にじさんじ妄想トーナメント戦 鈴原るる全試合 ([生])
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第一試合 鈴原るる対渋谷ハジメ

ずいぶん前に書いたもんだから荒い荒い。整えるのも面倒なんでそのまま供養します。


 ──わっ

 と、一同盛り上がった。そりゃあもう、エルフ・吸血鬼・鬼・ケルベロス・魔女・人間・神…………とにかく、その場にいた全ての者が等しくあらん限りの声を張り上げて狂喜した。長きに亘った…………という程でもなく、しかし本人達の体感では確実に人生の中でかなりの時間を使ったことになるだろう試合、死合、()()。誰もが震え上がり、死力を尽くした戦いが今ここに終結。

 喜ぶのも無理はなかった。

 

 シェリン・バーカンティもまた声を上げる。嬉しい嬉しい、と。一生分の努力が今報われたのだから、当たり前だった。今しがた拾った遺品、いや、証拠品を握りしめていたとして、それも喜びの声を抑制する手段には選ばれない。誰だってそうだ。シェリンとて、そうなのだ。

 

 

 

 

 

 第一試合、私の相手は渋谷ハジメ先輩だった。にじさんじライバートーナメント戦、乗り気ではない。でも、なんたか退く気にもなれない。どうせなら、最近の引きこもり生活から来る運動不足解消と、ついでに身体のシェイプアップを、というのが自分会議での折衷案。人外の人たちがウヨウヨしてる中、生き残れるのはゲームの中だけ。

 だから、カラテとか柔道とかの試合のような感じになるだろう、勝手に予想している。

 

『Aブロック、第七試合、渋谷ハジメ対鈴原るるだ。始め!』

 

 ともかく、試合開始だ。初めて聞くマスコットキャラクターの声をマイクを通して聞きながら、私は無言でファイティングポーズをとる。運動はあまりやってこなかった。学校の、体育で習った以上のことは出来ないから、小さい頃にテレビで見たオリンピック選手の真似でもしよう、と思った。

 

 気付けば、目の前に軍服姿のハジメ先輩の姿が。右の腕を後方にやって、拳を作っている。行けない、ぼーっとしていた。

 

()った!!」

 

 ──猟ってない。

 ボディを狙った右拳を危なげなく避ける。武道とか運動競技とか舞踊とかをやっているのならそれ用の足運びがあるんだろうけど、私の場合はそのいずれてもなく。適当に横に踏み込んで、伸びきったハジメ先輩の腕、肘の辺りを手の平でパンと弾く。

 目を見開くハジメ先輩。こういう場面では『お返しっ!!』とするのがお約束だけど、何をすればいいのかよく分からなくて、これまた適当に、右肩に貫手を放つ。

 コマンドに迷う時間もあって、ハジメ先輩は紙一重で私の手刀を避けると後ろっ飛びで距離を取った。両者、向き合う、

 

「…………目、めっちゃ良くない?」

「まあ、そこそこって感じです。先輩は随分本気なんですね?」

「というよりは大会が、ね。みんなそういう雰囲気だし、こういう機会もないからね」

「ゲームしてて試合は見れてないんですけど、お手柔らかにお願いします」

 

 というと、先程マネージャーから聞いた死人もでたという話は本当のことなのかなぁ。

 一生に一度の経験、というものに興味はそそられないけど、私もそんな雰囲気に飲まれてみたくなった。それだけ。

 私は再びファイティングポーズをとる。

 手は柔らかく開く。深呼吸、足は大股、半身に構えた。

 

 ──!! 

 ぐばっ、だろうか。それなりの勢いでハジメ先輩が突っこんでくる。先程のように右を振りかぶっているわけじゃない。寧ろ先輩の右は、肘を正中線に乗せている。手先は腰にある剣の柄を繊細に握っている。

 居合だ。

 

 握りが微妙に変わった途端、また加速した。ので、ビックリして反応できなく、胸を浅く切られてしまう。痛い。

 ──ズババババッ! 

 

 先輩は本気なのかなんなのか、 私の体はどんどん切り刻まれていくが、どの傷も浅く、血が出る程度。つまり血管に届くくらいでしかない。

 まあ、でもこのままだと血が出すぎて倒れるかもしれない。

 

 先輩の刃──軍刀は凄い速度で振るわれる。鈍色に光る刀の腹は1秒に1、2、3……いっぱい当たる。

 流れる血、鉄の冷たさ、空気の流れを体の中身で感じる。

 顔も浅く切れる。耳の先、頬。

 

 ……少しだけ、楽しくもある。日常から切り離された非日常、ゲームみたいです。

 無造作に腕を掲げる。1秒後には無数の傷ができ上がる。肌に刃が食い込む感触を他人事のように楽しみつつ、斬撃の障壁を食い破って突き進む右腕。距離を取るように後退する先輩。先輩より大きい歩幅で距離を詰めていく。

 

 

 とうとう私の、無手の間合いに入る。私は手指を柔らかく開いて先輩の首にかけ──

 

 パシッ。

 

 刀の柄を掴む右手、甲を使って、先輩は私の手を弾いた。一瞬、さらに速くなったことに目を見開く。口も少し空いた。鈴原、はしたない。

 

「降参してくれませんか?」

「それはこっちの台詞かな。次からはもう手加減しないよ?」

「それは…………ちょっと怖いかも。ちょっとだけね」

 

 私たちは再び距離を取った。仕切り直し。

 

 私もやっと、少しだけ、()()()()()()。剣道の試合とか、柔道の試合とかじゃないんだろう。少し違うんだろう。少なくとも、ハジメ先輩から当てられる殺気──視線の鋭さだとか、ちょっとした動作に纏う雰囲気──は本物だ。

 お互いに退かないから、本気になる。

 

「僕の能力、教えてあげましょうか」

 

 自己紹介した敵ってだいたい負ける気がする。冗長で、後に続くと対策を取らせるのが面倒だからだ。物語ならそう。

 でも、現実だとしても、私はその間に傷が癒えてゆくと思う。全身から流れる赤い液で濡れ鼠なうちに、非日常なアドレナリンが続くうちに決着をつけたい。

 ……けど、私は少し興味が湧いて、聞いていることにした。鈴原気になる。

 

「僕はただ単純に速いんですよ。

 物理法則・筋肉・ニューロンの許す限りであれば常に最高速がでる。同じような体型・体重・筋肉量であれば絶対に僕が早い。

 ──刺激が脳に届くまで、処理されるまで、筋肉に命令が届くまで、筋肉が滑り運動によって縮むまで、まあ、色々です。代謝関係も粗方早い。ので、傷の治りも早い。傷付けても無駄、戦えば貴方より絶対に早く、故に貴方より強い。

 そもそも、無手と武器。

 どうです、これを聞いて、降参して貰えますか?」

「いえ

 私は諦めませんよ。まだ、何もしてないですから。やってみなくちゃ分からない。そうですよね?」

「残念ながら……」

 

 言いつつ、刀の握りがきつくなる。──来る──! 

 

 息が荒くなる。血湧き肉躍る、なんて、ゲームでもないのにそんな性格じゃないけど、熱い血が流れて体が火照っているのは事実だった。

 

 先程とは比べ物にもならない速さの斬撃の嵐、その第一刀が私に迫る。迫る速度はバッティングセンターの球くらい。驚愕に目と口もちょこっと開く。

 

 ──速い。

 ──けど、対応出来ないほどじゃない。

 

 序盤の剣戟を浴びる限り、刃先は良くても刀の腹より柄側に触れてはいけない。逆に言えば、それにさえ注意すれば後はどうでもいい。

 

 右手を振りかぶりつつ、剣閃から横にズレる。勢いよく踏み込んで、自分でもよく分からないくらいの、最高速で掌底を先輩に──。

 

!! 

 

 顎を打った感覚があった。完璧に捉えていた。実際、審判が決着を下したのは仰向けに倒れた先輩の姿を見た後。

 お互いが最高速で、私はその速度の中にあってさらに掌底を打つ速度、腕のバネからもあって。

 有り得ない角度に曲がった首を晒したまま体は仰向けに倒れた渋谷ハジメ先輩は、担架に運ばれていった。

 

 ──あっけないな

 ──先輩、弱すぎる。

 

 …………実際の手応えからも分かる、初めてニンゲンを殺した感じ。

 骨を砕く感触、生気が抜け落ちるのを肌で感じた。

 

 こういう時、ゲームだとシナリオシーンでもどしてしまうのがお約束だ。印象的で、気持ちの切り替えがしやすい。

 

 ゲームと現実は違うんだなぁ、とぼんやり逃避するように思いながら、自分の手がそのままなのがどうも落ち着かず、御手洗に急ぐ鈴原なのでした。









パイセンいつの間に剣持ってたっていう


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第二試合 鈴原るる対矢車りね

二連続投稿二話目


 女神様から再三に渡って説明されようとも、私の心は晴れなかった。あの時はアドレナリンだとかなんだとかで気が興奮していたけど、私は確かにこの手で……。

 その実感は抜けようもない。

 ゲームをして落ち着けようと思っても、上手くいかない。片手間に倒せていた敵に苦戦している。綺麗なはずなのに濡れている気がする手はいつの間にか震える。

 何よりも嫌なのは──あの、戦いの匂いに充満した場所で、また同じことが起こることだ。それは他の選手たちもそうだし、私もそうだ。それぞれの心持ちは違うけれど、私に限って、戦いに盲目的な崇拝を置いているのが我慢ならない。

 普通の美大生鈴原るるはどこかに行って、ここにいるのは今や私、次の戦いに、次の興奮へと怯える私だ。

 次の相手をトーナメント表で確認、鈴谷アキ──と、書かれている。次は恐らくだけど、ジャンケン。勝つ。

 

 ──

 

 勝った。

 相手の最初は《グー》がジャンケン《ポン》に変わるまでの手の動きを見てから、手を変える。相手の手の動きに合わせて手を振りつつ、最速の後出し。

 ただそれを3回繰り返しただけで勝てた。私は更なる戦いへと進み、且つ一人を救えた。それは純粋に良かった、けど……。

 

 私はトーナメント表をもう一度見る。矢車りね、とある。さすがに190mは難しそうだ、と思えば、今までの戦いで消耗して小さくなったらしい。とはいえ、気は抜けない。

 ちら、と控え室の中横を見てみる。そこには皮の防具含め、色々あった。鋸、鉈、ナイフ、刀、拳銃…………。

 自分に馴染みのあるゲーム風衣装と武器を用意してみたはいいものの、使う気にもなれなかったもの。渋谷先輩と戦って勝った後にはもう使わない方がいいんじゃないかと思い始めた。

 勿論、徒手空拳で勝てるとは思っていなく、それならそれでいい気がする。ゲームが好きなのと、戦いは別。同じにしてしまえば更にまた何かしらが悪く作用する気がして。

 

『続いて! 

 お待ちかね! 

 こんるるーの時間だゼ!』

 

 マスコットキャラクターの声が響く。そろそろ時間みたいだ。

 鋸の刃先に触れ、少しだけ押し込むと指をペロリと舐める。

 

『……殺人的な速度で動く手足はそれ自体凶器! 徒手空拳? いいや、ナイフが四本だ! 貫手と掌底はもはや弾丸! 漫画のようになりたきゃ来な! 間違いなく、Aブロック最強候補──鈴原るる!』

 

 大仰な煽りで会場は沸きに沸いている。

 声はビリビリと煩わしく私の鼓膜を揺らす。

 自身の指に何の味もしないのを、鋸の刃先が一箇所潰れたのを見て、私は歩き出す。Aブロック、準決勝──。最悪、この試合を入れて三試合で終わり。そうすれば、ゲームの続きをしよう。

 

 

 

 

 

 本人にしか見えない時計は何度も止まり、動き、矢車自体をほんの少しだけの未来におくる。この方法により、開始から十分、止まらない鈴原るるの猛攻から矢車は逃れていた。

 

(ウソ……ドンドン速くなってる!?)

 

 一撃毎に、一秒毎に速度を上げていく鈴原るるの止まらない攻撃の間に、矢車りねの攻撃が入る隙間はなかった。鈴原るるは渋谷ハジメを下し、間で戦いの心得を多少なりとも得たが、矢車りねはそうではないのもそれに拍車をかけた。

 

 何せ、矢車は自分の時空を歪めなければ鈴原るるの攻撃を《見る》事さえできない。巨大化パワーなき今、頼みの綱の時空能力も、鈴原るるの一挙手一投足を見つめるのと攻撃を《外す》ことで精一杯。

 そして、矢車りねは戦いの中で成長できるタイプではない。ここで大きく差が出た。

 

「なんで当たらないの!?」

 

 驚きに顔を歪めつつも鈴原の手足は止まらない。小足、上段回し蹴り、トウ・キック、膝蹴り、後ろ回し蹴り、組み付き、掌底、貫手、手刀、そして拳。その瞬間、鈴原るるの体と接触している部分だけがほんの少し未来に飛んでいるために、当たらず、鈴原るるは攻撃を続ける。

 

(この子、いつまで攻撃が続くの!?)

 

 傍から見れば、何がなんだか、分からない、台風。鈴原るるのカーディガンの色だけが特徴的に見える、ピンク色のボヤけた球。

 

 当たっているのに当たっていない。蜃気楼のように、視覚と感覚の伴わない現象に、しかして鈴原るるは冷静だった。

 

 

 ────

 

 やっぱり! と、私鈴原るるは確信を持っていた。

 一瞬気配が弱まるるけど、ちょっとのラグの後元に戻る。なら……。

 

 相手のが避けた訳じゃなくて確実に当たっているのに、何故か当たっていない。よく分からない現象は面白くて、おかしくて、私を興奮させるには十分だったのです。

 

 ──凄い、凄い! なんで当たらないんですか!? どういうタネが──? 

 

 ──それは教えられないね

 

 向こうは防戦? 一方だからとラッシュを叩き込みながら、1ミリ足りとも伝わらない手応えに喜んで、悩んで、わからなくて、それがまた楽しくて。

 

 顎を狙った掌底は当たったはずなのに、何故か手応えなく相手の顎に埋まる。まるでプロジェクターみたいだけど、実際にそうらしい。

 

 ゲーマーの性なのかなんなのか、そういった状態に陥った時無意識に、コマンド入力を少し遅らせる・早める癖がある。重度のゲーマーである私もそうで、なんでかな、と考えつつも体は自然、ラグ対応の動きだった。

 

 ──! 

 

 少しだけ遅らせて同じ位置に《置いた》貫手に、何かしらの感触を得て、咄嗟に掴んだまま、急停止。不格好なまま時間が止まったように1秒すぎる。

 

 鈴原、掴んだ……。

 

 引き戻し、ゆっくりと指を開くと、手の中には小さな切れ端。紫色。矢車菊。確かに、彼女の髪飾りの一つに、切れ端がピッタリだ。

 

 追いついた。今の感覚。

 私は本当はどうすればいいのかよく分からないけど、感覚だった。何となく、やってみたら出来た。

 なら、次は何となくじゃない。絶対に出来るはず。

 

 自分と全力で距離を取っていた対戦相手との距離を一息にも満たない踏み込みで詰め、切るような鋭さで蹴りを放つ。例の如く当たらない。けど、それは元から分かっている。要は素振りと同じ! 

 最初は拳を作る。回し蹴り続いて手刀、穿つようなトウ・キック、貫手……

 

 一瞬でトップスピードにまで加速した私は、ドンドン速度、というか回転数を上げながら相手をしっかり観察する。

 

 何もしていなかった。いや、できていない。ただ、何らかの能力を任意に発動してるのでこちらの攻撃を認識はしているらしいけど……。

 体が追いついてないのかな。

 

 ともかく、私がやることは、さっきと同じ感覚で打ち込むこと。

 

 ──。

 

 また当たった。今度はかする程度だけれども、蹴りの速度的に火傷くらいはしたはず。

 

 暫くそうやって、追い詰める。

 

 当たるようになる。クリーンヒットとは言えず、血が出る程度。少しミスかな。タイミング絶対分かってたのに、フェイントに思わず反応した。一瞬、判断が遅れた。

 良く当たる。ガボッ、と音がして肉が削れる。いい感じ、と自分でも思うのは、吹き出す血のせいか、それとも、この戦いが予想外だから? 

 

 よく分からないままに、気分はどんどん突き上げられて、そしてよく分からないままに戦況はどんどん変わる。

 

 抉ったのは肘より少し上の肉だったらしく、驚気に満ちた顔を見つつ、首を狙った残酷な手刀は、直前でラグに対応するように柔らかく開く。

 

 首根っこを掴む。引っ倒す。トドメに顔に掌を食らわせる直前、迷う。

 

 いいんだろうか。やっても。

 

 どう考えても、相手に武術の心得なんてないのは明らかで、能力で勝ち進んできただけに思えて、つまりそれは、この大会を、大して重く捉えてないように思え、それは戦いの中の表情から明らかだ。

 

 とはいえ。

 

 

 戦いの中。昂る中。歓喜と悦楽の中。

 麻痺した脳は、振り下ろす右手を止められない。

 

 ──

 

 プレス機にかけられた()()は、会場中にその中身をぶちまけた



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第三試合 Aブロック決勝 鈴原るる対エクス・アルビオ

「続いてはAブロック決勝戦! 

 狂気の生物兵器鈴原るる、対! 復讐を終えた英雄、エクスアルビオ────!」

 

 気づけば、ブロック決勝戦の控え室だった。全く記憶はないんだけど、心地よい倦怠感が消えて、代わりに次の試合への期待へ胸をふくらませていることが時間の経過を私に知らせる。

 マスコットキャラクターの紹介に呼ばれて、舞台を歩き出ながら、私の胸中は、全く空白だった。また、戦いになる。よく分からないけれど、戦いになるということは、また、私も知らなかった鈴原るるに支配されてしまう。現に、今目の前の対戦相手を見て、ふつふつと、闘志が湧いてるる。

 

 舞台の中心まで歩いて、英雄さんと向き合って立つ。憂鬱で吐きそうだった。

「復讐は終わったんですけど…………まあ、やりますよ、英雄なんて呼ばれてしまったので」

 

 らしいけど、私は全然やる気なんて──、ない、とは言えないけど。よく、分からない。

 戦いなんて、この歳まで出会ったこともなかったから、分からなかったから。今もよく分からない。でも、この試合が始まれば私は確実に流されて、欲求に飲み込まれてしまうことだけは、棄権するなら今ってことは、分かるけど。

 

「試合──」

 

 今だ。

 私が。手を挙げれば、棄権を──。

 

「開始ぃぃ!」

 したくない。

 

 したくない。

 

 したくない。

 

 

 どうせ、すぐ終わるから。相手は鎧を付けていて、それに重そうな大剣だって背負っている。すぐに負けて、終わる。

 だから、ちょっとだけ。

 チラ見だけ。

 

 そんな気持ちだった。

 

 ──ズガン! 

 

 大剣が私より少しだけ軌道を逸らして振るわれる。遅れて風が横切る。髪が靡くのを抑えながら振り向いた。

 剣は地面にめり込み、クレーターを作っている。二メートルくらい私と距離を空けて、柄を抱え込む形で、しゃがんだ体勢で、英雄さんもこちらを振り返っている。

 

「次は当てる気で行きますから、棄権していただけると」

 

 反応ができなかったわけじゃない。逸れるのは知っていたから。

 でも、完璧に対応はできなかったと思う。同じ速度でついていけたかと言われると、難しい。

 

 だからこそだと思う。

 今、私の目、口、毛穴、耳。全部が全開になって、そこから、歓喜と狂気と、闘気を取り込んでいる。

 

 当然、棄権はなかった。

 回転によって距離を詰め、同時に回し蹴りをする。パチン、と音がする。受け止めた英雄さんの左手を回転力と足の力でそのまま押し切って、手が離れると、向き直って構えた。油断はできない。

 

 英雄さんの大剣の切っ先がキラリ、光る。受け切れないと思って、剣の横っ腹をアッパーではね上げ、一気に踏み込む。

 英雄が下がるのをキックで妨害しながら、左手を揃えて突き出す。首の動きで躱される。

 。

 致命的な隙を見つける。撃ち合いで勢いを付けた本命の右を、私ですらもよく分からない速度で打ち出す。

 早く。速く、はやく

 風を切るような、音速を超えた──確実に──、手指での全力の突きは、恐らく英雄さんにすら完全に捉えることは出来ない。

 

!! 

 

 一筋縄ではいかない。英雄の名前は伊達じゃないみたいで、私の現段階の最大威力の攻撃は、頭突き一発で退けられる。

 お互い、距離を取った。

 と、言うか、衝突の激が強すぎて取らざるおえなかった。双方足は地についていたのに、流せないくらいの衝撃があったんだ。

 

 何せ、私が今まで出したことの無い全力の突きだったから、他ならぬ私自身、体が全力の攻撃に慣れていなかった。ので、距離は私の方が大きく取っている。今まで披露したことの無い、私自身どこまで出せるか把握していなかった全力の貫手。全身全霊の攻撃を持ってして突けなかった。やっぱり《英雄》はレベルが違うんだなぁ、なんて考えつつ、未だ右手に残る発火するような熱をひらひらと振って冷まそうとしてみる。喜ばしいことに、私はここで敗退みたいだ。残念ながら。……でも、最低限傷跡は残せた。

 

 私は目の前──試合開始前より大分距離の空いた位置に立つ英雄さんを見た。巻きあがった砂埃によって鎧は少し汚れているが、その他目立つ傷跡はない。手型すら残ってない、さながら新品のもの。でも。

 視線を上にあげる。防具を付けていない、私の指を先程正面から受けた額は、その限りではなかった。私の中指の先の形に、弾丸が当たったみたいな跡を残して、軽く抉られていた。そこらで転んだような、放っておけばいいような傷ではあるけど、決して無視できるものじゃない。額、という場所である。

 

 勝てない相手は、初めてだった。

 

 同時に、そんな明らかな格下に一本取られたのがショックなのか、英雄さんは驚いたような声で話しかけてきた。

 

「鈴原るるさん…………危険ですね。一寸(ちょっと)、油断していました」

「…………」

 

 その言葉に私は喋ることもなく、無言で構えることで応えとしておいた。左を前にした半身に、左手を若干前に傾ける。右手は掌の中心が自分の胸の中心に来るようにして。手指は柔らかく開いておく。これはどうでもいいけと、揃えているとかっこ悪い。

 

「これまでの戦いを見て、先輩の《特性》はよくわかりました。なので、早めに終わらせますから」

 

 そう言って、大剣を肩で担ぐように持ち上げる。刃先を後ろに向け、攻撃的な構えだった。奥義だとか、そういった類のもの。

 

「──ひとつ、聞いてもいいですか」

「……なに」

 

 手心なのか、英雄さんは、決着をつける前に少しだけ話をした。勿論、その一方では殺気の応酬が繰り返されている。

 どっちにしろ好機だ、と判断する。無闇に突っ込むようなマネはしない。先程のようなまぐれ当りはない。観察し、分析し、予測する。体重の移動を、踏み出しからのベクトルを、速度・方向・斬撃が置かれる位置を。

 

「あなたは何故戦うんです? 見たところ、戦いが好きそうでもないですよね」

「勝ち上がってきてしまいましたから、負けた人の分くらいは頑張らないと」

「そうではなく」

 

 黒目が左による。右に来ると予想し、体を一切動かさずに重心を左に寄せる。

 

「何故あなたはこの状況で──笑っていられる?」

 

 脳を乱反射する轟音の中で、その言葉は明瞭に聞き取れた。

 

 

 

 

「あは」

 

 目の前の『敵』……女の子は、不敵に笑う。どうやら、まだ何かスイッチを踏んでしまったらしい。勘弁してくださいよ、ほんとに。

 鈴原るる…………先輩。正直、僕の全力の一撃を躱されるとは思わなかった。後からどうにでもなる、と、完全に体を真っ二つにする勢いで斬ったのに。

 

「あはははは、うふふふふ」

「なぜ笑うんですか? 痛いでしょう? 僕は、そう思いますけど」

 

 笑っている。ニンマリと、限界まで口角を上げ、口も大きく開けて笑っている。うふふふ、と。

 

 やりにくいですね。

 戦闘狂、という人種には何度もあったことはある。英雄として呼ばれるようになるまで、そしてその後からの戦いの中で。

 彼女は、自分の中のその欲求に、《性質》に気づいていないようだったから。この現代でそれは当たり前だ。

 その上……。

 

 彼女を見る。そのオーラは、殺気は、試合開始時よりも更に増しているように見える。いや、増している。素人がみても分かるはず。一合撃つ事に強く、早く、重い一撃を。試合は持ち込み自由だが、彼女が素人で助かった。変な武器を持たせようものなら手が付けられなかっただろう。

 

 大きく息をする。

 先程の一撃で左腕が飛んだ。彼女の肘の辺りからは大きく血が吹き出している。いや、同時に……治っている? 普通の目では見えないが、しっかりと血が固まっていくのが見えた。回復力も反則級か。

 

「いえ、すみません。鈴原…………こういうの初めてで」

 

 そりゃそうだろう。実際、戦闘前の彼女は戦闘欲・闘争心に飲まれるのを恐怖すらしていた。今はもう、どうなのか分からないが。

 

「左腕が無いって、こんな感じなんですね。バランスが少し違いますね…………。くっつかない! 凄い!」

 

()()は、切り落とされた左腕をくっつけようとぐりぐりと傷口に押し付ける。本当にくっついてしまいそうで怖いが、しかしそれが彼女の強さの根源だろう。

 このような手合いとは何度か戦ったことはあるが、正直、今のタイミングであうのは……。

 

 くっつかないならもういいや、と、彼女は大袈裟に、そしてなんでもない風に、その左腕を後ろに放る。アンダースロー。

 

 まぁ、いい。左腕、つまり彼女の攻め手の、四分の一はなくなった。つまり、さっきより四分の一だけ、また攻められる。今度は首を狙う。いや、足でもいいかもしれない。最悪達磨にしてでも、彼女をここで英雄として止める。それがこの世界を救う方法。もはやこの世界、救おうとも思わないが、やはりそうしてしまうのは英雄として生きてきた癖だ。

 

 とにかく、短期決戦、あるいは無力化を狙うべきか。また、戦闘技術を見て盗まれても困る。ここで変に守りに入って戦闘が長引けば、彼女はそれだけ強くなって、もう誰も止められなくなる。

 

 殺す気でいかないと。

 

「えっと……お名前、聞いてよろしいですか?」

「エクス・アルビオ」

 

 今から、先輩を殺す男の名前。短く答え、剣を構える。油断はできない。先程の一撃、左腕を狙ってはいないからだ。

 

 先輩も油断なく構える。懐に隠した手刀はどの刀よりも斬れ味が良く、どんな鉱石よりも硬い。足の爪先だって刺すように蹴られれば地面に穴が空くほど。正直、一撃でも貰えば攻めの手は遅れるしまともに打たれればたたらを踏むだろう。

 

 観察する。その動きを。足の筋肉。上半身の筋肉。上下する胸。呼吸。左腕の傷口はもう、塞がっている。

 その必要もないくらいに、彼女はゆっくりと腰を沈め、足のバネを限界まで軋ませて。

 

「鈴原るるです。鈴原…………頑張るる!」

 

 

 

 

 

「あは」

 

 自分が、怖かった。

 斬られる、血が出る、楽しい! なんて言う、生きている実感! なんて表せばいい。勝てない。それが楽しい! 

 それは、学校では、普通の人生ではとても味わえないような──欠けていた心の半分を取り戻したような。

 普通の人間なら死んでいる出血量、傷、ダメージ。それを超えて、今、楽しく踊っている。ランナーズ・ハイってこういう事なのかな。

 

 そんな自分が恐ろしい。

 

「手が一本なくなって、更に強くなる人は初めて見ました」

 

 対戦相手──エクスさんの大きな剣とぶつかり合うのは本当に自分の手だろうか。自分の足だろうか。

 自分は、コケたら痛いし、タンスに指をぶつけて、痛い。泣いたこともあるはず。

 なのに、なんで。

 なんでなんでなんでなんで。

 

「かぁっ!」

「ぐぁっっ……

 えへへ……。さすが英雄さん。とてもお強いんですね」

「何かの皮肉ですか、それ」

 

 左腕に露出した骨で受ける。振動ですら痛い。ブチブチと、何かの切れる音。破れる音。当たり前か。

 距離を一瞬空けるも、ピッタリと追いつかれ、その勢いを利用してカウンターで頭突きを入れる。あは。

 先程の傷が癒えていないみたいで、流石の英雄さんにも隙が生じた。自然治癒ではこっちの勝ち。

 

 隙をついてやりたいのを我慢しつつ、切り傷のついた左の骨を引き抜く。一瞬痛いが、さっきのでだいぶ千切れていたらしかった。

 切り傷が丁度いいグリップになっていた。

 

「…………あなた、本当にお強いです。

 その力で、剣で、私を、止めてくださると嬉しいんですけど」

「そのつもりですが」

 

 ああ、彼は本気? 《先輩》だからって遠慮はない? 鈴原、本気の戦いがしたいです。彼が本気の本気。肉どころか、骨を断たれて骨を断つくらいじゃないと、多分、止まらない。

 

「うふふふふふふふ…………。嬉しいです。とても。

 本気でお願いしますね」

「それも、そのつもりですよ」

 

 またもや上昇した覇気を見て、また一つ、興奮のレベルが上がる。そうこなくっちゃ。同じような剣だと、飽きちゃうし。難易度が下がるのは困るし。

 

 瞬き一つ、気配を感じて右を振るい、剣を弾く。鋭く蹴り、外れて地面に刺さるも、その足で蹴る形でゼロ距離をさらに詰め、再度の頭突きを狙う。これは外れる。

 狙ったように、振り返った位置に突きが来るので手で叩きつけるように剣を捉える。

 

 そのまま足のバネに力を入れてジャンプ。追ってくる剣閃を多少無理な体勢で躱し、右の足で突く。微かに鎧を捉えるが、今の体勢では鎧を抜けず、鋭く《戻る》剣に接触する。

 

「ああっ……!」

 

 体を前と後ろで分けるように血の線が引かれる。何とか空中で寝返りを打ち、剣に右腕を打ち付ける事で逃れる。距離をとって、一度体勢を──。

 

 ──! 

 

 目の前まで迫っていた切っ先を咄嗟に頭突きで受けた。下手に避ければ致命傷だ。額からは勢いよく血が吹き出し、不快な音が聞こえる。金属と骨が擦れる音、肉が剣を圧迫する音。

 

 目を見開いていた。

 

 当たり前だけど、戦場でそれは命取りになる。今度こそ、右手を鞭のようにしならせて剣の腹を叩く。振動は私の頭の中にまで響き渡り、剣に大きく亀裂をいれた。

 

 それらを後ろっ飛びになりながら確認し、追撃のタックルを──。

 

 避けない。相手は左肩のタックル。こちらも左前に前進して避け、すれ違い様に裏拳を入れる。

 これは受けられる。硬い篭手の感触を味わいつつ、右肩を押してタックルを仕掛ける。足払いを避けつつ、曲がった腕をさらに伸ばすように相手を突き飛ばす! 

 

 成功。

 

 距離が開き、私は再び構え直した。息も入れ直す。

 うん。左手がない感覚、バランス、体重移動……右に振られる感じ。

 大体覚えた。

 

 英雄さんは再び大きく剣を振りかぶる。今度は首を落とすつもりだろうか。

 そう簡単にはいかない。

 

 それはもう、一回見た。

 

 斬撃の軌道を思い出して、横っ飛びに避ける。三足で闘技場の床を蹴って、ギリギリで回避する。

 

 音の壁が足の裏を叩くが、これは対して痛くない。何もジェット機って訳じゃない。

 しかし危ないな……。まだギリギリだ。あとちょっと早く回避に入らないと安定はしない。

 

 視界端から驚いた顔で二激目を振りかぶる前動作。

 弾かれたように、しかし即座に回避できるようジグザグに走る。

 

 右、左、右で追いついた。ギリギリ──。

 空中で姿勢を制御しつつドロップ・キックを放つ。英雄が、ニヤリと笑った気がした。

 

 振り下ろされる剣。私は既に懐にいるけども、その衝撃を利用して逃げるつもりだ。

 

「あは」

 

 そうはさせない。

 ギアを一段あげる。

 動きは早くなり、足を伸ばしきると見事に両足とも鎧に突き刺さる。

 

「えへへ」

「しつこいって、自分で思わないですか」

 

 鎧に一瞬でヒビが入る。すぐに砕けるだろうけど、その前に行動すれば問題ない。壊れそうな鎧を足がかりに、体のバネを勢いよく縮めて、過去最速の頭突きを放つ。

 

 ががぁん。

 

 音にすればそんなもの。

 私の額と彼の額が激突した音だった。

 

 私は無理な体勢もあってお互いに勢いが殺され、至近距離から睨み合うだけの状態になる。

 

 ギリギリギリ。

 

 額は赤く赤熱し、彼の額を熱する。彼我の額の傷口から出た血が、蒸発して消えていく気がした。

 

「たぁのしいですね……。

 もうすぐ終わりなんてもったいない」

「ええ、惜しい先輩を亡くすことになるんですからね……!」

「あは! 殺し合い……」

 

 お互いがお互いを殺す気でかかっている。どんな手を使っても……! 

 

 ああ! なんて素晴らしい。

 これぞ殺し合いの醍醐味! 魅力! 

 本気と本気、感情と感情が拳に乗ってぶつかり合う! 

 

「最高……!」

 私はペロリ、舌なめずりをする。

 

 地についていた足を更に踏ん張り、力を込める。こんなのは、膠着とは言わない。私は《まだ上がる》。ギアはどんどん上がる。エンジンはどんどん回る。顔の筋肉を硬直して、額はさらにその硬度をあげた。

 

 ──ズッッ──ン

 

 激しい衝突音とは違い、圧倒的な重さを持った音が鳴り響いたのは、頭突きで相手の体を吹き飛ばした後だった。骨にヒビくらいは入ってて欲しいな。

 好機と見た私は今はない左手で体を庇うように距離を詰める。彼が起き上がったところを、貫手か拳か……いずれにせよ、王手をかけるつもりだった。

 

 もう、彼は強くない。戦いのうち疲れたのか、さっきよりも少し弱い。勝てる。

 

 飛びついて撃ち合った。

 

 強くない、と言ってもさすが英雄、それなりに早いしそれなりに重い攻撃が来る。まともに受ければ、私なんて小娘、動けなくなること間違いなし。腕のアレは、恐ろしく研ぎ澄まされた斬撃だったからこその結果に過ぎない。

 油断はできない。

 

 ──危ない! 

 剣線をギリギリで躱す。首を捻るのがあと少し遅れれば、剣先が突き刺さっていた。余計なことを考えすぎたかな。

 

 そうだ、余計なこと考えた。

 相手が英雄だとか、強いだとか、左手だとか、どうでもいいんだ。

 この戦いは……楽しい。そう、楽しい。

 さっきみたいに、狂気に、己の欲望に飲まれ、ただ無心で戦えばいい。楽しめばいいんだ。そうじゃないとやられるレベルの相手だから、というのは少し言い訳がましい気もするけれど。

 死ぬのはいやだなぁ。

 そう思って、いや、そんなことなど頭にはなく、ただ、今は《楽しいこと》をしていたい。

 

 幼稚園、小学校中学校高校、美大にまで進学して、こんな所で思わずやっと見つけた幸せ。離したくはない。

 

 だから、突く。躱す。蹴る。受け流す。

 いつしか私のギアは上がりに上がって、過去最高の回転速度を更新していた。英雄さんの速さに追いつきつつある。つまり、張り付いているこの状態で、間合いの狭い私の方が有利だったりするのだ。

 それに、あの私の打撃を一点に受けた剣じゃもうろくな撃も放てない。

 

 明確な王手が見えてきた事に私は口角をつり上げた。

 

 

 

 

『な、なんとなんとなんとぉ! なんということでしょう! なんということでしょう! 

 た、倒してしまいました! 完膚なきまでに! ケチのつけようもなく! 

 あの! 英雄、エクス・エルビオ! 降参の手をあげる気力もありません!!! 

 Aブロック、決勝! 勝利したのは! 

 もはや人外のスペックを見せつけた、手に入れた! 鈴原ぁるる!!!!!』

 

 やっちゃった、という感じ。

 戦闘中はぼーっとして、私じゃない私が出てきて、私は手出しができず、ただそれを見守る感じがあった。彼を打ち倒したのは確かに私でも、もう一人の私は、頭の高いところでそれを傍観していた。や、二重人格じゃないけど。

 

 仮にも異世界の英雄に勝っちゃうって私、どうしちゃったんだろう。今回ばかりは、『ホントにただの美大生か?』と私が聞きたいくらいだった。

 さっきの、渋谷先輩とかの戦いは何かの間違いで、エンターテイナとしてのパフォーマンスという展開を期待していたところがあったけど、それも淡い夢だったみたい。

 

 英雄さん。私は直接、彼から名前を聞いて、それで、勝った。

 五体満足なのが不思議なくらいボロボロになった彼は、泣いていた。

 血の涙を流していた。いや、涙の跡に血が流れているのか。

 ともかく、それも分からないくらいにぐしゃぐしゃだ。

 鼻血、鼻水。戦闘中の私が骨をへし折ってやった。

 そんな彼を前にして、私は何も思わない。

 悪いなぁとさえ思わず、あまつさえ高揚感なんて。

 

 やったぞ! やってやった! 

 

 そんな考えだ。後は、まあ、可哀想だな、くらいには思う。ボロボロに負けてしまって。もう二度と彼は生き返れない。心が死んだのだ。

 

「…………勝敗に意味などないです」

 

 まだ喋れるのか、と思った。歓声と野次の中、やけに鮮明に聞こえた声にあまり興味を抱かない。

 顎も砕いとけばよかったのにな、嘆息して、私は自分の異常性を見つめた。

 

「ごめんなさい」

「なにを謝ったんですか」

「あなたと戦いたくなかった。戦ってしまった。勝ってしまった。…………自分を、止められなかったんです。ごめんなさい……」

 

 膝から崩れ落ちていた。気付いたら。

 やめて。私はそんなことがしたいんじゃないのに! 

 

 もう一人の私が叫ぶ。

 

「どうでも良い事です。僕は英雄で、頼まれたから戦った。それだけでもう目的は達成……しました。

 だから、僕は……っ。 英雄としては、役目を果たしました。あなたに届かなかった……。

 なら、もう、終わりです。そこで話は。師匠もおらず、英雄として期待にも答えられない」

「戦った意味はありますよ」

「あなたを満足させたことですか? いえ、あなたは満たされることなどありません。つぎの闘争を前にすれば、すぐに腹が減るでしょう……」

「──」

 

 否定できなかった。だって、こんな、感想戦ですらない会話に意味などないと感じている。

 

「師匠がいない世界に。相手に勝つことが出来ない英雄に。生きる意味を失った男に。剣を折った剣士に。

 鈴原るるさん。あなたは、価値があると思いますか?」

「私は──」

「僕は、《そう》は思いません。

 思えないんですよ」

 

 ああ。一つ。どうしようもなく破綻した私の琴線をくすぐるのは。

 

「──あなたのせいなんですがね」

 

 あの、強かった英雄の身体と心を、ここまで私が叩きのめしたという事実だけ。



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第四試合 総合準決勝 鈴原るる対エリー・コニファー

お久しブリーフ。最近個人サイトを立ち上げたのでそっちともマルチ投稿するつもりです。今回かなり短いかも。戦闘シーンが難しすぎる


バシ――。

 

 握りこんだ拳は、しっかりとその腹を捉えた。

 ドサッと、たたらを踏んでさえ耐え切れない衝撃に《その人》は倒れる。拳の形のアザを中心に背中を折って転げ回る姿は、この上なく無様で。この一撃までにかけた試合時間実に30分を愚弄しているようにすら思える。体中に刻まれた刀傷や火傷も、今となっては一刻も早く治ることを祈るばかりだった。

 楽しい試合だと思っていたのに少しだけ、裏切られた気分だ。

 

 弱かった訳じゃない。

 

 このトーナメントも伊達じゃないらしく、準決勝まで上がってきた彼女は弱くはなかった。だけど強くもなかったし、これまでの試合で隠してきた実力とかもなかった。剣、盾、その他の道具を巧みに使って戦う彼女は、戦闘技術――それもイヤに()()を想定された動き――自体はとても高い。恐らく、この大会で一番に。だけど、それと同じくらい彼女自身が弱い。恐らく、あの人より――誰だったかな、緑色の髪の……。とにかく、私が一回戦で戦った人よりちょっと強いくらいでしかないはずだ。これ以上ないくらいに研ぎ澄まされた動体視力と判断力、剣術盾術が準決勝まで導いた。

 だけど、その盾も準々決勝――前の試合で壊れて、無理矢理修復したものじゃ、やっぱり勝手が違ったみたいで。戦法はヒット・アンド・アウェイ。意外と広いステージを駆け回りながら爆弾やら弓矢やら……。時折盾を構えて突進してきたり。そんな感じで、開始十分。盾が割れたと思うと、今度は本当に遠距離戦法に切り替えたようだった。

 

「鈴原、時間稼ぎにしか思えません。

――あなたも、そう思いますよね?」

「それはどう……ですかねっ!」

 

 今も言葉と共に投げかけられた火矢を拳の余波で消し、足で蹴り飛ばす。目下、何回の余波で火を消せるのかが私の遊びだった。

 

「およよよよよ…………やっぱり、普通のやり方じゃ難しいみたいですね」

「ということは……何か隠し球があるんですね?待ってました!鈴原、それを待ってた!」

「いえ? ありません。そもそも勝機など全く。手品は今まで見せたのがすべてですよ」

「えー……。じゃあ、これで終わりってことですか」

「そうなってしまいますね。最後の一撃というやつで」

 

 ジュッという音を立てた矢を半ばから折る。飛んでいる途中の矢は結構怖い。向こうの弓はそんなの大きくないからこそできる芸当だ。もうちょっと大きめなら捕らえきれなかったはず。

 弓矢にはちょっとギアのあがってない状態では困ったけど、ここまでかな。

 

 と、おもうと。

 

 

「――ッ!!!」

 

 チリチリ、と耳をくすぐる音。

 

 危なかった。咄嗟に顔をそらさなかったら……だ。背筋に冷たいものが走る。まさか弓矢より速いとは思わない。

 

「火なんて出せるんですね」

「このやり方、あまり好きではなくて」

 

 ――『手品は今まで見せたものがすべて』。なるほど、今追った矢を拾ってみてみると、確かに矢が燃えていたはずなのに燃えるものがない。これも能力だろうか。彼女もこのトーナメントを勝ち抜いてきていたという事。Aグループの決勝は危なかった。それと同じくらいの激闘があったのだろう。

 今の火球は危なかった。本当に焼かれるところだった。ギアが上がってない状態から出せる速さではギリギリ反応できないくらいだ。ほぼまぐれ避けみたいなもの。髪の一部、服の一部が焼け落ちている。矢よりもはやい速度で飛んだ来たのにこの温度。当たったらひとたまりもない。

 

「どうしようかな、――と。わ、わ、危ない……!」

 

 

 

 

 鈴原るるに無数の火球を放ちながら、エリー・コニファーは内心焦っていた。

 何せここまで勝ち上がってきた戦法が通じない。

 エリー・コニファーは剣と弓を中心にした戦いで勝ち上がってきた。盾ではじき、剣で斬り、火矢を放ち、爆弾なんかも使った誰にでも対応できる器用な戦いこそ彼女の本領である。普通ならそれだけ使えば器用貧乏にもなるが、彼女はそれらをすべて高水準に使いこなし遂には鬼退治まで達成することになる。ギリギリまで敵の攻撃を待ち、絶妙な加減で盾を翻し攻撃そのものをはじき返すなんて芸当はもちろん彼女以外にできないし、相手のわずかなスキを抜群でとらえ、自身の限界すらも超えた連続攻撃を浴びせる反射神経には脱帽するほかないだろう。威力抜群の爆弾、遠距離用の弓矢など、彼女の強さはその戦闘技術の高さだけではない。多彩な道具を使いこなす判断力、どんな相手にも即座に戦い方を組み立てるカバー力。その能力はどれをとっても一級品。極めつけはその炎にある。炎は単に燃やすだけではない。吸血鬼も鬼もエルフも、生きるのに酸素を必要とする。鬼の肌すら焼き焦がす炎を浴び、生きていられる者はいない。確かに、腕力はない。スピードはない。空は飛べない。エリーはただの妖精に過ぎない。が、その素の弱さを補って余りあるそれら要素すべてが彼女の強さを保証していたし、現に人外ひしめくトーナメントを勝ち抜いてきた。ただの妖精でメイドに過ぎない彼女だが――間違いなく、本大会優勝候補だ。

 戦況はエリーに味方しつつあった。鈴原るるの特性をエリーは見抜いていたのだ。それは彼女の隠れた欲求。現代においては縁もなく、抑圧され、生まれてから一度も表に出ることがなかった狂気について、正確な分析ができていたのだ。

 第二の人格とも言えなくもない程度には大きくなっているその存在は戦闘の中にしか生まれない。その性質を逆手に取り、あえてヒット・アンド・アウェイを選択したのだ。今まで鈴原が繰り広げてきた血で血を洗う闘争とは少し毛色の違う戦況を作ることで、主人格たる彼女が第二の人格にギリギリで抵抗するような状態に陥れた。そこへ突然の全力攻撃を叩き込むことで人格がせめぎ合う鈴原を一方的に攻撃する。

 エリーの立てた作戦はうまくいき、鈴原をうまく封じ込めることが今のところできている。むしろ、彼女にはこの作戦しかないのだが。鈴原が『血の欲』に負けた時点で彼女も必然負ける。『欲』をいかに回避しつつ戦うかというのを、エリーは常に考えていた。

 

 そして今だが。

 鈴原は炎に包まれ、エリーはしっかり立っている。

 エリーは自分の勝ちを悟った。

 

 

「降参は、してくれそうにないですよね」

 

 

 

 

「――まだいけますよ、鈴原」

 

 エリーの目が見開かれる。

 完全に火だるまとなった鈴原るるが、なんと炎の中から声を上げたからだ。燃え盛る音でヒトの声など届かぬはずだが、嫌に大きく響く。その声に含まれた怪しい響きにいち早く気付いたエリーは大きく後ろに飛び退って、狙いも定めずがむしゃらに矢を放つ。奇跡か必然か、まっすぐに飛んでいく三つの矢。燃えている《モノ》は間一髪で身を捻って避けたのだろう、炎の中を矢が通過していく。

 

 燃えながら突撃してくる《それ》にエリーは冷静に対処しようとした。

――炎を地面にはなって反作用で後退しようとするが、目の前で急に回転した《それ》の風圧で炎は消える。

――地面を蹴ろうとして、回転からの急停止をした《それ》に足を踏み抜かれる。

――爆弾による爆風を利用しようとするも、懐から取り出したはずの爆弾はいつの間にか遥かかなた、闘技場の端の方で爆発した。

 

 ただの妖精たるエリーが、その反射神経だけでここまで反応できただけでも大健闘だろう。

 

 回転の余波で身を焦がす炎をすべて消し去った鈴原は、何の躊躇もなしに、その胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 総合決勝の控室は荒れていた。

 戦いなんてしたくない自分と、戦いたい自分。

 そんなゲームのシナリオみたいな状況が、まさか自分に降りかかるとは思わない。

 

――認めたくない。あんな自分。

 

 それでも確かに覚えている。『欲』に飲まれた自分、殺した人達。貫いた肉の感触、最後の言葉――。

 あれは『私』ではない。『鈴原るる』じゃない。否定したい感情とどうにも忘れられない実感が心の中で争い合う。

 

「もう、やだ……」

 

 この大会でほとんどのライバーが死んだ。その中で鈴原自身の手にかけたのは何人?

 渋谷ハジメ、矢車りね、エクス・アルビオ、そしてエリー・コニファー。対戦して、降参を選ばせるという選択肢もあるのにあろうことか自分は例外なくみんな命を奪っている。

 本気で命を奪い合わないと意味がない。その考え方は自分の考えじゃない。

 

 鈴原るるはただの美大生だ。それ以外のものはない。なのになぜ。

 普通の大学生は戦いとかそういうのに縁がないはずだ。どころか、ヒトと戦いたいなんておもわない。

 

 これがVRゲームで、大規模な動画企画ならよかった。実際には、あの生々しい肉の感覚は。

 

「……誰か、鈴原を助けて」

 

 一つ、戦いが終わる。悲しむ暇もなく次の戦いが始まる。鈴原はまた、鈴原ではなくなる。

 

――限界だった。多くのヒトを失った時、それが自分の手によって、明確な意思をもってこの手にかけた自覚。

 

 もう、限界だ。あまりにも罪が多すぎて鈴原の心では受け止めきれない。きっと決勝でも我を忘れて暴走する。今度こそ、今までとは比較にならない『大きな波』に飲まれてしまう。そうなればもうだれにも止められない自覚があった。あの、決勝ステージに立てば。

 

 決勝でこの衝動を抑えることができればいい。鈴原は多分やられてしまうけど、それよりももっと嫌なのは自分がまたヒトを殺めてしまう事。

 自分が自分でなくなってしまう事。もう、内からくる衝動に負けるのはいやだ。仲間がやられるのをただ見ているだけなんて我慢できない。

 

……ほら、また醜い欲求が首をもたげた。

 渇きがやってくる。次の獲物を求めている。そういうキャラではないのに。

 早くだれかと戦いたい。誰かに殴られたい、殴りたい。誰かを愛したい。

 向こうの準決勝はまだだろうか。確かアンジュ・カトリーナさんと樋口楓さん。アンジュさんは錬金術を使った派手なバトルが特徴で、見ていて楽しかった。錬金術で環境の変わるステージの中で飛び回りながら戦うことになるだろう。また新鮮な戦い方を学べるはず。

 樋口楓さんはどちらかというと地味な戦い方をする。このトーナメントの初戦でこそそこまで強くなかったけど、戦いの中で成長して今やとんだもない強さだ。スピードはないけど、四肢の届く範囲の速さならエクスさんより速い。肉弾戦になった時、無類の強さを発揮する。どちらかといえば、楽しみなのは樋口さんの方。

 

 嫌でも分からせられる。これは二重人格でもなんでもない自分なんだと。今まで気づくことのなかった、自分の中の確かな欲求。知らなかった自分のコト。

 飲まれてはいけない。鈴原は、鈴原のままでいたいから。

 

 でも、という気持ちもある。

 鈴原的には『あの』自分は抑えておくに越したことはないけれど、どちらにせよ、こんなトーナメントが始まった時点でわたしたちは――。

 結局救いがないなら、少しくらい自分の欲に甘えてもいいんじゃないかな……?

 

――それはダメ‼

 

 いけない、また()()()かけていた。強い()()に流されて我を失いかけてた。

 今回のトーナメントで、鈴原の敵は自分の欲求だという事を忘れてはいけない。

 でももう、グツグツと沸騰する脳は止められない。衝動が抑えきれない。戦いなんて知らなかった鈴原はあまりにも無力で、いてもただ心を痛めるだけ。

 

 鈴原は――。



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総合準決勝 樋口楓対アンジュ・カトリーナ

鈴原るる、狂(エロ)い


 この大会、何か引っかかりがある。アンジュ・カトリーナはイチ錬金術師として、そう分析している──。

 

「なんやしぶといなあアンジュぅ」

「そりゃあ、()()()()るんで。中途半端には負けられないでしょ」

「は。ええ答えやな。何を背負っとるんか知らんけど……」

 

 ドン!! 

 

 振りかぶった樋口の拳はアンジュの拳と正面からぶつかり合い、その鈍い音は衝撃波を伴ってステージを駆け抜ける。

 ただの拳ではなかった。ただの錬金術師であるアンジュが樋口楓とぶつかりあえる理由。アンジュの腕は半ばより岩石を纏い、本来の腕の数倍の大きさを持っていた。所々に光る色の混じるその腕は、今大会で間違いなく上達した錬金術のもの。

 

「勝つんはウチやからな」

「あの子を放置するわけにはいかないんですよね……」

「もう次の相手のこと考えとんのかあ、余裕やなあ」

 

 錬金術によって次々に拳を作り出すも、躱され、また正面から打ち砕かれ、時折その鼻先に届く拳もお構いなしに樋口は突っ込んでくる。アンジュとてトーナメントを勝ち抜き、確かな力を持ってはいるが、その錬金術の腕はやはり未だ”完全”とは言い難い。また、この試合にはもともとアンジュは乗り気ではなかったこともあり、戦況はアンジュの劣勢だった。

 トーナメントをアンジュが勝ち進んだのは実力がすぐれていたからでは決してない。いくつかの運の重なりと、彼女自身の()()()だ。親友との戦いを経てなにものにも代えがたい精神を身に着けた。その経験はほかのどの参加者をも撥ね退け、打ち砕く牙となる。大いなる覚悟は彼女に力をあたえ、そして”ここ”まで導いた。

 優勝すれば、”どんな願い事でも一つだけ、実現できる”。アンジュはその商品を使って、このトーナメントで亡くなった人を生き返らせる。トーナメント参加者の想いは同じだろうが、やはりアンジュは自分が優勝するんだと思う。彼女がこのトーナメントで達成すべき目標は、優勝することを第一に、もう一つあった。()()()()()を優勝()()()()こと。

 それはトーナメントの最中、とある笑い話を聞いたことに端を発する。

 ──鈴原るるは、このままだと()()なくなる。

 未来人から聞いた100%の助言は、それを聞かなくとも冷静に全試合を観察していたアンジュはわかっていた。戦闘時に現れる彼女の性格。《それ》とうまく折り合いをつけなければ、このトーナメントの中で暴走した彼女の性格(うちがわ)はやがて自分自身をも呑み込む。その結果は……あえて聞かなかった。そこから先は真実にはならないから。アタシが──アンジュ・カトリーナがそれを変えるからだ。……なんて、かっこつけでもあるが、どうせやらなければならないことだ。かっこつけられるだけかっこつけていきたい。

 そのためにも、まずは目の前の戦いに勝利しなければいけないんだけど。眼前の対戦相手──樋口楓、先輩の前に『大』を三つほどつけたいくらいのレジェンド的存在──の言葉通り、余計なことを考えている暇はない。集中しなければ。

 

 瞬きもする暇なく繰り出される拳。迫りくるいくつもの拳を冷静に、土塊から生成した拳で相殺していく。もはや自分の動体視力では追い付いていない錬成速度。残像がくっきりと見えていることからそれは明らかで、しかし実際にアンジュは対応できている。なぜか。考える暇もなく次の拳、蹴り、油断していれば頭突きすら飛んでくる。それらすべてを錬金術でさばいていく。手元に転がした一つの石からいくつも石柱を伸ばし、拳を、蹴りを受け止める。頭突きは地面を針のように伸ばしてけん制。自分の知覚速度も超えた超速度の錬成。

 

 ──! 

 

 背後をとられる。振り向きつつ、右足で砂嵐を展開。今のアンジュなら極簡単な錬成なら利き足からも操作できる。舞い上がった砂を固めて手に集め、大振りの蹴りを受け止める。即興だが、これで案外錬成速度は上がる。足も使って錬成の一段階を済ませることで、両手での錬成とは手間が段違いだ。今見せたように、足元にある地面などの素材を一瞬で手元に寄せることで立ったまま地面の錬成ができる点もよいところである。砂嵐なんかで地面を供給すれば地に足をつけている限りではあるがノータイムの錬成すら可能だ。試合中ふとしたきっかけでできるようになったこの技は、習得した時点でこそ相手の意表を突くことができたので有効だったが、一発屋で終わらせない為には練度が必要で、この試合が始まる前にやっと形になったもの。メリットは高速での錬成、そして錬成が一部任せられることによって片手がフリーになることだ。デメリットは極々簡単な錬成しかできないことと、若干疲れやすいこと、集中力を使うことなのでフリーになった手でさえ普段通りの複雑なことはできない。この複雑なことができなくなるというのが厄介で、錬金術において”基点”というのは莫大なメリットであるけど、左手一本だけでもそれと釣り合うくらいのデメリットになりうる。

 例えば、錬成された拳はその形を成さなく、内部にも密に詰まっているかといえばそうでなく。要は出来が悪い。当然、蹴り砕かれ、左手をも巻き込んで振りぬかれた右足がアタシの体を宙に浮かせる。肩の骨が悲鳴を上げる。クリーンヒットでなくとも、加えて錬金術での減衰もあってなおこの威力。もしマトモに受ければ、もやしみたいなアタシの体のコト、とんでもないことになるだろう。

 さて、と。数歩後退させられ、崩れていた体勢をもとに戻す。後ろに引いた右手を握りしめる。一瞬、たとえ少しばかりの不利があっても、一瞬あればワンランク上の錬成が準備できる。それをどう察知したのか、追撃はない。ここで距離を詰めようとは思わない。にらみ合いになった時、強いのはこちらだ。

 

 ……。

 

 一瞬。錬金術にもどちらかの手が一瞬開けば有利をとれるが、無手でもそうらしい。そしてそれどうし牽制し合って膠着状態が生まれれば、それは長く続くだろう。

 

 少し、距離を開ける。アタシの間合いを考えれば少し距離が欲しい。警戒しながら後ずさりをする。

 詰めてはこない。

 

 にらみ合いは、しばらく続きそうだ。

 

 

 ♦

 

「──何か、()()()があるんですよねぇ」

 

 

 

 大会ステージ裏会館。敗退者の中でも生存者のみに与えられた小さな小部屋──本人は捜査本部と主張している──で、シェリン・バーガンディはソファに深く沈み込む。ズズ、と啜るコーヒーの味は甘い。ソーサーに戻したカップの中身は、モニタに映し出される試合模様のように渦を巻いていた。カチ、カチと壁時計の音だけが流れる。

 品の良い装飾のなされたローテーブルに並べられた《証拠品》。それらを手に取って弄ぶ。未来世界の工学銃、《賢者の石》との疑いのある一見ただの石、壊れた懐中時計、ダイヤモンドのスコップなど。これらは大会敗退者の残したものだったり、試合後舞台に残っていたものだ。証拠品だ、と思って考える前に回収していたが、今思えば何の証拠品かはよく分からない。何かつながりがあるような気はするが、考えてもよく分からないものでようするにはただのコレクション。

 

「違和感、ねぇ」

 

 入口の小さな木製ドアにもたれかかって聞いてくるのは月ノ美兎、先輩。もはや説明不要の偉人というか、この人の後輩だという事が一種の誇りにすら思えるが、今回に限っては助手(ワトソン)という立場だった。彼女自身がそう持ち掛けてきたのだ。この大会に潜む違和感、なかったことにされたことの正体を、彼女も探っているのだ。協力すれば早く終わる。証拠品集めの途中、そう持ち掛けられれば断る理由なんてない。まあ、問題は何一つとして解決はしていないが。これからだ。

 

「ううん、わたくしも少し考えてみたんですけど……どうにも分からないんですよね」

「そうですよね! 何か分からないことがあるのは分かっているんですが、いまいちつかみきれないというか……」

 

 違和感の正体は依然として分からない。喉のあたりまで出かかっている感覚はあるんだけど。遅々として進まない捜査とは裏腹に、砂時計の中の砂はサラサラ落ちていく。こんな無駄な時間を過ごしている間にも、絶望の未来は迫っているというのに。別に誰に何を頼まれたわけではないが、これはまさしく探偵の仕事。わたくしがやらねば誰がやる。あ、委員長がいるか。

 

「そもそもの話なんですけど……。ちょっとごめんなさい」

 

 コツコツ、靴音を鳴らして正面のソファに座った委員長は、唐突に話し出した、かと思うと、言いよどみ、突然口元を抑えて体をゆすり笑い出す。おかしくてたまらないといった様子で、本気で笑っている時にこういった笑い方を無意識にする人は往々にして秘密主義で、隠し事のある人だ。まあ、この人に重大な隠し事があるとは思いませんがね。

 

「いえ、分かってしまったかもしれません。──この大会の、真実ってやつがねぇ」

 

 先ほどまで自信なさげに考え込んで腕組みをしていた委員長はその腕を解き、少しだけもったいぶって、そう言った。

 

 ♦

 

 突如割り込んできた謎の飛行物体が巻き起こした砂ぼこりによって戦況は大きく変わっていた。

 右手に砂を凝集し視界を確保する。濃い砂ぼこりが渦を巻いて右手に吸い込まれていき、だんだん視界が晴れてくる。果たしてそこには予想通りの人影がみえた。

 ──ここで乱入ってマジか、やっぱ未来が変わってんのかもな。

 

 瞳の中は虚ろに、ギョロギョロと首の向きとは無関係に周りを見渡していてちょっと怖い。「やっぱり、足、しびれますね」なんてしびれる程度の高度ではないが、()()にとってはそうなのだろうか。およそ人体ではありえない耐久度。昆虫のような図太さで、鈴原るるは平気で立ち上がる。

 鈴原るる。彼女は本当に自分の知る彼女なのか? いまだ人間であるのか? わからない。自分の知る鈴原るるは戦いとは縁のない人物のはずであるが、実際は今こうして舞台に立っている。

 

「こんるる……や、ちょっと違うね。こういう時なんていえばいいんだと思います?」

「なんや、るるちゃん。相手してくれるんかいな。……ちょうど、アンジュじゃつまらんな思っとったとこや」

「ほぼ互角だと思っていたんですけど」

 

 手を抜かれているふうではなかったが。

 ようやく足の痺れが取れたらしい鈴原るるは、手の指を合わせていじいじと乙女のような仕草で躊躇いながら言う。

 

「…………その、恥ずかしいんですけれど。

 待ちくたびれてしまって。乱入とかしたら面白いかなって」

「うちらのコトバカにしとるんか?」

「……そ、んなつもりは。ないんですけどね」

 

 できる。そう思った。この状況で二対一に戦ったとして、彼女は勝つだろう。それを理解しているからこそ先輩もしかけない。そんな空気など知らない風にふるまう彼女は、やはりそんなところが自分の知る彼女だ。

 実際のところ、彼女についてはどうなっているのだろうか。この大会では自分を含む多くの人間が参加し、常人にはありえない優秀な成績を残しているが。それらと比べてもなお彼女の『それ』は人間そのものの枠を超えているようにしか思えない、明らかにおかしなスピード、人外のそれと比べても後れを取らないパワー、時折刃物にも変わる四肢……。そしてなにより異常なのは、たった一秒、一瞬ごとに、すべての要素が成長し続ける彼女の体そのものだ。硬くなる拳、速くなる突き、鋭さを増す蹴りと磨かれ続ける戦闘センス。今や大会が始まる前の鈴原るるなどどこにもいない。流動し続ける彼女の体は、端から見てとても……変に見える。コミックにも出てくるような超越的な身体能力はそれがフィクションだからこそ楽しめるものだ。現実に持ち込まれてもただただ困惑するだけである。や、それは錬金術師が言うなという話。

 

「うふふ……こんるるー」

「気に入ったん? 怖いからやめーや、それ」

「でもわたしってそういう()()()()じゃないですか」

 

 イメージ、か。たしかに。彼女はその清廉な声・態度とは裏腹にまるでRPGのラスボスのような扱いを受けることがある。だが、それがまさに現実になる状況があるとはまさか思わない。実際に今肌を打つこの圧力は比喩でもなんでもなく、空想上の大魔王なんかの比ではない。なんてことだ、とここで気づかないまでも、試合前から気づいていたと思いなおす。

 

 

 ──彼女の”性質”は、すでに自分を上回っている……。

 

 

 これが樋口先輩なら分からないが、先程は互角と言ったてまえ悔しくはあるものの、恐らく、自分はもう届かないだろう。あと一歩遅かった。未来を知ったことで大会の行方を少しだけ変えられたのではと思っていたが、どうやらそれも思い上がりだったようだ。改めて絶望する。今自分が彼女に立ちむかっていったとして、時間稼ぎ程度にしかならなさそうだ。

 しかし、絶望するばかりでもないかもしれない。本来なら、彼女の前にいるのは自分ひとりだった。先輩がいる分、有利に戦闘を進められる。鈴原さんもこの状況で一向にしかけてこないあたり、案外的外れでもない。こちらから仕掛ければ確実に一人持っていかれる。が、逆に向こうから仕掛けてくれば、相当な痛手を与えられるはずである。

 

 戦況は動かない。先輩同士で何やら他愛ない話をしているが、これも時間稼ぎだろう。しかし、なんのために? 果たして、この場にさっそうと現れる救世主はいるのだろうか。今はあくまで大会の途中、少しトラブルがあったもののあくまで対戦カード内。大会側の演出の一つという見方もできる。尚、他の選手は敗退している。クソ、本当に希望がないぞ。この状況をひっくり返せるとしたらライバーくらいで、そういう人たちはもう。ということはここにいる二人で対処しなければいけない訳だが、成功確率は低い。

 いったいどうすれば。

 

 鈴原るるの煮えたぎる闘志とは対照的に、腰に帯びたヘルエスタセイバーの輝きは徐々に失われていく。その分だけ相手の圧力に押され、後ずさりしそうになる。

 時間は、あまりなさそうだ。

 ♦

 

 どおん。轟音を立てて崩壊した”捜査本部”を呆然と見つめた。

 シェリン・バーガンディにとっては探偵ごっこの小道具に過ぎないこの部屋には特に未練なく、高価な家具や小物をそろえなおすのに、事務所に請求するのが忍びないなあという程度。シェリンは基本的には物にはこだわらない主義だった。まあ、今この時に限っては別に理由がある。木造の小部屋。その壁におもむろにあけられた大人二人ほどの大きさの穴。ドアを突き破ってあけられたそれよりも、今は”その原因”の方が重要だからである。

 シェリンは自分の足元に力なく倒れる赤髪の女性を見る。手首に手を当てて脈をはかろうとするも、うまくいかず、いやいやこんな瞬間(とき)に探偵ごっこなんてやっている場合ではない、慌てて顎のあたりに手を添え、血管がしっかりと収縮していることを確認した。良かった、とりあえず生きてはいるようだ。向かいのソファで、中腰の姿勢で顔を手で覆っていた委員長(助手)に声をかけた。委員長は安心したのか、ほっと胸をなでおろす。後輩どうしが殺し合いをすることになる彼女の心境は理解らないが、少なくとも取り乱したりはしていない。

 いや、それは彼女でなくとも言えること……。

 

「委員長ッ!!!」

「や、私は……逃げるとかではなく。怪我人をね? 先輩として運ばないとってことで。シェリンさんもほら、手伝ってくださいよ」

「そうではなくッ!」

 

 突然に大声を出した自分を見て嘘くさい言い訳をし始める彼女だが、今はそんなことはどうでもよかった。彼女にとって、取り返しのつかないことが起きようとしている……。

 シェリンは、委員長が背負う形で運ぼうとしている赤髪の女性、アンジュ・カトリーナを自分の背に背負いながら、当の本人が吹っ飛んできた方向を見つめる。今や意識すらないアンジュの開けた大穴の向こう、今はまだ砂煙で見えないが、その向こうにはいるはずなのだ。大会の様子は捜査室からでもモニターで来ていたので、舞台上でにらみ合っていた()()についてはシェリンたちも知っている。

 

「樋口先輩が……!!」

「え、──?」

 

 切羽詰まったシェリンの言葉にしばらくフリーズしたままではあったが、やがて状況が理解できたのかあからさまに慌て始めた。どんなときにも余裕を崩さぬ委員長の珍しい表情が二度も見れたとあっては、本日の探偵ごっこはかなりの収穫であろうか。

 

「わ、わわわわ。どうしましょう……。いえ、とりあえず行かないと!」

 

()()()()()()()()()()なんて蒼白な顔に似合わない、おどけた風に言ってすぐに舞台方向へと消える委員長。そういえば、走る姿は初めて見る委員長の足の速さに驚く。同じ状況になった時、自分も同じ早さで走れるだろうか。

 

「とりあえずアンジュさんを運びましょうかね」

 

 推理の続きはその後だ。

 








スマブラの参戦ムービーばっか考えている。


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