第によっては傑物学園相手に防戦一方なんて展開もあり得る」

 

「それじゃ、バトルスタイルの確認ってのは?」

 

「例えばエンデヴァーも指摘していた事だが、上鳴の『帯電』は近接戦闘の技術を身に付けた方が安定して“個性”を運用出来る。その確認を握手でしたとは考えられないか?」

 

「……マジで?」

 

「考え過ぎ……とは、言えないよね……」

 

「うむ。各々方、気を引き締めよ。我々の相手は相当の手練れだ。ある意味ではヴィランよりも強力で狡猾な連中よ」

 

実際の所はどうなのか分からない。しかし、傑物学園の真堂先輩からは明確な戦意が感じられ、今言った事も考えられない事では無い。既に仮免試験を合格する為の戦いは始まっていると指摘されれば、流石に危機感ゼロの状態ではいられない。

 

ある者は気合いを入れ直し、ある者は真剣な眼差しで、またある者は剣呑な雰囲気を醸し出しつつ、決戦の舞台へと向かった。

 

 

●●●

 

 

おニューのコスチュームに着替えた俺はこれから始まる仮免試験の説明をクラスの皆と一緒に待っている訳だが、俺が着ている『強化服・三式』は『強化服・弐式』から続く正常進化と呼べるコスチュームでありながら、『強化服・一式』から『強化服・弐式』への進化と比べると、かなり印象が異なるデザインになっている。

 

これまで首に巻いていた赤いマフラーは、左右の肩からそれぞれ緑色のマフラーが一枚ずつ背中にかけて流れるセパレート式に変更され、ベルトの前面には『強化服・一式』と『強化服・弐式』に装備されていたベルトの『タイフーン』が連装された『二連タイフーン』が取り付けられている。

ヘルメットは『強化服・弐式』が緑色の地に赤色の複眼と言うカラーだったのに対し、『強化服・三式』は赤色の地に緑色の複眼と逆転し、『強化服・一式』から黒色だったライダースーツは暗めの緑色に、グローブは濃い金色に変更され、全体的に色彩トーンがやや明るめになった事で前よりヒロイックさが増した感じがする。

 

デザイン的にはイナゴ怪人達が使う『強化服・一七五式』の方が『強化服・弐式』の系譜っぽく感じられるが、『強化服・一七五式』を纏った12体のイナゴ怪人達が横一列に並び、その真ん中に『強化服・三式』を着込んだ俺が立てばあら不思議。「スペシャルな隊長機とそれに率いられる量産機」って感じが半端ない事になる。まあ、ソレを狙ってデザインしたんだろうけど。

 

「多いな……!」

 

「多いね……!」

 

「9月の次となると来年の6月になるからな。まだ仮免を取ってない各学校の3年生がこぞって受験する関係で、9月の試験は人数が多くなるんだと」

 

「「なるほど~」」

 

想像以上に受験生の数が多い事に驚きを隠せない出久と麗日へ、9月の仮免試験がどう言うものかを説明するとそれぞれ納得の表情を見せたが、実際3年生は此処で仮免を取らないとマジで後がないので、死に物狂いで仮免合格を目指すだろう。

至極当然の事であるが、仮免許を取らないと本免許の試験を受ける事が出来ない。つまり、3年生は今回の試験で仮免が取れなければ、卒業と同時にプロヒーローになる事が出来ないのである。そりゃ誰だって必死になる。

 

受験生の中では誰よりも訓練期間が長く、更には背水の陣の覚悟で望む為に決して油断しない精神性を持つと考えれば、3年生は仮免試験における最大の難敵と言えるかも知れない。

 

「ハッ! 2年半もやって、ずっとうだつが上がらなかったってだけだろうが」

 

「回りのヘイトを集めて自分を追い込むのは一人の時にしてくれ。頼むから」

 

確かに人間の潜在能力は追い詰められた時にこそ発揮されるものだが、勝己はその追い詰め方が悪過ぎる。もしかしたら「どうせ他校のヘイトを集めてるんだから、いっその事それを利用して試験を有利に進めてやろう」と開き直った結果なのかも知れないが、それで俺達を巻き込むのは止めて欲しい。

 

「えー……では仮免のヤツを、やります。あー……僕、ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。宜しく。仕事が忙しくて禄に眠れない……人手が足りてなぁい……ッ、眠たぁああい……ッ! そんな信条の元、ご説明させていただきます……」

 

「(疲れ一切隠さないな! 大丈夫か、この人)」

 

「(……まさか俺の所為って事は無いよな?)」

 

「仮免のヤツの内容ですが、ズバリこの場に居る受験者1540人。一斉に勝ち抜けの演習を行って貰います」

 

「マジか……随分、ザックリだな」

 

「現代は『ヒーロー飽和社会』と言われ、ステインの逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありません」

 

「………」

 

ステインに関わった者として、“『ヒーロー』とは見返りを求めてはならない”。“自己犠牲の果てに得うる『称号』でなければならない”と言う彼の主張には、確かに理解と共感が出来る部分はある。

 

ただ、コレについて誤解している人も結構いるのだが、ステインの主張である『英雄回帰』とは「人助けをした事で御礼として報酬を受け取ったり、結果的に名声を得るのは構わないが、報酬や名声を得る為の手段として人助けをするのはおかしい」と言う、謂わば『ヒーローとしての心構えや筋道』についての話であり、見返りを求める心を問題視していても、見返りを受け取る事については強く否定しておらず、「ヒーロー活動とは無報酬でやるべき」と言う様な主張では無いのである。

 

ヒーローと言う職業の本質はあくまでも奉仕活動であり、奉仕活動とはその人の善意と自己犠牲に依存した活動だ。そうした活動は経済的な援助無しには決して長続きしない。

ステインがかつてヒーローになるべくヒーロー科に在籍していた事を考えれば、その辺の事情をステインは理解していたのかも知れない。

 

実際、お金があるからこそ成し遂げられる偉業と言うモノは確かにある訳で、出久によるとオールマイトはヒーロー活動で得た報酬で独自に支援施設を立ち上げており、それによって必要以上に集まった金を立場の弱い者へと還元し、新たな雇用まで生み出しているのだとか。

 

そう言う意味では、去年「トップヒーローになって高額納税者ランキングに名を刻む」と抜かしていた勝己や、「女にモテたいからヒーローになる」と宣う峰田は、ステインからすれば完全にアウトなタイプのヒーローと言う事になるのだが……まあ、邪道でも必要とされる才能と言うモノもあるから、その辺の事は深く考えない方が良いのかも知れない。

 

「まァ……一個人としては動機がどうであれ、命がけで人助けをしている人間に、『何も求めるな』は……現代社会に於いて無慈悲な話だと思う訳ですが……兎に角、対価にしろ義勇にしろ、多くのヒーローが救助・ヴィラン退治に切磋琢磨してきた結果、事件発生から解決に至るまでの時間は今、ヒク位迅速になっています。

君達は仮免許を取得し、いよいよその激流の中に身を投じる……そのスピードについていけない者、ハッキリ言って厳しい。よって試されるはスピード! 条件達成者、先着100名を通過とします」

 

「「「「「「「「「「!!?」」」」」」」」」」

 

「受験者は全部で1540人……合格者は5割だと聞いてましたのに……!」

 

「つまり、合格者は一割を切る人数と言う事ね」

 

「ますます緊張してきたァ……!」

 

「まァ、社会で色々あったんで……運がアレだったと思って、アレして下さい」

 

只でさえ狭き門である試験が更に輪を掛けて狭くなった事で、会場は大きくざわめいていた。何せ、一次試験の合格者が100人である。例年通りならこの会場の受験生だけでも1540人中770人が合格する計算だが、今回の場合は全国三ヶ所の試験会場を合計しても合格者は300人以下になる計算だ。それでも倍率は雄英の一般入試よりも低いが……。

 

「で、その条件と言うのがコレです。受験者はこのターゲットを三つ。体の好きな場所……但し『常に晒されている場所』に取り付けて下さい。足裏や脇等は駄目です。そして、このボールを六つ携帯します。

ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みで、三つ発光した時点で脱落とします。『三つ目のターゲットにボールを当てた人』が“倒した”事とします。そして、“二人倒した者”から勝ち抜きです。ルールは以上」

 

ふむ。基本的にターゲットの取り付け位置以外は、例え相手のボールを奪って使おうが、どんな方法でボールを当てようが、特にルール違反にはならない訳か。普通に戦って相手を無力化し、拘束して無抵抗になった所でターゲットにボールを当てるのが一番良さそうだな。

 

「えー……じゃ、展開後、ターゲットとボール配るんで。全員に行き渡ってから、一分後にスタートとします」

 

「展開?」

 

奇妙な単語が出た事に轟が疑問を持った直後、天井と壁がゆっくりと動き出し、目良さんの言葉の通り会場そのものが大きく“展開”され、100個の合格枠を奪い合う試験会場の全貌が明らかとなった。

 

「各々、苦手な地形、好きな地形、あると思います。自分の“個性”を活かして頑張って下さい。一応、地形公開をアレするって言う配慮です。まァ、無駄です。こんなモノの所為で睡眠がぁあ……ッ!! 私がなるべく早く休めるよう、スピーディーな展開を期待しています」

 

「……これ来るよね?」

 

「来るわね。確実に」

 

「しかし、このターゲット何処に付ける? これで割と合否が分かれるぞ。ちなみに勝己は負ける気が一切ねぇから、両目と股間に付けるってよ」

 

「テメェ、そう言やぁ俺が付けるとでも思ってんのか! あ゛ぁ゛ん!?」

 

「股間……なるほど、そう言うのもアリか」

 

欲望丸出しの目良さんの台詞をスルーし、まず間違いなくこれから始まる『雄英潰し』を口にする麗日と梅雨ちゃんの横で、俺は公安委員会の人から受け取ったターゲットの位置について、無駄にヘイトを集めた意趣返しとして勝己を茶化しながら皆に意見を聞いた。

 

峰田が何か不穏な事を呟いているが、変態ブドウへの変身を含めた変態的行動を取ればどうなるかは流石に分かっている筈だ。……筈だよな? そして最終的に俺のターゲットの取り付け位置は、左胸・右脇腹・左脇腹に決定した。

 

「皆分かっていると思うが、まず間違いなく此処で『雄英潰し』が来る! 可能な限り単独行動を避け、最低でも二人以上のチームでこの試験を突破するんだ!」

 

「ふざけんな。遠足じゃねぇんだよ!」

 

「バッカ、待て待て!!」

 

「かっちゃん!」

 

「切島君!」

 

「俺も抜けさせて貰う。大所帯じゃ却って力が発揮できねぇ」

 

「轟君!」

 

「心配するな出久。どっちも手は打ってある」

 

飯田が提案した通り、仮免試験に於ける『雄英潰し』対策の一つは「単独行動を避けて複数人で事に当たる」と言うものだが、俺としては勝己と轟が単独行動を取ろうとする事も、切島が勝己を追いかけて行く事も想定済みだ。唯一、上鳴が勝己と切島の後を追って行った事だけが想定外だが問題は無い。

 

「それで、ひとまず何処に向かう?」

 

「岩山のエリアはどうかな? 体育館γで訓練した地形に比較的近いし」

 

「そうしようぜ! もう時間ねぇし!」

 

出久の提案で岩山エリアへ纏まって移動しつつ、誰もが周囲を絶えず警戒していた。『雄英潰し』を企むならば、最も有効な戦法は“個性”不明による初見殺し。そして自分の“個性”が分析さない早い内の方が、『雄英潰し』を成功させる確率は高い。ならば――

 

『第一次試験、スタート』

 

――試験開始直後に仕掛けてくる可能性が極めて高い。

 

「! やっぱり!」

 

「ああ!」

 

「テレビで見たよ。“自らをも破壊する超パワー”……まァ、杭が出ればそりゃ打つさッ!!」

 

物陰から飛び出した傑物学園の先輩方が放った無数のボールが、俺達1年A組に雨霰と降り注ぐ。チラホラと“個性”が込められているボールも散見されるが、大半はただ適当にボールを投げただけの「様子見」で、他は「開始直後にワンチャン狙った」と言った具合か。

 

黒影(ダークシャドウ)!」

 

『アイヨ!』

 

「いよっしゃぁああああああああああああああ!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

――だが、俺達も伊達に修羅場はくぐっていない。そんな大雑把な攻撃が通用するほど、俺達は弱くない。俺が超強力念力の壁でボールを止めた様に、各々が“個性”による迎撃・回避・防御と、自分の得意な方法で迫り来る脅威を的確に対処していく。

 

「へぇ……!」

 

「皆この調子! 締まって行こう!」

 

「「「「「「「「「「応ッ!!」」」」」」」」」」

 

早くもスピード・テクニック重視のシュートスタイルでボールを一掃した出久の掛け声で、油断する事無く気合いを入れ直す。初撃は防いだが、相手は俺達より1年も訓練期間が長い2年生。容易く倒せる相手では無い筈だ。

 

「ほぼ弾くかァ――」

 

「こんなものでは雄英の人はやられないな」

 

「けどまぁ……見えてきた。任せた」

 

「任された」

 

「………」

 

ふむ。ボールを“個性”で変質、或いは変形させて、ソレを仲間に渡したとなると……次からは二人以上の“個性”の合わせ技。つまりは合体技で攻めるのが、傑物学園の仮免対策と言う事か。

 

「コレ、うっかり僕から一抜けする事になるかもだけど……そこは敵が減るって事で大目に見て貰えると有り難いかな。ターゲットロックオン!!」

 

「!!」

 

「シュ「フンッ!!」バァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

恐らくは“個性”の発動条件なのだろうが、片目を瞑る事で死角を増やした上、ボールを投げる際に仰け反ってジャンプした事で自ら逃げ場を封じ、更には腹部前面に三角形の形で並んだターゲットが無防備な状態になっているにも関わらず、自分の前に壁も壁役も一切用意していない――。

それは同級生から任される程度には信頼の厚い必殺技なのだろうが、俺にしてみればハッキリ言って「やってくれ」と言わんばかりに超デカイ隙だった。余りにも隙がデカ過ぎて逆に罠の可能性を疑った位だ。

 

しかし、傑物学園の……えーっと、何だ。投げる前に謎ポーズを取っていた先輩は、確かに「ターゲットロックオン」と言っていた。

そして、開始直後に傑物学園が俺達を狙ってきた事を踏まえれば、謎のポーズの先輩の“個性”で傑物学園の先輩方は俺達の居場所を把握している可能性がある。

 

何かしらの罠を警戒しつつも、最優先して潰すべきと考えた俺が投げた三つのボールは、レーザー光線の如き速度で謎ポーズの先輩の三つのターゲットへ正確に難なく命中し、謎のポーズの先輩を盛大に吹っ飛ばした。

 

結局、俺が懸念していた事は杞憂に過ぎず、謎のポーズの先輩は自身が言った通りに(仮免試験から)うっかり一抜けした。

 

「任せて良いか?」

 

「任せて!」

 

だが、謎のポーズの先輩の“個性”が込められた四つボールは未だに地面の中を移動し、此方に向かっている。それに対処すべく前に出たのは、新しいサポートアイテムを両手に装着した耳郎だ。

 

「音響増幅、アンプリファージャック――『ハートビートファズ』!!」

 

「オオオォ! 地面を抉りやがった!」

 

「って、オイラに来てるぅう!!」

 

「粘度・溶解度MAX! 『アシッドベール』ッ!!」

 

耳朗は両耳のイヤホンジャックが接続された両手のサポートアイテムを地面に当て、増幅された爆音を利用して固い地面を破壊していく。

しかし、地面ごと“個性”で固められたボールを破壊する事は叶わず、割れた地面から飛び出した四つのボールは峰田に向かっていた。

 

恐らく、先程投げたボールへの対応を見て、「倒しやすい」と判断して峰田を狙ったのだろう。そんな謎のポーズの先輩の最後っ屁を、芦戸が右腕を振るって張った溶解液の壁が阻んだ。

 

「助かった! イイ技だな!」

 

「ドロッドロにして、壁を張る防御ワザだよ――」

 

「そんな、投擲!!」

 

「隙が生じた。『深淵闇躯(ブラックアンク)』!」

 

「言い易く、カッコ良くなってる!」

 

「“宵闇よりし穿つ爪”!!」

 

「うわっと、危なッ!!」

 

ふむ。どうやら俺が吹っ飛ばした謎のポーズの先輩は投擲と言う名前らしい。そして、投擲先輩の“個性”が「目でロックオンした相手に投げた物がミサイルの様に向かって行く」“個性”だと考えると……最初に出会った時に俺達の誰かをロックオンし、触れた物を方位磁石や羅針盤の様に使って俺達の居場所を探知した……と考えるのが妥当か。

 

そんなレーダーの役割を果たしていただろう投擲先輩がやられた事で生まれた動揺を見逃す事なく、常闇が……えっと……ミーハーな先輩へ体に纏った『黒影(ダークシャドウ)』の右腕を伸ばして攻撃するが、ミーハーな先輩はカメの首の様に上半身を下半身に引っ込める事で常闇の攻撃を回避する。

 

「フー、強い」

 

「容赦ないな……まあ、ある訳無いか。なるほど。体育祭で見てたA組じゃないや。成長の幅が大きいんだね」

 

「呑気に分析なんてしている場合じゃないですよ」

 

「うん?」

 

「後ろを見れば嫌でも分かりますよ。貴方達が――罠の真っ只中に居る事をッ!!」

 

作戦の要になるだろう“個性”を持つクラスメイトが脱落したにも拘わらず、落ち着いて次の一手を打とうとしている真堂先輩に、俺は此方の手の内を敢えて大々的に暴露する。そんな俺の聞き捨てならない台詞に反応し、振り返った傑物学園の先輩方が目にしたものは――。

 

「「「「「「「「「「え゛え゛-ーーーーーーッ!?」」」」」」」」」」

 

――何時の間にか音も無く自分達を取り囲む、合計28体の怪人の群れッ!!。

 

「イナゴ怪人改め……ショッカーライダー1号ッ!!」

 

「ショッカーライダー2号ッ!!」

 

「ショッカーライダーブイスリャァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「ショッカーライダーマンッ!!」

 

「ショッカーライダーエェーーーーーーックスッ!!」

 

「アァーーーーマァーーーーーゾォオオーーーーーーーーーンッ!!」

 

「ショッカーライダー……ストロンガァアァーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「ショッカーライダースカイッ!!」

 

「ショッカーライダースーパー1ッ!!」

 

「ショッカーライダーゼクロスッ!!」

 

「ショッカーライダーッ! ブラァッ!!」

 

「ショッカーライダーッ! ア゛ーーッ! エ゛ェーーーーッ!!」

 

「人食いサラセニアン!」

 

「サボテグロン!」

 

「ヘビ怪人!」

 

「グリーンマンティス!」

 

「怪人大ムカデ!」

 

「ワニ怪人!」

 

「怪人ヤマアラシ!」

 

「クロネコ怪人!」

 

「怪人ヘビトンボ!」

 

「ゲンゴロウ怪人!」

 

「怪人カタツムリ!」

 

「ハンミョウ怪人!」

 

「イソギンチャック!」

 

「ウツボ怪人!」

 

「怪人コンドル!」

 

「ベニザケ怪人!」

 

「こ、これは……!」

 

「フハハハハハ! 貴様等こそ獅子身中の虫! 我等ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』に仇成す、目の上にたんこぶ――生かしておく訳にはいかぬッ!!」

 

「グハハハハハ! これ幸いと『雄英潰し』を実行した浅慮を存分に後悔するが良い! 貴様等は雄英と言う名の撒き餌に釣られ、ノコノコと現れた間抜けな獲物に過ぎんッ!!」

 

「ヌハハハハハ! 確かに“個性”不明のアドバンテージを生かした『雄英潰し』は有効な戦術だった! その為に多くの雄英生達が涙を飲んできた! しかし、今度はそうはいかんぞッ! 何故なら今度の相手は――『雄英潰し』を企んだ貴様等そのものだからだッ!」

 

「ゲハハハハハ! 例え貴様等が不死身であろうとも! この大軍団を相手に、万に一つの勝ち目もあるまいッ!!」

 

「ゼハハハハハ! その通り! 我ら『暗黒組織ゴルショッカー』は貴様等の様な人間共を尽く葬り去る為、貴様等超人と同等の能力を持つ超怪人を造ったのだッ!!」

 

「ちょ! 『葬り去る』ってアンタ!」

 

「こんなのアリかよ……!」

 

「落ち着け! 彼等はターゲットを付けていない! なら彼等を無視して呉島を――居ないッ!?」

 

雄英生と怪人軍団の挟み撃ちを前にして、傑物学園から冷静さを失う者が続出する中、傑物学園の中心人物である真堂は怪人達がターゲットを一切付けていない事からまともに戦う意味は無く、怪人達の主を脱落させれば良いと冷静に判断して振り返る……が、そこには大きな白い泡の塊があるだけで、肝心の呉島新はおろか雄英生全員が、何時の間にか煙の様に消えていた。

 

「馬鹿め! ゴルショッカーは無敵の軍団だ! 手抜かりは無いッ! そして我が王が貴様等の相手をするまでもないのだ! ゴルショッカーの戦闘員達よ、かかれぇーーーーッ!!」

 

「「「「「「「「「「WIIIIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」」」」」」」」

 

そしてイナゴ怪人1号改め、ショッカーライダー1号の指示で地面から飛び出した量産型のアリ怪人達が、傑物学園の面々に圧倒的な物量を以て殺到する。

 

――どうする!? 傑物学園高校2年2組!!




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 暗黒組織ゴルショッカーの大首領。怪人体は久し振りに通常形態である仮面ライダーシンの姿だけど、今回からコスチュームを着た姿は『仮面ライダー THE NEXT』の仮面ライダーV3のソレになる。

夜嵐イナサ
 原作との違いは頭に巻いた包帯と頭部のダメージ。主人公との絡みは雄英高校一般入試の時のデク君とお茶子のオマージュ。主人公に対してかなり好意的なのは、色んな意味で轟との対比になっている。

Ms.ジョーク/福門笑
 ゴルショッカーの怪人軍団と戦う羽目になっている教え子達の姿に絶句。五月蠅い奴が黙ったので隣に座っている相澤先生はニッコリ。生徒の自主性を尊重していたが、内心1年A組に『雄英潰し』を仕掛けるのは不味い事になる様な気はしていた。

真堂揺
 笑顔とは本来攻撃的なモノである事を熟知しているイナゴ怪人に本心を見破られた事にイラッとしていたイケメン。そこで終われば良かったのに、よりにもよって『雄英潰し』を実行してしまったのが運の尽き。ここからが本当の地獄だ。

投擲射手次郎
 この世界線では台詞を深読みした主人公の手によって、ボールでは無く明らかに死亡フラグな台詞の方がブーメランしてしまった。尚、作者はヒロアカ第三期アニメを見るまで、彼の名前が「軌道弦月」なんだと思っていた。

サボテグロン&ウツボ怪人&ベニザケ怪人
 今回登場した怪人達のモチーフは、殆どが『アマゾン』に登場するゲドンとガランダーの獣人と共通している中、作者の趣味で登場した怪人達。そしてサボテグロンの素体は主人公が『真・怪人バッタ男 序章』でオールマイトから貰ったサボテン。
 ベニザケ怪人はテレビ版『BLACK』に登場するゴルゴム怪人が元ネタだが、ウツボ怪人は萬画版『仮面ライダー』に登場したウツボ男が元ネタなので、知らない人の方が多いかも。決してプロテインダイエットのCMに登場していた怪人が元ネタではない。



ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』
 地獄の怪人軍団。組織のシンボルマークが『仮面ライダー(初代)』のゲルショッカーに酷似している……と言うか、ゲルショッカーのシンボルマークとの相違点は、蛇の目の前にリンゴをイメージした赤い丸があるだけ。
 戦闘員のポジションに量産型アリ怪人がいる為、アリコマンドを使う『仮面ライダー(新)』のネオショッカーっぽい所も。今後、特訓を重ねた事でライダーキックを修得する量産型アリ怪人が現われるのも面白いかも知れない。

ゴルショッカー怪人大軍団
 雄英体育祭で怪人はイナゴ怪人7体しか登場しなかったが、今回の仮免試験では大量の量産型アリ怪人と、動植物がベースになった新怪人が27体。それにショッカーライダーと化した12体のイナゴ怪人が『雄英潰し』対策で投入されている。
 元ネタは劇場版『仮面ライダー 対 ショッカー』の再生怪人軍団で、作者はそれに倣って一次試験に投入された怪人の数を(戦闘員である量産型アリ怪人を除き)39体に設定した。今回名乗りを上げた怪人の数が28体なのもソレに殉じている。


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第8話 目を覚ます、不屈の闘士

大変長らくお待たせしました。『シン・仮面ライダー』とか『BLACK SUN』とか『ゲンムズ』とか、仮面ライダーの50周年記念がマジヤベーイ!
そしてウマ娘ブームに乗っかって、この世界の文化祭では「ウマ男怪人ダービー」とかウケるんじゃないかと思うんだけど、どうかな?

八百万「競馬は文化祭の出し物として不適切なのでは?」

今回のタイトルの元ネタは『セイバー』の「目を覚ます、不死の剣士」。初めは“戦士”でしたが“闘士”とは「主義の為に戦う人」を指す言葉だとの事で此方を採用。これ以上の見せ場とか、この世界の彼には無いだろうし。

2021/5/12 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。

5/25 誤字報告より誤字を修正しました。毎度報告ありがとうございます。


雄英高校1年ヒーロー科の誰もが仮免試験合格を目指し、各々が必殺技を修得すべく圧縮訓練に汗水流して励む中、訓練終了後には生徒同士で各々の必殺技に関する意見交換や、必殺技の自主訓練が行われていた。

 

「SMAAAAAAAAAAASH!!」

 

「ヌゥウウンッ!!」

 

対人戦闘の訓練において、最悪事故が起こっても問題ない相手を作れる“個性”と言うのは重宝されるが、流石に訓練時間外までエクトプラズムに頼る訳には行かない。そこでA組の生徒の訓練時間外における自主訓練では、イナゴ怪人達が対戦相手を務めていた。

 

「フン。急拵えとは言え、大分様になってきたようだな」

 

「うん。元々『フルカウル』はあっちゃんの動きを参考にしてるから、足が主体のシュートスタイルは割とイメージしやすかったんだ」

 

急遽スピード&テクニック重視のバトルスタイルへ切り換えた出久の回し蹴りを受け、短期間にしては思ったよりも足技が身についている事をイナゴ怪人が口にすると、出久はシュートスタイルを『フルカウル』の発展系としてイメージしている事を伝えた。

要するに「足を主体としたバトルスタイルを体得するには、『フルカウル』と同様に新の真似をすれば良い」と出久は考えたのだ。流石に単純な身体能力の強化だけで新と全く同じにと言う訳にはいかないが、それなりに動けてはいる。

 

「でも、あっちゃんや飯田君の足技と比べるとキレが無いんだよね。試験まで余り時間も無いし、何とか必殺技と呼べるレベルまで仕上げないといけないんだけど……」

 

「私としてはいっそ逆に考えるべきだと思うがな」

 

「? 逆って?」

 

「ハッキリ言えば仮免試験までに貴様が我が王やトリップ・ギアターボと同レベルの足技を修得するのは不可能だ。どう考えても技術を熟成させる為の時間が足りん。二人のそれは例えるならば年単位の時間を掛けて鍛えあげた業物よ。貴様ではどう頑張っても付け焼き刃程度のモノにしかならん」

 

「……うん……」

 

「しかし、ここで多くの愚かな人間共が失念している重大な事実がある」

 

「重大な事実?」

 

「付け焼き刃とは切る事も刺す事も出来る“刃物”だと言う事だ。つまり、急所に当たれば相手は死ぬ。業物と同じ使い方をするのが間違いなのであって、付け焼き刃も確かに有効な手段なのだ。要は頭の使い方次第よ」

 

 

●●●

 

 

ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』。

 

それは対義語を掛け合わせた質の悪いジョークとしか思えない名前を冠し、組織のトップが改造人間でその他の構成員がミュータントである所為か、宿敵である『敵連合』の方がむしろヒーローっぽく見えるかも知れないと言う、ありとあらゆる意味でクレイジーな正義の怪人軍団である。

 

今回の仮免試験では『雄英潰し』対策と言うか、『雄英潰し返し』とでも言うべき奇策の為に、イナゴ怪人1号からイナゴ怪人RXまで12体のイナゴ怪人に加え、I・アイランドで誕生した植物怪人等、厳選された合計27体の怪人(量産型アリ怪人は除外)を投入している。

 

……お分かり戴けたであろうか? そう、イナゴ怪人が12体にその他の怪人が27体である。つまり怪人の数は合計で39体となる訳で、明らかに名乗りを上げた怪人達と数が合わない。

コレはそれぞれの能力に合わせた役割分担に基づくものであり、例えばアリキメデスはずっと地下に潜伏させて量産型アリ怪人の生産・補充に専念させているし、ウツボカズラ怪人の様に空間転移の能力を持つ怪人は裏方に徹して貰っている。

 

要は適材適所。俺からすれば大昔の特撮番組の様に、全ての怪人を正面から堂々と馬鹿正直に突撃させて戦わせる必要は何処にも無いのだ。

 

「此処は?」

 

「我々ゴルショッカーがいち早く確保した高層ビルの展望室だ。此処からならお前達にも戦況が把握しやすいだろうと思ってな」

 

「良し。でかしたぞ、ザンジオー」

 

「ゲギー! 大首領の有り難きお言葉ッ!!」

 

――エリート怪人ザンジオー。

 

自らエリートを名乗るとはなんとうぬぼれが強い……と思いきや、日本アルプスの人食いサンショウウオ(自己申告)が素体となったこの怪人は、ウツボカズラ怪人と同様にイナゴ怪人1号の肉体を食らう事で「全身を泡に身を包み、あらゆる場所に移動する」ワープ系能力を獲得したマジモンのエリートである。

 

ワープ系の“個性”は所謂『レア“個性”』に該当する稀少な能力である為、それが出来る怪人が他にも居れば色々と便利なのだが、やはりそこは各々の素質による部分が大きいのか、イナゴ怪人1号の『ローカスト・エスケープ』を元にしたワープ系能力を獲得した怪人は非常に少ない。

そんな数少ないワープ系能力を獲得した怪人であるザンジオーには今回の仮免試験でその能力を用いた神出鬼没な活躍を期待していた訳だが、早くも傑物学園が怪人軍団に気を取られている隙に我々A組を安全地帯に逃がすと言う、正にエリートと呼ぶに相応しい手際の良さを見せてくれた訳だ。スバラシイ。

 

『えー、現在まだ何処も膠着状態……通過0人です……。あ、情報が入り次第、私が此方の放送席から逐一アナウンスさせられまーす』

 

「ふむ。ひとまず傑物学園の包囲網からは脱したが、これからどうする?」

 

「一応、考えている策はある」

 

「「マジで!?」」

 

飯田が今後どう展開していくべきか皆に意見を聞いてきたので、思いついた作戦がある事を俺が告げると瀬呂と芦戸が驚愕した。まあ、マジでただの思いつきなので、そんなに大したモノではないのだが。

 

「今回の仮免試験に参加している学校はそれぞれ大体20人位だから、仮に『雄英潰し』が成功したとしても一次試験を突破出来るのは最大で10人だ。そうなるとその学校の全体的な戦力が半減する事になるから、それはそれで他校から狙われる要因になる」

 

「あぁ……! 先着100名って事で焦って抜けちゃうと、試験に残ってるクラスメイトがドンドン不利になっちゃうんだ……」

 

「戦闘演習でも救助演習でもチームプレイが認められているなら、『連携しやすいクラスメイトと一緒の方が仮免試験に合格しやすくなるんじゃないか』ってどの学校も考えるだろうから、そういう展開は避けたい所だよね」

 

「そう。だから他校への牽制も含めて、出来るだけ全体的な戦力を維持したまま一次試験を突破しようと考えている学校が殆どだと思う。そうなると、他校がぶつかり合ってお互いに消耗した所を襲う漁夫の利的なやり方を思いつく学校も居ると思うんだよ。俺達雄英と傑物学園の戦いを遠くから観察していた学校が」

 

「なるへそ……確かにクラス全員で合格しようってんなら、最低でも他校を二つ相手しねーといけねーもんな……考えてみればそれが一番効率良い方法かもな……」

 

「でも、逆に言えば一気に合格枠が減っていくやり方って事よ。一校辺りの受験生が20人前後なら、学校単位だと5校しか試験を通過出来ない計算になるわ」

 

試験の内容から他校の動向を推理した俺の話に、麗日と瀬呂は納得の表情を見せているが、梅雨ちゃんが言う様に学校単位で考えると、参加しているおよそ77校の内5校しか突破する事が出来ない計算になる。

出久が考える通り、少しでも仮免試験の合格率を上げる為、受験生の大半が可能な限り同校の仲間達と一緒にこの一次試験の突破を目指していると予想される以上、何時事態が急変しても可笑しくはない。

 

具体的な数字を出した事で一次試験の不安定さを全員が理解し、何となくソワソワと忙しない雰囲気が流れ始めた時、展望室が大きく揺れた。

 

「何!? 地震!?」

 

「いや、傑物学園の真堂先輩が起こした地割れ攻撃だ。ゴルショッカーによってクラスの半数以上が捕獲されたもんだから、何とか態勢を立て直そうと必死なんだよ」

 

「捕獲?」

 

「うむ。我々ゴルショッカーが倒した傑物学園の人間は全員、厳重に拘束した上でこのビルの一室に転がしてあるのだ」

 

芦戸の質問に俺とザンジオーは何でも無いように答えているが、バッタが持つテレパシー能力を用いた感覚共有でイナゴ怪人1号の視界を通して見た『傑物学園 対 ゴルショッカー』の死闘は、口にするのも憚られる程に一方的なモノだった。

 

何せ単純に物量で押してくる量産型アリ怪人に加え、怪人ヤマアラシと怪人カタツムリがローリングアタックで傑物学園に突撃して隙を作り、妖怪と見紛うばかりに巨大な蛇と大ムカデに変態したヘビ怪人と怪人オオムカデが地中から強襲すると言った具合に、それなりの特殊能力を備えた怪人共がそれなりに戦略を立てて襲いかかってくるのである。

 

また、傑物学園に対して名乗りを上げなかった怪人達も密かに参戦しており、モグラ怪人が落とし穴を掘ってサボテグロンから渡された爆弾サボテン『メキシコの花』を設置するコンボを食らった傑物学園の先輩の末路には同情の涙を禁じ得なかった。

 

「ホラホラ、どうしたどうしたぁ!?」

 

「ぬぅうう、おのれ傑物学園! かくなる上は、咲いて散れ『メキシコの花』ァアーーーッ!!」

 

「おっとォ!」

 

戦闘経験と格闘技術の差により、サボテンソードを振るうサボテグロンを上手い具合に翻弄し、徐々に追い詰めていく試合巧者な傑物学園の先輩に対し、サボテグロンは破れかぶれで爆弾サボテンを繰り出した(様に見える)。

傑物学園の先輩が爆弾サボテンを後方に跳んで華麗に回避し、余裕の表情で着地した次の瞬間。なんと傑物学園の先輩の足元が崩れ、彼の体は爆弾サボテンが満載された落とし穴の中に吸い込まれていった。

 

「へっ?」

 

「ヒィヒィヒィヒィ!」

 

「チュチューン!」

 

奈落の底へと落下していく刹那、傑物学園の先輩の勝利を確信したニヤけた笑顔は、「何が起こったか分からない」と言った困惑の表情に変化し、大爆発による火柱と黒煙が落とし穴から上がる光景を前にしたサボテグロンとモグラ怪人の2人は、共に独特な勝利の高笑いを上げた。

 

「へい! マントが似合うそこの貴方! 貴方のラッキーシャケはコレッ! ドゥルルルルル……シャケチャーハンッ!!」

 

「はあ? って、熱っっ!! 熱っっうッ!! 何コレ!? 何コレ!? うぉおおおおおおお! 強火でパラパラにされちまうぅううううううううう!!」

 

また、大半の怪人が二人以上のチームプレイで傑物学園に相対する中、戦略もクソも無く単独でシンプルに正面から傑物学園を圧倒する怪人も存在する。その内の一人がこのベニザケ怪人だ。

コイツはシャケ料理のイメージをぶつけて相手を叩きのめす『シャケ料理フルコース攻撃』と言う、どう聞いてもふざけているとしか思えない必殺技を持っているのが、これが中々馬鹿に出来ない必殺技だった。

 

何せこの『シャケ料理フルコース攻撃』はテレパシーに由来する精神系・幻覚系の攻撃なので、同系統の“個性”を持つ者なら対抗する事も出来るだろうが、そうでなければ基本的には回避も防御も不可能。容赦なくベニザケ怪人によってステキに料理され、しかも傍目からは何が起こっているのかサッパリ分からないので助けようがないときている。

 

「シャーケッケッケ! どうだぁ、美味しいだろぉ~?」

 

「確かにシャケチャーハンが唯々美味しいぃーーーッ!!」

 

「おい! お前はさっきから何を言ってるんだ!?」

 

恐らくはご飯やシャケと一緒にフライパンで豪快かつステキに炒められたイメージを叩きつけられて精神的大ダメージを受け、錯乱状態になったとしか思えない意味不明な言動を宣う仲間に対し、困惑しつつも心配する声が掛けられるが何も心配は要らない。何故なら本人が言うように、シャケチャーハンが唯々美味しいだけだからだ。

 

「離れろ! 完全にコイツ等のペースに乗せられてる! 割って仕切り直すッ!!」

 

「ほう、『割る』か……ならば真っ向勝負と行こう」

 

そして、形勢不利と見て遂に傑物学園のリーダー真堂先輩が動くと同時に、イナゴマン改めショッカーライダーマンも動いた。両手を地面につけている真堂先輩に対し、イナゴマンは右手を開いて地面を叩く動作に入っている。

 

「最大威力! 『震伝動地』ッ!!」

 

「ぬぅうんッ!!」

 

真堂先輩の必殺技の発動と、ショッカーライダーマンの右手が地面を叩いたのは殆ど同時だった。ショッカーライダーマンはモーフィングパワーを用い、地面を変形させて地割れを起こしているのに対し、真堂先輩は振動による物理的な破壊によって地割れを起こしている点で本質は異なるが、ぶつかり合う二つの地割れ攻撃によって想像を絶する大破壊がフィールドにもたらされた。

 

これにより傑物学園は姿を眩ました訳だが、『暗黒組織ゴルショッカー』に手抜かりは無い。如何に傑物学園の先輩方が人並外れた傑物であろうとも、怪人コンドルを筆頭とした優れた五感を持つ怪人達による追跡から逃れる事は出来ない。既に傑物学園の先輩方の居場所は怪人軍団により完全に補足されている。

 

「それでだ。話を戻すが俺達を観察していた学校から見れば、傑物学園は『雄英潰し』を仕掛けたが怪人軍団の返り討ちに遭って失敗。怪人軍団から逃げる事には成功したが、学校としての戦力はガタ落ちした上に体力・精神力共に消耗し、各々の“個性”もバトルスタイルもある程度まで割れた……となる訳だ」

 

「ならば当然、今が傑物学園を倒すチャンスと見て、打って出る学校が出てくるだろうな」

 

「そっか! それで今度はウチ等が傑物学園と他校が争ってる所を狙えば、全員が合格する分のポイントを確保出来る!」

 

「上手く行けばな」

 

「上手く行けば?」

 

「自分達が漁夫の利を狙っていた様に、『姿を眩ました雄英が傑物学園を餌に他校をおびき寄せ、一網打尽にする機会を伺っているのではないか?』と警戒して動かない可能性もあると言う事ですわ」

 

障子や耳郎が言う様に、俺達の立ち位置は今、シギとハマグリから漁夫のソレになったと言える訳だが、同じ様に漁夫の立場だった学校からすれば八百万が懸念した様な事も当然考えつく訳で、その優位性を考えればそう簡単に漁夫の立ち位置を放棄するとは考えにくい。下手に動けば再びシギとハマグリの立場に逆戻りし、第三者に足元を掬われかねないと言える訳だが……。

 

「それじゃあ、ソイツ等はオイラ達が出てくるまで、息を潜めてずっと待ってるかも知れねえって事か?」

 

「いや、俺としてはそこまで気を遣う必要はないと思う。効率を考えて合理的に情報量の多い俺達を狙っていた連中からすれば、今やどんな能力を持った怪人が後どれだけ控えているのか全く分からない俺達を狙うのはリスクが高過ぎる」

 

「まあ、そうだよね……」

 

「何処の学校も傑物学園の二の舞はゴメンだろうしね……」

 

「どんだけ頑張って倒してもポイントにならねえんだから、どの学校も出来るだけ怪人軍団の相手はしたくねぇだろうな」

 

実際、俺達に関しては試験前と今とで他校の評価は一変していると言っても過言では無い。葉隠と砂藤の言った事が、他校が雄英に対して思っている事の全てだろう。

 

「そして、懸念材料の『雄英生を倒す事そのもの』を目的にしている奴等からすれば、俺達よりも単独行動をしている轟や、勝己・切島・上鳴のチームの方がまだ倒しやすく見えるだろうから、ソイツ等はソッチの方に向かったんじゃないかと俺は考える」

 

「そうだね……かっちゃんと轟君が体育祭の二位と三位の入賞者だって事を考えれば、そう言う人達は尚更かっちゃん達の方を狙うと思う。特にかっちゃんは説明の時の発言があるし……」

 

「まあな。もしかしたら勝己はその辺の事を考慮して、ワザとあんな煽る様な事を言ったのかも知れん」

 

「俺達の方へ雄英にヘイトを溜めた奴が行かないようにってか?」

 

「いやいや、爆豪はそんなキャラじゃねーだろ」

 

「「「「「「「「「「うんうん」」」」」」」」」」

 

確かに我ながらポジティブな意見だとは思うが、悲しい事にこの場に居る面々からすれば「勝己がどんな形であれ他人を助ける姿が想像出来ない」と言うのが共通認識である様で、瀬呂の意見に対して迷う事無く首を縦に振るクラスメイト達を見た俺は仮面の下で苦笑いを浮かべた。

 

『あ、漸く一人目の通過者が……だ、脱落者120名! 一気に120名を脱落させて通過したぁあーーー!!』

 

「120名が脱落!?」

 

「そっか、『二人以上を倒したら通過』だから、“個性”によってはそう言う事もあり得るのか。それにしても一体誰がどんな“個性”でそんな大それた事を……」

 

「士傑高校の夜嵐イナサだ。風を操る“個性”で他の受験生のボールを根こそぎ奪い、ソレ等を上空から雨霰とぶつけたんだと」

 

「え!? アイツ!?」

 

何時ものブツブツが始まりそうな出久に対する俺の発言に耳郎が驚いた声を上げるが、俺としてもこの報告は正直意外だった。

 

何せあの相澤先生が「マークしておけ」なんて言うもんだから、怪人軍団の中でも戦闘能力が高い怪人達を夜嵐に付けておいたのだが、夜嵐は此方に来る事無く単独で動き、とっとと試験を突破してしまった。

ちなみにその事を俺に報告したのは、デスインカ帝国の使者であるポイズンスコーピオンが操るミュータントサソリの死骸を元に造り出した怪人サソランジンで、何故か彼女はデスインカ帝国の打倒を目標としている。

 

「意外だね。てっきりウチ等の所に来ると思ってたんだけど」

 

「でも、コレである意味一安心だね」

 

「『雄英と競い合える』とか言ってたケド、単に『どっちが早く試験を突破出来るか競争しよう』って事だったのかもね」

 

耳郎と同じく俺も夜嵐は此方に来るものだと思っていた。しかし、実際には尾白が言う様に、「どちらが早くクリア出来るか競争する」と言うだけの事だったのだろう。

まあ、何にしても吉報である。下手すると轟以上の実力者と相対する展開も覚悟していたが、それがなくなったと知って安堵の息を吐く葉隠にクラスの何人かが同調している。

 

『えー、さて、ビックリして目が覚めて参りました。これからドンドン来そうです! 皆さん、早めに頑張って下さぁーーいッ!!』

 

「……ま、夜嵐については置いておいてだ。思いついた策は全部で三つ。一つは戦力が大幅に低下した傑物学園の情報を流し、寄せられてきた連中諸共一網打尽にする。情報の拡散については口田にやって貰いたい。カラスとか喋る事が出来る動物を使ってな」

 

「ぬ? 怪人達を使わないのか?」

 

「俺は試験を突破するのに必要な人数を確保して試験を通過したと他校に思わせる為に、一部を除いて怪人共を軒並み引っ込めていてな。可能な限り俺がまだ試験を突破していない事を知られたくない。

二つ目は誰かが囮になって釣られてきた連中を罠に嵌めるって方法。所謂『釣り野伏』ってヤツだ。囮は可能な限りヘイトを集めている人間が好ましいが、この中で最も囮に相応しいのが誰かと言うと……」

 

「……え?」

 

作戦を説明する俺が視線を下の方に向けると、それにつられて皆もその人物に視線を向けた。例外はクラスの視線を一身に受けて冷や汗を流している峰田だけだ。

 

「も、もしかしてオイラかッ!? 何で!?」

 

「傑物学園の投擲先輩が真っ先にお前を狙ったからだ。真堂先輩が『テレビで見た』と言っていた以上、間違いなく投擲先輩も今年の雄英体育祭を見ている。つまり八百万の尻に貼りつき、腰を激しく動かしていたお前の姿もだ」

 

「確かに……単純に戦闘能力や“個性”を考えれば、最初に峰田さんを狙ったのは少々不自然かも知れませんわね」

 

「そう考えると何だか悪い事したね」

 

うむ。必殺技のモーションが余りにも隙だらけだったので、思わず速攻で仕留めてしまった俺が言うのも何だが、投擲先輩は心が紳士だからこそ義憤に燃え、何としてでも峰田を狩ろうと大きな隙を晒してしまったのかも知れない。だからと言って容赦はしないが。

 

「まあ、傑物学園に限定するなら俺が一番ヘイトを集めているだろうがな。特に真堂先輩から」

 

「え? あの真堂って人に何かやったの?」

 

「地割れのどさくさに紛れてワニ怪人が真堂先輩のコスチュームをピンク一色のヤベーデザインに改造したんだ」

 

「うわぁ……」

 

名乗りを上げた怪人の内、ワニ怪人はモーフィングパワーに由来する「相手のコスチュームを自分の思い通りのデザインに変えてしまう」と言う恐るべき必殺技を編み出しており、それ故ワニ怪人は『おしゃれ怪人クロコダイルダンディー』を自称している。

しかし、ワニ怪人の圧倒的に壊滅的なファッションセンスを目撃した者達は、ワニ怪人に対して『クソコーデ怪人ナシゲーターおじさん』と親しみを込めて呼んでいる。つまりは……そう言う事だ。

 

確かにベストジーニストと同様に、そして別ベクトルで人類が服を着ている限りは有効と言える必殺技だが、ワニ怪人自身は最悪にイカれたファッションを最高にイカしていると本気で思っているのが始末に悪い。

そんなワニ怪人の所為で真堂先輩は現在、上半身に「親しみやすさ」とプリントされたピンクのTシャツの上に、カッパみたいに透明なビニールのジャケットを着ており、下半身はTシャツよりも鮮やかなピンク色の七分丈ズボンに厚底ブーツと、見た者の正気を削る様な超絶的にクソダサい姿に変貌している。勿論、ワニ怪人の1000%の善意でだ。

 

「それで最後の一つは?」

 

「轟や勝己達を狙う他校の連中をボコボコにする。つまりは挟み撃ちだ。問題は勝己なら確実に自分を囮にした事に気づき、激昂して俺達に襲いかかってくるだろうって事だ」

 

「ケロ……ある意味、一番ハイリスクな作戦ね」

 

「まあ、どの作戦を取っても成功する確率は高いと思うぞ。さっきも言った通り9月の仮免試験は受験生が多い。その理由は後が無い3年生がこぞって受験するからで、彼等には少なからず焦りがある。そこへ合格者が先着100名と言う悪条件が重なれば気持ちも逸る。隙を見せれば多少のリスクは度外視して今がチャンスだと釣られる連中がこれから必ず出てくる。まあ、だからと言って此処で余り迷っている時間も無いが」

 

「そうだな、この場に留まり続けるのも良くはないだろうし……他に作戦が無いなら、民主主義に則り多数決で決めると言う事でどうだろうか!」

 

「待って。それなら、こう言うのはどうかな?」

 

飯田の提案で俺が提示した三策の内、最も票を集めた一策を実行に移そうと決まりかけたその時、出久が待ったを掛けて新しい作戦を提案した。その作戦とは……。

 

 

○○○

 

 

傑物学園高校2年2組のリーダー。真堂揺は怒りに満ちていた。

 

『ファー、コレで漸く30人目。まだまだ先は長いですぅ……早くしてくださいよ。ホントに……』

 

「……状況を整理しッ、共有しよう……ッ!!」

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

全身がピンク色の超目立つクソダサファッションに身を包んだ真堂の台詞は冷静な思考力を感じさせるモノであったが、その口調と表情は台詞と全く噛み合っていなかった。

その眼光は腸が煮えくり返る思いで最早モツ煮と化しそうな真堂の内心を、クラスメイト達に嫌でも理解させるヤバさと凄みを兼ね備えていた。

 

「雄英に焦点を絞り、戦力を分散させようと試みた結果、俺達は予想外の伏兵の襲撃により雄英を逃がしてしまい敗走。そこへ行方を眩ませた雄英よりも、戦力を半数以上削られた俺達の方が倒しやすいと判断した複数の学校が便乗し、血眼になって俺達を探している。俺達は他校の追跡をかわしつつ、コソコソと隠れて反撃の機会を伺っている……コレが今の俺達の状況さ」

 

「ヨー君の言う『雄英潰し』……やっぱ先生が言った通り、止めて置けば良かったんじゃ……」

 

そう。実は真堂達は今回の仮免試験に臨む際、今年の雄英体育祭を観戦した担任教師から「1年A組が相手の時だけは『雄英潰し』を狙わない方が良い」と言われていたのだが、彼等にも多かれ少なかれヒーローを目指す者としてのプライドと自負がある。

ヒーロー飽和社会と呼ばれる現代に於いて、ヒーローを目指す若者はそれこそ星の数ほど居る訳だか、その志の高さには有名も無名も関係無い。そう信じて日々厳しい訓練を積んできた彼等がその言葉に反発を覚えるのも無理はない話だが、今回ばかりは相手が色んな意味で悪過ぎた。

 

「正直俺もそう思ったケド……考えようによっては今の状況もそう悪くはない。俺達の数が減った分、雄英の方も数が減っている筈だ。怪人共があれから姿を見せない事を考えれば、不確定要素の塊みたいな最大戦力が居なくなった雄英に今や怖いモノは無いと言える」

 

「………」

 

「そしてこのまま俺達が逃げ続ければ、どの学校も次第に残席数で頭が一杯になってくる。焦って飛び出てお互いに争い始めれば、当然広かった視野も徐々に狭くなる。俺達はその時が来るまで息を潜め、しっかりと牙と爪を研いで待っていれば良い」

 

「やっとチョーシ戻ってきた。ヨー君こすいんだぁ」

 

「機転が利くと言ってくれよ。ま、土壇場に来て焦るのも、策を講じるのも、不屈の心があってこそさ。この場の人間全て、誰もが夢と理想を掴もうと藻掻いている。その藻掻きに貴賤なんて――」

 

「セイヤァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

突如、絶叫と共に傑物学園が組む円陣の中央へ何者かが落下し、その衝撃をモロに受けた傑物学園の面々は吹き飛ばされ、傑物学園を探していた他校の受験生も何事かと其方の方に目と足を向けた。

 

「何だ!?」

 

「いた! 傑物……て、オイ! アレ!」

 

「な、何でアイツが居るんだよ!? 突破したんじゃなかったのか!?」

 

もうもうと上がる土煙の中から、緑色の複眼を輝かせるバッタを模したコスチュームに身を包んだ仮面の男が現われると、その場に居合わせた受験生達に激しい動揺が走った。

 

今回の仮免試験は異例の少数採用。しかも先着100名ともなれば、試験突破に必要な人数を倒したなら、とっとと試験を突破してしまうのが普通だ。

現に大抵の学校は10人前後のチームで動き、戦力と機動力を両立させつつも、各々が「取れる時は取る」スタンスであり、チャンスがあれば抜け駆けも良しとしている。

 

だからこそ、怪人達が居なくなった事で、真堂は「呉島新はもう試験会場には居ない」と判断した。他校も「怪人達の姿が全く見えない」事で半信半疑の情報をあっさりと信じた。自分達が呉島新の立場なら、間違いなく「試験の突破を選ぶ」からだ。「留まり続ける」など有り得ない選択だからだ。

 

しかし、この一次試験に於いてありとあらゆる意味で戦いたくない人間№1と言える男が、自分達の目の前に立っている。その上、雄英の仲間も配下の怪人も、誰一人として連れていない単騎と言う状況が余りにも不気味過ぎる。

 

一体何を考えているのかサッパリ分からない。そんな彼等の困惑に乗じ、戦場に降り立った仮面の男は更なる一手を繰り出した。

 

「ムゥウウ……ッ!!」

 

仮面の男が空に手をかざすと、どこからともなく金属がこすれる嫌な音が鳴り響き、無数に蠢く銀色の小さなモノが上空に集まってきた。

それは鋼鉄で構成された肉体を持ち、しかし命は持たないバッタの群れであり、その規模は瞬く間に日の光を遮るほどに巨大な軍勢と化した。

 

ソレを目の当りにした者達の反応は二つに分かれた。圧倒的な脅威から身を守ろうとその場から後退する者。もう一つは、今この瞬間にコイツを倒さないと大変な事になると判断して前進する者だ。

 

「呉島ぁあああああああああああああああああああ!!」

 

「『集光屈折・ハイチーズ』!」

 

「何っ!?」

 

「った、まぶし……ッ!!」

 

「ケロッ!!」

 

「ぐあッ!」

 

しかし、真堂を筆頭とする仮面の男に迫る者達の前進は、またしても予想外の伏兵によって阻まれた。何時の間に其処に居たのか、それとも最初から其処に居たのか。『透明』の“個性”を持つ葉隠と、新技の「保護色」を発動した蛙吹の二人による意識の外側からの攻撃は、怪人達の奇襲を警戒していた真堂達にとって正に寝耳に水である。

 

「フンッ!!」

 

「な、何だぁ!?」

 

「傑物だけ閉じ込めたのか?」

 

「何にせよチャンスだ! 逃げるなら今の内に――」

 

「何だ!? 痛ッ! 痛って!!」

 

「ハトォ!?」

 

「『鳥達よ! その場で旋回を続けるのです!!』」

 

「『深淵闇躯(ブラックアンク)』……黒き腕の暗々裏ッ!!」

 

「ぬおぉおっ!?」

 

「雄英だ!」

 

「コイツ等、どっからこんなに……!」

 

「SMAAAAAAAAAAASH!!」

 

そして、仮面の男が鋼鉄のバッタを操って壁を造り、傑物学園とその他を分断した様子を見て安堵し、逃げ出そうと背を向けた者達にも脅威が迫っていた。

口田が“個性”で呼び出した無数の鳥によって逃げ場を失った受験生達に対し、或る者は相手の姿勢を崩し、或る者は身動きを封じると言った具合に、突如出現した雄英が続々とコンボを決めていく。

 

「今回の様な乱戦が予想される試験の場合、漁夫の利狙いが最も効率的ですが、それには一つ大きな穴があります。公安委員会の目良さんは『二人倒した者から勝ち抜け』と言っていましたが、恐らく同校生徒でもソレは適用される。つまり『同校生徒での潰し合い』……言い換えるなら共食いをされると漁夫の利は得られません。

流石に率先してやるとは思いませんが、追い詰められて『せめてお前だけでも仮免に合格してくれ』と仲間の糧になろうとする者が出るのは不思議じゃ無い。漁夫に対する嫌がらせにもなりますし、それもチームワークの1つの形には違いない。だから全滅させずに8人で止めておきました(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

淡々と説明する仮面の男に対し、傑物学園の心は一つとなった。この男は「あのまま全滅させる事も出来たが、他校を釣る餌として自分達をわざと生かしておいた」と宣ったのだ。また“8人”と言うのは言われてみれば確かに絶妙な数かも知れない。

基本的に10人以上で動く他校からすれば数的に有利で4人が合格出来るオイシイ数。当事者からすれば仮に潰し合いをしても2人しか試験を突破する事が出来ず、全員での突破を諦めるにはまだ早い。そんな悪魔の数字だと。

 

「……テレビでも散々見たけど……イカレてんな、テメェはよぉッ!!」

 

「それが素ですか。しかしヒーローとはそう言うモノでしょう? 正気のまま存分に狂う。まあ、ワザワザ言う様な事じゃないんですが、視線誘導と時間稼ぎを兼ねてチョット言ってみた次第です」

 

「あ゛あ゛ッ!?」

 

「頼むぞ、青山」

 

「すぃ☆。頼まれた☆」

 

仮面の男が指を鳴らしたと同時に、鋼鉄のバッタの群れは一瞬にして鏡面の様に美しい円筒に変化した。するとまたもや何時の間にか円筒の中に居た青山が、腹や肘など全身の各所からレーザーの弾丸を連射し、発射された無数のレーザー弾はピンボールの様に円筒の中を縦横無尽にバウンドする。

 

「うぉおおおおおおお!! 舐めるなぁああああああああああああ!!」

 

「ええ、舐めてはいません」

 

「うごぉ!?」

 

「ギャンッ!?」

 

すかさず地面を割り、岩盤を盾にして穴を掘る真堂だが、仮面の男は複数の鋼の板を操って幾つかのレーザー弾を任意の場所や人物へと反射させており、確かに「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」と言う様な大雑把な戦法では無い。

良く見ると仮面の男は念力によってレーザーを防いでいる様だが、青山の方にも鋼の盾が展開されており、レーザーの跳弾から青山を守っている。そして、全てのレーザー弾が円筒の中から消滅した時、傑物学園で立ち上がったのは真堂だけだった。

 

「流石にリーダーを務めるだけはありますね。しぶとい」

 

「当然、だろ……! 不屈の心こそ、今のヒーローが持つべき素養だと思ってんだよ! 俺はッ!!」

 

「同感ですね」

 

目の前のこの惨状は、間違いなく自分の決断が招いた事だ。『雄英潰し』は止めておけと言った担任の忠告を無視し、クラスを扇動した為にこうなった。ならせめて、ケジメは付けるべきだ。この信念だけは貫き通さなければ駄目だと真堂は思った。

 

「脳味噌シェイクになっちまえッ!!」

 

相手が余程強靱な肉体を持つ強敵でもなければ出来ない、直触りによる振動攻撃。相手の体に触れさえすれば、文字通り一撃必殺の威力を誇る必殺技に、真堂は全てを賭けた。

 

「セイッ!!」

 

「ぐぅう……! ウリィヤァアアッ!!」

 

「オラァ!!」

 

「ウガァーーッ!!」

 

触れさえすれば確実に倒せる。しかし、その触る事が出来ない。勝利を目前にしても油断する事無く、真堂が動いた所で仮面の男は攻撃してくる。

しかも攻撃する箇所は両腕に集中しており、徐々に両腕が痺れていく事で“個性”の発動に必要な両手を上げる事が難しくなり、真堂の抵抗する力を確実に削られていく。

 

「フンッ!!」

 

「ぐぅうううう!!」

 

真堂は確信した。この男は「触れればアウト」な“個性”を知っている。そう言う“個性”を持つ相手を想定した訓練を積んでいる。

必要最小限の動きで此方の攻撃を捌き、相手には極力隙を見せないこの立ち回りを身に着けている理由は、それ位しか考えられない。

 

「ライダー……電熱チョップッ!!」

 

敗北は目前だった。仮面の男が右手にエネルギーを集中して放つ必殺チョップが迫るものの、真堂はダメージによって痺れた両腕を上げてガードする事も、カウンターを狙って迎撃する事も出来ない。

 

「真堂ぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

しかし、真堂は倒れなかった。何故ならレーザーを喰らって倒れていた真壁が突如立ち上がり、真堂の盾となって致命の一閃をその身に受けたからだ。

 

「あぐあぁあ……! 今だ、真――」

 

「ライダーサンダー!!」

 

「がぁあああああああああああああああ!!」

 

だが、現実は非情だった。『硬質化』の“個性”で防御力が強化されたコスチュームにより手刀を受け止め、仮面の男を抑える事に成功した真壁を間髪入れずに緑色の電撃が襲い、今度こそ真壁は倒れた。

 

「トォオオウ! ライダー……錐揉みキックッ!!」

 

そして、仮面の男は天高く跳躍すると、真堂に向かって錐揉み回転しながら右足を繰り出して急降下する。間違いなく止めの一撃。しかも相手は空中で、状況的に相討ちすら難しい。

 

「最、大……威力……ッ!!」

 

それでも真堂は諦めない。身代わりとなった仲間が稼いだこの時間を、こんな自分に託した仲間の覚悟を無駄にしたくない。そんな気持ちが真堂の体を突き動かしていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

後先など考えず、がむしゃらに痺れる右腕を無理やり動かし、迫り来る仮面の男へ真堂は渾身の力を振り絞り、右手を振りかぶった。

 

――その時、不思議な事が起こった。

 

真堂の右手を中心に大気が振動し、傑物学園を包囲していた鋼鉄の円筒を一息に消し飛ばしたのだ。

 

 

●●●

 

 

出久が提案した作戦は、俺が提案した作戦を組み合わせた大胆なモノだった。ベースは傑物学園を餌にした漁夫の利狙いなのだが、傑物学園が追い込まれた方向にはワープ系能力を持つ怪人を複数体潜伏させていた。

つまり、傑物学園もそれを追いかける他校も、知らず知らずのうちに罠へと誘い込まれていたのである。何だかやっている事がUSJの時の『敵連合』と被っている様な気もするが、此方は目的を達成したのだから問題は無い。

 

ただ、一般的に“個性”とは超人が持つ『身体能力の一部』であり、“個性”の成長とはボディビルと同様に、“個性”を使った訓練の積み重ねによって得られると言われているが、精神的な要因から“個性”が爆発的な成長を見せるケースもごく稀に存在する。コレも一種の“Plus Ultra”と言えるが、対戦相手にコレが起こると厄介な事この上ない(俺が言うのも何だケド)。

 

真堂先輩が俺に平手で殴りかかった時、その指先一つとて俺には触れていなかった。しかし、その手から発生した衝撃波は俺のキックを撥ね除け、『メタルクラスタ』による包囲網をも破壊した。

恐らく、真堂先輩はこの土壇場で“個性”を成長させたのだろう。麗日が触れている大気の気体成分を無重力化した様に、振動先輩は触れた空気そのものを揺らしたのだ。それもあらん限りの力を込めて。

 

「青山、無事か?」

 

「スィ☆……あの人は何て言うか……僕達と似たトコがある人なんだろうね☆」

 

「……ああ、多分な」

 

衝撃波で吹き飛ばされたのであろう、仰向けに寝っ転がっている青山に声をかけると、意外と言っては何だが共感できる感想が返ってきた。考えてみれば、他校の“Plus Ultra”なんて初めて見た気がする。

 

「呉島君!! 青山君!!」

 

「飯田か。そっちはどうだ?」

 

「全員が試験を通過するのに必要な人数は集まった! 君の『メタルクラスタ』が弾けたのを見て駆けつけたんだが、何があったんだ?」

 

「真堂先輩にやられた。不屈の心は伊達じゃ無いな」

 

よく見ると真堂先輩の他にミーハーな先輩も居ない。レーザーが当たって戦闘不能になったと思ったのだが、反射した事で威力が弱まっていたのか、それともギリギリで体を一部引っ込めたのか、兎に角仕留め損なっていたらしい。

怪人共の情報によると真堂先輩の“個性”は使用すると暫く身動きが取れなくなるデメリットがあるらしいので、彼女が動けない真堂先輩をどさくさに紛れて連れ出し逃げた……と言う事なのだろう。

 

『え~、結構状況動いてます。ここで一気に14名通過来ましたーーー! 続々出てます! 現在通過者53名。今、54人目出ました! ガンガン進んで良い調子です! もっと早くッ! 終われッ! ホリィイイイイイイイイイイイイ!』

 

「皆は一足先に通過して、後は俺達だけだ。君達も早く!」

 

「待て、飯田はまだ取っていないのか?」

 

「俺はA組の委員長。クラスを導く立場にある。時間と脚が許す限りはクラスに貢献したい。兄さんならそうする。俺はこれから轟君と爆豪君達のどちらかに向かうつもりだ」

 

「……いや、その必要は無いと思うぞ」

 

「むっ、何故だ?」

 

「どちらも今交戦中だ。あと5分もしない内に、両方とも片が付くだろう」




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 主人公が強くなりきって見せ場が無いなら、周りを主人公的に見せれば良いじゃないかと作者が考えた結果、ラスボス的な描写になってしまった怪人主人公。まあ、個人で軍団を組織できる大首領だから仕方ないよね。

青山優雅
 地味に派手なコンボを怪人と編み出していたエセ貴族。「チームプレイが前提ならコンボの一つや二つは編み出しているのが自然」と言う考えの元、話の流れで原作における飯田との絡みが消滅した彼が採用された。

真堂揺
原作でマスキュラーを相手に奮戦していたので、この世界でも見せ場を増やそうと作者に決意させた不屈の男。でも主人公と戦っている時は全身ピンクな服装をしている事を考えると、何か妙な笑いがこみ上げてくる。

エリート怪人ザンジオー
 実は泡を用いたワープの他に「口から一万度の炎を吐く」事が出来る。シンさんはそんな能力を渡していない為、これはザンジオーが独力で獲得した能力と言う事になるのだが、その能力を知ったシンさんは真っ先にデク君のお父さんの生存確認をしていたりする。

サボテグロン&モグラ怪人
 映画『仮面ライダー 対 ショッカー』で、サボテグロンとモグラングが組んでいた為に採用された怪人コンビ。正直に言うと悪の組織はそれぞれの怪人の能力を活かしたコンボを編み出していれば仮面ライダーに勝てたんじゃ……と思わないでもない。

ベニザケ怪人
 外見はゴルゴムだが、中身はギャングラーな怪人。両手のヒレは岩をも切り裂く事が出来るなど、実は素の戦闘能力も高く割と隙が無い。後に彼のクリスマスでの精力的な活動が農林水産省を動かし、ゴルショッカーの日本征服がヒロアカ世界で果たされるかも。

ワニ怪人
 素体となったのはイナゴ怪人が下水道で発見した捨てられたペットと思われるワニ。その経緯故か「元の飼い主のファッションセンスが壊滅的だった事が原因で、クソダサイ服を最高にオシャレだと思う様になったのではないか?」と疑われている。



メタルクラスタ
 登場自体は前作からしているが、正式に名前が決まったのは今話からになる必殺技。当初は「メタルクラスタホッパー」と元ネタのまんまだったが、ミッドナイトから指摘されて少し短くなって言いやすくなる。

“個性”『揺らす』
 近接戦闘は対死柄木戦を想定していれば問題無さそうな“個性”。今回シンさんによって散々追い詰められた結果「触れてねぇ」が出来る様になったが、覇王色の覇気に覚醒した訳ではない。取り敢えず真堂君には薙刀のサポートアイテムを渡しておこうか。


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第9話 多古場:ゴルショッカーの夏

大変長らくお待たせしました。そう言えば前話の投稿も5月の連休を利用して執筆していました。時間が取れれば割とスムーズに書き上げられるんですが、リアルの事情が解決しない限り、以前の様な月一位の投稿も中々難しいです。

今回のタイトルの元ネタは萬画版『仮面ライダーBlack』の「東京 クワガタの夏」。本編の他にも『すまっしゅ!!』を元ネタにした番外編を投稿しますので、気が向いたら其方の方も宜しくお願いします。

2021/8/22 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


これは雄英高校1年A組の大半が一次試験を突破したのとは、時間的に少し前後する事になるのだが――。

 

「上鳴ー。何で付いてきたんだー?」

 

「君達が走ってっちゃうからさァ!! 寂しくてついてきちゃったのぉーッ!!」

 

「うっせぇな!」

 

「うぇえ……何その言い方ぁ……」

 

団体行動を嫌ってクラスから離れて行動する事を選んだ爆豪と、そんな爆豪を放っておけず追いかけた切島。そして思わず2人の後を追ってしまった上鳴の3人は仲良く(?)高架道路のハシゴを登っていた。

 

元々爆豪は自身へ集まるヘイトを利用し、それに寄せられた他校の受験生を返り討ちにする事で一次試験を突破しようと目論み、獲物を求めて徘徊する肉食獣の様なギラギラした眼で他校の受験生を探していたのだが、彼等に喧嘩を吹っかける他校の受験生は意外な事に皆無であった。

 

爆豪の“個性”『爆破』は雄英体育祭で日本全国に認知されており、雄英体育祭準優勝と言う結果は高い対人戦闘力を備えている事を証明している。その上、爆豪のお供をしているのは近接戦闘では無類の強さを発揮し、攻防共にシンプルに強い“個性”『硬化』を持つ切島と、広範囲の制圧攻撃を可能とする“個性”『帯電』を持つ上鳴の二人である。

それぞれ雄英体育祭本戦においては二回戦敗退と一回戦敗退と言う結果に終わっているが、それでも今年の雄英高校1年生の中では上位クラスと言える実力者であり、全体的に見れば割とイイ感じに戦力のバランスが取れていて隙が無い。

 

つまり、僅か三人の少数チームであると同時に、選りすぐりの精鋭と言える強豪チームが本人達の意図しない形で出来上がっていたのである。

また、ゴルショッカー怪人軍団と言う予想外の伏兵の存在が明らかになったことで、他校の受験生が「コイツ等にも未知の怪人が着いているんじゃないか?」と疑心暗鬼になり、二の足を踏んでいる事も彼等が襲撃されない理由の一つである。

 

「止めろって爆豪。上に何人も居たっぽいし、此処は3人で協力して……」

 

「しねぇ」

 

「そう言うなって……」

 

そこで爆豪は既に戦闘が行われているだろう場所へ乱入し、一気にポイントを稼ぐ作戦に変更。そんな爆豪を追いかける切島と上鳴に対し、爆豪は相も変わらず協調性皆無の台詞を連発している。

 

「! 危ねぇ!!」

 

「切島!?」

 

「クソッ! 離れ……この……!」

 

何時もの様にツッパっている爆豪を、これまた何時もの様に諫める切島が、爆豪に迫るソレにいち早く気付き、身を挺して庇った事で爆豪は無事だったが、ソレに触れてしまった切島は宙に浮き、身長170㎝の体が見る見る内に小さくなっていった。

 

「な、何だありゃあ!? どうなってんだ!?」

 

「要するに! 野郎の仕業って事だろ」

 

相手の“個性”によるものであろう。不細工なハンバーグの様になった切島を手にするのは、試験開始前に見た士傑高校の生徒の1人。その近くには切島と同じ様な姿形に加工された受験生が何人も転がっていた。

 

「ブッ殺す……!」

 

 

○○○

 

 

一方、自身の“個性”の問題から集団行動よりも単独行動の方がやり易いと考えてA組から離れ、戦闘を避けつつ工業地帯のエリアで身を隠して一次試験の趨勢を伺っていた轟はと言うと……。

 

「(他の奴等は何処も10人以上のチームを組んで動いてやがる。コッチから仕掛けても良いが、不利な“個性”持ちが居ると厄介だしな……。他のチームがぶつかり合って、双方の人数が減った所を襲うってのが理想的な状況だが……)」

 

『え~、結構状況動いてます。あ、ここで一気に14名通過来ましたーーー! 続々出てます! 現在通過者53名。今、54人目出ました! ガンガン進んで良い調子です! もっと早くッ! ホリィイイイイイイイイイイイイ!』

 

「(悠長に待ってられないか)」

 

一度に10人以上の通過者が出現した事に加え、合格枠が残り半分を切った事で時間的猶予は無いと判断し、轟は身を隠す事を止めて動き出した。尚、その切っ掛けとなった14名の通過者の正体が自身のクラスメイト達である事を轟は知らない。

 

周囲に絶えず注意を払いながら轟が1人工場地帯を進む中、一個のボールが轟に迫る。それを炎で迎撃した轟は足を止め、探していた獲物……もとい、対戦相手を確認した。

 

「やるやる~。流石は雄英体育祭三位。轟君だっけ? しっかし、一人で行動するなんて凄いねぇ? 余裕有りまくり」

 

「でもさぁ、幾ら雄英だからって、一人は不味いっしょ」

 

「1対10だよ。どうすんの?」

 

それは忍者服に身を包んだ誠刃学園の生徒達。デザインは統一されているが赤・青・黒・黄色……と各自のカラーリングが異なり、中でも最初に轟に話しかけた赤い忍者服の男が立ち位置的にもリーダーの様だ。

 

「助かる。探す手間が省けた」

 

「んっふふっ!! カッコ良いねぇ……」

 

轟の台詞に不快感を露わにするリーダーに呼応する様に、仲間達が次々にボールを轟へ向けて投げつける。彼等の言動と態度から「何が飛び出して来るのか?」と警戒し、身構えていた轟としては、ある意味で予想外の攻撃である。

しかし、幾ら数が多かろうとも、所詮は“個性”の力も何も加わっていない只のボール。轟は氷の壁を作りだしてボールを難なく防ぎ、そのまま地面に、壁に、パイプに、タンクに氷を走らせ、ひとまず正面に見える5人の足元を凍らせて固定する。

 

「クソッ! 動かねぇ!」

 

「……お前等、本当に体育祭見てたのか?」

 

「勿論、見てたよッ!!」

 

余りにも呆気なく拘束出来た事を疑問に思った轟に対し、赤い忍者服の男がナットを轟に投擲すると、ナットは瞬時に空中で巨大化。その見た目に違わぬ重量と質量を以て、轟が新しく繰り出した氷の盾に激突する。

 

「(物を大きくする“個性”か)」

 

「まだまだぁ!!」

 

「(最大で出すか? しかし他にも仲間が……)」

 

一気に全員を無力化すれば楽なのだが、何処かに仲間が隠れているとなれば面倒である。また、仲間では無くとも漁夫の利を狙う者が居ないとも限らないので、轟としては可能な限り急激な体温の変化で動きが鈍るデメリットを持つ最大出力を使うのは避けたい。

 

どうしたものかと轟が思案する中、次から次へと氷の壁に突き刺さり亀裂を入れる巨大化した釘による投擲攻撃によって、遂に氷の壁が破壊された。

氷では埒があかないと判断した轟は炎を繰り出すが、巨大化したナットは超高温の炎をかき分け、轟に向かって勢いが衰える事無く真っ直ぐに突き進む。

 

「くッ!(全部融かせないとしても、全く影響が無いだと!?)」

 

「只の金属じゃないからねぇ。熱に強いタングステンを使ってる訳ッ!」

 

やむを得ず巨大化したナットをジャンプで回避した轟に、赤い忍者服の男は炎が効かないカラクリを説明しつつ、自身と仲間の動きを封じていた足元の氷を釘やナットの投擲によって破壊する。

 

「言ったっしょ、轟く~ん! 幾ら雄英生だからって単独で動くなんて……余裕、有り過ぎだっての」

 

「チッ……まだッ!!」

 

「やれッ!!」

 

「「応ッ!!」」

 

攻撃が無力化出来ないなら、直接使い手を狙えば良いと考えて轟が繰り出した炎を、飛び出した青色の忍者服を着た男と黒色の忍者服を着た男がそれぞれ手から水流を繰り出して相殺する。

 

「クッ!!」

 

「畳みかけろォ!!」

 

「「応よッ!!」」

 

ならばと轟が氷結攻撃に切り換えると、今度は2人の黄色い忍者服を着た男達の体が膨れあがり、その筋骨隆々とした体に違わぬ怪力でパイプを引き抜き、轟が生成した氷塊に投げつけて破壊する。

 

「(炎には水、氷には物理攻撃。コイツ等、しっかり対策を練ってやがる!)」

 

思ったよりも厄介な相手ではある。――しかし、コイツ等を倒す方法について、考えが無い訳では無い。対策をしっかりと練っていると言う事は、言い換えるなら動きを予想しやすいと言う事でもある。

 

「フッ!!」

 

「無駄だってッ!!」

 

轟が再び炎を繰り出すと、轟の思った通りに青色の忍者服を着た男と黒色の忍者服を着た男が水流をぶつけて相殺を狙う。しかし、先程と違い今度は炎を相殺する事には成功したものの大量の水蒸気が発生し、それに紛れて轟は姿を消した。

 

「チィ! 奴は何処に……」

 

「(試験会場にこんな工場を作ったのは、ヒーロー公安委員会の意図だろ。建物や地形の特性を活かして戦えって言う)」

 

「! 居た! 囲めぇ!」

 

白い靄の中に浮かぶ炎の揺らめきを赤い忍者服の男が発見すると、誠刃学園の全員がソレに向かって殺到する。禄に視界が効かない状況と、1対10と言う数的不利を考えれば、下手に攻撃すれば自分の居場所を教える事に繋がり不意を突かれる事になる。

視界を確保する為に炎を灯したのだろうが、それによって轟からは此方の居場所が分からず、此方からは轟の居場所がまる見え。加えて先述の理由から最も恐ろしい範囲制圧攻撃をおいそれと繰り出せないと考えれば、誠刃学園の面々に怖い物は無い。

 

「(なら或る筈だ。タンクの中にも本物が!)」

 

「!? 謀られた……ッ!!」

 

「フンッ!!」

 

「「「「「「「「「「グワーーーーーーーー-ーーーーーーッ!!」」」」」」」」」」

 

しかし、彼等は浅はかであった。轟が視界を確保する為に灯した思った炎の正体が、実は立ち入り禁止の看板に着火した囮であると視認出来る距離まで炎に近づいた時、虎視眈々と誠刃学園が集結するタイミングを見計らっていた轟は、予め氷で穴を開けておいた囮の近くのガスタンクに炎を送り込んだ。

ガスタンクの穴を塞いでいた氷は瞬く間に溶かされ、炎はガスタンクの中身に引火。巻き起こる爆発に対して轟は氷の壁でやり過ごしたものの、誠刃学園の面々は為す術無く爆風に吹き飛ばされた。

 

「あの野郎……! 無茶苦茶しやが……ハッ!?」

 

「やっぱ委員会も、流石に爆発の威力は抑えてたか」

 

「テ、テメェ……!!」

 

「悪いな。落ちる訳にはいかねぇんだ」

 

「うむ。やはり加勢する必要は無かったな」

 

吹き飛ばされてボロボロになった誠刃学園全員を問答無用で即座に氷結で固定し、身動きを封じる事で勝利を我が物とした轟。

そこで突如聞こえた第三者の声に反応して轟が警戒の視線を向けると、そこには轟と誠刃学園の面々を見下ろす無数の怪人達の姿があった。

 

「お前等……付いてきてたのか?」

 

「うむ。そして現在、チームボンバー・ファッキューを除けば、A組では我が王とトリップギア・ターボ、それにプリンスマンの3人が残っているのだが、それも合格に必要な数を確保し、貴様等が合格するのを待っている状態だ。無論、貴様が危なくなったら我々ゴルショッカーが乱入するつもりではあったぞ」

 

「大首領が通過したら俺達も撤退しないとイカンからなぁ……。しかし忍者戦隊カクレンジャーに忍風戦隊ハリケンジャーの連合部隊となると相当の苦戦を強いられると思ったが、まさか巨大ロボはおろか合体武器も持っていないとはなぁ……」

 

「キキキ……確かに! 攻防の全てが“個性”頼りで、メカクレキャラなのに写輪眼の使い手ではないし、尾獣化出来る人柱力も居ない! 挙げ句の果てには、分身の術も変わり身の術も使えないとくれば、コスチュームが忍者服である必要性が何一つとして無いな!」

 

「確かに忍者なのに『この星を守る為に受け継いできた秘密の力』も『忍者シノビの奥の手』も持って無いと言うのは拍子抜けだな。せめて忍術と空手を組み合わせた武術『忍空』を身に付けていて欲しかった」

 

「そもそも何で10人とも忍者服なんだ? リーダーの趣味か? それとも学校の指定か? 仮に後者だとしたらコスチュームに忍者服を指定している癖に、生徒に基本的な忍術の一つも教えない最悪のアカデミーと言う話になるのだがその辺どうなのだ?」

 

「戦闘スタイルもハッキリ言えば理解不能だ。忍者と言えば不意討ちや闇討ちを得意とするアサシンな連中なのに、正面から堂々と姿を現して攻撃する意味が分からん。『人も知らず、世も知らず、影となりて悪を討つ』と言う有名な口上を知らんのか?」

 

「そもそも忍者はヒーローと相性が悪い。忍者とは『無名である事を誉れ』とする存在。記録にも記憶にも残らない……そんな無名の忍者こそが真の忍者なのだ。知名度が命のヒーローとは正に真逆の存在よ。エッジショット? アレは火影的なモノだからノーカン」

 

「初手が『ボールを一個投げる』と言うのも話にならんな。『ボールに偽装した煙玉を投げる』だったなら煙幕で視界を塞ぎ、ソレに乗じて仕留めるサイレントキリング的な戦法が取れる。それなら忍者らしくて非常に良かったと思わんかね?」

 

「むしろ、Wが似たような戦法を用いて忍者軍団を一網打尽にしていると言うのが、実に皮肉が効いていて笑えるな。何が『謀られた』だ。無駄にカッコ良く言いおってからに。炎がその場から全く動かない事にほんの少しでも奇妙だと貴様は思わなかったのか?」

 

「武器の形状も問題だ。素材にタングステンを選んだのは良いとして、何故手裏剣やクナイではなく釘やナットなのだ? もしかして貴様の趣味か? だったら今すぐ忍者服を脱ぎ捨て、ワーク○ンで作業服かツナギを買う事をオススメする」

 

「そして何よりも問題なのはアイサツだ。例え相手が肉親の仇であろうとも、アイサツを欠かしてはならないと古事記にも書かれている。まあ、スゴイ・シツレイな貴様等はアイサツをする実力すら無いサンシタ・ニンジャだった訳だが」

 

「理解したか? 貴様等がWに勝てず此処で脱落するのは! 仮免が取れないのは! その理由の全てはッ! コスチュームと合致していない、貴様等のその中途半端な見せかけだけの忍者スタイルに凝縮されていると言う事をッ!!」

 

正直、誠刃学園の面々には怪人達が何を言っているのか、意味不明過ぎて理解出来ていない部分もある。しかし、怪人達の此方を小馬鹿にした態度と、割と真っ当なダメ出しは完全に理解出来ていた。そして、正論ほど相手の心を深く抉る言葉はこの世に存在しない。

 

「て、テメェ等ぁ……! コッチが黙ってれば良い気になりやがっ――」

 

「ンンンンンンンンッ!! まさにッ! 正論ッ!!」

 

「おいッ!!」

 

「確かに忍術の一つも使えないのに、コスチュームが忍者服である必要性とか無いよな……」

 

「考えてみれば俺達、見た目と中身が全く伴ってないんだよな……」

 

「落ち着けぇええええええ! 惑わされるなああああ! これは雄英が俺達の心を折る為の卑劣な精神攻撃だああああああああッ!!」

 

「そうだ。貴様等は犠牲になったのだ。ヒーロー社会に古くから続く犠牲……その犠牲にな。そもそもは誠刃学園が生まれた時からある大きな犠牲だ。貴様等はその犠牲になったのだ。そんな犠牲に貴様等はなった……犠牲の犠牲にな」

 

「犠牲……?」

 

「犠牲だ。貴様等は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな」

 

「ヤメロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「キーーーーー!!」

 

「………」

 

内部崩壊を始めた誠刃学園に対し、支離滅裂な言動で更に追い打ちを掛けるフレンチクルーラーみたいな仮面を付けたフクロウ怪人と、謎の奇声を上げる怪人コンドルを見て、轟は「早めにコイツ等に止めを刺してこの場を離れた方がコイツ等にとって慈悲になるな」と思うのであった。

 

 

〇〇〇

 

 

その頃、士傑高校の肉倉と対峙していた爆豪と上鳴はどうしていたのかと言うと、意外と言っては何だがまだ戦闘に入っていなかった。

 

「我々士傑生は活動時、制帽の着用を義務付けられている。何故か? それは我々の一挙手一投足が、士傑高校と言う伝統ある名を冠しているからだ。これは示威である。就学時より責務と矜恃を涵養する我々と、粗野で徒者のまま英雄を志す諸君との水準差」

 

「……嫌いなタイプだ」

 

「何っつったあの人!? 頭に入ってこねー」

 

「目が細過ぎて、相手の実力見えませんだとよ」

 

「そうだッ! 若い頃からそんな狭い物の見方をしてはいかんッ!!」

 

「私の目は見目良く長大であるッ!!」

 

「オイィイイイイ! コンプレックスだったっぽいじゃん! 止めなよ、そう言うの! ……うん? 何か今もう一人いなかったか?」

 

「雄英高校……私は尊敬している。御校と互する事に誇りすら感じていたのだ。それを諸君等は、品位を貶めてばかり……!」

 

「! さっきのまた来るぞ!! キモイやつ!!」

 

「うるせぇ! 責務? 矜恃ぃ? ペラペラペラペラと……口じゃなくって、行動で示してくださいヨ、先パイ!!」

 

「特に貴様だよ!! 爆豪ッ!!」

 

肉倉の背後より現われた、宙に浮かぶ五つの巨大な指の形をした不気味な肉塊。肉倉の激情を乗せたソレ等が一斉に、切島の時とは比べものにならないスピードで爆豪へと突撃する。

 

「『徹甲弾(APショット)機関銃(オートカノン)』!!」

 

「ぬっ!?」

 

切島が肉塊に触れた事で変形・無力化された所を鑑みるに、触れる事無く対処する必要がある複数の肉塊……そんな難物に対して爆豪は、一点集中させた爆破を小出しに連射する事で全て撃ち落とし、攻略する事に成功した。

 

「対人用に威力は抑えたけどな……」

 

「つーか俺達、心配した通りに方々から狙われてんじゃねーか……」

 

「ちっ……!(私とした事が……乗せられた)」

 

「散ったキモイのが……戻ってく!?」

 

「………」

 

肉倉が宙に浮かせた肉塊を体に戻す様を見て、そのグロテスクな光景に内心引いている上鳴に対し、爆豪は無言で相手の“個性”を分析していた。

触れた相手の肉体を変形させる肉塊を、自分の体から切り離して操る事が出来る“個性”……タイプとしてはB組の取陰が持つ『トカゲの尻尾切り』が近いだろう。

 

注目すべきは最初に不意討ちを仕掛けた時、切島を捕らえただけで切り離した肉塊をすぐに戻し、今爆破で粉々にされた肉塊を体に戻している事。

これらの事から爆豪は「体から肉塊を切り離して操るには制限時間がある」と。「肉塊が小さければ小さいほど、体から離して操る時間は短くなるのではないか?」と、肉倉の“個性”の弱点にあたりを付けた。

 

「(安易な挑発に直情的な精神構造……ソレ等は一重にプライドの高さによるモノ……)ならば、私が手折り気付かせよう。帰属する場に相応しい挙止。それが品位であると!」

 

「何なんだこの人は!?」

 

「うるせぇ奴だ……」

 

故に、両腕を変形・切り離す事で更に手数を増やした肉倉を見て、爆豪はチャンスだと思った。

 

肉塊をより細かく分離すれば時間切れにより遠隔操作は出来なくなり、再使用するには一度体に戻してインターバルを取る必要があるとすれば、肉塊を全て撃ち落として粉々にすれば完全に無防備になる隙が生まれる筈だと。

 

「ぶっ殺す!!」

 

「だー! 待て試験だぞ!? 忘れんなよ! 

 

「だからぶっ殺すんだろうが!!」

 

「笑止!!」

 

だからこそ爆豪は猛然と前に出る。これは自身の機動力と反射神経に、そして攻撃力に絶対の自信がある爆豪だからこその判断だ。

一方で肉倉もまた爆豪を迎え撃つ気満々であり、先程よりも複雑な動きで、更にはフェイントを織り交ぜて肉塊を操作し、爆豪を仕留めに掛かる。

 

しかし、肉倉の如何なる攻撃にも爆豪は瞬時に対応し、変幻自在に迫り来る魔の肉塊を爆破で全て撃ち落としていた。

 

「もぉ……こんな戦闘、不毛過ぎんだろ。早いトコ切り上げっぞ!」

 

爆豪の判断と行動に愚痴りつつも、上鳴は右腕に装着したシューターにカートリッジを装填。肉倉に向けてシューターから円盤を二発発射するが、肉倉は円盤を難なく回避し、円盤は高架道路のフェンスに着弾した。

 

「! 飛び道具か」

 

「あ、くそ」

 

「目障りだ。先に丸めてやろうか」

 

「俺をぉ……無視すんなぁ!!」

 

「……してないが?」

 

肉倉が攻撃に回していた肉塊を全て迎撃し、爆豪が一点集中の強力な爆破の一撃を肉倉に叩き込む。しかし、肉倉が自身の周囲に展開した肉塊の耐久性は攻撃に使った肉塊よりも遙かに高く、爆豪は肉倉が変形させた肉の壁を抜くことが出来なかった。

 

――そして、攻撃の手数を勘違いした爆豪の背後より、音も無く致命的な一手を肉倉は決めてのけた。

 

「あアん?」

 

「私の肉の一つ。高架下から回り込ませていたのだ。さて……先程切島で見たであろう。その肉は触れたら終わりだ」

 

「爆豪!!」

 

「ッソ……! オイ、アホ、コレ……」

 

「あ!?」

 

「情けなし。出直して来るが良い」

 

切島と同様に体が変形していく中、爆豪から投げ渡されたモノを受け取った上鳴だがそれ以外は何も出来ず、唯々爆豪が不細工な肉塊になるのを見ている事しか出来ない。

A組でもトップクラスの戦闘能力を持つ爆豪をほぼ無傷で無力化する事に成功すると言う肉倉の戦果は、上鳴にとって正に信じ難い光景だった。

 

「ウッソぉ……」

 

「これは示威である。今試験は異例の少数採用。オールマイトが引退し、時代は節目。本来であればヒーローは増員して然るべきではないか?」

 

「?」

 

「即ち、これらが示唆するは有象無象の淘汰。ヒーローと言う職をより高次なモノにする選別が始まったと推察する。私はそれを賛助したく、こうして諸君等を排している」

 

「試験そっちのけでやる事ッスか……? おかしーよ、何かソレ……」

 

「徒者が世に憚る事の方がおかしい。何者にも屈さぬ強さと、高潔な品位を兼ね備えた者が今必要とされているのだ。呉島新は心を入れ替えた様だが、貴様等は違う。切島は品位こそある様だが、強さが足りない。ちなみに、この姿でも痛覚等は正常に働く。放電は皆も傷つけるぞ、上鳴電気」

 

爆豪を足蹴にする肉倉に言われて良く見てみれば、肉倉の“個性”で丸めた切島と爆豪は肉倉と上鳴の間に配置されている。肉倉の背後に回れば何とかなりそうだが、肉倉とて案山子では無いので、放電を警戒して必ず自分との間に転がっている2人を挟む形となる立ち回りをする事は、上鳴にも容易に予想する事が出来た。

 

「……さっきからアンタも大概中傷ヒデーからね? 効くから止めて欲しいんだよね……」

 

「それは己に自覚があるからだ。省してくれれば、幸い」

 

「俺の事じゃねぇよ!」

 

肉倉は慎重かつ堅実な試合運びをしていた。上鳴が放電を使えない状況を作り、上鳴がどんな行動を取ろうとも対処する事が出来る様に注意を払っていた。

しかし、これまでの戦闘から上鳴が左手で投げたモノが、先程見た飛び道具の円盤だと考えた為、肉倉はソレを全く警戒していなかった。

 

――だからこそ、自分の足元で突如爆発が起こった事に、肉倉は心底驚いた。

 

「(爆発!? 爆豪は丸めた筈! ……爆豪の装備!?)」

 

爆発と言えば爆豪が真っ先に思い浮かび、爆豪の復活が頭をよぎった肉倉は当然、爆発した原因に視線と注意を向ける。そうなれば当然、切り離した肉塊のコントロールは乱れ、その動きは身体能力で爆豪に劣る上鳴でも回避しやすい単調なモノとなる。

 

「爆破の成分入れて簡易手榴弾に出来るんだとよ。前に『オシャレか?』って聞いたら、キレながら教えてくれたぁ……」

 

「(あの時……渡していたか!!)」

 

「所で先輩……良い位置によろけましたね」

 

「む!? ぐぁああ!!?」

 

肉倉が上鳴の言葉の意味を理解する前に、無差別でコントロール出来ない筈の放電が、上鳴の人差し指と高架道路のフェンスにくっついた円盤を繋ぐ一筋の閃光が、肉倉の体を貫いた。

 

 

○○○

 

 

時は仮免試験が始まる前――雄英高校で仮免取得に向けた圧縮訓練が行われている真っ最中まで遡る。

 

「雄英潰し対策?」

 

「俺、他の皆よりも優先して他校から狙われるって話じゃん? だから何とかならないかなーって……」

 

「それは良いが、それを何で俺に聞く?」

 

「いや、呉島ってI・アイランドの時のヴィランの推理とか結構当たってたからさぁ……何かこう、俺を狙う奴の気持ちとか分かるんじゃないかなぁーって……」

 

「……仮に俺が上鳴みたいなタイプを相手にするなら、作戦としては三つある。『“個性”を使われる前に倒す』。『“個性”を無効化して倒す』。『“個性”を使わせずに倒す』だ」

 

「……つまり、どゆこと?」

 

「一つ目と二つ目は分かるだろう? 遠距離からの狙撃や死角からの不意打ちとか、相澤先生みたいに“個性”を消すとか、電撃が効かない“個性”や装備でゴリ押しするとかそんな感じだ。そして最後の三つ目は、お前の“個性”の弱点を突いた戦法や立ち回りをするって事だ」

 

「俺の“個性”の弱点を突いた戦法って言うと、具体的にはどんな?」

 

「お前の放電は無差別で指向性をコントロールする事が出来ない。体育祭の騎馬戦でお前が轟とチームを組んだ時、メンバーの中に八百万が居なければ味方も巻き込んでいた事は体育祭を見たら容易に推測する事が出来る。

つまり、チーム戦においてはおいそれと“個性”を使えない。だからまずは『放電に対処出来る奴』から仕留める。俺等A組で言うなら八百万は勿論、空を飛べる勝己や麗日なんかがそうだ。他にも仲間を倒して盾にするとか、そうやって“個性”を封殺する形に持っていくって事だ」

 

「あー……確かにチーム戦だと放電に対応出来ないヤツと一緒だとキチィな……」

 

「しかも仮免試験はチームプレイが前提になっているから、間違いなく他校はその弱点を突いてくる。だから“個性”を使っても仲間が巻き添えにならない方法……具体的には『自力で放電の指向性をコントロール出来る様になる』か、『電撃をコントロールする事が出来るサポートアイテムを用意する』必要がある。『近接戦闘を身に着ける』ってのも手ではあるが、正直言ってソレは嫌なんだろ?」

 

「まぁな。つーか今から覚えても、呉島や爆豪みたいにはなれねぇだろうしよ……」

 

「確かに遠距離タイプの上鳴が今から空手なり合気道なりをやって使い物になるかと言われると、無理だと言わざるを得ない。今回に関してはサポートアイテムを作って貰うのが一番手っ取り早いだろうな。モチベ的にも」

 

そんな経緯を以てサポート科の開発工房を訪れた上鳴は、電撃をコントロール出来るサポートアイテムを……具体的には放電の狙い撃ちが出来る様になるサポートアイテムを造って欲しいとパワーローダーに頼むと、数日後に完成したソレは上鳴の右腕に装着されていた。

 

「ご要望のポインターとそのシューター」

 

「私と先生の合作ベイビーです!! ポインターをシューターにセットして発射すると、着弾箇所にひっつきます! ポインターとの距離が10m以内なら、貴方の放電はポインターへ一直線上に収束します! 複数個ある場合はダイヤルでポインター選択。付属のグラスで位置は常に把握出来ます!」

 

「何か……頭使う感じ……?」

 

「サムズアップ!」

 

「でもこれなら……周りを巻き込まずに“個性”を使えるんすねー」

 

「但し、余りソレに頼り過ぎる事の無い様にね。『サポートアイテムを失ったら力を発揮出来ない』……今日日そんなヒーローも珍しくはないからね」

 

「相手の武器を破壊する事による無力化は、ヒーローとヴィランに共通する常套手段ですからね!」

 

「うッス……ちなみに呉島は電撃をどうしてるんすかね?」

 

「すみませんが私の口からお答えする事は出来ません! 夫の機密情報をペラペラと喋る訳にはいきませんので!」

 

「………」

 

何か参考になるかもと思って聞いた何気ない質問に対する呉島(自称)明の返答に、上鳴電気は閉口した。

 

 

○○○

 

 

かくして、肉倉が優勢のまま進めていた戦いの天秤は、上鳴が繰り出した正に青天の霹靂と言うべき一撃によって、上鳴本人も気付かぬまま上鳴の方へと一気に傾いていた。

 

「……先輩。爆豪はソヤで下水道みてーな奴だけど、割とマジメにヒーローやろうとしてますよ。咄嗟に手榴弾くれたのも、打開の為の冷静な判断ってヤツじゃないっスか? それに切島だって、自分じゃ中遠距離の攻撃が出来ないから、それが出来る俺等の為に体張ってくれたとは思わなかったんスか?」

 

「(しまった……! 一瞬……緩んだ!)」

 

「断片的な情報だけで知った気んなって……コイツ等をディスってんじゃねえよ!!」

 

「立場を自覚しろと言う話だ! 馬鹿者が!!!」

 

激昂する肉倉には最早冷静さは無く、その目には上鳴しか見えていない。そんな視野狭窄に陥った肉倉は隙だらけであり、そんな大きな隙を見逃すほど雄英生は……復活した切島と爆豪は甘く無い。

 

「……ッ!!」

 

「ダメージ次第で解除されちまうんか」

 

「どおりで遠距離攻撃ばっかな訳だ」

 

切島の『硬化』による鉄拳を鳩尾に、更に至近距離から爆豪の『爆破』による追撃を受け、肉倉は意識を失い戦闘不能に追い込まれる。しかし、彼等が肉倉の“個性”『精肉』の呪縛から解放されたと言う事は……。

 

「ありがとな、上鳴!」

 

「遅ぇんだよ、アホ面ぁ!!」

 

「ひっでぇな! やっぱディスられても仕方ねぇわ、お前!! つーか、後ろ!! 丸く捏ねられたのはお前等だけじゃ――」

 

「「「「「「「「「「グワーーーーーーーー-ーーーーーーッ!!」」」」」」」」」」

 

一難去ってまた一難。切島と爆豪の二人と同様に復活した多数の他校生を前にして上鳴が狼狽えたその時、彼等は何故か一斉に爆発した。

 

「へ……?」

 

「爆豪……お前、何かやったか?」

 

「んな訳ねぇだろ! オラ、出てこいや! 居るんだろ!?」

 

「良かろう」

 

爆豪の何かを確信した怒声に答える様に、爆豪達三人の前に二体の怪人が現われた。その正体はヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』が誇る強力な怪人の一角。クモ怪人とカニ怪人である。

 

「クモ怪人とカニ怪人?」

 

「もしかして、ずっと俺等と一緒にいたのか?」

 

「ククククク……その通り。そしてキャツ等を仕留めたのは何を隠そう、このクモ怪人が誇る最強の能力! その名も『リア充破壊爆弾』の力よッ!!」

 

「『リア充破壊爆弾』!?」

 

「え!? 何ソレ?! ヘブン!?」

 

『現在76名通過しておりますーー。もうじき定員ですよーー』

 

「そんな事より急いで欲しいんだよねぇ。アンタ等以外のA組は大首領を入れた3人を除いて、み~んな通過してるんだ。大首領達はアンタ等が通過するのを待ってると言うか、アンタ等が通過してくれないと大首領が通過出来ない。だからアタシ等はそこに転がってるのを使って、アンタ等にとっとと通過して欲しいのよ」

 

「ふざけんな! テメー等が倒した雑魚なんざ誰が使うか!!」

 

「しかし、ソイツ等は既にそこのミートマンに倒されていたのだろう? 貴様等がミートマンを倒したなら、必然的にソイツ等は貴様等にも敵わない。つまりソイツ等が敗北する事は決まっているのだから、我々が此処で倒しても問題は無い。違うかな?」

 

「そうだねぇ。むしろワザワザ爆破で倒してやったんだから、アタシ等に感謝して欲しい所だよねぇ?」

 

「テメェ……!」

 

『現在79名! ガンガン進んで良い調子ですよーー』

 

「おい! もう時間ねぇよ! さっきだって14人も一気に通過してたし、俺等もそろそろ通過しねぇとマジぃよ!」

 

「此処は三人で勝ったって事で良いじゃねぇか! な!? なっ!?」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

確かに上鳴や切島が言うように、残席数を考えればもう時間は無い。一気に10人以上の受験生が通過した前例があった事を考慮すれば、10秒後に100名の合格枠が埋まったとしても何も可笑しくは無いのだ。

妙に冷静と言うか、みみっちいと言うか、そう言うちゃんとした状況判断や計算が出来るタイプである勝己はプライドと仮免合格を天秤に掛け、悩みに悩んで苦虫の大群を租借したかの様な表情を浮かべながら、肉倉とクモ怪人によって爆破された他校生一人の的にボールを当てて一次試験を通過した。

 

『さて、立て続けに3名通過。現在82名……いや、更に3名通過で85名。残席はあと15名――!』

 

「レスポンス早ぇ!」

 

「ほんじゃ、アタシ等は一足先にお暇させて貰うよ。えー、マラソンランナーとかけて、曲がった松の木と解きます」

 

「お! その心は?」

 

「走らにゃならない(柱にゃならない)! ではッ!!」

 

中々上手い事を言ったカニ怪人が吐き出す泡にクモ怪人とカニ怪人の体が包まれ、泡が消えたと思えばクモ怪人とカニ怪人は姿を消しており、その場には一次試験を突破した爆豪達3人と、ボロボロになった他校生達が残された。

 

「「……って、俺達はッ!?」」

 

当然、歩きである。

 

 

●●●

 

 

『さて、立て続けに3名通過。現在82名……いや、更に3名通過で85名。残席はあと15名――!』

 

自分達以外のクラスメイト全員が通過したのを確認し、確保しておいた傑物学園をポイントにして一次試験を突破した俺と飯田と青山の3人は途中で轟と合流し、通過者が待機する控え室へと向かっていた。

 

正直、逃走した真堂先輩とミーハーな先輩がどうなったのか少々気になるが、彼等が控え室に姿を現せば自ずと結果は分かる。だから心置きなく我々は彼等のクラスメイトをポイントにさせて貰った次第である。

 

「ふむ。割と余裕を持って……と言うのもアレだが、まずは全員一次試験を通過する事が出来たな」

 

「結構な事じゃないか! この調子ならA組全員で仮免取得も夢じゃないぞ!」

 

「悪ぃな……お前等を待たせちまってよ……」

 

「気にするな。俺達が勝手に待っただけだ」

 

「オイ! ねぇアレ、飯田達じゃん!? やったぁ、スッゲ、オーイ!」

 

「上鳴君! 切島君と爆豪君もやったな! 凄いぞ! オーイッ!!」

 

そんな俺達に合流するのは、勝己と切島、それに上鳴の3人。俺等を発見した上鳴の発言に飯田は律儀に返し、更には上鳴と切島が繰り出す勝利の舞いを一緒になって踊り始めた。律儀に。

 

「………」

 

一方、我々と同じ踊っていない勢の勝己はと言えば、唯々無言で俺を凝視していた。何か言いたそうな顔をしてはいるのだが、だからと言って特に何か言うつもりも無さそうで、何と言うか複雑な心境なのだなと俺は察した。

 

「呉島達が来たぜ! 轟や爆豪達も一緒だ!」

 

「って事は!」

 

「A組全員! 一次通っちゃったぁああああああああ!!

 

そして控え室に入ってみれば、俺達の姿を見た芦戸や瀬呂を筆頭とした騒がせメンバーを中心に、既に仮免に合格したかの様なお祭り騒ぎとなっていた。

 

「皆さん、良くご無事で! 心配していましたわ」

 

「ヤオモモー! ゴブジよゴブジ! つーか、早くね皆!?」

 

「怪人達のサポートがあったからな。それで俺達は一足先に同じタイミングで一気に通過した」

 

「え……? それじゃ一気に14人通過したのって……」

 

「ウチらの事だよ」

 

「やっぱ緑谷達の方に行っときゃ良かったーーーーッ!!」

 

「そうでもないぞ。貴様が居なかったらボンバー・ファッキューも烈怒頼雄斗も一次試験の突破は厳しかっただろう。まあ、我々が参戦すればその限りではないが」

 

「おおう……そ、そうだよな? 俺、スンゲー活躍したよな? 俺が今回のエムッ! ブイッ! ピーッ! だよなッ!?」

 

「爆豪と切島を差し置いて、上鳴がM・V・P? チョット信じ難いんだけど……」

 

「はぁ? お前チョットそこなおれ!」

 

「シンちゃん、ターゲットを外すキーが奥にあるわ。ボールバッグと一緒に返却棚に戻せって」

 

「あい、わかった」

 

障子の説明やクモ怪人のフォロー、耳郎のツッコミで上鳴がアップダウンの激しいリアクションを見せているのを含め、何はともあれA組全員が試験を通過する事が出来たのだから、皆のテンションが高めになるのは理解出来る。だが、どうもソレを快く思わない者が居る事もまた事実である。

 

「………」

 

雄英高校1年A組……と言うか、轟にピンポイントで向けられる只ならぬ眼光……ッ! そんな物騒な視線を向けているのは、あの士傑高校の夜嵐イナサである。他にも士傑高校の面々が此方に視線を送っている所を見るに、何か一波乱有りそうな気配がする。

 

『100人!! 今埋まり! 終了! ですッ!! ハッハーーーッ!! これより残念ながら脱落してしまった皆さんの撤収に移ります』

 

そんでヒーロー公安委員会の目良さんは本当に感情を隠さねぇな。色んな意味で大丈夫なのかこの人。いや、こう言うキャラクターだからこそ、こう言った現場に駆り出されているのかも知れない。

 

「ええええ!? 肉倉先輩、落ちちゃったんスかぁあッ!?」

 

「声デカイわ。先走って行動するからだ、あの劇場型男! お前等もだ! 1年の夜嵐は兎も角……ケミィ! 駄目よ!」

 

「ハァイ」

 

確かに普通にコッチにまで会話が聞こえてくる位、夜嵐の声はデカイ。試験前に会った時の事を考えると素でそうなんだろうとは思うが、肉倉なる先輩の顛末は俺もクモ怪人達から聞いている為、その反応も無理はないと理解は出来る。

何せその肉倉なる先輩は、確実に一次試験を突破出来たにも拘わらず、私情を優先した結果一次試験を落ちたのである。勝己ですら切島と上鳴の説得があったとは言え私情よりも合格を優先したと言うのに……。

 

しかし、傑物学園の真堂先輩やミーハーな先輩の姿が控え室に見えない。俺達の知らない場所で誰かに狩られたか、或いは力尽きてアレ以上戦う事が出来なかったか……いずれにせよ、傑物学園は一人残らず脱落したと言う訳だ。主にゴルショッカーの所為で。

 

『えー、100人の皆さん。これ御覧下さい』

 

「フィールドだ」

 

「何だろうね?」

 

そうこうしている内に受験生の撤収作業が終了したのか、突然控え室のモニターにフィールドの様子が映し出されたのだが……次の瞬間には市街地、工業地帯、岩山等、先程まで俺達がいたフィールドの建物や地形が満遍なく爆破されていった。

 

「「「「「(何故ッ!?)」」」」」

 

『次の試験でラストになります! 皆さんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行って貰います』

 

「「パイスライダー……?」」

 

「バイスタンダー! 『現場に居合わせた人』の事だよ。授業で習ったでしょ?」

 

「『一般市民』を指す意味でも使われたりしますが……」

 

『ここでは一般市民としてでは無く、仮免を取得した者として――どれだけ適切な救助を行えるか試させて頂きます』

 

「む……? 人がいる……」

 

「え……あァア!? 老人に子供!?」

 

「危ねぇ! 何やってんだ!?」

 

『彼等はあらゆる訓練に於いて、今引っ張りだこの要救助者のプロ!! 「HELP(ヘルプ)US(アス)COMPANY(カンパニー)」。略して「HUC(フック)」の皆さんです!!』

 

「要救助者のプロ?」

 

「色んなお仕事あるのね……」

 

「ヒーロー人気のこの現代に則した仕事かもね」

 

『傷病者に扮した「HUC(フック)」がフィールド全域にスタンバイ中。皆さんにはこれから彼等の救助を行って貰います。

尚、今回は皆さんの救助活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますので、トイレなど済ましといて下さいねー……』

 

フム。一口に採点と言っているが、それが加点方式なのか減点方式なのかも分からんと来たか。雄英の一般入試における実技試験と同じだと仮定すれば、助けた人の数が多ければ多いほど得点を獲得出来る事になるが……。

 

「緑谷君、呉島君……」

 

「うん……神野区を模してるのかな……」

 

「あの時、呉島君と爆豪君の元へ向かった君と轟君と分かれた俺達は、センチピーダーとバブルガールの指示の元、要救助者の避難誘導と救助活動を行った。その中では……やはり死傷者も多くいた……」

 

「………」

 

あの時、オール・フォー・ワンとの決戦を乗り越えた俺は、リカバリーガールを筆頭とした多くの医師の指示に従い、一刻を争う命の最前線に立っていた。俺の『モーフィングパワー』を用いた治療は、確かに救いを求める人間の幾らかを救いはしたが……それでも救えなかった命が幾つもあった。

 

――全てを救うことは出来ない。

 

理屈の上では分かってはいる。だが、いざそれを目の当りにすれば、人を救った達成感を塗り潰す位に強烈な無力感で一杯になった。それはきっと俺だけのモノではなく、あの時神野区に居た医師、警察官、消防官、プロヒーロー……人の命を救う事を仕事に選んだ全ての人達が、同じ事を感じていたのではないだろうか。

 

「――頑張ろう」

 

「……ああ、そうだな」

 

それでも逃げ出さない、投げ出さない。次の一人を救う為に、次の一人を守る為に戦うと。理不尽を凌駕する理不尽になるのだと、既に心に決めたのだから。

 

「士傑コッチ来てんぞ」

 

「うん?」

 

神妙な心持ちで二次試験へのやる気を密かに滾らせる中、切島が言う様に士傑高校の面々がゾロゾロと此方にやってきた。どうやら二次試験の前に一波乱ありそうだな……。

 

「爆豪君よ」

 

「あ?」

 

「肉倉……糸目の男が君の所に来なかった?」

 

「(毛スゲェ)」

 

「ああ……ノした」

 

「やはり……! 色々無礼を働いたと思う。気を悪くしたろう。アレは自分の価値基準を押しつける節があってね。何かと有名な君を見て暴走してしまった。雄英とは良い関係を築き上げていきたい。すまなかったね」

 

……と思いきや、一波乱所かチンピラ染みた勝己の物腰と物言いに対し、極めて紳士的な態度と対応が返ってきた。

 

そして、この毛羽毛現(けうけげん)みたいな先輩の言動から察するに、肉倉先輩は士傑高校では結構な問題児として認識されているようで、もしかしたら雄英における勝己のポジションに居るのがあの肉倉先輩なのかも知れない。

 

「(良い関係……? あの顔は……)」

 

「それでは」

 

「おい、坊主のヤツ。俺なんかしたか?」

 

「……ほホゥ」

 

肉倉先輩についての謝罪を終えると、その場を立ち去ろうとする士傑高校の面々だったが、そこで轟は何か思う所があるのか、夜嵐を呼び止めた。そして轟に呼び止められた夜嵐はと言うと、並々ならぬ嫌悪をその眼に宿している。

 

「いやァ、申し訳ないッスけど……エンデヴァーの息子さん」

 

「!?」

 

「俺はアンタ等が嫌いだ。あの時より幾らか雰囲気変わったみたいスけど、アンタの眼はエンデヴァーと同じッス」

 

「? 夜嵐どうした?」

 

「何でも無いッス!」

 

「………」

 

どう見ても見知らぬ相手に向ける類いのモノでは無い。轟は夜嵐について面識は無いと言っているが、夜嵐は確実に轟を知っている。推薦入試でトップの成績を修めながら雄英の入学を辞退した事も含め、やはり夜嵐には何かあると確信させるやりとりだ。

 

そんな中、瞬間移動能力を獲得した事から採用されたゲンゴロウ怪人が、俺に近づいてこう言った。

 

「時に大首領。あの士傑高校のボディスーツを着たムチムチバディの娘! アレから眼を離してはなりませんぞ!」

 

「あん? 何でだ?」

 

「あの女の血は美味いッ!!」

 

「は……?」

 

そう言えばコイツは分身の子ゲンゴロウを操り、それを介する事で吸血した人間に変身する能力を持っていたが、これはもしや粛正案件か?

少々心苦しいが、どうやらヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』初となる、鉄の掟に背いた怪人の処刑が実行される時が来たようだな。

 

「いやいやいやいや! 実はですな……」

 

何だ、命乞いか? 貴様の寿命がほんの少し長くなるだけだろうが、聞くだけは聞いてやろう。そう思い必死に首と手を横に振っているゲンゴロウ怪人より耳打ちされた情報は余りにも予想外で、且つ度肝を抜く内容だった。




キャラクタァ~紹介&解説

爆豪勝己&切島鋭児郎&上鳴電気&轟焦凍
 かっちゃん達は原作通りの展開でお肉先輩を撃破し、轟に関してはアニメオリジナルの展開を採用。無事に一次試験を突破したが、それぞれ怪人共の介入によって試験を通過した順番が大いに狂ったり、余計なストレスを抱え込む羽目になったりする。

誠刃学園
 アニメオリジナルの学生忍者軍団。アレはナンナンジャでシュシュッと参上したが、忍術的な戦闘技術なんて一切使わず、完全に血継限界と言うか“個性”頼りの戦いしかしなかったので、作者は心底ガッカリしたでござるよ。

肉倉精児
 士傑高校のお肉な先輩。引率の先生が言う様に影響されやすい性格故に、試験開始前のシンさんの行動と言動を受けて原作よりも少しマイルドになっている。まあ、だからと言って運命を覆せる訳でもないのだが。

クモ怪人
 前作に登場したクモ女が操る爆弾小グモの死骸から得られたデータを参考に作られた怪人。クモ女と同様に爆弾小グモを操る能力を持つ。『リア充破壊爆弾』とか言っているが、実際にはリア充だろうが非リアだろうが問答無用で爆破される。

カニ怪人
 見た目は『アマゾン』のカニ獣人だが、中身は『フォーゼ』のキャンサー・ゾディアーツと言った感じの怪人。ザンジオーとよく似たワープ系の能力を獲得しているエリート。放課後になると教室を借りて落語を披露しており、「ワタリ亭ガザミ」と名乗っている。

ゲンゴロウ怪人
 思わず本音を零してしまい、大首領に大切断されかかった怪人。元ネタになった『アマゾン』のゲンゴロウ獣人と同様の能力を持っている。そして、人間への変身能力の元になった“個性”が何かと言われれば……。



犠牲になったのだ
 折角の忍者ネタなんだから、この際『NARUTO』を筆頭に色々とブチ込んでしまおうと思い切ってブチ込んだ忍者ネタの数々。実は『轟VS誠刃学園』は当初『ニンジャスレイヤー』風に書いていたのだが、何か違うと判断して途中で止めた。

士傑のお肉先輩、雄英のかっちゃん的ポジ説
 キャラクターとしては全く正反対と言える二人だが、その言動や行動を問題視されていると言う共通点がある様に見え、お肉先輩も士傑高校では「成績は優秀なんだけど、性格と態度がなー」みたいな感じで周りに扱われているのではないかと作者は思う。


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第10話 神速顕現

番外編でロボタックを出したら、ロボタックやカブタックを知っている読者さんが想像以上に多くて作者は割とマジでビックリしました。
そしてYouTubeの配信は「カブタックのカレー対決って第三話だったっけ!?」とか、「コブランダーってビデオテープ飲んで分析とか出来たっけ!?」とか、見る度に何かしらの驚きがあって面白いです。

今回のタイトルは『新 仮面ライダーSPIRITS』の「神速顕現」から。今話で仮免試験は終了しますが、『仮免試験編』となると「デク君VSかっちゃん」までがそうなのでしょうかね?

2021/9/27 誤字報告より誤字を修正しました。報告ありがとうございます。


その姿は、俺が憧れたヒーローの姿に酷似していた。

 

『もう配置したHUC全員が救出されているッ!! ヤバイですって! 開始からまだ1分も経ってないんですけど! ヤバイですよコレは!』

 

「あ……?」

 

―じゃあ、コレも君の言う『憧れ』には支障ないかな。あのね、呉島君は……オールマイトからオールマイトの“個性”を受け継いでいるんだよ―

 

「そ、それじゃ、控え室を救護室にトリアージを……してあるーーーーーーッ!!」

 

「な、ならば救急車が通る為の道とヘリの離発着場を……作ってあるーーーーーーッ!!」

 

「………」

 

模倣なんかじゃねぇ。心底認めたくねぇが、最早オールマイトそのものだった。

 

―君にもオールマイトに見初められるチャンスはあった。“平和の象徴”の後継者に選ばれ、その力を手に出来る、たった一度の好機があった。だが、君は強さに拘る余り、それをフイにした―

 

「……もう大丈夫! 何故って? 私が来たッ!!」

 

『全ッ然、大丈夫じゃないです! 主に私の睡眠がぁあああああああああああ!!』

 

―残念だったねぇ、爆豪君。あの時、君が表彰台で宣言した『此処から1番になり、呉島君を超える』事はもはや叶わない。オールマイトが呉島君を選んだ時から、君の憧れは無駄になった―

 

「………」

 

神野の時のヴィランのボスヤローの言葉が、やけに鮮やかに頭の中で蘇った。

 

 

●●●

 

 

コレはあくまでも私見と言うヤツなのだが、プロヒーローがヴィラン退治で全力を出す機会と言うのは、思ったよりも少ないのではないかと俺は思っている。

 

勿論、ヴィラン退治は本気で取り組む必要があるし、実際に本気でやっているとは思うが、生まれ持った“個性”によっては「全力なんて出せない」と言う事もままある。具体的には13号先生の『ブラックホール』やエンデヴァーの『ヘルフレイム』等、殺傷能力の高い“個性”を持ったヒーローがそれに該当すると言えるだろう。

尤も、「こうしたヒーローは対ヴィラン戦において全力を出す機会がないのか?」と言えばそうでもない。保須市に出現したステインや脳無。神野区におけるオール・フォー・ワンと言った具合に、彼等が全力を出すことが許される特別なヴィラン……所謂『スーパーヴィラン』とでも言うべき規格外な者達が、この世には確実に存在するからだ。

 

では、そのスーパーヴィランであるオール・フォー・ワンが、自身の新しい器として作りだした改造人間『ガイボーグ:SEVEN』から更に進化した肉体を持つ俺の場合はどうなるだろうか?

 

単純な身体能力だけでも通常のヴィラン退治においては最早「苦戦する事に苦戦する」と言わざるを得ず、本気は兎も角として全力など出せる筈もない。

現状、俺が全力を出す事が許されるだろう仮想敵は、オール・フォー・ワンの後継者である死柄木弔が率いる『敵連合』か、総勢約11万人の構成員を誇る『異能解放軍』位であり、仮免試験に参加している学生が相手となれば全力など論外である。

 

しかし、コレが救助・救命活動となれば話は変わる。そもそも人命が掛かっている状況下で手加減するとか、全力を出さない等と言う考えは、ヒーローは元より『人を救う仕事』を選んだ人間には絶対に許されない言語道断の悪徳だ。

 

……とは言うものの、救助・救命活動と言うのはそうした訓練をこなした場数は勿論、実際の現場を経験した事による経験値の多さがモノを言う。流石に自主練習では限界がある為、此処は救助・救命活動を指導してくれる先生が欲しい所である。

 

そこで、エンデヴァーのアドバイスを元に必殺技を編み出すトレーニングに熱中する出久達を一物抱えた表情で物陰からじっとりと凝視し、あからさまにいじけている様子のオールマイトを見つけた俺は、オールマイトにある素晴らしい提案をした。

 

「俺に救助・救命活動を教えてくれませんか?」

 

「呉島少年ッッ!!!」

 

かくして、俺の提案に飛びついたオールマイトの協力により、クラスの皆が必殺技を習得する為の圧縮訓練に精を出す中、俺はオールマイトとマンツーマンで救助訓練に精を出していた。ちなみに必殺技に関しては「これ以上はありとあらゆる意味で必要無い」と他の先生方から太鼓判(?)を貰っている。

 

「さあ、もう大丈夫! 私が暗闇を行くッ!!」

 

「おお! 全身から溢れる圧倒的な聖なるオーラッ!! 木の方が君を避けているぞ、呉島少年!!」

 

所で、オールマイトは密かに「教えるのが下手」だとか、「教師としてはへっぽこ」だとか言われているのだが、その最たる理由として「オールマイトが見せるお手本は、オールマイトにしか出来ない」と言う点が挙げられる。

 

人間は自分に出来る事しか他人に教える事は出来ない。そしてオールマイトに出来る事は大抵の人には真似する事が出来ないので、常人にはオールマイトの見せるお手本は全く参考にならないのである。

 

しかし、それは言い換えるならオールマイトを真似する事が出来るだけの能力を持つ者にとって、オールマイトはヒーローとして最高のお手本になると言う事。何と言ってもこの国で長年に渡り№1の座に輝いたヒーローの所作なのだから。

 

「全員大丈夫そうだったので、全員助けました!」

 

「よーし! 大分様になってきたな! 呉島少年!」

 

「………」

 

途中で様子を見に来た相澤先生が何かスゲェヤベェ目で俺とオールマイトをガン見していたが、何はともあれ俺はオールマイトから救助活動をみっちり教わり、試験前日には「私が日本でデビューした時と大体同じ位の力量だな! HAHA!」と言う評価を貰い、仮免試験に臨んだ次第である。

 

それにしても、『ガイボーグ:SEVEN』の能力と『強化服・三式』の性能を用いてオールマイトの日本デビュー時と同等の力量と考えると、俺の経験値や技術がオールマイトよりも圧倒的に足りない事を考慮しても、単純な身体能力の増強だけで「大災害から一人で1000人以上を救い出す」と言う偉業を成し遂げたオールマイトはやはり規格外と言わざるを得ない。

 

『ヴィランによる大規模テロが発生! 規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数!』

 

「演習のシナリオね」

 

「え!? じゃあ……」

 

「始まりね」

 

『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ!』

 

「また開くシステム!?」

 

「………」

 

警報のベルと目良さんのアナウンス。それに目まぐるしく展開していく演習試験の流れにクラスメイトが戸惑う中、俺は左腰に装備されたサポートアイテムを取り出し、救助活動の準備を進めていた。

 

――小型遠隔索敵装置『ホッパー』。

 

これは『強化服・一式』に搭載される予定だった「人工衛星と通信し、あらゆる情報を収集する機能」を限定的かつ小規模ながらも可能とするサポートアイテムで、『強化服・三式』に搭載された新装備の一つだ。

 

普段は左腰のホルスターにシリンダー型の発射装置と共に収められており、発射すると上空500mの位置で停滞し、そこから10㎞四方の映像・電波・音波・赤外線を探知して仮面の多目的モニターにそれらの情報を送信する機能を持っている。

要は「携帯できる通信衛星」とでも言うべきサポートアイテムで、画像は5㎞以内のものであれば新聞紙を読むことが出来る程の解像度を誇り、自動二輪兵器『サイクロン』が俺の「もう一つの体」なら、この小型遠隔索敵装置『ホッパー』は俺の「もう一つの目」と言っても過言では無い。

 

『到着するまでの救助活動は、その場に居るヒーロー達が指揮を執り行う。一人でも多くの命を救い出す事!!! それでは……START!』

 

「ヌン!」

 

目良さんの合図により、一次試験を突破した猛者達が我先にと駆け出す中、俺はその場から一歩も動く事無く、右手に持った『ホッパー』を頭上に向かって打ち上げた。

そしてオーラエネルギーによる生命感知と、『ホッパー』から送られてくる情報を併せる事で、救助対象となるHUCの皆さんの現在位置を特定すると同時に、救助の優先順位を決定。テレパシーで怪人共にそれぞれ役割を指示し、俺自身も超高速機動の準備を始める。

 

赤いヘルメットの複眼が緑色に輝き、ベルトのダブルタイフーンが起動する。『強化服・三式』に電力が供給され、倍力機能が作動を始めると同時に、体内に生み出される熱を冷却し、活動に必要な大量の酸素を得る為に、二つの風車がその回転数を上げていく。

それに連動する様に、強化服の下で俺はオール・フォー・ワンが『シャドームーン』と呼んだ姿から、更に一歩先を進んだあの姿に。悪意によって改造され、自分の意志で選んだ進化の帰結に……俺が『RXフォーム』と呼称する白銀のバッタ男へと変身した。

 

『もう大丈夫! 何故って?』

 

強化されたテレパシー能力を用い、フィールド内の要救助者全員に声を掛けつつ、ミュータントバッタの大群に変化したイナゴ怪人1号を操り、ソレ等を瓦礫に埋もれた要救助者の元へと向かわせる。

 

要救助者からすれば大量のミュータントバッタに全身を包まれるのは恐怖でしかないだろうが、今にも消えようとしている(と言う設定であろう)尊い人命には代えられない。

一応、ザンジオーやカニ怪人と言った、瞬間移動能力が使える怪人も向かわせてはいるが、どうしても手が足りないので仕方が無い。

 

『我々が……来たッ!!』

 

そして、静止した時間の中を、俺はただ只管に駆け抜けていく。ショッカーライダー達がモーフィングパワーでベッド等を作っている間に、俺は能力を駆使する事で文字通り瞬く間に要救助者をスタート地点に集めきると、それぞれの負傷の程度を外見から改めて判定する。本当に負傷していればもっと楽に判定出来るのだが、だからと言って「設定通りの重体になってくれ」とは口が裂けても言えない。

 

「こっ、これは……!?」

 

「!? !? !?」

 

「うぁあああああああああ!? ……あ、あれ?」

 

「ムガムー、ガムガム」

 

「え? あ、ありがとう……?」

 

「ムガムガ」

 

案の定、『ローカスト・エスケープ』により転送され、少々取り乱している様子の要救助者も居たが、「気付いたら自分達が助かっている」と言う状況の方に混乱している様子。

そんな彼等も清潔な布や水を配布する、見た目が完全にゆるキャラなダイナマイトタイガーを前にすると、毒気を抜かれたかの様に精神状態は落ち着いていった。

 

『ん? これは……うぉおおぁああああああああッ!? もう配置したHUC全員が救出されているッ!! ヤバイですって! 開始からまだ1分も経ってないんですけど! ヤバイですよコレは!』

 

「え……?」

 

「全員、救出……?」

 

「そ、それじゃ、控え室を救護室にトリアージを……してあるーーーーーーッ!!」

 

「な、ならば救急車が通る為の道とヘリの離発着場を……作ってあるーーーーーーッ!!」

 

一方で俺と同じ受験生達はどうだったかと言うと、自分達が「さあ、救助するぞ」と現場に向かっていた正にその時、どう言う訳は既に救助は終わっていたと言う謎の現象を前に、誰もが狐に包まれたかの様な唖然とした表情を見せていた。

中には「それならそれで他にもやる事はある」と、すぐさま気持ちを切り換える者も居たが、トリアージの他にヘリの離発着場と救急車が通る為の道路が、量産型アリ怪人の物量作戦と力自慢の怪人達の突貫工事によりそれらは既に完成している。

 

更に、彼等は知る由も無い事だが、ある作戦が水面下で進行していた。

 

「きえ~~~~~ッ!!」

 

「ぬぉおおおおおお!?」

 

「クックック……『要救助者を助ける』、『ヴィランを確保する』。両方やらなきゃならないのが『ヒーロー』の辛い所だよなぁ……」

 

この救助演習の設定が「地震などの自然災害」ではなく「ヴィランによる大規模テロ」であるのなら、「ヴィラン役がフィールドの何処かに潜んでいる可能性がある」と推理した俺は、壁の裏側で蠢く謎のオーラエネルギーの元へと別働隊を差し向けていた。

具体的にはコウモリ怪人やヘビ怪人、グリーンマンティスと言った具合に、暗闇と言う状況下でこそ真価を発揮する事が出来る能力や、狭い屋内での戦闘を得意とする怪人達をだ。

 

「キキ……俺達の勝ちの様だな、ギャングオルカ! お前は間も無く俺の超音波指令の命ずるままに動かざるを得なくなる! 俺の可愛いウィルス共が、お前の体の中で繁殖を始めているのだ!!」

 

「うむぅ……!」

 

「キキキ……よせよせ、無駄な抵抗は止めるんだ。俺の牙からはウィルスが、爪からは痺れ毒が入っている!」

 

そして壁の裏側に潜む多数のオーラエネルギーの正体は、№10ヒーローのギャングオルカとそのサイドキック達であり、俺が推理した通りに今回の救助演習におけるヴィラン役を担当していたのだと言う。

本来は適当に要救助者が集まった所で、その近くにヴィラン役として乱入する手筈だったらしいが、流石に開始から間も無くして要救助者が全員救助された上に、試験会場に乱入する前に自分達の居場所を補足されて攻めてくるのは完全に想定外だったとの事。

 

「キキキ……恐ろしいか? 悔しいか? 欲しいだろうなぁ、『血清』が……バット=ウィルスの解毒剤が……」

 

「き、貴様……! それを持っているのか!?」

 

「キキ……! ああ、持っているともさ。良いだろう。人形世界への土産に教えてやる……とか言って、俺が能力の弱点を暴露するマヌケだと思うかーーーーッ!!」

 

「グワーーーーーーーーッ!?」

 

自身の無敵の能力の弱点を暴露すると言う怪人とヒーローのお約束を無視し、ギャングオルカに前蹴りを食らわせて完全勝利を手にするコウモリ怪人。情け容赦ない様に見えるが、敵に対して自分が不利にしかならない情報を教える様な怪人はゴルショッカーに存在しないのだ。

 

「……もう大丈夫! 何故って? 私が来たッ!!」

 

『全ッ然、大丈夫じゃないです! 主に私の睡眠がぁあああああああああああ!!』

 

そして恥も外聞もなく発狂する目良さんに止めを刺すのは、試験会場に鳴り響く試験の終了を告げるアラームだ。

何でもフィールドにスタンバイしたHUC全員が危険区域から救出された時点で二次試験は終了となるらしく、その後に控える手分けしての救助者への応急処置や、救急隊への引き継ぎなどは行われないのだと言う。

 

『えー……すみません。少々取り乱してしまいました……。えーっと……皆さん、一度控え室に戻って待機して下さい。それと、呉島新君は係員の指示に従い、フィールドから退場して下さい……』

 

「あっちゃん……」

 

「シン君……」

 

「呉島……」

 

「ケロ……」

 

「呉島さん……」

 

「呉島君……」

 

何か出久を筆頭にA組の面々が不安な顔で俺を見ているが、俺は別に悪い事をした訳では無いので堂々と胸を張って係員の指示に従うのみである。

ちなみにその他の受験生は信じられない様なモノを見るような目で俺を見ている者が大半で、何故か士傑高校の夜嵐はキラキラと輝く様な眼差しで俺を見つめている。

 

その後、別室で目良さんから幾つか質問をされたが、特に不正を働いた訳でもない俺はその全てに嘘偽りなく答えた。

尚、勝手に同行していたイナゴ怪人1号が「現在のヒーロー活動はヒクほど迅速になっていると言ったのは、他ならぬ貴様ではないか」と言ったら「自分で自分の首を絞めるエライ事を言ってしまった」と言わんばかりの渋い顔をしていた。

 

また、ヴィラン役のギャングオルカとそのサイドキック達を戦闘不能にした事については、バット=ウィルスの血清を投与されて復活したギャングオルカが「悪事を働いたヴィランが更に悪事を働く前に仕留めるのは、ヒーローとして何も間違っていない」と弁護してくれた事もあって問題視はされなかった。

 

問題はHUCとヒーロー公安委員会による『採点』である。目良さんによるとこの二次試験では受験生それぞれに持ち点が与えられ、HUCとヒーロー公安委員会による二重の減点方式が採用されている。

そして、試験終了時に自分の持ち点が合格ラインを上回っていれば仮免試験は合格となり、HUCの皆さんは受験生の救助行動の正否を判定する審査員の役割を担っていたのだが……。

 

「あ……ありのままに、ワシの身に起こったことを話す! 『ワシの頭の中に声が聞こえたと思ったら、ベビーベッドで可愛いトラの怪人に優しく寝かしつけられていた』! 何を言っているのか分からないと思うが、ワシも何をされたのか分からなかった!

頭がどうにかなりそうじゃった……催眠術みたいなトリックや搦め手だとか、超スピードみたいな単純に動きが速いだとか、そんなチャチなモンじゃ断じてない! もっと恐ろしい、暗黒組織『ゴルショッカー』の……大首領の片鱗を味わった気がするぞい……」

 

これは赤ちゃんの要救助者に扮したHUCの台詞であるが、イナゴ怪人1号の『ローカスト・エスケープ』を筆頭とした瞬間移動能力によって控え室に転送されたHUCの皆さんの感想も大体似たようなものである。

駆けつけたヒーロー候補生に向かって「助けてくれ」と言おうと思う間も無く、突如脳内にオールマイトの代名詞たる決め台詞が聞こえ、蝗の群れなりカニの泡なりに包まれたと思えば、何時の間にか救護所のベッドに横たわっていたのだ。何が何だか分からない。

 

しかし、救助した此方からしてみれば、最後の方は中々どうして酷い言い草である。まあ、何が起こったのか分からず窮地に陥ってしまった被災者からすれば、「何をされたのか分からない内に助かる」と言うのは恐怖以外の何物でも無いのかも知れない。迅速に助ければそれで良い訳では無いと考えを改める機会をくれたHUCの皆さんの意見は実に貴重だ。

 

「な、何ぃ~~~~~~~ッ!! ど、どうして大量のHUCが控え室にッ!! そして控え室が何時の間にか救護所にッ!! お、俺は一瞬たりとも目を離さなかったッ!! だ、誰か今、呉島新がHUCを運んだ所を……いや、HUCを救出した所や、救護所が出来る所を見た者が居るかッ!?」

 

「い、いや……俺も控え室に居た担当の受験生を見ていたが、気がついた時には控え室が救護所になっていた!!」

 

そしてヒーロー公安委員会の方はどうかと言えば、此方は「自分の“個性”に適したポジショニングをしているかどうか」と言った俯瞰的な動き等を、採点マニュアルと受験生のデータを元にして公安委員100名が受験生を各自一名ずつ採点しているのだが、俺の場合は怪人軍団を率いている事もあり、どう考えても他の受験生よりも圧倒的にデータが多い。俺の担当をした人はハッキリ言ってババを掴まされた気分だっただろう。

 

尤も、俺の担当だった公安委員の台詞から察するに、仮に大人数で俺や怪人達を採点したとしても、結果は特に変わらなかっただろう。

彼等の目に映るのは『結果』だけだ。『過程』は消し飛び、救助を終えたと言う『結果』だけが残る。彼等が認識する事が出来るのは、その残った『結果』だけなのだ。

 

まあ、だからと言って俺は救助活動の際、別に時間を止めたり消し飛ばしたりしている訳では無いので、会場に設置されているカメラにはしっかりと映像記録として救助の様子がバッチリと残っている筈だし、『強化服・三式』のヘルメットに記録されているデータを参照すれば、第三者が俺の救助活動の正否を判定する事は可能である。

 

ただ、ヒーロー公安委員会としてはコレで仮免試験を終わりにするつもりはないようで、今度は俺を除いた受験生99人で救助演習を行う事となり、俺は相澤先生の隣で二回目の救助演習を見学する事と相成った。

俺の仮免試験の合否については、この二度目の救助演習の後で他の受験生と同時に発表する為、俺にはそれまで待機していて欲しいとのお達しだ。

 

「……俺としては、お前は合理的な判断をしたと思う。人命が掛かっている現場で手を抜かず、全力を出すのは何も間違った事じゃない。ただ、誰もお前の真似をする事も、お前に着いて行く事も出来ないってだけの話だ」

 

そしてどう言う風の吹き回しか、相澤先生が珍しく俺の所行を褒めてくれている、もしかしたら俺を慰めているのかも知れないが、俺は別に凹んではいない。それに、俺一人だけがフィールドから離れているこの状況は、ある意味では非常に都合が良いと言える。

 

「……相澤先生。実は一つ耳に入れて欲しい情報があります」

 

「何だ?」

 

俺がゲンゴロウ怪人から受けた報告を相澤先生に耳打ちすると、途端に相澤先生の目つきがプロヒーローのソレに変わった。

 

「……士傑高校の生徒達がソレに気付いている様子は?」

 

「ありません。奇妙な事なんですが、不思議と馴染んでいる様に見えました」

 

「馴染んでいる……か。いずれにせよ、士傑高校と話し合う必要があるな。ついて来い」

 

そして今後の為、俺と相澤先生はケミィと呼ばれていた女子生徒の話を聞くべく、士傑高校の受験生を引率して来たであろう士傑高校の先生の元へと向かったのだった。

 

 

○○○

 

 

『えー……皆さん、お待たせしました……。これよりもう一度、救助演習を行います……。状況設定は先程と同じく、ヴィランによる大規模テロが発生ぇ……。規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数ぅ……。道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れぇえ……』

 

「「「「「「「「「「(さっきよりも露骨に元気がないッ!!)」」」」」」」」」」

 

『到着するまでの救助活動は、その場に居るヒーロー達が指揮を執り行うぅ……。一人でも多くの命を救い出す事ぉ……。それでは改めましてぇ……STARTぉ……』

 

明らかに意気消沈した目良のアナウンスにより再開された、受験生99名による救助演習。余りにもアレな目良の態度に受験生一同思う所はあるものの、救助演習が再開されたこと事態は正直ありがたい為、誰もが皆「今度こそは」とやる気に満ち溢れている。

 

「(力も魅力も、全てに於いて一強だったオールマイト……。彼程のカリスマ性を持つ人間はそうそう現われる様なモノじゃない。だからこそ次の“彼”を待つより、『群のヒーロー』でその穴を補っていく。

今回の仮免試験から免許交付に於ける判断基準要項を『救助に於ける個々の基礎知識はあるものと前提した上で、その先の協力・協調姿勢に注力した内容』へ改訂したのは、その足がかりの様なモノ……だったんですがねぇ……)」

 

流石に呉島新の様な規格外は他に存在しなかった為、予想通りの展開と言うか常識的な速さで受験生の救助活動は進んでいる。

ただ、こうして見比べると、やはり呉島新とその他の受験生では隔絶した大きな開きがあると思うのだ。それこそオールマイトとその他のヒーローがそうであった様に……。

 

「(まさか本当にコッチがヒク程のスピードで動くなんて思う訳無いじゃないですか……戦闘演習ではそんな事しなかったから尚更に……)」

 

戦闘能力が高い“個性”を持つ受験生は、救助・救出活動よりも対ヴィラン戦闘を強く意識する傾向にある場合が多いのだが、呉島新は逆に戦闘演習において相手を気遣ってか手を抜き、救助演習では迷う事なく全力を振るっていた。

遠くない未来世界において、オール・フォー・ワンが『個性特異点』との戦争を想定して造った改造人間だと上司から聞いていた為、此方としては戦闘演習に細心の注意を払っていたのだが、救助演習で全力を出したのはハッキリ言って意外だった。

 

「(でもまあ、おかげで人格的にはヒーローとして全く問題無いと上に報告出来るので良しとしましょう。私の睡眠時間と引き替えに……)」

 

『調子は?』

 

「初動は……まァ、至らない者も多いですが……。それでもHUCの皆さんが下す減点判断は、想定していたよりも少ないです。概ね良いんじゃないですかね」

 

そして当初の予定通り、救護所に要救助者が程よく集まってきた所で救護所の近くの壁を破壊し、其処からギャングオルカとそのサイドキック達がヴィラン役としてフィールド内に突入する。

 

「救護と対敵……全てを並行処理出来るかな?」

 

『ヴィランが姿を現し、追撃を開始! 現場のヒーロー候補生はヴィランを制圧しつつ、救助を続行して下さい(大規模テロに遭った人々の救助。そして、そのテロを企てたヴィランへの対応……大変ですが、皆さん頑張って正しい選択を行って下さい……)』

 

想定外の事もあったが、多古場の仮免試験もいよいよ大詰めである。

 

 

●●●

 

 

相澤先生と共に士傑高校の先生が座る観客席に向かい、ケミィなる女子生徒の話が終わった後、ついでと言う事で一緒に二回目の救助演習の様子を見学しているのだが……。

 

「初動こそ訓練量や判断力が顕著に表れる。イナサ……通常2年で受ける試験を1年にして嘆願し、そして受理される程、その実力確かである。ただ、前傾姿勢が過ぎる。経験と自覚の不測である……」

 

「………」

 

「……一人だけ早々に落ちたの、分かってます? 肉倉君……」

 

「分かっております」

 

「ああそう……」

 

士傑高校の先生の言いたい事は分かる。俺の隣に座る肉倉なる先輩の態度にせよ物言いにせよ、ソレは間違いなくデキる奴のソレだ。傍から見れば仮免の一次試験に落ちた人間だとは到底思えない雰囲気や風格と言うヤツが滲み出ている。

 

「これを機にちゃんと顧みて下さいよ? 影響され過ぎです」

 

「影響?」

 

「ステイン以降、分かりやすく出ています」

 

「ヴィランの言葉に私が……!? 笑止!」

 

「笑止て! いやね、必ずしも悪い事ではありません。奴の原理主義主張とオールマイトの引退を受け、ヒーローの姿勢を正そうと考える人は増えているそうです。ただね……君が今回そうなったように、“否定”や“嫌い”を原動力にすると、時に目が曇り、行き過ぎてしまうんですよ」

 

「………」

 

素晴らしい。流石は士傑高校で教鞭を執っている先生だ。「正しくあろう」とする事で盲目的になる危うさを教え子に説くその姿勢は正に教師の鑑である。

 

その後、引率の先生の言葉が効いたのか、それから肉倉なる先輩は特に喋る事もなく(何となく毛羽毛現(けうけげん)みたいな先輩の「士傑の名折れ」と言う台詞に反応していた様な気はするが)、出久がギャングオルカに蹴りを一発叩き込んだ所で演習試験終了のアラームと目良さんのアナウンスが流れた。

 

『えー、只今をもちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。誠に勝手では御座いますが、これにて仮免試験全行程終了となります!!!

集計の後、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ……他の方は着替えてしばし待機でお願いします』

 

そして俺は肉倉なる先輩と先生方に別れを告げてクラスの皆と合流し、制服に着替えて合格発表まで皆と一緒に待機していた。勿論、人間ではなく怪人バッタ男としての姿で。

 

「え!? シン君、あの時にギャングオルカ達も対処してたの!?」

 

「ああ。状況設定が自然災害じゃなくてテロだったからな。ヴィラン役がフィールドの何処かに潜伏しているかも知れないと予測していた」

 

「あの放送があった時点でか……」

 

演習試験が終わったので、心置きなく俺が一度目の演習試験で何をしていたのか説明すると、やはりと言うか何と言うか皆から驚かれた。それもこれもサー・ナイトアイの指導のお陰であると思うと頭が下がる思いだ。

 

「ケッ!! それ位、俺だってとっくに気付いとったわ!!」

 

「ああ、爆豪それでずっと何か探してる風だったのか……」

 

試験中の勝己の行動に切島が得心した様子を見せるが、演習試験において勝己はヴィラン役のギャングオルカやそのサイドキック達と一切交戦していない。

その上、救助活動は勝己に着いて行った切島と上鳴の二人が主に行っていた為、この試験で勝己はハッキリ言って殆ど何もしていない。それでも採点が減点方式である為、下手をすると受かる可能性があると言うのが恐ろしい。

 

「アタシ等はどうかなぁ……」

 

「やれることはやったケド……どう見てたのか分かんないし……」

 

「こう言う時間、いっちばんヤダ」

 

「ワカル」

 

「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ」

 

「……あっちゃんはどう思う?」

 

「……全員合格は正直厳しいと思う」

 

クラスの誰もが試験の結果に不安な様子を見せていたが、出久の不安は自分よりも轟に対する比重が大きいようで、観客席で救助演習を見ていた俺に意見を求めたのも轟に対する不安を払拭したいが為だろう。

 

「………」

 

しかし、ハッキリと言わせて貰うなら、轟の仮免試験合格はかなり厳しい。今回の演習試験に於いて、ヴィラン役のギャングオルカとそのサイドキック達と言う大人数を相手にするなら、広範囲制圧攻撃が繰り出せる轟は「救護所から要救助者を移動させる為の殿」として最適解と言える配役だった。

 

問題は同じ様に広範囲に渡る制圧能力が高い“個性”を持つ夜嵐と鉢合わせた結果、ギャングオルカ達の目の前で喧嘩をおっ始めてしまった事。

 

予想通りと言うか何と言うか、やはり夜嵐と轟には雄英の推薦入試の時に因縁があったようで、お陰で轟は完全に調子を崩し、ギャングオルカの超音波攻撃によって戦闘不能に追い込まれた。

また、夜嵐も同様に超音波攻撃で戦闘不能にされた事で戦線が崩壊。出久の一喝で冷静さを取り戻した二人はそれぞれの“個性”を組み合わせた「炎の竜巻」でギャングオルカを足止めする事には成功していたが、救助者へと向かうサイドキック達に関しては出久がかなり頑張って戦線を作っていた。

 

初めから轟と夜嵐が共闘する事が出来ていれば問題は無かったのだが、私的理由から要救助者を危険に晒したマイナスを考えると、理由が理由だけに轟が仮免試験に合格出来るかと言われれば……。

 

『皆さん、長い事お疲れ様でした。これより発表を行いますが……その前に一言。採点方法についてです。我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる、二重の減点方式で貴方方を見させて貰いました。

つまり……「危機的状況でどれだけ間違いの無い行動を取れたか」を審査しています。取り敢えず、合格者の方は50音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上で、ご確認下さい……』

 

そして迎えた審判の時。大型モニターに合格者の名前が映し出され、ヒーローの卵100個の運命が今決定する。

 

「結構、受かってるな!」

 

「あ! 私あったぁ! やったぁ!!」

 

「み、み……み……み……」

 

「みみみみみみみみみみ」

 

「二人とも落ち着け。セミみてーになってる」

 

まあ、確かに周りから「受かった」って言葉が聞こえたらそりゃ焦るよな。かく言う俺も内心「落ちていたらどうしよう」と焦っている。

出久と峰田を諫めつつ、“あ”から順番に視線を動かし、芦戸や梅雨ちゃんとクラスメイトの名前を確認しつつ、切島の名前が通り過ぎてから間も無くして、俺は『呉島新』の3文字を見つけた。

 

「フィーー……」

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ゴルショッカー、大バンザァアアアアアアアアアアアアイッ!!!」」」」」」」」」」

 

流石に安堵の溜め息が出た。一方、観客席ではゴルショッカーの怪人軍団が、俺がヒーロー免許の仮免に合格しただけなのに、まるで世界征服でも成し遂げたかの様な雄叫びを上げている。ついでにクラス全員の名前を確認してみると……。

 

「ねぇッ!!」

 

「………」

 

轟もそうだったが、勝己の名前も載っていなかった。逆に言えば二人以外のA組は全員が仮免試験に合格していた。

 

「轟ッ!!」

 

そして、轟と同様の理由で不合格となり、モニターに名前が載らなかったのであろう夜嵐が轟に近づいたと思えば、豪快に地面へ頭を叩きつけた。

 

「ごめんッ!! アンタが合格逃したのは、俺の所為だ!! 俺の心の狭さの!! ごめんッ!!」

 

「元々俺が撒いた種だし……よせよ」

 

「けどッ!!」

 

「お前が直球でぶつけてきて、気付けた事もあるから……」

 

「轟……落ちたの?」

 

「ウチのトップ3の内、二人が落ちてんのかよ」

 

「暴言、改めよ? 言葉って大事よ?」

 

「黙ってろ。殺すぞ」

 

「止めとけ。余計に惨めになるぞ」

 

「両者共トップクラスであるが故に、自分本位な部分が仇となった訳である。ヒエラルキー……崩れたり!」

 

「黙れっつってんだろ!! 殺すぞ!!」

 

合格間違い無しと思われていた人物が不合格と言う結果に、芦戸や瀬呂は意外な顔をしているが、峰田はここぞとばかりに轟を煽り、マウントを取りに行っていた。そんな峰田は天才的なセンスを生まれ持ったイケメンよりも上に居ると言う、滅多にない状況を存分に愉しむつもり満々の邪悪な笑みを浮かべている。

 

そしてそれは勝己にも当て嵌まる訳で、勝己は今にも殺人でも犯しそうな顔で峰田に吼えるものの、今や敗北者と堕した勝己の怒号では勝利者である峰田のニヤニヤ笑いを消す事は出来ない。

余りにも見苦しい峰田の態度が目に余る為か、飯田が無言で峰田の首を強引に反転させているが、どうにも効果は薄そうだ。

 

『えー、全員ご確認いただけたでしょうか? 続きましてプリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されていますので、しっかり目を通しておいて下さい』

 

「切島君」

 

「あざっす!」

 

「よぉこぉせぇやぁ……」

 

「いや、そう言うんじゃねぇからコレ……」

 

「上鳴見してー」

 

「ちょ、俺まだ見てない」

 

『ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたか等、下記にズラーっと並んでおります』

 

「61点。ギリギリ」

 

「俺84!! 見て、凄くね!? 地味に優秀なのよね、俺って」

 

「待って、ヤオモモ94点!!」

 

ふむ。特に悪い所が見当たらない尾白でも61点と考えると、ヒーロー公安委員会とHUCが下す減点判断はかなり厳しいモノだったと想定される。そして瀬呂が地味に優秀なのも同意する所であるが、それでも84点か……。

 

「飯田君、どうだった?」

 

「80点だ。全体的に応用が利かないと言う感じだったな。緑谷君は?」

 

「僕71点。行動自体ってより、行動する前の挙動とか足止まったりする所で減点されてる。あっちゃんは?」

 

「90点。他の受験生と連携やコミュニケーションを取らなかった事で減点されてる」

 

「こうして至らなかった点を補足してくれるのは有り難いな!」

 

「うん……!」

 

「そうだな……」

 

クラスメイトが公安委員から渡された採点結果に一喜一憂する中、俺は出久と飯田に90/100と言う実技演習の採点結果を見せるも、内心ではかなり複雑である。

 

何せ俺の場合はHUCがまともに採点する事が出来なかった訳で、ヒーロー公安委員会がビデオ判定や提出したデータを参照する事で漸く行動の正否を判定している。

つまり、例えば八百万は「94点に相応する正しい行動を取ったからこそ94点」となったのだろうが、俺の場合は「90点にせざるを得ない状況を作り出したから90点」と言った感じがするのだ。

 

ただ、ミュータントバッタの群れを用いた『ローカスト・エスケープ』による瞬間移動に関しても減点されていると予想していたのだが、それが無かったのは意外と言えば意外だ。

 

この事を帰りのバスで相澤先生に聞いた所、相澤先生は次の様に答えた。

 

「一秒を争う人命救助の場において、救助者の救出に有用な“個性”を恐怖心や嫌悪感などを理由に減点するのは“個性”差別と変わらない。何より、個人の感情を人類の総意の様に言うのは合理的とは言えん。世間にはゴキブリが好きな奴もいれば、チョコが嫌いな奴だっている。減点対象にならなかったのはその為だ」

 

言われてみれば確かに、ヒーロー公安委員会やHUCが“個性”差別に繋がる様な判定をする訳が無い。現に出久達の減点された要項を確認したが、減点対象は要救助者への暴言や失言、安全確認の有り無しや状況判断の甘さなど、言動や行動に関するものばかりで「“個性”に関係する怖いや嫌い」と言ったモノは一つも無かった。

彼等としては如何にヴィラン染みた見た目をしていようとも、ヴィラン向きだと思われる“個性”であろうとも、「困った誰かを救う為に“個性”を使う事」が出来る者を排斥する様な採点をする訳にはいかないと言う事か。

 

『えー、合格した皆さんはこれから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使出来る立場となります。即ち、ヴィランとの戦闘。事件・事故からの救助等……ヒーローの指示がなくとも、君達の判断で動く事が出来ます。しかし、それは君達の行動一つ一つに、より大きな社会的責任が生じると言う事でもあります』

 

「………」

 

『皆さんご存じの通り、オールマイトと言うグレイトフルヒーローが力尽きました。彼の存在は犯罪の抑制に成る程大きなモノでした。心のブレーキが消え去り、増長する者はこれから必ず現われる。均衡が崩れ、世の中が大きく変化していく中、いずれ皆さん若者が社会の中心になっていきます。

次は皆さんがヒーローとして規範となり、抑制出来る様な存在にならねばなりません。今回はあくまで仮のヒーロー活動認可資格免許。半人前程度に考え、各々の学舎で更なる精進に励んで頂きたい!!』

 

うーむ。仮免試験中は何ともアレな面ばかりが目立っていた目良さんだが、流石にヒーロー公安委員会をやっているだけあって、決める所ではキッチリと決めてくる。そんな真剣な空気に当てられた所為か、合格者も不合格者も、誰もが皆神妙な面持ちで目良さんの話に聞き入っている。

 

『そして……えー、不合格となってしまった方々。点数が満たなかったからとしょげている暇はありません。君達にもまだチャンスは残っています。三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば、君達にも仮免許を発行する予定です』

 

「「「!?」」」

 

『今私が述べた“これから”に対応するには、より“質の高い”ヒーローがなるべく“多く”欲しい。一次は所謂“落とす試験”でしたが、選んだ100名はなるべく育てていきたいのです。そう言う訳で全員を最後まで見ました。

結果、決して見込みが無い訳では無く、むしろ至らぬ点を修正すれば合格者以上の実力者になる者ばかりです。学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回、4月の試験で再挑戦しても構いませんが―――』

 

「当然ッ!!」

 

「お願いしまっす!!」

 

目良さんの話に即座に反応したのは勝己と夜嵐の二人だったが、轟の目にも決意の光が宿っていた。間違いなく来年4月の仮免試験まで待つ事無く、三ヶ月に及ぶ特別講習を受講するつもりだ。

 

「やったね、轟君!!」

 

「止めとけよ。な? 取らんで良いよ。楽に行こ? ひえらるきぃ……」

 

「お前が止めろ。その見苦しい真似を」

 

「すぐ……追いつく」

 

かくして、少々残念な結果に終わったものの仮免試験が終了。合格者は写真撮影などの手続きを済ませると、一枚のカードを渡された。カードには『ヒーロー活動許可仮免許証』と書かれており、先程撮影した写真や本名の他、ヒーローネームも記載されている。

 

ヒーローネームはローマ字で記載されており、例えば出久は『デク』が『DEKU』と書かれていて、俺の場合は『仮面ライダー』が『MASKED RIDER』となっている。

ちなみに切島の『烈怒頼雄斗』は『RED RIOT』となり、字面のイメージが厳ついモノから何処かスマートなモノになった様に感じる。

 

「シン君、嬉しそうやね」

 

「まあな。色んな事があって、俺自身も色々と変わっちまったケド……それでも皆と同じ様に、普通に証明書が貰える事が嬉しい」

 

「……うん。そだね」

 

普通の人間ならこんな事は考えないだろうが、今や俺は人間のフリをしている超生物だ。それでも、こうして皆と同じ物を手にしていると、何と言うか……ココに居て良いと認められている様な気がするのだ。

 

「イレイザー」

 

「ん?」

 

「今回はまぁ……あんな感じになったケド、折角の機会だし、今後合同の演習でもやれないかな?」

 

「ああ……それ良いかもな」

 

そしてMs.ジョークが相澤先生に雄英高校と傑物学園の合同演習を持ちかけているが、正直俺としては可能な限り遠慮して欲しい案件である。傑物学園を全滅させた相手との合同演習とか、ただのリベンジマッチ以外の何物でも無いだからだ。それもあの真堂なる先輩が見せた形相から察するに、相当に苛烈な感じの……。

 

「おーい!!」

 

「あら、士傑まで」

 

「轟!! また講習で会うな!! けどな! 正直まだ好かんッ!!」

 

ここまで堂々としていて、いっそ清々しい位に猛烈な勢いのある「嫌い」発言があるだろうか? そしてここまで明け透けだと夜嵐に対して嫌悪感ではなく、逆に好感が持てるのが実に不思議だ。

 

「先に謝っとく!! ごめん!! そんだけー!!」

 

「どんな気遣いだよ……」

 

「こっちも善処する」

 

「めるすィ☆ 彼は大胆と言うか繊細と言うか……どっちも持ってる人なんだね☆」

 

大胆にして繊細か……言い得て妙だな。ちなみに俺としては善くも悪くも「豪快にして純粋」と言ったイメージである。

 

「我が王。間も無く準備が整います」

 

「そうか。それじゃ、始めるか……」

 

「? 始めるって何をだ?」

 

「先程まで士傑高校の現見ケミィなる女子生徒になりすましていた『敵連合』のトガヒミコを現在、我々ゴルショッカーが追跡している。包囲網が完成し次第、トガヒミコ捕獲作戦が開始される」

 

一陣の風に乗ったイナゴ怪人1号の発言に、俺と相澤先生を除いたA組の面々が息を呑む音が聞こえた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 多古場の受験生はおろか、全国の仮免試験受験者をぶっちぎりで超越してしまっている怪人。真面目に頑張れば頑張るほど、何故かラスボス化が進行する呪縛に囚われている。まあ、闇の帝王の祝福(改造)なんて呪いと大差無いだろうしね。

爆豪勝己&轟焦凍
 原作通りに仮免に落ちた二人。轟は兎も角として、かっちゃんに関しては雄英の一般入試の実技試験みたいに、下手をすると「救助活動は一切せず、ヴィラン役との戦闘行動のみ」と言う形で仮免に合格する未来もあったのではなかろうか。

オールマイト
 真の後継者がエンデヴァーに靡きつつある中、偽の後継者から頼りにされてとても嬉しい元№1ヒーロー。教師や師匠としての自信を取り戻したが、相手が自分の教えに着いてこれているだけだと言う事には気付いていない。

ギャングオルカ
 ゴルショッカーによる襲撃を受けたシャチョー。本人の見た目もそうだが、この時にサイドキック達が着ている試験用コスチュームも相俟って、初見の人なら「悪の秘密結社同士の抗争だ」と言われれば信じるである光景が試験の裏で展開されていたりする。

相澤消太
 主人公とオールマイトの訓練を見て、救助演習の結果が予想出来ていた男。主人公に対して妙に優しいのは、主人公から「救えなかった命を想う心」を感じていた為。決して教え子が全滅してMs.ジョークが静かになった事に対する御礼ではない。

コウモリ怪人
 勇学園の藤見が送ってきた『ゾンビールス』に適合し、元ネタ通りに「噛み付いた相手を操る能力」を獲得した怪人。仮免試験に望む際、イナゴ怪人の研修で「呪術師でもないのに自分の能力をバラすのは愚策」と徹底的に教育されている。

ヘビ怪人
 コウモリ怪人と同様にギャングオルカ達の元へと派遣された、悪い言葉で言うなら闇に紛れての暗殺を得意とする怪人。ちなみに、作中で覚悟が出来ているイタリアギャングっぽい台詞を宣っていたのはコイツ。



小型遠隔索敵装置『ホッパー』
 元ネタはご存じ『仮面ライダーV3』の装備「V3ホッパー」。『仮面ライダー THE NEXT』のV3は装備こそしているが未使用のまま終わった事と、小説『仮面ライダー1971-1973』に登場した「強化服・三式」の説明におけるセンサーや通信系統の強化ってつまりコレだよねって事で、この作品の主人公に使って貰った。要は何時もの作者の趣味。

ありのままに今起こった事を話すぜ
 ご存じ『ジョジョ』第三部に登場するポルナレフの名(?)台詞。作中でエンヤ婆が「『ザ・ワールド』の時間停止能力は圧倒的なパワーとスピードによって可能としている」と解釈できる様な台詞を吐いており、その所為で「オールマイトはその圧倒的なパワーとスピードで時を止めている」と言う謎理論が作者の脳内で構築された。
 単純にラスボスネタが使いたかったと言う事もあるが、スピンオフの『ヴィジランテ』における活躍等を含め、オールマイトならヒーロー活動の際に時間の一つも止めていてもおかしくない気がするのが怖い。勿論、筋肉で。それと『ワン・フォー・オール』って『オーバークロック』みたいに脳機能も強化出来たりするんじゃないかしら?

仮免試験実技演習の得点
 アニメの仮免試験において一瞬だけ映った、ヒーロー公安委員会が持つ実技試験の採点表の一部を元に採点。その中で「周囲の受験者との連携」と「その場に居合わせた者達とのコミュニケーション」があった為、各5点を引いて合計10点の減点としている。
 警視庁やヒーロー公安委員会が求めているヒーロー像はあくまでも『互いに協力し合えるヒーロー』であり、『オールマイトの再来』ではないと思われる為、「傍目から見てオールマイトの様に試験をクリアしても100点にはならない」と作者は判断した。

次回4月の試験
 作者の個人的な仮免試験における謎要素。ブラドキングは「毎年6月・9月」と言っているが、目良さんは「次回4月の試験」と言っている。原作では一次試験で仮免試験に再挑戦していると思われる他校生が確認される為、「仮免の一次試験を通過した者は、通常とは違う試験を受ける」と言う事なのかも知れない。


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第11話 ヴィランという名の肖像

大変お待たせしました。YouTubeで『ビーロボ カブタック』を面白おかしく見ながら本編をチマチマと執筆。『すまっしゅ!!』のハロウィン回を元ネタにした番外編も同時に執筆。よって今回は本編と番外編の二本立てとなります。
そして『ビーロボ スパイドン』はチョット見てみたいし、ロボコンみたいに令和版のカブタックやロボタックが出てきて欲しいと思うのは作者だけなんですかねぇ?

今回のタイトルの元ネタは『新 仮面ライダーSPIRITS』の「皮肉という名の肖像」。それにしても最近の原作ヒロアカの世紀末感はヤバいですね。


――対“個性”最高警備特殊拘置所。通称『タルタロス』。

 

A組が仮免試験に挑んでいる頃、「“個性”社会の闇」とも称される危険な個性犯罪者を多数収監しているこの場所で、二人の“無個性”人がガラス越しに対面していた。

 

「此処は窮屈だよ、オールマイト。例えば、背中が痒くなり背もたれに身体を擦る。すると途端にそこかしこの銃口が此方を向く。バイタルサインに加え、脳波まで常にチェックされているんだ。今の僕には関係無いが、『“個性”を発動しよう』と考えた時点で、ソイツは既に命を握られているって訳だ。

地下深くに収監され、幾層ものセキュリティに覆われ、徹底的にイレギュラーを排除する。世間はギリシャ神話になぞられ、此処を“タルタロス”と呼ぶ。“奈落”を表す神の名だよ。かつて魔王だった頃の僕なら兎も角、只の人間に成り下がった今の僕では、流石に神への叛逆は難しいと言わざるを得ない」

 

「いいや。出られないんだよ」

 

「そうだね。神殺しを成すのは何時だって英雄で、神殺しを成した英雄は総じて碌な死に方をしない。そんなの僕は真っ平ゴメンだ。それで? 何を求めて此処に来た?」

 

「………」

 

確かに闇の帝王は無力になった。何の力も持っていない“無個性”になった。しかし、それでも尚、奈落を住処とする怪物の様な雰囲気は全く衰えていなかった。それこそオールマイトが『タルタロス』に収監されているのが最も相応しいと思える程に。

 

「死柄木は今どこに居る?」

 

「知らない。君のと違い、彼はもう僕の手を離れている」

 

「……………貴様は何がしたい? いや、何がしたかった? 人の理を超え、その身を保ち、生き永らえながら……その全てを、搾取、支配。人を弄ぶことに費やして……何を成そうとした?」

 

「生産性の無い話題だな。聞いても納得など出来やしない癖に。分かり合えない人間ってのは必ずいるんだから。……同じさ。君と同じだよ。君が正義のヒーローに憧れた様に、僕は悪の魔王に憧れた。シンプルな話だろう? そんな理想を抱き、ソレを体現できる力を持っていた。永遠に理想の中を生きられるなら、その為の努力は惜しまない」

 

「その努力の結果が『ガイボーグ』か……」

 

「まあね。とは言え、その切っ掛けになったのは他ならぬ君だ。君の登場によって、無限に思えた僕の理想は有限に堕ちた。かつて失ったモノを取り戻すばかりか、更なる高みを目指す事が出来る方法があると知れば、誰だってソレに飛びつく。皆が心の中でやりたいと思っている事を、僕は実際にやっているだけさ」

 

「………」

 

事もなげに目的を語るオール・フォー・ワンを前に、オールマイトは沈黙した。この男はそうやって何人もの心の隙間に入り込み、これまで超人社会の闇を生き抜いてきたのだろう。それは“平和の象徴”と言う光でも照らす事が出来ない、人の心に潜む深く暗い闇でもある。

 

「それで? 他に僕に聞きたい事は無いのかな?」

 

「……呉島少年を改造した『ガイボーグ:SEVEN』。SEVENの由来については聞いたが、それとは別のコードネーム『シャドームーン』。この名前の由来は何だ?」

 

「ああ、それか。これは今更君に説明する様な事じゃあないんだが……人間社会では一度でも太陽に背を向け、夜を歩き始めた者に日の光は二度と振り向きなどしない。本人の望む、望まないに関わらず、日の光の下を歩く者達は、日陰から出る事の出来ない夜の住人を忌み嫌う。時には『ヴィラン』と言う不名誉な名前で呼んでね」

 

「………」

 

「だからこそ、彼等には必要なんだ。幾ら渇望しようとも、その身を蝕む日の光などではなく、優しく夜道を照らし、行く末を示す道標となる月の光が。故に僕は彼に『シャドームーン』と名付けた」

 

「………」

 

「悪には悪の救世主が要るんだよ、オールマイト。そして彼はその境遇故に、悪の救世主たる素質がある。例え僕が彼に手を加えなかったとしても、彼は君達には絶対に真似する事が出来ない方法で、世間から悪とされる者達を救うだろう」

 

このオール・フォー・ワンの予言が、わずか数時間後に現実のものとなる事を、オールマイトはまだ知らない。

 

 

●●●

 

 

世間で『神野の悪夢』と呼ばれる事件以降、その行方を眩ませている『敵連合』のメンバーの中で、警察やヒーロー公安委員会が最も危険視しているヴィランは誰かと言えば、それは勿論オール・フォー・ワンの後継者である死柄木弔だ。

 

では、『敵連合』のメンバーの中で、警察やヒーロー公安委員会が最も危険視している“個性”とは何だろうか? 

問答無用で万物を破壊できる死柄木の『崩壊』か? 極めて高い殺傷力を持つ荼毘の『蒼炎』か? 生物・非生物を問わず瞬時に小さな玉にする事が出来るMr.コンプレスの『圧縮』か?

 

どれも恐るべき“個性”ではあるがそうではない。それはありとあらゆるものを二つに増やす事が出来る、トゥワイスの『二倍』である。

 

元『敵連合』のスピナーこと、現雄英高校の用務員である秀一(名前で呼んで欲しいと本人から言われた)よりもたらされた情報によると、『二倍』を用いて対象を二つに増やすには「明確なイメージを必要とする」らしく、明確なイメージが出来ていなければ不完全なゴミが生成されるのだと言う。

人間を増やす場合は身長・胸囲・足のサイズなど多くの詳細なデータを必要とし、実際にメンバーの目の前でサポートアイテムである左手首のメジャーで荼毘の体を隅々まで測り、荼毘のコピー体を作って見せたらしい。

 

ただ、『二倍』で増やしたモノはトゥワイスの意志で消す事が出来ず、ある程度ダメージを与えない限り絶対に消えない。更に『二倍』で増やせるのは一度に二つまでと言った具合に、シンプルで強い代わりに弱点や制限も多い“個性”だと判断する事が出来る。

 

そして、此処が最も肝心な部分なのだが、「二つに増やす」と言ってもそれは「触れた相手や物が分裂する」と言った増え方ではなく、「トゥワイスの体からコピー体が出現する」と言う増え方をする。

つまり、その場にオリジナルが無かったとしても、詳細なデータさえ知っていればトゥワイスは幾らでもコピー体を量産する事が出来るのである。

 

「この“個性”の恐るべき所は、トゥワイスを抑えない限り『敵連合』を完全に壊滅させる事が出来ないって事だ。その特性上、“個性”で増やした相手が自分の言う事を聞く保障はないらしいが、闇組織に所属するヴィランが持つ能力としてこれほど厄介なモノは無い。

幾ら『敵連合』の他のメンバーを捕まえても、実質的には戦力の低下が起こらない訳だからな。だからこそ、トゥワイスがトガヒミコを増やせない今が、トガヒミコを捕まえる最大のチャンスだ」

 

「どうしてトゥワイスはトガヒミコを増やす事が出来ないのですか?」

 

「人間を『二倍』で増やすにはトゥワイスが対象人物の体を隅々まで計測し、多くの詳細なデータを手に入れる必要がある。しかし、伊口によるとトガヒミコは、それを嫌だと言って拒否したらしい」

 

「あー……なるほどね」

 

「まあ、ヴィランと雖も女の子ですものね……」

 

……とまあ、流石に外で話していては誰が聞き耳を立てているか分からんと言うことで、雄英に帰るバスの中で相澤先生が『敵連合』やトガヒミコ捕獲作戦についての説明をしている訳だが、『二倍』に負けず劣らず危険視されている“個性”が何を隠そう、トガヒミコの“個性”『変身』である。

 

此方についても秀一のお陰で割と分かっている事が多く、発動条件が「変身したい相手の血液を経口摂取する」事で、「摂取した血液の量に比例して変身時間が長くなる」と言う特性を持っている。

そして「複数の人間の血を摂取した場合、複数の人間の姿に変身する事が出来る」が、変身した相手の“個性”を使う事は出来ず、あくまでもガワだけの変身であると言った事が分かっている。

 

「伊口が言うには、トガヒミコが『変身』で伊口の姿になった時、顔よりも指を見た時の方がゾッとしたらしい」

 

「指?」

 

「指ってのは顔よりも普段からよく見てるモノだからな。変身したトガヒミコの指を見た時、伊口は『自分の指紋までコピーしている』と分かってゾッとしたんだそうだ」

 

問題となるのは『変身』の精度だが、顔や声は勿論の事、指紋まで完璧にコピーする事が出来、文字通り「他人そのものになる事が出来る」のだと言う。

トガヒミコが連続失血死事件の犯人とされながらも、今まで警察の捜査から逃げおおせてきたのはこの“個性”の恩恵が大きいだろう。何せガワだけとは言え「他人そのものになれる」のだから。

 

「そして、トガヒミコは林間合宿で麗日の血液を採取している。雄英高校は学生証や通行許可ID等を持っていない者が侵入した場合、各種センサーが反応して独自の防衛システムが働くが、トガヒミコが麗日そのものになれるなら、雄英に侵入する為のハードルは一気に下がる。詳しい説明は省くが、下手をすると生徒を個別に認識する高度なセキュリティが逆に仇となり、本人だと判定される可能性すらある」

 

「しかし、トガヒミコはどうして仮免試験に潜り込んだのでしょうか? 多くのプロヒーローも同席する仮免試験に潜入するリスクを考えれば、何を目的にしてそんな大胆な事をしたのか、まるで分からないのですが……」

 

「うむ。トガヒミコは林間合宿で俺達が麗日と蛙吹の二人と合流した際、即座に撤退して姿を眩ましている。ヴィラン相手にこんな事を言うのもなんだが、その時は引き際を心得ている奴だと俺は思った。そんな相手が捕まるリスクを背負ってまで仮免試験に潜入していたと言うのは少々信じ難い」

 

「麗日に成り代わるのが目的だとしても……仮免試験よりヒーローインターンなんかの校外活動の方がそのチャンスは多そうだしな」

 

「ヴィランの目的を考察する姿勢は悪くないが、トガヒミコの様なタイプのヴィランの場合、その理由が合理的なモノだとは限らん。それこそ『遊び』や『趣味』と言った理由である可能性も否定出来ん」

 

飯田の尤もな意見に、林間合宿で実際にトガヒミコを見ている障子と轟がそれぞれ意見を出すが、3人に共通しているのはトガヒミコの行動が理解不能であると言う事。すると相澤先生は、ヴィランは時として理解不能な理由で行動を起こす場合もあると忠告した。

 

「遊びや趣味……? つまり、利益や損得ではなく、単なる好き嫌いで動いていると言うのですか?」

 

「まあ、好き嫌いと言うか、衝動と言った方が良いのかも知れんがな。いずれにせよ、トガヒミコの“個性”で暗殺の様に24時間付け狙われたら麗日は勿論、これからインターンに参加するお前達や、既にインターンに取り組んでいる2・3年生の安全を100%保障する事は出来ない。トガヒミコは何としてでも此処で捕まえる必要がある」

 

「それにしても、どうしてトガヒミコが潜伏していると分かったのですか? その……呉島さんはトガヒミコを知っていたのですか?」

 

「いや、一次試験でゲンゴロウ怪人が士傑高校の現見ケミィなる先輩に化けて攪乱しようと血を吸ったら、現見ケミィではなくトガヒミコの姿になった事から判明したそうだ」

 

「やってる事がヴィランがやってる事と同じじゃね!?」

 

「何を言うかリビドー・スパーキング。騙し撃ちなぞ貴様等ヒーローがヴィランに対して常日頃からやっている事であり、人々から称賛される行為ではないか。ほら、良く言うだろう? 目的は手段を正当化させると」

 

「いや、ヒーローがそんな事言ったら駄目でしょーが!」

 

「しかし、実際に貴様はUSJの事件で、人質になったリビドー・スパーキングを助ける為、ヴィランに騙し撃ちをかまそうとしたと聞いたが?」

 

「う゛……」

 

イナゴ怪人の容赦ないツッコミに、耳郎がぐうの音も出ない状況に追い込まれる中、俺は怪人軍団へテレパシーで指示を出しつつ、仮免試験の前に塚内さん達と行った『敵連合』対策会議の事を思い出していた。

 

 

●●●

 

 

雄英高校の一角に『ヒーロー事務所 暗黒組織ゴルショッカー 雄英高校支部』と書かれたプレートが掛けられ、集った男達が異様な雰囲気を醸し出す部屋の中で、俺は塚内さんから渡された小さな男の子が写った写真見つめていた。

 

「これが志村転弧だった頃の死柄木弔ですか。確かに何処か面影がある感じですね」

 

「志村転弧。志村弧太朗の息子で、志村奈々の孫。当時は両親と母方の祖父母、それに姉の6人家族で生活していて、ペットに犬を一匹飼っている。個性届は提出されていないが、これは“個性”がまだ発現していなかった為で、存命であれば今年の4月4日で20歳になる。保険証の記録から当時通院していた病院の供述によると、原因不明のアレルギーを患っていた様で、頻繁に皮膚の痒みを訴えていたそうだ」

 

「「………」」

 

「「………」」

 

「志村転弧が死柄木弔になった転機と思われるのは5歳の時だ。近所の住民からの通報により駆けつけたヒーローと警察が志村邸を訪れると、家屋と庭が著しく破壊された上に、志村転弧を除いた5人と一匹の体がバラバラの状態になっているのを発見。

当初は凶悪なヴィランによる犯行だと思われたが、第三者が志村邸に侵入した形跡がない事や、志村邸から立ち去った一人分の子供の足跡。それに高枝切りバサミに付着していた志村弧太郎の指紋や志村転弧のモノと思われる血痕と言った様々な物証から、警察は志村転弧が発現させた“個性”による個性事故である可能性が高いと判断した」

 

「……チョット待って下さい。高枝切りバサミって、幾ら緊急時だって言っても親がそんなモノで子供を殴ったりします? むしろ錯乱状態の子供を前にしたら、子供を心配して落ち着かせようとか、抱きしめようとか考えるのが、普通の親の反応ってヤツだと思うんですが?」

 

「そうだね。当時の聞き込みによると、近所の人が『家の中からよく子供の泣く声が聞こえていた』と証言している。もしかしたら……そう言う事だったのかも知れないね」

 

「「………」」

 

「「………」」

 

しかし、『敵連合』について6人で会議していると言うのに、俺と塚内さんの2人しか喋っていない。尤も、オールマイトとグラントリノは終始黙っている上に、そんな二人に気を遣っているのかサー・ナイトアイとデヴィッド・シールド博士も何も言わない為、俺と塚内さんの二人で話を進めるしかなかったとも言える。

 

「その後、警察は志村転弧を保護するべく動いたが発見する事が出来ず、時効により書類上は死亡したとして扱われたのだが……実際には事件後オール・フォー・ワンによって拾われ、死柄木弔に生まれ変わっていたと言う事なんだろうね」

 

「……『敵連合』のメンバーの中では、黒霧や荼毘もその正体が掴めていないんですよね? 死柄木弔と同じように」

 

「我々も彼等の正体が分からなかった理由はそれなのではないかと考えているが、そうだとしても両者の正体を特定するのはかなり難しい。“個性”に関してはオール・フォー・ワンから貰ったモノかも知れんと考えれば尚更だ。ただ……荼毘に関しては突破口が無い訳では無い」

 

そして、俺が死柄木弔から現在も正体が不明な黒霧と荼毘の事に話を移すと、サー・ナイトアイが俺と塚内さんの話に入ってきた。それもかなり興味深い内容を口にして。

 

「と、仰いますと?」

 

「『動機』だ。“個性”を用いたヴィラン犯罪は星の数ほどあるが、その動機に関しては人類に“個性”が発現する前とそう大して変わっていない。むしろ、“個性”と言う特殊な力を持っている分、犯行の動機に関してはより純粋になったとも言える。

スピナーとして『敵連合』に潜入していた伊口秀一の話によると、荼毘はステインの意志を継ぎ、偽りのヒーロー社会を破壊する事を目的として『敵連合』に与したらしいのだが……林間合宿で荼毘と会敵した者達の証言の中で、一つ気がかりなモノがあった」

 

「それは?」

 

「『哀しいなあ。轟焦凍』……林間合宿で爆豪勝己を攫った際、爆豪勝己を取り戻すのに失敗した轟焦凍に対し、荼毘はこう発言したそうだ」

 

「………」

 

確かに奇妙な発言だ。失敗したヒーローの卵に対し、『ざまあ見ろ』とか『口先だけのクズ』と言った、相手を見下した感じの暴言を吐くのは分かるが、『哀しいなあ』は相手を見下すような意図があったにせよ、少々違和感があるニュアンスの台詞だ。

 

「何と言うか……『強いのになぁ』とか『頑張ったのになぁ』とか、『お前の事はよく知っているぞ』と言っている様にも聞こえますね」

 

「そうだな。そして、轟焦凍に関連する20代から30代位の男性で、炎熱系の“個性”を持つ者を調査した所、10年前に轟家の長男である轟燈矢が、エンデヴァーの所有する山で自身の“個性”の暴走によって引き起こされたと思われる山火事で死亡している事が分かった。

その時の山火事の温度は2000℃を超えており、それによって発生した上昇気流によって轟燈矢の遺灰は巻き上げられたのか、鎮火した跡地からは下顎の骨の一部だけが見つかったそうだ」

 

「……つまり、完全な死体は見つかっていない」

 

「そうだ。轟燈矢は事件当時13歳。仮に存命していたとすれば今年で23歳となり、条件に合致する。尤も、事故の状況が状況だけに生き延びていたとは考えづらく、更にかつて同じ家で暮らしていた兄に弟が気付かないと言うのもおかしい。よって、荼毘の正体は轟燈矢に縁のある誰かなのではないかと私は睨んでいる」

 

「………?」

 

確かに辻褄は合う。しかし、どうしても俺はサー・ナイトアイの推理を素直に肯定する事が出来ないでいる。

 

轟の家庭環境については、雄英体育祭で轟自身の口から語られた事以上の事は知らない。俺が知っているのは「母親が精神を病んで病院に入院している」事と、「兄が2人と姉が1人居る」事。そして「エンデヴァーが“個性婚”で造った最高傑作が轟だ」と言う事だけだ。轟の兄の一人が亡くなっている事は勿論、轟の兄と姉がどんな生活を轟家で送っていたなど知る由も無い。

 

だが、「轟燈矢がエンデヴァーの所有する山で“個性”を暴走させた」と言う点がどうしても納得出来ない。

これが一般家庭の話ならまだ理解出来る。例えば死柄木弔こと志村転弧の場合、始めて発動させたから“個性”の制御方法が分からずに起こった悲劇と捉える事も出来る。

 

――しかし、№2ヒーローと言う“個性”の危険性を熟知している男が、「自分の子供に“個性”の制御方法を教えていない」なんて事が有り得るのだろうか?

 

また、こう言ってはなんだが轟を深く知る人物などそうそう居るとも思えない為、この轟燈矢が何らかの方法で山火事から生還し、その後で荼毘に変貌したと考えた方が俺としてはしっくりする。

 

だが、荼毘の正体が轟燈矢だとしたら、ナイトアイが言う様に轟が荼毘に反応を示さないと言う点がおかしい。やはり、荼毘が轟燈矢だと考えるのは無理があるか……?

 

「荼毘の正体についてはおいおい調査していくとして……『敵連合』のメンバーの中で呉島君が特に注意して欲しいのはトガヒミコだ」

 

「トガヒミコ……林間合宿で麗日と梅雨ちゃんを襲った女子高校生風のヴィランでしたっけ?」

 

「そうだ。トガヒミコについては未成年と言う事もあって名前も顔もメディアが守っているが、集められた情報量は『敵連合』のメンバーの中でもかなり多い方だ。これは本人が社交的でお喋りだったと言う部分もあるがね」

 

「社交的でお喋り……ですか」

 

――トガヒミコ。本名は渡我被身子であり、ヴィラン名と本名が一緒と言う、割と珍しい部類のヴィランである。そして『敵連合』への入団動機だが、これがなんと「怪人になりたい」と「怪人を殺したい」と言う、最悪な事に俺が関与しているモノだった。

 

秀一の証言によると、トガヒミコは今年の雄英体育祭を観戦していたらしく、そこで俺が騎馬戦で行ったイナゴ怪人虐殺や、本戦において八百万が用いたトラロックガスで全身の皮膚が溶けて血塗れになった俺の姿に物凄い興奮を覚えたのが、俺に対する興味の始まりなのだと言う。

 

また、トガヒミコは「ボロボロで血の香りがする人」が大好きだそうで、そう言う意味ではステイン何かも好みとしてはドストライクだったとの事。

ただ、その所為で最後は好みの相手を何時も切り刻んでしまうとの事で、そこで幾ら殺しても死ななさそうな高い生命力を持つ俺を狙っていたのだと言う。

 

そんなかなり特殊な性癖……もとい、趣味趣向を持つ彼女の“個性”は『変身』。「他者の血を摂取する事で、他者に変身出来る」と言う“個性”である。

 

「……資料を見る限り、俺にはどうにも“個性”の影響を受けているのではないかと思われる部分があるのですが、博士としてはどう思いますか?」

 

「そうだね……世間では多くの人が“個性”を『本人が生まれ持った才能』だと認識しているが、“個性”とは本来『その人が生まれ持った特異体質』だ。つまり暑がりや寒がり、アルコールに強い弱いと言ったモノと何ら変わらない。

そして、通常と異なる体質を持つが故に、その体質に基づいた独特の好き嫌いが形成されると言うのはよくある話だ。特に生物型の“個性”を持つ者はその傾向が強い」

 

確かに。身近な分かりやすい例を挙げるなら、梅雨ちゃんがそれに該当するだろう。『蛙』の“個性”を持つが故に、雨が降るとケロケロと機嫌や調子が良くなったり、寒いのが苦手だったりするなど正にソレだ。

 

「では、やはりトガヒミコもそう言うタイプなのでしょうか?」

 

「それもあるだろうが、トガヒミコの場合は他にも問題があったと私は推察する。トガヒミコは個性登録がされていて、小学時の『一斉“個性”カウンセリング』も受けている。2年前に中学校の卒業式で最初の傷害事件を起こすまで、彼女はごく普通の中学生だった。だが、その普通こそが問題だったのだと私は思う」

 

当時、トガヒミコが起こした事件は大々的に報道され、彼女が障害事件を起こした事に対するインタビューで同級生は「信じられない」とか「そんな事をする様な人じゃない」と言った意見が多かったが、家族の証言はそれとは全く異なるものだった。

 

『もう償い切れないです……頑張ったけど駄目だったんです……。あの子は……悪魔の子なんです』

 

余りにも正反対な意見だ。これだけ聞けばトガヒミコが極端な二面性を持っていて、「学校では大人しくしていたが、家庭では凶暴だった」と言った印象を受けるが、母親の「悪魔の子」と言う台詞にはそれとは別の意図を感じる。

 

――娘が異常であると知っていた? 何時か犯罪者になると思っていた?

 

どちらも違う。当時報道されたニュース映像から聞いたトガヒミコの母親の声色からは、絶対に相容れないモノを前にした様な、とても強い拒絶の意志を感じる。

 

「『普通に生きて欲しい』……それがトガヒミコに対する両親の願いであり、彼等はその為に努力していた。それはとても一般的なもので、普通のやり方と言う意味では間違ったものではない。だが、それらの行為には『両親は娘の“個性”を受け入れる事が出来なかった』と言う事を示している」

 

「………」

 

「『皆に自分を受け入れて貰うには、普通のフリをするしかない』。トガヒミコもきっとそれが分かっていたのだろう。だがそうした行為はむしろ、自分と他人の違いをより強く意識する事になる。『皆は親に自分の“個性”を認められているが、自分はそうじゃない』と言った具合にね。

私がこんな事を言うのも何だが、嘘と言う行為に信頼と言うモノは無い。普通のフリと言う、他人はおろか自分自身にさえ嘘をついていた彼女は、傍目から見た人付き合いと異なり、常に孤独だった筈だ。『自分の“個性”を、本当の自分を受け入れない者と、真に心が通い合える訳が無い』とね」

 

「………」

 

「勿論、両親にとって娘の“個性”と、その特殊な好き嫌いを受け入れる事は大変な負担になる事は間違いない。最悪の未来を想像し、それを避けようと努力していた事も否定はしない。ただ……それでも彼等は、娘が生まれ持った“個性”と好き嫌いを、『これが娘の個性なのだ』と受け入れるべきだったと、私は思う」

 

「………」

 

博士のトガヒミコに対する分析は、“個性”研究の第一人者としての視点と、“無個性”と言うある意味では特殊な娘を持った父親として視点によるものだろう。

確かに、親から“個性”を認められると言う当たり前は、子供にとってとても大切な事だ。子供にとって親は神に等しい存在なのだから。

 

そんな風に考えさせられる博士の分析に続き、今度はサー・ナイトアイがトガヒミコに関する独自の分析を語り始めた。

 

「一説によると『個人』とは、『歴史の縦軸と社会の横軸が交差する場所に形成される』と言われている。親や子供と言った祖先や子孫による『歴史』の縦軸と、家族や学校などの共同体による『社会』の横軸。この二つの軸に対する帰属意識によって、人は自分の立ち位置を見い出すと言う話だ」

 

「別段、特別な話ではない様な気もしますが……」

 

「そうだな。だが帰属意識とは言い換えるなら『人の縁』だ。両親や学校への帰属意識を持たないと言う事は、自分に関わる人々との縁が切れていると言う事に他ならない。普通のフリと言う嘘によって形成されたトガヒミコの人間関係において、そうした帰属意識を持つ様な相手は誰一人として居なかったのだろう」

 

「………」

 

思えば、俺はかなり運が良かった方なんだろう。父さんは自分の“個性”を受け継いだ俺を愛してくれたし、俺の“個性”を受け入れてくれた幼馴染みもいた。

 

トガヒミコにはソレが無い。勿論、両親は娘が犯罪者になる事を望んでいた訳ではないし、同級生だってそうだろう。

 

ただ、『普通』である事が幸福であるとは限らない。

 

家族が彼女に向けた「普通に生きて欲しい」と言うありきたりな願いは、むしろ彼女を普通とは相容れない存在にしてしまった。度し難い。全くもって度し難いな。この超人社会は。

 

「私がこれらの情報を貴様に開示したのは他でも無い。貴様を試す為だ。超人社会において、死柄木弔やトガヒミコの様な背景を持つヴィランは少なくない。それでも我々は、彼等にヒーローとして対処しなければならない。

相手が何者であろうとも、例えソレが肉親や瀕死に陥った者であろうとも、ヴィランであるならばヒーローは鬼の一撃を与えなければならない。それが出来ないヒーローは、“象徴”と言う安心を与える存在になる事は出来ない」

 

「………」

 

ヴィランに対する鬼の一撃。サー・ナイトアイが俺に与えた課題は、中々どうしてヘビーなものだった。

 

 

●●●

 

 

仮免試験の最中、トガヒミコへの対処は全て相澤先生の指示によって行われていた。トガヒミコの“個性”はあくまでも「他人に変身する」ものなので、元が人間ではない怪人達に変身する事は出来ない。

そこで、怪人軍団と言う変身出来ない相手でトガヒミコを包囲し、その“個性”を封殺する形で捕らえると言う、非常に合理的な作戦が立案・実行された。

 

『グッ……ヴェエエ……!』

 

「………」

 

そして現場に向かわせたイナゴ怪人とのテレパシーによる視覚の共有で見える光景は、相澤先生の作戦が正解である事を示しており、確かにトガヒミコを追い詰めていた。

その姿は満身創痍としか良い様がないほどにボロボロで、指でちょっと突いただけでトガヒミコは力尽きそうな感じだ。

 

このまま押し切ればトガヒミコは捕らえられる。リスクゼロで、最大の戦果を挙げる事が出来る。だが――。

 

「どうだ?」

 

「作戦通りです。もう間もなく決着が付きます。トガヒミコの捕獲と言う形で」

 

「そうか。なら、近隣のプロヒーロー達に連絡を入れておく。トガヒミコを捕獲出来たら俺に知らせろ」

 

「ええ。しかし、手負いのヴィランほど恐ろしいモノはありません。そしてトガヒミコの始末は此処で確実にやっておきたい。そこで――」

 

「……おい、チョット待て。まさかお前……!」

 

「私自らが出るッ!!」

 

――それでは余りにも救いがない。

 

相澤先生の声を振り切り、俺はシャドームーンとしての姿に変身すると、緑色の電気を纏って現場へ瞬間移動した。

 

 

○○○

 

 

皆の言う『普通』を捨てたあの日から、私は私の思うままに生きてきた。

 

ヒーローや警察に追われる毎日は、自ずと自分の感覚を鋭くした。捕まらないように、捕まらないように、捕まらないように――。

女子高生の格好をすれば世間はチョッピリ優しくなったし、『普通』のやり方も分かっていたから、これまで誰も私を見つける事は出来なかった。

 

「ギャウッ!!」

 

「ヒヒヒヒヒィーー! 観念するが良い、トガヒミコよ! 此処が貴様の墓場となるのだぁ~~!!」

 

でも、それは相手が人間だったから。今私を捕まえようとしているのは、人間じゃない怪人達。だから血を飲んでも変身する事が出来なくて、人間とは違う方法で私を見ているものだから、今まで通用した方法が全然通用しない。

 

「う゛う゛~~~~~、いやッ!!」

 

怪人達の攻撃で体中がボロボロ。まるで体育祭の時の新君みたいだと思いながら、ストックしていたお茶子ちゃんの血を飲みながら兎に角逃げる。

 

お茶子ちゃんも好き。新君も好き。だから今日の仮免試験を利用して新君に近づきたかったケド、お茶子ちゃんがずっと誰かと一緒に居たから、お茶子ちゃんになって近づく事が出来なかったの。

 

「ハァ……ハァ……しつこい、ですね……」

 

「そうだな。だから、そろそろお終いにしよう」

 

私が逃げた先に待ち構えていた銀色のバッタの怪人は、お茶子ちゃんに変身した私の前で怪人から人間の姿に変身した。

 

私がボロボロだから油断してるんですか? 何にしても好都合です。銀色の鎧はナイフが通らなそうだったケド、生身ならどうとでもなります。

 

「初めましてだな。トガヒミコ」

 

予期せぬチャンスに力を振り絞り、呑気に挨拶する新君に近づくと、右足をナイフで斬り付ける。私の動きに反応した右手の爪が私のほっぺを引っ掻いて血が出たケド、そんな事はもう気にならない。ナイフに着いた新君の血を舐め取り、待ち焦がれた瞬間に心が躍る。

 

これで私も貴方みたいになれる……!!

 

「ウプっ……」

 

――でも、そんな私の期待は、他ならない私自身によって裏切られた。

 

「うえええええええええ……!!」

 

「……やはりな。禄でも無い外法で超生物にしたモンだから、俺の血液を摂取しても『変身』が機能しない。他の怪人共と同じ様に、俺も既に人間ではないと言う訳だ。しかも元が人間だった所為か、バグって拒絶反応みたいなのが出ているっぽいな。そして血を吐き出してしまった以上、最早その麗日の姿も保ってはいられない」

 

吐き気が止まらない。足が動かない。手が上がらない。体から力が抜けていく。でも、耳に届く新君の声だけが、やけによく聞こえた。

 

そして吐き気を無理矢理抑えて何とか顔を上げると、私の目に映ったのは……。

 

「な……何なんですか。それは……」

 

「俺にとって人間の姿とは擬態に過ぎない。人間社会を生きる上で、トラブルを避ける為の手段でしかない。まあ、“個性”を抜かれたらこんな感じになるのかも知れないが……兎に角、その擬態の性能を高める為に、オール・フォー・ワンはお前の『変身』の複製“個性”を俺に投与した」

 

「え……?」

 

「お前達は『敵連合』に入団してから、色々と検査を受けているだろう? その時に入手した細胞を元に、お抱えの改造技術者が“個性”を複製したんだと。投与した理由はズバリ、警察やヒーローの追跡をかわす為だ。何せ至極一般的な生活を送っていた女子中学生が、2年間も警察とヒーローから逃げおおせていたんだ。どれだけ有用な“個性”なのかはお前自身が証明している」

 

「………」

 

「お前が起こした事件を知れば、世間の連中はサイコパスだのクレイジーだのとレッテルを貼るんだろうが、俺に言わせればお前のソレはそんな理解不能なものじゃあない。『自分と真に心が通い合う相手が欲しい』。ただそれだけだ。その為にお前は嘘で積み上げた自分の何もかもを叩き売った。お前はたった一つの本当が欲しくて、その為だけに歩き続け、此処までやって来た」

 

「………」

 

「だから俺はお前になった。お前の旅を此処で終わらせる為に。お前が俺になる事が出来ないなら、俺がお前になればいいと」

 

新君の言葉にとても強い決意を感じます。絶対に逃がさないと言う必死さを感じます。きっと新君は微塵の躊躇もなく、一片の後悔も無く、此処で私を捕まえるんでしょう。

 

でも、私を見るその目には、私に『普通』を押しつけたお父さんやお母さんの様な“嫌悪”が無かったのです。

 

私が好きになって、最後には血塗れのボロボロにしてしまった人達が向けた様な“恐怖”が無かったのです。

 

私を捕まえようと躍起になって追いかけてきた、ヒーローや警察の人達の様な“拒絶”が無かったのです。

 

「さあ、決着を付けようか……トガヒミコ!!」

 

新君の血を飲んで新君になれない私の為に、私の血を飲んで私になった新君。

 

固く拳を握ったその姿は私そのものなのに、何よりも強くて、大きくて、深くて、綺麗だと感じたんです。

 

――ああ、そうです。そうなんです。

 

私はきっと、この人に出会う為に、この瞬間の為だけに、ずっと歩き続けていたんです――。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 ラスボス化が止まらなくなった結果、遂に女体化まで経験した怪人主人公。ちなみに作者はトガちゃんの姿のシンさんに、「おいで、雌餓鬼!!」と呼ばせるかどうかに結構悩んでいた。まあ、ある意味では分からせる事に成功しているが。

オール・フォー・ワン
 相変わらず“無個性”状態でもラスボスオーラがプンプンしている闇の帝王。正直、オールマイトよりもシンさんの方が話していて面白いので、原作と比べれば余り煽ろうと言う気持ちが起こらない。一発で曇る様な爆弾は平気な顔して落とすケド。

サー・ナイトアイ
 シンさんへ超人社会における“象徴”となる為の試練を課す等、ある意味ではオールマイトよりも師匠をしているリーマンヒーロー。発言がオールマイトにクリティカルヒットしているが、彼としては「だからこそ」の発言だったりする。

デヴィッド・シールド
 娘がいる“個性”研究の第一人者と言う、トガちゃんを語らせるのにかなり便利な設定を持つ科学者。冷静に考えるとヒロアカに登場する子育てしているキャラクターって、一般人以外は大抵ドエライ事になっている気がする。

トガヒミコ
 幼少期から続く長い旅を終えた『敵連合』の紅一点。この後シンさんの手により捕まったが、終始報われたと言わんばかりの穏やかな顔をしていた。原作における麗日とのやり取りを見る限り、単純に理解者や共感者が欲しかっただけの様にも見える。



荼毘=轟燈矢説
 原作を見れば正解だと分かるのだが、様々な矛盾点から違うと判断されつつある仮説。ちなみに『荼毘の正体は轟燈矢に縁のある人物説』は、「轟燈矢の“個性”をオール・フォー・ワンから移植して貰っている」と言うのが前提になっている。
 実際、原作のダビダンスまで作者は、荼毘の「身体と“個性”が合っていない」描写や、「轟燈矢が死亡している」と言う情報から、『蒼炎』が『ワン・フォー・オール』とは別の「他人から受け継がれた“個性”」と言う、展開的にも関係性としてもオイシイポジにあるのではないかと考えていた。

『敵連合』のその後
 トガヒミコの逮捕に伴い、警察とヒーローは他のメンバーの芋づるを狙ったが、トガヒミコは怪人軍団に追い詰められている最中に緊急事態を告げるメールをMr.コンプレスのスマホに送信していた為、トガヒミコ以外のメンバーを捕らえる事は出来なかった。
 警察の捜査を眩ますのと、勢力拡大の為に各地に分散しているのは原作通りだが、生き残っているメンバーはこれで死柄木、黒霧、荼毘、トゥワイス、Mr.コンプレスの5人。この中で仲間を見つけて来そうなのは作者的にトゥワイスしかいないのだが……。


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第12話 POWER to TEARER

読者の皆さん、大変長らくお待たせしました。

前回の投稿以降、怪我で長時間椅子に座ることが困難になったり、自動車事故に巻き込まれたりと、色々あって中々執筆する事が出来ず、大分遅れてしまいました。

所で、ポケモン最新作の『ゴールデンアルセウス』……もとい、『レジェンズアルセウス』が発売されたのを機に、もうずっと遊んでないポケモンを売ろうかと思い、その前に中身を確認したら……。

バシャーモ NN:アンク
エレキブル NN:カザリ
ミロカロス NN:メズール
ドサイドン NN:ガメル
カイロス  NN:◎
プテラ   NN:Dr.マキ

手持ちがオーズのグリードパで、他にもワルビアルのガラとか、サメハダーのポセイドンがボックスに……いっそ、この面子でポケモンを書くのもアリか?

サメハダー「命乞いはするな。時間の無駄だ」

そしてVシネクストで『仮面ライダーオーズ』の続編が出ると聞き、作者は昂ぶっておりまするぞ。こうなれば作者も未完成で放置している『DXオーズドライバーSDX』の水着回を完成させなければ……!

???「ああ、作者が『単なる水着回じゃ何番煎じだって感じで面白くない』って考えて、束さんの貝殻水着とか、箒ちゃんのボディペイント水着とか明後日の方向にフルスロットルした話だね!」
???「………」

今回のタイトルは『オーズ』の「POWER to TEARER」から。『DXオーズドライバーSDX』でも使っているタイトルですが、まあ気にしない。


妖星トガヒミコ、堕つ――!

 

ゴルショッカー怪人軍団を相手に、必死こいて抵抗の姿勢を見せていたトガヒミコが、トガヒミコの姿に変化した俺を見た途端に戦意喪失した事は少々思う所があるが、念には念とばかりにキッチリ止めを刺してトガヒミコを気絶させると、現場に到着したヒーローと警察に引き渡した事で任務は終了。

 

春の『敵連合』襲撃によって強化された雄英高校のセキュリティ程ではないかも知れないが、それでも充分に厳重であろう士傑高校のセキュリティをかいくぐったトガヒミコと言う難物を捕獲する事に成功した上、サー・ナイトアイの課題も見事に達成してバスに帰った俺を待っていたのは、鬼の形相をした相澤先生だった。

 

「仮免を取得してすぐにヴィラン退治とは、元気があって大変宜しい……」

 

言葉と表情が全く合っていなかった。捕縛布を力尽くで破る事は出来るものの、大人しく捕縛布で拘束されている方が吉と考えて一切抵抗しなかったが、俺としても相澤先生に対して言いたい事が無い訳では無い。

 

「確かにトガヒミコにゴルショッカーの怪人共を嗾け続ける事は、“個性”の相性を考えれば合理的な手段でしょう。それで此方が無傷で済むなら尚更です。しかし、合理性を突き詰めたヒーローとは只の装置です。只の装置に人を救う事が出来るでしょうか?」

 

「実際に民衆がヒーローに求めている理想像は、『平和をもたらし、それを維持する為の装置』だ。もしくは『正しさの奴隷』だな」

 

「ですが、ヒーローは時としてヴィランも救わなければならない職業です。再犯率を下げる意味でも、ヴィランに対して更正を促す努力をするのもまたヒーローとして当然の行為ではないでしょうか?」

 

「そんな事はヴィランが獄中でやれば良い事だ。そもそも悪事を働くと言う選択が間違っている」

 

「そうかも知れませんが、ヴィランはただ退治すれば良いと言うやり方を突き詰めた結果が、象徴の不在によって混乱している今のヒーロー社会ではないでしょうか? それは相澤先生の言う合理的なやり方では不十分だと言う何よりの証明であり、今後はヴィラン退治に全く新しいアプローチが必要とされるのではないでしょうか?」

 

「否定はしないが、それはお前がやらなきゃいけない事なのか?」

 

百戦錬磨の合理主義者は、俺の想像を遙かに超えた恐るべき強敵だった。幾ら肉体的にはクジラとミジンコ位のスペック差があるとは言え、一介の学生に過ぎない俺如きの稚拙な策では難攻不落の相澤城を陥落させる事は到底不可能であると痛感した。

 

「我が王よ。素直にコレはナイトアイの課題だと言えば良いではないか。ヴィランの都合や事情など一々考慮していてはヒーロー活動など出来ない。生まれ持った“個性”に苦しむ人々を救う為には、生まれ持った“個性”で苦しんだ結果ヴィランになった者達を打ち倒さなければならない。その為にトガヒミコに直接手を下しに行ったのだとな」

 

色々な意味で頭が上がらないナイトアイに余り迷惑を掛けたくねぇからだよ。しかし、そんな事は知ったこっちゃないイナゴ怪人達は別だった。もっともらしい理由では相澤先生を説得できないと思うや否や、平気な顔をしてナイトアイを生け贄として差し出した。

 

「……………んん」

 

すると相澤先生は青筋を浮かべつつも沈黙した。どうやら俺が言葉にするのを意図的に避けていたトガヒミコ捕獲に直接出向いた最大の理由――「生まれ持った“個性”に苦しむ人々を救う為には、生まれ持った“個性”で苦しんだ結果ヴィランになった者達を打ち倒さなければならない」と言う矛盾は、相澤先生の琴線に触れる内容だったらしい。

 

「……確かに結果を見ればお前のやった事は大手柄だ。セキュリティの関係から最も警戒していたヴィランを捕縛した事で、ゴルショッカーの有用性と雄英の安全性をアピールし、保護者を安心させた上により強い信頼を得る事が出来るだろう」

 

「では……」

 

「だがあくまでも結果としてだ。此方の指示を無視し、要らない危険を冒した事を結果オーライで済ます訳にはいかん。俺達はお前達の親御さんから、『今度こそお前達生徒を守る』と言う条件で、雄英に預ける事を許されたんだからな」

 

「………」

 

そう言われると耳と心が痛い。特に俺は林間合宿で『敵連合』……と言うか、オール・フォー・ワンの手によって攫われた挙げ句、改造手術と自己進化によって人間ではない超生物に成り果てている。

それに相澤先生は俺がヒーローをやる事に何処か否定的な部分がある。しかもそれは俺が散々利用された挙げ句、守ってきた人々から平和を乱す異物として切り捨てられる未来を心配しての事だから、ヒーローとして活動するにしても余り目立つ様な事はして欲しくはないのかも知れない。

 

「今後、お前の行動が正解だと他の生徒に思われても困る。よって、示しを付ける意味でも処罰を下す。呉島は三日間の寮内謹慎! 朝と晩にA組とB組の寮内共有スペースを清掃! +反省文の提出!」

 

ウォオオオン! 示しって言うか、見せしめじゃねぇか!!

 

しかしまあ、言いたい事は分からんでもない。実際に「手柄さえ立てればお咎め無し」的な前例を作ってしまっては学校側としても困るだろうし、無駄に対抗心があるB組が今回の事件を知り、ヒーローインターンなんかで『敵連合』を筆頭としたネームドのヴィランと遭遇して似たような事をされたらもっと困るだろう。

 

「以上! お前等も分かったな!!」

 

「「「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」」」」

 

かくして俺の独断行動に関する裁判は終わった。勝己と轟の仮免落ちに加え、トガヒミコの捕獲と言う予想外もあったが、結果的には何とか無事に終わって雄英に帰る事が出来たから良かったと言った所だろう。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ただいま、エリ。良い子にしてたか?」

 

「むぎゅ……うん。おかえりなさい」

 

帰って来た俺の姿を見て、トテトテと駆寄ってくるエリをギュッと抱きしめ、今日の疲れと明日から始まる公開処刑に向けて、なんかこう尊い感じのエネルギーを補給する。

 

その後は制服から私服に着替え、皆と一緒に晩飯を食べてからエリを風呂に入れると、仮免合格の証である仮免許証を持ったエリとのツーショット写真を父さんに送信した。

怪人共を使ったトガヒミコ捕獲作戦に集中していた為、報告が大分遅れてしまったが、緊急時における“個性”を用いた戦闘が法的に許可された事で、父さんも少しは安心してくれる事だろう。

 

「明日からフツーの授業だねえ!」

 

「色々有り過ぎたな」

 

「一生忘れられない夏休みだったな……」

 

「あら、カワイイちゃん」

 

「ゆわいちゃん……!」

 

口田が腕に抱えている生きた白い毛玉こと、ウサギのゆわいちゃんを見たエリがそのモフモフの毛皮を目当てに近寄る様子は見ていてかなり癒やされるが、そろそろ寝る準備に入らなければならない。

子守を担当しているぴっころとムック……もとい、怪人ストーミングペンギンとスノーマンの話によると、エリは今日余りお昼寝をしなければ、おやつもそんなに食べなかったらしい。今日はこれまでと違って昼間にエリの所へ会いに行かなかったので、その辺がエリにとってストレスになったのかも知れない。

 

「おい!」

 

「ん?」

 

「後で表出ろ」

 

そんな事を考えながらエリを見ていた俺にただそれだけ言うと、勝己は俺の返事も聞かずに去って行った。え? 俺、これからエリを寝かせなきゃいかんのだけど……。

 

「………」

 

 

○○○

 

 

「待っていたぞ、ボンバー・ファッキュー」

 

「……何でテメェが居やがる」

 

「決まっておろう。我が王は我が君を寝かしつけるので忙しい。貴様の我儘と我が君の不安。優先すべきがどちらなのかは明白だ」

 

「テメェ……」

 

「何より、話だけならワザワザ表に出る必要はあるまい。つまり、貴様にはそれ以外の何処か後ろめたい目的がある。違うか?」

 

「………」

 

「内容について予想はつくが、そんな貴様の我儘に我が王が付き合った結果、我が王が処罰の対象になるのは我々としても不本意だ。貴様とて我が王に余計な迷惑が掛かるのは本意ではあるまい? ましてや幼子に不安を与える等以ての外だ」

 

「……チッ。着いてこい」

 

 

●●●

 

 

突然だが、ヒーローとは常に選択を迫られる職業である。重要なのは自分の選択が正しいと信じる事であり、日々の選択に迷いや後悔があると、とてもではないが続ける事は出来ない。

 

さて、此処で一つ質問がある。ストレスを溜め込んだ暴力的な幼馴染みと、少々人見知りで寂しがり屋の幼女。貴方ならどちらを優先するだろうか?

ちなみに俺は後者だ。これに関しては、寂しい思いをさせたエリの相手をしなければならないコッチの都合を一切聞かなかった勝己にも非がある。だから文句は言わせない。

 

しかし、だからと言って歩く時限爆弾と化した勝己を放置する訳にもいかない。そこで俺はひとまず勝己に対しイナゴ怪人1号を派遣した。その行動力に色々と思う所はあるものの、こう言う時イナゴ怪人は本当に便利な存在である。

 

「『うん? 此処は……』」

 

「俺達が雄英に来て、初めての戦闘訓練で使った場所だ」

 

「『………』」

 

そんな訳でエリを寝かしつけつつ、テレパシーによる感覚共有によって俺はイナゴ怪人1号の肉体を通し、別の場所に居る勝己と相対していた。場所はグラウンド・βの市街地。オールマイトが担当した屋外戦闘訓練で使われた場所だ。

 

「どう言う訳だか“無個性”で出来損ないの筈のデクが“個性”発現してて、テメェとタイマン張って膝ぁ着かせてよォ。何でだかデクもテメェも何時の間にかオールマイトに認められててよォ……」

 

「『………』」

 

「見下してたヤツが実は“個性特異点”だか何だか訳分かんねぇモンで、それがスゲェ才能だってんでオールマイトに見初められて、テメェに至ってはそれ以上にヤベェってんで、オールマイトの“個性”まで貰ってやがったって?」

 

「『………』」

 

「それでテメェもデクもドンドンドンドン上に登って行って、しまいにゃテメェ等は仮免受かって、俺は落ちた。何だこりゃ? なぁ?」

 

「『……何が言いたい』」

 

「……俺とデクはオールマイトに憧れた。他のモブ共もそうだった。でもテメェだけは違ってた。テメェはオールマイトに憧れてなかった。なァ、そうなんだよ」

 

「『………』」

 

「だからよ……戦えや。此処で、今」

 

「『……良いだろう』」

 

完全に誤解である。しかし、出久の安全の為にも、この勘違いは貫き通さなければならない。何より自分と同じ様な憧れを持った出久が実はオールマイトの真の後継者だと知れば、間違いなく勝己は出久の方へ怒りと鬱憤の矛先を向けるだろう。

 

「構えろ。『一七五式』つったか。持ってんならソレも使え。それでも生身のテメェより弱ぇんだろ?」

 

「『ああ、それなら問題ない。スペックダウンは否めないが、コイツは俺になれる』」

 

「あん?」

 

「『変身……!』」

 

このイナゴ怪人1号はその名が示す通り最古のイナゴ怪人であり、単独でヨーロッパへ向かい『ローカスト・エスケープ』と言うワープ能力を習得したスペシャル個体である所為か、他のイナゴ怪人よりも高い性能を発揮する事が出来る。

更に、今では『モーフィングパワー』を筆頭とした複数の能力を俺自らコイツに分け与えてある為、オリジナルである俺にかなり近い能力を発揮できる仕様になっている。

 

その一つがコレだ。『モーフィングパワー』を用いた肉体改造。生物的なフォルムのイナゴ怪人1号の身体が、金属質な外骨格を纏うシャドームーンのソレへと「変身」する。

 

「『……良し。始めよう』」

 

数回手を握って動作確認の終了を告げると同時に、勝己が大きく踏み込んだ。しかも左手の爆発によってダッシュ力を上げている。

 

「オラァッ!!」

 

「『ヌゥン……!!』」

 

大振りの右。勝己は上から下へ、俺は下から上へと言う違いこそあるが、お互いにファーストアタックの選択は同じだった。

 

「グッ……何時だって真っ直ぐ突っ込んで来るんだよなぁ、テメェはァ……!」

 

「『………』」

 

俺の拳は勝己の腹に当たり、俺は勝己の爆破を正面から受けた。銀色の装甲には爆発を至近距離から受けた事で焦げが出来ているが、行動不能になる様な損傷は無い。

 

「来いやぁ!!」

 

「『ハハ……』」

 

勝己とのタイマンは体育祭以来であるが、こうして人目を避けて勝己とやり合う事はあのヘドロヴィランの事件以降、一切無かった。随分と久し振りのイベントに、不思議と笑みがこぼれてくる。

 

「オラァッ!!」

 

「『………』」

 

幾度となく繰り出される爆破を回避しつつ、現在の勝己の戦闘力を分析する。林間合宿と圧縮訓練の賜物か、爆破の威力が明らかに上がっており、攻撃の余波で周囲のビルの窓ガラスが軒並み割れている。……いや、爆破の威力がアップしたことについては、今の勝己の精神状態による部分あるか。

 

「逃げんな!! 戦え!!」

 

「『逃げてはいない。見極めているだけだ』」

 

「あ゛あ゛!?」

 

爆破による攻撃に加え、爆破を用いた空中移動。以前と同じ様に三次元的な移動と攻撃を同時にやってのけているが、単純な“個性”の出力アップは、それと引き替えにコントロールが難しくなるが、勝己は事も無げに強力になった『爆破』を使いこなしている。それは勝己の類い希なるバトルセンスを感じさせるには充分なモノだ。しかし……!

 

「『シィッ!』」

 

「ガッ……!!」

 

「『ヌゥンッ!!』」

 

マルチタスクならば俺も負けてはいない。勝己を蹴り飛ばして距離を取ると『ブリザードクラスタ』――モーフィングパワーで作り出した氷のイナゴの群れを操り、勝己の動きと“個性”を封じに掛かる。

勝己の“個性”『爆破』の天敵は低温。「爆発する汗を掌から出す」と言う関係上、体温が低下すれば“個性”がまともに使えない状態を招き、戦闘力が大幅に低下する。その事は使い手である勝己も嫌と言うほど理解している。

 

「舐めんなぁッ!!」

 

四方八方から殺到する氷のバッタの群れに対し、勝己は両手をそれぞれ別方向に爆破し続ける事で『ブリザードクラスタ』を蹴散らしつつ、ネズミ花火の様に回転しながら距離を詰めてくる。

 

「『ふむ……』」

 

それを見た俺はサタンサーベルを造り出すと、地面に突き刺して後ろに一歩下がった。コース的にこのまま進めば勝己は真っ二つになるが……。

 

「チィッ!!」

 

流石に避けるか。まあ、直撃して真っ二つになっても困るケド。

 

爆破の力で回転していた勝己が地面に掌を向けたと思えば、回転を強引に停止させて直角に跳ね上がり、そのまま更に上昇。

真上と言う背後に匹敵する弱所からの攻撃は、人間を含めた全ての生物を相手取る上で理に適ったモノ。それもまた勝己が天性の捕食者であるからこその判断だろう。

 

……もう少し本気を出しても良さそうだ。

 

「ハウザー……」

 

「『フ……』」

 

勝己が持つ技の中でも、最大威力を誇る必殺技の発動態勢。それを確認した俺は、銀色の装甲の表面に緑色の電流を走らせると姿を消した。

 

「!? 何処に――」

 

「『シャドーキックッ!!』」

 

――『瞬間移動』。ワープ系の能力を独力で編み出したが故に、相性は決して悪くないだろうとイナゴ怪人1号に分け与えた能力だが、やはり便利だ。

 

上空から俺に向かって真っ直ぐに突っ込む勝己の更に上空へと瞬時に移動し、背後から必殺の両足蹴りを放つ。しかし、並外れた反射神経の賜物か、シャツは破けたものの勝己は辛うじてシャドーキックをかわしている。

 

「ってェ……!」

 

「『どうした? この程度か?』」

 

「!! まだまだぁああ……ッ!!」

 

直撃は避けたとは言え、シャドーキックの余波で吹き飛び、地面に倒れ込んだ勝己。その瞳からはより一層激しく燃え盛る炎の様な闘志をメラメラと感じる。

 

「『フンッ!!』」

 

「なろ……」

 

「『シィッ!!』」

 

地面に刺したサタンサーベルを引き抜くと、立ち上がった勝己にサタンサーベルを投げつける。そして真紅の魔剣を避けた勝己の背後に瞬間移動すると、キャッチしたサタンサーベルの刀身にオレンジ色のオーラを纏わせ、勝己を斬り付ける。

 

「ガァ……!」

 

「『ヌゥウウン!』」

 

「おおおおおおおおおおおおお!?」

 

浅い。しかし、それで良い。刀身から伸びるオレンジ色のオーラが勝己に巻き付いて身動きを封じると同時に、サタンサーベルの動きに合せて勝己の身体が宙に浮かぶ。そして、宙に浮かべた勝己をビルに擦りつけながら、振り回す様に投げ飛ばす。

 

「『シャドービーム!!』」

 

「グゥウウウ!!」

 

勝己の着地地点を目標に、掌から放つ高出力ビーム。勝己は爆破によって着地地点をズラし、またもや必殺技の直撃を避けているものの、ダメージは確実に蓄積している。

 

「『ハハハ……』」

 

「! スタン――」

 

再び瞬間移動を発動。これまで瞬間移動する度に勝己の後ろを取っていた為、勝己には「瞬間移動=背後」と言う情報が刷り込まれている。

 

――故に、真っ正面からの一撃には、対応が一瞬遅れる。

 

「『シャドーパンチッ!!』」

 

「グオァ……ッ!」

 

勝己の体がくの字に曲がり、そのまま殴り抜けると、勝己は吐瀉物を撒き散らしながらアスファルトの上を飛んでいく。地面をボールの様にバウンドし、漸く止まって地面に伏した勝己が俺に向ける眼差しからは、未だに闘志が衰える様子は微塵も無い。

 

「……ちく、しょう……!!」

 

「『………』」

 

夜のグラウンド・βに「カショ……カショ……」と、独特な足音が響いている。勝己は最早ボロボロだが、此方は殆ど無傷。しかも、イナゴ怪人1号が元になったこの分身体の戦闘力は、総合的に見れば最大でも本体の10%程度の出力しか出せない。

 

――勝負は着いていた。

 

「何でだ……何でだよ……! 何で!!」

 

「『………』」

 

「何でテメェ等が力をつけて……! オールマイトに認められて……強くなってんのに!! 何で俺は……オールマイトを終わらせた“だけ”になっちまってるんだッ!!」

 

「『!!』」

 

「俺が強くて、ヴィランに攫われなんかしなけりゃ、もしかしたらあんな事にならなかったかも知れねぇ! 幾ら考えねぇ様にしてても……フとした瞬間、沸いて来やがる!! どうすりゃいいか、わかんねぇんだよ!!」

 

「『………』」

 

ああ、なるほど。お前は自分が不甲斐ない所為で、オールマイトを終わったのだと。神野区の事件以降、お前はずっとそう思って自分を責めていた訳だ。

 

なるほど、なるほど……ふざけるなよ、お前。

 

「『……お前がオールマイトを終わらせただと? 頭が増長(のぼ)せたか?』」

 

「は?」

 

勝己の頬に銀色の外骨格を纏った握り拳が突き刺さる。思わず最大限以上の力を出してしまい、その反動で拳が砕け、指がひしゃげた。

一方、全く反応できない速度で繰り出された拳をまともに受けた勝己は「何が起こったのか分からない」と言った有様で、自分が再び地面を転がっている事に混乱していた。

 

「……が……、あ゛……?」

 

「『チッ……やはり脆いな。まあ良い。お前は憧れがどうのこうのと抜かしていたが……憧れとは言い換えるなら幻想と言う名の色眼鏡だ。他者に押しつける身勝手な理想だ。それはその人の本質を見ない、見えてないと言う事に他ならない』」

 

「ん……だ、と……?」

 

「『お前、昔から言ってたよな? 「オールマイトはどんなピンチでも、最後は絶対に勝つんだ」って。「一番スゲェヒーローは、最後に必ず勝つんだ」って。そんな一番スゲェヒーローのオールマイトが「お前が攫われた程度で終わる」? 言ってる事が矛盾してるぞお前』」

 

「……ッ!」

 

「『あの時、神野区に居たお前なら分かっている筈だ。オールマイトとオール・フォー・ワンには面識があった。過去に二人は交戦していた。あんな規格外の怪物と戦って、オールマイトが無事で済むと思うか?』」

 

「………」

 

正直言って、デヴィッド・シールド博士にせよ勝己にせよ、オールマイトを一体何だと思っているのだろうか? オールマイトが人間である以上、“平和の象徴”だって何時かは倒れる。それは必然だ。避けられない運命だ。そして、それが今だ。

 

「『終わりが近い事を悟れば、人は託す。何だってそうだ。そこかしこに建つ家やビル。何気なく口にする食品。全て人から人へと託され、発展してきたものだ。皆がやっている事を、オールマイトもやろうとした。ただそれだけの話だ』」

 

「………」

 

誰も考えようとしなかっただけで、間違いなくオールマイトの時代の終わりは迫っていた。『神野区の悪夢』がそれを加速させ、決定打になったのは間違いないが、少なくともそれは勝己の所為ではなくオール・フォー・ワンの仕業である。

 

と言うか、立場的には俺の方がよっぽど神野区でオールマイトを直接的に消耗させている筈なのに、普段のキャラ的に「俺は悪くねぇ!」とか言い出しそうな勝己の方がずっと罪悪感に苛まれているとは一体何の冗談だ? むしろ俺の方が「俺は悪くねぇ!」と思っていたと言うのがまた皮肉としか良い様がない。実際に全部オール・フォー・ワンが悪いし。

 

「『あと、お前は一つだけ勘違いしている』」

 

「あ……?」

 

「『出久がオールマイトに選ばれたのは、誰よりも特別な力を持っていたからじゃない。あのヘドロヴィランの事件の直前、俺達はオールマイトに会い、出久はそこで……オールマイトから夢を否定された』」

 

「…………は?」

 

「『“個性”が無くてもヒーローになれるのか? その質問に対し、オールマイトは言外になれないと言った。憧れのヒーローに夢を否定され、俺は出久に何一つ言葉を掛ける事が出来なかった。そんな深い絶望の淵に立っていても尚……あの時の出久は、お前を助けに走った』」

 

これは俺と出久、そしてオールマイトだけが知っている、ヘドロヴィランの事件における隠された真実。一年以上の時を経て、それを俺の口から知らされた勝己の瞳には、「信じられない事を聞いた」と言わんばかりの驚愕があった。

 

「『だからこそ出久はオールマイトに認められた。絶望を乗り越えたその心をな。お前が言う様な理由なんかじゃない。てゆーか、お前はまだ認めてなかったのか?』」

 

「あん?」

 

「『いい加減、認めろよ。本当に強いのは、腕っ節に力を持ったヤツ何かじゃない。心に力を持ったヤツなんだって。だから弱いんだよ。お前は』」

 

「んだと……!」

 

「『仮にお前があの時の出久の様に、オールマイトからお前はヒーローになれないと否定されて、それ相応に現実を見ろと言われて、絶望しないと断言出来るのか? それでも尚、鉄火場に踏み込む事が出来るのか? 何の力も持っていなかった、あの場の誰よりも無力だった、あの時の出久の様にッ!!』」

 

「……ッ!」

 

勝己から歯ぎしりの音が聞こえた。自分には無理だと理解はしている。しかし、それを受け入れる事が出来ない。そんな顔をしていた。

 

「『……そうか。認められないならそれでも良い。それなら此処でそのつまらんプライドを完全にへし折って、その葛藤から解放してやる……永遠になッ!!』」

 

砕けた拳の再生は既に完了している。俺は二本目のサタンサーベルを生成すると、両手に握るサタンサーベルの刀身を交差させて構えた。

 

「『サタンクロスッ!!』」

 

「あっちゃん! かっちゃん!」

 

二本のサタンサーベルより放たれる、破壊エネルギーの奔流。それが動く素振りも見せない勝己を呑み込まんと迫る最中、一筋の緑色の光が流星の様に横切った。

 

「『……出久』」

 

「何で……テメェが……」

 

「……君が、助けを求める顔をしてたから……」

 

勝己を救ったのは出久だった。共有スペースで俺と勝己のやり取りを見ていた出久は、密かに勝己とイナゴ怪人1号の後をつけていたのだ。

 

「そこまでにしよう、三人共。悪いが……聞かせて貰ったよ」

 

「オール……」

 

「マイト……」

 

「『………』」

 

「気付いてやれなくて、ゴメン」

 

「………今……、更……」

 

そして、出久に続いてオールマイトが現われた。これで『オールマイトが引退したのは、どう考えても俺が悪い』問題の重要人物が全員揃ったと言えるが、何だか逆に気まずい雰囲気が漂っている。

 

「…………何でだ。ヘドロん時からなんだろ? 何で、コイツ等だった」

 

「……呉島少年は誰よりも人の悪意に晒されながら、誰よりも人を愛していた。緑谷少年は誰よりも非力でありながら、誰よりもヒーローに相応しい心を持っていた。君は誰よりも強く、誰よりもヒーローにならんとし、それを望まれた男だと思った。あの時、多くの称賛と祝福を受けていた君よりも、彼等にソレ等を与えるべきだと判断した」

 

「…………俺だってそんな強くはねぇよ。弱ぇから……ヴィランに攫われた……ッ!!」

 

「コレは君の所為じゃない。呉島少年の言う通り、どのみち限界は近かった……こうなる事は決まっていたよ。君は強い。ただね、その強さに私がかまけた……抱え込ませてしまった。済まない。君も少年なのに……」

 

「………」

 

「ただ、長いことヒーローをやっていて思うんだよ。世間は私を“平和の象徴”なんて言うけれど、全てを救えてはいない。ヴィランによる犯罪は減少こそしたが、無くなる事は無い。特にヴィラン犯罪の中で、異形系の“個性”を持ったヴィランの割合がどれほどのモノか、君達なら知っているだろう?」

 

「『………』」

 

「元々、後継は探していた。だが、この社会は“平和の象徴”と言う一本の柱だけでは、人々の心を支えるには不十分で、他にも“象徴”たる柱が必要なんだと思った。だからこそ私はあの時、あの場で誰よりもヒーローだった、緑谷少年と呉島少年に希望を見た」

 

「………」

 

「人を救けたいと思う心と、人を救けられる力。この二つが揃う事で、初めてヒーローは自分の正義を貫くことが出来る。緑谷少年は呉島少年の力に憧れ、呉島少年は緑谷少年の心を尊敬していた。

この互いの力と心を認め合い、真っ当に高め合える二人が、人々から“象徴”と呼ばれるヒーローになったなら、何時の日か誰の心も取りこぼされる事が無い、今よりもずっと良い社会が出来るのかも知れないと……」

 

「……そんなん、聞きてぇ訳じゃねぇんだよ」

 

慰めるつもりで頭に乗せられたオールマイトの手を払いのけ、悪態をつく勝己だったが、オールマイトの話はしっかりと聞いていた。一応は冷静さを取り戻している様だ。

 

「オールマイト。雄英に入学した時にはもう、後継はシンとデクの二人に決めてたんだよな?」

 

「ああ」

 

「……シン。俺……強くなってたか?」

 

「『……体育祭の時よりも“個性”の出力は上がっている。『爆破』のコントロールもより精密になっている。反射神経も反応の早さも以前より磨きが掛かっている。ただ……意外性が少なかったな』」

 

「……回りくでぇ。予想出来る様な事しかしてねぇって言えや、クソが……」

 

聞き慣れた口癖を最後に、地面に座りこんだ勝己は沈黙した。しばらくすると色々と整理が付いたのか、勝己は立ち上がると幾分か調子が戻った声色で俺に言った。

 

「つまんねー事に付き合わせて悪かったな。とっととソレ解除しとけ。いらねー迷惑は掛けねぇからよ」

 

「『……分かった』」

 

その言葉を聞いた俺は、テレパシーによる感覚共有を解除し、エリが眠っている事を確認してから俺も眠りについた。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 デク君と違って割とすぐに頭と気持ちを切り換える事が出来る為、かなりスムーズに事が進んでしまう怪人。どいつもこいつも、オールマイトを人間だと思ってないんじゃないかと思う様な発言をしている事に、内心かなり腹が立っている。

爆豪勝己
 原作と対戦者が違うものの、原作よりもデク君の心の強さを痛感させられる結果となったボンバーマン。同時に自分がオールマイトに選ばれるチャンスなど無かった事も知ったが、オール・フォー・ワンの発言が少し違っていた事に内心ホッとしている。

オールマイト
 この世界線ではデク君に真っ当な幼馴染みがいる為、原作とは少々異なる考えに至っている元№1ヒーロー。前話でのオール・フォー・ワンの言い分を鵜呑みにするつもりは無いが、デク君ではトガヒミコを救う事は出来なかっただろうと考えている。



イナゴ怪人ベースのシャドームーン分身体
 短編作品に登場した『真・怪人バッタ男 序章(プロローグ)』における、主人公のシャドームーンルートに登場したヴィランが遂に本編に登場。ちなみに戦闘力はどちらも全く同じ。どう考えてもUSJと言う序盤に出てきて良い様なヴィランではない。

かっちゃん VS あっちゃん
 正直、前作で主人公を無駄に強くさせてしまったので、こうしたバトルでは主人公の出力を大幅に落とすしかない。その結果、主人公が将来的に「イナゴ怪人は全員私ですよ」とか言い出しかねない状況に成りつつある。


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第13話 愛と死(?)の宣戦布告!

読者の皆さん、お久し振りです。

去年も今年も正に厄年としか言い様が無かった2年でした。車の事故で右手の指がグシャグシャになったりとか、人間関係で重度の鬱を患ったりとか、血便が出て大腸ガンの疑いが出たりと、それぞれの問題解決まで随分時間が掛かりましたが、依然と同じ程度に生活が出来る様になりました。

今回のタイトルは『仮面ライダーBLACK』の「愛と死の宣戦布告」が元ネタ。まあ、ハテナマークとビックリマークを入れているだけなんですが。

2023年最初にして最後の投稿を楽しんでいただければ幸いです。


人生における盛衰と、その人間が持つ善悪は、必ずしも一致するものでは無い。

 

そう、決して一致するものでは無い筈なのだが……人と言う生き物は盛える者を善と崇め、衰える者を悪と貶む習性を持つ。

これは誰もが「善なる者にはそれに相応しい未来を、悪しき者にはそれに相応しい末路を」と、心の中で無意識の内に望んでいるからであろう。

 

「仮免落ちた憂さ晴らしで?」

 

「謹慎~~~~~~~!?」

 

「馬鹿じゃん!!」

 

「ナンセンス!」

 

「馬鹿かよ」

 

「骨頂――」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

では、もしもその人の盛衰と善悪……と言うか、普段の言動と態度が現在の結果と一致していた場合どうなるか? 考えるまでも無い。それは今の勝己の姿を見れば日を見るより明らかであり……そこに更なる悪評が加われば反論の余地など皆無である。

 

グラウンド・βで起こった勝己VSイナゴ怪人1号(疑似シャドームーン)の乱闘騒ぎから一夜が明けた時、その所行は瞬く間にA組全員が知る事となり、満身創痍の姿で掃除機を掛ける様子も相俟って、勝己は朝から滅茶苦茶に機嫌が悪そうな顔をしていた。その様を影から見ているイナゴ怪人1号は、スガスガしいまでに機嫌が良さそうだった。

 

尚、俺がイナゴ怪人1号の体を使って戦った事はバレていない。勝己がその事を相澤先生に話さなかった事もあるが、イナゴ怪人1号が「ボンバー・ファッキューの憂さ晴しに付き合ってやっただけだ」とシラを切り通した事に加え、シャドームーンへの変身も、使用した特殊能力の全ても、今のイナゴ怪人1号ならば全て可能な範疇に収っていたからだ。

 

「それで、デク君は何で謹慎になったん?」

 

「よ、よく寝付けなくて、ちょっと外に……」

 

一方で、災難としか言いようがないのが出久だ。雄英が全寮制になった事に伴い、夜9時以降は特別な理由や許可なく寮の外を生徒が出歩く事は禁止されている為、出久もまた処罰の対象になってしまったのだ。

ちなみに、相澤先生が勝己と出久に処罰として下した謹慎期間は、勝己が1週間で、出久が今日一日。共に朝と晩A組の寮内の共有スペースの清掃と、反省文の提出を言い渡されている。

 

「緑谷君は兎も角、爆豪君はよく謹慎で済んだものだ……!! ではこれからの始業式は二人も欠席だな!」

 

「爆豪、仮免の補習どうすんだ?」

 

「うっせぇ! テメーには関係ねぇだろ……!」

 

「じゃー、掃除よろしくなー」

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

謹慎の理由が理由だけに、勝己に対してクラスメイトから同情する声は無い。むしろ何でも出来る上に、何だかんだで必ず結果を出すタイプの才能マンが見せる数少ない醜態を目の当りにし、面白おかしく見ている者の方が多い位だ。

 

そんなやり取りがA組の寮で行われるのを尻目に、俺は罰則としてB組の寮へと向かっていた訳だが、予想通りと言うか何と言うか、どんなに丁寧に表現しても「頭がおいかれになっている」としか思えない男が絡んできた。

 

「聞いたよ――A組ィィ! 二名ッ!! 其方、仮免落ちが二名も出たんだってええぇ!?」

 

「おう。ソッチは全員合格したらしいな。おめでとう」

 

正直言うと、『雄英潰し』において狙われる要素の塊みたいな物間と、“個性”『ギャグ補正』の特性と使い手の性格が致命的に噛み合っていない神谷がどうやって仮免試験を突破したのか非常に謎であるが、自分でも驚くほど興味が引かれないのでワザワザ試験の詳細を聞くつもりは無い。

 

ちなみに、何故B組全員が仮免試験に合格した事を俺が知っているのかと言うと、それは小森が率いるマタンゴ軍団を経由して情報を得ていたからだ。

多古場の試験会場は俺自身と怪人軍団により混沌を極めた様相を呈したが、B組の方も小森が指揮するマタンゴ軍団の魔の手により、負けず劣らずオゾましい光景が展開された事は想像に難くない。

 

「その様子だと、何で俺がコッチの寮の掃除を命じられたかも知ってる感じか?」

 

「ああ、昨夜に問題行動を起こした罰則だろう? 何でも仮免試験に落ちた憂さ晴しだとか!」

 

「それは勝己の話だ。俺は仮免試験に紛れ込んでいたトガヒミコを捕まえた所為でこうなった」

 

「……は?」

 

「『結果的に有名なヴィランを捕まえても、命令無視のスタンドプレーは論外』って事で、今後ヒーローインターン等で似たような事態に遭遇した他の生徒が同じ様な事をしないように見せしめの意味でコッチの寮の掃除を命じられたんだよ」

 

「………」

 

物間は沈黙した。トガヒミコの逮捕は他の『敵連合』のメンバーを捕らえる為もあり、昨夜の段階ではどのメディアでも報道されておらず、別の目的も兼ねて段階的にソレが知らされる手筈になっている。

 

「それじゃ、夕方にも来るからソレまでに部屋のゴミとか廊下に出しといてくれなー」

 

「お、おう」

 

「三日間、よろしくねー」

 

その後、石像と化した物間を拳藤が引っ張り、B組の面々がゾロゾロと学校へと向かっていくのを見送りつつ、俺はB組の寮の共有スペースの清掃を始めた。

 

『我が王、間に合いそうですかな?』

 

「終わらせるさ。時間までにはな」

 

始業式には出られないが俺にはやるべき事があるので、出来る限り掃除を急ぐのだった。

 

 

○○○

 

 

学校生活。特に夏休みや冬休みと言った長期休暇が終わり新学期が始まる時、今も昔も変わらない一つの試練がある。

 

「やあ! 皆大好き、小型哺乳類の校長さ! 最近は私自慢の毛質が低下しちゃってね。ケアに一苦労なのさ。これは人間にも言える事さ。亜鉛・ビタミン群を多く摂れる食事バランスにしてはいるものの、やはり一番重要なのは睡眠だね。生活習慣の乱れが最も毛に悪いのさ。皆も毛並みに気を遣う際は、睡眠を大事にすると良いのさ!」

 

「(物凄くどうでも良くて))

 

「(有り得ない程長ぇ)」

 

そう、校長の話である。古今東西の全ての学生が体験するこのイベント。もはや使い古されてあるあるネタとして使う事すら烏滸がましいモノであるが……今回は少し違った。

 

「生活習慣が乱れたのは皆もご存じの通り、この夏休みで起きた“事件”に起因しているのさ」

 

校長のその一言は、夏休み明けの始業式においてありがちな怠い空気を、一瞬にして緊張感を孕んだモノへと変えた。

 

「柱の喪失。あの事件の影響は予想を超えた速度で現われ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう。特にヒーロー科諸君にとっては顕著に現れる。2・3年生が取り組んでいる校外活動……『ヒーローインターン』も、これまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」

 

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人達はその重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君達には是非ともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材となって欲しい。経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も、皆社会の後継者である事を忘れないでくれ給え」

 

誰もが真剣な眼差しを以て校長の話を聞いていた。雄英高校に在籍するからこそ、校長の言葉の意味が、誰よりも理解出来ていたからだ。

 

「大分短く纏めただろ? 定石を覆したのさ」

 

「流石です。根津校長、ありがとうございました」

 

「(後継か……)」

 

朝礼台を後にする校長を見つつ、オールマイトは改めてこれからのヒーロー社会に巻き起こるであろう混乱と、自身の後継者と言える2人とは別の……最初に自身の後継者として考えていた若者の事を思い浮かべていた。

 

『後継を探していると言うなら、雄英ほど若い才能に恵まれた環境はないさ。どうだい? 教職の件……君の状態を鑑みても悪い話じゃないと思う。何、私も漠然と言ってるんじゃない。まさしく君の後継に相応しい人間がいる』

 

最終的にその若者がオールマイトに後継として選ばれる事は無かったが、何の因果か神野区の戦いに参戦していた。その意図については後日、その若者の師であるナイトアイから聞いている訳だが……。

 

「(より良い未来の為には、“平和の象徴”を緑谷少年一人に背負わせる必要は無いのかも知れないな……)」

 

 

○○○

 

 

「――それでは最後に幾つか注意事項を、まずは生活指導ハウンドドッグ先生から――……」

 

「グルルル……昨日う゛う゛ルルルルルル……寮のバウッ、バウバウッ! 慣れバウバウ! グル生活バウッ!! アオーーーーーンッ!!!」

 

「「………」」

 

「ええと、『昨晩、校内で暴れた生徒がいました。慣れない寮生活ではありますが、節度を以て生活しましょう』とのお話でした」

 

「グルルル……」

 

「「(ハウンドドッグ先生、何だったんだ?)」」

 

「キレると人語忘れちまうのかよ……雄英ってまだ知らねー事、沢山あるぜ……」

 

「緑谷さんは兎も角、爆豪さんは立派な問題児扱いですわね……」

 

「続いて、新しい警備員の皆さんを紹介します」

 

ブラドキングの言葉に生徒達が疑問符を頭に浮かべた刹那、何の前触れも無く辺りが暗くなった。訝しんだ生徒達がふと上空を見上げた先にあったのは……夥しい数の巨大なバッタの群れ。

まるで砂嵐の様な羽音を立てながらミュータントバッタの群れが、絶句する生徒達と教師陣を尻目に校庭をぐるりと一周すると、周囲の風景は一変していた。

 

この場に集まった雄英高校に所属する者全てを取り囲むように仁王立ちする、イナゴ怪人を含めた様々な怪人達。これでもかと乱立する、黄金の鷹とリンゴを食らわんとする銀色のヘビが描かれた黒地の旗。そして何処からとも無く流れてくる、昭和レトロでメタルな音楽。

 

「『仮面ライダー』こと呉島新は、『秘密結社ショッカー』の大首領にして、『暗黒結社ゴルゴム』の創世王である! 彼の手によって合併された『暗黒組織ゴルショッカー』は、この世界の闇を切り裂き、光をもたらす事を企むヒーロー事務所である! 『仮面ライダー』は生きたいと願う命の自由と平和の為、今日も戦うのだッ!!」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

全校生徒の9割以上が呆然としていた。1年A組は「何時もの事だな」と慣れた様子だった。何処からどう見ても悪の組織の決起集会的な状況に困惑した生徒が教師陣を見るが、教師陣は軒並み傍観を貫いていた。

 

ファオーン……ファオーン……

 

そんな彼等に追い打ちを掛けるが如く、耳に残る独特の電子音と共に、朝礼台に立っていた黒いモノリスに描かれたシンボルマークのリンゴの部分が紅く光り輝き、皆の注目を集めた。

 

『我がゴルショッカーの精鋭達よ! お前達を生み出した最新のバイオロジックが、この混沌に満ちた世界を変える時が来た! お前達の命を捧げるのは、今だッ! この混迷するヒーロー社会を平和に導く為、人に仇成すヴィラン共を、徹底的に撃滅するのだ! 改造するのだ! 希望の代価に犠牲を要求する、この世界のルールそのものを……!』

 

何だコレは!? 何だコレは!? 何だコレは!?

 

我々は一体、何を見せられているのか? 此処は雄英高校。全国でもトップに位置するヒーロー育成機関であり、自分達はそこの生徒の筈だ。決して悪の秘密結社のアジトではないし、そこの戦闘員でもない。

しかし、頼りになる筈のプロヒーローである教師陣は、この意味不明としか言いようのない光景を前にしても尚、鎮圧に動き出す気配は全く無い。

 

『運命に翻弄されし、異形なる者達よ! 無意味な暴力と、理不尽な屈辱に耐えてきた同胞達よ! 私は君達があるがままの姿で生きる事が出来る世界を実現する為、ヒーロー事務所「暗黒組織ゴルショッカー」を結成した! それは君達がいずれ訪れる事を望んだ「自由と平和」をもたらす為であり、それは何も大それた……特別な願いでは無い筈だ!』

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

『この言葉に心を動かされた諸君! 君達にお見せしよう! 道半ばで諦めた夢の続きを! 世界の残酷さに屈服し、破らざるを得なかった約束の続きを! 産まれてきた意味を呪った、悲しい歴史を終わらせる為に……!』

 

「「「「「「「「「「……!」」」」」」」」」」

 

呉島新の演説は、その言葉に共感を覚えた者達へ、ある気持ちを呼び起こした!

 

それは独裁者に従う兵隊の様な気持ちッ!! 或いは、邪教の教祖に憧れる信者の様な気持ちッ!! 即ち、どうしようも無く心を惹き付ける、抗いがたい強烈な衝動ッ!!

 

人はそれを――『カリスマ』と呼ぶッ!!

 

『ゴルショッカー各員に伝達! 大首領命令である! 諸君……』

 

故に、魅入られた者達は固唾を呑んで見守った。数多の怪人を従える“彼”の、決定的な言葉を期待して……!!

 

『世界を創るぞ……!』

 

「「「「「「「「「「IIIIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「イィーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」」」」」」」」」

 

それは、一糸乱れぬ美しい敬礼であった。心の奥底から放たれた魂の咆哮であった。イナゴ怪人を筆頭とした怪人軍団に続き、雄英高校の生徒達が同じ様に、大首領へ忠誠のポーズを取っていた。その中には……。

 

「ちょ! 顎大和! 何やってんだよ!?」

 

「……ハッ!? お、俺は一体何を……?」

 

怪人軍団に悪感情を持っていた筈の、普通科の生徒すらいた。尚、この時に敬礼のポーズを取っていた者達には、一部を除いて“何処かしらに人ならざる特徴を持っていた”と言う共通点があったりする。

 

「我々からは以上だ! さあ、3年生から順に教室へ戻るが良いッ!!」

 

恐るべき展開に生徒達がツッコミを入れる間を許す事無く、やる事をやったと言わんばかりに〆の一言をイナゴ怪人が告げると、再びミュータントバッタの群れが校庭に飛来し、同じ様に校庭をぐるりと一周すると、校庭は何事も無かったかの様に元通りになっていた。

 

「えー……、それでは3年生から教室に戻って――……」

 

再起動に時間が掛かりながらも、生徒達は各々の教室に戻っていた。彼等の話題は勿論、ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』を名乗る怪人軍団である。

 

「ねえねえ、知ってるんだよ! ねえ、聞いちゃったの、聞いて。今年の仮免試験、怪人の軍団が大暴れしたんだって! 1年だって。1年生の試験会場! ねえねえ! それに知ってる? 校内でム○クを見たんだって! でもガチ○ピンは何処にも居ないの! しかも、所属がポンキ○キじゃなくて『暗黒組織ゴルショッカー』なんだって! 不思議だよね? ねえ、聞いてる?」

 

「……ほほう」

 

「ねえってば!」

 

それは雄英でもトップに君臨すると言われる者達も例外では無かった。

 

 

○○○

 

 

「じゃあ、今日からまた通常通り授業を続けていく。嘗て無い程に色々あったが、上手く切り換えて学生の本分を全うする様に。今日は座学のみだが、後期はより厳しい訓練になっていくからな」

 

「…話ないねぇ……」

 

「何だ、芦戸?」

 

「ヒッ! 久々の感覚!」

 

「ごめんなさい。良いかしら先生。ヒーローインターンについてなんだけど、私達はどうなるのかしら?」

 

「確かに、その辺はどうなるんですか」

 

「俺も気になっていた」

 

「既に取り組んでいる先輩方にも、これまで以上に危機意識を持って考える必要があると仰っていましたが……」

 

「それについては後日やるつもりだったが……そうだな。先に言っておく方が合理的か……」

 

相澤としては、ヒーローインターンに参加する事が決定している新を含めて説明しておきたかったのだが、ヒーローインターンにおける内容も含めて、新は色々な意味で特殊で例外的なケースである。そうした意味では、彼等には今の内に説明するのが合理的であろうと、相澤は判断した。

 

「確かに仮免の取得に伴い、諸君等はより本格的・長期的にヒーローとしての活動へ加担する事が出来る様になった訳だが……お前等1年生の参加に関しては校長を始め、多くの先生が『やめとけ』と言う意見なのが現状だ」

 

「えー! 仮免取るのに、あんなに頑張ったのに!?」

 

「でも全寮制になった経緯から考えればそうなるか……」

 

「ただ、『今の保護下方針では強いヒーローは育たない』と言う意見もあり……これから慎重に協議を重ね、良い落とし処を探っている。後日行われる体験談なども含め、最終的な結論は一週間程で出る予定だ。じゃ……待たせて悪かった。マイク」

 

「一限は英語だーー!! 即ち、俺の時間ッ!! 久々登場、俺の壇場。待ったかブラ!!! 今日は詰めていくぜーーー!!! アガってけー! イエアア!!」

 

かくして、夏休みが明けて最初の授業が始まった。そしてプレゼントマイクの授業は、やっぱり普通だった。

 

 

●●●

 

 

口田が飼っているウサギのゆわいちゃんが口田の部屋から脱走し、チョットした騒動を起こしたものの、謹慎生活一日目が無事に終了しようとしていた。

 

ベースが虎である怪人ダイナマイトタイガー達を翻弄する普通のウサギと言う構図は見ていてちょっと面白かったが、ゆわいちゃんからすれば如何にゆるキャラチックな見た目とは言え相手は虎で、しかも複数体が寮内をウロチョロしている。

ゆわいちゃんの立場を考えれば、今の生活環境は割とストレスが溜まって死活に直結するのではないかと思わないでもないが、意外や意外。午前中の逃走劇がまるで嘘の様に、今やダイナマイトタイガーとゆわいちゃんは仲良くバナナを食べていた。

 

尚、「虎はバナナ食わねぇだろ」と言う、至極当然のツッコミは無しだ。何せコイツ等はチョコアイスだって普通に食うのだから。

 

「んッんーー…この埃は何です? 爆豪君?」

 

「典型的なイジワル姑ムーヴやめい」

 

「そこデクだ! ザケんじゃねぇぞ! オイコラ、テメー掃除も出来ねぇのか!?」

 

「お前はお前でもう少し落ち着け。コイツが心底イラつく顔してんのは分かるケド」

 

謹慎が明けたらたっぷりとお礼参りされそうな峰田の邪悪な笑顔を見つつ、B組の寮の掃除を手早くかつ丁寧に終わらせた俺は、ゆわいちゃん脱走事件で遅れているA組の寮の掃除を出久と勝己と共に行っていた。

 

「なぁ、今日のマイクの授業さ……」

 

「まさかお前も……?」

 

「当然の様に習ってねー文法出てたよな」

 

「あーソレ! ね! 私もビックリしたの!」

 

「予習忘れてたモンなぁ……」

 

「一回躓くとその後の内容、頭に入らねぇんだよ」

 

「「「………」」」

 

「インターンの話さ。もしも1年も参加できるってなったら、ウチとか指名無かったけど、参加できないのかな?」

 

「やりたいよねぇ」

 

「前に職場体験させて貰ったトコでやらせて貰えるんじゃないかな?」

 

「………!?(たった一日で、スゴイ置いてかれてる感……ッ!!!)」

 

「――と言う顔だね、謹慎君!」

 

「キンシンくんは酷いや。あの飯田君、インターンについて何かあったの?」

 

「俺は怒っているんだよ! 授業内容などの伝達は先生から禁じられた! 悪いが3人ともその感をとくと味わっていただくぞ! 聞いているか、爆豪君!」

 

「っるせんだよ! 分かってら、クソ眼鏡!」

 

「ムムッ……」

 

「………」

 

出久と勝己の2人は勿論、クラスの皆にも悪いが、俺はヒーローインターンに関しては特に心配していない。何故なら、俺の場合はリカバリーガールの元でヒーローインターンを行う事が決定しているからだ。

正確に言うなら、リカバリーガールの元でインターンを行う事で、全国の病院を巡って患者さんを治療する事が、俺が雄英高校で生活する為には必要であり、クラスの皆が取り組むようなインターン活動は出来ないのである。

 

しかし、そこで話が終わらないのが、ヒーロー事務所『暗黒組織ゴルショッカー』の存在である。

 

イナゴ怪人を筆頭に、そこら辺のプロヒーローにも勝るとも劣らぬ能力を備えた多種多様の怪人達を遊ばせておいては、世の為にも人の為にもならぬ。其処で手始めに彼等をヒーローインターンに参加させる事となったのだが、コレには二つの条件があった。

 

一つ目は、『ヒーローインターンに参加できるのは、ヒーロー公安委員会が出す試験に合格した怪人』であること。これは仮免試験では測れなかった部分……具体的には人間社会に於ける一般常識や各々の人間性(怪人に何を期待しているのだと思わないでも無いが)に問題が無いかを精査するのだとか。

 

二つ目は『実績と信頼のあるヒーローの元へと派遣する』と言う事。これは派遣した怪人の監視もそうだが、もしも怪人が暴走した場合、怪人を止める事が出来るだけの実力を備えている必要がある為だろう。

これは「怪人を派遣する=その怪人は派遣先のヒーローの弱点を補える能力を持っている」と言う図式が成り立つ場合、「派遣した怪人は派遣先のヒーローの弱点を突く事が出来る」とも考えられるからだ。

 

一つ目に関しては、怪人共はどう言う訳か無駄に知識と良識を備えている為、余り問題視はしていない。しかし、二つ目に関しては所謂、若手のヒーローの元へ送れない事が逆に不味い気がする。各々の“個性”の問題や、実戦経験の浅さをカバーする事が出来ないと言う意味で。

尤も、その辺の事は公安委員会も理解はしている様で、『実績と信頼のあるヒーローとのチームアップ』を条件に、若手のヒーローへの怪人の派遣も行えるのだとか。

 

そんな訳で、ヒーローインターンに関しては、何処か諦観している部分はあるのだけれど、それでも助けを求める声があるならソレに応えてこそヒーロー。皆と少し土俵が違うと言うだけで、ヒーロー活動に変りはない。

 

「(しかし、授業に遅れるのは流石に痛い……)」

 

寮内謹慎を言い渡されている以上、タルタロスへ足を運んでオール・フォー・ワンから情報を引っ張り出す事も出来ない。当然、逮捕されたトガヒミコに会いに行って、荼毘や黒霧の正体に繋がる何かしらのヒントを貰う様な事も出来ない。

 

「「「「創世王様~!」」」」

 

そんな事を考えている俺の元へ、一体のイナゴ怪人と、三体のカラス怪人がやってきた。

 

その名はイナゴ怪人グリス。『三羽ガラス』を名乗る赤・青・黄色の実にカラフルな三体のカラス怪人を従える、平成イナゴ怪人軍団の一人にして生粋のドルヲタと言う、よく分からない属性を備えたイナゴ怪人だ。

 

「俺達、創世王様の為に『ゴルショッカー』の広報活動に最適なアイドルを選んだんッス!」

 

「取り敢えず三つまで絞ったんで、見てくだせぇ!」

 

「あ~……、どれどれ?」

 

アイドル処か芸能界にすら興味は無いが、イナゴ怪人グリスとその愉快な仲間達の努力を無碍にするのは悪いと思い、折角だから彼等が選出したアイドルとやらを見てみることにした。

 

1.B小町

 

2.ゴクドルズ

 

3.PURE CLUB

 

「おぉおうぅ……」

 

何かしらんが、ドイツもコイツも厄ネタの臭いがプンプンする。特にこのB小町の星野アイとか言うヤツ。見た目は正統派な美少女って感じだが、何かとんでもない闇を抱えているのを感じる……。

 

――その時、不思議な事が起こった。

 

突如、俺の脳内に溢れ出す……“存在しない記憶”。

 

『そうだ! あの場で誰よりも完璧に嘘つきな君だったから!! 私は突き動かされた!!』

 

『!?』

 

『私が知る、ある少女もそうだった。彼女は自分にも、周りにも嘘をつき続けていた! たった一つの、本当の繋がりを手に入れたかったが為に!』

 

『………』

 

『君も! そうなんじゃないのか!?』

 

『………うん……!』

 

『君は、ゲッターになれるッ!!』

 

いや、イナゴ怪人1号(お前)かい。

 

どうやら、テレパシーによる感覚共有を用いて俺の脳内に直接映像を見せている様だが、よりにもよって既に最も厄そうなヤツに現在進行形でコンタクトを取っていやがった。しかも出久とオールマイトのビギンズナイト的な運命の出会いをパクった感じで。

 

「パクったのではない。インスパイアだ」

 

「それ言い方が変わっただけで、中身は一切変わんねぇヤツ」

 

「生まれ持った天秤による絶対的な強さ! それ故の孤独! この小娘に愛を教えるのは、誰よりも人間を愛しながら、誰よりも人間に愛されてはならぬ宿命を背負ってしまった男……即ち、我が王に他ならぬッ!!」

 

「何か違う気がするし、俺では無い様な気がするんだが……」

 

「しかし、『暗黒組織ゴルショッカー』は『秘密結社ショッカー』が前身と言う設定。それを考えるならば、我が組織には『アイ』が必要なのですぞ」

 

「然り! そして『暗黒結社ゴルゴム』との合併と言う設定である以上、このミュータントバッタのエキスをふんだんに使ったゼリー飲料『ヒートヘブン』もまた必要不可欠なのです!」

 

何時以上に訳が分からん謎の理論を展開するイナゴ怪人2号だが、どう転べばグロテスクなバッタの怪人が美少女アイドルに愛を教える事になる。そしてショッカーにはアイが必要とはどう言う理屈だ。

あと、イナゴ怪人BLACKが持っているその『ヒートヘブン』とか言う、とんでもゲテモノゼリーは果たして需要があるのだろうか?

 

「いずれにせよ、オール・フォー・ワンの供述が正しければ、『異能解放軍』は芸能界に手を出していない。強大な相手に付け入る隙があるのなら、容赦なく其処を突いていくべきだと思いますぞ?」

 

「ううむ……」

 

イナゴ怪人2号の言わんとする事は分かる。現状、俺達は後手に回っている。いや、後手に回らざるを得ない状況になっている。何せ敵対勢力である『異能解放軍』ほどの下積みや蓄積が無いのだから。

 

今だってオールマイトとオール・フォー・ワンと言う光の王と闇の王のW陥落による社会の混乱に乗じているに過ぎない。

ならば、「良い波が来ている内に、それを利用して出来る限り行ける所まで一気に行ってしまう」と言うのは作戦としてアリだとも思う。

 

しかし、しかしだ。あのオール・フォー・ワンが、そして『異能解放軍』が、闇の世界の住人と言える連中が、闇の深そうな芸能界に手を出さなかったなど、果たして有り得るのだろうか……。




キャラクタァ~紹介&解説

呉島新
 遂に世界征服(?)に乗り出した『大首領』にして『創世王』、そして『仮面ライダー』である男。運命に翻弄されし異形なる者達にとって、ある意味ではコイツこそが完璧にして究極、そして最強で無敵の偶像(アイドル)と言えるかも知れない。

イナゴ怪人グリス
 平成イナゴ怪人の一人にしてネタ枠の一角。実は彼には最推しのネットアイドルがいるのだが、「あくまでも純粋な一ファンとして応援したい」と言う理由から、ゴルショッカーを宣伝するアイドルの候補から外している。

三羽ガラス
 上記のイナゴ怪人グリスの体を構成するミュータントバッタを食らった事で、突然変異を起こしたカラスの怪人×3。その所為かコイツ等もイナゴ怪人グリスと同様に生粋のドルヲタ。しかし、金銭感覚はコイツ等の方が大分マシ。

星野アイ
 完璧で究極のゲッターを目指す物語が始まってしまったアイドル。作者が『仮面ライダー THE NEXT』に登場した「Chiharu」のアイドル要素を申し訳程度に入れようとした結果、『シン・仮面ライダー』で登場したAIが「アイ」って名前だった事で彼女が採用された。後は「個人的に今年一番面白かったネタは入れないとな」と言う作者の使命感。

星野アイ「アイの新曲『MOG・ROG』『MAゴコロあ・げ・る』聞いてね♥」
イナゴ怪人グリス「愚かな人間共がアイの虜となり、ゴルショッカーの奴隷となる日もそう遠くないと思われます!」
イナゴ怪人BLACK「社会や学校に失望し、アイドルを応援する事でしか生きがいを感じられない若者に目を付けるとは、良い所に気がついたな」
シンさん「………」

 上記の会話は『仮面ライダーBLACK』でのビシュムとシャドームーンの会話が元ネタだが、これが1988年(昭和63年)で行われていたと言う事実に作者は戦慄した。ドルヲタとは何時から地上に存在していたのだろうか……。



レリーフ越しに語る組織のトップ
 何処からどう見ても仮面ライダーではなく、ショッカーの大首領の所行。しかも、この時の音声は主人公の肉声ではなく、ショッカー首領でお馴染みの納谷悟朗ボイス。ある意味では正体の隠蔽を徹底していると言える。

ショッカーにはアイが必要
 元ネタは『シン・仮面ライダー』に登場する、SHOCKERの運営・管理を行っている人工知能。『最も深い絶望を抱えた少数の人間を救済する』と言う部分は、ある意味では今作のショッカーの大首領と共通している。その方法はまず相容れないだろうが。

ゴルゴムにはヒートヘブンが必要
 元ネタは『仮面ライダーBLACKSUN』に登場する、怪人の食料。元ネタは人間の肉片と創世王のエキスのミックスゼリーと言う『アマゾンズ』も真っ青の代物だが、この世界ではミュータントバッタのエキスが主原料。味はひとまずレモン・リンゴ・メロンの三種類を予定。

存在しない記憶
 元ネタはご存じ『呪術廻戦』だが、これは『真・仮面ライダー 序章(プロローグ)』において既に映像化されているのだ。余りにも時代を先取りし過ぎた御大こと石ノ森章太郎先生の発想力には脱帽なのだ。


後書き
 ログイン出来ない間に貯まりまくっていた感想は、明日からゆっくり消化していきます。それでは読者の皆さん、よいお年を。


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