風が吹けばクズ男が儲かる〜犯罪を働くだけで感謝されるとか人生イージーモードだろ (或売奴千刺)
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序章 BAD AGENT
0-1◇イライラしたからオッサンを殴ってみた件w


  本作はなろうで投稿してたものを見直して改正した作品です。
  勘違いを重ねて来た大学生の主人公がエージェントとして登録されていることを知らぬまま事件を解決して行く物語です。
 どうぞ今後ともよろしくお願いします。

挿絵はライトノベルの文庫風に作りました。よかったら見て言ってください^ ^
※著者 御丹斬リ丸は私の小説家になろうでのペンネームです。
※挿絵は天霧みとら が描きました。
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 あるところにひとりの少年がいた。

 昔はとんでもない悪ガキだったが年をとるにつれ、まともになって今では普通の大学生である。

 

 本人曰く、普通というには少し運が悪いかも知れないというが、大学生活は順風満帆。

 両親も生きているし、へんな組織に勧誘されたり、自分を巡って美人エージェントと悪の組織が交戦したり、スナイパーに狙われたりとかはない。

 至って普通、せいぜい修学旅行が延期にになったり、行き先で火事が起きたりするくらい。

 

 でも最近はこの運の悪さに悩んで神社にお祓いに行ったくらいだ。

 あと、趣味に神社巡りが追加されたくらいか。

 

 

 良く晴れた月曜日の朝、サラリーマンや学生は家を出なくてはいけないと朝起きて憂鬱になり、多くのオカンや鬼嫁たちが『いつまで寝ているんだ! さっさと起きろ!』と憂鬱ボーイたちの布団を剥いでいるであろう。そんな朝、東京をひとり難しい顔をしてずんずんと歩く少年がいた。

 

 その少年の名を五味 秋人(ごみあきひと)と言う。

 確かに彼は性格がゴミ人間であるが、五味さんは沢山いるし、塵とは意味が違うので小学生みたいにゴミゴミ言うのは可哀想だ。

 

 そんなゴミやろう……おっと失礼、秋人はイラついていた。

 神社でお祓いをしたり、神社巡りで心を清めたのではないのだろうか。

 原因は彼の趣味にあった。

 

 たしかに最近になって神に祈ることに心地よさを覚えた信徒たる秋人だが、一番の趣味はやっぱりゲームであった。割と大学生だといえばふつうな感じである。

 

 特にpvpが大好きな彼だが、決して上手くない。

 ファンタジー系の作品よりも近代武器で戦うバトルロワイヤル系ゲームを好む彼だが、特段上手いわけではない。

 スナイパーで遠距離の敵を射抜くだとか出会い頭の敵に正確に攻撃を当てられるわけでもない。マシンガンを撒き散らして物量でキルするか、スナイパーを後ろから不意打ちで殺すのが秋人のプレイスタイルになっている。

 彼がいざ武器を取れば、VC(ボイスチャット)勢に『クソエイム乙w』とか煽られる程度の実力しかない。

 

 しかし、近接武器での暗殺や高火力武器での奇襲攻撃が非常に上手くキル数は上位である。

 

 ……ただしそれは味方のだが。

 

 フレンドリーファイアが可能なゲームで誤射と言いながら味方を殺して回るのが楽しみだった。味方のまさかの裏切りにキレる相手、ゲームに生きる人間を嘲笑うような糞プレイだ。

 相手が怒れば怒るほど愉快で仕方ないようであった。

 そんな品格を疑うプレイの仕方だが、ゲームは自由だ、そういうシステムがあるのだ。運営も想定内だろう。

 

 ……しかし、運営側によほどクレームが寄せられたのだろう。味方陣地から迫撃砲で近くの味方を吹っ飛ばして笑っていた最中、突然回線が切られた。

 何ごとかと思っていると画面中央に英語でメッセージが表示され、"悪質なプレイの為アカウントを削除しました"とのことが書かれていたのだった。

 

 

 そう、彼は楽しみにしていたゲームを垢BANされムカムカしていたのだった。

 最近の若者はキレやすい、まさにお手本のような状態だった。

 何にイライラしているのだろうか、どう考えても彼が悪いのだが。

 

 そのイラつきを誰かにぶつけてやろう、そんな悪意を持って彼は朝早くに街へ繰り出したのであった。

 

 朝七時半頃、丁度通勤ラッシュと重なるこの時間、東京はどこも混んでいた。

 流れに合わせず、早歩きをすれば誰かにぶつかるし、強そうなやつも弱そうなやつも選り取り見取りのこの時間。

 当然彼は弱そうなおっさんめがけて早歩きをしていた。

 

 目の先、十mくらいを歩く小太りの眼鏡をかけたスーツを着たおっさんが歩いていた。

 秋人の尋常ではない怒気を感じたのか目の前にいた人々が少し避けたのをいいことに一気に距離を詰める。

 

 早歩きで迫る秋人、気づかないおっさん。

 右肩を押し出し、勢いをつけてタックルを決めた彼はなかなか清々しい顔をしていた。

 まぁそうだろう、イラつきを弱いものいじめで発散したのだ。

 

 そんな力を入れたつもりはなかったがそのまま足を滑らせて地面に倒れるおっさん。

 普通ならあ、やべ。と逃げるであろうがさすがは根が腐った人間、このくらいでは終わらない。

 いてて、と呟きながら擦りむけた手を見て痛そうに顔を歪ませるおっさんに追い打ちをかける。

 ……ただの鬼畜である。

 

「おい、おっさん! てめぇ何ぶつかってんだ? あ? おい! こっち向けよ! ちっ、聞いてんのか? ちゃんと周りを見ろよな? 危ねえだろ? しかもぶつかってさ、こっちも肩痛めたんだわ……あー、いってえぇ……こりゃあ、だっ……えーあー。 あれだ、なんか凄くヤバイなんかなってる。、ほら慰謝料寄越せ!」

 

 見るからにチンピラ、聞くからにチンピラ。もう顔面や性格以上に言葉の端々から馬鹿ですオーラが滲み出ている。

 

 そんな秋人は怒鳴りながら視線は地面を見ていた。

 地面に転がる謎の金属らしき物。銅色のピカピカ輝く何かに目を奪われていた。

 しかし、一般人より少しばかり目が悪い彼には十円玉に見えていた。

 後で取りに行こうかと考えていたが、おっさんもそちらに気づいてしまったので、見てなかったふりをしておっさんを睨みつける。俺の十円が……と思っただろうが今更遅い。

 

 そして、何より自分からぶつかっておいて罵倒する秋人、最悪である。

 どこの変が"普通"の大学生なのであろうか。

 不良ではないのであろうか?突然カツアゲまで始めた彼に通行人は面倒くさそうなものを見るように避けて通り、同時に絡まれたおっさんに同情の目を向けていく。だが助けない、さすが集団でしか動けない民族と歌われる日本人である。

 

 しかし、絡まれたおっさんは秋人を上回る訳の分からない行動をとったのである。

 突然左胸ポケットから取り出した高級そうな黒い革の財布を取り出し小切手を切ってサラサラとボールペンで数字を書いていったのだ。

 これには秋人もたじろぐ。

 

 "いきなり紙に何か書き出すとかヤベー奴だ"

 

 と思ったようだがお前が言うなである。

 

 そもそも彼は小切手と言う存在を知らなかった。

 だから財布から金を出すわけではなくなんか紙に数字を書き出したことに頭が混乱したのだ。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

 そう言いながら小切手を渡すおっさん。

 何がありがとうなのか、そもそもこの紙切れはなんなのか彼には分からなかった。

 そしてパニックを起こした彼の頭ははある答えに行き着く。

 

 こいつ……ドMか!

 

 いや、いくらなんでもそれはないだろう。行き着いた答えが馬鹿過ぎである。

 

 内心、ドMかー、キモい奴に絡んでしまったと落ち込んでいる彼は手元にある紙切れを見た。

 いや、だから紙切れではなく小切手なんだが。

 渡された小切手の額面に書かれていたのは"¥40,000,000"つまり四千万円であった。

 しかし、何度も言わせてもらうが小切手を知らない。

 親が幼い子供に『ほら1000円だよー』とかいいながら紙に"1000"と書いたものを渡してきたようなそんな気分であった。

 馬鹿にされたと勘違いされた彼は、

 

「こんな紙切れはいらねぇよ、今度はちゃんと用意するんだな!」

 

 と逆ギレをしながら走り去っていった。

 カツアゲしたが金が目的ではない。

 ぶつかって八つ当たりをするという目的を達した彼にこの場合にいる必要はすでになかった。

 今はなによりもこの、キモいドM男から今すぐ離れたかった。

 

 

⚔︎⚔︎⚔︎

side :外交官エリック

 

 いきなり自己否定のようですまない

 私の名前はエリック……ではない。

 それから外交官補佐でもでもない。

 私の名前は……おっと、これは機密事項であったな。

 

 私はエリック。ロシア大使館に外交官として所属するものだ。

 ロシア人らしい名前といえばなんちゃらニコフだとか、イワンだとかそういう名前だろうか。

 もちろん私も類に漏れずそう言った名前を持っているが、今は仕事上エリックとか言うとてもさわやかな名前を拝借しているよ。

 だからかな、本当の私はもっと静かなタイプなのだけど、エリックというもう一人の自分を演じるようになってからは道化のようにヘラヘラするようになったのさ。いやいや二重人格じゃあない。こういうのをペルソナというのさ。

 ペルソナというのは自分の求められる役割に乗じて普段とは違う性格の人間を演じる技能のことさ。

 

 父はアメリカ人母は日本人ということもあり私は見た目的に言えばほぼ日本人なのだから、ロシア風の名前もこの、エリックという名前もおかしい様に感じるが。

 

 上が決めたことだから仕方がない。

 だが、同僚が私の名前を呼ぶたびに笑ってくるのは少々頭にくる。

 かなりややこしい話だが私はロシア大使館で外交官補佐として働きながら、日本国内の情報をロシアに送る仕事をしている……ふりをして日本のとある諜報機関に情報を提供するという二重スパイじみたことをしている。

 エリックという名前は私がロシア政府の諜報機関からコードネームとしてもらった名前だ。だけども日本側にも情報を流す私は日本の諜報機関から山村慎司という見た目とマッチした名前と戸籍が用意されているのだ。

 

 

 それにしても、今日も朝七時頃だというのに東京はどこをみても人、人、人である。狭い道がぎゅうぎゅうになるほど人だらけであった。

 十時出勤の私がこんな朝早く街を歩いているのには理由がある。

 

 もちろんそれは暗殺を恐れてのことだ。

 今までバレたことはないが、スパイと言う仕事は危険である。

 いつ殺されるかわかったものではない。

 それは、敵からでもあるが味方からでもある。

 

 こんな人混みの中を歩くのは肉の壁に利用しているのもあるし、人の目を気にして私のような末端を堂々と殺すような真似はしないだろと踏んでのことだ。

 どこかの大統領でもあるまいし私を堂々と人前で殺す意味がない。

 見せしめだとして誰に見せしめるというのか。あまり重要な人物以外は人混みの中にある暗殺対象をリスクを恐れて暗殺しないと知っているからだ。

 

 銃社会でもない、表面上平和な日本で銃を使えば即バレる。

 しかも監視カメラの台数は世界一、さらに、この国の民族はどうやらお互いを監視するらしい。我が祖国ロシア、いやソビエトがやろうとしていたことを人々が自主的に行っているという素晴らしい状況である。

 

 疑わしき者は、住民がよってたかってリンチ。

 疑わしき者は、警察がお話を聞くといいつつ拘束、尋問、誘導、逮捕のコンボを決める素晴らしき監視社会である。

 

 だから日本に来る工作員やら暗殺者たちはリスクを恐れてなかなか暗殺を実行しない。路地裏や建物の中で行われることは知らないが、大通りで暗殺なんてありえない。

 

 おそらく人通りの少ない場所は危ないが、ましてや朝のラッシュ。

 こんな人混みの中で暗殺しよう馬鹿はいないだろう。

 

 

 

 

 

 その時、何が起こったのかまるで理解できなかった。

 全く反応ができなかった。

 

 後ろから思いっきり押され、地面に倒れたのだった。

 ーーパシュッ!!

 と同時に何かが地面に当たる音もした。

 

 あまりの不意打ちに咄嗟の受け身も取れず、無残に倒れてしまう。

 しかし、無意識に出していた両手で地面につき頭をぶつけるのを避けるが、手を擦りむいてしまった。

 しばらく荒事をしていなかった私の手は昔ほど硬くないし、いかにも一般人を装うために太らした体は、自らの判断までもを遅らせてしまった。

 それに、殺伐とした環境から平和な日本と言う国に来てしまって馴染んだせいか、全く後ろから来た悪意に気づけなかった。スパイ失格である。

 痛みは流石に感じていないが、血が染み出しているこの状況で平気な顔をしていたらいくらなんでも怪し過ぎる。

 

 私は小太りの冴えない弱っちいデブの日系アメリカ人エリックと言う設定なのだ。

 ここで言うとしたら、『ああ、僕の手が』とか『血、血が出てるよぉ!』だろう。いや、それは流石に恥ずかしい。

 あまり間を開けても怪しまれるか。

 

 一発無難そうな

 

「いてて」

 

 と言いながら立ち上がり、後ろを振り返った。

 

 そこにいたのは典型的なヤンキーであった。

 栗色に染めたであろう髪の毛に、鋭い目つき、頭の悪そうな見下したゲス顔、趣味の悪いピカピカの時計とドクロやらドラゴンやらがプリントされたダサい服。

 ヤンキー……いや、チンピラだろう。

 舌打ちをして睨んで来ている。

 軟弱デブエリックなら『ひ、ひい』とかいいそうだが、私はそこまで堕ちることが出来ない。本気で成り切る同僚には尊敬しか浮かばない。

 そもそもこの頭の悪そうな相手にそこまで本気で演技する必要はないだろう。私は役者じゃないのだ。好きで演じているわけではない。まだ仕事も始まっていないというのに疲れたくはない。

 

 いやしかし、私はなぜこの男に突き飛ばされたのであろうか。

 いや……何故絡まれたのか心当たりしかない。どう見ても絡みたくなるような外見だからだ。

 それを肯定するようにチンピラが難癖をつけてくる。

 

「おい、おっさん! てめぇ何ぶつかってんだ? あ? おい! こっち向けよ! ちっ、聞いてんのか? ちゃんと周りを見ろよな? 危ねえだろ? しかもぶつかってさ、こっちも肩痛めたんだわ……あー、いってえぇ……こりゃあ、だっ……えーあー。 あれだ、なんか凄くヤバイなんかなってる。 ほら慰謝料寄越せ!」

 

 

 怒鳴ってくるチンピラ。

 怪我をしたなら、そもそも慰謝料じゃなくて医療費だろとツッコミを入れたくなるがグッと堪える。

 それ以前に彼に違和感を感じていた。チンピラなのだから睨みつけながら胸ぐらでもつかんでくるのかと思えば彼はずっと左下の地面を見ていた。

 何故私を見ないのか、何があるのか。

 ついついつられて見た私は全てを理解した。

 

 なるほど。

 

 

 そこに落ちていたのは潰れてコインみたいに薄くなった弾丸だった。

 銅色の弾丸だったものが地面のアスファルトとぶつかり潰れてめり込んでいた。

 そこで突き飛ばされた直後の異音についても理解した。

 

 なるほど。

 

 なるほど、なるほど。

 そうか、そうだったのか。と。

 私は目の前のチンピラを見くびっていた。

 どう見てもイラついたから八つ当たりしたチンピラにしか見えなかったが、彼は私よりよっぽど優秀なエージェントらしい。

 私は、外交官は新米であるがスパイ歴はかなり長い。ベテランに近い、いやもしくはベテランであろうか。若い。彼はとても若かった。しかし私よりも場慣れしていると感じた。自然な雰囲気、敵意を感じ取り弾丸を避ける技能、見るからにチンピラにしか見えない完璧な演技。その全てが私を上回っていることを理解させられた。

 

 ああ、驚いた。変装、心理戦、隠密行動、大概なんでもできる私だからわかる。だから、目の前の少年に遠く及ばないことを瞬時に理解した。

 

 どこから撃たれたのか撃たれてから理解する私と、撃たれる前に私を気付き身を呈して助けてくれた彼。どちらが優秀なのだろうか。

 言わずともわかることだ。

 

 そして彼の意図も理解した。

 チンピラとして絡んで来たのは彼が素性を晒さず、私の面子と正体を悟らせず、よくある世界の一コマのなんてことない少し不幸なイベントとして騒ぎを起こさないためにわざとチンピラめいた方法をとったのであろう。

 心理戦は得意な方であるが、自然だ。

 自然なチンピラで、あまりの自然さに逆に恐れをなしたくらいだ。

 

 それからさっきの難癖も恐らく私に対する遠回しの警告だろう。

 多分こう言いたかったのだろう。

 

『おい、おっさん! てめぇ何ぶつかってんだ? あ? おい! こっち向けよ! ちっ、聞いてんのか?』

 "おい、おっさん、アンタ同業者だろ。気配くらい感じろよ。俺の忠告をよく聞け"

 

『ちゃんと周りを見ろよな? 危ねえだろ? しかもぶつかってさ、こっちも肩痛めたんだわ……』

 "前ばっかり見ているなんて本当に馬鹿な奴だ、常場戦場の意識で周りにも気を配れ。俺が助けなければお前は死んでたし、タイミングがずれれば俺も怪我をしていた。だが間に合った。肩を痛めただけで済んだがな。"

 

『あー、いってえぇ……こりゃあ、だっ……えーあー。 あれだ、なんか凄くヤバイなんかなってる』

 "馬鹿なふりをして教えてやっているが、おまえは今大変なことになっている。いちいち説明してやる時間はねえが命を狙われてるぞ"

 

『ほら慰謝料寄越せ!』

 "仕事でもないのに助けてやったんだ、誠意をみせろよ"

 

 

 なるほど、よく出来ているものだ。

 どう聞いても一般人にはチンピラの難癖だが、同業者が聞けば意味は変わってくる。

 何にせよ、どこの機関のエージェントか知らないが助けられたのは真実。

 とりあえず、作戦のために渡されている充満な資金があるからこいつに正当な金額を払っても問題はないだろう。

 

 私は早速、外交官補佐として恥ずかしくないようにと買わされたロシア産のブランド品の財布を取り出し小切手を切った。

 それと、相手の素性を調べるためカメラ付きのボールペンを取り出しサラサラと金額を書いて行く。

 ボールペンで書き出すとカメラに気づいたのか、ムッとした顔をして来たがこれくらいは許してほしい。

 

 そんな感じで相場の二倍以上の四千万円の小切手を渡した彼は更に難しい顔をした。

 

「ありがとう、(命を助けてくれて)本当にありがとう」

 そう言いながら渡したのだが、失敗だったのだろうか。

 何か凄い馬鹿にしたような顔をして、それからキッと睨みつけて来た。

 

 それからハッと気がついた。

 撃たれて、突き飛ばされて助かって、自分より若くて凄いエージェントにあってすっかり忘れていたがここは人混みの溢れる街中、同業者ならまだしも一般人の前に見せる金額ではなかった。

 ここは個室じゃない。小切手をいきなり取り出して渡せば怪し過ぎる。私はつくづくどうかしていた。

 私が今することは四千万円の小切手を切ることではない。

 命を助けられたという恩に感謝し、彼が助けを求めてきた際には命をかけて協力することであろう。

 何をやっているのだ私は!

 カツアゲされたからと言って小切手を渡すのは目立ちすぎるだろう!

 危うく警察が来てしまうところだった。

 

 小切手を引っ込めようとしたが、既に周りの人間はこちらを見ていた。

 目の前の若きエージェントはイラついたような空気を発している。

 

 私は気づいた。ああ、恩を仇で返してしまったのか……。

 

 落ち込む私に彼は

 

「こんな紙切れはいらねぇよ、今度はちゃんと用意するんだな!」

 

 と言って走り去っていった。

 

 つまりはだ。

 "こんなところで小切手渡しやがって、馬鹿かてめぇ、今度はちゃんと出来るように同業者として思い出しておくんだな"

 

 と忠告いう忠告だろう。

 見られたからには小切手を持って行ってもおかしくなかったがもらわなかった。おそらく報酬はいらないということだろう。

 そうか、もしやこんなもの俺からしたら紙切れ同然だからいらないと。

 

 両方の面子を保ち、人混みの中銃が発砲されたという事件を隠蔽し、さらには報酬を受け取らず助けることによって恩を売る。

 

 

 なんてことだ。

 なんてエージェントなんだ。

 私は猛烈に感動していた。

 年のせいか、どうなんだろうな。

 

 涙を流し呆然とする私に今頃野次馬たちが大丈夫かと心配の声をかけてきた。

 私は彼らが嫌いになった。

 先程まで舞台の観客のようになり良きを見ていただけのくせに、私が一人になったら心配するだなんてとんでもない民族だと思った。彼らと私、それから若きエージェントは同じ人種である。

 今まで人種という大きな枠組みで見てきたが、人間というのは一人一人違うのだと理解した。

 私はアメリカのスーパーマン精神が嫌いだった。凄いチカラをもつ超人がさも当たり前のように報酬も貰わず助けるなんて頭がおかしいんじゃないかと思っていた。でも。

 今、そんな人間に助けられて彼らがスーパーマンのような人間を褒める気持ちがわかった気がした。

 

 私の中であの若きエージェントがヒーローとなった日でもあった。




 以前は伏線回収とかを考えず書いてしまったので、今回文章を修正する際に伏線を回収することにしました。

序章 主人公→二章に続く
序章 エリック→ 一章 3-1に続く

 解説その1
『しかもぶつかってさ、こっちも肩痛めたんだわ……あー、いってえぇ……こりゃあ、だっ……えーあー。 あれだ、なんか凄くヤバイなんかなってる。、ほら慰謝料寄越せ!』→肩を痛めた。もしかしたら脱臼したかもしれないから治療費を出せと、主人公はいいたかったようです。脱臼が出て来ず、だっ……(なんだっけ)となりなんか凄くやばいことになってると抽象的に表現したようです。

 解説その2
 物語本編の解説です。
 主人公はとんでもない幸運持ちです。ありとあらゆる行動が意味深に捉えられるという謎の運ですが。本話では主人公である五味秋人がエリックにタックルをしたタイミングとエリックに何者かが弾丸を打ち込んだタイミングが重なってエリックは主人公に助けられた形になりました。
わかりずらかったらすみません。
エリックの話は1章3-1の白豚エージェントに続きます。
2020/10/31 全文のミスを修正しました


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第一章 陰謀うずまく鳴子海峡
1-1◇汝、欲望に誠実であれ


1章では五味秋人に関連する人間がメインです。
主人公の活躍()をみたい方は2章、3章を読んでください。
公開】○序章 bad agent(始まり)
公開】○一章 陰謀うずまく鳴子海峡(五味秋人以外の行動)
一章 1-1〜五味秋人以外の視点 軽いキャラ紹介を兼ねています。
一章 2-1〜 谷口旭の葛藤(谷口旭目線)
一章 3-1〜 bad agentで救われたおっさん(エリック)のその後の行動です、
未公開】○二章 bad magishan (序章に続く勘違いの話)
公開】○三章 五味秋人の日常(五味秋人が如何にクズなのかわかる話)



 

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都内の人混みの中で、スナイパーがスパイを暗殺しようとする……などと言うとんでも事件に巻き込まれたというのに何ごともなかったかのように学校に向かう秋人。

 

さすが主人公枠である。

 

まあ、本人は本当に何が起こったのか知らないのだ。

彼としてはちょっとストレスを発散しようと絡んだ相手が超級のドMで面倒なことになったと勘違いをしていたのだが。

内心では、やれやれなどとどこぞの主人公様のように息づいている。

……だが、そもそも絡んだのは秋人の方だと言うことを忘れてはいけない。

 

 

群馬県出身の秋人は大学に進学する際に埼玉に移り住んだ。

群馬人だからといって半裸で屋根の上を飛び回ったり、槍を片手に踊っていたなんてことはない。

もしそう思っているならば、考えを改めて欲しい。ただの偏見だ。田舎者だからといって都会の人間と何も変わらないのだ。

もしかしたらグンマーと勘違いしていないだろうか?グンマーは埼玉と群馬の県境に存在する幻の大地の名前であり、そこには半裸で槍を持った民族が住むという伝説があるのは確かだ。幻の大陸アトランティス、謎の海域バミューダトライアングルに並び世界三大不可思議とされる"あの"グンマーである。

 

ただ読みが一緒だからと言って群馬を未開の地などと陰口を叩いたり、そうでなくとも田舎だと言って都会の方が優れていると誰が証明出来ようか。

田舎者だといって何も知らずに馬鹿にするのは良くない。都会人だとしても頭が悪いやつもいるし、田舎者でも頭のいいやつもいる。都会人が優れているのではなく都会と言う人々の努力と尸の上に作られたネームバリューと先進的な建築物による付加価値に過ぎない。

都会人が凄いのではなく、都市が凄いのだ。

本当にすべきことは田舎に生まれたことを嘆き都会を羨むことでもなく、都会に住み田舎を虚仮にすることでもない。

いい土地に住み、高い服に身を包み味もわからぬワインを飲み気取った言葉を噤むことではない。

人の価値は、自分で高めることが出来る。知識しかり人間性しかり。

学問を求めるわけでもなく、明確な理由もなくただ東京の大学に来た秋人には是非、東京という付加価値をつける前に人間性を磨いてほしい者だ。

 

そう……こんなことをいうのも彼が地元の大学に行かず、わざわざ東京の大学へ進学理由がくだらなかったからだ。

 

「東京……(の)……大学ってなんかカッコいいな。 」

 

わからなくもない。

田舎といわれ、何かしらのコンプレックスを感じている地方出身者にとって都市の学校に行く、籍を置いているというだけで、とてつもない価値になるのだ。

憧れで学問に励み大学へ入るのもおかしな話ではない。

 

 

高校時代、進路指導の先生になぜ東京の大学に進むのか聞かれ『東京の大学に行く俺カッコよくないスカ?モテますし』と謎理論を語った秋人。

東京の大学に通っただけでモテるのならばなぜ田舎よりもリア充爆発を望む人が多いのであろうか。

高校3年生の冬、受けてもない大学に既に合格した気になって頭も良くなり顔も"さらに"イケメンになり女子にモテモテな自分を想像して心をときめかせていた。

 

……前言撤回、馬鹿であった。

 

大学を整形外科だとか、未来の道具と勘違いしていないだろうか。勉強をせずとも、大学に入るだけで頭が良くなる……わけがない。大学は学問を学ぶところであり、入れば頭が良くなるわけではないと伝えたとすれば、さぞ動揺するだろう。そんな顔が頭に浮かんだ。

 

 

 

しかし、先生も先生だ。

"東京の大学に行く俺カッコよくないスカ?モテますし」"

などと言うそのアホな理由に対して

『そうか……。』の一言で済ませてしまったのも悪い。

担任ならそれでもいいかもしれないが、進路指導の先生だと言うのに、"そうか"はないだろう。いくらアホでも職務放棄は良くない。

 

まあ、気持ちはわからんでもないがな!

 

 

秋人は残念ながら良くも悪くも単純なのだ。

先生のその一言には違う意味が込められていたが、秋人的には先生も"応援"してくれたことになっている。

 

そうかという言葉自体、応援には繋がらないと思うが、彼は幻聴でも聞いているのだろうか。

『そうか (馬鹿じゃねーの、呆れました。私は責任をとりません。勝手にやれ)』

 

と先生はいいたかったのであろう。

……先生哀れ。

 

先生もいいと言っていた。ただ解釈違いの一言を盾に東京の大学に進学した秋人である。

まあ、テストの点数や面接態度が最悪だったことは考えるまでもなくわかることだろう。

 

しかし、その判断ミスによって知らず知らずのうちに救われた多くの命があるのだ。

秋人は欲望に従い事件を起こしてきた。

事件は運命に導かれるように、人の命を救い別の事件を解決に導き、凶悪な犯罪を食い止めて来た。

 

世界は理不尽だ。

誠実に生きるものが辛く厳しい不安定な運命を渡り歩き、こんなクズが、欲望のままにいい運命を引き当てるのだから。



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1-2◇信奉者と疑心

そこまで話して黒いスーツを着た冴えないけれど人当たりが良さそうなおじさんは、となりに座った若い部下の女を見た。

五味秋人を信奉する上司のいう五味秋人の"武勇伝"を伝えながら、谷口旭はうんざりしていた。

 

どう見ても不良。

 

不良という存在を塗り固めたような不良。学生時代うんざりするほど見てきた不良という存在と瓜二つの秋人に疑惑の目を向けていた。

 

曰く、目を瞑りながら弾丸を避けた。

曰く、完全に変装した凶悪犯を捕まえた

曰く、情報工作を行い敵対組織同士を戦わせた。

曰く、…………と続くわけだ。

 

 

全く見る目がない。

堅実ではないが誠実な谷口にとって秋人は外見からして許せない存在であった。

上司は仕事もできるし、人付き合いも良い。尊敬に値する上司だとは思いながらも秋人凄い!と騒ぎ立てる姿に馬鹿馬鹿しさを感じていた。

 

上司から言い渡された五味秋人のサポートという任務。

絶対にやりたくないと思っていた仕事に宝くじのような確率でぶち当たったクズ運に嘆いた。

国内最強にして至宝のエージェントといわれる五味秋人には秘密が多い。

その存在は知られてもそれをサポートする組織を知る者はほとんどいない。

それは徹底した秘密主義により隠された組織であると言うことだ。

長いものには巻かれる、秋人を褒め称える上司に媚びへつらい"そうです"、"はい"と肯定している間にいつの間にか、秋人を信奉する派閥の一員として扱われていた谷口は上司の推薦もあり秘密結社ポルトンエヘクトルへ加入することになった。何を言っているかワカンねぇと思うが谷口自身もわからなかった。

ただ困惑し、お得意の肯定で"無事"結社員になった。

 

 

 

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(※谷口旭がイメージする空門剣城)

 

自身をソロモン王の生まれ変わりと言う盟主 空門剣城(そらかど つるぎ)や、姿を、見たことはないが籍だけがある72人の至高存在など怪しさ満点なことに突っ込む勇気はなかった。

クソ怪しいオカルト団体様から依頼されたのが今回の任務だ。

これがただのオカルト団体であれば鼻で笑っていただろうが、こんな組織が公安警察内部にあると言うことが全く笑えなかった。

 

任務を遂行するにあたり公安警察の情報課から派遣されてきたのがとなりに座る女だった。

 

見た目は若い。

外行きの私服か流行り服なのか知らないがクリーム色のドレスを着た若い女だ。

 

 

谷口と彼女の年齢差から一見、援助交際か父娘の関係、どちらかにしか見えないが実情はかなり闇が深い。

 

公安警察情報課。リクルートスーツに身を包み各地で様々な情報を収集している"だけ"と言われるかの組織であるが、彼らは国家安全保障なんとかという肩書きを持ち、独断で人間を裁くことが出来る司法を無視した存在なのだ。

裁判を無視して邪魔な人間を収監したり、収監されているだけで死刑囚でもない人間を死刑にするなど、戦時中の公安警察の体制を継ぐ組織の職員なのだ。

その実態はナチスドイツの親衛隊悪名高き秘密警察ゲシュタポと同じような構造とシステムを採用している。

イカレタオカルト団体ポルトンエヘクトルの盟主の私兵として作戦を実行し、時には組織内の反分子を粛清する。

公安警察がロクでもない組織だとは思っていたが秘密結社に所属してからは、機密情報をよく聞くようになった。

国家の為を謳いながら妙なオカルト団体の盟主様のために動くカルトだったことに軽く失望していた。



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1-3◇5人の狂人と1人の偽王

ポルトンエヘクトルは空門剣城を創始者としたカルト教団である。

ソロモン王の生まれ変わりでもないし、優れた力もない。

ただ仲がいい友人がとんでもない存在で、難なく司令官ぶっていたら教祖……ではなく盟主として祭り上げられたのだ。

空門という名前は偽名ではなく本名だ。

空門がソラ モン と読めることからソロモン王がうんたら〜という"設定"で遊んでいたつもりだった。

彼が不幸なのは、五味秋人とは違い自分が凄い存在だと思われていることに気づいてしまったことである。

悪魔のような友人達を72柱の悪魔になぞらえてコードネームをつけた。

もうヤケクソだった。

72人の荒くれ者を厳選し自らをソロモン王の生まれ変わりと偽り、自分よりも明らかに頭が良さそうな連中を悪運と虚言で乗り切った。

その先が知りたくもない公安警察の闇を凝縮した部分を統括する人間達を裏から支配する謎の団体のトップだ。

 

毎日、最悪だ!と現実を嘆きながらソロモン王を騙る……それが空門剣城の日常だった。

 

特に最悪なのは異名付きの存在だった。

72人の中でもタロットになぞらえてつけた奇術師、愚者、皇帝、隠者、吊るされた男の5人だ。

彼らはいずれも空門と並び劣らぬ豪運でやることなすこと偉業として讃えられた。

 

 

 

奇術師……五味秋人。名前だけではなく性格もゴミ。

愚者……宗方愛梨。女装をして女性に近づき仲が良くなった相手を襲う性犯罪者。

皇帝……八代伊吹。2000年以上前から存在する家系の当主。男女、大人子供に限らず全員がヤシロイブキと言う名前を持つ。いつもにこやかではあるが、身に纏う気配が不気味で気配に鈍感な秋人以外関わらない。

隠者……笹隠誠人。ずっと30代のままの容姿を持つ八代伊吹に次ぐ不気味枠。

吊るされた男……ジェームズ・ピーター。純血の日本人であるがジェームズ・ピーターという謎の名前を前面に押し出している。人を痛めつけることを趣味にしているサイコパスであり、様々な刺客がやってくるポルトンエヘクトル大層気にっているように見える。ただ一言も言葉を話さないのが不気味。

 

ざっと書き出してみた空門はため息をついた。ロクでもない。

誰も彼しもが人格破綻者だし、明らかに人外が混じっている。

 

空門がソロモン王を騙ってもいつかは嘘だとバレるだろう。しかし、明らかに人間ではない。そんな構成員をみて恐怖し、その恐怖を紛らわせるためか空門の力は本物だったと思い込もうとするのだ。

 

谷口に悪の首領のように思われている空門とて被害者でしかなかった。

 



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1-4◇公安警察一般公募枠

公安と一言で言っても先程あげた情報課のように様々な課が存在する。

警護課、一般公務課、一般事務課、司令統括課、サイバー課、外部協力課、情報課、人事課……。

ポルトンエヘクトルはエリート階層である司令統括課、サイバー課、外部協力課、情報課を抑え一部、人事課ではないにもかかわらず人事にも口を出している。

ここで全く関係がないのが警護課や一般公務課、一般事務課である。

警護課は皇族や要人を警護する課、一般公務課は警察では手に負えない凶悪事件の捜査、一般事務課は公安警察に関わる情報の整理や資金の管理などを行う課である。

これらは一般公募から選ばれた人間を採用しており、法の範囲内でしか捜査を行わない。

 

情報課のとんでもない強権を見るに公安=悪と思ってしまいそうになるが一般公募からなる公安の表層はとってもクリーンだ。

そもそも公安自体、軍事政権化の秘密警察のような過激さはなく、一般の警察の手に負えない危険度の高い事件を調査したり、情報収集をしたりする健全な組織なのだ。

アメリカの機関と違って無差別に攻撃する危険なコンピュータウィルスをネットに散布したり、都合の悪いことを書き込む人間を追いかけて国家反逆罪で捕らえたりとフィクションであるような危険な組織ではないのだ。

 

法を守らない奴は法に守られないをモットーに令状どころか証拠もろくに集めず捜査をするのが情報課という部署であった。

情報課に最近配属された新人がいる。

彼女の名前は八次鈴香(やつき すずか)、谷口旭の元に部下として派遣されたのであるがまさかパパ活みたいだな……と思われているとは考えもしないだろう。

 

情報課というロクでもない組織に入ったのだからどんな性格破綻者かと思えば彼女は至極まっとうな人間だ。

一般公募枠出身で、一般事務課で働き、その中で情報課の存在を知りキャリアを積んで移動を希望したくちだ。

情報課にまともな人間はいない。

皆、何処かヘラヘラしていて人間性が薄っぺらいのだ。それでいて仕事をするときは、血に染まりながら満面の笑みを浮かべ、奇声のような声をBGMにディナーを楽しむのだ。

スカウトされて入った訳でもなく、情報課の方が自分に合いそう、そんな理由で来た八次鈴香がこのキチガイども真相にたどり着くことはなかった。

 

彼女にとって世界とはとても優しいものだった。

優しい父、綺麗な母、優秀な兄、ステキな友達。

裕福な家に生まれ、容姿端麗で、悪意にさらされることなく育った。

だから、テレビで流れる殺人事件が何処か遠くの国の話のように感じていた。

警察に入ろうと思ったわけではなかったが、兄が警察官になったのを見て自分なりの正義を見つけたいとその道へ進んだ。

兄と同じところでは兄と同じものしか見えない。

そんなことを考えて公安警察に応募した。

 

容姿端麗で成績優秀、家柄もよく態度もいい。

 

当たり前だが合格だった。

一般事務課に配属されてからは、情報の整理、給料や資金、備品の管理、レポートの作成など精力的に取り組んだ。

彼女にとって公安警察という場所も優しい世界に見えた。

 

情報課に移ってからもそう思えた。

"情報課の皆さまはいつもにこやかでいい感じ"であったし、"辛い様子も見せずいつも楽しそう!"、"凄く人当たりが良くてとってもいい職場"。

"男性職員も清潔感あるし……"

 

なんて思っていた。

正直言おう、彼女の頭はお花畑だった。

 

"情報課の皆さまはいつもにこやかでいい感じ"

 

違う。

 

獲物を追い詰めた蛇のような冷たい目と弱者を痛みつけることが楽しくてこみ上げる笑いを隠すために貼り付けた胡散臭い笑顔だ。

 

"辛い様子も見せずいつも楽しそう!"

 

違う。

人を痛めつけるのが趣味であり性欲の捌け口であり、人の悲鳴で腹が満たされる彼らにとって仕事ではなく、生きるために必要なことだ。

人が水を飲んだり息をするのが疲れたと言わないように、彼らにとって悪人を取り締まり治安を守るという建前の元人を痛めつけることができる環境は最高だった。

 

"凄く人当たりが良くてとってもいい職場"。

違う。

彼女を見る目はどう堕としてやろうかと獲物を見る目だった。

空門剣城が手を出すなと注意しなければ今頃、人肉パーティでも開催され悲鳴と絶望とバラバラにされた肉体が彼らの腹に収まっていただろう。

 

"男性職員も清潔感あるし……"

違う。

清潔感があるのではない。

拷問を加えて汚れた身体を念入りに洗っているだけだ。

 

 

ほんとうに酷い勘違いだった。

 

 



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第三章 五味秋人の日常
1-1◇ミカギリ大学愉悦サークル


※胸糞表現あり
※この物語の主人公はクズです。同情する点がありません。
※クズでゲスで犯罪者が主人公でもいいよ、という人はゆっくり見ていってね!


 

【挿絵表示】

 

 

 最強無敵の大学生、五味秋人はエージェントである。単にして最強の個である彼にとって未来予知など子供の戯れのようなものだ。

 彼は最強ゆえ外に出ればありとあらゆる組織に命を狙われる。鍛え様にも一般市民を巻き込まない様、外に出ないようにしているかれが考えついたのがバトルロワイヤルゲームを用いたイメージトレーニングであった。そうして類稀なるエイム力を身につけ百発百中の腕と弾を回避するチート級の反射神経を得た彼は久しぶりに外へ出たのであった。

 彼は朝早く街へ繰り出し何かないものかと考えていると遠くの方、具体的には4km先から殺気を感じた。しかも自分を狙っているようではないらしい。目の前を歩く美少女を誰がか知らないが目をつけているらしい。助けてあげよう、そう考え近づいた瞬間4km先から高速で弾丸が撃ち込まれた。しかしそれを対処出来ない最強エージェントではない。謎の美少女をお姫様抱っこしながら飛び上がり近くのビルの屋上に上がるとその軌道を追う様に続けて撃たれた弾丸を目にも留まらぬ早業で掴み取った。

 大丈夫かい?最強エージェントである五味秋人がニコリと微笑むと美少女は顔を赤くして即堕ちした。

「フフフ、俺って罪な男だぜ」

 どうせ堕ちてるならこの勢いで口まで奪ってやろう。

 目をつぶり秋人に抱きついてきた謎の美少女にキスをしようと迫る。

 その瞬間美少女の身体が膨れ上がり骨格がメキメキと中高年の男性のものに変わる。一瞬で加齢臭漂うおっさんに変わった美少女は「わたしもすきよ〜」とおねぇ口調で言いよりながら後退りする秋人に迫った。

「ま、まて、まて落ち着け。」

「んー、無理よ、本当に可愛い子♡食べちゃいたいくらい」

「や、やめろっ!そうだ!見逃してくれるなら世界の半分をやろう!お前と俺で半分ずつだっ!どうだ!」

「それもいいけどぉ〜やっぱ貴方がいいわ!!」

 目を見開き巨体を揺らしながら襲い掛かってきたおっさんに腰から取り出したショットガンを撃つ。

「いいわぁ、いいわぁ」

 身体が傷つくたびに喜びの声を上げる変態。そういえばこのおっさんがドMだったと今思い出した。

 そして、後退りし過ぎた秋人はビルの屋上から真っ逆さまに落下し地面に思いっきり叩きつけられ真っ赤な花を咲かせて死んだ

 

 

「ひいいいぃいぃぃぃぃ!!!!!」

 

 五味秋人は引き攣った声を発して飛び起きた。汗で体はぐっしょりとしていて部屋に効いたクーラーが湿った身体を嫌にひんやりとさせた。覚えていないが何かとんでもない夢をみた気がする。秋人は見慣れないベッドで寝ていた。周りはカーテンで仕切られている。病院だろうか……否、大学の保健室である。

、授業がだるいという理由で仮病を使って保健室のベッドで横になっていたようだが最近の徹夜が存外、疲れにつながっていたのだろう。もちろんゲームである。

 声を聞きつけてだれかがカーテンの前まできた。

 

「えーっと、五味、五味秋人くん……だよね?大丈夫かしら」

 

 どうやら保健室の先生みたいだ。

 

「あ、あー……たぶん大丈夫です。なんか悪夢見た?みたいな」

 

 悪夢を見た気はするしとんでもない話だったはずだが、思い出せなかった。健忘症ではない。SAN値は削れたかもしれないが忘れるのが夢というものだ。

 

「そう、疲れてるのね。私はキミは仮病かと思ったのだけど本当に具合悪かったのね。ごめんなさいね、勘違いしてたわ」

 

 保健室の先生である彼女はとんでもない勘違いをしていた。仮病である。

語り手であり神視点である私が保障しよう!五味秋人は具合い悪くてきたのではない、仮病なのだ!

 

 

 彼は、仮病できたのになんだか知らないが具合が悪かったという嘘を信じてもらえたことに、感謝していた。

 

 ……そして秋人はカーテン越して邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 優しいお姉さん系先生から心配され熱さまシートまでもらった彼は久しぶりに授業に出ることにした。実は少しどころかかなり出席数がギリギリなのだ。

 仕方ないと大学1年生は全員強制で法律や英語の授業を受講しなければならなかった。しかし、この大学。かなり甘かった。東京という好立地にありながら大学生というステータスにあやかりたい人間が入る最高の馬鹿大学なのだ。その名も美香技術理工大学……略してミカギリ大。見限られた馬鹿が集結するお馬鹿大学であるが、そんなことは秋人は知らない。高校3年生の頃、毎日非行ばかりしていた秋人少年に進路指導の先生が東京の大学に行きたいという彼の要望を交えて入れる大学を探した結果なのだ。

 

 ミカギリ大のキャンパス3階のホールに遅れてやってきた五味秋人に先生や生徒たちはチラリと視線を向けたが札付きのヤベーやつが来たとすぐに目線をそらしたこともあり、注目されることはなかった。

 講義場に入ってわずか10分、法律の授業を受けながら爆睡していた。何をしに来たんだお前は。

 彼は片耳にはイヤホンをさし、右手を枕にして机に突っ伏していた。

 

「おーい、聞いてるかそこ?」

寝ていることをいいことにちょっかいをかける教師。

 

「はい! 聞いてます!」

 まるで起きてるような大声で返事した。

 突っ伏してヨダレを口元からダラリと垂らし白目を向いてブサイクさを増した顔で答える。まあ、なんと器用なことで。

 もちろん寝言である。

 

 が、教師はそれ以上突っ込んで起きてしまったら面倒なのか、それとも教師をちゃんとやってるよアピールでただ寝ているっぽい奴を指名したのかわからないがどうやら注意する気は無いようだ。

 ちなみに世界の全ての人間が、秋人の素性を知ればこの授業をちゃんと受けろと100人中100人がいうだろう。この世で一番法律の授業が必要な男である。

 だが寝ていた。何故高校を卒業できたのかわからない馬鹿には法律の授業どころか大学生レベルの日本語は難し過ぎたようだ。

 

 ぐーぐー寝ていた彼だったが隣で真面目に授業を受け一言一句聞き間違えないと言わんばかりにノートを書き殴っていた男の肘がぶつかってしまう。

 だがノートを書くことに夢中になり隣にいた不真面目な少年のことなどどうでも良いというか視界にすら入っていなかった男はひたすらにペンを持ち続けた。

 

 ぶつかったことに謝ればよかった。

 が、謝らなかった。

 そして男の運命は決まった。

 

 さっきまでぐーすか寝て授業妨害をしていたくせに怒り心頭ぶっ殺すぞテメェと顔に書かれたような表情を浮かべ飛び起きる秋人。悪意に敏感なのである。

 "悪魔"というものがいるのならば隙を見せれば悪意を持った行動で相手を貶めようと虎視眈々と狙っている彼のような人間をいうのだろう。

 酷い、いや、謝らない方にも少し原因がある気もするがイチャモンのつけ方が一流のいじめっ子のようだ。

 素晴らしい手際で自分を正当化した秋人にはこれからしようとしている悪行に対する罪悪感などなかった。

 

 垂らしたヨダレを放置して、左の口の端から少し漏れていたものはパーカーの袖で拭き取った秋人は授業中にもかかわらず、携帯を起動しLIMEで誰かにメッセージを打ち出した。

 本人は上、下、横、後ろ、前と全方向から隠せていると思っているが、斜め後ろから見ると携帯を使っていることがバレバレである。

 ついでに言わせてもらえば、プロジェクターを使って授業をしているこの学校では当然の如く講義室は薄暗く、液晶画面など使った日にはそこだけ明るくなってバレるのが落ちだということに気づいていない。

 気づいていないのは使っている本人と隣で猛勉強しているガリ勉くんである。

 ガリ勉くんというのは隣でガリガリと音を立ててノートを結構な筆圧で書き込んでいたから付けたあだ名だった。

 秋人のネーミングセンスはちょっと昭和が入っているようだ。

 ガリ勉くんは隣がモゾモゾ動いていて鬱陶しいから邪魔するなら教室から出てやってくれと思っていた。

 いや、なんと常識人。

 だが世の中は理不尽に満ちている。

 正義が負け、弱者は弾圧される。

 金がモノをいい、よってたかって自分達と違う者をいじめる。

 面白ければ何をやってもいい……特にそう思いがちな年頃の少年達にとって"正当な理由"が出来た男は格好の的だった。

 男は留年したのかそれとも編入したのか、高校からそのまま大学へ進学した秋人たちと4、5は年が離れているように見えた。

 手入れされていないもっさりとした髪の毛に、曇った眼鏡。

 秋人は本当は人の事を言えないが、まさに棚に上げたように、ガリ勉くんの服装をオタクみたいで『うぇ……ダッセェ』と思っていた。

 『ブーメランだこのイキ者が!粋がってんじゃねーよ!』と言いながら殴ってやりたくなる。

 

 アマゾンに住む雄鳥の尾羽のような退廃的な髪型をして家畜のようにピアスをつけた顔面、意地悪そうなのが滲み出た笑顔。なんかムカつく奴である。

 

 誰もが一度は考える妄想といえばテロリストが学校に来てそれを退治する、透明になってムフフなことをする、時間を止めてやりたい放題する、あとは超能力を得てヤンキーをぶん殴るとかだろうか。

 おそらく秋人とすれ違う人達のほとんどは、超能力に目覚めて念力パンチで殴り飛ばしているだろう……妄想の中でだが。現実でやれば身体能力と凄まじいラックにより挑戦者は負けるだろう。

 多分秋人は、グラビアアイドル並みに様々な人の中であれこれされているランキング上位に食い込める才能を持っていると思う。

 あれこれの意味は少し違うが、そんなこと言わなくてもわかるだろう。

 

 ガリ勉くんは先生の無駄話までもキッチリとノートにまとめ、同時に蛍光ペンを使いこなし綺麗にまとめて行く。

 中学、高校時代はこういう奴は沢山いるのに大学入ると途端に減る中でこんなに真面目な生徒は珍しいだろう。

 先生もこんな真面目に話を聞いてくれる生徒がいるならば頑張れちゃったりするだろう。

 大学生の鑑である。

素晴らしい大学生のお手本といけない大学生のお手本が二人揃って座っているのは何か運命を感じさせる。

 本来なら何も起こらない。

 

 いや、その運命を五味秋人が変えた。

 

 LIMEでメッセージのやり取りをしていた相手との話が終わったのか携帯をズボンのポケットにしまう秋人。

 さすがに尻ポケットにしまうほど馬鹿ではない。

 ペットボトルの蓋を開けっぱなしにしたお茶を机におき、垂れたままになっていたヨダレを拭くフリをしてわざと中身がガリ勉くんの方に向かって倒した。

 

 ビチャッ!

 

 机に広がる琥珀色の液体。

チャプチャプと音を立てて、波打つように容器から流れ出す。

 広がる液体は机に留まらずノートを水浸しにした。

 

"は、ははははははははははは!!"

 

 心の中で大爆笑する秋人。

 黒いノートで人を殺して黒い笑みを浮かべてるあの人に劣らない悪い笑顔をしていた。

『お前が謝ればよかったんだ、お前が悪い』

 その言葉が僅かに残った罪悪感という人間性を薄くさせた。こうして正当化は終わった。

 

 お前が悪いなどと心の中で呟いているが、例え腕がぶつからなくても自分からぶつけて難癖をつけていただろうによく言ったものだ。

 それから食べ物は大切にしようと親に習わなかったのだろうか。

 これは飲みm……黙れ。

 食べ物を粗末にしたものは永遠に飢えに苦しめられるという地獄に行くらしいが是非今からでも行って欲しい。

 

 お茶でひたひたになったノート。

 書いている途中だった紙は柔らかくなり、止めきれなかったシャーペンの細い芯がページを破いた。

 僅かに溶け出したインク、ジワリと沁みて文字が潰れ、懸命に書かれた努力の結晶は、ゴミへと変わった。

 

 放心状態のガリ勉くん。

 早く拭けば何とかなったかもしれないノートはもはや修復不可能。

 先生も先生で保身に走ったようで見なかったことにしていた。

 五味秋人本人は髪の毛を染めて大学生をエンジョイしているだけとか考えていたが札付きの悪として学内の生徒や職員から恐れられていた。

 

 いくらミカギリ大学といえこんなやばいやつを置いておくつまりはなかったしかし、退学させようとも、上の圧力によって退学させられないというジレンマに陥っていた。

 こんな一人を退学させないことに強大な権力を持つ組織が複数関わってくるともはや金とか他の生徒のことを気にしてられない。

 

 色々な意味で恐ろしくなった経営陣は秋人を完全に無視することに決めた。

 

 数ヶ月前に赴任してきた体育会系の融通が効かない正義感に溢れる教師が、一人に向かってボールを投げつけて笑う姿に激怒して叱ったあと行方不明になったのが決めてだろう。

 

 なんかヤバイ動きがある、アイツに関わったら生きて帰れない。

 そんな奴と同じ学校に通わせられるか!と経営陣は親戚や友人、子供達を何だかんだ理由をつけてほかの学校に転入させたくらいだ。

 

 それについては、何も言われなかったことにホッとしていたが職場を辞めることに対してはゴロツキを雇って脅迫を受けたものも多く、毎日ヒヤヒヤしながら、精神的にも命を削って職場に通っていた。かわいそうな教師達だが、慕ってくれている生徒を助けないというのも酷い話だ。

 

 こういう場合、大概元凶よりも仲間を恨む。何故助けてくれなかったんだ!と。

 いやいや、よく考えて欲しい。

 被害を受けた貴方も可哀想だが、お仲間さんも人間だ。あまり危なさそうなところに身を突っ込むなんてやらない。

いくら口で助けるなんて言われても実際にやる奴なんてほぼ居ないし、いたとしたら聖人である。

 今回の場合は教師がこれに当たる。

 慕っていたのに助けてくれない。

 チラリと見た先生は、非常に面倒くさそうな、それでいて憐れみを浮かべて何事もなかった化のように授業を再開したのだ。

『なんで、どうして!先生、"なんかあったら俺を頼っていい"って言ったじゃないか』

 自分の命惜しさに保身に走り生徒を見捨てた教師。

 信頼して先生、先生と慕っていたのにもかかわらず無慈悲にも裏切られ絶望するガリ勉くん。

 

 教師の方をジッと見ていたからチクるのかと思いきや無視されてうな垂れた様子を見て「いひひひひ」とドス黒い笑いを漏らす秋人。

 何が面白いのか、非常に不愉快な事情であるが、秋人の仲間なのかそれとも傍観者気取りなのか。

 何人かは項垂れ震えるガリ勉くんを見てニヤニヤ笑ったり、中には動画を撮影しているものまでいた。

 

 いつのまにか机一杯に広がり、机からはみ出して置かれていたノートの端を伝って落ちる琥珀色の液体は絶望でもはや何も見えていないようだった。

 垂れた液体は彼のズボンを濡らしまるで漏らしたかのような模様を描いて行く。

 

 理不尽……今まで味わったことのないような酷い仕打ちに涙をにじませるガリ勉くんは、必死に泣くのを堪え代わりに顔を赤くした。

 




解説1
頭の中で色々されている
グラビアアイドル→エチエチ
主人公 五味秋人→ボコボコ

次回予告
その青年は真面目だった。しかし神は二物を与なかった。賢い彼代わりに幼くして数多くの不幸に見舞われた。
幼くして父が蒸発し女手一つで育ててくれた母親が病気になった。母の医療費を払うためバイトに明けくれ大学どころでないと一度退学した。母の病気は治らぬ高卒では賄えない、ならば大学を卒業し何処かへ就職する。決意を固め以前は全く考えもしなかった底辺大学へ進学する。しかし不幸にも、黒塗りの不良に追突してしまう。
後輩をかばいすべての責任を負った青年に対し、車の主、暴力団員五味が言い渡した示談の条件とは…。


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1-2◇世間知らずの五味軍団

アンケート回答ありがとうございます^ ^


しんと静まり返る講堂。

 

先生は講義を中断し、何かやることがあるかのようにパソコンに向かいながら目の前の出来事から目をそらす。

 

多くの学生たちは関わりたくないと言わんばかりスマホをポケットから取り出しいじり始める。

それでも気になるのか、耳はむけたままだが。

一部の……秋人側に属する人間たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 

そして当の秋人は、にちゃりと憎悪を抱く気持ちの悪い笑みを浮かべ、やらなきゃいいのに小さな声で罵る。

 

……追い詰めすぎて死に物狂いで反抗されたらどうするつもりなのだろうか。

 

 

「あぁ"ー!!ダイジョブデスよか?」

 

突然かけられた下手くそな日本語に五味軍団のお得意の手口かと、若干呆れ顔の周りに対して泣き腫らして顔を赤くしたガリ勉くんーー高木拓郎は声のする方へ振り返った。

 

役者は揃ったと言わんばかりのドヤ顔の秋人と高木。両者は異なっていたが後ろの席にいた少女を見ていたということには代わりはなかった。

 

どうにも違和感しかないイントネーションでしかも語尾を思いっきり間違えている下手くそな日本語を発したのは少女で間違いないらしい。

違和感というのも、日本語が下手という話ではない。日本語をペラペラ話せる癖にワザと片言しか話せない風にしているビジネス外国人に見られる話し方だ。

都会に出たことがある人ならご存知のことかも知れないが、秋葉原や上野にいるケバブ屋と同じである。

 

オニサン、オイシッイケバヴイカガデスカ?

 

アニキドウデスカ、イチバンオイシッイデスヨ

 

コンニチハ、ケバァヴタベマスカ?

 

こんな話し方をする癖に奴ら、バックヤードで流暢な日本語を話しているのだ。

つまり違和感というのは、無添加カタコト日本語ではなく、カタコト風の日本語という違和感なのだろう。

 

それを踏まえて聞いてみれば確かに、違和感たっぷりだ。

彼女は龍洋蓮。龍が苗字で洋蓮が名前だろう。

そういえば、龍……龍か。

何処でまたことのあるような気がする苗字を持つ中国人留学生である。

 

いや龍なんていう人は沢山いる筈だまさかそんなわけがない。

 

ま、その何処かで見たことのある名前の人に対しては秋人は認知しておらず向こうが勝手に知っているだけなのだが。

 

親は"輸入業"。

中国からやってきた典型的な富裕層の留学生だ。

中国に限らず日本にやってくる留学生は大きく二つに、ヨーロッパ圏に限ってみても三つに分けられる。

まず多くの外国人は経済成長を遂げる日本に出稼ぎにくる人間だ。

彼らは家はなく食べるのもやっとで、生活費を切り崩し故郷の家族へお金を送る。

そういう人達は毎日労働三昧でとても学問を学んでいる暇はない。

 

次に富裕層だ。

彼らは趣味で来ている。

趣味で来ているのだから学問をまじめに学ぶ気は無いし、ふざけていて落第しても金に余裕があるのだから問題はない。

学問を学ぶのにわざわざ日本にくる意味はないとも言える。

何故ならアメリカやヨーロッパに行けばより良い学校があるのだ。

金と時間に余裕があって知識を身につける環境も整っている富裕層が何故、旧時代の政治体制を引き継ぎ、日本人とそれ以外の外国人と人種を区別しているような国に行かなければならないのか。

 

そして三つ目だが、まあこれは多くの場合ヨーロッパ圏の話になる。

18世紀あたりに流行ったジャポニズムの影響もあり、日本文化や日本の風習に興味を持つ地盤があるヨーロッパ圏では富裕層でもなく、出稼ぎでもなく、日本で働きたいと思っているわけではないが日本に来たいという層がいる。

これは日本語でいうところのオタクである。

ヨーロッパのオタク達は日本文化に精通し、妙に古い時代の日本の服装を好み、何かにつけて修行やら禅やら忍法やら妙な訓練で身を鍛える。富裕層でもないので金に余裕はないが日本に行くために働きお金を貯めて日本へやってくる。

そうして日本にやって来た外国人旅行者はお客様対応でやけに優しい日本人や自分達の国の汚さを棚に上げて日本が綺麗だと言う情報を集めて帰国し、日本の素晴らしさを布教するのだ。

 

時折海外の掲示板でweboooなどと言う謎の綴りを見るが、これは日本に理想を求め間違った日本の姿を布教する狂信者どものことを言う。

 

さて、台湾からやってきた龍であるが、彼女は富裕層の留学だ。

何不自由なく育ち、相当わがままに振る舞い事件を起こしても金の力で解決して来た彼女にとって、周りの人間とは全て下等な存在であった。

親の金、親の力、全て親が築いたものであり一切、面倒ごと以外は何もしてこなかったにもかかわらず自らの力だと勘違いしている龍には自らに媚びへつらう大人や友達が同じ人間とは思えなかった。

将来は親の仕事を継ぐ。

それは決まったことであり、別に何も学ぶ必要はないと思っていた龍は使用人の勧めで日本の大学へ進学した。

全く乗り気ではなかったが、良い機会であるし旅行感覚で言って来なさいと尊敬する父にも言われたのだから、仕方なく来たわけであるか、ついに運命の出会いをすることになる。

 

まあ、ここまでの話の内容から賢明な皆様はわかるだろうが、五味秋人との出会いだ。

 

優れた容姿、家の権力、親の金、使用人もいて誰もが自らに媚を売る。

そんな人生を送って来た彼女にとって金もないのに自らに媚を売らず、それどころか危害を加えようする。

 

一般的にみてただのキチガイではあったが、今までて合わなかったタイプの人間に惚れてしまったのだ。

 

誰も思いつかない暴力的な悪戯。

誰もやらない悪魔的な手口。

類を見ない凶悪さ。

 

どれもが新鮮で彼女の退屈な日常を豊かにした。

 

龍は世間知らず過ぎた。

一般人であれば思いついても口に出さないとかやらないだけで新鮮な手口ではない。

五味秋人のやることはいささか悪戯という範疇を超えていることを龍は気づいていない。




2000文字しかありませんがとりあえず投稿しました。

雑談
日本に来た外国人がちょっと気に入らないことがあると自国のノリで、自分の意見を強引に通しているのを見て、「あ……強引にやれば通るんか。なるほど」と思って自分の絵柄を横取りしてきたクソッタレな奴に対して明らかにアイデアを丸パクリしてるから発表時には名前を共同にしてほしいとごねた結果……白い目で見られ名前も共同にならず手柄を横取りされ慰めの言葉すら無いという恐ろしい真実に直面してしまいましたwww

はぁ……。もう小説の中に登場させて主人公に殺させるかというのがこないだの出来事です。

以上!雑談終わり


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