イナズマイレブン テミスの正義 (暁月の太陽)
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第一話 天使に会ってしまった少年

 今思えば、この日から…今日という、この日から、運命という歯車は回っていたのかもしれない。

 私にとっては、全てを失ってしまった今日でも、それは、ちゃんと新たな未来になって、還ってくる。

 未来は、私が思ってた以上に、無限大だったから。

 そう…

 今が、そのときだった。

 

 ***

 

 FF(フットボールフロンティア)の開催、FFI(フットボールフロンティアインターナショナル)日本優勝といった、サッカー少年少女達にとっての波乱の夏は、終わりを迎えた。今はその疲れを羽休めさせるかの如く、夏の暑さを和らげる、秋がやってきた。

「あっつ~!」

 といっても、まだ残暑なのだが。

「これじゃあ夏の時と変わりませんね剛陣先輩」

「うん…でも、明日は涼しくなるって!」

 本州から離れた離島、伊那国島にある、木造で出来た中学校の階段に座っているのは、部活の休憩中であろう少年たちが居た。

 手汗で滲んだ右手を団扇のようにして扇ぐ剛陣鉄之助。

 同じくして、自らの被っている帽子を使って顔に風を送っている万作雄一郎。

 その二人とは違い、キンキンに冷えたスポーツドリンクを飲んでは、残暑の暑さを楽しんでいる稲森明日人。

 実は彼ら、あの夏にFFIで日本を優勝に導かせた選手の一人でもあった。

「…万作…あれからもう、二か月なんだね。FFI」

「そうだな…世界に挑戦。と思いきや、オリオン財団との戦いになるとはな」

 一年前…日本はその海の向こう側にある世界、そしてその世界の強さを、見せつけられた。

 それに対抗すべく、一年前のFF優勝校「雷門中」の部員たちは、日本のサッカー選手の実力を高めるべく、「強化委員」として日本中の中学サッカー部に派遣された。

 そして、それによって高められた少年達が集まったのが、ちょうど二か月前にFFIで優勝したチーム、「イナズマジャパン」だった。

 オリオンの使徒、もう一人の人狼と、多少の凹凸はあったものの、最終的にはチーム一丸となって戦い、優勝した。

 世界に…勝ったのだ。

 そして、本来ならば貧しい国を支援するオリオン財団を根城にして、世界を意のままに操ろうとした魔女を倒した。

 世界が魔女によって作り変えられそうになった時期。それが、二か月前のFFIに起きたのだ。

 今となっては、ありえないことだった。

 馬鹿げている。

 だがFFでの優勝、そしてFFI日本優勝のお陰で、廃部となっていた伊那国島サッカー部はその功績が認められ、再び部として活動を再開することが出来た。そして、その一か月前に開催された、FFオータムシーズンに出場、準優勝の成績を収めた。

 やはり、当時サッカー界の全盛期でもあった雷門に、勝つことは難しかったのだろう。

 FF当時の伊那国島サッカー部、その決勝戦の舞台に立ったのは、あの雷門中だったからだ。

 神の様に現れてはすぐに消え、そしてまた戻ってきた。

 雷の如く。

 

 

 

「豪炎寺、あれからもう二か月なんだな。俺達…本当に世界一になっちゃったな」

 その頃、円堂、豪炎寺は、雷門中のグラウンドにあるベンチで、練習合間の休憩をしていた。

「…そうだな。まるでFFI優勝が、昨日の様に思えてくるな」

 満足そうな円堂に、豪炎寺が答える。

「あぁ、廃部寸前だった頃から、俺達はこんなに成長したんだな。豪炎寺がここに転校してきて、帝国学園が練習試合を申し込んできて、豪炎寺が一点を奪ったその日から、始まったんだよな。色んな奴とサッカーして、俺…すごく楽しかった」

 当初の雷門サッカー部は、部員が七人しかなく、今にも廃部寸前だった。

 だが、そこに豪炎寺が雷門中に転校し、当時FF四十年間優勝の帝国学園との練習試合から、部員たちを集めるための勧誘をし、当日豪炎寺が一点をもぎ取ったその日から、円堂達の伝説が始まった。

 そして__今は世界一だ。

「円堂、豪炎寺。こんなところに居たのか」

「探したぞ」

 向こうから当時帝国学園に居た鬼道と、円堂の勧誘によってサッカー部に入部することになった風丸が来る。

「鬼道! 風丸!」

「何かあったのか?」

「いや、FFIからちょうど二か月だからな。少しくらい想いを馳せようと思ってな」

「俺も同じだ。FFI優勝が、夢のように思えてくるな」

「そっか、鬼道も風丸も同じなんだな、俺達も今、その話してたぜ!」

 円堂は、鬼道と風丸が座れるようにと少しずれると、鬼道は「ありがとう」と言い、風丸もそれに同調するように「サンキュ、円堂」と言い、円堂の隣に座る。

「そういえば…灰崎とは最近どうか? ほら、鬼道はよく灰崎の隣に居たし、何より、FFIの時の仲間だったから、どうしているのかなってさ、あと風丸、不動ともどうだ?」

 風丸は、不動の事を聞かれ、はにかんだ。

「今も、佐久間を困らせてるってさ」

 そして鬼道は、灰崎のことを聞かれ、口元を少し歪ませる。

「灰崎か…今は、宮野と遊園地に居る」

 

 

 

「へっくしゅ!」

「凌兵? 風邪引いたの?」

「いや、今誰かが俺の噂を…」

「そうなんだ…でも、あまり油断しちゃだめだよ。ほら、秋は体調を崩しやすいらしいから!」

 またその頃、灰崎は、幼馴染みの宮野茜と共に、制服での遊園地デートに着ていた。

 茜曰く、「凌兵がFFIで優勝してからもう二か月だから、その記念日に」とのことらしい。

「茜、次は何に乗りたいんだ?」

 サッカー部とでの態度が全くと言っていいほどに違うのだが。

「えっと…じゃあ、あのジェットコースターに乗りたい!」

「(え?)」

 灰崎は、ジェットコースターなどの、絶叫系は、苦手なのである。

 

 

 

 その時、どういうわけか、ヒロトの顔に笑みがこぼれる。

「どうしたんだ? そんなににやけて」

「いや…どういうわけか灰崎がジェットコースターで…」

「本当にどういうわけだ」

 その頃ヒロトたちは、学校で下校の準備をしていた。

 ヒロトの制服は、かなり着崩してはいるものの、ちゃんと通ってはいるようだ。

 それでもなお、たまに授業をさぼったりはするが。

「それにしても、もう二か月か」

「…そうだね、砂木沼さん」

「あー、もうそんな時期か…」

 

 

 

「それでそれで!? 吹雪はどうしたんやっぺ!?」

「ふふふ、話はまだこれからだよ。姫」

 吹雪は、同じ白恋中サッカー部の部員でもあり、白恋中サッカー部を支えている「しろうさぎ本舗」の社長令嬢でもある白兎屋なえに、当時起きたFFIの事を話していた。

「それで、僕はスパイとなって、オリオン財団の証拠を集めていたんだ」

「それで、兄貴はよかったのかよ」

 すると、吹雪士郎の弟、吹雪アツヤが話に割り込む。

「ん? どういうこと?」

「わざわざそんなことしなくてもよ、そんなこと大人たちにまかせておけば…」

「何度も言っているだろう。僕はこれでよかった。たとえそれが、アツヤに嫌われるようなことでもね」

 吹雪の見せる真剣な眼つきに、アツヤは狼狽え、軽く謝罪をする。

「……なんか悪かったな」

「でも、そう思っててくれて、僕は嬉しいな

 

 

「……しかし、もうそんな日か」

 アフロディ、本名は、亜風炉照美。

 アフロディは、FFが開催する前に、自分の犯した過ちに対する悩みを抱かえていた時に、自分を元気づけてくれたお婆さんの居る公園へと来ていた。

 あの時と似たような事をすれば、また会えるのだろうかと思い、アフロディは先日出版されたサッカー雑誌をさっきのコンビニで購入してきていた。、

 しかし、いくら待っても、あの時のお婆さんがまた自分に現れることはなかった。

「…ここからは、自分の道で歩いて欲しい。ってことなのかな__おばあちゃん」

 

 

 

「今日は、僕達がFFIで優勝した日が、二か月を迎えたということで、レストラン側から凄い物をプレゼントしてくれたみたいだ。じゃあ、早速食べよっか。西蔭、一星くん」

 西蔭と一星の前には、巨大なアイスクリーム。そのアイスは、ブルーのアイスにオレンジ色のラムネ、そして緑の星柄トッピングが施されていた。

 イベント品にしては高度なデザインだ。

 と、一星は固唾を飲む。

 

 ***

 

「うおっ!」

 秋を告げる強い風が、万作の帽子を攫っていった。

「あの方向はてっぺん崖の方か…海に落ちたかもしれな…」

「俺取ってくるよ! だってあれ、とても大事にしてたじゃん!」

「あ、明日人!」

 明日人は学校の門を越え、風に飛ばされた万作の帽子を追いかけた。

 てっぺん崖への方角へと。

 てっぺん崖まで走る。

 その光景を、前にも見たことがある。

 それは、まさに今と同じようになっていた。

 母を病気で亡くした明日人が、悲しみのあまり、てっぺん崖まで走った時のと同じ。丁度空も、もうすぐで日が沈みそうだった。

 だけど、もう今の顔は、涙に濡れていなかった。

 今は、明日に向かって走り続けている。

 今も、そしてこれからも…

 学校からてっぺん崖まで走り、そして辿りついた明日人。

 だがそこには、万作の帽子は無かった。

 海に、落ちちゃったのかなと、思ったその時。てっぺん崖に誰かが居るのが見えた。

 ちょうどその子は、万作の帽子を持っている。

 見かけない子だな…と思い、明日人は話しかけた。

「あ、あの、その帽子…」

 明日人の声に反応したのか、帽子を持ったその子は、明日人に振り向く。

 すると、明日人は声が出なくなった。

 その子…いや、少女の姿が、美しすぎて。

 美しいといわれた輝夜姫も、その美しさには劣るんじゃないかと思うくらいに、少女は綺麗だった。

 目は仮面で隠されてはいるが、降り積もった雪のように白い肌。それに対比するような藍色のグラデーションのかかった、セミロングの黒い髪。白のノースリーブワンピースから露出する肌もまた白く、無駄な肉がついてなかった。

 まるで天使だ。

 と、声にも出ない声を、明日人は漏らした。

 もし今日が夏だったら、夏の暑さでおかしくなって、その白い肩掛けすらも、天使の翼の様に思えてくるのだろうか。

 硬直した明日人に、少女は帽子を渡す。

 それにやっと意識が戻ったのか、明日人は目を覚ます。

「あ、ありがと…」

 その声を聞うと、少女は明日人から目を反らし、夕日で照らされた海を見つめる。

 その瞬間、風が吹いた。

 それは、驚くほど優しいそよ風で、少女の髪を揺らしていた。

 ただ、髪が風に靡いているだけなのに、また明日人は、それに見惚れていた。

 少女が海に向かって走った、その瞬間まで。

「えっ!? ちょっと__」

 待ってと言いながら、明日人は手を伸ばした。

 だが、その瞬間、少女から光が放った。

 そして、明日人が思った通りに…少女の背中に、天使の「翼」が、生えた。

 人はショックを受けると声が出なくなる。

 まさにその通りだった。また、声が出なくなっていた。おまけに、貰った帽子も落としそうだ。

 ちなみにこれは、ショックなのではない。

 明日人はまた、少女の美しさに見惚れていたのだ。

 少女は、そんな明日人を気にも止めず、夕焼けで赤く染まった空へと消えて行ってしまった。

 人が天使に会う。

 そんな事例、神話にもおとぎ話にも存在しない。

 それなのに、出会ってしまった。

「ん…? 明日人、そっちはどうだ?」

 明日人に説得され、同じ方角の違う場所で帽子を探していた万作は、崖の近くで突っ立っている明日人を見つけ、声をかける。

「……会っちゃった…」

「何がだ?」

「…天使に…」

 

 ***

 

「とにかく! その子凄く綺麗だったんだよ! だから俺は思わず声が出なくなるくらいに見惚れてて…」

「まぁ、明日人はその子に惚れたって感じか。まぁそういうのよくあるからな」

「よくあるからなってなんだよ」

 学校に戻る間、明日人は途中で出会った天使の事を話していた。

 明日人は、本当のことだって主張しているが、あまり信じて貰えてないようだ。

「明日人ー! 万作ー!」

 するとその時、水色の髪が特徴で二人の幼馴染でもある氷浦が、学校側から二人に向かってやってくる。

「どうしたんだ? 氷浦」

「二人が離れてる間、サッカー部に朗報が入ったんだ。実は、明日花伽羅中と練習試合をすることになったんだ」

 花伽羅中。

 聞いたことも無い中学校名に、二人は顔を合わせる。

 ここの所、練習試合の申し込みも増えてきたが、そんな名前の中学校は、見たことも、聞いたことも無かった。

「花伽羅…なんだか、全てを炎で燃やし尽くしそうな名前だな…」

「…? 炎じゃなく、花なんだが…」

 そこじゃない。と、万作は突っ込む。

「じゃあ、俺達でその花伽羅中のこと調べないか!? そしたら、なにかわかるかもしれないし!」

 明日人が、その花伽羅中の事を調べないかと、提案をする。

「確かに、何も知らないで試合をするよりはマシかもしれないな…」

 

 ***

 

「あったぞ、万作、明日人」

 早速学校のコンピューター室で、花伽羅中の事を調べていた三人は、とあるホームページを見つける。

 どうやらその花伽羅中がある、花伽羅村の公式ホームページらしい。

「日本一の田舎町だが、蛍の名所、桜の名所と、知る人ぞ知る観光地としても有名らしいが…」

 ここよりも田舎な村ってあったのかと、万作は日本一の田舎町の単語を聞いて呟く。

「有名だけど…?」

 明日人が、氷浦の返答を待つ。

「そこに行くまでの道が、かなり困難らしいんだ。逆に、楽して通れる道なんてないといわれるくらいに…」

「なんか…そこまで行くと、その花伽羅中サッカー部のことが怪しく思えてくるな…」

 呪いでもあるんじゃないか…? と万作は疑心暗鬼になっている。

 それを見て、明日人は苦笑いをする。

「万作、別に行ったら呪われるとかはないみたいだ。ただ、街からかなり遠く離れた場所ににあるから、進んでいる途中で大きな落石が降ってきて車が潰れたとか、巨木が倒れて車での移動が困難になってしまったり、とな…」

 最初の落石はなんだ。

 と万作と明日人は思ったが、これ以上触れないことにした。

「氷浦、花伽羅中のサッカー部はどんなんだ?」

 明日人の素朴な疑問に、氷浦は答える。

「…それが、全くと言っていいほどに情報がないんだ。試しに花伽羅中のホームページも調べてみたんだが…部活欄にサッカー部があるだけで、他に情報が無い。だけど、一つだけ確実な情報は手に入れたよ」

「確実な情報?」

 それがなんなのかと、明日人の好奇心は増大する。

「確実な情報というのは、「夜舞月夜」という選手…高度なディフェンス能力でボールを奪い、さらに点を取るリベロであり、キャプテンでもあり、別名、『月光の魔女』と言われているんだ」

 月光の魔女。

 今まで出会ってきた異名の中でも、綺麗な部類に入るのだろうか。

 文字だけでも、「戦術の皇帝」の異名を持つ選手と同等の実力を持ってそうだ。

 他にもないのかなと、氷浦に問おうとした瞬間。

「それだけだ」

 という氷浦の声が響く。

「…氷浦、それだけって…もしかして、情報のこと?」

「あぁ。容姿も、経歴も、何一つ乗ってないんだ。でも、まだ何かあるかもしれないから、俺はもうちょっと花伽羅中の事を調べてみるよ。ばぁちゃんの名にかけてね」

 ここで、氷浦の探偵気質が滲み出る。

「氷浦だけに調べさせるわけにはいかない。俺も花伽羅中についてまだ調べてみる。明日人、お前はどうする?」

 万作は、氷浦と共に花伽中について調べるらしい。

「俺、父ちゃんに聞いてみるよ。父ちゃんは、サッカー協会の会長らしいから」

「そうか、その手もあったな」

 そう言い、明日人は一度コンピューター室から出て、自分の父親に電話をかけてみる。

 忙しいから出られないかも。

 と、父親の事を考えながら、スマホから出る発信音を耳の片隅で聞く。

「稲森琢磨だ」

 つながった…!

 と、明日人は喜びの表情を出す。

 父親と繋がれるのは、電話しかないから。

「あ、父ちゃん? 実はお願いがあるんだけど…」

「明日人か。どうしたんだ? サッカー部の部費が無いのか?」

「父ちゃん、サッカー部の部費は足りてるよ…ってそうじゃない!」

 久しぶりに自分の父親の声を聞き、思わず長話をしそうになったが、ここはぐっと堪える。

「あのさ父ちゃん、花伽羅中って、知ってる?」

「花伽羅中…?」

「うん、父ちゃんサッカー協会の会長だから、何か知ってるのかな~って」

「そうか、その花伽羅中と練習試合をするんだな」

「うんそうだよ…って! なんでわかったの!?」

「俺の息子だからな。言われなくてもわかる」

 息子。

 そう言われ、明日人は微笑む。

 嬉しかったのだ。

 今まで会えなかった父親が、今こうやって話せているのだから。

「…ねぇ父ちゃん…」

 だからこそ、こうして、甘えてみたくなるのだろうか。

「どうした? 明日人」

「今度の練習試合、絶対に来てね…俺、頑張るから…」

 明日人の今にも消えそうな声に、琢磨は受け入れる。

「…わかった。絶対に見に来るよ。じゃあ、調べてみるから、何かがわかったら、また電話するよ」

「うん、おやすみ、父ちゃん」

 そう言い、明日人は通話終了のアイコンを押す。

「ただいま、今父ちゃんが調べてるって。そっちはどう?」

「あぁ明日人。実は、あまり有効な情報が無くてな…」

「これ以上調べても何もなかったら、今日は終わりにしよう。明日、試合があるからな」 と、氷浦が、窓を眺める。それにつられて、明日人も窓を見る。窓の外には、夏の風物詩である天の川の隅が、空を覆っていた。

 

 

 

 その頃。別の場所では、明日人達と同じように、星を眺めていた者が居た。

 それは、夕方に明日人と会った、天使だった。

 その天使もまた、天の川を眺めており、首には白い石で出来たペンダントを下げている。

 すると天使は、何かを歌うように口を動かした。

 その時、明日人が見た白い光が現れ、「彼女」の背中に、また天使の翼が生える。

 そして彼女は、天の川の空へと消えてった。

 

 

 

「おはよ! 万作! 氷浦!」

 大地を照りつける太陽。しかし今日は、明日人の言っていた通り一段と涼しい。

 暑さには弱い人間にとっては、天使が味方してくれたようなものだ。

「あぁ明日人。そういえばお前の父さんは、あれからどうなった?」

「それが、見事に情報が無いって」

「まさに無名のチームだな」

 情報が一切ないから、無名のチーム。とでも言いたいのだろうか。

「そういえば、今疑問に思ったんだが、なんでその花伽羅中は、俺達に試合を申し込んだんだろうな」

 確かに、と明日人は思う。

「多分、俺達とサッカーがしたいからじゃないかな?」

「それなら、沢山相手はいるんじゃないのか?」

「う~ん、じゃあなんだろう…」

 花伽羅中についてを話している間に、三人は通学路で通る市役所の入り口付近を通ろうとしていた。

 普段なら、学校へと市役所を通り過ぎるのだが、今日は何か違う。

「あれ…? あそこに見えるのは、キャプテンじゃないですか」

 市役所前の人混みの隙間から見える長い黒髪の少年は、見覚えがある。

 伊那国島サッカー部のキャプテンだ。

 以外にも、明日人がキャプテンではないのだ。

 三人は、なぜそこにキャプテンである道成達也がそこにいるのかが気になり、明日人達は市役所まで行くことにした。

 人混みをかき分け、三人は道成の所まで辿りつく。

「キャプテン! どうしたんですか?」

 明日人がキャプテンに問う。

「稲森…実はな」

「言われなくてもわかるだろう」

 道成の言葉は、何者かの声によって掻き消される。

 ここに居る全員が、その声の発生場所を見つめる。

 その発生場所は、選挙に使われる車の上に乗った、少年少女たちからだった。

 しかもそこ横には、市長と思わしき人物も居る。

「これよりサッカーは、人々に害を成すものとして、それに関する物の活動、または行動を、「禁止」するものとする」

 中心にいる少年の言葉。

 その声は、まるで機械的だ。

 まるで、サッカーを悪質な物として見ている。

「…嘘…だろ…!?」

「なんで…サッカーが禁止なんだ…」

 すると、さっきまで太陽のように笑っていた明日人の顔が、目の前に起きた絶望に染まった。

 明日人は、サッカーを失う悲しみを知っている。

 大好きな物を奪われる悲しみという感情、そして心を、酷く心に刻んでいる。

 明日人は、目の前の現実に耐えられなかった。

 サッカーが、出来ない。

 最初は興味本位でやっていたサッカー。

 そして、いつの間にか、心を共にしていた。

 やっていると、楽しかった。

 心が晴れ晴れした。

 サッカーがあったから、ここまでこれた。

 なのに。

 サッカーが、出来ない。

 胸と同時に心が苦しくなる中、人混みからの抗議の声が次々に上がるのは耳に入る。

「なんでなんだ」

「サッカーが出来なくなるってどういうこと?」

「お前達はなんだ! 子供の癖に!」

「どうして禁止にする必要があるのよ」

「悪戯で許されると思ってるのか!」

 と、上がる声に、少年はうろたえることは無かった。

 むしろ、以前よりも機械的になったような。

「これは全て国が決めたことだ。「反論にデモを起こすようなことがあれば、真っ先にお前達国民を処刑する」とな」

「な…何があったっていうんだ…」

 氷浦が困惑する中、明日人の精神はとうに限界を迎えていた。

 後ろから殴られたみたく意識を失い、明日人は地面に倒れる。

「明日人!?」

「明日人!!」

 氷浦に万作、道成が明日人の異変に気づく。

「堕落した人々を救う。それが、我ら「天使」に架せられた使命だ」

 天使。その言葉に意識を取り戻しそうになったが、明日人はその使命がなんなのかを理解する間もなく、また目を閉じた。

 

 

 

 

 

 この日、少年は「天使」に出遭ってしまった。

 

 



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第二話 忠告する天使

 市役所で倒れた明日人は、伊那国島の病院に運ばれた。

 医者からは、命にかかわることはないらしいと言われ、ここまで運んできた氷浦たちは安堵する。だが、学校は臨時休校となり、花伽羅中の練習試合も中止。

 だが、今は明日人の目覚めを待つのが優先だと、サッカー部に確認しに行った万作に残された二人は、病室に居た。

 そんな中、先ほどまでサッカー部まで走った万作が大慌てで、病室に入ってくる。

「大変だ! 今、俺達のサッカー部の部室が、壊されているんだ…!」

 万作の言葉に、二人は青ざめる。

 じつは、伊那国島サッカー部が有名になる前、部室とグラウンドが壊されたことがあったのだ。実質、部室が壊されるなんて、これで二度目。せっかく廃部から免れたというのに、また廃部にさせられた。

 氷浦はその中で、また何かが起こっているんじゃないかと、頭を巡らせた。

「テレビを見たんだが、これは俺達だけの中学校だけじゃないらしい…全中学校が、サッカー部の廃部を余儀なくされたらしい…」

 嘘だろ…? と、道成と氷浦は半信半疑で検索することにした。

 すると、その表情は驚愕の表情へと変わる。

「__!! 星章学園が!?」

「王帝月ノ宮まで!!」

 それ以外にも、これまでFFで戦ってきた学校の名と、無名のサッカーチームの名が廃部となっており、それはサッカー協会のホームページでも確認出来た。

 しかも、どの学校も廃部から逃れるのに失敗している。

「…あの雷門中もだ…」

 と、万作が言った直後、病室の雰囲気が暗鬱となる。

「サッカーが禁止…しかも国が決めた…? 万作、これは何かありそうだ」

 

 ***

 

「サッカーが…禁止…?」

 その邪見とした雰囲気は、雷門中にも広がっていた。

 円堂が手に持っているのは、「サッカーが禁止されたので、サッカーに関するサッカー部は、廃部とさせていただきます」と、パソコンで撃たれたような文字が並んだ紙。

 そして今円堂が目にしているのは、以前までここで活動を続けていた部室が、国から派遣されたショベルカーやブルドーザー等で破壊されている。

 先ほどまで、朝練を楽しみに雷門中に来た円堂だったが、このことを告知され、目の前の出来事に絶句していた。

 ここに居る雷門サッカー部のメンバー全員、そしてマネージャー達が、この状況を受け入れられずにいた。

 円堂自身、極度のサッカー馬鹿な為、このショックは、誰よりもが大きいだろう。

「しかも…国がそれを決めた…だと…」

 鬼道のゴーグルの下の赤き瞳は、揺れていた。

 そして、サッカーを禁止されたことの悲しみと、目の前で部室が壊されているというのに何も出来ないという自分へと怒りで出来た涙が、瞳に滲み出ていた。

「そんな…酷いッス…」

「雷門サッカー部が集結したばかりだってやんスのに…」

 二年生となった壁山と栗松がショックを受けている中、豪炎寺は自分のやるせなさに拳を握っていた。それは、手の平から血が滲み出るくらいに。

「…でもっ! 国がそんな簡単にサッカーを禁止する筈がない! きっと何か理由が…」

 円堂には、まだ希望があった。国がそんな簡単にサッカーを禁止にするはずがないと、信じていた。

「で、ですが、理由なんてどうやって…」

「円堂…その理由を結論づける為にはまず、情報収集だ。まずはそれからだ…」

 震える鬼道の声を聞き、円堂はすぐに察する。

 鬼道は今、自分を隠している。

 いつもの鬼道を、装っている。

「…鬼道…辛いなら、泣いていいんだぞ…」

「……だが、今は泣いている暇はない……そう言うお前も、平穏を装っているだろう…」

 

 

 

 今この日本で起きている現状に、誰もが暗鬱となっている病室に、今も雑音によって掻き消されそうな声が響いた。

「ん…」

 それに気がついた氷浦達は、明日人が眠っているベットに近づく。

「明日人!!」

「稲森!」

「あ……ここは……」

 まだ意識が朦朧しているのか、明日人は今の現状を把握できてないようだ。

「ここは病院だ。明日人、お前は市役所で国からのサッカー禁止令が出されて、それを聞いたお前は倒れたんだ。それで俺達はお前をここまで運んで…」

 状況を明日人に説明する万作の声を、曖昧な意識で聞いていた。だが、「サッカー禁止令」という単語を聞くと、その刹那に自分に何があったのかを把握し、明日人の意識をはっきりとさせた。

「__! そうだ…俺はあの時倒れて…」

「あぁ、国がサッカーを禁止したせいで、日本中のサッカー部の活動が、廃部を余儀なくされているんだ…」

 廃部。その単語で、明日人は以前に起きた光景を思い出す。

 今から約四か月前、一年前にFFでの雷門中優勝によって、サッカーは、日本中で今莫大な人気を誇るスポーツとなった。サッカーチーム運営の要件として、大規模な資金を有する「スポンサー」がつかなくてはならなくなった。

 その影響下もあり、当時スポンサーを持ってなかった伊那国島サッカー部は、廃部となってしまった。

 だが今は、以前のFFで一勝をあげた為、活動出来てはいたが、それもたったの、一か月の間だけとなってしまった。

「……なんでなんだよ…なんでサッカーが、禁止されなきゃ…」

「明日人!!」

 病室の扉が勢いよく開かれる。そこに居たのは、昨夜に花伽羅中のことを聞きだした、稲森琢磨が居た。

「父ちゃん!?」

「…お前が倒れたと聞いて、日本支部のオリオン財団からここまできた」

 よく見ると、スーツのボタンがずれている等と、自分の身だしなみを放って置いてまで、一刻も早く自分の息子の元へと、走ってきたようだ。

「明日人…もう大丈夫なのか?」

「うん…サッカーのことはショックだったけど、もう大丈夫だよ」

 と笑う明日人を見て、琢磨は、明日人の心の底の心情を感じ取り、心の中で噛みしめた。そして、重い口を開いた。

「明日人…まだ病み上がりかもしれないし、少し責任を問われる問題かもしれないから、この要件を「出来ない」と感じたら、すぐに拒否するんだ。…オリオンと共に、この現状を変える手伝いをしてくれ」

「…え?」

 

 

 

 

 

 時は少し遡り…日本に混乱が起きる前の日本に入国してきた少年たちがいた。

「着いたよ、兄さん。まずはホテルに行って、荷物をそこに置いておくね」

 日本についたことを兄に報告するのは、二か月前イナズマジャパンが決勝で戦ったロシアチームのキャプテン、フロイ・ギリカナンだった。

『いや、まずは趙金雲の所に行ってくれ、あいつなら宿くらいは用意してくれるだろう。ちなみにあいつの住所なら、お前のトランクに入れておいた』

 フロイのスマホ越しに会話するのは、オリオン財団の現理事長であり、フロイの兄であるベルナルド・ギリカナンだ。以前の長かった髪を切り落としており、今はいかにも涼しそうなショートになっていた。

「兄さんったら、いつの間にそんな準備を…」

『部下が荷物の確認をする時にこっそり入れておいた』

「いつの間に…えっと、トランクのポケットなんだよね…あった」

 フロイは、スマホを右肩で支えながら、銀色のトランクのポケットを探る。

『見つかったみたいだな。じゃああいつの所に荷物を置きに行ったら、次は明日人に連絡してくれ』

「…え? 明日人に?」

 フロイは、なぜ稲森琢磨の息子である明日人に連絡をするのかが気になった。あの子には、関係が無い筈…と。

『あぁ、明日人にはこっちでお前達の手伝いをするようにと言っている。……どうした? フロイ』

「…あっ、なんでもないよ。兄さん」

 フロイは、新条とは自分の兄の同僚だということも知っており、息子のことも何となくだが気になってはいた。

 しかし、フロイは明日人に対し、罪悪感を覚えていた。

 かつてのオリオンは、戦力を確保するが為、当時父親を捜していた明日人に偽物の父親を送り込み、明日人を口述で誘拐したのだ。

 自分の母であるイリーナがしでかしただけで、自分は当時のオリオンの悪事を暴こうとしていたのだが、それでもフロイは、明日人に対し、自分の母に対して申し訳ないという気持ちが混ざっていた。

「じゃあ、切るね」

 フロイは、通話終了のアイコンを押す。

「……マリク、ルース、そろそろ行くよ」

 フロイの向こうに居るのは、売店で日本の民芸品を眺めているマリクとルースが居た。

 二人は、日本へ来るのが初めてだったこともあり、ロシアでは滅多に見かけない珍しい物がゴロゴロある。

「フロイさん! これ凄いよ! 一つ百円なのに猫のパンケーキが簡単に作れるモールドとかもあるんだよ!」

「………」

 マリクは、日本の百均グッズを見て称賛しており、ルースは、おそらく売店で購入してきただろう、タピオカミルクを飲んでいた。

「まずは、イナズマジャパンの監督だった趙金雲を訪ねて来てって。それから、明日人に電話して、こっちに…」

「え!? 明日人が!? 明日人に会えるの!?」

 明日人という言葉を聞き、マリクはすぐさま喜んだ。

 だが、それを見てフロイは、「まずは趙金雲を訪ねてからだよ」と付け加えた。だがその瞬間、目の前は図体の大きい男性が目の前に居り、それに気がつかなかったフロイは、驚きのあまり床に尻餅をついた。

「呼びましたかぁ?」

「いっ、いつの間に…」

 マリクに手を貸してもらいながら、フロイは立ち上がり、ズボンについた汚れを払いながら趙金雲に返事を返す。

「せっかくハワイ旅行を楽しんでる時に、オリオン財団から連絡が入りましてね~たった今帰国してきましたぁ~」

「そ…そうなんだ…」

 よく見たらハワイシャツ着てるし。と、マリクは思った。

「じゃあ、最初の目的である私に会えたので、早速私の家に行きましょ~!」

 と、趙金雲はフロイ達の前線を歩く。

「フロイ…なんかこの人怪しい」

「ルース、それを言っちゃ駄目」

 

 

 

 

 伊那国島の船着き場では、琢磨と明日人が、東京行きへの船に乗ろうとしていた。明日人の右手には、必要最低限の荷物がまとめられたトランク。

 明日人は、琢磨の頼みを承諾し、オリオン財団の手伝いをすることにした。

 明日人自身、また東京に行くことになるとは思いもしなかった。大人になったらまた行きたいなと思ったくらいだ。

「たまには帰ってこいよ~」

「お土産宜しくね~」

「東京での話いっぱい聞かせてよ~」

 と、伊那国島のサッカー部員が、明日人にせんべつを送ってくれた。

「それじゃあ…行ってきます!」

 明日人が手を振り返した直後に、東京行きの船が出る。

 その船は、航路の後を水面に描きながら、伊那国島を離れていく。

 明日人を見送った氷浦たちは、明日人が離れていったことに関する寂しさを感じながら、船着き場を後にしようとする。

 しかし、氷浦たちの後ろには、市役所でサッカー禁止令を告知したあの少年少女たちが立っていた。

 

 ***

 

「野坂さん」

 西蔭が野坂に呼びかける。

「野坂さん」

 それに続いて一星も呼びかける。

 対して呼ばれている野坂は、なんと廊下の壁にもたれ、眼を瞑っていた。

 あまりにありえない光景であの人がしなさそうなことで、二人は困惑していた。

 だが、周りからは好評のよう。

「……もしかして野坂さん、寝ているんですか?」

「寝ていたら返事が出来ないよ、一星くん」

「そうですね…って! 起きてたんですか!?」

 一星が確認に野坂に話しかけると、と野坂は寝ながら返事をした…というよりは、元から起きていた。

「ごめんね、少し考え事をしていて」

「野坂さん。考え事なら別の場所でもよかったのでは…」

「西蔭、考え事をするのに場所を選ぶことはないよ。それに、考え事というのは、国がなぜサッカーを禁止したか…についてを考えていたんだ。サッカー部が、廃部になったからね…」

 先ほどまで着崩していた感じとはうって変わって、野坂は真剣に話を切り出した。

「それに、国が一日でそんな簡単にサッカーを禁止にするとは思えない。なんの事前報告も無しにするなんて、そんなことがありえるかい?」

「まぁ…確かにこの日本じゃ、何か重要な発表をするときは、事前に時間などを言いますね…」

「一星」

「なんですか西蔭さん」

「たまに事前報告も無しにその重要なことを決めることがある」

「…ま、まぁ、事前報告が無いなんて、ありますし…特に野坂さんなんて…」

「おや? 何か言ったかい?」

「何でもありません…」

 詳しく話をしようと、王帝月ノ宮中の寮にある、野坂の部屋に歩く最中、三人はこのような会話をしていた。

 事前報告も無しに、何をしたのだ。野坂は。

「さぁ、着いた…」

 野坂が部屋の扉を開けたその時、野坂の机近くに、女の子が居た。

 制服を着ていない、仮面を付けた白いワンピースの少女は、先日明日人が見たあの天使。

「…貴様、ここで何を…」

「待て、西蔭。……君は、ここの生徒じゃなさそうだけど、どこから来たんだい?」

 西蔭を止め、部屋に居る天使に、野坂は話しかける。

「……先日、島に居たあの少年に、天使と言われたわ。あの子が私のことを天使だと思ったように、貴方が私のことを天使と思うなら、私は天使…なのかもしれないわね」

 まるで、自分は何者でもないと主張をしているかのような発言に、西蔭と一星は茫然とする。

「じゃあ『天使さん』。君はどうして、ここに来たんだい? それに、僕達に会う前にも、誰かと会っているような口ぶりだけど…一応、先日君に会ったというその子の特徴はなんだい?」

 野坂の問いに、天使は少し考えてから答えた。

「どうしてここに来たか、というのは、ここに来てはならないという決まりでもあるのかしら? そうには思えなかったけどね___」

 立ち話に疲れたのか、天使は野坂のベットに片膝を抱えて座り、首をかしげて野坂の顔を覗く。

「……」

 天使の返し方、その行動を少し予想だにしてなかったのか、野坂は沈黙する。

「あえて、言うとなれば…少し忠告をしに来た、とでも思ってほしいわ…でも、皇帝の名の持つ貴方からすれば、忠告にはならなさそうだけど…いや、これは忠告、なのかしら…」

「…野坂さんを挑発しているのか」

「挑発だなんて、した覚えはないわ。それよりも、皇帝の犬には黙って貰いたいわ、今そこの皇帝と話しているのだから__」

「…西蔭、僕は今この子と話しているんだ。僕に質問をするなら、後にしてくれ」

「……すみません」

 天使の野坂に対するその挑発的、嘲笑的な、抽象的な態度が西蔭の逆鱗に触れたのか、天使との話に割り込む。

 だがそれでも、天使は態度を改めることはなく、西蔭を[[rb:皇帝 > 野坂]]の犬だと罵った。

「忠告その一。この世界は、いつの日か神が治めることになるわ。神は長らく、貴方達人間を見守ってきたそうだけど…もうそろそろ限界のようみたい。だけど、その時が来たら、貴方達はすぐに神に従いなさい」

 神。通常ではあまり聞き慣れない言葉に、三人は半信半疑になっていた。だが、妙にこの天使の言うことは、簡単に脳に入ってしまう。

「忠告その二。もうすぐこの地上に天使が舞い降りる…いや、もう舞い降りているわね」

「…その天使というのは、君のことではないのかい?」

「勘違いしないでほしいわ。私は勘違いのする男は嫌いなのだから。それに、舞い降りた天使というのは、私のことではないわ。私はただの通りすがりの天使。偶然に、貴方達の所に来たのだから。それに、私は貴方達には一切危害なんて加えないわ。私は人を傷つけるのなんて趣味ではないの。人を傷つけるというか、痛めつける天使は、他に居るわ」

 通りすがりの天使は、人のベットに座るものなのだろうかと、一星は困惑した。というか、人を痛めつけるのが趣味な天使も居るのかと、同時に思った。

「そういえば、貴方はどうしてここに来たという質問の他に、先日私に会った少年の事を質問してきたわね。あの子のことは、特に供述すべきことはないわ。私はただ帽子をあの子に返しただけ。…さぁ、これで質問は終わったわ。そろそろ私は、帰らせてもらうわね」

 すると、天使はベットから降りたかと思えば、一つだけ部屋にある窓の壁に手をかけた。

 その瞬間、少女に翼が生えた。汚れのない、純白の天使の羽が。

「あぁそれと、サッカーが禁止された…というのは、知っているけれど、私から教える事なんて無いわね」

 そう言った後に、天使は窓から外に出た。

 野坂が窓の近くに行った時には、天使なんて居なかった。

 

 

 

 

「えっと…確かここで待ち合わせるんだよね? 父ちゃん」

 久しぶりの東京に足を踏み入れた明日人は、フロイから言われた待ち合わせ場所__何の変哲もない公園に、琢磨ときていた。

 普段はサッカーをしている子供たちが居て騒がしいのだが、今さっきサッカーが禁止された為、子供達は居ない。

 本当にサッカーが禁止されたんだ。と、身に染みてわかる。

「明日人~~~!!」

「うわっ!」

「明日人!?」

 後ろから自分を呼ぶ声が大きくなり、思わず振り向くと、そこには二か月前にオリオン財団の練習施設で知り合ったマリクが、明日人に飛びついてきた。

「久しぶり! 明日人!」

「痛っててて…あっ! マリク…ルース!!」

「明日人とはここで待ち合わせるってフロイさんが言ってたから、先に待ち伏せてたんだ!」

 ま、待ち伏せてたんだ…と、明日人は思った。

「明日人、大丈夫か?」

「うん…ありがと、父ちゃん」

 琢磨が差し伸べた手を、明日人は手に取る。

「マリク、いくら明日人に会えたからって、飛びつくのはよくないよ。ほら、謝って」

 遅れてきたフロイが、マリクを叱る。

「フロイさん…明日人…ごめん」

「いやいいよ、俺もマリクにあえて嬉しかったし」

 マリクに笑顔で返す明日人。

 しかし、その笑顔の理由は、言い訳で作られていた。

「フロイ、そろそろ…」

 と、ルースがフロイに耳打ちする。

「うん、わかった。……久しぶりだね、明日人。正直の所、僕は君と会うのは少し気まずかったけどね…でも、元気そうで何よりだよ。君がここに来たということは、今日本で起きている騒動、国が公表した「サッカー禁止令」を解決したくて来たんだね」

 明日人の表情を見る限り、覚悟は出来ているようだった。

「正直、あのことを知った時は、僕も驚いたよ。オリオン財団は国と情報を共有しているし、なんなら国しか知らないことまで調べ上げられるから、事前に分かっていたんだけどね…明日人、この騒動は、もはや日本だけの問題じゃなくなった。サッカーが世界中で人気となっている今、世界中は日本がサッカーを禁止したというのを知って、大騒ぎさ。話を戻すとして、なぜ日本がサッカーを禁止したのか…それは、国にある。だから、これから僕達で、今日本で何が起きているのかを調べよう。そうすれば、きっと何か道は見えるはずだ」

 淡々と、フロイは事を述べた。

 公園に、少しの間が訪れた。

 そして、明日人が、口を開ける。

「…俺、許せないんだ。なんで…なんでサッカーが禁止されなきゃいけないんだよ…俺達、昨日まではあんなに楽しくサッカーをしていた筈なのに…なんで、そんな簡単にサッカーを禁止になんかするんだよ…」

 誰よりもサッカーを愛している明日人の言葉は、とても強く、そして悲しかった。

 その空間を破るかのように、着信音が鳴り響く。

「……はい」

 着信音の元は、明日人だった。

『稲森明日人か?』

「…? はい。そうですけど……」

 知らない相手からの電話に、戸惑いを見せる。

『伊那国島のサッカー部の彼らはもう救済し終えた。残るはお前だけだ』

「__それってどういうこと!?」

 まるで、自分が東京に居る間の伊那国島の事を知っているかのような口ぶりだ。

『お前は、積りに積もった深い闇を抱かえており、誰にも打ち解けない心に傷がついている。だから、お前はあの者たちとは違う救助法を試す。何、命は取らん。お前は救われるべき者なのだからな』

「あ…貴方は何なんですか』

 電話を、今すぐにでも切りたかった。

 だが、切ってはいけないような気がした。

『だが、その為にはお前にここまで来てもらう必要がある。いいか、場所は…』

『明日人!! そいつの口車に乗せられるな!! お前まで…』』

「氷浦!?」

 確かに、氷浦の声が聞こえた。

 だが確認をする前に、こっちから電話が切られてしまった。

 明日人は瞬時に察した。

 氷浦たち皆が危ないと。

 

 

 

 

 

 

 人にこの先の未来を忠告をした天使。

 それを聞いた人は、何を思い、何をするのか。

 



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第三話 神に使える天使_だがそれは、本当に天使か? 悪魔の間違いだろう。

 その頃、灰崎の居る星章学園では、サッカー禁止令とサッカー部廃部の話題で持ち切りになっていた。

 水神矢が皆に隠れて泣いているのを見たやら、政府から派遣された人たちが部室を調べ上げて、サッカー部の備品などを全て持ち去っていったやら、後々部室が壊されて空き地になるやら、デマか本当かもわからない話題が飛び交っていた。

 その教室の雰囲気がなんとなく嫌で、灰崎は教室から抜け出し、校舎近くのベンチに座って居た。自分に懐いてくる野良猫を撫でながら。

 いつものように購買で買ってきたパンを猫に食べさせていると、猫は灰崎の膝の上から飛び下り、向こうへ行ってしまった。

「お、おい!」

 しかしその猫は、灰崎と同じ理由で教室を出た人物の足に止まった。

 最近新しくサッカー部のマネージャーとなった宮野茜だ。片手には弁当箱の入った袋を持っている。

「凌兵? この猫…」

「あ、いや、これはその…たまたまそこに猫が居たから…」

「ふふっ」

 先ほどまで猫を撫でていたことを誤魔化すために言葉を探す灰崎を見つめ、茜は微笑ながら自分に懐いてきた猫を抱え、灰崎の隣に座る。

「凌兵…サッカー部のこと…残念だったね…」

「…残念? 残念の一言じゃ片づけられねぇよ…なんで国は、サッカーを…」

 自らの長い髪を掻きながら、灰崎は悔やみ、そして怒りを感じていた。

 なぜサッカーが禁止にならなくてはならないのかと。

 そして考えた。なぜサッカーが禁止になったのかを。

 オリオン財団の件。それも考えたが、それでなぜ日本だけがサッカーを禁止にすることになるのかという決定打にならない。実際禁止になるなら、全世界で禁止になっている筈だ。

 サッカー選手が事件を起こした等のニュースは、最近目にしない。

 もしや、他に何かがあるのだろうか。

「凌兵? さっきから髪を掻きながら考えてるけど…もしかして、なんでサッカーが禁止にされたか考えてる?」

「__な、なんでわかったんだよ…」

「凌兵の顔見てると、何考えているかわかるから。かな?」

 幼馴染みだからか、灰崎の考えていることを当てた。図星を突かれた為に、灰崎はきょとんとした顔になる。

 その時、灰崎のスマホの着信音が、制服のポケットから鳴り響いた。

 

 ***

 

「__っ、これは…」

「…酷い…」

 ユースティティアと名乗る天使たちに襲撃されたと聞いた明日人達は、東京から急いで伊那国島へと戻り、試合があったとされる伊那国中まで急いだ。しかし、そこで見た光景に、明日人たちは目を疑った。

 火花は伊那国中を包むかのように赤く舞っており、サッカーコートの地面は何か強い力で抉られ、岩盤が剥き出しになっていた。ここが戦場、いやサッカーコートであったことを意味するかのように、サッカーコートの上には伊那国島サッカー部のメンバーが全員傷だらけで倒れていた。

「皆!!」

「フロイ。君達は救急車を!」

「はい!」

 フロイ達が救急車を呼んでいる中、明日人はすぐさま氷浦たちに駆け寄った。

「__明日人…か?」

「氷浦! …これは一体…」

 今の状況に切羽詰まった明日人が皆を揺さぶっている中、氷浦だけ反応を示した。それに気づいた明日人は、何が起こったのかを氷浦に聞きだす。

「…天使だ。天使の皮を被った、「悪魔」が…俺達に…」

「天使…!?」

 天使という言葉を聞き、明日人は昨日の夕方に自分が見た天使を思い出した。

 昨日見たことは、どんなに素晴らしい物でもすぐに忘れてしまうのか、姿が一枚の写真のようには思い出せないが、確かにあの時に見た天使は、この世の物とは思えない程美しく、とても人を傷つけるような感じはしなかった。

 なのに、今ここで氷浦たちがその天使に酷い目に遭わされていた。

 いや、氷浦の言葉通り天使の皮を被った悪魔かもしれない。

「そ、それがどうしたの? 氷浦!」

 せめて、あの時に見た天使じゃなくて欲しいと思いながら、明日人は氷浦にもう一度聞きだそうと思ったが、すでに氷浦は体力の限界で意識を無くしており、代わりに機械的な男の声が響いた。

「悪魔などではない。我々は、この地上を支配する人々を救済する天使…『ユースティティア』の__天使だ」

「……お前は! 市役所に居た…」

 その声のした方に明日人は顔を向けると、すぐに気づいた。市役所で、サッカーが禁止されたことを告白した、あの少年と、他十人が居たのだ。

「いかにも、私があの時市役所に居た者だ。改めて、私は蓮だ。この世の[[rb:禍 > まが]]を治す神、直毘神の力を持つ天使だ。稲森明日人、来たようだな」

「来たって…なんだよ! もしかして、氷浦たちをこんな目に遭わせたのって、お前なのか!?」

 真偽は不明だが、明日人が蓮のしたことに怒りを露わにしている。氷浦たちを傷つけては居ないのかも知れない。だが、この怒りを抑えることは伊那も明日人には不可能だった。

 そんな明日人を目にしながら、蓮は明日人の元に近づき、顎を持ち上げた。蓮の方が明日人より身長が高いが為に、目線を無理やり合わせたのだ。

「なっ…! 明日人に何を…!!」

 蓮の馴れ馴れしい行動に、明日人の父である琢磨が狼狽える。だが蓮は、琢磨に一切触れずに話を続けた。

「…その点に関しては申し分ない。しかし、彼らが君を渡すつもりはないと言い張っていた為、少しだが救助と制裁をさせてもらった。そして、稲森明日人、お前には来て貰おう」

「来てもらうって、別に俺は___」

「我々を産んだ神、『フォルセティ』様はお前を救いたいらしい…何をお考えなのかは知らぬが、私はフォルセティ様の指示に従うのみ。…何、救助も救済も変わらん。痛いのは最初だけだ」

 本来ならば、逃げるところだろう。だが明日人には、蓮の言葉には何か引き込まれるものがあった。それは仮にも天使からのお告げでもあるからなのか、なんなのかは知らないが、明日人は少しずつ蓮の言葉に心を動かされていた。自分でも気がつかないくらいに。

「明日人!」

 だが、琢磨の自分を呼ぶ声によって、明日人は現実に引き戻された。

「…俺を救いたいってどういうことなんだよ…そんな勝手、許されるって言うのかよ! 救助されたいかなんて、そんなのは俺の意志で決める! 人の心を勝手に決めるな!」

「………」

 予想だにしていなかった明日人の行動に、蓮は無言のまま明日人を見つめていると、突如蓮は側頭部に人差し指と中指を当てた。

 何をするかと思い、明日人は身じろいだ。

「はい。……わかりました。稲森明日人。今回の所はここで失礼する」

「え? ちょっと待っ…!?」

 しかし、それは蓮達のその場からの退却であり、先ほどの行動も天から通信が入った時に応答する仕草だったのだ。

「え? ちょっと待っ…!?」

 それを告げられた明日人は、思わず蓮に手を伸ばした。だが、その瞬間目に謎の光が入ってきた。

 その時明日人は、一瞬だが直毘が飛び去る時の瞬間を見た。

 白き両翼が羽を広げる時のその姿は、昨日に見たあの天使のようだった。

 

 ***

 

「レン・ナオビ、ただいま戻りました」

 蓮が辿りついたのは、教会のような場所だった。神、天使、女神の書かれたステンドグラス。頭上にある巨大なシャンデリア。聖獣の彫刻。だが、一つだけ違う所を上げるとすれば、教会には必ずといってある筈の、大量の横長椅子が存在しない。

 蓮は自身の翼を閉じ、教会の床に立膝を着き、頭を下げた。目の前に居る『神』にひれ伏しているのだ。

『よく戻ったな、レン。それで、稲森明日人は?』

「その件ですが、故郷である島には居ませんでした。そこで私は、伊那国島の者たちに彼を引き渡せと言いましたが、承諾はしてくれなかった為、戦うことにしました」

『……結果は?』

 教会に神の声が響く。

 姿の無い神に、蓮は返答する。

「圧勝でございます。いくら地上最強のサッカーチームであった人間が居ようと、我ら天使には成すすべもなく崩れ去りました」

『……そうか。では、いつものように行動せよ。いいか、周りに危害を加えず、確実に稲森明日人を展開に連れて行くのだ。ついでだが、この世界の秩序を乱す者を発見した場合は、即刻救助を開始せよ』

「はい、フォルセティ様の仰せのままに」

 

 ***

 

 ユースティティアの天使たちが伊那国島に舞い降り、そして天に帰ったその直後に、趙金雲から連絡があった。

 明日、出来る限り軽い荷物を纏めて、雷門中に来てほしいとのこと。

 その時に雷門中に連れて行くメンバーは、伊那国中サッカー部から選ばれた、元イナズマジャパンのメンバーを全員連れてこいとのことだった。

 急に趙金雲から頼まれることは度々ある為、明日人は軽く要件を聞いた。

『では、翌日お願いしますね~』

「はい、監督」

 氷浦たちを運んだ病院の外で、明日人が通話を終了したその時、フロイが病院から明日人に向かってきた。

「アスト、少し電話を貸してくれないか?」

「ん? いいけど…どうして?」

「兄さんが僕のスマホをアップロードしたいからって、今使えないんだ」

 なんでも、これからのことに役立つだろうって兄さんが言ってたからね、とフロイは付け加えながら、明日人のスマホ内部にある連絡先一覧から、趙金雲のアイコンを押して、趙金雲からの応答を待つ。

「な、なんか大事な話しっぽいから、俺、皆の所行ってくるね」

「アスト? 別にこれといって…って、行っちゃった」

 大事な話をすると察したのか、明日人は病院内に戻っていってしまった。

 これといって大事な話ではないとフロイは思い、ここで待ってもいいと言おうとしたが、明日人の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 とその瞬間、趙金雲と繋がった為、会話を始める。

「もしも」

『おや、その声はフロイくんですか~てっきり明日人くんからかと思いましたよ~』

 なんと趙金雲は、フロイが発した三文字だけで、誰と通話しているのかがわかったのである。

「ところで、趙金雲。伊那国島のことは知ってる?」

『はいはい、そのことなら稲森くんお父さんから聞きましたよ~。なんせ、稲森くんがユースティティアの天使と名乗る天使に狙われているということでしょう』

「そのことなんだけど…彼らには秘密にした方がいいと思う」

 フロイが発した提案に、趙金雲は疑問府が頭の中で咲いた。

『はて、それはどういうことでしょう』

「万が一の時の為の保険__それに、無理にアストや彼らを刺激したら、どうなると思う?」

 明日人の性格と彼らが今までしてきた行動とフロイの提案を混ぜ合わせ、趙金雲はすぐにフロイの言いたいことが分かった。

『…なるほど、フロイくんの言ってることはわかりましたよ。このことを言ってしまうと、彼ら、いやイナズマジャパンは無理にでも稲森くんを保護しようとしてしまい、稲森くんの気持ちを無視してしまうことになってしまうから___ということですかね』

「そう思っててくれていいよ。それに、アストのことは……」

『何か言いましたかぁ?』

 フロイがぼそぼそと呟いたその内容を知っているというのに、趙金雲はいかにも知らないふりをした。

「いや、何でもないよ。じゃあ、切るね」

 自身が何かを呟いたことを誤魔化しながら、フロイは通話を終了する。

 聞いてない振りしてたけど、趙金雲のことだから聞いていただろうなと、フロイはすぐに趙金雲の発言の意味を感じ取った。

 

 

 

 その頃、明日人は屋上まで来ていた。

「つまり、明日俺達を連れて雷門中に来いということなんだな、明日人」

「うん。氷浦に万作、剛陣先輩に岩戸、小僧丸にのりかを連れて、雷門中に来てって」

 屋上に居るのは、氷浦たち五人だった。

 氷浦たちは幸い、他のメンバーからの庇いもあってか軽傷で済んだらしく、軽い処置で終わった。

「だけど、岩戸は重傷だぜ?」

「その時は、今いるメンバーだけでも連れて来てって言ってました。剛陣先輩」

 しかし、足の鈍い岩戸だけは重症からは逃れられなかったらしく、雷門中に連れて行くのは無理そうだ。

「くそっ…あんな奴らに負けちまうとは…」

「小僧丸…それって、ユースティティアのこと?」

「そうだが…何で知ってるんだ?」

「実は、ユースティティアの蓮くんって人に電話がかかってきたんだ。俺の救助がしたいって、それで伊那国島に来たんだよ」

 明日人の発言に氷浦の脳裏に衝撃が走り、氷浦はいつの間にか明日人の肩を掴んでいた。

 その時の氷浦の表情は、いつもの爽やかな表情と違って、何か焦っているようだ。

「明日人。その電話で、お前はここに来たのか?」

「そうだけど…どうしたの? 氷浦」

「いいか明日人。もしユースティティアの奴らが、お前を救助したいって言っても、絶対に応じるな! すぐに逃げろ! あの天使のいうことは少しずつだが、人を洗脳する。そして、あいつらの言う救助は絶対に受けるな! あいつらのつけているペンダントの光に触れた人は、人格を変えられる。この目で見たんだ。コーチが、人格を変えられる姿を…」

 氷浦の緊迫とした低い声に、明日人は身震いをする。

 なぜなら、氷浦のこんなに必死になることは今までにないからだ。確かにちょっと必死になったことは度々あったが、ここまでになることはなかった。

「それに、あの天使の野郎に言われたぞ。明日人を引き渡せってな」

「あの天使たちは、確実に明日人を狙ってる。気を付けてね」

 のりかや剛陣に言われ、自分は本格的にユースティティアから狙われていることを実感した。

 

 ***

 

「え…ええええええええ!?」

 その翌日、荷物を纏めて雷門中についた明日人達は、グラウンドに集まっている人たちを見て、驚愕する。

 雷門中に居たのは、なんと明日人と同じようにして趙金雲に呼ばれた、二か月前イナズマジャパンとして活躍したメンバー全員、そしてマネージャー達が揃っていたのだ。

 荷物を纏めているのは共通だが、ここに居るイナズマジャパンのメンバー達は、どこか楽しそうだった。

 強化委員という制度がまだあった時期に知り合った仲間と話している者もいれば、これからのことを話しあっている者も居た。

 二か月前に別れを言ったのが嘘みたいだと、明日人は感受する。

 明日人が感傷に浸っている中、氷浦たちも他のメンバーと同じように久しぶりに会えた仲間達との再会を楽しんでいた。

 小僧丸は豪炎寺と。のりかは大谷や神門と。

「久しぶりだね。明日人くん」

「あ、野坂!」

「お久しぶりです。明日人くん」

「一星も! そっちはどうだった?」

 元同じメンバーだった野坂に声をかけられ、明日人は野坂の方を向く。そこには、王帝月ノ宮のバッグを持った、私服姿の野坂と一星が居た。

「はい、王帝月ノ宮中での生活も慣れてきました! 明日人くんの方こそどうですか?」

「こっちも伊那国島サッカー部が廃部から免れて、それで!」

 二か月ぶりの一星と明日人が、当時の様に楽しそうに会話をしているのを見て、野坂は思わず顔がほころんだ。

 まるで同窓会にでも行ったようだ。

「あ、そういえば一星! 俺さ、見ちゃったんだ!」

「何をですか?」

「天使! すっごく綺麗だったんだ!」

 明日人の口から出た天使という言葉に、野坂は食らいついた。

「明日人くん。その天使は、昨日の伊那国島でのあの天使かい?」

「え…? 多分違うと思う…俺が見たのは、一昨日てっぺん崖で見た天使の女の子のことだよ。仮面を付けていたから、誰だったのかはわからないけど、綺麗だったのは確かだよ。でも、なんで知ってるの?」

 ユースティティアのことは、あの時チームに居た氷浦達とフロイ達しか知らないはずなのにと、明日人はフロイ達から秘密にしていおいたことがバレてしまったのかと焦る。

「実はね、一星くんにフロイくんからの電話があってね。その時に教えて貰ったんだ」

「フロイから、このことがなるべく皆やユースティティアに伝わらないようにと、俺に話したことは秘密にしておいてほしいと言われてたんですけどね…」

 一星が側頭部を掻きながら苦笑いする。見た感じからして、野坂の圧に負けて教えてしまったのだろう。

「話によると、明日人くん。君はユースティティアに狙われていると聞いたけど、それは本当かい?」

「…そうみたい…でも、なんで俺を狙うのかがわからないんだ。救助…って言ってたけど…」

 あの天使とユースティティアとは、関係が…ないよね。と、明日人はあの時の天使とユースティティアとは関係無いことを祈った。

「そういえば、僕達も昨日天使に会いましたよ。俺達に忠告を残してどこかに行ってしまいましたが…」

「え、一星も会ったのか!?」

 まさか自分以外にも天使と会った人が居たことに驚愕しながらも、明日人は疑問に思った。

 その天使は、自分が一昨日会った天使のことなのではないかと。

「特徴は!? 一応聞きたい!」

「わ、わかったよ明日人くん。俺が見た限りでは、『仮面』を付けてて、『黒のセミロングに青いグラデーションかかった髪』をしていました。それに、服装は白の肩掛けにワンピースでした」

「それだ! 俺が一昨日会った天使の特徴と同じだった!」

 仮面と青のグラデーションがかかった黒い髪というのを聞き、明日人はすぐに野坂たちが会った天使があの時見た天使と同じだと、明日人の頭の中にあるアンテナが察知した。

「でも、その明日人くんが会ったとされる天使さんは、何をしたいのでしょうか…」

「忠告といっても、本当のことかはわからないものばかりだったしね」

 確かに、天使は明日人たちに何をしたいのだろう。

 明日人には何もしてこなかったというのに、野坂たちには忠告を残した。

「もしかしたら、僕達が会った天使とユースティティアの天使とは、全くの無関係なのかもしれないね」

「うん。そうだといいけど…あ、そうだ。灰崎はどうしたの? イナズマジャパン全員がここに来ているんだったら、灰崎も…」

 明日人は、これ以上あの 天使とユースティティアの天使との共通点を探したく無く、灰崎は居ないのかと話を反らした。

「灰崎くんなら、水神矢さんからの伝言で、少し遅く来るって言ってました」

「…あの灰崎くんが、時間に遅れてくるなんて、少し怪しいと思わないかい?」

「それってどういう…」

 野坂の考えていることに、明日人はなぜだろうと感じた。

 時間に遅れてくることだってあるじゃないかと言おうとしたその時、どこからか金の音が鳴った。

「は~い、皆さんちゃんといますか~?」

 それは趙金雲のスマホからの音であり、グラウンドに居た全員は一斉に趙金雲の方へと顔を向ける。

「う~む、一人居ないような気もしますが、話を進めていきましょ~! 実は、皆さんがここに来る前の昨日の昼頃、伊那国島サッカー部が突然謎のチームに襲われました。そのチームの名は、ユースティティア。そしてなんと、天から舞い降りた天使のチームで~す!」

 て、天使…?

 漫画やアニメでしか馴染みのない言葉に、メンバー全員は混乱した。

 そりゃそうだろう。天使のチームが伊那国島を襲っただなんて、ここに居るメンバーの中では明日人と野坂と一星しか知らないのだから。

「天使…ということは、天使もサッカーをするのか?」

「円堂。まず天使は神話上の生物だ。なぜその天使が地上に降りて、伊那国島を責めたか…」

 円堂と鬼道が考えを述べるも、先に趙金雲が答えを出した。

「皆さんも知っている通り、昨日この国の政府がサッカー禁止令を告知したのは知ってますよね? 実は、そのサッカー禁止令と天使は、関係があったことがわかりました!」

『__!?』

「…嘘…」

 ユースティティアのことはあまりよくわかってはいなかった為、国のサッカー禁止令とユースティティアの天使が関連していたことは、今さっき初めて聞いた為、明日人の額に汗が流れる。

 人々を救済するユースティティアの天使、そして政府のサッカー禁止令。まず関連しているとは思わないだろう。

「そのことに関しては、この子達に調べて貰いました~!」

 すると、趙金雲の助手である李子分が荷台を使って、高さ一メートルはある一つの大きなダンボール箱を運んできた。そして李子分がダンボール箱の角を叩くと、蓋と思わしき面が開かれた。と思いきや、そこからルースとマリク、そしてフロイがコントのようにダンボール箱から勢いよく出てきた。

 これには一星も苦笑い。

「だ、大丈夫かい? 二人とも…」

「…プッハァ…く、苦しかった…」

「あの人、俺達をこの箱に詰め込んだかと思えば、こんなことを…」

 あとの二人が口々に趙金雲の文句を言っているのを聞き流しながら、フロイはズボンについた汚れを払いながら立ち上がった。

「…登場がこんな風になっちゃったけど、とにかく僕達は、数日前オリオン財団の情報網を使って入手した情報、つまり昨日の朝に日本がサッカー禁止令を告知するという事前情報を元に、僕達は一昨日この日本に上陸したんだ。そこで僕達は、琢磨と共にそのユースティティアについて調べたんだ。そこでわかったのが、ユースティティアの天使が国を脅したこと。そして「そのことが原因でサッカーを禁止にせざるを得なくなった」ということが明らかになったんだ」

「ええ!?」

「本当なんですか!?」フロイの言っていることを受け止めきれていない大谷と神門。

「まさか、そんなことが…」

 サッカー部が廃部になったのは、ユースティティアの天使のせいなのか? と考える豪炎寺。

 実際、国家秘密ということでその出来事が写っている画像があるしね。と、フロイが付け加えた。

 だが、それでもイナズマジャパンの半分が、フロイの言葉に疑心暗鬼になっていた。 

 それもそうだろう。昨日に国からサッカー禁止令を告知されたかと思えば、国によってサッカー部を廃部にさせられたのだから。それも全部天使が国を脅して実行したとは考えられない。

「円堂、俺はフロイの言っていること、未だに信じられない。だって、天使がサッカーを禁止にするなんて、考えられないだろう」

「風丸、俺はフロイの話を信じている。確かに俺達は、オリオン財団の奴らに散々な目にあったかもしれないけど、それはそれ、今は今だろ!」

 風丸がフロイの言っていることを信じられないと円堂に告げるものの、それでも円堂はフロイの話を信じていた。

「相手が大事な話をしているときは、信じなきゃ駄目だろ」

「それはそうなんだけどな…」

 確証はないんだぞ。

 と風丸が口に出そうとした瞬間、突如空から白い何かが雨のように降り注ぎ、明日人たちイナズマジャパンの周りを囲むように刺さった。幸い先ほどの白い何かが降り注いだことで怪我をしてしまった人は居なかったが、それでも囲まれてしまった。

 それも、出られぬように何枚も層を作っている。

『皆(さん)!!』

「来ちゃだめだ!」

「何かが来る! 離れててくれ!」

 偶然イナズマジャパンを囲っている輪に入らなかった大谷と神門が、謎の何かによって囲まれた皆を心配し、輪に近づこうとする。しかし、何かが来ることを予測した基山と水神矢が止めたことによって、大谷たちは思案に余りながらも輪から離れた。

 しかしそれでも、今置かれた状況に全員が落ち着いてはいられなかった。

 その中で、鬼道は恐る恐る自分達の足元に降り注いだ何かを拾い上げる。

 四角い形をした白い物。そして独特の感触で瞬時にこれがなんなのかが気づく。

「これは…紙?」

 自分が手に持っているのが紙だということに鬼道が気づいた瞬間、自分達の頭上にある曇天の空の真上から、眩い光が降り注いだ。

 太陽らしからぬそのケガレのない光に嫌悪感を抱きながらも、鬼道はその光を見る。自身のゴーグル越しから見たその光は、太陽ではなく、今まさにこちらに向かってくる十一人の天使の姿だった。

「皆っ! 今すぐその場から離れろーっ!!」

 その光がなんなのかを誰よりも早く知った鬼道が、今すぐその場から離れるようにと仲間に伝えようと叫んだ。

 しかし、その思いが届くわけもなく、叫んだその直後に天使たちが地面に着地してしまった。その衝撃によって竜巻が発生し、メンバーの多くが吹き飛ばされ、数多くの悲鳴が不愉快な合唱を奏でる。

「皆!!」

 竜巻に円堂は手を伸ばした。

 鬼道と豪炎寺が、円堂を竜巻から逃がした為、何とか自分は竜巻から逃れたのだ。

 なんとか皆を助けるすべはないかと、考えを巡らせる。

 そして、円堂は思いついた。皆を助ける方法を。

「風神・雷神・ゴーストッ!!」

 円堂の背中から、風神と雷神、そしてゴーストが現れ、円堂の動きに作用するように三つの魔神も動く。

「ハァッ!!」

 それを利用し、円堂は三つの魔神たちの大きな手でメンバー達を掬うようにして、竜巻から脱出させた。

 そして、全員を脱出させたその直後に、魔神は消えた。

「大丈夫か! 皆!」

「は、はい…」

「ありがとう、円堂」

 いつもの仲間の声を聞き、円堂は安堵する。

 しかし。

「円堂さん! 実は…」

 基山と水神矢に止められたお陰で無事だった大谷が、円堂にかけよってきた。

「え…皆が…」

 大谷から告発されたのは、総勢二十四名のうち、八名がさっきの竜巻によって怪我を負ってしまったのだという。

 それもなんと、誰かを先に竜巻から脱出させたために、自分だけ逃げ遅れてしまったのだという。

 怪我をしたのは、氷浦、アフロディ、岩戸、万作、小僧丸、吹雪アツヤ、海原、水神矢とのこと。

「円堂…」

「円堂、俺にも要因はある。お前だけのせいじゃない」

 風丸と鬼道が、ショックを受けている円堂を慰める。

「…あぁ。そう、だよな」

 その時の円堂の声はかすかに震えており、それを見た蓮は、かすかだが笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 人を救う天使は、その日、悪魔になった。

 

 

 



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第四話 壊す天使と無力な人間

 目の前に居る彼らは、どこにでもいる人間に見えた。

 頭、両腕、両足。多少の違いはあれど、人間であった。

 だが、その人間の正体は天使であり、地上に適するように人間の顔と形を作っていた。

 神の使いでもあり、天からの使者。

 なのだが、目的を果たすために行われる手段は、悪魔に等しい。

「怯える必要はない。私たちはお前たち人間を救いに来た。いいか、近い将来この地球は、血に塗られた戦場となる。そして全ての生物の命を枯らす砂漠とかす。この地上で一番の知識を持つ人間が、自らの知恵と力によって絶滅し、そして全ての生き物がこの世から消えるのだ」

 直毘の口から出たのは、これから近い未来、地球は大戦争の幕を開け、そして破滅を迎えるとのこと。

 確証は無かった。

 だが、氷浦の言う通り、どういう訳か蓮の言葉に惹かれていった。

 本当にこの地球は破滅するのか、と。

「だが。我々を産んでくれた神、フォルセティ様がお前達人間への思し召しとして考えてくださった、世界を破滅させぬ方法を聞き入れれば、お前達人間の支配するこの地球の破滅を免れる。その方法とは、「サッカーを捨てること」だ。勝ちたいという執着と野望を取り払うことで、人は争うことをやめる。そう、くだらぬサッカーを捨てることでな」

 そう直毘は、優しく答えた。

 天使の微笑み、とでもいうように。

 だが、その微笑みからは考えも出来ないが、蓮たち天使は昨日、伊那国島を襲った。

 還付無きままに。

「…サッカーは、くだらなくなんかないッ!!」

 蓮のいい加減すぎる言動に、円堂はこの地上が大地震を起こすくらいの大声で、自分の想いを爆発させた。

 サッカーによって多くの仲間たちと出会えた円堂からしたら、その出会いを導いてくれたサッカーを、そこまで酷く言われ、円堂の怒りは頂点に達していた。

「くだらなくなんかない? 己のチームが勝つためならば、相手や仲間すら貶めるサッカーの、何がくだらなくないんだ?」

「勝つためだけに相手を貶めるなんて、そんなのサッカーじゃない! それに、勝つためだけのサッカーなんて、楽しくないだろ!!」

「楽しい楽しくないに限らず、サッカーは人の闘気心を刺激し、争いを引き起こす。だからこそ、サッカーは捨てなければならない」

「楽しいから、サッカーを捨てたくはないんだ!! それに、俺はサッカーを通して、今の仲間に会えたんだ!! ここにいる皆も! お前達天使からすれば、サッカーは捨てなきゃいけない物なのかもしれないけど、サッカーがあったからこそ嬉しかったり悲しかったりしたことがあったんだぞ!? それを、簡単に争いを引き起こすって言って決めつけていいのか!?」

「それは人間の間違った考え方だ。そんなもので嬉しさや悲しみがあってたまるか」

 しかしそれでも、蓮は円堂のサッカーに対する熱い意志を、棘のように冷たく返す。

 だが、円堂の渾身を込めた思いは、仲間たちに強く響いた。

「…そうだ…俺は、円堂に助っ人として誘われたあの日から、今もこうしている」

 風丸が自身の重い体を持ち上げ、立ち上がる。

「それに、皆さんが居てくれたから、兄ちゃんも…俺も救われた」

 タツヤに肩を貸す一星。

「それを、くだらないの一言で片づけていいものか…」

 動きにぎこちなさはあったものの、蓮の言葉を無視してはいけないという意志で立ち上がる豪炎寺。

 それに同調するように、他のメンバーも立ち上がった。

「…サッカーには限らず、勝つためには力を要する。その力が無ければ、誰にも勝てない。それがサッカーだ。それに…」

 竜巻によって凸凹になってしまったグラウンドを横目に見ながら、直毘は手品のように手のひらから札を一枚出した。

 メンバー全員が直毘が出した白い何かを怪しんでいる中、鬼道は一人だけ理解できた。

 あの札は、直毘が出した物なのかと。

 札で俺達を閉じ込め、そして竜巻によって全員を戦闘不能にする為に俺達の周りに降り注いだのかと。

 だが、直毘の出した札は何かの文字を刻んだ後に、青いオーラとなって直毘の右手を包んだかと思えば、直毘はその右手をグラウンドに押し当てた。

 それは、まるで大地震のようにグラウンドを揺らした。

 誰もが攻撃かと考えたが、それは直毘の手から発せられた謎のオーラによって、その考えは砕けた。

 さっきまで凸凹だったグラウンドは、竜巻など無かったかのように元に戻っていった。

「強すぎる力は、破滅を導く! だからこそ、我らはサッカーを消すッ!!」

 そして、直毘もさっきまでの温度のない声とはうって変わり力強くなった。

「お前達がサッカーを望むと同時に、我らは消去を望む! さぁ、勝負せよ!」

 サッカーを捨てることで、本当に世界が救われるのか?

 だが、そんなことは無い。と、ここにいる人間達は、思った。

 サッカーは消させない。と。

 

 ***

 

 曇天の空。今その下で、サッカーの存続をかけた戦いが始まろうとしていた。

 ニケ月ぶりのスタメン、監督、その光景に誰もが胸を躍らせていた。

 だが、ユースティティアから発せられたのは、驚くべき宣言だった。

「交代は自由、キックオフはお前たちからでいい。そして、お前達に十点差を付けて終わらすことを宣言しよう。それが出来なかった場合、もしくは私達が負けた場合は、約束通りサッカーを返そう」

 ユースティティアのユニホームに衣類を変換した蓮が、そう宣言する。

 一見、イナズマジャパンに対するハンデと思わしきそれは、明らかにユースティティア側が不利になってしまう内容だった。

 ユースティティアの敗北条件が、二つも増えたのである。

 一つは、イナズマジャパンに敗北した場合。

 二つは、イナズマジャパンに十点差を付けることが出来なかった場合。

 これらの敗北条件があってのユースティティアの勝利条件とは、『イナズマジャパンに十点差を付けて勝つ』という物だった。

 普通なら、まず出来ないだろう。前半後半合わせても最低五点入れられればの話だが、イナズマジャパンはこれでも地上最強のチーム。五点取ったとしても、イナズマジャパンに一点や二点と入れられてしまう。

 普通なら無謀とも言えるその宣言だったが、蓮にはどこか自分達が勝つという自信があったようにも見えた。

「…マジかよ…」

 イナズマジャパンのユニホームに着替えたヒロトが、あまりにこちら側が有利すぎるハンデよる困惑のあまり、思わず呟いていた。

「よし! 十点差やハンデだろうがなんだろうが、絶対勝ってサッカーを取り戻すぞ!!」

 だが、円堂は違った。ユースティティアからのハンデに惑わされず、逆にメンバーの士気を上げようとしていた。

 スタメンは以下の通りとなった。

 GK 円堂守(キャプテン)

 DF 吹雪士郎 風丸一朗太 坂野上

 MF 鬼道有人 野坂悠馬 一星光 稲森明日人

 FW 吉良ヒロト 豪炎寺修也 剛陣鉄之助

「…まずは様子見ですね…」

 趙金雲が怪しげに呟いた。

 

 ***

 

 その時、真一文字の疾風が、イナズマジャパンのゴールに突き刺さった。その音が自身の後ろに響き、風丸は息を飲んだ。

 これまで何度もその風を見てきた風丸が、その風に気づけなかったのだ。

 事は、試合開始のホイッスルが鳴った直後に遡る。

 絶対にサッカーを取り戻すという熱い意志を籠めたボールが、キックオフで豪炎寺に渡された。

 ユースティティアのスライディングやディフェンスをかわしながら、豪炎寺は前線へと走り込んだ。そしてそのボールは、豪炎寺の判断でヒロトに渡され、イナズマジャパンは先陣を切った。

「(こんな時に灰崎は何してんだよ…)」

 ドリブルのさなか、ヒロトは灰崎のことが脳裏に浮かんだ。

 だが今は試合中。ヒロトは考えるのを止め、試合に脳内を集中させた。

 しかしその時、FWである筈の蓮がヒロトの前に立ち塞がった。

 視界に蓮はそこに居たのだが、すぐに居なくなってしまった。

 なぜなら、蓮はヒロトが気づかない程の足捌きでボールを取り、ヒロトから離れたのである。

 ヒロトの視界の端で目にした蓮は、すでにシュートの体制に入っていた。

 蓮が撃ったシュートは、イナズマジャパンのゴールへと一直線に風を作り、それはドリルのように、イナズマジャパンのゴールを『貫いた』。

 誰もが、この状況を理解できていなかった。

 そして、今に至る。

 風丸の後ろでは、ボールに対処しきれず、ましてはボールが来たのかすら判断出来なかった円堂が居た。

「円堂、大丈夫か?」

「あぁ…」

 ユースティティアの、良そうだにしていなかった実力に衝撃を覚えている円堂に、風丸が声をかけた。

「すまん、俺が対処出来なかったばかりに…」

「風丸のせいじゃない」

「あぁ…だが、あいつらの実力は本物だ。円堂も気を付けろよ」

 遠くから聞こえる円堂たちの会話を聞いた一星が、野坂に問いかけた。

「…野坂さん…」

 一星からの問いに、野坂は気を飲まれぬようにと自身を叱咤しながら、答える。

「…どうやら、僕達は恐ろしい敵と、出会ってしまったようだね…」

「だが、こうなってしまったからには、もう後戻りは出来ん。一星、ジェネラルを使いたい。出来るか?」

「…はい」

 状況を把握した鬼道が、一星と野坂の連携タクティクスのザ・ジェネラルを使いたいと、野坂に声を投げた。

 今までに見たことのない選手だが、情報だけでも得たいからな。と、万が一負けた場合のことを考えながら、鬼道はそう行動に出たのだ。

 試合再開のホイッスルが鳴る。

『ザ・ジェネラル!!』

 ボールを相手に取られぬうちに、一星と野坂は、『ザ・ジェネラル』を発動した。

 一星から野坂へと、指先から放たれた光が、イナズマジャパン全員にオーラとして纏わりつく。

 すんなりと相手の情報が、頭の中に入っていく___

 筈だった。

「なっ…!!」

「情報が無い!?」

 そう、一星の分析力を使ったとしても、そこに蓮という名前の選手、そしてユースティティアの選手の情報など、無いに等しかった。

「野坂、それってどういうこと?」

「あぁ、名前以外何もわからないんだ。必殺技も、プレイも」

「つまり、生まれたての子供みたいなんですよ。何も、わからないんです」

 それじゃあ、無名のチームと戦っているのとなんな変わりないと、一星は今回の試合についてをこう感じた。

「でも、この試合には絶対勝とう! サッカーを取り戻すんだ!」

「そうだね、明日人くん」

 明日人の意気込みに一星が答えたのか、一星が今ある自身の記憶力と分析力で、精一杯の情報をイナズマジャパンに届けていた。

 それを鬼道は感じとり、感傷に浸っていた。

 だが、その中でどうしても心残りがあった。

 灰崎は何をしているのだと。

「ヒロト!」

 しかし、考えている間に敵に囲まれていることに気づいた鬼道は、ボールを上に蹴りあげた。

「あぁ! 喰らいな、このゴッドストライカーの真の力を!!」

 敵の影に居たヒロトが飛び上がると、一瞬にして辺りは宇宙となり、超新星になりかけの星が生まれる。

 それを全方向からボールをぶつけ、爆発寸前のところまで追い上げる。

「スーパーノヴァ・エクスプロージョン!!」

 一か月前のFFオータムシーズンでも見ることはなかったヒロトの新必殺技、スーパーノヴァ・エクスプロージョンが、ユースティティアのゴールへ爆発を起こしながら向かった。

 だがキーパーのカデンツァは、ヒロトの新必殺技に対して、ただ右手を突き付けた。ボールがカデンツァの右手に触れた瞬間、シュートの勢いは無くなり、地面に落ちた。

「なっ…」

「右手だけで止めただと!?」

 ヒロトの新必殺技を右手だけで止めたその瞬間、イナズマジャパン側に戦慄が走った。

 それは、ベンチに居る選手たちもそうだった。

「そんな…ヒロトの必殺技が止められるなんて…」

 ヒロトとは親しいタツヤが、焦りを感じていた。

「必殺技事態も完成している。あいつの落ち度だとは考えられん」

 独り言のように見せかけ、タツヤに返事をする。

「…こりゃ、大変なことになっちまったなぁ」

 他人事のように不動が呟いた。

「蓮!!」

 カデンツァの蹴ったボールは、大きく弧を描きながら蓮の足元に着地する。

「…悔い改めよ」

 蓮が右足を大きく振りかぶり、ボールを必殺技も無しにイナズマジャパンのゴールを蹴った。

 ただのノーマルシュートだというのに、その威力は絶大で、フィールドの地面を抉っていった。

「まさか…伊那国島のグラウンドで見たのって…」

 明日人が、伊那国島の時に見たものと同じものかと考えたが、その瞬間蓮の撃ったボールが、明日人の鳩尾に直撃する。

「うっ…!!」

「明日人くん! うわぁあ!!」

 だが、それでもボールの勢いは収まらず、地面もろともイナズマジャパン全員を吹き飛ばしていく。

 仲間を助けたいが、キーパーである以上持ち場を離れるわけにはいかず、円堂は苦悩する。

「…ダイヤモンド、ハンド!!」

 永遠の絆という石言葉を持ち、最も固い物質のダイヤモンドの手で、円堂は蓮のボールを止めようとするが。

「うわっ!!」

 ダイヤモンドがガラスの様に砕け散り、ボールはゴールのネットに突き刺さる。

 その直後に、蓮のシュートによる衝撃波で吹き飛ばされた明日人たちが、地面に叩きつけられた。

「皆! 大丈夫か!」

「ッ…僕と風丸くんと坂野上くんは無事だよ。それに、皆も風丸くんのお陰で助かったみたいだ」

「風丸さん、ありがとうございます…」

 なんと、風丸はあの時地面に叩きつけられる寸前に、蹴りで真空を発生させ、一時的なクッションを作ったことで仲間を怪我させぬようにしていたのだ。

「いや、俺は灰崎のを真似てみただけだ。だが、何とかなっ…」

「剛陣! 大丈夫か!?」

 風丸に笑みがこぼれそうになったその瞬間、豪炎寺の声が響いた。

 皆が豪炎寺の所に目を向けると、そこには仰向けに倒れたまま動かなくなっている剛陣が居た。

「どうした豪炎寺!」

「鬼道…担架を頼む。剛陣があの時のシュートで、骨折をした…」

「なんだって!?」

 剛陣が怪我をした。

 それは、FW陣が居なくなったことを示す。

 灰崎が居ない今、このチームの中にFWを任せられる者は居ない。居たとしても、ユースティティアに通用するかもわからない。

「ひ…酷い…」

 それを、イナズマジャパンのマネージャーである大谷と神門は見ていた。

「監督、なんとかならな…って、子分くん…?」

 神門が趙金雲の方を向くが、そこに監督の趙金雲は居らず、代わりに李子分が居た。

 

「…マリク、ルース。剛陣が負傷した今、FWの代わりをやれるのは僕達だけだ。行くよ」

「待ってフロイ、正門から誰かが来る」

「え…? あ…」

 フロイがイナズマジャパンのFWの代わりとして出ようとするが、ルースに止められ、言われるままに正門の方を見た。

「ねぇ杏奈ちゃん、あれって…」

 同じように、大谷は正門からグランドに向かってくる人影を見た。

 他にはない特徴的な癖毛のある、灰色の長い髪。

 それはまさしく、灰崎凌兵そのものだった。

「あれは…灰崎ではないか!」

「やっと来たのか…」

 マネージャーとベンチに座っているメンバーの声によって、先ほどまで俯いていた明日人達は顔を上げる。

「…灰崎!!」

「来てくれたのか!!」

「…来るのが遅いんだよ…」

 各それぞれの声が上がる中、灰崎はイナズマジャパンのコートに着いた。

 その瞬間灰崎は、イナズマジャパン全員にもみくちゃにされた。

 それだけ、皆灰崎が来ることを願い、そして希望に思っていたのだ。

 だが、それを見ていた蓮は、イナズマジャパンに向けて言い放った。

「残念だが、この試合でお前達が勝つことなど、無い」

[newpage]

 負傷した剛陣に変わり、灰崎がスタメンとなった。

 イナズマジャパン結成当時から居た灰崎。実力としてはまだまだだが、それでも、安心感は強い。

「そういえば、集合時間よりかなり遅いが、何かあったのか?」

「いや…別に」

 豪炎寺が、灰崎に声をかけた。

 集合時刻より遅く来たことを心配してのことだろうが、灰崎には途切れの悪い返事しか出来なかった。

「どうしたんだよ灰崎、なんだか、歯切れ悪いね」

「……」

「何かあったのか」

 明日人や鬼道の言葉に、灰崎は一瞬、戸惑うような素振りを見せた。

 試合が再開され、灰崎が来たことによってイナズマジャパンの士気が上がっているのか、いつもよりパスがきめ細かくなっていた。

 だがそれでも、蓮や他の選手にボールを取られ、シュートを決められてしまうこともあったが、それでもサッカーを取り戻すために、戦った。

 現在の得点は、5ー0。まだイナズマジャパンは、ユースティティアに一点も入れていない。

 だが、イナズマジャパンの希望として、灰崎にボールが渡る。

「決めろ、灰崎!」

 明日人が叫ぶ。

「___シャーク・ザ・ディープ!!」

 灰崎の蹴ったボールは、青紫色のサメに変わり、フィールドを海の様に進みながら、ユースティティアのゴールに向かう…筈だった。

 ボールはなんとゴールから大きく外れ、グラウンドの外へと出てしまった。

 自分達の知っている灰崎がしないミスに、明日人たちは疑問符の文字が脳に浮かび上がる。

「調子悪いね、灰崎くん」

「どうしたんだ、灰崎」

 野坂と明日人が灰崎に駆け寄る。

 それぞれ、灰崎を思っての言葉だったのだが。

「今のは…ちょっとな…」

 灰崎が続きの言葉を言葉に出すより先に、遠方から円堂の声が聞こえた。

「灰崎! 失敗は誰にだってある! 元気出せよ!!」

「……」

 その時、竜巻によって怪我をした水神矢が、ブルーシートで寝そべりながら呟いた。

「灰崎…何かを隠しているな…」

 ユースティティアのスローインで試合再開となり、イナズマジャパンは戦闘態勢を取る。

「いかせるかよ!」

「…技を出すまでも無い」

 先にボールを取ったDFのセレナーデからボールを取ろうと、ヒロトが立ち塞ぐも、先にMFのシンフォニアにパスが回ってしまう。

「止めろ! 灰崎!」

「ッ…わかってる!」

 防衛に回っていた灰崎もシンフォニアの前に立つも、切り抜けられてしまった。それも、ごく一般の選手と変わらない速さで。

 切り抜ける瞬間、シンフォニアが灰崎の耳元に囁いた。

 悪魔の様に。

「心、乱れてる」

「__!!」

 灰崎の脳裏に、ある光景が映し出される。

 それは、灰崎のプレイが乱れている理由の一つとなっていた。

 だが、それを解決できるほどの力は、今の灰崎には無い。

 意識がその映像に向けている中、ホイッスルが鳴った。

 そのホイッスルは前半終了のホイッスルなどではなく、イナズマジャパンが点を取られた時のホイッスルだった。

 ホイッスルの音で灰崎が試合に意識を戻した時にはもう遅く、蓮がイナズマジャパンのゴールにシュートを決めていた。

「…くそっ…」

「灰崎」

 思い通りにいかないプレイに、灰崎は苛立ちが溜まっていた。そこに、鬼道からの声が響き、灰崎の意識が外側に向く。

「先ほどのお前のプレイを見て分かったことがある。今のお前にはサッカーをやれん。試合には降りて貰おう」

「なっ!?」

『ええ!?』

 鬼道から告知された、灰崎をこの試合から降ろすという宣言。

 それは、灰崎にこの試合は任せられないのと言っているようなものだ。

「鬼道! いくらなんでもそれはないだろ!」

 鬼道のやり方に、円堂が否定する。

 確かに乱れてはいるけど、それだけで降ろすなんて酷いじゃないかと、円堂は思ったのだ。

「円堂、見て分からないのか。今の灰崎のプレイを。それに……」

 だが鬼道は怯まなかった。

 むしろさっきより、口調が鋭くなっているような気もしてきた。

「何があった。正直に答えないのであれば…お前を試合から降ろす」

 鬼道には、鬼道なりの考えがあったのだ。

 試合の参加を利用し、灰崎に今のプレイに何か関する物を引き出そうとしているのだ。

「さぁ答えないか」

 正直に話すか、試合を降りるか。

 選ばせてやるから自分で決めろと。鬼道は言っているのだ。

「………………………」

 灰崎による、長い沈黙。

 その時間の中には、話すか降りるかと、迷っているのだろうか。

 だが、灰崎が出した答えはこれだった。

「……話さねぇ」

 何があったのかを話さなかった。

「……そうか」

 それだけを聞くと、鬼道は何も聞かずその場を離れた。

「……灰崎…」

 明日人が灰崎に問いかける。

「…これで、よかったのかよ。本当に、話さなくてよかったのかよ」

 だが、灰崎は何も言わなかった。

 

 ***

 

 鬼道の言った通りに、灰崎は試合から降ろされた。

 勿論、それで何かが変わるという訳でもなかった。

 何事もなく、試合が終わっただけである。

 ユースティティアにとっては、好都合だっただろう。

 前半開始から前半終了までにユースティティアが入れた点数、5点。

 イナズマジャパンがユースティティアに入れた点数、0点。

 イナズマジャパンは一回もユースティティアに得点を上げていない。おまけに、イナズマジャパンはユースティティアの実力に翻弄され、体力も残っていない。それでもイナズマジャパンは、点を取り返そうと奮闘した…が、ユースティティアの圧倒的な力に翻弄されるだけだった。

 そして、蓮の宣言通りにイナズマジャパンに十点差をつけて、試合は終わってしまった。

 蓮の力で治したグラウンドは、最初に見た時よりも酷くなっており、雑草すら生えてなかった。

「もうお前達人間に、抗う力は残されていないようだな。人間がいかに我々天使や神に無力かどうか思い知っただろう。我々天使は、長い間お前達人間を見守ってきたのだが…それももう潮時のようだな。よって、これからは永劫なる幸せの為、我々を産んだ神、フォルセティ様のお膝元で…」

 そう言い放ち、蓮は先ほどグラウンドを直した時に使われた札を、大量に自分の周りに展開した。それは、蓮の足元にあったボールを中心として集まり、陰と陽の巨大な陰陽玉にへと変換した。

『神に従って生きよ!!』

 陰陽玉に向けて、直毘が赤と青の札を両手でそれぞれ貼ると、陰陽玉は突然破裂し、中から大量の札と共に、蓮のシュートがイナズマジャパンのゴールに向かっていった。

 目の前に降りかかる大量の札に、明日人達は目を瞑った。

 ここまでなのか___と。

 だがその瞬間、一台のバスがグラウンドの外から猛スピードで駆けた。それは、イナズマジャパンとユースティティアとの間に止まり、蓮が出した札の進行を防いだ。

「皆さん乗ってくださ~い!」

「早く!!」

 開かれたドアから覗くのは、趙金雲と李子分だった。

 その声で目を開けたイナズマジャパンは、すぐに状況を理解し、趙金雲の言われた通りにバスに急いだ。

 怪我人やマネージャー、おまけにフロイ達を運び込み、最後に選手全員が乗り込んだ。

「灰崎も早く!」

「あ、あぁ…」

 茫然としていた灰崎の腕を、明日人が引っ張り、バスの中へと押し込む。

「このままだと取り逃してしまうな…少し手荒になってしまうが仕方ない」

 蓮が呟くと、右手から札が糸によって鎖のように連なった札を取り出した。それを、明日人が最後に乗る時を見計らって放つと、それは明日人の首に巻きついた。

「うぐッ!」

 その時グラついてしまい、思わずバスから引きずり込まれそうになったが、明日人が一瞬のうちに手すりを掴んだ為、何とか堪えた。だが、それでも蓮の引っ張る力は強く、今にも投げ出されそうだ。

 その時、蓮が引っ張った時に首を強く締めたのか、力が抜けてしまい、手すりから手を放してしまう。

「掴まれ明日人!!」

 だが瞬間、先に明日人によって乗り込まれた灰崎が明日人の手首を掴んだおかげで、外に投げ出されることは無かった。

 だがそれでも、灰崎諸共投げ出されそうだ。

「灰崎! 手伝うぞ!」

 その時円堂が、明日人を外に出さぬようにと、明日人の背中を抱える。

「監督! エンジンを!」

「わかってますよ~」

 円堂に言われた通りに、監督がエンジンをかけておく。

「この首輪になっているのを引きちぎれば…!!」

 明日人の首輪にもなってしまっている札を引きちぎろうとする坂野上。

 だが、札は普段自分達が使うような紙などではなく、鉄板でも使っているんじゃないかと思うくらいに硬く、引きちぎることは敵わなかった。。

「皆さん! 私ハサミ持ってます! これで明日人くんのを切れるかと…」

「わかった、早くこっちに!」

「はい!」

 大谷からハサミを受け取った吹雪は、一番明日人の近くにいる野坂に受け渡し、すぐに野坂は明日人に巻きついている札を、何度も刃を交差しながら斬り落とした。

 札が切れたのを確認すると、監督は一気にアクセルを踏み込み、雷門中を去る。

 やっと息が出来るようになった明日人は、そのまま灰崎に倒れ込み、ゼェゼェと呼吸を繰り返した。

「大丈夫か、明日人」

「ゲホッ、ゲホ…はいキャプテン、大丈夫です…」

 明日人の背中を擦りながら、円堂は明日人を近くの席に座らせる。

「監督、こんなバス一体どこで…」

「これですか? 雷門中の地下にあったバスですよ。夏美さんが手配してくれたんですよ」

 まず、こんなもの雷門中にあったか? と思いながら問いかける風丸に対し、監督はハンドルを切りながら答えた。

「夏美さんが、今のイナズマジャパンの実力では勝てないと見込んで、私にバスを貸すから、それで皆を逃がしてほしいと言ってきたんですよ。それに、怪我人も居る事ですしね」

 席で横になっている九名を横目で見ながら。

「ひとまず病院へ行きましょう。怪我人を見て貰わなければ!」

「そうですね、荷物はあとで取りに…いや、ここはオリオン財団の力を使いましょうか。その方が安全ですしね」

「……兄さんに頼んでおいておくよ…」

 オリオン財団の力をこのように使うとは思ってなかったフロイが空笑いする。

「それより監督、免許持っていたんですね」

「そうだね…てっきり持ってないのかと…」

「え? 持ってませんけど?」

 大谷と神門が話しているのを聞いていたのか、監督は会話に割り込む形で返した。

 だがその瞬間、バス内が一気に静まり返ったのは言うまでもない。

「えぇ!? 持ってないんですか!?」

「無免許運転じゃねぇか!」

「それ犯罪ですよね!?」

「大丈夫ですよ、今はこうやって安全に運転できてますし。それよりシートベルトは絞めてくださいねー」

「お、横暴すぎる……」

 それぞれが突っ込むも、趙金雲はそれを華麗にスルーし、ましてはシートベルトをしろと言ってきた。

 趙金雲ってこんなひとだったの…? とマリクは思った。

「……頭がいいのか悪いのか…」

 マリク同様に、監督の行動に愛想尽かしたようにルースが呟いた。

「そこが監督の良い所なんですよ。今は…無免許運転しちゃってますけど…」

 監督のその行動も長所の一つだと感じ始めていた大谷が、先ほど呟いたルースに答える。

[newpage]

 明日人たちは、先ほどの病院で負傷した九名を病院まで運び、今は病室で試合の疲れを癒していた。

 怪我人の九名全員、大事には命には別状ないが、重症の為入院をすることになってしまった。

「ごめんね円堂くん。治ったらすぐそちらに向かうよ」

「あぁ、待ってるからな!」

「兄貴、俺はこんな怪我すぐに治して、今よりももっと…」

「アツヤ。意気込むのはいいけど、ちゃんと横になってね」

「まさかこんな時にけがをするとはな…」

「伊那国島んときはけがしなくてよかったのによ…」

「でも、ちゃんと直せばいいじゃない!」

 大所帯となっている病室では、それぞれがそれぞれで会話をしていた。

 その頃明日人は、手洗いを済ませ皆が居る病室へと戻ろうとした。しかし、その時灰崎が病室とは違う場所に向かっているのを見かけた。

「…灰崎…?」

 トイレかな? と明日人が思ったが、一番病室に近いトイレはここだと感じた為、どうしたのだろうと明日人は灰崎の元へと向かう。

 だが、灰崎は明日人がついてきていることを知っているのか、少しずつ足を速めて行った。

「ちょ、ちょっと待ってよ、灰崎!」

 階段を下り、廊下を曲がり、やっと灰崎に追いついた場所は、病院の外だった。

「灰崎、どこ行くの?」

「……」

 明日人の呼びかけに答えたのか、さっきまで明日人に対して背中を見せていた灰崎が、明日人の方へと振り向いた。

「明日人、お前には言っておかなきゃならないことがある。俺はお前らとは行けねぇ。じゃあな」

 別れを告げるかのようにそう言った灰崎は、明日人がその言葉の本質に気づいた時にはもう外の方を体に向けていた。

 そして、外へと走って行ってしまった。

「ま、待ってくれよ灰崎! 何があったんだよ!」

 明日人が灰崎に向けて手を伸ばすも、その手は届かなかった。

「灰崎……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の真実に抗う人間は

  人間の創った偽りを壊す天使には敵わなかった。



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第五話 旅の始まりと赤い蠍

 明日人は、突然のことに頭がついていけてなかった。

 頭の中の脳内処理が追いついていないのだ。自分を狙っているというユースティティアからの逃亡に成功したかと思えば、仲間である筈の灰崎から別れの言葉を告げられ、自分達の元を去ってしまったのだ。

 それを目にした明日人は、しばらくその場から動けなかった。

 絶望で、両足がまるで石のように固まってしまったのだ。

「灰…崎…」

 夏から秋になったばかりだというのに、氷のように冷たい風が、明日人の熱くなった体を冷やす。その風の冷たさで、明日人は出すに出せなかった感情が涙となって溢れだし、明日人は泣きながら逃げるように皆が居る病室に駆け込んだ。

「み、皆! 灰崎がっ、灰崎がっ、お前らとは行けないってどこかに行っちゃったんだ!」

「な、なんだって!?」

「灰崎が…!?」

 それを聞いた全員は先ほどまで楽しそうに会話していたのとはうってかわって、仲間が居なくなったことによる恐怖と不安で顔を青ざめていた。心配のし過ぎかもしれないが、明日人たちにとって灰崎は、共にFFIで活躍した仲間だ。冷静などではいられなかった。

「灰崎に連絡を取ってみる」

 そう言いだしたのは水神矢だった。枕元の後ろにある棚の上に置いてあるスマホを手に取り、灰崎の電話番号を入力し、発信する。

 その間、病室が静寂に包まれる。

 灰崎が無事で居ればいいがという心配と、なんで灰崎は居なくなったのという困惑で、ここに居る全員が混乱していた。するとその時、水神矢のスマホから、「ガチャッ」という起動音が聞こえる。灰崎に繋がったのかと全員が歓喜するも、スマホから流れたのは機械的なアナウンスの声。

【お掛けになった電話番号は、電源が入ってないか、電波が届かないところにある為、かかりません】

 そのアナウンス音で、灰崎は無事だという希望は打ち砕かれた。そして、皆はそれぞれの解釈を立てる。

「まさか…もう遠くに行ってるんじゃ…」

「俺達が連絡をしてくることを予測していたか…電源を切っていたようだな…」

「推測に過ぎないが、電話をかけられない状態にありそうだな…」

 これは鬼道や豪炎寺や円堂の推測でしかないが、最後に言った豪炎寺の言葉で、一気に病室が凍り付いた。

「ど、どうしよう…灰崎くんが居なくなっちゃうだなんて……」

「なんで灰崎くんが…」

 大谷が涙を目に溜めながらおどおどと怯え、神門もまた、足を固く閉じる。

「明日人。聞いておきたいが、なぜ灰崎が俺達と別れたか知っているか?」

 灰崎に電話がつながらないのなら、その時近くに居た当事者の話を聞くのが一番だと、豪炎寺が明日人に、灰崎のことを尋ねた。

「なんか、お前らに迷惑はかけたくないって…」

 そう答えた明日人の声は、いつもの元気で大きな声などではなく、まるで虫の声のように小さかった。

「……灰崎の奴、一体何を考えてんだよ…」

 明日人の返答に、ヒロトが若干の焦りを感じていた。

 多くの人が困惑する中、それでさらに不安が募った明日人はいよいよ我慢が出来なくなったのか、自分一人でもと灰崎を探しに行こうとする。

「俺、探しに行ってきま……!!」

「待て明日人!」

 もしかしたら灰崎が危ない目に遭っているんじゃないかと、明日人が病室から外へ行こうとするが、何者かに腕を掴まれ、行動を制限された。

「風丸さん…?」

「ユースティティアがなぜお前を狙うのかはわからないが、ここに逃げる前にあった状況を氷浦の証言から、お前は確実にあいつらに狙われている。だから、お前を外に出すわけにはいかない」

「その通りだ。稲森はここで大人しくしておけ」

 風丸の意見に鬼道が同意するのを見て、明日人は自分に対する危機感を抱いた。

 風丸たちは、明日人が灰崎を追っている合間に氷浦から事情を聞いていたのだ。ユースティティアに狙われているということも、ユースティティアの言う救助のことも、明日人が危険だということも。仲間が敵に狙われているなら、このまま放ってはおけないと思ったからこそ、灰崎を探すために外に出る明日人を止めたのである。

「氷浦…」

 明日人は、氷浦の顔を凝視する。だが氷浦は、明日人がこちらを向くと同時に目を反らしてしまった為、そこにある氷浦の表情は見えない。氷浦たちなら、自分がユースティティアに狙われていることは秘密にしてくれると思っていたのに___確かに自分は狙われている。でも仲間に心配かけたくない。その思いが明日人の頭の中を支配する。

「でも、灰崎をさがさないと! このままだと、俺達の届かないとことまで行っちゃいそうなんですよ…!!」

 明日人は、あの時の灰崎の言動から、灰崎が自分達の知らない場所まで行ってしまうのではないかと心から不安になっていた。自分の仲間があのような行動をしてきたら、誰だって心配する。そして、雷門中に灰崎が来た時の遅延の理由、試合中に見た手を抜いているかのようなプレー。その時それぞれに感じた不安が、一つの塊となって明日人の心の中に漂っていた。

 どれだけ手を伸ばしても、届かないんじゃないかという不安が。

 それだけはさせたくはないと、明日人の仲間の静止を振り切る決意となる。

「だから、この手を放してください!」

 確かに自分は、ユースティティアに狙われている。だが、明日人にとっては自分が狙われていること以前に、灰崎の行方の方が重大となっていたのだ。

 だから、明日人は風丸の手を振りほどいた。

「…確かに灰崎の行方も心配だ。だけど、それでお前が捕まったら元も子もないだろっ!!」

 しかし、明日人が必ず自分の手を振りほどくということを予測していたのか、明日人が病室の外へと走るより先に、風丸は明日人を羽交い絞めにして拘束する。

「風丸さんの言う通りだよ、明日人くん。たしかに灰崎くんのことは探さなきゃならない。だけど、僕達は灰崎くんと同じくらいに明日人くんのことを心配している。だから、今だけはここで大人しくしててくれないかな」

「確かにそうだけど!!」

 野坂に大事なことを伝えられるも、明日人は決して意志を曲げなかった。

「明日人」

 そんな明日人を叱るように、円堂が明日人に低い声で言った。

「大丈夫だ。灰崎は俺達がお前の代わりに探す。だから、わかってくれ」

「……」

 ついに黙り込んでしまった明日人に対し、円堂は説得を続ける。

「ユースティティアのことは、俺達もまだわかってない。サッカーを禁止にさせて、何がしたいのかもわかってない。だけど、お前をこのまま放っておくわけにはいかない。捕まったら、お前はもう元には戻れないかもしれない。約束しよう。俺達は、絶対に灰崎を見つけ出す」

「………」

 

「俺は、嘘をつかない」

 

「…わかりました」

 約束という覚悟を持った円堂の強い意志に、明日人は根負けし、大人しく病室に居ることを口にした。

「でも、どこに行ったかもわからないのにどうやって探すんですか?」

「その心配は無用だ。この街の区域に分かれ、それぞれで灰崎を見つけるんだ。何かあったら各地に連絡だ。行こう」

 そして、現在残っているメンバー十六人のうち、明日人の監視役として不動を残した十四名が、鬼道から命じられた区域で灰崎を探しに病院内から散った。

 

 ***

 

「…う~ん…」

 病院から半径百メートルを担当された一星は、スマホのマップを見ながら、灰崎の性格かが行きそうな所を分析し、そこを手当たり次第に探してはみた。だが、当然そう簡単に見つかる筈もなく、おまけに担当を任された場所の全ての建物を探した為、行くところもなく一星は病院に戻って、これからどうしようかと悩んでいたのだ。

 今ここに野坂が居れば…と一星は思ったが、野坂さんに頼ってばかりじゃだめだと気持ちを切り替え、またもう一度探そうと歩き出そうとしたその時、病院の駐車場に止めていた自分達のバスから物音がしたのだ。

「は、灰崎くん…?」

 正直そこに誰かが居るとは考えられない。だが、もしかしたら灰崎がそこに隠れてはいないだろうかと、一星は鍵の開いたバスの中に乗りこんだ。

「…フロイ!?」

「ん、ヒカルじゃん! どうしたの?」

 中に居たのは、同じくして雷門中からこの病院に逃げてきたフロイだった。前座席の後ろに取りつけられた簡易式机の上には、黒のノートパソコンとペットボトルが置かれており、フロイは運転席の後ろの座席に座っていた。

「そっちこそ、ここで何してたんだよ…」

「あぁこれ? チョウキンウンから頼まれてさ、メンバー補充の為に色んなサッカー部の選手を見ていたんだよ」

「メンバー補充!?」

 確かに雷門中での試合(直前)で怪我人が大量に出てしまったせいで、このままユースティティアを倒すには心細いという理由で、メンバー補充もあり得るが、そんなことをするなんて監督からは聞いていなかった。

「確かにメンバーは、FFIの時と比べてかなり減ったけど…メンバー集めをするだなんて聞いてなかったよ…」

「まだ話してなかったんだね。あの人」

「監督は、色々と隠していますから…」

「でも、メンバー集めはユースティティアが伊那国島を襲ったって聞いた時から、チョウキンウンはすでにメンバーを集めることを決めていたって。……ヒカル、多分今回の敵は、今までのよりもかなり強敵だよ。気を付けてね」

「あぁ、わかった」

 一星の分析能力をえてしても通用しなかったユースティティアは、彼らは一体、何者なんだろう。と、一星は考えていた。

 自分の記憶力に無いとなれば、恐らくFFやFFI等の公式戦には一回も出ていないチームだということがわかる。

 だが、彼らは自分のことをユースティティアの天使と名乗った。

 それにしてもおかしい。

 天使が地上に降りてくるなんてこと、今までの人類の歴史においてあっただろうか。

 それは、歴史に限らず、神話やおとぎ話の中でも。

 おまけに先ほど病室内で調べたが、フォルセティという神が天使を産んだという話はない。情報に頼り過ぎている面もあるが、一星が今知っている情報といえば、これくらいしかない。

「ふぁ…」

 だが、一星が考え込んでいる途中でフロイの欠伸がバス内に響き、意識がそちらに向いてしまったせいで思考が乱れてしまった。

「フロイ? 眠たいの?」

「ん。まぁ、一日くらいは寝てないかな…」

「それ徹夜だよね!? 大丈夫だったの!?」

「まぁ、病院に着く前にひと眠りしたから多分大丈夫だとは思うけど」

 ペットボトルに入れられたアイスコーヒーを飲み干し、フロイは再び作業を開始した。

「光の言う通り、趙金雲は何を考えているんだろうね。僕達に全国のサッカー部を調べてこい~なんて言ったかと思えば、自分だけ寝ちゃうからさ。でもまぁ、ユースティティアも僕達を待ってはくれないから、僕達は頑張って今も調べているんだ」

 ちなみにルースとマリクはひとまず先に休ませているよ。とフロイは付け加えながら、眠気を抑えるために体を伸ばした。

 自分だって眠いくせに二人を先に寝かせるフロイを見て、仲間思いなんだなと感じたが、それよりも監督は仮にもサッカー選手である子供を徹夜させないでほしいと一星は思った。

「じゃあ、さっきの物音は灰崎くんのじゃ…」

「ハイザキがどうしたの?」

 一星がボソッと呟いたのを、フロイは眠くて感覚が鈍っているというのにも関わらずに聞きとったのを見て、一星は仰天とした。

「聞こえてたの!? ……実は、灰崎くんが僕達に何も言わずに病院から出てしまったのを明日人くんが見て、僕達は心配だから灰崎くんを探していたんです」

「そうなんだ…勿論、アストはちゃんと保護したんだろうね」

「フロイ?」

「あぁいや、アストはユースティティア狙われているから、ちゃんと守っているんだろうなってさ」

 明日人に関することを話した時のフロイの声が低くなったことに一星は気になったが、フロイ本人もただただ明日人が無事かどうかを確認したかっただけということを確認した一星は、特に気にも留めなかった。

「じゃあ、俺はもう行くね」

「あぁ、光も気を付けてね」

 そういって光はバスから降りて、再び灰崎を探しに出かけた。

 光が見えなくなったのを確認すると、フロイはこっそりと呟いた。

「アストは、僕がちゃんと…」

 

 ***

 

 バスを出た一星は、スマホのマップを開いて、今度はこのルートを進んでみようかな考えていたその時だった。

 ドサッ。という誰かが倒れたような音だ。その音は一星が背を向けているバスで鳴り、一星はバスの方に振り向いた。あのバスに乗っているのはフロイ一人だけ、もしかしたらフロイに何かあったのではないのだろうかと、一星はもしもユースティティアの天使だったことを考えながら、戦闘態勢を取りながらバスの中に入った。

 天使は居ない。

 天使の象徴である羽根も、特徴的な黒いユニホームもない。

「フロ、イ……?」

 自分が来るときには逃げてしまったのだろうかと考えながら、一星はフロイの居た座席を見る。そこには簡易机に倒れているフロイの姿____

 いや、寝ているフロイだった。

 すーすーと寝息を立てながら、フロイは眠っている。

「もう…心配かけさせて…」

 フロイがユースティティアの天使たちに襲われたのかと思ったよと、一星はフロイを座席の背もたれに寄りかからせ、上段の荷物置き場に畳まれたひざ掛けを、そっとフロイの肩にかける。

 その時ふと目に付いたパソコンを視認し、一星はノートパソコンの電源を切ろうと、机とフロイに挟まれているパソコンを取り出し、電源を切る場所を探した。

 だが、ブラウザのタブの一つに、「オリオン財団の報告書」と書かれたタブを見つける。なんだろうと、一星はオリオン財団の報告書ってどんな感じなんだろうと、興味本位でタブを開き、報告書を読んだ。

 文字は難しそうだったものの、一星はなんとか読み進めていく。だが、その報告書に記された日にちと画像を目にして、一星は思わずパソコンの蓋を閉じる。

「_____うそ……」

 

 ***

 

 明日人は、皆がそれぞれの事情でこの病室を離れたのを確認する。重症の氷浦たち伊那国中の皆は、検査の為病室から運ばれ、中にはリハビリ室やトイレに行く人も居た。監視役も監視役で、トイレに行ってしまった。それを見届けた後に、明日人はジャージのポケットから折りたたみ式ハサミを取り出した。

「(皆は俺のことが心配だって言ってたけど、このまま待ってなんか…)」

 逃げられぬように明日人を緊縛しているロープを、ハサミで一本ずつ慎重に切った。音一つでも立てたら、またふりだしに戻ってしまう。そのことに気を付けながら、明日人は自分を縛っているロープを切って、縄をほどいた。

「(よし…!)」

 皆が戻ってこないうちにと、明日人は全速力で病室から離れ、ロビーにある出入り口へと向かう。

 しかし、現実はそう上手くはいかなかった。

「あれ? 明日人くんどこに行くんだい?」

 ロビー近くの廊下で、点滴を左手で押している、リハビリを終えたアフロディと鉢合わせになってしまたのである。普通に問いかけているというのに、明日人にとってはそれすらも恐怖を感じていた。明日人は、焦りからか心臓がバクバクを鳴り響き、背中は冷や汗でインナーが濡れていた。

「お手洗い…かな? それとも、お腹が空いた…とかかな?」

 明日人がなぜここに居るのかという答えを並べているアフロディを見て、明日人は戦慄した。

「あっ、いや、その…」

「でも、明日人くんがあのまま黙って待つとは思えないからね。きっと、灰崎くんを探しに行くんだろう?」

 言い訳の言葉を探している明日人に対して、アフロディは直結に明日人の行動の先を見破った。

「それなら、役に立たないかもしれないけど、これを持って行って」

 薄水色の病衣のポケットから、アフロディが取り出したのは、小学生がランドセルに付けているような防犯ブザーを、中学生用にスマートでクールにした灰色の楕円形のブザーにしただった。

「世宇子中の集金で貰ったんだけど、僕には必要ないから君にあげるよ」

「え…いいんですか?」

「これから危険な目に遭うかもしれないからね、いつも身に着けていた方がいいよ。じゃあ、自分の身に気を付けながら、灰崎くんを見つけ出すんだよ」

 明日人に防犯ブザーを渡したアフロディは、そのあと何事も無かったかのように明日人の横を通り過ぎた。

 それを見届けた明日人は、絶対に灰崎を見つけ出すと意気込みながら外へ出た。

 

 ***

 

 東京の繁華街を、一人の少年が走り抜ける。

 何かから逃げているようだ。

 その少年は建物の隙間に入り、路地裏に身を潜め呼吸を整える。

 黒服の神父のような恰好をした男たちが走り抜けるのを、灰崎は建物の隙間から覗く。

「___!? ッ……」

 今のうちだと、灰崎は追手を撒こうと走り出そうとするも、足首に強い痛みが生じたかと思えば、灰崎は思わず膝をついてしまう。

 逃げる途中で階段から転がり落ちてしまった時に出来たのかと、灰崎は左足首を抑えながら察する。

 足の痛みに意識を向けた途端、急に痛みが強くなり、もう走ることは出来ないだろう。

 壁に右手を付きながら、生まれたての小鹿のようにおぼつかない左足を引きづりながら、灰崎は追手から逃げようとした。

「見つけたぞ!!」

 だが、左足が機能しなくなった歩きなど老人の歩きに近い物で、すぐに神父らしき男たちに周りを囲まれてしまう。

「無駄な抵抗は寄せ。お前の大事な者に傷をつけたくなかったらな」

「……「茜」を、返せ…」

 鋭い眼で睨みつけるも、男たちはじりじりと灰崎に迫ってくる。前進も後退も出来ず、気づけば神父に両手を後ろに回されていた。

「_! 離せッ!」

「安心したまえ…お前が我々ユースティティアに協力してくれらば、お前の大事な人間は…」

 解放する、と男たちの一人が言いかけたその時、耳を塞ぎたくなる程でかい音量のブザーが鳴り響く。そのブザー音は、誰もが一度は聞いたことのある防犯ブザーの音だった。

「これは…防犯ブザーと思わしき音です」

「人が集まっては困る。退却するぞ」

 そう男たちが呟いたその瞬間、男たちは灰崎の目の前から一瞬にして姿を消し、同時に灰崎の腕の自由も効くようになった。だが、突然拘束が解かれた時の反動で、ここまで逃げてきた時に消耗した体力が限界に近付いてきたのか、灰崎は地面に倒れそうになる。

「灰崎!!」

 だが、それを何者かが支えた。

 右手にはアフロディから貰った防犯ブザー持っている明日人だ。

「大丈夫か?」

 倒れた灰崎に肩を貸し、裏路地からなるべく人気のある公園へと移動し、灰崎をベンチへと座らせる。

「明日人…なんで来たんだよ…」

「だって、灰崎があんなこというから、俺黙ってられなくて……」

「よくもまあ外に出られるな…狙われているんじゃねぇのかよ…?」

 灰崎の言葉に、明日人はそちらの方へ意識が向く。灰崎は氷浦から話を聞く前に病院から出ていってしまったから、知らない筈なのにと、明日人は思いながら灰崎に耳を傾ける。

「何で知ってるの?」

「俺を追っている奴らが言ってたのを聞いた」

「追ってるって…もしかして俺達と行けないっていうのは……教えてくれよ。灰崎の口で言ってくれないと、俺もわからない」

 明日人の押しに根を上げた灰崎は、ため息をつきながら話した。

「……雷門中に来るところで、人質を取られたんだよ」

「__!!」

 明日人は、灰崎の言ったことが信じられなかった。雷門中に来る途中で、人質を取られるなんて、そんなことあるのだろうかと感じた。

 だが、それでも明日人は灰崎の話を聞いた。

 これは、雷門中に行こうとしている時のことだった。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるからな。茜」

 東京から少し離れた田舎町のアパート。その二階に通ずる階段近くで、灰崎と茜が話していた。

「あ、行く前に凌兵。これ持ってて」

 茜から手渡されたのは、白い布に包まれた高さ四センチの長方形の箱だった。

 布の結びを解き、中身の水色の箱の蓋を開けると、そこには箱の仕切りによって分けられたご飯やおかずなどが詰められていた。

「茜、これ…」

「うん。荷物になっちゃうと思うけど…雷門中に着いたら食べて」

「そうか…ありがとう茜」

 茜がわざわざ自分の為に弁当を作ってくれたのかと思い、嬉しさが脳を埋める。

「雷門中に着いたら食べるよ。行ってくる」

 再び結び直した弁当箱を鞄に詰め、駅に急いだ。灰崎は、走りながら茜が弁当を作っているところを想像する。

 朝早くから起きて、おにぎりを作って、タコウィンナーと卵焼きを作って、サラダを作って…茜のことだから、しいたけも入ってんだろうなと思ったが、茜が作ってくれたなら難なく食べられそうだと、灰崎は未来のことを想像する。

 そう考えながら駅に着くと、スマホの着信音をが鞄越しになった。両親のうちの一人か、茜かと考えながら画面を付けるが、そこには見知らぬ番号。電車を待ちながら、電話に出る。

『灰崎凌兵だな?』

「そうだが…」

 名前を問われ、知らない人だなと考えるが、切る気にはなれなかった。変なことを言われたら切ろうとだけ考えていたのだ。

『宮野茜は預かった。返してほしければ我々の指定する場所まで来い。来なければわかっているな?』

「…は?」

 電話をかけてきた主の発言に、灰崎はどういうことだと発言する前に、なんだこれはと唖然とした。電話主と灰崎との少しの沈黙が流れ、灰崎の頭の中でこの状況を理解したその瞬間、灰崎の怒りは頂点に達していた。

「……どこに行けばいい…」

 人は怒りが最大になると、人は静かに怒るという。以前の自分のようにはいかないものの、無関係な茜を自分が居ない隙に攫い、ましてや茜の命を自分を誘う餌とするなんてと、灰崎の心は怒りに満ちていた。

『お前の住んでいる街にある、ビルの廃墟があるだろう。まずはそこに行け』

 身代金を要求する犯人の様に、主は灰崎に命令した。

 場所がわかり、灰崎は乗る筈だった電車を無視し、駅から真っ先に廃墟へと向かった。

 

 

 

 

「……それで、俺が廃墟に着いた時には、茜はさっきの奴らに捕まってて、茜を返すために条件を出してきやがった。ユースティティアの実験に協力すれば、茜は返すってな…」

「……だから灰崎は…でも、だったらそのことを俺達に話せば…」

「ダメだ。茜を取り返すような真似をしたら、茜は殺される。あいつらに言ったら、間違いなく茜を取り返しに行く。だから、話せねぇ」

 だが、お前なら話せる。お前はいつも誰かの主張を大事にしているからな。と灰崎は今までの明日人の行動から、明日人にだけこのことを話したのだ。

 だが、それでも明日人は圧倒的に灰崎の方が不利じゃないかと感じていた。

 明日人を狙い、人質を使って灰崎というストライカーの戦力をイナズマジャパンから削るユースティティア。確実にイナズマジャパンを貶めてきている。明日人が灰崎の顔を覗くと、灰崎は剣幕とした表情で奥歯を噛みしめていた。

「…もう行って来いよ。今の俺じゃあいつらの戦力にはなれねぇし、お前も狙われているんだしよぉ…」

 半ば自棄になったかのように、灰崎は明日人に言った。

「でも、俺はお前を一人にはしたくない」

「じゃあ、どうするってんだよ」

 これで灰崎自身が認めてくれるかはわからない。だけど、お前を一人にはしたくない。と、明日人は先ほど灰崎が言った言葉を噛みしめていた。

「……俺は、ユースティティアからサッカーを取り戻したい。それに、灰崎の代わりに俺達が、茜さんを助け出す。だけど、ここでお前を一人にしたら、いつお前が危ない目に遭うかわからない。だから、俺達と一緒に居てほしい。戦えないのなら、俺達が戦うから」

 灰崎を一人にしたら、今度こそまた灰崎が危ない目に遭ってしまう。自分も、狙われている身だからこそ、言えるんだ。と、明日人は灰崎の安全を考えながら言った。

「……わかった。だが、茜が人質に取られていることは、あいつらには秘密にしてくれ」

「うん、約束するよ」

 灰崎が立ち上がり、帰るぞと明日人に言った。

 灰崎は、まずここから安心して帰れんのかと思い、逆に明日人は灰崎がここに居てくれてよかったと思った。文字にしてみれば、なんともまぁ明日人の緊張感の無さがわかる。とにもかくにも、明日人達が公園から出ようとすると、公園の出入り口周辺に円堂が居るのを、二人は遠くで見つける。

「まいったな…豪炎寺もまだ灰崎のことを見つけてないみたいだ…それに、風丸から明日人が逃げ出したっていうことも聞いたし、一度…」

 円堂がふと公園の方を向くと、そこには円堂が求めていた人物がちょうどよくそこに居た。おまけに二人共。

「___明日人、灰崎?」

 目を擦りながら、不信そうに二人に近づく円堂。

「ただいま、円堂さん」

「か、勝手に抜け出したりして、ごめんなさい…」

「やっぱり、明日人と灰崎だ!!」

 灰崎と明日人の声を聞いた円堂は、すぐさま二人に抱きついた。

「あ、早く皆に連絡しないと!」

 本来の目的を思い出した円堂が、スマホを使って豪炎寺や鬼道と、連絡を取っていく。

「…これなら、安心して戻れるな」

「え~俺黙って病室に出たから…」

「怒られるかユースティティアに捕まるか、どっちだ?」

「……怒られる方がマシかも…」

 

 ***

 

 明日人達は、円堂に電話で呼ばれた鬼道の車で、病院まで送ってもらえる形で無事に病室に戻った。灰崎からは、心配の声と戻って来たことへの喜びの声が発せられた。

「……心配したんだからな、明日人」

「ご、ごめんなさい…」

 が、案の定明日人はチームの母親的存在の風丸に即見つかってしまい、正座を強制された上での説教が何十分も続いたのであった。

「でもまぁ、明日人と灰崎が無事で良かったじゃないか! こうしてここに居るんだからな! それに、明日人も自己責任でやったことだし…な」

 風丸の幼馴染でもある円堂から念を押され、渋々風丸は明日人への説教を終わらせた。

「ユースティティアの言う救済がなんなのかはわからないが、これからは無断で外出をしないように、いいな?」

「は、はい……」

 それよりも足が痺れて上手く立てない、と声を上げた明日人に対し、円堂と風丸は明日人が正座出来ないことに驚愕したのであった。

 明日人に肩を貸してなんとか立たせていると、大谷達がドタドタと廊下を走りながら、病室に入っていった。

「皆さん! 監督がそろそろ出発をしたいということなので、駐車場に来てください!」

「監督からは、しばらくはここに戻ってこれないということなので、話しをしたかったら今のうちにお願いします!」

 あ、あと忘れ物をしないようにね! と付け加えながら、大谷と神門は走りながら病室から出た。

 いよいよ旅が始まるんだなと、病室に残された明日人達は自分の中にある気持ちを切り替え、病室に居る知り合いと最後の会話をした。

「灰崎、向こうでも元気でな」

「あぁ、わかってる」

「兄貴、頼むぞ」

「わかったよ、アツヤ。アツヤこそ元気でね」

「頑張ってね、円堂くん、皆も」

「あぁ! 絶対にサッカーを取り戻して見せるからな!」

 水神矢と灰崎、吹雪士郎とアツヤ、アフロディと円堂と、それぞれがそれぞれで、元気にしててねという会話をした。

「明日人、ユースティティアに捕まるなよ」

「…わかった、わかったから…そんな睨まないで!」

 

「…そういえば西蔭、一星くんを見てないかい?」

「いえ、見てません」

 だが、野坂は他の人と話をしていなかった。野坂は、この部屋の違和感がなんなのかを調べていたのだ。そして、先ほどから湧いていたこの病室の違和感に気づいた野坂が、西蔭に声をかける。

 この部屋の違和感。それは、この部屋に一星が居ない事だった。野坂は、一星の事をほとんど知っている。その為、一星が「絶対にしないようなこと」をしているのに気づいたのだ。

「彼、ここに来るのが遅すぎやしないかい? 彼なら、明日人くんと灰崎くんが戻ってきたという連絡を受けたら、真っ先にこの部屋に戻ってくる筈だ。それなのに来ていない。これは、おかしいことだと思わないかい?」

「…確かに、さっきから一星の姿が見えないような気もしますが…」

 西蔭はすぐさま病室全体を見渡し、すぐに一星が居ないことを視認した。

「まだ連絡の輪が届いていないのかもしれない。探しに行くよ」

 

 

 

 

 

 野坂と西蔭が病室を出て一星を探しに行こうとしたその頃、一星は病室裏で膝を抱え、苦悩していた。

「嘘でしょ…あ、あの時の事故が、全て図られていたなんて…」

 フロイが使っていたノートパソコンを持ち出していた一星は、パソコンに写るオリオン財団の報告書を、各所各所視認していた。そこに書いてあったのは、一星光があの時全てを失ってしまった、交通事故の報告書だった。最初は、自分がオリオンの使徒だった時に作られた、自分を題材にした報告書なのかと思っていたが、問題はそこでは無かった。

 この報告書を書いていた人物は、恐らくあのオリオンの魔女とも呼べるイリーナ・ギリカナンを賛同していた人物だと思わせている。「実験は成功した」「一星光を使徒にさせるという計画は成功した」等と言った、初めから自分は使徒にさせられる予定だったということに、一星は気づいてしまったのだ。

「何で…だって、あの事故は、偶然起こったことで、わざわざ俺を限定に使徒にする必要なんて…」

 これは何かの嘘だと自己暗示をかけるも、あの事故の真実にぐちゃぐちゃとなってしまった頭では、自己暗示などただの呟きにしかならず、ますます一星自身の心を苦しめていった。

 一星の脳内が、あの時の光景で埋め尽くされ、一星自身のトラウマが蘇る。

「も…もう、やだよ…たすけて、兄ちゃん…」

 一星の足元に忍んでいた「()()()」は、静かに一星の右足首にその毒針を刺した。

 

 ***

 

「一星くん!」

 野坂と西蔭が病院の建物内を分担して探していると、野坂は病院の裏で一星が倒れているのを見つける。倒れた一星の近くにサソリが居るのを目にしたが、野坂はサソリに気にも留めなかった。

「一星くん! 大丈夫かい!?」

「……う、んん?」

 野坂が一星を揺さぶっていると、一星はうっすらとその目を開ける。

「野坂さん…?」

「一星くん、気がついたみたいだね。君はさっきそこで倒れてたけど、何があったんだい?」

「あ…なんでも、ないです」

 いつもなら素直に答えてくれるはずだが、今回は自分を隠すようなたどたどしい返事が返ってきたことに、野坂は困惑する。

「なんでもないわけないだろう、一体どうしたんだい?」

「だ、だからなんでもないですって!!」

「一星くん!」

 深く問い詰めようとしたものの、一星は野坂の元から逃げて行ってしまった。それを見て、野坂はただ手を伸ばすことしか出来なかった。

「…僕は、君のことが心配なだけなのに…」

 

 その頃。話を済ませ、趙金雲の居るバスの近くに来ていた明日人たちは、そこで驚くべきことを耳にした。

『えぇーー!!??』

「メ、メンバーを集める!?」

 監督から言われたのは、これから現地に行ってメンバーを集めに行くとの事だった。

「と言っても、一人だけですけどねー。まぁ詳しい話はフロイくんから直接聞きましょうか、フロイくーん! フロイくーん、起きてくださーい」

 趙金雲がバスの扉を開け、簡易型の机に突っ伏しているフロイを揺さぶって起こす。

「ん、ん…? な、なんだチョウキンウンか…___! ヒカルは!?」

 フロイが目を擦りながら起き上がるも、机に置かれていた筈のノートパソコンが無くなっていることに気づいたフロイは、すぐに趙金雲に一星の不在を確認した。その声につられ、明日人たちもバスの中に入ってくる。

「光…あぁ一星くんのことですかぁ~」

「呑気なことを言っている場合じゃないよ! あの事故の真実を知ってしまう可能性だってあるのに…!」

 あの事故と聞いて、円堂が感づく。他の皆も、円堂と同じように察する。あの事故と言えば、一星が父と兄を失ってしまってしまい、兄である一星充の人格を作ってしまうことになってしまったあの交通事故。

「あの事故の真実…それってなんだ? フロ「すみません! 遅くなりました!」

 円堂があの事故についてをフロイに聞きだそうとしたその時、何者かの声が外に響いた。気になった明日人たちがバスから降りて確認しにいくと、そこにはノートパソコンらしき端末を抱えた一星がバスに向かって走っていた。

「一星!」

「すみません円堂さん、遅くなりました!」

「でも、無事ならよかった! ん? その腕に抱えているのはなんだ?」

「あ、これですか? フ、フロイに貸していて…」

 勝手に持って行ったことへの言い訳を、貸していたと表現し、一星はフロイにパソコンを返す。

「ごめんフロイ、勝手に持ち出して…」

「…大丈夫? ヒカル」

 その時一星は、フロイに小声で勝手に持ち出したことを謝った。だが、フロイ自身パソコン自体は別によかったのだが、問題は一星の心だ。

 あの事故の真実を知ってしまった一星は、あの事故のトラウマの傷を深く抉られてしまった。

「だ、大丈夫だよ…」

 だが一星は、フロイに心配をかけさせたくはないと、自分を誤魔化した。

「じゃあ、一星も来たことだし、出発するか!」

「でも、荷物はどうするんですか?」

「荷物ならさきほどの雷門中ですでに円堂くんや坂野上くんの分の他に、全員の分をバス内に詰めておきましたよ~」

『いつの間に!?』

 荷物の心配をする坂野上の質問に、李子分はすでにバス内に詰めておいたと答える。

「じゃあ、ルースとマリク。僕が居ない間、頼んだよ」

「はい、フロイさん!」

「わかった」

 フロイはしばらくの間イナズマジャパンについていき、ユースティティアの情報を間近で手に入れてくると同時に、イナズマジャパンのメンバーの代役を務めるとのことだった。その間、ルースとマリクにはベルナルドと琢磨と協力して、ユーティティアの情報を集めてほしいと頼んだのであった。

「兄さんも、それでいいかな?」

『あぁ。イナズマジャパンの為にも、日本の為にも、頑張るんだぞ』

「わかった、兄さ……」

「ベルナルドくん? 私達はもうイナズマジャパンなどではないのですよ?」

 ノートパソコンのテレビ電話での会話で、ベルナルドから承諾を貰ったフロイだったが、趙金雲によって通話を無理やり終了させられ、今ここにベルナルドと趙金雲が対面することとなった。

「ほう。では、なんというのだ?」

 レジスタンスか、ラストリゾートかと、思いつく限りの単語を並べながら、ベルナルドが趙金雲に聞いた。イナズマジャパンなどではないのなら、なんのチームだと。

「その名も____」

 その時、誰もがこのチームの名はなんになるのかと緊張していた。

 できれば、シャドウ・オブ・オリオンのようなふざけた名前になってほしくないと誰もが思った。

 

 

「その名も……チョウキンウンズです!!」

 

 

 そう趙金雲が宣言したその時、趙金雲以外の人達が、全員ずっこけた。

 座席から転げ落ちる者。肩を落とす者。座席に体を預ける者と、皆個性的なずっこけかたをした。

「…随分個性的な名前だな…」

 Yシャツの上着が少し肩からずれてしまったベルナルドが、奇想天外な趙金雲のチーム名に混乱しながら、その場に似合うような言葉を探し出した。

「それでは、出発しますよ~」

 趙金雲の命令を聞き、イナズマジャパン…いや、チョウキンウンズのメンバー全員は趙金雲から指定された座席に座り、残る者はバスから降りた。

「監督、少し待って貰っていいですか?」

「…いいですよ~!」

 明日人の質問を聞いた趙金雲は、明日人の言葉に隠された本心を聞きとり、承諾した。

 趙金雲から承諾された明日人は、バスから降りたかと思えば、バスを降りた琢磨の元に近づいた。

「…父ちゃん。俺は今、ユースティティアに狙われている。……だけど、心配しないで! 父ちゃん! 不安はあるけど、頑張るよ!」

 別れ際の明日人から発せられた意外な一言に、琢磨は自分の息子がこれほどまでに成長したことへの感情が風船のように膨らみ始め、思わず明日人の頭を撫でた。

「…そうか、明日人。旅路には気を付けるんだぞ」

 父親から頭を撫でられた明日人は、嬉しさのあまり目から一粒の涙が流れおちる。

「わかった父ちゃん! じゃあ、行ってきます!」

 明日人はその涙を拭い、父親相手に笑顔で出かけて行った。

「おまたせ!」

「よし…じゃあ出発だ!!」

 明日人がバスに乗り込み、座席のシートベルトと締めたその直後に、バスは病院から走り出した。

 

「…百合子。明日人の事を、見守ってくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅は道連れ世はサソリ

 

 

 



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第六話 月光の魔女

「国の管理から外れた、幻想の村ね…」

 白き翼を鳥のように羽ばたかせながら、天使は青い晴天の空を飛んでいた。空を飛ぶという感覚は、私達にはまだよくわかっていないものなのだが、天使はただ空を飛んでいるというよりも、何かを探しているようにも見えた。

「かつて人間達が作っていったものが、時間が経つにつれ『幻想』となってその村に辿りついていると神は言っていたけれど…本当にあるのかしら」

 天使が下を見つめるも、天使の瞳には金属や鋼鉄などで作られた無機質な四角形や三角形や、土に這いつくばって生きている人間達しか見えなかった。

 だが、届かぬ空へと手を伸ばすように高く伸びている緑の木々、森の中に、一つの村を見つけた。

 あまりに異様な光景に、天使は目を疑った。

 その村は、先ほど天使が見た汚らしい四角形も三角も存在しておらず、まるで残された生き物や幻想が、天国のようにその村に集まっているようにも見えた。

「……なんて綺麗なの…」

 

 ***

 

『おぉー!!』

 バス内から出てきたのは、私服姿からイナズマジャパン_正式にはチョウキンウンズのジャージに着替えたフロイ。フロイの銀髪とロシアでの恵まれた美白が合わさって、青いジャージがフロイの容姿を引き締めている。

「やっぱり、イケメンは何を着ても似合うんだね、風丸くん」

「ある意味羨ましいな」

 吹雪と風丸が、フロイの容姿を見て思わず賞賛の口をこぼす。

「着替えさせたかいがあったな」

「着替えさせた…というよりも、半ば強引だったような…」

 やはりジャージの方が引き締まるなという鬼道に、フロイは今に至るまでの光景を思い出しながら苦笑いをする。

 それは、チョウキンウンズを乗せたバス内での出来事…

「監督、急にバスをコンビニに止めて、どうしたんですか?」

 次の目的地へとバスを進めていた筈だったのだが、急にバスを高速道路へ続くゲート前のコンビニに止めた為、それを疑問に思った坂野上が、趙金雲に話しかけた。

「それはですねぇ…皆さんに今後の事を話したいと思ったからですよ。坂野上くん」

 運転しながらだと話の内容が入らないでしょうしと付け加えながら、趙金雲は理由を話す。

「今後の話し…というのは、メンバー集めのことですか?」

「その通りです。メンバー集めの事を皆さんに話してなかったので、今話すと同時に、私達がチョウキンウンズとして活動するにあたって、守るべきルールのことを話します」

 ルールのことはともかくとして、メンバー集めのことは趙金雲から断片的なことしか教えて貰ってなかった為、ここに居る全員がそのメンバー集めのことを気になっていた。今のままでも、十分ユースティティアと試合するのには事足りる筈だ。

「おっと、まさか今のままでもユースティティアと戦えるじゃないかと思いましたか? 勿論今のままでも戦えます。しかし、いくら自分のことは自分しか知らないといっても、結局は第三者の目が必要なんですよ」

 趙金雲の第三者という言葉に、明日人たちが首をかしげる。

 第三者というのは、特定の関係について当事者ではないその他の人間のことを言うが、もしかして、その第三者を見つける為にメンバー集めという形でやろうとしたのか?

「監督は、その第三者を見つける為にわざわざ、メンバー集めという形で見つけようとしたんですか?」

「いいえ吹雪くん。第三者を見つけるなら、そこらへんの選手でも入れとけばいいです。しかしその第三者は、いかに強く、いかに鋭く、いかに美しく、そして優しいかが重要になってくるんですよ」

 いかに強いか鋭いかは確かに選手集めに必要不可欠だけど、美しく優しいかは監督の趣向なんじゃないかと、一同は感じた。

「その最強で最高の第三者兼選手が居るのは、高貴な『月光の魔女』が居るとされる、花伽羅(かがら)村です!!」

 

『かッ、花伽羅むらああぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁ!!!???』

 

 隣の席に座っていた筈の灰崎の頭の上を支えにしながら立ち上がり、危うく外まで聞こえるんじゃないかくらいに叫んだ明日人の大声に、一同は耳を塞いだ。

「うるせぇ明日人。あといつまで俺の頭抑えてんだ」

「あ、ごめん灰崎! 悪気は無くて…」

 思わず踏み台のように扱ってしまった灰崎に謝りながら、明日人は座席に座り直す。

「明日人くん、その花伽羅村とはなんだい?」

「えっと、俺達伊那国島と練習試合で戦う筈だった、花伽羅中という中学校がある村のことで、勿論月光の魔女の異名を持った…『[[rb:夜舞月夜 > やまいつくよ]]』っていう選手が居るって、野坂」

「聞いたこともないね…西蔭は知っているかい?」

「いえ、何も…」

 その瞬間、バス内は花伽羅村の話題で賑わった。

 名も知らぬ村に、初めて踏みに入るのだから。

「村…っていうくらいだから、田舎町なのか?」

「村という名がつくからといって、そこが必ず田舎町とは限らないぞ、円堂」

「同じ田舎町でも、人によって田舎町の基準は変わるからな」

 村の事を話し出す円堂達。

「さすがに漫画に出てくるような村八分が激しい村じゃないといいですけど…」

「それなら、月光の魔女は一体何者なんだ。坂野上」

「風丸くん、さすがに拳法や日本刀などで村の住民たちと戦う魔女は居ないよ」

「吹雪さん、拳法と日本刀で戦う魔女って…そんなのアニメにしか見ませんよ…」

「一応、サッカー選手…なんだよな」

 月光の魔女の存在が、どんどんバトル漫画に出てきそうな雰囲気の会話になっている坂野上と風丸と吹雪。

「月光の魔女…監督の言う第三者になれんのかねぇ…」

「なんだ不動、お前も月光の魔女のことが気になるのか? わかるぞその気持ち!」

「いや、あんたには関係ねぇよ」

 チーム全体を見渡し、花伽羅村に居るとされる月光の魔女を、監督のいう第三者と推測する不動…だったが、砂木沼に考え事を邪魔され、何を考えたのかを忘れてしまう不動。

「わざわざ無名の中学校でメンバーを集めんのかよ」

「でも、月光の魔女のことも気になるし、行ってみる価値はあると思うよ。ヒロト」

「そうですよヒロトくん。私自身月光の魔女についてはよく知りませんし、なんならその花伽羅村も、今朝私が見つけたものですからね~」

 まるで自分の手柄の様に話す趙金雲。

 一応、フロイはメンバー集めに貢献していたんだよな…と、ヒロトはフロイの頑張りを

骨折り損のくたびれ儲けのようにしてしまった監督を見ながら、フロイに同情する。

「はい皆さんお静かに。その月光の魔女の異名を持つ、『夜舞月夜』さんのことですが、リベロだったりキャプテンだったりとの情報がありますが、容姿や経歴などの詳しい事はわからないので、それは後々私たちで探すとして、最後にルールのことを話しますよ?」

 とその時、チームの雰囲気が一気に暗くなった。

 チョウキンウンズに入ったばかりのフロイにはわからないと思うが、趙金雲は監督としての義務は果たすものの、毎回選手たちにとって変なことをやらかすが故に、今回もどんなルールになるのか見当もついてないのだ。

「それでは、まず一つ目。稲森くんは今後一切の外出、または単独行動を禁止します」

「えぇ~俺、確かに狙われてますけど、気を引き締めれば別にだいじょ…」

『大丈夫じゃない(です)』

「えぇ…」

 一つ目のルールに、明日人は一人でも大丈夫だと抗議するも、明日人のことを知っている全員が、駄目だとツッコミを入れる。

「まぁこれに関しては完全に禁止するのもあれなので、もし出かけたい場合は私に外出許可をもらうか、最低二人以上の付添人と一緒に外出をしてくださいね?」

 明日人の抗議が受け入れられるわけもなく、ルールはルールとして決定された。

「二つ目…このチョウキンウンズに入ったからには…フロイくんは私服姿からジャージ姿に着替えさせてもらいま~す!!」

「え!? ちょ」

「さぁフロイくん! ジャージは用意してますので、着替えましょう!」

 突然趙金雲に指摘され、フロイは困惑するも、そんなフロイなど目もくれず、大谷と神門はフロイに近づく。

「い、いや僕一人で着替えられ」

「じゃあフロイ…俺達は先に行くね…」

「ちょ、ちょっと待ってアスト!! ヒカル!!」

 こうして、フロイは監督と女の子たちに半ば強制される形で、チョウキンウンズのジャージを、着せられたとのこと。

「別に僕一人だけでも着替えられるんだけどなぁ…」

「いえ、フロイさんがロシアに居た頃のジャージと日本のジャージは違いますから、私達が教える形で着替えさせました」

「確かに日本のジャージは特徴的だけど…」

 フロイが、イナズマジャパンのジャージを触りながら話す。

 首まで届く金属のファスナーと布地で、微妙に首が絞められる為、ジャージに慣れていない人は、こう感じるだろう。

「それにしてもフロイくんって案外痩せているんですね!」

「え」

 大谷の言葉により、先ほどまでコンビニで昼ごはんの買い出しを済ませた明日人たちが耳を傾ける。

「あのくびれは男の子とは思えませんよ!」

「脂肪もあまり付いていませんでしたし、何より肌がすべすべでしたね」

「ちょ、ちょっとツクシ、アンナ」

 確かに自分で言ってなんだが、自分の肌は毛も少ないし、すべすべだ。だけど、そこを皆の前で言うのはちょっと…と、フロイは口が動く大谷と神門を止めようとするも、時すでに遅し。

「え。本当なんですかフロイさん!?」

「まさか、女の子なわけ…ないよな」

「風丸くんだって、女の子みたいじゃないか」

 フロイを女の子だと疑う風丸に対し、君も女の子みたいだよとツッコミを入れる吹雪。

「お、俺はどんなフロイでもいいと思うよ!?」と、フロイのフォローをする明日人。

 ここに氷浦が居たら、すぐに探偵になりきってフロイの体を調べるだろう。

 大谷と神門によるフロイの体形暴露により、フロイの顔はいつもの美白から日本の国旗の様に赤く染まり、のぼせる。

「おい監督、フロイがのぼせたぞ」

「う~む、では座席に横にしておきましょう」

 

 ***

 

「…フロイ…」

 一星が、隣の席で眠っているフロイを見ながら、心配そうにその顔を眺めた。

「…正直、俺はまだオリオン財団があの事故のことを意図的にやっていたというの、信じられてないんだ…」

 小声で呟きながら、一星はスマホを開く。そこに、オリオン財団の報告書が写る。念の為という言い訳をしながら、報告書の文章、写真を撮っていたのだ。そして、そこに写るのは、まぎれもない自分の報告書。

 オリオン財団が、自分の事故が必ず起きるように意図的に操っていたというのは、この報告書を見ても同じだった。

 だけど、自分はオリオン財団に復讐するつもりはない。復讐したって、兄は戻ってこない。兄は、もう死んでいて、この世には戻ってこない。

 そう考えたその瞬間、体中が疼く感じがした。

「___!?」

 体中が痺れて、自分の意志で体を動かすことが出来なくなっており、勝手に両手がフロイの方へと動くのである。

 何を、する気なんだ。と、体に届きもしない心の中で呟きながら、一星はテレビ越しにその光景を観察するかのように、自分の動く両手を見るだけしか出来なかった。

 そしてその両手は、フロイの細い首に回り、円形を両手で持つように包み始めたかと思えば、フロイの首を絞め始めたのである。

「(何をしているんだ!!)」

 そう心の中で言い放った瞬間、両手は一星の自由を聞くようになりその手はフロイの首から離れる。

「(…誰も…見てないよね…)」

 今自分がしようとしていたことを、他の人に見られたらどうしよう。特に野坂さんに見られたらまずいと、一星は周りを見渡した。全員、持ってきたお菓子やトランプなどのパーティゲームで楽しんだり、世間話をしたりとしていた為、一星の行動に気づく者は誰一人としていなかった。

「ん…ヒカル?」

「っ! あ、あぁフロイ。起きたんだ」

「いや、首に何か違和感があって…どうしたの? 具合でも悪いの? ヒカル」

 フロイが首に関する違和感のことを話した途端、一星の顔が青ざめた。一星が何をしていたのかも知らないフロイは、青ざめているわけを具合が悪いからなのかと解釈してしまった。

 一星は、自分が親友にしてしまったことに関して、絶望しているからというのに。

 

 ***

 

 花伽羅村に続く森近くの道の駅にバスを置いた明日人たちは、バス内で昼食をとることにした。趙金雲曰く、「腹が減っては戦は出来ぬ」ということらしい。

 道の駅の店舗で弁当を買う者、先ほどコンビニで買ってきた弁当を食べる者、家族に作って貰った弁当を食べる者と、それぞれの昼食を楽しんでいる中、明日人は自分で作った弁当を食べようとしていた。

「いただきまーす!!」

 バランスよく並べられた食材をパクパクを食べる明日人であったが、隣の灰崎の弁当を横目で見て、明日人は一つ気になったことを口にすることにした。

「灰崎は、道の駅で弁当を買わないんだな」

 明日人からすれば灰崎は、だいたいの場合道の駅の弁当を買う派かと思っていたため、灰崎が弁当箱を持っているという光景は、明日人にとって珍しいことなのだ。

「……これは、茜が俺の為に作ってくれたものだ…」

 どこか悲しげな表情で、尚且ついつもトゲトゲしたような声もいつもより迫力がなく、水色の弁当箱を灰崎は見つめていた。

「そ、そっか…ごめん」

「いや、いい」

 からかったことに罪悪感を感じている明日人が謝るも、灰崎は別にいいと返すだけ。

 君がそんな悲しい顔をしていると、こっちまで元気が無くなっちゃうよ。というように、いつも楽しそうに会話する明日人と灰崎との今日の会話は、いつも短命に終わってしまう。

 茜のことで、長続きしなくなってしまっているのだ。

 昼食の時間も終わり、明日人たちは自分達の荷物を持って花伽羅村へ続く森へと出向いた。

 三角の形を作り、中が暗いその森は、どこからどうみても見ても深い森のように思えた。

 監督がそのまま森の中に入ろうとしたその時、タツヤが監督を止め、入り口近くに刺された看板に指を指したのである。

「待ってください監督、準備もなしに入るのは危険です。それに、花伽羅村の人が建てた看板もありますし…」

 板と角材で作られたその看板は、汚れや傷一つ付いていない。村の人が最近新しく立てたものだろうか。

『この先の森は、未だに解明されていない森です。花伽羅村に行きたい方は、村人直属の案内人をお待ちください。村長より』

「案内人?」

 案内人の存在に首をかしげるヒロト。

「ガイド、ナビゲータの事を、漢語にしたものだ。森や山が今だに解明されてないとなると、当然プロの専門員や案内人の存在が必要不可欠となるからな」

 看板を見ながら、鬼道はヒロトに案内人のことを説明しながら、案内人は花伽羅村の村民だろうなと推測した。

「大谷と神門も居ることだ、安全に行くには案内人の到着を…」

「大変です大変です~!!」

 豪炎寺が大谷たちの体力を考えながら、大人しく案内人を待とうと鬼道に言おうとしたその時、大谷からの大声が聞こえた。

「監督が森の中に入っていく綺麗なお姉さんの跡を追って森の中に!!」

 大谷の声で一斉に集まった明日人たち。円堂が大谷に何があったのかと尋ねると、趙金雲が綺麗な女の人を追いかけて行ってしまったとのこと。

「それに、杏奈ちゃんが監督を追って一人で森の中に!」

 それを聞いて、チョウキンウンズの三年生たちは青ざめる。

「まずいぞ…解明されてないとなると、道に迷っているのかもしれない…」

「どんな動物が居るのかわからないんだぞ…」

「それに、この森は相当深いみたいだよ。迷ってしまったらまず出られないし、あのまま夜になったら間違いなく夜行性の動物とかが活動を開始してしまうよ…」

 吹雪の言葉で、嫌な想像が後を絶たない。

 神門は女の子で、尚且つ力もない。

 そして、解明されてるされてないに限らず、森の中は危険がいっぱいだ。

 どんなことがあるのかわからない。

「大谷、神門の電話番号は…」

 円堂が神門に連絡を入れようと、大谷に電話番号を聞くも。

「杏奈ちゃん、ついさっき携帯を買い替えたみたいで、まだ電話番号を聞いてないんです!」

「なっ…!!」

 そうなると、状況は絶望的になる。

 だがそれでも、円堂達は神門のことを諦めなかった。

「円堂、神門と監督を探そう。花伽羅村に行くためにはまず二人を見つけて、ここに戻ることだ」

「それに大勢で行ってしまえば、全員この森に迷ってしまうことになる。俺たち少数で行こう」

「ああ。皆はここで待ってて…」

 外から見ても、この森は明らかに深い。それなのに大人数で行ってしまえば、確実にどこかではぐれてしまうか、全員がこの森に迷ってしまう可能性だって考えられない。そのため、円堂と豪炎寺と鬼道という少人数で行こうとしたのだが…。

「俺たちも行きます!」

「明日人…?」

「円堂さんたちが頑張っているのに、自分だけ待っているなんて出来ません!」

 という明日人の後ろには、同じような意見を持った一同が居た。中には明日人が言うならと承諾した人も居そうだが。

 しかし、当然明日人たちの意見に反対する人も出てくる。

「…円堂くん達はいいとして、大人数で探す必要はないんじゃないかな。何かを探すときは大人数で…っていうけどね。それに、全員戻れなくなったらどうするの?」

 吹雪の言うことには、確かに一理ある。

 もしここが自分達の知っている街ならまだしも、神門が迷ってしまったのは誰も入ったことのない深淵の森だ。全員がここで迷ってもおかしくはないだろう。

「…その時は、僕に任せて」

 と、何か策があるかのように発言をしたのは、フロイだった。

「発信機を付ければいいんだよ」

「発信機というと…探偵小説や、スパイ物に出てくるあの発信機ですか?」

「そう。アスト、ちょっとこれどこかにつけてくれないかな?」

 フロイは、明日人に発信機を私、これをどこかにつけてくれないかと願った。

 一見すると。ただ太陽の紋章をこしらえたブローチにしか見えないが、明日人はとりあえずこれをカバンにつける。

「オリオン財団の技術力は凄くてね。発信機さえつけていれば、あとはオリオン財団の作った人工衛星を通じて探知機に移される。こんな風にね」

 と、フロイがタブレットを見せると、そこにはそれぞれの色が付いた点の横に、名前が書かれている画面が表示された。

『おおー!』

 フロイには驚かされることばかりだ。

「じゃあ、フロイくんは僕達が森の中で迷った時の為の布石として、ここで待つということかな?」

「人工衛星でも森の中に入ってしまったら繋がらなくなっちゃうからね。そのつもりだよ、野坂」

 野坂のいうように、フロイは万が一自分達が迷った時の為の布石として、ここに残るということらしい。村に着いた、神門が見つかったということがあれば、連絡をしてほしいとのこと。

 フロイから全員分の発信機(しかもそれぞれ星だったり月だったりのモチーフで飾られたブローチだったりペンダントだったりブレスレットだったりと豪華)を貰い、明日人たちは森の中に入る。

 

 ***

 

 森の中を走りながら、必死に趙金雲と神門の名を呼ぶ明日人たち。当然のことながら、森は広く、そう簡単に見つかりはしなかった。

 だが、走っている途中で少し道が広めの場所で、神門は見つかった。

 ______が。

「杏奈ちゃん!!」

 そこには、目の前に覆いかぶさる大きな熊を見て腰が抜けてしまい、じりじりと後ろに下がることしか出来ない神門が居た。

「杏奈ちゃん! 今助けに…」

「待て」

 大谷が神門の所に駆けだそうとするも、それを豪炎寺が止める。

「大谷はここで待っていろ」

「安心しろ! 俺達が神門を助け出す!」

「行くぞ円堂! 豪炎寺!」

 勇敢に、熊へと立ち向かっていく円堂達。

 それに気づいた熊が、自分の餌を取られまいと神門の前に立ち塞がる。

「円堂! ここは___」

「任せろっ!!」

 豪炎寺と鬼道が、それぞれ双方にバックステップし、双方の太い木の幹を足場にしたと思えば、その幹を地面でジャンプするように蹴り、熊の頭の上辺に飛ぶ。その瞬間に体を丸め、空中で一回転したかと思えば、二人同時に熊の頭に向けて踵落としを決める。

「今だ!」

 頭に衝撃を受けたことで脳震盪を起こした熊の見た円堂は、すぐさま熊の後ろに居る神門の所まで走り抜け、軽くなっている神門を持ち上げ、すぐに熊の前に立つ。

 それを見た二人は、先ほどの木の幹の要領でもう一度熊の頭を蹴り、その時のジャンプ力で地面に着地する。

「す、すごい…」

 強大な熊と戦っているというのに、誰一人として怪我を負っていない。それよりも神門を助けたことによる実感を感じているようだった。

「明日人。仲間を助けるためとなれば、命より体が先に動いてしまう。それが、円堂と豪炎寺と鬼道だ」

 風丸が、微笑みながら明日人に円堂達のことを言った。その表情は、どこか呆れていて、どこか安心しているような横顔をしていたのを、明日人は見た。

「杏奈ちゃん!」

「大谷さん! それに、ごめんなさい! 勝手に森の中に入っていってしまって…それに、円堂さんたちも…」

 神門は、救出されてすぐに大谷に抱きついた。そして、大谷の胸のなかで泣きながら皆に謝り、自分を助けるためとはいえ、命まで危ないことをしてまでもやってのけた円堂たちにも謝ろうとしたが、円堂達は神門が無事でよかったよとの声を上げた。

「いや、神門が無事ならいいさ!」

「もう一人で森の中に入るなよ」

「無事ならいい」

 明日人たちが安心しきった顔で神門の無事に関する喜びに浸っている中、熊が起き上がったのである。

 そして、明日人たちに気づかれぬように、神門に向かって飛びかかってきたのである。

「_!? 伏せろ!!」

 豪炎寺が熊の存在に気づき、熊の爪が皆に当たらぬように全員に合図した。一同は驚きながらも頭を守りながら地面に伏せ、豪炎寺と鬼道も神門を守るようにして伏せた為、飛びかかってきた熊は自分達の上を通り、反対側の地面に着き、走っていく。

 だが、その反対側の道にも、人は居た。

 明日人たちと同年代の少女であり、その少女は熊に覆いかぶされてしまった!!

 今にも、ぐちゃ、ぐちょ、どろぉ、ぶちゅりといった、聞きたくもない音が聞こえてきそうだ。

 

「…どうしたの? ブチ」

 ブチと少女に呼ばれた熊は、悲しそうに鳴く。

「……あ、耳に虫が入ってたみたい。今取ってあげるね」

 少女が耳から虫を出してあげると、虫はどこかに飛んで行ってしまった。

「それじゃあ元の所に…って、なんで目と耳を…?」

 立ち上がった少女は、目の前の光景に困惑するばかりであった。

 

 ***

 

「あー、あの熊ブチっていうんだ。この森に住んでいる熊の中でも一番体格が大きくて、たまにブチとじゃれあったりするよ。今回は、耳の中に虫が入っていたから、大暴れしたんだと思うよ」

 ブチという名を熊につけた少女は、明日人たちの前に歩きながら、ブチのことを話した。

 スキップ気味で、長い黒髪を揺らしながら。

「じゃあ、あの熊とは友達ってことなのかい?」

「そうなるね。それより驚かせちゃってごめんね…お詫びに村まで案内するから…」

 吹雪は、少女にあの熊とは友達なのかと尋ねた。

 吹雪も、北海道では熊とライバル同士だということもあってだろうか。

「それより、さっき皆が通っていたあの分かれ道、あれ全部村への来訪者と村民を迷わす為に、昔の人が作ったんだって。昔、この国である疫病が流行ったから、そこで感染者と外の世界との繋がりを絶つ為だって…」

 少女が、昔の人が当時はやった疫病での感染者を隔離するための道で、花伽羅村はその感染者の村だったということを話したと思えば、ある低木の所で立ち止まった。

「それで、今はどうなの?」

 今はもうその感染者は居ないんでしょ? と、明日人が訪ねる。

 すると、少女は微笑みながら言った。

「今はもう当時の疫病で感染した人は居ないよ。今はそこに残された人たちとで村の生活を楽しんでるんだ」

 こっちだよ。と、二本ある低木の間を広げながら。

 少女に連れて行かれるがままに森の奥深くを進んでいくと、突然暗い森に一縷の光が差し込んできた。

 太陽の光だ。

「さぁ! ここをくぐれば村だよ!」

 少女に背中を押されるがままに、光の方に飛び込んでみると__。

 そこには、先ほど自分達が居た暗がりの森とはうって変わって、陽気な太陽が照らされる自然あふれる村があった。

 とんぼや蝶が飛び交う無数の田んぼ、藁と木と障子の簡素な家と蔵、木造の店や駄菓子屋などの市場、村の北側にポツンとおかれた古い神社、花畑、森の湧き水から出来る川、井戸に薪木…

 自分がいた都会とは全くと言っていいほどに違っていて、見る人によっては一つの幻想郷の様にも見えるだろう。

「す、すげぇ…」

「花伽羅村って、こんなところだったんだな…」

「伊那国島よりもずっと自然いっぱいだ…」

 東京などの都会で住んできた明日人たちにとって、この光景はまるで漫画か絵画か。

「の、野坂さん、ここはまるで…」

「わかってる、幻想郷か理想郷だと言いたいんだね」

 藁を固めて出来た木造の家、少しさびれた神社などと、自分達は夢の世界にでも迷い込んだのではないかと錯乱してしまう。

「あそうだ、フロイに連絡しないと…」

 一星が鞄からスマホを取りだそうとしたその時。

「おにーちゃん、それなに?」

「すごーい! 僕達が持っているのよりうすーい!」

「しかも折りたたんでないよ!」

 どこからか六歳から八歳くらいの子供たちが現れ、一星のスマホを見ようと群がってくる。

「ちょ…ちょっと!」

「そこ! 人の物を取ろうとしない!」

 すると少女が一星に群がっている子供達を叱咤した。子供たちの姉なのだろうかと、タツヤが声をかけた。

「君、この子たちは兄弟なのかい?」

「ううん、近所のおばさんたちの子供達なんだ」

 ただちょっと悪戯好きなのがたまに傷なんだけどね…と少女はタツヤに子供たちのことを話していると、今度は少女に子供達が飛びかかってきた。

「ねぇねぇ! ぼくおにごっこつよくなったんだよ! やろうよ!」

「わたしも! やりたい!」

「わかったわかった」

 と、少女が飛びかかってきた子供たちをなだめていると、突然少女は明日人たちに振り向いた。

「そうだ、貴方たちも鬼ごっこする?」

「……へ?」

 突然遊びに誘われるのはいい。子供が遊びたいというなら、付き合ってあげるのが年上の役目だ。しかし、その遊びの内容が、明日人たちにとっては幼稚過ぎていた。

『か、鬼ごっこ~!?』

「鬼ごっこって…わざわざ俺達を誘ってまでやるものか?」

「ガキがやるもんじゃなぁ…」

「んっふふふふ~ん! それが、全然違うんだな~。まぁまぁ、とりあえずやってみてよ! 面白いから!」

 年に合わない遊びに嫌気がさしてそうなヒロトをなだめながら、少女はヒロトの背中を押して森へと運んでいく。

 そんな一方的な少女を見て、明日人たちはいやいやその鬼ごっこに参加することにした。かくれんぼ場所は、村の壁として村への入り口としての役割を果たしている森の中。先に待っていた子供たちはもう準備万端のようだ。

「ルールは、私が六十秒数えている間に、森の中を逃げ回る。そして、私が五分以内に全員見つけられなかったら、皆の勝ち。逆に見つけたら、私の勝ち。でいいかな?」

 大分大真面目なルールに、明日人たちはあっけにとられた。村が村なだけに、てっきり地元ルールとかがありそうな感じはしたが、そうでもないらしい。

 ちなみに森の中にはこれ以上深入り出来ぬようにロープが巻かれているから、遊びのつもりが森の中で迷うことはないそうだ。

 

「じゃあ始めるよ!」

 

 少女が言った瞬間、子供達が一瞬消えた。

 いや、消えたのではない。足が速すぎて、明日人たちには消えたようにも見えたのだ。

「いーち、にー、さーん、よーん」

 しかし、子供達の速さに驚いている間にも、少女は数を数え続けている。こうしちゃいられないと、子供達に続いて森の中に入っていく。

 それぞれで散り散りになって行動する者や、子供の遊びだろと真面目にやらない者などと。

 

 

 

 

「ごじゅうはちーごじゅうきゅー六十!! さて、探しにいきますか!」

 数を数え終え、顔を伏せていた為に自分の前に流れ込んだ後ろ髪をかきあげた少女は、先ほどの子供達よりも『速く』森の中に入った。

 昨年の落ち葉の絨毯を走り抜け、少女は森の中を走る。

 土を走る音、話し声、走る音…と、少女は森の中で発せられる音を聞き取り、真っすぐにその方向へと向かった。

「タッチ!」

 森の中を走りつかれ、その場に休憩していた明日人の肩に触る。

「え、ええ!?」

 明日人が声を駆ける前に、少女は次の人を探しに走っていった。

 今度は大勢。相手は三人…と、木々の通気性を利用して、話し声から遠くからの状況を読み取った。

 少女はその大勢の所まで走り抜け、後ろから襲撃する。

「はいはいはい!」

 まずは野坂、一星、そして西蔭と、背中をタッチした瞬間に前進に走り抜ける。

 とその時、自分の目の前で風を感じた。

 先ほどの子供たちの一人、いや二人だ。

「これは僕達が一週間もかけてつくった必殺技だ!」

「捕まえられないよ!」

 少女を囲むようにして、二人は森の木々を足場にしながら、また次の木へと、空中を走る。

「そうなんだ! じゃあやってみて!」

 少女が飛び上がると、右手を大きく振って子供のうち一人を捕まえ、左手も同じように子供を捕まえ、地面に足を付ける。

「捕まえた♪」

「また負けた~」

「おねーちゃん強すぎ…」

 

 ***

 

 その頃。灰崎は森の中を歩いていた。

 かくれんぼをする気にもなれず、開始直後にすぐ少女に捕まってしまったのである。

 ジャージのポケットに手を突っ込みながら、宛も無く暗い森の中を歩いていると、灰崎は突然立ち止まる。

「……隠れてねぇで、出て来いよ」

 それは、自分を付けている誰かに、もうすでに見破っていると言い放つ為の言葉か。

 すると、木の陰から灰崎に近づいてきたのは、あの神父たちだった。

「なんだそれは、私達に対して余裕の笑みか?」

「余裕とかじゃねぇ。捕まえてんなら最初から出て来いよ」

 後戻りもせず、逃げもしない灰崎。

「捕まる気全開のようにも見えるが…。どういうつもりだ?」

「単刀直入に言おう。俺がお前らに捕まってやる代わりに、茜を返せ」

 なんと、灰崎は己を犠牲に自分の大切な人である茜を引き渡せと要望してきた。

 己を犠牲にしたところで、大切な人が本当に変えてくるかはわからない。

 おまけに、捕まった先に何があるのかもわからないというのに、灰崎は身を決した。

 大切な人を守る為に、人生で一度の大勝負に出た。

「本当にいいんだな?」

「別に構わねぇよ、約束を守ってくれんならな」

 自分から両手を後ろに回し、相手に背中を向けながら自分の後方に顔をのぞかせながら、灰崎はそう神父たちに言い放った。

 灰崎の決死の要望に応じた神父たちは、灰崎を中心に三角形に取り囲む。

「おーい!」

 だが、向こうの森の方で灰崎を呼ぶ少女の声がした。

「邪魔が入ったな」

「だが覚えておけ、口に出してしまったら、もう言い直せないことをな」

 邪魔されたことに苛立ちながら、神父たちはその場から消えていった。

 だが、これで灰崎との契約が無くなった訳でない。もう取り消すことは出来ない。口に出してしまったら、OKと行ってしまったも同然なのだから。

 先ほどまでそこに居た神父たちの存在に気づいていないのか、少女は元気そうに灰崎に近づいていった。

「もうかくれんぼは終わってるよ? どうしたの?」

 おそらく、終了の時に戻ってこなかったのを心配しているのだろうが、灰崎は少女の話しの返事をしなかった。

「…道に迷ってな…案内してくれないか?」

「そうだったんだ! じゃあ森の入り口はあっちだから、一緒に行こ!」

 灰崎の行動を怪しんでいない少女は、灰崎の手首を掴んだかと思えば、森の入り口まで灰崎を連れて気さくに進んでいった。

 だが、本来なら灰崎が道に迷うはずがないのだ。

 なぜなら、森の入り口までの道は、ここからでもすぐわかるくらいに近い距離にあるのだから。

 

 ***

 

「おまたせ、みんな!」

 少女が灰崎の手を握りながら、皆が待っている森の入り口まで戻ると、各地で子供たちの「おそーい」という声が上がるも、少女はこれを軽く収める。

 鬼道が灰崎を叱咤し、ヒロトが道に迷ったことを茶化すも、灰崎はそれになんの反応も示さず、少女にありがとなの一言だけ言って、明日人たちの方に戻っていった。

「灰崎…」

 やっぱり森の中で何かあったんじゃないか…? と、明日人は灰崎の姿を見てそう感じた。

 とその時。

 

「やっぱり『夜舞』お姉ちゃんは凄いや!!」

 

 そう言った六歳くらいの男の子の言葉に、明日人たちは反応した。

 まさか、今まで自分達を村まで案内したり、かくれんぼをしていのは、自分達が探していたあの夜舞だとでもいうのかというように。

「夜舞って、あのお姉ちゃんのことか?」

 夜舞という選手の名前を言った男の子の前に、円堂が目線を合わせるようにしてしゃがみ、夜舞のことを聞いた。

「うん! 夜舞…月夜お姉ちゃんっていうんだ!」

「そ、そうなんだ…」

『ええっーーー!?」

 今自分達の目の前に居る夜舞と、花伽羅村に来る前に考えていた夜舞月夜という人間と比べながら、明日人たちはその差に驚いていた。

 確かに容姿も経歴も分からず、わかっているのはリベロであり、花伽羅中サッカー部のキャプテンであることだけ。確かに誰が夜舞月夜でもおかしくはないのだが…

 まさか、こんなにも活発な子が夜舞月夜だとは、ここに居る全員が考えもしていなかった。

「イ、イメージと全然違う…」

 夜舞月夜のことを、まるで漫画やアニメに出てくるような人間だとイメージしていた坂野上が、その差に地面にへたり込んでいた。

 それは大谷も同じで、月光の魔女という異名から夜舞の事を、高貴で高飛車なイメージを持って見ていた。

「魔女っていうものだから、てっきり高飛車なイメージを…」

「あはは…実はあまりそうでもなくて…。というわけで、私が夜舞月夜だよ」

 改めて明日人たちに自己紹介をした夜舞月夜。

 川の様にさらさらな、黒く膝まで届きそうな髪。魔女のような燃えゆく深紅の瞳。金色のピンでとめた前髪。美白とはいかないが綺麗な肌。まさに魔女にふさわしい容姿だった。

「それより、おにーちゃんたちは夜舞おねーちゃんに用があるのか?」

 本来の目的を思い出した明日人たちは、夜舞と子供達にもわかりやすいように、説明した。

「じゃあ、そのユースティティアというのとたたかうためにここまできたんだ」

「すごーい!」

「道にまよわなかったの?」

「夜舞おねーちゃんを連れてっちゃうの?」

 それぞれ感じた子供たちが、次々に言葉を交わした。

「そういうことが、この村の外で起きてたんだ…サッカーを禁止にするなんて許せない! そういうことなら喜んで…」

 加入するよと言おうとしたその瞬間、家が密集している方角の方から、聞き覚えのある声が聞こえた。

「話は聞かせてもらいましたよ~この子が、夜舞月夜さんですね」

「監督!」

「いや~森に入っていく白い服を着た黒髪の女の子が森に入っていくのを見ましてねぇ~ついつい誘われるがままに入ってしまいましたよ~」

 監督がついていったという女性の特徴を聞き、明日人と野坂は瞬時にその女の子が誰なのかを感じ取った。

 あの『天使』だ。

 野坂は、会えるものならあの忠告について聞きたいと、あの天使に会いたいと思っていた。明日人は、あの時伊那国島で見たあの天使の容姿が忘れられず、いつの間にか「会いたい」とまで思っていた。そのため、監督のその女の子の特徴で、人違いかもしれないというのに、あの天使にその特徴を当てはめてしまうのだ。

「残念ながら、その女の子はもう居ませんでしたけどね~」

「親分、また次の出会いが待っていますよ」

 という趙金雲の言葉を聞いて、明日人はまだ会えないのかと思った。

「はいそれでは。夜舞さん、私達の第三者にふさわしいか、確かめてもらいますよ~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の様に優しい魔女は、この幻想に満ち溢れた村に存在していた。

 



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第七話 天真爛漫な魔女の強さ

 鬱蒼とした森の中を歩く少女の血を吸おうと近寄ってきたやぶ蚊は、少女の白い肌に触れたその直後に、炭になって細々とその生涯を終えてしまった。死ぬまでの生涯色んな人から吸ってきた血も残さずに。

「あの時に見えた村が、お父様の言っていた幻想の村だとするなら、ひょっとしたら私の記憶も幻想としてそこに残っているのかもね、と思って森の中に入ったのだけれど……妙に懐かしさを感じる光景ね……まぁ、懐かしいと思うのなら、迷うことはないでしょうね♪」

 それに少女、いや天使は気づかず、何やら独り言を呟きながらその幻想の村の正体である花伽羅村に向かって歩き続けていた。見たことがあるからという理由で、地図も、スマホのナビも使わずに。しまいには森を抜けるだなんて私一人で十分と余裕に思っているのか、花伽羅村の村民直属の案内人も待たずに。

「それにしても__ここは本当に森なのかしら? 他の場所で見た森よりかは木々が鬱蒼としていて暗いけど_生命を感じるわね。人の居住区から遠く離れてて、おまけにあまり見えないところで、熊や狐、狸などの動物が生きている。まるで動物たちの楽園ね」

 木々の隙間から入る日光の紫外線や木々の葉に付いた雨の水滴を、愛用の白い日傘で防ぎながら歩いていると、足元に警戒心の薄い狐が寄ってきたのがわかった。

「私が天使だということに気づいていないのか、まるで飼い主を見つけた猫のように近づいてくるのね。貴方は」

 狐を優しく撫でていると、狐は心地よさそうに元々細い眼をさらに細め、その可愛さから少しだけ天使の顔がほころびていた。

 その後も天使が狐を撫でていると、向こうの道で大衆の声がしたのを聞いた。

 細めていた青い目を開け、その大衆の声へと耳を澄ませると、そこには前を歩く長い黒髪の少女と、以前自分と会話をした聞き覚えのある少年たちの声がした。

「聞いた感じだと、あの子たちはあの幻想の村に向かっているのね。………ふふっ、今日はついてるわね」

 花伽羅村へ行く明日人たちを見つけ、何かを思いついたかのように微笑みながら、天使はその身一瞬にして消した。

 なお、その場を取り残された狐は、夢でも見たかのように顔を洗ったあと、その場を去って行ってしまった。

 

 ***

 

 七不思議の舞台にもなりそうな木造の旧校舎によく似た花伽羅中の校舎の中に、花伽羅中サッカー部はあった。倉庫として利用されていた空き教室を部室として、メンバー集めや部費の管理などを全て夜舞一人で行い、やっと部活として活動が出来るようになったのだ。つまり、今日は花伽羅中サッカー部成立して初の試合となる。筈だったのだが…

『夜舞先輩!! あのイナズマジャパンと試合って、どういうことですかぁー!?』

 これからあのイナズマジャパンと戦うことを成立者兼キャプテンの夜舞から告げられたものの、休暇中に急遽部室に集められた上にその報告をされた為、当然受け入れるわけにもなれず、メンバー全員が夜舞に問い詰める。

「いやぁ~これには訳が色々あって…」

「訳もこうしたもありませんよ!」

「あのイナズマジャパンとですよ!? 今からおよそ二か月前にFFIで優勝したあのチームと戦うってことですよ!?」

「今からでも断ってきて下さい!」

 二か月前にFFI優勝を果たしたイナズマジャパンと、ついこの間出来たばかりのそこんじょらのサッカーチームとの力の差なんて歴然としており、無謀にもほどがあると思った部員達は、その選択にYesを出した夜舞に全力でやめようと訴えてきた。

 花伽羅村の人達は基本おおらかな性格な為、状況を呑み込んではくれるだろうと思って伝えみたはいいもの、まさかここまで言われるとはと額に汗をかきながら、夜舞はなぜ彼のイナズマジャパンと戦うことになった経緯を話した。

 

 

 

 

「監督、夜舞と勝負ってどういうことですか?」

 探していた人物は見つかり、あとは仲間に入れるだけだというのに、なぜ勝負を申し込むのかと疑問に思った明日人が、趙金雲に質問した。

「それはですねぇ…夜舞さんの力を試させていただく為ですよ」

「私の力?」

 夜舞は自分を指さしながら、困惑気味に趙金雲に質問する。

「そうですよ夜舞さん。貴方はその鋭さと強さ、そして美しさと優しさを買われて、私達の仲間、いえ第三者になることが決まったのですよ~」

 一見理解しがたい理由に、夜舞は疑問を述べる。

「う~ん…第三者というと、外からの視点、目線という意味だよね。鋭さと強さはサッカーに関係するからなんとなくわかるけど__………なんでそこに美しさと優しさが?」

 やはり、夜舞もそこに目がいったらしい。

「買われたと言っても、私…」

「そんなに強くもないと言いたいのですか?」

「そういうわけじゃ」

「それでもいいので~す! とにかく試合をするので、皆さんを集めにきてくださ~い!」

 拒否などさせないというように夜舞の言葉に被り、ましてや試合を行うという横暴な判断に、夜舞とはいえ呆れていしまった。しかし、自分がチョウキンウンズの第三者であること、そして試合のことを夜舞は少し考えたあと、すぐに顔を上げ、こう言った。

「…わかった! じゃあ早速皆を集めに行ってくるね!」

 と、夜舞は趙金雲の言われた通りにサッカー部の部員たちを集めにいった。

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけ!」

「というわけ! じゃない!!」

 全員にわかりやすいように説明したが、予想通りツッコまれた。

「夜舞先輩。先輩はいつも俺達を元気づけたりする優しい面もあれば、少し一直線な所も会ったりするなぁとは思ってましたけど…本当にあのイナズマジャパンと戦うつもりですか?」

 ストライカーである証の十番のユニホームを着た、いかにも田舎の中学一年生の雰囲気を漂わせている男の子が、先輩である夜舞に気を遣いながら問いかけた。

「そういうことになるね、蛍くん。でも、これって凄いとは思わない?」

「え、それってどういう意味ですか? 夜舞先輩」

 夜舞の発言に、思わず呆気にとられる蛍。

「昨日さっきまで無名サッカー部だった私達が、今あのイナズマジャパンと戦おうとしているんだよ! これって、すごい話だとは思わない!? 裏はあると思うけど!」

 話しているうちに、少しずつ興奮が高まっている夜舞の格言らしき何かに、蛍は少し引き気味で共感していた。

「それに今こそ…この幻想の村である花伽羅村の凄さを、外の世界の人達にその名を知らしめることが出来るんだよ?」

 ロッカーに入れられた、たった少数しかないボロボロのサッカーボールを手に持ちながら、夜舞はサッカー部成立から活動開始までの思い出を思い返した。

 その間に、部室の窓を通して伝わった太陽の光に夜舞は照らされ、夜舞に妖美という魔女の特徴が滲み出ていた。

「さ、もう試合が始まるし、皆気を引き締めていこー!」

 気が沈んでいる蛍たちの気持ちを次に切り替えるために、夜舞は手を叩きながら蛍たちを制し、ストレッチを始めた。

「相変わらず、キャプテンは自由奔放ですね。線香くん」

 FWの[[rb:翠嵐 風鈴 > すいらん かざすず]]が、花伽羅中サッカー部のエースストライカーの座を持つ[[rb:線香 蛍 > せんこう ほたる]]を見つめながら、独り言のようにぼやく。

「そんなに見つめないでくださいよ翠嵐さん…」

 いくら俺がサッカー部活動開始から今に至るまでの間夜舞先輩と付き合いが長いからって。と蛍は両手首を振りながら答える。

 [newpage]

「明日人くん。夜舞ちゃんがリベロやキャプテンの他に、何か知っていることは無いかい?」

 二階の誰も居ない教室で試合の準備をしていると、ユニホームに着替え終えた野坂が明日人に話しかけてきた。

 しかし、明日人が花伽羅中サッカー部のことで知っているのは、夜舞がリベロでありキャプテンでもあるということしか知らず、明日人は正直に野坂に話すことにした。

「知ってること? 知っていることといっても、花伽羅中のことはあまり知らないよ。氷浦や万作も一緒に調べてたけど、情報はあまり入ってこなかったし、父ちゃんも知らなかったみたいだよ、野坂」

「サッカー協会に入っているシンジョウ、いやタクマが知らないとなれば、新しく出来たサッカー部の可能性だって捨てきれないよ、アスト」

 明日人の父親である稲森琢磨、元・新条琢磨をよく知っているフロイが、明日人たちの話の中に入ってくる。

 …イナズマジャパンのユニホームを着ているフロイを見ていると、なんだか違和感が湧くのだが。

「フロイは、花伽羅中のこと知ってる?」

「いいや、チョウキンウンから花伽羅中のことを聞いて、僕も改めてオリオン財団の力を使って調べてみたけど、詳しい情報はなかったよ」

「そうなんだ。僕として気になったことと言えば、夜舞ちゃんのスピードだね」

 野坂の意見を聞き、明日人は夜舞のあのスピードのことを思い出す。

 入り乱れた森の間を潜り抜けるその姿は、まさに風のごとし。

 だが、逃げる子供も夜舞と同じく風のようだった。

 子供は風の子ともいうが、住む場所が違うだけでこれほどまでに差が出てしまうのか。

 森を走り抜け、固い土に張る大きな根を飛び越え、相手がどこにいようと見つけ出すほどの素早さを持つ夜舞は、これこそまさに趙金雲の言っていた夜舞の「鋭さ」なのだろうか。

「(もしかして、監督の言っていた鋭さって、このことなのかな…)」

「そういえば、僕も一つ気になったことがあってね。これは特に花伽羅中のこととは関係ないんだけど…」

「構わないよ。フロイくん」

「花伽羅中に行くと遊、僕が目を覚ましたら、光が青ざめた顔をしていたんだ。何でもないって言ってたけど、ユウマもアストも気を付けてくれないかな」

 そうフロイに伝えられ、二人はストレッチをしている一星を見つめる。

 見た所、一星に体調が悪そうな感じはない。

 車酔い…だったのだろうか。

 

 ***

 

「さぁ、ロシア代表のパーフェクトスパークのキャプテン、フロイを加えたイナズマジャパ…いえ、チョウキンウンズと花伽羅中サッカー部との試合が始まります! チョウキンウンズは、花伽羅中サッカー部キャプテンの夜舞月夜の実力を測る為に試合を申し込んだらしく、これは夜舞月夜選手の実力に胸が高鳴ります!」

 いつの間にか花伽羅村に来ていた実況者の角馬王将が、チョウキンウンズのベンチと花伽羅中サッカー部のベンチとの間で実況席を取っており、試合を見に来ていた人達に解説と実況の役割を果たす。

「よし! 皆いくぞ!」

『おおー!!』

 今目の前にある試合に向けて、円堂達が意気込んでいる最中、花伽羅中サッカー部も、同じように意気込んでいた。

一味同心(いちみどうしん)、、戮力協心(りくきょくきょうしん)! 七転び八起きでいこー!」

 黄色のキャプテンマークを腕に巻き、たった十人の選手を携えて、夜舞という月の魔女はフィールドに降り立った。

 しかし、夜舞の言っている四字熟語の意味が、いまいちよくわかってない者も居た。

「えっと、りくきょくきょうし…なんですか? これ」

「戮力協心というのは、全員の力を集結させ、物事に取り組むことだよ。坂野上くん」

「そうなんですか!? 難しすぎる言葉ですから、わかりませんでしたよ!」

「まぁ実際、戮力協心なんて四字熟語は、結構知らない人も多いんじゃないかな。一蓮托生や一味同心と比べたら、結構マイナーで誰も使わないな四字熟語だとは思うよ」

「マイナーって、野坂さん…」

 戮力協心なんて言葉、人生で一度も聞いたことが無い。聞いたことはあっても忘れてしまうくらいだろうねと、野坂は坂野上に言った。

 坂野上はまだわかってない様子だったが、野坂は気づいていた。

 なぜ夜舞がそんな難しい言葉を知っており、皆はその四字熟語を理解できているのかについての理由を。

「玉石混交…花伽羅中は、その玉石混交の中の玉に入るだろうね…」

 野坂が一人で考え事をしていると、グラウンドの外で数少ない観衆が巻き起こった。

 花伽羅村の全村人の高齢者や子供、大人たちが揃っている。

 しかし、その声援はほぼすべてが花伽羅中サッカー部を応援するものであり、チョウキンウンズへの声援は全くといっていいほどなかった。

「お姉ちゃんお兄ちゃんたちー! 頑張れー!!」

「楽しみじゃのう…」

『月夜ー! 儂たち花伽羅村の維持を見せてやるんじゃー!』

 その中で一人の老人が、まるで子供が描いたような校章と花伽羅村イレブンの顔を急遽描いた大旗を、今までにない力で振っていた。

「も、もうおじいちゃん! 体が弱いんだから無理しないでよー!!」

「大丈夫じゃ大丈夫じゃ、儂もまだまだ現え…ぐほっ、腰が…」

「おじいちゃん!」

 夜舞はすぐにグランドから祖父らしき老人の元へと駆けだし、ユニホームのポケットに常備していた湿布を取り出し、それをすぐに祖父の腰に貼りつけた。

 それをみて明日人たちは、夜舞の祖父の行動に思わず苦笑い。

「夜舞さんのおじいちゃん、すごくハッスルだなぁ…」

「夜舞先輩のおじいちゃん、相変わらずハッスルだなぁ…」

『え?』

 坂野上と蛍の思ったことが一致し、思わず顔を見合わせる。

「ごめんごめん! じゃあ始めよっか!」

 夜舞の祖父に湿布を張り終えた夜舞はすぐにグラウンドに戻り、蛍たちと共に配置に着くと、すぐにキックオフの開始となった。

 なおスタメンは先ほどユースティティアと戦った時のメンバー、

 GK 円堂守(キャプテン)

 DF 吹雪士郎 風丸一朗太 坂野上

 MF 鬼道有人 野坂悠馬 一星光 稲森明日人

 FW 吉良ヒロト 豪炎寺修也

 で、灰崎は明日人の嘘の理由をつけてベンチスタートとなり、代わりにフロイが出ることになった。

「フロイ…」

「あぁ、リョウヘイのことだね。…大丈夫、僕がなんとかする」

 明日人の声かけに何かを感じたフロイが、声と表情から明日人の気持ちをくみ取り、それに見合った返事を返す。

「フロイ、またこうして同じフィールドで、同じ仲間として戦えるとはな」

「当然、力は衰えてねぇんだろうな。パーフェクトスパークのキャプテンさんよ」

 現在チョウキンウンズのスタンティングメンバーのFW陣、豪炎寺とヒロトがフロイに声をかける。

「そこは安心してよヒロト、僕だってこの二か月間、練習をさぼっていたわけじゃないからね」

 仲間に指示を出す夜舞を見つめながら、フロイは答える。

 しかし、夜舞たちがフォーメーションにつくと、そこで驚くべきことが起きた。

「う、嘘だろ…」

 なんと、花伽羅中サッカー部のフォーメーションはとても特殊で、FWは三人、MFは五人で、なんとDFは夜舞を含めて二人しかいなかったのだ。これではあまりにも守備が薄く、おまけに相手はいつかのイナズマジャパン。攻撃はよくても防御が出来ていなくては、点を取っても意味がないのだ。

 何か策があるとは思うが。

「これでは守備が薄すぎます…」

「まさか、花伽羅中のフォーメーションが、こんなにも特殊だとは思ってもいなかった…」

「そうですね……____うっ!」

「一星くん!?」

 先ほどまで調子よく話していた一星が、急に頭を押さえながら苦しみだし、野坂はそれに驚きを見せる。

「どうしたんだ!? 一星!」

「どうしたんですか!?」

 突然に起きた一星の体調不良に、さっきまでポジションについていた明日人たちも、マネージャーの大谷たちも、ベンチスタートの選手たちも一斉に、一星に駆けだす。

 しかしその間にも一星の頭痛はさらに深刻化し、一星はその頭痛あまり思わず地面に膝をついてしまう。

「風邪でしょうか…」

「でも、一星くんが風邪みたいな感じはなかったし…」

「うーん、他の病気の可能性もあるし、光には休んでて…」

 

『大丈夫!?』

 

 折谷が一星の判断を下そうとしたその時、向こうから夜舞の声がしたかと思えば、夜舞はすぐに一星の元へと座り込み、藍色の髪で隠された一星のおでこに手を当てる。

「大丈夫? 辛かったら、休んでていいからね」

 と、まるでマネージャーのように夜舞は一星に受け答えしていた。

 自分たちの選手の管理は自分達でするというのに、すぐに駆け込んだ夜舞を見て、明日人はふと感じた。

 もしかして、これが夜舞の優しさなのか……? と。

「なぁお前、別にお前が一星の相手をする必要はねぇだろ。俺達のことは俺達で…」

 

「これから試合する相手が急に苦しんでたら、誰だって心配するよ!!」

 

 男に対してはっきりとした物言いに、不動は思いもよらずに驚き、同じように周りも驚いた。

「だ、大丈夫です…」

「一星くん?」

「夜舞さんの力を見極める為にも、試合には出なくちゃいけませんし…」

 頭を押さえながら、ゆっくりと立ちあがった一星は、夜舞の手を振り切り、一星はポジションに付いた。

「豪炎寺、もし一星に何か変化があったら、すぐに休ませてくれ」

「あぁ、そのつもりだ」

 円堂が豪炎寺に一星のことを頼んでいる中、試合を今か今かと待ち構えているギャラリーの中に、一人だけ怪しく微笑む少女の姿があった。

「あらあら…飲まれないといいわね…」

 

 ***

 

 次の瞬間キックオフのホイッスルが鳴り、豪炎寺がフロイにボールを回す。

 相手を撹乱する為にパスを回していると、突然パスの軌道上でボールが奪われた。

 蛍だ。一気に前に走ってボールを取ったのだろう。と、フロイはすぐに花伽羅中の様子を見渡した。

「(なるほど…基本的に足は速いみたいだ…なら!)」

 足の速い蛍たちの前にフロイが立ちはだかり、蛍はすぐにフリーの選手にパスしようとしたところをつけ、フロイは蛍からボールを奪った。

「ま、まさかDFでもあるんですか!?」

「僕は、全てのポジションを極めているからね!」

 三人のFW陣を中心にボールを運び、試合は少しずつチョウキンウンズ側が有利になっていく。

 それを、ベンチから暇そうに眺めている人物がいた。

 灰崎だ。

 茜の為とはいえ、こうして一人でベンチに座っているとどうしても暇になってしまう。

 いっそのこと、さっさと自分差し出して茜を救うか…と考えていると、自分の座っているベンチの左側から、声がした。

「煩(わずら)わしいかしら?」

「あぁ、茜の為とはな…____は?」

 自分の座っている席は、壁のある一番端。隣に誰かが居るはずがないのだ。皆は試合に夢中だし。

 びっくりして自分の左右を見渡すも、そこに誰かが自分に話しかけてきたという人物はいない。空耳か? と呆れたように背もたれに体を預けようとしたその時。

「茜って、貴方の恋人かしら?」

 とまるで自分と茜の関係をからかうような声がし、灰崎は光の速さで壁の向こう側へと走った。

「あら速い」

 左手の指先を口の下側に当てながら、「天使」は灰崎のあまりの速さに思わずきょとんとしていた。

 青いグラデーションがかかった黒い髪、白いワンピースの上には白いケープ、右手には白いレースが施された日傘を持っている。仮面から見える青い目は、まるで太陽が出ている時の青空のようだった。

「貴方が一人で寂しそうにしていたから、つい声をかけてしまったの。悪いかしら?」

「いや、悪くねぇけどな…んで、ユースティティアの天使が俺に何をしにきた?」

「いいえ、私はユースティティアの天使ではないわ。今は___ね」

 曖昧な返答に、灰崎の機嫌が害されていく。

「(こういう奴が一番苦手なんだよ……)矛盾してる答えだな…んで? 何しに来た? 茜のことなら俺が…」

「そうやって、なんでも自己犠牲で解決できるとは思わないでほしいわね」

 回答なんて受け付けないというように、天使は灰崎の言葉にかぶさるように言い放つ。

「貴方の経歴と行動を全て見てきたけど、自分を大切にしない人間が大切な人を守ろうとするだなんて、それこそ矛盾してるとは思うけどね、私は」

 自分の後ろで声がし、おまけに視線も感じた為灰崎は後ろを振り向くも、そこには誰もおらず、目線を元に戻すと、そこに天使は居なかった。

「…うさんくせぇ奴だな…」

 

 ***

 

 灰崎が天使と会話している間に試合は進み、いよいよチョウキンウンズたちは花伽羅中のゴール前へと向かっていた。

 DFが二人という不安定な陣形でも、黒く長い髪を靡かせた風は、フロイの前に立ち塞がる。

「それにしても、DFが君ともう一人だけとは、少し心細いね」

「それなら大丈夫だよ。だって私は、速いからね!」

 と、夜舞に先ほどよりも強いプレッシャーをかけられ、危機を感じたフロイは、フリーの明日人けとループパスをする。なお、明日人とフロイとの距離はフィールドの横線の端から端というDF二人ではとてもカバーしきれず、このまま明日人がシュートをして決まるかとフロイが思った矢先に、夜舞は瞬時に明日人の方向へと走った。

 かくれんぼの時に見せた速さで。

 そして、明日人の足元へとボールが着く前に、夜舞が足の爪先でフロイのループパスをカットしたのであった。

「なっ!」

「ね、私は他の誰よりも速いんだ! 天ノ川ちゃん!!」

 明日人にとられる前にMFの天ノ川へとパスし、夜舞は定位置に戻る。

「なるほど、選手の足が基本的に速く、そして夜舞ちゃんの機動力も高いチームということだね。一星くん」

「はい、___ッ、見た感じだと、夜舞さんはスピードの他にかなりのスタミナを持っていることがわかります。」

「足が速いならば、俺たちも速く走ればいいだけのことだ。いくぞ野坂!」

 夜舞が明日人からボールを取った瞬間から、チョウキンウンズと花伽羅中との中にある闘争心がお互いに高まりあっているのか、互角のスピードで戦いあっている。

「すごい! お互いにお互いを高めあってますよ!」

「夜舞さんって、どこか円堂さんに似てますしね」

 花伽羅中との試合をビデオカメラに収めながら、大谷と神門は花伽羅中とイナズマジャパンを賞賛していた。以前はユースティティアに惜しくも負けてしまったが、相手が強ければ強いほど自身の力も同じように高まるのが、本来のイナズマジャパンなんだと大谷は目を輝かせている。

 とその時、監督の声がベンチに響いた。

「ほーっほっほっほ! 夜舞ちゃんの凄さはここからですよ~」

「ん? 他にも秘密があるというのか?」

 夜舞のポジションであるDF的に、敵の進行を防ぐという役割しか与えられていない上に、リベロであっても攻撃に準じてしまえば守りが薄くなってしまう。その二つ以外に何か戦術があるのだろうかと疑問に思った砂木沼が、監督に疑問を投げかける。

「よくぞ聞いてくれました、砂木沼くん。皆さんは、キャプテンと聞いて何を思い浮かべますか?」

 質問には質問で返すように、趙金雲はベンチに居る大谷たちに問いかけた。キャプテンとは何かと。

「キャプテンですか…円堂さんみたいな人のことです」

「皆を引っ張っていく人っていうのかな…」

「神門さんの言う通り、キャプテンとは皆を導く存在のことです。常に誰かのことを思い、誰かの進む道を正すのがキャプテンです。円堂くんを例えるなら、マーチングバンドで

いうドラムメジャーで、円堂くんの[[rb:号令 > コール]]で常に皆さんは動かされています。しかし、夜舞ちゃんは円堂くんと似ていて、少し違う所があります。夜舞ちゃんは、いわゆるオーケストラの指揮者です。タクトを振るい、共に曲を創りあげ、奏でる指揮者のような人です。時に激しく、時に緩やかにと、その曲の素晴らしさをお客さんに伝えていく人のようにね…」

 指揮者__ですか。と、大谷と杏奈は、オーケストラの会場で指揮棒を振るう夜舞を想像したが、そこから何が読み取れるかはわからなかった。

 相変わらず自分達にはわからない意味深な発言をする趙金雲に、思わず呆れていた。

 だがその時、フィールドでは変化が起きていた。FWの翠嵐がボールをキープしたまま、明日人たちを突破していっているのだ。大谷からしてもこの子は特段で速いと思っていたものの、まさかここまでとは…と、仰天している。

「君の好きにはさせないよ! アイスグランド!」

 これ以上進めさせないと、吹雪がアイスグランドを繰り出す。しかし、吹雪を待っていたのは、翠嵐『達』の驚くべき戦術だった。

「なっ! 後ろに潜んでた!?」

「____いきます!」

 吹雪の出した氷に当たる瞬間、翠嵐がボールを打ち上げたのである。そして、それを受け止めたのは、翠嵐の後ろでスタンバイしていた蛍だった。

 宙に浮いた蛍がボールに近づくと、辺りは一気に暗闇になり、その瞬間蛍のあたりで優しい光を放つ数十匹の虫の蛍たちが現れ、暗闇を照らす。そして、蛍が両手を添えて優しく灯した灯火を優しく吹きかけると、その灯火は火の粉となり、蛍たちは優しい緑色の光から強い赤い炎へと変わった。

「『閃光のファイアフライ』!!」

「ダイヤモンドハンド!」

 猛火の蛍たちは一気にボールへと纏わりつき、赤い球となった瞬間に蛍がボールを蹴ると、ボールに纏わりついていた蛍たちが暗闇を自由自在に駆け回りながらゴールへと向かう。それをすかさず、円堂はダイヤモンドハンドを繰り出す。

 蛍の猛火とダイヤモンドがぶつかりあい、激しく火花を散らすそれは、まるで花火の如く。そしてボールは勢いを失くし、円堂の手にはなんの変哲もないボールが握られていた。

「ここで円堂、持ちこたえたーっ!!」

 実況の声が響く中、蛍と翠嵐は夜舞に状況を報告しに向かった。

「すみません夜舞先輩、ゴール決められなくて…」

「俺もキャプテンの戦術みたいに裏をかいてみたのですが…」

 せっかくのゴールチャンスを無駄にしてしまった二人は、その場でしょげてしまう。

 しかし夜舞は、大丈夫だよと二人を励ました。

「大丈夫大丈夫! またゴールを決めればいいよ! それより二人共すごいよ! 翠嵐くんのフェイントはあのイナズマジャパンを欺いたし、蛍くんもここにきて新必殺技が完成したじゃん!」

 そして夜舞は、自分達がゴールを決めることよりも、二人のコンビネーションと必殺技が完成したことを指定し、そこをいやという程に褒めたたえた。

「…夜舞先輩。俺たち先陣を切ってわかりました。あの人たちの実力は、本物です。さすがFFIで優勝しただけはあります。特にイナズマジャパンのキャプテンの円堂守さんのプレッシャーには、思わずシュートを緩めてしまいそうになります」

 蛍からの証言を聞き、夜舞は顎に手を当てながら考えこんだ。

「(でも、あのイナズマジャパンを圧倒したっていうユースティティアのことも気になるよね…)」

「どうかしましたか?」

「あ、ううん、何でもない! ほら、そろそろ始まるから、準備してて!」

 蛍の声かけに何でもないとはぐらかし、夜舞の傍から離れさせたうえで、夜舞は再び考え込んだ。

「(かくれんぼの時で見たけど、イナズマジャパンの走力はだいたい私達と同じくらいだった…。それよりもイナズマジャパンがユースティティアに負けた理由ってなんなんだろう…)」

 実力の違い?

 それとも何か人質を取られるなどの事情があったから?

 出せるだけの理由を、夜舞は外の声も気にしなくなるほどに出しつくす。

 しかし、その間夜舞は外の状況が全く見えておらず、やっと夜舞の意識が外に向いたのは、自分の真横を掠る「炎のシュート」だった。

「爆熱、スクリュー!!」

 花伽羅中への小手調べとして放たれた豪炎寺の爆熱スクリューが、真っすぐ花伽羅中側のゴールへと向かってくる。GKの餅付はそれに反応出来ず、ボールが指先に当たっただけで止めることは出来なかった。

 だが。

 そこに一陣の風が舞った。

 黒い髪を靡かせながら、夜舞は、ゴールの前へと立った。

『ライトチェーン&ダークロープ!!』

 二つの手のひらと空間の裂け目から、夜舞はそれぞれ光に包まれた鎖と闇に覆われたロープを大量に創りだす。その直後に手のひらと体全体で数十本の鎖を瞬時にその二つをボールに絡みつけ、夜舞が鎖を引っ張ったと同時にボールは空中で固定され、ストンと夜舞の足元に落ちた。

「大丈夫? 餅付くん」

 餅付と呼ばれたゴールキーパーに一言かけながら、夜舞はチョウキンウンズ側を向いている。

「そろそろ…本気を出すよッ! みんな!」

 周りに喝を入れるかのように大声を出し、合図を出すと、花伽羅中の選手たちは一斉に体全体に力を籠め、夜舞の向いている直線の道が開くような陣形を取った。

 なんだと明日人たちが困惑していると、夜舞は長い髪を振りみだしたかと思えば、先ほどのかくれんぼで見せたスピードを軽く超えるような速さで、一気にボールをドリブルしながらゴールへと走っていく。

 夜舞の行動に我に返った明日人たちは、すぐに夜舞を止めようとするも、それは蛍たちのディフェンスと一人で三人を相手する機動力で遮られてしまう。

「まさか、夜舞以外にもこれほどまでの機動力を持っていたのか!?」

「まるで、多方面からプレッシャーをかけられているみたいです!!」

「守りを固めろ!!」

 風丸たちが夜舞の前方を遮るも、夜舞の足は止めることを厭わなかった。

「まずい! このままじゃぶつかるよ!」

 吹雪が思わず右足を後ろに下げた瞬間、夜舞は飛び上がった。

 それは一瞬の出来事であり、風丸たちはその一瞬の間に夜舞を視認することが出来なかった。

 夜舞は空中で前方一回転をしながら、夜舞より身長が少し上の風丸と吹雪のディフェンダー二人を飛び越えていたのだ。

 そして、空中を飛んでいる一瞬の間に夜舞は。

「___『ムーンライト・メテオッッ!!』」

 『空中で』、必殺シュートをしたのであった。

 夜舞の技を叫ぶ声で、円堂は意識を戻し、ダイヤモンドハンドでボールを取ろうとするも、時すでに遅し、ボールはゴールに突き刺さっていた。

 あまりに一瞬すぎるその光景に、趙金雲も大谷たちも開いてしまった口を閉じることを忘れてしまう程だった。

 そう、明日人たちは試合が始まる前に、夜舞のその柔軟性、素早さ、機動力に翻弄されていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔女の扱う魔法とは、強さでもあり、優しさでもあるのだ。』

 

 




キャラ説明

夜舞月夜
『常に前向きで意志の固い一直線な考えを持っている。なお、『鋭さ・強さ・美しさ・優しさ』の四面を持つと言われている。』
年齢 14歳(中学二年生)
性別 女
一人称 私
ポジション DF
二つ名『月光の魔女』
なおCVは悠木碧だと思ってる。


花伽羅中
『キャプテンの夜舞による指揮によって、走力と攻撃力を高める戦法を用いる。夜舞自身他の選手よりも瞬発力と機動力が高いため、DFは多くても二人ということになっている。』


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第八話 小さな灯火は、やがてすべてを燃やす『炎』とならん

「さて、記憶探しの為に近づいてきたはいいものの、本当にここは綺麗ね…」

 天使が花伽羅村の道を歩く。

 村人たちは道を歩く天使に関心を示していないのか、少しお辞儀して去っていくだけだった。

 まぁ、明日人たちが来たその後に来たものだから、明日人のような村の外の人間と思われても仕方ないだろうけど。

「昭和の村みたいというか……もはやそうよね。結構栄えているみたいだし…_____あら?」

 天使が一通り村を歩いていると、木造で出来た学校のグラウンドで、見たことのある人物が見知らぬチームと試合をしているのが見えた。黒髪のツンツン頭の少年、ピンク色の髪の少年、メンダコのような青い髪をした少年。あれは、自分がこの村に来る前に出遭った人間だ。何をしているのだろう。そう気になった天使は、人盛りのあるギャラリーの中に紛れ、グラウンドの近くにある木の木陰に座って今ある試合を観戦しようと思った。とその時、天使のしている白い十字架のペンダントから声が聞こえた。

 小さな光を輝かせながら。

『『エレン』、聞こえるか?』

 彼女の名は「エレン」なのだろうか、声をかけてきた天使とペンダント越しで会話をする。

「ええ、聞こえているとも。でも、なぜわざわざこれを通して会話をしているの? 貴方からしたら私に見えないように隠れているつもりでしょうけど、私からしたら貴方の居所なんて丸わかりよ、こっちに来てお話ししたらいいじゃない。今の私はあの…稲森明日人たちと一緒に来た観光客として、人間に認知されているから。あ、あとここの大福、結構美味しいわよ。食べる? 貴方好きでしょ?」

 エレンが片手に持っていたのは、木の模様が表面に貼られた長方形の紙の箱。いびつながらも中身のつぶあん大福は非常に美味しく、見えないにも関わらずエレンは大福を持って十字架の前でひらひらさせる。

『地上の食べ物は好きではない』

「あらあら…貴方ならてっきり、この大福に誘われてくると思っていたのに…」

 相手から「要らない」と解釈してもよい返事が聞こえ、エレンは仕方なしに手に持っている大福を口にする。

『私をなんだと思っているんだ…。それと、いい加減地上のものを食べるのはやめたらどうだ?』

 大福を口にしていると、相手から何か注意されたらしく、大福を食べるのに進んでいた手を止めながら、話を聞いた。

「生憎、しばらくはその要求は受け入れられないわね。だって食べ物はいつの時代も美味しいものなんだから。それに、食べたら何か思い出す気がするもの。それは、貴方も知っていることでしょう? ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

「『レン』?」

 

 ***

 

 風は、いつの時代も身近な存在だった。そよ風も、嵐も。

 もしその風が、自由自在に操れるとしたら、人はどうするだろうか。

 私利私欲、もしくは社会貢献の為に使うだろう。しかし、その魔法がかなり熟練された者にしか使えないとなれば、捨てるか、努力して熟練度を上げるしかないだろう。

 しかし、この月光の魔女は違った。

 魔法を捨てずに日々努力し、いつしかその魔法は、一つ一つの強さの違う風を一か所に纏め、一つの大きな嵐にしてしまう程の魔法にしていまうのだから。

「まさか、これほどまでの速さを持っているとは、驚きでしたよ。皆さんが体験した、あのかくれんぼの時の速さ以上だったんですよね?」

 明日人たちの前半終了間近の出来事を聞かされ、監督の趙金雲は顎に手を当てて考えた。

「風だけかと思いきや、炎までもっていたとは。」

「それって、どういう意味ですか?」

 タツヤが訪ねる。

「私は彼女の速さを見て、素早さに特化した月と「風」の魔女かと思っていました。しかし、現状は違いました。彼女はチームの先頭に立って、十人の選手たちを指揮する強さ、『炎』を持っていました。まぁ簡単に言えば、最初は小さな灯火だったものが、風や燃料などでいつしか山火事程の炎をもつほどの炎を持っていましたってことですかね」

 確かに火は、空気という風を呑み込んで、やがては苦手なはずの水すらも飲み込むほどの燃焼力を持っている。危険だが、人にとっては無くてはならないもの。

「ですが、この調子だと、夜舞さんと花伽羅中の選手との風と炎はどんどん大きくなって、そのうち全てを巻きこむ竜巻か山火事になりかねませんよ」

 いや、竜巻どころか、宇宙のごみ箱ブラックホールにすらなりえるだろう。

 しかし、ブラックホールに風も炎も無い。むしろ、魔女らしい『無』だ。

「ですが、なぜ夜舞ちゃんは、あんなに速く動けて、尚且つ瞬発力も高いんでしょうか…」

「環境だね」

 大谷がなぜだろうと首をかしげていると、隣で折谷の声が聞こえた。

「村を見ていたところ、外でスマホやゲームをする子供はいなかった。むしろ、積極的に森の中や家の外などで遊んでいるようにも見えたんだ。スマホの電波がここじゃ壊滅的に悪いの事も考えると、花伽羅村のような自然の村では、子供達は外で遊ぶしかなくなるから、そうやって力がついたんだと思うよ」

 確かに、ここにはスマホはあっても、他の遊びとして流れ着くものは某携帯ゲームでもファミリーゲームにも携帯ゲームにもなるゲーム本体などの最新のゲームではなく、昭和のスマートボールか今よりかなり前のファミリーゲーム等の昔の遊びしか流れつかない。

 そりゃあ、外で遊ぶしかなくなるだろう。

「そういえば、昭和の子供と現代の子供とでは、速さや力が全然違うというのを本で見たことがあります!」

「ええ! でも、同じ同年代の子ですよ!?」

 大谷の言う通り、見た感じは同じ年代に生まれた子供だ。それなのになぜ、これほどまで差が出てしまうのだろうか。

「監督、夜舞のあの走りには、独特な何かを感じました。村の入り口にあった看板とここに来るまでの夜舞の話を見る限りだと、つい最近まで外部との交流を始めたそうだけど…」

「近年、スマホの普及による子供達の運動離れもあるだろうし、逆に考えれば、『夜舞たちの速さが普通』だとも考えられるよね」

 タツヤと野坂が現代の運動不足についてを話す。

 スマホやゲーム機等の遊び道具があまりなかった昔では、子供達は外か家にある将棋やオセロ等で遊ぶしかなかった。そのため、日々の遊びから体力と瞬発力と正しいフォームが備わったのだ。しかし、現代では外で遊ぶ子供たちは減ってきており、そのせいで小学生に入る頃には運動が苦手となってしまうケースもよくあるのだ。

 その原因は色々あるが、やはり、『家で出来る遊び』の高性能化だろう。ある意味、『効率化と高性能と便利さ』に固執し過ぎて、人が生きる上で大事なものである筈の運動をおろそかにしてしまった現代人への皮肉ともとれるだろう。

「(いや待て…ということは……___うむ、なるほど)」

 夜舞のスピードの対策法がわかったのか、鬼道はその口角を少し尖らせる。

「円堂、豪炎寺、夜舞のスピードを攻略できる方法が見つかった」

「本当か? 鬼道」

「あぁ、その方法だが…まずは確かめてもらいたいことがあってな…」

 左手で情報が漏洩しないように口と円堂との耳の間に壁をしながら、鬼道はその攻略法を円堂に伝える。そして、豪炎寺にも同じ内容、そして豪炎寺にしか出来ない作戦を伝えた。

「出来るか? 豪炎寺」

「あぁ、任せろ」

 豪炎寺が承諾すると、すぐに鬼道は作戦会議をしている趙金雲の元へと向かった。

「監督、俺に提案があります」

「なんでしょう鬼道くん」

 鬼道といえば、「ピッチの絶対指導者」の二つ名をもつ選手だ。何か良い案が思いついたのかと、明日人たちは胸を高鳴らせていた。

「豪炎寺修也を、『DF』にしてもらえませんか?」

『!?』

 MFならまだしも、DFだって!? と、明日人たちはその提案に驚きを隠せなかった。

「おや~? 防戦だなんて、鬼道くんらしくありませんねぇ~」

「そ、そうですよ! これでは攻撃陣が…」

 チョウキンウンズにとって、豪炎寺はもはや攻撃の要ともいえるだろう。それなのにDFにさげるということは、攻撃陣が少なくなって点が入れにくくなるという欠点もあった為、坂野上の言うことは正しかった。

「攻撃なら、稲森と野坂がいる。豪炎寺には、「確認してもらいたいこと」があるからな」

 

 ***

 

「キャプテン。イナズマジャパン、FW陣の一人を減らして、MFの一人を前に上げましたね」

「名前は…豪炎寺修也と、稲森明日人だね」

 試合は1:0。後半戦で豪炎寺をDFに下げ、代わりに明日人を前面に上げたフォーメーションにしてきたチョウキンウンズを見て、翠嵐は警戒態勢に入ろうとしていた。

「でも、頑張ることには変わりないよ! 行こう!」

「はい!」

 花伽羅中お得意の速さを用いて、夜舞がボールを持って前線に上がってくる。この速さでは、仮にボールを奪って前線を走ったとしても、すぐに夜舞はディフェンダーとして後攻になってしまうだろう。途中ヒロトやフロイ達がパスコートを消すなどのディフェンスをしてきたが、それでも夜舞は前線を突っ切り、花伽羅中のスピードにヒロトたちは突破されてしまう。

「なんてドリブルだよ、あいつFWか!?」

「アスト!」

「まかせて! うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 夜舞の目の前を走る明日人に、夜舞は思わず足を止めたが、足の速い明日人を見て闘牙心が湧いたのか、かかってこいと言わんばかりにスピードを上げた。

 しかし。

「『イナビカリ・ダッシュ!!』」

 夜舞は明日人のイナビカリ・ダッシュによってボールを取られた上に、抜かされてしまった。

 夜舞がすぐに戻ろうとするも、一星が進行方向を遮ってくる。

「明日人くん! ここからは一人で行くんだ!」

 野坂たちが敵の進行を遮っている間に、明日人に攻撃を促した。

「わかった! うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 真っすぐ輝く稲妻の様に、明日人はFFIのスペイン戦で見せたドリブル技術で花伽羅中サッカー部の選手たちを追い越していく。

 夜舞はどこまでも進行方向を遮ってくる野坂たちに苦戦しながらも、確実に明日人からボールを取り返そうと前を走っていた。

 しかし、野坂たちの頑張りもあってか、チョウキンウンズはやっと攻撃のチャンスをつかめた。

「『サンライズ・ブリッヅ!!』」

「シルバー・ザ・ペェスル!」

 FFI以降も特訓を続け、FFIよりも強くなった明日人の必殺技に餅付が対抗するも、銀の杵は折れ、攻撃の手は通ってしまった。

『ゴールッッ! チョウキンウンズ、一点を取り返したー!!』

 一点を取り返し、明日人は攻撃に協力してくれた野坂たち、そして灰崎にもハイタッチを交わした。

「豪炎寺さんがDFになって、一時はどうなることかと思いましたよ~」

「でも、これで同点ですね!」

 明日人たちが喜びあっている中、夜舞はそれを遠くで見ていた。

「…イナズマジャパンって…すごいね!!」

「夜舞先輩?」

「凄い根性だった! 私が何度も何度も追い抜いても、必ずといって私を遮って、明日人くんに攻撃のチャンスを渡されるその精神が、凄かったよ。鋼の根性過ぎて、恐ろしさも感じたよ」

 悔しがることもなく、夜舞はイナズマジャパンの凄さに感服しているようにも見えた。

 顔についた泥を拭いながら、夜舞は風に長い髪を靡かせる。ひんやりとしていて、熱くなった選手たちの体を涼しくしてくれるそよ風が。

「蛍くん。私がなんでイナズマジャパンの第三者に選ばれたか、知ってる?」

 突然、先輩の夜舞から質問され、蛍は驚きながらも返答した。

「そりゃあ…夜舞さんが必要だからじゃないですか?」

「…イナズマジャパンの監督は、私に鋭さと強さ、そして優しさと美しさがあるから、私を第三者として選んだ。最初は、よくわからなかったけど…試合をして、やっとわかったよ」

 強風のようなシュート、空にまでそびえたつようなゴールキーパーとディフェンダーの圧、槍を突くかのように前線へと上がるフォワードとミッドフィルダー。

 しかし、どんなものには必ず穴があるように、何かしらの欠点がある筈だ。地上最強のチームが、あのユースティティアの天使に負けたのだから。

「私はこれから、イナズマジャパンに入って、ユースティティアの天使と戦うイナズマジャパンを、もっと強くしていかなきゃならない義務がある。これは、私の思い込みかもしれないけど…イナズマジャパンの監督は、私の強さを見る為に試合をすると言ってきた。つまりこれは、私にイナズマジャパンを強くする程の覚悟があるかどうかを計っているんだと思う。あんな風だけど…あの監督は、多分それくらいのことは考えていると思う。多分だけどね………」

 そう仮定する夜舞。

 趙金雲は、自分にイナズマジャパンを強くする覚悟と実力があるかを計る為に、試合を申し込んできたと、夜舞は言った。

「ほいほいほ~い♪」

 まぁ、その監督、趙金雲は今呑気にドラゴンストライクというスマホゲームをしているのだが…

「それに、これは私だけじゃなく、私たち花伽羅中もそれに該当すると思う。あの監督は、私に覚悟を求めているだけじゃなく、イナズマジャパンに私たちというチームと戦って、経験と実力を上げる為に行っているんだと、私は思うんだ。つまり、勝っても負けても、私達は全力で戦わないといけない」

 後半戦の準備が終わったイナズマジャパンを向きながら、夜舞は大きく息を吸った。

「この試合が、貴方達イナズマジャパンの実力を上げる通過点になるのなら…私は…いや私たちはそれに、全力で答えるだけだッ!!」

 夜舞の言葉の圧に、明日人たちは夏の嵐の強風を感じた。夏でもないのに。

「みんなッ! これまでの為に修行をしてきた成果を見せるよ! 花伽羅第一式、『鳳凰乱舞』を!」

 力の出せる限り地面を蹴り、靡く長い髪が体に追いつかないくらいの速さで夜舞は走り、一気にDFからMF、FWへとポジションを変え、夜舞を先頭にイナズマジャパンの区域へと走り込んだ。

 勿論阻止するわけだが、そんな夜舞をフォローするかのように、蛍たちも夜舞と全く『同じ速さ』でフィールドを駆け回っており、まるで何もないフィールドの線をそこにある壁として見立てているかのように方向を変え、さらにその領域は地上だけでなく、お互いの長所を生かしたフォローで天空をも支配した。

「(なるほど…これが花伽羅中の必殺タクティクスというわけか…全員のスピードが夜舞以上になっている……)」

 普通ならそんな速さをコントロールなんて中々出来ず、止まろうとしてもその位置から大きく離れた位置で止まってしまうだろうし、そして反動も大きいはずだ。実質かくれんぼの時で見た為、そんなスピードは夜舞でしか扱えないはずなのだ。それなのに、夜舞程とはいかないものの、夜舞のスピードを軽々と使いこなせている。

 これは、夜舞の指揮か?

 だとしたら、強い。

 強すぎる。

 小さな灯火からやがて全てを燃やし尽くす山火事以上の大きさになる炎のようだ。

「豪炎寺!」

 前に進む春咲の動きを止め、出すであろうパス先を見切ったうえで豪炎寺は走った。予感は見事に当たり、豪炎寺は春咲が他の人物にパスをやる前にカット出来た。

「豪炎寺さん!」

 坂野上が賞賛の声を上げるも、豪炎寺は攻撃はせず、フリーの野坂にパスを回した。

「野坂さん!」

「あぁ! ザ・ジェネラル!」

 状況、そして相手の情報を確認し、そこから戦略を導きだそうと、野坂と一星はザ・ジャネラルという必殺タクティクスを発動する。

 かつてその必殺タクティクスでチームを勝利に導いたとされるものに、夜舞は一時身じろぐも、すぐに元の表情へと顔を戻した。

「皆! イナズマジャパンの必殺技や必殺タクティクスなんて怖くないよ! 私たちは、私達の全力を見せればいいんだから!」

 夜舞がチームを先導するように、勢いよく右手を前に伸ばすと、各場所で待機・進行していた選手たちは、一気にその戦意を上昇させ、戦場に切り込んだ。

「ザ・ジェネラルも恐れずに前に進んだ!?」

 野坂が構えを取るも、先に先陣を切りこんだ蛍はその構えに対して物ともせずに突っ込んだ。そして、侍が刹那の瞬間に刀を抜刀し、相手を刹那とい短い時間の中で斬るかのような速さで、蛍はボールを取っていた。

 野坂がボールを取られたことに気づかないくらいの速さで。

「夜舞先輩は、この花伽羅村と花伽羅中サッカー部の凄さを外の人達にも知らしめることが出来る、無名サッカー部だった自分達があのイナズマジャパンと戦えることを凄いと言ってました。そして、勝っても負けても全力のプレイをすると言ってました。だから、もう貴方たちのことを怖いとも思ってません! 情報だとかなんだかよくわかりませんが、それで俺たちを止められると思わないでください!」

 小さな光を放つ蛍が集まって大きな光を放つかのように、蛍は大きな光を放ちながら先陣を突っ切る。

「閃光のファイアフライ・ナイトライト!!」

 始めて成功した蛍の必殺技は、夜舞の指揮によって威力がパワーアップしており、さらに蛍たちの光を増しながらシュートした。

「ダイヤモンドアーム!!」

 光の増した蛍たちのシュートは、もはや小さな右手には収まらず、大きなダイヤの手で止めるすべはなかった。

「ッ___でりゃあ!!」

 腕を痛めながらも、なんとかシュートを弾いた円堂だったが、その零れ玉は、宙を浮いていた翠嵐の元へ。

「どんなに強い必殺技でも、弱点を見つけ、それ集中して当てれば、必ず道は開くッ!」

 確かにそうだ。相手がどんなに強かろうと、どんなに強い必殺技を出そうが、弱点を突かれれば持たない。夜舞の喝からなのか、蛍だけでなく、翠嵐も、そしてチーム全員がポジティブな考えで試合を進めていた。

「翠嵐先輩!」

「いけー! 翠嵐くん!」

 

『!!』

 

 翠嵐が指を鳴らすと、翠嵐の予想着地地点から曇天色の竜巻が噴き出し、同時に霧を出す。そして月の力である水と白の光が竜巻に集まると、ボールが勢いよく竜巻から吹き出し、それは竜の形を持ってゴールに襲い掛かった!

「ダイヤモンド・ハンド!!」

 イナズマジャパンの守護神である円堂は、GKではあるが華奢で小さな体と小さな手な為、グラウンドの面積よりも全長が大きいドラゴンをこの手に収めることは難しかった。

『__どりゃあ!!』

 が、さすがは円堂。ダイヤモンドの手でドラゴンを『抑える』のではなく、ドラゴンを空高い天空へと『弾いた』のであった!

 そのため、ドラゴンの力を失ったボールは、雲を突き抜けた後、真っ逆さまに地面に落ちる。

 だが、蛍の『閃光のファイアフライ・ナイトライト』の時よりも高い攻撃力と威力に、円堂は思わず膝をついてしまった。

「円堂さん! 大丈夫ですか!?」

「あぁ、なんとか…」

 心配する坂野上にそう誤魔化し、円堂は痛む手を確認しようとグローブを外した。

「(手がヒリヒリしてきた…スピードだけじゃなく、攻撃力も上がってるのか…)」

 着ける前は普通の肌色をした手が、今ではすっかり赤くなっており、それに円堂は花伽羅中の強さと夜舞の強さを実感する。

「(さすがに厄介になってきたな…だが)」

『(見つけた!)』

 しかし、悪いことばかりではない。

 なぜなら、円堂と豪炎寺は、試合の間に見つけたのだから。

「鬼道ー!! 俺、見つけたぞ!」

「鬼道、こっちもだ。確かにあったぞ」

「よくやった。こっちもそろそろ取り掛かるとしよう…」

 

 ***

 

 一方その頃___東京に残ったルース達は___

「ベルナルドさん、検出したデータができました。今送ります」

「こっちもです。どうですか?」

 オリオン財団日本支部の情報管理室で、ルースとマリクは琢磨と共同してユースティティアが雷門中以外に出現した地点を調べ、そのデータをロシアにいるベルナルドに渡しているところだった。

「なるほど…今確認したが、ユースティティアの主な出現位置は、『FFに出場したことのある学校』と、『強力な軍事兵器を持つ軍事施設』と言ったところだな…」

「ユースティティアは、サッカーに関連する施設と、兵器を持つ軍隊施設の他に、高層ビルが建て並ぶ街にも現れたという目撃情報も出ています。一体、ユースティティアの天使たちは何を…」

「それはまだわからない。とにかく、今は情報を集めることが最優先だ」

 琢磨の問いに、ベルナルドは淡々と返す中、ベルナルドは脳内である人物の名と顔を思い浮かべていた。

 あの人は今___何をしているのかと。

 

『[[邪念在りし人形代の陰陽玉]]』

 

 しかしその時、部屋の壁がいきなり吹き飛び、とっさにルースたちは頭を守りながらしゃがんだ。壁が吹き飛んだ瞬間、部屋の外から人形代によく似た半紙たちが大量に部屋の中へと吹き出し、部屋の床一面を人形代で埋め尽くす。数千枚もあるその人形代の中には、半分だけ黒かったり、全身が黒かったりとした人形代もあった。

「人形代とは、己の三つの罪によって出来た穢れを、自分に見立てた形代に移して自分自身を払う神具。式神のように、己の欲の為だけに使う依代ではない」

 光が差し込んだ部屋に、部屋の外の光による逆光によって出来た影が、部屋の中に入ってくる。

 その影の白い両翼をみて、マリクは絶句する。

「そして___この人形代は全て、ここまで来るまでに救済してきた、そして倒してきた、人間たちの罪の結晶だ。全身が黒かったり、半分だけ黒かったりしたものがあっただろう。あれこそが罪であり、人の穢れだ」

 翼を閉じたレンの後ろには、警備員たちが大勢倒れている。

 そしてレンの左手には、人間のものであろう血がその手から水滴としてぽたぽたと落ちている。

「………フロイさん…」

「すまないが、こちらの素性を探られると困るのでな、少し手荒になってしまうが…」

 右手に七枚のお札、そして血塗られた左手に、この部屋に居る人数分の白い人形代を出しながら、レンは言った。

 

 ***

 

 何かを見つけ出し、それを鬼道へと報告した円堂と豪炎寺は、皆を集めて作戦会議へと乗り出した。

 その内容は、明日人たちにもわかるもので、なおかつ簡単なものだった。

 それと同時に、花伽羅中サッカー部と本気で戦いたいという気持ちが湧き、全員が同じ気持ちだった。

「………ということだ。出来るか?」

 鬼道の質問に、一同は一斉に頷いた。

 相手が自分達の実力を高める為に本気で戦っているんだ。

 こっちも、それに答えなければならない。

 たとえそれが、山の木々を燃やす山火事に向かって消防服も着ないで突っ込むような無謀過ぎるものだとしても。

「鬼道さん、本当にこれで大丈夫なんですか?」

「安心しろ。俺が言うんだ」

「本当に安心できんのかはどうかは知らんけどな…」

 鬼道が形取ったのは、頂点の線が交差するように出来た四角形の陣営で、その交差する一点には、作戦を提案した鬼道が立っている。

 イナズマジャパンによる謎の陣形に、蛍たちは頭にクエスチョンマークを浮かばせた。

「何をしているんでしょうか…」

「何かの作戦だとは思うけど、怖気ずに行こ!」

 夜舞たちが、鳳凰乱舞でボールを取ろうとする瞬間に、鬼道はフェーズを開始するかのように、指を鳴らした。

「今だ!」

 その瞬間、ボールを形作る五人の中で、不規則に回していった。

「な、なにこれ!?」

 イナズマジャパンのことを良く知る夜舞も、これには少しばかり驚いていた。

「ま、まるで火山岩のようです…」

 蛍は、これを火山岩と称した。なぜなら、ボールを回していくスピードは少しずつ速くなっていき、最初はなんの変哲もないパス回しが、いつの間にか火山が噴火したかのような火山岩のようになっていた。

 しかし、火山岩のようなパス回しを見ても怖気づかない心を持つ夜舞と蛍は、お互いに意を決して火山岩の中へと飛び込んだ___!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火山岩は__『おとり』だ!!」

 

 その時_豪炎寺がボールを上空高く打ち上げたかと思えば、前線で待機していたフロイに向かってボールを撃ち飛ばした!

「「おっ、おとり~~!!!??」」

 思わず拍子抜けしてしまった夜舞たちは、上手く着地できず、そのまま地面に尻餅をついてしまった。

「いったたたたた…ま、まさかおとりだなんて…」

 ヒリヒリと痛む尻に手を当てながら、夜舞は立ち上がった。

「俺達は最初に、お前の速さを見て、まず最初に『方向転換がしづらくなる』という弱点を見つけた。だが、お前には一人で突っ切る風ではなく、仲間と共に勝利へと向かう炎があることを知った俺は、まず最初に豪炎寺をDFに回した」

「ま、まさか!」

「そうだ! 豪炎寺には動く範囲の少ないDFの位置で、お前達の強さ、『心の強さ』を見切ってもらい、あとは俺達が、その心の強さを突いたんだ!」

 そう、鬼道と円堂は気づいていたのだ。

 夜舞たちのスピードが上がる度に、『方向を変えるための足が、強くなっている』ことに。しかし、それでは難しかった。だから、豪炎寺にはDFとして夜舞たちの速さとコートを確認してもらった上で、先ほどの作戦(タクティクス)が出来たのである!

「なるほどな。DFならMFと違って動くことが少なくなるから、コートと夜舞たちのスピードを見極められるってわけか!」

「さすがだね。鬼道くんは」

「(こ、これがイナズマジャパン…凄い機転能力…でも__)」

 想定していなかったことを見事に自分達の目の前で繰り出され、膝をついていた夜舞だったが、すぐに立ち上がった。

「…さっきは一歩掴まされちゃったけど、試合はまだ終わってない! 美しき花を咲かせる花の如く、私達は前の一秒よりも、強くなるよ!」

「フッ…楽しみにしている」

 試合は一気に変貌を遂げた。

 先ほどまで花伽羅中サッカー部が有利だったのを、イナズマジャパンが一気に同じところにまで追い上げたのだから。

『イナズマジャパン、花伽羅中サッカー部の必殺タクティクス、『鳳凰乱舞』を見事にクリアしました!!』

 実況の声と共に、盛り上がるギャラリーたち。

「まだまだ行けるよね! 皆!!」

「皆!俺たちも頑張るぞ!!」

『はい!!』

『おおーっ!!』

 円堂の号令と夜舞の指揮が、グラウンド中に壮大なオーケストラを奏でる。

「全速前進で行くよッ!! 皆!」

「行けーッ!! みんなー―ッ!!」

 DFでありながらFWのようにフィールドを駆け回る夜舞の指揮に、蛍たちはそれに答えるようにスピードを上げる。

 GKでその場に鎮座するものの、その安心感は常にチームの士気を安定させる円堂の号令に、イナズマジャパンの熱気はとんでもないものとなる。

「いくぞ! 必殺タクティクス、『静と動』だ!!」

 かつてのタクティクス『柔と剛』を進化させた『静と動』は、さらに遠くの選手にも届くように進化されていた。

「させない! 鳳凰乱舞!!」

 夜舞を筆頭に蛍たちは縦横無尽に駆け回る為、必殺タクティクスに必要な陣形が上手く立てられず、夜舞にボールが渡ってしまった。

 しかし、夜舞は防戦でいることを確定し、前線にパスをしたと同時に元のポジションへと戻る。

 それは、これから起こるイナズマジャパンの新必殺技の鼓動を感じたからだ。

「特訓していたこの技を、使う羽目になるとはな」

「しかも、相手は花伽羅村__負けていられないな」

『プライム__レジェンドォォォォォォォオオオオオ!!!』

 豪炎寺と鬼道のプライムレジェンドは、一気に花伽羅中サッカー部のゴールへと突き刺ろうとしている。

「『ライトチェーン・ダークロープ』!!」

 爆熱スクリューの時に見たDF技でシュートブロックするも、ボールを防ぎきれず、ゴールへと突き刺さった。

 これで[[rb:1 > 花伽羅中]]-[[rb:2 > チョウキンウンズ]]だ。おまけに残り時間も少ない、花伽羅村サッカー部にはもう後がなかった。

 しかし、花伽羅村のボールで試合が再開すると、夜舞は即座に前線へと走り、シュートの体制となった。しかしそれは、ムーンライト・メテオなどではなく、『花伽羅村サッカー部の最終奥義』とも呼べるものだった。

「この技を使うことになるとは…しかも、その初の相手は、イナズマジャパン!!」

「そうだね…これがッ…花伽羅中サッカー部最後の[[rb:砲撃 > シュート]]ッ__蛍くん!」

「はい!」

 月の光をバックに、夜舞が魔法陣によって出現させた百合の形をした淡いピンク色の花たちは、ゆうに蛍の身長を越えていた。その直後に、蛍と夜舞が同時に両手を叩くと、蛍の周りには月の満ち欠けを意味するようなサッカーボールくらいの大きさをした八つの月、夜舞の周りには先ほどの花の小さな花びら。

『花伽羅四季最終奥義ッ・月華花吹雪!!』

 蛍が月を一つずつ体制を変えながら蹴っている後ろで、夜舞は右の手のひらをゴールに向けた上で、花びらを大量に放っていた。それも、花びらでフィールドが埋め尽くされてしまうほどに。

 八つのボール(月)と大量の花びらにも負けずに、円堂は渾身のダイヤモンドハンドを繰り出した!

「うおおおおおおおおおっ! ダイヤモンドッ・ハンド!!」

 八つの月ダイヤの手で跳ね返せたものの、蛍の後ろで、月の光の前で月光の魔女のように鎮座する夜舞の出す花びらがやっかいだった。

 目くらましにもなる花びらは、なんと威力も強烈だった。ただの花びらなのに。

 さすが、花伽羅中サッカー部の最後の砲撃だ。

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 なんと円堂は、拳を閉じて、花びらの砲撃に向かって___

 

『正義のッ……鉄拳!!』

 

 金色のダイヤモンドの拳が、花びらを押し返す!!

 その瞬間、砂埃と必殺技による花びらが混じり、チョウキンウンズ側のゴールが見えない。

 風が吹いて、砂埃が晴れると、そこには息を荒く吸ったり吐いたりしている円堂の姿。

 しかし、円堂の傍には__ボールがゴールの外に転がっていた。

『ここで試合終了!! 勝者は_チョウキンウンズだぁああああ!!』

 実況の声が響くグラウンド。

 チョウキンウンズの勝利に、明日人たちは自分達の勝利への喜びを実感していた。

「(なるほど…ツクヨ達の指揮を、逆に物にする戦法をよく、試合中に思いついたものだ…。ほんと、改めて感心させられるよ)」

 フロイの傍で勝利を喜び合う明日人たちを見て、フロイは二か月前のイナズマジャパンの活躍を、この身に奮い立たせながら感心していた。

「円堂さん凄いです! まさか、雷門中に帰った時に習得した技なんですか!?」

 坂野上が何やら興奮していた。そりゃあ、自分の憧れる人が突然新必殺技を出したら、誰だって興奮するだろう。

「まぁな。ユースティティアの天使が来る前、福岡の陽花戸中の校長から俺にってじいちゃんの裏ノートが送られて来たんだ。それを見て、特訓してみたんだ! パッと開かず、グッと握ってダン!ギューン!ドカーン!!ってな!」

「だ、ダン、ギューン、ドカーン…?」

「ますますわけがわかんねぇよ…」

 ジェスチャーをつけてその壊滅的な語彙力を表現するも、明日人と灰崎にはそれはわからなかった。

「最近やたら特訓していたのはそのせいなんだな」

「はは! でも、ドカーンだけはわからなくて、途方に暮れていたんだけどな~」

「え、円堂さんも途方にくれる時ってあるんですね…」

「だけど、父ちゃんと一緒に海に行って、サーフィンをした時にそのドカーンの感覚がつかめたんだ!」

 なぜサーフィンで掴めるのか。というツッコミは、明日人はしなかった。

「あちゃ~負けちゃったか~」

 負けてしまったとはいえ、何やら満足そうな顔で笑う夜舞。

「と、とても試合に負けてしまった時の顔とは思えないですね…」

「夜舞先輩は、ああいう人なんですよ。えっと…坂野上くん」

「そ、そういう人なんですか…蛍くん…な、なんだかとても魔女の風格が見えませんね…」

「そうですね…実は、僕も月光の魔女っていう二つ名からして、怖い人なんだろうなと思っていた時期があったんですよ」

「そうなんですか?」

「あれ? 坂野上くんもそう考えていたんですか!?」

「そ、そう! 俺もこの村に着く前は、夜舞さんのことを拳法や日本刀などで戦う人だと思ってて…」

「ちょ! ふふっ、あはは! 夜舞さんは日本刀で戦ったりしませんよ~! 思わず笑っちゃったじゃないですかぁ~!」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 俺もそうだと思ってたんだから!」

「ま、まぁ実際夜舞さんは拳法を習ってますけどね…」

「え!? それ本当なんですか!? ぜひその話を聞かせてください!」

 坂野上は蛍からの夜舞の武勇伝を聞き、その内容に驚いていた。

 その頃明日人たちは、チョウキンウンズに入る夜舞にお互いに自己紹介をしていた。

「俺、キャプテンの円堂守だ! こっちは豪炎寺修也で、そっちは鬼道有人だ。よろしくな! 夜舞!」

「よろしくな」

「よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします! 円堂『先輩』! 豪炎寺『先輩』! 鬼道『先輩』!」

「え?」

『えええええええええええええ!?』

 今まで、円堂などの年上の人間には、苗字のあとに「さん」をつけて呼ぶものだったが為に、夜舞の先輩呼びに、明日人たちは驚きを隠せなかった。

「そ、そんなに驚く? 年上の人に先輩呼びは普通だと思うけど…ほら、蛍くんだって私を呼ぶときいつも夜舞先輩って言ってるし」

「や、夜舞さんの中では、これが普通なんですね…」

「うん! よろしくね、一星くん!」

 一星の右手を両手で包みながら、夜舞はよろしくの握手する。

 その時傍にフロイが居た為、彼にも自己紹介を進めた。

「えっと、君は確かロシア代表のキャプテン、フロイくんだよね?」

「僕のこと、知っていたんだね」

「うん! FFIの時から知ってたよ! わぁ~さすがイケメンだね! あとで女の子たちを呼ばないと! それにしても、かのイナズマジャパンのユニホームを着ているのを見ていると、なんだか新鮮だね!」

 女の子たちは二か月前、フロイ・ギリカナンという選手に夢中だったのだろうか、子供達にあとで見せると言っていたあたり、そうなのだろうか。

「夜舞さん、実は俺達のチーム名は、イナズマジャパンじゃなくて、チョウキンウンズという名前なんですよ…」

「え!? イナズマジャパンじゃないの!? それになんだか…名前がダサいね…」

 しょぼんとしょげる素振りを見せる夜舞。彼女のアホ毛も下がっている辺りから、どれだけ彼女がイナズマジャパンの勇姿を見てきたかがわかる。

「うん…ダサいよね…」

 あの明日人がそういうあたり、やっぱりダサいのだろうか。でもまぁ、あのユニホームじゃないだけましだが。

「あ、そうだ! じゃあチーム名を一緒に決めるというのはどうかな? 出来るだけ、かっこいいので!」

 すると夜舞は、すぐにしゃんとしたかと思えば、チームの名前を皆で決めようという話を持ち掛けた。

「おーそれいいな! みんなも、いいよな!」

 キャプテンの円堂が賛同すると、ここにいる全員が異口同音に賛成と言い、案を出し合った。

「じゃあ、言い出しっぺの私から…『ロンギヌスの槍』!」

『おおー!!』

 言い出しっぺにしては中々いいチーム名で、夜舞を除いた全員が大いに感心していた。

 神を殺す槍_おそらく、天使にも響くだろう。

「次は俺だな、えーっと…『天使殺しのイナズマジャパン』とかは?」

「名前的にアツヤを意識したんだとは思うけど…少し物騒すぎるよ、円堂くん」

 吹雪にそう言われ、円堂はあっ! と驚いた仕草を見せる。

「『天使を殺す者達』は?」

「お前もだ明日人」

 思いついたように明日人はチーム名候補を言うも、円堂さんと同じだと灰崎に突っ込まれた。

「じゃあ灰崎くんは何か良い案があるとでもいうのかい?」

「あぁ? お前はどうなんだよ野坂」

「『悪滅・正義の天秤』かな?」

「な、なんだか監督までとはいかないけど、ダサいような…」

「そうかな? 僕はかっこいいとは思うよ、明日人くん。さ、次は灰崎くんだよ」

「俺かよ…まぁいいぜ。……『アース・プロテクター』…はどうだ?」

「「えっ」」

 自信満々に言った灰崎のチーム名候補は、意外にもかっこよくて、明日人と野坂は思わず絶句する。それに関して灰崎が突っ込んだ。

「んだよその反応」

「いや…灰崎にしては凄くいい名前だなって…」

「しては、が余計なんだよ」

 そう灰崎が言った時、遠くでチョウキンウンズを見ていた蛍が明日人たちに話しかけてきた。

「俺もいいですか?」

「構わないよ、蛍くんも何か思いついたのかい?」

「『七色星色(シューティングスター)』なんてどうですか?」

『(中二臭い……)』

 さすがに蛍の出した案は中二臭く、(彼は中一だが)明日人たち三人は同じして中二臭いと思った。

「『スパーク・ブラスター』とかは?」

「その名前は、必殺技の方が似合うと思いますよ。砂木沼さん。今度新必殺技を作る時に使ってみてはいかがですか?」

 それぞれが案を出すも、中々いい案は見つからない。今のところ夜舞と灰崎がチーム名にしては相応しいが…

「一星くんは、どうだい?」

「お、俺ですか…!? えっと…」

 野坂にチーム名のことで話しかけられ、一星は思わず身じろいだ。

 そうですね…と、一星はしばらく棒で砂に文字を書いていた。

 すると、一星は思いついたのか、立ち上がってこう言った。

「『人類最後のラスト・トランプ』…いや、『ラストワード』なんてどうですか…?」

 一星のシンプルかつ素敵なチーム名に、明日人たちは思わずその場に静まり返った。

「お、それいいな!」

「でも少し寂しいですね…」

「じゃあそれを土台に、皆の意見を組み合わせてみようよ!」

 皆の想いを一つに___

 そして。

「出来た…」

「今日からチーム名は…

 

『ラストプロテクター・アースだ!!』」

 

『おおーっ!!』

 様々な組み合わせを考えた結果、灰崎と一星の意見を組み合わせた、「ラストプロテクター・アース」というチーム名になった。

「凄いです! かっこいいです!!」

「もしかしてこれも、チームを強くする為の策略だったんですか? 夜舞さん」

 夜舞は、チームを強くする為に選ばれたのだと確信していた。その為杏奈は、先ほどのチーム名決めも、チーム全体の士気と信頼度を上げさせるための作戦だったのではないかと思っていた。

「うん。チーム名がダサかったから、チームの士気と信頼度を上げさせる為に皆でチーム名を考えようってことになったんだ。………でも、それをしなくても元々信頼度も士気も最大限だったね! 杏奈ちゃん!」

 グッ! と拳を握りながら、感心していた夜舞を見て、杏奈は微笑んだ。

「そーいう目論見だったんだなぁ、夜舞」

「あ、不動先輩。聞いてたんですね」

 頬を緩ませながら言う夜舞。

「なんとか、チームの第三者としての初仕事が終わったな」

「そうですね。あと大丈夫ですよ、不動先輩。私はこれからも、チームの第三者としてしっかり働きますから!」

「まー頑張れよ」

「はい! 頑張ります!」

 右手を額に当て、頑張るのポーズを夜舞はする。

「(ツクヨ・ヤマイ…さすがは、チョウキンウンに選ばれた、第三者だね…)」

 遠くで夜舞を見つめていたフロイ。すると、彼のポケットからスマホの着信音が鳴りだした。

「はい。……うん、マリクがどうしたの? ……え!? オリオン財団がユースティティアの天使の襲撃に遭った!?」

 オリオン財団がユースティティアの天使の襲撃にあったというフロイの大声で、明日人たちの視線は一気にそれに集まる。

『一応、マリク様、ルース様、タクマ様は無事でしたが…オリオン財団支部の一角である日本支部の建物が壊されてしまいまして…』

「わかった。危なそうだから、マリクたちをここまで連れて来てはくれないかな。場所は、花伽羅村だ」

 オリオン財団の職員たちからの電話に受け答えをし、職員はマリクたちをここまで連れてきてほしいという願いを聞き、職員から電話を切った。

「フロイ、どうしたの?」

「アスト…実は、マリクたちの居る日本支部のオリオン財団が、ユースティティアに襲撃されたみたいなんだ…」

『ええ!?』

 ユースティティアは外部の人間にまでそこまでするのかと、明日人たちは驚いた。

「マリクもルースも、君の父さんも無事だよ。このままあそこに居たら危険そうだから、三人にはここまで来てもらうことを取り立てたから…」

 フロイが自分達が試合をしている間に何が起きたのかと説明している中、一星はオリオン財団という言葉を耳にして、急激に頭が痛くなるのを感じた。

「ッ____!!」

 それも、試合前に起きたのとは比べ物にならないくらい酷く、そして吐き気や倦怠感(けんたいかん)も感じていた。

 まるで、『化物』が体の中で暴れ回っているように__

『オリオン財団ガ__憎イ。俺の家族ヲよくモ奪ッテクレタナ___!!!』

 自分の頭の中に響いたその声は、一体誰だったのだろうか。自分の心の中の叫びか、それとも、『化け物』か___。

 しかし、意識を失う一星には、それが何なのかを知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 炎はいつだって、神と動物と人間と『化け物』を呼ぶものだ。

 

 



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第九話 化け物はいつだって心のなかに潜むもの

 日の光の当たる海辺に、一星は立っていた。

 花伽羅村に海は無いため、これは夢の中_と考えたかったが、そんな明晰夢(めいせきむ)みたいなこと、夢に関して明晰夢を見たいと思わない一星には、これが夢かだとは、考えられなかった。まず、夢と現実の区別なんて、出来やしない。

 しかし、一星は知っていた、ここは、自分が兄である一星充という『偽の』人格と統合した場所だということを。

 自分にはもう、兄の人格なんて居ない。

 そして、本物の兄も、父親も居ない。

 一星__光が、ふと周りを見てみると、さざ波が揺れる浅瀬の中に、一星充が居た。

 それも、ちょうど充が亡くなった、小学五年生の時の姿で。光に対して後ろ向きで立っている。

 まるで、お前の顔なんて見たくない_というように。

 しかし、それでも光は、充に触れようとした。

 どんなに決別しようが、過去と別とうが葬ろうが、そこに亡くなった兄が居る。

 死んだ大事な人が、夢の中に居る。これを、喜ばない人なんて、いないだろう。

 自分だけが生き残って、兄である筈の充より大きくなってしまった手で、光は充の肩に触った。

 その瞬間、空は夕焼けとは違う赤い空に包まれ、海は血の色で染まっていた。

 

 ***

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああぁあああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一星が、勢いよく布団から跳ね起きる。

 夢な筈なのに、その光景、その場面が、くっきりと一星の頭の中に残っており、嫌悪感と悲しみともいえない気持ちで頭の中が満たされる。

 夢への気持ち悪さだけが加速し、背中はびっしょりと汗で濡れており、汗だらけとなった服が肌に所々ついてて、気持ち悪かった。

「ゼェ…ハァ…」

 サッカーで思いっきり練習した時のとは違う荒い息が、部屋の静寂を砕く。

 息をなんとかして整え、一星はこの部屋の辺りを見渡した。

 ここは、病院じゃなさそうだ。昔の病院がどんな内装で、どんな雰囲気をしたかはわからないけど、この部屋に居ると、どこか落ち着くような感じがした。

 懐かしい__ような、そんな雰囲気が。

「おや、起きたのかい。お前さん、半日も寝ていたんだよ。それで、今は朝さ」

 部屋と廊下との境界を示す襖をあけて入ってきたのは、いかにも田舎のおばあちゃんのような見た目と雰囲気をした老婆だった。片手に持ったお盆には、急須と氷の入った茶碗が乗っていて、この人が今まで自分の看病をしてくれたのかと一星は察した。

「えっと、看病してくれて、ありがとうございます。それで、ここは貴方の家なんですか?」

「そうさ。あと、お礼なら孫である月夜に言っておくれ。月夜は、うたた寝するまでずっと、お前さんの看病をしていたんだよ。勿論、あのイナズマジャパンの皆さんも一緒にだ」

「そ、そうなんですか…」

 月夜がこのおばあちゃんの孫だということには驚きながら、一星はくまされた冷たい緑茶を飲みほした。

「おばあちゃん、お茶ごちそうさまでした! それとありがとうございます!」

 夜舞の祖母にお礼を言った一星は、イナズマジャパン_もといラストプロテクター・アースのジャージに着替え、(服装は同じだが)明日人たちのいるところまでジョギングを兼ねた走りをしていた。

 夜舞の祖母の家から、青々とした木々の屋根の道を通り抜け、村の住宅街に着く。

 田んぼや畑が視界に入る中、住宅街の隅っこに建設された花伽羅中が目に見えた。

 そこのグラウンドには、特訓をしている明日人たちがいた。

 なんの特訓をしているのかと一星はグラウンドに近づいた。

「…反復横跳び?」

 そう、明日人たちは今、反復横跳びをしていた。

 

 ***

 

 一星が起きる少し前の出来事_。

「フロイさ~~ん!!」

「マリク、ルース、大丈夫だったかい?」

 花伽羅村の入り口に着いたのは、カーテンがある車で、中からはユースティティアの天使の襲撃からなんとか逃げてきたマリクたちだった。

 袖やズボンなどは刃みたいな何かで斬られており、各所には包帯や絆創膏が張られていた。

 そして襲撃してきたのがよほど怖かったのか、マリクはフロイに抱きついてしまっている。

「父ちゃん、大丈夫だったの?」

 心配そうに、明日人が琢磨に話しかける。

「あぁ…ICPOのパンピエッタが護衛してくれたんだが、長く持たなくてな…それで少し、怪我をしてしまった」

 確かに、痛そうにやたらに右肩腕を抑えている。

「明日人、あの襲撃の先頭に立っていたレンは、危険だ。さっきまで、数千人の人達を倒してきたらしい…」

 ユースティティアの天使で、明日人たちと試合するに至ってはキャプテンだったレン・ナオビ。サッカーでも十分強かったが、まさか数千人を倒せるほどの力を持っていたのだ。明日人、そして人類にとっては、かなりの脅威といえるだろう。

 と、マリクたちが無事で安心しきっていたその時。

 速い棒状の何かが明日人の横を通り、木に刺さったのだ。

 ユースティティアの天使か!? と明日人たちは真っ先にその木を見つめた。

 ……だが、そこにはユースティティアの天使の姿はなく、代わりに何かの紙が巻きつけられた矢が刺さっていた。

「な、なにこれ…矢?」

「夜舞ちゃん、この近くに弓道場でもあるのかな?」

「ううん、ここに弓道場はないよ」

「じゃあ、天からの矢とでも…」

 と、ヒロトが口を滑らしたその瞬間、明日人たちの脳内には、ユースティティアが放った矢だと確信していたのだ。

「ま、まさか…!」

 円堂が矢を引き抜き、紙の中身を調べると、そこには明日人たちに対しての果たし状とも呼べる文が書いてあったのだ。

『三日後の昼、花伽羅村の救済に向かう』

 これだけの文字だったが、救済が何かわからない明日人たちにとっては、これが危険なことだと分かっていた。

 ユースティティアの天使が花伽羅村に来たら、何をしでかすかわからない。

 伊那国島の時のような、惨劇になってしまうことは確かだ。

 …正直、明日人たちは悔しかった。

 天使にサッカーを奪われた上に、敗北し、さらには家族や身内の人にまで危険にさらしてしまう可能性だって出てしまった。

 倒すチャンスは、今しかない。

「よし、三日後までに、特訓に特訓を続けて、ユースティティアに勝つぞ!!」

『おおー!!』

 そうと決まれば、早速特訓だ。

 とここで、第三者の夜舞の出番だ。

「夜舞ちゃん、今から私たちの練習の風景を見て、気になったことをここにメモしてみて!」

 大谷から夜舞に渡されたのは、クリップボードと紙、それと筆記用具だった。

「わかった! 任せてください!」

 明日人たちが練習しているグラウンドの近くに立ち、夜舞は明日人たちのステータスと練習風景を眺めた。

「(こ、これが…イナズマジャパンの練習風景…!)」

 しかし、ラストプロテクターの練習風景を見ることに夢中になりすぎているようにも見えるが。

「あの子が夜舞月夜なんだね。フロイから聞いたよ」

「はい! ラストプロテクター・アースの第三者として、監督が選んだんですよ! あ、ラストプロテクター・アースは、私達が決めたんです!」

 ベンチで大谷は、ルースの怪我の手当てをしながら、話をしていた。

「そうなんだ…いった!」

「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 消毒液が染みたのか、ルースは少し顔を歪ませている。

「…フロイさん…なんだか、無理をしているような…」

 その頃マリクは、ベンチでフロイの様子を眺めていた。

 花伽羅村に来る前も、寝ないで新しいメンバーを探していたらしく、それがマリクには無理をしていると思われたのである。

「マリクくん?」

「あ、はい!」

 マリクが振り向くと、そこには薄橙色の髪をした、女の子が隣に座っていたのだ。

「大丈夫ですか? 何か、ぼーっとしていたように見えたので…」

「あ、ぼ僕は大丈夫です!」

 と言いながら、マリクは杏奈に顔を赤らめていた。

 など、ベンチでは甘い青春がある中、夜舞は紙にいろんなことを記入していた。そして、とうとう黒い線で紙が埋まった。

「出来た! 円堂せんぱーい!!」

「え、あぁうん」

 先輩と呼ばれることに慣れていない円堂が、しばらく狼狽えている中、飛んできたボールが円堂の頭に直撃した。

 

『円堂せんぱーい!!』

 

 ***

 

「いったた…」

「大丈夫か円堂」

「ま、まぁな…」

 保冷剤でなんとか頭のコブを冷やしながら、円堂は風丸に大丈夫だと返す。

「それでそれで!? 何か見つかったんですか!?」

 大谷が興奮しながら、その内容を早く提示してほしそうにしていた。

「そ、そうですね大谷先輩…」

 近すぎて逆に説明しづらいと、夜舞は苦笑いする。

「夜舞、今回の特訓メニューはお前に任せる。お前の鋭さ、見せて貰うぞ」

 鬼道が何やら期待した顔で詳細を待っている中、夜舞が提示したのは…

「えっと…私が見てわかったのは、皆には瞬発力が欠けているような感じがしたんだ。それをカバーする為にも…とりあえず…裸足になって反復横跳びだよ!!」

『反復横跳び!?』

 最初の指摘はまだしも、それをカバーする特訓メニューがまさかの裸足で反復横跳びということに、明日人たちが大いに驚いた。

「大丈夫大丈夫! ここの砂はそれほど痛くないし、それにここは毎朝おじいちゃん達が裸足で反復横跳び体操をしているから高齢者にも安心だよ!」

「なんだその体操は!?」

 靴と靴下を脱ぎながら話す夜舞の反復横跳び体操の話に、許容範囲の広い砂木沼も、これには思わず突っ込んだ。

「いった…結構痛いですね…」

「そうかな…裸足で村中走ったりするし、普通だとは思うけど」

「夜舞さんの感覚がおかしいんです!」

 校庭で裸足になるなんて小学校の運動会の組体操以来な為、ちらほら痛い足裏を撫でたり片足を上げる者もいた。

「反復横跳びのやり方は知ってる?」

「知ってる。三本の線を飛び越える奴だろ?」

「正確には、三本の線を踏んだり飛びこたりする特訓だね。体力テストでもやったとは思うよ」

 夜舞の問いに、ヒロトとタツヤが皆にわかりやすく解説する。

「さて出来た! じゃあ皆、真ん中の線をまたいで立ってね。あと、記録は自分で計ってね」

 古紙を纏めるのに使う紐を反復横跳びの線に見立て、明日人たちはその真ん中の線を跨いで立つ。

「蛍くーん! 記録お願いね!」

「はい!」

 いつの間にか隣に居た蛍に、夜舞が記録のメモを頼むと言った。

「制限時間は十分間…よ~い、ドン!!」

 ドンと言った直後に、明日人たちは裸足で反復横跳びを開始した。

 しかし、室内でやる反復横跳びとは少しわけが違っていた。それは、裸足で校庭で反復横跳びをしているため、小石が足に刺さって痛くなり、思わずスピードを緩めてしまうことだ。

 それにも関わらず、夜舞は明日人たちの前でスピードを緩めることなく、長い髪を左右に強く揺らす。それよりか、明日人たちより速い。

 やはり、慣れているからであろうか。

 なお、その頃一星は既に起きており、明日人たちが練習しているグラウンドにきていたのだ。

「は、反復横跳び…?」

 一星が困惑している中、十分はとっくに過ぎており、明日人たちは息を荒く呼吸しながら、その場に尻をついた。

 しかし夜舞は、地面に尻をつかせることなく、蛍が書いた記録表をまじまじと見ていた。

「平均点67回かぁ…結構低いね、蛍くん」

「そうですね…」

「「お前達の感覚がおかしいんだよ!!」」

 十分反復横跳びし続けても67回で低いと言われ、ヒロトと灰崎は思わず夜舞たちの感覚に突っ込んだ。

「あの~皆さんは一体何を…」

「あ、一星! 起きたんだ!」

 思わず明日人たちに駆け寄った一星に、明日人たちは一星が起きたことに大いに喜んだ。

「明日人くん、なんで皆は反復横跳びを…しかも裸足で…」

「実は、夜舞が俺達の反発力を鍛えるためだって、裸足で反復横跳びを十分も…」

「嘘でしょ!?」

 痛そう…と、一星は明日人の話を聞いて、そう実感した。

「一星もやってみてよ!結構痛かったぞ~」

「は、はぁ…」

 明日人くんも、夜舞さんみたいだなぁ…と一星は心の中で思った。

 とその時、懐かしい香りがした。

 充といつも幼い頃練習していたサッカーフィールドの匂いだ。

「兄ちゃん! なんで裸足で反復横跳びなんて…」

「あぁ光、実は俺、試してみたいことがあってさ」

「な、なにそれ…」

「反復横跳びをすれば、瞬発力が鍛えられるし、何より足の裏を鍛えたら、足も速くなる! な、一石二鳥だろ?」

「そ、それは……でも! 走るんだったら、ちゃんとフォームとか、体幹とかを鍛えないと駄目だよ!」

「はは! 光は相変わらず厳しいなぁ~!」

 

 

 

「……にい、ちゃん…」

 一星がそう呟いた。

 今自分が見えている明日人が、幼い頃に見た兄によく似ており、思わず涙が出てしまっていた。

 一星が気づかないうちに。

「い、一星!? なんで泣いて…」

「え、明日人くん!? ご、ごめんなさい! ちょ、ちょっと昔のことを思い出してしまって…」

 明日人が泣いている一星の顔を覗き込んだ。すると一星は我に返り、涙を拭きながら明日人に謝った。

「大丈夫か? 辛かったら、休んでも…」

「大丈夫ですよ、辛くなったら、俺がマネージャーに言いますんで!」

 笑顔のまま、一星は夜舞の練習メニューに取り掛かった。

「明日人さ~ん! こっち手伝ってくださ~い!!」

「どうしたの、坂野…ってええ!?」

 自分を呼ぶ坂野上の声がし、その声のした方に振り向くと、そこにはピラミッドという組体操の技をしていた坂野上たちがいたのだ!

「吹雪さん! 坂野上! 大丈夫!?」

「お、重いです…円堂さ…」

「稲森く~ん、早くきて~」

 しかも三段ピラミッドで、坂野上と吹雪は一番きついであろう一段目にされていた。しかも一人足りない状態で。

「深呼吸して、少しでも負担を軽くしてくださいね~~!」

「無理に息を止めると、体に悪いからね~!」

「や、夜舞!? 蛍!?」

「あ、明日人くん」

 皆に組体操の楽な仕方を教えている夜舞は、今不動としゃちほこのポーズをしており、蛍はバベルのポーズをしていた。傍から見れば、何をしているのかと疑惑に思うだろう。

「今夜舞先輩は、チームの団結力を高める為に、組体操という特訓をしているんですよ!」

「え、ええ!?」

 慣れている蛍と夜舞はともかく、他の皆は今にも組体操の形が崩れてしまいそうだ。

「………何これ、ルース」

「……俺にもわからない…」

 組体操の文化が無い二人には、明日人たちが何かおかしなことをしているようにしか見えなかった。

「ねぇ大谷、これって____!?」

 大谷にこれは何なのかとルースは話しかけるも、大谷と杏奈は今高床式倉庫という組体操のポーズを二人でしていた。

「組体操…小学生の時以来ですね!」

「え、私は…やったことがなくて…」

「じゃあ一緒にやりましょう!」

 大谷も明日人たちの組体操を見て何かが燃えたのか、自分達も組体操をしていた。

「……」

「………」

「ぼ、僕たちは、何か別の特訓を」

「組体操は、危機感を掴むためのいい経験になるからね。やってみる価値はあるよ」

 後ろに何か視線を感じ、二人が恐る恐る振り返ると、そこには組体操の本と体操服二着をもった折谷がいた。

 

 ***

 

「あ~!! 疲れた~!!」

 夕方になり、組体操や反復横跳び、縄跳び等と言った夜舞から出された特訓をなんとか乗り越え、明日人たちは地面に寝転がった。

「でも、楽しかったな!」

「組体操なんて、小学生ぶりだよ」

「組体操って、こんなに楽しいものだったんだね」

 しかし、夜舞の提示した特訓は悪いものばかりではなく、皆が口々に楽しかったと言う。

「じゃあ、旅館に行って、体の汗を流そっか!」

「お、いいね~!」

「旅館かぁ~!」

「旅館と言えば、露天風呂だよね!」

 と、夜舞に連れられて明日人たちは旅館に行く。

 その中、一星はまだグラウンドに居た。

「…前にも、運動会で兄ちゃんが組体操してたのを見てたな…」

 また、充との思い出がよみがえり、一星の目から涙が零れ落ちた。

 とっくに日は落ちており、寺の鐘が村中に鳴り響いた。

「こんなところに居やがったのか」

「あれ…灰崎くん? 旅館に行ってた筈じゃ…」

「お前が居ねぇことに気づいたんだよ、ほら行くぞ」

「あ、うん…」

 灰崎に連れられて、一星は夜の花伽羅村を歩く。

 店の入り口にぶら下がる提灯、急いでおうちに帰ろうと先を急ぐ子供達、都会では全くみられない綺麗な星空。そこはまるで、屋台が立ち並ぶ夏祭りに一星は見えた。

「…懐か…しいな…」

「あ? 何がだよ」

「いや、俺が子供の頃、兄ちゃんと父さんとで、夏祭りに行ったことがあったんだ。その時の風景を思い出して…」

「そうかよ。言っとくけどな、あんま過去に縋るもんじゃねぇよ」

「え…? それってどういう…」

「おら、着くぞ」

 灰崎と話している間に、自分達は和装の旅館についており、灰崎の言葉の意味を聞けなかった。

 

 ***

 

 一星たちが旅館につくと、美人なおかみさん達が出迎えてくれ、一星たちは明日人たち男子たちが居る広い部屋に移された。

 そこではそれぞれがそれぞれのことをしており、とても賑やかだった。

「ということがあってさ~」

『そうなんだね』

『おい円堂さん! 兄貴と変わってくれよ!』

『アツヤ、円堂さんにあまりそういう言葉使いしちゃだめだろ』

 公衆電話では円堂が稲妻総合病院に居るアフロディたちと会話しており、向こうでも元気なようだ。

「しりと…り!」

「リオデジャネイロ」

「ロシア」

「あ…アメリカ合衆国!」

「クロアチア」

「アルメニア」

「なんで国名しりとりになってるんですか!?」

 坂野上と野坂と西蔭は、どうやらしりとりをしていた。しかし、途中で国名しりとりになってしまっているが。

「フロイさん、ベルナルドさんに送ったデータは…」

「あぁ、ちゃんと届いてるよ。それに、兄さんも十分に厳重するって」

 フロイ達は、ノートパソコンでユースティティアのことを調べていた。

 まるで、修学旅行みたいだ_と一星は思った。しかし、一星は、修学旅行はおろか、林間学校も行ったことが無いので、実際の修学旅行がどうなのかは、一星は知らなかった。

 本当だったら…充も、光も、修学旅行に行けたというのに。

「一星! 今トランプをしてるんだ! よかったら、一緒に…」

 明日人がトランプに誘ってくれたことで、自分はまだ露天風呂に入ってないことに気づいた。

「あ、明日人くん。実はまだ風呂に入ってなくて…少し洗い流してからでいいですか?」

「あぁ!」

 着替えを持ち、急いで風呂に入ろう_と、一星は風呂に急いだ。

 しかし、今の時間は、なんと混浴であった。

「____夜舞、さん?」

「あれ、一星くん? 入らないの?」

「いや…その…失礼しましたッ!!」

「???」

 夜舞は、なぜ一星が風呂から出て行ったのもわからず、クエスチョンマークを頭の上に並べていた。

 風呂は夜舞が出た後でゆっくり入り、一星は野坂と少し話し、寝ることにした。

 実は、皆とこうして布団を並べて寝るのは初めてであった為、一星は少しドキドキして眠れなかったのである。

「(……初めてだなぁ…こうして皆さんと一緒に寝るなんて…)」

 沢山の寝息が木霊する中、一星はゆっくりと目を瞑った。

 皆となら、あの悪夢を見ることは無いだろう。と。

 

 ***

 

「みなさ~ん! 朝ですよ~!!」

 大谷の声とスマホのアラームが同時に響いた為、明日人たちはすぐに起きられた。

「おはよう! 一星!」

「おはよう、一星くん」

「おはようございます! 明日人くん、野坂さん!」

 挨拶を交わしていると、フロイも同じように起き上がり、一星とあいさつを交わした。

「おはよう。アスト、ヒカル」

 しかし、フロイの首には、青がかった手の跡がついており、明日人はそれにすぐに気づいた為、朝から大きな声で驚いてしまった。

「フ、フロイ!? どうしたのその手!」

「え? 手?」

「本当だね…まるで、首でも絞められたみたいな手の跡だね…」

「ユウマは面白いことを言うね」

「と、とりあえず鏡を見てよフロイ!」

 最初は冗談のように受け取っていたフロイだったが、一星から鏡をもらって、やっと自分の首に青い手形がついていることを知った。

「…確かに手形がついているね…それも首を絞めたみたいな…」

「ねぇフロイ、これってやっぱり幽霊の仕業なんじゃぁ…」

 明日人は、フロイの首についていたあの手形を霊の仕業だと信じて疑わなかった。そのため、霊的存在をあまり信じていない一星からは突っ込まれる。

「明日人くん、もしかしたら寝相で誰かが思わずフロイの首を…」

「怖いよ!」

「さすがに僕もそれはちょっと怖いね」

「ええ!?」

 確かに、一星の案も十分に怖い。というか、霊も怖いが。

 

 ***

 

「そういえば、一星くんの通っている学校って、どんなところなの?」

 一星と夜舞とでグラウンド周りをランニングしていたその時、隣で走っていた夜舞が一星に声をかける。

「いいですけど…いきなりどうしたんですか?」

「まぁ…特に意味はないんだけど、外の世界の学校とか知りたかったし、何より一星くんを話がしたくて!」

 ランニングしながら話すのは呼吸的に駄目じゃないかと一星は思ったが、自分と夜舞の体力的に大丈夫だと思い、一星は話し出した。

「俺が今通っているのは、王帝月ノ宮中っていうところなんです」

「凄い名前だね」

「まぁそうですよね…そこには野坂さんも西蔭さんも通っていて、同じサッカー部に所属しているんです。あと、あまり関係ないかもしれませんが、野坂さんのお陰で俺は王帝月ノ宮に通えることが出来たんです」

 一星の通学に野坂が関係しているのかと思った夜舞は、一星に質問をした。

「野坂くんが、一星くんをその王帝月ノ宮に通えるようにしてくれたの?」

「そうですね。実は俺、二か月前のFFIでは二重人格者、いわば解離性同一性障害になっていたんです。自分の中に一星充っていう俺の兄ちゃんの偽物を作って、皆さんに酷い事をしていたんです。でも、皆さんのおかげで俺は人格統合に成功して、居場所も無かった俺に野坂さんは居場所を作ってくれて、そして俺はこんなにも恵まれた仲間たちとサッカーが出来ているんです」

「そうなんだ…ってええ!? 一星くん二重人格だったの!?  そんな昔の漫画みたいな…それに、新聞では一星充はのっぴきならない家庭の事情で弟の一星光と交代したって書いてあったけど…」

「あぁそれですか…監督がインタビューの時に俺が二重人格者であることを隠すための嘘ですね」

「嘘だったんだ!」

 やっぱり世の中真実だけじゃないのかぁ…と、夜舞はしょげる。

 二人が話している間に、ランニングの目標には達した為、二人は近くのベンチに座った。

「じゃあ、小学校はどうだったの?」

「小学校ですか? 低学年の時は日本の小学校でしたけど、高学年の時はロシアでしたね」

「ロシア!? すご~い…でも、楽しかったんだよね。色んな行事して、色んなことをして、ロシアにしかないような行事もしたんだろうなぁ…」

「え?」

 夜舞がロシアの小学校についての感想を述べたその時、一星の表情から困惑の表情が漏れた。

「ロシアって凄くサッカーが上手いところなんだよね? それなら一星くんが強いのもなっと」

「すみません、少し一人にさせてください」

 夜舞の言葉を遮り、一星は一人にさせてほしいとお願いした。それに対して夜舞は、何か気に触ってしまうようなことを言ってしまったんだろうかと焦る。

「もしかして…ロシアの学校、嫌いだったの? そうだったら、あやま…」

「いいから一人にさせてください!」

 さっきまで楽しそうに話ししていたのに急に怒りだし、夜舞が驚いている中、一星は遠くに行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ一星くん! ……これ、凄く怒ってるよね…」

「夜舞、さっき一星の怒鳴り声が聞こえたんだけど、どうしたの?」

 野坂と特訓をしていた明日人が、一星の怒鳴り声が気になって夜舞に近づいた。

「明日人くん、野坂くん。実は私が一星くんの学校の話をしてて、それで一星くんが小学校の時似通っていたロシアの学校の話になった途端、急に怒りだして…もしかして、何か気に触ることを言っちゃんたんなら、謝らないと!」

「そうだね、一星くんを追いかけよう」

 

 

 

「夜舞、一星とどんな話をしたんだ?」

「まず、一星くんの『今』通っている学校、王帝月ノ宮中の話をしたよ。そこで、私は一星くんが昔解離性同性障害だってことをしったんだ。最初は信じられなかったけど…あと、一星くんが急に怒りだした小学生の頃の話をしたよ。一星くん、高学年からロシアの学校に通い始めたんだって。それで、私が行事の話をした途端、急に一人にしてって怒りだして…」

「一星くんが怒りだした理由はわからないけど、とにかく今は一星くんを追いかけよう」

 村中を探していると、長い石の階段を上った先にある神社に、一星は居た。明日人たちに対して背中を見せながら。

「一星!」

「一星くん!」

「…なんですか」

 明日人たちが一星を呼ぶも、帰ってきた返事は生気のなさそうな声だった。

「一星くん、さっきはごめん! 一星くんに何か酷いことを言っちゃって…」

「…酷い事? 夜舞さんは別に何も言ってませんよ」

「え…じゃあなんであの時怒って…」

 なぜ怒ったのかと聞きだそうとするも、一星は黙りこくるだけだった。

「……」

「一星くんどうしたの? 私達、さっきまで楽しくしてた筈じゃ…」

 沈黙を続ける一星に、夜舞が一話しかけようとしたその瞬間、一星は瞬間的に夜舞の方へ向き、いきなり夜舞の胸倉を掴んだのだ。

「夜舞……お前に、光の何がわかるというんだ!!」

「!?」

 一星の今の口調、そして、その行動から、野坂と明日人は一星に『充』の人格があるのではないかと感じていた。

「一星くん!」

「ッ! …なんだよ…」

 苛立ちながら、一星?は野坂の方を向いた。

「一星くん…いや、充くん。落ち着いて、僕は君と光くんを傷つけるわけじゃな…」

「うるせえ…お前はッ、光の何もわかってない!! お前はただ、光の想いを利用し、逆撫しただけだ! 充もそうだ!」

「一星!」

 もはや今の一星には光の面影はなかった。今は充?が体を支配している。しかし、それでも明日人は、一星に大きな声で呼びかけた。

 その瞬間、歯を食いしばりながら苛立っていた一星?は夜舞の胸倉を掴んでいた手を放すと、一星は再び沈黙した。

「………_____あ、あれ…こ、ここは…」

「一星!」

「一星くん!」

 一星が元に戻ったことに、夜舞と明日人はすぐさま一星に寄る中、野坂だけは一星の近くには寄らなかった。

「夜舞さん? 明日人くん? それに野坂さんまで…今、特訓の時間じゃないんですか?」

 やはり、一星には新たな人格が生まれているのだろうか。以前の自分が何をしたのか、覚えていないようだ。

「一星くん、覚えてないの?」

「…すみません夜舞さん。前のことは覚えてなくて…で、では、俺はこれで…」

 一星は、早く特訓に戻らないとと思っているのだろうか。そそくさと神社を後にした。

「じゃあ、私たちも一緒に…野坂くん?」

 自分達も戻ろうとしたその時、夜舞は野坂がその場から動いていないことに気づいた。

「野坂…?」

「明日人くん。夜舞ちゃん。聞きたいことがあるんだ。僕が、もし一星くんの想いを利用して、逆撫していたにすぎないのなら、僕は一体、どうすればいいんだろうね」

「え…それは…」

 いつも冷静で、落ち込むことがなさそうな野坂が落ち込んでいるのを見て、明日人は驚いた。

「……でも!野坂くんはいつも一星くんのことを思って行動してる! さっき一星くんの話から野坂くんのことを聞いたから!」

 夜舞は、一星から野坂は居場所の無くした自分に居場所を作ってくれたと言っていた。それは、居場所のない一星のことを思ってのことだったのだろうと、夜舞はそう野坂を励ました。

「野坂、お前は一星の想いを逆撫でになんかしていない。お前は、一星のことを思って、参謀に入れたんだよね。だったら、後悔しちゃだめだと思う。野坂は、野坂がやりたいと思ったことをしたんだ。それでいいはずだ」

「明日人くん…そうだね。僕は、僕のやることをした。後悔をしている場合じゃないね」

 明日人と夜舞に励まされた野坂は、いつもの表情に戻すと、「さぁ、フロイくんの所に行こうか」と二人に声をかけた。

 

 ***

 

「そうなんだ…そういうことが…」

 早速明日人たちは、フロイにこのことを話した。一星の言動と行動が一気に変わったこと、元に戻った一星が以前のことを覚えていないことを。

「まさか…いや、これは僕の責任だ…」

 何やらぶつぶつと呟いていると、フロイは顔を上げて、明日人に話した。

「アスト、ツクヨ、ユウマ、皆を呼んでほしい。皆には、話さなきゃいけないことがある」

 フロイの真っすぐな瞳には、何やら責任を感じているところもあったが、明日人たちはの言う通り特訓中の皆を集め、円堂たちにフロイの話を聞かせる。

「フロイ、こんな時にどうしたんだ? 明日人に呼ばれてきたんだが…」

「あぁマモル、実は皆には話して置かなきゃいけないことがあるんだ」

「話しておかなきゃいけないことって…一星のあの事故のことか?」

 察しのいい円堂は、フロイが今から聞かせる話の内容を言い当てる。

「あぁ、ヒカルがミツルになることになってしまったあの日、それを、僕は話さなきゃいけない。ヒカルの中に今ミツルともいえない人格が生まれたのなら、僕たちはなんとしてでも人格を統合しなきゃいけない。だから、皆を呼んだんだ」

 

 ***

 

「こんな話をするのは、僕も少し気が引けるよ。でも、ヒカルが今これほど苦しんでいるというのなら、君たちに教えないといけない。

「まず、皆にはあの事故の真実を伝えなきゃいけない。あの事故は、『僕の母さんが意図的に起こした』ものだったんだ。

「信じられないよね。僕だって、信じられなかったさ。だって、それを僕の母さんが実行したなんて、知らなかったからね。

「これだけ聞くと、無責任に聞こえるかもしれない。でも、僕は実際無責任さ。本当なら、母さんのしていることを、止めることだって出来たかもしれないのに_!

「……ごめん、話を戻そうか。僕の母さんがなんであの事故を起こしたのには、報告書に乗っていたんだ。僕がメンバー探しの時に、オリオン財団の力を借りようとオリオン財団のホームページでそれぞれの国の報告書を見ていたんだ。それで、更新ログを開いたら、そこにはヒカルの交通事故の報告書が記載されていたんだ。

「僕の母さんは、ヒカルの分析能力に目を付けて、それで以前ヒカルの家族にオリオン財団の話を持ち掛けたことがあったらしいんだ。もちろん、彼らは拒否をしたんだってさ。でも、僕の母さんは、これでヒカルを諦めるわけじゃなかったんだ。母さんは、自分の欲の為なら、どんなことでもするからね…。だから、僕の母さんは、意図的に事故を起こした。それで、ヒカルの父親を始末したんだ。でも、ミツルも死んだ。本当なら、ミツルもヒカルも自分の手駒にしたかったらしい。……酷い話だよね_。

「それで、ヒカルはこの現実に耐えきれなくなって、ミツルの人格を作ったのは知っているよね。僕の母さんは最初、なんとしてでもヒカルの分析能力を利用したかったらしいけど、結局、ミツルのサッカープレイに固執したんだ。それで、ミツルとヒカルは、君たちによって救われるまで、ずっと地獄の日々を送っていたんだよ__」

 フロイの話が終わり、部屋の中は憂鬱な雰囲気に包まれた。

「ひ、酷い…」

「一星くんの分析能力を利用したいからって_」

 大谷たちが、イリーナの行動に若干引いている。

 その空気を破ったのは、灰崎の声だった。

「おいフロイ、聞きてぇことがある。俺が一星を旅館にまで連れて行ったとき、一星がこの村の外観を見て懐かしいと言ったんだが、それとこれとは何か関係あんのかよ」

「あれ…? おかしいな。リョウヘイ、それは本当かい?」

 灰崎の質問に、フロイが困惑する。

「本当じゃなかったらなんだよ」

「実は…オリオンの報告書には、ミツルとヒカル、そしてその父親が夏祭りに行ったっていう履歴が『一切ない』んだけど…」

 フロイの周りが、驚きの声に包まれる。

「はぁ!? じゃあ俺があの時聞こえた一星の懐かしいっていう声は何だったんだよ!」

「…推測にしかないけど、一星くんは多分、解離性同一性障害によって、記憶があやふやになっているんだ」

 野坂の推測は、まさに食い違いのない正解そのものだった。

 解離性同一性障害は、記憶に影響を及ぼしてしまうこともあるらしい。そのため、もしかしたら一星の記憶が先ほどの人格によってあやふやになっている可能性も高い。

「それじゃあ…一刻も早く人格を統合しないと、元の記憶が無くなってしまうってことですか!?」

「……そういうことに、なるだろうね…」

 野坂がそういうと、周りは一気に重たい空気となった。

「そ、そういえば、一星はどこなんだ?」

 その空気をなんとかしたいかのように、円堂が口にしたのは、一星の居所だった。

「一星なら、外で練習を_」

「そっか、俺呼んでくるよ」

 円堂が一星を呼びに行くと、俺も俺もというように、他の人も一緒に円堂についていった。

 野坂は、同じくして部屋に残った西蔭にあることを相談していた。

「ねぇ西蔭、もし僕が、一星くんの分析能力を利用したくて参謀に入れていたということになっていたら、君はどうする?」

「野坂さん…」

 西蔭も、正直一星の参謀入りには驚いていた。しかし、一星の分析能力とサッカープレイ、そして自分のヒーローである野坂を尊敬する気持ちが同じなこともあってか、西蔭はいつの間にか一星のことを同じ参謀仲間だと意識していた。

「……野坂さんは、そんなことの為に、一星を参謀なんかに入れたりしません」

「そうだよね…ありがとう。西蔭」

 話を聞いてくれたお礼に、と野坂が出したのは、餅付がいるお餅やで買ってきた黄な粉餅やあんこ餅一式だった。

 

 

 

 今は草木眠る丑三つ時。丑三つ時はおばけが出るという時間帯だが、都会ではおばけなんて見られない。むしろ、花伽羅村の方がおばけは出そうだが。

 明日人たちが眠っている部屋の中で、一つだけ布団が跳ね除けられたあとがあった。

 そして大谷たち女子が眠る部屋を通り過ぎて、監督たちが眠る部屋を通り過ぎて、フロイ達が眠っている部屋についた。その中でルースとマリクを無視し、フロイの足元に立った。

「お前は…光の何もわかってない…_!!」

 入ってきたのは、一星だった。

 酷く歪んだ顔をしており、両手は震えている。

 そして、一星の両手がフロイの首に辿りつきそうなその時、声がした。

「やめておけ」

 一星の近くまで、ガサガサと近づいてきたのは、赤い蠍だった。

 おまけに、喋っている。

「お前がフロイ・ギリカナンを殺したところで、なんの解決にもならない」

 淡々と、赤い蠍は声の表情も変えずに一星を説得する。

「ッ_黙れ! オリオンは、光の人生をめちゃくちゃにしたんだ!! 兄の充と、幸せになるはずだったんだッ! 光本人は知らないだろうが、本当は自分の分析能力さえ無かったらと思っている! 俺は光の代わりに復讐がしたいだけなのに…なぜ邪魔をするんだ!」

 大声で蠍に言っているのに、フロイたちは起きる様子を見せない。蠍の力だろうか。

「『一星光_そして一星充は、今を生きている。』過去に縋ってばかりのお前に、今の一星光たちの人生を決める価値など無い。一星光たちの幸せは、一星光達が掴む。お前は、ただ一星光たちを見守ってやればいいだけだ。殺したところで、なんの解決にもならないことは、お前も知ってるだろう」

 一星に言い放つと、蠍はまたガサガサと音を立てながら一星の元から消えてった。

 

 ***

 

 ユースティティアの天使が来る最後の一日。その日は最悪にも雨だった。

 仕方なく、いったん花伽羅村を出て、近くの屋内スポーツセンターで特訓しようと考えたその時。一星の姿が無かったのだ。

 どこにいるんだ。

 まさか、ユースティティアの天使が攫った?

 いや、ユースティティアは明日人を狙っている。一星を狙うのはおかしい。

 でも、人質として利用するかもしれません。

 と、旅館内で騒ぎになっていた。

 一方一星は、雨が降り注ぐ神社に居た。

 参拝道の真ん中で、何も考えずに神社を見つめていた。

「……俺、大丈夫だから。兄ちゃんを奪ったオリオンは憎いよ? でも、俺は復讐なんてしたくない」

 一星は、自分の中にある新たな人格に、名前を付けていた。

 欠けた欠片。人格というピースと、自分というパズルという意味を込めた名前らしい。皮肉めいてていい名前だ。

『何を言っているんだ光! オリオンはお前たち兄弟の人生をめちゃくちゃにしたんだぞ!?』

「でも、だからってフロイに当たっていいわけじゃないよ。確かに俺は…昔が幸せだった。でもね」

「辛いものよね」

 その時、前方に声がした。と思った瞬間、一星の意識は途絶え、欠の人格になってしまった。

「………」

 つりあがった目で、前方に居る人間を見つめる。

 賽銭箱へと続く階段に座っているのは、エレンだった。

 日傘もいつものように指している。

「でも、人生なんてそういうものよ。裏切られて、誰かが死んで、本来なら出来たはずのことも出来なくて。だけどその不幸の向こう側には必ずと言っていいほどの幸せが待っている。でも、幸せは自ら貴方のところにはいかない」

「…何が言いたい」

「つまり、何をしようと貴方の自由ってことよ。幸せだった過去に縋ってもいいけど、せっかく今という時間を生きているのだから、他人という人間に人生の選択をさせないで、自分自身の在り方で生きてみなさい」

 怪しそうに笑いながら、エレンは一星に助言する。

 そして、日傘で雨を受けながら一星の横を通り過ぎようとしている。

「黙れっ…お前にあいつら兄弟の何がわか」

 

『貴方じゃない。貴方『達』に言っているのよ。___一星充(いちほしひかる)くん?』

 

 エレンが一星に持っていた日傘を渡した直後、突如噴き出した水しぶきとともにエレンは消えた。そして妙なことに、一星には一切濡れた痕跡がなかった。

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 どれほどの間、沈黙していたのだろう。

 雨粒を受ける日傘の音と、ザーザーと振る雨の音しか聞こえない。

 しかし、人格が光に戻った一星は、何かを決意したかのようにエレンの日傘を置いて旅館へと走り出した。

 

 

「……やっと、決意したようだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の中に生まれた化け物は___俺だった。

 

 続く

 



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第十話 欠けたピースと出来上がったパズル

 ついに、この時が来た。

 やれるだけの特訓はしてきた。

 あとは、それをこの『聖戦』で出し尽くすだけだ。

 しかし、この日は秋雨前線の為か、空は曇天に包まれ、花伽羅村を覆い尽くしている。

「天気予報では晴れるって言っていたのに、残念ですね」

 大谷の言う通り、こんな日こそ眩い太陽の元で戦いたかったのだが、今は曇りだ。仕方ない。

「夜舞お姉ちゃん、おうちにかくれててって、どういうこと?」

 夜舞の家には、花伽羅村に居る全員の子供達が避難していた。そして大人たちは、神社に避難している。ユースティティアの天使からの魔の手から免れるためと、村長の孫でもある夜舞が提案したものだ。

「いい? これからここに怖いのがくるから、絶対外に出ちゃだめだよ。何かあったら、おばあちゃんとおじいちゃんがいるからね」

 優しい声で、夜舞は子供達全員にやっこの御守りを渡し、子供達を中に入れさせると、

夜舞はすぐに家の扉を外側を閉めた。

「蛍くんたち。もし危険になったら、絶対私の家に入ってね。合いカギは蛍くんに渡しているから」

 真面目な表情で、夜舞は外で子供たちを守っている自分の家の門番の役割を補っている蛍たちに事項を伝える。

「じゃあ、私はもう行かなきゃ。気を付けてね!」

『任せてください!』

 蛍たちの姿を時折振り向きながら走り、ユースティティアが来る前にと夜舞は花伽羅村のグラウンドまで急いだ。

「遅くなりました!」

「夜舞、遅いぞ!」

「すみません風丸先輩!」

 どうにかユースティティアの天使が来る前には到着出来たが、風丸には叱られてしまった。

「(…絶対、大丈夫だ…)」

 明日人がそう思ったその時、空から光が降り注ぎ、その光の中からユースティティアの天使が舞い降りた。

 背中の純白の翼は、他の人から見れば天使にしか見えないが、明日人たちからしたら、悪魔の翼のようにも見えた。

「またお前達か…」

 呆れた表情で、レンは明日人たちに言い放った。

「今度はお前達の好きにはさせない! サッカーは絶対に取り戻す!」

「……そうか…」

 レンはため息をつきながら、サッカーを取り戻すと言う明日人、そして円堂たちを見つめた。

「いいか、人はいつか間違いを犯す。そして何かを失ったあとにやっとそれに気づく。今回は、それを教えてやろう」

 空からサッカーボールが落ちてくるが、レンはそれを難なくキャッチし、センターサークルの中心に置いた。

「空から見ていたが、お前達も大分強くなったみたいだな。だが、今回はハンデはやらん。それと、もし私達が勝ったら…」

 右手からお札が重なったものを、レンが投げる。それはなんと、ひも状となって明日人の左腕に絡みつく。

「_!?」

「明日人くん!」

「大丈夫!?」

 夜舞と一星が取り外そうと奮闘する。しかし、レンの引っ張る力は強く、明日人も思わず前に倒れてしまいそうだった。

「てめぇ…明日人に何を…」

「この人間をもらい受けよう。拒否権はない」

「そんな拒否権、無いに決まっているね」

「……始めるぞ」

 野坂の軽い返しにレンは少し黙ると、すぐに明日人の左手に絡まったお札を取り、ポジションへと着いた。

今度こそ本気だ_! と確信した明日人は、ここで勝たなければと決意した。

 ラストプロテクターのスタメンは以下の通りとなった。

 GK 円堂守(キャプテン)

 DF 吹雪士郎 風丸一朗太 夜舞月夜(NEW!)

 MF 鬼道有人 野坂悠馬 一星光 稲森明日人

 FW 吉良ヒロト 豪炎寺修也 フロイ・ギリカナン

 レンたちに就いていた神父が審判役となり、試合開始のホイッスルが鳴らされた。

 レン曰く「あの者は正当な裁きを求める。私たちが有利になるような審理はしない」とのことらしい。

「ハンデはやらないと言ったが、ボールは君たちにあげよう」

 ボールを蹴り、豪炎寺にボールを上げた。

「またか…舐めてんのかよ」

「人間を舐めると舌が穢れる」

「(なんだこいつ…)」

 ヒロトが愚痴ると、レンがそれに見合った返しをする。しかしそれは、ヒロトの言葉を真に受けているかのような返しであり、ヒロトは怒る気を失くしてしまった。

「皆! 特訓の成果を見せてやるんだ! 努力は種族をも超えるってな!」

 円堂がギャラリーの居ない実況しかいないグラウンドに響くくらいの大声でラストプロテクターの闘気を鼓舞する。

『さぁ始まりました! ラストプロテクター・アースVSユースティティア! 前回は散々な敗北をしてしまったが、今回は挽回できるか!? 試合開始です!』

 ラストプロテクターのキックオフで試合が始まり、フロイにボールが渡る。

「(ユースティティアとこうやって戦うのは始めてだ…だけど、この試合、負けるわけにはいかない…アストの為にも…)」

 試合中でも、明日人のことを考えているフロイ。狙われている_からというのもあるが、本質はそこでないような気がする。

 とその時、三人のディフェンスが来る。

 しかしそれをフロイは、相手の動きを見定めた上で避け、ヒロトに渡した。

「凄い! 一気に三人を抜いちゃうなんて!」

 夜舞がフロイを褒めているが、夜舞も以前は三人を一気に抜けていた気もするのだが…

「ヒロト! 気をつけろ!」

「わかってらぁ!」

 と豪炎寺に返事したその直後に、レンが立ち塞がった。以前ならここでボールを奪われ、ゴールに入れられていただろう。しかし、今は違う。

「甘いなァ!」

 レンが立ち塞がったのを視界に入れたすぐに、ヒロトは右にボールを体を動かし、レンを突破したのである。

「明日人!」

「野坂!」

 ヒロトは明日人にパスを回す。明日人は取り囲まれてはいたが、夜舞の特訓の一つの瞑想が入っていたため、明日人は相手の動きをその目で見極め、回避した上で野坂にパスした。

 野坂も以前は恐ろしい程のスピードだった相手のタックルを反復横跳びの応用で軽々と避け、豪炎寺にパスをする。

「豪炎寺さん!」

「ああ! そのパス、無駄にはしない!」

 パスを貰った豪炎寺は、爆熱スクリューの体制に入った。GKのカデンツァは、余裕そうに右手を伸ばした。

「爆熱スクリュー!!」

 炎のシュートがユースティティアのゴールに向かっていく。しかし、ここにくるシュートチェインで、カデンツァの表情が変わった。

「いけ! ヒロト!」

「任せろ! スーパーノヴァ・エクスプロージョン!!」

 まさかのシュートチェインを予測していなかったカデンツァは、そのままボールと一緒にゴールに入れられた。

「よっしゃあああああああ!!!」

 ラストプロテクター初の一点に、ヒロトは大いに喜び、豪炎寺も明日人たちも体が服得る程の喜びがこみ上げていた。

「やったぁやったぁ!」

 マネージャーたちはお互いに抱き合い、マリクもルースもハイタッチで喜びあっていた。

「よくやるじゃねぇか…」

 ベンチに座っていた灰崎は、ヒロトの活躍を見て、何やら感心しているようにも見えた。

「ヒロトくん凄いよ! ユースティティアから一点をもぎ取るなんて!」

 夜舞の目がいつもより輝きを増している。

「そうだろ? なんせ俺は、ゴッドストライ『予測済みだ。セレナーデ、シンフォニア、士気が乱れているぞ』

「も、申し訳ございません…」

 レンは点が取られた時でも冷静に物事を判断し、やる気が落ちている仲間を叱咤する。

 試合が再開し、ユースティティアのドリブルで前線に運ばれ、ついにシンフォニアが初めて技を出した。

『ジャッジメント・シンフォニア…』

 ボールが手のひらサイズのオーブとなり、シンフォニアがそれを手に取る。そしてそれを投げ、シンフォニアが投げる時に上げていた右手を前に倒すと、オーブから無数のレーザーが飛び出し、最後にボールもレーザーのようにゴールに向かった。

「正義の…鉄拳!」

 円堂の覚えたての新必殺技の威力は、さすがといえるほどで、レーザーもボールも弾き返した。それもそうだろう。なぜなら円堂が読んだ裏ノートの詳細には、正義の鉄拳は最終奥義とまで言われていたのだから。

「全く…私がやるしかないな」

 弾き返されたボールを本来行く筈の鬼道からカットしたレンは、ゴール前で円堂と対峙する。

 円堂が構える中、レンは右腕を横に伸ばし、右手から白いお札を数十枚取り出し、自分の周りに展開させた。

神珠・陰陽玉(かんじゅおんみょうだま)!』

 レンが出したその技は、雷門中の時に見た必殺技だ。自分の周りに展開されたお札を足元にあるボールを中心とした集まらせ、陰と陽の巨大な陰陽玉へと変化させ、レンがそれを赤と青の札で陰陽玉に貼りだすと、陰陽玉は破裂し、中から大量の札が出てくるという必殺技だった。

「正義の鉄拳!」

 巨大な金色の拳は、円堂から大量の札を防ぎ、中心のボールを弾こうとしていた。

 しかし、ボールは非常に強力で、拳が壊れてしまった。

「なっ!」

「正義の鉄拳が、破られた…!?」

 なんと、新しく覚えたての新必殺技、円堂の『正義の鉄拳』が、レンの必殺シュートによって破られ、ゴールを許してしまったのだ。

「舞い上がるな人間。天使は負けぬ」

 

 ***

 

 あっという間に前半戦は終わってしまい、ハーフタイムとなったが、ラストプロテクターの体力は想像以上に消耗していた。

「う~ん。これは交代せざるを得ませんね~」

「そうですね。僕の気功マッサージも、一回しか使えませんしね」

 しかし、交代を続けていると、いつかは体力のあるメンバーが居なくなって最悪な事になってしまうので、しっかり見極めてほしいところだ。

「円堂さん、疲れているのでしたら、俺が…」

「大丈夫だ! 必殺技は破られちゃったけど、きっとなんとかなる!」

「そういうもんか?」

 円堂のなんとかなる作戦に、不動が思わず突っ込んだ。

「ん? あれは…」

 休憩をしていると、夜舞はベンチの影に何者かが居るのが目に見えた。

 思わず覗きに見ると、そこには大人三人と子供一人。

 その大人三人は黒いローブをしており、いかにもな感じがした。

「夜舞さん?」

「しっ」

 夜舞を追いかけて坂野上も一緒に覗きに来た為、夜舞は静かにと口に指をあてた。

「坂野上くん、あれ、なんだと思う?」

「なんだと思うって…なんですか?」

「これは私の推測だけど…もしかしてユースティティアの天使の部下かもしれない。さっき子供が見えたから、きっと子供を攫おうとしているに決まってるよ!」

 小声で言ったかと思えば、急に青ざめる夜舞。

 漫画みたいにコロコロと変わる夜舞の表情を見て、坂野上は思わず笑ってしまった。

「私、このことを電話で大人たちに知らせるから、坂野上くんは…」

 坂野上に耳打ちで内容を伝えると、坂野上はわかりましたと小声で言い、夜舞が電話に出ている間の時間稼ぎを行うことにした。

 

 

 

 

「作戦では、人間側が負けてレン様が稲森明日人を連れ去ったその瞬間に、灰崎凌兵を連れ去る。だったな」

「あぁ、しかし、この女もバカだよな。後ろに俺達が居たのに気づかないでよ」

 神父三人が取り囲んでいるのは、黒い髪を二つに結い、星章学園の藍色の制服が特徴の宮野茜だった。目を隠され、口も覆われている。そのため、茜が何を言おうと、それは言葉にならなかった。

「ははっ、あとはレン様にまかせ…」

 神父が何かを言おうとしたその時、後ろで雪崩のような音がするのが聞こえた。怪しんだ神父が振り向くと、そこには夜舞の祖父を筆頭に花伽羅村の大人たちがクワや棒を持って神父たちに向かって襲いかかってきたのだ!

「こりゃー!! 子供を離さんかぁー!!」

「な、なんだこいつらは!」

「だ、大神父様! これでは…」

『かかれー!!』

 いつの間にか取り囲まれていた神父たちが逃げようとするも、村の人達の圧力は凄く、すぐに神父三人は捕まってしまった。

「ま、待ってください! 私達は宗教の者で…」

「宗教勧誘の人は、ここに来ません」

 神父が自分の身分を隠そうと口先八兆で受け答えしようとしたその時、グラウンドから夜舞が出てきた。

「み、道に迷って」

「道に迷っていたなら、確実にあそこで飢え死にしていました。それより、子供を返してください!」

 夜舞が指を指したのは、地面に転がっている少女。

「夜舞? どうしたんだ?」

 夜舞の大声で、明日人たちが様子を見に来る。その中で明日人たちを押しのけて先に進んだのは、灰崎だった。

「茜!」

 縛られている茜を抱え上げ、すぐさま自分のところに持ってきた灰崎。すぐに目隠しと口に貼りついているガムテープを剥がすと、そこには見覚えのある幼馴染みの姿があった。

「り、りょうへー?」

「茜…」

 茜を助けられたことに、灰崎は心の底から湧き出る歓喜に思わず泣いてしまいそうだったが、すぐに涙を堪え、茜を縛っている縄を外す。

「凌兵! 怖かったよ~!」

 縄を外されたその直後、自由になった腕で茜は灰崎に抱きついた。

 やはり、攫われていたのもあるため、幼馴染みに会えた感動は凄まじいものだろう。

「くそ…人質を取られたか…」

「まぁいいですよ。どうせ貴方達はレン様に勝てません」

 捨て台詞を吐きながら、神父たちは消えていってしまった。ここで逃がしてしまうことにはなったが、茜を取り戻せた為、結果オーライとはいえるだろう。これも夜舞のお陰だ。

「灰崎! よかったな! 茜さんが戻ってきて!!」

 茜が助かったことに舞い上がった明日人は、思わず灰崎と自分だけに秘密にしていたことをそこに居る皆にバラしてしまう。

「ん? それはどういうことだ? 稲森」

「あ、えっと、鬼道さん?」

 にっこりと笑いながら、鬼道は稲森に近づいている。

「まさかとは思うが…病院の時抜け出した時に、灰崎と何かしていたのか?」

「か、風丸さん…そ、その…夜舞~…」

 思わず夜舞に助けを求めた明日人。しかし。

「明日人くん。灰崎くんのことを教えてよ。知らないままなんて私嫌だよ」

「夜舞まで…」

 助けを求めた夜舞にまでそう言われてしまった為、結局明日人は、全員に事情を説明することとなってしまった。

「チッ…結局こうなんのかよ…」

「ご、ごめん灰崎~」

 他の人には話さないと約束したのにも関わらず、明日人が口を滑らしてしまい、そのせいで灰崎の機嫌を悪くしてしまう。

「ま…茜が助かったから今回は許してやる」

「え?」

 まさか灰崎が許してくれるとは思わず、明日人は下げていた顔を上げた。

「灰崎く~ん、宜しくお願いしますよ~」

 趙金雲の声で、灰崎はジャージを脱いで、中に着ていたユニホーム姿となった。

「リョウヘイ、あとは頼んだよ」

「わかってらぁ」

 フロイと交代し、改めてイナズマジャパンのFWが集まった。

 

 ***

 

「りょうへー! 頑張ってねー!」

 茜の件はこのまま返したらまた攫われるかもしれないという危険性があった為、ひとまずラストプロテクターが保護するということとなり、茜はそのままラストプロテクターのマネージャーとなった。

「お、おう…」

 皆の前で茜に応援され、少し照れ臭くなっている灰崎。その光景にラストプロテクターの雰囲気が和んだ。

『ラストプロテクターは、ハーフタイム中に何かがありましたが、監督からは特に以上ないとの事! さぁ後半戦開始です!』

 後半戦もラストプロテクターからのボールで始まり、ボールはフィールドに立ったばかりの灰崎に渡った。

 走る灰崎の体は、皆が見るよりも速く動いており、以前雷門中で試合した時よりも鋭くなっていた。

「シャーク・ザ・ディープ! イービル!」

 あっという間にゴール前まで辿りついた灰崎は、もはや代名詞ともなっているシャーク・ザ・ディープを繰り出した。しかし、海というフィールドには、青紫色の鮫だけかと思いきや、パーフェクトペンギンの金色のペンギンまでもが海を泳いでいた。

「パワーアップしてる!?」

「まさか、隠れて修行していたのか!?」

「でもすごいよ灰崎!」

 いや、これまでの特訓のお陰かもしれないが、何よりも…

「凌兵頑張ってー!」

 幼馴染みからの応援があるからではないのか?

 しかしそれでもシュートの威力は上がっており、カデンツァは鮫とペンギンに反応しきれず、ゴールを許してしまった。

 とにもかくにも、これで1-2だ。勝てる見込みはあるかもしれない。

「おい一星」

「なんですか?」

 しかしゴール直後、灰崎が一星に話しかけてきた。何やら真剣そうだ。

「ちょっとツラ貸せ」

「え!?」

 試合中だというのに灰崎から二人きりで話がしたい(ツラ貸せの意味)という誘いが、一星の顔を強張らせた。

「凌兵どうしたの? 試合中だよ?」

「すぐに終わらァ」

 茜からの心配の声も、灰崎は聞かない。

 

 

 

 ベンチよりも離れた場所での話し合いが始まる。安心しろとは言われたものの、やはり心配だった円堂と明日人、野坂と夜舞は陰からそれを覗いていた。

「一星、お前二重人格だろ」

 灰崎が単刀直入に聞いてきた質問に、『欠』は答えた。

「…そうだと言ったら?」

 眼つきは鋭くなり、髪の感じも変わっている。どこか充を思わせる外見だ。

「俺は一星がずっとお前を出さねぇようにしていたの見てたからな。たまにだが、胸を抑える時があった」

「そうか、で、それがどうした?」

「…フロイから聞いた。お前がオリオンに復讐しようとしていることも、フロイを何度も何度も殺そうとして、出来なかったってんのも聞いた。今のお前は、昔の俺と同じだ」

 明日人たちは、一星がフロイを何度も殺そうとしていたというのを今知り、静かに心の底で驚いた。

「まぁ、大事な人を奪われて悲しまねぇ奴なんていねぇしよ」

 灰崎は、わかっていたのだ。復讐を決意した日のことも、復讐をしていた日々のことも、全てわかっているのだ。

 だから、一星の気持ちもわからなくなかったのだ。

「いいか、俺が言いてぇのはこれだ。お前、本当はわかってんじゃねぇのか? フロイの奴は何も関係ねぇってことを」

 その瞬間、一星の視界が眩い光に包まれた。

 そして、一星の眼つきも髪の感じも光に戻っていっている。

「灰崎くん…」

「オラ、とっとと戻るぞ」

 

 ***

 

 試合が再開され、一星はポジションについていた。

 前方には灰崎凌兵が見える。

 その背中にどんな過去を背負っているのかは一星はわからなかったが、どこかたくましく思えた。

 口調こそは荒いものの、芯は真っすぐとしていて固い。

 もしかしたら、自分は間違っていたのではないかと思ったその瞬間、傍で試合を見ていた蠍が一星に向かって飛びだし、そのまま一星の体内に入った___。

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 一星の周りに現れた赤と黒のオーラが一星の体全体に纏わりつき、それによる激痛、心を抉られる感覚に、一星は今にも意識を無くしかける。

「一星!」

「一星くん!」

 明日人と野坂、フロイの声も聴けず、只々一星は目の前の苦痛に耐えるしか出来なかった。

「うっ……っ、く、る、し……」

 

『幸せだった過去に縋るか、先の見えない未来を生きるか?』

 

「!?」

 体内から響いた声に耳を傾けたその瞬間、自分を苦しめていた筈のオーラと激痛が消え、自分はどこかの黒い空間に飛ばされていた。

「君、は?」

 そこに居る光の球に話しかける。

『私は蠍だ。赤い蠍だ。一星光。お前はお前自身の大切な者を奪った、オリオンが憎いか? それとも、復讐をしたくないと思っているのか?』

 自分の思っていることを突かれ、一星は蠍に動揺する。

「憎んでない…と言えば、嘘になるかもしれない。でも、俺が憎んでないにしても、オリオンは、俺の大切で俺の尊敬する兄ちゃんを奪ったことには変わりない」

 サッカーが上手くて、この世界の誰よりもかっこよくて、尊敬する兄を、オリオンは奪った。

 でも、違ったのだ。

「でも、だからって、自分が作ってしまった人格だとしても、フロイを傷つける必要はなかった。灰崎くんから言われて、改めて気がついたけど、無関係なんだ。でも、無関係なことに、俺は許せなかったんだ。親友に向かってこんなことを考えるなんて、最低だ。なのに俺は、フロイにあの事故をなんで防がなかったんだって思ってしまうんだ…」

 当時のフロイには、そんなこと出来なかったかもしれない。それでも、甘えてしまっていたのだ。親友なら、あの事故を事前に防げたんじゃないかって、一星は思ってしまっていたのだ。

「最低だよね…だって俺は、戻れない過去に縋って、当時親友でも何でもなかった他人のフロイに無理難題をおしつけて…酷いよね…」

 口では笑っているものの、一星の心は泣いていた。

『一星光よ、お前に、選択がある。一つは、未来を切り離し、過去に縋るか。二つは、過去と別ち、未来を生きるかだ』

 一星に架せられた選択。

 一星は考えた。

 これまでのことを振り返ったのだ。

 まず、自分がなぜオリオン財団に復讐したいと思ったのか。

 兄の充がオリオン財団によって殺された。

 それが信じられなかった。

 だけど、いつしかそれは、大きな復讐心となって、炎のように揺らめていた。

 だから、復讐したかった。フロイを殺して。

 だけど、間違っていた。灰崎に言われて、改めて気づいた。

 もともとフロイは無関係だったじゃないか。悪いのはあのオリオンの魔女イリーナだ。

 しかしイリーナは今ロシアの刑務所に居る。とても自分には手の届かなかったから、フロイに手を出したのではないだろうか。

 だったら、自分はとても酷い事をしてしまった。

 フロイという充と光の親友を殺そうとしてしまうなんて。

 正直、これからフロイとはどうやっていいかはわからない。

 だけど、逃げるわけにはいかなかった。

 もう過去には縋りたくないという気持ちがあったからだ。

 選択は一つだけで、二つ同時には選べない。

 だとしても、一星はもう誰かに決めて貰うことをやめた。

 これからは、自分自身で、生きるんだ。

「俺は…この辛くて悲しい未来を…『生きる』!」

 一星が光の球を右手で下から包むように持つと、光の球は小さな粒となって一星の胸の中に入り、先ほどまで真っ暗だった空間が砕け散った。

「一星!」

 目覚めた一星は、姿形が変わっていた。短かった後ろ髪は伸び、長い三つ編みに纏まっており、色はオリオン座の赤いベテルギウスのような赤に染まっていた。そして、目も赤くなっている。

 一星は自分の姿が変わっていることに驚いた様子をみせたが、そんな驚きに時間をかけている暇はないと感じたのか、すぐに前方を向いた。

「__行くよ。サソリ」

 一星が走り出すと、後ろから突風が吹き荒れた。明日人たちはその突風に思わず顔を腕で覆った。

 足の踏み込みが強すぎて、走る度に風が吹いているのだ。

 おまけにその足の踏みこみもあってか、足も速くなっており、ユースティティアの天使のディフェンスを持ち前の分析能力で軽々と避けていく。

 そして、味方へのパスもちゃんと通っている。コツを掴み始めたそうだ。

『アンタレス・エトワール!!』

 ゴール前に辿りついた一星は、まずボールをトラップしてからボールを宙に上げ、自分も空を飛んだ。

 その瞬間、背景は蠍座の星座がきらめいた夜空となり、アンタレスという蠍座の一等星の中心で、一星がボールを蹴りだすと、一星の後ろから赤い光の細いビームたちが一斉にゴールへとボールを連れて行く。

「エンジェルラ―ダー・カデンツァ!!」

 天使が舞い降りるような光の壁が空から満ち、自分とボールとの間にバリアを作る。

 しかし、星の光はそれをいともたやすく貫いた。

『ゴール! ラストプロテクター、一点を取り返した!このまま突き放せるかぁー!?』

 1-3。その直後、一星の変身は解け、ふぅ~と息を吐きながら元のポジションに戻った。

「一星…それって…」

 明日人が一星の赤くなっていた髪の毛に質問する。

「これですか? …蠍の化物との統合…と考えるべきでしょうか」

 変身した一星にもよくわかっていないらしく、明日人に質問された一星は仕方なく自分の中に入った蠍の化物との統合だと答えた。

「ほーっほっほっほ! ならば、名前を付ければいいじゃありませんかぁ」

「名前?」

「そう…その名も、『スペクトルフォーメーション』と名づけましょう~!」

 スペクトルは本来複雑な情報や信号をその成分に分解し、成分ごとの大小に従って配列したもののことなのだが、趙金雲のネーミングセンスはいかがなものか。

「スペクトルフォーメーション、ですか…!」

 胸の中にある蠍を思い描きながら、一星は感心する。

「よし皆! このまま勝ち越そう!」

 勝利の光が見え始めたその時だった。

 

「スペクトルフォーメーションか…だが、そんなもので天使を越えられると思うなッ!!」

 

 首元に下げていた白い十字架のペンダントを外し、右手に持ったレン。その瞬間、レンの周りでは紫色のオーラが漂い、髪の毛と服を浮かす。

「ハァッ! 『‘‘クロスハート‘‘ッ、解放!!』」

 右手拳を左手に合わせ、紫色に光りだしたペンダントを前に突き出す。すると、ペンダントから紫色の光が溢れだし、それはレンに纏わりつく。

 そして光が弾けると、そこには先ほどのユニホームとはまた違った服装になっており、ペンダントの十字架は胸に、周りには人形代が浮いている。

「____」

 息を吐き、その直後にレンはフィールドを走り抜ける。

 それは先ほどのスピードよりも速く、あっという間に十人が抜かされてしまった。

「これはっ!」

「あの十字架で、パワーアップしているというのかい!?」

 野坂がそう仮定するも、レンの進撃は止まる気配を見せず、円堂が身構える。

『神珠・陰陽玉!』

「正義の、鉄拳!」

 今度は負けはしない_と、円堂はもう一度正義の鉄拳を繰り出した。

 しかし、先ほどの十字架で基礎能力を上げているせいなのか、今度は円堂の踏ん張りもなくゴールを許してしまった。

『ゴール! ユースティティア、謎の変身で円堂からゴールを奪いました! これは、ユースティティアのスペクトルフォーメーションかぁー!?』

 レンが変身を解き、またペンダントを首から下げた。

「これが、天界の技術で作りあげた神聖なる十字架_『エンジェルクロス』だ」

 エンジェルクロス_一見はただの十字架のペンダントにしか見えないが、天使からすれば先ほどの変身が出来る優れものなのだろう。

「我が天使に楯突いたこと、後悔するべきだったな」

 そのレンの言葉は、どこか恐怖を感じていた。

 その後、ラストプロテクターからのボールで試合は再開されたが、ユースティティアの快進撃で試合は進んでしまった。先ほどのレンの変身の影響か、ユースティティアのステータスが底上げされているような感覚を明日人たちは覚えた。

「まさか、さっきの変身でこいつらのステータスが上昇しているのか!?」

「だとしたら…長引くともっと不利になるね…」

 構える風丸と吹雪。

「稲森と野坂は守備に、そして一星は隙があればスペクトルフォーメーションを!」

 鬼道が指示を出し、稲森と野坂は後衛に下がった。

「野坂さん。また俺が、スペクトルフォーメーションをします!」

「あぁ、任せたよ」

 まだ何があるのかは解明されていないが、勝つには必要だと考えた野坂は、スぺクトルフォーメーションを使うことを承諾した。

「(どうやって使うかはわかりませんが…やってみます!)」

 しかし、どうやって呼び出すのかをわかっていなかった一星は、とりあえず足を踏み込み、左手で構え、右手を大きく空に掲げ、思いついた呪文を叫ぶ。

『スペクトルフォーメーション! リライズ!』

 その瞬間、曇天の空から雷の音が続いたあと、一星に向かって赤い雷が落ちてきた!

 その光景は遠くでも視認され、夜舞の家に避難している子供たちは勿論、東京にいる人たち、テレビ局の人達もその雷を確認できた。

 時々痛みが発生したが、一星はそれに耐え、見事に雷が弾けると同時にスペクトルフォーメ―ションに成功した。

「ハァ!」

 稲妻のような速さで相手からボールを取った一星は、その長い三つ編みを揺らしながら相手をドリブルやフェイントでかわしていく。

 その頃ベンチでは一星の快進撃に驚きと喜びが混じった歓声が沸いていた。

「一星くん、順調ですね!」

「そうだね…でも、まだわかってないことがあるよ。大谷」

「それって、なんですか? ルースくん」

 他の人にはわかってないことを見抜いたルース。それを大谷が気になったのか、聞きにくる。

「一星は、蠍の化物との統合…と言ったよね。でも、俺達はその蠍の化物が何なのかをわかっていない」

「あ…確かにあの蠍の化物が何なのかを教えて貰ってません!」

 一星が初めてスペクトルフォーメーションを成功した喜びが大きくて、皆は大事なことを忘れてしまっていたのだ。

「そして、あれほどのパワー…相当の負荷がかかると思うよ」

 ルースが呟いたその一言_それは最悪にも当たってしまった。

「うっ!」

 ドリブルをしている途中で、一星の胸が痛み、足が止まってしまったのだ。

 その隙にシンフォニアとセレナーデがボールを奪おうとする為、一星は胸の痛みを我慢しつつ二人を避けながら前に進む。

 しかし、FWのレンが前に立ち塞がり、レンはボールを見切ったあと紫色のお札を四枚出し、それを一星を囲む四角形に投げる。

『神錠結界!』

 お札に立ち止まった一星の周りに、それぞれのお札から一本の蔓が現れ、それは一星の体に巻きついて離さない。その隙に零れたボールを拾い、レンがまたエンジェルクロスを発動する。

「クロスハート・解放!」

 レンがまた変身してしまった。

 明日人たちが何とか止めようとするも、その勢いはグリッドオメガの時の風なみで、立ち向っても吹き飛ばされてしまった。

「させないよ! アイスグランド!」

「スピニングフェンス!」

「ライトチェーン・ダークロープ!」

 三人を代表とするディフェンス技を使っても、レンは氷の上を吹雪のようにスケートしながら通り抜け、風を避け、そして鎖も縄も避けてしまった。

「円堂先輩!」

 夜舞の言葉に、円堂は改めて構える。

 その後、レンは目の前に出した札数枚のバリアから、ボールを紫と白の陰陽玉として三つ作りだし、その中の一つを左に回して自身を中心に回らせる。逆時計周りに回っている陰陽玉はレンの周りをいつまでも回っており、そのままレンは翼を出して空を飛んだ。

 

『邪念ありし人形代の陰陽玉!!』

 

 両手に持てるだけのお札を投げ、さらに陰陽玉の外側で右回りに回らせると、お札と陰陽玉は光りだし、陰陽玉から大量の黒と白の人形代が噴き出す。その直後にお札を一直線に発射し、最後にレンは陰陽玉全てを蹴りだした。

「正義の…鉄拳!!」

 金色の大きな拳は大量の人形代を防ぐ。バサバサと紙が擦れる音がする中で、次のショットであるお札が飛んでくるが、それも全て弾いた。

「なっ…どわぁ!」

 が、三つの陰陽玉が同時にぶつかったその瞬間、拳が砕け散ってしまい、ボールがゴールの中に入って__「まだまだぁ!!!」

「一星!?」

 ゴールに入りそうな陰陽玉を足で受け止めたのは、一星だった。一度は陰陽玉三つを弾き返したが、陰陽玉はまるで意志を持っているのか、一斉に一星に襲い掛かる。

「せいっ! はぁ!」

 二つの陰陽玉を、まるでPKように弾く。が、最後の陰陽玉は一星の鳩尾に直撃し、一星は陰陽玉共々ゴールに入ってしまう。

「一星!」

「一星くん!」

 幸いゴールネットがクッションとなった為、大きなけがはなかった。

 明日人たちが駆け寄ると、一星はゴールネットの糸を支えに、なんとか立ち上がった。口からは血が零れており、スペクトルフォーメーションも、先ほどのシュートで解けてしまった。しかしそれでも一星は、前へと進んだ。

 が、ここでホイッスル。試合がおわってしまったのだ。

『ここで試合終了ー! 得点は、同点です!』

 惜しくも同点で終わってしまい、ラストプロテクターは勝てなかったという喪失感に苛まれる。

「…引き分けか」

「レン様、引き分けの際はあの者のことはどうしましょう」

 レンたちは引き分けのことで、明日人のことを話しだした為、それに気づいた円堂たちが盾になる。

「引き分けは引き分けだ。しばらくは見逃そう」

 しかし、レンたちは明日人を放って天へと帰ってしまった。

「…いってしまいました」

「そうだな…だが、今回はあのユースティティアと引き分けにまで持ち越せた。次はもっと特訓して、絶対に勝つぞ!!」

『おおー!』

 引き分けとなり、沈んだ気持ちのラストプロテクターの士気を鼓舞したのは、円堂だった。早速特訓だーと言わんばかりに、円堂は早速ベンチで特訓の準備をしており、それは他の人も同じだった。

「…一星?」

 明日人も同じように皆についていくも、一星がまだグラウンドに居るのを見かける。

「一星、もう行く…」

 明日人が一星の肩を押したその直後、一星が咳き込んだときに口を押えた手にはなんと、真っ赤な血がついていたのだ。

「ゴホッ! ゴホゴホ!」

 風邪以上の咳き込みを見せる一星。その度に血が吹き出る。

「い、一星!? だいじょ…」

 明日人が一星を心配する声を上げると、その瞬間に一星はうつぶせで倒れてしまった!

「一星? 一星!?」

 明日人が声をかけても、一星は咳き込んで血を出すだけだった。

「野坂! 一星が…!」

「な…一星くん!」

 自分ではどうしていいかわからず、明日人は野坂に助けを求めた。

「どうしたんだ!?」

 ベンチにいた円堂たちが駆け寄る。

「まずいな…夜舞! ここに病院は?」

「診療所ならありますよ豪炎寺先輩! 今案内します!」 

 こうして、一星は花伽羅村の診療所に運ばれた。

 

 

 

 

 

 あと、もう一つだけ欠けている物があるんじゃない?

 

 続く

 




キャラ説明

レン・ナオビ
『地上の秩序を正す直毘神の力を持っており、その受け売りが札。あとちなみに、天使だがあまり人に情はない。』
年齢 不詳
性別 男
一人称 私
二人称 呼び捨て 君
ポジション FW
二つ名は現在募集中。
(あと妄想CV.は河西健吾さんだよ!)


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第十一話 彼の想いが星屑当然だったとしても。

「いただきます」

 花伽羅村の定食屋できしめんを頼んだエレン。手を合わせ、きしめんにありつく。

 天使といえど、食べ物への感謝は忘れていないようだった。

「ふふっ、秋はまさに食欲の秋よね。食べ物がおいしいわ」

 平べったい麺をすすり、あったかい出汁を飲む。するとエレンは、その暖かい出汁で何かを思い出したのか、箸を止めた。

「さて、仕事をしなくちゃね。とは言っても…私が仕事しているところなんてあんまり見られていないものだから、さぼっていると思われても仕方ないわね」

 どこかから四角い端末を取り出し、画面に指をあてる。そこにはパソコンでいうワードの画面が広がっており、エレンはそれに文字を書いていく。

「花伽羅村の総評。食べ物が美味しかった、と」

 それだけを書いて送信し、端末の電源を切ると、端末をどこかに消した。端末を入れるような荷物もないのに。

「(スペクトルフォーメーションね…『怪異』とそれに適合した人の融合によって生まれる概念的能力…実際怪異なんていう実態のないものと融合をしているわけだから、概念的というしかないわね。元々怪異はそこにいるだけで人とのつり合いを取っているだけの存在…今ではもう幻想の一つとなってしまった妖怪とは違って人は襲わないし、本来なら無害中の無害、人には見えないはずだけれども、あの人間はそれを成した…興味が高まるわね。もしその力が素晴らしかったら、私の部下として引き入れるのもいいかもね)」

 脳内でエレンは、一星のスペクトルフォーメーションについての自身の解釈を述べる。

 その間にはすでにきしめんは食べ終わっており、エレンはごちそうさまともう一度手を合わせると、お金をちょうどになるように置いて定食屋から出る。

 

 ***

 

 ユースティティアの天使との試合が終わってから、およそ一日が経過した。

 朝になり、明日人たちは花伽羅村の診療所にある診察室の外で、明日人たちは一星の治療の終わりを待っていた。

 苛立ちが溜まっているのか、足で音を立てている者もいるが、誰もその者に注意する気力は無い。

 なぜならば、仲間の一人である一星光が、口から血を流して倒れたのだから。

 心配じゃない人なんていないだろう。いくら二か月前のFFIでのいざこざがあったとしても。

 不安が募り、誰もが嫌な気持ちになっていたその時、花伽羅村の医者が診察室から出てきた。

「先生! 一星くんの容態はどうなんですか?」

「一星くん、大丈…夫ですよね…大丈夫じゃなかったら私…」

 花伽羅村の診療所の診察室から出てきた医者に、夜舞は心配しながらも落ち着いて一星の様態を医者に聞いているが、大谷はもはや心配の言葉が上手く出ず、その場で静かに泣いてしまっている。

「皆さん、落ち着いてください。一星くんの命に別状はありませんし、病気の予兆でもありませんし、何よりサッカー生命も失われておりません。ただ、少し貧血気味なため、点滴は打ってありますが…」

 点滴は打ってはいるものの、命に別状はないということを知り、明日人たちはその場で人が居るのにも関わらず声が枯れる程に喜んだ。中には胴上げもしている。

「一星!」

 早速明日人たちが一星のいる診察室に足を運ぶと、そこにはまるで学校の保健室のような内装が広がっており、一星は薬品棚近くの並んでいるベッドで本を読んでいた。皆が来た途端、一星は本を閉じ、診察室に来た皆を見つめた。

「皆さん…」

「本当に心配したんだからなー!」

 明日人が一星に抱きつく。

「ちょ、ちょっと明日人くん、重いですって…!」

 口では嫌がってても、表情は柔らかい。一星だって明日人に会えて嬉しかったのだろう。

「あ、そうだ! 早速岩戸にも知らせなくちゃ!」

「岩戸の奴、一星が倒れたのを聞いて寝込んでいたらしいからな。きっと喜ぶと思うぞ」

 明日人が何かを思い出した。二か月前のFFIで同室だった岩戸のことだ。風丸も、きっと喜ぶと言っていた。

 診察室では一星まわりの話で盛り上がっているが、とても騒がしく、おまけに大勢が入って来てるので、一星の治療をしていた医者は今現在進行形で困っていたが、明日人たちの話を聞いていると、しばらくはここに居させてあげようという感情になった。

 しかし、何十分も話し続けているので、医者はついに「そろそろ帰ってくれるかな~」と言ってしまった。それを聞いて明日人たちは、「しまった!」とあっとした顔をしながら、失礼しますと治療室から出ようとしたその時、医者が明日人たちを引き留めたのだ。

「そういえば、一星くんってここに運ばれる前、口から血を吐いていたんだって? 僕、レントゲンや様々な器具を使って原因を調べてみたけど、どこにも異常はなかったよ?」

 引き留めてきた医者の言葉に、明日人たちは驚愕した。もっとも一星は、なんで原因が無いんだと困惑していた。

「僕はあまり霊的存在は信じてはいないけど…もしかしたら、霊に憑りつかれたことによるかもしれないから、一応それも頭に入れておいてくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 見て下さりありがとうございますの意を込め、一星は医者にお礼をした。診療所を出て、明日人たちはとりあえず花伽羅村のグラウンドに行き、特訓を行うことにした。グラウンドでは先に特訓の準備をしていた茜が手を振っている。

「一星くーん! 辛かったら無理しなくていいからねー!」

 ラストプロテクターのマネージャーになったばかりの茜が、大きく右手を振りながら一星に大声で言っている。

「はい! 宮野さん!」

 茜は恐らく一星を心配してのことだろうが、それが灰崎には少し気に入らなかったようで、言葉には出てないが嫉妬のオーラが出ているに違いない。

「じゃあ今日は…大縄跳び!」

 第三者の夜舞から出される特訓の内容にもだんだん慣れが来たのか、明日人たちも最初は困惑した表情だったのが、次第に納得と面白そうだと思っていることを思わせる表情をするようになっていた。

「大縄跳びと言ったら、8飛びだよな!」いつも体育でしていたぜ! という円堂。

「ダブルダッチもありますよ!」縄跳びの派生版であるダブルダッチを提案する一星。すでに元気そうだ。

「あれ以外に疲れるんですよね…」と坂野上。

 しかしチームの団結力を高めるには十分だろう。なぜなら十六人全員で何回も続けて飛ぶのは結構難しいのだから。

「それを考えての大縄跳びなんですね!」

「そうですね。蛍くん」

 夜舞を見つめながら話す翠嵐と蛍。彼らもまたラストプロテクターの特訓の手伝いをしているのだ。

「お前ら普通に話してっけど、なんで二重跳びしながら話してんだ!?」

 まさかの縄跳びで二重跳びをしながら話していた為、それいヒロトは思わず突っ込んだが、二人は顔を見合わせるだけだった。やはり外の世界と花伽羅村の村民とは少し感覚が違うのだろう。

「みなさ~ん! 今日はオフなので、この村を観光するなり特訓を続けるなりなんなりしてくださ~い!」

 すると、趙金雲の胡散臭い声が聞こえた。どうやら、しばらくはユースティティアの天使もここには来なさそうな為、休憩の意味も含めて今日の練習は休みらしい。そのため明日人たちは、この午後をどんな風に過ごすかを考えていた。 

「ヒカル、この後一緒に食事でも…」

 その中でフロイは、二重人格のことも終わったからヒカルにそのご褒美にと一星を食事に誘った。

「あぁ、ごめんフロイ。俺これから野坂さんと先ほどの試合の解析をしなくてはいけなくてさ…また今度な!」

 しかし一星は、急用があるような顔でフロイからの誘いを断り、一刻も早くフロイとは離れたいというオーラが漂うような足の速さで、一星はその場から一気に離れ、花伽羅中の校舎の方へと向かった。

「……はぁ」

「どうしたのかな? 一星くん」

 切羽詰まった表情から解き放たれ、腕の力を抜いて突っ立っていると、野坂に後ろから声をかけられた為、一星の口から変な声が出てしまう。

「の、野坂さんでしたか…」

「一星くん、今日はオフだから、試合を見る予定はないよ」

 フロイとの会話を聞いていたのか、という声が聞こえそうな表情のまま、一星は悪気のなさそうな顔で話しかける野坂を見つめる。野坂の冷たくて暖かいその眼には、どんなことでもその目に移すことの出来る視野を持っている。逃げるのは無理そうだ。

「は、はい…実は、フロイとはあれから気まずくて…フロイからの誘いを断る為に嘘を…」

「え? そうだったのかい?」

「知らなかったんですか!? ……あ…」

 なんとか言葉を口にして事を伝えるも、野坂はフロイとの気まずさまでは知っておらず、予想外の展開に一星が驚くが、後になって野坂の知らなかったという言葉の意味を理解した時には、野坂はにっこりとした笑顔をしていた。

「つまり、君は今フロイくんとは気まずい仲にある、ということだね」

「うう…」

「ごめんね一星くん。こうでもしないと聞きだせないかなって思ってね」

「野坂さん…」

 確かに自分はあまり悩みを人に伝えたりするタイプだが、それでも不意打ちは酷いと一星は思った。

「別に気まずくてもいいんじゃないかな」

「えっ」

 返ってきた返答_というよりも答えが、自分の知っている「野坂さん」らしくなく、一星は野坂を見た。自分を見つめてきた一星に、野坂は優しくアドバイスをするときみたいに答えた。

「親友との仲は、これから取り戻せばいい。そうは思わないかな? まぁ、君はどっちかというと、早く仲直りしなきゃって考えそうな感じだもんね。でも、僕はさっきみたいなことを思うな。ほら、人生ってまだまだこれからだしね。あ、あとちゃんと死ぬまでには仲直りしなきゃだよ? いや…人生いつ死ぬかわからないから、やっぱり今やった方がいいかもね」

「はぁ…」

 やっぱり長く生きるためには、体も心も命も大事にしなきゃねという野坂に対し、一星はそういう野坂さんは以前脳腫瘍で自分の人生を削ってまでアレスの天秤の欠陥を証明しようとしていたじゃないか。と明日人と灰崎から聞いた話を思い出し、それをあなたがいいますか? という表情と目線で野坂に訴えた。

「というわけで……明日人くん」

「なに? 野坂」

 野坂に呼ばれた明日人は、今特訓していたのにと未練を口にしながら野坂の元へやってくる。それを聞いて野坂はあとで一緒に特訓してあげるからとなだめる。

「夜舞ちゃんと灰崎くんを呼んできてくれないかな? 僕は準備があるからね。あ、一人にしちゃまずいから、一星くんを連れてね」

 夜舞と灰崎を呼んできてほしいという野坂からの頼みに、明日人は後で一緒に特訓するという約束でOKサインを出す。しかし一星と一緒に行くという話になり、明日人は別に一人でも行けるのに! と野坂に抗議するも、聞き入れてはくれなかった。仕方なく、明日人は一星と一緒に二人を探しにいくことになったが、意外にも二人はまだグラウンドで特訓しており、灰崎は一人で練習、夜舞は砂木沼と必殺技の強化に専念していた為、すぐに見つかった。

「ねぇ、明日人くん」

「なに?」

「明日人くんは、どうやって友達と仲直りするんですか?」

 一星から呼ばれたかと思えば、素朴(?)で素朴じゃない質問を急に投げかけられ、明日人はびっくりせざるにはいられなかった。

 しかし、その話をしようとしている一星の目はとても悲しそうで、馬鹿にしないでちゃんと話を聞いてあげなきゃと思った明日人は、ちゃんと質問に答えた。

「う~ん、俺だって万作と氷浦とは喧嘩することもあるし、やっぱりそうなったときは、ごめんって謝るかな。まぁ…一日くらい謝らないでいた時もあるけど…でも、友達ってさ、気づいたら仲直りしているものじゃないかな?」

「え?」

 明日人の答えに、質問したはずの一星が驚いてしまっている。それもそうだろう。自分の人生の中で経験したことも経験しようともしなかったことを易々と言われたのだから。

「俺、一星みたいに兄弟は居ないし、円堂さんみたいに友達はそんなにいないけど…これだけはわかるんだ。仲直りっていうのは、仲直りしたい相手と自分の心がやっとつながって、仲直り出来るものじゃないかな。ほら、喧嘩したのに、少し経つと何事もなかったかのようにいつもみたいに遊んでいたとか、ないかな?」

「………」

 明日人の話を聞いて、一星は過去を『思い出した』。自分も昔は充と喧嘩したことはあっても、一日経てばいつものようにサッカーをしていたのだ。一日が経つ前は、あんなに嫌い嫌いって言ってたのに。

「…フロイも、俺と仲直りしたいって思っているのかな…」

「絶対思っているよ! 俺だったら、一星とずっと気まずいままだなんて嫌だよ!」

「んだよ、お前にしてはいいことをいってんじゃねぇかよ」

 そう言って一星を元気づける明日人の近くで灰崎の声がした。隣には夜舞も居て、夜舞は明日人たちに小さく手を振っている。

「その感じ、凄くわかるよ~。子供たちはいつものように喧嘩するけど、私が少し目を離した隙にいつの間にか仲直りしていたってこともあるからね~…。でも、私も昔は友達と喧嘩したことはあっても、すぐに仲直りしてたよ」

「夜舞さん!? 灰崎くん!? いつの間に!?」

 明日人と話していたら、いつの間には呼びに行く筈の二人がこっちに来ていたという現象が起こっていたことに一星は驚いた。

「僕が呼んだんだ。どうやら話をしているみたいだったから、僕が代わりにね」

「そ、そうですか…」

 じゃあ俺らが呼びに行った意味がないじゃないですか…と言わんばかりに、一星の表情と脳内は複雑な感情で埋まっていた。

「じゃあ、皆揃ったし、夜舞ちゃん、案内できるかな?」

「任せて! 野坂くん!」

「えっ、えっ?」

 一星には何が何だかわからない様子だったが、それは灰崎も同じであり、野坂たちのノリについていけてないようだった。

 一方で明日人は、野坂たちの目的に気づいたのかノリにノッている。

「それでは、花伽羅村を観光しよー!!」

『おー!』

『お、おー?』

 なんと、野坂が二人を呼んできてと言ったのは、皆で花伽羅村の観光をするためだったのだ。野坂曰くせっかくのオフなんだから、皆で村を観光しようということだったが、灰崎と一星は何をしているのかがわかってない感じだった。

「ええ!? の、野坂さん! 観光するなら俺に言ってくれても」

「サプライズ感があっていいでしょ?」

「よくありません!」

「ほら、野坂くんも一星くんや私たちのことを思って隠しておいたんだとは思うよ?」

「どう思ったんですか…」

 夜舞のフォローがあろうがなかろうと、一星は野坂のそのサプライズの意味がわからないでいた。

 そして灰崎は、夜舞と野坂はもしかしたら気があるんじゃないかと、野坂だけでも厄介なのにさらに夜舞という灰崎にとって未知の存在である女の子(茜が居るけど)が加わる為、野坂とのコンビネーションもあいまって余計に気分を悪くさせていた。

「じゃあまずは美味しいものがいっぱい揃っている商店街にいってみよー!」

『おー!』

 明日人たちの先頭を先走る夜舞。それを見て一星と灰崎は女の子ってみんなこういうものなのかと思春期あたり始めの感情が流れていた。

 

 ***

 

 村での観光を終えたその夜、一星は旅館で誰かに起こされた。重い瞼を開いて起こした人物を見ると、そこには夜舞が。

「え…夜舞さ…」

「しっ」

 夜舞が皆が起きないようにと大声を出しそうになった一星を制する。

「実は、一星くんに見せたいものがあって」

「それでこんな時間に起こしたんですか…?」

 小声で話す夜舞と一星。一星は夜舞の突然の誘いに、蛍の言っていた一直線の意味をやっと理解する。

 その間にも、夜舞は一星を旅館の外に連れて行くと、同じように旅館の外には明日人と灰崎、野坂が居たのだ。

「え、明日人くん!? 野坂さんに、灰崎くんまで…」

「えへへ、実は三人にも声かけたんだ~! ほら、私の見せたいものは、すっごく綺麗だから!」

 そ、そうなんですか…と一星はだからってこんな夜中に呼び出すか? と心の中の声を隠しながら苦笑いをした。

 しかし、夜舞の見せたいものと、夜の花伽羅村も見たい気もあったので、一星は少しの罪悪感がありながらも一緒に夜の村を歩くことにした。

 深夜の花伽羅村は、いつになく静かだった。

 都会とは違って、午前一時ともなれば村の人達は電気を消して寝静まっていた。その為満月の夜はここの道がとても明るく見えるのだそうだ。そして都会特有の騒がしさもない為、深夜の花伽羅村は秋の鈴虫と蛙たちが夜を支配していた。

 夜舞はライトの代わりに提灯で自分達の行く道を照らしている。しかしそれでも花伽羅村の道はでこぼこしており、また丸太の端や川もある為、それを渡る場合、夜舞は明日人たちに声かけしていた。

「つーか…夜の花伽羅村はこんなに涼しいんだな…」

 ジャージでも着てねぇと風邪引いちまいそうだ。と灰崎は夜の村を見渡した。

「今日が久しぶりに暑かったのが嘘みたいですね。あ、でもカザニの夜も結構涼しかったですし、何よりサッカーするに最適な気候でしたよ!」

「なんで張り合ってんだ…?」

「まぁいいじゃん灰崎! 今夜はゆっくり楽しもうよ!」

「そうだね、明日人くんの言う通り、君はもう少し楽しんだ方がいい」

「あぁ? なんだそれ」

「野坂さん! あまり灰崎くんをからかわないでください! あと灰崎くんもそうやって突っかかっちゃダメですって…ほら、夜舞さんも居る事ですし!」

「私は別にいいよ? 喧嘩を止めるのは得意だし! あ、でも近所迷惑になるような喧嘩だけはしないようにね」

「だって、灰崎くん」

「野坂…テメェは俺をなんだと思ってやがんだ…」

 夜舞の後ろで繰り広げられる漫才のような光景に、夜舞は思わず晴れやかな笑い声をもらした。

「あ~…ごめん明日人くんたち。だって皆の話を聞いてると、よく村で喧嘩する子供たちみたいで笑えてきちゃって…!」

 変な理由で笑っている夜舞を見て、明日人たちは子供扱いされていたのかと複雑な心境になり、灰崎は夜舞の笑った理由に馬鹿らしくなり、怒っていた感情が段々薄れていく。

「さぁついた! ささ、座って~座って~!」

 家などの建造物が何もない空き地のような広場には、たんぽぽや、シロツメクサなどの草花が生い茂っており、子供達がここで遊んでいるのが目に見える広場だった。夜舞は持っていたブルーシートを広げて広場の中心に敷くと、風で吹き飛ばされないうちに明日人たちを座らせ、最後に自分も靴を脱いで座った。

 寝転がってみてという夜舞に言われるがままに明日人たちが寝転がると、空には眩いほどの星空が広がっていた。藍色の空には星々がそれぞれ輝いており、六等星から一等星まで煌めいていた。都会では中々見られない光景に、明日人たちは心奪われ、開いた口を閉じるのを忘れてまでも、星空を見ていた。

「き、綺麗…」

「ここまで星空が綺麗だなんて、思いませんでした…」

 本来ならとっくに見えなくなっている筈の天の川も今でははっきりと見え、夏の名残が明日人たちの中に思い浮かんでくる。

「ここ、私のお気に入りの場所なんだ~」

 夜舞がそう口に出すまで、明日人はすっかりこの星空に見入っていた。こんなにも美しい夜空は、伊那国島でも見たことが無くて、つい見惚れていたのだと、明日人は夜舞に言った。

「そうなんだーじゃあ伊那国島が、明日人くんの故郷なんだね。あ、明日人くん。北極星ってどこだと思う?」

「北極、星?」

 夜舞が急に北極星についての話をふってきた為、明日人は思わず星を見た。しかし、数多くある星空の中では、とても北極星を見つける事なんて難しそうだ。

「北極星は、ぺガスス座からカシオペヤ、そしてこぐま座へ、北極星を見つけるんだってね。夜舞ちゃん」

「うん! えっとね、明日人くん。まず空を見て、四角形になっているところを探してみて、そこがぺガスス座だよ!」

「どこ~!?」

 夜舞がまずぺガスス座の場所を教えるも、あまり星を見る習慣のない明日人にとってはかなりの難問だった。そしてまず、ぺガスス座がどんな形をしているかもわからなかった。

「…ねぇ、灰崎くん」

「なんだよ」

「その…先ほどの試合ではありがとうございました。灰崎くんのおかげで、俺はまた人格統合が出来たというか…」

 明日人と夜舞と野坂が星を眺めている間、一星と灰崎が二人して話していた。一星は灰崎に感謝しているらしいが、灰崎はお礼を言われてなんだか変な感じになっていた。

「お礼なんていい。変な感じするからな」

「そんなこと言って、茜さんにお礼を言われたとき照れていたじゃありませんか」

「なっ! それどこで知りやがったんだテメェ!」

「あはは、旅館での廊下先ですよ」

 お礼を言われるのを断る灰崎に、一星は充の時のような悪いことを考えているような顔で、前に灰崎が茜にお礼を言われたときのことを話してやった。それに灰崎は恥ずかしくなってきたのか、怒りだしてきた。それでも怖さという怖さはあまり感じず、一星はさらにからかってきた。

 一星の表情を見て灰崎は、野坂に似てきたなと面倒くさそうな顔でそう思った。

 

 ***

 

 夜が明けてきた。夜舞は村の外周を走っており、鶏の声が聞こえたと同時に、夜舞は旅館へと一直線に走った。

「おっはよ~!!」

 明日人たちが眠る部屋の襖を明け、大声でおはようと言うと、明日人はその大声に驚いて跳ね起き、眠いまなこを擦りながら夜舞を見た。それは円堂たちも同じで、皆夜舞を見ていた。

「おい…まだ五時じゃねぇか…!」

 不動が布団に横になりながらスマホで時間を確認すると、時計には午前五時ちょっとの時間。起きるにはまだ早い。

「おはよう♪さ、特訓だよ!」

 満面の笑みでそう夜舞は言うも、まだ早いと灰崎たちはまた布団にもぐってしまった。

「おーい! もう朝だぞ~?」

「円堂さんもそう言ってますよ!」

 しかし特訓大好きな明日人と円堂はちゃんと起き、まだ寝ようとする十三人に声をかけるも、ねむい~の返事が返ってきた。

『お前らー!起きないと朝飯抜きだぞー!』

 円堂の大声は先ほどの夜舞の大声よりも大きく、これには明日人も夜舞もあと他の人も耳を塞いだ。まだ部屋には記~んと音が残っている。

「わかった、起きりゃあいいんだろ!?」

 灰崎たちが次々に起き、まずは食堂に着いて朝食にありつく。だが、やはり慣れない時間に起きた為か、眠い眠いと言いながら朝食を食べている。そしてユニホームに着替え、花伽羅中のグラウンドへと辿りつく。

 しかし、あれだけ眠かった目もサッカーをやっているうちに自然と目が冴え、いつの間にかいつもと変わらない風景になっていた。

「ねぇ夜舞」

「ん? どうしたの?」

 ベンチで夜舞が休憩していると、隣に居た明日人が話しかけてきた。

「ずっと聞きたかったんだけど…なんで俺達をかくれんぼに誘ったの?」

 明日人が気になっていたこと、それはかくれんぼのことだ。なぜ夜舞は自分達をかくれんぼに誘ったのか。その理由が知りたかったのだ。

「ん~? それはね…あのイナズマジャパンとかくれんぼ出来たら、子供達も嬉しいかな~って」

「そんな理由で!?」

 力を試す為に自分達をかくれんぼに誘ったとか、そんなのじゃないの!? と、ラストプロテクターの第三者らしからぬ発言に、明日人は酷く仰天した。

「子供達ってさ、遊ぶのが大好きなの。私くらいの年齢になると、やっぱりかくれんぼとか鬼ごっことかは恥ずかしくなるけど…でもやっぱり子供達と遊んでると、楽しいんだ。子供達も、明日人くんたちと遊べて、嬉しかったと思うよ」

 明日人は、子供と一緒に遊んだことが無いため、夜舞の子供達が好きなことはよくわからなかったが、遊ぶのが好きだということは明日人でもわかったし、おまけに自分達のお陰で子供達が楽しめたというのなら、嬉しいなと明日人は恥ずかしそうに頬を染めていた。

「そうだ! 今日の特訓は鬼ごっこにしようかな! 鬼ごっこは体力作りにも瞬発力を鍛えるのにもいいし、早速皆に伝えてこよっと!」

「多分、皆やらないとは思うけど…」

 夜舞が立ち上がり、皆で鬼ごっこをしようかと提案をした。しかし明日人は、皆がそう簡単に鬼ごっこを承諾するとは思えない為、夜舞の提案を断った。

 その頃グラウンドでは、一星とフロイがゴールでシュートの特訓していた。

「ヒカル」

「え、何…?」

 今一星は蠍の化物のことを考えていた為、フロイから話しかけてくるとは予測できず、一星は思わず顔が緊張で強張る。

「一緒に特訓しないかい?」

「あ、うん…」

 ここで断る理由も見つからず、仕方なくフロイと一緒に練習することになった。

 一星がシュートでゴールにボールを入れる。

 ボールはゴールネットによって跳ね返り、一星の元へと転がった。

「最近、僕のことを避けているよね」

「え…」

 フロイの声からは怒ったような感情は見当たらず、むしろ何かを諦めたかのような声だった為、一星はどうしたのだろうと誰も居ないゴールにボールを蹴るのをやめる。

「仕方ないよ、僕はこれに関して何も言わないさ。ただ、最近アストと一緒にいることが多くなっているから、少し気になっただけだよ」

 フロイが蹴ったボールはゴールに突き刺さり、そのまま跳ね返ってフロイの足元へと戻っていく。

「僕は___いや、僕たちはヒカルの大事な物を奪ってしまった。避けられても仕方ないよ」

「違う…」

 本当はそうじゃない。

 そう言いたかった。しかし口からは歯切れの悪い一文字しか出ず、一星がどれだけ口を動かそうとしても無駄だった。

「何が違うんだよ…僕は、今ヒカルに責任を感じている。もし僕が母さんを止めていたら、君はこんなに苦しむことはなかったかもしれない…」

 そうじゃない。責任を感じているのは自分だ。

 自分は親友を殺そうとし、親友に対して酷いことも言ってしまったし、出来もしないはずの難題も与えてしまった。

 だから、これからフロイにどうすればいいのかわからないだけなのだ。

 だからそんなに考えていただなんて、自分には知りもしなかった。

「僕は、ユースティティアの天使の力をこの目で見る為にラストプロテクターに入ったわけだけど、もし僕の存在が君の邪魔になるのなら…」

 フロイが一星に背中を向けると、そのままグラウンドの外へと歩きだした。

 

「僕は、ラストプロテクターを”抜けるよ”」

 

 聞きたくも無い声が親友の口から聞こえた瞬間、一星の体が突然重くなった。同時に、胸が抉られるような感覚がした、それは、蠍が自分の中に入っていた時よりもずっと『重く、痛い』ものだった。

「___フロイ! 待ってくれ! 責任を感じているのは俺だ! フロイの存在は、俺の邪魔じゃない! むしろいて欲しい!」

 手を伸ばしても、何を言っても、フロイはその足を止めることは無く、その無力さを語るように一星の喉はどんどん枯れていく。

「頼む…いかないでくれよ……」

 

 ***

 

「ん…あれは一星…?」

 茜の買い出しの為に灰崎が一緒に歩いていると、グラウンドのゴールの近くに一星が居るのを灰崎が見つける。

 微動だにしていない一星を見て、灰崎が一星に声をかける。

「おい、一星…」

 灰崎が一星の肩に右手を置いた瞬間、一星の体はまるでドミノを倒したかのようにゆっくりと倒れていった。灰崎はまさか一星が倒れるとは思えず、そのまま硬直していた。

 しかし、一星の虚ろな目を見て、灰崎は意識を戻す。

「おい! 一星!!」

 灰崎が一星の体を揺さぶるも、一星の意識はいつまでたっても戻らない。茜はどうすればいいかおどおどとしている。

 そんな茜を見て灰崎は、野坂が自分達にしていたことを思い出す。

「茜! 明日人と野坂を呼んでくれ!」

「う、うん!」

 茜が急いで向こうにいる明日人と野坂を呼びに走る。

「明日人さん! 野坂くん! 一星くんが倒れちゃったの!」

 茜の報告を聞いて、明日人たちは試合のときのことを思い出し、急いで一星のいる場所へと行く。

「一星!」

 明日人たちが一星の前へ行くと、そこには目を虚ろにして横たえていた一星がおり、前みたいに吐血はしていないが、危ないことは確かだった。

「誰か、一星を運べる奴はいないのか?」

「俺が運ぼう」

「サンキュな、砂木沼」

 砂木沼が一星をおぶらせ、診療所へと運ぶ。

「それにしても、なんで…」

 大谷が今にも泣きそうになるが、それに杏奈がハンカチを渡す。

「_! そういえば、フロイくんは?」

 フロイくんなら、一星くんが倒れたってっ聞いて駆けつけないわけないよと、夜舞は周りを見渡すも、そこにフロイは居なかった。

「マリク、フロイの居場所は知らないのか?」

「それが鬼道さん…俺にもわからなくて…」

「鬼道、とにかく今は一星の回復を待とう。フロイならきっと連絡をしてくれるはずだ」

 今までもそうしてきた、とルースが言う。

 そこでタツヤが思いついた。

「そうだ、発信機は? 発信機なら、フロイの居場所を掴めるかもしれないよ」

「それがあったか」

 ルースが思いついたようにノートパソコンを取り出すと、キーボードとマウスで色々と操作した。画面に現れたのは…

「あった、今は…この村の森の外だ」

「んなところでなにしてんだよ……一星が倒れてる時に…」

 言葉こそ荒いものの仲間想いのヒロトが愚痴る。

「俺、フロイさんの所に行ってくるよ!」

 マリクが率先してフロイの所へ向かった。マリクにとってフロイは尊敬すべき存在だからだろうか。

「じゃあ、俺達は一星の所に向かおうか。フロイのことはマリクに任せて」

 ルースの言う通り、今は一星の無事を確認しよう。フロイのことは、マリクに任せよう。きっとやってくれる。

 ***

 

「う…うん…? ハッ!」

 一星が目覚め、体を起こす。

「一星! 気がついたんだな!」

「明日人くん…ハッ、フロイは!?」

 一星にフロイのことを言われ、明日人は思わず口をつぐんだ。なぜなら今フロイは、村の外に出てしまっているから。とその時、ルースが口をつぐんだ明日人をフォローした。

「フロイなら、少し頭冷やしてくるって。そのうち戻ってくるよ」

「そうですか……すみません、また迷惑かけちゃいましたね」

「そんなことないよ、一星が無事ならなによりだよ!」

 明日人が再び一星を活気づける。その直後、ルースが一星に質問してきた。それも真剣な表情で、一星は怖さをも感じた。

「一星。ずっと聞きそびれていたけど…蠍の化物って、何?」

 蠍の化物。一星がスペクトルフォーメーションを成功した時に言った言葉の一つだ。ルースの言ってきたことに対し、一星は確かに言ったけど、それしか表現できなかったんです…と言った。

「…実は、俺が欠になっていた時に、蠍の化物に会ったことがあるんです。それも、何か欠と俺にアドバイスをくれるような…そんな感じでした」

「そう…もしかしたら、それが一星の倒れる原因になっているかもしれない」

 一星の返事にルースは考え込む。聞いていた明日人たちには、何の話をしているのかわからなかった。

 蠍の化け物って、一星が言っていたこと? しか明日人たちは知らなかったのだ。

「ルース。つまりこう言いたいんだな? 一星の中には、蠍の化物が居るって」

「しかし、だとしてもその蠍の化物が何なのかがわからなければ、説明しようがないと思うぞ」

 鬼道の言う通り、その蠍の化物が何なのかがわからなければ、一星が時々倒れる理由にならない。

 しかしその時、夜舞が呟いたのだ。

「…もしかして…それって『怪異』じゃない?」

 怪異。という夜舞の発言に、明日人たちは一気に夜舞の方面を向いた。

 一星も何やら怪異のことを知りたそうだった。

「怪異とは、なんだ? 夜舞」

「私もよくはわからないんだけど、おばあちゃんが読んでいた書物に書いてあったんだ。そこに存在するだけで、人とのバランスを保っている存在だって。砂木沼先輩」

 しかし、バランスを保つ存在なら、なぜ一星に憑りついたのだろう。

「私、霊的な物はこの村でよく見るから信じているっちゃ信じてはいるけど、そういうのは、私のおばあちゃんに聞いた方が早いから、聞きに行こうよ」

 夜舞の祖母が怪異のことを知っているなら、手っ取り速いと、ルースは思った。

 

 ***

 

 夜舞の家は、とても豪華だった。夜舞の祖父が村長だからというのもあるが、これほどまでの豪邸は見たことが無い。松、梅、桜の士気を彩る木と鹿おどし、そして鯉が住んでいる橋のかかった川がある、小石を土を敷き詰めた簡単な日本庭園。瓦の錣(しころ)屋根と木造で出来た、有名な大きな神社といっても差し支えの無い程の大きさを持つ、縁側のある和風の大豪邸の平屋。廊下ともベランダともいえる縁側で景色を堪能しながら飲むお茶は格別だろう。

 ちなみに大谷たちは、旅館で先に昼ごはんの準備をしている。

「おばあちゃん、お客さん連れてきたよ~」

 広い玄関口を抜け、廊下を真っすぐ、右に曲がって階段を上がり、また真っすぐ行き、その襖の先には、屋根裏部屋で書物を書いていた夜舞の祖母が居た。

「あら月夜。今日はいっぱいお客さんを連れてきたんだね」

「うん。お茶を入れてくるから、皆はここで待ってて!」

 部屋を出て、夜舞は急いで全員分のお茶を汲みにいった。お客さんを呼んだ時にはお茶を入れ居るのが夜舞のマナーになっているのだろう。

「お前さんたち、久しぶりね。確か…一星光くんというのがここに運ばれてから、かしら…あとお前さんたち、立ってないで座っておいき」

 久しぶりだと明日人たちに挨拶を交わすと、夜舞の祖母は座布団十五枚分を取り出し、畳の上に並べさせる。それを見て明日人たちは、お言葉に甘えて座ることにした。

「みんなー! お茶持ってきたよー!」

 廊下を走りながら部屋の襖を明けて入ってきたのは夜舞で、お盆には明日人たち十五分のお茶が組まれていた。

「月夜、廊下は走っちゃいけません」

「ごめんなさーい!」

 だって早く本題に入りたいんだもんと言わんばかりに、夜舞は軽く祖母に謝った。

「円堂先輩たちもどうぞ!」

「あ、ありがとな! アチチ…」

 湯呑にはあったかい緑茶がある為、熱が湯呑を通して指に伝わり、円堂はフーフーと息を吹きかけながら湯呑を床に置いた。

「自己紹介をしようかね。私は夜舞月夜の父方の祖母、夜舞緋華里(ひかり)じゃよ」

 夜舞の祖母、もとい夜舞緋華里は、改めて明日人たちに自己紹介をした。

 しかし、その容姿はとても夜舞の祖母とは思えない程美人で、どちらかというと母のような感じだった。夜舞曰く、年を取る度に若くなっているような気がするとのことらしい…

「おばあちゃん、実はおばあちゃんのところに来たのは…」

 夜舞がここに来た理由を話した。その時、夜舞緋華里はひどく青ざめ、一星の体を凝視した。

「まさか…怪異というのがお前さんの体の中に入っておるのか!? 大変じゃよ! 早くこの子の体から怪異と取り出さんと、大変なことになってしまう! 月夜、神主さんを呼んどくれ!」

「わ、わかった!」

 ドタドタと緋華里が箪笥から色んな服を出しては畳の上に投げ、畳の上に投げとしているなか、夜舞は怪異が危険であることを理解すると、急いで廊下を走って神社から神主を呼びに行った。

「あった! お前さん、これを着るんじゃ!」

 夜舞緋華里が出したのは、真っ白な肌襦袢であり、それを一星に着るよう促す。

「は、はい!」

 一星はすっかり緋華里の緊迫した表情に流され、別室でジャージから肌襦袢に着替えた。

 一方明日人たちは、それを目で追うことしか出来なかった。

「さて、神主さんが来るまでお前達に話しておかんといけんことがある。本来ならば怪異は人前に出ることのない妖怪の一種なんじゃよ。しかし稀に怪異が怒って特定の人間の体内に入ることがあるんじゃよ。中には入られても平気だという者もいるんじゃが、ある人間は中に入られた時点で急死してしまったということもあるんじゃよ!」

 夜舞の祖母の話を聞いて、明日人たちは青ざめるしかなかった。もし一星もそうなったらと…

「書物によれば、口から吐血しても少量の場合はそれなりに適合しているんじゃが…とにかく、危険なことは確かじゃ。お前さんには悪いが、お前さんの命の為じゃ。怪異にはお前さんの体内から出て貰うことにするよ」

 

 ***

 

「ひや~! 冷たいです!」

 村の滝近くの川で禊を行うよう神主から言われたが、秋の水の冷たさに一星が悲鳴をあげる。もし今が夏だったら、もう少しは楽に要られたかもしれないが。

「つ、冷たそう…」

 明日人が寒がる一星を見て、冷たそうだと言葉を漏らす。

「だ、大丈夫だよ、明日人くん。神主さんとおばあちゃんの除霊能力はお墨付きだから…」

 実際、昔ここに住み着いていたという悪霊を私の先祖がやっつけたという逸話があるくらいだし、と夜舞は語る。

 明日人たちは今、一星から遠く離れた場所の河原に敷いているブルーシートの上に正座しており、それは怪異が抜けた時に誰かの体の中に入ってしまう可能性があるからだという。

 すると、神主が一星を川からござへと座らせ、お祓いが始まった。

 神主は呪文を唱えながら、神酒が染み込んだ大幣を一星の頭の上で何度も振り、神酒を頭の上にかぶせる。本来ならばここで怪異が飛び出るのらしい…のだが。その瞬間、一星の髪が燃え上がり、試合の時に見た赤色の三つ編み姿となった。

「あれは、スペクトルフォーメ―ション!?」一星がスペクトルフォーメーションをしたことを確認した豪炎寺。

「なぜいきなり一星が…!?」驚く風丸。

 明日人たちは、目の前の光景に目が離せなかった。なぜなら一星は平然としてスペクトルフォーメーションをしているのに対し、夜舞緋華里とその神主は今にも驚いて倒れそうになりそうだ。

「ま、まさかこれは…怪奇融合か!?」

「怪奇融合って何!? おばあちゃん!」

 夜舞が立ち上がり、夜舞緋華里に怪奇融合のことを尋ねた。すると夜舞緋華里は、そこまで知りたいのなら、と、一星を立ち上がらせ、謎の呪文でスペクトルフォーメーションを鎮めさせた。

「スペクトルフォーメーションが…」

「怪奇融合は、怪異によって体内に入られる時に、体の一部が変化することよ。それが起きた者は、偉人になったり恐ろしい程の力を手に入れたりもするんだけど…都市伝説かと思っていたけど、まさか本当だったとは…しかし、怪異には適合するものとしないものがいるのよ。今回はたまたま怪異が融合できるほどの適合率だったからよかったもけど、一歩間違えれば死ぬかもしれんかったわよ…」

 そう一星に伝えると、一星は青ざめながらもそれを真剣に聞いていた。もし適合率が低い上で怪異に入ってこられたら__と思うと、一星は背筋が凍った。

 夜舞緋華里の話を聞いていた明日人たちは、自分たち見たものは怪奇融合だったんだと確信していた。

「怪異…恐ろしい化物ですね…」

「しかし、スペクトルフォーメーションをした時の一星の強さは、俺達よりも格段に強かった。有効活用すれば、ユースティティアにも対抗できそうだが…」

 鬼道はわかっていた。スペクトルフォーメーションを使った際、一星が吐血し、その場を倒れたことを。それならば、無難に使わない方がいいとは思ってはいるが_。

「月夜。確か一星光くんは、怪奇融合をした後、吐血したその場を倒れてしまったんだね」

「うん。多分これもおばあちゃんの言っていた適合率関係だとは思うけど…」

 夜舞は、夜舞緋華里の話から、一星が吐血しながら倒れたのは適合率関連のせいだと頭の中で推理し、それを夜舞緋華里に提示した。その推理は見事に当たり、夜舞緋華里は答えた。

「そうよ月夜。一星光くんが吐血して倒れたのも、適合率が『怪異を体の中にとどめておく』だけの適合率だったのを、無理に怪奇融合したからそれに体が耐えられず、一星光くんは倒れてしまったのよ」

 野坂、鬼道、風丸、円堂等の感の鋭い選手は適合率関係の話を理解していたが、明日人や坂野上などの選手は、それを理解できていなかった。

「えっと、適合率…?」

「つまり、やりすぎると一星くんに負荷がかかってしまうことでしょうか…」

 坂野上はさりげなく答えを言ったが、それに本人は気づいていない。

「だけど、これもあのユースティティアの天使と戦うためには、仕方ないことなのね…」

 感が鋭い夜舞緋華里は、わかっていたのだ。怪異の力を、ユースティティアの天使を倒すために使うのだと。本来なら、お祓いして、一星光を一刻も早く安全な状態にしてあげたかった。しかし、こうなれば仕方ない。止めても無駄そうね。と確信した夜舞緋華里は、着物の裾から紐を取り出すと、それを使って袖をたすき掛けでまとめた。

「いいかい一星光くん。これからお前さんには適合率を上げる修行をしてもらうよ。その覚悟はあるかい?」

 夜舞緋華里がドンと構えて一星に言う。

 一星は少し考える。そして、言った。

「…やります! この力、使いこなしてみせます!」

「いいねぇ、だけど、私の修業は厳しいよ?」

 私の孫の月夜だって、私の千年修行の七百回目を目前として、やっと根を上げたんだからね。と夜舞の失敗談を祖母にさりげなく話され、夜舞はそんなところまで言わなくていいよ! と言いたそうに頬を膨らませていた。途中で根を上げてしまい、悔しかったのだろう。

「千年修行って…そんなに厳しいの? 夜舞さん」

「厳しいよ! 千回の難しい修行内容を一つずつ熟さなきゃいけないんだから! 今度こそは絶対に千回突破してやるだからね! おばあちゃん!」

「はっはっは、楽しみにしているよ~」

 そうフランクに返す夜舞緋華里。夜舞の祖母の若い頃は夜舞よりも身体能力が高かったのだろうか。知りたいところだったが、無理な修行をしてからと言われそうだった為、タツヤはそのまま口をつぐんだ。

「あ、そうじゃった。千年修行をするなら、お前達もしなければいかんぞ?」

「え?」

『ええー!!』

 夜舞緋華里のいうことに、明日人たちは顔を青ざめながら驚いた。あの夜舞でさえも途中で根を上げたという千年修行を、外の世界の人間である明日人に言っているのだ。おまけに修行の内容すら理解できない。そんな修行を明日人たちに言っているのだ。

「当たり前よ。「修業は一人よりもライバルと」が私ら一家の修行のモットーだからね」

「そんなモットー昨日まで無かったよねおばあちゃん!」

 夜舞が祖母に昨日までそんなものは無かったはずではとツッコミをいれる。夜舞緋華里は気分やなのだろうか。

「お前さん達を見て、私の修行・指導魂が飛び火したんのよ。さぁ! まずは神社の階段上り外周七十五周!」

 いきなりきついはずの特訓を七十五回と言われ、明日人たちは背筋が凍った。しかし、趙金雲のおかしな特訓よりかはマシ…だが、これは数が酷すぎる。

「ふ、ふへ~…疲れました~」

 坂野上が外周五十周を前にして息を切らしている。

「頑張って! これでも優しい方だから!」

「(厳しいのはどんな回数なんだ!?)」

 軽々と神社の階段を何周か回る夜舞。慣れているだけあって息は切れていない。しかし、夜舞のこれでも優しい方だというのを聞いて、坂野上と不動は同じことを考えた。

「次は、腕立て伏せ百回!」

 グラウンドでひたすら腕立て伏せ。

「次は、瞑想!」

 寺の内室でひたすら無心になるも、どうしても何かを考えてしまう為、いつも夜舞緋華里に肩を叩かれる。

「次は、神社の掃除!」

 やっと休憩と思える特訓内容となり、明日人たちはしばらく掃除道具をほっぽって神社の境内で寝転がって息を切らしていた。

「き、厳しすぎる…」

 雷門中のイナビカリ修練場で鍛えていた円堂たちも明日人たちもこれには呼吸を荒くしており、汗でユニホームの色が濃くなっている上に肌に纏わりついていて気持ち悪かった。

「さすがだな…夜舞緋華里というお前の祖母は…」

「普段は優しくていいおばあちゃんなんだけど…こういう時になると私もなぜか巻きこまれて…」

 それで海を泳ぐわ東京に行ってはトライアスロンするわで最悪だったよ…とうつぶせになって倒れている夜舞に、マントを脱いでいる鬼道が話していた。

「でも、適合率を上げるには、体を痛めつけるのが一番最適だっておばあちゃんが言ってたよ…一星くん…」

「だとしても…これは痛めつけるというより痛めつけられていませんか…?」

 まぁ…見方によってはそうなるよね…と、夜舞も緋華里の修行内容には呆れている様子だった。

「みなさ~って大丈夫ですか!?」

 その時スポーツドリンクとタオルを持ってきたのは大谷たちで、大谷は総勢十六人が境内の中で疲れて倒れている光景を見て思わず絶句した。

「神社の掃除は後にして、今は休憩しろとの報告です!」

「よ、よかったです…」

 坂野上が賞賛の声を上げる。

 なお、スポドリは基本自分で取るようになっているが、ほとんどの人が疲れて動けない状態だった為、大谷たちが率先してそれぞれの味覚にあったスポーツドリンクを全員分に渡す。

「野坂くん、大丈夫?」

「あぁ…僕は大丈夫だよ…」

 そうは言っているものの、体はフラフラしている。一応熱中症ではない(というか水分補給の時間はちゃんと入っていた)のだが、杏奈は心配していた。

 あの日本代表がここまで疲れている。それだけ夜舞緋華里の修業は厳しかったのだ。と、杏奈は心の底から思った。

 

 ***

 

「よし、皆さんは寝てますね…」

 一星がゆっくりと布団から体を起こすと、まずは皆が寝ているかを確認した。といっても、皆は千年修行で朝まで起きることはないのだが。

 慎重に部屋を出て、旅館を出る。あとは自由だ。一気に神社まで走る。

「おお、寝過ごさずにちゃんと来たんだね」

 神社には、提灯を持った夜舞緋華里が居た。そう、一星はこれから夜の修行をするのだ。

「じゃあまずは…怪奇融合…じゃなかった、スペクトルフォーメーションをしてくれるかな?」

 夜舞緋華里がそう言った為、一星は深呼吸して怪異との融合を始める。

 赤く染まった髪は、神社をほんわかに照らしていた。

「じゃあ、まずはあの木に向かって、全身全霊の戦いを見せてくれ」

 夜舞緋華里が指指したのは、藁が巻かれたケヤキの木。そこに一星が立つと、一星は深呼吸をしてから、まずは真っすぐ右ストレートをかました。ケヤキはとても固く、指が痛い。しかし、ここでやめるわけにはいかなかった。すぐに両手で素早く殴打し、右足による横蹴り、足刀で攻撃を加える。本来ならさらにここからコンボが繋がるのだが、スペクトルフォーメーションをしている体では、すぐに息切れを起こしてしまう。

「まだまだだよ!!」

「はい!」

 と意気込んだ瞬間、一星の後ろで物音がした。

 思わず振り向くと、神社の縁側にスポーツドリンクとタオルが置かれていたのだ。

「おや…これは神さまからの贈り物だね。じゃあもう一息がんばるか!」

 

 ***

 

 一星の夜の修行も終わり、一星には先に帰って寝て貰うことにした。

 そして夜舞緋華里も、夜舞月夜を起こさぬよう慎重に自分の部屋に戻ろうとするも、なんと自分の部屋にはラストプロテクターの監督、趙金雲が我が物顔でどうどうと部屋の座布団に座っていたのだ。

「お邪魔してますよぉ」

「そうですか」

 趙金雲の常識外れた行動を易々とかわす夜舞緋華里に、趙金雲は中々やりますねぇと眉を少し潜めた(あんまり変わってないが)

「お茶でもいかがですか?」

「日本茶はあまり好きではありません」

「そうですか」

 お客さんとして出迎えるも、要らないと言われ、仕方なく夜舞緋華里は、趙金雲と向かい合うようにして座布団に正座する。すると、趙金雲が話しかけてきた。

「夜舞さんのおばあさん。一星くんの適合率は上げたはずではないのですかぁ?」

 なぜそんなことを聞くのだろうか。一星の適合率は上がっているはずではないのだろうか。

「趙金雲さん、わかっているでしょう? 適合率は「簡単には上げられない」と。私が今までやってきたのは、あくまで応急措置ですよ」

「応急措置にしては、少しやり過ぎだとは思うますがね」

「あなたほどではないと、あの子たちは言ってました」

 そう言われ、趙金雲はそうですかぁ…? と顎を指で抑える。

「あぁそうそう、適合率を上げるには、どうすればいいかわかるかしら? これは私にもよくわかっていないことなんだけど…」

「そのわからないことを私に説明するんですかぁ?」

「貴方にはどうせわかりませんよ。適合率を上げるのは、いつだって、『心』なのですから」

 

 

 

 その星屑はいつか、大きな想いとなる。

 

 

 



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第十二話 六等星の中の一等星

 明日人たちは、朝早くから東京のFFスタジアムに向かっていた。なぜならば、ユースティティアの天使からの果たし状が来たからだ。明日人たちが練習をしていたその時、木に紙が巻かれた矢がまた空から刺さったのだ。

『明日、東京のFFスタジアムで待つ』

 そう書かれた果たし状を手に、明日人たちは緊迫とした表情でスタジアムに向かおうとしていたのだが…

「おえ…気持ち悪い…」

 意気揚々とバスに乗りこんだ夜舞だったものの、初めて乗る車の密閉間と道路を曲がる際の揺れによって、さっきまで可愛らしい桜色の頬をした肌はすっかり青ざめており、吐きそうになる口を手で抑えていた。

「や、夜舞ちゃん…酔い止めいります?」

 大谷が夜舞に差し出したのは、水なしで飲める酔い止めキャンディだった。それを急いで夜舞が飲むと、飲んだ夜舞も驚くほどに酔いが無くなっていく。

「すごいすごい! この飴凄いね! どこの病院で貰うの?」

「いや…普通にそこのドラッグストアで売ってますよ」

「え?」

 夜舞の村にはドラッグストアがない上に、ましてや都会では薬がそんな簡単に手に入るという事実を知った夜舞は、石のように固まった。

「夜舞…大丈夫?」

 明日人が石になった夜舞をコンコンと優しく叩くも、びくともしない。

 

 ***

 

「いよいよ来たね…」

 スタジアムに降りた夜舞がそう意気込む。先ほどまでバス内で石のように固まった人とは思えないと、明日人たちが夜舞を見て苦笑いをしている中、空からユースティティアの天使たちが舞い降りる。

 レンの手にはサッカーボールとお札があり、これから聖戦ともいえる戦いが始まるのかと、明日人たちは緊張していた。

「そろそろ…決着をつけようか…ラストプロテクター・アースよ!」

 感情のこもったレンの声は、衝撃波の風となって明日人たちの髪を靡かせる。

「試合を始めようか。その前に…怪異を使え、一星光」

 レンの言葉は、怪異の本質、そしてスペクトルフォーメーションを理解した上で言っているのかは一星には解らなかった。しかし、怪異を使わないことには勝てないと、一星はスペクトルフォーメーションをしようとする。

「駄目だ! 一星くん!」

 一星がスペクトルフォーメーションを発動しようとしたその時、野坂が切羽詰まった表情で一星の腕を握ったのだ。その為、集中が途中で途切れて怪異と融合出来なかった。

「野坂さん!?」

「どうしたんだよ野坂!」

「まさか、何かあるってのかよ」

 明日人が腕を掴む野坂の手を振り払うと、野坂に何があったのかと事情を聴く。野坂は明日人も見ずに、一星だけを見ていて、一星はとても不気味に感じた。ユースティティアに勝つためには、スペクトルフォーメーションが必要なのだ。適合率もちゃんと上がっている筈なのに_

「一星くん、怪異を使うことを、何だと思っているんだ!?」

「え…」

 一星は野坂の言葉に驚きの表情を見せる。なぜなら、野坂がそんなことを言うだなんてとても思っていなかったからだ。

「スペクトルフォーメーションを使った時、君はあの時倒れたじゃないか! 僕は君の命が大事だと思っている。これ以上命を脅かすようなことは_」

 野坂は、一星の命が大事だと言った。

 しかし、一星は野坂の言葉にもその決意を崩すことなく、スペクトルフォーメーションを使った。

「スペクトルフォーマ―ション、リライズ…」

 今度は一星の髪が上から赤に染まっていく度に後ろ髪が伸び、その後ろ髪を三つ編みとして纏める。

「一星くん! 君は_」

「野坂、今は一星を信じろ」

「一星は、適合率を上げる為に夜遅くまで夜舞の祖母の修行をしていたからな」

 鬼道が野坂を制する。

 豪炎寺が言った通り、実は豪炎寺と鬼道は一星の夜の修行を隠れて見ていたのだ。その為、スポドリとタオルを一星に隠れながらに渡したのも、彼らだ。

「だけど…」

「野坂、試合が始まる。今は一星を信じるしかないよ」

 明日人が野坂を説得させ、お互いがポジションにつく。

『ラストプロテクターのキックオフで、試合開始です!』

「侮(あなど)るな。もうあの人間たちは、私達が雷門中のグラウンドで戦ったような人間ではない。気を抜くな」

 レンが仲間たちに鼓舞し、天使たちは必死になって試合を進める。しかし、一星たちの快進撃は、目で見てもわかるくらいにラストプロテクターの方が有利だった。

「アンタレス・エトワール!」

 明日人からのパスから、一星がシュートを決める。

「エンジェルラ―ダー・カデンツァ!!」

 カデンツァが止めようと奮闘するも、ゴールの手は通ってしまう。

『ゴール! 一星、スペクトルフォーメーションの必殺シュートで、ユースティティアから先制点を奪いました!』

「やったな! 一星!」

 明日人が大喜びで一星とハイタッチする。一星の呼吸は安定している。適合率が上がっているんだと明日人は確信していた。

「よーし! 私も!」

 ユースティティアから持ち前のカットでボールを奪い、夜舞がFW並みのドリブルでゴールまで一直線に駆け上がる。

「凄い…夜舞さんのおばあさんの修行で、さらに瞬発力が上がっている!」

「それって本当ですか!? 風丸さん!」

 長い髪を靡かせながら走る夜舞に、風丸がその伸びしろの良さに驚愕した。

「ムーンライト・メテオ!」

 夜舞もDFながらも必殺シュートを決める。巨大な魔女の隕石に、天使の壁は役に立たない。

『またしてもゴール!! DFとFWを使い分ける夜舞のシュートで、ラストプロテクターに二点をもたらしたー!!』

「この調子でどんどん行くよ! 一星くん!」

「はい! 夜舞さん!」

「皆ー! ここからが本番だ! 俺達の力を見せつけてやろうぜ!」

 新たな力を手にした一星、新しく入った夜舞とのシュートで、ラストプロテクターに勝利の輝きが見えていた。そして円堂がチームの闘志を燃やさせ、勝利への布石を残す。

 しかしその中で野坂は、一星のスペクトルフォーメーションに対して思い悩んでいた。

 それに気づいたのは、ベンチに居た西蔭だった。

「野坂さん? 顔色が悪いですよ?」

「あ、あぁ、大丈夫だよ。少し考え事をしていただけさ」

「それだけだったらいいんですが…貴方は少し思い悩み過ぎです。どうか、無理のないように」

「わかっているよ」

 そう、わかっている。

 一星のことは。

 

 ***

 

 その後はラストプロテクターの優勢で試合は進んだ。しかしユースティティアの天使たちも、そう簡単にゴールを許してはくれない。

 そして円堂も、そう簡単にはゴールを許さない。

「ジャッジメント・シンフォニア…」

「正義の鉄拳!」

 円堂が黄金の拳のオーラでボールを止め、一星に渡った。

「一星! 絶対勝つぞ!」

「はい!」

 そう明日人と一星が意気込んだその時、一星が運んでいたボールがスライディングによって動かされ、コートの外へと転がった。

 ユースティティアの天使か!? そう思った明日人たちだったが、違った。

「…野坂?」

 一星にスライディングをしたのは野坂で、この両手には拳が強く握られている。

 自分を見つめる明日人に目もくれず、自身の意を決した野坂は、一星に近づき、一星の両肩を両手で掴む。

「野坂さん…?」

「一星くん。スペクトルフォーメーションを解くんだ。そうしないと君は、『命を落とすことになりかねない!』」

 野坂から命を落とすと言われた一星は、どうすればいいかわからず、頭の中が真っ白になっていた。

「の、野坂さん? 何を言って…」

 適合率は上がっているので、大丈夫ですと言いたかったが、その前に野坂が大きな声で言った為、声を出すことは出来なかった。

「一星くん、僕は君が毎晩夜舞ちゃんのおばあさんのところで修行しているのわかっていた。だからあの時、僕も鬼道さんや豪炎寺さんみたいに何か渡そうとしたけど、一星くんとはすれ違ったみたいなんだ。だけどこのまま帰るわけにはいかないから、夜舞ちゃんのおばあさんさんのところに尋ねに言ったんだ。僕が家に上がって、おばあさんの部屋に行こうとしたその時、おばあさんが監督と話していたのが聞こえて、僕は聞いてしまったんだ…『君の適合率は上がってない。長く使えば寿命を削ってしまう』とね…」

 一星は、夜舞緋華里がそんなことを言っていたなんて信じられず、頭の中が何も考えられないでいた。

「そ、そんなわけないじゃないですか! 夜舞さんのおばあちゃんだって、ちゃんと上がっているって言ってたじゃないですか!」

「それが間違いなんだ! 夜舞のお婆さんは、君の適合率が上がってないことを知っていながら、君を特訓させて、スペクトルフォーメーションを使わないままで勝たせようとしていたんだ!」

 野坂の言葉に、一星はハッとなる。

 夜舞緋華里の特訓は、確かに体力や脚力を鍛えるもので、精神を高めたりするものは少なかった。それに一星は気づかなかった。

 しかし、それでも一星は怪異を解こうとはしなかった。

「野坂さん。今回は俺に任せてください。大丈夫です! ちゃんとやりますから!」

 そう野坂の手を振り切り、一星はスローイン時のポジションに着く。ユースティティアの天使からのスローインのコースをカットし、前線へと走る一星。

 しかしここで、不調が発生する。一星の胸に痛覚が生じたのだ。

 一見気のせいかと思ったが、その勢いはどんどん強くなり、怪異の力でもある素早さが上手く引き出せなかった。

 しかし、嘆いている暇なんてなかった。

 なぜならレンは、今自分の目の前にいるのだから。

『神錠結界!』

 レンは必殺技の強度を調整するかのように、今度は四枚から八枚にお札を配置する。その中の四枚は一星の腕と足に巻きついて拘束したが、その中の四枚は、一星の三つ編みの中に入り、その中に眠っていた蠍を強引に引き離し、スペクトルフォーメーションを無理やり解除したのだ。

「___!!?」

 そのため一星の髪は元に戻るも、その瞬間にスペクトルフォーメーションをした時の拒絶反応が一気に一星の体で痛みとなって現れた。

「~~!!!」

 その痛みに声も出ず、札による拘束が解けた瞬間、一星はその場に倒れた。

「一星!」

「一星くん!」

 明日人たちが駆け寄る中、野坂は一星のスペクトルフォーメーションが解除されて、どこか安心した感情が心の中にあった。本当なら、いけないことなのに。

「(これで…よかったんだ…一星くんは、絶対に死なせない)」

 一星が倒れ、担架で一星はベンチにまで運ばれた。一星の容態は怪異の専門家でもある折谷曰く、とても危険で、とても試合が出来るような状態ではなかった。試合続行は不可能だと感じた趙金雲は、代わりに不動明王を交代させる。

「攻撃の手段は完全に途絶えた。ここから反撃だ」

『はい』

 一星が不動と交代したその瞬間、ユースティティアの天使たちはタックルやスライディングなどの荒々しいプレーをするようになった。しかし、ラフプレーになるようなことは避けながら。しかし、ボールを持っていると狙われるのは確かだ。

 そんな中ボールを持っているのは明日人だ。明日人は今四人に囲まれ、四つの角からスライディングで狙われている。

「夜舞!」

 しかし明日人は四人の隙間にいたフリーの夜舞に目がけてパスを出した。そのパスは奇跡的に通り、夜舞はそのボールをユースティティアのゴールに向けてシュート____するかと思いきや、GKを引き付けた上での近くに居た不動にパスをした。

「不動先輩!」

 不動がトラップでボールを取ると、すぐに空いたゴールに向けてシュートの体制に入る。

「マキシマムサーカ……」

「させない」

 しかしその時、シンフォニアがタックルでシュートをしようとした不動を吹き飛ばしたのだ。さすがにこれは神父もイエローカードを出し、レンもシンフォニアを叱咤する。

「不動先輩!」

「不動さん!」

 夜舞と明日人がボールをコートの外に出して試合を止め、すぐさま不動に駆けつける。

「大丈夫ですか!? 不動さん!」

 明日人が不動に声かけをしている中、夜舞は不動の靴下を脱がせて傷の確認をしていた。

「酷い傷…」

 赤くて大きい擦り傷を見て夜舞が呟く。

「うるせぇ…これくらいなんとも…」

 そう不動が言うが、立とうとしたその瞬間、足が痛んだのか、痛む足を抑え始める。

 それを見た趙金雲が、不動くんでは試合を続けるのには難しそうだと、タツヤと交代を命じる。

「タツヤくーん、お願いしますよ~」

 仕方ねぇな。とすんなり納得した不動は、明日人に肩を貸してもらいながらベンチへと座る。

 これで、動けるMFは明日人、野坂、鬼道、タツヤしか居なくなった。これ以上MFが怪我でもすれば、控えの選手が居なくなってしまう。

 不動からタツヤに変わったが、それでもレンたちの攻防は止まらず、レンがクロスハートをした状態で必殺シュートを繰り出した。

「神珠・陰陽玉!」

「正義の鉄拳!」

 円堂が身構えるも、先ほど倒れた一星のことが気がかりとなり、ボールに集中できなかった。

「うわっ!」

『ゴール! ラストプロテクター、点を取られました! しかしまだ点では勝っています! ここから持ち直せるかぁー!?』

「大丈夫か円堂!」

「円堂先輩!」

 風丸と夜舞が円堂に駆け寄る。二人とも円堂が外した理由を知っているようだ。

「一星のことが気がかりなのか?」

「あぁ…そうかもしれない…すまん風丸、夜舞」

「大丈夫ですよ! ここから巻き返せればいいんですから!」

 調子の悪い円堂を見て、夜舞はそれをフォローする。そして風丸たちDFたちと何も言わずに顔を合わせ、頷いた。

『試合再開です!』

 前に上がった夜舞に豪炎寺はパスし、花伽羅村特有の瞬発力でレンたちを退ける。

『ここで夜舞! DFからFWのように前線へと進んでいきます!』

「灰崎くん!」

 相手を避ける為に空中に飛んだ夜舞。そのまま灰崎にパスをする。

 夜舞からのパスをトラップで受け止め、灰崎はシュートの体制を取る。その隣にはヒロト、ペンギン・ザ・ゴッド&デビルを使う気だ。

『ペンギン・ザ・…』

「アルファゴッド!」

「&デビルオメガ!」

 神の翼が生えたペンギンと悪魔の翼が生えたペンギンが一斉にゴールへと向かう。

『カデンツァ・オブ・ディステニィー!』

 ここでカデンツァの新必殺技、カデンツァ・オブ・ディステニィーが発動する。左手首と右手首を合わせ、両手を花のような形にすると、その両手をボールに向けて黒と赤のビームを撃った。そのビームはペンギンたちを焼き尽くし、ましてやボールすらも焼き尽くした。

『ここでカデンツァの新必殺技! 灰崎とヒロトの必殺技は、跡形も無く燃やし尽くされてしまったー!!』

「どんまい! 次がんばろ!」

 夜舞が二人を励ます。

 とその時、趙金雲が夜舞をMFに上げるよう指示した。

 しかし、夜舞がMFに上がったのと同じように、ユースティティア側もセレナーデとシンフォニアと上げてきたのだ。

「いくよシンフォニア!」

「うん、セレナーデ」

 シンフォニアのドリブル技術とセレナーデのドリブル技術とはかなり噛み合わせがいいのか、誰にも邪魔されることなく駒を前に進めた。

「いかせない!」

 明日人が立ちはだかるも、ボールを持ったシンフォニアが明日人をおびき寄せ、すぐに明日人の股を使ってセレナーデにパスした為、通り抜けられてしまう。

『ジャッジメント・シンフォニア…』

 セレナーデとの連係プレイでシンフォニアの士気が上がっているのか、レーザーも色とりどりの花のような色に染まっている。

「ぐっ…ダイヤモンド…ハンド!」

 しかし円堂はここで威力の低いダイヤモンドハンドを使ったのだ。しかし、正義の鉄拳とは違って威力を一つに纏めることが出来るため、それが理由だとは思うが…無謀すぎる。

「円堂!?」

「大丈夫だ! 威力を集中させれば、大丈……どわっ!」

 しかし、シンフォニアの必殺シュートの威力が上がっているのと同時に、ダイヤモンドハンドという正義の鉄拳よりかは威力の低い必殺を出した為、ゴールを許してしまった。

『ゴール! ラストプロテクター、同点に持ち込まれてしまったー!!』

 これで2-2。同点に持ち込まれてしまった。

 

 ***

 

 試合は後半戦へと持ち越しになり、明日人たちはベンチで休憩をしていた。

「明日人くん、気づいたことがあるんだけど、何だかユースティティア一星くんが交代してから攻撃が激しくなってきたとは思わない?」

 視野が広い夜舞の言う通り、明日人たちもユースティティアの攻撃が激しくなってきたと感じていた。

「俺も、ゴールから見ていたが、確かにユースティティアん攻撃が激しいのは感じるな」

 まるで、何か焦っているみたいだ。と円堂もそう感じていた。

「焦っている? なんでだろう…」

 明日人がなぜユースティティアが焦っているのかと疑問に思っていると、灰崎が言った。

「お前をとっとと救助してぇって思ってるからだろ」

「灰崎~そんな怖い事言わないでよ~」

「事実だろ」

 そうだけど~! と明日人は灰崎の発言に頬を膨らませる。その様子を見て灰崎は本当に自分が狙われてるってことわかってんのか? と疑問視していた。

「あの…一星くん、なんだかうなされているんですが…」

 とそこで、大谷が一星がうなされていると明日人たちに報告してきた。

 明日人たちが急いで担架に横になっている一星を見ると、確かに一星はまるで悪夢か何かをみてうなされているような感じに見えた。額には汗がにじんでいる。

「うわああ!」

 明日人が一星の顔を覗き込んだその時、一星が跳ね起きる。危うく明日人が一星とぶつかる前に一歩引いたため、何とかぶつからずには済んだ。

「一星! 何があったんだ?」

「…明日人くん…よくわからないけど、夢の中で、鍵を探していたんだ」

「鍵?」

 目の前に明日人が居たことに気がついた一星は、明日人に夢のことを話す。

「そうです。白い空間にある開けられた錠がいっぱいある中で、一つだけ開いていない錠の鍵を大量の鍵の中から探す夢を見ていたんです」

 誰もが変な夢だな…と思った。そう思われても仕方ないだろう。そうなれば、うなされていた理由は鍵錠を開ける鍵が見つからなかったからというなんともまぁ…みたいな夢になってしまう。

「あ、MFがもう居ないんですよね…だったら俺が」

「駄目だよ。君はまだ怪異が抜けたことによるショックが残っている。止めた方がいい」「どうしてわかるんですか?」

「僕は怪異の専門家だからね」

 そ、そうですか…と、一星は思った。折谷がとにかく謎が多い人物なのだから。

 

 ***

 

 試合が再開されるも、ラストプロテクターは形成を変えることも出来ず、ラストプロテクターの雰囲気は緊迫としていた。

 レンがここまま押し切ろうと思たその瞬間_

「うぐっ…!」

 全身に痛みが生じ、体がふらついた。しかしそれを表に出さぬよう、レンはその痛みを歯を食いしばって耐え、走り続ける。

「させるかぁ!」

 ここにきてタツヤが立ちはだかる。その瞬間また先ほどのと同じように不調が出てしまった。その為、普段荒いタックルなどをしないレンは、思わずタックルでタツヤを突破する。

「(ここにきて…! だが…!!)」

 エンジェルクロスによる痛みが続き、このままではクロスハートも長くは持たない。しかしそれでもレンは、エンジェルクロスの痛みに耐え続けた。

『邪心在りし人形代の陰陽玉!』

 これ以上は戦えないかもしれない。ここでレンは最終奥義ともいえる必殺シュートを出してきたのだ。その威力は花伽羅村の時よりも強力で、円堂は反応すら出来なかった。

『ゴール! ここにきてユースティティアに形成を逆転されました! もう後がないぞラストプロテクター!』

 レンがクロスハートを解くと、呼吸が急に荒くなり、そのまま力なく膝をついた。

『レン様!』

 天使たちが一斉に駆け寄り、肩を貸してベンチまで運ぶ。疲れているレンをベンチに座らせ、セレナーデが治療を行う。

「レン様も、あの一星光という人間と同じく適合率が低い…これ以上の負荷は受付られないと思う。私達でフォローしよう」

 シンフォニアの指示で、天使たちが一斉に頷く。しかしレンはまだ戦えると言ってきた。

「安心しろ、私ならまだ戦える。この体朽ち果ててもな」

 ケープを脱いだレンがそう天使たちに言う。

 その言葉は天使達を安心づけているようにも見え、レンがキャプテンに選ばれた理由もわかった。

 その後レンは気休めとはいえ、天界の大福を口にすると、再びフィールドに立つ。その頃ラストプロテクター側では混乱に包まれていた。

「タツヤ!」

 ヒロトが真っ先に倒れたタツヤに駆け寄った。

「ヒロト…俺なら大丈夫…ぐっ」

 タツヤが立ち上がろうとするも、レンに吹き飛ばされた時に怪我をしてしまった右足が痛み、立てずに膝をつく。

「んなわけねぇだろ! ベンチ行くぞ!」

 タツヤに腕を無理やり自分の肩に乗せ、タツヤを無理やりにでもベンチに運ぶヒロト。

「残念だけどタツヤ、この足じゃ試合は続行できない」

 折谷のその発言は、このチームに動けるMFが居なくなったことを示唆していた。一応GKの砂木沼が居るが、彼も十分にMFの本質を上手く発揮できていない節があった。

「そんな…」

「じゃあ、もう動けるMFは居ないってことですか!?」

 大谷が目に涙をためている。

 それもそうだろう。今この状況は絶望的なのだから。

 しかしその空気を突き破って挙手したのは、彼だった。

「一星くん!?」

「俺がいきます!」

 そう凛々しく宣言するも、まだ右手でベンチの柱を掴み、体を支えている状態だ。とても試合できるとは思えない。

「光、君はまだ動けるほどの体力を取り戻していない。そんな状態で試合に出たら…」

「お願いします! 動けるのは俺しか居ないんでしょう!?」

 そう強く一星は折谷に懇願する。そんな一星に折谷はため息をつきながら承諾した。

「…わかった。だけど、もし辛そうだと判断したら、すぐに戻すからね」

「はい!」

 タツヤに変わり、一星がフィールドに、そして一星の代わりをしていた夜舞は、DFに戻る。

 しかし一星の体はエンジェルクロスをしているレンと同じようにふらついていた。だが辛そうだと折谷に判断されれば、ベンチ行きは確定だ。そう意を整え、なんとか足を踏ん張らせ、その場に立つ。

「一星くん…大丈夫でしょうか…」

 大谷が一星の心配をしている。それもそうだろう。一星の顔は遠くからでもわかるくらいに顔色が悪いのだから。

「(大丈夫だ…きっと、きっと!!)」

 ふらつく体を立ち直らせ、ボールをドリブルして走る一星。

 しかし。

「うわっ!」

 セレナーデによるスライディングでボールを奪われ、一星は地面に転ぶ。中々自分で立つことが敵わず、少し時間がかかってしまったが、なんとか立つことが出来た。

「一星! 行け!!」

 セレナーデからボールを取った豪炎寺が、喝ともいえるパスを一星に渡すと、一星はその思いにこたえるように、前に進む。

 すると一星の目線の先には、レンによってむりやり剥がされた蠍がいた。小さな光を放ちながら衰弱している。それは一星にしか見えていないようで、一星は今のうちにと蠍を拾おうと走った。

 他の天使たちに感づかれる前に_しかし、レンに感づかれ、札を投げられた。

 当たれば危ない。そう直感で感じた一星は、札をなんとか避けながら、札にあたってユニホームが破れても、一星は蠍の元へと辿りつき、その手を伸ばした。

『スペクトルフォーメーション! リライズ!!』

 その瞬間、水色の光がサソリから放たれ、一星を中心に空間を作り出す。

 

 ***

 

「え…こ、ここは…」

 一星は目覚めると、そこは、あの時夜舞たちと一緒に見た天の川のすぐそばで、地上はなく、宇宙の星々が浮かんでいる空間だった。そして、自分の服を確認してみると、そこには自分が着ていた青いユニホームではなく、水色の透き通るノースリーブと半ズボンを着ていた。

 一星が目の前の光景に困惑していると、一星の胸から一つの光が漏れだし、それは一星の前に具現化した。

「_兄、ちゃん…!?」

 一星の前に現れた光の正体は、幼い頃に交通事故で亡くし、人格統合を果たし、一星と一つのチームとなったはずの、一星充だった。

「いや、これは夢だ。違いな…っててて! 何するんだよ兄ちゃん!」

 自分の目の前に現れた充を見て、光は心から会えたことに嬉しくなったが、既に充は死んでいることに気づき、これは夢だと自己暗示し始めた光に対し、充は光の頬をつねり、夢じゃないことを伝えた。

「夢なんかじゃないぞ。光。俺はここにいる」

 あと、つねって悪かったな、というように、充は先ほど自分が抓った光の頬を撫でる。

「兄…ちゃん…」

 充が自分の頬を撫でる時の感覚が、あの時頭を撫でられた時の光景と重なった。忘れもしなかったあの思い出を、鮮明に思い出し始め、光の頬に涙の筋が零れた。

「光、よく頑張ったな」

 その瞬間、充が光を抱きしめた。兄特有の手加減しない抱きしめ方だったが、それでも光は嬉しかった。

「蠍の力で、お前があいつらにしてきたことを見ていたんだ。俺が居なくても、頑張ってきたんだな、光」

 自分が弟の光を置いて死んでしまったから、そのせいで光は苦しい思いをしているんじゃないかと、充は思っていた。だが、違っていた。明日人、野坂、フロイなど、様々な人たちと出会い、繋がり、支えられ、救われてきながら、光は今もこうしているのふぁと、充は蠍が見せてくれた映像をまた思い出し、自分が見ていないうちに光がこんなに成長していたんだと嬉し泣きする。

「で、でも兄ちゃん。俺、フロイに酷い事をしちゃったんだ。そして、フロイが俺なんかに責任を感じて、俺の元から去って行っちゃったんだ。兄ちゃんの親友だったフロイを、俺が…」

 その絆を壊してしまったんだ、と、光が言おうとしたその瞬間、額に痛みが生じた。

 充にデコピンされたのだ。

「光、フロイはきっと戻ってくるし、仲直りも出来る。そして、お前のことを許してくれるはずさ。俺が保証する! あと光、親友とかに限らず、仲間や家族でもそうだ、俺達は、お互いに迷惑をかけあって生きてんだ! 迷惑をかけて、かけられて、それでもお互いを愛し合って、生きているんだ!」

 人差し指を光に向けながら、充は光を励ました。

「誰かに迷惑をかけずに生きるなんて無理だ。お前だって、あいつらに迷惑をかけてしまっただろ?」

 でも、あいつらは許してくれたんだ。お前の過去、それによって傷ついた心を、受け止めたんだよ。俺の人格を作ることでしか、自分の辛いという心を受け止めきれなかった程だったお前の気持ちを聞いて、あいつらは光のことを許したんだ。いい仲間を持ててよかったな、光。そう言いながら、充は泣きながら光の頭を撫でた。

 自分のことをここまで思ってくれた、今は亡き兄に撫でられ、励まされたのは、もう何年ぶりだろうか。もう撫でられることもない。そう思っていたのに__。あまりに懐かしすぎて、そして充の言葉と充に会えたことによる嬉しさが、充の心を涙と共に癒していった。

「兄ちゃん…俺…おれ…」

「光、俺はこれからも、お前のことを見ているからな」

「うん…! 兄ちゃん! 俺、頑張るよ!」

 

「それでこそ、俺の光だ」

 

 そう光の頭から手を放したその直後、充は光の粒となって再び光の胸の中に入ったその時、天の川たちが次々に星の光の粒を出し、それを一星の体に纏わりつかせた。無数ともいえる光の粒は、やがて新たな衣装の形を作り、実体化させる。

 その瞬間、星空の空間は弾け、外の世界へと一星の視界は変わった。

 明日人たちからすれば、一星が謎の空間に包まれ、すぐにその空間が弾けたようにも見えただろう。しかし一星は、先ほどのユニホームとは違う服を身に着けていた。

「あれは_!?」

「一星くん、何か衣装を着ていますけど…?」

 水色の光を放ち続けるその服は、一星光が誇れた充の面影でもある青、そして星ともいえる白の服。周りに浮いている星型のオプション。それらは一星光を構成しているもの全てとも思わしき衣装だ。

「__ハァッ!」

 一星が声を上げると、周りに衝撃波が走り、突風を起こした。明日人たちはその風を受けながら、一星を見ていた。

『な、なんとぉ!? 一星を包んでいた水色の球体から弾けて出てきたのは、何かの服を身にまとった一星だぁ!』

 実況も観客も困惑している。それもそうだろう。今の一星光の姿は、ユニホームというよりかは、もはや学芸会に使われそうな衣装だ。

 しかし、一星は特に恥じらいを感じなかった。

 むしろ、誇らしく思えた。今、充と共に戦っているのだから。

「一星! その服…」

 明日人が思わず一星に駆け寄る。

「……明日人くん…野坂さん…あとは俺に任せてください。ほら、適合率も、上がっている感じがするので!」

 そう一星は、蠍の宿った赤い髪を触る。

「……だけど、僕はまだ君の容態を安心したわけじゃないからね」

「わかってます! だから、野坂さんは俺を信じてください!」

 それを一星が言うとは思わず、野坂は思わずクスッと笑った。

 しかし、適合率が上がったからといっても、まだ安心はできない。今得点は2-3だ。ここから巻き返さなければ、絶体絶命だ。

「野坂さん! いきますよ!」

 一星と野坂が同時に走る。しかし、一星の方が数倍速かった。それもそうだろう。一星の足を速くさせる蠍の力と謎の衣装の力で、基礎能力がスピードに傾いているのだから。

「速い!?」

「わっ! すみません!」

 まだ使いこなせてないのだろう。すぐにスピードを調整し、野坂の近くになるように速さを調整した。

『ザ・ジェネラル!』

 野坂たちが必殺タクティクス、ザ・ジェネラルを展開する。しかし、一星の分析能力は従来の分析能力よりも鋭くなっていた。一星が野坂に手を伸ばすと、そこから情報の光が溢れ、野坂の指に当たる。それはとても強く、情報を明日人たちに渡す野坂の方がキャパオーバーしそうだ。しかし野坂はそれを何とか明日人たちに振り分ける。

「スゴい! ユースティティアの情報がわかるよ!」

「これが一星くんの分析能力…!」

 一星の鋭くなった分析力は、少ない時間の中でのユースティティアの情報が詰め込まれており、明日人は一星の分析能力がさらに鋭くなったことに嬉しさを感じていた。

「よし! 皆反撃だ!!」

 円堂が明日人たちを勇気づけ、ユースティティアに立ち向かう勇気を与えた。

 一星の分析能力のおかげで、夜舞は自由に前方に進めるようになり、明日人たちもボールを取られることなく前線に進んだ。

「一星!」

 明日人が一星にボールを渡す。

「野坂さん! いきますよ!」

「うん! 一星くん!」

『ブリザード…』

『トルネード!!』

 一星がボールを蹴ると、ボールに星と雪が集まり、大きなトルネードのような物を創りだす。それは槍のようにトルネードの形を残しながら進んでいき、その途中に野坂がもう一度ボールを蹴ると、さらにトルネードは地面おも抉り取るほどの威力の大きさになっていた。

『カデンツァ・オブ・ディステニィー!』

 カデンツァがビームでボールとトルネードを止めようとする。しかし、怪異と謎の力によって必殺技が極限にまでパワーアップしており、カデンツァはトルネードを抑え込むことが出来ず、ゴールに入れられる。しかしそれだけにはとどまらず、ゴールと一緒にカデンツァもブリザードの竜巻に巻き込まれる。

『ゴール!! ラストプロテクター、ついに同点に追いついた! しかし残り時間はすくない! このまま引き分けで終わってしまうのかー!?』

「野坂さん!」

 一星の呼びかけに、野坂は何も言わずに承諾した。

「うん、行くんだ。一星くん」

 まず一星はユースティティアからボールをカットし、ドリブルで前線にまで進んでいく。しかし_

「いかせるかよ!」

「うわっ!」

 それでもユースティティアは強く、敵のタックルによって一星が吹き飛ばされる。が。

「うおおおおおおおおおお!!」

 そこに明日人がボールをカットし、すぐに一星にパスをした。

「いけぇ! 一星!」

「はい!」

 ボールを運んでくれる明日人たちの想いを無駄にはしたくない。と、一星はボールを運ぶ。そしてレンとの一騎打ちとなった。

「うおおぉぉぉぉぉぉおおぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおお!!」

「はああぁぁぁぁぁぁぁっぁあああああああああああ!!!」

 札を周りに展開したレン、オプションを浮かばせてレンに立ち向かう一星。

 しかしその瞬間、レンの横に風を感じた。

 それは突風ともいえる速さで、レンが後ろに振り向くと、そこには一星がとっくにレンを突破しており、お札も飛ばされていた。

「凄いです! 何も見えませんでしたよ!?」

「速すぎて何も見えないんだわ…」

「凄い…」

 大谷たちが一星の速さに驚いている。目を凝らしてみないとわからない。

 そうこうしているうちに、一星がシュートの体制に入る。

『スターライト…ミルキーウェイ!!』

 一星が空中に浮くと、一星の後ろは天の川と夜空で満たされ、一星の後ろでは天の川の星々が光った。その光は、天の川による星の光のレーザーであり、その中には白い短剣

も混ざっており、同時にゴールへと向かう。

 カデンツァが必殺技を出そうとするも、大量のレーザーの光ではどれがボールかすらもわからず、ゴールを許してしま___

『させるかぁ!!』

 その瞬間、一星の目の前にレンが立ちはだかったのだ。

 十枚の札を使ってレンとボールとの間にバリアを作りあげ、レンの全身全霊の力を使ってバリアの強度を高める。その強度はとても固く、ボールが吹き飛ばされそうだ。

 しかし。

『ハァ!!』

 そこに一星はボールに足の裏を当て、バリアを壊そうとする。

「人間はッ、人の不幸を望む醜い生き物だ! 本来ならば、幸せになる筈だった人の命を、簡単に奪うのだからな!」

 レンの意志、言葉に反応しているのか、バリアの強度が高まっていく。

 しかし一星も負けてはいられない。明日人たちのおかげで、自分はやっと気づけたのだから。幸せと、守るべきものを。

「不幸だからこそ、人は幸せを望むんです! 誰かを不幸にする人は、自分を好きになることが出来ずに、今に至るまで苦しんだ人たちなんだッ!!」

 星型の青い球をオプション二つから放ち、シュートの勢いを強める。

「苦しんで、悲しくなっても、俺は皆さんのおかげで立ち上げってこれた! その皆さんは、今も俺の大事な人です! だから…!」

 レンの動揺に、バリアに亀裂が入るも、さらに強まったバリアに一星とボールは吹き飛ばされてしまう。

 

『だから俺はっ! 皆さんを守る為に、強くなったんですッ!!』

 

 しかし一星が体制を立てなおし、再びボールを蹴り返すと、そのボールは一点を集中した水色の光の短剣たちとなる。その光の短剣たちは先ほどの亀裂に当たり、バリアを壊した。

「__!!?』

 バリアを壊されたレンの目の前に、刃の切っ先が視界に写る。レンが腕で頭と体を守ろうとするも、この短剣はレンを傷つけたりするものではなく、レンの体をすり抜けてゴールの中へと入っていく。

 しかし、その途中で胸元のエンジェルクロスを壊され、強制的にクロスハートを解除された。その勢いでレンは吹き飛ばされ、その刹那にレンは思った。

 

「そうか…これが、人間の強さか…」

 

 その瞬間、レンは何かを納得したかのように、初めて心から微笑んだ。

 

 ***

 

『ゴール!! ここで試合終了! ラストプロテクター! 逆転勝利です!』

 ユースティティアのゴールにはボールが入っており、これで4‐3となり、明日人たちの勝利となる。

「か、勝った…」

「勝ったぞー!!」

 明日人たちが勝利に喜びを感じ、これでサッカーが元に戻るんだと確信し、明日人たち全員で喜んだ。

「(兄ちゃん、ありがとう…この力は、皆を守る為に使うよ…)」

 姿変わった体を見つめながら、一星は涙して兄に誓った。

「さぁ! 一星の胴上げだ!」

「え、円堂さ…うわっ!」

『バンザーイ! バンザーイ!!』

 演奏の陰声により、明日人たちは一斉に一星を抱え、勝利の胴上げを行った。一星も最初は驚いていたものの、次第に勝利を喜ぶ表情へと変わった。

「ところで、一星くんの衣装、なんだったんでしょうね…」

「じゃあ、名前をつけましょうよ! 『ハーツアンロック』とか!」

「あ、それいいですね!」

 茜が大谷のネーミングセンスに賞賛の声を上げている。

「みなさ~ん! 一星くんのその衣装は、ハーツアンロックによるものではないでしょうか!?」

「ハーツアンロックって?」

「たったいま私がつけました!」

「なんだよそれ~」

 明日人たちがハーツアンロックはたった今つけられた名前だということがわかり、名付け親の大谷を茶化す。

 その光景を、レンは仰向けに倒れながら見ていた。

「大切な…人、か。悪く…ないな…」

 命は取り止めたものの、ダメージは大きく、そのままレンは気を失った。

「レン様!」

「酷い傷だ…休ませないと…」

 カデンツァがレンを抱こうとしたその時、天から声が聞こえた。

「あらあら…レンを倒しちゃうなんて、中々やるじゃない」

 空から聞こえた声は、レンと同じく天使のようで、六枚の翼を持って天から地上へと降りてくる。

「気に入ったわ。貴方達のこと」

 日傘を刺しながら、天使は明日人たちの方へと歩いていく。

 それに気づいた明日人が、天使の正体に気づく。

「君は…あの時伊那国島であった…!」

「あら…久しぶりね」

 明日人の存在に気づいた天使は、明日人に挨拶を交わす。

「ん…? お前は誰だ?」

 天使の存在に気づいた円堂が、一星を降ろしてから天使の方へ向いた。

「あら…? まだ名乗ってなかったのかしら…てっきり教えたものかと…まかいいわ。私は『エレン』。平和の天使にして天使たちの統率者。そして、正義の神フォルセティの一人娘よ」

 正義の神フォルセティと聞いて、明日人たちはエレンを凝視する。

 フォルセティといえば、レンが自分達を産んだと言った神の名前だ。その神の一人娘ということは、レンとは違って血が繋がっているのだろう。

「貴方、一星光の持つスペクトルフォーメーション、そしてハーツアンロックが気になって、来てみたの」

 いかにも一星を狙っているかのような口ぶりに、明日人たちは一星を取り囲む。一星は明日人たちが何をしているのかがわかっていないようだ。

「一星をどうするつもり?」

「そんなに怯えなくてもいいのに…私は一星光を部下として引き入れてみたいだけ。そして、稲森明日人を迎えにきたのよ」

 一星は勿論エレンの部下になることを望んではいないが、明日人は自分が狙われている為、危険なのは見て分かる。

「稲森明日人、貴方はお父様によって救われるべき人間よ。可哀想に…母親を亡くした上に、偽の父親に騙されて、本当の父親に会えなくて、サッカーという命に代えてでもまもりたいものを奪われて。本当に酷く悲しい人生を歩んできたのね…」

 エレンからの告発に、明日人はその場から崩れ落ちた。幼馴染みの氷浦も知らないその情報を、皆に知らされてしまったのだから。

「あ…あぁ…」

「明日人、これってどういう…」

 円堂が明日人の過去についてを訪ねようと、明日人に手を伸ばすも、それを明日人は払いのける。そのため、円堂は明日人の行動に酷く驚いた。

「でも、もう大丈夫よ。貴方のその苦しみも、悲しみも、お父様はみな知っている。だからこそ。貴方は救われなければならない」

 エレンの十字架が光りだすと、膝をついていた明日人は一気に体が動かなくなる。

「明日人!」

「貴方…あの時俺に助言してくたのに…なんでこんなことをするんですか!」

 一星がエレンに怒号を飛ばす。しかしそれにエレンは怯えた表情すらない。

「あれは気分よ。たまたまそういう気分になっただけ」

「だったら…明日人くんを返してください!」

「私と戦うつもり? 私は戦うのは好きじゃないんだけど…まぁいいわ。ちょうど貴方のハーツアンロック、スペクトルフォーメーションも知りたかったところだしね」

 エレンが日傘を閉じると、その傘をどこかへとしまう。

「さぁ…死なない程度に手加減してあげるから。本気でかかってきなさい!」

 そう宣戦布告した瞬間。エレンの前に白い何かが走った。

 それはボールではなく、白い狼だった。

 狼は明日人の方へと駆け、何も言わずに明日人の中へと入る。

「ッ__!?」

 しかし、一星の時のような痛みは無い。むしろ、軽い。

 その瞬間、明日人は立てるようになった。十字架の効果を受け付けなかったのだ。

「あらあら…私の十字架の魔法が解かれちゃうなんて…でも、貴方たちと話せてよかったわ」

 日傘を取り出し、もう一度日傘を刺すと、カデンツァが抱きかかえていたレンを片手で持つと、それを自分の左肩に乗せる。

「じゃあね。また会う時は、よろしくね」

 さ、帰るわよ。と、エレンは天使達と共に六枚の翼を出して天へと帰っていった。

 

 ***

 

「一星! お前凄いじゃないか!」

 試合終了後、控室で円堂が一星に歓喜している。

「まさかここまでの力が隠されていたなんて…驚きだよ…」

 ハーツアンロックを解いた一星の周りをぐるぐるしながら、夜舞が感想を述べる。

「一星くん」

「はい」

「僕は少し君のことに干渉しすぎたみたいだ。君はもう生まれたての星じゃない。一等星に生まれ変わったんだ。だから…これからも、僕の参謀として、よろしく」

「はい! 野坂さん!」

 野坂と一星が握手を交わす。

 とその時、控室の向こうで声が聞こえた。

「フロイさん! ここに一星さんが居ますから!」

「フロイ!」

 ルースとマリクの声だ。フロイを引っ張ってここまで来たのだろう。

 控室の扉が開かれると、そこには私服姿のフロイだった。それを見て一星は、本当にラストプロテクターを抜けるつもりなんだと確信した。

「ヒカル…」

「フロイ。ごめん!」

 フロイが何かを言う前に、一星はフロイに頭を下げる。

「俺は君に酷い事をしてしまった。そして、君に責任を感じさせてしまった。あの事故のことは、俺はもう気にしてない。だから…」

「うん。わかってる。戻ってきてってことでしょ? うん、僕もそのつもりだったよ。それと、ヒカルの為とかなんとか言っておきながら、居なくなろうとしてごめん」

「フロイ…! 俺はもう大丈夫だからな!」

「そっか。ただいま、ヒカル」

 一星とフロイが握手を交わし、仲直りをする。

「ほら! やっぱりいつの間にか仲直りしているもんなんだよ!」

「まぁ、そう言わざるをえねぇな」

 

 

 

 

 

 あの六等星は、一等星よりも輝いていた。

 そして、これからも一つの星として輝くだろう。

 

 




キャラ説明
『全ての天使を集える統率者であり、正義の神フォルセティの一人娘。大人しいながらもカリスマ性と人間たちに対する余裕が感じられる』

妄想CV.日笠陽子さん

名前 エレン
年齢 不詳
性別 女性
一人称 私
二人称 貴方・フルネーム・呼び捨て
好物 基本的に地上のものは好きで、一番なのはたい焼き。





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第十三話 新たなる旅 新たなる敵

「そうか…そんなことがあったのか…」

 試合が終わったその直後。フロイはベルナルドと電話で会話していた。

 一星の交通事故のこと、一星の怪異のこと、ハーツアンロックのこと等を、フロイはベルナルドに話す。

「一星に申し訳ないな。私がもう少ししっかりしていれば…」

「そのことなんだけど、ヒカルはもう気にしていないって。俺は、今をちゃんと生きる! ってさ」

「…そうか。よかった」

 ベルナルドが安心したような表情をしているのが、電話越しからもわかる。

「そういえばフロイ、最近無理してないか?」

「そうかな? 兄さんの気のせいだと思うよ?」

「そうか…? まぁ、お前が言うのならそうなのだろう。またな」

 そう言って、名残惜しさにベルナルドが通話を切った。

「兄さん…変わったな…」

 昔だったら、自分のせいだって、思っていたのに。と、兄の成長を喜ぶフロイ。

 

 ***

 

 とその頃、明日人たちはバス内で驚いていた。なんと、国からの祝いとして、国のパーティに招待されたのだ。

「ええー!? パーティ!?」

「そうです♪ 今夜の国際海上で開かれる予定なので、今日は皆さん楽しみましょうね~」

 そう趙金雲が呑気にいうが、明日人たちにとっては、国からのパーティというのはとても素晴らしい事なのだ。

「ルース! ルース! 僕たちもついにパーティに呼ばれたんだね!」

 貧しい環境で育ったことのあるマリクは、パーティの参加にとても喜んでいた。

「そうだね、マリク」

 

 ***

 

 皆が楽しみだな~としている間に、もう夜になり、明日人たちはバスでパーティ会場まで行くことになった。

 会場には豪華なシャンデリア、豪華な食事と赤い絨毯が床に敷かれており、このようなパーティは二か月以来だと、明日人たちは胸を躍らせていた。

「今回はお祝いのパーティですので、タキシードも自由に着ていいですよ~♪」

 更衣室に案内された明日人たちを待っていたのは、色とりどりのタキシードと、マントや仮面や帽子や手袋がかけられたハンガーラックたちだった。種類も豊富で、美的センスが試されるところだ。

「えっと、何でも着ていいの?」

「はい! 自分が気に入ったものを着るんですよ!」

 その頃女子達は、更衣室で沢山のドレスを眺めていた。杏奈と茜は嬉しそうにお化粧したり、ドレスを選んだりと、どんなのにしようかと沢山悩んでいる。その頃夜舞は大谷に言われた通りに、ハンガーラックに掛けられた大量のドレスをさっと見る。

 赤くてキラキラしたドレス。…は、見たことがなさ過ぎて逆に引ける。

 フィッシュテールの施された水色と白のドレス。…は、何となく夜舞の目には留まらなかった。

 それよりも夜舞の目を引いたのは、数多くあるハンガーラックの一番隅の、一番右側に掛けられた、黒無地の、質素なイブニングドレスだった。それ以外になんも装飾も無い。ドレスというより、ワンピースに近い。

「…これでいっか!」

 早速それを手に取り、更衣室に向かおうとすると、大谷に声をかけられた。

「…夜舞ちゃん、それ着るの?」

「え? そうだけど」

「駄目ですよ! 女の子なら、もっと可愛くしなきゃ!」

「え? 着られればなんでもいいじゃん」

「男の子ですか!」

 だって、実際夜舞はそうなのだ。カジュアルとか、フォーマルとか、全然知らないのだ。それも、昔絶対合わないであろう色の服を着て学校に通ったこともあるのだから。

「し、仕方ないよ! 私だって学校行く時に袴着るけど、それ全部で三着で、日に日に入れ替えながら来ているからね!?」

 大谷は夜舞が袴を着て学校を行っていることを知り、少し羨ましそうになったが、すぐに意識を夜舞に移す。

「とにかく! 私達が手伝いますから、ちゃんとしたのに着替えましょう!」

「ちょ、ちょっとー!!」

 夜舞の抗議も効かずに、大谷と杏奈、茜は夜舞をドレスアップしていく。

 

 ***

 

「夜舞たち遅いな~」

 明日人はいつものタキシードをしていた。それ以外になんの装飾も無い。明日人らしいっちゃ明日人らしいが…

「仕方ないよ、女の子はおしゃれするのが大好きなんだからね」

 黒いタキシード、黒いマント、黒い帽子に仮面と、野坂のそれはもはや怪盗のようだった。

「つーか、お前のそのセンスはなんだよ…まるで怪盗みてぇじゃねぇか…」

 灰崎がそう言うと、遠くで西蔭が睨んだ気がした。

「そういう灰崎くんこそ、茜ちゃんにいいとこ見せたくてそんな衣装にしたのかな?」

 野坂の言う通り、なんと灰崎は褐色の肌に不揃いな白いタキシード、それにマントと帽子、おまけにモノクルまでしていた。こっちの方がよっぽど怪盗っぽくみえるが…

「う、うるせぇ! 仕方なくこういう服になっただけだ!」

「そういうけど、もっと他にいいものはあったよ?」

「うるせぇ!」

 その反応だと、茜にいいところを見せたかったのだろう。野坂にはバレバレだ。

『おまたせしました~!』

 とその時、二階へ通じる階段から降りてきたのは、ドレスに着替えた大谷たちだ。

 大谷は水色のスレンダーラインのドレス。茜は金色のティアラにワンショルダーの赤色のプリンセスラインのドレス。神門はオレンジ色のマーメイドドレスに黄色いブーケと、誰もが目を引くデザインのを着ていた。

 しかし、明日人は大谷たちの近くに、夜舞が居ないことに気づいた。

「あれ? 夜舞は?」

「夜舞ちゃんですか? 夜舞ちゃんなら…」

 と大谷が夜舞の居所を教えようとしたその時、今にもこけそうな夜舞の声が響いた。

「ごめんごめん! この靴踵が長いから歩き辛くて…っとととと! ほぎゃ!」

 紫色のオフショルダーのAラインドレス、金色のヴェール、来る前よりも整ったさらさらの黒髪と、見た目は完璧だったのだが、夜舞がハイヒールとドレスに慣れないまま走ったせいで赤いカーペットへと転んでしまい、整ったドレスが形崩れてしまう。

「あいったたた…あ! 遅くなってごめん!」

 すぐに立ち上がり、明日人たちの元へと走る。

「夜舞、大丈夫?」

「こっちは大丈夫だけど…タキシード姿の明日人くんって、なんだか新鮮だなぁ」

 普段みないような夜舞の表情と衣装に、明日人は胸がドキドキした。

「え、そ、そうかな…夜舞も結構素敵だと思うよ?」

「誰と話しているんだ?」

 明日人がなんとか言葉を紡いで話すも、そこに居たのは豪炎寺で、夜舞は居なかった。

明日人が慌てて周りを見てみると、そこにはワゴンの料理にがっついている夜舞の姿があった。

「や、夜舞~……」

 思わず萎えてしまう明日人。青春とはこういうものである。

「お! クラリオじゃないか!」

 円堂の声に明日人たちが振り向くと、そこには二か月前にスペイン代表のキャプテンだったクラリオ・オーヴァンがいたのだ。

「久しぶりだな。円堂」

「お前も呼ばれていたんだな!」

「お前達がユースティティアに買ったという報告があってな。祝いにきた」

「それは嬉しいな!」

 俺達の勝利を祝ってくれるなんて! と円堂が笑う。

「あぁー! 貴方はあのスペイン代表の「無敵のジャイアント」のキャプテン、クラリオ・オーヴァンさん!? すごい! テレビで見た時よりも大きい!」

 夜舞が大きいクラリオの周りを回りながら感激している。

「夜舞!」

「わっ! 何するの明日人くん!」

 明日人にクラリオに失礼でしょと引っ張られ、夜舞は明日人に抗議する。

「夜舞、クラリオに失礼だよ!」

「だって目の前にFFIの選手が居たら誰だって気になるじゃん!」

 俺もそうだけどー! と明日人は夜舞と言い争い(という名のじゃれあい)をしていた。

「円堂、その子は?」

 夜舞の勢いに押されそうになったクラリオが、円堂にその子は誰かと夜舞を指さす。

「あぁ、夜舞っていうんだ。新しく入った仲間だ!」

 夜舞か…とクラリオが夜舞を見る。

「あ! クラリオさん! サインください!」

 クラリオが自分を見ていたことに気づいた夜舞が、どこからか紙とペンを取り出すと、クラリオにサインを書いて欲しいとお願いした。

「サインか…別にいいが…」

 クラリオがペンを紙に滑らす。

「ありがとうございます! あとこれを二十枚下さい!」

 

 ***

 

「夜舞…」

 明日人が夜舞に話しかける。

「なに? 明日人くん」

「さすがにサイン二十枚は失礼だとは思うよ…」

「う~ん、子供達が欲しがるかな~とは思ったんだけど…」

 そう言われると確かにそうかも、と思った夜舞。

「じゃあ、謝らないと!」

 明日人を連れてクラリオのところへ向かう夜舞。

 一直線だが、悪いと感じたらすぐに謝りに行くところは、夜舞の長所だ。

「あのクラリオさん! さっきはごめんなさ」

「構わない。サインをもらったのは久しぶりだからな」

 そういってクラリオはサイン二十枚分を渡して去って行ってしまった。

 二人は顔を見合わせる。

「ええ!? クラリオさんってあんなふうなの!?」

「ちょっと意外だね…!」

「ん? クラリオはちょっと怖いだけでいつもはこんなふうだぞ?」

 そう円堂がオレンジジュースを飲みながら言うも、明日人たちにはとても信じがたかった。

「でも、クラリオさんとお会い出来てよかったなー! 今度勝負したいくらい!」

「夜舞ー、いくらなんでもそれは欲ば…」

「構わないぞ?」

 クラリオと勝負したいという夜舞に、明日人が欲張りだよーとからかおうとしたその時、クラリオが勝負してもいいと言ってきたのだ。

「ええ!? いいんですか!?」

 夜舞が驚く。勝負したいって言ったのはそっちなのに。

「あぁ、まずはユニホームに着替えてくるといい。場所は会場の地下駐車場だ」

 駐車場で勝負していいのかと明日人たちは思ったが、せっかく勝負が出来るんだしと、明日人たちは仕方なくドレスとタキシードからユニホームに着替え、こっそり地下駐車場に行くことにした。そこには既にジャージに着替えたクラリオがいた。

「私からボールを取れたら、お前達の勝ちだ。そして、お前達の後ろにあるゴールにボールを入れられたら、私の勝ちだ。必殺技はお互いになしだ」

 明日人たちのゴールは、カン、ペットボトルと書かれたゴミ箱だ。

「いくぞ!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 早速明日人が先陣を切って走る。まずはスライディングをボールを取ろうとしたが、それはかわされてしまう。もう一度と前に進むも、フェイントで一気に追い抜かれてしまった。

「強い! 二か月前とは全然違う!」

「私も日々鍛えているのでな!」

 ついに夜舞の番になった。

「行きますよ!」

 夜舞が突っ込み、ディフェンス力を見せる。

「なるほど…中々ディフェンス力はいい方だな…」

 思わず足が疲れてしまいそうだ。と言いながら、クラリオはそれを空中に上げる。

『今だ!』

 明日人たちも同時に空を飛ぶ。

 しかし、空高いボールには明日人も夜舞も届かず、クラリオだけがボールに触り、そのまま明日人たちのゴールにボールを入れた。

「くっそ~! 負けた~!」

「こ、これが海外…」

 明日人たちはその場に座って疲れている。

「まだまだ修行が足りないようだな。ラストプロテクターよ」

「む~次は絶対に勝つんだから!」

 悔しそうにクラリオに夜舞が言う。

「ははは、さて、腹ごしらえでもしようではないか」

「え?」

 明日人たちがパーティ会場に戻ると、テーブルには沢山の料理がビィッフェ式で並んでいた。

「おお…」

「おお~!!」

 明日人が驚いている中、夜舞は目を輝かせている。

「さて、ここらで大食い勝負でもしようではないか」

 クラリオが椅子に座り、係員に食べ物を持ってこさせる。

 明日人たちは顔を見合わせたあと、『やる!』と同時に宣言した。

 

 

 

 

「それでは、大食い対決スタート!」

 事情を知り、ノリノリで実況は任せてくださいと言った大谷のホイッスルで、大食い対決がスタートした。

「明日人くんは普段いっぱい食べているからいいものの、夜舞ちゃんはどうでしょうか!」

「夜舞さんは、あまり大食いってイメージがないですね…」

 大谷と杏奈が大食い対決の実況と解説をしている中、円堂達はいつの間にかその観客になっていた。

「最初の料理はカレーです!」

「カレーは明日人くんの好物ですから、得意そうですね」

 確かにカレーは明日人の大好物であり、最初はガッツガッツと十皿くらい食べていたものの…

「おっとぉ! ここで明日人くんリタイアか!? さすがにカレー五十皿はきつかったか!?」

「ご、五十皿!?」

 さすがに五十皿は明日人でも無理だろう。

「頑張れー! 明日人ー!!」

「負けないで下さーい!!」

 円堂達が明日人を応援するも、さすがに無理だった。

 しかし夜舞の方は…

「夜舞ちゃん速い速い! まるでカレーを飲み物の如く! そしてクラリオさんと同着で完食しました!」

 クラリオと夜舞はまだまだ入りそうな顔だったが、明日人はもう無理そうだ。

「お次はラーメン三十皿! おーっと! 夜舞ちゃん! ラーメンもまるで飲み物をすするかのようにどんどん口に入っていきます! 夜舞ちゃんにとっては、カレーもラーメンも飲み物かー!?」

 実況大谷の声が響く中、夜舞たちは大食いに熱心していた。

「中々やるな…」

「貴方こそ!」

 同時に完食した。

「お次は鶏肉一式! からあげに焼き鳥にローストビーフまでそろってます!! おっとおっとぉ! 夜舞ちゃんもクラリオさんも、肉にがっついて食べるその姿は、まるで熊だ

ーー!!」

 その大食い対決に、円堂だけでなく、世界中のお偉いさんが夢中になっていた。

「な、なんと…両者、全くの同点です! 引き分けです!」

「中々やるな」

「そっちこそ!」

 (大食い)で二人の間に友情が生まれるが、まだまだ二人は食べられそうだ。

「三人ともよく頑張ったな!」

「も、もう…食べられません…」

 明日人はもうとっくにへばってしまっている。

「じゃあ、あとは皆でサッカーするか!」

『賛成ー!!!』

 マントや帽子、上着などを脱いで、明日人たちはクラリオと沢山サッカーをした。

 ***

 

「じゃあ、ここでお別れだな」

 パーティから翌日。夜舞を花伽羅村まで迎え、明日人たちは別れの挨拶を交わしていた。

「短い間だったけど、またいつでも来てね!」

「じゃあな! 夜舞!」

 そう手を振りあい、明日人たちが村を出ようとしたその時、天から矢が降ってきた!

「わわっ! 何!?」

 夜舞がびっくりする。それもそうだろう、これから別れるという時に。明日人が矢を拾い、紙を見てみると。

『私達はまだ終わっていない。天に逆らったお前達には、いつしか天罰が下るだろう。フォルセティ』

 そこには正義の神フォルセティからの手紙が入ってあった。

「ええ!? フォルセティから!?」

「終わってないって、どういうことなんだろう…」

「だがこれではっきりした。この戦いは、まだ終わらない」

 鬼道の言う通り、まだ戦いは終わらないのだ。

 つまり、夜舞はまだまだこれからもラストプロテクターの一員として戦うことになったのだ。

 しかし、急に花伽羅村と別れるというのも村の人達には申し訳が立たず、翌日までに村の人達と話してから別れることにした。

「じゃあ、行ってきます!」

 その翌朝、夜舞は財布や貴重品などを纏め、村から東京に出発する所だった。

「夜舞、これを持っていきな」

 魚屋のおっちゃんが夜舞に渡したのは、カメラだった。それも、今ではあまり使わない大きいデジタルカメラに、SDカードがいっぱい入っている。

「外の世界の写真、いっぱい取ってこいよ!」

「はい!」

 夜舞はカメラを首に下げ、いつでも写真が撮れるようにした。

「おねーちゃん! 外でも元気でねー!」

「うん! いい子にしてるんだよー!」

 そう子供たちに言うと、夜舞は村の方に手を振りながらトンネルの中に入った。

 トンネルを越え、森の中に入る。

「おまたせ!」

「おう! じゃあ出発だ!」

 明日人たちと合流し、やっと夜舞は正式にラストプロテクターの一員となった。

 早速どこかの練習所に行き、練習したいところだった___が。

「今日は平和なので観光しましょー!」

 趙金雲の命令により、今日はオフになってしまった。

 

 ***

 

「おおー! ここが浅草寺か~…」

 オフになり、東京を観光していた夜舞は、近くで浅草寺を見ると一直線に本堂の方に走り、その光景をカメラに収める。

「凄いすごーい!」

 カシャカシャと取っていると、係員に声をかけられた。

「すみません、そこフラッシュ禁止なんですよ」

「あ、すみません!」

 フラッシュを切るの忘れてたよ…と夜舞はカメラを操作してフラッシュを解除した。

 その後はお参りし、人形焼きとたい焼き、その他お土産に狐の面を買うと、意気揚々に次の場所に向かおうとしたのだが…

「…どうしよう…道に迷っちゃった…」

 しかしここは人の多い浅草寺。参道は人がごった返しており、おまけに道も多い。そのため夜舞は浅草の屋台が並ぶ参道で、駅はどこかと迷ってしまっていた。

「せっかく美味しいものをいっぱい買ったのに…これじゃ冷めちゃう…わっ!」

 前に進もうとしたその時、修学旅行生と観光客であろう大勢の対向者たちに思わず腕が当たってしまい、人形焼きとたい焼きとお土産が入った袋は中身が飛び散り、あと片手に持っていたグルメ本も落としてしまう。大綱の対向者たちに謝り、落としたものを拾おうとするも、夜舞は参拝者たちの人混みに巻き込まれ、落としたものから遠さがってしまう。

「(わわっ! どうしよう…)」

 なんとか人混みから抜けられたはいいが、長い事流された為に、落とした場所までは遠い。おまけに人混みはまだ続いている。

「よ、よぉし…」

「ちょっといいかな?」

 落とした物達を拾うため、夜舞が意を決して人混みの中に入ろうとしたその時、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにはオレンジ色の表紙に「夜舞月夜」と夜舞の名前が書かれたグルメホント、人形焼きとたい焼きとお土産の袋を持った二十歳くらいの男性が居た男性は細身なのかスタイルも良く、中袖のワイシャツと黒いズボンを履いているが、黒くて長い髪は癖毛でいっぱいで、おまけにサングラスをしている。

「これ、落ちていたよ」

「あ、ありがとうございます! よかったら、人形焼きを…」

「構わないよ、私が好きでやったことだ」

 自分のグルメホント袋を見て、すぐにその人が自分のものを拾ってくれた人だと夜舞は察し、お礼に男性に人形焼きを渡そうとするも、男性はそれを優しく断り、拾ったものを夜舞に差し出した。

「そういえば…そのジャージを見る限りだと、あのユースティティアと戦っているラストプロテクターだね」

「は、はい! 私はそのラストプロテクターの、夜舞」

「月夜というんだね」

「え!?」

 夜舞が驚くと、男性はすぐに訂正した。

「あぁ、君の持っているグルメ本に書いてあったからね」

「あ…そうでした…」

 立ち話もなんだし、と男性は夜舞を長椅子へと誘うと、夜舞は不知火から見て右隣の席に座る。

「ところで、貴方の名前ってなんていうんですか?」

「あぁ、言ってなかったね。私は不知火一誠。蜃気楼の「不知火」に、「一」つの「誠」と書いて、不知火一誠なんだ」

「不知火さん…素敵な名前なんですね!!」

 夜舞が不知火に笑顔を見せる。

「あと、これは蛇足かもしれないが…実は私は、『ミラージュ社団法人』という非営利団体の会長をしているんだ」

「え…? ミラージュ社団法人?」

「え…知らないのかい?」

 夜舞は花伽羅村から来た為、ミラージュ社団法人という団体は知らない。

「すみません不知火さん、私田舎から来たもので、知らないんです」

「そうか、田舎なら仕方ないよ。ミラージュ社団法人というのは、いわゆるカウンセリング・孤児院を運営している社団法人なんだ。スローガンは「世界中の人々に、幸せという救いの手を」というのを掲げていてな、そこで私はそのスローガンの通りに恵まれない子供達を保護したり、社会復帰がしたくても出来ない大人たちにチャンスを与えているんだ。私は、純粋な子供達が大好きでね、私はその子供達に未来を見させたいんだ。希望という未来を…」

「は、はい…」

「あぁ、長くなってしまったね。すまない、話すと長くなってしまうのは私の癖でな…そのせいでいつも部下からは注意されているんだ」

「構いませんよ! 話すのは大好きですし、私も子供たちが大好きなんです!」

 どうやら不知火と夜舞は気が合うらしい。

「そうなんだ。優しいんだね、君は」

「そうですか…?」

「その優しさを、いつまでも大事にするといい」

 そう不知火が言ったその直後、遠くから明日人の声が聞こえた。

「明日人くん!」

「夜舞! こんなところに居たんだな!」

「明日人くんこそ、ここで何をしているの?」

「実は、一星と観光していたんだ! もうすぐ来るとは思うけど…」

 そう明日人が言うと、本当に明日人の後ろで一星が走ってくると同時に、声が聞こえた。

「明日人くん! 勝手に動いたら駄目じゃないですか!」

 一星が明日人を叱っている。明日人は今でもユースティティアに狙われている身でもある為、気を引き締めなければすぐに捕まってしまうだろう。

「ごめん一星、目の前に夜舞が居たからさ…」

「理由になりませんよ! 全く…ところで夜舞さんは、ここで何をしていたんですか?」

「私? 私なら今不知火さんと話してたよ。紹介するね…」

 夜舞が不知火を二人に紹介しようと不知火の方を向くも、そこに不知火の姿はなく、空席のベンチだけが夜舞の目に写る。

「あれ? 不知火さん?」

「夜舞さん? 最初から貴方だけでしたけど…?」

 そうでしたよね? と明日人にも確認をすると、明日人も夜舞だけだったと言っていた。一瞬夜舞は今まで幽霊と話していたのかと思ったが、そんなことはないよねと心の中で秘めた。

「あ、そうだ! 写真見る? いっぱい取ったんだー!」

「本当ですね!」

 

 ***

 

「茜? ここに呼び出してなんだ?」

 灰崎は東京のこじんまりとした公園で、茜に呼び出されていた。呼び出した茜は何か緊張しているようだが、それに灰崎は気づかない。

「あのね凌兵。これあげる!」

 茜が灰崎に差し出したのは、赤色の手編みマフラーだ。

「私のことを助けようとしてくれたでしょ? だからこれはそのお礼!」

 これから寒くなるしね! と茜は言う。正確には夜舞が異変に気づいて、それを対処したのだが、それでも灰崎が助けたということになっている。夜舞が恐らく気を遣って口を合わせたのだろう。

 一方灰崎は、茜が自分の為にと時間を作って編んでくれたのかと、心底喜んでいた。

「茜、ありがとな」

 マフラーをすぐに首に巻き、手で首とマフラーとの間に隙間を作ると、体が温まる感覚がした。

「えへへ~……へっくち!」

 茜がマフラーを撒く灰崎を見ていると、突然冷たい風が二人を通りぬけ、その寒さに茜がくしゃみをしたのを、灰崎は見逃さなかった。

「ごめん凌兵、ちょっと寒くて…凌兵?」

 茜が顔を上げたその直後、茜の制服の肩にちょっと大きいジャージがかけられた。

「これ着とけ、茜」

「でも凌兵、これじゃ凌兵が風邪引いちゃうよ?」

「俺はいい。これを貰ったからな」

 マフラーを指さしながら、茜にジャージを着せる。

 しかしそんな青春の一ページを隠れて見ていた者が…

「おー!」

 明日人たちだ。

 夜舞と一星は口を開けておーと言っているのに対し、明日人は何やらにやにやして灰崎たちを見ていた。

 その光景を、夜舞は写真にこっそり収めるも、その時のシャッター音で気づかれてしまった。

「あっ! てめぇら!」

「やば!」

 

 

 

 

「む~せっかくの写真が…」

「撮んな夜舞」

 夜舞が灰崎に先ほど取った写真を消されてしょげている中、明日人と一星は頭にたんこぶを作らされていた。なお、今明日人たちは、稲妻総合病院に向かって歩いていた。夜舞を紹介する為だ。

「そういえば灰崎くん、そのマフラー茜さんが編んだんですよね。凄く上手ですね」

「そうなんだー、大谷さんに教えてもらって作ったの!」

 大谷がこんなに上手い編み方を知っていたということを知り、明日人たちは驚く。あんな元気はつらつガールがそんな細かくて女の子らしいことを…と。

「ちょっと意外…」

「そうですね…」

「何か言いました?」

 明日人と一星が呟くと、横から大谷が話しかけてきた。

「わぁ! 大谷さん!?」

「私だってこれくらい出来ますよ!」

 そういうも、隣に居た杏奈は、本当は本で覚えたんですよね…と思った。

「お? 早速灰崎くんに渡したんですね~いや~お似合いですこと♪」

 大谷が灰崎の巻いているマフラーを見てそう茜を茶化す。

「ち、違いますよ! これはその…お礼ですから!」

「またまた~♪」

 取り残されている夜舞たちは、楽しそうだな…と思った。

「ところで大谷さんたちはここで何を?」

「あ、忘れてました! ここで円堂くんたちと合流するんでした!」

「忘れないでください」

 一星の問いに、大谷は本来の目的を思い出す。

「合流? 別行動でもしているの?」

「はい! 買い出しをしていたんです! 私達は、日用品。円堂くんたちは食料などと!」

「確かに向こうにスーパーがあるね」

 明日人が訪ねると、大谷は買い出しをしていたと言った。それを聞いて灰崎は確かにスーパーがここにあんな、と近くのスーパーを見た。

「おーい! 大谷ー!」

「あ、円堂くん!」

 スーパーから出てきたのは、円堂の他に豪炎寺、鬼道、吹雪で、両手には紙袋にレジ袋が両手で担いでいた。

「円堂さん! 俺持ちますよ!?」

「あぁ大丈夫さ、これくらい! どんな状況もトレーニングになるからな!」

 明日人が大量に物を持っている円堂たちを見て、自分達も持つと言うが、円堂はそれを断り、どんなところもトレーニングになると明日人にアドバイスした。

「だが円堂、それは持ち過ぎだ。稲森に持って貰え」

 確かに円堂は両手に紙袋三つ、肘裏にはビニール袋と、どう考えても持ち過ぎである。

「灰崎くんたちも少し持たないかい? 僕たちだけじゃ少し重くて…」

「わかりました吹雪先輩!」

 それぞれが一つずつ袋を持つことになり、明日人たちは稲妻総合病院へと足を進める。「あ、ヒロト! タツヤ! 砂木沼さん!」

 向こうで紙袋を持ったヒロトたちを見かけた為、明日人が声をかける。

「あぁ明日人くん」

「つーか大人数すぎるだろ…」

 ヒロトが明日人たちを見てそう呟く。ヒロトにはこう大人数で動くのは慣れていないためだからだろうか。

「ヒロトくんたちも何か買い物ですか?」

「いや、俺らはこいつらに連れられてきた」

「お日さま園に挨拶をしにきたんだ」

「そしたらこんなに貰ってしまってな」

 砂木沼が紙袋を見せると、そこにはお菓子や園の子たちが作ったであろう工作物が大量に入っていた。一方でヒロトは何も持っていない。彼はお日さま園の子ではないからだ。

「タツヤたちも一緒に行こうぜ! これから稲妻総合病院に行くんだ!」

「じゃあ、ご一緒するね」

 タツヤたちと合流し、もはや大賑わいとなっていた。

 途中で東京観光していた不動や坂野上とも合流したが、しかしその中で、野坂と西蔭には一切会えていない。

「おかしいね…もう合流時間は過ぎているのに…」

 そうタツヤが呟くと、病院内から野坂たちが出てきた。

「どうしたんだい? 皆こんなところで」

「野坂!?」

「どこに行っていたんですか野坂さん!」

 円堂と一星が問い詰めると、野坂はこう言った。

「東京で見る物は見終わったので、西蔭と病院の食堂で食事していたんです」

 ほら、と病院の陰で気持ち悪そうにしている西蔭が。

 とにかく、これでラストプロテクター全員が揃った。

 

 

 

 

「ええー!?」

 アフロディたちが居る病室に入るなり、夜舞が驚いた。

「豪炎寺先輩に、御兄弟っていたんですね!!」

 それは小僧丸のことだろうか。しかし彼は豪炎寺の兄弟ではない。

「いや、彼は小僧丸サスケで、俺の兄弟じゃない」

 妹はいるけどな。と豪炎寺が小僧丸の紹介をしながらそういう。

「そ、そうなんですか…」

 夜舞がそう驚く。確かにそっくりだ。

「おおー! アフロディお前、怪我治ったんだな!」

「うん、まだサッカーは出来ないけど、歩けるようにはなったよ」

 これからは情報係として、チームの皆を支えていくからね。とアフロディは自分の役割を明確にする。

「おっと、紹介してなかったな。この子は夜舞月夜だ! 皆よろしくな!」

「初めまして、私は夜舞月夜! よろしくね!」

 夜舞が自己紹介を終えると、病院内に拍手が巻き起こった。

「チームの第三者として、よろしくおねがいします!」

「だ、第三者!?」

 剛陣が驚く。それもそうだろう、第三者の件は明日人たちにしか知らないのだから。

「あれ…君は知らなかったの? てっきりイナズマジャパン全員に知れ渡っているのかと…」

 趙金雲は明日人たちにしか話していないのだ。第三者のことは。

「お、お前俺達のことを知っているのか?」

「うん! イナズマジャパンのことは知ってるよ! 確か君は…剛陣鉄之助先輩ですね! ファイアレモネード・ライジングの! あれ村の子供達が真似してますよー!」

 剛陣は夜舞に先輩と呼ばれたことと、また子供達が自分の技の真似っ子をしているのを聞いて、少し顔を赤らめている。

「そ、そうか…? そうだよな! 俺がその剛陣鉄之助だ!」

「おおー!」

 剛陣が大胆にポーズを決め、それを夜舞が一人拍手をする。明日人たちはその光景に苦笑いをしている。

「おやぁ? 皆さんもう集まっていますね」

 病室内に趙金雲が現れる。

「じゃあ少し時間をあげるので、病院内の皆さんとお話ししていてくださーい!」

 そう趙金雲は言うと、すぐに病室名から出る。その直後、病室内は話声で包まれた。

「灰崎」

「なんだよ水神矢」

「そのマフラー、宮野さんのか?」

 すぐにマフラーを作った人を言われ、灰崎は驚きつつ顔を少し赤らめた。

「な、なんでわかったんだよ…」

「宮野さんとお前は幼馴染みだろ?」

「だからってそれがこのマフラーを茜が編んだという理由にはならねぇだろ」

「そうかな」

 水神矢は楽しそうだ。

 

 ***

 

「みなさ~ん、ここが、今日から私達が使うスポーツセンタでーす!」

 バスの窓から見えるのは、最近建てられた浅草寺前スポーツセンターだ。寺からは百Mくらい離れてはいるものの、仏のご加護がありそうだ。

 早速バスから降りて中を確認してみると、中は最近建てられたというのもあって結構綺麗だった。サッカーは国が正式に禁止としている為、グラウンドは内室にあり、特訓に必要な器具も全て揃っていた。おまけに選手たちが使う個室のベッドもキッチンも全てが新しく、明日人たちは楽しんいた。

 やはりユースティティアの天使との戦いの最中であっても、やはり彼らはまだ中学生。目新しい事には目を輝かせている。

 一通り見終え、明日人たちはミーティングルームに集まった。大谷たちマネージャーは、先にグラウンドで特訓の準備をしているとのこと。

「皆さーん! これから寒くなるので、新しいユニホームを作りましたよー!」

 李子分がシーツを取ると、そこにはいつもの青いユニホームの下に黒いヒートテック、そしてタイツが備わったユニホームがあった。早速明日人たちは着替えると、体が温まる感覚がした。

 しかし、ズボンの丈が以前より短い気もするが。

「今後の予定の前に、稲森くんのお父さんからお話がありまーす」

 自分の父親から話があるという報告を趙金雲からされ、明日人はなんだろうとその胸を高鳴らせていた。

「実はオリオン財団の技術力で、一星くんのスペクトルフォーメーション、そしてハーツアンロックの性質を調べたんだが、実はこの二つには『人間が次の段階に進むための第一歩』だったことが判明したんだ」

「人が、次の段階に進むための一歩…」

 明日人が琢磨からの話を真剣に聞く。確か理科の授業で人は猿から人間に進化したと書かれていた。その次の進化が、一星のスペクトルフォーメーションとハーツアンロックなのだろうか。

「これはユースティティアの天使と対等に戦える手段だと知ったベルナルド様…いや、理事長は、あるものを作ったんだ」

 それがこれだ。と琢磨がアシスタントのマリクに大の上にあるシーツを取るように促すと、マリクはそのシーツを取った。そこには、スマホとほぼ同じ形状をしている端末が置かれていた。

 もっと近くで見てみたいと、明日人たちが駆け寄った。

「『スペクトルハーツスカウター』。世界に一つしかないスカウターだ。まずは…一星くんに試してもらおうかな」

「はい!」

 一星が最初にやることとなり、一星はドキドキしながらも返事すると、端末の近くにある椅子に深く腰掛ける。そして琢磨が一星をスカウターの画面越しに撮ると。スカウターの画面には緑の画面が写り、そこには適合率や怪異、ハーツアンロックなどの詳細が描かれていた。

「『70%』…これって、なんのパーセントなんですか? 明日人のお父さん」

「それは適合率の数値だな。他にも怪異、ハーツアンロックの系統などもあるよ」

 例えば、一星くんの怪異は蠍で、ハーツアンロックの系統は速攻。モデルはギリシャ神話の英雄『ポリュデウケース』だ。と、琢磨は言う。

「ハーツアンロックで適合率が上がっている、って私のおばあちゃんが言っていたように、本当に適合率が上がっているんだね…」

 さすがオリオン財団。と夜舞は思う。

「一度、全員取ってみようか」

 と、明日人たちはスカウターで全員取ることになった。

「円堂さん凄いですね! 適合率60%だなんて!」

「ははは、でも特訓しなきゃ適合率あげられないって夜舞のおばあちゃんが言ってたぞ。それに、坂野上の適合率も中々じゃないか」

「西蔭は…少し低めだね」

「野坂さんは、普通くらいですね」

 全員がスカウターで取った時に印刷した統計を見ながら、それぞれ感想を言っている。

「灰崎、お前はどうだ」

 そう鬼道が灰崎の統計を横から見ると、鬼道は心の中で驚いた。

「鬼道…テメェはいいよな…俺、適合率1%だぞ!?」

「それは…残念だね。灰崎くん」

 なんと灰崎は適合率1%で、対して鬼道は普通くらいだ。その灰崎の適合率は他にも類を見ないらしく、夜舞が残念だというしかなかった。

「明日人くんは、どうだった?」

 一星が明日人の統計を確認する。

「あぁ一星、実は俺、中に怪異が居てさ…」

『ええ!?』

 一星が驚くと、円堂たちが一斉に一星の方を向いた。

「『狼』だって。なんで怪異が俺の中に…」

 そう明日人が言うと、ヒロトが思い出す。明日人の中に白い何かが胸の中に入っていったのを。

「おい明日人。それってもしかして、お前がエレンっていう奴に金縛りにあったときにお前を解放した怪異じゃねぇのか? おいどうなんだよ夜舞」

「私に言われてもそんな簡単にはわからないけど、一理はあるかも。怪異が中に入ったことで色んなことが解決したって書いてあったし」

 ヒロトが明日人に確認をしたあとに、夜舞に怪異のことを聞くと、夜舞は一理あるとヒロトに返す。

「大変です! 大変ですー!!」

 するとその時、グラウンドで練習の準備をしていた大谷が、切羽詰まった表情でミーティングルームの中に入る。

「どうしたんだ大谷!」

「円堂くん! 実は、実はグラウンドに、大量の猫が!」

「猫!?」

 犬ならまだしも、猫だって!? と明日人たちは大谷たちの言う非常事態に仰天する。

 このままでは練習が出来ないと、明日人たちはグラウンドに走る。

『ああー!!』

 室内グラウンドには、そこには大量の猫達がグラウンドの器具などで遊んでおり、その数はざっと数えて数十匹くらい居そうだ。

「こ、こんなにたくさんの猫は始めて見たな…」」

「可愛いし、このままにしてもいいけど、僕たちが困るから猫達には出てってもらわないとね!」

 吹雪が一匹の猫に向かって走ると、その猫は吹雪の速さに逃げ遅れ。吹雪に抱きかかえられてしまう。

「ほら、皆も猫を捕まえて! 練習が始められなくていいのかい!?」

 吹雪の大声に、明日人たちは猫の可愛さから我に返り、急いで猫達を捕まえにいく。

「捕まえ…いたぁ!」

 明日人が猫を抱きかかえるも、猫に顔を引っ掛かれ、その隙に猫が逃げてしまう。

「怖くないからな…って待て!」

 風丸がしゃがみながら猫に近づくも、猫は逃げてしまい、風丸は急いで立って追いかける。

「いってぇ…って野坂ァ! 餌で釣ってんじゃねぇ!」

 灰崎がやっと一匹の猫を大人しくしたものの、野坂は餌で数匹の猫を捕まえていた為、灰崎はそれを見て何してんだと怒る。

「な、なんとか片付いたね…」

「うん…だけどこっちは傷だらけだよ…」

 夜舞が片付いたというも、明日人たちは引っ掛かれた傷でいっぱいだった。

「まずは消毒だね」

 と、誰よりも一番傷の少ない吹雪が皆に言う。

 その頃夜舞は、皆が猫に必死になっているところを写真に収めればよかったな…と思っていた。

 

 ***

 

 妖精のような桃色の翼を背中から生やした天使が、切羽詰まった表情で教会の中廊下を走っていた。

「レンお兄様!」

 レンは移動式ベットに横になっており、今は天界の治療室に運ばれている。

 天使がレンを追いかけるも、レンはそのまま治療室に運ばれ、治療中のランプが赤く光る。

「レンお兄様…」

 天使はレンの妹か弟なのだろうか。レンのことを心配している。

 すると、ペンダントが光る。エレンからの電話だ。

「『メリー』? お父様が呼んでいるわ。忘れないうちに行ってきてね」

「はーい! エレンお姉さま!」

 天使が本堂まで走り、本堂に居るフォルセティに会いに行った。

「お父様、今日はどんな用事なの?」

「メリーか、今日は忘れずに来たんだな」

「えへへ~メリーえらい?」

「あぁ、偉いぞ」

 メリーという天使は忘れやすいのだろうか。

「話を戻そう、メリー。お前はレンの代わりにラストプロテクターという人間側対抗軍と戦うのだ」

「えっとつまり、私がそのレンお兄様の代わりってこと?」

 お兄様ったら適合率が低いのに、いっつも無理するんだから~と、メリーはフォルセティに言う。

「あぁ、お前の為のチームも用意した」

 教会内に、十人の天使たちが現れる。名はそれぞれ花の名前を表している。

「人々を良き方向へと導く為、頼んだぞ」

「はーい! お父様!」

 

 ***

 

 夕日の赤い空が街中を包んでいく中、夜舞は街の本屋近くのショーケースの前で待っていた。

「明日人くん、早く帰らないと皆が心配するよ」

 自身のお菓子やお土産を詰めたマイバックをかけ、明日人を待つ。

「ごめん夜舞、もう少し待って!」

 明日人の右手に持っているのは、サッカー関連の雑誌と、大人の女性の表紙が書かれた雑誌。サッカー雑誌は明日人が欲していたものなのだろうが、大人の女性の本を持っているのはなぜか。

「監督の奴、欲しい物があれば自分で買ってこいよ…」

「あはは、でもヒロト、俺の探し物手伝ってくれてありがとう」

 夜舞が気晴らしにと明日人を買い出しに誘ったその時に、趙金雲がついでにと自分がほしいものまで行ってきたその時に偶然ヒロトがちょうど本屋に用事があるということで、ヒロトと夜舞とで買い出しに行くことになり、その後に本屋に寄っているのであった。

「おい明日人、これも買っとけ」

「ん? 何それ…って、『子供の為の誘拐時の対処法~大人も呼んでね~』? 何これ」

 ヒロトが近くの本棚から明日人に差し出したのは、いかにも幼児でも大人でも読めるような万人向けに作られた誘拐の本だった。

「一応狙われてるってことなら、誘拐もありえるだろ?」

 とヒロトが明日人を茶化す。

「ム、確かに俺は狙われているけど、誘拐のことなら俺も知ってるよ!」

「あいつらのことだし、何かしてくるだろ。それにお前、騙され易そうな顔してるしな」「な、なんだよそれ~!」

 頬を膨らませながらヒロトに抗議するも跳ね返され、先ほどの本を持たされてしまった。

「どうかしたの? 明日人くん」

 中で声がしたため、何があったのかと心配しに来た夜舞が本屋の中に入ってくる。

「夜舞! 実はヒロトがこういう本を渡してきて、「お前って騙され易そうな顔してるよな」って言ってきたんだよ!」

「そ、それは気の毒…だけど、本当に誘拐には気を付けた方がいいよ? 明日人くん」

「や、夜舞まで…」

 明日人は夜舞動揺、誘拐されたことはないとはいえ、誘拐は怖い物だ。だからこの時の為に、誘拐のことを学んだ方がいいのだろう。

「あ、それはそうと明日人くん…」

 何かを思い出したかのように、夜舞は明日人の右手に持っている大人の女性が書かれた本を指さす。

「それ、エロ本だよ?」

 

 ***

 

「酷いよ監督! って言いたいよ今すぐ!」

「あはは…帰ってからね」

 危うく未成年なのにエロ本を買ってしまいそうだったよ! と明日人は怒りながら夜舞に言う。

「ヒロトくん?」

 いきなりしょうめんを 見据えたヒロトに、夜舞と明日人は首をかしげ、ヒロトと同じように正面を見ると、そこには黒服の男たちが三人居た。

 まさかユースティティア…!? と夜舞と明日人は身構えたが、予想だにしていたなかった返答に二人は出鼻をくじかれる。

「吉良ヒロトだな」

「え…?」

 その瞬間、夜舞と明日人はヒロトに腕を掴まれ、男たちがいつ道の反対側を走らされる。

「え!? ヒロト!?」

「ヒロトくん!?」

 曲がり角があれば曲がり、狭い道があれば広い道へと、ヒロトは走っていく。

「ヒロトくん! あの大人たち何!?」

「……」

 自分達より前に走るヒロトに、あの人たちは何と夜舞は聞くも、一言も帰ってこない。

まるで、何かに追われているかのように。そんなヒロトがやっと立ち止まったのは、宿所のロビーで、二人はその場に膝着いた。

「ヒロト…あの人誰?」

「…俺を誘拐しようとしてきたんだよ」

「え!?」

 

 

 

 

 

 

 旅は続くよ

  どこまでも。

 

 



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第十四話 魔法少女は天使の如く、世界を壊す

「ヒロトくん、あの人たちは誰なの? なんだか…ヒロトくんのこと狙っていたみたいだけど…」

 夜舞がヒロトに、あの黒服の男たちは何なのかと問い詰める。

「お前には関係ねぇよ」

「関係なくなんかないよ」

「いいか夜舞、世の中には知っちゃいけねぇことが…」

「でも知った方がいいとは思う」

 ヒロトは夜舞を跳ね返すも、中々引き下がらない夜舞にヒロトは嫌そうに舌打ちすると、あの男たちのことを明日人たちに話し出す。

「俺を誘拐しようとしてきたんだよ、多分身代金目当てだとは思うが、俺なんかの為に出す金なんぞ親父にはねぇのになぁ」

 ヒロトの自虐を耳にしたことがない夜舞は、家族は自分を助けたりなんかしない(夜舞の解釈だが)というヒロトに、そんなことないよと言った。

「そうかァ? こんなバカ息子、さっさと捨てちまいてぇだろ?」

 ま、愛されているお前には解んねぇだろうな。と夜舞に言い捨て、ヒロトは自分の荷物を持って自室へと戻っていってしまった。

「ねぇ明日人くん、ヒロトくんのアレ…どういう意味なの?」

 ヒロトの自虐に疑問を持った夜舞が、明日人に問いかける。

「俺にも良く分からなくて…タツヤに聞いてみようよ」

 明日人がそう言い、明日人たちはタツヤのところまで行くことにした。

 タツヤは部屋で課題に取り組んでおり、課題中にも関わらず明日人たちの話を聞いてくれた。

「そうか…ヒロトにそういうことが…」

 タツヤに先ほどのことを話すと、タツヤはすぐに納得した顔をした。

「夜舞さん。実はヒロトは、吉良財閥の御曹司…って言ってもわからないよね、まぁ、夜舞さんみたいなお金持ちの息子だと考えてくれ。そのせいか、さっきのことみたいに誘拐や事件に巻き込まれることも多いんだ」

 ヒロトはあんなこと言ってたけど、誘拐されるのは嫌だから勿論逃げているけど…とタツヤはヒロトの発言に何かしら付け加えた。

「ねぇ、タツヤくん。ヒロトくんって…家族に愛されていないの? もし答えたくないなら…」

 そう言わなくてもいいと夜舞が言うも、タツヤは「これは言った方がいいだろう」と言った為、タツヤはヒロトの家庭事情についてを話すことになった。

「ヒロトの家は、お金持ちの家なんだけど、それ故に孤独だったんだ。ヒロトの父親は会長で忙しいのと同時に、俺たちみたいな孤児を預ける孤児院も運営しているから、ヒロトは自分なんかよりも俺たちの方に関心があるように思われていたみたいで…ヒロトは、自分の父親に愛されていないって思っているけど、実は父さんもヒロトのことを愛しているんだ」

 ヒロトも、それには気づいているんだけど……

「子供たちは皆可愛いけど、だからって自分の子供の世話をおろそかにしていたら、それこそ本末転倒だよ!」

 保護者としてみっともない! と子供を育てたことのある夜舞がそういう。

「なんでなのかな…自分の子供なのに…」

 明日人もヒロトの過去は初めて知ったものの、家族に愛されない気持ちは痛いほどわかる。彼は父親に会うまで、独りぼっちだったのだから。

「家庭の事情は僕たち子供には難しいからね…」

 だから今は、ユースティティアの天使達を倒すことに専念しよう。とタツヤは二人に言う。

 

 その夜、ヒロトは自室のベッドに寝転がっていた。同室の灰崎はまだトレーニングルームで折谷と話していた為、しばらくは帰ってこなさそうだ。と、ヒロトはしばらくここを自分の部屋だと思って隙に使うことにした。スマホのイヤホンを抜いて大音量で音楽を聴く。あとは、サッカー雑誌を読みふける。

 さすがにこの曲にも飽きてきたな、とヒロトがスマホを触り、音楽を止めて少し目を瞑ることにした。ヒロトの寝息が目立ち始めた頃、締めていた筈の窓が開かれ、外から白い蛇が入ってくる。夜に音楽を流すと蛇が来るよという逸話があるが、勿論ヒロトは先ほど音楽を止め、スマホをスリープにした。

 白蛇がしばらくヒロトを見たかと思えば、その体をヒロトの真っ白な首筋に巻きつける。

「___!?」

 ヒロトが気づいたのは、蛇が自分の首を絞め始めたその時だった。目が覚めたヒロトは、しばらくの間首を絞め続ける蛇と格闘し、なんとか首から蛇を引き剥がそうとした。ヒロトがいい加減にしやがれと蛇の体に爪を立てると、蛇はその体を緩める。

 が、蛇が突然口から睡眠ガスを噴き出した為、ヒロトはそのガスの甘さに耐えきれず、眠ってしまった。

 その数十分後、灰崎がタオルでシャワー後の髪をタオルで拭きながら部屋に入ってくる。

「あ~疲れた。ったく折谷の奴、色々と言い過ぎなんだよ…」

 過保護にもほどがあるだろ、と愚痴りながら部屋の中に入る。

「ヒロト? 寝てんのか?」

 灰崎の目に写るのは、電気をつけっぱでベッドに体を横にしているヒロトの姿。寝てんなら仕方ねぇな。と、灰崎は部屋の電気を消し、消灯時間までの時間を食堂で過ごすことにした。

 

 ***

 

 空に浮かぶ天界の教会の部屋の一つに、治療を終わったレンが眠っていた。白いケープは脱がされており、隣の棚に畳んで置かれていた。レンが眠っている部屋の自動ドアが開き、廊下から部屋の中に入ってきたのは、エレンだった。

「無理するからよ…」

 持っていた白いバラを、一本棚の花瓶に生ける。

「貴方は少し他の大天使と比べて、エンジェルクロスの適合率が低い。だけど、その分高い威力が期待できる。地上を救いたいって気持ちは私も同じだけど、無理をし過ぎてはだめ」

 そうエレンが言うと、レンがわかっているというように身じろいだのを見て、エレンは嬉しそうに微笑む。

「ほら、早く起きて。あの子を止めることが出来るのは、「今の所」私と貴方としかしないんだから」

 レンの額にキスをし、エレンは部屋を後にし、天界から離れ地上へと飛んだ。

 

 ***

 

「『新約聖書の「福音の書」で、イエス・キリストはエルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判したため、ローマ帝国の反逆者として言い渡され、公開処刑の死刑の一つである十字架に磔になって処刑された。』__だよ。だからここの問題の答えは『十字架の磔によるもの』と書けばOKだよ」

 その昼、ラストプロテクターの昼休みに、夜舞は坂野上に出された課題の問題の答え方を教えていた。彼らは天使と戦っているにしろ、まだ義務教育(しかも円堂たちは受験生)の生徒為、それぞれの学校から課題を出されるのだ。

 なお、今夜舞が坂野上の隣の席で読んでいるのは、坂野上の教科書だ。海外の歴史の中で書かれた新約聖書の所を読んでいる。

「夜舞さんって本当になんでも知ってらっしゃるんですね……」

 坂野上が問題の回答欄に、夜舞の言ったことをそのまま紙にシャーぺンを滑らす。

「そんなことないよ。これでも結構努力してるんだから」

 花伽羅村に居た頃は、サッカーをしながら勉強も頑張っていたんだから。と夜舞は言う。

「夜舞さんはいいですよね…課題が無くて」

 課題の量に疲れたのか、坂野上がテーブルに顔を突っ伏す。

「私は羨ましいよ?」

 花伽羅村はまだ外の世界への配達技術がまだない為、本来なら夜舞はこの時間、趙金雲から自主練を言い渡されていた。しかし、人助けが好きな夜舞は、こっそり坂野上の勉強を坂野上の部屋で行っていた。

「夜舞さんが頭がいいからですよ~」

 この頭は努力で積み重ねたものなんだけど…と、夜舞は思った。

「さ、次の問題だよ! 『キリストの処刑三日後、女たちが墓をたずねていくと、墓が空になっており、キリストの復活を若君が伝えた。さて、この若君は誰…』」

「みなさーん! 監督が大至急ミーティングルームにと!」

 夜舞が坂野上を元気づけ、次の問題文を読み上げようとしたその時、大谷が坂野上の部屋の扉を開け、ミーティングルームにと用事を伝えてきたのだ。それは茜、杏奈を使ってまでもしらせなければならないことだった為、夜舞たちは急いでミーティングルームに駆け込むと、そこには同じようにして集められた明日人たちが居た。

「皆さん、集まりましたね。実は、ユースティティアから手紙が来ました」

 趙金雲が取り出したのは、ピンク色の封筒に包まれた便箋だった。一見女の子が書きそうな封筒に、明日人たちは困惑した。

「読みますね。

『ラストプロテクターさんへ

 今日の昼、テレビを見てね』だそうです」

 え? これだけ? と思ったその矢先、ミーティングルームのモニターが、砂嵐からとある人物の顔が映し出された。

「皆、見てる? そっか、見てるんだ! こんにちは、地上の皆さん!」

 モニターに移された映像は全国、そして全世界テレビや端末を通して生中継されていた。モニターに映し出された人物は、赤色からオレンジ色ののグラデーションがかかったロングヘアをしており、可愛らしい眼と日本のアホ毛をしていた。しかし、ユースティティアのユニホームを着ており、明日人たちはモニターの人物がユースティティアの天使であることがわかった。

「私達は、貴方達人間を…あれ? 何を言うんだっけ? ……あ、思い出した! 救いに来たの! だから安心して!」

 しかし、映像の中では時々次の台詞を忘れ、頬に指をあてる天使の姿があった。忘れんぼの天使なんて聞いたことがないが、明日人たちは映像を真剣に聞いていた。

「これを見ているラストプロテクター・アースのみなさーん! 一週間後、アメリカで沢山の人を救助する予定だから、止めたかったらスタジアムに絶対に来てねー!」

 それだけを言い、天使はモニターの電源を消した。

「アメリカ…一之瀬と土門がいるところじゃないか!」

 円堂が慌てた様子で話す。

「円堂、すぐにアメリカに行こう」

「あぁ!」

 円堂と豪炎寺はすでに意を固めている様子だ。

 明日人たちは急にアメリカに発つこととなり、まだ意を固めていなかったが、とりあえずアメリカに行くための荷物を纏め、飛行機でアメリカに行くことになった。

 

 ***

 

「お勉強しているの?」

 教会の部屋の一つの、天使にそれぞれ振り分けられた部屋の一つに、エレンは瞬間移動で課題に取り組んでいる天使の後ろに立つ。

「うん! 沢山お勉強して、忘れんぼがなくなるようになりたいんだー!」

 そうペンを滑らす天使は、地上で全世界に映像を流した天使だった。

「そう、偉いわね」

「うん! メリー偉い?」

「ええ、偉いわ」

 そうエレンは、天使の頭をなでる。

 本来ならエレンは、目の前の『大天使』を撫でることは許されていない。

 なぜなら彼女は、天使のくらいの中でも最上位の、『熾天使』なのだから。

 

 ***

 

 明日人たちがアメリカに着くと、アメリカではとっくに夜になっており、空港では一之瀬と土門が待っていた。

「一之瀬! 土門! 無事か!?」

「こっちは無事だ! とにかく、今は俺達の宿所に!」

 一之瀬が切羽詰まった様子で円堂たちをバスでアメリカの宿所へと運ぶ。アメリカの宿所は赤と青と白で構成されており、いかにもアメリカな雰囲気が漂っていた。

 アメリカも、どうやらユースティティアに対抗するチームであるらしいというよりも、FFIに出場したチーム全員がユースティティアに対抗する人物らしい。

「円堂、テレビを見たか?」

「あぁ、見たぞ。土門」

「本格的にユースティティアの天使が動き出したな……今国家と国民は大騒ぎだ。この世の終わりだとかって暴れ回る人とかも居るし……円堂も気を付けろよ。あと、ここにある特訓器具は好きに使っていいからな」

 一之瀬は今アメリカで起きていることを伝えたのちに、明日人たちに自由に練習器具を使っていいと言った。

 翌日に明日人たちはここにある練習器具で特訓を進めることにした。さすがアメリカの実力ともいえる程に、練習器具の難易度は、日本がノーマルとするならこっちはハードだった。しかし、その分効果は期待できそうだ。

「うっ…」

 しかしその中でヒロトは、ランニング中に頭痛がしてしまい、その足を止めてしまった。同じようにランニングしていた夜舞が足を止め、ヒロトに駆け寄るも、ヒロトが夜舞を突き放した為、夜舞はいやいやながらもランニングを続けた。しばらくすると、ヒロトが足を動かしてまた走り出した為、夜舞とそれを見ていた明日人たちは胸を撫でおろした。

「(もしかして一星くんのときのような怪異の仕業…? ううん、気のせいだよね)」

 夜舞は一星の時のような怪異の仕業かと思ったが、たまたまだよねとその日は特訓に集中した。

 と明日人たちが特訓に励んでいたその時、二人の少年の声がした。

「ヘイユー! 久しぶりだね!」

「久しぶりだな、イナズマジャパン」

 同じアメリカ代表のマークとデュランだ。

「あ、貴方はアメリカ代表のマークさんとデュランさん!?」

 夜舞が二人を見て驚いている。

「あの子が最近入った夜舞月夜って子かい?」

 マークが円堂に尋ねると、円堂は本当に無意識に夜舞をほめた。

「あぁ! 俺達と同じくらい強いんだぜ!」

「円堂先輩~そんなに褒めないでくださいよ~」

 先輩の円堂に褒められ、恥ずかしそうに顔を赤らめて笑う夜舞。だが一見嬉しそうにも見えた。

「そうなんだ…これはぜひとも戦ってみたいな」

「そうだ! 俺達とサッカーでバトルしないか!?」

 円堂の宣言で、マークたちと五対五のサッカーバトルをすることとなった。

 スタメンは以下の通りになった。

 GK 円堂守

 DF 夜舞月夜

 MF 稲森明日人 野坂悠馬

 FW 灰崎凌兵

 向こうは一之瀬に土門、マークにデュランも居る。手ごわそうだ。

「いくぞ! 円堂!」

 一之瀬はドリブルで前線に駆けあがってくる。しかしそこに、灰崎が一之瀬のボールをスライディングでカットする。

「へっ! たいしたことねぇな!」

「そうかな?」

「何!?」

 デュランのスライディングでも、灰崎もボールを奪われる。

「マーク!」

「あぁ!」

 マークとデュランが力を合わせると、それはユニコーンのシュートとなる。

『ユニコーンブースト!』

 二人の必殺技が、円堂を襲う。

「ここは任せてください! 『ライトチェーン・ダークロープ!』」

 しかし間に夜舞が入り、ディフェンス技でマークたちのシュートを止める。それと同時に夜舞が上がり、デュランとの読みあいになる。

「ヘイユー! 君がヤマイツクヨかい?」

「YES! アイム 夜舞月夜!」

 試合中に英語で自己紹介した夜舞。すぐに明日人へとパスを送る。

「彼女、中々やるね」

「俺もギンギンしてきたよ!」

 

 

 

 試合が終わり、明日人たちは互いに握手を交わした。

「強くなったね、君たち」

「俺たちも、ユースティティアの天使からサッカーを取り戻す為に戦っているからな!」

 と、自信満々でマークに返事をする円堂だった。

 

 

 

 数日後、明日人たちはアメリカのサッカースタジアムに来ていた。観客席には沢山のアメリカ人と、好奇心で来てしまった外国の人などが座っており、ユースティティアの天使が来るのを緊張して待っていた。

「もうすぐだな…」

 円堂が言ったその直後、少女の声がした。

「そこまでよ!」

 と、自分達が何か悪いことでもしているかのように言っている女の子のような声に、明日人たちはスタジアム全体を見渡した。すると、スタジアムの屋根部分に当たる屋根の上で。一人の少女が立っていた。ユースティティアのユニホームを着て。

「「あれは…ユースティティア!?」」

 そう明日人たちが言ったその直後、少女はピンク色の妖精の羽のような翼を出すと、ゆっくりとフィールドに降り立った。すると、右手を明日人たちに突き出す。

「この世の悪と闇は、全てこのマジカル☆メリーがやっつけてあげるわ!」

 その瞬間、スタジアムは沈黙に包まれた。

 なぜならこれまでのユースティティアの天使とのギャップが激しい上に、マジカル☆メリーと言ったそれは、天使というよりかは魔法少女に近かった。一応…ユースティティアの天使なんだよな…と疑う者もいた。

「お父様から話は聞いたわ! 私達天使に楯突く悪い人たちって!」

「メリー様、目的を忘れてはいけませんよ」

「目的? なんだっけ?」

 配下の天使がメリーの猛攻を止める。しかし肝心のメリーは、ここに来た目的を忘れているようだった。本当に大丈夫なのだろうか。と、明日人は出鼻をくじかれたような音がした。

「そこにいる人間達とサッカーで戦い勝つことですよ」

「あ、そうだったわ!」

 忘れんぼなのだろうか、目的を忘れていたメリーはぽんと左のてのひらを右手の握りこぶしで叩くという思い出したような素振りを見せた。

「じゃあ、勝負しましょう!」

 

 ***

 

 試合が準備され、両者ともいつでも開始できる状態になっていた。

「ルールを決めましょ! レンお兄様によれば、十点差を付けて勝つっていうハンデだったから、こっちは4点先取したら勝ちでいい?」

 メリーがルールを提示すると、それはレンの時よりもお互い大きい差がないルールだった。その方がいいだろう。そうすれば無駄な時間を使わなくても済みそうだと、明日人たちは承諾した。

「よーし、いっくよー!」

 メリーのキックオフで試合が開始される。しかし、メリーはまるで花畑で遊び回っているかのようなスキップでボールを運んでおり、明日人たちはまるで遊んでいるかのようなメリーに困惑する。

「え…? スキップでドルブルしてる…」

「なんだ? アイツ」 

 鼻歌まじりでドリブルするメリーは、まるでユースティティアの天使とは思えなかった。

「舐めたまねしやがッ__!?」

「ふんふふふーん♪」

 ヒロトがボールを取ろうとするも、メリーはボールをまるで自分の体の一部みたいに扱い、突っ込んでくるヒロトを避けて転ばせた。

「いかせない! うおおおおおおおおおおお!!」

 明日人がイナビカリ・ダッシュを使おうとした瞬間、メリーは明日人をジャンプで避ける。

「え!?」

「もっとあそぼ!」

 実力は高いのかそれとも単純に運がいいだけなのか、明日人たちを通り抜けていく。

「えい!」

 そしてついにはメリーが円堂のゴールに向けてボールを蹴った!

 円堂が身構える。しかしボールは、ゴールの中どころか外に飛んで行ってしまった。

「あ~失敗しちゃった」

 頭をかき、メリーは眉を下げる。

「なんですかこの子……」

「なんだか不思議だね、坂野上くん」

 夜舞と坂野上がメリーを不思議ちゃんだと解釈している。

「なんだか、こっちまでおかしくなりそうだよね」

 吹雪の言う通り、メリーの能天気な気質と忘れっぽい雰囲気のせいで、明日人たちはどうしてもその雰囲気に狂わされてしまう。レンとのギャップもあるせいか、どうしても胸の中に違和感が募る。

 ユースティティアの天使の一人、ローズがコーナーキックをしたところを夜舞にカットされ、明日人たちのボールとなる。

「鬼道先輩!」

「豪炎寺!」

 MFのポジションまで上がった夜舞が、前線の鬼道にパスすると、鬼道はドリブルで二人の天使を抜けたあとに、豪炎寺にパスする。

「わっ! スゴい!」

 メリーが敵に拍手を送る為、豪炎寺はこれまでの天使との違和感を感じていた。

「ヒロト!」

「いくぜ? スーパーノヴァ・エクスプロージョン!!」

 豪炎寺のパスとヒロトのシュートが、GKのキンギョソウのゴールに突き刺さる。

「よっしゃ!」

 ヒロトが豪炎寺とハイタッチを交わす。

 始めて一点を取り、なんだか楽そうだと明日人たちが思ったその時だった。

「…あれ?」

 メリーは、突然その場に立ち止まった。

「人間達の点数が一点…私達がゼロ点…」

 メリーは生まれたての子供みたいにあたりを見渡す。

「何をしていたんだっけ…」

 あれだけ目的を忘れぬよう言われたものの、メリーは忘れてしまったのだ。そのため、メリーは今の状況を整理するため、周りを見渡したのだ。

「……まぁいっか! とりあえず、倒しちゃえ!」

 と、電光掲示板に書かれた点数を目にした瞬間、メリーは豹変した。

 ハイライトのあった瞳は光を失くしており、それはまるで無邪気に遊ぶ子供のようになった。

「クロスハート! 解放!」

 メリーがペンダントを掲げると、ペンダントからピンク色のオーラが噴き出し、それはユニホームからピンクと白のゴスロリ風潮の服に変わると同時に、天から可愛らしい装飾がされたメリーの背丈くらいある巨大なハサミが、メリーの近くに刺さった。

「目的をお忘れですか!」

「目的? 忘れちゃったものは仕方ないわ! ふふふっ!」

 今のメリーはもはや魔法少女というより天使というよりも、狂った少女(切り裂きジャック)になってしまっていた。

「さぁ、遊びましょ!」

『うわあっ!』

 クロスハートをしたメリーがボールを持って走り出した為、FW陣はメリーのクロスハートによる風で吹き飛ばされる。

「いかせない!」

「通させないよ!」

「あはは! 邪魔だよー!」

 明日人と野坂が立ち塞ぐも、メリーがどこからか取り出したのは、可愛らしい装飾が施された、メリーの背丈くらいはある巨大なハサミの片割れで、それをまるで刀のように振るった。

『ジャック・アタック!』

 刀のように振り回しているハサミでクタリを同時に切ると、二人は電池が切れたオモチャみたいにグラウンドに倒れる。

「野坂さん! 明日人くん!」

 一星が二人の心配し、メリーの猛攻を防ごうと防戦に入ろうとするも、もう間に合わ無かった。

「ふふふっ、あはは!」

 メリーは今、DF三人を前にしてシュートをしようとしていた。

『クリスタル☆ブラッティ☆シャワー!』

 ボールを赤色のクリスタルにすると、メリーはそれに向けて魔法陣を描く。そして技名と共にクリスタルのボールを蹴ると、クリスタルのボールは砕けちり、その破片がゴールへと突き刺さろうとしている。

 夜舞たちが防ごうとするも、シュートの勢いは凄まじく、吹き飛ばされてしまう。

「ダイヤモンド・ハンド!」

 そっちがクリスタルなら、こっちはダイヤモンドだ。と言わんばかりに、円堂はダイヤモンドハンドを繰り出す。

 しかしクリスタルの強度のせいで一点を集中攻撃されたダイヤモンドは砕け散り、ゴールにクリスタルが突き刺さった。

『ゴール! ラストプロテクター、ゴールを奪われました!』

「やったぁやったぁ! 一点取ったよ!」

 メリーが嬉しそうに喜ぶ。しかしその後ろでは、メリーのハサミとタックルによって明日人たちが倒れているのだが。

「そんな…」

「あの子…強敵です!」

 大谷と杏奈は、メリーの強さを知らないままに勝てると判断してしまっていた。そのため、予想以上に消耗した明日人たちの治療に手を焼いていた。

「…大丈夫?」

「茜、俺は大丈夫だ。だが…」

 ここで負けたら、明日人が捕まっちまうと、灰崎は明日人を見ながらそう茜に言う。

 それにしても、ヒロトの呼吸が荒いと、灰崎は試合中に感じていた。メリーの強さもあるが、それでもこれまでの試合とは違うような呼吸を感じていた。

 

「ザ・ジェネラ…」

「そうはさせないよー! 『ジャック・アタック!』」

 ザ・ジェネラルをしようとした野坂と一星を、メリーは必殺技で無理やり止めた。

「必殺タクティクス中に攻撃するなんて!」

 夜舞がそう思うも、今のメリーにこの手の話は通じないと判断した夜舞は、DFとしてメリーの猛攻を止めようとする。

「ライトチェーン・ダークロー___!?」

 夜舞が鎖と縄を出そうとしたが、メリーが振り上げたハサミの魔法陣から現れたナイフたちに、夜舞は危機を感じて顔を腕で抑えたが、その時に夜舞は必殺技を出すのをやめてしまっていた。

「しまった!」 

「クリスタル☆ブラッティ☆シャワー!」

「正義の鉄拳…うわっ!」

 最終奥義でもある正義の鉄拳をもってしても、メリーに対抗できなかった。

「くっそ…」

 このままじゃ負けてしまう、と円堂は悔しがる。円堂の身ならず、明日人たちの強化されつくした体力も瞬発力も今ではなくし、パスもドリブルも鈍くなっていた。そんな状態で戦った為、あっという間に3-1となってしまった。

 そんな明日人たちを見かね、つまんないと思ったメリーは、トドメを刺そうと必殺シュートの体制に入ろうとした。

 しかし、今日は気分のいいメリーは、トドメを刺す前にいいことを教えてあげると明日人たちに向かって笑う。

「いいことを教えてあげよっか。お父様は、貴方達人間を救うために、『テミス改革』っていう地上の革命を起こそうとしているの」

 テミス改革は、人類が犯してしまった罪の種を消し去ることで、お父様自身が世界を支配する為の準備を整え、天使と神が人を支配する世界にする革命なの。と、メリーは続けて言う。

「それはいつしか、地上に導きの光をもたらす。この地上が、永遠の『[[rb:エデンの園 > 理想郷]]』になる為の光」

「テミス…改革…」

 それはつまり、人を作った神自身が人を支配するというものであり、明日人たちは危機を感じた。

「あ、これ以上は話せないよ。じゃあね~バイバイ♪」

 と、メリーが再びボールを蹴ろうとしたその瞬間。

「そうはさせません!」

 一人だけ体力のあった一星が、スペクトルフォーメーションをした状態でメリーからボールを奪ったのである。その時の衝撃と振動で、メリーはハサミを落とす。

「すごいすごい! それが怪異の力なのね!」

 ボールを奪われたというのに拍手をするメリーに気味悪さを感じた一星は、思わず身じろいだ。

「お姉さまたち以外で私からボールを取ったのは貴方が初めてよ! ねぇ、名前はなんていうの? 教えて!」

 他にも天使が居るのかと一星は考えたが、今ハンズそれに関する情報をメリーから聞くのが先決と考えた一星は、とりあえずメリーに名前を言う。

「一星…光! ふふふ………あはははは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははは!!!」

 するとメリーは、一星の名前を聞いた途端に三段階に笑い出し、その笑い声はスタジアムに響き、より一層気味悪さと狂気を加速させていた。

「私、ヒカルと遊ぶ! 貴方が私から一点を入れられたら、貴方たちの勝ちでいいよ!」

 めちゃくちゃなことを宣言され、他の天使たちがやめようとメリーを止めようとするも払いのけられ、メリーは一直線に一星に向かって突進してくる。それに対して取られぬよう構える一星であったが、メリーが持っていたのは先ほどの巨大なハサミで、それを開いた状態でメリーは横に振るった。

「_ッ!!」

 間一髪で避けるものの、左肘には一本の赤い線がクレヨンのように引かれている。もう少し遅ければ、首か体が切られていただろう。

「すごい! 避けた避けた! でもまだ終わらないよ!」

 一星のことをオモチャのように扱う。

『サウザント・ナイフ!』

 メリーがハサミをステッキの様に掲げると、天高い空に桃色の魔法陣が浮かび上がり、そこからおよそ千本ともいえるナイフが降り注いだ。それは一星だけでなく、味方の天使すらも巻き込んでフィールド全体をナイフで覆い尽くした。

「危ない! 風神雷神ゴースト!」

 円堂が思わず明日人たちに必殺技でナイフから守る中、一星はマシンガンのように降ってくるナイフを、ドリブルしながら避けていた。しかしそれもギリギリで、何度か髪がナイフに切っ先によって斬られ、一星が避け切ったころには赤い三つ編みはゴムを失くしてただの長い後ろ髪となった。

「(これで決める_!)ハーツアンロック! リライズ!」

 そろそろ決めないとまずいと思った一星は、ハーツアンロックでスピードと攻撃力を高めた。

「わぁ! それがハーツアンロックなんだ! わっ!」

 メリーが凄い凄いと感想を言っているあいだに、一星は一気に自陣から敵陣へと走り抜け、誰も居ないゴールに向かってシュートを撃ちだす。

「スターライト・ミルキーウェイ!」

 数多のレーザーに、メリーは止められない。

「させないよ?」

 しかし、メリーはボールが自分の前を通り過ぎた瞬間に、ボールよりも早くゴール前で待ち伏せていたのだ。

 そしてメリーが自分の足元に魔法陣を展開し、その前方に虹色の壁を創りだす。

「ミラー★フォース!」

 壁がボールを塞いだ瞬間、竜巻並みの風圧程の衝撃が発生した。それは遠くに居た一星も、それよりも遠くにいた明日人たちをも吹き飛ばす。

「皆! 風神雷神ゴースト!」

 円堂が皆を受け止める為、風神と雷神で十人全員を受け止めたが、ゴーストだけの魔人では自分のゴールにまで飛んできたボールを止めることが出来ず、実質メリーによってゴールを奪われてしまった。そのため、ルールに言われていた4点先取をユースティティアがしてしまい、ラストプロテクターの勝ちとなってしまった。

「一星! 大丈夫か!」

 皆を降ろし、一星を寝そべる。しかし、今の一星はスペクトルフォーメーションもハーツアンロックも解除された状態で気絶していた。

「そんな…」

 その瞬間、明日人たちが絶望した。 ハーツアンロックと怪異の力を使っても、天使には勝てないのかと。

「あれ? もうおしまいなの? つまんない、終わりにしてあげる」

 ゴールからゴールまでの距離は百メートルもあるというのに、メリーは翼を使って浮遊することで、数秒で辿りつく。

 メリーの右手には、先ほどのハサミを持っている。

 もうダメ…と杏奈が思った瞬間、杏奈が持っていた杏奈が持っていたスカウターが反応する。

 その音に明日人たちは反応し、何事かとグラウンドを確認する。

「反応の先は?」

「ヒロトくんです!」

 折谷が反応の確認をすると、反応の出所はヒロトとなっていた。

 なんとスカウターは、ヒロトにある、『ハーツアンロックのオーラ』を感じたのだ。

「まさか、こんな時にハーツアンロック!?」

 力を振り絞って立ち上がろうとするヒロトの中のハーツアンロックが、今まさに発動しようとしようとしたその時____

「そこまでだ。メリー」

 ヒロトの背中に張られた『札』が、ヒロトの中にあるハーツアンロックのオーラを吸い取ったのだ。そのせいでヒロトは立つための力を失い、そのままうつ伏せに倒れる。

「レンお兄様? もう大丈夫なの?」

 メリーが振り向くと、そこには天界の治療室で治療されていた筈のレンがいたのだ。

「目的を忘れるな。私達の目的はなんだったのか」

 レンの復活で、試合序盤の面影を取り戻したメリーは、目的を思い出した。

「あ! サッカーで人間達に勝つのよね。でも、もう私勝ったよ?」

「なら、稲森明日人を天界に連れていけ」

「はーい!」

 メリーがハサミをしまい、明日人に近づく。

「怖くないよ~救助すればきっと貴方は救われ…」

 メリーが何か言いながら明日人に近づくと、その瞬間、明日人の胸の中から白い何かが現れた。

「あ」

 それは白い狼で、メリーに向かって噛みつこうとしていた。しかしメリーはそれに反応しきれず、頭を喰われそうになる。

「メリー!」

 だがそこにレンがメリーを後ろに引っ張った為、狼からの噛みつきからは免れる。

 しかし狼は今もメリーを狙って唸っている。

「……あれが…俺の、怪異…?」

 明日人が始めて、己の怪異を視認する。

 それは明日人だけではなく、円堂も豪炎寺たちも、それを見ていた。

「レンお兄様、これじゃ近づけないよ…」

 メリーがそういうと、レンは静かに狼に近づきながら、札を取り出す。

「怪異か。悪いが、大人しく……!?」

 レンが札を投げようとした瞬間、狼から光が溢れだした。それはまるで炸裂弾以上の光で、レンとメリーはその光の眩さに顔を腕で抑える。

「今のうちだ!」

 狼が光を放ち続けているうちに、と円堂が皆をスタジアムの外に逃げるように促すと、明日人たちは気絶している一星を抱えてその場から逃げ出した。

 レンたちを足止めしている光が無くなると、レンの目の前には目的の明日人もあの狼も居なかった。

「レンお兄様! 逃げられちゃった!」

「………」

「レンお兄様?」

 メリーがレンを訪ねるも、レンは無言で虚空を見つめる。

「太陽か…あの狼は」

「え?」

「太陽は地上に光をもたらすと同時に、地上の全てを燃やし尽くす。扱いが難しいな」

「レンお兄様、それってどういう意味?」

 メリーがレンの独り言にどういう意味なのを尋ねる。

 しかしレンはなんでもないというように、背中から白い翼を出した。

「レンお兄様? もう帰るの?」

「あぁ、帰るぞ」

「はーい!」

 

 

 

 

 

 

 魔法少女はその気になれば、

  人を救うことも世界を壊すことも出来る、

    最凶の女の子なのだ。

 

 

 



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第十五話 神になれない『偽物』たち。

 明日人たちは、ミーティングルームでテミス改革のことで会議をしていた。

 メリーの言っていた、テミス改革とは、人が犯してしまった罪の種を消すことで、フォルセティ自身が世界を支配するというものだ。詳細は不明だが、メリーは永遠の理想郷になると言っていたが…

「人が犯した罪って、戦争を地上でしてしまったことの罪でしょうか…」

「環境汚染、貧富の差、数え出したらきりが無いな…」

 坂野上と風丸が、「人の犯してしまった罪」の考察をするも、どれも正しい物とは限らなかった。むしろ、環境汚染に貧富の差も戦争も全て含めた上で罪と呼べるだろう。

「エレンに直接聞くのはどう?」

 明日人が天使の統率者であるエレンに聞こうと提案すると、すぐに風丸に叱られる。だが、天使にしかわからないものは天使に聞くといいだろう。だが、

「あいつ、どこに居るかわかんねぇだろ」

 灰崎の言う通り、エレンは神出鬼没。おまけに胡散臭い。そんな天使がどこにいるのかも見分けがつくはずも無い。と灰崎が言ったその直後に来るかとは思ったが、来ない。本当に神出鬼没としか言いようがない。

「とにかく今は、ユースティティアの天使と戦うことが先決だろう。考えるのはあとからでもいいだろう」

 鬼道の発言で、ミーティングは終了となった。

 

 ***

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 明日人が、金色の物体を避ける。避けた先にも先ほどのものがあったが、それに目もくれずに避ける。しかし右に避けたところで金色の物体にぶつかってしまった。

 それは敵でもなんでもなく、なんと大仏だった。

「だ、大仏…」

 夜舞が目の前の特訓に思わず絶句する。それと同時に大仏相手にこんな罰当たりなことを、そしてこんな変な特訓をイナズマジャパンはしていたのかと夜舞は心の底で思った。まぁ、夜舞もそう言えた義理ではないが。

「ほーっほっほっほ! 皆さん精が出ますね~」

「こんな特訓聞いてませんよ!」

 遠くで見ている趙金雲に、この特訓はなんなんだと夜舞が突っ込む。しかし趙金雲は皆が特訓中でもゲームをしており、それに対して夜舞がちゃんと聞いて下さい! とついに怒った。

「皆さん、燃えてますねー!」

 大谷が食堂の窓でグラウンドを眺めながらそういう。

「ユースティティアに負けても諦めないのが、ラストプロテクターですからね」

 おにぎりの準備をしながら、杏奈が大谷に返事する。

 ユースティティアの天使の一人、メリー一向に負けてしまい、彼らは曇天のような心境になっていた。だがそうめげてもいられず、明日人たちはひとまず日本に戻り、こうして特訓を続けているのであった。

「大谷さん、杏奈さん。もしかしたら皆疲れているかもしれないから、おにぎりが沢山必要になると思います」

「そうなんですか?」

「はい! 星章学園でマネージャーでの経験がありますから!」

 そう茜は敬語で大谷にアドバイスを送る。しかし、その量を作るのに人手が足りなかった。

「大食いの夜舞さんに稲森くんに、円堂さんが居ますからね。これは凄く重労働になると思います」

 私達だけじゃ間に合わないよね…と、大谷が考えると、突然思いついた。

「そうだ! 夜舞ちゃんに手伝ってもらいましょう!」

「ええ!?」

 

 ***

 

「で、私が呼ばれたの?」

 椅子に座っているのは、ユニホームの上にエプロンをかけた夜舞。何をするのはまだわかっていない様子だった。

「はい! 夜舞ちゃんのお茶はとても美味しかったですし、もしかしたら料理もお得意なのではないかと思いまして!」

 お茶が美味しいって言われるのは嬉しいけど、だからって料理が得意なわけじゃないんだけどなぁ…と夜舞は思った。

「実は夜舞さん、おにぎりを作るのに人手が足りなくて、少し手伝ってもらえませんか?」

「私からもお願いします!」

 わかりやすく説明する杏奈、お願いと懇願する茜に、夜舞は『人助けしたい欲』が刺激され、意気揚々に立ち上がった。

「よし! やってみる!」

 早速夜舞は準備として手を洗うと、水で手を濡らし、早速塩を乗せた手にご飯を乗せる。

「あっつ…」

 熱いのを奥歯を食いしばって我慢し、夜舞はぎゅっぎゅっとおにぎりを握ると、夜舞の手には三角に握られたおにぎりが。

「おおー!」

「凄いです!」

 茜が夜舞の速い手さばきに拍手を送る。

「そんな~私だってまだまだだよ~?」

「そんなに謙虚にならなくてもいいんですよ!」

「だって私家庭科とか苦手だし…」

 そう言った夜舞の一言に、大谷たちは驚いた。

「え!? 家庭科苦手なんですか!?」

「うん、包丁や火を使った料理なんて出来ないし、せいぜい出来るのはお茶くみとおにぎりくらいだけだよ~」

 あと、餅付くんの餅つきを手伝ったりするくらいだよ。と、夜舞は家庭科が苦手なのをはっきりと大谷たちに公言する。

「てっきり得意かと…」

 杏奈が口に手を当てて驚く。そんな杏奈を見て夜舞はつい最近までやっとおにぎりを握れたくらいだし…という。

「でも、凄い!」

 それでも茜は夜舞を凄いとほめている。

「さーて! おにぎり作りますか!」

『おおー!』

 大谷の掛け声で、夜舞たちは一緒におにぎりをつくることとなった。

「つまみ食いは駄目ですよ」

「あ、やっぱり?」

 夜舞は目の前に食べ物があると、食べられずにはいられないのだ。

 

 

 

「ヒロト、イラついているね」

 その頃グラウンドでは、ヒロトがいつもより荒いプレーをしているのをルースが気づいていた。元々ヒロトのプレイは荒いのだが、むしろヒロトのそれはもっと無理しているようにも見えた。

「ハーツアンロックが出来なかったからね。仕方ないよ」

 そうマリクがうなづくと、グラウンドへの昇降口から、元気なマネージャーの声が聞こえた。

「みなさーん! おにぎりが出来ましたよー!」

 その声が聞こえたあとすぐに、明日人たちはおにぎりの前へとかける。そこには大量のおにぎりがトレーの上に乗せられており、見るからにおいしそうだ。

「夜舞さんにも、手伝ってもらいました!」

 そう大谷が手の平を夜舞に向ける。そこには、恥ずかしそうにしている夜舞の姿が。

『いただきまーす!』

 明日人と円堂はおにぎりにがっついている。特訓の後のおにぎりはとても美味しいのだろう。

「凌兵、これペンギンのおにぎりだよ!」

 茜が灰崎に持ってきたのは、海苔でペンギンの顔を作ったおにぎりだった。少し不器用なところが微笑ましくなり、灰崎は少し頬を緩ませる。それは茜にしか見せない表情だ。

「ルースくんもどうぞ!」

「あ、ありがとう…」

 ルースが大谷のおにぎりを食べると、美味しかったのか少し頬を緩ませている。

「(こ、これが杏奈さんのおにぎり…)」

「マリクくん?」

「わあっ!」

 マリクは今手の中にある杏奈が握ったおにぎりをまじまじと見ている。それを見て杏奈が声をかけると、マリクは声をかけられたことに驚いて、おにぎりを落としそうになる。

 その頃明日人は…

「(しょ、しょっぱい……)」

 夜舞の作った塩の多すぎるおにぎりと格闘していた。

 

 ***

 

 おにぎりを食べ終え、練習が再開されようとしたその時だった。

 ヒロトの体に何かが締め付けるような感覚がしたのだ。それと同時に、体が重い感じがした。ヒロトは一瞬風邪でも引いたのかと思った。しかし、監督や折谷に伝えるのも面倒なので、ヒロトはこのまま練習しようとした。

 しかし、今自分がドリブルしているボールがぼやけて見える。そして、瞼も重い感じがした。

 あ、これはやばい。と思った瞬間に、ヒロトは倒れてしまった。

 

「ヒロト!」

 倒れたヒロトに、タツヤは急いでかけよる。しかしヒロトはヒューヒューを過呼吸になるだけで、返事を返してはくれなかった。

「大丈夫かヒロト!」

「ヒロトくん!」

 円堂達が駆け寄ると、豪炎寺がヒロトの様態を見た直後に、タツヤに指示した。

「タツヤ、お前はヒロトの手を握っててくれ」

「はい!」

「夜舞は、マネージャーたちと一緒にココアの準備を」

「わかりました!」

 豪炎寺が的確に指示を出している。

「砂木沼、西蔭、ヒロトを医務室に」

「はい」

「わかった」

 そう西蔭と砂木沼が言うと、砂木沼はヒロトを軽々と担ぎ、西蔭の案内の元医務室まで運ばれることとなった。

「ヒロトの奴、風邪か…?」

「もしかしたら、持病の可能性もあるな。あとでタツヤか砂木沼に聞くか、アフロディに電話出来ないか?」

 円堂は鬼道に、二か月前ヒロトと親しかったアフロディと、今でもヒロトとは親しい中にあるタツヤと砂木沼に聞いてみたらどうだと促すと、円堂はすぐに公衆電話がある廊下まで行き、そこでまずはアフロディと通話する。タツヤと砂木沼はまだヒロトの隣に居るため、邪魔したくはないと思ったからだ。

『はい、円堂さん?』

 電話に出ると、水神矢が出た。

「あぁ水神矢? アフロディ呼んできてくれないか?」

「はい、わかりました」

 水神矢に変わり、アフロディに電話が渡される。

『アフロディだ。どうしたんだい? 円堂くん』

「あぁアフロディ、お前ヒロトとはFFIの時親しかったよな。あいつに何か持病とかなかったか?」

『持病…円堂くんがなぜそんなことを聞くのかはわからないけど、きっと重要そうなことだね。だけど円堂くん、僕が見た限りではヒロトくんに何か病気があるような素振りはなかったね』

 アフロディは、ヒロトには持病があるかどうかわからないとの発言を円堂にする。

「そうか…」

『ごめんね円堂くん。力になれなくて』

「あぁ大丈夫さ! じゃあな!」

 そう円堂はアフロディとの電話を切り、受話器を元に戻すと、すぐに医務室へと走った。

 

 ***

 

 その頃医務室では、タツヤと砂木沼が、ベッドで眠っているヒロトの隣に居た。

「砂木沼先輩、タツヤくん、失礼するね」

 夜舞がココアを持ってきた。ついでに二人の分もある。

「ありがとう、夜舞」

「夜舞さん、僕らの分までありがとう」

「起きたら、ヒロトくんによろしくね」

 そう言って、夜舞はヒロトの分のココアをテーブルに置くと、医務室を後にした。

 しばらく二人がココアを飲みながら話していると、突然ヒロトが跳ね起きた。

「うわあああ!!」

「ヒロト!」

 ベッドから跳ね起きたヒロトに、ココアをテーブルに置いたタツヤが抑える。

「どうした、ヒロト」

「……やべぇ夢を見た…昔の、自分に、殺される夢…」

 砂木沼が聞くと、ヒロトは自分に殺される夢を見たと聞いて、砂木沼はまるで理解できないとの感情を示す。

「それって、どういう夢なんだ?」

「わかんねぇよ……うぐっ!!」

 ヒロト自身も訳が解らず、呼吸を荒くしていると、急にヒロトの顔が痛みで歪む。

「あぐぅ…ぐ、あがっ…」

 まるで腹が裂けるかのような痛みに、ヒロトは耐える。しかし耐えがたい苦痛に、ヒロトはしばらくベッドの上で体を丸め、腹を抱えていた。

「ヒロト!」

「う、ぐぅ…! あ、あ……タツ、ヤ?」

 ヒロトがタツヤを見据えた瞬間、腹と全身の痛みが驚くほどにスゥ…と魔法のように亡くなった。

「大丈夫か?」

「あぁ…大丈、夫…」

 そう言った瞬間、ヒロトが目を瞑ってしまい、タツヤが起こそうとする。

「ヒロト!」

「待て、寝ているだけだ」

「砂木沼さん…」

 と、砂木沼がタツヤを落ち着かせていると、円堂が医務室にやってきた。

「タツヤ、砂木沼。ヒロトに何か持病みたいなのはなかったのか?」

「持病…? 聞いたことが無いな」

「円堂さん、実はヒロト、サッカーをする前までは少し体が弱くて…それで少し体調を崩してしまったかもしれません」

「そうか…」

 その後、ヒロトがまた起きるまでタツヤと砂木沼と円堂は一緒にいたが、夜舞が入れたヒロトの分のココアは、とっくにテーブルの上で冷めてしまった。

 

 ***

 

「うん、熱も無いし、ただの体調不良かな」

 その後、折谷が駆けつけ、ヒロトの様態を見た。風邪ではなく、ただの体調不良とのことだった。

「しばらく様子見たいから、練習禁止ね」

「ッ、わかったよ…」

 しかし、その後もヒロトの体調不良は続き、明日人たちもそろそろ何かの仕業なんじゃないかと疑っていた。

「もしかして…また怪異の仕業かも…」

 そう坂野上が言った途端、明日人たちの中に怪異という概要が頭の中に思い浮かんだ。

 怪異。それは人前に出ることのない妖怪の一種でもあり、一星の中に入っている化け物。稀に怪異が怒って特定の人間の体の中に入ることもあるらしい。そのため、もし怪異がヒロトの体の中に入っていたとすれば…

「じゃあ、大変だよ! もし適合率が低かったら、ヒロトくん、死んじゃうかもしれないんだよ!」

 適合率。それは怪異が人の中に入る上での体と怪異との一致度である。それが低ければ、最悪の場合死んでしまうらしい。という夜舞の祖母から教えられたことだが。

「夜舞、お前はおばあさんから何か貰ってないか?」

「一応念の為って、おばあちゃんから怪異の巻物を貰いましたよ」

 部屋に置いてありますよ。と豪炎寺に言う。

「よし、それを調べてくれば、ヒロトの怪異がなんなのかがわかるはずだ」

「ですが、調べるのにはまず病状を調べないといけません」

 確かに時点で何かを調べる場合も、まず調べたいものが何なのかを知らなくてはならない為、まずは怪異がヒロトの中に入っていることを前提として、明日人たちはこれまでのヒロトの病状を推理した。

 風邪のような病状から、呼吸困難。時々平常なのに寒気や顔が青ざめることもあった。しかし、これだけでは怪異の仕業と言える決定打がないと感じたその時、タツヤが呟いた。

「もしかして…これは怪異のせいじゃなくて、病気にかかっただけなのかもしれない」

 そうつぶやいたタツヤに、明日人たちが驚く。怪異じゃない?

「実はヒロト、サッカーをする前は、少し病弱だったって聞いたことがあるんだ。もしかしたら、それが再発したかも…」

 それを聞いて、一同は驚いた。確かにあんな激しいプレーのしている選手が、実は病弱だったのを知ったら、誰もが驚くだろう。

 しかしその中で、円堂は驚かなかった。事前にタツヤから聞いていたからだ。

「とにかく、一回様子を見よう」

 風丸の言う通り、少し様子を見ることにした。

 

 

 

 食堂では、昼ごはんとしてマネージャー達が懸命込めて作られた食事がカウンターに並べられている。その中で夜舞は、少し考え事をしていた。

「夜舞?」

 明日人が話しかけても、夜舞は何も答えない。というより、箸が進んでない。

「夜舞!」

 もう一度話しかけてみると、夜舞は驚いた様子で明日人を見た。

「わっ! ごめん明日人くん。ちょっと考え事してて…」

「考え事って?」

「実は…」

 

 ***

 

「ヒロトくーん!」

 夜舞が、廊下を歩くヒロトに声をかける。

「なんだよ」

「課題、もう終わったの?」

「あぁ、もう終わらせた。俺、頭はいい方だからな」

 と、ヒロトは人差し指で頭を指さしながら、夜舞に返事する。

「すごい! というより、ヒロトくんが頭いいだなんてちょっと意外」

「そうかよ。御曹司ならこれくらい当然だと思うぜ?」

「おん、ぞうし?」

 御曹司も知らない夜舞に、ヒロトはため息をつく。

「夜舞、御曹司ってんのはな。お金持ちの息子って意味だ」

「そうなんだ! いいこと知れたな~!」

 そう呑気に言う夜舞に、ヒロトは何かが切れた気がした。

「おい夜舞。お前何でも知ろうとすると、痛てぇ目に遭うぞ。知らなきゃよかったと、思っちまうくれぇにな」

「…え?」

 そう夜舞が固まっていると、ヒロトはそんな夜舞を置いてどこかに行ってしまった。

 

「ということがあって…ヒロトくんの知らなきゃよかったってなんなんだろうな…って」

「う~ん、夜なのに今日が特売日だってことを思い出しちゃったこととか?」

 確かにそれは知らなきゃよかったって思うことだが、そんなことではないと思うと、夜舞は明日人に訂正した。

 

 昼食後。午後の特訓をしに、更衣室でジャージからユニホームに着替えようとしていた時だった。

「(…え!?)」

 明日人は、見てしまったのだ。

 ヒロトの体に、「蛇が巻きついている」のを。

 嘘。と明日人が目を擦ると、そこには何もないヒロトの背中だけがあった。

 しかし明日人は、さっきヒロトの体に巻きついていた物が怪異なのだと直感で確信し、今すぐにも夜舞のいる女子更衣室へと向かった。

「(これ…もしかして怪異!? 早速夜舞に伝えなきゃ!)」

 そう考えながら、明日人は夜舞の居る更衣室をノックし、夜舞を呼ぶ。

「夜舞! 見つけたよ!」

「何が見つかった、の……?」

 夜舞が明日人の声を聞いて、ドアを開けるも、そこには下がユニホームのズボンで上だけ裸の明日人がいたのだ。

「……明日人くん」

「なに?」

「まず服を着よっか」

 夜舞が改めて言った為、明日人は初めて自分が上半身裸だということに気づき、顔を赤らめる。

 

 ***

 

「そうなんだ、明日人くんの目には、ヒロトくんに巻きついた蛇が居るってことね」

 ユニホームを着た明日人と夜舞が、休憩中に話し合う。

「うん、俺この目で見たんだ」

 じゃあ、信用できるね。と夜舞はいう。

「ねぇ夜舞。今からでも図書館に行って調べられないかな? ほら、俺も怪異について知りたいし」

 図書館に行かないかという明日人に、夜舞は少し考える。

「う~ん。折谷さんと監督が許してくれるかどうかだね…今オフの時でもないし…明日にしてみようよ」

 

 ***

 

「よし、見つけた…!」

 翌日、明日人と夜舞はオフの時に図書館に行き、明日人が図書館で怪異のことを調べている中、夜舞も同じように図書館の学習室で怪異のことを調べていた。夜舞緋華里という夜舞の祖母からもらった巻物を広げ、さっさと目を滑らす。

 そこで目についたには、『叶え蛇』という白蛇だった。

 吐く蛇ともいえる蛇は、まさに『吐』く言葉のマイナスを引くことで、願いが『叶』うという言葉合わせによく酷似していた。叶え蛇は、取りついた人の想いを叶える怪異で、神のような怪異だと夜舞は思った。

「神の成り下がりで、未だに神としていようとする…」

 なんだか、ヒロトくんっぽいな。と、夜舞はこれまでヒロトの話を聞いて、思い出す。彼はいつでも、自分をゴッドストライカーだと自称していた。

「う~ん…蛇は神聖な生き物だから、ゴッドストライカーの名をもつヒロトくんにとっても似合うけど…」

 しかし夜舞は、何かが引っ掛かっていた。

「(叶えるってことは、ヒロトくんは何かをお願いしたんだよね…何をお願いしたんだろう…)」

 夜舞がテーブルに突っ伏せると、少し喉が渇いた感じがした。そのため、、水飲み場に行こうと巻物を終い、水飲み場へと行こうとしたその時。

「月夜ちゃん?」

「あ、不知火さん」

 声をかけられ、その声のした方を向くと、そこには不知火がいた。また会えたことに夜舞は喜ぶ。

「久しぶりですね」

 立ち話もなんですし、と夜舞は、図書館内の喫茶店で不知火とお茶をすることにした。

「じゃあ私は…コーヒーを頼もうかな」

 不知火がコーヒーを頼むと、ついでに夜舞の分であるチョコクッキーとオレンジジュースを頼んだ。

「勉強していたのかい?」

「はい、少し調べものをしていたんです。ただ、何かが引っ掛かって…」

 ただ、の後を、夜舞は不知火に聞こえぬようボソッと呟いた。

「そうか、勉強するということはとても素敵だ。己の視野を広げる重要なことになるからね。勉強したことは、絶対に無駄にはならないよ」

「私もそう思いますね」

 クッキーとジュースを交互に食べ飲みしながら、夜舞は不知火と話す。

「だけど月夜ちゃん。世界には、『知ってはいけない』こともあるって知っていたかな」

「知ってはいけない、ことですか?」

「ほら、「あんなこと知らなきゃよかった」とか、「知らない方がよかったかも」とか、そう思ったことはあるかい?」

 不知火の質問に、夜舞は疑問に思った。なぜ、知らなきゃよかったと思うのかと。だがここで夜舞は、ヒロトが同じようなことを言っていたのを思い出した。

「…よくわかりませんが、知っててよかったなってことは、よくありますよ」

 ジュースを夜舞が飲み干す。それを見た不知火がおかわりを夜舞に注文しようとしたその時だった。夜舞の最近買ったスマホの着信音が鳴りだした。設定も何もされていない。

 夜舞が画面を見ると、そこには明日人の名前が。

「すみません。……うん、どうだった? そっか、わかった、すぐ行くね」

 明日人からの電話に応対し、すぐに電話を切ると、夜舞は財布から千円を抜き取り、不知火の座っているテーブルの上に置いた。

「すみません不知火さん! 私そろそろ行かなくては…あと、おつりはいいです! それでは!!」

 喫茶店から出て、夜舞は明日人の所へと走り出した。

 

 

 

 

「明日人くん、そっちはどうだった?」

「うん。見つかったよ。怪異じゃないけど、妖怪を払う本ならあったよ」

「こっちも、ヒロトくんに憑りついた蛇のことがわかったよ。『叶え蛇』っていうんだって」

 宿所の食堂で、明日人と夜舞が成果を報告しあう。

「二人共、何をしているんだい?」

 さっきから何かをしている二人を見かねたタツヤと灰崎が、二人に声をかける。

「「ヒロト(くん)の怪異のことを調べていた(んだ)」」

「そ、そうなんだ…って、ヒロトのあの病状は、怪異の仕業なのかい!?」

 二人同時にタツヤに返事を返すと、タツヤは少し返事をしたその後に怪異の仕業!? と驚いた為、夜舞たちは調べたことをタツヤたちに話す。するとタツヤは何かを思いつき、明日人たちに話す。

「もしかしてヒロトは今…自分自身の嫌なことをその怪異に吐き出しているんじゃないかな…ほら、叶え蛇の別名を吐く蛇と言うんなら、もしかして想いを叶えるんじゃなくて、何かを吐き出していることもあるんじゃないかな…?」

 しかし、灰崎がタツヤの話の穴を指摘した。

「どうすんだ? ヒロトの奴がその怪異に嫌なことを吐き出してんなら、ヒロトはその怪異という心の拠り所を失くしちまうってことになりえるよな」

「だけど、このままじゃヒロトくん、危ないよ」

 確かにこのままではヒロトが危ない。しかし、ヒロトは、過去の自分を自虐することで生きてきた。そんなヒロトが今、嫌なことを怪異に吐き出さなければいけない程苦しんでいる。

 そう明日人たちが考えていると、タツヤが意を決して話し始めた。

「三人とも、考えがあるんだ。ヒロトの家に行こう」

 

 ***

 

 夢の中で、ヒロトはあの怪異を待った。

 すると、暗闇の中から白い蛇が現れ、こういった。

『可哀想に、自分が『あの吉良ヒロト』の代わりだって知って、哀しくなられたのですね。だから自分は、愛されていないのだと、思っていたのですね』

「……親父は、死んだあの吉良ヒロトの代わりとして、俺を産みやがった…そして…」

『失敗したのですね』

「あぁそうだよ。元々なんか愛されてねぇなと思ったが、十二歳の頃にはっきりしたぜ。親父は俺のことなんか見てねぇってな。いっそ、こんなこと知るくれぇなら、死んだ方がましだったぜ」

『そう思っているなら、叶えてあげますよ。私は『神様』ですからね。貴方のお願いくらい、叶えられますよ』

「へぇ…お前神様なのかよ。俺とおんなじだな」

『そうですね。同じくして神になれなかった者同士ですね』

 

 ***

 

『次は~富士箱根~富士箱根~』

 電車のアナウンスが鳴り響く車両の中、明日人たちはヒロトの家に向かっていた。

「この駅で降りれば、ヒロトの家だよ」

 そういうタツヤの声を、明日人たちは片耳で聞いていると、いつの間にか目的の駅についていた。明日人たちは電車を降り、道なりをずっと進む。

「タツヤくん、どれくらいで着くの?」

「もう少し…あ、ここだよ」

 タツヤが指さしたのは、いかにも屋敷って感じがした家で、明日人たち三人は屋敷を見つめていた。

「ここにヒロトの奴は住んでんのかよ…」

「私の家と全然比べ物にならないよ…」

「すごい…」

 明日人たちが口々に感想を述べながら、明日人たちは屋敷の中に入ろうとした。が、門番の役割をしている執事たちがここを通してくれなかった。

「俺達、ヒロトの友達です。ここを、通してもらえませんか?」

「駄目だ。それに、ヒロト様に友達なんていません」

 タツヤがヒロトの友達だと言うも、門番たちはここを通してはくれなかった。

「お金持ちの家の子って、こんなに厳しいんだね…」

「俺、普通の家庭でよかったな…」

 ヒロトの家のセキュリティに、夜舞と灰崎は普通の家でよかったと言うも、それが門番に聞かれ、声を張り上げられる。

「とにかく駄目だ。ヒロトさまは今まで一人で生きていられたからな_」

 と門番の一人がそう頑なに言おうとしたその時、明日人がタツヤの前に立ち、こう大声で言い放った。

『友達を家に入れさせないで、何が門番だ!』

 一部めちゃくちゃな明日人の声に、タツヤたちはびっくり仰天する。

「あ、明日人…」

 灰崎が声をかけようとしたその時、門の中にある屋敷の扉が開かれ、中から女性が出てきた。

「今の大声は何ですか?」

 黒髪のロングヘアをした女性は、ヒロトの家族なのだろうか。と、明日人たちは女性を見ながら思った。

「瞳子姉さん!?」

「ひ、瞳子さま!」

 タツヤと門番が同時に驚く。

「あら、タツヤ…なんでここに…」

「姉さん、実は俺達、ヒロトの家に入りたくて…」

 そうタツヤが事情を説明すると、瞳子と言われた女性はため息をつきながら、門番に言った。

「貴方達、この子を通してあげなさい。タツヤ、ひとまず私の部屋に行きましょう」

 瞳子がそういうと、門番は厭々ながら明日人たちを家の中に通した。明日人たちはヒロトの屋敷の中を、首を縦横に振りながら景観を見ていた。豪華なシャンデリア、高そうな壺と、壊してしまったら弁償だけじゃ済まされなさそうだ。

 廊下を歩き、階段を昇ると、そこには瞳子の部屋だった。明日人たちがソファに座ると、瞳子が紅茶を出した。

「どうしたの? 貴方たちがここに来るなんて…」

「瞳子姉さん、実はヒロト、怪異という妖怪に憑りつかれているんです。ですが、それを解くカギが見つからなくて…ヒロトの家に行けば、何か見つかると思って…」

 タツヤの説明に、瞳子は最初は驚いたものの、すぐに納得した表情をする。

「そう…ヒロトがここまで…やっぱり、記憶なんて消さなきゃよかったわ…」

 記憶、という言葉に、明日人たちは反応する。

「瞳子姉さん、記憶ってどういうことですか?」

「あ…貴方には、関係のないことよ」

「そんなこと言わないでください! 俺達、ヒロトを救いたいんです!」

 はぐらかす瞳子に対し、明日人はまたしても大声でヒロトを救いたいと瞳子を説得し、その念を折らせた。

「…わかったわ。長くなるけど、いいかしら」

 

 ***

 

「ヒロトには、昔同じ名前をした吉良ヒロトが居たの。その人は私の兄で、当時の私は凄く彼に憧れていたの。でも、あの人は海外に留学中に事故にあって、無くなってしまった__だから父さんは、もう自分の子供を死なせたりはしないって、また子供を作ったの。それが、今の吉良ヒロトよ。

「吉良ヒロトと父さんの仲は、昔はよかったのよ。仕事が休みの時は、一緒にヒロトと遊んだりしたわ。だけど、あの事件のせいで全ては変わってしまった__

「あの事件は、ヒロトが五歳の時よ」

 瞳子の脳内に、幼きヒロトの笑い声が聞こえる。

「その時は私と父さんと一緒に、遊園地に行ったの。とても、楽しかったわ。お化け屋敷に入って、コーヒーカップに乗って、観覧者に乗って、凄く楽しかったわ。だけど、事件はここから始まった。

「私が、あの時目を離したりしてなかったら__」

 瞳子が涙を見せる。

 それは、あの時の事件のせいだ。

 

 

「ヒロト、一緒にトイレに行く?」

「ううん、僕、ここに居る」

「そう。じゃあベンチに座ってて、絶対、誰にもついていっちゃだめだからね」

 そういって、吉良星次郎と瞳子はお手洗いに言った。その間ベンチに座ったヒロトは、どんなに可愛らしいキャラの着ぐるみが来ても、ピエロが来ても、絶対ベンチを離れなかった。そして、ヒロトにとって長い時間を待つと、二人がトイレから出てきたのを見たヒロトは、思わず二人に向かって走った。

 しかし。その時だった。

「ヒロト!」

 黒い影がヒロトを攫っていったのだ。黒い影は一気に人混みの中に逃げ、遊園地の外で同じ仲間と共に車で逃げていってしまった。

「ヒロト……」

 

 

「ヒロトは、誘拐されたわ。勿論、身代金の要請が来て、そこから逆探知することでなんとかヒロトを誘拐した犯人を突き止めることは出来たわ。でも、誘拐されていた時間はあまりにも長すぎた。そのせいで、ヒロトは犯人たちに酷い事をされてきた。

「それがトラウマになって、幼稚園にも行けなかった。そのうち、食事を抜くようになって、死ぬ一歩手前になっていたのよ。父さんは、もう少し早く助けられなかったのかと自分を責めていたわ。だけど私も同じように自分を責めていたの。

「でも、ついにヒロトが行動に出たわ。風呂で溺れようとしたみたい。すぐにメイドが見つけて助けたからよかったけど、もう少し遅かったらと、思うと、怖かった…。

「とうとう看過しきれなくなった父さんは、ヒロトの記憶を消すことにしたの。ある団体に頼んで。私もその時の名前は憶えていなかったけど、あの人たちはヒロトの記憶を消してくれたわ。誘拐の記憶が消えて、ヒロトは元気になったわ。

「でも、私たちはその後のことを考えていなかった。ヒロトは誘拐のことと同時に、『遊園地のことも、今まで父さんに愛されてきた記憶も、消えてしまったの。』

「そして、父さんは酷く後悔したわ。自分の子供が、自分の子じゃないみたいになってしまったから。そのうち、実の子であるヒロトによそよそしくなってしまった。愛されていたことを忘れてしまったヒロトは、次第に父さんに愛されていないって、思うように、なって……」

 瞳子がすすり泣き、タツヤがハンカチを渡す。

 明日人たちは顔を見合わせ、ヒロトの過去に悲しいという気持ちでいっぱいだった。

「ごめんなさい…大人なのに、みっともない、わね…」

 その時の瞳子の顔は、本当に記憶を消してしまったことを後悔しているような顔で、明日人たちはますます苦しくなった。

「あの…瞳子さん。私、貴方のお父さんを誤解していました。ごめんなさい…」

 子供の世話をおろそかにするなんて保護者として本末転倒だよと言ってしまい、夜舞は少し責任を感じているのだろう。

「構わないわ。実際、父さんは少し逃げてしまっていた。自分の子供の面倒を見れず、ただひたすらに孤児院の子達を見てきたわ…でも、やっぱり父さんは、ヒロトのことを誰よりも愛しているのよ…」

 

 ***

 

 ヒロトの家を出た明日人たちは、重い足取りで宿所に戻ろうとしていた。

「…記憶を消してまでも、ヒロトくんを、助けなきゃいけなかったんだね…」

 夜舞がそうつぶやくと、タツヤが足を止める。

「…もう一度、ヒロトの記憶を消してしまおう」

 そう言ったタツヤに、その場にいる全員が驚く。

「タツヤくん!?」

「テメェなに言ってんだ!」

「もうこれしかないんだ…今のヒロトを救うのには…」

 そうヒロトが断言しようとしたその時、明日人がタツヤの言葉を遮って言った。

「駄目だ…瞳子さんだって言ってたじゃないか! 記憶を消してしまって、凄く後悔したって…だから、一星の時みたいに、怪異を受け入れる方法を探すんだよ!」

 タツヤの考えを、明日人は真っ向から否定する。

「そうでもしないと…また記憶なんて消しちゃったら、今度は皆で作った思い出すらも忘れちゃうかもしれないだろ!?」

 明日人の説得に、タツヤがこれまでの記憶を思い出す。

 ヒロトと出会ったあの日のこと、FFでのこと、FFIで優勝した日のことを。それを思い出し、タツヤが我に返る。

「ありがとう明日人…君のおかげで、我に返ったよ…」

 夜舞がほっとする。

「じゃあ、本題に戻ろうか。明日人の言っていた怪異を受け入れるには、どうすればいいかを考えよう。明日人」

「え? 俺?」

 急に話を設けられ、明日人は困惑する。

「お前が言ったんだから、お前しかねぇだろ」

「ごめん、実はないんだ」

『ええええええええええええええええ!?』

 さっきの説得はなんだったんだよ! と灰崎が突っ込むと、明日人が謝る。

「そうだ…記憶を思い出してもらうってのはどう!?」

 夜舞の宣言に、明日人たちが耳を傾ける。

「だけど夜舞さん。消してしまった記憶は…」

「大丈夫だタツヤ! 記憶は絶対に無くならない! 今もまだそこに残っているんだ!」

 夜舞と明日人の説得に、タツヤが夜舞の意見に賛同すると、灰崎も便乗するかのように賛同した。

「じゃあ、どうすればいいかな。夜舞さん」

 

『皆で遊園地に行く、なんてどう!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪異も人間も、『本物の』神にはなれない。

 



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第十六話 神さまも知らない、アイの記憶

「雲の中から…オリオン財団日本支部、滋賀県自衛隊…」

 明日人たちがヒロトの家に行っている間、フロイは宿所のコンピュータールームでパソコンを触っていた。

 メディアなどの目撃情報から、ユースティティアの天使の居所をメモ帳で記録し、推理する。しかし、数多のメディアの中から目撃情報を探すのはとても難しく、フロイがパソコンをスリープにして休憩をしようとしたその時、コンピュータールームの扉が開かれる。

「フロイ」

「あぁルース。どうしたんだい? お茶を持ってきたわけじゃなさそうだけど…」

 ルースの手元には何も持っていないことから、フロイはルースが自分の疲れを労(ねぎら)いに来たわけではなさそうだと推測する。

「フロイ、少し無理をし過ぎているんじゃないのか」

「ルースの言葉に、フロイはあぁ、と納得する。

「少し働き過ぎだってことかな? 大丈夫さ。ちょうど休憩しようと思っていたところ…」

「違う、俺が言いたいのは、君が明日人を守ろうと必死になっているところ」

 自分ではなく、「自分が明日人を守ろうと必死になっている所」が無理していると言いたいルースに、フロイはまず驚いた。

「僕が、明日人を守ろうと必死になっている? 明日人を守ら仲や行けないのは、ルースもでしょ?」

「そうだね。俺もアストのことは守らなきゃいけないって思っている。だけど、フロイは俺からみれば過剰にyつーすティティアを敵対しているようにも見える」

 フロイは明らかに動揺していた。しかし、それをルースに見せぬよう、平常で『お気楽な』フロイを演じた。

「そうかな? 僕がユースティティアに対して過剰になっていると思う?」

 ルースが黙りこくる。よし、とフロイがしめた顔をする。

「…これは俺の推測かもしれないけど、もしかしてフロイは、あの時明日人を自分の母が誘拐したこと、悔やんでいるの?」

 しかし、自分がなぜ明日人を守ろうとする動機を探られた挙句、暴かれてしまった。ルース・カシムに。

 まさか…と、フロイは動揺した。いや、これは自分自身が償わなきゃいけない。僕の母が明日人にやってしまったことは、僕自身が償わなきゃいけなと、フロイは脳内で連呼する。

「一星を見て見てよ。彼は、仲間と共にあることで、自分の罪を償おうとしている。何も、これは君一人で抱えていい問題じゃない。自分でも、わかっているんだろ?」

「……」

 フロイは、何も言えなかった。

 

 それと同時に、目の前のルースが、明日人のように見えてしまったから。

 

 ***

 

「ここが瞳子姉さんの言っていた遊園地か…」

 タツヤが遊園地の入り口付近で、あたりを見渡した。色とりどりのビビットな乗り物たち、それぞれのテーマにあった建物たち、ピエロやキャラクターなど子供達を愉快な気持ちにさせる着ぐるみたち。

 この遊園地を見れば、すぐに瞼の裏にその光景が浮かび上がってくるだろう、しかししれすらも、ヒロトは忘れてしまったのだ。記憶と共に。

「なんだよ…明日ユースティティアとの試合だってんのに…」

 タツヤたちに誘われたヒロトは、少し機嫌が悪そうだ。それもそうだろう。明日は試合なのだから。

「おまたせー! ヒロトくんいるー?」

 肝心の夜舞の声が聞こえてくる。その時の容姿はいつものジャージ姿とは全く異なるものだった。長い髪を二つの三つ編みにし、赤いだて眼鏡をしており、穴あきジーンズに黒いシャツの上に着せられたオフショルダーのシャツをしていた。なお、シャツの絵は英語で『食欲』と書いてあった。

「わー!」

「すごーい!」

 嫌がるヒロトをなだめ、何とか遊園地に入ったものの、田舎育ちの明日人よ夜舞は目の前の目新しい光景に心奪われており、本来の目的を忘れてしまいそうだった。

「あの乗り物にのろうよ!」

「うん!」

 二人が目についたものに走りだそうとするところを、タツヤと灰崎が止める。

「明日人待て」

「夜舞さん待って」

 目的を忘れるなと、二人に目的を思い出させる。

「くだらねぇ…俺は帰らせてもらうぜ」

 ヒロトが宿所に帰ろうとする所を、明日人と夜舞が止める。

「だめだよ! まだ何も見てないんだから!」

「そうだよ! あの車みたいな乗り物にのろうよ」

 そう明日人が指さしたのは、ヒロトが苦手とするジェットコースターだった。

「え、ええ?」

 ヒロトは、ジェットコースターと聞いて絶句し、顔が青ざめる。

「あれ? ヒロトくん、体調悪いの?」

 夜舞がヒロトの様態に気づく。本当は怖いからという理由なのだが。

「明日人くん、ヒロトくん体調が悪くて、ジェットコースターには乗れないみたい」

「そうなんだ…灰崎、ヒロトの様子見てくれないか?」

 一瞬灰崎はなんで俺がと思ったが、ジェットコースターに乗れないなら別にいいかと、承諾する。

「別にいいぜ」

「じゃあ、ヒロトを頼んだよ」

 そう言って、明日人たちは参院でジェットコースターを乗りに言っている中、ヒロトはベンチで遊園地の光景をボーと眺めていた。

 地面が埋まるほどに混雑とした中、必死に親の手を繋いで歩く親子。その光景に、ヒロトは幼い頃の自分と瞳子、そして星次郎をいつの間にか重ねていた。それに気づくと、ヒロトは首をめいいっぱいに振って、親父が俺を遊園地に連れて行く筈がねぇと目の前の光景に目を瞑った。

「おい、ヒロト」

 灰崎の声がして、ヒロトは目を開けると、目の前にはポップコーンの袋と水があった。

「おら、ポップコーンと水だ。食べとけ」

 味付けは塩でいいかわかんなかったけどな、と灰崎はヒロトにポップコーンと水を私、ヒロトの隣に座る。

 灰崎はタピオカのカフェモカを飲んでいるが、容器を持っている片手にはクマゾウのキーホルダーが。

「なぁ灰崎」

「なんだよ」

 珍しく弱弱しいヒロトを見て、灰崎はからかってやろうかなと思ったが、ヒロトの話したげな様子を見てやめた。

「ここ、初めて来たはずだってのに…すげー懐かしいんだ」

 初めてなのに懐かしいのか? と灰崎は飲みながら聞いたが、瞳子の話を思い出して、もしかしてここが例の遊園地か? と思い、ヒロトに話し出す。

「おいヒロト、もしかして、昔ここに来たことがあんじゃねぇのか?」

「うっそだろおい。親父が俺を遊園地に連れて行くわけねぇだろ」

 記憶はまだ戻ってないらしい。

「俺は親父に認めて貰うために、兄の「吉良ヒロト」がやっていたサッカーと勉強もやってんだよ。永世に来ねぇのも独学の為だよ」

「まじかよ…お前不良じゃなかったのかよ」

「お前俺をなんだと思ってんだよ。まぁポップコーンに免じて許してやるよ」

「なんか偉そうだな…」

 しかし、俺が話した時と話す前とは違って元気になったな、と灰崎は心の中で思う。

「おまたせー! ジャットコースター楽しかったな!」

「うんうん!」

「髪の毛はぼさぼさになっちゃったけどね…」

 確かに明日人、夜舞、タツヤの髪がぼさぼさになっている。しかし三人はジェットコースターに乗って楽しんだそうだ。

「あ、ポップコーン! どこで売ってたの灰崎くん!」

 夜舞はヒロトのポップコーンを見て、どこで買ったのかと灰崎に聞く。

「売店だよ。そこの」

 と指さすと、夜舞は一目散に売店へと行ってしまった。

「相変わらず一直線だな…」

 そうヒロトが言うと、一同は全員苦笑いした。

「買ってきたよー!」

 夜舞が両手抱えて持ってきたのは、明日人の分とタツヤの分と自分の分。夜舞がポップコーンを明日人たちに分けるのを見て、ヒロトはまた自分と自分の家族とその光景を重ねてしまっていた。

「じゃあ、次にいこー!」

 早めに食べ終えた夜舞が、次の乗り物に乗ろうと先を急ぐ。

 

 ***

 

「ねぇ夜舞…本当にここに行くの…?」

「うん!」

 明日人たちの目の前には、ホーンデットハウスといういかにもな雰囲気をしたお化け屋敷だ。今これに入ろうとしている。

「んだよ明日人、びびってんのかよ」

 ヒロトが楽し気に明日人をからかう。

「びびってないけど…怖いんでしょ!?」

 明日人はすっかり灰崎の後ろに隠れてしまっている。

「大丈夫だよ明日人くん! 私なんか生霊や魂を何度も何度もこの目で見ているから大丈夫だよ!」

 と笑顔で言う夜舞に、明日人たちは背筋に冷や汗を感じた。

「本当なら稲森くんには待っててもらいたいけど…君はユースティティアに狙われている身でもあるから、難しいな…」

「大丈夫大丈夫! おばけ屋敷くらい皆で入れば怖くないよー!」

「明日人、お化け屋敷のお化けはほとんどが作り物だからな」

 と灰崎が言った瞬間、明日人は元気そうに行こうよと言ってきた。

「よーし! 皆で入ろうよ!」

 そう明日人の発言に、夜舞たちは単純だなぁ…と思ったのであった。

 しかし、明日人はこのお化け屋敷の怖さがどれくらいのものかを知っていなかった。なにせここは、『日本一怖いお化け屋敷』としても有名なのだから。

『バァー!!』

「わああああ!!!」

 目の前に飛び出してきた幽霊に、明日人は一目散に灰崎の後ろに隠れた。

「言わんこっちゃねぇな…」

「俺達は全然怖くないんだけどね…」

 全く恐れを感じないタツヤたちに、明日人は怖いのは俺だけ!!? と思った。

 

 ***

 

「あー怖かったー……」

 なんとかお化け屋敷を出た明日人は、お化け屋敷の怖さに足ががたつき、膝をついてしまっている。

「俺、コーヒーカップに乗りてぇ…」

 ヒロトが小さく呟いたのを、明日人と夜舞は聞き逃さなかった。

「コーヒーカップ? うんいいよ! 一緒に乗ろう!」

「灰崎くんもタツヤくんもいい?」

 明日人がヒロトをコーヒーカップまで連れていきながら、夜舞は灰崎とタツヤに承諾を求める。二人はヒロトがいいならとOKを出した。前の客がおり、明日人たちはコーヒーカップの一番大きい席に座ると、ミュージックが流れ、カップが動き出す。

「ヒロト、やってみたらどうだ?」

「ん? あぁ、回すのか?」

 テーブルみたいな丸い何かを、タツヤはヒロトに回すよう促す。

「やってやらぁ!」

 ヒロトが勢いよく回すと、カップが回る勢いがどんどん強くなり、明日人たちはカップが回る時の風に驚いた。その後、双方の髪は再び乱れ、明日人たちはトイレの鏡で髪を整えることになってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「あ~楽しかった!」

 明日人が手に握っているは、円堂達に配る予定のお菓子が入った袋だ。袋にはこの遊園地のキャラクターが書かれている。

「ヒロト、体調は大丈夫か?」

「あ? あーよくなったみたいだな」

「ね! 遊園地行ってよかったでしょ?」

 体調がすっかり良くなったヒロトに、夜舞は喜ぶ。

「そういえばヒロト、お前この遊園地に行って懐かしいと思ってなかったか? それ、思い出せたか?」

 灰崎が、ジェットコースターで明日人たちを待っていた時にヒロトが言っていたことを突く。

「いきなりなんだよ灰崎。懐かしいとは思ったけど、別に行った記憶もねーよ」

 それを聞いて、明日人たちはやっぱり記憶は戻ってなかったのかと落胆する。しかし、楽し気なヒロトを見て、その気持ちが少し吹き飛んだ。

「やっぱり、楽しかったんだ」

 夜舞がそう微笑ながら明日人に言う。

「そうだね」

 記憶は、戻らなかったけど。と、明日人は言う。

「まぁ、記憶はまたいつか取り戻そうよ。時間はまだいくらでもあるし」

 と、夜舞は言う。

 こうして仲良く宿所に帰ろうとしていた時のことだった。突然、明日人たちが歩いている道路に黒い車が止まったのだ。明日人と夜舞は話しててそれに気づかない。

「ヒロト!」

「あ? なんだ……____!!」

 タツヤがヒロトの名を呼んだ瞬間、車のドアから手が伸び、それはヒロトの腕を掴んで車の中に引き釣り込んだ。

「え、ヒロトくん!」

 タツヤの声でヒロトが誘拐されたことに気がついた明日人たちは、急いで車を追いかけるも、車は段々とスピードを上げ、やがて明日人たちには見えなくなってしまった。

「どうしよう…ヒロトが…」

 これには明日人はどうすればいいのかわからず、おろおろとしていた。

「落ち着いて、とりあえず監督に報告しよう」

 そうタツヤが言ったのを区切りに、明日人たちは一斉に宿所へと駆けだした。タツヤはスマホで監督に電話しようとしている。

『もしもし? タツヤくんですか?』

「はい、実はヒロトが誘拐されて!」

『それは大変ですね。まずは宿所に戻って下さい』

 

 ***

 

「はなせ! 離せよ!」

 腕を後ろに縛られ、車で運ばれるヒロトが、必死に車の中で大声を出している。

「おい、大人しくさせろ」

 助手席に座った黒幕らしき人間が、ヒロトと一緒に後部座席に座っている部下に指示を出す。

「へい! ……おいお前、大人しくしねぇと足の健切るぞ」

 小型ナイフを首に見せつけられる。足が切られたら、サッカーが出来なくなる。それだけは避けたいと、ヒロトは大人しくなった。

「へっ、大人しくなったな」

「最初からそうしていればいいものを」

 部下がヒロトに口枷と目隠しをつけていると、黒幕が笑った。

 しばらく車が走っていると、人気のない道路に出た。しかし運転手は目の前に人が居るのを見て、急ブレーキをかけた。

「あぶね!」

 危うく人には当たらなかったが、もう少し遅ければ轢いてしまっていただろう。

「おいテメェ! あぶねーじゃねぇか!」

 運転手が窓から顔を出して目の前の人間に怒鳴る。しかしその人間は人間でも、翼を背中から生やした天使だった。

「危ないことをしているのは、貴方たちじゃなくて?」

 エレンだ。日傘を刺して余裕そうに誘拐犯に笑う。

「テメェ…女だからって容赦しねぇぞ!」

 運転手の誘拐犯が車から降り、ナイフを片手にエレンに突っ込んでくる。しかしエレンは、それを避けて足を引っかけて転ばせる。そして日傘の先を転んだ誘拐犯の背中につけると、先端から白いビームが出て誘拐犯を焼いた。

「なっ…こいつ!」

 ヒロトには何が起きているのかがわからなかった。ただ、車の外で女性が誘拐犯たちを圧倒しているのはわかる。

「私は平和の天使。貴方達のような平和を乱す人間には、罰を与えるの」

「ふざけやがって!」

 二人の誘拐犯たちがまとめてかかるも、エレンは傘の先を向けてそこから二又に分かれたビームを出す。それは二人の誘拐犯に直接向けられ、二人の誘拐犯は焼き死んでしまった。それに気にも留めず、エレンは車の後ろのドアを開ける。

「大丈夫?」

 目隠しを外されるも、ヒロトはエレンの姿を見た瞬間急いで車の中から出た。

「そんなに怯えなくてもいいのに」

「お前何考えてんのかわかんねぇんだよ」

「まぁ、そうね。私はよく胡散臭いって言われるの」

 そうやって自分で自分のことを胡散臭いと言う方が余計に胡散臭いとは思うのだが。と、ヒロトは思った。

「さ、帰りましょう」

「どこにだよ」

「貴方の宿所」

 

 ***

 

 その瞬間、ヒロトは目をぱちくりさせながらエレンを見た。なぜなら、ヒロトが瞬きしてもう一度目を明けた頃には、もう目の前は宿所だったのだ。

「は?は?」

「驚いた?」

 驚く以上の問題である。どうやってヒロトを移動させたのか。それがわからず、ヒロトはエレンをただ胡散臭いと思った。ヒロト自身胡散臭い人間は苦手な為(何を考えているのかわからないから)、エレンとの接し方でいつも苦労するのは人間の方だ。

「いや…どうやったんだよ」

「女の秘密よ」

 くっそ。とヒロトは心の底で吐き捨てた。自分の質問を軽々と避けるエレンのその姿がどこか忌々しく、そしてどこか「羨ましく」もあった。しかし、こうしてなんとか宿所には戻れた為、せめてお礼くらいは言おうとしたが、すでにヒロトの目の前には居なかった。

「ほんとに胡散くせぇ奴だな…」

 そう吐き捨てればエレンが来るかとは思ったが、来ない為、仕方なく宿所に戻ることにした。しかしその時、三日前の練習で起きたのと同じ、いやそれ以上の胸の痛みがしたのだ。

 気持ち悪さと不快感が加速する中、ヒロトは思い出した。

 自分が五歳の頃、誘拐されて、犯人たちに体中を触られるなどの酷い目にあったことを。

「あ、あぁ…」

 トラウマと思ってもいい程の不快感がヒロトの体を支配し、悲しくも無いのに涙が出た。体は震え、動かない。バタンと、倒れる音がした。自分が倒れた音だ。しかし、立ち上がれない。動かそうとしても動けない。ヒロトの体力もいつの間にか無くなっており、ヒロトはそのまま目を瞑った。

 

 ***

 

「ん、ここは…」

 目覚めた先は、ラストプロテクターの宿所内にある医務室だ。そこのベッドにヒロトは横になっていた。ヒロトが上半身を起こすと、そこにはラストプロテクターのメンバー十六人がそこに居た。何やら話し合っているようだ。

「まさか、誘拐犯から逃げてきたとか?」

「いや、車に乗せられた状態で逃げるなんて到底無理だろう」

「じゃあ、誰が…」

 上から夜舞、鬼道、明日人の順で話していた。ヒロトがなぜ宿所の前で倒れていたのかと。

「お、まえら」

 ヒロトが声を出すと、明日人たちはそれに気づく。

「ヒロトくん!」

「ヒロト!」

 心配したんだからなの声が次々に聞こえる。

「ヒロト! 目覚めたんだな!」

 キャプテンの円堂が嬉しそうに駆け寄り、ヒロトの肩に触れようとした。しかし。

「__!!!」

 ヒロトは思わず円堂の手を振り払ったのだ。それを見て円堂は驚きの表情を見せる。

「あ、わりぃ円堂さん」

 そう謝るも、体の震えが止まらない。

「どうしたんだ? ヒロ…」

「触るな!」

 タツヤが触れようとするも、同じように払いのけられる。しかも、怯えながら。

「俺、思い出しちまったんだよ…俺は、五歳の時に誘拐されて、体中を触られて…」

 いつものヒロトに似つかわしくない怯えた声で、思い出してしまったことを明日人たちに語る。一部はヒロトの過去に驚いていたが、明日人たちは嫌な方を思い出させてしまったと責任を感じていた。するとヒロトは、突然声を荒げながら、錯乱状態となる。

「うわあああああ!」

「ヒロト!」

 タツヤがヒロトを落ち着かせようとするも、ヒロトからすればタツヤの手は誘拐犯の小汚い手のように認識してしまい、さらに錯乱してしまった。

「タツヤ、ここは折谷さんに任せよう。お前達もいったんここから出よう」

「あ、はい…鬼道さん」

 いやいなながらも、タツヤたちは医務室から出ると、折谷さんが交代するように入ってきた。次第に、ヒロトの声が小さくなるのがわかる。

 この状況を見て、看過できなくなり、責任を感じた明日人は、皆にヒロトのことを話すことにした。

「皆、聞いて欲しいんだ。実は…」

 ヒロトは子供の頃、家族とは仲が良かったこと。遊園地に行ったこと。誘拐されたこと。学校も何も出来なくなったこと。記憶を消してもらったこと。遊園地のことも誘拐のことも消えてしまったことを、全て円堂達に話した。

「明日人、お前は…」

「わかってます。ヒロトには、酷い事をしてしまいました。俺達は、ヒロトに遊園地のことを思い出してもらおうとしました。ですが、この結果になってしまいました。すみません」

 明日人が頭を下げる。

「わ、私こそ、ごめんなさい!」

「俺も…」

 夜舞とタツヤも明日人と一緒に頭を下げる。

 円堂達は、それを見ている。

 すると、一星が明日人の前に近づく。

「ありがとうございます」

「え?」

 一星の突然のお礼に明日人は困惑し、頭を上げると、おでこに痛みが生じた。

「正直に言ってくれて!」

 舌を出しながら笑う一星。一星の右手にはデコピンしたあとが。

「一星くんの言う通り、僕からも正直に言ってくれてありがとう。君が言ってくれなかったら、僕たちはずっとヒロトくんの過去を知らないままだった」

「夜舞も、タツヤも、正直に謝ってくれてありがとな!」

 円堂達が笑っている。正直に言ってくれたことに、感謝しているのだろう。

「皆さん…!」

 明日人が感激する。

「は~いみなさ~ん。ここで速報がありまーす!」

 突然の趙金雲の乱入に、せっかくの感動シーンが台無しとなった為、明日人たちはずっこける。

「なんですか!」

 明日人が趙金雲に言う。本当に勘弁してほしい。

「ユースティティアから手紙が届きました~。なんと、明後日FFスタジアムで、試合しようとのことでーす!」

 

 ***

 

『大丈夫ですか?』

 白蛇、もとい叶え蛇が、医務室のベッドで横になっているヒロトの腹の上に乗る。

「大丈夫じゃねぇよ…」

『……そうですよね』

 気に触るような発言をしてしまい、すみませんでしたと言うように、蛇は言った。

「あんなこと、知らなきゃよかった。こんなんじゃサッカーも出来ねぇし、何も出来ねぇ。消えちまいたい」

『……叶えますか? その願い』

「あぁ、もう未練もねぇよ」

 そうヒロトが返事すると、蛇は自分から光を放ち始めた。だがその瞬間、医務室のドアが開かれ、叶え蛇は人間にばれない様にと急いで窓から外に逃げた。

「(あ、おい…居なくなっちまった…)」

 入ってきた人に聞こえぬよう、ヒロトは心の中で叶え蛇を呼ぶ。

「ヒロト、もうおちついたみたいだね」

「あぁ…」

 折谷の右手がヒロトの額に触れた。

「明日人から聞いたよ。誘拐のこと。トラウマは、これから少しずつ治していこう。急ぐ必要はないよ」

 そう言われ、ヒロトはどこか安心したような気持ちになった。

 その後、ヒロトは自室に戻り、宿所内の無線インターネットを使ってスマホでテレビを見た。そこには、ユースティティアの記載がされていた。

『ユースティティアの天使という謎の天使によって、多くの人が救助されています。救助された人はどうやってどこに救助されたのかは定かではありませんが、インタビューによれば、「心の棘がなくなったみたいだ」と供述しております。また、事故による死亡数、虐待による子供の死亡数は減少傾向にあり、そしてなんと戦争を止めたという目撃情報もあります。次のニュースで…』

 ヒロトはユースティティアの天使のニュースに嫌気がさし、テレビの電源を切った。

 その時、スマホの着信音が鳴った。灰崎が起きぬよう画面を急いでみると、そこには姉の瞳子の名前が。

『ヒロト、こんな夜中にごめんなさい。でも、少し話しておきたいことがあるの。ヒロト、次のユースティティアの試合はいつかしら?』

 そういえば、折谷がそんなことを言ってたな。と、ヒロトは思い出す。

「明後日だよ。明後日FFスタジアムだってさ」

『そう…本格的になってきたわね。ヒロトも気をつけるのよ』

 わかってらぁ、とヒロトは受話器越しの瞳子に言う。

『あとヒロト。明後日の試合、永世の子達を連れて応援に行くからね』

 そうかよ。と言って、ヒロトは電話を切った。

 正直、どうでもいいとは思った。瞳子が応援に行く。別に構わないことだった。運動会で親が応援に行くのを、子供がためらうみたいな感情などヒロトには無かった。

 ましてや、ヒロトの運動会に星二郎と瞳子が応援に行ったこと等ないのだから。

 

 

 

 

 

 神はいつだって、誰かに愛されたいと願っている。

 



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第十七話 子供の神様 神様の子供

 FFスタジアムで試合をするというユースティティアの天使の情報を趙金雲から手に入れた(どうやって手に入れたかは知らないが、国から手に入れたことにしておこう)明日人たちは、急いでそのFFスタジアムに向かっていた。スタジアムには大勢の観客が詰め寄っており、スタジアムの中心でもあるサッカーコートの中心には、ユースティティアの天使の現キャプテンであるメリー・エウノミアーがいた。

「あ、ヒカルー!」

 明日人達の中の一星を見つけると、メリーは一星に向けて手を大きく振る。

 しかもメリーの服も、以前はレンと同じユニホームだったのに対し、今度は天使の象徴である白いケープは勿論として白いYシャツに黒いベスト。膝丈十センチの黒いスカートからパンツが見えないように履かれた黒いタイツにいつものブーツを履いた姿をしていた。

「今日はヒカルの為に、特別に注文したんだ~!」

 一星に近づき、ニコニコと笑いながらくるんとメリーがその場で一回転すると、黒いスカートがふわりと広がる。

「メリー…」

 一星がメリーの強引さにたじたじになる。

「メリー様、目的を忘れてはいけませんよ…」

 ローズがメリーを叱る。確かに今日は一星に新しい服を見せに来たのではない。試合をしに来たのだ。

「あ、そっか。サッカーしに来たんだった! それで、この国の国民たち全員を救済するかしないかの勝負をするのね!」

 そんな内容だったっけ? と明日人たちはメリーの曖昧な記憶に思わず苦笑いする。

「まぁ…間違ってはいませんね」

 ローズが曖昧ながらも「そうだ」というと、明日人たちは急にこの試合がこの日本の全国民をかけた戦いになってしまったことに、こんなのってありなのかと落胆しながら驚いた。その頃メリーはローズにでしょでしょー? と可愛らしく笑うメリー。しかし、一星を見た途端リーは眉を下げた。

「ごめんねヒカル。私、忘れっぽいから…」

「いや、それはいいんですけど…」

 試合することを忘れて、以前のような狂った感じにはなってほしくはないと、一星は思った。

「今度こそ、サッカーを取りもどす!」

 明日人が意を決して言うと、メリーはなんで? と言いたそうな無垢な表情をした。

「え? サッカーを取り戻す? だめだめ~! あれはテミス改革の一部なんだから~!」

 そうメリーは駄目だよと言いたそうな手の仕草をする。メリーが口を滑らしたおかげで、明日人たちは日本がサッカー禁止になったのは、テミス改革のせいなんだと確信する。

「つまり、テミス改革を阻止すれば、俺たちにサッカーが取り戻せるってことですね。メリー」

 そう一星が仮説を立てると、メリーは当たり! と言いたそうな顔をしながら人差し指と中指を立て、ピースサインをする。

「そうだよ、ヒカル。でも、テミス改革は実行すべきだって他の神様たちも天使たちも言っているよ?」

「…は?」

 灰崎が困惑の表情で、開いた口から言葉が出る。他の神様たちも、天使たちも、テミス改革の実行には賛同している? それはつまり、ユースティティアの天使を敵に回しただけでなく、他の神や天使達を敵に回したと言ってもおかしくはなかった。

「それに、私達ユースティティアの天使には、人間さんの信仰者がいるの。それはまるでお花みたいにどんどん増えていってる。それに、人間さんの信仰者たちが、私達のテミス改革を『天からの救い』だって賛成して、私達天使の仕事を楽にするためのお手伝いをしているよ?」

 無垢な表情で言う割には、明日人たちが思わず世界に絶望してしまうようなことをあっさりと吐いた。

 メリーが言うには、天使の手を汚さずに自分達人間の手で天使たちの邪魔者を排除するというものだった。そのターゲットは主に悪人。悪人なら、子供にも容赦しないのだという。それを聞いて円堂たちは、『狂っている』としか思えなかった。正義に。

「え…?」

 ユースティティアの天使を、信仰している人間が居る。それは、同じ種族で今まで天使の力を借りずに生きてきたはずの人間の一部が、自分達ラストプロテクターの敵に回ってしまったことを強く示唆していた。その事実は、サッカーを取り戻そうとする明日人の心に強く響き、その場に固まった。

「テミス改革は人を救う。だから」

 明日人たちの周りを歩きながら話すメリー。するとメリーは明日人に近づいてきた。人間の信仰者のことで固まっていた明日人は、それに対して逃げるという選択肢が出来ず、メリーのその華奢な手に捕まる。明日人がメリーの手を首から離そうと抵抗するものの、自分の足は後ろに歩くメリーの足に続いてしまい、円堂達から離れてしまった。

「この子は救済された方がいいの♪」

 まるで人質だ。と取り残された円堂達は思った。おまけにメリー自身は単に人質だと思ってはいるが、力加減の出来ないメリーの手は明日人の首にどんどん絞まり、メリーはそれに気づかない。

「う、うぐっ…」

「明日人!」

「明日人くん!」

 円堂と野坂と一星が、危機の迫った明日人を呼ぶ。本当は助けたかったが、今の明日人はまさに人質状態だ。下手に動けば明日人が危ないだろうと、ここにいる全員が思った。だが、それでも助けられないことに奥歯を噛みしめる。

「アストを離せ!」

 耐えきれなくなったフロイが、明日人を助けようとメリーに走り出す。

「フロイさん!」

 マリクが手を伸ばすも、フロイは止まることを知らなかった。

「だーめ♪」

 その瞬間、メリーとフロイとの間にミラーフォースによく酷似した壁が、メリーの魔法(?)によって建てられる。

「この子を天界に連れていけってお父様が言うの。だから邪魔しないで」

 フロイに明日人を取り返されそうになって、メリーは少し機嫌を悪くしていた。

 しかしメリーは、「試合に勝ってから明日人を救済する」ということを忘れてしまっている為、こうなればいつ明日人をフロイ達の前で救済するかわからない。おまけにテミス改革に賛同している人間や天使や神の数も知れないことから、明日人たちは目の前の敵に絶望を感じていた。相手はこっちと同じ十人だというのに。

 

「だめよメリー。その子を救済するには、まず人間と試合してから。と言ったでしょう?」

 

 何者かが指を鳴らす。その瞬間、メリーとフロイとの間にある壁が塵となって消える。今だ、と考えたフロイは瞬時にメリーに走り出し、明日人の首を絞めているメリーの手を引き剥がそうとした。だが、それはフロイとメリーとの間に降臨したエレンに阻まれる。

 その時エレンのちょうど後ろにいた明日人は、伊那国島で見たあの時のエレンの美しさと光景を重ねていた。

「エレンお姉さま!」

「エレン!? 何しに来た!」

 円堂がエレンに大声で問い詰めると、エレンは虚空からたい焼きを取り出して言った。

「今回は特に何もしないわ。ただ、メリーは目的を忘れていたから、それを伝えただけ。明日人を取って食べたりなんてしないわ」

 そう言っていたが、本気になればやりかねないと、円堂達は密かに思った。

「エレンお姉さま、ごめんなさい」

「いいの。次に気を付ければいいんだから」

 目的を忘れてしまっていたことに罪悪感を覚えたメリーは、エレンに頭を下げる。しかしエレンはメリーの行動を咎めることなく、メリーの頭を撫でた。文字からすれば仲のいい姉妹に見えるが、実際メリーは未だに明日人の首を無意識に絞め続けており、明日人はもう顔が青ざめている。

「ん…? あら、明日人じゃない。久しぶりね。本当ならここで食べ…いや天界に連れて行きたいところだけど、そうしたら人間達が許さないでしょうし、ここはサッカーで決めましょう」

「はーい!」

 その瞬間、メリーは最初から明日人など居なかったように明日人を解放した。しかし、長い事絞められていた為、明日人はその場で咳き込む。

「げほっ、ゲホッ…」

「明日人くん、大丈夫?」

「あ、ありがとう。一星」

 一星が声をかけ、明日人に肩を貸すと、明日人はゆっくりながらも立ち上がる。それを確認したエレンは再び翼をはためかせ、宙に浮く。

「じゃあ私はいつものようにご当地食べ物を巡りにいくから、ここはお願いね」

「はーい! お姉さま、行ってらっしゃーい!」

 メリーが手を振る中、エレンはスタジアムを後にして空の彼方へと消えていく。

 天使の統率者がこんなんでいいのかと疑問に思ったが、神の一人娘なのでそこらへんは見逃してもらえるのだろう。

「あ、ルールを決めないとね! …でも、今回は貴方達で決めていいよ!」

 ほら、ハンデもなしに戦っても面白くないでしょう? ってお姉さまが教えてくれたんだ! と、メリーは声高らかに言う。

「じゃあ、いつものルールで行こう」

「うん、わかった!」

 円堂がいつものルールでしようとメリーに言うと、メリーは声高らかに承諾する。本当にわかっているのかわからないが。

 その頃エレンは、スタジアムの屋根の上で、あんこの入ったたい焼きを頭から食べながら試合を見ていた。

 

「さぁ、この国を救うのは、一体誰なのかしら」

 

 

 ***

 

「スタメンは、この通りでいいね」

 野坂が提示した、スターティングメンバーは、以下の通りになった。

 GK 円堂守

 DF 坂野上昇 風丸一朗太 吹雪士郎

 MF 一星光 野坂悠馬 基山タツヤ 稲森明日人

 FW 灰崎凌兵 豪炎寺修也 フロイ・ギリカナン

「夜舞さんをスタメンにしないんですか?」

「夜舞ちゃんには、僕たちのプレーとユースティティアの天使の動きをよく見て、そこから勝利に導かせるための戦術を組み立てる手伝いをしてもらうんだ」

 坂野上が夜舞を出さないのかと野坂に問うと、野坂は夜舞をベンチにした理由を話す。夜舞もこれには承諾しており、円堂達もそれでいいだろうということになった。

「ヒロトには、体の調子がまだ安定していないから、代わりにフロイに出て貰うことにしたんだ」

 折谷の隣には、ヒロトが座っている。ヒロトは今フィールドに出られなくてイライラしている。

「はぁ」

 ヒロトの隣に座った夜舞は、折谷にそういうしかなかった。

「夜舞さん、お願いしますね」

「任せてよ! 茜ちゃん!」

 腕を曲げ、大丈夫のジェスチャーを夜舞は茜に送る。

『それでは試合開始です!』

 実況の声が響く中、メリーがキックオフでゲームを開始する。ローズがそれを受け取り、前線に進む。その後にメリーがローズに手を振り、メリーにボールが渡る。

「よーし、行っちゃうよー!」

 スカートで試合しているのにも関わらず、メリーはいつも以上の速さで試合を進めた。

「何!? スカートでサッカーしているというのに…」

「足が速い!」

「しかも速くなってるよ!」

 スカートを履いてサッカーすれば、必ずしもスカートの裾がキックの時に邪魔になってしまうのかと思いきや、メリーはそれを履いていたとしても以前の試合と同じ速さ、いやそれよりも速いスピードで進んでいたことに、ベンチの砂木沼たちは驚く。

 しかし、それをフロイはボールキープで奪う。

「あれ?」

「よそみは禁物さ!」

 しばらくは前を走っていたフロイだったが、前方に居るユリの存在にフロイは気づかない。

「よそみをしているのは誰かしら?」

「なに!?」

 フロイの前に居たユリが、フロイの前で同じことを吐いた。

 ユリの声にフロイが前を見ると、前方には黒い百合の花が通常の花より数倍大きく配置されていた。

「リリー・シューティング!」

 ユリが人差し指を前に向けると、百合の花から黒いビームが現れ、それはフロイに直撃する。倒れたフロイに見向きもしないままに、ユリはボールをメリーに渡す為に運んでいく。

「いかせない!」

 しかし一星と明日人がそれを阻止するようにユリの道筋を絶ち塞ぐ。だが、ユリは誰かにパスをするような足の動きはせず、シュートの体制に入ろうとしていた。

『復讐のクロユリ!』

 なんとユリは、二人の近くでシュートを放ったのだ。そのため、二人は驚いてボールを避けてしまう。

「わっ!」

「ボールが!」

 黒い百合をフィールドに咲かせながら、ボールは一直線に進んでいく。しかし円堂は、それに怖気もつかない。

「正義の鉄拳!」

 正義の鉄拳を繰り出した円堂は、その花びらを潰すように黄色の拳を回しながら、ボールを弾き返す。しかしその零れたボールの向こうには、ローズが待ち構えていた。

『ブラック・デスローズ!』

 零れたボールを黒いバラに変え、それを蹴ることで花びらをゴールに突き刺そうとしているローズのシュート。だが、円堂は先ほど正義の鉄拳を出した時の反動のせいで、反応しきれないと思ったその時_

「俺に任せてください!」

 坂野上の声が聞こえた。円堂の代わりにシュートを止めようとしているのだ。必殺技でもない限り無理すぎる。しかし、坂野上には必殺技があった。自分だけの。

『旋風のトルネード!』

 坂野上の周りに大量の木の葉が風邪と共に竜巻を作りあげると、シュートはそのまま竜巻に直撃し、木の葉によるパワーの削減でシュートの勢いは弱まっていく。それ坂野上は見極め、右手を上にあげると、竜巻はボールを巻きこみながら空彼方へと消えていく。今坂野上の足元には、空から落ちたサッカーボールが残っていた。

『坂野上、円堂をフォローするように、新たな必殺技でローズのシュートを止めました!』

「ありがとな、坂野上」

「これくらい、俺にもできますよ!」

 花伽羅村で特訓したことがやっと役に立ちました! と、坂野上は言う。

「坂野上くん…花伽羅村で特訓したことが役に立ったんだね…♪」

 夜舞がベンチで坂野上の新必殺技に気持ちが燃え上がっている。

「ツクヨさん、一体ノボルは何をしたの?」

 気になったマリクが、夜舞に話しかけると、夜舞は坂野上が行った特訓をまるで思い出語りのように話す。

「んー? 実は坂野上くん、花伽羅村のおじいちゃんおばあちゃんが周りを走り回って発生させる、『風傷拳』という竜巻に突っ込めって私のおばあちゃんが坂野上くんに言ってたぽくて…」

 あれには坂野上くんもさすがの私も勝てないよー、と夜舞はまるで昔の出来事のように呟くが、鬼道たちは一体花伽羅村のおばあちゃんおじいちゃんは何者なんだと困惑していた。

「夜舞ちゃんのおじいちゃんおばあちゃん、まるでアクション漫画並みの戦闘力ですね…」

「戦闘力1307はありそうですよね…」

 杏奈と大谷が戦闘力の話をしている中、試合は進んでいた。

『さぁ! 坂野上のパスが次々に味方に渡っていきます!』

 試合が再開され、坂野上がタツヤにパスすると、そこから野坂、明日人、灰崎へとボールが回る。それを見てメリーは、強くなっていることに興奮する。

「あはは! ヒカル達、強くなってる! クロスハート! 解放!」

 クロスハートを解放したメリー。その瞬間、ラストプロテクターのゴール近くに居たメリーは、一気に灰崎の目の前に翼を使って立ち塞がる。

『ジャック・アタック!』

 灰崎をハサミで切り、明日人たちもメリーのハサミで切って突破していく。メリーの猛攻に、明日人たちは止められない。

「させません! ブルー・スターダスト!」

 一星は、ドリブル技のブルー・スターダストをあえてディンフェンス技にすることで、メリーを青い星の光で目くらましをする予定だったが…

「そんな弾幕、私には効かないわ!」

 なんとメリーはハサミで星の光のレーザーを弾き返すとともに、ジャック・アタックで一星を突破してしまったのだ。

「クリスタル☆ブラッティ☆シャワー!」

『させるかぁ!』

 メリーの必殺シュートが決まってしまい、ゴールが決まってしまわれるかと思ったその瞬間、なんと円堂の前で風丸坂野上吹雪といった、体を張ったサンドによって、メリーのシュートは勢いを無くし、地面に転がった。

「あれ? 止められちゃった」

 メリーはボールを見て困惑とした表情をしている。

「サンキュ! 吹雪、風丸、坂野上!」

「構わない、DFもシュートの勢いを弱めるのが仕事だからな」

 試合は前半終了間近となっていた。このまま押し切れば、後半には希望が見えてくるはずだ。

 

 

 

「早く早く! 試合が終わっちまうぜ!」

「焦るな晴矢、まだ前半戦だ」

 その頃、観客席へと続く廊下で、南雲たち永世学園のサッカー部の選手たちが歩いていた。南雲は、早く試合が見たそうに先を歩いている。

「ヒロト、頑張ってるかしら」

「大丈夫だと思うよ。案ずるよりも産むがやすしっていうだろ? ね、瞳子姉さん!」

 緑川の後ろでは、保護者の役割を担っている瞳子が居た。

「そうね、見た方が早いわね」

 そう緑川に話す瞳子の後ろでは、吉良星二郎が居た。

「お、もうすぐ着くぞ!」

 南雲たちがフィールドの景色を見る。そこには___

『なんということだー! 一瞬のうちにして、メリーは2点をもぎ取ったー!!』

 南雲たちが観客席に着いた頃には、なんとメリーがとっくに2点を取っていた頃だったんのだ。明日人たちはメリーによって体力を消耗しており、肩で息をしていた。

「嘘だろ…」

「さっきまでお互い無点だったのに…」

『ここで前半終了! ラストプロテクター、ピンチに追い込まれました!』

 南雲たちがその光景を観客席から見ていた中、明日人たちはベンチで与えられたハーフタイムを体を休めるのに使っていた。

「円堂、何かわかったか?」

「あぁ、以前よりもメリー中心の陣形になっている」

 円堂は前半で感じていたことを、ベンチの鬼道に伝える。すると鬼道は皆にメリーに用心するよう伝えた。

「攻撃が厳しくなってきたな…夜舞、頼めるか?」

「はい! 任せてください風丸先輩!」

 そろそろ夜舞を投下しようかという考えになり、趙金雲に申し出ようとしたその時だった。折谷の隣に居たヒロトが立ちあがったのだ。

「ヒロト? まさか、ピッチに立つつもりかい?」

 折谷に図星を突かれるも、ヒロトが身じろぎもしない。なんと言おうが絶対にフィールドに立つという思いが背中からプンプンする。

「……その様子だと、僕がなんと言っても行くつもりだね。わかったよ。でも、無理はしないようにね」

 そう忠告だけをヒロトにし、ヒロトを見送る。

「おい監督」

「なんですかぁ~? ヒロトくん」

 私いま「西方ラストワールド」のイベントの周回で忙しいんですよと、趙金雲は話しかけてきたヒロトに言う。しかしヒロトはそれに対して呆れることもなく、真剣な表情で趙金雲に申し出た。

「俺を出せ」

「ほぉ?」

 体がまだ安定していないのにも関わらず、フィールドに立たせてほしいというヒロトに、趙金雲は口角を上げる。

「どうしても、ですか?」

「どうしても、と言ったらどうするよ」

 返すのが上手くなりましたね…と趙金雲は、額に汗を流す。

「わかりましたよ―…」

 嫌そうにする趙金雲。よほどヒロトを出したくないのだろう。

「フロイくんに変わって、ヒロトくんにがフィールドに出まーす!」

 ヒロトのポジショニングに、明日人たちはヒロトの体を心配していた。ヒロトは、試合前に何度も何度も体調不良を訴えては、すぐにベンチで休んでいたからだ。

「ヒロト、大丈夫なのかい?」

「どおってことねぇよ」

 フロイの静止を振り切り、ヒロトはフロイのいたポジションに立つ。

「ねぇ、あの子誰?」

「もう何度も言ったはずですよ。吉良ヒロトです。ハッ…まさか、気になっているのですか!? あれほどヒカルヒカルと仰っていたというのに…」

「ううん、ただ気になっただけ。あ、ヒカルは本命だよ?」

「(本命なのですか…)」

 恋心というのはわかりませんね。とローズは思った。

『フロイに変わって、ヒロトがポジションに立ちました! ヒロトには試合前から体調不良を訴えていたそうですが、大丈夫なのでしょうか!』

 後半が始まり、ヒロトは灰崎からパスを貰い、幼少期家で鍛えたドリブル技術とフェイントで相手を交わしていく。しかしここで問題が発生した。

「(なんだよこの心臓の鼓動は…ずっと高鳴って止まんねぇ…)」

 高鳴る胸を抑えながら、ヒロトは前に進んでいく。するとその時、観客席から聞き覚えのある声が聞こえた。

「ヒロトー! いけー!!」

「頑張れー! ヒロトー!」

 ヒロトが観客席の一番前の方を見ると、そこにはヒロトやタツヤ、砂木沼などの永世学園の同じチームである南雲晴矢に涼野風介などといった、緑川や玲名などのメンバーたちが、ヒロトを応援しにきたのだ。

「お前ら…____!?」

 しかし、その隣に居た人物二人を目にして、ヒロトは固唾を飲む。なぜなら、観客席に、星二郎と瞳子が居たからだ。

「なん___で」

 いるんだよ。

「ヒロトー!! 頑張れー!!」

「天使なんかに負けるなー!!」

 南雲たちの応援が木霊する中、瞳子と星次郎はヒロトを見ている。

「なんで、なんで」

 体の震えが止まらない。予想外の出来事に、体と心が追いついてない。まず、親父が俺の試合を見に行く筈がない、と。

「あれ? 貴方、『愛されている』の?」

 メリーが、ヒロトに後ろから言葉を口に出す。

「違う…俺は、俺は…」

 それは、ヒロトが『自分は愛されていない』という自虐する為のネタをもっと強めるための言い方に聞こえた。次第に周りの声が耳に触るようになり、自分の両手を耳に当てようとしたその時だった。

「ヒロト! 頑張りなさい! 貴方には、守る人がいるんでしょう!?」

 瞳子の声が聞こえた。そのお陰で両手を元の位置に戻したヒロトの耳に、星二郎の声が入ってくる。

 

「行きなさい、ヒロト」

 

 星二郎の言葉は、まるで子供を叱るようで、悲しんでいる子供の頭を撫でている時のような、優しさがあった。その声に思わず心惹かれたヒロトは、顔を上げ、観客席の二人を見つめる。

「親父…姉貴…」

 星二郎と瞳子は、懸命にヒロトを応援していた。

 その瞬間、思い出した。自分は、『愛されていた』。この、二人に。

 自分が生まれて、すぐに二人に会って、一緒に遊んで、一緒に学校に行って、一緒にお祭りに行ったり、一緒にサッカーの試合を見に行ったり、一緒にご飯を食べて、一緒に喧嘩して。

 そして。

 一緒に、遊園地に行った。

 ヒロトの頬に涙が流れる。それは、ヒロトが記憶を無くした以来から、全く流していなかった。

「なんだよ…なんだよ…俺、愛されていたのかよ…」

 ヒロトの涙がフィールドの芝生に零れる。その瞬間、胸に白い光が眩いた。

 

 ***

 

 ヒロトが目覚めたのは、沢山の色の光がある空間だった。

 そこには、姉の瞳子と喧嘩した日のこと、仲直りした日のこと、そして、遊園地に行った日のことも、光としてそこにあった。星二郎との思い出もしっかり残されており、ヒロトはその中の一つに耳を当てる。

「吉良、ヒロトだ」

 その記憶は、吉良ヒロトが生まれた日のことだった。星二郎の腕には小さなヒロトが抱えられており、その中で眠っている。

「吉良ヒロト? お父さん、吉良ヒロトはもう…」

「いや、違うんだよ。瞳子」

「え? じゃあなんでそんな名前をつけたの?」

 瞳子が聞くと、星二郎は口を開いた。

「この子は、私達の光だ」

「光?」

「いいかい瞳子、「ヒロ」という読み方には、「光」も入っているんだよ。そして「ト」は人、名前的には光の人ともいえるだろう。私達は、いつかヒロトが周りに光を与えるようなそんな人に育ってほしくて、この名前にしたんだよ」

 光の人。光といえば、神を思い浮かべるだろう。つまり自分は、神の人。人の神。人を守る為に生まれた人間(守護神)

「そして、兄の吉良ヒロトの分まで、誰かに手を差し伸べてほしい。そう思って名づけたんだよ」

 ヒロトは、その記憶をずっと眺めていた。そして、自分の右手を胸に当てて考えた。

 自分は、誰かに光を与え、誰かに手を差し伸べる為に生まれた子供だということを知った。今まで自分は、吉良ヒロトの名前を嫌悪していた。吉良ヒロトは、兄の名前だ。それと同じ名前をつけるなんて、まるで代わりとして生まれてきたのと同じじゃないか。そう思ってきた。

 だが、違っていたのだ。自分は、代わりとして生まれたのではない。

 自分は、あの星二郎の子供だったのだ。代わりなんかじゃない。たった一人の吉良ヒロトだったのだ。

『あの吉良ヒロトの代わりじゃ、ありませんでしたね』

 気がつけば自分の隣に叶え蛇がいた。ヒロトは目の前の記憶から叶え蛇の方に視線を移すと、話し始める。

「……お前、叶え蛇ってんのか」

『はい』

 目の前の神に、ヒロトは意を決して言い放つ。

「なぁ叶え蛇、俺、消えるのやめるわ。なんかあいつら、俺のことを愛してるってさ」

『………』

 蛇はヒロトを見ながら、黙り続ける。

『そうですか、よかったですね。愛されていたことに気づけて』

「なんだよ。お前知ってたのかよ。俺が愛されていることに気づいてねぇって」

『知ってますよ、私は『神様』ですよ? なんでも知ってます』

 にしては回りくどいなと、ヒロトは思わず鼻で笑った。

「なりそこないのな」

『言わないでください』

 声からして怒っているようだが、逆に微笑んでいるようにも見えた。天の神のように表情には出ていないが。

「ま、俺が本当に心から消えちまいてぇって思ったら、そん時は宜しくな」

『そんな日、来るわけないって思っているでしょうに』

「そうだな。んじゃあ、一仕事行くか!」

『はい』

 

 ***

 

 そうヒロトが言った瞬間、ヒロトの中に叶え蛇が入る。完全に入り切ったその瞬間、心臓の音とともに、さっきまであった思い出は光の粒となってヒロトの髪と姿を変えていく。

「……ヒロト…!」

 白き光の中から再誕したのは、ハーツアンロックをしたヒロトだった。地毛とメッシュが逆転した髪形に、ツッパリのような改造制服のようなものを着ていたが、どこか神々しさを感じた。

「凄い! あれがヒロトくんのハーツアンロックなんですね!」

 杏奈の持っているスペクトルハーツカウンターに、ヒロトの姿をかざすと、そこには『odin(オーディン)』と『蛇』の文字が浮かび上がる。

「ちょっと待ってください。なんか、様子が変じゃありませんか?」

「どうしてなんだろ…ハーツアンロックには成功したのに…」

 杏奈がヒロトを指さす。ヒロトが、急に無口になったのだ。後ろから見ている為、顔は見えないが。茜もそう思っているようで、ヒロトのことを心配していた。

「ヒロト…?」

 タツヤに対して何も反応を返さないヒロトに、タツヤは顔を青ざめた。

「もしかして…記憶は戻ったけど、脳がキャパオーバーしているんじゃないのか…!?」

 その事実を明日人たちに伝えると、明日人たちはヒロトを見ながら驚愕する。

「そんな…ヒロトが…」

「今は、様子を見るしかないよ。稲森くん」

 タツヤが、ヒロトを信じているかのようにボールをパスすると、ヒロトはそれを受け取り、前に走る。

「……」

「いかせないよ! サウザントナイフ!」

 何も言わないままドリブルを続けていると、メリーの必殺技によって空から千本程のナイフが落ちてくる。しかしヒロトは、それをボールをドリブルしながら避ける。その姿に、タツヤはFFオータムシーズン前の練習の時に見た光景を思い出す。

「あれは…ヒロトが行っていた特訓の姿と同じだ!」

 メイドに沢山のボールを上に投げてもらい、その下でボールが体に当たらぬようにドリブルしながら避け続ける。その特訓を、タツヤは見ていたのだ。

「それってなんだよ」

 灰崎が訪ねると、タツヤが概要を話す。

「ヒロトが行っていた特訓の一つに物を避けながらドリブルをするという特訓があったんだよ。まさか、ここで発揮されるなんて…」

 と、タツヤはナイフを避けながらドリブルをするヒロトを見ている。

「凄い凄い! 避けてる避けて___」

 メリーがはやしたてる中、ヒロトは何も言わずにメリーを追い抜く。それも、MFやDF達を一人で追い抜いていく。

「一人で追い抜いている!?」

「さながら、臨機応変のハーツアンロックといったところだな」

 夜舞が驚いている中、鬼道がヒロトのハーツアンロックの特徴を説明する。

「……いくぜ? 叶え蛇!」

 その瞬間、ゴール前まで辿りついたヒロトは、必殺シュートを出す構えに入る。さぁ…お待ちかねのヒロトの新必殺技! かと思いきや…

『ザ・エクスプロージョン!』

 なんとヒロトは、既存の(それもスーパーノヴァじゃない方の)必殺シュートを出したのだ! それも、そこから派生版が生まれるわけでもなく、ただ元のザ・エクスプロージョンのようにボールを何度も何度も空中で蹴りだす。

「無茶だ!」

 タツヤがヒロトに無謀だと声を上げる。しかしヒロトは、タツヤに向けて、

『ここからが本番だぜ?』

 と言った。それはどういうことかと、タツヤたちはヒロトを見つめる。その瞬間。ボールからスタジアムを呑み込むほどの黒い爆発が起こった。これにはタツヤたちも防御の構えを取るしかなく、ただ必殺技が過ぎるのを待った。すると、黒い爆発は次第に白い爆風となり、その爆発より上に居たヒロトは、念を込めて作られた白い蛇が絡みついた大剣を右手に持つ。その瞬間、端末に新たな文字が展開された。

device(デバイス)…!? つくしさん! これ!」

 杏奈が端末を見せると、大谷は驚愕する。

「え!? デバイスなんて、そんなの無かったよね!?」

 なんとそこには、spectrum(スペクトル)という文字の下に『グングニル』という文字が加筆されていたのだ。

「まさか…ヒロトさんの持っているあの剣が、デバイスなんじゃ…」

 茜の言う通り、あれオーディンのデバイス、グングニルだった。

「宇宙を創りだす…これが、本物のザ・エクスプロージョンだッ!!」

 ヒロトが白き爆発にグングニルを刺すと、白き爆発はまるでビックバンのように破裂し、グングニルの切っ先の方向、いわゆるユースティティアのゴールへと大きな爆発を起こしながらゴールに向かう。

『骸のキンギョソウ!』

 キンギョソウの近くに現れた骸骨たちが、ボールとゴールとの間に炎の壁を創りだす。枯れたキンギョソウの花は、骸骨の見た目をしているからだ。

 一時は炎の壁に抑え込まれていたが、グングニルは軍勢に必ず勝利をもたらす槍だ。そう簡単にヒロトの勝利の炎がその程度の壁で揺らぐことなどなく、キンギョソウはゴールを許してしまった。

『ゴール! ヒロトの新必殺技で、ラストプロテクターに点を許した―!!』

「凄いです!」

「ビックバン・エクスプロージョンと名づけましょう!」

 宇宙誕生の起源となった大爆発の名で、大谷はヒロトの新必殺技の名前を決めた。

「ヒロト! 凄いじゃないか!」

「あれだけの爆発を起こすとはな…」

 円堂と風丸がハーツアンロックしたヒロトに近づき、賞賛の声をヒロトに渡す。

「これなら、絶対に勝てますよ!」

 と、坂野上もそう感じているようだ。

「皆さん見て下さい。スペクトルハーツカウンターに、デバイスという文字が追加されまして…」

 ベンチから明日人たちのところに走る杏奈が、明日人たちにスペクトルハーツカウンターの加筆された部分を明日人たちに見せる。

「グングニル…それが、ヒロトくんのデバイスなのかい?」

 英語をすらすらと呼んだ野坂は、杏奈に確認をする。

「はい、そうだと思いますが…ヒロトくん、あの剣、どこから来たんですか?」

「ん? あぁ、いつの間にか作ってたんだよ。まぁ勝利の炎が作った剣と思えばいいと思うぜ?」

 ヒロトに似つかわしくない表現の良さに、明日人たちはデバイスのことよりも、ヒロトの語彙力に驚いていた。

「むー。まさか吉良ヒロトがハーツアンロックに成功しちゃうなんて…」

 一方メリーは、ヒロトのハーツアンロックに納得をしていない表情だった。

「でも、ヒカルくらいに好きかも!」

 メリーの気持ちの移り変わりの良さに、ローズたちはずっこける。

「一星!」

 明日人が一星にパスを渡す。一星は、もしかしたら自分もヒロトのように出来るのではないかと、内心期待していた。その為、ハーツアンロックをしようと思っていたのだ。

「はい! ハーツアンロック・スペクトルフォーメーション、リライズ!」

 失敗せず、一星の考え通りにハーツアンロックを見にまとうと、一星は走り出す。すると使用率が上がって体の感覚も掴んできたのか、一星のスピードは以前より比べて速くなっている。そのスピードを利用して、一気にゴール前まで走った。

「スターライト・ミルキーウェイ!」

 ヒロトが念じてデバイスを出したのと同じように、自分も必殺技を出した時に念じてはみた。がしかし、星のレーザーはヒロトのような剣に変わることはなく、レーザーのままゴールへと向かった。

「骸のキンギョソウ!」

 しかし、デバイスなどなくてもキンギョソウはボールを受け止めきることが出来ず、ゴールに入っていった。

『ゴール! 一星の必殺技で、ラストプロテクターの点数は2点となりました! これで同点です!』

 一星が体に負荷をかけないうちにとハーツアンロックを解き、スペクトルフォーメーションだけにする。

「やったじゃん一星!」

 明日人が一星の肩に腕を回して喜ぶ。

「一星くん、デバイスは使えたかい?」

「いえ…ですが、念じることでシュートの威力は上がっていった為、何かを念じれば強くなることはわかりました」

 しかし、シュートの時点で攻撃力は高まっていた為、やはり何か念じれば強くなるのだろうかと一星は己の分析能力で仮説を野坂に立ててみる。

「俺にはよくわからないけど、これで同点だな! 一星!」

 明日人たちが喜びあっている中、観客席の南雲たちもヒロトのハーツアンロック成功に大いに喜んでいた。

「よっしゃああ!! ヒロト、ハーツアンロック成功だ!」

「まだ試合終わってないけどやったー!!」

 喜び合うのは試合が終わったあとでも出来るのだが、たった今喜んでいるということは、それだけヒロトのことを思っているからであろう。

「瞳子。記憶は、あるからこそ人は成長する。かもしれないな…」

「そうですね…父さん。哀しい記憶も、トラウマも、一緒にあるからこそ、人は人に優しくなれる。そうですよね」

 目の前の試合に、胸に火の塊のようなものがこみ上げているヒロトを見ながら、瞳子と星二郎は話し合う。

「これで決めよう! ヒロト!」

 試合は高騰に包まれ、明日人たちは胸の高鳴りと勝利への希望を抱えたまま走っていた。ヒロトのハーツアンロックにも成功し、まさに光が見えたその時だった。

「あぁ! ビックバン…」

 

 

「ミラーフォース♪」

 

 タツヤの声かけに応じ、ヒロトはもう一度シュートを決めようとした。だがその時、メリーのミラーフォースが発動し、ヒロトのシュートがミラーフォースを壊すような形になってしまった。だがヒロトは、ミラーフォース諸共シュートを決めようと足の力を強める。

「ばーん!」

 だがその時、メリーがハサミをミラーフォースに投げ、ヒビを作ったのだ。そのヒビは徐々に大きくなり、やがて壊れたミラーフォースの破片と共にヒロトは吹き飛ばされる。

「ぐあっ!」

 突然の爆破に、ヒロトは受け身を取れず、フィールドのゴールからゴールへと受け身も取れないまま転がる。

「ヒロト!」

「う、ぐ…」

 円堂のゴール前でやっと止まったものの、転がっている最中で傷ついた体に、ヒロトは体をふらつかせながら立ち上がった。だが、すぐに立膝をついてしまう。

「ヒカルも好きだけど、貴方も好きかな~♪」

 メリーの身長が足らない為、メリーは翼を出して身長をカバーすると、ヒロトの顎を掴んで無理やり自分と目を合わせてくる。

「ハーツアンロック…っていうのがあっても、私達ユースティティアの天使には勝てない。それに、神様たちはいつでも私たちに味方してくれる。貴方たちに勝ち目なんてないの」

 試合前に言った、テミス改革を神たちは賛同しているという証言。それが本当なら、この地上は絶望的だろう。しかし、ヒロトは調子に乗っているメリーを見て、ニヤリとその口角を上げる。

「はっ、さてはお前馬鹿だな?」

「んー?」

 メリーがそうかな? の表情でヒロトを見つめる。

「自分が誰かに愛されている瞬間こそ、自分が誰かに愛されていることに気づかねぇもんだぜ?」

「それが、どうしたの?」

「俺は、自分が愛されていることに気づけたんだよ、やっとな。そして俺は…」

 その瞬間、ヒロトから発せられた衝撃波でメリーは吹き飛ばされるも、翼によってなんとか空中で受け身を取る。

「人間から『神』になったんだよ。『ユースティティアの天使共を倒す神』にな。ハーツアンロック・スペクトルフォーメーション! リライズ!」

 なんとヒロトは、スペクトルフォーメーションと、ハーツアンロックの二つの変身を同時にしたのだ。

「一星くんのように同時に!?」

 ヒロトの髪色が変わると同時に、ヒロトの服装もハーツアンロックの服装に変わる。

「いくぞタツヤ!」

「あぁ!」

 タツヤは、ハーツアンロックしたヒロトに追いつく為、限界を越えたスピードでヒロトの隣を走り、ゴール前まで一気に辿りつく。

『コズミックブラスター! グラム!』

 ザ・エクスプロージョンと流星ブレードのオーバーライド技であるコズミックブラスターを、さらに強化したコズミックブラスター・グラムでシュートを決める。そのボールの威力はもはやビックバンそのものであり、ボールの風圧にタツヤが吹き飛ばされそうになるが、ヒロトがタツヤの手を握ったことで食い止める。

「骸のキンギョソウ!」

 キンギョソウが必殺技でなんとか止めようとするも、ビッグバン並みのシュートにキンギョソウはその爆発に巻き込まれてしまう。その間にもボールはゴールの中に入ってしまった。

『ゴール! 3-2、ラストプロテクターの勝利で試合終了です!』

 明日人たちが勝利を喜びあっている中、タツヤとヒロトは拳合わせで自分達の勝利を分かち合う。

「あーあ、負けちゃった。しばらくはこの地の救済は出来なさそうだなー」

 つまんないなー。そう言いながら、メリーは昇降口からスタジアムを出てしまった。

 

 ***

 

「…ということがあって、キリストは神の右座についたんだよ」

 試合後、明日人たち二年生は、皆で集まって課題に取り組んでいた。隣の人が答えを教えたり、先生役の夜舞が居てくれるおかげで、なんとか終わりそうだった。なお、今夜舞が読んでいるのは、図書館で借りた新約聖書の一部だ。

「キリストは、神になったの?」

「ううん、キリストは「神の子供」ともいえるし、『言葉』ともいえる。神になったかどうかはわからないよ」

 夜舞が本を閉じると、今度は歴史の本を読んだ。

「でも。わからない、知らないことがあるから、人は真実を知りたくなるのかな」

 野坂が詩人のようにつぶやくと、西蔭の少し輝いているのを基山は見ていた。

「まぁ、真実は時に残酷ともいえるよな」

「その真実をどう受け止められるか、どう未来に受け継ぐのかを考えるのが、過去を知る一歩なのかもね」

 そうだよね! と明日人が基山の言ったことに便乗する。その時、ロビーのインターホンが鳴り響いた。だいたいは監督の趙金雲が出てくれるため、明日人たちは無視して課題に取り組んでいた。

「ヒロト、いるかしら」

「…は?」

 ヒロトにとって酷く聞いた誰かの声がロビーに響き、ヒロトはすぐにロビーへと走った。それを追いかけて明日人たちもいく。

「親父! 姉貴!?」

 ロビーにはなんと瞳子と星二郎が来ており、それにヒロトは思わず親が来たことに赤面した。

「これからもヒロトが世話になると思って、お土産を持ってきたの。どうぞ」

 そう言って瞳子は明日人たちに大量のプレゼントを渡す。それはとても重く、西蔭にも手伝って貰わないと無理そうだ。

「そうだ、ヒロトの昔話でもどうかな」

「ヒロトの昔!? 知りたい知りたい!」

 明日人がヒロトの昔話を聞きたいと星二郎にせがむ。

「あれはな、ヒロトが一歳の頃、初めてヒロトが…」

 

「やめろおおおおお!!」

 

 昔のことを話される恥ずかしさに、ヒロトは思わず星次郎を蹴り飛ばした。

「あー! 駄目だよヒロトくん! お父さん蹴り飛ばしちゃ!」

「ヒロト! 謝りなさい!」

「うるせー! 昔の話はされたくねー!」

 

 

 

 

 

 

 数多の生と死を乗り越え、彼はやっと『人間』になれた。

 

 



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第十八話 恋愛事情、サッカーに関係ない

「人は、猿から進化したものだと考えられています。一部では、これを否定している科学者もいますが、今は人間の進化前は猿だったことを前提として…」

 夜舞がラストプロテクターの一員になる前の夏、花伽羅中ではいつもの授業が行われていた。エアコンはあるが古いタイプの為、生徒の半分は暑さにうなだれている。その中で夜舞は偶然エアコンが配置されている窓近くだった為、一番涼しい状況で授業に集中できた。

「(人類の進化前は猿かぁ…)」

 じゃあ猿も、人と同じように感情を持っていたのかな。と、夜舞はまだ猿だったころの人間を考察してみた。

 

 ***

 

「あー! 疲れたー!」

 秋風吹くグラウンドの芝生に、夜舞は寝転がる。本日は晴天なり。明日人たちはいつものようにグラウンドで練習していた。

「皆さーん! ドリンク用意しましたよー!」

 それぞれの味覚にあったスポドリを人数分持ってくる大谷に、明日人たちはスポドリを求めて歩く。各地で生き返るという声が聞こえる中、大谷のスポドリに手を出した選手が居た。大谷の横からそっと。

「あ、ヒロトさん! ってその恰好なんですか!?」

 ヒロトが着ていたのは、なんといつもの青いユニホームではなく、剣道部などで着そうな袴を着ていたのだ。しかし、重たそうな防具は身に着けていない。

「ちょ、ぷっ、おま、ふふっ、なんで袴なんか着てんだはははは!」

 灰崎はヒロトの袴姿を見て笑ってしまっているも、もはやお腹を抱えて咳き込んでしまっている。灰崎の笑い声で、皆がヒロトを見つめると、一同がおおー! とヒロトの袴姿に釘付けになっていた。「あんま見んな」とヒロトは言うも、明日人たちは聞いてくれなかった。

「これがジャパンの袴というものなんだね」

「凄い…!」

 ロシアから来たフロイたちは、袴を初めて見た為、ここで改めて日本の文化に触れた。

「ヒロトには、剣道の練習をしてもらっていたんだよ」

 折谷が昇降口から竹刀やタオルなどを持って出てくると、皆になぜヒロトが袴を着ている理由を話した。すると、吹雪が思いついたように言った。

「あ、剣道の練習をするから、ヒロトくんは袴を着ているというわけですね。折谷さん」

「正解! ヒロトは剣のデバイスを手に入れたから、さらに必殺技の威力を高める為、剣道の特訓中というわけさ」

 必殺技の威力を高めるだけなら、剣道は別に関係ないのではと思ったが、折谷が言うなら効果はあるのだろう。

「オリオン財団から監督へと通して聞いたけど、ハーツアンロックのデバイスは、剣なら剣道とデバイスにあった特訓をする方がいいってね。じゃあ、次はグラウンドで剣道だ!」

「はぁ!? なんでグラウンドにまで剣道をしなきゃいけねぇんだよ!」

「ほら、『ゴッドブレーダー』の実力を、彼らに見せてやりなよ」

 ゴッドブレーダー…恐らく剣道をしている間に思いついたゴッドストライカーの亜種だろう。

「あぁそうかよ。いいか見てろよ。これが剣道だ!」

 折谷に上手く丸め込まれたヒロトは、自信満々に竹刀を持ち、剣道の練習の成果を明日人たちに見せた。しかし、たまに蹴りを入れたり竹刀を片手で持ち始めたりとしていた為、やはり剣道はヒロトの気質的に合わなかったのだろう。しかし、ヒロトが竹刀を持っている姿は、もはや剣道というよりか、喧嘩に近かった。

「もはや剣道というよりか…」

「ただの喧嘩だね…」

 最後に回し蹴りを決め、ヒロトの演舞は終わった。拍手喝采が巻き起こる。

「凄いよヒロトくん!」

 なんといつの間にか夜舞はカメラを持っており、ビデオでその光景を撮っていたのと同時に、なんとカメラでヒロトの袴姿も激写していた。

「これ、瞳子さんに見せたらすごく喜ぶと思うよ!」

「うんうん! あとヒロトくんのお父さんにもこの写真を見せてあげようよ!」

 夜舞と明日人が、瞳子と星二郎にヒロトの袴姿の写真を送ろうかとしていたところに、『ヒロトのお父さんにもこの写真を見せてあげようよ』という夜舞の言葉に反応したヒロトが夜舞に近づく。

「おい夜舞! 俺の袴姿の写真ぜってぇ姉貴と親父に見せんなよ!」

 そういうヒロトだったが、同じように撮っていた砂木沼とタツヤによって写真は瞳子の元へと送られてしまった。

「あ、送ってしまった」

「俺も」

「砂木沼ァ! タツヤァ!」

 自分の姉が自分の袴姿を見ていることを知って、恥ずかしそうに顔を赤らめながら怒るヒロト。

「それにしても、平和だな!」

 ヒロトがタツヤたちを追いかける様子を見ていた円堂が、平和だと呟く。

 最近、メディアでユースティティアの天使の話題が無い。国からタブーを受けているのだろうが、ユースティティア自身も最近目立った行動をしていなかった。ここまで平和な日々が続くと、気が緩んでしまいそうになるが、明日人たちはただ練習を続けるしかない。サッカーを取り戻す為に。

「あれ? インターホンが鳴ってますよ?」

 すると、宿所のインターホンが鳴りだしたのだ。誰が来たのだろうと、明日人がロビーに行くと、そこには趙金雲が黒服の男たちと話している所だった。

「本当ですかぁ? そんな大金受け取れませんよ~?」

「お願いです。これは総理大臣からのお礼です」

 怪しげに笑う趙金雲に目もくれず、黒服の男は総理大臣からのお礼と、アタッシュケースを趙金雲に渡して、ロビーを出て行ってしまった。

「では、私はこれで」

 外にはリムジンが待っており、黒服の男はそれに乗って道路を走った。

「監督? そのかばん何ですか?」

「これはですねぇ…」

 明日人が趙金雲の持っているカバンについて尋ねると、趙金雲は鞄の蓋を開け、皆に見せた。その中身は、それぞれ人数分の茶色い封筒が入っていた。

「一人一枚だそうですよ?」

「はぁ…」

 趙金雲に言われるがままに、明日人たちは鞄から封筒を取り出し、一人一枚持つ。いかにも怪しすぎるその封筒に、明日人たちは意を決して開けた。

 

 

 

 

 

 

『ギョエェーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

 そこにはなんと福沢諭吉が二十枚も入っており、明日人たちはその金額に思わず腰を抜かしてしまった。

「こ…これ…」

「貰っていいんでしょうか…」

「……」

 あまりの金額に、明日人たちはこれが罠なんじゃないかと疑心暗鬼になっていた。

「なんだよお前ら? これくらい普通だぜ?」

 封筒をぴらぴらさせながら、御曹司のヒロトは明日人たちに言った。

「そうだ。どうやら国は、俺達に給与金を渡したいみたいだな。監督」

 鬼道がこの金についてのことを話すと、趙金雲は高笑いする。

「当たりですよ鬼道く~ん♪ 実はですね、どうやら国はユースティティアの天使達と戦っている私達の疲れを労いに、このお金を渡したそうらしいですよ~?」

 ま、そんな金あってもなくても同じなので断ろうとしましたけど、総理大臣に御付きの肩がどうしてもというので。と、趙金雲はこのお金の出所を明日人たちに説明する。

「だからってこんなお金…受け取れませんよ!」

「いいじゃありませんか、国は承諾しているそうですよ? あ、もっと欲しいということですか?」

「そうじゃありません!」

 明日人は金を国に返したかったが、もう返せないということらしく、仕方なく明日人は受け取ることになってしまった。

「あ、皆さんの口座もとっくに作っているそうですよ~?」

 趙金雲が人数分の通帳を取り出して言い、全員にそれを配る。中には暗証番号と写真が記載されており、本当に国は自分達にお金を渡したいのだと確信する。

 

 ***

 

「今日は外が騒がしいわねぇ…」

 青色のスマホを片手に、エレンは東京の珈琲屋の窓から外の景色を眺めていた。

 エレンが見ているのはイナッターのトレンドだ。そこには、『ラストプロテクターに給与金付与』というトレンド欄一位に上り詰めているニュースが乗せられてあった。

「給与金付与なんて、この国の人は何を考えているんだろう?」

「少なくとも、己の欲望を叶える為にラストプロテクターを金で利用しようとしている。が有力だろうな」

 エレンの近くに、レンとメリーが現れる。しかし今回はいつものユースティティアの天使のユニホームではなく、人間に紛れ込むために人間の服装を着ていた。

 レンはフードを深くかぶって顔と髪がすっぽり隠した黒いパーカーをしており、メリーは天真爛漫な性格に合っているような、セーラーの襟とスカーフがついたピンク色のワンピースをしていた。

「レン、貴方が何を考えようと私は否定しないわ。でも、人間を軽蔑するのはやめた方がいいわよ」

「なぜだ?」

「『人間は強い』。普段は平和ボケしているだけで、窮地に立たされれば人間は人間の本当の力を出して、私達なんて一気に倒されるでしょう。それに、貴方は少し適合率が低い。気は抜かない事ね。メリー? メリー・エウノミアー? 貴方は貴方のエンジェルクロスの特性、覚えているでしょうね?」

 エレンがメリーに確認を取ると、メリーは頷いた。その本心に、何があるのかはわからないが。もしかしたらエレンを喜ばせるための嘘かもしれないが、そもそも嘘をついたところでエレンにはばれてしまう。どの道メリーは頷くしか出来ない。忘れていようが忘れてなかろうが。

「二人共、次の試合では手を打っておくことね。下がりなさい」

 そういうと、レンとメリーは人混みに紛れてどこかへと行ってしまった。

「(……私は、あの人の本心がわからない。普段、一人で何をしているのだろうか。そして何を考えているのか、わからない。そもそも、テミス改革に賛同しているかも怪しい…部下からはエレンが一星光を立ち直らすきっかけを作ってしまっただとか、吉良ヒロトの誘拐を阻止したという噂が広まっているが……)」

 心の中で、レンは考え事を始める。しかし、どれだけ考えようと、エレンは何を考えているのかはわからなかった。

 

 

 

 

「あーあ。お金、何に使おう…」

 その夜、今明日人たちは、課題に取り組んでいた。今回は宿題が終わる時間が同じチームに分かれて課題を行っていた。その中の明日人と坂野上は、まず勉強が苦手な為、課題が終わるのがいつもギリギリになっていた。なんとかして期限までに出さなければいけないが、明日人は国からの給与金のことで思い悩んでいた。

「そうですね…明日人さん」

 坂野上も今では明日人と同じく、ペンを机に置いて顔を突っ伏せている。

「あんなお金、俺なにに使えばいいのかわかんないよ…」

 夜舞は、じゃあこれでごはん食べにいこー! ごはん&ごはーん! って早速レストランに行っちゃったけど…と、明日人は夜舞を思い返す。

「俺達、ユースティティアからサッカーを取り戻すために戦っているんですよね…」

「なんでお金なんか、受け取る理由があるんだろう…」

 結局二人は、給与金のことで課題に取り組めなかった。

 

 ***

 

「みなさ~ん、今日から、名古屋に行きますよ~!」

 翌日、明日人たちが食堂で朝食をとっていると、突然趙金雲の陽気な声が食堂に響いた。その直後、食堂は全員が困惑した表情で埋まられた。

「は!? 名古屋!?」

「急に名古屋に行ってどうするんですか!」

 名古屋という街の存在は知っているものの、そこに行く理由がわからず、そんな所に行く暇があったら特訓をしたいところだ。

「そんなの、宿所移動に決まっているじゃありませんか~♪ 実はここの宿所、オリオン財団の計らいによって、もっと過ごしやすくなるように改造する予定なんですよ~。それに、最近の皆さんはユースティティアの天使を倒そうとギスギスしすぎで~す♪こんなときこそ、観光をしてリラックスしましょー!」

 確かに趙金雲のいうことには一理あったが、でもだからって名古屋に行くほどでもないだろう。

「それでは、朝食を食べたら行きますよ~?」

 

 

「おお~!!」

 明日人が目の前でイルカがジャンプしたのを見て、感激する。

「一星くん、次にイルカが出るのは、どこかい?」

「えっと…さっきのイルカさんは好戦的だったので…次はあの場所でジャンプすると思います!」

 一星が指をさした所に、ちゃんと先ほどのイルカがジャンプした。

「凄いじゃん一星!」

「ハーツアンロックのおかげで、分析能力が冴えたのかもね」

「お前らなにイルカショーで分析をしてんだよ…」

 午後十八時には宿所に移動するため、その間明日人たちは名古屋を観光することになった。今明日人たちは、イルカとペンギンがいる水族館に来ていた。一星はハーツアンロックの所得で冴えた分析能力で、イルカたちの行動を見抜いて遊んでいた。

 

 

「よいしょ…おお! これ特訓に使えるかもな!」

 円堂達は、科学館という所にきており、その中の実験道具の一つの回し車がとても重く、また回しづらかった為か、円堂がこれは特訓に使えるんじゃないかと予想する。

「全く、円堂は本当に特訓が好きだな」

 風丸が苦笑いで回し車を回す円堂を見つめる。

 同じところでヒロトたちは世界最大のプラネタリウムを見にみており、同じところで豪炎寺と鬼道は電気ラボというところに居た。

「………」

「………」

 いかにも電気が溜まっている球体。興味本位で挙手したものの、実際近くに来ると、少し身じろいでしまう。しかし、なんとか勇気を振り絞って折り曲げた人差し指を出してみると、案外痛くもかゆくもなかった。

「案外、痛くなかったな」

「怯えて損をしてしまったな」

 手をパンパンと汚れを払いながら、席に戻る。

 

 

「「グルメ激戦区、名古屋…そこには、味噌煮込みうどんや卵とじラーメン、台湾ラーメンや小倉トーストを食べようと各地から名古屋にやってくる…」」

「夜舞ちゃ~ん、写真撮ってくださ~い!」

「あ、わかった!」

 夜舞が名古屋のグルメを食べに旅しようと一人で語っていたところに、大谷がそれを写真を撮ってほしいの一言で止めた。今夜舞とマネージャーたちは、名古屋名所の一つ、名古屋城に来ていた。

「はい、チーズ!」

 くノ一の顔出し看板越しに大谷と杏奈と茜を撮る。

「写真、だいぶ取りましたね~!」

「そろそろ新しいSDカード買わないとなぁ…」

 そうつぶやいていると、茜がトイレに行きたそうに大谷に声をかけた。

「大谷さん、私トイレ行ってきますね」

「あ、じゃあ私も!」

 まるで連れションするかのように、大谷たちは夜舞を置いてトイレへ行ってしまった。

「行ってらしゃい~」

 とりあえず行ってらっしゃいと言い、夜舞はとりあえず近くのベンチに座ることにした。すると、近くで大太刀の演舞が行われており、夜舞は興味本心でその演舞に近づくと、写真をパシャパシャと取る。

「(凄いなぁ…!)」

 重い物を持っているのにも関わらず、演舞者はまるで軽い物で扱っているかのように大太刀を振り回している。

「おや、奇遇だね。夜舞ちゃん」

「あ、不知火さん!」

 隣に不知火が居た為、夜舞はカメラをしまって不知火と向き合う。その光景はさながら親子のように見えるだろう。すると、不知火と夜舞が親子だと勘違いした演舞者は、なんと空中で大太刀を投げたあと、それを刀が落ちていくなかで見事に鞘の中に刀を治めたのだ! 観客は歓声で盛り上がり、不知火も夜舞も盛り上がっていた。

「凄い! 今の見てました!? 不知火さん!」

「あぁ、これぞ、日本の美、日本の刀って感じがしたね」

 演舞が終わり、観客が帰っていく中でも、夜舞は不知火と話していた。

「不知火さんって、本当に日本が大好きなんですね! 今度、ぜひ日本の魅力を教えてください!」

「今度と言わず、今教えるよ。まず、この名古屋には昔、織田信長が育ってきたのは知っているよね。実は、この名古屋城こそが、織田信長が嫡男として生まれてきた場所なんだよ」

「そうだったんですか!?」

 名古屋城のことはあまり知らなかった(織田信長のことは知っていたが)為、夜舞は名古屋城の新事実に驚愕していた。そして、不知火と名古屋城を交互に見た。

「この城に織田信長が住んでいたとなれば、考え深いですね…」

「そうだね。織田信長は、その強さから第六天魔王と言われていたけど、安土城の城下町に住んでいた人からは慕われていてね。楽市楽座を開いて商売を自由な方向へと活性化させたんだ」

「怖いけど優しい。それが織田信長ですね」

「もし織田信長が豊臣秀吉みたいになにかの幕府を作っていたら、この名古屋は今頃首都になっていたかもね」

 気がつけば不知火と織田信長のことで語り合うようになり、長い時間を不知火と話していた。

「夜舞ちゃ~ん!」

「夜舞さ~ん!」

 自分を呼ぶ声が聞こえ、夜舞は当初の目的を思い出した。

「あ! 皆をトイレに待たせていたんだった! すみません不知火さん! 私行きますね

!」

 その話はまた今度いたしましょう~!! と言いながら、夜舞は向こうへ行ってしまった。

「夜舞さん! どこに行っていたんですか!」

「ごめん杏奈ちゃん、少し気になってたものがあったから…」

 大谷たちに謝り、また歩き始める。

「夜舞さんのことですから、きしめんでも食べたんですよね」

 そう杏奈が言うと、夜舞はこの名古屋でまだ食べていないものを思い出した。

「はっ! そうだきしめん! きしめん食べてない! いますぐ食べにいこー!」

 食べ物の話となれば、夜舞は止められない。それはまるで、闘牛牛の如く。

 

 ***

 

「わっ!」

 坂野上が名古屋の街を走っていると、突然誰かにぶつかってしまった。これによって坂野上は尻餅をついてしまう。

「いったたた…」

「大丈夫?」

「あ、は…」

 顔を上げると、ぶつかってしまった相手は、なんとOLさんだった。茶色い髪をポニーテールにし、女性もののスーツから覗く胸は屈んだことによってより強調された。

「はい…!」

「そう、ならよかった! 気をつけてね!」

 あー忙しい忙しい。と、OLさんは向こうの大きいビルの中に入っていってしまった。

「あの人…綺麗だったな…」

 

 

「ねぇ明日人くん、最近坂野上くん、ボーっとしていない?」

 名古屋観光を終え、東京にある宿所が完成するまでの間、仮の宿所に戻った明日人たちだったが、坂野上は食堂で夕食に手も付けずに空を見ていた。

「確かに…ぼーっとしているというよりも、もはやどこを見ているかわからないところをみているよね…」

 明日人もこれには少し坂野上のうわの空ぶりに引いており、少し坂野上から離れていた。

「もしかしたら坂野上くん、恋をしているのかもしれませんね…」

「お、大谷先輩!?」

 食堂で料理の仕込みをしていた筈の大谷がなぜか明日人たちの前に居た為、二人は大谷の登場に驚いた。

「あんなにうわの空になっている坂野上くんはみたことがない…それには、人は恋をするとずっとその人のことを考えてしまうという病状があります…これはつまり、坂野上くんは誰かに恋をしているということです!」

「単純に課題のこととかで悩んでいるだけだとは思うけど…」

「俺もそう思う…」

 夜舞と明日人は、坂野上がうわの空なのは課題のことではないかと解釈したらしい。夜舞自身、坂野上の課題の提出がいつもギリギリになっているのは知っていた。しかし大谷は、それを聞いてもなお、坂野上は誰かに恋をしているという己の説を曲げなかった。

「いいえ! あの顔はきっと、このチームの誰かに恋をしている表情です!」

「じゃ、じゃあ俺はこれで…」

 これ以上いると面倒なことに巻き込まれそうだと察した明日人が、夜舞を置いて食堂から出ていってしまった。

「あ、明日人くーん!」

 夜舞が手を伸ばすも、明日人は足を止めるどころか、早歩きからもはや走ってしまっていた。

「さぁ! 誰が好きなのかを当てていきますよ! 夜舞ちゃん!」

「ええ…」

 夜舞は特に恋愛経験などなかった。たまに花伽羅中サッカー部の部員から相談を受けることもあったが、それだけだ。

 サッカー、勉強、子供たちの面倒を見たりとするのが夜舞の日常だったため、恋愛に関しては本当に疎かった。しかし夜舞は楽しそうにしている大谷を放ってはおけず、話を合わせていくことにした。

「じゃあ、茜ちゃんとか?」

 とりあえず身近な茜から予想を出した。しかし大谷は、手の平を横に振って、ないのジェスチャーをした。

「いや、茜ちゃんを好きになったら、それこそ灰崎くんに殺されますよ?」

「灰崎くんは人を殺さないよ!?」

 そういう意味じゃないですよ…と大谷は騒ぐ夜舞を落ち着かせる。

「ほら、嫉妬のあまり殺しちゃうっていう意味ですよ。ほら、灰崎くんいつも茜ちゃんと一緒にいるでしょう?」

「まぁ確かにいるね。幼馴染みだから」

 夜舞は灰崎と茜が幼馴染みであることは知っていた(恋人ではないことも)為、なんとなく灰崎がいつも茜の隣にいることは知っていた。

「とにかく、坂野上くんもそこらへんは鋭いので、灰崎くんがいつも茜ちゃんの隣に居るのを見て、思わず灰崎くんと茜ちゃんとは恋人だと思って諦めてしまうわけですよ。夜舞ちゃん」

 単に一緒にいるだけで恋人だと勘違いするのって、それは逆に疎いのでは…? と夜舞は思った。

「じゃあ、杏奈ちゃんとかは?」

「杏奈ちゃんは野坂くんのことが好きですし、坂野上くんもこれには気づいているんじゃないでしょうか?」

 もう選択肢が自分と目の前に居る大谷しかいなくなってしまった為、夜舞は勢いよく大谷に指を指して言った。

「じゃあ大谷先輩! 大谷先輩はいつも元気ですし、いつも私達のことを思ってくれています! だから大谷先輩ではないでしょうか!?」

「そんなこと言わないでくださいよ~♪そんなこというなら、夜舞ちゃんだって可愛いし、サッカーは上手いし、料理は駄目でも勉強できるし優しいしで、絶対に夜舞ちゃんですよ~!」

 いつの間にか互いを褒めあっている二人に、周りはざわめていていた。

 なんだ? 百合か? と。

 周りがざわめきだしたのを見て、二人は急に冷静になる。

「……」

「……」

「決まりませんね」

「そうですね」

「最初から坂野上くんに聞いてみたらよかったじゃないですか」

「そうですね」

 なぜこんな会話をしていたのか、それはお互い興奮していたからである。恋バナは楽しいものなのだから。

「ねぇ坂野上くん。坂野上くんの好きな人って誰なの?」

 さりげなく坂野上の隣に座った夜舞は、さりげなく坂野上の好きな人を聞いた。

「う~ん…夜舞さんも神門さんも大谷さんも宮野さんも好きですが…やっぱり一番は…」

 坂野上の一番好きなのは誰なのかと、夜舞と大谷はドキドキしていた。

「この前ぶつかったときに手を差し伸べてくれた、大人のお姉さんです!」

 まさかの回答に、夜舞と大谷は椅子から転げ落ちた。

「や、夜舞さん!? 大谷さん!?」

 

「ま、まさかの回答ですね…」

「そうだね、夜舞ちゃん」

 

 ***

 

 その夜、坂野上は課題に取り組んでいる同室の明日人よりも先に、眠りにつくことにした。

 確かに夜舞に言われたとおり、助けてくれた大人のお姉さんが好きだということは少し心外だったかもしれない。それに、年の差が凄すぎる。それなのに好きなのは少しおかしい。

「(やっぱり…この気持ちは隠しておいたほうがいいんでしょうか…)」

 考えている合間に、いつのまにか坂野上は意識を飛ばしており、気がつけば夢の中に居た。

 

「兄ちゃん、あんた何諦めてんだよ」

「え…」

 人間のような黒い眼が、坂野上をまるで鏡のように移した。しかし、その黒い眼は、人間のように見えて人間ではない何かのように見えた。人間なのに、動物みたいな。

 黒い眼が遠さがり、坂野上はその黒い眼の正体を知ることが出来た。猿だ。赤い顔をして、毛皮を身にまとっているニホンザルだった。人間の祖先ともいえる動物(だったかもしれないが、坂野上の知識では確証出来なかった)が、目の前に居る。なぜここに居るのかもわからず、坂野上はひとまず起き上がることにした。

「あ、貴方は誰なんですか」

「俺か? 俺は恋の怪異。名前を付けるとしたら、『猿恋』だな」

 前に夜舞に巻物を見せてもらった時には、こんな怪異なんていなかったはずだ。もしかして、新しく出来たものではないかと、坂野上は猿を見て感じていた。が、恋の怪異にしては名前の縁起が悪すぎる。と坂野上は思った。

「あの…恋の怪異に『去る恋』って…縁起悪すぎませんか?」

「俺は恋を実らす怪異だ。失恋を成功させるような怪異じゃねぇし」

 というか失恋の怪異も十分やべぇだろ。と、猿恋は思った。

「とにかく、お前はあの大人のお姉さんに恋しているんだろ?」

「まぁ…そうですね。でも、年の差とか、それに俺が告白してもあの人困るかもしれませんし、それにもしあの人に好きな人が居たら…」

 そうもじもじと告白したくても出来ない理由を坂野上が探していると、猿恋から喝を入れられた。

「阿呆、その人がまだ結婚してるかしてないかなんてわかんねぇだろ」

「で、でも…」

「でももこうしたもない! いいか昇! 恋は誰だろうとなってしまう病気だ! だがそれを抑え込もうとするな! お前は、誰よりも先に『恋』をしたんだ! 喜べ!」

 なぜ恋をしたことを喜べというのかはわからなかったが、誰よりも先に恋をしたということに、坂野上は思わず誇らしくなった。

「いいか、恋をしないで終わるなんて、そんなの人生の半分を台無しにしている。恋があるからこそ、人は出会えんだ。そして、新たな命が…」

「あ、その話、俺にはちょっと…」

「あ、ごめん」

 

 ***

 

「……なんか変な夢見たなぁ…」

 坂野上が起き上がると、すぐに恋バナをした猿恋のことを思いだした。

「夢じゃないぞ」

「わっ! 猿恋さん…」

 心の中にいつのまにか入っていた猿恋に、坂野上は驚いた。

「とにかくまずはあのお姉さんとお話しする所から始めよう。それにお前ラストプロテクターの選手っていう称号があるから、話しかけたらめっちゃ喜ぶとおもうぜ?」

「そんな風に自分の称号を使いたくはありませんでしたが…」

 権力の横領とはまさにこのことである。

「じゃあとにかく、お前がぶつかった場所まで行ってみようぜ!」

 早く行きたそうにする猿恋。しかし、坂野上には一つ大事なことがあった。

「すみません猿恋さん、実はこのあと課題があって…」

「なんだよ~!」

 

「月夜、君にやっと課題が届いたよ」

 ラストプロテクターのオフ日、この日、坂野上は残った課題をやらなくてはいけなかった。そして、夜舞もなんと今日でやっと課題が花伽羅中から届いた為、坂野上を一緒にあることになった。嬉しそうに折谷から茶色の封筒貰うと、中には、数十枚のプリントと花伽羅村の人達からの寄せ書きも入っていた。

「わぁ~! 村の子供達からの寄せ書きだ!」

 寄せ書きを早速みてみると、大人にしては汚い字と子供にしては綺麗な字が混ざっており、坂野上は凄く村の人達に好かれているんだなと夜舞の前で実感していた。

「ん? 『もし負けたら千年修行を最後までやってもらうからね』? もー! おばあちゃんたら!」

 その中で夜舞緋華里(夜舞の祖母)からの寄せ書きは、いつもの夜舞緋華里を思わせる内容で、夜舞はもーっと頬を膨らませると同時に、自分のおばあちゃんが元気なことに安堵をした様子をみせる。

「夜舞さんって、本当に村の人達から好かれていますよね」

「まぁ、村の皆とは家族みたいなものだから」

 夜舞が早速封筒に入っていたファイルからプリントを出すと、さっと全てのプリントの内容を見て、簡単なものから取り組むことにした。すらすらと立ち止まることなく進める手首を見て、坂野上は声をかけた。

「夜舞さんって、頭いいですよね」

「そうかな…? 確かにテストではトップクラスだけど…」

「自分で言うんですね!」

 でも、夜舞の言うことは本当らしい。テストではいつもトップクラスだが、生徒会長でもないし、テストでいつも百点を取っているわけではない。単純に頭のいい生徒なのらしい。

「学年一位なのは、春咲たんぽぽちゃんだよ~一度見た物を忘れないっていう天性の特性があって、そのおかげか学年でのテストではいつも一位を取っているんだ~」

 それを、現代ではギフテッドというのだが、夜舞は現代用語をあまり知らない為、恐らくギフテッドと言っても薬の名前か歴史上人物の苗字か名前として解釈されてしまうだろう。

「そうなんですか…いいですね~俺、国語の作文とかが苦手で…いつも提出するときに赤ペンを引かれて、」

「坂野上くんの作文じゃなくて先生の作文になっちゃうってこと?」

「そうそれです!」

 感の鋭い夜舞が坂野上が次にいうことを予測すると、坂野上は夜舞の鋭さに驚いた。

「あ、夜舞。課題届いたんだな」

 じゃあちょっと教えて! と言いたそうに明日人が夜舞たちの席に近づいた。手には大量のプリントが。

「明日人くんも一緒にやろうよ!」

「うん、俺もそのつもりだったし」

 四つがけのテーブルに座っている夜舞が右斜めに見える坂野上の隣の席に、明日人は座る。

「明日人さ~ん、俺作文とか苦手で…教えてもらえませんか?」

 文法は出来ているものの、語彙力の無さが裏目に出てしまい、(円堂の真似あるかもしれないが)バキューンやドカーンなどの効果音が混ざっている作文を明日人に見せる。すると明日人は少し考えたあと、坂野上に教えた。

「まずは、効果音を少し消してみて、効果音を使わずに文字で表した方がいいよ」

 明日人が一目でわかる注意点を述べると、坂野上は草稿を修正していく。

「明日人くんって、作文得意なの?」

「得意というよりか、慣れているんだ。ほら、サッカーと同じで体が覚えてるって感じで」

「でも、明日人くんが作文を教えてくれるなら、私助かるよ」

 夜舞と明日人が時々話しながらプリントを進めていると、いつの間にか夜舞はとっくに終わっており、ひたすら明日人の問題の答えを教えたりとしていた。すると、明日人が話しかけてきた。

「ねぇ夜舞。夜舞は、あのお金どう思う?」

「どうって…国からの給与金のこと?」

「うん、俺達はユースティティアからテミス改革を阻止する為に戦っているんだよな…ばら、このお金は別に要らないんじゃ…」

 明日人の言うことは確かに理に適っている。自分達はお金を貰うようなことは一切していない。それなのにお金をもらっている。二十万という大金を。今こうしている間にも、貧しい人たちは今日もご飯を食べられない。そんな人にこそお金を渡すべきではないのか。

「…お金は、あとで国に返せばいい。とにかく今は、自分に出来ることをしようよ。明日人くん」

 夜舞の言っていた、国にお金を返すという新たな使い道を知り、明日人はその考えも頭に入れておくことにした。

「明日人さん、今度はどうですか?」

 また新たな草稿が出来、それを明日人に見せる。しかし効果音などは消えたが、代わりに誤字がいっぱいだった。

 

 ***

 

「昇」

 廊下を歩いていると、折谷に話しかけられた。

「はい、なんですか折谷さん」

「昇、最近少し様子がおかしいよね」

 様子がおかしい。そう言われ、自分はこれまでの行動を振り返る。しかし、特におかしいと思われるような点はなかった。『練習に集中出来なかっただけで』」

「そうですか?」

「最近、練習でもミスが多いし、何があったのかなって思ったんだけど…その様子だと大丈夫みたいだね。ごめんね昇」

 そういうと、折谷は坂野上とすれ違って行ってしまった。

「お前、結構病状出てんだな」

「え? 俺病気にかかってましたっけ?」

 猿恋の独り言を真に受け、素直に返答すると、猿恋は一言「違う」と言った。

「いや、恋をしてしまった時の病状がよく出てんなってさ」

「そうですか…?」

「一度、本屋で調べてみろよ」

 

 

「ふんふんなるほど…」

 坂野上は今、近くの本屋にある国語辞典を読み漁っていた。猿恋に言われ、『恋』という言葉を調べていたのだ。

 恋、それは、特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情のことである。というのが、国語辞典での意味。そして次に、自分が恋をしているかの診断をすることにした。

 何かに集中できない。いつも相手のことを思ってしまう。という欄に当てはまってしまった。

「でも、どうしよう…」

 坂野上は、これからのことを考えて呟いた。

「何がだ?」

「これじゃあ、練習に集中できませんよ…なんとかする方法はないんでしょうか…」

 坂野上は、ユースティティアの天使と戦う為にここにいる。そして、病院に残された仲間たちの想いを背負って練習に励んでいる。それなのに練習に集中できないとなれば、戦力なしと見なされてしまうかもしれない。仮にも、世界をかけた戦いなのだから。

「う~ん…恋は病ともいえるしなぁ…まぁ治すとしたら、きっぱり諦めるか、本当の気持ちを伝えるかのどちらかだな」

「それはそうですけど…」

 だとしても、サッカーに恋なんて、関係ない。

 関係ないはずだし、仮にも今自分は天使と戦っている。

 それなのに、あの人のことを思ってしまうのはなぜだろうか。

 

 

 

 

 

 

 恋は、誰であろうと落ちてしまうものだ。

 

 



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第十九話 恋する少年のラブソング

「夜舞さん、お手紙を書いているんですね」

 夜舞が寝る部屋、マネージャーたちの部屋にある四つの机のうちの一つに、夜舞は紙にえんぴつを滑らしていた。

 故郷の皆さま、元気ですか。と。

 杏奈は先に大谷と茜から先に休んでいいよと言われた為、桃色のパジャマ姿で二段ベットの下に座っている。

「うん、寄せ書きを書いてもらったお礼なんだー」

 お礼であるということは間違いないのだが、夜舞の手元にある便箋はこれで五枚だ。寄せ書きを書いてもらったお礼と同時に、今までのことや印象に残ったことなどを便箋に残しているため、便箋を大量に使ってしまうせいだ。

 普通お礼の手紙でそこまでは書かないんじゃないかと杏奈は思ったが、外の世界が目新しい夜舞にとっては、書くことがいっぱいあるのだろう。便箋の枚数についてを質問するのはやめておいた。

「それに、子供たちがちゃんといい子にしてるか心配だし!」

 腕を曲げ、下にぐっと引く姿を杏奈に見せながら言うと、杏奈はそうですねと微笑んだ。

「本当に子供が大好きなんですね」

「いやぁ~子供は純粋だから~♪」

 手紙を書き終えたのか、夜舞は五枚の便箋を折って小さくし、それを封筒に入れる。机の引き出しからスティックのりを取り出すと、のりで封を閉じて切手を貼った。

「さーて、そろそろ消灯時間だし、寝よっか!」

 夜舞がゴムで長い髪を後ろに纏めながら、杏奈とは別の二段ベットの下にもぐると、杏奈はすぐに天井の電気専用のリモコンで電気を消した。

「そういえば、夜舞さんライセンスカードの登録はしましたか?」

 寝る前に何かを思い出すことがよくあるように、杏奈は別の二段ベットに寝転がっている夜舞に、ライセンスカードのことを話した。

「ライセンスカードの登録? そういえば、明日人くんたちがスタジアムに入る時に使っている、あのカードのこと?」

 サッカースタジアムに自分達が入る際に、明日人たちが毎回ジャージのポケットから出しているカードを思い出しながら、夜舞はその詳細を杏奈に尋ねた。

「サッカーの選手、そしてそのマネージャーだということを証明するカードのことです。これがあれば、ロッカーでのカギとして扱ったり、スタジアムに入る為のチケット代わりにもなるんです。今まではゲストとして夜舞さんは使っていましたが、そろそろライセンスの登録をしたいと監督が言っているので…」

 これは大谷さんから聞いたので、詳しくは知りませんが、と杏奈はライセンスの概要を述べる。

「ふーん」

「明日の朝にライセンスカードに使う写真を撮るので、ミーティングルームにと大谷さんが言ってました」

 杏奈がライセンスカードの写真の撮影日を言っているのをおぼろげに聞きながら、なぜサッカー選手なのにわざわざそのライセンスカードというのを登録しなければいけないのだろうかと、夜舞は考えた。そんな、『サッカーをまるで商売みたいな』風にする必要はないんじゃないか。

 しかし、眼を瞑って考えているうちに、夜舞は夢の国へと旅立っていってしまった。

 

 ***

 

「はい、撮りますよー」

 大谷がカメラを構え、レンズを夜舞に向ける。すると夜舞は、左手を右斜めに上げ、体を左に捻ったのと同時に右手を体より後ろに引いたポーズをする。その瞬間にパシャっと音が鳴り、もう一度撮ってから写真撮影が終わる。

「はい! これが夜舞ちゃんのライセンスカード!」

 大谷が機械を操作し、取り出し口から印刷されたライセンスカードを夜舞に渡すと、夜舞はまじまじとそのライセンスカードを見つめた。

「本来ならこれのデータがサッカー協会に渡って、街にもそのレプリカが販売されたり、プレイヤーズカードというサッカープレイヤーのカードに夜舞さんも出る予定だったんですが、今はサッカー禁止条例が出ているので今は出来ないみたいです」

 と、大谷は印刷機の電源を切った。

「それに、ここだけの話ですが、サッカー禁止条例が指令されたことで、これまでサッカー用品を扱っていた店の株価が下がったみたいなんですよ…」

「そうなんだ…」

 株価のことは特に興味なかったが、サッカーがこの国の経済にかなり関わっていることは、嫌でも夜舞にはわかった。

 

 

 その頃。坂野上は今、国から支給された給与金の使い道に悩んでいた。といっても、使ってしまえば全部同じだが、坂野上にはどうしても納得できないことがあったのだ。なぜサッカーを取り戻すために戦っている自分らが、お金を貰うのかと。自分たちはお金を貰われるようなことは一切していない。というか、働いてすらいない。それなのにお金を貰うのはどうかと思っていたのだ。確かにお小遣いという意味では働かなくても貰える金ではあるが、二十万はさすがに多すぎる。逆に何に使えばいいのかと迷ってしまう。とりあえず、故郷にいる家族への仕送りにでもするかと思っていたその時、憧れの円堂が坂野上に声をかけてきた。

「よっ! 坂野上! 何か悩んでいるみたいだな!」

「あ、円堂さん!」

 円堂に自分が悩んでいることを当てられた坂野上は、自分が何に悩んでいるのかを円堂に話すと、円堂はなるほど、という顔をした。

「それかー。それは結構悩むよな。実はな、俺も国から貰った金の使い道がわかんなくてさ。めっちゃ悩んでる。そのせいで鬼道に叱られてさ。シャキッとしろって」

 なんとも円堂らしい理由に、坂野上はそうですかと円堂を見つめる。

「お前も、お金の使い道がわかんないんだよな?」

「はい、実は…」

「……そうか、まぁお金の使い道はこれから決めればいいさ! 今はとにかく、目の前のことに集中しようぜ!」

「そうですね……」

 今はユースティティアの天使を倒す為に、特訓しようぜという円堂の励ましでも、まだ複雑な感情の中にいる坂野上に、何者かが声をかけた。

「なら、募金してみてはどうだ?」

 円堂ではない声に、坂野上が振り向くと、そこには豪炎寺がいた。私服に着替えていた為、出かけてきたらしい。

「あ、豪炎寺! 出かけてたのか?」

「あぁ、コンビニにある募金箱に、さっき十万円を募金してきた。使わないままなのも、国に失礼だしな」

 どうやら豪炎寺は、お金を貰えることは自分たちがユースティティアの天使討伐の為に頑張っているからと思っているらしく、そして使い道もなんとも豪炎寺らしい使い方だった。

「募金ですか…」

 確かにこの二十万円なら、どれだけの子供を救えるだろうか。そう考えると、募金してみたくなった。

「そのうちの五万円は自分のものにしたが…残りの五万円は家族への仕送りにするつもりだ」

「おっと、そろそろ特訓の時間だな。坂野上、もし何か悩んでいたら、俺たちに気軽に相談してくれよな!」

 

 

「お金の問題って、色々あるよな、昇」

 坂野上が部屋に戻ると、猿恋が話しかけてきた。お金のことでなんとも言えない感情に苛まれている今は、特に話しかけて欲しくないのだが。

「そうですね…母さんから貰うお小遣いなら喜んで受け取るのに、国が差出人となるとちょっと…」

「まぁまず相手が違いすぎんだよ。向こうは国のお偉いさんなんだからな。まぁ使わないにしろ、貯金はしておいた方がいいぜ? 女はお金のある奴を好くんだからな」

 今一瞬坂野上に教育の悪いことこの上ないことを言ったが、猿恋は恐らく女性の本能、いわゆる習性を元にしているのだろう。それは猿恋の口から放たれる。

「女性は、自分と子供を守ってくれる、もしくは子育てをするのにお金に余裕のある奴を好みやすいと言った方が、お前の教育にはいいかもな」

「どっちにしても貴方がそんなことを言うんですね」

 恋の怪異じゃないんですか。と坂野上は思った。

「まぁ誰かを好きになるのは自由だぜ? 誰とも好まずに人生を終えた奴もいるし、結婚せずに恋人として過ごすっていう選択肢もあるからな」

 全部はお前次第、と言いたいところだが、今は目の前の恋に集中しろよ。と言うと、猿恋は坂野上に話さなくなった。

「(目の前の恋に集中、ですか…)」

 目の前の恋。つまり猿恋は、自分があの女性に恋をしているということを言っているのだろう。といっても、あの女性とはぶつかって以来会っていない。まず知らない人にもう一度ある確率は低いのだ。もう一度会えたらそれこそ奇跡なのだが…

「(とにかく、あの人にもう一度会ってみよう!)」

 ここで立ち止まっても仕方なかった為、坂野上はあの人に会おうと外に出ることにした。今回はFFIのような、選手のプライバシーと安全が重要視されるようなものは無かった為、わざわざ趙金雲に報告してから外に出るなんて面倒なことはしなくてもいいようになったのだ。(ユースティティアの天使に狙われている明日人は趙金雲に報告しなければいけないが)

 とりあえずこの前の女性とぶつかったところを中心的に探してみた。すると、簡単にあの人は見つかった。

 目の前に。

 そして、目もあってしまった。

「あっ…」

 目の前の女性と目を合わせてから、やけに心臓がバクバクする。女性は、また会えたねと言いたそうに坂野上に微笑んでおり、その笑顔に坂野上は胸がはち切れそうになった。

 

 ***

 

「千倍、トンカツ! 千倍トンカツ!」

 その頃夜舞は、私服に(ヒロトと遊園地に行った時の服)着替えて大食いキャンペーンをしている店を手当り次第に回っていた。それと同時に昨夜書いた手紙を出したり、都会の街を意味なく散歩してみたり、故郷の村を思い出す為にも駄菓子を買ってみたりと、色々満喫しているようだ。大食いキャンペーンに感じてはこれで九回目であり、夜舞が食べようとしている千倍トンカツの店で十回目となる。

「あ…あれがブラックホール並みの胃袋を持つと言われる、混沌の魔女…!」

「あいつが店の中に入ったら商売あがったりだ!」

「閉めるぞ!」

 その悪名(?)は世間をとどろかせており、大食いキャンペーンやっている店の店長たちは、急いでその店のシャッターを閉めるのであった。

 

 

「ふぅーやっぱり色んなものを食べると、少し疲れちゃうなー」

 千倍トンカツを食べた夜舞は、ベンチに座っていた。色々見ているうちにかなり遠くに来てしまった為、バスを使って宿所に帰ろうとしているのだ。大谷たちが作って待っている昼食の為に。

「月夜ちゃん」

 名前を呼ばれ、呼ばれた方を向くと、そこには不知火一誠がいた。手には名古屋名物のヘビまんじゅうの箱を持っている。

「あ、不知火さん! 名古屋城で話した時以来ですね!」

「こんな所で、何をしているんだい?」

「あ、色んなものを食べたので、そろそろ宿所で昼食を食べようかなと帰ろうとしていたところなんです!」

 今さっき千倍トンカツを食べましたし! と夜舞が言うと、不知火はまるで子供を見守る親のように微笑んだ。

「そうなんだね。君はよく食べる子なんだね」

「はい! 食べないと大きくなれないっておばあちゃんが言ってましたし!」

「ははは。ちょうど良かった。このヘビまんじゅうでも食べるかい?」

「え、いいんですか!?」

 バスの停留所で、夜舞と不知火は六つあるヘビまんじゅうを、それぞれ三つずつ食べる。

「んー! 美味しい! 茶色い皮に包まれた餡子が美味しいです!」

「喜んで貰えて嬉しいよ」

 嬉しそうに饅頭をほおばる夜舞を見て、不知火は夜舞に会いにいった理由を思い出した。

「そうだ、ちょうどいいし、私のミラージュ社団法人を見学してみないかい?」

 ちょうどこの近くにその支部があるんだと、不知火は言う。夜舞は嬉しそうな顔をしたが、すぐに困った表情をする。なぜなら、急に自分が見学に行って迷惑ではないかと感じていた。

「それは嬉しいんですが、大丈夫なんですか? 急に見学なんて…」

「大丈夫さ。今から職員の皆に伝えてみるよ」

 不知火がスマホを出し、不知火の部下であり職員たちの上司である職員長に電話をかける。

「あぁ■■かい? 実は今日見学者がいるから、お手やらわかにに頼むよ」

 スマホから「は!?」という声が聞こえたが、不知火からの要件を聞くと、スマホ越しの人は嫌々ながらも電話を切った。

「じゃあ、すぐ近くにあるから、いこうか」

 と、不知火が指さしたのは、ちょうど夜舞のいるバス停留所の前にあるミラージュ社団法人の支部だった。

 

 

「……ということだから、昼ごはんは後でいいですよ」

 ロビーのソファに座り、案内人を待っている中、夜舞は大谷たちに電話をしていた。

『そうですか…ところで夜舞ちゃん、その不知火さんって誰なの?』

「不知火さんは、私のお父さんのお友達なんです。今不知火さんにかけますね」

 電話先の大谷に、不知火がこの前まで知らない人であったことに嘘を言うと、夜舞は不知火が夜舞の父親の友達であることを大谷に認識させる為、自分の隣にいる不知火にスマホを渡した。

「もしもし、月夜の父の友人の不知火一誠だ。いつも月夜が世話になっているようだな」

『あ、はい…』

 三十代とは思えないほどに綺麗な声に、大谷はスマホの先で顔を赤らめる。

「まぁ私のことは月夜の保護者だと思っててくれ。それでは」

 簡潔に大谷に嘘の自己紹介をすると、不知火は夜舞にスマホを返した。

『ちょっと夜舞ちゃん! あんなに美声で聞いた感じイケメンな人と今一緒にいるんですか!? 羨ましすぎますよ!』

 大谷は不知火の存在に驚いているようで、小声で夜舞に物申した。

「あはは…」

 夜舞が苦笑いしていると、案内人の職人が困った顔をしながらスタッフルームからやってきた。

「あっ、案内の人が来たから、切るね」

 夜舞がスマホを切り、不知火と案内人に付いていく。

「会長、なんですかこの子は。会長の親戚なら問題はありませんが、急に見学なんてどうかとは思わないんですか。」

「まぁまぁ、後で酒を奢ってやるから」

「そうやって誤魔化すのも今のうちにしてくださいよ」

 案内人の職員は、不知火会長の突拍子もない行動に多少イラついており、職員は会長の急な予定変更に合わせることに疲れている様子だった。

「まぁ…見学者がいるということなら、それなりの仕事はしますけど…」

 こっちですよ。と案内人の職人は夜舞を社団法人の中へと連れていく。

 白い壁と床の廊下を歩いていくと、左右にドアと窓がついた廊下に来た。ドアの向こうでは職員たちが実験室などで研究や、パソコンで文書を書いたり表を作成していたりしていた。

「私達ミラージュ社団法人は、世界中で恵まれない子供たちや、家庭の事情などで保護された子供たちを保護したり、虐待されて病院に保護されたものの、どこにもいけない子供たちの為に私達でそれぞれ支援をする所なんだよ」

 案内人の職員の立場を奪いつつ、この社団法人についてを説明する不知火の声を聞きながら、夜舞は廊下の周りを見渡していた。

 すると、自分から見て左方にステンドグラスで飾られた窓があった。それも、まるで無地の白い壁とアクセントを取るように、全面がステンドグラスでできており、壁として機能している。気になった夜舞が、ステンドグラスからもう少し先の木のドアに貼られた強化ガラスから、中の様子を見る。

「………!」

 そこには褐色の肌をした子供や、アルビノと呼ばれるメラニンが欠如する遺伝子疾患がある子供、他にも車椅子に乗った子供や点滴を打っている子供などの子供たち数十人が、中でご飯を食べていた。内装は外の白い壁と床ではなく、木の柱や床、テーブルには可愛らしいテーブルクロスが引かれており、可愛らしい内装に子供たちも楽しそうにご飯を食べていた。

「気になるのかい? 中の子供たちが」

 食堂らしき部屋を見つめる夜舞に気づいた不知火も、夜舞と同じようにガラスから中の子供たちを見つめる。

「ここにいる子供たちは、親の元に要られなくなった子や、闇商売によって内蔵や肉を売られそうになった子、施設に入れない障害者の子等が、ここで暮らしている。最初は皆怯えるんだけど、次第に周りの子供たちと遊ぶようになり、今のように『普通』の生活を送れている。不幸せではない、やっと普通の暮らしを送れたんだ。それは、とても嬉しいことだよ。私としても、職員たちとしても」

「………」

 世界は、必ずしも皆が皆幸せというものではない。今こうして夜舞がサッカーをしている今でも、海の向こうでは誰かが戦争をしているかもしれないし、誰かが死んでいるかもしれないし、誰かが食べ物を探して盗みを働いたり、誰かが自分の子供を虐待していたりと、自分が生きている今では、必ず誰かが何かをしている。己が生きるために。

「私は、この世界で生きる子供達に、この世界の未来を託したいという思いから、今もこうして他の職員達とで世界中の子供たちを保護している。もしかしたらこれは、ただの夢ものが…」

「そんなことありませんよ! そう思っていること自体、貴方は素敵な人ですよ!」

 夜舞に言われると、不知火は思わずポカーンと呆気にとられた顔をした。

「私、ここを見学してわかりました! 不知火さんの夢は、決して夢物語でもきれいごとでもありません! むしろこれは『素敵事』として解釈すべきです!」

 素敵事。恐らく綺麗事を素敵なことだと思った夜舞の新たな言葉だとは思うが、夜舞の新しい語録に思わず不知火は笑ってしまう。

「ふ、ははは! 思わず笑ってしまいそうだよ。まさか私の夢を素敵ごとだと言ってくれる人が居たなんてな。さぁ、次の所に行こうか」

 不知火に手を繋がれるも、夜舞は特に嫌悪感などは感じなかった。むしろ、不知火と手を繋げて嬉しいと思っているようだ。

「ところで月夜ちゃん。なぜ君の友達に、私が君の父親の友人であると嘘をついたんだ?」

 聞かれると予想していた夜舞は、理由を淡々と話す。

「ほら、本当のことを言ってしまえば皆が心配してしまうので…」

「そうか、君は優しいんだね」

 夜舞の話の一部分だけで、不知火は彼女のことを優しいと実感した。

「……不知火さん。変な話してもいいですか?」

「構わないよ」

「私…たまに不知火さんが、お父さんのように思えるんです。変ですよね…他人なのに…」

 夜舞は、他人なのに不知火のことを自分の父親だと思っていることを嫌そうにしているが、不知火はそんな夜舞を見て、少し目を反らしていた。

 

 ***

 

 夜舞がミラージュ社団法人の支部を出た時には、既に外は真っ暗になっていた。

 そのため、一人では危ないと不知火が、夜舞を宿所まで送っていっているのだ。

「不知火さん。今日は楽しかったです! 保護されている子供たちと遊べましたし、色んなことを教えて貰って、すごく楽しかったです!」

 不知火の自家用車を使っている為、運転席に座っている不知火に夜舞はお礼の言葉を交わす。

「ははっ、楽しんでもらえて嬉しいよ」

 そう不知火が言った直後、車は宿所の前で止まった。

「気をつけるんだよ。月夜ちゃん」

「はい! 不知火さん!」

 夜舞が不知火の車から降りると、不知火の車はミラージュ社団法人へと方向を変えて走っていった。

「(どうしよう…遅くなっちゃったなぁ…)」

 無事に宿所に帰ったものの、こんな時間だ。素直に謝ろうか誤魔化すかの間で揺れる夜舞。考えながらも、その足は自分の部屋へと向かっていた。

「(これって、素直に謝った方が…でも一応連絡したし、大丈夫だとは思うけど…)」

 まるで泥棒のようにコソコソと自分の部屋に戻ろうとする夜舞。自分の部屋に続くコンピュータルームのドアを通り抜けようとしたその時。ドン、という音が聞こえた。何? と夜舞はコンピュータルームのドアに耳を傾けた。

「こ、ここで倒れるわけには…」

 フロイの声が聞こえ、中にフロイがいるんだと夜舞は察する。

「せめて…このレポートがまとまれば…」

 改めてフロイが椅子に座る音がしたため、夜舞はフロイが椅子に座っているんだと確認する。

「あの声ってフロイくんのだよね…声をかけた方が、」

「ツクヨ」

 夜舞がコンピュータールームの扉を開けようと、腕に力を込めようとしたその瞬。、後ろから声をかけられた。ルースだ。なにやら真剣な眼つきで夜舞の背中を見ていた。

「わっ! る、ルースくん?」

「ここは俺が行く。君は下がってて」

 そんなこと言われてもと、夜舞は思ったが、ルースの真剣な眼つきを見て引き下がらないわけにはいかなかった。

 ルースが扉を開けると、扉との隙間からはフロイがパソコンとにらみ合っており、それをルースが止めた。

「フロイ、いい加減寝て」

「駄目だ…あと少しで、あと少しで、このレポートが完成するんだ…」

「そう言って、もう何日も寝てないじゃないか」

 夜舞が外に居ても聞こえるルースとの会話に、夜舞は困惑した。何日も寝ていない? 一体なんの為に? それを聞くためにルースと同じように扉を開けようとしたその瞬間、声をかけられた。

「あー!」

 いや、声をかけられたというよりも、見つかった。という表現が正しいか。

「夜舞ちゃん! こんな遅くまで何していたの!」

「皆心配してるよ! 夜舞さん!」

 大谷と茜から遅いと言われ、夜舞は狼狽えながらもスマホで時間を見た。時計の針は午後の八時くらいを刺しており、今はもう夕食の時だ。

「(も、もうこんなに時間が…!?)わ、ごめんなさい! 少し不知火さんと話していたら遅くなって…」

「不知火さん?」

 夜舞が不知火の名前を出すと、茜は不知火の存在に困惑する。

「不知火さんは、夜舞ちゃんのお父さんのお友達なんだって」

 さ、詳しい話は部屋でしましょうねー、と大谷は夜舞と茜を強引に自分の部屋に連れて行く。

「えっとね茜ちゃん。不知火さんは、私のお父さんのお友達で、ミラージュ社団法人っていう社団を運営しているんだって」

 ミラージュ社団法人と聞いて、大谷と茜は驚いた。

『ええ!?』

「な、なにもそんなに驚かなくても…」

「驚きますよ! だってミラージュ社団法人って、世界中の子供達を保護するめっちゃいい社団じゃありませんか! つまり不知火さんはそこの職員ってことなんですか!?」

 大谷たちにとってミラージュ社団法人はとても有名らしいのだが、夜舞にはよくわからなかった。

「いや、会長らしいんだけど…」

『うそーーん!!』

 だからそんなに驚くこと? と夜舞は驚きの素振りを見せる二人に思わずこう思った。

「あとさ…大谷先輩と茜ちゃんだけに言っておくとね。実は私、不知火さんのこと…」

 そのあとすぐに、夜舞が恋の話をしたため、今まで恋に疎かった夜舞がまさか恋をしているなんてと、大谷と茜はまじまじとその話をまるで壁に張りつくヤモリのように聞いた。

「まるで私のお父さんのようにも見えてきちゃって…ってあれ? なんで二人共ずっこけてるの?」

 

 ***

 

 国から給与金が渡されてから、もはや数日が経った。明日人は未だに使い道がわからず、苦難していた。

「お金は後で返せばいいって私は言ったけど、やっぱり多少は自分のために使った方がいいとは思うよ?」

 明日人を気遣った言い方なのだが、明日人にはどうしても夜舞の説得を受け入れることなどできなかった。

「私だったら、ご飯を食べるのに使うけど…」

「でもなぁ…」

 明日人はあの二十万の金の使い道について、まだ決めていない様子だった。

「…あれ? 坂野上くん、どこに行くんだろう」

 まるでこっそりと宿所を抜け出すような素振りに、夜舞は気になってロビーの方を見た。

「夜舞?」

「あぁ、明日人くん。実はさっきここで坂野上くんが外に出ようとしてて…」

「そうなんだ…ちょっと行ってみよう!」

「あ、明日人くん! 一人で外に出たら危ないよー!」

 坂野上の行くところが少し気になった明日人は、ちょっとした好奇心で坂野上のあとをついて行こうとする。そのため一人で外に出ようとする明日人を追いかけ、夜舞も外に出る。

 しばらく走っていると、公園のベンチに坂野上がいるのを見かけた。

「あ、あそこだよ、明日人くん。」

 木の影に隠れ、坂野上の様子を見る。

 坂野上がべンチに座っていると、二十代くらいの女性が公園に入っていき、坂野上の隣に座った。女性の存在に気づいた坂野上は、嬉しそうに女性と話した。

「仲良さそうに見えるね…」

 明日人たちがしばらく見ていると、女性は用事を思い出したのか、急いで公園の外へと行ってしまう。

「別れたみたいだね…」

「それで坂野上も帰ろうとしているみたい…」

 何事もなかったかのように宿所に帰ろうとする坂野上を追いかけ、明日人たちは時々隠れながら進む。

「なんだか坂野上とあの女性、姉弟みたいだったけど、夜舞知ってるか?」

「でも、坂野上くんにお姉さんがいたなんてこと、聞いたことないよ…」

 夜舞の記憶を探っても、確かに坂野上に姉がいるなんて話は聞いたことがない。

「とりあえず、坂野上に聞いてみよう!」

「そうだね」

 坂野上が見えなくなる前に、明日人たちは坂野上の元へと走る。

「坂野上くーん!」

「あれ? 夜舞さん? それに明日人さんも…」

 坂野上はここに明日人たちがいることに困惑しており、それと同時に何かを隠すような素振りも見せる。

「坂野上、実はさっきあの公園で、お前が大人の女性と話していたのを見たんだけど…」

「み、見てたんですか!?」

 その瞬間、坂野上の顔が耳まで赤く染まった。

 こうなってしまってらもう隠し事は出来ないと察したのか、坂野上はぼそぼそとさっきの女性の話をした。

「……あ、あの人、関口紗代さんって言うんです。あの人とは名古屋を観光していた時に会いました。俺があの人とぶつかって、それであの人が手を差し伸べたところで、俺はあの人に惚れて…」

 歩きながら、明日人たちは先程の女性がなんなのかの話をしていく。

 話してて恥ずかしくなったのか、坂野上は顔を俯く。

「あ、まぁ、一目惚れってよくあることだし…」

 明日人が何とか坂野上をフォローする。明日人自身も、伊那国島にいた時はエレンに一目惚れしそうになったものなのだから。

「だとしてもですよ? 敵に一目惚れって…」

 だが、後になってわかったことだったが、エレンは敵なのだ。そんなエレンに一目ぼれしたという話は、今ではもう恋の話と言うよりも笑い話だ。

「仕方ないよ! だって綺麗だったんだから!」

 エレンが綺麗なことは言うんだ。と夜舞は思った。

 しばらくの間街を歩いていると、繁華街に着いた。とその時。

「隠れて!」

「わっ!」

 突然同い年くらいの男の子によって明日人たちは押されてしまったが、建物の影に隠れる形となったので、これは吉か凶か。

「の、野坂くん!?」

「しーっ。気づかれたら困る」

 なんと明日人たちを建物の影に隠したのは、野坂であり、その隣には西蔭がいて外を見渡している。

「なんでここに…」

「少し気になったことがあってね」

 よく見たら野坂と西蔭はパーカーでフードを深く被っており、まるで正体を隠しているような格好だった。

「野坂さん、もう人は居なくなりました」

「そっか。じゃあ行こう」

 今のうちにと、野坂は明日人たちの腕を引いて、宿所のへと走った。

「野坂、なんで俺たちに隠れててって?」

「実はね、今デマが起こっているんだよ。僕達の給与金に関しての」

 野坂の話を聞き、明日人たちはそんなことが!? と驚愕した。

「さすがに国民も受け入れられなかったんだろうね。僕達に給付金を渡すということを」

 野坂がその話をすると、坂野上は何かを思い出したかのようにスマホを取り出した。

「あ、そういえば、イナッターのトレンドでその事が書いてあった気がしました!」

 ほら見てください! と坂野上が出したスマホの画面には、デマ当時の映像が流れており、画面に写っている人のプレートには、『ラストプロテクターには金を渡すのに、貧困層には金を渡さないのか』という文字が書かれていた。

「確かに家庭の貧困は問題になっている。だけど、それと給付金は関係ないはずだ」

 正義という刃を振りかざして、デマを起こしている。醜いよね…と野坂は言う。

「さすがにもう沈静化はしてるとは思うけど、今僕達の存在が知られたら、デマをしている人達は黙っていられないだろうね」

「やっぱり、金額が多すぎたんでしょうか…」

 やっぱりお金を国に返した方がいいんじゃないかと明日人が思ったその時、西蔭が口を挟んだ。

「それと同時に、今までの国の行動も相まって、国民の怒りが爆発したんだろうな」

 これまでの国の行動って? と明日人たちは西蔭の質問に疑問を感じた。

「駄目だよ西蔭、ちゃんと明日人くん達にわかるように説明しないと」

「すみません。しかし、今は身を隠した方がいいでしょう」

「そうだね。明日人くん、夜舞ちゃん、坂野上くん。実は国は、今まで国民の怒りを買ってしまうような無責任ことをしてしまっていたんだ。それが、オリオン財団日本支部襲撃事件さ」

 あれって偶然じゃなかったのか!? と明日人たちは驚いた。オリオン財団日本支部襲撃は、マリクとルース、琢磨が居たところだ。そこが襲撃されて、今は宿所内で過ごしているため、驚かないわけにはいかなかった。

「その時オリオン財団日本支部を見学していた国会議員の一人が、同じように見学していた国民を放置して自分だけ逃げたせいで、死者が出てしまった事件のことさ。確かに議員の人が何かいい判断をすれば、死者は出なかったかもしれない。でも、急にユースティティアの天使が襲撃してきたら、咄嗟によい判断なんて出来ないとは僕は思うね」

 だけど、そのせいでSNSは大荒れ、逃げた国会議員が謝罪会見を開くなどの大事になってしまったんだ。と、野坂は言う。しかし野坂は、自分たちだって急にユースティティアの天使が襲いかかってきたらどうするんだい? 咄嗟にいい判断なんて出来ないはずだ。と、イナッターで襲撃事件に関するイナートをしている人達に思ったことだった。

「そ、そうなんだ…」

 それを、明日人たちは走りながら聞いた。

 

 ***

 

 その頃、坂野上はいつものように関口と話していた。次第に緊張しなくなったのか、今では関口と対等に話せている。

「それでですね! 最近新しく入ったのが夜舞月夜さんで、とても強いんです! DFなのに前に出てシュートを決めたり、その他にも状況を見極める事の出来る鋭さと強さ、それに優しさと美しさの四面を持っているんですよ! そのお陰か風丸さんも吹雪さんも夜舞さんの強さには一目置いてますし、それで…」

「うんうん」

 坂野上の長い話を、関口はうんうんと話を聞く。

「つまり、昇くんはその夜舞ちゃんが好きなのかな?」

「え?」

 まさかの捉え方をされ、坂野上は思わず固まった。自分が今好きなのは、目の前に居る関口だというのに。

「私、昇くんの恋、応援しているね!」

「は、はい…」

 関口の中で、坂野上は夜舞に恋をしているという設定が出来上がってしまい、それが坂野上の嘘だということに気づかないままだった。

「昇くんのサッカーの話を聞いていると、昇くんのサッカーって凄く純粋なんだね」

「え?」

「私、サッカーのことはよくわからないけど、昇くんのサッカーは純粋なんだってことはよくわかる。まるで、お猿さんがボール遊びをしているような、そんな感じ」

 純粋なのはよくわかったが、猿というのがよくわからず、坂野上は困惑した。

「お、俺のサッカーって純粋ですかね…」

 自分でも自分のサッカーがわかっていなかった為、坂野上は自分のサッカーが純粋だったのかと考え始めた。

 本能。という意味では、純粋と同じだし、猿という動物にも本能はある。まぁ人間も動物のような為、本能くらいはあるだろう。

「アイデンティティ…っていうのかな。ほら、自分は誰であるか。って言うでしょ? まぁ、サッカーにアイデンティティを求めるなんて変な話だけどね…」

 関口は心理学の仕事をしているらしく、それを聞いた坂野上は、関口は医者をしているんだと感じていた。しかし、実は違うらしい。これ以上はプライベートの話になるので句らしくは言えないらしいが。

 しかし、坂野上は一つだけ決意したことがあった。

 明日、関口に告白すると。

 夜舞が好きだということが関口の中で根付かないうちにと。

 関口と話した翌日の朝、坂野上は昨日の夜から告白の予行練習をしていた。

「お、俺、前から貴方のことが好きで…」

「駄目駄目! もっと大声で!」

 猿恋から駄目出しをくらいながら、坂野上は最高の告白への完成を目指す。坂野上が持っているノートには告白の時のセリフやメモでページは埋まってしまっている。

「あのー猿恋さん」

「なんだ? 休憩か?」

 少し気になった坂野上が、いえ…と猿恋に言葉を続けた。

「いや、あの人に告白して、大丈夫かなぁ…って思って…」

「そんなこと考えてるから失敗するんだって俺の経験が言っている! もっとこうドーン! といけ!」

 一瞬だが、大人に告白(しかも結構美人で結婚しているかも怪しいし)しても大丈夫なのかと心配になっていたが、猿恋曰く、そんなこと考えているから失敗するんだそうだ。

「…あ、そろそろ朝食の時間ですね」

 予行練習は後にすることにし、坂野上は台本のノートを机の上に置き、朝食を食べに食堂へと向かった。

「おはよう! 坂野上くん!」

 先に席に座って食べている夜舞のお盆には、大量のご飯とおかずが乗せられている。そんなに食べると折谷からなにか言われそうではないかと坂野上は感じた。だが、特に何かを言われたような様子はない。

「…どうしたの? 坂野上くん。少し顔色が悪いけど…」

 昨日遅くまで予行練習をしていたからだろうか。坂野上自身もそれには気づいていなかった。

「そ、そうですか…?」

「え、坂野上調子が悪いのか?」

 最近よく夜舞の隣に居る明日人が、坂野上の顔を夜舞を真似して見るも、特にこれといって坂野上の顔に変わったところはなかった。明日人は夜舞とは違って少し感が鈍いからなのだろうか。夜舞は恐らく顔色よりも別のことを言っているがする。

「何か面白いことをしているようだね」

「あ、野坂! なんか坂野上、調子が悪いみたいなんだよ」

 顔色が悪いってだけで必ずしも調子が悪いってわけではないのでは? と夜舞は明日人の発言に対してこう思った。

「そうなんだ。ところで坂野上くん。最近君はよく外に行っているようだけど…」

 にっこりと笑った野坂が、興味津々に坂野上に近づくのに、坂野上はその表情に恐怖を抱いていた。

 

 

『ぎょええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 夜舞は坂野上が今日関口に告白すると聞き、食堂内だというのに大声で驚いてしまっていた。

「どうした? 変な声出して」

「あ、なんでもないです円堂先輩!」

「そうか?」

 夜舞の大声に駆けつけた円堂達をなんとか追い返し、坂野上の話に戻る。

「つまり、坂野上くんは今日の午後にその関口さんに告白をするんだね」

 野坂が概要を述べた。その瞬間、やはり恥ずかしいのか坂野上は赤面する。

「はい…ですが俺一人じゃ自信は無くて…」

 沢山練習はしてきたものの、やはり告白となると少し自信がなくなってしまう。それは告白をする人にとっては当たり前のことなのだが、坂野上にはその感情が当たり前だということには気づいていなかった。

「分かってる! 一緒に来てほしいってことだろ?」

「明日人さん…!」

 明日人の言葉によって、明日人たちは坂野上の告白に付き合うことになった。

 そして、坂野上が告白に成功すれば、皆でマサドナルドにバーガーを食べに行こうという話になぜかなってしまった。

 

 ***

 

「西蔭、クラッカーの準備は出来たかい?」

「はい。この通り人数分」

 西蔭が鞄から取り出したのは、明日人たちの分のクラッカー。結構大きい。告白が成功すれば、これでお祝いをするつもりなのだろう。

「あ、来たよ!」

 明日人たちが草木の陰に身を潜めると、公園の外から関口がやってくる。

「ごめんね昇くん! 少し仕事で遅くなっちゃって…」

「あ、大丈夫ですよ!」

 いつものベンチに、関口と坂野上が座る。これで完全にこの公園は、二人だけの世界になった。

 しかし、坂野上の口が震える。

 失敗してしまったらどうしよう。もし変な人だと思われればどうしようと思っていた。

『昇! 絶対に諦めるな!』

 猿恋の励ましを耳にしても、どうしても告白予行練習の時のセリフが出てこない。

「昇くん?」

 関口の声に、坂野上は我に返る。そして、もはや自棄ともいえるようなセリフで、坂野上は口を開いた。

「あの、関口さん…実は俺、貴方のことが好きなんです!」

 突然の告白に、関口はびっくりしているが、気にせず坂野上は言葉を続ける。

「夜舞さんではなくて、貴方が好きなんです! びっくりするかもしれませんが、この気持ちは本当です!」

 坂野上は勇気をだして告白した。予行練習の時のセリフとは全く違うが、これはこれで坂尾上らしかった。

 猿恋と明日人たちがいいよいいよと気持ちが高まっている中、関口の答えは。

「…ごめんなさい。実は、結婚している人が居て…」

『え?』

「というわけで、ごめんなさい…でも、君と過ごせた時間は楽しかったわ。ありがとう」

 笑顔で、関口は公園から立ち去ってしまった。その間も坂野上は状況が掴めないまま、その場に立ち尽くしていた。

 長い時間が過ぎると、坂野上は関口の言葉の意味を理解したのか、坂野上は石の塊となって、割れたガラスのようにその場に砕け散った。

『え"え"え"え"え"え"え"え"え"!?』

 関口が誰かと付き合っている。もしくは結婚しているという可能性もあると野坂から言われていたが、坂野上はそれでも受け止めきれなかったのだろう。その頃明日人たちは石となって砕け散った坂野上の光景を見て、思わず大声で驚いた。

「さ、坂野上くん…」

 夜舞が声をかけるも、坂野上は元に戻らない。仕方なく野坂とで坂野上(の形をしていた石)をパズルのように積み上げる。

「坂野上…ほら、バーガー奢るからさ…」

 明日人がマサドナルドのバーガーを奢るからと励まそうとするも、坂野上は戻らない。よほどショックがデカかったのだろう。

「野坂くん、私接着剤持ってくるね」

 夜舞が坂野上を元に戻そう宿所から接着剤を持ってこようと走る。その時に目にした電柱に、ある祭りのポスターが貼られていたのを、夜舞は見つける。

 午後二十時から、花火大会と。

「そうだ…」

 夜舞が、秋祭りのポスターを見て思いつく。

「坂野上くん!」

 

 待宵神社という小さな神社に続く道路は、現在屋台を出すために封鎖されていた。なぜなら、今は秋祭りを開催しているからだ。今の子供達にとってはもはや祭りなど美味しいものや楽しい遊びが出来るテーマパークみたいなものだと認識しているが、昔は、村の豊作に感謝する祭りだったのだ。

 人は賑わっており、家族連れや友達連れなどの人達全員が、この秋祭りの締めである花火大会を待ち望んでいた。その中には、勿論関口も居た。茶髪の髪をおだんごに結った着物姿をしており、屋台の影から見守る坂野上には、その姿が綺麗に見えた。しかし、その関口の隣には、結婚相手を思わしき男性とその子供が居る。本当なら、自分がそこに居た。身長は違えど、カップルとしてなっていただろう。醜い嫉妬の心に悩まされている坂野上に、野坂が声をかける。

「来たよ、坂野上くん」

「はい」

 しかし、ここで決めなきゃ次はないと、坂野上は屋台の影から次のスタンバイへと着いた。

「来たみたいだね。じゃあ、始めよう」

 野坂のスタートと同時に、花火大会が始まった。花火の逆光で、野坂の全身が黒くなる。

「わぁ…」

 関口は花火に見とれている。色んな形の花火が夜の空に咲き、散っていく。そして、ファンファーレとなるその時に、野坂が右手を明日人たちに向ける。

「今だ!」

 野坂が指示すると、明日人と夜舞が、河川敷の影でサッカーボールを明日人がサンライズブリッツ、夜舞がムーンライトメテオを繰り出して、花火が咲く前兆のように見せた。

「いけー! 坂野上!」

「はい!」

 坂野上が仕上げの、「旋風のトルネード」を放つ。すると、坂野上の愛の力なのか、風はドラゴンとなって二つのシュートにぶつかり、巨大な花火作り出した。

「旋風の、ファイアーフラワー!」

 黄色と赤の巨大な天の川のような花火に、人々は感動する。

「お母さん! お父さん! あれキレイ!」

 関口の子供がはしゃいでいる中、関口は花火を空いた口を塞ぐのも忘れて見ていた。

「___綺麗……」

「関口さん!」

 関口たちのいる河川敷の道路に向かって、大声で坂野上は告白する。

「俺、貴方のことが好きでした! そして、これからも貴方を応援してます!」

 そう言うと、坂野上は恥ずかしそうに、いや、泣きながら河川敷を離れ、住宅街の方にいってしまった。

「_昇くん……」

「今の子、誰なんだ?」

 男性が紗代に話しかける。

「あぁ、■■さん。あの子はですね…」

 

 

「坂野上くん、泣いてもいいんだよ」

 その頃、坂野上は待宵神社の境内に続く階段に、体育座りで座っていた。

「泣きません、ここで泣いたら、関口さんに顔向け出来ませんから」

「でも、言えたじゃんか。好きだってこと」

 明日人の言葉を区切りに、坂野上は涙を流してしまった。それを見て、夜舞はその背中をさする。

 失恋の涙を流す坂野上を。

 

 ***

 

「坂野上ー! お前に手紙だぞー!」

 円堂が坂野上の扉をノックし、手紙があることを伝える。

「ん…? なんですかぁ…」

 机に涙の跡が残る位に泣いていた坂野上は、ふらふらしながら扉を開けた。

「どうやらお前にファンレターだってさ、じゃあ俺はこれから特訓があるから、じゃあな!」

 円堂が坂野上に手紙を渡すと、坂野上が円堂を止める言葉も発させないうちに円堂は部屋を離れてグラウンドへと行ってしまった。ファンレターと言っているあたり、中身はみていないようだ。

「なんでしょうか…」

 桜色と白の封筒には、あの関口紗代の名前が書かれていた。まさか、と思い坂野上は部屋の扉を締め、封筒の封を切って中身を確認する。

 

『拝啓、坂野上昇様へ

『こんにちは、昇くん。えっと、住所はここでよかったかしら。ちゃんと届いてる? ……読めているということは、ちゃんと届いたみたいね。あ、ごめんなさい。手紙を出すのはあまり慣れていないのと、住所が合っているか不安になってて…あ、住所はテレビで監督さんがでかでかと教えてくれたわ。近づかないことと、ファンレターは一人一枚というルールで、住所を公開してくれたの。「ファンレター待ってます」って。

『さて、前置きが長くなってしまったわね。今回この手紙を書いたのは、昇くんに伝えたい事があったから。まずは一つ目、せっかく勇気を出して告白をしたんだとは思う。だけど、昇くんにショックを与えてしまうようなことを言っていたら、ごめんなさい。もし気にしてなかったら、この話は無かったことにしてね。次に二つ目、私にあんなに綺麗な花火を見せてくれてありがとう。とても綺麗だったわ。

 さて、いよいよ三つ目です。三つめは、これからも応援しています。サッカー、頑張ってください。私の夫と娘で、貴方の活躍を見させていただきます。

 それでは、これからも怪我のないように、お元気で。

 敬具』

 

 綺麗な便箋で書かれた紗代の文字を見て、坂野上は便箋に涙をこぼした。それと同時に、関口との思い出と、失恋したときの気持ちが心の中にこみ上げてきた。しかし、坂野上は首を振って、関口との思い出を振り払うと、便箋を封筒の中に戻して引き出しの中にしまい、部屋を出た。そして洗面台で顔を洗った。涙を洗い流し、食堂に入ると同時に、皆に笑顔を繕った。

 紗代と別れを告げたのだ。

 紗代に自分の全力のサッカーを見てもらうために。

 

 

 

 

 

 

 今度は君にも、この歌を聴いてもらおう。

   『恋する少年の失恋ソング』を。

 

 



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第二十話 魔法少女に、世界は救えない。

 淡い水色の光に照らされた、ドーム状の部屋。その水色の光の出所は、金色のリングで囲まれた水色の球体だ。それも大人の男性の背丈よりも大きく、おまけに重そうだ。その球体の表面には、全人類の名前が記載されている。さすがは天界の技術といったところだろう。しかし、その球体を操作する機械の前に立っているのは、人の形をした何かだった。おそらくは人間の神父か、もしくは現人神フォルセティ本人か。それを確認しようにも、球体の光の逆光で、上手くは見えなかった。

「お父様、元気ですか?」

 エレンの声に、人がエレンの方に振り向く。こっち側に振り向いた人の顔色を見て、エレンは頬を緩ませた。

「あぁ、元気だ」

「あまり無理をなさらぬように。いくらこの堕落した世界を救いたいからって、体を壊しては本末転倒ですよ」

 エレンの目線が球体の機械に向けられているのか、それとも人に向けられているのかはわからないが、フォルセティと話をしているのは確かだった。そのフォルセティが機械なのか、それともそこの人なのかはわからないが。

「あとそれとお父様、少しお言葉ですが…テミス改革を実行するだけで、人間が変わるとは思いません」

「…何?」

 目の前の人の表情が変わったのを、エレンは逆光の中で察するも、話を続ける。

「人は自分たちに置かれている状況を見て、やっと自分達が間違っていたことに気づく不思議な生き物です。テミス改革という人を支配するやり方では、すぐに人は貴方に反乱を起こすでしょう。それに、私は平和の天使ですから、人との関係をよりよく保つのは当然でしょう。お父様」

「……………」

 本当に、何を考えているかわからない。

 と、フォルセティはエレンの話を聞いた。

 平和の天使。地上と天界の平和を守る、正義に相応しい肩書だというのに、このエレンは信用ならない上に本当に平和を望んでいるのかもわからない。そして、テミス改革に賛同しているのかも。だが、人との関係はよくしていきたいとだけはわかる。だが、フォルセティはたとえ自分の娘の言い分を賛同するわけにはいかなかった。

 世界は、我ら天使たちの力で買えなければならないのだから。

「しかし、人間はこれまでいくつもの間違いを犯してきた。今ではそれが集大成となって襲ってきている状況だ。お前のような人と共存するという甘ったるいやり方など、人間を甘やかすだけだ」

 フォルセティの変わらぬ信念に、エレンは心の中でため息をつくしかなかった。天使の言い分くらい聞いてくれたっていいじゃないかと。そう思っている頃にはフォルセティはすでにエレンの前から立ち去っており、目の前の人も一緒に消えていた。やはり現人神なのだろうか。

 「やっぱり、私の平和は私だけで掴むしかないのね」

 

 ***

 

 坂野上の恋が枯れ葉のように儚く散った秋。衣服やその他貴重品を詰めたスーツケースを引っ張りながら街を歩いているのは、白い銀色の髪をツインテールに束ねた、十四の女の子。その女の子は、片手に地図を見ながら、ラストプロテクターの宿所前で立ち止まった。

「ここか…」

 

 

「坂野上くん、なんだかいつも通りになったよね」

 名古屋から東京に戻った明日人たちは、オリオン財団によって施設を改良した後の宿所に居た。宿所内はかなりリフォームされており、一人一人の部屋やトレーニングルームの改良、食堂の器具の変調等、明日人たちにとって過ごしやすいものに変わっていた。

 今日は宿所内がリフォームされて初めての朝食だ。朝食が乗せられたトレーを運びながら席に着く坂野上を見て、夜舞はいつも通りになったなと安堵する。

「そうだね、前は練習でのミスが多かったけど、今では落ち着いているというか、まるで自分で失恋を乗り越えたかのようになっているね」

 あの落ち込みようじゃあ、もう少し長引きそうだとは思ったけど___と野坂は石を坂野上の形に積み上げた日を思い出しながら言う。あれを直すのは千ピースパズルを制限時間内にクリアするのと同じ、いやそれ以上に難しかったなと、野坂は味噌汁の汁を飲む。

「私は恋をしたことがないからよくはわからないけど、失恋をしたときって、凄く悲しい気持ちになるんだって大谷先輩が言ってたから、野坂くんの言う通りになると持っていたんだけど…」

「まぁ、恋煩いが無くなったのは、僕たちとしてもラストプロテクターとしても、嬉しいところだよ」

「うんうん」

 野坂と夜舞がテーブルを挟んで話し合っている中、坂野上は食堂で灰崎ら一年生と恋バナをしていた。恋バナらしい恋バナはしていないが。

「灰崎くん、前々から思っていたんだけど…茜さんとはどういう関係なの?」

 灰崎は、突然の質問に嫌そうながらも、自分に質問してきた坂野上に返事をした。

「んだよいきなり。まぁ、普通に幼馴染だ。たまに茜が体調管理には気を付けてってうるせぇけどな。この前もくしゃみをしていた茜にジャージを被せてやろうとしたら、「もっと自分の体も大事にしなきゃ駄目だよ」って言われたんだよ」

 俺はお前の体を心配してんってのに…という灰崎に、坂野上と一星は、本人でも無意識に茜を甘やかしているんだなと以心伝心で察した。

「ジャージじゃなくて、マフラーを巻かせてはみたら? 灰崎くん」

「これは茜からのプレゼントなんだよ。そうそう渡せねぇよ」

 いつでもしている防寒具のマフラーを指さしながら、灰崎はマフラーの形を整え始める。それは乙女心を理解しているというのか、むしろ無自覚というのか…

「というか…いつもしてるよね。練習中も食事中も。さすがに外さない?」

「別に外さなくったっていいだろ」

 一星は、灰崎のマフラーをグラウンドの土か料理の汁かで汚してしまわないかと心配していたが、灰崎は外す気がなさそうなことに気づき、一星はこの手の話をこれからはしないようにと心に決めた。

「フロイ!」

 とその時。いきなり食堂の扉が開かれ、話声で包まれていた食堂は一気に静まり返った。そして食堂のドアを開けた女の子を姿を見て、一同は驚きとざわめきに包まれた。食堂のドアにいたのは、三か月前のFFI決勝戦の時にシャドウ・オブ・オリオンのキャプテンとして明日人たちに立ちはだかった、ユリカが居たのだから。

「ユ、ユリカ? どうしたんだよ!」

 当時ユリカを勝利への呪縛から解き放った明日人が、真っ先に声をかける。しかしユリカは、それよりも先に話しがしたそうに足先を叩いていた。

「今は説明している暇はないわ! とにかく、フロイはどこにいるの!?」

 フロイとユリカは、四歳からの幼馴染みだということはフロイから聞いていた為、幼馴染みのフロイに何か用があるのか? とユリカが来た理由を明日人たちは推測し始めた。

「フロイなら…コンピュータールームにしばらくいるって言ってたぞ?」

 円堂がフロイの居所を言うと、ユリカは食堂に来る前に見ていた宿所の内部を頭の中で地図のように写すと、持っていた荷物を食堂に置いてフロイのいるコンピュータールームに行こうとする。

「コンピュータールームね! わかったわ! ありがとう!」

「ちょ、ちょっと待ってよユリカ!」

 コンピュータールームへ向かおうとするユリカを追いかけ、明日人たちもコンピュータールームへと走る。

「フロイ!」

 ユリカがドアを開けると、パソコンを面を向かっていたフロイはユリカの声に体を震わせ、恐る恐るユリカの方へ椅子を向けた。

「ユ、ユリカ? 何でここに…」

「こんなに無理して!」

 ユリカがなぜそんなことを言ったのかは、目で見てわかるだろう。なぜならフロイの目には薄くクマができており、パソコンの横にはおよそ数百枚の紙が積まれて置かれていた。

「フロイが何をしているのかが知りたくてルースに電話したら、もう何日も寝ていないって聞いて、フロイの体を心配して来たの!」

「ご、ごめんユリカ…でも、ユースティティアの天使のことを調べない限り、僕達は彼らのことを突き止められない。これを見てほしいんだ」

 フロイが机の絵に積まされた紙の中から一枚の紙を取り出すと、そこにはユースティティアの天使がスタジアム以外で出現したところが、世界地図の上で赤い点で、その横にはどこで何時にという詳細の表が一つの点ごとに細かく記されていた。

「これは…世界地図か?」

「赤い点と表が記されているね…もしかしてこれ、全部フロイくんがやったのかい? というか…大丈夫?」

 椅子から久しぶりに立ち上がった為、寝不足と立ち眩みにふらつくフロイを心配しながら、吹雪は書類の詳細をフロイに尋ねる。

「あぁ、全世界のメディアを参考に調べてまとめたよ。そのお陰で何日も寝てないんだけどね…」

 寝不足なのをフランクに返すフロイに、ユリカはいい加減に寝てと怒り出した。

「ユリカちゃんの言う通り、確かにフロイくんは寝た方がいいと思う…」フロイの体調の心配をする夜舞。

「つーか、よく起きてられんな」寝落ちしてもおかしくねぇだろ。と言うヒロト。

「ほ、ほんとに大丈夫か?」

「あぁ、いや、ちょっと、疲れ…」

 あまりに寝不足だからなのか、まるで名探偵コボクが刑事に睡眠針を刺して眠らせてから犯人を突き止めるというシーンをそのまんまに再現して、フロイは椅子にもたれかかって眠ってしまった。

「ちょ、ちょっとフロイ!」

 明日人がフロイを起こそうとするところを、ユリカが止める。

「フロイはこのまま寝かせてあげて。もう何日も寝ていないって言っているから

「フロイくんは、このまましばらく寝かせてあげよう。とにかく今はこのレポートのことで話そう」

 野坂がこの紙の詳細が知りたいと、ミーティングルームで話し合おうという提案に乗り、明日人たちはフロイの看病をするユリカをそこに居させてあげ、明日人たちはミーティングルームで話し合うことにした。

「なるほど、そういうことがありましたか~! フロイくんも頑張りましたね~」

 趙金雲に事情を説明すると、趙金雲はなるほどといった表情で、ミーティングの開始を許可した。

「それでは、フロイくんが作ってくれたレポートを見て見ましょう!」

 フロイのレポートが、ミーティングルームの巨大なディスプレイに写る。白い世界地図の上に、赤い点がぽつぽつとついている。パッと見ではわからなかったが、よく見たら赤い点の中には通常より大きかったり小さかったりしているものもあった。

「どうやら、全世界のメディアの情報を元にして作ったそうですが…頑張りすぎですよねぇ? 一体どこから来るんでしょうかねぇあの根性は」

 意味ありげに呟く趙金雲をいつものようにスルーしながら、鬼道はレポートの内容のことを質問した。

「それよりも監督、全世界の出現地点を見ても、日本の出現地点は明らかに少ないです。これは、何かあると思いませんか」

「私も、鬼道先輩みたいに気になったことがあります。ほら、アメリカやドイツ、インドや中国等、人が賑わっているところが中心的に出現地点があります」

 明日人たちが夜舞の言葉を参考にディスプレイを見ると、そこには確かにアメリカなどの賑わっている国が中心として狙われていた。夜舞が言うにはこの赤い点の正体はユースティティアの天使の出現場所の他に、被害状況なども記録されていたそうだ。出現場所を記入するだけではそうはならないとは思ったが、そうなれば何日も寝ないのも当然だろう。

「ユースティティアは、地上の戦力を減らそうとしているのか…?」

「地上の戦力を減らすだけなら、軍施設や国会を襲撃するだけでもいいはずです。風丸さん。ですが、フロイの集めた情報によると、明らかに軍施設ど同時に街も狙っている。これは一体…」

 一星は、ユースティティアがなぜ軍施設や国会を中心的に襲わないのかと考えていた。そうした方が効果的なはずだ。と一星はそう感じていた。とその時、ミーティングルームのドアが開かれた。まさか、ユースティティアの天使か!? と明日人たちは立ち上がって身構える。

「おーう! なんだかしょっぱい話しているみたいなだな!」

 しかし、そこにはなんと剛陣とアフロディ、水神矢がいただけで、ユースティティアの天使は居なかった。

「ご、剛陣先輩!?」

 剛陣の登場に驚いた明日人が、剛陣に近づき、本物かどうかを剛陣の体を触って確認する。

「ほんとだ…本物だ…!」

「おい明日人、俺をなんだと思ってんだよ…」

 剛陣が離れろよというも、明日人は離れる気はなく、むしろ抱きついてきた。よほど剛陣の深津が嬉しかったのだろう。

「待ってたかい? 円堂くん」

「アフロディ! 怪我はもう良くなったのか!?」

 その頃アフロディは、円堂の元へと向かっており、挨拶を交わす。そんな中、水神矢は灰崎に会えて嬉しそうだった。

「灰崎、元気そうでよかった」

「そりゃどーも」

「『フィールドの悪魔使い』として、早く灰崎のもとに戻らないとだけを考えてリハビリを続けてきた結果があったよ」

「まだそれを言うのかよ…」

 フィールドの悪魔使いという水神矢の新たな二つ名(?)に、灰崎は嫌悪感を催す。

「剛陣先輩! 水神矢くん! えっと…アフロディ先輩! 宜しくお願いします!」

 夜舞はすぐに、新たに仲間になった三人にお辞儀をした。

「ははは、そんなにかしこまらなくてもいいよ」

 神様のような(見習いだが)笑顔で、アフロディはラストプロテクターの第三者の夜舞に宜しくの挨拶を交わす。

「はいそれでは~! 水神矢くん、アフロディくん、剛陣くんの怪我が治ったところで、これから皆さんにしてもらうことがありま~す」

 怪しげに笑う趙金雲に、明日人たちはクエスチョンマークを出す。

「皆さんにはこれからチームにに分かれて、世界中に行ってもらいま~す!!」

「え」

『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 まさかの監督命令に、明日人たちの驚きは地球を越えてどこまでも響いた。

 

 ***

 

 趙金雲によれば、世界中に行って色んな人達にインタビューをしユースティティアの天使の情報を集めるというものだった。

 そのため、明日人たちはそれぞれチームに分かれて行動することにした。

 明日人チーム(灰崎・水神矢)は日本。

 円堂チーム(坂野上・豪炎寺・鬼道)はアメリカ。

 野坂チーム(一星・西陰・ユリカ・フロイ←復活した)は中国。

 風丸チーム(不動・ヒロト・タツヤ)はブラジル。

 大谷チーム(杏奈・茜・李子分・ルース・マリク)はオーストラリア。

 夜舞チーム(剛陣・アフロディ・砂木沼・吹雪士郎)はロシアに分かれて調査を始めることにした。

 しかし、唐突過ぎるあまり、明日人たちは世界中を観光しようとは思えなかった。それでもなんとか街の人にインタビューをしようとするも、やはり中学生。最初はインタビューに集中しようとは思ったものの、目の前の珍しい光景にどうしても心惹かれ、インタビューをほっといて観光をメインにしてしまっていた。

「夜舞さん、とても素敵な人だったな。灰崎」

「なんでそれを俺に振るんだよ」

「魔女と悪魔はつきものだろ?」

 確かに魔女と悪魔は似合っているが、灰崎と夜舞は別にただ単に仲間だと思っているだけで、別に灰崎は『月光の魔女の悪魔』ではない。

「まぁ灰崎も最初は悪魔ぽかったけど…夜舞もそんなに魔女って感じはなかったなぁ」

 むしろ聖女でいいんじゃないかとは思ったものの、理由は不明だ。その二つ名の理由は夜舞から直接聞かないとわからない。

 

「あれ? マモル?」

「おお! マークにディランじゃないか!」

 アメリカに経った円堂たちは、偶然にもマークたちに合ってしまい、いつの間にかサッカーをしてしまっていた。

 

「ひえ~! 辛いです! 野坂さん!」

「そうだね。一星くん」

 中国に発った野坂たちも、今は昼食をと中国料理を食べており、その辛さに一星が顔を歪ませた。その頃、野坂は西蔭の料理にタバスコを大量に振りかけているのを見て、フロイとユリカは絶句する。

 

「…………」

「…………」

「ここ、どこだろうな…」

 風丸たちが思わず迷い込んでしまったところは、レンソイス・マラニャンセス国立公園。白い砂丘とその中に浮かぶ青い池に、風丸たちは迷ってしまったのだ。

 

「ほらほら~!」

「やりましたね~!」

 大谷たちもいつの間にかクイーンズランドのビーチで大はしゃぎしており、女子達はビーチで海水浴、マリクたちはそんな女子達を見ながら日焼けをしていた。

 

「先輩見て下さい! あの食べ物美味しそうじゃありませんか!?」

 街の中にあるレストランの一つのガラスケースに置かれている料理のサンプルを見て、夜舞はこれを食べたそうに目を輝かせている。

「夜舞ちゃんはロシアに来るのは初めてなんだよね」

 楽しそうにロシア観光(ちゃんと聞き込みもしている)する夜舞を見て、吹雪は楽しそうだと微笑む。

「はい! ロシアは食べ物が美味しいと聞いたので!」

「そうだよな! ここは空気もうめえし、食べ物も上手い! ここカザニは最高だぜ!」

 剛陣も夜舞の意見に賛同し、ロシアのいい所をマシンガンのように話し始める二人を見て、アフロディたちは思わず苦笑いする。

「そういえば剛陣先輩! 三ヶ月前のFFIではロシアに行ったんですよね! どうでしたか!?」

「お? 聞きたいか?」

「はい!」

 夜舞が興味津々にFFIの時の話をして欲しいというので、剛陣たちは夜舞に当時の話をすることにした。

「最初は俺だな! まず俺らは日本代表のイナズマジャパンの選手に選ばれて、そこで晴れ晴れの世界大会に挑める! と思っていたところに、実はイナズマジャパンの中にオリオンの使徒が紛れ込んでてよー。それが、一星充。今では人格統合して一星光になったんだぜ?」

「その一星くんが二重人格になった原因の交通事故が、実はオリオン財団の仕業だったんだけど、一星くんはそれを受け入れたんだよね」

 剛陣が当時の話、吹雪がその後の話と、回想を繋げていく。

「そんでいつの間にか世界大会からオリオン財団との戦いになっちまってよーまぁ優勝できたからいいけどな!」

 ちょこちょこオリオン財団という言葉が出てきた為、夜舞はその当時のオリオン財団のことを質問することにした。

「すみません剛陣先輩。そのオリオン財団って、フロイくんのお兄さんが運営している財団ですよね。それがFFIとどう関係があるんですか?」

「夜舞さん、メディアではイナズマジャパンが優勝したって書かれていたけど、実はオリオン財団は、サッカーで経済を操作するパーフェクトワールドを作ろうとしていたんだ」

「えっ…」

 また経済の話。大谷が言っていた、サッカー支店の株の話と合わさって、夜舞はアホ毛を下げた。

「オリオン財団にも、世界中の子供たちを助けるために世界経済を利用したビジネスをしていたんだけど、実はその裏にはイリーナっていう女性が居てね。その人がオリオン財団を操っていたんだ」

「吹雪が言うには、オリオン財団の不正を暴く革命軍に入って、何とかオリオン財団の不正行為を突き止めることに成功したんだな。吹雪」

「そ、そうなんだ…」

 オリオン財団にそんなことがあったなんてと、夜舞は話を聞いて思った。

 話をしている間に、一同はオリオン財団本部近くまで歩いていた。そんな話をしているうちに、足がその方向に向かってしまったのかはわからないが。しかし夜舞たちは、オリオン財団本部近くで上がる悲鳴を聞き、何が起きているのだと状況を見渡した。

「なっ…!?」

「あれは、ユースティティアの天使!?」

 オリオン財団本部の建物に群がる鳥のような黒い物。それはユースティティアの天使であり、なんとユースティティアの天使は天界の高度な技術を生かした武器で、オリオン財団本部を攻撃していく。

 そこには勿論、メリーもレンも居る。

「壊れちゃえ!」

 メリーの桃色のハサミは、みるみるうちにオリオン財団のビルよりも大きいハサミとなり、包丁で食材を切るみたいに屋上から縦に一刀両断していく。

「破魔の札よ、世界を壊す魔女の巣窟を浄化せよ!」

 水色の札を三枚空中に放つと、三枚の札はまるで何枚も重なっていたかのように一枚の札から分裂するように増えていき、オリオン財団全体を札で囲んだ。すると、札は光りだし、札から浄化の光が放たれてビルを破壊していく。

「これは…まずい光景に出くわしてしまったね…」

 空を飛ぶユースティティアに自分達の存在がばれぬよう、夜舞たちはすぐに建物の陰に隠れた。吹雪はスマホを片手に、各地に居るチームの電話番号を入力している。しかし吹雪が仲間に連絡するよりも先に、中国に居る野坂チームのフロイの元に一つの着信音が鳴り響いた。

 フロイがスマホの画面を見ると、そこには『ベルナルド』と書いてあった為、フロイは嬉しそうに受話器のイラストが描かれたアイコンを押す。

「どうしたの? 兄さ」

『フロイ! 今オリオン財団本部がユースティティアの天使に襲われている! 俺のことはいいから早く逃げろ!』

 突然の事態にフロイは固まったが、スマホの奥から聞こえる爆発音に、フロイは事の重大さに驚く。

「兄さん!? 兄さ」

 フロイがベルナルドの無事を確認しようとするも、電話は多くの悲鳴と爆発音によってベルナルドの声は途切れ、通話は切れてしまった。

「どうしたんだ!? フロイ!」

「ヒカル、今オリオン財団がユースティティアの天使に襲われている! すぐにロシアに行こう!」

 しかし、今から飛行機で行っても、間に合うかどうかはわからなかった。なにせ、日本とロシアその距離は何キロメートルにも及ぶのだから。

「だけど、今から飛行機で行っても間に合うかどうか…」

 一星も、日本とロシアの距離には気づいていた。

 一か八か、ハーツアンロックにかけてみるしかない。

 

 ***

 

「吹雪先輩、何をしているんですか?」

「各地のチームに連絡を入れた。だけど、すぐには難しいだろうね。だから…」

「俺たちだけでユースティティアの天使と戦うのかよ!?」

 剛陣が吹雪の考えていることを予想する。剛陣自身、ユースティティアの天使と戦うのは初めてではないのだが、彼らには重症を負わされた為、剛陣にとっては苦い思い出だった。それに、自分達は今五人だ。戦うにしてもあと六人足りない。

「何も、サッカーでとは言ってないとは思うよ。ほら」

 アフロディが建物の影から指さしたところは、ユースティティアの天使の襲撃で逃げ惑う人々。女性や男性の悲鳴も混じって、嫌なオーケストラを奏でている。

「もしかして、街の人々を避難させるのか?」

 アフロディの思惑は砂木沼によって明かされ、夜舞たちは自分が今すべきことを露わにした。

「アフロディ先輩が言うに、そうだと思いますよ。剛陣先輩」

「とにかく、急ごう!」

 夜舞たちは、街の人の避難の為、一斉に建物の影から飛び出した。夜舞と吹雪は、避難所へと大勢の人たちを誘導。アフロディは足や耳が不自由な人の為の状況説明も兼ねた避難。剛陣と砂木沼は、オリオン財団のビルが崩れた時の瓦礫によって埋まった人への、できる限りの救助。

「こっちです!」

「落ち着いて避難してください!」

 しかし、皆はユースティティアの天使の襲撃によって混乱しており、中々夜舞たちの指示を聞いてはくれなかった。おまけに人も多く、またユースティティアの天使の攻撃の拡大化に伴って瓦礫による被害も増大しており、またユースティティアの必殺技によってオリオン財団が火事を起こしていた。早くしないとオリオン財団のビルが焼崩れてしまう。

「くそ! 重たすぎる…!」

 瓦礫を上げようとする剛陣の目の前には、小さな子供が。あと少しでその小さな体が押しつぶされてしまいそうだ。しかし、この瓦礫は重たすぎる。もう少しで力尽きそうなその時。

「任せろ!」

 誰かの手が、剛陣でも精一杯だった瓦礫をなんと片手で持ち上げ、横に倒したのだ。隣の人にお礼を言おうとして剛陣が横を向くと、そこにはブラジルに居たはずのハーツアンロックをしたヒロトだった。

「っておま、ヒロト!?」

「俺も居ます!」

 空を飛ぶ巨大な短剣のようなものから飛び降りた一星は、ハーツアンロック・スペクトルフォーメーションをしていた。ハーツアンロックによる飛行能力と、スペクトルフォーメーションによってジェット機よりも早く底上げされた走力で、オリオン財団本部の周りで自身による竜巻を起こし、オリオン財団を攻撃していたユースティティアの天使と炎をその風で吹き飛ばした。

「やるじゃねぇか一星」

 オリオン財団本部の火事が鎮火したその直後に、オリオン財団の屋上に近い階が先ほどの炎によって崩され、それによる瓦礫が混乱によって逃げ遅れた街の人に降り注いだ!

「させねぇよ! ビックバン・エクスプロージョン!!」

 翼の生えたマント(?)で空を飛んだヒロトは、ビックバン・エクスプロージョンの順序を取り、そして剣型デバイスの『オーディン』を取り出した。その剣捌きは折谷の指導によってさらに強化されており、この前まで一点集中だったエクスプロージョンが、今では狙った場所に向かって拡散するようになり、その拡散爆発によって瓦礫を爆破させ、一気に瓦礫を無き物にした! そのお陰で、街の人々は避難を終えることが出来た。

「ヒロト! 無事か!?」

 一星の乗っていた巨大な短剣のような乗り物は地面につき、すぐにタツヤがヒロトの心配をする。

「無事も何も、ハーツアンロックしてるじゃねぇか」

「一星くん。よくやったね」

 乗り物には、全チームが乗っており、そのハーツアンロックの汎用性に夜舞は驚いた。

「凄い、これがハーツアンロックなんだ…」

「夜舞!」

「明日人くん!」

 明日人たち全チームが夜舞チームの無事を確認する。

「何とか間にあったな」

「それにしても、ハーツアンロックに空を飛ぶ機能がついていたなんて驚きですよ」

 街の人の避難を終わらせ、一星とヒロトはハーツアンロックを解く。一星はヒロトのハーツアンロックが空を飛べるものだと驚いていたが、ヒロトにとっては一星の出した乗り物の方がよっぽど凄いと思った。

「だけど…オリオン財団は…」

 フロイがオリオン財団の残骸を見て呟いた。オリオン財団本部だったものは、今や黒い残骸と瓦礫だけが残っており、もはや以前のオリオン座のような輝きを持っていなかった。その悲しみに空も思わず同情しているのか、地上には土砂降りの雨が降っていた。

「フロイ!?」

 フロイが悲しみに暮れているなか、ベルナルドの声が避難所の方角から響いた。その声にフロイがその方向に向くと、フロイの目の先にはボロボロになったベルナルドの姿があった。

「兄さん! 無事だったんだね!」

 フロイは、自分の兄が無事だということが嬉しくなり、思わずベルナルドに抱きついた。しかし、その感動の再開もすぐに終わってしまう。

「あれ? ヒカル?」

 一星の存在に気づいたのか、宙からメリーが地上に降りてくる。オリオン財団を壊したメリーを見て、ベルナルドとフロイは苦い顔をした。

「……なぜだ…」

「ん?」

「何故父さんの作ったオリオン財団を破壊したッ!? 答えろ!」

 いつもおちゃらけてるフロイが、鋭い目つきで眉を寄せ、怒っている。そんなフロイはみたことが無いと、一星は思わず身じろいだ。

「なんでって…なんで?」

「は…?」

 メリーの忘れんぼが発揮されたタイミングがあまりにも悪く、フロイは今にもメリーに掴みかかりそうだ。

「私は、お父様の指示でオリオン財団を壊した。それがなんだったのかは、わかんない」

「………」

「フロイ…」

 怒りのあまり、無言になってしまっているフロイを観て、ベルナルドは声をかけようとしたが、その怒りのオーラに触れてはいけないと察したのか、ベルナルドはすぐにその手を引っ込めた。

「確か…『世界を壊そうとした、魔女の巣窟を壊せ』ってお父さまが言ってたような気はするけど…」

 魔女の巣窟。と言われ、明日人たちは三ヶ月前の出来事を思い出した。魔女、イリーナは堕落した王たちを失脚させ、自分がその王になろうとした人間である。しかし、明日人達によってその野望は防がれ、イリーナはロシアの警察によって逮捕された。それがなぜ今、ユースティティアと関係があるのか。

「レンお兄様によれば、あの魔女が……えっと、なんだっけ…」

「あの魔女が王となれば、世界は闇に覆われ、あの魔女の思うがままになっていただろう」

 オリオン財団だったはずの瓦礫達を背に、レンが人形代を持ってオリオン財団の邪心を吸い取る。それは人形代の容量をも凌駕するほどの邪念であり、人形代は火の粉のように散ってしまった。

「なるほど…あの魔女の邪念が詰まっているな…己の子を己の欲で支配し、世界をまるで己のものかと思うその傲慢さは…」

 まさに魔女だな。とレンが言い放つと、フロイはレンに掴みかかった。

「母さんを、母さんを侮辱するなっ! 母さんはこの世界がいかに不完全なのかを教えてくれた! だから僕たちオリオン財団は、この世界を完璧にしていかなきゃいけないっ! 母さんが望んでいた理想郷の為にも!」

 フロイは、彼女がいかにしてあのような行動をとったのかを知っていた。彼女は世界の不条理さに気づき、それを変える為に国の首相たちに反乱を企てたのだ。そしてそれはこの世界がいかに不完全かをフロイに実感させるものであり、フロイはサッカーが禁止される前までずっと、学校に通いながらオリオン財団で世界を良くする為に働いていた。だが、世界を良くする為の手段は、ユースティティアの天使によって壊されてしまった。

「因果応報…というのを知っているか」

「それがなに…?」

「自分が行った行動が、後になって返ってくることだ。いい行いをすれば勿論自分にとっていいことが返ってくる、そして悪い行いをすれば自分にも悪いことが返ってくる。世の循環だ。しかし、この世界には、世界の因果である因果応報を受けぬものもいる。因果応報は誰にでもある、いや、無ければならないものだ。世の理が乱れてしまうからな。……君というか、オリオン財団の場合は、自分らが今までこの世界の経済を思うままにし、さらに世界を征服しようとしたという罪がある。罪は償わなければならない。その身を持ってな」

 因果応報の話を長々と聞かされたものの、フロイにはその話が上手く頭の中に入っていかなかった。理解していないわけではない。罪は償わなければいけないということは。だからこそオリオン財団は変わったのだ。

「だから…だからオリオン財団を破壊したのか!」

「そうだ。世界を支配しようとしたのだ。それくらいの罰は必要だろう。だが、お前への罰がまだだったな」

 レンが、札を明日人たちの上空に投げる。それは明日人たちの周りを囲むように設置され、結界が出来る。一見なんの変わりない結界のように見えたが、その結界の中は重力が地球の何倍の重力になっており、円堂達はその重力に逆らえずに全身を打ち付けられてしまった。

「皆!」

 結界の外に居たフロイと、なぜか結界の影響が出ていない明日人が、皆の危機に声を上げる。フロイは結界を叩いて壊そうとするも、その結界はまるで鉄のように固く、人の腕で壊せるものではなかった。

「君への罰、それは…」

 首にかけていたエンジェルクロスを外しながら、レンが結界の中に入る。天使には影響がないのか、結界の中でもレンは地上の重力と同じように歩く。

「な、何を___」

「_明日人! 逃げろ!」

 レンは明日人の目の前に近づき、円堂がそれに気づき、明日人に逃げるように促す。しかし時すでに遅く、レンにエンジェルクロスの光を見せつけられた明日人は、意識を失ってレンにもたれかかる。

「明日人!」

 灰崎が明日人の名を呼ぶと、周りも明日人の異常に気づいた。明日人はレンの腕に抱かれて眠っており、こちらの声に起きる気配も無い。

「明日人くん! ……ハーツアンロ…」

 明日人が攫われる、そう察した一星が、鋭い目つきでレンを睨みながらハーツアンロックをしようとする。

「させないよー?」

 しかしそこにメリーが現れ、メリーの魔法でハーツアンロック所持者にだけ重力がプラスされた。

「なんだよこれ…押しつぶされそうだ…!」

 これではハーツアンロックが出来ず、ハーツアンロック所持者のヒロトと一星は強まった重力に苦しむことになる。

「君への罰、それは君が大事にしている明日人だ」

「アスト!」

 明日人の危機に、フロイが必死になって結界を壊そうと殴る力を強める。しかし、その間にもレンの翼は展開し、今にも明日人を抱えて飛び去ってしまいそうだった。

 

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオ!!』

 しかしその時、獣とも人ともいえぬ雄叫びが、ロシアに響いた。その雄叫びによって明日人は目を覚ます。すると、何者かの雄叫びに乗せられたのか、一星とヒロトと明日人の怪異たち、蠍と蛇と狼が彼らの体から抜け出し、結界の外で空に向かって雄叫びを上げる。

「グオオオオオオオオオ!!」

 怪異たちの雄叫びに引かれたのか、曇天の宙から細長い蛇みたいな化け物が、口を大きく開けながら現れる。それはオリオン財団のビルよりも大きく、尾の長さも含めれば空にまで届きそうな、竜(ドラゴン)だった。前後ろ足のある体は黄金の輝きを持っており、白いひげに青色のオーラを纏っていた。その容姿は、まさに『王』と言ったところだった。竜は明日人の存在を少し睨んだあと、突然に前足を降り降ろし、結界を壊した。そのため、結界の意味を失くしたお札の効力は薄れ、円堂達を苦しめていた重力が無くなった。

「あれは、何…?」

「ドラゴンみたいですけど…」

 円堂達は、目の前の竜の存在に困惑していた。

「まさか、天界のドラゴンなのか!?」

 剛陣の言う通り、この竜が必ずしも明日人たちの味方ではないことは予測できる。しかし、先ほど自分達を苦しめていた結界を壊した為、味方なのではないかと円堂達はかすかに思っているようだった。

「レンお兄様、あのドラゴン何!?」

 しかし、メリーとその部下は、竜の存在に怯えている。存在が秘匿された竜なのだろうか。

 そう考察している中、竜は青い目を光らせ、周りの空間をモノクロにした。周りの時が止まったのだ。その隙に竜はレンから明日人を引き剥がし、一星のいるところまで引っ張り、配置する。

 モノクロの世界が色づいていき、時が再び動き出した。

「え、明日人くん!?」

 一星が、明日人が自分の近くに居ることに驚く。明日人も自分がここに居ることに驚いており、竜が時を止めたことには気づいていないようだった。明日人の無事を確認すると、竜は再び空に帰って行ってしまった。

「レンお兄様、明日人取り返されちゃったね」

「そうだな」

「やっぱり、ここはサッカーで決めようよ]

 無事でよかったと周りから抱きつかれている明日人を睨みながら、メリーは呟く。

「明日人は、絶対に救済されなきゃいけないの」

 

 ***

 

 ロシアのスタジアムには全体にカメラが内蔵しており、ロシアの技術を生かして全国のテレビに直接届くようになっている。

「レンお兄様、ここは私に任せて、お兄様はドイツの国会の襲撃に向かってよ!」

 国会襲撃。それは国の柱にもなっている重要な建物だ。それを、今からレンは襲撃しようをしている。そのため、明日人たちが驚かずにはいられなかった。

「国会襲撃!?」

「円堂、ここは国会襲撃を阻止しよう」

 鬼道が円堂に、メリーとの試合よりも、国会襲撃阻止が最善と提案した。

「そうだな、一星! 頼む!」

「はい!」

「いいの? いいならそれでもいいけど、そうしたらロシア中の皆は私の信者になっているよ?」

 一星が全員を運ぶ乗り物を出すために、ハーツアンロックをしようとした。しかしそこに、メリーから究極の選択を迫られる。

「今からドイツにいってレンお兄様の襲撃を阻止するか、私と試合をしてロシアの皆さんを守るか、どっちがいい?」

「ひ、卑怯な…」

「酷い…フロイくんの故郷の人を人質にするなんて…」

 フロイは、この故郷ロシアのことを大事にしていた為、メリーの選択に歯を食いしばらずにはいられなかった。

『安心しろ』

 明日人たちが葛藤に苛まれている中、スタジアムの電光掲示板から声が聞こえた。

『ドイツの国会襲撃の件、それは私達に任せてくれ」

 電光掲示板に移されたのは、クラリオなどのFFIで見たことのある選手たちが写る。

「クラリオ!」

『円堂…ドイツ国会襲撃は私達に任せてくれ』

 クラリオの後ろにはぺクなどのオリオンの使徒たちもおり、ベルナルドはぺクたちオリオンの使徒の存在に驚いている様子だった。

『ベルナルド様。我々も無力ながら、世界を守る為に戦わせていただきます』

「ぺク…」

 ベルナルドは、ぺク達オリオンの使徒たちが、今こうして戦っていることに心を動かされた。

 今まで彼らの過去を利用して、自分達の駒としていたというのに、今ではベルナルドの為に戦っている。そんな彼らを見て、ベルナルドも泣いてばかりはいられない。

「…そうだな。全オリオンの使徒に告ぐ! ドイツ国会襲撃を何としてでも阻止せよ!」

 オリオンの名の元に! と、右手を左胸に当てるベルナルドの声に伴って、ぺクたちオリオンの使徒たちも右手を左胸に当て、唱える。

 その直後に、電光掲示板の映像は切れ、元の得点盤となった。

「……どうしても、私達の邪魔がしたいの?」

 メリーの問いに、明日人たちは何も言わずにうなずく。

「……何度でも言うよ。テミス改革はこの世界を救う。この世界に希望の光をもたらすの」

 すると、メリーは部下が出した椅子に深く腰掛けた。

「とある女の子の話をしよっか。その子はね、自分の年齢の約半分を、家の中で過ごしたの。お友達と遊べない。美味しいご飯も食べられない。来るのは残飯だけ。一人で遊んでてもつまんない」

 演説者のようにペラペラと話すメリー。椅子に立ったり座ったり、人形やバレエなどで物語を表現する様は、まるで演者だ。

「でもある時その子は決行したの。こんな座敷牢から逃げ出して、外の世界に行こうって。そしてその子は、」

 メリーがハサミを持つと、それを、大人くらいの大きさの人型の人形の胸に突き刺した。

「侍女を殺して、その子を閉じ込めた両親も殺したの。人を殺しちゃ駄目なんて、教わらなかったんだもん。教わらなかったなら、知らなくて当然だもん」

 人形を捨て、今度は巨大なハサミで顔を突き刺した。

「そして、その子はお金を奪って、逃げた。でも、生きるには殺したり、お金を奪ったりするしかなかった。でも、その子は人を殺しちゃ駄目って知らないもん。でもね、長い時を生きていると、お父さまを信仰している人達が、メリーを保護したの。そこでやっと、その子は人を殺しちゃ駄目って知ったの。そしてその子は、お父様を信仰している人達に囲まれて、楽しく幸せに暮らしたんだって」

 人形劇の幕が降りて、話は終わった。

「ね? これがお父様によって救われた人間。でもね、その子以外にも、辛い子は沢山いる。それに、その子が救われたのは、自分であの座敷牢から逃げ出したから。でも、『普通の子』はそんなこと考えられない。救われないまま、死んじゃっていくんだ」

 子供のジンジャーブレッドの頭をかじり、死ぬさまをそのまま表現する。

「でも、テミス改革さえあれば、みんなみんな救われる。それだけじゃない。世界中が幸せになれるの。それにね、国の偉い人たちは皆、嘘ばかりつくの」

 また椅子に座ると、メリーは膝を抱えて話しだした。

「国の首脳さんたちは、嘘ばっかりつくの。平和平和って言いながら戦争しているし、貧しくて美味しいごはんが食べられない人はたくさんいる。そんな薄っぺらな平和なんて、私は要らない」

 全世界のテレビでメリーの声が生放送される中、メリーは話し続ける。

「良い子は、今日も学校でいじめられて、家に帰れば殴られて、可哀想でしょ…? 悪いことが許されるなんて、そんなの平和じゃないよ…」

「メリー…」

 泣きながら、メリーは話す。

「それに、気づいちゃったの。知っちゃったの。国が、ありあまる金を持っているのに、それを兵器を作るのに使ってるって!」

 メリーが顔を上げ、明日人たちに言う。涙は零れ、その涙は明日人たちにとっては嘘泣きに全然見えなかった。

「酷いよ…こんなのってないよ。人は、私なんかよりも優れた記憶力と学習能力を持ってて、誰かの不幸を悲しむことが出来る心を持ってるって。でも、違ったの。国の首脳さんたちに、人の不幸を悲しむ心なんて無かったんだ。国民の気持ちを無視して、兵器を作ってる。悔しいよ…私は、忘れっぽいから、人を助ける事なんて出来ない。他の天使や、レンお兄様みたいに上手くは出来ない。でも、だから私は、助けられないことの悔しさを知っている。でも、この気持ちもどうせいつか忘れちゃうんだ…」

 メリーの握りこぶしが強くなる。メリーは、悔しかったのだ。人を信じることしか出来ず、誰かが苦しい思いをしても、助けられなくて。

「だったら、私達が変えるしかないの。平和を司るエレンお姉さまを先頭にして、人を変えていくしかないんだって」

 お姉さまだって、普段はあんなんだけど、いつも地上のことを考えてる。どうすれば人は争わなくなるのか、どうすれば人は幸せになるのかって、いつも考えてる。と、メリーは心の中でたい焼きを食べながら地上を眺めているエレンを思い浮かべながら、明日人たちに説明する。

「だから、邪魔しないでよ」

 メリーのエンジェルクロスが輝きだし、ピンク色のオーラがメリーを包んだ。その衝撃は全世界に強風を吹かせるほどのものであり、その風からメリーの怒りが表現されている。風が止み、明日人たちが目を開けると、メリーはなんと妖精のような桃色の翼を六つから八枚にした状態で君臨していた。

「私が、変えなきゃいけないの。だって私は、『秩序』の天使なんだから」

 翼を生やした全開モードで、メリーとの試合が始まった。

 

 

 

 力不足な魔法少女だからこそ、

  彼女は人々に鉄槌を下す天使となった。

 

 

 



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第二十一話 人類滅亡の光と秩序

「この世界は、よりよい道に進むべきなの。だけど、人間はもうそんなことをする知恵と勇気を失ってしまった。だから秩序の天使である私が、この世界を導いていく」

 メリー・エウノミアー。負傷し倒れたレンの次のユースティティアのキャプテンであり、狂気的で忘れんぼで無邪気な性格の天使で、ラストプロテクターの一星とヒロトを好いていた。しかし、いま目の前に居るメリーは、以前の可愛らしいメリーなどではなく、感情を失った天使として君臨してしまった。魔法少女という彼女の夢を消してまでも、彼女はこの[[rb:仮初 > かりそめ]]の平和で満たされた世界を嫌ったのだろう。

「ボールは貴方達からでいいよ。『公平』の天使のレンお兄様がそうしていたから」

すっかり天使の風格になってしまったメリーを見て、明日人たちは緊迫とした空気になりながらもメリーに差し出されたボールを見ていた。きっと、前のようにはいかないだろう。しかし、レンのドイツ国会襲撃の件を任せてくれたクラリオたちの為にも、この試合には勝たなくてはならない。

「あれ? 監督は?」

 今か今かと試合の始まりを待っている明日人たちを見守る中、ベンチの違和感に気づいた大谷が、趙金雲の不在に気づく。さっきまでここでスマホゲームをしていたというのに。一体どこに行ってしまったのだろう。

「子分くん、監督がどこにいったかわかる?」

「親分なら、ドイツに行きましたよ?」

「ええ!?」

 趙金雲の隣にいつもいる李子分に、趙金雲がそこに言ったかを大谷が訪ねると、李子分は無垢な表情(仮面を被っている為、見えないが)で、趙金雲の不在の理由を話す。するとマネージャーの三人は、趙金雲の不在の理由に、脱力感と共に驚いた。

「こんな緊急時に何をしているの!?」

「宮野さん、親分はそういう人でして…」

 茜はこのチームに入ってまだそこまで日も深くないので、趙金雲の突拍子もない行動を見るのはこれが初だ。そのため、大谷と杏奈なら額に汗をかくだけな行動を茜は真面目に突っ込んだ。その突っ込みに、李子分はおろおろするしかなかった。

「…ベルナルド。監督、頼んだよ」

「あぁ」

 趙金雲が居ないことをマネージャーの話から聞き耳し、折谷はベルナルドに代わりを務めるように言い渡す。するとベルナルドは、あっさりと承諾した。監督の経験があるかもしれないが、もしかしたらその瞳にはオリオン財団を壊されたことへの憎悪の念が含まれているのかもしれない。

「これが、ユースティティアの天使? なんだかメディアで見た時のとは印象が違うような…」

 随分印象の変わったメリーを見て、何かが違うとユリカは感じたようだった。しかも、マリクはそれと同時に何かオーラを感じていた。

「なんだか、レンの時とは違うオーラを感じるよ…」

「レンは「公平」の天使、メリーは「秩序」の天使だから…オーラが違うのも納得がいくよ」

 そうなの? とマリクはルースに尋ねると、ルースが自分で言ったんじゃないの? と言い返す。

『さぁ! ロシアの全国民をかけた、聖戦が始まろうとしています!』

 実況の声がスタジアムに響く中、観客席はラストプロテクターへの期待の声でいっぱいだった。

 ラストプロテクターのスタメンが、ベルナルドによって決まった。

 GK 円堂

 DF 夜舞 吹雪 坂野上

 MF 明日人 野坂 灰崎 フロイ

 FW 一星 豪炎寺 ヒロト

 いつもの円堂を筆頭に、ハーツアンロック所持者のヒロトと一星を筆頭にした、攻撃型のフォーメーションとなった。そして、自らスタメンになることを希望した、フロイを合わせたフォーメーションで挑むことになった。

「野坂さん」

「ん? 何かな」

 FWをやることとなり、少し不安を持っている一星が、野坂に声をかける。一星の言いたい事を察した野坂は、参謀からの相談を聞くことにした。

「俺、FWとしてちゃんとやれるでしょうか…」

 確かに、一星はFWになることに対してプレッシャーを抱えていた。しかし、このスタメンは趙金雲の代わりとして監督になったベルナルドが提示したフォーメーションであり、一星は自分がFWをやることに緊張しているようだ。

「ヒカル、今は兄さんを信じるんだ。きっと、何か策があるのかもしれないよ」

「あぁ、とりあえずやってみよう。フォーメーションのチェンジは、ベルナルドさんに言えばいい」

 一星から野坂への相談だというのに、フロイが割り込んできたことに対して野坂は少し眉がピクッと動きながらも、平然とした顔で一星の不安を晴天のように晴らす。

「一星! 攻撃、任せたよ!」

「明日人くん…はい!」

 かつて自分を救ってくれた明日人の励ましが、一星の不安を晴らしたのか、一星は元気よく答えた。

「(ハーツアンロックの新機能を使うためにも、このフォーメーションが大事だ…)」

 ベルナルドは、ベンチで膝を組みながら、ハーツアンロックンの新機能のことを考えていた。

 

 キックオフはラストプロテクターからとなり、まずは豪炎寺から一星にボールが渡った。勿論敵がボールを奪おうと襲いかかってくる。しかし一星は、ここでスペクトルフォーメーションを発動した。

「スペクトルフォーメーション! リライズ!」

 一星の戦法はこうだ。まず蠍のスペクトルフォーメーションで走力を上げ、ボールを一気に前に運ぶ。そして敵が自分の走力に追いついていない間に、強力なシュート技を持つFWにボールを渡すというものだった。

 そのFWとは、ヒロトだった。

「ヒロトさん!」

 一星からのパスを、すぐにヒロトはトラップで受け取る。

「(そういうことか!)ハーツアンロック! リライズ!」

 一星の意図を理解したヒロトは、ハーツアンロックで自身のステータスの強化とデバイスの選択を増やした。そして、ローラースケートに変わった靴でフィールドを滑りながらドリブルすると、ヒロトはシュートの体制に入った。

『ビッグバン・エクスプロージョン!』

 スタジアムを包み込むほどの爆発をしているというのに、狙ったところには逃がさないというスタイルはまさにヒロトに似合っており、一点集中型のシュートでユースティティアのゴールにシュートする。

「骸のキンギョソウ! 改!」

 以前よりも強化された、キンギョソウのキーパー技。しかし、強化されたとしても、強力な必殺技+ハーツアンロックの力には、強化された必殺技など無駄だった。

『ゴール! 先に先制点を奪ったのは、ヒロトだぁ!』

 ヒロトと一星がハイタッチを交わしている中、ベンチに居た選手らは高く空に打ち上げられるような興奮と共に、点を取ったことによって活気が増していた。

「なるほど、一星の意向を見抜いたうえでのシュート。シンプルそうで実は難しい戦法だな」

 鬼道は二人の連係プレーの解説をしながらも、興奮しているようだ。

「なるほど、ベルナルドさんがこのフォーメーションにしたのは、この為だったからなんですね!」

 タツヤはヒロトとの一星の連携プレーから、ベルナルドがなぜ一星をFWにしたのかの意図を見抜いた。

「やるじゃねぇか」

 不動は趙金雲の代わりとして就いたベルナルドはちゃんと出来るかどうか疑っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。

「おおー! 今日の二人には驚かされることばかりだよ!」

 その頃グラウンドでは、二人の息の入った連係プレーに夜舞は目を輝かせていた。

「凄いじゃん一星! ヒロト!」

「そ、そうですか…? 明日人くん」

 明日人に褒められ、一星は照れた表情を見せる。

「あの子たち、まだ真の力を秘めていたのね」

 ハーツアンロックは、人間が次の段階に進む為の第一歩となる存在。まだ見ぬ進化を秘めているのは確かであろう。しかし、メリーはそれが気にくわなかった。

「(人間が天使に適うはずがない。その秩序は、守らなければいけないの)」

 ボールがユースティティアのものとなり、メリーがボールをパスして再開する。そして、メリーにボールが渡ったその時、ハーツアンロックをした一星がメリーに詰め寄ったのだ。

「ブルースターダスト!」

 一星の背中から現れる無数の星の光に、メリーは包まれる。しかしメリーが目を瞑っている間に、一星はメリーを突破していた。

「今度は俺が! スターライト・ミルキーウェイ!」

 必殺シュートを出す際に、一星は強い力で念じた。

 右手に何か柄のような細長い長方形のようなオーラの塊が作られるのを感じる。

 しかし、その塊は実体化することなく、オーラのまま一星の右手に滞在したままで、デバイスとなることはなかった。

『ゴール! ラストプロテクター! またしても点を取りました!』

 またしても点を取り、明日人たちは闘気に満ち溢れていた。しかし、一星はデバイスが出せなかったことに悔しい感情をいだいていた。

『ここで前半終了です!』

 

 ***

 

 ハーフタイムで、明日人たちがベンチで休憩していると、大谷と茜は先ほどのプレーに対して、感想を述べていた。

「さっきの凄かったですよね! 茜ちゃん!」

「うん!」

「まるで以心伝心しているみたいでした!」

 大谷と茜は先ほどのプレーに今も目を輝かせており、二人でで喜び合っていた。

 確かに、一星の速さに敵が追いついていないというのもあったが、確かに一星のドリブル技術は上がっていたし、何よりヒロトの一星の意図に気づくという点でも、十分評価できるポイントだった。

「あれ、もしかして、このフォーメーションにしたのは、こういうことだったんですか? ベルナルドさん」

 もしかして、と茜がベルナルドがこのフォーメーションにした理由を尋ねてみる。

「あぁ。ハーツアンロックの新たな特徴が、アンナの持っているスペクトルハーツから解析できた。だから、このフォーメーションにしたんだ。それよりも、この新しい機能の説明したいから、皆を呼んできてくれないか?」

 ベルナルドが解説をする前に、皆を呼んで話を聞かせようとした。。

「……集まったみたいだな。まずヒロトがハーツアンロックを解放した際に、私はヒロトのハーツアンロックのステータスがいつもより上昇していることに気づいた。そのデータを元に、私たちはこれまでアンナが取ってきたデータの中から共通点を見つけると共に、ハーツアンロックの新たな機能についてを調べた。そして、あることがわかった。それが『U-Z レゾナンス・ソウル・トランセンド』だ」

「U-Z レゾナンス・ソウル・トランセンド…」

「うーん…まるで、週刊少年チョップに出てくる漫画の必殺技みたいだな…」

 明日人がその単語を復唱したその時、剛陣が週刊少年チョップの漫画のことを思い出し、それに出てくる必殺技みたいだと零した。案外真剣に話すものだから、明日人たちはずっこけるしかなかった。

「今それとは関係ないですよね!?」

「いや~どうしても思い出しちまってよ~。あ、そうだ。あとで週刊少年チョップの金貸してくれよ。今ちょっと金が足りなくてな…」

「いくら剛陣先輩が給与金貰ってないからって貸しませんよ!」

 それで酷い目にあったんですからね! という明日人に、円堂達は何があったんだ…と心の中で思った。

「だが、主戦力になるのは間違いないだろうな」

「お金の貸し借りは駄目だとしても、本当にすごい機能だよね。ハーツアンロックって…」

 風丸と夜舞が、ハーツアンロックの奥深さに改めて実感を感じていた。

「そもそもハーツアンロックは今だにわかっていないことが多い。仮定として『細胞構築型変身説』を私たちは提唱した。それはハーツアンロック所持者の細胞が、怪異という概念によって活性化し、それがハーツアンロックに繋がっているのではないかと考えた。この説が正しければ、U-Z レゾナンス・ソウル・トランセンドはヒロトの細胞とヒカルの細胞とのシンクロによって…」

「あ、あの、難しくて理解できません…」

 ハーツアンロックの新しい機能がU-Z レゾナンス・ソウル・トランセンドだということはわかったが、ハーツアンロックがなぜ起きるかという説をベルナルドは説明し始めてしまった為、鬼道などの頭のいい人以外の大谷たちは単語の難しさに思わず根を上げた。

「そうか? なら、アンナから聞くといい」

「はい。皆さん、ベルナルドさんが言いたいのは、恐らくヒロトくんのハーツアンロックと一星くんのハーツアンロックとの共鳴によって生じる現象のことを言いたいんじゃないでしょうか」

「現象か…もしかしたら、ハーツアンロックによって会う合わないがあるんじゃないのか?」

「確かに水神矢くんの言う通り、無理にレゾナンス・ソウル・トランセンドをしたら、適合率のこともあるだろうし、お互いが傷ついちゃうんじゃないのかい?」

 水神矢とアフロディが、個人的に思ったことをベルナルドに質問した。

「そこらのことは、ハーツアンロックの系統とモデル、適合率に怪異との相性、そしてデバイスなどの調子を見てこれから決める予定だ。しかし、今は実験対象があまりにも少なすぎる。こういうのもアレだが、もう一人ハーツアンロック所持者が欲しいところだな…」

 出来れば系統の違うもので。とベルナルドは愚痴をこぼした。

「あの、今思ったんですけど、U-Z レゾナンス・ソウル・トランセンドって長くありませんか?」

 ベルナルドの愚痴を苦笑いで聞いていると、大谷がハーツアンロックの新しい機能の名前が長すぎると言ってきた。

「…確かに長いとは思ったが、名前を変える候補はあるのか?」

「ありますよ! 力を合わせるという意味で、『ユニゾン』です!」

 大谷の決定力の高さとネーミングセンスに、明日人たちは思わず度肝を抜いた。

「凄いよ大谷先輩…! こんなにも腑に落ちる改名案を出しちゃうなんて…!」

「そうだ! いっそのこと大谷に名前を決めてもらおうぜ!」

 ヒロトのビックバン・エクスプロージョンの時も、凄くかっこいいって思ったもんな! と、円堂はこれから大谷に必殺技の名前や長い名前の改名をしてもらおうと考えた。

 

 ***

 

 試合が後半戦となり、攻撃がユースティティアの番になっても、一星はボールを前に運んでいく。

「もう一度行きましょう! ヒロトさん!」

 もはやこの二人に勝てる物等いない。そう思い、明日人たちの士気はどんどん上がっていった。

 しかしその時、メリーが二人の前に立ちはだかる。

「人が天使を越えるなんて、あってはならないことなの」

 その瞬間、メリーのハサミは白いランタンの中に長い棒を通し、横には十字架のような太い木材の長方形が取りつけられた、まさに天使のような杖に変わっていた。

「そんなもんで俺達を…!?」

 ヒロトがメリーを突破しようと前に進もうとしたが、ヒロトの中にある感が「これ以上は行ってはいけない」と指示しており、すぐにその指示を一星にも伝えようとしたが、もう遅かった。

『ホーリーマジック・ブレードアタック!』」

 メリーの持っているロッドの先が、ガチャンガチャンと機械のように変形していき、それは大きな薙刀のようになった。その薙刀でメリーは、空間を切りながらヒロトたちを突破した。一見何もないように見えたが、その直後にメリーが切ったであろう残像による刃が、一気に一星の体を傷つけた。

「一星!」

 ヒロトは己の感で刃には当たらなかったが、一星は先ほどの刃によって、していた筈のハーツアンロックもスペクトルフォーメーションも解除され、その場に倒れてしまった。

『おっとぉ! ここで一星が倒れてしまいました! これから担架によって運ばれる模様です!』

「一星! 大丈夫か!?」

 明日人が急いで駆けつけ、一星を呼ぶ。しかし、一星の呼吸は荒く、そして青色の痣が全身に出来ていた。

「酷い傷…」

 担架によってベンチに運ばれ、大谷たちの手によって手当しようとする。だが、茜が一星の体に触れたその時、茜に弱い電流が体の中に走り、茜は思わず一星の体に触れた手を抑えながら一星の体からその手を離した。

「茜?」

 灰崎が茜の方にしゃがみ、様子を聞くと、茜は話し出した。

「凌兵、なんだか一星くんの体に触れようとしたら、右手に電流が走って…」

 茜が右手の指先を左手で抑えていると、杏奈が折谷に異常を伝えた。

「折谷さん! これを…!」

「なっ、これは…」

「それに、一星くんのハーツアンロック、そしてスペクトルフォーメーションの欄が、謎の鎖によってバツの字で拘束されています!」

「なんだって!」

 一星の異常に明日人たちが気づく。

「杏奈さん、それは本当かい?」

「うん。野坂くんこれを見て」

 杏奈はスペクトルハーツのカメラアプリを起動し、一星を映したのを野坂に見せる。すると野坂は、目を見開いた。そこには、スペクトルハーツによってでしか見えない鎖によって体を縛られた、一星の姿があった。

「野坂、何が____一星!」

 明日人が野坂の様子を見て、自分もスペクトルハーツの画面を見た。その画面を見て、明日人は一星の体に触れようとしたが、明日人も一星の体から発する電流によって右手を抑えた。

「大変なんだ! 一星が謎の鎖によって縛られてて…」

 円堂達は、最初は明日人のいうことが理解できなかったが、杏奈が見せた画像によって、明日人のいうことが本当であることを理解した。

「っあ…ン…!!」

 一星は見えていないが謎の鎖によって体を絞めつけられており、その苦痛は上手く声に出せない程であろう。

「まさか、メリーの技に何かされたからか…?」

 豪炎寺が、一星になぜ異変が起きたのかの予測を立てる。だとしたら、あのメリーの技に触れてしまったら、一星みたいになるのだろう。

「(まずいな…)」

 その頃ベルナルドは、自分の戦法が簡単に破られたことに心が揺らぎながらも、すぐに次の戦術を考えていた。

「とにかく、一星はこれ以上試合続行は無理そうだな…代わりは…」

 風丸が一星との交代相手を要請する。

「よし! ここは俺が…」

 剛陣が意気揚々に名乗りを上げたその瞬間、手を挙げた者がいた。

『私が行くよ!』

 夜舞だった。

「いいのか? お前DF…」

 しかし、夜舞はディフェンダー。勝ちたいという気持ちは一緒でも、ディフェンダーがフォワードをするのは大丈夫なのかと明日人たちは不安になっていた。

「大丈夫だよ! 明日人くん! 私こう見えてFWもMFもGKもやったことがあるから!」

 しかし夜舞は自分の経験を話し、大丈夫だということを皆に伝える。後ろで剛陣がちくしょー! と嘆いていながら。

『負傷した一星の代わりに、夜舞がFWに、そして夜舞の代わりに水神矢が入りました!』

「夜舞、出来るか?」

「はい!」

 ぴょんぴょんとフォワードのフォームに切り替えているところに、豪炎寺が話しかける。それに夜舞は、自信満々に答える。

 試合停止した場合のドロップキックで、試合が再開される。

「明日人くん。僕たちが突破口を開く。だから灰崎くんとで時間を稼いでくれ」

「わかった、、野坂」

「無理しないでね!」

 第三者の夜舞と戦術の皇帝の野坂に状況を見てもらうことによって、なんとかこの状況を切り抜けようと考えた明日人は、パスを回し続けた。

『おっとぉ! ここでラストプロテクター、パスを回し続けます!』

 パスを回して時間を稼いで居る中、野坂と夜舞はその目で状況を見渡した。

「(…どうやらユースティティアは、メリーを主とした陣形で進んでいるみたいだね…)」

「(このままじゃまずいかも…そうだ!)」

 一言にまずいと感じた夜舞は、すぐに明日人の方へ向かった。

「明日人くん! 実はね…」

 小声で、夜舞は明日人に事情を伝える。

「そうか! これなら! 野坂!」

 明日人が急いで野坂の元へと走り出す。

「野坂! 今すぐザ・ジェネラルを使うんだ!」

 明日人が一星のいないザ・ジェネラルを使うと言い出し、野坂は困惑した。

「だけど明日人くん、ザ・ジェネラルは一星くんが居ないと…」

「違うよ野坂くん! 皆の記憶を使ってザ・ジェネラルをするの!」

 ここで夜舞の機転の良さが技を磨いた。

「…わかったよ。『必殺タクティクス、ザ・ジェネラル!』」

 野坂の指から、螺旋状の赤いビームが四方八方に現れ、それは明日人たちの中に入る。そして野坂の元に帰ってきた青いビームを全選手に共有するというものだった。

 しかしその中で一つだけ憎悪に満ち溢れたものがあった。

「これは…フロイくんの記憶…?」

「そんなもの、無駄だよ」

 しかしメリーは、ザ・ジェネラルの力によって機転がよくなった明日人たちの前でさえ、天使の実力を見せつけてきた。

「ザ・ジェネラルでなんとかなったんじゃねぇのかよ!?」

「今のは皆の記憶を頼りにしたザ・ジェネラルだ。不完全なのも無理はないよ…」

 確かに一星が抜けたロスは大きい。なぜなら明日人たちは、今まで一星の分析能力を頼りに動いてきたからだ。

「どんなに強いチームでも、弱点を突けば必ずボロが出る。それが今の貴方たちなの」

 メリーがそう明日人たちに言い放ちながら、メリーは桃色の翼を、白色にして輝かせた。

『博愛、希望、知恵、正義、忍耐、節制、信仰という、人間にあるべくしてある七つの秩序。今日ここから、人々は私の秩序に従ってもらうの』

 メリーの杖を天に掲げると、雲の切れ間から巨大な神の手が現れる。しかしそれは人間への救いの手ではなく、天使への救いの手であった。それを証明するように、メリーたちが追った傷はたちまち回復し、明日人たちには金縛りの状態異常を与えた。

『ホーリーマジック・ゴッドオブライト!』

 神の指先から、ゴール諸共消し飛ばすほどの白いビームが現れる。そのビームを避けようとしたが、メリーの金縛りの魔法によって避けることが出来ず、明日人たちはそのまま、ゴール前まで飛ばされた。

「(焦るな…ぜってぇ、止める!)」

 明日人たちが吹き飛ばされていくのを見た円堂は、なんとか精神を統一させ、はあっ! という大声と共に金縛りを解いた。そして、メリーのシュートを止めようと、円堂の右手が黄色く染まった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! 正義の鉄・拳!!!」

 メリーの魔法兼神の攻撃を、己の正義で防ごうとする円堂。

 しかし…

「無駄なの。それに、正義の鉄拳を下すのは、私なの」

 そうメリーが眉を寄せたその時、メリーの必殺技の勢いが強まったのだ。

「ぐっ、うわぁ!!」

 ゴールネットに跳ね飛ばされる瞬間、円堂は見た。

 人類に滅亡の光を与える絶望の光を。

 

 ***

 

『な、なんということだー! メリーの必殺技によって、ゴールがただの炭になってしまったー!!!』

 実況の声が、倒れた明日人たちの耳に響く。明日人たちは、あのビームに全身を包まれ、意識が戻ったときは、仰向けで倒れてしまっていたのだ。そして全員が、火傷を負ってしまっている。

「…これは、試合続行不可能だな…」

 ベルナルドも、これには試合続行不可能だと判断し、宣言する。

『ここで、ラストプロテクター側から、試合続行不可能の宣言がありました! これは、ユースティティアの勝利となります!』

 試合続行不可能、つまり、負け。ユースティティアから一点をもぎ取ってるというのに、前半で試合は終わってしまった。

「っ、うう…?」

 試合続行不可能とラストプロテクター側が宣言したその時、一星を縛り付けていた鎖はほどけ、一星は立ち上がることが出来た。

 しかし、そこで一星は見たのは、全員がグラウンドに倒れている姿だった。

「皆!」

「大丈夫ですか!?」

 ベンチに居た全員が、倒れた明日人たちの元に駆けつける中、メリーは明日人たちに近づきながら、一枚の紙を突き付けた。そこには、『天界六法第17372条、天使反逆罪』と書かれた文字の隣に、赤いメリーのハンコが押されていた。

「私、気づいたの。世界を救うには、魔法少女としてじゃなくて、天使としてじゃなきゃダメなんだって。子供たちの声が国の偉い人たちに届かないのと同じで、力が無きゃ駄目なんだって」

 明日人は、なんとか芝生の草を握りながら、立ち上がろうとしたが、その寸前に力が抜けてしまい、元の姿勢になってしまった。

「そして貴方達は、私の持つ秩序に記されている、『人間は天使に逆らうべからず』の法を破った。その罪の刑は、死刑に値する」

 罪状と罰則の書かれた紙を突きつけながら、メリーはロッドから白い刃を取り出した。そして、それを明日人たちに向けて振りかざした!

「___ッ!!」

 明日人たちが思わず目を瞑ると、自分達の頭に何かの液体が降りかかった。その感覚に気づき、明日人が目を開けると、自分の頭にはなんと赤い血が顔に垂れていた。その血が自分のものなのかと戦慄した明日人だったが、自分の目の前に膝をついた人型の物体を見て、この地が自分では無い事を察する。

 その後ろ姿には、六枚の翼を生やしていた。

「……相変わらず、攻撃力だけは一人前ね…」

 エレンだ。

 なぜ、エレンが助けに来たのだろうかと、明日人たちは戸惑った。

 エレンの行動から予測するに、バリアを張ったそうだったが、メリーの刃によってバリアは壊され、攻撃が届いてしまったのだろう。そのせいか、左わき腹からは血が流れている。

「エレン…!」

 明日人が思わずその名を呟くと、エレンは明日人の方を振り向いた。そして、明日人にだけ微笑んだ。しかし、すぐにいつもの余裕そうな表情に切り替え、メリーの前に立った。

「メリー。いくらなんでも、人を殺すのはいけないわ」

 傘の先でメリーの罪状に穴を空けながら、エレンはメリーの前に立ちはだかった。

「何よ、人間は人間を沢山殺しているの。今ここにいる十九人が減ったところで、何も変わらないよ。それに私の秩序に邪魔だてするなら、いくらエレンお姉さまでも殺すよ?」

 確かにメリーのいうことは正論だ。間違いではない。しかし、それはエレンからすれば少しわがままのような気もしていた。そして、すっかり変わってしまったメリーを見て、エレンはため息をついた。彼女の過去はエレンもよくわかっているが、熾天使として大天使の勝手な行動を許すわけにはいかないと、エレンは口を動かした。

「そんなことしていいの? 私を殺せば貴方は熾天使を殺した堕天使だと見なされて、お父様に見放されることになるわよ」

 エンジェルクロスに念を込めると、たちまちエレンに出来た傷は、止血から完全治癒までされた。

 エンジェルクロスに念を込めながら、エレンは考え出した。これからどうするべきかと。

 明日人たちを逃がせば、恐らくメリーは明日人を救済するという目的を忘れて、彼らを無残に殺してしまうだろう。それだけは避けなければいけない。平和の天使として、地上への被害は常に最小限にしなくてはいけない。それに、今のメリーを放っておいては危険だ。いつ人間達を皆殺しにするかわからない。まぁどっちにしろ、メリーと戦うことは決定事項のようなものなのだけれど。と、エレンはため息をもう一度ついた。

「早く逃げなさい。ここは私が食い止めるわ」

「あ、あぁ!」

 返事をした円堂に続いて、他の人達もスタジアムから離れようとする。

「でもエレンは!?」

 しかしエレンのことが心配な明日人は、走るのやめてエレンの方に振り向いてしまう。

「何を言っているの? 私は熾天使。大天使の問題児を叱るのには慣れているわ」

 と、エレンは明日人を突き放すも、明日人は逃げようとする気配はない。

「明日人くん! 行くよ!」

 明日人が来ていないことに気づいた夜舞が、明日人の腕を引っ張ってスタジアムの昇降口へと走る。それを見届けると、エレンは再びメリーに顔を向けた。

「変わってしまったわね…私の知っているメリーは、忘れんぼで無邪気で可愛いメリーよ。私は貴方をそんな風に育てた覚えなんて、[[rb:ないわ > ・・・]]」

 育てた覚えなんてない。その言葉が、メリーの頭にぐわんぐわんと鳴り響く。

 見捨てられた。

 いや、エレンお姉さまは自分を見捨ててなんかいない。

 だとしても。だとしてもメリーは、それを許すことなど出来なかった。

 明日人が一星のハーツアンロックによる乗り物に乗ろうとした明日人は、向こうから地震のような振動と大きな爆発音が聞こえて、思わずエレンの居た方向に振り向いた。だが、そこにエレンなどおらず、明日人の目に写るのは暗い雲の微妙な光によって照らされた建物と、土煙だけだった。

 

 ***

 

『■■国会からの中継です。現在、兵器を持参していることが判明した■■国会の前では、大勢の国民が国会に対してデマを行っています』

 ひとまず日本に帰国した明日人たちだったが、メリーの告白によって、世界は大混乱に包まれていた。国が兵器を持参しているということは、ネット上の特定班によって暴かれ、

今現在SNSは国の兵器持参に付いてのことで燃え上がってしまっていた。

 その惨劇を、明日人たちはミーティングルームのディスプレイで見る。

 明日人たちは、天使のいうことなんて皆信じないと思っていた。しかし、レンの言う通り、天使には自分の言ったことが本当だと思わせるように出来ているのだろう。誰もかれもが、メリーのいうことを信じていた。第一、国が兵器を持っているなんていう証拠はないし、仮に無かったとしてもここまでの大騒動にはならなかっただろう。

 しかし、どちらにしても、明日人たちが勝っても負けても世界がこうなるのは、レンも、エレンも、わかっていたのだろう。

『次のニュースです。ロシア全土が、ユースティティアの天使の手に落ちてしまうかと思われましたが、なんとメリー・エウノミアーは、ロシア国会を自分の根城にし、ロシア大統領を従えて己の意志のままに国を変えています』

 テレビキャスターの画面から、生中継の風景に変わる。見た所変わったところはなかった。

『カザニからの中継です。たった今入ったニュースによりますと、ロシア大統領は、国民に秘密で軍事兵器を持参していたことが判明し、メリーに殺されました!!』

 まさかロシアの大統領がメリーに殺されたのを知って、フロイは奥歯をかみしめた。

「メリーは、一体ロシアをどこまで侵せば気が済むんだ!」

「フロイ、落ち着いて」

 怒りを露わにするフロイを、ユリカがなんとか鎮める。

「あれ、明日人さんは?」

「そういえば、見かけないな…」

 明日人がミーティンググルームに居ないと言い出したのは、茜だった。それに続いて、灰崎たちも一斉に明日人が居ないと大騒ぎし始めた。

 なお、明日人がミーティングルームを抜け出して何をしているかというと、宿所の外に出て居ていた。勿論これはいけないことだし、あとで各方面から怒られるかもしれない。だが、それでも明日人は外に出てみたかった。

 明日人が街をぶらぶら歩いていると、公園に着いた。その公園はとても広く、遊具も充実していた。なにより、花畑のある高台で、そこから街の風景を見渡すことが出来た。とりあえず明日人は、高台のベンチに座って、街をぼーと眺めていた。

 今、明日人がこうしてぼーとしている間にも、海の向こうでは大混乱に陥っている。それを許したのは誰なのだろうか。否。自分たちだ。いや、自分たちが勝っても、負けても、世界は必ずこうなっていただろう。だが、これは本当にメリーの言っていた秩序、なのだろうか。

「……あ」

 ベンチの隣を見ると、そこにはエレンがいた。しかし、服が変わっていた。基本的な色は変わらずとして、巫女服のような振袖に、前が短くて後ろが足まであるインナーミニロングの恰好をしていた。相変わらず胸元にはケープをしていたが、それは桜色の物に変わっていた。衣替えの時期もあるだろうが、明日人は今エレンが着ている服も綺麗だと思っていた。これが、惚れた弱みなのだろうか。

「え、えっと、綺麗。だね」

「ふふっ、そう?」

 綺麗だね、と明日人が言うと、エレンは恥ずかしがることなく返事をした。それに、明日人は少し戸惑った。

「あのさ、エレン。メリーとは、大丈夫だったの?」

「平気よ。だって私はこれまで何人もの天使と勝負してきたのよ? それに、メリーと戦うことなんていくらでもあるわよ。でも、攻撃力が厄介なのがちょっとね…」

「…そうなんだ」

「そのせいでロシアの建物が一部破壊しちゃったわ」

 まぁ、半分はこの傘から出るビームのせいなんだけどね…と、エレンは傘の先で円を書くように振る。エレンの言葉からすると、一応勝てたということらしい。

「なぁ。エレンはさ、今の世界どう思う?」

 話をするにしても、天使にすることかと思われるような質問をしてしまったが、エレンはそれでも答えてくれた。

「なんだか、SNSとかが大炎上しているっていうアレね。それにしても、メリーも派手なことをやらかしてくれたわねぇ…まぁ、あの子は独裁的なことはしないでしょうね」

 まぁ、忘れんぼなのは仕方ないとして。と、エレンは返してくれた。

「エレンはさ、レンくんとか、メリーとかを止めたりしないの?」

「………」

 嫌な質問をしちゃったかな、と明日人は沈黙するエレンを見て思った。

「…止めたくないわ。だって、彼らの自由を阻害してしまうことになるから」

「自由?」

 すると、エレンは話し出した。天界の熾天使のことを。

「熾天使も、結構苦労するのよ? お前は熾天使だからって仲間のレンたちと一緒にご飯は食べられないし、それにずっと部屋に幽閉されてばっかいたのよ。何か面白いことが起きても、この件は貴方が出る幕じゃないってね。今はこうして自由で要られるけど、いつかは元通りの生活を送らなきゃいけない。そう思うと、自由な皆を尊重したくなるのよ」

 束縛されるなんて、誰だって嫌でしょう? と、エレンは言った。

「……エレンはさ、自由でいいよな」

「…貴方も、十分自由でなくて?」

「俺は…昔…」

 明日人が、昔のことを話しだそうとする。しかし、涙が零れそうになる。彼は、昔に_____。

「……辛いなら、無理に話さなくていいのよ。時間は、いつだって待っててくれるわ」

 その時、エレンが明日人の頭を撫でた。顔は見えないが、恐らく明日人が泣いているのを見て、少し気を遣ったのだろう。

 明日人がエレンの方へ向いた時には、エレンの居た席は一つの羽根を残して行ってしまった。

「(自由…かぁ)」

「アスト」

 明日人が自由についてを考えていると、後ろから声をかけられた。そこにはベルナルドがおり、腕にはヘルメットを抱えていた。

「こんなところで何をしているんだ」

「あ、ベルナルドさん…」

 皆に黙って出て行ったことに焦りを感じながら、明日人はベルナルドを下からその顔を眺める。皆心配しているぞ、と言われるかと思いきや、意外にもベルナルドは明日人の隣に腰を下ろした。

「え…?」

「世界のこと、気になっているのか?」

「……はい…」

 明日人が返事すると、ベルナルドはため息をついた。しかしそれは明日人が勝手に宿所から抜け出したことのため息ではなく、ベルナルドの母親に対してのため息だった。

「マーマは、こんな世界をみて、失望したんだろうな」

 マーマというのは、イリーナのことだ。ベルナルドとフロイは、イリーナの息子だったのだ。しかし、今は刑務所に居る。

「国のことはこれからも続く問題になるだろう。だが今は、自分達がやらなくてはならないことを集中しよう。それに、お前がそんな顔をしていては、周りが心配する」

 帰りに何かお土産にでも買って行こうか。と、ベルナルドは明日人用のヘルマットを被せ、バイクに乗せた。ベルナルドが前、明日人がその後ろに乗ると、バイクにエンジンがかかって、進みだした。

 

 

 

 

 秩序の天使が人類を滅亡させるとは、なんて皮肉なのだろう。

 

 続く

 



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第二十二話 彼らの青春

「所長! 大変です!」

「どうした! 静かにしろ!」

 ロシアで起きたテロ集団などの極悪人を収容する刑務所、『ブラック・ドルフィン』の所長室に、看守がノックもなしに切羽詰まった表情で入ってきた。所長はノックしなかったことにいら立ちを感じたが、今はそれどころではないらしい。

「それが所長、ユースティティアの天使の一人であるレン・ナオビが、とある罪人をこちらに引き渡してほしいと交渉しに来ました!」

 ユースティティアの天使の一人、レン・ナオビがこの刑務所に来ている。それはこの刑務所の罪人も看守も、この天使が恐ろしく思えた。なぜならユースティティアの天使の行動はもはや世界中に広まっており、世界中が恐れる存在となっていた。しかしそれでも、ここの所長は怯えもせずに、天使に対して大胆不敵な構えを取った。

「そうか。では、呼んで来い」

「は、はい!」

 所長が看守にレンを呼んで来いと命令し、看守は怯えながらもそれに従う。だが、看守が所長室の扉を開けたすぐ目の前にレンが立っており、看守はレンの存在に気づかず、気づいた時には尻餅をついていた。

「ひぇ!」

 しかしレンは、看守のことを道端の石のように通り抜け、所長が座っている椅子の机の前に立つ。そのレンの隣には、二人の神父たちが付いており、そいつらは罪人を確保するための人材なんだろうと所長は察した。まぁ、それを本人に問うことはないが。

「お前がレンか」

「あぁ」

 感情も表情も籠っていない声で、レンは所長の質問に答える。噂通り感情のこもっていない目だと、所長は心の中で罵倒する。テレビでは感情があるように振る舞っていたが、本当はこんなに冷酷なのだろうと。まぁそれでも所長はそれをレンに話すことなく、所長は要件を話していく。

「罪人を引き渡せとは、どういう意味だ?」

「それは君たちが知る由は無い。だが、その様子だと引き渡す気があるようだな」

「……ハハハッ! 罪人を引き渡してもらえるのは、私としても嬉しいからな! それに、この刑務所だけはお前に壊されたくないからな」

 特にお前に。と所長はレンの額に指を指しながら、笑い出す。それを見てレンは性根の腐った奴と所長のように罵倒した。

「そうか、では、私の言う罪人を、こちらに引き渡してもらおう」

 所長の指を払いながら、レンは言った。

 世界を壊そうとしたオリオンの魔女、イリーナ・ギリカナンと。

 その名前と二つ名を聞いて、所長がまた笑い出す。

 

 

 

「はぁ…」

 ロシア国会の大統領が座る席に、メリーは座っていた。なぜなら、本来のロシア大統領は国民に黙って兵器を隠し持っていた罪でメリーに殺され、今はメリーが大統領となってしまっている。しかし、退屈そうに肘をついている。

「エレンお姉さま、怒ってるかな…」

 肘つきから机に突っ伏したメリー。メリーは自分のしたことに罪悪感を覚えているようだった。いくら堪忍袋の緒が切れて、理性を失くしていたとはいえ、エレンに怪我をさせてしまった。結果はエレンが勝ったが、それでもメリーはエレンが怒ってないかと思っているようだった。

「電話してみよう…」

 エンジェルクロスの十字架を持ち、エレンに神経を研ぎ澄ませた。すると、すぐにエレンのエンジェルクロスに繋がり、エレンの声が聞こえた。

『あら、どうしたの?』

 繋がったことにメリーは嬉しくなり、顔を上げた。良かった。お姉さまは私からの電話を拒否するほど怒ってはいない。

「エレンお姉さま…この前はごめんなさい…」

『いいのよ。私も少し言い過ぎたわ。ごめんなさい』

 どうやらエレンも、幼いメリーにあんなことを言ったことは悪いと思っていたらしく、メリーに謝った。

「エレンお姉さま、あのね、」

『エレン、メリー。次の仕事だ』

 エレンが怒っていないと知ったメリーは、エレンと話そうと声を出したが、それはフォルセティによって遮られる。フォルセティも狙ったわけではないのだが、それでも話に割り込んできた為、メリーはぶーと頬を膨らませた。

『メリー。この国は神父たちに任せよう。お前は次の国に向かってくれ』

「えー私ここ気に入ってたのに…」

 大統領をしていくうちに、メリーはここが気に入ったらしい。しかし、フォルセティは他の国に行って欲しいと言った。フォルセティの言うことは絶対だ。絶対に。

『エレンも、次の仕事だ。稲森明日人の監視をお前に任せる』

『はい。わかりましたお父様』

 エレンは「今だけは」フォルセティの言うことに従っていたが、メリーは思った。どうせすぐにサボるんだろうなと。

『では頼んだぞ』

 割り込んできたかと思えば、仕事の話をするだけして通話を閉じたフォルセティ。しかしメリーには気になったことがあったらしく、フォルセティという上司の横暴さも気にせずにエレンに質問した。

「エレンお姉さま。お父様から稲森明日人の監視をしてって言われてたけど、元からしていたよね」

 メリーが自分のしていた行動を知っていたことに、エレンはメリーがここまで鋭くなったなんてと、エレンは成長に喜んだ。

「あら…そこまでに目が回るようになったなんて、私は嬉しいわ…」

「ううん、レンお兄様から聞いた」

 しかしそれはメリーが鋭くなったからではなく、レンから聞いたというのを聞いて、エレンは一気に喜びから怒りへと落とされた。

「(レン…さっきまで私がメリーが成長したと思った喜びを返してほしいわね…まぁ、メリーはこれからも伸びしろがあるからいいけど)」

「それに、稲森明日人と話しているんだよね…なんで? 稲森明日人は私達が救済しなくちゃいけない人間なのに…」

「…………」

 エレンが沈黙する。

 そして、寝ているかのような鼻息が聞こえてきた。

 エレンが寝ている振りをするのには、だいたい答えたくないからという理由も含まれている。これでは埒があかないとメリーも思ったのか、メリーから電話を切った。

 

 ***

 

 雨の中を、ボロボロのローブのフードを被った女性が、裏路地を走り抜ける。片手には古そうな天秤を抱えており、その天秤は、女性の走る足と共に皿が揺れた。女性は追われていた。その追手は、黒いローブをした男性たちが走っており、傍から見ても、この人物たちは、ユースティティアの天使の配下である、神父たちであることは確かだった。

 曲がり角を曲がり、裏路地から街角に出る。すると女性の目線から見て左の方向の建物に、野坂と一星がいた。買い出しをしていのだが、雨が降って雨宿りしているのだろう。だが、それでも女性はユースティティアの天使と戦っている二人を見ると、急いで二人に助けを求めた。

「あの、助けてください!」

 突然ローブを被った女性に助けてほしいと言われ、野坂と一星の二人は驚いた。しかし、野坂は女性の元に追ってくる人たちを見て、状況を掴んだようだ。

「僕の後ろに隠れてて」

 野坂は女性を自分の後ろに回し、女性を追手から守る。一星も、ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションの準備は出来ている。しかし、神父たちは何かを話し合ったあと、すぐに瞬間移動で消えてしまった。

「野坂さん、行ってしまいました!」

「深追いは駄目だよ、一星くん。………大丈夫かい?」

 追おうとする一星を止めると、野坂は女性に怪我はないかと優しく質問した。

「はい……助けて下さり、ありがたく存じます」

 女性がローブのフードを取ると、そこには金髪の髪をポニーテールにした、美しい眼と雪のように白い肌をした顔がそこにあった。まるでお姫様のような容姿に、一星が思わず頬を染めた。

「とにかく、僕たちの宿所に行こう。そこなら安全さ」

「…はい」

 女性の手を繋ぎ、野坂はひとまず彼女を宿所に保護することにした。

「ただいま」

「野坂さん、お帰り__って、その女性は…」

 野坂が買い出しから戻り、西蔭が野坂の帰りを出迎える。しかし西蔭は、隣に居る女性のことを野坂に聞いた。野坂が女性を連れて帰ってくるなんてありえなかったからだ。

「あぁ、この子はユースティティアの天使の神父たちに追いかけられていたそうなんだ。だから、僕たちの宿所に匿ってあげようと思ってね」

「お初にお目にかかります」

「はぁ…」

 普段女性たちから怖がられそうな顔つきをしている西蔭に対しても、女性は怯えもせずに挨拶をしたため、西蔭はそうですかと言わんばかりに口を開けた。

「西蔭、マネージャーたちを呼んではもらえないかい? この子の為にココアを入れてもらいたいんだ」

 外は雨だったしね。と野坂は西蔭に頼んだ。

 

 

 午前の練習が終わり、明日人たちはシャワーで汗を流してからジャージに着替え、ウキウキと昼食を食べようと食堂に向かっていた。

「今日の昼ごはんなんだろうなー!」

「なぁ、たまにはマサドナルドのバーガー食べたいと思わないか?」

「私は餅つきがしたいです、剛陣先輩!」

 と、昼食の予想をしながら食堂のドアを開ける。しかしテーブルに居たのは、おしとやかにココアを飲む女の子だった。その横顔に、明日人たちは思わず見惚れてしまっていた。ボロボロの赤いドレスが、逆に女の子の美貌を引き立てるかようになっているほどに。

「き、綺麗です…」

 と、坂野上が口をこぼした。その声に気づいたのか、女性は明日人達の方に顔を向けた。

「はじめまして」

 その声もまた美しく、明日人の隣にいた夜舞の顔がへのへのもへじになるくらいに明日人たちは見蕩れていた。(まぁ、見蕩れていない人もいたが)

「貴方たちが、野坂さんが仰られていた、ラストプロテクターの人達ですね」

「お、おう! 俺がその一人、剛陣鉄之助だ!」

 野坂、という名前に明日人たちは我に返り、野坂が呼んだのか? と話し合っている中、剛陣は女性に近づき、自分のアピールをした。

「剛陣くん、それは少し失礼だとは思うよ?」

 アフロディが、剛陣のやり方に思わず口をこぼした。

「…ヒロト、この女性についてお前は何か知らないか?」

「知らねぇな。パーティでこいつは見たことがねぇ」

 砂木沼が女性をヒロトのような財閥の人間かと思ったのか、同じ立場の人間であるヒロトに問いかけてみたが、ヒロトも知らないようだった。

「え、えっと…こんにちはー!」

 ヒロトも知らない人となり、夜舞は思わずこの女の子のわからぬ正体に身じろいだ。しかし、こんなに綺麗な人は初めて見たと、夜舞は女性に手を振った。すると、女性も手を振り返した。お姫様のような笑顔でおしとやかに。それに、夜舞も射抜かれた。

「夜舞?」

 円堂が話しかけるも、夜舞は反応しない。

「あ、『ミラ』さん」

「ココア、美味しかったですか?」

 女性がココアを飲み終わったのを見て、大谷たちが「ミラ」と言う女性に近づいた。しかし二人は、この女性にときめいたりしていないようだ。むしろ、知り合いなのだろうか。普通に話すことも出来ている。

「大谷さん、この人は…?」

 水神矢が大谷に話しかける。

「あぁ、この人は野坂くんが助けた、ミラ…」

「・ツェシェルです」

 ミラがカバーしたのに、大谷はそれそれ! と手を叩く。

「ミラさん。服を持ってきたよ」

 すると当人の野坂、そして一星と西蔭が服を持って食堂に入ってきた。

「野坂、この人、お前が助けたのか?」

「あぁ、ユースティティアの神父たちに追われていた所を買い出し中に助けたんだ」

 明日人が野坂にミラのことを問いかけると、野坂はこの女性のことを話し始めた。

 

 

「申し遅れました、私はミラ・U・ツェシェルと申します」

 以後、お見知り置きを。といったミラの服は、先程のボロボロのドレスなどではなく、可愛らしい花の刺繍がされた長袖の白い服と、黒のチェックスカートに変わっていた。

「ツェシェル、お前はなぜ…」

「ミラでいいですわ。その方が呼びやすいでしょう」

 鬼道が質問しようとしたところを、ミラは自身の呼び名を訂正した。

「わかった。ではミラ、お前はなぜ追われていた?」

 鬼道の問いに、ミラは持っていたカバンから、天秤を取り出した。

「こちらですわ」

 ふちに金の塗装がされ、黒い皿を支える為にあるような黒い鎖に十字。その重なりには、獅子の顔が掘られていた。

「この天秤には秘密がありまして、私の国の王の証でもあり、そして真実を見抜く力を持っていますの。それは、実際にやってみた方が早いでしょう。誰か手伝ってくださる者は…あ、そちらの人に頼みましょう」

 ミラが指名したのは、剛陣だ。

「お、いいぜ!」

「はい、よろしくて?」

 剛陣がうきうきとテーブルの近くに座ると、ミラはどこからか一枚の白い羽根を、片方の皿に落とした。

「では、これからあなた質問をします。二つの選択肢ですので、『正直に』答えてください」

「おう!」

「はい。では、貴方は井戸にいました。中には女性が溺れていましたが、貴方の足元にはあの女性がしていたであろうダイヤモンドの指輪が落ちていました。貴方は指輪を拾いますか? 女性を助けますか?」

「あぁ、勿論女の人を助けるぜ!」

 剛陣がそう言うと、羽根を置いた皿の、もう片方の何もない皿が動いたかと思えば、動きを止めた。

「ふむ…貴方は正直な方なんですね」

 剛陣がよっしゃとガッツポーズをする。

「これでおわかりになったでしょう。この天秤は、真実を測る天秤なのです」

 この天秤の効果を知った明日人たちだが、一つ疑問に思ったことがあった。なぜ、ミラはユースティティアの天使に追われているかだ。

「でも、なんでそれがお前が狙われる理由に?」

「それは、私がユースティティアの天使によって滅ぼされた国の、女王だからです」

『ええ!?』

 ユースティティアがまさか国を滅ぼしたことと、明日人と同じくらいの年の子が国の女王だということを知り、明日人たちは目を見開いた。

「私の国は、ユースティティアの天使によって滅ぼされたのです。理由はわかりませんが、おそらくお父様が何かを隠していたからでしょう。それで、私はなんとか襲撃から逃れることが出来ましたが、そのでいで国は滅ぼされてしまいましたの…」

「そ、そんなことが…」

 そんな年で自分の国が滅ぼされたら、気がおかしくなっても仕方ないというのに、さらに追い打ちをかけるかのように、ミラはユースティティアの天使に狙われていた。

「よし! ミラの国の敵を取る為にも、絶対にユースティティアの天使を倒そう!」

「…ありがたく存じます。ラストプロテクターの皆さん」

 

 ***

 

「ああ…盗み聞きなんて私らしくない…」

 その夜。部屋に戻った杏奈は、すぐにクッションを抱え、ため息をついた。

「どうしたの?」

 杏奈のため息に、大谷が反応する。夜舞は自身の修行中で、茜はその付き添いだ。そのため、この部屋には大谷と杏奈しかいない。

「実は、野坂くんとミラさんが話しているのを、盗み聞きしちゃって…」

 どうやら杏奈は、廊下でミラと野坂が仲良さそうに話しているのを聞いてしまったらしい。杏奈の話を聞くと、大谷はなるほど、と手をポンと叩いた。

「もしかして杏奈ちゃん、ミラちゃんに嫉妬しているんじゃない?」

 嫉妬、と聞いて、杏奈はそれっていけないことだよね、とクッションを抱きしめる力が強くなった。

「嫉妬…私嫉妬なんか」

「でも、嫌だったんでしょ? なら、それは嫉妬だよ。つまり、杏奈ちゃんはミラちゃんが野坂くんとは仲良く話しているのを見て、やきもちを焼いちゃったってわけ」

「そう…」

 野坂のことが好きなのは確かだ。それは大谷も知っている。だから大谷を信用して今話しているのだ。自分が野坂に恋していることは、なるべく外部に漏らしたくないからだ。別にばらされて困るものはないが、(まずここにいる女の子は四人しかいない)それでも知られたくないというプライドはあった。

「ただいまー!」

 修行から戻ってきた夜舞が、すぐに濡れた髪のままベッドに転がり込む。それに続いて茜も、夜舞の修行の手伝いに疲れたのか、ベッドに座る。

「ふわぁ~…ん?杏奈ちゃんどうしたの? お腹でも痛いの?」

 夜舞が杏奈の異常に気づく。夜舞は杏奈がクッションを抱えていたため、お腹でも痛いのかと解釈したみたいだった。

「いえ、これは…」

 夜舞の優しさは正直なものだと杏奈は知っていた(そもそも夜舞は優しい性格だ)為、杏奈は自分の恋を夜舞に言いそうになったが、ここはグッと堪えた。夜舞はラストプロテクターに入ってから日が浅い。話しても大丈夫なのかと思ったからだ。

 だが、ここで明日人に言われたことを思い出した。それは自分たちが花伽羅村にいた時のことだ。

『稲森くん。夜舞さんのことなんだけど…』

『ん? 夜舞がどうしたの?』

『私、夜舞さんがこれからこのチームの第三者になれるか心配で…あ、夜舞さんが第三者になって、大丈夫なのかなって意味だから…』

 勿論、これは夜舞が第三者になるなんて嫌だとか、そういうのではない。杏奈は、夜舞が第三者というチームを引っ張っていく存在となる為、それが出来るような精神があるのかと心配していたのだ。もし、疲れて病んでしまったら、どうしようとか。その為、杏奈は最近夜舞の隣にいる明日人に相談したのだ。

『うーん、俺も、夜舞のことはよくわかってないけど、大丈夫だと思うよ? ほら、夜舞は強いし!』

 強い。それが身体的、もしくは精神的なのかはわからなかったが、明日人曰く、大丈夫だということらしかった。

「(夜舞さんは、強い。か…)」

 強いのなら、一か八か、試してみよう。と杏奈は決心し、話し始めた。

「あのね、実は…」

 

 

「えっ、杏奈ちゃん野坂くんに恋してるの!?」

 案外小さい声で、夜舞は驚いた。それもそうだろう。もう夜なのだ。

「私、恋とかよく分からないけど、応援してるよ! あと、私に話してくれてありがとう!」

 えっ、と杏奈は心の声を漏らした。お礼を言われるようなことはしていないはずだ。

「だって杏奈ちゃん、あまり自分のことを話したがらない気質してるから…」

 気質が何なのかはわからなかったが、おそらくその人自身のオーラなのだろう。

「だから、話してくれて嬉しいなって思ったんだ。あ、このことは秘密にする。約束するよ!」

「夜舞さん…」

 夜舞の言葉に、杏奈は確かに夜舞はこのチームの第三者だと感づいた。誰かが少しでも違った行動をすれば、すぐに話を聞いてくれ、秘密にして欲しかったら秘密にする。確かに、明日人の言う通り夜舞は強かった。

「あ、夜舞さんはダメ! せっかく仲良くなったんだから、ちゃん付けで呼んでよ!」

 大谷先輩みたいに! と夜舞は杏奈に呼び方の改変を進める。

「じ、じゃあ、『月夜ちゃん』?」

「えっ」

「え?」

 夜舞も、まさか名前で呼ばれるとは思ってなかったらしい。

 

 

 

 杏奈との仲がさらに深まったその夜、円堂は自分の部屋のベッドの上で考え事をしていた。

「(メリーのシュート…あれは、俺の最終奥義でも止められなかった…)」

 メリーの秩序の光に包まれた時のことを思い出し、円堂は自分の力の無さを悔やんだ。

「(そうだ、じいちゃんの特訓ノートを見れば、何か見つかるかも…)」

 悩んでばかりじゃいられないと、円堂は自身のカバンの中から、おっそろしく汚い字(この汚い字は祖父のもので、円堂にしか解読できない)で書かれた表紙のノートを取り出した。

「怒りの鉄槌、イジゲン・ザ・ハンド………ん? ジ・アース?」

 円堂の祖父、円堂大介が作った必殺技の中に、ジ・アースと書かれた必殺技を目にする。

「十一人の想いが一つになる時に生まれる、必殺技……わっ!」

 ジ・アースの内容を見てみても、ダン、ドン、バキューン、ドカーンしかわからなかった。するとその時、円堂のスマホの着信音が突然鳴り響き、円堂はノートを落としそうになった。ノートを机に置き、スマホの画面を見てみると、そこには円堂の母の名前があった。

「もしもし母ちゃん、どうしたんだ?」

「守、死んだと思ってたあんたの大介さん、実は生きてて陽花戸中に居るって秋ちゃんから連絡を貰ったのよ!」

「え、秋が!?」

 秋からの電話が自分の母親に届いたことに、円堂は驚いている様子だった。

「秋ちゃん、あんたの為にって友達と一緒に大介さんのこと調べてたっていうのよ」

「そうか…秋、夏美、音無…」

 自分たちの為に調べてくれたというのを聞き、円堂は頑張ってくれた秋たちの為にも、自分も頑張らなくちゃなと意気込んだ。

 

 ***

 

「こ、これが船…!」

 坂野上が客船の中をちらほらと歩き回る。明日人たちは、円堂の提案で福岡の陽花戸中に行くことになったのだ。

「ヒロト、てめぇは慣れてんのか」

「そりゃあ船に乗ることなんて日常茶飯事だったしなぁ」

 飛行機の時のヒロトはまさかに過去のトラウマ以上のものを抱えていたんじゃないかっていうくらい苦手意識を持っていた筈が、船ではそうでもないのを見て、灰崎は気になった。

「う、うぇっぷ…」

 しかし、夜舞はそうでもないようだ。甲板のフェンスに体を預けているのを見ても、かなり気持ち悪いことがわかる。

「あの、夜舞さん。この船の水所でご一緒に泳ぎになられませんか?」

 ミラに、夜舞は呼ばれた。一瞬なんのことかわからなかったが、プールで一緒に泳ごうと言っていると夜舞は解釈した。

「プール!? 行く行く!」

 すると先ほどまでの気持ち悪さはどこえやら、急いで甲板の階段をかけあがり、プールのあるところに夜舞は向かって行ってしまった。船の甲板ではそれぞれが好きなことをしていた。なお、甲板には温水プールが設けられていた為、そこで水着に着替えて泳いでいる仲間の姿もあった。それもかなり広いため、半分の仕切られたプールで水泳選手みたいに泳いでいる人もいれば、学校のプールの自由時間みたいに遊んでいる人もいた。

「円堂さんは、陽花戸中にじいちゃんがいるのを、木野さんから聞いたんですよね」

「あぁ、俺、じいちゃんに会って特訓し直してももらうんだ。こんなこと俺らしくないけどさ、やっぱ俺力不足だなぁってさ」

 円堂と明日人は水着姿で、肩にマントみたいなタオルをかけている。甲板作られた温水プールで遊んでいたそうだ。そして今は足をプールにつけながら、足でパシャパシャと遊んでいる。

「わぁ~! 杏奈ちゃん可愛い!」

 大谷の声がしたので、明日人たち男子たちは泳ぐのを止めて大谷の方を見た。なんと大谷たちは、可愛らしい水着を着ていたのだ。普段見えない女の子の体が見えて、明日人たちはまるで中学生(中学生だが)のようにあまり女の子の方を見ないようにした。なぜなら大谷と茜は普通のワンピースだったりスクール水着のような容姿をしていたが、杏奈はもはや紐ビキニだった。明日人たちからすれば、取れるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。

「そ、そう…?」

 本当は茜と同じくワンピースにしてみたかったが、プールに野坂が居た為、杏奈は思い切ってビキニにすることにした。だが、やはり男子たちを見て恥ずかしくなったのだろうか。顔を赤らめている。

「……灰崎、お前なに宮野をそんなバッチリと見てんだよ…」

「み、見てねぇよ!」

 灰崎が見ていないと否定している中、いやバッチリ宮野の水着姿見ていただろ。と、ヒロトは思ったのであった。

 ヒロトが灰崎をからかっている中、杏奈はプールから上がり、タオルで頭を拭いている野坂を見ていた。すると、自然と野坂がかっこいいなと思うようになっており、そして自分のこの姿を見て野坂はなんていうのかなと想像も膨らんだ。

 だが、杏奈が楽しくなったのもつかの間、杏奈のビキニの紐が、ほどけ始めていたのだ!

「あっ」

「「あっ!!」」

 杏奈が紐ビキニが解かれてしまう瞬間を刹那的に眺めている中、明日人たち男子は状況に気づいたようで、顔を赤らめていた。

「あ、あそこにUFOが!!」

 一番先に感づいた坂野上が、めちゃくちゃな誘導によって明日人たちの目を杏奈から反らした。坂野上くんナイス! と大谷が思いながら、杏奈の紐ビキニの紐を固く結び直した。

「あれ? なんで皆顔を赤らめているの?」

 水着に着替えた夜舞が外に出ると、そこには明日人たちが顔を赤めながら一斉に海を眺めている姿があり、夜舞は状況に困惑した。

 その頃野坂は言うと、杏奈の肩にタオルをかけていた。

 

 ***

 

 船でのラッキースケベがありながらも、明日人たちはなんとか福岡の陽花戸中に着いた。

 そこは花伽羅村よりかはそこまで田舎では無かったが、(むしろあそこが幻想的過ぎた)どこか懐かしさを覚える校舎だった。「おぉ、守様ですか」

 明日人たちがこの陽花戸中の校長に会おうと、日曜日の校舎の中を歩いているその時だった。陽花戸中の校長が、円堂に寄ってきたのだ。

「校長室で貴方様のおじいさまがお待ちです。ささ」

「本当か!」

「円堂、行って来いよ」

 幼馴染みの風丸の計らいによって、円堂と祖父との時間を作ってくれた。風丸に感謝しながら、円堂は校長室に向かった。

「じいちゃん!」

 校長室のドアを勢いよく開けると、そこには円堂守の祖父、円堂大介が居た。「守、久しぶりだな」「じいちゃん!」

 円堂が、大介に抱きつく。亡くなったと思われた祖父に会えたことに、円堂は嬉しく思っていた。しかしそれと同時に、とある疑問が浮かび上がった。

「じいちゃん、なんで、俺に亡くなったって」

 大介の服を自分の涙で濡らしながら、円堂は大介に理由を聞いた。

「すまんな。実は、とある島で影山の復讐に手を貸した人物のことを探っていたじゃよ。じゃが、影山の復讐に手を貸した人物までは突き止めることが出来たんだが、謎の事故によって亡くなってしまってな。ひとまず儂はここに戻って孫に会おうとしたんじゃよ」

 影山。現在帝国学園の監督。そして、円堂大介を殺そうとした人物。実は彼のしたことが父への復讐の為であり、そのために当時雷門中の監督だった円堂大介を殺そうとしたのだ。自分が生きていることを知られたは家族が今度は標的にされるかもしれないと、今後生まれてくる孫のことを考えながら、大介はとある島に身を隠していたのだ。そして、影山の復讐に手を貸した人物のことを調べていた。

 だが、ここでその人物は、謎の事故によって亡くなってしまった。

 そのため、もはや隠れる必要はないなと、テレビで孫が活躍している姿を見て、ここに戻ってきたのだ。

 

 

 

「そうか…今はユースティティアの天使と戦っているんだな」

「うん…でも、俺ユースティティアのボール、全然止められないんだ。この前だって、止められなくて…」

 世界を守る為に戦っているというのに、自分はハーツアンロックもスペクトルフォーメーションも解放していない。これでは当時最強のイレブンを作ったじいちゃんに申し訳がたたないと、円堂は自分の力の無さを悔やんでいるようだった。

「…守。ハーツアンロック、スペクトルフォーメーションだけが天使への対抗手段ではない。努力もまた、天使への対抗手段だ!」

 大介に喝を入れられ、円堂は思い出した。自分は強くなりたいということばかり考えていた為、その強くなるのに必要な、「努力」をすることを忘れてしまっていた。

 そうだ、自分は今まで努力してきたじゃないか。

 何もハーツアンロックだけがサッカーではないだろう。「じいちゃん…あぁ、そうだよな!」

「じゃあ、早速特訓といくか!」

「あぁ!」

 

 

 

「おまたせー!」

 円堂が仲間にお待たせと言った時には、もう明日人たちは特訓の準備をしていた。ユニホームに着替え、それぞれ個人練習を行っていた。

「じいさんとの話はもういいのか?」

「まぁ、色んなことはこれから話すさ!」

「まぁ、せっかく会えたんだ。ゆっくり話をしたらいい」

 風丸と豪炎寺が、円堂の肩に手を置きながら話し始める。

「じゃあ、早速特訓じゃ! まずは二人組を作って、儂の用意したコースを二十五週してもらおう! ただ走るだけだ!」

 特訓好きの円堂のおじいちゃんとなれば、凄くヤバい特訓をさせられると明日人たちは思っていた。しかし、簡単そうな特訓内容に、なんだ、案外簡単そうじゃん、と明日人たちは胸をなでおろした。

「よーい、スタート!」

 コースの中は、森林公園みたいなところで、ランニングコースを歩くというものだった。

「これなら簡単ですね! 不動せ……」

 緩やかな坂はあるにしろ、夜舞の祖母の出す修行よりは簡単そうだと夜舞は言おうとした。

「わっ!」

 だがその時、右にタイヤが夜舞の前を通り過ぎたのだ。

「な、なんだこりゃ…」

 最初の難関は、遠心力によるタイヤを避けながら進むという特訓だった。しかし、量が多い。全てを避けるのは難しそうだ。

 

 

 

「どわあああああああああああぁぁぁ!!」

 その頃、大きな角の生やした凶暴な牛から、剛陣は逃げていた。

「あっすみません! ロープ取っちゃいました!」

 坂野上の右手には、今まで牛を繋ぎ止めていたものであり、坂野上がロープによってコケた時にとってしまったのだろう。

 

 

「大介さん、本当にこれ、特訓なんですか?」

 コースのカメラを通した動画のモニターを見て、杏奈は大介に申し出た。牛に追いかけられているモニター、熊と戦っているモニターなど、色々と特訓としてはど肝を抜いていた。

「ワシに任せろ! きっと効果が出る!」

「そうかな……凌兵…」

 茜はゴール地点の近くで特訓の終わりを待っていた。

「けど、内容はともかくとして、効果はありそうだね。視野の向上、危機管理能力、感受性の向上など、サッカーをするに大切なことをしているよ」

 折谷も思わず感心してしまうほど、円堂大介は凄かった。

 しかし、日が暮れているというのに、明日人達は帰ってこなかった。大谷たちも心配のあまりゴール地点で膝を抱えて待っている。

「ぜぇーぜぇー……遅くなってごめん…」

 円堂の声が聞こえ、大谷たちが顔を上げる。円堂達は、ハード過ぎる特訓にも負けずに、やっとゴールに着いた。だが、あの夜舞でさえ砂木沼におぶられていた為、明日人達は一斉にその場で倒れた。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

「今救急箱と担架を持ってきます!」

 明日人達が倒れたのに伴い、大谷たちは急いで怪我の手当をしようと医務室にある救急箱を取りに行っていた。

 

 ***

 

「うう…死ぬかと思ったよぉ…」

 手当を終え、はバス近くのベンチに座った明日人。

「明日人くん…私のおばあちゃんの修行と肩を並ぶくらい、いやそれ以上に辛かったよ…」

 夜舞はもはやベンチに座ることなく、校庭の砂浜にうつ伏せで横になっている。「あと、お腹が空いて力が出ない…」

「確かに…朝食は食べたけど、昼食は食べてないね…」

 まず、特訓に夢中で空腹も昼食を食べることすらも忘れてしまっていたのだ。そりゃあ、お腹もすくだろう。

「みなさーん! カレー作りますよー!」

 とその時に響いた大谷の声は、まさに天からの救いだった。

「カレー!?」 明日人は立ち上がり、夜舞は起き上がる。

「カレー!!?」

 円堂は特訓をやめ、鬼道と野坂は明日人たちみたいに表情を表に出さなかったが、嬉しそうだ。

「カレー!!??」

 そう、キャンプと言ったら、カレーだ。

「はい! 今から皆さんで作りましょう!」

『よっしゃあああ!!』

 明日人達が一斉にバスの近くに駆け寄る。そして、陽花戸中のキャンプ場を使ってカレーを作ることにした。野菜を刻み、炒め、煮込む。これでカレーライスのカレーの部分は出来上がった。しかし。

「あ、しまった!」

「どうしたの!?」

 杏奈の危機迫った声に、夜舞たち女の子が駆け寄る。

「お米じゃなくて…もち米を間違えて買っちゃいました…」

「そ、それはとんだケアレスミスだね…」

 茜は思った。いくらなんでも間違えはしないのではないかと。

「どうしよう…今買っても間に合いませんよ!?」

 大谷の言う通り、とっくにカレーは出来てしまっている。今スーパーで米を買って炊いても間に合わないだろう。それに、ライスのないカレーなんて、明日人たちも嫌だろう。

「どうしたんだ!?」

「円堂さん…実は杏奈ちゃん、間違えてもち米を買ってきてしまって…」

『ええ!?』

 目を見開いて驚く明日人たちに、杏奈は申し訳なさそうに縮こまってしまった。

「あ、杏奈ちゃん。ほら、お餅のカレーとかも美味しいと思うよ? ほら…」

 大谷が慰めようとすると、杏奈は自分の間違いを責めるばかりだった。

「…………そうだ」

 いいことを思いついた。今からでも間に合って、楽しく『餅』を作れる方法を。

「みんな! 今から餅つき大会しない!?」 明日人は、宣言した。

 

 

「凄いな…短時間で簡単に…」

「伊那国島の古くて奥深い技巧…気になりますね…」

 鬼道と一星が、明日人の持っている炊いたもち米を見ながら、伊那国島の独特な餅の作り方に興味を示す。

「やるではないか稲森!」

 砂木沼が明日人の肩を叩きながら賞賛の声を浴びせる。あまりに勢いよく叩くため、明日人は米をこぼしそうになる。

「杵と臼持って来たよ!」

 校長に言ったら貸してくれたんだと、タツヤが荷台を使って杵と臼を運び、それを明日人の近くにヒロトと一緒に置いた。

「じゃあ、皆で交代しながらやろうぜ!」

 餅つき大会、スタート!

 円堂から順に、想いを込めた餅を作っていく。

「結構力が入るものなんだね…」

 杵を持ち上げる時が重いと、アフロディは思った。

「青春、してますねぇ」

「そうですねぇ」

 いつの間にか帰っていた趙金雲が餅をつく明日人達を見ながら、夜の空を見上げていると、いよいよ明日人の番となった。

「じゃあ、仕上げは言い出しっぺの明日人くんだね」

「あぁ! 行こう夜舞!」

「うん! 餅付くんのところで鍛えた餅つき、見よ!」

 明日人と夜舞がジャージを脱ぎ、夜舞は臼にある餅に対し、明日人は杵で構えを取った。

「「必殺! 超高速伊那国・花伽羅式餅つきぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」

 うりゃりゃりゃりゃりゃりゃと言う声と共に、明日人と夜舞は名前通り餅を高速でついていく。

「あれだけ高速で動いているのに!」

「杵は臼に当たらず餅に当たる!」

「残像で二つ持っているように見えるな…」

「まるで奥義だな…」

「というか、速くない!?」

「凄い!」

「あれだけ杵が高速でついている餅を」

「怯えもせずに手を入れていく!」

「そしてちゃんと水もつけてます!」

「夜舞さん…すごいです!」

「やべぇな…」

 明日人たちの餅つきに、円堂達は状況を説明しながら驚いていた。

「神門さん!」

「杏奈ちゃん!」

 餅つきが終わったのか、夜舞と明日人は餅の熱さが杵と手の高速移動によって熱が十分に冷めた餅を杏奈に差し出した。

「あとは神門さんがやって」

「えっ…」

「だって、料理得意でしょ?」

「……うん」

 明日人たちに見守られる中、杏奈は餅を同じ大きさに手でちぎり、餅とり粉で餅を包んでいく。そしてチョコペンで餅に顔を描き、最後に皿に入れた餅にカレーをかけて、餅カレーの出来上がりだ。

 それを、明日人達は口に入れる。

『うまぁああああああああぁぁいいい!』

 それぞれ、お餅が柔らかくて美味しい、ルーも美味しい、餅もいいなと、美味しい美味しいと口にした。

 それを見て、杏奈は自分のミスによる罪悪感が、消えていった。

「杏奈ちゃん。これが、チームっていうのかな。誰かが失敗しても、責めないで何か改善策を見出してくれる。今日だって、明日人くんと夜舞ちゃんが大活躍だったでしょ?」

「………そう、ですね」

 これから先も、餅みたいに伸びゆく関係でありますように。

 たまには、焼き餅もいいな。と、杏奈は思った。

 

 ***

 

「ミラ、と言ったか?」

「はい。なんですか。大介さん」

 その頃ミラは、大介に呼ばれていた。なにやら大介はミラと話がしたいらしく、ミラを屋上に呼んだのだ。

「お前さん…何か隠していないか?」

 円堂大介が、威圧をかけながらミラに問いかける。

「…お生憎ですが、私には隠すものなどおありにならなくて…」

 優しそうに、自分には隠すものなどないと大介に言う。

「そういえば大介さん。これは例えなのですが、どんなに罪を犯された人でも、必ずいい人になれると思いますでしょうか?」

「………ワシは、サッカーのことしか考えてなかったからな。そういうことはわからん。だが、どんな人にも、他人から許される権利くらいはあるとは思うぞ?」

 そう大介は言いながら、屋上を去った。

 

 

 

 青春らしいこと、してもいいじゃないか。

 中学生なんだし。



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第二十三話 少年よ、大きくあれ

フロイ編の、日常回となります。
今回は、ついにあの人が監督に…!?

今回から、本格的にハーメルンとpixivの同時連載を開始いたします。(これまでのは本当にただの移植…)
pixivの投稿フォームとハーメルンのフォームと少し違う所があるので、少し戸惑いますね。

追記 立向居くんの名前を間違えました。すみません


 天界の最下層、地上の下層にある魔界は、知識など持たない弱肉強食の世界だ。そのため、この魔界の住民たちは、まるでこの世とは思えないほどの容姿をしていた。魔界の炎によって溶けた鉄を、頭から被った骸骨。頭がもげてもなお戦い続ける鬼。蛇のように手足を失くした竜。そんな化物尽くしの世界に、天界からの使者がいた。

「ねぇレンお兄様、■■お姉さま、まだ帰ってこないの?」

 魔界に落とされ、天使に縋りつく人間を、メリーはハサミで払いながらレンと話し続ける。どうやら、エレン以外にもメリーの姉はいるようだが、肝心の名前は魔界の炎による雑音によって掻き消されてしまっていた。

「…■■のことだ。エレンと同じように地上で遊んでいるのだろう」

「もー、エレンお姉さまも■■お姉さまも、皆地上に遊びに行き過ぎー!」

 こっちは仕事をしているのにーと、メリーはレンに自分の想いを吐く。

「まぁ、お前の言う通り、早く帰ってほしいところではあるが…」

 この人間の処理をしてもらいたいからな。と、レンが運んできたのは、牢屋に入れられた人間だった。

 

 ***

 

 円堂大介という円堂の祖父に会った後でも、明日人たちは陽花戸中で特訓を続けていた。生徒がこの校庭を使うんじゃないかという心配もあったが、現在この国の全ての学校は、ユースティティアからの被害を少しでも最小限に抑えるため、しばらく休校となっているのだ。

 しかし、明日人たちラストプロテクターに会おうと陽花戸中に来る者も居るが。

「わぁ~! 円堂さん! 俺、ずっと前から円堂さんに憧れていたんです! だからこうして会えたことを凄く光栄に思ってます!」

 そのため円堂は、自分のファンでありこの陽花戸中サッカー部のGKでもある立向居と握手をしていた。

 立向居以外にも明日人たちと握手をしたい人たちは大勢おり、そのため明日人たちはその対応に追われていた。

「まるでイナズマジャパンにあったときの夜舞みたいだな」

「えへへ~」

 花伽羅村での夜舞も、FFIの時のイナズマジャパンに会えたことを嬉しく思っていた為、立向井と同じとも言えるだろう。

「じゃあ、立向居。サッカーするか?」

「はい!」

 立向居もサッカーをしていることを知り、円堂は立向居と挨拶代わりのサッカーを朝からすることになった。

「そういえば、ミラさんはサッカーしたことがありますか?」

 立向居とサッカーをしている円堂を見て、大谷はミラもサッカーをしたことがあるのだろうかと、少し気になっていた。

「いえ…私が今までやっていたのは、チェスや勉強などの、頭を使う遊びでしたから、サッカーというものはちょっと…」

 勉強を遊びといえるほどミラは頭がいいのかと大谷は思ったが、ミラがサッカーを知らないのなら教えてあげないとと、大谷は先ほど雑巾で拭いたボールが積まれているかごの中から一つだけボールを持った。

「じゃあ、一緒にやってみようよ!」

「え、よろしいのですか?」

「いいよいいよ! 私もサッカーは初心者だし!」

 と、大谷がミラに向けてボールを蹴った。いわゆる、パスをした。それを、ミラは足でボールを止める。それを見て、大谷は上手い上手いとミラを褒める。

「守、このチームの中でハーツアンロック、もしくは怪異を会得している者を呼んでくれないか?」

「え、いいけどじいちゃん、なんでだ?」

 立向居とサッカーを終えたその直後に、円堂大介が円堂に頼みごとをした。それは、明日人たちのラストプロテクターのハーツアンロックとスペクトルフォーメーションが関係しているらしい。

「前にハーツアンロックを儂に見せただろ。それで気になったことがあってな。儂にも何かできないかと思ったんじゃよ」

「そっか…わかった。呼んでくる!!」

 

 

 

「なるほど、これで全員か? 守」

「うん、そうだよ」

 円堂は、大介の言う通りハーツアンロックを会得している者、もしくは明日人のように怪異が自分の中に入っている者を集めた。円堂の知っている限りだと、この中で前者は一星にヒロト、後者は坂野上に明日人がそれに該当していた。

「なんでしょうね…ヒロトさん」

「さぁな」

「俺達に何か用でしょうか…明日人さん」

「そうらしいけど…俺にもよくわかんないんだ。坂野上」

 集められた四人は、ざわざわと自分が呼ばれた理由を探していた。

「じゃあ、まずは出来る者からハーツアンロックとスペクトルフォーメーションをしてくれ」

「あ、はい!」

「おうよ、」

「「スペクトルフォーメーション、ハーツアンロック、リライズ!」」

 大介にそう言われ、一星とヒロトはハーツアンロックにスペクトルフォーメーションを発動した。

「お、俺たちも行きましょう! 明日人さん!」

「「スペクトルフォーメーション、ハーツアンロック、リライズ!!」」

 明日人と坂野上も、やけっぱちになりながらも自分にもできないだろうかと一星たちを真似して言ってみた。

 その結果、一星とヒロトは成功、明日人たちは一時はオーラが固まったが、はじけて消えてしまった。

「あ、あれ…!?」

「全然できません…」

 明日人と坂野上は何度も叫んでみるも、それでも明日人たちにハーツアンロックとスペクトルフォーメーションは身に付かなかった。

「一星ー! ハーツアンロックの仕方を教えてくれー!」

「そ、そんなこと言われても、俺にもどうにもできませんよ!?」

 明日人は、ハーツアンロックの完了した一星に思わずしがみついた。それに一星は明日人を振り払おうとするも、中々明日人は離れなかった。

「というか、怪異との適合率とかも重要になるだろ。そんな簡単に出来るもんじゃねぇよ」

 そうヒロトに言われ、明日人たちは確かに…と小さくなった。

「まぁ、じいちゃんはハーツアンロックだけがサッカーじゃないって言ってたしさ、元気出せよ二人共!」

「え、円堂さん…!」

「…なるほど…一星とヒロトは出来て、明日人と坂野上には出来ないということか。確かに守の言った通り、ハーツアンロックだけがサッカーじゃないだろう。しかしお前達にはこれから大きな試練が待っているはずだ。それを乗り越えるためにも、ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションの会得は必要になるだろう」

 円堂大介は、ハーツアンロックの所得はこれから先の大きな試練を乗り越えるためだと例えた。

「だとしても、ハーツアンロックの所得は難しいってさっきヒロトさんが…」

「そこでだ。いいかお前達、ハーツアンロックというのは、ずばり…」

「ずばり…」

 円堂大介が答えを焦らす為、一星が固唾を飲む。

「ずばり…」

 ヒロトは身構える。

「ずばり、()()()()()()だ!」

『え!?』

 ハーツアンロックが何かを答えるのかと思いきや、なんと円堂大介の口から出たのはハーツアンロックは心の中の自分というものだ。

「儂から見れば、お前達のハーツアンロックは心の中の自分! 心の中の自分は、色々とあるだろ?」

「まぁ、確かに今より強い自分を心の中で妄想しますけど…」

「そういう考えこそが、ハーツアンロックなんじゃよ!」

 そうなんだ…と、円堂が大介に対するハーツアンロックの説明を聞いてそう感じた。

「今日は、お前達には特訓をしてもらおう! 心の中の自分を鍛える特訓じゃ!」

 

 ***

 

 明日人のよばれが、少し開いた口の中からこぼれた。明日人の目の前には、大好物のカレー。しかし、それを取ることは許されなかった。

「お、俺の好物…目の前にあるのに、食べられないなんて…」

「こ、こんなのが心を鍛える特訓なのかよ…」

「と、とにかくやってみましょうよヒロトさん…」

 明日人たちは、自分の目の前にある好きな物、いわゆる食べ物やお気に入りのものを目の前に置かれ、正座で座らされている。大介の特訓。それは、我慢だ。自分の好きな物をあえて自分の目の前に置くことで、心を鍛えるというものだった。

 しかし、その光景は他の人達からすれば何をしているのかと困惑しているだろう。

「明日人くんたち、何をしているのかな…」

「…多分、特訓じゃないのか?」

 あれを特訓と呼べるのにはちょっと無理があるんじゃないかと、剛陣に対して夜舞は思った。

「夜舞さん、少しいいか?」

「どうしたの? 水神矢くん」

「少し話がしたくてな…」

 そういうと、水神矢は夜舞を陽花戸中の大木の木陰に連れて行く。

「なぁ夜舞、これは鬼道さんから聞いたんだが、灰崎の適合率、1%らしいな…」

「…1%って、確かに自分には実力がないように言われているみたいで、嫌だよね」

 夜舞の言うことに、水神矢はそうじゃないんだと制する。

「いや…俺が言いたいのは、灰崎はこれでいいのかって思ってしまうんだ。灰崎は、いつも自分の目的の為に努力してきた男だ。そんな灰崎が、才能という壁にぶつかったんだ。だが、適合率のことはそう簡単に変えられない。だけど、俺は灰崎の力になりたいんだ。このまま見ているだけなんて、俺は嫌なんだ」

 水神矢と灰崎は、星章からの仲だということは夜舞も知っていた。そのため、水神矢がどれくらい灰崎のことを思っているかがわかるのだ。夜舞には。

「…水神矢くん。心配する気持ちは私にもわかる。でも、心配し過ぎたら、今度は水神矢くんが灰崎くんに心配されちゃうよ。先輩なら、後輩には元気なところ見せてあげなきゃ!」

 適合率関連の話は、これからおばあちゃんと話して決めるけど…と付け加えながら、夜舞は灰崎のことを心配する水神矢を元気づけた。

「そうだな…ん? あのバスは…」

「ん?」

 するとその時、水神矢が自分達に近づいてくるバスの存在に気づく。そのバスは駐車場の開いた場所の前で止まり、空車にそのバスを止めた。

「な、なんだ?」

「バス…?」

 突然のバスに、特訓中だった明日人たちは駐車場に行ってバスの様子を確認する。

「え…花伽羅村?」

 バスの前を見ると、そこには花伽羅村と書かれた観光バスだった。

『『やまいおねえちゃーん!!』』

「わっわっわっ!!」

 開閉用のドアが開いた先からは、大量の子供達が夜舞に押し寄せ、夜舞に群がった。それを見て、明日人たちは花伽羅村の子供達がここにいることに驚愕した。

「この子たち、夜舞の子供達じゃん!」

「そうなのかい? …その夜舞さんの子供が、どうしてここにいるんだい? ボク、わかる?」

 アフロディが子供の目線に合わせてしゃがみ、子供の一人に話しかけるも、子供はわかっていないようだ。

「うむ…わかっていないようだな…」

「ううん、わかるよ! らすとぷろてくたーと、やまいおねえちゃんに会いに行きたかったんだー!」

 鬼道が子供の様子を見て、わかっていないようだと思おうとしたところに、子供がちゃんと理由を話した。すると、明日人たちの様子に気づいた子供達が一斉に明日人たちに群がった。

「あすとだー!」

「ごうえんじさんだー!!」

「わはー!!」

 力の無い幼稚園児から小学校中学年の子供達が一斉に群がると、たとえ男の彼らでも太刀打ちが出来ない。おまけに相手は子供の為払いのけることもできず、明日人たちは子供達の対応に追われていた。

「わ、わかった! あとで一緒にサッカーしよう! ね?」

「だめー! いっしょにあそぶー!」

 明日人がなんとか子供達となだめようとするも、子供は満足していないようだ。

「こら! 明日人くんたちを困らせちゃだめでしょ!」

 夜舞が子供達を叱るも、今回ばかりは子供達は素直に従わなかった。

「やだー!」

 子供の多くは、明日人たちの体にしがみついており、まるで幼稚園の保育士のようになっていた。

「ほらほらお前さんたち、皆を困らせてはいかんだろう」

 遅れてバスから降りてきたのは、よぼよぼのおじいさんで、おじいさんの言葉に子供達は従った。

「おじいちゃん!」

「おお月夜か、久しぶりじゃのう」

「腰が弱いんだから無理しないでっていつも言ってるのに…」

「儂じゃって村長じゃよ、一人だけ村に残るのは嫌じゃ」

「まぁいざとなれば、私がいるしね」

 同じように出てきたのは、夜舞の祖母、夜舞緋華里だった。相変わらず若く見える。

「おばあちゃん!」

「月夜、元気にしてたかい?」

「元気だけど…なんでここに?」

「いやね、月夜のお礼の手紙貰ったら、皆行きたい行きたいって騒いじゃってさ」

 相変わらず、夜舞に変わらず一直線すぎる。

 確かに皆に会えるのは嬉しいが、花伽羅村に居なくて大丈夫なのかという不安も、夜舞にはあった。

「お、」

 夜舞緋華里が大介に近づく。

「あんた、円堂大介だね?」

 すると、夜舞緋華里は円堂大介の名を言い当てたのだ。

「や、夜舞のおばあちゃん! 知っているのか!? 俺のじいちゃんのことを!」

 夜舞緋華里が円堂の祖父を知っていることに、とうの円堂大介の孫である円堂は、夜舞緋華里に問いつめた。

「え? 知らないけど?」

 その瞬間、明日人たちは地面に突っ伏せた。

「夜舞、お前のおばあちゃん、どんな能力を持っているんだ?」

「風丸先輩…それは私にもわかりません…」

 ま、と夜舞緋華里が円堂たちの方に体を向ける。

「さっきのは単に私の感が「こいつは円堂大介だ」って言ったからなんだよ。さ、見たところお前さんたち鈍っているねぇ。私も長い事のバスで疲れたし、修行と行こうか」

 

 

 

「稲森くんたちは修行をしに行ったようですねぇ」

 カーテンの隙間から、趙金雲は裸足で走り込みをしている明日人たちを見つめている。

「そうか。で、俺をここに呼び出した理由は?」

「そう固くならないでくださいよ、別に何か変なことをするわけでもありませんですし?」

 ベルナルドは、趙金雲に空き教室へと連れてこられていた。電気は付いておらず、灯りは李子分がつけた電気スタンドだけだった。

「ドイツに行ったかと思えば、すぐに戻ってくる。お前は一体何しに監督をしているんだ…」

「そこでです。今日で私は、監督を止めます」

 趙金雲の宣言に、ベルナルドは眉をピクリと動かした。

「…それは稲森たちが居るところでするべきではないのか」

「サプライズですよ。私はとある事情により、監督を止めざるを得なくなりました。そこで、君に監督を頼みに来たんです」

 趙金雲が、ベルナルドに指を指す。

「君は監督としてはまだまだひよっこですが、この前の試合での一星くんとヒロトくんのハーツアンロックを考慮したフォーメーションは、私も度肝を抜きましたよぉ」

「…だから、俺に監督を頼みに来たのか」

「大丈夫ですよ、監督は()()()()ですからねぇ」

 

 ***

 

「はっはっは! みんなどうした! 息が上がっているぞー!」

 夜舞緋華里の修行は、なんと昼まで続き、明日人たちはもうお腹が空いているのと修行の疲れからか、もうすっかりへとへとになっていた。それを、夜舞緋華里は見つめる。

「お、おばあちゃん、も、もうさすがの私も無理…」

 夜舞はうつぶせで目がぐるぐるになっていた。夜舞の体が鈍っていたのだろうか。それとも単純に修行がきついからなのか。

「夜舞のばあさん、体力ありすぎだろ…」

「おばあちゃんだと思って油断したよ…」

 夜舞緋華里に初めて会った剛陣達は、夜舞緋華里の体力の多さに驚愕しているようで、夜舞緋華里の凄さを改めて実感させられた。

「夜舞ちゃんのおばあちゃん! 特訓はこれくらいにして、休憩にしませんか?」

「監督からも連絡があるみたいですし、特訓はその後でもいいでしょう」

 大谷たちマネージャーが、おにぎりとスポーツドリンクを持って、倒れている明日人たちに休憩を促す。

「そうだなー、よし! じゃあ休憩にするか!」

 夜舞緋華里は、明日人たちの様子を見て、休憩するかを決めた。そのため、明日人たちは休憩を貰ったことを心の中で嬉しく思っていた。

 

 

「みなさーん! 私から連絡がありまーす!」

 明日人たちが休憩を終え、ベンチの前に集まると、横から趙金雲がくるくると回りながら明日人たちの目の前にやってくる。

「実は私、病気にかかってしまいまして、監督をやめることになりましたー…」

「……………え」

 明日人たちは、一瞬幻聴でも聞いたのかと思ってもう一度聞き返した。

 しかし、趙金雲は同じことを言うだけだった。

 監督を、辞める。

「監督を」

「やめる…」

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」

 今まで監督として活動してきた趙金雲が、監督を止めるとなり、明日人たちは衝撃の展開に驚いた。

「え、じゃあ監督の代わりになる監督は…」

「そう言うと思って、新しい監督を用意しましたー! それが、ベルナルド・ギリカナンすくんでーす!」

 趙金雲が横に退くと、さっきまで居た趙金雲の後ろから、タブレットを片手に持ったベルナルドが、スーツの形を整えながら明日人たちの前に現れる。

「…今日から君たちの監督となった、ベルナルドだ。よろしく頼む」

 真剣な眼つきのベルナルドに、明日人たちはベルナルドが監督になることは本当であるということを察した。

「それじゃあ、まずはキャプテンの交代をする」

 監督になって早々に、ベルナルドは現在キャプテンである円堂を、なんとキャプテンから降ろした。

「ベルナルドさん、これはどういうことですか」

「言った通りだ。私はこのチームのキャプテンを変える。円堂守、キャプテンマークを」

「あ、はい」

 豪炎寺が異議を申し出るも、ベルナルドはそれを跳ね除け、自分にキャプテンマークを渡すようにと円堂に言った。

 ベルナルドはそれを受け取ると、明日人の前に立った。

「感謝する。では稲森明日人。君にキャプテンを任せる」

『ええ!?』

 これには明日人もそのほかの者たちも驚かざるを得なかった。

「ベルナルドさん、これってどういう…」

 夜舞が理由を説明してほしいと、ベルナルドは悟ったのか、ベルナルドはこの前の試合のことを話しだした。

「……私は一時的に監督を任され、ベンチから稲森明日人の様子を見た。そして、これまでの稲森明日人の試合を見た。それで、分かったことがある。稲森明日人は、その行動力と突発的な性格から、キャプテンを選ぶのにふさわしいと思ったからだ」

「待てよ。明日人はキャプテンを一回しかしてねぇよ。そもそも、明日人をキャプテンにしていいのかよ」

 FFで一回だけキャプテンになったことはあるが、あれも本来のキャプテンが怪我をしたからだと、灰崎は明日人をキャプテンにすることに反対した。

「経験は関係ない。それに、私が監督である以上、私の指示に従って貰う。それじゃあ早速、今日の練習内容を伝える。選手たちにはパス練習を中心に、FWたちはシュート練習。MFとDFたちはドリブルとブロック練習。GKたちはFWたちのボールを受け止めてくれ」

「……」

 突然明日人がキャプテンに選ばれるということを目にし、明日人たちは中々返事できずにいた。

「あ、えっと、はい!」

 しかしそこで明日人が、ベルナルドに「はい」と返事をし、グラウンドに向かった。

「………はい!」

 円堂も、ベルナルドに返事をし、グラウンドのゴールの前に立つ。それを見て、灰崎たちは次々にグラウンドに走った。

「ふう…」

 ベルナルドが監督になることの緊張感から、ベンチに座りこんだ。

 ベンチからグラウンドを見ると、明日人たちが懸命にサッカーをしていた。

「ライトチェーン・ダークロープ!」

「なんの! イナビカリダッシュ!」

 無数の光の鎖と闇の縄を、明日人はイナビカリダッシュによるドリブルで避けていく。しかし鎖と縄はおとりだったようで、夜舞は明日人からボールを奪い、自慢のスピードで一気にゴール前まで走り抜けた。

「ムーンライト・メテオ!!」

「正義の鉄拳!」

 強力な必殺技、そして基礎ステータス。それらを持ってしていても、彼らはユースティティアに勝てなかった。

 監督は、チームを引っ張る存在だ。そんなチームを、自分は引っ張っていけるだろうか。と、ベルナルドは思案に暮れていた。

「(趙金雲に明日人をキャプテンにしろと言われ、しぶしぶと明日人をキャプテンにしたはいいが…大丈夫なのだろうか…)」

 監督とキャプテンが交代という仰天なニュースがあろうとも、明日人たちはいつも通り練習を続けていた。

 しかし、その中で夜舞は何かを探すように駆け足でグラウンド中を走り回っていた。

「夜舞、どうかしたのか?」

「あぁ明日人くん! 実は紗夏(さやか)ちゃんが私の目を離したすきにいなくなっちゃって…それで今おばあちゃんと一緒に探しているの!」

 子供の一人が居なくなったということに、明日人は思わずボールを落としそうになった。

「ええ!? それじゃあ練習している暇なんてないよ! みんなー!!」

 明日人は紗夏を夜舞と一緒に探そうと、練習している円堂達に呼びかけをしていた。明日人の説明に皆は驚いていたものの、何とか受け止めてくれたようだ。そのため、全員で紗夏を探すことになった。

「わーい!」

 その頃紗夏は、白い蝶を追いかけていた。紗夏は三歳というのもあり、蝶に目がいって周りがみえていなかったのだ。そのため、いつの間にか大介が用意したコースの森に来てしまったのだ。

「わっ!」

 蝶に目がくれ、紗夏は石につまづいて転んでしまう。泣くのを我慢して立ち上がるも、その間に蝶はいなくなってしまった。

「………あれぇ?」

 やっと自分がどこにいるかがわかったが、ここに夜舞お姉ちゃんは居ないし、お友達もいなかった。一人は寂しいと、膝を抱え、泣きそうになったその時。虹色の羽が視界に入った。その羽の美しさに、紗夏が顔をあげる。目の前には、虹色の翼を四枚持った天使がいた。

「…………」

「………………」

 目が合い、お互いに無言になる。

「……わぁー!」

 その美しさに声をあげた紗夏は、天使の羽に近づき、羽を触る。肌触りが良く、紗夏はその肌触りの気持ちよさに翼を抱いた。

「………」

 天使は何も言わない。ただ、紗夏を見ていた。一方で紗夏は、天使の顔を見ていなかった。むしろ、羽の方を好んだように見えた。

 それがうざったらしい、もしくは子供は嫌いなのか、天使が紗夏に手を伸ばす。

 紗夏はその手の影に気づき、手を見つめる。

 天使のその手は___

 紗夏の頭を撫でた。

 優しく、まるで我が子を愛す親のように。

「………あははっ!」

 なんて答えればいいのかわからず、紗夏は笑った。すると天使は、優しく微笑む。

 頭から手を離し、天使は行ってしまう。

「まってー!」

 それを追いかけ、紗夏は短い足でぽてぽてと走る。

 あの時追いかけた蝶のように天使を追いかけていると、気がつけば森の外に出ていた。

「……………おねえちゃんは?」

 天使を探して出てきた声は、それだった。

 森の外では、夜舞お姉ちゃんがおり、紗夏は先程の天使のことなど忘れて、夜舞お姉ちゃんの方に走った。

「やまいおねえちゃーん!!」

「え、紗夏ちゃん!?」

 夜舞の声に、明日人たちが見つかったのかと駆け寄る。

「ごめん皆…手伝って貰っちゃって…ほら、皆にありがとうは?」

 紗夏を抱きかかえ、夜舞は紗夏と共にお辞儀をする。

「あぁ大丈夫だよ夜舞! 困った時はお互いさまだしさ!」

「そうさ月夜。さ、紗夏ちゃんのことは任せて、お前さんたちは練習の再会をしてな!」

 紗夏のことは夜舞緋華里に任せ、明日人たちは練習を再開することにした。

 

 ***

 

 日差しが照り付ける午後。明日人たちが昼食を食べ終わった後でも、ベルナルドは監督としてベンチに座って、明日人たちを見守っていた。

 しかし、長い事ベンチに座っていたせいか、ベルナルドの視界が歪む。

「兄さん…少しは休んだ方が…」

「いや、俺は監督だ。休むわけには…」

 フロイから心配されたが、ベルナルドはそれを跳ね除ける。監督も、この世界の命運をかけて戦っているのだから。

 その頃明日人は、キャプテンとして自らを先導して練習に取り組んでいた。

「夜舞は、砂木沼さんのキーパー練習の手伝い。灰崎はしばらく休んでて」

 先輩に指示をするわけにもいかなかったので、まずは同い年から年下の仲間に声かけをすることにした。

「明日人くん、張り切ってますね!」

「そうだね…」

「…野坂さん?」

 一段と張り切っている明日人を見て、野坂は不信感を抱いていた。その張り切りには、何か裏があると言いたそうに。

「明日人、お前ずっとグラウンドにいるだろ」

「え、そんなことないよ?」

「そうじゃねぇよ、休憩しないのかって言いてぇんだよ」

「あ、そっち? 俺は大丈…」

『皆! 兄さんが倒れた!!』

 明日人が大丈夫と言おうとしたその時、ベルナルドが倒れたのだ。それは、フロイの報告によって発覚し、明日人たちは急いでベルナルドのところに向かおうと、足を動かした。

 しかしその中で、明日人だけは足が動かなかった。

 というよりか、頭がガンガン鳴っている。

「ベルナルドさん! 大丈夫ですか!?」

 豪炎寺が声かけをするも、ベルナルドの顔が青ざめたままで、ピクリとも動かなかった。

「明日人! 明日人!」

 ベルナルドが倒れたことでも大騒ぎになっているというのに、さらに泣きっ面に蜂というように、明日人までもが倒れたのだ。

「円堂! どうしたんだ!?」

「わかんねえ、急に倒れたんだ!」 

 外野がざわざわと騒いでいる中、豪炎寺は明日人の額に手を当てた。

「まずい…熱中症だ…」

 熱中症という単語に、夜舞たちは背筋が冷えたのを感じた。

「ね、熱中症って、明日人さん水分をあまりとっていなかったんですか!?」

「そういえば、明日人くんが水分を取っているところ、あまり見てない…」

 熱中症は危険だということは夜舞たちもわかっていた。酷い場合は死に至る病気で、このままでは明日人が死ぬんじゃないかとチームは不安に包まれていた。

「皆! ひとまず明日人をバスに運ぶぞ!」

「西蔭、頼むよ」

「はい」

 西蔭が明日人の前に膝をつくと、明日人の背中に腕を回し、肩に抱いた。

「でもベルナルドさんは…」

 しかし、ベルナルドは明日人とは違って大人だ。いくらなんでも子供に運べるわけが無かった。

「ベルナルドは私に任せな!」

「おばあちゃん!」

 なんと、さっきまで走っていた夜舞緋華里が、自分が運ぶと言いだした。

「お前さんたちは稲森明日人を頼むよ!」

 夜舞緋華里は、まっすぐベルナルドの方へいき、ベルナルドを抱えた。七十代だというのに。

「おばあちゃん、今年で七十歳なのに…」

 

 

 

 円堂たちは、バスの座席に横になり、折谷に容態を見てもらっている明日人をバスの外から見ていた。ドアからは折谷の体しか見えないため、何が起きているのかは、円堂たちにはわからなかった。

「やまいおねえちゃん…あすと、だいじょうぶ?」

 子供たちも、明日人が無理をして倒れてしまったということを知っているのだろうか。夜舞のところに涙を溜めながらやってくる。

「みんな、明日人くんは大丈夫だよ?。ほら、泣かないの」

 泣きそうになっている子供の頭を撫でながら、夜舞は子供たちを慰める。

「なぁ、明日人はなんで倒れたんだ? あいつ、どれだけサッカーに熱中しても水分はちゃんと取ってたしよぉ…」

 剛陣の言うことに、円堂たちは確かに…と斜め上を見た。明日人が水分をしっかり取っていたのは、円堂たちも見ていた。

「水分取ってても熱中症になることはあるだろ」

「不動さんの言う通りだと思うぜ。俺も昔、水分とってたのに熱中症になってたことだってあるしな」

 経験者のヒロトの話を聞いて、なるほどと円堂たちはうなづいた。

「そっか、ヒロトは昔体が弱かったもんな」

 瞳子さんとヒロトの父さんから聞いたからな。と言う円堂に、ヒロトは家族の名を出されることの恥ずかしさに顔を染める。

「夜舞さん、子供たちのことは俺に任せて、君は明日人くんのところに」

「え、いいの? ありがとう!」

 明日人のことを心配しているはずの夜舞が、子供の世話をしているのを見て、タツヤは少し思ったところがあったのだろうか。子供の世話を任せて欲しいと言ったのだ。

「ねぇ灰崎くん。明日人くんをキャプテンにするのは、やはり間違っていたんだとは思います」

 一星は、なぜ明日人が倒れたかの仮説を立てた。

「キャプテンは皆さんの中心に立つ存在です。明日人くんは確かにチームの中心にいましたが、それはキャプテンでは()()()()からこそ出来たものではないでしょうか」

「そうか…つまり、円堂が表のキャプテンだとすれば、稲森は裏のキャプテンと言いたいわけだな。一星」

「円堂さんが僕たちの士気を高めながら…明日人くんが僕たちチームを率いる。そんな所でしょうか」

 明日人という男は、プレッシャーがないからこそ自由でいられることに、円堂たちはやっと気づく。

「確かに、稲森のチームを引っ張る能力は、キャプテンでなかったからこそのものでしたね。野坂さん」

「不思議な男だな…稲森明日人というのは…」

 まるで砂のようだ。と砂木沼が述べた。

「えっと、話に割り込んで悪いんだけど…つまりそれって、明日人くんは私たちを守る『守護霊』、みたいなところかな」

 夜舞が話に割り込んでくるのは構わないとして、明日人が守護霊というのは想像がつかなかった。

「ほら、明日人くんが裏のキャプテンなら、表の裏は背中、つまり背後霊。ポジティブにいえば、私たちを守る守護霊のようなものみたいだなって、私は言いたいんだ」

「よく知ってますね…そういうこと」

「よくおばあちゃんにお化けの話とか聞かされてきたからね…」

 苦笑い気味に笑う夜舞。それで幽霊に対する体質が出来たのだろうか。

「まぁ確かに、明日人は俺たちの前というよりも、背中を合わせるという存在みたいだよな」

「それ言えてますね! 剛陣先輩!」

 明日人が裏のキャプテンであることを話している間に、折谷は明日人の容態を見終わったようだ。

「明日人くんは、大丈夫なんですか?」

「うん。軽い熱中症だったみたいだよ。だけど、少し安静にしていなきゃいけないけどね…」

 大丈夫だと言われ、円堂達は安堵する。

「さぁ、明日人のことは僕に任せて、君たちは特訓に集中するといいよ」

「「はーい」」

 折谷に言われ、円堂達は明日人が居ないながらも特訓をすることにした。

 

 

 白い天井が見え、ベルナルドは薄く開けた目を大きく開いた。

「ん…」

「お、起きたんだね」

 ベルナルドを保健室にまで運んだ夜舞緋華里は、ベルナルドの寝ているベッドの横に置いてあった椅子に座って、ベルナルドを見ている。一見すれば四十代といっても違和感がないくらいに美人な夜舞緋華里だが、彼女にはどこかイリーナに似た風格、いやオーラがあった。

「………」

「ん? どうしたんだい。まさか、持病でも悪化したのかい? あ、そんなわけはないか。持病だったら今頃病院行きか! ははは!」

 自分でボケて、自分でツッコむという一人漫才に、ベルナルドは思わず困惑する。

 そして、ふとベルナルドは思った。

 こんな人が、自分の母親だったらよかったのに。と。

「まぁ、とにかく元気そうでよかったよ。最初の頃は皆無理しちまうもんだからな! これから細く長くいけばいいさ! あ、ところでベルナルド、お前の中の監督ってなんだ?」

「ん…? チームを引っ張っていく存在ではないのか?」

 そうベルナルドが答えると、夜舞緋華里は目を横に動かしたかと思えば、ベルナルドにこう言ったのだ。

「あー。いいかいベルナルド。監督ってのは、軍人でいう隊長じゃない。先生なんだよ。生徒に勉強を教える為に、自分も勉強をする。そんな軍人さんじゃないんだから、変に固くならなくてもいいって」

「先生、か…」

 夜舞緋華里は、監督になった自分を励ましている。そして、監督になる為のアドバイスもしてくれた。

 夜舞緋華里という夜舞の祖母は、とても厳しく、そしてとても優しく、誰でも自分の子供のように大事にしてくれる。

 自分の母親は、厳しかったがこんなに優しくはしてくれなかった。

 あぁ、世の中はなんて不公平なのだろうか。

 

 ***

 

「あ、おばあちゃん!」

「よ、月夜! 修行は進んでるか?」

 夜舞たちが特訓をしていると、夜舞緋華里がベルナルドを連れてグラウンドへとやってきた。

「うん、まぁまぁかな…あ、明日人くん!!」

 向こうから、ジャージを来た明日人がバスの方からグラウンドへと歩いているのを、夜舞は見かける。

「まだ寝てなきゃダメなんじゃない?」

 野坂も気づいたようで、明日人のことを心配している。

「それが、折谷さんも無理しなければ大丈夫って、特別に練習に参加してくれたんだ」

「そうなんですね…あと明日人くん! いくらキャプテンになったからって、無理しててはだめですよ!」

 明日人は練習が出来ることを嬉しく思っているようだったが、一星に無理をしすぎだと、先ほど倒れたことについてのことを叱られていた。

「うー、ごめん」

「ま、これからも頼むぜ。キャプテン」

 灰崎に喝のデコピンされ、明日人はシャキッとした。

 しかし、明日人にも不安な所はあった。

 自分がキャプテンとしてちゃんとやっていけるかどうかのことだ。

「そうだよ明日人くん。明日人くんがキャプテンになったことにはびっくりしたけど、無理し過ぎない程度に頑張ってね」

「僕たちも、君をフォローするよ」

「野坂…夜舞…」

『そうだぞ明日人!』

 すると、グラウンドの方から声が聞こえた。

「お前が慣れるまで、俺達がフォローする。一緒に頑張ろうぜ!」

「円堂さん…皆…」

 円堂の後ろにはラストプロテクターの選手全員が揃っており、誰もが明日人がキャプテンになることには賛成しているようだった。

「俺も、頑張らなければいけないな」

 円堂に続いてやってきたのは、ベルナルドだった。しかし、いつものスーツ姿とは違って、オレンジ色のジャージを着こんでいた。

「監督! もう平気なんですか?」

「あぁ、少し寝たらもうよくなった。では、練習に移ろうか。()()()()()()

 ベルナルドの発言は、まるで自分もサッカーをすると言っているようなものであり、ベルナルドもサッカーをすることに驚いているような素振り、明日人たちは見せた。

「はい! 一緒にやりましょう!」

 しかし、キャプテンの明日人はそれを承諾し、ベルナルドも一緒にサッカーの練習をすることになった。

「皆さま、明日人さんがキャプテンにおなりになって不安でしたでしょうに、すぐに受け入れてくれましたね」

「そうですね! 明日人くんも、これからキャプテンとしてしっかり頑張ると思います!」

 ミラたちがしばらくグラウンド内で練習する明日人たちを見つめていると、ミラの横に人影が現れた。

「セバスチャン!」

 見覚えのある容姿を見て、ミラは思わず白髪の老人に抱きついた。

「え、セバスチャンって、ミラさんの知り合いなんですか?」

「はい。この方はセバスチャン。私の執事でございますわ」

 ミラの隣にいる人物が執事ということを知り、大谷たちはその場で驚いた。

「え、じゃあ執事さんが来たって事は、ミラちゃんと別れる…ってことになるの?」

 大谷の質問に、ミラは少し俯きながら答えた。

「……はい。そうなりますね」

 

 ***

 

 ミラとの突然の別れに、明日人たちは心の準備がまだ出来ていなかったが、最後は盛大にさよならしてあげようと、ミラのお別れ会を開くことになった。

「ねぇミラ。君って俺と同じユースティティアに狙われているんでしょ? 大丈夫なの?」

「あぁ、それでしたら、セバスチャン率いる戦闘部隊がいらっしゃりますので、あと、セバスチャンが用意して下さった屋敷にはいろんな仕掛けもございますので、しばらくは各地を転々としながらの移動になりえるかも知れませんわ」

「そうなんだ…ミラもこれからも頑張れよ」

「明日人さんも、ですよ」

 ビール代わりのオレンジジュースを飲みながら、ミラと明日人は最後の話をする。

「ミラさん、短い間だったけど、ありがとう」

「はい、野坂さんこそ、ありがとうございました」

 マネージャーが用意した料理をミラと一緒に食べながら、最後の話を終えると、ついに全員からの最後の別れを告げることになった。

「ミラも、頑張れよー!」

 最後に明日人から花束を貰い、ミラはセバスチャンが用意した車に乗り込む。すると、明日人たちが窓の外で大きく手を振っているのが目に見えた。

「……皆さま、本当にありがとうございます…」

 

 

 

 

 

 人は、経験を積んで大きくなる。

 

 




ミラちゃんと別れてしまいましたね…
でも、きっと会えますよ。

さて、後書きなんですが、まずは自己紹介をしたいと思います。
私の名前は暁月の太陽です。pixivでは慶士郎というペンネームで活動しております。
なぜここでも連載を開始したのかというと、もっと多くの人に見てもらいたいからなんですよね…(欲まるだし)
なぜなら、このテミスの正義は、オリオンの刻印という禁忌から私を救う為に書き上げた、捏造三期となっております。出来れば、もっと多くの人に見てもらいたいなぁ…という思いを込めて、ここでも小説を書きました。
完全に自己満足の小説ですが、これからも宜しくお願いします!

ご視聴ありがとうございました!


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第二十四話 戦う者と守る者

今回はタイトルの意味を意味深にしてみたのと、エレンさんの秘密がわかる話となります。

もう一年も終わりますね。あと二か月くらいですね。
ちまたでは正月休みが結構増えると言いますが…皆さんはどうですか?


 食堂。ミーティングルーム。自室。それぞれの部屋から、カリカリ、ごしごし、パラパラという、シャーペンと消しゴムを滑らす音と紙をめくる音が聞こえる。それを、二年生担当の杏奈は、お茶を人数分入れながら遠くで聞いていた。

 夜舞さんは、もう終わったのだろう。彼女の声を聞いて、杏奈は察する。

「春咲ちゃんの受け売りだけど、まず四角形のAB=AD、BC=DCを仮定とすれば、∠ABC=∠ADCという結論が出来る。まずは仮定と結論を求めた方がいいんだって」

「だとしても、俺夜舞とその春咲みたいにそんな頭良くないよー…」

「じゃあ、一緒に頑張ろう! 明日人くん!」

 今、夜舞は明日人に勉強を教えている。それも、全員にだ。教えているといっても、それぞれの学校で出された課題をやっているだけだが。なぜ皆がこんなに苦悩しているのかというと、彼らが陽花戸中に行き、そこで円堂の祖父円堂大介と別れ、そして花伽羅村の子供達と別れている間に、課題が溜まってしまっていたからだ。そのため、チームの全員が学校からの課題に苦しんでいることになっている。

「…前々から思っていたし、そのことを聞くのもなんだかなって思っていたけど…日本にはそうやって課題をしなきゃいけないものなのかい?」

 このチームの中で唯一課題を出されていない(ルースとマリクもだが)フロイが、食堂に居る明日人たちに課題のことを聞いた。

「まぁ、課題はしなきゃいけないからな」

「ユースティティアのことで勉強が遅れてしまうのは、ちょっとね…」

 杏奈から出された麦茶とクッキーを手にしながら、水神矢とタツヤは答えた。

「…なんだか、羨ましいよ」

 マリクとルースは、マネージャーのように一年生三年生と二年生と分かれて選手たちのケアをしているのだが、自分は選手の一人として数えられてしまっている為、マリクたちのお手伝いは出来ないのだ。おまけに明日人たちのように課題もないため、明日人たちが課題に取り組んでいる間は、暇で仕方なかったのだ。しかし、だからといって自分だけ自由にするわけにもいかなかった為、こうして明日人たちの居る食堂に座っているのだ。

「そうかァ? 俺は嫌だけどな。学校の課題なんて、てきとうにやればいいんだよ」

『にしては、ちゃんと解いているじゃありませんか』

 誤字脱字が無いかをヒロトの怪異の叶え蛇に任せてはいるもいのの、ちゃんと解いているということに明日人たちは相変わらず素直じゃないなぁと言いたそうな顔をする。本人は本当のことを言われ嫌そうな顔をしているが。

「ははは…でも、本当に羨ましいと思っているんだよ? 僕の場合、課題なんてなかったからさ」

 課題がない?

 そのことに、明日人たちは疑問を抱いた。

 明日人はフロイの家が家庭教師制のものだったからとか、もしくは学校に行けなかったからと考えていたが、野坂は何か理由があるのかと思い、フロイに問いただしてみた。

「課題がないって、どういうことだい?」

「僕も、ちゃんと学校には通っていたはずなんだよ。だけど、僕だけ皆とは違って学校から課題を貰っていなかったんだ…」

 学校に通っていた筈なのに課題を貰っていないということに、明日人たちはさらに疑問を深めた。

「へぇ…不思議だね…」

「学校に忘れていたんじゃないのかい?」

「学校に忘れていくはずがないよ。それに僕はちゃんとファイルにしまっておいたはずなんだ。それが気づいたときには無くなっているんだよ」

「まるで、お化けみたいだな…」

 お化けという水神矢に、明日人がおばけなんて居るはずがないと訴える中、ヒロトと野坂、夜舞とタツヤは本当は怖いくせにと心の中で思った。

「皆さん、昼食が終われば練習ですので、早めに課題を終わらせてくださいね」

 杏奈の報告に、明日人たちはそうだったと、急いで課題に取り組んだ。その間、食堂の厨房では昼ごはんの作る音が聞こえていた。

 

 

 

 グラウンドでは、急いで今日中の課題を終わらせた、ラストプロテクターのチームが集まっていた。

 新しくキャプテンとなった明日人は、今日も仲間に指示を出している。しかし、まだ見習いの為、皆にフォローしてもらってやっとキャプテンでいる感じだが、それでも無理せずやってきている。

「稲森、今日は無理せずに頑張っているな」

「あぁ、陽花戸中に居た時は無理して倒れていたからな」

 鬼道と豪炎寺が、無理していないかと明日人を心配していたが、今のところ大丈夫そうだ。

「あー疲れたー!」

 休憩に入った瞬間、明日人は室内グラウンドの芝生に寝転がった。人工芝とはいえ、汗で揺れたユニホームに芝生のみずみずしさが染みて、とても気持ちよかった。

「明日人さん、練習お疲れさま」

 すると、茜が明日人専用のスポーツドリンクを持ってきた。

「お、ありがとう!」

 それを受け取り、蓋を開けてすぐに飲み干した。

「これからの予定としては、今から五分後に国からの給付金。そしてその三十五分後に氷浦さんたちがいる稲妻病院に行く予定です!」

「うん、わかった! あと、敬語じゃなくてもいいよ。なんか敬語って、ムズムズするからさ」

「え、そうなの? じゃあ…明日人くん! でどうかな?」

 自分を明日人くんと呼ぶのに少し時間がかかった一星とは違い、茜はすぐに受け入れてくれたようだ。

「うん! それでいいよ!」

 明日人も、茜が自分の名を呼んでくれたことを嬉しく思っているようだ。

 

 ***

 

 日傘を刺しながら散歩していたエレンは、宿所の傍でぽつんと咲いている、小さな花を見ていた。その花の名前はシロツメクサで、人が幼い頃にはこの花を摘んで花束にしてみたり、この花で花冠を作ったりしていただろう。

「ふふっ…」

 エレンは花の茎を、まるで猫を撫でるかのように触る。それも、花が傷つかぬように。

「……エレン?」

 しばらくエレンが花を見ていると、給付金を受け取り、たまたま近くを通りかかった明日人がエレンに声をかけたのだ。その声に、エレンは花から手を放し、明日人の方を向きながら立ち上がる。

「あら、なんの用かしら」

「いや、ここで何をしているのかなって」

「ふふっ、花を見ていただけよ」

 エレンの近くに咲いている花を見て、明日人は花を見ていたことは本当なんだと察した。それを知り、エレンは花が好きなのかと明日人は考える。

「そうなんだ…エレンは、花が好きなんだね」

「……」

 まるでエレンを、人間のように接する明日人を見て、エレンは不思議だと感じざるを得なかった。別に天使を崇拝しろとは言わない(むしろ信仰者とかどうでもいい)が、まるで自分が天使ではないかのように話をする明日人を見て、エレンは何かがモヤモヤする感覚がした。

「………貴方はどう?」

「俺? 俺は、なんというか、どちらかといえば、百合の花が好き。なんかさ、母ちゃんの名前が『百合子』だからさ。馴染みがあるのかな」

「…そう」

 ()()()。その名前を聞いて、エレンは一瞬体を強張らせた。しかし、それは偶然だと、エレンは自分で解釈をし、明日人と話を続けた。

 明日人からすれば、自分は天使の統率者。その統率者が目の前にいるとなって、彼は周りに助けを呼ばないのか、逃げないのかと、エレンは公園で会ったときからそう思っていた。

「それにしても、今日は寒いね。中に入ろうよ。お茶用意するからさ」

「ありがとう。貴方は優しいのね」

 自分の動揺を隠すようにエレンは微笑み、それと同時に彼のことを『おかしい』と感じ始めていた。

 だが、自然に体は彼に着いていく。

 

 

 

「それにしても、私を部屋に入れるなんて、正直驚いたわ」

「へーエレンでも驚くことってあるんだな」

 緑茶を二人分入れた明日人は、お茶をエレンに渡す。

「ふふふ、私でも驚くことはあるわよ」

 と、エレンは口を隠しながら笑った。それを見て、明日人は本当に綺麗な人(?)だなと思った。

「それにしても…一人部屋になったのね。広々としてていい感じだわ」

「そうかな…俺は、二人部屋の方がよかったかな。だって、一人は寂しいからさ…」

 エレンは、初耳だった。明日人は、いつも仲間に囲まれているから、てっきり寂しいと考えたことがないのかと思っていた。しかし、それは間違いだった。

 かつて自分も、周りから熾天使だともてはやされて、部下のレンたちに中々会うことも出来なかった。そして、いつも一人の部屋でたい焼きを食べていた。

 その過去もあってか、エレンは明日人に情を感じていた。

「…貴方って、私と同じなのね。私も、一人は少し寂しいわ」

「…え! 意外…」

 エレンはきっと皆から愛されて、寂しいと思ったことがないんじゃないかと、明日人は思っていた。しかし、意外にも、彼女も明日人と同じ一人は寂しいと思っていたようだった。

「意外もなにも、私だって寂しいと思ったことはあるわ」

「そうなんだ…エレンのことだから、寂しいって思ったことは無いのかなって思ってた…」

「あら、私だって貴方が寂しいって聞いて、少し意外だなって感じていたわよ。……まぁ、だから私はこうして旅をしているのだと思うけど」

 旅と聞いて、明日人はエレンが何かを探しているのではないのかと感じていた。

「エレン、君は何かを探す為に旅をしているの?」

「そう、私はね、()()を探しているの。気がつけば私は、フォルセティと名の神に保護されたわ。でも、その時の私の年齢は、人間でいえば十二歳。天使は人間と同じ、赤ん坊から生まれて、大人になっていくはずなのに、私だけ十二歳のままなの。これって、おかしいとは思わない?」

 おかしいもなにも、天使も人と同じように生まれるんだと知って、明日人は驚きを隠せないでいたが。

「だから私は、自分がどこに生まれて、何をする為に生きているのかを探しているの。この前伊那国島に来た時も、そうだったわ」

「そう…なんだ。だから、エレンは俺の故郷の伊那国島に来たんだね…」

「それで、私に惚れたのね」

「ほ、惚れてなんかないよ! …あっ」

 エレンは、明日人が自分に惚れていることを知っていた為、言葉による誘導で明日人が自分に惚れているという認識を改めてさせる為に、こうして誘導したのだ。そのため、エレンは何か優越感を感じていた。

 一方で明日人は、エレンのことを他のユースティティアの天使とは何かが違う、別の天使だと思っていた。それが恋なのかは、明日人にはわからなかった。そもそも、あのてっぺん崖で会ったときから、自分はエレンに惚れてしまっていたかもしれない。花伽羅村の時でも、自然と彼女の顔を探していたし。しかし、それをエレンに伝える勇気はなかった。

 だが、こうして今、エレンに惚れていることが本人にバレてしまったが。

「……うん。実はあの時会った時から、俺、ずっとエレンに惚れていた。花伽羅村でも、君が入ってくるのを見たっていう話を聞いて、ずっと君に会えないかなって思っていた。でも、君はユースティティアの天使の統率者で、俺達の敵だってわかった時、胸が苦しくなった。でも、今は苦しくない。むしろ、エレンと話せてうれしいんだ」

 そうなのね。と、エレンは話を聞いてそう思った。そして、自分も今、明日人と話せて嬉しいと思っている。

 しかし、自分は他のユースティティアの天使とは違う。それだけは伝えようと思っていた。

「…話の途中で悪いけれど、私は貴方を救済するつもりなんてないわ」

「え、なんで? ユースティティアの天使でしょ?」

 すると、明日人は一瞬目を見開き、自分を救済しないことに驚いているようだった。

「じゃあ、その天使をなんで、部屋に入れているの?」

「……それは、エレンのことを、信じているから」

 明日人が細々とした声を出しながらの回答に、エレンは思わず笑いだした。

「あははははは! 貴方って随分面白い答えを出すのね!」

「な、なんだよー!」

 明日人が頬を膨らませる。それにエレンがまた笑い出す。

「信じるって結構難しいのに、貴方は私を信じて、部屋に入れているのね」

「そ、そりゃあ、だって、エレンは他の天使とは違って俺を無理やり攫おうとしないし…」

「そりゃそうよ。だって、私はそんなに手荒な真似はしないわ。それに、私は貴方のことを大事だと思っているのよ? なんというか、()()()()()()()という思いが先行しているのかしら」

「だ、大事……でも、なんで救済したくないの?」

 大事だと言われ、明日人は頬を染めた。それって、自分のことを好きだと言っているようなものではないかと。

「私は平和の天使。人と天使との関係を悪くするようなことはしたくないわ。何度もいうのだけれど、私は人と戦いたくないの。だって、人と戦ったって、何も得られないわよ。せいぜい、死者が出るだけよ」

 エレンが平和の天使である理由を話しているうちに、明日人は自然と奥歯を噛みしめていた。しかし、これはサッカーが奪われたことや、自分を救済しようとする天使への憎しみの感情ではなく、もっと別の感情があった。

「…じゃあ、俺達とユースティティアの戦いを止めることはできないのかよ…! ユースティティアの天使との闘いで既に、俺たち人間と天使の関係は乱れてる。サッカー禁止令の件も、オリオン財団の件でも、俺たち人間は、エレンたち天使のことを『悪』だと認識されている。一部は違うかもしれないけど…でも、母ちゃんが言ってたんだ。「天使はいつでも、辛い人間に寄り添って助ける」んだって。……エレンは、天使たちの統率者で、熾天使なんだよな。だったら、エレンの言っているフォルセティに頼んで、この戦いを止めさせようよ!」

 つい、強い口調で言ってしまった。それに気づいたときには遅く、エレンはお茶を床に置くと______明日人を抱きしめたのだ。

「………」

「え、エレン?」

 突然女の子に抱きしめられ、明日人の頬は少しだけピンク色に染まっていた。

「…ごめんなさい。私もなんとか、言っているつもりよ。こんなことは間違っているって」

 明日人は、その震えた声で察した。エレンは、『泣いている』のだ。

 明日人だけに。

「あ…ごめん」

「謝らなくていいの。私もなんとか、お父様に言っているわ。でも、仲間はそのことを知らないし、それにお父様は聞き入ってくれないの。世界を変えるのはテミス改革だって、取り合ってくれないのよ」

 エレンが、他の天使とは違う理由。それが今わかった気がした。

 エレンは、テミス改革を否定しているのだ。

「それに、私は全ての戦いを見守る役目があるの。だから、そこで見ていたとしても戦いを止められるわけじゃないの…」

 エレンは、一人で戦っていた。いつか起こる人と天使との戦争と止めようと、全ての父であるフォルセティに一人で立ち向かっていた。

「でも、いつかはお父様もわかってくれる。人と天使はわかりあえるって」

「…そうなんだ」

「だから、貴方も、私の意見がお父様の通るまで、絶対に救済なんかされちゃだめ。それと、私に会ったことは、皆に教えちゃだめよ。約束しましょ」

 なぜ、自分が救済されてはいけないのか。

 それも、一緒に聞きたかったが、これ以上エレンを悲しませたくないと思ったのか、聞くことが出来なかった。

「…うん。あとエレン、約束するときは、指切りげんまんをするんだよ」

「あぁ、約束するときの指切りげんまんね。わかったわ」

 小指を交わらせると、彼らは二人だけの秘密を作った。

 

 

 

「…レンお兄様、今日お父様にいい加減稲森明日人を救済しろって怒られちゃった…」

 一方で、エレンのことをあまり知らないレンとメリーは、稲森明日人についてのことを話していた。

「そうか…私自身、手荒な真似はしたくないんだがな…」

「ふーん。レンお兄様は、なるべく稲森明日人を傷つけずに救済したいんだね」

「まぁ、そうフォルセティさまから言われているからな」

 メリーはそれを聞いて、レンお兄様がいつまでも稲森明日人を救済しようとしないのは、そういう理由があるからなんだと察した。

「でも、あの稲森明日人の中に入っている怪異、厄介だよねー」

 明日人の怪異、狼の怪異は、これまで何度も明日人の救済を邪魔してきた。そのため、今でも明日人を救済出来ていないわけだ。

「しかし、そろそろやらなければいけないな。まだこれは術式が完成していないものだが、あの怪異に邪魔はされないだろう」

 と、レンは怪異払いの墨と自身の血で書いた札を見ながら、メリーと話し続ける。

 しかし、それを聞いたある一人の天使は、それだけでは明日人を救済できないと、近くで二人の会話を盗み聞きしていた。そして、天使はもう少しテコ入れが必要だと、彼らに近づいた。

 

 ***

 

「おまたせー!!」

 ラストプロテクターがバス内で明日人を待っていると、宿所から急いできた明日人が、灰崎の隣に座った。

「遅いぞ明日人!」

 それに、剛陣が明日人の遅刻を叱る。

「すみません!」

 明日人は、エレンと話している間にバスが出てしまう時間に気づき、エレンに別れを行ってから急いでここに来たのだ。

「それじゃあ、出発しようか」

 折谷がエンジンをかけ、バスは病院へと進んだ。

「……なんか、明日人の奴、妙にぼーとしてねぇか?」

 バスが病院へと進んでいる間、彼らは雑談をした菓子を食べたりとしていたのにも関わらず、明日人はぼーと窓の外を見つめるだけだった。

「明日人さん…もしかして恋をしているんじゃないんでしょうか…」

『恋!?』

 坂野上が、明日人は恋しているという発言に、大谷と剛陣が反応する。

 明日人は一瞬なんの話だ? と思って後ろを振り向いたがすぐに顔を戻した。

「恋って…あいつ、恋するようなタイプか?」

「いや、ありえるかも! だって、明日人くんはこのバスに乗り遅れてきたじゃないですか!」

 剛陣と大谷が、小声で明日人についてを話す。

「でも、確かに大谷さんの言う通りだと思います。俺も恋をした時、ぼーっとしてましたから」

「じゃあ、恋していますよ! 明日人くんに聞いてみましょう!」

「よし、それなら俺がいくぜ!」

 剛陣が立候補すると、自分のすぐ隣にいる明日人に話しかけた。

「なぁ明日人、お前って好きな人居んのか?」

「ん? 剛陣さん?」

 明日人はまるで眠そうな表情で剛陣の声に反応した。その反応の仕方に、大谷と坂野上は本当に恋しているんだと察する。

「いやさ、お前ってなんか恋してそうな反応だったからよ、少し気になっちまったんだよな」

「恋、ですか…」

 明日人の脳裏に、エレンの泣いた顔が写った。確かに自分はエレンに恋をしているかもしれない。だが、エレンに会ったことは秘密にしてほしいと本人から言われた為、明日人は剛陣に嘘をつくことにした。

「う~ん…俺、恋してますか?」

「え、してねぇのか!?」

「してるもなにも、今それどころじゃないですよ」

「ま、まぁそうだよな」

 剛陣は自分達の役目をもう一度思い出すと、確かに恋をしている暇はねぇなと思った。

「わりぃ、聞きだせなかった」

「そうですか…」

 結局明日人が恋をしているのかは聞きだせず、バスは病院についてしまった。

 

 

 病室の中心には、病院服を着こんだままボールをリフティングしている___吹雪アツヤが居た。アツヤが開かれたドアの音に気づくと、明日人たちが来たことを察し、その中の吹雪士郎に声をかけた。

「兄貴!」

「アツヤ! 怪我はもういいの?」

 吹雪もアツヤの存在に気づくと、すぐさまアツヤの方に走った。

「あぁ、復帰できたのは俺だけだ。それより兄貴、さっさとそのユースティティアの天使とかいう野郎をぶちのめしに…」

「はいはい、ちょっと待っててね」

 闘志が湧いているアツヤを制し、明日人たちに少し時間を設けるよう指示した。

「…復帰できたのは、アツヤだけみたいだな…」

 風丸があたりを見渡すも、アツヤと同じように復帰した人物はいなかった。

「はい、他の人達はまだみたいですね」

 水神矢も風丸と同じように考えていた。

「えっと、君が吹雪先輩の弟さん? 私は夜舞月夜! よろしくね!」

「あぁ、お前が第三者の夜舞か」

「うんうん!」

 お兄さんの吹雪先輩から聞いたのかな? と夜舞はアツヤに名前を呼ばれることを嬉しく思っていた。

「ああーー!!」

 すると、アツヤが突然大声を上げた。それに夜舞は思わず尻餅をつき、明日人たちは一斉にアツヤを見た。

「おま、マフラーって俺とキャラ被るじゃねぇか!」

「はぁ?」

 なんとアツヤは、マフラーをした灰崎にいちゃもんをつけており、キャラが被ると言っていた。

「ほらアツヤ、落ち着いて」

「おちつけるか兄貴!」

 何もマフラーしているだけで怒らんくてもいいのに…と明日人たちは思った。

「そういえば…確かに灰崎くんは、いつもそのマフラーをしているよね。アツヤくんの真似なのかい?」

 アツヤのいちゃもんによって、再開した時に聞きそびれてしまったことを思い出したアフロディは、今ここで聞こうと灰崎に質問してみた。

「真似じゃねぇよ、茜から貰ったんだよ」

「え、そうなのかい?」

 アフロディが茜の方を向くと、茜はほんのりと赤く頬が染まっている。それを見て、なるほどとアフロディは思ったのであった。

「マジかよ! お前ら出来てたんだな!」

『出来てねぇよ!』

『出来てませんから!』

 剛陣のからかいに、灰崎と茜は同時に反対した。

 

 ***

 

「皆、今日は私の後ろにいる世界選抜と練習試合をしたいと思う」

 明日人たちが病院から戻ると、ベルナルドが後ろにクラリオたちを携えてグラウンドで待っていた。

「世界選抜って、この前ドイツ襲撃からドイツを守ったチームですよね!」

「あぁ、今日はそのチームと練習試合をする」

 ベルナルドが言った直後、バスの中からクラリオたち世界選抜の選手たちがゾロゾロと出てくる。

「クラリオ! 一之瀬! 今日はよろしくな!」

「あぁ、こちらこそ」

「久しぶりだね! アミーゴ!」

 円堂とクラリオと一之瀬が話している中、ブラジル代表の元キャプテン、アルトゥールが明日人に抱きついたかと思えば、明日人の手を取ってサンバを踊っている。

「久しぶり! アルトゥール!」

 明日人もアルトゥールのノリに慣れてきたのか、一緒にサンバを踊っている。

 そんな光景を見て、夜舞は世界選抜の選手たちに目を輝かせていた。

「凄い…これが世界中の選手たち…!!」

 パシャパシャと、どこからか持ってきたカメラで、選手たちの顔を連写していく。(ちゃんと許可を取っている)。

「ユーリ、君も世界選抜に入っていたんだね」

「あぁ、フロイばかりにいいところを見させたくはないからな」

 そんなこんなしているうちに挨拶も終わり、明日人たちは練習試合をするためにポジションについた。

 GK 西蔭政也

 DF 夜舞月夜 風丸一朗太 水神矢清龍 吹雪士郎

 MF 野坂悠馬 一星光 稲森明日人

 FW 吹雪アツヤ 灰崎凌兵 豪炎寺修也

 ちなみに海外選抜のフォーメーションはこの通りだ。

 GK アロンソ(スペイン)

 DF 土門飛鳥(アメリカ) ベッカ・レアム(サウジアラビア) ユーリ・ロディナ(ロシア) アリーチェ・ベラルディ(イタリア)

 MF クラリオ(スペイン・キャプテン) 一之瀬一哉(アメリカ) サタン・ゴール(オーストラリア)

 FW アルトゥール(ブラジル) ペトロ二オ(イタリア) ぺク・シウ(韓国)

『試合開始です!』

 ラストプロテクターからのキックオフで、試合開催される。

「オラオラァ!」

「アツヤ、飛ばし過ぎだよ!」

 ボールはアツヤに当たったものの、相手へのタックルやラフプレーギリギリのプレーに、明日人が思わず口に出す。

「熊殺し・斬!!」

 病み上がりとはいえ、アツヤのシュートは切れを増していた。その理由を察し、吹雪は頭を抱えてため息をついた。

「アツヤ…こっそり必殺技の特訓をしていたな…」

「ザ・ボヨン!」

 アロンソがザ・ボヨンを繰り出す。しかし、密かに特訓をしていたアツヤの必殺技は想像を絶しており、アロンソはゴールを許してしまった。

『アツヤ、チームに先制点を上げましたー!!」

 チームに復帰してから早々に点を挙げたアツヤは、喜びに歯を噛みしめていた。

「アツヤ、もしかして隠れて特訓していたの?」

 その喜びもつかの間、アツヤは吹雪に必殺技の件について問い詰められていた。

「あぁ、早く兄貴とサッカーしてぇのと同時に、あのユースティティアの天使をぶっ倒してぇという思いでやってきたからな」

「僕もアツヤとサッカー出来て嬉しいけど、安静にしてなきゃ駄目じゃないか」

 しかし、吹雪はアツヤの体を心配している為、アツヤが病院で大人しくせずに必殺技の特訓をしていたことを吹雪は叱る。

「ラストプロテクターも中々やるようになったな」

「俺たちも負けてられないな!」

「よし! 俺たちもここから逆転するぞ!」

 クラリオと一之瀬がラストプロテクターの強さを噛みしめている中、アルトゥールがチームの士気を上げていく。

「なんだか向こうも闘志が上がっている感じだね!」

 夜舞がそんな世界選抜の勢いを見て、またもや目を輝かせている。

「夜舞! ボールが来るぞ!」

「あ、はい!」

 風丸の声で、夜舞はブロック技の構えを取る。

「カーニバルシェイク!!」

「ライトチェーン・ダークロープ!!」

 アルトゥールのシュート技をブロック技で受け止めた夜舞は、ボールを一直線にゴールへと運んだ。俊足の速さの中で、夜舞は世界中の選手たちと戦えるという胸の高鳴りを覚えていた。

「貰ったァ!」

 しかし、そんな思いもつかの間。アツヤが夜舞からボールを足で取ったのだ。

「あ、ちょっとアツヤくん!」

 ボールを取られた夜舞は、すぐにアツヤに追いつく。

「なんだよ、これくれぇ普通だろ」

「普通じゃない!」

 試合中だというのに、アツヤと夜舞はまるでお母さんと息子のように言いあっている。

「ふ、二人共…」

 二人の言い合いを止めたい明日人だったが、自分でもどうすればいいのかわからず、ただおろおろするだけだった。

「今のうちだ!」

 言いあっている二人の元に、ボールを取ろうとするぺクが居た。その後ろにサタンもおり、今にも拮抗した取り合いが展開されようとした。

 しかし。

「ムーンライト・メテオ!!」

 なんとかアツヤからボールを取り返した夜舞が、自分のシュート技をぺクたちの前でしたのだ。そのため、ぺクたちはそれをなんとかしゃがんで避ける。 

「ザ・ボヨン!」

 しかしゴールまでの距離が遠かったのか、ボールは止められてしまった。

「クラリオ!」

「しまった! 自軍ががら空きだ!」

 アロンソがクラリオにパスするのを見て、夜舞は早く自軍に戻らなければと走る。

「夜舞! 急いで戻って! 吹雪さんたちは注意して!」

「ダイヤモンドレイ!」

 明日人がチームに指示をする中、クラリオがダイヤモンドレイを放ってしまった!

「KAMAKURAD!!」

 しかし、風丸と水神矢、そして西蔭のGK技が炸裂し、なんとか止めることが出来た。

「ほう、中々やるな」

「こっちだって、特訓しているんだ! 疾風ダッシュ!」

 風丸が疾風ダッシュでクラリオを追い抜くと、夜舞から明日人、一星へとボールが渡った。

「ハーツアンロックだ! 一星くん!」

「はい!」

 ボールを受け取ると、一星はその場に立ち止まり、自分の周りに風を感じていた。それは怪異の蠍とハーツアンロックを発動する前兆であった。

「スペクトルフォーメーション! ハーツアンロック! リライズ!」

 水色の風が一星を包むと、風がはじけたと同時にスペクトルフォーメーションとハーツアンロックが完了する。

 それと同時に、一星は走りだした。アルトゥールと一之瀬を通り抜けると、二人の間に風を感じていた。

「おお! これがハーツアンロックか!」

「さすがはラストプロテクター…こんなものまで習得していたのか!」

 一之瀬とアルトゥールが、一星の風に吹かれながらハーツアンロックの強さを改めて身に感じていた。

「はぁぁぁぁっ! スターダスト・ミルキーウェイ!」

 一星が必殺技を放つも、デバイスは現れなかった。

「(…またっ…)」

 デバイスが出せないことの苦悩から、青いはずの星々が、赤色の星に変わっていた。しかし、一星の背中で流れる星のレーザーはまるで刃物のように鋭く、アロンソのユニホームを切った。

『ゴール!! 一星が追加点を入れましたーっ!!』

 観客が喜び合う中、一星は自身のハーツアンロックを解いて、自分の手を見つめていた。

「…なぜ、俺にはデバイスが生まれないんでしょうか…」

 一星が考えている中、怪異の蠍が話しかけてきた。

『どうした、一星光。今は目の前の試合に集中しろ』

「あ…はい、そうですよね」

 蠍に少し喝を入れられ、一星は元のポジションに戻った。

「一星…調子が悪いみたいだな…」

 その調子の悪さはベンチにいる人にも感じられており、ベルナルドは一星を降ろそうかと考えていた。

「一星くん、ずっとデバイスが出ないか悩んでましたしね…」

「おいおい…明日人の次は一星が無理すんのかよ…ったく、ハーツアンロックは体力を使うっていうのによ」

 ヒロトの言う通り、確かにハーツアンロックは体力を多く使うものだ。そのため、こまめにハーツアンロックを解除しなければいけない。

「__皆さん! これを見て下さい!」

 杏奈がスペクトルハーツの異常に気付き、ベルナルドたちにそれを見せた。

「これはっ…ヒカルの適合率が、『明らかに減少している!?』」

「ええ!?」

 怪異の適合率を知っているヒロトたちは驚いていたが、アフロディなどの適合率を知らないアフロディたちは、適合率が何なのかわからないでいた。

「適合率ってなんだ?」

「適合率は、怪異とスペクトルフォーメーションをするにあたって影響される、体の耐久力…俺でもよくわかりません! 夜舞さんに聞いてください!」

「よほど難しい意味なんだね…」

 剛陣が坂野上に尋ねるも、坂野上もよく理解出来ていない様子の為、アフロディは口では理解できないものなのかと解釈する。

「簡単に言えば、適合率が一定以上下がってしまうと、最悪の場合死んでしまいます!」

「マジかよ!」

 杏奈の分かりやすい説明に、剛陣が驚く。

「なんとかして適合率を上げないといけないね…」

「でも、適合率はそう簡単に上がらないよ…」

 アフロディと茜が一星の心配をしている中、ベルナルドは仕方なしの選択をすることにした。

「…仕方ない。一星を下げよう」

『ここで一星光に変わり、基山タツヤが上がりました!』

 代わり間際に、タツヤは一星の体力が減っていっているのを目で確認する。

「明日人。さっき見たけど、一星くんの適合率が減っているみたいなんだ」

「一星が…?」

 先ほどまで一星の適合率が減っているような素振りはみられなかった為、明日人は一星の体を心配していた。

「あぁ、だから俺が代わりとして出た」

「そうなんだ…」

 明日人の目線が一星に写る。一見変わったところはなく、むしろ上がっている一方だと明日人は思っていた。

「明日人くん。一星くんの適合率が下がるのは、多分感情による反応だと思う」

「感情による反応…」

「それが、一星くんの適合率と関係しているのかい?」

「うん。おばあちゃんと別れる際、言われたんだ。一星くんの適合率は、『感情によって左右されやすい傾向にある』って」

 夜舞からのアドバイスに、明日人は一つ思いついたことがあった。

「もしかしたら、一星は…」

 しかし、ここで試合再開のホイッスルが鳴り、明日人たちは元のポジションに戻らざるを得なかった。

『世界選抜は、未だにラストプロテクターから一点を奪ってません! ここでなんとか巻き返したいところです!』

 世界選抜のボールになると、クラリオはまずぺクにボールをパスした。そのパスは一之瀬からサタン、サタンからクラリオと、ただパスを繋げていくだけだった。

『おっとここでどうしたことでしょう! 世界選抜、ただパスを回すだけです!!』

「な、なに!?」

 そのパスは次第に速くなっていき、まるでかの花伽羅村で見た明日人たちのパス回しによく似ていた。

「な、なんだか花伽羅村でやったパス回しによく似ているな…」

「もしかしたら、クラリオさんは何かを考えているのかも…」

「じゃあ、新たな必殺タクティクスか!?」

 クラリオのパスがぺクに渡った瞬間、ぺクはパスの勢いを利用し、足の甲にボールを当てて蹴った。そのボールはグラウンドの芝に火が燃え移ってしまっているシュートだが、ボール自身から炎を放っているわけでは無かった。

 ボールが、『音速を越えた速さでゴールへと突き進んでいる』からだ。

「___!?」

 それに、西蔭は反応しきれなかった。いや、円堂も砂木沼も反応しきれなかっただろう。

『ゴール!! 世界選抜、必殺タクティクスに見せかけた必殺技で、ラストプロテクターに一点を返したー!!』

「…これが必殺タクティクス、『疾風迅雷のソニックブーム』だ!」

 必殺タクティクスは戦術だというラストプロテクターの固定概念を突いたシュート技だった為、明日人たちは反応しきれなかったのだろう。

『ここで前半終了!! 世界選抜の反撃が始まります!!』

 

 

 

 

 形は違えど、同じ戦っている者同士だ。

 




 あとはもう投稿するだけとなりました。
 実はですね、二十五話と二十四話を一つに纏めたかったんですが、世界選抜との試合というネタを思いついてしまい、分割することに決めました。

 そういえば、最近坂野上くんが好きになったんですよ。
 イナSDでフォロワーさんと戦った時、坂野上くんの必殺技の一つである『大河』の妄想をしてから、坂野上くんのことが好きになりました。
 影が薄いですが、可愛いですよね。(やっぱり、坂野上くん中心の話を書いたから、愛着が湧いているのかな)


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第二十五話 魔女の最期

少しメンタルが死んでて投稿に遅れを取っちゃいました。

注意
キャラが死にます。


「あら、どうしたの? ■■」

 エレンが天界の教会のベランダで佇んでいると、後ろに天使がエレンに向かって歩いてき、エレンに話しかけた。その天使の翼は虹色にグラデーションされており、服もドレス上に仕立て上げられていた。

「………そう、明日が処刑日なのね。あの人も、災難ね…」

 私達に捕まらなければ。と、エレンは小声で呟いた。それが後ろの天使に聞こえていないといいのだが。

「……処刑しないでほしいなんて言っているわけではないのよ。ただ、反省しているのに処刑は可哀想ね、と言いたいだけよ?」

 すると、天使が指を鳴らした。その直後、エレンの後ろに銃弾が迫ってくるのがわかった。

「無駄よ」

 しかし、それをエレンはバリアで受け止める。すると、銃弾が石レンガの上に転がった。

「ねぇ■■。もし世界中から嫌われていて、それでも一人だけその人のことが好きな人間が居たとしても、貴方はその人を処刑するつもりなの?」

 エレンの質問に、天使は頷いた。どうやら天使の意志は固いらしい。

「いい? 先輩として助言しておくわね」

 エレンが目の前の天使に話し出す。それは、人を救う天使にとっては何も関係ない話だったが、それでもエレンはしなければならなかった理由があった。

「貴方には到底無理な話だろうけど…どんな罪人にも、必ずその罪人が好きな人は居るわよ? たとえそれが、一人だけだとしても___ね?」

 

 ***

 

 世界選抜の必殺タクティクスによって、一点を奪われた時点で前半は終了した。

「そうか…世界選抜も、ひっかけな必殺タクティクスを用意したもんだな…」

 鬼道が明日人たちからの話を聞いて、顎に手を当てる。

「鬼道さん、もしかしたらあのタクティクスはもうしてこないと思います」

「本当か?」

「うん、一度出したひっかけ問題は、もう出せないのと同じで、回数に限りがあるんだと思います。一回出してみます。『お雑煮の中には何が入っているでしょうか』」

 タクティクスの話からひっかけ問題の話になり、野坂は明日人たちにひっかけ問題を出した。

「えーっと…お餅!」

「違うよ」

 坂野上が妥当な答えを出すも、違うと言われてしまった。

「じゃあ、お野菜?」

「違いますよ、吹雪さん」

「だったら、お魚!」

「なんでお魚!?」

 夜舞の家にはお雑煮にお魚を入れる風習でもあるのだろうかと、明日人が突っ込む。

「いやだって、お魚は高級食材だし…」

「確かにそうだけど…」

 確かに花伽羅村の状況を考えたら、魚が重要食材であることは確かだろう。あそこに海はない。

「じゃあいっそのこと、『地域によって違う』!」

「違いますよ」

「え~じゃあなんですか~!」

 何度も野坂の問題に破れ、大谷もこれには根を上げる。

「…もしかして、()()かい?」

 アフロディが答えを出す。

 すると、野坂が口を開いた。

「正解です、アフロディさん」

「ええ!?」

 これには明日人たちも驚かざるを得ない。なぜお雑煮にぞうが入るのだろうか。

「なんでだ? 野坂」

「お雑煮と何度も言ってみてください。円堂さん」

「えっと、お雑煮、おぞうに、おぞう…あっ!」

 円堂も野坂のひっかけクイズに気づいたみたいだ。

「あ、まさか!」

 明日人も気づいたみたいだ。

『「おぞうに」の中に、「ぞう」の文字が入ってる!』

 その通り! と言いたそうに野坂は拍手する。

「野坂さん、そのクイズはどこから…」

「図書館で『ひっかけクイズ百問』っていう本を借りたんだ。君も読んでみるかい?」

「いや、いいです…」

 野坂からの誘いに、西蔭はなんか嫌な予感を感じ、遠慮した。

「もしかしたら、野坂のひっかけクイズの様に、敵は同じ手を二度も使わないということか?」

「その通りです砂木沼さん。」

「じゃあ! 俺達は俺達で頑張って勝とうよ!」

 明日人の勇気づけの言葉に、野坂は微笑んだ。

「そうだね、明日人くん」

 すると、ハーフタイムも終わり、明日人たちはグラウンドに向かうことにした。

「なぁ夜舞。「お雑煮の中に入っているものはなーんだ」」

 すると、アツヤが夜舞に話しかけてきた。

「え? それって野坂くんが出した問題…まぁいいや。ぞう!」

「違うぜ。答えは餅と野菜だ」

「あっ! 騙したなアツヤくん!!」

 夜舞がアツヤを追いかける中、後半戦は始まろうとしていた。

 

 

『試合再開です!』

 世界選抜がボールを進める。クラリオを中心としたパスは誰にも止められず、いよいよ西蔭のいるゴールにまで来ようとしていた。

『ダイヤモンドレイ、V2!!」

 パワーアップしたクラリオのシュートが、西蔭に襲いかかる!」

「野坂さんの為にも、二度と点はやらせない! ハァッ!」

 西蔭が気を溜めると、右手から赤と黒の混じった巨人のような手が、ダイヤモンドハンドを受け止めようとする。

「キャスティングアーム! G3!!」

 しばらくの小競り合いが続くと、西蔭の手にはダイヤモンドレイを受け止めたボールがあった。

「よし、野坂さん!!」

 西蔭がキックで野坂にパスをする。そのボールは野坂の元に向かう筈だったがぺクにボールをカットされてしまった。

「させねぇよ!」

「なっ!」

「『メニ―バッファロー!!』」

 すると、ボールを取ったぺクの後ろに、大量のバッファローがやってくる。そのリーダーらしきバッファローにぺクはまたがると、バッファロー達はゴールに向かって突き進む。

『おっとー!! ぺク、新しい必殺技で、一気にラストプロテクターのゴールへと突き進んでいきます!!』

「させない! ライトチェーン・ダークロープ!!」

 自身のブロック技で、夜舞はぺクの大量のバッファローたちの幻影を掻き消す。しかし、ぺクの乗っているバッファローだけは消すことが出来ず、おまけにぺクのバッファローが夜舞にぶつかりそうだ!」

「仕上げは俺に任せろ! ゾーン・オブ・ペンタグラム!」

 すると、ぺクの乗っているバッファローが水神矢のゾーンに入り、ぺクのバッファローの速度を遅くする。

「今だ!」

 水神矢がその隙にボールを取ると、そのまま風丸と共にゴールまで走った。

「夜舞! フォローしてくれ!」

「ど、どうするんですか!?」

「あの技を使うんだ!」

 風丸がなんの技なのかは教えてくれなかったが、イナズマジャパンのファンである夜舞はすぐに気づいた。

「…わかりました! 任せてください!」

 夜舞も走り出し、風丸と水神矢のフォローをする。

「明日人くん! 水神矢くんと風丸先輩のフォローをしてー!!」

「わかった!」

 明日人も率先して、風丸たちの道を塞ぐ相手を引き付ける役割をする。夜舞もブロック技で相手のドリブル技と小競り合いをしている。

 しかし。

『ここは通させない!』

 夜舞と風丸、水神矢の道を四人で塞がれたのだ。

「風丸さん!」

 明日人が駆けつけようとするも、明日人もクラリオに道を塞がれる。

「くっ…ここまでか…」

 と、風丸が悔やんだその時、風丸と水神矢の腹に夜舞の鎖とロープが巻きついた。

「えっ、夜舞さ__!!?」

 

「いっけえええええええええええええええええええ!!」

 

 なんと夜舞は風丸と水神矢にライトチェーン・ダークロープを巻きつき、そのまま前方へと投げ飛ばしたのだ。

「夜舞、こんなに力があったのか!?」

「でも風丸さん! 今ですよ!」

「……あぁ! 灰崎!」

 風丸たちが宙に浮いている中、風丸たちは例の必殺技を実行した。

「皇帝ペンギン2号…」

『feat.シャーク!!』

 ペンギンとサメが一気に襲いかかり、それは世界選抜のゴールへと向かう。

「ザ・ボヨン!」

 キーパー技とシュート技との小競り合いが続く中、アロンソの必殺技によって風丸たちの必殺技が止められそうなその時___

「くっ、駄目か…」

『まだだああああああああああああああ!!』

「氷結の!」

「グングニルぅぅぅぅ!!!」

 後ろから吹雪兄弟が走り、アロンソが止めているボールにさらに必殺技を決めることで、必殺シュートの威力を高めた!!

「わぁっ!」

 アロンソもこれには止めることが出来ず、さらに一点を許してしまった。

『ゴール!! ラストプロテクター、夜舞、吹雪兄弟との連携によって、必殺シュートを決めましたー!!』

 ここで試合終了のホイッスルが鳴り、明日人たちは勝利の喜びに包まれた!

「よくやったな! 夜舞さん!」

「えへへ…急に投げ飛ばしてごめんなさい~」

「明日人も、よくやったな」

「はい! 風丸さん!」

 ラストプロテクター全体が勝利に包まれている中、世界選抜はラストプロテクターを見つめていた。

「…負けてしまったな」

 クラリオが呟く。すると、一之瀬がクラリオを励ました。

「大丈夫さ! 俺たちもラストプロテクターに負けないほど強くなろうぜ!」

「…そうだな」

 

 ***

 

 おはよう。

 おはようございます。

 といった朝の挨拶が宿所内で聞こえる中、夜舞と明日人は宿所の屋根の上で日向ぼっこ…というより、屋根から見える景色を眺めていた。

「昨日の試合、楽しかったね! 明日人くん!」

「あぁ! 色んな選手と戦えて、俺はFFIの時みたいで嬉しかった!」

 そういえば、明日人からFFIの話を聞いてなかったなと、夜舞は思いついた。

「そうなんだ。あ、そういえば明日人くん、FFIの時って何があったの?」

「FFI? そうだな~」

 明日人は、夜舞にFFIの事を話し出した。

 一星充がオリオンの使徒だったということ、オリオン財団のこと、世界中の選手たちのこと、シャドウ・オブ・オリオンのことなどを、明日人は話した。

「………そんなことがあったんだね」

「うん、世界のてっぺんになれると思っていたのに、オリオン財団との戦いになっちゃってさ、驚いたよ~」

「それは凄いね! あれ? でも私がテレビで見た時はシャドウ・オブ・オリオンなんて無かったよ?」

「あ~それはなんか趙金雲監督とベルナルドさんが上手い事調整したっぽくてさ」

「お~…」

 マスコミやらは夜舞は知らないが、おそらくそうなのだろうかと夜舞は察した。

 しばらくこうして屋根の上で寝転がっていると、東の方に流れ星のような光が落ちたのを目にした。

「あれ? 流れ星?」

「え? 朝なのに…」

 明日人たちが起き上がった直後、流れ星の落ちた方から爆発音が聞こえた。それも、空耳ではない。

「え!? なになに!?」

「急に爆発した!?」

 明日人たちは、急いで屋根から降りた。爆発のした場所まで行こうとすると、風丸が宿所から明日人たちに言った。

「明日人! 夜舞!」

「風丸先輩!?」

「実は、国会議事堂がユースティティアに襲撃されたというニュースがやってきたんだ!」

『ええ!?」

 風丸曰く、テレビにユースティティアの天使情報という警報が流れていたため、急いで皆を集めに来ていたのだ。

 この国の重要機関である国会議事堂が襲われたのを知り、明日人たちは一瞬理解が追いつかなかった。

「他の皆が準備している、すぐに行こう!」

 

 

 国会周りは、酷い惨劇状態となっていた。それもまるで、戦場のように木々と地面が焼け焦げており、国会の正面玄関ではユースティティアの天使がメガホンを持って総理大臣に降伏をするように言い渡した。そのユースティティアの天使の近くには、ボディガードの人間や世界選抜の人間達が一斉に倒れていた。

「この国の総理大臣に告ぐ。この国は今から我らのものだ。大人しく降伏せよ!」

 レンの隣に居る部下の天使が、国会に降伏を申し出る。しかし、そんな簡単に降伏をするわけにはいかず、軍かラストプロテクターが来るまで時間を稼ごうとしていた。

「ユースティティアの天使よ、お前達は私達人間に何がしたいというのだ!」

 国会議事堂の私有地にあるスピーカーで、総理大臣である財前総理はユースティティアの天使に申し出た。

「我らは、この世界を救うためにやってきた。もはや人間は、この世界を理想郷(エデン)にすることを諦めた。人間はこの地をいつか滅ぼす。それを防ぐために、我らがやってきたのだ」

 部下がレンにメガホンを渡すと、レンはメガホンで、国会の中にいるであろう財前総理に申し出た。

「……今この時代に、この世界を救うものなど来ない。救世主(キリスト)は消えたのだ。争いを好む民衆によってな…」

 レンがこの曇天の空を見上げながら、この世界の不条理を身に染みさせた。

「…レンお兄様?」

 メリーがレンに話しかけようとすると、レンは国会とは逆の方向を向いた。そこには戦車に乗った軍の人間がレンたちに向かっている。レンたちの前で止まった選手は、砲台をレンたちに向けた。

「来たな…」

『ユースティティアの天使よ! 君たちは既に包囲されている! 大人しく投降せよ!』

「…どうする? やっちゃう?」

 メリーがハサミを出して、戦車に対して迎え撃とうとする。

「いや…クロスハーツを使うまでも無い」

 それをレンが止める。するとレンから白いオーラが現れ、オーラから呪文が描かれた札を作りあげる。

『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』

 札を持って戦車の方向に九字切りすると、空から雷が降り注ぎ、戦車たちを爆発させる。

「…酷い…」

 それを、明日人たちはビルの影から見ていた。

「しかしっ、まだ私達には秘策がある! いいか! ミサイル投下だ!」

「し、しかし中には総理大臣が…」

「構わん!」

 隊長と兵士との会話に、レンはため息をついた。

「ミサイルなんて持ってたんだね~」

 いけないんだ~。と、メリーがミサイルに爆発させる隙を与えないまま、ハサミで切り刻む。

「なっ…」

「ミサイルが、切り刻まれた…」

「投降するのは、貴方たちだよ?」

 ハサミの切っ先を隊長に向けながら、メリーは脅しをかける。

「やめろ!」

 すると、何者かがユースティティアの前に飛び出してきた。

 明日人だ。

「稲森明日人…」

「あれ? 一人?」

「明日人くん! 前に飛び出しちゃまずいですって!」

 明日人の次に、一星、そして円堂達がユースティティアに立ち塞がる。

「…奇遇だな、まさかここで会いまみえるとはな」

「ラッキーだね! レンお兄様!」

 隊長を突き飛ばし、レンの元にやってくるメリー。

 それに、円堂達は明日人を守ろうと明日人を囲む。

『前回は逃げられたからな…今回は決める…』

 臨兵闘者皆陣列在前。と、レンがもう一度九字切りを行う。

「___カハッ」

「明日人っ!」

 すると、突然明日人の首が絞まり、レンの元へと引っ張られるのを見て、灰崎は抑えようとする。

「ア…ア、ハ…」

 明日人の目は虚ろになって必死に空気を取り込もうとしており、灰崎たちの声など届いていなかった。

「くそ! 見えねぇから何が明日人の首を絞めているのかがわかんねぇ!」

「灰崎くん! 狼が!」

 灰崎が明日人を引き戻す一方で、明日人の中から狼が現れた。

「…グルル…」

「あの時の狼か。メリー」

「はーい!」

 するとメリーは、ハサミを杖に変えて、狼に向けてビームを放った。それは狼を拘束するための結界であり、狼はそれに包まれ、動けなくなる。

「動かないでね? 明日人を傷つけたくないでしょ?」

「___フゥー…フゥー…」

 狼は今も唸っており、明日人を守ろうとしている。

「これはお兄様の拘束術と私の魔法を組み合わせた結界なの。ね? 魔法少女はどこまでも強くなれるんだよ~!」

 メリーが話している間にも、明日人の足はどんどんレンの方に向かっており、おまけに首が絞められることによって明日人が気絶してしまいそうだ。

「明日人っ!」

「ア___も、もう、む____」

 明日人が声を出したその時、パンパンと手を鳴らす音が聞こえた。

「ご静粛に」

『!?』

 国会の方からレンたちの方に歩いてきたのは、虹色の翼を持ち、黒いイブニングドレスと白いマントを身に着けた___ミラだった。

「…み、ら…」

 

 ***

 

「ごきげんよう、人間界の皆さま」

 と、ミラは手を広げながら明日人たちの元にやってくる。四枚の虹色の翼、黒と白のドレスは、まさにミラがユースティティアの天使であることを示していた。明日人のことで必死になっていた為一瞬わからなかったが、特徴的なあの喋りかたは、まさにミラ・U・ツェシェルで、明日人たちはその場に硬直した。

「ミラお姉さまー!!」

 メリーがミラに抱きついた。

「ふふ…久方ぶりですわね、メリー」

「…ミラ、俺達を、騙していたのか!?」

 円堂は信じたかった。ミラはユースティティアの天使ではないと。

「騙していた…? 私は初めから貴方達を騙すつもりでいらしました。自己紹介が遅れました。私はミラ・マアト。天秤の天使にして主天使、ですわ」

 レンやメリーという大天使とは違い、ミラはなんと主天使だった。恐らく、レンたちよりも強い力を持っているのだろう。しかし、人間にとって絶望的な状況だというのに、各地から拍手喝采が巻き起こった。しかし、拍手をしていたのは人間ではなく、妖怪のように恐ろしい魔界の住民たちで、明日人たちはいつの間にか魔界の住民たちに囲まれていた。

「今日はあいにくの天気ですわね…ですが、オーケストラ(処刑)にしては十分ですわね」

 ミラが指を鳴らした。

 すると、振り子時計の針が揺れる音が耳に強く響いた。

 まるで、時を遡っているかのように。

 

 

 

 

 明日人は、首に痛みが無くなったことに気づき、目を開ける。

 そこには、現代の国会議事堂前ではなく、中世の街が明日人たちの目に広がっていた。広場には木の柱が建てられており、街は闇色の空に包まれていた。

「これから執り行われるのは、世界を我が物にしようとした傲慢な魔女の裁判。さぁ皆さま、お手を拝借」

 手を合わせ、魔界の住民たちが拍手を行う。

「…ミラ、何をするつもりなの」

「裁判、そして処刑。ですわ」

 すると、明日人たちの周りに鉄格子が掛けられ、明日人たちはそこに閉じ込められる。

「こ、これは!?」

「鉄格子!?」

 明日人たちが、空から降ってきた鉄格子に周りをきょろきょろとする。あとに何とかこの鉄格子を壊そうとしたが、それはハーツアンロックでもスペクトルフォーメーションでも壊せなかった。

「傍聴人も揃ったことですし、さぁ、処刑人をここに」

 魔界の住民が、処刑人を連れて行く。黒いドレスに黒いヴェールを被っていた為、誰なのかはわからなかった。しかし、ミラの前で外されたヴェールの素顔は、あの『魔女』だった。

「___母さん!?」

 フロイが処刑人の正体に気づき、叫ぶ。

「まさか、イリーナか!?」

「だが、なんでここにっ」

 豪炎寺と鬼道が驚く。それもそうだろう。なぜならイリーナ・ギリカナンは、シャドウ・オブ・オリオンの戦いのあと、ロシア警察によって逮捕されたからだ。それがなぜここに居るのか。

「それはね、レンお兄様が連れてきたの」

「メリー、それはどういうことですか」

「だからー、ミラお姉さまの言っているとおりだよ。ヒカル。ミラお姉さまに処刑してもらうために、ここまで連れてきたの」

「…なんで…」

「それは私にもわかんないよ? ヒカルのお友達さん!」

 フロイは、なぜ自分の母が処刑されなくてはいけないのかがわからなかった。確かに自分の母は罪を犯した。だが、それは警察の方で償っていくつもりだった。なぜ、それをユースティティアが処刑と見なすのか。

「処刑人、頭を地面に付けなさい」

 ミラが命令する。しかし、イリーナはそれを従わない。

「………」

 すると、ミラがハイヒールの爪先で、イリーナの腹を蹴った。

「ぐっ…」

 イリーナは仰向けに倒れ、立ち上がろうとする。しかしミラにまたお腹を蹴られた為、それは叶わなかった。

「母さん! ミラ、止めてくれ!」

「それは出来ませんわ。この魔女は禁忌を犯しましたの。あ、貴方が代わりに処刑されるというのなら、構いませんわ」

「わかった! 僕が代わりに処刑される!」

「フロイ!」

 明日人たちがそんなことしちゃだめだと、命を投げ出そうとするフロイを止めようとする。しかし、フロイはイリーナが救えるならと、この命を投げ出すつもりだった。

「……よろしくて?」

 ミラがファイナルアンサーを出す。

「…あぁ」

 それでも、フロイは構わなかった。

 すると、フロイから牢屋から出される。すると、フロイの腕は後ろで縛られ、処刑台へと導かれる。

「フロイ!」

 明日人がフロイに手を伸ばす。しかし、フロイにその声は届かなかった。

「…さぁ、僕を代わりに___!?」

 フロイがイリーナの前に立ったその時、フロイの後ろに十字架が現れた。すると、フロイの腕を縛っているロープが十字架の横木に繋がり、引っ張られる。

「フロイ!」

「フロイくん!」

 明日人は、鉄格子の向こうから見ていた。

 十字架に貼りつけられて、今から処刑されるフロイの姿を。

 しかし、それは少し語弊があった。

「…生憎ですが、貴方には処刑されるような罪など持ってませんわ。よって、この魔女の処刑を再開しますわ」

「ミラ__」

 ミラの策略に嵌められたことを知り、フロイは顔を青ざめた。自分の目の前で、自分の母親が処刑されるのだから。

「さぁ、始めますわ」

 魔界の住民がサッカーボールほどの鉄球をミラの足元に置くと、立ち上がったイリーナの腹にシュートした。

「ゲホッゲホッ!」

 イリーナが咳き込む。

「こんなものでは終わりませんわよ? 貴方の罪の重さは、まるでこの地球の重さ。まだまだ処刑され足りませんわよ?」

「ミラ…もう、やめてくれ…」

 目を瞑って、イリーナの処刑から目を離すフロイ。しかし、耳にはイリーナの悲鳴や咳き込み音が聞こえ、その瞼を開けた先に何があるのかを知りたかったが、知ってはいけないような気がした。

「さぁ、そろそろフィナーレといきましょう」

 ミラがイリーナを蹴り飛ばした瞬間、イリーナの後ろに木で出来た鉄の処女が現れ、イリーナを中に閉じ込める。

「母さん! ミラ! そんなこと、しないでくれ! 殺すなら、僕にしろ!」

「……」

 フロイの言葉に耳を傾けたのか、ミラ鉄の処女に近づき____

 そのカギを、締めた。

「残念でしたわね」

 それはフロイに向けられた言葉だった。

 それを聞いたフロイは、絶望した。

 そして、明日人たちも絶望した。

 イリーナは、助からない。これから処刑されてしまうのだ。

「さようなら、地獄旅行の始まり___ですわね」

 ミラが、鉄の子女を、炎の窯の中に蹴り入れた。

 

 ***

 

「これにて、裁判は終了ですわ」

 すると、明日人たちを閉じ込めていた檻、フロイを貼りつけていた十字架は消え、西洋の街も元の国会議事堂に戻った。

「ミラお姉さま! 今回もかっこよかったよー!」

「ありがとうございます」

 今回も。

 その言葉を聞いて、フロイの理性は紐のように切れた。

「___ミラぁあああああああああ!!」

「フロイ!」

「イノセント・ドライブ!!」

 フロイが、崩れた建物の岩を使って、ミラに必殺シュートを放つ。しかしミラに触れるまでに、岩は粉々に砕け散ってしまった。

「無駄ですわ」

「なっ、銃…」

 なんとミラは、右手に持ったハンドガンで、フロイの蹴った岩を一発で壊したのだ。

「それに、貴方たちも知っているでしょう。あの魔女の罪を。あの魔女は、処刑されなくてはならない。そうだとは思いません?」

「…………」

 ミラの言い分に、明日人たちは黙り込む。

 確かにミラの言い分はわかる。イリーナは、サッカーを使って世界経済を操ろうとしていた。しかしそれにもちゃんと理由があり、悪か正義かなんてわかんなかったからだ。

「…だとしても、人を殺すなんておかしいだろ!」

「そうです? これを見て下さい」

 ミラが円堂に、一枚の紙を飛ばす。それを手に取ると、円堂は膝をついた。

「…な、なんだよ、これ…」

 そこに乗っていたのは、イリーナ・ギリカナンの罪状。そこには、()()()()という罪状が書かれていたのだ。

「わかるでしょう? 自分の意見が通らないからって夫を殺すなんて、なんて愚かなんでしょう」

 ミラの声は、フロイには届かない。

 自分は、父によって構成されたようなものだから。

 その父が自分の母に殺されたということを知り、フロイは膝と手を地面に着いた。

「か、かあ、さんは、そんなこと、していない」

「…可哀想に…あの魔女に()()()()()されて、今まで無垢のままでいらしてのですね___ですが、世の中には知らないこともいいこともあるでしょう。例えば…」『イリーナ・ギリカナンの最期を』」

 ミラのいうことが、明日人たちには一瞬何のことはわからなかったが、しばらく経った後に、その言葉の意味がわかった。

 そう、最後を見て貰えないということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

「…ミラは、なんで、そんなことを」

「私は天秤の天使。悪を処刑するのが私の仕事。明日人さんのことは見逃してあげますわ」

 貴方達のこれまでの行動が、善であることを祈りますと言って、ミラは消えてしまった。

 

 ***

 

 フロイは、イリーナが処刑された国会議事堂に、今も立っている。

 ビルの陰では、明日人たちラストプロテクターの全員が、フロイを見守っている。

「…辛い、だろうな…」

「誰だって辛いさ…家族の一人が死ぬのは」

 家族を失くしたことのある鬼道が、円堂の声に返事する。

「…誰にも見て貰えないまま、死ぬなんて…」

 寂しい、だろうな。と、夜舞は一言話す。

 

 そう、誰もかれもが、魔女の最期を知らない。

 明日人たちが公表したとしても、誰も信じて貰えないだろう。

 それに、相手は悪人だ。相手にしてもらえない。

 それに気づいたフロイは、膝をつく。その直後に、大雨が降った。それはまるで、フロイの涙のようだ。

「…かあ、さん」

 会いたい、よ。

 しかしその声は、雨の中に消えた。

 




 添削大変でした。
 はい、ミラ・U・ツェシェルは、ユースティティアの天使でした。
 わかりましたか?
 実はドsな子って大好き…上げて落とすという手法が大好き…
 というか本編でもミラちゃんみらいな女の子、出てもよかったのよ?


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第二十六話 記憶は逃げてしまうもの

今回も過去捏造ありやんね

というか、トラウマって消したいですよね。
記憶処理なんていう某財団のがありますけど、それでも消したいですか?

第三波、やってきましたね~
今回も私は、三連休用事がないときは家にいることにします。
皆も気を付けようね!


「な、なんだよこれ…」

 ミーティングルームのディスプレイを見て、剛陣が言の葉をこぼした。

「こ、こんなことって、ありませんよ…」

 大谷はディスプレイに写る状況に涙を流しており、茜も杏奈も涙をためている。

「なんで、だよ…」

「ユースティティアの天使は、こんなこともするのか…」

 円堂も涙を流しており、豪炎寺もあまりの惨さに目を瞑っていた。

 宿所のミーティングルームのディスプレイに写っているのは、多くの悪人が国民の目の前で大量公開処刑されているというビデオだった。勿論送り主はミラで、従わなければお前達もこのようにするぞという強迫なのだろう。その翌日に全国民に送られたメールには、『今日から三日以内にこの国から脱出すること。ミラ・マアトは危険だ。航空費と宿はこちらで用意する。』という政府からのメールだった。

「これってつまり、三日以内にここから逃げなければいけないんだよね…」

 明日人は、伊那国島に残してきた島民たちのことを少し心配していた。

「…あまり考えたくはないが、もしかしたら逃げ遅れる人も出てくるだろうな…」

 鬼道の予想に、明日人たちは鬼道の方を向いた。

「どういうことだよ」

「つまり、家の経済状況によっては、国の航空費があっても日本から逃げることはできない…そういうことだね」

「あぁ、吹雪の言う通り、この日本の多くの人が、この日本から出ることはできないだろうな…」

「そんな、せっかく逃げてっていうメールが来たというのに…」

 一星が鬼道の予想に、本当だったらどうしようと青ざめる。確かに、この国の経済状況は、サッカーが禁止されたのも相まって悪い方に向かっている。そのため、多くの人が国からの航空費や援助金があっても、この国から逃げられないという状況に陥ることになってしまうだろう。

「俺としても、なるべく多くの人が逃げられるようオリオン財団の資金を貧困層に送ってみる」

「待ってください。オリオン財団はユースティティアの天使に破壊されたのでは?」

 ベルナルドの出した方法の仕方に疑問に思った水神矢が、ベルナルドに自分の意を発した。

「オリオン財団事態は破壊されてしまったが、まだこちらの資金が残っている。今は日本の国民が逃げれるよう、資金を回す予定だ。国の政治家たちと話を付けてくる。だから、今日は練習なしだ。家族と話をしてくるといい」

 ジャージからいつものスーツ姿に着替えていたベルナルドは、明日人たちに今後の予定を話すと、一人で宿所の外に止まっていた車に乗り込んだ。

 

 

「じゃあ、私は花伽羅村に行ってくるね。茜ちゃんも、気を付けるんだよ?」

「うん! 夜舞さんも気を付けてくださいね!」

 ミーティングが終了すると、明日人たちは三日以内に家族を話をつけてこようと、散り散りになって実家に帰っていく。夜舞も、袴に着替えて花伽羅村にいくつもりだ。

「ほら、行くぞ」

「うん!」

 灰崎も、幼馴染みの茜と一緒に田舎の実家に行ってしまう。

 それを見た明日人は、自分も伊那国島に帰ろうとジャージから秋用の私服に着替えていた。

「明日人」

 すると、同じように私服に着替えた剛陣が明日人に話しかけてきた。

「小僧丸たちはどうやら、このメールが来た直後にオリオン財団の医療施設に転院となったらしいぞ」

「そうですか…よかったですね」

「明日人…もしかしたら、伊那国島の奴らが心配なのか?」

「心配ですよ…()()()()()()()()()()()()()

 明日人は、伊那国島の人達が心配だった。もし逃げられなかったらと思うと、居てもたっても居られなかった。しかし、明日人は最後の方だけ、剛陣に聞こえないように小声で言った。

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないです! ほら、伊那国島に行きましょう!」

 明日人は剛陣を置いて、宿所の外へと走って行ってしまった。それを見て剛陣は、明日人を追いかける。

 

 

 

 

「…この国も、とうとうユースティティアの天使の支配下に置かれてしまいましたね…」

「あぁ、そうだね…」

 明日人たちが実家に帰っていく中、野坂たち一星に西蔭は、宿所近くのカフェテラスにお邪魔して、軽い食事をしていた。

 野坂がシーフードグラタンを一口スプーンで掬い、飲み込む中、一星は野坂が日本を守れなかったことを悔やんでいるように見えていた。野坂は自分達参謀にも色々隠す気質な為、一星はおそらくそうなのだろうと、行動から分析した。

 野坂たちが食事をしている中、街の人は突然の国外逃亡の要請に、大混乱に陥っていた。食料や必需品を求めてスーパーやコンビニなどに押し寄せる人の姿。飼い主に置いて行かれたのか、裏路地のゴミを漁る猫などのペット。ユースティティアの天使の件で国全体が混乱していたというのに、さらに国からこの日本から逃げるように指示されたのだ。混乱するのも無理はなかった。

「おや、三人ともどうしたんだい? こんなところに」

 すると野坂が、大きい荷物を持って街を歩くルースにマリク、そしてユリカに気づき、声をかける。

「僕たちは、とりあえずロシアに戻ることにするよ」

「それはどうしてなんだい?」

「これから泊まる宿所の準備をするの。あ、これから泊まる宿所は、FFIに使っていたロシアのに決まったから」

 ユリカは淡々と、日本を離れたあとの宿所の場所を野坂に教えると、一星が次に質問した。

「ロシアですか…フロイはどうしたんですか?」

「フロイさんなら、先にロシアに行っちゃったよ」

「どうやら、フロイの家であるものが見つかったらしいんだ。詳しくはわからないけど…」

 ルースからの答えに、一星はフロイの家に何があるのだろうかと考えた。

 あるとしてもサッカー関連のものだろうかと、一星は思っていた。

「あ、そうだ一星さん、西蔭さん。実は君に手伝ってほしいことがあるんだ」

「俺に手伝ってほしいことですか?」

「俺か?」

「一星くん、行ってみたら?」

 野坂が居るため、行こうかと一星と西蔭は悩んだが、野坂に行っていいよのサインをもらった為、一星たちはマリクからの頼みを承諾することにした。

「わかりました。どんなものですか?」

「あのさ…現地についたら『宿所の冷蔵庫を埋めるために買い出しをしてほしいんだ』」

 なんとマリクからの頼みはルースによって代弁され、一星と西蔭は辛い戦いになるだろうなと察した。

 

 ***

 

 フロイは、自家用ヘリコプターで自分の家についた。

 いつもと変わらない風景の家のヘリコプター停留所に降りたフロイは、まずスマホで執事から送られたメールを確認した。

『フロイ様へ。実はイリーナさまの部屋からあるものが見つかりました。ベルナルド様に見てもらいたいのですが、ベルナルド様はラストプロテクター・アースの監督をしていると仰っているので、よろしければ、フロイ様が取りにいかれますか?』

 勿論自分の母の部屋から見つかったものが知りたかった為、フロイはこの件を承諾し、自分の家に帰ってきたのだ。

「あるものって…なんだろう…」

 長い事戻っていなかった我が家に戻り、フロイはまずイリーナの部屋に行くことにした。そこなら、例の執事もいるだろうと思ったのだ。

「お待ちしておりました、フロイ様」

 すると、フロイの予想通りメールを送った執事が部屋の前で立っていた。

「うん、お待たせ。それがあるものなのかい?」

 フロイが執事の右手に持っている紙の束を指さす。

「はい。後のことは、フロイ様の目で確かめた方が…」

「わかった」

 フロイは執事から書類を受け取ると、それを自分の部屋のベットの上で見た。久しぶりの実家のベットに、思わず眠りたくなったが、眠気を抑えて書類を見ることにした。

「これがあるものか…」

 書類には、オリオン財団の機密情報、パーフェクトワールドの計画書など、わかりやすいものばかりで、ここはフロイの目にあまり止まらなかった。しかし、オリオンに保護されている子供の概要などの報告には目を止め、写真と経歴を見る。保護された子供達はどれもこれも元オリオンの使徒の子供達だった。その報告書の名前の欄に、一星充の名も乗っている。充には悪いことをしてしまったなと、思っているその時だった。一星充の報告書の後ろに、もう二枚紙が重なっていた。

「……え」

 フロイが、自分の膝の上から書類を落とす。その中には、本来報告書に乗っていた子供達が保護されるはずだった団体の、()()()()()()()()()との契約をイリーナが無断で解約したという証拠を表す、破れた契約書。

「み、ミラージュ社団法人って…あの、不知火おじさんがいた社団だよね…なんでその名前が、この報告書に乗っているんだい…? それに、この報告書に乗っている子達が本来あの社団に保護されるはずだったって…」

 震える指先を抑えながら、フロイは次の書類を見る。

「____!?」

 もはや、言葉も出なかった。

 なぜならそこには、イリーナが自分の夫であるヴァレンティン・ギリカナンの暗殺を依頼した、殺し屋との取引内容が明確に記されていた契約書があったからだ。

「と、父さんは、病気で死んだんじゃないの…? なんで母さんが父さんを殺さなきゃいけないのさ」

 フロイの部屋に置かれた、花瓶の中から黄色の茎が現れる。それは、銀色のオーラを纏っていた。

「そんな、僕は、母さんを信じていたのに、こんなの、ありえないよ」

 フロイが絶望したその時だった。

「__カハッ」

 茎の一本がフロイの首に突き刺さったのだ。

 そしてそのまま、フロイはベットに倒れ込んだ。

 

 ***

 

 紫の長襦袢に赤黒の袴、そして桜色の上着を着た夜舞は、花伽羅村に向かおうとしていた。花伽羅村に通ずる森の木の枝や、葉っぱが袴に着いているのを気にもせず、夜舞は急いで花伽羅村の安全を確認しにいった。

「おばあちゃん! おじいちゃん!」

 トンネル近くには夜舞の祖母、夜舞緋華里を筆頭に、この村にいる大人たちに子供たちが、全員荷物を纏めてトンネル前に整列していた。

「月夜! どうしたんだい!?」

「国からこの日本から逃げてってメールが来たから、おばあちゃんたち大丈夫かなって…」

「月夜…私たちは無事だよ。それに、これから空港に行こうとしたつもりなんだ」

「良かった…」

 全員無事ということがわかり、夜舞は安堵すると、夜舞緋華里が夜舞に話しかけてきたのだ。

「そうだ、フロイくんは来ていないのかい?」

「フロイくん? フロイくんがどうかしたの?」

 夜舞緋華里がフロイに用があると知り、夜舞は少し気になった。

「いやね…陽花戸中でフロイくんを見たとき、あの子に何か『不吉な匂い』がしたんだよ…綺麗に蕾を咲かす花のようだけど、その花の養分を喰らう虫のような、そんな匂いなんだよ…」

「もしかして、怪異なのかな」

 夜舞は、夜舞緋華里の言い方から、怪異なのかと予想する。

「いや、一眼に怪異とは決めつけられないよ。ただの気のせいかもしれないしね」

「そうなんだ…」

 夜舞緋華里から注意するように言われ、夜舞は宿所に帰ったら、花に関する怪異を調べようと思った。

 

 

 

 いよいよ、明日は日本から脱出するためにロシアに向かう日だ。宿所の食堂には荷物をまとめた明日人たちが揃っており、全員の着席を待っていた。(一星と西蔭は先にロシアに行った)

「ごめん! 遅くなっちゃって!」

「夜舞、花伽羅村の皆とはもういいのか?」

「うん、皆ちゃんと避難したよ」

 明日人が夜舞に花伽羅村のことを聞くと、夜舞は嬉しそうに返す。とにかく、これで全員集まった。

「明日は、ロシアに発つんだな」

「うん、ユースティティアの天使の支配が進んでいる。僕らも気を引き締めないとね」

 豪炎寺とアフロディの言う通り、ユースティティアの天使の猛攻は進んでいっている。人間にとって、もう後は残っていないだろう。

「皆、明日はこの国を脱出するために、ロシアに発つ。日本が支配されてしまった以上、他の国もあぁならないように気を引き締めて戦おう」

「あの、趙金雲監督はどうしたんですか?」

 前の監督である趙金雲のことが心配になった大谷は、ベルナルドに状況を聞く。

「趙金雲なら、今ハワイでバカンスに来ているようだな」

「こんな時に何してんだよ…」

 灰崎の想いは、ここにいる全員がそう思っていた。

「心残りと言えば、私の師匠に会えなかったことだな…」

 ベルナルドのつぶやきに、風丸が気づく。師匠って、サッカー関連の師匠なのかと気になった風丸は、ベルナルドにその師匠は誰なのかと聞いてみることにした。

「ベルナルド監督の師匠って、誰なんですか?」

「あぁ、()()()()()だ」

「え…」

 ベルナルドの師匠、それはなんと不知火一誠であり、これまで不知火に関わってきた夜舞は、目を見開いた。

「その師匠って…この日本にいるんですか?」

「あぁ、私が幼い時にあった、日本人だ」

「…その話、聞かせてください」

 夜舞は、不知火がベルナルドの師匠だということが信じられなかったが、それでも不知火の事が知りたいと、ベルナルドに話をしてほしいと頼み込んだ。

「あぁ…」

 

 

 

「師匠との出会いは、俺がちょうど十二歳のことだったかな。子供の時の記憶は薄れるものだとよく言うが、俺にとっては出会ったことは、まるで紙が擦り切れるほどに脳裏に浮かんでくる。印刷機のようにな。

「俺が師匠と出会ってなかったら、俺は永遠に呪縛に囚われていただろうし、社会的に暮らせない程の障害を負っていただろうな」

 明日人たちは、これからベルナルドの過去の話を聞こうとしている。

 記憶が薄れないほどの、

 彼らとの出会いを。

 

 ***

 

 あれは、まだ自分が十二歳の頃。

 まだイリーナ・ギリカナンが生きていて、人口の一人として数えられていた頃の話である。当時のベルナルドは、イリーナから虐待を受けており、今日も罰として家の外に追い出されいた。勿論父であるヴァレンティン・ギリカナンは何も知らない。虐待のことも、ベルナルドのことも。

「…お腹空いた…」

 小さく、そしてやせ細った腹に手を当て、空想の中で豪華な食事を想像する。マッチ売りの少女のように。しかし彼女は、マッチを使って自分を温めていたが、自分には何も持っていない。ごはんも、飲み物も、マッチも。ロシアの夜はとても寒い。そのためベルナルドは、マッチも持たないままの終わりを待っていた。

 すると、ポーン、ポーンと、ボールの蹴る音が聞こえる。それも門の外だ。こんな遅くにボール遊びをしているなんてと、ベルナルドは少し好奇心が湧いた。

 門の外に行き、そこでやっているボール遊びの詳細を、リフティングをしている少年から察した。

「あれ…サッカーボール…?」

 これはサッカーだ。自分が授業でやったのと同じだ。しかし、ベルナルドはサッカーに興味など持っていなかった。今は、イリーナ・ギリカナンのご機嫌取りに身体を削られていたからだ。

 その瞬間、少年がリフティングに失敗する。そのボールは少年の後ろ、ベルナルドに転がり、ベルナルドはそれを手に取った。

「おっと…ん? お前、ここの家の子か?」

 少年の顔が、自分の目に写る。黒い毛を肩まで伸ばした、癖毛のある髪。灰色のパーカーと、容姿からして高校生のようだった。高校生。いわゆる大人だ。それに気づき、ベルナルドはすぐに門を通りぬけ、庭の植木の陰に隠れる。

「おいおい…何も隠れることはないだろ…」

 高校生が、ボールを持ったベルナルドを追いかける。

 大人が、近づいてくる。

 もうそれだけで怖かった。

 自分の母は、自分のことをよく叩くし、父も自分のことに目もくれないで仕事ばっかりしていた。

 他の大人たちも、自分のことを散々殺してきた。

 本来の自分。

 みんなの願いに答えて作った自分。

 ずっとみんなの為と思って作った自分。

 そして_______

「大丈夫か? 怖がらせてごめんな」

 これまでの自分を。

 

 

 

「よっ」

 昨夜、自分の家で出会った高校生が、ここにいる。あの時ベルナルドは、あの高校生に撫でられて、少しだけ心を開くことが出来た。しかし、その高校生が、今日も自分があの嫌な家に帰ろうとしているときに、校門前に立ってベルナルドを待っていた。

「…何をしているの」

「お前を、迎えにさ」

 右手を上げて、にっこりと笑う高校生。しかし、その笑顔には、大人のような裏はなかった。

「…マーマから?」

「違うよ、俺の社団にさ」

「…え」

 高校生のなりをして、社団を自分のものと言う高校生。それにベルナルドは純粋な驚きを見せると同時に、少しだけその社団について好奇心が湧いてきた。

「俺の社団、ミラージュ社団法人。お前の父さんもしばらくは俺の社団で過ごした方がいいって言ってたからな」

 どうやらオリオン財団とミラージュ社団法人は繋がっており、高校生は最近オリオン財団とミラージュ社団法人のパーティにお邪魔したらしい。

「んじゃ、行くか!」

「え、ちょっと…」

 ベルナルドの手を引っ張って、高校生は電車やバスなどで航空へと向かう。

「ちょ、ちょっと待って!」

「ど、どうしたんだよ!」

「いや、僕これからマーマのところに言ってテストの結果見せないといけないし…」

「そんなの、後でいいだろ? あ、俺は不知火一誠! お前の名前は?」

 高校生、いや不知火一誠が、自分の名前を問いてきた。

「…ベルナルド、僕はベルナルド・ギリカナン」

「ベルナルド、いい名前だな! そういえばベルナルドっていう名前は、強い子に育つようにっていう思いから付けられたんだそうだな!」

 強い子。でも自分はこんなにも弱い人間だ。自分の母に従順で、学校でもにっこりと笑っているだけであとは皆がやってくれたため、自分は何もしなかった。

「あとは、ギリカナンの意味としては、ギリがササック人の言葉で孤島、カナンは旧約聖書で神がイスラエルに与えたという約束の地っていう意味なんだぞ?」

「そ、そうなんだ」

 ただベルナルドは、そうなんだというしかなかった。

「あ、ごめん。俺つい話が長くなる癖があってさ…」

 それでも、ベルナルドは不知火の話を嫌だと思うことはなかった。

 

 

 

 それからベルナルドは、自立するまでの時間を、ミラージュ社団法人で過ごした。

「桜は、咲いたかと思えばすぐに散ってしまう、儚い花なんだ。そして、儚いという言葉は、「人」の「夢」は「儚」いと書いて儚いというんらしいんだ」

 日本が本部のミラージュ社団法人は、優しい彼が運営しているせいか、中の空気はとてもよかった。勿論これは空気洗浄とか、場の空気という意味で。そしてベルナルドは、外国の自分さえも受け入れたこの場所こそが、我が居場所になりそうだと思っていた。

 恐らく大人になるまではここに居られるのだろう。不知火もどうやらロシアに残してきた家族には色々言っていたのを聞いた為、しばらくあの家に帰ることはないのだろうと少し安心していた。

「そうだベルナルド、サッカーしないか?」

 そして、この不知火の一言こそが、自分がサッカーを始めるきっかけとなったのだ。

「サッカー?」

「あぁ、やったことあるだろ? あ、嫌だったら嫌っていってもいいんだぞ?」

「…うん! やる!」

 サッカーは、中々やらせて貰えなかった為、サッカーがやれるということを嬉しく思っていた。

「ははっ! ベルナルドは上手いなぁ~!」

「えっと、不知火さんだって上手じゃないですか」

「まぁな~俺はサッカー選手を目指している身でもあるからな!」

 なんと、今自分の目の前にいる人物が、サッカー選手を目指していることを知り、ベルナルドの目は輝きに満ちていた。

「え!? サッカー選手って、サッカーが一番上手い人がなれるんだよね!?」

「おう!」

「僕も、サッカー選手になれるのかな!」

「あぁ! きっとなれるさ! 俺の指導の元ならな!」

「うん!」

 ベルナルドは、不知火に頭を撫でて貰って、久しぶりの笑顔を見せていた。

「あ、ベルナルド! 今日から俺のことは、師匠とよんでくれ!」

「え、なんで?」

「師匠は、経験によって自分のものにした知識を、弟子に伝授する関係のことをいうんだ! だから、俺が師匠、お前が、弟子ってわけさ!」

「…うん! わかった!」

 ベルナルドは、師弟関係のことをよくわかっていなかったが、とにかくそういう関係であることはわかったようで、ベルナルドはこれから不知火のことを師匠と呼ぶようになった。

 それからというもの、ベルナルドは不知火に色んなことを教えて貰った。

 日本の文化、日本のスポーツ、日本の観光名所、日本の食べ物と、不知火は色んなことをベルナルドに教えていった。そのため、不知火は実際ベルナルドの人生の師匠ということにもなっていた。

「ん? なんだか騒がしいな」

 しかし、事件は起こる。

 不知火とベルナルドが入り口が騒がしいと様子を見てみると、そこにはイリーナを連れた黒服の男たちが、無理やりにでもこのミラージュ社団法人に入ろうとしていたのだ!

「ベルナルド! 居るんでしょう!?」

「マーマ!」

「なっ、こいつ!」

 不知火は部下に書類を渡すと、入り口にいるイリーナに物申した。

「おい! まさか無理やり連れて帰るわけじゃないよな? そうだとしたら、あんたは住居侵入罪、器物損害罪で起訴されることになるぜ!」

 不知火は、このままいくと裁判を起こしてやると言い放った。

「いいえ、そんなことありえないわ」

「は? っておい!」

 不知火が一瞬戸惑ったそのとき、不知火は黒服の男に腕を後ろに回され、倒された。

「ベルナルド! 帰るわよ!」

「やだ! 師匠!」

「ベルナルド!」

 結局、不知火は何も出来ぬまま、ベルナルドを連れて行かれてしまった。

 その後のベルナルドはというと、イリーナからスパルタ教育を身に付けさせられ、心を閉ざしてきた。

 しかしそれでも、ベルナルドは不知火の存在を糧に、なんとかここまで生きてきた。

 

 ***

 

「…そんなことが、あったんですね…」

 ベルナルドの話を聞いた円堂は、眉を下げた。

「なんかさぁ、ミラがイリーナを処刑した理由もわかる気がするぜ」

「まぁ確かに、同情は出来ませんよね…」

 剛陣、坂野上が、イリーナの処刑には同情できないと思っていた。

「じゃあ結果的に、ユースティティアの天使が正しいってことになんのかよ」

「悔しいけどね…」

 周りの空気が重くなる中、明日人は誰かが居ないことに気づいた。

「……夜舞!?」

 明日人が夜舞に話しかけようとしたその時、自分の隣に夜舞が居ないことに気づき、驚いた。

「どうした? 明日人」

「あ、円堂さん! 実は夜舞が居なくて…」

「まじか…もう夜中だぞ!?」

 明日人たちは、夜舞の行方がわからないでいたが、茜だけは知っていた。

「…不知火さんのところだと思う」

 茜のいうことに、明日人たちは困惑する。

「不知火って…夜舞は不知火と会ってたのかよ」

「うん…」

 不知火が夜舞の父親の友人であることを隠し、茜は夜舞のことを灰崎に話した。

 その頃、夜舞は袴姿のまま、夜の街を走っていた。

「(…不知火さんが、ベルナルドさんの師匠だったなんて…どうして話してくれなかったの!?)」

 夜舞は、不知火がベルナルド監督だということを信じられず、こうなったら直接聞こうと思い、走っているのだ。

「時刻は午後十時一分…」

 スマホの時刻を見て、まだ大丈夫だ、と夜舞は、不知火を探す。連絡先など交換していなかった(というか知らない人と連絡先を交換してはいけない)ため、自分の感で探すしかなかった。すると、宿所からそう遠く離れていない浅草寺の本堂に、不知火は居た。

「不知火さん!」

「月夜ちゃん…!? どうしてこんなところに…」

 不知火の返事を遮り、夜舞は自分の聞きたいことを話す。

「不知火さん! 貴方は、ベルナルドさんの師匠だったんですか!?」

 夜舞の問いに、不知火が驚いたような表情を見せる。

 すると不知火は、重い口を開いた。

「…すまない、ベルナルドって、『誰だ?』」

「えっ…とぼけないでください! ベルナルドさんは、貴方のことを___」

 そのとき、夜舞は最悪な過程を予想し、青ざめた。

 まさか、不知火さんはユースティティアの天使に___。

『夜舞!』

『月夜!』

 すると、折谷とベルナルドが、夜舞のところにやってくる。

「月夜、こんな時間に一人で行くなんて…」

「すみません折谷さん、でも私、どうしても不知火さんに聞きたいことがあるんです!」

「不知火、さん…?」

 折谷が不知火を見る。折谷はその特徴的な容姿を、確かに折谷は見たことがあった。

「師匠! 俺のこと、わかりませんか!? 俺です! ベルナルド・ギリカナンです!」

「……ベルナル、ド?」

 ベルナルドはその特徴をよく覚えており、不知火に問い詰める。サングラスで顔は隠れてはいるものの、確かに昔の不知火だった。それを信じて、ベルナルドは不知火に話しかける。

『夜舞ー!!』

 すると、明日人たちの声が夜舞たちの後ろで聞こえた。

「夜舞! どこに行ってて…その人は?」

 明日人が、不知火を見る。

 すると不知火は、明日人たちの前から去ろうとした。

「待ってください!」

 しかし、ベルナルドがそれを止めようとする。

「…離してくれ、私はお前を知らん…」

「えっ…」

 ベルナルドは、不知火が自分のことを知らないと言われ、思わず硬直した。

「そろそろ私もこの国から逃げなければならない。ベルナルド…と言ったな、私の記憶が曖昧でなければ、私とお前は、どこかで会ったような…」

『不知火会長! そろそろ行きますよ!』

 すると、車に乗っている職員が、不知火に声をかけた。

「おっと、今行く。月夜、これから会うことは難しくなるかもしれない。一応連絡先だけでも交換しておこうか」

「あ、はい!」

 風丸が夜舞と止めようとしたが、それはベルナルドによって遮られる。

「……よし。月夜、頑張れよ」

「…はい」

 不知火が浅草寺から去っていく中、夜舞のスマホには不知火のアイコンが電話帳に記されていた。

 

 

 

 

 記憶は、逃げちゃうもの。

  逃げない記憶なんてない。

 

 




 後書きンヌ
 いや~暑いことこの上ない。
 今回はベルナルドさんの過去話とかを攻めてみましたが、どうでしたか?
 いや、ベルナルドさんが生きていられたのって、恐らく何かがあるんじゃないかって思いましてですね…
 というか儂、最近体力がないのか、疲れた詐欺ができないんだが。
 いや、詐欺って、やろうと思って出来るようなものではないですよね。

 ああーーー!!
 イナエスが終わる!
 いや、儂始めたばっかなんだけどおおお!?
 まぁ、三期やってくれるなら許すけどなぁ!

 とにかく、ご視聴ありがとうございました!


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第二十七話 恋は盲目、狂気、破壊

やば、pixivのほうでミラちゃんのプロフィールを入れるのを忘れた。


『不知火さん、こっちはもうロシアに着きました』

『そっか。私も今アメリカのミラージュ社団法人にいる。どこかで会えるといいね』

『はい』

 ロシアに着くと、夜舞はすぐにスマホを立ち上げ、不知火とメールを交わした。いつか届く返信を待つ時間がとても待ち遠しく、嬉しくもあった。

「夜舞さん、不知火さんとメールをしているのでしょうか…」

「そうみたいだね…」

 大谷と杏奈はスマホを突いている夜舞を見て、不知火とメールをしているのかと予想した。

「まさか、夜舞と不知火が関わっていたとはな…」

「なんで黙っていたんだろう…」

 宿所へのバスを待っている中、円堂たちは夜舞と不知火の関係についてを話していた。

「夜舞にも、秘密にしなきゃいけないことがあったんじゃないか?」

「それはなんだ? 円堂」

「わかんないけど…ほら、実はあの二人はお友達とか」

「友達なら、夜舞はすぐに俺たちに話します」

「明日人…」

 明日人は不知火と夜舞の関係についてをとても深く知りたいと思っていた為、明日人も円堂たちの会話に入ってきたのだ。

「友達でなければ、なぜ夜舞は秘密にしていた?」

「それは多分……」

「多分?」

 砂木沼の問いに明日人が口を閉ざしていると、円堂たちは多分の詳細を知りたいがために明日人に詰め寄る。

「恋を、してるんじゃないかな。夜舞」

「えっ、」

『え?』

「えええええええええええええええぇぇええええ!?」

 明日人の声に気づいた円堂たち全員は、明日人が絶対に言うはずのないことに、全員で驚いた。

「明日人お前そんなキャラだったか!?」

「いや、俺はいつも通りですよ剛陣先輩!」

「明日人くんがそんなことを言うなんて信じられないなぁ」

「野坂まで!」

 皆からして明日人は、恋に疎いイメージがあった為、明日人が恋関係の話をするわけがなかったのだ。

「でも、わかるでしょ!? あんなに楽しそうにメールしてたら!」

「だけど、メールしてただけで恋をしているとは限らないんじゃないかな?」

 アフロディが正論を吐く。

「キャプテンも純情派なんだねぇ」

「俺って純情派なんですか!?」

 明日人の恋に疎い話をしている中、バスがやってきた。

「あ、バスが来たみたい…って皆何してるの?」

 スマホを閉じた夜舞は、明日人達が夜舞と不知火の関係を話していることには気づいていないようだった。

 

 

 

「あ、こっちです!」

 バスでロシアの宿所に着くと、そこには一星と西蔭を含めたマリクたちが出迎えてくれた。

「一星! 久しぶりだな!」

「そんなに久しぶりという程でもない気がしますが…」

「さ、中に入って」

「中を掃除しておいたよ!」

 マリクたちに諭されて中に入ってみると、そこには何ヶ月かぶりのFFIの匂いと、懐かしい風景が飛び込んできた。

「これ、マリクがやってくれたのか?」

「うん!」

「凄いな、マリク!」

 明日人に褒められ、マリクは嬉しそうに顔を赤らめる。

「じゃあ、今後の予定をミーティングルームで伝える。各自部屋について荷物を置いたら、ミーティングルームに来てくれ」

 ベルナルドは明日人達に予定を伝えると、先にミーティングルームに行ってしまう。それを見て明日人たちは不知火のことでショックを受けているんだなと察する。

「ベルナルド監督…」

「辛いですよね…自分の大切な人が、自分のことを覚えていなかったら…」

 一星は自分の大切な人に自分のことを忘れたことはないが、それでもベルナルドの気持ちは分かっていた。

「皆着いたな。では、今後の予定を伝える。まずは室内グラウンドで夕食まで練習。それで夕食を終えたら、あとは夜練など自由に行ってもいい」

 明日人たちは、ベルナルドの話を聞く。すると、ドアが勢いよく開かれた。

「では、早速だが…」

「ベルナルドさま!」

 ドアを開いたのは、オリオン財団の職員たちである黒服の男たちだった。その登場に、明日人たちは思わず席から立ち上がった。

「どうした、今はミーティング中だぞ」

「それが、フロイ様が謎の病気に!」

「なんだと…!?」

「フロイが!?」

 フロイが先にロシアに向かっているということは知っていたが、まさか病気にかかっていたことを知らず、明日人たちは一斉に目を見開く。

「フロイはどこに!」

「ベルナルド様の家です!」

 フロイの居場所を知ったベルナルドは、持っていたタブレットを教卓の上に画面が割れる程の強さで置くと、すぐにミーティングルームから離れた。

「お前たちは俺の言った予定に従ってくれ! 俺はこれからフロイのところに行く!」

「じゃあ、俺も行かせてください!」

 ベルナルドに続いて、一星もフロイのところに行こうと走る。

「一星!」

「明日人、お前も行くんだ」

「円堂さん?」

 すると、円堂が明日人の肩に腕を置いた。

「練習のことは俺に任せてくれ」

「……はい!」

 明日人は円堂にキャプテンマークを預けると、急いで一星の後に着いて行った。

「明日人くん!?」

「俺も乗せてください!」

 明日人は一星とベルナルドの乗っている車に乗り込み、シートベルトを着用する。

「稲森…わかった」

 ベルナルドは明日人の同行を許可し、車を発車させた。

「お前たち、フロイの病気のことで何かわかるか?」

『心臓の脈拍が速くなっていたり、顔が青ざめているのは分かります。ですが、肝心の病気名が分からないのです』

 ベルナルドは、ナビのビデオ通話でベルナルドの家直属の医者と通話をする。

「そうか、今行く」

 それを、一星と明日人は黙って聞いていた。

「なぁ一星、フロイが今まで病気になっていたことってあったのか?」

「あるよ、幼少期に何度かあったみたいだ」

 もしかしたら、今回のこともそれが、原因かもしれない。とか一星は明日人に話す。

「フロイは体が弱かったから、こうやって病気になるのはよくある事だったんだって」

「そうなんだ…」

「さぁ、着いたぞ」

 一星と話をしていると、車はベルナルドとフロイの家に着いていた。まさに外観は豪邸といった感じで、庭師にメイドなど、多くの従業員がこの館で働いていた。

 じっくりと見て回りたかったが、それをしている暇はないため、急いでフロイの部屋に行く。

「ベルナルド監督、フロイはどこに?」

「フロイは、病気になった時いつも自分のベットで眠っている。今回もそこだろうな」

 赤いカーペットの廊下を走り抜け、フロイの部屋に着く。

「フロイ!」

 ベルナルドが扉を開けると、部屋の中心部を占める屋根付きベッドにフロイは横たわっており、その周りには世話人の家政婦やメイド、そして医者などが周りに立っていた。

「お前たち、フロイの状況は?」

「それが、一向に良くならないのです」

 そう医者は告げる。明日人と一星がフロイの様子を見ると、フロイは確かに病気と思わせるかのように、過呼吸や顔色の悪さが目立っている。

「ゴホッ、ゲホッゴホッ」

「フロイ! 大丈夫!?」

 一星がフロイに声をかける。しかしフロイは咳をするばかりで一星の問いかけには答えなかった。

「一星、稲森。お前たちは先に戻れ」

「ベルナルド監督、それはどうしてですか!?」

「お前たちには、この世界を守るという義務がある。このまま練習を疎かにしてはいけないだろう。それに、フロイのことは私に任せて欲しい」

「ベルナルド監督…」

 明日人は、未だにそこから離れようとはしなかった。フロイのことが心配なのだ。大切な仲間なのだ。このまま放ってはいけないのだ。

「明日人くん、行こう」

「でもフロイが…」

「フロイなら大丈夫。フロイは強いから」

 しかし、このまま居座る訳にもいられなかったため、明日人たちは先に宿所に戻ることにした。

 

 *****

 

「えーと、次はティッシュだよね…うーん、英語ならまだしも、ロシア語はちょっとなぁ…」

 値札に書かれた商品名を、夜舞はスマホを通して翻訳して、それが目的のものだったら買い物かごに入れるという作業を行っていた。

 なぜ夜舞が買い出しに来ているのかというと、不知火からの返信を心待ちにしすぎて練習に集中出来ていない上に、通知が入るとすぐに返信のためにスマホのところに向かってしまうため、練習に身が入らなかったのだ。その行動のせいもあってか、夜舞は大谷たちマネージャーから練習に身が入っていないということで、罰として買い出しに行かされていたのだ。

「誰だって、返信が来たら嬉しいとは思うけどなぁ…」

 罰とは言われたが、中々腑に落ちず、夜舞は早く買い出しを終わらせようと急ぐ。

「月夜ちゃん」

 すると、後ろから声をかけられた。その声は、自分が楽しみにしていた声だった。

「不知火さん!」

「久しぶりだね。それ、袴かい?」

「はい! 中々今の服には馴れなくて…」

 不知火と久しぶりの雑談をしながら、夜舞は会計をして買い出しを終わらせる。

「あの、不知火さん。どうしてもベルナルド監督のこと、思い出せないんですか?」

 買い出しを終え、夜舞はスーパーの外のベンチに座る。

「すまないな、どうしても思い出させないみたいだ。私自身、頭を強く打ったようなことは人生で一回もなかったからな。ただ、ベルナルドというのには、この前初めて出会ったような感覚はしないんだ。まるで、どこかで出会ったような…」

 まるで小説に書いていそうなことを言う不知火。しかしそんな不知火でも、夜舞は嬉しそうに聞いていた。

「でも、どこかで出会っただけでも十分だと思いますよ! 記憶なら、これから取り戻せばいいじゃありませんか!」

「月夜ちゃん…そうだな」

 

 

 

「夜舞ちゃん、遅いです!」

 その頃、大谷は頬を膨らませていた。

「夜舞がどうかしたの? つくしさん」

「あ、明日人くんは知らないんですね。実は夜舞ちゃん、いつもその不知火さんのことを考えているんですよ!」

「え、ええ!?」

「それに、私は恋をしているんだと感じました!」

「ええ!?」

 夜舞が不知火に恋をしている関連のことは、ほんの冗談のつもりで言ったのだが、まさか自分の予想が当たり、明日人は驚いた。それは恋をしているのかといっても過言ではない。

「明日人くんの言ってた通りです! やっぱり夜舞ちゃん、不知火さんに恋をしているんです!」

「あ、あの、それは冗談というかなんというか」

「さすがです明日人くん! 鋭いですね! それでは早速、ミーティングを開きましょう!」

「さ、サッカーは!?」

 大谷を引き留めようと明日人は手を伸ばしたが、大谷はミーティングルームへと向かっていってしまった。

「つ、つくしさん…」

「予想が当たったね。キャプテン」

 後ろに吹雪の声が聞こえたような気がしたが、後ろを振り向いても、そこには弟のアツヤと話していること吹雪士郎の姿だけがあった。

「稲森くん!」

「タツヤ、どうしたの?」

「実は、玄関の外に袋が…」

 ヒロトとタツヤが明日人にやってくる。タツヤが右手に持っているのは、何かが詰まったレジ袋だった。

「えっと、食品に日用品?」

 明日人が袋の中を確認すると、そこには今日の昼食の分と、ティッシュやテーピングなどの日用品が詰まっていた。

「これは多分、夜舞さんが買い出しに行った時にメモに書かれていたのと同じ物だよ」

「そうなの!?」

「夜舞にメモを渡す時に少し見たんだよ」

「す、凄いねヒロト…」

 なんとヒロトとタツヤは夜舞に渡されたメモの内容を細かく覚えており、明日人は驚いた。

「でもなんで夜舞は玄関の外に買い物バックを?」

「それが気がかりなんだよ…」

「とにかく、野坂に相談してみようよ!」

 明日人たちは、とりあえず野坂に相談してみようと、野坂のところに走る。

「なるほどね、夜舞ちゃんは宿所の外にこれを置いたんだね」

「あぁ、タツヤが見つけてくれたんだ」

 野坂はグラウンドにおり、そこには一星と西蔭の姿もあった。

「そういえば、もうとっくに帰っててもおかしくありませんよね…もうすぐ練習試合なので…」

 そう、今日はラストプロテクターの潜在能力を引き出す為、練習試合をする事になったのだ。

「趙金雲監督が急にこのチームと練習試合をするっていうメールが来た時は驚いたよね」

「本当にハワイで何してんだよ…」

「まぁ、今夜舞ちゃんはこれを置くことしか出来ない理由があったんだろうね。それも明日人くんが言った、夜舞ちゃんは不知火一誠という男に恋しているという感じにね」

「それ、関係ある?」

 その話はやめて欲しいと言っているかのように、明日人は髪の角を下げる。

「だけど、夜舞さんはそんな簡単に約束を投げ出すかな。買い出しも、すぐに帰って欲しいって言われてたみたいだしね」

 確かに、夜舞は買い出しを任されていた。しかし、本来ならとっくに帰っている頃だろう。しかし、夜舞の姿がないということは、そこに袋を置く理由があったはずだ。

「そういえば明日人くん、メール届きませんでしたか?」

「メール? 夜舞さんからのメールですよ」

「あぁ、確かに通知が入っていたような…」

 明日人がメール受信箱を確認すると、そこには明日人宛の夜舞のメールがあった。

「…ん? 『ごめんみんな、不知火さ』ここで途切れてるけど…」

「何? そのメール」

「途中で途切れてんな」

 夜舞からのメールは、どういう訳か途中で途切れており、タツヤもヒロトも疑問に思っていた。

「と、このようなメールが届いたんですよ。それに夜舞さんと連絡先を交換したのも、最近ですし、俺たちにしか届かないんですよ」

「そういえば…夜舞と連絡先を交換したのも、最近だ…」

「これは誘拐だ!」

『えっ?』

 すると、誰かが話に割り込んできた。

「多分夜舞は、俺たちに誘拐されたことを伝えようとしたんだが、携帯をその不知火って奴に壊されて、メールが途切れてしまったんだよ!」

「いや、電池切れかも…」

「じゃあ連絡してみてくれ! 明日人!」

 なんと剛陣が話に割り込んできた。剛陣はメールの詳細を、誘拐犯に携帯を壊されたからと言っていたが、タツヤは電池が切れただけだと思っていた。しかし剛陣は自分の考えを改めようとはせず、明日人に指示を出した。

「わ、わかりました…」

 剛陣にされるがまま、明日人は夜舞に連絡する。

『おかけになった電話番号は、電波が届かないか、電源をオフになっております』

 しかし、帰ってくるのはアナウンスの声だった。

「どうだった?」

「……まずいよ…連絡出来ない…」

「本当だったな! じゃあ早速皆に伝えに行く!」

「待ってください、まだ本当かもわからないんですよ!?」

 一星が剛陣を止めようとするも、剛陣は真っ直ぐ円堂に知らせていた。それを聞いた円堂は、驚いた素振りを見せた。そしてそれは豪炎寺、鬼道、風丸から全員と、伝染していく。

「で、でもさ、本当に誘拐だったら、まずいよ…」

「ユースティティアの天使が、僕たちを押さえつけるために夜舞ちゃんを誘拐した可能性もあるしね…」

「妙に現実的なことをいわないでください!」

 しかし、誘拐は怖い。自分たちの仲間が誘拐されたことを知ったら、居てもたっでも居られないだろう。

「とにかくまずは、誘拐犯からの連絡を待つべきじゃねぇのか? 身代金目当てだったらかかってくるだろうし、もしユースティティアの天使なら矢が飛んでくるだろ」

 ヒロトが最もなことを言う。

「そ、そうだよね…とにかく、待ってみようよ!」

 明日人は仲間が誘拐されたことに恐怖を感じていたが、何とか心を落ち着かせた。

 

 ***

 

「不知火さん、私これから帰るつもりだったんですけど…何も私と一緒に居たいからって私の買い物袋を宿所前に置くことはないんですよ?」

 夜舞は、怒っていた。

「そもそも、いくら明日人くんたちの感が鋭いからといっても、メモを残さずに置くなんて、誘拐だと思われたらどうするんですか」

 イタリアンな料理を口に含みながら、夜舞は不知火を見る。

「…すまなかった。しかし、君だって私と居たかっただろう」

「それは、本当ですけど…でもまず、優先順位というものがあるはずです」

 夜舞たちは、イタリアンレストランで食事をしていた。なぜこのようになったかと言うと、まず不知火が部下を呼んで買い物袋を宿所前に置くよう指示し、部下が買い物服を持って宿所前に時速六十キロで置きにいった。連絡のメールをしようとしたが、スマホの電池が切れてメールは途切れるということがあったからだ。他にもあるが。

「はぁ…どうしよう」

 夜舞の右足に、ハンカチが巻かれている。それには、ここに来る前に足を怪我してしまい、不知火にハンカチを巻いて応急処置をされたからである。

「木に登った猫ちゃんを助けようとしたのはいいけど…まさか怪我しちゃうなんて…」

「サッカー選手は足が大事というからね。今は足をくじいて動けない程度で済んだけどね…」

「だとしても、歩いて帰れます。それに、私を食事に誘わなくてもよかったんですよ…」

「それは駄目だよ。無理に歩いたら、足を悪くしてしまう」

 不知火の言うことはご最もだ。しかし、早く帰らなければ皆が心配してしまうだろう。そう思うと、ここで食事をしている場合じゃなかった。

「…………私、そろそろ帰ります。自分の代金は払いますから」

 自分の分をテーブルに置くと、夜舞は席を立つ。

「ま、待ってくれ月夜ちゃん!」

 しかし足をくじいているのもあってか、夜舞の足は遅く、すぐに不知火に追いつかれる。それは店を出たあとも続き、ついに腕を掴まれる。

「離してください!」

 傍から見れば不審者が少女を誘拐しようとしている姿そのものなのだが、夜舞はそれでも腕を動かした。

「きゃぁあ! ひったくり!」

 すると、夜舞の後ろでひったくり犯が女性のカバンを持って逃げていた。

「___不知火さん! 少し待ってください!」

「月夜ちゃん!」

 不知火の腕を振り払うと、夜舞は足の痛みを我慢しながら、ひったくり犯のところまで走る。しかし、ひったくり犯の足は速く、追いつけない。このままでは取り逃してしまう。とその時、目の前にボールを持っている男の子達がいた。

「これ借りるね!」

 夜舞は少年からボールを借りると、それをひったくり犯に向かって蹴り飛ばした。

 そのボールは、勢いよくひったくり犯の背中に当たり、倒れる。その直後に警察の人が駆けつけ、犯人を取り押さえる。

「やっ…痛ったぁ!」

 夜舞が大喜びで飛び上がるも、着地した時の足の痛みに、夜舞は思わず足を抑えながら地面に膝を着く。

「月夜ちゃん!」

 するとそこに不知火が駆けつける。

「無理をしちゃ駄目だって言ったじゃないか…」

「えへへ…困ってる人を見ると、放っておけなくて…」

 夜舞は頭をかいてはいるが、足は抑えている。痛いのだろう。

「月夜ちゃん……まぁ、その優しさは褒めるところだね」

「ありがとうございます!」

 いつの間にか、喧嘩をしていることなど忘れ、二人は和やかな雰囲気となった。

 夜舞が不知火の手を借りて立つと、不知火は夜舞をおんぶし、宿所まで歩いた。

「不知火さんって、暖かいんですね…」

「それ、よく言われるんだ」

「不知火さんは、優しいですからね」

「それは、月夜ちゃんの方じゃないのか?」

 夜舞の言う通り、不知火は優しい人間だ。たまに人間らしく、失敗をしてしまうところはあるのだが、それでも彼の温もりに、夜舞は惹かれる。

「私は…優しくなんてありません…」

「それは、どうしてだい?」

「私は…親友を()()()()()()()()()()()

 その瞬間、不知火の足が止まる。そのサングラスの下には、目を見開いた不知火が居るだろう。

「……殺してしまったって、どういうことだ?」

「……私の言葉のせいで、私の親友、暁乃咲久羅(あけのさくら)は、交通事故で死にました…それも、咲久羅が横断歩道に飛び出したことによる事故で…」

 夜舞曰く、夜舞には暁乃咲久羅という人間がいた。彼女たちは、親友だったのだが、ある時喧嘩して、夜舞が咲久羅にきつい言葉を言ってしまったのだ。気づいた時には遅く、咲久羅はその言葉に傷ついて、走り去っていってしまった。それも、赤に変わった横断歩道に。

「…だから私は、咲久羅の分までサッカーをしているんです。そうすれば、償いになるかなって」

「………月夜ちゃん、償いってどういう意味かわかるかい?」

「えっ…それは、自分の犯した罪に対して、いいことをするという意味で?」

 夜舞の答えに、不知火は違うよと言う。

「違うよ。答えは、その咲久羅ちゃんの跡を追わないことだ」

「跡を、追わない…?」

「私にとっての償いは、生きることだ。だから、被害者の跡を追っちゃいけない。自分から死んではいけないんだよ。それをしていない時点で、君は既に償いをしている」

「そう…ですかね」

「あぁ、そうさ」

 再び不知火は歩き始める。

「私、不知火さんのことが好きです」

 すると、不知火が口を開いた。

「私もだ」

 

 ***

 

「……やっぱり、こんな時に練習試合なんてしてられないよ!」

 時刻は午後二時前。もうその練習試合相手はこの宿所に着いており、そろそろ練習試合が始まろうとしていた。

「明日人くん…」

「だって、夜舞が誘拐されたかもしれないんだよ!? こんな時に練習試合なんて…」

 明日人は、夜舞が誘拐されたかもしれないのに、練習試合をしている暇なんてないと怒っていた。

『ただいまー!』

 その瞬間、昇降口から声がした。

 全員が昇降口の前を向くと、そこには夜舞が手を振って明日人たちのところにやってきたのだ。

「夜舞! 無事だったのか!?」

「え? 無事?」

「誘拐されたんじゃないのか!?」

「え? 誘拐?」

 皆が夜舞の心配をしている中、夜舞は何がなんだかわかっていない様子だった。

「ど、どういうこと?」

「え、だってこのメール俺たちに誘拐のことを知らせようとしたのでは…」

 一星が例のメールを見せると、夜舞は手を叩いた。

「あぁそれ? 不知火さんに買い物バックを不知火さんの使いのせいで宿所前に置かれたから、その報告をしようと思っただけで…」

「じゃあ、これはただの電池切れ…」

「うん」

 その瞬間、明日人たちはその場にずっこけた。

「剛陣先輩! やっぱり誘拐なんてなかったじゃないですか!」

「いやなぁ、あのメール見たらどう見ても誘拐だと思うだろ?」

「思いませんよ!」

 明日人は剛陣に怒っており、紛らわしいと剛陣に抗議する。

「アノー、ソロソロ試合ヲ…」

 タイ代表のキャプテンが、そろそろ試合をしないかと明日人に言う。

「あ、すみません! 今やります!」

 練習試合があることを忘れていた明日人たちは、すぐに試合の準備をする。

 その後は、タイの代表と一緒に練習試合として、サッカーを行った。

『スライムウォール!』

「なっ、なんだよこれ!」

 緑色のスライムの壁が灰崎に向かって倒れ、灰崎はスライムまみれになる。

「スライムは日本の文化だからね!」

「スライムは日本の文化じゃないから!」

 なんとタイ代表は、かなりの日本好きで、スライムや触手などの、日本の文化(?)の技を大量に出してきたのだ。

「す、すごいね…」

 夜舞は足をくじいていた為、ベンチとなったが、それでもタイ代表の日本大好き魂に押されているようだった。

 

 

 

 その頃ベルナルドは、フロイの部屋のソファで、彼が起きるのを待っていた。折谷からのメールでは、夜舞が誘拐された疑惑の話もあったが、ただの想像で終わったらしい。

 ただ、不知火と夜舞が関わっていたことは、今のベルナルドには到底信じることが出来なかった。そもそも、なぜ不知火は自分のことを覚えていないのだろうか。ユースティティアの天使が何かをしたとしても、それをする理由がわからない。

「あれ…兄さん?」

 そう考えていると、フロイが上半身を起こしてベルナルドの方を向いていた。

「フロイ! 気がついたのか!?」

「うん…少しクラクラするけど…」

「そうか、少し寝ているといい」

 うん。とフロイは答え、改めてフロイはベッドに横になる。

「何があった?」

「僕、母さんの部屋から出た書類を見ていたんだけど…その時に首を何かに刺されて、いつの間にかベッドの上に…」

「首?」

 ベルナルドがフロイの髪をどかし、首筋を見る。

「____!?」

 そこにはなんと、植物の茎のような触手がフロイの首の血管に突き刺さって、チュウチュウと吸血鬼のように吸っていた。

 それをベルナルドは引きちぎると、触手はベルナルドの手の中で枯れ、フロイの首から吸われた跡が残っていた。

「兄さん?」

「いや…首にゴミがついていたようだ」

「そうなんだ…」

 フロイが目を瞑ろうとする中、ベルナルドは手の中にある枯れた触手を見ていた。しかし枯れた触手は、すぐに粉となって消えていってしまった。

「…これが書類か…」

 メイドによって机に置かれた書類を見ると、ベルナルドは目を見開いた。

「___嘘、だろ」

「兄さんも、見たんだね」

 すると、寝ているはずのフロイの声が聞こえ、ベルナルドは後ろに振り向く。

「母さんは、僕たちを裏切ったんだ。そもそも、僕達は母さんに踊らされていたんだ」

「違う! これは嘘だ! この書類は嘘な……」

 自分も、この書類に書かれていることを信じることは出来なかった。しかし、この書類が嘘だという可能性もある。それを伝えようと、ベルナルドはベッドから立ち上がったフロイを説得する。しかし、ベルナルドは見てしまった。フロイの背中に、自分が引き抜いた触手と同じ、所々に花が咲いている、茎のように細い触手が数十本も生えているフロイの姿を。

「最初から僕達は、彼らの欲望を解消するために生まれてきた存在だったんだ」

「フロイ…」

「最初から、ミラの方が正しかったんだ。それに僕は、あいつらの血を引いているだけでも忌々しい。だから____」

 その瞬間、触手の一本がフロイの部屋の壁を突き刺した。細く見えるそれは、まるで兵器のような力を持っていた。

「父さんと母さんの作ったものを、この手で壊す」

 

 

 

 

 恋は盲目、

 愛情は狂気、

 憎悪は破壊。




 ミラさんのプロフィールです
『その美しき容姿に魅了された人間は数知れないが、彼女に近づいた人間は二度と日の目を浴びることはないらしい。』

CV.早見沙織

年齢 人間で言えば十四歳
性別 女
一人称 私(わたくし
二人称 貴方・○○さん
好物 羊羹


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第二十八話 強欲の化物

少し用事が重なり、遅くなりました~…


 タイ代表のチームとの試合を終えた次の日。明日人たちはミーティングルームで、監督のベルナルドから話をされた。

「皆、聞いて欲しい。フロイが居なくなった」

 なんと、フロイが自分の家から居なくなってしまったのだ。フロイが謎の病気に襲われたことは皆が知っていた為、明日人たちはなぜ居なくなったのかが理解できなかった。まず、病気なのに家から出れるわけが無かったからだ。それは、風邪を引いているのに家から出るのと同じだからだ。出れるわけが無い。誰もがそう思っていた。

「フロイさんに連絡はとれないんですか?」

「取れない。フロイのスマホは家にある」

 坂野上がフロイに連絡は取れないのかとベルナルドに質問する。しかし、フロイのスマホは家に置いて行ってしまっている。

「フロイは病気では無かったんですか?」

「あぁ、病気だったんだが…水神矢も、心して聞いて欲しい。俺がフロイの見舞いに行ったとき、フロイの背中から植物の茎のようなものが生えたんだ」

「植物の茎…」

 砂木沼も、困惑した。そんな漫画のように背中から何かが生えるなんて、おかしいからだ。

「夜舞、もしかしてこれ、怪異じゃないのか?」

「う~ん、私もそうは思ったけど、おばあちゃんから何でもかんでも怪異だとは決めつけることはできないって言われたから、まだ確信は出来ないよ」

 巻物書いてあった怪異の詳細を簡略的にわかりやすくしたメモを立ち上げ、それを明日人と一緒に見る。そこには蛙の怪異やナマコの怪異、マンタや兎などもあった。そこに、背中から触手が生えるなどの現象が起きる怪異はなかった。

「一星、ヒロト。君たちのハーツアンロックで、フロイを探してはくれないか? 俺達オリオン財団も、協力する」

「はい、ベルナルド監督」

「仕方ねぇな、じゃあその家から逃げ出したおぼっちゃんを探せばいいんだな」

 二人はそれに承諾する。

「他の皆も、練習に集中していてほしい」

 ベルナルドはすぐにミーティングルームから退出し、ミーティングは終了した。ミーティングが終わると、明日人は灰崎に話しかける。

「フロイのこと、心配だね灰崎…」

「俺はお前が一番心配だがな」

「なんで!?」

 そりゃあユースティティアの天使に狙われているからでしょ…とここにいる全員が明日人と灰崎の会話を聞いてそう思った。

 

 

 

「って、言われたけど、やっぱ集中できねぇよな…」

 グラウンドにいる剛陣は、そう明日人たちに話しかける。

「仕方ないですよ。俺達が練習をおろそかにしていたら、勝てるものも勝てなくなりますよ」

 坂野上は、一星とヒロトが必ずフロイを見つけてくれると信じており、練習を始めるためのサッカーボールを持っている。

「ねぇ、明日人くんたち。僕たちも一緒にフロイを探さないかい?」

 すると、野坂が明日人たち灰崎と夜舞、坂野上に剛陣に声をかけた。

「探すって、一星とヒロトと同じように、フロイを探しにいくの?」

「うん。フロイも、僕たちと同じ発信機を付けている。多分一星くんとヒロトくんが気づけば、それを頼りに探していると思うよ」

 発信機があることをすっかり忘れていた明日人は、これまで一人でエレンに会いに行っていたことがバレないかと冷や汗をかいていた。

「野坂、その発信機を見つける機械は、フロイが持ってんじゃねぇのか」

 灰崎が真理を突くような言い方をすると、野坂は黙ってしまった。

「……そこまで考えていなかったんだね…」

 夜舞が額に汗をかく。

「ふふっ、そういうと思って、西蔭」

「はい、野坂さん」

 まさか、フロイの持っている発信機を見つける機械の代わりになるものを持っているのか!? と、明日人たちは目を輝かせる。

「はい、これ」

 しかし、野坂が出したのは弁当箱だ。

「え?」

「わ~! ごはんだ!」

 夜舞はごはんだと喜んでいるが、明日人たちは何のことか分からずにいた。

「これからフロイくんを見つける為に、何日も野宿することになるとは思うけど…」

「やっぱてめぇ何も考えてねぇだろ!」

 灰崎がそう突っ込む中、明日人は坂野上と話をしていた。

「明日人さん、俺たちもハーツアンロックは出来ないんでしょうか…」

「どうしたの、坂野上?」

「いえ、俺と明日人さん、両方とも怪異を持っているはずなのに、スペクトルフォーメーションもハーツアンロックもしてなくて、不安だなって思いまして…」

 そうすれば、ヒロトさんや一星くんみたいに空を飛んで、フロイさんを探しにいけるじゃないですかと、坂野上は思っているようだった。

「でも、もしかしたら怪異を持っているのにハーツアンロックをしないっていう可能性だってあるよ?」

 しない可能性? と明日人と坂野上は首を傾げた。

「ほら、明日人くんの狼さんだって、明日人くんの事は助けるけど、スペクトルフォーメーションはしないでしょ? もしかしたら、スペクトルフォーメーションをしたくない理由がそこにあるかもしれないよ?」

「…俺は、ハーツアンロックをして、皆さんを守りたいとは思いますけどね…」

 坂野上の本音に、明日人は気づき、声をかけようとする。

「みんな、そろそろ行くよ」

 しかし、野坂の指示で声をかけることは出来なかった。

 

 ***

 

「ヒロトさん、今どこに?」

『日本の上空だ』

「そこでは何がありますか?」

『あぁ…胸糞わりぃ匂いが空に居てもしやがる』

「そうですか…」

 一星はロシアのカザニの上空で、剣の形をしたスケボー上の乗り物に乗りながら、ヒロトと連絡を取る。ヒロトの話を聞いて、一星は祖国がユースティティアの乗っ取られたことによる悔しさを顔に出す。

「じゃあ、失礼します」

『あぁ』

 ヒロトとの通話を切り、フロイ探しを再開する。

 しばらくロシアの街を飛んでいると、裏路地で不審な動きをする少年を見つけた。

「そこで何をしているんですか」

 一星が乗り物から降り、不審な動きをする少年に声をかける。

「…その声、ヒカルかい?」

 一星に背中を向けていた少年が、一星の方を向く。

「フロイ!? よかった、皆探して___!」

 一星がハーツアンロックを解き、フロイのところに駆け寄る。しかし、首に何かが巻きつくような感覚がしたと同時に、一星は宙に浮かせられる。

「___フロイ、何を…」

 足を振るも、一星の首を巻きついているフロイの触手が外れることはない。

「…ヒカル、僕の母さんはね、父さんを殺していたんだ。そして、殺されたことがバレないように、僕と兄さんに偽物の記憶を植え付けたんだ。()()()()()()()()()()()()ていう記憶をね」

 まさか、と一星は戦慄する。

「だから僕は、母さんに復讐をする。かつて僕らにしたようなことを、僕がするんだ」

「やめろ! お前の母さんはそんなこと…」

「そんなこと? 母さんはね、皆に酷い事をしてきた。そんな母さんが、あの程度で許されるわけがないんだ」

 一星の声に、フロイは耳を傾けない。

「だから僕は、母さんが今まで作ってきたものを壊して、復讐するんだ」

 確かに、イリーナ・ギリカナンの罪はあれくらいで許されるわけがない。だが、フロイのやっていることには、何か他の目的があるように思えた。それが何なのかは、わからない。だが。

「フロイ、どこにいるんだろう…」

 路地裏の外で、聞き覚えのある声が聞こえる。明日人たちだ。灰崎に、坂野上の声も聞こえる。

「ん? あれって一星__」

 路地裏にいる人影に気づいた坂野上が、一星のいる路地裏の方を向く。

「__来るな! 皆!」

 その瞬間、触手が伸びてきた。

 夜舞たちはとっさの感で避け、灰崎も明日人と共に横に倒れた。

「な、なんですか!?」

「これは、触手…?」

 野坂が獲物を捕らえることができず、そのまま止まった触手を野坂は見つめる。すると、路地裏の方から足音が聞こえた。

「…フロイ!?」

「一星くんまで!」

 そこにいたフロイは、目を虚ろにさせて、背中から触手を生やしていた。その触手の一本の先には、一星がつかまっていた。

「な、なんだよそれ…」

 困惑する剛陣をよそに、野坂は西蔭に皆を守るように指示し、フロイの前に立つ。

「フロイくん。一星くんを離すんだ」

「ノサカ? ヒカルとはちょっと話をしていただけさ」

 そうフロイは言うが、首を絞めている時点でそうだとは考えられなかった。

「一星くんを離すんだ」

「んー? いいよ?」

 案外軽く返事をしたフロイは、一星を離す。一星は受け身も取れずに地面に倒れ、息を切らしていた。

「僕も、忙しいからね」

 フロイは触手を生やしている背中を向けながら、路地裏の奥へと消えようとする。

「フロイ!」

 明日人がフロイの元に走ろうとする。しかしそれは灰崎の手によって遮られる。

「馬鹿! お前まで一星のようになったらどうすんだ!」

「でも灰崎、俺、フロイのことが心配だよ!」

 自分の腕を掴む灰崎を振りほどこうと、明日人は掴まれている腕を動かす。しかし、灰崎は明日人を離す気配はない。

「あ、そうだ」

 すると、フロイの足が止まる。

「アストの分まで、復讐してあげるからね」

 それだけを言うと、フロイはまた歩き出した。

 

 

 

『なるほど、そういうことが…』

 宿所に戻った明日人たちは、一星のスマホでベルナルドに電話でフロイのことを話した。

『弟が、迷惑をかけてすまなかったな』

「だ、大丈夫ですよ! こうして一星も無事だったんですし!」

 謝罪するベルナルドに対し、明日人はベルナルドを励ます。

「あの触手…怪異かもしれないね。確か夜舞ちゃん言っていたよね。適合率が低いと、怪異に飲み込まれるか、死に至ると…」

「うん、でもスペクトルハーツで適合率を調べたときには、フロイくんそこまで低くなかったけど…」

「機械で調べた適合率と、実際の適合率が完全に合う訳がねぇだろ」

 灰崎は、機械と実際の適合率は全然違うと意見を申し出る。しかし、その言い方だと、まるで自分の適合率が本当は低くあってほしくないようにも聞こえるが。

「だとしても、連絡もとれない、居場所もどこにいるかわからない。どうしようもねーな」

 剛陣はもうお手上げの状態だ。

『とにかく、今のフロイは危険だ。もしかしたら、ヒロトも一星と同じになるかもしれない。だから、フロイのことは私に任せてほしい。ヒロトも呼び戻して、皆は練習をしているといい』

 ベルナルドが通話を切った。恐らく、ヒロトに連絡を取っているのだろう。そして明日人たちは、ベルナルドの言う通りグラウンドで練習をすることにした。

「…さて、真実を話してほしい。趙金雲」

 ロシアの公園で、ベルナルドはある人物と会う約束をしていた。それが、元監督の趙金雲だった。

「はいはーい、わかりましたよー。あ、その代わりに、私に30G分のお金を用意してくださいねー?」

 と、趙金雲はスマホの画面をベルナルドに向ける。そこには、可愛らしい女の子のイラストを中心に、いろんなアイコンが散りばめられている。

「ハワイだとすぐにギガがなくなっちゃうんですよ。そのせいで、西方ラストワールドの周回が捗りませんよ」

「わかった。早く真実を話してほしい。世界のサッカーの真実を」

 

 ***

 

「いいぞー! もっと打ってこい!」

 円堂がゴール前に立ち、両手を前に構える。剛陣は、ゴールの前に立っている円堂に向けて、シュートをした。

「次は俺だ! ファイアレモネード・ライジング!」

「正義の、鉄拳!」

 剛陣が全ての力を足に籠め、シュートを放つ。しかし、それは円堂の必殺技によって難なく止められてしまった。

「惜しいな! 剛陣!」

「くっそー!」

 剛陣がとぼとぼと最後尾に移動するなか、円堂はボールを先頭の明日人に渡した。

「よし明日人! もっと強く撃っていいぞ!」

「え、いいんですか?」

「あぁ!」

 円堂にそう言われ、明日人はお言葉に甘えて従うことにした。まず力を入れようと、後ろに下がる。しかしそれは最後尾の剛陣よりも後ろだ。

「行きます! うおおおおおおおおおおおお!」

 剛陣より前から、明日人はイナビカリ・ダッシュで勢いをつける。

「イナビカリ・ダッシュ! からのッ、サンライズ・ブリッヅ!」

「よし!」

 強度は十分だと、円堂は構える。

「うおおおおおおおおおおおお! 正義の鉄拳!」

 大きな拳が、太陽のボールとぶつかり合う。しかし、円堂の技を用いても、円堂はかかとに土の塊を作った。だが、もう少しでゴールに入ったと見なされる線に来る前に、ボールは止まってしまった。

「………よし! いいシュートだな! 明日人!」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 もっと力をつけるぞー! とウキウキしながら、明日人は最後尾に戻る。

「円堂、頑張っているな」

「だが…少し無理をしすぎじゃないか?」

 風丸が円堂を見て、少し無理をしていると思っているようだった。しかし、円堂は元気そうだ。とてもそうには思えない。

「(ユースティティアの天使を倒すためには、まず点を取られちゃ駄目なんだ。そのためにはまず、俺が強くならないと…)」

「円堂先輩!」

「え、」

「何度も呼んでましたよ?」

 円堂は、自分の力の無さに嘆く。しかし、外の声が聞こえなくなるほど考え込んでいたのか、夜舞に怒られる。

「あぁごめん! かかってこい!」

「……」

「ん? どうしたんだ夜舞」

 夜舞がシュートをしないことに困惑している中、夜舞は円堂に指を指した。

「円堂先輩…顔赤いですよ?」

「え? あっ!」

 野坂に手鏡を貸してもらい、自分の顔を見ると、確かに顔が赤くなっていた。自分でも気づけておらず、円堂は驚く。

「少し休んではいかがですが?」

「大丈夫! 全然平気さ!」

 手鏡を渡した野坂に休むよう言われたが、円堂はこのまま練習を続ける様子だった。

「……長いことやってるけど、やっぱり心配だよね…」

 円堂の顔の赤みが全く引かず、明日人たち灰崎に野坂、一星に夜舞は心配になっていた。

「うん…円堂先輩に何とか練習を止めるように言えないかな? 熱があったら大変だし」

「おい明日人。キャプテンなら、何とか説得できねぇのか」

「で、でも灰崎! 灰崎だってあの人に練習をやめてって言える!?」

「灰崎くんなら言えるかもね。でも、あの人の事だから止めるということはしないだろうけどね」

「……」

 明日人達は、どうすれば円堂が練習をやめて休憩をしてくれるかを考えている中、一星は無言で空を見上げていた。しかし、その雰囲気はさながら、充のようにも見えた。

「一星?」

「あ、明日人くん」

 明日人が声をかけると、一星は元の雰囲気に戻る。

「なんかぼーとしてたけど、大丈夫?」

「あ、大丈夫だよ。それよりも、なんだかこう、胸に違和感が感じるんですよ」

 胸に違和感を抱く一星に、野坂は仮説を立てた。

「もしかして、適合率のことかい?」

「いや、適合率のことは夜舞さんのおばあさんもOKだって言ってくれたじゃないですか」

「はは、冗談だよ」

 笑う野坂に、一星は腑に落ちない顔をしていた。

「デバイスの誕生か?」

 灰崎は、デバイスの誕生かと思っているようだった。

「えっ、一星のデバイス!? 凄そう!」

「そうだといいんですか…」

 灰崎の仮説に明日人が食いつくなか、一星はデバイスのことで不安に思っていた。

「やっぱり、一星と言ったら星だよな!」

「あっ、星の刀とか!?」

 そんな中、明日人と夜舞は狸の皮算用ならぬデバイスの皮算用のように、一星のデバイスのことを話していた。

「完全にデバイスの話になってやがる…」

「はは、デバイスの想像をするのはいいことじゃないかな? もしかしたら、いつかは自分たちもハーツアンロックをするかもしれないしね」

「俺が適合率一パーセントだということ知ってての言い方か? 野坂さんよぉ」

 まぁまぁと野坂は灰崎を落ち着かせる。(怒らせたのは野坂だが)

「大変です!」

 明日人たちが楽しく会話をしていると、坂野上の声が聞こえた。

「円堂さんが倒れました!」

『ええ!?』

 なんと、円堂のことで話している間に、肝心の本人が倒れてしまったのだ。

「円堂、大丈夫か!?」

 豪炎寺が円堂に呼びかける。円堂の顔色は悪く、青くなっている。明日人たちも急いで円堂の元に駆け寄った。しかし、明日人たちが来てもなお、円堂は目を覚ますことはなかった。

 

 ***

 

 円堂が目を覚ますと、そこは森の中だった。それも、不思議の国のアリスが迷い込んだような、入り組んだ道に鬱蒼した森だった。

「ここは、森…?」

 周りを見渡してみるも、見たことの無い景色だ。ここがどこの国で、どこの森なのか、円堂には見当もつかなかった。

「とりあえず進んでみよう…なにか見つかるかもしれないし」

 ここで待ってても、豪炎寺達が迎えに来る保証はない。それならとりあえずは進んでみようと、円堂は思ったのだ。

 森の中を歩いている中、円堂は不思議なもの達に出会った。お茶会をしている兎たち。片方の翼は折れ、縋りあっている双子の蝶たち。タバコを吸っている虫。歌を歌っている花たち。ここは、まるで不思議の国のアリスのようだ。

「凄い…まるで不思議の国のアリスみたいだ…」

 次はハートの女王かな。と円堂は次にどんなものが出てくるのかを期待する。

 すると、森の木がここだけなくなっており、まるで王宮のような広間に出た。

 そこにはなんと………

 

 

 体が光り始める。それも、オレンジ色の光だ。その光は次第に強まっていき、とうとう倒れている円堂の姿も見えないほどに眩しく光っていた。あまりの眩しさに明日人達が目を瞑っていると、光が無くなっていく。目に違和感を残しながら明日人たちは目を開けると、そこには『ハーツアンロック』をした円堂が立っていた。

「お、俺どうなったんだ…?」

 円堂は何が起こっているのかをわかっていないようで、キョロキョロを姿の変わった自分を見つめていた。

「凄いよ円堂くん! ハーツアンロックしてるよ!」

「そ、そうなのか?」

 柔道服を改造したかのようなオレンジ色のハーツアンロック。それをしたことに大谷は嬉しく思っていたようだ。しかし、円堂のハーツアンロックは一星とヒロトとは違って、どこか装飾が少ないようにも見え、神門は少しおかしいと感じていた。

「ちょっと待ってください。円堂さんのハーツアンロック…モデルが存在しません…」

 神門の思った通り、円堂のハーツアンロックにはモデルといったものが存在しなかったのだ。

「それに、見たところスペクトルフォーメーションもしてませんし…」

「ヒロトみたいにデバイスもないな」

 周りの雰囲気が、円堂のハーツアンロックは『未完成』という空気になっていると、円堂が手を叩いた。

「まぁまぁ、デバイスとスペクトルフォーメーションは、これから習得していけばいいさ!」

 さぁ練習練習! と円堂は、ハーツアンロックをしたままゴール前に戻った。

「……ハーツアンロックは、怪異とのスペクトルフォーメーションによって起きるものって思ってたけど、違ってたのかな」

「私もそう思ってたよ。でも、円堂先輩からは適合率の減少は見られないし、何しろ怪異がないのにハーツアンロックをしているのは少し意外だね。野坂くん」

 野坂と夜舞は、円堂のハーツアンロックについてを話しており、少しおかしいと思っているようだった。

「でも、僕が心配しているのは__」

 野坂が、折谷に言われたことを思い出す。

『悠馬。光の適合率が減少方向に入っているようなんだよ。もし異変を感じたら、僕に伝えてくれないかな』

 

 ***

 

 夕食を終え、各自で予定の消化を宿所内で行っている中、一星はグラウンドに出ていた。その中心で、一星はスペクトルフォーメーションをするための呪文を唱える。

「…スペクトルフォーメーション、リライズ」

 すると、一星の青い髪が赤色に染まり、後ろから長い三つ編みが現れる。蠍の象徴だ。

「さて…」

『一星、適合率のことで悩んでいるのか?』

 一星がボールを出そうと動いたその瞬間、胸の中から声が聞こえた。

「誰!?」

『失礼、私だ。蠍だ』

「あ…あの時の…」

 自身の頭の中に蠍の声が直接響き、一星は初めて蠍と話した時のことを思い出す。

『自己紹介をしよう。私は悟蠍(さとざそり)。一星、適合率を上げたいのだな?』

「はい…」

 自分の適合率が減少していることを指摘され、一星は頭を下げる。

「確か、夜舞月夜という人間の祖母が言っていたな。適合率はそう簡単に上げられるものではないと。しかし、私はこの目で見て思った。お前の適合率は、世界選抜と戦った時から減少している。何があるのだ? フロイ・ギリカナンのことか?」

 悟蠍が、仮説を立て始める。すると、一星が口を開いた。

「…フロイがあんな風になったのは、俺のせいかもしれません」

『なに?』

「フロイは、自分の母親が俺の家族を殺したことに罪悪感を感じているんだと思います。そして、明日人くんのお父さんの件も…だから、フロイは自分の母親に復讐をしようとしているんだと思います」

 悟蠍に、人の過去の話はわからなかったが、それでもフロイがどれだけその罪悪感に苦しんでいるのかを、想像ではあるが悟ることできた。

 

 

 

 

「ハッ! セイヤッ!」

 その頃円堂は、修練場で特訓をしていた。飛んでくるボールを、ハーツアンロックで受け止めるという特訓だ。

 しかし、円堂にはまだ真のハーツアンロックを掴めていなかった。本当のハーツアンロックは、もっと凄いのだと円堂は感じていたのだ。

「(一星とヒロトのハーツアンロックは凄い…あんな力を使いこなせるなんて…)」

 俺も負けていられないな。と円堂は特訓に身を重ねた。

「___!?」

 その瞬間、体が引っ張られる感覚がした。それも、引き伸ばされた体の行く末はなんと、自分がハーツアンロックをする前に来た世界だ。

「まただ…」

 この世界に入った途端、円堂は思い出した。ここで、誰かにハーツアンロックを解放してもらったことを。

『よく来たな。円堂守』

 声が聞こえた。

 しかしここで、夢の世界は終わってしまった。現実の世界へと戻る。

「……なんなんだ…一体…」

 何度も夢を見ているかのような感覚に、円堂は感覚がおかしくなりそうになる。

 

 ***

 

「うーん、やっぱり特訓かな?…」

 宿所のコンピュータルームで、円堂はハーツアンロックについてを調べていた。しかし、外の世界でもハーツアンロックによる情報は、無力なものばかり。イナペディアを見ても、全然ダメだった。

「ん? 円堂、お前がパソコンを使うなんて珍しいな」

 円堂がドアを閉め忘れたのか、朝練の帰りでコンピュータルームを通りかかった風丸が、円堂に声をかける。突然声をかけられた円堂は、パソコンの画面を隠すようにして風丸に振り向いた。

「あぁ風丸。朝練終わりか?」

「あぁ、一星とヒロトもだが、他の皆もだいぶ力をつけているみたいだからな。俺も負けてられないよ」

「そっか! 風丸も頑張れよ!」

「円堂だって、昨日みたいに倒れるなよ?」

 風丸にそう告げられ、円堂は笑いながら頭をかいた。

「ははは…」

「じゃあ、もうすぐ朝食だからな。お前も切りがついたら食堂に行くんだぞ」

 円堂が返事すると、風丸はコンピュータルーム向こうにある食堂まで行ってしまった。

「…困ったなぁ…」

 円堂は焦っていた。一星とヒロトはハーツアンロックを解放してすぐに使いこなせている中、自分だけが未完成で、使いこなせていない。ネットならなにか情報が見つかるだろうなと思っていたのだ。

「そうだ、ハーツアンロックをした本人に聞けばなにかわかるかも!」

 そうと決まればと、円堂はワクワクとウキウキからパソコンのシャットダウンを忘れ、食堂に急いだ。

 しかし、食堂に行く曲がり角で、円堂は誰かとぶつかってしまった。走っていたのと相まって、円堂は尻もちをついた。

「いった…あ、ごめん夜舞!」

「円堂先輩? 廊下は走っちゃダメって言われたような…」

「あ、あぁー」

 夜舞の言葉でやっと、廊下を走っては行けないということを思い出し、円堂は自分のした事に驚いた。

「とにかくごめん夜舞!」

「いやいいんですよ! あ、私これから不知火さんとお出かけするので、それじゃあ!」

 よく見たら夜舞はいつもの無地の袴姿とは違って、可愛らしい花模様の袴をしていた。不知火と夜舞の関係はよく分からないが、吹雪士郎からは「夜舞は不知火に恋をしている」(明日人より)ということは聞いていたが…

「夜舞…最近不知火に会ってるよなぁ…」

 今度は走らないようにと、円堂は歩いて食堂に向かった。

 食堂に入ると、皆がのんびりと話しながら朝食を食べていた。夜舞はその中でも一番に食べ終わったのか、皆は皿の二分の一も食べていなかった。

「あ、ヒロト!」

 早速ヒロトを見つけた円堂は、ヒロトにハーツアンロックの解放についてを聞くことにした。

「ちょ、円堂さん…いきなりなんスか」

「実はな、ヒロトにハーツアンロックのことを聞きたくてさー」

「ハーツアンロック?」

 ヒロトは突然ハーツアンロックのことを聞かれ、少し戸惑っている様子だった。

「ハーツアンロックは俺にもわかんねぇよ。ただ、凄く力が湧くって感じはするな。ま、それは俺がゴッド」

「大変です!」

 円堂がヒロトからハーツアンロックのことを聞いている中、大谷と茜が食堂にやってくる。

「実は、サッカー協会の建物が壊されたんです!」

 大谷が大声で報告する中、茜がリモコンで食堂のテレビをつける。

『現在、アメリカサッカー協会の建物が、破壊されています!』

 テレビには、爆発を続けるサッカー協会を背景に、ヘリコプターでライブ中継を続けるリポーターと、テレビの中では大騒ぎになっていた。

 

 ***

 

「…なるほど、貴族たちは、サッカーを使ったギャンブルをしていたのか…」

「はい。私がハワイに行っている間に手に入れたものです♪」

 ベルナルドと趙金雲は、オリオン財団本部の跡地に来ていた。そこでベルナルドは、趙金雲からの話を聞く。趙金雲の話によると、世界中の貴族はサッカーを使ったギャンブルをしているということなのだ。

「ですが、それを最初に始めたのは、オリオン財団だったのです。恐らく、貴族に金を出させることで、金もうけをしていたんでしょうね」

「…そうか」

 もしや、ユースティティアの天使がオリオン財団を壊したのは、サッカーギャンブルによるものなのかと、ベルナルドは予想する。しかし、これではユースティティアの天使がなぜオリオン財団を壊したかの決定的な理由にはならない。

「…どうしてサッカーが熱狂的になったのか、わかるかしら?」

 空中から声が聞こえた。それも、深みのある声だ。

「エレン!」

「おやや~?」

 ベルナルドより少し上で飛んでいる天使を見つけ、ベルナルドたちは身構える。

「なぜオリオン財団が壊されたのか___それは、オリオン財団が全ての根源だったからよ」

「…わかっている。オリオン財団は、世界経済を操ろうと、サッカーを____」

 顔を下げるベルナルドに、エレンは笑う。

「うふふ…違うわ。そもそも、サッカーはスポーツなのよ? それを商売に使うなんて、おこがましいにもほどがありますわ」

「そろそろ、訳を話してくれませんかねぇ?」

「あらごめんなさい。少し話がそれてしまったわ。いい? そもそもオリオン財団もだけど、サッカー協会も廃れているのよ。まず、事の発端はヴァレンティン・ギリカナンが趣味でサッカーギャンブルをしたところから」

 そして、エレンは話し始めた。

 まず、ベルナルドの父であるヴァレンティンは、友人たちとサッカーの勝敗を決める遊びをしていた。それも、小規模に。しかし、当時オリオン財団で副業をしていたサッカー協会の一員がサッカーギャンブルに目をつけ、世界中の貴族たちにサッカーギャンブルの詳細を話してしまったのだ。

 それで、何年も前からサッカーは商業化していた。貴族たちは勝つと思ったチームに金を出し、勝敗を懸けるようになった。そして、その勝ったお金で、戦争の為の資金を手に入れていく。

 しかし、これはただの序章に過ぎなかった。

 それは、一年前の雷門中FF優勝のことだ。予想もつかない勝利に、他の学校に金を出していた貴族は一気に暴落。そして、貴族からのクレームが来た。このままではとサッカー協会は思ったのだろうか。自分達に金をくれる機会を逃さない為に、サッカー協会は雷門中を伝説の中学校と仕立て上げ、さらにサッカーギャンブルの為の金を稼ぐために、スポンサードという制度を作ったのだ。

「全く、いつ思っても業が過ぎると思うわ。サッカー協会がサッカーギャンブルのことを貴族たちに話して、そのギャンブルで勝ったお金で戦争のための資金をあつめる。そして、サッカー協会はさらにお金を稼ぐために、スポンサードというのを作ったのよ。まさに、悪のスパイラルだわ。サッカー協会が儲かれば企業が儲かる。企業が儲かれば貴族が儲かる、貴族が儲かればサッカー協会も儲かる。強欲の悪魔(マモン)でもいるのかしら」

 そう、このサッカー界はもう、昔のような輝きなどないのだ。

 すでにこのサッカーは、によって支配されてしまった。

 

 

 

 

 強欲、それはお金。

 お金。それはギャンブル。

 ギャンブル。それはサッカー。

 

 



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第二十九話 意味のない戦い

pixivでも話しましたが、キャラが絶望する描写があります。


あと、いつも見てくれてありがとうございます。


 「はい、はい…うん、わかった」

 ロシアのショッピングモールのフードコートの席で、夜舞は電話先の相手と話す。その隣には不知火がおり、彼は一応夜舞の父親の友人ということになっている。しかし、その彼はベルナルド・ギリカナンの元師匠だった。その彼となぜいるのか。それは、夜舞自身がその人と居たいからであり、そこに理由はない。

「すみません不知火さん、緊急ミーティングで戻らなくてはいけなくなりました」

「そうか…仕方ないな」

 テーブルには紙コップとガラス容器が空の状態で並べられており、さっきまでデザートを食べていたことがわかる。不知火が腕時計を確認し、今後の予定がないことを知ると、夜舞に声をかけた。

「そうだ、二日後にまた会わないか?」

「二日後ですか? 特に予定はありませんし、わかりました!」

 また二日後、不知火に会えるということに夜舞はウキウキしながらショッピングモールを出る。ロシアの人混みの中を歩きながら、夜舞は宿所方面のバス停に向かう。

 だが、人混みのせいでよくはわからなかったが、すれ違いざまに見覚えのある容姿が目に入ったような気がした。それも、全体的に白く、そして髪の色は黒から青といったグラデーションと、夜舞が見逃すわけが無かった。

「__今のは」

 エレンだ。と夜舞は察した。ここで何をしているのだろう。何をするつもりなのだろうか。

 しかし、自分は早く宿所に戻らなくてはならない。エレンのことは後で皆に話すとして、今は宿所に戻ることにした。

 

 ***

 

「はっはっはっ、最高だな! まさか日本が支配されると思わなかったが、これで儂の罪も無かったことになったようなものだろう」

 アメリカの病室で、老人は高笑いをする。

「儂は上級国民だからな! ほとんどの罪は権力で消してきた! 最近病院の入口でデマが起きているようだが、そんなこと知らん! この国もいつかは儂の力を___」

 日本の上級国民の老人が笑う中、肉が刃物によって貫かれる。それも、あまりに急なことに老人は痛みも感じなかった。

「___は?」

「……貴方は罪を犯しました。人を車で数十人も引いて、それでもなお逮捕されない…」

 少年の右手には、老人の心臓に刺さったナイフが握られていた。

「貴方のような下衆に、ミラ様の手を汚す訳にはいきません」

 少年のペンダントが光った瞬間、周りの景色がスローモーションになる。しかし、しばらくすると、完全に止まってしまった。その間に少年は右手のナイフを抜き取ると、左手のハンドガンで、老人の顔や体全体に銃弾を大量に放つ。

「終わりです」

 少年が病室を去り、病院を出ると、周辺に止まっていた時間は動き出した___。

 

 

 

「よくやりました」

「ありがたきお言葉です」

 帰還した少年は、魔界を支配する天使、ミラの座る玉座の前で膝まづいている。しかし、少年の果たした任務の遂行内容に、ミラは不満を思っているようだった。それも、極悪人相手に地獄も見せずに殺したことだ。

「ですが、私としてはもう少し地獄を楽しんでからお亡くなりになられて欲しかったのですが……」

「あのような下衆に、ミラ様の手を汚す訳にはいきません」

「そうですの」

 少年の持っていたハンドガンをいじりながら、ミラは少年の顔を覗き込む。

「ミラ様。これから僕は、ラストプロテクターの抹殺に図ります」

 そう少年が言った瞬間、ミラの眉がピクっと動いた。

「…なんと言ったのです?」

「ですから、僕はこれからラストプロテクターの抹殺に…」

「そのようなこと、しなくてもよろしいですわ」

 ミラからの命令に、少年は目を見開いた。

「…お言葉ですが、それはどうしてですか。邪魔者は、早めに消してしまえばよいものを…」

「…貴方って、つまらない人ですわね。私は、あくまでこの戦いを余興だと思っていらしてよ?」

「そうですか…」

 ミラの考えに、従者である少年にはわからなかった。

 

 ***

 

「…監督、遅いね…」

 不知火と話をつけて帰ってきた夜舞は、監督の到着を待っていた。元監督の趙金雲は、ハワイで色んな情報を手に入れたらしく、今日はそれを聞くためにミーティングルームに来ていた。

「ベルナルド監督から聞いたけど、ハワイで色んなことを調べてきたからね、少し到着が遅れているのかもね…」

 アフロディはテーブルの上で手を組みながら、ベルナルド監督と趙金雲の到着を待っていた。

 その頃夜舞は少しお腹が空き、備蓄していたお菓子のバグリチュウをほおばりながらスマホを見ていた。そこでは、上級国民の○○容疑者が搬送先の病院で謎の死を遂げたというニュースが。

「みなさーん! お久しぶりですねー!!」

 明日人たちのいるミーティングルームにくるなり、趙金雲はまるでバレリーナのように飛んだかと思えば、すぐに着地してその場をくるくる回ったのだ。明日人たちが額に汗をかいているのに気づかないまま。

「趙金雲さん、お久しぶりです」

 笑いというなの呆れを抑えながら、野坂は元監督の趙金雲に挨拶をする。

「はーい! 皆元気そうでなによりですねー!」

「…お前もな」

 と、明日人の隣に居る灰崎が呟く。それに明日人は苦笑いで返す。

「さて、皆もわかっていると思うが、これを見てほしい」

 ベルナルドがミーティングルームの大型テレビの電源をつける。そこには、先ほどまで明日人たちが見たニュースの映像だった。しかし、とある場面でベルナルドはリモコンを操作して、一時停止をする。

「これが、どうしたというんですか?」

 キャプテンの明日人がベルナルドに、この映像がなんなのかと問いかける。

「これを拡大しよう」

 ベルナルドが明日人に言うと、今度はパソコンを操作して、一時停止となった画面を拡大させた。

 画面の画像には砂埃と火の粉が舞い上がっており、ただの事故の映像のようだった。しかし、明日人たちは砂埃の間にある黒い影を目にし、目を見開いた。

「_フロイ!?」

 明日人たちが驚く中、さらにベルナルドはテレビの画面を切り替えた。今度は、SNS上で投稿された写真だ。そこにも、サッカー協会が壊されている画像だ。そしてそこにも、ぶれてはいるがフロイが写っている。

「なぜフロイが…」と、豪炎寺。

 しかも、フロイの背中には謎の茎が生えていた。

「豪炎寺、今フロイの背中に植物の茎のようなものが生えていなかったか?」

 砂木沼の意見に、明日人たちはもう一度フロイの影を見る。砂木沼の言う通り、フロイの背中に細い触手が生えていた。

「まさかっ!」

「そんな、本当だったのか!?」

 この前ベルナルドが言っていたとおり、確かにフロイの背中に触手が生えていたのだ。

根憎蔓(ねうらみかずら)だな』

 低い男の声がしたと同時に、一星が机に突っ伏した。明日人達が驚く中、一星はむく…と体を起こし、真っ赤な瞳で明日人達に話しかけた。

「えっと、貴方は…」

『私は一星光の怪異、悟蠍だ』

 大谷が声をかけると、一星に憑依した悟蠍は、軽く自己紹介をした。

『さて、本題に入ろうか。根憎蔓は、そのフロイ・ギリカナンに取り付いた怪異だ』

 怪異の仕業だということに、明日人と夜舞は顔を見合わせた。しかし、夜舞が見せてくれたメモに、根憎蔓の記事はない。

「でも、その根憎蔓の怪異は、巻物のどこにもなかったよ?」

『それはだな。あの怪異は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 悟蠍はそう明日人達に言った。

 世界の原生生物とも言える怪異は、全て自然に生まれるものだと考えていた彼らは、自分の感情によっても生まれてしまうということに体をビクッと動かした。

『怪異には原生型と誕生型があるんです。根憎蔓は誕生型なので、悟蠍が根憎蔓と名前をつけたのですよ』

 すると、今度はヒロトが叶え蛇に憑依され、肘を机につきながら話している。

『映像を見ただけだが、どうやら根憎蔓はサッカー協会の建物を破壊することによる、達成感を味わっているようにも見えたな』

『いいえ、だとしたらフロイ・ギリカナンに取り付く必要がありません』

『それもそうか、』

 しばらくして、悟蠍と叶え蛇とのなっがーい会話が続いた。

「あ、あのっ! 結局その根憎蔓ってなんですか?」

 いよいよ我慢出来なくなり、明日人は会話をやめてほしいかのように、悟蠍と叶え蛇の会話に入った。

『まぁ、一言で表すのなら…あいつは危険だということだ』

 それだけを明日人に言うと、悟蠍の憑依が終わったかのように、一星の目が元の色に戻った。

「………えっ、俺、何をしていたんでしょう…」

「一星くん、大丈夫かい?」

「はい…」

 野坂の一言に、一星は大丈夫だと答える。

「さて、そろそろ本題に入りましょう」

「え? フロイの話が本題じゃなかったんですか?」

 趙金雲の本題という言葉に、明日人たちは一斉に趙金雲の方を向いた。

「これは、私の過去とともに話しましょう。私は昔、サッカー協会の委員として働いていました。オリオン財団に地位を奪われる前までね。そして私は、こんな身なりですが、サッカーを愛していました」

「怪しいな…」

「まぁまぁヒロトくん、ここからが本題なんですよ。サッカー協会は、オリオン財団を始点に、サッカーギャンブルをしていたのでーす! 勝敗を予想して、お金をかけるギャンブルをね…」

 これだけを聞くと、なんも害はなさそうに見えた(ギャンブルは悪い事だが)。しかし、実際は明日人たちの考えとは別のものになっていた。それを、ベルナルドが説明する。

「サッカー協会は、世界中の首相や貴族たちを巻きこんでいた。そして、サッカーギャンブルに勝った首相や貴族たちは、戦争や自分の欲の為の資金にしていたんだ」

「えっ、それって本当なんですか!?」

 ちょうど学校からの課題で戦争のことを取り扱っていた坂野上が、サッカーギャンブルによる金がどこに行くのかということに驚く。

「あぁ」

 それに、ベルナルドはただ頷くだけだ。

「もしかして、ユースティティアの天使がオリオン財団を壊したのって」

「サッカーギャンブルをやめさせるためだったのか…」

 アフロディと鬼道が、ユースティティアの行動の意図を読み取ろうとする。あれはギリカナン家を苦しめるものでも、フロイを苦しめるものでもなく、サッカー協会によるサッカーギャンブルをやめさせるものだったのだ。

 確証はできないが。

「オリオン財団がそんなことを…」

「…フロイさん…」

 マリクは、フロイのことを心配していた。彼は、オリオン財団が招いた罪に対して酷く罪悪感を感じており、明日人のことだってもそうだった。そのオリオン財団がサッカーギャンブルをしていたということに、フロイは何を思うのだろうかと。

「…なぁ、これって実質ユースティティアが正しいってことになんじゃねぇのか?」

 剛陣の一言に、明日人たちは一斉に剛陣の方を向く。

「そ、そんなわけないよ! ユースティティアは、俺達からサッカーを奪ったんだよ!?」

 同様のあまり、年上に対して敬語を使うことを忘れてしまっている明日人が必死に抗議をする。

「稲森の言う通り、確かにユースティティアが正しいとは考えにくいな」

「なぁ…どういうことなんだ?」

 円堂が剛陣に問いかける。すると剛陣は、皆に問い詰められて焦っているような顔をしながら言った。

「いやな、確かにユースティティアは俺達からサッカーを奪ったぞ? だけど、もしそれがサッカー協会による戦争を止めさせるものだったら、取り戻そうとする俺達の方が悪ってことになんじゃねぇのか?」

 確かに剛陣の言うことは正しい。だが、必ずしもそれが正しいというわけではない。それでも、明日人たちは苦い顔をしていた。

「ま、まぁまぁ! そういう難しい事は、ベルナルド監督に任せて、私たちはサッカーしていようよ! ね?」

 夜舞は剛陣と皆の間に入り、皆を鎮める。こうして、ミーティングは終了した。

 

 *** 

 

「どうしたんだ皆、なんだか変だぞ!」

 円堂が、彼らを見て大声をあげる。明日人たちは地面を見つめており、円堂の言葉に耳を傾けていなかった。

 時は、グラウンドに出て練習をしようとした時である。

 明日人たちは、練習メニューを見ながら練習していたのだが、それが中々上手くいかなかったのだ。練習メニューが上手くいってないのではない。彼らのプレーに問題があったのだ。

 パスをしようにも、繋がらない。

 ドリブルも、すぐにディフェンダーに邪魔される。

 ブロックも、ミッドフィールダーのドリブルによって突破されてしまうのだ。

 それを見て、円堂は我慢できなくなり、こうして明日人たちに喝を入れに来たのだ。

「…円堂さんは、何も感じないんですか」

「えっ…」

 しかし、明日人が自分に言った事に円堂は目を見開いた。

「サッカーが戦争に使われたなんて、嫌じゃないんですか!?」

「お、俺だって嫌だけどさ…」

「じゃあ、なんでそんなに楽しそうにサッカーをしているんですか!」

 現キャプテンと元キャプテンとの言い合い(明日人が一方的に言っている)に、坂野上と一星はオロオロする。

「あ、明日人くん落ち着いてよ!」

 夜舞が止めに入るも、明日人はやめる気配は無い。

「サッカーギャンブルの事実を知って、俺たちはまともにサッカーが出来なくなりました。それなのに…それなのになんで、貴方はそんなに楽しそうなんですか! 俺たちが取り戻そうとするサッカーがこんなんだったら、こんなの…」

 明日人が涙を流す。それに円堂は手を伸ばそうとしたが、跳ね除けられる。

「サッカーじゃない!!」

 そう言うと、明日人はグラウンドの昇降口へと走っていってしまった。

「あ、明日人くん!」

「夜舞…ここは俺に任せてくれないか」

「円堂先輩…」

 自分の行動に負い目を感じた円堂は、夜舞の代わりに明日人を追いかけることにした。

「みんな! 俺がいない間、練習頼んだぞ!」

 円堂は明日人を追いかけ、グラウンドを出る。

「親分、やはりサッカーギャンブルのことは伝えない方が良かったのでは…」

「これでいいのです」

 李子分が明日人の発言を聞いて、趙金雲にサッカーギャンブルのことを話す。しかし、趙金雲はこれでいいと言った。

「いいですか。人が一番恐ろしくなるのは、悪に染った時ではありません。自分らのしていることが正義だと慢心してしまうことです。そして、ラストプロテクターというチームと、ユースティティアの天使は、どちらも正義と言えることです。彼らには、正義とは何なのかを知らなくてはいけませんからね」

「確かにそうだな…」

 かつての自分の母は、世界を救うためだという正義に溺れた愚者のようなものだった。趙金雲の言っていることは本当だと、ベルナルドは思っていたのだ。

「確かに、稲森の言う通りかもしれないな…」

 円堂と明日人の帰りを待つ為に、上手くいかない練習をしている中、休憩に入った風丸がベンチで呟いた。

「稲森くん、サッカーのことに熱心的だったからね…」

 大谷もまた、明日人のことはよく知っており、FFの決勝戦でラフプレーギリギリのサッカーをしていた灰崎と野坂に対して怒ったという記憶もあった。

「…クソっ!」

 苛立ちながら撃った灰崎のボールは、誰もいないゴールに突き刺さる。

「俺は明日人を探しに行くぞ」

「ま、待ってよ灰崎くん! 円堂さんが言ってたでしょ!? 俺がいない間、練習を頼んだって!」

 居てもたってもいられず、明日人を探しに行こうとする灰崎を止めようとする坂野上。

「…坂野上くん。灰崎くんの言う通りだよ」

「一星くん…」

「明日人くんが狙われているのに、一人にしちゃおけないよ」

『その通り。横着している場合?』

 誰かが置いたサッカーボールの上に、天使が足を揃えて立つ。

「エレン!」

「こんにちは」

 フォルセティの娘、エレンが来たことに、その場にいる人達が身構えた。他に仲間がいるのではないか。明日人を救済しに来たのか。

「そんなに身構えなくてもいいのよ。私は忠告をしに来ただけだから」

 身構える灰崎たちを見かねたのか、エレンはその場にいる人たちを安心させるように言う。しかし、灰崎たちにそれは伝わらなかったようだ。

「これを見てちょうだい」

 エレンが六枚の翼を出して空を飛ぶと、傘の先から出るレーザーで、テレビの画面のようなものを作る。砂嵐の後、画面には見慣れた風景が写った。

 そう、日本だ。

 インタビューのようにマイクが写っており、その傍には日本から逃げる時に逃げ遅れた人達だろうか、人が写っている。

 しかし、灰崎達が予想していたものより、かの日本は理想郷(エデン)とかしていた。

『日本が乗っ取られたって聞いて、驚きましたけど、私たちのような貧乏人にも食料やお金を渡してくれるので、ミラ総理大臣は素晴らしいです』

『正直、こんなに素晴らしい国は見たことがないよ』

『やっぱり、天使に世界を統一させたほうがいいんじゃ…』

 なんと、逃げ遅れた人達は、ミラに支配された日本を理想郷だと発言していたのだ。しかもそれだけではない。

「これもよ」

 また映像が変わる。今度は会議室のような質素な部屋に、何十人の人が集まっている動画だ。

『ラストプロテクターがもしもユースティティアの天使を倒してくれたなら、私達の勝利ですね』

『世界中のサッカー選手は、自分達のしていることが戦争をしているのと同じだと気づいていないからな』

『国も悪ですよね。ラストプロテクターにだけ給付金を渡すなんて。まぁ、ユースティティアの天使を速く倒してもらって、早くサッカーによる経済活動をしたいですからね』

『ラストプロテクターも馬鹿ですよね。結局は私達に踊らされているんですよ』

 サッカー協会の委員たちだ。誰もかれもが不敵な笑みを浮かべて笑っており、灰崎たちは自分達のしていることに絶望した。

 そう、自分達はサッカー協会、いや全ての大人たちに踊らされていたのだ。

 自分達の欲の為に、世界の為に戦う自分達を利用したのだ。

「…あ、あぁ」

 坂野上が、絶望のあまり地面に膝をつく。

「これが現状よ。これでわかったでしょう? 戦うだけ、この世界の人間たちを甘やかすだけだって」

 傘の先から現れる光が消え、エレンは背中を向ける。

「じゃあね。あとは貴方達で考えること__」

 エレンが背中を向けた瞬間、何者かのシュートがエレンに突き刺さろうとしていた。

「__エレン、危ない!」

 夜舞が思わず叫ぶ。

 しかし、夜舞に言われなくとも、エレンは自身にバリアを張ると、シュートは勢いを無くし、地面に落ちる。

「…だぁれ?」

 自身のみに危害が及びそうになってもなお、エレンは余裕そうな表情でシュートを放った相手を探す。

「夜舞! なぜ敵を庇うようなことを!」

「でも風丸先輩! 怪我したら大変じゃないですか!」

「外したか!」

「剛陣! 何をしているんだ!」

「豪炎寺さん! こいつの言っていることは嘘っぱちだ! きっと、俺達を嵌めるためにこんな動画を作ったんだ!」

 剛陣はあの映像を信じていないようだ。しかし、これまで世界の為に戦ってきた彼らにとっては、ショックが大きい。

「…剛陣。俺達は、踊らされていたんだ。最初から、俺達はサッカー協会に嵌められていたんだ」

 風丸の目は前髪によって隠され、その素顔は見えない。

「お、大谷さん…」

 茜は、顔を地面に向けている大谷に恐る恐る声をかける。

「…茜ちゃん。明日人くんと円堂くんを連れてきて」

「でも、大谷さんは…」

 本当は、泣きたかった。しかし、先輩として、後輩を安心させたかった大谷は、無理やり笑顔を作った。

「私は、だいじょうぶだから。お願い」

「…はい」

 大谷に言われたとおりに、茜は明日人と円堂を呼びに宿所を出る。

「…俺、もう戦いたくない…」

「何言ってんだタツヤ! サッカーを取り戻さねぇと、お前の夢だったFF優勝が出来なくなっちまってもいいのかよ! 俺はお前の夢のすけ…」

「そんなの、こんな事実を知ってしまったら、叶うわけないだろ!」

 サッカー協会に利用されていたこと、自分達の夢が叶わないというぐちゃぐちゃな感情に押しつぶされ、タツヤは情緒不安定なままヒロトに怒りをぶつける。

「ッ…」

 鬼道がエレンを睨む。あの映像が真実か、嘘かはわからない。しかし、鬼道は自分達の役目を理解していた。

「お前達しっかりしろ! 俺達には、俺達の役目がある! ここで絶望してどうするんだ!」

 気が沈んでいる者たちに喝を入れると、鬼道はエレンに振り向いた。

「…エレン、お前だけは許さない…」

 エレンには、わかっていた。強気な態度で睨んではいるが、そのゴーグルの下では瞳が揺れているということに。

「…いい? 私は貴方達と戦いたくないの。天使と人間の共存を目指す以上、こんな真似はしたくはなかったけど…。でも、貴方達には一度、この世界の真実を知るべきなのよ。戦うだけ、意味のないことだって。そして、世界はいつだって貴方達のような英雄を求めているわ」

 すると、エレンの持つ傘が白と薄緑の槍に変わり、翼も薄緑に染まる。

 

「自分たちの不都合な事実を覆い隠してくれるような捨て駒をね!」

 

 ***

 

 勢い余って宿所から飛び出した明日人は、ユニホーム姿のままロシアの街の公園のベンチに座っていた。運動して体が暖まっていない上に、ジャージも着ていないため、ロシアの街は寒かった。

「そういえば、もう十一月だもんな…」

 両手で肩を擦って体を暖めていると、誰かが隣に座ってきた。エレン? と明日人は思った。しかし、隣に座ったのは、フロイだった。

「…フロイ?」

「………」

 無言のまま、フロイはベンチの先にある、サッカーをしている子供たちを見つめる。

 

 

 

「明日人―!! どこにいるんだー!」

 ロシアの街を走りながら、円堂は明日人の名を呼ぶ。

「(どうするんだ…スマホは鞄の中だから連絡できないし…)」

 ロシアの公衆電話はあるが、かといって明日人が携帯を持っている可能性も低い。せめて、どこにいるかわかれば…と思いながら歩いていると、公園が目に入った。

「(…明日人!? それにフロイも!)」

 なんと公園のベンチには、フロイと明日人がいたのだ。今の所フロイに触手は生えていない。しかし、危険に誓いのは確かだ。

「明日人―! フロイー!」

「円堂さん!?」

 円堂が大声で二人の名を呼ぶ。明日人は驚いた様子を見せるも、フロイは無言のまま円堂を見つめる。

「フロイ、お前も探したんだぞ!? さ、一緒にかえ…」

「残念だけど、それは出来ない」

 すると、フロイは自分の胸に手を当てた。

「僕は、ラストプロテクターも、オリオン財団も、ユースティティアの天使の協力もなしに、サッカー協会をこの世から消し去るという目的があるんだ」

「なっ、そんなことしたら、ユースティティアの天使を倒してもサッカーが!」

「出来なくなる? そんなの僕の手でまた復活させるさ。今の醜くてに満ち溢れたサッカーよりも、新しくしてやり直した、清々しいサッカーの方がいいだろ?」

 ついこの前まで、サッカーを取り戻そうと奮闘していたフロイが、たった数日でこうなってしまったころに、円堂は驚きを隠せない。しかし、フロイがこうなってしまった理由を、円堂は知っていた。

「…フロイ…お前がサッカー協会を壊そうとするのって、サッカーギャンブルがあるからか?」

「あぁ、オリオン財団の機密情報に乗っていたんだ。オリオン財団とサッカー協会は、世界大戦を起こしかねないことをしていたんだ。それを起こして、大量の死者を出すよりも、今この手でサッカー協会とオリオン財団を壊した方がいい!!」

「フロイ…」

 明日人がフロイの名を呟くと、フロイは突然明日人の肩を掴んできた。

「アスト。君が母さんにされたこと、僕がこの身で償うよ。そして、君のやりたいサッカーを、実現させてみせる」

 

 

 

「なぁ明日人…フロイとは何を話していたんだ?」

 フロイが居なくなったベンチに、明日人と円堂は座る。

「…サッカーギャンブルの話です。俺、思っていたんです。戦争に繋がるサッカーなんて、やりたくないって」

「………」

 明日人の意見に、円堂は口ごもる。しかし、円堂には明日人に言いたいことがあった。

「明日人…悪かった。世界をかけた戦いなのに、俺、どうしてもサッカーが大好きだからさ、つい楽しんじまうんだ。世界の危機なのにな…」

 円堂は、自分がどれだけサッカーに思いを詰め込んできたのか、そして、どれだけ愛しているのかを、明日人に話した。すると、明日人は透明の雫を目から零した。

「…俺は、羨ましいですよ。俺も、そんな風に、サッカーを…」

「明日人さん! 円堂さん!」

 向こうから、二人を呼ぶ声が聞こえた。茜だ。こんなところに一人で、どうしたんだろう。

「茜さん! どうしたの?」

「…実は…」

 

 

 

「そんな…」

「皆!!」

 明日人たちは、急いでグラウンドに戻った。しかし、そこにいたのは、エレンによって傷だらけで地面に倒れた、彼らの姿があった。

「…大谷さんが、私を逃がしてくれたんです…」

 確かに、エレンが必殺技を使ったのか、それはベンチにも影響が出ていた。

「とにかく、救急車を!」

 明日人と茜が急いで救急車を呼んでいる中、円堂は倒れている皆を前にして、膝をついていた。

「…みんな…」

 自分がもう少し早く明日人を見つけていたら。

 自分がもし夜舞に明日人の捜索を頼んでいたら。

 自分がもし、

 ハーツアンロックを完成させていたなら。

 

 

 

 

 

 

 この戦いが意味のないことだと知ったときこそ_____

  人は、深く絶望する。

 




 はい、とうとうやってしまいました。
 サッカー協会の真実を知って、皆さんが絶望するというのを。
 いやね、最初は普通にエレンさんに歯向かって反抗するっていうのを書いていたんですが、添削するうちに戦神特徴のちょっと鬱な描写が…無印なら『そんなの嘘っぱちだろ! 戦うぞ!』が普通なんですけどね、戦神ではそうはいかないんですよ。でも、そこが戦神の一番の十八番ともいえますねw

 調子にのってすみませんでした。
 キャラ崩壊させてすみませんでした。
 でも鬱丸さんは捏造三期でも鬱丸さん。


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第三十話 真実はなにより人を傷つける

もはや話のテンションが戦神になっとるやんけ…とこの小説の本来の目的を思い出し、ショックを受けている者です。
あとフロイ編長くね…?
早く終わらせないと視聴者からいい加減にしろと言われる…


「………」

 すっかり暗くなってしまったロシアの総合病院で、明日人たちは総合受付前の待合室で医者の言っていたことを脳裏に過らせる。

『全員、怪我を負っていましたが命に別状はありません。サッカーも十分できるそうですが…ご本人曰くショッキングなことが起きたというので、念のためカウンセリングを行いますね』

 自分が居ない間に、何があったのだろうか。と、明日人は思いを巡らせる。大谷によって逃がされた茜の話によれば、自分が居ない間にエレンが来たというのだ。そして、灰崎達にミラが支配した日本の今、そしてサッカー協会の真実を映像として伝えてきたのだ。その後は茜も明日人たちを探しに出ていて、それ以降のことはわかってはいないらしい。

 だが、明日人はこの予想が本当かは知らないが、気づいていた。エレンは、自分達を倒すためにやってきたということに。自分達が宿所に帰った時にはもう、灰崎たちは倒れていた。これはつまり、エレンによって灰崎たちは倒されたといっても過言では無かった。

 しかし、それなら少し疑問が湧く。エレンは平和の天使。つまり戦いを好んでいない。なら、なぜ自分達を襲撃しにきたのだろう。

「明日人さん、明日人さん」

「え、あぁどうしたの? 茜さん」

 茜に肩を優しく叩かれる明日人。さっきまで声をかけられていたこともわからないほどに考え込んでいたのだろうか。意識がやっと外に向く。

「あまり言いにくいんですけど…円堂さん、特訓しなきゃって外に出てしまいました」

「えぇ!?」

 自分が考え込んでいる間に円堂が特訓をしに行ってしまったことに、明日人はいつの間にと感じた。それと同時に、なぜ円堂はこんなときに特訓をしようと思ったのかとも考えた。

「それで、なんて言って?」

「なんだか…皆を守る為にはハーツアンロックが必要なんだって言っていました」

「円堂さん…茜さん、円堂さんを探しに行こう。まだ近くにいるかもしれない」

 明日人は、円堂を探そうと病院の外に出た。しかし、辺りは夜なので暗い。もしかしたら結構な時間を探す時間にあててしまうかもしれないと思ったその時だった。明日人たちが居た病院近くの公園で、円堂がタイヤを背負いながらタイヤを受け止めている姿があったのだ。

「…ドリャア!!」

 あれほど大きなタイヤを受け止めている円堂に、明日人たちはその迫力に声をかけることが出来なかった。

「俺は、もっと強くならないといけないんだ…そのためには、特訓だ!」

 息が荒くなっていようとも、円堂は特訓を止める気配はない。その根性と気迫に、明日人と茜は改めて円堂が伝説のゴールキーパーだとわかった。

「うぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉおおおお…」

 声で力を圧縮させ、円堂はその力でタイヤを押す。そのタイヤは重力の作用でまた円堂の元に戻ってくる。

「ハッ!」

 円堂が勢いよく両手を前に突き出した瞬間、明日人たちの目には完成されたようなハーツアンロックが一瞬だけ見えた。円堂の短い髪が伸び、背中からはオレンジ色の翼をマントの様にして生えていた。

 しかし___

「わぁっ!」

 タイヤの力があまりに強すぎたのか、円堂はタイヤに吹き飛ばされた。それを見て、明日人たちは額に汗をかいた。

「円堂さん…」

「いてて…ん? 明日人に宮野。どうしたんだ?」

 仰向けに倒れていることで、後ろにいた二人に存在に円堂は気づいた。

「いや、円堂さんが特訓するっていって外に出たものだから…」

「あぁ! ちょっと特訓したかったんだ!」

 と、円堂は笑った。

「いきなり特訓するって聞いた時には、心配しましたよ…」

「わるいわるい! じゃ、病院に戻るか!」

 円堂は笑顔のまま、明日人たちと一緒に病院に戻る。その道中で、明日人は円堂になぜハーツアンロックを完成させたがるのかを聞いた。それに、円堂はあどけない子供のように答えた。

「すみません円堂さん、そんなにハーツアンロックを完成させたいんですか?」

「……まぁ、完成させたいって気持ちはあるな。ハーツアンロックを完成させたらさ、もっと強くなるし、皆のことを守れるかもしれないだろ?」

「皆のことを守れるかもしれない…」

 明日人には、なぜ円堂がそこまでしてハーツアンロックを完成させたいのかが、よくわからなかった。元々、こうやって難しく考えるのは苦手なのだ。だが、自分の状況と円堂の状況を見たら、そうは思えなかった。

 明日人と坂野上には怪異が存在している。しかし、ハーツアンロックは出来ていない。そして円堂はというと、怪異が居ない上に、ハーツアンロックが未完成だ。もしこれが明日人だったら、焦ってしまうのも無理はないだろう。

「皆さん」

 明日人たちが病院に戻ると、丁度良く担当の医者が総合受付で待っていた。

「カウンセリングは終了しました。また何かあったら来てください。私どももお力になります」

「はい、ありがとうございます」

 三人とも医者に頭を下げると、カウンセリング室から灰崎たちが出てきた。全員が元気そうで、円堂は嬉しそうな表情をした。

「みんな、大丈夫なのか!?」

「あぁ、なんとかな」

「三人とも、無事で何よりです…」

 茜は夜舞たちが無事なことに思わず涙が溢れていた。それを、大谷が抱きしめて茜の背中をさする。

「茜ちゃん、泣かないの」

「私たちは大丈夫だから!」

 と、夜舞はガッツポーズで茜を励ました。

「明日人くん」

「何? 野坂」

 一人で椅子に座っていると、野坂が話しかけてきた。

「君があの時逃げ出した理由、今ならわかる気がするよ。確かに、僕たちは実質的には世界各国の紛争に協力したようなものだった。確かに、こんなのはサッカーじゃないだろう」

「野坂…ごめん」

 心配をかけさせた上に、彼らに怪我を負わせてしまった。その責任は、大きいと思い、明日人は野坂に頭を下げた。

「君が謝ることではないよ。エレンの流したあの映像が、嘘である可能性もある。とにかく、今はベルナルド監督と趙監督に任せよう。サッカー協会の今後については、いずれ議論されることになる。頑張るんだよ。キャプテン」

「野坂…」

「野坂さーん!」

「わかった、今行くよ」

 野坂が一星に呼ばれて去っていくその背中と、先ほどの内容を聞いて、明日人は励まされた。

「明日人?」

 すると、後ろで声をかけられた。それも、長い事聞いていなかった懐かしい声だ。

「氷浦、どうしたの?」

「明日人、灰崎から聞いたぞ。サッカー協会が、サッカーギャンブルをしているって」

「うん…」

「サッカーギャンブルがなんだろうが、俺はユースティティアの天使を倒す。お前も気を付けろよ。エレンに狙われているんだからな」

「…………」

 確かに自分はユースティティアの天使に狙われている。そう簡単にユースティティアの天使が悪いとは思えないし、なにせエレンを倒すのは少し気が引ける。こんなことを言ったら氷浦は怒るだろうか。と思いながらも、明日人は言わなかった。

 

 ***

 

『というわけで、今日から氷浦くんがチームに復帰しまーす!!』

 と、趙金雲のいい加減な報告によって決まった、氷浦貴利名の復帰。期間が空いていたため、しばらくはフォローしてほしいという報告の元、明日人たちの乗るバスは宿所へと発射した。

「初めまして! 私は夜舞月夜。よろしく!」

「私は宮野茜です。マネージャーをしています」

 氷浦の隣に座った夜舞と茜が、氷浦に自己紹介を済ませる。

「あぁ、よろしく夜舞、宮野」

「氷浦さんって、明日人さんのご友人なんでしたよね」

「まぁ…友人っていうよりは、幼馴染みだな」

 三人が話をしている中、灰崎はバスの外を見つめていた。

 灰崎は、色んな人に出遭っている中で、自分の中のサッカーを形作ってきた。しかし、いきなりサッカーがギャンブルに使われ、戦争に使われていると聞いて、灰崎は目の前が真っ暗になったのだ。色んな人との関わりもあるが、実質サッカーに救われたような灰崎はそれを信じることは出来なかった。だから、エレンの映像は嘘だと信じたかったのだ。あれは、自分達を弱らせるためのものだと。

 しかし、その希望は無残にも打ち砕かれた___。

 

 

 

『ベルルムランケア!!』

 右手を掲げたエレンは、指を擦って鳴らした。それはフィールド全体によく響き渡り、そのあとの静寂が彼らを包んでいた。しかしその静寂は刹那に終わり、代わりに空から空間の隙間のようなものが空中に細かく現れた。その隙間からは七本の黒い槍がボールの周りに突き刺さり、その槍はボールを中心に、今紫色のグラウンドを包むほどの柱を作り、天を貫いた。

「…私も、貴方達と同じ意志を持っている天使よ…」

 柱が作られると同時に、薄緑色の翼で飛んだエレン。右手に持っていた槍を柱に掲げると、エレンは叫んだ。

「だけど貴方達は、自分達と同じ人間に踊らされていることを知るべきだわ! あの映像は、『本物』よ!!」

 エレンが槍を投げると、それは柱の中心のボールを貫通し、ボールに光が溜まる。

『グラディウス!』

 すると、柱の全域を発射台に、数えきれないほどの黒い剣が灰崎たちに向けて放たれた。その剣は彼らを貫き、体力を奪っていく。ハーツアンロックをしていたヒロトと一星も、同じように貫かれ、ハーツアンロックが解ける。その被害は大谷達マネージャーも、ベルナルドら監督たちも広がっていた。

「くそ…エレ、ン………」

 各地で倒れる音が聞こえる中、灰崎だけは立ち上がっていられた。自分は、ここで諦めるわけにはいかないのだ。自分は、絶対に何があってもサッカーを取り戻すと。

「…安心なさい。全員死なないように手加減はしたわ」

 すると、エレンは灰崎に向けて両手を広げた。

「………さぁ、灰崎凌兵。どちらか選びなさい。サッカー協会に利用される(取り戻す)か、サッカー協会を裏切る(棄てる)かを!!」

 両手を広げたエレンは、灰崎に選択を強いた。しかし、灰崎はその選択の答えを返す間もなく、意識を失った。

 

 

 

 そうエレンに言われながら気絶し、気がついた時には病院にいたのだ。そして、今は宿所に向けてバスは発進している。

 エレンに選択を強いられたが、正直灰崎には、どちらを選ぶ気にもなれなかった。サッカーは取り戻したい。これは自分の為であり、誰かの為だ。しかし、あのようなことをしているサッカー協会の手助けはしたくないという思いもある。なら、諦めるか? いや、それも嫌だ。仮にだが、もしかしたらあの映像が嘘という可能性もある。だが、槍を放つ前に言ったエレンの言葉が耳に入ってくる。あの映像は、本当だと。

「(くそ…どうすればいいんだよ…)」

 

 ***

 

『試合終了! 得点は4-2! 世界選抜の勝利です!』

 実況の声が、遠く聞こえる。明日人たちは体力の減少でFFIスタジアムの芝生に足をついており、そこから動くことも出来なかった。

「そん、な……」

 無意識に放った言葉のあとに、急にキャプテンマークが重く感じた。

 病院から帰った翌日、彼らは世界選抜と試合をしたのだ。しかし、最初こそ調子のよかったそれは、すぐに無くなってしまい、いつの間にか世界選抜に4点をもぎ取られていた。

「どうしたのだ。私が見た所、最初に見た時のラストプロテクターと、今のラストプロテクターとでは、全く迫力を感じられないぞ」

 放心している明日人を心配してか、世界選抜のキャプテンのクラリオが明日人の前に立った。しかし、明日人はそんなクラリオに何かを言う気力も無かった。ただ、目の前の状況に絶望している。

 世界各国の選手が集まる、世界選抜に勝てたのなら、ユースティティアの天使も倒せるはずだ___。と思っていた時期とは、訳が違うのだ。

 試合になる前のことだが、明日人たちはあれから必死に練習してきた。たとえサッカー協会がサッカーギャンブルをしていたとしても、自分達は戦い続けるのだと。しかし、たかが子供のメンタルなど、全員が全員打たれ強くて同じというわけにもいかなかった。

 まずは坂野上のような、サッカーを純粋に楽しんでいた層。その層は、すぐに練習に身が入らなくなった。そして、ボールに触ることも出来なくなっていた。

 次に明日人のような、サッカーで自分を作ってきた層。その層は、最初こそあの映像は嘘だと信じながら練習をしていた。しかし、自分達が戦争に加担していたという絶望と、これからのことの葛藤で、スランプに陥ってしまった。

「で、でも俺、絶対にユースティティアの天使に勝ってみせる! 今は駄目でも…いつかは」

「勝てると思っているか!」

「えっ」

 突然怒鳴ったクラリオに、明日人はどうすればいいかわからなかった。クラリオも、ユースティティアの天使を倒して、天使の侵略を止めようとしている。同じ意志を持っているからこそ、明日人に喝を入れたのだろうか。

「キャプテンは、常にチームの意志を継ぎ、その意志を行動に表す人間のことだ。そのような無責任な発言こそ、チームの士気を乱しているのではないか!?」

「クラリオさん…」

 キャプテンがいかに大変だということは、これまでの経験でわかってきたことだ。しかし、キャプテンになってどうすればいいのかがわからなかった。確かにクラリオの言い分は正論だ。もしかしたら、これまでの自分も、無責任な発言をしていたのかもしれない。

『そうねぇ…ところで貴方達は、なぜラストプロテクターがこんな風になっているか、御存じ?』

 エレンと思わしき声に皆がキョロキョロと周りを見回していると、槍が60度の角度で明日人の近くに突き刺さった。センターサークルに刺さった槍に明日人が思わず後ずさりすると、何者かが槍の柄に立って足を揃えた。

「エレン……」

「久しぶり、明日人」

 夏でもないのに日傘を刺しているエレンを見ると、わずかに笑っていた。すると明日人は、エレンが皆をこんな風にしたのかと青ざめる。エレンのことは灰崎から聞いていたのだ。明日人の予想通り、エレンは灰崎たちを攻撃してきたのだ。それに驚いたのはついこの前だ。

「そこの世界選抜とは始めてかしら。私はエレン、平和の天使にして天使の統率者。今日ここに来たのは、貴方達に戦うのを止めてほしいのよ」

 するとエレンは、両手を広げたかと思えば、明日人たちに戦いをやめるように言ってきたのだ。

「貴方達が私達と戦うことで、テミス改革は進んでいくのよ。だからやめてちょうだい」

 つまり、自分達がユースティティアの天使と戦う度に、テミス改革が進んでいるのだと伝えたいのだろうか。だからエレンは、自分達と戦うのをやめてほしいが為に、ラストプロテクターを襲撃した。だが、テミス改革を阻止するならもっと別のやり方があるのではないのか。エレンのやっていることは、明日人にとっては理解できないものだった。

「……そんな勝手なこと…許されんのかよ!」

「確かに灰崎の言う通りだな。俺達を攻撃した挙句、戦いをやめろだと? 自分勝手にもほどがあるぜ」

 不動も灰崎も、その他全員が、エレンの命令に異議を申した。それもそうだ。自分達は怪我をしていないが精神的にエレンに酷い目に遭わされた。そして、自分達は本調子では無くなってしまったのは、エレンのせいだとははっきり言えないが。

「構わないわ。私にとっては二つのうちの一つの選択が失われただけだから」

「えっ…」

 夜舞と明日人が言葉を失う。それは、どういうことなのかと___。

「わからなくて? 平和的解決という選択が失われたの。だから私は___貴方達と戦うことにするわ」

 閉じた日傘の先をこちらに向けるエレン。その目は鋭くとがっており、これから自分達はエレンと戦うことを強く示唆していた。

「明日人くん、君は今のうちに隠れているといいよ。エレンは、今確実に君を狙っている」

 野坂から、隠れるようにと言われた。だが、明日人は隠れる様子はない。

「…嫌だよ」

 明日人は、エレンがなぜこんなことをするのかが知りたかった。もしかしたら、何か理由があるのかもしれない、そう思ったからだ。

 なぜならば、サッカーで()()()()()()のだから。

「俺も戦う!」

「…わかった。危険になったら、逃げるんだよ」

「ありがとう野坂…」

 野坂に戦うことの許可をもらうと、明日人はエレンと見つめあう。

「エレン…なぜ君がこんなことをするのか、話してもらうよ」

 

 ***

 

『さぁ始まりました! ユースティティアの天使の統率者、エレンとの戦いです!』

 ラストプロテクターが天使の統率者であるエレンと戦うということは、すぐにネット上に流れ、観客席は満員なっていた。それでも見たい人達も居たが。

『しかしエレンは、単騎でラストプロテクターに挑むようです! 仲間を呼ばないのでしょうか!?』

 なんとエレンは、たった一人で明日人たちに挑むようだ。それに観客たちは、あのラストプロテクターなら楽勝だと思っているようだ。しかし、それに対してエレンは不敵に笑っており、その様子を観客席からではなく、空中から見ている者がいた。

「ミラ様。この戦いどう思いですか」

 隣に居るミラに話しかけるのは、ロシアの病院で日本の上級国民を殺した少年だ。この少年もミラと同様宙に浮いているが、この少年に翼は()()()()()()()()

「そうですわね…私の友人であるエレンは、とても力がおありでいらっしゃりますから、この戦いはエレンの勝ちになるかもですわね」

 と、ミラは自信満々に少年にいった。

「エレンお姉さま、頑張ってー!!」

 さっきまでそこに居なかったメリーも、連れとしてレンを連れてエレンの応援にやってきている。また、天界でもカメラマンの天使がテレビを通して、天使達にお届けしている。

「皆、相手はユースティティアの天使の統率者、エレンだ。気を引き締めていこう!」

 今だに慣れていないが、キャプテンらしく仲間を鼓舞する明日人。しかし、こんな形でエレンとサッカーをするなんて思わなかった。まぁ、遅かれ早かれ、こうなる運命だが。

「スタメンを発表だ。FWは灰崎とヒロト、アツヤ。MFはキャプテンの稲森と一星、野坂と氷浦。DFは夜舞と水神矢、吹雪。GKは円堂。以上だ」

 スタメンに乗った彼らは、いつもよりも真剣な表情でベルナルドに受け答えし、ポジションに入る。

『さぁキックオフです!』

 エレンからのキックオフとなり、明日人たちは身構えた。しかしエレンは___

「ふふっ」

 明日人たちにボールを渡した。

「貴方達からでいいわ」

『おっとぉ! なんとエレン、ラストプロテクターにボールを渡しました! これはハンデか!?』

「エレンお姉さま、なんでだろ?」

「あれはエレンの、明日人さんたちに対する余興ですわ。ただ戦っても面白くないと思っていらっしゃるのですね」

 しかし、明日人たちにはさっきのエレンの行動が余興だということに気づけず、早速出鼻をくじかれた。

「チッ、舐めた真似しやがって。いくぞ灰崎、ヒロト」

「ゴッドストライカーに指図すんな」

 FWたちが言い合っている中、それをエレンは不敵に笑う。

「ふふふ…貴方達に私を倒せるかしら」

 エレンの不可思議な行動に嫌な予感を感じさせながら、アツヤはフィールドに切り込んでいく。

「いくぜ、必殺クマゴロシ・斬!」

 早速アツヤはエレン側のがら空きなゴールに向かって、十八番の必殺技を撃った。前よりも速くなったシュートに、エレンは反応できないだろうとアツヤが思ったその時だった。

「この程度で勝ったつもり?」

 アツヤは後ろを向いている為、何が起きたかわかっていなかったが、明日人たちにはエレンが一瞬でゴール前に辿りつき、右足を出しただけでシュートを止めたのだ。

『なんと! エレン、その華奢な右足の一つで、アツヤのシュートを止めましたぁ!』

「何!?」

 実況の声でやっとエレンの圧倒的な実力差に気づき、アツヤは驚く。

「はい、あげる」

 エレンはボールで曲線を描くように優しく宙に向けて蹴り、円堂に渡らせた。

「__み、皆! どんどん攻めよう!」

 円堂は戸惑いながらも、仲間たちにどんどん攻めるように言った。そして、円堂は夜舞にパスした。

「よし、速いのが駄目なら、攻撃力で勝負だよ!」

 前にいる者たちとで、シュートの攻撃力を高めるシュートチェインをしようと、夜舞はムーンライト・メテオの構えを取る。

「ムーンライト・メテオ!!」

 ムーンライト・メテオで前線までボールをつなげると、夜舞の思惑を悟った明日人は、ムーンライト・メテオの真下まで走る。

「そうこうことか! 行け! サンライズ・ブリッヅ!」

 明日人のボールは、なんと宙に上げられる。

「なるほどな、スペクトルフォーメーション、ハーツアンロック・リライズ!」

 明日人のシュートを追おうと飛んでいる間にハーツアンロックとスペクトルフォーメーションをしたヒロトは、空中に浮いた明日人のシュートにさらにシュートを叩き込んだ!

『ビッグバン・エクスプロージョン!!』

 二回ものシュートチェインに、ゴール前に居るエレンはどうかというと、なんとヒロトのビッグバンを見ても怖気づいてなかった。

 そしてなんとエレンは、シュートに向けて日傘を開いた。シュートと傘布がぶつかりあった瞬間、爆発が起きる。

「やったか…?」

 エレンの爆発の中、灰崎は身構えている。爆発から煙に変わった。その中では、ボールは傘の近くで転がっていたのだ。

「いや、まだです!」

 煙が晴れる中、エレンは傘を閉じ、スカートの汚れを払いながら歩いた。

「この程度__痛みも痒みもしないわね。さぁ、今度はこっちの番よ!」

 傘を宙に投げたかと思えば…エレンは両手を風のままに後ろに流しながらドリブルをしてきたのだ!

「速い!」

 ハーツアンロックをしたヒロトも反応できず、明日人たちもこれには反応できず、ただ強い風として顔を腕で守った。

「いくわよ!」

 エレンはボールを宙にあげ、そのままノーマルシュートを繰り出した。

「(相手はエレンだ…油断しちゃだめだっ!!)」

 病院で見せた特訓の成果を出すために、円堂は腰を深く下げる。

「はぁぁああああ…ハーツアンロック、リライズ…」

 円堂が目を見開いた刹那。円堂の背中からオレンジと黄色の混ざったオーラが溢れだし、円堂に力を与える。

「円堂先輩!?」

「あれは、ハーツアンロックの完成か!?」

 鬼道が思わずベンチから立ち、ゴーグルの先に見据えるオーラを見つめる。

「………………………」

 円堂が前に右手を突き出す。すると、エレンのシュートが円堂の右手によって動きを止める。

 火花は手持ちのススキ花火のように散り、円堂のユニホームを焼き、所々に穴を空けさせる。だが、それでもエレンのシュートは強いのか、円堂が歯を食いしばる。

「ッ_____!!!」

 右手も疲れ、円堂の体力も尽きそうな所でボールが手からすり抜け、ゴールにシュートが入りそうになってしまう。だが、幸いにもゴールポストに当たったことで九死に一生を得た。

『エレンのシュートは、なんとゴールポストに当たった! エレンにとっては悔しい限りだが、ラストプロテクターにとっては九死に一生を得たーー!!』

「むーー! エレンお姉さまのシュートが止められるなんてー!!」

 その頃、メリーはエレンのシュートが止められた悔しさに頬を膨らませていた。

「だが、あの人間のハーツアンロックはまだ未完成。たまたま完成間近に近づいただけだ」

「まぁ…レンさんったらお手厳しいですこと。下級天使の監督をやっているだけのことはありますわ」

 ミラが微笑んでいる中、円堂は体力の減少でゴールポストに手を当てていた。

「ハァ、ハ、ハァ………」

「円堂くん、大丈夫かい?」

 吹雪が駆け寄るのと同時に、明日人たちも一斉に円堂まで走った。

「これ以上の戦いは少し無理そうですね…」

「いや…俺はまだいけるッ!」

 空いている手で、円堂は一星に見せるように拳を握る。しかし、明日人たちからすれば、休んだ方がいいのではと思っている。

「なぁ、第三者の夜舞はどう思うんだ?」

「…私としても、休んだ方はいいと思う。あのオーラを見て、ハーツアンロックの完成の予兆かなとは思ったし、完成するかもしれない。だけど、急なハーツアンロックの完成直前で体の方は少しびっくりしちゃっていると思う…。円堂先輩はこのチームの主となる守護神だし、次に控えるかもしれないユースティティアの天使との試合の為に、休ませよう」

 氷浦が夜舞に聞くと、夜舞も先ほどの情報を見て休ませた方がいいと言っていることに、氷浦は鋭いなと感じた。

「(突然起きた円堂先輩のハーツアンロックの解放…これにはきっと何かがあるはず。もしかしたら、怪異が怪異を呼ぶように、ハーツアンロックがハーツアンロックを呼ぶのかもしれない。頭に入れておこうかな…)」

「(円堂守のハーツアンロックが完成間近になるなんて、面白くなってきたわね…)」

 円堂のハーツアンロックが完成しそうになっても、エレンはその余裕そうな笑みを隠すことはなかった。

『ここで、円堂に代わって西蔭が出るようです! 円堂の体から出たオーラの影響でしょうか!?』

 本人は大丈夫と言っておきながら、肩を借りさせてもらっている時点で限界だ。西蔭と変わらざるを得ないだろう。

「チームの守護神である円堂守が抜けたようね。さぁ、次はどうやって私と戦うおつもりかしら?」

 エレンはあからさまに構えを取り、上に向けた手の平に、人差し指と中指を一緒に動かす。

「こうなったら…チーム全員でエレンと戦おう!」

 明日人はエレンに勝つためには、チーム全員で戦うしかないと判断した。

「あぁ、行こう明日人くん」

「せっかく天使のリーダーが来たんだ。負けらんねぇよな」

 野坂と灰崎も、明日人の意見に同調する。

「行くぞ!」

 西蔭がボールを投げる。その先には前に進んでいた夜舞に。

「野坂くん!」

 夜舞は野坂にボールをパスすると、すぐにディフェンスに戻る。野坂というと、MFのいる位置にいるエレンと向き合った。

「いくよ。エレン。………王者のタクト!」

 野坂の滑らかな手さばきで、明日人たちにとって効果的な進路を決め、エレンを撒くという作戦だ。その作戦に乗じて、明日人はエレンの横を走った。

「エレン、君が何を思ってあんなことをしたのかはわからない。でも、俺達は君に必ず勝つ!」

 と、明日人が走り去ろうとしたその瞬間。

 エレンも走った。

「__!?」

 なんと、エレンは明日人からボールを奪ったのだ。それに明日人は反応できなかった。あまりに瞬間的だったためだ。

 走っていると、エレンの前にハーツアンロックとスペクトルフォーメーションをした一星が立ち塞がった。

「ここから先は、いかせない!」

 一星のハーツアンロックの特徴である速攻を上手く扱い、一星はエレンの周りを囲うようにして、縦横無尽に走る。ハーツアンロックをした一星の速さは、普通の人間では視覚することはできない。明日人でさえも自分の姿を視野に入れることが出来なかったなら___と、一星は自分の能力を信じたのだ。

「よし、なんとかエレンを策略に嵌めることが出来たね」

 実は王者のタクトはおとりであり、一星のハーツアンロックなどを行う為の時間を稼いでいたのだ。一星の風なら、ボールを奪った後は一直線にゴールに向かえる。

 これが作戦だったのだ。

 そして一星の残像による竜巻の中心にいるエレンは、無表情で正面を見据えていた。

 一星だけではない、他のハーツアンロック者の気配を。それも、空からだ。

 エレンが空を見上げた時には、ヒロトが竜巻のてっぺんから降りて来ていた! それに合わせて、一星もエレンの持っているボールに向かって走ってきていた!!

「「もらったあああああああああああああああ!!」」

 

 ***

 

 曇天となっていた空に、光が走る。

 雷の光だ。

 地上では、一星とヒロトがエレンに接触する直前、いや刹那に、エレンはとっくに日傘からいつもの槍に変えていた。

「ファイナルデウス・フランマ」

 その槍を、二人が自分に接触する寸前に地面に差し込む。

 時は、動き出した。

 フィールド全体の地面が砕けたのだ。恐らく下はコンクリートで出来ているはずだというのに、砕けた地面の隙間から溶岩が見える。足元が安定しない中で、一星とヒロトは___溶岩から飛び出した無数の炎の剣によって胸を突き刺されていた。

「___ヒロトッ! 一星ッ!!」

 よろける足場の中、明日人は一星とヒロトの光景を目にした。

 それと同時に背中が汗で濡れる。野坂の作戦、いや自分の指示で、仲間がこうなってしまったからだ。

 それは円堂も同じだ。

 また、仲間を守ることが出来なかった。

「……………エレンっ」

 だが、反省をするのはあとだ。明日人は槍を日傘に戻したエレンと向き合う。

「なんで、なんでこんなことをしたんだよ!!」

 明日人の目は涙で濡れているが、怒りの炎は心と体隅々まで行き渡っていた。

「………」

「なんとか言えよエレン! お前は、いくらユースティティアの天使の統率者でも、そんなことをする奴じゃないだろ!?お前のことはいつも俺が居たからわかっている! 本当はテミス改革を阻止したいことも、俺だけに見せてくれた優しさも、全部含めてお前だと思っていたっっ!!」

 明日人の心からの叫びに同調するように、雷と豪雨が降り注ぐ。

「…安心なさい。殺してはいないわ」

 ほら。とエレンが指を指す。そこにはハーツアンロックこそ解けてはいるものの、二人共野坂やタツヤに肩を借りてベンチへと歩いている。

「じゃあ…殺していないのか…?」

「えぇ」

 だが、これでも明日人の怒りは収まらない。

 エレンがラストプロテクターに攻撃を仕掛けたこと、

 灰崎たちに今の日本とサッカー協会の真実を見せたこと、

 灰崎たちを攻撃したことが、エレンのこれまでの優しい行動と合わさって、それがより大きい怒りに変えていた。

「エレン…あの映像は、本当なのか?」

 しかし、冷静さは欠けていない。だから、これだけでも聞きたかった。たとえ、返事がこなかろうと。

「……本当よ」

 返事が来た。しかし、その内容は灰崎たちに見せられた映像が、本当だということの証明。それ以上は、明日人も聞けなかった。

 

 

 

 結果として、ラストプロテクターはエレンに負けた。

 圧倒的力を見せつけられ、最後にはハーツアンロックを取得している二人がやられたことが、敗北の決定打になった。

 その試合のあと、エレンは雨の中の街を日傘も刺さずに歩いていた。雨でグラデーションのかかった髪が塗れようとも、隠れて見ているであろうレンたちの気配をあえて無視して歩いていた。

「(あの子は少し無垢すぎる___。あのままじゃ、同じテミス改革を阻止する者として認められないわ)」

 雨の中でも、エレンは試合中に見せた鋭い眼で真っすぐの道を見据える。

 

 

 

 

 

 理想はなにより人を欺瞞に満ちさせる。




 もう、なんていうんだろう。
 自分でも何を書きたかったのかわからなくなっちゃった。
 最初は文字数の関係で分割→加筆→今のような感じになっちゃった。
 エレンと明日人のコンビが好きな人には申し訳ない…(居るのかどうかも怪しいけど)

 最近暗い話ばっかり書いてる気がする…最初は無印になるべくテンションがよるようにしていたのに、なんでだ…?


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第三十一話 芽生えない雪の道

あけましておめでとうございます!
今年こそは健康で生きていきたいですね!

ところで、もう年が明けてから十日が経ちましたが、テミスの正義の彼らにとっては初のお正月ではないでしょうか?お正月絵もまともに書けませんでしたが、これからもよろしくお願いいたします!

あ、もう一つ。
今回は、妄想が行き過ぎているところがあります! あと、アレスの天秤をまともに見ていないとわからない人も出てきますね…それでもよろしいですか?ではどうぞ!



 試合が終わってから、明日人はやけにぼんやりしているなと、灰崎は目の前に居る本人の頭を見て感じた。エレンとの戦いに負け、結局得られたのは、サッカー協会のことや戦争の真実などだけだった。当然悔しいだろうし、それは自分もだ。意気消沈のままに、監督が用意してくれたバスに乗り込もうとした時だった。明日人は今も、駐車場の方からスタジアムを見つめていた。

「オラ、明日人」

「あ、ごめん灰崎!」

「ったく、後ろがつっかえてんだよ」

 灰崎が明日人の体を少し押すと、明日人は灰崎の後ろに居る先輩たちを見て、急いでバスに乗り込んだ。全員が乗り込んだことを確認して、バスは発車する。しかし、バスが発射してもなお、彼らは黙ったままバスが宿所に着くのを待っていた。それは明日人もそうだ。いや、明日人はエレンのことなのだろう。これまで自分に見せてくれたエレンと、スタジアムでのエレンとの差に、悩まされている。

「明日人…どうしたんだ?」

「あぁ、氷浦。ごめん、ちょっと考え事してた」

「大丈夫か? さっきから窓の外を見ているだけだし…まさか、エレンのことを考えていたんじゃないだろうな」

 さすがは名探偵と言ったところか。明日人が考えていたことを、なんの迷いも無く言い出した。それに、明日人は口の中が渇く。当の本人が考えて言っているのか、それとも単純にまぐれなのか、明日人にとっては重要なことだ。もしかしたら、あの時エレンに向かって言っていた声が、聞かれていたのだろうか。

「べっ、別に?」

「そうだよな…エレンは敵だし、お前も気を付けるんだぞ」

 今回はなんとか誤魔化せたが、いつかはエレンと居たことがバレてしまうかもしれないという事実を知り、明日人は氷浦からは見えない背中から汗を流していた。

『ごきげんよう、皆さま』

 バスが進んでいくと、バスの中で申し訳程度に流れていたテレビのニュースから、ミラがパッと現れる。

『現在私たちの信仰者が増えつつある中、ラストプロテクターにご報告がありますの』

「ミラ…」

 突然テレビに現れたミラ。何を報告するかは分かり切っていることだ。今日から三日後に、私の妹のメリーと勝負をしましょう。勿論負ければ…お分かりですわよね? それではまた当日に』

 

 ***

 

 ミラの通信が来て翌日。あと二日に迫った試合に、明日人たちは緊迫とした状況に陥っていた。

「今日は、サッカー協会の職員から話がありまーす!」

 そんな空気もすっ飛ばして、趙金雲が明日人たちに報告をする。どうやら、サッカー協会の人がここに来て、話をするらしい。朝食を終えた為、明日人たちはサッカー協会からの人の話をいつでも聞けるよう、姿勢を取った。サッカーでギャンブルをしていたサッカー協会。そして、それが世界中の戦争と関係があるということ。今からここに来るサッカー協会の人を前にして、そんな考えが頭を過ぎる。

 エレンは、本当だと言っていた。ミラが支配したあとの日本も。だが、それでも明日人は信じたくなかった。大好きなサッカーが、こんな風になっているなんて、信じたくなかったからだ。

「会長、こちらです」

 会長と呼ばれた物は、同じくしてサッカー協会の稲森琢磨に連れられてやってくる。小太りした体形。白いひげを生やした顔は、まさに会長と呼べるものだった。

「ラストプロテクターの皆さん、こんにちは。私は轟音羽(とどろき とわ)。サッカー協会の会長だ」

 そう目の前の男は挨拶した。しかし、頭を何針を縫う怪我をしている。

「今日ここにやってきたのは、君たちに話がしたいからである。私達サッカー協会としても、ラストプロテクターとしても、大事な話しだ。最近、何者かが我々サッカー協会の施設を襲撃しているというニュースを聞いたことがあるかね」

 フロイのことだ。と一星はハッとする。

「そのニュースだが、君たちのチームに居るフロイ・ギリカナンが起こしたそうだが…」

 と、轟会長はフロイの名を口にする。

 バレていた。フロイがサッカー協会の施設を破壊しているということは、自分達で秘密にしてきたことだ。それがなぜ外部に公表されたのかはわからない。だが、フロイのことで話があるのは確かだ。

「この怪我を見てくれ」

 すると轟会長は、自分の頭にある傷を指さす。

「これは、フロイ・ギリカナンが、私の元にやってきたときに負わせた傷だ。背中から細長いものが生え、それは刃物のように私の頭を傷つけたのだ。私としても、世界の為に戦ってくれているチームを、このように言いたくはない。だが、チームの一人の不始末は、監督の責任ではないのか? 否、それだけではない。このようなことをしてきた仲間をほったらかしにしていたのも、原因ではないのか?」

『………………』

 何も、言い返せない。確かに自分達は、オリオン財団がフロイを探してくれるというため、お言葉に甘えて自分達は練習に集中していた。フロイがしてきたことが、どういうことなのかも考えないで。

「……一つ聞きたいことがあります。これは、ユースティティアの天使の統率者であるエレンが発した情報です。不確かですが、構いませんか」

 フロイのことで、野坂が何かを思ったのだろうか。轟会長に質問する。

「どうぞ」

「……サッカー協会がサッカーを利用して、ギャンブルを行っているって、本当ですか」

「………」

 すると、轟会長が無言になる。

「まさか、本当なのかよ」

 不動が、轟会長の無言を怪しく思う。

「……誰が、そんなことを」

「エレンです。エレンが、僕たちにこう告げたんです」

 夜舞の隣にいる不動は、見逃さなかった。あれは間違いなく何かを隠している目だと。

「私は、知らん。琢磨くんに聞いてくれ」

「いえ、私もサッカー協会がギャンブルをしていたということは、初めて聞きました」

「そうか…本題に戻ろう」

 轟会長は、何事もなかったかのように話を戻した。それではますます疑いの目を向けられるだけだというのに。

「チームの一員が、このような悪事を働いたのだ。よって、連帯責任としてこのチームの()()を決めた」

 解散。その言葉が轟会長の口に出た瞬間、食堂内が唖然とした空気に包まれた。

「……えっ」

 最初に口を開いたのは、明日人だった。

「待ってください! 解散って!」

 次に氷浦が、口を開く。氷浦はラストプロテクターの解散を信じられないらしく、彼のクールな表情が崩れる。

「あの! 確かに俺らはフロイさんをほったらかしにしていました! ですが、それがなんで解散になるんですか!」

 坂野上も、納得が出来ていない。

「フロイ・ギリカナンをこのまま放って置けば、いつしかは我々サッカー協会の他にも、多くの者が被害を追うだろう」

「それなら、フロイくんの確保だけでいいじゃないですか!」

 確かに夜舞の言う通りだ。だが、それを轟会長は聞いてくれなかった。

「ともかく、次のユースティティアの試合までに成果を残すか、フロイ・ギリカナンの対処をしない限り、このチームに希望はないと思いなさい」

 そう言い捨てると、轟会長は琢磨を連れて行ってしまった。

 

 

「くそっ! なんだよあのオジサンは! 解散とかふざけたことをいいやがって!」

 轟会長が去ったあと、剛陣が机を勢いよく叩いた。叩いた音が食堂に響く。

「落ちつけ剛陣、ここにいる誰もが、お前と同じ思いを持っている。だが次の試合で成果を上げられなかったら、解散は免れないだろうな…」

「それに、あの人はサッカー協会の会長だ。その気になれば、俺達もただではすまない」

 鬼道と豪炎寺が剛陣を制す。しかし、剛陣の怒りが収まる気配がない。それを見た明日人は、皆を落ち着かせようと声を出した。

「……み、皆! とにかく練習しようよ! ユースティティアの試合に勝てば、もしかしたら解散を免れるかもしれないし!」

 明日人はなんとか言葉を選び、皆に練習するよう促した。それを聞いて、他の者達は無言でグラウンドに行くことになった。

 

 ***

 

「おい灰崎!」

 明日人たちは、解散の危機を背負いながら、必死に練習に励んでいた。しかし、その時間も長くは続かず、フィールドの方からアツヤの怒鳴り声が聞こえた。

「さっきからなんだよ! 俺に向かってボールをぶつけてきやがって!」

「あぁ!? 俺はただお前にパスをしようとしただけだって言ってんだろ!」

 灰崎とアツヤの口喧嘩は、次第にヒートアップしていく。

「ふ、二人共ストップストップ!」

「落ち着いてよ二人共!」

 明日人と吹雪が間に入って止めようとするが、灰崎とアツヤは引き下がる一向を見せない。

「西蔭、さっきから技のタイミングがおかしいぞ」

「貴方が速いだけですよ」

 明日人たちが灰崎とアツヤの口論を止めている中、ゴール側で西蔭と砂木沼も冷戦が繰り広げられていた。

「に、西蔭! 砂木沼! 一旦落ち着こう! な?」

 ゴールの近くに居た円堂は、二人を止める。坂野上もそれには参戦しており、必死に巨体な二人を止める。

「剛陣先輩! 遠くにパスしないでくださいって言っているじゃないですか!」

「お、俺だってちゃんとやってらぁ!」

 円堂と明日人の向こうでも、氷浦と剛陣の言い合いが行われている。どうやら、剛陣が氷浦の思うようパスしてくれないというのだ。

「剛陣先輩! 氷浦くん! 喧嘩は駄目だよ!」

 夜舞が二人の間に入るも、剛陣の腕が夜舞の体にぶつかってしまい、その場に尻をついてしまう。

「わっ!」

「夜舞さん、大丈夫ですか?」

「うん…」

 タツヤが手を差し伸べ、夜舞はそれを掴む。

 その光景を、遠くから見つめる者が居た。

「ほーっほっほっほ、皆さん大騒ぎになってますねぇ」

「そうですね、このまま次の試合に影響が出ないといいんですが…」

 杏奈が心配そうに、制服のスカートを握る。

「趙金雲、お前はこの騒動、どう睨む」

「どういうことですか?」

 ベルナルドの深みのありそうな問いに、趙金雲は目を細めてベルナルドを見つめる。

「俺には、どうにも全員が解散のことで悩んでいるとは思えない」

「と、なると?」

「…推測だが、恐らくサッカー協会のギャンブル、そのギャンブルが戦争に関連のあるものと知って、全員が全員違う理由でこうなってしまっている」

「確かに! 理由が同じ解散のことなら、こうはならないはずですよね! …あっ、例外もありますよね」

 確かにと席を立った大谷は、例外もあるということに気づいて舌を出す。

「そうですねぇ。まぁ、皆が皆、自分達が悪いことをしているんじゃないかという罪悪感に苛まれていますしね。こういうときこそ、戦いの先陣を切る者がいれば…」

 相変わらず深い意味を持つ言葉しか出ない趙金雲を無視し、ベルナルドは立ち上がった。

「皆、集まってほしい」

 ベルナルドの指示に、明日人たちはすぐに集まる。

「今日の練習は終わりだ。各自、家に帰るといい」

 突然の練習に終わりに、明日人たちは驚愕する。もうすぐ試合なのに。

「ですがベルナルド監督、もうすぐ試合なんですよ?」

「だからこそだ、水神矢。お前達は一度、実家に帰り、体制を立て直せ。それぞれの実家の住所は、このメモに記載しておいた」

 ベルナルドの右手に持っているメモを、マネージャー達に配らせる。

「それでは、解散」

 それだけを言うと、ベルナルドは趙金雲と折谷を連れて、グラウンドから出て行ってしまった。

 

 

 

 ベルナルドから、実家に帰るように伝えられた明日人だったが、実家に帰ろうとは思えなかった。ただ、何もすることがないままに外をうろうろしていた。

「あれ?」

 飲み物を飲もうと鞄を漁ったときだった。入れたことのない手紙が入っていたのだ。それも、ピンク色が特徴の封筒だ。差出人は不明。

「手紙? なになに…?」

 手紙の内容はこうだ。

 午後六時のサッカースタジアムの前で会おう。

 これしか書かれていない。可愛らしい封筒のくせに、ラブレターでは無かったようだ。

「誰からなんだろう…もしかして、エレン?」

 しかし、冷静沈着で、つねに余裕そうなエレンがこんなに可愛い封筒で手紙を書くとは思えない。しかし、世の中何が起こるかわからない。とりあえず夜になるのを待って、行ってみることにした。

 

 ***

 

「ただいまー」

 夜舞が国家が用意してくれたウッドペンションのドアを開けると、木造の懐かしい匂いが飛び込んできた。長い事帰っていない家のような匂いに、夜舞は誘われるように奥へと進む。さらにドアを開けると、花伽羅村の子供達が遊べるようなおもちゃたちと、大人たちが一斉に酒を交わせるような広さを持った和室だった。

「あ、夜舞お姉ちゃんだー!!」

「おかえりー!」

 先ほどまで鬼ごっこで遊んでいた子供達は、夜舞の存在に気づいて、僕も私もと夜舞の胸に抱きついてくる。帰ってきたよ。ただいま。と言うように、夜舞は子供達の頭を撫でる。

「お、おかえり! まぁ座って!」

「今日はオフか?」

「たまには子供達にも顔を合わせてね」

 そのことに大人たちは気づくと、夜舞に開いている席に座るように、身振り手振りで合図する。相変わらずな花伽羅村の人達の様子に、夜舞は安心するも、ここでラストプロテクターが解散してしまったことを話してもいいのだろうかと、夜舞が悩んでいた。

 今日はオフでもないし、子供達を顔を合わせる為に帰ってきたのではない。

「ん? 月夜じゃないか。おかえり!」

 すると、夜舞の祖母の夜舞緋華里と、夜舞の祖父が大量の買い物袋を持って帰ってきた。夜舞の祖父に荷物を任せると、夜舞緋華里は夜舞がなぜここに来たのかを察する。

「んで月夜、今日は何があったんだ?」

「おばあちゃん、実はここじゃ話しづらいことがあって…」

「お、そうか。皆、私はちょっと月夜と話があるからね」

 酔いつぶれている大人たちの中で、夜舞緋華里だけは、なぜ夜舞がここに来たのかに気づいていた。しかし、誰もがラストプロテクターを世界の希望としているため、あのチームに何があったのかを伝え辛い。そのため、夜舞は祖母だけに話すことにしたのだ。

「で、何があったんだ? 突然帰ってきたということは、何かがあったということだね」

「うん、おばあちゃんにだけ話すね」

 夜舞は、緋華里にサッカーのことを話した。そして、サッカーギャンブルのことも、各地で起こる戦争のことも、ラストプロテクターが解散しそうなことも。

「…なるほどねぇ…」

「うん、信じられないよね…でもさ、これは仕方ないと思うんだ。世界のサッカーがこんなんだったら、みんな、サッカーしたくなくなるし、そもそも…私は…」

 涙を流しそうになり、その顔を祖母に見せない為に顎を引いた瞬間。夜舞緋華里は夜舞のこめかみに両握りこぶしを当てた。

「月夜」

「ん? 痛たただただ!!」

 そして、夜舞緋華里は夜舞のこめかみを潰すかのように拳をぐりぐりし、見かけによらないほどの痛みに夜舞は悶絶する。

「痛い痛い! 何するの!」

「ん? これは夜舞家直伝のこめかみ割りだよ。この拳には、月夜がしっかりして欲しいという思いを込めて使ったんだよ」

「その説明はいいから!」

 未だに痛むこめかみを抑えながら、夜舞は祖母に抗議する。

「ところで月夜。あんたは自分が戦争をしてしまったって思っているようだけど、違うよそれは。戦争をしているのは、貴族たちや首相たちだろ?」

「そ、それはそうだけど…」

「なら、サッカーできるじゃないか。いいか? 私は、月夜の中にある、一直線な心を信じている」

 緋華里が、夜舞の胸に握りこぶしを優しく当てる。

「月夜は、どんなことがあっても、その一直線な心で、色んなピンチを乗り越えてきただろ? だから、私は私の孫の、月夜を信じる!」

「おばあちゃん…」

「頑張ってこい!」

 救われた。と言えば嘘になってしまうが、確かに夜舞緋華里の言葉は夜舞に届いていた。こんなことを、している暇はない。

「ありがとう。私行ってくるね!」

「おう、行ってらっしゃい!」

 夜舞は急いでペンションから出る。夜舞が突然別室から飛び出していった為、大人たちは驚いて酒をこぼす。

「つ、月夜ちゃんどうしたんだ?」

「彼らに会いに行ったよ。サッカーを取り戻す為にね」

 

 ***

 

「…メリー?」

 サッカースタジアムに、たった一人でいたのは、メリーだった。一瞬だけエレンではないことに嫌悪感を感じたような気がした。

 メリー、本名メリー・エウノミアーは、体育座りで明日人を見つめている。

「…どうして、君がここにいるの」

「……」

 メリーは何も答えない。まるで拗ねた子供のように。

「じゃあ、言い方を変えるね。君は誰からの命令で、ここにきているの?」

 優しく問いかけてみる。かつて自分の母がそうしてくれたように。

「…私の意志」

「そ、そうなんだ。珍しいね」

 しかし、これだけではないだろう。メリーは、他に理由があってここにきているのだろう。もしなかったら、ここに来ていない。

「……稲森明日人。ううん、明日人。ラストプロテクター、やめちゃうの?」

「…うん、俺達はもう、サッカーなんて出来ないんだ」

「…私は、嫌だ。だって、明日人のサッカー、見られなくなるの、いや」

 すると、メリーの瞳から涙が零れに零れ落ちる。それを手で拭っても、拭っても、涙が無くなることは無かった。

「明日人、覚えてないの? 私とレンお兄様、ミラお姉さまと、『仲良く遊んでた』でしょ。忘れちゃったの」

 …口の中が渇くのを感じる。自分が、メリー達と仲良く遊んでいたなんて、信じられない。だから、今すぐにでも帰ろうと思った。だけど、それは出来ない。メリーを見ていると、どこか懐かしく感じるから。

「私、いつも見てた。明日人の試合、全部」

 メリーが何を言っているのかがわからなかった。だけど、妙に本当のことだと聞こえた。

 しかし、明日人の記憶に、メリーたちと遊んだ経歴はない。

『明日人くん来れる?』

 すると、メッセージアプリの通知が来た。メリーに断ってから、スマホを手に取ると、夜舞からのメールだった。キーボードに指を動かして、返信をする。

「どうしたの?」

『ちょっと用事。すぐ終わるから、どこにいるの?』

「サッカースタジアムの前だよ」

『わかった』

 夜舞のメッセージと共に、OKのスタンプが表示される。しかし、大谷たちとは違って、メッセージアプリが配布しているスタンプだ。えらく簡易的。

 スマホをスリープ状態にすると、メリーは立ち上がっていた。

「明日人…誰かと話すんだよね。私はもう行くね」

 少し青みがかかった桃色の翼を広げ、メリーは空へと消えていく。

 

 

 

 

「…俺と、レンくんたちとが友達…」

 そうメリーに言われても、納得が出来ない。自分と彼は敵同士で、ユースティティアの天使とラストプロテクター。狙う者と狙われる者だった。それなのに、昔は友達なのだとメリーが言ったのだから、おかしい以外思いつかなかった。

「_________うっ!」

 レンたちの顔を思い浮かべていると、明日人の脳に直接響くような、痛みが突然走った。そのあまりの痛さに明日人は立てなくなり、膝をついた。

「あれ、母ちゃん………?」

 明日人の目に映るのは、巫女装束を身にまとった稲森百合子に、絞首刑のために作られたであろう台に吊るされた人たち。 

 自分でもわからない光景に吐き気を催し、早く終わってほしいと願いながら、明日人は次々に映る映像を見つめた。

 今とは違って髪を伸ばした自分。

 百合子と自分の周りに集まる人たち。

 絞首刑と同じように処刑される人。

 そして___________

「明日人くん! 大丈夫!?」

 映像を見ているうちに、かなりの時間を費やしたようだ。夜舞が明日人の状況を見て、明日人に大声で声をかけたようだった。その衝撃にフラッシュバックは晴れ、明日人はしばらくの間放心していた。

「や、まい」

「どうしたの? 唸っているようだったから、声をかけたけど…」

 夜舞はそう言っているが、自分が唸ったような記憶はない。恐らく、自分がフラッシュバックを見ているうちに、思わず唸っていたんだなと、明日人は認識する。

「とりあえず座ろ? 立てる?」

「あ、うん。立てるよ」

 さっき見たのは何だったんだろうか。自分の記憶にあんなことがあった覚えがない。そういえば、自分の過去ってなんだっけ? 全然記憶にない。

「何があったの?」

 スタジアム近くのベンチに座った夜舞は、明日人に何があったのかと聞く。それに、明日人は口を開いた。

「…突然頭が痛くなって、色んな光景が目に写ったんだ。それも、全然記憶にないことばかり」

 それを聞くと、夜舞は思いついたかのように口にした。

「…もしかして、それってフラッシュバックじゃないの?」

「フラッシュバック?」

「図書館で見ただけだけど、トラウマとかがある時に、突然そのトラウマになった出来事を思い出しちゃう現象だよ」

 夜舞の知恵によって、明日人はさっきの出来事がフラッシュバックだと知る。しかし、自分の過去にあのようなものを見たことがなかった。

 じゃあ、あれは何?

 自分の今の記憶は?

 これ以上考えるのは嫌で、明日人は夜舞に自分を呼んだ理由を聞く。

「そうなんだ…ところで夜舞、なんで俺を呼んだの?」

「…一応、話しておこうって思って」

 話しておくこと? それが何なのか、明日人にはイメージ出来なかった。しかし、次の夜舞の一言を聞いて、明日人は驚くことになるだろう。

「私、次のユースティティアとの試合、絶対に勝つ」

「えっ」

「えっって…明日人くん、サッカーを取り戻したくないの?」

「そ、そりゃあ取り戻したいよ? でも、エレンの話を聞いていると、やっぱりサッカーを取り戻しちゃいけないんじゃないかって思って…」

 そう。サッカーはもう、スポーツでは無くなってしまった。今では、欲望の渦巻く戦争の引き金になってしまったからだ。それを、明日人は十分に知っている。そして、自分の思っていたサッカーが違っていたことに、明日人は絶望しているのだ。それなのに、なぜ夜舞はサッカーを取り戻そうとしているのか。それが理解できなかった。

「…だとしても、私はサッカーを取り戻したいよ! 明日人くんは辛いと思わないの!? 好きな物を奪われる悲しみを!」

「ッ、そりゃあ、俺だって辛いよ! でも、それが世界の危機に繋がるのなら、諦めるしかないじゃ___」

「夜舞家伝授、こめかみ割り!」

 夜舞の握りこぶしが明日人のこめかみに当てられる。それに明日人はなんのことはわからないでいたが、それと同時にこめかみをぐりぐりとされ、明日人は痛みに悶える。

「ちょ、痛い痛い!!」

「これは我が夜舞家に代々伝わる奥義だよ」

「そうじゃなくて!」

 長い事夜舞にぐりぐりをされている中、その光景を木の影から見つめていた者たちがいた。

「……何やってんだ? あいつら」

「ふむ、あれはこめかみ割りのようだな」

「呑気に解説している場合か」

 灰崎、鬼道、豪炎寺の他に、ラストプロテクターの選手やマネージャーたちが揃っていた。

「…私の知っている明日人くんは、自分の好きな物に素直になれて、好きな物を捨てたりしない。私がイナズマジャパンの試合を見ていた時に見た明日人くんは、とってもサッカーを楽しんでいるって感じだった」

「夜舞…」

 こめかみ割りが終わり、明日人はこめかみの痛みによって我に返る。

「……ありがとう、夜舞。俺、少し馬鹿なこと考えてた」

 ヒリヒリ痛むこめかみを抑えながら、明日人は夜舞に感謝の意を伝える。

「これで、全員が同じ意見になったな」

「皆!」

 明日人たちの近くに現れたのは、円堂達だった。それも、マネージャーたちも出揃っている。

「皆、家族に言われたよ。サッカーを取り戻して来いってね」

 吹雪が言うには、円堂に豪炎寺、その他親が居る者には親に説得され。兄弟が居る者には兄弟に説得され。大事な人から説得されることもあったらしい。

「…やっぱり、私もサッカーを取り戻したいです。夏美さんに説得されてから、やっとその気持ちに気づけました」

 杏奈は、自分が居ない間の雷門中を任せてほしいと言われた雷門夏美に説得されたらしかったのだ。そういえば、自分を生徒会長に指名したのも、夏美だった。

「…よし! 次の試合、頑張ろう!」

 明日人が言うと、全員がおおーっ! と声を上げた。

 

 ***

 

 試合前日。明日人たちは、フロイが来るであろうサッカー協会の施設に来ていた。それも、まだフロイによって立ち入り禁止になっていない施設だ。その前で、フロイを待っている。

 フロイを待っている中、一星は自分の右手に持っている箱のことを思いかえす。

「あの、一星さんですか?」

 昨日、宿所への帰り道に、メイドのような大人の女性が一星の目の前に現れたのだ。いきなりの登場に内心驚きながらも、明日人たちは立ち止まった。

「はい、なんですか?」

「実は、家に戻られたベルナルド様がこれを発見し、これを一星に渡して欲しいとお願いされました。そして、この中身をフロイに見せてほしいと私に伝言を任せました。それでは」

 恐らく、ベルナルドの家のメイドなのだろう。それだけを言うと、一星に箱を渡してからそそくさと向こうに行ってしまった。

「なんだろう…」

 明日人たちが箱の中身はなんだろうなと気になっている中、一星が箱を開ける。すると、中に入っていたのは手紙だった。それに同封されていたのかはわからないが、手紙の他にもロケットペンダントもあった。ロシアの伝統的な花模様と銀をチャームに、中には若きイリーナとベルナルド、そして赤ん坊のフロイの写真が入っていた。

「ロケットペンダントに…手紙?」

 

 

「どうしてアストたちがここにいるんだい?」

 一星が思い返していると、フロイの声が不意に聞こえた。

 フロイの方を向くと、触手こそ生えてはいなかったが、禍々しいオーラが漂っていた。

「これが、フロイなのか…?」

 そのオーラは風丸も感じられたのか、身構える。

「そこをどいて」

「いやだ、俺はフロイと話がしたくて来たんだ」

 前へ進もうとするフロイに、明日人は強気に止める。

「これを見てほしい」

 すると、一星が箱の中身をフロイに見せる。

「この箱の中身は、お前の母さんからフロイに向けての手紙と、お前へのプレゼントだ」

「だからなに」

 フロイはそれを聞いてもなお、意志を貫き通そうとする。

「読むね」

 

 

 

「フロイへ。

 この手紙を読んでいるころには、私はこの世には居ない。居たとしても、ここから遠い場所にいるかもしれない。だから、この手紙を書くわ。この手紙に書かれていることが、嘘だと思っていても、これは本当に起きた出来事なのよ。でも、信じて貰えないでしょうね。だって私は、貴方を愛さなかったし、貴方の兄さんのベルナルドを虐待したものね。だけど、ここに書くわ。もう覚悟は決めたもの。

 フロイ、貴方は、本当は愛されていた。というよりも、記憶を捏造されたのよ。私に愛されていないという記憶をね。その記憶を植え付けたのが、フォルセティという神。なぜあんなことをしたのかはわからない。でも、私は、貴方が生まれてきて本当にうれしかった。この子だけは、幸せにしたいって。

 ベルナルドのことも、フォルセティに記憶を改変されて、このあの子の人生を、『私に虐待された』という記憶で埋め尽くしたのよ。そして、フォルセティは私にこう言ってきたわ。『記憶のすれ違いがないようにしろ』ってね。でも、私はベルナルドを虐待することなんて出来ない。だから反対したのよ。でも、フォルセティは、『従わなかったらこの世界を滅ぼす』と言ってきたの。だから私は、私は。

 ごめんなさい。こうでもしないと、世界が滅んでしまうの、フォルセティは、邪神よ。正義を振りかざした、邪神。そして、やがて私の精神は病んでしまった。望まぬ虐待で、息子たちを傷つける悲しみに。世界が、戦争の為にお金を使っているのと、貴方のお父さんの方針を知って、私は何を思ったんだろう。貴方の父親を、殺し屋を雇って殺したわ。そしてその事実も、フォルセティによって病気での死に改変されてしまった。

 この内容を見ても、貴方は信じてくれないと思う。

 いいの。信じてくれなくても。でも、いつかはこの手紙を真実だと思う日が来るかもしれない。

 その時が来るまで、私は祈っている。

 手紙に同封されているペンダントは、貴方への誕生日プレゼントよ。

 本当は、何度も何度もこの貴方の人生で渡したかった。それも、フォルセティによって、出来なかったわ。

 本当に、ごめんなさい』

 

 

「……ハ」

 手紙の内容に、フロイは空笑いした。

「それが手紙の内容? それでも僕のお父さんを殺したことには変わりないじゃないか」

「…でも、その原因もフォルセティだ。頼む。サッカー協会を破壊するのを、やめてほしい」

 サッカー協会の施設を後ろに、一星はフロイにそれを壊すのをやめてほしいと言い放つ。

 フロイはしばらく無言になったあと、涙ぐみながら明日人たちに大声で叫ぶ。

「……ヒカルは! 自分達の好きだったサッカーの楽しさが、偽りのものだって、信じないのかい!? 僕も、君も、戦争にサッカーが関わるなんて嫌だろ!? だけど、本当は父さんが原因だってことも知ってる! でも、僕は父さんが原因だってことも、今まで母さんがやってきたことがフォルセティに脅されてやったことも、サッカー協会が戦争に加担していたことも、信じたくないッ! 僕はもう、何も考えたくない! ただサッカーがしたいだけなんだ!」

「フロイ!」

 明日人がフロイの名を呼んだその時だった。

「__!?」

 フロイの右手首に、謎の赤いリングが巻きついたのだ。

「な、なに、これは」

 謎の赤いリングに驚いていると、また同じようなリングがフロイの足首、左手首、腹に巻きついたのだ。

「フロイ!」

 するとフロイの体が、腹に巻きついたリングを中心に浮き始めた。抵抗するフロイだったが、体がリングによって硬直されている為、大した抵抗も出来ず、そのまま勢いよく空中に浮いていた白い十字架に、フロイは貼りつけられた。それに、明日人たちは青ざめる。

「信じなくてもいいんですよ? この地上は、嘘つきだらけですから」

 空中から階段を降りるようにして舞い降りたのは、ミラだった。

「ミラ!」

「ご静粛に、この子がどうなっても保証は出来なくてよ」

 ミラは明日人たちを軽くあしらいながら、貼りつけられたフロイの素肌を、後ろから服の中にもぐりこんだいやらしい手つきで撫でる。

「ミ、ラ…君、か…」

 いやらしく撫でるミラの手つきに、顔を赤らめながら、フロイはミラのいる後ろを目線で見つめる。

「ッ、フロイを離せ!」

「一星!」

 一星がボールを取り出すと、それをミラに向けて撃つ。しかし、それはミラの出す白い銃の弾丸によって、ボールは蜂の巣にされて地面に落ちる。

「無駄ですわよ」

「くっ」

「ミラ、なんでこんなことを!」

 ミラのことを、仲間だと信じていた円堂が、ミラに問い詰める。するとミラは、微笑みながら質問に答えた。

「なぜ、と問いますか。だって、フロイさんはこの世界の真実を知って、苦しんでいますの。苦しんでいる人を助けるのは、天使の仕事なのですから♪」

 そう言った直後に、にっこりと笑うミラ。

「それでは、お邪魔な物は早く消えて貰いましょう♪」

 右手に持っていた銃を、グレネードランチャーに変えたミラ。それを、明日人たちに向けて撃つ。

「避けるぞ!」

 風丸の声で、明日人たちは初弾をなんとか避ける。しかし、そのせいか地面はグレネードによってくぼみが出来てしまっている。

「アスト! ヒカル! 皆!」

 それを十字架の元でしか見ることのできないフロイは、自分を貼りつけている枷の機能を果たしているリングを外そうと、背中からこっそりと植物の茎を出す。

「逃げようとしても無駄ですわよ♪」

 笑いながら、ミラはグレネードランチャーのグリップを、フロイの腹に目がけてぶつける。一瞬だけ目を見開いたあとは、フロイは目を瞑って気絶してしまった。

「フロイ!」

 何かがぶつかる音がフロイの方から聞こえ、明日人たちはフロイの方を見る。するとそこには、枷に体を預けて、意識を失っているフロイの姿だった。

「それでは、また明日お会いしましょう」

 と、ミラは貼りつけられたフロイを連れて空へと消える。それを、一星は見つめる事しか出来なかった。

「フロイッ―――!!」

 

 

 

 不信の心は、もう溶けない。

 




 あ、うん。言いたい事はわかるよ?
 なんでフロイを磔にしたかってことですよね。
 あれはですねぇ、フロイに箱の中身を伝える時に、第一稿の時点で思いついてしまいまして…
 うん、イナイレに磔はアウトだって言いたいんでしょ? でも、そこは超次元だし、どこの子供向けアニメでも、中学生が磔になるなんてことはよくありますから…(今の子供向けアニメがどんなのかは知らない。)


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第三十二話 絶望の花

 みなさん、お待たせいたしました。
 三十二話です。話の展開が思いつかず、こんなに時間が空いてしまいました…
 話は変わりますが、三十二話といえば、オリオンでいえばアメリカ戦最後の話ですかね。
 もう次回で、皆さんトラウマの明日人誘拐の話ですよ。もうここまで行ったんですね…

 ちなみに、今日私の誕生日です(余計すぎる)


 みなさん、お待たせいたしました。

 三十二話です。話の展開が思いつかず、こんなに時間が空いてしまいました…

 話は変わりますが、三十二話といえば、オリオンでいえばアメリカ戦最後の話ですかね。

 もう次回で、皆さんトラウマの明日人誘拐の話ですよ。もうここまで行ったんですね…

 

 ***

 

 嘘だ。

 嘘に決まっている。

 あいつらの言うことなんて、デタラメに決まっている。

 そんな悪魔染みた声が、フロイの頭に響いた。

 確か、この声の名は、根憎蔓って言ったっけ。そんな気がする。どうやら根憎蔓は、ずっと昔からフロイの家の花瓶の花に化けて過ごしてきたらしい。それで、自分がどれだけあの家で傷ついたのかを見てきたというのだ。それで、自分の絶望が、人並みよりも一定基準以上に溜まった時に、自分に憑りついたというのだ。知らないけど。

 

 …ねぇ、信じられるわけないよね?

 だって、君も見ただろう? 君のお兄さんがさ、君のお母さんによって虐待されているところをさ。

 それがなに? 神に脅されてやったなんて、信じられるわけが無いよね?

 僕達を助けてくれる神が居ないように、君のお母さんを脅した神も居ないんだよ?

 ……あ、僕の言うことも信じられない? んじゃあさ、僕たちで、信じられないものを全部壊そうよ。

 フォルセティも、ユースティティアの天使も、サッカー協会の大人たちも、親友も、仲間も、全部壊しちゃいなよ。

 あいつらはどうせ、君を裏切るに決まってる。

 裏切られる前に、裏切っちゃいなよ。

 

 ***

 

「ねぇミラお姉さま、この子どうするの?」

 目が覚めると、メリーの顔が見えた。メリーは、無垢な表情と声色で、ミラに話しかけている。まだ、この世界が裏切るか裏切られるかの世界、もしくは、殺されるか殺すかの世界だということに気づいていない。あの目は、母親と父親が良い、恵まれた環境に立っている子供の表情だ。

 羨ましい。

 妬ましい。

「もう考えてありますわ。フロイさんは元々被害者。愚かな大人たちによって大好きなものを穢されて、家族にも愛されずに育ってきたんですもの。そんなフロイさんを助けたとなれば、私たちやお父様を信仰する人間が増えますわ」

「良かったね! ミラお姉様!」

「えぇ、信仰者の多くは、この腐れた地上で生きることを嫌がってますの。私たち天使が地上の民を助ければ、地上の民は私たちを信じ、信仰することを選び、それで私たちは信仰者が増えてもっと強くなりますの。ふふっ、私たちにとっては、良き循環ですわね」

 フロイは、怒りが湧いてきた。それと同時に、意味もわからなかった。

 なんでこいつらが自分の過去を知っているのか。いや、それはどうでもいい。ただ、自分が辛かった記憶を、なぜそこまで客観的に言うのかがわからなかった。

 あの過去は、もはや文字で言い表せられるものではない。生まれたときから母親に愛されなくて、兄の虐待を目にして、父親が原因で大好きだったサッカーが穢されたのだ。文字だけ見ると簡単だが、そこに感情が入ると、もはや文字では表せられない。

 

 

 もう、自分に信じられるものなんてない。

 大人も、子供も、いつかは自分を裏切るんだ。

 それは、神も天使も同じだ。

 信じられるのは、自分しかいない。

「…目覚めたようですわよ」

「え?」

 ミラが横目でフロイを見た瞬間、フロイの背中から漆黒色の蔓が現れ、それはステンドガラスや床、ましてや壁や天井までを壊していく。そして、その蔓はミラはメリーたちにも牙をむき、雨のように蔓がミラたちに向かって降ってくる。

「まぁ…元気がおありでよろしいわね」

 降ってくる蔓を避けながら、ミラは銃弾を発射し、蔓を切っていく。しかし、その一部が外れ、フロイの後ろのステンドグラスが割れ、ガラスの破片がフロイの体の付近に落ちていく。それにはさすがのフロイも、目を瞑る。

 その瞬間だった。

 心臓が貫かれたのは。

 

 ***

 

 フロイがユースティティアの天使に囚われたという、不穏な空気を漂わせながら、明日人たちはスタジアムのフィールドで、ユースティティアの天使が来るのを待つ。観客席には世界選抜が、ラストプロテクターが解散してしまうということを聞いて、駆けつけていた。

「来るぞ!」

 風丸が向こう側の昇降口に向けて発語したその直後、昇降口からゾロゾロと執事の格好とメイドの恰好をした、同い年くらいの身長をした天使達が現れ、グラウンドに赤い絨毯を敷いていった。その上を歩くのは、勿論メリーにミラ。そして、黒いフードを被った人間だった。

「ごきげんよう、人間の皆さま」

 ドレスの裾を持ってお辞儀するミラとメリー。

「ミラ、フロイを返せ!」

 それが終わった直後に、明日人はミラに向かって踏み込んだ。明日人は歯を食いしばって、目を燃やしている。フロイのことだろうと、ミラは不敵に笑う。

「まぁ、いきなりですの? ですが、明日人さんの思うようにはいきませんわね」

「どういうこと?」

「これを見てください」

 疑問視する明日人に、ミラは黒いフードを被っている人間のフードを、ゆっくりと外した。その隙間から見える顔、髪に、明日人たちは青ざめた。

「___フロイ!?」

 フロイは、ユースティティアのユニホームを着て、光の無い眼で明日人たちを見ていたのだ。

 目を見開きながら、その場にフロイの前に立つ明日人は、動けなかった。その代わりに、フロイがなんとか体を動かして、フロイの肩を両手で掴んだ。

「フロイ! 何でお前がッ…」

 一星がフロイに訴えかけるも、フロイは何も言わずに一星の手を払いのけた。それに、一星は驚愕する。

「まさか、洗脳されているのか…!?」

「酷い…」

 タツヤが、一星にしたフロイの行動から、フロイがどうなっているのかをすぐに見抜いた。これはタツヤの推測にしたないが、フロイはもしかしたら、洗脳されているのではないかと明日人たちに伝える。それを聞いて、夜舞は胸が痛くなった。

「ミラ…」

 フロイが洗脳されたかもしれないと聞いた直後、明日人はミラを睨みつける。

「そんなに睨まないでほしいですわ、明日人さん。本当でしたら、貴方をこのような風にするつもりでしたのよ? 自分がこうならなくてよかった。それだけでも、幸せだと思うべきですわ」

「ッ………」

 だが、ミラの言うことに、明日人は自分がもしフロイと同じ立場になったらと考える。もしかしたら、人質にされて、皆に試合を出来なくさせるかもしれない。というより、まず先に救済されてしまう。

「うーむ、戦うしかありませんねぇ…ベルナルドくん?」

「…あぁ。戦って、フロイを取り返すしかない。敵に回ったとしても、フロイは俺の弟だ」

 そうベルナルドは、拳を握りしめた。今回のスタメン発表は、覚悟がかなり必要なそうだ。

「ベルナルドさん、僕を試合に出させてください!」

 試合の準備をしようと、ベルナルドがスタメン発表をしようとした時、マリクの声が響いた。

「僕、フロイさんを助けたいんです! ちゃんと試合に出るための特訓もしていました! だから、今回の試合だけでも、出させてください!」

 と、マリクは必死に頭を下げた。すると、マリクの頭に手が乗せられた。

「僕もだ」

「私も、フロイにはお世話になったから」

 マリクの頭に手を乗せたのは、ルースとユリカだ。ユリカとルースが私服を脱ぎ捨てると、その下にはラストプロテクターのユニホームを着ていた。

「……わかった。どの代わり、必ずこの試合に勝つんだ」

「「「はい!」」」

 ベルナルドの許可を得て、マリクはMF、ルースはDF、ユリカはFWとしてフィールドに帰ってきた。

「では、スタメンを発表しよう。GKは円堂。DFは水神矢、ルース、坂野上、風丸。MFは一星、マリク、明日人、鬼道。FW、ユリカ、豪炎寺。以上だ」

 それぞれが返事をして、発表されたメンバーはフィールドに立った。

「準備が出来たみたいね! じゃあ行くよ?」

 するとメリーは、六角形の粒状のクリスタルを、九個フィールドに投げた。宙に浮かぶクリスタルが地面に着くと、クリスタルは魔法陣となり、そこから銀色の体色をした、一つ目の人型化け物となってフィールドに立ったのだ。

「なっ、」

「人が出来た!?」

 砂木沼やアフロディだけではなく、誰もがメリーの投げたクリスタルから、人型化け物が出来たということに驚いていた。

「これは、私たち天使が兵士用に作り上げた、ティティなんだよー? 今日は皆忙しいしー誰も私と遊んでくれないから、この子達ティティを呼んだんだー」

 メリーを守るかのように配置されているティティは、ポジションに合わせて体型が変わっている。GKとDFは筋肉が引き締まった形に、MFは小柄な形に、FWは標準な形に創りあげていた。

『ど、どういうことでしょうか、メリーが人型の化物を召喚しました! 情報によると、これはティティというものだそうですが、今日はこのティティを使って戦うんでしょうか…おっと忘れていました、キックオフです!』

 試合開始のホイッスルが鳴り響くと、豪炎寺はまずユリカにパスを回した。

「(絶対に、フロイを助ける!)」

「イカセナイ」

 ユリカがドリブルしていると、ロボットのような声の高さで、ティティが前を遮る。しかし、それをユリカは右に左とフェイントで避ける。だが、本来なら少しだけでも着いていけるはずだというのに、ティティの動きはまるで初心者のようで、ボールの動きがよく見えていないようにも見えた。それを証明するかのように、ユリカは次々にティティを抜いていく。

「豪炎寺、様子がおかしい」

「あぁ、まるで初心者の動きだな」

 豪炎寺とユリカは、まるで初心者のようなティティの動きに、困惑を見せていた。だが、今は試合中だと、深く考えないことにした。

「おっ、これなら勝てそうだな! ユースティティアも大したことねぇな!」

「そうかな…? 私にはどうも何か不穏な空気がするんだけどなぁ…」

 剛陣が勝てそうだと、余裕そうに腕を組む中、夜舞は何かを感じたのか、やけにキョロキョロしていた。すると、夜舞の予感が的中したのか、フロイはユリカの前に立ち塞がる。それを見計らって、ユリカはフロイの洗脳を解こうと、大声で言葉を発した。

「フロイ!」

 いきなり名前を呼ばれ、フロイは一瞬立ち止まる。

「貴方は、いつでも私を信じてくれていた! シャドウ・オブ・オリオンとして貴方の敵になったとしても、貴方は私と正々堂々戦ってくれた! それなのに、なんで貴方が敵なの!? 私達は、お互いに同じ目的をもって戦う、仲間でしょ!?」

 フロイが一瞬身じろいだような気がしたが、フロイにユリカの言葉は届いていなかったのか、何事もなかったかにょうにユリカからボールを奪おうと動く。それを察知し、ユリカは後方にいたマリクにボールをパスする。

「マリク!」

「はい! フロイさん、目を覚ましてください! 僕は、フロイさんの家族のこととか、サッカー協会のこととかはよくわかりませんけど、それでも僕は、フロイさんがどれだけ苦しんでいたのか、全部ではないけど感じることはできます!」

 マリクが特訓をしてきたというのは本当で、マリクのさらに洗礼されたドリブルに、フロイは上手く動くことが出来ない。

「これを見て下さい! 俺の必殺技で、あの時正々堂々とサッカーをしたことを思い出してください! ダブルヘッド・イーグル、V3!』

 マリクの後ろに、二つ頭の鷲が現れる。鷲は、フロイを睨みつけたあと、マリクの為にボールを作り、シュートさせた。そのシュートの風に、フロイの髪が揺れる。

「………」

 だが、マリクのシュートに何も感じなかったフロイは、マリクのシュートを止めようと、行動に出た。

「いけ、ティティ」

 フロイはまず、背中に生えている触手を、今いるティティたちの足元に芽が出るように地中に潜らせ、触手を通じてティティたちに力を分け与えた。分け与えられたティたちは、以前の鈍い動きとはうってかわって、素早くなった。それに明日人たちが驚く中、ティティたちはゴール前に立つ。そして、背中から体色と同じ色の手を出現させ、マリクのシュートを止めた。

『なんとーっ! ティティ、マリクのシュートを止めましたーっ!』

「そんな…」

 マリクが動揺している中、フロイはティティに合図をすると、フロイはすぐに前線へと走った。フロイにされた合図通りに、ティティはフロイにループパスでボールを送る。すると、それはフロイの足元に落ちる。

「…生憎だけど、僕は君たちの言葉を信じる事なんて、出来ないッッ!」

 すると、フロイの周りに紫色のオーラが漂い始める。

「___皆さん見て下さい! この警告…何かが来ます!」

 杏奈は、スペクトルハーツの画面に現れる、Caution!! Caution!!の赤い表示に、何かが来ると注意を呼びかけた。すると、杏奈の言う通り、フロイは右手をゆっくりと空に掲げた。

「…ダークアンロック・リライズ」

 その直後、紫色の雷がスタジアムに落ち、大地が波のように揺れた。

「ダークアンロック!?」

「まさか、これもハーツアンロックなのか!?」

 鬼道は、フロイの言ったダークアンロックがハーツアンロックの一つなのかと推測する。しかし、それにしては通常のハーツアンロックよりも禍々しい。明日人たちも、ベンチの夜舞たちも、ダークアンロックに驚いている中、フロイは変身を開始する。

 黒と赤の花を咲かせるための蔓を自身の体に纏わせ、腕や足、体に服を着せていく。黒と紫を主にして、体にはミディブラウスと短いパンプキンパンツ。その上に前が開いているバッスルスカートとハイブーツを、蔓から作って、変身は終わる。

「フロイ…」

「必殺タクティクス、絶望の花。……行っておいで、植物たち」

 黒のハーツアンロックを身に纏ったフロイに、一星は度肝を抜く。その間に、フロイは背中に生えている蔓を撫で、行くように指示する。すると、黒くて太い蔓が地面から現れ、地面に割れ目を作っていく。しかし、それだけに終わらなかったのだ。明日人たちが目の前の蔓に驚いている間に、地面の割れ目から出た細い蔓は、明日人たち十一人の体に巻きつき、動きを封じたのだ。そしてそれは、少しずつ明日人たちの体を締め上げていく。

「うぐッ!?」

『_____!?』

 突然皆が謎の蔓によって苦しめられているため、夜舞たちもベルナルドも、目を見開いて明日人たちとフロイを見つめる。

「みんな!」

『おーっと! フロイ、自身の蔓で稲森たちラストプロテクターを巻きつけ、動きを封じました!!』

 明日人たちが苦しんでいる間にも、フロイは今のうちにと、ラストプロテクターのゴールへと進んでいく。それを危機に思った円堂は、自分を巻き付けている蔓の、生え際を踏んで、蔓が怯んだうちに蔓を千切って解放する。

『イノセント・ドライブ』

 いつもの白と青のシュートは、ダークアンロックの影響か黒と赤に染まっており、それを見た円堂は、こちらも同じようにハーツアンロックをする。

「ハーツアンロック、リライズ!」

 拳と拳を合わせ、離したときのエネルギーをハーツアンロックの力に変換させると、円堂の服装はユニホームから柔道着のような服に変わる。そして円堂は、手の平と手の平の間に、虹色のオーロラのような物を出現させ、握りしめた。すると、拳が橙色に染まり、それを円堂は両手を前方に突き出した。

『ゴッドヴァジュラ!』

 神のような大きさの赤い両手の平で、フロイのシュートを止めようとする。しかし、突然現れた引きちぎられるような痛みに、円堂は痛みに顔を歪ませる。だが、それはフロイのタクティクスの影響では無く、円堂のハーツアンロックにあった。なのだが、その痛みの理由に気づけぬまま、円堂はゴールを許してしまった。

『ゴールっ! フロイ、必殺タクティクスで動きを封じたのちに、必殺シュートで得点を決めましたーっ!』

「…嘘、だろ?」

 いつものフロイなら、絶対にこんなサッカーを望んでいないことに、剛陣は額から汗をかく。その間に、明日人たちは黒い蔓から解放され、胸を抑えながら必死に息を取りこんでいる。

「明日人くん!」

「キャプテン!」

 すぐにベンチに居た夜舞たちが駆けつけ、苦しんでいる明日人たちを二人一組でベンチまで運ぶ。

「大丈夫!?」

 マネージャーだけでなく、残りの選手も、明日人たちの治療に励んでいる。

「皆、骨折はしていないようだけど…」

「フロイの奴…ひでぇ真似を…」

 折谷は、明日人たちの様態を見て、試合には出られそうだと分析する。そんな中、灰崎はフロイを横目に見て苛立ちながら呟く。

「(…どうしよう…俺、ちゃんとフロイのことを取り戻せるのかな…)」

 キャプテンマークを掴みながら、明日人は心を張りつめる。

「皆! まだ試合はこれからだ! まだまだ大丈夫だ!」

 円堂は皆を元気づける為に、大声で皆の士気を鼓舞させる。それを見て、明日人は自分のキャプテンとしての劣等感に苛まれる。

「円堂さん…」

 明日人が円堂の名を呼んだ時だった。赤いリングが明日人の後ろから迫っていき、明日人の上半身を腕まとめて拘束したのだ。

「えっ」

 明日人が異変に気づくももう遅く、明日人は宙に釣り上げられる。

「明日人!」

 灰崎が明日人に巻きついている赤いリングを取ろうと走るも、灰崎が明日人本人のところ来る前に、ミラに止められてしまった。

「…元々この試合なんて、どうでもいいんですの」

「どういうことですか!?」

 ミラの言っていることの意味が解らず、坂野上はどういうことかと責めいる。

「ロシアをまた日本と同じようにするんじゃなかったのかよ!」

「ごめんくださいませ。ですが、それは皆さまの勘違い。私は初めから、明日人さんを誘うためにこの試合(舞台)を用意したですの。ですから、フロイさんを洗脳して、ここまで準備をしてきました♪」

 剛陣は、ミラがなぜこの試合を用意した目的を考えており、それを口にする。しかし、ミラはそんなことをするつもりなどなく、全ては明日人を救済するための踏み台だったのだ。

「あ、悪魔…」

「悪魔なのは、貴方達人間です。人間は、悪意に満ちた、卑しき民ですの。まぁ…悪意はおありにならないのでしょうけど」

 まさか、守るべき明日人を誘うために、自分達が利用されたことに腹が立ち、風丸が思わず口にすると、ミラは悪魔を人間に例えて言いだした。

「だからって、明日人くんを救済していい理由になんかならない!」

 それでも夜舞は、明日人を救済させたくないと言い放つ。

「よほど自身がお有りなようですわね。でも、明日人さんもこんな世界が嫌に決まってますわ。救済された方が、楽になれますわ。そうですよね?」

 と、ミラは明日人に答弁をするようにと申す。それに明日人が「はい」と答えるわけが無い! とその場に居る全員が思っていたその時だった。

「私の()()の明日人さん?」

 ミラは、とんでもないことを吐いたのだ。

 明日人が、ミラと友人? そんなことを信じられない灰崎たちは、口の中が渇くのを感じた。

「ど、どういうことだよ」

「明日人くんが、ミラと友達ってことだよね…」

「説明してください!」

 怒りとも、悲しいともいえない複雑な感情の中、ヒロト、夜舞、坂野上はミラに、説明するようにと頼み込む。だが、ミラは一切答える素振りを見せない。それに、説明は明日人さんにしてほしいと、言っているような表情が、明日人には、見えていた。

「やめろ」

 その言葉を発したのは、明日人じゃなかった。フロイだ。フロイは、背中に生えている蔓で、ミラの心臓を突き刺していたのだ。心臓を突き刺されたミラはその場に倒れ、明日人を拘束している赤いリングが壊れる。

「これ以上…アストの過去を口にするなっ!」

「__フロイ!?」

 すると、フロイの背中から紫色のオーラが溢れだした。スタジアムを囲むように芽が生え、それは勢いよく成長し、観客席の席にや実況席の窓にも絡みつく蔓と入り混じりながら蔓のドームを作りあげる。日の光を閉ざしたスタジアムは、蔓のドームの所々に咲く、花のランタンで照らされている。

「なんてことだ…スタジアムが花で埋め尽くされたぞ…」

 鬼道はこの状況に驚いており、それはティティ達もそうだった。

『み、皆さん緊急事態です! 避難してください!』

 実況の角馬王将は、観客席に居る人たちに、逃げるよう指示したが、出口は蔓で閉ざされており、押しても引いても開くことはなかった。その中で、世界選抜、そして三人の少女は、ここから避難することはなかった。それよりも、急いで明日人たちのところに向かおうと、走ったのだ。

「フロイ…お前は、なんで俺の過去を…?」

 拘束から解放され、起き上がった明日人は、目の前で蔓を操るフロイを見ていた。フロイは、明日人ににっこりと笑いかけたかと思えば、すぐに昇降口から、スタジアムを出て行ってしまう。その遠くでは、ミラお姉さまと、メリーがミラを呼ぶ声が響いていた。

「円堂くん!」

「秋ちゃん!? 春奈ちゃん!?」

「夏美さん!?」

 すると昇降口から、今までよく聞いてきた声が響き、円堂は昇降口の方へと顔を向ける。そこには、黒に近い緑色の髪をした木野秋の他にも、音無春奈、雷門夏美が揃っており、息を切らしている。その近くでは、秋たち以前の雷門マネージャーのことを知っている大谷と、夏美から生徒会長を任された杏奈は、三人の突然の来訪に驚いていた。

「秋!? それに二人も…ここは危ないぞ!?」

 円堂は、スタジアムが謎の茎によって包まれているこの状況に、危ないと秋たちを避難させようとするが、秋たちはそれを断固として拒否するような素振りを見せる。

「うん…でも私達、円堂くんたちに伝えたいことがあってきたの」

「伝えたい事?」

 夜舞が首をかしげると、夏美がカバンからスマホを取り出し、アプリを起動した。スマホの画面に映し出された、スタジアムに絡みつく蔓に、スマホは生誕型と表示した。

「秋さん、それはこの事態を解決してからにしましょう。……夜舞さんだったわよね、あの怪異のこと、わかる?」

「え? よく似たようなものは巻物で見たけど、これみたいなものは無かったよ…?」

 夜舞は突然年上(一年違うだけだが)に声をかけられ、夜舞は少し自信な下げに答えた。それに、夏美はやっぱりね、と顎に手を当てた。

「やっぱりそうだったのね。いい? あれは怪異の中でも、『生誕型』に位置する怪異よ」

「生誕型…?」

 明日人たちも夜舞も聞き慣れていない、誕生型という言葉に、その場にいる全員が驚いてきょとんとしていた。

「夜舞さんの巻物に書かれていない、いわば新種の怪異よ。もっとも、あれはフロイくん自身が生み出したものだけどね」

「怪異は、一星やヒロトのようなものだけではないのか?」

 砂木沼が不信そうに一星とヒロトを指さす。

「いいえ、これを見て下さい。これは、私達でまとめた怪異の資料です。私達で怪異のことを調べていく中で、怪異には二つの種類があることがわかったんです。一つは原生型。一星くんやヒロトさんのような、人間に干渉されず、環境によるもので生まれたものです。そして、夏美さんが言った生誕型ですが、あれはフロイさん自身が生み出したもの…ということでいいんですよね。夏美さん」

 春奈が鞄から出した資料には、夜舞の持っている巻物の古文とは違い、現代文で構成された文章と、おまけにイメ―ジ画像として動物の写真が貼られていた資料だった。

「えぇ、生誕型は、その人間の負の感情を吸い取って生まれる存在…貴方達は、フロイくんがどうして怪異を産むことになったのか、知っているかしら」

「………それは、」

「きゃあっ!」

 と、ベルナルドが口を開こうとしたときだった。スタジアムの天井部分の一部が、グラウンドに勢いよく落ちてきたのだ。女性群が驚いている間にも、スタジアムにはヒビが入っていく。

「まずい…あの蔓のせいか!?」

 ベルナルドは、周りを見てあの蔓が原因だと推測する。

『警察です! 皆さん早くここから避難してください! もうすぐこのスタジアムが崩れます!』

 ぞろぞろと警察庁の人達が現れ、観客たちに避難を呼びかけている。

「皆! 逃げるわよ!」

 夏美にそう言われ、全員がスタジアムから避難した。

 

 ***

 

 一体、誰が味方なんだろう。

 ユースティティアの天使は、勿論味方じゃないとしても、明日人たちラストプロテクター、そして家族でもある兄さんも、信じる事なんて出来なかった。

 というよりも、この世のもの全てが嘘のように思えてきて、何も信じられない。

 このままでいいはずだ。

 だけど、このままじゃいけないと、自分が自分を邪魔してくる。

 胸糞悪い。どうにかしてこのもやもやを取り除きたい。

 …いっそのこと、『信じないからこそ、信じてみる』というのもありか。

 …とりあえず僕の家に向かおう。何かがあるはずだ。

 

 

 

 信じられるのは、絶望という名の孤独だ。




 ***

 後書きの花畑
 もうね、次回で三十三話ですよ。三十三話といったら、明日人くんが誘拐された日に決まってますよね。え、決まってない?
 でも、二期では明日人くんが闇堕ちしないけど、三期では二期のラスボスであるフロイくんが闇堕ちしていたっていうの、なんかよくないですか?え、よくない?怒られろ?すみません

 そういえば、誕生日を決めたんですよ。テミスに出てくるオリキャラたちの。ぜひ参考にしてくださーい。

  夜舞 3月1日
  レン 9月26日
 メリー 6月1日
  ミラ 9月2日
 エレン 8月31日

 え?これだとメリーちゃんが年上になっちゃう? …生まれた年の違いじゃない?


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第三十三話 贖罪の理由

 もう三十三話ですよ。奥さん。
 

 さて、今回は怪異の正体と、ハーツアンロックの新たな情報が明かされます!
 明日人くんの過去にも少し触れるかも?


 前期の雷門マネージャー、現在のマネージャーを横に配置させ、明日人たち選手を前方に配置させると、ベルナルドは食堂でミーティング始めた。

「まず報告がある。今回の試合は、諸事情により中止ということになった。つまりは、チームの存続を懸けた戦いは次の試合になるということだ。解散を免れるためにも、練習には根気強く行ってほしい」

 ベルナルドが話をしている間、誰もが明日人の方を見ては、目線を反らしていた。明日人にはそれが不快でどうしようもなかったが、言った所で変わるかどうかなんてわからない。まずそもそも、明日人を見つめている理由としては、ミラと明日人が友人だという点にあった。これはミラが自分から言ったことであり、明日人は何も言っていない。だが、明日人は皆が敵のいうことなんて信じるわけがないと思っていたが、皆はどうやらそういうわけにもいかないようだった。それもそうだろう。自分達のキャプテンが、敵と友人関係にあったなんて、疑うほかない。

「では、ここからは夏美に怪異の説明をしてもらう。いいか?」

「構いません。チームの役に立てるのなら」

 と、夏美はベルナルドの居た場所に立ち、説明を始める。

「まず、怪異というのは妖怪の一種、その場にいるだけで人間と妖怪とのバランスを保ち続けている存在だと、夜舞さんから聞いたわ。…だけど、私の調べが正しかったらの話だけど、怪異は、()()()()()()()()()()

「どういうことだ? 夜舞のおばあちゃんから聞いたが、怪異は妖怪の一種だと言っていたぞ?」

 妖怪じゃないというところに、風丸が夏美に指摘する。それは夜舞の祖母、夜舞緋華里は怪異を妖怪の一種だと認識しており、それを明日人たちに教えていたからだ。

「えぇ……一般認識だと、そうなるわ」

「一般認識?」

「もしかして、怪異は妖怪とは別のものだと、そう言いたいわけですね」

 不動が疑問視した時に、野坂は鋭く夏美が伝えたい事を話した。それに、夏美は頷く。

「信じられないかもしれないけど、国はね、怪異の本当の姿を隠していたのよ。おそらく、怪異の本当の姿が暴かれることによる、暴動を起こしたくなかったんでしょうね」

「え、じゃあ怪異は、妖怪とは別の何かなんですか?」

「確かに妖怪なのに、原生型と生誕型があることはおかしいとは思っていたけど…」

 妖怪に対しての一般認識を持っている坂野上は、怪異の本当の種族を考えている。それに続いた吹雪は、未知の存在である妖怪にパターンがあることを疑問視していた。

「…怪異の本当の種族は、()()()。文字通り、神の遺物と呼べる概念なのよ」

「待ってください、じゃあ、俺の蠍とか、ヒロトさんの蛇さんも神様の遺物ということになるんですか?」

「それは、私が言った原生型に属する神遺物。生誕型は勿論神遺物じゃないし、だからフロイくんのように従えやすい。だけど、神遺物は本来、そんな簡単に従えることなんて出来ないの」

 それが、適合率なのかと、明日人たちは事の辻褄が合わさっていくのを感じていた。

「だから、適合率というものが生まれたわけなんですね。夏美さん」

「杏奈さんの言う通り、怪異を従わせるための、人の根本とも呼べる精神、それが適合率よ。でも、それだけじゃ怪異の本当の力を引き出すことなんてできないの」

「まさか…それがハーツアンロック!?」

 大谷は、何かに気づいたかのように、その怪異を従わせる方法がハーツアンロックだということに気づく。

「そう。だけどハーツアンロックのことは、私よりも春奈さんに説明してもらったほうが速いわね。ハーツアンロックのことは、春奈さんの方が詳しいから」

「春奈が?」

 春奈の兄である鬼道が反応する中、夏美は春奈に場所を変わる。

「こんにちは、私は音無春奈です。今日ここに来たのは、ハーツアンロックの真実を伝えるためです。夏美さんほど説明は上手くありませんが……では、説明します。単刀直入に言いますと、ハーツアンロックの存在は、前々から確認されてきたことなんです。かなり昔になりますが、一星さんと同じような事例が、昔に何度も起きていたんです。それを、国は秘匿し続けていたんです。なんでかは、わかりませんが…ですが、私は言います。ハーツアンロックは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ***

 

「円堂…あの話を聞いてどう思った」

 夕飯の後のミーティングが終わり、円堂達はいつものように風呂かシャワーに入り、就寝時間までの自由時間を過ごしていた。その間、豪炎寺と鬼道は円堂の部屋に遊びに来ていた、というよりは、お邪魔している。意味は同じだが。

「どう、か…ちょっと驚いたな。ハーツアンロックが、負の感情を力にする技だったなんて」

 床にあぐらをかいて座っている豪炎寺に言われ、円堂は右手を見ながらそう答えた。

 あの話___春奈の話のことだ。

 春奈は国がハーツアンロックの存在を秘匿しており、そしてハーツアンロックは己の負の感情を力にし、ありとあらゆる怪異などの概念を取り込み、その概念と同等のレベルに達することのできるものだということを話したのだった。

 その概念というのは円堂にはよくわからなかったが、鬼道がわかりやすく説明すると、世界中に存在する神の存在や死、そして生などの、人類ではまだ解明されていないものを自分の力にするのだと説明した。そうなれば、一星はギリシャ神話の英雄のポリュデウケース、ヒロトは北欧神話の最高神、オーディンと同等の力を会得していることになる。が、あまりよくわからない。

「確かに…ハーツアンロックすることで世界中の神と同等のレベルに達することが出来るのなら、そのハーツアンロック所得者をリーダーにして、国に反乱を起こすことが出来るからな…」

「一星とヒロトがそうしないにしても、俺達以外の人がハーツアンロックを解放するかもしれない。そうしたら、まずいことになるぞ」

「………」

 これから、サッカーを取り戻したあとに何が起こるのか、円堂は何も知らなかった。ただ、サッカーが取り戻せて、皆喜ぶというのものだと思っていた。

「…なら! 俺達でそのハーツアンロックのルールを作っちゃえばいいんだよ! サッカーのルールを作った人と同じようにさ!」

「円堂…そうだな。今からでも遅くはないか」

「まずは、草案からだな」

 円堂の提案は、なんとハーツアンロックに関するルールというものだった。まだ誰がハーツアンロックを解放するかわからないこの状況、作ってしまうのも問題はないだろう。

「俺さ、この力を、負の感情じゃなく使いたい。負の感情で世界を救ったって、それって本当に世界を救ったことになるのかなってさ。それに、じいちゃんが言ってたんだ。ハーツアンロックは、心の中の自分だって。自分に絶望しないで、信じてみれば、きっとなんとかなるよ」

 

 ***

 

 円堂達がハーツアンロックのルールを作ると決行した翌日の朝、円堂は賢そうな人たちを集めて、ルールの草案を作る為に呼ばれていた。それには、キャプテンである明日人も呼ばれていた。そのほかの人は、それぞれ個人練習に励んでおり、汗が輝いている。

 その中で、コソコソとしている者がいた。

「今のうち…今のうち…」

 練習中、マネージャーたちは明日人たちの衣類の洗濯をしているため、ここにはいない。そのため、夜舞は忍び足でスマホの方へと向かった。

「何してんだよ」

「わわっ! 不動先輩!?」

 突然不動から声をかけられた為、まさか不知火に連絡をすることがバレるんじゃないかと恐れていた。

「不知火って奴に連絡すんだろ」

「まぁ、そうですね…昨日が会う日だってことを忘れてしまいまして…その連絡に」

「まぁいいけどな」

「黙っててくださいね」

「なんでだよ」

 案外あっさり承諾してくれたが、おつかいに行って、不知火と会って、誘拐疑惑になってしまうのはもうこりごりだと、夜舞は不動に釘を刺した。

「えーっと、『せっかく誘ってくださったのに、会いに行けなくてごめんなさい』」

『構わないよ。いつでも会いに行けるからね』

「返信が早ぇ」

 あまりの返信の早さに、隣にいる不動が呟く。

『本当ですか!?』

『……というより、今ここにいるんだけどね』

「えっ?」

 不知火との会話で、不知火がここに居ると知った夜舞は、嬉しさと同時になんでここにいるのかという疑問も湧いてきた。辺りを見渡すと、昇降口には確かに不知火がいて、こちらに手を振っていた。だが、その周りには明日人達が不信そうに集まっていたが。

「不知火さん!?」

 急いで不知火の所に走ると、不知火は嬉しそうに笑う。

「やぁ月夜ちゃん。奇遇だね」

 不知火が夜舞に近づこうとしたが、それは剛陣に遮られる。

「おいおっさん。まだ要件言ってないだろ」

「あぁ、私はベルナルド監督と話がしたくて来たんだよ。だから、そこをどいてくれないかな」

「知らない人をいきなり通すわけにはいかねぇだろよおい」

「それもそうだね。じゃあ、私はこういうものなんだ」

 不知火は胸ポケットから名刺を取り出し、剛陣に手渡す。それを見たとたん、剛陣は驚きに青ざめた。

「えっ…あのミラージュ社団法人の会長なのか!?」

「あぁ」

 そう不知火が微笑んでいると、趙金雲がやってくる。

「不知火さんこんにちは。では、ベルナルドくんが呼んでいるので、こちらにどうぞ」

「わかりました。じゃあね、月夜ちゃん」

 そう不知火は、夜舞に手を振りながら応接室に案内された。

 

 ***

 

「…自己紹介が遅れてしまったね。私は不知火一誠だ。と言っても…君とは昔、知り合いだったのだろう。すまない、君のことは調べたのだが…それでも私の記憶が正しければ、君とは初対面で、会ったことがない」

 応接室に通された不知火は、そこでベルナルドとテーブルを挟んで話を始めようとしている。それを、明日人たちは壁にガラスコップを当てて聞いていた。

「それはいい。なんの用で来たんだ?」

 すると、不知火はアタッシュケースではない質素な革のカバンから、数枚の書類を取り出すと、ベルナルドはそれに目を通した。だが、そこにはミラージュ社団法人が運営している孤児院に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、それに伴う合意書だということに、ベルナルドは目を見開いた。

「実は…このチームのキャプテンの稲森明日人の件なんだが」

「それは後だ。これはどういうことだ」

 ベルナルドに口を挟まれも、不知火は続けて話す。

「落ち着いて欲しい。これは稲森明日人くんを、私の運営する孤児院に入れさせるための書類だ。もちろん、安全面と精神面に関しては私が保証する。万が一のことがあったとしても、取り消し用の契約解除通知書もある」

「…準備がいいようだな」

 落ち着いて欲しいと言われ、ベルナルドは不満そうにテーブルに置かれた紅茶をすする。

「私たちミラージュ社団法人も、ラストプロテクターのことは応援している。そのため、もしも何かお役に立てないかと、ラストプロテクターの選手情報を調べておいたんだよ」

「それで、明日人の家庭環境の情報へとたどり着いたわけか。チームのプライバシーの侵害として訴えるぞ」

「その点に関してはすまないと思ってる。だけど、君は稲森明日人くんが可哀想だとは思わないのかい? あんな故郷で過ごしたら、心も不安定になる。手遅れになる前に、うちで過ごした方がいい」

 明日人の故郷、伊那国島に、ベルナルドは眉をしかめる。以前あそこは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…あそこには俺も行ったことがあるし、お前の言いたいことはわかる。手遅れになる前に、保護したいのだろう。だが、本人の意見もなしに、俺の勝手でサインはできない」

「まぁ、そこは本人を交えて話をしたいところだ。その時間も、作って欲しい」

「わかった。スケジュールの合間を縫って、話をする機会を作る。それでいいか」

「あぁ」

 小難しい話を終え、不知火はファイルに書類を纏めて、ベルナルドに渡した。

「……ひとついいか」

「何かな」

 ベルナルドの問に不知火が微笑むと、ベルナルドはテーブルに乗り出し、不知火の顔をその目で見つめる。その揺れで紅茶は零れ、膝に染みている。

「本当は覚えてるんだろ、その話し方といい、仕草といい、難しい言葉といい…」

「…私はいつも通りに話したつもりだが」

「そうやって誤魔化すのも同じだ。答えろ、師匠」

 突然のことに頭が追いついていなかった不知火だったが、深呼吸で心を落ち着かせ、ベルナルドと向き合った。

「…ベルナルドくん。今は稲森明日人くんの話をしているよ。それに、ご本人もいるようだから、ついでに稲森明日人くんを交えて話しをしないか?」

 不知火が指を指した先は、ドアの方だ。そこに明日人が居ることに、ベルナルドは驚いた。まさか、今の話を聞かれたんじゃないだろうか。そう思うと、ベルナルドは額に汗を流した。

「………明日人、居るのか?」

 ベルナルドが不知火の方から離れ、ドアの方に体を向けると、明日人に声をかけた。

「…………」

 声をかけられた明日人は俯いており、顔が見えない。

「明日人くん…」

「今行きます」

 明日人が、応接室のドアを開け、中に入る。

「こんにちは、稲森明日人くん。突然で悪いけど…これから君の将来についてを話さなきゃいけないんだ」

「俺の将来?」

 にこにこと笑って話し出す不知火に、ベルナルドは不快感を覚える。はぐらかした。自分に記憶がないことがバレないように。

「実は、君の故郷を離れて、私の運営する孤児院に預けるかどうかの話をしていてね」

「えっ…」

 当然、明日人の顔が真っ青になる。

「だ、だめ、です。あそこからは、離れられない、いや、離れたくない、いや」

 歯切れの悪い返答に、ベルナルドはあの伊那国島がなぜあんなに気味が悪いのかを悟った。

「…わかった。少し考える時間が欲しいよね。いきなりでごめんね」

「いえ、いいです…」

 不知火はそう、気安く明日人の頭を撫でる。

 一方で、明日人が故郷を離れるということを知った円堂たちは、応接室の前で冷静さを欠いていた。

「ま、まさか明日人さん、故郷を離れちゃうんですか!?」

「不知火が、あんな故郷に居れば手遅れになると言っていたな」

「不知火さんの運営している孤児院ってことは、俺らの家のお日さま園じゃなさそうだね…」

「だとしたら、あいつ孤児なのかよタツヤ」

 心配の念を感じさせながらざわついていると、明日人が応接室から出てきた。

「明日人くん!」

 一星が声をかけるも、明日人は何も言わずにその場から立ち去ろうとする。

「待てよ」

 だが、その腕を掴まれる。

「ミラと友人だとか、お前の故郷とか、どうなってんだよ!」

「おい灰崎、」

「こうなったら洗いざらい吐いてもらわねぇと、気がすまねぇよ!」

 水神矢の静止も聞かずに、灰崎は明日人の過去を吐くようにと迫る。

「落ち着け灰崎! 今はそんなことしてる場合か!?」

 円堂が灰崎を必死に止めたのち、灰崎は舌打ちしながら部屋に戻った。それに続いて、皆も練習に戻った。

「明日人くん…私がミラと友達だったなんて、嘘だって言っておくよ。そしたら、さっきみたいな風にはならないし…」

 夜舞は、明日人の状況を見て、なんとかしてさっきみたいな空気を作らないようにしているのだろうか。そこら辺が妙にマネージャー臭い(なお、料理は出来ないし洗濯も出来ないが)のだが、明日人は遠慮することにした。

「いいよ、これは俺の問題だしさ」

「だけど…」

「夜舞もさ、練習した方がいいんじゃないのか? チームの第三者なんだしさ」

 それだけを言って、明日人はグラウンドに行って、練習を行うことにした。そして、廊下を歩いている間に思ったことがあった。

 エレンに会いたい。

 エレンなら、俺の言っていることを信じてくれて、受け止めてくれる。

 だけど、エレンは皆に酷い事をした。それは事実だ。だからなのか、会いに行くのが気まずい。

「…はぁ」

 皆のあの目が怖い。何かを探るような、そんな目が。いつもの優しく、自分のことを信じてくれるような目じゃなくて、まるで自分のことを疑っているような目が怖い。別に、人間なら誰しも、疑われることだってある。わかってる。だけど、自分の場合は、それが怖いのだ。疑われて、嫌われるのが怖いのでも、その疑われるのが怖いのでもない。何か別の、何かがあるのだ。それを、エレンに聞けば何かわかるのだろうか。でも、会えるのだろうか。だけど今は、とにかく今は、練習をするしかない。解散になったら、それこそ世界を救えなくなる。

 

 ***

 

 いつもと変わらない、自分の家の中に入ると、そこには誰もフロイ自身をを迎えてはくれなかった。あの試合で、フロイ・ギリカナンが危険だということが知れ渡ったのか、それとも単純に皆忙しいのか、おそらく前者だろうと、フロイはロビーを歩く。

「フロイおぼっちゃま…」

 後ろから声が聞こえ、フロイはその声のした方に向く。そこには、小さい頃からいつも母の代わりに自分の世話をしてくれたメイドだった。青い目は心配そうにフロイを見つめている。だが、それすらもフロイは信じられなかった。

「…なに」

「私がご用意したお届け物、どうでし…」

「なんで僕に送ったの。あんなの見ても、信じられるわけがないじゃないか」

「…………」

 自分がフロイのために送ったものが、呆気なく切り捨てられ、信じて貰えなかったことに、メイドは両手を前で組みながら目を瞑った。

「貴方もわかっているはずですよね…僕が、母さんに何をされてきたのか」

「えぇ、存じております」

「…あんなの、僕が望んだ母さんじゃないよ。どんな理由があろうと僕の父さんを殺したのは事実だし、それに、僕なんか生まれてきて欲しくなかったって思っているはずだよ」

 フロイは、まるで構ってほしそうに自分を自虐したが、メイドはそんなことないとは言わず、そうですかと言うだけだ。

「…母さんも、父さんも嫌いだ。あの人たちは、僕のサッカーを穢したんだ。そして、世界に対するサッカーの認識も変えてしまった。それは、到底許されるべき行為じゃないよ」

 そう、あの二人は、サッカーを穢した。それに対して、フロイはメイドがなんて言うのかは知っていた。そうですか。というだけだ。しかし、それはフロイの思惑どおりにはいかなかった。

「……どんな事でも信じる人というのは、純粋な子供か、神に誓うほど、その人のことを愛している人だけです。フロイおぼっちゃまは、ご父母様を愛していらっしゃらないのですか?」

「…あんな人、もう愛していないよ」

 予想外の返答に、フロイは一瞬戸惑ったが、何事もなく会話を続ける。

「そうですか。ならば、今から私が案内する部屋にいらっしゃっても、ご父母様を信じないと、仰るのですね」

「…どこに案内をするのかは知らないけど、僕の理念は変わらない」

「わかりました。こちらへ」

 と、メイドはフロイを連れて、中庭へと案内した。

「中庭に連れてきて、どうするんだい?」

「…母様は、私が死んだらフロイをそこ案内して欲しいと、私に遺言を残しました」

 中庭の街頭に隠された暗証番号を入力すると、噴水が二つに切り離され、隠し階段が現れる。

「こちらです。暗いので、足元気をつけてください」

 それからは、お互い無言のまま、階段を降り続けた。メイドはランタンで辺りを照らしながら、目的地へとフロイを案内する。すると、鉄の扉の前で止まったかと思えば、メイドが突然口を開く。

「…ここからは、フロイおぼっちゃま一人で行ってください。私どもが見ても、仕方ありませんから」

「そう」

 メイドに言われた通り、鉄の扉を開けて、中に入る。もしここでメイドにドアを閉められたらどうしようかとは思ったが、そこは壁を貫いて通り道を作るだけだ。

 鉄の扉の部屋は、質素なものだった。書斎のように本棚が並んでおり、高級そうな絨毯に壁と、その奥には上等な机が置かれていた。一体誰の趣味でこんなことをしたのかは知らないが。するとフロイは、机に置かれた、ホコリの被った本を目にした。それを手に取り、埃を払うと、『diary』と表紙に書かれていた。試しに読んでみる。(人の日記を読んじゃダメだが)

「…母さんの字だ」

 パラパラと、ページをめくる。最初は、兄のベルナルドが生まれたことを嬉しく思っていたことが書かれていた。初めて立ったこと、初めて離乳食が出来たことが、細かく。だが、それはフォルセティという神が、虐待するようにと脅されたあとから、変わっていった。苦悩する文章、精神安定剤を飲む記録、全部が綴られていた。

「………」

 最初は、信じないつもりだった。だけど、最後のページには、こう書かれていたのだ。

『フロイへ、もしこの日記を読んでいるなら、私の部屋の隠し部屋にいらっしゃい。そこなら、フロイが信じられなかったものも、信じられるようになる。私が、保証するわ』

「______!?」

 それを見たフロイは、急いで日記を持って外に出た。

「フロイおぼっちゃま!?」

 メイドが驚いていたが、気にせずに日記に書かれた場所まで走る。

 イリーナの部屋。その隠し部屋。

 部屋に入ると、フロイは急いでその隠し部屋のスイッチを探した。すると、本棚に入れられた本のひとつがスイッチとなっており、フロイは本棚の作るドアの向こうにやってきた。

 そこには____

「………母さん」

 フロイの、十四年分の誕生日プレゼント箱が、あったのだ。

 日記とも場所が一致している。

 フロイがプレゼント箱を開けると、欲しかったゲームや、本。新しい服や、アクセサリーも入っていた。

 ここでやっと、フロイは、イリーナの手紙と、日記が、本当のことだと知ったのだ。

 だが。

「………だけど、もう遅いよ…」

 隠し部屋を出て、部屋の机に日記を置くと、フロイは家を出た。

 

 もう、遅すぎた。

 信じることを恐れたフロイは、行くあてもないまま、街を歩いていた。

 あの日記を見て、フロイはやっと、自分の母がフォルセティに脅されて、自分の兄を虐待していたということを知った。そして、自分の母が、望まぬ虐待をして精神を病んでいく姿が目に浮かんだ。それなのに、何も分かって貰えない父を殺したのも、仕方ないだろう。

 そう、家族の問題は終わった。

 だが、サッカーギャンブルのことは終わってない。

 歪んだサッカーは、その形を元に戻すことなどない。半分は父親のせいだが、サッカーをギャンブルに使うことで経済を活性化させ、戦争に発展させるという発想を持ったサッカー協会を、フロイは許すことなんて出来ない。

 そうだ。元に戻そう。

 これは自分の最後の、一世一代の賭けだ。

 自分が犯罪者になってもいい。

 僕は、償いをする。

 

 ****

 

 その夜、明日人は眠れず、ミーティングルームの大型テレビで、自分が今まで行ってきた試合を視聴している。

 故郷を離れる。それは、悲しいことでもあり、望んでも叶わない願いだった。自分は、あそこから二度と出られないのだし、おそらく母と同じように、あそこで死んでいく運命なのだろう。

「明日人、くん?」

 すると、ミーティングルームから漏れる音に気づいた夜舞が、ミーティングルームのドアを開け、明日人に近づく。

「…夜舞はさ、俺の過去を知りたいって思わないのか?」

「……えっ?」

「いや…皆みたいに、俺がミラと友人だったってこととか、俺の故郷のこととか、知りたくないのか?」

 夜舞はそれでもクエスチョンマークを出している。理解してないのが、もしくは理解しているけどしていないふりをしているのか。

「……別に、かな。だって、明日人くんの過去を知ったところで、何かあるかな? まぁ、チームの絆そのものに傷が付くっていうなら話は別だけど…」

「……そっか、優しいんだな。夜舞は」

「なんて言うのかな、おばあちゃんが過去なんか気にするなーっていつも言ってるから、それの影響だと思う」

「……いいな、俺もそんな風に考えたかった」

 夜舞は、予想外の返答に心臓がはねる。明日人はいつも元気で、過去のことなんかあまり気にしていないような様子だったため。

「え、意外」

「まぁね。俺さ、故郷の伊那国島でさ、辛いことがあったんだ。まだ言えないけど、とても辛いこと。皆には、言えない過去なんだ」

「…………」

「だから、過去とかを探られるの、嫌いなんだ。一星とヒロトの過去は、探っちゃったけどね」

 そうなんだ…と夜舞は、相槌を打った。それと同時に考えた。探っちゃダメなんだろうが、考えてしまう。探って欲しくないほどの過去って、なんだろうと。

 だけど……もう考えるのはよそう。

「…でもね、私はこう思うな。過去なんかただの砂時計にしか過ぎないって。砂時計という形の明日人くんがいるなら、今流れている砂は今の時間。下に溜まっちゃった砂は、過去のこと。でも、未来という砂はまだ残ってる。未来の砂とか、過去の砂を全部含めても、明日人くん。で、いいんじゃないかな?」

「……夜舞って、結構文学的って言うのかな。なんか俺の島にいる小説家みたい」

「あはは、語彙力と想像力は、春咲ちゃんに鍛えてもらったけど」

「春咲って、そんなに凄いのか?」

「うん。テストは毎回学年一位。生徒会長も務めているんだ。あと、文武両道で、俳句も書けるんだよ」

 春咲たんぽぽのことを話すと、明日人は笑った。そんなにハイスペックな子、中々居ないよと。気がつけば、沈んでいた気持ちも無くなり、明日人たちはしばらく話したあと、部屋に戻って眠りにつくことにした。

 

 ****

 

「皆、俺の過去のことは、今は話せない。だけど、この戦いが終わったら、俺の過去のことを話すし、不知火さんが経営する孤児院に入るかも考えていくつもりだよ。だから、今は考えさせて」

 その翌日、明日人は皆が朝食を食べている中、皆に今後のことを話した。

 すると、明日人の話を聞いて、隣同士顔を合わせると、頷いた。

「まぁ、過去のことなんて、今はどうでもいいしね。今は解散を免れるためにも、練習に励まないとね」

 過去への不快感がある野坂も、明日人の過去の事については何かが思うところがあり、明日人の過去にはこれ以上触れないようにと、皆に注意した。

「野坂…」

「みんな! フロイが…!」

 すると、ユースティティアの情報を集めていた為、朝食を自分の部屋に持ってきていたユリカが、食堂のドアを勢いよく開けて入ってきた。

「サッカー協会内でサッカーギャンブルをしてきた職員を割り出して、証拠を突きつけて逮捕に漕ぎ着けたって…」

 突然のフロイのした行動に、明日人たちはドキッ、と心臓がはねるのを感じた。今までサッカー協会の破壊をしてきたフロイが、まさか内面からの破壊をしてきたのだ。

「それと同時に、サッカー協会の信用は落ちて、スポンサー制度は無くなって、今後のFFIも日本FFも、中止になるって…」

 スポンサー制度が無くなる。それに、明日人は複雑な感情があった。もしかしたら、サッカーギャンブルが無かったら__?

「まぁ…当然だよな…」

「そもそも、逮捕されなかったのがおかしかったよなぁ。戦争に関わってるってのに」

 氷浦も剛陣も、サッカー協会の職員の逮捕には、何も感じていないようだ。むしろ、当然だと思っていたようだ。

 その頃、一星は目を瞑って、フロイのことを考えていた。

「…俺、少しフロイと話をしてきます」

「い、一星!?」

 そして、何かを決心した一星は、急いで宿所を飛び出し、ハーツアンロックをして空を飛び立った。

 

 

 

「フロイ!」

 すると、ロシアの海岸でとぼとぼと歩いているフロイを見つけ、一星はハーツアンロックを解いて近づく。

「…ヒカル。あのニュースを見たんだね」

「あぁ…お前、よく出来たな…」

「ははっ、ちょっとオリオン財団の力を使って、ね?」

 いつもの笑い方に、一星は複雑な気持ちになる。元に戻って嬉しい反面、どこか苦しんでいるような表情にも見えたのだ。

「…だけど、これでサッカー協会の信用は地に落ちて、ユースティティアの天使を倒してサッカーを取り戻したとしても、前みたいに楽しいサッカーは出来なくなるかもしれない」

 そう…サッカーで経済を活性化させていた世界は、サッカー関連の経済が暴落し、多額の損害を受けることになるだろう。もしかしたら、多くのサッカー部が廃部になるかもしれないし、今までのように気軽にサッカーができなくなるかもしれない。

「お前は、それで良かったのか」

「……これでいいんだよ。ヒカル。彼らにとっては、サッカーを経済に利用しては行けないっていう教訓にも出来たわけだしね。少しは、償えたかな。ヒカルも、アストも」

 …また、あいつはいつものように笑う。

 苦しいって思わないのか。

 辛いって思わないのか。

「馬鹿野郎…俺はッ! お前に兄ちゃんの償いをして欲しくてサッカーをさせてるんじゃないッッ!! 過ぎたことはもういいだろ!? 償いとか、そういうのは本当はどうでもいいんじゃないのか!?」

「ヒカル…」

「なんで辛いって言わないんだよ! 苦しいって思わないのかよ! なんでそういつも笑ってられるんだよ!」

「…………」

 息を切らしながら、一星はフロイに言いたいことをぶつけた。それが、フロイに届いていたかは知らない。ただ、言いたいことは終わった。

「……明日、ユースティティアとの試合がある。俺は、お前と一緒に戦いたい。だけど、このまま戦わせる訳には行かない」

「それってどういう意味?」

「これだ」

 そう一星は、フロイにロケットを投げる。それをフロイは両手で受け止める。

「償うためのサッカーなんて、楽しくないだろ。もしフロイが、本当の意味でサッカーをしたくて、ユースティティアからサッカーを取り戻したいと思ったなら、これを身につけてスタジアムに来い。場所は…また連絡する」

「……わかった」

「待ってるからな」

 フロイに言いたい事は終わった。

 あとは、フロイ自身が決めることだ。

 かつての自分は、仲間に償うことをやめた。

 あの時の、富士の樹海で見た、凛と咲いた花を思い出しながら、一星は宿所へと歩く。

 

 

 どうか、贖罪の理由を。

 僕に教えてください。(彼に伝えてください。)

 



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第三十四話 ビリーヴ・イン・ザ・フューチャー 前編

初めての前編後編構成です。それにしても、フロイ編、長かったですね…もう十話くらい続いているんじゃないんでしょうか…あとで気づきましたが、二十六話でフロイ編を開始するべきでした。二十六話前、全然フロイくん活躍していませんでしたし…


 サッカー協会は、今までサッカーギャンブルという形で世界中の戦争をコントロールしていた。勿論例外はあるし、それが全てではないのかもしれない。だが、もしそれがなかったら、世界はどうなっていたのだろうか。皆が、みんな、楽しいサッカーをしていたのだろうか。明日人が東京に来たのも、スポンサー制度のせいで、伊那国島サッカー部が廃部になったことが理由だ。そして、スポンサー制度も、サッカー協会が考えたもの。それなら、サッカー協会のやってきたことは許せないことだ。()()()()()()()()

 そして今、サッカー協会はフロイの手によって、その信用を地に落とした。その手が本当によかったのか、よくなかったのか____。

 一星にはわからなかった。

 だけど、これだけはわかっていることがある。

 一星は、フロイに贖罪のサッカーなどやってほしくはないということだ。誰に対してなのかは、だいたい予想がついている。自分と、イリーナと、フロイの父親、そしてそれによって被害を被った世界にだ。無謀すぎる。だけど、フロイにはこれが最良の手だったのだろう。だが、一星はフロイに、償う為のサッカーなどやってほしくなかった。FFI、過去にあった出来事(充の記憶だが)では、フロイは本当にサッカーを楽しんでいるように見えた。だが、今となってはサッカーギャンブルという存在を知って、絶望し、償いの念を感じるようになってしまった。

 それは、自分も同じ。最初から最後までオリオン財団に利用されていたことを知って、絶望した。皮肉にもそれが大きな力(ハーツアンロック)を手に入れることになってしまったが。

 閑話休題。かつての自分も、自分が作った充の人格がしてきたことに、償いの念を感じていた。だけどそれは、明日人だけじゃなく、多くの仲間たちに囲まれて、自分のしてきたことを許してくれて、償いなんてしなくていいと言われたような暖かさを感じたからこそ償いをやめた。だからフロイにも、かつて償いなんてしなくていいよと言われたように、償いなんてやめてほしかった。イリーナも、フロイの父親も、おそらく償いなんて求めていないはずだ。少なくとも自分は。

 だけど…フロイにはきっと、知りたくもない、わかりたくもない事実なのだろう。

 仲間でさえも、自分のことを裏切るんじゃないかと。

 それは、確かに自分(一星充)もそうだった。家族と自分以外信じられなくて、孤独に生きてきた。どんなに痛い目に遭おうとも。

 いや、フロイの場合は家族すらも信じられなくて、自分よりも孤独に生きているかもしれない。そう考えると、無理に信じろなんて言えなかった。

『キャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!』

 説得したって、きっとフロイは信じない。そう思って、一星は宿所に戻ろうとした。だが、海岸のすぐ隣にあるビル街から、女性の甲高い悲鳴と男性の苦しそうな叫び声が聞こえたのだ。突然のことに、一星とフロイはビル街の方を向いた。

「な、なんだ!?」

 耳に響くほどの爆発音と、大勢の叫び声の混ざったビル街は、もはやまるで地獄におちた囚人たちのようだった。

「フロイ!?」

 思わず息も凍るほどの光景に、フロイはビル街とその足で走っていってしまった。それを、一星は慌てて追いかける。

「やっぱり、ティティたちの仕業だったんだね」

 街についたフロイの目の先には、街で暴れるティティの姿があり、ロシアの警察と軍が退治に追われていた。しかし、人の技術力に天界の兵士であるティティには効かず、歯が立たなかった。

「どうする? まさか戦うわけじゃ…」

「…このまま放っておくわけにはいかないだろ?」

 フロイの存在に気づいたティティだったが、それはフロイの回し蹴りで吹き飛ばされる。それを見て一星は、しょうがないなとため息をついた。

 

 ***

 

 一星とフロイが、二人がかりでティティの処理をしながら街の人の非難を完了させている中、その向こうではユースティティアからの突然の試合宣言があったのだ。突然の試合に、明日人たちは困惑しつつも、ロシアの首都モスクワスタジアムに着いた。

「一星! 聞こえるか!?」

『おかけになられました電話番号は、現在電源が切れているか…』

「どうだった?」

「駄目だ野坂、繋がらない」

 明日人は一星に、試合が始まることを報告しようとしたが、電話は電源が切れているのか、繋がらなかった。

「一体、どこに…」

「野坂くん危ない!」

 野坂が一星の今いる場所がどこなのか、心当たりがないかを考えていると、杏奈が切羽詰まった表情で野坂を押し倒したのだ。野坂が突然のことに驚いていると、その直後に桃色のビームがベンチのすぐ隣、つまり野坂が今いたところに直撃し、爆発を起こしたのだ。杏奈が野坂を押し倒していなければ、野坂は、確実にレーザーに直撃していただろう。

「野坂、杏奈、大丈夫か!?」

「はい、杏奈さんが身を挺して守ってくれたおかげで、怪我はありませんよ、円堂さん」

「杏奈さん!」

「大丈夫です、夏美さん」

 杏奈の手をとりながら、野坂は立ち上がってユニホームについたほこりを払う。だが、そうなれば誰があのビームを出したのかという疑問が浮かび上がった。

「一体、誰があのレーザーを…」

 突然のビームに取り乱しかけたアフロディが、皆に疑問を口にする。すると、可愛らしい少女の声で、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あれ? 居たの?」

 その声の正体はメリーで、杖の代わりに大きなハサミを持ちながら、妖精のような羽で空を飛んでいた。

「危ないじゃないか!」

「もう少しで怪我するとことだったぞ!」

「ごめんね、わかんなかったわ」

 文句(当然だが)の言う風丸と剛陣をあしらうと、メリーは突然顔を曇らせて明日人に話しかける。

「…ミラお姉様から聞いたわ。一刻も早く、救済をしなきゃ、手遅れになるって…」

「メリー…」

 先日、スタジアムで見たメリーの儚げで悲しそうな目に、明日人は心動かされる。泣くことなんてないと思っていたメリーが、明日人の為に泣いたあの日。確かに自分の故郷は__と明日人が口に出そうとしたが、それは遮られる。

「稲森に近づくな」

 メリーの目的が明日人を救済することだと思ったのか、豪炎寺と水神矢、鬼道が明日人の前に立って、明日人を守ろうとする。

「救済がどんなものか知らないけど、そうやすやすと明日人を渡してたまるか!」

「あと、サッカーも取り戻す!」

 氷浦の次に夜舞が前に立つと、メリーは焦り始めたのか、額に汗をかいた。

「……明日人」

「メリー、今はよせ。どの道あの者に稲森明日人の過去の話しても、わかってはもらえない」

 怯むメリーの背中をさするレンは、明日人を守る者達を睨みつけながら言い放つ。

 明日人を救済したいという思いだけで。

「いいか。稲森明日人は、この忌々しい世界に存在してはならぬ生き物だ」

「えっ」

 突然、レンに己の存在を否定され、明日人は冷や汗をかく。

「望まぬ誕生、恵まれぬ待遇。それによって失われる命と尊厳。命は、我々が助けの手を差し伸べることでなんとかなるが、失われた尊厳は二度と戻らない。だからこそ、我々天使は稲森明日人のような、周囲の欲望を満たすだけの為に生まれた人間を救済しているのだ! 」

 レンは怒声を張り上げたかと思えば、いきなり稲森明日人という人間の存在を否定され、明日人本人は思考が停止してしまった。

「…レン」

「明日人くん!」

 突然のことに頭は正常に考えられなり、それに連鎖するように明日人は地面に膝を着いてしまった。

「気にしちゃダメだよ! 明日人くんは、私たちのキャプテンなんだから!」

「大丈夫かい、キャプテン…」

 夜舞が明日人を心配していると、同じように吹雪も明日人の前にしゃがむ。

「今日は休んだ方がいいよ。試合は、僕達で何とかするから」

「でも…」

 明日人に気遣い、吹雪は今回の試合は休むようにと提案する。しかし、サッカーを取り戻したいという気持ちが強い明日人は、差し伸べられたその手を握ることなどできなかった。

「今は俺たちを信じやがれ。馬鹿キャプテン」

「灰崎…」

 するとそこに、灰崎が入ってきた。

「ま、いつだってこのゴッドストライカー様のハーツアンロックがあるからなぁ」

「だから、まずは休みやがれ」

 灰崎、ヒロト、そして皆に励まされ、明日人は嬉しくなる。

「皆、こう言っているんだ。お前は安心しろ」

 

 ***

 

『皆さん、お待たせいたしました! これよりラストプロテクターの存続と、ロシアの運命を握った、ユースティティアとの一戦が開催されます!』

 緊迫とした雰囲気で、試合が始まろうとしている。観客席の各地から、ラストプロテクターを応援する声が聞こえ、これが存続をかけた戦いなのだと強く意識させる。

「メリー…この試合に私達が勝てば、ラストプロテクター・アースは解散。私達が有利になる。そうなれば、世界を統治することも容易いだろう。だから、この試合には絶対に勝つぞ」

「うん…」

 レンがメリーに、仮に自分達が勝ったときの予定を立てる。捕らぬ狸の皮算用だとしても、この試合に勝たなくてはならなかったのだが、メリーはいつまでも暗い顔をしている。レンは長い間メリーを見てきたが、こんな風に様子がおかしくなることなんてなかった。こういうとき、エレンが居ればこんな様子のおかしいメリーの対処の仕方を知っているのだろうが、今のエレンは、どこにいるのかでさえもわからない。明日人たちに真実を伝えてから、一切連絡がとれていないのだ。

『ユースティティア、どうやらティティを使わないようですが…おっとここで、ラストプロテクターのスタメンが決定されました!』

 実況は、ラストプロテクターのスタメンを観客たちに伝える。

 GKはラストプロテクターの守護神にして、今回のキャプテンの円堂守。

 DFは疾風の風丸。ミラクルな坂野上。雪の王子の吹雪。

 MFは今回初出場となる不動。ゲームメイカーの鬼道。どのポジションもいける夜舞。皇帝の野坂。神の名を持つアフロディ。

 FWは炎のストライカー豪炎寺。そして、ゴッドストライカーのヒロトだ。

「…どうしたものか」

 メリーに聞こえぬようにため息をついて、レンはメリーの手を握ってフィールドに立つ。おそらく、メリーがなぜこんな風になっているのかはわかっていた。『明日人』のことだ。明日人のことは、レンも知っている。出会ったことは()()()()だ。

『試合開始です!』

 試合開始のホイッスルがレンの耳にうるさく響く。耳障りで、考えるのを邪魔してくる。レンは、しっかりしろと言っているかのように、メリーの左手を握っていた右手を離し、ラストプロテクターの方に走る。

「皆、頑張れ!」

 一方で、明日人はフィールドで活躍できない分、ベンチから応援をしている。サッカーこそ、彼にとっての光だ。明日人の過去は、知っている。メリーのことも心配なため、レンは一刻も早く終わらせたかった。

「…すぐに終わらそう」

 レンが数枚人形代を持つと、天使の紫色の翼で空を飛んだ。

「必殺タクティクス、呪詛・丑ノ刻参リ!」

 黒く染まった人形代を自分の周りに設置し、タクティクスの準備を進める。人形代が生贄のように消えると、レンの後ろにグラウンドを包み込むほどの大きさを持った、白い着物に頭にロウソクを三本着けた、長髪の女性が現れる。その女性は、さも愚かに戦うラストプロテクターを嘲笑いながら、センターサークルの中心に、女性の手の長さに合った五寸釘を突き刺す。

「__!?」

 最初はなんのつもりかわからなかった円堂達。だが、五寸釘が刺されてすぐのこと、思わず飛び上がるほどの激しい痛みが、円堂達を襲う。

「な、なんだ!?」

「体が…」

 十分に立っていられなくなるほどに痛む頭に、夜舞はぺたんと地面に膝をつける。

『これは一体どういうことでしょう! ユースティティアの天使が必殺タクティクスを発動した途端、ラストプロテクターが具合を悪そうにしています!』

「ッ…なんだよこのタクティクス…」

「気もちをしっかり持つんだ。あれは、僕たちが今まで見てきたタクティクスとは違うよ。ヒロトくん」

 これまで、多くの必殺タクティクスを見てきた彼らだったが、ここまで相手に直接的なダメージを与えてくるタクティクスは見たことがなかった。なお、グリッドオメガもその例外ではない。

『しかしラストプロテクター、立ち上がりました!』 

 痛み頭に手を当てながら、野坂、豪炎寺、鬼道と、立ち上がる。それをみて、明日人たちは安心そうにする。

「なんとしても、この勝負には勝つ! ヒロト!」

 豪炎寺はゴールへと突き進もうとするレクイエムからボールを守備し、ヒロトにパスを回す。

「いくぞ叶え蛇!」

 ヒロトが蛇の怪異の名を呼ぶと、叶え蛇は大蛇としてフィールドの地面を這うと、ヒロトはその背中に乗る。

「スペクトルフォーメーション・ハーツアンロック、リライズ!」

 ヒロトが叫ぶと、叶え蛇は大蛇から無数の蛇となってヒロトの周りを包み、ユニホームから姿を変えていく。

『ビックバン・エクスプロージョン!』

 デバイスとしてグングニルを取り出し、ボールから一ミリの間違いもなく中心を貫く。あれから折谷からするようにと言われた剣道も、練習の合間にしてきた為、間違いなくそれによる特訓でシュートの強化もされているはずだ。決めてやる。

 その時だった。

『恨ミ、聞き届ケタリ___』

 レンが召喚した女性がゴールの前に現れ、その両手でシュートを挟み込んだのだ。その間に、DFとして入っていたレンが、翼で前線へと低い位置で飛行する。

「__まさか!? 戻るんだ!」

 野坂はレンとあの女性の行動の意図を読みとり、皆に下がるようにと指示する。だが、野坂の判断は残酷にも遅く、女性は挟み込んでいたシュートを、ラストプロテクターのゴールへと跳ね返してきたのだ! そのシュートはそのままビッグバン・エクスプロージョンの威力のままに、そして飛空していたレンのすぐ隣に入る。

『邪念ありし人形代の陰陽玉!!』

 シュートが目に入ると、レンは大量の札を持って、陰陽玉と一緒にボールを蹴りだしたのだ!

「ハーツアンロック、リラ___」

 白と黒の人形代と、陰陽玉たちが円堂に襲いかかる。自分達も、あれだけ特訓をしてきたんだ。ユースティティアに勝って、倒して、サッカーを取り戻すんだって。

 …あれ? サッカーは、世界の経済を操りたいとオリオン財団が思うくらいに価値のある道具だ。でも、自分は経済なんて関係なく、サッカーがしたい。でも、それが戦争に使われている? 戦争は何も残らないはずなのに、それでお金を稼いでいる人もいるし、むしろ戦争を、望んでいる人も居る。

 そんな思考が、ハーツアンロックをしようとしているときに脳裏に流れた。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁああああああああああああ!!」

 その時だった。負の感情を力に変えるハーツアンロックは、円堂の心の中にある、サッカーに対する失望、絶望を感じ取り、その絶望を最大限に力に変える為に、円堂の体を蝕んでいく。体が引き裂かれる。絶望という闇に心が呑み込まれそうになる。それを示唆させるように、円堂は観客席に響くくらいの大声の悲鳴をあげていた。

「円堂!」

「円堂さん!」

 円堂がこれまで悲痛な叫びをすることは、これまで前代未聞の形でいたため、その場にいる明日人たちが青ざめていた。

「…やはり、絶望しているのね…」

 それを観客席から聞いている世界選抜も、同じように驚いていた。外から見れば、円堂から紫色のオーラが溢れだしているのだから。それを見て、リ・ユーは己が感じていたことを口にした。

「どういうことだ?」

「皆も、エレンの話を聞いたでしょう。サッカーが、ギャンブルによって戦争に使われているって。かつて円堂守は、本当にサッカーを楽しんでいたわ。でも、それが打ち砕かれてしまったの」

 隣にいたアルトゥールが、どういうことかとユーに問う。するとユーは、エレンの話と円堂守の心情から、なぜ彼が絶望しているのかを読み取った。

「円堂…お前はそんなに、サッカーに思いを…」

「円堂! 負けるな!」

 一之瀬、土門は元雷門中で戦っていたことがあったため、円堂がどれだけサッカーに対する情熱があったのかは知っていた。それが、裏返しとして絶望しているのなら___。

「…ゴッド・ヴァジュラあああああああああああああああ!」

 心が闇に呑み込まれそうになるのを、円堂は腹から声を出すことによって闇を逃がす。それと同時に、両手を前に出す。それで、レンのシュートを止めようとしたのだ。だが、止めてはならない。天使に全て任せればいい。と囁いてくる。そして____。

『ゴール!! 先制点はユースティティアです!』

 ゴールを許してしまった。囁きによるものなのか、それとも相手のシュートの威力が強いのか、それはわからなかった。だが、円堂は地面に膝と手をつき、四つん這いになりながら細かく息を吐いた。汗が地面に染みて、消える。それを、円堂は真っ青な顔と目で見ていた。

「円堂、大丈夫か!?」

 風丸が円堂の異変に真っ青な顔をしながら、円堂の背中をさする。しかし、円堂は言葉も発せられないほどに疲労困憊しており、肩で息をしていた。

 一方その頃___

 

 

 

「ヒカル、こっちは終わったよ!」

「あぁ、こっちも終わった。だけど、長いこと待たせちゃったな…早くいかないと」

 一星たちは、ティティ達の処理を終わらせていた。ティティの名残でもある灰は、風と共に消えていく。そして一星は、明日人からの不在着信、メッセージでやっと、モスクワスタジアムで試合が行われていることを知った。一星が急いでスタジアムに向かおうとすると、フロイが後ろから声をかけた。

「…ヒカルは、仲間を信じているんだね」

「え、いきなりどうしたんだよ」

「多分、ヒカルが今こうして、ティティの処理を行っていたのも、仲間を信じていたからなんだよね。皆が自分の代わりに戦ってくれてるから、自分はここにいられる。アスト達なら勝てるかもってさ」

 フロイは、一星がティティの処理を行っていた理由を言葉にする。改めて思ったが、羨ましかった。こうして仲間を信じられることが。

「なぁ…フロイはさも俺が最初から皆のことを信じていたかのように話しているけど、俺だって最初は皆のことなんて信じてなかったさ」

「えっ…」

「一星充から、一星光()になってすぐのことだけど、最初は皆、俺の事を受け入れるフリして、時が来たら俺の事を攻撃して、代表から追い出すかもって思ってた。だから、追い出されないためにも、これ以上恨まれないためにも、償いをしてきた。だけど、そんな気持ち、明日人くん達と過ごしていくにつれて、無くなってきちゃったんだよ」

「……………」

「そこまで、疑心暗鬼にならなくてもいいんじゃないかってさ。お前が、なんで皆のことを信じられなくなったのかは、詳しくは知らない。だけどさ、俺わかったんだ。信じることは、そこまで難しくないんだって」

 フロイは、心底驚いたような顔をしていた。一星光が、彼らに酷いことをしてきたのは知っていた。だけど、今もなお自分を恨んでいるかもしれない相手を、どうしてそこまで信じることができるのかがわからなかった。

「でもヒカル、もしかしたら皆、ヒカルのことを恨んでいるかも」

「うん、恨まれていると思う。俺は今も、そしてこれからも、知らない誰かに恨まれる人生だよ。だけど、それを恐れちゃダメなんだよ。フロイ、きついことを言うけど、償いなんかしたって、どの道お前は誰かから恨まれる。もちろん、お前の償いによって救われる人はいるかもしれない。ならさ、誰かから恨まれることなんて、そこまで辛くないんじゃないかな?」

「…ヒカルは、強いんだね」

 それに比べて、自分は弱い。信じていた母親と父親に裏切られて、いつかは皆が自分のことを裏切るかもしれないって被害妄想して、本当に情けない。

「ねぇ、ヒカルは僕の行動を、正しいと思っているのかい?」

「…さぁな。俺が決めることじゃない。おそらく、お前の行動で救われる人、恨みを感じる人で、半々だろうな。でも、お前がそれでいいってなら、いいんじゃないのか?」

「そっか…じゃあ」

「だけど、償いはもうこれっきしにしろ。誰だって、俺だって、明日人くんだって、お前にオリオン財団が犯した罪の尻拭いをして欲しいわけじゃない。今は罪の精算するためにする行動(償い)よりも、お前が本当にしたいこと(行動)をしろよ!」

「___!!」

 自分の、本当にしたいこと。サッカー協会を潰したい? ユースティティアを倒したい?

 いや、違う。違うんだ。

 本当は、サッカーがしたい。

「ヒカル、僕は…サッカーがしたい!」

「…いえたな。よし、じゃあ行くぞ!」

 一星に腕を突然引っ張られ、フロイは驚く。スタジアムへと、フロイたちは走る。

 

 ***

 

「(大丈夫だ…ここまでずっと、俺は頑張ってきたじゃないか! だから、絶対にいける!)」

 円堂は頬を両手で叩く。円堂は、このまま今の試合において、戦うことにした。鬼道から、西蔭や砂木沼と変わった方がいいと言われたが、円堂はそれを了承しなかった。片意地に思われるかもしれなかったが、それでもよかった。なぜなら、今回の試合で、ハーツアンロックが完成しそうな雰囲気がするから。

「ゴッドノウズ・インパクト!」

「マキシマムサーカス、V3!」

 円堂がゴールを守っている中、鬼道たちはまずは一点を取り返そうとした。だが、シュートを撃っても、ユースティティア側に設置されたタクティクスのせいで、威力を弱められてしまうのだ。そして、解散のプレッシャーもあった。これでは、一点を取り返すことも出来ない。

「埒があかないね…」

「なんとかしてあのタクティクスを破らねぇと…」

 アフロディはフィールドの周りを見る。あのタクティクスが、スタジアムの仕掛けによって作動しているわけではない。とだけわかった。となると、何か別のものがあるのだろうか。そう確信する。

「あのタクティクス…何か臭うね…」

「そうなの? 野坂」

 試合を見ていた野坂は、ユースティティアの出すタクティクスに違和感を抱いていた。ただ、ベンチにいるのがもどかしいが。

「多分、野坂はこう言いたいんだと思う。従来のタクティクスは、いわば選手たちによる戦術だ。だけど、あのタクティクスは、レンの…呪術みたいなので出来ている。そう言いたいんじゃないかな」

「うん、タツヤくんのいう通りだよ」

「けどさ、呪術っていっても、だいたいは嘘だろ」

 野坂がそうだとタツヤに話すと、そこにアツヤが口をはさんでくる。確かにアツヤの言い分も確かだが、偽物かどうかの証拠も無い。

「まぁまぁミナサン、あの天使たちのタクティクスは、いわば永続トラップです。必ず、それを解除できる何かがあるはずですよ」

 趙監督は、今度はスマホで遊べるカードゲームをしており、そこでデッキ構築をしていた。そこに永続魔法を入れようかどうかを迷っているところだった。ベルナルドはもはや呆れて言葉も出なかった。

 しかし、その間にも試合は難航していた。ユースティティアが現状有利な状態の中、夜舞は未完成のあの技を使うことにした。

「こうなったら…!」

 一星もおらず、ヒロトのハーツアンロックも鬼道たちのシュートも効かない。ならば、まだつぼみの状態でありながらも、美しく、可憐で、見るだけで惹かれてしまいそうで、『どんな技でも打ち破る秘術』を使うしかない。

「…夜に舞う血筋の秘術」

 仲間からボールを貰うと、夜舞は両手を横に広げる。すると、夜舞の周りに五つの色をした、お経のような書風の呪文が書かれた六芒星の魔法陣が現れる。その魔法陣は、それぞれ赤、青、緑、黄色、紫に染まっている。

「その力の五つ…今ここで使う!」

 ボールを魔法で手に触れないギリギリに保ちながら空に掲げると、ボールは五つに分離し、それぞれの魔法陣に取り込まれる。すると、魔法陣が次第に縮小して消えたかと思えば、それは、スタジアムの外側から、魔法は始まっていた。光の花びらが各地から集まり、それはフィールドを包むくらいの睡蓮となり、それはユースティティアのゴールへと、その柱頭を向けている。

『ファイブフォース・エレメンツフラワー!』

 夜舞が右手を前に突き出すと、睡蓮の柱頭から光が集まり始める____と、思いきや。

「___!?」

 光が失いはじめ、睡蓮は色味を無くし、それは三角形の形を作りながらガラスのように割れた。降ってくるガラスのような花びらに、全員が頭を守った。ボールもまた灰となって風に流された。しかし、その破片の一つは中心に転がり、地面に刺さっている巨大な五寸釘が一瞬だけ見えた。

『な…なんと綺麗なシュート技…で、ですが、これは未完成だとのことです! おっと、ここで前半終了です!』

 

 

 

 試合の前半が終わり、彼らは体力の回復の為に、スポーツドリンクを飲んでいた。今の点は0-1。ユースティティアの天使の方が有利だ。あと2点。あと2点欲しいところだ。

「夜舞、あの技、なんだったんだ?」

 夜舞の出した、あの技が気になり、明日人は声をかける。

「あの技? 明日人くん、あれは夜舞家に継承されし大技。同じものはなくて、それぞれ違ってて、なおかつ、かなり強い技だって聞いた。まだ完成していないけどね…。でも、ユースティティアとこれからも戦うんだったら、完成させたいなって」

 夜舞は、あの技が夜舞家に伝わる大技だということを話した。

「そうなんだ…」

 明日人は夜舞の大技に、相槌をうつ。

「………こんな世界のために戦って楽しいの…?」

 その時、あまり試合で目立っていなかった。むしろ、らしくもなく、暗い顔をしているメリーが、明日人たちに問いかけてきたのだ。

「えっ…」

「貴方達が救おうとしている世界には、悪い人がいっぱいいる。その人たちは、私達を倒した時、少しの間だけ、貴方達に感謝の念を述べる。だけど、それもすぐに終わる。また、いつものように、悪いことをするわ」

 明日人たちが困惑する隙も与えないまま、メリーは話す。

「よせ、メリー」

 レンが喋ろうとするメリーを止めようとする。だが、レンの言葉にメリーは耳を傾けない。

「いい人よりも沢山いる悪い人のために、私たちと戦うの? そう…貴方たちは、悪い人に洗脳されている。ユースティティアの天使を倒せば、いつも通りの日常が送れるなんていう建前を立てて、向こうの国では悪い人たちがサッカーで戦争を起こしている。私たちを倒すということは───生まれたばかりの赤ん坊を、笑顔で首を絞めて殺すようなものよ!」

 嗚咽を漏らしながら、メリーは八つ当たりなのか、明日人の首を絞める。灰崎たちが驚愕している間にも、メリーは明日人の首を絞めながら持ち上げる。

「貴方も、貴方たちも、みーんなみんな悪い人たちに利用されているのよ? それに気づかないまま踊らされて…あぁ、可哀想だわ! 世界を救う英雄が、こんなに愚かで強欲な大人たちに洗脳されているんだから!」

 まともじゃないほどに口元を歪ませているメリー。それは、狂気としか言えなかった。灰崎たちは明日人の首からメリーの手を引き剥がそうとするが、メリーの手はまるで岩を握る潰すほどの握力でもあるのか、簡単に引き剥がすことは出来なかった。

「ねぇ明日人。なんで救済を受けないの? 受けた方が、楽になれるのに…愚かな大人たちに束縛されるのは、もう嫌でしょ? だったら、今すぐ試合を棄権して、私に着いてきて。大丈夫。お父様はきっと、貴方のことを思って、色んな手を尽くしてくれるわ。ねぇ…私と貴方は、お友達なんだから、ねぇ」

 涙が頬を伝りながらも、メリーの口元は笑っている。

「やめろ!」

 その瞬間だった。青い風が走り、メリーの手から明日人を引き剥がした。メリーは、突然のことに表情が動いていない。

「あ…れ?」

「明日人くん! 大丈夫!」

 息を整えている中、何者かに名前を呼ばれ、明日人は目を開ける。そこには、ハーツアンロックをした一星で、その隣にはフロイも居る。

「一星! フロイ!?」

「よかった…無事だね、アスト」

 フロイは、明日人が無事だということに、胸をなでおろした。

「……あ、すと。なんで」

 それを見て、メリーはまた、表情を曇らせた。

 

 ***

 

『さぁ、ここで一星とフロイが到着しました! 不動とアフロディに変わり、一星とフロイが入ります!』

 後半戦が始まり、一星とフロイは、フィールドに立った。

 本来なら、ここでメリーはヒカルに会えたことを喜び、いつものメリーに戻る筈なのだが、今日は今日で、メリーはその表情を晴らすことはなかった。

『おっと! ここでポジションチェンジ! DFのレンとFWのメリーとが入れ替わります!』

 ユースティティアも、ポジションを入れ替えたようで、円堂達は警戒する。しかし、その警戒はすぐに的中し、メリーはすぐに走り出した。

「…なんで…なんでなんで」

 涙をこぼしながら、メリーはレンの静止も聞かずに走る。ボールをドリブルして、相手を突き飛ばして、走る。

「なんで貴方達は、私達に全部任せないの!? 世界を救うのは、私たちなのに!」

 子供のように駄々をこねながら、メリーは首から下げていたエンジェルクロスを空に掲げる。

「変身!」

 メリーの、涙を流しながらの変身は、まるで悲しき戦姫だ。エンジェルクロスは、巨大なハサミと杖と融合した、白の長い柄と頂点の涙型ダイヤに、桃色の翼が生えている杖に生まれ変わり、服装もクロスハートをしたものになる。

「全てを浄化せし暗黒の亀裂…今こそここに、この世の全ての悪を消滅せよ!」

 メリーが杖を横に振ると、振るった残像から亀裂が現れ、中には宇宙のような星々が写っている。

『ピュアラーケイシャン・アナザーディメンション!』

 すると、亀裂から大量の針が降り注いだ。針が刺さった地面は草が消えており、本当に浄化するつもりだと円堂は確信する。

「(ここで決めないと…確実に!)」

 足を踏み込み、メリーのシュートを見据える。メリーは、自分達ラストプロテクターが、世界を救うことを望んでいない、もしくは自分達では世界を救えることはできないと言っているのだろうか。そんな感じがする。ならば____。それを、受け止めてあげなければ。

「ハーツアンロック! リライズ!」

 しかし、それを実行するのは難しい。言葉を唱えた時、円堂の頭に稲妻でも降ってきたような痛みと、心が闇に飲み込まれそうになる。

「うぐぅううううううう!!!」

 歯を食いしばり、足を踏み込んで、耐える。闇に飲み込まれるな。俺には、仲間がいる。

「…俺がしたいのは…みんながみんなが、楽しくできるサッカーだ…」

 別に、自分達は世界を救うために戦っているわけではない。サッカーを、取り戻すためだ。

「俺は、サッカーを取り戻すためにッ! こうしてここにいる! だから…ゴールは俺が守るんだあああああああああああああああああ!!」

 円堂が、己の想いを叫んだその時だ。背中から淡い虹色のグラデーションがかかったマントが現れると同時に、円堂が光に包まれた。

「…えっ…」

 メリーは、目の前の光景に目を奪われた。なんと円堂は、メリーのシュートを右手一つで止めたのだ。右手には、肩まで届きそうな白い指ぬき手袋。足にはニーハイブーツ。パンプキンパンツの上に、例の柔道服を着ていた。そして、腰から黄色の馬の尾のような物が現れ、円堂の髪も茶色からオレンジに染まり、横髪と後ろ髪が伸びた。

「…メリー。俺は、ただ純粋にサッカーがしていたい。それは、この世界に居る人、皆そうだ」

 両手でボールを抱えると、観客席が歓声に包まれた。

『止めましたー!! 円堂ここに来てハーツアンロックの完成と、スペクトルフォーメーションの完了です!』

 円堂が、止められたことにホッとしていると、脳内に声が聞こえた。

『…ようやく見つけたな。お前の使命が』

「お前は?」

『私は颯馬。怪異の王、神威様に使える身です。この数日、貴方の行動を見守らせていただきました。貴方に見せた謎の夢も、私がここに来るということを知らせるためのものでした」

 円堂は、声の主に誰なのかと尋ねる。すると、声の主は颯馬と名乗った。漢字からして、恐らく馬の怪異なのだろう。

「そっか…颯馬。俺に力を貸してくれるか?」

『はい。元々、貴方に使えるようにと、神威様から命じられていましたから』

「…よし! 反撃だ!」

 颯馬と話し終えた円堂は、右手と左手を合わせ、己の士気を鼓舞した。ここからが、反撃だ。



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第三十五話 ビリーヴ・イン・ザ・フューチャー 後編

やっと終わったよこんちくしょう!!
Twitterでどのコンビか好きかとか、屠殺というダーク系小説とかを考えていたら、もうこんな話数が溜まっちまったよ!
(投稿遅れてすみません)

あ、屠殺というのはこちらから(保証はできません)(https://privatter.net/p/7109511)


『Например, тебе было больно

 Когда вы чувствуете, что у вас проблемы

 Я всегда рядом со мной

 Я поддержу тебя』

 

 

 

「ここのところ、明日人さんにお会いになされてませんね。少し言い合いでもしまして?」

 エレンは、スタジアムの遠くから、試合を眺めていた。だがそこに、魔界での仕事を終えたミラがやってきた。そして、心配そうに(本人がどう思っているかは知らないが)エレンに声をかけた。本当は、自分がどうして明日人に会おうとしないのか、わかっているくせに。ミラはそういうところがある。既にわかっていることを、わざわざ本人に言ってくるのだ。全く、意地悪な性格だ。

「そうね、ちょっと本当のことを言い過ぎたわ。でも、私は全然気にしていないわよ? むしろ、あの子達には世界を救うことについて考える時間が得たのだから」

 誰かに問われた時のために、用意していた言葉をエレンは並べる。それを聞いて、ミラは不快な気持ちになる。胡散臭いのだ。昔から、エレンは。何を考えているのか、何を思って行動しているのか、それがわからない。仕事をさぼっている理由だって、単純にたぼりたいからというわけではありませんし。

「サッカーギャンブル、のことで、明日人さんと喧嘩をなされたのですの?」

「えぇ。まぁ、喧嘩はこっちの勝ち。明日人は、私に勝とうとしたみたいだけど、無理だったわね」

 喧嘩のところで、エレンはミラにVサインを作る。

「ところで、街を襲撃したのは貴方よね。ミラ」

「それがどうかいたしまして?」

「それに関しては、私は何も言わないわ。だけど、今度からはちゃんと理由を言ってからにしてほしいわ。まぁ、貴方は理由すらも考えてなさそうだけれど」

「そうですわね」

 くすくす、とミラは扇子で口を隠しながら笑う。エレンは、こういう言い回しをしてくれるから、好きだ。意地悪な性格なのは、そっちだというのに。

「恐れ入りますが、私からもお聞きしたいことですけど、貴方は明日人さんに会って、何をしたくて?」

 まさか、ミラからそんな言葉が出るとは。相手のことなんて、自分が気に入ったもの以外皆興味ないくせに。

「ふふふ、あははははははははは! ミラ、貴方にもそんな冗談が言えるのね! 驚いたわ! 明日人? 明日人はね、私が唯一『恋した』人間よ。あ、だからって嫉妬はしないでね。貴方の部下を使って殺そうとも考えないことね。いくらあなたが私の友人だからと言っても、容赦しないわよ?」

 最後の言葉に、ミラは背筋が凍りつくのを感じる。エレンは、時折こういう脅しをしてくる。まぁ、嫌いではないが、たまに友人である自分にすら、殺すことを厭わないほどの冷酷さを持っているような、そんな感じがする。

 

 

 

 慣れあいとも、腹の読みあいともとれるエレンとミラの会話がある中、試合はラストプロテクターの歓声に包まれていた。伝説のキャプテンの名を持つ円堂が、ハーツアンロックと同時に、スペクトルフォーメーションを完了させたのだから。太陽を象徴とするオレンジ色の髪が風に揺れ、円堂は深呼吸をする。

「…みんな!」

 一段と大きい声で、円堂はフィールドプレイヤーの十人に声を励ます。

「まだ一点だ! ここから取り返すぞ!」

 以前このチームのキャプテンだっただけはあり、円堂の全員をやる気にさせる大声に、鬼道たちはユースティティアの出したタクティクスへの諦めの表情に、明かりがともった。

「…諦めるな! まだ試合は終わっていない! ここから巻き返せばいい!」

 先に希望の日に包まれた豪炎寺が、一星たち九人に精神的に熱い炎のような高ぶりの喝を入れる。

「まずはあのタクティクスを打破するぞ!」

 その次に、鬼道が残りの者にこの試合で行うべき目的を伝える。すると、確実に一人一人が、希望に胸を高鳴らせていた。雷神が鳴らす大太鼓のように。

「三人とも、ようやく希望の太陽を手に入れたのね」

 円堂、豪炎寺、鬼道の姿を目にして、夏美は微笑む。なぜならば、彼女の目には、一年前のあの情景が写っていたからだ。

「行くぞおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」

 大地にスパイクを踏みしめて、豪炎寺たちは走る。

「…頑張ったって、変えられないことはあるのに…」

 自分の渾身のシュートを止められて、すっかり自信を無くしてしまったメリーは、たった一点だけを求めて走る豪炎寺たちを見て、茫然自失をしていた。

『円堂のハーツアンロックとスペクトルフォーメーションによって、豪炎寺たちの動きが素早くなっています! 観客も、拍手喝采するかのように大声でラストプロテクターを応援しております!』

 せめて、一点だけでも、一点だけは、なんとしてでも取りたい。そして、勝つ。それだけの想いで、豪炎寺たちの本能はたった一つのボールに集中していた。

「…私は」

 以前、自分の身に何が起こったのか。その光景を思い出し、メリーは拳を握りしめる。人間として最低で、惨い世界で、メリーは__

「あんな、惨いことを経験するのは、私だけでいいわ!」

 今は、今だけは、レンお兄様の言うことは聞けない悪い子になる! だけど、私は世界を救いたい! そう両足に鞭を入れて、勢いよくメリーは地面を蹴った。両手を振り回して、転ぶという可能性など頭にないくらいに前のめりになりながらボールへと走る。

「貰ったわ!」

 フィールドの表面に接したままで滑らかに足を出して、メリーは野坂からボールを奪う。

「今までお兄様とお姉さまの指示に従って生きてきたけど…それはもうおしまい! 私は、私の力で世界を救うわ!」

 一切荒いプレーになることを躊躇せず、メリーはボールを適度に蹴りながら走る。メリーを遮るディフェンダーたちを、その身でかわし、少女ながらのフィジカルの強さで突破する。

「させるかぁ!」

 メリーの横に青い風が突っ切る。その風の正体は、スペクトルフォーメーションとハーツアンロックの効果で足が速くなった一星で、軸足の左足で地面を抉り、右手の平を地面につけてブレーキをかけ、スピードを緩め、メリーと向き合う。しかしその向き合った時間というのは刹那のように短く、一星は先ほどの左足と膝を折った右足で地面を蹴り、メリーの前を走る。

「ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションで速くしたって、無駄よ!」

 以前のシュートを止められた時とは違って、己の自信を落としていないメリーは、一星と同じように、真っすぐと走った。人間にはわからないほどの短い時間で、横に移動するだけだ。

「うぉおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおお!!」

 声を上げて自分を鼓舞させながら、一星は走る。一星とメリーがぶつかったその時、閃光のような光が走る。それを近くで見ていた者達には、何が起こったのかわからないでいたが、実際の二人には、およそ何分ともいえる程の速すぎるが故の長さの間で、一星とメリーは一瞬の相手の行動だけで、オフェンスとディフェンスを繰り返していた。

 ボールを取ったかと思えば、取られ、相手の動きに合わせ、一瞬という何分間を二人は過ごしたのだ。

「もらったあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 そして、一瞬にして何分かの後、一星は、メリーからボールを奪うことに成功した。

「しまった!」

 メリーがボールを奪いにこないよう、一直線の風のように走る。

『一星、これ以上はやめろ! お前の適合率が、減少方向にあるぞ!』

 走っていると、悟蠍が焦ったように一星に声を上げた。自分の適合率のことだろう。だが、そんなの今は、考えている暇など無い。

「悟蠍、それでも俺は、戦いたいんです! 皆のために!」

 悟蠍の説得を無視し、一星は弾丸のように走る。ゴール前に近づくと、守りが固くなってくる。しかしそれでも、短いながらも相手の行動パターンを見切った一星には一切通用せず、相手を通り抜けると同時に、ボールを上げて高く飛ぶ。

『スターライト・ミルキーウェイ!』

 天の川の光を背に、一星は己が引き裂かれることになろうとも、必ず勝とうと思っていた。ボールを蹴る右足と共に、背後の星は光りだし、流星のように降り注ぐ。だがその時だった。

『死二ゾコナイガ__!!』

 フィールドに五寸釘を差し込んだ女性が一星の前に大々的な大きさの手でボールを跳ね返した。そのボールは、一気にラストプロテクターのゴールへと突っ切っていく。

「しまった!」

 そのボールの速さと言ったら、一星のハーツアンロック時の足の速さよりもかなり上で、それは光陰矢の如しと言ったところだった。

「な、なんだ!?」

「まるで、風の刃のようだ!」

 鬼道も豪炎寺も、ボールが通りかかり、風が抜けていくという感覚で、やっとボールの存在に気づくほどだった。これには、円堂も気づくことはできない。と思いきや、円堂は迫りくる嵐のような風に、全ての精神をボールに集中していた。

「……颯馬、共に戦ってくれるか?」

 颯馬は返事をしない。だが、それだけでわかる。颯馬は、円堂を信じて、その背中を預けている。

「…これが俺の…ハーツアンロックだぁああああああああッッ!!」

 ボールを受け止める為の腕に力を籠め、大きく後ろに反る。すると、円堂の背中から稲妻の形をした槍を持ち、背中に丸い円のリングが浮いている、オレンジ色の魔神が、スタジアムの上の曇天の空を作りながら現れる。稲妻が後ろで地上に落ちている中、円堂は右手を掲げる。すると、稲妻は円堂の右手の中に落ち、槍状の刃が柄の上下に一つずつ付いた金剛杵に、黄色のエネルギー波の刃が着いたデバイスが現れる。しかしそれを、円堂は『デバイス』として扱うわけではなく、同じく『ゴールを守る者』として、デバイスを己の右手の平に力として蓄えた。

「虹弓の…ゴッドヴァジュラ!」

 淡い虹色の両手と、金剛杵が合わさった円堂の新たな必殺技。そしてそのボールは、勢いを失い、円堂の足元に落ちた。

『円堂、止めましたーっ!!』

 シュートを止めたことに、観客たちは歓喜の渦に巻き込まれている。やった、止めたぞ。さすが円堂守だ。と。

「…いくぞ、颯馬!!」

 拳を握り、円堂はフィールドを見渡す。一年前の尾狩斗中と同じように、きっと何か裏があるに違いない。それが確か__かはわからない。だが、今は考えている暇などないのだ。今は、走るしかないッ!!

「豪炎寺! 鬼道!」

 二人の名を呼びながら、円堂はボールを蹴りながら風のように駆ける。

「あぁ!」

 円堂の行動の意図を読み取った豪炎寺と鬼道は、円堂とは横並びに走る。

 まず、円堂が軌道にボールをパスすると、鬼道がボールを打ち上げる。すると、曇天の雲にボールは突き刺さり、雷鳴と大量の稲妻とともに、ボールは雷のように落ちる。それを、鬼道、円堂、豪炎寺と、同時に蹴った。

『イナズマブレイク! サンダートロヴァオン!』

 稲妻のようなジグザグな線を走らせながら、光芒はユースティティアのゴールへと走る。

 すると、光の束はフィールドの中心で、何かに塞き止められているかのように、ビームは分かれたのだ!

「す、すごい…」

 息の合ったプレー。お互いを信用しているかのように行動を共にしている三人に、フロイは言葉を漏らした。

 バリン!

 その直後、光芒を塞き止めていた障壁はガラスのように砕け散り、女性がゴール前で正体を現す。

『オノレ__』

 それだけを言い残して、女性は灰となって消える。

「__しまっ」

『ゴ―――ルッ! 円堂、豪炎寺と鬼道の必殺技、イナズマブレイク・サンダートロヴァオンによって、ラストプロテクターに一点をもたらしましたーっ!』

 タクティクスが破られてしまった衝撃に、カデンツァはイナズマブレイクの光に反応しきれず、ゴールを許してしまった。そのすぐそばで、円堂たちは喜びに抱き合っていた。

 これが雷門の底力。明日人はそれを、初めて実感した。

 しかし、その傍で、どうしてなのかと困惑している者が居た。それは、ユースティティアの天使では無かった。ラストプロテクターの方だった。

「…なんであの人たちは、あんな仲間を信じているようなプレーが出来るんだろう…?」

 同点に追いついたことに喜び合っている円堂達を見て、フロイは困惑した。なぜ、仲間を信じられて、仲間を大切に思えるのだろうかと。

 いつか、裏切られるかもしれないのに…

「…フロイ」

 思考に浸っているフロイに、明日人が声をかける。明日人はベンチで、明日人はフロイのことを考えていた。仲間なのだから、自分達のことを信じてほしい。とは思うのだが、それは今のフロイには難しいだろう。だけど、言ってみるしかないのだ。仲間の為にも。

「アスト?」

 フロイが明日人の方を向く。すると、明日人はフロイの両手を、母親のように優しく包み込んだ。そして、フロイの首に両腕を通し、抱きしめる。

「…お前が俺達を信じられなくても…俺は信じている」

 明日人の抱きしめる力が強くなり、フロイは茫然とする。

「もしそれでも信じられないっていうんなら、俺はお前には元気でいて欲しいんだ。キャプテンとしてじゃなくて、俺自身がフロイには元気になってほしいんだって思うんだ」

 それだけを言い終わると、明日人はベンチに戻った。

 

 

 

 

 アストが自分にしたことに、フロイは胸の内が温まるのを感じていた。その瞬間だった。

(ららららららら、ららららら)

 歌が聞こえる。

(君が傷ついたときには、僕が傍にいてあげる。) 

 歌と共に、閉じかけていた心の扉が、また開くように、心に光が差し込んできた。

「かあ、さん…」

 脳裏に聞こえてきた歌は、昔母親が歌ってくれた歌だ。するとフロイは、ユニホームの青いズボンのポケットに入れていたロケットに手を伸ばし、ダイヤモンドが飾られた蓋を、手を震わせながら開ける。そこには、家族全員の写真。そこから糸を辿るように、昔の記憶が思い出される。当たり前のように思える記憶だとしても、フロイが涙を流すには十分すぎる記憶だった。

「ごめん…」

『もう、いいのよ』

 フロイが両手で涙を流す目を隠すと、かつての母親の声が遠くから聞こえた。その声にフロイが顔を上げると、周りが白いカーネーションで包まれた花畑にフロイは立っていた。

「母さん? なんでここに」

『…ごめんね、フロイ。あんなことをさせてしまって』

 目の前の母親は、姿こそ半透明になっていたが、自分は母親に抱きしめられているということは、感じられた。

「ううん…僕も、母さんと父さんのこと、信じなくてごめん…」

 母親に抱きしめられたのは、いつぶりだろうか。その思い出に、フロイは母親の肩を濡らす。しかし、目の前の母親は、フロイを叩きも怒りもしなかった。。

『…いいのよ。家族は、不完全だからこそ成り立つものなの。それに、貴方の兄さんもね』

「…兄さん?」

 フロイが後ろを向くと、そこには髪を短く切った兄の姿が見えた。今は監督として、世界を救おうとしている兄の姿が。

『ベルナルド、今までごめんね。こんなお母さんを、許してくれる?』

 カーネーションの花畑にいることに困惑しているベルナルドにも、母親は構わず抱きしめる。

「…マーマ、俺は、ずっと信じてた…マーマは、きっと何か理由があるんだって…」

 どんなことをされても、どんなに酷い事をされても、自分は、母親のことが好きだった。だけど、その母親は、今は居ない。それが、どれだけ残酷か。

『……ベルナルド、フロイ。貴方たちは、貴方たちの信じる世界を守り抜きなさい。そして、世界中が笑顔になれる世界を作りなさい』

 二人の涙が散っていく中、目の前の母親が、カーネーションの花びらに包まれて、消える。

「…消えてしまったな」

「…うん」

 だけど、母親はいつもそこで見守っている。カーネーションの花として。

 すると、フロイの持つロケットが光りだし、カーネーションの花びらが集まる。それを見たベルナルドは、フロイから離れ、フロイはというと、ロケットを上に掲げた。それは希望という思いを乗せて、力に変える。絶望という負の念も、浄化するように。

「…スペクトルフォーメーション、ハーツアンロック」

 

 

『リライズ!』

 

 

 フロイが涙と共に花が弾けると、花畑の花びらはフロイを包み込み、水色を主とした色に戻る。そして、フロイの髪も、後ろ髪が伸びて四つに分かれ、水色になった。そして、胸元にはロケットがぶら下がっている。

 フロイが変身を終え、地面に優しく降りる。すると、足元に花が咲いた。

「…フロイ!」

 希望という思いが積もった目を見て、一星は感激する。

「ヒカル…僕、世界の為にこの力を使うよ」

 愛する、母親と父親の為に____。

 

 

 

 

 

『なんとぉー! ここでフロイがハーツアンロックとスペクトルフォーメーションです!』

 試合は同点に持ち込まれ、お互い緊迫とした状況になっていた。その頃ラストプロテクターのベンチでは、ハーツアンロックの確認を行っていた。

「杏奈ちゃん、あのハーツアンロックは?」

「はい、円堂さんとフロイさんは…『Indra(インドラ)』と『Athena(アテナ)』です!』

「アテナってことは、戦いの女神!?」

 明日人たちが驚いたように立ち上がっていると、フロイは花の紋章が彩られたレイピアのようなタクトを、右手で空にかざす。

「…さぁ、僕らの進むべき道は見えている! 行こう!」

 フロイがレイピアのタクト、いわゆるデバイスを正面に向け、指示を出す。

『必殺タクティクス、希望の花!』

 するとフロイの足元から淡い黄緑色の、所々花が咲いた蔓が何本も現れる。

「いっておいで!」

 すると蔓は、フロイの指示に従って、ボールを取ろうとするユースティティアの天使を遮るように蔓が壁となる。

 しかしそれでもボールを奪ったレンは、足の甲でボールを支え、翼を開こうとする。しかし、翼に蔓が巻きつき、飛ぶことが出来ない。

「…こんな蔓、避ければいいだけの話だ!」

 なんとレンはその場で一回転をして翼に巻きついた蔓を薙ぎ払い、足の甲でボールを支えながら迫りくる蔓を避けつつ、前線へと翔ける。

「はぁっ!」

 右手から札を取りだしたレンは、札に力を籠め、ボールを中心として巨大な陰陽玉を創りだす。

「神珠・陰陽玉!」

 レンはそれを蹴りだす。だが、その標的はゴールではなく、フロイへと向かって行った。フロイは指示を出すのに集中しており、それに気がついたときにはもう目の前だった。

「しま__」

 しかし、もう一つの翼と銀の刃が陰陽玉に向けて、ボールに傷一つ付けないまま斬り落としたのだ。

「あいつらにばっかいい思いはさせねぇよ」

 背中のマントのような翼を降ろし、ヒロトは剣を地面に突き刺してハーツアンロックを解いた。

「おらよっ!」

 ヒロトがボールを蹴りだした! その瞬間に、観客と実況がざわめく!

『さぁ、残り時間もあとわずかです!』

 ボールが宙を飛ぶ中、一星とフロイは目と目を合わせ、お互いに指示を出した。

「行こう、」

『フロイ!』

『ヒカル!』

 一星がボールを足でトラップし、走りだす中、一星の両手に星の光が混ざった短剣が現れた。それと同時に、一星の後ろ髪に赤い三つ編みが現れ、白い服を身に纏う。

「神門さん! 一星くんがデバイスを!」

 茜が一星がデバイスを持っていることに気づき、スペクトルハーツをかざすようにと、指を指した。

「本当ですか!? えっとデバイスは…クラウ・ソラスです! そしてフロイさんのは、パラディオン!」」

 フロイと一星が同時に迫ってくることに、メリーは表情を高鳴らせていた。

「ヒカルも本気を出したんだね! じゃあ私も! 変身クロスハート!」

 もう一度変身をしたメリー。今度は大きなハサミを持っている。

()たちは…』

 フロイがパラディオンを振るうと、地面からラフレシアのように真ん中に穴が開いた巨大な花が、蔓と共に現れる。その花は、ゴールへと標的を決めた。

「ゴールはさせ…」

「このシュートは、私が止める!!」

 カデンツァが構えようとしたところに、メリーが混ざる。ハサミを閉じ、その切っ先を花へと向ける。

『絶対に…サッカーを取り戻すッッ!!』

 なんと花の後ろ側から一星が現れ、スタジアムは天の川の夜になる。

『ビリーヴ』

 フロイが指を鳴らすと、

『フラワー…』

 一星がクラウ・ソラスを空に投げると、

『ザ・フューチャ―スター!!』

 花からは未来を象徴する淡い虹色のじーむが現れ、所々に花が咲き誇っている。そして一星は、天の川の光と共に振り続ける水色の光の剣を流れ星のように降らせていた。

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ハサミの切っ先で、花の光芒と剣を止めようとするメリー。しかし、ハサミの切っ先は砕け散った。

 目を見開いたメリーに見えたのは、美しい花と星の光景だった。

 

 

 

『ゴ―――ル!! ここで試合終了! 勝利者は、ラストプロテクターとなりましたー!!』

「勝った…やったあああああああああああ!」

 明日人はもはや試合前の元気のなさとはうって変わって、灰崎とハイタッチしている。

「これで、解散は無くなるんだな!」

「やったぁ!」

 それぞれが、解散を免れたことに喜んでいる。普段あまり喜ぶ素振りを見せない不動も、こっそりガッツポーズしているに違いない。それを、明日人は見つめていた。仲間を見守るキャプテンとして。

「あーすとくん!」

 思いに浸っていると、夜舞が後ろから肩を掴んできた。転びそうになったが、何とかそれを防ぐ。

「今、おばあちゃんが勝利記念の宴会をしてくれてるんだって!」

 ほら! とスマホには、宴会の準備してるからな! というメッセージと共に、子供たちと一緒に宴会の準備をしている夜舞の祖母の姿があった。

「お、じゃあ早く帰るか!」

「ちょっと待って」

 剛陣が速く帰りたそうにすると、フロイがそれを止める。

「少し、寄りたいところがあるんだ。」

 そうなのかと? 皆がフロイに着いていく中、明日人はグラウンドのゴール前で倒れているメリーを見つめていた。

「…メリー」

 あの時、明日人はメリーに、昔は友達だったと言われた。前は、あまりそう思えなかった。だけど、今こうしてメリーのことを心配しているのは、やはり昔に何かがあったからなのだろうか。

「稲森明日人」

 すると、後ろから声をかけられた。エレンの声じゃない。ミラの声じゃない。恐る恐る振り返ると、そこにはレンが居た。

「あ、えっと」

 どうしよう。逃げなきゃ。だけど、足が動かない。

「エレンは、お前に興味など無い。そして、世界を救おうなどと思うな」

 それだけを言うと、レンはメリーの所へ行ってしまい、メリーを抱き上げた。

「…レン」

「明日人くん? いくよー!」

「あ、わかったー!!」

 

 

 

 

「サッカー協会の皆さま、このたびは当職人の皆様に危害を加えた上に、不快な思いをさせ、さらに建物を倒壊させるということをしてしまいました。その点に関しては、誠に申し訳ございません」

「建物の損壊は、我らオリオン財団が懸命に立て直させていただきいます。どうか、お許しください」

 フロイとベルナルドがやってきたのは、サッカー協会の本部だった。そこには明日人たちも居て、一斉に頭を下げている。

「…私たちも、君たちが愛するサッカーを穢してしまい、申し訳ない。私も本当に知らなかったことだが、今回の剣で、警備の強化とそれによって被害に遭った人たちの謝罪を行おうと思う。そして、解散のこともすまなかった。これからも私達に貢献してくれるか?」

 轟音羽は、頭を下げた。だが、明日人たちは解散を取りやめてほしかっただけだった。

「わかりました。これからも最善を尽くします」

 それだけを言って、明日人たちはフロイを連れて宿所に帰った。

 

 

 

 

 その夜。

『ラストプロテクターふっかつ、おめでとー!!!』

 花伽羅村の子供達が、宿所の食堂で待ち構えており、クラッカーを鳴らしてきたのだ。

 テーブルにはチキンやポテト、サラダに刺身など、いっぱい並んでいた。

「ほらほら、こいつらに豪華な食事を与えるよ!」

「「はーーい!!」」

 子供達は明日人たちを席に着かせ、食事を用意させる。

「おいしい! これ全部作ったの!?」

「色んな人に協力してもらって、なんとかやってけたよ!」

 と、夜舞の祖母、夜舞緋華里はいう。

「ありがとうございます! それじゃあいただきます!」

 解散が免れたことへの記念のパーティは、とても楽しいものだった。

「ベルナルド~もう一杯いくぞぉ?」

「緋華里さん、飲み過ぎです」

「んな固いこというなよぉ?」

 ベルナルドを誘いながら、ぐびぐびと、夜舞緋華里は日本酒を飲む。

「夜舞お姉ちゃん! オレンジジュースとって!」

「からあげ!」

「はいはーい!」

 夜舞は子供たちからのお願いに答えている。大変そうだ。

「それにしても、解散にならなくてよかったな」

「あぁ! これからも頑張るぞ!」

 風丸たちは大谷たちが一生懸命作ってくれた豪華な食事を堪能し、幸せな夜を過ごしている。

「みなさーん! ケーキですよー!」

『待ってましたー!』

 茜が持ってきたケーキに、明日人たちは嬉しそうにする。

「食べたあとはちゃんと運動するんだよー!」

 あまりに糖質と脂質の多い食事に、折谷は一応と声をかけている。

 こんなに幸せなチームは、きっと他にない。

 今も、そしてこれからも、彼らを信じていこう。

 

 

 

 

 君がくじけそうなときは、いつだって、僕らがいる。

 だから、もう大丈夫だよ。




 いや~やっと終わりましたね。
 もう十話くらいでしょうか。
 それにしても、シリアスな話が多すぎてしまったと思う…次からは、ギャグを含めた日常回にしようかと思っております!

「恐怖」「絶望」「闇」
それにしても、これらがかなり当てはまる章になってしまったと思います。オリオン・アレスで解消されなかった絶望を、今ここで晴らしたーみたいな感じでしょうか。私にも分かりません(汗)
ちなみに、最初の3つの言葉は、全部フロイに当てはまります。
サッカー協会に対する絶望。
みんながみんなを信じられないという恐怖。
そして、怪異という闇です。

最初、この小説を書いた理由は、『無印に近い3期を書こう』と思って書いたものです。ですが、いつの間にか自分の書きたいことをかなり書くようになってしまいました…ごめんなさい

あと、イナイレってどのくらいの深さの絶望がちょうどいいんでしょうか…深すぎると暗い気持ちになるし、軽すぎてもダメ。微妙ですね。

 ______________

あと、最初のロシア語は、believeの最初の歌詞の部分です。

え?虹弓のゴッドヴァジュラの演出が短い?ネタ切()



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第36話 タイの仙人

警告
流血表現あり

まじですみませんでしたあああ!!
いつの間にか、FF7とスマブラにハマってしまいました!!
だって、セフィロスかっこいいですもん!クラウドかっこいいですもん!


 深夜に放送される、政府の考えに対して、対話を行うというよくある番組に、ラストプロテクターの話題が沸騰していた。解散から存続に至ったこと、ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションのこと、サッカー協会のことなど、あらゆる面が事細やかに話されていた。

「ラストプロテクターからの情報によりますと、怪異は神遺物という神が生み出したものと言いましたね」

「そして、それを国は秘匿していた____と」

 どこから盗み出したのか、番組の司会者は、夏美が明日人達に言った情報のことを知っていた。夏美本人から聞き出したわけでもなさそうだ。まぁ、夏美がそんな簡単に情報を渡すつもりはないため、おそらく盗み聞きかコネで何とかしたのだろう。

「神遺物___とある御伽噺に出てくる単語ですね」

「御伽噺、ですか?」

 学者の男性がいう御伽噺に、黒髪をくるくるのツインテールにした、桃色の瞳が特徴の、アイドル風の女の子が、その御伽噺がなんなのかと質問してきた。

「はい。御伽噺と言っても、人類の歴史に触れるようなものなので、国家一丸に封印されてきたものなのです。しかし、今回我々はその御伽噺を発見致しました。今回実物は持っていけないので、口頭になりますが、よろしいでしょうか」

「大丈夫です」

 これから男性の話す御伽噺には、実物をなるべく『凝縮し、嘘を交えながら』の説明になった。

 昔々、人々がまだこの地にいなかった地上に、一人の天使が堕ちた。その名は、ルシファー。十二枚の輝く翼を持ち、美しい容姿で多くの天使を魅了し、束ねてきた。しかし、神に反逆したことで地上に落とされ、ルシファーはこの何も無い土地を目にして、途方にくれていた。

 人は神が何とかするだろう。と、ルシファーは神のすることを自分のすることではないと断定し、地上よりも遥かに下の、魔界に住み着き、悪魔たちの王となった。

 それから何世紀かが流れ、人々は栄えに栄えていった。しかしそこに、どこから来たのかも分からない魔女が、世界を滅ぼそうとしていた。神も、天使も太刀打ちできない魔女に、とうとう神は根を上げ、かつての熾天使ルシファーに助けを求めることにしました。

 条件を神と交わしたルシファーは、魔女の兵士に対抗するための神遺物を作り出し、戦わせ、己は魔女と戦いました。その戦いは、地が割れ、空は落ち、海は高鳴り、多くの死者を出しました。

 そして、一年の時が過ぎて…やっと、ルシファーは魔女に勝ちました。しかし、先程の戦いで力を使いすぎたルシファーは、神遺物、天使、そして神に見守られながら、星に還ったのである。

 

 ***

 

「度し難いな」

 番組の再放送を飛行機の座席に備えつけられたテレビで見ていた鬼道は、しかめっ面でテレビの電源を落とした。

「夏美さん達がまた情報を集めにここから出発した辺りから、情報が漏れ出したのでしょうか。鬼道さん」

「いや、それはない。夏美はそんな簡単に情報を簡単に渡すような人間じゃない」

 明日人たちラストプロテクターは、ロシアの空港で、夏美たちとは一旦別れることになった。また役立つ情報を集めに行くらしい。夏美たちにはハーツアンロックの正体、怪異の正体と、多くの情報を提供してくれた。しかし、その情報が、どこからか盛れだした。おそらく、テレビ業界がラストプロテクターの話題に目をつけ、情報を盗み出したのだろう。そのためか、普段優しい目をしている鬼道の目には、シワがよっていた。

「ラストプロテクターの情報をハッキングされたわけじゃありませんし…」

「それもあるな。それに、御伽噺の件も気になる」

 テレビで語られた御伽噺。それには嘘も交えているため、本当かどうかは分からない。だが、それは今考えなくてもいいだろう。所々、悪魔という文字に灰崎のことを思い出しはしたが。

「ねぇ明日人くん。ユースティティアがタイに来るって趙監督から言われて、私たちは今タイに向かっているけど…私たち、いつかはフォルセティっていう神様と戦うことになるのかな」

 飛行機の窓から空を眺めていた明日人に、夜舞が声をかける。トイレに行ったついでに話しかけようと思ったのだろう。手ぬぐいで手を拭いている。

「うん。でも、俺たちは勝つ。エレンの言っていることが本当だとしても、俺たちはサッカーを取り戻して、日本も取り戻す。それだけだよ!」

「その意気さ!」

「おばあちゃん!」

 すると、どこからか夜舞の祖母、夜舞緋華里が明日人の肩に手を回し、抱きついてきた。

「お前たちなら、そのフォルセティっていう奴にも勝てる! 私は信じているからな!」

「は、はぁ…」

 相変わらず強引でフランクな夜舞緋華里に、明日人は苦笑いする。

「月夜ちゃんのおばあさん。どうやらそのフォルセティというのは、北欧神話における神様で、正義と真実を司るらしいです」

「さっきテレビでその話が出てました!」

「なるほどなぁ、んで、そのフォルセティが、あいつらユースティティアの天使を生み出したってわけだな」

 杏奈、大谷達の集めた情報を耳にして、夜舞緋華里は顎に手を当てる。

「(エレン……)」

 夜舞緋華里が考えている間、明日人はエレンのことを考えていた。あれから、エレンとは会っていない。エレンとのいざこざ、エレンとの試合での出来事が重なって、エレンとは会えていない。いや、元々自分とエレンとは、敵同士なものだ。同じ世界を救うもの同士として。

 

 

 

 明日人たちが飛行機から降りてロビーに向かうと、明日人たちの存在に気づいた少年が、スマホを閉じて声をかけてきた。

「お、アスト!」

 その少年はさながら日本人のような肌の色をしており、身長も高い。黒い髪をまとめて、さらに大量のピアスを耳につけていた。

「ロイド!」

 久しぶり! と明日人は声をかけると、ロイドは嬉しそうに明日人と握手を交わした。

「あ、フロイ! この前の試合見たぞ! ハーツアンロック、かっこいいじゃないか!」

 なんとロイドは、いきなりフロイに抱きついては、この前の試合のことを話してきた。知り合いかと明日人たちは思ったが、知り合いと言ってもそんなフランクすぎるスキンシップはしないだろうとは思うが。

「ロイド、苦しいよ」

「だってさぁ! フロイがロシアにいる時、色々あったのは監督から聞いてんたんだよ!」

 あぁ、悲しかったよなぁ。すると、ロイドはいきなりボロボロと涙をこぼし始める。

「すごく感情の揺れ幅が大きいわね…」

「まぁ、気さくでいい人なんじゃないかな。杏奈さん」

 明日人たちは、ロイドの気さくな雰囲気とは裏腹に、感情の昂りが大きいロイドを目にして、思わず引いていた。いや、驚いていた。

「おっと、こんなことしてる場合じゃないな。じゃあみんな、監督が呼んでるから、俺に着いてきてくれ!」

 ロイドに連れられて、バンコクの森林に入ると、そこには村があった。木造で作られていて、皆元気そうに暮らしている。

「ここは、俺たちタイ代表の宿所だ! たまにこうして、親たちが店を開いて交流を深めているんだ。そして、あそこが俺たちの拠点、そして監督のいる宿所だ!」

 ロイドが指を指した場所。明日人たちは、ロシアと日本にあった建造物の宿所をイメージしていたのだが、ロイドが指を指していたのは、建造物ではなく、洞窟だった。

「え、これが宿所?」

「あぁ!」

 明日人が思わずロイドに聞き返したが、ロイドはただここがそうだと言うだけだった。

「どう考えても洞窟にしか思えねぇよ…」

 灰崎がロイドの言う宿所の外観につっこむと、ホッホッホッ、と洞窟の中から古ぼけたローブを羽織った老人が現れた。

「ほっほっほ、どうやらお主らが、ロイドの言っておったラストプロテクターのようじゃな」

「誰だ?」

「ほっほっほ、氷浦よ、慌てることは無い」

「え、今俺の名前…」

 氷浦は、目の前の老人に教えてもない名前を言われたことにとても驚いていた。

「おじいさん、貴方は僕たちの名前を全部知っているんですか?」

「まぁそうじゃな、照美よ。儂は長いこと、この洞窟で心眼を極めておった。じゃから、自然と向こうから情報が流れ込んでくるもんじゃよ」

「……まるで仙人だな」

 剛陣は目の前の老人を仙人と例える。しかし、

「ほっほっほ、仙人とは。そう言われたのは久しぶりじゃのう、まぁ儂は、見ての通り人間じゃよ」

 老人は人間だと言った。

「ほっ!」

 すると目の前の老人は、ローブを脱ぎ捨て、己の素顔を晒した。その姿に、明日人たちは目を見開いた。

 その姿は先程の老人だと思っていた姿と打って変わって、高身長の、さらにイケメンの青年へと風変わりしたのである。薄青い髪の片方の横髪を軽く結び、後ろ髪の三つ編みを前に、頭に狐のお面と同時にメガネもかけていた。そして、袖のない白い着物と黒い袴。どう見ても仙人だった。

「凄い…!」

 大谷はもはや、その美しさに言葉ができていない。

「ほっほっほ、驚いたかね。これが本来の姿なんじゃが、力を見破られてしまわぬよう、変化の術で老人の姿をしておったのじゃよ」

 と、目の前の青年が笑うと、夜舞緋華里が近づき、驚いた顔を見せた。

「おぉ、奏多じゃんか!」

「久しぶりじゃのぉ、義姉さん」

「一瞬誰だかわかんなかったわ!」

「ははは。義姉さん。頼みがあるんですが、これから儂、子供たちと修行をつけてきますので、監督たちを儂の指定した場所に案内して貰えますか? 既に場所は取っていますので」

 すると、奏多は緋華里にメモを渡した。そこに記載されている、日本語の住所とタイ語の住所を見て、夜舞緋華里は監督たちを指定した場所に連れていくことにした。

「…おし! じゃあベルナルド! 行こうか!」

 ベルナルドを押しながら、夜舞緋華里は強引に指定した場所まで連れていった。それを、明日人たちは苦笑いで見送る。

「ほっほっほ、混乱させて悪かったね。私は夜舞奏多。見てのとおり、世界中を旅して、我流の伝授を行っているんじゃよ。君たちが来ることは心眼でわかっていたから、ロイドにおつかいと同時に明日人達に会うように頼ませていたんじゃ」

 奏多と呼ばれたこの青年は、明日人達を洞窟の中へと連れていった。その大部屋と呼ばれる場所に着くまでに、奏多は明日人達に自己紹介を済ませた。

「え、夜舞って…私の苗字と同じ…」

「そうじゃ、月夜。儂はお主の叔父に当たり、儂はお主の姪っ子になる」

「知らなかった…私に叔父が居たって」

 夜舞が前を歩く奏多を見て、親近感を湧いている中、奏多は扇子で口元を隠した。

 通された大部屋は、洞窟とは思えないほどの調度品で埋められており、和室として機能していた。明日人達が座布団の上に正座している中、奏多は向かい合うようにして座布団の上に正座し、黄金色の扇子を開いた。

「ふんふん、どうやらお主たちには、怪異の力を借りて力を増すスペクトルフォーメーション、心の闇に秘める力を引き出して、神と同等の力を手に入れるハーツアンロックを持っているようじゃのう」

「そうですけど…それがどうかしたんですか、奏多さん」

「ほっほっほ、そんな身構えなくても良いぞタツヤ。儂はお主らの力になりたい。サッカーを愛する者として、サッカー拳法を生み出した師匠としてな」

 奏多は、同じくしてサッカーを愛する者として、明日人達の力になりたいと同時に、そのハーツアンロックとスペクトルフォーメーションの二つの力を試したいと考えていた。彼らには、何かが足りない。精神力、体力、どれをとっても十分だ。ただ、少しばかり正義感の強すぎる点も見られる____が。それは後に話すとしよう。

 奏多は、ぬうっ、と音もせずに立ち上がると、開いていた扇子で風を作った。

「ファイブフォース」

 扇子が風を起こすと、周りの風景が渦巻きとなって消え、新たに星空の空間が現れる。

「プラストラーンストヴァ」

 また風を作ると、今度は竜巻にに巻き込まれたように明日人たちの体が浮いた。

 

 

 ***

 

「いったたた…」

 謎の竜巻みたいなものに巻き込まれた明日人だったが、おかしなことに痛みがない。地面に叩きつけられたわけでも無さそうだ。明日人が起き上がると、下は白い花、百合の絨毯によって地面が埋め尽くされており、明日人はその上で寝ていたと思われる。

「気がついたかの」

 すると、目の前に奏多がいたため、明日人は心臓がはねて飛び上がった。

「わっ! 奏多さん? それに、ここは? みんなは?」

「ほっほっほ、儂じゃ。ここは儂の仙界、先程の技でお主らを招待させたのじゃよ。そして、皆は今こことは別の仙界におる」

 明日人の三つの質問に面倒がることも無く、奏多は答える。

「はぁ」

 仙界という言葉に聞きなれず、明日人はただ息を吐いた。

「さて、お主にはこの仙界で、お主なりのやり方を見つけるんじゃ。欲しいものは好きなように出てくるし、何もしなくても良い。お主の好きなように、やってみるんじゃ」

「え、どういうことですか?」

「まぁ、お主のやり方に関しては、儂は一切口出ししない。これは、お主の試練じゃ。何、のびのびと、リラックスして試練に挑むといい」

 自分なりのやり方を奏多に問われ、考えている間に、奏多は風と共に消えていってしまった。

「俺の、やり方……」

 

 

 

 次に奏多が向かったのは、道場のような床が綺麗な木の板で埋め尽くされた木造の空間。そこには明日人を除いたラストプロテクターがおり、皆が皆明日人の不在に驚いていた。

「ほっほっほ、どうじゃ? 驚いたじゃろう」

 奏多の声で、彼がここに来たということがわかると、ラストプロテクターの面々はすぐに奏多に走り、問い詰めた。

「お、おいアンタ! 明日人はどうしたんだよ!」

 剛陣は、明日人がいないことへの心配と不安で我慢ができなくなっているのか、年上であろう奏多に敬語を忘れ、怒りを露にしている。

「おぉ鉄之助、まずは落ち着いた方が良い」

「お、落ち着いた方がいいって…」

 言葉の使い方としては少しおかしい返答をされ、剛陣はそっちに気が向くことで、結果的に落ち着く事が出来た。

「明日人なら、今は別のところでレッスンを受けておる。まあ、個別指導の塾に通っていると思っても良い」

 個別指導……その内容が、サッカーであるといいのだが。と野坂は思った。

「ところでなんですが、ここはどこなんですか?」

 すると、茜が不思議そうに周りを見渡しながら奏多にここはどこなのかを質問する。

「儂の[[rb:5つの力 > ファイブフォース]]、空間を操る能力でこのような空間を作ったのじゃよ。まぁ、仙界とでも呼んでくれ」

「いや、空間を操るって、やばいことじゃないですか!」

「ほっほっほ、ここに来たロイドも、同じことを言いおった」

 すると奏多は、空間のことを話し出した。空間とは壁の見えない、間取りのようなものだと。そしてそれが多くの間取りと繋がって、世界ができているということ。そして、己だけの空間を作り出す五つの力というのは、纏まった構造、均一化する連続性、[[rb:個々が占有するトポス > アリストテレス]]、[[rb:動かぬ構築 > ニュートン]]、[[rb:幾何学的対象 > 空間の点]]というものだ。

 よく分からない構造に、野坂たちは頭にクエスチョンマークを出していた。

「まぁ、これに関してはわからなくても良いぞ。分からないというのも、一つの空間を作り出す一つなのじゃからな。さて、明日人に個別指導している間に、お主たちは儂という家庭教師の元に、お互いにお互いを高めあおうではないか」

 奏多が扇で周りを扇ぐと、奏多の右手にサッカーボールが現れる。それも、何の変哲もないボールだ。

「あぁ、そこのマリク、ルース、ユリカとやらも、一緒に修行に付き合おうではないか」

「僕も、ですか?」

「うむ」

 マリクとルース、そしてユリカに向かって、奏多は扇子で口を隠しながら微笑む。

「して、ハーツアンロックあり、スペクトルフォーメーションあり、必殺技ありの、サッカーに基づいたルールで、儂からボールを奪ってみせよ。そしたら、明日人に会わせてやるぞ?」

 まるで敵の幹部のようなことを言うため、彼らは調子が狂う。別にユースティティアの天使と戦っているわけじゃないし、何より相手は人間だ。夜舞家の大人たちは、みんなこんなものなのだろうか。いや、祖母とこの人が少しおかしいだけだ。そう思っている間にも、奏多は裸足でボールを上から押さえつける。

「つくしとやら、ホイッスルを頼むよ。それでは、始めようか」

 大谷のホイッスルで、修行が始まった。

「(相手はどんな実力を持っているのだろうか…身なりと体つきからして、サッカーをやっているようには見えないが…)」

 まず最初に鬼道が行ったことは、情報収集だ。目の前の仙人のような青年は、あまり筋肉がついていない。細マッチョという部類には入りそうだが…。

「ほっほっほ、そんなに固くならなくても良いぞ?」

 すると、鬼道の肩に手が置かれる。鬼道が後ろを向くと、そこには鬼道の様子を見て楽しむような笑顔をした、奏多が立っていた。

「いつの間に___!?」

 だが、ボールをとってしまえば終わり。鬼道は急いで奏多の足元にあるボールに足を伸ばす。しかしボールは奏多のヒールで持ち上げられ、鬼道は奏多に抱きつくような形になってしまった。

「はああっ!」

 するとそこに灰崎がマフラーをなびかせながら、奏多に走っていく。

「おっと」

 まず鬼道を追い払い、ひらりと灰崎をかわした奏多。ついでのようにボールを持って。しかし、灰崎は獲物に食らいつく鮫のように奏多に食いつき、奏多がいくら避けても追ってくる。

「その根性は認めるがのぅ…」

 灰崎のディフェンスの穴。いわゆる股にボールを通し、奏多が後でそれを拾う。

「叔父さんだからって、容赦しないよ!

ライトチェーン・ダークロープ!」

 奏多の元に、夜舞の魔法陣から現れた鎖と縄が襲いかかる。

「早速叔父と呼んでくれるのか。嬉しいのぉ」

 嬉しさに口角があがりながら、奏多は右手に持っている扇子と同じ扇子を取り出し、扇を開く。右手で鎖、左手で縄の起動を変えながら、そして自然に、舞を踊った。

「ま、舞で起動を変えた!?」

「ほっほっほ。まだまだ、じゃのう」

 奏多が左手の扇子を仕舞うと、その直後に竜、五芒星の空間が襲いかかったが、竜をまた扇子で起動を変え、五芒星の空間を壊した。

「こんなもの、かのぅ」

 強い。技を、いとも簡単に受け止め、突破するなんて。これじゃあまるで、エレンを相手にしているようなものじゃないか。

「今度はこっちじゃ」

 奏多が、右手の扇子を円堂達に向けて、扇ぐ。すると、扇いだ扇子から、竜巻のような強風を生み出し、円堂達を吹き飛ばした。

『うわあああっ!』

「おっと」

 風が止み、円堂達が地面に叩きつけられる前に、奏多は扇子をもう一度扇いで、風のクッションを作り上げた。

「どうしたのじゃ? もう体力もないかの」

 彼らは体力の消費で膝をついており、立ち上がれる者はいなかった。それを見た奏多は、修行を終わりにしようかと思った。しかし、

「まだ、終わってないっ!」

 なんと、全員が立ち上がったのだ。

「(なんと……儂の風を受けて立ち上がれるとは。なかなか見どころのある奴らじゃのう)」

 彼らなら、きっと世界を救える。変えられる。

 きっと、大きな真実で、人を救う。

「終わりじゃよ」

 奏多が扇子を閉じる。

「え、終わり…?」

 立ち上がった円堂は、突然の終わりに口を開けていた。道場のような空間は、三角の破片を花のように散らせながら崩れ、元の洞窟の和室に戻った。

「お主ら、なかなかやるのぉ。お主らなら、きっと世界を救えるじゃろう」

 今度は扇子で口を隠さず、そのままに笑顔で奏多は笑う。その表情は、とても満足そうだ。だが、これで終わりじゃない。彼らには、もっと強くなってもらわないとならない。特に、ハーツアンロックを所得している者。彼らはきっと、風、翼、雪、手をもっと極められる。

「ま、明日に備えて休むといい。儂は監督たちと話をしてくるから、お主らはこの素晴らしい国、タイを観光しているといいぞ? 集合場所は、監督が教えてくれるじゃろう」

 

 

 

「して___どうじゃったかの。明日人」

奏多がベルナルド達のいる場所に向かっている途中、裏路地で明日人を仙界から出した。

 目の前の明日人は、突然仙界から地上に出されたことに驚いていたが、奏多の話を聞いて、明日人は答える。

「___俺、やっぱりサッカーが好きです。サッカーは、俺の居場所のようなものでしたし、何より、走ってて『自由』になれるんです。だから、たまに休みつつ、サッカーをしてました」

 明日人の返答を聞いて、奏多は、そうか。と微笑む。

「………やはり、お主はお主じゃな。何事にも縛られない、風のようじゃ。ところで明日人。お主は自由をなんと心得る?」

「自由、ですか?」

「あぁ。スピリチュアルによれば、自由とは、地球上では好きに何でも選べること[[rb:× > かける]]環境じゃ。選べる選択がお主自身。そして、環境がお主を縛る鎖。それが、自由なんじゃよ」

 明日とにとっては、スピリチュアルというのはよくわからなかったが、自由は鎖と自分だということはわかった。それと同時に、気になったことがあった。奏多は今、自由なのかと。

「奏多さんは、今が自由だと思っていますか?」

 明日人の質問に、奏多は戸惑いながらも、明日人に背を向ける。

「まぁ、自由を超えたなにかじゃろうな。儂にはもう環境もないし、選択もない。ただそこにあるのは、虚無。お主が儂を仙人だと思うなら、そうじゃろうな」

「そうですか…」

「まぁ、縛られるのは儂も嫌じゃ。最も…儂にはもう昔の思い出も、記憶もない。ただただ虚無に、この俗世を見守るだけじゃよ」

 それだけを言うと、奏多は歩き出した。ここからは、大人の会話。子供たちが知るべきことではない。

 

 

 ***

 

 ベルナルド達大人は、奏多が用意してくれたホテルの一室で、彼らの修行の終わりを待っていた。その不安をそのままに、ベルナルドはブラックコーヒーを飲み干す。すると、ベルナルドの目線の横に、白いまんじゅうが小さな皿に乗って置かれた。

「邪魔するぞ?」

 ドアが開いた音がしないことに驚きつつも、ベルナルドは平常心で奏多に話した。

「確かお前は……」

「奏多。夜舞奏多じゃよ。といっても、儂にはもう名前なんてないようなものじゃが」

 おかしな発言をする奏多に、ベルナルドは不信感を抱く。

「子供たちは?」

「子供たちの修行は終わりました。まぁ、明日も続ける予定ですが」

「なんか、喋り方が変わってますねぇ」

「子供たちの保護者。なのでしょう? 保護者なのでしたら、礼儀は大事じゃからの」

 趙監督は、奏多の喋り方がいつもと違うことを指摘したが、それを奏多は、華麗に切り返した。

「して_____貴方達に聞きますが、貴方たちは、本当にサッカーを愛してますか?」

 まんじゅうを三人に配り終えた奏多は、三人に向かい合うようにソファに座り、話し始めた。

「____え」

 ベルナルドは奏多の質問に、困惑した顔をしているが、二人は無表情で奏多を見つめる。

「どういう意味ですかねぇ」

「そのままの意味ですよ…趙金雲、貴方は元サッカー協会の人間。なら、なぜサッカー協会が行っていたことを知らなかったのか。もっとも、サッカーはとっくの昔に廃れてますから、愛してないのも当然でしょう」

「だから、お前は何が言いたい」

「ベルナルド、僕に話をさせてくれ」

 ベルナルドが、『おかしなことばかり言う』奏多に、その質問の意図はなんだと立ち上がり、問い詰めようとしたところを、折谷が止める。それに、ベルナルドは落ち着きながらも席に座る。

「……奏多くん。君は僕達大人と、子供たちを分けるために、わざわざ修行なんてことをして、何が目的なんだい? もしかしたら、サッカー協会がしてきたことを忘れさせる。そういうことじゃないのかな」

 折谷は、奏多のした行動に疑問を持っていたようで、仮説を奏多に提示する。それに、ハズレだと言いたいかのように、奏多は笑い出す。

「いや、子供たちは永遠に、あのサッカー協会のことを忘れない。それに、忘れさせるなら、とっくにやってますよ。記憶の空間をいじることによって、記憶を消したり、植え付けたりできますからね」

 そう、奏多は右手でキューブを作り出す。それが、記憶の空間だとでも言いたいのだろうか。

「………君は、何がしたい。子供たちを使って、何かをしようとしているんじゃないのかな」

「何かをするも何も、子供たちを利用して何かをしようとしているのは貴方たちでは?」

 子供たちを利用。その言葉に、ベルナルドはかつてオリオン財団がしてきたことへの記憶が蘇ってくる。かつて、オリオン財団は子供たちを利用して、世界の経済を活性化させようとしていた。だが、それは打ち砕かれ、利用された子供たちはそれぞれの里親に引き取られている。

「………奏多。お前は」

「あぁ、ベルナルドは子供たちのことを本当に愛してますもんね。だから、この二人が何をしているのかにも気がつかない。ある意味、無垢とも馬鹿ともいえるね」

 奏多の最後の発言に、ベルナルドの中に怒りが込み上げてくる。しかし、それを出したって、何も変わらない。そう理性的な面で、何とか心を落ち着かせる。

「何が言いたい」

「趙金雲…貴方は貴方の、その独りよがりな復讐のために、子供たちを利用した。そうでしょう?」

 そんなわけない。趙金雲は、とベルナルドが言おうとしたところに、趙金雲が立ち上がって言った。

「……そうですね」

「まさか、貴方も廃れていたとは。あの子たちの監督をやるくらいだから、まともだと思っていましたが…」

 くつくつと笑う奏多の額に、何か固いものが当てられた。

「……ん?」

「趙金雲のことを悪くいうな」

 奏多は、目の前のベルナルドの顔を見て、すぐに察した。自分の額にあるのは、銃。おそらく護身用だろう。にしては大袈裟な。と奏多は思ったが。

「何も、私は事実を言ったのみですが?」

「それが本当だとは限らない」

「随分固定概念に縛られた方なんですね」

 奏多の発言に、ベルナルドは引き金を引きそうになる。

「まぁまぁ、そんな危ないものを突きつけないで、こちらに渡してください。それとも、子供たちに本当のことを知らせますか?」

 すると、奏多から提案を提示された。本当のことを言わない代わりに、銃を渡せと。ベルナルドは、自分たちが利用されていることを知られては、子供たちがどうなるかわからないと、大人しくその提案に従うことにした。銃をテーブルに置き、手を膝に置いた。

 しかし、奏多は素早くそれを手に持った。

 やはりか! とベルナルドがスーツの中に忍ばせた銃に手をかけようとしたその時。

 銃声が聞こえた。

 それも、自分の銃からじゃない。

 奏多の持っている銃からだ。

 なんで、なんで、こいつは。

 自分で自分の脳を銃で貫いているのだろう。

「……ほっほっほ。儂には武器も何も通じない。こんな成りじゃが、儂も人間じゃよ。お前たちも、すぐに受け入れられる。あと、子供たちに真実を話すというのは嘘じゃよ」

「………」

 確実に死んでいるはずなのに、奏多は生きている。いや、打った箇所が、どんどん修復されている。そして、打つ前の元の薄青色の髪に戻った。

「何も言えんか。そうか。まぁ、こんなの見たら、絶句するじゃろうな」

「……お前は、何がしたい」

 目の前の人間に対する恐怖、不安を抑えながら、ベルナルドは奏多に問う。

「……いいか。子供たちは人間だ。戦争に使う兵士ではないことをその身で自覚しろ」

 確かに、とベルナルドは感づいた。

 あの時脳を貫いたのは、戦争で言う、自決を意味している。沖縄では、手榴弾で自決するとはあるが、意味は同じだ。

 ………もし、子供たちが天使との戦いに負けて、自決せざるを得なくなった時には?

 戦争が、起こらないわけでもない。

 だが、彼らは確実にこう言うだろう。

 死にたくないと。

 

 

 

 

 仙人には、何でもおみとおし。

 

 

 





後書き
まじでお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
今回のオリキャラのキャラ設定を乗せますね


夜舞奏多

『悠々自適の孤高の人』

プロフィール
性別 一応は男性だが、性別がないと言った方が正しい(月夜談)
年齢 本人曰く教えられない。知らない。数えたことも無い。
一人称 儂
二人称 お主
関係性 月夜の父の弟の、緋華里の義弟。月夜とは叔父に当たるが、月夜は知らない
能力 東方風に言うなら、『空と間を結ぶ程度の能力』

仙人まがいな人間で、掴みどころがない。
本人でも自分が誰なのかわかっておらず、このような仙人紛いな性格になっている。




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第37話 強き人間

実質ベルナルド編。
子供達はあんま出番ないよ。


「ほっほっほ、おはよう」

 奏多がホテルの食堂に向かうと、そこには明日人達が集まって、食事を楽しんでいた。あれから彼らは観光を楽しんだだろうか。と考えながら、奏多はとりあえず朝のバイキング料理をトレーに乗せて、明日人たちの席に座る。

「奏多さん! おはようございます! 今日も修行頑張りましょう!」

「ほっほっほ、子供は元気でいいのぉ」

 明日人が挨拶したのに対し、奏多はほっほっほと笑う。まるで子供が好きなおじいちゃんみたいだ、と思われそうだ。いや、思わせている。奏多は、自分には何も害がないことを子供たちに示している。そうベルナルドは感じていた。

「夜舞奏多…」

 まさか、ユースティティアの天使よりも恐ろしい敵(大袈裟だが)が、こんなすぐ近くにいるとは。まるで実感が湧かない。

「ベルナルド。奏多くんの言うことには、半分本当で半分嘘を言っているかもしれない。もしかしたら、本当は敵かもしれないし、敵じゃないかもしれない。まるで嘘が服を着て歩いてるようなものだね」

 折谷はそう、主食とおかずのバランスの取れた食事を口にする。それに対して趙金雲は、肉ばかりのバランスの悪いメニューだ。少しは折谷を見習って欲しいものだ。なんて考えてみる。

「とにかく折谷。あいつには警戒した方がいいだろう。それに、あいつを見ていると、怖いんだ。体が突然裂けて、中から化け物が出て、ここにいる全員を食らうんじゃないかって」

「へぇ、怖いという感情にしては随分具体的だけど、君も怖いと思うことがあるんだね」

「……まぁ、あいつは妖怪とか、幽霊とかの形を成していないから、その分タチが悪い」

「同じ人間だけど、怖い。そうかな?」

「あぁ」

 あいつには底知れぬ恐怖と、未開拓の真実がある。ましてや、子供たちを味方につけることで、私たちが疑っても自分が不利になることはない。子どもたちが自分を庇ってくれるからだ。

「おお、何か楽しそうなことをしているのぅ」

 折谷とベルナルドが話していると、ベルナルドの耳元で囁かれた。くすぐったい声と恐怖に思わず勢いよく立ち上がってしまった。周りの視線が痛いが、気にしてない。

「…なんだ。奏多」

「何も用はないが、お主らが楽しそうに会話しとるから、なんの話しをしているのか気になっただけじゃよ? 悪いかのぅ」

 怖い。さっきまで明日人たちと喋った時の、裏表のない笑顔が嘘のようだ。扇子で口を隠し、目を細めながら見つめている。気がつけば子供たちがいない。朝食を食べて、特訓しに行ったと考えれば妥当だろうが、奏多がいるとなると、奏多がわざわざ自分たちと会話をするために、誘導したように見えて仕方ない。

 子供には聞けない、大人たちの会話をするために。

「奏多くん。君は一体何者なんですかねぇ」

「おや趙金雲。残念ながら、儂が何者であるかなんて、とっくに捨てたのじゃ。強いてあるものといえば、名前と、この体だけじゃよ」

 趙金雲がさりげなく奏多に、何者であるかを訊ねた。もし奏多がユースティティアの天使なのならば、とベルナルドは考えたが、奏多は逆に、この世を悟った人間のような返答をした。

「正義も真実も嘘も、形を持たなければただの言葉。人が魂だけでは生きられないのと同じで、死が近づくということは、持ち合わせていた体が劣化して、そこに収まることが出来なくなったからじゃよ。それは先程の三つの言葉もそう。言葉の意味、もしくは言葉こそが体であるというのに、人々はさらに言葉に体と、意味という服を着せようとしている。だから、技術が高まっても、人が概念を解明できることはないんじゃよ」

「それってつまり、僕たちがその言葉に服を着せようとしている人々、ということなのかい?」

 奏多の長文をすぐに理解し、それに見合った返答をする折谷。

「ほっほっほ、別にそんなことは言っとらんぞ。まぁ、戦争なんてみんなこんなもんじゃろ。お互い自分が正しいと思い込んどるからな」

 戦争。その言葉を聞いて、ベルナルドは昨夜奏多がやった行動のことを思い出していた。あれは、自害を意味している。

 そして、奏多は死ななかった。

 だとしても、もしこれから天使たちと人間との戦争になったらどうするのだろうか。子供たちの家族は? 子供たちが戦い続けるメンタルは?

 それに、まだ死というのを理解していない中学生たちに、死を選ばせるというのか。

 俺は。

 

 ***

 

 五色の睡蓮の花が、桜の花が木から零れ落ちるように散っていく。そして、ガラスのように砕け散っていった。幸いそこまで鋭くないのか、夜舞の体に傷がつくようなことはなかった。夜舞は手の平の人差し指と中指を揃えて伸ばし、腕を前にしていた。足を開き、もう片方の手で力を込めていた。

 夜舞はバンコクの日の光当たる森の中で一人修行をしていた。夜舞にとっては、自然のある森の方がファイブフォースを完成出来るのではないかと考えていた。自分の叔父が空間を操る力を持つのなら、自分だって、と思い始めていたが、中々上手くいかず、体力だけが減っていく。

「………疲れた。森の中ならきっと使いこなせるかなと思ったけど…」

 十一月の上旬とはいえ、そろそろインナーとタイツ無しでは寒さを乗り越えられないという時期になりかけている。しかし、技を使いすぎたのか、夜舞の額、体全体は大量に汗をかいており、下に来ていた黒いインナーとタイツを脱いで、ユニホーム一枚だけになっていた。

「仕方ない。皆のところに戻ろう…」

 脱ぎ捨てた衣類を持って、森の出入口へと向かう。公共の施設でもある森を抜けたところで、夜舞は付近を歩いていた不知火と出会った。

「不知火さん!?」

「月夜ちゃん…! ロシアぶり、かな?」

「そうですね」

 不知火は今流行りの柄の入ったマイバックを両手、いや四つほど持って歩いていたらしい。買い物帰りなのだろうか。

「ところで月夜ちゃんはこの森で何をしていたのかな?」

「あぁ、ちょっと必殺技の修行をしていたんです。森の中ならと思っていましたけど、ダメでしたね」

 森の中でのことを話しながら、夜舞は含み笑いで駄目だったということを柔らかく表現する。

「そうなんだ。努力家なんだね月夜ちゃんは」

「いえ、努力家なのはラストプロテクターの皆さんもです。皆、サッカーを取り戻そうと頑張っていますよ!」

「ははは。一時は解散の危機だって騒がれてたのに、強いんだね」

 ちょうど進行方向が同じだし、君たちの練習場所までお付き合いしようかな。と不知火は、夜舞の案内で明日人たちの練習場所まで行くことになった。

「へぇ、ここが月夜ちゃんたちがやってる練習なんだね」

 タイの人達からどうぞ使ってくださいと借りたグラウンドで、明日人たちは練習に勤しんでいるところを、不知火はグラウンドの外から見つめる。

「はい。では、私も練習に戻りますね」

「うん、頑張ってくるんだよ」

 まるで父親のように、練習に行く夜舞を見送る不知火。その不知火のサングラスで隠された瞳は、夜舞を切なげに見つめていた。

「……夜舞?」

 ウキウキと明日人たちの元に行く夜舞を見て、ベルナルドは修行に行っていたのでは無いのか? と怪しんだ。ベルナルドは何があったのだと知りたくなり、夜舞が走って行った道を戻ることにした。するとそこには、明日人たちの練習を見つめていた不知火がいた。

「…師匠?」

 不知火を見て、ベルナルドは昔の思い出が不知火の姿と共に思い出された。まだ不知火の髪が腰まで伸びておらず、まだ肩くらいにしかなかった昔のことだ。

 ある時ベルナルドは、不知火に連れられてサッカーの練習風景を見ていたのだ。その時の不知火の、切なげで儚そうな微笑みが、今も頭の中に残っている。

「あぁ、ベルナルド…だっけか。久しぶりだね」

「……あぁ」

 いつになったらこの人の記憶は戻るのだろうか。そう思いながら、ベルナルドは不知火の横に座る。

「知っているかな。サッカー協会が無くなったこと」

「…ああ。この前聞いた」

 趙金雲から、と。

「これから建て直すのはかなり厳しいと思うよ。だって、人々の中でサッカー協会は戦争を引き起こす狂人たちの集まり…なんていう噂が立っているからね。多くのサッカー部を廃部にしていったスポンサー制度は無くなったけど、その代わり、FFとFFIは延期。これは不幸か幸か…」

「……だが、サッカー協会のせいで、被害を受けた者達は沢山いる。現に、明日人もその一人だ」

 ベルナルドは、遠くからサッカーの練習をしている明日人を見つめる。その緑色の瞳の中には、どんな思いを秘めているのだろうか。緑の森が燃えるような、炎でも宿っているのだろうか。

 ……もし、明日人がサッカー協会に対する復讐心があったとしたら、俺はそれを尊重すべきだろうか?

 否定、するべきだろうか?

「……確かに、明日人くんだけじゃない、多くの人たちが、被害を受けた。悲しい目に、辛い目にあった。彼ら、ラストプロテクターの中にも、そういう人がいるかもしれない。だけど、それは本当にサッカー協会“だけ“の問題なのかな。ユースティティアが世界を支配している中、サッカー協会なんて、ただの障害のひとつに過ぎない。天使との戦いと、世界中で起こっていた戦争。どちらが今、解決すべき問題なのかな。それに、彼らは何も思ってないさ。ただ、サッカー協会という障害を乗り越えただけ。彼らに復讐心がないように、サッカー協会に対する思いも何もないと思うよ。私は」

 不知火はベルナルドにそう話す。何も思っちゃいない。だが、ベルナルドにはそうは思えなかった。きっと、誰もが心の中で炎という想いを持っている。

 現に自分も、母親が憎かった。

 閑話休題。悲しみと苦しみという水をかけられて、灯火になりかけている火も。復讐心という薪で、今にも復讐したいという山火事を起こしている焱も、彼らにはきっとある。

 思っていない。

 なんてことなんてない。

「もし君が、彼らの思いを尊重したいというなら…君は、犯罪者になるしかない。大人になるというのは、そういうことだよ」

 不知火の声が聞こえない。いつも間にか体育座りで、膝に顔を埋めていた。ただ、足音で、不知火が向こうに行ったことがわかった。

 趙金雲から無理やり監督にさせられたものの、監督として、大人として、子供たちの想いは尊重したかった。ユースティティアを倒して、サッカーを取り戻すという想いにも、暖かく受け止めてあげるつもりだった。だが、その想いをどこまで受け止めてあげればいいのだろうか。何せ子供たちの想いは強い。そして、固い。大人たちの言うことなんて聞かないで、自分勝手に行動する。それが子供だということを、趙金雲から聞いた。

 でも、それを押さえ込んでは、逆効果だ。だから、あの二人は子供たちを利用するという表向きの行動で、子供たちの思いを押し込んでいたのだろうか。まぁ、それを奏多には悟られてしまったが。

「ベルナルド?」

 考えに考えて、胸が傷んでいると、横から声が聞こえてきた。折谷だ。心配そうにベルナルドと同じようにしゃがんで、自分を見つめている。

「あ、あぁ…」

「また、無理してるんじゃないだろうね?」

 ベルナルドは、以前無理をしすぎて倒れたことがあった。慣れてなかったというのもあったが、それを折谷に話したところで、聞いてはもらえないだろう。

「…なぁ折谷。もし子供たちがサッカー協会に復讐したいと思っているのなら、私はそれを否定するか、尊重するか、どっちを選べばいいんだろうな」

 顔を上げ、折谷の方を向いて質問した。折谷は鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をしていたが、すぐに戻し、返答する。

「…君の好きなようにすればいいとは思うよ。僕は、君という監督の元で動くしかない。だから、僕がどうこう言う筋合いはないよ。ただ、確かに難しい質問だね。そもそも子供たちが復讐したいと考えているのかすら怪しいし、それとユースティティアを倒したいという思いで、押しつぶされている子もいるかもしれない。実際に聞いてみないと、わからないことだよ」

「そうか…」

「まぁ、考えても仕方ないよ。これは子どもたちに聞いてみるしかない。ところで今ベンチでお茶会を開いているけど、君もおじゃまするかい?」

「…あぁ」

 なんでベンチでお茶会開いているのかがベルナルドにはよくわからなかったが、ちょうど子供たちも休憩の時間となっているし、ちょうどいいかとベルナルドは思った。

 

 ***

 

 ベルナルドがベンチに赴くと、折りたたみテーブルの上にタイ名物のお菓子と、タイ特有のショートケーキと紅茶が置かれてあった。趙金雲曰くタイの人達から貰ったもので、子供たちの分もあるらしい。そのため、子供たちはベンチの近くでケーキを食べている。皆辛い練習後に大好きなケーキを食べられるということで、嬉しそうに頬張っている。

「ほっほっほ。全員集合じゃな。ところでベルナルド、お茶飲むかの」

 お茶会を提案した奏多は、ベルナルドを空いている席に座らせ、お茶をマグカップに注いだ。

 奏多曰く、休憩と昼食と同時に、自分達と話がしたくて、このお茶会を開いたらしい。さすがに子供たちの前なら、突然頭を撃ったり、変なことは言わないとは思うが。

「………」

 注がれた自分の紅茶の鏡を見て、ベルナルドは決心がついた。

「…明日人。君たちは、サッカー協会に復讐したいと思っているのか?」

 ベルナルドの呼び掛けに、先程まで楽しそうに会話をしていた明日人の顔が変わった。それもそうだ、とベルナルドは思っていた。突然「復讐したいか」なんて言われても、仕方ないだろう。

「え、どうしたんですか? ベルナルド監督」

「いや、単純にお前たちは復讐したいのかと」

 キャプテンである明日人は、しもどもどろに言葉を並べると、少し落ち着いたのか、言葉を発することができた。

「……今はユースティティアの天使を倒すべき、ですし、サッカー協会のことは、今の俺達には関係がないと思っています…」

 関係がない? そんなわけはないはず。

 この前不知火から明日人を保護するという話を聞かされた際に、明日人の素性を調べてみた。島というのもあって、秘匿されていた部分も多いが、その中で、明日人はサッカー協会の作り上げたスポンサー制度で、一度サッカー部が廃部に追い込まれていたという事実を目にした。

 おそらく、彼の心の中では、きっと。

「確かに、サッカー協会は色んなことをしてきました。確かに、俺たちにも関係があるかもしれません。だけど、今は自分たちがやりたいことをしたいです」

「ハーツアンロックの能力も、天使たちを倒すために使いたいしな」

 タツヤも、ヒロトも明日人と同じように、復讐はしないと言う。

「兄さん、どうしたの? なんだか、元気がないけど…」

「フロイ、お前はどうしたい。サッカー協会に復讐したい。というのなら、俺はそれを尊重したいと思う」

「ちょ、ちょっとどうしたの兄さん! 僕は別にサッカー協会に復讐したいだなんて思ってないよ! 僕が許せなかったのは、楽しいサッカーをギャンブルに利用したサッカー協会の一部の人たちが、許せなかったわけで…」

 フロイに、復讐したいかをベルナルドが訪ねるも、フロイは驚いたような表情で復讐がしたくない、そして何があったのかと驚いているのみだった。

「……………………」

 皆がベルナルドの発言に驚いていて、ベンチはもう収集がつかなくなっていた。それを見ていた奏多は、目を細めながら静かに扇子を閉じる。

「ベルナルド」

 明日人たちの空気を切り裂くような重い声に、明日人たちはすぐに口を閉じる。そして、ベルナルドに向き合う奏多を見つめる。

「少し用がある」

「……なんだ」

 ベルナルドは、奏多を睨んだ。細い眼から、青と青のレーザーが見えそうだ。

「すぐ終わる。趙金雲よ、ベルナルドを我が仙界に連れていく。よいか」

「構いませんよ」

 趙金雲の許可も得られたところで、奏多は扇子を振り下ろし、空間と空間の間を切り裂いて、ひし形の穴を作り出す。その穴の向こうは、応接室のような質素な部屋。

「行くぞベルナルド」

 

 

 

 恐ろしくも不気味な人間に、神隠しのように仙界という空間に連れていかれたというのもあって、ベルナルドの警戒は朝食後でも途絶えることはなかった。奏多に向かい合うようにして椅子に座り、足を組んで肘をテーブルに立てる。

「少し用があるといっても、簡単なことじゃ。今のお主は、見るに耐えられん」

「どういうことだ」

「そういうところじゃよ。ベルナルド、お主何があった。突然復讐したいのかと子供たちに問いかけるわ、復讐に関して尊重するとか、何を言っておる」

 何もない。と言ったところで、[[rb:こいつ > 奏多]]にはおみとおしだろう。

「俺は、もし子供たちが復讐したいと思うのなら、俺はそれに協力する。何が悪い」

「お主、サッカー協会に特に恨みもないくせに、復讐を考えとるのか? よいか、復讐というのは、いわゆる自分以外の当事者、つまり相手に何かされたことへの仕返しじゃよ。お主、サッカー協会に何かされたか?」

「何もされてない。だが、サッカー協会は多くの人を傷つけた。明日人だけじゃない、世界中の人たちが、戦争で家族を失って、辛い目にあった」

「変な正義感のナイフをチラつかせるのぅ、お主は。もう前書きをダラダラ言うのは飽きた。単刀直入に言う!」

 奏多が突然立ち上がる。

「お前にはなんの力もない! 群れることしか己を安心できない独りよがりで己の正義と慈愛だけで仲間を誘ってそれを尊重だと主張する、ただのガキだ!」

 突然怒鳴り出す奏多に、ベルナルドの耳と頭には全然奏多の内容が入ってこなかった。むしろ、奏多にも怒ることがあるのかと感心していた。そこがガキだと言いたいのだろうかは知らないが。

「……俺はただ、子供たちを愛しているだけだ。子供たちの願いを叶えるのが、大人だ。そのためなら、犯罪者にでもなってやる」

「……はぁ。変な勘違いしているようで悪いが、お前は監督だ。子供たちを指導する立場だ。保護者ではあるが親ではない。かつてのフローンレンス・ナイチンゲールぶるのはやめろ。確かにサッカー協会のせいで親を失った子供たちは多い。だが今やるべきことはなんだ。ユースティティアの天使を倒し、世界を救うためだろう。本当に子供たちを愛しているなら、今目の前でお前の帰りを待っている子供たちを守れ! それが監督だろう!」

 奏多はそう言い終えると、息を吐きながら席に再び座った。

「……まぁ、要するに目的を失うなということじゃよ…。悪かったの、いきなり怒って。お主を観ておると、昔の自分を見ているようなんじゃよ」

「昔のお前か…?」

「あぁ、いつからこんなふうになったのかは分からないが、昔の儂は世界中を旅する人間だった。そんでの、サッカー協会が起こした戦争によって、親を大量に失った、子供たちだけの村を見つけたんじゃよ。それで、お主と同じことを考えておったわい。子供たちを引き連れて、復讐しようってな。だが、よく良く考えれば馬鹿だったわい。子供たちにはなんの力もないのに、復讐に協力させようだなんて、自分は神にでもなったのかと思ったわい。ほっほっほ」

「…その、お前のことを悪く言ってしまったな。すまなかった」

「ん? 儂はお前に何も言われておらんぞ?」

 あぁ、やはりこいつはこういう奴だと、改めてベルナルドは実感した。

 

 ***

 

 右手に持った包丁を引くと、トマトが赤い汁を溢れさせながらヘタが奏多の手によって切られる。

「そうか…お主にもそのような過去があったとはの」

「あぁ」

「そういうところが、お主の母親に似たんじゃろうな。誰かを守れて、誰かを救うことが出来るなら、自分は何度だって自分を殺せる___。その前に、お主自身が救われないといかんじゃろうがとは思うがの」

 千切りにされたトマトは、ゆであがったパスタの上にかけられた、ミートソースの上に乗せられる。

 ベルナルドと奏多たちは、先ほどの応接室とは違った内装のキッチンに居た。食材がどこから来るのかはわからないが、奏多曰く、仙人のご飯のかすみから作っているらしい。

 本当に奏多は仙人じゃないかと疑いたくなったが、ベルナルドはどうせ言っても奏多は人間じゃ人間じゃというだけだと思っており、諦めていた。

 その時だった。

 

「…いいかベルナルド。お前はもう一人ではない。私のように、孤独ではないのだ…」

 

 まるで自分にしか聞かせないように、奏多が火を消した瞬間だった。奏多は、いつもの口調とはうって変わって、寂しそうにベルナルドに呟いた。

「奏多…?」

「さ、ベルナルド。子供達に食事を届けるぞ」

 さきほどの寂しそうな表情は、幻だったのか?

 と疑いたくなるほど、奏多はすぐに表情を戻し、何事もなかったかのようにベルナルドに笑顔を向ける。

 

 

 

『『いただきまーす!!』』

 明日人たちが手を合わせて、ベルナルドと奏多が作った昼食をいただくときの挨拶をする。それを、大人たちは暖かく見守る。

「…ベルナルドよ。怪異達がなぜ子供達を選んだのかがわかったわい。怪異達は、子供達を兵士のように戦場に狩り立たせるのではなく、儂ら大人たちには持っておらぬオーラを感じて、子供達を選んだんじゃろうな…。儂らはもう、子供には戻れん。だからこそ、こうして子供達を見守らなければならないのじゃろう。未来の、ために」

「…そう、だな」

 珍しく、奏多の意見に同意することが出来た。

 それだけ。

 それだけでも。

 二人には大きな成長だろう。

 

 

 




 はい、ベルナルド編終わりです。
 これはどちらかというと、スピンオフみたいなものですね…。
 そもそも一話しかない(前回のも含めてだが)時点で、『編』とひとくくりにしていいんでしょうかね。

 正直、今回と前回の為に、書いてあった奏多さんの設定を改めて設定しなおしたんですが、なんだか仙人っぽくなってしまいました。本当なら、もうちょっと夜舞家みたいなフランクな性格だったんですが、フランク&不気味が混ざったような、人間であるからこそ、妖怪以上の化物みたいな、そんなキャラに仕上がりました。

 さて、今回と前回。
 日常回って言っていたのに、シリアス全開。
 息抜き、したいですね。(しろよ)


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第三十八話 優しい君へ

拝啓 梅雨なんて嘘っぱちの候、お元気ですか。
 さて、このたびは大変お待たせいたしてしまい、大変申し訳ございませんでした。この小説を見てくださる皆様には、とても感謝いたしております。
 このたびもこの小説を宜しくお願い致します。

訳 梅雨なんて嘘じゃね?
  また待たせてしまいごめんなさい。いつも見てくださる皆様に感謝です。
  このたびも宜しくお願い致します。


 闇のように真っ暗な空は、その雨を窓に叩きつけている。まるで、神様が大粒の涙を流しているかのように。

 こんな雨の日は、大人しく各自でやらなければならないことの処理をしていこう。課題とか、趣味とか。変に特訓なんかしても、風邪にかかって試合どころでは無いから。なので、明日人たちはそれぞれの部屋で、夕食までの間に用事を済ませていた。

「…いいかい、月夜。ファイブフォースは、この世界に存在する五つの力を借りて、己の物にする、夜舞家に伝わる秘伝だ。だけど、その五つが何なのかを探っていなくちゃいけない。私も今は五感の力を借りているけど、それまでの間、とても長かったよ」

 無論。夜舞も自分の部屋で、祖母から話を聞いていた。

「そうなんだ…」

「まぁ見つかって、習得ができたからといっても、実際に使うのはほとんどないさ。もし月夜がユースティティアの天使を倒したくて、ファイブフォースを習得しようとしているとしても、私は一切止めるつもりはないよ。月夜は、月夜のやりたいようにすればいい」

 夜舞の祖母、夜舞緋華里は、孫である夜舞月夜の意志を尊重し、好きにやらせるつもりだ。そうした方が習得しやすいだろうとわかっているから。

 一方で夜舞は、自分の五つの力はなんだろうかと考えていた。夜舞の叔父である(と祖母から聞いた)夜舞奏多は、空間を作る五つの力を持っているからこそ、仙人のようなことが出来ている。彼がどのようにしてその力を持ったのかはわからないが___。

「まぁ、私からは以上だよ。ファイブフォースはそんな簡単に習得はできないから、さ。気長に気長に、心を暖めながらやっていくんだよ」

 

 

 

 その頃、大谷達マネージャーは、夕食の準備を奏多と一緒に行っていた。奏多はとても手先が器用で、自分達がまだ知らない料理のことも教えてくれた。

「それにしても、このチームが解散にならなくてよかったね」

 大谷は、このチームが解散にならなくてよかったと喜んでいる。その表情は、本当に心が嬉しさで弾んでいるんだなと周りにもわかるほどだ。

「はい、本当によかったです」

 大谷が笑顔になるのにつられて、杏奈も嬉しそうに微笑んだ。

「これも、神様が私達を見ていたからなのかな」

 この幸運は、神様のおかげだと、大谷は主張する。

「神様……ではないかもしれませんが、円堂さんが言っていたように、勝利の女神さまが微笑んでくださったのかもしれませんね」

「神様、か」

 杏奈は、大谷の言う神様を勝利の女神だと考え、口にする。すると、茜の手が止まった。

「……どうしたのじゃ? 茜」

「あ、奏多さん……なんでもないです」

 奏多が茜の肩に手を置くと、茜は奏多の存在に気づき、慌てて手を動かした。なんで神様という言葉に反応したのかがわからず、茜は困惑したが、まずは料理を完成させようと心に決めた。 

 

 

 

 明日人たちは夕食を食べ終え、今度は就寝の為の準備を進めていた。そのときに、明日人は二人の監督から今後の予定などを伝えられ、その内容をメッセージアプリを通じて皆に伝えるようにと言われたのだ。趙監督によると、ここしばらくはタイで雨が続く為、特訓はこの宿所の室内グラウンドになることを知らされたのだ。この雨がしばらく続くことに、明日人は少し残念な気持ちになったが、仕方ないだろう。自然には逆らえない。

『しばらくは室内グラウンドで特訓』

 メッセージアプリを開き、明日人はチームのグループラインにメッセージを書きこむ。それを送信すると、次々にメッセージの内容に気づいたメンバーから、『OK』のスタンプや、『そっか、じゃあトレーニングメインになるね』という文字も送られてきた。それらを見終えた明日人はスマホを閉じ、ひとまず部屋に戻ろうとしたときだ。

 エレンの姿が見えたのだ。外に通じる玄関のドアの向こうで、歩いている。彼女の姿は遠く、表情はわからない。だけど、明日人は日傘を指している時のシルエットで、彼女がいることに気づいたのだ。

「……エレン?」

 エレンを一目見たことはとても喜ばしいことなのだが、こんな夜中に何をしているのだろうか。どこかに出かけるのだろうか? それとも、地上に何か用があるのか? それを知りたかった明日人は、外に飛び出した。

 エレンとの戦いから、明日人はエレンと会うことがなくなっていた。だから、彼女に会えただけでも嬉しかったのだ。

 明日人は、大雨のなか彼女を探していた。すると、目の前に彼女を見つけた。だけど、その時にはもう雨の冷たさを感じなくなっていた。というよりも、目の前で起きていることにショックで何も感じていなかったのだ。エレンは、雨に打たれていたのだ。傘も刺さないで、公園のベンチに黙って座っている。

「…エレン」

 明日人は、エレンに声をかける。だが、彼女は何も言わなかった。

「こんなところで何をしているんだよ。風邪ひくよ」

 明日人は雨に打たれるエレンを心配して、ジャージを頭にかけた。もしかしたら、彼女は天使だから風邪なんかひかないのかもしれない。だけど、雨に髪も服も濡れていて、何も言わないから、誰だって心配してしまうだろう。たとえ敵だとしても____。

「…構わないで、私は人間ではないもの。風邪は引かないわよ」

 エレンは声をやっと出したかと思えば、明日人がかけたジャージを取って、それを本人に返した。以前の柔らかかった声とは裏腹に、今の彼女は低音で、声の強さも感じられない。

 一体、しばらく会ってない間に、何があったのだろうか。それを知りたくて、明日人はエレンに手を伸ばす。

「来ないで、()()

「___!?」

 明日人は、自分を突き放すようなエレンの声に、伸ばしかけた手を引っ込めた。人間と呼ぶ彼女の声に、明日人は自分の耳を疑い、そしてエレンを疑った。

 彼女は今、自分を人間だと呼んだ。

 まるで___あのユースティティアの天使のように___。

「仲間のところに戻らなくていいの? 一人だと、何が起きても誰も助けてくれないわよ。今回は見逃してあげるから、ここから去りなさい。今すぐに」

 去れとエレンに言われても、明日人はその場から動くことは出来なかった。ここから去りたくなかったのかとか、それともなんて、考えられなかった。

 明日人がそうやって考えている間にも、エレンはその場から居なくなってしまっていた。

 

 ***

 

「ミラ。エレンはどこだ」

 ユースティティアの天使たちが住まう天界の教会で、レンは廊下に通りかかったミラに話しかける。

「エレンですか? エレンなら、今お部屋にいらっしゃいますわ。何か用事ですか? レンさん。用事なら私がお聞きします」

 ミラはちょうど魔界から天界に帰ってきたようで、どこか機嫌がいい。そしてついでに、治療も終わったメリーもミラの後ろについている。彼女は軽くお辞儀をすると、レンに微笑みかけた。ミラはエレンの友人ということもあり、レンはミラに用事の内容を話すことにした。

「エレンには問い詰めたいことがある。稲森明日人についてだ。あれはフォルセティ様が直々に救済してほしいと私達に頼んだことだ。なのにどういうことだ。エレンが稲森明日人と出会っていた形跡がある」

 レンは悩ましげにため息をつくと、腰に手を当てて考え始める。レンにとってフォルセティは父親で、父から頼まれたことは速急にこなしたいのだと、ミラはレンの心情に勘づいた。

「あら…レンさん。確かに私達のお父様から命じられたことは即急にこなしたいのもわかりますわ。だから、エレンに問い詰めて、なぜ明日人さんに会っていたのかをお聞きになりたいのですね」

 ミラはこう言えばレンが喜ぶのだとわかって、言葉にする。

「あぁ。だが、他にも聞きたいことがある」

 確かにレンは、ミラが自分の思いを汲み取ってくれたことに喜ぶような仕草を見せる。しかし、レンはすぐにいつもの不機嫌そうな表情に戻る。

「アンシャルの剣についてだ」

「アンシャルの剣……?」

 ミラは、レンの口からその言葉が出てくるとは思っておらず、扇子で口元を隠した。

「どうしてレンさんがそれを? ……いいえ、エレンとアンシャルの剣に、なんの関係があると仰りますの?」

「……ミラ。君は私がまだアンシャルの剣の存在を知らないと思っていたようだな。アンシャルの剣については、フォルセティ様が教えてくれた。私の部下の天使が見回りで天界の祠を確認したところ、アンシャルの剣がなかったそうだ。それで、エレンにこのことを報告したくてだな」

 ミラは、扇子で口元を隠しながら、顔を背ける。

 アンシャルの剣は、持ち主の願いによってその剣の能力と効力が変わるという性質を持つ。その剣が他の天使によって悪用されていたとしたら、天界が危機に陥る。そのため、レンのような大天使には知られていない情報だ。メリーも、おそらくは知らない。

「そう、ですの」

 一度ミラは、心を落ち着かせる。アンシャルの剣のことは、きっとエレンがレンの報告を受けて、何とかしてくれるだろう。エレンはあぁ見えても責任感は強い。アンシャルの剣が無くなったと聞けば、きっとすぐに事態を解決してくれるに違いない。

「あ、エレンお姉さま……」

 すると、メリーはこちらに歩いてくるエレンの存在に気がついたようだ。ミラの横から顔を覗かせている。

「エレンか、ちょうどいい。エレン」

 レンは、その場を通り過ぎようとするエレンに声をかける。

「……あら、何かしら」

「エレン、稲森明日人についてだが、なぜ君は救済人の稲森明日人といるんだ」

 単刀直入に、レンはエレンに伝えたかったことを話す。それにエレンが黙りこんだかと思えば、すぐに口を開いた。

「明日人のことを気にする必要は無いわよ、レン。貴方はお父様に言われたとおり、明日人の救済のための準備を進めていなさい」

 それだけを微笑んでいうと、エレンはその場を去ろうと歩き出す。

「待て。アンシャルの剣についても話がある。今さっき、天界の祠にてアンシャルの剣が無くなっていたとの報告を受けた。知っていることがあったら話してくれ」

 すると、エレンはその足を止めた。レンからアンシャルの剣という単語が出たことに、驚いているのだろう。

「……レン。貴方からその言葉が出てくるなんてね……ふふふ、貴方は悪い子ね。上層部にしか知りえない事実を知ってしまったんだから。これは、おしおき確定かしら?」

「始末書は既に出している。罰は、アンシャルの剣についてを調べることだ。……エレン、教えろ。アンシャルの剣は今どこにある。君なら知っているはずだ」

 今にも相手を殺しかねないほどの鋭い目で、レンはエレンを睨みつける。

「………………」

 その行動に、エレンは口角をあげる。

「ふふふ……貴方にヒントをあげるわ」

「なに?」

「いい? 大事なものはいつも、近くにあるものよ? 灯台もと暗し……というものかしら?」

 

 ***

 

 明日人と出会った翌日にも、雨は世界を濡らしていた。空は曇天で、今にも人はこの雨で気が滅入りそうだ。

 その日、エレンはタイの総合病院を訪れていた。この病院は、自分達天使によって日本が支配され、元居た病院に居られなくなった患者達がここに流れてきたことがきっかけで、今日も今日とで忙しくしている。なんでも__これから流行るであろう、インフルエンザのワクチンを打つ人も集まっているのだ。賑わって当然だ。

 人を隠すなら人の中。ワクチンを打つ人によって出来た人ごみにまぎれながら、エレンは目的地にへと歩く。今日は都合悪く、明日人たちのいるラストプロテクターもいる。別の日にでもよかったが、それではダメなのだ。明日か今日にでも、死んでしまうかもしれないし。

 だから、もし見つかってしまったら面倒なことになってしまうだろう。それだけはどうしても避けたかった。

「おはよう、よく眠れた?」

 彼らに居場所を悟られぬように、静かに病室のドアを開けて中に入る。そこには小学生くらいの男児が、ベッドで眠っていた。呼吸器をつけて、眠っている。だから、眠れたかなんて聞いても意味はないのだが、とりあえず挨拶として話しておく。

「今日は、何をお話ししましょうか。人類の救世主の話? それとも、天使たちが導き出す世界の話?」

 エレンはベッド近くの椅子に座って、少年に話しかける。そのついでに、少年が抱きかかえている白い十字架に手を伸ばし、しっかりとその弱い手に握らせる。

星力(せいりょく)は問題ないようね…)」

 エレンは虚ろな目で、少年を見つめている。

「……いいえ、今日は愛について話しましょう。良い? 愛と好きは違うものなのよ。好きは一瞬だけど、愛は長い事時間をかけて育むものなのよ。己が作った子供のように、永遠に。そして、愛とは、自分と相手が異なる人間だということを理解すること。親と子供は確かに血がつながっているのだけれど、違う人間でしょう? それと同じ。親が子供を支配するなんて、あってはならないことなのよ」

 話し相手もいないこの部屋で、エレンは長々と話し続ける。

「そうね…もし、貴方が神様の元で生まれていたとしたらどうなっていたのかしら。幸せに暮らしていたとしたら? ………いいえ、神様の元で生まれても、幸せになれないことだってあるのよ。どんな神話においても。でも、子供は親を選べない____。残酷よね。幸せになれた傍らで、不幸に死んでいった人がいるなんてね」

 現に、目の前の彼は、その波に巻き込まれてしまった。人として幸せに生きる事すら許されず、ましてや看取ってくれる家族もいない。それなら、生きるよりは死んだ方がましだと考える人がいるのも納得する。

 そして、この世界には、神なんていない。神は、自分で産んだ生き物たちに対する責任を持たない、いわば毒親のようなものだ。だから、今はこうやってフォルセティという神の元で世界を変えようと動いているのだが___。神と天使の力をもってしても、目の前の少年を助けられないんじゃ、世界を変える意味なんてないじゃないか。エレンは拳を握りしめる。

 なんでこんな簡単に、一つの尊くて、今にも消えそうな命は、簡単に…。

 どうせ……天使たちも、役目が終わったら捨てられるだろう。

 なんで、そんなことに他の天使たちは気がつかないのだ?

 この世界は、偽物の神が作った世界だというのに___!!

「エレン…?」

 その時だ。懐かしい声が聞こえる。

 だけど、その声に振り向いてはいけないのだとエレンは感じとった。

 今彼の目を見てしまったら、自分が自分でいられなくなるような恐怖に襲われてしまう気がしたから。

 

 ***

 

 明日人は、エレンをその病室で見つけた。お手洗いの帰りに聞き覚えのある声が聞こえて、その声を辿ったら、彼女を見つけたのだ。

 だけど___彼女は昨日も、今日も、かつての試合ように、明日人に見向きもしない。

「…………」

 ベッドで眠っているのは、少年だろうか。その子とエレンの関係性は、明日人にはわからなかったが、明日人はエレンに近づいた。

 今度は、去れとエレンに言われなかった。

「…その子、君の友達?」

 少年の見た目からして、この子は天使ではなく人間なのだろう。だからこんな質問をすること自体、おかしいのだが、エレンのこの少年の関係性を知らない明日人は、そう聞くことしかできなかった。

「……違うわ。この子が血だらけで校庭に倒れていたのを見つけて、ここに運んできたのよ。今は、私のエンジェルクロスでなんとか、その命を取り止めているわ」

 なんの感情もないままに、二人は話し続ける。そこに、好きという感情も、愛もない。ただ、敵同士という関係だけがそこにあった。

「私のエンジェルクロスは、人を星力という力を持って癒す能力。星力は、人の魂の原動力みたいなものよ。私が名づけたの」

 星力は、人の魂の原動力みたいなものだと、エレンは言った。適合率が人の精神だというなら、星力は魂の核ともいえるだろう。

 エレンのエンジェルクロスは、その星力を人間の魂に干渉しない程度に吸い上げて、他者に生命を分け与えるという力を持っているというのだ。

「…でも、こんな能力持っても仕方ないわよね。こんな能力があったところで、目の前の子供一人救えないんじゃあ_____神の力なんて、その程度のものよ」

 隣にいる彼女は、涙を流していた。顔は見えなかったが、そう明日人は感じた。

 だけど、彼女の説明を聞いて、明日人は彼女がいかに優しい天使なのかを改めて理解した。人の核である星力を、人体に干渉しない程度に吸い取るのであれば___それはその気になれば、もっと吸い取れるものだと捉えることもできる。

 目の前の子を助けるために、他の人の命を脅かせたりはしない。そんな天使なのだ。彼女は。

「…でも、君は優しいよ。知らない子を、ここまで運んでくれるんだから。それに、君はその気になれば、星力をもっと吸い上げて、その子に渡すこともできるはずなのに、それをしない。君は、どこかの誰かに危害を加えることもなく、この子を救おうとしているんだ。だから、誰よりも傷ついているんだよ___」

 エレンは優しいと言う彼を改めて見ると、彼の表情は自分に同情して出来ているわけではないようだ。そう理解したエレンは、鼻から息を吐き出す。

「……でもね、そんな考えじゃいけないのよ。何かを得るためには、その何かを犠牲にしなければならない。この子を救うとなれば、他の人を犠牲にしなきゃいけないのよね__。私ね、あの子たちのような少しだけ残虐な感情が、時折羨ましいと思えるのよ。目的のためなら、他を顧みない。私だったら、他のことを考えて、全然仕事にならないわ」

 乾いた笑いで、エレンは__。

「……あぁ、迷ってしまったせいで、この子も星力が尽きてしまったわ。こうなってしまえば、いくら星力をつぎ込んでも無駄ね」

 エレンは諦めたように、ため息をつきながら席を立つと、壁に立てかけていた日傘に手を伸ばした。 

「……()()()()()()()……」

 日傘を持った右手を横に突き出すと、日傘はみるみるうちに二つの刃を持った緋色の剣へと変わり、剣の周りには赤色の石が回っている。

「目の前の魂を浄化しなさい」

 刃先を少年に向け、願いをその剣に伝えると、少年は光を放ちながら粒となって消えていく。その中にあった光の玉は、剣に吸い込まれていった。

「……エレン」

 明日人は、目の前に起きた出来事にぽかんと口を開いていた。

「魂は、悪霊となる前に浄化してしまった方がいいわ。その方が、この子のためになるわね。まぁ、罪滅ぼしってわけでもないけれど……明日人。ついてきてくれるかしら? 教えたいことがあるのよ」

 目の前の少年の魂を浄化したエレンは、どこか嬉しそうに、そして聖女のように微笑んでいた。

 

 ***

 

 明日人はエレンによって病院の外に連れていかれ、エレンに抱きかかえられたまま、その六枚の翼でどこかへ向かった。

 向かった先はタイの首都、ベトナムのハノイ最大の湖、西湖。エレンたちがそこに着いても、雨は降っていた。そのため、エレンは明日人に日傘を渡すと、湖に足をつけた。

「この世界は、神様に狂わされているわ」

 悲し気に踊りながら、彼女はこの世界に対する冒涜の語を言う。夏でもなく、秋も終わろうとしている変わり目で、雨が降っている中エレンは踊り出す。

「そして、サッカーに狂わされている。サッカーは本来、スポーツであるべきもの。お金稼ぎとか、戦争に使われるべきではない。だからこそ、あの人はサッカーを穢している人を消そうとしている。そして、本当に消えたら、サッカーを返す。あの人は皆が本当に楽しいサッカーが出来るようにと思っているようだけど、そんなことじゃあ、また次の悪い人がくるわ。世の中は色んな人が死んでも、その色んな人が補充されて、生きる。残酷な世界よ」

 くるくる、ぴょーん、パチャパチャ、そんな擬音が明日人の耳に響く。エレンはドレスと髪が水と雨で濡れても、気にもしない。

「そんな残酷な世界だからこそ、私には世界を変える義務がある。お父様とは違ってね。悪い人が利益を得る世界じゃなくて、色んな痛みを知って、それでいて人に優しくできる人がいっぱいいる世界の方が……理想郷だと、私は思うわ。でも、なんで世界は……こんなに、残酷で、弱肉強食な世界なんでしょうね……」

 散々雨の中を踊るエレン。それは、他の人から見れば美しいのだろうか。

 とうの彼女は、こんなにも悲しい表情をしているのに。

「明日人……私は思ってしまった。こう結論付けてしまったわ。もう、記憶なんて戻らなくていいの。記憶が戻ったところで、それが世界に何か影響が起きるわけでもない。だからって、アニメみたいに私に何かの力が戻るわけでもない。だから、もう戻らなくていいのよ。探す必要もないのよ。だから私____世界を救うことに専念するわ」

 踊るのをやめたエレンは、水面を歩きながら明日人に近づいた。

「…俺、そのままの君でいいと思う。記憶が戻っても、戻らなくても、俺はエレンはエレンだって思ってる。記憶が戻った時の君も見たかったけど___エレンがそういうなら」

 近づいてきたと同時に、明日人は自分の意見を言う。

「…ふふふ、貴方は優しいのね____」

 すると、エレンは笑う。いつもの彼女のように。

 

 ***

 

 エレンは明日人を元いた病院に帰らせると、天界に戻った。今は部屋にいる。エレンは服を変え、気持ちを切り替えた。ケープをモコモコの冬仕様にし、服はいつもの前が短い白いドレスにした。そして、エレンは父親であるフォルセティから貰った仮面を、机の上に置いた。

「エレン」

 廊下を歩いていると、後ろからレンに声をかけられた。

「アンシャルの剣…君が持っていたんだな」

「……あら、それが貴方となんの関係があるのかしら?」

 エレンはレンに、新しいおもちゃを見せびらかすかのように日傘を持ち直す。

「アンシャルの剣が君を選んだとでも言いたいのか」

「……この剣が、私を選んだ、ね…。まぁ、いい剣だとは思うわ。日傘にもなるし、槍にもなる」

 普段は傘にしか使っていないくせにと、この秘宝はそれよりももっと重要な役目があるのにぞんざいに扱っているエレンに対し、レンは眉をしかめる。

「……欲しいのなら、いつでも私に言いなさい。大丈夫よ、お父様からは私が言っておくから」

 

 

 

 優しい君に、会いに行きたい。

 



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第三十九話 歌を唄う少女 前編

 今より昔のことだ。

『さぁ、こちらにおいでくださいまし』

 虹色の翼を四枚持つ天使は、目の前の少年に手を伸ばす。とても美しい光景だが、少年の近くには大量の人や虫などの死体やら死骸やらが転がっており、少年も血塗られた布の服を身に纏っている。

 少年は目の前の天使に向かって、能力を発動した。だけど、目の前の天使にはその能力は通じないことを知って、少年は後ずさりする。

『ご安心を、大丈夫ですわ。私は貴方を取って食べたりしませんの』

 後ずさりする少年の手の平を、優しく包み込んで、天使はにっこりとほほ笑んでみせる。少年は目の前の天使の言葉に不信感を抱きながらも、天使の手のひらを握り返した。

[newpage]

「ねぇ、二人は超能力ってほしくない?」

 病院から帰ってきた一星たち一年生は、いつものように宿所の食堂で課題をしていた。一星は必死に、提出日前に課題を終わらせようとペンを走らせている。一方で灰崎はとっくに課題を終わらせており、茜をスマホでメッセージを送りあっていた。その一方で、一星と同じように紙にペンを走らせていた坂野上が、突然二人に言い出したのだ。

「超能力……? もしかして課題を楽に終わらすため?」

 一星はとっくに、敵はユースティティアの天使ではなく、タイに行っても追ってくる課題なのではないかと錯乱していたため、坂野上の思わずほんわかとするような発言はとてもありがたい。なのだが……一星にとっては、坂野上が課題を早く終わらせたいという願望から、さっきの話をしてきたのだと考えていた。話をする前の坂野上の様子からして、相当課題の問題に頭を悩ませていたから。

「ま、まぁ、そういうことになっちゃうのかな。この空気だと……でもさ、欲しくない? 心を読んだり、物を浮かせたり、楽しそうじゃん!」

 しかし、課題を早く終わらせるためではなく、純粋に超能力が欲しいと考える坂野上に、一星はとりあえず坂野上の話に付き合うことにした。休憩もかねて。

「……まぁ、心を読む能力は要らないかなぁ……。空は飛んでみたいけど」

 超能力の話をする坂野上に、一星はこの能力が欲しいなという返事をする。心を読む能力は、そういう能力を手にしたらみたいな動画を練習の休憩間際に見ていたので、要らないと思ったのだ。知りたくもない心を読んで、また心を閉ざしたくはないので。

「でも超能力は手にしたら楽しそうだよね。野坂さんによれば、サイコキネシスの他に、テレポーテーション、透視、物体の取り寄せ、サイコメトリーとかもあるみたい」

「うんうん! 凄いよね!」

 坂野上は一星が提示する超能力の種類の用語に、一切質問することなく話を進める。

「ところで、なんで超能力の話に……? やっぱり課題が」

「そんなことないよ!」

 変な疑惑(?)を着せられそうになるため、坂野上は急いでこの話をした理由についてを話した。確かに課題は辛いが、超能力を利用して課題の答えを丸写ししようとかは考えてないことを説明する。

「前に剛陣さんが、ブラジル代表の拳法を超能力だと言っていたことがあってさ。それを課題中に思い出して、二人なら欲しいかなーってさ」

 確かにそういうこともあったなぁ……と一星はFFIの頃を振り返る。ここ最近ユースティティアの天使のことや、サッカー協会のことで忙しかったため、そんなことを思い出している暇がなかったのだ。坂野上の話を聞いて、改めて昔のことを思い出すきっかけになればいいかなと一星は思った。

「……いや、どう考えても超能力よりやばいのがここに一人いるだろ」

 その時だ。茜との対話を終えた灰崎が、突然一星を指さした。灰崎は超能力になんか興味ないだろうと一星たちは考えていたため、灰崎が話の内容に入ってくることに、二人は予想もしていなかった。

「あ、確かにそうだね…」

 灰崎が言っているのは、おそらくハーツアンロックとスペクトルフォーメーションを併せ持つ一星のことを話しているのだろうと、坂野上は考える。

「空は飛べる」

「確かに」

「なんか武器出せる」

「そう考えると一星くんの言っていた物体取り寄せみたいだね…」

「足は速い」

「確かに……ってそれ超能力関係ないよね!?」

 足が速くなるは関係ないんじゃないかと坂野上は思っていたが、灰崎はそうは思っていない様子で、すぐにそっぽを向いていた。その一方で、一星は嬉しような恥ずかしいような笑みで二人の会話を聞いていた。

「でも、超能力もハーツアンロックも」

「人のために使う」

「つーことは確かだな」

 超能力とハーツアンロック。種類は違えど強大な力を持つ能力の話になったので、三人は紙の力を持つハーツアンロックのルールに書いている、最初の一行、「人の為に使う」という文章を復唱していた。ハーツアンロックが闇の力だということを知った円堂達が創りあげたルールの草案は、その後監督たちの手によって追記修正され、今はラストプロテクターの中で、心得として存在していた。

「そういえば灰崎くん。灰崎くんなら、どんなハーツアンロックが欲しい?」

 ハーツアンロックの話になったのと相まって、一星は灰崎にハーツアンロックの話を振った。

「……俺か?」

「うん、でも言いたくないようだったら…」

 言った後に一星は、適合率1%の灰崎に言うことではなかったと後悔するも、言ってしまったものは仕方ないと、何とか灰崎を励ます言葉を言おうとする。

「俺は…」

 しかしその前に、灰崎は言葉にする。

「このままでもいい」

 えっ? と二人が言っている間に、灰崎は道具と課題を片付け始める。

「ハーツアンロックが手に入れられないんだったら、俺は俺だけの力であいつらを倒す。それだけだ」

 じゃあな。とだけ言って、道具を手に持った灰崎は赤いマフラーを靡かせながら、食堂を出る。

「……灰崎くん」

 それを、ぽかんと見つめる一星と坂野上。

「なんか、灰崎くんじゃないみたい…」

 一星は、今の灰崎の行動と以前の灰崎の行動を比べて、どう考えても違い過ぎると疑っていた。

「そうだよね…最近、灰崎くん大人しいっていうか、あまり怒らないよね…」

 一星が思っていたことと同じく、坂野上も、灰崎のことを考えていた。

 以前の灰崎は、少し感情的なところはあっても、しっかりと理念を持っている男だ。それなのに、今はどういうわけか理性的だ。成長した……と捉えることだって出来そうだが、二人にそんなことは出来なかった。

「うん…野坂さんがつまらなさそうしてた」

「いや、それはどういう…?」

「でも、四ヶ月前の灰崎くんと今の灰崎くん、まるで[[rb:別人 > ・・]]みたいだよね…あんまり苛立ってないし、ヒロトさんとも上手くやってるそうですし」

 ヒロトの名前が一星から出てきて、坂野上は一つの疑問が思い浮かぶ。

「え? いつの間にヒロトさんと仲良くなったの?」

「ハーツアンロックを会得してから、ちょこちょこだよ」

 一星の説明を聞いて、坂野上はハーツアンロックを最初に習得した二人だから、親近感が湧くのかなと考える。

「でも、多分これは茜さんいるからだよね…」

「まぁ…幼なじみの前で怒れないもんね」

 一星と坂野上は、最近灰崎が大人しいという疑問について、結論が出そうになりかけていた時のことだった。一星の頭に、何かがよぎったのだ。

「……ちょっと待って。灰崎くん、幼なじみの茜さんがマネージャーになった時も普通に野坂さんに対して怒ってたような…?」

「え? そういえば確かに…」

 一星の言葉によって、坂野上は最初にユースティティアの天使に勝って、パーティを行ったときのことを思い出していた。あの時の灰崎はまだマフラーをしておらず、野坂に茜のことをからかわれて怒っていた。

「それに、茜さんが編んだマフラーをしてから、なんだか灰崎くん、人格が変わったように大人しくなったよね…!?」

「うん…!!」

「え、じゃあなんだろ…マフラーパワー?」

「一星くんの口からそんな言葉が出るとは思わなかったけど……よくわかんないよー!!」

 灰崎が最近大人しいという問題については、中々答えが出ず、坂野上は頭を抱えた。

[newpage]

 坂野上たちと課題を終わらせた次の日。灰崎はなんとか課題を終わらせ、練習にそのことを響かせることは無くなったのだが、他の学校とは違って難しい課題に取り組んだことへの疲れからか、今日は誰かと一緒に食べようという気になれなかったのだ。

 そして、今日はやっとの晴天日だ。どうやら雨がしばらく続くという予報は外れたらしい。

 あの時は髪を切る事すら考えてなくて、すっかり伸びてしまった灰色の髪をまた耳にかけようとしたところ、自分の前の席に幼馴染みの茜が座ってきた。

「えへへ、来ちゃった」

「お、おう…」

 まるでテレビのドラマで見た、恋人が言うような言葉に灰崎は変なことを想像して、顔を少し赤らめる。

「朝食はベルナルド監督と奏多さんが作ってくれたから、今日はお休み。ほら、大谷さんも、神門さんも」

 茜から朝食のことを聞くと、彼女は向こうに指をさした。人に向けて指をさすことを咎めようかと灰崎は思ったが、確かに大谷と杏奈は、それぞれの席で朝食を食べていた。久しぶりに休暇を貰えたのか、二人共表情が緩くなっている。

「そうか…お疲れ様」

 茜は灰崎の言ったことに、きょとんと首をかしげた。そんなこと、灰崎は今まで言わなかったのに。

「どうしたの凌兵。いつもはそんなこと言わないのに」

「いや、今日はそういう気分だったんだよ」

 ふーん、という茜。灰崎はその場をしのげたかに思え。水を飲んだ。

「……凌兵は」

 だが。

「好きな人いるの?」

 その瞬間、水が気道に詰まって、酸素が欲しいと体が訴えかけてきた。茜から貰ったマフラーを汚さぬよう、そしてなおかつあまりに気づかれないように水を吐きだそうとした。だが、思ったより気道に水が詰まっていたのか、大声でむせてしまった。

「ゲボっゴボッ!!」

 苦しそうにむせる灰崎の声に、食堂はたちまち席を立ち上がる音で響いた。

「ど、どうしたんだ灰崎?」

「大丈夫ですか!?」

 円堂は当然のこと、色んな人が灰崎を見ている。見られるということに気づいた灰崎は、誰かに見られるという羞恥に耐えながら顔を上げる。するとそこには、茜が困った表情で自分を見つめていた。

「えっと、ごめんね……そういうつもりじゃなくて……」

「いや、どういうつもりだ?」

 灰崎は思わず冷静に答えてしまった。

「なんていうか、最近の、凌兵は、上の空っていうか、なんていうか……」

 説明をする度に、声を出す度に茜は、顔は赤くなり口調はどもったりするので、灰崎は本当にどういうつもりで茜が話しかけてきたのかがわからず、困惑してしまう。

「……ごめん! ちょっと聞いてみただけ!」

 すると、茜は顔を抑えて食堂を飛び出していってしまった。

「お、おい茜!」

 突然茜が食堂を飛び出すため、灰崎はただポカンと茜が出ていったドアを見つめていた。

「茜ちゃん!」

「宮野さん!」

 大谷たち女子も、茜を追いかけて食堂を出ていったしまったため、食堂には男性しかいなくなってしまった。

「………あ、なんだよお前ら」

 妙に周りの視線が痛いことに気づいた灰崎は、明日人たちの方に顔を向ける。

「灰崎、茜さん、どうしちゃったの?」

 明日人はどうしたのかと不安げに灰崎に話しかける。

「あぁ、なんか俺に好きな人は居んのかって聞いてきたんだよ。そんで、いきなり出ていっちまった」

「灰崎に好きな人……?」

 明日人は確かに、灰崎の気持ちがわかったような気がした。突然好きな人は居るのかと聞かれても、なんて答えればいいかわからなくなるし、そりゃあむせてしまうだろう。 

「……茜さんじゃないの?」

 しかし、明日人は灰崎が改めて水を飲んだところで、灰崎が水を吹き出す程のことを言ったのだ。おそらく、本当に何気なく言ってしまったのだろうが、さすがに直球過ぎるのではないか? という声も寄せられた。

「げほっ! ちょ、おま明日人ォ!」

 

 

 

「……良かった、いつもの凌兵だ…」

 茜は遠くに行った振りをして、食堂の前で灰崎の会話を聞いていたのだ。そして、いつもの灰崎だと安堵した。

「……なんで、あんなこと聞いちゃったんだろう……」

 茜は、灰崎に好きな人はいるのかと尋ねてしまったことに、なんでだろうと自分を疑った。灰崎の好きな人なんて、幼なじみの自分には関係ないことなのに___。

「それよりも……大谷さん達に心配かけちゃったな……」

 今でも、大谷たちは茜を探しているに違いない。ひとまず大谷に連絡を入れることにした。

[newpage]

「今日は、それぞれポジションに分かれて、各自で特訓を行ってもらう」

 朝食を終えた明日人たちは、宿舎の屋内グラウンドでベルナルド監督からの指示を仰いでいた。

「FWのリーダーは豪炎寺、MFのリーダーは鬼道、DFは風丸、GKは円堂だ」

『はい!』

「以上。無理のないようにな」

「んじゃ、儂らは儂らで、大人たちだけのお茶会でもするとしようかのぅ」

 ベルナルドはそれぞれのポジションのリーダーを決めたあと、奏多に連れられてベンチに戻った。明日人たちにとっては奏多の言うお茶会が何なのかは分からなかったが、(大人たちだけのお茶会なのだから)ひとまずは練習に打ち込むことにする。

「よし! 特訓だ!」

 ゴールキーパーの方は、円堂がどこからか本物のインド象を連れてきて、それを西蔭ら二人に見せている。

「灰崎とヒロトは、特に体の張ったプレーを主としているから、二人はフィジカルのトレーニング、残りは…」

「MFは主に、他のポジションをフォローする役割がある。地味そうだが、中々に大変なことだ」

 他のリーダーに選ばれた二人も、持ち味の観察眼を活かして、他の選手たちに指示を出している。

「風丸さん、これまでの試合から見て、俺達DFには体力の低さが表立っています」

「なるほど……体力をカバーしつつ、DFとしての能力も上げる。その方向で行くか」

 風丸は、星章学園のキャプテンである水神矢と共に、お互いの弱点をカバーしあいながらリーダーとしての役目を果たしていた。話し合いの結果、まずは体慣らしにランニングということになり、タイの公園を走ることになった。

「ルート的に、ルンピニー公園のランニングコースを三周してから、ベンジャシリ公園まで直線で走って、それから…」

 その道案内役にロイドが呼ばれることとなり、風丸と共にルートの確認を行っていた。

「……ん?」

 ランニングスタート地点で坂野上が伸びをしていると、どこからか歌が聞こえてきた。それも、かなり小さいながら、坂野上の耳に響いている。

「なんだろ…」

 後で怒られるのも承知の上で、坂野上は歌が聞こえる方に向かって歩いた。

 少しづつ、少しづつ聞こえるその歌は、とても聞き覚えのある歌だった。

 人気アニメのopで、cmにも度々アレンジとして使われていて、人気絶頂のアイドルの歌だ。

『哀しみを糧に、僕らは歌おう。』

 坂野上が辿り着いたのは、広場にある公園のベンチだった。ベンチの上には少女が上で歌を歌っており、それも先程の歌の歌手の顔にそっくりだった。

 いつのまにか、坂野上は歌を歌っている少女の声に、耳を澄ませていた。

 自分と少女との中に、空間を作るかのように、少女の歌声はその他の雑音を掻き消すほど、美しかった。

「柑奈さん、そろそろ…」

 その時、少女の声が止んだ。

 坂野上は少女を再び見る。すると、少女の横にはスーツを着た大人が立っていて、少し話したあと、向こうに行ってしまいそうになる。

「あ、あの!」

 坂野上が思わず呼び止めると、少女は坂野上の方を向いた。

「歌……とても良かったよ!」

 なんで呼び止めたのかは自分でもわからず、坂野上はそれらしいことを言ってその場を去った。

[newpage]

「歌を歌う女の子を見つけて、それでいつの間にかそちらに向かっていたと……」

「はい……」

 その後、坂野上は風丸から説教を受け、今はそのいなくなった理由についてを尋ねられていた。坂野上達は昼食を済ませたく、今はとある日本料理店の定食屋に到着していた。そこでは特大サイズの料理を食べたら全料理無料と書かれており、坂野上たちはそれをクリアして、(ほとんど夜舞が食べた)今はお茶などを飲んで休憩をしている。

「まぁまぁ風丸くん。多分、その子が凄く歌が上手だったんだね。僕もその子がとても歌が上手かったら、坂野上くんみたいに聞き惚れちゃうかもしれないしね」

「フォローありがとうございます吹雪さん……」

 吹雪はお茶を片手に、微笑みながら坂野上を見守っている。

「それよりいいか? 食事中になってしまうが……」

「全然大丈夫だよー」

 水神矢が心配そうに話すか話さないかを考えていると、風丸たちは快く承諾し、夜舞も箸を置いて話を聞く姿勢をとる。

「実は……度々ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションを習得している円堂さんたちと比べたら、自分の力って大したことないんじゃないかって考えてしまってな…」

 あっ……と風丸たちも水神矢と同じように考えてしまった。風丸たちもうすうす気がついてはいたが、ハーツアンロックはすでにユースティティアに有効的な手段となりつつある。強大な力を持つ闇の力に、自分達の力なんてハーツアンロックと比べたら、たいしたことではないのではないか? というのが水神矢の意見だろう。

「……大丈夫だよ。水神矢くん」

 吹雪はひとまず、水神矢を安心させる。

「確かに俺達の力は、ハーツアンロックと比べたら微力かもしれない。だけど、比べるのはそこじゃないだろ? 比べなきゃいけないのは、過去の自分自身じゃないのか?」

「風丸先輩の言う通り、私達は、私達にしか出来ないことをやり遂げようよ。そうだ! 今日の特訓で、他の子達よりももっと強くなって、一気に差をつけちゃおうよ!」

 夜舞は特訓のためのボードを取り出し、それを水神矢に見せる。

「みんな…そうだな。少しネガティブになっていたかもしれない。ありがとう」

 風丸たちの励ましに元気を取り戻した水神矢は、口角を緩めながら風丸たちにお礼を言った。

[newpage]

「はい、はい……」

 明日人たちが特訓をしている間、宿所の監督室では、趙金雲が誰かから電話を受けていた。

「なるほど、こちらのアイドルをこちらにですかぁ。いいんですか? 確かにこちらのアイドルは、稲森君と同じ救済を言い渡された者。だとしても、結局はアイドル。こちらにアイドルのあの子がいるとなれば、追及が厳しいですよ?」

 趙金雲が忠告をするも、受話器の向こう側の人物は、断固として忠告を聞き入れず、それでも構わないとの一言だった。

 

 

 

 

 かつて____。美しき風景の集大成であったはずの島国、日本は、すっかりユースティティアの天使の植民地とかしていた。正確には植民地ではないのかもしれないが、奏多からすればどっちでも変わらないので、そういうのは頭の記憶から排除してしまおう。

 奏多はというと、ファイブフォースの応用でタイから日本に来ており、東京のシンボルである[[rb:トキオサンシャインタワー > 東京スカイツリー]]の頂上から、東京の街を見つめていた。

 一見変わり映えのしない国だが、国の雰囲気は変わった気がする。

 普通と変わったものを排除しようとする日本人特有の考えを改め、今では全てを受け入れる程の包容力に、個人個人の意見を大切にする政治制度。本当に、この国は変わってしまった。少し間違いがある昔の方が、よほど桜の風景は美しかったというのに。

「あら……日本を捨てた仙人様、でしたわよね? 今更何をしにいらっしゃいまして?」

 自分の後ろに誰かが来たことを、奏多は人間離れした五感で感じ取る。虹色の翼と、黒いドレス。この国の[[rb:女王 > ・・]]が現れた。

「この国の風景を楽しんで、何か悪いかの?」

「あらそうでしたの? なら、よくご覧になって。この国は、とても良き国に生まれ変わりましたわ」

 ミラは両手を広げ、奏多にこの国を見るように促していく。

「生気が一切感じられん国に、の間違いではないのか?」

「奏多さんは、冗談がお上手ですわね」

 ミラは扇子を広げ、口元を隠しながらほほ笑む。

「この街を一通り見てきたが、確かに人は生きている。殺してはいないようだな。だが、生気が一切感じられん。魂魄で言うところの、魂の部分が抜け落ちとる。こんなのが楽園なのか? 儂はこんな人間でなくなった化け物だらけの国、今すぐにでも壊したいくらいだな」

「それはいけませんわ。きっと貴方達の考えに、この国の人々はそれに反対するでしょう。それにしても、この国の皆さまは相当愛国心が御強い方なのですね。楽園を壊されるとなれば、きっと大勢の物たちが貴方達を倒しにいきますわよ?」

「壊してみせるさ。儂と、あの子達とで」

 

 

 



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第四十話 歌を唄う少女 後編

ところで、みなさんは「この作品の続きとかでないかなー」とか、「この作品の続きがあったら、どんな風になるんだろう」って考えたことはありませんか?
まぁ、その考えが、今のこのテミスの正義なんですが……。
私は、よく作品の続きやらオリジナル話などを妄想するので、こういった作品がよく出ます。
この前の夢恋雲神絵だって、亜空の使者の続編を考えて、なおかつ新ファイターの妄想をして、出来上がったものです。(その新ファイターは大体私得のものだけど)
あ、夢恋雲神絵のことは、私のTwitterから見れますので、よかったらどうぞ。
(三次創作は大丈夫ですが、一応私に声をかけてください)
垢はこちら(@yamaitukuyo)


「遅くなりましたー!!」

 練習終了時間をとっくに過ぎた、夜の八時のミーティングルームに、飾り気のない声が響いた。彼女たち、夜舞たちはすっかりユニホームが汗だくになるまで練習をしており、その様子は外からも確認できた。

「遅いよ夜舞~」

「ごめんごめん!」

 明日人に遅いと言われながらも、夜舞たちは急いで指定された席に座った。

「これで、全員揃ったみたいだよ」

 全員が出席したことを確認した折谷は、監督であるベルナルドに目配せをする。そのアイコンタクトを読み取ったベルナルドは、手に持っていた資料を読み上げる。

「あぁ、ひとまず、練習をよく頑張ってくれた。ユースティティアの天使との戦いも、激しさを増している。以降も練習を怠らないように。では、早速本題に入ろう。趙金雲、頼む」

「わかりましたぁ」

 ベルナルドが趙金雲の名前を呼ぶと、本人は一歩下がり、趙金雲は前に一歩進んだ。

「実は、練習をとても頑張った皆さんに、とてもいいお知らせがあります」

 趙金雲がリモコンを操作すると、部屋の明かりが暗くなり、代わりに映写機がスクリーンに画像を映した。その画像は、とある人物の写真だったのだ。

「なんとなんと、あの大人気アイドルの憑坐柑奈(よりましかんな)ちゃんが、明日この宿所にお邪魔しまーーーすっ!」

 突然の趙金雲の報告に、明日人たちは驚きを隠せなかった。いや、この中で何よりも驚いたのは、剛陣だろう。

「か、柑奈!? 憑坐柑奈って、あの柑奈か!?」

「はい、そうですよ?」

「ほんとに、ホントだな!?」

 何度も何度も趙金雲に確認を取る剛陣に、明日人は疑問を抱き、質問した。

「剛陣先輩、何か知っているんですか?」

「知っているも何も、お前ら知らないのか!?」

 剛陣が全員に確認をとるも、全員が知らないと答えるだけだ。

「もしかして、憑坐柑奈さんって、君が入院中に見ていたあのアイドルのことかい?」

 アフロディは自分達が入院していたときのことを思い出し、そのときに剛陣が見た人物が憑坐柑奈ではないかと考察したのだ。

「そうだよアフロディ! よく覚えているな!」

「それよりも、俺達にはアイドルのことよりも大事なことがあるんじゃねぇのか?」

「まぁまぁアツヤ。好きな物があるっていいことじゃないか」

 アツヤが剛陣に呆れていると、吹雪がアツヤを落ち着かせる。

「憑坐柑奈はな、伊那国島だけじゃない、日本全国、いや最近じゃ世界にまで進出しているっていう大々々人気アイドルなんだぞ!? やべぇ……サインの準備しねぇと……」

 剛陣は早く明日にならないかとそわそわしており、もはや話が聞けるような感じでは無かった。

「確か、鬼神の弓のエンディングテーマを歌っている、アイドルの柑奈ですよね。確か……」

 すると、氷浦が思い出したように柑奈のことを話した。

「詩人系アイドル、なんだってさ」

「詩人系……アイドルってなんなの? 氷浦」

 明日人は、氷浦の言うその詩人系がよくわからないでいた。言葉の意味はわかるが。

「柑奈さんは、詩とか俳句とかを作って歌うのが好きなんだよ。明日人くん」

「野坂、そうなのか?」

 すると野坂は、動画サイトから柑奈の詩を抜粋し、ミーティングルームにそれを流す。

『月の裏側 僕たちは月と同じ、物事の裏側を知りない だけれども いつか人はきづくだろう 世界の美しさに 三千世界』

 それは、とても綺麗な声と共に紡ぎ出される幻想の世界で、明日人たちは聞きほれていた。

「凄い……とても綺麗だね」

「うん。ところで趙監督」

 すると、野坂は趙金雲の方を向く。

「柑奈さんがここにお邪魔するのって……何か別な理由がありますよね?」

 野坂の指摘に、趙金雲はニヤリと口角を上げる。

「あぁ、その人気アイドルが来るのなら、もっと事前に連絡があるはずだが……」

 鬼道も野坂と同じように、この急な報告に疑わざるを得なかった。

 そして何より、鬼道はその柑奈という人物に見覚えがあるのだ。確か、飛行機で見た、ドキュメンタリーの番組で。

「やはり野坂さんと鬼道さんは賢いですね。そうですねぇ……」

 二人の指摘を受け、趙金雲はベルナルドの方を向く。すると、ベルナルドは構わないと言わんばかりに首を縦に振る。それを見届け、趙金雲は口に出す。

「……実は、柑奈さんは、稲森くんと同じユースティティアの天使から狙われている人間なんですよ」

「ええっ!?」

 趙金雲の説明に、明日人たちは驚いた。

「正確には、ユースティティアの天使から救済を言い渡されているんですよ。柑奈さんは、手紙でそのことを伝えられたようで、私達に柑奈さんを匿って欲しいとマネージャーさんから連絡があったんですよ。もちろん、これは他の人に知られていませんし、ニュースにもなってませんよ」

「確かに……人気アイドルが救済を言い渡されていたら、皆が不安になってしまうからな……」

 豪炎寺は、人気アイドルが救済を言い渡されたことがバレた時の、市民たちの反応を予想し、なるほどと納得する。

「なので、私達で柑奈さんを守りましょう。もちろん、稲森くんもね」

 

 

 

 その翌日、明日人たちは宿所前で柑奈を出迎えた。すると、窓がカーテンによって遮られた黒塗りの車と、警備用のパトカーが並んで宿所前にやってくる。黒塗りの車の後部座席のドアが開くと、ボディガードに囲まれながらも、柑奈が明日人たちの前に姿を現す。

 黒髪の長い髪、クマの耳のようにくくったツインテール、桃色の桜のような瞳は、まさに人気アイドルを象徴とするものだった。

「柑奈さん、早く宿所に向かいましょう」

「はい」

 趙金雲たち大人に連れられて、柑奈は宿所内に入る。明日人たちも、周りに誰もいないことを確認して、宿所のドアを閉める。

 とりあえず食堂に向かう道中で、柑奈は辺りを見渡しながら、坂野上へとその視線を向ける。

「……君、どこかで会ったっけ」

「えっ!?」

 人気アイドルの柑奈から声をかけられ、坂野上はどうすればいいかわからなくなる。その時、アフロディが彼の肩に手を置いて、坂野上を安心させる。ひとまず落ち着いた坂野上は、目の前にいる女の子が、あの公園で歌っていた少女であることを前提に、話を進める。

「えっと、確か公園で会ったんだよね。久しぶり……なのかな」

「うん、すごい偶然」

 柑奈は坂野上に微笑む。しばらく歩いていると、その足は食堂に辿り着いた。

「大丈夫ですか、柑奈さん」

 食堂でホットココアを大谷から渡され、柑奈はそれに息を吹きかける。その間、明日人が柑奈を心配して声をかける。

「ううん、平気だよ」

 しかし、柑奈は平気そうな顔して笑う。それに、明日人は複雑な気持ちになったが、すぐに気持ちを切り替える。 

「ユースティティアの天使に狙われていて、平気なわけないじゃないか」

 フロイは、平気な柑奈に向けて、そのことを指摘する。すると、柑奈はやはりフロイに微笑んだ。

「私のことは問題ないよ。それに、なんだかこういうのって、まるで物語のお姫様みたいで素敵じゃない?」

 ココアをテーブルに置くと、柑奈は立ち上がる。そして、両手を広げて、物語を表現する。柑奈の言っていることは、おそらくユースティティアの天使に狙われているこの状況を、物語で攫われるお姫様として表したものなのだろう。だが、明日人達には、本当に大丈夫なのかと心配をさせる種になってしまうが。

「それと、せっかくの縁だから自己紹介するね。私は七光咲(ななみつさき)。咲って呼んでよ」

 芸名ではない彼女の名前を、明日人たちは聞く。七光咲。彼女の性格によく合う名前だなと彼らは思った。

「ところで咲さん。いつからその救済の手紙が来たんだい?」

 野坂は咲と呼ぶことに躊躇がないのか、すぐに本題に入る。

「えっとね、ちょうど昨日なの。私が公園から事務所に帰った時に、ポストに入っていたんだ」

 すると咲は、鞄から一枚の封筒を出し、その中身を明日人達に見せる。

「これがユースティティアからの手紙……」

 一星が、咲から見せられた手紙の内容を見て、驚きを隠せなかった。

「なんか、私はこれからの地球の未来に必要不可欠な存在なんだって。私の歌で、世界は救われるんだって。変な話」

 手紙の内容としては、咲が救済人として神から選ばれたこと。そして天使に協力ができるのだという内容がつづられていた。しかし、それでも咲はこの状況を楽しんでいるかのような素振りを見せる。

「七光……と言ったか?」

「ん、なに?」

 すると、鬼道が咲に近寄る。

「憑坐柑奈と聞いて、思い出したことがあるんだ。君はこの前のバラエティ番組に出ていたよな」

「うん! 見てくれたの?」

「あぁ、そこで気になったことがあるんだ。バラエティ番組で取り上げられた御伽噺……あれについて、何かほかに知っていることはないか?」

 鬼道の言う御伽噺の話に、明日人たちは首を傾げる。

「おい鬼道、御伽噺ってなんだ」

「あぁ、灰崎。この御伽噺は、もしかしたらテレビ側が作った嘘かもしれないが、実は怪異は、ルシファーという堕天使によって作られた存在と、七光の出ていたバラエティ番組で聞いたが……」

『ルシファー!?』

 あの堕天使の名を持つルシファーの名前を呼んだのは、明日人達ではなく、一星たちの持つ怪異たちであった。

『そ、その話、ルアシェル様の話じゃないんですか!?』

 ヒロトの怪異、叶え蛇は、ヒロトの髪から引きちぎらんばかりにその身を伸ばしながら、ルシファーの話に食いついていた。

「ルアシェル?」

 主のヒロトと同じく、明日人たちはルアシェルという名前に困惑していた。あの怪異を生み出した堕天使は、ルシファーという名前ではないのか? と。

『ルシファーは、ルアシェル様のあだ名だ。本当の名は、ルアシェルだ』

『ルアシェル様はとても美しく、そして知に溢れる人でした。私たち怪異を可愛がってくれましたが、とある魔女の仕業で……』

 すると、一星の怪異である悟蠍、円堂の怪異である颯馬は、泣き出してしまった。彼らの様子から、よほどルアシェルが素敵な(?)悪魔であることがわかる。

「……あ、そうそう。その、ルシファーじゃなくてルアシェル様はね」

 その時、咲は思い出したかのように話し出した。

「専門家の人が言っていたんだけど、ルアシェル様は堕天使で、人のように死後の世界に行かないから、今もこの世界にいる誰かの魂に入り込んで、再び再臨するためのエネルギーを溜めているんだって。そして、ルアシェル様が再臨する時は、その誰かの魂から解放されるんだって」

 咲の言葉に、二匹の怪異は泣き止むのをやめる。よほど主人であるルアシェルが生きていることが嬉しかったのだろう。怪異たちは動物の体を一生懸命に動かして、喜びの感情を表現していた。

『ルアシェル様が生きていらっしゃる!?』

『これはいけません! ヒロトさん、今すぐ全世界を飛び回って、ルアシェル様を探しましょう! ほらほら、ハーツアンロックとスペクトルフォーメーションをしますから!』

「いや、それより大事なことがあるでしょ!?」

 叶え蛇がヒロトに、ルアシェルを探そうと催促するなか、明日人はさすがにルアシェルを探すよりも大事なことがあるだろうと、ツッコミを入れた。

 

 

 

「ルアシェル、ですの?」

 その頃、ミラが支配する日本の国会議事堂の総理大臣室では、ミラとその部下が、ラストプロテクターからこっそり入手した情報である、ルアシェルについてをミラに報告していた。

「ルアシェル……ルシファーの本名。光をもたらす者として生まれ、そして世界から最も脅かされる者に生まれ変わった堕天使……そのルアシェルさんが、怪異という神遺物を生み出した。そういうことでよろしくて?」

「はい」

 ミラはルシファーについての記述がされている『失楽園』という小説を見ながら、部下からの話を聞く。

「うふふ、情報を提供してくださり、ありがとうございます。そろそろ怪異は、私たち天使にとって危険な存在になっていますわ。そろそろ、怪異祓いをしなくてはなりませんわね」

「しかし、怪異は適合者に取り憑いてしまえば、二度と祓うことはできないはずですが……」

 部下の天使の指摘に、ミラは目を細める。

「それなら大丈夫ですわ。怪異祓いなら、アンシャルの剣を持つエレンがいますの。友人として、天使として、エレンにお願いしてみますわ。よろしい、下がりなさい」

 ミラからの命令により、部下は早速部屋からこの場を去る。去ったことを確認したミラは、早速エンジェルクロスを通してエレンに連絡した。

「…………エレン。今はよろしくて?」

『あらあら、何かしら。ミラ』

 エレンは相変わらず元気のようだ。仕事をサボっているのは変わりないが。

「実はラストプロテクターの宿所から、ルアシェルという人物の情報を掴みましたの。なんとそのルアシェルは、堕天使ルシファーの本名で、なおかつ怪異を作り出したというらしいですわ」

『あら……これは驚いたわね。ルシファーが怪異を作り出したなんて』

 エレンが話に乗ったことを確認すると、ミラは早速要件を伝える。

「そうですの、ところでエレン。貴方の友人として、部下としてお願いしたいことがあります」

『何かしら。私に出来ることがあれば、なんでも言ってみて』

「貴方の持つアンシャルの剣で、明日人さんたちの持つ怪異たちを、祓って欲しいんですの。アンシャルの剣は、持ち主を選ぶ剣。そして、持ち主の願いを叶える剣。お父様の願いを叶えるためにも、怪異祓いは有効な手立てだとは思いますが……」

『断るわ』

 エレンの声が、部屋に響く。

 一瞬ミラは頭が真っ白になったが、すぐにどうしてかの理由を尋ねた。

「どうしてですの? 怪異を貴方の剣で殺せば、きっとお父様も喜んでくれるはずですわ。お父様の一人娘である貴方なら、きっとそれを最も望むは……」

『生憎ね。本来なら友達として叶えてあげたい願いだけれど、残念ながらそれはできないわ。怪異を祓いたいのなら、レンに頼んでみてはどうかしら』

 おかしい。とミラは思った。

 口調はいつも通りなのだが、いつもとは明らかに反応が違うのだ。いつものエレンなら、お父様の喜ぶことを積極的にやる天使だったのに。と、ミラは困惑していた。

『……いい? この剣は、持ち主の私『だけ』が望んだ結果しか起きないの。それは、貴方もわかっているはずでしょう? アンシャルの剣を最も欲しがった貴方なら』

「それは……もう私はアンシャルの剣に未練などありませんわ。だから私は、すぐに貴方にその剣を……」

『あら、譲ったというのなら、なぜ貴方にはこの剣が欲しいっていう欲望が渦巻いているのかしらね。私の剣は、そうだって震えているわよ?』

 その声で、ミラは背筋が凍った。

 明らかにおかしい。エレンは、こんな性格の天使ではなかった。義理であろうと、妹のメリーに優しく、たまに友人である自分とレンをからかう、素敵な天使だった。その姿に、少しばかり、憧れも抱いていたというのに。

「………どうしたの言うのです? エレン、貴方はもっと、他人に優しかったはずですわ」

『ふふふ、どうもしてないわ。ミラ。話は以上かしら。なら、私からも話しておくわね。私の持っているこの剣、アンシャルの剣はね、誰かを傷つけるために使うんじゃないの。大切な人を守りたい。そんな思いがあるから、私はこの剣を使えるの。貴方もこの剣が欲しかったら、大切な人のことをもう一度胸に手を当てて考えてみなさい』

 ミラは怖くなり、そのまま通話を切断した。

 

 

 

 咲はしばらくの間、臨時マネージャーとして、ラストプロテクターで活動することになった。もちろん、アイドルとしての活動があれば、そちらも優先する。という形で、ユースティティアの天使から救済を言い渡されている咲を保護することにした。

「な、なぁ七光、サインとかいいか?」

 すると早速、剛陣が咲にサインをねだっていた。

「うん! 今書くね……はい、どうぞ!」

 咲はササッと色紙に名前を書くと、それを剛陣に渡す。剛陣はもはや落ち着かない様子で色紙を眺めている。

 そんな様子を見ていた咲だが、遠くでラストプロテクターの中では知り合いの坂野上を見つけ、そちらの元に行ってしまう。

「まじでありがとな! ななみ……って七光?」

 坂野上はリフティングをしていたが、こちらに向かってくる咲を見つけると、どうしたのと声をかけた。

「あ、咲さん!」

「昇くん、今日は練習?」

「うん! ユースティティアを倒すために、毎日こうして頑張ってるんだ!」

 すると、坂野上は先程のリフティングを、咲に見せる。よっ、ほっ! と、坂野上はリベロらしき軽快な動きで、ボールを自分の意思で動かした。

「凄いね! さっきのリフティングもだけど、サッカー上手いんだ!」

「そうかな……俺だって円堂さんと比べたらまだまだだけど……」

 恥ずかしげに頭を抑える坂野上だったが、とあることを思いついた。

「そうだ! みんなでサッカーしようよ! ほら、今は禁止されてるけど、本当はとても楽しいスポーツなんだよ!」

 坂野上は足で抑えていたボールを自分の手に乗せると、咲にニカッと笑った。

 

 

 

「えっと、これでいいの?」

「うんうん! 似合ってる似合ってる!」

 咲は予備のユニホームを借りて、坂野上とサッカーをすることになった。そのユニホーム姿に、夜舞は似合ってると拍手する。

「えっとね、サッカーのことは明日人さんと円堂さんに聞いて、その後にやってみるって感じかな」

「わかった昇くん! じゃあよろしくね、稲森くん円堂くん!」

 坂野上から紹介され、咲は円堂と明日人からサッカーのルールを聞くことになる。

「俺、あまり説明が得意ってわけじゃないから、簡単に言うね。サッカーは、楽しいという思いが、ボールによって表されるスポーツなんだ」

「楽しい?」

 最初に明日人から話を聞くが、咲はよくわかっていなかったようで、首を傾げている。

 それを見ていた円堂と坂野上は、なんとか咲に伝わるような説明をしようと、目配せで合図する。

「じゃ、じゃあ俺が説明するっ! サッカーは、楽しいんだ! 負けても勝っても、楽しいスポーツなんだよ! 今はユースティティアの天使がサッカーを禁止してるけど、きっとそれが、本来のサッカーなんだよ!」

「え、えっとですね、サッカーは楽しいスポーツで、咲さんにもできます! 負けても勝っても、楽しいのがサッカーなんです!」

 円堂が熱唱するなか、坂野上はなんとか身振り手振りで咲に説明をする。

「そうなんだ! 稲森くんの言ったこと、わかった気がする。円堂くんたちは、本当のサッカーを取り戻すために戦っているんだよね」

 咲は理解出来たようで、坂野上と円堂は胸を撫で下ろす。そして、明日人に「咲さんにもわかるように説明しないと」と小声で伝えた。

「うん。たまに正義ってなんだろうなって思う時もあるけど、俺、やっぱりサッカーが大好きなんだ。大好きなものが出来ないのは、とても辛いことだってわかっているからさ。だから俺は、いや、俺たちの想いをユースティティアの天使たちに伝えるために、こうして戦っているんだ」

 穏やかな表情でボールを見つめながら、明日人はボールを地面に置く。

「じゃあ、まずは見ててね。それっ!」

 明日人は右足を大きく後ろに振りかぶると、ゴールへと地面に置いたボールを蹴った。

「すごい! 前よりもキレがよくなってる!」

 坂野上は明日人のシュートを見て、キレが良くなってると気づく。そして、そのボールはまっすぐゴールへと突き刺さった。

「すごーい!」

「咲さんもやってみて」

「わかった、やってみる!」

 咲は、円堂が新たに貰ったボールを地面に置き、明日人のを真似してボールを蹴る。

「いっけぇ!」

 しかし、ボールの勢いはよかったものの、ゴールポストの上部に当たり、ボールは跳ね返って咲の手に戻った。

「あっ」

「惜しい!」

「あとちょっとだな!」

 円堂と明日人、坂野上は、咲のシュートがゴールに入るよう指導する中、咲のサッカーの相手になる予定の風丸たちは、咲を見ながら話をしていた。

「やれやれ、今度はアイドルとサッカーか。灰崎、手加減してやれよ」

「わーってるよ」

 ストレッチしながら、風丸は灰崎に手加減するよう指示する。

「同じ女の子として、負けられないね!」

「西蔭、相手は女の子だからね。ちょっとくらいシュートさせてあげてね」

 しばらくすると、咲の練習は終わったのか、試合の準備が進められた。試合内容は、四対四のチーム戦で、咲のチームは先ほどシュートやらを教えていた明日人たち。向こうは風丸、灰崎、夜舞、西蔭でチームを作っていた。

「それじゃあ始めます!」

「スタート!」

 大谷が試合開始の合図をすると、咲は走り出した。

「稲森くん!」

「うん! パスがしっかりできてる!」

 明日人はヘタながらもパスが出来たを褒めつつ、プレイを進める。

「咲さん、初めてだけど中々キレがいいね」

「頑張れー!」

 野坂や一星の他にも、多くの選手が咲を応援していた。

「咲さん!」

「うん!」

 坂野上からボールをもらってドリブルするも、風丸が目の前にくる。

「ここから先は行かせないぞ!」

 先ほど明日人から教わったドリブルで、風丸をかわそうと動く。しかし、相手がどこにいくかまだ判断がつかない咲は、なんとなくで右に行こうとした。

 その時、咲の頭に誰かの声が響いた。

 

『ねぇ……ちょっと私に体貸してよ』

 

 その時、咲の意識は無くなり、代わりに誰かの意識が咲に乗り移った。

「えっ……」

 なんと、咲の動きは一気ににプロのものと同等になり、フェイントをかけて風丸を抜け、一気にシュートした。

「ご、ゴール!」

 大谷の声で、咲の意識は元に戻り、目の前の光景に驚いている。

「あ、あれ、私……」

「咲ちゃんすごい! あんな動きができるんだね!」

「負けたよ、七光には」

「え、ええ?」

 夜舞、風丸と順に褒められ、咲は困惑する。自分は何もしていないと言いたかったが、周りに押されて言い出すに言い出せなかった。

 その光景を遠くから見ていた奏多は、天気雨の狐の嫁入りを見て、呟いた。

「……狐が、憑いておるのぅ……」

 

 

 

 少女は狐の歌を唄う。



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第四十一話 禁忌の心

※戦争を連想させるような言葉が出てきます。

最近体がだるい。
もっと頑張りたいところ。


 蠍座の紋章と、蠍の絵が書かれた画面の横には、最下位の12位の文字が隣にあった。

『残念ですが、最下位は蠍座の貴方! 今日は何もかもが上手くいかない日!』

 それを見て、明日人はため息をついた。

 明日人が携帯を通じて見ているのは、いわゆる星占いというもので、最近始めたものだ。占いとかおまじないとかはあまり信じていない明日人が、なぜ星占いをしているのかと言うと、マネージャーたちが星占いのことで話しているのがきっかけだ。それ以降、明日人は星占いのアプリを入れて、こうやって毎朝占いを確認しているのだ。

『ですが、ラッキーアイテムがあります! それは刀です! 神秘の刃で、不運を断ち切りましょう!』

 最下位の星座には、毎回こうやってラッキーアイテムがある。効果があるのかは、分からないが__。まぁ、ラッキーアイテムが自分の持っているもので、または手に入れやすいものなら、手に持っておきたいものだ。そう明日人は考え、今日の一日一回の星占いは終わらせる。

「お、なんだ明日人。星占いなんて見ていたのか?」

「あ、剛陣先輩」

 今日は練習が特になく、練習を行っていない人もいるが、自主練習は許されているため、朝から練習を行っている者も多くいる。剛陣はその中でも、自主練習をしない前者の方であり、食堂内をぶらぶらしていた。

「意外だな、明日人がそういうの信じるなんてな」

「まぁ、つくしさん達から誘われてやっているんですけどね……」

「ま、最下位だったとしてもめげないのが明日人だもんな!」

「そうですね。……って占い結果見ていたんですか!?」

 知り合いに星座の運勢結果を見られて何になるんだとは思うが、さっきまでその運勢結果を見てため息をついていたところまで見られていたとなれば、話は別だ。明日人は剛陣の体をポカポカと叩く。

 しばらくそうしていると、食堂のドアが開いた。

「おはよう。今日はいいことがあるぞ?」

 食堂にやってきた奏多は、ニコニコ笑いながら言い放った。

「今日はオフじゃ。だから、遊園地で遊んでくるのじゃ!」

 

 

 

 奏多からの提案で、いきなり遊園地に行くことなり、明日人たちは嬉しい気持ちもあるが、急すぎる報告に驚いている自分たちもいた。だが、奏多曰く「今日は羽根を伸ばすといい」と、わざわざ奏多のファイブフォースのひとつ、空間移動能力を使って明日人たちを遊園地に送り出してくれた。

「えっと、本当に楽しんでいいのかな?」

 昨日までそんな報告をされなかった明日人は、どういうことか分からないでいた。

「今日は羽根を伸ばすといいって奏多さんは言っていたから、お前も楽しんだらいいんじゃないか?」

 氷浦はとっくに遊園地の地図を持っており、楽しむ気満々のようだ。しかし、それでも明日人は、何かあるんじゃないかと心に引っ掛かりがあったのだ。

「まぁ、明日人にはちょっと嫌なことがあったからな」

「何があったんだ?」

 剛陣の言うことに、円堂だけではなく、全員が気になっていた。

「実は明日人、今日の星占いで最下位だったんだよ!」

「わー! やめてください剛陣先輩!」

 明日人が急いで止めるも、周りの人達は最下位なら仕方ない。と言いたげな顔をしていた。

 

 

 

 遠足ということで連れてきた子供たちは、現在は教員たちに任せている。

 今だけは社団のことも、子供たちのことを考えなくていいんだ。今は思い出に浸っていよう。

 かつての思い出の場所であり、先代の会長が作ったこの遊園地の景色でも見つめながら。

「(ここは、私の祖父である不知火真実(まこと)が作った遊園地にして、私の最愛の娘マリアが私にこの品をくれた場所だ……)」

 不知火は、首から下げていたネックレスを手に取る。銀の宝石のリングが、宝石と同じ色のチェーンに通っているそれは、かなり使い古されたもののようで、何回か補修を受けている。

 今はいない娘が、自分の誕生日のためにお小遣いを貯めて買ってくれたこのネックレスを片手に、不知火は歩きだそうとした。

「あ、不知火さん!」

 ふと声をかけられ、不知火は目線の横を見た。見覚えのある袖の柄が写り、そして自分を呼びかけた声を、夜舞のものだと認識する。昭和後期のカメラを片手にこちらに向かってくる夜舞を、不知火はただ見つめていた。

「月夜ちゃん、久しぶりだね。今日は一人かい?」

 不知火は現在一人しかいない夜舞を見て、一人でこの遊園地に来たのだろうかと推測する。オフならば、ここに来てもおかしくはないからだ。

「いえ、皆とここに来ていたんですけど、はしゃぎすぎていつの間にか皆とはぐれちゃって……」

 どうやら推測は外れたようだ。夜舞曰く、この遊園地の写真を取りすぎて、皆とはぐれてしまったのだという。

「あ、電話ですね。失礼します」

 その後に夜舞のカバンの中に入っていた携帯の着信音が鳴り響き、夜舞は電話を受ける。

『夜舞ちゃんどこにいるんですか! 皆探してますよ!』

「ごめんなさい大谷先輩! 今はどちらに来てますか?」

『えっと、お城の方に向かってるよ』

「わかりました! そういうわけで不知火さん、私はこれで失礼しますね」

 大谷との電話を終えた夜舞は、不知火に挨拶をしてから大谷たちの元に向かおうと考える。

「いや、せっかくだからお城の方まで私と来ないかい? 一人だと色々と危ないだろうしね」

 しかし、不知火は夜舞を一人にはしておけないという気持ちひとつで、夜舞と城まで歩くことにする。

「いいんですか?」

「構わないよ」

「あ、ありがとうございます!」

 不知火に誘われるがままに、夜舞は不知火の左手を握った。男らしくたくましい手をしながらも、どこかしなやかな手の感触を胸に留めながら、夜舞と不知火は歩き出す。その姿はさながら親子のようだ。

 

 

 

 明日人たちが今来ている遊園地のシンボル、西洋の城の屋根に、奏多は立っていた。

 奏多はこの遊園地に流れる風を感じ、そしてこれからの事を考えていた。

「ハーツアンロックは、絶望が生み出す闇の力……精神が衰弱すれば、一気にダークアンロックになってしまう」

 奏多はただ、ハーツアンロックの持つ闇の力に、ただ扇子を握りしめた。

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。ハーツアンロックでもなんでもないというのに……」

 奏多は目を閉じて、かつて自分が体験したことを思い出す。

 ハーツアンロックは危険だ。

 人類を導く光にもなるし、人類を絶望に追い込む闇かもしれない。

 だからこそ、絶望と運命に抗おうとする心__それによる解放こそが、ハーツアンロックをハーツアンロック至らしめているのだ。

 それを、心無い人間が無理やりこじ開けて、解放するべきではない__!!

「こんにちは」

 彼女が来る。彼女が自分の元に来るようになったのは、自分が古き故郷を見に東京に戻った時以来だ。あの時は何とかミラから逃げられたものの、エレンに付け狙われてしまっている。

「『多くの傷を胸に受けてなお……人は生き続けるもの。しかし、その中で人は、多くの間違いを犯してきた。だけど、それを制裁するのは人間だ。人間でなくなってしまった自分がやることじゃない。』そう思っているのかしら?」

「……黙れ」

 奏多はただ、扇子で彼女、エレンの周りに結界を張った。だが、エレンは奏多を見つめて、ただ不敵に笑っていた。

「そう、貴方は純粋なのね。だからこそ、その絶望の反動は大きい」

「何を言う。人間の愚かしさは、お前たち天使が一番よく知っているだろう?」

「私は貴方の過去に何があったのかは知らない。だけど、詮索(せんさく)するつもりはないわ。私は、貴方の闇と光を回収すればそれでいいんだから」

「人間をやめた儂……いや、俺から何をとる。確かに俺は、あの世界大戦の兵士にもなった男だ。人を殺したこともあるし、仲間を見殺しにしたことも、無関係の人達に手をかけたこともある。だが、そんなのは今の現代では忘れ去られる事実だ」

「…………」

 夜舞奏多……いや、()()()は、上からの非道な実験により、人間をやめてしまった。他の失敗作よりも完成されたハーツアンロックが災いし、普通の人間では塵になるであろう攻撃にも耐えられる体となってしまった。人の魂の原動力でもある星力を膨張させられてしまったのだから、簡単に死ねない体に。

 奏多には過去を詮索しないと約束したものの、この世界を救うには必要な事だ。過去を探らせてもらおう。

 そして、光と闇を採取させてもらおう。

 それが、世界を救うに必要な事だから。

 

 

 

「あれ、茜さんここで何をしてるの?」

 夜舞と不知火が、城に向かうまでの一方。

 幼なじみの氷浦を入れた明日人は、お城の入口で茜に会った。

「凌兵は今トイレに行ってるから、待ってたんだ。あ、そうだ。クレーンゲームで取りすぎちゃったので、良かったら明日人さん達にあげますね」

 茜は灰崎と遊園地を回っていたようで、さっきまでそこのゲームセンターでクレーンゲームをしていたようだ。茜は鞄の中から大量のキーホルダーを見せ、そのうちのどれかを明日人達にあげるようだ。

「(あ、これ……ラッキーアイテムのやつだ)」

 一番先に明日人が目に付いたものは、日本刀の紋章がついた腕輪だ。金色のリングが、赤い刀の紋章を目立たせている。

「ありがとう。俺はこれにするよ」

「あ、俺も!」

 氷浦は他のものを手に取る中、明日人も先程目に付いた腕輪を手に取った。

「待ったか? 茜」

 明日人が腕輪をつけていると、向こうから灰崎がやってくる。

「ううん、大丈夫!」

 完全にデート気分だなぁ。と二人は思っていると、向こうから罵声が聞こえてきた。

『お前ふざけてんのか!』

 突然の罵声に明日人達が人盛りの方を向くと、そこには坂野上と咲がガラの悪い大人に絡まれているところだった。坂野上の頬が腫れているため、殴られた後だろう。だがそれでも坂野上は、咲を守るようにして立っている。

「昇くん、大丈夫!?」

 大切な仲間が傷つけられていることに我慢ならなかった明日人は、人混みをかき分けて前に出る。だが、既に拳が坂野上の顔に当たりそうな瞬間だった。

「坂野上!」

 坂野上が思わず目を瞑るが、衝撃が来ない。どういうわけかわからず、坂野上は目を開けると、そこには男が自分の横で倒れている光景だった。明日人から見れば、突然男の後頭部に石がぶつかり、そのまま倒れている瞬間だ。

「えっ……」

 男が倒れ、他の取り巻きが逃げた先には、黒い髪を肘まで伸ばした男性がいる。

「坂野上、大丈夫か!?」

「昇くん!」

 明日人と咲が必死に坂野上を呼んでいるも、坂野上は目の前の男性に気を取られていた。

「……不知火さん! いきなり走ったかと思えば石を蹴って、どうしたんですか?」

 すると、夜舞が男性の元にやってくる。やっと追いついたようで、ハァハァと息を切らしている。

「不知火さん……?」

 明日人の声に、目の前の男性が不知火一誠であることに気づいた坂野上は、急いでその場に立ち上がり、頭を下げた。

「あのっ、助けて下さり、ありがとうございます!」

「いや、その子を守ったのは君の勇気のおかげだ。その勇気で、その子を守るといい」

 不知火は微笑んで、坂野上の頭を撫でる。

 明日人に置いてかれていた灰崎たちも到着し、事態は収まったかに思えた。

『流石は元サッカー選手……蹴りは鈍っていないようで……』

 この場に響いた声は、不知火の後ろで黒いフードを被りながら不敵に笑っている。

「あれは……!?」

「気をつけろ明日人、あいつはユースティティアの天使の部下、神父野郎だ!」

「神父!?」

 突然現れた人物たちに、明日人が身構えていると、灰崎からこの人物たちはあの神父であることを知らされる。

「(そうか……あの時の!)」

 ユースティティアの天使に仕える神父達がここにいるということは、きっとその上司である天使たちもここにいるに違いない。そう考え、明日人たちは身構える。

「……何の用だ」

 だが、不知火は明日人たちの前に立つと、神父たちに問いかけた。

「まぁまぁ、落ち着いてください一誠様。私たちは貴方たちを傷つけるために来た訳ではありません」

「その言葉……信用ならないな」

 今にも戦いが始まりそうな空気に、明日人たちに緊張が走る。

「さぁ一誠様。今こそ神の復活の依代となれるチャンスですよ」

 だが、神父が言い放った一言に、明日人たちは驚愕した。

「神の……」

「依代!?」

 それと、(フォルセティ)の復活。

 一体、ユースティティアの天使たちは何をしようとしているのだろうか。

「不知火さん! それって本当なんですか……!?」

 まさか、ベルナルドの師匠である不知火一誠が、フォルセティの依代であるということが信じられず、夜舞は不知火に問い詰める。

「……本当だ。だがこの子達には関係の無いことだろう」

 不知火が、フォルセティの復活のための依代ではない。という夜舞の希望は、今不知火の言葉で砕かれた。

「関係なくはないですね。この欺瞞に満ち溢れた世界に降り立ち、復活する神こそが、この世界を救う救世主なのですから」

 

 ***

 

 その頃、他のチームはというと。

「ヒロト、何か聞こえないか?」

「アナウンス……のようだが、何があったのだろうか」

 遊園地内に響くアナウンスに、タツヤと砂木沼はその存在に気づく。

「迷子のお知らせとかじゃねぇのか? よく…………いや、タツヤたちはここにいろ」

 ヒロトが遊園地内のアナウンスに、迷子のお知らせではないかと甘く見ていたが、タツヤの顔色が変わったのを見て、ただ事ではなさそうだなとヒロトは気づく。

 おそらく、ユースティティアの天使たちが、この遊園地を襲撃しにきている。それを感じたヒロトは、タツヤたちの安全を確保する。

「ダメだヒロト! 俺も戦う! 確かに俺はヒロトみたいに強くはないし、ハーツアンロックも何も無い……だけど、ここで戦わなかったら、他の人達が傷つくかもしれない。そんなの、俺は嫌だ!」

 自分では、強いヒロトの足手まといになるかもしれない。そんな気持ちもあったが、今はそんなこと考えてはいられなかった。

「タツヤ……」

 どうすべきか。とヒロトが考えていると、後ろから黒フードの男が襲いかかってきた。

「危ないヒロト!」

「___!?」

 タツヤの声で、後ろにいる神父の存在に気づき、何とか身をかわしたものの、次の攻撃に反応しきれず、腕に傷が走った。

「こいつッ……」

 いつも間にか、三人は神父たちに囲まれている。

「ここから先は通しませんよ」

 

 

 他の場所では、神父たちによる襲撃のためか、爆発が次々に起こっていた。その爆発の衝撃に、何とか受け身を取ったのがアツヤだ。

「くっ……こいつらここを襲うつもりだぜ、兄貴っ!」

 自分の隣には、一般人の避難と神父との戦いのマルチタスクによって、膝をつき、いつもの二倍疲労している吹雪の姿があった。

「ッ……サッカーで勝負を仕掛けないところがっ……少し厄介だね」

 吹雪たちは、サッカーであればあの神父たちに負けることはまず無いであろう。しかし、それは言い換えればサッカー()()が強いという意味となり、神父たちにとっては、その長所を弱点に変えてしまっているのだ。

「吹雪、アツヤ、アフロディ!」

 次の神父の攻撃……いわゆる銃による攻撃が吹雪に当たりそうになったその時、謎のバリアがその攻撃を防いだ。その直後に、円堂たちがこちらに向かって走ってくる。

 さっきのバリアは、どうやらハーツアンロックをした円堂のデバイス、金剛杵によるものだろう。円堂がハーツアンロックとスペクトルフォメーションを身にまとっている。

「大丈夫か、吹雪」

「こっちは大丈夫だよ。豪炎寺くん」

「そういうわけにもいかないだろう。傷だらけじゃないか……」

 豪炎寺と鬼道に肩を貸してもらい、何とか吹雪は立ち上がる。

「みんな、ここは俺に任せてくれ!」

 円堂は金剛杵から光の剣を出し、神父たちに構えを取っている。

「何を言っているんだ。俺達も戦うぞ、円堂!」

 円堂の横に、風丸も構えを取ってその場に立つ。

「やれやれ……聞き分けの悪い子達だ。さすがは全人類の最後の切り札といったところでしょう……」

 

 

 

「ハァッ!」

 家族であろう一般人に襲いかかってくる神父たちを、一星はハーツアンロックのスピードによる足払いによって出来た風で吹き飛ばす。

「大丈夫ですか?」

「はい……ありがとうございます」

「お兄ちゃんありがとう!」

 家族が遊園地の外に向かって逃げていったのを確認した一星は、再び神父と向き直した。

「セイヤは他の人の避難誘導、ユウマは可能ならヒカルのフォローを!」

 神父の剣攻撃をデバイスのバリアによって守っている間に、フロイは野坂たちに指示を出す。

「わかった。こちらの敵が片付いたら、僕は他の人のフォローを一星くんとするよ。西蔭、頼むよ」

「はい」

 野坂の指示であるため、従いたかった西蔭だったが、危険であろう敵の前に立つ野坂が心配であった。しかし、主の頼みだと、西蔭は走った。

「__西蔭さん!」

 しかし、神父たちは目標を変え、西蔭をマークしようとしたその時だ。神父たちの前に謎の風が現れ、それは西蔭を守るかのように壁を作り、神父たちを吹き飛ばした。

 謎の風に身を守っていた一星達だったが、風の中から現れた人物に、彼らは驚愕した。

「奏多さ__!?」

 一星たちが言い終わる前に、奏多はファイブフォースによる空間移動能力で、一星達を城の前にまで飛ばした。

「やはり、日本奪還計画から辞退して、この遊園地に来てよかったな……」

 自分の危険さに気づいた神父たちが、奏多を囲み出す。それに奏多は静かにため息をつくと、静かに言い放った。

「(……俺は覚悟を決めた。ハーツアンロックを日本奪還に使う。政府の考える日本奪還計画に嫌気がさし、辞退してしまったものの、これでは日本はずっとユースティティアの天使の支配下におかれたままだ。俺は、もう人を傷つけ、殺すためにハーツアンロックは使わない。希望としてハーツアンロックを使おう。彼らには、ハーツアンロックを忌々しい能力だという思いがなかった。むしろ、ハーツアンロックで人を助けようとするような素振りだ。俺も、最凶のハーツアンロックを持つものとして、誇りに思いたいものだ)」

 奏多は、袖に隠していた金色の腕輪を外し、力を込めた。

「…………ハーツアンロック、リライズ」

 

 

 

 城の方では、明日人たちが見守る中、不知火が神父たちと戦っていた。

「杏奈ちゃん……どうなっちゃうんだろう……」

 大谷は城の影から、神父と明日人達の戦いを見つめており、杏奈は監督たちに電話をかけていた。

「つくしさん、監督に電話しました。ただ……今は忙しいのか、電源が切られているみたいです」

「ど、どうすればいいのかな……」

 監督たちによって連絡し、今の現状を報告しようとするも、向こうでは電源が切られており、連絡することができなかった。それを知り、大谷はこの状況をどうしようと考えていた。

 戦いのための手袋をつけた不知火は、大量の神父達の攻撃に体を対応出来ている。

「(さすがに、黒帯とはいえこの人数を一人で相手するのは難しいな……)」

 不知火は神父の攻撃に受身をとり、体勢を立て直す。だが、互いに身構えていた不知火と神父たちの前に、突然一星たちが落ちてきた。突然のことに不知火が驚く中、明日人が一星たちの前に駆け寄った。

「一星! 野坂! 西蔭! フロイ、大丈夫か!?」

「痛ったた……明日人くん? 確か俺たちは奏多さんに……」

「一星くん。どうやらこの人がこの襲撃の犯人みたいだよ」

 突然の再会に戸惑っている明日人と一星だったが、今自分たちがいる状況を把握した野坂が、二人に倒すべき相手を伝える。

「そうですね。私こそ、この遊園地を襲撃しました。しかし、もうとっくに我々の悲願は達成されました」

「なんだと?」

 神父の言葉に、悲願とはどういうことだと、灰崎が乗り出す。

 その時だ。野坂が大声で言い放った。

「まずい! みんな明日人くんと咲さんを守るんだ!」

 前ぶりもなしに大声で言われたため、西蔭以外誰も野坂の言うことに反応出来ず、戸惑っていた。

『時は満ちた』

 その隙を見ていた人物が、神父たちの後ろで、札を展開した。その直後に明日人の手首と足首が、謎の光によって拘束され、空中で磔にされる。

「明日人ッ!」

 灰崎が明日人に手を伸ばすも、拘束された明日人の前に颯爽と現れたレンが、札による術によって咲以外の人たちを吹き飛ばす。

「ぐっ!」

「皆!」

「通さないよ?」

 咲が灰崎たちの元に駆け寄ろうとするも、大天使の一人、メリーが咲の前に立ったため、咲は天使を前にして何も出来ないでいた。

「許せ、灰崎凌兵とその仲間よ。目的は、果たさなければならないからな」

「もうレンお兄様! ヒカルは傷つけちゃダメって言ったよね!」

 咲を捕まえたメリーは、自分の好きな人である一星を傷つけられ、兄であるレンに文句を言っている。

「君が一星光のことが好きなのはわかった。だが、その一星光も、私たち天使の前では敵だ。さぁ、稲森明日人と七光咲を回収……」

 メリーの言い分を聞き流し、レンは二人を天界に回収しようとする。機械仕掛けの翼が見える前は。

「レンお兄様!」

 メリーの目の前で、レンが謎の人物によって倒された。そして、メリー本人も、その謎の人物によって倒れ込んだのだ。その光景を見ていた明日人と咲には、何が起こったのかがわからず、ただキョロキョロと周りを見渡していた。

「……やはり、絶望の闇は深いか……」

 明日人の前に降り立った、機械仕掛けの翼を持つ人物は、己の手のひらの中にある絶望を眺めていた。

「奏多さん……!?」

「その翼……」

 明日人と咲は、目の前にいる人物の正体に気がついた。機械仕掛けの翼を生やしているのは、夜舞奏多であり、変わったところといえば、翼と身体中にある赤い模様だろうか。

「なっ……」

「奏多さん……?」

 起き上がった灰崎たちも、明日人たち同様に、目の前の人物の格好を見て驚いていた。

「感じる……このオーラ、ハーツアンロックだよ。波長は違うけど……」

 フロイは、奏多のその機械仕掛けの翼こそが、奏多がハーツアンロックを身にまとっている証拠となっているのを皆に伝えていた。一星たちのような全身が装飾されているのとは違い、奏多のは単に翼だけという、とてもシンプルなハーツアンロックだったのだ。

「おぉ……その人間離れした戦闘能力、そしてその美しさ……流石は、最凶のハーツアンロック……」

 しかし、神父の言う通り、美しいのは本当だ。神父たちは上司であるはずのレンとメリーに目もくれず、ただ奏多のハーツアンロックを敬うかのように眺めていた。

「御託はいい。子供たちに手を出すなら、まずは俺を倒すことだ」

「(あれ……?)」

 オーラが変わっている。それはハーツアンロックを修得していない明日人でもわかっていた。どう言葉にすればいいのかは分からないが、奏多は目の前にいる神父たちに、憎しみとも恨みともいえない、漆黒の感情を持っているように見えたのだ。

 そして___口調が変わっている。

 いつもの奏多なら、老人のような語尾をつけて話すはずだ。だが、今の奏多は、まるで憎き敵を前にしたかのような男のような口調をしている。

「杏奈ちゃん、あれって……」

「ハーツアンロック……ですよね……?」

 杏奈は目の前のハーツアンロックがどんなものかを調べる機械、スペクトルパーツカウンターを起動する。しかし、カウンターに表示されたのは、黒塗りの画面に、『禁忌』『最凶』『呪』という文字が赤く表示されただけだった。

「素晴らしいですわ。流石は、第三次世界大戦で大活躍したハーツアンロックですわね。世界で初の、人工的に作られたハーツアンロックにして最凶のハーツアンロック。出来ることなら、私の戦力になって欲しいところですわ」

 いつの間にか、ミラが奏多の元にやってきていた。拍手をし、まるで彼のハーツアンロック復活を喜んでいるかのようだ。

「断る。俺にとっては、もう二度と使うことの無いものだったが、俺の姪である月夜の仲間たちが傷つけられているというなら、話は別だ」

 すると、奏多は手に持っていた扇子を開いた。

「覚悟しろ」

 奏多が扇子をミラたちに向け、一センチ程扇いだその時だ。

「『イドラデウス』」

 雲ひとつない、青空に黄金色の球体が現れた。それは広範囲、いや遊園地内どころか、タイ中にその雷は球体を中心に降り注いだ。もちろん雷は明日人達や一般市民に当たらぬよう調整しているし、狙っているのはユースティティアの天使とその神父だけだ。しかし、ハーツアンロックにしては強すぎる力に、明日人たちは驚いていた。

「これが……最凶のハーツアンロック…………」

 雷が降り続いている中、奏多はこの強大すぎる(ハーツアンロック)のことを考えていた。

「(扇子でリミッターをかけても、これほどとはな……政府がハーツアンロックを秘匿していたのもわかる気がするな)」

 光のように速く落ちた雷たちは、すぐに止んだ。神父たちは雷に当たったのか、地面にその体を這っている。

「……そこまでですわ」

 奏多が倒れている神父を見ていた時だ。声がして、後ろを振り向いた時には、ミラに銃を突きつけられている咲の姿があった。

「咲さん!」

『咲!』

 灰崎たちは、咲を助けようと動いたが、他の神父たちに行く手を遮られる。

「(卑怯な……)」

「動かないでくれます? 動いたらこの子の命はありませんわ。それに、どうして人がハーツアンロックを秘匿していたのかがわかりましたわ。それは、貴方の持つ最凶のハーツアンロックによって、多くの人が亡くなったから……ですわよね?」

「奏多さんのハーツアンロックが!?」

 明日人には何が何だかわからなかった。どうして奏多のハーツアンロックが最凶と呼ばれているのかも分からないし、なぜ奏多が人を大量に殺さなくてはならなかったのかも。

「そうだ。確かに俺は、この力で多くの人に手をかけた。国のためとは言い訳しない。だからこそ俺はこの力を封印し、人を助けるために生きてきた。ハーツアンロックの解放による実験で、人でならなくなってしまったとしてもな」

 人を憎むつもりはない。

 憎んだとしても、先に人として死んでいった仲間たちの気も晴れないだろう。

 だから人を守るために、仲間を殺した憎い人間を守ってきた。

「明日人さん、聞きましたか? これが、偉い人達がハーツアンロックの存在を隠していた真実です。人を守るために使うハーツアンロックは、本当は破壊の道具にしか使われないのです」

 ミラは、にっこりと明日人に問いかける。

「……奏多さん、嘘、だよね……?」

「奏多さん……」

 明日人も咲も、奏多を信じていた。

 いや、ハーツアンロックは人を助けるものだと信じていた。だからこそ、このショックは大きい。

「さて、既に目的は果たしましたし、咲さんは連れていきますわ」

「ま、待てミラ!」

 咲を連れていこうとするミラを、明日人は引き止める。

「連れていくなら、俺にしろ!」

 まさかの行動に、ミラは口を手で抑えた。

「まぁ明日人さん、あれほど救済は嫌だと申し出ておりましたのに?」

 ミラは信じられない、という顔でこちらを見ている。だが、とうに覚悟は出来ていた。

「うん。でも俺はキャプテンだ。仲間を犠牲になんてできない!」

「明日人!」

「ダメだよ明日人くん!」

「稲森くん……」

 灰崎たちが必死に明日人の行動を止めようとするも、その声は届かない。咲も明日人の名前を呼ぶも、既に咲はミラの手から解放されていた。

「そうですか。では、行きますよ。明日人さん」

 ミラが手をかざす。すると、倒れた神父とレン、メリー、そして明日人と共に、この遊園地から消えた。

 

 

 

 

 強すぎる力は、破滅を招く。

 

 

 



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第四十二話 血塗られし過去

この小説を書いてて思いましたが、これって一応二次創作なんですよね。でも自分はよく妄想を吐き出してしまいがちなので、もしかしたら今まで二次創作を作る上で大事な原作リスペクトができていなかったかもしれません。
以後、気をつけたいと思います。


 今からちょうど150年前だ。自分は、彼らと同じくらいの年齢の時に、兵士として戦場に駆り出された。昔は意味がわからず、ただ家族を守るためだけに戦っていたが、現代のハーツアンロックを見た今じゃ、なんで自分たち子供が兵士に選ばれた理由がわかる気がする。

 大人たち__主に国の上層部は、子供達の中に潜む焔のような感情、そして潜在能力に固執していたからだ。人工的なハーツアンロックの解放には、子供の方が絶望の刷り込みをしやすい。

「…………」

 この世界におけるハーツアンロックの解放方法は、主に二つ存在する。

 一つは、彼らのように絶望に抗う心による解放。

 もう一つは、無理やり絶望を味合わせ、恐怖感によって解放させるかだ。

 彼らは()()()()()()()前者の方で良かったと奏多は思った。後者の方は、明らかに悪意のある解放の仕方だから。

 

 彼らは、いくら力があろうとも、結局はただの少年少女。

 だが、それでもこの世界の偉い人間は、彼らを利用して、己の利益のために動かすのだろう。

 例えば、実験によって無理やり解放させて、ユースティティアの天使に対抗する希望にしたり。だがそれも、用が無くなればただの兵器だ。

 結局、何も変わらないのだ__。

 150年経った今でも。

 

「奏多さん」

 先程までしていたハーツアンロックを解除し、腕輪を付け直す奏多を見つめながら、一星は尋ねた。

「……なんだ」

 もう、口調を直すつもりはなかった。

 自分が最凶のハーツアンロックを持つ人間だと知られてしまった今、こうやって繕う必要もなくなったのだから。

「最凶のハーツアンロックって、なんですか。どうして奏多さんのハーツアンロックで、多くの人が死んでいったんですか。一体、第三次世界大戦に何が起きたんですか」

 一星は、ミラたち天使が去る以前に言った言葉が気になっていた。

 破壊の道具。

 最凶のハーツアンロックの存在。

 そして、それによる大量の死亡者。

 一星にとって第三次世界大戦のことは、社会の課題で改めて知った。海外の大規模戦争であり、日本はこの戦争とは無関係であったこと。そのため、第二次世界大戦とは違って、あまり印象には残らなかったこと。

 その第三次世界大戦に、何が起こったのだ?

「質問は一つにまとめておけ、光。まぁ、子供一人守れなかった俺が言うことではないだろうが……」

 だが、奏多は一星を冷たく突き放した。

 まるで、人間兵器である自分から、罪のない人を遠さげるかのように。

 だが、人には何かしらの罪があるのだ。

 ただ、それがあの者たちとは違って、純粋で無垢な罪だっただけだ。

「……全くだ」

 彼、灰崎は拳を震わせながら、想いを零した。

「なぁ、アンタが本当に人間なのかは関係ない。ただ、なんでアンタがその最凶のハーツアンロックっていうもので沢山の人を殺したのかが疑問なんだよ。それと、今までハーツアンロックが秘匿されてきた事と、何か関係があるんじゃねぇのかよ」

 奏多の後ろで拳を震わせている灰崎は、怒りで頭がいっぱいになろうとも、今はただ奏多から何があったのかを聞き出さねばならないと感じていたのだ。

「……あぁ。俺はこの最凶のハーツアンロックで、多くの人を殺してきた。そして、世界はこのハーツアンロックの存在を秘匿し、最初からなかったことにした。これが、ハーツアンロックが破壊の道具と言われる所以だ。音無という少女が言っていた、闇の力の意味も、これにあるだろうな」

 多くの人を殺してきた奏多は、人の目をしていなかった。漆黒のような闇を閉じ込めた、青い目で、灰崎達を見つめていた。

「……全て話そう。俺の過去を含めて、今何が起きているのかを」

 

 

 

 

 咲の代わりにユースティティアに捕まった明日人は、天界のどこかにある一室に飛ばされた。白を基調としたインテリアと、小さな窓がひとつと___窓全体は大きいものの、どこか開放感がない部屋だ。

「さぁ、今日からはこの部屋でお過ごしください。その前に……」

 ミラが指をならすと、どこからか部下の神父が現れ、明日人の服をギリシャの民族衣装のような服装に変えた。

「この天界は神聖な場所ですから、この服はお預かりしますわ。それでは、救済の時間までゆっくりしていってください」

 ミラが明日人の私服を持ちつつ、にこやかに笑った後、部屋のドアが固く閉じられる。おそらくスマホも着替えさせられるときに取り上げられただろう。どこにもスマホがない。今のところ連絡手段がないため、仕方なく明日人はベッドに横たわった。

「(救済って一体どんなことをするんだ……? 洗脳って感じじゃなかったし、何か儀式でもするのかな……)」

 明日人は小さな頭を巡らせて、ユースティティアの天使がいう救済がどんなものかを推測する。しかし、野坂のように会話の一つ一つを覚えている訳では無いため、救済したら人は救われるということしかわからなかった。

 頭をかき、とりあえず紙にまとめようと起き上がった時だ。ドアが勢いよく開かれ、そこから現れた人物によって、明日人はベッドに押し倒される。

「アストーー!!」

 赤い髪にかけられたオレンジ色のグラデーション。メリーだ。先程まで奏多によって倒されていたはずなのに、いつの間にか元気になっている。いや、そんなことを考えている暇はない。

「やっと救済を受ける気になったんだね! 良かったぁー!」

 メリーは笑顔で、ただただ、救済を受ける気になってくれて良かったとばかり言っている。

「ね、ねぇ……」

 とメリーに言いかけたところで、明日人は前に趙監督に言われたことを思い出す。

『もしユースティティアの天使に捕まったら、なるべくユースティティアの天使やらフォルセティなどの情報を聞き出してくださいね? まぁ、捕まった場合ですが』

 趙金雲からは冗談くらいに言われていたことだが、まさかこういうところで役に立つとは思わなかった。仮にも自分は救済人であるということを考慮しつつも、明日人はメリーに聞き出した。

「……メリー」

「なに〜?」

「救済って、どんな感じなの?」

「えっとねぇ」

 明日人から救済のことを問われるとは思わなかったのか、メリーは必死に頭を巡らせて、救済の内容をどうにか思い出そうとする。

「救済はね、お父様の加護の中、天使同士で行われるの。私は、あまり救済の儀式に呼ばれないからよく分からないけど、とにかく凄いんだよ! 今度貴方も救済されるから、楽しみにしててね!」

「う、うん……」

 楽しみにしろと言われても、楽しみにできるわけが無い。どんなことされるのか分からないから。

「救済された人はどうなるの?」

「えっと、その人自身が抱えていた本心と基質、そして性格が清められて、魂の中に溜まりこんでいた真っ黒いものが取れるの。とっても清々した顔をしていたんだって」

 真っ黒いもの__。

 負の感情だろうか? と明日人は推測するも、それが何なのかは未だに分からないため、真っ黒いものの正体は次に考えることにしよう。

「じゃあさ、メリーは……」

『メリー』

 明日人が次の質問に行こうとしたその時、開きっぱなしだったドアの方から、レンの声が響いた。

「レンお兄様?」

「今の時間帯だと、君はまだ対話の時の担当ではないだろう。今は怪我の治療を最優先にすべきだ」

 レンから、対話の時という単語が出てくる。

「えっと、対話の時って?」

 それが気になった明日人は、メリーに聞く。

「対話の時は、天使が救済人と話をする時間だ。救済人が必要であるものは、可能な限り用意し、救済までの快適な時間を送らせるものだ」

 だが、メリーの代わりにレンが答えてしまった。レンだと、妙に圧があるため、メリーのようにすらすらとは話しにくい。

「そうなんだ……」

「次の担当は私だ。二時間の休憩後、そちらに向かう」

 レンはそれだけを言い残して、その場を去った。

「……私、まだアストと話したりなかったけど、ごめんね。これも掟だから」

 メリーは明日人から離れると、ドアの前に向かう。

「バイバイ、アスト!」

 友達と別れる時のように手を振るメリーに、明日人も手を振っていると、ドアは閉められた。

「えっと、確か救済は__」

 ドアが閉められたことを確認した明日人は、情報をまとめるため、紙とペンを探そうと部屋を歩く。

 その時だ。

『明日人』

 声が響いた。レンのでも、メリーのでも、ミラのでも、エレンのでもない声だ。

 その声に明日人が振り向くと、そこには白い狼が立っていた。

 

 

 

 

「日本奪還計画……?」

 奏多の口から、まず最初に出てきた言葉。日本奪還計画。

「あぁ。今日この日、ユースティティアの天使と人類が戦い、天使に支配された日本を取り戻すというものだ。もちろん……その主戦力として、お前たちのハーツアンロックも、本来ならば戦場の東京へ使われる予定だった」

 奏多曰く、この計画は日本がユースティティアの天使に支配された日以来、長い年月をかけて計画されたものであり、一度実行してしまえば、二度とユースティティアの天使には通じないだろうということで、失敗が許されなかった計画だ。

 だが、日本にいるはずのユースティティアの天使がこのタイにいるということは、計画は失敗してしまったのだろう。

「どうしてこのことを俺たちに話さなかったんですか? 日本を取り戻したいのは、俺達も同じです」

「そうだ! 話してくれれば、俺達もその計画に協力するつもりだ!」

 坂野上が前に出ると同時に、剛陣も前に出る。

「確かに、失敗が許されなかったというのなら、尚更俺たちをその計画に参加して、成功する確率を上げた方が確実だ」

 戦術を考える野坂ほどではないが、西蔭も計画に参加した方が良かったのではないかと、意見を述べる。

「…………これを見れば、嫌でもわかるだろう」

 奏多が袴の裾からスマホを取り出すと、画面を操作して、とある動画を彼らに見せた。

「こ、これはっ……」

「杏奈ちゃんっ……!」

 大谷たちは、動画内で起きていることに驚愕する。

 動画内では、多くの戦闘技術を扱った軍たちが、ユースティティアの天使たちによって完封されていたのだ。

 それも、ミラ一人の手によって。

「これにより、ハーツアンロックがユースティティアの天使を倒せる唯一の方法であり、ハーツアンロックがいかに使い方によって薬にも毒にもなる存在であることがわかっただろう」

「で、でもそれなら尚更俺たちが日本に行ってれば__」

「駄目だッ!」

 奏多の目が見開かれ、氷浦の行動を制限させるかのように声の圧をかける。

「いいか、俺はお前たちの手を汚させたくはない!」

 奏多の怒鳴り声により、辺りが静まり返る。その空気を破ったのが、夜舞だった。

「奏多叔父さん……私知りたいよ。ハーツアンロックの本当の意味も、第三次世界大戦に何が起こったのか。そして、どうして貴方がそこまでして私達を守りたいのかを」

 夜舞は自身の赤い目で、必死に奏多の目を見つめる。

「だが、この真実を知ってしまえば、お前たちはハーツアンロックを手放したくなるかもしれない」

「それなら大丈夫だよ。ここにいる皆が証明してくれる。そうですよね、円堂先輩」

「あぁ……奏多さん。俺たちはたとえハーツアンロックがどんな力だろうと、絶対に扱い方を間違えない。だから、話してください。奏多さんの過去を」

 円堂が頭を下げる。それは周りも同じで、奏多はそれをただ見つめていた。

「……わかった、話そう。少し長くなるが、いいか?」

「構いません」

 

 

 

 

 もう二度と語ることは無い。

 そう思っていたのに。

 あの記憶は、自分自身の血塗られた記憶であり、自分がなぜ最凶(奏多)と呼ばれたのかの、始まりの物語でもあった。

 だからこそ、この記憶は胸に閉じ込めておくべきであった。

 どうせ__話したところで誰も信じてもらえないんだから。

 だが、目の前の子供たちは、この話を聞きたがっている。

 それは、単なる好奇心ではないようで、奏多は少し、戸惑う。

 彼らは、全てを受け入れるつもりなのだ。

 自分の、血塗られた物語(過去)を。

 まぁ、一星から話は聞かせてもらってはいたが、彼らはどんなことがあろうと、仲間だと、何もかもを受け入れる。受け入れるにしても、必ず受け入れられない事実とかはあるはずなのに、彼らはそれらを一切感じさせない。本当に、自分を仲間だと思っているようで、少し嫌な気持ちになった。

 自分を含めた大人たちは皆____己の目的のために、彼らを利用しているだけに過ぎないというのに。

 どうして彼らが、そこまで人を信じられるのか。

 ずっと、不思議で仕方なかった。

 

 ***

 

「お前たちは生まれていないし、お前たちの祖父母もまた、生まれてはいない、そんな昔の話だ。

 この時の俺はまだ、人間だった。だから、50年前の時点で、とっくに亡くなっているはずだった。だが、これから話すハーツアンロックの実験によって、俺は人としての尊厳と権利を失うことになってしまった。もちろん、これは誇張ではないし、これから話すことは、全てが本当だ。それでも聞きたいというのなら、俺は続きを話そう。

 150年前、俺は人間として、夜舞奏多として、花伽羅村で育ってきた。当時の花伽羅村は、まだ疫病の感染者を隔離するための村だと政府から認知されていたからな。あまり外との交流はなかった。それでも、俺は幸せだったんだよ。自分と同年代の友達と遊んで、家族と食事をする。そんな当たり前のことが、幸せだったんだ。それは、今でも恋しい。

 そんな中、俺に一通の手紙が届いた。

 当時起こっていた、戦争の兵士として、俺は選ばれたんだ。それは友達もそうだった。皆、驚いていたよ。

 外との交流が少ないから、今日本でなにが起きているのかもわからなかったし、戦争が起きているだなんてことすら知らなかった。やけに飛行機が多いなとは思ったが。

 外で戦争が起きている。そのことを、俺は手紙で知った。

 まだ年端もいかない中学の頃に任命されるということは、よほど危険な状態に追い込まれているのだろうか。と思って、俺は家族を守るために戦争に行くことにした。俺はちょうど子供達のリーダー的な存在だったから、友達も、同級生も、俺の説得によって、家族を守ろうと意気込んでいたよ。

 俺たちは家族から見送られながら、日本の軍事施設へと向かった。日本を守る軍だから、きっと銃を持って戦うのかな。って思っていた。

 だが、実際は違った。

 士官らしき人は言ったんだ。ハーツアンロックのことを。

 ハーツアンロックは、神と同等の力を手に入れることのできる、日本だけにしか許された能力。その能力を利用して、この戦争に勝とうと言った。

 だが、ハーツアンロックの所持者は日に日に減少していっている。そこで軍と政府がとった行動はなんだと思うか?

 …………そう。人工的に、解放することだ。まぁこの話は後ですることにしよう。

 それでサッカーの話になるんだが……どうしてサッカーの話になったかと? それはだな。150年より少し前に、サッカーは必殺技というものを見つけた。普通じゃありえないことを、普通にできる。これを、国は()()()と名付け、このサッカーを受け入れた。

 だが、その必殺技は、ハーツアンロックと同じく、兵器に使われることになった。

 当時はまだサッカー協会が必殺技の規定を定めていなかったからな。なんでもありだったんだろう。だから、戦争の道具としても扱えたんだ。そして、今みたいに必殺技も、手加減などできなかった。

 炎さえ出せば、街は火事にもできた時代だったからな。

 そして、日本はハーツアンロックと、必殺技を組み合わせた最強の軍隊を作り、この戦争に勝とうとしていた。

 先程も言ったが、当時のハーツアンロックは、お前たちのように心による解放ではなく、人工的に、機械による強制解放でしか、解放はできなかったんだ。

 だが、それは非道そのものだった。

 ハーツアンロックは闇の力。

 それを何と勘違いしたのか、軍は人としての感情、そして尊厳を無くすことによって、闇の力を手にすることが出来るものだと思ったんだ。

 そこからは、非道の毎日だった。

 感情の希薄を進行させるために、上層部からの暴力は当たり前だった。中には、本人の目の前で、家族を殺したりもしたらしい。これ以上は私の口からは言えないな。お前たちの教育も悪いしな。

 まぁそんなことをされても、俺たちはお互いを支え合って生きてきた。

 それでも、せっかく解放したハーツアンロックも、絶望と闇の力が許容範囲を超えて、ダークアンロックとして解放されたこともあった。その度に、また軍は新しい実験体を用意しての繰り返しで、仲間は消えていった。

 家族も殺され、友達も殺された。

 俺は、友達をここに連れてくるのは間違いだったのではないかと後悔したよ。

 あの時、俺が説得しなかったら、友達が殺されることもなかったんじゃないか?

 もっと強くなりたかった。

 もっと、強くなりたい。

 そんな考えがいつまでも浮かんで、俺は絶望に飲まれて___。

 ハーツアンロックを解放した。

 最凶のハーツアンロックとして。

 一人だけ、俺は生き残れたんだ。

 ダークアンロックでもない、正当のハーツアンロックとしてな。

 それで、ハーツアンロックを解放した俺は、兵士として、人間兵器として、多くの人を殺していった。どんなことをしたのかはあまり俺の口からは言えないが、普通に人を殺すことは当たり前だったんだ。当時はな。

 何人を殺しただろうかも、考えられなくなっていたんだ。

 それだけ、俺は感情が希薄になってしまっていた。

 だけど、ハーツアンロックを解放しても、俺への実験は続けられた。今度は、兵器としてどこまで強くなれるかを、俺の体を使って散々に実験させられた。

 四肢を人間兵器用に交換させられて、何かも分からない薬を飲まされて、心臓を二つに増やされて、俺は、俺は……。

 ……すまないな。少し乱れてしまった。

 実験に実験を重ねた俺だが……それからの記憶はないんだ。

 もう、人として考えることを無くしてしまったからな。

 ここからは、俺をほんの少しだけ人間に戻してくれた()使()から聞いた話になる。

 俺は、一瞬のうちに千人の人を殺せるほどに強くなった。

 だが、強くなりすぎたんだよ。

 もう体は、人を殺すことに快感を覚えて、殺すのをやめられなかった。戦争が終わった後でもな。

 それを軍と政府は想定していなかったかのか、俺を殺そうとした。だが、俺はどんな兵器も通じなかった。強くなりすぎたんだからな。

 もう、守るべき人もいないのに。

 そして、天使が俺を人に戻してくれるまでに、俺は5000万人の人を殺していたんだ。

 ……もう、後悔することもなかった。

 あぁ、自分は人間じゃなくて、兵器なんだって思ったよ。

 それから俺は、逃げる……いや、無感情のまま、この日本を去った。自分はもう日本の人間だという資格はないと思っていたわけじゃない。ただ、もう兵器となった自分に、居場所なんてないんだってな。

 そして___俺は軍によって殺されたということで、この大量惨殺戦争は終わった。そして、自分たちがこの兵器を生み出したということを知られなくなった世界の偉い人達は、ハーツアンロックのことを秘匿した。

 メディアに根回しして、ハーツアンロックは、最初から存在しなかったことにしたんだ。あんなに、多用していた癖に。

 それから俺は、何とか天使からもらった人間としての心を持って、今を生きている。

 5000万人の人への償いもあったが、俺は俺のために生きることにした。

 サッカーを教え、その気になれば騒動を解決する仲介役となってな。

 まぁ、それも、結局はただの兵器である俺の自己満足なのだがな__」

 

 

 

 

 奏多の予想通り、彼らは驚いていた。

 目の前の人が人間ではないこと。約5000万人の人を殺したこと。第三次世界大戦とハーツアンロックの関係など、彼らの脳内はそれらのことで埋め尽くされていた。

「今のが150前の全てだ。といっても、まだ解明されていないことはある。何せ第三次世界大戦は、多くの謎を残して終戦したからな。まぁそれも、メディアの根回しだが……」

「……奏多さん」

 円堂は奏多に声をかけようとする。しかし、あまり声が出なかった。それもそうだ。恐怖、怯えなど、負の感情が脳内を埋めつくしていたんだから。

「どこかの国の政府は言った。ラストプロテクターのハーツアンロックを使えばいいとな……そして、最凶と呼ばれた俺のハーツアンロックを主軸に、ユースティティアの天使を駆逐するとな……」

 冷静に言う奏多に反して、彼らは困惑と同時に、恐怖も感じていた。文字通りこの場が戦慄したのだ。自分たちが生まれていない間、そんな非道的なことが起きていたのかという恐怖感もあったが、何よりそんなことを密かにやっていたなんてという国に対する不信感もあった。

 だが、最も動揺したのは円堂だろう。

 力のあるハーツアンロックが闇の力だということを聞き、円堂はその闇の力を上手に扱えるよう、危険のないように豪炎寺と鬼道と共にルールを作り出したのだ。だが、そのルールもこの世界では、通用などしなかった。

「俺は、お前たちを兵器にしたくない。もう、あのようなことをさせたくない。お前たちの手を汚させたくない。お前たちには、自由にサッカーをしてもらいたい。それだけだ………」

 奏多が眼を瞑ったその時、向こうから声が聞こえた。

「奏多さん、ですよね?」

 声をかけた人物は、黒服を身に纏っており、いかにも偉い人の部下と言う感じの風貌だった。

「そうだが……?」

「少し来てもらいます。そこの皆さんも」

 

 

 

 

「えっと、君は?」

 部屋の中は、明日人と狼以外いなかった。そのため、静寂が部屋を包んだ。

『僕は暁月。といっても、この怪異の名前じゃない』

「どういうこと?」

『この狼を通じて、僕の意識と君はこうして、話ができているんだ。だから、僕は暁月という人間の魂。この狼は、僕の体みたいなものだよ』

 明日人はとりあえず、この狼の体は、暁月の体のようなものであり、暁月は怪異本人ではないということを頭に入れ、話を続ける。

『……君は、稲森明日人。ラストプロテクターのキャプテンで、エレンに恋してる』

「こ、恋はしてないと思うけど……」

 顔が真っ赤な明日人は誤魔化そうとするも、暁月にはバレバレだった。

『そんな君に、こんなことを頼むのは気が引けるし、君を傷つけてしまうかもしれない。でも、聞いて欲しいんだ。とても大事なことだから』

 暁月は言い放った。

 

『エレンを、止めて欲しい』

 

「えっ……」

 明日人は、頭が真っ白になる。

『エレンは今、この世界にある光と闇を集めている。それを集めて何をしようとしているかは、だいたい予想ができる。エレンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ』

「エレンが……?」

 確かに、エレンは言っていた。

 父親とは別の形で、世界を救うと。

 だが、それが彼女が望む世界を救う方法なのかと聞かれたら、すぐには答えられない。

「……エレンは、この世界のことを愛しているんだよ。だから、この世界を捨てるなんてことはしない。もし世界を再構築しようとするなら、きっとなにか理由があるんだよ」

『……そうだよね。やっぱり、君は、君だ。エレンのことが、大好きなんだね。………うん、説明するよ。僕は………』

 

『君の、前世なんだよ』

 

 

 嗚呼__止まらない。

 闇が、血が。

 



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第四十三話 太陽の如く燃えし心

ついに、ついに来ました。
この物語内では主人公のハーツアンロックがついに来ました。
というより、彼の化身アームド的なものが見たくて、この小説を書き始めたようなものですが、一年半年の月日で、やっと目的を実行できました。
これからも、この小説を宜しくお願い致します。


「君が……俺の前世!?」

 目の前の狼の告げることに、明日人は驚いた。前世とか、来世とか、そういうのは占いとか漫画とかだけの話かと思っていたのに、どうやら全然違っていたみたいだ。表情からして、(狼だからわかりづらいが)暁月の言っていることに嘘偽りはないみたいだし。

『うん、驚くのも無理はないよね……君の前世だった僕は、こことは違う別の場所、別の時間で、瀕死状態になっていた。僕には世界を理想郷にするという使命があったんだけど、その使命すら叶えられないほど、傷がついてて、地面に突っ伏せていたんだ。そしたら、そこに天使のエレンがやってきて、僕は思わず頼んだんだよ。この世界を、お願いって』

「…………えっと、あまり話が飲み込めないな……」

 別の時間、別の場所と言われても、いまいち明日人にはピンと来なかった。別の時間ということは、こことは別の時代なのだろうか? とも考えたが、野坂のように今の話と過去の話を混ぜ合わせて答えを見つけることはできないため、ただこうやって頭を悩ませることしかできなかった。

『ごめん、結論から言うとね……エレンを見守って欲しい』

「え、でもさっきは止めてって……」

『うん。僕も最初はそう思っていた。エレンは今もあの頃のままで、世界を壊して新たに再構築しようとしているんじゃないかって。でも、君の目を通じた思い出の中を見て理解したよ。君と話している時のエレンの目は、とても優しそうにしていたからね。それにね、君はエレンのことが大好きで、本当に大事に思っているんだってこともね』

 すると暁月は、後ろ足を折りたたんで、地面に伏せた。ごめんという仕草のつもりなのだろう。犬を飼ったことはないが。

『……君なら、きっとエレンをあの時のようにさせないことが出来る』

 あの時と、暁月は言う。それは、世界を再構築しようするエレンの姿なのだろう。と明日人は解釈する。

「そうだったんだ……なんだか、複雑な気持ちだな。前世でもエレンに会えていたことは嬉しいけど、そのせいで世界が再構築されそうになっていたもんな。嬉しいのか悲しいのか、わかんないや。正直、暁月の話を聞いて、出来れば嘘であって欲しいなって思った。エレンは優しいから、そんなことしないと思っていた」

 しかし、自分の前世である暁月__そしてその話を聞いて、これは嘘ではないと明日人は実感した。

 彼女が世界を再構築する。

 それは、人々への救済のよう。

 しかし、その先にあるものはわからない。世界を再構築する理由は、なんなのだろうか?

 それを、明日人は知りたかった。

「でも、違うんだよな。エレンはそんなことしないって言いきれるなら、必ずそこにエレンが世界を再構築しようと思えるほどの理由が必ずあるはずだよ。それが、暁月の願いを叶えるためなのか、それとも別の何かがあって、俺に何も言えないでいたのかもしれない。だから、俺はエレンのことを理解したい。それで、エレンが間違った道へ行こうとしているのなら、止めたい。それが、君の来世である俺ができることだから」

 立ち上がり、胸に手を当てて意気込む明日人を見て、暁月は口を緩める。

『……凄いね、明日人は。僕だったら、そんなこと考えられない。君は、誰かが何をしようとしていたとしても、絶対に信じ、人を正しい方向に進めることが出来る素敵な心を持っているんだね。綺麗事かもしれないけど、愛の力って本当に、いい意味でも悪い意味でも、自分に大きな力を与えてくれるよ』

 愛の力と暁月が言うと、明日人は少し顔を赤らめた。

 しかし、本当のことだ。もしも、あの世界に愛という言葉があれば、エレンはあの時のようにはならなかったかもしれないのだから。

『……明日人、今からタイの王城に向かおう。そこに仲間もいるけど、今はとても危険な状態だ。仲間を救うためにも、君に、僕の力をあげる。君なら、この力をちゃんと扱えるはずだよ。さぁ……』

 暁月の体は、光の粒となって明日人の体内に入り込む。すると、ズボンのポケットが光り出した。その光の元である刀のキーホルダーを取り出した明日人は、そのキーホルダーが白い刃と赤い柄の刀になっていることに気がついた。

 

 ***

 

 黒服たちは、自分達をこの国の王様の部下であることを告げた。そして、この国の王が円堂達に用があるようで、円堂達をリムジンに乗せた。円堂達は、この国の王に会えるということで、どんな王なのかと好奇心をくすぐられ、わくわくしている者もいれば、なんで呼びつけたんだろう、まさか何かしてしまったのだろうか? と緊張感に襲われている者もいた。だが、それでもリムジンは走り続け、彼らを王城へと送る。

「にしても……なんで俺たちを呼んだんだろうな」

「……もしかしたら、明日人のことで話があるのかもな。ほら、ユースティティアの天使に捕まっただろ?」

 剛陣は、王がなぜ自分たちを呼んだのかということに疑問を持つ。それに、氷浦が明日人への心配をしつつ答える。

「王ってことは、この国の王様なんだよね。私達に何か大事な話があるって部下の人は言っていたみたいだけど、なんだろう……」

「話がどんな内容であれ、王様の所に向かうんだから、ちゃんとしていないとね」

 野坂と夜舞は、明日人がいないからか、少し美味しくないお茶を飲みつつ、現状をまとめていた。

「……茜」

「どうしたの? 凌兵」

「この国の王……なんか胡散臭いぜ。危険な匂いがしやがる」

「うーん、確かに急に呼び出されたから、少しびっくりするけど……」

 自分の隣に座る灰崎を見ながら、茜は考える。すると、首元に赤い何かが巻かれた。

「これはお守りだ……巻いておけ」

 灰崎の首が見える。どうやらマフラーを巻いてくれたようだ。しかし、茜からしたら、灰崎の方が心配だ。何か、灰崎が灰崎ではない感じがして、少し違和感を抱く。

 

 

 

 リムジンはしばらく道を進んだ。そして、タイの王城への門を通り、その入口でリムジンは停められた。日本でいえば、国会のようなものに、円堂たちはこれから踏み入れるということに、円堂たちは心張り詰める。

 黒服の男たちに案内されて、円堂たちは王室に通された。タイの王が座る王座の横には、色んな国の王が集まっており、彼らに緊迫感を与えてくる。

「王様、連れてまいりました」

 先ほどの黒服の男達が下がり、いよいよ王室には、円堂達とそれぞれの国の王たちだけになってしまった。

 とりあえずと、野坂がファンタジー小説のように王たちの前に膝をつくと、円堂たちも野坂の姿勢を真似て、王に頭を下げる。

「……君たちが、あのラストプロテクター・アースか?」

「え、えっと……」

 すると、タイ全体を統べる王が、重い口を開いた。それに坂野上が、どう反応すればいいのかと悩んでいる。気さくに反応するのはアウトだろうし、だからって敬語で話しても、もしかしたら失礼な言葉になってしまうのではないか? と考えていると。

「はい、その通りでございます」

 にっこりと王に微笑んだ野坂が、王に返答する。

「よ、よかった……」

 野坂がフォローしてくれたおかげで、とりあえずは安心した坂野上。

「昇くん、いつも通りでいいと思うけど」

「だ、駄目だよ! もし失礼なことを言ったら、その、死刑にされるかもしれないし!」

 坂野上と咲は、小声で話したと思っていたようだが、どうやら会話内容は聞かれていたようで、王たちがドっと笑った。

「ハッハッハ、死刑にはしないよ。君たちはユースティティアの天使と戦ってくれてるからね。そう簡単には殺さないよ」

 死刑にはしない。そのことに、とりあえずは命の危険はないなと、坂野上は心の底から安心する。

「大臣、この者たちにココアを」

「はい」

 大臣と呼ばれた男は、別の部屋に向かった後、人数分のココアを持って円堂達のところにやってくる。

「まぁそうかしこまらず、ゆっくりと話をしようじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

 大臣からココアを受け取った円堂達は、ありがたくそれを飲むことにした。

「さて、本題に入ろう。ハーツアンロックの真実__君たちは知っているかな?」

 ココアを飲みつつ、円堂たちは王からの話を聞いていた。すると、王は円堂たちにハーツアンロックについてのことを話してきた。

「……はい」

 それに、円堂は覚悟を決めて、頷いた。

「あれは、この世界では秘匿されてきたものだとしても?」

「はい、知りました。それでも、僕達はこのハーツアンロックを使って、ユースティティアの天使に勝ちたいと思う処分です」

「…………」

 ハーツアンロックの真実を知ろうとも、自分たちはハーツアンロックを兵器としてではなく、大切なものを守るために使うと、野坂は王に言う。

「……そろそろ潮時か」

 野坂の意見に王が考えている__かに見えたそれは、ただの思い込みだったのだろう。王はさも計画を実行すると言いたげに口を開いた。

「野坂さん!?」

 その後に、野坂が突然床に倒れた。普通なら参謀である西蔭も、一星と同様に反応しそうなものだが、実際には西蔭も倒れており、声が出たのは一星だけだった。

「タツヤ! 砂木沼!」

「みんな!」

 その間にも、周りの仲間たちは次々に倒れていく。その状況に、残された一星たちはあっけにとられるしかなかった。

「どういうことだこれはっ!」

 ヒロトは倒れているタツヤの元に行き、必死に体を揺さぶって起こそうとしているが、全く起きる気配がない。腕を動かす度に、ヒロトの不安は高まっていく。

「どういうことも……君たちは知りすぎたんだよ」

 その懸命な行動を嘲笑うかのように、王たちはただ円堂達を見つめている。まるで、そんなことをしても無駄だと言いたげに。

「何をですかっ!」

「ハーツアンロック……昔、その力を使って、大いなる幸福を手に入れたとされる能力……その真実は、知られてはいけないものだ。現に、我々もハーツアンロックの解放のため、多くの実験をしてきたが、全て失敗に終わった。そして今、その真実が世界中に暴かれてしまった」

 世界中に暴かれた? その言葉に一星は疑問を感じた。あの時奏多が話した真実は、自分たちにだけ教えてくれたものだ。あの状況で世界中に話す理由がない。

「そのため、我々の地位が地に落ちることになりかねないのだ。悪いが、ハーツアンロックを持つもの、そして後に解放が予定されるような人物には、ここで死んでもらわなければならないのだ」

「ふざけんじゃねぇ!」

 さっきまで死刑にはしないと言っていたはずなのに、死んでくれなんてあまりに理不尽な行動に、ヒロトは怒りによってハーツアンロックをする。

「いや、死んでもらうは違うな。利用させてもらうが正しいかな? まぁどちらにしても、ハーツアンロックは戦争の道具ではないと主張する君たちの考えは、とても理解できないな」

「だとしてもだ! 確かにハーツアンロックを巡って、人は間違いを犯したかもしれない! だけど、その間違いを直していくのが王様たちの役目だろ!」

 円堂は拳を握りしめると、倒れた彼らの前に立った。

「しかし、現にここに集まっている王たちは、早くお前たちを殺して欲しいと言っているが……」

「そんな勝手……うっ……!」

 フロイが王に向かって前に出たその時だった。フロイの頭と瞼が重くなり、重力にしたがってフロイの体は前に倒れる。

「フロイ!?」

「実は、お前たちの飲んだココアには、ハーツアンロックを持つ者でも必ず睡魔に落ちる睡眠薬を使った。しばらくは起きられまい……この世界の王になるのは、お前たちでなければユースティティアの天使でもない。この私たちだ」

 王が円堂たちに話している間にも、ヒロト、一星と次々に王室に倒れていく。それでも、円堂は決して眠ってはいけないと踏ん張っていたが____。

「____明日人」

 本能には勝てず、円堂は今いないキャプテンの名前を言いながら、目を瞑った。

 

 ***

 

 王城に来ていたのは、円堂たちだけではなかった。ユースティティアの天使の中で最上位の存在、熾天使のエレンは、日傘を槍に変え、警備員を蹴散らしながら城の奥へと歩みを進める。

 円堂達がここに来ているのはわかっていた。だが、まさか国ほとんどの王が皆グルだとは思わなかった。ハーツアンロックが、あんな形で生み出されていた。そしてその被害者にして、最凶のハーツアンロックを持つ者が、夜舞奏多。統率者としての目でみれば、奏多はハーツアンロックを使うことはないため、最強のハーツアンロックのせいでユースティティアの天使が全滅するなんてことはないだろう。とエレンは考えていた。

 だが、こんなの酷すぎるだろう。

 しかし、今は彼らのことを考えている猶予はない。一刻も早く指定された場所に向かわなくては。

「…………」

 薄暗い廊下の奥にある、大きな扉をエレンは開ける。重いそれは、まさに秘匿というに相応しく、重苦しい雰囲気を漂わせていた。

「さぁ来たわよ? 私を呼び出してなんのつもりかは分からないけれど、メリーを返してくれるかしら?」

 中は暗闇だったが、エレンはそれでもおもむろに両手を広げ、敵の遭遇を待つ。

 エレンは敵___政府に攫われたメリーを助けるために、単身で王城に乗り込んでいたのだ。メリーは一人で地上を観察していたところを政府によって捕まっており、それを聞いてエレンは単身で乗り込んできたのだ。

 だが、いつまで経っても、敵らしき人物は見当たらない。

「……メリー?」

 それどころか、暗闇の向こうでメリーの特徴の一つとも言える、赤い髪が目立っていた。

「あ、エレンお姉さま!」

 メリーはエレンの存在に気がついたのか、こちらを振り向き、胸元に抱きついてくる。

「怖かった! すごく怖かったよぉ!」

 メリーは涙をエレンの胸元に濡らしているが、それに対し、エレンの目は冷たいままだった。

「……貴方、メリーではないわね」

「エレンお姉さま? そんなわけないよ、私メリーだよ?」

 それどころか目の前のメリーを本物ではないと言い、それにメリーは困惑する。

「正体を見せなさい。今なら殺さないで済ませてあげるから」

 槍が剣に変わったその時だ。

 目の前のメリーはスライム状に溶けていき、床に染み込んでいく。

 その直後、エレンは謎の衝撃によって吹き飛ばされた。その拍子に剣を落としてしまい、エレンの両手は謎の枷によって拘束された。

「___!?」

「おやおや、私の作ったサイボーグに気づくとは、流石はフォルセティの一人娘にして熾天使だ」

 何者かが拍手をしながら近づいてくる。その存在に気がついた後、部屋に明かりが灯る。この部屋は研究室のようで、白衣を纏った人々とそのリーダー、様々な機械がある中で、檻の中に囚われ眠っているメリー。

 そして、己を捕らえている円状の機械。

「……レンから聞いたわ。貴方たち、メリーを捕らえてどうするつもりなのかしら」

 拘束されるとは思わなかったが、それでもエレンは余裕そうに目の前のリーダー格の研究員と話す。

「それは言えないね。何せ王からの命令だから。さて、今度はこっちだよ。ユースティティアの天使、そして世界を救おうとする理由と、サッカーを禁止にした理由が聞きたいんだよ」

 機械の枷によって四肢を囚われたエレンは、今も尚自分たちの過ちに気づかぬ人間に向けて、ため息をついた。

「……世界を救うという意志に、理由はいらないわ。それに、サッカーのことは貴方たちも知っているでしょう? 貴方たちがサッカーだけでなく、多くのスポーツで金を動かして、戦争を起こしているから、お父さまはサッカーを禁止にしたのよ」

「それは困るよ。戦争があるからこそ、平和がより輝いて見えるし、何より今のサッカーは、巨大なビジネスだよ。今更昔のサッカーには戻せない」

「……それもそうね。争いがあるからこそ、人は理想郷を望み、更なる高みへと人は歩み出す。争いがなかったら、人はそこで歩みを止めてしまう。それでも、私たちは人を救う使命があるのよ。だから、サッカーを渡すわけにはいかないわ」

「わかっているじゃないか。でもね、」

 研究員が部下に命令し、その部下が機械を操作したその時だ。

「……___!?」

 天使の体に電流が走る。それは闇を含んだ電気であり、聖なる天使の体には通常の電気拷問以上の苦痛となっており、拘束されたエレンはただ喘ぐことしか出来なかった。

「ッ……!!」

 それでもなお声を噛み殺し、長い髪を揺らして痛みを逃がそうとする。

「この世界はもう神様のものじゃないんだよ。今更、天使と人が共存なんてできるわけが無いの、わかるだろう?」

 確かに、今の地上はもう神のものではなくなった。今では神が創った人間が地上を牛耳っており、皆政府という国の代表の元に、それぞれが平和に暮らしている。だが、今の世界は闇に呑まれ、嘘だらけの世界とかしている。だからこそ、ユースティティアの天使は世界を救おうと、この世界に降りているのだ。

 だが___だが、いつからそんな風に、この世界は自分達の者だと威張り散らしているのか。

 それがムカついた。といえば言い訳になるかもしれないが、本当にムカついたのだ。

「……ここまでくると、さすがに擁護できないわ……ハーツアンロックの真実を貴方達は知っているかしら? 貴方達の実験のせいで、多くの人が死んでいったのよ? それを無かったことにして、罪から逃れようとするのは流石にちょっとおイタが過ぎるわよ。本当に人を導く人なら、過ちから学んでほしいものね」

 ここまで人に怒ったのはおそらく初めてだ。しかし、殺すわけではない。

 そこの理性はちゃんとしている。

「それがなんだと……」

「う、うわっ!」

 その時だ。研究員の部下が持っていたアンシャルの剣が震えだし、それは勢いよくエレンの右手へと渡り、力を込める。すると、エレンを貼り付けていたはずの機械は、枷から壊れ始め、最終的には瓦礫とかしてしまった。

『さぁ、嵐に震えて眠れ。貴方たちの命は、こちらが握っている!』

 

『フィーネ・デュオヴェント!』

 

 エレンが剣を天に掲げると、剣は風を纏い、さらにこの研究室に暴風を吹かせる。

「うわあああっ!」

 ありえない出来事に、研究員は震えだし、悲鳴をあげる。しかし、嵐は止むことなく、研究室の物資を滅茶苦茶にしてしまうの風を吹かせる。

『エレン!』

 その時だ。研究室のドアが勢いよく開かれ、中から明日人を含めたレンとミラがやってくる。

「明日人……?」

「エレン、ここは私に任せろ」

 エレンは明日人の存在に驚いていたようだが、レンは構わず前に出て、札を研究員たちに投げる。札は一枚から複数枚に分かれ、それは縄のように研究員たちに巻きついた。

「レンさんが捕まえたみたいですわね。エレン、一旦落ち着きましょう」

 エレンは、ミラに落ち着くよう促される。本当ならあの研究員たちにおしおきをしたかったが、明日人の前だ。そんな大人気ないことは出来ないなと、エレンは剣を降ろした。

「わかったわ。ところでメリーは無事かしら?」

「メリーなら、私が助け出した」

 すると、レンがエレンに、助け出されたメリーの存在を見せる。メリーはレンの腕の中にあり、眠っている。

 その存在を認知したエレンは、明日人に向き直った。

「そう……明日人、すぐに広場に向かいなさい。そろそろ、貴方の仲間たちが処刑されてしまう頃よ」

「……わかった」

 そろそろこの時が来たのだ。

 自分が、ハーツアンロックを使うこの日が。

「レン、ミラ、エレン。メリーをお願い。あとは俺がやる」

 すると、明日人は右手を前に出す。すると、手のひらには赤い柄、その左には白い刃の刀が現れ、レンたちを圧倒させる。

「走れ光……灯れ焔……太陽の輝きをここに……」

 

『ハーツアンロック、リライズ!』

 

 明日人が刀に向けて力を込めると、剣から光が溢れ出し、明日人の体を包む。その光が弾けると、明日人の体は一変した。

 頭には白狼の耳。

 髪は銀色に伸び、それをひとつに纏めている。

 神々しさを感じさせる袴。

 そして、炎を纏う刀は、神様にも感じた。

「皆、今助けに行くよ」

 

 

 誰かを思い、誰かを助けたいというその心こそ、

  まさに太陽。

 

 

 

 

 



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第四十四話 閃光サンライズ

二次創作してて嬉しいことは誰かがそのファンアートを描いてくれること(ここで言うな)


 王城の広場ともいえる中庭では、円堂たちが捕まっており、これから来るであろう処刑を待っていた。逃げようにも縄で腕を拘束されており、一人でも逃げれば一人殺すと脅されていたため、逃げることは許されなかった。

「では、一番前に出ろ」

「……はい」

 一番と呼ばれた夜舞が立ち上がると、後ろから目隠しを施され、兵に連れられて処刑台へと歩く。方法は絞首刑であり、昔の処刑に使われていそうな木造の台に吊り下げられた輪っかに、夜舞の首が通される。

 今自分が立っている地面がなくなったら、自分はどうなってしまうのだろうか?

 そう考えるほど、目の前にある死について考えさせられる。

 考えるな。

 死を考えては怯えるだけだ。

 そう自分を制するも、死への恐怖を中学生が拭えるはずもなく、ただ刻を待っていた。

「……明日人くん」

 ぽつりと零した言葉を兵が気にする訳もなく、足場が動き始めた刹那。

「夜舞!」

 明日人の声が脳内で響く。その瞬間、兵の悲鳴と共に、木造の建造物が崩れる音がした。夜舞は目隠しをされて見えていなかったが、円堂たちにとっては、それはまるで閃光のようだった。

 若干明日人の面影がある銀髪の少年のの姿が見えた一瞬、少年はすぐに稲妻のような素早さで兵を気絶させ、おまけに絞首台を壊して夜舞を助けたのだから。

「明日人くん!」

 目隠しと縄を外された夜舞は、現在自分を抱き上げている人物を見て、すぐに彼に抱きついた。

「助けにきてくれたんだ……!」

 抱きつかれるとは思っていなかったが、明日人は「大丈夫だよ」と夜舞の背中を撫でながら、彼女を地面に降ろした。

『明日人!』

 円堂たちの目から、希望の光が見える。

「今助けるよ、皆!」

 明日人は刀の(ハバキ)部分に赤い布が巻かれた太刀を脇に構えると、足を強く地面に踏みしめた。

雷光ノ煌キ(らいこうのきらめき)!!』

 稲光のような速さで円堂達を走り抜けると、一瞬にして彼らを捕らえていた縄は解け、地面には斬られたであろう縄の切れ端が落ちていた。

「凄いじゃないか明日人!」

「明日人くんもハーツアンロックしたんですね!」

 円堂と一星は、明日人が助けに来てくれたということに嬉しさを感じており、目からは涙が滲んでいた。

「あれが明日人のハーツアンロックか!」

 圧倒的な素早さと、力強い攻撃力を持つ明日人のハーツアンロックに、剛陣は心が驚きと好奇心に跳ねる。

「凄いな……まるで、誰かの為を思って解放したみたいで、心が暖かいよ」

 氷浦は明日人のハーツアンロックを、誰かを守りたい、この手で受け止めたいという想いが伝わってくると表現する。

「稲森……お前なら、チームを任せられる」

 鬼道は、ハーツアンロックをした明日人を見てこう考えた。

 どこで自分たちが危ないと理解したのかは分からないが、それでも、来てくれて嬉しかったという思いがあった。

 ユースティティアに捕まって、怖かったはずだろう。

 だがそれでも、明日人は来てくれた。

 そして、自分たちを守った。

 ハーツアンロックが何であるかというのを理解している明日人なら、このチームのキャプテンは任せられる。

 今の明日人には、彼らを引っ張るリーダーとしての気高さを感じていたのだから。

「な、なぜだ……? ラストプロテクターのキャプテンがここに来ることも、ハーツアンロックをしてくることも予測していなかったぞ!」

 処刑現場を見ようと椅子に座っていた王は、動揺のあまり立ち上がり、明日人に向かって歩き出す。

 だが明日人は、仲間を危ない目にあわせたはずの王に剣を向けることはせず、ただ目で訴えかける。

「……王様。俺は先程のように、ハーツアンロックを兵器としてではなく、仲間を守る為に使いました。貴方にどんな境遇があるかは存じませんが、このように強大な力をちゃんと理解し、誰かのために使う人も居ることも知ってください。お願いします」

「戯言を……行け! 我が親衛隊よ!」

 しかし、王は明日人の説得に聞く耳をもたず、護衛の人間たちを呼び出し、明日人たちの周りを囲みだした。

 それは一歩一歩と歩んでいき、明日人たちはその度に後ずさりし、次第に体が密着していく。

「まぁ、このまま倒してもいいが、ハンデをやろう。ここはひとつ、サッカーで勝負だ。お前たちが勝てば、今回のところは見逃してやろう。だがお前たちが負ければ、ハーツアンロックのエネルギーを我がものとさせてもらうぞ」

 王の考えは、明日人のハーツアンロックを見ても変わらないようで、相変わらず傲慢な態度でハーツアンロックを自分のものにしようとしてくる。

「そう……ならば、儂らが勝ったら見逃してくれるかのぉ」

 老人語で話す青年の方を向くと、そこには奏多が立っており、いつものように扇子で口を隠していた。

「奏多さん!」

「明日人……ハーツアンロックを習得した以上、お主は絶対的にその力の制御をしなくてはならん。そして、使い方を誤らぬよう、この試合で修行をつけるといい」

「____はいっ!」

 

 ***

 

 試合は王城の地下にあるサッカーコートにて行われた。そこには実況の角馬王将はいるものの、観客はおらず、試合は秘匿に行われた。

 試合形式は三十分の前後半なしだ。しかし、負ければハーツアンロックの技術、そしてエネルギーが王たちのものとなってしまう。もし王たちのものになってしまえば、きっとよからぬことにエネルギーを使われるに違いない。それだけは避けるため、明日人たちは目の前の試合の準備を行っていた。

『皆、気をつけて欲しい。明日人の体はまだ、ハーツアンロックに対する浸透が上手くいっていない。だから、今の状況で明日人がハーツアンロックできる時間としては、累計で5()()が限界だから、気をつけて』

 ハーツアンロックを一度解いた明日人が試合の準備をしていると、暁月は狼の姿を纏ってラストプロテクター全員の前に現れ、明日人のハーツアンロックの説明を行った。

「五分、随分短いんだな……」

 砂木沼は五分という文字に対して、顎に手を当てた。

「まぁ、急じゃったのだろうな。光&ヒロトなどのハーツアンロックは、基本的には怪異を通して擬似的に行われるものじゃ。どうやら明日人のハーツアンロックは、怪異を通してではなく、その明日人が持っているデバイスによるものじゃろうな。明日人、少しポケットの中身を見せてはくれんかの」

「わかりました」

 ユニホームに着替えるために畳んだ私服のポケットから、明日人はひとつのキーホルダーを取りだした。

「……ふむ」

 それを見て、奏多は興味深そうに目を細める。

「そのデバイスには、先程の怪異の力が込められておるな。地上の秩序を保つ怪異が、そのような変化を行った例は見たことがないが、恐らく明日人の怪異は特別なのじゃろうな。じゃからこそ、少ししか変身できないのじゃよ」

「そうなんですか……」

 明日人はチラリと暁月の方を見つめる。

『僕もなるべく変身時間を伸ばせるよう頑張ってみるよ。だから、明日人は試合に集中して欲しい』

「分かった。でももし危険になったら、その時はお願い」

 明日人はキーホルダーをユニホームのポケットに入れると、試合を始める.

 

 GK 円堂守

 DF フロイ・ギリカナン

   夜舞月夜

   坂野上昇

 MF 稲森明日人

    野坂悠馬

    一星光

    鬼道有人

 FW 豪炎寺修也

    吉良ヒロト

    灰崎凌兵

 

 ラストプロテクターのチーム編成が決まったのを確認した審判は、試合開始のホイッスルを口に咥え、明日人たちに緊張感を与える。

 敵の親衛隊は、それぞれが普通の少年少女の姿をしており、とても王を守る親衛隊のようには見えなかった。その中でも特筆すべきが、長くて白い髪に、白にも近い水色の目をしたキャプテンの少年だ。

「……あの子」

 そのキャプテンの容姿を見た咲は、思わずベンチから立ち上がった。

「どうしたんですか? 咲さん」

「杏奈さん……大丈夫。ちょっとあの子が私の知り合いに似ていたから、まさかと思ったの。でも、ちょっと違ったみたい」

 咲が杏奈に向けてチロッと舌を出すと、試合は始まった。

 試合開始からしばらくの間、親衛隊は明日人たちのプレイングに手も足も出ない様子だった。フェイントも甘く、パスの軌道も読みやすい。まさか、サッカー初心者なのかとも疑った程だ。しかし、そんな彼らの中でも唯一ラストプロテクターに対等で戦えたのが、先ほど咲が知り合いに似ていると言ったキャプテンの少年だ。

「あの子、中々やりますね! 豪炎寺先輩!」

「あぁ、油断ならない相手だ」

 ボールを運んでいた豪炎寺がボールを奪われたのだから、実力は高い方だろう。彼は確実に前方へと進んでいる。

『おおっと! 親衛隊のキャプテンの()()()()、新人でありながら実力は高い模様です!』

 だが、実況は彼をアーロンと呼んだ。それに、咲は心臓が跳ねる。

「(……あの実況の言っていたとおりなら、なんでアーロンはあの親衛隊にいるんだろ……)」

 どうか同姓同名の別の人物であって欲しいと咲が願う中、試合は進んでいった。

 その時、親衛隊のイレブンバンドに通知が届いた。

『ハーツアンロックを使え』と。

「……断る」

 しかし、彼___アーロンはその指示に逆らい、シュートの体勢に入った。

『刹那的クロック』

 ボールを軽く蹴って宙に浮かせたアーロンは、そのボールが地面に落ちる刹那に、刃のように鋭い蹴りで、何度も何度もボールに力を込めた。そして、いい具合になったアーロンは、ボールに背を向けて指を鳴らし、シュートする。

 彼の髪が一瞬にして後ろに靡くほどの速さを持つシュートを前にして、坂野上がブロックする。

「させるか! 旋風のトルネード!!」

 巨大な竜巻にアーロンのシュートは巻きこまれ、勢いを殺していく。すると、ボールは竜巻の頂点に打ち上げられ、地面に落ちたボールを坂野上の足で止める。

『止めたァーーー!! 坂野上、アーロンのシュートを止めましたっ!』

「やった!」

 坂野上がガッツポーズをする中、アーロンはベンチにいる咲を横目で見ていた。

「……咲さん、すみません」

 一人でアーロンは咲に謝罪すると、またイレブンバンドに通知音が鳴る。

『ハーツアンロックを行え』

 しかし、その命令にアーロンはまた無視を行う。

「あれは人工……人工は本物のハーツアンロックには勝てません。ましてやそれを、貴方の勝利に貢献するような道具に使うとは、いくぶん無謀です」

 イレブンバンドの通知をミュートにした彼は、持ち場に戻る中、右手で少し指を鳴らしていた。何者かに合図を送るかのように。それが何を意味しているのかはわからないが、明日人たちは気にせず試合を進めることにした。

「……アーロン」

 咲たちが試合を見守る中、親衛隊の空気は変わっていた。まるで、キャプテンの彼を排除しろと、王に言われているかのような。

『明日人、敵の空気が変わったみたいだ。気をつけて』

「あぁ!」

 ボールをドリブルして走る明日人に、アーロンがボールを取ろうと迫ってくる。負けじと明日人が走り去ろうとしたその時だ。

「オラァッ!」

 何者かのスライディングによって、彼が転倒した。明日人が驚いて周りを見ると、どうやらスライディングをしたのは親衛隊の中では巨体の少年であり、アーロンは自分と間違われてスライディングされ、転倒したのかと明日人は察した。

「だ、大丈夫!?」

「……はい。どうやら僕は、少し相手を見誤ったようです」

 明日人は一度ボールをコートの外にやり、試合を一旦止め、彼に付き添った。

 コートの外に出された彼は、マネージャーがいない中、一人で足の怪我の応急処置を行おうとしていた。

「手伝うよ」

 すると、咲が彼の前に現れ、彼の代わりに応急処置を行った。マネージャーになってから少ししか経っていなかったが、それでも習ったことを活かして、彼女は彼の看病をした。

「ねぇアーロン。君は、あの親衛隊のキャプテンなの? 私からは、君がなんでここにいるのかはわからないけど……どうしてなの?」

「……今はとある事情でここにいます。貴方に迷惑をかけてしまったことはお詫びします。ですが、今は少しだけ、待っててください」

 すると、アーロンはまだ処置が終わっていないというのに、その場に立ち上がったのだ。

「僕の恩師のため、今は黙って試合をするわけにはいきませんから」

 そして、ゲートへと歩いていった。

「……アーロン?」 

『なんとぉ! ここでキャプテンのアーロン、試合を辞退すると監督に申し出ました! これは一体どういうことでしょうか!?』

 なんと、アーロンは試合を辞退し、試合から退場してしまったのだ。それを見た王は、仕方なく代わりを用意し、十一人で試合を再開させた。 

 試合再開後は、ラストプロテクターがボールを支配していた。だが、親衛隊の方で王からの通知が届いた瞬間、彼らの動きが変わった。

『……ハーツアンロック、起動』

 親衛隊がユニホームに隠された宝石を起動した直後、親衛隊全員が、簡易的な鎧に包まれた。しかし、それは明日人たちが使うハーツアンロックとは違うもので、全員を黒い鎧で纏っている。そのため、敵のハーツアンロックはまさに、闇の力という面を大きく表現していたのだ。

「相手もハーツアンロックを!?」

「でも、少し不気味だね……」

 灰崎と野坂の脳内が相手のハーツアンロックに対する警戒で埋め尽くされ、体の緊張が高まる。

「……違うよ、野坂」

「明日人くん?」

 明日人の様子のおかしさに、野坂は思わずどうしたのかと声をかける。

「あれは、ハーツアンロックなんかじゃないよ……」

「あぁ……ハーツアンロックをした時に見える光がねぇ」

「フロイのダークアンロックの時でも、光は少なからずありましたけど、あのハーツアンロックにはそんなものがありません!」

 明日人、ヒロト、一星は敵のハーツアンロックを見てから、何か衝撃を受けているようで、それは周りから見たら、動揺と受け取られただろう。

「光……?」

「光に闇があるように、闇にも必ず光はあるものなんだよ。そして、その闇の力であるハーツアンロックにも、光は存在する。絶望という力に対して、対抗する心によって生まれる力__それこそが、闇の力であるハーツアンロック唯一の光だ。だけど、あのハーツアンロックには、光なんてもの存在しない……あるいは、『悪意』だけで作られたようなハーツアンロックなんだよ……」

「ええっ!?」

 フロイの説明に、坂野上も明日人たちと同じく動揺する。

「簡単に言えば灰崎、あれは人工のハーツアンロック、()()()()()()と呼んだ方がいいかもな」

「ブリキ……」

 灰崎が何かを察すると、王は笑いだした。

「ブリキロック……それもいいかもしれないな。まぁ、そのブリキロックこそ、お前たちが眠っている間に搾取したハーツアンロックの光を利用したものだがね」

 眠っている間___という言葉に、彼らはあの時かとココアに入れられた睡眠薬で眠らされた時のことを思い出す。その間に搾取されたのかと考えたものの、今は試合に集中しなければならない。詳しいことは、勝った後に王から聞き出せばいい。

 しかし、相手がハーツアンロックしてから、動きが鋭くなった。先程までの初心者のような動きとは打って変わり、ラストプロテクターと同等に戦えるアーロン程の実力を手に入れたのだ。しかしそれでも、円堂達は何とかボールを繋ぎ、それは明日人の元に渡った。

「(俺もわかる……あの人たちからは、確かに光を感じない……でも)」

 敵をドリブルで抜ける中、明日人は考え込む。

「(あの人たち、とても苦しそうだ……)」

 まるで、ハーツアンロックによって心を締め付けられているかのような。そんな苦しみを明日人は感じていた。

 それは目に見えてわかることで、彼らは今にも倒れそうになっているほど、体力が奪われている。やはり、あの人工ハーツアンロック、ブリキロックのせいなのだろうか。

 すると、いつの間にかか明日人は四人の相手に取り囲まれており、パスをしようにもルートは遮られていた。

「……やるしかない、ハーツアンロック・リライズ!!」

 明日人は右手から、白い刃と赤い布の刀を実体化させると、刀に力を込め、ハーツアンロックを行った。月と太陽をイメージした和服の衣装。狼の耳。そして、銀色の髪はまるで神様のようだ。

「ハーツアンロックの結果が出ました。稲森くんのハーツアンロックは、天照大神のようです」

 杏奈はスペクトルハーツという端末を通して明日人のハーツアンロックを調べており、その結果内容を報告する。

「天照?」

「天照大神は、日本神話の神様にして、高天原という神様の住む世界の最高神を務めているんだ」

「太陽の神様で、女神とも言われていたけど、ちまたでは男神ではないかとも言われているね」

 剛陣の問いに、水神矢とアフロディは、天照大神の解説を挟んだ。

「行くぞ! 雷光ノ煌キ!!」

 ボールを運ぶと同時に、四人の相手を閃光の刃で斬ると、彼らの体に変化が訪れた。彼らのハーツアンロックの要となっていた宝石が壊れ、彼らのハーツアンロックが解かれる。

「ブ、ブリキロックが解除された!?」

 風丸は、明日人に斬られたことでブリキロックが解除されたその光景に驚いており、そして誰もが新たな新機能に仰天していた。

「……今すぐハーツアンロックを解くんだ!」

 すると、明日人は親衛隊の選手達に向けて、ダークアンロックの解除を要請した。

「そのハーツアンロックは、君たちの心を蝕んでいる! 解かないと……君たちの心が壊れちゃうんだ!」

 明日人は、先程敵を斬ってブリキロックを解除した際に、その敵の心がブリキロックによって蝕まれていることを刀を通して改めて知ることが出来た。そのため、早いうちに解除して欲しいと明日人は考え、敵に要請したのだ。

「なるほどのぅ……あのブリキロックは、本物に劣る上に、精神を蝕むものなんじゃな」

「精神を蝕むって……それって、心が壊れちゃうってことですか!?」

 奏多の言うことに、大谷は精神が蝕まれることを、心が壊れると解釈する。

ハーツアンロック(本物)ブリキロック(偽物)も、ハーツアンロックをする際は主に使用者の心を基準にしているんじゃよ。闇に抗う希望の心。それが、ハーツアンロックを起動する上で大事なことじゃ。だが、ブリキロックはその絶望に抗う心がないからこそ、あえて精神を無理やり蝕み、その反発する心によって、ブリキロックを保っていると予測した方がよかろう」

「そんな……」

 奏多の説明を聞いて、大谷は明日人の方を見る。

「戯言を……」

 明日人の警告を無視した敵は、明日人に向かって走っていく。

『ダークスラッシュ』

 敵は右に蹴り出す足を鎌の刃に変えると、その遠心力で明日人を斬った。

「ぐわああぁっ!」

 その瞬間、明日人は大きく吹き飛ばされると共に心臓が急激に痛みだし、明日人は地面に倒れた。そして、ハーツアンロックが解けてしまった。

「明日人くん!」

「明日人!!」

 一星と灰崎がすぐに明日人に駆けつけると、うつ伏せに倒れる明日人を仰向けにする。

「これはっ……光が奪われている?」

「なんだって?」

「フロイが言った通り、ハーツアンロックの光は、いわばパワーのようなものです。恐らく明日人くんは、さっき斬られた拍子に、その光を奪われたんでしょう……」

「じゃあ、むやみにハーツアンロックは出来ねぇってことか……」

 灰崎と一星が明日人を起こす中、敵はボールをゴールへと運んでいく。

『ダークスラッシュ!』

 光を奪うのはどうやらハーツアンロックだけではなく、普通の状態でも通用するようだった。光を奪われると、精神が闇の心、負の感情に支配されかける。そんな状態で、試合は難しかった。

『ダークボール!』

『虹弓のゴッドヴァジュラ!!』

 円堂がなんとかボールを止めたものの、通常より体力の消耗が激しすぎる。これではいつか体力をなくした所を狙われるだろう。

「まずいな……」

 円堂が膝に手をついていた時だ。

 横に、明日人の刀があった。先程ダークスラッシュで斬られた時に吹き飛ばされてしまったのだろうか。そう円堂は考えた。

「……これは、明日人の刀? ……よし」

 明日人はボールを遠くに蹴ると同時に、刀を風丸にパスする。

「風丸! それを明日人の所にまで届けてくれ!」

「円堂……あぁ!」

 円堂の行動の意図を読み取った風丸は、ボールが宙に飛んでいる間に、どうにか刀を届けようとする。

「フロイ!」

「あぁ! ツクヨ!」

「わかった!」

『なんとぉ! 明日人のデバイスを、次々に仲間が繋いでいきます!』

 ボールはまだ空の上。

「明日人!!」

 灰崎が明日人へと刀を投げる。すると、明日人はそれを右手でキャッチする。

「ありがとう、皆」

 それと同時に、明日人の元にボールが落ちる。

 そのため、親衛隊は自分たちのゴールががら空きの状態となり、いつでも明日人がシュートできる状態になった。

「ハーツアンロック、リライズ!!」

 刀を脇に構えながら、明日人はボールをドリブルする。その間に明日人はハーツアンロックを行い、瞬時に姿を変える。

陽ノ光・雷鳴如(ひのひかりらいめいのごとく)!!』

 サンライズブリッツのようにボールを宙に浮かせた明日人は、刀を宙に投げ、ボールを何度も蹴る。そして、五回のキックの後に投げていた刀をキャッチし、最後に炎の刃でボールを斬ってシュートした。

『ダークナイト!!』

 それに対し、敵は闇の力を持つ騎士を召喚し、その鋼の盾でゴールを守る。しかし、そのボールには太陽のような炎をまとっていたため、盾は溶け始め、ナイトは消えていく。

『ゴーールッ! 明日人、一点を決めました!』

 その直後に、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

 明日人達は試合の勝利を喜びあっており、歓喜に包まれていた。

「さぁて……問い詰めるとするか」

「そうだな、灰崎」

 ヒロトと灰崎は、王にジリジリと近づき、訳を問い詰めようとする。

「グッ、ここは一旦退却だ!」

 しかし、王が閃光弾を投げると、スタジアムは光に包まれ、王と親衛隊はいなくなってしまった。

「チッ、逃げられちまった!」

「でも灰崎くん。あの王様はもう玉座に座ることはもうないよ。ほら」

 悔しがる灰崎に野坂が取りだしたのは、ボイスレコーダーと録画を終えたスマホだった。

「王城なんて中々見れるものじゃないから、録音と録画共に配信していたら、いっぱい反応が来ちゃった」

「お前……中々やることがゲスいな」

「そうかな?」

 まぁ確かに、これでもうあの王様は二度と玉座に座ることは無いだろう。あんな王がこの国にいるのは御免だ。

『皆、無事か!?』

 すると、ベルナルド達がこちらに向かって走ってくる。急いできたのか、額には汗が滲んでいる。

「ベルナルド監督!」

「明日人、君がユースティティアの天使に連れてかれたと聞いて、心配でこちらに来てしまった」

「すみません監督……」

「まぁまぁベルナルドよ。今回は儂の責任じゃよ。怒るなら、儂にしてくれ」

 奏多は明日人の頭をポンっと撫で、明日人を許すようベルナルドに目線で訴える。それに、ベルナルドはため息をついた。

 

 

 

 光のように速く、

  炎のように強く。

 

 




 久方ぶりのあとがき

 正直なところ、戦神で新要素を追加して欲しかった。なんと言いますか、GOで言う化身アームドとか、この小説で言うハーツアンロックとか、追加して欲しかったですね。
 まぁこの小説自体明日人たちの化身アームドみたいなーって感じで書いたようなものなので、あまりストーリーとかは気にしないで見てください。
 


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第四十五話 新章

大変申し訳ございませんでした。
設定の整理と新たなジャンルにはまったせいで、次回の投稿が大幅に遅れてしまいました。
このようにつたない文章と投稿頻度ですが、何卒宜しくお願い致します。



 狼の怪異アカツキが明日人に力を与えたおかげで、円堂たちラストプロテクターの選手は明日人のハーツアンロックによって国からの理不尽な刑から逃れることができた。しかし、ハーツアンロックの真実を知ってしまった彼らを逃したくはないのか、タイの王は試合をもちかけた。だがその親衛隊が明日人たちに見せたのは、国が人工的に造ったハーツアンロックの偽物、ブリキロックであった。

 ブリキロックはハーツアンロックの偽物というだけはあり、ハーツアンロック所持者からすれば「悪意だけで造られたハーツアンロック」と感じていたのだ。

 おまけに、アイドルでありマネージャーでもあり咲の知り合いでもあるアーロン・クロノスピュライが親衛隊の中にいたのだ。だが彼は、王からの命令に逆らったことで他のメンバーからの攻撃を受け、棄権することになってしまったのだ。咲が心配して駆けつけたが、アーロンは先に一言だけつぶやいて去ってしまったのだ。

「アーロン……」

「咲さん、少し聞いちゃったんだけど、そのアーロンっていう人は誰なの?」

「昇くん……うん、アーロンとは友達なの。アーロンは、中学生ながら世界と渡り合えるほどの技術の高い演奏をするヴァイオリニストとして有名で、何度もアーロンとペアを組んだことがあるんだ」

 地下宮廷を脱出した坂野上たちは、監督たちが用意したバスの中に乗り込んでおり、坂野上は咲からアーロンという少年について聞いていた。

「でも、俺からしたらそのアーロンっていう男の子、ちょっとしか見えなかったけどとてもサッカーが上手く見えたよ。咲さんはアーロンがサッカー上手いってこと知ってる?」

「ううん、私があそこでサッカーをしているところを見るまで知らなかった。アーロンはね、あまり自分のことを話してくれないから」

 アーロンのことを尋ねようとしても、語るほどのものはありませんよ、ってはぐらかしてくるの。と付け加えながら、咲は言った。

「自分のことを人に話してくれないだね……そりゃあ、話したくないことだってあるのかもしれないし、無理に聞けないね」

「そうなの」

 それを区切りに、咲と坂野上はアーロンの話をすることをやめた。

「明日人くん、大丈夫かい?」

「あいつらに何かされたか?」

 試合が終わり、改めて明日人が無事だということに安心しきった夜舞たちは、バスの中で明日人に話しかけた。

「ちょっと怖かったけど、アカツキがいたから大丈夫だよ」

 ほら、と明日人は灰崎達の前にアカツキをを見せる。今まで一瞬しか見えなかった明日人の怪異。白い毛並みに赤い目。そして、顔にはペイントが塗られている。そのため、四人はアカツキをまるで神様みたいだと思った。

「そのアカツキっていうの、ときどき明日人くんを守っていたよね。遊園地のときみたいに、ユースティティアの天使に連れていかれそうになったときとか、大体現れていた。それで今になって明日人くんにハーツアンロックの力を貸したってことだね。ありがとう、明日人くんを守ってくれて」

 夜舞は自分たちの前に現れた狼の怪異を見て、お礼を言った。

「実はさ夜舞、俺もあまり実感がわかないけど、アカツキは俺の前世みたいなんだ」

 その明日人の一言に、四人は驚愕した。

「ぜ、前世!? でも今はこうして明日人くんも、その前世のアカツキって人も生きてますし……」

「まぁ、実は……」

 明日人は灰崎達四人に、『アカツキ』という明日人の前世の魂が、今ここにいる狼の怪異の中に入っているということを彼らに説明した。

「そうだったんだね。よく『前世の性別がわかる行動』というのがあるけど、あれは科学的根拠がないからね。でも、明日人くんがそう言っているということは、前世というのは本当のことなのかもね」

「あんまり実感がわかないよね、野坂」

 そう明日人が言った直後に、シートベルトを締めるようにという折谷の声が聞こえ、明日人たちはシートベルトを締めに行った。

 

 ***

 

「皆さん、この度は私たちの勝手な判断によって皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。ですが、奏多くんがいったように日本奪還計画から辞退したというその行動には皆さんを守るためであったことは本当です。」

 バスが宿所に向かって走る中、趙金雲は明日人たちの前に立って頭を下げた。同じくして日本奪還計画に関わったベルナルドたちも、明日人たちに申し訳ないという表情で頭を下げていた。

「お主たちに何も言わずに、儂ら大人だけで勝手な判断をしてしまったことを許してほしいとは言わぬ。だが、遊園地の中でも話したように、今この世界は力を欲しておる。世界を揺るがし、歴史のターニングポイントになるほどの力をな」

「ハーツアンロック……ですね」

 明日人は自身の胸の中にある強大な力に胸をあて、奏多の説明に答えた。

「そうじゃ。今回儂らが辞退した今回の日本奪還計画は、完全にお主たちのハーツアンロックだけが頼りの、自分たちの軍力で解決を求めようという姿勢が見られないような計画だったからこそ、儂らは辞めたんじゃよ。その計画に協力することを」

 奏多が静かに目を閉じると、身体の中にある力を集中させ、背中からゆっくりと機械仕掛けの翼を生やした。

「その結果____人は天使から日本を取り戻すことはできなかった。だがな、確かにあれはお主たちの善意、いわば同情心を完全に血擁している。だがな、仮にお主たちがその計画に協力するといっても、儂らは止めるつもりじゃったよ。お主たちは戦争からかけ離れた生活を送っていたから、あまりこういうことは想像しにくいのかもしれない。だがこれだけは言っておく。戦争は、人が簡単に死ぬ世界じゃ」

 その翼は、彼の持つハーツアンロックが150年前の第三次世界大戦で最凶と呼ばれたハーツアンロック、『ロゴス』であることを明らかにしていた。奏多は右手に持っていた扇子を操ると、バスの中に新たな空間をその場に創り出した。この空間はまるで映画のスクリーンのように風景が動き、この映像が実際に起こった出来事であるということを示していた。

「お主たちの家族、友人、果ては大切な人____それらが戦争というもので簡単に平和という壁を壊されて、死ぬか生きるかの瀬戸際をたどることになる。たとえお主たちがハーツアンロックで日本奪還に成功したとしても、お主たちは所詮ただの子供。その傷はいずれお主たちの未来をダメにしてしまうことになるかもしれん。それが戦争というものじゃよ」

 空間の映像では、多くの人が武器や兵器、食糧難で簡単に死んでいき、それは無残そのものであった。それを見ていた明日人たちはその残酷さに息を飲んでおり、それを見た奏多はもう十分だろうと空間を消した。

「ひとまずは皆、部屋で考えておくようにじゃ。儂らは明後日、イタリアの方に向かう。また儂らを狙ってくる奴らもいるからな」

 荷物はまとめておくように。

 その言葉を最後に、バスの中は宿所につくまで静まり返っていた。

 

 ***

 

 宿所内で仲間たちと過ごすうちに少し多くなった荷物を一通りまとめた夜舞は、少しベッドで休憩を行っていた。まだ夕食までの時間はある。少し走りに行ってこようかと考えていたその時、スマホの通知がなった。

 スマホには『急にごめんね。月夜ちゃんが何か危ない目にあっているんじゃないかって予感がして』や、『大丈夫だったかい?』などの、心配のメールが寄せられていた。

「不知火さんからだ……えっと、『心配してくださりありがとうございます。私は元気です』っと」

『それはよかった。実は今日の仕事が一通り片付いたから、君の顔を見に来てもいいかな?』

『う~ん、今は皆忙しいので、中には入れないと思いますが玄関で待ってます』

 メール内で冷静に返信するなか、夜舞の顔は緩んでいた。とにかくメールの通り宿所の玄関繰りで不知火をまとう。そう思い夜舞は玄関口の方へ歩いた。

「……不知火さん!?」

 しかし夜舞が玄関口に着くと、外で不知火が倒れていたのだ。

「不知火さん! 不知火さん!」

 夜舞はすぐに宿所を出て不知火が倒れている場所まで走り、うつぶせに倒れている不知火の身体を揺らした。だが、長い髪の隙間から見える額の汗と顔色の悪さから、夜舞は不知火が危険な状態であることに気づく。

「……月夜、ちゃん」

「不知火さん!?」

「鞄の中から……白いカプセルを取ってくれ……。ポーチの中にあるから……」

「カプセル……薬ですか?」

 夜舞は不知火がいう白いカプセルが薬であることを理解し、すぐに不知火が右手に持っている鞄の中から薬を取り出そうとする。

 すると鞄の中にあるポーチの中身を明けた瞬間、風が吹いて一枚の写真が飛びそうになった。幸いすぐにポーチから飛び出しそうになったものを抑えたため、物は飛ばなかった。だが、その時に自分の指の間に挟まった写真の光景に、夜舞は目を見開いた。写真には今と違って髪が短い、不知火らしき人物と、その不知火に似て黒い髪に白い服を着た小さな女の子が写っており、夜舞はつい見とれてしまった。

 妹? 娘? と考えてしまっていると、視界の隅で半透明の物体が見えたのだ。

 それは倒れている不知火の背中から生えており、それは奏多の機械仕掛けの翼とは違って、黒い半透明の両翼が夜舞の目に映っていた。

「……えっ」

 羽は先がボロボロになっており、夜舞はその神々しさの中に悲しさを抱えたような美しい翼に息を飲んでしまっていた。

「夜舞!? って不知火さん!?」

 すると事態に気づいた明日人たちが玄関から夜舞の元に駆け寄ったため、彼女は現実に引き戻された。

「明日人くん! 実は不知火さんが……待ってて、今薬を飲ませます!」

 鞄から薬を手にした夜舞は、その薬を口の中に放り込み、不知火が右手に持っているペットボトルの水で薬を飲ませた。すると、不知火から生えていた翼はスゥ……と消えていき、不知火の顔色も少し良くなった。

「すまない、君のところに行こうとしたら、突然発作が始まってね……」

「大丈夫ですか? とりあえず、医務室に行きましょう。皆もそれでいいよね?」

 夜舞が皆に不知火を医務室で応急処置をしてほしいと求めると、皆はそれを了承し、不知火を医務室へと折谷が運んだ。

 

 

 不知火が発作で倒れた時にできた擦り傷を大谷が消毒する中、折谷は不知火に問いかけた。

「……()()()さん。僕が昔ミラージュ社団法人で働いていたときには、そんな症状があったなんて誰も知りませんでしたよね。それに、月夜が薬を飲ませるまで貴方の背中に生えていた翼……あれはどういうことなんですか」

 折谷は不知火を名前ではなく、名字で呼んだ。折谷は普段名前で明日人たちを呼ぶので、そのことに驚いたが、さらに折谷が前にミラージュ社団法人で働いていたことにも驚愕することになる。

「そうか……、君は二年前まで社団で働いていた折谷共有だね。医者ではなく、フィジカルトレーナー……兼データ分析担当兼料理長兼データセキュリティー担当兼気功マッサージ師の道を選んだってことか……」

「……はい、あの時貴方が拾ってくれたおかげで。話を戻しますよ、あの翼はどういうことなんですか」

 折谷の過去についてを聞こうとした一星だったが、それは野坂によって止められ、そのまま不知火の口が開いた。

「……幼少期から、あの発作は続いている。子供の頃はまだ胸に痛みを覚えるだけだったが、今となっては背中から翼が生え、発作もたびたび起きるようになった。昔はこの病状を知っている医者もいたが、今ではもうこの病状を知る者はあまりいないだろうな……確か、これは()()()()()()()()によるものだと言っていた」

「ハーツアンロック!?」

 なんと、不知火の発作の正体はハーツアンロックにあるということを聞き、明日人たちはその事実に目を見開いた。

「あぁ……対処法がわからなくてな。今はこうして抗てんかん薬を飲んで過ごしている。月夜ちゃん、見苦しいところを見せてしまったね」

「そ、そんなことありません! むしろ心配で……」

 次の言の葉を言おうとしたが、ハーツアンロックという自分たちにもあまり正体がつかめない存在に、自分が好意に思っている人が苦しんでいるということに夜舞は言葉を詰まらせていた。

 未知なる病気に苛まれ、不知火だって心も不安定だろうに、単に「大丈夫ですか?」の言葉だけでいいのだろうかと考えていたのだ。

「君たちも、突然お邪魔して悪かったね。じゃあ、私はこれで失礼するよ」

「あっ……はい、さようなら」

 宿所から自分の社団に帰ろうとする不知火に、夜舞は思わず手を伸ばした。

 しかし不知火の仕事の邪魔をしてはいけないと、その手はゆっくりと下ろされた。

 

 ***

 

Interlude

 

 ……あぁ、ルアシェル様。

 貴方様のお考えが、間違いであったと仰るつもりはございません。

 ですが、もし貴方がこの星の天からご様子を眺められているのでしたら、この地獄のような景色をご覧になってください。……どうですか? 人は今、秩序を失い、力を行使するだけの知能を失った肉の塊にすぎません。間違いを何度も何度も繰り返し、貴方様がこの星に来られた時のあの美しさはござりません。

 確かに私は、ルアシェル様のご命令通りに、この世界を黎明期から見てまいりました。この星に逃げ込んだ時のあの美しさには、私も目を見張り、驚きました。ですが、もうルアシェル様の願いとは関係なしに、哀れな人間が好き勝手にこの星で生きるのはもう嫌なのです。

 貴方はきっとそれを望まないでしょう。

 構いません。かつてルアシェル様に一身をささげた怪異の面汚しだと馬鹿にされようとも。

 私は、この世界のやり直しをします。

 

 ***

 

 不知火が医務室に世話になっている時、趙金雲は憑坐柑奈、本名七光咲が所属している事務所に連絡を入れていた。

『はい、わかりましたぁ。それでは、柑奈さんは引き続き私のチームの方で保護をするという方針で、よろしくお願いしますねぇ。では』

 明後日にはイタリアに向かうため、その連絡と保護の引き継ぎについて話していたのだ。

「監督さん、どうしたの?」

 宿所の公衆電話の受話器を元に戻すと、後ろに咲が立っていた。咲はお手洗いに行っていたようで、右手にはハンカチを持っている。

「あぁ咲さん、実は貴方の事務所に連絡してですねぇ、一緒に来てもらうことになりました」

「うん、それはマネージャーから連絡が来たから知ってるよ。明日行くイタリアに一緒に来てもらうんだよね。あっ、それよりも大事なことがあるの」

 すると、咲は一枚の封筒を趙金雲に差し出した。

「イタリアでっていうのが完成して、その式典の開会式で私が一曲歌うことになったんだって。その開催日は明後日の夜なんだけど、行っていいかな? もちろんちゃんと危ない目に合わないように武器持っていくよー ……監督さん?」

 差し出された封筒の宛名を見て、趙金雲は目を見張った。

「……咲さん、やはり貴方をイタリアに行かせることはできませんね」

「え、どうして?」

 咲が趙金雲の言葉に疑問を抱いたその時だった。

 宿所の玄関が突然開き、黒いスーツを着た男たちが現れ、咲と趙金雲を取り囲んだのだ。

『動くな!』

 彼らはなんと銃を持っており、危険な目にあっているということは天然な咲でもわかっていた。

「あ、貴方たちは!?」

「とにかく来てもらう!」

「いや! 離して!」

 咲は男の一人に腕を捕まれており、今にも連れていかれそうな雰囲気であった。

「貴方たち、咲さんを離さないと、私の鉄拳が……」

「ふん!」

「あげっ!」

 趙金雲も咲を助けようと構えを取るも、後ろから手刀で趙金雲の首を叩いたのだ。そのため、趙金雲は目をぐるぐる回してうつぶせに倒れる。

「監督さ……むぐっ……」

 それに続いて、咲の抵抗むなしく睡眠薬をかがされ、眠ってしまった。

「よし、この娘を連れて行くぞ」

「ハッ」

 

 ***

 

「咲さんが攫われた!?」

 不知火を送り出した後すぐ、明日人たちは、趙金雲から咲が攫われてしまったという事実を知った。

「すみません……私の力が及ばないばかりに……」

「いえ、咲さんが攫われた場所はわかりますか?」

 野坂に場所を聞かれ、趙金雲はゆっくりと口を開いた。

「……イタリアの、天戴無窮という兵器の完成式典が行われる場所です」

「天戴無窮?」

「天戴無窮……それは、ユースティティアの天使たちが集う天界を探し当て、見つけ出した天界を破壊する兵器です……。その前に、咲さんには自身でも気づかない新たな力があることを説明しなくてはなりませんね……」

 

 ***

 

 人は、力を求める生き物。

 だからこそ、神の力ともいえるハーツアンロックが人工的に作れるというあの実験に、全てをかけたのだろう。

 しかし、結果的に成功したのは……ただひとり。

 しかも、その一人のハーツアンロックが暴走した結果、これまでの戦争以上の被害者を出してしまった。

 だから人は、闇の力のハーツアンロックを秘匿したのだ。

 もう二度と、かの悲劇を起こさぬよう。

 ___だが。

 人はまた、同じことを繰り返そうとしている。

 ハーツアンロックの存在が改めて判明されたせいで、人は新たに、その強大な力を利用しようとしている。

 そしてまた、ハーツアンロック習得者を増やそうと、第三次世界大戦のようなことが起きるかもしれない。いや、それ以上の被害者が出てしまうだろう。

 確かにハーツアンロックは、我ら天使にとっては脅威の存在だ。

 その力故に、打ち砕かれてしまう。

 だが、今度はその天使の野望を打ち砕いた力に、人は更に群がる。

 ほんとうに人は、なんと業の深い生き物であろうか。

 

 

 

「____レン、メリー……?」

 

 

 

 そのことに気づけさえいれば、私は仲間を失わずに済んだのに。

 

 

 

 

 

 




ここから一気に話が進みますので、次回からは新章となります。


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第四十六話 愛慕哀傷

サブタイトルの読み仮名は、「あいぼあいしょう」と読みます。
愛慕は愛して、懐かしみ慕うこと。
哀傷は悲しみ,心をいためること。特に,人の死などを悲しみ惜しむこと。また,その悲しみ。
という意味になります。
タイトルで次回のネタバレをしてしまっているじゃないかと思われてしまいそうですね(笑)


 るんるん気分で地上から天界に帰ってきたエレンは、お土産にと思っていたお菓子を右手に、天界の状況を部下から伝えられた。地上に偵察しに行った天使たちが、罠にはまって人間たちに捕まっているということ。そして、現在人間から天界はどこだのと尋問を受けているとのこと。

 そのことを知ったエレンは、土産の菓子を部屋の机にゆっくりと置き、手帳から定期会議の予定を確かめた。もちろん、今回の会議では人間たちに捕まっている天使たちの話になるだろう。

 その時のためにまとめておいたメモを、エレンは片手で取り出した。これは自分が地上に行っている間にささっと書いたもので、このメモを部下たちに渡して会議の議題にでもしようかと考えていた。

「(私が独自に調べた情報では、人たちがここ(天界)を攻撃する兵器を作り終えたみたいね。人がどうやってそんな兵器を造ったのかは知らないけれど、注意するに越したことはないわ、壊しておきましょう)」

 さすがにエレンでもどうやって造られたのかはわからなかったため、エレンは気にせずいつも持っている日傘を剣に戻し、念を込めた。

「アンシャルの剣……天載無窮を壊しなさい」

 地上に作られた兵器の破壊を剣に命ずると、アンシャルの剣はほのかに輝き、そして光の量を減らしながらエレンの右手で普通の剣となった。

「これで問題ないわね」

 剣を日傘に戻し、エレンは会議室へと歩き出した。

 

 ***

 

 咲が攫われたという事実を知った明日人たちは、その翌日に予定より少し早めの便に乗った。本来ならば、咲が攫われてしまうという想定外のことが起きなかったら、予定通りの便に乗るつもりだったが。しかし、大事な仲間が何者かに攫われたとなれば、予定通りに事は運んでなど居られない。

 現に、その大事な仲間が攫われて、心が落ち着いていない者だっているのだ。

 坂野上昇のように。

 

 

 自分たちが不知火一誠の看病に夢中になっているせいで、大事な仲間が攫われてしまった。そのことに自身の不甲斐なさを感じ、明日人は右手拳を握りしめていた。しかし、このままずっとそうしているわけにもいかないため、明日人は拳を開いて趙金雲に問いかけた。

「監督……一応聞きますが、ユースティティアの天使が攫ったという可能性は……?」

「残念ながら、その線は薄いですね。私が見たのは天使ではなく、黒いスーツを身にまとった男たちです。天使に仕えている神父とはまた違いますし、仮に天使だとすれば、私が倒れていた場所に羽根の一つでも落ちていなければいけませんし」

「そうですか……」

 天使ではないという趙金雲からの証言に、明日人は落胆すると同時に、少し安心感も覚えた。それは咲が救済による誘拐ではなくてよかったという面か、もしくは……。

「監督、咲ちゃんとその天戴無窮って、何か関係があるんですか?」

「もしかして、日本奪還計画の一端で、何か聞いているんじゃありませんか?」

 口を閉じた明日人に続いて、夜舞とフロイが次に質問した。

「そうですね、そろそろ説明いたしましょう」

 手当が終わった趙金雲は、大谷たちにお礼をいいつつ椅子に座った。そして、腕を組んでゆっくりと話し始めた。

「天戴無窮は、先ほども仰ったように、この地球に存在する天界を探し当て、攻撃をしかけるという兵器です。その兵器は大砲のようなもので、大量のビーコンを詰め込んだ弾を成層圏まで飛ばし、その後大量のビーコンが地球を覆いつくして、それから発せられる赤外線センサーによって天界を見つけるというものです。これくらいならば今の人間の技術で開発できます。しかし、その後が問題なのですよ。センサーで天界が見つかったら、今度はビーコンからレーザー砲が現れて、天界に向けて総発射するのですが……そのレーザーの正体が、咲さんの歌による能力によってできるものなのです」

「……咲さんの能力、それってなんですか」

 天戴無窮の概要を聞いていた全員は、そのスケールの高さに呆然としていたが、坂野上だけは、下を俯きながら趙金雲に質問した。

 その坂野上の気持ちを汲み取りつつも、ここにいる皆のために話さなければならないと、趙金雲は口を開く。

「咲さんの歌には、人の精神に入り込む作用があります。歌で精神世界に入り込まれてしまえば、咲さんの歌に魅了されてしまい、脳が麻痺してしまいます。最悪の場合は、彼女の歌によって人を操ることすらも可能になってしまいますね」

「………………」

 想像していたよりも、辛いものだった。

 普通の人間だと思っていた彼女に、能力があるという事実。そして、その能力ゆえに悪用されてしまうのではないかという危惧の感情に、坂野上の情緒はめちゃくちゃになっていた。それでもここで暴れて人に迷惑をかけるわけにもいかないため、坂野上はぐっと感情を堪えた。

「坂野上くん、休むかい?」

「いえ……大丈夫です」

 坂野上の表情を見て心配したアフロディが、坂野上に椅子に座るよう促すも、坂野上はこれを拒否し、そのまま趙金雲の話を聞いた。

「黙っていてすまんの。儂も、彼女を見てすぐに、先ほど趙金雲が言ったような能力があるということに気づいたのじゃよ。しかし、彼女のその能力は、元々あったわけではないのじゃ。()()である狐、零儚(れいみょう)が、彼女に能力を与えているのじゃよ」

 零儚。その言葉に、坂野上の中にあった猿の怪異、猿恋が坂野上に話しかけてきた。

『零儚? 零儚といやぁ、怪異の王である神威様の反乱を企てた狐の怪異だな』

「猿恋……気づかなかったんですか?」

『零儚は怪異の中でもトップクラスの実力者でよ、誰かに取りついても気づかねぇもんなんだよ。悪いな、あの子に怪異がいるってことに気づけなくてよ』

「いや、猿恋が悪いんじゃないよ。俺だって、もっとあの子に目を向けていればよかったんだよ」

 人の過去を気にしない。人の過去を模索しない。

 それが自分だったから。

 過去は過去でしかない。その人の過去に何があろうと、その人はその人で間違いはない。悪いことをした=悪人というわけではないのだから。

 それはたとえどんな過去があってもその人を受け入れるといういい意味ともとれるが、その代わり過去を知らないせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにもなってしまう。

 なぜならば、人の行動や感情には、何かしら過去が絡んでくるものなのだから。

『にしても、あいつあの子に取りついて何をしてぇんだ? 俺もそこまで零儚って奴のことは知らねぇけど、俺たちを生み出したルアシェル様を心から尊敬してたらしいな。だけど、人間の愚かさに気づいちゃって、今は人類を滅亡させようと動いてるってことを聞いたな』

「そうなんだ……」

 猿恋と話していて周りが見えていなかったが、外では一星の怪異、悟蠍が零儚の名を聞いて尻尾をテーブルに叩きつけていた。

「どうやら咲は、幼い頃からあの零儚に取りつかれておったのじゃよ。じゃからこそ、零儚は咲と繋がって離れてはくれんし、咲はその零儚に取りついているということすらも忘れてしまっているのじゃよ。だからこそ、自身がその能力を持っていることに気づいてないのじゃ」

「確かに、幼稚園の頃の記憶とかは、今の俺たちの年齢じゃあもう思い出せないもんな……」

 風丸は咲と零儚の関係を、年齢が上がるに連れて幼少期の頃の記憶を忘れていってしまうという表現で示し、説明がわからない人の為に例えた。

「……咲さん」

 嫌だ、そう言いたかった。

 しかし、これが現実なのだと、坂野上もわかっていた。

 

 

 その後、趙金雲によって天戴無窮の稼働に咲が利用されているということ、そしてその咲の囚われている場所として、イタリアにいることがわかっているということを聞いたのだ。そのため、明日人たちは一刻も咲に咲を助けなければと、少し早めの便に乗ったのだ。

 しかし、前日の真実に、坂野上の心は落ち着いていなかった。

 前日の趙金雲の説明でようやく、憑坐柑奈、いや七光咲のことを改めて知ったような感じだ。

 自分は今まで、彼女の上っ面しか見ていなかったのではないかと。

 彼女のことはテレビでしか知らなかった。小学生でアイドルデビューし、その後は大ヒット曲を何本も出した。そして今になって自分がタイの公園で出会い、その後に天使たちの救済の手紙が来てこのチームにマネージャーとして保護された。

 そこで初めて坂野上は、アイドル(憑坐柑奈)としての彼女ではなく、人としての彼女に出会った気がしたのだ。だが、それも結局は上辺だけなのだと、痛感している。

「坂野上……」

 そんな坂野上を一番心配していたのは円堂だ。坂野上には円堂以外のチームメイトはいない。だからこそ心配するのは当然かと思われるが、彼は心の中から彼のことを心配していた。

「あっ、すみません円堂さん。俺、これからイタリアに向かうのに、情けないですね……」

「いや、そうじゃないんだ坂野上。ただ、お前のことが心配になってさ。ほら、咲のことがあっただろ? それでお前、苦しんでいるんじゃないかって」

「……………………………」

 自身が憧れている先輩に言われては、坂野上も何も言えなかった。

「あのな坂野上。咲はきっとお前の助けを待っている。だから助けられた時に、安心しきって咲が泣いちゃうかもしれない。だけどな、もし咲が泣いちゃったら、その時は涙を拭いてやれよ。それで、涙はもう乾くはずだからさ」

 

 ***

 

 イタリアの国際空港、フィウミチーノ空港の時刻はとっくに午後6時を回っていた。人々は旅行を終え、故郷に帰ろうとしていた。まぁ、通過場所やこれから出国するという人もいるが、人盛りは昼に比べて少なくなっていた。そんな中でも、一人の少年は空港の待合室でとある人たちを待っていた。

 銀髪を基本に、アシンメトリーの青い前髪、横髪をしており、水色の瞳はスマホ……ではなく、懐中時計を見ていた。

 そんな彼が顔をあげた先は、タイからイタリアと12時間にも及ぶフライトを終え、すでにクタクタの明日人たちであった。彼は懐中時計を黒い鞄の中にしまい、彼らの前に立った。しかし、明日人たちはその少年の姿に驚きの表情を見せた。

 そう、彼はタイの王を守る親衛隊のチームの一人、アーロン・クロノスピュライだったからだ。

「お待ちしてました、ラストプロテクターの皆さん」

「お前、あの時親衛隊にいたっ……」

「はい、アーロン・クロノスピュライです。ヒロトさん」

 どうしてテメェがここにいんだよ、と言いたげに指を指すヒロトに、アーロンは冷静に自己紹介を行った。

「どういうことなんだ? アーロンは俺たちの敵だったけど、なんで俺たちを待っていたんだ?」

「僕がこれから話すことは、ここでしては周りの人に失礼な上に、内容が他の者に知られてしまう可能性があります。まずは僕のホテルに来てください。住所はこのメモに書いてありますので」

 剛陣が訳を説明したげに、アーロンの前に出る。しかし、アーロンはそんな剛陣に見向きもせずに、ただここでは話せないと彼らに説明した後に、メモを明日人の右手に手渡した。

「失礼します」

 そして、アーロンは明日人たちに頭を下げた後に、空港を去ってしまった。

「礼儀正しい少年だな……見たところ中学一年生、といったところか?」

「なんだよ水神矢、じーっと俺のことを見つめてきやがって」

 水神矢を睨みつける灰崎に、鬼道は「ここではやめろ」と静止する。

「あの子が、アーロン……咲さんの友達……」

「坂野上、大丈夫?」

 咲の友人であるアーロンの姿を見た坂野上は、何かを思ったのか、小さな声でつぶやいた。それに明日人が気づいたのか、心配の声をあげる。

「俺でよかったら、いつでも言ってよ」

「あ、ありがとうございます。明日人さん。とりあえずそのメモに書いてある場所に向かいませんか? アーロンだって、話したいことがあるかもしれませんし」

「そうだね、うん行こう」

 

 

 明日人たちはバスで、ひとまずアーロンが渡してきたメモに書かれた住所へと向かった。そこは外装も内装も一見西洋の王子様とお姫様が過ごすようなお城のように思えたが、ちゃんとしたホテルのようで、受付に行けば明日人たちを見るなり「明日人様御一行ですね。アーロン様がホールでお待ちです」と受付嬢によって客室やロビーとは別の地下ホールに通された。

 そこは壁こそ豪華だが、内装的には講義室のようで、その教壇らしき机にはアーロンが立っていた。

「来てくれたんですね、待ってました」

 普通の少年なら、ここで少しの嬉しさを感じるものなのだろうが、アーロンは表情筋を一切動かさなかった。アーロンは教壇のマイクからこのホールのスピーカーで明日人たちに話しかけており、座るように諭した。

「あの、ここって高級ホテルよね。料金とか大丈夫なの?」

 アーロンに言われるがままに座った後に、何かふと考えたかのように杏奈が質問した。

「そこは僕がヴァイオリンで稼いだお金で予約しております。あ、心配しなくても問題ありませんよ。僕は貴方たちと共に咲さんを助ける会議をしたいので、ここのホールの予約はちゃんとしています。貸切にしてますので、皆さんの納得が行くまで話し合いができるよう配慮いたしております」

 アーロンは杏奈の質問にも的確に答えた。

「あ、そうです。質問がありましたら聞きますよ」

 杏奈の質問から、アーロンは次もまた質問が来るのではないかと思ったのか、好きに質問しろとの姿勢を明日人たちに見せた。

「じゃあ、君が言う俺たちに話したいことって何?」

 早速キャプテンの明日人が、アーロンに質問した。

「それは、貴方たちと共に咲を助けようという話がしたかったのです。僕は確かに世界が認めるヴァイオリニストとは呼ばれていますが、僕程度では大人達から咲さんを助けることはできません。そのため、利用という形にはなってしまいますが、ここはひとつハーツアンロックの力を持つ明日人さんたちに協力を申し出たのですよ」

「そうなんだ……咲も俺たちの仲間だからさ。君も俺たちも咲を助けたいってことで目的は同じだと思うよ。な、野坂」

「そうだね、利害は一致していると思うよ」

 今のところ怪しいところは見当たらない。協力してもいいかな。そう思った明日人は、一度チームの司令塔で頭の斬れる野坂にアーロンとの協力を申し出た。結果、野坂の判断はOKとのことだ。

「質問は以上ですか? それでは本題に入ります」

 これ以上質問がないことを確認したアーロンは、教壇のスイッチを押し、教壇の後ろにスクリーンを下ろし、プロジェクターも起動した。そしてアーロンがパソコンを操作すると、スクリーンにピサの斜塔の画像が映し出される。

「これは、世界遺産に登録されているピサの斜塔です。ここの広場で天戴無窮が設置され、式典が行われます。おそらく咲さんもここにいるでしょう」

 アーロンはレーザーポインターでピサの斜塔の広場、そして屋上と赤い点を動かして、明日人たちに状況を説明する。

「少しいいか?」

「はい」

 すると、アーロンの説明に疑問を持った灰崎が質問した。

「どうしてお前はそこに咲がいるって知っているんだ?」

「そこは僕のコネですね。今話すことではないので、教えられません」

 灰崎は、自分たちしかしらない情報をなぜ知っているのかという質問をしたが、アーロンはそれを冷静に違うと答えた為、理由がアーロンの口から話されることはなかった。

「天戴無窮の件も知っています。あの兵器の稼働に、咲さんの歌が必要とされることも。ですから、僕は咲さんを助けたいんです。知り合いがそんなことに巻き込まれてしまうのは見ていられないので」

 灰崎の質問を終わらせ、アーロンは本題に戻る。

「中はおそらく、屋上に入らせないために閉鎖されるでしょうね。ですが、当日の夜8時に僕が最初に市民に混ざって中に入り、裏口のルートを明けておきます。皆さんは、その裏口から中に侵入してください」

 アーロンが淡々と作戦を話す中、鬼道が手をあげ、立ち上がった。

 その理由は、鬼道が明日人とは違い、アーロンに対して疑惑の念を抱いていたからだ。そのため、自分たちと協力するに値するかを確かめたいと思ったのだ。

「それに俺も加わっていいか? 信頼に値するかを確かめたい」

「鬼道さん!」

「構いませんよ」

 水神矢も鬼道と同じようにアーロンを怪しんでいたのか、自ら敵か味方かもわからない人間と共に行くという鬼道の身を案じていた。 

「だったら俺も行く。鬼道一人じゃ何かあったときに対処しづれぇだろ」

「決まりですね。では、裏口のルートを明けるのは僕と鬼道さんと灰崎さん……と」

 アーロンはメモに、ささっと名前を記載する。

「次に、裏口から侵入する人を決めます。大人数で行っても目立つだけですし。ここは、一星さん」

「は、はい」

「ヒロトさん」

「おー」

「フロイさん」

「僕かい?」

「円堂さん」

「俺だな、よし」

「明日人さん」

「俺?」

「坂野上さん」

「俺もですか!?

「に侵入していただきます」

 大人数で侵入しては、確実にバレる可能性が高い。そのため、アーロンが「少人数で侵入する」という計画には利点が大量にあった。そのため、指名された明日人たちは責任は重大だと決意を固めた。

「ハーツアンロックを持っている子たちで侵入というわけだね」

「……にしては、なんで坂野上なんだ?」

「それには吹雪さん、アツヤさん、理由があります。彼女の身と心を案じて、彼女が助けられたときに一目見て安心できる人が必要だと考えたわけです。人は一度自身の命に関わることが起きた後に助けられると、感情が高ぶってしまうと言いますし」

 咲の身を案じるアーロンの姿に、明日人はやっぱりアーロンは咲の友達なんだと考えた。

「ヒロトさんとフロイさん、円堂さんは斜塔内で人が居たら、錯乱を起こして残りの一星さん明日人さん坂野上さんを上手く屋上に誘導してください。そして屋上についたら、咲さんをハーツアンロックで救出してください」

「……という感じで、咲さんを助けに行くんだね」

「はい。僕が話したいことは以上です」

 明日の夜8時に決行する。ということを言いつつ、アーロンはプロジェクターの電源を切り、スクリーンをあげた。

 

 ***

 

 午後十時。仲間たちは、とっくに明日に備えて寝静まっていた。一部の仲間は、明日の作戦の準備や整理などをするために少し起きている者もいるが、大多数は眠っていた。そんな中、アーロンは個室の机で紙をまとめていた。その紙の整理も一段落ついたのか、そろそろ眠ろうかとアーロンが目を擦りながら考えていた。すると、扉のノックオンが部屋に響いた。

「どうぞ」

 一言アーロンが言うと、扉が開いた。

「……なんでしょうか、坂野上さん」

 ノック音の正体は、坂野上であった。アーロンは彼の存在を視認すると、ホテルに備えるけられてあったケトルを付け、カフェインのないお茶の準備を始めた。

「あのさ、アーロン」

「はい」

「君は、咲さんの『何』なの?」

 坂野上の質問の内容に、アーロンは目を見開いた。坂野上に背を向けていたため、その表情に彼に見られることはなかったが。

「……質問の意図がわかりませんが……おそらく咲さんと僕の関係についてを問いたいわけですね。僕と咲さんはただの知り合いです。それ以下でも、それ以上でも……」

「違う」

 坂野上はつぶやく。

「違うんだ……俺が知りたいのは、咲さんのことをどこまで知っているかだよ。君が咲さんの友達だっていうなら、それだけ関係が長いってことだよね……」

 すると、坂野上はアーロンの肩をつかんだ。

「教えてよ。このままじゃ俺、あの子のこと何もしらないまま、別れることになるんじゃないかって思って、胸が苦しいんだよ……」

 ズキズキする胸に苦しさを覚えたのか、坂野上の目には涙が浮かび上がっていた。

 

 

 

 恋に痛みはつきものだ。

 




最近イナイレに再熱している暁月です。
これは完全に個人の意見となりますが、イナイレっていろんな人がいろんなことを考えて、子供から大人になっていく物語だと思います。
それは今回というか最近の話でもあるような、『恋』も関係します。

この話ではオリキャラで坂野上くんに恋をさせていますが、なぜそのようなことをするのかというと、彼にもう少しの見せ場が欲しかったからなんですよね。
恋とかなんなりをしても、よかったのではないかと。
まぁ、この話が恋といえるのかどうかはわかりませんが(笑)
(サブタイトルの時点で中学生の初々しい恋ではない気がする)


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第四十七話 空虚

※妄想が酷い
※オリジナル設定がありすぎる
※もはやこれはイナイレか?

ってくらい原作が破壊しております。


 世の中、知らなくてもいいことだってあるかもしれない。

 だけど、知らないままでいたら、ダメな気がしたんだ。

 

 

「あのさ」

 坂野上に言われた通り、アーロンは七光咲の過去を彼に話そうとした。だがそのとき、彼が声を上げたのだ。

「これは監督から聞いたんだけど……咲さんには零儚っていう狐の怪異が取り憑いていて、その怪異が咲さんに能力を与えているんだって。それも、歌を聴いた人の精神世界に入り込んで、脳を麻痺させちゃうっていうので、さっきの君の作戦の目的でもある天戴無窮の稼働に利用されているんだってことを聞いたよ」

 坂野上は、自分の知っていることがアーロンにとっては知らない事実かもしれないと考え、アーロンが話そうとしたその横から口をはさんできたのだ。

 それにアーロンは、坂野上の話した内容に「なるほど」と言いたげに顎を拳の上に乗せ、その腕を空いた手で支える。

「そのようなことを、貴方のチームの監督さんから聞いたんですね」

「俺たちからすれば、ただ咲さんの歌が稼働に利用されているってことしか知らないけど……アーロンは何か知ってる?」

 坂野上の問いに、アーロンは少し口を閉ざしてから言った。

「そうですね、教えましょう。いいですか? 咲さんの能力は、先ほど貴方の仰ったように、歌を聞いた人の精神世界に入り込んで、脳を麻痺させてしまうというものです。しかし、これだけでは具体的ではありませんよね。ですが、こう言い換えればどうでしょう。もしもその能力が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「魂の一部を吸い取る……」

 坂野上の中で、戦慄が走った。

「といっても、これは僕の仮説であり、たらればの話ですけどね。ですが、坂野上さん。人の魂には力があります。魂がなければ、人は生きていませんし、心もありません。だからこそ人は生きようと抗い、その力はそのまま魂の力となります。天戴無窮は、その魂の力を利用して、天界を壊そうという寸法なのでしょうね。ですがそれは、一部ながらも人の魂を削ってしまうことになる。あとは、わかりますね」

 魂の力。そういうアーロンの言葉には、重みを感じた。

 生きていたい。だからこそ抗う。仮説にすぎないだけなのに、今の坂野上には空から降りそそぐ雷のように響いた。

「この話は終わりにしましょう。仮説を考察しても、意味はありませんので。では、改めて彼女のことを話しますね。ですが、一応言っておきます。彼女はあまり自分のことを他人に話したがりませんし、なんなら僕が今話そうとしていることにも矛盾や相違があるかもしれません。あくまで参考程度にどうぞよろしくおねがいいたします」

 そうしてアーロンは話し始めた。

 七光咲。ななみつさき。

 年齢は13歳。性別は女。種族は人間。

 芸名は憑坐柑奈。よしましかんな。由来は芸名を考えるときに、休憩として図書館でてきとうに読んだ二つの本のタイトルからだとのこと。柑奈の部分は本当は神名にしたかったらしいが、それでは堅苦しくファンがとっつきにくいとのことで柑奈になったらしい。

 アイドルになった理由は、幼い頃から歌を歌うことが好きで、いつかは自分の歌を世界に広めたいと考えたからだという。

 性格はアーロンから見たら天然。しかし隠れて泣いているところを何度も彼は見ているため、本当は泣き虫ではないかとアーロンは考えているとのこと。

 彼女は学校の送迎の際に事故に巻き込まれ、両親が死亡。病院で3か月に渡る入院生活をしていた。その後はミラージュ社団法人が運営している孤児院で暮らしており、彼女がアイドルになった理由の一つには、孤児院に住む子供たちの援助がしたいというのもあった。(ちなみに今もギャラの一部を孤児院に寄付している)

 彼女の親はいわゆる自分の価値観を子供に押し付ける毒親であり、アイドルになりたい彼女の意志を否定し、公務員になれと迫ってきたという。しかし、その両親も先ほどの事故で死んでしまう。小学2年生の時に。

 彼女は必死に歌の練習をし、小さなオーディションに合格したことがきっかけで、音楽活動をスタートさせた。

 

 

「……と、以上が僕の知っていることになります」

 彼が話したことを要約すると、前述したような文書にはなるが、実際にはかなり長い時間を費やして話したと思われる。語り始めた間にも、坂野上が質問することだってあったり、喉も少し乾いたのだろう。彼はすっかり冷めてしまったお茶を飲みほした。

「そうなんだ……」

「話しておいてなんですが、大丈夫ですか?」

「平気だよ、ありがとうアーロン。咲さんのことを話してくれて」

「お礼を言われるほどのことはしていません。それよりもそろそろ寝た方がよろしいのでは? 決行は明日の夜8時ですが、作戦決行のための準備もありますし」

 すっかり時計の針は12時を指しており、すっかり日付は変わってしまっていた。それにアーロンが坂野上に寝るように諭すと、彼は食べ終えたお菓子のごみや飲み干したお茶のカップなどを片付け始めた。

「そうだね、お茶ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい、よい夢を」

 坂野上はソファから立ち上がり、部屋の扉に向かって歩いた。そして扉を開けて廊下に向かうところで、坂野上はアーロンに夜のあいさつを済ませた。そして彼の返事を聞いたところで部屋を退室し、すぐさま近くの化粧室に向かった。自分の部屋には灰崎と一星がいるため、自分の目の中に溜まっている涙を見せたくはなかったのだ。

「う、ううっ……」

 ジャージの袖で涙を拭ったものの、涙は歯止めをきかずに目から零れ落ちる。今まで人の過去を知ろうとしなかった反動がきてしまったのだろうか。

 いや、覚悟はできていた。大切な仲間の事情を知りたいと思ったから。

 だが、知ったところでどうする?

 彼女の過去を聞いて、同情でもするのか?

 結局、過去を聞いたところで、自分にできるのはそれくらいしかない。

 だが、純粋な彼女が自分の能力と怪異について知ってしまったら、どう思うのだろうか。

 過去を話すよりも、過去を知ってしまったときのことが一番恐ろしかった。

 それが一番彼女を傷つけてしまうような気がして。

 

 ***

 

 どこかでそう思っていたのかもしれない。

 七光咲の過去を知っているのは自分だけだと。

 坂野上が退室したあと、彼は寝る前に済ませておこうと思い、部屋近くの化粧室に向かったのだ。だが、アーロンはそこで涙を流している坂野上を見つけてしまった。

 彼は泣いているのだ。

 自分のことではなく、七光咲のことで。

 彼女、七光咲とは、自分が11歳の頃に知り合った。特別なコンサートのボーカルとしてマネージャーから紹介されたのが彼女であり、コンサートの練習のためにと連絡先を交換しあったのがきっかけだった。咲とはお互いに音楽が好きだということで意気投合し、コンサートが終わった後もプライベートで何度か会うことも増え、関係を2年近く続けていた。

 しかし、アーロンはある時に彼女の過去を思いがけない形で知ってしまうことになった。それは子供タレントの親にインタビューするというバラエティー番組のよくある企画を彼女が断ったため、アーロンは疑問に思いながらメールでその理由を聞いたのだ。すると彼女は、自分には親がいないということをアーロンに教えた。そして、親がいない理由、自分は今どこに住んでいるのかをアーロンに話してくれたため、彼は彼女の過去を知ることになったのだ。

 坂野上が咲を純粋だと思うように、アーロンも思っていた。

 坂野上が部屋に来た時に言われた、「君は咲さんの『何』なの」という問いには、アーロンも言葉を詰まらせた。思わずただの知り合いだと答えてしまったが、坂野上のいうように、自分は彼女の何であろうか。

 そう考えてしまって、しばらくは眠ることができなかった。

 

 ***

 

 その翌日の夜、明日人たちはそのほかの人物をホテルに残し、作戦の実行のためにピサの斜塔の広場に来ていた。ピサの斜塔の広場は、式典のための飾りやイルミネーションで夜空の星は光で霞んでおり、また式典を生で見に来た多くの人々やカメラマンによって広場に詰めかけていた。

「あれ、坂野上目が腫れてるけど、大丈夫か?」

 斜塔近くの建物の影に身を潜めていた明日人たちだったが、明日人は昨日見た時にはなかった坂野上の顔の変化に気づき、心配の声を上げた。

「あ、あぁ大丈夫です明日人さん。今日の作戦にはなんの支障もありません」

 昨日泣いてしまっていたことを悟られぬよう、坂野上はえへへと明日人を誤魔化した。

「皆さん聞いてください。咲さんの居場所がわかりました」

 明日人たちを呼び寄せたアーロンは、スマホの画面に表示された翻訳済みのページを彼らに見せた。

「SNSで、ゲストとして咲さんがピサの斜塔の屋上で稼働前の歌を歌うと公式ホームページのプログラムに書かれています。昨日まで、咲さんの居場所はわからなかったのに、これは怪しいと思いませんか?」

 スマホにはピサの斜塔に関するニュースが表示されており、その中のイタリア語のサイトでは、『ゲストとして日本の中学生アイドル、憑坐柑奈が出席。『天戴無窮』稼働前の余興として一曲歌う』と書かれていた。昨日まで、そんなページはなかったはずだ。

「つまり、咲の居場所を特定はできたが、それには何か裏があるってことだよな。そもそも監督から聞いた話によれば、天戴無窮は政府が勝手に咲の能力を当てにして作ったものなんだろ。ということは、今になって俺たちを試しているってことか?」

 ヒロトが今になって突然表示された、咲の居場所に関する考察をしている中、明日人たちの中には不穏な空気が漂っていた。

「それって、まるでゲームみたいじゃないですか! 俺たちが咲さんを取り戻せるかっていう……」

「チッ、趣味がわりぃぜ」

 まるでゲームみたいだ、と一星がこの状況を表現する中、灰崎は苛立ちを覚えながら横目で周りを見渡していた。

「くそっ、じゃあ作戦通りにはいかないってことか……」

 円堂は、歯を食いしばって悔しさに心を抑えていた。このままでは咲を助けることなどできない。ましてやそれをゲーム感覚のように楽しむ政府の人間に、いつもはおおらかな円堂も憤りを覚えたのだろう。

『明日人、どうする?』

 作戦が破られた今、ここからは臨機応変に動かなくてはならない。そのような状況に、アカツキが脳内で明日人に問いかけてきた。

「……よし」

 それに明日人は、目を瞑った。そして少し経った後に明日人は目を開け、新たな決意を心の中に満たす。

「皆……咲さんは俺たちの仲間だ。絶対に助けなきゃいけない。そのために俺たちができることは、みんなで力を合わせることだ! この状況がゲームだというんだったら、ゲーム以上のことをすればいいんだ!」

 胸に手を当てながら、明日人は彼らの中にある不穏な気持ちを取り払う。

「……あぁ、そういうこった。キャプテン」

「助けなきゃ、いけませんね」

 その明日人の決意の言葉を聞いた彼らは、忘れかけていた仲間の存在を思いだした。そして、たとえどんな状況下にあろうと、この身を削って助け出すという決意をする。

 それに____ヒロトと一星が答えた。

「一星、ヒロト……」

「明日人くん、俺たちがあそこにいる警備員たちをひきつけます。その間に、明日人くんたちは中に」

 一星は持っていたサッカーボールを右手に、左手でピサの斜塔の入り口を指さした。入り口は警備員と立ち入り禁止のテープで張られており、いかにもそこに咲がいるという雰囲気を醸し出していた。

「____わかった。お願い」

「はい……ハーツアンロック!」

「ハーツアンロック!!」

『リライズ!』

 二人がハーツアンロックの発動を宣言すると、彼らの体は水色と金色とそれぞれの光に包まれ、その光がはじけた瞬間、彼らの衣類は普段とは違う容姿に変わっていた。

「派手にぶっ飛ばすぜ!」

 蛇の怪異の影響で元の髪の白と灰が逆転し、服も昭和の改造制服のようになったヒロトは、足に取り付けられたロータースケートで、瞬きひとつで建物の影から式典の真上に跳んだ。そして持っていたサッカーボールを蹴り上げ、その先のボールをまた蹴ってボールのパワーを溜めた。

 そして、

『ビッグバン・エクスプロージョン!!』

 そのボールはまさに宇宙が誕生した瞬間のビッグバンに相当するほどの大爆発を起こし、日本でいうところの花火を表現した。(にしては音がでかい)そのため、式典を見に来た人々は大盛り上がりであった。

『見てー! すごーい!!』

『オー! ジャパニーズファイアワークス!』

『なんだなんだ?』

 プログラムにない突然の花火に警備員も驚いたのか、一斉にヒロトが打ち上げた即席の花火に視線を向け、その方向へと走り出した。

「今です!」

 ヒロトの誘導によって一か所に集まった警備員に、一星はハーツアンロックの走りによって風を警備員の周りに創り出し、竜巻を発生させた。それは警備員たちからすれば周りに何も見えない状況であり、まさに風という名の壁を作っていた。

「よし、今のうちだ!」

 警備員たちがその壁の存在にうろたえ、周りが見えていない瞬間に、明日人たちは一斉にピサの斜塔への入り口に向かい、立ち入り禁止のテープを潜り抜けて中に入った。

「あとは頼みましたよ……!」

 それを見送った一星は、明日人たちの健闘を祈った。

 

 ***

 

 ピサの斜塔の内部は、石畳でできた柱に壁、そしてその床を敷き詰める絨毯と、明日人たちをまるで遺跡内にいるのではないかと錯覚させた。

「あとは階段を上り、七光を助け出すだけだが、警戒を怠るな。みんな」

 鬼道は警備員がいなくなった後も、警戒心を薄めることはせず、柱の影に皆を誘導し、敵がいないかを確認した。

「……問題ありませんか?」

 明日人が少し頭を出した瞬間。

『危ないッ! 伏せろ!』

 こちら側に飛んでくる飛来物に鬼道がいち早く気づき、頭を出した明日人を含め、皆を広げたマントの中に隠した。その直後に、マントの裾が謎の白い物体によって切れ、それは壁へと突き刺さった。

「いってて……って鬼道! 大丈夫か!?」

「あぁ、幸いマントが切れただけのようだ」

 突然押し倒されたが、円堂は痛めた尻を気にすることなく、鬼道の体を心配した。

「まじかよ、まだ気が抜けねぇってのかよ」

「さすが、重要な人間を隠しているだけのことはあるね……」

 灰崎とフロイは、これからもこのような罠が続くのであれば、咲を助けるどころか、自分たちがけがを負ってしまい、咲を助け出すことはできないのではないかと考えていた。

「……あれ、これって……紙?」

『君たちも来ていたのか』

 明日人が壁に突き刺さり、重力に従って垂れ下がっている白い物体の正体に気づくや否や、先ほどの飛来物が飛んできたあたりの柱の影から、見覚えのある姿が現れた。

「れ、レン!? エレン!?」

「それにメリーまで……一体なんの用なんだい」

 柱の影から現れたのは、明日人たちの敵であるユースティティアの大天使、レンとメリー。そして熾天使でもあり天使たちの統率者のエレンもいたのだ。レンの右手にはお札があり、先ほどの飛来物はレンが放ったものだと明日人は瞬時にわかった。

「なるほど、君たちも目的は違えど、ここに用があるというわけだな」

 レンは一目で彼らの目的を判断すると、右手に持っていた札をしまい、戦闘態勢から解除した。

「まさか、お前たちも咲を助けにか!?」

「まぁ……本当はそうしたいのだけれど、違うわ。今の私たちの目的は、()()()()()()()()()()の回収よ」

 円堂に目的を話す間、エレンは積み重ねられた石畳の壁の中のひとつの石に右手を当て、それを押し込んだ。その直後、右手のスイッチの左隣の石畳が上に上がり、中から地下に続く階段が現れた。

「ちなみに、もう天戴無窮なら壊してあるわ。だから、貴方たちはあの子の救出に専念なさいね」

 一時休戦よ。と告げながら階段を降りていくエレンたちに、明日人たちは怪しさを感じざるを得なかった。

「……どうする?」

「まずアストは行っちゃだめだよ。これは決まっているからね」

 どうしようかと皆に相談した明日人に、フロイはすぐに明日人に釘をさした。明日人のことだから、きっとエレンたちについて行ってしまうのではないかとフロイは考えたのだ。

「では、僕が行ってまいります」

「待てよ、だったら俺も行くぜ」

「灰崎だけでは心配だ。俺も行こう」

 アーロンはレンの言ったウルティムス・ステラというものが気になったのか、エレンに着いて行ってしまった。それを追いかけるように、灰崎と鬼道もアーロンについていってしまった。

「僕も行くよ」

 フロイも灰崎達が心配になったのか、小走りで隠し扉の方に行ってしまった。

「円堂さん……」

 円堂も彼らと同じように離れてしまうのではないかと考え、坂野上が不安そうに彼の名を呼んだ。その時だ。

『これより、稼働前のお祝いとして、ゲストの憑坐柑奈による独唱になります』

 式典はいつの間にか進んでしまっており、いよいよ咲の歌によって天戴無窮が稼働してしまうという寸前までに至っていた。

「嘘だろ!?」

「もう進んでいたんですか!?」

「急ぐぞ!」

 円堂たちは、フロイたちのことが心配になったものの、咲を助けるために急いで屋上への階段を走った。

 

 ***

 

「おい、お前がさっき言ったウルティムス・ステラっていうのはなんだよ」

 明日人たちが屋上への階段を登る中、反対に灰崎たちは隠し扉の階段を降りていた。その道中で灰崎は、階段を降りる前にエレンが言った『ウルティムス・ステラ』という単語の詳細を本人に聞いていた。

「……()()()、といった方がいいだろう」

「神遺物だって!?」

 しかし、エレンの代わりにレンが灰崎の質問に答えた。エレンでは彼らに喋りすぎてしまうと考えたのだろう。横から口をはさむ。まぁ、エレンたちの目的の一つであるウルティムス・ステラが、まさか怪異と同じ神遺物であるということに灰崎達は驚きを隠せず、思わず声をあげてしまってはいたが。

「人には星力という魂の原動力がある。その星力から、無尽蔵のエネルギーを創り出せる神遺物。それがウルティムス・ステラだ。最近になって北極で見つかったらしい」

「ちなみにそれは、お父様が教えてくれたの!」

 レン曰く、10年前に北極の探検隊が雪の中にあったウルティムス・ステラを見つけ、博物館に寄贈したのがきっかけだという。しかし、それがなぜこのピサの斜塔にあるのかは謎だが、エレンたちがその神遺物が目的であることだけはわかる。

「(ウルティムス・ステラ……? なんでだ、初めて聞いたってのに、懐かしい……)」

 鬼道たちが衝撃の事実を知って驚いている中、灰崎はエレンの言う神遺物の単語にデジャヴを感じていた。今までそんな単語、聞いたことすらないのに。

「ここよ。あの機械に刺さっているのがウルティムス・ステラよ」

 階段を降りた先には、台座のような機械があった。その機械は淡く青色に光っており、部屋を少しだが照らしていた。

「あれが、ウルティムス・ステラ……」

 灰崎の目に映っている神遺物は、台座に突き刺すような形で保管されていた。日本刀の形状によく似た剣であったが、その剣は今や刃も柄も鍔も黒く染まっており、神遺物とは一見思えなかった。

「なるほど……あれが神遺物というわけか」

「…………」

 灰崎達は、しばらくその剣を見つめていた。その間にレンがエレンとメリーを待機させて、ウルティムス・ステラの回収をしようと動き出そうとした。

『うわっ!』

 だがレンが一歩前へ踏み出したその時だ。

「大人しくしろ!」

「ぐあっ!」

「灰崎!」

 階段から大勢の武装兵士が現れ、灰崎たちを後ろ手に拘束したのだ。この斜塔の警備員たちは、今外で一星とヒロトが引き付けてくれているはずだ。それなのに、今は自分たちを押さえつけている。いったい何故なんだと鬼道が考えていると、今度はゆっくりと階段を降りる音が響き、鬼道はその音の方に首を動かした。

『まさか、ユースティティアの天使までもがこのウルティムス・ステラを狙うとはな』

 階段から現れたのは、タイで灰崎たちを処刑しようとしていた王様であり、その後ろには親衛隊らしき少年たちが揃っている。

「……貴方にはつくづく失望しますよ」

 その姿を見たアーロンが、王を蔑むように呟く。

「ふん、裏切り者が何をほざくか。……おっと動くな、貴様らが一度でも儂に攻撃を与えようものなら、お前の部下の頭に風穴があくぞ」

 王は親衛隊を裏切ったアーロンを睨みつけたかと思えば、今度は武器を構えようとしたレンとエレンの方を向く。

「エレンお姉さま……レンお兄さま……」

「くっ……」

 メリーは兵士に後ろ手で拘束されており、頭には銃口が当てられていた。おまけにメリーの腕には謎の腕輪が装着されており、その腕輪のせいで力が出せず、クロスハートもできないという状態になっていたのだ。

 このままでは、メリーが危険な目に遭ってしまう。そう考えたエレンは、目でレンにサインを送ると、饒舌に喋り始めた。

「あら、本当にそんなものでメリーの頭を貫けると思っているの? 私は知ってるわ、メリーの強さが。今はどうやらその力を行使することはできないみたいだけど、そんなことは予想済みなのよ。それに、私にはそれを実行するだけの力がある。私が今ここでサインを示したら、きっとメリーは力を取り戻して、貴方たちを殺すと思うわ」

 もちろん、今エレンが話していることは、嘘も混ぜた真実だ。だが、時間を稼ぎ、なおかつメリーを離すであろう方法はこれであった。確かにエレンにはメリーを戒めている手錠を外すくらいは簡単だ。おまけに、技を出さずしても人間側がメリーに怯えて放してくれるかもしれない___そう考えていたのだ。

「ふん、そんな嘘が通じると思うか」

「嘘かどうかはこの目でしっかりと見てはどう? あぁそれと、貴方たちも下手な動きはしない方がいいわ。もしメリーに一回でも傷をつけたら……ウルティムス・ステラを破壊するわ」

 するとエレンは、日傘の先をウルティムス・ステラに向けた。まあ、破壊なんてしないが。

 だが、これでだいぶ時間は稼げただろう。エレンの行動の意図は、レンの術式の完成までの時間を稼ぐためであったのだ。現に、今もレンは少しずつ札による術式を構成している。

「それはどうかな」

「あら、どうしてそう思えるの?」

「こうだからだ」

 王は、右手に持っていたスイッチを押す。すると、石畳の壁の中から、大量のカプセルが現れた。それも、人が容易に中に入れる程の大きさであり、カプセル内にはなにやら緑色の液体も入っていた。

「あれは、カプセル……?」

「待てフロイ! 中に人がいるぞ!」

 フロイがそのカプセルの用途に疑問を持っていると、鬼道が大声を上げた。指をさして『それ』を示すことはできなかったが、フロイと灰崎も、それがなんなのかがわかったようだ。

『ウルティムス・ステラよ! 我の思いに答えよ!』

 王がウルティムス・ステラにそう叫ぶと、カプセルの中は光りだし、中に入っていた人間の肉体は消滅した。だが、その肉体の中から白い結晶が現れ、それはカプセルのチューブからウルティムス・ステラを収めている台座に送られる。しかも、それは一つではない。およそ十個の結晶が台座に送られていたのだ。

 その瞬間。

「______レン、メリー……?」

 エレンの口から、声にならないほどの小さい声が聞こえた。しかも、エレンの表情はいつもの余裕そうな微笑ではなく、目を見開き額に汗をかいていた。

 それもそうだろう。なぜなら王がウルティムス・ステラに叫んだあと、瞬時にして二人の身体の中から血が噴出したのだから。それも、大量に。そのためレンは札を散らばせながら、メリーは何もできないまま、その場に倒れたのだ。

 

 ***

 

 式典も、そろそろラストスパートに入ってきた。その舞台となるピサの斜塔の屋上では、咲が上等なドレスを着て、ちゃんとしたおめかしをして椅子に座っていた。しかし、咲の表情は暗く、目に光がなかった。それに、まるで抜け殻のように、少しの動きもなかった。

『おやまぁ、可哀想に……多くの感情を持つ人間が、こんな簡単に人形とかしてしまうのは驚きましたが、この子がもう何も感じれなくなってしまったというのには、少し寂しい思いがありますね……』

 その椅子の横に立っているのは、狐の耳を生やした成人女性の容姿をした怪異であった。高価で芸術的な振袖を身にまとってはいるが、背中には九尾の尾が生えており、彼女が怪異であるということをはっきりさせていた。

「咲さん!」

 怪異がしばらく微笑していると、屋上の入り口から人の声が響いた。怪異がその方へ向くと、そこには明日人と円堂、そして坂野上が立っており、怪異の存在にも気づいているようであった。

『おやまぁ……来客ですか。ここは立ち入り禁止のはずですがねぇ……』

 怪異は意識のない咲を立たせ、椅子をどこかに消しながらそう言った。そして怪異が咲をこの斜塔のステージに立たせたあと、そのステージと怪異との間に、見えない壁を創り出した。

「……君は、零儚?」

 明日人は、先ほどから咲との距離が近い怪異を見て、零儚と怪異に呟いた。すると、零儚と言われた怪異が口元を歪ませ、瞬時に明日人の方へ走った。明日人がそれに気づくもすでに遅く、零儚はその右手で明日人の首を持ち上げ、さらに絞め始めた。

「あ、明日人さん!」

「明日人!」

 円堂と坂野上が明日人を助けようと走ったが、突然彼らの前に炎の壁が造られた。その炎の壁は、円堂のハーツアンロックの力でも消すことはできず、坂野上はただ明日人の名を呼んでいた。

『そうです、私こそがあの子の怪異、零儚です。ですが、もう遅いです。とっくにあの子の心はありませんから』

「……それってどういう意味ですかっ!」

 炎の壁の向こうで、坂野上が零儚にどういうことかと問い詰めると、零儚は彼に向けて嗤う。

『とっくにあの子はこの世界のために、()()()()()という意味です。そのため、今のあの子はもう何も感じない何も言えない、哀れな人形とかしてしまったのです』

 続けて、零儚は言った。

『あの天戴無窮は、私が造りました。私がこの世界のお偉いさん方に詰めかけて、そして怪異の力を貸して造ったのです。しかし、それには一つ問題点がありました。エネルギーです。あの天戴無窮を稼働させるには、それこそ電力とかのエネルギーではいけなかったのです。ですが、つい最近になって見つかった、ウルティムス・ステラ……いえ、明確には『イルミナーレ・ステラ』ですね。その神遺物は人の魂を莫大なエネルギーに変換させるため、天戴無窮のエネルギーに使われました。そのエネルギーの元として、あの子が選ばれたのです。それも、自ら志願して』

「……咲さんは、なんて……」

『……「私の魂で、昇くんが幸せにサッカーできるなら、私はどうなっても構わない」。そう言っていましたよ』

 

 

 

「……レン、メリー。お願い、目を覚ましてよ。こんなの、きっと私を驚かせるためのドッキリなのでしょう? 貴方たちは、そんな簡単に死ぬはずないものね。そう……よね」

 エレンは地面に膝をつき、血の池を作っている二人に声をかけた。その声は震えており、かなりの動揺を示していた。

「……なぁ」

『なんだ?』

「なんであいつらを殺したんだよ」

 その光景に、鬼道たち三人が絶句していた中、灰崎は王に問いかけた。

『そんなの、決まっておろう。これからは人がこの星を統治する時代なのだからな。天使などという人間の上位互換が存在しては、メンツが立たなくなるのだよ。それに、天使の魂は人間の物と比べて高貴で美しく、なおかつこのウルティムス・ステラがエネルギーに変換できる星力も大量にあるからな。人の新たな発展のための尊い犠牲というわけだ』

「……………………」

 灰崎は、ただその答えを聞いていた。

 なんて自分勝手で、愚かなのだろうか。

 そんなの、今まで人と天使との共存を思い描いていたエレンの理想を、真っ向から否定するようなものだった。

 しかし、エレンは二人が殺されたことによる絶望感から、何もいえないでいた。

『まぁ、お前たち天使も今から消える。それも、お前の部下の魂によってな。さぁ、ウルティムス・ステラよ、この天使どもの魂をエネルギーに変え、天戴無窮に注ぐのだ』

 そして、王は何事もなかったかのようにウルティムス・ステラに命令した。鬼道たちは、この王の傲慢さに引いていたが、だからって何もできなかった。

 それは灰崎も同じ_____ではなかった。 

 尊い犠牲? 自分が殺したのに?

 メンツが立たない? 他の種族を受け入れないというのか?

 天使の魂の方が美しい? 人間の魂は穢れているとでもいうのか?

 気が付けば、自分は立ち上がっていた。

 そして、

『それは私のものだ。返してもらおう』

 気が付けば、灰崎以外の()()()が、灰崎の身体を乗っ取っていたのだ。

 

 ***

 

「(歌が、聞こえる! 咲ちゃんの歌だ!)」

 その頃、夜舞は待機していたホテルから抜け出して、ピサの斜塔に向かっていた。その理由は、どうしようもない嫌な予感を感じ取ったからであり、いてもたってもいられなくなっていたのだ。そして夜舞が走りに走って、ピサの斜塔にやっと辿り着いた頃には、咲が歌を歌っていたのだ。

「や、夜舞さん!?」

 すると、ハーツアンロックを解除して休んでいた一星たちが、夜舞を見つける。

「一星くん、ヒロトくん、式典は!?」

「もうカウントダウンだ! まさか、失敗しちまったのか……っておい!」

「……止めなきゃ!」

 ヒロトが言い終える前に、夜舞は天戴無窮があるであろう人込みへと入った。

 天戴無窮には、咲の歌が利用されている。自分たちが今知っているのは、それくらいだ。

 だが、それでも、止めなくてはならなかった。

 止めなかったら、もっと恐ろしいことになってしまう気がしたから。

 広場に集まっている人込みを抜けると、そこには国の偉い人たちが、天戴無窮のカウントダウンを始めている頃だった。

『5!』

 

 早く。

 

『4!』

 

 急がなきゃ。

 

『3!』

 

 止めなきゃ!

 

『2!』

 

 止めなかったら……まずいことになる。

 そんな気がした。

 

「やめてぇぇぇええええええぇぇぇっ!!」

  

 天戴無窮には莫大なエネルギーが使われる。そのため、離れてでのスイッチオンとなったが、稼働のスイッチが押される瞬間、夜舞はそのスイッチを持っている大人の男性を突き飛ばした。

 しかし、スイッチが手から離れたものの、地面に衝突したのがスイッチを押すプッシュ側だったのがまずかった。おまけに、天戴無窮はエレンがアンシャルの剣で壊している。

 そのため、ウルティムス・ステラが生み出したエネルギーは放出されず、おまけにそのエネルギーの強さに機械が耐え切れなくなり_________。

 

 ピサの斜塔付近が光に包まれた。

 

 

 

 



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第四十八話 無人の車いすには誰もいない

最近オリオン改めて再走。


 灰崎の気配が変わったことを、鬼道は既に気づいていた。星章学園に強化委員として入学した時から、灰崎とは共に行動することが多かったためか、すぐにわかったのだ。

 今の灰崎は、灰崎凌兵ではない。その証拠に、彼を取り押さえていた兵士は皆その場に倒れており、彼はそのまま真っすぐに台座型の機械に突き立てられたウルティムス・ステラの方へと向かった。

「灰崎、凌兵……?」

 エレンは、王によって負傷したレンとメリーをエンジェルクロスで応急処置を行っていた。その間に、ウルティムス・ステラに向かう灰崎の姿を見て、鬼道と同じようにオーラが違うことを察し、驚愕していたのだ。

『全く___私の剣を、このような形で悪用されるとはな……』

 鬼道とエレンが察した通り、灰崎の口調は変わっていた。そして灰崎は、ウルティムス・ステラの柄を掴もうとした。

「き、貴様! その剣は私のものだ! 取り戻せ!」

 ウルティムス・ステラは自分のものだと考えているタイの王は、兵士たちに命令し、廃材を捕らえるように命じた。兵士たちは銃を構え、ウルティムス・ステラを取り戻そうと走った。

『ぐわぁーーーーっ!!』

 しかし、兵士たちが剣に触れようとしたその瞬間、ウルティムス・ステラから十万ボルトの電流が流れ、兵士たちは全員その場に倒れた。おまけに鬼道たちを取り押さえていた兵士たちも気絶し、拘束から解放された。

「なっ____なぜだ、ウルティムス・ステラは、この子供を選んだというのか!」

 王の脳内では、ウルティムス・ステラに関する概要が流れていた。ウルティムス・ステラは主人を選ぶ傾向があり、特定の者以外忠誠を誓わず、主人以外が触れないような特異性があるのだ。そのため、剣に触れた兵士たちは、皆その特異性によって倒れたのだ。

『この剣はお前たちのような人間が触っていいものではない』

 もう灰崎を邪魔する者は誰もいない。そのため、灰崎はウルティムス・ステラの柄を右手で掴み、引き抜いた。

『これの本当の名は、イルミナーレ・ステラ。悪しき者を浄化する光を放つ剣だ』

「は……灰崎、一体、何があったんだ……」

 目の前で目まぐるしく起こる展開に、頭の良い鬼道でもついていけなかった。そのため、鬼道は灰崎ではない何かに問うしかなかった。

『灰崎……? 違う、私はルアシェルだ』

「ルアシェル……もしかして、サキが言っていた「再び再臨するために人の魂に入り込んでエネルギーを溜めている」って部分の魂は、リョウヘイってことだったのかい!?」

 灰崎、いやルアシェルが自身の名を言い放つと、フロイが反応した。咲からルアシェルのことを聞いていたフロイは、その事実に目を見開いた。しかし、ルアシェルはなんとイルミナーレ・ステラの切っ先を王に向け、こう言い放った。

『お前は言ったな。先ほどは人間の新たな発展のための尊い犠牲だと……おそらくこの剣を使うときは、先ほどのように人間をカプセルに閉じ込めて、そこから魂を抜き取ることによって私の剣の力を行使していたのだろう。全く、聞いて呆れるな。お前たちのような人間がいるから、この世界は穢れてしまったのだ』

 切っ先を抜けられている王は、ルアシェルへの恐怖のあまり、腰が抜けてしまっている。そのため、逃げようにも逃げることはできなかった。いや、逃げたとしてもきっと斬られてしまうだろう。

「……穢れてしまったとは、どういう意味ですか」

 エレンをルアシェルに触れさせないために、アーロンがエレンの前に出る。そして、ルアシェルが先ほど言ったことに疑問を持ち、質問した。

『お前は、()使()()()()()()()()か。まぁ、その名のとおり、美しかったこの世界が、もう愛おしく思えなくなってしまったのだ』

「天使に加担する人間……!? まさか、アーロンはユースティティアの天使の仲間だというのか!」

『……どう思うかはお前に任せる』

 鬼道がルアシェルの言葉に、アーロンがまさかユースティティアの天使の仲間ではないかと考えてしまった。しかし、ルアシェルにそのことを問おうにも、彼は何も答えることはなかった。

『さぁ、何か言い残すことはあるか』

 ルアシェルはイルミナーレ・ステラの刃を王の首に当てる。

「ままま、待ってくれ! 金なら用意する! だから命だけは……」

『そうか、それがお前が言い残したいことか……終わりだ』

 王はルアシェルに命乞いをしたが、ルアシェルはそれを聞き入れることはなかった。むしろ、軽蔑のまなざしで王を見つめ、そして剣を横に振り払い、首を斬り落とそうとしたその時だ。

「やめろっ、灰崎!」

 しかし、イルミナーレ・ステラを持つ右手が動かなかった。その理由は、鬼道とフロイが灰崎を抑えており、王の殺害を防いでいたからだ。

『なんだ……』

「お前がルアシェルか……聞いてくれ。今お前を動かしている体の持ち主は、まだ子供だ。その手を汚させるようなことはしないでくれ……」

 ルアシェルの右手を掴む鬼道の手が震える。鬼道は灰崎のためを思い、強大な力を持つルアシェルに乞うていた。

『……お前は、この体の持ち主のことを想っているのだな。いいだろう』

 すると、鬼道の頼みを聞き入れたのか、どこからかイルミナーレ・ステラの鞘を取り出し、その鞘に剣を納めた。

『まだ私の力は戻っていない。今のうちにこの者の魂のなかで回復を待つとしよう。だが、一つ言っておこう。たとえどんなに人が清く正しい道に進もうとしても、いずれはその手を汚さねばならない。覚えておけ』

 その直後、鬼道は灰崎の体からルアシェルのオーラが消えたことに気づいた。しかし、灰崎が重力に従って倒れようとしたため、鬼道とフロイが体を抑える。

「ルアシェル……」

 灰崎は気絶しており、その右手には鞘に納められたイルミナーレ・ステラが握られていた。鬼道はルアシェルの最後の言葉が気になったが、周りを見渡すと王は恐怖で意識を失っており、エレンとアーロンはその場からいなくなっていた。

 

 ***

 

 白いドレスを身にまとい、髪を結った咲は、ここがコンサートホールならば多くの歓声が巻き起こっていただろう。しかし、ここはピサの斜塔の屋上であり、今まさに咲は、天戴無窮の稼働の為に歌を歌っていたところだった。

「やめろ咲っ、歌っちゃだめだ!」

 円堂が必死に咲に歌ってはいけないと言うも、咲は円堂たちなど目に見えていないのか、いまだに歌い続ける。

『無駄です。それにこの歌は、世界中の人を自分たちの思うように操るための歌なのです。天界が消えてしまえば、後は人がこの星を統治しますので。反乱など起こさぬように……』

「ダメだよ! 咲さんの歌を……そんなことに使っちゃだめだ!!」

 坂野上は、咲の歌を一番に知っていた。歌が好き。歌うことが大好きな咲の歌は、今ではこんな汚いことに使われてしまっている。そんなの、咲が悲しむじゃないかと、坂野上はその気持ちのままに叫んでいた。

『……歌い終わりましたね』

 しかし、零儚は咲が歌を歌い終わったことに気づくと、明日人に興味をなくしたか、そのまま地面に投げ飛ばした。

『さぁ、歌の鼓動を響かせるのです』

 零儚は咲に近づき、天戴無窮の稼働を屋上から眺めていた。地上ではカウントダウンが行われており、もうすぐで天界は壊され、おまけに咲の歌によって世界中の人々が洗脳され、王たちの好きなようにされてしまう。そうなれば、サッカーもまた、悪いことに使われてしまうかもしれない_____。

『光芒・炎照鳥!』

 だが、円堂と坂野上が絶望しているそのときだ。絶望した彼らに希望を与えるかのように、炎の球体が空中に現れた。その直後に、まるで太陽のような炎の球体から、鳥の形をした炎が降り注ぎ、零儚の周りに煙を舞わせた。

 なんと零儚によって投げ飛ばされていた明日人は、ハーツアンロックを行っており、シュート技のシャイニングバードを進化させた必殺技で、零儚にそれを繰り出したのだ。その煙に零儚が視界を奪われているその間に、明日人は意識のない咲の腕を掴もうとした。

『……いけませんね。まだわからないのですか?』

 だが、あと一歩のところで零儚の尾の一つが明日人を上から押さえつけ、拘束した。

『貴方たち子供が、世界を変えられるとでも? 世界を良き方向に進めることができると妄語しているのですか? ……まぁ、もうこの子に興味はありませんが、貴方は少し行動が目にあまりますね。少し痛い思いを____』

 零儚が明日人に向けて右手を出したその時だ。地上から溢れた白い光は、屋上を包んだ。

「うわっ!」

「なんですか!?」

 その光は目くらましとなり、円堂と坂野上は目を開けていられなかった。しかし、零儚はこの光が天戴無窮が爆発したものによることがわかると、少し眉をひそませながら中に浮いた。

『……天戴無窮による世界崩壊計画は失敗したようですね……まぁいいです。この子はもうお返しいたしますよ……』

 地上からの白い光がなくなったあと、その場に残されたのは気絶した明日人と咲であり、そこに零儚の姿はなかった。

 

 ***

 

 何も見えない暗闇の中で、声が聞こえた。それも、自分を呼ぶ誰かの声だ。

「ゃ……」

 その声は次第に大きくなり、はっきりと聞こえてくる。

「やま……」

 大きくなっていく声に合わせて、夜舞の目もうっすらと開いていく。視界がはっきりしていくと、今自分の目の前に大谷と杏奈、そして茜と、マネージャーたちが心配そうな目で夜舞を見つめていたのだ。

「夜舞ちゃん!」

 大谷は夜舞が目を覚ましたことに気が付いたのか、身をのりだして夜舞に抱き着いた。

「お、おたに、せんぱい……?」

 夜舞は一瞬だけ自分がどういう状況に置かれているのかがわからなかったが、意識もはっきりしていくにつれ、その理由もはっきりとわかっていく。

「よかったぁ……本当に心配したんですからね! 勝手に抜け出して……」

「ごめんなさい……凄く嫌な予感がしたから」

 そうだ、自分はピサの斜塔に向かっていたのだ。咲を助けに向かっている明日人たちに嫌な予感を感じとり、それは次第に胸の中で大きくなる。ついにいてもたってもいられなくなって、気が付いたら走っていたのだ。そこで、白い光に包まれて、気が付いたらここにいたのだ。

「実は、ピサの斜塔付近で爆発が起きたみたいなんです。夜舞さんも、その近くで倒れていたんですけど……」

「幸い、けがは少ないみたいです」

「ばくはつ……でも、なんでだろう」

 あれほど天戴無窮の近くにいたというのに、怪我は少なかったということを杏奈から聞き、夜舞は不思議に思った。

『月夜っ!』

 すると、突然病室の扉が開き、中から夜舞緋華里が現れた。緋華里は夜舞が目覚めたということをどこからか知ったのか、切羽詰まった様子で病室内に駆け込んできた。

「おばあちゃん、どうし……」

「こんのぉー!!」

「えっ……っていだいいだいっ!!」

 自分の祖母が現れたため、夜舞は驚いたが、緋華里はなにも言わずに夜舞のこめかみに握りこぶしを当てた。そして、こめかみに拳を食い込ませるかのように手首を動かし、こめかみを割ってくる。

「この大馬鹿者っ! 一歩間違えたらお前は死んでいたんだよ!」

「ご、ごめんなさいおばあちゃん……」

 一見体罰にも見えるが、緋華里の目には涙が溜まっており、よほど孫の月夜が心配だったことが伺えた。

「や、夜舞さんのおばあちゃん! 一回落ち着いてください!」

「ぜぇーっ……ぜぇーっ!!」

 茜が緋華里の体を夜舞から引き離したため、夜舞は息切れを起こしながらも椅子に座った。

「と、とにかく月夜。もう二度とあんなことするんじゃないよ。明日人たちがいくら心配だからって、あいつらは大丈夫なんだからさ。なんせ私の修行にも耐えた男なんだからさ。式典の様子はテレビでもやってたからね、見てたよ、あれは明らかに怪異の王、神威さ。あの竜は、月夜たちを守るためにわざわざ現れたんだ。つまり、あんな至近距離で爆発して、月夜に傷一つないのは、神威のおかげってわけさ」

「神威……私を、明日人くんたちを助けにきてくれたんだ……」

「とにかく、今日は休みな。退院したらすぐに反省の修行だからね」

 緋華里も、孫が危険な目に遭って疲れたのだろう。夜舞の枕元にコンビニで買ってきただろうおにぎりやパンが詰められたビニール袋を置いて、病室を出た。

「……厳しいことを言ってましたけど、あの人も夜舞ちゃんが心配だったんですね」

「そうとおりですね。自分のたった一人の孫なんですから、心配もします」

「……うん、そうだよね。ごめん、本当に」

「次から気を付ければいいんです、今日は緋華里さんが持ってきてくれたパンやジュースもありますし、少しお話していきましょう」

 神門は、夜舞をいつものように元気な姿にさせるために、女子会を提案した。いつもよりあまり食べていない夜舞を心配はしたが、恋バナや学校での話をしていくにつれ、夜舞の元気も取り戻していった。

 

 ***

 

「茜ちゃん!」

 三人が夜舞の長い黒髪で遊んでいると、吹雪とタツヤが嬉しそうな顔で茜に声をかけた。

「灰崎くんが……」

「目を覚ましたみたい!」

 二人の様子からして、灰崎が危篤というわけではなさそうだった。

「ほ、本当ですか!?」

 むしろ、意識を失っていた灰崎が目を覚ましたという嬉しい報告だったこともあり、茜の喜びは大きかった。

「こっちだよ、茜ちゃん」

「はい! 皆さん、失礼します!」

 吹雪に連れられて、茜は灰崎の病室へと向かう。

「凌兵!!」

 茜が勢いよく病室のドアを開けると、灰崎はスマホでメッセージアプリを開き、自身の家族とメッセージを交換していたところであった。灰崎のことが心配だという母親のメールの他にも、茜ちゃんとは仲良くやっているかなんていう灰崎にとってはこそばゆい連絡まで送ってくる。そんな時に、茜がやってきたのだ。

「あ……茜か?」

「そう! 私茜だよ!」

「……そうか」

 目が覚めて、最初に見た顔が自分の大切な幼馴染であったこともあり、灰崎は嬉しさか申し訳なさで、少し俯いた。

「……僕たちは、少しお邪魔みたいだね」

「しばらくは、二人でゆっくりしていてくれ」

 二人は、灰崎と茜の再会の喜びを邪魔したくないと考え、部屋を後にした。

「あのね、凌兵。凌兵はさ、ピサの斜塔に向かった日から、一日中眠っていたんだよ。鬼道さんとフロイさんが凌兵を抱きかかえているのを見て、私凌兵の身に何かがあったんだって思ったんだ。それに……変な剣も、右手にずっと持っていたんだって」

 茜に自分が眠っていた時のことを話され、灰崎はハッとし、部屋の中を見渡した。すると、部屋の隅には鞘にしまわれたイルミナーレ・ステラが立てかけられており、病室に異質な雰囲気を漂わせていた。

「先生が凌兵の体を見ようとしても、その剣をずっと離さなかったって」

「……………」

 灰崎は、あの時自分が謎の存在に意識を乗っ取られたという感覚を覚えていた。しかし、それを茜に話してもいいのだろうか。ただでさえ、己は茜に心配されているというのに、これ以上心配させてもいいのだろうかと。

「ねぇ凌兵、何かあったんでしょ? 教えてよ、お願い」

「……無理だ。お前には、教えたくねぇ」

「嫌だよ! 教えてよ!」

「だから教えたくねぇって言ってんだろ!」

 心配をかけさせたくないあまり、茜に怒鳴ってしまった。こんなことは初めてで、灰崎は言ったあとすぐに自分を後悔した。

「っ…………!!」

「……茜、ごめん」

「いいよ、全然大丈夫。凌兵が話したくなったら、いつでも言って。じゃあね」

 病室を出ようとする茜を見て、灰崎は歯を食いしばる。わかっている。茜は泣きたい気持ちを我慢しているのだと。本当は灰崎のことが知りたいくせに、その気持ちを押し殺している。茜も、根本的には自分と同じなのだと。

「ッ__まてっ!」

 気が付いたら、ベッドから降りていた。痛みがあったような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。今は、茜の悲しみを拭いたく、その腕で茜を後ろから抱きしめた。

「え、りょうへー……」

「……俺は、お前をもう傷つけたくはないという一心で、大事なはずのお前を傷つけていた……ごめん。さっきも、お前には心配をかけさせたくはなかったから言ったんだ。それに、お前の前では、いつもの『灰崎凌兵』でいたかったんだよ……せっかく、こうして話せているんだからよ……」

 灰崎は、アレスの天秤プログラムで茜の心が無くなってしまった時のことを思い返していた。5年間、本当の宮野茜に会えずにいた。だから、心が戻ったときは、一緒に学校に行き、FFI日本優勝のお祝いで、遊園地デートにも行った。それくらい嬉しくて、だからこそ、愛おしくて、だからこそ、不安な顔をさせたくなかった。

「……凌兵、私もね、怖かったの。私みたいに、このまま目が覚めないんじゃないかって。もし凌兵が死んじゃったらどうしようとか、考えてた」

「茜……」

 灰崎は、茜も自分のような悲しみを抱いていたのかと考えた。

 それなのに自分は、茜を突き放すような言動で怒鳴ってしまった。

 そしておまけに、意識を乗っ取られていたとはいえ、人を殺そうとした。そんな自分が、今この手で抱いている茜を抱きしめる資格はあるのだろうか?

「あのな、茜。あの剣は、ピサの斜塔の地下室で見つけた神遺物なんだ。ルアシェルっていう怪異を生み出した堕天使が持っていた剣でな……」

 だとしても、話そう。

 例え嫌われたとしても、それでいい。これ以上心配をかけるわけにはいかなかったからだ。

 灰崎は、茜に自分がルアシェルに取り込まれていたということ。そして、ルアシェルの魂の拠り所となっていたのは、自分であったこと。そして、意識を乗っ取られていたとはいえ、人を殺そうとしていたということも、全部茜に話した。

「そうだったんだ……ごめんね」

「謝るのは俺だ」

「違うの、そんなに辛いことを話させちゃって」

「……いいんだ」

 

 ***

 

「エレン様、ここは私たちにお任せください」

「貴方は、世界を救うための業務に当たってください」

「そう、わかったわ」

 負傷した天使を治療する担当の天使と神父は、重症のレンとメリーを集中治療室へと運ぶと、エレンに退室を諭した。レンとメリーのことが気がかりではあったものの、エレンは言われるがままに治療室を後にする。

「(レン、メリー……こんなことを守れなかった私が言うのもなんだろうけれど、どうか死なないでちょうだい)」

 廊下を歩いていると、いつの間にか足は中庭へと向かっていた。そこではいろんな思い出があるからだ。昼にはメリーがそこで遊び、ミラがお茶会を開く、そして深夜にはレンが修行に励む。自分たち天使の憩いの場でもあったのだ。そこに足を踏み入れたエレンは、その中心に建てられているマリア像に向けて、二人の無事を祈った。

 しかし、その直後に湧き出る毒のような憎悪と、炎のように燃ゆる心。それにエレンは自身の胸に手を当てた。

「(そう、これが()()()という感情なのね)」

 人に対する。

 今までそのような感情はなかった。それも、人は信じるものなのだと言ってくれたある女性の影響からだろうか。

 思えば、人間との評議会の時に気づけばよかったのだ。人間が簡単に天使の共存に検討をするとは思えない。端から天使を利用するつもりだったのだ。後の調査でわかったことだが、最近の天使の遺体とイルミナーレ・ステラには関係性があり、それは利用という言葉でエレンの心を強く支配していた。

「(今になって__当たり前の日々が美しく感じてしまうなんて)」

 

「天使との共存、だと?」

 以前、エレンは部下たちを連れて国の大統領たちと評議を行っていた。それは、エレンが掲げている天使と人間の共存という議題の会議であり、エレンはやっと人間の大統領たちと話してもらえる機会を作れたため、このチャンスは逃せないと考えていたのだ。

「はい。もちろん、貴方たち人間と天使には大きな確執があることは承知しております。私たちのやり方が強引でしたことを、天使たちのリーダーとして改めてお詫び申し上げます」

 エレンは椅子に座ったまま、頭を下げる。天使のリーダーが人間に対して頭を下げたという事実に、大統領たちは驚いていた。そして、人間とは本当に共生を諮(はか)りたいと考えていることが感じられた。

「しかし、一体私たち人間側になんのメリットがあるんだ?」

「メリットでしたら、事前に渡しておきました資料に事細やかに書いてはおりますが、まず第一に、天界の技術を貴方たちに御共有することを誓いましょう。資料にも書かれてあるとは思いますが、天界ではこの地球の水の成分と変わりない人工液体を創り出す手法に、砂漠でも自然を育てる技術などが存在しております」

「なるほど、環境問題やアフリカの貧しい子供たちを助けられる手段を用意すると……」

 大統領の一人は、その共生に賛成的な表情を見せる。

「私たちは確かに、人と天使という相いれない存在ではあります。ですが、同じこの地球を愛している者として、お互いに手を取り合って生きていきませんか?」

 その会議は3日に分けて行われ、表沙汰にはならなかった。そして、検討はするという人間側の結論によって評議は終わった。

 しかしその後、天使たちの遺体が見つかるようになり、エレンたちは不審がって調べることになった。

 そして、人間側がイルミナーレ・ステラという神遺物によって、天使から莫大なエネルギーを生み出していることがわかったのだ。そのためにエレンたちはその剣の回収に向かったが、結果として部下二人に重傷を負わせてしまうことになってしまった。

 

「エレン……」

 治療室を出たすぐのこと、エレンは今までサボっていた仕事に打ち込むようになり、執務室で終わらなかった仕事は部屋に持って帰って行うなど、以前とは変わった様子をミラに見せた。そのため、心配になったミラは部下のアーロンを連れてエレンに直接会うことにしたのだ。

「あら、ミラ。どうしたの?」

「ほんの少し心配になって来ましたの。レンさんとメリーのことがありましたでしょう」

「レンたちのことは心配よ。でも、人が天使を利用して、それを尊い犠牲だなんて言う人がいるってことを知った今、こっちも行動を起こさずしてはいられないわ。それより、救済人の七光咲のことなのだけれど、あの子は魂をウルティムス・ステラに捧げてしまったせいで、抜け殻の状態よ。おまけに、あの子の歌には人の心に作用する能力もある。だから」

 すると、エレンは積まれた書類とは別に置かれた一枚の紙をミラに渡した。

「あの子の保護をしてもらいたいの。救済とは別に天界に連れて行くことを許可してほしいという書類を渡すわ。受理を頼むわね」

 

 ***

 

 さらに翌日、明日人の怪我は完全に完治しており、病室のベッドに備え付けられたテーブルでいつもの課題を行っていた。一人ということもあり、わからない問題があるため全然進まなかったが。

「ねぇアカツキ……なんだか俺、怖くなってきたな」

『……人のことが?』

「ううん。自分の力がないせいで、誰かを守れないんじゃないかって、怖いんだ」

 しかし、一人ではなかった。アカツキがいるため、明日人は課題を行いつつもアカツキに相談を行っていた。

『……確かに、零儚はとても強かった。ハーツアンロックしてても、全然歯が立たなかった』

「そう、だから俺、サッカーだけじゃなく、誰かを守れるくらいに強くなりたいんだ。今度、監督に相談してみるよ」

『そっか……明日人が強くなりたいっていうなら、僕は何も言わないよ』

「ありがとう、アカツキ」

 アカツキとの相談を終え、明日人がペンを進めようとしたその時だ。病室にノック音が響いた。

「明日人、監督が呼んでる」

「うん、わかった!」

 

 

「明日人、体はもう大丈夫なのか? 完治したって聞いたけど」

 集合場所に向かう途中、氷浦は明日人の怪我の心配をしていた。

「あぁ、もう今すぐにでもサッカーがしたいんだ!」

「おいおい、完治したとはいえ、無理はするな」

 明日人は早くサッカーがしたいと、監督の待つ庭へと走った。集合場所である噴水のある広々とした広場には、自分たちを呼び出した趙金雲と、円堂たちが集まっていた。

「お待たせ!」

「お、怪我は平気か?」

「はい!」

 明日人と氷浦。全員が集まったことを確認した趙金雲は、改めて話し始める。

 

「ホーッホッホッホ、皆さん、よく来てくれましたね。実は、皆さんに伝えなくてはならないことがあります」

「伝えなくてはならないこと……?」

 夜舞がどういうことかと趙金雲に説明を求める。

「実は今日、咲さんの治療が終わり、結果がわかったんです。まぁ、これは見てもらった方が早いでしょうね。ベルナルド君」

 趙金雲の言葉に、坂野上は咲が元気になったかもしれないと期待していた。しかし、その期待は見事に裏切られるものとなってしまう。なんと、ベルナルドが連れてきた咲は、車いすに乗っており、当の本人はうつろな目で明日人たちを見つめていたのだ。

「さ、咲さん……」

 もちろん、全員がショックを受けた。

 なんと、咲は廃人状態となってしまっていたのだ。

「……医者によると、咲さんは死んではいません。しかし、生きてもいないようです。あのあと円堂くんと坂野上君から事情は聞きました。咲さんは、魂がウルティムス・ステラという神遺物に捧げられたため、現在は植物状態に近い状態になってしまっています」

「か、回復の見込みはねぇのかよ!」

「残念だが……」

 剛陣が切羽詰まった状態で希望を求める。しかし、結果は非常にもベルナルドが首を横に振っただけであった。

「……ごめん、俺がもっと早くに咲さんを助けに行ってれば……」

「明日人くんが悪いんじゃないよ」

 あの時自分が零儚に負けてさえいなければ、咲を助けられたかもしれないと考えたが、夜舞の励ましによってそれはなくなった。

「あぁ……俺たちも、判断が甘かったと思う」

 鬼道も後悔をしているようで、少し俯いている。あの時、ユースティティアの天使の目的が正しいものかどうかなんて、どうでもよかったのに、明日人たちを置いて別行動をとってしまった。その結果がこれであると、まるで鬼道に告げているかのようだ。

「俺たち、屋上で咲の怪異の零儚にあったんだ。そいつが言うには、咲は自らの意志で魂を捧げて、その魂をウルティムス・ステラっていうのでエネルギーに変えて、天戴無窮を稼働させようとしていたみたいなんだ」

「しかも、その天戴無窮を作ったのは零儚です。零儚は、咲さんの『俺が自由にサッカーができるように』っていう優しい心を利用したんだ」

 咲はおそらく、自分の魂によって天界がなくなってしまえば、日本の支配もなくなり、サッカー禁止令もなくなり、坂野上がサッカーできると思っていたのだろう。しかし、結果として天界がなくなることはなく、咲は廃人状態となってしまった。

「坂野上が、自由にサッカーができるようにか……咲、そんなことを考えていたんだな……」

「ともかく、咲さんの退院手続きが済みましたら、私たちが泊まる宿所へと向かいます。咲さんのパートナーは、坂野上君、お願いします」

 風丸が咲を見る中、趙金雲は咲の乗る車いすを押し、坂野上に引き継いだ。坂野上が車いすのハンドルを握ると、咲はとても軽かった。まるでそこに咲はいないのかと感じてしまうほどに。

 

 君はもう喋れない。歌えない。

 




最近SNSのフォロワーさんが虫歯系のやつをやってます。(虫歯系とは?)
そのため最初期に考えてた短編(健康診断が内容)を思い出したので、書いて別の方に投稿しようかなぁ。



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第四十九話 反逆の戦士 リベリオン・クリーガァ

最近イナイレの供給がなくて困っています。



 芸術の国、イタリアの首都ローマから様々な美しい都市へと繋ぐ、ローマ・サン・ピエトロ駅周辺では、毎日のように通勤や観光客などの人々で賑わっていた。といっても、今は太陽が天頂を通過したあとであり、昼下がりの食事を楽しもうとする者が増えてきたが。

『ねぇ聞いた!? 天戴無窮完成の式典途中で、天戴無窮が大爆発を起こしたんだって!』

『しかも、皆無事だったのよね!?』

 天戴無窮の式典は昨日の出来事であり、さらにそこで起きた大爆発の光景をほとんどの人が見ていたからなのか、この国では今その話題で持ち切りだった。その声はどこからでも耳に入り込んでいき、ここに来ていた世界選抜の選手全員に届いていた。

「天戴無窮、か。あの爆発にはきっと、あいつらが関わっているだろうな」

 そのためか、クラリオは頑固たる響きで仲間たちに尋ねた。あの天戴無窮の式典には、ラストプロテクター・アースが関わっていると。

「それってどういう意味だ? アストたちが関わるようなことじゃないだろう?」

 第一あれは式典だ。と言いたげに、ペクは右手を少し上に上げ、肩を竦めた。

 確かに、()()()式典ならば、一般人である彼らが出入りするようなことはないだろう。だが、それでもクラリオは自分の意志を主張した。

「式典が開催された時、私たちはテレビを見てその様子を見ていただろう。その時に、一瞬だけあいつらの姿が見えた。おそらくだが、あいつらはあの天戴無窮の秘密を知っていたのだろうな。あいつらは、やると決めたからには絶対に事を曲げないチームだからな」

「そうだね……彼らなら、きっと何かに気づいたはずさ」

 そう一ノ瀬は、空を見上げた。自分たちの宿所に向かう途中の空は、透き通るような青をしており、それはまるでラストプロテクターのサッカーに対する純粋な気持ちを表していた。

 そんな時、彼らの後ろに目立つようにそびえるお菓子屋から、一人の少女が大量のお菓子を抱えて店を出た。

「ふんふんふふ~ん」

 薄紫の藤色よりも赤みがかった紫髪を二つ結びにし、まるで目を瞑っているかのように細い目をした女の子は、早速先ほどのお菓子屋で買ったスイーツを食べ歩きしていた。甘いお菓子を食べて限りない満足感に包まれていた少女であったが、街の広場にいる人込みを見つけ、何かあるのかなという小さな好奇心からか、少女は立ち止まった。

 しかし、その好奇心はとある男性たちの話し声の内容から打ち砕かれた。この人ごみはなんと、ユースティティアの天使の部下である神父たちの演説によるものであり、人々はやるかたない気持ちでそれを聞いていたのだ。

『この世界は今、闇に覆われています。しかし、我らユースティティアの天使による、テミス改革が実行されれば、世界は新たに生まれ変わるのです。さぁ、天使による統治を願うのです。もう、人が世界を支配する時代は終わりました。これからは、天使による平和的な日常を送れるのですよ』

 お菓子を食べ歩きしていた少女は、その演説に真っすぐと向かった。しかし、神父たちの意見に同意したわけではなかった。

「ねぇ、ここは宗教関係の演説禁止だよ~」

 すると、少女は広場に設置されている注意書きの看板を指さした。その看板は確かに宗教団体の演説は禁止されているという注意がされており、そのほかにも暴力団関係者による使用も禁止されていた。

『……貴方は、天使による統治を認めない。そう仰るのですね』

「うん、サッカーは楽しいものだから。それよりおじさんたち~、演説をやめなきゃ、注意されちゃうよ?」

 その優しい声とは裏腹に、少女の表情にはいたずらそうな目をしていた。

 

「こっちです! ここで神父を見かけたと!」

「くそっ、あいつら今度は一体何をしようってんだよ!」

「とにかく、その神父に連れ去られたっていう女の子を助けないと!」

 ユースティティアの天使の部下、神父がローマ・サン・ピエトロ駅の広場に現れた。その話を大谷から聞いた明日人たちは、その緊急を要する事態に急いで駅に向かっていた。先ほどまで神父たちが演説していた場所に向かうと、明日人と同じように事態に気づいた世界選抜も、ここでその神父についての聞き込みを行っていたのだ。

「って、クラリオ!?」

「エンドウマモルか、お前たちもこのことを知ってここに来たのだな」

「あぁ、その女の子を助けるためにな」

 ユースティティアの天使からサッカーを取り戻し、世界を救うことを決意している明日人たちには、「神父によって女の子が攫われた」という事例は、見過ごすわけにはいかなかった。その明日人たちの強固な意志に、クラリオは睨みつけるほどの真剣な顔つきで自分たちが手に入れた情報を彼らに提供した。

「そうか、私たちが手に入れた情報によれば、その少女は攫われたわけでないらしい」

「そうなんですか? で、でも街の人は皆大騒ぎになってますし……」

「それもそうだろうな。少女はその神父たちに勝負を挑んだのだからな」

 勝負というクラリオの言葉に、明日人たちは思わず聞き返した。サッカー選手のクラリオが言うのだから、おそらくサッカーで勝負なのだろうが、その前に神父たちとサッカーで勝負してまともに言うことを聞いてくれるのか? という疑問が泡のように浮かび上がってくる。

「勝負……ちょっといい? クラリオ」

 クラリオに声をかけたのは、明日人たちの中の一人ではなく、世界選抜の一人アリーチェだった。

「もしかしたらその子、『リベリオン・クリーガァ』の一員かもしれない」

「リベリオン・クリーガァだと? 勝負をしかけたその少女が、神父や低級の天使にまともに対抗できるあのチームの一員だというのか?」

「可能性は低いけど……もしそうなら、私たちを鍛えてくれるかも」

 先ほどからクラリオとアリーチェから交わされる、リベリオン・クリーガァという単語を明日人たちは気になり、何なのかと尋ねることにした。

「なぁ、そのリベリオン・クリーガァって何なんだ?」

「実はだが……」

 すると、クラリオは話し始めた。リベリオン・クリーガァは、この国イタリアの大統領、ロレンツォ・セレーナ・エレオノーラが世界中の屈強な少年少女たちを集めて作り上げたチームであり、その戦闘能力の高さで数多のテロリズムを防いだことから、警察よりも権力が高く、また今ではユースティティアの天使や神父などに戦闘で対抗しているとのことだ。

「それが、リベリオン・クリーガァ……」

「なんでも、そのチームを取り締まっているキャプテンは、チームの中でも最年少って噂よ。あくまで噂だけど……」

「最年少!?」

 仮にそうだとしたら、おそらく野坂以上の頭の良さと戦闘能力の高さを有しているに違いない。しかし、その噂のキャプテンとあの少女が同一人物である可能性は考えられなかった。

「ともかくだ、神父たちを追おう」

「場所は、ここから近いサッカーグラウンドだ……」

 

 

「さて、始めましょうか」

 ローマ・サン・ピエトロ駅近くのサッカーグラウンドでは、それぞれのゴールを自分の陣地に、中央の白い輪の中にはボールが置かれていた。そのボールを軸足じゃない方の足裏で支える少女はタイツを履いており、裾が膝上しかない白いワンピースの上にトレンチのロングコートを羽織っていた。一見動きやすそうだが、サッカーをする服装ではないことはわかる。しかも少女は、試合前だと言うのに菓子のエクレアを食べていた。

「絶対勝つから〜」

 唇についたエクレアのクリームを少女が舐めていると、クラリオから場所を聞いた明日人達が到着した。

「あ、あの女の子ですよ野坂さん!」

 一星が胸をつかれたような表情で少女の方を指さす中、試合は行われようとしていた。

「…………」

「目が変わった!?」

 吹雪は目を閉じていた少女の目が開き、その目の色が赤みがかった茶色、つまり血の色であることを目撃する。

「あ、あの目は……!!」

「何か知っているんですか!?」

「『ブラッディ・アイ』だよノボル……リベリオン・クリーガァのメンバーが持つといわれている目の色の名称……」

 血の色に近いその少女の目に、アリーチェは驚愕した。それも、彼女がリベリオン・クリーガァであるという証拠のブラッディ・アイを持っているということにだ。

『……ヘッドショット・オーバーアンダー!!』

 少女が指を鳴らしたその直後、ボールは二つに分かれ、宙に浮く。しかしボールが球体になっているわけではなく、その形は銃でいうところの弾の形状に似ていた。

 すると、少女の目が光る。

 少女がボールに足の甲を当てようとする瞬間、視界にはターゲットとしてゴールが映る。

 そのターゲットに向けて、彼女はボールを二回に分けて打ち込んだ。

 それは空に閃く雷鳴、いや銃口から放たれた弾のように早く、一瞬にしてゴールの中へとボールは入った。

「す、すげぇ……」

「あいつ、ただもんじゃねぇ……」

 その気持ちいほどの一瞬は、天使と戦ってきた円堂とヒロトでもその刹那のボールを視界に入れることはできなかった。そんな彼女の強さに、クラリオは笑っていた。

「……今日のところはこのくらいにしますよ」

 一点を奪った時点で勝敗を決める形だったのか、負けた神父たちはどこかへと消えて行ってしまった。

「ね、ねぇ大丈夫だった!?」

 仮にもユースティティアの天使の一員である神父三人に、一人の少女が勝った。その光景に感情が追いつかなかったが、明日人たちは一斉に少女の元へと駆け寄った。

「……あ~、もしかしてラストプロテクターの人? ちょうどよかった~」

 しかし、少女の目はとっくに閉じており、またしてもエクレアを食べていた。

「神父たちを一瞬で蹴散らすなんて、凄いね」

「お前、名前はなんだよ」

「ん~、わたしはノエル。ノエル・ビアンカだよ~。もしかして、わたしの試合見てくれたの~?」

 先ほどまで神父を倒した人とは思えないほど、少女ノエルはのんびりとしていた。

「ま、まるで二重人格みてぇだな……」

「アツヤくん、失礼なこと言っちゃだめだよ」

「二重人格かぁ~かっこいいねぇ~。でも、これは元々なんだぁ~」

 夜舞がアツヤを諭す中、ノエルは自身の目のことを明日人たちに説明した。

「リベリオン・クリーガァって知ってる? ほら、最近神父さんとか天使さんを倒しているっていう戦闘員チームのこと。わたしはそこの一員なんだけど、リベリオン・クリーガァはね、幼少期から国から特殊な訓練を受けて育つの。もちろん皆が思っているようなものじゃないよ〜ちゃんと医療関係者の方もOKしているものだから〜。それで、その特殊な訓練を受けたという印として、目が赤くなるんだ~」

 すると、ノエルは自身の目を開ける。しかし、先ほどのような緊迫なオーラは感じられなかった。

「あとね、さっきみたいな勝負事には、いろんなことに対応ができるように意識を集中させるための訓練を行っているから、そう見えただけかも~」

 と、ここでノエルの目の秘密がわかった。彼女は別に二重人格というわけではないらしい。

「ノエル!」

 すると、サッカーグラウンドの外から、彼女の名を呼ぶ少年の声が響いた。

「あっ、ぺトちゃ~ん」

 その少年は、イタリア代表のキャプテン、ペトロニオだった。突然のペトロニオの登場に明日人たちは驚いたが、ノエルはペトロニオとは知り合いなのか、あだ名で彼を呼んで手を振っている。

「そのペトちゃんっていうのはやめてくれないか……?」

 だが、ペトロニオはやめてほしそうにため息をついた。

「ん? アスト、その子は?」

 するとペトロニオは、どうやらチームに新しく入った夜舞の存在に気づいたようで、彼はキャプテンである明日人に尋ねることにした。

「あぁ、夜舞っていうんだ。ユースティティアの天使を倒すために、花伽羅村からスカウトしたんだ」

「夜舞月夜だよ! それより、ペトロニオくんの試合、見てたよ!」

「そうなんだ、ありがとうツクヨ」

「うん!」

 夜舞は、ペトロニオと握手を交わした。だが、その間フロイとベルナルドは気まずそうにしていた。それもそうだ、FFIでオリオン財団によって最も被害にあったのは、彼らなのだから。しかし、フロイはFFIでのことを謝罪しなくてはならないと、フロイは前に出た。

「……ペトロニオ。僕たちのせいで危険な目にあわせちゃって、ごめん!」

 フロイがペトロニオに頭を下げると、彼はとても驚いた。

「そ、そんな! 顔をあげてくれ!」

「いいや! 僕の母さんがやったことだとしても、君たちの選手生命を無くさせるようなことをさせて……」

 ペトロニオがフロイに頭をあげるように諭したが、フロイは一切あげる様子を見せなかった。ベルナルドも隣で頭を下げており、その二人の様子にペトロニオは困っていた。しかしそんな中、ノエルがペトロニオに声をあげた。

「……ペトちゃん、決めるのはあなただよ」

「えっ、ノエル?」

 ペトロニオは、一瞬ノエルに耳元で囁かれたと思ったが、後ろを振り返っても、ノエルはまたしてもお菓子を食べており、耳打ちをしたとは考えられなかった。

 確かにノエルの言うことは本当だ。許す許さないは自分が決めることだ。おそらくフロイは、決めてほしいのだろう。許さないと。

「………………」

 しかし、ペトロニオはそんなことを言うつもりはなかった。だが、許すというのも何かが違う気がしたのだ。そこで、彼は別の言葉を口に開いた。

「……フロイ。確かに私は、一度は選手生命を失った」

 ペトロニオの言い放った言葉は、とても冷たいものだった。それにフロイは、やっぱり許してはくれないだろうなと、自分で自分を嗤った。

「しかし、それは本当のサッカーがなんなのかを教えてくれるきっかけにもなった。あの時アストが教えてくれたように。そこで私は、病院内で仲間と共に、本当のサッカーが何なのかを話し合ったんだ。それで、私たちはやっぱりサッカーがしたいと結論を出し、辛いリハビリを何度も行ったんだ。お互いに励まし合い、支え合ったあの時は、私たちに仲間というものを教えてくれた」

 続けて、ペトロニオは言う。

「むしろ、私の方こそ謝らせてくれ。君をここまで追い詰めてしまっていたことを。世界選抜にいるアリーチェから大体のことは聞いていた。フロイは、オリオン財団の今までしてきたことを後悔していると。しかし、私は君たちのおかげで、学ぶことが多くあったんだ。挫折しても構わない、それでも自分の好きな物に向き合いたいという想いがあるということを教えてくれたんだ。あの時、アストから運命に抗う勇気をくれたように、フロイは、()()()()を私たちにくれた」

 すると、ペトロニオはフロイの肩に手を置き、ハンカチを差し出した。

「だから、謝罪なんて必要ない。そこに、許す許さないはない。私は、君という存在を心から尊敬しているんだ」

「ペトロニオ……」

 フロイの瞼から、涙が流れる。それを、ペトロニオはハンカチで優しく拭った。

「さぁ、私とサッカーをしてくれ! あの頃よりも、私は強くなっているからな!」

「……そうだね! 僕も負けないよ!」

 後悔の気持ちが晴れたのか、フロイはペトロニオと共にボールを蹴り出した。

「フロイ……」

「ベルナルド監督、きっとあれが、本当のサッカーなんですね」

 爽やかにボールを奪い合い、運ぶ二人の姿に、ベルナルドの顔は柔らかくなっていた。

 

 ***

 

 イタリアより遠く離れたアメリカでは、鉛の張ったような雲が空を覆っていた。その雲の隙間から複数の天使たちを連れて地上に降りてきたのは、エレンだった。その足はアメリカ国議会議事堂という日本でいう国会の正門に着き、エレンは同行してくれた天使たちに、「ここからは一人で構わない」と告げた。

「エレン様。今回の会議ですが、なぜ我々は同席してはならないのですか」

 もちろん、その命令に異議を唱える天使もいた。しかし、エレンは次にこうも言った。異議を唱える部下を黙らせる台詞だ。

「じゃあ言うけれど、貴方たちはこの世界の転換点を決めてしまうような決断ができるかしら? これは私一人だからこそ決められるのよ。それに、ここから先は人間のリーダーたちが集う場所なのよ。どんなものがあるかもわからないの。だからこそ、貴方たちを危険な目に合わせたくないの。わかってくれるかしら?」

 そうほほ笑むエレンの目は、優しくも、氷のように冷たく感じた。

 今のエレンは、大事な部下二人も重症だということが起きて、少しでも衝撃を与えれば壊れてしまうようなクッキーに違いなかった。しかし、部下たちは何も言えなかったのだ。まるで、『私に触れるな』と言われているような、気配を感じたからだ。

「あ、あのエレン様」

 しかし、勇気を振り絞ったのか、一人の天使がエレンに声をあげた。

「お言葉ですが、貴方は少し、無理をなされているのでは……?」

 その問いに、エレンは笑った。

『大丈夫よ。少しお話してくるだけだから』

 

 

 廊下を歩く中、エレンは考えていた。

 かつて自分に、『人と人は分かり合える』と教えてくれた人物のことを。

「(貴方はかつて、私に教えてくれた。記憶をなくして、何もわからないままお父様の娘となり、そして初めてのお仕事をしたときに、私は貴女に会った。右も左もわからなかった私に、貴女は教えてくれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

「(ずっと、今までずっと、貴女の言葉を信じて、人間と天使が共存する道を探してきた。今日だって、本来なら人との共存についての話をするつもりだったのよ。でも、それはもうできないみたいね。

「(レンとメリーが重傷を追ってしまった原因は、人間の策略によるもので、私になんの落ち度もないと片付けられてしまったけれど、嫌なのよ。そんなことで責任を逃れるなんて。それに、私が人間との共存を夢見ている間にも、他の天使は他の神遺物の生贄にされてしまっていた。

「(全ては、私の責任。今まで人と共存できると甘えていた自分へのツケよ)」

 その人間の名を、エレンは知っていた。

 今も生きているのだろうか。生きていたなら、話したい。

 しかし、きっと生きてはいないだろう。なぜか、そんな気がしたからだ。

 気が付くと、エレンは会議室の扉の前に立っていた。門番らしき警備員は、エレンの姿を見ると、すぐに扉の前から離れ、一礼する。それをエレンは冷ややかな目で見ると、彼女は会議室の扉をノックした。扉の奥からの返事が聞こえると、彼女は扉を開いた。

 会議室には、既にアメリカ、中国、ロシア、ドイツと、その国の大統領や総理大臣などが揃っていた。そして、その一席には、自分たちを傷つけたタイの王もいる。

「ごきげんよう。早速なのだけれど、人間と天使との共存、考えてはくれましたか?」

 遅れての着席となったが、エレンは早速本題に入ろうとした。

「答えは、否だ。やはり我々は相容れぬ存在。天使が空を飛ぶならば、人が地を張って生きても良いのでは無いのか?」

 しかし、アメリカの大統領は、この前の会議でのエレンの提案を飲むことはなかった。

「まあ、人による統治を求むというわけですの」

「それに、我々人間でこそ解決しなければならないことだってあるのだ。天使の力はかりん」

 そう言い放つ彼に、エレンは笑いながら指をさした。

「……そうですか。ではそこのタイの王が、我々天使に重症を負わせたことは、どう説明してくださるの? 人と天使が相容れぬというのなら、お互い関わらなければ良い問題でしょうに」

 エレンの一声に、大勢がタイの王へと向いた。まさか、と思ったのだろう。

「これは、私の仲間であり友の、大天使レンとメリーの傷害報告書のコピーですわ。それに、貴方がウルティムス・ステラ、いいえイルミナーレ・ステラの無限大な力を手にするために、我々天使を今まで屠ってきた証拠もありますわ。あらどうしてかしら、天使と人は相容れぬ存在ではなかったのかしら」

 アメリカの大統領は、無言で俯く。人と天使は相容れない存在なのだとエレンに先ほど言ったのだから。

「し、しかし、貴方たち天使は、我々から多くのものを……」

「奪ったのは確かに私たちだけれど、奪わせたのは誰?」

 冷たいことを吐いている。というのは自覚していた。しかし、もう嫌だったのだ。

「……私は、貴方達人間を信じていたわ。私のことを愛してくれる人もいれば、人は元から良き心を持っているのだと教えてくれた人もいたわ」

 エレンは、脳内でとある人物の顔を思い浮かべていた。しかし、その顔は明日人の母親にそっくり、いや全く同じであった。

「でも、それを信じすぎて、私は多くの天使を葬ってしまった。だから、私は責任を取ることにしたわ」

 すると、エレンは席を外し、日傘を槍に変えた。そしてその槍を右に振るうと、国議室の装飾品や貴重品が次々に壊れた。

 

「貴方達を葬り、貴方たちの国を私たち天使が支配することにする」

 

 ねぇ、こんなわたしでも、元から良き心を持っていたと言えるのかしら。

 百合子。

 

 天使に反逆する。

『人』に反逆する。

 



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