PRINCESS ART ONLINE ※更新停止 (日名森青戸)
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唐突の始まり~突然死から始まるアバンタイトル~

2022年、11月6日

 

 

 

とあるゲーム店。

 

「ぷー……。いや、ほんとお客いねーわ。あと数人出て行ったら閑古鳥のコーラスでも聞こえてきそうでウケるわ」

 

「まあ仕方ないわね。みんなのお目当てはアレだもの」

 

ダウナーな雰囲気の中学生くらいの少女がカウンターで頬杖を付きながら零す愚痴に、カウンター越しの眼鏡の高校生くらいの少女が仕方ないと返す。

この日、日本はあるゲームに注目していた。

ナーヴギアによるフルダイブ型VRMMO、『SWORD ART ONLINE』、略称『SAO』の正式サービス当日だ。

ナーヴギア開発の第一人者、茅場明彦の手によって生み出されたそれは、β(ベータ)テストの1千人からも高い評価を受けて期待が高まり、いざ店頭販売となるとまるで人の津波と言っても過言ではないレベルで押し寄せる客にバイトの高校生、大神美冬(おおがみみふゆ)他店員は忙殺された。聞けばネット販売も一瞬で終わったらしい。かくいうこの2人も家族や自分用に余ったら買おうと思っていたのだが、10万台を叩き出した価格に断念せざるを得なかった。

その1週間後はご覧のあり様。この中学生少女、黒江花子(くろえはなこ)のように買いそびれた敗者達は別のゲームでこの敗北感を紛らわそうと並べられた携帯機器用のゲームを吟味している者以外は誰もいないのである。いや、流石にそれは失礼か。

 

「大神ちゃん。そろそろシフトだよ」

 

「はい。あ、店長。そういえば先輩起きましたか?」

 

「駄目だ駄目だ。あのバカ職場にナーヴギア持ってきて、休憩中に入ってやがってた」

 

そんな折、中年の男が声をかけてきた。

彼女の他にもバイトがいるのだが、彼はどうやらナーヴギアを持ってきて、勝手にログインしているらしい。

 

「はー、うらやま。バイト先での豪遊とかそいつマジ頭おかしいわ。何見せつけてんの」

 

と黒江の感想。

 

「職場で何遊んでんのよ!」

 

と美冬の反応。

 

「頭にきて無理矢理引っぺがしたってのにうんともすんとも言わねぇ。お前らちょっと帰りがてら叩き起こしてくれねぇか?」

 

「いえ、今すぐ叩き起こします」

 

美冬が憤慨した様子のままずかずかと休憩室へと向かう。丁度この時間帯は2人のバイトの時間が終了し、彼と交代するのだ。そんな時間で遊んでいるなんて美冬からすればたまったものじゃない。

休憩室へと向かった彼女は、未だ寝そべる男に怒声を放つ。

 

「ちょっとあなた!職場でゲームなんて何を考えているの!?それでも社会人なの!?」

 

「美冬姐さん年上相手に喧嘩売るとか流石っすわ。あれ?そういやあたしらまだ学生だよね?」

 

「黒江さんは黙ってて!」

 

完全にぶちギレモードである。え?なんで黒江が来てるって?話の流れだ。

いきなりこんな怒声が上がれば誰しも飛び起きるものだろう。

しかし、彼は起きるどころか指一本動かさない。

 

「……?何スか?死んだみたいに動かないけど?」

 

「馬鹿ね。ナーヴギアを引っぺがされた程度で死ぬ訳無いでしょ?前に弟が安直なパズルとかやってる時に引っぺがしたけど、平気な顔してぴんぴんしてたわよ」

 

「そっすか。でもバイトさぼらせるわけにはいかないっしょ」

 

黒江の事も最もだ。確かにSAOは注目のゲームだが、それを理由に現実の生活を疎かにして良い理由ではない。

美冬が揺さぶって起こそうと触れた瞬間、今度は美冬が時間停止でも起きたように止まった。

 

「……ちょ、どしたんすか?」

 

「……る」

 

「あ?」

 

「……死んでる」

 

顔を青くした美冬の言葉を、黒江は一瞬理解できなかった。

死んだ?ナーヴギア引っぺがされただけで?さっきの美冬さんの言葉は?

 

「あの、え?マジ?いや、さっき言ったっすよね?引っぺがした程度じゃ死なないって?ジョーク?ジョーク言ってんすか?これがほんとのバイトジョーク。つって、やかましいわ」

 

「ほ……本当に死んでるのよ……!」

 

「……いやいや。いやいやいや。さっき言ってましたよね?弟さん引っぺがされてもぴんぴんしてたって。たかがその程度で死ぬとか人生最低の最期で閻魔の鬼共に笑われるって」

 

必死にパニックを抑えてる美冬に、未だ信じられない黒江は恐る恐る彼に触れてみる。

――冷たかった。

 

「……え?ちょ……え?」

 

「……黒江さん、あなたの友達でこれを買った人はいる?」

 

「……は、はい。確か王林のクラスメイトの何人かが……」

 

「じゃあ今すぐ連絡して!SAOを絶対にプレイしてはダメって!私店長と警察に連絡してくる!!」

 

その怒声に弾かれるように黒江が行動する。美冬も店長に事情を知らせると休憩室から飛び出した。

 

 

 

 

【From:黒江】

【Sub:やべぇぞ!!】

============

今SAOプレイしてた奴が

ナーヴギア引っぺがされた

ら、死んでた所に出くわし

た!

SAOやろうとしてる奴ら

は今すぐSAOをやんな!

多分他ん所でこの手の話が

ニュースになってるかもし

れないから絶対にチェック

しとけよ!!

良いな、絶対にSAOを

プレイするんじゃねぇ!!

 

 

 

 

 

「一応一斉送信しといたは良いけど……」

 

あれから10分。

美冬の通報から警察が駆け付け、ゲーム店は騒然となった。

店長は警察に聴取を受けており、2人は店の外で待機している。

 

「……なんてこった。まさか、たかがゲームを中断した程度で死んじまうなんて……」

 

「でも、どうして?どうしてこんなことが……!?」

 

「んなもんこっちが聞きてぇよ!!」

 

混乱する中、黒江の携帯が鳴る。

慌てて画面を見るとチャットアプリからであり、それに参加してみる。

 

 

 

【クロエ】――そっちはだいじょぶ?

【チェル】――こっちは問題なしです。メール見た時はギョッとしましたけど

【ユニ】――買いそびれたのが功を奏したって奴ね。私も一斉メールを送ったから、今学校でインしてる人はいないよ

【ユニ】――まぁ、先に入っていった人は3人ほどいたけど……

【クロエ】――つーかさ、これあれじゃね?功を奏したどころか一歩も前進してないんだけど

【チェル】――まーまー。こっちには天才博士ユニ先輩がいるんですよ?ちゃちゃーっと解決しちゃいますよ!

【ユニ】――やめて。変なプレッシャー与えないで。というか私工学系は言っちゃ何だけど成績割と苦手だからね?

 

 

 

「……はぁ~。こっちは無事っぽいね」

 

「こっちでも、高校の仲間に連絡が取れたわ。――全員、とまではいかなかったけど……」

 

「そっすか……。あ、今度は電話か」

 

肩を落とす美冬に伝染するように黒江も肩を落とすが、再び鳴った着信音に我に返って通話に出る。

画面からの連絡相手は彼女の先輩でもある士条怜(しじょうれい)だ。

 

「もしもし?」

 

『黒江か!連絡に手間取ってすまない』

 

「士条パイセン!他の連中は!?」

 

『安心しろ。生徒300人の殆どが貴女からのメールとニュースでログインするのを止めたらしい。こっちは大混乱だけどね』

 

「やっぱかぁ……」

 

『……ただ』

 

怜の声色が電話越しでも解るように沈んでいく。

 

「……ん?どしたのパイセン?」

 

『……中等部のつむぎを含めた7人から連絡が取れない。仕事や私用故に外出中、と思えば聞こえは良いのだが……』

 

「先輩、そんなありふれたご都合主義思考ボケナス勇者ほど馬鹿じゃないでしょ。要はあれでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メールに気付かなかったか、メールを無視してSAOにダイブしちゃってた――みたいな?」

 

 

 

 

それからしばらくの後、黒江と美冬はそれぞれ家族に自分の無事と事件の事を簡潔に説明。

それから2人は怜からの連絡で、公園へと集まった。

 

「それじゃあこれまでの経緯を纏めると、これまでの事件から死者は27人。それ以外の約10000弱のプレイヤーは未だSAOの中に囚われている、ということね」

 

「そういうことよ。まさか、ゲームでこんなことになるなんて……」

 

「あのー。一つ気になってはいたんですけど、そもそもの死因って何なんですか?」

 

「私達のほうは、店長が無理矢理引っぺがしたのが原因だったわ」

 

「つまり、無理矢理引っぺがさない限りは安全って事ですよね?こっちが大人しくしてればひとまず死人が増えることはないじゃないですか」

 

派手目な金髪少女、風間(かざま)ちえるが楽観的な意見で勝手に安堵する。

しかし、他の4人は口を重く閉ざしたまま意見をすることも、同意することも無い。

 

「……あれ?どうしたんですか皆さん?」

 

「……ちえるちゃん、残念だけどそうはいかないわ」

 

「え?」

 

「その中には触れてもいないのに突然ナーヴギアからスパークが走って、収まった時には死んでいたって」

 

「じ、じゃあバッテリーが切れたらってのはどうですか?きっと電源も落ちて勝手に目を覚ましますよ!」

 

「いいえ。引っぺがされた時点で死ぬのだったら、バッテリー切れで助かるって保障はどこにもないわ。バッテリーが切れた途端そのスパークが発生して死ぬって可能性もあるし。大体、アナタどうしてこんな状況でへらへらしていられる訳?」

 

「あー、すいません。ちえるちゃん空気が重くなり過ぎないようにわざとふざけてるだけです」

 

不満げな美冬に5人の中で最も低身長の少女、真行寺由仁(しんぎょうじゆに)が謝罪する。

 

「ゲームの中に閉じ込められるなんて事件、前代未聞ですから。外部から手が出せない状況です」

 

「じゃあ私達は、この事件が解決するまで手こまねいて待つしかないって事!?」

 

「……端的に換言すると、そうなります」

 

由仁のしぼみ込むような声に美冬は思い切り机に拳を叩きつける。

一時のバイトとはいえ、自分の手でデスゲームへと導いてしまった事への責任感を感じているだろう。

 

「みんな静かに。ニュース速報がきたわ」

 

先程からニュースを見ていた怜が周囲を鎮める。

 

 

 

 

『えー、先程入ってきたニュースです。SAOユーザー1万人の軟禁事件で、進展がありました。現在死者は合計100人にまで増えています。SAO事件対策本部によれば、死因はナーヴギアのマイクロウェーブ高周波による脳の破壊と判明しました。死亡のタイミングはそれぞれであり、少なくとも外部からナーヴギアを引きはがされた、もしくはバッテリーや通信の切断が原因の一つとみられています』

 

『ナーヴギアは、茅場明彦氏が起訴設計を施した家庭用VRマシンです。回収された一つを解体した結果、ナーヴギアには信号阻止の高出力マイクロウェーブが施されており、先述の行動がトリガーとなって――』

 

 




次 回 予 告

ウィスタリア
「おーっほっほっほっほっほっほ!!大勝利ですわぁ!」

ノゾミ
「大変なのよ!なんかログアウトできなくなっていて、えーっと……!」

アキ
「――優衣……?」

メディ
「ま、真琴ちゃん?」

次回『デスゲーム、開幕~トゥ、SAOイントロダクション~』


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デスゲーム、開幕~トゥ、SAOイントロダクション~

(・大・)<追記しますと、プリコネのキャラはSAO事件開始時には原作年齢から4つ下がった状態です。



17時16分。SAO内。

 

茂みと剥き出しの地面が点在する草原にて。

体長4メートルほどもあるゴブリンが巨大な斧を振り降ろす。

 

「おら来いやぁ!」

 

攻撃に合わせて突出した30代近いガタイ体格の男が、手にしている両手剣に光を纏わせた縦の斬撃――コラプスを放つ。

ベストなタイミングでソードスキルと斧が激突し、通常攻撃をしていた巨大ゴブリンが身体を大きくのけぞらせる。

 

「お前ら!」

 

「お任せを!」

 

掛け声と共に男が下がり、斧槍を手にした紳士風の女性が前に出る。

突進の勢いを殺すことなく駆け抜け、中段突きのスキル――ブレオンが巨大ゴブリンの腹部を直撃。

短い悲鳴を上げる巨大ゴブリン。男が勝てると確信した時、彼の背後から1.5メートルほどの、小ぶりなゴブリンが野太刀を手に襲い掛かってくる。

 

「危ない!」

 

刹那、赤い髪を揺らしながら男の背後に回った少女が、曲刀の突進系ソードスキル、リーパーを放って切り裂き、ポリゴン片へと変えていく。

もう1体には突如飛来したダガーがもう1体の背中に突き刺さり体勢を崩して地面に激突する。

そこへ短髪の少女がダガーを手に倒れたゴブリンの身体に突き刺し、ポリゴン片へと変えた。

 

「マコトさん、よそ見厳禁です!」

 

「悪い悪い。んじゃあトドメいくぞウィスタリアぁ!」

 

「まかせなさい!」

 

男と共に同じく両手剣を手に、全身真っ赤といわんばかりの女性が駆け抜ける。

ゴブリンの振るう斧を避け、最上段からの2連撃コラプスを叩き込んだ。

2連撃のソードスキルを直撃された巨大ゴブリンは、悲鳴と共に消滅していった。

 

「ほーっほっほっほっほっほっほ!!大勝利ですわぁ!」

 

「即席パーティにしちゃ上出来だったな。クーナもサンキュー」

 

「別に。気にする必要もありませんから」

 

大男が少し離れた所にいる少女に礼を言うが、当人はどこ吹く風といわんばかりにそっけなく返した。

 

「じゃあとっとと向かいましょう。そろそろ時間だしさ」

 

そう言って次の村へと駆けていく少女。彼女の後を追うように、5人も走り出す。

 

短髪の少女、【MEDI(メディ)】が5人をパーティに誘ったのが事の発端だった。

大柄な両手剣使いの【<MAKOT(マコト)】に声をかけられたのだが、そこから芋蔓式に集まってしまい……。

槍使いの青年【CHICA(チカ)】、

《投剣》を操るダガー使い【TSUMUGI(ツムギ)】、

お嬢様風の言い回しが特徴的な両手剣使い【WISTARIA(ウィスタリア)】、

そして直剣使いの剣士【NOZOMI(ノゾミ)】。

 

いつの間にか6人というSAOでのパーティ最大人数になってしまった。

しかしいざ戦ってみるとこのパーティ、すぐに慣れが来てしまって今しがた【ゴブリン・プラトーン(小隊長)】を打ち倒したところだった。

 

そして10分後、目的地であるホルンカの村に到達した。

入り口の門をくぐった所でノゾミが戦闘から解放され、30分ぶりの園内に入って伸びをする。

 

「着いたー!」

 

「今日中にここに来られたのは良かったわね」

 

「では今日はここで解散、明日はこの村の広場に集合ですね」

 

チカが提案する明日の予定に4人とも賛同するようにうなずく。

 

「あー、ごめん。私明日は出られるかどうかわからないかも」

 

先にノゾミが一行から抜けてセーブポイントへと向かう。

 

「それにしても、初版1万人分を入手できたのはラッキーでしたね」

 

「おいおい、それを言うなら1千人のβテスターがもっとラッキーじゃねぇのか?購入優先権があって、真っ先にタダ同然で購入できたんだろ?友人がベータに選ばれたって喜んでたからな」

 

「そうだったんですか。あ、聞いた話だと本来の購入優先者は999人らしいんです」

 

メディが頷きながら補足を付け加える。

SAOのベータテストは今から3ヶ月前、8月に1千人の選別者が選ばれ、SAOの世界を一足先に体感した。

たった2ヶ月のテストで選ばれた1千人はSAO攻略に励み、フルダイブの世界を堪能していった。

だが、その中にはNFC――フルダイブ不適合症状という症例の重い患者がいた。

不適合というと、五感の機能不全や肉体操作のラグというイメージが強いのだが、そのテスターはむしろ逆。聴覚の異常発達によって、周囲の音を集めすぎていたということだ。

当然ろくに操作もできず、その人物は近くに居たプレイヤーにログアウトさせてもらったのだ。当然それからそのテスターは2度と足を踏み入れることは無かった。

ベータテスト2日目にてその人物から、自分の購入優先権を返上したいとNFCの診断書のコピーの郵送と共にアーガスへとメールで相談してきた。

当初はアーガスも困惑したが、翌日にはGM直々の返信メールに次のように送られた。

 

 

『あなたの症状は理解できました。あなたの購入優先権は本品発売の1週間前に、日本国内にいる1人に抽選で選択することとなります』

 

 

「――なるほど。1千人のテスターの内、たった1人のリアルラックの人がいらっしゃると言う訳ですね」

 

事情を聞いたクーナに「そういうこと」と相槌を打つメディ。

話もそこそこに、そろそろお開きとログアウトしようとした時、

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

「マコトさん?どうしたの?」

 

「……なぁ、ログアウトってどうするんだ?」

 

「どうって、簡単じゃないですか。右手でこうしてメインメニューの一番上を――」

 

素っ頓狂な質問をするアキに、メディが呆れ半分で右手でメインメニューを開く。

だが、次の瞬間自分の目を疑った。

 

「……あれ?」

 

「メディさん?」

 

「ログアウトボタンが……無い」

 

メディに続き、他の3人もメインメニューを表示する。

その3人のメインメニューにも、【ログアウト】の項目だけが失せていたのだ。

 

「ど、どうなってるんですの!?何かのバグ!?」

 

「解りませんよ!」

 

突然消失したログアウトボタン。

5人がパニックになっているにも拘わらず、音が聞こえてくる。

 

ゴォーーーン……!

ゴォーーーン……!

ゴォーーーン……!

 

 

 

「なんだ、この音?」

 

「これって、始まりの街の鐘だよね?」

 

「は?なんでこんなに遠い場所に?」

 

 

聞こえるはずの無い地にて、始まりの街の鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

始まりの街。

 

 

「……あれ?」

 

5人は、いつの間にか始まりの街へと転送されていた。

5人だけではない。困惑したプレイヤーが右に左に……そう、SAOのプレイヤー全員が招集されているようだった。

 

「みんなー!」

 

「ノゾミさん?帰ったんじゃないんですか?」

 

「大変なのよ!なんかログアウトできなくなっていて、えーっと……!」

 

「落ち着いてください。でも、プレイヤーを集めて一体何を……?」

 

パニックになりかねないノゾミを落ち着かせるスヴァだったが、彼も内心パニックの限界値が錯乱寸前にまで高まっている。

周囲を見回していると、突如空から液体が垂れ流れた。

粘度の高い液体のようにドロリ、と落ちたそれは空中でグラスに受け止められたかのように一点に集まり、やがてローブを纏った巨人へと変えていく。

 

『――プレイヤー諸君、私の世界へようこそ。私は茅場明彦。この世界、ソードアートオンラインを創造した者だ』

 

「茅場……明彦!?ナーヴギアの開発者ではありませんの!」

 

『諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消失していることに気付いていると思われるが、これは不具合ではない。これがソードアートオンライン本来の仕様なのだ』

 

ローブの巨人はプレイヤーと同じように操作してログアウトボタンの無いメインメニューを見せる。

そして困惑するプレイヤーたちを他所に続ける。

その内容は、自発的なログアウトや外部からの強制切断が不可能ということ。そして、それらが試みられた場合、高出力マイクロウェーブによって生命活動を停止させるということ。そして、現時点で180人が犠牲となっていること。ニュース映像を見せていることから、ハッタリの類ではない事が嫌というほど思い知らされた。

 

『十分に留意してもらいたい。今後、ゲームのあらゆる蘇生手段は機能しない。アバターのHPが0になり消滅した瞬間、同時に脳はナーヴギアによって破壊される――』

 

――それは即ち、現実の死。

その意味を知ってしまった者たちが、残らず息を呑む。

 

『諸君らが助かる方法はただ一つ。第100層に存在する最終フロアボスを討つことでクリアされる』

 

「100層って……!?ベータでも10分の1も登れなかったのよ?それに、とんでもなく強くてまともに攻略できた試しが無かったんですよ!」

 

メディを含めたベータテスターの言葉を無視し、ローブの巨人は続ける。

 

『では最後に、諸君らのストレージに私からのささやかなプレゼントを用意した。確認してくれたまえ』

 

その言葉に一行は訝しさを露わにしつつ操作すると、アイテムの中にはこれまで集めたアイテムに交じって一つだけ、『手鏡』が入っていた。

ストレージ内での説明文を見ても何の効果もないただの道具。取っ手の無い長方形のそれを実体化させたメディがそれを良く調べようとした瞬間、周囲から悲鳴が上がる。

 

「うおわぁぁッ!?」

 

「マコトさん!?」

 

鏡を出現させたプレイヤーが青白い光に包まれ、次第に連鎖爆発の如くプレイヤーを、メディを包む。

やがて光は広場全体を覆いつくし、一瞬で霧散していった。

 

「な、なんだったんだ今の……?」

 

「ねえ、みんな無事?」

 

「あ、ああ。なんとか――」

 

不意に呼ばれた声に振り返ったマコトが、振り返った先にいるメディの姿に絶句する。

メディの姿はアバターとしてのロングウェーブの少女――ではなかった。

ショートヘアの、あどけなさを残す少女。それは、マコト自身が良く知る人物と重なって……いや、違う。

 

「――優衣……?」

 

「ま、真琴ちゃん?」

 

草野優衣――もといメディに自分の姿を言われた時、マコトは思わず手にした鏡を見る。

鏡に映っていたのは歴戦の戦士とも呼べるような厳つい男――ではない。

狼のような毛並みを思わせるウェーブのある肩までのロングヘアの少女。

マコトの現実の姿である――安芸真琴の顔だった。

 

「な……なななななななな……!?」

 

思わず叫びそうになったが、寸での所で悲鳴を飲み込んで周囲を見渡す。

集められた全員が自分達と同じ状況だった。

アバターが解除されたことにより、女性が男物の装備品を着ていたり、男性が女性ものの装備品をしていたりとパニックが生じている。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待て!いったん集まれ!」

 

慌ててパーティメンバーを集める。

マコトの号令により集まった5人は全員女性だった。

 

「と、とりあえず確認だ!チカ!」

 

「は、はい!」

 

紳士風の女性――もとい腰まで伸ばしたロングヘアを揺らす少女が答える。

 

「次、ツムギ!」

 

「いますよ!」

 

小柄なダガー使い――ではなく幼さを残すツインテールの少女が答える。

 

「ウィスタリア!」

 

「いますわ!」

 

真っ赤な20代の令嬢――否、色合いの特徴をそのままに10代半ばの少女が答える。

 

「ノゾミ!」

 

「ここだよ!」

 

ショートヘアの剣士――じゃない。腰まで伸ばした濃い目の茶髪の少女が答える。

 

「……でも、どういうこと?」

 

「確か、ナーヴギアってヘルメットみたいに頭をすっぽり覆っているから、ひょっとして起動した時にスキャンされて、顔を把握できたのかもしれない」

 

「で、でも身体は?潜水服じゃあるまいし、どうやって?」

 

「確か、キャリ……なんたらで自分の身体をあちこち触ったんですよね?その時のデータを基にしたのでは?」

 

それでも6人の理解に及ぶものではなかった。

広場の困惑は未だに収まることは無く、渦中のローブの巨人をただ見上げるだけだった。

何故、自分達はこのデスゲームの虜囚にされたのだ?

何故、開発者たる茅場明彦はこんな真似をしたのだ?

様々な疑問が渦巻く中、ローブの巨人は彼らの胸中を見透かしたように答える。

 

『私の目的は既に達せられた。この世界を作り出し、干渉する為にこの《ソードアート・オンライン》を創造したのだ。そして今、全ては達成せしめられた』

 

「……」

 

巨人の言葉に困惑が渦巻く中、彼らはローブの巨人をただ見上げる。

 

『以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る――』

 

直後、けたたましいノイズと共にローブの巨人から煙が上がる。

次第に巨人の姿が崩れていき、煙が中空に吸い上げられた。

後に訪れるのは、現実を直視できないことに困惑しているプレイヤーたちの沈黙。

全員が石化でもしてしまったかのように、水を打ったかのような沈黙が、広場を支配していた。

 

「嫌……嫌ぁ!」

 

手鏡を落とした少女の悲鳴が、純白のシーツにワインが浸み込んでいくように混乱を拡散させた。

次々と起こる、そこにしないGMへの罵倒。現状を受け入れられない者の悲鳴。出してくれと懇願。

 

「ねぇ、真琴ちゃん……私達、死んじゃうの……?」

 

へたりと座り込んでいるメディが、乾いた声でつぶやく。

その声は周囲の喧騒にかき消されそうな、弱弱しい声だった。

 

「ばッ……馬鹿野郎!死ぬ訳ねぇだろ!!クリアして、絶対に生き残る……優衣だけでも絶対にあたしが……!」

 

マコトの叱咤でメディを立ち直らせようとするも、彼女も内心不安や困惑でいっぱいだった。

もし茅場明彦の言葉がすべて真実なら、強靭なボスどもを打ち倒し、100層のラスボスを倒す以外方法は無い。

そしてHPが0になった瞬間、訪れるのは――死。

 

「マコトさん、メディさん!こちらに!」

 

突如としてウィスタリアがアキの肩を掴む。

彼女は混乱する広場から2人を連れて、喧噪を後にした。

 

 

 

2022年11月6日――SAO事件、開始。

 

 




次 回 予 告



ノゾミ
「やばいやばいやばいやばい!ちょっとした息抜きにSAO始めたのは良いけど、よりにもよってデスゲームになっちゃうなんて!」

ノゾミ
「始まりの街は大混乱。ウィスタリアさんが言う情報アドバンテージの修正とかを思いついてるみたいだけど、それよりもみんなのメンタルが最悪すぎる!!自殺者も出かねないじゃない!!」

ノゾミ
「……本当は息抜き程度って考えてたけど、こうなったら私の出番ね!見てなさい!」

ノゾミ
「次回、【進む人、迷う人、導く人~鼠とβテスターの行進曲~】」

ノゾミ
「……あなたも、βテスターなの?」


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進む人、迷う人、導く人~鼠とβテスターの行進曲~

※11/8

(・大・)<感想からプリコネキャラが誰なのかわからないという指摘があったので、優衣=メディ以外のプリコネキャラを原作に変更しました。

(・大・)<MHCP01と被ってしまうのは何としても阻止したかった。





突如GM(茅場明彦)から宣言された、SAOによるデスゲームの開催。

始まりの街の広場では今もなお混乱が続いていた。

しかし、一部のプレイヤーは広場から抜け出し、先の攻略の為に次の村へと進んでいる者もいた。

 

「一つ、質問しましょうか」

 

夕闇が影を落とし、表の街並みを紅く染めるのを傍らに路地裏に集まった5人。

デスゲームからほどなく、混乱の渦中だった広場から抜け出したウィスタリアが一向に質問する。

とはいえ、ウィスタリアを除けばこの場にいる全員が先の宣告を受け入れられず、未だショックで動転しているように静まり返っていた。

 

「質問?質問だって?こんな状況で何言ってやがるんだよ!?」

 

その質問にマコトが食って掛かる勢いで返す。

その表情はまるで獰猛な肉食獣を思わせるものだった。

 

「死ぬかもしれないような時に、状況だなんだとほざいてられるかよ!」

 

「あ……マコトさん、落ち着いて!」

 

「チカは黙ってろよ!大体なんでこんなことに巻き込まれなくちゃならねぇんだよ!?」

 

「そ、そうですよ!」

 

マコトの怒号につられ、ツムギもウィスタリアに食って掛かる。

 

「私は……私はただ、SAOの中に裁縫関係のスキルがあるって聞いたからちょっと無理をして買ったんですよ!それなのに!どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんですか!?」

 

「2人とも、落ち着いてってば!下手にパニくっても解決しないって!」

 

「うるせぇ!呑気に落ち着いてられねぇって言ってんだよ!!」

 

ノゾミもマコトを宥めようとするも、当人は全く聞く耳を持たない。

チカとメディもあわあわと喧嘩の仲裁に止めようとするが、アキの苛烈な怒りを抑えられそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――狼狽えるのはお止めなさい!」

 

背負っていた両手剣を抜き、ガンと足元の石畳を叩いた直後、凜と張った声を放つ。

その一言で、パニックになっていた5人がぴたりとを静まった。

 

「確かにこの状況、狼狽えるなというのは不可能でしょう。ですが、今だからこそすべきことがあるのでは?」

 

「そりゃ……最速でクリアすることだろ?」

 

ウィスタリアの一言で冷静になったマコトが、思いついた答えを述べる。

一方でウィスタリアも「確かにそうですわね」と一度は肯定する。

 

「ですが、彼らの武器を造る者は?防具は?回復アイテムは?」

 

「え?あ、ちょ、えーっと……」

 

ずけずけと質問を繰り出すウィスタリア。怒涛の質問攻めにマコトはおろか、他の4人も口ごもってしまう。

だが、冷静に考えれば当然なのかもしれない。

この世界(ソードアート・オンライン)のアイテムには、レアリティに応じた強力な武具を筆頭に回復アイテムや、それ以外の物資系のものも存在する。

だがもし、この1万人全員が攻略組となったとしよう。NPC産の武具で生産数に上限は無いのか?モンスターのようにリポップするのか?ポーションのようなアイテムは全員十分に揃えられるのか?

はっきり言って、それは不可能だ。

他のゲームにも武具の生産や強化を生業に憧れるプレイヤー、調合で回復アイテムを生成することに興味を持つプレイヤーがいるように、最前線で戦う以外の行動を取るプレイヤーもいるのだ。全員が全員、攻略一辺倒になったらそれこそ1万人が全滅してしまうのは目に見えている。

 

そして同時にこの時点でウィスタリアは思案したのだ。自分達は最前線で戦うのではない、そこで戦う彼らを支援する行動をすべきだと。

 

「ですが、支援のほうはまだまだ手探り状態。こちらは今は後回しにしておきましょう。もっと可及的速やかに解決すべきは……あなたですわ」

 

「わ、私?」

 

ビシリ、と彼女が指したのは優衣――もといメディだった。

一行が、メディを含めた5人が疑問符を浮かべているが、その中でアキだけがすぐに理解できた。

 

「――ベータテスト」

 

「その通り。察しが良くて助かりますわ」

 

マコトの一言でようやく他の4人も納得できる。

8月から10月の間に行われたベータテストを体感した1千人は、このゲームを有利に進められる。

普通に考えれば、の話だが。

 

「もしかして、ベータテスターとそうでない人での情報の差を埋めたい、ということ?」

 

「その通りですわ。彼らは第8層までの危険なルート、効率のいい狩場やクエストなどを知っています。普通なら9千人と違って効率よく進められるでしょう。ですが――」

 

「その1千人は、9千人の恨みの的になる……?」

 

嫌な予感を口にしたメディに、ウィスタリアは重く自らの首を縦に動かして肯定する。

例えこのSAOがデスゲームを開催していなくても、βテスターはより効率よく攻略が進めるというものだ。おまけに正規版の優先購入権をテスト終了時に得ているため、SAOを手に入れるのは容易だっただろう。

半面、そのアドバンテージを持っていない一般プレイヤーからは恨みを買いやすく、このデスゲームにおいてはそれが顕著に表れてしまう危険性もある。

 

「約9千対1千未満……下手をすると、園外でリンチにされるという事も考慮されるということですか?」

 

「!!」

 

チカの指摘にメディは思わず身震いした。

今は園内故に安全だが、もし「自分はβテスターだ」と口外してしまえば一般プレイヤーの憎悪の矛先は真っ先にその人物に向けられ、園外に出た途端一般プレイヤーたちからの数の暴力で殺されてしまうだろう。

幸い、メディの周りには現実での幼馴染のアキと、それを承知で受け入れてくれた5人がいるのでその心配は無いのだが。

……ん?()()

 

「話は分かっタ」

 

その声は路地裏から聞こえてきた。

その人物は、顔の両頬に鼠のひげのようなペイントを施した女性だった。

一行が警戒している中、メディだけは心当たりがあるように彼女に話しかける。

 

「アルゴさん?」

 

「ようメーちゃん。2ヶ月ぶりだナ」

 

「知り合い……となると、あなたもベータテスターなのね」

 

「まぁナ。さっきの立ち聞きは謝るヨ。けど、一般プレイヤーにオレっち達の情報を提供するのは賛成ダ。オレっちも何人か集めテ、情報提供型ギルドを起ち上げようと思っていたからナ。情報提供者も多いほうが良イ」

 

アルゴも情報アドバンテージを埋めたいという思いはあったようだ。彼女もまたベータテスターであり、その際には情報屋として行動していたのだ。

メディも噂を聞いて彼女の元に足を運んだことで知り合っている。

 

「この姉ちゃんは、クリアまでに犠牲者を1人でも多く減らそうって事なんだロ?」

 

「その通りですわ」

 

「といってもどうするんですか?広場のほうは収まったみたいですが、まだ状態は最悪ですよ」

 

広場のほうではどうやら騒ぎは一応収まったらしい。

早々に次の拠点へと向かった者。ここに留まると決めた者。しかし、それが最悪な状況を覆すかどうかは……否である。

方針が決まったとはいえそれではいそうですかと動けるほど、1万人弱のプレイヤーたちは、今もこの状況に絶望のどん底にある。いつ自殺者が出てもおかしくない。

 

(確かに、犠牲者を抑えるにはまずこの混乱をどうにかしなければなりませんわね……。とはいえ呼びかけに応じるかどうか怪しい物ですわ。この街にいる全員が私達の話を聞いてくれる訳でもない。ましてや攻略なんて、危険に最も近い場所に身を置くなんてマネは強要できない……)

 

ウィスタリアがどうにか混乱を鎮めようと仮作する中、それより先にノゾミが動いた。

 

「私、行ってくる」

 

「ノゾミさん?何をするつもりですの?」

 

「あの混乱を少しでも鎮めに行くのよ」

 

あっけらかんと答えたノゾミに、全員が息を呑む。

 

「おい待て正気カ!?死ぬことは無いが下手すりゃ奴ら総出でボコられるゾ!」

 

アルゴが思わずノゾミの手首を掴んで制止しようとする。

確かに普通なら、彼女の選択は正気の沙汰とは思えないだろう。

それでもノゾミはアルゴの手を振り払うことなく、彼女のほうへ振り替える。

 

「大丈夫よ。こういうのには憧れてたから」

 

「あ、憧れ?」

 

「ちゃんと見ていてね」

 

「あ、おい!」

 

制止を振り切ってノゾミが広場へと行く。

そんな彼女の顔は、無謀と呼ぶには明るく、楽観的と呼ぶには決意に満ちていた――。

 

 

 

 

「おい……本当に自殺したのか……?」

 

始まりの街の縁、宙へと身を投げたプレイヤーが消滅する様を目の当たりにして、誰かが呟いた。

 

「ふざけんなよ……あの野郎の言った事が本当だっていうのかよ?」

 

「あぁ!?冗談じゃねぇよ、ただログアウトしたんだろ!?」

 

「ログアウトできないのにどうしてそんなことが言えるんだよ!!」

 

「嫌よ、私死にたくない!!」

 

一人が呟いた途端、まるで飛び火していくかのように怒声、罵声が集団に感染していく。

言葉での罵声の飛び交いから、誰かが手を出し、ついには殴り合い蹴り合いの乱闘へと発展していく。

 

「――何、この声?」

 

路地裏に隠れ、乱闘から避難していた少女が突然声を上げた。

声――というよりは歌に近い。

少女は声を頼りに路地裏を通って広場へと戻る。

 

「~♪~♪~♪」

 

夕焼けから夕闇へと変わる広場の中心で、歌っていた。

広場に残っていたプレイヤー、少女のように歌に釣られてふらふらと足を運んだプレイヤーは、思わずその歌に聞き入っていた。

声を伝えるマイクも、バックに歌を彩る音楽やそれを奏でる楽器も、ステージを飾る演出も無い。

それでも、少女たちはノゾミの歌に聞き入らずにはいられなかった。

 

「~♪~♪」

 

「何だあれ……?」

 

「綺麗……」

 

後ろからの声にふと我に返った少女は振り返ると、乱闘をしていたプレイヤー達も歌につられて広場にやってきた。

やがて歌が終わると、静かな拍手が少女に送られる。

 

「みんな!私の歌を最後まで聞いてくれてありがとう!」

 

拍手を受けてノゾミが深々と礼をする。

 

「確かに、この状況は最悪かもしれません。だけど、私のギルドマスターはゲームクリアの他に犠牲を減らす方法を今考えています。私には歌うことしかできないけど、これからここに残る人たちに、攻略に進もうとする人たちに、この街にいるみんなに、これだけは心に留めてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きるのを、諦めないで」

 

それだけを言い残し、ノゾミは広場から去って行った。

観客となったプレイヤーたちはその後も暫く呆けていたが、やがて動き出す。

ある者は殴り合っていたプレイヤーと謝罪を交えて真剣に会話し、ある者は武具屋へと向かう。

 

「――私も、こんなところで死んでなんかいられない……!」

 

その筆頭、後に攻略組筆頭ギルドに所属し、「閃光」の二つ名を得る少女もまた、決意を胸に歩き出していった。

 

 

 

 

「すっげぇナ。あの状況を歌一つで鎮めやがっタ」

 

「……うん。アイドルのライブみたい」

 

遠くから広場を見ていたメディ達もノゾミの歌を聞いていた。

歌のレベルの高さに思わず聞き惚れていたが、ノゾミが帰ってくると同時に自分の役割を思い出すように我に返った。

 

「おっと。聞きほれてる場合じゃなかったナ。とっととオレっち達も行動を起こすゾ」

 

「そうですわ。こちらでも準備を進めないと。ある程度進んだら自分で狩りができるようにならなければなりませんわ。その為にも、こちらも中層域程度のレベルを上げなければなりませんし……」

 

ウィスタリアは攻略とは異なる問題を見ている。

メディもまた、意を決してアルゴのほうへ歩み寄った。

 

「それでは、私からも情報を提供させていただきます。私の知ってる限りの情報をお伝えします」

 

「ああ、オレらも情報提供者が多いほうが良い。8層ボスまで宜しく頼むゾ。メーちゃん」

 

アルゴとメディががっちりと握手を交わす。

ウィスタリアはそれを見てくるりと踵を返す。向かう先は園外――ではない。

 

「私も急がなければなりませんわ。暫くはレベルアップに努められませんけど、そちらはお願いしますわ」

 

「ああ。任せとけ」

 

握手の代わりといわんばかりに突き出された拳に、ウィスタリアも自分の拳合わせる。

 

「あ、真琴ちゃん」

 

ふと思い出したように、メディがアキに駆け寄る。

 

「もし街に着いたり、次の街に行こうとするんだったらこまめに連絡してね」

 

「ああ。それだけで十分だよ」

 

メディが掴んだ手が僅かに震えている。

その理由がマコトには理解できた。

 

――コイツは、自分やメディが死ぬかもしれない事態が来ることを、恐怖している。

 

「大丈夫だ。あたしは死なないし、優衣も死なせない。また5人でバカやれる日がきっと戻ってくるさ」

 

和らげるように、彼女なりの精いっぱいの笑顔を咲かせる。

その笑顔でメディも安堵したのか、手の震えも治まっていた。

 

「……ありがとう」

 

「よし、じゃあ行ってくる」

 

メディはアルゴと共に攻略情報を纏めた小冊子の作成。

ウィスタリアは混乱の只中にある始まりの街の治政と組織の拡大に。

そして残る4人は――攻略への足掛かりを掴む為にと動き出す。

 

 

 

 

1層の始まりの街で起きた、デスゲーム開催と直後に起きた突然のゲリラライブ。

その歌は恐怖に沈んでいた人々を奮い立たせてくれた。

しかし、それが犠牲者が即座に0になるということに――繋がる訳でもない。

第1層攻略までの1ヶ月に1600人――それが、命を落としたプレイヤーの総数であった。だが不思議なことに、その中で自ら命を落とした者は初日以降現れることは無かった。

後にこのライブは、生還者の口からある種の伝説として語られる。

――【黄昏の歌姫】と。

 

 




次 回 予 告

チカ
「始まったデスゲーム。私達は3手に分かれて攻略、治政、攻略補助へと動き出しました」

チカ
「まずはノゾミさんの武器の為に、ホルンカでレア武器の獲得をします」

チカ
「……って、なんですかあの気味の悪い怪物は!?あれを倒せと言うのですか!?」

チカ
「次回、【始まりの次の日。~植物共のコーラス~】」

チカ
「え……?何ですかこの数……?」


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始まりの日。~植物共のコーラス~

(・大・)<ノゾミの武器を直刀から曲刀に変更しました。

(・大・)<ソードスキルを纏めたサイトを見てみたら、踊るような動きが多かったのでノゾミにはピッタリかと。





デスゲームから始まったその日の夕刻。

メディは小冊子作成の為の情報提供でアルゴと同行。

ウィスタリアは始まりの街の治政の為に他のプレイヤーの協力を仰ぐ為に奔走。

残る4人。マコト、ツムギ、チカ、ノゾミは現在始まりの街周辺の狩場を歩いていた。

 

「……あのさ。一ついいか?」

 

「なんですか?」

 

「お前なんで付いて来たんだ?」

 

マコトが振り返り様に後方を歩いていたツムギに訊ねてきた。

昨日の一件でツムギの動機を知っていた3人からすれば、ツムギは始まりの街に居てウィスタリアの補佐をしていてもおかしくないと3人は予想していただろう。

そんな彼女が自分達と共に攻略についていくなんて、始まりの街の門の前まで来た時には3人とも驚いた。

 

「仕方ないでしょう。生産職になろうにもスキルスロットが全然足りませんからね。メダイまではついていきますよ」

 

「頑固な奴。ま、危険な場所には近寄らないようにな」

 

「解ってますよ」

 

ぼやきつつも一行は脚を止めることなく、時に現れるモンスターを相手に一対多で挑み、まっすぐに昨日メディと共に歩いたルートを歩きなおしている。

彼女らは既にこのエリアの適正レベルを超えている。モンスターのリポップするとはいえ、自分達がこの狩場を独占するわけにもいかない。

途中、HP全損する危険のあるプレイヤーには、ツムギがモンスター相手に投擲スキル《シングルシュート》を使ってタゲを取り、マコトとノゾミが攻撃を防ぎつつ、チカがポーションを救助相手に差し出す。だが一応ラストアタックはそのプレイヤーに任せている。

そんな救助とモンスターとの戦闘を繰り返し、危険地帯を迂回しながら進むこと数十分。やっとホルンカの村に戻ってきた。

 

「着いたー!」

 

「2度目ですね、それ」

 

入り口の門をくぐった所でノゾミが戦闘の緊張感から解放され、園内に入って伸びをする。

因みにこれ、2度目である。

ノゾミとツムギのやりとりを傍目に、マコトは始まりの街でアルゴの元にいるメディにメッセージを送っていた。

 

「……これでよし。この後どうする?」

 

「武器をメンテした後で、私ちょっと装備を変えてきます」

 

チカが一向に向けて挙手をする。

彼女の持つ両手槍は別段戦闘を避けていたので、別段耐久値はそれほど減ってはいないのだが。

 

「何だ、両手槍じゃ不満だったのか?」

 

「いえ。今後の為に取り回しやすい片手槍と盾にしようかと」

 

チカの考えに3人は納得できた。

このデスゲームと化した今、一度でもHPが尽きればそこで何もかもが終わってしまう。HPやVITは高いに越したことはない。

盾は基本攻撃するスキルは存在しないが、初期の盾でも固定値でダメージを削るパッシブスキルを持っている物が多く、タンクには必需品といっても過言ではない。

――最も、小盾に属する物は盾以外の箇所を攻撃されたら元も子もないが。

 

「あー、でもここって耐久値低いみたいだよ。どうするの?」

 

「え?」

 

意を決したものの、ここの武具は耐久値が軒並み低いことに気付かなかった。

不幸中の幸いだったのはこの時はまだ槍を売却していない事である。もし購入した後だったら、予備の購入など金銭面で泣きを見る羽目になっていただろう。

因みにこの時、しょんぼりとしたチカの顔がお預けを食らったプードルみたいな顔をしていたと一行は思ったのだった。

 

 

 

 

それから20分後。武具のメンテナンスや宿の確保、素材売却を終えた一行は森の中を歩いていた。

 

「で、何で森に?」

 

「えっと……“危険な珍味”ってクエストだな。“ランナーバード”って奴が落とす食材を回収すれば、5層まで使える曲刀が手に入るって」

 

「そっかー。曲刀獲得のクエストかー」

 

メディからのメールを読み上げるマコトにノゾミも納得したように声を上げ――直後に突っ込んだ。

 

「いやそれとっとと次の拠点へ行けば済むことじゃない?」

 

ここでメンバーの武器を思い出してほしい。

ノゾミが曲刀。

マコトが両手剣。

チカが両手槍。

ツムギが短剣。

――そしてこのクエストで得られるのは曲刀。

要するに、ノゾミ以外このクエストを受けるメリットが存在しないのだ。オマケに“ランナーバード”はかなり出現率が低い。

ノゾミからすればこのクエストを受けるよりとっとと次の村で装備を買ったほうが何倍も手っ取り早いのだ。

 

「何、あたしらもレベル上げておきたいからな。手は多いほうが良いだろ」

 

要するにレベリングを兼ねたノゾミの手伝いらしい。だがこのクエストでは“実付き”のリトルペネントも現れるのだ。ある条件で倒すと『危険な香り放つ果実』というアイテムをドロップし、それを持って帰ることで食材を手に入れられる。アニールブレードと呼ばれる片手剣を手に入れる“森の秘薬”というクエスト同様、クエスト限定のモンスターだ。

“実付き”というのは本来のリトルペネントの亜種のようなもの。“実付き”も胚珠を落とす“花付き”と呼ばれる亜種同様出現率は低いが、生っている実を部位破壊してしまった時、周囲のリトルペネントを全て引き寄せてしまう初心者狩り同然の能力を持っている。

数百……とまでは流石にオーバーだが、下手をすれば数十体ものリトルペネントからのリンチでHPを全損され、脳髄のレンジ焼き4名様分の完成である。

 

「それじゃあ宜しくね」

 

渋々彼女も諦め気味に同行を承諾。

早速森の中を探索を再開した。

 

「――ねぇ、やっぱ次の村に行ったほうが早かったんじゃない?」

 

「言わないでください……私だって――いえ、多分この4人全員が思ってることです」

 

「優衣の奴……あんなキモグロモンスターだったなんて聞いてねぇぞ……!」

 

マコトの、ここにいないメディへの恨み節は他の3人にも共通するものだった。

対象のモンスター、リトルペネントは一言で言えばたらこ唇のウツボカズラ。見た目のグロさが更に彼女らの足取りを重くしていた。今更ながら、ノゾミの提案を素直に次の拠点へ行けば良かったんじゃないかと後悔し始めている。

そんなグロモンスターとの戦闘をかれこれ7時から2時間。普通のリトルペネントを軽く100匹以上狩り続けてもクエストクリアには至らない。補足を付け加えると、ランナーバードは基本“花付き”や“実付き”と比べたらポップ率は高いのだが、その分逃げやすいのだ。だがその苦労に見合った【剣舞のサーベル】は5層のモンスターまで適応する破格の性能を持つ武器である。

出ないレアモンスターになかなか上がらないレベル。挙句の果てには……

 

「見つけました!あの鶏ですね?」

 

「おっしゃあッ!!とっとと倒してクエストクリアすっぞ!」

 

「KIEEEE!?」

 

「えっ!?ちょっ、何あれ足速ッ!?」

 

「あー!逃げられたー!」

 

これだ。

ランナーバード――でっぷりと太った鶏のようなモンスター――に出会ったは良いものの、ある程度牽制の如く距離を保った動きをした後、一目散に逃げられる。今の4人の俊敏性では到底追いつけない。

ついでの補足として、ランナーバードはクエストを受けたプレイヤー1人につき、または1パーティにつき1体にしかポップしないのだ。

強いられるグロモンスターとの戦闘。連戦での疲弊。デスゲームのプレッシャー。見つかっても逃げる標的。ゲーム初心者同然の4人の心を色んな意味で圧し折るには十分な材料だろう。

 

「さ、索敵の様子は……?」

 

「あー……向こうに何匹か居るわね。でももうやる気にはなれないわ……」

 

「どうしますか?一旦耐久値を回復させて、やり直します?」

 

「いやもう普通に次の拠点に行ったらぁ……?」

 

ノゾミが半ば諦め気味に提案する。

ここまで効率が悪いと思っていなかったらしく、3人も諦めて提案に乗ろうと村の入り口まで帰還しようとした時だった。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「リトルペネントに交じって変な鳥がいます。あれは……ランナーバードです!!」

 

「マジで!?」

 

ツムギが森の奥、一行から見て3メートル先の開けた場所にリトルペネントの群れの中にランナーバードがいるのを発見したとの言葉に、疲弊も吹っ飛んだマコトを始めとした3人は千載一遇のチャンスを逃すまいと飛び起きた。

奇跡に等しい幸運に、その場所へと大急ぎで駆ける。

 

「――あれ?まだ誰かいます。2人!」

 

「ハァッ!?こんなに苦労してんのに横取りする奴がいるってのか!?」

 

「いや普通に次の村行ったほうが早いってば」

 

「うるせぇ!もうこうなりゃ意地でもクリアしてやる!」

 

グロテスクな植物と疲弊とアホみたいに低いポップ率に摩耗されたマコトには、ノゾミの言葉なんて聞いていなかった。

もたもたしてたら森の奥に逃げてまたリトルペネント狩りに逆戻りだ。

一刻も早くこんな非効率的なクエストをとっとと終わらせてしまおうということしか頭にない。

 

「なんっ――!?」

 

「――だぁ!?」

 

「KIEEEE!?」

 

「いい加減イラついてるんで、あとうるさいから黙っててください!」

 

2人の少年が突然茂みから現れた4人に絶句するも、4人はどこ吹く風。

まず、クーナが《シングルシュート》で踵を返して逃げようとしたランナーバードの逃げ道を塞ぐ。

その隙にチカが更に逃げ道を塞ぐようにディラトンの突進を応用してランナーバードの前に出て逃げ道を塞ぎ、ツムギが黒髪の少年の前に出て、更に逃げ道を限定する。

 

「おらぁ!」

 

そこから更にマコトが追撃に足元を狙った突きを繰り出す。その攻撃をランナーバードは、跳んで回避し、そのまま両手剣とマコトの腕を、丸々と太った見た目からは想像できない脚力で駆け抜けて跳び上がった。

いや、跳んでしまったのだ。

 

「せいやぁ!」

 

マコトの背後からノゾミが跳躍した後、空中にいる《カーム》で胴体を斬り付ける。

ランナーバードは始まりの街周辺のフランジーボアよりもHPが低く設定されている。つまり、空中のように身動きが取れないようにしてしまえばソードスキル抜きでも一撃で倒せてしまうのだ。

 

「マコト、アイテムは?」

 

「――あったぞ!」

 

素早くストレージを確認する。アキのストレージには確かに“引き締まったもも肉”がストレージ内に入っており、これでこのグロテスクなモンスターから解放されると内心安堵した。

しかし、最後の1体が倒して浮足立っていたのか、アキの背後からリトルペネントが触手をうならせながら迫ってくる事に反応が遅れてしまった。

 

「危ない!」

 

チカがすかさずその肉体を“生っていた実ごと”貫いた。HPは前もって誰かが削ってくれていたらしく、ソードスキル抜きの刺突一撃でポリゴン片へとなって消滅した。

 

「わ、悪い。助かった」

 

直後、九死に一生を得たアキの感謝の言葉と、

 

「おい、何やってんだ……」

 

顔を青くした黒髪の少年の呟きが同時に聞こえた。

直後、その少年とは別の少年が踵を返してそのまま茂みを突っ切っていき、5人の視界から消え失せた。

その行動に黒髪の少年が「そういうことか……!」と理解した呟きを発した後、4人に向けて叫ぶ。

 

「おいアンタら!今すぐ逃げろ!!」

 

「は?」

 

少年の怒号にノゾミは理解できずにただ疑問符を浮かべるだけだった。

直後、甘ったるい臭いが鼻腔を突き抜け、異変に気付く。

 

「え?何この臭い……?」

 

「良いか、これからヤバくなるから端的に説明する。これからとんでもない数のリトルペネントが俺らを殺しに来るから、全速力で逃げるぞ」

 

矢継ぎ早に告げられた説明に更に理解不能に陥る4人。

だが、茂みの奥からがさがさとかき分ける音を耳にした時、彼が先ほど言った通りにヤバい状況に立たされていることが理解できてしまった。

 

「――全速力で走れぇ!」

 

少年の絶叫と共に駆け出し――直後に茂みの奥から消化液をまき散らしながらリトルペネントの群れが襲い掛かってきた。

 

 

 

 

死に物狂いの逃走劇は、時間からすれば10分にも満たないものだった。

ノゾミの《索敵》で周囲を探り、チカと少年が迎撃。振り回しに難のあるマコトはツムギを連れて戦闘をひた走る。

途中、HPがレッドゾーンになって、ポーションを呑んで回復して、迫るリトルペネントを狩って、ひたすらにひたすらに走り続けることを繰り返して――。やっとホルンカの村の入り口を潜り抜けたのだった。

 

「い……生きてるっぽいですね……?」

 

息切れして肩を震わせるクーナ。

全員武器の激しい戦闘の影響で耐久値がほぼゼロ。アキに至っては両手剣が折れて一時は本気で死を覚悟していた。

それでも全員何とか生き残れて――いや、違う。1人の犠牲で5人が助かったのだ。

 

「そういや、さっき突き飛ばした人は?貴方の連れ?」

 

「連れ……という訳でもないな。多分今から助けに行ってももう手遅れだ」

 

連れの少年の救助へと赴こうとした時、少年の冷徹な声が引き留める。

4人には言っていないが、彼は少年――コペルが消滅するのを音で確認した。

4人は直接コペルの死を見ていない。だが、少年の言葉でスヴァの身体が僅かに震えだす。

 

「……それは……それはつまり、私が彼を……彼を間接的に殺してしまったということになるのでは……?」

 

「違うな」

 

人を殺した。その事実に気付き、今にも爆発しそうな恐怖に呑まれそうになったチカは、少年の一言で引き戻される。

 

「アイツは、コペルは最初から俺を、他人を蹴落としてでも生き残るつもりだったんだ」

 

「どういうこと?」

 

「俺が“花付き”を倒して胚珠を手に入れた時、あいつは“実付き”の実に攻撃しようとしていたのが見えた。けど“実付き”が急に標的をコペルからお前らに向けてきたんだ」

 

「それってつまり、私達が首を突っ込まなくても実行してたって事?」

 

むしろ、MPK――モンスター・プレイヤー・キル――を考えていたコペルからすれば戦利品が増える嬉しい誤算だったのだろう。

少年は頷き、結論を述べた。

 

「だけど、《隠蔽》はプレイヤーのように視覚に頼った相手には効果が高いが、リトルペネントは触覚で周囲を探知する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

コペルが生き残れたかどうかの分岐点はそこだった。もしそれを知っていたのなら、MPKで少年を始末できたかもしれないし、自分も生き残れたかもしれなかった。

ノゾミは、頭では理解はしているつもりだ。だけど、

 

「――どうして、あんな真似を?」

 

「……それは、俺がコペルを見捨てたことか?」

 

「それもあるけど、そのコペルって人がどうして私――いや、あなたを狙ったの?」

 

「……あんたら、VRゲームはSAO(これ)が初めてか?」

 

「ええ。というか、私達4人」

 

少年の問いかけに、眉をひそめながらも頷くノゾミ。

少年は深く息を吐くと起き上がり答える。

 

「MMOってのは他人を蹴落としてでも強くなるような奴はいる。少なくとも俺はSAO以外でもそういう奴に会った事はある。コペルは単にそうして生き残ろうとした判断が早かった――いや、早過ぎただけだ。それは生死の瀬戸際で他人に見限られる要因にもなりうる」

 

「でも、今はHPが尽きたら死んじゃうんでしょ?私達はこれまでも何人か死にそうな人達を助けた!だから――」

 

「それでも限界はある。というか、今はそんな奴らまで助ける余裕なんて無い」

 

「だからって――」

 

「それに、アンタらは悪意やエゴで、他人を陥れようとしたり殺そうとする奴も助けるのか?」

 

冷徹な少年の問いかけに、ノゾミは言葉を詰まらせた。

答えが出なかったと判断して、少年はホルンカの村へと向かう。

 

「兎に角俺はクエストを終わらせて寝るから、アンタもクエストを終わらせてこい」

 

「――最後に一つ、いいかしら?」

 

ノゾミの声に、少年は振り返る。

 

「名前を教えてくれる?私はノゾミ。それと今パーティを組んでいる3人がツムギ、チカ、マコトよ」

 

「俺は……」

 

少年は一瞬迷った。

これからまた会えるとは思いたくないが、この状況で先のコペルのようにいつ誰が死んでもおかしくない。

けど、彼女らはまたどこかで会うかもしれない。少年はそんな気がしてならなかった。

 

「俺は……キリトだ。覚えなくていい」

 




マコト
「ギルド結成も済み、第3層のボス攻略が開かれるそうだな」

マコト
「今度は3ギルド合同によるボス攻略だそうだ」

マコト
「けど、だからってあたしらは弱いままじゃいられない。今後も続くデスゲームの為にもこのボスを攻略しないとな」

マコト
「次回、【ギルド結成~大連合のダンシング・フィア―~】」

マコト
「おーい、だいじょぶかー……?」


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ギルド結成~大連合のDancing Wind~

(・大・)<今回からアインクラッド編の物語のタイトルに、

(・大・)<「MAD RAT DEAD」等のゲーム内の楽曲もタイトルに含まれることとなりました。

(;・大・)<にしても、他は思いついているのにアインクラッド序盤が中々思いつかん……

(・大・)<あ、そうそう。ソードスキルは【SAO】アインクラッドでおっかなびっくり生きる【安価】とアリリコのをベースにしています。

(・大・)<なんか最近妙に内容がグダついている……。


デスゲーム開始から1ヶ月弱――。

攻略組は1層と2層のボスの討伐に成功し、3層を解放できた。

足を踏み入れた時、ノゾミらの目に飛び込んできたのは大森林。

第1層の草原や、第2層の荒野とうって変わって自然豊かな場所だ。

この光景を見てノゾミは一瞬、2年前に見たポ〇モン映画の光景にそっくりだと思ってしまったらしいが、現状とその世界観は全くの別物である。

 

「で、この層でギルドを結成できるのか?」

 

「うん。ここの主要区で受けられるギルド結成クエストのクリアで、晴れてギルドが結成できるの」

 

「なるほど。アルゴさんと別行動をとった時には意外でしたが、これはこれで心強いですわ」

 

「まぁでも、ギルド造るのはこのモンスターを倒してからね!」

 

アルゴとは別行動を取っているメディの付き添いで、主街区からほど近い森の中。メディ、ノゾミ、チカ、ウィスタリアはレベリングを行っていた。

襲ってきたフードを被った鼠、マリス・シュリューマンの攻撃をバックステップで回避し、攻撃直後に肉薄。そのまま斜め斬りと水平回転切りのコンボ――アドマイアーを繰り出して倒す。

 

「それはそうと、森林っていう割には鬱蒼としていますわね!」

 

「いや、リトルペネントの群れに比べればまだまだマシな法ですってば……おっと」

 

今度はティキット・スパイダーが茂みからの不意打ちを避け、大剣で叩き潰すアキノに対し、チカがホルンカの村での出来事を思い出しながら片手槍で貫いて倒す。

一通りのモンスターを倒して全員が1つレベルアップした。

 

「さて、耐久値を回復させに戻りましょう」

 

「……」

 

「あら?如何なさって?」

 

メニュー画面から武器を見て、一旦耐久値を回復させようと主街区へ戻ろうとしたウィスタリアが、チカの顔が蒼くなっていることに気付く。

 

「いやさ。私達例のクエストに行ったんだよね。これの為に」

 

「それは聞いていますわ」

 

「その時にあんな気持ち悪いモンスターを何時間も見る羽目になるなんて……」

 

そう言いつつ、剣舞のサーベルを見せるノゾミ。これを取る為にあのキモグロモンスターを何時間も狩りをさせたとなると、思い返すだけで気が滅入る。

経験者たるメディはベータテストの時、そのクエストで何度も死に戻りしたなぁと思い返していた。

 

「あぁ、なんかごめん……」

 

「そう腐ることもありませんわ。さあ、戻ったらまたレベルアップに勤しみますわよ」

 

パンパン、と手を叩いたアキノが当事者2人を我に返して街へと戻る。

このルーティンを繰り返してかれこれ2時間。レベリングを終えた一行はギルド結成クエストをクリアして、ついにギルドの結成を成し遂げたのだった。

 

 

 

 

「さて、これでギルドができたんだが……支援ギルド、で良いんだよな?」

 

「正確には商業兼支援ギルドですわ。あぁ……長く辛い道のりでしたわ」

 

「いやまだ1ヶ月ちょっとしかたってないからね?」

 

主街区のとある食堂。ギルドクエストを終えた一行は食事をしながらギルドの方針を確認していた。

 

「ともかく、私達はポーション生成等の最前線攻略組をする一方で、始まりの街で留まり続けるプレイヤー達の為に、その街での問題行為を速やかに解決する治政を主な活動としますわ」

 

「ポーション生産か……優衣、大丈夫か?」

 

「うん。これから攻略組全員に行き届ける……っていうのは無理だけど、自分なりに頑張ってみるつもり。これでも、ベータの生産職としては優秀な部類だったからね」

 

ふんす、と気合を入れるメディ。ポーション等を筆頭としたアイテム生成のスキルを持ったプレイヤーはベータ時代でもそうはいなかった。ポーションを生成するメディが今後、NPCショップを通じての売買が可能になれば、攻略組を中心に広く使われるだろう。NPC売買が不可能でも商人プレイヤーとの連携で売買を行えばいい。

ノゾミやチカはメディの手伝いの為、知っている中で良質な素材が手に入る場所へ同行と護衛を引き受けることを中心に行動していく。

 

「あのさ、一ついいかな?ボス攻略やマッピングはしなくていいの?」

 

「……10層までは相談に乗りますわ。マッピングのほうは……積極的に行く必要はありませんわね。攻略組がいる以上マッピングもやってくれるのですし、こちらは積極的にやる必要は無いかと」

 

あくまで自分達は商業兼支援ギルド。そのスタンスは崩さないことがウィスタリアの方針らしい。

実際ここ数日、「アインクラッド解放隊」、「ドラゴンナイツ・ブリゲード」なる攻略組ギルドが正式なギルドとして立ち上がっている。これ以上攻略を主とするギルドを立ち上げても団栗の背比べだ。ならここは別の目的を主とするギルドを立ち上げてしまったほうが早い。

 

「さて、どうする?物資の調達をするか?」

 

「そうですね……確かに現状ではポーションも物資もまだまだ足りない。暫くは素材集めと人材集めに動きますか?」

 

支援といっても今は物も人もまるで足りてない。本格的な活動はかなり先になるのだろう。

ともあれ今はポーションの素材を確保や人員を増やすというチカの判断は間違ってはいない。

しかし、そこに待ったをかけたのはウィスタリア本人だった。

 

「いいえ。人材は最低でも50人前後。そのあたりがベストですわ」

 

「は?多いほうが良いんじゃねぇのか?」

 

「――そっか。プレイヤーは限られてるから、誰もが同じギルドに入るはずがない。少なすぎるとギルドの方針が頓挫する可能性もあるし、多すぎるとギルド内で亀裂が生じる可能性が高い、そうですよね?」

 

「ええ。実際現実でも、舵取りがうまくいっていないのに人員過多で潰れた企業は幾つも知っていますわ」

 

「お前はどこのお嬢だよ」

 

口では呆れているが、案外的を射ているとマコトは思う。このデスゲームの参加者が10万とあらばそれ以上の人材を確保できただろう。

とはいえ、人材が限られている以上自分の舵取りの能力を見極めなければこの先頓挫してしまうかもしれない。それを見越してのギルド人員の制限は存外間違いではない。

まずはある程度の人員確保と物資を集めなければ。そう思っていた矢先だ。

 

「なあ、嬢ちゃんたち」

 

「なんだ?あたしらギルドに就いてるから勧誘はできないぞ。ナンパだったら他を当たりな」

 

いきなり呼びかけた男性プレイヤーにマコトが突っ撥ねる。

 

「いや、違う違う。まぁ、ギルドに所属してなかったら勧誘も考えてたけど。俺はハフナー。ドラゴンナイツブリゲードでサブリーダーをやっている」

 

ドラゴンナイツブリゲード。

先程話に出ていた攻略組ギルドの一つだ。

 

「そのサブリーダーが何の御用で?」

 

「ああ。それはだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺らと一緒にフロア攻略を頼みたい」

 

 

 

 

翌日の朝方。

ハフナーからの紹介によって一行は主街区の広場に赴いた。

そこには30人近い様々なプレイヤーが集まっていた。

 

「悪い、待たせたな」

 

「いや、こちらも今さっき集まった所だ。早速だが、改めて攻略会議を始めるぞ」

 

4人も来た所で水色の髪をした青年が声を上げ、会議を始める。

 

第3層のボスは巨大樹型モンスター【ネリウス・ジ・イビルトレント】。

広範囲における毒の状態異常を与えるブレスを多用することもあって、相応の強敵であることがうかがえる。

攻略組の作戦は基本の多人数で挑み、スイッチやPOTでボスの行動パターンを見切り、攻撃を続けること。

 

「さて、質問がそろそろ飛んでくる頃だろうが……」

 

「はっ、空気読んでおったんか。なら遠慮なく言わせてもらうで」

 

青年、リンドが周囲に質問を促すように視線を流す。その中で立ち上がったのは棘付き鉄球のような髪型の男だ。

 

「何でそいつらを呼んだんや?この前の出来事があったばっかっちゅうのに、新しい奴こさえて亀裂が生じる可能性はあるんとちゃうか?」

 

「あの時?」

 

「そこは割愛させてくれ」

 

「まぁともかくや、ワイらからすればそいつらはとても信用できん連中や。それを承知で誘った以上、全員理解できるような理由があるんやろうな?」

 

「ん。そうだな理由としては――これからの関係性だ」

 

棘頭、キバオウの質問にリンドは自分の考えを提示した。

 

「これからギルドを組むプレイヤー達は増えていくだろう。仮に今いる我々が全滅した場合には、その後を継ぐ攻略組も必要となってくるはずだ。そうでなくとも、ギルド間の連携は早いうちに取れるべきだろう」

 

「あんなことがあって連携も減ったくれもあるかいな」

 

その一言で、一層空気が張り付いた。

当事者でないノゾミ達が双方のピリピリとした空気にキバオウがいる樹木に背を預けて居たり、倒木を椅子代わりにして座るプレイヤー達と、リンドを交互に見る。

 

「双方剣を納めなさい。攻略会議だというのに何喧嘩腰になっているんですの?」

 

「あ……ああ、悪い悪い。ともかく君らとも今後関わっていくことになるかもしれないし、関わっていたほうが良い事に変わりないんだ」

 

「……ハッ」

 

剣を収めたリンドに続き、キバオウも倒木を椅子代わりにして座る。

両者からぎすぎすした空気がある程度解消された後、ウィスタリアがリンドに話しかける。

 

「お気持ちは確かにお受けいたしますわ。連携の事も確かに賛同できます」

 

「そうだろ。だから」

 

「ですからボス攻略には参加しません」

 

バッサリ断った。

直後にリンドを含めた彼の賛同者がどよめきだす。それだけではない、キバオウを始め、彼の賛同者も驚きを隠せない様子で互いの顔を見合わせてている者もいる。

 

「な、なぜ!?」

 

「私達はあくまで商業を通じた前線の支援と救助を待つ下層プレイヤーの街の治政。攻略も大切ですが、そればかりに気を取られていてはいけません。救助もといクリアまでの間、街は放っておくとお思いで?」

 

「んぐ……」

 

「それに、そこの棘鉄球頭の方が言った通りレイドを組むこととなって、ボス攻略中に背中から攻撃されるリスクもあるのではなくて?」

 

「棘鉄球ってなんつーマニアックなものを……。大体さっきのは身内以外での、や。そうホイホイ身内同士で殺し合ってたらワイら今頃全員墓の下やぞ」

 

「ギルド間の連携には賛同しますが、攻略の意思を持たない方たちを無理に誘うのは頂けませんわね。誰も彼もクリアを目指したいのは分かる。ですが、事を急かして死んでしまっては元も子もありませんわよ?」

 

10メートル先の的から銃撃するかのように的を射ている。

実際始まりの街を拠点とし、周囲のモンスターを狩りながらその日の収入を得るのがやっとというプレイヤーも多い。そんな彼らを最前線に出すのは正気の沙汰とは呼べないだろう。

一瞬だけ、ウィスタリアが最後のほうを言った時にリンドの眉がピクリと動いたが、一行がそれに気付く前にまるで落ち着かせるように息を吐いたリンドが切り出した。

 

「……まあいい。だが1つだけ確かめさせてほしい」

 

「確かめる?何を?」

 

「君たちの実力だ。攻略に尽力しないとはいえ、将来的に参加せざるを得ない時も来るだろう。その時の実力や戦い方を少なからず知っておけば多人数パーティを組む時の参考にもなるだろう」

 

「今回はいやにお前らと意見が合う日やな。お前らがいざって時に役に立たへんかったら攻略組の俺らにも迷惑がかかるっちゅうもんや」

 

この2人のギルドマスター、ウィスタリア達の実力を測る意図があるのだろう。

もしもの時には彼女らが後続の攻略組となるかもしれないのだ。その時にふさわしい、メンバーを引っ張っていくカリスマや実力が問われるだろう。そのリーダーが貧弱なら当然話にならない。

マコトはと言えば、バカバカしいと踵を返そうとした時、わずかにプレイヤー達が腰を上げ、まばらながらも自分達をかこっているように立っているのを目撃する。

まさか本気で捕まえてでもやらせるつもりじゃないだろうな?

そんな考えが脳裏に浮かび、冷や汗を垂らす。

 

「まぁ待てよ。何も袋叩きにしちまうこともあるまい」

 

その中でごく少数の、褐色の禿頭の男性プレイヤーが声をかける。

 

「だがまあ、いざって時に頼りないんじゃ信頼にもならないだろう。ここはお前ら2人と俺、それからあいつらを含めた5人の代表戦デュエルしたほうが良い。ご両人も意義は無いよな?」

 

その一言で一行を囲うように立っていたプレイヤー達が一斉に敵意を含めた視線を向けた。

何事かとノゾミが振り返り――鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

それは、相手も同じだった。

 

「……うそん」

 

黒いコートに背中に挿した片手直剣。あの時と装いは異なっていたが、雰囲気と黒髪の姿は、ノゾミとチカ、マコトはよく覚えている。

 

「……えぇ…」

 

悪名高い《ビーター》として名を上げた、キリトという剣士だった。

 

 

 

 

その後、キリトとその暫定コンビのアスナ、両手斧使いの禿頭のエギル、そしてALSリーダーのキバオウとDKBリーダーリンドを含めた、5対5の代表戦デュエルが行われることとなった。

デュエルには以下の3種類が存在する。

 

相手にクリーンヒットを叩き込んだほうが勝者となる【初撃決着】。

相手のHPを50%以下まで削ったほうが勝つ【半減決着】。

どちらかのHPが全損するか、どちらかが降参するまで続く【完全決着】。

 

無論、デスゲームとなる前のSAOであれば自分の腕試しとして敢行していたプレイヤーもいただろう。

しかし、今では【完全決着】デュエルなんて以ての外。【半減決着】でも満場一致で「時間がかかる」とのことで却下。

結果的に【初撃決着】に落ち着いた。

 

そして最初のデュエルは、エギルvsマコト。

 

「一応聞くが、スペアはあるか?できればそっちで戦ったほうが攻略に支障は出ないと思うが」

 

「ああ。それなら持ってるよ」

 

カウント中、エギルからのアドバイスでマコトは予備のアイアンソードを装備する。エギルもまた予備のワンランク下の両手斧を装備した。

遠心力任せに振るったそれを、担ぐように構えた数秒後、カウントが0になった直後にサージを放たんと一気に肉薄してきた。

 

「ふっ!」

 

対するエギルは斧を腕力に遠心力を加えたフルスイングでソードスキルを弾き返す。続け様に遠心力を殺すことなく一回転してルーインの如き水平回転切りをカウンターとして見舞う。

咄嗟の防御で反撃を直撃することなく受け流し、蹴りを放つ。一撃がエギルの脇腹を捉えた。

 

「――うっし!」

 

クリーンヒットしたと確信を持つ。

 

「蹴りを交えた戦いか。悪くないな」

 

「……あれ?」

 

――だがッ!

再び、今度はソードスキルのルーインが襲い掛かる。

 

ここで解説を入れると、今のマコトの行動は何ら意味の無い行動だ。

彼女らは第2層へは行かずレベルを2桁まで上げて直接この第3層に来たのだ。

だが体術系スキルは仙人NPCのあるクエストをクリアしなければ得られることは無い。現状、情報屋A女史とビーターのK氏はこのクエストで苦労させられたし、コンビ片割れは散々セクハラを受けられた。

とまあ前置きはさておき、決闘のシステムとしては体術スキル以外による攻撃はダメージに認定されない。

要約すると今のマコトの行動は攻撃とはいえど、ダメージ認定には至らないとシステムで判断されたのだ。

 

蹴りを入れた足を引っ込め、斧の刃を受け止め、一歩下がる。

その時に生じたのだ。一瞬の隙が。それを逃さなかったエギルが、両手斧を振り下ろす。

避ける暇は無い。咄嗟に剣で振り下ろされた斧を受け止めた。鈍い金属音が響く。

ぴしり、と。マコトの両手剣から小さな音がした。

 

「え?」

 

次の瞬間、ばきりと根元から剣が砕け、宙を舞った刀身が地面に刺さって消滅。次いで根本側も後を追うように消滅した。

 

「ぶ、武器破壊……!?」

 

「おぉ、まさか本当にできるとは思ってなかった」

 

「ディバークルの攻撃を利用した武器破壊か。やるな」

 

武器破壊。そんなスキルはSAOには存在しない。所謂システム外スキル。

SAOの武器――ひいてはアイテムオブジェクト全般には耐久値が設定されている。

布は汚れを落とすと、食料は時間経過と共に減っていき、0になると消滅してしまう。

では武具の場合はどうか?今のように攻撃を受ける、攻撃を行うことで同じように減っていく。重い一撃を受ければ、当然受けた側の耐久値はごっそりと減るものだ。

ならば、いち早く相手の武器を破壊したらどうなるか?実体化させていない武器の予備を再度装備しなおすには、幾ら頑張っても10秒単位の時間を要する。その10秒単位が生死に関わる。

最も、武器破壊という未だ武器を持つモンスターはボスクラスの強さを誇り、デュエルでもあまり試そうとするものはおらず、机上の空論程度のものでしかなかったのだが。

ある意味一番最初に武器破壊という荒業をやってのけたのは、彼なのかもしれない。

 

「どうする?まだやるか?」

 

「……いいや。降参だ」

 

両手を上げ、降参の意を示す。

決着を知らせるブザーが鳴り、「AGIL WINNER!」とウィンドウが表示された。

 

 

 

 

槍が空を割きながらくるくると回転する。回転しながら放物線を描く槍が、石畳に突き刺さった。

続く2回戦。キリトvsチカのデュエルはまさに電光石火の決着だった。勝者――キリト。

戦闘時間――30秒。

 

「あんた、まさか限界重金属装備は持ってないのか?」

 

「え?ええ。軽金属装備だったら多少は上がっていますけど……」

 

「……お前、よくまあ今の今まで生き残れたな。まぁこの際言っておいたほうが楽なのかもな」

 

「?」

 

チカの装備はメダイで手に入れた金属鎧に身を包んでいる。明らかに初期のころとは全く持って装いが異なっている。

そんな彼女に呆れたようにふぅ、と溜息を吐いたキリトに、チカは思い当たる節が無いように首を傾げる。

 

「まず装備品と自分のバランスがなってない。デカい堅い強いが良いって考えはよくあるケアレスミスだ。身に合わない武器を装備したらロクに扱えないし、かえって装備を変える前より弱くなる奴だっている。お前はその典型的なミスに陥っている状態だ。遊撃が得意な奴に壁役やらせるのと一緒だぞ」

 

「ほごっ!?」

 

「それにお前、前会った時には両手槍だったんだろ?自己防衛の為の片手槍なら問題は無いが、明らかにデカすぎる得物や重すぎる鎧が足を引っ張っている。大盾片手槍は基本前衛に出て攻撃を受け止める壁役だからアンタのバトルスタイルとは合っていない」

 

「げふっ、ぽげっ!!」

 

「問題を総合してまとめると、アンタはホルンカで会った時より弱体化している。ステータスじゃなくて戦い方の意味でだ。両手槍に戻して装備品を軽金属系のものにしておけ。でないとトラップや雑魚モンスターにリンチにされて死ぬ可能性が1000%だ」

 

「あばぎゃす!!」

 

キリトからの鋭すぎる容赦のない指摘に滅多打ちにされるチカ。漫画のような絵的表現で例えるなら、キリトの吹き出しから矢印が伸びてチカを滅多刺しにしていただろう。

HPは減っていないのにも関わらずチカは今、HPを全損していたかのようなショックを受けているだろう。

 

「ひ、酷い……死なないように頑張って考えたのに……」

 

「ベータでも同じような思考の奴がいて、思いっきりモンスターに袋叩きにされてたぞ。武器防御があるんだからそれ使ったほうがまだ死なない可能性が高いよ」

 

トドメの一撃にチカは完全に撃沈した。

周囲が引くレベルの舌戦(という名のリンチ)で潰れたチカをマコトが退場させる。

デュエルも3回戦を迎え、キバオウvsメディだ。

 

「女やからて容赦はせんぞ」

 

「大丈夫ですよ。すぐに終わりますから」

 

メディの確信めいた呟きにキバオウの神経は更に逆撫でられた。

――今すぐこの小娘を黙らせたる。

目の前のメディにこれ以上ない敵対心を宿し、片手直剣を垂直に、まるで弓の弦を引き絞るような構えでカウントを待つ。

そしてカウントが0になり――ほぼ同時にリーパーで攻撃を仕掛けて来て――メディも行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降参します!」

 

刹那、ソードスキルを空撃ちさせた勢いで足を滑らせてカーリング宜しく地面を滑っていき、進路上の樹木に激突した。

決闘所要時間、わずか3秒。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

呆れたマコトが顔面から突っ込んだキバオウに声をかける。

 

「なんでや!?反撃どころか秒速で降参ってありか!?つか、今の台詞自分が降参するからっちゅう意味か!?」

 

「ええ。基本調薬系しか覚えていませんので」

 

「それ要は戦いには参加せんってことか!?」

 

「さ、次行きますわよ。私のお相手はどなたですの?」

 

「無視!?」

 

まさか秒速降参なんて思っていなかっただろう。攻略組は残らずあんぐり口を開けている。

顔面をこすり付けながら樹に激突したとしてもキバオウ自身には園内のシステム保護でダメージは無い。もし現実だったら間違いなく顔面を擦り減らしていただろう。

 

続く4回戦。ウィスタリアvsリンド。

曲刀と両手剣のぶつかり合いをかれこれ5分ほど繰り返し――ステータスの差でリンドが勝利した。

 

「普通だ……」

 

「普通や……」

 

「普通ね……」

 

上からキリト、キバオウ、アスナの感想である。

 

「……なんか物足りなさそうな感想だな?」

 

「いや、仕方ないだろ。俺はまだしも、キリトとキバオウのはデュエルと呼べないからな」

 

かたや舌戦リンチ。かたや速攻降参。確かに4回中2回は普通じゃない決着だった。100歩譲ってエギルも普通のデュエルをしていたが、特にリンドのは見ている側にとってはちゃんとしたデュエルを見られて安心している。

早くも攻略組のプレイヤーからは、5人の少女――特にチカとメディ――に対して疑いと落胆を交えた目を向けている。

ともかく次は最終戦。5回戦目の大トリを飾るのはアスナvsノゾミ。

 

「ふッ!せいッ!」

 

端的にいえば、現状はアスナが優勢だった。

ソードスキル込みでキリト曰く速過ぎて見えないレベルと言われる細剣の刺突は、ノゾミからすれば回避や防御が精一杯だ。

碌に攻撃に回れない。しかし、クリーンヒットを辛うじて回避し続けている。

 

「こらあかん。素人過ぎて話にならんわ」

 

「ああ。彼女と手合いをした時も、ステータスが弱すぎた感じだ」

 

「――ああもう!こんな所で私達が全敗なんて笑えませんわよ!」

 

完全に諦観しきった様子の攻略組に対し、ウィスタリアが叫ぶ。だが、経験差故の戦いのキレはアスナのほうが数段上手だ。そう簡単に逆転をするのは不可能だろう。

他の4人がうぐぐ…、と唸る中、メディが声を上げた。

 

「ノゾミさん!現実で何かやっていたのならそれを参考にして!」

 

ある種、それは無謀な賭けに近かった。

ここにいる誰もがノゾミの現実を知るはずがない。かくいうメディもその一人だ。

彼女の趣味が映画鑑賞や絵画のような、いわゆるインドア系の趣味を持っていたら、このSAOで生き残る為のスキルとしては無用の長物だろう。

 

(現実でって……私の趣味は舞台鑑賞でしょ?あとはダンスくらい……ダンス?)

 

メディからのアドバイスで思いついたノゾミはアスナの猛攻を回避し、バックステップで5メートルほどの距離を取る。

 

(そういやアインクラッドに来る前は、あの子と一緒にダンス動画を撮ってたっけ)

 

思い返す、現実世界での日常。

ノゾミがアイドルを目指すきっかけとなったアニメを見た影響で、本気でアイドルになろうと挑んで暫くして、音楽が好きな歌の上手い女の子と仲良くなった。

それからしばらくして、彼女から思いつきも同然の提案を出してきたのだ。ゲームの中の音楽をダンスを録画していこう、と。

当然投稿せずに、当時は本当に単なる趣味程度のもので。女の子のほうは家が厳しかったので時間を造っては自然公園やそれでも時間を見つけてはそんなダンスもどきの録画を撮っていた。

そんな記憶の中の、これまで築き上げた努力の中で得た経験で、最も適した音楽を選択する。

 

(相手はスピード重視の細剣の使い手。ここは回避よりも攻撃を続けて相手に反撃の余地を与えないほうがベストかも。だったら)

 

電子のアバターと化した脳髄から、自分専用のスピーカーを起動する。小学生生活最後の秋にやった音ゲーのBGMの一つを。

選択してリズムに合わせんとカツカツと踵で床を打ち鳴らしリズムをとる。

周囲が突然ノゾミの雰囲気が変わったことに思わず諦観していた表情から何事かと顔色を変える。

それでも好機と見たアスナは一気に間合いを詰め――、

 

 

眼前に曲刀の切っ先が迫っていた。

 

(――ッ!?)

 

首を傾け、一拍前まで頭のあった空間を突き抜ける。

その攻撃を回避できたのは、咄嗟の反射によるものだ。

体勢を立て直す間も無く、サーベルの刃がアスナの首に垂直になるよう傾き、剣閃が走る。

そこから始まるノゾミの反撃。ノゾミの猛攻をアスナが回避するというさっきとは立場があべこべにな舞台ができあがってしまった。

上下左右から鋭い剣閃が走る。

 

(この子、普通の剣士じゃない!これじゃあまるで――)

 

踊らされている。

こちらが僅かな隙を突いた攻撃を放っても踊るように回避される。

 

(ここは回転しながら袈裟斬り3連続を3回。そこから――)

 

回転と遠心力を利用した袈裟斬りの3連続。これまでの剣戟で何とか防いでいたが、既に手が僅かに震え始めた。次の攻撃を防いでも剣を叩き落とされる。そうすれば詰みだ。

最後の3連続回転斬り、そして最後一薙ぎが放たれる。アスナは気力を振り絞って何とか4回の攻撃を防ぎ切った。

それが、アスナの防御の限界でもあった。

 

「くッ……!――あれ?」

 

完全にノゾミのチャンス。だったのに、ノゾミはアイドルのようなキメのポーズのまま動かない。

アスナも、観客も、この最大のチャンスに何やってんだと開いた口が塞がらない。いや、ノゾミだけは若干やりきったようなどや顔をしている。

 

「ふふん、どう?決まって……た?」

 

目を見開いて視界に飛び込んできたのは、無言のままソードスキルを発動させようとするアスナの姿だった。

 

「……え?」

 

「ふざけるのは大概にして」

 

1秒後、リニア―を受けて吹っ飛ばされるノゾミ。地面に背中を打ち付けた時には、既にアスナの頭上でウィナー表示が現れていた。

総合戦績は……攻略組の完全試合にて幕を閉じた。

 

 

 

 

「即戦力にならんな」

 

「だな。君達には悪いが今回の攻略に君らは入れられない。まあ、実力が知れても良い結果になったよ」

 

「こちらこそ。やはりこちらは攻略は任せるべきですわ」

 

気付けば既に日は暮れて夜の帳が下りてくる。明日は大事なボス攻略だ。彼女らがこれ以上留まる理由も無いだろう。

彼女らも宿を取りに攻略会議の場から去ろうとした。

 

「おい、待てや」

 

「……まだ何か?」

 

突如キバオウが呼び止める。

多少ウンザリしながらも彼のほうへ振り返り、質問を返すウィスタリア。

 

「任せられるんやな?始まりの街を。任せられるんやな?」

 

「……」

 

その言葉の真意はウィスタリアには表面上にしか理解できないだろう。

彼の言葉には今は亡きリーダー、ティアベルが言っていた「始まりの街に残ったプレイヤーに、クリア可能だという希望を伝える」という叶わぬ夢の続きを語っているようだった。

自分達が攻略に進む中、始まりの街に残るプレイヤーを任せられるのかを。

 

「……ええ。そうでなければ提案はしていませんわ」

 

しっかりと、聞こえるように返した。

ウィスタリアとてそう子供ではない。

己が言い出した以上、まっとうに責務を果たす。現実で生還を待つ両親からそう教えられてきたのだから。

 

「私からも一言伝えておきますわ」

 

「なんや?」

 

「そう感情的になるのは悪いとは言いませんが、時には立ち止まって頭を冷やすのも大事ですわ」

 

ウィスタリアの一言はある種、それは警告のようにも聞こえた。

 

 

 

 

攻略組との邂逅の翌日。

 

始まりの街にある最も巨大なギルドホームのリビングにて。

ウィスタリアを筆頭にギルドメンバーが集められた。

 

「では、皆さんには簡単な自己紹介をしてもらいますわ。この方々はギルドには直接入らず、暫くは協力者という立場で活動していただきます」

 

「では私達から」

 

ウィスタリアの号令に続き、40代後半の男性が名乗りを上げる。

続き、彼と同い年のような女性も立ち上がる。

 

「私はユース。隣はティアナ。ここの治政を任されました。現実でも夫婦です」

 

「へぇ。政治家でもやってたのか?」

 

「え?え、えぇ……そんなところです」

 

最後のほうは口ごもっていた点に全員疑問を感じたが、そこに深いツッコミを入れようとする無粋な考えは起こさなかった。

ユースとティアナが座ると、次に眼鏡の女性が立ち上がる。教師のような雰囲気を持った女性だ。

 

「私はサーシャといいます。子供たちと一緒に教会で暮らしています」

 

「彼女には子供たちの保護とその世話を。私も先程足を運んだのですが、かなりの人数でしたわ」

 

ウィスタリアの補足に、サーシャに対して感心しながらも、子供たちに対してレーティング無視じゃないかと疑問を上げる。

その後はノゾミ、チカ、ツムギ、マコト、メディ、そしてウィスタリアの順で自己紹介を終える。

 

「さて、初めはこんな所ですわね。それでは――」

 

「待って。ギルド名は?」

 

早速【約定のスクロール】を使おうとした時、メディが止める。

確かにギルド名はまだ決まっていない。

肝心のギルド名は何なのかと、全員期待の籠った目線をウィスタリアに向ける。

 

「ギルド名?ああ、そうでしたわ。名前は……まだ決めてませんでしたわね」

 

全員ずっこけた。

名前を決めるタイミングはそれぞれだが、このタイミングでまだ決めてないのはどうなのだろうか。

 

「そうですわね……メルクリウスは加えるのは絶対ですわ」

 

「メルクリウス……商業の神ですね。このまま使うのもありですが?」

 

「それだとありきたりですわ。もっとこう……このギルドだからこその名前っていうのが……」

 

変なところで躓いてしまった。

今適当な名前で【約定のスクロール】でギルド名を決めると、解散以外で名前を変更はできない。

変な名前を決めてしまうと、ギルドの活動意欲に支障が出てしまう。

何か良い名前は無いかと考えている中、正午を告げる鐘の音が耳に入ってきた。

 

「……ゴスペル」

 

「ん?」

 

「ゴスペル・メルクリウスなんてのはどうかな?」

 

「“メルクリウスの福音”という意味ですか。悪くないんじゃないですか?」

 

「確かにそうだね。希望となる福音を鳴らす商業の神。悪くないんじゃない?」

 

「では、ここに【約定のスクロール】の元、約定を」

 

商業を通じて解放の日を待つまでの希望となる。

その理念を通じた者達が一人ずつスクロールに名を刻む。

全員がギルドに名を刻んだ後、ウィスタリアが宣言した。

 

「それでは、今ここに【ゴスペル・メルクリウス】の設立を宣言します!」

 

 




次 回 予 告


ノゾミ
「デスゲーム開始から早5ヶ月。私達のギルドは順調にその方針を進めていた」

ノゾミ
「ふと私達は、16層の街へと赴いた。一応レベル的には問題は無かったけど、レベ上げ……というよりは観光って感じかしら?」

ノゾミ
「その時、私は出会ったの。あの子と!」

ノゾミ
「次回、【歌紡ぎの再会~血盟と商業のカヴァティーナ~】」

ノゾミ
「嘘でしょ……!?そんなのあるなんて、聞いてないよ!!」


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歌紡ぐ再会~血盟と商業のカヴァティーナ~

(・大・)<もたついてたらいつの間にか大晦日……。

(・大・)<ともあれ今年本当に最後の投稿です。

※タグの『原作改変』を『原作改変箇所あり』に変えました。
※タグに『オリジナル設定、オリジナルスキルあり』を加えました。

※一部スキルの所得条件に関する記載を変更しました。


2023年 4月1日。

 

 

デスゲーム開始から年を跨いで、5ヶ月が経った。

支援ギルド【ゴスペル・メルクリウス】の商業を中心にした活動は、波風を受けることなく順調に進んでいった。もちろん、レベリングも怠ることなく続け、ノゾミ達のレベルは20台に突入している。

今日は気分転換として、生産職2人とチカを連れて16層の主街区へと来ていた。

 

「それで、今回はどうするのですか?」

 

「んー、今回は観光って感じかな?」

 

主街区へと転送された4人が目にしたのは、オアシスだった。南国情緒あふれる白塗り煉瓦の街並みはまるでハワイを連想させる。

街を行き交うNPCも人間以外の様々な種族が見られ、所々露店を並べる者達もいて、ちょっとしたバザールだ。

 

「うわぁ……!」

 

「すっごい賑やかですね。始まりの街もこれくらいは欲しいんじゃないでしょうか?」

 

デスゲームが始まる前、始まりの街にも大通りには屋台が並んであったし、プレイヤー同士での交流が絶えなかった。

あの時の活気を取り戻すには他の層の主街区を参考にするのは悪くないだろう。

 

「確かフィールドは赤土と草原だけですから、メインはこちらになりそうですね」

 

「んじゃあ、観光がてらに回ろっか」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 

それから1時間後。

軽いショッピングや街の探索を済ませた4人は広場に集まっていた。

 

「ふぅ、久しぶりの休暇ってのも悪くないわ」

 

「そうだね。ここの所、かなり忙しかったから」

 

「まあおかげで、始まりの街の治政はマシになったほうですかね?」

 

実際、この5ヶ月は彼女らにとっても休まる暇も無かった。

前線の支援の為にポーションの生産と、その素材確保の為の採集とその護衛。始まりの街に残ったプレイヤーの心のケアの為のライブ。6人前後しかいない小規模ギルドにはかなり無理のある活動内容だった。だがそれでも、治政はギルドメンバーではないとはいえユースやティアナとの相談を重ね、サーシャもはぐれた子供がいないかと街の見回りを行うプレイヤーとの助力を経て、初日の夕方と比べれば大分マシな状態に戻していった。

 

「……あら?」

 

「どうしました?」

 

「……声が」

 

「声?」

 

ノゾミとチカに続いて、メディとツムギが耳に意識を集中させる。

周囲の喧噪の中に交じって、南国風の街の中、僅かだが場違いな声が聞こえてくる。

 

「……こっち」

 

ノゾミが突如――おそらく声のするほうへと――駆けていく。

後に続いてチカ、ツムギ、メディが白塗りの煉瓦の街を過ぎていく。

ヤシの木の通りを抜け、角を曲がり、大通りを過ぎていく。

かれこれ3分。4人は広場へと到着する。

 

広場はまるでノゾミが夢にまで見たステージ舞台のように石畳で作られ、中央に立っているのは一人の少女。吟遊詩人のような純白の衣装に身を包み、同じく白い弦楽器を手に歌を披露している少女は、大体ノゾミと同年代だろう。周囲には彼女の歌に聞き入るギャラリーのプレイヤーもちらほら見かける。

 

「「……」」

 

ノゾミもチカも、ツムギの感想は右から左に流れていったかのように立ち尽くしている。

やがて歌が終わると、彼女に拍手が送られた。そしてプレイヤー達が少女に感想や感謝を述べるよう彼女の近くに集まってくる。

 

「素晴らしい歌でしたね。ノゾミさんはどう――あれ?ノゾミさん?チカさん?」

 

「2人とも、どこに行ったの?」

 

隣のノゾミの意見を聞こうと振り返ると、ノゾミだけでなく、チカもいつの間にかツムギの隣から消えていた。慌てて周囲を見渡すといつの間にか感想を述べている観客の集団に交じっていた。

 

「いつの間に!?」

 

そんなツムギの叫びもさておき、観客たちは少女に「ありがとう」や「歌が聞けてラッキーだった」などの感想を口々に述べている。

そしてあらかたの観客が去って行った後、ノゾミが少女と対面する。

 

「綺麗な歌だったよ」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「本当、前より上手くなったんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。悠那」

 

「……え?」

 

ノゾミの一言で悠那と呼ばれた少女は顔をひきつらせた。

硬直した少女は自分の記憶を探るように目線を泳がせ、たっぷり1分間の沈黙の後、思い出したように叫ぶ。

 

「ノゾミ!?」

 

「やっぱり悠那だったんだ!」

 

「え、嘘!?本当にノゾミなの!?」

 

「ホントにホントだって!」

 

はしゃぐノゾミに未だ信じられない様子の悠那。

下手をすればパニックになりかねない状況で、今度はノゾミの隣にいたチカが口を開いた。

 

「私の事も知ってますよね、重村先輩」

 

「え?あ、三角さん!?あなたまでSAOに来てたの!?」

 

どうやらチカも悠那の事を知っているようだ。相手は思いがけない再会に羽目を外しているかの如く取り乱している。

慌てふためいている悠那、再会に喜んでいるノゾミ、そして再会に喜びつつも何故こんな所に居るのかと疑問を残すチカ。今石畳のステージの上ではしゃぐ3人はその場に呆然と立つ観客を完全に置いてきぼりにしていることに気付いていない。

 

「……」

 

「……」

 

「……どういうことなんでしょうね?」

 

「……さぁ?」

 

無論、それは外野から歌を聞いていたツムギとメディも例外ではなかった。

 

 

 

 

「じゃあ改めて紹介するわ。彼女は重村悠那――」

 

「ウェイト、ウェイト。プレネよく見てプレネ」

 

「あーごめんごめん。えーっと……《YUNA》、か。これがSAO(こっち)での名前なのね?」

 

あの後、ツムギの介入で漸く一息吐くことになった3人。広場にはもう観客は去っており、ヤシの木の木陰で改めてノゾミとチカが悠那――もといユナを紹介する。

 

「この子は私の幼馴染でね。SAOやる前は歌やダンスの録画とかもやっていたんだ。ほら、3層でのあの戦い方覚えてる?」

 

「ああ、アスナさんとの。ひょっとして、その録画に載せてたダンスを参考にしてたの?」

 

思い返すメディの質問に、ノゾミは「その通り!」と言わんばかりに笑顔で親指を立てて肯定する。

 

「で、なんでチカはユナの事知ってるの?」

 

「ああ、その事はちょっと現実の事に触れることになるんですけど、私と重村先輩――いや、ユナさんは元々花乃丘中学に通っていたんです」

 

「花乃丘中っていうと、音楽の教科に力を入れてる学校ですよね?となると高校は蝶ノ森にですか?」

 

「ええ、そうだったんですけど……」

 

だんだんとチカの声から力が抜けていく。

流石に申し訳ないと思ったのか、メディが話題を現実の話から逸らせる為に切り出した。

 

「あ、あの!ユナさんはどうしてSAOを?」

 

「あー、それもそうね。さっきは興奮して気付いてなかったけど、ユナって音ゲー中心だった筈でしょ?」

 

このSAOは、今はデスゲームと化してはいるが、ゲームとしてのジャンルはVR、それもMMORPGだ。明らかに音ゲーとは異なるジャンルである。普通ならユナはプレイヤーとしてこのSAOには存在してはいないはずというのが普通だ。

 

「確かにそうだけど、実はエーくんからこのスキルの存在を知らされてね。それがこっちに来る動機だったのよ」

 

「スキル?」

 

「《楽器演奏》と《歌唱》」

 

「……え?」

 

ユナの口から告げられたスキルの存在に、ノゾミがとチカが固まった。

 

「ん?どうしたの?ラグった?」

 

「ゆ……ユナ……そのスキルがあったって…、本当?」

 

「そうだけど?今のも熟練度上げに利用してるのよ」

 

「嘘でしょ……!?」

 

「さっきからどうしたの?」

 

首を傾げて近づいたユナがチカとノゾミから両肩をがっちり掴まれた。

いきなりの事に頭がついていけていないユナに、2人が顔をずいと近付けた。

 

「「なんでそれ教えてくれなかったの!?」」

 

「はぁ!?」

 

「なんでそんな面白そうなスキル使っていたの!?私そんな話聞いてないよ!?」

 

「私もそんなスキルがあったのなら真っ先に所得していましたよ!」

 

「え、あ、いや。私もこのスキル取ったばかりだから……あ、じゃあそのお詫びとして2人にも所得する場所教えるから!ね?」

 

「「是非に!!」」

 

目を爛々と輝かせる2人。この2人は現実でも音楽関係をしていたから、そのスキルに興味を持っているのは無理もないだろう。

半ば呆れたメディとツムギのジト目も2人からすればさほど気にするよう点でもない。

 

 

 

 

25層:ギルドシュタイン

 

 

「「スキル、取ってきましたー!」」

 

「お疲れ様」

 

あれから10分後。ユナの案内で16層から8層で《歌唱》スキルを入手し、そして25層へとやってきた一行。

場所は南国風の街並みからうって変わってファンタジーの大都市となり、大小様々な建物が立ち並ぶ。

 

「で、これって歌えば熟練度が上がるんだよね?」

 

「そういうこと。どうせならこの大都市の広場で試そうと思ってね」

 

「け、けど人が多すぎません……?」

 

チカの言う通り、この25層は現在最前線から最も近い層。当然攻略を目指すプレイヤーの多くがこの地を仮拠点としている。

とはいえ、迷宮のような場所が多数ある園外エリア、毒沼や落とし穴などの幾多のトラップ、一つ下の階層に比べて異様に強い、フィールドボスでもないモンスター。

次の街に行くまでに死者も出るほどの現段階では最難関の階層だ。フロアボスで【アインクラッド解放隊】が潰滅するほどの被害を被ったのは記憶に新しい。

――最も、今回は園外に出るつもりは無いので彼女らにとってはただの大都市なだけなのだが。

 

「んじゃあ、早速熟練度上げにあの広場に行こうか」

 

「……はい?」

 

ノゾミが指すのは右手にある広場。始まりの街と比べれば人は少ないが、最前線に最も近いが故に人だかりも多く、ライブを行うには丁度良いだろう。

早く使いたくてたまらないノゾミとは対照的に、チカは顔を青ざめている。

 

「ま、まさかあそこで……?」

 

「そうだけど?」

 

「むっ、無理です!無理無理無理!!人前で歌を披露なんて私やったこと無いですよ!?楽器演奏ならまだしも、いきなりあの人だかりはハードルが高すぎます!!」

 

「そう?じゃあユナ、久しぶりに一緒に歌う?」

 

「――いいですとも!」

 

人だかりに怖気づいたチカに代わり、どや顔でノゾミの提案に応じるユナ。

早速石造りのステージの上に立つ。何事かと

突然始まったゲリラライブに道を行くプレイヤーは足を止める。ユナとノゾミ、2人の歌に惹かれて次第に観客も集まってくる。

 

「やれやれ。あの2人、生粋の歌好きですね」

 

「うぅ……彼女らの大胆さが少し羨ましい……」

 

「まぁそこはゆっくり治していくしかないよ」

 

突然のライブを観客に交じって2人の歌を聞くチカ、ツムギ、メディ。

チカも混ざりたいように唸り声をあげる。そんな表情をするチカを尻目に周囲に目を向けた。

 

「あれ?」

 

「どうかしました?」

 

「なんですか?あの石板」

 

ふと周囲に目をやった時にツムギの目に映ったのは、広場をぐるりと囲うように立つ石板だった。

観客の邪魔にならないようにその場所に行く。

 

「これは……」

 

石板はどれも高さ10メートルはある。上部分には刀、剣と盾、細剣とSAOに存在する武器のシルエットが刻まれている。

下部分には文字が刻まれている。それらがぐるりと、10枚の石板が通路を挟む様に立てられている。

 

「何かの暗号、でしょうか?」

 

「一応文字は読めるみたいですね。いくつか読んでみましょうか」

 

 

 

 

――その剣を持つ者、秒と秒の間に住まう怪物と呼ばれし者。

――迫る殺意に誰よりも早く察し、両の手に宿した刃をもって、迫る殺意を切り裂き、道を切り開く。

――浮遊上の頂上にて、全ての神を討ち倒す英雄とならん。

 

 

 

――その剣を持つ者、神に選ばれし者だけが齎される祝福。

――聖なる剣と、守護の盾を携え、強大な殺意を己が身一つで民を守り抜く。

 

 

 

――その剣を持つ者、曲刀の煌めきを躍らせる者。

――五線譜の流れに身を任せるかの如く舞踏の刃を振るい、流水の如く刃を躍らせて敵を切り裂かん。

 

 

 

――その軽やかな身のこなしは猿の如し。その爪牙は猛虎の如し。その剛力は猛熊の如し。

――獣の力をその身に宿し、双爪を煌めかせる者よ。獲物の喉を食い破れ。荒野を駆けその爪牙で獲物を引き裂け。

 

 

 

 

「……なんでしょうか、これ?」

 

「さぁ……?」

 

だが、石板の文字は読めたのだが、まるで意味が解らない。

25層の攻略のヒント、というには既にクリアしてあるのでありえない。隠しアイテムの存在を匂わせるものか、それとも……。

 

「でも、100層に関係があるっていうのは確かかもしれないね。ほら、ここ見て」

 

「ひょっとして、あの片手剣が交差してる石板ですか?」

 

「うん。これだけ“浮遊城の頂上”ってあるでしょ?多分これ、100層のダンジョンを指してるんだと思うの」

 

メディでも推測できたのはそこの一文だけだった。

まだ75層もあるというのにここでなぜこんな情報が公開されるのか?

未だに疑問が残る中、その思考は2人の乱入で中断せざるを得なかった。

 

「あー楽しかったー!」

 

ライブを終えたノゾミとユナが合流してきた。その顔は想像以上に清々しい。

 

「いやー、最後に一緒に歌ったのはいつだったっけ?」

 

「よく覚えてないよ。けど、一緒に歌えて楽しかったわ!」

 

どちらも肩で息をしているが、疲弊は感じられない。それどころか傍から見ても分かるほどに爽快感で満ち溢れている。

やがて呼吸を整えたノゾミは一言、隣で共に歌った少女に告げる。

 

「よし、決めた。ユナ」

 

疑問符を浮かべるような表情を向けるユナに対して、ノゾミは右手をすっと差し出した。

 

「入ろう、私達のギルドに」

 

何の迷いの無い勧誘。自分の幼馴染と共に、攻略組の支援をしていこうという決意。

だからこそノゾミは、この選択が間違いだとは思っていない。それ故に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!」

 

――ユナの拒否の言葉に撃沈した。

 

「ど、どういうこと!?」

 

「……あれ?何かタグ付いてますよ?」

 

「え?」

 

ここでギルドの説明をしておこう。といってもこっちは某サイトで得たにわか知識程度でしかないが。

ギルドを結成するには前話にも登場した【約定のスクロール】を、3層のギルド結成クエストをクリアして入手するというもの。その際のパーティリーダーがギルドマスターになる。

【約定のスクロール】によってギルドマスターになったプレイヤーは【ギルドリーダーの印章(シギル)】という指輪を持つ。また、【約定のスクロール】は1人だけ、サブリーダー権限を持つ1人のプレイヤーが操作可能だ。

このギルドマスターの役割を与えられたプレイヤーは、ギルド名やプレイヤーの加入、会計の操作、上納金の設定が可能となる。カラー・カーソルに表示されるギルドタグも設定が可能だ。今まで脚注はしていなかったが、ノゾミ達【ゴスペル・メルクリウス】もタグが設定されており、「鹿の頭と金貨」の紋章がギルドタグとして設定してある。

見ればユナにも、HPを表す曲線のバーの上に「白地に赤い十字」のギルドタグが表示されている。それはつまり……。

 

「私、実はエーくんと一緒に【血盟騎士団】っていうギルドに入ってるのよ」

 

えへへ、と悪戯っぽい笑顔を浮かべるユナ。

 

更に補足をするとプレイヤーはギルドに所属することは可能だが、その分双方からの上納金を払わなければならない。

例えば仮にプレイヤーAが【ゴスペル・メルクリウス】と【血盟騎士団】の双方に所属していたとする。

【ゴスペル・メルクリウス】の上納金が100コル。

【血盟騎士団】の上納金が150コルとする。

片方に所属しているプレイヤーはギルドにそれぞれの上納金を払うだけで済むのだが、双方に所属しているプレイヤーは双方の上納金、この場合は合計250コルをそれぞれのギルドに納めなければならないのだ。

それ故にギルドの掛け持ちはプレイヤー同士のHPを全損させること――いわゆるPK行為と同様に、暗黙の了解として進んで行う者はいなくなっていった。

 

「そっか~……入ったら面白くなると思ってたのに……」

 

「ごめんね。先に団長……うちのギルマスが先に勧誘してきたから」

 

「……仕方ありませんね。《歌唱》のスキルも手に入れたことだし、勧誘は無しにしましょう」

 

「そのスキルを使いこなす為にも、毎日歌を歌っておかないとね?」

 

「よ、余計なお世話ですってば!」

 

ユナのからかいにどっと笑いが噴き出した。

 

「でも良かった。あんなことがあって不安だったけど、ノゾミは相変わらずだった見たい。それじゃあ私、これからギルドのみんなの所に戻るから、フレンド登録しとこうか」

 

戻る前に、ユナは一行とフレンド登録をする。全員のフレンド登録を終えるとすぐに通路の先へと走って行く。

ふと足を止めると振り返り、ユナは一行に――ノゾミに向けて声を張り上げた。

 

「ノゾミ!貴女のその迷わず行動するところ、私好きだよ!」

 

 

 

 

一行と別れ、【血盟騎士団】の集合地へと足早に向かうユナ。その集合地は26層の広場前。

広場に集まっているプレイヤー達は、先のフロアボス攻略ですっかり意気消沈気味だ。

 

「遅かったじゃない。どこで道草食ってたの?」

 

ユナが到着すると、赤と白の装いという、3層で見かけた時とはうって変わって人目を引くような姿のアスナが声をかける。

 

「申し訳ありません。現実での幼馴染に会って来たんだ」

 

「幼馴染?ひょっとして桜井と?」

 

ユナに質問を投げかけたプレイヤー、ユナ命名の「エーくん」ことプレイヤー名《Nautilus》に、ユナはうなずいた。

 

「まぁいいわ。さぁ、行くよ」

 

すたすたと、赤い鎧の男性の後を追いつつ、赤と白のカラーで構成されたカスタム装備を纏ったプレイヤー達が集団となって広場に現れる。

いきなり広場に現れた集団に暗い顔をしていた攻略組メンバーは、揃って目を丸くして一行をまじまじと見つめる。

 

「アスナ君」

 

「はい?」

 

「君が先頭に立ちたまえ」

 

「ちょっ、団長!?」

 

団長と呼ばれたプレイヤーの提案に隣にいたアスナがギョッと彼のほうに顔を向ける。

 

「君が先頭に立ったほうがより大きな効果が期待できる」

 

さらっと、真顔でそんなことを言い出した。

呆れたアスナが思わず顔に手を当てるが、やがて折れたアスナが改めて団長から一歩前に、集団の戦闘に出る。

 

「ここから先、我々【血盟騎士団】が攻略に加わります」

 

「なっ、なんだお前達は!?」

 

プレイヤーの一人が思わず立ち上がって叫ぶ。

 

「我々の目的は、限りなく犠牲をゼロに抑え、かつ迅速な攻略を行うことだ」

 

続けて鎧の男性プレイヤーが続けて前に出る。

 

「で、できるのかよ!?」

 

ある種、トンデモ発言とも呼べるその宣言に別のプレイヤーが信じられないといった様子で聞き返す。

1層ではリーダーたるティアベルの死、25層【アインクラッド解放隊】の半壊という大きすぎる犠牲を払ったのだ。それをこれから限りなく犠牲を出さずに攻略していくなんて、彼らからすれば夢物語である。

 

「それは我々が保障しよう。これから先の犠牲は、我々が限りなく抑えて見せるさ」

 

アスナとはまた異なる女性プレイヤーが前に出て言い切った。それでもまだ、一部のプレイヤーは未だに信じられないと言った表情を浮かべて集団を見ている。

その宣告にも関わらず鎧の男性プレイヤー、《Heathcliff》は高らかに宣言した。

 

「一刻も早い帰還を願い我々も戦う。諸君も、我々に力を貸してほしい。すべては解放の日の為に!」

 

ヒースクリフの宣言の後、周囲は水を打ったように静まり返った。

だが、次第に客席から集団、【血盟騎士団】へと拍手が飛んでくる。

拍手から歓声へと変わっていく。

 

これから後に、アインクラッド第75層まで彼らを中心とした攻略が開始される。

その騎士たちの始まりの瞬間が、今まさにこの時だった――。




次 回 予 告


ツムギ「ウィスタリアさんの提案で、中小ギルドの合同会を兼ねたダンジョン探索が行うことになりました」

ツムギ「【月夜の黒猫団】、【レジェンド・ブレイブス】との3ギルド合同でのダンジョン攻略です」

ツムギ「なんか、意外な人も交じってるそうですよ?」

ツムギ「次回、【ギルド合同ダンジョン攻略~迷宮迷走協奏曲~】」

ツムギ「あ、ちなみに私は出ませんからね?」





了読ありがとうございました。感想をお願いします。

( ・大・)<……よく考えたら文章の最初の空白があると、皆さん読みやすいですか?


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ギルド合同迷宮区(ダンジョン)攻略:潜入編~迷宮迷走協奏曲~

(・大・)<皆様、あけましておめでとうございます。

(・大・)<本年度1発目はPAOから。


 

2023年6月3日。

 

【アインクラッド解放隊】が潰滅し、【血盟騎士団】の台頭してきて3ヶ月。

【血盟騎士団】を筆頭にした攻略はこれまでの攻略とは桁違いのペースで進んでいき、現在33層の攻略に差し掛かっていた。

そんなある日。攻略とは関係の無い始まりの街の、【ゴスペル・メルクリウス】の仮ギルドホームの小さな屋敷のリビングでメモ帳とにらめっこしていたマコトが、ウィスタリアの提案に素っ頓狂な声で返した。

 

「親睦会ぃ?」

 

「ええ。【ゴスペル・メルクリウス】主催の親睦会ですわ!」

 

その提案者、ウィスタリアはバン!と壁を叩く。本来ならホワイトボードにでも叩きつけたいのだが、残念なことにSAOにはそんなものは存在しない。

 

「今後、ギルド同士での連携も必要になってくると思いますの。ある程度ギルド間での交流はしておけば、いざという時に役に立ちますわ」

 

「そういや優衣は前のゲームで色々なギルドと交流してたっけな。レジェンドオブアストルム……だっけ?」

 

「ゲームでも現実でも、相手とのコミュニケーションは必要不可欠!他のギルドとの連携も交流なくして始まりませんわ!それに、ギブ&テイクにゲームも現実も関係ありませんわよ?」

 

ウィスタリアの自信満々に張り上げる声にマコトは「どこから来るんだよその自信は」と思いつつ、幾分か納得した。

デスゲームに在らずとも、ゲームの攻略で孤立してしまったらその場で詰みだ。ギブ&テイクはどの世界においても無くてはならない交渉手段といえよう。

もしもの時に孤立してしまった時を想像すると、目も当てられない。

 

「んで、どうするんだ?」

 

「そうですわね。流石に大規模ギルドにいきなり声をかけるのもアレですし、まずは中小のギルドからお誘いをしてみましょう。メモの機能は……あぁ、使えますわね」

 

ウィスタリアはしきりにメモ帳の機能を試して張り紙を出す事を確認する。

 

「私は色々な主街区を巡ってNPCショップにこの張り紙を貼りに行きますわ。マコトさん、後を頼みますわよ」

 

「え?あ、おい!」

 

マコトの制止も聞かず、そそくさと仮ギルドホームを後にする。

後に残されたマコトは……。

 

「ったく、あいつは……。それにしても、味覚再生エンジンって難しいな」

 

そんなことをぼやきながら、またメモ帳とのにらめっこを再開するのだった。

 

 

 

 

翌日。

17層主街区の転移門広場には、マコトの予想を裏切り人だかりが集まっていた。

 

「お集りの皆さま、本日は我が【ゴスペル・メルクリウス】主催のギルド合同会に参加していただき、誠にありがとうございます」

 

昨日のウィスタリアのチラシに目を止め、合同会に参加したギルドは2つ。

ケイタ率いる【月夜の黒猫団】と、オルトランド率いる【レジェンド・ブレイブス】。合計11人。ウィスタリアとマコトを含めれば13人だ。

集まったのはどちらも小規模ギルドだ。主催者側も、均等に成果を分配するにもあたってこれくらいが丁度良いだろう。

 

「今回は17層迷宮区。既に攻略してありますが、十分危険性のありますので、注意は怠らないように!」

 

主催者のウィスタリアが2ギルド全員に行き渡るような大声を張り上げる。傍から見れば引率の先生のようにも見えたが、そんなシュールな絵面も存外似合ってるとマコトは内心思ってしまった。

 

「それで、お前はここに居て良いのか?」

 

ウィスタリアと参加者たちのやり取りを尻目に、集団から距離を置いているキリトに話しかけるマコト。今、彼のレベルは最前線で活躍できる筈なのに。

 

「良いだろ、俺がどんなギルドに入ろうと」

 

彼女に対してキリトはぶっきらぼうに返すだけで、真相は語ろうとしない。

2人の間に沈黙が包む。数十秒間の合間の後、マコトが溜息を吐く。

 

「ま、そんなに語りたがらないなら無理強いはしないけどさ、早々にあいつらにホントの事はいたほうが良いんじゃないのか?」

 

「……そうしとく」

 

そこからはポーションを分配し、準備も整った所で17層へと転移していく。

 

 

 

 

17層、迷宮区。

 

 

「おっさん、スイッチ!」

 

「任されよ!」

 

攻撃を受け止めたマコトが下がり、入れ違いにオルトランドが【リザードマン・ゾルダー】に剣戟を叩き込む。

今ウィスタリア達が挑んでいるこの迷宮区は、モンスターのレベルは外のモンスターと比べて一回りレベルが低いものの、いかんせんモンスターの数が多いのだ。しかしドロップするアイテムはそれなりに使えるものも多いので、当時は美味しいダンジョンとしても有名だったのだ。

その為4人、4人、5人の3組のレイドを組み、交代制で雑魚モンスターと戦闘を繰り返していた。

 

「これだけの数でも全員に十分戦闘ができるとは。入れ食い状態とは正しくこのことだな」

 

「本当にすごいですね。あ、テツオ。敵が来てるぞ!」

 

「おぉっと!」

 

更にこの迷宮区は罠の類は少ない分、物量で攻める傾向にある。

安全エリアにいないとものの20分程度でリポップが再開してしまうといわんばかりに、今まで自分達が通ってきた入り口付近の通路に青白い光が現れ、それが消えると同時に【キャバルリィ・リザード】が現れた。

 

「あと、おっさんは無いだろ?一応こっちは今年で20だからな?」

 

「あぁ、悪い」

 

先の戦闘でおっさん呼ばわりされたオルトランドにマコトが軽く謝罪を入れる。

 

「早く安全エリアに向かいましょう。合同会に来てくださった皆様を、トカゲの餌にさせる訳にはいきませんわ」

 

ウィスタリアが冗談めいた――いや、下手したら本当になってしまうのだが――ことを言いつつ先頭に立って奥へと進んでいく。

そんな後姿を追いつつ、ササマルが訊ねる。

 

「あの、ここをどうして知ってたんですか?」

 

「情報屋から聞きましたのよ。本当は迷宮区のほかにフィールドで1時間ほど狩りをする予定でしたが、こちらのほうが実入りが良いらしいですわ。罠も少ないから予想外な目に遭う危険性もありませんわ」

 

確かにこの大所帯ならダンジョン1つでの報酬では割に合わないだろう。だがここならモンスターも多く、ドロップアイテムも豊富。虫系のモンスターの多いフィールドでは、大した素材にはならないドロップ品が多い。

これから装備を強化していくには、十分と言っていいだろう。ここまでは良かった。ここまでは。彼らは誰一人気付く事無く、一つミスを犯してしまったのだ。

彼らが犯したミス。それは道案内を主催者のウィスタリアに任せたことだ。

この、全身真っ赤と表現しても可笑しくないこの女性プレイヤーに。

 

 

 

 

3つのギルドでボスを倒し、ダンジョンを制していく中で交流を深めていく。その筈だった。

ダンジョン潜入から30分。疑問に思ったケイタが疑問を口にした。

 

「あれ?ここさっき通ったっけ?」

 

「そうだったかしら?」

 

更に30分経過……。

 

「……行き止まりだな」

 

「結構広いんですのね。このダンジョン。なら、今度は先程の角を左に曲がりましょう」

 

更に1時間半経過……。

 

「……おい、ここさっきも通らなかったか?」

 

「そうでしたっけ?」

 

更に2時間経過……。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

潜入から5時間。

意気揚々と入ったはずなのに、いつの間にか出口の見えない迷宮に放り出されてしまっていた。

いつの間にかダンジョンの中で誰も喋らなくなってしまった。

そして何度目かわからない安全エリアに入ると、サチががっくりと膝をついた。

 

「もう嫌だ……!いったい何時になったらこのダンジョンから脱出できるの……!?」

 

「このダンジョン、下層域にしちゃ複雑すぎない……?」

 

「ひょっとして、バグか何かに引っかかったとか……?」

 

サチに続いて次々と参加者の殆どが倒れ込む。開始したのは午前8時。今現在午後1時。

一向に出られないダンジョンを彷徨い続け、精神的なダメージが大きく、HPに換算すればミリ残しの状態と大差ないだろう。

 

「仕方ありませんわね。時間も時間ですし、お昼にしましょうか」

 

「さ、賛成……」

 

唯一平然としているウィスタリアの提案に賛成し、死体に鞭打つかのように起き上がった一行。

昼食はボア肉や野菜を使ったボリュームたっぷりのサンドイッチと、ミネストローネ風スープ。肉汁滴るボア肉が食欲をそそり、トマトの酸味とコクが味わい深いミネストローネ風スープ共々あっという間に平らげてしまった。

しかし、一人だけ食事を終えても不満を抱えている者が。

 

「……」

 

「あの、マコトさんどうしました?さっきから不満そうな顔をしてますけど……」

 

「あのさ、SAOに欲しい調味料があるか?」

 

「調味料?」

 

唐突な質問にサチは疑問符を浮かべた。

SAOには基本、現実世界での調味料は殆ど存在しない。実際に料理する際、見たことも無い食材を使うので料理経験者でも最初は勝手がわからず失敗してしまいがちだ。

現に今のサンドイッチのソースも、既存の調味料を使って試行錯誤を繰り返し、つい最近食べられるレベルにまで仕上げられたのだが、マコト自身は納得していないらしい。

 

「んー、俺はソースかな」

 

「僕はマヨネーズ」

 

「いやいや、ここは醤油であろう!」

 

「何言ってんですかオルトランドさん!味噌忘れてますよ!」

 

素朴な疑問から始まった調味料論争は、次第にパーティに飛び火し、いつの間にか参加者全員を巻き込んだ論争へと発展していった。

やれ照り焼きソースやらやれタルタルソースやら。発端であるマコトにも止められなくなってしまっていった。

 

「ふふ、親睦会は成功のようですわね。さぁ、休憩もここらで終わりにしましょう。探索を続けましょう」

 

パンパンと手を叩いて出発を促すウィスタリア。

横槍を入れてしまった感は否めないが、調味料論争で精神ダメージもあらかた回復した一行は重い腰を上げる。

そして再びダンジョン探索が再開される……。

 

「――ちょっと待て!!」

 

……瞬間、先頭を行くウィスタリアに対してキリトが声を張り上げた。

 

「あら、どうかなさいまして?」

 

「キリト、どうした?」

 

「……なぁ、ケイタ。今度は俺らが先頭で進んでみないか?」

 

「……?構わないけど」

 

「と、いう訳だ。頼む」

 

「え?ええ、私も異存はありませんわ」

 

キリトの案で今度は【月夜の黒猫団】が先頭に出てダンジョンを探索することとなった。

それからものの数分もしない内にボス部屋へと到達した。

 

「……うそん」

 

全員が信じられないといった表情をする中、扉の前でキリトが振り向かずにウィスタリアに訊ねた。

 

「……なぁ、ウィスタリア」

 

「如何なさいまして?」

 

「アンタこのダンジョン、ひょっとして下見してないな?」

 

「下見?これだけのメンツなら初見でも踏破は可能だと思い至っただけですわよ?」

 

あっけらかんとした様子で返すウィスタリアに、一同は思わず彼女に顔を向ける。

嘘偽りも悪意も無い返答にキリトは振り返り、ウィスタリアの元に近づく。そして、差し出された彼女の手を優しく握る。

 

「ちょっ、何を……?」

 

まだ恋愛に関しては初心(うぶ)な乙女のウィスタリア。赤い衣装に赤い髪に加え、顔まで赤くなる。

だが次の瞬間、キリトが背に回していた剣を、鞘ごと地面に放り投げた事で思わず顔の赤らみも消えた。一瞬だけ地面に落ちた剣を見て、キリトへと視線を戻した瞬間――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――滅べ!!」

 

鬼気迫る表情をしたキリトが自身のSTR任せに、ウィスタリアの手を握り潰さんと力を込めた。

 

「ひぎゃぁぁぁぁぁッ!!手がッ、手があああぁぁぁぁ!!!?」

 

「何やってんだオイィィィィ!?」

 

「ちょっ、キリト!痛がってる痛がってる!ウィスタリアさん痛がってるから!!」

 

「いやぁごめんごめん。つい力を籠めちゃった」

 

キリトを引きはがして宥める【月夜の黒猫団】の面々。若干キリトの顔から殺意が滲み出ているのは気のせいであってほしいと後のメンバーもドン引きである。

 

「だからってなんでいきなり……」

 

「いや、コイツの方向音痴のせいで散々迷ったんだからこれくらいは良いかと思って……」

 

「だからって手を潰すことは無いでしょう!?あと、今滅べって言いませんでした!?」

 

首以外のアバターの部位欠損は2分で元に戻る上に、ペイン・アブソーバーは働いているので実際の痛みは無いのだが、流石に自分の手が握り潰されるのを目の当りにしたら悲鳴を上げるのも当然である。

サチ達が懸命にキリトを宥めている中、マコトは迷宮区の天井にまで届きそうな巨大な扉を見上げながらキリトに訊ねる。

 

「キリト。ここのボスはどういった奴だ?」

 

「ん?ああ、確かここは【リザードマン・ゾルダー】数体と、奴らを束ねる【リザードマン・ルテナント】がいる。周囲のリザードマンの数だけステータスが上がるスキルを持ってたはずだ」

 

「じゃあ、最初壁役は防御に専念して、他はゾルダーの掃討。その後ボスを全員で叩くってところかな?」

 

「さっすが、何でもかんでもお見通しだなぁオイ」

 

「あれ?キリトの事知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、コイツは攻略――げふぉぅ?!」

 

刹那、マコトの腹部にキリトのストレートパンチが叩き込まれた。

鳩尾にまでめり込んだスキル抜きの拳に思わず呻き声をあげて倒れ込む。

 

「な、なにしやがるブラッキー……!?」

 

「黙れザシアン。俺は攻略組じゃない。OK?」

 

容赦ない一撃に沈んだマコトを尻目に、改めて扉に手を当てる。

 

「じゃあ、作戦はテツオの言った通りセンチネルを潰して全滅させた後、ルテナントを潰す。これだけの数なら負けはしないが、十分注意してくれ」

 

キリトの説明の後、一斉に参加者が応じるように武器を掲げる。

 

「……よし、みんな行くぞ!」

 

その期待に応えんと主人公ムーブよろしく扉を押し開ける。

そして一行の視界に飛び込んできた光景を見て、サチが訊ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キリト。“数体”って、大体は何体を指したっけ?」

 

「……2、3体くらいかと」

 

ざっと6体はいる【リザードマン・ゾルダー】と、中央で両手斧を地面に突き刺し、腕を組んで仁王立ちで佇んでいる【リザードマン・ルテナント】と一斉に目が合った。

 

 





次 回 予 告


ウィスタリア「まさか、ボスの取り巻きが増えてるなんて思いもよりませんでしたわ」

ウィスタリア「ですが、交流会を締めくくるには丁度良い相手。さぁ、お覚悟はよろしくて?」

ウィスタリア「次回、ギルド合同ダンジョン攻略~共闘、混合、交響曲~」

ウィスタリア「……なんですって?あの方が?」


(・大・)<今回は連続投稿でっせ。


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ギルド合同迷宮区(ダンジョン)攻略:対決編~共闘、混合、交響曲~

(・大・)<連 続 投 稿 。


【リザードマン・ルテナント】。

中尉(ルテナント)の名を持つこの両手斧使いは、両手斧のスキルの他に、配下としている、《名称:【リザード】を含むモンスターの数だけステータスを上昇させる》能力を持つ。

かつて6人1組の攻略組パーティで挑んだところ、配下の数は2体しかいなかった。だが、次に挑戦した9人2組のパーティが挑戦した時には配下が3体に増えていたのだ。それからは配下の数が4体だったり、2体だったりと挑戦者が潜入する度に配下の数が異なっていることが多数報告された。そのことに疑問を感じたプレイヤーが、情報屋を営むあるプレイヤーに検証を依頼した。すると、あることが判明されたのだ。

挑戦者数が6人までは配下の数は2体。そこからは挑戦者が3人増えるごとに1体、配下が増えるシステムとなっている事が判明したのだ。つまり、挑戦者数が多ければ多いほど、ボスのステータスが強化されていくのだ。

今挑戦中のプレイヤーは13人。つまり……。

 

 

 

「6人から相手の数が増えてくなんて聞いてねぇよ!?」

 

「文句があるなら創った張本人(茅場)に言えよ!」

 

今現在、親睦会参加者は7体にまで増えた【リザードマン・ゾルダー】の戦闘と、【リザードマン・ルテナント】の妨害に必死になっていた。

【月夜の黒猫団】は【レジェンド・ブレイブス】と共にゾルダーを個別で戦闘し、キリトとウィスタリア、マコトの3人でルテナントの攻撃を受け止めている。

ルテナントのステータスは、現在は約1名を除いて全員のステータス平均を軽く上回っているだろう。

 

「俺達が攻撃を受け止めるから、みんなはセンチネルの討伐に集中してくれ!」

 

3人で、というには語弊があるが、正確には3人はスイッチを多用して完全フリーなゾルダーに攻撃を仕掛けている。

一応彼らを除いた10人は【リザードマン・センチネル】相手に前衛と後衛に分けた2対1の状況を保っている。が、よそ見をしていたらすぐに残った2体が援護に駆け付けられるかもしれない。

現に今はウィスタリア、マコト、キリトの順でローテーションをしており、ゾルダーを相手にしている他のメンバーよりも相当ハードスケジュールである。

 

「キリト、こっちは倒し――うわっ!」

 

「ダッカー!マコト、少し頼む!」

 

「お、おい!」

 

ダッカーの危機にキリトが攻撃の回避と同時に彼の元へと駆け付ける。

 

「――らぁッ!!」

 

レイジスパイクで一気に間合いを詰め、ダッカーに迫っていた【リザードマン・ゾルダー】の喉を刺す。

たまらず悲鳴を上げた【リザードマン・ゾルダー】は標的をダッカーからキリトへと変えて襲い掛かる。

 

「今だ!」

 

爪の攻撃を回避した直後、ダッカーと【レジェンド・ブレイブス】のメンバーと共にソードスキルを叩き込み、キリトを襲っていた1体を倒す。

直後にルテナントの大斧の攻撃を受け止めたウィスタリアが異変に気付いた。

 

「……?攻撃が弱くなった?」

 

「言ったろ、配下の数だけ強くなるって!2人は他奴らの援護に回ってくれ!」

 

的確な指示を出すと再びキリトはルテナントの攻撃を防ぎに戻る。

そこからはサチ&オルトランド、ケイタ&ネズハがセンチネルを倒したのを筆頭に次々とゾルダーを倒していく。

 

「ぐっ……!って、なんだ、軽いぞ?」

 

「ゾルダー全滅させた。後はボスを叩くだけだ!」

 

ついに最後のセンチネルがポリゴン片となって消え、ルテナントのステータスも元の数値へと調整された。

ここぞと言わんばかりに残る11人が取り囲む。

 

「よし、次の攻撃を弾いたらスイッチで入れ替わるぞ」

 

そのマコトの一言の後、ルテナントの斧がライトグリーンの光を帯び始める。左足を踏み込み、腰を低く据える。その状態から背が見えるほど胴を捩じった構えは両手斧の《エラディケーション》だ。

こちらも《リミック・エルプション》で迎え撃とうとウィスタリアと共に構える。

そして同時に放たれたソードスキルが衝突する。

 

「「――重ッ!?」」

 

体重を乗せて振り下ろされた斧は、想像以上に重い一撃となっていた。

2人同時の《リミック・エルプション》が押し返されそうになる。

いや、むしろこの場合は……。

 

「2人とも、下がれ!押し負けるぞ!」

 

両手剣の光がだんだんと薄れ始めている。2人のソードスキルの発動時間が切れ始めたのだ。

 

「チィ……ッ!だったら合図で1、2の3で下がるぞ!」

 

「分かりましたわ!1、2の……」

 

――3!!

合図と共に身を引いて、同時に衝撃波をまともに食らって吹っ飛ばされる。幸いにもダメージは浅く、全体の一割弱しか減っていない。

すぐに身を起こすと、疑問を口にする。

 

「おい、配下ゼロでも十分強くないか?」

 

「いや、そんなはずはないけど……」

 

ありえない。

キリトは目の前のボスモンスターに疑問が生じていた。既に取り巻きは全滅しており、ステータスも元の数値に戻っているはず。頭数もこちらが有利で、突入直後ほどではないとはいえどもあんなパワーは見たことが無い。けど、配下のゾルダーは倒した。もう配下はいないはず……。

 

「……ん?」

 

ふと、奥のほうで何かが光った。

目を凝らしてよく見ると、何かがこちらに迫ってきている。

四足歩行の爬虫類、【キャバルリィ・リザード】だ。いや、これまで戦ったそれとは若干異なる。

背には鞍、顔に手綱。乗馬の時に馬に取り付けるのと同じものを取り付けた【キャバルリィ・リザード】にまたがる、それまでとは異なるリザードマン。

 

「……【リザードマン・ライダー】だと!?」

 

「増援のイベントとは。GMもやってくれますわね」

 

「いや、増援なんて話聞いてない!」

 

「あれが出たおかげで2体分のバフが出たって訳か」

 

「……クソッ!」

 

突然キリトが【リザードマン・ライダー】目掛け駆ける。

 

「キリト!」

 

「ライダーは俺が倒す!みんなはルテナントを倒してくれ!」

 

「でも……!」

 

「キリト氏、こちらは任せされよ!」

 

キリトを止めようとするサチに対し、オルトランドが応じる。

 

「良いんですか!?幾らキリトが強くても、あんな相手じゃ危ないんじゃ……!?」

 

「何、こちらは牛の大佐を討ち倒してきた身。今更トカゲ風情に遅れは取りますまい」

 

剣を構えてルテナントと対峙する【レジェンド・ブレイブス】。彼らをキリトの身を案じるような言葉を発するサチに対して、オルトランドは言う。

 

「それに、奴をすぐに倒して向こうに回るというのも同じ事!早々にこのトカゲを倒しにゆくぞ!」

 

「その通りですわ。では私、マコトさん引き続き前衛で攻撃を防ぎますわ」

 

「ならダッカーは2人の援護を。俺とテツオとサチは、オルトランドさんと一緒に隙を突いて攻撃に回ります」

 

「ネズハ!ササマル氏と共に後衛で相手の行動をよく見て援護に回ってくれ!ソードスキルが来たら合図を頼むぞ!」

 

それぞれのギルドマスターが自分のギルドメンバーに指示を飛ばし、行動する。

ボスの攻撃を防ぎ、攻撃の隙を突いて攻撃し、ソードスキルが来たら全力で退避して、直後の硬直時間には全力で攻撃する。

幾らステータス上昇のスキルがあったとしても、幾ら相手がボスだったとしても、幾ら自分達が中層域のプレイヤーだったとしても、12対1という戦力差はひっくり返らない。

3本あったHPバーが1本、また1本と全損し、3本目のHPバーが赤色に染まる。

 

「よし、あとはこれで!」

 

好機と見たウィスタリアが、重心を低くして両手剣を構え、突進する《サージ》を発動した。

そのソードスキルはルテナントの腹部を貫き、HPバーから色が消える。

 

「よっし!」

 

手ごたえからして完全に決着した。そう思った矢先、ギラリと、ルテナントがウィスタリアに眼光を光らせて睨んだ。

 

「――あれ?」

 

「ミリ残し!?」

 

決着したかと思えばまさかのミリ残し。つまりHPが数値的に1残った状態で生き延びたのだ。逆にルテナントが好機と言わんばかりに斧を高く振り上げる。

《サージ》の硬直時間はとっくに終わっているとはいえ、このままでは頭から両断されて終わりだ。マコトが迫る最悪の未来を予感して駆け――直後に彼女の横を何かが通り過ぎた。

 

「え?」

 

さっくりと。飛来したそれはルテナントの両眼の間――人間でいう人中に刺さった。それまでわずかに残っていたHPはそれで今度こそ、完全に全損し、振り上げたまま硬直していたルテナントはそのままポリゴン片となって消滅した。

直後に《congratulation!》の文字が現れ、今度こそボスが倒されたことを知らせた。

 

「大丈夫ですか?」

 

飛来物――チャクラムを投げたネズハがマコトに続いて駆け寄る。

 

「た、助かりましたわ。けど、今のは何ですの?」

 

「《投剣》によるチャクラムのソードスキルだ」

 

「そんなスキルもあるんですね」

 

テツオが珍しそうにウィスタリアから返してもらったチャクラムを見つめる。

 

「そうだ、キリト!キリトを助けに行かないと!」

 

「誰を助けるって?」

 

ふと思い出したサチがキリトの援護に行こうと振り返る。しかし、そこに居たのは今しがた【リザードマン・ライダー】と戦っていたキリト本人だった。

 

「キリト、大丈夫だったのか?」

 

「ああ。向こうで戦っていたら、ライダーが急に逃げ出してな」

 

どうやらボスが倒れたら逃げるようプログラムされてたんだろうな、とキリトは推測を述べる。

 

「そっちも終わったんだな」

 

「凄いんだよ!ネズハさんのチャクラムのソードスキルってのを使って、ボスに止めを刺したんだ!」

 

「いえ、そんなことは……」

 

バシバシとネズハの背を叩いて興奮気味に語るケイタに対し、ネズハは謙遜したように言葉を濁す。

キリトは知っているのだ。かつて【レジェンド・ブレイブス】が手を染めていた事件を。

 

「あの、オルトランドさん。さっきキリトを知ってるような口ぶりでしたけど、あれは……」

 

「ん?ああ、彼は《「マッハパンチ」ゴルーグォっ!?」

 

しかし彼はその件に関しては何も言わない。この親睦会を開いてくれたウィスタリアの為にも、何よりギルドの為にも昔のことをえぐり返して不和を広める必要なんてないのだから。

 

「さあさあ、祝勝ムードはここまで。親睦会は帰るまでが親睦会ですわ」

 

すっかり迷宮区フロアボス攻略直後の祝勝ムードのような雰囲気をウィスタリアが手を鳴らす。

今度も迷宮区のボス部屋前までと同様【月夜の黒猫団】が先頭に立って進み、ものの十数分で主街区に到着した。

 

「さて。これで今回の親睦会は終了といたします。今後とも皆様には、様々なプレイヤーと交流を重ね、精進していくよう願います」

 

「それじゃあこれで、ギルド間親睦会を終了だ。解散!」

 

 

 

 

親睦会から10日後。

 

 

「へぇ。そんなことがあったんだ」

 

「ああ。優衣も参加させようと思ったんだけどな」

 

「ううん。仕方ないよ。私もあの時はちょっと忙しかったし」

 

ギルドホームの一角であの時の親睦会を、客を交えてメディに伝えるマコト。外の景色には、始まりの街から出ずにここでクリアを待つ、通称『居残り組』というプレイヤーが今日の狩りへと出かけていく光景が見える。

今はまだその日の宿代や食事代を稼ぐだけで精一杯だが、その顔には不安や恐怖は感じられない。初日当初では信じられないような光景だ。

 

「んデ、オレッチを呼んだのは何なんだ?マーちゃんよ」

 

その客――アルゴが欠伸交じりにマコトに訊ねる。どうやら朝早くからメディ経由でマコトに呼び出され、わざわざ始まりの街まで戻っていったようだ。

 

「あぁ、悪い悪い。一応確認がてらにな」

 

そしてマコトはあの親睦会の迷宮区攻略の経緯を――特にボス攻略の話を事細かにアルゴに伝えた。

マコトの話を聞いていくうち、アルゴは次第に普段のおちゃらけた態度から真剣なものへと変わっていく。

 

「ボスに増援、か。そんなイレギュラーな話、聞いた事無いナ」

 

「やっぱりか。フロアボス以外でもそういった修正――というか、これもう罠の類だな。そんなのあるのか?」

 

「アア、あったよ。序盤が特にナ。ベータの時とは微妙に調節がされてるみたいだったヨ」

 

1層のボス【インファング・ザ・コボルトロード】はタルワールから野太刀に変えられ、当時の攻略組リーダーが死亡。2層のボス【バラン・ザ・ジェネラルトーラス】は当時ロードの名を関していたが、ベータ時代には存在しなかった【アステリオス・ザ・トーラスキング】が登場。ネズハが居なかったら確実に壊滅していたとアルゴは語った。他にも10層までの各階層でベータテスト時代と異なっていた。

ベータ版以上の階層でこういうことが起きるのであれば、これから先攻略組はイレギュラー性を孕んだモンスターや迷宮区に挑まなければならないということになる。

 

「ありがとナ。朝っぱらから呼び出された甲斐があったってもんダ」

 

アルゴは席を立つと、小さな袋をテーブルの上に置く。

 

「ん?この金は?」

 

「情報提供料って奴サ。これくらいあれば十分ダロ?」

 

「いや、別に金取る為に渡したんじゃないんだけど」

 

「良いから貰っとけヨ」

 

ソレジャーナ、とアルゴは去って行く。今の彼女は情報屋を生業としている。いつまでも第1層に居る必要はないはずだ。

自分達も朝食をとって今日の仕事に取り掛かろうとした時、また来客が訪れた。

 

「ああ、こちらに居ましたか!」

 

「ユースさん?」

 

現れたのは居残り組の一人であり、【ゴスペル・メルクリウス】の協力者たるユースだった。彼の手には新聞が握られている。

 

「どうかしましたの?」

 

「いや、新聞にこんな記事が……」

 

すぐに新聞を広げ、見出しの面を見せる。

このSAOにおける新聞(ニュースペーパー)は、いわば無料公開されているウェブサイトの閲覧みたいなものである。見出しに鳩のマークがあることから、【キジバト記者会】発行の新聞だ。

【キジバト記者会】は【鼠の知育会】に並ぶ情報やギルドだ。【鼠の知育会】が攻略情報を主とし、【キジバト記者会】は基本中層、下層向けの情報を配布している。価格もニーズに対して低めに設定してある。

ともあれユースから渡された新聞の一面を見ることに。

――瞬間、3人とも言葉を失った。

 

「は?」

 

「え?」

 

「……嘘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【月夜の黒猫団】27層迷宮区にてMPKによって潰滅。犯人は悪名高き《ビーター》のキリトである説が濃厚』

 

 





次 回 予 告


チカ「ギルド活動を続けていたある日、ノゾミさんがあるスキルを手に入れたそうです。その名は【連刃剣舞】」

チカ「その検証も行われないまま、後日行われた救助作戦。順調に思われたその時、とんでもない異変が私達を襲ってきたのです」

チカ「次回、【プリズンブレイクinジェイレウム~踊れ、優しい吟遊詩人よ~】」

チカ「止めて下さいユナさん!死ぬつもりですか!?」



(・大・)<感想をお願いします。

(・大・)<次は本編時系列10月。

(・大・)<またもや時間が一気に飛びました。


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プリズンブレイクinジェイレウム~踊れ、優しい吟遊詩人よ~

(・大・)<多分見せ場の一つ。


2023年 10月16日 30層《蚕の森》

 

 

「ここで良いんだよね?」

 

「はい。ここの虫系モンスターが落とす皮が必要だってアシュレイさんから言われまして。私もソードスキルを試してみたかったから、丁度良かったです」

 

チカ、ツムギ、ノゾミの3人は現在、30層の森の中を歩いていた。

主な用件は2つ。ツムギのEXスキル獲得とアシュレイの頼み事だそうだ。

ツムギは今、10層が解放された辺りからアシュレイと言うプレイヤーに弟子入りし、毎日スタッフとして店に通っている。通い妻ならぬ通い弟子である。

因みにアシュレイは彼女を「中々器量の良い子」と評していたそうで。

それはさておき、今回の目的地でもあるここ、30層の《蚕の森》は上質な糸系のアイテムを結構な割合でドロップするという。アシュレイ自身、ノゾミとチカに任せるつもりだったが、ツムギ自身の用事も重なって、今回3人で出る事となったのだ。

ノゾミたちの現レベルは45前後ある。とはいえ、安全マージンに基づいた行動をしなければならない。

各々狩りの準備を進める中、ノゾミがあることに気付いた。

 

「あれ?ツムギ武器を変えた?」

 

目についたのは、ツムギが腰に下げた鎖だった。単に鎖だけではなく、片方の端には持ち照らしき棒、もう片方にはピラミッド状の四角錐の突起物が繋がれており、剣や斧のような得物にも見える。

 

「はい。半年かけて地道に積み上げた、《鞭》のソードスキルです。これも武器としては鞭に分類されるそうです」

 

聞きなれない単語が出て、ノゾミとチカが首を傾げた。

 

「短剣ではなかったんですか?」

 

「実はアシュレイさんの所に弟子入りしてしばらく経った時に、ふと自分の武器に対して思う所があったんです。なんかちがうって

 

「そのフレーズどっかで聞いた気がするんだけど気のせい?」

 

多分気のせいじゃありません。人様の主人公の台詞を何勝手に使ってんだ。

ともあれいきなり知らない武器が出てきて困惑する読者もいるそうだから、鞭という武器カテゴリについて説明をしよう。独自解釈全開だけど。

 

鞭はこのSAO内で使える武器の一つだが、両手剣や刀などと同様ある程度解放条件が設定されていて、初期には使えない武器である。

得物によっては両手槍以上の射程と自由な角度から攻撃できる範囲を持つが、鞭に該当する武器は総じて攻撃力が低く、覚えられるソードスキルも他の武器とは半分以下という、SAO内のマイナーオブマイナーとも呼ぶべき武器であるが故に、9千人のプレイヤーは勿論、1千人のベータテスターもそのスキルの存在を知る者は片手で数える程度だったらしい。

その解放条件はただ一つ。《片手連接棍》のスキル熟練度が100以上。これだけである。

 

ツムギの鞭の熟練度は現在50。ツムギ曰く300は欲しいとのこと。

 

「じゃあ、ソードスキルはで動きを抑えてもらって、私とチカが攻撃ってところで良いね?」

 

「構いませんよ」

 

準備を整えた3人は、早速生糸を求めて森の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

蚕の森で狩りを開始して、はや2時間。

鞭のソードスキルによって拘束されたモンスターをチカとノゾミが倒す。勿論、周囲に予想外のモンスターがいないことを確認しながら、だ。

 

「そういえば、生糸ってどれくらい集めるんですか?」

 

「そうですね……あ、もうすぐ頼まれた量になります」

 

「あと少しね。じゃあちゃちゃっと済ませちゃいましょう」

 

目標値まであと僅かと知り、直後に現れた《ギガント・シルクワーム》が現れる。

目の前の相手を吐く糸で絡めとり、現実世界の牛と同等のサイズの巨体で相手を押し潰すという行動を持つ。というか、アルゴリズムでそれ以外の行動を持っていないのだ。それに対して現最前線ボス並みのHPを誇る。

ノゾミを捉えたギガント・シルクワームの口がもぞもぞと小刻みに動き出し、次の瞬間ぶしゃっと、目一杯振った後ふたを開けた炭酸のように、何本もの生糸が飛んできた。

横っ飛びでそれを回避したノゾミは、ワームの横に回り込むと曲刀カテゴリに入るタルワールの刀身にオレンジの光を纏わせる。

 

「たぁーっ!」

 

そこから放たれる、上下2連撃の斬撃。2発とも食らったワームは悲鳴を上げて、ノゾミのほうへ体半分諸共頭を向け、反撃を試みる。

が、それより早くノゾミが、まるで流れるように斜め切りと回転斬りの2連撃をワームに叩き込んだ。

2回のソードスキルを連続で叩き込まれたワームは悲鳴を上げて、ポリゴン片となって消えていった。

 

「あ、今揃いました!」

 

「ではこれで終了ですね。アシュレイさんの元へ戻りましょう」

 

今のドロップ品でついに材料はそろった。

一仕事終えたように一息吐くノゾミを呼び戻して、3人はアシュレイの店へと足を向けていった。

 

 

 

 

「随分早かったわね。本当に3人で集めてきたの?普通ならもう2時間くらいかかると思ってたのに」

 

「はい。特にノゾミさんが頑張ったおかげで」

 

意外そうな顔をするアシュレイに、頼まれた生糸を納品する。

このドロップ品はレアリティは中の上で、戦闘用衣装にも日常用衣装にも珍重されてる素材アイテムだ。

 

「今日の分はこで十分だわ。明日もよろしくお願いね」

 

「ありがとうございます」

 

「うふふ。もし仕立てたい服があるなら遠慮なく言ってちょうだい」

 

「何言ってるんですかアシュレイさん!この2人は私の先客ですよ!幾ら私の師でもそこだけは譲れませんよ!」

 

唐突に横槍を入れたツムギに思わずぎょっとする3人。

いやちょっと待て。何時そんな約束した?

 

「じゃあ2人でこれから2人の衣装について相談しましょ。ノゾミちゃんのほうはもうすぐハロウィンが近いでしょ?だったらちょっとセクシーな感じを出して……」

 

「正統派を絵にかいたような人にそれはどうかと思いますよ?魔女風の衣装をアレンジして……」

 

「じゃあこの衣装はどうかしら?」

 

「あーちょっと待って下さい。この衣装はちょっとデザインを考え直したほうが良いかもしれませんね」

 

「チカちゃんのはどうしようかしら?本人の性格に合わせて実用性の高さも兼ね備えたものも良いわね」

 

「もしもーし。勝手に人を着せ替え人形みたいにしないでくれますかー?」

 

ノゾミの言葉も聞き流したのか、2人の裁縫師は討論に熱中していき、もう2人の話も届かない。

「お邪魔しましたー」と、とりあえず声だけ掛けて2人はアシュレイの店を後にする。後日この2人による着せ替えショーの犠牲になる自分を想像して若干憂鬱気味になりながら。

 

 

 

 

始まりの街に帰ってきたノゾミとチカ。

日はすっかり地平線の彼方に消えようとして、茜色が空を染める。狩りから返って来た居残り組のプレイヤーが、2人に挨拶を交わしながら去って行く。

このアインクラッドに閉じ込められて、もう1年近く見た光景だ。デスゲーム開始時には空なんて見る余裕なんて、誰一人無かった。ウィスタリアが手早く行動していなければ、この始まりの街は手の施しようがないほどに廃れていっていたかもしれない。

 

「2人とも。今帰ってきたの?」

 

物思いに耽っていたら、メディから呼びかけられて我に返った。

 

「はい。ツムギは完全にアシュレイさんとの討論に熱中してしまったようですから、置いてきちゃいました」

 

「そっか。じゃあこれからマコトちゃんの所へ行く?マコトちゃんから料理の試食兼夕食に誘われたんだ」

 

「良いの!?行く行く!――あ、ちょっと待ってて。アイテム整理してから行くから」

 

元々、昼の戦闘で余計なモンスターも狩ってアイテムストレージが満杯になりかけている。要らないアイテムを売ってストレージ内を整理しようとウィンドウを操作する。

直後、その指が止まった。

 

「どうしたの?」

 

「……なんか、変なスキルがある」

 

ノゾミが呆然とした様子で呟いた。

2人が首を傾げてノゾミのウィンドウを覗いてみる。

他人のウィンドウなんて見る機会は当然全く無かったのだが、確かにノゾミがこれまで得たスキルの中にひとつだけ、見たことの無いスキルを発見した。

 

「……《連刃剣舞》?」

 

 

 

 

「確かに見たことの無いスキルだナ」

 

【ゴスペル・メルクリウス】の本部に招かれたアルゴが、ノゾミのスキルを見た第一声がまずそれだった。

 

「アルゴさんでも知らないの?」

 

「まぁな。剣舞技に関係してるってのは解ったけどナ」

 

剣舞技はノゾミが好んで使っているソードスキルだ。曲刀のソードスキルも多くがそれで占められている。

 

「こんなスキルに関する情報なんて……いや、ひとつだけあったナ」

 

「なんですか?」

 

「25層だヨ。そこにある石板のいくつかが昨日の朝早く見に行ったプレイヤーが、崩れているのを見つけたんダ」

 

25層の石板は、メディやノゾミも覚えている。

意味不明な、詩のような文が刻まれた石板が中央広場を囲むように立てられていた筈。それのいくつかが崩れたとはどういうことなのだろうか。

 

「んデ、聞き込みで探っていたらその内の一つ、《神聖剣》は【血盟騎士団】団長ヒースクリフが手に入れたそうダ。攻略組の間じゃ『彼のHPがイエローゾーンまで下がったのは見たことが無い』って言われるくらい有名ダゾ」

 

アルゴの説明に、メディの脳裏にキリトの姿が浮かび上がった。

4か月前、17層迷宮区の攻略をメインイベントとした親睦会の10日後に発覚した、通称『【月夜の黒猫団】MPK潰滅事件』。その犯人はキリトだと【キジバト記者会】発行の新聞で、攻略組はおろか、一般プレイヤーにも風当たりが悪くなっているのは彼女のポーションの委託販売を依頼しているエギルから耳にしている。

今、彼はどうしているのだろうか。まだ攻略を続けているのだろうか。

 

「ともかく、石板の情報は明日にでも新聞に載せるサ。あ、そのスキルは乱用するなヨ。ゲーマー連中は妬み嫉みが強い連中が多い。情報屋や曲刀使いに追いかけられたくなかったら、オネーサンの言うことは守れヨ?」

 

この件はお互いロハだからナー、とアルゴは去って行く。

 

「どうするの?」

 

「どうするもこうするも……使う予定は無いけど、セットはできるみたいだから、一応セットしておくわ」

 

 

 

 

夢を見ていた。どこまでも暗く、どこまでも広い中、立っていた。

 

何かが正面に見えていた。小鬼と3メートル台の鬼が群がっていた。

 

音がした。何かを硬いもので殴っているような、そんな鈍くて、生々しい音。音は、鬼たちが群れている所からした。

 

嫌な予感がした。一刻も早くその場所へ向かいたかった。

 

できなかった。目の前に突然、鉄の棒が何本も降りて私の道を阻んだ。

 

見てしまった。鬼の群れの中に誰かがいた。白い団員服に、吟遊詩人のような風貌の女の子――。

 

もう動かない、虚ろな目をした女の子――。

 

 

 

 

「――ユナッ!!」

 

ガバリと起き上がったノゾミが見たのは、最早見慣れた自室だった。

 

「ゆ……夢……?」

 

もし今のが現実の出来事だったのなら、今頃体中汗でぐっしょり濡れていたことだろう。

それにしても嫌な夢を見た。まるでユナが死ぬような……。

 

「……」

 

夢にしては生々しい。すぐに忘れたい気分だ。

しかし残念なことに、その夢はそう易々と消えてたまるかと言わんばかりにくっきり鮮明に覚えている。

こんなにも憂鬱な気分は初めてだ。さっさと朝食を食べてこの気分を払拭してしまおう。そう思い至ったノゾミはそそくさと着替えを済ませて自室を出ていくのだった。

 

 

 

 

ある人は言った。良い事は連続して怒らないくせに、悪い事は連続で起こるものだ。と――。

また、その人は言った。どうでもいい事に限ってなかなか忘れられない。と――。

 

「はぁ……」

 

「はぁ……」

 

「あのさ、どうして溜息ばっかり吐いてる訳?」

 

メディの自室で調薬の真っ最中の部屋の主が思わず手を止める。因みに今日はノゾミもチカも、完全フリー。

溜息を吐いた2人、チカとノゾミの悩みの種は、今朝の一報だった。

 

「ノーチラスってプレイヤーの件?」

 

「……はい」

 

「何か、2軍落ちさせられちゃったって」

 

ノーチラスの件は、今朝方届いたユナのメッセージに記されていた。

演習のレベリングで、スムーズにアバターを動かすことができないらしく、度々他の団員と衝突していた。

症状の検証から、彼には軽度のNFCがあったと判断され、最前線での活躍は見込めないと、副団長補佐のアスナが先日、直々に彼を一時的とはいえ2軍落ちを宣告したのだ。

一方のユナは、あれからも《歌唱》の熟練度を上げ続け、上位派生の《吟唱》のスキルを手に入れた。そのバフスキルも見込まれて後方支援を任されているが、やはり2軍落ちしてしまったノーチラスの件が頭に引っかかっているらしい。

 

「ねぇ、なんとかできない?ノーチラスを何とか最前線組に戻す手伝いとか」

 

「……攻略組の事を、私達がとやかく言う必要はないよ。私達は私達のできることをしていくだけだから」

 

「……」

 

正論、としか言いようがない。

確かに他所のギルドの事を自分達でどうこうするのはギルド間でのマナー違反だ。

個人的な相談ならともかく、そんなことを一々他のギルドに相談に乗っていたらギルド全体の面子も丸潰れだ。

 

「で、ポーション製作って必要なの?回復結晶ってのがあるんじゃない?」

 

「割と必要だよ。結晶は結構高いし、最近じゃ緊急以外での回復は、ポーションを使ったほうが安上がりだっていうし」

 

確かにポーションは回復としての消費アイテムの分類であり、デスゲーム化したSAOの中では貴重なアイテムである。

ただ、SAOでのポーションによる回復は、従来の回復アイテムのように一気に回復するのではなく、時間を追うごとに徐々にHPが増加していく。

一方の回復結晶は、従来の回復アイテム同様一気にHPを回復する故に、攻略組には結晶のほうが重宝される。

ただ、価格ではポーション類よりも割高であり、あくまで緊急時の回復用だ。それをホイホイと使う訳には行かないためにも、回復ポーションの類はレベリング時に活用する場合が多い。

 

「《重量軽減》込みのハイポーションも、最近成功率が上がってきたからね。あと3ダース分は作っておきたいけど、人手の足りなさは今でもまとわりついてるから……」

 

「あっちもこっちも大変って事ですか……」

 

つまり、ノゾミの提案に割ける人手は無いということだ。

 

「私の場合それもあるけど……ちょっと夢の事でね……」

 

「夢?」

 

ノゾミはそこで、今朝の夢の事を話す。

 

「ユナさんが死ぬって……夢にしてもかなり生々しいわね……」

 

「うん……自分でも夢だって思ってるんだけど、中々頭から離れなくて……」

 

「……確かに気になりますね。正夢、というものでしょうか。それとも予知夢とか」

 

「そんなオカルトに目覚めた記憶はございません」

 

チカとメディにぴしゃりと言ったものの、彼女自身夢の懸念は消えていない。

それどころか風船のようにどんどん膨れ上がっている。

 

「……ちょっとウィスタリアさんの所に行ってくる」

 

「え?ちょっと?」

 

何を思い立ったのか。

メディの止める間も無くノゾミはウィスタリアの元へと向かって行った。

 

 

 

 

「なりませんわ」

 

ウィスタリアに直談判した結果がそれだった。

 

「ばっさり言ってくれるわね」

 

「当然ですわ。攻略には私達の想像以上の危険がつきもの。そんな中にギルドメンバーを送り込む訳にはいきませんわ」

 

ウィスタリアの言うことも最もだ。

現状、攻略の最前線は【血盟騎士団】を筆頭にした時は死傷者ゼロで進んでいったが、それでも危険はつきものだ。それも、最上級クラスの。

 

「大体、アナタたちのレベルでは厳しいのではなくて?」

 

2回目の指摘に再び言葉を詰まらせる。

現状、彼女の正確なレベルは43。39層でもギリギリで、最前線で戦うには心許ない。

オマケにノゾミは居残り組の住む始まりの街ではちょっとした有名人。そんな彼女が最前線で死んだとあれば、居残り組のプレイヤーが受ける精神的ダメージは計り知れない。それこそ、デスゲーム開始直後のような飛び降り自殺を実行するような凄惨な事態になりかねないし、ウィスタリアも、再びそんな状況をノゾミ抜きでは自分でも不可能と語る。そうなってしまえばウィスタリアからすれば詰み同然。

100歩譲って生き残れたとしても、見たことの無いスキルを使った際には様々な情報屋やプレイヤーに詰め寄られる可能性も否定はできない。

それらを考えると、彼女を最前線に出しても、デメリットのほうが高すぎるのだ。

 

「そのノーチラスさんやユナさんと言う方の為に、わざわざ攻略に出る必要性は無いのですよ。相談に乗るだけならまだしも」

 

「……」

 

ド正論ばかり並べられて、ノゾミは返す言葉すらない。

 

「兎に角、こちらも仕事があるのでその話はこれでおしまいにしましょう。そのスキルは、きっともっと別の場所で使う時が来ますわ」

 

「……はーい」

 

渋々、ノゾミも問答を終わらせる。

ウィスタリアの執務室から出ていくその表情は、決して晴れやかなものではなかった。

 

 

 

 

 

10月18日。

 

 

この日は攻略組にとっては重要な日。40層の攻略当日である。

しかし【ゴスペル・メルクリウス】には関係の無い事。今日もまたアシュレイの依頼で蚕の森へ向かい、生糸の収集を執り行う。

 

「ありがとう。これで暫くは大丈夫だわ」

 

「こっちもソードスキルが十分です。今日はどうしますか?」

 

「私のほうは手は十分だから、ツムギちゃんは今日はオフでも構わないわよ?」

 

「それでは、久しぶりに始まりの街でゆっくりしてますね」

 

アシュレイからの頼み事も終わり、3人は主街区の転移門へと足を運ぶ。

 

「……」

 

「あの、ノゾミさん?」

 

黙ったまま転移しようとしないノゾミ。チカも同じく沈黙を貫き、残るツムギは困惑するばかりだ。

 

「ごめん、ツムギ」

 

「はい?」

 

「転移、《ジェイレウム》」

 

「え!?ちょっ――」

 

唐突な40層への転移宣言に、ツムギは止める間も無く一緒に転移されてしまった。

 

 

 

 

「なんでいきなり転移しちゃうんですかぁ!?」

 

「ごめんって」

 

ツムギの怒声がジェイレウムに響きわたる。それに対して、ツムギのほうを振り返らずにウィンドウを見るノゾミ。

 

「ノゾミさん。あなたまさか……」

 

「――見つけた!」

 

何かを見つけたノゾミは急に駆け出した。

慌ててチカとツムギもノゾミの後を追いかける。

全力疾走。息の続く限り走り続けた3人は西へ西へと走る。

やがて3人の目に、一つの巨大な監獄が目に入る。

 

「いた!」

 

その門の前らしき場所に10人ほどの集団を発見する。暫く何か話を聞いているかのように経っていたが、やがてダンジョンの中に次々と潜りこんでいく。

 

「まさか、攻略組に交じって攻略に参加しようとでも?!」

 

「そのつもり!」

 

「冗談じゃありませんよ!このレベルで敵うと思ってるんですか!?」

 

「なら帰りますか?」

 

「この層のモンスターを1人で生き残れるならね」

 

事実、ノゾミは自分の目的――40層のユナとノーチラスの手伝い――をここに来るまでツムギやチカには黙っていた。

チカのほうはなんとなく勘付いていたが、ツムギは全くの寝耳に水である。オマケにここは40層。適正レベル生産職のツムギが1人でフィールドを彷徨うのは自殺行為に等しい。

要するに、主街区でノゾミについて行った時点でもうツムギとチカに選択肢は残されていないということになっている。

 

と、そんなことを説明している間にもそのダンジョンに乗り込む。道中はモンスターの邪魔も入らず速度を落とすことなく進んでいき、最奥部前が見えてきた。鉄格子が上がり、次々と部屋に入っていく。

鉄格子が閉じる直前、3人がヘッドスライディング滑り込む。

 

「……セーフ」

 

ガチャンと鉄格子が後ろで再び出入り口を塞いだ。身体を上げると、10人のプレイヤーが呆然とこちらを見下ろしていた。

 

「き、君らはどうしてここに?」

 

「理由はこの馬鹿に言ってくれますか?」

 

立ち上がった先に見えたのは、顔面を布で覆い隠した鬼人型モンスターが多数こちらを睨んでいる。

 

「……話は後だ。あのボスを倒してからにするよ」

 

ノーチラスを筆頭にプレイヤー達が次々と得物を構える。

見据える相手はダンジョンボス、《フィーラル・ワーダーチーフ》。こちらは3人とを含めた14人と、既にボス部屋に居た5人の合計19人。

 

「優先目標はプレイヤーの救助。状況次第ではボス討伐を優先するけど、可能なら脱出を試みる。――みんな行くぞぉ!」

 

ノーチラスの掛け声と共にプレイヤー達が雄叫びを上げる。

戦いの火蓋が、切って落とされる――。

 

 

 

 

戦闘開始から20分。

戦況はプレイヤー達に有利に進んでいた。

ワーダーチーフ系の行動パターンをよく知るノーチラス。ユナの《吟唱》によるバフ。戦闘経験豊富な【風林火山】リーダーのクラインと、同行したカルーとオブトラを中心とした立ち回り。取り巻き5匹は後方の曲刀使いのパーティが抑えている。

はっきり言って、ノゾミ達のやることはほとんどない手持ち無沙汰の状態だ。

 

「おい嬢ちゃんたち、手が空いてるなら鉄格子を開けてくれ!」

 

「え?あれをですか?」

 

「護衛もいれば楽だろ!」

 

ボスの相手を取るクラインが後方のツムギたちに指示を飛ばす。

このエリアの鉄格子は、傍のレバーを20秒を要して開閉を操作できる。護衛もいるなら楽に操作できるだろう。

 

「ノーチラス、退却の準備はしとくぜ!」

 

「いや、赤に切り替わった!あと少しで倒せる!」

 

「でも、パターンが切り替わるんじゃないのか?」

 

「……ワーダーチーフ系にパターン変化は無いが、一応確保を頼む。ボスはこのまま押し切るぞ!」

 

同時進行でボス討伐と脱出経路の確保の計画が進められていく。脱出経路が確保されることはありがたいが、ここまで来てボスから退却するわけにもいかないという感情もあったのだろう。それでも脱出経路の確保を聞き分けた分、まだ理性は残っているだろうが。

 

「……?あの、レバーを下げたら鉄格子が上がるんですよね?」

 

「おう、どうした?」

 

「鉄格子が動かないんですよ!レバーを下げたのに!」

 

「なんだって!?」

 

確かにツムギはノゾミとチカの護衛でレバーを安全に下げられた。だが、肝心の鉄格子はうんともすんとも動かない。何かのバグが起きたのかと何度もレバーを上下させるが、鉄格子はピクリとも動かない。

ただでさえ異常な状況だというのに、更に彼らに追い討ちをかける事態が発生する。

 

 

――ガゴン!

 

 

「おい、増援だ!」

 

「嘘だろ……!?うわぁ!?」

 

左右の鉄格子が上がり、そこから増援の拷問吏が15体現れる。

取り巻きと合わせて20体にもなる敵は、曲刀使いのパーティだけでは対処は不可能。

増援に気を取られたプレイヤーの1人が、ボスの範囲攻撃で何人かがマヒに陥る。

 

「ぐぁッ……沈黙を……喰らッ……」

 

曲刀使いのパーティが拷問吏の沈黙ブレスをまともに食らってしまう。

もう戦線はガタガタだ。辛うじてボスの行動パターンは変わっていないが、このままでは全滅するのも時間の問題だ。

 

「や、ヤバいですよこれ……!」

 

「せめて、増援のほうを何とかしないと!」

 

すぐさま武器を手に15体の増援に手を焼いているパーティの援護に駆け出す。

しかし、ノゾミ達の現レベルは40層の適正ギリギリの範囲。拷問吏1体相手取るだけでもノゾミ、チカ、ツムギの3人でも足止めが精一杯だ。とても倒しきれない。

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!このままじゃ本当に全滅しかねない!どうにか方法を考えないと!)

 

(何か、何かいい手は……!?)

 

ここで攻略組ではないが故の、窮地の中での平常心の喪失が3人を襲う。

彼女らの狩りは危険地帯には決して足を運ばず、好戦的モンスターとの戦闘経験はあるものの、窮地に陥った経験なんて当然ロクに無い。

一歩間違えば死に直結してしまうであろうこの状況で、彼女らにまともな判断が下せるはずがない。

本当にこのまま全滅してしまうのか。一瞬最悪な結末を脳裏に浮かんだノゾミ達の耳に、喧噪に交じって少女の歌が聞こえてきた。

 

「……え?」

 

歌声は後方、ユナのいる場所だ。それはつまり、ユナが歌っていることであり――、

 

「……そんな」

 

《歌唱》を持つチカは、その意味を理解して顔を青ざめさせる理由だった。

 

「止めて下さい!死ぬつもりですか!?」

 

「どうしたんですかいきなり?」

 

「今……今あの人が使っているスキルは……モンスターのヘイトを自分に集中させるもの……」

 

震える声で、チカが振り絞るように声を出して説明する。

そこで漸く理解したノゾミも、顔を青くした。

 

「ま、まさか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンスターのヘイトを集中させて、自分だけ死のうって言うの!?」

 

 




次 回 予 告


ノゾミ「《吟唱》スキルの中の一つを使い、みんなを助けようとするユナ」

ノゾミ「けど、それは私達にとっては望まない選択肢だった」

ノゾミ「そしてチカも、モンスターの集団の中のユナを助けるために特攻を仕掛け、残された私達は……」

ノゾミ「次回、【プリズンブレイクinジェイレウム~連刃剣舞のUnderground Hug~】」

ノゾミ「もう……迷ってなんかいられない!!」



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プリズンブレイクinジェイレウム~連刃剣舞のUnderground Hug~

(・大・)<Underground Hugは作者の十指に入るゲーム神曲。


※1/30:キャラネーム等の修正を行いました。


 

 

「……遅いですわね」

 

同刻、所変わって【ゴスペル・メルクリウス】の本部。

視界に映る時計は既に彼女らが出てから3時間以上経っていることを告げ、未だに返らない3人に気をもんでいた。

 

「気にし過ぎじゃないのか?目当てのモンスターが見つからなかったりとか、武器の熟練度を上げてたりとか、道に迷ってたりとかしてるんじゃねーの?」

 

「流石に道には迷いませんわよ。子供じゃあるまいし」

 

ウィスタリアの発言にマコトは口にはしなかったが、内心「お前が言うな」とツッコミを入れた。

 

「ただいまー。あれ?2人ともどうしたの?」

 

「優衣。なぁ、ノゾミ達と会わなかったか?」

 

「え?まっすぐ帰ってきたけど会わなかったよ?」

 

丁度そこにポーションの委託販売から帰ってきたメディも交じる。

マコトがノゾミ達に関して尋ねてみるが、メディは首を横に振る。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

「アシュレイさん?」

 

2度目の来訪者はアシュレイだった。

今日はやけに来客が多いなと内心ぼやきつつ、ウィスタリアが対応に出る。

 

「如何なさいましたか?」

 

「ツムギちゃんと衣装について相談したいことがあったのだけど、まだ帰って来てないの?」

 

「いや、まだ帰って来てないけど……」

 

「そう?始まりの街でゆっくりしてるって言ったけど」

 

ここまでくると、流石に嫌な予感がしてくる。

 

「あのさ、もしなんだけど……ノゾミちゃんが昨日、ユナさんやノーチラスさんの力になりたいって相談してたの。ひょっとしたら……」

 

「最前線のダンジョンに潜ってんのかアイツら!?」

 

 

 

 

《吟唱》のスキルには、幾多のバフ能力のアクティブスキルや、範囲拡張のパッシブスキルの他に、それ以外の用途を持つ数種のアクティブスキルがある。

そのうちの一つである《焦点の唄》。能力は、周囲のモンスターのヘイトを集め、自分に集中させる。

デスゲームと化した今、そのスキルは余程準備をしていなければ自殺行為に等しいもの。スキルを得た者たちからは次第に日の目を見ることは無くなっていった――。

もし、百歩譲ってそのスキルを使うとするならば……使用者はほぼ確実に、死の道を辿る。

 

 

 

 

10月18日。 40層フィールドダンジョン、ボス部屋内部。

 

 

《焦点の唄》の発動により、ボス以外の全てのモンスターがユナの元へと歩みを進めていく。

 

「な、なんだ……?」

 

次々と、ユナの唄に釣られるように歩み寄ってくるモンスター達。

 

「まさか、ヘイトを集めて自分だけ犠牲になろうっていうの!?」

 

確かにそれなら他のプレイヤーは救える。それはつまり、ユナを犠牲にして生き延びるということ。

付きつけられた事実に、ノーチラスと3人は全身が石になったように立ち尽くす。

 

「それが……それが貴女の選んだ答えなの……?」

 

ようやくといった風に、ノゾミが擦れたような声を出す。

ただ立ち尽くすしかできない。身体を動かすことができない。

 

「駄目……ダメ……」

 

擦れるような小声でチカが呟く。手にした片手槍がカタカタと穂先を振るえる。

ツムギがそれに気付いた直後――。

 

「そんなのダメえええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

悲鳴と共にチカが群れの中へと《コメット》を用いて突撃していく。

策なんて無い。ただユナを喪う恐怖に耐えきれなかったが故の行動だった。

悲鳴を上げながらこちらに突撃してくるチカに、ユナも思わず歌を中断してしまう。

 

「何やってんですかあの人!?」

 

「ユナを止めるつもりなんだ……きっと……」

 

「無策で突っ込んで!?そんなの、余計に犠牲を増やしてるようなものじゃないですか!!」

 

ツムギの言う通りだ。このまま2人のHPが全損するのも時間の問題。しかし、助けに迎えるのは自分とツムギ、そして体を硬直させたまま動かないノーチラスの3人のみ。

この状況を打破する方法は……存在しない。

 

 

 

 

(どうする、どうするの?このままじゃユナどころかチカまで犠牲になる……!)

 

ノゾミの頭は、既に真っ白と言ってもいい状態だった。隣で叫ぶツムギの声も、何重にも布を被せたうえでスピーカーから流れる音楽ほどのくぐもった音声のように小さく感じる。

攻略における実戦経験の乏しさがここで痛手を負ってしまったことが大きい。

加えて旧友とギルドメンバーをいっぺんに喪う。その恐怖心も思考を鈍らせていた。

 

(考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……!)

 

ただでさえ窮地に陥った経験の乏しい彼女の思考は、何度命じてもロクに動くはずがない。

換言すれば、ガス欠状態のトラックを無理矢理運転しようという状況に等しい。

それでもロクに動かない頭で、ふとある記憶が鮮明に映し出された。

 

(……もしかして、あのスキルがあれば?)

 

それは2日前に得たばかりの謎のスキル《連刃剣舞》。

アルゴに直々に調べて貰ったが、思い当たる節は無いと呼ばれたスキルは、彼女から下手に使うなと釘を刺され、ウィスタリアからも攻略に参加しないよう説き伏せられた。

もし、これを使えばユナを助けられるかもしれない。

だが同時に、そのスキルはノゾミ自身どういったものか検証もしていない。何が起こるかは全く予想がつかないスキルだ。

 

(これを使えば助けられる?でも、もし私が望んだスキルじゃなかったら……?いや、それ以前にこんな人目のど真ん中でこんなの使ったら……)

 

不安と期待が鍔競り合いするかの如く揺れ動く。

刻一刻と秒針が進むにつれチカとユナを助ける可能性も削れていく。

 

 

――貴女のその迷わず行動するところ、私好きだよ!

 

 

――そのスキルは、きっともっと別の場所で使う時が来ますわ。

 

 

(……)

 

再び彼女の脳裏に、ユナとウィスタリア、2人の言葉が浮かび上がった。

その途端、ノゾミの持つファルシオンの切っ先の震えが収まっていく。

 

(……そうだ。ここで戸惑ってたら全部失っちゃう……それなら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それなら、迷ってる暇なんて無い!!)

 

 

 

 

「1分……いや、10秒だけでいい!」

 

漸く振り絞った決意に満ちた声。誰もが目の前のモンスターに集中している中、ノゾミは必死に声を張り上げた。

 

「ユナを……ユナを助けて!!!!!」

 

悲痛な悲鳴が、ボス部屋の中に響きわたった。

 

 

 

 

ノーチラスには、軽度のNFCが団長のヒースクリフの口から告げられた過去がある。

症状の詳細はまだ解明されていないが、時折アバターが硬直するという。戦闘では特にそれが顕著に表れ、戦闘での交代がうまくかみ合わず、度々他の団員と衝突が絶えなかった。

本来なら休暇と共にその対策を考ようとしていたのだが、直後に救出の任務が飛び込み、やむなくユナと共に40層のフィールドダンジョンに足を運んでいった。

相手は自分も良く知る相手だった。行動パターンの変化は前々から情報屋から聞いていたが、そのボスに対してはそれは無いと確信していた。確かにボスにパターン変化は無かった。その代わりにギミックに変化が現れた。

脱出不可能になったボス部屋。突然の増援。予想だにしなかった事態を皮切りに、優位に進んでいたボス攻略だったはずなのに、瞬く間に全滅の窮地に立たされた。

 

 

 

 

――何をやってるんだ、僕は!!

 

 

ノーチラスは内心、自分を叱咤した。

守るべき相手であるユナが自らの命を犠牲にして、モンスターを一点に集めているのに、自分はフルダイブ・ノン・コンフォーミング(FNC)が再発して身体を動かせない。

その間にも彼女の後輩のチカが、モンスターの群れに飛び込んでいった。

ピクリと、ほんの僅かだが身体が動く。

 

 

――ユナを……ユナを守るって約束はどうしたんだよ!?

 

 

デスゲーム開始を宣言されたあの日、泣きじゃくるユナに誓った筈だ。

内心恐怖していないと言えば、嘘だ。パニックになりそうだった。それでも、誰かが守らなければならなかった。

 

 

「ユナを……ユナを助けて!!!!!」

 

 

硬直した身体を動かそうと抗っていたその時、聞こえてきた少女の悲痛な叫び。

【血盟騎士団】に入団して暫くして出会った、ユナの親友であり、自分も面識のあった少女のものだった。

 

 

――動け……動けよ……!アイツだって必死に助けようとしてるじゃないか!!

 

 

僅かな動きが、次第にギチギチと、身体を引き千切らんばかりに音を立てる。まるで、杭に刺された腕を貫いて拘束から逃れるかのように。

 

 

「――動けって言ってんだろうがあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

「――動けって言ってんだろうがあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

咆哮と同時に、弾かれたようにノーチラスが動く。同時に片手剣の突進ソードスキル《ソニックリープ》で拷問吏の1体の背中を刺す。

激痛に悲鳴を上げる拷問吏が暴れまわり、周囲を巻き込んで暴れまわる。すぐに剣を引き抜いてノーチラスを床に叩きつけたが、それでもノゾミからすれば十分に時間を稼げた。

 

「下がって!」

 

駆けだし、取り巻きの1体にステップインで懐に飛び込み、回転斬り上げの《デヴォート》で斬り裂く。

 

「よし――」

 

可能性を見出し、追撃を放とうとした瞬間、タルワールに帯びていた剣から光が消えた。

それはつまり、スキルの失敗ということ。

 

「――え?」

 

呆けた次の瞬間、拷問吏のパンチを腹に直撃し、壁まで吹っ飛ばされる。

 

「げふっ!?」

 

その衝撃で、満タンだったHPが一気に3割削られる。

 

「な、なんで……!?」

 

「ノゾミさん、今のは?」

 

「あのスキルよ!剣舞技と関係があるって言ってたのに、なんでいきなり……!?」

 

「それが、どうしていきなり失敗したんですか?」

 

「それが分からないのよ!!スキルの失敗なんて思っていなかったのに!」

 

再びスキルを使おうにも、まだクールタイム中で使いようがない。

それに、忘れてはいけないことがもう一つ。ユナが()()()()()()()()()事だ。

 

「Guuuuuu……」

 

「まずい、モンスターが……!」

 

《焦点の唄》によって集められたモンスターの中に、周囲にいるプレイヤーに標的を変更する者が現れ始める。

一旦は助かったものの、今度は背後からの紀州で再び全滅の危機に立たされる。

 

「ねぇ、剣舞技がどうとか言ってたけど、どういうこと?」

 

「解りません。ノゾミさんはいつも《連刃》を使っていたのですが……」

 

「剣舞技に、《連刃》……」

 

チカからその話を聞いたユナは、考え込むように2つの言葉を呟く。

そして何か閃いたのか、撥弦(はつげん)楽器を手にしたユナは絃を鳴らす。

 

「ユナさん!?」

 

「大丈夫。今度はあんな真似はしないから」

 

そうして再び演奏を奏でる。今度はバフも何もない、ただの演奏。窮地である現状には不釣り合いすぎる弾むようなアップテンポな曲。

なんでこんな時にこんな曲を!?声には出さなかったが、チカとノーチラス、ノゾミ以外の誰もが思わずそう思った。

だが、ノゾミにはユナが奏でるメッセージを読み取れた。曲の中にあるユナからの声なきメッセージが。

 

 

――剣舞って事は踊るんでしょ?どうせなら、曲にノったほうが楽しいじゃない。

 

 

「――よし!」

 

再びノゾミが地を駆け、1体の拷問吏の懐に飛び込み、回転斬り上げを放つ。ここまではさっき同じだ。

攻撃を受けた拷問吏が反撃に刀でノゾミに斬り付けようとした瞬間。目を斬られる。《カットダウン・シックル》だ。着地と同時に肩に掲げるように構え、別の拷問吏に突進斬撃を放つ《リーバー》を叩きつけ、斬り払いと斬り上げを左右組み合わせながら繰り返す4連撃剣舞、《ダルード・ルーネイト》で追撃する。更に突進系剣技《ディパルチャー》で別の拷問吏に迫る。

3体目は流石に反応して先手を打ってノゾミに刀を振るう。スライディングで刀の範囲ギリギリ外に出て回避すると、そのまま脚を斬り付け、起き上がると同時になぞるように腰、脇腹、そして首へと斬り裂き、囲むように紅い剣閃が走る。《ルミナス・ルーネイト》だ。

 

ただダメージを与えるだけでなく、多くの相手にHPを僅かでも削る。ノーチラスやチカもまたユナの演奏の意味を理解し、彼女が相手にしているのとは別のモンスターを斬り付け、ダメージを稼いでいく。

ツムギは鞭で刀を振り上げた拷問吏の腕を背後から拘束し、3人がダメージを与えやすいよう援護する。

 

その時、ボス部屋の中心で光の爆発が起きる。ボスであるフィーラル・ワーダ―チーフが倒されたのだ。

 

「よっしゃあ!オメェら、あいつらに続くぞ!!」

 

クラインの威勢のいい雄叫びに続き、他のプレイヤーが残るモンスターに雪崩れ込む。

幾ら頭数で勝っていても、最早勢いに乗ったプレイヤーを止める術は無く、次々と放たれる剣技に1匹、また1匹とポリゴン片となって消滅していく。

 

 

 

突入から30分。ついに最後の1体が消滅し、決着した。

 

 

40層フィールドボス、取り巻き及び増援を含め全滅。

プレイヤー死亡人数……ゼロ。

 

 

 

 

 

ボスを討伐した後、HPをポーションで回復しつつ生き残れた事を喜び合う時間は、一つの音で中断された。

 

「ユナさん……あなた、自分が何をやったのか分かってるんですか?」

 

「そ、それは……」

 

「あなたの夢はッ!自分の命を捨てても良いほどに軽々しいものだったんですかッ!?残された人たちの事は考えなかったんですかッ!!?」

 

「おい、落ち着けって!」

 

噴火の如く怒声を上げながらユナに喚き散らすチカ。命の危機が去ったことで、先のユナの行動に関しての感情が爆発し、普段の大人しい彼女からは考えらえない怒号に、クラインも思わず彼女を押さえつけて宥めようとする。

 

「……ごめん」

 

ユナにはそれしか言えなかった。壁に背を預けて力尽きたように座るノーチラス、床に仰向けに倒れたままのノゾミ。2人を見て、チカの怒号を受けた彼女にはそれしか言えなかった。

 

「なぁ、今のは何だったんだ?」

 

そんな折、曲刀使いがノゾミに疑問を投げかけた。

 

「あんなスキル、見たことが無い。どうやって手に入れたんだよ?」

 

「スキルって……ひょっとして、《連刃剣舞》の事?」

 

「ああ。どうやって手に入れた!?」

 

食い気味に肩を掴み、上体を起こしながら揺さぶって尋ねてくる。

 

「あばばばばば!わ、私も一昨日入ってきたばっかだから、私も良く分かんないよ!」

 

「条件みたいなものなら知ってるぞ」

 

そんな時助け舟を出したのは、意外にも遭難したパーティの1人だった。

全員――ノーチラスやノゾミを含めて――が彼のほうへと視線を向ける。

 

「本当かよ!?どこで!?」

 

「25層だよ。昨日また石板のひとつが崩れてスキルが現れたんだ」

 

思い返すと、確かにあの広場には10メートル台の巨大な石板が広場を囲むように(そび)え立っていた。

 

「なんでそれを教えてくれなかったんだよ!?」

 

「いや、でも、俺だって半信半疑だったんだ。まともにプレイしてたら絶対に手に入れられない条件だったから……」

 

そうして口ごもりつつも、彼は《連刃剣舞》の条件を語りだした。

 

 

 

 

その剣舞の名は《連刃剣舞》。

幾多の剣舞、幾多の剣技を極め、流水の如く剣技を繋げ切り裂く曲刀剣技の極致。

 

 

1つ。好戦的(アクティブ)モンスターを《連刃》で100体以上倒す。トドメを刺せなかった場合、その戦闘はカウントされない。

 

1つ。《連刃》で繋げた剣舞技を、一度も相手に防御、回避される事無く1千回以上命中させる。

 

1つ。以上2つの条件を、()()()()()()、かつ()()()()()()()使()()()、そして()()()()()()()()()()完遂する。1回でもこの条件を失敗した場合、上記2つの条件の達成率はリセットされる。

 

 

 

 

「……〈超級職(スペリオルジョブ)〉?」

 

口を開いたのはオブトラだった。誰もが提示された条件に開いた口が塞がらない様子だった。

最初は……まだ楽なほうだ。3つ目もパーティプレイならば防御を任せられるので、立ち位置さえ間違えなければ何とかできる。ソロで挑めとはどこにも書いていない。

言葉を失っている理由は2つ目の条件だ。

 

「《連刃》でって……無茶苦茶すぎるだろ!?」

 

「どういうこと?あれ結構便利だよ?」

 

《連刃》を愛用するノゾミにとって彼の叫びは理解できなかった。

 

「どうもこうもねぇよ!《連刃》は繋げたソードスキルの全部の硬直時間が、連撃の直後にいっぺんに自分に跳ね返ってくるんだぞ!」

 

例えば《アドマイアー》の硬直時間を3秒、《ダンス・マカブレ》を2秒とする。

それを《連刃》で繋げ連続で放った場合、合計5秒の硬直時間が2つのソードスキルを放った直後に襲ってくるということ。

仮にノゾミ以外が手に入れたとしても、休むことなくソードスキルを連発するのは常軌を逸しているし、何より途切れた途端、確実な死が待っているのだ。

 

「普通なら、ソードスキルの硬直時間に攻撃を受けないように盾を装備するんだが、それ抜きでやれって……とんでもねぇスキルだな」

 

嘗て曲刀を使っていたクラインが言うのも最もだ。

普通のプレイングでも命の危機があるというのに、そのスキルを使いこなすには自分の命をなげうつ前提に躊躇しないような、頭のネジが外れているヤバい奴くらいだろう。

 

「ノゾミさん、ボス戦が終わるまでに20回近くソードスキル使ってましたよね?《武器防御》にもマイナス補正が掛かっていますから、下手すると確実に死にますよね、これ」

 

今も動けないのはいっぺんに使ったソードスキルの硬直時間が、未だに過ぎていないのだろう。《連刃》の予想外のデメリットに望みも顔を青ざめる。

 

「まあ、俺が見たのは《動物系モンスターの喉を噛み千切ってトドメを刺す》とか《四足歩行で移動した距離が10キロ以上》とかいうのもあったし」

 

その言葉に全員軽く引く。それはもうバーサーカーの類ではないだろうか。

 

「とてもじゃないが、まともな奴だと使いこなせないのかもしれないな……このスキルの条件だけでも情報屋に伝えておくよ」

 

「お願いしますね。無茶やって死人が出たら、こちらも寝覚めが悪いですか、らッ!」

 

そう言ってツムギはメタルウィップを器用に扱い、ノゾミの胴体に巻き付ける。

 

「とっとと帰りますよ。今頃ウィスタリアさんカンッカンに怒ってると思いますし」

 

「確かにそうですね。何も言わずに勝手に行ったから相当ご立腹「チカさんも同罪ですよッ!!!」はい……」

 

「じゃあ俺らも。助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

ツムギに続き、遭難パーティ、曲刀使い達、【風林火山】の面々が次々とダンジョンを後にする。後に残ったのはノーチラスとユナ。

 

「……エーくん、ごめん。私、あれしか方法が思いつかなくて……」

 

「……いや、いい。君は先に帰ってくれ。俺も少ししたら帰るから」

 

一瞬だけノーチラスの一人称が変わっていたことに子首を傾げたが、彼女も一行に合流しようと歩いていった。

そして、一人残されたノーチラスは……。

 

 

 

 

第40層【血盟騎士団】仮本部。

 

 

仮本部のある廊下をズカズカと、他の団員を押し退けん勢いである団員が歩く。

そしてある一室の扉を乱暴に開ける。

 

「副団長、いったいどういうことですか!!」

 

「いきなりなご挨拶だな」

 

副団長と呼ばれたプレイヤーは、女性だった。年齢はクラインとさほど変わらないだろう。ウェーブのかかった金髪をポニーテールのように纏め上げ、団員服のマントを肩に掛けた独創的な着こなしをする女性の名は『Christina(クリスティーナ)』。【血盟騎士団】のサブギルドマスター。即ち副団長を務める女性だ。

対して怒鳴り込んできたほうは30代の男性で、伸びきった髪を後ろでまとめ、前衛特有の白い鎧に身を包んだプレイヤーの名は『Kuradeel(クラディール)』。副団長補佐を務めるアスナの護衛を務めている――いや、違う。昨日まで()()()()()()()()、だ。

 

「いきなりアスナ様の護衛を取り下げるとはどういうことですか!?」

 

「貴様では護衛にふさわしくないと判断したまでだ。最も、貴様のストーカー染みた行動にアスナも辟易していたと愚痴っていたぞ?」

 

レジーナの言い分は事実だ。

クラディールは護衛の任務を勤勉にこなしていたが、次第にエスカレートしていき、一日中アスナの傍を着け周り、果てはアスナの仮自宅付近にまで来たという。最早ストーカー以外何でもないようなほどに。

 

「それでなぜ私の後任がユナとかいう小娘なのですか!!」

 

「アスナもあれで年頃の女。30代半ばの男より、年の近い小娘の護衛のほうが心労も少ないだろう?」

 

尊大な態度を崩さず次々と正論を並べる副団長にクラディールも次第に反論する余裕を失い、歯ぎしりして聞き及ぶだけになる。

やがてダン!と机を叩き、踵を返す。

 

「どこへ行く?」

 

「ノーチラスの所ですよ。今回の件、あの男が告げ口したんでしょう?今から問い詰めてやるのですよ」

 

「そうか。なら一足遅かったな」

 

その一言でクラディールは足を止め、振り返る。

 

「彼ならもう【血盟騎士団】を脱退させたよ」

 

「なん……だと……?」

 

 

 

 

その日の夜。

 

 

「……」

 

自室でユナは一人、ベッドの上でうずくまっていた。

あの後レジーナから聞かれた話では、ノーチラスは懲戒免職同然に【血盟騎士団】を抜けたそうだ。理由は『周囲のプレイヤーの提案を無視したボス討伐の強行』を行った事。

あらゆる危険性を想定して、犠牲をゼロにして攻略を進める彼らにとって、彼の行動は許されるものではなかった。

だが、真相を知るユナは必死に副団長に抗議をしたものの、結局通ることは無く、当人も救助メンバーの代表であるクラインもその事実を肯定した。

その翌日にはノーチラスと衝突していたプレイヤーがノーチラスに対しての心無い暴言が続いた。夕方頃には彼のことなど忘れ去られたみたいに無くなったが、ユナの心を抉るには十分すぎた。前衛だったら感情を抑えきれずに根幹たるクラディールに斬りかかっていただろう。

 

 

――ピピ。

 

 

「……?」

 

その時、アラームが鳴ってギフトボックスのアイコンが点滅した。

アイテムギフトが届いたことを通知させるそれに、心当たりは無いもののユナはアイテムをオブジェクト化する。

両手に収まったのはよく見る四角柱型の結晶ではなく、正八方面体の結晶《録音結晶》だった。

いったい誰が?一瞬だけ疑問がよぎったが、彼女の中にあるわずかな可能性が、彼女の指を動かして結晶に触れた。

 

『あー、あー、マイクテスマイクテス。聞こえてるか?』

 

起動エフェクトによる光と共に、ノーチラスの声が発せられた。

 

 

 

――悠那、これを聞いている時俺は……。あー、やっぱやめだ。こういうの自分が死んだみたいで縁起でもない。

 

――とりあえず言っておくが、俺は死んでないし、死にに行くこともしない。

 

――俺が【血盟騎士団】を抜けたのは、もうこれ以上悠那を危険に晒す訳にはいかなかったんだ。副団長補佐の護衛の件は、俺がお互いを護衛し易いかと思って提案したら承諾してくれたよ。

 

――ちゃんと対策を立てて、自分の戦力も分析して準備万端って時に、とんでもない予想外で頭の中がパニックになって、何も考えられなかった。あの時はノゾミ達が勝手に付いて来たから本当によかったと思っている。

 

――けど……これから先、あの時みたいに助けに来てくれるとは限らない。あの時も君を喪うんじゃ無いかって思ったら、身体が硬まって動けなくなってしまっていたんだ。

 

――そのことを考えていく内に、このままで良いのかって思ってね。副団長らには、自分が強硬策で周囲に迷惑をかけたって報告して脱退することにした。クラインにはその件で口裏を合わせてほしいって頼んでおいたから、彼のことは許してやってくれ。

 

 

 

ノーチラスの独白を聞いていく内に、ユナの双眸からボタボタと大粒の涙が零れ落ちてくる。

自分を犠牲にするという選択は間違ってはいない。だが、チカの言う通り残された面々はどうなるのか?生き残れたことを実感して安堵するのだろうか?

答えは否だ。必ず守るという彼の誓いを、自分から破って、目の前で自分が死んで、彼らが立ち直れるのだろうか?クリアの瞬間まで自分の死を引きずって、立ち直れなくなってしまうだろう。それこそ、ノゾミやチカに至っては2度と歌や音楽に関わることが無くなるほどに。

 

 

 

――兎に角、俺はもう一度自分の戦い方を組み直したりして、1から鍛えなおすよ。けど、多分【血盟騎士団】には戻らないかもしれない。

 

――最後になっちゃったけど、必ず守るとか言っておいて勝手にいなくなってごめん。次に会う時には、もう少しマシになってからにするよ。

 

――それで2人で、みんなでゲームをクリアしていこう。それじゃあ、またな。

 

 





※《連刃剣舞》

(・大・)<作者が考えたオリEXスキルの説明です。

(・大・)<曲刀の剣舞ソードスキルの出だしを設定できる上に、更にソードスキル終了からのわずかな一定時間内に追加で他のソードスキルを使うことができる。

(・大・)<《二刀流》、《神聖剣》とは違い明確な所得方法とデメリットもあり、盾が装備できず、《武器防御》が0.75倍になり、更に上記のタイミングを僅かでもズレるか、一定時間が経過すると、失敗したソードスキルも含めて出だしから使い続けたソードスキルの全硬直時間を受ける。

(・大・)<素人目からすれば強そうに思えるが、要は『一度使いだしたら敵が全滅するか、自分の集中力が切れて死ぬまで止めることのできないスキル』ということである。

(・大・)<なお下位互換の《連刃》は2つ3つの剣舞系ソードスキルを繋げて連続で放つという独自設定のスキル。自動でアシストするが、こっちも連撃の後で設定したソードスキルの硬直時間を受ける。




次 回 予 告


キリト「事件勃発から2年目に突入したSAO。だが、未だゲームクリアまでは遠い」

キリト「俺はエギルからの勧めで、1層の始まりの街へと下って行った」

キリト「そこは、攻略組の俺からすれば異様な光景が広がっていた」

キリト「次回、【黒の剣士、始まりの街へ~黒の夜想曲~】」

キリト「ほんと、変わったよな……」



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【黒の剣士、始まりの街へ:前編~黒の序曲~】

(・大・)<本日、ノゾミが星6解放が実装されたので、

(・大・)<お祝いを兼ねての久々のUP。

(・大・)<因みに今回ノゾミは登場しない。


カルミナすこすこ侍「のぞみーん!のーぞーみーん!のぞっ……の、のーっ、ノアァーッ!ノアァーーーッ!」

(`0言0*)<ヴェアアアアアアアア!!!!

(・大・ )<誰だあんな所にピンクにペイントされた野生の奇怪竜どもを放った奴は。


 

1月初頭。

デスゲームも2年目に突入した早々、攻略組は50層の階層ボス攻略が行われていた。

第2のクォーターボスの名は《GeneralHorn》。鹿型の巨大モンスターだ。

自己強化(バフ)を施す嘶きや、ボスの間を飛び回る脚力、そして防御していてもHPを半分以上消し飛ばす突進に手を焼いていた。幸い死者は出ていないが、攻略組の大半は既に転移結晶で戦線離脱をしている。

が、動きを予測できた今攻略組が反撃し、最早HPバーは1本のみ残し、その残量も黄色く染まっていて、決着の時があと一息だということを知らせている。

 

「突進攻撃が来ます!」

 

「ッ!!撤退!」

 

直後、突然ボスが暴れだした。突然の行動にさしものアスナも声を上げ、アタッカー達も慌てて踵を返して避難する。

立ち上がったジェネラルホーンは頭をぶんぶんと振り回し、近付けさせまいと暴れまわる。

 

「シズルさん、HPは!?」

 

「ごめん、まだ掛かる!」

 

「私もだ」

 

HPが徐々に回復するタンクに任せる訳にもいかない。かといって他のプレイヤーを危険に飛び込ませる真似は、【血盟騎士団】の摂理に反する。

撤退も辞さない。アスナの脳裏にその言葉がよぎった瞬間、彼女の横を黒い影が走る。同時にその影に別方向から小さい何かが飛来する。――投擲用ダガーだ。

黒影はそれを避けて暴れまわるジェネラルホーンの正面へと飛び込み、高い跳躍でジェネラルホーンの額に剣を突き立てた。

その攻撃でジェネラルホーンのHPが完全に尽き、最期の嘶きの後ポリゴン片となって爆散した。

 

「すげぇ……あのボスに1人で特攻しやがった……」

 

下手をすれば間違いなく死ぬ。そんな荒業をやってのけたプレイヤーに思わず唖然となる。

その影――黒い衣装の剣士はすたすたとボス部屋の扉へと向かう。

 

「……彼、あんな調子なの?」

 

「ええ。去年からずっとね」

 

「何か、癪に障る事でもあったのだろう。我々はアクティベートを済ませよう」

 

コツコツとボス部屋から去る剣士を見やりながら、シズル、アスナ、ヒースクリフが呟く。

その影から背を向けて、先の階層へと続く道へと向き直ると、ヒースクリフは目線を右後ろへと向ける。

 

LA(ラスト・アタック)ボーナス狙いならまだしも、殺害は遠慮してくれたまえよ?」

 

「な、なんだよ!相手は卑怯者のMPK野郎だぞ!」

 

「それなら、今の君がやったのは所謂BMPK……ボスモンスター・プレイヤー・キルと呼ばれる行為ではないのか?」

 

「ぐ……!」

 

ダガーを投げたプレイヤーに対して、顔色一つ変えずにヒースクリフは正論を返す。

次第にプレイヤーはヒースクリフが次々繰り出す正論に、力なく拳を握るだけで反論する気力も無くなっていった。

 

「では、次は配慮もしておくように。彼も我々と同じく、解放の日を目指すものだからな」

 

 

 

 

雑多な建物が並び、まるで迷路のような複雑な構造の主街区アルゲート。

その裏路地に足を踏み入れた剣士は、通い慣れた様子で裏路地を進み、ある店の扉を開ける。

 

「よぉ、キリトか。今日も戦利品を売りに来たのか?」

 

「まぁな」

 

カウンター越しに声をかけた店主、エギルに対してそっけない返事を返す少年、キリト。

キリトはストレージを操作しててきぱきと売却する品を並べていく。

エギルはそれらに値を着けて、引き取ると同時に合計金額を纏めてキリトのストレージに渡した。

 

「じゃあな」

 

「お、おい!待てって!」

 

金を受け取ったのを確認した直後、もう用は無いと言わんばかりに店を出ていこうとするキリトを思わず呼び止める。

店のノブに手をかけていたキリトはその声に対し、不服そうな表情を浮かべて振り返る。

 

「何だよ?もう用は無いんだろ?」

 

「お前なぁ……ちょっとは話を聞いてけよ」

 

キリトも、これからは別に用事は無い。少しくらい話だけは聞いておこうとノブから手を離した。

 

「お前、最近無茶しまくってるだろ?」

 

「……何が言いたい?」

 

「ここ最近、ボス攻略やレベ上げに明け暮れていて、ロクに休んじゃいねぇんだろ?」

 

「……アルゴか」

 

キリトはここにはいない情報屋に悪態をつく。

事実、彼の現状はエギルの言った通りだった。

階層ボスの攻略へと赴き、倒し、そしてレベルを上げる。それは攻略組としては大差ない行動ではある。

だがキリトの場合、生活におけるリズムを崩してでもレベルを上げ続けていたのだ。それこそ睡眠や食事を切り捨てて。まるで、いつ死んでも構わないような。

 

「たまには息抜きがてら下の階層に降りたらどうだ?」

 

「降りる理由なんてねぇよ。何を今更」

 

「実はな、始まりの街の居残り組の人数がここ最近で100人近く減ったそうだ」

 

エギルの言葉をキリトは十二分に理解できなかった。

【月夜の黒猫団】が顕在だった頃、1度だけケイタに誘われて参加した複数ギルド合同の親睦会には参加した。

あの時は17層の現地集合、17層主街区の広場で解散だったので始まりの街には足を踏み入れていない。彼が最後に始まりの街を出ていったのは、あのデスゲーム開始の夕方。

 

「……そんなに自殺したのか?」

 

考えたくは無いが、彼の中であり得そうな答えを出す。

デスゲーム開始の日、ログアウトできるかもしれないと始まりの街の外周から飛び降り、実際に命を落としたプレイヤーは何人もいると小耳に挟んだ。

しかしエギルから返ってきた答えは、キリトの予想を大きく覆した。良い意味で。

 

「違う違う。そこを出て、自分達にも何かできないか模索し始めた奴らを筆頭に、ギルドを起ち上げたらしい。簡単に倒せる獣型モンスター相手に狩猟で肉や魚を得たり、自分で育てた穀物や野菜を売買するギルドだそうだ」

 

「そうなのか?」

 

「下層域の奴らは最近、《料理》系や《農耕》系を育ててるそうだ。最近主街区でサンドイッチ売りを見かけただろ?」

 

エギルに言われ記憶を掘り起こしてみると、確かにそういったプレイヤーがいたのを思い出す。野菜だけの簡素なサンドイッチだったので、売り上げも好調とは呼べなかったが。

 

「中にはレストラン染みた事をやろうっていう計画も立ち上がってるけどな」

 

「無理があるだろ」

 

実際、SAOで手に入る調味料では現実世界で使われる調味料の再現は困難とされている。100種もある味覚再生エンジンを分析するには相当根気がいる。レストランギルド起ち上げ計画の発端は誰だか知らないが、それは夢のまた夢に終わるだろうと顔も知らない誰かに早々に諦めてもらいたいと願う。

 

「そういや。22層で農業を営んでいるギルドが、最近ギルドハウスを購入したんだっけな」

 

思い出したように語るエギル。直後、キリトの目が僅かに見開いた。

 

「……マジ?」

 

「ああ。あそこは迷宮区以外園内みたいなもんだから、話を聞きつけた居残り組が――って、キリト?」

 

視線をキリトに戻してみると、当のキリトの姿は影も形も無くなっていた。

出入り口の扉は大きく開け放たれ、数秒後にはパタリと音を立ててひとりでに閉じる。

 

「……やっぱ息抜きが必要みたいだな」

大方の予想がついたエギルは、商品の整理を始めるのだった。

 

 

 

 

22層。

 

 

「ったく、エギルの野郎……」

 

不服を口にしながらキリトが来た道を戻ってくる。

ギルドハウスを購入したとエギルから聞かされた時は、キリトは背筋が凍り付くものを感じ、居ても立っても居られずに22層へ駆け出した。

彼が当時からお目当てだった森の中のログハウスは、結論から言ってしまえば無事だった。

よくよく考えれば農業を営もうとするギルドが拠点にするには、キリトの目当てとしていたログハウスは立地が悪すぎる。それ以前にここに来るまでにプレイヤーらしき通行人とは会っていないのだ。気付かれていないというのが自然な推測だろう。

改めて装備を《コートオブ・ハーミット》というフード付きのコートを選択。《隠蔽》スキルの他に、《暗視》のスキル、更には1メートル以上離れた相手には顔が見えないようになっているスキルも施されている。外見的にも性能的にも、キリトはこの装備が気に入っていた。

 

「にーちゃん、何してんだ?」

 

「!!」

 

自分の事を告げ口した鼠と、紛らわしい情報を提供した色黒男をどうシメてやろうかと思っていた時、突然背後から聞こえてきた声にキリトは咄嗟に背中に回していた剣を引き抜き、背後の相手に突きつける。

 

「うわぁっ!?」

 

剣を向けられて思わず尻もちを付いたのは、20代くらいの男だった。殺気立ったキリトはその男を見て思わず殺気を引っ込めてしまう。

短い髪が芝生のような印象を受ける男の服は、鎧らしきものを装備しておらず、更に武器らしいものと言えば、先程音を立てて倒れた鍬しかない。最前線で見てきた彼からすれば、とても武器と呼べるようなものではなかった。

 

「あっぶねぇなぁ……攻略組は相手に剣突きつけるのが挨拶なのか?」

 

「……悪い」

 

どうやら敵対心は無いらしい。剣を納めて、謝罪と共に彼を引き上げる。

 

「オメェは買い物に来たのか?」

 

「……いや、22層でギルドが立ち上がったって知り合いが言ってたから、ちょっと見に来たんだ」

 

「ひょっとして、【エリザベスパーク】に入りたいのか?」

 

「違ェよ」

 

掴んできた肩を振り払い、ため息交じりに拒否する。

芝生頭は声のトーンを下げて肩を落とし、キリトに頭を下げる。

 

「悪い。加入者かと思ってな。じゃあ見学でもするか?園内だから安全だし」

 

「いや22層ほぼ園内みたいなもんだろ」

 

「それもそうだな。あ、俺ぁテンスイだ」

 

軽い自己紹介の後、男、テンスイの案内で22層唯一の園内村《コラル》へと向かっていった。

 

 

 

 

「すげぇな。これ全部畑か?」

 

テンスイに連れられて、22層主街区の東側の隅にある開けた場所へと訪れたキリトが目にしたのは風になびいて葉を揺らす野菜の畑だった。その横ではトマト等の野菜も大きく実が生っている。

 

「ああ。まあ俺ぁ、どっちかっていうとコメを作りたかったんだけどな」

 

「米ぇ?」

 

「ああ。そのコメだ」

 

「あったか?米系の生産スキル」

 

「お、テンスイかー?」

 

キリトがベータ時代の記憶を探っていると、一人の少女が気が付いてこちらに駆け寄ってくる。

 

「紹介するよ。この【エリザベスパーク:コラル地区】のマスターのマヒルだ」

 

「マヒルだべさ、よろしく。あ、そうだ!」

 

自己紹介を終えたマヒルが生っているトマトの一つをもいでキリトに渡す。

 

「お近付きの印に、食ってみるべさ」

 

「……毒はねぇよな?」

 

「今採ったばっかの奴でどうやって毒を盛るんだよ?」

 

正直食べたいとは一言も言っていないが、目の前の男の好意を無下にするのも申し訳ない。

思い切って一口齧ると、現実で食べていたトマトとさほど変わらない味と果汁が口の中にあふれてくる。

 

「……うまいな」

 

「だろ?俺は6層にあるギルドマスターで、そっちは麦を使ったパン類の生産を進めているんだ。こっちは野菜を育てていて、現実でも農耕関連に興味があったからな」

 

「オラは故郷が北海道の牧場だべさ。将来的には大阪に越す予定だべ」

 

この男、まだ若いのに興味があるのか。マヒルのほうは北海道の牧場の子。

自分とは偉い違いを持つ目の前の2人の片割れは続ける。

 

「キリト、《天穂神話》ってゲーム知ってるか?」

 

「ああ。確か、据え置き機でトンデモブームを巻き起こしたんだっけな」

 

SAOが発売される2年前に発売された据え置き期のゲーム、《天穂神話》。日本神話をモチーフにしたそのゲームは、農作をモチーフにしており、田植で育てた稲穂を米にして、主人公を強化していくというもの。

だがこのゲーム、アクション以上に稲作に妙に力を入れていて手こずる人が続出し、そのリアルに作り込まれた稲作に魅了された人も多い。農業関連の本の購入部数が跳ね上がり、挙句の果てには農林水産省が公式ホームページで説明をするほどの反響を起こしたのだ。

キリトはそのゲームはプレイしていないが、ニュースでそのゲームの爆発的反響はよく知っている。

 

「俺ぁ、実を言うとそれがきっかけだったんだよ。最初は農作なんて田舎臭いって吐き捨てていた。けどあのゲームで碌なモンができなかったから、ムキになって必死に農作関連を調べて行って、気が付いたら農作にハマっていたんだ。ゲームと現実じゃ勝手が違うけど、将来的には農耕関連の仕事をやってみたいって気持ちが芽生え始めたんだ」

 

「なるほど……。ん?じゃあなんでSAOを?」

 

「いやー、それがちょっと息抜きにと思ってな」

 

「オラも……大体同じだべ」

 

「息抜きでデスゲームに参加されたなんてお前らくらいだよ」

 

「おお!ナイスツッコミ!」

 

思わず出てきたツッコミにテンスイも思わず笑い声が上がる。

 

「まあいいさ。今はまだ売り上げは少ねぇけどよ、いつかはうまい料理の素材として生産していくつもりだ。長い付き合いになるかもしれないから、よろしく頼むぜ」

 

「……ああ。そうするよ」

 

今度あの店を見たら、一つ買っておこうかと思いつつ、キリトはテンスイらと別れて転移門へと歩いていった。

 

(そういや、あんな風にまともに会話したのって、何時以来だろう……?)

 

 

 

 

【【月夜の黒猫団】MPK潰滅事件】。

読んで字の如く【月夜の黒猫団】という小規模ギルドがMPKによって壊滅した事件は、キリトの評判を大きく落とした。

 

MPK(モンスター・プレイヤー・キル)という卑劣な行為に手を染めたプレイヤーと認定され、ベータテスターが向けられる憎悪の矛先を自分へと集中する為に偽った《ビーター》の時の比ではないほど、敵対する者が多くなった。

園外で姿を見かければ遠巻きに警戒して武器を構えられ、園内外を問わず嫌悪感を曝した目線を向けられた。中には殺しへの抵抗が薄いプレイヤーからの襲撃も受けることもあったほどだ。実際、50層到達までの間、頻繁に襲われることが日常的だったくらいに。

彼を糾弾する声は方々から上がっていった。今や最前線の園内も彼にとってはモンスターが闊歩する園外と言っても差し支えない。彼の拠点は、人気の無い園外村か迷宮区の安全地帯のみ。

一応ソロでのレベリングでキャンプ慣れはしていたが、心が休まる、という意味では否だ。冷える床、園外と言う場所でいつモンスターや命を狙うプレイヤーの襲撃という可能性。

《ビーター》と呼ばれていても、まだ15かそこらの少年。7千人もの悪意の目線に晒され続けて、そして人の死を、身近な相手の死を目の当たりにして気丈に振る舞えるはずがない。

クラインやエギル、ヒースクリフなどの――ヒースクリフは戦力の喪失を恐れての話だが――ごく一部、所謂《否定派》もいるにはいるが、彼からすればどうでもいいことだ。

テツオが、ダッカーが、ササマルが、サチが自分の目の前でポリゴン片となって死亡し、ケイタもまた11層で崖下に転落して消滅したあの日――。そして、去年のクリスマスの時から、彼は、自分がこれまで刻んできた人とのつながりを、ほとんどを絶ってしまったのだから。

 

 

 

 

歩いて数分、転移門に差し掛かろうとした時。誰かとぶつかって身体をよろつかせる。

 

「あ、悪い」

 

が、ぶつかった相手、紫色で纏められた装備に背中に回した巨大な両手剣の女性プレイヤーは、頭痛がするのか頭を押さえながらふらふらと覚束無い脚取りで、園外へと歩いていく。

無視した相手に不快感……というより、違和感を感じたキリトは思わず声をかけてしまった。

 

「おい、アンタ中層プレイヤーか?」

 

「……?」

 

薄紫の髪をした女性プレイヤーは、寝起きのような顔を向ける。

二日酔いでも起こしたのかと思ったが、それはない。SAOの酒類アイテムは、アルコールも無く飲んでも時続的なバフが着くだけで、未成年でもちゃんと飲むことができる。

だが、目の前のプレイヤーは時折僅かに顔をしかめながらも、虚ろな目でキリトを見る。

対面することで更にキリトの疑問が増えた。

 

(アイコンが無い……?バグか?)

 

本来ならSAOのプレイヤーなら接近した時、あるいはお互いの距離が近い時には頭上にカーソルが現れるはず。が、目の前の彼女は目線を頭上に向けても無いのだ。犯罪者を現すオレンジでも、一般人を現す緑でも、NPCを現すイエローでもない。プレイヤーの証左たるマーカーが存在していないのだ。

 

「迷宮区はあっちだ」

 

「……」

 

「……湖は向こう」

 

「……」

 

「【エリザベスパーク:コラル地区】はそっちだけど……」

 

「……」

 

何を言っても答えない相手に、キリトの違和感はますます膨れ上がる。

――新手の不意打ちか?

やがて違和感が警戒心へと変わり、背中に回した剣を握る。

園内では攻撃を与えても、攻撃したプレイヤーと攻撃を受けたプレイヤーとのレベル差に応じて威力が高まるノックバックへと変換される。

目の前の彼女とのレベル差はまだ不明だが、一撃加えて怯ませるくらいは可能だ。

きらりと鞘から僅かに刀身が覗いた時、女性プレイヤーは転移門を指した。

 

「……街」

 

「は?」

 

「始まりの街……どこ……?」

 

ますます警戒心と疑問が膨れ上がる。

《始まりの街》なんて、SAOプレイヤーであるならば誰もが最初に訪れる場所だ。知らないはずがない。

剣から手を離したキリトは、すぐそばの転移門を指す。

 

「転移門の前に立って、街の名前を言えばすぐ到着する」

 

「……」

 

それを聞いて理解したのか、女性はふらふらと転移門へと近づく。がっちりとキリトの腕を掴んで。

 

「え?ちょっ、おい!?」

 

「……転移、《始まりの街》」

 

女性はキリトを連れ添ったままそう呟くと、光に包まれる。それから数秒もしないうちに、始まりの街へと転移していった。

 





次 回 予 告


チカ「キリトさんと、始まりの街で再会した私達」

チカ「昼食に誘ったのは良い物の、そこから激昂したキリトさんと売り言葉に買い言葉で決闘が始まって……」

チカ「次回、【黒の夜想曲:中編~引き金はピアノソナタ『激昂』にて~】」

チカ「うわぁ……これ、かなりヤバいですよ……!?」



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