Re:とあるヒーロー達の異世界生活 (ちるみる)
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怒涛の1日目ともう1人の転移者
プロローグ『ゼロから始まる異世界生活』


先に言っときますが、気分で書いてるので更新激遅です。


目が覚めたら、そこは異世界でした。

 

「ってシャレになんねぇぞマジで...」

 

そう言って、少年は辺りをキョロキョロと見回す。 竜のような異形が車を引き、周りを闊歩するのは派手な髪の毛の人間。 ましてや、猫耳や犬耳を持った人間のような何かでさえも、当たり前のようにそこに存在していた。

 

「意味が、わからない。 まず、何で俺はこんな所にいるんだ? 確か、フィアンマと殴り合った後、大天使とタイマン張って海に...」

 

まさか、死んでしまったのだろうか。 最後の記憶が海の中、ということはそれも十分にあり得る。 それにしても、今時既にテンプレと化したライトノベルあるあるの展開に自分が巻き込まれるなんて何とも複雑である。

 

「ふ、不幸だ...」

 

ツンツン頭の少年、『上条当麻』は、そう言って大きなため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石の学園都市でも、ここまでのメルヘンさは再現できないだろう。

 

そんなことを思いながら、上条は周りを探索し始めた。 現在の彼の格好は長ズボンにパーカーを組み合わせたもので、ごくごく一般的なものであるはずなのだが...。

 

「なんだあの格好」

 

「見たことない服ね」

 

酷い言われようである。 こっちからすればアンタらの服がおかしいんだよと、思わず言い返したくなった上条だったが、更に不審者レベルが上がるのは嫌なので何とか踏みとどまる。

 

(これ、ステイルとか神裂とかだったら怪しまれなかったんじゃないか...)

 

奇抜な服装の知り合いを思い浮かべ、思わず苦笑を浮かべる。

 

と、その時、上条は視界の隅にあるものを捉えた。

 

「ジャージ...?」

 

西洋風の街並みの中で、その人物は圧倒的に浮いていた。 上下ジャージで手にコンビニ袋を下げるその姿は、誰から見ても上条のそれと同類だった。

 

「おい、アンタ! ちょっと待て!」

 

声をかけようとする上条だったが、目つきの悪いジャージの少年はこちらに気付いていないようで、何を思ったか路地裏に入っていった。

 

そして、その後、チンピラ風の三人組が彼の後をついていったことにも気付く様子はなく...。

 

「三人か...隙を突けばいけるか...?」

 

そう言いながら、上条も路地裏へと向かう。 彼から事情を聞くためにも何とかこのピンチを脱せねばならない。

 

そして、路地裏に到着した上条がそこで見たのは...。

 

「すいません。 俺が全面的に悪かったです」

 

少年がチンピラ三人組に向かって美しい土下座をしているという謎の光景だった。

 

「よくもやってくれやがったな...」

 

ナイフを持ったチンピラ三人組のうちの1人が青筋を浮かべて言った。

このままだと、少年がボコボコにされるのも時間の問題だろう。

 

だから、そうなる前に上条は少年の元へと近づいて、

 

「おいおい、こんな所で何やってんだよ〜。 ほら、さっさと行こうぜ」

 

「え?」

 

「あー、すいません、こいつ俺の連れなんですよ。 失礼させて貰いますね」

 

上条の突然の登場に、呆気に取られる少年とチンピラ三人組。 その隙をついて、少年を外へと連れ出そうとした上条だったが...。

 

「...おい待てや! テメェ何のつもりだ!」

 

「ヤバい正気に戻られた! 走るぞ!」

 

「状況が飲み込めねぇ!」

 

チンピラとの逃走劇が幕を開ける...その直前だった。

 

「そこまでよ、悪党」

 

凛とした声が、辺りに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないわ、そこまでよ」

 

声を発したのは、美しい少女だった。 透き通るような銀髪に、端正ながらも幼さの残る顔立ち。 上条も、思わずその姿に目を奪われた。

 

誰も何も言えないでいる中、その少女は更に続けて、

 

「私から盗んだものを早く返して」

 

「あぁ!? 何の話だよ!」

 

「とぼけないで。 私から徽章を盗んだのは貴方達でしょ?」

 

「知らねぇよ! さっきここを通った金髪のガキじゃねぇのか!」

 

チンピラ達の言い分を聞いて、少女は困った顔になった。 おそらく、あてが外れて焦っているのだろう。

 

「嘘ではないみたいね」

 

「そうやって言ってんじゃねぇか! 分かったらさっさとここから...」

 

「でも、だからと言って見逃せる状況でもないの」

 

少女がそう言った瞬間、氷でできた瓦礫ようなものが彼女の周りに浮かぶ。 普通の人間なら、当たればひとたまりもないような代物だ。

 

「魔法!?」

 

「関係ねぇ! 数の暴力に勝てると思うなよ!」

 

と、なおも退く気配のないチンピラ達だったが、

 

「僕のことも忘れて貰っちゃ困るな」

 

何処からともなく聞こえてきた第三者の声。 その声の主は、どうやら少女の左手にいるようで...。

 

「あんまり期待を込めて見られると、なんだね。照れちゃう」

 

そう言って顔を洗ったのは、直立する猫のような謎の存在だった。 それを見て、思わず怪訝な顔をしてしまう上条と少年だったが、どうやらチンピラ達はまた違った感情を抱いたらしい。

 

「クソッ! 精霊使いかよ!」

 

「覚えてやがれ!」

 

「この子に何かしたら末代まで祟るよ? その場合、君が末代なんだけど」

 

猫の恐ろしい言葉に顔を青くして、チンピラ共は逃げて行った。 捨て台詞を吐く辺り、何ともテンプレである。

 

とにかく、チンピラが去った今、ここに居るのは上条、ジャージの少年、そして銀髪の少女(+猫)のみとなった。 事情を聞こうと、上条は口を開こうとしたが...。

 

「動かないで」

 

その行動は、少女の凛とした声に阻まれた。

 

そのまま、少女はこちらをじっと見つめる。 上条達が先程のチンピラとは別だと分かっていても、決して信用しようとはしない冷徹な目だ。

 

見つめられたジャージの少年は顔を赤くして彼女の眼光から逃れるように目を逸らした。

 

「やましいことがあるから目をそらす。私の目に狂いはないみたいね」

 

「どうかな。今のは健全な男の子的反応であって、邪悪な感じはゼロだったけど」

 

「もう、黙ってて! ねぇ、貴方達。 私から徽章を盗んだ犯人に心当たりがあるでしょう?」

 

少女の言葉に、上条は慌てる。 どうやら、何か誤解をされているようだった。

 

「ちょ、ちょっと待った! さっきからその、徽章...って何のことだよ?

全く心当たりが無いのでせうが...」

 

「あ、あぁ、そうだ。 期待させて悪いけど、全然知らない」

 

「嘘っ!?」

 

さっきまでの凛々しい顔が崩れ、あたふたと慌てる少女。 こっちが素なのだろうか。

 

「ど、どうしよう。まさか本当にただの時間の無駄……?」

 

「逃げ足が早そうだったから、もう結構離されてるかもね」

 

少女がチラリとこちらを見る。

 

「あの子たちはどうするの?」

 

その言葉を聞いて、ジャージ姿の少年はようやく立ち上がり、

 

「助けてもらっただけで十分だ。 急いでるなら、早く行ったほうがいい」

 

「あ、まだ立たない方が...ってもう遅いか」

 

少女に向かってそう言うや否や、バタッと倒れてしまった。

 

「お、おい、大丈夫なのかよ、こいつ」

 

上条はジャージの少年の元へと駆け寄るが、少女はそれを無視して猫と何か言い争っていた。

 

「――で、どうするの?」

 

「関係ないでしょ。死ぬほどじゃないもの、放っておくわよ」

 

「ほんとに?」

 

「ホントに!!」

 

猫に反論していた少女は、それまでより一声大きい声で叫ぶ。

 

「絶対のぜったいに助けたりなんかしないんだからね!」

 

「テンプレみたいなツンデレ披露してるところ悪いんだけど、ちょっと手伝ってくんない?」

 

少女の言葉に呆れつつ、上条はジャージの少年を起こそうとする。 思ったより屈強な肉体をしており、上体を起こすだけでも一苦労だ。

 

少女達は、そんな上条に初めて気づいたかのように間抜けな顔を向けた。

 

「...てんぷれなつんでれって何かよくわからないけど、私は本当に....!?」

 

少女の言葉が途中で途切れる。 何事かと見れば、彼女の目は上条の右手へと向けられていた。

 

「あなた...その右手は...」

 

「ん、あぁ、こいつか。 やっぱりわかるのか?」

 

「マナが消滅してる...?」

 

「そのマナってのに心当たりはないけど、原因は俺の右手だ。 こいつは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。 それが異能の力であれば、魔法でも神様の奇跡でも何でも打ち消しちまうらしい」

 

「そんなの...聞いたことないわ」

 

「...あぁ、まぁそりゃそうだろうな」

 

訝しげに右手を見る少女に、上条は肩をすくめる。 と、少女の掌に乗っていた猫が口を開いた。

 

「へぇ〜、興味深いね。 ちょっと触ってみてもいいかな?」

 

「別にいいけど、どうなるかは俺にもわからな...」

 

「えいや」

 

「ってノリが軽いな」

 

そんなことを言い合いながら戯れあっていた上条達だったが、ここで異変が起きた。

 

「パック!」

 

「あー、ちょっと甘く見てた。 君の右手、とんでもないね」

 

「いや、おいおい! 大丈夫かよ!」

 

上条が慌て始めた理由は一目同然、何と、猫の体が徐々に薄くなってきたのである。

 

「ごめん、僕はもう出てこれそうにないや。 リアに何かあれば、僕は盟約に従う。 いざとなったら、オドを絞ってでも僕を呼び出すんだよ」

 

そう言い残して、猫の体は完全に消えてしまった。

 

「もう! 何なの貴方!?」

 

「理不尽! そもそも、今のは俺のせいじゃないだろ!」

 

あたふたして上条を睨む少女に、思わず声を大きくして言い訳する。

 

「ってそうじゃなかった! この子を治療してあげないと...」

 

「あ、結局助けるのね」

 

「無償じゃないわ。 対価はちゃんと頂くわよ」

 

そう言って、ジャージの少年に手をかざす少女。 手を当てた部分が光り、傷が癒えていく。

 

「...凄いな」

 

「別に大したことじゃないわ。 貴方は? 怪我はないの?」

 

「俺は大丈夫だ。 それに回復してもらおうとしても、どうせこいつがダメにしちまうしな」

 

「ホントに全部打ち消しちゃうのね。 すごーく不思議」

 

と、そんな会話をしているうちにジャージの少年が目を覚ました。

 

「あー、えっと、状況が飲み込めねぇ」

 

「あ、気が付いた?」

 

少女に声をかけられ、目を白黒とさせる少年。 何とか状況を理解しようと体を起こすが...。

 

「まだ動かないで。頭も打ってるから、安心できないの」

 

「なんか悪いな、急いでるっぽいのに...」

 

「勘違いしないで。聞きたいことがあるから仕方なく残ったの。それがなかったらあなたのことなんて置き去りにしたわ。そう、してたの。だから勘違いしないこと」

 

「すげー見事なツンデレだな」

 

上条の突っ込みを無視して、彼女は続ける。

 

「それで、貴方は盗まれた私の徽章について何か知ってる?」

 

「あれ、なんかデジャヴ」

 

「質問に答えて」

 

厳しい顔をした少女に気圧され、少年はしどろもどろになりながらも、

 

「えーっと、それでしたらあの……心当たりとか、ないですね、はい」

 

すると、そんな少年に少女は満足そうな顔つきになった。

 

「そう。それじゃ仕方ないわ。でも、私は『あなたは何も知らない』という情報を得ることができたわけだから、ちゃんとケガを治した対価は貰っているわね」

 

「「は?」」

 

ドヤ顔をする少女に、上条は思わず瞠目する。 彼女の言い分は、詐欺師もびっくりのそれであった。

 

「それじゃあ、私は行くわね。 貴方達も気を付けなさいよ? 今度こそは、助けてあげないんだからね?」

 

言うだけ言って、颯爽と立ち去ろうとする少女。 そんな少女に上条は尚も声をかけようとしたが、その前にジャージの少年が行動を起こした。

 

「おい、待ってくれよ!」

 

「なに? 話ならもう終わったわ。貴方とはほんの一瞬だけ人生が交わっただけの赤の他人。いえそれ以下ね」

 

立ち塞がる少年を見て、少女は訝しげに口を開いた。 少年は、彼女の冷たい言葉にも臆さず、更に続ける。

 

「大切な物なんだろ? 俺にも手伝わせてくれよ」

 

「でも、貴方はさっき何も知らないって...」

 

「確かに、盗んだ奴の名前も素姓も性癖もわからねぇけど、少なくとも姿形ぐらいはわかる! 八重歯が目立つ金髪のプリティーガール! 身長は君より低くて胸も小さかったし、歳も二つ三つ下だと思うけどそんな感じでどうでござんしょ!?」

 

勢いよく言った少年だったが、その割には顔色が悪い。 見ているこちらが緊張しそうなその姿に見かねて、上条はフォローを出した。

 

「俺も手伝うよ。 三人寄れば何とやら、だろ?」

 

「お前...」

 

「...変な人たち」

 

上条達を見て、小首を傾げる少女。 突然の無償の協力に戸惑っているのだろうか。

 

「言っておくけど、こう見えて無一文なので、お礼はできません」

 

「あぁ、俺も無一文だからな! 全く問題ないぜ!」

 

「問題大ありだけど俺も無一文だから何も言えねぇ!」

 

上条の突っ込みを無視して、ジャージの少年はドン、と自分の胸を叩いた。

 

「そもそも、お礼なんていらない。 俺が君の手伝いをしたいんだ」

 

「治してあげた対価はもう貰ったわよ?」

 

「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」

 

「ゼンコー?」

 

少女の疑問の声を受けて、少年は自信満々に続ける。

 

「そう、俺らの国での言い伝えでな。それを積むと死んだあとに天国に行ける。そこでは夢の自堕落ライフが待っているらしい。 そうだろ?」

 

「いや俺に振るなよ知らないよ」

 

「俺が言えることでもないけどもうちょっと空気読んでくれない!?」

 

一日一善とはよく言うが、上条の場合は一日一不幸だ。 どれだけ善行を積んだとしても神様は助けてくれないだろうなぁ、と上条は遠い目をした。

 

「と、とにかく! そのために俺は君を手伝う、いや、手伝わせて欲しいんだ!」

 

少年の言葉に、少女は数秒悩む素振りを見せると、観念したかのように口を開いた。

 

「――本当に、変な人たち」

 

「っ、じゃあ」

 

「もう一回言うけど、何のお礼もできないんだからね?」

 

「ノープロブレム! 俺は君の手伝いができればそれでいい」

 

「そっちの人も?」

 

「探し物を探せばいいだけだろ? そんなんでいちいちお礼貰ってたらキリねぇよ」

 

「貴方たち、お人好しなのね」

 

((お前が言うな))

 

心の中で同時に突っ込む2人だった。

 

「んで、君の落とし物を探す前に、ちょっと確認したいことがある。悪いけど、待っててくれるか?」

 

「? えぇ、別にいいけど」

 

少年は少女に了承を得ると、上条に向かって手招きをした。

 

「さてと、そろそろこっちもはっきりさせとかないとな」

 

「そのジャージ、やっぱそうか。 お前も、俺と同じって訳だ」

 

上条の言葉に少年は頷く。 その表情に若干の安堵が浮かんでいるのを見るに、明るく振る舞っているように見えて相応の不安を抱いていたのだろう。

 

「じゃあまずは自己紹介をば。 俺の名前は『ナツキ スバル』! 天下不滅の無一文だ!!」

 

ビシッと指を上に突きつけて叫ぶ少年___否、スバル。 その姿とめちゃくちゃな自己紹介に呆れつつ、上条も口を開く。

 

「俺は『上条 当麻』。 見ての通り、何処にでもいる普通の高校生だよ」

 

上条はそう言って、差し出されたスバルの手を取った。




上条君は一応第三次世界大戦直後の状態です。 1番転移させやすかったのがその時期だった()


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第1話『ハーフエルフの少女』

早々に退場したパックだけど、どうせ1週目はそんなに役に立ってないからいいよね(適当)


少女の徽章を探し始めて1時間が経った。

 

「見つかるどころか、手がかりさえないな...」

 

「いやはやこんな事態になるなんて、この俺の目を持ってしても予想できなかったぜ...」

 

「そういやスバルの目つきって人殺したことありそうなくらい悪いよな」

 

「うるせぇよ!? 人のコンプレックスを簡単にえぐるんじゃねぇ!」

 

やいのやいのと言い合う2人を見て、少女は大きくため息をついた。

 

「手伝って貰ってるこっちが言えることでもないんだけど、もうちょっと真面目にやってくれない?」

 

「はい、すいませんでした」

 

あれだけふざけていた割には素直に頭を下げるスバルを横目に、上条は少女に向かって尋ねる。

 

「そういや、アンタの名前は?」

 

「っ、それは、えぇと...」

 

「そうか、自己紹介がまだだったたんだよな。 じゃあ俺からいかせてもらうぜ」

 

スバルはそう言うと大きく息を吸い込み、

 

「俺の名前は『ナツキ スバル』! 無知蒙昧にして天下不滅の無一文だ!!」

 

上条にした時と同じように、指をビシッと上に突きつけて言った。 それを見届け、上条も自己紹介をする。

 

「俺は『上条 当麻』。 人呼んで不幸の避雷針だ」

 

「えっと、2人とも、すごーく不安になる自己紹介をありがとう」

 

「この子意外と辛辣だ!」

 

「で、君の名前は?」

 

スバルに尋ねられ、動揺を浮かべる少女。 もしかしたら、何かしらの理由で名前を教えられないのか。

 

そう思った上条は口を開こうとしたが、それを遮るように少女は小さく呟いた。

 

「――サテラ」

 

「お?」

 

「サテラ、とでも呼ぶといいわ。 家名はないの」

 

名乗っておきながら、そう呼ぶのを拒絶、嫌悪するような態度だった。

やはり、何かしらの事情はあるのだろう。 だが、そこを深く聞くほど上条は図太くはない。 空気を変えるために、違う話題を口にする。

 

「そうだ、俺が消しちゃった猫はなんて名前なんだ?」

 

「消しちゃったって何食わぬ顔で何言ってんのお前!?」

 

予期せぬ上条の言動に驚愕するスバル。 だが、実際にその通りなのだから仕方ない。

 

「あぁ、パックのことね」

 

「「パック?」」

 

「...大精霊だから、そう簡単に消えないはずなんだけれど...」

 

少し不安そうに呟くサテラを見て、罪悪感が湧く上条。 向こうからやってきたこととは言え、その結果はある程度は予想のつくものだった筈だ。

 

「悪かった。 次は気を付ける」

 

「別に謝ることないのに。 あれはパックが勝手にやったことなんだし」

 

もう、ほんとに後先考えないんだから、と文句を言いながらぷんすかと怒るサテラ。

 

「そういえば俺も猫を飼ってるんだ。 スフィンクスって言うんだけど...」

 

「ネーミングセンス!」

 

スバルの突っ込みを適当にあしらいつつ、上条は今後の行動について考える。 このまま3人で探すか、それとも3手に分かれて探すか。

 

サテラにそのことを聞くと、

 

「一緒に探すわよ。 貴方達、目を離すとすぐ何処かに行っちゃいそうだもの」

 

「いやいや、そんな、子供じゃないんだから..」

 

思わぬ答えにしどろもどろになるスバルに、サテラは更に追い討ちをかける。

 

「じゃあスバルはここが何処か分かる? というかずっと思ってたんだけど、貴方達は何処から来たの?」

 

珍しい服を着てるし、と呟くサテラ。 一方、問いかけられたスバルは胸を張って自信満々に答えた。

 

「テンプレ的な答えだと、たぶん、東のちっさい島国から来たってことになるな! ちなみにここが何処かは全くもって知らないぜ!」

 

その答えを聞いて、サテラはスバルを白い目で見る。

 

「ここ、ルグニカは大陸図で見て一番東の国だけど」

 

「あれ、マジで!? ここが東の果て? 憧れのジパング!?」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」

 

(サテラにとっては)訳の分からないことを言うスバルを見て、サテラは大きくため息をついた。

 

「んじゃ、自己紹介も済んだことだし、そろそろ再開するか」

 

「えぇ、日が暮れると危ないもの」

 

異世界での無防備な夜だなんて、想像するだけでゾッとする。 見ぐるみ剥がされて売り飛ばされるか、やばい生物に食べられるかがオチだろう。

 

「っしゃあ! 気合入れていくかぁ!!」

 

気合十分のスバルと共に、上条達は徽章探しを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に1時間が過ぎた。 その間、特に何もなかった。

 

「やばい...これはもしかして、もしかしなくても足手まといになっているのでは...!?」

 

「サテラも頑張ってるっぽいけど、進捗は微妙だな...」

 

スバルが見たと言う盗人の特徴を元に聞き込みをしていた上条達だったが、進展は芳しくなかった。 上条はともかく、スバルは人との会話が苦手なようで、まず人に話しかけるところから苦労しているようだ。

 

それに、サテラに関しては心なしか避けられているように見える。 いかにも上の身分に見えるあの服装が原因なのかもしれない。

 

「ところで、スバルは何歳なんだ?」

 

重い空気を払拭しようと、上条はスバルに声をかける。 サテラは今聞き込みをしているので、会話を聞かれる心配もない。

 

「17だ。 見たところ当麻も同じぐらいだろ?」

 

「俺は16....あれ!? ってことはスバルって俺の先輩!? 同じ高校だったら敬語使わないといけないところだな」

 

ちなみに、出席日数の問題上、上条は進学できるか怪しいところにいる。 もしここにいる間も向こうで同じように時が流れていたら、流石に留年かなぁ...と遠い目をする上条だったが、そんな彼の耳に意外な言葉が聞こえてきた。

 

「そっ、か、当麻は高校にちゃんと行ってだんだな。...ま、普通はそうだもんな」

 

ぽつりとそう漏らしたスバルの目には、うす暗い感情が浮かんでいた。

 

(やべっ地雷踏んだか?)

 

慌てた上条は何とか話題を逸らそうとするが、その前にスバル自らがこちらに話を振ってきた。

 

「何処に住んでたんだ? 流石に日本国内だよな?」

 

「あぁ、俺は『学園都市』の学生だ」

 

「??? ガクエントシ...?」

 

知らない単語を耳にしたかのようにスバルは首を傾げる。

 

「何処だそこ? 俺ってば、あんまり地理は詳しくないんだが...」

 

「おかしいな。 日本に住んでれば、いや、例え何処に住んでいようと嫌でも耳にする筈なんだが」

 

と、ここでスバルが何かを閃いたかのようにポン、と手を叩いた。

 

「もしかして、俺達も元の世界が違う、とか...」

 

「...なるほどな。 それは考えてなかった」

 

「ちなみに、そのガクエントシってのは?」

 

「超能力を開発するところ」

 

「間違いなく世界が違ぇ!」

 

どうやら、スバルの推測通りのようだ。 話を聞けば、スバルの世界は魔法も超能力もない至って普通の世界らしい。 自分もそっちの方が良かったなぁ、と思わず上条は呟いてしまった。

 

「いやいやめちゃくちゃ面白そうじゃねぇか! ...で、当麻はなんか能力持ってんのか?」

 

「うんにゃ、無能力。 生まれつきの能力っぽいものはあるけどな」

 

「どういうことなの...。 てかそれに比べて俺ってば恵まれなさ過ぎじゃねぇ!? 異世界召喚されたのになんのチート能力もないなんてありえねぇだろ!」

 

確かに先ほどチンピラ達に土下座していたところを見るに、スバルの戦闘力は大して高くないように思える。 まぁ、上条も人のことは言えないのだが。

 

「ここはいずれ芽生えるだろうスバルの能力に期待だな」

 

「任せろ! 異世界転移者にふさわしい能力を必ずや開花させてやんよ!」

 

と、各々が元の世界について話し合ったところで、サテラが聞き込みを終えて戻ってきた。

 

「随分と仲良しね」

 

「ほっとけ。 で、なんかわかったのか?」

 

「特に進展はなし。 ほんとに困っちゃう」

 

案の定、聞き込みはうまくいかなかったようだ。 どうしようか、と上条が考えていると、スバルがサテラに向かって言った。

 

「盗まれたってことはスリがいるってことだよな。 でも、見た感じ表通りはそんなに治安が悪いようにも見えない。 もしかしたら、こことは別の場所にスラム街みたいなところがあって、犯人はそこに住んでるのかもな」

 

「すらむ...よくわからないけれど、一理あるわね」

 

スバルの言葉を聞いて、サテラは難しい顔で思案する。

 

「ってことは、そっち方面に詳しそうなヤツに当たるってことか。 さっきのチンピラ達に聞いとけばよかったかもな」

 

上条はスバルに絡んでいたチンピラ達を思い出してため息をついた。 テンプレも呆れるくらいのテンプレだったが、だからこそ何かのヒントになっていたかもしれない。

 

「あのチンピラ共も君がパパッと脅せば1発で情報吐きそうだな...」

 

「脅すだなんて、そんなことしないわよ」

 

お人好しだもんな、その一言を何とか飲み込んで上条は辺りを見回す。 もしかしたら、柄の悪そうか人物がいるかもしれない。

 

と、ここでサテラが口を開く。

 

「このままじゃらちも開かないし、私は精霊に聞いてみる」

 

「「精霊?」」

 

「そ、こう見えて私は精霊使いなの」

 

至って普通のことのようにサテラは言ったが、上条達にとっては別次元の話なのでいまいちピンとこない。 そういえばパックが大精霊だとか言ってたな...などと考えながら上条は曖昧な笑みを浮かべた。

 

一方でスバルは精霊使いという響きに興奮したようで、サテラに詰め寄っていた。

 

「すげぇ! 見たところ俺達と同い年くらいだよな? それなのにそんな凄そうなことができるとか...」

 

「その予想は当てにならないと思う。 私、ハーフエルフだから」

 

驚嘆を口にするスバルだったが、それはサテラの呟きに遮られた。

 

「なるほど、出会った時からエルフだとは思ってたけどハーフエルフかぁ……」

 

納得したように頷くスバルを見て、サテラの瞳に諦観と失望の感情が浮かんだように見えた。 しかし、そんな彼女と正反対に明るい笑みを浮かべたスバルは、

 

「どうりで可愛いと思ったぜ!」

 

「え?」

 

スバルの返答が思わぬものだったのか、サテラが目を丸くする。

 

「なるほどな、ハーフエルフだから見た目の年齢と実年齢が違うって訳だ」

 

「あぁ、よくいるよな」

 

「いやいねぇよ!? お前マジでどんな世界で生きてきたの!?」

 

サテラはやいのやいのと騒ぐ上条達を見て、

 

「――――ぁ」

 

かすかに喉を震わせ、二人から顔をそらして後ろを向く。そして距離を少し取り銀髪に手をやり頭を抱え込んでしまった。

 

「...えっと、また俺なんかやっちゃいました?」

 

「女の子に実年齢を聞いたからじゃ? 重罪だぞ」

 

「あれ!? もしかして意図せぬセクハラを!?」

 

慌てるスバルだったが、どうやらサテラが動揺した理由はそれではないみたいで、

 

「もう、2人のオタンコナス」

 

いつの間にか立ち直った彼女は、開口早々そんなことを言った。

 

「オタンコナスってきょうび聞かねぇな...」

 

「きょうび聞かないってきょうび聞かねぇな...」

 

「もう、茶化さないで! ほら、徽章を再開するわよ!」

 

照れ隠しのようにそう叫ぶサテラに、思わず苦笑する。

 

今度こそ、と意気込むスバルと共に、上条は微妙に早足で先を行くサテラの後を追いかけていった。




なにぶん僕の性格が適当なので、たまに原作の会話が違う場面で行われることがあります。 出来るだけ気を付けますが、把握しておいてくださると幸いです。


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第2話『剣聖』

はやく1月になんねぇかな


少女――サテラが壁側に佇み、まるで祈るような体制をとっているのが目に入った。よくみると唇がかすかに動いているのがわかる。

 

彼女は暫くそうしていたが、ふと顔を上げて上条の方を見た。

 

「すごーく悪いんだけど、ちょっとだけ何処かに行っててくれない?」

 

「え? なんで?」

 

唐突なサテラの言葉に疑問の声を上げるスバルだったが、上条には彼女の言動の理由がある程度予想できた。

 

(俺の右手、か)

 

上条は目線を自分の右手に落とす。

 

「えっと、スバルは別にそのままでいいの。 でも、トウマが居ると精霊達が怖がっちゃうみたいで...」

 

「えっ、当麻怖がられてんのかよ」

 

「わかった、俺はそこら辺で適当に時間を潰しておくから、終わったら教えてくれ」

 

スバルもしっかりな、と去り際に言って、上条は一旦彼らの元から離脱した。

 

(うーん、どうするか...。 サテラの精霊への聞き込み調査もどのくらいのものか分からないし、こっちでも一応聞き込みしとくか?)

 

そう考えながら通りをブラブラと歩いていた上条だったが、

 

「...なんか腹減ったな」

 

そういえばここに来てから何も口にしていない。 上条は自分のポケットをまさぐるが、案の定すっからかんで肩を落とした。

 

「そりゃ海に落ちたんだからないよな...不幸だ...」

 

言語が通じるのは幸いだったが、無一文では何も買えない。 そういえばスバルはコンビニ袋を提げていたし、何か食料を持っていたのだろうか。

 

「おい」

 

と、上条の肩に何者かの手がかかる。

 

「さっきはよくもやってくれたな」

 

「げっ」

 

聞き覚えのある声...というかつい先程聞いたばかりの声を耳にして、上条は思わず顔をしかめる。

 

「...どちら様でしょうか」

 

「とぼけんじゃねぇよ。 さっきのガキ共の仲間だろ? ちょっと面貸せや」

 

三十六計逃げるに如かず____上条は手を振りほどいて逃げ出そうとするが、直後、首に当てられた冷たい感触に動きが止まる。

 

「抵抗するんじゃねぇ。 こっちは3人だ、お前1人でどうにかなるとでも思ってんのか」

 

3人____先程スバルに絡んでいたチンピラ達が上条の周りを囲む。 流石に表通りで騒ぎを起こすつもりはないのだろうか、どうやら上条を路地裏まで連れて行こうとしているようだった。

 

(隙を見て逃げ出すしかないか...)

 

上条の幻想殺しはナイフには効かない。 そう考えると、チンピラ達は上条にとっては最強の敵だった。

 

「チッ、手間取らせやがって」

 

ようやく抵抗しなくなった上条をチンピラ達が裏路地まで連れ込む。

 

「一文無しをこんなところまで連れてきてどうする気だよ...」

 

「金がないなら珍しい服でも何でもいい...さっさと黙らせて見ぐるみ剥がすぞ」

 

どうやら、本気のようだ。 となると『黙らせる』というのも単に気絶させるという意味ではないだろう。

 

(3人だけなら割とどうにかなりそうだけど、ナイフがネックだな。 やっぱ逃げるか...?)

 

だが、チンピラ達は見た目に寄らず用心深く、きっちりと逃げ場のないように上条を囲んでいた。 その周到さを他に活かせよ、と思わず上条は場違いな気持ちを抱く。

 

「チッ、だんまり決め込んでんじゃねぇよ。 お前ら、さっさとやっちまうぞ」

 

チンピラ達が上条ににじり寄る。 上条も、諦めて戦闘態勢を取った。

 

と、ちょうどその時だった。

 

「そこまでだ」

 

路地裏に響いたのは、凛とした知らない男の声。

 

「あぁ!? 誰だ...よ」

 

気分を害され罵声を上げたチンピラだったが、声の主を見るなりその怒りも萎んでいく。

 

現れたのは、燃えるような赤髪の持ち主。 その下には真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸がある。 常識外れに整った顔も伴って、彼が桁違いの存在であると知らしめていた。

 

「ま、まさか……燃える赤髪に空色の瞳……鞘に竜爪の刻まれた騎士剣」

 

チンピラは男の顔、そして腰に下げられた剣を順に指差して、身震いする。 それはまるで、蛇に睨まれたカエルのような...。

 

「剣聖...剣聖『ラインハルト』!?」

 

「どうやら、自己紹介は必要なさそうだね。 ...もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎるが」

 

威圧感が辺りに浸透する。 それは、おそらく助けられたであろう上条でさえも戦慄するものだった。

 

彼が規格外だと、この場の誰しもがそう実感していた。

 

「今逃げるなら、追わない。 もし抵抗するならその場合は3体2。 数では不利だが、一応僕も腕に覚えのある騎士だ。 僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として全力を出させてもらおう」

 

「クソッ、割に合わねぇ!」

 

チンピラ達はラインハルトの言葉に後退りする。 誰の目から見ても、そして誰が相手でも、彼に勝てないのは明白で____。

 

「覚えてろよ!!」

 

これまた、テンプレの捨て台詞を吐きながらチンピラ達は逃げていった。 それを見て、上条は思わずホッと息をつく。

 

「怪我はないかい?」

 

「あぁ、大丈夫だ。...えっと、ラインハルトだったか? 助かった、ありがとう」

 

「いや、僕ももっと早く気付くべきだった...」

 

「何言ってんだ、路地裏で起こったことなんだから気付かないのが普通だろ? あと、俺は上条 当麻だ。 よろしくな、ラインハルト」

 

ようやく『こっち』でのちゃんとした知り合いができた、その事実に上条は嘆息する。

 

「ちゃんと事情を聞きたいところだけど、少し人を待たせていてね。 ここで失礼させてもらうよ」

 

「そうだ、そういや俺もサテラ達と合流しないといけなかったな...」

 

何気なく呟いた上条だったが、ラインハルトはその言葉に目を見張った。 何事か、と動揺する上条に、彼は疑念の声をかける。

 

「サテラ...今、君はそう言ったのか?」

 

「あ...あぁ、そうだ。 それがどうかしたか?」

 

ただ事ではないラインハルトの表情に驚く。 あれほど規格外の彼をここまで動揺させる存在は一体何なのか...。

 

「有り得ない...嫉妬の魔女_____アレは、封印された筈...」

 

「お、おい、何の話だよ? 現に、あの子はそう自称して...」

 

「だとすれば、それは偽名だ。 トウマ、気を付けた方がいい」

 

思わぬ発言に上条は目を白黒させる。 それと同時に、彼女がサテラと名乗った時の形容し難い拒絶感を思い出した。 偽名...それもかなりタチの悪い偽名だと考えれば、少女の抱くあれにも納得がいく。

 

「では、今度こそ本当にお別れだ、トウマ。 また困ることがあったら僕を頼って欲しい」

 

そう言い残し、去っていくラインハルトに、上条は何も言えなかった。

 

サテラが、偽名_____。

 

何故、誰のために、こんなことをする必要があったのか。 理由も分からない彼女の行動に、上条は拳を固く握る。

 

「やっぱり、信用されてなかったのか...」

 

当たり前だ。今日会ったばかりの見ず知らずの他人に、簡単に個人情報を教えられるものか。 それも、意味不明の理由で自分を手助けしようとする上条達を信じられる訳がない。

 

...と、そんな風に無理矢理納得しようとする。 だって、それが1番納得のいく理由だ。 彼女が、上条達を信じられなかった。 至って単純で、何とも至極真っ当で正当な理由である。

 

...だけど_____。

 

「そんな訳がねぇ」

 

彼女は、超が付くほどのお人好しではなかったか?

 

「あぁ、そんな訳がないんだ。 あの子は、都合の良い話だけど、俺達を信用していた」

 

だとすれば、偽名を使った理由は何だ。

 

上条は、『サテラ』と聞いた時のラインハルトの表情を思い返す。 驚愕、動揺、怒り、そして僅からながらの恐怖。 少し、ほんの少しだが、ラインハルトの瞳には確かに恐怖の感情が浮かんでいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

怪物の名を騙り、上条達を恐怖させ、自分から遠ざけ、トラブルに巻き込まないようにする。 それが、あの優しい少女が考えた、上条達への不器用な配慮だったのではないか?

 

「...ふざけるな」

 

上条の拳がさらに強く握られる。 あのあどけない少女をこうまでさせるこの世界は、一体何だと言うのだろうか。

 

怒りのままに、上条は路地裏を出る。

 

と、そんな彼にかかったのは予想だにしない言葉だった。

 

「危ない!」

 

「あ」

 

馬車____ではなく、異世界特有のファンタジーな竜車。 恐らく暴走したであろうそれが、上条の元へと突っ込んだのである。

 

避ける術はなかった。 全ての異能を打ち消す右手も、純粋な質量が相手ではどうしようもない。

 

辺りの悲鳴と、内臓が吹っ飛ぶかと思うくらいのとんでもない衝撃を受けて、上条は意識を手放した。

 




上条さんが名前呼びされるのめちゃくちゃ違和感あるな


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第3話『ナツキスバルのリスタート』

一章はなかなか上条さんの活躍の場がないね


目が覚めたら、そこは異世界でした。

 

「って今度こそ本当の本当にシャレになんねぇぞ...」

 

竜車に激突し、気を失っていた(はずの)上条が目を開けると、そこにはこの世界で最初に見た光景と同じそれが広がっていた。

 

(しかも気を失ったのに立ってる...?)

 

諸々の疑問は尽きないが、だからと言ってボーッと立っていても状況は変わらない。 上条は、ひとまず辺りをふらふらと周ってみることにした。

 

「さっき、俺が竜車と衝突した場所は...」

 

何かが引っかかる。 周りの景色は先程と何ら変わりないが、そこが逆におかしく感じる。

 

「何も、ないか...」

 

竜車との衝突場所に行っても、特に変わりは見られなかった。 事故などなかったかのように、周りの人々は悠々と歩いている。

 

まだ釈然としない上条は、何となく路地裏に足を踏み入れていた。

 

と_____。

 

「当麻...?」

 

そこには、先程別れたジャージの少年が立っていた。

 

「スバル、か?」

 

「いやー、トンチンカンの奴ら、また性懲りもなく絡んできやがってさぁ。 今度はちゃんと返り討ちにしてやったけどな!」

 

いつもと同じ、お気楽な調子で語るスバルだったが、上条は気付いてしまった。 ____その足が、震えていることに。

 

「...何があったんだ?」

 

「わかんねぇ。 正直、何が何だかって感じだ」

 

「俺と別れた後に何があった?」

 

上条の質問にスバルは言葉を詰まらせる。 僅かばかりの沈黙の後、彼は意を決したかのように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? 死んだ?」

 

「俺も信じたくはない。 ただ、あの痛みと喪失感は本物だ。 夢だとは、さらさら思えねぇよ」

 

結局、あの後スバル達は犯人の拠点であろう盗品蔵を見つけていたらしい。 が、入った瞬間に何者かに殺されてしまう...それがスバルの言い分だった。

 

「ヤクザみたいな果物屋に綺麗な奥さんがいたとか、あの子の新たなお人好しエピソードとか、そこら辺は一旦隅に置いとくぞ。 問題は、スバルが殺されたこと、それと今の時間だ」

 

「今...昼、だよな?」

 

半信半疑、と言った様子で呟くスバルに上条は眉をひそめる。 言うまでもなく、今は昼だ。 そこに疑問の余地は無いはずだった。

 

だが、そんな上条の心情を裏切るかのようにスバルは続ける。

 

「俺が盗品蔵に入った時、確か既に辺りは暗くなっていたはずで...」

 

「なんだって?」

 

予想だにしない一言に、上条は思わず聞き返してしまう。 少なくとも上条が竜車と衝突した時、時刻は夕方にも差し掛かっていなかった筈だ。

 

「俺が考えるに、可能性は2つだ。 実は殺されたってのが勘違いで、ただ単に一日中気を失ってたってだけか、もしくは...」

 

「もしくは?」

 

スバルは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに次の言葉を紡いだ。

 

「時間が巻き戻った。 俺的にはこっちの方が有力だと思ってるんだけど、どう思う?」

 

「スバルの死を起点にってことか?」

 

「そう、名付けて『死に戻り』ってね。 確かにチートには変わりないんだけど、俺が想像してたチートとはだいぶ違ってガッカリだぜ」

 

さらっと簡単に言うスバルだが、本当ならかなり衝撃の事実だ。

 

「思い返せば、トンチンカンの反応もちょっとおかしかったんだよな。 あれも2週目ってことなら納得がいくぜ」

 

「さっきから気になってたんだけど、トンチンカンってあのチンピラ達のことか?」

 

確かに妙にしっくりくるニックネームだ。 今度から自分もそう呼ぼうと、心の中でどうでもいい決意をする。

 

「てか俺に負けず劣らず、当麻もなかなかの体験してない?」

 

「再びトンチンカンに絡まれて、ラインハルトとかいうチートっぽい奴に助けられて、竜車に跳ねられただけだ、大したことねぇよ」

 

「それで俺が死ぬまで気失ってたってゾッとしねぇ。 当麻と合流できれば俺も死んでなかったかもなぁ...」

 

遠い目をするスバルだったが、残念ながらそれは望み薄だ。 魔術師とか超能力者ならともかく、普通の殺人鬼には幻想殺しは全くもって意味をなさない。

 

「まぁつまり、俺がいたところでスバルが死ぬ運命は変わらないんだが...」

 

「だからと言って何もしない訳にはいかない...ってことだろ? よし! じゃあ、早速盗品蔵にレッツゴー」

 

「そうだな、行動を前倒しにすれば何かが変わるかもしれないし」

 

上条とスバルだけで状況が変わるとは思えないが、行動を早く起こせば事件を未然に防げるかもしれない。

 

そんな淡い希望、そして意気込むスバルと共に、上条は盗品蔵へと足を向けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばサテラって偽名らしいぞ」

 

「さらっととんでもねぇことぶっ込んできた! どこ情報だよ、ソースは!?」

 

盗品蔵に向かう最中、ふと思い出したことをスバルに伝えておく。 突然すぎたのか、予想以上に驚かれたが。

 

「ソースはラインハルト」

 

「うわ会ったこともないのにめっちゃ信憑性ある」

 

経緯はともあれ、スバルもサテラが偽名だという事実を受け入れた。 どうやら、彼も会話の所々で違和感を感じていたらしい。

 

「で、ちゃんと盗品蔵の場所、覚えてんのかよ」

 

「それはもちろん。 この俺、ナツキスバルの記憶力を舐めないで頂きたい」

 

自信満々に胸を張るスバル。 そんな彼の言葉はあながち嘘でもなかったようで、上条達は何のトラブルもなく、徽章盗みの犯人がいるスラム街らしきところまで辿り着くことができた。

 

「ビビんな、ビビんな、ビビんなよ、俺。バカか……いや、バカだ、俺は。ここまできて答えを見ないでなんて帰れるかよ」

 

「・・・」

 

盗品蔵が近づくにつれ、足の震えが大きくなっていくスバル。 それも無理はない。 何しろ彼はここで一度、正真正銘死んでいるのだ。

 

「スバル」

 

「...大丈夫だぜ。 今度は俺1人じゃない、『上条当麻』っていう頼りになる後輩がいるんだからな!」

 

スバルは、自身の膝を思いっきり手で打つと、襲いくる恐怖を打ち消すかのような悪い笑みを浮かべる。

 

「気合十分。 行こうぜ、当麻」

 

ついに、盗品蔵の前に辿り着いた。 通常より遥かに大きいその扉は、上条達の行手を阻むかのように泰然としている。

 

「誰か、いますか」

 

スバルは、その扉を軽くノックした。 返事はない。 その静寂と沈黙は、スバルの焦燥感を更に高めていく。

 

「誰か……誰かいるだろ! いてくれよ、頼むよ、返事してくれ……頼む」

 

焦り、恐怖、様々な感情に襲われるスバルは、戸が軋むほどに強く拳をぶつける。

 

「落ち着け、スバル。 いざとなったら2人でドアを蹴破れば...」

 

「――やめんかぁ!! 合図と合言葉も知らんで、そのうえ無断で侵入しようとする輩がどこにおる!!」

 

突如として、今まで沈黙していた扉が何者かによって勢いよく開け放たれる。 そのはずみに、今まで縋り付くようにしていたスバルが凄まじいスピードで吹き飛んだ。

 

そして上条も、スバルよりはマシだったが、衝撃で後ろに倒れ込んでしまった。

 

そんな上条達を気にすることもなく、盗品蔵の中から現れたのは、大柄で禿頭の老人。

 

元は白かったのかもしれない上着は、埃と長年の汗で茶色く変色し、臭いもどぶ川のようにひどい。見るからに不衛生な有様だ。その衣服の下には筋肉質な肉体が詰まっていて、その年齢を感じさせる見た目に反して弱々しさの一切を思わせない強靭さが見え隠れする。

 

巨大な老人は、上条とスバルの顔を交互に見やり、訝しげな表情を浮かべた。

 

「なんじゃお前ら! 見覚えのない面ぶら下げて、何しにきたんじゃ! どうやってここを知った、どうやってここに辿り着いた! 誰の紹介じゃ!」

 

唾を飛ばしながら凄まじいスピードで質問を投げかけてくる巨人。 上条も、スバルも、その勢いに気圧され、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互いに強烈な出会いとなったものの、何とか盗品蔵の中へと招き入れて貰った上条達。

 

カウンターらしき場所の固定椅子に座り、話を聞いてもらうことになった。

 

「なんじゃさっきからもじもじしおって……タマの位置がそんなに気になるか」

 

「別にチンポジ気にしてるわけじゃねぇよ。ってか、下で会話始めんなよ。あと菓子全部食うな」

 

スバルが居心地悪そうにするのも仕方ない。 固定椅子はかなりささくれ立っており、座っただけでも尻が痛くなる。

 

が、そんなことなど最早どうでもいい。 上条はコンビニの袋を指差し、がくりと肩を落とす。

 

「スバルはやっぱり食料を持ってたんだな...不幸だ...」

 

「思ったより不幸自慢が面倒くせぇ! 食料ったってこのスナック菓子1つだけだろうが...ってかおい全部食うなジジィ!」

 

スバルが慌てて叫ぶが、時既に遅し。 あっという間にスナック菓子の袋は空になってしまった。

 

「あーっ! 全部食いやがったな!?」

 

「なんじゃケチ臭い。こんなうまいもんをひとり占めなんぞ、地獄に落ちるぞい」

 

「あれぇ!? 俺が食う前に全部無くなってる!?」

 

「当麻もうるせぇよ!」

 

慌てて菓子袋を奪い返すスバルだったが、既に袋にあるのは残骸のみ。

少ないとはいえ、貴重な食料の消失に頭を抱える。

 

「ああ……貴重なコンポタが。もう二度と味わえないかもしんないのに」

 

「なんじゃ、そんな貴重な食い物だったか。なんじゃったら残りは複製魔法でも依頼したらどうじゃ」

 

「複製魔法?」

 

「まぁ、味は劣化するかもしれんがな」

 

唐突に都合のいい魔法の存在を仄めかす老人。

 

(何か、あっちの魔術より便利そうだな...)

 

少なくとも上条の知る限りでは、ものを複製する魔術など見たことがない。 ...『黄金錬成』とかいう上位互換なら知っているが。

 

まぁ複製魔法でコンポタを増量したとして、右手で触れちゃったら消えるんだけどね、と遠い目をする上条だった。

 

「左手で食うか...」

 

「? 何の話?」

 

戸惑うスバルを無視して、上条は盗品蔵の中を見渡してみる。 棚には、盗まれたであろう物品がぎっしりと詰まっていた。 その中に、例の徽章が無いかと目を凝らしてみるが___________。

 

「なんじゃ小僧ども――盗品に、興味があるのか?」

 

老人は、いきなり核心を突いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な老人_____ロム、と名乗った彼は、見た目に反して話の早い人物で、『商人に道を教えてもらってここまで来た』というこちらの言い分に早々に納得した。

 

「ま、ここにくる奴の目的なんぞ二つにひとつ。盗品を持ち込むか、盗品自体に用があるか――そのどっちかじゃからの」

 

「あぁ、俺達は後者だな」

 

だが、ここに来た目的はそれだけではない。

 

スバルは迷うかのように目を右往左往させると、恐る恐る、と言った感じでロムに問う。

 

「馬鹿げた話なんだが……爺さん、最近、死んだことないか?」

 

「!?」

 

あまりにも唐突、なおかつ突っ込みどころ満載のスバルの質問に目を見張る上条。

 

(ロムも死んでた...そういうことなのか...?)

 

だとすればスバルの質問にも納得がいく。 ...少しストレートすぎる気はするが。

 

案の定、質問を受けたロムも大声で笑い出した。

 

「がははは、何を言い出すかと思えば。確かに死にかけのジジイなのは認めるが、あいにくと死んだ経験はまだないな。この歳になればもう遠い話じゃないと思うがの」

 

「なんつージョークだよ」

 

幸い、冗談だと受け取られたようだ。 だが、これで例の『死に戻り』の可能性は更に高まった。

 

(殺人鬼が来るタイムリミットが分からない以上、さっさと徽章を頂戴した方がいいな)

 

(あぁ、じゃねぇと...殺されちまう)

 

ガハハ、となおも豪快に笑うロムだったが、神妙な顔をしている上条達に気付くとそれをぴたりと止めた。

 

そして、真剣な表情で、酒用のグラスをスバルの前に差し出し、

 

「飲め」

 

空のグラスに酒瓶を傾け、なみなみと琥珀色の液体が注ぎ込まれる。それを黙って見守るスバルに対し、ロム爺はもう一度「飲め」と短く言った。

 

「悪ぃけど、そんな気分じゃねぇよ。それに酒飲んで悪ぶるほどガキじゃねえんだ」

 

ロムはスバルの言葉に鼻で笑い、

 

「阿呆が。酒飲んで悪ぶれんのをガキと言うんじゃ。グイッと飲んで、腹の内側を燃やしてみろ。熱さに耐え切れなくなって、色んなもんが吐き出てくる」

 

三度「飲め」というロムに気圧され、ついにスバルはグラスに口を付けて中の液体を一気に飲み干した。

 

「っぷはぁ! があ! マズイ! 熱い! クソマズイ! ああ、マズイ! もう一杯何て言えねぇ‼」

 

「何回も言うな、罰当たりが! 酒の味がわからん奴は人生の楽しみ方の半分がわからん愚か者じゃぞ。ほれ、お前さんもどうだ?」

 

「いや、俺は...」

 

「そら」

 

「!?」

 

飲酒を拒否しようとした上条だったが、スバルに無理矢理飲まされてしまった。 思わず咳き込み、怒鳴る。

 

「お前! てか不味ッ!?」

 

「なんじゃと!」

 

不味いと言うより、味がまるで分からない。 度数が強すぎるのだろう。

 

「オイオイ上条さん人生初犯罪だよどうしてくれる」

 

「安心しろ、俺もだ」

 

「と思ったけどそういえば不法入国とかやっちゃってた」

 

「真面目にお前の過去が気になる!」

 

思えば英語もろくに喋れないのに海外行きすぎだよなぁ、と遠い目をする上条にスバルは愕然とする。

 

そのやり取りを見て、ロムは笑いながら再び酒を口にした。 豪快に、グラスに注がずに酒瓶をひっくり返してラッパ飲みだ。

 

そして、そのままスバルに問う。

 

「これで、ちったぁ吐き出せそうな気がするか?」

 

「……ああ! ちっとだけな! 爺さん、もう一個の目的の方を果たすぜ」

 

酒を飲んだことにより、いつもの元気を取り戻したスバル。 彼は蔵の奥を指差して、

 

「宝石の埋め込まれた徽章を探してる。 それを、譲ってもらいたい」

 

そう、ここに来た理由は、『死に戻り』について確認する以外にももう一つ。 サテラ(偽)の盗まれた徽章を取り戻すという明確な目的があった。

 

だが、そんなスバル達を裏切るかのようにロム爺は難しい顔をして、

 

「宝石の入った徽章……いや、悪いがそんな品物は持ち込まれておらんぞ」

 

「……本当にか? よく思い出せよ。ボケてんじゃねぇのか、ガタがきて。それか酒の飲み過ぎ」

 

「そこまで耄碌しとらんわい。 ...じゃが、実は今日は大口の持ち込みがある、そう聞いておる。_____宝石入りの徽章とやらなら、十分にその可能性がある」

 

「!!」

 

十中八九それだろう。 殺人鬼に出会う前に徽章に辿り着けたことに思わず安堵する。

 

「妙に安心しとるとこ悪いが、持ち込まれてきたもんをお前さんが買い取れるかどうかはまた別の話じゃぞ? 宝石付きの徽章となれば、それなりの値でさばけるだろうしの」

 

「ハッ! いくら足下見たって無駄だぜ。なにせ俺は一文無し!」

 

「話にならんじゃろうが!」

 

思わぬスバルの言葉に怒鳴るロム爺。 無理もない、何せスバルは交渉のテーブルにつく権利すら持ってないのだ。

 

その筈だったが_____。

 

「ちっちっち。確かに俺は金はない。だ・け・ど! 世の中、物を手に入れる手段はお金だけじゃない」

 

スバルは自信満々に指を立て、

 

「物々交換ってのがあるだろ?」

 

「えぇ? スバルってそんな高そうな物持ってそうにないけど...」

 

「うるせぇ何も持ってない当麻に言われたくねぇよ」

 

顔を覆ってめそめそし始めた上条を無視し、スバルは再びロムに向き合う。 ロムが否定しないのを見て、ポケットからある物を取り出した。

 

「なんじゃこれ。初めて見るの」

 

「これぞ、万物の時間を切り取り凍結させる魔器『ケータイ』だ!」

 

「あぁ俺がロシアで落としてきたやつね」

 

「ロシア!?」

 

交渉が、始まる。

 

 




俺、実は来年受験生なので、ここから更に投稿頻度が落ちます。 ご了承ください。


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第4話『交渉人か、殺人鬼か』

めちゃくちゃお久しぶりです、受験生は辛いよ。


「これぞ、万物の時間を切り取り凍結させる魔器『ケータイ』だ!」

 

スバルが意気揚々と取り出したのは、上条も持っていた普通のガラケーだった。 ...とある理由で今は手元にないが。

 

すると、スバルは素早くガラケーを操作して、ロムの方へと向ける。

次の瞬間、パシャッとシャッターを切る音がしてフラッシュの光が蔵内を照らした。

 

「なんじゃ今のは! 殺す気か! 怪しげな真似しおって、あまりジジイを舐めるでない」

 

カウンターへ転がるように倒れたロムを見て、スバルは苦笑する。

 

「まぁ見てみろって」

 

そう言って、再びロムの方に携帯を向ける。 携帯の画面には、先ほどのロムの呆けた顔が写っていた。

 

彼は食い入るように画面を見つめて、

 

「これは……儂の顔、じゃな。どういうことじゃ?」

 

「言ったろ? 時間を切り取って凍結させるって。この道具でさっきのロム爺さんの時間を切り取って、この中に閉じ込めたんだ。 ほら、当麻」

 

携帯が上条へと向けられる。 次の瞬間、再びシャッターを切る音が辺りに響いた。

 

「ま、こんな感じに友達との思い出を残すってのが本来の使い道だな」

 

画面には、目を瞑った上条が写っていた。 スバルは慣れた手つきでそれを削除すると、再びロムへと向き合う。

 

「今流れるように俺との思い出消したよな?」

 

「なるほど……確かに、これは……ううむ」

 

交渉はどうやら悪くない流れのようで、ロムは神妙な顔をして携帯に見入っていた。 そして暫くそうしていたが、ふと何かを思い出したかのように口を開く。

 

「初めて見るが……これが話に聞く、『ミーティア』というやつかの」

 

「ミーティア?」

 

予想していなかった名前に首をかしげる2人。 そんな彼らにロムは頷いて、

 

「ゲートが開いていないものでも、魔法を使えるようにできるという道具のことじゃ。とはいえ……儂も見たのは初めてじゃがの」

 

どうやら、ロムの中で携帯が別の何かと結びついたようだった。 そしてそれは、何でもいいから価値を証明したかった上条達にとっても嬉しいニュースで、

 

「それは...高いのか?」

 

「高いどころか、こいつの価値は計り知れん。儂も長いことこの商売しとるが……ミーティアを扱うのは初めてじゃからの。じゃが……これまでにない値がつくのは間違いない」

 

初めてみたそれを商売品として扱えることに興奮があるのだろう。ロムはわずかに声を震わせながら「それだけに」と前置きし、

 

「物々交換にこれを出すのは少し、いや大分お前さんらに損が大きすぎる。その徽章の価値はわからんが、これ以上ということはあるまい。単純に金額だけで比べるなら、これを売りに出した方がよっぽど得じゃぞ?」

 

それは、貧民街で盗品を売り捌くロムからの最後の警告に違いなかった。 確かに、無一文の上条達にとってそれは魅力的なアドバイスだ。 これを売れば、一生安泰な暮らしを送ることができるのだから。

 

だが、

 

「ああ、それでいい。このミーティアは、あの子の徽章と交換する」

 

尚も言い張るスバルに対してロムは訝しげに、

 

「なんでそこまでする? このミーティアよりも値が張るのか? 金に代えられん価値があるとでも言うのか?」

 

そんなロムの至極真っ当な質問に対して、スバルは苦笑する。

 

「ぶっちゃけ、俺はその現物を見たこともない。耳にしただけだ。だけど金に換えても正直、この魔法器より高いってことはないだろうし、丸損間違いなしだってことは馬鹿な俺でもわかる」

 

「そこまでわかっとるなら、なんでそんなことする?」

 

「決まってんだろ。――俺は損がしてぇんだよ」

 

馬鹿みたいなスバルの返答にロムは目を白黒とさせる。

 

スバルは続けて、

 

「俺は恩返しがしたい。貸し借りはきっちり返す。そうでなきゃ気持ちよく寝られねぇ。――だから、大損してでも徽章を手に入れる」

 

「ふむ……今のを聞くに、つまり徽章はもともとお前さんのもんじゃないんじゃな?」

 

「俺を助けてくれた銀髪美少女の持ちもんだ。なんでか知らないけど大切なもんなんだと」

 

「その恩人は? 一緒じゃないのか?」

 

ロムの問いに、スバルは上条と目を合わせ、

 

「「目下捜索中」」

 

きっぱりと言い切った。

 

それを聞いて暫く惚けていたロムだったが、ふと思い出したかのように大きな笑い声をあげる。 そして、

 

「――お前さんら、相当なバカじゃのぉ」

 

そんなロムの言葉を聞いて、それもそうだと、上条達は共に大声で笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、蔵内を捜索していたりした2人だったが、蔵の入り口の扉が叩かれる音を聞いて背筋を伸ばす。

 

いよいよ、交渉が始まるのだ。

 

「フェルトじゃろう、どれ」

 

ロム爺は入口に向かって歩いていく。

 

「大ネズミに」

 

「毒」

 

「白鯨に」

 

「釣り針」

 

「我らが貴きドラゴン様に」

 

「くそったれ」

 

小気味良い合言葉と共に、重い扉が開かれた。

 

そこに立っていたのは、金色の髪をもった14歳くらいの少女。 フェルトと呼ばれた彼女は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、

 

「待たせちまったなロム爺、撒くのに手間取っちまった」

 

しかし、上条とスバルに気が付くとそれもすぐに崩れる。

 

「ロム爺、誰だよこいつら。 大口を持ち込むから人払いを頼んでおいたはずだよな?」

 

「そう警戒するな、こやつらはその大口に関係しておる」

 

「ロム爺、まさかアタシを売ったんじゃないだろうな?」

 

「ワシとお前とのなかでそんな不義理なことはせんよ。なに、お前にも得があると踏んでの話じゃ」

 

ロム爺はウインクをしながらこちらを見てくる。

 

スバルは老人のウインクに気色の悪さを覚えつつ、

 

「取り敢えず落ち着こう。 俺は別に君に危害を加えるつもりはないんだ」

 

上条も言葉を慎重に選ぶ。

 

「俺たちは、君と交渉がしたいだけだ」

 

「交渉だぁ?」

 

彼女_____フェルトの警戒は消えない。 と、ここで見かねたロム爺が口を開いた。

 

「お前さんら、取り敢えずテーブルにつけ。 話はそこからじゃろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それじゃ、気を取り直して交渉といこう!」

 

手を叩き、白けた場の空気を切り替えるようにスバルは言った。

 

同じテーブルにつき、ロム爺が出したミルクの入ったグラスを傾けるフェルト。

 

彼女の赤い瞳からは警戒心は消えておらず、出鼻から先が思いやられる。

 

「スバル、いけそうか?」

 

「あぁ、任せとけ。 俺もたまには役に立つってことを思い知らせてやるぜ」

 

自信満々なスバルを見て、上条はテーブルから離れる。 この様子だと、スバルに任せて問題ないだろう。

 

となると、後は...。

 

「ちょっと外の様子を見てくる」

 

「いいのか? お前さんの方が交渉的な話は上手そうじゃが...」

 

「スバルが任せろって言ってるんだからこれでいいんだ。 ...あと俺のどこが話が上手そうに見えるんだ」

 

「いや、気のせいじゃった、気にせんでくれ」

 

まだ何か言いたげなロム爺に違和感を覚えつつも、上条は入口のドアを開けた。 交渉もそうだが、気がかりなのは殺人鬼の存在だ。 交渉途中に乗り込んでこられてはひとたまりもない。

 

「ま、俺がいたところで何ができるんだって感じだけどな」

 

幻想殺しは、純粋な暴力には何の意味もなさない。

 

せめて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ならどうにかできるのかもしれないが。

 

そんな希望的観測をしながら、上条はドアを背に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ時間が経過した。 交渉を始めたときは照り付けていた太陽も、気づけば沈み始めている。

 

「夕方、か。 そろそろ殺人鬼が現れてもおかしくないな」

 

ちょくちょくスバルの様子を見に行ったりしていたが、案の定交渉は順調のようだ。 だが、どうやらスバルのほかにももう一人交渉人がいるらしく、最終的にどちらが高い金額で徽章を買い取れるかですべてが決まるらしい。

 

「俺も何か持ってれば助けになったのにな...くそっ、不幸だ」

 

自分の体質に悪態をついていると、ついに視界に人影が現れた。

 

「来やがったか...?」

 

現れたのは、身長の高い女性だ。 顔立ちは目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美人で、病的に白い肌が暗がりの中でもはっきりと目立つ。 黒い外套を羽織っているが、前は開けているのでその内側の肌にぴったり張り付いた同色の装束が目につく。

 

上条は思案した。 この人物は、果たしてフェルトの交渉人か、あるいはスバルを殺した殺人鬼か。 女性であることを考慮すると交渉人のように思えるが、上条は元の世界でトンデモ女性を嫌というほど見てきたので油断はできない。

 

グダグダと考えているうちに、黒い影はすぐそこまで迫ってきていた。

 

「あら、どちら様? 私はここに用があるのだけれど」

 

投げかけられたのは、何でもない言葉。 しかし、その言葉を聞いた瞬間、上条の体にとてつもない寒気が走った。 修羅場を潜り抜けてきた体が危険信号を発している。 こいつはだめだ、逃げろ、と思考が訴えてくるのに、逆に体は金縛りにあったかのように動かないジレンマ。

 

焦りを顔に出さないように、上条は女性に問う。

 

「こんな盗品蔵に、何の用だ?」

 

女性は一瞬思案し、笑みを浮かべ、

 

「貴方、私におびえているわね」

 

「!」

 

簡単に恐怖の感情を暴かれ、上条は更に動揺する。

 

そして、同時に、この女性が探していた殺人鬼であると確信した。 体中の全細胞がそう告げている。

 

「質問に答えてないぞ...」

 

どうする、急いで戻ってみんなに危険を伝えに行くか? それとも今すぐこの場から逃げ出してラインハルトを探しに行くか?

 

(駄目だ、絶対間に合わない...!)

 

女性、否、殺人鬼の答えを待ちつつ、上条は必死に解決策を探す。 何とかここで時間を稼いで、その間に最適解を...!

 

だが、ここで無情にも盗品蔵のドアが開いた。 痺れを切らしたフェルトが、交渉人を探しにやってきたようだ。

 

「駄目だ、来るな!」

 

上条が危険を訴えるが、フェルトは怪訝な顔をする。

 

「アンタ、私の客と何優雅におしゃべりしてんだよ。 口説こうとでもしてたのか?」

 

「...は?」

 

上条は愕然とする。 だって、今の言葉はまるで、この女が交渉人だと言っているかのような...。

 

「入ってくれ」

 

「失礼するわ」

 

まさか、()()()()()()()()()()()()だとでも言うのか?

 

今更気付いたところで、遅い。 交渉人兼殺人鬼は既に蔵の中へと入ってしまった。

 

これから、最悪の交渉が幕を開ける______。

 




受験が2月なので、3月くらいに投稿を再開します。 では皆さん、また3月に会いましょう。


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第5話 『最悪の交渉』

ちょっと長いです


「こっちだ、座るかい?」

 

暗にスバルにどけと手振りで指示して、彼女の愛想は背後の相手に向けられる。 一方でスバルは、その交渉相手であろう人物に目を奪われていた。

 

身長の高い女性だ。スバルと同じぐらいの背丈に、年齢は二十台前半くらい。

顔立ちは目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美人で、病的に白い肌が薄暗い蔵の中でもはっきりと目立つ。

黒い外套を羽織っているが、前は開けているのでその内側の肌にぴったり張り付いた同色の装束が目につく。細身ながらも出るとこの出たナイスバディだ。

そしてスバルと同じく、この世界では珍しいとされる黒い髪の持ち主。背を越して腰まで届く長い髪を編むように束ねて、指先でその先端を弄んでいる。

 

と、ここでスバルは上条の様子が少しおかしいことに気が付いた。

 

(なんだ? 当麻のやつ、緊張してるのか?)

 

しかし、訪れた女性を完全に交渉相手だと確信しているスバルは、上条の内心に気付くことはなかった。

 

(やばい、絶対にやばい。 どうする? 誰かに伝えるべきか?)

 

一方で、女性の正体に気付いている上条は、焦りを隠そうとしながらも必死に打開策を考えていた。

 

女性の正体を伝えるとしても、仲の浅いロム爺やフェルトには信じて貰えないだろう。 スバルならまだ望みはあるが、それで状況が改善するかと言われれば微妙だ。

 

(とりあえずは様子を見るしかない、のか...)

 

もしかしたら、何も事を起こさずに帰ってくれるかもしれない。 そんな淡い希望と共に、上条は様子見を決め込んだ。

 

そして、わりと物々しい出迎えを受けた女性だったが、彼女はそれを気にした様子もなく小首を傾け、

 

「部外者が多い気がするのだけれど」

 

「踏み倒されたら困るかんな。アタシら弱者なりの知恵だよ。んで、スバル飲み物」

 

いつの間に上下関係が決定したのだろうか、フェルトはスバルをこき使っている。

 

スバルもスバルで何ら反論することなく、比較的汚れていないグラスを2つ選び、ミルクを注いで2人の前へと差し出した。

 

給仕するスバルに女性は小さく「ありがとう」と礼を言い、それから値踏みするように上条達を眺めて、

 

「そちらのご老体はわかるのだけれど、こちらのお兄さん達は?」

 

立ち振舞いと雰囲気から、場馴れしていない感を読み取ったのだろう。

純粋に疑問に思う女性の言葉に、フェルトはさっそく本題に入ろうというのか悪い笑みを作り、

 

「この兄さんはアンタのライバル。アタシのもうひとりの交渉相手さ」

 

そう言い放った。

 

上条は断片的にしか彼女らの会話を聞いていなかったので詳しくは分からないが、どうやらフェルトはスバルと女性に『競り』のようなものをさせるらしい。 つまり、より高く買い取ろうとした方に徽章が渡るということだろう。 とは言ってもスバルにはガラケー(ここではミーティア)くらいしか手札がないので、女性が幾ら出せるのかがポイントになってくる。

 

「なるほど、事情は分かったわ」

 

女性はエルザ、と名乗った。 エルザはグラスの縁に舌を沿わせると、

 

「けれど、交渉人はこの目つきの悪いお兄さんだけでしょう? じゃあ、こちらのお兄さんは?」

 

エルザは上条の存在を疑問に思っているようだった。 何とか上手く言い訳をしないと、部外者として外に追いやられてしまうかもしれない。

 

「あー、俺はコイツの付き添いだ。 もしアンタにえげつない財力があって、コイツが『競り』に負けそうになったら加勢しようと思ってな」

 

フェルトが聞いてないぞ、とこちらを睨みつけてくる。 だが、ここはこれで納得してもらうしかなかった。 もし上条が外に出されてしまえば、最悪の事態を招きかねない。

 

幸い、エルザは納得したようだった。 フェルトに続きを促している。

 

「ま、そんなわけで値段の釣り上げ交渉ってわけだ。 別にアタシはどっちが徽章を持ってくんでも構わねーし、高い方に高く売りつけるさ」

 

「いい性格だわ、嫌いじゃない。 それで、そちらのお兄さんはいくら付けたの?」

 

どうやら、あちらは値段に聖金貨10枚を提示したようだった。 聖金貨、と言う単位がよく分からないが、相当な金額であるに違いない。

 

対するスバルは、ガラケーを机の上に置いた。

 

「俺が出すのはこの魔法器だ。たぶん、世界に一個しかないレアアイテム。そこの筋肉爺さんの話じゃ、聖金貨で二十枚は下らないってお墨付きだぜ」

 

「魔法器...」

 

エルザはガラケーを眺め、納得の頷きを作る。 スバルの手段が物々交換で、さらにそれがハッタリではないことが伝わったのだろう。

 

エルザは革の袋を取り出し、それをテーブルの上に置く。金属同士が擦れ合い、重厚感のある音が袋越しに届く。

猫のように目の瞳孔が細まるフェルトと、それをたしなめるロム爺。 その傍らで相手のアクションを待つスバルに対し、エルザはテーブルの上でその白い指を組んだ。

 

「実は私も、依頼主からある程度、余分なお金を渡されているの。もしもあなたが渋るようであれば、少しの上乗せも考える意味でね」

 

「依頼主……ってことは、エルザさんもフェルトと一緒で徽章を受け取るように頼まれただけってことか?」

 

「そうなるわね。欲しがってるのは依頼主の方。……あなた、ひょっとしてご同業?」

 

「俺と同業ってことは、無職ってことになるぜ!」

 

「で、その無職のお兄さんは飛び出るような値段をつけた。アンタの飼い主はどんぐらいの値段が付けられるんだい?」

 

フェルトの挑発めいた口ぶりに、エルザは聖金貨が入ってるであろう袋の口を開け、

 

「私が雇い主から渡されている聖金貨は15枚。上はそれで払い切れるとあなたを値踏みしていたようだけど……そちらのお兄さんの後ろ盾もあるみたいだし、どうやら厳しいようね」

 

「よっしゃ!」

 

スバルは思わずガッツポーズをする。 エルザもまたさほど気落ちした様子はなく、肩をすくめて革袋を回収した。

 

一方で、上条は素直に喜ぶことができなかった。 まだ懸念事項が残っている。

 

(最悪交渉がスバルに傾いた時点で襲われるかと思ったけど、そうはならなかった...。 となると、ここからロム爺やスバルが殺される理由は一体...?)

 

そんな上条の様子に気付くことなく、スバルはエルザに謝罪をする。

 

「あー、悪いな、エルザさん。たぶん、怒られたりしちまうよな」

 

「仕方のない話よ。私に落ち度があるならともかく、この場合は雇い主が支出を少なく済まそうなんて考えたのが悪いのだし」

 

エルザはもう一度グラスの縁に舌を沿わせてから、席を立った。

 

「それじゃ、交渉は残念な結果だったけれど、私はこれで失礼するわね」

 

みなで外に出て行こうとするエルザを見送る。 上条もまた、未だに警戒心を解かずにエルザの背を見つめていた。

 

と、エルザは出て行く直前、何かを思い出したかのようにスバルの方へ向き直った。 その黒瞳は、まるで嘘をつくことを禁じられるかのようにスバルの心を締め付け_____。

 

「そういえば、あなたはその徽章を手に入れて、どうするの?」

 

どこか低い、感情の凍えた問いかけだった。

 

「……ああ、元の持ち主に返すんだよ」

 

言ってしまってから、スバルは自分の明らかな失言に気付いた。 盗んだ少女と、その盗みを依頼した人物の目の前で、盗まれたものを盗まれた相手に返すと宣言したのだ。

 

それは敵対宣言にも等しい宣告であり、

 

「なんだ、関係者なのね」

 

エルザの冷たい殺意を実行に移させるのに、十分な意味を持っていた。

 

「おおおォォォ!!!」

 

間髪入れず、上条がスバルを突き飛ばした。

 

腰あたりを打った威力に体が横滑りし、スバルは受け身も取れずに地面を無様に転がる。

 

「なにを___」

 

しやがる、という罵声の続きが響くことはなかった。

 

スバルは、目の前の景色に驚愕する。

 

「あら、あなたは...」

 

不思議そうに首を傾げるエルザが見える。 その彼女の手には、不釣り合いな刃渡り30センチほどのククリナイフが握られていて____。

 

その先端が、上条の左肩に突き刺さっていた。

 

「がぁ!?」

 

「なるほど、これを警戒していた、と。 なかなかやるわね。 少しだけ遅いけれど」

 

「当麻!!!」

 

ようやく、スバルの脳が『身を挺して守られたのだ』という事実にたどり着く。

 

一瞬の、しかも意識の外の攻防で自分の命が左右された事実に、スバルの脳を遅すぎる恐怖が駆け巡った。

 警鐘が鳴り響き、心臓が早鐘のように血液を送り出す。全身が心臓になったような鼓動の音を聞きながら、スバルは体を支える腕の震えを止めることができない。

 

 そんなスバルの醜態を余所に、事態はそれでも動き続ける。

 

「おおおおおおおお――ッ!!」

 

雄叫びを上げて、凶刃を振るったエルザに飛びかかったのはロム爺だ。

彼は交渉の間も手放さなかった棍棒を振りかざし、その棘つきの凶器でエルザの頭蓋を叩き割りにかかる。

 

エルザは上条に刺したククリナイフを引き抜き、ロム爺の一撃をひらりとかわした。

 

「巨人族と殺し合うのは初めてよ」

 

「抜かせ、小娘。...挽肉にして、大ネズミの餌にしてやるわ!」

 

エルザとロム爺の戦闘開始を確認すると、フェルトは急いで上条の元へ近寄り、その体を引きずって彼らと距離を取った。

 

「バカか!? アタシだったら避けられたのになんで...」

 

「...友達を守るのに理由なんているかよ。 アンタより先に俺の体が動いてたってだけだ」

 

「当麻! 大丈夫なのか!?」

 

スバルも震える足を何とか動かし、上条の元へと近寄った。

 

上条は致命傷ではない、と答えつつ、

 

「ロム爺さんに賭けるしかないな...」

 

「大丈夫だ。ロム爺がやられるはずがねー! アタシが物心ついてからずっと、ロム爺がケンカで負けるとこなんか見たことねーんだから!」

 

フェルトは自分を鼓舞するような勢いで信頼を叫ぶ。 彼女の言葉には月日が積み重ねた、覆し得ない信頼があった。

 

軽口を叩き合いながらも、互いを尊重し合っていた二人の関係はその短くない月日が生み出したものなのだろう。

 

だが、信頼を叫ぶ彼女と違いスバルは悲観的だ。 これは彼女が今までに見てきた『ケンカ』ではない。『殺し合い』だ。

 

「食らえい!」

 

スバルの不安が形になる前に、戦闘の方に変化が生じた。

 

ロム爺が雄叫び、テーブルを蹴り上げる。さっきまで交渉の舞台となっていた木造のテーブルは粉々に砕け散り、木屑をまき散らしてエルザの前面を覆い尽くす。 破損した木材のカーテンだ。

 

その向こう側目掛け、ロム爺の棍棒が渾身の力を込めて放たれた。 上段から手加減抜きで打ち込まれる一撃は、それだけで乗用車すら叩き潰しかねない威力が込められていた。だが、

 

「ロム爺!!」

 

フェルトの悲痛な叫びが辺りに響く。

 

異常に太くたくましい、まだ棍棒を握ったままのロム爺の右腕がくるくると回転しながら吹き飛ぶ。

 

そして、次に上条の目に映ったのは、右腕を肩から断たれてホースから水を流すように血をこぼすロム爺だった。

 

「せめて、相打ちに――ッ」

 

彼はその巨体を前に飛ばし、傷口を押さえることもせずに残った腕でエルザを狙う。

 

エルザはナイフを振り切った後。 再びそのナイフが振りかぶられるより早くロム爺の巨体が彼女の細身を押しつぶすのは当然の筈だった。

 

が______。

 

「言い忘れていたけれど、_____ミルク、ごちそうさまでした」

 

いつ手に取っていたのだろう、エルザの反対側の手にはグラスの破片。

 

その破片の鋭利な先端が、ロム爺の喉に突きつけられる_____。

 

その、直前の出来事だった。

 

「おおおおおォォォ!!!」

 

上条が、エルザの横合いから拳を放った。

 

「あら」

 

ひらり、と難なくかわされる渾身の右ストレート。 その代わり、とでも言うべきなのか、今度は上条の脇腹にグラスの破片が突き刺さった。

 

一方で、攻撃対象を失ったロム爺はその場に倒れ伏す。 あの出血量だ、早く治療しなくては失血死してしまうだろう。

 

「フェルト! ロム爺さんを連れて逃げろ!」

 

一瞬呆気に取られていたフェルトも、上条の言葉で我に帰ると急いでロム爺の元へと駆け寄った。

 

「生意気言うでない...。 儂はまだ戦える...!」

 

「バカ言うなよ、無理だろ!? ここはあのにーちゃんの言う通り逃げるべき_____」

 

「あら、誰が逃すと言ったかしら?」

 

エルザがこちらに向かってくる。 上条は止めようとするが、体が思うように動かない。 ただでさえ左肩と脇腹を刺されているのだ。

 

が、それでもエルザの凶刃がフェルト達に届くことはなかった。

 

「...意外と勇気があるのね、あなた」

 

横殴りの一閃。 エルザを止めたのは、ロム爺の棍棒を構えたスバルだった。

 

「うるせぇな、こっちにも意地があんだよ」

 

エルザが楽しそうに笑う。 戦いを楽しむ余裕があるのは、まさしく強者の証だった。

 

「ダメだ! アタシ1人じゃ運べねー!」

 

フェルトはロム爺の巨体を動かすことが出来ずに焦りの声をあげた。当然だ。 あの華奢な体にそんなパワーが眠っているはずもない。

 

「ロム爺! 立ってくれ! 逃げるぞ!」

 

片手を失い大量に失血している相手に対して、それは無茶な頼みであるはずなのだが、驚くべきことにロム爺はゆっくりと立ち上がった。 本来なら生きているかも危ういレベルの失血なのだが、その巨体が功をなしているのだろうか。

 

ゆっくりと、扉へ向かって行くフェルト達。 だが、それをエルザが見逃すはずもなかった。

 

「逃がさない」

 

再びナイフを構え、襲いかかる。 立ち塞がっている上条やスバルのことなど眼中にないようだった。

 

「させねぇよ!!」

 

振りかぶられたナイフは、やはりフェルト達を襲うことはなかった。

 

だが、支払われた代償もまた、小さくはない。

 

「いってぇぇぇ!!!!!!」

 

ナイフを止めたのは、スバルだった。 いや、正確にはスバルの右腕と言うべきか。 上条と同じように、身を挺して守ったのだ。

 

「...へっ。 俺は何の取り柄もない...ただの凡人だ。 肉の壁になるくらいしか...役に立てそうにないね」

 

脂汗を額に浮かべるスバル。 対して、その行動は予想外だったのだろうか、エルザは眉を顰めていた。

 

「おい!! 大丈夫なのかよ!」

 

「気にすんな、さっさと行け!!」

 

「だから、逃がさないって言ってる____」

 

その言葉は途中で途切れた。 原因は、上条 当麻。

 

彼が再び振るった右ストレートが、エルザの頬を打ち抜いたのだ。

 

素人の拳と言えど、全身全霊のパンチ。 エルザは耐えられず、体制を崩して後ろによろめく。 だが、やはり決してナイフを手放さないところは流石殺人鬼と言ったところか。

 

「おぅ、意外と容赦ねぇな当麻!」

 

「殴り飛ばすのは慣れてる」

 

「だからどういう生き様をしてきたの!?」

 

精一杯の虚勢を張る。 そうでもしなければ、すぐに足が震えて立てなくなってしまいそうだった。 上条はともかく、スバルに関してはついさっきまで殺し合いの「こ」の字も知らなかった一般人なのだ。

 

状況はまるで好転しないが、時間を稼いだ意味はあった。 フェルトとロム爺は既に扉の外へと出ている。 しばらくしたら助けが来るはずだ。

 

(都合よくラインハルトでも来てくれりゃいいんだが...。 いや、誰が来てくれるにしてもそれまで時間を稼がなきゃ意味がない)

 

見れば、体制を立て直したエルザの顔には何の焦りもなかった。___顔面を思いっきり殴られたというのに。

 

その綺麗な顔には傷一つもありはしない。

 

「うふふ、なかなかやるじゃない。 ただの素人2人なのに、悪くはない」

 

エルザはククリナイフを構える。 再びあのスピードで襲われれば、ただの人間である上条たちはひとたまりもないだろう。

 

「当麻! あとは耐えるだけだ! きっとフェルトが助けを呼びに行ってくれてる、時間さえ稼げば_____」

 

スバルの激励の言葉はそこで途絶えた。 何故なら_____。

 

「あ___?」

 

「油断しすぎね」

 

スバルの腹に、ナイフが深く刺さっていた。 見るまでもなく、急所だ。

 

「スバル!!!!」

 

声もあげずに崩れ落ちるスバル。 大量の出血。 もう助からないだろう、という事実は目に見えてわかった。

 

少しも見えなかった。 エルザは、今までまったく本気を出していなかったのだ。 油断していた。 何とか張り合えたつもりになっていた。 殺人鬼に、ただの高校生2人が敵うはずもないというのに!!

 

急いで駆け寄ろうとした上条にも、エルザは容赦がなかった。

 

「後で相手をしてあげる。 そこで寝ていなさい」

 

飛んできたのは、長い脚。 先程のパンチのお返しとでも言うのだろうか。 頭部に凄まじい衝撃が走り、上条は壁まで吹き飛んだ。

 

「がぁッッ!!!」

 

最後に目に入ったのは、倒れ伏すスバルの目前でしゃがむエルザの姿。 が、その景色も束の間のことだった。 体が壁に思いっきり叩きつけられ、上条は意識を手放した。

 




取り敢えず受験が終わったので、随時更新していきます


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第6話 『3度目の正直』

原作の文章と自分の文章を織り交ぜているので、読みにくくなっているかもしれません。 もし何かあったら教えてくだされば出来るだけ改善します。


目が覚めたら、そこは異世界でした。

 

「...」

 

3度目の景色を前にして、上条は何も言うことができなかった。

 

ナツキ・スバルが死んだ。 ここに戻ってきたということは、つまりそういうこなのだと改めて心に刻む。

 

「畜生ッ」

 

友達の死を目の前にして、何もできなかった自分を呪う。 幻想殺しは純粋な暴力には何の意味もなさないとか、そんなことはもはや関係がなかった。

 

「ちくしょう...ッ!」

 

ただただ、己の無力さに打ちひしがれる。 上条は、しばらくその場を動くことができなかった。

 

だが、留まっていても事態が好転することはない。

 

「まずは、路地裏」

 

そろそろ、スバルが例の3人組、トン・チン・カンに絡まれる頃合いだった。 ____少なくとも、今までのループでは。

 

ひとまず、上条は前回のループ時の路地裏へと向かった。

 

「いない、か...」

 

スバルの姿は見当たらない。

 

トン・チン・カンと遭遇する路地裏がランダムであるとすれば、彼らは最初からスバルに目をつけていたということになる。

 

「避けられないイベントっぽいんだよな」

 

まだ2回しか死に戻りを経験していないのだが、それでも彼らのしつこさは異常だった。 上条なんて1度目のループでは2回も絡まれている。

 

そもそも、上条やスバルにとってはトン・チン・カンでさえ素直に相手するのは危険な相手なのだ。 彼らはナイフを持っているし、最悪刺される可能性も十分にある。

 

「くそっ、スバルが無事だといいが...」

 

悪い想像ばかりが脳内をこだまする。 焦燥が背筋を駆け上がってきた。

 

と、その時だ。

 

「誰かー! 男の人呼んでー!!!」

 

聞き覚えのある声が耳に入ってきた。 この声は___________。

 

「スバル!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめ……っ。ふざけんなよ!? ここで普通、いきなり大声出すか!?」

 

「黙りやがれ! 大体お前らはしつけーんだよ!! 一回ブタ箱行きになって痛い目見とけ!」

 

大声で叫ばれ、逆上するトン・チン・カン。 再び路地裏で彼らとエンカウントしたスバルは、何とか状況を打開するために必死に思考していた。

 

(取り敢えず、助けが来るまで時間を稼ぐ!)

 

開き直って負けじと言い返したスバルだが、その内心は表に出ないだけでかなり焦燥感が募りまくっている。

 

そもそも、大声で助けを呼んでみたのは上条の話を聞いていたからだ。 彼は1週目でトン・チン・カンに因縁をつけられた時に『ラインハルト』という人物に助けられたと言っていた。

 

_____逆に言えば、根拠はそれだけなのだ。 ラインハルトとやらでなくても、せめて衛兵の1人でも来てくれれば十分なのだが...。

 

「やっぱ、失敗か……」

 

「おどかしやがって……ほんの少しばかりだが、ビビっちまったじゃねえか」

 

「ほんの少しだけな!」

 

「ほんのちょびっとだけだけどな!」

 

息の合った連携で、自分たちの小者ぶりを否定する小者ぶり。 スバルの初撃に持っていかれたペースを取り戻そうとするかのように、男たちは一度、深呼吸をして気を落ち着かせ、各々が獲物を手に握り始める。

 

「勘弁してくれよ。 ...痛いのはごめんだ」

 

思わず小声で呟いてしまうスバル。 これまで2回死を経験してきたが、当然慣れるものでもなかった。 自分が消えていく喪失感はそう簡単に

耐えられるものではない。

 

それに_____。

 

(今度死んだら、戻ってこれる保証がない)

 

2回戻ってきたからって、3回目も大丈夫とは限らない。 次に死んだらそれが最後、なんてこともあるかもしれないし、あるいは無限にループを繰り返すこともできるのかもしれない。 スバルは、『死に戻り』についてまだ何も知らないのだ。

 

だが、それでも諦めるわけにはいかない。

 

(傷を負ってでも逃げ出すのが最適解、だな)

 

トン・チン・カンに囲まれながら、スバルは何とか隙を見て逃げ出そうとする。 そして、まさに走り出そうとした、その瞬間だった。

 

「そこまでだ」

 

その声は唐突に、しかし明確に、路地裏のひりつくような緊迫感を切り裂いた。

 

凛とした声色には欠片も躊躇もなく、一切の容赦も含まれていない。聞く者にただ圧倒的な存在感だけを叩きつけ、その意思を伝わせるソレは天性のものだ。

 

スバルが顔を上げ、トンチンカンが振り返ると、その先にひとりの青年が立っている。

 

一度も、見たことがないはずだった。 燃えるような赤い髪に、真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸。 そして、この世のものとは思えないほど整った顔立ち。 いずれも、見覚えがないはずだった。

 

が、直感がスバルに告げていた。 これが、この人物こそが____。

 

「ライン、ハルト」

 

スバルの呟きを聞きつけ、トン・チン・カンもまた、顔を青ざめさせながらその名前を叫ぶ。

 

「ラインハルト!? 『剣聖』ラインハルトか!?」

 

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎるが」

 

ラインハルトと呼ばれた青年は自嘲げに呟き、しかし眼光を決してゆるめない。

 

視線に射抜かれた男たちは気圧されるように後ろへ一歩。逃げるタイミングを見計らうようにそれぞれが顔を見合わせる。が、

 

「逃げるのならこの場は見逃す。そのまま通りへ向かうといい。もしも強硬手段に出るというのなら、相手になる」

 

腰に下げた剣の柄に手を当てて、彼は後ろに立つスバルを示すように顎をしゃくり、

 

「その場合は三対二だ。数の上ではそちらが有利。僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として抗わせてもらう」

 

「じょ、冗談! わりに合わねえよ!」

 

捨て台詞すら吐かずに、トン・チン・カンは蜘蛛の子を散らすように大通りへと逃げ去っていった。

 

「お互い無事でよかった。 ケガはないかい?」

 

男たちが完全に消えたのを見計らって、青年が微笑を浮かべて振り返った。 先程まで場を支配していた威圧感は完全に消え去っている。

 

「ふぅ、来てくれて助かったぜ、ラインハルト。 死ぬとこだった...」

 

そんなスバルのセリフを聞いて、ラインハルトは少し首を傾げた。

 

「僕達って、何処かで会ったことあるかな?」

 

「悪い、ちょっと馴れ馴れしかったか? いやなに、友達がアンタに助けてもらったって言ってたからさ。 完全に知り合いの気分になっちまってたんだよ」

 

そのことはもう覚えてないだろうけど、とスバルは心の中で呟いた。

 

「いや、全然構わないよ、呼び捨てにしてもらっていい」

 

「話に聞いた通りの完璧イケメンだな!! えっと、じゃあラインハルト、よろしくな。 俺の名前はナツキ・スバルだ」

 

「よろしく、スバル」

 

「えっと、それから改めてありがとう、ラインハルト。俺の叫びを聞きつけてくれたのはお前だけだぜ、マジ寂しい」

 

『助けを呼ぶ』という判断には、もともとそれほど期待してもいなかったのだが、それでも考えてしまう。 表通りにはたくさん人がいるのだから、誰かしらが助けてくれてもおかしくはなかったはずだ。

 

人心の寂れっぷりを嘆くスバルの言葉を聞き、ラインハルトは悲しそうに目を伏せる。

 

「あまり言いたくはないけど、仕方のない面もある。多くの人にとって、連中のような輩と反目するのはリスクが大きい。その点、衛兵を呼んだ君の判断は正しかったよ」

 

「でも、ラインハルトってあんま衛兵っぽくはないよな」

 

「よく言われるよ。まあ、今日は非番だから制服を着ていないのも理由だろうけど」

 

非番なのに助けに来てくれる時点で、相当誠実な人物なのだろう。 さらに言えば、上条の時も含めてこれで2回、ラインハルトは助けに来てくれたことになる。 そもそもスバル自身も、まさか話に聞いていたラインハルトが来てくれるとは思ってもみなかったのだ。

 

と、その時だった。 聞き覚えのある声が路地裏に響き渡った。

 

「スバル!! 無事か!?」

 

「当麻!!」

 

息切れ気味にスバルに駆け寄ってきたのは上条 当麻だった。 上条は、スバルの無事を確認すると、側にいたラインハルトへ目をやる。

 

「ラインハルトか、スバルを助けてくれたんだな」

 

上条は感謝の気持ちを述べてから、ラインハルトはもう自分のことを覚えていないのだ、と気付く。

 

慌ててスバルがフォローを入れた。

 

「コイツは数少ない俺の友人、上条 当麻だ。 俺と同様馴れ馴れしいところがあるかもしれないけど許してね」

 

「おい勝手に同類にしやがったな」

 

「スバルの友人か。 よろしく、トウマ」

 

上条の口ぶりを気にするそぶりも見せず、ラインハルトは上条に向かって手を差し出した。 握手、ということだろうか。

 

「あぁ、よろしく」

 

上条も右手を差し出す。

 

「?」

 

「どうした、ラインハルト?」

 

上条と握手をした瞬間、ラインハルトは微かに眉を顰めた。

 

だが、スバルが心配の声をかけると、すぐに元の表情に戻り、

 

「いや、何でもないよ」

 

イケメン特有の爽やかな笑顔を見せた。

 

「眩しいッ! 上条さんにはその笑顔は眩しすぎる!」

 

「何言ってんの?」

 

「さてと、話の途中みたいで悪いけど僕はそろそろ行くよ。 人を待たせていてね」

 

「改めてありがとう。 文字通り命拾いしたぜ」

 

再び感謝の念を伝えるスバル。 それを見て、上条も頭を下げた。

 

「助かった、ありがとう」

 

「そんなにかしこまらなくていいよ。 僕たちだってもう友人だ」

 

その友人認定は早すぎる、と心の中で苦笑し、上条はラインハルトを見送るために顔を上げた。

 

「じゃあ、気をつけて」

 

「おう! そっちも気をつけろよ」

 

最後まで爽やかな笑顔を見せるラインハルト。 彼は手を振ると、路地裏を後にした。 流石と言うべきか、歩き方まで神がかっている。

 

(それにしても、前回も誰かを待たせてるって言ってたよな)

 

思案する上条だったが、それを遮るようにスバルが声をかけてきた。

 

「さてと、こっからどうするよ?」

 

余りにもあっけらかんとしたスバルの態度に、上条は意表をつかれる。 2度目とは言え死んだのだ。 パニックになっていてもおかしくはないというのに。

 

「おいおい、なんて顔してんだよ。 見ての通り、俺は平気だぜ」

 

虚勢を張っている_____という訳でもなさそうだった。 ひとまず、上条はスバルの精神の強さを信じることにする。

 

「どうするって言われてもなぁ」

 

再び盗品蔵に行っても、前回と同様に殺されて終わりだろう。 となると、目下の目的は_____。

 

「俺としては、先にサテラを見つけようと思ってる。 いや、サテラは偽名だったっけか? ...ともかく、偽サテラを見つけることを優先しよう」

 

「偽サテラ...ね」

 

スバルには、ネーミングセンスがあるのかないのか分からない。 上条は思わず苦笑してしまった。

 

「やるか! 偽サテラ探し!」

 

3度目の正直だ。 今度こそ上手くやってみせる。

 

そう意気込んで、上条達は路地裏を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1週間に1回くらいの更新になると思います


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第7話 『2度目の交渉』

テンポが少々遅いですが投稿頻度上げるので許してください


せっかく意気込んだ2人だったが、探しても探しても偽サテラは見つからなかった。 そもそも、時間感覚が分からない。 フェルトによる徽章盗難がいつ起こるかも不明なのだ。

 

上条が頭を抱えていると、スバルが果物屋のおっさんに声をかけ始めた。 どうやら、知り合い______いや、前回のループで関わった相手のようだ。

 

(なんだかんだでコミュ力あるよな)

 

と、スバルの話をしかめっ面で聞いていたおっさんが、店から身を乗り出してとある方向に指を差した。

 

つられて目を向けると_____。

 

「なんだありゃ...」

 

露店のすぐ脇、細い路地に繋がる入口の壁に穴が穿たれている。 その数は四つで、大きさはいずれも五百円玉程度の大きさだろうか。 石材の壁に穴を開けるほどだから、その威力と速度は当たったときのことを考えると背筋が凍る。

 

程なくして、スバルがおっさんとの会話を終えて戻ってきた。

 

「今回はやけに殺気立ってるな偽サテラ」

 

「徽章ってのがよっぽど大事なものなんじゃ」

 

「まぁそれは今は置いとくとしてだ。 また出遅れちまったな、どうするよ」

 

思い返せば、前回のループでは偽サテラとの接触が無かった。 彼女についても色々とわからない点があるし、できれば再会したいところなのだが...。

 

「こうなると、彼女の動きは分からない。 ひとまずは、フェルトとの合流を優先した方がいいみたいだな」

 

スバルの言う通り、偽サテラと会うことのできない今、最優先事項はフェルトだ。 なるべく早く徽章を取り戻すのに越したことはないだろう。

 

「けど、フェルトの場所がわからないな...」

 

「そこは俺の天下無敵のコミュ力でどうにかするんだよ!」

 

任せろ、と言わんばかりに胸を張るスバル。 その姿を見て、上条は思わず笑ってしまった。

 

「前は全然人に話しかけられなかった癖にな」

 

「うるせぇ!! 引きこもりにしては上出来レベルだろ!」

 

軽口を叩き合いながら、上条達は走り出した。

 

向かう先は貧民街____ただし、盗品蔵とは別の方角。 あそこでフェルトを待ったところで前回の二の舞だ。 とすれば、別の線から攻めるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェルトの奴のねぐらか。そんなら、そこの通りを二本奥へ行った先だ」

 

「ありがとよ。助かったよ、兄弟」

 

「気にすんなよ、兄弟。_____その、なんだ、強く生きろよ?」

 

そう言って、苦笑いしながら軋む戸の向こうに中年の顔が消える。

 

「ほらな、俺のコミュ力を舐めるなよ!」

 

情報を聞き出せたぞ、とスバルは胸を張る。

 

泥まみれの埃まみれで、貧民街の住人から見ても酷い風体の状態で。

 

「完全に同情されてたな...」

 

「1周目の経験が生きたな!! 連中、明らかに偽サテラより俺に対して友好的だったからな...」

 

言いながら、スバルは乾いた泥でカピカピになったジャージの袖を払う。

 

貧民街に辿り着き、フェルトの行き先を突き止める過程でスバルが思いついた妙案が、このみすぼらしい姿の演出であった。

 

「けど、これでフェルトのねぐらは掴めたんじゃ?」

 

「まだわかんねぇけどな。 行ってみる価値はある」

 

正直、ねぐらにフェルトが戻ってくるかどうかは怪しいところだ。 むしろ、偽サテラに追われている今は戻ってこない可能性の方が高いんじゃないだろうか。

 

「その時はその時だ。 運の悪さを呪うよ」

 

「ごめんそうなった場合は十中八九俺の不幸体質のせいだ」

 

上条は改めて自分の体質を呪う。 学園都市では不幸の避雷針としてクラスメイト達から重宝されていた(不名誉)上条だが、今は避雷針としての役目も果たせていなかった。

 

「おいおい相棒、そんな顔すんなよ。 まだフェルトが戻ってこないって決まったわけじゃないんだから」

 

「フラグを立てんな」

 

スバルは元気を出せ、とでも言いたいのか、コンポタの袋を開けて上条に差し出す。

 

と、2人が袋を漁っていたちょうどその時。 通りの向こう側から、ふいに何者かが姿を現した。

 

「おっと」

 

反射的に避ける上条達。 ...が、スバルは避けきれずに壁に背中を打ちつけてしまった。 そんなスバルを見て、ぶつかりかけた相手はおっとりとした仕草で、

 

「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」

 

「だいじょびだいじょび。こう見えても俺って丈夫なのが取りぇぇぇっ!」

 

見栄を張ろうと顔を上げて、相手を確認したスバルの語尾がすっぽ抜ける。 上条も、思わず言葉を失ってしまった。

 

ぶつかってきたのは、まさに因縁の相手_____エルザだった。

 

「楽しい子ね。それで本当に大丈夫?」

 

髪をかき上げるエルザ。 その仕草一つ一つが、なんとも色っぽいものに見えて仕方がない。

 

言葉を詰まらせるスバルを見て、上条がフォローに入る。

 

「ちょっと背中を打っただけっぽいな」

 

上条の言葉にエルザはそう、と応えたが、彼女がスバルから目を離す様子はない。

 

「そんなに恐がらなくても、何もしないのだけれど」

 

背筋に冷たいものが走る。 前回のループでも、エルザは上条の警戒心を見抜いていた。 野生の勘が鋭いタイプなのかもしれない。

 

エルザの見透かしたような言動を聞き、慌ててスバルが口を開く。

 

「こわ、恐がってとか、恐がってとかねぇですよ? なにを根拠にそんな俺をビビり君認定ッスか? マジ超ビビるんですけどー、そういうの凹むわー、ビビるんですけどー」

 

「恐がってるとき、その人からは恐がってる臭いがするものよ。あなた達は今、恐がっている。 ...それから、怒ってもいるわね。私に対して」

 

エルザは、的確に上条達の心情を見抜いてくる。 全て事実だ。 自分を殺した____あるいは殺せるような相手に、恐れを抱かない馬鹿が何処にいる。

 

何も言い返せないが、目だけは逸らさなかった。 それが、せめてもの抵抗だ。

 

「...少し気にかかるのだけれど、いいわ。今は騒ぎを起こすわけにいかないから」

 

「お、穏当じゃない発言だな。あんましビビらせると美人が台無しですぜ?」

 

「あら、お上手。_____敵意が隠せればもっと上出来よ」

 

伸びてきた指がスバルの額を押した。 一気に場の緊張感が霧散する。 上条は握り込んでいた拳を緩め、スバルは息を吐き、肩を上下させた。

 

「それじゃ、失礼するわ。また会えそうな気がするわね」

 

「次は明るくて人がいっぱいいる場所だと、俺もリラックスできるよ」

 

「そうだな、スーパーに買い物でもしに行くか?」

 

「提案が主婦!」

 

そんな、軽口めいた皮肉を告げるのが精一杯だった。

 

エルザは悩ましげな微笑だけを残し、黒い外套を翻して路地の闇に溶ける。 文字通りに消えた彼女を見送って、上条達はようやく肩の荷が下りたような気がした。

 

「よ、予想外の再会だったな、いやマジに。盗品蔵の前はこのあたりをうろついてやがったのか……」

 

「いつ襲われるかも分かったもんじゃねぇ...」

 

「それより、ここら辺にフェルトのねぐらがあるはずなんだけど...」

 

先程の再会のせいで、嫌な予感が上条の脳内を駆け巡る。

 

エルザは、まさに人の腹をかっさばいて快感に浸る変態だ。 待ち合わせまでの暇つぶしに、ちょちょっと二、三人刻んでいてもおかしくないだろう。

 

「び、びびらせんなよ当麻。 血の匂いもしないし、大丈夫だろ、多分...」

 

そろそろと探索を再開する2人。

 

やがて小汚いボロ屋に行き着いたのは、エルザとの遭遇から五分後のことだ。

 

「これ、か...?」

 

「待て、狭すぎないか?」

 

上条は首を傾げる。

 

目の前のボロ屋の大きさは、おおよそ工事現場などの仮設トイレ二つ分といったところだろうか。 立って半畳寝て一畳を地で行く感じだ。

 

「確かに、女の子が暮らすには狭すぎるような...」

 

「もしかして、こんなところで生活してるからあんなにがめつくなっちゃったんじゃ...? そう考えると哀れだ...」

 

「言いすぎだろ、胸糞わりーな。 人の寝床見て、どんだけだよ、兄ちゃん達」

 

完全に同情モードに入っていた2人だったが、声をかけられて振り向くと、そこにはフェルトが立っていた。 今回の逃走撃は更に熾烈なものだったのか、少しだけ前回より服装が小汚い気がする。

 

「おい、そんな目で見んな。 同情される筋合いはねーよ」

 

不快感を隠そうともしない少女に、上条達は思わず安堵に肩を落とす。

探していたフェルトの発見、それは素直に喜ばしいことだ。

 

「いや、会えてよかったぜ」

 

「なんだ、兄ちゃん達、客か?」

 

フェルトは油断ならない姿勢で上条達に向き直る。

 

「ここまできたってことは、アタシに用があんだろ? ...格好からして、ここの住人じゃなさそーだしな」

 

「違いが分かるとは、なかなかやるじゃねぇか」

 

「ここの連中でももうちょっと身綺麗にしてるっつーの。そんな汚してざーとらしすぎんだ。正直、うちの連中より小汚ぇよ今のアンタ。アタシ以上にな。 あとそっちの兄ちゃんは単純に服が変。 どういうセンスだよそれ」

 

「この学生服、そんなに変か...?」

 

上条は軽く落ち込む。 こっちとしては、異世界の服のセンスの方がよく分からないのだが。

 

「まぁ、ロシアもこれだと寒かったしな...」

 

「ロシア!?」

 

ぶつぶつと呟く上条と驚くスバルを無視し、フェルトは「で?」と身を乗り出す。

 

「用件は? 盗みの依頼なら前金出せよ。相手の質次第じゃ、追加貰うけどな」

 

「盗みの依頼ねぇ...」

 

「生きる手段の問題さ。これがなけりゃ、体でも売るしかねー。で、どーすんだ。 それとも他の用事か? 場合によっちゃ...」

 

フェルトはそう言うと、手の中でナイフを弄び始めた。 自衛のためのものだろうか。

 

実際、フェルトとやり合えば十中八九負けるだろう。 素早さに翻弄され、いつの間にかナイフで刺されてBAD ENDだ。

 

が、フェルトとやり合う必要はない。 前回と同様、上条達は交渉を持ちかけるために彼女に会いに来たのだ。

 

「俺の用件はひとつ。_____お前が盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい」

 

2度目の交渉が、幕を開ける______。

 



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第8話 『再会の盗品蔵 前編』

前編です。 再会するのはあの人だけじゃないってことだ。


「なんで私が徽章を盗んだって知ってんだ? 依頼人以外にゃ漏らしてねーはずだし、盗んだのはついさっきだ。 小耳に挟むにしちゃちょいと耳がデカすぎんじゃねーか?」

 

「そう言われると...そんな気もするな。 俺って迂闊すぎねぇ?」

 

「もうちょい頑張って腹の中隠そうスバル!」

 

「兄ちゃん、ちょっと突かれたくらいでボロ出しすぎだろ...」

 

フェルトは、頭を抱えてしゃがみ込むスバルに膝を曲げて視線を合わせる。

 

彼女はそれで、と前置きをする。

 

「徽章を買い取る、っつーのはどーいうことだ? もともと、これを頼んできた姉さんとアンタは別口だろ? 商売敵かなにか?」

 

「あー、もうそんな感じでいいよ」

 

「適当な兄ちゃんだな...」

 

フェルトは投げやりな言葉を返すスバルに呆れている。

 

(ところで、どうやってフェルトを言いくるめようか...)

 

一方で上条は、今更ながらそんなことを思案していた。 2週目ではスバルの機転によって物々交換を成功させたが、そもそも今回は盗品蔵に向かう前に徽章を取り戻したいのだ。 しかし、がめついフェルトのことだし、どうあがいても結局エルザとの競りに待ちこまされる気がする。

 

フェルトはあっけらかんと笑った。

 

「アタシとしては買取価格が高い方に売りつけるだけだ。 ま、向こうの姐さんが怒る可能性もあるけどな」

 

「あー、その怒り方がとんでもない可能性もあるわけで...いや、こっちの話」

 

わざわざ交渉が難儀になるような話はさて置き、スバルは改めて咳払いしてから真剣な顔を作り、

 

「んじゃ、交渉には乗っかってくれるってこったな?」

 

「儲かる可能性のある話ならなんだって聞くさ。 たりめーだろ?」

 

「たくましいこった。 ....こっちにゃ聖金貨で二十枚以上の価値があるものを用意してる。 その条件で、お前の徽章を買い取りたい」

 

スバルの言葉に、フェルトの耳がぴくん、と動く。 前回と同様、そのがめつさは健在のようだった。

 

「へー、なるほど。けっこーな値段付けてくれんじゃん。 アタシの苦労も報われるよ。 ...でも、アンタの商売敵もそんぐらいの値段できてるぜ?」

 

「ハッタリだろ」

 

すかさず上条が突っ込む。

 

「聖金貨十枚...出せても十五枚の取引だ」

 

「フェルト、そういうことだ。 あんま欲かくと死ぬぞ、マジに」

 

恐らくフェルトは、スバルが居なかったとしてもエルザに対して値上げ交渉を行ったはずだ。 その結果はあまり考えたくはないが。

 

フェルトは2人から突っ込まれ、不機嫌そうに頬を膨らます。

 

「んだよ、そこまでバレてんのか。 そーだよ、聖金貨十枚だ。 といっても、交渉相手が出たと知れたらもっと出すかもしんねーけどな?」

 

これは嘘じゃないぜ、とフェルトはぶっきらぼうに口にする。

 

「素直にこっちで手ぇ打っておけ、って言っても聞かないんだろうな」

 

「たりめーよ。 ってか、そもそもアンタのさっきの話も眉唾だ。アタシの耳は聞き間違えちゃいねー。 アンタは聖金貨二十枚じゃなく、その価値があるものって言った。 手札が一方的に知れてんのは不公平じゃねーかな、交渉としては」

 

しかし、ここでごねられても時間を無駄にするだけだ。 何としてでもエルザがこちらに狙いを定める前に交渉を終える必要がある。

 

上条と同じことを考えたのか、スバルも手早くガラケーを取り出した。 そして、フェルトに向かってこう告げる。

 

「これが聖金貨二十枚分_______巷で大流行の『ミーティア』ってやつだ」

 

「それが聖金貨二十枚か? アタシにゃ手鏡かなんかにしか見えねーが」

 

スバルはフェルトをパシャパシャと撮影する。 フェルトは、「わひゃっ」と珍しく女の子らしい反応を見せた。

 

「これが『ミーティア』の力だ。 精巧な絵を残すことができる、優れものだぞ」

 

「けど思えば連絡機能を使えないのは残念だよな。 正直1番便利なのはそこの部分なんだし」

 

「それには共感できないな当麻。 俺の連絡先の少なさを見てみろ!!」

 

スバルと軽口を叩き合いながら、上条はケータイを無くしてしまったことに少しだけ罪悪感を覚える。

 

別に、この世界でケータイを持っていたところで物々交換の手段くらいにしか使えないのだが...。

 

(御坂に怒られそうだ)

 

ケータイに付けていたキーホルダーのことを思い出して、上条は嘆息した。 早く元の世界に戻る方法を見つけなきゃいけない、と改めて心に刻む。

 

一方で、フェルトはそんな上条の心情を知る由もない。 スバルのガラケーを舐めるように眺めて、納得の頷きを作る。

 

「嘘、じゃなさそーだな。 ただし、これに聖金貨20枚ってのは眉唾だぜ? 交渉相手の意見丸呑みしてやるほど頭空っぽってわけじゃねーんだ」

 

「ま、そうくるよな。 第三者の意見は必要ですよ実際」

 

「加えて俺の服も付けたら即決ってことにならない?」

 

「いくら積まれても第三者の目は必要だろ、兄ちゃん。 アンタらにとってもその『ミーティア』一つで済んだ方が気分はいいんじゃねーか?」

 

上条のレイズに対しても、フェルトが意見を崩すことはなかった。

 

「てか当麻、全裸で帰るつもりかよ。 それこそラインハルトに捕まっちまうぜ」

 

スバルは笑ってそう言うが、上条としてはそれでもよかった。 何にせよ、死ぬよりはマシなはずなのだ。

 

「この貧民街の奥に、盗品蔵がある。 そこで聞くのが手っ取り早いだろーさ」

 

フェルトの提案は予想通りだった。 だが、こちらとしてはやはり盗品蔵に到着する前に決着をつけておきたいのだ。

 

「いや、それにはまったく反対はしないんだけどさ...」

 

「何を問題にしてんのかわかんねーけど、急ぐならとっとと行こうぜ」

 

案の定、フェルトの意見が変わることはなさそうだ。 こうなってしまえば、もう覚悟を決めるしかない。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「ちゃっと見てもらってスパッと終わらせてバシっと出るかんな」

 

「兄ちゃんたち、なんでそんな焦ってんだよ。 汗ダラダラだぜ、強く生きろよ」

 

「なんかよく聞くけどスローガンなのそれ?」

 

そんな会話を最後に、上条達は盗品蔵へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大ネズミに」

 

「ホウ酸団子ってどこで売ってんの? 毒」

 

「白鯨に」

 

「俺の船長の原点はやっぱりエイハブ船長です。 釣り針」

 

「...我らが貴きドラゴン様に」

 

「ファンタジー世界だから実際いるんだろうけど、マジ対面したらなんにもできないこと請け合い。 でもロマンだから会いたいのも事実という矛盾がクソったれな気分」

 

「余計な枕詞つけんと合言葉も言えんのか! 余計に腹立たしいわ!」

 

ロム爺が怒りの台詞とともに扉を勢いよく開けるが、それを予期して後ろに下がっていたスバルにはノーダメージ。 ギリギリの位置に立っていた上条だけが被害を受け、ぶっ飛ばされた。

 

悔しげに喉をうならせるのは、入口の高さに身長が噛み合っていない巨人______こちらも見慣れたハゲ頭のロム爺だ。顔を真っ赤にして、血圧が高そうな有様。

 

「おいおい、あんま怒ると体に障るぜ?」

 

「じゃあ怒らせるんじゃないわ!! なんじゃお前!」

 

「あー、どうでもいいけど誰かこの兄ちゃんの心配もしてやれよ」

 

フェルトが上条を指さした。

 

「ふ、不幸だ...」

 

定型文を呟きながら立ち上がる。 最近、どうも何かしらぶっ飛ばされることが多い気がするのは気のせいか。

 

「あー、悪い。コイツら、アタシの客なんだ。入れてやってよ、ロム爺」

 

がくり、とうなだれるロム爺。 フェルトはそれを同情的な目で見て、

 

「アンタ、だいぶ性格悪いな。 控えめに言って最悪だ」

 

「性格の悪さは友達の少なさに表れてるぜ。 今となっては、俺の友達は当麻だけだ」

 

「その唯一の友達を吹き飛ばしたことについて何か謝罪はないのかよ!」

 

「吹き飛ばしたのは俺じゃなくてロム爺だろ!!」

 

ぎゃーぎゃーと騒いでいるうちに、フェルトは既にテーブルについていた。 勝手にミルクを傾けている。

 

それを見て、上条達も盗品蔵の中へと入っていく。

 

「それにしても随分と他人の家で図々しいな、フェルトの奴は。 あ、ロム爺、俺は酒でいいよ」

 

「お前さんも相当図々しいな!?」

 

ロム爺の額に血管が浮かび上がってきた。 これ以上からかうと爆発しそうな勢いである。

 

「で、本題。 ロム爺には、この『ミーティア』を鑑定してもらいたい」

 

唐突にスバルが本題に入った。

 

話が商談となると、ロム爺の瞳も真剣味を帯びる。 スバルに渡されたガラケーをしげしげと眺め始めた。

 

「これは...」

 

「ちょうどいいタイミングだと思ってな、待ち受けを当麻にしておいたぜ」

 

「なんで俺!? フェルトでよくない!?」

 

ロム爺はガラケーをパカっと開き、画面と上条とを見比べる。

 

「なるほど...」

 

「時間を切り取って、そこに封じ込める魔法器さ。 人の手によるもんじゃ、到底できない綺麗さだろ? なんなら爺さんも撮影するけど」

 

「興味はあるが、おっかない感じもするのぅ。 命とか取られんか?」

 

「やっぱどの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな……」

 

迷信、というのも随分と久しぶりに聞く単語だ。 学園都市ではそういった類のものは一切なかったなぁ、と上条は想いを馳せる。

 

そんな上条の内心に気づくはずもなく、ロム爺はガラケーを見て興奮していた。

 

「これは確かに恐れ入ったわい。 もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五...いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。 それだけの価値はある」

 

「と、いうわけだ。 納得したか、フェルト?」

 

予想通りのロム爺の鑑定に、ドヤ顔をするスバル。

 

上条も思わずホッとする。 これで、ようやく徽章を取り戻せるのだ。

 

「待てよ」

 

しかし、そんな安堵も束の間。 フェルトが、疑念の目を上条達に向ける。

 

「兄ちゃん達、なんでそんなに焦ってんだよ」

 

「え?」

 

「そもそも、なんで兄ちゃん達はこの徽章を欲しがってんだ?」

 

うぐ、と息を詰まらせるスバル。

 

交渉事に置いて、弱みを見せるなんて絶対にやってはいけないことだ。 何も言えないスバルに、フェルトはほんの僅かに口の端を緩めた。

 

「そっちの兄ちゃんもどうせ同じだろ? 依頼人もそうだった_______」

 

「俺達がそれを欲しがるのは...元の持ち主に返したいからだ」

 

空気を切り裂いたのは、上条の言葉。

 

「は?」

 

その言葉を受け、フェルトは信じられないものでも見るかのように目を見開いた。

 

「本当だ...頼む、信じてくれよフェルト」

 

上条に続き、スバルも言葉を紡ぐ。 もうハッタリは通じない。 今できることは、誠実さを見せ、一生懸命頼み込むことだけだった。

 

フェルトの紅の双眸が敵意をはらむ。

 

「つくならもう少しマシな嘘つけよ」

 

「じゃがフェルト...この小僧ども、嘘を言っているようには思えんが...」

 

「ロム爺までほだされてんじゃねー! 大金をはたいてまでやることがそれって、そんなのありえねーだろ!? 真剣なふりしても騙されねーよ。そうじゃなきゃ、アタシは...。 そうさ。アタシは騙されない」

 

なにかを振り切るように、フェルトは絞るような掠れた声を出す。 彼女の胸中はわからないが、もう意見を変えることはないだろう。

 

______交渉は、失敗に終わったのだ。

 

「誰だ」

 

ロム爺が表情を変えて、盗品蔵の入口を睨んだのはそのときだった。

 

鋭いノックの音が何度か続き、沈黙にロム爺が振り返る。 その視線を受けて頷いたのはフェルトだ。彼女は自分を指差し、

 

「アタシの客かもしれねー。 まだ早い気がするけど」

 

言いながら扉の方へ向かい、まだ怒気の冷めやらない顔のまま戸に手をかける。

 

「待て、殺されちまうぞ______」

 

交渉決裂のショックで放心状態のスバルの代わりに、行動を起こしたのは上条だった。 慌ててフェルトを止めようとするが...。

 

少し遅かった。 制止の声は戸を開けるフェルトの動きを躊躇させることはできなかった。

 

扉が開かれて、夕焼け色の光が盗品蔵の薄闇をぼんやりと淡く振り払う。

 

そして。

 

「_____殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」

 

 仏頂面で唇を尖らせて、銀髪の少女が蔵の中へと足を踏み入れていた。

 



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第9話 『再会の盗品蔵 後半』

ちょっと長いかも


「よかった、いてくれて。 ______今度は逃がさないから」

 

踏み込んできたのは、偽サテラ。 その姿を見て、フェルトが声もなく後ずさる。

 

「しつけーな、いい加減諦めろっつーのに」

 

「残念だけど諦められないものだから。 ...大人しくすれば、痛い思いはさせないわ」

 

(なんで...)

 

上条は思案する。 スバルから聞いた話によれば、偽サテラがここに到達するのはもっと後だった筈だ。 ここにきて、歯車が狂いだしたのか。

 

「はは」

 

スバルが複雑な笑みを浮かべる。

 

「俺がいなけりゃ、こんだけ早くたどり着けたんだな...」

 

なるほど、そういうことらしい。 1週目のことは詳しくは分からないが、偽サテラはスバルとの治療イベントがなくても、自力でここまで辿り着くというわけだ。

 

「まぁ気を落とすなよ、俺がいたらもっと時間かかってた気もするし。 いや、その場合エルザに殺されなかったとかあるかもな...」

 

スバルを励ましつつ、上条は再び偽サテラとフェルトに目をやる。 今にも激突しかねない、まさに一触即発だ。

 

「私からの要求は一つ。 徽章を返して。 あれは大切なものなの」

 

偽サテラの魔法だろうか、宙には氷柱が6本浮いている。

 

「ロム爺...」

 

「動けん。 厄介な相手を呼び込んでくれたもんじゃな、フェルト」

 

フェルトの静かな呼びかけに、ロム爺は首を横に振って答える。 手に棍棒を持つその姿も、今はどこか頼りなく感じる。

 

「ケンカやる前から負け認めるのかよ?」

 

「普通の魔法使いなら儂も引いたりはせんよ」

 

挑発的なフェルトをたしなめ、ロム爺はその灰色の瞳を細めて偽サテラを見やる。

 

「お嬢ちゃん、あんたエルフじゃろう」

 

上条とスバルは、その言葉を聞いて思わず顔を上げた。 その予想は半分間違っている。 2人は、既に1週目で偽サテラの素姓を聞いたことがあった。

 

ロム爺の問いに偽サテラはしばし瞑目、それから小さく吐息して、

 

「正しくは違う。 私がエルフなのは、半分だけだから」

 

痛みを告白するような口ぶりだった。 恐らく、偽名を使った本当の理由がそこにはあった。

 

スバルも眉をひそめるが、特に大きな反応を示したのは残りの2人。 その中でもフェルトの反応は顕著なもので、

 

「ハーフエルフ...それも銀髪!? まさか...!」

 

「他人の空似よ! ...私だって迷惑してるもの」

 

フェルトは恐らく、本当のサテラのことについて言及したのだろう。 ラインハルトも恐れる存在だ。 それに間違われることが、どれほど偽サテラにとって不本意なものなのかは今の反応を見れば伝わってくる。

 

だが、彼女の否定はフェルトの警戒を解くには至らない。 それどころか、フェルトは矛先を上条達に向けてきた。

 

「兄ちゃん達、さてはまんまとアタシをはめたな?」

 

「なに?」

 

「散々急かして邪魔すんのを妨げたのも作戦だろ? 完全にグルじゃねーか」

 

フェルトの発言を聞いて、上条はようやく合点がいく。 偽サテラがこの短期間で盗品蔵に辿り着けたのは、貧民街の面々の邪魔がなかったからだ。 上条達がフェルトを急かしたことで、足止めを頼む暇がなくなったのだ。

 

「どういうこと? あなたたち、仲間なんじゃないの?」

 

上条達とフェルトの仲違いを見て、偽サテラは困惑する。

 

「小芝居すんなよ。 さっさと徽章を取り返してアタシの間抜けさでも笑えばいーだろ」

 

乱暴に髪を掻いて舌打ちするフェルト。 険悪な空気もそろそろ限界だった。

 

それに、この流れは上条達にとっては好都合だ。 偽サテラに徽章は返されるし、その後にとっとと退散すればエルザに殺されることもない。

 

スバルもそう思ったのか、笑いながら2人をとりなそうとする。

 

「まぁまぁ、ややこしくなるしもういいじゃねぇか」

 

「その通り。 フェルトは徽章を返してやれよ。 ...それでハーフエルフのアンタはさっさとここから出てく。 もう盗られるなよ」

 

「なんで急に親身になってくれるの? すごーく釈然としない...」

 

「納得いかねーのはアタシもだ。 兄ちゃん達、マジでなんなんだよ...」

 

...説得は厳しそうだ。 なんか一歩間違えたら即座に氷の塊にされそうで怖い。 ...いや、偽サテラはそんなことしないか。

 

どうするべきか、首をひねっていたその時だった。

 

滑るように黒い影がそっと、銀髪の少女の背後へと忍び寄っていた。

 

「防げパック!!!」

 

本来ならば、そのまま少女の首が跳ね飛ばされるはずだった。

 

快音。 それは鋼が骨を断つ音ではなく、鋼がガラスを割るような響き。 わずかに身を屈める偽サテラの後頭部、そこに青白い魔法陣が展開されていた。

 

身を飛ばして振り返る偽サテラ。 彼女の流れる銀髪の隙間、灰色の体毛の小動物が立っている。 ピンクの鼻を得意げにふふんと鳴らし、小動物_______パックはちらりと上条を見て、

 

「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。 助かったよ」

 

「助かったのはこっちだ。 あとうっかり俺の右手に触るなよ、消えちまうぞ」

 

「なるほどな、このぷりちーな小動物が当麻の消したパックってやつか!!」

 

「ボクはそう簡単には消えないよ...あぁ、なるほど。 その右手か」

 

納得したように頷くパック。 予想以上のパフォーマンスだ。

 

そして、まんまと奇襲を防がれた形になった襲撃者は、

 

「精霊、精霊ね。 ふふふ、素敵。 精霊は、まだお腹を割ってみたことないから」

 

凶刃を顔の前に持ち上げ、恍惚の表情をするのは見慣れた殺人鬼_______エルザだった。

 

唐突な来訪者に対して、誰もリアクションを起こせない。 ...1人を除いて。

 

「おい! どーいうことだよ!!」

 

叫び、前に踏み出して怒声を張り上げるのはフェルトだ。 フェルトはエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出す。

 

「こいつを買い取るのがアンタの仕事だったはずだ! 話が違うじゃねーか!」

 

「持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。 だから予定を変更することにしたのよ」

 

エルザは殺意に濡れた瞳でフェルトを見つめる。

 

「この場にいる関係者は皆殺し。 徽章は後で回収することにするわ。 まぁなんにせよ、あなたは仕事をまっとうできなかった。 切り捨てられても仕方がない」

 

「_______ッ」

 

フェルトの表情が苦痛に歪む。 それは、恐怖とは別の感情に見えた。 エルザの言葉のどこがフェルトの琴線に触れたのかはわからない。 わからないが...。

 

「「ふざけんなよ!!!」」

 

上条とスバルを怒らせる理由には十分だった。

 

驚いたように上条達を見るエルザ。 フェルトやロム爺、偽サテラも例外ではない。 だけど、そんなことは知ったことではない。 今は言わなければ気が済まなかった。

 

「俺にはフェルトのことは分からない。 けどな、コイツだって必死で、盗みを働くくらい必死で生きてんだよ!! それを、あなたは仕事をまっとうできなかったので殺します、とかふざけるのも大概にしろよ! コイツの気持ち、考えたことあんのかよ!!!」

 

何を偉そうに、とは自分でも思う。 こんなことを言っても、エルザが攻撃を止めることはない。 それでも、言わなければならなかった。

 

そして、感情を吐き出したのは上条だけではない。

 

「こんな小さいガキいじめて楽しんでんじゃねぇよ!! 腸大好きのサディスティック女が! 予定狂ったからちゃぶ台ひっくり返して全部オジャンってガキかてめぇは! 命を大事にしろ! 腹切られるとどんだけ痛いかしってんのか、俺は知ってます!!」

 

「...何を言ってるの」

 

エルザが呆れたように上条達を見る。

 

「アンタが何もかもぶち壊して、みんなの笑顔を奪い去ろうとするなら、そんな幻想こそ俺がぶち壊してやる!!!」

 

「自分の中の思わぬ正義感と義侠心に任せてこの世の理不尽を弾劾中だよ! 俺にとっての理不尽はつまりお前でこの状況でチャンネルはそのままでどうぞ! はい時間稼ぎ終了やっちまえパック!!!」

 

「後世に残したい見事さだね。 ______ご期待に応えようか」

 

飄々とした声を聞きつけ、エルザがはっと顔を上げる。

 

立ち尽くすエルザの周囲、全方位を囲むのは先端を尖らせた氷柱、それが二十本以上。

 

「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。 ボクの名前はパック。

...名前だけでも、覚えて逝ってね」

 

直後、全方位からの氷柱による砲撃がエルザの全身に叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか!?」

 

「バカ、当麻! その台詞はダメだろ!」

 

クリーンヒットを見て、思わずタブーを口にしてしまう上条。 当たった氷柱は実に二十本。 命中すれば致命傷は免れないはずなのだが...。

 

「_______備えはしておくものね」

 

白煙を切り裂くようにして、黒髪を靡かせながらエルザが飛び出していた。 羽織っていた黒の外套を脱ぎ捨てている。

 

「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じ!?」

 

「それも面白いわね。 でも、事実はもっと単純。 私の外套は一度だけ、魔を払うことができるのよ。 命拾いしてしまったわね」

 

スバルの空気の読めない発言に丁寧に応じて、低い姿勢からエルザが刃を正面へ突き出す。

 

刃の先に立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。

 

「精霊術の使い手を舐めないこと。 敵に回すと、怖いんだから」

 

胸の前で手を合わせる偽サテラ。 その正面に多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。

 

上条はホッとしてスバルへと向き直る。

 

「どうする?」

 

「どうするも何も、俺たちは見てるしかないだろ。 足手まといだ。 ...っておい爺さん、何するつもりだ」

 

「機を見て助太刀をしようと思っての」

 

「やめとけ! 右腕切断されるぞ!」

 

「不吉なことを言うでないわ!!!」

 

「アタシもやめといた方がいいと思うぜロム爺。 なんか嫌な予感がすんだよ」

 

スバルとフェルトがロム爺をいさめる。 上条も同感、とばかりに首を縦に振った。

 

「タイマンならともかく、今の状況だと俺が偽サテラの邪魔をしかねない。 ま、それでも危なくなったら無理にでも出て行くけど」

 

「パックを消した前科があるもんな」

 

話している間にも戦況は目まぐるしい変化を見せる。

 

発射された氷柱はすでに百に近いはずだが、最初の先制攻撃を除いてはエルザの身に直接届いたものは一つとしてない。

 

「このまま物量で押してけばいけるか...?」

 

「精霊がいつまで顕現できるかが勝負じゃ。 精霊抜きだと一気に形成が傾くぞ」

 

「時間制限なんてあんのか!?」

 

それは不味い。 2体1でようやく押しているというのに...。

 

上条が焦燥に身を焦がしていると、ふいにエルザの動きが止まった。 そんなエルザに対し、パックはその黒い目で器用にウィンクする。

 

「そろそろ幕引きといこうか。 同じ演目も見飽きたでしょ?」

 

「足が____」

 

エルザの足下、その右足が凍結した床に縫い付けられていた。

 

砕かれた氷塊がわずかに降り積もり、彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしている。

 

「無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?」

 

「...してやられたってことかしら?」

 

「年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ」

 

パックが得意げに胸を張った次の瞬間だった。

 

極光が、盗品蔵を貫いた。 膨大な魔力が偽サテラからエルザに向かって放たれる。 それはもはや氷の形すらしていなかった。 ただのエネルギーの塊だ。

 

周りのものが凍りついていく。 この砲撃が直撃すれば、あのエルザでさえ氷像と化すであろうことは間違いなかった。

 

そう、直撃すれば______。

 

「嘘、だろ...」

 

「嘘じゃないわよ。 ああ、素敵。 死んじゃうかと思ったわ」

 

「女の子なんだから、そういうのは感心しないなぁ」

 

エルザの足を縫い付けていた氷床から湯気が立つ。

 

エルザは、咄嗟に右足の表面を切り落としてあの極光から逃げおおせたのだ。 いくらなんでも、正気の沙汰じゃない。

 

「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」

 

「それだけでも相当、痛いだろうに」

 

「ええ、そうね。 痛いわ。 素敵。 生きてるって感じがするもの」

 

エルザは何の躊躇いもなく皮の剥がれた右足を氷床へと押し付ける。 乱暴な止血と共に、完成したのは氷の靴だった。

 

「パック、いける?」

 

「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」

 

まだ立ち上がってくるエルザを見て、偽サテラはパックに心配の声をかける。

 

その銀髪の横、肩の上の小猫の姿が淡くぼんやりと輝き、今にも消えそうなほど儚げにうつろっている。時間切れ、ということだ。

 

「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。 ありがとね」

 

「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。...いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

最後に偽サテラに声をかけると、パックは完全に霧散してしまった。

 

「ああ、いなくなってしまうの。 それはひどく、残念なことだわ」

 

エルザが肩を落とす。 自分を殺しかけた相手にそんな感情を抱けるのは、まさに強者と言ったところか。

 

何にせよ、これでタイマンに持ち込まれた。

 

「そろそろ、黙って見てるわけにもいかなくなってきたわい」

 

戦況の変化を見て、ロム爺が声を上げた。

 

「加勢なしの勝算はもうわからん。 なら黙って見とるのも機を逃すだけじゃ。...わかっとるじゃろ、フェルト」

 

「わかってるっつーの。 逃げるにせよ、そろそろ動かねーといけねーってな」

 

そう言ってロム爺の隣に並ぶフェルト。 彼女は、ふと上条達の方に向き直った。

 

「さっきは...なんだ、ちょっと、救われた」

 

「あ?」

 

「ちょっとだけだけどな。 っつか、ガキとか言うんじゃねーよ。 アタシはこれでも十五だ。 兄ちゃん達とほとんど変わんねーだろ」

 

「...俺は今年で十八だ。 車に乗れれば結婚もできる」

 

「見えねー! 顔がガキすぎ。 もうちょっと人生刻んどけよ、面に」

 

「十五ってことは中学生か。 なんだかそう見ると可愛げがあるような気も...」

 

「...こっちの兄ちゃんは、確かに年上みたいだな」

 

「なんで!? 当麻どんだけ修羅場潜ってんの!?」

 

軽口を叩き合いながら、戦況を見守る。 気のせいか、僅かにだが偽サテラが押され始めているような...。

 

「よし、行くか」

 

意を決する。 これ以上傍観しているわけにもいかなかった。

 

「待て、儂も行く」

 

上条の決意の言葉に、ロム爺も同意した。 彼は棍棒を握りしめて、エルザの隙を窺っている。

 

そして、ついにスバルも、震える膝を手で叩いて立ち上がった。

 

「...力になれるかはわかんねぇけど、俺も頑張るよ」

 

スバルは更にフェルトに向かってこんなことを言った。

 

「あとフェルト、お前は逃げろ」

 

「は!?」

 

唐突なスバルの提案に、フェルトは怒りの声をあげる。

 

「こん中だと最年少だろ? お前が生きる確率が一番高いとこを選ぶのが当たり前だ。当たり前なんだよ」

 

「ふざけんなよ! さっきまでぶるってた癖に________」

 

激昂するフェルトだったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。

 

原因は、耳をつんざくような破壊音。 まるで家が倒壊したかのような轟音に、思わず上条達はその方向に顔を向ける。

 

立ち込める砂埃。 それは、偽サテラが起こしたものでも、エルザが起こしたものでもなく...。

 

「誰...?」

 

偽サテラが呟く。 その後ろ辺りの壁に、大きな穴が開いていた。 誰かが意図的にそこを吹き飛ばしたかのような大きな穴だ。 恐らく先程の轟音は、何者かが盗品蔵に穴を開けて入ってきた音だったのだろう。

 

舞っていた砂埃が晴れていく。 その中から姿を現したのは_____。

 

「...ようやく見つけたぜ」

 

透き通るような白髪に、殺意を帯びた赤い瞳。 上条は、その姿に見覚えがあった。

 

「あ、一方通行(アクセラレータ)!?」

 

怒涛の1日目が、クライマックスを迎えようとしていた。

 




ということでアクセラレータさん合流です。 思ったんだけど一方さんと上条さんのコンビって隙がないよね。


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第10話 『白い怪物』

「だ、誰だ...?」

 

隣でスバルが呟く。 ロム爺もフェルトも呆気に取られて侵入者を見つめていた。

 

「あ、一方通行(アクセラレータ)...なんでここに...」

 

学園都市第1位の超能力者(レベル5)、通称一方通行(アクセラレータ)。 元々は上条の世界の住人のはずなのだが、何故ここにいるのだろうか。

 

驚きの余り固まっていると、一方通行は顔を面倒臭そうにこちらへ向けた。

 

「どォやら、取り込み中のようだが...俺が用があるのはそこのヤツだけだ」

 

その視線の先には___________。

 

「俺!? よりによって俺!?」

 

どうやら、一方通行はスバルに用があるらしい。 一応面識があるはずの上条には目もくれない。

 

一方で、名指しされたスバルは目に見えて狼狽え始めた。 まぁ、あの鋭い目で射抜かれれば誰でもそうなってしまうだろう。

 

「ちょっと」

 

と、そこに偽サテラが口を挟む。

 

「誰なのか知らないけど、今はそんな場合じゃないでしょ?」

 

その声を受けて、一方通行はようやく存在に気付いたかのように偽サテラへと目をやる。

 

「チッ、邪魔者が多すぎンだろ」

 

「あら、邪魔者は貴方だと思うのだけれど」

 

「あ_____」

 

スバルが思わず声を漏らす。

 

今まで沈黙を貫いていたエルザが、痺れを切らしたのか一方通行へと向かって走り出したのだ。

 

偽サテラの方へと目をやっていた一方通行は、それに反応することができない。 なすすべもなく、血をぶちまけて倒れるだろうと誰もが思った。

 

______上条を除いて。

 

キン、と人にナイフが刺さった時のそれとは余りにも違う音が辺りに響く。 一方通行は、エルザの方向を向いてすらいなかった。 あろうことか、偽サテラに目を向けたまま何事もなかったかのように立っている。

 

「...あら?」

 

戸惑いの声を上げたのはエルザだ。 変化があったのは彼女の右腕。 ナイフを持っていたはずのその腕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一方通行は、口笛を吹きながらようやくエルザの方へと向き直る。

 

「どォやら、本当の邪魔者が発覚したみたいだぜ」

 

ベクトル操作______確か、そんな感じの能力だった。 一方通行は、あらゆる物体の力の向きを操ることができる。 つまるところ、一方通行に物理的な攻撃は一切意味をなさないのだ。

 

「当麻、アイツと知り合いなの...? 友達は選んだ方がいいと思うぞ」

 

「知り合いではあるけど、友達ではないな。 むしろ結構敵対してきた」

 

「当麻はあんな怪物とやり合えんのかよ!?」

 

妹達(シスターズ)の件はもちろん、つい最近ロシアでもタイマンをやった気がする。 何とか勝てたのは、右手があったからだ。

 

「誰かは知らんが、勝機はまだあるようじゃな」

 

「アイツの矛先がこっちに向かねーことを祈ってるぜ」

 

ロム爺とフェルトが不安そうに言葉を交わす。 確かに一方通行は強力だが、彼らからすればまだ敵が味方か判断がつかない状況だ。

 

「あぁ、素敵...。 まだ楽しませてくれるのね」

 

エルザが恍惚の表情を浮かべる。 腕がひしゃげても彼女のスタンスは変わらないようだった。

 

「イカれてやがる」

 

対する一方通行の表情は冷めたものだ。 赤い瞳が殺意を帯びていく。

 

「面倒事はさっさと終わらせるに限る」

 

そう言うや否や、一方通行は足元に落ちていた瓦礫を思いっきり蹴り上げた。 それは凄まじい速度でエルザの顔へと吸い込まれていき______。

 

「そォ簡単にはいかねェか」

 

いつの間にか、まったく別の場所へと移動しているエルザ。 そんな殺人鬼を見て、一方通行は小さく舌打ちした。

 

「まだまだ楽しませてくれるでしょう?」

 

エルザは恍惚とした表情でそう言うと、意趣返しのつもりなのか、一方通行に向かってナイフを投げる。

 

またもや、一方通行は避けさえしなかった。 が、彼の肌に傷がつくことはない。 エルザが投げたナイフは、あろうことか彼女の足に深く突き刺さっていた。

 

「今、何が起こった...? ナイフが弾き返された、のか?」

 

「あれが一方通行の能力だ」

 

「もしかして、反射ってヤツか!? チートすぎんだろ...!」

 

スバルが慄く。 厳密に言えば反射ではないのだが、今はそれについて話せる雰囲気でもなかった。

 

「ふふ...」

 

エルザがよろめきながら薄く微笑む。 刺さったナイフは相当な痛みを彼女に与えているはずなのだが、エルザは一切そういった表情を見せない。 それどころか、彼女は足に刺さっているナイフを思いっきり引き抜いた。

 

「チッ、しつけェな」

 

「あら、つれないのね」

 

苛立ちを隠そうともしない一方通行に対し、未だに立ち上がってくるエルザ。 相当な深手を負っている筈だが、それを感じさせない立ち回りはさすが殺人鬼といったところか。

 

「終わらせてやる」

 

ここで初めて、一方通行が動いた。

 

「速い!」

 

ロム爺が思わず声を漏らす。 一方通行は、地面を蹴ったかと思うと次の瞬間にはエルザの目前へと迫っていた。 必殺の右手がエルザの顔に命中する___________。

 

その寸前だった。

 

「______ッ!!」

 

野生の勘なのか、はたまた戦闘における経験値の賜物なのか、エルザは一方通行の右手を寸前のところで避けていた。 そして、彼女は盗品蔵の出口に向かって走り出す。

 

「残念だけど、ここまでみたい。 いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

「逃す訳ねェだろォが!!」

 

凄まじい速度で逃走するエルザに追随する一方通行。 だが、それよりも問題は_________。

 

「逃げろ!!」

 

偽サテラが、エルザの直線上に立っていた。 一方通行とエルザの戦闘が開始されてから、彼女はその場を一切動いていない。

 

偽サテラは、向かってくるエルザを見ても動かない。 いや、もしかすると何らかの理由で動けないのかもしれない。 実際、彼女の額には大量の脂汗が浮かんでいた。

 

「貴方だけでも_____!」

 

そして、その隙をエルザが見逃すはずもなかった。

 

偽サテラの腹部へとナイフが迫る。 間に合わない。 一方通行は既にエルザを追いかけているが、角度的にナイフを止めることは不可能だった。

 

「届けぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

一番偽サテラに近かった上条は必死に手を伸ばす。 これ以上、誰かが傷つくのを見たくはなかった。 だが、無情にも時は過ぎていく。 エルザのナイフが、今にも偽サテラを襲おうとしていた。

 

ドスッ、と鈍い音が辺りに響く。 同時に、大量の鮮血が盗品蔵の床に飛び散った。

 

「なんで______」

 

しかし、飛び散った血は偽サテラのものではなかった。

 

それは間一髪でエルザと偽サテラの間に割り込んだ上条 当麻の血だった。

 

ドサ、と何かが地に落ちる。

 

「ぐあぁァァァァ!!!!」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「当麻!!!」

 

何処かでスバルの叫び声がする。 視界が明滅し、一瞬遅れてどうしようもない苦痛が上条を襲った。

 

_______痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 

「邪魔を_______!」

 

攻撃を妨げられたことにエルザが一瞬顔を歪め、上条を飛び越えて盗品蔵を出ていく。 逃すまいと、一方通行も一瞬遅れてエルザを追おうと飛び出し______。

 

直後、その細い体が反対の壁まで吹き飛んだ。

 

「がァ____ッ!?」

 

原因は、上条の右腕。 いや、正確に言えば、右腕の切断面。 殺人鬼によって綺麗に切り離されたその断面から、『なにか』が吹き出していた。

 

「どりゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

と、その時、スバルが横合いから飛び出し、偽サテラの腰辺りに飛びついた。 そのまま転がり、上条から距離を取る。

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、ありがとう...。 ごめんなさい、白い人が戦い始めてから辺りのマナが...」

 

「よくわかんないけど、無事で何よりだぜ!」

 

偽サテラの無事を確認しつつ、スバルは上条に向かって叫んだ。

 

「当麻! 聞こえるか!!」

 

「ぐ...」

 

上条の視界は未だに明滅していた。 何がどうなっているのか、まるで状況が把握できない。 スバルの声を頼りに、必死に意識を保つ。

 

「クソ、やべぇな。 当麻の正気が戻るまで時間を稼がねぇと...。 あの白いヤツがぶっ飛ばされるレベルの攻撃とか、ゾッとしねぇ」

 

「チッ、例の右手は健在って訳か」

 

「うお!? いつの間に!?」

 

スバルが思案している間に、一方通行は復活していたようだ。 忌々しげに上条へと目をやる。

 

「オイ。 オマエが悪党になってどォすンだよ、ヒーロー」

 

「だ、だめだ、来るんじゃねぇ...」

 

ようやく思考が蘇ってきた上条が必死に声を絞る。 フィアンマと戦った時のことを思い出す。 その時も、確か右腕を切断されて、中から『なにか』が飛び出してきた。 だが、今の『これ』はその時よりも更に制御ができなくなっている。

 

このままだと、この場の全員が危険なのは間違いなかった。

 

「こォいうのは柄じゃねェンだがな」

 

ぽつり、と一方通行が独り言のように呟く。 そして、スバル達の方へと顔を向けて口を開いた。

 

「てめェら、さっさと消えろ。 邪魔だ」

 

唐突な言葉だった。 だが、それは確かにスバル達に向けられていて____。

 

「でも_____」

 

「特にてめェには死なれると困るンだよ、ナツキ・スバル」

 

一方通行の言葉にスバルは戸惑う。 スバルの記憶が確かならば、目の前の白い人とは面識がない。 それなのに、『死ぬな』と言われるのは何とも不思議な感じだ。

 

「ちくしょー、今は兄ちゃんの言う通りにするしかないな」

 

フェルトとロム爺が困惑気味ながらに行動を起こそうとしている。 それを見て、スバルも決心が固まった。

 

「死ぬなよ」

 

「誰にもの言ってやがる」

 

それだけ交わし、各々が行動に移ろうとする。

 

________と、その時だった。

 

「そこまでだ」

 

屋根を貫き、盗品蔵の中央に燃え上がる炎が降臨する。 焔はすさまじい鬼気でもって室内を席巻し、一方通行でさえもその動きを止めた。

 

赤い髪に青い瞳。 整った顔立ちも相まって、その風貌は一度でも見れば忘れることはないだろう。

 

「ライン、ハルト!?」

 

怒涛の1日目、本当に最後の戦いが始まろうとしていた。

 




第1章のボスはまさかの上条さん(中条さん)。


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第11話 『決着』

次で第1章が終わります。


「...ラインハルト、か?」

 

「そうだよ、スバル。 さっきぶりだね。 遅れてすまない」

 

驚愕するスバルに、ラインハルトは申し訳なさそうに薄く微笑む。

 

屋根を貫いて、おおよそ五メートル近い落下をしたにも関わらず、軽く足を踏み出す姿には一切の影響が感じられない。埃を払う一動作にすら洗練されたものを感じ、スバルは路地裏でのトンチンカンとの相対とは一味違う、彼の本質の一端に触れた。

 

「トウマ、僕が君を止めよう」

 

小さく、ラインハルトがそう呟く。

 

と、それを見た一方通行(アクセラレータ)が面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「チッ、なンでここにいンだよ」

 

「アクセラレータこそ。 探し人は見つかったかい?」

 

「おかげさまで。 それより邪魔すンじゃねェよ」

 

一方通行の言葉にラインハルトは肩をすくめる。 やりとりを見るに、2人は知り合いなのだろうか_______。

 

「...って言い争ってる場合じゃねぇぞ! 早く当麻を止めないと...!」

 

スバルは、苦しそうに右腕を押さえる上条を見て歯噛みする。 自分に力さえあれば、今すぐにでも飛び出して行きたかった。

 

「異様な右腕だ。 周囲のマナが全部消し飛ばされている...やり辛いな」

 

ラインハルトが紅の髪をかき上げながら呟く。 対して、一方通行も独り言でも言うかのように口を開いた。

 

「あの右手には異能の類が全く通じねェ。 物理で攻めるしかねェのは確かだが...」

 

そこで一方通行は言葉を切る。

 

過去に、一方通行は上条 当麻と2回に渡って戦いを繰り広げており、例の右手の特徴は朧げながらに把握しているつもりだった。 が、今の上条は明らかに様子がおかしい。 そもそも、右手が切断されているのにあの能力は効果を発揮するのだろうか。

 

(デフォルトで設定してる反射は発動しなかった。 それが野郎の右手の能力のせいなのか、あるいは切断されて出てきたあの得体の知れない『なにか』のせいなのか...)

 

まだ判断はつかないが、どちらにせよ切断面から飛び出してきたエネルギーの塊が危険だということに変わりはない。

 

と、ラインハルトがスバルの方へ顔を向ける。

 

「仕方ない。 スバル、少し離れていて。 できればあの少女と老人を安全圏へ。 そのあとはあの方の側にいてくれると助かる」

 

「できればあんま手荒な真似は...」

 

「わかってるよ。 僕が必ずトウマを救い出す」

 

そう答えて、ラインハルトは上条の元へと足を踏み出した。 腰に下げた剣には手も触れず、無手のままの前進だ。

 

「ライン、ハルトか...?」

 

「さっきぶりだね、トウマ」

 

交わす言葉は少ない。 上条の視界はまだぼんやりとしていた。 そもそもかなりの失血で立っていることすら難しい。 しかし、気を失うわけにはいかなかった。 意識を飛ばせば、今度こそ取り返しのつかないことになるような気がする。

 

が、意識がある今でも右手を制御することは叶わない。 間合いに入ってきたラインハルトに対して、『なにか』が迫っていく。

 

対するラインハルトは完全な無防備。 防御に剣を抜くどころか、回避行動すら取ろうとしない。

 

「先に謝っておくよ、すまない」

 

その言葉と共に、とてつもない振動が盗品蔵を襲った。ラインハルトの踏み込みで床が破裂し、彼の蹴りが衝撃波と共に上条、いや、その先の『なにか』を襲う。

 

そして次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何が起こったんじゃ!?」

 

ロム爺が驚きの声を上げる。 スバルとフェルトも、あんぐりと口を開けて固まっていた。

 

「バケモンが...」

 

一方通行が忌々しげに呟く。 見るからに規格外のラインハルトを吹き飛ばした『なにか』はもちろん、対するラインハルトの蹴りも凄まじいものだ。 なんの変哲もない前蹴りに見えたが、その威力の余波だけで家屋を揺るがす風を生んだのだ。

 

「なるほど...。 どうやら、加護も彼の右手には通用しないようだ」

 

吹き飛ばされたラインハルトが易々と立ち上がる。 焦りの表情は見られない。 あくまでも今のは小手調べだということか。

 

対して、上条も立ち上がってくる。 酷い出血にも関わらず、未だに意識を手放していない。

 

(結局、本質は()()にあるンだろォな。 真に恐ろしいのは、あの右手でも異常な危機回避能力でもなく、何度でも立ち上がってくるというヤツの性質だ)

 

「めちゃくちゃ手荒じゃねぇか!」

 

「すまない、トウマは思ったより遥かに強力な力を持っているようだ。 努力はするが、多少は手荒な真似も必要かもしれない」

 

慌てたスバルの声に、ラインハルトが申し訳なさそうに答える。 彼は盗品蔵を見渡すと、壁際に立てかけてあった古い両手剣の柄を足で蹴り上げて手に収めた。

 

「...少しだけ本気を出そう」

 

「おいおい待て待て! そんなことしたら当麻のやつ木っ端微塵になるだろ!?」

 

「スバル、僕を信じて欲しい。 さっきの攻撃でトウマの右手の力が大体掴めてきた。 それを少し上回る程度の力で叩けば彼に深刻なダメージは与えない筈だ」

 

「そんなことが...」

 

いくらラインハルトだとしても、不可能としか思えない。 まるでチェーンソーで卵の殻を潰さずに割るかの如き神業だ。

 

「アクセラレータ、少々時間が欲しい。 任せられるかい?」

 

「言われなくても俺がやる。 オマエは引っ込ンでろ」

 

一方通行が自分だけで十分だ、と言わんばかりに地面を蹴る。 そのまま凄まじい速さで上条に迫り、一気に後ろに回り込んだ。

 

(右手を気にする必要はねェ。 右腕以外の場所ならどこでもイイ。 触れさえすれば、あとは電気信号をかき乱すだけで意識を奪える!)

 

一方通行が上条の後頭部へと手を伸ばす。 ...だが。

 

「!?」

 

寸前のところで避けられる。 同時に、一方通行は『なにか』に吹っ飛ばされた。

 

(前兆の感知...!! 普通使えねェだろその出血じゃ!!)

 

壁に直撃する前にベクトルを操って体勢を整える一方通行。 そんな彼が見えているのかいないのか、上条が途切れ途切れに声を発する。

 

「だ、めだ! 俺が意識を手放しちまえばコイツが更に暴走しちまう!」

 

「面倒くせェな! どうすりゃ抑え込めンだよそのバケモン!!」

 

()()を出せば抑え込めるか、と考えたところでようやくラインハルトが声を上げる。

 

「アクセラレータ!」

 

「チッ」

 

その声を受け、一方通行が舌打ちをしつつラインハルトの前方から退避する。

 

ラインハルトは全員の無事を確認すると、再び両手剣を構えた。 いや、今までの構えとは何かが違う。

 

初めて、『剣聖』として剣を構えた。 何となくだが、スバルにはそのように思えた。 すさまじい剣気が室内を押し包む。

 

「_______ッ」

 

息を詰める叫び。 それが上条のものだったのか、ラインハルトのものだったのか、はたまたスバルのものだったのかは定かではない。 が、次の瞬間には、誰もがその結果を目撃することとなった。

 

極光が屋根を失った盗品蔵を引き裂き、空間ごと真っ二つに切り裂いた。 ラインハルトの目前へ迫っていた『なにか』も斬撃で二つに分裂、文字通り時空ごと切断される。

 

世界がずれたとしか思えない光景、放たれた極光は一瞬の間、室内を白く塗り潰していたが、光が晴れた直後に世界が激変する。

 

ずれた空間が元に戻ろうと収束を始め、大気が歪曲するほどの威力の余波が部屋の中を暴風となって荒れ狂う。 逆巻く風が盗品を、家財を、廃材を巻き込んで暴れ回り、その二次災害からスバルは必死で偽サテラを守り切る。 ロム爺も同じようにフェルトを庇っていた。

 

一方で、上条の右腕辺りから噴き出ていた『なにか』は完全に消滅しており、上条自身は地面に倒れ伏していた。 右腕以外に目立った外傷はなく、ラインハルトの規格外さが窺える。

 

「『剣聖』より『バケモン』の方が肩書きとしては似合ってンじゃねェか」

 

「そう言われると、さすがに僕も傷付くよ、アクセラレータ」

 

先程の余波を受けても涼しい顔で立っていた一方通行のそんな言葉に、ラインハルトは苦笑する。

 

「無理をさせてしまったね。 ゆっくり、おやすみ」

 

手に持っていた両手剣が崩壊していく。 その粗末な作りではラインハルトの一撃に耐えることができなかったのだ。

 

「終わったんだよな!? 当麻は!?」

 

ようやく余波が収まり、スバルが慌てて上条の方へと向かう。

 

「サ...じゃなくて、ハーフエルフの君! 治療魔法とか使えたりする?」

 

スバルの言葉に応じて、偽サテラも上条の元へと向かう。 芳しくなかった体調は元に戻ったようだ。

 

「任せて!」

 

意気込む偽サテラ。 だが...。

 

「無駄だぜ。 そいつの右腕は異能の類を拒絶すンだよ。 治療魔法とやらも恐らく例外じゃねェ」

 

「でも! この人、このままだと危ないの! 私を助けてくれたのに...」

 

偽サテラが悲壮な表情を見せる。 自分を庇ったせいで上条が危険な状態になってしまったことに相当な罪悪感を感じているのだろう。

 

と、その時だ。 スバルがあっ、と声を上げた。

 

「当麻の右手って、トカゲの尻尾とかと同じ類?」

 

愕然とした表情でスバルは顔を上げる。 彼の不審な発言に眉を顰めて、偽サテラと一方通行も上条の身体に目をやる。

 

「そんな...」

 

「オイオイ、幾らなンでもこれは、人の域を超えすぎじゃねェか?」

 

両者とも思わず目を見開く。

 

視線の先には、()() ()()()()()()。 エルザに切断された筈のそれが、いつの間にかすっかり元通りになっていたのだ。

 




ラインハルトは魔神とタイマンはっても勝てるくらいのチートだと勝手に思ってます()


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第12話 『1日目、終了』

お話の都合上、上条と一方通行には死に戻りの話が通じます。


「どォなってやがンだ...」

 

上条の、何故か元通りになっている右腕を見て、一方通行(アクセラレータ)は目を丸くする。

 

前から異様な右手だとは思っていたが、ここまでくるともはや笑えてくる。 切られても生えてくるなんて、サイボーグもびっくりだろう。

 

「よくわからんけど、右腕が戻ったってのはいいことなんじゃねぇか?」

 

スバルが困惑気味に呟く。 確かに『切られた手がまた生えてきた』という事実に目を瞑れば、上条の容態は概ね大丈夫そうだ。 懸念すべきは血が大量に失われた、ということくらいか。

 

(ラインハルトの攻撃を受けたってのに外傷は殆ど目立たねェ。 それが右手の効力のせいなのか、ヤツが手加減したせいなのかは分からねェが...)

 

いずれにせよ一方通行には関係のない話だ。

 

気を取り直して、一方通行は改めてスバルへと顔を向ける。

 

「本題に入らせてもらうぜ」

 

「そ、そういやそんな話だったな。 あーでもちょっとだけ待って」

 

一方通行に声をかけられたスバルは一瞬びくっとして、申し訳なさそうに手を合わせた。 そのまま、偽サテラへと目をやる。

 

「そんな気に病むことねぇって。 君は何も悪くないんだから」

 

「でも...私を庇ったせいで、この人は...」

 

「当麻も多分、同じことを言うと思うぜ」

 

まだ知り合ってそんなに経たないけどよ、とスバルは呟く。

 

「まァ、コイツはヒーローと呼ばれる類の人間だ。 目につく人間を片っ端から救い出す。 いちいち気にする必要もねェだろ」

 

一方通行は誰に向けたものでもない言葉を吐き捨てた。 彼は彼で、上条について何か思うところがあるのだろう。

 

「で、当麻にはちょっと悪いけど」

 

スバルはそう前置きして、

 

「俺の名前はナツキ・スバル! 色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!」

 

「な、なによ...」

 

唐突にテンション高く自己紹介をし始めたスバルに、偽サテラは動揺する。 それを気にせず、スバルは話を進めていく。

 

「もうちょい良いところを見せられれば良かったんだけど、大体当麻に持ってかれたからなぁ」

 

「...貴方にも感謝はしてるわよ」

 

「そう! 一応俺ってば当麻の暴走から君を守り抜いた命の恩人! ここまでおーけー?」

 

スバルの怒涛の物言いに気圧される偽サテラ。 彼女は促されるままにおーけー、と呟いた。

 

そんな彼女の態度にスバルはうんうんと頷き、畳みかけるように続ける。

 

「俺命の恩人、レスキューお前。 ということは相応の礼があってもいいんじゃないかな!」

 

「わかってるわよ。...私にできることならって条件付きだけど」

 

「なら俺の願いはただ一つ」

 

指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。 そのあとに指をわきわきと動かすアクションを付け加えて少女の不安を誘い、喉を鳴らして悲愴な顔で頷く彼女にスバルは好色な笑みを向ける。

 

「そう、俺の願いは___」

 

「うん」

 

歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、

 

「君の名前を教えてほしい」

 

呆気にとられたような顔で、少女の紫紺の瞳が見開かれた。 だが、それも一瞬。

 

「ふふっ」

 

口元に手を当てて、白い頬を紅潮させ、銀髪を揺らしながら少女が笑っている。

 

それは諦めた笑みでもなく、儚げな微笑でもなく、覚悟を決めた悲愴なものでもない。ただ純粋に、楽しいから笑った。それだけの微笑みだ。

 

「____エミリア」

 

「え____」

 

「私の名前はエミリア。 ただのエミリアよ。 ありがとう、スバル」

 

私を助けてくれてありがとう、と彼女は手を差し出した。

 

2回の死を乗り越えて、上条と協力して四苦八苦しながら手に入れたのが、この少女の笑顔一つ。 あぁ、なんと_______。

 

「ああ、まったく、わりに合わねぇ」

 

言いながらスバルもまた笑い、固く少女______エミリアの手を握り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、当麻の奴、全然目を覚まさないな...」

 

「そりゃそォだろ。 あンだけ血を失ってすぐ目を覚ます方がバケモンだ」

 

とは言え、上条なら何事もなかったかのように起き上がってきても不思議ではないな、と一方通行はため息を吐く。

 

「その子、トウマって言うのね。 彼にもお礼をしないと」

 

エミリアは未だに申し訳なさそうだ。 そしてその顔のまま一方通行の方へと向き直る。

 

「それと、貴方にもね」

 

「...勘違いすンじゃねェよ。 俺は俺のために行動してるだけだ」

 

「でも結果的に助けられたもの。 貴方が来てくれなかったらどうなってたか...」

 

譲らないエミリアに、一方通行は面倒臭そうに舌打ちする。

 

「エミリアたん、あんま気にすんなよ。 アクセラレータ...って言ったか? コイツはあれだよ、ツンデレってやつだ」

 

「殺されてェよォだな」

 

「たん...?」

 

軽口を叩くスバルを睨む一方通行。 本当に殺されそうな雰囲気で、スバルは手を上げて降参した。

 

一方で、スバルからの謎の呼称に首を傾げていたエミリアは、殺伐とした場の雰囲気を察すると、

 

「こら、喧嘩しないの! それより、あくせられーた?は、スバルに用があったんじゃないの?」

 

エミリアが、指を立てて2人を諌める。 慣れない単語に舌足らずな様子だ。

 

その言葉を聞いて、スバルも思い出したかのように一方通行に向き直った。

 

「そうだ、お前は俺に用があるんだったよな...。 い、痛くしないでね」

 

「しねェよ」

 

恐る恐る口を開くスバルに、一方通行が呆れたような口ぶりで答える。 そしてそのままエミリアに顔を向けて、

 

「悪ィが、席外してくれ」

 

「わかったわ」

 

「ま、待った。 なんでエミリアたんを退場させるんだ? カツアゲ? 悪いけど俺は天下不滅の一文なしだぜ」

 

スバルの『待った』も虚しく、エミリアは場を離れていってしまった。

 

向こうの方ではラインハルトとフェルトが話をしているのが見える。 そして上条は気を失っているので、誰もスバルにフォローを出す者はいないというわけだ。

 

「本題に入らせてもらうぜ」

 

「...」

 

一方通行の語気が心なしか強くなる。 それを察したのか、スバルのおどけた態度も幾分か影をひそめた。

 

「見て分かると思うが、俺はこの世界の住人じゃねェ。 そこで伸びてるツンツン頭も同様だ」

 

「それはまぁ、なんとなく分かるよ。 それと当麻の話を聞く限り、俺が元いた世界とお前らが元いた世界も違うみたいだ」

 

わけわかんねぇよな、とスバルは肩をすくめる。 同時に、一方通行もスバルの発言に眉を顰めた。

 

「チッ...ってことはオマエは学園都市の能力者でも、ふざけたオカルトの使い手でもない。 本当にただの、一般人ってことか?」

 

「能力者ね...。 話を聞いた感じ、アクセラレータも能力者なんだよな?」

 

「まァな」

 

返す言葉は少ない。 というか、もし一方通行がスバルに能力のことを説明しても理解できるかは怪しいところだ。

 

あれだけ強力な能力を持っていたら異世界転生も楽だったのかな、とスバルは一瞬だけ微かな羨望を抱いた。

 

そんなスバルの胸中を知ってか知らずか、一方通行は淡々と話を進めていく。

 

「...このふざけた世界にやってきた少し後、俺はある違和感を覚えた」

 

「まさか_____」

 

「なんのタイムラグもなく、気づいた時には沈みかけてた陽が真上にあったンだよ。 ...まるで、時間が巻き戻ったたよォにな」

 

一方通行はそこで言葉を切り、スバルの顔をじっと見つめる。 その赤い瞳は、偽りを許さない、と言わんばかりに鋭く光っていて____。

 

「...死に戻りだ」

 

スバルは、恐る恐るその単語を口に出す。

 

「何故かは分からないけど、俺が死ぬ度に時間が巻き戻るんだ。 これまでに、2回死んだ」

 

死の瞬間は未だに思い出したくもない。 鋭い痛みを錯覚し、スバルは顔をしかめて腹を押さえた。

 

「馬鹿みてェな話だが...」

 

一方通行はそう前置きして、

 

「実際、時間は巻き戻ってンだ。 信じるしかねェな」

 

「やけにあっさり納得するな。 自分で言うのもなんだけど、こんなこと言い出したら頭おかしい奴だと思われても不思議じゃないぜ」

 

「そもそも、俺はタイムリープ系の能力者かオカルトの使い手がこの世界にいるんじゃねェかとは思ってたンだ。 まァ、オマエはそのどちらでもないみてェだが」

 

「異世界転生の特権だな! もっとわかりやすいチート能力がよかったけど!」

 

やけくそ気味に叫ぶスバルを横目に、一方通行は頭痛を覚えたかのようにこめかみを押さえる。

 

「確かに大層な能力だが、持ち主がアホだと報われねェな」

 

「流れるようなディス!! さっきから思ってたけど、ちょっと辛辣すぎませんか______」

 

と、スバルの異議の言葉はそこで遮られた。

 

「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない」

 

場の空気を切り裂くような、相手の意思を無視した言葉。

 

声の方へと顔を向けると、ラインハルトがフェルトの腕を掴んでいた。

 

側にいるエミリアは困惑の表情を浮かべていて、ロム爺に至っては棍棒を持って今にもラインハルトに襲い掛かろうとしている。

 

が、次の瞬間には、フェルトもロム爺も意識を刈り取られていた。

 

ラインハルトの手慣れた動作にエミリアは眉をひそめ、

 

「また騎士様らしくないやり方...。 あんまり手酷くやると、ゲートに後遺症が残るわよ」

 

「幸い、生まれてからの付き合いなので加減は心得ております。 ...エミリア様、また近いうちに呼び出しがあるかと思われます。ご理解を」

 

意識のない少女の手から徽章を優しく奪い、エミリアに対して差し出す。

 

竜を象った徽章はまさしく、『親竜王国ルグニカ』の象徴そのものだ。 ラインハルトの手の中で、うっすら鈍い光を放っている赤い宝珠。 それがエミリアの手に渡ると同時に、持ち主の下へ戻ったのを喜ぶかのように眩く輝く。

 

「ご老体を頼みます」

 

「もう! ほんとに勝手なんだから!」

 

「どういうことだよラインハルト! 徽章を盗んだ罰なら____」

 

「それについては心配ないよ、スバル。 懸念しているのは、別の、もっと重要なことについてだ」

 

スバルの抗議を、有無を言わせずラインハルトが遮る。

 

言葉に嘘がないのははっきりと伝わってきて、スバルはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

「トウマのことを、どうかよろしくお願いします」

 

徽章を受け取り、無言で自分を見つめてくるエミリアにラインハルトは一礼。

 

「アクセラレータとスバルも、エミリア様を守ってくれてありがとう。 はは、騎士としては不甲斐ない言葉だね」

 

強い風が吹き、ラインハルトの赤い前髪が踊る。

 

その隙間から空を見上げ、すでに夕闇に沈んだ王都の上空_____月が浮かんでいる。 うっすらと青白く輝く満月、その美しさはどこか妖しげな魅力をはらんでおり、

 

「落ち着いて月を見れるのは、今日が最後かもしれないな_____」

 

ラインハルトの囁きは、彼らを見下ろす月だけにしか届かなかった。

 

 




ラインハルトと一方通行の関係については、また別の機会に。


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激動の一週間と超能力者
第13話 『見知らぬ天井』


目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。

 

「えーっと...」

 

上条は困惑する。 なにがどうしてこうなったのか、イマイチ記憶がない。右手をエルザに切断され、そこから『なにか』が飛び出してきたところまでは覚えているのだが...。

 

寝返りを打って、頭の下の感触が普段と違うことに気付く。 普段の寝床より何倍もふかふかだ。まるで高級ホテルのような寝心地である。

 

「とにかく、スバルの死は回避できたのか...?」

 

死に戻りが発動したのなら、スタートポイントはあのファンタジーな街の中だ。つまり、屋内で目を覚ましたということは死に戻りが発動しなかったということ_______。

 

「...でいいのか?」

 

自信はない。 とにかく、スバルの姿を確認しないことには完全に安堵はできなかった。

 

「とりあえず、一旦外に出るか...」

 

ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。 そしてそのままドアの方へと向かい、上条は慎重にドアノブを回した。

 

部屋を出ると、目の前には長い廊下がどこまでも続いていた。 もしかしたらここは本当に高級ホテルなのではないか、と上条は場違いな感想を抱く。

 

「にしても、全然人いねぇ...」

 

こんな広い屋敷(?)でいきなりスバルに出会えるとまでは思わないが、ここまで誰もいないと正直不安な気持ちになる。

 

が、考えてばかりいても仕方がない。 とりあえず、上条は先の見えない廊下を左へと歩いていくことにした。

 

「しっかし、何とも殺風景な廊下だな...」

 

上条は小さくつぶやく。 絵などは飾られているが、すべて抽象画で面白味がない。 ずらずらと並ぶ似たような扉たちも相まって、散歩をする場所としては落第点の空間だ。

 

「あれ...?」

 

しばらく歩いているうちに、上条は決定的な違和感に気づく。

 

「この絵、さっきも見たような...」

 

抽象画であるため確信は持てないが、再び同じ絵が目に付いた気がする。同じ絵を2枚飾る馬鹿はいないだろうし、明らかに異常だ。

 

さらに異様に長い廊下も相まって、上条の頭の中に一つのある仮説が浮上した。

 

「この廊下、ループしてるのか...?」

 

こんな考えは普段なら馬鹿馬鹿しいと切り捨てるが、何せ上条がいるこの世界は剣と魔法のファンタジーワールド。何者かが何らかの魔法でこの廊下をループさせているとしても不思議ではない。まぁ、そんなことをする目的が不明ではあるが...。

 

「ええい、考えていても仕方がない。こうなったら手当たり次第にドアを開けるしか...」

 

上条は、とりあえず1番近くのドアに『右手』をかけた。

 

バキッッ!!

 

と何かが弾けるような音とともに、目の前の空間がぐにゃりと歪む。次の瞬間、永遠に続くように思えた廊下のループが終わった______つまり、突き当たりが見えたのである。

 

「...趣味の悪い悪戯だな」

 

幻想殺しが通じるということは、それすなわち異能の類だ。廊下をループさせる魔法などかける輩は絶対に性格が悪いなと上条は心の中で悪態をつく。

 

そこまで考えて、上条は何となくすぐそばにある扉に手をかけた。別に無限ループは終わったんだから部屋に戻って二度寝をかましても良かったが、そんなことができるほど気楽な状況ではなかった。現状を把握する必要がある。

 

「悪趣味な魔法をかけた誰かがいるなら、その誰かに聞くまでだ。...ついでに上条さんがお仕置きをしてやる」

 

私情半分で扉を開けると、そこには______。

 

「...ほんと、心の底から腹の立つ奴ばかりなのよ」

 

見覚えのない書庫の中、こちらを見つめる巻き毛の少女の恨み節を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはまさしく、『書庫』と呼ぶしかない部屋だった。

広いスペースは二十畳ワンルームの倍ほどもあり、壁際を始めとして至るところに書棚が設置されている。どの書棚にも本がみっちりと詰められていて、蔵書数はどれほどになるのか想像するのも難しい。

 

「どれも読めねぇ...」

 

無数の本の中に一冊くらいは読める本もあるかと思ったが、背表紙の文字を見て断念する。日本語の訳がなかった。当然異世界ファンタジー文字など日本人の上条に理解できるはずもなく。

 

「どいつもこいつも、人の書架を見てため息をつくなんてやっぱり喧嘩を売ってるとしか思えないのよ」

 

「そいつは悪かったな」

 

上条は、目の前の少女に改めて目をやった。

 

年齢はフェルトよりさらに幼く、おそらくは十一、二歳といったところ。豪奢でフリルを多用された藍色のドレスを着用し、その過剰装飾がやたらと似合う愛らしい顔立ちをしている。可憐、とその言葉が具現化したような容貌の少女だ。

 

「でも、魔法で人を惑わせて楽しむ趣味はどうかと思うぜ。おかげで上条さんはヘトヘトだよ」

 

「ベティーも、まさかその右手で全部ぶち壊されるとは思ってなかったのよ」

 

絶対にその右手で触れないでほしいのよ、と少女は苛立ちを隠さずに呟いた。

 

ともかく、ここで少女と押し問答をしていても埒が開かない。説教はひとまず置いといて、まずは現状の確認をせねば。

 

「で、ここは?」

 

「ベティーの寝室なのよ」

 

「こんな本いっぱいの場所でよく寝れるな。埃とか大丈夫か?」

 

「......」

 

少女は半眼でこちらを睨みつけるが上条はそれを無視。さきほども言ったが、ここで押し問答をしている時間はないのだ。

 

「オーケー、質問を変えるぞ。俺はここの住人じゃない____詰まるところ、客人ってことになるのかな。...ともかくだ。現時点で、俺以外にも客人はいるのか?」

 

上条が気になっているのは、スバルと偽サテラ...そして一方通行だ。あの後何があったのかは上条の知るところではないが、スバル達がこの屋敷にいる_______つまり上条たちと一緒にこの屋敷に招かれた可能性は高い。

 

そんな上条の質問に対して、目の前の少女は吐き捨てるように答えた。

 

「失礼な白髪赤眼が1人。もっと失礼な人相の悪い男が1人。...以上なのよ」

 

それを聞いて上条は安堵した。白髪赤眼は一方通行、そして人相の悪い男というのはスバルのことだろう。ひとまず、2人とも無事という訳だ。あとは偽サテラの所在が気になるが...。

 

「その忌々しい右手のせいで仕返しもままならないのよ。腹に立つ順で言えば3人の中でお前が1番かしら」

 

「心外だ!」

 

やいのやいのと騒いでいると、突然書庫の扉が開け放たれた。

 

「当麻! 目を覚ましたみたいだな!」

 

驚いて振り返ると、そこには見覚えのあるジャージ姿の男がキメ顔で立っていた。

 

「スバル!!」

 

「おう俺だぜ。右腕が吹き飛んだ当麻も元気そうで何よりだ!」

 

名前に余計な枕詞が付いているのはさておき(事実なのが難しいところだ)、スバルも元気そうだ。この様子だと、偽サテラもきっと無事だったのだろう。その旨を問うとスバルは親指を立てて、

 

「おうよ! エミリアたんは俺がきっちり助けておいたぜ!」

 

ととても良い笑顔で言った。

 

「エミリア...?」

 

聞き覚えのない名前に一瞬戸惑い、すぐにそれが偽サテラの本当の名前だということに気付く。どうやらスバルに先を越されてしまったようだ。

 

上条の口元が若干緩む。一方のスバルはそれに全く気付くことはなく、上条の後ろを指差し、

 

「当麻、この性格の悪いドリルロリからは離れた方がいいぜ」

 

あからさまに嫌そうな顔をして言った。

 

「まだマナ徴収され足りなかったかしら?」

 

「ごめんなさい」

 

なんでコイツはすぐ扉を当てるのよ、とぷんすか怒る少女。スバルの反応を見る限りでは、恐らくこの少女に何か痛い目に合わされたようだが...。

 

(ま、ピンピンしてるし目くじらを立てることでもなさそうだな)

 

「この子が性格悪いのは知ってるけど、それよりスバルはなんでここに?」

 

「サラッと言われるのが逆にムカつくのよ!!」

 

怒る少女を無視してスバルは質問に答える。

 

「あ〜そうだった、お前ら、朝食の時間だぜ。エミリアたんに双子のメイドにロズワール、そしてアクセラレータさんがお待ちかねだ」

 

 

 

 

 

 




頻度についてはマジで気まぐれです。


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第14話 『会合』

スバルに書庫から連れ出され、ベティーと自称していた少女とも一緒に何やらどでかい食卓へとやって来た。

 

ここで席あってるのかな、と思いつつ、上条は適当な椅子に腰掛ける。スバルの隣だ。

 

「上座に座ろうと思ったがやめといたぜ」

 

「スバルの冗談はたまにとんでもないよな」

 

軽口を叩き、改めて周囲を見渡す。一緒に来た少女の他に、席に座っている人物がもう1人。そいつは真っ白な髪に血のような赤い瞳をしていて...。

 

一方通行(アクセラレータ)...」

 

上条の呟きを聞いているのかいないのか、一方通行は気だるげに首を振った。どうやら、会話に花を咲かす気はないようだ。

 

「どいつもこいつも、おかしな奴ばかりなのよ」

 

憐れむような顔で言って、書庫の少女は椅子に体重を預けてため息をつく。そのまま卓上にあるグラスを持つと、琥珀色の液体をすっと喉に通した。形状的にワイングラスに近い食器だ。まさか中身は酒じゃあるまいか。

 

上条の視線に気付いたのか、少女は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「何よ、飲みたいのかしら?」

 

「いや、未成年飲酒はまだ慣れてないから...」

 

「つってもロム爺んとこの酒よりは飲みやすそうだな。ワインっぽいし」

 

「からかいがいがなくてムカつくのよ」

 

不満げな少女は今度はスバルに視線を向けた。

 

「それよりお前、ベティーに感謝の言葉はないかしら?」

 

「感謝って? 貴重な三次ロリの罵倒、ありがとうございますって? 別に俺の業界じゃそれご褒美じゃないし。誰でもいいわけじゃないんだよ!」

 

「どうしてお前が怒るのかしら! 怒りたいのはベティーなのよ! 誰が死にかけのお前のことを助けてやったと...」

 

尻すぼみになる少女の声に、スバルが「はぁ?」と疑問を返す。しかし、少女がそれに明確な答えを出す前に食堂の戸が開かれ、

 

「失礼いたしますわ、お客様。食事の配膳をいたします」

「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳を済ませるわ」

 

台車を押し、食堂に入ってきたのは見覚えのないメイド服姿の二人組だった。二人は容姿が瓜二つで、髪色こそ違うが(片方は青色で、もう片方は桃色)どうやら双子のようだ。先ほどスバルの言っていた双子のメイドとはこの二人組のことだろう。

 

青髪がサラダやパンといった、オーソドックスな朝食メニューの載った台車を押し、桃髪が皿やフォークなど食器の乗った台車を押している。二人はテーブルを挟んで左右に別れると、テキパキとそれらの配膳を開始。

 

「久しぶりにこんなちゃんとした朝飯食べるなぁ...。こちとらインデックスさんの食費のせいで毎朝もやしオンリーまであり得るのに...」

 

「お前たまにめちゃくちゃ悲壮感出すけど大丈夫?」

 

豪華な朝飯を前にして思わず遠い目をする上条。そんな彼をよそに、メイド達は驚くべき速さで配膳をしていく。

 

「つーかロズワールとエミリアたんまだ? 待ちくたびれたんだけど」

 

スバルがナイフとフォークを構えて不平を漏らす。

 

「雅さに欠けるのよ。もっと優雅に典雅に待てないのかしら」

 

「いや、食事はどんな時も全力でだ。なぜならいつ満足に食べれなくなるかわからないから」

 

「理由はちょっとよくわからないけど前半部分には同意するぜ!! はいメーシ! メーシ!!」

 

スバルの催促が無遠慮になってきたところで、食卓の入り口のところに人影が見えた。その人物は______。

 

「あはぁ、元気なもんだねぇ。いーぃことだよ、いーぃこと」

 

「...どなた?」

 

背の高い人物だ。身長はラインハルトを上回り、百八十センチの半ばほどまで届くだろう。肉体は力仕事とは無縁そうな細身であり、しなやかというよりは純粋に痩せぎすといった印象が強い。瞳の色は左右が黄色と青のオッドアイであり、病人のように青白い肌と合わせて儚げな親和性を保っている。一般的な感性であれば十分に美形、そう断じていい容姿の持ち主だ。

 

やたらカラフルででかい襟の服を着たその男は、上条に気がつくと眉を上げた。

 

「おやぁ、目が覚めたみたいで何よりだよぉ」

 

「コイツはロズワール。変態だ」

 

「手厳しいねぇ」

 

ロズワールと呼ばれた男は、スバルの辛辣な言葉も気にしていないかのように薄く笑う。上条はその笑みに何となく胡散臭いものを感じた。

 

と、ここで上条はロズワールの後ろにもう一つ影があることに気付く。それは、彼も見知った顔で_____。

 

「トウマ! 元気そうで良かった!」

 

「アンタは_____」

 

透き通るような銀髪に、端正ながらも幼さの残る顔立ち。街で見たローブ姿ではないが、その顔は見間違えるはずもなかった。偽サテラ____否、エミリアは無事だったのだ。

 

「あ、私は____」

 

「エミリア、だろ? 悪かった。危険な目に合わせて」

 

「そんな、お礼を言うのは私の方で! むしろトウマにはすごーく助けてもらったから!!」

 

「ともかく、良かった。これでもうあんな名前名乗る必要もないだろ?」

 

「あ____」

 

エミリアが目を見開く。

 

二人の間に、しばらくの間沈黙が流れた。

 

「ちょ、当麻。なにイケメンムーブかましてんの? エミリアたんに色目使ったら消されるから!お付きの猫に!」

 

長い沈黙を破ったのはスバルだ。彼は慌てながら上条に詰め寄る。

 

そんなスバルに呼応したのか、エミリアの髪の毛からこれまた見知った顔が飛び出した。それは、猫の姿をしていて_____。

 

「君には僕からもお礼を言いたいね。リアを助けてくれてありがとう」

 

「パック!」

 

姿を現したのは、精霊のパックだ。一周目で謝って上条が消してしまった存在だが、今はもちろん健在だ。彼にはエルザ戦でも非常に助けられた。

 

こちらこそ、とお礼を返そうとした上条だったが、それは書庫の少女に遮られた。

 

「にーちゃ!」

 

弾むように席を立ち、ぱたぱたと長いスカートを揺らしながら少女が走る。その表情には花の咲いたような笑みが浮かび、これまでの少女の生意気な評価を忘れさせるほどの愛嬌が満ちていた。

 

ようやっと見た目相応の振舞いをする少女、その小走りに反応したのは銀の髪の中に埋まる灰色の猫だ。顔を出した彼は表情をゆるめて、

 

「や。ベティー、二日ぶり。ちゃんと元気にお淑やかにしてた?」

 

「にーちゃに会えるのを心待ちにしてたのよ。今日はどこにも行く予定はないのかしら?」

 

「うん、大丈夫だよ。今日は久しぶりにゆっくりしようか」

 

「わーいなのよ!」

 

あまりにも今までと異なる彼女に唖然とする上条とスバル。そんな二人にエミリアが苦笑を浮かべながら近づいた。

 

「ビックリしたでしょ。ベアトリスがパックにべったりだから」

 

「ビックリっていうか、なんだよあのロリの態度。猫の前で猫被ってるとか狙いすぎじゃねぇ?」

 

「座布団2枚」

 

「ごめん。ちょっとなに言ってるのかわかんない」

 

感心する上条とは反対にエミリアは困惑した表情を見せる。やはり向こうのことわざや特殊な単語はこちらの世界には通じないのだろうか。

 

その後しばらくして、食事の配膳が完了した。全員が席についたのを確認してロズワールが口を開く。

 

「では、食事にしよう。_____木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」

 

手を組み、目をつむってロズワールは何事か呟き始める。それにならうエミリアと双子。席に戻ったベアトリスは目をつむっているだけだが、それが食前の祈りだと気付くと慌てて上条とスバルも所作を真似る。

 

キリスト的な祈りは世界移動しても共通なんだな、とどうでもいいことを考えていると、祈りを終えたロズワールが話しかけてきた。

 

「それじゃ、お客人たち。いただいてみたまえ。こう見えて、レムの料理はちょっとしたものだよ?」

 

そう勧められ、上条とスバルも食事に加わる。メニューはおそらくサラダと、パンのような食材にハム的なものの乗ったトースト風の感じ。かなり曖昧な表現だが、一般的な洋食での朝食メニューといった風情に思える。

 

「む……普通以上にうめぇ」

 

「う、美味い...!!」

 

「姉様、姉様。ツンツン頭のお客様が何故か泣いていますわ」

 

「レム、レム。賞賛の仕方もここまで来ると気持ち悪いわ」

 

第三次世界大戦以前からひもじい食事が続いていた上条の目に涙が浮かび、それを見た一同はちょっと引き気味。

 

「いや、マジで美味いなこれ。この料理は青髪の……えーと、レムちゃんでいいのか。が作ったの?」

 

気まずい空気を払拭しようとスバルが話題を変えた。

 

「ええ、その通りですわ、お客様。当家の食卓は基本、レムが預かっております。姉様はあまり得意ではありませんから」

 

「ははーん、双子で得意スキルが違うパターンだ。じゃ、桃髪は料理苦手で掃除系が得意な感じ?」

 

「はい、そうです。姉様は掃除・洗濯を家事の中では得意としていますわ」

 

「じゃ、レムりんは料理系得意で掃除・洗濯は苦手か」

 

「いえ、レムは基本的に家事全般が得意です。掃除・洗濯も得意ですわ。姉様より」

 

「桃髪の存在意義が消えたな!?」

 

「姉より妹の方が優秀、だと...!?」

 

それぞれ違うポイントで驚愕する上条とスバル。そのやり取りを見ながらロズワールは小さく笑い、

 

「いーぃね、君たち。ラムとレムの二人は個性が強いから、初対面のお客さんにぃはなにかぁと敬遠されがちなんだけどねぇ」

 

「あん? このくらい全然普通だろ? 俺の知り合いに比べりゃ一般人一般人」

 

「こぉれは驚いたねぇ。レムとラムを一般人呼ばわりとはぁ恐れ入るよ」

 

そもそも家事ができる時点で感動だ、と上条は内心で双子を称賛する。思えば、上条の周りは家事のできない奴らばかりだった。

 

「オイ」

 

と、その時だ。突如として、底の冷えた声が場を震わせた。

 

「いつまで仲良しこよしやってるつもりだ? 本題に入ろォぜ」

 

声の主は一方通行だ。彼は相変わらず冷たい声で続ける。

 

「ロズワールにエミリア。オマエら、何者だ」

 

一方通行の問いかけにロズワールはしばし沈黙し、手をテーブルの上で組む。その表情には笑みが張り付いているが、こちらを見る瞳の感情は明らかに雰囲気が変わった。

 

なんか不味いことを聞いたのではないか、と上条は不安を感じつつ、デザートのリンガをしゃくりと齧ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 『王選候補』

「本当に不思議だぁね、君たちは。ルグニカ王国のロズワール・L・メイザースの邸宅まできていて、事情を知らないってぇいうんだから。よく、王国の入国審査を通ってこれたもんだね?」

 

「まぁ密入国みたいなもんだしな」

 

「不法入国、これで何回目だ?」

 

「普通は一回もないから! 当麻がおかしいだけだから!!」

 

そんな気の抜けたスバルと上条の答えにエミリアが驚き、それから幼子を叱るような義憤を浮かべて睨んでくる。

 

「呆れた。あっさりとそんなこと喋っちゃって、私たちがそれを管理局に報告したらどうなると思うの? いきなり牢屋に押し込められて、ぎったんぎったんにされるんだから」

 

「ぎったんぎったんて、きょうび聞かねぇな」

 

「きょうび聞かないって、きょうび聞かねぇな」

 

「茶化さないの。ねえ、スバル、トウマ。それにアクセラレータも。ホントに大丈夫? スバルたちの周りってみんなそうなの? それともスバルたちだけ特別物知らずなの?」

 

一方通行(アクセラレータ)』の発音が少し上手くなったエミリアの本気の心配に、上条はなんだかバツが悪くなった。上条たちがこことは違う世界からやってきたとは思ってもいないのだろう。

 

一方通行はため息をついて、

 

「悪ィが、説明してもらうぞ」

 

「それはいいんだけど...本当に大丈夫なの?」

 

「まぁ、こっちとしても世間知らずのままはごめんだな」

 

上条の言葉を受け、エミリアはようやく追求を止めた。それでも彼女の顔には心配の色が残っている。相変わらず極度のお人好し具合だ。

 

「それじゃ、話を戻すけど、スバルたちは今この国___ルグニカ王国がどんな状況にあるのか知ってる?」

 

「「まったくもってこれっぽちもわかりません」」

 

即答。何なら『ルグニカ王国』すら初耳である。

 

「ほんとに心配になってきたわね...」

 

呆れたようにため息をつくエミリア。彼女は続けて、

 

「えっと、今のルグニカは戒厳令が敷かれた状態なの。特に他国との出入国に関しては厳密な状態よ」

 

「戒厳令……穏やかじゃない響きだな」

 

「あはぁ、穏当とはいえないねぇ。___なにせ、今のルグニカ王国には『王が不在』なもんだからねぇ」

 

結論を引き継いだロズワール。その言葉を吟味し、意味を理解して上条は静かに息を呑んだ。

 

ちらりとエミリアと双子、それからベアトリスとパックの様子をうかがう。そこに動揺の兆しはなく、周知の事実なのだろう。その上で、部外者に等しい自分にその内容が知らされた事実に警戒心が先立つが、

 

「既に、世の中では周知の事実ってワケだ」

 

「その通り。だぁからこそ不思議なんだよねぇ。君たちがそれを知らないことが」

 

王の不在____。それはかなり切迫した状況のように思えた。日本で言うなら総理大臣がいないようなものだろう。王の不在、それはすなわち国の混乱を意味する。

 

「子孫は? 普通は跡継ぎがいるだろうよ」

 

スバルの当然の疑問にロズワールは答える。

 

「通例ならその通りになるよね。だぁけど、事の起こりは半年前までさかのぼっちゃう。王が御隠れになった同時期に、城内で蔓延した流行病の話にねぇ」

 

特定の血族に発症する伝染病、と発表されたとロズワールは語る。それにより、王城で暮らしていた王とその子孫は根絶やしにされたのだと。

 

「なるほどな。でも、国に王様は必要不可欠だろ? どうするんだ?」

 

「もう血筋以外から選ぶしかないよな」

 

「あァ、国民の誰もが納得するような形でな」

 

「何にも知らないのにみんな頭は回るのね...」

 

エミリアは素直に感心しているようだ。スバルはその称賛に少し照れつつ、照れ隠しかのように早口で捲し立てた。

 

「なるほど、段々とわかってきたぜ。つまり、王国は王不在な上に王選出のどたばたで混乱中。他国との関係も縮小中のプチ鎖国状態。だってのに現れる謎の異国人三人組______俺たち超怪しいな!!」

 

「さぁらに付け加えちゃうと、エミリア様に接触してメイザース家とも関わり合いを持ったわけだしねぇ。気が早ければそれだけで...」

 

ロズワールが目を瞑り、首に手刀を当ててギロチンアピール。その仕草に冷や汗を浮かべる上条とスバルだったが、一方通行はまるで気にせずに口を開く。

 

「オマエらは王選関係者。それも、エミリアに様をつけて呼ぶあたり間接的に関わってるワケじゃねェな」

 

一方通行の言葉を受け、机の上で手を組んだロズワールは意地悪げに微笑んだ。

 

「まさか...」

 

上条とスバルもようやく話の流れを理解する。つまり、だ。

 

「別に騙そうとか、そういうこと考えてたわけじゃないからね...。今の私の肩書きは、ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』のひとり。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾で、ね」

 

エミリアが観念したかのように口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジか...」

 

スバルが放心したかのように呟く。上条も気持ち的には同じだった。少なくとも貴族とは思っていたが、まさか王候補の一人とは...。何ともビッグスケールな話だ。

 

「いや、でもイギリスの女王様と写真撮ったことあるし意外と怖気付かなくてもいいんじゃ...?」

 

「今なんて?」

 

「スバルも携帯の充電があるうちにエミリアとツーショット撮っとけよ」

 

「だから何でだよ!!」

 

スバルがヤケクソ気味に叫んでテーブルに突っ伏す。表情は見えないが、今の話を聞いて彼なりに思うところがあったに違いない。

 

一方で、呆れたような表情を浮かべて頬杖をついている人物が一人。

 

「オマエが、王候補ねェ...」

 

「む...。なによ、アクセラレータ。文句でもあるの?」

 

「徽章一つ無くすヤツに王が務まるか?」

 

「うぐ...」

 

一方通行の鋭い指摘にエミリアが言葉を詰まらせる。非常に痛いところを突かれてしまったようだ。

 

「うっかりミスは誰にだってあるぞ、アクセラレータ。お前にだってきっとあるだろ...。...あるよな?」

 

「...想像に任せるぜ」

 

スバルのフォローを適当に流す一方通行。とはいえ、一方通行の指摘は無視できない。うっかりミスはうっかりミスでも王のそれは一般人のそれよりも遥かに問題だ。

 

「その徽章は君たちの処遇とも関係があるものだよ。____エミリア様」

 

「うん、わかってるわ」

 

呼びかけにエミリアが小さく応じて、その懐に手を入れる。彼女が取り出したものは、件の徽章だった。

 

それを巡ってさまざまな混乱が起こったのは言うまでもない。上条は自然と異世界転生初日のことを思い出していた。

 

「竜はルグニカの紋章を示しているんだ。『親竜王国ルグニカ』なぁんて大仰に呼ばれていてねぇ。城壁や武具なんかも含めて、あちこちに使われているシンボルなんだよ。とりわけ、その徽章はとびきり大事だ。なぁにせ」

 

一息置いたロズワール。その先を促す上条たちの視線に彼は頷き、それから目線でエミリアに続きを催促する。彼女は瞑目し、それから、

 

「王選参加者の資格。____ルグニカ王国の玉座に座るのにふさわしい人物かどうか、それを確かめる試金石なの」

 

その言葉を聞いた上条は思わず目を剥いた。要約すると、それはすなわち_____。

 

「この子、王選の参加資格無くしてたってことか!?」

 

「うっかりミスの範疇じゃねぇ!! 徽章なくすのはもう尋常じゃないくらいヤバいミスだ!!」

 

「なくしたなんて人聞き悪い! 手癖の悪い子に盗られたの!」

 

「「一緒だよ!!」」

 

大声で叫び、食卓を叩きながら上条とスバルは立ち上がる。危うく食器がテーブルから落ちかけるが、そこは控えていたレムが見事にフォロー。

 

一方、やんややんやと騒ぎ立てる上条たちに一方通行は耳を塞ぎつつ、

 

「それで、処遇はどうなンだ? その徽章を俺たちは結果的に取り返したワケだが...」

 

その言葉に沈黙が生じる。

 

「...そうよ。スバルたちは私にとって、もうすごい恩人。命を救ってもらっただけじゃ済まないくらい。だから、なんでも言って」

 

エミリアは胸に手を当てて、真剣な顔つきで見つめ返した。

 

「私にできることなら、なんでもする。ううん、なんでもさせて。あなたたちが私に繋いでくれたのは、それぐらい意味のあることなんだから」

 

そんなエミリアの言葉を受け、上条たちは三者三様の反応を見せる。

困惑、安堵、そして長考...。

 

そんな中、一方通行はロズワールにちらりと視線を向けた。

 

「で、オマエは? まァ大体予想はついてるが...」

 

その質問に対して、意外にもロズワールは素直に答える。

 

「さっきちょっと口を滑らせたんだけどね...。私はエミリア様を女王候補として支援する立場。後ろ盾...まぁ体のいいパトロンってぇことだよ」

 

「へェ。素直じゃねェか」

 

「君たちを敵に回すのは悪手だと判断したまでだよ」

 

そう言いつつも、ロズワールが不適な笑みをこぼすことはない。その言葉が果たして本心なのかも怪しいところである。

 

「にしても、パトロンか...」

 

正直上条には細かい仕組みは何もわからないが、それが重要な存在だということだけはわかる。その重要な役割を、果たしてこの胡散臭い男に預けて大丈夫なのだろうか?

 

上条の訝しげな表情に気付いたのか、エミリアは肩を落として、

 

「仕方なかったの。王都で頼れる人なんて私にはいないし、そもそも私に協力してくれるなんて物好きはロズワールぐらいしか...」

 

「なーる、消去法ね」

 

「金は持ってそうだしな」

 

「本人を目の前にしていぃ〜度胸じゃないか、三人とも」

 

軽口を叩き合いつつ、上条は先ほどの話を噛み砕く。

 

エミリアは王選候補者。ロズワールがそのパトロン。そしてエミリアが無くした徽章は王選の参加資格みたいなもので、それを取り返した上条たちは命の恩人....ということになるのか。

 

つまり、話の流れとしてこれからエミリアにその対価を要求することになるわけだが...。正直言えば少し気が引ける。

 

「ちょっとタンマ」

 

ここでスバルがストップをかけた。

 

「そういえば、エミリアたんは一人で街に出てたのか? 王選候補者なのに? しかも街に出るのは初めてっぽかったけど」

 

「実質、初めてのことだろうねぇ。ラムが付いていたはぁずなんだけど」

 

苦笑して襟をいじり、桃髪に話題を向けるロズワール。スバルが背後のメイドを胡乱げな目で見ると、桃髪は髪の分け目をひっくり返して青髪に扮した体で平然としている。髪の色が違うから丸わかりなのだが。

 

「ほォ、つまり、この女にも責任はあるってワケだ。そしてその責任はそのままロズワール、オマエに繋がるンじゃねェのか」

 

一方通行が愉快そうに呟く。ロズワールはそれに首をひねるアクションで応じた。彼は、一理あるねと前置きして、

 

「確かにラムの監督不行き届きは私の責任でもあるかもねぇ。でぇも、それはそれとして君はなにを言いたいのかなぁ?」

 

「簡単な話だよ。エミリアたんが帰巣本能忘れてふらふらしてたのに、付き人がそれをサーチできなかったのは痛恨の極み! んでもって、つまるとこ俺はそこにつけ込んだ悪党キャラ。となれば絞れるところから絞れるだけ絞るのが正しい悪徳ってもんじゃねぇの」

 

一方通行の言葉の続きをスバルが引き継ぐ。

 

詰まるところ、エミリアではなくロズワールの方に対価を要求する、という話だろう。正直、上条はスバルが何を要求するのか薄々気付いていた。自分を悪く見せるのはスバルの癖なのだろうか。

 

しかしながら、スバルの言葉を額面通りに受け取ったメンバーは表情を一変させる。

 

エミリアが顔を強張らせ、双子が申し訳なさと敵意が同居した瞳でスバルを睨み、ベアトリスは我関せずの顔のままグラスを傾け、パックは卵料理の前で滑ったのか黄身に頭から突っ込んで大惨事。そしてロズワールが納得、とでも言いたげな微笑のまま何度も頷く。

 

「なぁるほど。確かに私財としては素寒貧に等しいエミリア様より、パトロンである私の方が褒美を求めるには適した相手だろうねぇ」

 

「だろ? そしてあんたはそれを断れないはずさ。な・に・せ! 俺たちってばエミリアたんの命の恩人な上に、王選ドロップアウトを防いだ功労者! つまるところ王選でのエミリアたん陣営にとって救世主的ななにかだ!」

 

「認めよう、事実だからねぇ。で、その上で問いかけよう。君たちは私になぁにを望むのかな? 現状、私はそれを断れない。君たちがどんな金銀財宝を望んでも。あるいはもっと別の、酒池肉林的な展開を望んだとしてもだ。徽章の紛失、その事実を隠ぺいするためなら何でもしよう」

 

「男に二言はねぇな?」

 

ロズワールが頷くのを確認して、今までの大仰な振りは何処へやら、スバルはあっさりきっぱりと答えた。

 

「じゃ、俺を屋敷で雇ってくれ」

 

「やっぱりな...」

 

「オイ。俺はそこまで下手に出ろとは言ってねェだろ」

 

予想通りのスバルの要求にため息をつく上条と、苛ついたようにスバルを睨む一方通行。そんな2人の反応を受け、スバルは心外そうに大声を出した。

 

「なんだよ、働かざる者食うべからずだろ! あとカッコつけは癖だから文句言うんじゃねぇぞ!」

 

一方で、唖然とした顔をするのは背後の女性陣だ。双子はその表情の変化の少ない面差しに困惑を浮かべ、ベアトリスはこれまた本気で嫌そうに顔をしかめる。

 

中でもエミリアは、

 

「わ、私が言うことじゃないけど、ちょっとそれは欲がなさすぎるんじゃ...」

 

「そォだな。俺は食客扱いで頼むぜ」

 

「あ、その手があったのか!?」

 

「男に二言はねェんだろ?」

 

「恨むぞつい数秒前の俺!!」

 

「俺は雇われる方を要求するか。『働かざる者食うべからず』ってのは身に染みてる」

 

周りなぞお構いなしに話が進んでいく。エミリアは途中から絶句していた。

 

「要求は了承したよ。...でも、エミリア様の言う通りだぁね。欲のない話だと私も思うよぉ? アクセラレータ君のように食客扱いを望んでいたとしても、それでもまだ全然見合ってないねぇ」

 

道化服の袂に手を入れながら、ロズワールはその柔和な面持ちに初めて苦笑めいた色の濃い表情を浮かべた。

 

「ま、当然のことをやったまでだしな。褒美なんて元から欲っしちゃいねぇよ」

 

「お人好しにも程があるわよ...」

 

アンタに言われたくないな、という言葉は何とか飲み込む。その言葉はきっとこの場の全員が言いたかったことだろうけど。

 

ともかく話は終わった。要求は通り、異世界において最もネックな衣食住の確保も無事できた。

 

最後にスバルがまとめる。

 

「俺たちみたいなわけわからん奴らは、わけわからんまんま放置するより手元に置いておけよ。その上で俺たちがエミリアたんにとって有用か有害か見極めてくれや」

 

「そうさせてもらうよ。願わくば、仲良くやぁっていきたいもんだね?」

 

スバルの失礼とも思える発言に、即座にそう切り返したロズワール。その左右色の違う双眸の奥の感情はまったく読み取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第16話 『初日』

 _____長引いてしまった朝食の場が片付くと、自然と各々が自分の時間になだれ込んでいくのが常であると思う。が、

 

「とぉりあえず、エミリア様はいつも通りのスケジュールでお願いします。ラムには彼ら_____スバルたちに屋敷の案内を。レムは普段通りに...とその前に」

 

きびきびと指示を出すロズワールの姿は、さすがに屋敷の主の貫録に満ち溢れていた。襟のでかさでその雄大さも霞みがちだが、そんな上条の内心を見透かしたように彼はにんまり笑い、

 

「そぉの前に、自己紹介しなきゃだぁね。幸運にも、屋敷の居住者は全員がこの場にいるわけだから」

 

「そりゃ助かる。間抜けなことに遅くまでぐっすりだったからな。そこの女の子...確かベアトリスだったか?くらいしかまともに会話してないんだ」

 

「君は仕方ないんじゃぁないかな? 右手が吹き飛んだと聞いてるけぇど、それが本当なら今立ってられるのがおかしいくらいだぁもの。...いぃや、もっとおかしいのは右腕が生えてきたことだぁね」

 

ロズワールが苦笑するが、上条にはイマイチ実感がない。何なら右腕を吹き飛ばされるのも初めてではないので、右腕がいつの間にか復活していることにもそろそろ違和感を覚えなくなってきた。

 

「当麻のそれも気になるんだけどさぁ、屋敷の居住者これで全員って少なすぎねぇ!? この屋敷の広さに対してメイド二人ってブラックすぎるだろ!!」

 

スバルが突っ込む。確かに、上条たちを除けばこの場には五人と一匹しかいない。その頭数はこの館の広さに明らかに見合っていないだろう。スッカスカである。

 

「...いちいちうるさいニンゲンなのよ。ロズワール、ベティーは戻っていいかしら? にーちゃとゆっくりしたいのよ」

 

疲れた態度で目頭を揉み、少女らしくない仕草でベアトリスはロズワールに向き直る。

 

「相性があんまぁりよくないのはわぁかるんだけどね。これから仲良く一緒にやってこうって関係なんだから、もう少し歩み寄ってよ、お願い」

 

「ベティーにできる譲歩はし尽くしたつもりなのよ。それ以上を求めるなら、メイザース家の当主といえど覚悟することかしら」

 

「待て待て。仲良くやろうって話なのにお前らが喧嘩してどうすんだ。一旦落ち着けよ」

 

「ベティーは今、機嫌が良くないのよ。口の利き方に気をつけるかしら、ニンゲン。その気になったらお前なんて、石にして砕いてやっても...」

 

ベアトリスは威圧感を放ちつつ上条の言葉に答えるが、なぜかその途中で押し黙ってしまった。

 

「ま、君の右手のせいだね。それは精霊にとって天敵だ。もちろん僕にとってもね」

 

ラスクのようなものを食べていたパックが会話に割り込んだ。ベアトリスはパックによく懐いていたし、この二人(?)には何かしら深い関係があるのだろう。

 

「精霊、ねぇ。人間じゃないなとは思っていたんだが...」

 

「ベティーはロズワールのお屋敷にある禁書庫の司書さんなんだ」

 

「禁書庫?」

 

「ロズワールは“それなり”の魔術師だからね。メイザース家は歴史もあるし、色々と人目に触れるのが好ましくない本とかも置いてあるんだよ。ベティーはそういう本が人目に触れないように、契約によって禁書庫の番をしているってこと」

 

パックの解説で何となく理解できた。彼の言う禁書庫というのは恐らく...。

 

「さっきまでいたあの部屋だな」

 

悪趣味な悪戯を経てたどり着いた空間。あの空間は書庫と呼ぶに相応しい、おびただしい数の本があった。まぁ、そのどれもが上条には読めないものだったが、今の話を聞いた後だとむしろ読めなくて良かったと感じる。

 

「ちょっと待って、トウマ。禁書庫に入ったの?」

 

「ん。あぁ、不味かったか?」

 

「ちなみに俺も入ったぜ、エミリアたん」

 

エミリアは視線をベアトリスに向けた。

 

「ベアトリス...まさかスバルたちを書庫に招き入れたの?」

 

「それこそまさか、なのよ。ベティーがこんな卑しい奴らをわざわざ呼び込む理由がないかしら。...勝手に、『扉渡り』の正解を引きやがったのよ。そこのツンツン頭に至っては右手で『扉渡り』を破壊してきたかしら」

 

「被害者ぶンなよ。つまンねェ悪戯仕掛けてきたのはオマエだろォが」

 

「アクセラレータも入ったの!?」

 

エミリアは驚いている。今日初めてこの館に来た三人が、結果的に全員禁書庫に入ってしまっているのだから無理もないだろう。

 

「うんざりなのよ。あとは勝手にやっているかしら」

 

とうとう堪忍袋の尾が切れたのかベアトリスが席を立った。彼女はそのままつかつかと食堂の扉へ向かい、乱暴にそれを押し開ける。

 

「あん?」

 

思わず疑問の声が出たのも仕方がない。

なぜなら、屋敷の中央へ通じる廊下と繋がっていたはずの扉の向こう____そこに、上条が一度入った書庫が広がっていたからだ。

 

これ以上は無理、とばかりに詰め込まれた書架の森、その部屋の中に足を踏み入れたベアトリスは、どこか勝ち誇るような顔を上条たちに向け、

 

「これが『扉渡り』なのよ。その高尚さを目に焼き付けて、せいぜい震えるがいいかしら。_____しばらく、お前たちの顔なんて見たくもないのよ」

 

捨て台詞とともにドアが思い切り閉められる。一瞬静寂に包まれる食堂だったが、それを破ったのはスバルだ。

 

「なるほど。つまり、屋敷の扉のどことでも、自室に繋げられる魔法ってわけだ。ひきこもり御用達だな」

 

「理解がぁ早いね。して、ところでトウマくん。その扉、ちょぉっと開けてみてくれないかい?」

 

私も実際に見てみたいなぁ、とよくわからないことを言うロズワール。頭にハテナマークを浮かべる上条だったが、とりあえず言われた通りに食堂の扉に『右手』をかけた。

 

「あ...」

 

扉を開くと、そこにはそろそろ見慣れてきた禁書庫が。その中央に座りながらぷるぷると震える少女の姿もあった。

 

「...言い忘れていたことがあったのよ...」

 

ベアトリスは額に青筋を浮かべて、

 

「今後一才、屋敷の扉は()()で開けるかしら!!!」

 

大声で叫んで再び扉を閉めた。

 

その後、周囲が唖然とする中でただ一人、ロズワールだけが堪え切れずに吹き出したことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すごいねぇ君の右手は」

 

「昨日はその右手にだいぶ困らせたぜ、マジに」

 

「その件に関しては本当に申し訳ございませんでした」

 

軽口を叩き合いつつ、上条は今が自己紹介の途中だったことを思い出す。現状、自己紹介が終わったのはベアトリスだけだ(彼女がちゃんとした自己紹介をしたかどうかは怪しいところだが)。

 

ちなみにパックはいつの間にか姿を消していた。恐らくベアトリスのところだろう。少女はパックによく懐いていたみたいだし。

 

そこまで考えたところで、上条は言った。

 

「俺は上条 当麻。人呼んで不幸の避雷針だ」

 

「俺はナツキ・スバル! 天下不滅の無一文!!」

 

「...一方通行(アクセラレータ)

 

上条の自己紹介に便乗してスバル、一方通行と続く。何とも不安になる上条とスバル、そして一方通行の自己紹介を聞いた一同は微妙な表情をしている。

 

「...卑屈な自己紹介だぁね」

 

「アクセラレータに関しては名前以外の情報がないし。もっと自分をアピールした方がいいわよ」

 

「...興味ねェな」

 

そっぽを向く一方通行。どうでもいいから早く終わらせろ、といった感じだ。

 

そんな一方通行の心情を理解したのか、ロズワールが双子のメイドに続きを促した。

 

「レムです。この館のメイドをしています」

 

「ラムよ。この館のメイドをしているわ」

 

何とも簡潔な自己紹介だった。何なら一方通行のそれと大して変わらない。メイドであることは服装を見れば一目瞭然だし。

 

と、自己紹介がひと段落したところでロズワールが手を叩いた。

 

「ほぉら、そぉろそろ水の刻も半分が過ぎてしまう。時間は有限だよ、テキパキといこうじゃぁないか。____ラムとレムはさっき言った通りに。エミリア様は私の部屋に一度寄ってください。それじゃ、解散」

 

ロズワールのその言葉を最後に、完全に朝食の団欒は終了だ。

 

レムが食卓に並ぶ食器類を手早く片付け始め、エミリアが今後のスケジュールを思ってか物憂げに吐息。ロズワールはそれこそ弾むようなステップでスバルたちに歩み寄ると、

 

「それじゃぁ、君たちの仕事ぶりに期待させてもらうよ。もちろん、雇ったからにはお給金も出すし、そこの心配はしなぁいようにね。あとアクセラレータくんにもちゃあんと部屋を提供するから。あとでラムに案内させるよ」

 

黄色の方の目をウィンクさせて、ロズワールは軽く手を振ると食堂を退室。その直前にラムに軽く目配せし、それを受けた桃髪の少女は頬を赤らめると無言の指示を与えられたように何度も頷く。

 

表情と語調の変化に乏しい双子なのだが、ロズワールと接するときだけはその淡々とした姿勢が崩れる。忠犬、といった単語が上条の頭をかすめた。

 

「それじゃバルスたち」

 

「おい! それ目潰しの魔法になっちゃってるから!」

 

「そのネタ、恐らくこっちの世界の住人には通じないな」

 

スバルの突っ込みを完全無視するラム。彼女は一方通行に視線を向けた。

 

「あら、そういえば食客扱いのあなたには敬語使うべきかしら」

 

「いや、構わねェ。好きにしろ」

 

「そう。じゃあバルス、トウマ、アクセラレータ。まずはあなたたちに屋敷の案内をするわ。ちゃんとついてくるのよ。...それではエミリア様、また後ほど」

 

スカートの端を摘まんでお辞儀、それから扉へ向かうラムの背中に上条たちは続く。最後にエミリアが言った。

 

「これは私もだけど...スバルたち、頑張ってね...」

 

「なにそれ超嬉しい、やる気モリモリ出たわ、女神か」

 

「お互い頑張ろうぜ」

 

「俺は頑張らねェけどな」

 

少ない言葉を交わし、上条たちは食堂を退出した。

 

「まずは...そうね」

 

その後はわざわざ説明するまでもないだろう。屋敷の案内に始まり、上条たちに割り当てられた部屋の案内。そして上条とスバルにはこの屋敷で働くための制服が支給された。

 

ともかく、こうして屋敷での生活が始まったのだが。

 

...それが激動の一週間になることを上条たちは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




説明パートも終わりです。
そろそろ話が進むと思います。


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第17話 『どうして?』

「そぉれで、その後のスバルくんたちの様子はどんなもんだい?」

 

時刻は夜____すでに太陽は西の空の彼方へ沈み、空にはやや上弦の欠けた月がかかる頃、その密やかな報告は行われていた。

 

広い部屋だ。中央には来客を出迎える応接用の長椅子とテーブルが置かれ、奥には部屋の主専用の黒檀の机と革張りの椅子が配置されている。

黒檀の机には書類と羽ペンが散らばり、すぐ傍らにはまだ湯気の立つカップがほんのりと柔らかな香りを漂わせていた。

 

一見して執務室、と判断できるそこは屋敷上階中央の一室だ。

革張りの椅子に腰掛け、最初の問いかけを作ったのは藍色の長髪に、青と黄のオッドアイを双眸に宿した柔和な面持ちの男性____ロズワールだ。

 

問いかけは囁くような声量だったが、相手には過不足なく確かに届く。それもそのはず、密談を彼と行う相手は彼のすぐ近く____椅子に座る彼の膝の上で、その小柄な体をさらに小さくして横座りになっているのだから。

 

「彼らがこの館に来てから五日____いや、四日と半日か。そろそろ見えてくるものもある頃じゃぁないかね?」

 

「正直、三人とも評価に困っています」

 

耳元で囁かれ、桃色の髪を大人しく撫でられるのはラムだ。部屋にいるのはロズワールとラムの二人だけで、彼女にとって半身とも呼べる双子の妹の姿はそこにはない。

それは単純に、レムではなくラムがスバルとトウマの教育係の立場にあるためだ。

 

「ほう。というとぉ?」

 

「まずバルスは全然ダメです」

 

ラムの辛辣な言葉を聞いてロズワールが吹き出した。

 

「全然ダメかい! それだけ聞くと評価に困ってないように見えるけどねぇ」

 

「やる気はあるんです。仕事に関しては物覚えもいいし、ただ知らないだけだから」

 

「なるほどねぇ。他の二人は?」

 

「トウマに関しては良くも悪くも普通ですね。バルスよりは家事も得意です。...しかしながら、少しばかり不埒な行為が多すぎるかと」

 

ロズワールは目を丸くして、

 

「彼、そぉんなタイプには見えなかったけどねぇ。年頃だし仕方ないのかぁな?」

 

苦笑しつつ少しばかりのフォローを入れる。だが、ラムはそれを否定するかのように首を横に振った。

 

「いえ。わざとではないのだと思います。そういう体質なのでしょう。...それにしても、レムの胸に飛び込んだりラムの着替え中にドアを開けたり...挙げ句の果てには転倒してエミリア様のスカートの下に入り込むなど、辟易はしていますが」

 

「幸運な子なんだねぇ、きっと。それにしては自己紹介の時に不幸の避雷針だとか言っていたけぇど」

 

もしくは、日頃の不幸が作用してそちら系統の幸運に繋がっているのか。...なんて、ロズワールは益体もないことを考えていた。

 

ラムは続けて報告する。

 

「アクセラレータは...恐らく優秀な人間です。食客という立場を利用して昼過ぎまで惰眠を貪っていることもありますが...。それはそれとして空き時間に何かの学習をしているようです」

 

「それは私も少し聞いたね。何でも、禁書庫によく出入りしているとか」

 

いい加減にしてほしい、とベアトリスからは愚痴を言われたけどね、とロズワールは苦い笑みを浮かべた。

 

「それでラム、肝心の話だ。間者の可能性はどうかな?」

 

声音の調子は変わらないまま、ロズワールは笑みを崩さず問いかける。主語のない問いかけだが、求めている答えはわかっている。

 

ラムは目を閉じたまま、

 

「否定はできませんが、その目はかなり弱いと思います」

 

「...その心は?」

 

「三人とも、あらゆる意味で目立ち過ぎです。当家に入り込む手段もその後も。特にバルス」

 

「なるほど納得。となると、彼らは本当に善意の第三者か」

 

言いながら椅子を軋ませ、ロズワールが体の向きを変える。これまで机と正面から相対していた体を正反対____ちょうど、月明かりが煌々ときらめいている大窓の方へ。

 

左右色の違う双眸が細められ、眼下の光景に彼は口の端をゆるませたまま、

 

「噂をすれば、だねぇ」

 

執務室の窓から見下ろせるのは、屋敷の敷地内にある庭園だ。少し背の高い柵と木々に囲まれたその場所は、外から見えない代わりに屋敷の窓からは非常によく見渡せた。

 

その月明かりを盛大に受ける庭園の端、そこに銀髪の少女と黒髪の少年が談笑している姿がある。すぐそばにはツンツン頭の少年と白髪赤眼の少年の姿もあった。黒髪の少年(ツンツンしてない方)は一方的に少女に話しかけているようだったが、少女が不快な表情を見せることはない。

 

「微笑ましいものだ。ああいう情熱はもう私には持てないものだよ」

 

「アレぐらい追ってきてくれた方が女は嬉しいものですよ」

 

独白のつもりだったのかもしれない言葉に返答し、目を開けたラムは主が至近で自分を見下ろしているのに気付く。

 

そっと唇を震わせ、ラムは潤んだ瞳でその双眸と見つめ合う。が、

 

「ひょっとして、意外とスバルくんを高評価してる? いや、スバルくんに限らず他の二人も」

 

「ダメなところもありますが、悪いとは思いません」

 

不満を瞳に宿すラム。彼女の少し温度の冷えた答えにロズワールは曖昧に笑い、髪を梳いていた手で彼女の頬をそっとなぞる。

ふっと、陶酔したように瞳を揺らす少女の期待に応えながら、ロズワールは静かに瞑目して今の答えを思う。

 

ラムがこうして他人を評することは珍しい。よほど、少年たちは彼女のお気に召したのだろう。

 

その事実が素直に、ロズワールにとっては喜ばしい。

 

「私の立場としては、邪魔するべきなんだろうけどねぇ」

 

黄色の瞳だけで庭を見下ろし、ロズワールはそうこぼす。それに、

 

「どちらも子どもですから、放っておいても何も起きませんよ」

 

「それは言えてる」

 

かすかな笑声が執務室で重なり、少年と少女の逢瀬を見下ろしていた窓の幕が引かれる。

 

_____その後の執務室の様子は、月すら見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう? 悪くないだろ?」

 

「風呂上がり後の自分は五割り増しイケメンになるよな、気持ちが大きくなるのもわかる!」

 

「...くだらねェ」

 

屋敷に足を踏み入れてはや4日。上条たちは偶然にも庭園に集合していた。いや、本当に偶然なのだ。上条とスバルはともかく、一方通行(アクセラレータ)がこの時間に外出しているのは珍しい。気まぐれで散歩していたところをスバルに捕まってしまったようだが。

 

何はともあれ、異世界転生組全員集合だ。

 

「よし、じゃあ行ってくるか!」

 

スバルは頬を叩いくと同時に足を踏み出した。...と、それからすぐに足を止めて上条たちの方に振り向くと、

 

「お前らはそこにいろよ。特に当麻。このラッキースケベ男が」

 

「なんちゅー蔑称だよ!」

 

冗談混じりに釘を刺しつつ、スバルは再び歩み出した。

 

恐らく彼が向かうのは緑の一角____背の高い木々に囲まれ、一際強く月の恩恵を受けている場所だ。

 

そこに銀髪を月光にきらめかせ、淡い光をまとう少女が座っている。スバルは息を呑み、その少女_____エミリアに話しかけた。

 

「いやぁ、青春だなぁ」

 

「帰ってイイか?」

 

スバルとエミリアの会話はこの位置からは微妙に聞こえない。にも関わらず、上条たちはその光景をしばらく見守っていた。一方通行に関しては明らかに嫌そうな表情を浮かべているが。

 

「なぁ、一方通行(アクセラレータ)

 

「あァ?」

 

何となく、上条は一方通行に話しかけた。一方通行は尚も嫌そうな顔でそれに応える。

 

「お前、結局さ____」

 

「言っておくが、()()()に関してオマエとお喋りするつもりはねェぞ」

 

「さいですか」

 

考えてみれば、上条は一方通行のことをあまり知らない。学園都市最強の第一位であるということ。そして2度拳を交えた関係であるということ。

 

_____そして、第三次世界大戦に大きく関係していたということ。

 

ロシアで一方通行と拳を交えた時、上条は彼が自分に救いを求めているかのように感じた。最強の第一位が、レベル0の自分に、である。それほど、一方通行は当時追い詰められていたのだろう。あの時彼が救いたかった誰かは救われたのだろうか。

 

(...()()()()()()()()()()())

 

「オイ」

 

と、唐突に一方通行から声をかけられる。彼が自ら会話のアクションを起こすのは結構珍しいことだ。

 

「まさか、この世界に甘んじていようなどと考えるほどバカじゃねェよな?」

 

その質問は、つまり_____。

 

「当たり前だ」

 

この異世界から元の世界_____第三次世界大戦後に戻る。それは、上条にとっても非常に重要な目標だった。当たり前だが、一方通行もそれを諦めてはいないようだ。

 

「とは言っても、方法はあるのか?」

 

「正直、検討つかねェな。こっちの文字を解読して、一応禁書庫を漁ったりもしたがさっぱりだ。そもそもオカルトに関してはオマエの方が詳しいんじゃねェのか?」

 

そんなことを言われても困る。上条はあくまで学園都市において科学サイドの人間で、多少は魔術と関わったとはいえ知識は素人に過ぎない。何よりこの世界の魔法は、明らかに上条の知る魔術とは勝手が違った。

 

「謎も多い。ナツキ・スバルの存在もそうだ」

 

一方通行は続けてバッテリーが何だとかぶつぶつと呟いていたが、説明する気はないようだ。

 

つまり、まとめると帰還の方法は謎。そもそもこの異世界において大部分が謎といったところか。ハードモードにも程がある。

 

「というか一方通行。さっきさらっと文字を解読とか言って______」

 

「トウマ、アクセラレータ! いたのなら言えばいいのに」

 

「あっ、俺とエミリアたんの蜜月があっけなく終焉を...」

 

上条の言葉はエミリアの呼びかけに遮られた。どうやら見つかってしまったようだ(別に隠れていたわけではないが)。

 

「エミリアたん! 当麻に近づくなよ、また覗かれちゃうぞ」

 

「その節は大変申し訳ありませんでした。どうか毛根大ダメージ噛みつきと電撃ビリビリだけはご勘弁を...!」

 

「そんな物騒なことしないわよ!!」

 

もう、気にしてないのに...と若干赤面しつつ頬を膨らませるエミリア。余談だが、彼女のスカートの丈はここ数日で少しだけ長くなったような気がする(気のせい)。

 

「そうだ! 聞けよお前ら! このたび、私ナツキ・スバルはエミリアたんとデートの約束をすることに成功しました!!!」

 

スバルが唐突に指を立てて決めポーズ。思わずおぉ〜と感嘆の声を漏らす上条だったが、他二人の反応は冷たいものだった。

 

「私の勉強がひと段落して、ちゃんとスバルがお屋敷の仕事が終わったら、って条件付きでね」

 

「...くだらねェ」

 

「そうだ、トウマとアクセラレータも一緒にどう?」

 

「それはもはやデートじゃない! 男三人とエミリアたんとかそれもう逆ハーレムだ!!」

 

「エミリア...なんて恐ろしい子!」

 

まさにフラグクラッシャーである。この恋の道のりは長そうだ、と上条は内心でスバルに同情した。

 

一方、エミリアはさて、と空を見上げて背を伸ばし、

 

「そろそろ私は部屋に戻るけど、スバルたちは?」

 

「エミリアたんに添い寝しなきゃだから俺も戻るよ」

 

「やめておけ。朝起きたら女の子に両腕を固められている状況を知ってるか? 死刑執行の待ち時間のごとく恐ろしい時間だぞ」

 

「謎に実感こもってんな...。証拠にその羨ましい状況がなぜか羨ましいと思えないもん」

 

軽口もほどほどに、四人は各々部屋へと戻って行った。

 

その後、上条は部屋に入るとすぐさまベッドにダイブを決める。四日間働き詰めで上条はところどころが筋肉痛だ。改めてこの屋敷の広さを実感した四日間だった。上条たちが来るまではレムとラムの二人だけで家事をしていたというのが信じられない。あの二人の家事スキルは化け物だ。

 

そんなことを考えながら瞼を閉じる。案の定疲れていたようで、上条はすぐに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識の覚醒は、海上への浮上によく似ている。

 

上条は寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こした。朝だ。

 

「......」

 

そのままベッドから出ようとするが、どうにも体に違和感を感じる。疲れだろうか。ここ最近慣れない仕事ばかりしているのが原因かもしれない。

 

...いや、やはり疲れと呼ぶにはその症状には違和感があった。まるで、大量に睡眠をとった後のような、そんなだるさが上条を襲う。

 

何かがおかしい、と思った次の瞬間だった。

 

「オイ」

 

ノックもせずにドアを開け、勝手に上条の部屋に入ってきた男が一人。白髪赤眼が特徴の一方通行だ。

 

「不味いことになった」

 

彼にしては非常に珍しく、少し焦燥しているようにも見える。...して、最強の彼を少しでも焦らせる『不味い事態』というのは一体何か。上条は先ほどの自分の体の違和感を思い出し、ある一つの最悪な予想が頭をよぎった。

 

「まさか...!」

 

間違いであれと願う上条に、一方通行は無情にも言い放った。

 

「そのまさかだ。()()()()()()

 

それは、あれほど上条たちを苦しませた死のループが再び彼らを取り込んだ瞬間だった。

 

二度目の、一日目が始まる_____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二章は誰を活躍させようかな〜


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第18話 『ループ、開始』

評価ゲージが赤色になりました。
とても嬉しいです。


一方通行(アクセラレータ)の言葉を聞くや否や、上条は部屋から飛び出していた。

 

「くそっ」

 

意味がわからなかった。あの夜まで本当に何もなかったはずだ。スバルが死ぬような要素など、何もなかったはずなのに。

 

上条はスバルを探して屋敷を彷徨う。しかし、走り回っても走り回ってもスバルは見つからなかった。何なら屋敷の住民にさえエンカウントしない。上条は荒い息を吐きながら壁に寄りかかる。

 

「ちくしょう...」

 

「お、当麻じゃねぇか」

 

不意に聞き覚えのある声が耳に届いた。それは散々走り回って探していた件の人物、スバルの声だった。彼は上条の目の前にある部屋のドアから出てきたのだ。

 

その声は、予想に反してあっけらかんとしていた。

 

「スバル...どういうことだ?」

 

「まぁ...また死んじまったみたいだな、俺」

 

申し訳なさそうに笑うスバル。実感はないんだけど、と彼は付け足した。

 

「流石に起きた時は焦ったけど、今禁書庫で頭を冷やしてきた。...大丈夫だ、すべて取りもどしゃあいい話なんだから」

 

いくら走り回っても見つからなかったのはベアトリスのところにいたからか、と上条は納得。そして遅れて、すでに覚悟を決めた顔をしているスバルに驚いた。

 

「大丈夫、なんだな?」

 

「なんつー顔してんだよ、当麻。...あぁ、大丈夫だ。死ぬのに慣れたなんて言葉は口が裂けても言えそうにないけどな」

 

思えば、この会話は前のループでもした気がする。スバルはきっと精神力が強いんだろう。でなければ何回も訪れる死に耐えれるはずがない。

 

ひとまず、上条はスバルのその精神力を信じることにした。

 

「んで、今回も俺の死を回避しようって話なんだけど」

 

スバルは指を立てて言った。

 

「作戦会議の前に朝メシといこうぜ。前回の流れをちゃんと踏襲しないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかなぁ...マズったかな、やっぱ」

 

「前回とまったく同じ流れのはずなんだけどな」

 

湯気立つ浴場に反響する会話。上条とスバルは現在屋敷の大浴場で身を休めていた。...が、会話の内容は決してポジティブなものではない。

 

出だしの一日目、スバルの『前回の流れを踏襲』という狙いは正直言ってうまくいかなかったと言わざるを得ないのだ。

 

「要求は同じ、会話も同じなのに...なんでだ?」

 

スバルは湯船に体を沈め、水泡を吹きながら気だるげにそうこぼした。

 

そう、スバルの言う通りなのだ。上条とスバルは労働を希望し、一方通行が食客扱いを希望する。前回と全く同じ要求をしたつもりだ。...しかしながら。

 

「なんか、スバルだけ異様にキツかったって感じだよな。仕事の難易度が前回より遥かに難しくなって...俺はそうでもなかったけど」

 

方針通りに前回の流れを踏襲し、そのまま勢いに乗れると判断したスバルの心を挫いたのは、恐らくラムがスバルに課した仕事の内容だ。

 

台所周りであったり、単なる部屋の掃除であったり、あるいは衣類の洗濯や片付けであったりしたそれらの仕事。前回のループでもこれらの内容に変わりはなかったが、純粋に任せられる仕事の量が質共に増した、というべきか。口さがない言い方をすれば押しつけられる仕事が、と言い換えてもいい。

 

「そうなんだよな。まるで俺だけ嫌われ者だぜ。空気が読めなくて嫌われやすいっていう自覚はあったけど、ここでもそれが発揮されるとは...」

 

段々と目から光が消えていくスバル。

 

「...空気が読めねェって自覚はあったンだな」

 

呆れた風に口を開いたのは一方通行だ。上条とスバルが大浴場にやってきた時、すでに彼は湯船に浸かっていたのである。...彼がやって来た上条とスバルを見て嫌そうな顔をしたのは言うまでもないだろう。

 

「ともかく、変化が起きたってことは_____その変化の規模の大小に関わらず_____前提条件の何かが変わったってことだろォが」

 

「前提条件...」

 

上条は考え込む。一方通行の言葉はもっともだ。しかし、やはり心当たりはない。

 

「あ〜、起きた時ちょっと取り乱しすぎたこととか、関係あったりすんのかな。そこは前回と違ったなと思ったけど」

 

スバルがぽつりと呟く。

 

やはり取り乱しはしたのか、と上条は内心スバルを心配する。まぁ、寝て起きたら初日に戻ってました、では取り乱すのも無理はない。

 

スバルの言葉を受け、一方通行は思案した。

 

「まァ、可能性はあるかもな。メイドに取り乱したところを見られて警戒されたってのはあり得る」

 

その言葉も所詮予想に過ぎない。本当のところは結局わからないのだから、対策のしようもないというわけだ。上条は今後の振る舞いについて悩み、深いため息をつく。

 

「____やぁ、ご一緒していいかい?」

 

直後、ネガティブな雰囲気の大浴場に突如聞き覚えのある声がこだました。

 

声のした方向に視線を向けると、そこには腰に手を当てた全裸の貴族が。上条は思わず視線を向けたことを後悔した。

 

「貸し切りです、お断りします」

 

「せめて隠せよ」

 

「......」

 

上条たちの辛辣な返事にロズワールは苦笑する。特に一方通行などとても嫌そうな顔だ。それこそ、浴場に入ってくる上条とスバルを見た時以上に。言葉抜きでここまで相手に拒絶を伝えられるのは彼だけだろう。

 

しかしながら、そんな拒絶をロズワールがまともに受け取るわけもなく。

 

「それじゃあ、隣に失礼するよ」

 

彼は上条とスバルの間に入り込むと、湯船の中に沈むと長い吐息を漏らす。湯浴みの快感は世界共通、無言の意思疎通の賜物だ。

 

「そぉれで? 初日の感想は?」

 

「有意義に過ごさせてもらったよ。俺の体の各所の筋肉のピロートーク聞きたいか? 朝までしくしくとお話してくれるだろうさ」

 

「魅力的な提案だけど、今夜の枕は先約があってねぇ。またの機会に」

 

「この溢れ出る勝ち組感、ムカつくな...」

 

ロズワールは一方通行にちらりと視線を向ける。

 

「アクセラレータくんはどうかな? 何でも、ずっと禁書庫にいるとか...」

 

ベアトリスに愚痴られたよ、と楽しそうに笑うロズワール。対照的に一方通行は仏頂面で、

 

「いろいろあンだよ。こちとら右も左も分からないときてンだ」

 

「ふぅむ、話を聞く限り君はかなり優秀だと思うけどねぇ。右も左もわからないときたか」

 

三人ともつい最近こちらの世界にやって来たばかりなので、右も左もわからないのは残当だ。が、そんなことは知らないロズワールからすれば、優秀なくせに右も左もわからない発言をした一方通行のことを不思議に思っているのだろう。...上条とスバルはともかく。

 

「マジにわからないことだらけだ。例えば、魔法のこととか」

 

その言葉を聞いたロズワールは「ふむ」と顎に触れながら吐息。それから指をひとつ立てるとにんまり微笑み、

 

「よし、こぉこはひとつレクチャーしようか。少し無知蒙昧な君たちに魔法使いのなんたるかを教授してあげようじゃぁないの」

 

「!」

 

スバルが顔を上げる。それは、まるで何かを期待しているかのような反応だった。

 

「それじゃぁ、まぁずは初級から。スバルくんたちはもちろん、『ゲート』については知っているねぇ?」

 

「「知りません」」

 

初耳である。...が、やはり上条の知る『魔術』とはまったくの別物であることに間違いはなかった。

 

「...ゲート。マナを溜め込み、そして放出するための器官と言ったところか?」

 

すらすらと答えたのは一方通行だ。その言葉を聞いて、上条は思わず豆鉄砲を喰らった鳩のような表情をしてしまった。スバルも似たような表情で一方通行に問いかける。

 

「アクセラレータさん? 何で知ってるの?」

 

「いやぁ、これに関しては知らない方がおかしいんだぁけどね。...何にせよ、アクセラレータくんの言う通りだぁね」

 

ロズワールの発言によれば、一方通行は禁書庫に入り浸っているらしい。彼なりに勉強したのだろうか。前回から入り浸っていたのだとしたらすでにかなりの知識を身につけていそうだ。そういえば、前のループで文字を解読した、とか言っていたような...。

 

上条は改めて一方通行の才能に驚かされた。さすが学園都市第一位である。

 

「で、続き。魔法には基本となる四つのマナ属性があるわけだけど、知ってるかなぁ?」

 

ロズワールが魔法の説明を続ける。

 

属性、ときたか。やはり上条の知る魔術とは根本的に違う。そもそも、魔術は体内で魔力を精製して行使するものではなかったか。体の外にあるマナを使う点で、こちらの世界の魔法は異質である。

 

「火・水・風・地。そンで四つじゃねェ。陽と陰もあンだろ」

 

「よぉく知ってるねぇ。陽と陰については該当者がほぉとんどいないから省いたんだけど」

 

「該当者?」

 

謎に博識な一方通行へのツッコミは置いておき。上条はロズワールの解説を聞いて引っかかった部分について尋ねた。

 

「そぉだよ。適性がある属性の魔法しか使えないからねぇ。常人ならどれか一つの属性でも適性があればマシと言えるかなぁ。ちぃなぁみぃにぃ、私は四つの属性全てに適性があるよ?」

 

なるほど、適性。そう聞くと、この世界の魔法はどちらかと言えば学園都市の超能力に近いように感じる。超能力も『熱能力』『念動力』『テレポート』のように種類が分けられ、基本一種類しか使えない。

 

そう考えた後、上条は四つの属性全てを使えるロズワールの異質さに改めて驚愕する。彼はやはりかなり実力のある魔法使いなのだろう。

 

「そぉだ。よかったら適性属性を調べてあげよぅか? 私くらいの魔法使いになると体に触れただけぇで適性がわかるんだよ」

 

「待ってました!! こっから俺の才能が開花するというわけだよ!」

 

スバルが歓喜の声を上げてロズワールに接近する。彼はスバルの体に触れた後、続けて上条と一方通行の体にも触れた。

 

そしてしばらくした後。

 

「スバルくんは『陰』だね」

 

「お?」

 

「トウマくんは適性なし。魔法使いの才能0ってことだぁけど、もし適性があったとしてもそぉの右手のせいで多分使えないかな、魔法」

 

「...ふ、不幸だ」

 

「アクセラレータくんは...こぉれは驚きだね。四属性すべてに適性がある。つまり私と同じだぁよ」

 

「......」

 

一方通行はどこまでいっても天才であった。反対に、自分の才能の無さに上条は軽く落ち込む。異世界転生の特典などなかったのだ。

 

「アクセラレータに全部持ってかれた感あるけど、結局陰属性って? さっき該当者がほとんどいないって言ってたよな?」

 

まさか超レアでチート的魔法か!?とスバルは目を輝かせるが、返ってきたロズワールの言葉は拍子はずれなものだった。

 

「そうだねぇ、『陰』属性の魔法だと有名なのは...相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとか、それとかが使えるかな」

 

「デバフ特化!?」

 

余りにも想像と違うそれにスバルは頭を抱えた。夢に見ていた異世界チート転生は呆気なく崩れたのだった。...とはいえ、上条的には『死に戻り』も相当なチート能力だと思うが。

 

追い討ちをかけるようにロズワールは続ける。

 

「ちぃなみに見た感じ、スバルくんもトウマくんと同じで魔法の才能は全然ないねぇ。私が十なら、君は四ぐらいが限界値だよ」

 

ちなみにトウマくんは0、といらないことを付け足すロズワール。むしろ四あるだけスバルはマシな方ではないのか?

 

「もぉし使いたいなら教わればいーぃと思うよ。幸い、『陰』系統なら専門家がここにはちゃぁんといるからね」

 

「よし! こうなったらエミリアたんにマンツーマンで手取り足取りレッスンを...!」

 

「勘違いしてるみたいだけど『陰』属性の専門家はエミリア様じゃないよ」

 

「んだよ、違うのかよ! じゃあ誰...ってお前か! そりゃそうだよな、魔法の才能大アリだもんな! がっかりだよ!

 

「ベアトリスだよ」

 

「もっとがっかりだよ!?」

 

ばっしゃーん、と盛大に水飛沫を跳ね上げて、今宵最大の叫びが炸裂したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、クソ、湯当たりした。ロズっちの野郎、上げて落として上げて落として繰り返しやがって。釈迦の掌か」

 

「スバルは四だからまだいいよな。俺なんて0。不幸だ...」

 

「結局その右手があるなら才能あっても同じじゃねぇ? あんま気にすんなよ!」

 

脱衣所にこれまたネガティブなトークがこだまする。

 

風呂場でのがっかりトークから少し間を空け、ロズワールを浴場に置いて先に上条たちが上がったところだ。とはいえ、少し長く入り過ぎたようだ。何だか頭がぼーっとする。

 

「にしてもアクセラレータはずるいよなぁ。超能力持ってる上に魔法の才能もピカイチときたもんだ」

 

スバルが一方通行にジト目を向ける。一方通行はそれを涼しいフェイスで受け流した。

 

「どォだか。そンな都合良くいくとも思ェねェな」

 

「...? まぁともかく、アクセラレータさんは超強力な戦力として期待させていただくぜ」

 

守ってくれ、と言わんばかりに笑顔で親指を立てるスバル。まさに他力本願という言葉がよく似合う。

 

「さてと、じゃあまた明日のしごきに備えて解散すっか。...にしてもラムちーめ覚えてろよ。これじゃあ明日は筋肉痛覚悟だぜ」

 

「お望み通り、覚えておくわ」

 

「「うわぁ!!!」」

 

予想だにしない声に声をあげる上条とスバルだったが、その原因はまるで違った。まず、いつのまにか脱衣所の通路に立っていたラムに驚いたスバル。彼は思わず声を上げて前にいた上条の背中を押してしまった。...さながらお化け屋敷で前の客を盾にする女子のように。そして押されたことに驚いて声を上げたのが上条だ。彼は突然の衝撃にバランスを崩し______。

 

「......」

 

結果的に、上条は倒れることになった。

 

「......」

 

_____ラムを押し倒す形で。

 

「...どいてくれる?」

 

「あ、はい、ごめんなさい」

 

氷のように冷たい視線を向けられ、上条は素直にラムの上からどいた。

 

ラムはゆっくりと起き上がり、もともと立っていた位置に戻ると服をぱんぱんと手で払う。

 

「...襲われそうになったのは初めてね」

 

「酷すぎる誤解だ!! せめて解かせて!! お願いだから!!!」

 

「羨ましすぎる体質だと思ってたけど、リスクとリターン考えると実はあんま嬉しくない体質だよなぁ、当麻のそれって」

 

「くだらねェ茶番だな」

 

上条がそれぞれから冷たいコメントをいただいたところで、スバルが改めてラムに尋ねた。

 

「で、何で脱衣所に?」

 

「ロズワール様の御着替えの手伝いのため。入浴の際はラムかレムが付き添うのが決まりよ」

 

ずいぶんといいご身分である。いや、実際ロズワールは恐らく偉い立場なのだから文句は言えないが。それにしても着替えまで手伝ってもらうとは甘やかしすぎではないのか。

 

...しかしながら、ラムに面と向かってこれを伝えると文字通り亡き者にされそうなので心の中にしまっておく上条だった。

 

「ところでバルスたち。この後はなにか?」

 

「うんにゃ。後は寝るだけ。...疲れたしな」

 

「明日も早いからな。朝早いのだけはマジで辛いっす先輩」

 

反骨精神と弱音がハイブリッドした上条とスバルの言葉に、ラムはそう、と小さく応じて押し黙る。

 

そのまま何も続けない彼女を見つめていると、彼女はなにかを決断するように改めてこちらに目をやった。

 

「それじゃ、あとで部屋に行くから。...そうね、バルスの部屋でいいわ。三人ともそこで待ってなさい」

 

「あん?」

 

「は?」

 

「あァ?」

 

ラムの意味深なセリフを受けて、三人の困惑と疑問の声が脱衣所にこだましたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第19話 『夜のお勉強』

良い悪いに限らず感想はありがたいのでよかったらお願いします。モチベーションアップにもつながるので。


「ところで...お前ら」

 

ラムの言いつけ通り、その後スバルの部屋に集まった転生者三人組。

 

部屋に集まってからしばらくして。スバルは未だに魔法の才能0のショックを引きずっている上条と、非常に面倒臭そうな表情をしている一方通行(アクセラレータ)に向けて言い放った。

 

「ぶっちゃけ、屋敷の女性陣で誰が一番好みよ?」

 

真剣な表情のスバルの口から漏れ出たのは、至極くだらない話題だった。

 

予想通り、と言うべきか。一方通行が呆れた表情でため息をつく。

 

「くだらねェ」

 

「お前口を開けばそればっかりなのずるくね!? いいじゃんかよ〜俺ってばこういう恋バナに憧れてたんだよ!」

 

言ってしまえば修学旅行のノリみたいなものか。恋愛経験0の上条的には少しキツい話題ではあるが、スバルが可哀想なので乗っかってやる。...なお一方通行はてこでも口を開く気はない模様。

 

「俺のタイプは寮の管理人のお姉さん(代理でも可)だ!! ...というわけで屋敷の女性陣の中に好みのタイプはいませんね、はい」

 

「すっげー異世界にそぐわないかつ具体的なタイプきた!? なんだ、つまり年上がタイプってこと?」

 

レムとラムは同い年、もしくは年下か。そうなると消去法的にエミリア(実年齢不祥)が上条のタイプということになるだろうか? ベアトリスは...まぁ、うん。

 

「誤解を招かないように言っておくと俺のタイプがいないってだけで全員魅力的な女性だと思いますよ!」

 

「誰への言い訳?」

 

上条の謎言い訳を軽くスルーするスバル。彼はそのまま一方通行に視線を向ける。...やはり諦め切れないらしい。

 

「アクセラレータ〜教えてくれてもいいじゃんか〜」

 

「.....」

 

「わかった、わかりました。もう聞かないからその殺意に満ちた瞳で見るのやめて。...当麻はなんか知らないの? アクセラレータの女性遍歴」

 

スバルに話を振られ、上条は考える。そもそも一方通行との面識自体あまりないので難しいところだが...。ロシアで見た時のことをもとに考えると、

 

「なんかちっちゃい子連れてたな」

 

「え? まさかのそっち趣味? そうなるともしかしなくてもアクセラレータの好みのタイプはベアト_______」

 

「殺されてェよォだな」

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

「騒がしいわ、バルス。もう夜なんだから、静かにしなさい」

 

一方通行に半ば本気の殺意を向けられてスバルがガチ謝罪していると、ラムがノックもせずに扉を開けて部屋に入ってきた。それどころか彼女は中に入ってから戸をノックする。

 

「謎ルールすぎない?」

 

上条の呟きにラムがハッ、と小さく鼻を鳴らす。彼女はそのまま寝台_____ではなく、その手前にある小さな木の机に向かった。

 

「いやぁ、別に期待とかしてなかったけどね」

 

「三人がかりでラムを襲おうとするなんてケダモノだわ、怖い怖い」

 

「そこまで言ってねぇよ!?」

 

スバルの発言で何故か冤罪の巻き込みを喰らう上条と一方通行だった。

 

「ほら、早くこっちきなさい」

 

犬でも躾けるようなぞんざいな言い方に、スバルの額に青筋が浮かんでいるのが見える。が、ここで相手のペースに巻き込まれても損をするだけ。上条は寛大な心でラムの発言を許容することにした。

 

「そこのケダモノツンツン頭も。早く」

 

「なんだとぅ!!」

 

前言撤回。海より広い上条の心もここらが我慢の限界だ。

 

...とはいえ、先ほどラムを押し倒してしまったのは上条のミスだ。彼女がそれを根に持っているのだとしたら上条は素直に従うほかない。

 

上条が渋々とラムのもとへ向かうのと同時に、スバルが疑問の声をあげた。

 

「それで? 今度はどんな無茶を持ってきてくれたんだ」

 

「なにを言っているの? 文字の読み書きを教えてあげるから、早く座りなさいって言ってるでしょう」

 

「「初耳だ!?」」

 

すらすらと初耳学を述べるラムに驚く上条とスバル。ラム自らこのような提案をするとは一体どういうことなのか。

 

スバルがその旨を問う前に、今まで黙って聞いていた一方通行が会話の流れを遮った。

 

「じゃァ、俺には必要ねェな。帰らせてもらうぜ」

 

「え...?」

 

一方通行の発言を受けて、前回の『文字を解読した』発言はやはり本当だったのかと改めて驚く上条。一方で、その発言を聞いていなかったスバルは目を白黒させている。

 

「へぇ。バルスとトウマが読み書きできないってことはあなたも同じかと思ったけれど」

 

「コイツらと一緒にすンじゃねェよ」

 

「それどういう意味か聞いてもいいかな!?」

 

大声を出すスバルを無視し、当ての外れたラムはしばらく考え込む。その後、名案を思いついたかのようにポン、と手を叩いた。

 

「アクセラレータにも手伝わせましょう」

 

「はァ!?」

 

「ラム一人でバルスとトウマの面倒見るのは現実的じゃないもの。レムはレムで忙しいし。読み書きのできるアクセラレータを利用しない手はないわ」

 

フフン、とドヤ顔のラム。本音をまったく隠さないのはもはや彼女の良いところだと言ってもいいかもしれない。『利用』とか言っちゃってるし。

 

対照的に非常にうんざりした表情を見せるのが一方通行だ。...が、意外にも彼はこう言った。

 

「...チッ。面倒臭ェが、オマエらが読み書きを覚えた方がいろいろと効率がイイのは確かだ。仕方ねェ」

 

「あの〜話がトントン拍子に進んじゃってるとこ悪いんだけど、どっちがどっちの担当?」

 

スバルがそろそろと手を挙げる。ラムと一方通行。教育者としてどちらが優秀か、と言われれば非常に微妙なところだ。というかどちらもSっ気が強すぎる気がする。

 

「より馬鹿じゃねェ方が相手だと助かるがな」

 

「辛辣! やっぱり俺ラムちーがいい!」

 

「任せなさい。死ぬほど厳しくいくわよ」

 

「ちょっと待って。どっち選んでも茨の道だなこれ」

 

その後しばらく押し問答が続き。結局、ラムがスバル、一方通行が上条の教育担当となった。あと一部屋に四人は狭かった(机も一つしかない)ので、上条と一方通行は上条の部屋に移動することになった。

 

そんなこんなで自分の部屋に戻ってきた上条。彼は恐る恐る一方通行に視線をやり、

 

「...優しくしてね」

 

「うるせェ。まずは基本のイ文字からだ。これが完璧になるまでロ文字とハ文字は理解できねェぞ」

 

こうして上条の文字習得レッスンが始まった。一般的な男子は自分の教育者が異性かそうでないかでモチベーションに差が出ると思うが、上条の場合一方通行もラムもそう大差ないS属性なので気にならない。

 

一方通行から淡々と指示を受け、上条はこれまた淡々と筆記していく。ページ一枚に400字ほど書き連ねていくその作業はとても地道なものだ。思えばここまで真面目に勉強したのはいつぶりか。高校留年にリーチがかかっている上条にとって、今回の猛勉強は非常に珍しいものだった。

 

その後、何とかイ文字を把握した上条。一方通行に指示され、童話の読解に入る。たまに一方通行から罵倒を受けつつも、着々と読み進めていった。

 

「そもそも日本語すら怪しいヤツが異世界の言語を習得できるワケがねェよなァ」

 

「わからない? 俺はこんなこともわからないオマエの方がわからねェよ」

 

「...なるほどなァ。本当の馬鹿は吸収面からして馬鹿になってるってワケだ」」

 

...とまぁ、こんな感じで数々の罵倒を受けつつ、だ。

 

その後、上条はきっちり夜の1時まで異世界言語の勉強をこなした。なぜ1時までだったかと言えば、一方通行が眠い、と言って欠伸をしながら部屋を出ていったためだ。どちらかと言えば1時で勉強は『打ち止め』された、と言った方が正確か。

 

とにかく、ようやく就寝の時間である。上条はベッドに倒れ込み、無数の文字を書き連ねたせいで痛む右手に顔を顰めつつ、意識を手放したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トウマくん。お待たせしました、大丈夫ですか?」

 

「ん、あぁ。そっちは?」

 

「はい、滞りなく。トウマくんは、色々と大変そうでしたね」

 

荷物の入った手提げを前に、小首を傾けてそう労うのは青髪の少女____レムだ。変わらぬメイドの装いの彼女は風に揺れる髪を押さえ、その表情をほんのわずかだけゆるめて上条を見ている。

 

現在、上条とレムは近くの村に買い出しに来ていた。本来____というか前回はスバルがこの役目を果たしていたはずなのだが、今回は偶然上条が暇だったので代わりに来たというわけである。

 

「犬に噛まれるわちびっ子たちに取り囲まれるわで参った。上条さんは保育士じゃないっつーの」

 

そう返す上条の執事服は泥で汚れている。

 

「ずいぶんと人気でしたね」

 

上条とレムが買い出しに来たのは屋敷のもっとも近くにある村落だ。

 

あれで辺境伯、という立場にあるロズワールは当然、いくつかの土地を領地として保有する一端の貴族である。 屋敷の直近であるこの村落も例外ではなく、暮らす人々は当たり前のようにこちらの顔を見知っている。特にメイド二人は買い出しの機会も多いのか、通りがかるたびに声をかけられる率はかなりのものだ。

 

その一方で上条もまた、いつの間にか存在だけは周知されていたらしい(恐らくスバルや一方通行も)。実際に足を運ぶのは初めてだったにも関わらず、友好的に迎え入れられたのはむず痒いながらも嬉しかった。

 

「そういえばトウマくん...これはスバルくんにも聞きたかったことですが、勉強の進み具合はどうですか?」

 

「順調だよ。先生が良いからな」

 

いや、実際一方通行は教育者として優秀なのだ。わかりやすいし。...ただ、あの罵倒さえなければもっと良いのにと上条は思う。

 

多分ラムにも同じことが言えるだろう。

 

「アクセラレータくんは見るからに優秀ですもんね。トウマくんやスバルくんと違って」

 

「辛辣! やっぱり姉妹だな...」

 

ラムが夜の個人レッスンを提案してからすでに四日が経過している。当初はレムも交代で教育係に入るという話だったが、やはり忙しいのだろう、この四日間、講師役がレムであったことは一度もない。

 

状況的に見て、レムが仕事に穴を開けられる状態ではなかったということなのだろうが、それが彼女にとっては負い目になっていたようだ。

 

「ま、気にすんなよ。俺もスバルもちゃんとやってる。一方通行もな。...ラムはたまに教えてる途中にベッドで普通に寝るってスバルから聞いてるけど」

 

「姉様は鬼がかってますからね。スバルくんのやる気を発奮させようと、あえてそう振舞っているんですよ」

 

「鬼、がかる____?」

 

聞き馴染みのない言葉に首を傾げる上条。神がかりみたいなものだろうか。

 

一方で、レムは自慢げに胸を張った。

 

「スバルくんに教えてもらったんです。神がかるの鬼版だと」

 

そんな言葉はない、という野暮な突っ込みはさておき。

 

とても嬉しそうに笑うレムを見て思わず上条も口を緩めた。

 

...それにしても、意外とスバルは女たらしの才能があったりするのだろうか。鬼がかる、という言葉を出した時の非常に嬉しそうなレムを見て、上条は何となくそう思ったのであった。

 

 

 

 

 

 




上条さんと一方さんのヒロイン役に悩んでます。エミリアとレムはスバルのヒロインとしか考えられないし、かと言って他の女性陣って大体記憶無くしたりするし。


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第20話 『襲撃』

屋敷に来てから四日目の夜。上条がレムと村に買い出しに出かけた、その夜のことだ。

 

「...馬鹿の相手は疲れる」

 

今日も今日とて、上条は異世界語学の勉強に励んでいた(with一方通行(アクセラレータ)の罵倒)。

 

毎晩開催されるだけあって、四日目にして上条は基本のイ文字をマスターしかけていた。それはやはり一方通行の教育者としての優秀さのおかげでもあるのだろうが、それはそれとして口の悪さだけはどうにかしてほしいと上条は思う。

 

「ラムの方もこんな感じなのか、やっぱり」

 

「今夜のスバルの担当はエミリアだそォだ」

 

「なんだって!?」

 

一方通行の言葉に驚愕する上条。恐らく双子メイドが何らかの理由でどちらも顔を出せない故の代打、と言ったところだろうが、それはさておき。

 

「スバルずるくない?」

 

ラムと一方通行の二択ならともかく、そこにエミリアという第三の選択肢が加わるなら話は別だ。ドS気質の二人とは違いエミリアは優しさの塊。彼女ならさぞ優しく教えてくれることだろう。まさしくE・M・T(エミリアたん・マジ・天使)である。

 

...最近スバルのエミリア病がうつってきたと内心微妙な上条だった。

 

「ま、仕方ないか。ここは一方通行で我慢だな」

 

「喧嘩売ってやがンのか?」

 

羨ましいのは確かだが、スバルの恋心を何となく察している上条は野暮なことはしない。人の恋路を察し、密かにサポートする大人な上条当麻、ここに誕生である。

 

「...わかってると思うが」

 

と、一方通行が声を低くする。

 

()()()()()()()

 

その言葉の意味するところは、上条も理解していた。

 

「わかってる。スバルに何かあるとするなら、それは今夜だ」

 

思えば、前回は庭で四人で会話をしていたような。それが今回は語学勉強とはだいぶ変わったものだ。その分、状況が変わった可能性もあるが。願わくば何事もなく五日目を迎えたい。

 

「スバルのデートの約束も叶えてやろうじゃねぇか」

 

「...どォでもイイ」

 

死に戻りのせいで叶わなかったスバルとエミリアのデート。五日目を迎えることができたなら、きっとそれも叶うだろう。スバルは今回もエミリアをデートに誘うことができているだろうか?

 

「何にせよ、今日が正念場、だな」

 

今夜は前回のように呑気に眠るつもりはない。つまり、確実に朝が来るまでは安心できないと上条は考えている。

 

「というわけで、一方通行。今夜はお互い気張ろうぜ」

 

「...心底面倒くせェが、アイツに死なれると困るのは確かだ。やるしかねェな」

 

かくして今夜、徹夜の籠城戦が幕を開けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあ...」

 

時刻はついに深夜1時を回った。いつまであればそろそろ就寝している時間だが、そうも言ってられない上条は欠伸を噛み殺す。

 

普段は常時ダルそうにしている一方通行も、今回ばかりは真剣に見える。彼はベッドに腰掛け目を閉じていたが、それが寝ているわけではないということは上条にもわかる。

 

「あ...?」

 

ふと、上条は窓の外に人影を見た気がした。この部屋の窓からはちょうど屋敷の庭が見渡せるのだが、

 

「スバル...と、レムか?」

 

上条が改めて庭へ視線をやると、そこには二つの人影が。遠くからでもわかる人相の悪い三白眼と、同じく遠くからでもわかるメイド服_____つまりスバルとレムが相対している。

 

二人の表情はここからではよく見えない。何にせよ一方が一方を呼び出した、という形だろう。もっと言うなら恐らくレムがスバルを呼び出したのだ。スバルがエミリアを差し置いてレムを呼び出すとは考えられない。

 

「一方通行...」

 

「なるほどなァ。きな臭くなってきやがった」

 

どうするべきか考えあぐねて一方通行に呼びかける上条。一方通行はいつの間にか瞼を開いていた。

 

「どうする?」

 

「どォするって、そりゃ決まってンだろ」

 

一方通行はベッドから重い腰を上げると、部屋の窓に向かって歩みを進めていき、

 

「悪党はさっさと潰すに限る」

 

「お、おい!!」

 

それだけ言って彼は窓から身を乗り出し、そのまま外へと飛び出していった。思わず呼び止める上条だったが、第一位が聞く耳を持つはずもなく。

 

「仕方ない、俺も...」

 

最強の一方通行と違って上条はただの高校生。窓(ちなみにこの部屋は三階に位置している)から飛び出すなどできそうもない。_____否、正直気持ち的にはそうしたいのも山々だが、負傷して足手纏いになるのは勘弁だ。スバルを助けたい気持ちがはやって自分が死ぬなんて間抜けにもほどがある。

 

ショートカットを断念した上条は勢いよく部屋を飛び出した。途中でエミリアやロズワールに助けを求めることも考えたが、悠長なことは言っていられない。

 

「全部、勘違いであれよ...」

 

そんな呟きを口から漏らし、上条は屋敷の玄関に向かって全力疾走するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、同時刻。

 

スバルはレムから呼び出され、屋敷の庭へとやってきていた。

 

「で、何の用だよ」

 

「......」

 

呼び出しの目的は全く謎。尋ねても、レムは顔を伏せたまま何も言わない。

 

今夜は四日目______正直、自分のことに集中するべきだとは思ったが、それ以上にスバルはレムのことが気になっていた。いや、もちろん恋愛的に、というわけではなく。

 

「あー、もしかしてそういうこと? ごめんだけど、俺にはエミリアたんっていう心に決めた相手が______」

 

何となく気まずい場の雰囲気を払拭しようと、スバルがおどけた次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

かすかに鼓膜を捕えた違和感、それを感じ取った瞬間、スバルの体は一切の躊躇もなく横へと飛んでいた。

 

直後、さっきまで自分がいた場所を巨大な何かが通過する。

 

そう、それはまるで_____。

 

「モーニングスター!?」

 

スバルを襲ったものの正体、それはひと抱えほどもある棘付きの鉄球だ。ボーリング玉に殺傷機能を持たせたといってもいいそれは、長い長い『鎖』で使い手と結ばれたロマン兵器______その名も、モーニングスターだ。

 

その殺人武器を誰が振るったのか_____とはもはや聞くまでもない。

 

「レム...なんで!」

 

スバルの悲痛な叫びを受け、レムはその短い青髪をそっと空いた手で撫でた。もう一方の手にはもちろんモーニングスターが。いつのまに取り出したのか、さっきまで確かにレムは両手に何も持っていなかったはずなのに。...いや、そんなことはもはやどうでもよかった。

 

スバルは額の汗をぬぐりながら何とか言葉を紡ぐ。

 

「どうしてこんなことを...って、ありきたりな台詞言っていいか?」

 

「そう難しいことでは。疑わしきは罰せよ。メイドとしての心得です」

 

「汝、隣人を愛せよって言葉はねぇのかな?」

 

「もうレムの両手はどちらも埋まっておりますので」

 

時間稼ぎに付き合うつもりはないのか、受け答えに応じるレムの視線は片時もゆるまずスバルを見ている。 彼女の動向はわからない。だが、たったひとつだけわかること。

 

それは、今動けば、確実に死ぬということだ。

 

まがりなりにも三度死んだスバルの本能が、そう絶叫しながらアラートを鳴らしている。

 

(くそっ、四日目は正念場だってのに完全に油断してた!! まさかレムが俺を狙っていたなんて...)

 

スバルは内心で自分の愚かさを責める。そう、屋敷の人間がぽっと出の自分を信用するはずがなかったのだ。まるでそこに考えが至らず、呑気に屋敷での生活を享受していたスバルの何と怠惰なことか。

 

(ざまぁねぇよ、俺。うまくやってたなんて、勘違いしやがって)

 

黙ったまま動かない...否、動けないスバルに、レムは痺れを切らしたかのように尋ねた。

 

「...あなたは、エミリア様に敵対する候補者の陣営の方ですか?」

 

「何のことだ...。俺の心はいつでもエミリアたんの_______」

 

「質問を変えます。_____あなたは、魔女教の関係者ですか?」

 

聞き覚えのない単語が飛び出し、スバルは困惑に眉を寄せた。それがこの場のどんな状況に則した単語なのか。レムの真意がわからず、返答を保留する。そんなスバルにレムは、

 

「答えてください。あなたは、『魔女に魅入られた者』でしょう?」

 

「...魔女、に?」

 

「とぼけないでください!」

 

激昂したかのように声を高くして、レムは心なしか鋭い視線でスバルを射抜く。それは本当の意味での初対面から、ここに至るまで全ての場面を通じて、初めてレムが感情を露わにした瞬間だった。

 

普段は冷静さを決して失わない白い面に、わずかに怒りの朱を差したレムがスバルを殺意すら浮かべて見下ろしている。

 

その身に覚えのない殺意を向けられ、スバルは首を横に振り、

 

「知らねぇ。そもそもうちは代々無宗教だ」

 

「まだとぼける。_____そんなに魔女の臭いを漂わせて、無関係だなんて白々しいにも程がありますよ」

 

レムはスバルの前で腕を振り下ろし、唇の端を歪めて怒りの形相を作った。そのこれまでにない感情表現に、スバルは彼女の本質にわずかに触れたような気がして目を見張る。

 

「姉様も他の誰も気付かなくても、レムだけはその臭いに気付きます! その悪臭に、咎人の残り香に、嫌悪と唾棄を抱きます」

 

レムの言葉はスバルには身に覚えのないことばかりだった。それでも、彼女の怒りが本物だということはわかる。

 

身に覚えのない殺意を当てられ怖気付き、スバルは思わず一歩後退りをしてしまった。それをレムが見逃すはずもなく、

 

「絶対に逃しません。逃げれないように、まず死なない程度に足を潰しましょうか」

 

恐ろしい宣告とともにスバルの足に鉄球が迫る。その凄まじいスピードにスバルは反応できず、彼の両足は見るも無惨な姿に______。

 

「なに...?」

 

なるはずだった。

 

「よォ。俺も混ぜてくれよ」

 

スバルの足に迫るモーニングスターを勢いよく蹴飛ばし、両者の間に割って入ったのは、

 

「アクセラレータ!?」

 

スバルが思わず大声を上げる。その呼びかけに応じず、一方通行は改めてレムに向き直った。

 

「どォいうつもりだ、オイ?」

 

「あなたには関係ありません。私はそこの魔女教徒に話があるだけです」

 

「話にならねェな」

 

一方通行は呆れたように首を振ると、今度はスバルの方を見る。彼は有無を言わせない様子でスバルに、

 

「さっさと行け。前も言ったが、オマエに死なれると困るンでね」

 

「わ、わかった! ...死ぬなよ」

 

「誰にもの言ってやがる」

 

「あと殺すなよ!」

 

「...本気で言ってンのか、それ」

 

珍しく驚いた様子の一方通行に、スバルは返事を返さずその場を逃げ出す。後ろは振り返らない...というか今から始まる壮絶な戦いを想像すると振り返る気にもならなかった。

 

「逃がしません...!」

 

我に帰ったレムがスバルに向けてモーニングスターを振るうが、

 

「オマエの相手は俺だ」

 

一方通行がそれを阻止する。モーニングスターを足で受け止める形だ。

 

その隙にスバルの姿は完全に見えなくなった。レムはそれを確認すると舌打ちする。

 

「ただ者ではないと思っていましたが...。人間ですか、あなた」

 

「想像に任せるぜ」

 

一方通行は取り合わない。

 

彼は内心で、先ほどのスバルの発言を思い出していた。

 

(自分を殺そうとしていた相手に『殺すなよ』とは恐れ入る。繰り返す死で頭がおかしくなりやがったか? そうでなけりゃ引くくらいのお人好しか)

 

『引くぐらいのお人好し』で脳内にツンツン頭が思い浮かび、うんざりする一方通行。

 

「まァ、何にせよやることは変わらねェな」

 

彼は切り替える様にそう呟いて、スバルの死を阻止するためにレムと向き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はあっ...!!」

 

一方通行とレムの戦いから背を向けて逃げ出したスバルは、屋敷の玄関に向かって走っていた。庭と言っても、屋敷が広いだけあって玄関からはかなり距離がある。スタミナがないスバルは早くも痛む横腹を押さえていた。

 

「くそっ...!」

 

喘ぎ、肺に空気を押し込みながら思考と足を走らせる。

 

これがレムの独断だとすれば、スバルの命を拾う算段はまだ立てられる。屋敷まで駆け戻り、雇い主本人に直談判できれば可能性はあるはずだ。

 

...が、ロズワールの意見もまたレムと一緒だとすれば、わざわざライオンの檻から抜け出し、狼の檻へ駆け込む愚行に他ならない。

 

「それ、でも...」

 

エミリア、そして上条。確実に信用できる相手ならいる。彼らを頭に思い浮かべて、それだけを頼りにスバルは走った。

 

そして_____。

 

「、あ?」

 

超高速度の風の刃が一閃____スバルの右足の膝から下を吹き飛ばしていた。

 

勢いのままに大きく跳ねる右足の先端を見ながら、スバルの体は大きく体勢を崩す。バランスが狂い、走る勢いが回るままに体が傾いで地面に激突。衝撃で頬の傷が再出血したのと、肩口を思い切り木々にぶち当てて鈍い音が響き渡り、脳に直接電極を刺したような痛みが駆け巡る。なにより、

 

「ぁああああが! あ、足がぁぁっ!!」

 

痛みがない、それが逆に恐ろしい感覚だった。

 

右足は膝下が消失し、吹っ飛んだ断片は茂みの向こうへ飛んだきりだ。傷口は桃色の肉を鮮やかに見せつけ、鮮血はまるで切断に気付いたのが今さらであったかのように遅れて噴き出す。同時、痛みも遅れて神経を侵した。

 

「______ッッッ!」

 

地面を引っかき、声にならない苦痛を盛大に上げる。傷口を押さえ、体を振り乱し、空いた右腕は地面を叩き、木を殴りつけ、爪が盛大に剥がれ、その熱さに意識が沸騰する。

 

苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた。

 

痛みが神経を鑢で削り、脳を直接鉋掛けするような自分が損なわれる感覚。一秒ごとに血がすさまじい勢いで失われ、それはそのままスバルの命の源の消失を意味していた。

 

そこへ、

 

「____バル! スバル!!!」

 

悲痛に顔を歪めた上条が視界に映る。待ち望んでいた顔に、スバルの足の痛みが一瞬和らいだ。

 

しかしながら刻一刻と血は失われていく。それは見るまでもなく、手遅れだということはスバルが一番理解していた。

 

「くそっ、回復を...。エミリアを呼んでくる!!」

 

判断を間違えたかのように後悔を顔に浮かべる上条。そんな彼に、スバルは最後の力を振り絞って言った。

 

「いい...。多...分、手遅れ...だ。痛みも...もう感じない」

 

スバルがそう途切れ途切れに言葉を紡いだ時には、上条はもうすでに走り去っていた。まだスバルを救うことを諦めていない上条のお人好し具合に、瀕死なはずのスバルの口が思わず緩む。

 

確実な死の前に、彼の思考はなぜかよく回った。

 

何故か自分を殺そうとしていたレム。助けに来てくれた一方通行と上条。...そして、恐らく自分の足を切断したであろうラム。

 

「...んでだよ」

 

次々と頭をよぎる過去の光景。それは恐らく走馬灯だろう。

 

「わかって、たよ。...想像、ついてたさ」

 

喉がしゃくり上げ、込み上げてくる熱いものが次々と瞼を通って頬に落ちる。死ぬ間際であるはずのスバルは、滂沱と止めようのない涙を流した。

 

「なにがいけねぇんだよ...なにが悪かったんだよ。...アイツら、どうしてそんなに俺が憎いんだよ...?」

 

感情が制御できない。八つ当たりも甚だしいとわかっていながら、それでもスバルの心が、魂が叫ぶのをやめられない。

 

異世界に呼び出され、理不尽に追いやられ、それでもなお歯を食いしばって過ごしてきた。だが、もう限界だった。

 

「俺は...お前らのこと、だい」

 

その後の言葉は続かなかった。原因は、スバルの意識の消失。

 

すなわち、とめどなく流れ続ける血がある一線を超えた瞬間______スバルがこの世界で四度目の死を迎えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




このままだと上条さんの活躍の場が三章までねぇぞ!?


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