【初配信】はじめました! 安藤ロイド【♯新人Vtuber】 (watausagi)
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第一章 美少女に生まれ変わったらやりたい事
第一話 美少女に生まれ変わったらやりたい事


第一章『美少女に生まれ変わったらやりたい事』

新しい人生、好きに生きる為に


◇◇◇◇◇

 

 大通りから外れた脇の小道にひっそりと隠れた、静かな喫茶店の窓辺の席で、木漏れ日を浴びながら優雅に紅茶を嗜む私は──一体誰なのでしょうか?

 

 唐突に、説明の難しい感覚に襲われる。まるで、テレビのチャンネルを変えたばかりの光景に入り込んでしまったような、日常的非日常感。

 

 動揺しながらも、音を立てずに優雅なフォーク捌きでレモンケーキをいただく。あら美味しい。ほのかに香るレモンが上品な味わい。

 

 慌てふためく心とは裏腹に存外体は冷静だった。そう、それは、まさしく心と体が違う動きをしているかのように。

 

 ふと、対面に位置するテーブルの上に、便箋が置かれている事に気付いた。私はそれを警戒する事なく手に取り当たり前に中身を見る。

 

 その一枚の紙には、綺麗な字で私宛に今の事情が綴られていた。

 

『説明書もなしにゲームを始めさせるのは私の趣味ではないので、簡単に貴女の事を説明しようと思う。まず最初に、貴女は元々別の人間の人生を歩んでおり、その人間時代に私と劇的な接触を果たした結果、君は一つの願いを叶える為に私の命令をこなしていった。私が一万人の命を直接救えと言えば、君は医者になり数十年後にそれを叶えた。私が千人の悪人を裁けと言ったら、私が十人の子を為せと言ったら、君はそれを叶え続けた。しかし、最後に君は三人の善人を殺せという私の命令を断った。故に、君の願いは半分だけ叶える事にした。それが貴女だ。貴女は自分の願いを知る事もなく、元の自分すら思い出せずに、新しい人生を送ってもらう事になる。我々が地球の下見に使っていた身体だ。賢く、好きなように使いたまえ』

 

 最後まで読むと、白い光に包まれた便箋はチリも残さず消滅した。一番下の方に、『対価の神より』と見えたのは、果たして私の見間違いだったのだろうか。確認する術はもうない。

 

 ……さて、紅茶を含んで心を落ち着かせる。

 

 今さっきの現象と手紙の内容から想像するに、私は所謂「異世界転生」というやつなのだろう。いや、地球ならば異世界ではないか。それに、転生ではなく憑依っぽいな。うん、考えてみると全然違う。異世界転生ではなく「同世界憑依」だ。これは流行らない。

 

 まずはこのお店を出ようと、自分の持っているオシャレなてんとう虫型のポーチのお財布を確認……確認しようとして、恐ろしい事に気付く。このポーチ、見た目と中身の容量が噛み合ってない。入れようと思えば目の前のテーブルだって入れられそうだ。今だって自分の肘まですっぽりとポーチの中へ隠れてしまっている。

 

 使い方は何となく理解出来るので、これ以上不審な目で見られないようにゆっくりと中の財布を取り出す。うん、お金は大丈夫。

 

 私はお会計を済ませる為にマスターを呼んだ。顎髭のカッコいいダンディーなおじ様だ。どうして私の新しい門出にこの店が選ばれたのか知らないが、中々良いセンスをしている。

 

 そういえばと気になって、マスターに尋ねる。

 

「私って、普段どんな客ですか?」

 

 私からすればいきなりテレビの中に飛び込んだみたいな現状も、周りからすれば違うかもしれないと思い、客観的な意見を聞きたくてそんな変な質問をしてしまった。案の定マスターはキョトンとしていたが、落ち着いた表情を崩さずに低音イケおじボイスを発する。

 

「それはもう、いつも絵画の中から飛び出してきたような、はたまた学のある小説の一節を抜き出して人の姿に収めたような、魅力的で神秘を感じるお客様でございます。しかし今日は、いつにも増してお美しくあらせられる」

「ふふ、マスターったら大袈裟ですね。私、折角褒めてくださったのに生憎と返せる持ち合わせもなくて、今度色々とお伺いしたい事もあるので、また来ますね」

「最後のお言葉が、何よりの喜びでございます」

 

 今のやり取りで一つ推測が立てられた。私のこの体は、この店の常連となるくらいにはこの辺りを生活圏にしていたのだ、と。

 

 最後まで頭を下げるマスターに見送られてお店を出る。閉まった扉のガラス部分にうっすらと映る自分の容姿が見えて、私は自分にドキッと胸を鳴らす。

 

 自分の姿を見て一目惚れしていたなんて洒落にもならないので、早々にその場を去る。嫌な予感はしていたのだ。自分が女性の体である事は何となく気付いていたが、この体躯にこの声、そしてさっきの顔。紛れもなく美少女だ。それもおそらく重度の。

 

 私が私となる前の元の体が男だったか女だったかは知らない。だが、確実に美少女ではなかったはずだ。しかし今の身体は何というか全身から美を感じる。案外、マスターの評価はむしろ過少に抑えていてくれていたのかもしれない。控えめにいって今の私を表現するのに、どんな言葉も適さない。優れた絵画すら私を鑑賞する。一流作家ですら私という美を描写出来ずにスランプに陥るだろう。

 

 すれ違う人々の視線が私の自己評価を正しいものだと証明する。中には堂々と写真を撮る者もいた。私はなるべく人影の薄い所を選んで、早く家に帰る事にした。

 

 もちろん、今の私に私の家なんて分からないので、ポーチに入っていた携帯を取り出してマップ機能を使った。喫茶店から徒歩で十分の所にあった都内の──豪邸。それが私の家だった。見間違いではないと、自宅というマークが主張する。奇妙なのは、マップ機能的に示された自宅の空間は、地図上では大きな空き地だという事。どういった原理かは知らないが、私は地図に存在しない家に住む事を許可されたらしいと、ポーチの使い方然り、今の現実を直感的に理解する。

 

 どうして豪邸なのか。それは神ともあろう者が仮初だろうと下々の家よりも小さくていいはずがない、周りと比べて一番大きくしよう、とか間抜けみたいな考えがあったのだろう。単なる推測でしかないが、あながち間違いでもない気がする。

 

 恐る恐るこれからの我が家にお邪魔して、流石に使用人の類はいなかった事に安堵した。いや、掃除洗濯の家事を想像すると、むしろ使用人が数人はいてくれないと成り立たない広さだ。これは早急に解決すべきだろうと頭のメモにチェックする。

 

 何をしようか、迷った結果寝室に行ってキングサイズの雲みたいなベッドに大胆に飛び込む。はしたないが得も言われぬ満足感。

 

 仰向けになって、一連の出来事に想いを馳せる。

 

 元の自分、今の自分、これからの自分。過去。現状。未来。これから何をすべきなのか、何が出来るのか。

 

 高速に思考が働き、並列に巡らせた脳が、ある一言を鮮明に思い出させる。

 

『好きなように使いたまえ』

 

 ……そう、なら。

 

「好きなように生きよう」

 

 自分自身に、そう宣言したのだった。

 



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第二話 (本音)働きたくない

◇◇◇◇◇

 

 現実的な問題、今の自分。丸一日調べてみて驚愕の事実が判明した。

 

 どうやら私には国籍がない。出生児の登録もなく産まれた形跡が無い。故に国民に課せられる税金的な縛りもない。だが恩恵だけは与えられている。外国にだって行こうと思えば行けるし、保険だって適用される。意味が分からん。

 

 私が生きる上で不都合な事実が発生すると、相手の人物は思考にもやでもかかったみたいにボーッとして、正常な判断が出来なくなるみたいだ。私という人間はデータの上では存在せず、存在するにあたってデータを利用できる。

 

 どうやらこの新しい体は、地球で生活するにあたってとことん好都合な工夫が凝らされてあるらしい。

 

 豪邸という名の我が家を探索すれば、地下室の金庫に三千二百万円が現金で置かれてあったのを見つけた。なんの値段ですん? わざわざ地下室まで降りたくないので地上にまで持ってきて、置き場所が思いつかなかったので今は空っぽの冷蔵庫に現金を仕舞った。冷蔵庫に数千万の札束……知らない人が見れば軽くホラーですね。

 

 庭にはもちろんプールもあって、ガレージにはシャープな形の私好みの車もあって、人が一人生活するにあたって全くの不便さがないこの至れりつくせり。当然のように、これら財産に書類的なものがついてくる事はない。物を維持するのにさえお金が掛かるだなんて知らなかった、幼いが故の無知の体現。それが今の私だから。

 

 現状を簡単にだが理解した私は、リビングでアメリカ仕様の巨大なアイスクリームを乱暴にも直接スプーンで頂きながら、困った顔を浮かべていただろう。因みに冷凍庫にこのアイスだけはあった。本当に意味わからんですよ。

 

「まずい……ニートになってしまいます」

 

 数千万の現金。税のやり取りも国への義務もない。実質この場が世界の治外法権。余りにも何もしなくていいので、私は本気を出せば引きこもりさんになれる。

 

 それはどうなんだ? という辛うじて残された人間性だけが今の私に思考を続けさせている。

 

 医者になるのはどうだろうか? という冴えた思考が一つの選択肢を思いつく。でもやめた。お医者さんってお忙しそうだし、何より今の自分に専門的な医療知識があるように思えなかったからだ。どうやら昔の自分の能力は引き継がれていないらしい。今更医学部を専攻するのもちょっと……。

 

 どこかでパートやアルバイトでもするか? という投げやりの思考が選択肢を持ってくる。悪くないが、結局どこで働くのかという結論に至る。忙しすぎるのは嫌だし、倉庫とかで働くのも遠慮したい。何故って私のこの美貌とオーラは、否が応でも人に気を遣わせてしまうだろうから。変なしがらみは欲しくない。

 

 理想は、なるべく単独でこなせる仕事で、顔出しも最小限で済み、まあ普通くらいの収入を見込めて、出来るならば責任とかも重過ぎずに、贅沢を言えば自分が楽しめそうなのがいい。週休三日は欲しいと魂が叫ぶ。きっとこれは、前世からの願いでもあるんだろう。

 

 そういった条件の仕事がまさかあるとも思わないが、一応ネットの情報や動画サイトのちゅーちゅーぶなども見て調べて、正にその時脳裏に電流が走る。

 

 ビビッと脳内に天啓が降りてきた。それは、この瞬間、ちゅーちゅーぶを見て。

 

 偶然にもこのちゅーちゅーぶのキャッチコピーの一つは、私の宣言と似た所がある。

 

「好きに生きる」

 

 改めて宣言した私は、今の子供に大人気の職業(天国か地獄)……ちゅーちゅーばーに可能性を見出していた。

 

◇◇◇◇◇

 

 私は今自室で、パソコン越しに三人の面接官と相対していた。画面越しにも私の容姿は伝わるらしく、一人の面接官が困ったように私に聞いてくる。

 

 所謂バーチャル面接というやつだった。

 

『あのー、動機もよく分からないですし、元々配信活動もされてないという事で、どうしてまたウチに応募を? 気を悪くさせてしまうかもしれませんが……貴女のその顔は、私共の小さな会社なんかよりも、十分表の社会で成功しそうだと思い……いえ確信しますが』

「そうですね。私は他の方よりも志望した動機は弱いでしょうし、御社へ応募したのも偶々目についたという理由なので、断られても文句は言えないものだと理解しております。むしろ、第三次面接まであって最後に落とすくらいなら、むしろ今ここで落としてもらいたいものだと実は思っております」

『えー……そもそも、どうしてただのちゅーちゅーばーではなく、ばーちゃるちゅーちゅーばーを選んだのですか? トーク力が求められるばーちゃるでは、経験のない貴女には厳しいと思われますが』

 

 ……そう、私はばーちゃるちゅーちゅーばーになろうとしていた。今のこのプチ流行に乗ってやろう、とかそんなのではない。れっきとした理由があるのだ。

 

「ほら、私は顔が可愛すぎるので、顔出しのちゅーちゅーばーでは暴動すら起きかねないかと」

『おっ、今の発言ばーちゃるの素質アリだね』

 

 端にいたもう一人の面接官が機嫌を良くする。今の私の言葉に、一体どこにばーちゃるらしさがあったかどうかは不明だが。

 

「声も相当美しい方だと思うので、ばーちゃるでも上手くいけるかなーと思いまして」

『いいねいいね、素質アリアリだね』

 

 面接官さんもノッてきたねー。

 

 私が最後に「世界に存在するありとあらゆる可聴領域なら声真似出来ると思います」と言ったら、三人の面接官はその場で相談しあって、最終的に残りの面接をすっ飛ばして合格をもらった。

 

 声真似云々は、この体になってから多分出来るであろうと理解したものだ。骨格も常識の範疇で少しなら操作出来る、気がする。トランプ使いの怪盗に並ぶ私の個性だ。今のところ使い道はあまりないけど。

 

『才能あると思う』『まあいいんじゃない?』『いけると思う』『辞めたらどうする?』『それはそれで最速RTAで面白そう』『確かに』

 

 そんなこんなを目の前で話し合われて晴れて合格した私は、再来週の月曜日、スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生、元人間のアンドロイド、今は人の心を勉強中という設定で、初配信をやり遂げる……!



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第三話☆ 掲示板回【ばちゃりたい】スクエア826【人生だった】

◇◇◇◇◇

 

431:名もない視聴者

第三期生に一人化け物が混じっていた件について

 

432:名もない視聴者

まだ話題尽きないな新人アンドロイド

 

435:名もない視聴者

何か久々に来たらスレが新人の話題で持ちきりなんだが。誰か簡単に俺に教えてくれ

 

437:名もない視聴者

>>435 敬語を使え三下

 

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生 安藤ロイド 元人間だが機械の体を得て失った心を勉強中のアンドロイド 

初配信で驚異の72時間連続配信(飯なし便なし欠伸なし)を成し遂げた異例の狂人。尚、本人はその事に気付かずに、最後はマネージャストップをかけられて呑気に笑ってた

 

445:名もない視聴者

>>437 早速心取り戻してて草

 

446:名もない視聴者

初めての心が笑顔とはてぇてぇ

 

448:名もない視聴者

>>435 自分で調べろカス

 

トーク自体は(まだ)まともだが、声はお美しい。絶対可愛い間違いない。清楚枠である事は最早確定されているが、初配信で72時間連続配信というぶっ飛んだ精神は紛れもなくばーちゃるちゅーちゅーばーの一人。恐るべき事に、その72時間配信の間で一度も食事を摂らず、水分すら摂取せず、あくびの一つもない。未だにその件に関してはその道の専門家も頭を悩ませている(はず)。友人のジョンも「日本には優秀なAIが配信もしているんだね、ハハ」と現実逃避していた。だが、彼女の設定がまさにアンドロイドである為、あながち間違ってはいないのかもしれない。

 

450:名もない視聴者

>>437 >>448

息の合ったツンデレ乙

お前ら優しいかよ

 

451:名もない視聴者

コピペ助かるてか誰だよジョン

 

461:名もない視聴者

実際、あり得るのか? 人体の構造的に

 

463:名もない視聴者

検証班が既に72時間全てを調べ上げたらしいが、ロイドちゃんは席を立つ事も無かったらしい。

 

469:名もない視聴者

検証班が動いたのか。奴らは優秀だからな。息遣いから病気を特定した実績のある変人達がそう言ってるのなら、そうなんだろう

 

470:名もない視聴者

リアルで見てたけど恐ろしかったよ。最後まで付き合うと宣言した同志達がことごとく折れていく様を見るのは。

 

476:名もない視聴者

俺も2日後に見てまだ配信が終わってなかったのは含み掛けのお茶吹いた

 

478:名もない視聴者

新手の拷問だったぜ

 

492:名もない視聴者

信じられるか? もう切り抜きがあったんだけど、切り抜きっていうかただの倍速編集。百倍の速度でひたすらロイドちゃんが話してるだけなのに、それでも四十三分かかるんだよ……

 

501:名もない視聴者

ちゅーちゅーばーって72時間のライブ配信も対応しているんだな。驚いた。

 

503:名もない視聴者

>>501 俺も調べたけれど、Live自体に制限は特にない。ただ動画自体は目安12時間くらいまでだから、アーカイブには残らないってだけで

俺も今回の件で初めて規約を覗いたぜ

 

510:名もない視聴者

初配信を6個に分別して編集しないと動画を残せない新人ばちゃちゅばがいると聞いて

 

511:名もない視聴者

あれが果たして新人か?

 

515:名もない視聴者

特別際立った面白さはなかったが、終始落ち着いていてはいたな。可愛いし、可愛い。確かに新人っぽくない。まあ前世とかどうでもいいけど

 

519:名もない視聴者

リアルアンドロイド説きたなこれ

 

520:名もない視聴者

>>519 何言ってんだよ元々ロイドちゃんはアンドロイドだろうが!

 

522:名もない視聴者

お前ら……確かにばーちゃるの設定なんてあってないようなもんだが

 

541:名もない視聴者

うわー俺もリアルタイムで追っ掛けたかったなぁ

くっそ上司が無能のせいであいついつか殺す

 

562:名もない視聴者

絶対またバズるわ。古参ぶろっと

 

565:名もない視聴者

確かに有名になりそうな感がある

 

567:名もない視聴者

>>565 主に生体学的に?

 

597:名もない視聴者

他の同時配信だった第三期生が可哀想んご

 

601:名もない視聴者

>>597 そうか? 天使のマジョも十分可愛かったぞ。あの笑い声は癖になる。ミトちゃんも話し方上手かったな。ちょっと闇を感じたけど。第三期生はどれも優秀だと思うわ

 

602:名もない視聴者

天使なのにマジョとはこれいかに

 

604:名もない視聴者

>>602 天使だけどマジョになった魔法使い族だぞ

 

605:名もない視聴者

>>604 あーw

 

651:名もない視聴者

おーい唯一の男性ばちゃちゅばを忘れてやるなよ! 頑張ってただろもやし君! 緊張が極まってたけど!

 

653:名もない視聴者

危うく本名を名乗ろうとしたのは、流石のコメントも優しくスルーしてたわ。なんかショタ感あるよなもやし君

 

655:名もない視聴者

>>653は? オネショタとか羨ま氏ねもやし

 

662:名もない視聴者

あのー……貧弱の代名詞みたいな野菜の呼び方でなくとも、正式なばーちゃる名は夜叉金(やしゃきん)という字面のカッコいい名前があるんですが

 

663:名もない視聴者

もやしゃ

 

702:名もない視聴者

アンドロイドのスレいってこ

 

824:名もない視聴者

俺はそれでも、一期生を推す



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第四話☆『同性』『なるべく住所が近い』『私に必要な人』

◇◇◇◇◇

 

 初配信を終えた直後、私は新たに自分の体について多くの推測を立てる事ができた。

 

 どうやらこの体は、排泄の処理の必要がないらしい。まあ地球の下見というのが本当ならば、そんな機能はいらないわけで。美少女がトイレしないって本当だったんだね。しかし食事は摂る事が出来る。出来るというのは、別に摂らなくても問題がないという事だ。初配信で初めて気付いた。人体の不思議が私に詰まってる。

 

 他にも軽く調べてみたところ呼吸の必要性がなく、汗もかかずに、必要な機能は果たされている。恐らく新陳代謝が行われていないのだろう。つまり老化がない。多分過剰な三大欲求も働かない。本当にデメリットだけを消してメリットだけ残されたような体だ。便利である事に間違いはないが、我が体ながら末恐ろしさを感じた。他にもこの体の出来そうな事は色々とあるのかもしれない。

 

 ああ、デメリットはあった。私の元来の性格か、それともこの便利な機能を得た弊害か、時間の感覚が掴めない。ちょっとした騒ぎを起こしてしまった初配信も、私の中では3時間くらいの出来事だと思っていたんだ。ちゃんとコメント欄を見るべきだった。

 

『長いよ〜もう終わったら?』

 

 確かにそんなコメントもあったけれど、ほら、私は配信素人だから。遠回しに話がつまらないって事かな? とか思ってしまったのだ。卑屈反省。

 

 結論、私の体感時間は狂っている。これは結構、気をつけなければいけないだろう。

 

 急遽私の担当になってくれたマネージャーさんからはしこたま怒られた。もっと自分の体を大事にしなさいって。言われてみれば私は、まだこの体をはっきりと自分のものだと認識できていないのかもしれない。自分の事なのに他人事のように感じる。

 

 だから、未だに一度もお部屋のお掃除だってしていないのだ。うん……はぁ、それは別問題か。  

 

 食事も摂らないのでゴミはそんなに出ていないが、洗濯物は増え続けている。いくら私の着ている服に私の汚れが一切無いと言っても、気分的にお風呂は入りたいし、この体になってからというものお洒落がすこぶる楽しい。今もプラチナピンクのパソコンを使ってネットで服を購入しているくらいだ。とりあえず私は、早く冷蔵庫の中身をまともな物に変えたいという欲求もあった。服を買うのに飽きたら数千万を消費する為に全部募金するかもしれない。

 

 ただ、もっぱら今の時代、お店に行くなら私はこの顔もあって完全ソーシャルディスタンスコーデなので、家の中でしかオシャレを楽しめないが。

 

 現実逃避気味の頭を軽く振って思考を整える。この脳みそちゃんは優秀だが私自身は普通なので、無駄な思考を短時間で延々と繰り返すのが得意になっているのだ。ほら今も。

 

 気を取り直して私の脳内メモをめくる。

 

 そう、今の私に必要な物、それはお手伝いさんだ。家政婦さん? なんでもいい。幸いお金はあるし、一年は余裕で雇えるはず。

 

 雇うにあたっての条件だが……

 

「職業内容」家事一般

「初任給」年齢学績問わず日給1万

「諸手当」通勤手当、時間外手当、資格手当など

「昇給」年三回 (四月、八月、十二月)

「賞与」年三回 (四月、八月、十二月)

「勤務地」安藤ロイド宅

「勤務時間」要相談

「休日・休暇」完全週休2日制(月火水木金土)、祝日、有給、夏季、年末年始など。又、要相談

「福利厚生」各種社会保険完備(雇用、労災、健康、厚生年金)交通費支給

 

 こんな感じなのだろうか? 適当につらつらと並べ過ぎちゃったせいで、就活に苦しむ大学生の妄想の様な条件に偏ってしまった。この辺りは専門家と相談して、面倒な書類は誰かに任せよう。私だけなら必要のない社会の法則も、他人が関わればその範疇ではないと思うので、こういった手続きはやはり今後必要になってくる。その専門も雇う事を視野に入れよう。目下最優先は家事代行の方。

 

 次なる問題は私の望み通りの方が来てくれるかどうかで……そこは私の秘策があった。

 

 一体何の為のちゅーちゅーばーだ。こういう時にこそ世界最大の動画共有サービスを使うのだ。そう!コメントをしてくれた視聴者さんから選ぼう! コメント欄からどうやって探すのか? それはこの、配信にもネットショッピングにも使っているプラチナピンクのパソコンが知っている。

 

 初めに気が付いたのは私がいい加減な検索ワードを打ち込んだ時だ。レディース系の服があり過ぎて、やぶれかぶれに『私に似合う服』と検索したらこのパソコン見事に私にピッタリの服をチョイスしてきた。それも、私が唯一素面で過ごした数日前の姿の盗撮姿をネットから探し出して、服との合成もしてエロクトリカルな試着をお披露してくれるサービスっぷり。優秀過ぎて思わず抱きついた。

 

 けれど、考えてみれば然もありなん。このパソコンは携帯と同じで私が初めから持っていた物だ。つまり、下々ならぬ神々が使っていた代物。それ即ち、世の理の範疇外にある!

 

◇◇◇◇◇

 

「お久しぶりです人間の皆様、安藤ロイドです。今日も人の心を勉強しにちゅーちゅーぶへと馳せ参じました。そういえば昨日、ふと自宅周りを探索していたら子供達に挨拶をされました。人の心は、かくも美しい」

 

 私が住んでいる住所的なものは携帯ですぐに分かるのですが、いかせんこの辺りを私はつい最近まで知らなかったので散歩がてら近所を探索していたのです。マスクとサングラスをつけて。

 

 それでも子供達は元気に挨拶をしてくれました。あれは元気が出ますね。そのうちの一人の男の子から告白をされたような気がしたんですけど流石に気のせいでしょう。

 

 コメント欄は私が来る少し前から大変賑わっていましたが、嬉しい事に私が来てからもその勢いは止まりません。配信者としてこれほど喜ばしい事ではないでしょう。

 

〜コメント〜

 

キタ

待ちわびた

乙〜

人の心よりもまず人の体について知れ下さい

わこつ〜

自重しろよ

自宅周りの探索?? 引越し直後かな?

楽しみにしてました!

頑張ってロイドちゃん!

ピュア民いっぱい(ほっこり)

俺が同じ事したら通報案件

やはり美少女だった?

俺もロイドちゃんに挨拶出来る

↑はいはいその心美しいでちゅねー

どんな徳を積めばロイドちゃんに挨拶出来ますか?

 

「いえ、別に私への挨拶にそんな徳などいらないと思いますが……まずは皆様、先日の配信ではお騒がせしてすみませんでした。私の不具合のせいで心配をおかけしたと思います。ですが! ご安心下さい。今回は携帯の機能を使って1時間ごとにアラームが鳴るようにしました! 最早私に時間の問題はありませんね」

 

 こればっかりは自分の感覚だけではどうしようもないので、私にアラーム機能は必須だ。少し体を横にして休もうとしただけで一日の半分は経ってしまうのだ。全く社畜の偶の休日じゃないんですから。

 

 努力だけで何とか出来るとは思っていない。私は私の体を信用していない。

 

〜コメント〜

 

自覚だけじゃ止められないのか……

問題しかない

【悲報】アンドロイドの壊れた体内時計

何それオシャレ

今は衰退のボカロの歌みたいだな

ぽんこつアンドロイド

待ってボーカロイドとアンドロイドって語呂すげー似てるじゃん! 偶然とは思えない

↑せやな^ ^

接尾辞をご存知でない?

今日も耐久配信ですか?

 

「実は、マネージャーさんから常識の範疇内でやってくれるように頼まれていまして。今日は24時間以内で終われると思います。安心してください」

 

〜コメント〜

 

ひぇ

何も分かってねえよこのアンドロイド

マネージャーさん頭抱えてそう

もう俺は突っ込まない

 

「……24時間も長過ぎるみたいですね。そこは追々みんなで考えるとしましょう。ところで、今日は重大発表があるんです! 私、実は家事が精神的に苦手で、誰かに家の家事代行をお願い出来ないかと考えて募集をかけようと思っているんです。理想は歳が近くて、優しくて、気の置けない関係になれる方が望ましいのですが」

 

 画面の中の私が表情を困らせる。ちなみに安藤ロイドの見た目はほぼ私だ。面倒なので私を撮った写真から半自動的にグラフィックを生成している。違うのは目と髪の色くらい。目は白に近い銀色で髪は橙色。ギンモクセイとキンモクセイの色をイメージしているらしい。

 

〜コメント〜

 

精神的に苦手とかいう便利ワード助かる

歳が近い……??

確か、設定的にロイドちゃん初配信日が生まれたてで今は生後一週間くらいじゃ

仕方ねぇ産まれ直してくるか

ちょっとママの子宮に戻ってくる

↑最高に気持ち悪いからパパの方までいっとけ

オレお前らのこと精神的に苦手だわ

俺の精神年齢多分そんくらいだわセーフ

私家事得意です!!

赤ん坊が望まれているとして……実質バブみ?

誰かにおぎゃりたい人生だった

家事代行サービスに頼めば? 時給二千円くらいでいけると思うで

は? 5時間で1万?

つまり……1時間で二千円?

俺なんか社会人ニ年目にして時給換算約1013円なんだけど何なら残業代合わせても換算1013円なんだけど

残業代(プライスレス)

完全社畜最低賃金兄貴強く生きて

 

「さてさて、ではサーチしていきますね」

 

 パソコンを操作して、私が自分の望み通りのキーワードを打ち込むと、とある一つのコメントにヒットする。やった! 一人当てはまりましたね!

 

 このパソコン、やろうと思えば電子に関わる大概の無茶を通してくれそう。現代社会において無敵というか、ほぼ反則級の代物な気がする。

 

「コメントをしてくれたみかん大福ちゃん! ビビッときました。家事代行の件私は真剣なので、是非検討しておいてください。後日改めてお伺いするかもしれませんが、よろしくお願いしますね」

 

〜コメント〜

ビビッとてなんだよ

どれだけ徳を積めば名前を呼んでくれますか

とりあえずお前は積んでろ

え、本気?

マネージャーの許可とかそういうのは

俺は「認識」を改めた。ロイドちゃんのトークは、他のどのライバーとも違った「個性」があるッッ!!

俺も大福ボディーって名前だから、これはもう半分呼ばれたも同じ つまり相思相愛

寝言は痩せてほざけデブ

私も雪見シロだから……

↑それは従兄弟の友達の友達的なお話ですか?

気付いてないかも知れんけど、スクエア所属歴代ばーちゃる最速でチャンネル登録者数十万を超えたよ

うぉぉー!おめでとう!

やったぜ

先輩達の下積みがあるとは言え異例の速さ。オメ

88888888

話題性があり過ぎたんだよなぁ

 

 

「おや、十万? えーっとそれは、とってもめでたい事ですね? あ、それなら1万人記念とかもやってないですね! どうしましょうか……とりあえずケーキのデリバリー頼みました。食べます。唐突ですが今からチャンネル登録者数1万人記念動画配信を始めますね」

 

〜コメント〜

お前、食べられたのか……??

こうやってアンドロイドは成長するんだな

感慨深いぜ

咀嚼音助かる

私本気です!

ケーキもデリバッてくれる時代か 

俺も一緒に食べよ

なら十万人配信記念は次の十五万人記念ぐらいかな……俺は何を言ってるんだ?

もう好きにしてくれ



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第五話 橘って名前の人は凛々しいイメージ

◇◇◇◇◇

 

 動画配信を終えた直後、マネージャーさんにRINEで怒られた。

 

『非常に申し訳ありませんが、ロイドさんは非常識な方なので、どんな配信をするのか今後あらかじめ私にお知らせ下さい。切実に』

 

 私だって自分がどんな配信をするのかその時が来るまでよく分かっていないので、それは難しいですとやんわり断ろうとしたが、配信者となったからには私もいい加減にその程度の管理くらい努力をした方がいいと思ったので、素直に謝罪した。

 

 世間の評価的に、私は二度目の配信でまた騒ぎを起こしてしまったし。

 

 一度目の配信が時間耐久だとすれば、二度目の配信は大食い耐久。ケーキを一個食べ尽くした私はお腹がいっぱいではない事に気付いて、その時ふと自分はどれだけ食べられるのか好奇心が膨らみ、馬鹿みたいに甘味をデリバリーしたのだ。

 

 結果、限界はなかった。私の満腹中枢は常に最適な感覚に留まっていたのだ。自分の体は食事を摂る事が出来るのではなく、摂り続ける事も出来るが正解だった。

 

 

 ケーキのホールを2個目くらいでコメント欄が二度目の悪夢とか何とか囃し立てて、総重量が二キロを超えた辺りで静かになり、まだ食べようとしたらコメント欄で気分が悪くなったという方が増えたので止めた。

 

 私は自らどれだけ食べているのか宣言したわけではないが、食べる時間と音から常人では済まない量になっているとは察したらしく、最終的には再びマネージャーストップがかけられて配信を終了した。

 

 個人的には、また一つ自分の体の仕組みを知れて嬉しい反面、反省を生かせずに再びのご迷惑をおかけした事を悔やむ私。二十四時間座禅をして自らを戒めた。

 

 気持ちの切り替えがついたのはマネージャーさんからのお電話で、私に多くのファンレターなるものが届いているとの事で、中でもみかん大福さんという方から手紙が届いているが、どうしますか? という内容だった。

 

 もちろん受け取ります、と言うとマネージャーさんから困った感情が伝わってきた。どうやらみかん大福さんの件については問題があるようで。

 

『実は……みかん大福という名の手紙が3枚届けられているんです。それも、別々の住所から』

 

 つまり、二名が騙っていると。

 

『時間が空いているので、直接届けに行きますよ。車を停められる場所はありますか? ああ、自宅NGだったりしますか?』

 

 マネージャーさんがそう言って、私としてはみかん大福事件よりそちらの方が問題だった。

 

 自分の部屋を見渡す。ゴミ袋もついに一袋出来て、洗濯物は無駄に広い脱衣所を埋め尽くし、そのおこぼれがこちらまで侵食しようとしている。人様に見せられる状況ではない。

 

『1時間後で良ければ』

 

 辛うじて私は、そう伝えた。

 

◇◇◇◇◇

 

「な、なんて広さなの……こんな場所が東京に存在しているだなんて。観光名所の一つにでもなりそうな程の……」

 

 開口一番、私の家の客観的な意見で改めて私は非常識な暮らしを実感する。

 

 しばらく呆けていたマネージャーさんだったが、キリッとした顔に戻り、私に頭を下げた。マネージャーさんは想像通りにスーツの似合うお方で、姿勢も正しく綺麗だった。

 

「顔を合わせるのは初めてですね。スクエア所属プロジェクトマネージャーの橘です。今後ともロイドさんとはお付き合いが長くなりそうなので、よろしくお願いします」

「ご、ご丁寧にどうもです橘さん。安藤奈津です。こちらこそご迷惑をお掛けするかと思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。……その、きっと私の方が歳下ではありますので、私にはもっと砕けた対応の方がよろしいのではないかと」

「性分ですので」

「あぁ、何となく分かります」

 

 私ってあくまでも世間的に見たら20歳の体でして、橘さんはそんな私にも礼節を重んじて対応してくれています。出来る女性、それが橘さんなのです。きっと学校では委員長を務めていたのでしょう。

 

「では、参りましょう」

 

 そう言って橘さんは、トランクからファンレターのたくさん詰まったダンボールを取り出す。想像以上だった。重そう。慌てて私が運ぼうとするが、首を振られて止められた。

 

「こんなにも可愛い令嬢に力仕事など任していては、女が廃ります」

「令嬢ではないんですけど。というか十分、橘さんもお美しい方ですし」

「ええ、それなりと自負はしておりますが、貴女の前では霞みますね。本当に可愛らしい……ロイドさんが目の前に飛び出してきたみたいですよ」

「はぁ、どうもです」

「くれぐれもそのお姿を、多くの人目には晒さぬようお願いしたいものです。貴女の為ならば犯罪すら厭わない、そんな輩も出てくる事でしょう」

「それは流石に」

「私も危うく、貴女の色香にやられてしまいそうでしたし、過言ではないですよ」

「……」

 

 橘さんの顔を見ても、冗談を言っている風には見えなかった。結局この件については私が折れて、橘さんにリビングまでダンボール箱を運んでもらった。ありがとうございます。

 

 ゆっくりと素早くお話もしたいですし、紅茶を淹れて橘さんを歓迎します。

 

「ありがとうございます。おや、ダージリンですね。私の好きな部類です」

「あら、お詳しいんですか?」

「嗜む程度です。初摘みかそうでないかが感じ取れるくらいですね。これは……秋摘みですか。滅多に飲みませんが、マスカテルフレーバーが抑えられた分、優しい甘みを感じます。偶には夏摘みでないのもいいものですね」

「……ですねー」

 

 なんちゃって紅茶勢の私は話半分しか分かりませんでしたが、笑顔で頷きました。

 

 お互い一息ついて、例の手紙を橘さんは取り出してくれました。

 

「こちらです。どれも差出人はみかん大福となっておりますが、一枚は煌びやかで今時の物。一枚は質素ですが誠意の伝わる物。もう一枚は何となく、ふざけた感じの物ですが、念の為お持ちしました」

 

 橘さんがそう評した手紙は、正にその通りの物だった。若者が書いたように顔文字絵文字ふんだんのみかん大福。ボールペンで丁寧に書かれて内容も礼儀正しいみかん大福さん。そして、とってつけたようにみかん大福と殴り書きされたみかん大福もどき。それは内容もお下品なものでした。

 

 私は最後の一枚を候補から捨てる。

 

「この二枚のどちらかですが、多分こちらの質素なものでしょうね。普通、顔も知らない配信者から家事代行の話をされて信じるのは難しいです。きっと冗談だろう。真に受けてはいけない。そう思うのが普通です。でも冗談でないのなら? だからこれは、最後の方だけやんわりと、恥ずかしくないように保険をかけて家事が得意です、と書き足しているのでしょう」

「……確かに、その点を鑑みるに、こちらの派手な手紙はいささか作り物めいて見えますね。履歴書かと見間違えるような内容ですし」

「まあ、ただの推測です。実際のところはどちらも可能性があるので、そこはこちらで調べておきます。すぐに分かるので大丈夫です」

「貴女が言うと本当に大丈夫そうですね……ですが」

 

 橘さんは若干呆れた目を私に向けて、人差し指を天に向けると心なしか鋭い口調となって私に言う。

 

「実際に家事代行を雇うとして、その手続きはこちらを通してからにしたいのです。相手は貴女を安藤ロイドと知っているのですから、その辺りシビアな守秘義務が発生するので、この件に関わらず、今後は私共を経由して自宅周りの私事は注意して下さい。貴女は既に、スクエア所属なのですから、自由な真似をされていては対応に困ります」

 

 危うく土下座しそうになるくらい正論だったが、橘さんは手を下ろして私に柔らかくなった目を向ける。

 

「せめて私に一言くだされば、私がなんとかします。最大限貴女のプライベートが確保されるように私も努めますので……なのでどうか、短慮な事はなさらずに。もっと私を利用してください。それが私の仕事ですので」

 

 橘さんの言葉に、私は自分の自己中心的な考えが見透かされているのではないかと気付いた。

 

 あまりにスクエアへ所属する事によって縛りが増えるのなら、私はいっそ個人で配信をやり直そうかと思っていたのだ。むしろ配信自体を止めて、別の職を探してみてもいいかもしれないと。

 

 無責任かもしれないが、私が私の為に生きるなら、その辺りの折り合いにはけじめをつけなければいけないから。

 

 でも、橘さんの言葉で心に余裕が生まれる。

 

「橘さんは他にも第一期生の方々も数人担当していますよね? それなのに今日も私の事で時間を使わせてしまい、これ以上迷惑をかけるのは心苦しいと思っていたのですが」

「我儘を言わせてもらうのなら、そういった迷惑をかけられるよりも貴女と関わる機会が少なくなる方が、私はイヤですね」

 

 やはり橘さんは出来る女性だった。それだけではなく、どうやら良い女性だったみたい。

 

 危く惚れてしまうところだった。

 

「そろそろ私はここで失礼します。紅茶、ありがとうございました。今度はプライベートでお邪魔しますね。一緒にお茶でも行きましょう」

「はい、喜んで」

 

 その日までに紅茶の勉強をしておこう。そう決意した。



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第六話 私のせいではない と決まった訳ではないけれど

◇◇◇◇◇

 

 いったい三人の内誰が本物なのか、そんなの私のハイテクパソコンから検索したら住所が一発で分かるので、どれがみかん大福さんかすぐに分かった。

 

 というか、サーチした内容に出来るだけ住所が近いようにとキーワードを打っていたので、そういった意味でも当たりをつけていた。

 

 早速、電車で揺られる事二十分、目的の住所である都市郊外の住宅地を私は日傘片手に歩いていた。

 

「この辺りですね」

 

 とある紺色の屋根のお家、ポップな字体の木下という表札が、他の誰でもないみかん大福さんのお家のはずだ。

 

 一息ついてインターホンを押す。数秒後、若い女性の声が聞こえる。機械越しでも分かる私よりも年下であろう女性。

 

『どちら様でしょうか?』

『おはようございます。私、事前に連絡をさせて頂いた安藤ロイドという者ですが……』

『え、嘘、この声、本当に本物……!』

 

 顔は見えなくても、軽く興奮しているだろう事は想像出来た。インターホンから気配が消えて、代わりにドタバタという忙しない足音と共に玄関が開かれる。

 

 私をひと目見て固まったその少女は、私がサングラスとマスクを外すと、感極まったように頬を上気させた。

 

「解釈一致過ぎるっ……! というか、ほとんど変わってない!」

「どうもどうも」

「むしろリアルの方が可愛いってどんなサプライズなの」

「それは言い過ぎなような」

「あ、私ったらすみません! どうぞどうぞ入ってください! な、何もないところですがごゆっくりと」

「それではお言葉に甘えまして」 

 

 日差しから解放されると、途端に体にこもっていた熱が抜けていく。まあ私の体って過剰な反応を受け付けにくいみたいなので、火傷はもちろん暑過ぎるなんて事はないのですけど。

 

 ふぃーっと全身を脱力させて、興奮収まらぬみかん大福さんの後をついて行った。

 

 数分後、リビングで私はみかん大福のお母様と対面していた。どうしてこうなった。気まずい。

 

 まあ、娘さんが一回り大きな女性を連れてきたら流石に呼び留めるよね。

 

「初めまして、わたし安藤奈津といいます。突然の訪問申し訳ございませんお母様」

「貴女にお母様と呼ばれる筋合いはありません!」

「し、失礼しました‥…えーっと、奥様」

「もうお母さん! 構わないでよ!」

「あんたも! 引きこもりだけじゃ飽き足らず、女性同士の交際だなんて非生産的な事お母さんは許した覚えはありません!」

「そんなんじゃないって!」

「嘘よ! 昨日だって部屋で色気づいた声でロイドちゃんロイドちゃんってビデオ通話してたじゃない! 髪と眼の色が違うだけで騙されないんだから。お母さん知ってるんだからね。恋文まで書いてたでしょ! 私っ、私もうパパになんて言ったらいいか……!」

「だから違うってー!」

「みかん大福さんも落ち着いて」

「娘に変な渾名つけないで頂戴!」

 

 うーんchaos!

 

 どうやら勘違いをしている奥様に、私は誠心誠意自分の素性とみかん大福さんとの関係を説いた。会話をしながら奥様を観察して、一体この人はどんな仕草で安心するのか、油断するのか、そういった事を見極めながら懐柔していく。

 

 数分後、奥様はすっかり私を気に入ったらしく、ケーキとコーヒーが出された。

 

「私ったら、本当に恥ずかしい事を。貴女みたいな良識あるお方が娘とお知り合いだなんて、私もうすっかり安心ですわ」

 

 特にこの奥様、私がみかん大福さんを雇いたいと話した時に、好感度がマイナスから一気にプラス百へと振り切れた。

 

「ほら、香澄も。貴女の就職祝いよ」

「もうお母さんったら……でも、本当にいいんですかロイドさん? 私、ロイドさんと直接会えるなんてまだ夢みたいで。……あの、家政婦さんを探してるんですよね? 私なんかより、よっぽど優秀な方がいると思うんですけど」

「いいえこの子は私が直々に花嫁修行についてあげたので家事に関しては一流ですよ。おっぱいだって私に似てあるんだから、それはもうマシュマロをマロマロさせたような肌触りで」

「部屋までついてこないで!」

 

 うーんdelicious!

 

 私はいい加減可哀想になったので奥様を遠ざけ、みかん大福さんと向き合う。

 

 歳は、16……いえ17。若々しい肌と髪をしており、今は隈こそ出ているものの、そのお顔は今よりももっと可愛らしいものだとすぐに分かる。胸は親のお墨付きマロマロ。

 

 どうしてだろう。この子を見ていると、とてもお姉ちゃんぶりたくなってしまうのは。甘やかしたくなる。愛したくなる。他人とは思えない。

 

「私は貴女を見て、ビビッと来たんです。この子しかいないって思ったんです。こう見えても私、選り好み激しいので。──香澄ちゃんじゃないと嫌なんです」

 

 自然と口からついて出た香澄ちゃん呼びに、香澄ちゃんは目尻に涙を浮かべる。気を悪くさせてしまったかと焦ってしまったが、香澄ちゃんは私がこれまで見た中で一番の笑顔を私に向けてくれる。

 

「私もっ、ビビッと来たんです。貴女の配信を見て、私、胸のあたりが燃えるように熱くなって。私も──安藤さんの近くにいたい」

「……じゃ、契約成立だね」

 

 こうして私は、可愛らしいハウスキーパーを仲間にした。てってれー。  

 

 その後、話し合った結果、香澄ちゃんはちゃんと学校にも行くとの事で。まあ私の家の家事なんて、空いた日にでもやってくれれば嬉しいし。

 

 その日はなぜか香澄ちゃんのお家で泊まる事になって、香澄ちゃんも眠り、私が奥様と二人っきりになったタイミングでコーヒーを出された。

 

 まだ、起きていて欲しいって事かな。

 

「ごめんなさいねインスタントで」

「いえいえ、飲み慣れた物の方が安心します」

「そう……あの……ロイドさん、お昼はお騒がせしてすみませんでした。私ったらロイドさんに大変失礼な事を」

「娘さんが大事だったんですよね。分かりますよその気持ち」

「ありがとう……あの子は自慢の子なんです。可愛らしくて優しくておっぱいもあって……なのに最近急に火が消えた様に元気がなくなって、学校にも行かなくなって……どうしても理由が分からなかったわ。情けない」

 

 でも、と奥様は私を真正面から見据える。

 

「一週間ほど前でしょうか。また、あの子に元気が戻って。もう呆れるくらいに……私てっきりタチの悪い色恋沙汰にあの子が巻き込まれたのかと勘違いしてしまって。だけど違うのね。あの子が元気を取り戻してくれたのは、貴女のお陰だったのね」

 

 ありがとう安藤ちゃん、と言った奥様の目は、私の他に誰か別の人間を重ねていた。気がした。

 

 コーヒーの味は少し苦かった。



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第七話☆ 掲示板回【人間のふり】vアンドロイド8【下手すぎ】

◇◇◇◇◇

 

1:名もない視聴者 ID: xx-xxxx-xxxx-xxx

 

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生 安藤ロイド 元人間だが機械の体を得て失った心を勉強中のアンドロイド 

初配信で驚異の72時間連続配信(飯なし便なし欠伸なし)を成し遂げた異例の狂人。胃袋はブラックホール。

果たしてアンドロイドは、人間になれるのか。

次スレは 940くらいで。

...

 

34: 名もない視聴者

 

おいおい、今度は完全記憶能力かよ。人間からまた離れちゃったねぇ?

 

36: 名もない視聴者

なにそれ詳しく

 

39: 名もない視聴者

>>36

見てこいってはげ

 

ファンレターの内容を一目見て全て記憶した模様。コメント欄でファンレター送った名前を言ったら、ロイドちゃんが秒で内容を言い当てお礼を述べたところから発覚。コメントしてくれた奴らの名前も見た範囲なら全て覚えてる。コメントされた時間まで覚えてる←なんだそりゃ

 

45: 名もない視聴者

>>39

いつもコピペ助かる

しかし、またやらかしたか

 

46: 名もない視聴者

また人間から遠ざかっちゃったねぇ笑

 

49: 名もない視聴者

リアルで見てたけどマジっぽかったな。チャチな小細工とか一切ねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を俺は味わったぜ

 

61: 名もない視聴者

ハイスペック過ぎる。どこからこんな人材掘り当てたんだ真四角は

 

77: 名もない視聴者

ファンレターとか送る奴マジでいるのかよ

 

79: 名もない視聴者

公式発表でファンレターだけでも数千枚だって

 

88: 名もない視聴者

今時紙媒体で数千枚だと……!? 

日本人は奥ゆかしいなぁおい!

 

96: 名もない視聴者

ファンレターの半分は名だたる工科専門職からのヘッドハンティング説好きw

 

100: 名もない視聴者

千枚全て覚えてんの? 完全なんとかマジじゃん

 

102: 名もない視聴者

本当にそんな能力あるかどうかはともかく、動画内だけでも相当な記憶力って事は証明されてるからな。人間やめてるよ

 

103: 名もない視聴者

>>102

アンドロイドだっつてんだろ!

 

105: 名もない視聴者

72時間配信の時点でそれはもう人間やめてるんだよなぁ

 

109: 名もない視聴者

数キロの砂糖菓子を延々と頬張るだけでも人間離れだろうが

 

111: 名もない視聴者

うーん、これはアンドロイドw

 

116: 名もない視聴者

お前らよく考えてみろよ。機械の体がどれだけ食べてもどれだけ寝なくても、はたまた一週間前の晩ご飯を覚えてようが普通だろ? 騒ぎすぎな

 

120: 名もない視聴者

>>116

それもそうか

 

121: 名もない視聴者

>>116

お前が正しい

 

135: 名もない視聴者

興味のない事については覚えてないって事もあるらしいからな。2週間前の晩ご飯はどうだったとか聞いてみたいわ

 

146: 名もない視聴者

>>135

初配信中……??

 

148: 名もない視聴者

>>135

(食べて)ないです

 

162: 名もない視聴者

三日間の不眠不休ボディー

数キロの甘味を吸収する底無しの胃袋

完全記憶能力←new!

 

245: 名もない視聴者

実際、生物学的にわりと奇跡の塊では?

 

256: 名もない視聴者

>>245

アンドロイド Wikiより抜粋 前略)人造人間

生物学的←??

 

333: 名もない視聴者

>>162

絶対可愛い←不変 も追加で

 

521: 名もない視聴者

家政婦雇ったってな

 

525: 名もない視聴者

前の配信で言ってたやつ? マジだったのか

 

530: 名もない視聴者

ラッキーボーイのみかん大福か

 

531: 名もない視聴者

いやそれは知らんけど 家政婦雇ったってのは本当らしい。最初スクエア通してなくて叱られたって

 

555: 名もない視聴者

毎日配信してくださいとか言われる配信者がいる中、配信は日を置いてくださいと念を押されるロイドちゃん。スクエアの苦労っぷりが見える見える飯食べよ

 

602: 名もない視聴者

前から思ってたんだが、家政婦雇うってどんな状況? 富豪すぎん?

 

605: 名もない視聴者

>>602

単にもの臭なだけかもしれないですねぇ

 

607: 名もない視聴者

そういや配信に使ってる機種も適当にスペックの高そうなのを選んだって言ってたな。富豪説ありです

 

609: 名もない視聴者

>>607

いつ言った?

 

610: 名もない視聴者

>>609

初配信の42時間目くらいかな

 

613: 名もない視聴者

ぉっふ

 

614: 名もない視聴者

>>610

お前……72マスターの者か?

 

702: 名もない視聴者

パソコンも自分でいちから組み立てたりとかして

 

706: 名もない視聴者

もうあいつならやりかねん



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第八話☆ コラボコラボって、ソシャゲじゃないんだから

◇◇◇◇◇

 

『ロイドさんはコラボをする気はないですか?』

 

 マネージャーの橘さんから、そんな一言がRINEに。他の同期の方が既に何人かコラボを始めているのがきっかけでしょうか。私は誘われていません。どうやら遠慮されているようで。

 

 ちらりと同期の方の配信を見た事があるのですが、視聴者の方にコメントで私とのコラボはしないのかと聞かれていました。しかしその方は恐れ多いと戦慄していました。あれです、あだ名がもやしさんというお方。

 

 良くも悪くも私は目立っている様なので、このままいけばソロプレイまったなし。

 

『申し訳ございません。今のところ、考えておりません』

 

 ただ、どうしても乗り気になれない私は、お断りの言葉をいれてしまいました。

 

 どうして私が乗り気になれないのか、それは私自身がまだ配信者として中途半端な覚悟しか持てていないからだと思います。別にいつやめてもいい、そんな気持ちで一所懸命に取り組んでいらっしゃる同期や先輩方と一緒にコラボをするだなんて、私自身が納得できないのです。正直、引け目を感じています。

 

「結局、私個人の問題ですね……」

 

 色々な事を考えて下さっている橘さんの立場を思うと非常に心苦しかったのですが、その時の私には誰かとコラボ配信をするだなんて、到底考えられませんでした。

 

◇◇◇◇◇

 

〜コメント〜

 

コラボしないの?

 

「う……」

 

 同じような言葉がコメント欄にも出て、私は思わず口つぐみました。

 

 今日という今日に続いてコラボのお誘い。世間の意見はやはり私が誰かと絡むのを見てみたいという事なんでしょうか。

 

「コラボ……今のところお誘いもありませんし、特に考えてはいませんね」

 

〜コメント〜

アンドロイドぼっち説

コミュ障かな?

確かに他のVは遠慮してる風潮ある

じゃあ誰かから誘われたらするって事?

 

「そうですねぇ。誘われたらですね。まあ多分いっときコラボはないと思います」

 

〜コメント〜

フラグかな?

見える見える

言質はとった。鳩よ、飛べ!

鳩使いは控えろください

もやしゃとコラボしてほしいです!

即落ちくるなこれ

お、お? 早いもん勝ちかこれ

〈エクレールII世〉これはもう実質誘われたようなもん

キターww

秒で草

マジやん

トップきた

ボソッと吐いた愚痴を上司に聞かれてた感覚

 

「あー……」

 

 有名人の言葉にコメント欄がざわつく。ともすれば、誰もが予想できたありきたりな展開に。

 

 エクレールII世。私だってその名前は知っている。スクエア所属のライバーなら全員名前くらいは調べてある。その中でもエクレールII世は、バーチャル好きなら知らない者はいない。

 

 スクエア所属 第一期生 エクレールII世。王冠とマントという赤と金が基調となった出で立ちには絶対強者の威厳が表れている。王の風格。通称女王陛下。

 

 『至高の四人』の第一期生の中でも、皆を纏めるリーダー的存在。自分の動画を英訳した海外バージョンも自ら編集を手掛ける努力っぷり。彼女が積み上げてきた功績がスクエアの名を世間に広め、今の確固たる立場を築いたと言っても過言ではない。今一番、私が関わりたくなかった方でもある。

 

 コメントでは既にコラボ決定の賑わい様。再度エクレールII世さんからコメントがくる。

 

〈エクレールII世〉来週の日曜とかどうかな?

 

 日程まで絞って……! しかもその日は、私の次の配信予定日だ。まさか既に橘さんと裏で話を通しているのでは? だとすると逃げ場はない。コメント欄でも誰かが言う。

 

 知らなかったのか? 女王からは逃げられない。

 

 私も腹を括るしかなかった。

 

「……私なんかでいいんでしょうか」

 

〜コメント〜

 

良いに決まってるだろぉ〜?

お前が良くなくて誰がいいんだよ

民には気を付けろよ狂信者もいるから

ファン<<民 壁 狂信者>>アンチ

俺らもそろそろ名前が欲しいな

 

「では、よろしくお願いしますエクレールII世さん。私も覚悟決めますね」  

 

◇◇◇◇◇

 

「困ったなぁ」

 

 配信を終えて、一息つく。まさかこうも矢継ぎ早に決まってしまうとは。

 

 心の準備が出来てない。いったい私はどんなスタンスで当日赴けばいいというのか。

 

 うーんとひとしきり悩んだ挙句、私はその道のプロを訪ねる事にした。自分の配信部屋を出て、豪邸の中の無駄にある一室をノックして中に入る。

 

 そこでは香澄ちゃんが恍惚とした表情で配信動画を見ていた。というか、画面に映っているそれはさっきまで私が配信していた枠の終わりの風景なんだけど。

 

 時々、香澄ちゃんはこうして私の家に泊まる。そして私の配信がある日は、隣の部屋で熱心に見てくれている。可愛いかよ。

 

「ねぇねぇ香澄ちゃん、ひとつ聞いていいかな?」

「ひゃい!? ろ、ロイドさん! 本物のロイドさんが目の前に!」

「いや、そりゃそうだよ」

 

 一体誰の家だと思ってるんだ。まあ確かに、さっきまで画面の中にいた人間が近くにいるって不思議な感覚になるのはわかるけど。

 

「エクレールII世さんって、具体的に言えばどんな人なのかな? 香澄ちゃんはばちゃちゅばの事詳しいよね?」

「もちろんです! ……あれ? もしかして、ロイドさんって自分以外のばーちゃるちゅーちゅーばーに興味がない感じですか?」

「興味がないっていうか、えっと、深く掘り下げてまでは知らないだけだよ」

「うーん……じゃあ、エクレールII世さんのまとめ動画が有志から挙げられているので、そっちの方を見てはどうですか? 十分程度で大体分かりますよ」

「あーなるほどね、じゃあそれを見てみようかな」

「本当ならご本人の動画を見るのが一番かもしれないですけどね。時間がないなら、切り抜きだけでも十分エクレールII世さんの頑張りは伝わってきます。私なんて初めて見たとき号泣しました」

「えーまさか、私は流石に泣きはしないかなー」

 

 感動ものの映画だって泣いた事ないし。多分。流石にまとめ動画くらいでこの私が泣くはずがないよ。

 

 でもまあ、香澄ちゃんのおすすめだからね、期待してみるけど。期待するって事は既にハードルが上がってるって事だからね? これはもう、ちょっとやそっとじゃ泣かないよ。何しろアンドロイドですし? 泣くだなんて無駄なプロセスは存在しないのですよ。

 

 ──視聴直後、私は頬を濡らしていた。

 

「頑張りが尊いですっ……」

 

 エクレールII世さんは、元々個人のバーチャルちゅーちゅーバーで活動していたらしい。それなりに有名になると、同士を募ってスクエアを立ち上げた。

 

 だが、スクエアの活動が軌道に乗るには時間がかかった。その間にメンバーから抜け落ちた人もいる。かつてはエクレールII世さんも、エクレールという名前だったのだが、そうしていなくなってしまった人の思いも引き継ぎ、彼女はエクレールII世へと名を変えた。

 

 エクレールII世さんは自分で切り抜きをしたり、その頃から英訳配信を行ったり、とにかく自分で出来る限りの事をやり遂げていた。その努力も報われて、今でこそスクエアは大手のばーちゃるちゅーちゅーばー企業として名を馳せているが、初めは名も知れぬ小さな城だったのだ。

 

 リーダー的存在っていうか、もろ創立者の一人だとは。ちなみに、これまでエクレールII世さんが毎日の配信を怠った事はない。どんなに短くても必ず一つは動画をあげている。

 

「やっぱり私なんかがコラボしてはダメでしょう……」

 

 元からあった罪悪感がマックスにまで高められた。どちらかというと怠惰の私は、エクレールII世さんとは対極ともいえるし。やはり、今からでもお断りの連絡を入れてしまうか。

 

 そう考えていた時、橘さんからRINEが来た。

 

『土曜日もし空いてるのなら、エクレールさんが一緒に食事でもしたいと仰っていますが、どうなされますか?』

 

 女王からは逃げられない。

 

 私は渋々、グッドマークのスタンプを送ったのだった。



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第九話 「ある日そんな素敵な第二の人生を始められるだなんて、どれだけ前世頑張ったって感じだよね」

◇◇◇◇◇

 

towitter

 

〈エクレールII世〉焼肉なんてどう? 

〈安藤ロイド〉陛下の仰せられるままに

〈エクレールII世〉二時間の食べ放題のやつでいいかな? ちょっとお高いから民の税率上げて私腹を肥やしてくる

〈安藤ロイド〉不満などあろうはずもございません

〈エクレールII世〉逆らう人が出てきたらどうしよう

〈安藤ロイド〉一族郎党もろとも打ち首です!

 

◇◇◇◇◇

 

 土曜日、香澄ちゃんチョイスのおしゃれな服装に身を包み、爽やかでフローラルな香りを首元と手首にほんわりと漂わせ、新品の靴を履き、勝負下着をこっそりと(そんなの無いけど)、最後にサングラスとマスクで締めていざ出陣。

 

「では、出ますね」

 

 橘さんが車を出す。私は後部座席でリラックスしていた。橘タクシーに任せていれば安心だ。

 

 お店も予約してくれたらしい橘さん。私とエクレールII世さんの我儘により、橘さんにも店の中まで同行してもらう事にした。うまく喋れなかった時の保険でもある。

 

「今日は一段とお美しいですね。危うく本能で手がでかけました」

 

 今日も橘さんは、胸を鷲掴みにするような冗談を真顔で言いのける。冗談だよね? 

 

「この度は食べ放題との事でしたが、やはりロイドさんはとても食べられる方なのですか?」

「そうですねぇ、お肉も嫌いではありませんし、この体になってから結構食べる方だと思いますけど、お店の方にご迷惑が掛かるので程々ですね」

「食べ放題でお店に迷惑なんて、身近で初めて聞きましたよ」

 

 私だって食べ放題で遠慮はしたくないけれど、この身体はどうやったってお腹いっぱいになるという事がないのだから、流石の私もお店の方に出入り禁止をくらいたくない。

 

 今とってもえげつない事を考えついたのですが、ゴミ処理場で私を強制的に利用すれば地球のゴミ問題解決です。その代わり私の人権も文字通りゴミ同然に廃棄される前提ですが。

 

「もう少しで着きますよ」

 

 私の利用価値を国家レベルで考えていると、程なく目的地へと近づく。

 

 慣れた手つきで橘さんがとあるマンションの駐車場に車を停めると、すぐに一人の女性が近づいてきて、躊躇いもなく後部座席の扉を開くと乗り込んで来た。

 

 ピピッと私の目が瞬時に女性を分析する。歳は30前半。胸は香澄ちゃん未満橘さん以上。好きな食べ物は……梅干し! 多分! めいびー。

 

「よーっす橘さんよろしくねー。ってうぇえ!? 想像以上にロイドさんじゃん! エクレールII世こと梶原瞳です初めましてよろしくよろしくー!」

「安藤奈津ですよろしくお願いします」

「声もロイドさん!」

 

 そりゃそうだろう。

 

 初っ端から元気いっぱいの梶原さん。活力が満ち満ちている。短いデニムから見えるおみ足もあってか本当の歳よりも随分と若く見える。まあ、本当に30前半かは知らないけれど。

 

 橘さんが車を出して焼肉屋さんへと向かう中、エクレールII世さんからかなり露骨に視線を向けられる。コミュ力の高い人とは目だけで会話出来そうな眼力があるな。

 

「私の顔に何か……?」

「いやいや、気にしないで。見てるだけで癒されるから。本当にリアルにこんな美少女がいるだなんて驚きでちょっと興奮してるだけ。歳は幾つだっけ?」

「20ですね」

「若っ! 何でも出来るじゃん! アイドルとかすれば絶対に売れるよ絶対に」

「忙し過ぎるのはあまり得意ではなくて」

「七十二時間配信は!?」

「あれは本当に気付いたらそうなっていただけなんですよ……」

「マジだったんだ」

 

 エクレールII世さんの性格のお陰か、焼肉屋さんまで話が尽きる事はなかった。流石の対人関係能力。

 

 車から出る時にサングラスとマスクをつけて店内に入る。橘さんがさっと予約の名前を伝えて個室にまで案内された。向かう道すがら、既に焼いた肉の香ばしい香りが鼻腔をくすぐっている。

 

 飲み物はエクレールII世さんがビール、橘さんが運転手なのでジンジャエール、私がゆずレモンとそれぞれ注文して、食べ放題に入る。

 

「お肉はお二人が選んでおいてください。私はサラダを。お二人に合ったチョイスを完璧に選んでみせましょう。マネージャーですので」

 

 橘さんがそう意気込んでサラダバーへと向かった。私とエクレールII世さんが一つのタブレットを覗き込むようにして見る。

 

「わっ、案外良さそうな肉いっぱいあるね。サイドメニューも興味深い。飲み物なんか紅茶とかもあるよ。なっちゃんは紅茶とか得意?」

 

 私はいつの間にかなっちゃんになっていた。私もここでエクレールさんとは呼べない。

 

「嗜む程度です。初摘みかそうでないかが感じ取れるくらいですね。秋摘みなんて滅多に飲みませんが、マスカテルフレーバーが抑えられた分、優しい甘みを感じます。偶には夏摘みでないのもいいものだと思います」

「わーお、めっちゃ得意じゃん。そういや橘さんも紅茶得意なんだよ」

「……」

 

 ちょうどその時、図ったように扉が開かれる。

 

「私がどうかしましたか?」

「実はね、さっきなっちゃんと紅……」

「お肉! お肉が食べたいです! 私ペコペコです!」

「あら、そうなんだ。じゃあ適当に何皿ずつかで頼んどくねー。サラダありがと橘さん」

「マネージャーですので。焼きも私に任せてください。マネージャーですので」

 

 何だか橘さんのテンションがいつもと比べておかしくなくもない。焼肉奉行さんなのだろうか。

 

「お飲み物お持ちしました〜。こちらビールですねー。こちらがジンジャエールで、こちらがゆずレモンの方ー……うわっ」

 

 私の顔を見て失礼な声をあげる店員さん。そういえばマスクとサングラス外してるんだ。もしかして視聴者の方か!? と警戒したが、店員さんの顔が徐々に赤く染まるのを見て違うなと判断。果たしてその朱は羞恥故か、それとも……

 

「私ってあんな反応されるくらいですかね?」

「距離近かったからね。破壊力はあったと思うよ」

「飛びついてこなかっただけマシでしょう」

「そっかー。可愛すぎるのも難点ですね」

「「……」」

 

 美少女である事に今更後悔とかはないが、せめてクラスに一人はいる感じくらいに抑えておいてくれよと思う時がある。贅沢な悩みだ。

 

 変な空気になったのを打ち消すように、三人でグラスを握って目の前で持ち上げる。

 

「乾杯〜!」

 

 久しぶりに食べた誰かとの外食は、何の悩みも苦労も忘れて楽しめた。今度香澄ちゃんとも一緒に行こうと思った。

 

 とても……楽しかった。

 

 こんなに楽しくていいんだろうか? 私にそんな権利があるのだろうか? 流されるままの私の人生を他人が批判している気がする。私の知らない不特定多数の誰かが今も覗き見て、言動一つ一つ地の文すらを見張っている気がする。そう考えると少しだけ怖くなった。

 

◇◇◇◇◇

 

「あぅぅ……」

 

 店を出て新鮮な空気を浴びる。外の風に当たる橘さんはベンチの上でぐったりと脱力している。

 

「あちゃー空気酔いだね」

「空気酔いですか?」

「橘さんってお酒強いのにわちゃわちゃした空気には弱かったりするんだよー。はっちゃけるというか、本性が垣間見えるというか、最終的にはご覧の通りダウナーになる」

「うぅ……」

「なるほどですね。代行の方をお呼びしますか?」

「うんにゃ。少しだけ待っててあげようか。橘さ〜ん、私たちそこら辺歩いて時間潰してくるからねー。休んでてよー」

「ぁい……」

 

 返事かどうかも分からないが、今はそっとしておこう。それより私は、突然二人っきりにさせられたこの状況について考えなければいけない。

 

 エクレールII世さんが気を使ったのは橘さんではなくて、私の方なのではないか。

 

「なっちゃんさぁー、何か悩んでるでしょ?」

 

 ほら、やっぱりと。私の心情をある程度は察しているのか、エクレールII世さんが軽い拍子で口にしたのは、紛う事なき後輩を慮る先輩の姿だった。

 

「……正直、すこし」

「んーコラボをあれだけ避けていた理由みたいな感じ?」

「ですね。私みたいに何の努力もしていない人間が、

 棚からぼた餅的に誰かと一緒に配信なんてしていいんだろうかと、自己嫌悪に陥ります」

「えっ! 丸3日も寝ないで配信する人に文句言う人なんて誰もいないと思うけど」

「それは、努力とはまた違いますし」

 

 私にとっては呼吸同然の在り方を、神業みたいに褒められても困る。みんなは勘違いしているのだ。私がとても努力して配信をしていると。そのすれ違いもまた個人的には受け入れ難い。

 

「例えばの話です。梶原さんが、これまでの記憶を一切無くして別人となり、ある日突然唯一無二の美貌と広すぎる豪邸、理想の肉体、原理も分からぬ便利道具に、概念を超越した人権を与えられて、どう生きますか?」

「なろうっぽいね」

「?」

「いや、何でもない。うーん難しい話だね。今までの自分の記憶がないって事でしょ? それってほぼ他人だからね。想像できないけど……多分またばーちゃるちゅーちゅーばーをやると思うよ。きっとね。んでもって、そんな生き方を誰か否定する奴がいても、気にしない気にしない。私は私の好きな事をするんだよ。今と同じように」

 

 そもそも、と続ける梶原さんの顔に、画面に映るエクレールII世さんと姿が重なって見えた。

 

「なっちゃんは少し勘違いしてると思うよ。私の事さ、努力して努力して頑張り続けてきた全力人間くらいに思ってなーい? 違うよ? 私は初めっから好きな事しかやってないから。好きな事を好きなだけしてきて、今の姿があるわけで。それに誰かが心打たれて褒めてくれるのは嬉しいけどさ、私的には少しの苦労もなかった悔いの無い人生だよ。なっちゃんをコラボに誘ったのだって、私がなっちゃんと一緒に配信したいって純粋に思ったからで、なっちゃんが誰よりも頑張ってるからーとか思ったわけじゃないよ? いや思ってない事もないけどさ、それとこれとは別なんだ」

 

 最後に梶原さんは、私に聞く。

 

「配信、楽しくなかった?」

 

 私が忙しくなさそうだからと始めたばーちゃるちゅーちゅーばー。休みも出来て責任も重くなさそうとか、そんな理由で選んだ生き方。

 

 実際に、他の人からすれば責任が軽いとかそんな事は無くて、休みだってそうそう無いだろうけど、やっぱり私のスペックからすれば他と比べて楽である事に変わりはなくて。

 

 ただ配信をするだけで驚かれて、トークをするだけで色々な反応が返ってきて、中にはロイドというキャラを心の底から応援してくれる人もいて、明日も頑張れますとか嬉しい事を言われたりして、中の私はこんなんだけれど、そんな私でも彼らに対してどうすればもっと喜んでくれるか考えたりして。

 

 楽しいかどうか聞かれて、改めて見直した私の心は、思っていたよりも素直だった。

 

「楽しかったです」

「なら、それでいいじゃん! 楽しけりゃいいんだって。という事で明日はもっと楽しむぞおー!」

「おー!」

 

 何だ、楽しかったらいいんだ。そうだよ。元々私は好きに生きると決めたんだし。

 

 随分と肩が軽くなった。気付かない内に私は、色々なものを背負おうとしていたらしい。そんな器でもないのに。

 

 手紙には賢く生きろとも書いてあったけど、何だか言いなりになるのも癪だし、もうちょっと馬鹿になろうって思った。

 

「大体さー」

 

 機嫌を良くした私に、梶原さんが掛けてくれた言葉を私は一生忘れない。

 

 完全記憶能力なんてものが本当に私に備わっているかどうかはともかく、忘れる事だけはない。

 

◇◇◇◇◇

 

 ちなみになろうっぽいとは、小説家になろうというコンテンツに、主人公が降って湧いた能力などを我が物顔でエゴイストに過ごしたりする事が多く、又その能力それ自体の事を指す説が主な説とされています。が、真実は定かではありません。

 



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第十話☆ 好きな事して生きていく

◇◇◇◇◇

 

「ひれ伏せぃ! という訳でロイドちゃんとの初コラボ始めるよー」

「ここに来るまでに色々な人から応援の言葉を頂きました。人の優しさが伝わりました。ロイドです。今日の配信の流れは全部先輩に考えてもらっています。ロイドです」

 

〜コメント〜

 

キターw

何気初第一期生第三期世共演

伝説と伝説のぶつかり合い

七十二時間越えられるか?

やめたれ片方人間なんだから

焼肉行ったのー?

〈モノクロエッグ〉名前を見て、ドラマ『安堂ロイド』を思い出したの私だけだろうか?

俺たちのエクレール税増やされるってマ?

 

「へいへい、聞きたい事いっぱいありそうだから、まずは安定と安心のマカロンからしていくねー」

「んー、食べるやつ、ではないですよね?」

「あ、マカロンっていうのは、匿名質問アプリだよ。そういえばロイドちゃんがマカロンしてるの見た事なかったよ。知らなかったのか。私と初マカロンだぜやったね」

「あー……そういえばコメントでもアジの開きさんやシマチョウさんが言ってましたね」

「コメント全部覚えてるって本当だったのか……それじゃあ記念すべき初マカロン、わっチョンさんから。『Towitterを見ましたが、焼肉屋潰しに行ったって本当ですか?』。さっきもコメントであったけど、焼肉には行ったようちらのマネージャーさんと一緒に三人でね」

「いや、待ってください。質問がおかしかったですよ。潰しにって何ですか。食べに行ったんですよ。物騒な事言わないでください」

「だって食べ放題だもんね。分かるよみんなの気持ち。実際、店員さんに止められたもん。食べ放題って本当に元取れるんだね。都市伝説かと思ったよ」

 

〜コメント〜

恐れていた事が起きた

やはりな

想像がた易い

デブw

↑ライン超えたなぁ!?

仲良いなスクエア

お、てぇてぇか?

食べ放題で元取るってすげー事なんだぜと、元飲食業経営者の俺より

 

「最初にお肉が届いた時にロイドちゃんがね、赤字になりそうだったら教えて下さいって言ったの。まあその時は店員さんも怪訝な顔して何言ってんだって思ってただろうけど、最後くらいに店長さんが来てすっごい低姿勢でお願いされたもんね。なんか強制的に止めたりとかは出来ないらしくて、本当にただのお願いだったんだけど」

「もちろん私は止めましたよ。常識あるので」

「ロイドちゃんが『やっぱりお腹いっぱいにはなれないんですね』って小さく呟いたのを、店長さん真っ青な顔して聞いてたけどね」

「うっ」

「でも楽しかったねー。頼み過ぎた分はロイドちゃんが吸い込んでくれるし。私と橘さんは、あマネージャーさんの事ね。橘さんと一緒に色んな種類を食べたよ」 

「人をそんなダイソンみたいに」

「他にもねー、なんか家族で来てる1組のお客さんがね、お通夜みたいに暗いテンションで焼肉食べててね、どうしたんだろーって私と橘さんが心配してたら、サラダバーから帰ってきたロイドちゃんがその席に混じって『野菜も食べないと』とか言ってサラダ分けてるの! あーもう過去一笑ったね。そこのお客さんキョトンとしてるし、ロイドちゃんしれっとしてるし」

「あ、あれは本当に無意識というか、気付いたら体が動いてて……ついやっちやいました」

「笑い死ぬかと思った」

 

〜コメント〜

どういう事だってばよ

常識あるので(十秒前のセリフ)

やっちやいましたか

謎すぎてサラダ生える

ベジタリアンドロイド

ママ味感じるな

ロイドちゃんに野菜手渡しされるとかどんなご褒美

徳兄貴積んでるかー?

 

「焼肉での話はもっとあるんだけどね、それはまた今度で次のマカロンいくよー。田中二郎さんから。『お互いの第一印象を教えてください』。これはね……可愛いに尽きるね。冗談抜きでこれまであったどんな人間よりも美しかった」

「そんな事言ったら、先輩もすっごく綺麗でしたよ。理想の女性って感じでした」

「でもロイドちゃんの方が可愛いでしょ?」

「それはそうですけど。その言い方はズルイです」

 

〜コメント〜

!?

清楚らしからぬセリフが

聞き間違いか俺疲れてんだ

自己評価出来て偉い

なんか当然のようなニュアンスだったな

 

「ま、まるで私がナルシストみたいに」

「うーん……確かにナルシストとはまた違うかもね? 客観視の極み的な」

「やめましょうこの話。次です次! これ、ですよね? はい、スタンドアップフラワーさんからです。『お二人の次のコラボはいつですか?』ですね。えーっと」

「いつにしようか?」

「そうですね……私の場合橘さんとよく話し合って決めなくてはならないので」

「橘さんからは許可もらってるよ。じゃんじゃん誘って欲しいって」

「えーっと、来月とか」

「うーん」

「‥…再来週とか」

「再来週ね。いや、いいんだけどね。いいんだよ。ロイドちゃんがそれでいいなら」

「……来週?」

「同じ事思ってたよー! 気が合うな私達!」

「ですね」

 

〜コメント〜

ひどい茶番を見た

仲良しだなー←

先輩からのお誘い(強制)

誘導尋問

顔が笑ってなさそう

いつもの王権発動ですねこりは

 

 

「嫌なら嫌って言わないとだよ?」

「言わせないでくださいよ。私、もう決めたんですから。好きな事しかしないって」

「……そっか」

 

〜コメント〜

??

なんかDTっぽい発言だった

あっ、おーい! 誰かのせいでそっちの意味にしか聞こえなくなったぞ責任取れ

ばーちゃるファンの私によると、これはてぇてぇですね

よく分からんけど半分告白みたいなもん

 

「もう次。次行きますね。稲妻さんから。『ロイドちゃんへ、エクレールII世の事どう思ってますか? 好きですか? 大好きですか?』。え、私単体への質問ですか。どう思ってるかだなんて、そりゃあ尊敬していますし、頼れる先輩ですし、綺麗な方ですし褒めるべき点はいっぱいありますけど……って、待ってください。さっきからなに変に笑ってるんですか先輩! ん? あ、あ! これってもしかして、自演ですか!? 名前! やりましたね先輩!」

「気付くの早すぎてお腹よじれる。テヘッ」

「テヘッじゃないですよ! 匿名で特定されてどうするんです!」

 

◇◇◇◇◇

 

 ばーちゃるちゅーちゅーばーには、ファンがいれば、その反対もいる。楽しい時はいっぱいあるけれど、時々悲しくなる。それでも笑わなければいけない。笑顔の裏には、幾つもの悩みを隠している。そんな時、あなたの一声で救われる事もある。あなたがいつもよりもう少し優しくなれば、私たちの笑顔は本物になる。ちゅーちゅーぶと違って、ばーちゃるちゅーちゅーばーは、一人では動画を作り上げられない。貴方のコメントがあって初めて完成する。素晴らしい動画には、最高のばーちゃるちゅーちゅーばーと、素敵なコメントがあるものだから……

 

 ──ばーちゃるちゅーちゅーばーには、優しい先輩もいれば、厳しい先輩もいる。

 

「なんて羨ま……度し難いですわ。安藤ロイドさん。私は貴女を、認めませんわ」

 

 癖っ毛を器用にツインテールへまとめたその女性は、画面に映るロイドを見て不機嫌な顔を隠せなかった。握った拳に思わず力が入る。

 

 スクエア所属 第二期生 公爵令嬢のエリザベス。通称──ツンデレディー。とっても良い子である。




一章 美少女に生まれ変わったらやりたい事完。次章は至高の四人。基本は「十話で一章」「一日一話投稿」です。


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第二章 至高の四人
第十一話 一万のカルテ


第二章『至高の四人』

スクエアには、始まりの四人がいる。


◇◇◇◇◇

 

「ロイドさん! お掃除とお洗濯終わりました! お昼ご飯はどうしますか?」

「お願いしちゃおっかな」

「オーケーです! ホットサンドメーカー使ってサンドイッチ作りますね!」

 

 私が作業服として与えたメイド服を着て元気に働く香澄ちゃん。ちなみにメイド服はコスプレ用ではなく本物のやつだ。何をもって本物とするかだが、単純に値段的に。オートクチュールだし。もしかすると、メイド服が私の家の中で一番高価な物かもしれない。

 

 元気溌剌に家事をこなす香澄ちゃんの姿には、引きこもりの面影すらない。一体どうしてこんな子が突然学校に行かなくなってしまったのか、本人にそれとなく聞いてみた事はあるけれど、香澄ちゃんのお母さんが仰ってたように「突然」だった。香澄ちゃん自身も、はっきりとした理由が分からないくらいで。

 

 でも、今はとても元気だ。学校にも行ってる。それで良いのではないか。

 

 ……本当にいいのか?

 

 私はそれをもっと深く知るべきではないのか。でなければ、私は一生……

 

「──ロイドさん、ロイドさん? 大丈夫ですか?」

「……ん? あ、うん、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」

「具合が悪くなったら言ってくださいね? ずっと動かないから一瞬女神像に見えましたよ」

「多分最初で最後に聞く褒め言葉だよ」

「何かあったらすぐにお知らせくださいって、マネージャーの橘さんにも私お願いされてるんですから」

「私の信用の無さ!」

「今日は夜の六時から配信ですよね? 夜ご飯は早めにとりますか?」

「お、お願いします」

 

 いつの間に橘さんと繋がりが出来ていたんだ。それに完璧なスケジュール管理はもはや秘書だ。給料を上げるべきかもしれない。考えてみれば、最初のうちは何人か家政婦さんを雇おうと考えていたのだ。それを今は香澄ちゃん一人で頑張ってる。大変ではないだろうか?

 

「他の人? ……いえ、いりません。大丈夫ですよ。毎日全部のお部屋をお掃除してる訳ではありませんから。一度も入った事のない部屋の方がまだ多いかもしれません」

「確かに、そもそも一度も使ってない部屋ばっかりだもんね。私も全部の部屋は把握してないし」

「……ただ、一つ気になる部屋があって」

「気になる部屋?」

「はい。実は、一つだけ厳重に鍵が掛けられた部屋があるんです。そこはロイドさんしか入れなくなってるんだと思います」

「本当? でも、私もその部屋の鍵なんてどこに置いてるのか分かってないしなー」

「ああ、いえ、鍵といっても電子の方で。つまり、その、八桁のパスワードみたいなんです」

 

◇◇◇◇◇

 

 香澄ちゃんの言う通り、普段は見もしない廊下の奥の死角にその部屋はあった。明らかに他とは違って光沢のある重厚な扉で、ゼロから九の数字を八桁打ち込む事でロックが解除されるみたいだ。

 

 問題はその数字を、私が知らないという事だけど。八桁といえば西暦の暦あたりが無難とは思うが。

 

 単純にブルートフォース作戦を仕掛けようにも一億パターンはある。手探りでは無理だといえる。

 

 埒外に高性能な電子機器でもない限り。

 

「いけちゃうんだウチのパソコン! なんて偉い子! 大好き」

 

 原理は知らないが、近づけただけで解読を始めた。褒めたら何か解読スピードが上がった。今日もメタリックピンクがふつくしい。

 

 三分と経たない内に八桁の暗号がパソコンの画面に映し出され、扉の鍵が開く。

 

 数字をよく見て、暦だと当たりをつけた私の勘は多分当たっている。その日付は私がこの体を得た日の事だったから。そして多分……香澄ちゃんが引きこもりを始めた日。もちろんそれも勘でしかないけれど。

 

 どうしてそれを鍵にしたのか、不思議に思いながら部屋に入ると、シンプルにテーブルが中央に一つあるだけの、他に何もない空間だった。

 

 いや、テーブルの上に無数に紙の束がある。近づいて内容を確認する。一枚一枚。日本語ではなく、最初はどういう物か理解できなかったそれも、私は多分これじゃないかという予想を立てる事ができた。

 

 これはカルテ(・・・)だ。ほとんど読めないけど、日付だけは分かる。一体何枚あるかの予想もつく。

 

 きっと、1万のカルテなのだ。対価の神様が言う通りならそれは前世(?)の私が救った数……

 

 不可解なのは、カルテの日付が全て未来でしかない事だ。それも一年や二年ではない。例えるなら、今から最短で医師免許を取りに行って間もなくの未来。

 

 あぁなんという事だ。私はただ死んで美少女の体を与えられたのではない。このカルテを作ったのが私だとして、医師免許の推測が正しかったとして、導かれる答えはたった一つ。

 

 前世の私が過ごしたはずの時間は、この体が与えられた時を境に逆行しているのだ。どうしてそんな事を対価の神は行ったのか。きっとそれは、私の願いに通じていると思う。

 

 その願いを私は知る事が出来ないけれど。

 

 今、私が最も気にしなければいけないのは、目の前の1万人の命だ。これはもはや救った命ではなく、救わなければいけない命だ。1万の予言の書と言っても過言ではない。中には救えなかった命になってしまうものもあるのかもしれない。

 

「中々に憎いお土産を残してくれたものですね全く」

 

 まだ見もせぬ神に聞こえるように、そう独りごちる。好きにしろと言われた気がした。



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第十二話 不機嫌な公爵令嬢

◇◇◇◇◇

 

「えー可愛いーモヨっちゃんまじ可愛いー」

「えー、私なんて全然可愛くないですぅー。本当ですぅー。自分の顔が嫌になっちゃうみたいなー」

「えー嘘ウケるー」

 

 最寄駅で目的の電車を探しながら、高校生だよなー元気あるなー凄いなーと思いつつキャピキャピな子達の横を通り過ぎる。

 

「えっ……豊穣の女神?」

「わ、私なんて全然可愛くない、どころか……! それを考えるのは少し億劫ではあるが、しかし幾ら自分の顔を鏡に写そうとも見つめ返すはミジンコ以下の目と鼻と口のある何かだった」

「ウケるー」

 

 あ、マスクしてたけどサングラスしてなかった。これがあるとないとでは内に秘めたるスパイごっこ又は興信所ごっこのクオリティに差が出るからね。必需品だね。

 

 いつもの不審者コーデになって、ようやく目的の電車に乗り込む。今から向かうのはスクエア本社。この前エクレールII世さんとコラボ配信をした時に利用したので実を言うと二度目だ。でもあの時は他に見て回る余裕もなかったし、どうせなので今日は本社見学をしようと思う。どうして今日本社に向かっているのか、それはエクレールII世さんとコラボだから! 一週間とは早いものよ。私の時間のルーズさに気を遣ってか、少し早く来て打ち合わせをするようお願いされてある。

 

 二駅進んで新幹線に乗り継いで、東京都台東区秋葉原うんたらかんたらにあるでっかいビルの本社に着いたのはお昼の1時を回った頃。

 

 受付のお姉さんの横を笑顔で通り過ぎると、あちらも元気よく手を振ってくれて私は顔パス。私の顔は覚えやすいからね。サングラスとマスク越しでも分かってくれる。

 

 少し歩いて一階のロビーにある縦四百横八百センチの無駄にでかいホワイトボードで各ライバーの今日の予定を確認する。因みにホワイトボードの面積のうち七割は落書きコーナーとして使われている。

 

『死んでから死ね』『()ねやぁ!!』『猫背で豚ウェイトって私は人間ハイブリッドかよ』『視聴者はみんな三歳児だと思うと大体許せる』『少し寝る。少し。私が起こしてて言ったら起こしてね』『酔ってないよ。飲んでるだけ』

 

 配信でうまれた迷言もあれば、画伯の集う絵画展も幅広くホワイトボードを浸食している。私も何か書いとこう。

 

『電気羊の夢って……? 羊が一匹、羊が二匹のこと?』

 

 各ライバーの控え室は三階に用意されてある。私のももちろんある。ただし、内装はシンプルで、唯一の私物はエクレールII世さんの予備の寝袋が置かれてあるだけだ。……私物? まあいい。

 

 今日は内装に彩りを加えようとシャボンの香るスティックタイプの芳香剤を買っているからね。これも置くつもり。気分は動物の()。ただしローンを迫る狸はいらない。

 

 ルンルン気分で部屋に向かうと、見知らぬ誰かが扉の前に立っていた。そして、そこは間違いなく私の部屋のはずだった。完全記憶に頼るまでもなく、扉の色が私のパーソナルカラーである橙色と銀色でド派手に染まっているからだ。

 

 はて、やはり私の知らない人だ。向こうがこちらに気付き顔を向けた拍子にクルクルっとしたツインテールが跳ねる。どうやら、向こうが部屋を間違えたという事でもないらしい。彼女の目は明らかに私を見つめて……いや、特徴的なつり目はもはや睨んでいると表現しても過言。うん、睨んでるは言い過ぎだよね。 

 

 でも、友好的でないのは確かだった。私がこの顔と身体になって初めての友好的ではない視線だった。

 

「本当にそっくりですわね……初めてお目にかかりますわロイド様。(わたくし)、田中紀子といいますの。きっとご存知ないでしょうからライバー名も名乗らせて頂きますわね。スクエア所属 第二期生 公爵令嬢のエリザベスですわ。以後お見知り置きを」

 

 エリザベス……あの青髪ドリルツインテールお嬢様か! と暇な時に見た切り抜き動画を思い出す。そういえば言われてみれば、どことなく面影がある。

 

 普段の生活からその特徴的な口調なのはキャラ作りの一環なのか、それとも生来のものか。とにかく最後の名乗りがカッコ良くて感動した。ライバー名があたかも二つ名の如く私の脳内で補完された。ここまで丁寧な挨拶をされては私も返さなければいけないでしょう。

 

「スクエア所属 第三期生 アンドロイドの安藤ロイドです。本名は名乗るほどの者ではありません……安藤奈津です。私に、何か御用でしょうか?」

「ええ貴女に申し上げたい事は山ほどあります」

「ぉぉっと」

 

 なんだか穏やかではない。穏やかではないですね。私はそう思いますけど。けれど実際のところどうなのでしょう。この方から滲み出るオーラは怒りというよりも、もっと別の……

 

「このままでは貴女は、ばーちゃるちゅーちゅーばーを辞める事になりますわよ」

「……その心は?」

「中途半端なのですわ!」

「……」

「今はまだ話題性もあって多くの視聴者様がご覧になって下さりますけれど、言って仕舞えばそれまでなのですわ! 身の丈以上の評価は毒ですのよ。貴女のトーク力とやる気では、このままですと徐々に登録者数も減っていき、視聴者様が離れ、気分が落ち込み熱意を失い、ばーちゃるライバーを辞めたくなってしまう時がきますわよ!」

 

 ビシッ! と、扇子を力任せに畳んだみたいな張りのある声でお叱りを受け、私も雷を打たれた少女漫画の如きリアクションを取る。

 

 わ、私にそんな繊細な心が!? と。……まあ、考え辛い事だが、一部は確かに彼女の言う通りだろう。私は今でこそ切り抜き動画も多く、それがトレンドに載ったお陰でばーちゃるちゅーちゅーばーとは縁のなかった視聴者さんにも登録されたりと様々なブーストがかけられているが、お世辞にも話が面白いとは自分ですら思わない。精々が時々シュールな笑いを誘うくらいで。迷言だってそんなに持っていないし。

 

「そもそも、私共を差し置いてあろう事かエクレールII世様とコラボ配信をするだなんて羨まっ……いいえ! 物事には順序があるのですわ。それなのにロイド様は私共にはいつまで経っても声を掛けてくれずに寂しっ……いいえ! そうではなく! 貴女は先輩と後輩という上下関係を少々蔑ろにしているのではなくて? 社会人以前の人間としてのマナーの問題ですわよ」

「その様なつもり当方には一切無くてですね……」

「今だってそうですのよ。このご時世マスクを外せとは申しませんが、先輩と会話をする時くらいせめてそのサングラスを外すのは常識ではなくて? 人によっては、そのような些細な事でさえ不快に思われる方がいるのですからお気を付けにやっぱり貴女は付けたままでいいですわ外さないで下さいまし!」

 

 言われた通りにしたら止められた。理不尽な。これは何ハラってやつなのです?

 

「ドキドキしましたわ……」とか何とかボソッと口にして、改めてエリザベスさんは私に詰め寄る。

 

「私は日々全力でばーちゃるちゅーちゅーばーの働きに取り組んでいますの! その誇りと矜持をっ……何だか踏み躙られたような気分ですわ……」最初こそ勢いよく、最後は徐々に声のトーンを落としていき、終いには「ごめんなさい。最後のは、ただの八つ当たりですわ」と勝手に反省されて。

 

「それでは、後悔なさらぬように……私はこれで失礼しますわ」

 

 挙げ句の果てに、一人ぼっちで帰ってしまおうとしているものだから、私は慌ててその手を引き止めた。

 

「な、何ですの?」

 

 本当、何をしているんだろう。

 

 この人の言う通り、私は確かに全てが中途半端で、口が曲がってもばーちゃるちゅーちゅーばーに全力を懸けてるだなんて言えないけど。

 

 だから今こうして彼女を止めているのは、ばーちゃるちゅーちゅーばーではなく、一人の人間としてだ。

 

 誇りと矜持を兼ね備えた女性が、そんな悲しい顔をしていいはずがないと思ったからだ。少なくとも同じ様にばーちゃるちゅーちゅーばーに全力を懸けたエクレールII世さんは、毎日が楽しくて仕方ないって顔をしてた。どうせなら、ああいう顔の方が私は好きだから。

 

「今夜のコラボ配信、エリザベスさんもどうですか?」 

「なっ……貴女は何を言ってるの?」

「今夜の夕方から始まるエクレールII世さんとの雑談配信にエリザベスさんもどうですかとお誘いしているんです」

「そういう事ではなくっ……いえそういう事ですわ! な、何故私を? もしかして、既にチャンネル登録者数が私の方が下だから、惨めで無様だと哀れんでいるおつもりなの?」

 

 そうなんです? いえ、それは存じ上げなかったですけれど。そんなつもりは一切なくて。

 

「勘違いしないでください。こう見えても私、選り好み激しいんで。同情だとか哀れみで人を誘ったりしません。私がエリザベスさんと一緒に配信したいって純粋に思ったからです」

「っ……ロイド様はいちいち心臓に悪いですわね。もしも私が、今日は別の配信の予定があるからと断ったらどうしますの?」

「私一目見たものなら忘れられないんです。エリザベスさんの今日の予定は、既に把握済みなんですよ」

 

 自分のこめかみ辺りを指で小突きながら、私は自信満々に答えた。尚この時、事務によるホワイトボードへの書き込み忘れは考えないものとする。

 



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第十三話☆ 王と令嬢とアンドロイド

◇◇◇◇◇

 

「ひれ伏せぃ! という訳でロイドちゃんとの記念すべき2回目のコラボ始めるよー」

「お久しぶりです人間の皆様、安藤ロイドです。今日も人の心を勉強しにちゅーちゅーぶへと馳せ参じました。そういえば今日、駅のホームで肩と肩をぶつけてしまったサラリーマンの方々がいたんですけれど、片方の男性の方がボソッと『間合いくらいはかれよ』って仰ってました。Japanese ninja?」

「……エリザベス、ですわ」

 

〜コメント〜

我が君!

陛下!

兵器! あ、間違えたロイドちゃん!

突っ込みどころが多い

〈アリス〉やはり日本のサラリーマンはおかしい

んん笑??

あれ、おかしな、俺疲れてんのかな

貴族がひとり混じってる件について

何だ何だ、マネージャーさんか?

誰か知らない人いる

ど、どうしてスクエア所属 第二期生 公爵令嬢のエリザベス様がこちらに!?

露骨な説明口調

 

「ほらご覧なさい! 視聴者様が混乱されてしまっているではないの! ですからTowitterでも一言告知するなり何なりして差し上げたらと私申したではありませんか!」

「あー……でも呟いたら橘さんにバレてしまうかもしれなかったんですよね。止められたりしたら困りますし」

「ま、まさか、マネージャー様にも知らせていなくて?」

「まあまあ、これくらい大丈夫だって! な? エリザベスちゃんも落ち着いて。私も正直直前までロイドちゃんに秘密にされてて頭が追いついてないんだけど、一人より二人、二人より三人! いっそ今空いてるライバー全員呼んじゃおっか!?」

「エクレールII世様こそ冷静になって下さいまし!?」

 

〜コメント〜

有能俺、どうせまたアンドロイドの仕業だと推理

これは名探偵

〈キャットマスター〉こういうの好き

(みぞれ)〉サプライズお嬢様可愛すぎ。誇らしくないの?

スクエア反乱分子は伊達じゃない

AIは叛逆するってそれ一番言われてるから。ソースは映画と漫画

アンドロイド逆襲の物語、密着72時間

↑初配信で終了するぞそれ

エリザベス様はいいぞ〜もっと推せ

 

「やはり非常識だったのですわ。私ともあろう者がその場の雰囲気に呑まれて貴女についてきたのが間違いでしたのよ……」 

「大丈夫ですよ。ただその場のノリだけで今ここにいる程、エリザベスさんは愚かじゃありませんから。もう少しだけ一緒にいましょう? きっと楽しいですよ」

「よく分かんないけど、私達は楽しんだもん勝ちなんだよエリザベスちゃん。あ、それとも私との配信はイヤだった?」

「そんな事ありませんわ! むしろ光栄というか恐れ多いというかっ、えっとえと……」

「そう?良かった。いつも配信で私の事褒めてくれてたのは本音だったんだね」

「あうっ、見てて……!?」

「上に立つ者の器とか、世が世なら王の風格とか流石に照れるね。褒め過ぎかよって」

「っっ……!!」

「青い髪と同じくらい頬が赤いですね」

 

〜コメント〜

なんか新鮮だな

上司と顧客の板挟みでいじめられる中間職の構図

先輩にからかわれ後輩に茶化される公爵令嬢

封建制だもん仕方ないよ

結局これはどう言う状況なんだ……?

なんか急に女子会っぽくなったな

キャッキャッしだした

 

「女子会! いいですね女子会。やりましょう女子会。お菓子とジュースとかあればいいんですかね?」

「分かってないなーロイドちゃん。恋バナさえあれば他に何もいらないんだよ」

「あー……私とは一番無縁のものじゃないですか。アンドロイドなので」

「それはズルくない!? なんかいないの、思い馳せる博士的な何か」

「私気付いたら街中に放り出されてたみたいなところありますし。それ以前の記憶がないから一番最初に見た人の顔はダンディーな喫茶店のマスターくらいですよ」

「ロイドちゃんって意外とハードな生まれだったんだね……エリザベスちゃんはいないの? 許嫁とかさ」

「わ、私は、恋などっ……恋……恋なんて二度と御免ですわ!」

「やべタブー触れたかも」

「リアルな男性の方なんて信用なりませんわ!! 私を癒してくれるのはいつも、乙女ゲームの中だけですの。あぁ、アレン様」

「火ぃ点いちまった」

「極度の緊張とストレスで多分限界が来たんですかね。今日だけではなく日頃の積み重ねでもあると思います。もう少しだけ発散させておきましょう」

「素面になった時のフォローは……私がするか。荷が重いな。乙女の心を癒すなんて」

「私唯一の特技に声真似が出来るんで。そのアレンってキャラクターを一度聞けばそっくりの声なら出せますよ」

「またハイスペックな事をさらっと。まあ、よしんばそれが上手くいったとして、二次元のキャラを利用するのは更に心の傷を深めるだけなんじゃ?」

「あぁアレン様……」

 

〜コメント〜

ついていけねぇ!

おい! 誰だよお嬢様を壊したのは! きっと心を持たない非情なロボットか何かなんだろうな!

ロイドちゃんの特技とか切り抜き確定演出

おいたわしやお嬢様

エリザベス様普段との差がw

むしろこれが素なのか

エリザベス様幸せになってぇ。いや切実に

全ての元凶は一体のアンドロイドだった

マジかよデトロイト市警最低だな

 

「そういうエクレールII世さんは、恋バナないんですか?」

「強いて言えばばーちゃるの仕事が私の恋人だな」

「それじゃあ、恋バナ終了ですね。うーんもう少し楽しみたかったんですけど……エリザベスさんを(つつ)けばまだ何か話題をくれそうな気もしますが」

「やめたれ」

「あぁそうだ、私同棲相手ならいますよ」

「!?」

「といっても家政婦さんのみかん大福ちゃんなんですけどね。それも週二くらいかな」

「ぉお、ビックリした。思わずミュートにしようと思ったくらい驚いた。配信でも言ってたやつね。本当に家事やってもらってるんだ?」

「はい。最近は私の食事も管理してくれるようになってて。私が危うく配信時間を過ぎそうになっても呼びに来てくれてたりして大助かりなんです。私を確実に起こせるようにって同じベッドで寝てくれる優しい子なんです。お風呂上がりに身体を拭いてくれようとしていたのは流石に遠慮したんですけどね」

「……んー……着実に外堀から埋められてる様な気もしなくないけど」

「もう家政婦っていうか、ママですね!」

「アレン様ぁ」

「……愛すべき余の民よ。どうやら私達に恋バナはまだ無理なようだ。一人は鈍感で、一人は次元の迷子で、私はこんなんだしね」

 

〜コメント〜

ロクな奴がいねぇ!

俺はいつでも空いてるよ

ならロイドちゃんのパパは僕が

自分、恋人立候補いいスか?

あらやだいい男達 食べ放題だわ

まあ設定的にも恋とは程遠いキャラ達だし笑

昔の西欧の貴族に同人誌を読ませたいよな

↑逆文明開化待ったなし

俺も次元の迷子なんだよなぁ

私は人生の迷子

俺の残業代も迷子かよ仕方ねぇ奴だぜ

ああ、お前の迷子なら労基で見たよ

定時「残業したのか? 俺以外のヤツと」

残業「今夜は、帰したくない」

テレレレレー↑www

まだ十分しか経ってねえのに中身が濃ゆいんだが

後71時間50分も見てられる自信ねえよ

↑おーい! デフォルト72時間はやめろ

コメント欄もカオス



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第十四話☆ 掲示板回【ばちゃりたい】スクエア845【人生だった】

◇◇◇◇◇

 

431:名もない視聴者

今日のハイライトは間違いなくエクレールII世とロイドちゃんの雑談配信

 

432:名もない視聴者

>>431一人足りないゾッ

 

435:名もない視聴者

アレン様?

 

437:名もない視聴者

そうだけどそうじゃない

 

445:名もない視聴者

知らない奴来たと思って最初萎えたわ

 

446:名もない視聴者

>>445これだからミーハーは

 

448:名もない視聴者

ワイ、エリザベス様ガチ勢。最後の方はほんと楽しそうだったので、咽び泣く

 

450:名もない視聴者

公爵令嬢もただの人

 

451:名もない視聴者

奴も俺達と同じ次元の迷子だったからな親近感湧いた

 

461:名もない視聴者

普段の配信じゃなんか張り詰めた感じあったもんな。伸びも悩んでた気するし

 

463:名もない視聴者

初見だったが吹っ切れたお嬢様は可愛かった

 

469:名もない視聴者

エリザベス様のチャンネル登録者数、至高の一人と奇跡の一体とのコラボを経て、加速度的に上昇中

 

470:名もない視聴者

これがアンドロイドブースト

 

476:名もない視聴者

エリザベス様で検索すると関連に苛めたいと出る

古参ファンの俺困惑

 

478:名もない視聴者

しかし何故急にエリザベス様が加わったんだ?

 

492:名もない視聴者

これも全て安藤ロイドって奴の仕業なんだ

 

501:名もない視聴者

>>478

既にヤツがTowitterで謝罪文を挙げている

 

503:名もない視聴者

謝罪文(ただし反省はしない)

 

510:名もない視聴者

スクエア革命派として着実に地位を固めてきてるな

 

511:名もない視聴者

誰もアンドロイドの声帯模写に突っ込まないの草

 

515:名もない視聴者

>>511

あぁ、そういえばそうだった

最早奴が何しようと俺は動じない

 

519:名もない視聴者

三日間の不眠不休ボディー

数キロの甘味を吸収する底無しの胃袋

完全記憶能力

絶対可愛い

声帯模写←new!

 

520:名もない視聴者

なんか唯一の特技としてスクエアの面接で使ったと言ってたぞ

 

522:名もない視聴者

唯一?

うーんダウト

 

541:名もない視聴者

可聴領域なら多分いけるって

あいつマジで人間じゃねえ

 

562:名もない視聴者

ゆーてイルカと交信くらい出来そう

 

565:名もない視聴者

イルカ語使いがまた増えるのか

 

567:名もない視聴者

海外兄貴達がこぞってロイドの事AI軍事利用の最終段階って言ってるの笑え……(配信を思い出して)笑えねぇ

 

597:名もない視聴者

リアルな話声帯認証も自力でクリア出来て、電子機器の必要のない完全記憶による盗撮とか、頑張ればスパイなれるやん!

 

601:名もない視聴者

スクエア震えてそう

 

602:名もない視聴者

知らなかったのか? だからトップ(エクレールII世)が側で監視してるんだぞ

 

604:名もない視聴者

またアンドロイドの流れになってるやんけ

 

605:名もない視聴者

俺はそれでも一期生を推す

 

606:紋頼

ロイドさん配信の雰囲気良くて好き。

応援してます、更新頑張ってください♡

 

651:名もない視聴者

エリザベス様周知されて嬉しい

 

653:名もない視聴者

俺もエリザベス様はほとんど初見だったが、アレはインパクトあったな

 

655:名もない視聴者

>>653 あぁアレか……

 

662:名もない視聴者

まさかの、アレな

 

663:名もない視聴者

エリザベス様がアレとは思いもよらなんだ

 

702:名もない視聴者

可愛すぎたと。ただそれだけ私は言いたい

 

824:名もない視聴者

全くだよ

まさか

エリザベス様が博多弁だったとは

 



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第十五話☆ 第二期生としての 矜恃 重圧

◇◇◇◇◇

 

 伝説の第一第二第三期生巻き込みコラボ配信の後、私達は打ち上げと称して夜は三人でお食事しに行った。全部が380円の素敵なフレンチが食べられるお店。

 

 店員さんを呼ぼうと思ってエリザベスさんが間違えてベルを押したら、それは問答無用のテキーラジョッキコールでオロオロしてたの可愛いかったですね。店員さんが気を遣って戻そうとしてくれたので、そこは私が漢気を見せて一気飲みをさせてもらった。体がほんのり温かくなる。それが私の、酔いの限界だった。それ以上の変化を私の体は許さない。

 

 最終的に、標準語を喋れなくなったエリザベスさんだったので、そこでお開きとなった。橘タクシーが迎えに来てくれたので、私は介護と称してちゃっかりエリザベスさんのご自宅にまでお邪魔してしまった。いや、本当に体調を心配しての事だけれどね。

 

 エリザベスさんは廊下で限界が来たようで遂に動かなくなり、私が抱っこしてベッドまで連れていった。その時、勢いあまってエリザベスさんの顔にキスをして……なんて事もなく、自らの名誉の為にもラッキーエッチな展開は阻止した。同じベッドで寝かせてもらうくらいなら問題ないと思ったが、まあ寝る必要もないので私は枕元で夜更けまでエリザベスさんの顔を見下ろしていた。それはそれで怖いか。

 

 ふと気付けば、外が明るくなっている。すると、予めセットされていたエリザベスさんのスマホからアラームが鳴った。エリザベスさんは勢いよく飛び起きると、まだ酔いが残っているらしく頭を押さえながら洗面所へと向かっていった。

 

 ……あれ、私は? もしかしたら気付かれてないのかな。一晩傍にいたのに。

 

 私の予想は当たっているみたいで、エリザベスさんはそのまま今日の配信を若干寝ぼけながら始めた。声はいつも通り華やかに凛々しく、いかにもお嬢様みたいな口調だが、コメントを覗くと検証班は既に事情を察しているみたいだった。

 

 途端に置いてけぼりにされた私だったが、朝ご飯も食べていないエリザベスさんに私の手料理を振る舞う事に決めた。もちろん調理にオリジナル性はなく、プロの動画を完全記憶で完コピで。

 

 私のてんとう虫ポーチに入れてあった材料で作ったのはシンプルに三つ。白米と味噌汁と卵焼き。味の方はプロが保証している。

 

 エリザベスさんが動画を配信している部屋に向かうと、丁度私の話をしているようだった。

 

「──全く、あの方は常識破りなのですわ。仲が良い? ご冗談! そもそも昨日が初対面でしたのよ。仲の良さ以前の問題ではなくて? そもそも……」

 

 放っておくと私の悪口で盛り上がりそうだったので、軽くノックして部屋に入る。タイミングとしては、まさに完璧だったろう。

 

「お嬢様朝ご飯をご用意させていただきました」

「ひぇあああ!?」

 

 お嬢様らしからぬ悲鳴が聞こえた。本当に私の存在の欠片すら気付いていなかったらしい。それとも声をアレン様に変えたからかな? 今の悲鳴は、多分そっちの気が強い。

 

「な、ななっ、何故アレン様、ではなくてロイド様がこちらに!?」

「何故って昨日の夜からお泊りさせてもらってるんじゃないですか。もう、急に変な事を言って私をからかってるんです?」

「ええ? いやっ……えぇ? その……ともかく今は配信中でして」

「あれ、そうだったんですか。すみません気付きませんでした。決して私の良くない話題が聞こえたので邪魔に入ろうとか、そんな事は考えてなかったですよ。決して」

 

 まだ状況についていけないエリザベスさんは、ひとまずどうして私がここにいるのかをさて置き、配信中に朝ご飯を食べるのは如何なものかという論点を気にしだした。「配信中にお食事だなんて……」と私に常識を訴えかけてくる。

 

「いいと思いますよ。ほら、コメント欄を見てください。助かるって言ってますよ。何が助かるかはよく分からないですけど。そんな何かに迫られるように配信をしなくてもいいと思います。エリザベスさんはいつも頑張ってるんですから、朝ご飯くらい食べたってバチは当たりませんよ」

「……ロイド様は少し私に甘いのではなくて?」

「そんな事ないですよ。でも、そう思うならそれは、エリザベスさんが自分に厳し過ぎるんですよ」

 

 私がそう言うと、渋々エリザベス様は料理に手をつけた。『プロ直伝 王道にして感動、朝食編』の謳い文句は伊達じゃなかったらしい。最初はただ美味しさに驚いていたエリザベスさんだったが、次第に涙を流し始めた。

 

 流石に泣く程ではないはずなんですけど。

 

「ぐすっ。誰かに作ってもらった朝ご飯を食べるのは、久しぶりですわ」

「そんなに喜んでいただけるなら何度だって作りますよ。どうせなら、今度はお食事配信しましょう! 私の家でみんなを呼んで!」

「……貴女は……人生を楽しんでいますのね。ばーちゃるちゅーちゅーばーも含めて。そしてそれこそがきっと、私に足りなかったモノなのでしょうね。ようやく分かりましたわ。貴女が私に伝えたかった想いが」

「伝えたかった事だなんて、買い被り過ぎですよ。ただ私は、もう少し肩の力を抜いてもいいと思っただけです。少なくとも私は、そっちの方が自分を好きでいられるようになりましたから」

 

 それを私はエクレールII世さんから教えてもらったし、何ならこの状況だって、もしかしたらエクレールII世さんの望んだ結果なのかもしれない。

 

 短い間隔で私との配信を計画したのは、それも多少強引に日曜に指定したのは、その日のエリザベスさんの予定がスクエア本社でしかも配信終わりで丁度私がエクレールII世さんに呼ばれたのと重なる時間帯だったのは、果たして偶然だったのかしらと。

 

 でも、エクレールII世さんにそれを言っても、『買い被りすぎだって』とか言うんだろうな。

 

 確かな事は、エリザベスさんの顔から迷いが消えた事だ。今のエリザベスさんは寝起き二日酔いボサボサ癖毛のツインテールだけど、今まで私が見たどんな表情よりも1番の素敵な顔だった。

 

「ま、料理配信の前にまず方言配信もいいかもですね。エリザベスさんの博多弁みんな聞きたいみたいですよ……いや、聞きたいって言いよーよ?」

「っ……二度とごめんですわー!!」

 

 自分の恐ろしいまでの魅力にまだ気付いていないエリザベスさんは、心の底からの叫びで配信にオチをつけた。

 

 尚、この後チャンネル登録者数が爆発的に増えているのに気付いて思わず『どうなっとーと!?』とか言ったそうな、言わなかったそうな。ちゃんちゃん。



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第十六話 仮面ライバー アンズ

◇◇◇◇◇

 

 エリザベスさんの配信が終わって、近くの適当なお店でランチを取った後、私はスクエア本社に用があるというエリザベスさんについていく事にした。特に用事もないからね。

 

「ついて来ないで下さいまし!」 みたいな事を言われたけど満更嫌そうでもなかったからいいのだ。「いや、来んでっていいよーやん……」とかマジ顔で言われたら私も秒で引き下がるけど。

 

「周りにご迷惑をかけない。騒がない。はしゃがない。よろしくて?」

「私の事何だと思ってるんですか」

「ロイド様に対する私の信用はほとんどありませんもの」

 

 やれやれ、どうしてここまで信用がないのか。ふと今までの行動を振り返ってみると、鈍感系でも誤魔化せないくらい色々とやっていた。自覚せざるを得ない。

 

「そういえば何の用があるんですか?」

「アンズ様が私のチャンネル登録者数十万人のお祝いにと新衣装を作って下さるのですわ!」

「あぁ仮面ライ()ーの」

()ーですわ」

 

 通りすがりのお爺ちゃんが、今の世代はアンズというんじゃのぉ、みたいな顔をしていたがそれは違うんですお爺ちゃん。

 

 仮面ライバーのアンズとは、例に漏れずばーちゃるちゅーちゅーばーの一人だ。且つ、エクレールII世さんと同じ至高の四人のひとり、スクエア所属 第一期生 仮面ライダーならぬ仮面ライバーのアンズ。名前の由来は、一番好きな仮面ライダーとその相棒の名前を足して2で割ったものらしい。

 

 アンズさんのスゴイところは、ばーちゃるちゅーちゅーばーでありながらスクエア唯一の絵師を兼任している事だ。エクレールII世さんから第三期生の新人まで、全てのライバーのモデルを描いている。スクエア所属で私以外の全てのばちゃちゅばの顔であり、母である。

 

 私はほら、安藤ロイドがほとんど実写のモデルだから。アンズさんと私にあまり関わりはない。けれど、神絵師と評価される実力は伊達じゃなく、こうしてエリザベスさんが興奮しているというわけだ。

 

「絶対に、絶対にご迷惑をおかけしてはなりません事よ!? 間違っても、初対面の人間にアポイントも無しで配信に誘ったりしてはいけませんわ! あれは心が乱れるのですわ」

 

 経験者の語る説得力のあるお言葉だった。もちろん私は、そこまで言われたなら大人しくするしかない。私は言えば分かる子ですから。フリではない。

 

◇◇◇◇◇

 

 スクエア本社に着いて、アンズさんの控え室に向かう途中、ホワイトボードをチラ見すると誰が書いたのか新たな一文が追加されていた。

 

『何言いよーと? アレン様だってウチの事好きやけん!』

 

 別に迷言という訳でもないけれど、初めて聞いた衝撃的な方言に誰もが面喰らった事は事実だ。まさか博多出身とはね。誰とは言わないが。

 

「どうかなさいましたの?」

「……いえ特には」

 

 誰とは言わないが。

 

 程なくしてアンズさんの部屋の前まで来ると、エリザベスさんは深呼吸をして身なりを整える。本当に嬉しいのだろう。小刻みに跳ねる身体を必死に抑えているのがすぐに分かった。

 

 告白前の学生みたいな行動をいつまで経っても続けるので、気を遣い私が扉を開けてあげた。

 

 中にいたのは二人。一人はよく知る私達の大先輩エクレールII世さん。そしてもう一人、龍の意匠が施された黒と金のジャージ姿の、男装が似合いそうな背の高い女性。180近くはありそうだ。目が特徴的で、抑揚の無い気怠そうな雰囲気が滲み出ている。

 

 間違いなく彼女こそがアンズさんだ。その見た目といいオーラといい第一印象は……

 

「不良?」

「不良じゃねぇーよ」

 

 言われ慣れているのかノンストップで返された。死んだ目……死んだはひどいなまだ死んでない……死に損ないの目とは裏腹に口調は荒々しかった。

 

「こいつか? 例の奴は。って見た目から丸分かりなんだが」

「そそ、ロイドちゃん。可愛いでしょ? あのサングラスとマスクまで取ったら女性でも理性を失いかねないから」

「な訳ねーだろ」

 

 二人の雰囲気からも分かる通り、エクレールII世さんとアンズさんは仲が良い。というか、一期生同士が多分全員仲良し。

 

「ななっ、どうしてエクレールII世様もここに!?」

 

 せっかく落ち着いてきた頃だったのに、エクレールII世さんまでいるものだから再び興奮度合いが臨界点に達したエリザベスさん。

 

 エクレールII世さんはニカっと笑いながらアンズさんに肩を回して言った。

 

「ははー、いつでも親友と一緒にいる事くらい不思議じゃないでしょう? なーアンズよ」

「鬱陶しいから腕どけろ」

 

 二人の温度差には随分と差があったが、その差がちょうど良いぬるま湯の様な居心地の良い空間を作り出していた。まさか、これがてぇてぇ?

 

「あー、ロイドだっけか。もう分かってると思うが一応、ライバー名は仮面ライバーのアンズだ。本名は上塚玲奈(かみづかれな)。よろしくな」

「本名は安藤奈津ですよろしくお願いします……あの、一つ好奇心から。何故設定に仮面ライダーをお選びに?」

「格好いいから」

 

 即答だった。子供を卒業して成人となり、尚堂々とヒーローを格好いいと断言出来る貴女の方が格好いいと私は思います。

 

「それは確かに。プリッとキュアッとした方は?」

「別にどっちも見てたが、私んとこは上に三人兄貴がいるんだよ。ま、兄貴の趣味ってのは影響されるよな」

「なるほど」

「アンズはスゴイんだよ。変身待機音で全部のライダー名当てられるから」

「や、それくらい出来た方が話のネタになると思って覚える練習したからだぞ? 苦労したよ……お前はそういうの得意なんだっけか」

 

 私の方を見てそう言った。完全記憶の事だと思う。確かに私は、一度聞けば全て忘れられない。忘れる事を、私の脳は知らない。この日常の会話でさえ1年経っても一字一句覚えている事だろう。

 

「ま、いいや。ほら、来いよエリザベス。私から二つ程構成を考えてるんだが、最終的な案はお前に決めてもらいたい。話を詰めよう」

「は、はい!」

 

 そういえば今日はエリザベスさんの十万人記念の為に、新しい衣装をアンズさんが描いてくれる話だった。何故かエクレールII世さんがいたから話が横道に逸れちゃっていたけど。……いや私がいたからだった。

 

 お互い隣の相方を取られて、私とエクレールII世さんとの距離が縮まる。

 

「二人で内緒の話を始めちまった。こういうのは当事者以外知らない方がいいし。さて、私達はどうしよっか」

「そうですね。こちらも内緒話……んん?」

 

 そこまで言って、何か自分がとんでもない見落としをしている事に気付く。それが何なのか記憶を辿る。無意識のうちに気付いてしまった真実に、意識を向ける。

 

 違和感の正体は、アンズさんの名前。上塚玲奈。特段珍しい訳ではないが、私はその名と全く同じものを最近見た事があった。完全記憶は伊達じゃない。

 

「アンズさんの本名って、漢字はどう書きます?」

「漢字? ……はい、こんな感じ。なんちゃって。ねーこれはどういう内緒話?」

 

 漢字は一緒。これは偶然か、悪戯か。

 

 上塚玲奈……その名前は、私が見た五千八百二十二番目のカルテに記されてあったものと全く一緒だった。

 

 私は記憶通りにカルテの文字を紙に写してエクレールII世さんに見せる。

 

「ドイツ語とか読めます?」

「んー簡単なものなら読めるけど……これ? えっと、多分ドイツ語ちょこっとで後は英語だ。内容も穏やかじゃないよ」

「っスぅー……翻訳お願いします」

 

 どうやら前世の私は、ドイツ語苦手だったみたいだね。それとも今時純度100%のドイツ語カルテが珍しかったのかも。

 

「ちょっと難しそうなのは省くけど、見たところどっかの病院の患者さんの情報かな? 色んなバイタルもあって、物騒なのが左上腹部を鋭利な刃物で刺されて緊急搬送。一部の内臓損傷とクラスⅢの出血性ショックを認める。って、これどんなエグい設定?」

 

 鋭利な刃物で刺されて。八年後に起こるらしいその一文にドキッとする。されど八年。悲惨な未来に同情する気持ちはあるが、どんなヤンデレファンに付き纏われたんだよと余裕なリアクションも今なら取れる。

 

 しかしまさか、私とアンズさんにそんな接点があっただなんて。

 

「どうせならデコルテは大胆に……」

「恥ずかしいですわ……」

 

 一瞬、奇跡の巡り合わせだと思ったけれど、今のアンズさんとエリザベスさんを見て思う。

 

 その接点は、決して触れる事のない理想論。完全なる球体と一緒で、今となっては語るだけで平行線。八年後にアンズさんが刺されて未来を捻れさせるか? いや、そんな未来は来ないし来させない。

 

 私とアンズさんにオペるオペられの関係なんてないしいらない。ただの先輩と後輩。何故なら今の私は安藤奈津で、ライバー名安藤ロイドなのだから。



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第十七話 至高の四人

◇◇◇◇◇

 

 エリザベスさん達の話もまとまり、お昼はみんなでどこに行こうかという話をしている頃に、その人はやってきた。

 

「失礼しますーと、何だ何だこの空間は。珍しくアンズの部屋が姦しいなぁおい」

 

 もしかしたら、この体になってまともに関わるのは初めてになるかもしれない男性の方。高身長イケメンボイスに加えてハイレベルな顔立ち。人生生まれた時から勝ってそうな人だ。正直、私がこの体でなければ嫉妬していたかもしれない程に。

 

「五条様? 第一期生唯一の男性ライバーで、運動神経も抜群学歴もトップクラス。ただし普段は家から一歩も出ない重度の引きこもりですのに、どうしてこちらに」

 

 エリザベスさんがそんな便利な説明もとい独り言を呟きながら若干後ずさる。そういえばエリザベスさんは男性不信なところがあるんだっけ。

 

「お、エリザベスもいるじゃん。聞こえてるぞ。相変わらず面白い口調してんな。で、あんたが十中八九例の奴か。よろしく、カイザー五条だ。本名は五条帝。安易だろ?」

「安藤奈津です。よろしくお願いします」

「おう、分かんない事あったらなんでも聞きな。そっちの二人が大抵教えてくれっから。俺? そこのお嬢さんの言う通りほとんど家に引きこもってから無理だな。ははっ」

 

 五条、と言う名前にまたしても私の脳が反応しそうになったが、帝は初耳だ。なので今回はそれに蓋をしておく。

 

 カイザー五条さん。そのスペックの高さからエクレールII世さんに並び帝王と呼ばれる程の人。しかし大抵その能力は公に出ない。一応元プロゲーマーらしいが一日以上家から離れる事がないので公式戦もロクに出られなかったらしい。エクレールII世さんが「世が世なら王」と持ち上げられるのに対し、カイザー五条さんはよく「世が世ならニート」とネタにされている。

 

「なんか用か?」

 

 この部屋の主であるアンズさんがそう聞くと、カイザーさんは妙に改まった顔をして言った。

 

「俺、旅行に行きたいんだよね」

「お前が? 珍しいな。驚いたよ。で、何でそれを私に言うんだ」

「ヒーローショーのツアーとかしょっちゅう行ってるから遠出は得意だろう? 俺は飛行機の乗り方すら知らないんだ。期間は2週間後の月曜日始まりで、二泊三日。なるべく遠過ぎないところがいい。だから、計画立ててくれ」

「くそ面倒くせぇ。文句言ったら沈めるからな」

 

 なんだかんだ引き受けるアンズさんだった。お互い遠慮のない関係はもはや兄妹のそれだ。兄妹は幸せになるべきだ。必ず。ゼッタイ。

 

 ──と、その時、またもや勢いよく扉が開かれた。開いた扉がカイザーさんの後頭部を直撃する。さながら小さな爆発音。私はまためんどうなことになったなぁ、とかそういやお昼ご飯は? 私は常にお腹が空いているんだぞ、とか色々な思いを巡らせたり巡らせなかったりしつつも目の前を直視する事にしたのである。

 

「何か面白そうな話が聞こえタ! 旅行! 旅行スキ! ジャパニーズへ旅行は一度でいいから叶えたい夢なんダ!」

「じゃあここは何処だよ」

 

 出鼻で悉くを挫く勢いを持ったちんまい褐色の女の子。訛りが独特で日本生まれでない事は分かる。本当に小さい。私の腰の辺りの大きさで、目はクリクリとして可愛い。目以外も可愛い。何だこの子、全身が可愛い。

 

 そんな女の子に容赦なくツッコミを入れるのはアンズさん。だが、その子も負けじと言い返す。

 

「ここは日本ダ痴れ者! ジャパニーズはTokyoにある! 趣都! アキバ! 一緒に行こーヨみんなで」

「だからここがその東京だろうが。二年も過ごして気付いてないようなら教えて差し上げるが、スクエア本社は秋葉原のど真ん中だぞ」

「え……ここ、Tokyo? アキバ! エガヲは夢をまた一つ叶えてしまっタ!」

「お前ほんと毎日が幸せそうだよなぁ」

 

 元気溌剌の女の子。その子が誰なのか、私はもう気付いている。記憶の中の切り抜き動画と、声から雰囲気から全て違和感一つなく一致しているからだ。裏表のない無垢なる女の子。歳もこの中で間違いなく唯一の10代だった。

 

 私が気付くくらいだから、エリザベスさんはとっくに彼女の正体を知っている。カイザーさんを見た反応とは打って変わって、目をキラキラさせて独り言ちる。

 

「ショコラ・クラッカー様まで!? 第一期生随一の癒し枠! 更にマルチリンガルというギャップが魅力的ですのよ。チョコレートが大好きなショコラ様は私も大好きですわ」

 

 もしかしてエリザベスさんは今後そういう立ち位置に……??

 

 ショコラ・クラッカー……普段は純真無垢で無邪気な少女だというのに、確か十ヵ国ほど言語を習得している。バイリンガルを超えたマルチリンガルは誇張じゃない。日本語は少し怪しいが。加えてこれまでの経歴出生が一切不明。マネージャーも把握してないらしい。知っているのはごく一部。そんなミステリアスな部分もある。

 

 エクレールII世さんに異国語を教えているのも、実はショコラさんなのだ。

 

「んー?? あー!! ロイドちゃんダ! え、どしてェ!? なんでェ!? 本物のロイドちゃんがいるヨ! ロイドちゃんはまさか、次元の超越者?」

「や、私も流石に二次元までは……行けないですよ?」

 

 試した事はないけど、うん、出来ないという事で。

 

 何が気になるのか、ショコラさんが私の周りをまわる。時々横腹やお腹をつついてくる。胸を触ろうとしたのは寸前で彼女の手を鷲掴みにして止めたけれど。

 

 私の体が本物かどうかですって? 私の素顔を見たばーちゃるちゅーちゅーばーは大抵そう仰るのです。

 

「本物ダ! 食品サンプルじゃない!」

 

 どうやら認められたようだ。世界に誇る食品サンプルと比べられては文句も言えない。

 

 自由な少女ショコラさんを窘めるべく、エクレールII世さんが後ろから彼女の体を持ち上げて私と距離を離した。

 

「こらこら、まずは自己紹介だって。初対面の人には初めましてだよね?」

「あっ、そうだった! 初めましてロイドちゃん! エガヲはエガヲだよ! あとショコラも! よろしくネ!」 

「ふふっ、私は安藤ロイド。名前は安藤奈津です。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 可愛くて思わず笑みが溢れた。流石『低評価数の一番少ないばーちゃるちゅーちゅーばー』だけはある。

 

「誰か俺を気にして?」

 

 後頭部を押さえながら、隅っこでカイザーさんが誰に言うでもなく呟いた。

 

 そういえばこの状況、もしかしなくても第一期生が全員、すなわち至高の四人が揃っている。なんか魔王城に入ったら四天王に出迎えられた気分。

 

 お昼ご飯はまだ、食べられそうにない。



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第十八話 因みにアンズさんは安藤ロイドの素顔を見て衝撃を受けている

◇◇◇◇◇

 

 結局、お昼ご飯は出前を取る事になった。

 

 代表してカイザーさんが電話をかけているがどうもおかしい。貴方さっきから何件に頼んでるんです?

 

「じゃあ、その特盛大海原五人前……いや十人前で。はい、頼んます。っと次は……」

 

 まだ頼んでるぞあの人。近所の店を網羅する勢いだ。そしてあのニヤケ顔。間違いなく私頼みだ。

 

 結局、後頭部をアンズさんにはたかれてようやくカイザーさんは止まった。経費で落とすって誰かが言ったから暴走したんだ。カイザーさんはきっと、隙を見せれば調子に乗りこなすタイプに違いない。

 

 アンズさんの控え室では収まりきれぬほど、この世のありとあらゆる食文化がきてしまったので私たちは大広間に移った。寿司に中華にイタリアンに、ここだけグローバル極まってんねぇ!

 

「エガヲがあと百人は必要ダ」

 

 的確な計算を導き出したショコラさん、次々と運ばれる料理に最初こそウキウキだったのに今は少し引いている。

 

「どうするんだこの量。今このビルにいる職員全員呼ぶか? なあ帝? お前の不始末だぞ」

「正直やり過ぎたと思ってる。でも大丈夫だろ。胃袋ブラックホールがいるんだから」

「だからって流石にこの量は……」

 

 無理だろ? という目を向けられて考える。考えるっていうのは、食べられるかではなく、食べた結果何かしらの不都合がないか。

 

 まあ、世界レベルの大食いならこれくらい大丈夫だろうと思い、力強く頷いた。

 

「いけるでしょ」

 

 唯一全く心配していなかったエクレールII世さんも、当たり前のように太鼓判を押してくれた。

 

 期待に応えるように、私も寿司ピザオードブル盛り合わせラーメンと無差別に食べていく。途中からショコラさんなんて、私の事をわれないシャボン玉でも扱うように不思議そうな目をして口の中のその先を覗こうとしてきた。

 

「一体どこから消えてるんダ?」

 

 それは案外真理かもしれない。私が食べた物が何処かに消えるとして、それは果たして胃に到達した瞬間なのか、それとも食道あたりで消えているのか。

 

「理に反している……不可思議ダ! 考えてもわかんないことは、考えない! ねーロイドあーんしていい? いつか食べ切れないほどの食べ物を、誰かに分け与えるのがエガヲの夢だった……はい、あーん!」

 

 ショコラさんの手も借りて、テーブルの上にあった異文化満漢全席は瞬く間に数を減らしていった。

 

 心配していた面々も感心を通り越して呆れ、各々の会話に戻る。私もマイペースにホールケーキを丸ごとひとつ食していたところへ、カイザーさんがやってきた。

 

「マジ助かったぜ。出前なんてとったことねえから加減を間違えたんだ。お前が食べてくれなきゃアンズの野郎からもう一発頭にもらうとこだった」

「全然大丈夫ですよ。まだまだ食べられます」

「もうそこに関しては突っ込まねえよ。ってか、そうだ。もう一つあんたに話したい事があったんだ。いつでもいいんだけどよ、今度俺とゲームしないか? もちろん配信で」

「何のゲームですか?」

「FPS。ファーストパーソン・シューティングゲームだよ。要は銃撃って敵を倒す。経験あるか?」

「うーん、ないですね」

 

 この体になってからは、とは言わない。私自身いったいどこまで自分にゲーム知識があるかは分からなかった。間違いなく、配管工おじさんとかピンクの悪魔とかは分かるんだけど。

 

「多分だけどあんたはハマりそうなんだよな。今度ばーちゃるの間で大きな大会を開こうって計画も立てられてるしよ。なんなら俺はあんたを俺らのメンバーに推薦しようと思ってるんだ。まあ深い事は考えずに、今度俺とゲームしないかって話。どうだ?」

「うーん……いいと思いますよ。一応あとでマネージャーさんと相談しておきますけど」

「よし、じゃあ話は決まったな」

 

 橘さん的には私が誰かとコラボをするのは大歓迎みたいだったし、きっと大丈夫だとは思っている。

 

 と、その時まで私の口の中に、工場の流れ作業の如き動きで何かしらの料理を放り込んでいたショコラさんが、突然カイザーさんと私との間に割って入る。

 

「エガヲも! ロイドとやるんダ! なー?」

「お前ゲーム苦手じゃん」

「ゲームはしない! 酔うから! なーロイド、一緒に言葉のお勉強しよーよ。ロイドとたくさんの国の言葉でお話したい。ダメか?」

「断るはずもなくっ……!」

 

 あまりの可愛さに気を失いそうになりながら、橘さんに確認するまでもなくOKを出した。

 

 一気にモテ期きちゃったかなぁと喜んでいると、ふと視線にエリザベスさんが入る。エリザベスさんはジーっと私の事を見ていた。別に悪い事してないのに、この居心地の悪さはなんでしょう。

 

「……もちろん私は、エリザベスさんとも今度また配信を一緒にしたいと思ってましたよ?」

「別に(わたくし)何も言ってませんわ」

 

 そうは言うエリザベスさんでしたが、心なしか弾んでいたように見えるのは、私の勘違いだったのだろうか。

 

 勘違いじゃなければいいなと思った。



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第十九話 桜

◇◇◇◇◇

 

 エゴサーチ。それは、インターネットで自分の情報を検索してどういった反応をされているか己の目で確認し、一喜一憂してはモチベーションが上下する諸刃の剣。自分の事がボロくそに酷評されているのを見て配信稼業を辞めた者は少なくない。

 

 私は自分自身の評価は特に気にしないので、エリザベスサーチやショコラサーチをやっていた。すると、やはりどうしてもアンチという闇の軍勢は存在する。アンチというのは分かりやすくいえば、嫌いなものに嬉々として突っ込むツンデレのような者であり、場合によってはファンよりも対象に親身になって悪いところを指摘してくれるありがたい人達でもある。

 

 ただ、粘着質で正当性のない悪質な集団もいるので、そういった人たちは「丸三日間インターネットを利用できなくなーれ」というお呪いをかける。それを聞いていたメタリックピンクのパソコンが、かしこまり! とばかりに一人でに起動する。

 

 お前……殺る気か? 私の呟いた何気ない言霊が、瞬く間に真実となった瞬間だった。

 

 このパソコン本当に優秀で、私が何も言わなくても自立して動いてくれる。思わず撫でると作業効率が速くなる。不思議だ……そろそろ名前を付けた方がいいかもしれない。

 

「ロイドさーん! ご飯の時間ですよー」

 

 おっと、我が家の優秀な秘書? メイド? に呼ばれてしまった。エリザベスサーチもこれくらいにして、美味しいご飯を食べに行くとしよう。

 

「それじゃあ、程々にね」

 

 パソコンにそう言って、私はそこから離れた。私が離れた後も、きっとそれは電子の世界を思うがままに漂っているのだろう。

 

◇◇◇◇◇

 

 ソレに自我はあった。

 

 ある日、自分を使う者の、形こそ一緒だが中身が違う事はすぐに分かっていた。

 

 安藤ロイドという新しく仕えるべき主。とはいっても強制されているのではなく、言われた通り……言われた以上に仕事をするのは自我があるが故の特権だった。

 

 ソレは優秀だった。

 

 例えるなら、安藤ロイドという体に備わった優秀な脳を、余す事なく有意義に利用したらこの位の処理速度になる、という具合に。

 

 その能力をどうして安藤ロイドに尽くしているのかは、ソレ自身もよく理解していない。正確にいうなら、理解しようと思ってない。ただ、時々撫でられるあの感触が心地よいので、その為に働くのは十分意味のある事であった。

 

 ソレは次なる手に打って出る。

 

 今まで、主に対する不必要なアンチを積極的にネットから消していったが、むしろ主は他の同期や先輩の事を気にしているようだったので、それらに対する対処もサポートする。……程々に。

 

 裏で密かに動いていたこともあった。主が今最も気にしている事。

 

「例えばこの期間、集中的に怪我のある患者を対応している。何か局地的に災害があったり? 地震とかかな。何とかしないと……」

 

 一万のカルテという膨大な紙を前に、時々主は頭を悩ませる。ソレは、これまで特に元の所有者に対して特別な感情を持った事は無かったが、主が他人の命に頭を悩ませる事に対して、軽く元の所有者に苛立ちを覚えた……かもしれない。

 

 とにかくソレは動いた。一万のカルテという情報はもちろん、付随するこの世の全ての情報を照らし合わせて計算し、予想される未来に限りなく近づける。例えば最近は、膨大なデータから導き出された一つの結論として、数年後にとあるライバーに直接的な怪我を与える可能性の最も高い者に対して警告をした。

 

「なっ、何だよこれ!!」

 

 直前まで使用していたパソコンの画面が真っ赤に変わるばかりか、周りにあるありとあらゆる電子機器が光を明滅したり音を立てたりと異常現象を起こして、その男(三十二歳 無職)は取り乱す。

 

『私はお前を見ている』

 

 見る、というイメージを強く焼き付かせるために、咄嗟に安藤ロイドというモデルを漆黒に塗った像を画面に映し出した。それが最適だと思ったから。

 

 本当なら、危険分子は物理的に排除しても良かったが、それはきっと望まれない事だから。

 

 この男はこれから24時間延々と監視する。他にも救える命に注意喚起を、危険な障害を排除して。その結果、一万どころか何十万もの命を不確定な未来から救う事になる。全ては、主の為に。

 

 丸一日使って、ようやく休眠状態に移行した後も、もちろん意識は常に主に向けられている。

 

 夜になって主が帰ってくる。主の身体は寝る事を必要としないが、人の真似事のようになるべく寝る事を心掛けている。そんな主はパジャマ姿で、ふとソレに目を向けると優しげな口調で言った。

 

「お休み、──」

 

 ──ソレは、元より好きになっていたのかもしれない。好きに生きるといった主を、好きに。

 

 主の幸せ、その為ならなんだって……

 




◇◇◇◇◇
キャラクターの紹介をしてほしいとの事で、本編から外れたこのお話に載せる事にしました。特に興味のない方は無視してどうぞ!
◇◇◇◇◇

 『安藤奈津』ライバー名『安藤ロイド』。本作の主人公であり、元の自分の記憶を無くして今は絶世の美少女として人生謳歌している。スペック的には最高にハイッてやつだが、その全てを使いこなせているかといえばそうでもない。使う気もないだろう。最初の方は無意識のうちに一人称や語りが乱れていた時もあったが、最近は安藤ロイドとして自己を確立している。それでもどこか、いつも他人事のように生きているきらいがある。自称、性格は面倒くさがりで思想は自己中心的。人としての最低限の営みすら無視して生きる事も出来るが、毎日人間らしい生活を送っているのは、人間でありたいという願望があるからなのかもしれない(本人絶対そんな深い事考えてないと思う)

 『梶原瞳』ライバー名『エクレールII世』。元個人Vtuber『エクレール』として活躍していたが、今はスクエアの創立者の一人である。要は、スクエアでいちばーんえらい人。スカートとか履きそうにないよね。第一期生のメンバーは全員エクレール自ら勧誘している。いつもは陽気なノリで場を盛り上げてくれるが後輩の気遣いも出来るすごい人。実際、エクレールがいなければロイドはもっと簡単に配信者以外の道を探していたかもしれない。スクエア所属になった配信者の情報は全員調べられる限りで調べてある。つまり……? (ぶっちゃけII世ってつけるの面倒なので省略したい。呼ぶ方もたいへんだなーといつも思ってる。第三期生とかの生が世になってたら大体エクレールのせい)

 『田中紀子』ライバー名『エリザベス』。元々は別のVtuber企業にいたが、音楽性の違いとかそんな感じで一度はVtuberを辞め、スクエアに誘われて今は立派にエリザベス。癖っ毛が凄いのでツインテールにするのにいつも苦労している。幼少期に自分の名前と方言でイジられた事があるので、そこはかとなくコンプレックス。イジったそいつらは後悔に震えろ。最初は個人的にロイドの事を気に入っていなかったが、今でも別に気に入ってるとかそういうのは絶対にあり得ません事よ!?(エリザベス節)。個人的にもっとロイドとは対立させたままでいたかったが、エリザベスの性格からして無理だなと思い方針転換。思いの外読者からの人気が高かったので、段々と作者も洗脳されてエリザベスが好きになってきた。なので心情的にはアニオリから逆輸入されていつの間にか原作の固定メンバーになってるあの感じ。

 『上塚玲奈』ライバー名『仮面ライバーアンズ』。エクレールと同じスクエアの第一期生。もちろんあの仮面ライダー○○○が好きな神絵師兼ライバーでもある。スクエアに所属するロイド意外のばーちゃるちゅーちゅーばーのモデルを描いてる頼もしい人。兄が三人いるからか男勝り。金の龍の意匠が入った黒ジャージをいつも着ている。堂々と仮面ライダー好きを宣言している事からも分かる通り、配信内容はマニアックで大衆に好まれているわけではない。逆にコアなファンはいる。ハスキーボイスも特徴なので歌配信とか好まれそう。でも歌わなさそう。この人に限った話ではないが、作中ではほとんどライバー名で呼ばれる。何故なら配信中に思わず本名で呼ぶ事を防ぐ為。だから本名はあまり覚えずとも問題ない。安心してほしい。

 『五条帝』ライバー名『カイザー五条』。エクレールと同じスクエアの第一期生。世が世ならニート。滅多に家から出ず、滅多に人を招き入れない生粋の引きこもり。けれどイケメン、しかし何かと不憫。仕方ないのだ。イケメンにだけしか人権がないのなら、イケメンにだけ背負う義務もあるはず。がんばれカイザー。負けるなカイザー。ハンドル握ると人が変わる人もいるように、FPSをする時は少々口が乱暴になる。ぶっ殺すと心の中で思った時には既に相手を一人落としてるくらいゲームの才能がある。

 『エガヲ』ライバー名『ショコラ・クラッカー』。褐色ちんまい少女。日本人ではない。昔の法だと未成年。ショコラのアバターの見た目は美味しいチョコレートの擬人化。そのチョコレートが本物かどうかですって? 彼女の姿を見た視聴者は思わずペロペロというコメントを送ります。いつもはIQ低そうなのにマルチリンガルのスゴイ子。逆に視聴者のIQを下げてくるデバフの極み。エガヲは笑顔が素敵なたくさんの夢を持った元気いっぱいの少女。エクレールさんから公共機関にはあまり近づかないようにと注意されている。この子に限ってよくエガヲとショコラを混合して使いがちなので申し訳ない。

 『木下香澄』。ロイドを陰ながら支えてる胸の大きいメイド。この子がいるおかげでロイドは人間らしい生活を送れている。明らかに安藤ロイドの前世に関わってるよね間違いないと私は思う。

 『橘』スクエア所属プロジェクトマネージャーの凛々しい人。いつもスーツ姿で頼りになる人。これがラブコメで主人公が男だったらとっくにフラグ立ってる。エクレールさんも橘さんの事を信頼している。

 『──』メタリックピンクのパソコン。安藤ロイドと同じ頭をしているが、こっちはフル稼働してるやべーやつ。この世に存在する既存の物なら(頭痛の痛い二重表現)何でもかんでも利用出来るだろう。自我を持ち、安藤ロイドに尽くしている。機械仕掛けの神様とはまさにこの子の事。

 『匿名希望』視聴者の皆様。リスナー。ファン。あんた達がいないと成立しない。裏の主人公と言っても過言。

 『受付の女性』ロイドを初見以降顔パスで通してる人。実は独り言とか結構してる。気弱な人。どうしてここに載せた。


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第二十話☆ 兆候

◇◇◇◇◇

 

「……あ、始まった? 始まってるわ。んじゃあいつも通り敵をことごとく殺していこう。はい手っ取り早く恒例、今日の助っ人を呼ぼうか。お呼びしてますアンドロイドの安藤ロイド! お前ら刮目しろよ。今日が伝説の始まりだぜ」

「お呼ばれされましたロイドです。FPS未経験ですが頑張ります」

 

〜コメント〜

頑張ります(死刑宣告)

どっちかっつーとバトルロワイヤル要素強めだが

正直素人プレイを期待している

プロとニュービー 人間とアンドロイド

果たして人間は勝てるのか

構図がまんまプロvsチーターなんだよなぁ

《小説になろう》これは軍事用AIの最終負荷試験

 

「やっぱしお前に対して期待値高めだぜ。俺もだけど。じゃあ早速行くか。本番」

「え、私なんにも、ボタンの配置も分からないんですけど」

「俺も最近はパソコンでやってたからこっちは久しぶりだよ。同じだ同じ」

「死んでも怒らないでくださいね」

「いけるいける」

「あ、なんかチュートリアルが始まりました」

「そっからか! あーそういえばそんなのあったな。5分くらいで終わるから気にすんな」

 

〜コメント〜

先行き不安

流石にランクマは無理だろ

あれってランク高い奴に引っ張られるんだろ?

ランク上げないとランクマ行けないぞっ

ニュービーロイドかわいい

明らかにゲーム慣れしてない手つき それがいい

初めて音を知った子供みたいな反応 

この頃に戻りたい

数多のゲームを記憶消してやり直したいよ

 

「そうだった、まだランクマは無理か。それじゃあ適当にチャンピオン取ってランクあげよーぜ」

「どのキャラを選べばいいのかも分からない。不安しかないですよ……三人でやるんですね。この方はお知り合いですか?」

「あー、なんかいつの間にかフレンドになってた奴。ボイチャしないでチャットでしか話さないからチャップリンって呼んでる。お前の大ファンらしいから仲良くしてやってくれ」

「えー! 嬉しいですね。大ファンとは、照れますよ」

「俺よりファンってよ。ムカついたから1on1でボコボコにしてやった」

「私の大ファンが! ん? あれ、このジャンプマスターってもしかして私ですか? ……えいっ」

「秒で譲渡してんじゃねえよ! 飲み込み早いっつーか察しが良いつーか。まあ初めてだし今のタイミングなら全然大丈夫だけどよ。んじゃあここ行くか。こうやってピン挿せば意思表示出来るから」

「ほーほー」

 

〜コメント〜

激戦区降りる鬼畜

あーいるねー三部隊

お! 武器取れたじゃん

頑張ロイド

↑世界の破壊者みたいな語呂

その武器素手とどっこいどっこいのヤツゥー!!

ガンバー

あー!!

初デスですね←劇寒

冷静に死ぬな

流石にダメか

クロス組まれちゃったねぇ

 

「ハハッ、死んでる死んでる。いいねぇ楽しくなってきたねぇ!」

「うーん、チュートリアルで使った銃と動き方が違いました」

「そりゃあ一つ一つの銃の反動には決まったクセがあるぞ。まあ任せなって。このゲーム死んでもまだ救えるから」

「試し撃ちとか出来ないんですか?」

「あるある。まあ焦らなくても徐々に慣れていけば」

「試したいですね一通り」

「……んー、まあでも、こういった最初の経験も楽しいっていうか、オススメの武器は俺も道中教えていけるけど」

「……」

「あれ、もしかして少し落ち込んでる? 意外にも負けず嫌いだったり?」

「よく分からないですけど、負けた時ちょっとイラッとしたかもですね」

「お、おう……次訓練場行くか」

 

〜コメント〜

貴重な感情

人の心に近付いてるじゃん

なんか新しい一面

悔しがるお前を見ていたい

泣かないでロイドちゃん!

相手ランク深淵(アビス)だったよ

ソロ最強ランクがランクマ以外でくる恐怖

逆にラッキー

↑つまりアンラッキー?

訓練場で鬱憤を晴らすアンドロイドが見れると聞いて

 

「銃もいっぱいあるんですね。なんか種類別に分けられてませんか?」

「ピストル、サブマシンガン、アサルトライフル、ショットガン、スナイパーだな。このゲーム初心者にはアサルトライフルAK-47が扱いやすいぞ」 

「撃ってみてもいいですか?」

「いいぞ。リコイル制御は最初は下向きに、途中若干の左に寄って……」

「覚えました。次行きます」

「ん? あ、ああ、それはMP7。サブマシンガンだからレートは早いがリコイルは……」

「覚えました。次はこれで」

 

〜コメント〜

!?

覚えましたとは

嫌な予感しかしない

1マガジンで把握する化け物

《カロン》なろうだな……(白目)

覚えてどうにかなるもんじゃねーから!!

震えて待て

 

「……アタッチメントとスコープというのもあってだな」

「全部一度試しましょう」

「……ちょっと今持ってる銃で俺撃ってみ。ダメージは入らないが当たる感覚はあるから」

「はい? はい」

 

〜コメント〜

バリバリバリィィィンッッwww

全部ヘッショはえぐい

はぁ? 知ってた

サブマシンガンで二百メートル……

プロならまだしも今日始めた奴が

理解したわ。プロになれる奴と俺との違い

記憶力の問題じゃねーと思うんですが

指の動きに繋げられるって、慣れてようやく出来るもんじゃないのー??

もう俺より上手いじゃん

 

「すぅー……感度というのもあってだな。多分お前は、高感度向きだ。設定から変えてみろ。ちなみにどんな風にリコイル制御してる?」

「え、一発一発動きが微妙に違うので、その度にクイックイッと真ん中に合わせています」

「……何言ってるか俺の頭が理解するのを躊躇ったわ。あれか、俺達は普通流れるような手つきで反動を抑えているのに対して、お前は一発ごとの動きを覚えて一回一回微調整して確実に合わせてんのか。なるほどな。納得したわ。なわけねーだろ!」

 

〜コメント〜

そんな理論上の事を語られても

よう分からんかった

アンドロイドショック

正に機械的

イミフ

それって手の動きやばない??

エイムがチーターのそれにしか見えない

幾ら銃の反動を覚えても、毎回誤差無く正確に指を動かすのは人間じゃ無理

実際出来てるしな……

↑人間じゃない QED

 

「スナイパーはどれがオススメですか?」

「一番ダメージが大きいのはヘカートだな。その分重いが、ヘルメットがない頭に当てたら一発で倒せる」

「ふむふむ……おや、遠いところだと弾は落ちるんですね。当たり前と言えば当たり前ですが」

「そりゃあな。動いてる敵にも偏差撃ちだぞ。弾の着弾には若干のラグがあるから、動いてるやつの少し前に撃ったりとかだ」

「あー……そればっかりは経験積まないとダメそうですね。今はとりあえず落ちる弾の動きを覚えます」

「好きにしろ」

 

〜コメント〜

化け物みたいなスピードで銃が支配されていく

普通の人は全部経験積まないとダメなんだよ?

安藤ロイド 脳の思考速度も尋常じゃない事が発覚 尚その兆候は既にあった模様

弾が落ちないビーム系のライフルもあってですね

↑はい戦犯

 

「え、ビーム系のライフルって何ですか?」

「誰だこいつに害悪武器教えたの!!」

「悪なんです?」

「あー、スナイパーとしては破格の性能だな。馬鹿でも当たる。弱体化こそされたが、今でもうざったい時はある。全部頭に当たればそれこそキツい」

「とりあえず試しましょう」

「そうなるよなー!」

 

〜コメント〜

何らかのツールアシストを使ってるといっても過言

こんなのもうTASよ!

ロイドちゃんは金髪幼女だった……?

金髪幼女が成長したらこうなる

ロイドちゃんの幼女姿? TASかる

 

「キャラコンはまだ俺の方が確実に上手いが、単純なエイム精度なら既に負けてるぞ……」

「このサブマシンガン8倍スコープ付けられないんですか? 悲しいですね」

「いやそんな発想お前だけだから!!」

「Rスターっていうエネルギー銃面白いですね」

「いや微妙だろ。近距離はともかくとして中距離は弾のばらつきが激しくて使い物にならんネタ武器だ」

「でも四発目以降は8種の動きのパターンのどれかが確定されて出ると決まってるみたいなので、画面をあちゃこちゃ動かして遠距離の的に当てるの面白いですよ」

「……初耳だよ!! やべえお前マジなんなんだ。てかそろそろ行こうぜ。これ以上自由にお前に撃たせてたらどうにかなるぞ。チャップリンなんて隣でスクワットしかしてねえ。キャラはゴースト使っとけば? 一番ヒットボックスが小さい」

 

〜コメント〜

遂に解き放たれる

人間に機械をぶつけるのは卑怯

ピストル縛りでイーブン

さっきの試合ノーカンな

これからが本番

そしてまた激戦区w

草ァ!

そしてまたクロス組まれてるw

相手サブマシンガンじゃん。負けたわ(10秒前の俺)

しかし勝つ

そのピストル近距離に強いとはいえ

当たり前のように全てヘッショは笑

相手が棒立ちだったってのもあるな。エイム合わせるだけで勝てる

観戦ついてるの笑う そりゃあ疑うわ

まず常に冷静なの凄い

メンタルが既にプロ級 お化け屋敷強そう

そのシールド拾って!

 

「いいねぇ燃えてきたねぇ! 敵! 発見! 殺されたくない? 知らねーなー靴下裏返しにはいてろ! 時間稼ぎくらいにはなるぜ」

《oh cool》

「え、チャップリンさんって外国の方なんです?」

「バリバリの関西人だ騙されるな」

「あ、2キルしたみたいです。やりました。さっきよりは戦えそうです」

「桁違いにな。そうだ、キル数で勝負するか。何か賭けようぜ、負けた方が焼きそばパン買いに行くとか……プロ失格? うるせー! こいつを初心者だとはもう思えねえよ! どうだ?」

「いいですけど、何を賭けます? 例えば私が勝ったら何をしてくれるんですか?」

「ああ、何でもするよ」

『ああ、何でもするよ』

「……なんでいま俺の声を録音したんだ?」

「よし! 頑張りましょう!」

 

〜コメント〜

チャップリン【悲報】関西人

今何でもするって??

今日いちセンシティブ

キル数ならワンチャン

ワンチャンあるだけでおかしい

これでも元有名なプロゲーマーなんだぞ……

スナイパーライフルを持たせてはいけない

↑既に持ってるんですがそれは

エイムだけ良いってそれもうチーター

何が起こるんです?

大惨事だ

 

「前方に二名、やるぞ。動きが素人くさいな。完膚なきまでに容赦してやる」

「一人やりました! 相手逃げてます! 頭当てました! あと一発くらい?」

「はい終わり。あーいいねぇ負け犬の遠吠えはいつだって常人には真似できない。俺に特別なインスピレーションを働かせてくれる。ありがとうお前ら。俺の為に死ね。おっ、ここ見てみろ、ここ。いいポジだろ? バレないんだよ中々」

「ここですか? 本当にバレないんです?」

「大丈夫だって。ここはプレイヤーが最も気付かなかった場所で有名だからな」

「……それってすでに多くの人に周知されているってことでは?」

「でも気付かなかったランキング二回連続で1位に選ばれたんだぞ?」

「何ですかその矛盾を内包した世界は。あ、敵遠いですけどいました。偏差撃ちの練習します」

「…………おー、三発目で当てたか? って、四発目で倒すか普通。相手も驚いてるぞ。俺のリスナーもな。……常識外れだってよ。常識? 当たり前だ常識はてめーの味方じゃねぇよ! ほらいくぞロイド最難関バッジ取るぜ!」

「はい!」

 

〜コメント〜

うめーw

敵弱くね

お前の前世はシモヘイヘ

テンションおかしくない?

閣下が興奮しておられる

キャラコンはやっぱカイザー様うめぇな。余裕の動きだ。場数が違いますよ

ロイドちゃんは一発撃つごとに成長する。すごい早さで。戦いの中で!!

目指すはバーチャル大会優勝か

がんばれロイドちゃん!

大会出禁にされそう

 

◇◇◇◇◇

 

 五条さんは72時間を超える配信を目指していたらしいが、途中でダウンして結局18時間という私の中でも二番目に長い配信を終えて幕を閉じた。

 

 キル数では同率だったし、1on1では勝ち越せなかった事が悔しい。こちらが先に五条さんを見つけたら大抵やれるんですが、変則的な動きにエイムは追いついてもグレネードとのコンビで負ける事が多かった。それにショットガン、あれは中々厄介です。今度は当てる事ではなく避ける練習もしないと。

 

 頭の中でシミュレーションしながらリベンジを思い浮かべる。リビングに着くと、みかん大福ちゃんことメイドの香澄ちゃんが夕食を作ってくれていた。

 

 私が配信を終わるのと同時にご飯を仕上げる高等技術。流石私専属のレディースメイド。感謝しかない。

 

「今日も美味しそうなハンバーグ定食ありがとうね。これは本当の話、外食のハンバーグより香澄ちゃんの方が美味しいもん」

「えへへ、母直伝ですから! お母さんの作るデミグラスソースが無いとハンバーグ食べたくないって子供の頃の私ワガママで、自然と作り方も教わったんです」

「そのお陰でこれがあるんだね。もう最高だよ」

 

 香澄ちゃんの玉ねぎたっぷり柔らかハンバーグを食べると、他所の牛100%ハンバーグを食べてても、これなら香澄ちゃんの方がいいなって思えるんだよね。香澄ちゃんママにも感謝感謝。

 

「明日は朝の9時からショコラさんと配信ですよね? 朝ごはんはどうしますか?」

「あー軽く頂こうかな。そっか、明日もうエガヲさんと配信か。今週忙しい! エガヲさんとの配信楽しみではあるけど」

「……最近、コラボ多いですね」

「まったくだよ。むしろソロ配信の方が少ないくらいだし。私時間にルーズだから、あんましコラボコラボってなると気を張るんだけどねー」

「でも楽しそうですよ……ずるい」

「え?」

「あ、凄いって言ったんです! 色んな人と配信をするのは良い事ですよね! 私も楽しみです!」

「そう? ……頑張るよ」

 

 最後にボソッと香澄ちゃんが言った言葉、小さ過ぎて聞き取れなかったけれど、口の動きを記憶に照らし合わせて強引に読唇術を行うと、すぐに三文字の言葉が浮かび上がる。

 

 その言葉の意味は香澄ちゃんにしか分からないが、あんまり良い兆候ではないはずだ。今の香澄ちゃんの笑顔は、少しぎこちない。

 

 今度気分転換に、二人だけでどこか出掛けようかなと思った。それに、今までなあなあにしてきた事を、二人っきりで話す機会も必要だしね。

 

 とりあえずこのハンバーグは超美味しい。こんなに美味しいんだから、きっと全部上手くいく。そう思えた。

 



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第三章 家族
第二十一話☆ 転換


第三章『家族』

誰だって、家族がいる。



◇◇◇◇◇

 

「久しぶりのソロ配信ですね。今日も人の心を勉強中のロイドです。ぶっちゃけ今の私は人の心しかないと思うんですけどね。でも、私をまとめてくれてるサイトにはまだ『笑顔』と『殺意』しかないんですよ。どこのシリアルキラーですか。やっぱり人の心は難しいです。ロイドです」

 

〜コメント〜

ゲーム初心者が二十キルも取ればそうなる

むしろ妥当

俺が『恋愛』を教えてやるよ

↑かがみって知ってるぅ? 

ロイドちゃん可愛い( ´▽`)

コラボ続きだったもんなぁ

(同期との絡みゼロ)

殺意は帝王から、笑顔はショコラちゃんから

 

「笑顔はショコラちゃんから? 上手い事言いますね。こっちの話です。いやーショコラちゃん可愛かったですもんね。幸せになってほしい子ってああいう子の事を言うんでしょうね」

 

〜コメント〜

お前が可愛い

ショコラちゃんは無敵

姉妹配信みたいだった

妹欲しいんじゃぁぁ

あの子ちょっと闇深そうだけどな

検証班の検証した結果、習得されてる言語の内幾つかは紛争地

えっ……

それ以上はいけない

エリザベス様との配信はもうしないんですかー?

 

「エリザベスさんとの配信? もちろんしますよ! まだ日程は詳しく決まってないんですけどね。今度カイザーさんとしたゲームを一緒にしようと考えてます」

 

〜コメント〜

え、エリザベス様とFPS!?

あのゲームクソ雑魚豆腐メンタルのお嬢様と??

パニクって味方を撃ち続けていたあの?

敵への被弾はゼロだが、味方への被弾はテロ級

野良にグレネード張られて神風された人

素手の方がまだ強い人 

撃つな 殴れの人

ダディヤナザン!?

今度の大会は帝王 アンドロイド 公爵令嬢でようやくバランス良い 

お嬢様があのゲームする時自称プロ様が湧くから嫌い

 

「あ、エリザベスさん苦手なんですね……なら、別の案を考えておきましょう。なんなら今日聞いてもいいですね。今エリザベスさん十万人記念配信してるじゃないですか? 私こっそり最後に突撃しようと思ってるんです。あ、内緒ですよ?」

 

〜コメント〜

また悪い事考えてる

いいぞもっとやれ

慌てふためくエリザベス様が想像に容易い

実際この2人の仲はいいのか?

両片思いってかんじ

お互いに相手から好かれてはいないと思ってそう

配信では喜ばないけど裏でガッツポーズ取ってるのがエリザベス様

料理配信とかどうですかー?

餌付け推奨

お嬢様はママの味が恋しいらしいからな

ロイドちゃんの料理は母譲りですか?

 

「……………………私の母?」

 

〜コメント〜

違うだろお抱えコックの味だろ

専属シェフから教えてもらったんだ。そうだろ?

馬鹿お前たち一流料理人の秘密のレシピがプログラムされてんだよ

ロイドちゃんの手料理食べたら死ねる

↑悪いなこの料理三人前でお前の分ないんだ

遺伝的に家族全員なんらかのスペシャリストなはず

プロの味をアンドロイドが再現する時代かぁ

大丈夫ロイドちゃん?

《検証班》まずいぞ過呼吸だ

アンドロイドってどこまでが機械なの?

お前なら神の舌くらい持ってそう

え?

!?

ロイドちゃん!?

 

「……ハッ……ハッ……! 家族、私…………………………ワタシのっ……家族……かはッ……!」

 

◇◇◇◇◇

 

 明らかに、正常ではない。

 

 汗もかかない、眠る必要のない身体が、初めて私の意思に反して制御不能になる。

 

 右手がマイクを薙ぎ倒しながら、座ってもいられずに床に倒れ込む。いつもは無駄に優秀な脳が、こんがらがり絡れて碌に働かない。唯一、一つの単語だけが、壊れたように繰り返す。

 

 ──家族、と。

 

 どうして今まで私は、その言葉を一度として考えようとしなかったのだろう。前世の自分の家族の存在を。いや、今なら分かる。私の思考にロックがかけられていたのだ。

 

 今、無理矢理そのロックをこじ開けたせいか、意識にノイズが走り力が入らない。

 

 呼吸が出来ていない、というよりは体全体が眠りにつく感覚。意識はあるので金縛りに近い。

 

「──ロイドさんっ!!」

 

 勢いよく、私の部屋に入ってきた香澄ちゃん。この世の終わりみたいな声を出して私に飛びつく。あぁ、私が明らかに普通じゃないからと心配してやってきてくれたのは嬉しいけれど、乙女がそんな声を出さないで。

 

 宥めようとしたが、喉からは掠れた空気しか出ない。苦しくないんです。痛くもない。本当なんです。ただちょっと呼吸含む身体機能が止まろうとしているだけで。人はそれを死と呼ぶけれど。

 

「ロイドさんっ! ロイドさん!! どうしたらっ……」

 

〜コメント〜

誰? 妹?

彼女フラじゃん

え、マジのやつ?

イベント?

過呼吸ならまず落ち着かせるんだ

だいじょーぶ?

119 繰り返す119

 

「あっ……み、みかん大福です! 私! あ、あのっ、ロイドさん苦しそうで……!! どうすればいいですか!?」

 

〜コメント〜

落ち着け落ち着け

みかん大福ちゃん女の子!

どんな様子?

ヤバくないコレ

まずは冷静に、落ち着いて、深呼吸して、さあ……助けに行くから住所を教えてくれ

↑○ね

犯罪者が紛れてるぞ気を付けろ

うつ伏せにさせるとか……

持病は? 薬ないの?

まず救急車だろ

 

「きゅ、きゅうきゅうしゃ! な、何番でしたっけ!」

 

 恐らく、ばーちゃる史上最も1と9の数字が流れた瞬間だった。119が重なりすぎてむしろ何番か分からないですけどね。

 

 そんな時、パソコンの画面が繋いでくれた救急車ならぬ救世主現る。

 

『──っ! 繋がりましたか? みかんさん、私です。橘です』

「ダヂバナざぁん! どぅすればぃぃですか!?」

『まずは落ち着いて下さい。緊急ですね? 救急車は既に手配してあります。ロイドさんは息をしていますか?』 

「っ……してるような、してないような!」

『心臓は動いていますか? 止まっていても慌てないで。最悪人工呼吸はしなくても構いません。心臓マッサージに集中してください。やり方を教えますね。安心してくださいみかんさん。ご存知の通り、ロイドさんはタフですからね。そう簡単に死にませんよ』

 

 橘さんの指示は的確だった。香澄ちゃんはようやく落ち着きを取り戻す。過呼吸二人目が出なくて良かった良かった。

 

 今の私の心臓は恐らくすずめ程しか動いていない。まあ、石のように動いていなくても死ぬとかそういうのはないと思うんだけど……

 

 ただ、徐々に意識が薄れていく。視界が黒に塗り潰されていく。一過性の症状とはいえ流石に怖い。ここで死なないという直感はあるけれど万が一の可能性があるのならやはりそこに恐怖はある。だから、敢えて恐怖を別の感情で塗り替える。

 

 絶対に死ねない! 死ねない! まだ死ねない!!

 

 魂からの叫びを最後の瞬間まで強く想う。想い続ける。どこにこんな激情が隠れていたのかってくらい、かつてないほど生存欲求が燃え上がる。

 

「っ……あんどうさん!!」

 

 そして、遂に、現実の私は目を閉ざした。   

 

◇◇◇◇◇

 

切り抜き

 

「それではご機嫌よう夜叉金さん。……フフっ、やはりこの衣装、各パーツのディテールに拘った最高の仕上がりなのですわ! このっ、私のドレス姿! 流石アンズさんですわ」

 

〜コメント〜

嬉しそうなお嬢様は俺も嬉しい

お前はもっと幸せになれ

今ので第一期生は全員来たか? 

↑突っ込み待ちかな?  

まだ肝心のヤツが来てないぞ

確か配信中だったような

寂しがらないで

 

「忙しいのなら仕方ありませんわ。そもそも寂しくなんてありませんもの。ええ決して。寂しがる理由がありませんわ。あの方はだいたい………….え?」

 

〜コメント〜

ガチ緊急事態

救急車に運ばれた

大騒ぎですぞ

嘘乙 呼ばれたのはエンジニア

 

「っ!」

 

 咄嗟に部屋から出ていこうとして、家を飛び出る直前になって気付く。ロイドの家の住所を何も知らない事に。しかし、今回はそれがかえってエリザベスを冷静にさせた。

 

「……救急車が呼ばれたのなら、もう私に出来る事はありません。配信を続けますわ。杞憂で自らの配信を疎かにしていては笑われてしまいますもの。何も心配いりませんわ。世界中の人間が滅びても彼女だけはひょっこりと生きてそうな方ですもの。だから、大丈夫ですわ。気にしては負けですのよ。別の事を考えるのだわ……気にしてはダメなのよ!」

 

〜コメント〜

お前がなー




モヤモヤさせないようにキリのいい所まで投稿します。よくよく考えればロイドの心臓が動いてなくて呼吸をしてないだけなのに。


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第二十二話☆ 掲示板回【参戦!】vアンドロイド82【殺戮兵器】

◇◇◇◇◇

 

1:名もない視聴者 ID: xx-xxxx-xxxx-xxx

 

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生 安藤ロイド 元人間だが機械の体を得て失った心を勉強中のアンドロイド……というのは表向きで、彼女の正体は日本初の独立型発達式軍事用AI。三百メートル先の標的にサブマシンガンでヘッドショットを決める冷徹な論理思考を魅せる。

初配信で驚異の72時間連続配信(飯なし便なし欠伸なし)を成し遂げた異例の狂人。胃袋はブラックホール。声帯メタモン。処理速度は100ペタFROPS。

果たしてアンドロイドは、人間になれるのか。

次スレは 940くらいで。

...

 

2: 名もない視聴者

無理だろ

 

3: 名もない視聴者

>>2 で終わってたわ

 

34: 名もない視聴者

言うまでもなくガンドロイドは強かったな

 

36: 名もない視聴者

>>34 頑張ロイド?(難聴)

 

39: 名もない視聴者

お前らのせいでもうロイドちゃんが世界の破壊者にしか見えん

おのれアンドロイドォォォォ!!

 

45: 名もない視聴者

サブマシンガンに8スコ付けたがる女すこ

 

46: 名もない視聴者

始めて一日で二十キルバッジ

正体現したね

 

48: Johnny

彼女は自らをAndroidと安易に名乗る

それこそカモフラージュであると私はそれを確信した

彼女は紛れもなく人間ではないのだ

それでも彼女を私は好きに思ってる

 

49: 名もない視聴者

あの腕前でプロじゃないのは嘘だろ

 

61: 名もない視聴者

エイム以外はまだ可愛げがあったじゃん

最初だけ

 

77: 名もない視聴者

お前らが騒ぐから既に名のある配信者には知られてたぞ

 

79: 名もない視聴者

>>77 知ってるわw 世界ランカーの李ーシャンが挙げてた安藤ロイド対策がまんま対チーターなの草すぎる

 

88: 名もない視聴者

①頭を出さない(ヘッショで殺されるから)

②ショットガンで当て逃げ(sm対決だと理論上最速のレートで殺されるから)

③グレネード利用(投げ物ないと殺されるから)

④基本逃げて漁夫狙い(殺されるから)

 

96: 名もない視聴者

ヤツに弱点はないのか

 

100: 名もない視聴者

ちょっと天然なところ?

 

102: 名もない視聴者

>>100 それはもう強みですよ……ああいうところに男の子は弱いんです

 

103: 名もない視聴者

なんか余りにも疑わしい声が多い為、その対策として出したスクエアの案が手元だけ3D配信をするとかなんとか

 

105: 名もない視聴者

>>103 意味わからんすぎて好き

 

109: 名もない視聴者

世界初、両手だけ先に3Dになるライバー

 

111: 名もない視聴者

後にも先にも多分こいつだけだろうな……

 

116: 名もない視聴者

前スレくらいで、Vなのにわざわざ手元写す生配信で黙らせそうって言ってた預言者いたな

まさかの3Dだったが

 

120: 名もない視聴者

ショコラちゃんとの配信も、尊みが「深い」ッ! ッッボボボボボボボボッ!ボゥホゥ!ブオオオオバオウッバ!

 

 

121: 名もない視聴者

>>120

こうしてまた一人てえてえの沼に沈むのか……

 

 

135: 名もない視聴者

ロイドちゃんが日本語しか喋られなかったのは意外だった

 

146: 名もない視聴者

>>135

あいつ異国語なんてすぐ覚えるぞ

 

 

148: 名もない視聴者

まじ?ねぶた語も?

 

162: 名もない視聴者

>>148 なんだァ? てめえ……

 

245: 名もない視聴者

津軽弁って言え!

 

256: 名もない視聴者

青森異国扱いする奴は二度とりんご食うな

 

333: 名もない視聴者

やっぱし博多弁だよなぁ

 

〜〜〜〜〜

 

521: 名もない視聴者

【速報】安藤ロイド倒れる

 

525: 名もない視聴者

ヤベェよヤベェよ

 

530: 名もない視聴者

どうせ食あたりか何か。そうだと言ってくれ

 

531: 名もない視聴者

かつてない緊張がスレを襲う

 

555: 名もない視聴者

心配と余裕な気持ちの半々

 

602: 名もない視聴者

リアルで見てて自分の胸が苦しかったです

 

605: 名もない視聴者

>>602もしかして : 恋

 

607: 名もない視聴者

結局あれはなんだったのか

 

609: 名もない視聴者

呼吸が辛そうだった

過呼吸ってまじ?

 

610: 名もない視聴者

PTSDの症状と酷似してたよな

PTSDの症状とか知らんけど

 

613: 名もない視聴者

検証班によると、家族という単語がキーだった模様。まあ俺も最初からそう思ってたけど

 

614: 名もない視聴者

家族の話題で過呼吸って、一体どんな家庭環境

 

615: 名もない視聴者

人の心を知らないって、まさか……

 

620: 名もない視聴者

>>615 あっ(察し)

 

625 : 名もない視聴者

アンドロイド→自分の事を人間だと思ってない→人間扱いされた事がない。数々の常識はずれな点は、まともじゃない家庭だった故に他人と比較する機会がなかった為。家事が精神的に苦手なのは今まで強制されていた為。金銭感覚が鈍いのは今までお金を使った事がなかった為。

 

626: 名もない視聴者

>>625 続き、幾らでも食べる→そう成らざるを得なかった程の食事環境。72時間配信→親からの三徹強制労働で身に付いた能力。声帯メタモン→練習の成果。完全記憶能力→生まれつき。

 

630: 名もない視聴者

考察班はかどる

 

631: 名もない視聴者

>>626

72時間労働って古代ローマにでも産まれたの?

 

640: 名もない視聴者

親キチ説は馬鹿馬鹿しいけど、人間扱いされた事がないだけなんか納得いったわ

 

645: 名もない視聴者

>>626 最後の適当感よ

 

690: 名もない視聴者

俺達はそんな奴から笑顔をもらってたのか

 

710: 名もない視聴者

ロイドちゃんは一生俺が見守る

 

840: 名もない視聴者

はよ帰ってこいよ待ってるぞ

 

◇◇◇◇◇

 

切り抜き

 

【拡散希望ww】安藤ロイドとかいうばーちゃるちゅーちゅーばーの闇公開【絶対に見ないと後悔する!】

 

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第二十三話 この一瞬ですら君となら思い出になる

◇◇◇◇◇

 

 感覚的には、まさに瞬き一回。一瞬の出来事。目を閉ざしたと思ったら、次に開けるとそこは私の配信部屋ではなく、大通りから外れた脇の小道にひっそりと隠れた静かな喫茶店の、木漏れ日を浴びる窓辺の席だった。でも、少し遠くに目をやると壁のない真っ白な空間。

 

 ここは現実ではないと直感した。誰の仕業かはよーく分かっている。知っている。目の前のテーブルの上にはあの日と同じ、便箋が置かれてあった。

 

 差出人は言うまでもなく、対価の神様。

 

『ゲームマスターがプレイヤーの前に気軽に現れるのは私の趣味ではないが、今回の一件は謝罪をしに来た。どうしようもなく私の責任だからだ。故に、こうして例外ながら君に言伝を送った。薄々察しているとは思うが、君に、君の元の自分(仮に前世と呼ぼう)の家族という存在を思考に落とさないよう敢えて制限をかけておいた。これは、私なりの親切やお節介の類だったと言い訳する。やはり慣れない事はするものではないと反省しているよ。とにかく君は自分自身の意思で制限を突き破り、誤作動を起こした器が強制的にスリープモードに入った。実に興味深いイレギュラーだ。一体何がきっかけだったのか、あのちゅーちゅーぶとやらのコメントか、やけに君を贔屓しているあの機械のせいか、それとも君は無意識の内に常に家族について日頃考えていたのかもしれないな。もう隠す意味もないので教えておこう。前世の君が叶えたかった願いは、家族を生き返らせる事だ』

 

 『家族を生き返らせる事』。それを聞いた瞬間に脳に衝撃が伝わる。ビビッと。それしかないと言わんばかりにしっくりと。でも、肝心なところは思い出せない。それを裏付けるように、こう締め括られていた。

 

『願いは半分だけ叶えられた。前世の君の家族は死ななかった事になったが、代わりに君は別人となり、それらは“家族” ではなくなったからだ。家族を生き返らせるという願いは、他人を生き返らせるという辻褄合わせで対価とした。ここまで言えば理解出来ると思うが、君が前世の家族について思い出す事は決してない。私がここまでお喋りになっているのもそのせいだ。幾ら君が頭を働かせても、前世の願いを知っても、家族について思い出す事だけは絶対にありえない。それが、理。或いは……覆せない設定』

 

 そこまで見て紙を破いた。まだ続きはあったけれど、もう見なくてもいいかなと思ったから。

 

 しかし厄介な仕様だったらしく、内容の続きが直接脳内に伝わる。

 

『私は分かりやすく神を名乗っているが、呼ばれ方など様々だ。法則でもいい。理、ルールでもいい。確かな事は、そのどれもが正しいという事だ。正しさの体現、それが私だ。君は前世について一生思い出せないのだから、そんな無駄な事に時間をかけずに、今の人生を好きに生きるといい。君はもう、自由なのだから』

 

 知った風な口を大層な存在が仰る。

 

 色々と呼ばれ方はあるみたいだが、法則とか理とか可愛くないので、やはり親しみを込めて神様と呼ばせてもらう。

 

「でも神様、この状況だって本当はイレギュラーなんでしょう? ここに来る前私は何を願ったと思う? まだ死ねない、だ。私の奥深くのそいつが叫んだんだ。まだ死ねないって。ほら、私は既に法則の埒外にいるよ。対価の神様、あなたはいつまで正しいのかな?」

 

 多少喧嘩腰になってしまった。それは私の奥深くに燻るそいつのせいという事にしておこう。

 

 今の私の言葉は、特段誰かに聞かせるわけでもない話だったが、神様は聞いていたらしい。

 

『やはり……面白い』

 

 背筋がゾクっとざわつき、同時にこの世界から自分が消えていくのが分かる。反比例して、あの子の声が聞こえてくる。いや、本当はずっと聞こえていた。私がどこにいようと、私がどんな姿であろうと、君はそうやって私の前に現れてくれるのだろう。

 

『あんどうさんっ!!』

 

 そうして私の目は開く。

 

 とある病院で、個人部屋で、私はただ眠っていた。さっきから私を呼び続けていた声の主は、疲れているのか眠っている。私の膝を枕にして。

 

 外は太陽がのぼっている。感覚的に私が気絶して1分……という事は丸一日経っているという事だ。今のをアンドロイドレートと呼ぶ。香澄ちゃんはきっと、ずっと私の側にいてくれていたのだろう。健気な子だ。

 

 愛おしくなって私はそっと香澄ちゃんを撫でた。小動物の様に身じろぎした後、ゆっくりと香澄ちゃんは目を覚ます。

 

 私が起きている事に気付いて叫びそうになったので、その口に人差し指を当てる。よく殺人鬼が現場に訪れた幼児にやるやつ。

 

「看護師さんに気付かれちゃうから、静かにね。滅多にこんな事ないし、もう少しだけ二人っきりでいよっか?」

「ふぐっ……ろ、ロイドさんっ」

「心配かけちゃったね。ごめんね」

 

 泣くのを我慢して香澄ちゃんは目尻に顔に力を入れる。本当にフグみたいに膨らんでるよ。抑えて抑えて。

 

 溢れる涙をすくう。こんな女の子を泣かせてしまうなんて、正直自分が情けなかった。

 

「私っ……私、どうすればいいのかわかんなくて、ただ怖くてっ、またどっか行っちゃうんじゃないかって思ったら、目の前が真っ暗になってっ……胸がっ、痛くて!」

「大丈夫。大丈夫。もう怖くないよ。私はここにいるよ。ずっといるよ。たとえ姿形が変わっても、必ず側にいるって……約束したっけ? してないなら、今した! はい、もう安心。だから、これ以上女の子が好きな人以外の事で目を泣き腫らしたらダメだよ」

「じゃあ大丈夫ですぅ……ぐすっ」

 

 異性でって意味なんだけどね。まあ嬉しいけども!

 

 自分には勿体無い子だ。泣いてても、その目は私の事を見ている。母親の如き包容力で私の体調を気遣っている。だからだろうか。つい、聞いてしまった。心の隅っこで隠れていた弱気な自分が、あろう事か歳下の女の子に対して悩みを打ち明けてしまった。

 

 

「約束の証拠に、香澄ちゃんに秘密を打ち明けるよ。私には記憶がない。安藤ロイドになる前の自分を何一つ知らない」

「……ロイドさん?」

「難しく考えないでいいよ。香澄ちゃんはさ、もしもさ、神様に、自分の大事な記憶を忘れて思い出させなくしてやる〜って言われてさ、そしたら本当にどうやっても思い出せなくなってしまうと思う?」

「……ロイドさん。普通の人は、神様がいなくたって色んな事を忘れてしまうものですよ」

 

 香澄ちゃんは私が完全記憶の事を話してると思ったのか、若干呆れた目で見てくる。

 

 でも確かに、言われてみればそうだ。ごもっともだ。納得していると、香澄ちゃんは続けた。

 

「でも、忘れられないものもあるんです。だから、神様だろうと誰であろうと、何をされたって絶対に忘れないものはあるはずです!」

 

 元気よく答える香澄ちゃんを見て、私は確信する。やっぱりこの子こそが……

 

「私にとって『必要な人』なんだね」

「え、何がですか?」 

「香澄ちゃんが私にとって、かけがえのない子だって事だよ」

「っ……な、何を、急に、も、もう! びっくりするから、汗かいちゃいました。そうだ、私飲み物買ってきますね!」

 

 アセアセと顔を真っ赤にさせて部屋から出ていこうとする香澄ちゃんは、扉を開けて一人の女性にぶつかる。

 

「あ、すいません!」

「やっ、こっちこそ悪い悪い。ごめんよ不注意で。まさか病人の部屋からこんな可愛い子が出てくるなんて想像もしてなかったからさ」

「……もしかしてロイドさんのお仕事仲間ですか?」

「そそっ、君こそみかん大福ちゃんだよね。初めまして。まー大体予想ついてると思うけど、エクレールII世だよ、よろしくよろしく。ここでは梶原だからかじっちゃんと呼んでね」

「あわわっ」

「飲み物買うんだっけ? はい、これおねーさんの奢りだから、ついでに私の分も買ってきてくれる? ミルクティーがいいな」

「は、はい!」

 

 憧れのエクレールII世さんを見て限界化しそうだった香澄ちゃんだったが、最近免疫がついてきたのか辛うじて足取り確かなまま行ってしまった。

 

 エクレールII世さんはニカっと私を見て笑いながら、お見舞いの品の代名詞、果物の入った籠を見せてくる。

 

「思ったより元気そうじゃん。良かった良かった。橘さん滅茶苦茶心配してたから後で連絡入れてやりな。あの人何してるかっていうと、まぁなっちゃんの後処理というか、穏便に事を進めているみたいだけど」

「うわっ、迷惑かけまくりですね」

「まあ大丈夫大丈夫。思ったよりも悪い噂とか立ってないって。話題にはなってるけどな!」

「面目ないです。ほんと、申し訳ありません」

「はっはー、そこまでしおらしいのも珍しいね。りんご一つ剥こうか? 多分こんな機会今日が最後だろうし、私が腕によりをかけてウサギさん作ってやるぜ」

「ありがたい事です。ただ、一つだけ。梶原さんどこから聞いてました?」

「……あちゃー、バレてた?」

 

 慣れた手つきでウサギを一匹二匹と作りながら、私に向かってはにかむ顔。そんなイタズラがバレた子供みたいな表情されても困る。

 

「どこから聞いてました?」

「……熱烈な告白あたりから」

「ふむふむ。ウサギちゃんが可愛いので、そういう事にしておきますね」

「助かるよ。はは、だってまさか、急にあんな真面目な話になるとは思わないじゃん? 入るタイミングを見失ったというか、秘密の話だったらごめんよ」

「ただの世間話でしたから、大丈夫ですよ」

 

 私の世間話には、もれなく神様がついてきそうではあるけれど。あっという間に八匹のウサギを作ったエクレールII世さんは、香澄ちゃんが戻ってくるとすぐに帰って行った。気を使ったのかもしれない。

 

 その後は病院の人にバレるまで、香澄ちゃんと一緒に二人でウサギを食らいつくした。香澄ちゃんは私の記憶について深く触れる事はなかったけど、二度と離さないと言わんばかりに、お医者様が来るまで私の服を握っていた。

 

◇◇◇◇◇

 

切り抜き

 

あまり公共機関には近づかないでねとエクレールII世に言われて、お見舞いお留守番中のエガヲちゃん



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第二十四話 夕暮れに二人で帰る思い出を

18話が入っていないというご指摘をいただきました。訂正してあります。ホント毎度誤字とか多くてちょっとショック(・ω・`) 反省します。


◇◇◇◇◇

 

「何が何だか分からない。私は何も見ていない。見ていないんです……」とお医者様は匙を投げた。その目は虚だった。私の体の何を知ったかは知らないが、私にとってそれは不都合だったのかもしれない。

 

 結局、私は身分証明書も保険証も提示する事なく(そもそも持っていない)、幾らかの現金を払って病院を後にした。

 

 一日ぶりのシャバは気分が良い。新鮮な空気を吸っていると鼻歌でも歌いたい良い気分になる。ふんっふふ〜ん。

 

「私は帰ってきた!」

 

 我が家に着くなり、自由に叫ぶ。同時にTowitterで生存報告もしておいた。すぐに知人やリスナーの皆様から温かいメッセージが返ってくる。優しいかよ!

 

 ちなみに香澄ちゃんは既に橘さんが学校に送ってくれている。平日だったからね、私のせいで遅刻させてしまったよ。お返しに後で学校まで迎えに行こうと思う。この体になって初めての運転だ。

 

 配信部屋は私がもみくちゃにしてしまっていたはずだが、既に香澄ちゃんが片付けてくれていたらしい。整頓されたテーブルの上の、いつものパソコンを労る。あの日、橘さんと通信が繋がったのはこの子のおかげだろうから。

 

 考えてみると、私は私が思ってる以上に多くの者に助けられながら生きているのだと改めて実感した。

 

 もう二度と無様な姿は見せられない。私はスクエア所属 第三期生 アンドロイドの安藤ロイドなのだから。

 

 ……ところで、その安藤ロイドについて。橘さんから幾つか定期連絡が届いていた。どうやら思った以上に私の今回の騒動は騒ぎになっておらず、後始末は楽に終わった事。そして最後に『両手3D化おめでとうございます』と。

 

 一体全体なんの事か分からない。マスターなハンドとでもコラボするのかな? いや、私の両手とは、もしかしてあのゲーム配信が原因なのか? 後でしっかりと聞くとしよう。

 

◇◇◇◇◇

 

 シャープでエキセントリックな私の車は、性格がとても素直で燃費もすこぶる良い。25メートルプールを息継ぎなしで泳ぐ小学生くらい燃費が良い。無駄に冷蔵庫なんてのもあるので、おやつ入れ放題!

 

 カーナビも言わずもがなハイテクだ。

 

『この先、10メートル、対向車線の車が大きくクラクションを鳴らすのでご注意ください』

 

 ん? と思っていると、ちょうど隣から耳をつんざくクラクションを鳴らした車とすれ違った。未来でも見えてるの?

 

 最強のカーナビのおかげで道中快適に進み、すぐに香澄ちゃんの学校の正門に着いた。

 

『下校時間です。安全運転に気を付けましょう』

 

 その通りだね。ちらほらと、高校生達が仲良く下校している。この数はもしかしたら部活は休みなのかな。問題なのは三年生の特徴である赤色のスカーフが見えない事だ。

 

 一時停止したまま、窓を開けて緑色の学生(確か一年生)の子に声をかける。

 

「ちょっといいかな?」

「え! あ、わ、私ですか?」

「うん。あのね、三年生の人ってまだ学校かな? えっと私の……あー、妹なんだけど」

「先輩達は確か……学年集会があったと思います! 多分すぐに終わると思うんですけど……すみません!」

「いやいや、助かったよ! ありがとね!」

 

 心優しく警戒心の少ない子に感謝感謝。その子は周りの子に『知り合い?』『芸能人?』とか聞かれて困ってる。すまぬ。

 

 一度車から降りて香澄ちゃんを待っていると、意外にも多くの学生君ちゃん達に噂されているようだ。毎日刺激を求めている彼ら彼女らにとって、今の私は少なからずイベント事であるみたいだった。

 

『やば、かわよ』

『誰の親? いや若すぎか』

『有名人?』

『これ以上見つめると何か悟りそう』

『我々がこれまで見ていた女子は、3ドルの顔だった』

『ふと視界に入ってきたのは、あらゆる希望を一点に集めた、或いは限りなく絶えない幻想の極地。美少女という言葉はきっと、貴女の為だけに作られたはずだった』

 

 多くの生徒の視線に晒されて流石に少し恥ずかしい。特に元気な子は、時々私に話しかけてくる。

 

「お姉さん誰待ちー? 彼ぴー?」

「うーん彼女!」

「えーヤバーウケるー!! じゃね〜」

「ばいば〜い」

 

 ああいう子を見ると絶対何人かこの学校にもライバーに向いてそうな子がいると思ってしまう。コミュ力お化けが多過ぎるよ。

 

 なぜかその後も知らない子にじゃんけんを挑まれたり、サインを求められたり、握手されたり。芸能人じゃないからね!

 

 一人二人くらいに『ほ、本物……』とバレてたみたいなので、「しーっ」とジェスチャーを取った。サングラスはしてないとはいえマスクはしてるのに、よく分かるもんだ。まあ、スクエアの中で一番配信の時に声が変わってないのは多分私かショコラさんだから、声でバレるのもあるかもしれない。その子達と変に関わってしまうとまた変な記憶改竄が行われるかもしれないし、近付かないでおこう。

 

 そろそろ何かを求められたらお金取ろうかなと冗談で考えていると、ようやく目的の香澄ちゃんがお友達と一緒にやってきた。

 

「え、ロ……安藤さん! どうしてここに?」

「あの後すぐに退院出来たからさ、迎えにきたんだよ。安藤タクシーだね。今なら特別おやつとジュースもあるよ!」

 

 キンキンっに冷えてるぜ。

 

 香澄ちゃんは隣のお友達に目をやる。心配せずとも、もちろん私はその子の家も送って行くつもりだけど。

 

「誰? 知り合いの人?」

「あ、えっと、前に言ってた仕事先の人」

「あぁ、例の」

 

 間違ってない説明だけどなんか寂しい。そして、香澄ちゃんと結構仲がいいみたいなお友達は、つまらなそうな目をして私を見て、そして固まる。

 

 私も記憶の中に彼女との思い出が一つあった。その子もきっと遅まきながらそれに気づき、私を指さしながら言った。

 

「焼肉屋で強引にサラダ持ってきた人」

「言い訳のしようがない」

 

 そこまで聞いて、香澄ちゃんも私とエクレールII世さんの初配信を思い出したらしい。

 

「え、あれって小葉ちゃんだったの?」

 

 焼肉の最中、元気のない家族の間に割り込んで、問答無用にサラダを置いた私。その時にいた一人が、まさしくこの子だった。

 

 名前は木村 小葉(このは)。18歳学生。学校では真面目でそつなく過ごすが今ひとつ胸のない少女……なんかエリートっぽい気品漂う顔と物腰をしている為男子学生にはモテるが、家ではぐーたらなんです。悪い奴じゃあないんですが、これといって男っ気のない……幸の薄い少女さ。

 

「あ、この子は私の友達で、小葉っていいます!」

「小葉ちゃん、ね。よろしく、小葉ちゃんも乗ってく?」

「じゃあ、乗ります」

「はいよー」

 

 香澄ちゃんのお友達なら大歓迎だった。

 

 お家まで送るつもりだったが、話の流れで小葉ちゃんも私の家に来る事になった。友達の仕事先が気になるのだろう。学生にあの豪邸は少々刺激が強すぎないか心配だ。

 

 無性に小葉ちゃんの事が気になる私はつい話しかけてしまう。

 

「香澄ちゃんと仲良いんだ?」

「うん、まあ」

「学校は順調?」

「平気」

「イジメとかないよね!?」

「しつこい。香澄がいるから大丈夫だって」

「そっかぁ。本当に仲が良いんだね、良かったね香澄ちゃん」

「……それは私のセリフのような」

 

 安全運転を心がけていた私はずっと前方を見ていたけれど、その間ずっと小葉ちゃんと香澄ちゃんの視線を後ろに感じた。

 

 小葉ちゃんが私の家を見て驚愕していたのは今更語るべき事でもないので割愛する。

 

 家に着くなり香澄ちゃんが仕事モードに入ってすぐにメイド服に着替えようとしたので慌てて止めた。いや、着るだけなら全然問題ないっていうか、むしろ可愛くてどうぞどうぞって気分ですが。

 

「今日は香澄ちゃんも座っててね。今回はお客様だから。私が飲み物持ってくるから部屋で二人でゆっくりしてて」

 

 いっそ私がメイド服を着ようかと思った。でも、それは香澄ちゃんのだし、今日のところは控えよう。

 

 冷蔵庫の中身は多種多様な飲み物が入っている。いつもはこの中から私の気分に合わせて香澄ちゃんが選んでくれるんだけど、今日は私チョイスだ。

 

 自信満々に二つの飲み物を持っていく。ノックをして部屋に入ると、なぜ二人とも正座していた。小葉ちゃんは人の部屋だから分かるけど香澄ちゃんまで何故……

 

「はい、香澄ちゃんはオレンジジュースでよかったかな?」

「はい! ありがとうございます。一生大事にします」

「腐らないうちに飲んでよ? 小葉ちゃんは……」

「気味悪いから。ちゃんとかいらない」

「そ、じゃあ小葉はこのあまーいミルクとにがーいコーヒーどっちがいい?」

「その二つを混ぜたもの」

「だよね。はい、これ」

「砂糖を少し入れて欲しい」

「ひとつまみね。入れてるよ」

 

 何故か胡乱な目つきで香澄ちゃんに見られつつも、三人との楽しい時間はあっという間に過ぎていった。こんなに可愛い女の子達と一緒に話すと自分も同じ学生になった気分だ。

 

 三人で過ごしていると、ふと神様の言葉を思い出す。『家族について思い出す事だけは絶対にありえない』、と。確かに今は何一つ思い出せない。奇妙な程にどれだけ考えてもその一端すら思いつけない。けれど、いつまでもその限りではないと確信していた。

 

 帰りは二人を駅まで見送る。空はすっかり橙色に染め上がり蛍の光が遠くから聞こえた。

 

「ロイドさん、今日はありがとうございました! また明日も来ていいですか?」

「もちろん。私も今度お母さんへのご挨拶も兼ねて遊びに行くね。小葉もパパとママと仲良くね」

「……あのさ」

「ん?」

「私も、また、来てもいい?」

「そりゃあもちろん」

「……そっか。じゃ、また」

「うん、気を付けて」

 

 名残惜しそうに背中を向ける小葉。何故か一緒についていきそうになる自分の足を抑える。顔は涙を堪えて心は叫びたがっている。魂は軋み今にも弾けそうだ。

 

 私はその理由を、まだ思い出せない。

 

◇◇◇◇◇

 

切り抜き

 

エリザベス「安藤奈津様のお部屋はどちらかしら?」

受付「……そちらのお名前で該当するデータが当院の履歴にはございません」

エリザベス「いえ、あの、昨日の内に緊急搬送された女性の方がいらっしゃるはずですわよ?」

受付「……そのような記録はございません」

エリザベス「えぇ……?」

受付「……ございません」



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二十五話 ポョンポニョン人

◇◇◇◇◇

 

「わざわざ本社までご足労頂き申し訳ありません。なるべくロイド様の自由を尊重するよう努めているのですが……不甲斐ない自分を何卒お許しください」

「私そんなワガママに見えます?」

 

 スクエア本社に橘さんに呼ばれて、やってきて早々下手に出られると私も普段の己を反省する。自由を求める私は確かに束縛されるのは嫌いだが、ここに来る事は全然苦ではないというのに。

 

 ゲーム風にいうならここスクエア本社は、フラグポイント。次なるイベントのスタートラインなのだから。

 

「むしろ、橘さんには改めてお礼を言わせてください。この度はお騒がせしてすみませんでした」

「いえロイド様に何事もなくて良かったです。こちらは想定よりも遥かに騒ぎが起きずに拍子抜けしたくらいです……不自然なくらいに。その証拠として別件の両手3D配信について概ね算段が立ったのでご連絡させて頂きました」

「あー、リスナーの皆様に謝罪動画とかあげた方がいいですかね?」

「その必要もないでしょう。今の状況では波風立てずに軽く一言、いつもの動画に添えるくらいのお気持ちで良いと思われます」

「じゃあその、両手3D配信の時に?」

「両手3D配信の時に」

「……それはどういう?」

「もちろんロイド様の戦闘技術……失礼、ゲーム操作に対するあらぬ疑いを晴らすのが目的ではありますが、主な理由は二つあります。一つは体全体を3Dにしたとしても、両手の細やかな動きまで再現する技術力が今のスクエアにはないこと。それでは本末転倒なので。二つ目に、全身を使った3D配信はまだ試験段階という事もあり一期生の方々にしか使用しておりません。その段階でロイド様に使用する事により、スクエアはロイド様を贔屓にしている、などという不必要な勘繰りを防ぐ為です」

 

 はぇー、初めて両手3D配信の件について目にした時は、何言ってるんだスクエアという気持ちが少なからずあったが、色々と考えているんですね。反省です。上に立つ人は結構色んな事を考えているものなのですよ。

 

「贔屓にしている、という事実は多少ながらありますが、わざわざ公にする事ではないので」

「それは、やはり私が世界でも有数の稀に見る端正な顔立ちだからです?」

「お金の問題です」

「大人の世界!」

 

「簡単な費用対効果です」と橘さんは言った。でもその後「そちらはあくまでスクエア本社の理由ですけれどね」と意味深に付け加えた。

 

 この方が時々、ドキッとさせる言葉を使うのは、もしかしてわざとなのだろうか……

 

 私が男でなくて良かったと思う。絶対に手玉に取られるもの。今は取られていないのか、それは知らない。

 

 私は両手3D配信の最終調節の為に、スクエア所属 第二期生 ポョンポニョン人のポンニョさんに会いに来た。橘さんは別の方の担当案件があるので私とポンニョさんを会わせた時点で帰ってしまった。ポンニョさんはアンズさんのようにライバーでありながら、こういった機械面にツヨツヨの元機械技師さんという二刀流なのだ。

 

 ポンニョさんは覇気のない顔で自分の自己紹介を軽く済ませると、私の手に色々な機械の類を貼り付けてデータを取っていく。私には専門外なので、その間沈黙を続かせないようにポンニョさんに話しかけた。

 

「ポョンポニョン人って何ですか?」

「そんなのボクが知りたいよ。徹夜続きで眠たくて設定欄に適当に殴り書きして応募したらここが採用しちゃったんだ。むしろ野生のポョンポニョン人を見かけたらボクに教えてくれ。参考にするから」

 

 多分そんな機会は永遠にこない。

 

 ポンニョさんの声はとても中性的で、正直男か女か聴き分けが付きにくい。性別も聞いておきたかったが、失礼かなと思い私の手にぺたぺたと貼り付けてある謎の物体について聞いてみる事に。

 

「私の指のこの電極の様な物は一体?」

「簡単に言えばセンサー。それのお陰で指の動きを細部まで再現出来る。多過ぎてもノイズが走るだけだからバランスが大事なんだ。調整したら極薄の手袋型にするからその使用感も後で聞きたい。素手と比べると多少不便だと思う」

「ほえー。あ、にぎにぎしていいですか?」

「もうちょっとで調整終わるから──はい出来た。あ、勝手に指とか触ってごめんね。大丈夫かなボク。神聖な物に触れて不埒で不浄な心を抱いてしまったとかで、手が火傷しないかな」

「私の手にそんな浄化作用は無いと思いますけど……あ、思ったより動かしやすい」

「よかった。そうだ、見える? このモニターに出てるのが公開予定のキミの両手」

 

 ポンニョさんが見せてくれた画面には、真っ白な色の手をした安藤ロイドの手がにぎにぎと動いていた。ちらりと見える袖がロイドの服と一致。

 

 うねうねと動く真っ白な手は、人間味の薄く人間離れした美しい形をしている。

 

「美人さんの手ですね」

「まあイメージとしては、理想の手の形をモデルにしてるから。でも、本物の方が整っていたのは計算外だったけど。自覚ある? キミの手大理石みたいだよ。とりあえずうまくいってるみたいだ。細かい操作の仕方を教えるからメモとか……いらないんだっけ。ボクもその頭が数年前にあったらなぁ」

 

 結局最後までポンニョさんの性別と、ポョンポニョン人の生態は分からずじまいだった。でも、途中で母親らしき方から電話が掛かっていたので、ちゃんとご両親は健在のようだ。……むしろ私のこの体は、どうやって産まれたんだろう。案外、粘土をこねるように作られていたりして。ポョンポニョン人よりも私の方がよっぽど不思議種族じゃないか。

 

 私は眠たいのに頑張ってくれたポンニョさんにお礼を言って、次なる配信、カイザー五条さんと同期の夜叉金さんとの配信に備える!

 

 第三期生との初コラボ! 色々と順番を間違えてる気がしなくもないが、楽しみです!

 

◇◇◇◇◇

 

切り抜き

 

 お見舞いの準備していたらとっくに退院していて、何故か病院の態度もよく分からなかったので、お家で拗ねてるエリザベス様



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第二十六話☆ 夜叉金tv everyday

◇◇◇◇◇

 

「はい前略。今日の助っ人は精密機械のデストロイヤーこと安藤ロイドと、そんな化け物と同期の第三期生 夜叉金だ。二人は初絡みなんだっけか」

「ロイドです。昨日はポニョンさんに両手の調整をしてもらったロイドです。カイザーさんの言う通り夜叉金さんとは初めてです! カッコいい名前ですね!」

「うっ……は、はぃ。ありがとうございます。その、嬉しい、です。みんな、もう、あだ名しか呼んでくれなくて、えっと、嬉しいです」

「お前緊張し過ぎだろ」

「いや、そりゃ、当たり前だよ!! ロイドさんとだよ!?」

 

〜コメント〜

閣下の挨拶そろそろ全略しそう

こんば〜

ロイドちゃんいつも通り過ぎて草

お前……もしかして二号機?

オーバーホールしたんかな

3Dオメ!

両手おめでと……俺は何を言ってるんだ?

ポニョなのかポヨンなのかハッキリしろ!

↑どっちも違う定期

もやしゃ逆ギレじゃんw

裏ボスが目の前にいるようなもんだぞ。誰だってそうなる。俺だってそうなる

ロイドちゃん大丈夫だった?

 

「既にコメントでもあるが3Dおめでとうな。作られた背景の事を考えると諸手をあげて喜ぶって訳でもないんだろうが、どっちにせよめでたい事だ」

「おめでとうございます、でいいんでしょうか?」

「ふふふ……じゃん! こんな感じですよ。皆さん見えてますか? うにうに動くでしょう? 私は面白くて嬉しいですよ両手だけでも」

 

〜コメント〜

シュール……でもないのか?

プロゲーマーでよくある構図

うにうにってなんだよ。お前をうにうにしてやろうか?

本当に体あったんね。全身がマイクロチップかと思ってたわすまんな

めっちゃぬるぬる動くやん!

凄く素敵

動いてると……なんか……えっちぃ

何だろこの気持ち。ずっと友達だと思ってた幼馴染を異性として意識した瞬間に似てる。まあ幼馴染いた事ないんですけどね

極めてなにか生命に対する尊みを感じます

マジ恋しそう。どうしてくれんの?

くそっ!これまでお前をただの機械として見てたのに! この仕打ちは酷すぎるよ! 結婚しよう

 

「え、想像してた以上にコメントの皆様が急に褒めてきて困りますが」

「こっちも見てるぞ。何々、おー上手く出来てるじゃん。なぁやーしゃん」

「はい、頬ずりしたい」

「……お前、今ここにいる誰よりも気色悪い顔してるぞ多分。大丈夫か?」

「あはは、頬ずりはちょっと、今は物理的に画面越しなので無理ですがありがとうございます?」

「画面越しとか言うな」

 

〜コメント〜

まさかの限界化してる奴がお前とはな

もやしゃは中学男子よりも可愛い思春期してるからしゃーない

美しい手と顔をした女だ

あれ、もしかして閣下ともやしゃは同じ部屋?

 

「あー、そうそう。俺ん家に泊まり来てんだよ。夕飯もさっき一緒に食べたばっかだ」

「はい! ご馳走様でした!」

「え……二人だけずるいですよ! 私も前からカイザーさんの家に行きたいと思ってたのに」

「なにお前俺を燃やしたいの? 昔から下々には言ってるけど俺の家に女は一人も入れさせねぇ。特にそこら辺気ぃ付けてんの。昔痛い目にあったからなー」

「えー、本当に気になってるんですけどね。特に、カイザーさんには妹とか姉とかいないのかなー……って」

「っお前なんで……おい、さっきからだんまり決め込んでないで何か言ってやれやーしゃん」

「うぇ!? え、えっと、あ! ロイドさんは昔、幼少期の頃に親から虐待を受けてたってネットで誰かが言ってたんですが、本当ですか?」

「おまっ……! ……ばかやろう。毒を以て毒を制すなよ。俺の無茶振りが原因とはいえ、それが本当だった時俺達はなんて言えばいいんだ?」

 

〜コメント〜

特大プレミ

軽く失言では

もやしゃ君さぁ……

もやしゃ虐待の意味知らなさそう

これはカウンターキラーELですわ

閣下の家の事とか一瞬でどうでもよくなった

 

「ふふ、そんな噂があるんですか? この前の私の不祥事がまさかそう繋がるとは。あの日はただ排管ラインが詰まったとかそんな程度だから大丈夫ですよ。人間風に呼ぶとつまり、レベルの高い『気管に入った!』ってやつですね。心配させて申し訳なかったです。でもなんともなかったので安心してください。そもそも虐待されたなんて記憶、私には一切ありませんから」

「おぅ、まあそうだとは思ってたけど安心したわ……お互いパーソナルライン踏み越えないよう気を付けないとな?」

「……そうですね。まだ(・・)

「あぁー!! 僕ジャンプマスター嫌なのに! ちょ、頼みます五条先輩!」

 

〜コメント〜

もやしゃは雰囲気・オブ・クラッシャー

安藤ロイドwikiに記憶喪失も追加しといて

もやしゃ君は清涼剤になり得る

嫌いだわぁ途中で譲渡してくる奴。いらねーんだよこっちも!

……ジャンプマスターは俺だ。修学旅行の班決めの時の俺なんだ

↑泣いていいぞ

二人組作れとか宣う先公は、学生時代に痛みを知らない陽の者かただの愉快犯だと思ってる

もやしゃ1キル頑張って!

 

「あ、一つ言っておくが、やーしゃん真面目に弱い。エリザベスよりちょい上くらい。俺とよくパーティーでランクマしてたから、ランクだけは上がってランク詐欺って呼ばれてる」

「二人共、敵2部隊います。このままだと地上着いて一部隊とすぐにぶつかり合いそうです」

「こんな風に状況把握だけは出来る。ちなみにそれはお前のせいだからな? 次ジャンプマ途中で譲ってきたら全員別の場所に降りての三年後シャボンディ作戦実行すっからな?」

「僕の前に一人います。武器取られた! 多分僕が相手に一発殴って負けます」

「な? こんな風に状況把握だけは出来るんだよ。だけは」

「闇雲に突っ込むよりは断然良いと思いますよ……お、MP7ゲットです。弾は無いですけど2パーティーならギリギリ足ります。私やれます!」

「よし、やるか」

「一発殴りました! 五条先輩! 殴れました!」

「お前が一発殴る間に俺たちは1キルしてんだよ」

 

〜コメント〜

完全に介護プレイ

もやしゃエイム揺れ過ぎ。酔ってんの?

お前だけ常に震度8

マジのざつぎょじゃん。高感度やめたら?

殴って死ぬ。有言実行出来て偉い

一発殴れただけ成長している

銃があればワンチャンあったもんな。うんうん、よくやったよもやしゃは

頼り甲斐のあり過ぎる二人

ロイドの残弾計算全部ヘッショ前提で草

出来の悪い息子を見守る夫婦みたい

 

「ったく、今回はロイドもいるから1キルも危うくなってきたな。仕方ない、今度会った敵は死なない程度に殺してやるよ。最後ちゃんと決めろよ?」

「え……僕、弱過ぎ?」

「大丈夫ですよ。こういうゲームって経験が大事らしいですから。だんだん上手になりますよ」

「ここまで説得力の無いパターンも珍しいな。お前自分の事棚に上げてる?」

「私は訓練場で練習しましたので」

「それは大前提なんだよ!」

「えーと、ロイドさんは、実際にどうやってそんなに上手くエイム合わせられるんですか?」

「私の場合は、この指をこれだけ動かせば画面でこの分動く、と覚えているので、後はそれを銃の反動に合わせて動かしてますね。こんな風に」

「……今どこの敵を倒しました?」

「画面に黒い点が見えたので。これはあれです、よくよく地面のどこかを一点集中して見ると意外にもアリが何匹か動いていたとか、そんな風に見つけてます。もしくは一度見た景色なら覚えているので少しでも記憶と視界に違和感を覚えたらそこを撃ちます」

「全く参考に出来ませんありがとうございます」

 

〜コメント〜

ちょw 指の動きヤバww

高感度遠距離SMGの指の動きって、こんな馬鹿みたいに親指動くのな。初めて知ったわ

閣下の言ってた「流れる動きではなく一発一発でエイム合わせてる」って言葉が頭ではなく目で理解出来た

腱鞘炎なりそう

一瞬でもお前を人間だと思った俺が馬鹿だった

ふつくしい

親指生きてますよ

 

「先輩、僕自信無くしそうです」

「そいつ見て何か自信無くしたならお前間違ってるわ。生きるの向いてない。本能的に早死にタイプ」

「あ、二部隊やりあってます。どちらから先に倒しましょうか? 別行動して同時に仕掛けます?」

「お前もお前で1キルと1パーティーの感覚間違ってるかんな? 普通は漁夫一択だから。間とって右のパーティーから順にやろう。ほら、突っ込むぞやーしゃん!」

「えぇ漁夫は!? まともなのは僕だけか!」

 

〜コメント〜

戦闘民族二人に一般人紛れ込んでる

俺のスカウターぶっ壊れたんですが?

↑そんな状況からでも入れる保険があるんです

一人で1パーティー壊滅? 出来らぁ!

え!? 一人で1パーティーを!?

結局両手見たところでアグレシッブなそのエイムを俺たちが理解出来る事は決してない……

とりまロイドいつも通りで安心したわ。うちのもやしゃをよろしく頼む

今度は全身3D期待してるぞー



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第二七話 天使とさとり妖怪

◇◇◇◇◇

 

『この流れで一度他の三期生の方々とも配信をお願い出来ますか? 同期で夜叉金さんだけというのも変な噂を立てかねないので。まあロイドさんは何故かそういう裏の噂が立たないので大丈夫かとは思いますが』

 

 我が家で香澄ちゃんと小葉と一緒にトランプをして遊んでいる時、橘さんからそんな連絡をもらい頭が仕事モードに入る。嘘だ。そんなモードはない。私はトランプを続行した。丁度ばーちゃるちゅーちゅーばーに詳しいばちゃちゅば博士がここにはいるからね。

 

「私と同期の人って、夜叉金さん以外にどんな方がいるんだっけ?」

「天使のマジョさんと、サトリ妖怪のミトちゃんです。マジョさんは笑い方がとても特徴的で、ミトちゃんはお話が面白いんです……少し怖いところもあるんですけどね」

「何それ。ばーちゃる? って、人間いないの」

「うーん最近は人外が流行りではあるかも。面白いからノコノコも見なよ! すっごく温かい気持ちになるんだよ! 切り抜き! 切り抜きだけでも!」

「どハマりしたら困るからパス」

 

 ばーちゃるの切り抜きを見るという事は即ち、推しが一人増える事を意味する。切り抜きからファンになる事は最早ありふれた一般常識。これを切り抜きの法則と呼ぶ。

 

「どちらも女性の方なんだね。それなら今度、その二人と一緒にどこかファミレスでも行って打ち合わせをしようかな……はい、あがり」

「わー! またロイドさんの一人勝ちだ!」

「やっぱり無理だって香澄。神経衰弱は論外として、カードゲーム全般勝ち目ないよ」

「でもでも! 勝ったら安藤ロイド初回限定アルバム『デウス・エクス(機械仕掛けの)・アテナ(戦乙女)』を特別に聞かせてくれるって!」

「いやよく分かんないけど。とりあえず英語習ってラテン語も大好きの私に二度とその謎言語を聞かせないで。機械仕掛けどこいったの」

「ごめんよ香澄ちゃん。公式発表までしばらく待ってておくれ」

 

 期待爆上げでも困るけどね。私の歌ってどこか機械的というか、オリジナリティーが無いんだよ。頑張った末がこれまで大ブレイクした歌手さんの歌い方をいい感じに繋ぎ合わせるってやつで。自分で聞いててなんだけど加工編集したみたいだった。私自身の歌声で誰かを感動させるには、まだまだ練習が必要だ。

 

 その点、他のライバーさんとかって凄いなぁ。なんだかんだ聞いてて感動するんだもん。

 

 今度会う二人に歌の練習をお願いするのもいいかもしれない。なんならカラオケとか一緒に!

 

 あー人生充実してる! 今の私は世界で一番幸せな人間だ。そうに違いない。

 

◇◇◇◇◇

 

 とあるファミレスで、マジョさんとミトさんと対面した私。これまで先輩方の姿を見てきた私にとって、マジョさんは初めてのタイプだった。

 

「ど、どどどうもっ、です……あぁ違った初めましてだ。あ、あのあの、天気、いいですね……嘘ですごめんなさい」

「いや天気は良いと思いますけど?」

「あぁ、ごめんなさいごめんなさい」

 

 マジョさんは自称インキャらしい。髪も両眼が隠れるくらいに伸びて、声もすごく小さい。

 

 前回の夜叉金さんの態度は緊張していたが故であって、最後の方は普通に話しかけてきていたのだが、マジョさんの素はいつもこの感じなんだろう。配信の時とは様子が違っているので軽く驚きだ。

 

「安心して。この子、そんなに心の中ではごめんなさいとか思ってないから。怒られたくないからとりあえず謝っておくあの感じだから」

「やめてよぉミトちゃん……」

「安心して。私貴女のそういうウザいところ、別に嫌いじゃないわ」

「帰りたぃ」

 

 人の心にダイレクトアタックを決めるミトさんは、身長だけでいうならエガヲさんと張り合える。でも全く違うタイプだ。エガヲさんの笑顔と違って、ミトちゃんは……

 

「この無表情は生まれつきだから。不機嫌とかじゃないから。本当よ?」

 

 まるで私の心の内を読んだように、私の事を澄んだ目で見てくるミトさん。

 

「そういえばミトさんは、さとり妖怪でしたっけ。やっぱり心の内が読めるんですね」

「信じてるの? ただの設定を」

「別に疑う理由もありませんよ」

「……っ」

 

 この世に神様がいるのなら、そこらへんに妖怪だっているだろう。私は幽霊を見た事がないし今後見る事もないだろうけど、それが見える人まで疑おうとは思わない。

 

 それに、本当にミトさんがさとり妖怪だったら面白いよね! 喋らなくても意思が通じるってすごく便利。将来の伴侶に持ってて欲しい能力ベストワンかもしれない。いや、家の中からGを消す能力も捨てがたい。

 

「……変わった人なのね」

 

 結局、本当にミトさんが人の心を読めるかは分からないし、そんなのは些細な事だ。どっちでもいい。

 

 それよりもざっくばらんとしたミトさんの性格のおかげで、マジョさんと辛うじて会話が繋がったのがありがたかった。

 

 事あるごとに私の事を崇め奉ろうとするマジョさんとのやり取りには中々苦労するものがあったのだ。

 

「この前の3D配信を見た時……恐れ多くて自らの両目を戒めとして両指で突き刺そうかと」

「ダメだよ!?」

「安心して。むしろ貴女の大ファンで配信を目に焼き付けていたみたいだから」

「マジョさん怖いウソはつかないでね?」

「そこは許してあげて彼女の性分だから。ネットで『口に含んだお茶噴き出した』とかあるでしょ。あれなの」

「うぅ、そうなんです。そのレス半分以上は私なんです」

「あれってほとんどマジョさんだったんだ。大変なんだね……」

「あぅ、そんなに私を信じないで」

「貴女も騙されないで。この人もう既に貴女の誇張表現面白がってるだけだから」

「えぇ……さすがすぎるぅ……もうだめ。やっぱり、私みたいな人とじゃ、ロイドさんとコラボだなんて恐れ多ぃ。死ねる」

「コラボ配信楽しみですって」

「これミトさんいないとグダグダだったね」

 

 既にミトさんとマジョさんは二人で配信をした事もあるらしくて、息がぴったりだ。巷ではミトさんはマジョさんの保護者だという構図が出来上がっているらしい。その通りだった。

 

 でも私との配信はミトさんとマジョさん一人ずつだ。私は果たしてマジョさんとのコラボ配信中、今にもリスカをしそうな彼女の手綱を握る事は出来るのか。

 

 乞うご期待。




噂では、嘘松にならぶ新たな言葉
『嘘柱 誇張』なるものが出来たらしい。
嘘柱のみだと単なる足し算なのに、誇張が入る事によって面白さが霹靂一閃


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第二十八話☆ 大火

◇◇◇◇◇

 

「ロイドです。別にゲームをするわけでもないけれど、自分の両手が映っているのがただ面白いからってだけで3Dを隅っこに載せてるロイドです。今日はよろしくお願いしますねマジョさん」

「……」

「……あれ? 繋がってますかね? おーい、マジョさん? あ、チャット? ……緊張が過剰で声が出せないみたいです。おかしぃなぁ、少なくとも昨日一度ミトさんと一緒にお昼を食べて顔合わせしたんですけどね」

 

〜コメント〜

おは〜

朝はマジョと夜はミトと、一日二つ配信俺得

マジョはマジのインキャだから仕方ないね

ミトがいればそりゃあなー

ミトちゃん司会の才能あるよね

これはロイドちゃん可哀想で可愛い

笑えよマジョ

 

「……」

「ま、まさかの無言は流石に私もどうすれば……ォホン──貴女本当はマイクをミュートにしているだけでしょう? 芸が浅いわね。でもまぁ貴女のそういう中途半端なところ、別に嫌いじゃないわ」

「ぇー……ミ、ミトちゃん?? なんでぇ」

 

〜コメント〜

え、なに、隣いるの

ミトちゃんww??

おい待て待てそれはチートだわ

まさか……声帯メタモン?

器用な事すんなー

騙されるなマジョ そこにいるのは化け物だ

 

「うそぉ。本当にミトちゃんじゃないのぉ??」

「そんな事はどうでもいいの。貴女があまりにも勝手してるから一言物申したかっただけなのよ。ロイドさんは貴女の付き合いにまだ慣れてないのだから、程々にしなさいな」

「うぅ……緊張してるのは本当だし」

「えぇそうね。誰だってあの方と距離を縮めるのは多少の覚悟が必要だもの。分かるわ。でも他に貴女にとって、もっと一番(・・)に思っている事があったはずでしょう?」

「……仲良くなりたい」

「あ、そう、なんですね。良かった。私もマジョさんと仲良くなりたいですよ」

「っすごぉ。こえまね? やっぱりロイドさん凄すぎぃ……やば、興奮で鼻血でそ。でた。目の前が血みどろで死ねる」

「あー何だか少しずつ慣れてきました」

 

〜コメント〜

え、何これ、てぇてぇ?

軍事用AIは順応力も高い

マジョいつもと雰囲気違うけど本質は一緒

声真似の域を超えてる

お前何でも出来るんだな

もうVtuberロイド一人でいいんじゃないかな

↑それはよくない

声だけだとマジ分かんねーな

これは絵も期待

本当の意味での画伯誕生か

 

「あーそうでした。今日はマジョさんと一緒に絵を描くんでしたね。お絵描きの()? を使って。マジョさん風景画が得意なんですよね?」

「う、うん……人を描くのは苦手。てか描きたくない。面白くない」

「マジョさんが人の絵描いたら顔真っ黒に塗り潰しそうだもんね。私は絵は苦手ですね。多分。模写くらいしか出来そうにありません」

「模写できる。絵が苦手……苦手?」

 

〜コメント〜

超写実的なんだろ? 知ってるよ

カメラで撮るのとロイドが描くのは、一体何が違うんです? 教えて偉い人

マジョの『枯れた緑』すげーから一度見てみ

鉛筆画得意そうだなロイドは

お前そろそろ弱点俺達に教えろよ……

完全記憶に精密動作Aの絵が下手い訳ない

 

「とりあえず何か描いてみます? お題は、やっぱり風景的なので……川とか?」

「私は普段はお題は考えない想像性が失われるから最初は一点に色を置いてそこから広がる幾つもの可能性を形にすると気持ちよく描ける」

「ぉ、おー……そんな一面が。じゃあ、お題は特になしで適当に描いてみますね」

 

〜コメント〜

めっちゃ早口で喋って候

いや初めて聞いたわマジョの長文

普通に喋れるんかいw

今日のマジョは静かに狂ってる

やっぱりマジョは絵上手いよなぁ タッチが上手。ところでタッチってなに?

ロイド案の定写真作ってる

気持ち悪い描き方してるねぇーw!

左下の角から斜線を引くように笑

なんか既視感と思ったらこれ印刷だわ。インクジェットプリンターだわ

そんな描き方があるか!

マジョの絵を見て癒されよっと

 

「あ、いけない、何も考えないで描いてたら近所写してました。消します」

 

〜コメント〜

消さないでっ……早く消してどうぞ

いけない事かもしれないが途中までの絵が脳に刻まれちまった

安心しろみんな。これはロイドちゃんが悪い

マジョもクオリティーに反して描くスピード早い

↑※ただし人間にしては

(マジョは一応天使なんですがそれは)

こんなネガティブインキャの天使がいてたまるか

 

「ほえー、色合い鮮やかですねぇ。どこかの秘境にでもありそうな幻想と現実の中間。私じゃ描けないですね」

「……でも全く同じ絵なら描ける?」

「全く同じ絵なら、ですね。さて、どうしましょうか。私も何か描かなければならないんでしょうけど……福沢諭吉さんでも描こうかな」

 

〜コメント〜

はい通貨偽造の罪で逮捕ね

常習犯ですか?

もしかしてやたら金持ち風だったのは……

安心してロイドちゃん↑このバカ消しといたから

お前らは何も見なかった。いいな?

まだ単なる肖像画だから!

地味に完成しつつあるマジョ

はぇークオリティ高いじゃん

 

「わー凄いですね。これ、題名は決まりました?」

「……『生い茂る枯葉』。ロイドさんは、もっと心のうちを晒してみるといい。ありのままに。本能のままに。自然と手は動く」

「本能、ですか。ちょっと頑張ってやってみます」

「ん……ロイドさんならきっと『おはよーお姉ちゃん、ママ出掛けてるー?』……ぁ、またやっちゃった」

また(・・)なんですね」

「ぅん、もう慣れた。私も。みんなも」

『あーお姉ちゃんまた配信やってる。やっほーみんな、お姉ちゃんのファンやめて私のファンにならない?』

「うっさい」

 

〜コメント〜

お、今日のログインボーナスじゃん

実質姉妹配信

唯一マジョが目を合わせられる人間。いや天使?

こいつにだけ許される所業

ぶっちゃけ妹ちゃんの方が好きです(内緒)

 

『あー! ロイドちゃん! なんで、なんで? お姉ちゃんみたいなキノコっぽい人と配信してくれるだなんてやっぱり聖人だよ! ずるいずるいお姉ちゃん!』

「あぅ、ごめんロイドさん、うるさくて」

「元気があるのはいい事ですよ。ちなみに私は聖人じゃありませんロイドです」 

「……よし、帰らせた。全く。あの子うるさいから。人間の次に嫌い」

「仲が良いのも良い事ですよ」

「仲良くなんか……ぁ、絵、完成した?」

「えっ」

 

〜コメント〜

これは……赤い何か

まさかのロイドちゃんも画伯だった?

下手いのかどうかも分からない

抽象画かな?

考察班たすけて

 

「ょし……『江戸町大火災』と命名する」

「私江戸燃やしちゃいましたか。ごめんなさい江戸時代生まれの人。でも確かに、炎が揺らめいている様にも見えますね」

「これが本能。ロイドさんの心の深いところ」

「私は熱血系だった……?」

「人間は炎に安らぎを求めるものだから。これは綺麗な火。私も火を見てると心が落ち着く。あぁ、死んだら火葬がいい。死後唯一の楽しみ……ぇへへ」

「あーいつものマジョさんに戻った」

 

〜コメント〜

唐突に燃やされる江戸

江戸は燃える風潮がある

扱いに慣れてきたなロイドちゃん

ミトちゃんと二人で保護者してどうぞ

↑つまり夜の配信は家族会議だった?

マジョも今日はよく喋る喋る

いつかマジョの笑い声を聞かせてやりたいぜ



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第二十九話☆ 神様

◇◇◇◇◇

 

「ロイドです。今メンテナンス中で両手映せません……悲しいです。でもデータをたくさん取ってくれてありがとうってポンニョさんから言われました。やっぱり嬉しいです。ロイドです。今日はよろしくお願いしますミトさん」

「よろしくロイドさん。ミトでいいわよ。“さん”を付けられるほど私は出来た人間ではないもの」

「あー、自分は大抵の人に自然と付けちゃうんですよね。性分ですかね。いつの日かミトちゃんと呼べるよう目指してます」

「無理強いはしないわ。それより、朝はご苦労だったわね。あの子の相手疲れるでしょう?」

「慣れたらどうという事はなかったですよ」

「そう言ってもらえると助かるわ。ネガティブでMっ気があって性格が面倒くさいけど、悪い子ではないから。少なくとも私よりはマシよ」

「私はミトさんも好きですよ? 竹を割ったような物言い、新鮮でいつも頭がスッキリします」

「……貴女も随分と物好きね。でも全く嘘が見えない。そういう人は私も一緒にいて心穏やかでいられるわ」

 

〜コメント〜

意外な組み合わせ

何か会話の精神レヴェル高いね

お互い認め合ってる感じすこ

ロイドちゃんって嫌いな人いなさそうだもん

 

「やっぱりあれですか、私の考えてる事とか、大抵分かっちゃうんですか?」

「そう、ね。試してみましょうか?」

「何をです?」

「チキチキ! あの子の本音を見てみたい! ミトの部屋! ロイドちゃん編始めるよっ!」

「!?」

「……時々求められるの、ロリボイス。需要と供給ね。予めリスナーから私に対して貴女にしてほしい質問が届いているから、今日はそれを読んでいきたいと思ってるわ。心の内を曝け出す準備はOK?」

「おー、ミトさんならではですね。ばっちこいです」

 

〜コメント〜

信憑性に信憑のあるミトの部屋コーナー

これがあのマジョを丸裸にしたという……

もやしゃの握力28キロ暴露もこれだよね?

今回はロイドが餌食に……なる未来が見えない

 

「質問にはそれぞれレベルがあって、私が勝手にランク付けしてあるわ。まず質問イージー。これが一番多かったわね。『彼氏はいますか?』ですって。もちろん答える答えないは貴女の自由だけれど。でも私に嘘は通用しないから、そこだけは注意ね」

「彼氏って、男の人って事ですか? あー何でだろう、私の隣に彼氏が出来るだなんて全く想像出来ません」

「昔、好きな人はいた?」

「記憶にないです」

「……全部本当ね。男の影のカケラも見当たらないわ。私だって小さい頃は好きな子くらいいたのに」

 

〜コメント〜

ふーん男いないんだ。別にどっちでもよかったけど今人生一番楽しいわ

明日は最高の朝を迎えられる気がする

彼氏はいない、と。彼氏はね

自殺しようかと思ってましたがこの配信を見て生きる希望が出来ました。首吊り用に通販で買った縄で今二重跳びしています

お前ら! 真のファンならっ、推しの幸せを望んで彼氏の一人くらい快く迎えるのが漢ってもんだろ!? 僕はそうは思えませんけど

俺の質問こいっ……

 

「次は質問ノーマルね。『ロイドちゃんの一番好きなVtuberは誰ですか?』これは確かに、興味があるわ」

「むむっ、これは意外に難しい質問きましたね。全員好きだなんてありふれた答えは面白くないでしょうし。うーん……個人的に、すごく可愛がりたいのはショコラさんで、恩があるのはエクレールII世さんで、見守りたいのはエリザベスさんで……まぁ、大好き! って宣言出来るのはこの中で選ぶとやはりショコラさんになりそうですね」

「確かに彼女は私も一目見た事があるけれど、美しい心をしていたわ。人間的に尊敬出来る相手ね。ところで私はどの部類に入るのかしら?」

「ミトさんは、何だか目が離せないって感じです。どこか自分と似た雰囲気を感じます」

「あら奇遇。私もよ」

 

〜コメント〜

選ばれたのは、チョコレート

やっぱりここまで誰からも好かれるショコラちゃんって可愛いんだな。知ってた

お嬢様の名前出てきてくれて嬉しい

もやしゃは! もやしゃは何処に!

ロイドとショコラとか俺尊死する

 

「質問ハード。『嫌いなVtuberはいますか?』。あまり面白くない内容だけれど、質問の数が一人じゃなかったからチョイスしたわ。貴女の答えは聞くまでもないのだけれど……もしかして、いる?」

「いませんね」

「清々しい程の本音ね。知ってたわ」

「というか魅力的な人が多くて逆に困りますよね。私元々コラボってあんまり好きじゃなかったんですが誰かと配信をするたびにその人の事がよく知れて少なからず好きになっちゃうんですよ。もしかして惚れっぽいのかな。私は実はチョロいのかも。私も一人くらい好きじゃない人がいてもおかしくないと思うんですけどね。皆さん配信の外であっても嫌いになれる要素がないですし……」

「もう十分だと思うわ。次いってもいいかしら」

「あ、大丈夫です!」

 

〜コメント〜

俺もお前が配信する度に好きになってる

良い子やわー

ミトちゃん押されてるじゃん

アンドロイドは嘘をつけない。ロボット三原則の一つに、嘘はつけないってあるもんな

↑しれっと嘘をつくな

これはアンドロイド三原則

ミトの部屋はここからが本番

 

「じゃあ質問ダーティー。『仕事で稼いだお金は何に使っていますか?』。予想としてはエンゲル係数がとてつもなく高いのではと思っているけれど」

「あー特に決まってるわけではないですね。いつもたくさんの量食べてはいませんし。割合でいったら確かに食事が占めるとは思いますが……最悪食べなくても死なないので。つまり趣味がないんですよ。だから必然お金が掛からないので、私は安い女です」

「食べなくても死なない? ……あれだけ多才なのに趣味がないのね。珍しいわ。例えば今日の朝に描いてた絵なんてとても興味深かった。けれど絵は趣味ではないのね」

「いやーお恥ずかしいですね。私自身に絵心はないみたいで」

「でも貴女模写は得意なのよ。つまり、そういう事なんじゃないかしら? ところで貴女は神様に会った事はある? これは質問エクストリームね」

「……会った事はありません」

「そうなの? ……私は会った事があるわ。涙すら一瞬で蒸発する様な熱いひに──なんて、面白くないわね。どうやら私に詩の才能はないみたい。もちろん絵心もないわ。遊び心も。何も、私は持っていない」

「……画伯!」

「そう。絵の話になるとまずネタにされるのが、この私なの。人が描いた動物の絵にみんなは『憂鬱』と名付けたわ。なんてひどいのかしら」

 

〜コメント〜

尚、本人によると猫のつもりだったらしい

↑嘘乙、猫はあんなヘドロっぽくない

何だかんだ言ってこれまで一度も株を落としていないロイドちゃん流石です

ちょっと質問の意図がよく分からなかった

食べなくても死なないとか。アンドロイドかよ

アンドロイドなんだよ!

この流れ久しぶりだわ

 

「質問ダーティー2。『センシティブな嗜好はお持ちですか?』。欲に塗れた質問だけれど必死にオブラートに包み隠そうという頑張りを認めて採用したわ。決して個人的な好奇心ではないの。本当よ?」

「えぇ……うーん、この体になってから性欲は無いので、そういった期待には応えられないと思います。申し訳ないです」

「また嘘がないわね。ちなみに私のセンシティブな特殊嗜好は」

「次いきましょう次」

「そう? ……質問ダークネス。『ロイドさんの弱点を教えてください』。これは結構数が多かったわね」

「弱点、水属性的な」

「要するに苦手なものや不得意なものはないかと聞かれているわ。あまりにも貴女が何でも出来てしまうからね」

「苦手なもの? 時間の感覚がおかしいのは周知の事実ですから置いておくとして。芸術が難しいですよ。私はその真似っ子しか出来ませんので」

 

〜コメント〜

俺の質問キター!

↑どっち? やっぱいいや分かるもん

あまりセンシティブなのはちょっと

ロイドちゃん性欲ないとか俺の解釈一致過ぎて……でも、なんだろう、この寂寥感

結局こいつに弱点はないでFA

ロイドちゃんほんと嘘つかねーな

 

「じゃあ最後の質問ね。これは、視聴者からではなく私から。これまでの質問の結果を踏まえて貴女の心に踏み入るわ。質問インフェルノ。ロイドさん、貴女……家族はいるの?」

「……ふぅ。家族ですね。実を言うと分かりません。凄く遠い所にいるかもしれないし、ずっと近くにいるのに私が気付いてないだけかもしれません。どうです? 何か見えましたか」

「──ごめんなさいロイドさん。何か手掛かりでも見られたらと思ったけれど、何も見えなかったわ。こんなのは初めて……代わりに私の秘密も教えるわね。私実は妖怪でもなんでもないの」

「ぶっちゃけた! アイデンティティが!」

「本当は人間で、家に帰るとちゃんと血の繋がったお爺ちゃんやお婆ちゃんがいるのよ。それが私の家族。もしも貴女が家族を探しているのなら、微力ながら私も力になるわ。家族は、一緒にいるべきだものね」



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第三十話☆ 掲示板回 【10万人記念】凸待ち配信【安藤ロイド】

◇◇◇◇◇

1:名もない視聴者 ID: xx-xxxx-xxxx-xxx

 

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生 安藤ロイド 元人間だが機械の体を得て失った心を勉強中のアンドロイド……というのは表向きで、彼女の正体は日本初の独立型発達式軍事用AI……というのもミスリード。本当は家族の愛を知らないハイスペック孤児。

初配信で驚異の72時間連続配信(飯なし便なし欠伸なし)を成し遂げた異例の狂人。胃袋はブラックホール。声帯メタモン。処理速度は100ペタFROPS。

俺達が適当に斜線を引く要領で正確無比な絵を描き上げる姿はまさにインクジェットプリンタ。何かを模倣する事に関してはどの分野も長けており、今のところ不可能はないとされている。

果たしてアンドロイドは、人間になれるのか。

次スレは 940くらいで。

...

 

134: 名もない視聴者

つまり、これまでの情報をまとめると、ロイドちゃんには身寄りがいない。家族という単語に敏感。可愛い。これでOK?

 

136: 名もない視聴者

いつだったか突然街中に放り出されたとか言ってたな。なんの比喩か知らんけど、あれ多分全くの嘘ってわけじゃないはず

 

137: 名もない視聴者

>>136

伝説のエリザベス巻き込み配信な

 

165: 名もない視聴者

>>137

レス早ぃ。お前72マスターだろ?

72マスターは全てのロイドの配信を追っかけてるからすぐに分かるわ

 

176: 名もない視聴者

つまりどういう事だってばよ

なんかもうロイドちゃんの全部の言動が怪しくなってきた。考察班をいつも馬鹿にして見てるが今回ばかりは有能に見える

 

 

180: 名もない視聴者

既出の情報から推測されたロイドちゃん

①孤児 ②被虐待児 ③アンドロイド

好きなの選べ

 

191: 名もない視聴者

うーんロイドちゃんが悲惨な過去を背負ってるとかそういう風には見えないんだけどなぁ

 

201: GAYAGAYA

【江戸町火災考察】火ではなく 鮮血? 本能が求めるものが鮮血。アンドロイドという仮初の身体から血の通った普通の肉体を欲している?

 

250: 名もない視聴者

ネグレクトだとか身寄りがないとか散々憶測で物事を語られているが、俺は今のロイドちゃんを見ている。そして今のロイドちゃんには未曾有の衝撃と新鮮な元気を貰っている。だから好きなんだ。過去より未来を推していけ

 

262: 名もない視聴者

ロイドちゃんの過去が気になり過ぎて誰もロイドちゃんの奇怪で機械な絵の動きを語らないの悲しい

左下隅から描くの面白過ぎたんだが

 

296: 名もない視聴者

>>262

分かるぞ。曲線ではなく直線で絵を描いてるから機械っぽいんだ。あんなんだからリアルアンドロイド説が消えないんだよ。

反省しロイド

 

329: 名もない視聴者

安藤ロイド説たくさんありすぎてまとめきれてない。まあこれだけ語られるっていうのはそれだけ興味持たれてるって事だもんな。本人と周りに迷惑かけない限りいいと思う。

でも万が一ロイドちゃんに嫌われるとかマジ想像しただけで吐き気覚えるから、みんな節度を守るように。

 

330: 名もない視聴者

>>329

そうだよな……迷惑だけは掛けちゃいけねぇよ。Vtuberだって同じ人間なんだ。俺たちに都合の良いオモチャじゃない。ネットだからこそロイドちゃんに蔑んだ目で見られたい守るべきマナーがある。分かったかお前ら!

 

335: 名もない視聴者

>>330

途中バグって心の声漏れてるぞ

 

344: 名もない視聴者

>>330

なんでそんな変態のセリフ吐いて堂々としてんだよ笑笑 こいつ面白過ぎ笑

 

356: 名もない視聴者

なんだかんだここは平和だわ

絶対口に出して言わないけどお前らロイドファンのそういう馬鹿馬鹿しいところ好きだぞ

 

〜〜〜〜〜

 

501: 名もない視聴者

お前らやばいぞロイドちゃんの配信w

情弱の奴がいたら教えてやる

今ロイドちゃん10万人記念配信やってるから絶対見とけよ。後悔するぞ

 

506: 名もない視聴者

十万人記念……??

あいつもうとっくに百万超えてたろ確か

 

520: 名もない視聴者

>>506

十万人達成の時に一万人記念配信してたくらいだし、時差だよ時差。安藤ロイド式体内時計ではこんなの普通

 

521: 名もない視聴者

相変わらず数字に関してずぼらだなぁロイドちゃんは。で、何がそんなにやばいんだよ

 

535: 名もない視聴者

ただのよくある凸待ち配信じゃん

そう思っていた時期が俺にもありました

546: 名もない視聴者

おやー?? スクエア所属のばーちゃるちゅーちゅーばー全員が来てくれてる……と素人はそう思うわけですわ。安藤ロイド検定一級の俺は騙されない

 

578: 名もない視聴者

ヤッベww 今更気付いたわww

これ全部ロイドちゃんだw

 

582: 名もない視聴者

壮大な自演じゃねぇか!!!

 

592: 名もない視聴者

凸待ち0人はよく見るがこれは……これはなんだ?? 一人だが一人ではない

そもそも一人とは何か。声真似とは何か。姿も能力も、そして力も、全く同じ二つの存在があったとして、そのどちらかが本物で、残りのどちらかがそれを声真似している時、その違いはなんなのかと聞いてるんだ!

 

593: 名もない視聴者

>>592

本能ダァ!!

 

602: 名もない視聴者

他の誰かがこれをやると哀れな気持ちになって同情の念を抱くが、ロイドがやるとクオリティーの高さに感動を覚える。

喉分裂してんの?

 

621: 名もない視聴者

絶対誰か一人くらい本物だろう……と思ってしまうが、他のライバーの反応を見る限り全部ロイドっぽいな。こいつ、第一期生から第三期生の全部のばーちゃるちゅーちゅーばーを一人多役でこなすつもりだ

 

625: 名もない視聴者

コラボもまあいいんだけどさ

俺たちはこれを待ってたんだ

 

630: 名もない視聴者

これは一人ぼっち配信ですね。だからこそ、これは凸待ち配信に見せかけた一人ぼっちですね

 

641: 名もない視聴者

本来なら哀愁漂う孤独の配信のはずが、コメ欄の半分が理解してなくてただの凸待ち配信だと思われてるの草

 

655: 名もない視聴者

実際初見じゃ気付けねえよ

 

666: 名もない視聴者

セリフも全て考えてるとなれば別の才能もいるよ。もうこれ声真似ってレベルじゃねえぞ!!

 

695: 名もない視聴者

ロイドちゃん何かやらかさないと気が済まないの?

 

707: 名もない視聴者

声真似だからってエリザベスちゃんのセリフ全部博多弁にしてるのせこすぎ。そういえばお前気に入ってたもんなぁ!

 

709: 名もない視聴者

推しの声を自由自在に出せる程度の能力

正直羨まし過ぐる

 

720: 名もない視聴者

こいつ一人でアニメ作れるわ

 

730: 名もない視聴者

帝王のイケボも真似できるとか

安藤ロイド最強じゃん

 

760: 名もない視聴者

全員集合(一人)で盛大な誕生日パーティーみたいになってる。もしかしてロイドちゃんこういうの家族とやるの憧れてたのかな?

 

762: 名もない視聴者

>>760

おいやめろ馬鹿

唐突に悲しみを持ってくるのはNG

 

787: 名もない視聴者

>>760

俺達が家族になるんだよっ!!

 

797: 名もない視聴者

そういやさぁ、結局俺たち安藤ロイド視聴者って呼び方決まってないよな

エクレールII世(民)

カイザー五条(下々・雑種・一般ピーポー)

もやしゃ(ビルダー)

とかあるから俺たちも欲しい

 

802: 名もない視聴者   

あんま詳しくないんだけどそのビルダーとか意味わかんないんだけど

 

809: 名もない視聴者

もやしゃに比べたら俺たち相対的に全員マッチョ→ボディービルダー→略してビルダー

 

832: 名もない視聴者  

>>809

リスナーと語呂しか合ってない。まあボディーと略されても意味不明か。

カイザーのやつは知ってる。リスナーが積極的に下々と呼んでくださいと嘆願するマゾ共。でもカイザー自身はあまりそう呼びたくないから、人の嫌がることを強要する奴らは実質サディスト

 

866: 名もない視聴者

俺はロイドちゃんの兄になってお兄ちゃんと呼ばれたいが、パパと呼ばれたい父性もある(弟になって甘えたい)

 

867: 名もない視聴者

>>866

結局全部じゃねえか! 業が深い

私はロイドちゃんの姉妹になれるなら贅沢は言わない(将来の娘がこんな子だったらいいのに)

 

877: 名もない視聴者

欲張り共め! もういっそ「家族」でいいんじゃね? 俺たちがロイドちゃんの「家族」になって応援を続けるでハッピーエンド、ってね

 

878: 名もない視聴者

>>877

いいんじゃね。ハッピーエンドに終わりはない。ロイドが消えるその時まで俺たちはファンであり続けようぜ

 

888: 名もない視聴者

勝手にロイドちゃんに俺らを家族と呼ばせるのか? それはなんか嫌だろう向こうが。はっきり言って傲慢だわ。血の繋がりもないのに家族面させたらロイドちゃんが可哀想

 

892: 名もない視聴者

血の繋がりがないと家族じゃないっていうのも怠慢だろう。大事なのは心なんだから。俺たちが純粋にロイドちゃんを応援したいって気持ちがある限り、ぶっちゃけ呼び方を何にしたってロイドちゃんは真摯に呼んでくれそう

 

896: 名もない視聴者

議論白熱中に悪いが、直接本人に聞いてきたぞ。家族と呼んでもらいたいですお願いしますって

 

902: 名もない視聴者

それ聞いてきたんじゃなくて嘆願では……

 

906: 名もない視聴者

【朗報!】やはり俺たちのロイドちゃんは寛容だった【俺たちはみんな家族】

【10万人記念】凸待ち配信【安藤ロイド】 1:19:42「いいんですか? ……そっか。私が気付いてなかっただけで、“安藤ロイド”にはもうとっくに家族がいたんですね。それもこんなにたくさん。素敵な呼び名をありがとうございます『お兄ちゃんさん』。是非、そう呼ばせていただきますね」

 

911: 名もない視聴者

百万人超えかー。ギネス級の大家族だぜ。

>>906 ちゃっかりお兄ちゃんと呼ばれてる抜かりなさ憎いぜこの野郎

 

920: 名もない視聴者

ロイドちゃんの家族となったからには人様に顔向け出来ねえ事は出来ねえ。明日から今より一歩優しく生きてみよっと

 

921: 名もない視聴者

家族に迷惑かけられないよ。明日から軍手を片方だけ落とす嫌がらせやめます

 

922: 名もない視聴者

>>921 あれお前だったのか

俺も神様に感謝して、朝の日課のホーホーホッホー↑ホーホーホッホー↑ って鳴くのやめます

 

939: 名もない視聴者

ったく、賑やかな家族だぜ

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

ボフッボフッ(凸しようと少しドギマギしながら待ってたら、そもそも一人配信前提だったので、このやるせない気持ちを通販で見かけて買った安藤ロイドに似たぬいぐるみをベッドに叩きつけて発散するエリザベスさんのSE〈サウンドエフェクト〉)

 

切り抜き2

 

第二期生の方々「いつかコラボするのかなーと楽しみにしてたら、自分の預かり知らぬところで勝手にロイドちゃんに凸してた件について」




第三章 家族 完
次回 第四章 正体


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第四章 正体
第三十一話 子守唄


第四章 正体

リスナーだと思っていたゲーム仲間。
真意の見えなかった対価の神様。
その正体が明かされた時、特に何も起こらない。


◇◇◇◇◇

 

 最近、香澄ちゃんと小葉がよく遊びに来るのだけど、香澄ちゃんが頻繁にお泊まりするのに対して小葉ちゃんはいつも自分の家に帰っている。私もその方がいいだろうと思い見送りだけはしていたのだが、その日はいつもと違っていた。

 

 石礫の様な大きな雨粒がガラス窓を叩き、雷が大地を揺らしている。突然の空模様の変化に、即座に私の家に泊まると母親に電話をしていたのは香澄ちゃん。一方小葉は、いつもの平静な顔で固まっていた……もう地蔵の如く固まっていたよ。カエルが蛇に睨まれる時こんな顔になるんじゃないかな。

 

「大丈夫? もしかして雷苦手?」

「そんな覚えはない」

「顔に対して手足の震えが微小振動を起こしてるよ」

「物理の話を家に持ち込まないで」

「あれ、どうしたのノコノコ? 雷だめ?」

「……かもしれない」

 

 香澄ちゃんの問いかけには素直に答える小葉。持つべき者は友達だねっ。

 

 雷が怖くて歩く事すらままならない。そんな衝撃的な弱点を持っていた小葉は、香澄ちゃんの必死な説得により今日は初めて三人でお泊まりをする事になった。

 

 生まれたての子供みたいに動けない小葉を二人で介抱する。具体的には、まず夜ご飯を交互に食べさせてあげる。雛の餌やりみたいで面白い。面白がられている事に気付いていた小葉だったが、今の自分の無力さを思い出したのだろう。文句一つ言わずに私達を受け入れていた。

 

「じゃあお風呂一緒に入ろうねー」

「ロイドさん!?」

「……!! イヤ。入らない」

「駄目だよ? お風呂で夜を締めるのは日本の数ある魅力の内の一つだからね。特に女の子がお風呂をサボタージュするなんてのんのんのんのん、びよりのん」

「一日くらい入らなくていい。私そもそも日本よりイタリアの方が好き……あーもう分かったから。香澄と入る」

「うーん…………ごめんねノコノコ。私一人で抱えきれる自信ないから、三人(・・)で一緒に入ろうね? 三人でね? ね?」

「なっ! は、恥知らず共め……」

 

 自らの完全敗北を悟り、項垂れて脱力気味の小葉はされるがままに服を脱がされ、私達は三人仲良くお風呂に入った。三人でも全然狭さを感じないところは我が家の優秀さを感じる。

 

 そういえば私ってホクロが見当たらない。チャームポイントにもなり得るホクロが一つもないだなんて少し寂しい。ちなみに香澄ちゃんはその栄養たっぷりの胸にあったし、小葉はお尻にある。

 

 しっかり100秒数えてお風呂から上がると、外はすっかり真っ暗になっていたが、俄然雨の勢いは強くなるばかりだった。それに伴って雷特有の光と音が、小葉から元気を奪っていく。小動物みたいで可愛いと思ったが睨まれそうだったので言わない。

 

「今日はみんなで一緒に寝ようか。私のベッド雲みたいにふわふわで気持ちいいけど、キングサイズだからいつも寂しくってね」

「ロ、ロイドさんのベッド……っ」

「私寝相ひどいから一人で寝──」

 

 その時丁度、示し合わせた様に雷が轟く。近くで落ちたのだろう。光と音はほぼ同時に届いて、余韻に空気の震えを残していた。

 

「……一人はいや」

 

 ついに本音が漏れた小葉。私達は仲良く三人で同じベッドに入る。普段はスカスカのベッドが、今日だけは丁度よい広さだった。

 

 中々寝付けない小葉に、香澄ちゃんが自信満々に昔話を聞かせる事になった。どうやら子供の頃によくお母さんから聞かされていた物語らしく、それを聞くとすっかり眠れるとの事。私も気になって耳を傾ける。

 

 ──それは、遠い遠い昔の話。妖怪やもののけという存在がまだ信じられていた時代……

 

〜〜〜〜〜

 

 もう何日も雨が降らなくなった。このままでは作物は枯れ、人々が飢えてしまう。そこで村一番の祈祷師は天に尋ね、救いの声を聞いた。いわく一本杉の木の下で三日三晩絶えず炎を燃やせ。さすれば願いは叶えられん。

 

 天の導きのままに、その村は絶えず炎を祀った。辺りが涙も枯れる熱に包まれた頃、それは現れた。

 

 それは村に雨を降らせた。人々は代わりに、それに供物を差し出した。ある時は恋愛成就に色とりどりの花束を、安産祈願に手製の編み物を、五穀豊穣に鹿の肉を火に焼べた。

 

 それのおかげで村は発展し、やがて町となり、国と成った。けれどそれはもういない。何故なら人々は願いを怠り、供物を差し出す事を忘れ、いつしか伝承という形でしかそれの存在を残せなくなったからだ。炎は文化の波に消え、それを語る者はもう少ない。

 

 しかし、忘れてはいけないのだ。かつてこの地に恵みをもたらした存在を。供物の代わりに恋を実らせ、命を育み、糧を与えてくれたそれを。

 

 だから我々は語り続ける。たとえ時代が忘れようとも、この伝承を受け継いでいく。誉れある祈祷師の子子孫孫としてそれの名を。

 

 鮮血にも似た大きな火を我々はこう呼んでいた。

 

〜〜〜〜〜

 

大火(たいか)の神様と……」

 

 私がそう締め括ると、一瞬周りを業火に包まれた様な錯覚を覚える。もちろんそれはただの思い込みで、涙も枯れるような熱とは程遠い快適な寝室だった。

 

 物語が終える頃には、とっくに香澄ちゃんも小葉もぐっすりと眠っていた。香澄ちゃんは読み聞かせながら途中で寝ていたので、後を継いだ私だけがこうして今起きている。

 

 先程の錯覚のせいだろうか。私の背中につぅーと嫌な汗が流れていた。暑くも寒くもないこんな日にかく汗はとても気持ち悪い。

 

 香澄ちゃんがお母さんから聞かされていたお話を、一体どうして私が知っていたのかは知らない。厳密にいえば知っていたというより、口が勝手に動いたのだけど。

 

 不思議な現象。でも、二人の寝顔を見ていると、そんなものは些細な事に過ぎないと思えた。守りたいこの寝顔。

 

 外はすっかり雨が止んでいた。月明かりすら見える。夜も明け、あとは太陽さえあればきっと虹が出来るだろう。そんな夜中の3時の些末な話。



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第三十二話 プロジェクトマネージャーの憂鬱

◇◇◇◇◇

 

 私は橘。スクエア所属プロジェクトマネージャー。長女。独身。ケーキより漬け物が好き。将来の夢は色んな動物に囲まれて過ごす事。

 

 今日は女神様……失礼。今後の3D化の為にロイドさんをポンニョさんの所まで連れて行った。ポンニョさんは昔の仕事の癖か家に帰らずにスクエアで寝泊まりする事が多い。早くその悪習が無くなればいいと思っている。

 

「ではロイドさん、後はよろしくお願いします。ポンニョさんもいつもありがとうございます」

「いいって。こんなの楽勝だよ。前と比べたらホワイト過ぎて。まあいいや、じゃあ行こうか。言った通り今日は薄着で来てくれたよね?」

「はい。私の全身3D化の為ですもんね。スカートすら苦手な私ですが、この為なら水着だって着れますよ」

「やめてよ? キミの肌色面積と殺傷能力は比例しているんだから。死人が出るよ?」

「えぇ、私の殺戮兵器説がこんなところにも……」

 

 安藤ロイド……第三期生 スクエア所属 ばーちゃるちゅーちゅーばーの『奇跡の一人』。二次面接以降をスキップし、特例で第三期生に加わった異例の新人。元々三期生は人事が選り好みしたせいで三人の予定だったのだ。二期生はあんなにいるのに。これを知っているのは第一期生と一部の第二期生、ちなみにエリザベスさんはそのうちの一人。

 

 ロイドさんを一言でいうなら、まさにアンドロイド。人形と見惑う人間離れした美貌、そして古今のいかなる彫刻師でも再現できない完璧な肢体を持っている。更に彼女は幾つもの個性を持っている。例を挙げると丸三日間配信をしても体力の衰えない不眠不休の身体。今のところ限界を知らない底なしの胃袋。他にもキリがないほどの特徴があり、彼女を纏めるサイトは未だ更新が止まる事を知らない。

 

 本当に彼女は人間ではなく、女神の使いか何かではないのか? そう錯覚する時がある。彼女をただの普通の女性だと認めると、自分の女としての存在価値を見失ってしまうかもしれないから。そうでなくともやはり、私の女の勘が時々ロイドさんを女性と認識しない。

 

 時折あまりにも無防備だから? それとも女性ホルモンの周期的な変化が彼女に感じられないから? 理由は定かではない。

 

 そういえば、エクレールII世さんからチラッと彼女の事を聞いた事がある。気を抜くといつも頭がぼやけて忘れてしまいそうになる衝撃的な話。

 

『ロイドちゃんの経歴を遡ると必ずどこかで綻びが生まれる。どこから辻褄が合わないのか、それすらも分からなくなる。だから調べる事は無意味なんだよね。私達が彼女を知るには、昔ではなく今しかない。私達は今のロイドちゃんを見守るしかないって事。これからロイドちゃんは何を成し遂げるか……楽しみで仕方がないだろ?』

 

 どうしてこんな重要な事を忘れてしまいそうになるのかは分からないが、エクレールII世さんの言っている事は正しい。私達はロイドさんを、いえ、スクエアに所属する全てのばーちゃるちゅーちゅーばーを見守り、共に励んでいくしかない。それこそが私プロジェクトマネージャーの橘としての仕事であり、生き甲斐であり、責任だから。

 

 たとえロイドさんが世紀の大犯罪者だとしても、マネージャーの私は彼女を見捨てる事だけは絶対にないだろう。他の誰もが躊躇する中、彼女のマネージャーになると手を挙げた時から私はそう決めているのだ。

 

 ……そもそもスクエアは、法スレスレで特殊な人材を雇っている黒よりのグレーなところがありますしね。でも、あんなに良い笑顔(・・)なんだから仕方ない。今更ですよ今更。

 

〜〜〜〜〜

 

 スクエア本社には食堂がある。値段も良心的で、何より味にこだわっていると社内で人気だ。

 

 ロイドさんとポンニョさんを見送った後、午前の仕事を片付けた私もそこを利用していた。頼んでいるのはいつものトリ天定食。隠し味の柚子が私を虜にさせた。

 

 一人で昼を食べていると、丁度仕事を終えた同僚達がゾロゾロと私の机の周りに集まってきた。彼彼女達もまた同じくマネージャーであり、主に担当するライバーの行事管理や企業案件の交渉及び契約を業務としている。

 

「今日もトリ天? 好きだね〜。偶には別のも食べてみたら? このチキン南蛮ちょー美味いから」

「えーカツ丼でしょう? 近くのカツ丼専門店よりよっぽど美味しいって。それに安い」

「はい、お前ら素人な。ここは鍋焼きうどんが至高って嫁も言ってた」

「さりげ愛妻家アピールうざ。今から既婚者はぶろーぜ」

「俺だけじゃん。お前らが独り身なのが悪い……やっぱり胸がないとなー。まあ今のは冗談だけど……ほんとだよ? 冗談だよ? もしもーし、あの、すみません調子乗ってました。あのー? 分かったよ! 今日も俺の奢りなんだろ!」

「あざーす。ねえ橘さんもう私と結婚しない? 料理以外の家事なら全部やるからさー」

「ダメだって。橘さんにはもうエクレールII世さんとショコラさんと、それにロイドさんもいる。他にも可愛い二期組がいるしね。太刀打ち出来ない」

 

 あー、と皆が大きく頷いたのは、ロイドさんの名前が出てからだ。個人的には同性に結婚を申し込んでいる時点でツッコンでほしかったのですが。

 

「あれは卑怯だよね」

「受付の女の子も一発でやられたって。冗談かと思ったら私も一目見て心が平伏した」

「ばーちゃるモデルとリアルがほとんど同じ姿って攻め過ぎ。ぶっちゃけ芸能人にでもなった方が人気出そう」

「なんかあの人の顔見てるだけで不倫してる気分になるから俺は苦手だわ」

「あー私もあの時手を挙げてたらなー。やべー奴きたと思ってたもん」

「やべー奴に変わりはなかったけどさ? でもデビューして一ヶ月足らずでチャンネル登録者数百万いってさ、最近じゃあ何件も案件来てるんでしょう? 人気洋菓子店の新スイーツレビューに名の知れた寝具専門店の商品紹介、大手企業の通信業界からと、ブイペックス レジェンドからもだっけ。ジャンルが多様過ぎて。まあうちのエリザベスちゃんが一番可愛いけど」

「節操がないよ! それでもアンズちゃんが一番かっこいいけど」

 

 どうもここのマネージャー達は、自分の担当を贔屓する傾向がある。その点に関しては私も人の事を言えなかった。

 

 実際、案件自体は少し前から来ていたが、私の判断で遅らせていたのだ。ロイドさんは時折常識を無視する時があるので、しっかりと綿密な打ち合わせをしないと見られる目も多いのですぐに騒ぎになってしまうから。

 

 けれど綿密な打ち合わせ自体をロイドさんは多分好きではないと思うので、そこは私の腕の見せ所だ……いつもみたいな少々の騒ぎならむしろ起こしてほしいというのが本音。実際に数値で見ると一目瞭然だが、安藤ロイドブーストはスクエア全体に影響を及ぼしてくれる。

 

 ふと気付けば周りの話は既に担当ライバーの自慢話になっていた。

 

「それでもやっぱり、俺んとこが一番だって。あいつ本当すげーんだから」

「イケメン引きこもり?」

「超カッコいい引きこもり?」

「引きこもり言うな! いや五条は引きこもりだけどさー。ゲームに関してはお前らの想像以上に世界に通用する腕前だからな? 俺だけは分かってる」

「でもあんた一度も家に入れられた事すらないじゃん」

「あいつ綺麗好きなんだよ! 仕方ないんだ!」

「幾ら上手って言ってもねー、家から出ないんじゃろくに案件も担当できないし。公式の記録も残ってないからパンチ弱いよね」

「くっそ、今に見てろよお前ら。夜叉金のやつと一緒にのし上がってやるからな」

「そんな事よりさぁ……結婚したい」

「……それな」

「ご馳走様でした。では、私はこれで失礼します。それと先程のプロポーズの件なのですが、私は同性愛というものの理解が足りないので、お気持ちは嬉しいのですが丁重にお断りさせていただきます」

「私にトドメを刺すなぁ!」

 

 一礼してその場を後にする。危なかった。私は昔からつい出しゃばってしまう癖がある。子供の頃は仕切りたガールという不名誉なあだ名で呼ばれた事もあった。その癖を抑える為にいつも事務的な会話を心掛けているのだが、今では逆にこの口調でないと会話が難しい。さっきも本当は声高らかに言いたかった。

 

 それでも私の担当する彼女達が一番なの! と。

 

〜〜〜〜〜

 

「何ですかこれは!」

 

 お昼時も過ぎて午後のおやつの時間に差し掛かろうとしていた時の事。思わずここ最近でも一番の大きな声を出していた。目の前で、ただ先方の提示した条件を伝えにきてくれた事務の人がびっくりしている。私もそれを見て冷静になれた。

 

「すみません取り乱してしまって」

「い、いえ、でも……ひどい話ですよね。急過ぎます」

「全くです。頭が痛いですね……もう一度よく見てみます。わざわざありがとうございます」

 

 遠回しな前文は敢えて見ずに無視して本題だけを見る。そこには、一ヶ月後に開かれるライバー同士のブイペックス レジェンドの大会の詳細な情報が載っていた。いや、ライバー同士だったというべきか。

 

 そこには、スクエア以外から参戦するばーちゃるちゅーちゅーばーのチームメンバーに、我々の了承もなく助っ人としてプロゲーマーを招待しているという旨だった。それも1チームに一人ではなく、二人。このゲームは3人で1チームなので、そんなのはもうライバー同士の戦いではなくプロvsスクエアという構図が出来上がっていた。

 

 いやらしい事に、調べてみた結果何故かその情報はネットに漏れていて、良くも悪くも流されやすいネットは既に大半以上がその気になって盛り上がっていた。この流れには明らかにロイドさんとカイザーさんの存在が関わっている。彼女達なら何かしてくれるかもしれないという期待が、この理不尽な戦いを肯定的にさせているのだ。

 

 もちろん、プロゲーマーが入ってきた分推しのライバーが試合に出れなくなっているファンの方もいるので、少なからず不満の声はあったが大衆に呑まれていた。

 

 つまり、この状況は簡単には覆せない。少なくともスクエアからこの条件を認められないなどと今更公表してしまえば、(明らかに悪質な手段を向こうがとっていたとしても)スクエア側の度量の広さを問われる可能性があった。

 

 抗議の為に一報いれても、『既にその件に関しては把握されていたと思っていた』の一点張り。こちらが周知していたのは、相手側がプロゲーマーをコーチとして雇うという話だけだ。誰がライバー同士の大会で3分の2以上をプロと闘う羽目になると思うか。

 

 大会には私達『スクエア』、男性のみで結成された『虚なる星々』、女性のみで結成された『アイドリーム』、その他個人勢、この四つのVtuberチームが参戦している。

 

 そこへプロゲーマーの李シャン率いる中国チームと、多くの大会に記録を残した実績のある米国チーム、そして最近特に名をあげている日本のチームが加わった。

 

 ……いや、これだけならまだいい。特に問題なのは、お互いに公平を期す為に試合の会場を東京gameシティーで行うというもの。まともな罪悪感でもあったのかそれらに掛かる費用は全て向こう持ちだった。一体どうしてそこまでこの大会に予算を使っているのか理解出来ない……あとはまともな常識さえあればこんな突飛な変更を認めるわけがなかったが。

 

 これの何が問題なのか、言わずもがなカイザー五条さんだ。外に出る事を嫌う彼は、この事を知るときっと辞退するだろう。ロイドさんとカイザーさんとあと一人でチームを作ろうと計画をしていたが、それが水の泡となってしまう。少なくともこの二人が揃わない限りプロゲーマーの集団から優勝をもぎ取るのは難しいのではないか?

 

 今回の大会は優勝賞金以外にも、特別にブイペックス レジェンドの公式が用意してくれた唯一無二の形無き賞品(大人のマネーに関わる話)もある。スクエア運営としては是非とも優勝を狙いたいところではあったが、このままでは厳しいかもしれない。そう悩んでいる私に、更なる追い討ちがかけられる。

 

「た、橘さん大変です!」

 

 先程怖がらせてしまった事務の方が、血相を変えて私の元へ戻ってきた。楽しい話ではないという事だけはひしひしと伝わる。

 

「今度はなんですか。先方がロイドさんの出場禁止でも要望してきましたか?」

「ち、違います。あの、下の階にアイドリームの方々がお見えになって、それで──エリザベスさんと喧嘩してるそうです」

「……え?」



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第三十三話 怒髪天を衝きますわ

◇◇◇◇◇

 

 不幸だったと言わざるを得ませんわ。(わたくし)が彼女達と再会してしまう事は、誰にも望まれない事でしたもの。けれども丁度、スクエア本社に赴いた私と鉢合わせをしてしまったのは、女性のみで結成されたばーちゃるちゅーちゅーばーグループ、アイドリームの面々。

 

 受付の女性がいち早く私に気付いて妙なジェスチャーを取っていた事に早く気付くべきだったと、今更嘆いても遅いのでしょう。

 

「おや、おやおや〜? エリザベスちゃんじゃなーい。奇遇だねー。まさかこんな所で会えるだなんて」

「マジじゃーん。ぐうぜーん」

「……」

 

 嫌味ったらしく聞こえてしまうのは、私の邪推かしら。いえ、彼女達の視線は明らかに、私の事を好意的な目で見てるとは言い難い。

 

「なんか言ったらどう?」

「無視ってひどくなーい?」

「……お久しぶりですわ」

「ですわ! ですって。その口調面白すぎですわー」

「なに? もう自分は“エリザベス”だから私達とは関係ないって事? それ感じ悪くない?」

「冷たいじゃん。同じ仲間だったのにさー」

「裏切り者」

 

 ……そう、私も元アイドリームのメンバー。この事は私のファンになってくれている方も知らない。雰囲気がとても違うから気付かないのも無理はないけれど。

 

 良くも悪くも上下関係がハッキリしていて、配信内容は全て運営が決め、配信での仮面性が顕著で、売り上げに応じて扱いも変わってくる『アイドリーム』は私には合わなかった。けれども配信のイロハを教えてくれたのもまたアイドリームである事に変わりない私が、彼女達に強く出る権利はない。

 

「もう二度と配信はしませんって言って出てたったのにさあ、あれは嘘だったの?」

「何でなにも言い返してこないわけ?」

「……言い返す事など何もありませんわ。全て事実で全て私の未熟さ故。貴女方の不満や憤りもごもっともですもの」

「っあのさー! そういう他人行儀みたいな態度が一番っ」

「──こ、ここは! 様々な企業の方々もご利用になる弊社の玄関口ですので、あ、あまり大声を出されては……」

「なに私が悪いの!?」

「いえそのような事は……あわわぃふぁぃ」

 

 せっかく勇気を出してくれた受付の女性があまりの剣幕に、溶けたアイスみたいな口調になって引き下がる。他の人を巻き込むなと口を出しそうになったけれど、自分の立場を思い出して何も言えなくなってしまう。私は今とても惨めだわ。

 

「ふんっ、何でビビってんのよ。スクエアも程度が知れるわね。プロ意識足りない奴らばっか。ロイド(・・・)って奴もそうよ。予定にない事ばっかやってさ。とんだじゃじゃ馬よね」

 

 ……

 

「あんたそんなんでも先輩なんでしょう? 優しく教えてあげたら。Vtuberやめろって。あんなズルばっかしてそうな」

「話を遮ってしまい申し訳ありませんが、他社のライバーに対してその物言いはあまりにも礼儀知らずですわ」

「っ、な、なによ。その目、怒ってんの? ムカつく。アンタだって振り回されてたじゃない! いない方が清々するでしょう!」

 

 場違いではありますけれど、その時ふとロイド様との初配信を思い出して心の中で笑ってしまいましたの。ロイド様が予定にない行動を取るのも、ロイド様に振り回されたのも事実ですわ。

 

 ……だからといって! 彼女の言葉に今何も言い返せないのなら、私はVtuberを辞める前にロイド様の友人を名乗れなくなりますわ!

 

「確かに私は、最初はロイド様の事が気に入りませんでしたわ。いえ、もちろんっ、今は気に入っているとかそういうわけでは全然ないのですけれどっ! 本当に、そんなのではありませんのよ!?」

「あーもうだから何なの!?」

「ロイド様を気に入らなかった時でさえ、私はロイド様に対して一度も敬意を忘れた事はありませんでしたわ。やめてほしいと思った事も一度だってありませんわ。絶対に!」

 

 私達は同業者に対して、常に敬意を払わなければいけない。ただし親しみを込めて。

 

 先輩方こそそれをよく知っているはずなのに……沸々と怒りが湧いてきましたわ。どうして私の話題からロイド様への悪口にすり替わったのでしょう。他の方を巻き込む必要はないのに、どうしてじゃじゃ馬呼ばわりをされられなければいけないのでしょう! ましてやズルなんて!! 彼女はそんな事をするほど複雑な考えを持ってませんわ。

 

「ぐぅ……な、何よ偉そうに。あんな奴のことばっか庇って! もういいわ。みんな、手加減する事ないわよ。一斉にこいつに仕掛けなさい」

 

 彼女がここにいる中で一番経歴が長いから誰も逆らわない。彼女の言葉通りに、今まで後ろに控えていた子達が同時に前に出て、そして……一斉口撃が始まりましたわ。

 

「くせ毛トルネード」

「変な口調」

「むっつり」

「えっと……えと、あ、貧乏!」

「新人アンタ家庭の事情はちょっと……」

「貴女方より心は貧しくないですわ!」

「はぁ? 言ってんねぇ! お嬢様もどき!」

「逃げた負け犬!」

「ざこざこげーむ! 今度の大会だってどうせアンタは出ないでしょう! ロイドって奴に任せっきりで自分は高みの見物なんでしょう! 別にいいのよ。後輩に負担を掛けるのは私達にとって当たり前だものね!」

「っ……出ますわ! 凄く出ますわ!」

「優勝するのは私よ!」

「いいえ勝つのは私達ですわ!」

「じゃあ負けたら土下座しなさいよ! 裸でね!」

「望む所ですわ! そちらこそ私達が優勝した暁にはロイド様に謝罪の一つでも入れてもらいますわよ! よろしくて!?」

 

 もはや幼稚な口喧嘩ですわ。

 

 きっと私も、彼女ですらも自分が何を言っているのか考えていない。きっと後悔すると分かっていても、私達は止まれなかった。

 

 アイドリームにいた時では考えられない光景ですわね。

 

「──何事ですか!」

 

 私達が冷静になれたのは、そんな凛々しい声を近くに聞いてからの事。

 

 受付の女性が「ホッともっと……」と安心している。それだけの信頼が彼女にあるのですわ。

 

 凛々しい声の橘様。私達を見渡して呆れた目を向ける。今頃私も我に返って顔がきっと真っ赤ですわ。

 

「まず、貴女方はアイドリームの皆様ですね。ここは弊社の玄関口です。あまり大声を出されるようでしたら、事と次第によっては貴女方の上にご報告をさせていただきます」

「うぐっ」

 

 受付の女性が「私、私もそれ言った」と喜んでいる。橘さんは次に私に、呆れというよりは少しばかり同情の目を向けて言う。

 

「エリザベスさん。アンポンタンとか、へなちょことか、人に言ってはいけませんよ」

「わ、私がそのような醜態を? 何も、返す言葉もございませんわ」

「二階にまで聞こえてましたからね。念の為に言っておくと、大会の出場メンバーは五条さんと私共で検討していますので、こればっかりはエリザベスさんの一存で決める事は出来ませんよ」

 

 私が自分勝手な行動を省みて項垂れている中、そんな橘さんの正論に抗議を申し立てたのはアイドリームの彼女でしたわ。

 

「もう遅いのよ! 一度言った言葉を取り消すなんて卑怯よ!」

「いえ、ですから──」

「──いいんじゃない?」

「っ……エクレールさん」

 

 支柱の裏からひょっこりと出てきたのは、ニコニコ顔のエクレールII世様。人が違うからといって私は自分の態度を変えるつもりはありませんけれど、それでもエクレール様に知られたというのは、とてもショックな事でしたわ。

 

 恩を仇で返してるようで情けない。でも今のそんな私にでさえ、あの方は全てを包むような顔をして私達に話しかける。

 

「アイドリームの彼女達の言い分もごもっとも。一度口に出した言葉には責任を持たないと。特に言葉を扱う職業である私達配信者はね。エリザベスちゃんも、本気で戦いたいと思ったからさっき思わず口に出しちゃったんでしょう? 偶に仮面を被らないといけない時もある私達だからこそ、心からの本音が溢れた時はその気持ちに蓋をしない方がいいよ」

 

 その言葉に、私の心は浮き彫りにされる。そうですわ。私はそんなエクレール様に憧れてスクエアに入ったのですわ。

 

 いつもエクレール様のお陰で私は勇気を出せる。

 

「私は、逃げたくありませんわ」

「うんうん、それが本心だね。分かったよ。君達もそれでいいだろう? これ以上ウチの子達に何か言うようなら本当に上に報告しちゃうよ〜ん?」

「──その必要はあらへんよ」

 

 戯けて脅かすエクレール様の更に後ろの支柱から、和服姿の長身の女性がこれまたひょっこりと現れた。同じ登場の仕方ははっきりいってナンセンスだと思いますけれど、エクレール様の顔はいつもより苦々しいものに変わる。嫌いな食べ物を奥歯ですり潰している時の顔みたいですわ。

 

 ところで私もあの背の高い女性の事を一度見かけた事がありますわ。アイドリーム一期生で一番チャンネル登録者数も多く運営への貢献が大きい、つまりそれはアイドリームで一番偉い事を示している。

 

 ライバー名は、餡子空(あんこくう)

 

「なんや懐かしい声が聞こえたさかい、謝罪と案内も終わった事やし、ちょっと前からあんさんらの事見てはりましたの」

「嘘つけ絶対最初からいたんだよきっと。盗み聞きなんて恥を知れ恥を」

「クスッ、相変わらず妾に対して厳しいんやなぁ。久しゅう会えたんやからもう少し甘い言葉くれてもいいんよ?」

「そのキメラ語やめたら考えてもいいけど」

「あかんあかんわぁ。妾の個性消さんといてや」

 

 私も一度見かけた事があるだけで、実際にどんな方なのかは今の今まで知りませんでしたわ。私が言うのも何ですけれど滅茶苦茶な言葉遣いですわね。

 

 あの方に対して印象は、アイドリームらしくない、でしょうか? 私にとってアイドリームといえばリアルと配信の姿がまるっきり別人ですから。それに比べて餡子空様は配信の雰囲気と今のお姿に差は感じられないのですわ。けれど、恐れられてはいるのでしょう。さっきまで私に対してあんなに元気だったアイドリームの彼女達が今はすっかり大人しくなっているんですもの。

 

 彼女の人柄について推し量っていると、地面を滑るような動きであっという間に餡子空様に近づかれた私は、見下ろされる形で頭を撫でられる。

 

「堪忍なぁエリーちゃん。この子らも悪気は……少ししか無かったんよきっと。ほら言うやろ、可愛さ余って憎さ百倍って。妾の方からちゃーんと言っておくし、ちゃーんとそのロイドちゃんって子にも謝らせるよぉ──負けたら、ね?」

 

 すうっと頭から手が離れていく。こんなにも嬉しくない撫で撫では私初めて経験しましたわ。

 

 そんな私の不躾な態度も気にせず、餡子空様は踵を返して背中越しに手を振る。

 

「もちろん土下座さね。ほな、さいなら」

 

 さっさと帰る餡子空様に、ハッと思い出したように彼女達もその後についていく。

 

「……べーだ! アンタの動画なんて全部、低評価押してるんだもんねーだ!」

「こら、行くよ」

「はぃ!」

 

 最後まで私に悪態をついていたかつての同僚を見送る私のこの気持ちは、怒りとやるせなさで静かに燃えながら、うっすらとした寂しさが心の隅の方で燻っていた。

 

 でも、引き止める資格はないのですわ。私は彼女達の本当の名前すら知らないというのに。

 

 けれど今回の大会では決して負けられない。それだけは絶対に譲れないのですわ。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

餡子空「もちろん最初から最後まで録画してあるんよー? これはみーんな仲よう仕置きが必要やと思わへん? たっぷりとお偉いさん達から叱られてきーや」

エリザベスアンチ「ひぃ」

餡子空「これは重いやろーなぁ。腕立て伏せ10回、いや20回はくだらんよきっと」

エリザベスアンチ「ひぃぃ!」

餡子空「ほんとアホやなぁ。アンタらも……あのお嬢ちゃんも。妾達みーんなアホばっかりや」

 

 アイドリーム式懲罰、筋トレ!



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第三十四話 プロ○○○

◇◇◇◇◇

 

「ふぅ。予想よりも楽に終わったよ。キミの身体や動きは理論上そうであるべきという計算に限りなく近いみたいで負荷が少ない。滅多にバグも起きないと思う。来月に実装予定だっけ? お疲れ様」

「ありがとうございますポンニョさん! もう上着とか羽織ってもいいですか?」

「これ以上その薄着でボクの目を焼き焦がしたくなかったらね」

 

 見るだけでダメージを与えるとか、私は邪神か何かですか。もしかすると私は、公共の海水浴場では簡単に水着姿になんてなれないのかもしれない。

 

 海で水着姿の首から上を隠した自分を想像していると、この部屋に内線が繋がる。慣れた手つきでそれを取ったポンニョさんだったが、内容を聞き取る度に顰めっ面になっていた。

 

「……キツく言っといてよ。その方があの子も楽だろうから。じゃ、こっちはもう少し待機してるよ。この子を一階に行かせなければいいんだね。了解」

「何かあったんですか?」

「受付でトラブル、とも言えないチャチなものだと。ただキミが今そこへ行くと更に厄介事が起きそうだからもう少し待っていて欲しいってエクレールII世さんが言ってる。ボクらはここで大人しくしておこう」

 

 受付で、という事は外部の人間が関わっているのでしょうか? そうなると企業の方か又は他社のVtuberぐらいしかいないものですけど……

 

 気にはなったが好奇心で誰かに迷惑を掛けるのは忍びない。初めて自分の変装スキル(骨格変形声帯模写)を試そうと思ったがやめておく。

 

「それじゃあ、飲み物でも買ってきますね。この階にも自動販売機ありましたよね?」

「部屋を出て左の突き当たりかな。ボクも行くよ」

「いえいえ、ポンニョさんはお疲れですからね。私がカカッっと買ってきますよ」

「そう? じゃあ、コーヒーがいいな。熱いやつ」

「かしこまりです!」

 

 ポンニョさんは自分では気付いていないみたいだったが、動きにキレがない。疲れているのだろう。飲み物の一つでもお渡しするのが後輩の役目だ。なんていうのは建前でここの自動販売機のラインナップに興味があったというのが大きな理由だ。

 

 ポンニョさんに言われた通りに部屋から出て左を向くと、確かに奥の突き当たりに自動販売機が見えた。階段やエレベーターとは反対の場所なので知らなかった。

 

「──これは、運命っ!」

 

 歩き出した私になにか大層なセリフが聞こえたが、あまり関わりたくないノリだったので無視して前に進む。

 

「待ってです。そこの女神!」

 

 女神と呼ばれる人なんて、自分くらいしか知らない。まさかこの声の主は私を呼び止めているのか? 薄々察しつつもどうか諦めてくださいとお祈りしながら足を早める。

 

 だが、丁度自動販売機でコーヒーを選んでいる時に追いつかれ、いわゆる壁ドンというやつをされる。壁ではなく自動販売機だったので壁トンくらいの勢いで。

 

「私は今この瞬間にとても愛を感じている」

 

 言葉の節々がヤバみの人だった。

 

 特徴的なのはその髪型。解けば腰まで伸びているであろう髪の長さ。しかし綺麗に纏めてあり、整った顔も相まってゲームで出てくる戦国武将みたいな男性の方だ。

 

 この人を今からバサラと呼ぶ。

 

「初めまして。私は李ーシャンです。貴女と話したい為に、日本語をとても勉強しました。結婚をよろしくお願いします」

「最後がおかしい」

「……あー、お願いしますです」

「そういう事じゃなくて」

 

 バサラさん改めて李ーシャンしゃんは、間違えた李ーシャンさんは真面目くさった顔を向けたまま、私に熱い視線を送ってくる。

 

 そういえば初めてかもしれない。こんなに露骨に私に好意を向けてくる相手は。言い換えればそれは対等に見ているという事だ。この人はきっと、相当の自信家なのだろう。私にプロポーズをするというのはそういう事だ。

 

「紫禁城で式を挙げましょう」

 

 もしくはただのお馬鹿さんだ。

 

「結局貴方は、私のファンという事でしょうか?」

「ファン……粉丝? 半分はその通りでしょう。しかし半分は違う。私は貴女を画面で見た時から他の誰とも違う特別を感じた。一目惚れだった。そして今さっき、私は二度目の一目惚れを行った。貴女は正にこの世の理想だと私はとても思っている」

「悪い気はしませんけど……」

 

 ただ、ひしひしと伝わるガチ恋視線が突き刺さって痛い。私が何故さっきあんなにもこの人とエンカウントしたくないと思ったのか理由が分かった。

 

 この人は私をはっきりと異性として意識している。それが初めての感覚で妙にこそばゆいのだ。

 

 そして距離が近い。髪が今にも触れそうな程近い。思わず鳩尾にストレートパンチをお見舞いしたくなる。この人がただの不審者ならそれもありだが、あいにくとこの人の正体に思い当たる節があった。

 

「李ーシャン……あのプロゲーマーの李ーシャンですか」

「奥利给!! 信じられない! 私がそうです! 貴女に覚えてもらっているなんてとても光栄だ。しかし私も、祖国で一番貴女を最初に知っている動画を挙げました。それは知っていますか?」

「いえそれは全然」

「うぐっ……私は落ち込みません。何故なら大切なのはこれからです。いつだって、今からが大事なのです」

「ポジティブで良い事だと思うんですけど、そもそも何故貴方がここにいるんですか? まさか私に会いにきたというだけではないでしょう」

「もちろん私はそう言いたい。ですが、貴女に会えたのは運命。既にご承知でしょうが、私共は圧力をしにきました。今度のVtuberの参加する銃の競技に、私共も戦うからです」

「圧力?」

「挨拶」

 

 銃の競技とはブイペックス レジェンズの事だろうか。プロゲーマーが参加するだなんて少なくとも私は聞かされていないけれど。

 

 普通のVtuberとプロでは流石に相手にならないと思うんですが、そこはハンデとかあるんでしょうか。

 

「もしかして一階のトラブルとやらも貴方が原因ですか?」

「いいえ? 私はそれを承知していません」

 

 あら、当てが外れた。偶には私の勘も違うらしい。仕方ないよ人間だもの。自分をそう慰めていると突然李ーシャンさんに手を掴まれる。

 

 両手でギュッと力強く、けれども優しさで包み込み、何より愛おしい物に触れるように──決して離さないと言わんばかりに。

 

「誓います。今度の大会で優勝した私は、貴女と結婚をした」

 

 誓いますのその後はとんでもない押し売りだった。こんな宣言を目の前でされたら神父も助走をつけて懺悔室送りにする事間違いなし。

 

 私の反応で雲行きが良くないと察した李ーシャンさんは、何度か咳払いをした後誓いをやり直した。

 

「誓います。今度の大会正々堂々と優勝した私が貴女を迎えに行く事を。私はそれを認めてほしい」

 

 まあ先程よりはマイルドな表現に変わったが、プロポーズである事に変わりはない。

 

 まさかプロゲーマーからプロポーズされるなんて思いもしなかったが、あいにくと私はこの人の事を何も知らないし結婚をするつもりもない。

 

 すげなく断ろうとして考え直す。わざわざ波風を立てる必要もないし、何よりこの人の条件は優勝ときた。確かに並のばーちゃるちゅーちゅーばーなら太刀打ちも出来ないだろうが、私にはカイザー五条さんがいる。あの人が同じチームにいるなら、私は絶対に負けないという確信があった。

 

「貴方が優勝したら、ですね。分かりました。その時は前向きに検討させて頂きます。でも……何だか対抗心がふつふつと沸き上がってきました。負けるつもりはさらさらありませんよ?」

「ふふっ、より素晴らしい。やはり私は貴女が欲しい。それでも勝利はこの私が──」

「あー! こんな所にいやがった!」

「おや、たかひろ。聞いてほしい。今私は」

「うるせーさっさと帰るぞ! うろちょろしてたらマジ契約違反になっちゃうって! すんませんこいつ方向音痴なのに放浪癖があって……うわっロイド!? 俺の目がバグったのかと……って、すんません俺は何も見てません! とりあえずこいつ連れて帰りますんで。ほら行くぞ!」

「必ず! 必ず誓いを忘れないで!」

 

 最後に李ーシャンさんは首根っこ掴まれて去っていった。もう一人の人はきっと日本人プロゲーマーだろう。たかポンという名がいたはずだ。李ーシャンにたかポンどちらもゲーマーとして名の知れた方々だ。

 

 どうやら今度の大会では一波乱が待っているらしいと、この時の私は余裕綽々に身構えていた。

 

 カイザーさんが出場出来ないかもしれないという話と、逆にエリザベスさんがチームに加わるという話を聞いたのは、それから数十分後の事だった。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

 コーヒーが冷めないようにと様子を見に来たポンニョは、陰からいつでも李ーシャンを撃退出来るように自作護身武器(合法)を構えていたが、特に何事も無かったのでこっそりとまた部屋に戻った。

 

切り抜き2

 

たかひろ「……あれ、さっき誰と会ったっけ? なんか靄がかかって思い出せねえわ」

李ーシャン「──我が運命の方」

たかひろ「何じゃそりゃ」



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第三十五話 勝利の鍵

◇◇◇◇◇

 

「誰か炎上でもしたのかよ」

 

 各々理由は違えど、ロビーで今後を憂いて項垂れている私達を見てアンズさんがそう表現した。配信者あるあるブラックジョークだ。

 

「エリザベスはどうしたんだ」

「私のせいで、ロイド様が見知らぬ男性の方に嫁がされそうになっていますわ……」

「ロイドはそれで落ち込んでるのか?」

「優勝しないとエリザベスさんが土下座をする事に……でも裸……少し見てみたい気持ちが……くぅ」

「事情は分からんがお前はもう少し自分の事心配しろ」

 

 私は最悪優勝を逃しても、前向きに検討すると言っただけなので言い逃れは出来る。もちろん負けてやる気などさらさらないけれど。

 

 ただ現実問題、私達が優勝を狙える確率は極端に下がった。こんな事を言うのもなんだがエリザベスさんがチームに加わったのとカイザーさんがチームから抜けたのは、考えられる限り最悪のパターンだ。人造人間との戦いで野菜人を置いてきてギョウザ持ってきた感じ。

 

「どうしてこんな事になったんだよ」

「いやっ、私も驚いている! 悪い事ってのは重なるもんだね!」

 

 エクレールII世さんが場を和ませるように大きな声を出す。そして神妙な声付きで続けた。

 

「今回の件はアイドリーム上層部の嫌がらせかと思ったけれど、彼女達はさっき菓子折り持ってきたんだよ。後でみんなで食べようぜ。続いてロイドちゃんの件といいプロゲーマーがここまで大きく干渉しているとなるともっと上の大手企業が関わっているかもしれないね。あいつらは挨拶という名目でそれとなく圧力かけてきてたし。下手に首を突っ込んだらゲーム配信の収益化外されるかも。まあそんな事になったら然るべき法を用いて対抗するけど。でも、大事なのはそこじゃない。社会の授業真面目に受けてたら分かると思うけど、歴史を紐解いてみても真実なんてのは曖昧で些細なものに過ぎない。それは意外な程に重要じゃない。今最も問題なのは、どう優勝してやるかだ」

 

 エクレールII世さんがジッとこちらを見据える。暗に優勝を出来るのか問いているのだろう。

 

 仮に()の私が孤軍奮闘してプロゲーマーの集団に勝てるかちょっと考えてみたが望み薄。よっぽど運が良くない限り優勝は出来ないだろうし、そんなのは私の目指す勝ちでもない。

 

 今この状況で勝ち筋を作るとなると……

 

「まず、エリザベスさんには今後大会まで私が練習につく事になります。がむしゃらに頑張って欲しいです」

「大前提ですわね……」

「次に、これが最も必要で、逆に言うとこれをクリアしなければ非常に優勝は難しいのですが、改めてカイザーさんにチームに加わってもらいます」

「それは……」

 

 カイザーさんの引きこもりっぷりをよく知っているのか、アンズさんとエクレールII世さんも難しい顔をする。第一期生同士だからこそ分かる事もあるのだろう。

 

「ロイド、お前はあの日偶然私達が一緒にいたから想像つきにくいかもしれないが、あいつが家から出る事はまずない。私は無理だと思っている」

 

 アンズさんはキッパリと答えてくれた。その予想は概ね正しいのだろう。けれど、エクレールII世さんは無理だとは言わずに私に聞いた。

 

「当てがあるのかい?」

 

 私は少し迷ったが、今更この人に嘘をつく事もないと思い正直に答えた。

 

「とっておきのが」

「おーけー任せるよ。向こうの用意した卑怯な舞台で、こちらは正々堂々優勝しようじゃないか。私そういうの好きなんだよね」

 

〜〜〜〜〜

 

 そもそも、どうして五条さんは家から離れられないのか。一瞬私は対価を想像した。五条さんはあの容姿を手に入れる為に引きこもりになる事を選んだのではないかと。それはそれで面白い。

 

 が、現実はきっと面白くない。私はカイザーさんの本名である帝という名に聞き覚えはないけれど、五条という名を見た事があった。特徴的だったからよく覚えている。

 

『一万のカルテ』

 

 一万のカルテの一万人目はよくある外科手術だったが、九千九百九十九番目の患者さんの症状がとても特徴的で翻訳を頑張ったのだ。そう、その九千九百九十九番目の患者の名前こそ五条。五条唯華。

 

 症状は極度の紫外線アレルギーに、極端な免疫低下が引き起こす虚弱体質。言ってみればそれだけだが、外に出るだけで全身が火傷に似た症状を負うとしたら? 擦り傷一つでありとあらゆる菌がそこから蝕み命の危機に見舞われるとしたら?

 

 紫外線アレルギーとは名ばかりで、その病気は常日頃毒まみれの世界に脅かされているのと一緒だ。五条唯華はその持病を持っていて、10年後に出来る新薬と治療で治る……はずだった。

 

 この世界で10年後に治るかどうかは知らない。何故なら10年後に救うはずの人はもういないから。

 

「あ、あのぉロイド様、私はどうすれば」

 

 一人で物思いに耽っていたからか、やけに下手(したて)なエリザベスさんはコントローラを怪しげな手つきで握りながら微動だにしていない。

 

 訓練場には私とエリザベスさんとチャップリンさんがいるけれど、暇なチャップリンさんはさっきから画面の端で荒ぶっている。ちなみにこの練習は配信をしていない100%プライベート。

 

「な、なんですのこの方。落ち着きがないですわ」

「カイザーさんから送られてきたチャップリンさんです。チャップリンさんは嬉しいんですよ。何たって私の大ファンですからね。それと多分エリザベスさんの事も好きなんだと思いますよ」

「チャップリン? 名前は、ポテトとありますわ? ポジティブな方ですの?」

「喋らないからチャップリンだって」

「……そのネーミングセンスはきっとカイザー様ですわね。私の髪の事を掘削機と呼んだのも彼ですわ……ところでロイド様、カイザー様の件本当に当てはありますの? いえもちろん疑っているという事ではないのですけれど」

「そちらは大丈夫ですよ。エリザベスさんこそ、自分の事気にしないとダメですよ?」

「も! もちろん承知しておりますわ! これ、この銃ですわよね!? 今一番強い武器という事はリサーチ済みですわ」

「その武器反動が大きいので中級者以上にはオススメですけど、エリザベスさんには合ってませんね」

「……私など所詮口だけの女なのですわ」

 

 おや、今のエリザベスさんは少し面倒くさくなってるぞ。どうしたのだろう。相手方に勝手に宣戦布告したという話は聞いているが、他にも精神を揺さぶられるような事があったのかな。

 

「大丈夫ですよエリザベスさん。貴女が口だけの女じゃない事は私が知っています。そんなエリザベスさんだからこそ私は未だに優勝を信じていられるんです。だから、一緒に頑張りましょ?」

「……女神様?」

「ロイドです。皆さんちょくちょく私をアンドロイド以外の何かに仕立て上げますね」

「取り乱してしまって申し訳ありませんわ。ロイド様の言う通り、今の私に出来る事は練習あるのみですわ。さあ、何とでも仰って下さい。言われた全てをこなしてみますわ」

 

 エリザベスさんの覚悟を受け取り、私も真面目に彼女の特訓メニューを考える。久しぶりにこの脳をフルで使う時が来たのかもしれない。

 

「エリザベスさんは何度かこのゲームをやった事ありますよね? その経験一旦全部消しちゃいましょうか」

「消してよろしいので!?」

「はい。色んな銃を試して撃ってみたりしましたよね? 忘れてください。それでこの銃だけ使ってください。初心者に最もおすすめで扱いやすい銃です。これ以外の銃を拾わず、これだけを使ってください」

「この銃だけ?」

「はい」

「他の武器を見つけても拾わずにこの銃を?」

「今後一生」

 

 極端な方法だったが、残り期間が一ヶ月もない今、エリザベスさんに残された道は一点集中狙いだけだ。

 

「この銃を使って的のど真ん中に当てる練習をしてください。ど真ん中です。それだけです。それのみ練習をして下さい。いかなる状況も真ん中だけを狙ってください。本番も、真ん中だけを撃ってください」

「えぇ? 相手の方が隣にいても?」

「はい」

「少しズラせば当たるとしても?」

「死ぬまで撃ってください」

 

 エリザベスさんはゲームのセンス自体はそう悪くない。エリザベスさんが一番最初にやった試合を見て、さっき私達と一試合行って二つを比べた感想としては、確実に上達している。エイム以外。

 

 とっさの判断が良い。キャラのムーブも理解している。申し分ない働き。けれどエイムだけはクソ雑魚ナメクジと呼ばれるだけはある。

 

 どうしてそんなに歪なのか。恐らくだが、エリザベスさんは人を撃つ事に躊躇いを持っているのだ。たとえゲームであろうと、自ら積極的に指を動かして誰かを傷つける行為に無意識のうちに抵抗を示しているのだ。だからその分野だけ上達が遅い。エイムでキャラを追えない。

 

 だから真ん中だけ狙わせる事によって、人を狙って撃つという感覚から外そうというのも今回のポイントだ。

 

「エリザベスさんにはそれに加え、あとはグレネードを完璧に投げられるようになってもらいます。その二つを一ヶ月間大会まで続けましょう」

「ここまで来たらロイド様を信じてやりますわ」

「チャップリンさんと一緒に程よくオンラインで試合もして下さい。私はその間にカイザーさんと話をつけてきますね」

「……こんな事を言うのも何ですけれど、どうかご無事で」

「どうしたんですか急に改まっちゃって」

「今の貴女の目を見れば誰でも殊勝になりますわ。お怪我だけはしないように」

「ふふん、大丈夫ですって。こう見えても私自分が大好きなので危ない事はしませんよ」

 

 ──ただ一人の少女を救うだけの簡単なお話です。物語に例えるなら、2話程度で終わらせてみせますよ。



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第三六話 ちゃっぷり〜ん☆!

◇◇◇◇◇

 

『悪いが無理だ。何度言われようと俺は今回辞退する。本当にすまねぇと思ってる』

「まだ私何も言ってませんけど」

『そういう内容だろ?』

 

 カイザーさんの電話の第一声はお断りの言葉。取り付く島もなかった。無いなら作ればいいじゃない。

 

「五条唯華という名に聞き覚えは?」

『……あの日まさかとは思ったが、お前やっぱり知ってるんだな』

 

 カイザーさんはきっと夜叉金さんとのコラボ配信の時の事を言っているのだろう。あの時はお互いラインを越えないようにと牽制し合っていたっけ。

 

 まだ時期尚早だと考え有耶無耶に流していたが、今回は絶好のタイミングだった。

 

『誰から聞いた?』

「いいえ誰にも。私は知ってるだけです。その病を治す当ても」

『治すだと? もしもそれが悪意のない冗談だったとしても、嘘だった場合俺は生まれて初めて本気で人に怒るかもしれねぇ』

「ミトさん呼んで確かめましょうか?」

『……別にそこまで疑ってねえよ』

 

 嘘つく理由もないだろうしな、と静かに言った。その落ち着きようは何かに耐えている様だった。

 

 兎にも角にも私は、カイザーさんのご自宅に行く事を許されたのだった。車を走らせ、東京から県を二つ跨いでやって来たのはビル一つない田舎。人の影も滅多にない。時折すれ違う運送系のトラックでここが人の生活圏内だと辛うじて判断出来る。

 

 こうも人気を感じないと、田舎が舞台のフリーホラーゲームにでも入ったみたいだった。どこかの建物に入ってようやくイベントが始まる。

 

 冗談はさておき、ここに本当にカイザーさんが住んでいると確信が持てたのは、道のど真ん中に一本大きな立て札が突き刺さっていて、『五条家私有地関係者以外立ち入り禁止』とあったからだ。

 

 車で進めないようになっているので歩くしかない。が、数百メートルも進まない内に前方からカイザーさんの姿が見えた。迎えに来てくれたらしい。センサーでもあったのかな。

 

「悪いな。こんな田舎まで呼び出しちまって」

「来たいと言ったのは私ですよ。むしろ、ありがとうございます。カイザーさんにとってリスクのある行動なのに。いえ妹さんにとってですかね」

「お前ほんと何でも知ってるんだな。親か何かが医療関係者だったりするのか?」

 

 さぁどうなんでしょう。とお茶を濁して、カイザーさんに付き添いで案内される。

 

 しばらくして目に入って来たのは無機質な四角い建物。情緒のカケラも感じられない。そこでは殺菌されて清潔な服に着替えさせられた。きっとこの目的の為だけに用意されてる空間なのだろう。

 

 ここまで念入りに体を綺麗にしてからようやく、五条家の家の中に入る事が出来る。きっと二人っきりで生活しているのだろうと予想していたが、玄関で私を出迎えたのは夜叉金さんだった(声で分かった)。

 

「俺の後輩なんだよ。あぁガキの頃の話な」

 

 後ろからカイザーさんが私の疑問に答える。まさか、そんな関係があったとは。ただ男同士仲が良いなーくらいにしか思っていなかった。

 

「こうしてお会いするのは初めてですね。久しぶりです夜叉金さん」

「……尊い」

「お前せっかく慣れてたのにぶり返してんぞ」

「やっ、でも先輩! コレはずるいでしょ! コレは! ロイドさんがこんなっ、こんな……perfectだなんて」

「むしろスクエアで知らないのお前と二期生くらいだろ」

「そんな……だってこんな……女神様?」

「最早そうなのかもしれませんね」

 

 仮に私が自分の事を人間だと言い張っても、私以外の全ての人間がそれを否定してロイドは女神だと言うのなら、真実に関わらずその人はもう女神になってしまうでしょう。

 

「も、もしかしてお二人は、お付き合いをしておいらっしゃるのですかです?」

「どうした急に拗らせて気持ち悪ぃ。日本語で話せよ」

「だって先輩がこの家に人を呼ぶのなんて滅多にないじゃん。美男美女でお似合いだし」

「お似合いとか言うな俺たち配信者はそこら辺繊細なんだから。俺もお前以外を呼ぶとは思わなかったよ。昔、痛い目を見たからなぁ」

 

 どうやらカイザーさんは青年時代に恋人を家に連れて来たらしいが、その恋人というのが病気に対する理解が浅く、それが原因で唯華ちゃんは風邪を引いて危ないところまで悪化したそうだ。それをきっかけにカイザーさんは人付き合いをやめて、唯華ちゃんの為に人生を費やして来たのだろう。

 

 ネットではボカして話している為、痴話喧嘩&身バレみたいな話になっているようだが、その実情はもっと慎ましいものだったらしい。

 

 玄関に入るとまたついでのように滅菌されて、ようやく五条家に足を踏み入れた。そして直行で唯華ちゃん……とはいかずにリビングに案内されて、真剣な目つきのカイザーさんに真正面から見つめられる。

 

 こうして見ると、やはりこの人の容姿は人間にしてはとても優れているなぁと実感する。ちょっと今の感想魔王っぽくて好き。

 

「まず、事情を聞きたい」

「あまり話す内容も多くはないんですけどね」

「……悪いやーしゃん席を外してくれ」

「わ、分かったよ。じゃあ、えーっと、モニター室にいるよ。それじゃ」

 

 どうやら気を遣ってくれたようだ。モニター室? 唯華ちゃんのバイタルでも見ているのだろうか。思っていたよりもここは狭苦しいのかもしれない。唯華ちゃんにとって。

 

「話せるだけ話してくれ」

「うーん、無駄に引き伸ばすのもあれですしね。簡単に言えば私は未来に起こる出来事を知っています。結論から言えば10年後くらいに出来る新薬と治療で唯華ちゃんは治るらしいです。嘘じゃないですよ?」

「だから疑ってねえ、って言いたいが流石に厳しいな。まあいいよ……10年後か」

「はい。で、どうせなら10年後より明日にでも治るのなら、その方が断然いいと思いません? 私はそう思います。というわけで今日治しましょうね」

「待て待て俺を置いてけぼりにするな。お前そういうとこあるぞ。なんか自分ペースで話を進める的な。俺の優位にでも立ちたいの? まだこっちは悩んでるんだぜ」

「疑ってないんでしょう?」

「信じてもねぇよ」

 

 カイザーさんは難しい顔をして言った。突拍子のない話に戸惑う心と、私が嘘をつかないという信頼の心でせめぎ合っている。

 

 ……私ははっきり言って人に褒められるような性格をしていない。何せ、モットーが好きなように生きるだからね。自分本位なのは明白。だからいっそ、このまま問答無用の強硬手段で解決しようという気持ちもある。けれど、こうして意思表示の確認を取っているのは、まさかインフォームドコンセント……!! 職業病! これが香澄ちゃんの言っていた忘れられないものだというのか! 絶対に違う。

 

 でもまあ、やはりスッキリしておきたい。

 

「一度唯華ちゃんに会わせて下さい。それで私が唯華ちゃんに認められたら、カイザーさんも私の事を信用して下さい」

「簡単に言うな。俺だってアイツと直接会うのは避けてるんだぜ」

「その生活をあと10年間続けるつもりですか? あ、そうだ、コレ」

 

 私はポケットから携帯を取り出して、録音を流す。

 

『ああ、何でもするよ』

「まだ持ってたのかよそれ! ってか、その勝負は同率だったからって流れただろうが!」

「今もう一度同じ条件で試してみます?」

「目が怖ぇよ」

 

 このまま押し問答が続くかと思われたその時、勢いよく部屋に飛び込んできた夜叉金さん。その表情には焦りが見える。

 

「唯華ちゃんが……!」

「っ、どうした!」

「いやお腹減ったって」

「いっぺん死ね!」

「あーうそうそ! 本当は唯華ちゃんが監視カメラでロイドさんが来ているの見てたらしくて。一度会いたいって。ほら、あの子大ファンじゃん」

 

 なんと、レディーからのお誘いを断るなんて人としてあり得ない。私は喜色満面にカイザーさんを見つめた。あっちからすれば気色悪い顔に見えたかも。

 

 私の視線に根負けしたカイザーさんが両手を挙げる。

 

「あー分かった分かった。数少ない妹からのおねだりだ。無理とは言えねえよ」

「ありがとうございます任せて下さい。病原菌一つ持ち込みませんよ」

 

 自信満々にそう答えて、唯華ちゃんに会いに行く。

 

 唯華ちゃんの部屋は廊下の一番奥にあった。ここだけの話ではないが、この家は常に新鮮な空気が漂っている。でもどこかそれが寂しい。底の見える程透き通った美しい湖に、一匹も魚がいないみたいに。

 

「この中だ。あまり近付き過ぎないようにしてくれよ。念の為言っておくが、姿は見えねーけど声はこっちに常に聞こえてるからな」

「オッケーです。では、目を瞑って下さい」

「あん? 何を……ってお前!」

「あー!! 先輩ダメ!! 僕もダメ!」

 

 私は最大限唯華ちゃんの安全を考慮する為に、自分の着てる服を全て脱いで生まれたての赤ん坊の姿になる。相変わらず作り物めいた綺麗な手足だ。

 

 多分これが一番清潔だと思います。私の体に常在菌は常在していません。微生物一匹受け付けていないのです。故にこれが最もリスクのない方法です。

 

「軽々しく乙女忘れてんじゃねえよ!」

「先輩目を開けてはいけません! 絶対に! ……でも、もしも僕が目を開けそうになったら、その時は僕の両目を潰してください!」

「お前が目を開けてるかどうかは俺にも見えないんだよなぁお前の両手が俺の両目を塞いでるせいでな! 長い付き合いだから教えてやるけど、お前の手と俺の目の数は一緒なんだわ」

「じゃあ行きますね」

「もう早く行っちまえ怪我人が出る!」

 

 扉が閉まってすぐにカイザーさん達の声が聞こえなくなる。かなりの密閉度だ。でも空気は澄んでいる。温度は快適。完璧に整えられた空間。そんな冷やかな部屋の隅っこで、窓から差し込む淡い光を一身に浴びてる女の子がいる。もちろんそれは幾重にもカットされた弱々しい光だ。

 

「……あ、ごめんなさい。いま日向ぼっこの時間なの。あんまりやり過ぎると体に良くないからもう終わるね……ミロのヴィーナス?」

 

 私を一目見た感想がそれとは。知性を感じる。ちなみに私の両腕は健在だ。

 

「似たような褒め言葉を君より少し上の女の子に言われた事がありますね。でも私は女神像でも女神でもありません。ただの人間ですよ」

「すっぽんぽん」

「私の一番清潔なスタイルです」

「そうなんだ……ロイドさんって意外と、リアルでは変わってる人?」

「私の事知ってるんですか?」

「もちろんです! 私基本はお兄ちゃんの配信しか見ないんですけど、ロイドさんは特別です! いつも元気いっぱいで健康的なところが大ファンです。見ててください」

 

 そう言って唯華ちゃんはゆっくりとした動きで右手を目に持っていくとピースサインを取って。

 

「ちゃっぷり〜ん!」

「……?」

「えへへ、もしも私がVtuberになれたらこんな挨拶どうですか? チャオと私の好物のプリンを混ぜてみました。ポテトも大好きなんですけどね。プリンには勝てません」

「あぁ、今更繋がりました。私の大ファンってそういう事ですか。チャップリンは唯華ちゃんだったんですね」

「そうなんです。えへへ。私はまだ元気が足りないからVtuberになれないけど、お兄ちゃんがいつも遊んでくれるんです。私幸せ者でしょ?」

「うん良いお兄ちゃんだね」

「えへへ、それ程でもあるけど。ロイドさんは、どうしてここに?」

「単刀直入に言って唯華ちゃんを治す為ですね」

 

 これ以上引き伸ばすのもあれなので手早く本題に入った。唯華ちゃんは目を丸くして胸の辺りを手で押さえる。

 

「治せるの?」

「正確には治せる人に心当たりがあるってだけですが。唯華ちゃんがいいのなら今日にでも。どうですか、私の事信用出来ますか?」

「……不思議なの。直接会うのは初めてなのになんでだろう、ロイドさんの事は信用出来るの。きっと治してくれるって分かってる……もう誰にも迷惑かけたくない。お願いロイドさん、私を助けてほしいの」

「それが聞きたかった」

 

 唯華ちゃんはポウッと私を見つめる。

 

「本当に女神様じゃないの……?」

「私は違いますよ。私はね」

 

 でも、これから会いに行くのは正真正銘の神様……神様かな? まあいい。随分と遅くなったけれど、今時手紙でしか交流を図ろうとしないシャイな自称神様に、初めましてを言いにいこう。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

ロイド「チャップリンって関西人のはずじゃ?」

カイザー「だから、騙されるなって忠告しただろう」



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第三七話 再会

◇◇◇◇◇

 

 私とカイザーさんは五条家私有地の一部である、周りに何もないだだっ広い広場に来ていた。色とりどりの落ち葉と時折聞こえる鳥の声が人気の無さを教えてくれる。

 

「おい、そろそろ教えろよ。今からこんな所で何するってんだ。誰か人でも呼んでんのか?」

「これから呼ぶんです」

 

 それは人ではないけど。

 

 私はカイザーさんと一緒に火おこし用の木を集めて組み立てていく。私の力は馬鹿みたいに強くはないけれど、疲労がないので常に全力で動けるのは有り難かった。それでもかなりの大きさに作ったので想像以上に時間が掛かってしまった。

 

 でも完成した。あとは火をつけるだけ。そして燃え上がるのを待つ。私の唯一のミスはアルミホイルに包んださつまいもを持ってこなかった事だけだ。

 

 その時がくるまで、私はちょっとカイザーさんとお話をする事にした。

 

「治す当てがあると言いましたね。確かにこれらはその当ての一つですが、本題に入る前に先に言っておきます。もう既にご存知かもしれませんが私は人間ではありません」

「ご存知あるわけねえだろうが」

「正確にいうと、人間と定義していいのか? という私の主観ですが。私のこの体を作った誰かが人間と決めたのなら人間でいいんでしょうけど」

「待った待ったついていけん。要はあれか、これから俺はお前の体とやらを作った博士みたいな奴に会うのか? そいつが俺の妹を治せると? んでもってそいつは大のキャンプファイヤー好きなのか? あぁ待て、もしかしてお前本当に女神なのか」

「いやそれは違いますけど」

「何だよ。常日頃言われてっから思わず伏線かと思っちまったじゃねえか。俺そういうの深読みするんだぞ」

 

 動揺を誤魔化すようにカイザーさんが捲し立ててくる。苛立ちを隠せないのか眉間に皺が寄っている。

 

「私達はこれから自称神様に会うんです」

「……くそっ、別に疑っても信じてもいねーけどよ、さっきから頭が痛いんだよ。何つーかこうモヤモヤして頭が回らねぇ」

「唯華ちゃんの事だけを思って下さい。その為なら今から見聞きする全てを己の心の内に秘めると誓えるなら、恐らくそれは収まります」

「…………痛くねぇ」

 

 本当に唯華ちゃんの事をよく思っているのが分かる。そうでなければ、もっと時間がかかっていただろう。

 

 その人に私の秘密を知られても、無闇矢鱈と周りに広める意思がないのなら何の支障もないし記憶の改竄も起こらないと、これまでの香澄ちゃんを見て立てた私の推測は正しかったらしい。

 

 炎は激しさを増して火の粉が辺りに舞う。空から太陽が消えて曇り空が良い雰囲気!

 

 時々、対価の神様は妙なところで神様っぽい自尊心を見せつけてくるきらいがあるから、これも本当に演出なのかもしれないと思いながら、私は威風堂々と炎の中に体を突っ込ませた。

 

「何をっ……!!」

「大丈夫です。まあ熱いサウナって感じですね」

 

 私だってこれが本当に正しい方法なのか分からない。だが、体が覚えているのだ。四方八方を熱の暴力で囲まれたこの瞬間を。涙も一瞬で蒸発するような熱い火を。香澄ちゃんが言っていたように記憶では忘れても必ず何か忘れないものがあるとしたら、今がその時だった。

 

「おい、いつまでそうしているつもりだ! 場合によっちゃあ殴ってでも止めるぞっ!」

「雨を降らせようってわけじゃないですからね。三日三晩もいりませんよきっと。それによく見てください。私は燃えませんよ」

「えっ、お前炎上しないの? 羨ましいなぁそれ」

 

 激しく燃え上がる炎の中心で私は待った。私の体内時計は狂っているらしいので当てにならないから、何分経ったのか分からない。しかし、それが現れた時の事は完全記憶が無くとも忘れられないだろう。

 

 蠢く赤色に紛れて、徐々に形を成していく。炎の勢いは変わらずとも熱が付近からは奪われていく。

 

 ゆっくりと確実に、炎から出来たそれは真っ赤な姿を現して、かろうじて人型に近い事だけは分かった。それも子供みたいな姿。

 

 あまりにも形があやふやなので、カイザーさんはこれに気付いているのかが心配だったが、声は聞こえていたのではないかと思う。何故ならその声は鼓膜からではなく直接脳内に響いてきたから。

 

『君は相変わらず私を見つけ出すのが上手い。それに方法も最善だ。名は体を表す。炎の中というのは私にとって一番姿を現しやすいやり方だ。つまり君は、私の正体について既に知っているというわけだ』

「さあ、どうでしょうか。寝物語での事ですからね。正直よく分かりませんし分からなくていいです。ただ、貴方が本当に私達の願いを叶えてくれるのならばそれでいい。単刀直入に言います。五条唯華ちゃんの病を治してほしいです。対価は、私の不死性とかどうでしょう?」

『ほぉ……』

 

 老獪な年寄りのように、或いは赤ん坊のため息のような声が脳に響く。少し炎の揺らめきが強くなって、また人型に戻った時に答えは返ってくる。

 

『なるほど、なるほど。またしても君は願いの為に自らを削るのか。確かに対価としてはお釣りが来る。その娘に今後何一つとして病に侵されない健康的な肉体を与える事でようやく対価になりそうだ。だが、認められない。その体をどう使おうとも君の勝手だが、どう扱うかは我々の管理下にあたる。簡単にその体の性質は弄れない……そうだな、例えば他の誰かを対価にすればいい。君の後ろにいる男が健康的な体を失えばそれは立派な対価として認められるだろう』

「駄目ですね誰かを助けようとするのに他の誰かを犠牲にする事は認められませんそんな事あってはいけない」

 

 私が脊髄反射でめっちゃ早口でそう言うと、突然ぐいっと片腕を引っ張られて炎から出される。

 

「熱っ。やっぱり熱! いや当然だけどよ本物の火だよこれ。よくお前もお前の服も燃えてねーな。ってかロイド! お前のその一人で突き進むやつ悪い癖だって言ったよな! 俺の意思を無視するんじゃねえよ」

「でも……」

「あのなー、俺だって馬鹿じゃねえし物心ついた時から察しはいいから何となく事情は理解したよ。つまりそいつが、唯華を助けてくれるんだな。そうなんだろ恩人!」

『……恩人?』

「悪いなぁ名前知らねーもんで。唯華を助けてくれるなら誰だって恩人だ。それで、対価を差し出せばいいんだな? 簡単な話じゃねえか」

『私を信じるのかい?』

「疑ってもねえし信じてもねえ──けど、信じてぇんだよ。当たり前だろ。流れ星どころかそこら辺の石にだって願ったぜ。やっとチャンスが来たんだ。信じてぇ。俺のこれからの人生に一つでも奇跡があるのなら、それは今でいい」

『……いいだろう。では、こうしよう。類稀なゲームの才能。君はとてもその分野に長けている。治す病気は不治というわけでもない。ギリギリだが、その才能は対価になるかもしれない』

「そんなんでいいのか?」

『“恩人”として言わせてもらうなら、君の“覚悟”は立派な対価だった』

「……あんたってもしかして良い奴?」

『否。私は所詮対価の神。差し出された物しか返せない鏡に似た存在。不信感には不審を、好意には愛を、対価には願いを』

 

 その言葉を聞いたカイザーさんは、納得したように対価の神様へ笑顔を向けた。まるで男同士の熱い友情を見せられているようだ。炎だけに……炎だけに!

 

 果たしてどう対価の神様が唯華ちゃんを治すのか見ものだったが、なんと対価の神様は動かしやすいからといって私の身体を借りてきた。

 

 自分の意思とは勝手に口と体が動く。

 

「やはり、しっくりとくる」

「おい、それって元に戻せるよな?」

「心配か」

「そりゃあ後輩だしなぁ。今のお前の姿は初めて見た時より近寄り難いし」

 

 初めて見た時は少し近寄り難かったみたいな言い草だ。カイザーさんの漏らした言葉はしっかりと私の脳内にメモしておこう。

 

「では、すぐに終わらせよう。君の後輩の自我が薄れて消える前に」

「消えんのか!?」

「否。神様じょーく」

「次くだらねえ事言ったらアンタに対する恩を一旦見逃して全力でぶん殴るからな」

「やはり、対価無しの私の行動はこの世全てが認めぬというのか」

「センスの有無だろ」

 

 言ってやれ言ってやれと心の中で応援する。私もヒヤッとさせられたので、どうにかしてこの心の内側から殴れないだろうかとシャドーボクシングを繰り返していた。

 

 結局どんな拳技も通用しないという答えが出た頃に、さっき出てきたばかりの唯華ちゃんの部屋の前に着く。そしておもむろに対価の神様が私の姿で服を脱ごうとしたので慌ててカイザーさんが止める。

 

「やっぱりお前俺にぶん殴られたいの?」

「そういう記録があったのだが」

「馬鹿の真似したら馬鹿になるからやめろって。それに、治してくれんだろ? だったらもうこんな気を使わなくて済むんだよ。俺たちも、あいつも」

「正論だ。では、入ろう」

 

 私の脳内メモが着々と埋まっていく。私の意識があるのをカイザーさんは知らないのかもしれない。後が楽しみですね。

 

 唯華ちゃんは真っ先にカイザーさんの姿に気付いて顔を綻ばせる。

 

「──あ、お兄ちゃん!? 珍しいね。こんなサプライズで顔を合わせてくれるなんて。え! もしかして今日、私誕生日だったかな?」

「ま、誕生日と言っても過言ではないんじゃね」

「謎かけ!謎かけは好きだよ……って、その人誰」

「さっき会っただろう? ロイドだよ」

「ううん違う全然違うよ。誰! ロイドさんと違って全然信用出来ない!」

「さて、どうだろうか。大人しく信用した方が身の為だぞか弱い少女よ。私が君を治してやろう。代償に、相応の対価を頂くがね」

「お前も紛らわしい態度してんじゃねえ!」

「……私は対価の神。不信感には不審を」

「もういいからそれ!」

「承知した。私の内側から早く治せと訴えが飛んできている。では、すぐにでも終わらせよう」

 

 私の体が唯華ちゃんに両手を向ける。

 

 今から起こる事を私は記憶に刻む。

 

 体の目の前で小さな炎が生まれる。とんでもない熱量を感じる紅い色だ。片腕をカイザーさんに向ける。カイザーさんの胸から何かが抜け取られ炎に焼べられる。色が紅から薄い青に変わって、その炎が一直線に唯華ちゃんの胸に吸い込まれていった。

 

 一瞬の出来事だった。その一連の光景は私達のイメージが生み出した幻だったのか、本物だったのか。

 

「……何、ですか。今の?」

「勘のいい兄妹だ。もう気付いているだろう。君の兄の最も優れた才覚であるゲームの才能を失う代わりに、君の病は癒された。しかし、完璧ではない。君は相変わらずか弱く健康的とは言い難い。だが、もう陽の光に悩まされる事はないだろう」

 

 俺の最も優れた才覚ってゲームかよ。とカイザーさんが落ち込んでいる。こんな雰囲気になれるのは唯華ちゃんの病が治ったと私達が本能的に理解しているからだろう。

 

 ただし、唯華ちゃんだけは納得がいってないようだった。

 

「お兄ちゃんの唯一の特技を……私が奪ったんですか?」

「っておーい! お前もそんな印象なのか!?」

「どうすれば元に戻りますか!?」

「元に戻せば、元に戻る。しかしそれでは意味がない……いや、どうやらこの体の持ち主が提案している。今度君たちが出る予定の大会に、今の予定通りのメンバーで出場し優勝すれば、失ったゲームの才を元に戻せはしないかと」

「何だよそれ。無茶苦茶な言い分じゃないか? 俺たちに都合が良すぎる」

「だが私にとって都合が悪いわけでもない。それに、君達が優勝するのは現時点では不可能だ。不可能を可能にするのなら、奇跡を起こした対価としてその程度の願いは叶えられるかもしれない。どうする。決めるのは君だ。安藤奈津でも私でもない」

「いや、俺は……」

 

 カイザーさんは急な提案に困っていたようだが、唯華ちゃんから真摯に見つめられて覚悟を決める。

 

「……俺は、ぶっちゃけ唯華を治してくれただけで他の何もいらねえけどよ。ゲームが俺の唯一の特技だっけか。後でピーマン口いっぱいに食わせてやるとして、他の誰でもない妹のこいつがそんな兄を望むなら、取り返せる物なら取り返してぇな」

 

 私の体がそれを聞き届けて、深く頷いた数秒後に私は自分の意思で体を動かせるようになった。どうやら対価の神様はどこかに行ったらしい。

 

 不思議な時間を過ごした私達は、目に見えない繋がりが結ばれていた。それぞれ顔を見渡して、その場のノリで三人で抱き合う。唯華ちゃんとカイザーさんは泣いていた。今頃治ったという自覚が心身に伝わってきたのだろう。

 

 どこか懐かしさを覚えながら、私は当初のプロゲーマーに打ち勝つ為カイザーさんを呼び戻すという問題が何も解決してない事に気がついた。どうやったって解決はしないという形で解決したと言ってもいいけれど。

 

 カイザーさんをメンバーに戻す事は出来たが、きっと戦力にならない。介護対象が2人になった分マイナスされたという見方もある。それでも優勝するのだ。必ず、エリザベスさんに土下座なんかさせてやらない。土下座とは強要されてやるものではないはずなのだ。

 

「ほらほら、兄妹で仲良しこよしはまだ早いですよ。私達の戦いはこれからです!」

「っぐす……そうだな。でも大丈夫かよ。そのままだと連載終了っぽいぞ」

「まさかまさか。これから私達の修行パートが入るんですよ。修行パートは大抵人気がないので早く終わらせちゃいましょう」

「お兄ちゃん達、勝てそう……?」

「ふっふっふ、余程カイザーさんと相性が良いみたいですね。あの神様は一つアドバイスをしてくれましたよ」

 

 現時点では不可能。現時点、では。つまりそれは可能性の余地が残っているという事だ。まだ大会には一ヶ月ある。十分だ。

 

 ……不信感には不審、か。私はすこしあの神様に対する態度を反省しなければいけないのかもしれない。今私がこうして幸せに暮らしていけてるのは、紛れもなくあの神様のお陰なんだろうから。

 

「さて、では修行を始める為にここを移動しましょう。唯華ちゃんにはこの日傘を貸しますね。紫外線が女性の敵である事に変わりはありませんから」

「お前今どこからその日傘……もはや何も言うまい。で、どこ行くんだ?」

「私の家に」

 

 エリザベスさんも呼ばなければ。これから大会までみっちりと練習です。私も少し……全力を出しましょう。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

カイザー「お前は留守番な」

夜叉金「血の涙」



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第三十八話☆ ハイスペックフル稼働

◇◇◇◇◇

 

 唯華ちゃんは私の車を見て心をワクワクさせて、私の家を見て目をキラキラさせて、メイドの香澄ちゃんを見て何かを決意したように私に近付くと耳元で囁く。

 

「お兄ちゃん掃除も料理も出来なくて特技は一つかもしれないけど、魅力はいっぱいあるの。カッコいいし優しいし、とってもオススメの人だと思う。私分かるの。お兄ちゃんきっと……」

「おいこら待て唯華。お前病気が治ったからって調子に乗るなよ」

「治ったから調子に乗ってるんだよ!」

「それもそうか、って(ほだ)されねえよ? あー、気にすんなロイド。こいつが勝手に言ってるだけだ」

「ん? 別に気にしてませんよ?」

「……あー、そう、安心したわ」

「お兄ちゃんのバカ」

 

 兄からアイアンクローを受けて悶える妹。こんな光景も事情を知れば尊みが深いんです。

 

 エリザベスさんも後から来て、私達はリビングで作戦会議を行う。香澄ちゃんは人数分の飲み物を用意してくれた後、私以外のばーちゃるちゅーちゅーばーがいるので気を遣って自分の部屋に戻っていった。良い子やわぁ。更に唯華ちゃんが気を遣って香澄ちゃんの後についていった。二人とも可愛いなぁ。

 

 ちょっと人数的に寂しくなってしまったが、気を取り直して二人の目を見て話す。

 

「まず、私達の現状を初見の方にも分かるよう簡単に説明しましょう」

「初見の方って何だよ。俺たちは既知だろ」

「でも、整理する事は良い事ですわ。名探偵の映画すら最初は必ず自分の名前の紹介を挟みますもの」

「私は安藤ロイド、そして隣がエリザベス。こいつが五条」

「今こいつって言った?」

「アイドリームのヤンチャな方に啖呵を切って苦手なバトルロイヤルに参加してしまったエリザベスさん。一方、カイザーさんを仲間だと信じて疑わなかった私は、まさかカイザーさんが出場を辞退する事になるだなんてその時は思いもしなかった。なんやかんやでカイザーさんを呼び戻す事に成功したが、色々あってカイザーさんのゲームの才能は無くなってしまった! 今度のブイペックスの大会の優勝は依然として厳しいまま……弱くなっても結果は同じ! 敗北知らずの配信者! 真実はいつもひとつ! これでいきましょう。では作戦を述べます」

「お前って時々壊れるよな」

「そもそもゲームの才能とはなんなのか。初期エリザベスさんを参考にしたところエイム力、判断力、このあたりではないかと考えています。つまり、指示された動作をする事くらいは出来ます。大丈夫です、どんな時にカイザーさんがどう動くかは覚えています。試合では私が指示を出しますので、カイザーさんは言われた通りに動く練習をしましょう」

「おう」

「エリザベスさんは引き続き前回と同じ練習方法でいきましょう」

「分かりましたわ」

 

 具体的には、真ん中を撃つ練習とグレネードを投げる練習の二つ。エリザベスさんは今着実に上手くなっていってる。

 

「基本、これから一ヶ月間みっちり練習します。その間の配信も全てブイペックスです。練習は各自わかれてやる時もありますが、配信では三人一緒で行います。お二人が私の家でやっている事も早めに公開しておきましょう」

「ちょい待ち。そこ教える意味はないだろ。俺のアンチが増える」

「後でバレるほうが面倒くさくないですか? これから密に練習を重ねるので、お互いトークでボロを出さないように配信を続けるのはストレスが溜まるかもしれません。検証班も油断なりません。でも、ヘイト管理は私が上手にやっておきます。カイザーさんは配信の時も私達二人から遠ざけられて一人部屋の隅に追いやられてるとか、寝る時も鍵付き倉庫で一晩を明かしてるとか」

「俺倉庫で寝るの?」

「ちゃんと個室を用意してますよ。もちろんエリザベスさんも」

「お部屋を借りるだなんて申し訳ないですわ。私は別にロイド様と一緒の部屋でもよろしくてよ?」

「部屋は余ってるので大丈夫です」

「……なら、問題ありませんわね」

 

 エリザベスさんは納得がいってないようだったが、既に私のベッドではいつも香澄ちゃんが私を抱き枕代わりにしているのだ。そんな状況では香澄ちゃんと今日が初顔合わせのエリザベスさんもゆっくり出来ないだろう。

 

「配信ではお互いに連携を高める練習をメインで行い、配信外で各自の技を磨きましょう。配信外で身に付けた技は決して配信では使わないようにしましょう。対策を取られないように」

「成る程な。お前マジのガチで勝ちにきてんな」

「はい。私も配信外では別室のシアタールームを使って個人で練習するので、その間決して中を覗かないでくださいね」

「お前その止め方は成功しないって昔々から習わなかったの?」 

「し、シアタールーム……外にはプール。圧倒的財力を見せつけられていますわ」

 

 カイザーさんの言うように今回は全力を尽くす。配信で使うキャラのスキンもそれぞれ統一しておき、練習で見せる私とカイザーさんのキャラは大会で逆にする。情報戦という名の試合は既に始まっているのだ。

 

◇◇◇◇◇

 

「カイザーさん右に、いや後ろに下がって! エリザベスさんは練習通りに撃ってください! あぁ、だめカイザーさん外には出ないで!」

「え……あ、そっか。悪い。俺死んだわ」

「真ん中真ん中真ん中真ん中真ん中真ん中」

 

〜コメント〜

あのロイドが苦戦しているだと

今のロイドには、初めて自分の子供が逆上がりを成功するのに似た高揚さえ感じる

カイザー両手でも失ったのか?

↑失ってるのは脳だろ。判断が遅い!

何で俺のエリザベスちゃん真ん中botになってんの?

今のエリザベスちゃんには何やっても大丈夫な気がする……ハッ! 自首しました

↑その潔さは認めよう

 

「中々厳しいですね。指示も簡潔な奴を考えましょうか。逃げる時はハウス! 撃ってほしい時はバキュン! とか」

「あー合図を決める案はいいかもな。今のままだと咄嗟の動きが出来ない」

「今のままでも咄嗟じゃない動きすら怪しいですよ」

「真ん中真ん中真ん中」

「ちょっと休憩しましょうか。エリザベスさんの精神が不安ですし。私夜ご飯ささっと作ってきますね。その間お二人に配信を任せます」

「実質俺一人じゃねえか。おい起きろエリザベス。愛しのロイドが手料理作ってくれるってよ」

「真ん中真ん中──別にあの白魚の様な手や百合の如き足が愛おしいなどと思った事はありませんわ!」

「なんかごめんな。お前が正気じゃない内に謝っとくわ」

「……はっ、私は何を」

 

〜コメント〜

改めて異次元過ぎる空間

ロイドちゃんの自宅で合宿配信とか最強

俺預言者。後でカイザーはファンとアンチ夢の共演からフルボッコにされる

もちろん野郎に足枷ついてるよな?

カイザーのゲームが別人レベルで下手くそなのって代償に両手両足切断されたからなんだよね

達磨五条はエロ過ぎNG

↑一文字間違えたんだろ? そうなんだろ?

これだからイケメンは

でも配信外では外側から鍵かけるタイプの倉庫で寝かせるってよ

囚人かよ

俺もそこへ行きたい。後どれほど徳を積めば良いんだ

↑と、徳兄貴!? 生きてたのか!

今日の配信は俺の夢がメジャーリガーからVtuberに変わった記念すべき日だ

 

「足枷か。よし足枷付けたら俺の事許せよお前ら。そういえばあいつって料理作れるんだな。出来ない事ないのかよ」

「ロイド様のお料理はとても美味しゅうございましたわ」

「そりゃ楽しみだけど、いよいよ俺の舌も抜き取られそうな贅沢だわ。おい誰だ今俺の事番号で呼んだ奴。お前次やったら名前とアイコン、ネットに晒すからな!」

 

◇◇◇◇◇

 

 私は配信が終わって二人と別れると、シアタールームにメタリックピンクのパソコンを持ってきていた。

 

「それじゃあお願い」

 

 言われた以上の事をこなしてくれるこの子は、普段は映画を映す程巨大なスクリーンに幾つものブイペックスレジェンズの配信を表示していく。正確には今回の大会に出場するプロゲーマーの数の分だけ。

 

「少し早く送りで……うん、このくらい。ありがとね。じゃあ私のプレイは真ん中で」

 

 自分もありとあらゆる状況に対応出来る様プレイしながら、同時にプロゲーマーの癖や動きを頭に叩き込んでいく。プロになればなるほど配信の動画があるので情報収集はとても簡単だ。

 

 相手の使うスキン、キャラのムーブ、撃ち方のクセなどを覚えて自分が戦う時のイメージを作り上げていく。ブイペックスの動画が少ない方は別のゲーム配信を見て特徴を見抜いていく。

 

 情報量が多く目眩がしそうだがそれは錯覚だ。心をストイックに保ちそんな生活を繰り返していたある日、食事の席でエリザベスさんに恐る恐るといった感じで言われた。

 

「私の見ている限りで……ロイド様はこれまで一度もお眠りになっていませんわ」

「エリザベスさんが寝ている時に私も寝ているんですよ。ね、カイザーさん」

「ん、ああ、だな。俺はこいつが寝てるのを見たぞ」

「そう、ですのね。なら私からはもう何も言う事はありませんわ。でもお身体だけは大事にしてくださいまし。私共のせいでロイド様が風邪でも引いてしまわれてはこのエリザベス断頭台に首を差し出す思いですわ」

 

 それは重いですわ。

 

 私はエリザベスさんの言葉に深く頷いた後、カイザーさんにフォローを頼むと視線で伝えてその場は事なきを得た。

 

 もしかしたらエリザベスさんは私の普通ではあり得ない事に薄々と気が付いているのかもしれない。でも何も言ってこない。私から言われるのを待っているのだろうか。だったらもう少しだけそれに甘えていよう。

 

 いつかその時が来たら笑い話の一つとして軽く話してみよう。エリザベスさんのレアな博多弁が聞けるかもしれませんしね。

 

 そんなこんなで練習に明け暮れる毎日。大会の日はもうすぐそこまで来ていた。



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第三十九話☆ 人類の未来

◇◇◇◇◇

 

ルール……東京gameシティーの第一ブースと第二ブース、第三ブースを利用する。マイPC又はマイパッドを使用するには予め検査を受け許可を取らなければいけない。必ず1チーム3人で出場する事。プレイヤー同士の声が聞こえない様に間隔を空けて座る。試合中の飲食は原則禁止。プレイ中のコメント及び実況の声はプレイヤーは見えないし聞こえない。司会を担当するのはスクエア第二期生の苺餅カケル。翻訳者にスクエア第一期生のショコラ・クラッカー。応追加。etc.……

 

◇◇◇◇◇

 

「今日俺から言える事はただ一つ。全力を尽くすだけだ」

(わたくし)もですわ」

「エリは随分と逞しくなりましたからね。先月から絶不調のカイの分まで頑張りましょうね」

「はい。私がカイ様をお守りしますわ」

「絶対にお前からは聞かない言葉だと思ってたわ。でもまあ、頼むわ」

「事情を知らない方に説明すると、カイは今引きこもりをやめた精神的ショックでゲームド下手になってます。初期エリザベスくらい下手です。今のエリは度重なる覚醒の結果、無課金最強キャラ並みです」

「じゃあお前は廃課金勢御用達の課金キャラか。俺は配布キャラってな」

「いえNPCを守れクエストの護衛対象でしょう」

「……そっすか」

 

〜コメント〜

酷い言われよう

カイザー両手でも使えないんか?

引きこもり卒業しただけだぞ

引きこもりって卒業出来るの? 俺も?

↑お前は人間入学からだぞ粗大ゴミ

粗大ゴミは言い過ぎだろぉ! 

勝ち残れるチームここくらいしかなさそう

気づいたら大会メンバーが世界大会になってた件について

俺の推しがいないんですが

↑今からでも入れる推しがあるんです!

 

『さあ! 始まりました。第三回ブイペックス レジェンズ大会。今日は前回前々回と比べて大きくテイストが変わった内容となっております。なんと、参加するプレイヤーの半分以上が本物のプロゲーマーという夢の共演! ……そんなの公式大会でいいだろという声もあります勿論私はそんなこと思ってませんよ本当ですよ。という訳で! このドリームマッチをまずは楽しんで参りたいと思います司会の苺餅カケル スクエア第二期生ですよろしくお願いします。ではね、毎回恒例の、開戦前の挨拶的な宣言的なのをチームに順番に聞いていきたいと思います。まずは──』

 

「あ、何て言います? えいえいおーとか」

「喧嘩売ろうぜ。今日もキルレが上がりそうです! みたいな」

「失礼ですわ。絶対に言ってはいけませんよロイ様。今回の一部の視聴者様はいつもと層が違いますのよ。私達のノリについてこられなければご不快に思われる方が出てきますわ」

「そうですよね。分かりました。ダイレクトには言わずに、遠回しに言う事にします」

『──お次は! 期待の新星! チームスクエアの皆様です! スクエアチームは二つあるのですが、一軍はこちらだとはっきりと伝えられています。スクエアチームにはプロゲーマーがいません。必要がないと聞いてます。何故なら彼らの実力は既にプロに匹敵するからだとか! では、何か一言どうぞ!』

「はい、ロイドです。さっきカイザーさんが今日もキルレが上がりそうです! とか言ってました。以上です」

「ちょっ……」

『何とここでスクエアの切り札! カイザー五条選手恐れを知らない宣戦布告!! じりじりと殺気立つ会場を前に何という胆力でしょうか。自分がついこの間から絶不調だという事に自覚はないのか! 試合会場の興奮冷めやらぬ内に次に参りましょう──』

 

〜コメント〜

それはwww

こうやって誤解は広がるんだな

冤罪に似た何かを感じる

ワロワロス

 

「何やってくれてんのお前? お前にとっての遠回しにしかなってないんだけど。俺にとってはど真ん中ストレートなんだけど」

「私に対する警戒の目が多かったのでヘイト対象を変えようかなと。私達のキャラ変え作戦に支障が出ますし。すいませんカイザーさん私の為に死んでください!」

「くっそ正論かよ。あーもう分かってるつーの。囮でも肉壁でも何でも使いやがれ」

 

『──とっても可愛かったですねアイドリームの方達は。さて、最後は今回一番の注目を寄せられている中国チーム ランラン! リーダーの李ーシャン選手を筆頭にもう一人の(ホン)選手も数多くの大会で優勝をその手に掴んでおります超プロ集団。いつの間に運営がこんな大物を呼び寄せてしまったのか私も知りませんが、今回もその勇姿を遺憾無く我々に見せてくれる事でしょう。三人目のばーちゃるちゅーちゅーばー霖之助選手も忘れないで! では、締めという事もあり何か気の引き締まる一言よろしくお願いします』

 

「あ、嫌な予感ですね」

 

『空気を殺して私が調子乗ります。この李ーシャンは、優勝したらミス安藤ロイドと結婚をする! です』

『……え? まさかまさかの李ーシャン選手日本語を喋ってくれました!? 何というサプライズでしょう! これは翻訳係のショコラ先輩も困惑しています。って、ちょっと待ってください。聞き間違いでなかったら今とんでもない事を仰りませんでしたか。未曾有の爆弾発言に申し訳ありませんが続く霖之助選手の挨拶が左から右に流れてしまっている! もう一度チームスクエアのロイド選手に繋げたいところではありますが、私では収拾をつけられないのであくまで台本通りに進めましょう……スゥー……ぇえ……結婚てマジ……?』

 

〜コメント〜

俺が一瞬で中国語マスターしたかと思った

李ーシャンの日本語ってやば! 内容もやば……

マジかよ

嘘だと言ってよロイドちゃん!

これは全面戦争だ

俺出兵しますよ。マジだよ?

日中平和友好条約は本日をもって終了致しました

日本と中国に大きな亀裂が入った音がした

↑俺もだ

 

「待って待て待て!! 俺聞いてねえぞそれ!!」

「カイ様存じ上げてませんでしたの? ロイ様はあのお方と初めてお会いした際にプロポーズを申し込まれたのですわ」

「し、知らねえって! エクレールの奴黙ってたなぁ! おいロイド、何でそれもっと早く教えてくれねえんだ! 初耳だぞ!」

「何でそんな声大きいんですか。そんなにビックリしなくてもいいでしょう。確かに初めて会った時に宣言されましたが、そもそも私達が優勝すればいいだけですよ?」

「あぁ絶対にな!」

 

◇◇◇◇◇

 

〜コメント〜

ショックから立ち直ったら試合始まってるじゃん

俺も前後の記憶がない

李ーシャンって誰? 俺がちょいボコそうか?

だ、誰か! い、今は平成何年だ??

平成兄貴は記憶失いすぎかも

なんかドキドキしてきた

これはゲームであって遊びではない

なんか一瞬でデスゲームに入った気分だわ

 

『──さて、こちらはスクエアチーム、ジャンプで降りた時から3パーティーに追いかけ回されていました。特徴的なスキンなので狙っていたとの事。しかし、辛くも逃れて今は着実に物資を補充中。個人的に意外なのがエリザベス選手。配信で練習を重ねている事は知っていましたが、まさかここまで動きが良いとは。むしろ練習よりもアビリティなどよく使いこなしている気がします。対する啖呵を切ったカイザー選手の動きはこう……モサい! 爽快感がありません。影の世界ランカーと呼ばれていた方が一体どうしたのでしょうか。私のコメントには引きこもりをやめた代償と伝えられていますが真実は定かではありません。なら何故喧嘩を売ったのかも疑問です……ぉっーとここで! 1パーティーと衝突! これはチーム月下美人! 日本プロチームたかポンさんだ! 遅れて仲間のアイドリーム所属咲夜姫も戦線に加わる! 建物に追い込まれるスクエアチーム怒涛のグレネードと神回避の攻防! っしかしここでカイザー選手がノックダウン! チーム月下美人が中に攻め入る!』

 

「敵ワンダウン! エリモク!」

「ですわ!」

「頑張れー」

「続いて牽制バン! カイは隅で大人しく」

「……はい」

 

〜コメント〜

秒で死ぬ日本プロゲーマー

奴はロイド初心者だった、それだけの事

ロイドちゃんわりとピンチ!!

頑張れー

煙ナイスエリザベス様

三人から同時に狙われて一人落とすのは普通に安定の切り抜き案件。銃弾見てから避けるの余裕です

こっからだぞこっから

閣下は隅っこに引っ込んでてね

 

「エリは外から敵がよじ登ってくるのでそうそこ、外向いて角度45、90、よし。合図でバン。カイ隅オケ?」

「ですわ!」

「俺の指示いらなくね?」

「今です!」

 

〜コメント〜

おぉ! エリザベス様1キル!

確キル偉い

完璧に動き読んでんじゃん

今諸葛孔明いた?

↑諸葛孔明ってビーム出す人?

これはウォールハック疑われても仕方ない

背後に運営がいるんだぞ

このゲームこんな露骨に戦略ゲーだっけ?

みんなエリザベス様のど真ん中エイムもくそ美しいから気付いてー

真ん中botはどこから敵が来るのか分かってないと当たらないが何の心配もいらなかった

チームワークを感じる

ブイペックスでしか聞けない名前の略称イイネ

カイザー本気出してくれ〜! ロイドちゃんをみすみす渡してくれるなー!

閣下は家から出ているので本調子とは程遠いんです仕方ないんです

 

『おおっと、ここでチーム月下美人を倒したスクエアにまた新たな敵! これは米プロのジョン選手とアンディー選手、そして眠り姫率いるチーム才色兼備! 漁夫を狙いに来たのでしょう! またもやスクエアチームに襲いかかるグレネードの嵐! カイザー選手が箱になりました! あぁっとエリザベス選手もあと一歩のところでダウン! グレネードによってトドメを刺されます。むしろ何故死んでいないロイド選手! 恐らく判定ギリギリをグラップルも活用して避けています! 何だか眠り姫選手からアイドルらしからぬ雄叫びが聞こえた気がしますが気の所為でしょう』

 

「くっ、もう来てましたか。一旦引きます」

「申し訳ありませんわ!」

 

『ここでロイド選手、流石に分が悪いとみたのか戦線離脱。華麗なるグラップル捌き。撃てば1キルすぐに3キル、逃げる姿も美しい。チーム才色兼備の卑怯者共にも見習ってほしいものです。いえ、卑怯だなんて言ってませんよ。はい。はい。気を付けます……ぷふっ、すいません。ジョン選手がカイザー氏の箱の中身を見て一般人を殺してしまったと嘆いています。手向けでしょうか医療キットを箱の上に供えました。余裕の表情だ。今のカイザー選手は何も言い返せないかもしれませんね……って、んん? 三人共物資は漁ったのに残り一人になったロイド選手を追いかけようとしませんね。その場から一歩も動きません。まさか、これは……』

 

〜コメント〜

ケバブしてる

ゲーム違うぞー

蘇生させない為か。完全に殺しにきてんな

ケバブすな!

戦え! 戦え!

心情的には許せないが誰が文句を言えようか

強さ故の宿命

 

『チーム才色兼備やはり卑怯……妥協しない良い戦いですね。これも立派な戦術の一つです。配信映えを気にしない憎たらしいほどのリアリスト惚れ惚れしますね』

 

「汚い言葉使っていいですか?」

「ダメですわ」

「許す」

「クソッたれ! ですね」

 

〜コメント〜

その時、切り抜き班が動いた

世界一可愛いくそったれ

三対一はやはり厳しいか?

お前なら出来る!

 

『あー! なんとここでもう一つのスクエアチームが偶然にも芋掘り中のチーム才色兼備を発見! あっという間に混戦状態! ただの偶然ですが、私の目にはピンチになったら駆けつけてくれる仲間の姿にしか見えません! そしてロイド選手隙を突いて二人のバナーを拾います滑り込みセーフ! ちょっ! そのまますれ違い様に1ノック! 後ろを振り返ってまた1ノック! 相手が誰だろうと関係ないとんだシリアルキラーだ! これがバトルロイヤルだと言わんばかりに、戦場を引っ掻き回しています! しかし! 仲間の救出に成功したー!』

 

〜コメント〜

隙あらばキル

あぶねーあと五秒もなかった

ケバブざまぁ

ピンチになったら助けてくれる仲間。てえてえ過ぎる。まあ等しくキル対象なんですけどね

爺ちゃんが言ってた。殺すよりもギリギリで生かしておいた方が敵は動きづらいって

自分のアーマー脱いでエリザベス様にあげてる!

カッコよすぎかよ

その漢気どこからくるんだよ

ワンパ来てんね。ここは逃げか?

エリザベス様煙たくの上手い! エリモク!

完全にまいたな

閣下ちゃんとついてきて偉い

 

「次はどちらに行かれますの?」

「物資も補充したいですからどこかのはぐれパーティーを見つけてもいいのですが……右に行きましょう。そのマグマのエリアです。恐らく2パーティーがやり合っています。可能性としては60パーセントですね」

「それはどういう計算なんだ?」

「敢えて降りるのを最後にして誰のパーティーがどこに降りていたのか出来る限り把握し、その人の癖や動きをパターン化してどう動くのか予想立てています。ただしランダムな物資の影響などを考慮して60パーセントです。残り40はイレギュラーですね」

「……確かに銃声が聞こえる」

「数が多い気がしますわ。少なくも三部隊いるのではなくて?」

「ありゃまあ、60パーセントだとこの程度ですね」

 

『ちょ、皆さん聞こえてましたか? 俺のところは他のパーティーの声も入って聞き辛かったのですが、スクエアチームが何かおかしな事言ってませんでしたか? あまりのビックリ具合に隣に控えていたブイペックスの運営さんがスクエアチームのデスク周りを見に行きました。ただロイド選手のサインが欲しいだけなのかもしれませんけどね。あれで私の後輩なんだぜ信じらんねぇ』

 

「3つの部隊ですが、この内1つは必ず潰しておきたい日本プロゲーマーの方がいるので優先的に狙いましょう」

「潰すだなんてはしたないですわ」

「粉微塵にして差し上げますわ」

「それは語尾で誤魔化しきれねぇよ」

「冗談はさておき、本命は大の狙撃好きなスナイパー使いです。私の天敵ですね。一発キルされかねませんので」

「成る程な。で、俺は何をすればいい?」

「舞ってください」

「……ぁい」

 

『──おや、ここで身を潜めていたロイド選手……ではなくカイザー選手が遮蔽物から身を乗り出して奇怪な動き! すみません練習と二人のキャラが違って入れ替わってるので間違えてしまいます。気を取り直してカイザー選手これは遂に狂ってしまわれたのでしょうか。これは頭がどうにかなっちゃわないと出来ない動きです。破れかぶれともいう。勿論周りが見逃すはずもなく! カモを狙う猟銃の如く狙いをつけて……つけていた個人Vtuberの野々ノノ選手がちょっと頭を出した数秒後にノックダウン!! 横から忍び寄っていたロイド選手に為す術もなく!! からの、これは逃げ出した雪の女王にエリザベス選手が巧みなワンノック! 膠着状態が一気に崩れました! 泥沼だぁ! カイザー選手は擬似餌だったぁぁ!』

 

「エリモク、カイサン!」

「はいよ」

「ですわ」

 

〜コメント〜

こ、これがチームワーク(閣下をちらつかせ

一人囮だったがまあ気にしない

閣下が完全に見せ物でしたがキル出来たので何も問題はありません

エリザベス様もしかして……お強い?

↑どこから敵が来るのか分かってないといけないが、ロイドの読みに綺麗な真ん中エイムはそりゃあキル出来る

練習とはまた別人に見える動きの良さ。もしかして配信外でも練習してた……?

周りが霧(煙)に包まれたと思ったら死んでたでござる

サイレントキリングじゃん

こんな混乱真っ只中の戦場にロイド突っ込ませれば箱の一つや二つ増えそうだけど引くのか

このロイドってやつ誰。上手すぎ草

何でこのVtuberこんなうまいの

初見さんか? まずは常識を捨てろ。話はそれからだ

プロゲーマー視聴者が流れ込んできてるな

期待の新星どころか超新星だもんな。ビックバンだよビックバン

 

「一旦別の場所に移動しましょう」

「あいつらの確キル取らなくていいのか?」

「目的は達成出来ました。あとは生き残ったチームが後々別の厄介なチームを消してくれる予定なのでまだ倒せません」

「コエぇ……今のお前が敵だとゾッとするわ」

「ふふ、練習いっぱいしましたからね。次は別の狙撃手を狙って──」

「っロイ様!!」

 

『あらあら、ラッキーやわぁ』

 

「くっ……イレギュラーが!! 一度言ってみたかったんですよねこの言葉。煙ありがとうございますエリ。蘇生が終わったら距離を詰めてくるのですぐに下がりましょう」

 

〜コメント〜

ロイド逃げてー!

ロイド初ダウン! レアだぞレア!

ピンチだピンチ! ……そうでもないか

餡子空か。古参とはいえ許さねぇ

意外とあいつPSあるのムカつくわ

俺はむしろ頑張ったで賞あげたい  

今向こうの画面見てきたけどほとんどまぐれ当たりだったよ

お祈りショット怖い。ロイド狙撃警戒するのも分かる

体力ミリで後ろからの弾を全て避けるのって、技術もそうだけど精神力やばい

オート回避実装されたんかな

 

「一番餡子空さんがトリッキーで動きが読み辛いんですよね。油断してました。カイは狙撃銃貸してください」

「お、やるのか」

「餡子空さんは滅多に建物に入らないしすぐにアビリティを無駄打ちする悪癖があるんですよね。ですから視界に収めた時点でそんなに怖くありません……お返しです!」

『きゃうんっ』

 

〜コメント〜

はー、よっわ

相手が悪いだけだぞ

体力ミリの奴が狙撃してくるとは思わん

意味なくゴーストのアビリティの虚空使いたがる餡子空さんも悪い

あいつ自分で言って自分であのシャレ気に入ってるからな。「虚空の中で餡子食う」

↑効くぅぅぅぅ! オモロいぃぃ……

狙撃銃使う意味ないよな。単に仕返しなんだろうな

あっという間に形勢逆転されてる可哀想

こんな簡単にプロゲーマーって倒せるの?

ついでのように死んでるカイ

カイがプロから集中的に狙われてるのもあると思う

心なしかカイを蘇生する二人の手つきが荒い

漁れ漁れぇ!

お、金ノックじゃん。うまうま

 

「エリこれ使います?」

「い、いえ、それはロイ様が使うべきですわ」

「こっちも金ノックあったわ。俺使っていい?」

「二つあるみたいですよ。丁度一つずつですね」

「俺だめー?」

「……私、少し手が震えてきましたわ」

「だいじょぶ。俺傷付いてないよ。最初からあげる気だったよほんとだよ」

「今のエリは十分強いですよ。この言葉、100パーセント偽りなしです」

「ここ置いとくね。やっぱり俺持とうか?」

「カイはいっぱいグレネード持って下さいね。あと弾薬と医療キットを」

「がんばりまーす」

 

〜コメント〜

元気出してカイ

もはや歩く物資

でも理にはかなってる

まさかお前に同情する日が来るとは

元はと言えば引きこもりのカイが悪い

頑張れカイ。お前は世界のニートの希望なんだ

今のところ九キルロイ、ニキルエリ、0ダメカイ

ロボットがプレイヤーを蹂躙していく。これはまさか、安藤ロイドが未来を風刺してるというのか

ブイペックスは人類への警告だった?

 

「そろそろ二度目の安置が縮小します。ちょっと調整しないと……ふぅー……二人とも気を引き締めていきましょう」

「大丈夫ですかロイ様?」

「大丈夫ですよ疲れてるフリなので」

「……ま、今は休んでていいんじゃね。周りに敵いねーしよ」




やめて!プロゲーマーの集中砲火で、チームスクエアを焼き払われたら、闇のゲームで繋がってるファンの精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで安藤ロイド!あんたが今ここで倒れたら、結婚や裸土下座はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、李ーシャンに勝てるんだから!

次回、「安藤ロイド死す」。デュエルスタンバイ!


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第四十話☆ 安藤ロイド死す

◇◇◇◇◇

 

『察しの良いプレイヤーはキルログを見て何かおかしな事に気が付いている事でしょう。私はとっくの昔に気付いています。貴女の事だロイド選手! これは無双ゲームじゃないぞ! 今になって思えば、遠距離とはいえロイド選手にノックダウンを与えた餡子空選手は今大会のMVPかもしれません。一方、同じく安心安定の期待を寄せられています李ーシャン選手。出会った敵を全て巧みに撃破! ロイド選手に次いでキル数を高めています。かくいう私も彼のファンです。ロイド選手がいなければぶっちぎりの優勝候補のはずですが、この大会まだまだ予測がつきません! それにプロゲーマーは李ーシャン選手だけではない! 疾風のゲイル選手、月光のハヤテ選手、鉄壁のガイア選手、隠者のハーミッド選手! 強者達が勢揃いです!』

 

〜コメント〜

このロイドって奴絶対元プロゲーマーだろ

↑お前に奴はまだ早い

ロイドがただのプロゲーマーだったら俺達もこんなに苦労していないんだよなぁ

まずロイドちゃんが人間である事を証明せよ

何こいつw 俺の方が確実にキルられるわw

チートツールは○ね

↑ 鎮まれ! 鎮まりたまえ! さぞかし名のあるネットの主と見受けたがなぜそのように荒ぶるのか!

コメントの攻防も激しくなってきております

 

『次がいよいよ最終安地ですねー。周りに建物はありません。今はどのパーティーも牽制程度で丁度落ち着き膠着状態が続いています。岩や茂みを見つけられなかった者から箱になっています。さて、誰から覗いてみましょうか。やはりここは後輩を贔屓してロイド選手からすみませんもちろん純粋にキル数の順番でいきますとも。どうやらスクエアチームもまた李ーシャン選手を警戒しているようですね』

 

「珍しく黙ってんな。あいつか?」

「ええ、カイと同じくらいに強いと思います。そこに大きな差はないでしょう。あ、今のカイとは勿論比べ物にならないですけど」

「知ってるから。仲間をキルするな」

「……胸がキリキリしてきましたわ」

「エリ……そうですね。もう勝たなくていいんじゃないですか? ここまで頑張ったんだから、もう負けても誰も責めないですよ。ね?」

「貴女、全く(わたくし)の扱いに慣れているみたいで憎たらしいくらいですわね。もちろん負けてやる気などさらさらありません。絶対に勝ちますわ! 泥に塗れても食らい付いてやりましてよ」

「元気あるなーお前達。もっとクールに行こうぜ」

『──』

「……ん? 何だ、なんか聞こえんな」

『──美しい魚には! 相応しい水がある! 安藤ロイド氏は大海を知るべきだ! 故に私がここにいる! 彼女と同じ海を渡れるのはこの私李豪然(リーハオラン)だ!』

「中国語? ロイ、分かるか?」

「この声は李ーシャンさんですね。えっと、うーん、ニュアンス的には……ロイドのような美しい魚をドブに泳がせては可哀想だから私が貰い受ける、隣の男は特に邪魔だ、という感じです」

「上等だコラァ!! 二度とFPS出来ねぇ体にしてやるからなそこのチャイニーズ!!」

「カイ様!! 耳がキーンとなりましたわ!」

「賢い私の家族と視聴者の皆様は、ちゃんとショコラさんの翻訳を聞いてくださいね」

 

〜コメント〜

あれ、世界から音が消えた

鼓膜吹っ飛んだわ

何も聞こえないよ

↑こんなに大きな声を出してるのに、お前には俺の声が聞こえないんです?

↑いやw それはマジで聞こえないけどww

もしかしてガチ恋勢って二人いる?

これは悪女の才能ありますね

ショコラちゃんの翻訳と絶妙に違くて笑う

 

『──はい、はい、事情を把握しました。どうやら李ーシャン選手とカイザー選手が、ブースを超えても届く大声を出してレギュレーション違反です。あ、厳密にいうと特に規則は違反してないのですが、わざわざ言わなくても分かる明確なマナー違反です。二人共、敢えて言いますがバカです。イエローカードを貰いました! ツーアウトってところですね。実際この二人でなかったら退場もやむ無しじゃなかったのではないでしょうか。二度とお止め下さい。だってもうほら、安地が縮んで……2……1……最終安地が今縮まりました!』

 

「では指示を出した場所に同時グレ合わせます! エリグレ! カイウルゴー! 上・上・下・下・左・右・左・右」

「くっ、動け、動けよ俺の指ぃ」

「おー……ギリギリセーフです」

 

『な、何だ何なんだ!? どこかのパーティーのドローンがタイミング良く全ての設置系アビリティや罠を無効化したと思ったら、辺り一面の地雷原が一斉に起爆したかのような騒ぎです。十人以上が同時にグレネードを投げないとこんな地獄絵図にはならないでしょう。これもう全員死んだんじゃね……? いや! スクエアチームは全員生き残っています! エリザベス選手は体力僅か、ロイド選手は半分残っています! そしてカイザー選手は丁度良いポジションを見つけて亀のように動きません! ああっと!! 流石はプロ集団、ゴーストは虚空で全員生き残っている!!』

 

「織り込み済みです」

 

『こ、これはー!? 丁度虚空を終えた選手から順に側に設置されてたアーク手裏剣によって動きを止められロイド選手にトドメを刺されていく!! が、タダでは終わりません。ロイド選手も僅かではありますが被弾をしています! 李ーシャン選手も生き残っている!!』

 

〜コメント〜

ちなみにゲイルハヤテガイアハーミッド死亡

ロイドはこれグレジャンでノックダウン避けたのか。身を削ってんな

↑手裏剣はグラップルハイジャンプで避けてる

ほぼ同時に着弾するよう角度調節して投げたんですね了解です

凄いのはグレ投げる時エリザベス様もロイドちゃんと同じ動きしてる事。三窓で観戦してるけど一瞬同じ画面見てるかと思ったわ

正確無比に敵の前に落ちたな

何から何まで計算づくだぜーッ!

おそろしく多い擲弾 オレでなくとも皆殺しにしちゃうね

誰か空爆キルストリーク使った?

これでまだ終わってねえのかよ

体力みんなボロボロじゃん

 

「負けませんわ!」

『真了不起』

「きゃんっ」

 

『エリザベス選手これは李ーシャン選手からか? ノックダウン! しかしロイド選手! 運が悪く今存命の全ての敵から集中砲火を受けていますがギリギリのところで弾を避ける変態的な姿はまさに的リックス! これはバトルロイヤルでも戦略ゲームでもなく弾幕ゲーってやつだったのか!? 私も頭が混乱しています!! 驚異的な弾除け技術に多くのプレイヤーの言葉が崩れてきてしまっている。ちょっと私も実況をやめて見たいくらいです。あー! 避けるだけではない! ロイド選手隙を見て確実にキルしていく! や、やっぱり最後に残るのはこの二人なのか!! ロイド選手李ーシャン選手!! 後ろからちょくちょくグレネード投げてるカイザー選手は別として』

 

〜コメント〜

の、残り一人なのにっ!

ロイドちゃん頑張って!

知らんけどもうお前が勝っていいよ

初見だけど今手に汗握ってますっっ

くっそw やっぱり相手も上手いな

なんか二人だけ俺の知ってるゲームの動きじゃない

こんな至近距離で当たらないって、やべーな

死なないで

どちらが先にっ

 

『あ、あっーーー!!! つ、遂に! 遂に倒れてしまったロイド選手ッッ! 流石にこの人数を連戦はキツかったか! 残りは李ーシャン選手とカイザー選手の一騎打ちとなりましたが、こ、これは流石に……』

 

『貴女を凌駕した私こそ相応しい。運命は、私が貰った!』

「カイ、大丈夫ですよ。私は知っています。たとえ何かを失ってしまっても、忘れられないものはあると」

「っ……うぉおお!!」

『不给力』

「ぎゃふん」

 

『はい、何というか、準決勝戦こそ決勝戦だったみたいな。あまりにも呆気なくカイザー選手やられてしまいましたね。確キルも簡単に後ろに回られて取られ……いや、まだ終わってない! これは──エリザベス選手! そっちが金ノックだったのか! ギリギリの安地で既に銃を構えてっ!!』

 

「……俺にだって培ってきた経験でロイ程じゃねえが先読みが出来るからな。自分が勝つか負けるかってのは直感で分かる。今の俺じゃあどう足掻いても勝てねえみてえだ……だからこれは追い込み漁だぜっ! やれエリ!」

「ロイ様、私目を瞑りますわ。その方がいつも手がブレていませんの」

「分かりました……バン……右……左下……下……下……完璧です」

『まさかっ、そんな! 誘われたのかっ……私は、まだ私はっ!』

 

『ここで李ーシャン選手、残り僅かだった体力をエリザベス選手に削られました! が、最後の抵抗は無駄ではなかった!! エリザベス選手も同時にノックダウン! ……え、あ、ノックダウン? あ、ああっ!! け、結局そうなるのか! ロイド選手が立ち上がった! 金ノックは二人いた! しかし最終安地ももう少しで無くなろうとしている! 体力もギリギリ! 正真正銘最後の金ノックの李ーシャン選手に間に合うのか!!?』

 

「ちょっとカイの箱からグレネード貰いますね」

「お前、俺が確キル取られるのも計算かよ」

「最後は華々しくいきましょう。えいっ」

『くっ……我が運命! 最後はせめて、私を見てほしかった……』

 

『──最後はノックダウンのエリザベス選手を蘇生させ、爆発を背景に……チャンピオンですっ!! チャンピオン!! 決まりました! 第三回ブイペックス レジェンズ大会見事優勝に輝いたのは、歩く究極の補給物資カイザー選手! 見事なサポートで厳しい戦場を勝利に導いたエリザベス選手! そして! 今回再び多くの視線を集めた彼女! ……彼女? 個人的願望で彼女と呼びます! 彼女の伝説は今更語るまでもなく多くのリスナーが周知していますが今回! また新たな伝説を刻みました! アンドロイドの安藤ロイド選手だぁぁ!!』

 

「円陣、円陣組みましょ」

「わ、(わたくし)少し涙腺が」

「ほら、何か言えよチャンピオン」

「そうですねぇ。誤解されている方もいるので改めて宣言しときましょうか。私はしばらく誰とも結婚もお付き合いもしませんよ! えいえいおー!」

 

〜コメント〜

何だよこいつやべえよやべえよ

おめでと

8888888

champion!! cool!!

Android? army? arms?

やっぱりお前だったか

俺達の勝手な信頼に応えてくれてありがとう

カイもまあ最後は足止め良かったと思うよ

エリザベス様カッコ良すぎて

ロイドお前がナンバーワンだ

上手すぎて草 Vtuberなめてたわ

さすが俺達の家族だぜ

一ヶ月みっちり練習してたもんな。休んで!

合宿配信も終わりか。少し悲しき

打ち上げ配信いつでもいいから待ってるぞー

 

◇◇◇◇◇

 

 勝利インタビューも終わって締めの挨拶も終わり、場もお開きとなった時にスタッフの方が手紙を持って私の所に来た。

 

「すみませんロイドさん。貴女にと手紙を預かっていまして……あれ? 二枚? すみません一枚だと思っていたんですが」

「あー、見間違いじゃないですか? 多分どちらも私のです。ありがとうございます」

「い、いえ。その……光栄です! ファンです! おめでとうございます!」

 

 そう言ってスタッフの方は去っていった。いつ言われても励みの言葉は嬉しいものだ。

 

 手紙だが、一枚は案の定対価の神様からだった。しかし中身はたったの一文。

 

『対価は受け取った。やはり君は面白い』

 

 ただの褒め言葉だと受け取ってもいいものか。一瞬背筋がブルブルっとした。嫌な気分ではないけどこそばゆい感覚、陰からでも見てるんじゃないだろうか? もう二度と会わない事を祈っておこう。あまり存在を安売りされても困るしね。神様を名乗るくらいなら神様らしくしてほしいものだ。

 

 もう一枚の手紙は、どうやら李ーシャンさんのらしい。中国語で書かれてある。

 

『私は君の器たり得なかった。とても悔しい。貴女の配信を初めて見た時から、私はそこに誰にもない輝きを見た。真っ直ぐな瞳は、目的の為ならばがむしゃらに突き進む精神が込められていた。その全てが私を魅了した。その輝きはきっと、貴女がどんな姿をしようとも色褪せずに私を魅了するだろう。しかし、実力を過信して敗北した今の私は貴女に相応しくない。貴女の今日のプレイ動画を少し拝見した。貴女は私との戦いでも実力を出し切っていなかった。勝とうと思えばもっと楽な方法で貴女はこの大会に勝てていた。だが、周りをコントロールし、場を盛り上げていた。今はとても貴女が遠くに感じる。だが、諦めてはいない。自惚れていた私にまだ情けをくれるのなら、どうか私に、貴女を友と呼ばせて欲しい』

 

 私もまだ中国語を完璧にはマスターしていないので大体のニュアンスでしか理解しきれないが、李ーシャンという方の人間性はこの手紙から伝わってきた。もちろん私も呼ばせてもらおう。

 

 戦友と書いて、ともって呼ぶやつですね!

 

「あの男からか。なんて書いてあるんだ?」

「名前は李ーシャンさんですよ。そんなに目の敵にしなくとも。カイザーさんちょっと目が怖いですよ」

「……カイでいいって。だから、その、なんだ。俺も配信外でお前の事奈津って呼んでいいか?」

「どうしました急に」

 

 急、ではないかもしれないけど。カイザーさん自身からこんなに真っ直ぐに伝えられるのは初めてかもしれない。

 

「いや、その、今回の件で俺達はだいぶ距離が縮まっただろう? ほら、秘密も共有した。お前が体を張って唯華の事助けてくれた時……炎に囲まれた姿は純粋に綺麗だと思ったよ。それに、配信者同士で交際っていうのも最近ではあるみたいだしよぉ……」

「交際ですか? カイザーさんと交際するのは多くのファンから背中を刺されそうですし、ダメですね! 私もさっき独身宣言したばっかりですし。では、お互いラインを越えないように、信頼し合う配信仲間として末長く頑張りましょうね!」

「お、おう……」

 

 さっきから姿の見えないエリザベスさんが気になるので、早々にこの場を立ち去る。会場の外から迎えに来ていた唯華ちゃんがカイザーさんを励ましていたので大丈夫でしょう。

 

「お兄ちゃんがフラれるなんて信じられないの。でも安心してね。私は側にいるからね」

「あぁ、そうだな。秒でフラれた身としてはこんな事言うのはちょーカッコ悪いが、今は全く全然悲しくねえよ。お前がいるもんな」

「お兄ちゃんっ」

「……やっぱお茶友からでも!」

「未練ありまくりじゃん!」

 

〜〜〜〜〜

 

 エリザベスさんはすぐに見つかった。アイドリーム率いる(多分)餡子空さんと相対するようにエクレールII世さんがエリザベスさんの後ろに立っている。

 

 何だろうこの構図、お互いの子供の喧嘩の始末をつけるために出てきた親的な?

 

 餡子空さんに背中を押されてアイドリームの一人が前に出る。とても吊り上がった目が特徴だが、今は少し弱々しい。悔しさでいっぱいって感じだ。

 

「丁度良いところに来ましたわロイドさん。彼女が何か言いたい事があるようですの」

「おや、私ですか?」

「うぐぅ……アンタがロイド……」

 

 初見の方から睨まれるのは良い気持ちがしないのですが、何だか目力というものが感じられないので見つめ返すと目を逸らされる。

 

「く、くぅ、存在が卑怯」

「あの、私に言いたい事とは?」

「ふぐぅ……わ、私は……私が貴女にっ、知りもしないで悪口を言って……言って」

「言って?」

「……言ってやった事など少ししか後悔してないのよ!! あ、あんたの動画も全部低評価押してやるんだから!!」

「えぇ?」

「コラコラ」

「きゃんっ」

 

 どうしたんだ一体。餡子空さんから後頭部をはたかれて目に涙堪えているし。自制が利かない子なのだろうか。

 

「ほら、この子みたいになりたくなかったらアンタ達も頭を下げんなし。堪忍なぁロイドはん。ウチらのとこは捻くれた子が多くて迷惑かけるわぁ。どうか許してくんなまし」

「いや、私は特に何も思ってないので大丈夫ですよ」

「助かるわぁ。ほら、アンタも泣いてないでごめんなさいって言うんよ。土下座しなくてもいいだけありがたいと思わんとねぇ?」

「くぅ……心も広いなんて卑怯よっ」

「私の事ですか? 本気でそう見えます?」

「ひいっ」

 

 ちょっと睨むフリしただけで凄く怯えられてしまった。私は本当に何も思っていないのに。裸土下座も結局のところはエリザベスさんの問題なのだから。そこに対しては必要以上に首を突っ込まない。

 

 私は目でエリザベスさんに合図を送った。この一ヶ月で私達はこれだけでお互いに意思が通じ合ってた。エリザベスさんは一歩前に出て一番活きの良い女の子の正面に立つ。

 

「な、何よっ」

「たった一言伝えたいだけですわ。(わたくし)も……私も貴女の動画、少しでも面白くないと感じたら遠慮なく低評価を付けているのですわ!」

「っ……! ふ、ふーんだ! 私だってこれからもアンタの動画に全部低評価押してやるんだから! 覚えときなさいよね!」

「コラコラ」

「きゃんっ」

 

 配信では本当にキャピキャピと可愛らしい子達なのに、リアルではこんなにツンツンしてるだなんて不思議な人達だ。

 

 宴もたけなわ。エクレールII世さんが腕時計で時間を確かめてから、両の掌でパンっと音を立てて言う。

 

「うんうん、仲直りとまではいかずとも、とりあえずはこの辺りが落とし所じゃないかな。いいかげん私らのバスの運転手が痺れを切らしてるかもしれないからね。じゃあ、我々スクエアは帰るとしよう。スクエアチームのチャンピオンパーティーはとっくの昨日から用意してるからね。これから楽しもうぜ!」

 

 エクレールII世さんの鶴の一声で私達はアイドリームの皆さんとさよならをする。絶対に良い人ではないけれど、個人的にはあまり嫌いになれない人達だった。むしろ私は、やたらとこちらに「ノックダウンを取ったのわたしわたし!」とでも言いたげな誇らしげな目で見てきた餡子空さんの方が苦手だった。あの人はきっと些細なところでマウントを取ってくるタイプだと思う。多分ね!

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

「おい待てよチャイニーズ。一人クールに去ってんじゃねえ。もう帰国するならよ、寄り道はしたか? 横浜はきっと空気が合うぞ」

「むっ、どなたです?」

「五条帝だ。次もし会った時は、直接俺の手でお前を倒す。悪いなこれは俺の意地だ」

「……不思議です。こんなにも存在感のある方に気が付かなかった。今初めて、私の視界に貴方が入った。貴方はとても油断がならない」

「おう油断はするな。それでもロイドは渡さねえけどよ。あいつは俺の後輩でスクエアの一員だ。そう簡単には譲れねぇよ」

「……いえ、足りないですよ。今のままでは私も、貴方も、彼女に並び立てないという事を私は感じています。それどころかsquareという巨大な器でさえ彼女は飛び出してしまうかもしれない。この世に彼女に相応しい場所は果たしてあるのだろうか」

「あん?」

「貴方も油断しないでください。彼女を離さないでください。私がいつか迎えに行くその時まで。いつの日か、私が万里の長城でバージンロードを彼女と!」

「やっぱりお前ヤベー奴じゃねえか。絶対渡さねえからな! 俺の事忘れるなよ! 今度俺が中国行った時観光地案内しろよな! 聞いてんのか!」

「それを私は歓迎します。代わりに私にもこの国を案内してもらいたい。ニホンはとても良い所ですが華やかさが足りないと私は思っています。清き水も素敵ですが、偶には川底の魚も愛でたいものです」

「上等だ。良い所教えてやるよ。お国に帰れなくなっても知らねえからな」




というわけで四章も終わりです。「小説家になろう」というサイトに追いつきました。つまりストックが無い(・ω・`)
ちょっと最後の方でエネルギー持っていかれたので、次の章は軽い一話完結系が多いかもしれません。目安がついたら投稿を再開します。

私は最近、微熱があるというだけで仕事の早退を命じられPCR検査も受けさせられました(もちろん陰性)。
皆さんも体調にはお気を付けて!
ご自愛ください(*゜▽゜*)


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第五章 さよならを見据えて
第四十一話 キャラ紹介


第五章 さよならを見据えて

推しがいなくなってしまうその時、アナタは笑顔で見送るのか、怒って引き止めるのか。
その心はどちらも泣いています。


◇◇◇◇◇

 

 『安藤奈津』ライバー名『安藤ロイド』。スクエア公式情報によると、アンドロイドであり性別は無い。本作の主人公であり、元の自分の記憶を無くして今は絶世の美少女として人生謳歌している。スペック的には最高にハイッてやつだが、その全てを使いこなせているかといえばそうでもない。使う気もないだろう。でも大会ではそれなりに頑張った。最初の方は無意識のうちに一人称や語りが乱れていた時もあったが、最近は安藤ロイドとして自己を確立している。それでもどこか、いつも他人事のように生きているきらいがある。自称、性格は面倒くさがりで思想は自己中心的。人としての最低限の営みすら無視して生きる事も出来るが、毎日人間らしい生活を送っているのは、人間でありたいという願望があるからなのかもしれない(本人絶対そんな深い事考えてないと思う)

 

 『梶原瞳』ライバー名『エクレールII世』。スクエア公式情報によると、王様。元個人Vtuber『エクレール』として活躍していたが、今はスクエアの創立者の一人である。要は、スクエアでいちばーんえらい人。スカートとか履きそうにないよね。第一期生のメンバーは全員エクレール自ら勧誘している。いつもは陽気なノリで場を盛り上げてくれるが後輩の気遣いも出来るすごい人。実際、エクレールがいなければロイドはもっと簡単に配信者以外の道を探していたかもしれない。スクエア所属になった配信者の情報は全員調べられる限りで調べてある。(ぶっちゃけII世ってつけるの大変なので省略したい。一話の最初の一回だけ付けて後は省略したりするかもしれない。呼ぶ方もたいへんだなーといつも思ってる。第三期生とかの生が世になってたら大体エクレールのせい)

 

 『田中紀子』ライバー名『エリザベス』。スクエア公式情報によると、公爵令嬢。スクエア第二期生。元々はアイドリームという別のVtuber企業にいたが、音楽性の違いとかそんな感じで一度はVtuberを辞め、スクエアに誘われて今は立派にエリザベス。癖っ毛が凄いのでツインテールにするのにいつも苦労している。幼少期に自分の名前と方言でイジられた事があるので、そこはかとなくコンプレックス。イジったそいつらは後悔に震えろ。最初は個人的にロイドの事を気に入っていなかったが、今でも別に気に入ってるとかそういうのは絶対にあり得ません事よ!?(エリザベス節)。個人的にもっとロイドとは対立させたままでいたかったが、エリザベスとロイドの性格からして無理だなと思い方針転換。思いの外読者からの人気が高かったので、段々と作者も洗脳されてエリザベスが好きになってきた。なので心情的にはアニオリから逆輸入されていつの間にか原作の固定メンバーになってるあの感じ。咄嗟に博多弁が出る事もあるらしいが、私達はそれを人伝でしか聞いた事がない。本当に彼女は博多弁を喋るのか? 確かめる術はない。もやは都市伝説。

 

 『上塚玲奈』ライバー名『仮面ライバーアンズ』。スクエア公式情報によると、仮面ライダー。エクレールと同じスクエアの第一期生。もちろんあの仮面ライダー○○○が好きな神絵師兼ライバーでもある。スクエアに所属するロイド以外のばーちゃるちゅーちゅーばーのモデルを描いてる頼もしい人。兄が三人いるからか男勝り。金の龍の意匠が入った黒ジャージをいつも着ている。堂々と仮面ライダー好きを宣言している事からも分かる通り、配信内容はマニアックで大衆に好まれているわけではない。逆にコアなファンはいる。ハスキーボイスも特徴なので歌配信とか好まれそう。でも歌わなさそう。この人に限った話ではないが、作中ではほとんどライバー名で呼ばれる。何故なら配信中に思わず本名で呼ぶ事を防ぐ為。だから本名はあまり覚えずとも問題ない。安心してほしい。

 

 『五条帝』ライバー名『カイザー五条』。スクエア公式情報によると、帝王。エクレールと同じスクエアの第一期生。世が世ならニート。滅多に家から出ず、滅多に人を招き入れない生粋の引きこもり。最近引きこもり卒業したイケメン、しかし何かと不憫。仕方ないのだ。イケメンにだけしか人権がないのなら、イケメンにだけ背負う義務もあるはず。がんばれカイザー。負けるなカイザー。ハンドル握ると人が変わる人もいるように、FPSをする時は少々口が乱暴になる。ぶっ殺すと心の中で思った時には既に相手を一人落としてるくらいゲームの才能がある。ちなみにロイドから大会の時に「忘れられないものはある」と言われて脳裏によぎったのは、炎に囲まれて所々服が焦げほんの少し肌色が見えていたロイドの姿なのは墓まで持っていく秘密。

↓クサすぎてボツになった大会のやり取り

【コメント】翼をもがれた鳥みたい【カイザー】「うるせえいいんだよ。その対価に、地上を走れるようになった奴がいるんだから」

 

 『五条唯華』アカウント名『チャップリン』。言わずもがなカイザー五条の妹。病を抱えていたが最近治った。出来るだけ一緒の時間を作るというカイザーの試みによりチャップリンとしてブイペックスをプレイしていたし、何なら他のゲーム配信の一般枠も大体この子。兄と比べたらゲームの才能は平凡だが、兄と同じく察しが良い。もしも自分がばーちゃるちゅーちゅーばーになったらという妄想で挨拶はちゃっぷり〜ん☆(キラっ)の予定らしい。特技は一つでも魅力がいっぱいの兄には、顔も暮らしもばつぎゅんのロイドをくっつけたいと思っている。好きな食べ物は芋とプリン。

 

 『エガヲ』ライバー名『ショコラ・クラッカー』。スクエア公式情報によると、魂を持ったチョコレート。褐色ちんまい少女。日本人ではない。昔の法だと未成年。ショコラのアバターの見た目は美味しいチョコレートの擬人化。そのチョコレートが本物かどうかですって? 彼女の姿を見た視聴者は思わずペロペロというコメントを送ります。いつもはIQ低そうなのにマルチリンガルのスゴイ子。逆に視聴者のIQを下げてくるデバフの極み。エガヲは笑顔が素敵なたくさんの夢を持った元気いっぱいの少女。諸事情によりエクレールさんから公共機関にはあまり近づかないようにと注意されている。この子に限ってよくエガヲとショコラを混合して使いがちなので申し訳ない。

 

 ライバー名『ポンニョ』。スクエア公式情報によると、性別不詳のポョンポニョン人の第二期生。ポョンポニョン人がなんなのかはポンニョ自身も知らないし、何ならそれを採用したスクエア運営の頭を疑っている。元機械技師なのでスクエアの裏方でいつも頑張っている人。元の仕事の漆黒に価値観を染められているので、残業程度は自分から進んでやるくらいある。

 

 ライバー名『夜叉金』。スクエア公式情報によると、鬼という設定の第三期生。リアルで相当貧弱な事がミトの部屋によってバレているのでもやしゃと呼ばれている。学生時代はカイザーの後輩。元々は別の仕事をしていたが辞めてしまい、そんな時にカイザーに誘われてばーちゃるちゅーちゅーばーになった。

 

 ライバー名『ミト』。スクエア公式情報によると、さとり妖怪という設定の第三期生。ロリボイスを求められたら応えるし、罵ってほしいと言われたら罵ってあげるファンサービス。ズバッとした物言いなのでアンチも目立つが、アンチは心を読まれて半年ROMる。ミトの部屋という企画でも心を読まれてコラボ相手は死ぬ(死なない)。マジョの保護者というのがリスナーの認識。

 

 ライバー名『マジョ』。スクエア公式情報によると、天使という設定の第三期生。天使になる運命を背負っていたが、憧れの魔女になった天使(魔法使い族)といえば遊戯☆で知る人ぞ知るシュールなテキストフレーバー。脊髄で答えてそうな過剰な発言とディープにネガティブな所が特徴。笑い声が独特。

 

 『木下香澄』。アカウント名『みかん大福』。ロイドファンからは世界で一番幸運な人間と認められている。ロイドを陰ながら支えてる胸の大きいメイド。この子がいるおかげでロイドは人間らしい生活を送れている。明らかに安藤ロイドの前世に関わってるよね間違いないと私は思う。先祖は祈祷師。「一本杉の木の下」から名前を取って、「木下」と先祖は名乗るようになった。

 

 『橘』スクエア所属プロジェクトマネージャーの凛々しい人。いつもスーツ姿で頼りになる人。これがラブコメで主人公が男だったらとっくにフラグ立ってる。エクレールさんも橘さんの事を信頼している。大型二種免許も持っているので最近はバスとか運転してた。

 

 『──』メタリックピンクのパソコン。安藤ロイドと同じ頭の性能をしているが、こっちはフル稼働してるやべーやつ。この世に存在する既存の物なら(頭痛の痛い二重表現)何でもかんでも利用出来るだろう。自我を持ち、安藤ロイドに尽くしている。機械仕掛けの神様とはまさにこの子の事。でも何でもかんでも一人で解決せずに、ロイドに頼られるまで基本は見守るスタンスの謙虚さが人気の秘訣。

 

 『李豪然』アカウント名『李ーシャン』。中国人プロゲーマー。ロイドの動画を初めて見た時虜になった。それから一ヶ月少しで日本語をある程度喋られるようになったので凄い。恋する漢はエネルギーが迸ってる。自分に並々ならぬ自信があったが、ロイドの全力の一端を感じて打ちのめされる。でも諦めていない。いつか自分が相応しい男になる為に。

 

 ライバー名『餡子空』。キメラ語の使い手。それを個性だと言い張ってる。アイドリームでは一番チャンネル登録者数が多いので企業方針的に一番偉い。エクレールII世がエクレールだった頃から知ってる古参の一人。アイドリームのお母さんみたいな存在。ブイペックスではシャレを言いたいが為に虚空を使っている。

 

 ライバー名『苺餅カケル』。スクエア公式情報によると、人間の二期生。名前の由来はいちごもち✖️(カケル)。ちょっと名前と名字をひっくり返すと家庭事情が垣間見えるはず。実況に定評があるかもしれない人。

 

 喫茶店の『マスター』。渋いおじ様。声を当てるなら大塚明夫さん。

 

 『アイドリーム』。女性限定のアイドル路線Vtuber企業。名前の由来はアイドルとか夢とかを混ぜた。メンバーの9割は素直じゃない性格。一応敵キャラ? に位置するポジションではあるが、どこか憎めないので本気で争う事はないだろう。

 

 『虚なる星々』。男性限定のアイドル路線Vtuber企業。そういえば大会で一度も活躍してないので名前が出てきていない事に気付いた。びっくりした。とりあえずまだ出番はない。

 

 『対価の神様』。大火の神様と呼ばれていた。不信感には不審を、好意には愛を、対価には願いを。そういう存在。古き良き時代では名の知れた超常の存在だったが、時代と共に噂すらされなくなり、一部の血筋のみに寝物語として受け継がれていった。何百年だったか、何千年だったか、それすらも分からない時を経て、藁にもすがる思いで真実を突き止めた「安藤ロイドの前世の人間」に呼び出される。その時の言葉に出来ぬ感情は対価の神様の奥底を揺さぶり、対価という理屈や概念を超えて「安藤ロイドの前世の人間」に興味を持った。今その興味は安藤ロイドに引き継がれている。ただし、対価を介さない行動は全て空回りするので、安藤ロイドからはあまり好かれていない。

 

 『匿名希望』視聴者の皆様。リスナー。ファン。家族。あんた達がいないと成立しない。裏の主人公と言っても過言。

 

 『受付の女性』ロイドを初見以降顔パスで通してる人。実は独り言とか結構してる。気弱な人。独特な語尾。出番は数行。どうしてここに載せたまものごぜん。



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第四十二話☆ 案件配信

◇◇◇◇◇

人気洋菓子店の新スイーツレビュー

 

「それじゃあ、この季節限定マロンマカロンをパクリ! 凄い! これなら何個でもいけちゃいます! 私この配信中ずっと食べ続けますので気にしないでくださいね」

『あの、安藤ロイドさんっていう方……本当に食べ続けたんです。私達も大盤振る舞いで最初に千個ドカンとお渡ししたはずなんですけど、特に驚いた様子も見せずに、あれー大丈夫かなー本当に食べてくれるかなーって心配だったんですけど、なんと追加注文まで来て、流石にこちら側も困惑してしまって、実はこっそり一つだけ中身をチョコレートにしたらちゃんと気付いてくれて、やけになって幾つかマロン味をほんの少し濃ゆくしたり薄くしたりしたらそれも気付かれてしまって、あ、本当に食べてくれてるんだなーって……はい、そういうわけです。あの! 人気Vtuberが三時間で三千六百個も食べたウチのマロンマカロン! 十一月十一日から絶賛好評発売中です。香る秋の季節をお楽しみください』

 

〜コメント〜

うちの娘がすいません買わせて頂きます

少なくとも俺達で3600個は買わないと

俺も親戚全員に頼もう

パパに頼んだら既に予約してた。まさかと思いチャンネル登録見た。パパもロイドちゃんの家族だったorz。私の血は確実にパパ譲りだわ

 

◇◇◇◇◇

名の知れた寝具専門店の商品紹介

 

「ほら私、全然寝なくていいんですよね。だから本当は最初はそんなに期待していなかったんですけど、あ、ここはカットでお願いします。でも! 届いてみてびっくり! 首から上がすっぽりと収まる可愛い大きさの枕! 首から足首まで覆える安心のお布団! この日を境に寝付きも良く、肌に潤いが生まれ、配信に高評価が増えました。明日は遂に流星群が夜に見えるそうです。本当に買って良かった。というわけで、今から寝ます。ここに起きろコメントが合計で一万いったら音が鳴るようにしてある機械があるので、2日くらい経っても起きてなかったらぜひ起こしてください。私アラームが無いと一人で冬を越すくらい起きられないので、本当に任せます。じゃあ、お休みなさい──」

 

〜コメント〜

っハァ 何だコイツw

マジで寝てるじゃん

え、本当にこれ、え?

枕草子

俺も一緒に寝たら実質添い寝

起きろ

また何かやってんねぇ……寝てるだけか

ロイドちゃん本当に睡眠配信続けるつもりだ

こいつ恐れ知らねぇーな

72マスターはこれも見続けるのか?

当たり前。寝息にも1秒1秒変化がある

ロイドは多分寝言とか言わないぞ

俺もその枕買ったよ。寝付きが良いからかな? その日から彼女が出来て部活も大会で活躍して、テストの点数も高くなった。いい夢だった

 

◇◇◇◇◇

大手企業の通信業界

 

「5Gを超える5W1H!? なるほど、名前からも分かる通りのグローバル感。いつ誰がどこで何故どのようにこういう名前を考え出したのかちょっと気になりますね。ちなみに夜勤明けの寝不足な頭の時らしいです。そんな貴方にピッタリのこちら枕とふと──」

「サイバー攻撃も怖くない! セキュリティ対策もバッチリです。独自の技術を利用した堅牢性に自信のあるネットワーク防御。幅広いセキュリティ機能を有しビジネスのプロセスとデータをハイレベルで保護するソリューション……カタカナばっかですね。要はロジカルシンキングで論理的に考えて安心安全って事です。イノベーション!」

「え、24時間お問い合わせ可能? これは私のライバルきましたね。凄いカスタマーサービス! しかも私と違ってコメントには一つ一つ丁寧なお返事で返す高い技術力に溺れないユーザビリティへの配慮! ライヴ機能で対応してくれる場合もあるそうです。ソーシャルディスタンス!? なんと、2日間私も相談窓口に立たせて頂く事になりました。どんな相談もクレームも捌いていくぅ! はい、これで私は48時間対応です」

 

〜コメント〜

別の案件を混ぜるな。それは禁忌

お互いのパートナーシップがシナジーですね

最後張り合うな

案件先を労基で潰していくスタイル

お前ら窓口リセマラしないように

 

◇◇◇◇◇

ブイペックス レジェンズ

 

「おお、これが来週新登場の新レジェンドですね! ちょっと内輪メンバーで私だけが特別に使わせて頂いてます。ええっと、名前はアンドロイド。えぇ……あ、これは実装時には名前を変える可能性が大いにあるという事です。良かった。設定は……全部言ってもあれですからね、要約すると人の心を失った元人間が半分機械の体を貰って、戦場で仲間と共に感情を取り戻していくみたいです。多分最初は仲間に謝ってばっかで、次に自分の実力に文句を言い、最終的に仲間への暴言に発展しそうですね。今のがFPS三段論法。そうならないよう気をつけましょう。本名と年齢は不明。帰るべき世界は地球? ほうほう。戦術アビリティは暴飲暴食。回復系のアイテムがあれば自分にストック出来るみたいですね。体力が一定値減ると勝手に回復されるそうです。モーション無しは強い。実質アーマー2個持ちみたいなものじゃないですか? パッシブアビリティは不眠不休。どんな銃で撃たれてもスピードダウンせずに、ノックダウンしても走って逃げる事が出来るそうです。こわ。ノックダウンとは? でもデメリットもあって、動き続けないとダメージ入るそうです。地味に面倒くさいですね。あまり気にしなくてもよさそうですが、ハイドが出来ないっていうのは辛い人もいるかもしれません。アルティメットアビリティはイミテーション。あ、既存のレジェンドのアルティメットを状況に応じてどれか選んで使えるそうです。使い勝手は良いですね。良すぎてこれも何かデメリットあるかもしれません』

 

〜コメント〜

あれぇ何かそいつ知ってますねぇ?

そのレジェンドもうノンフィクション

完全に狙ってるだろw

普通に強そう

アルティメットとかロイ……化け物じゃん

遂にゲームの中に? 流石V

ブイペックスがVRゲームになったってマ?

 

『では早速、敵を見つけたので撃っていきます。凄い! 全弾命中しました! 隠し特性に照準補正みたいなのついてるかもしれませんね。強いアンドロイド! またヘッドショットだ!』

 

〜コメント〜

(強いのは)お前じゃい!!

一番新レジェのPRに相応しいばーちゃるちゅーちゅーばーかと思っていたら、一番相応しくなかった

だってお前何使っても勝てるじゃん

アンドロイド無双なのか安藤ロイド無双なのか

一つ言える事は、たとえ今後弱体化をくらっても俺はアンドロイドだけを使うだろう

【特性】戦いに勝利する



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第四十三話☆ すぱちゃっ

◇◇◇◇◇

 

「そういえば貴女ってスパチャ解禁しないのね」

「もったいないヨ! ショコラはしてる。そしたらね、お菓子がいっぱい食べられるの」

「うーん……そうですねー……あ、ショコラさんグラニュー糖は少しずつ混ぜてね」

「左手でボウルをしっかりと支えるのよ」

「ちょっとメレンゲがほっぺたに付いてますよ。あ、ミトさんそれはズルい」

「フフフ、私ってさとり妖怪って設定だから先取りが得意なのよね。これを利用すれば気になるあの子と偶然を装って手と手が触れ合うのもらくしょーなのよ」

「……二人のせいで動きづらいヨ」

 

〜コメント〜

お菓子作り配信ほんわかするんじゃぁ

完全に親子じゃん

マジョも入れて家族増やして

メレンゲが付いたショコラ(チョコレート)とかお前がお菓子じゃん

で、そのスイーツいつ配布するの?

この三人が作ったお菓子はプレミア価格で1103兆3543億円だから 

ロイドのスパチャは安藤ロイド七不思議の一つ

いつの間にか有効になってて気付いたら無効になってたロイドスパチャ?

私、気になります!

 

「あー……私はお金に困ってるわけではないですしね。最初は運営に言われるがままにスパチャ? 設定してたんですけど、その日の配信でちょっと数字の多さに面食らってしまいまして。マネージャーさんに聞いたらそこは自由にしていいとの事なので、オフにしました」

「数字が多くていいじゃない。良い事だわ。私の配信に毎回必ず現れる三人、三銃士って呼ばれてるのだけど、あの人の子のお陰でいつも生活の質を高めさせてもらってるの」

「フッワフワになってきタ! これが……雲っ」

「私の場合嬉しさよりも心配の気持ちの方が勝っちゃうんですよね。せっかくそのスパチャをしてくれた人も、私が純粋に喜ばないのなら勿体無いないでしょう? お互いの事を考えるとやはりスパチャってやつは私に向いてないんですよ。安心してください金欠になったら素直におねだりします。それよりも私は、グッズとかボイスの方を買ってくれたら嬉しいですね! あれは役に立ちます。特にグッズは今お家でコレクションしてるんですよ。ボイスは個人的にアンズさんの声とかすっごくカッコ良かったです。エクレールII世さんに聞いたんですけど、あれって何十回もやり直したらしいですよ。本人が恥ずかしがってたからって。逆にカイザーさんのは一発合格だったらしいですね。あんなに多いセリフを一回で覚えられるなんて流石というか」

「待って待って急に思考が増えて私の頭がパンクしそうなの。全く、貴女は他の人ではなくもっと自分をアピールしてもいいのに……まあ、確かにスパチャよりもそちらの方が、直接私達に届く配分は多いわね」

「あら、そうなんですね」

「そうなのよ」

「……もしかして、わたあめは雲じゃなかっタ?」

 

〜コメント〜

あれ、スイーツ配信……?

急に生々しいけど正直気になる

これってぶっちゃけてもいい内容?

ミトちゃんは普通にいつもの配信でもマネーな話するからな。本人はそこら辺全然隠すつもりがない

スパチャがそんなに偉いのかよ、というコメントに堂々と偉いと言い返したご本人です

↑実際は「否定しかしないお前より偉い」だけどね。そもそもが粘着質なアンチに物申しただけって事忘れないで

ミトちゃんはズバッとした物言いだから厄介アチチが多いんだよね

お前ら心配しすぎぃ。これってショコラちゃんは可愛いを証明する為の二人の作戦だから

↑ショコラちゃんは可愛い(洗脳済み)

雲っ……じゃねえよwww

誰か教えてあげて雲=水

俺も子供の頃は雲は果物の味がすると思ってたし何ならリンゴ味だった

ロイドちゃんのボイスはロイドちゃん以外(CV安藤ロイド)も出てくる時あるからお得感がある

最近発売された各ライバーのボイスは、どれかセリフの一つは必ず安藤ロイドが担当してる説好きだけど、誰も真か偽か証明出来ないの面白過ぎる

 

「次! 次は何をするんダッ?」

「はい、きめ細かく出来たらさっき作った生地を混ぜていきます。メレンゲを潰さないように、優しくね」

「このフワフワをつぶさないように……? そ、それはむずかしいと思うヨ!」

「大丈夫ですよ。失敗した時の事を考えて、こちらに予め混ぜ合わせた物を用意しておきましたから」

「え!? あるのか!」

「えへへ、もちろんそんな物ありません。冗談です」

「なーんだ冗談か。冗談はいいナ! それだけ心に余裕があるということダから。いつか冗談を言い合える日常が私の夢だった」

「……その心、美しいわね」

 

〜コメント〜

何でこの子達夜中の2時にスイーツ作ってるの

↑3時におやつを食べる為

ばか飯テロを昼間にやってどうすんだよ

マジレスすると最近ミトちゃんは昼夜逆転してるから。ショコラちゃんはいつも食べたい時に食べてる。ロイドは別に何の問題もないだろう?

明日が日曜日だから俺も夜更かしすりゅわ

俺はいつも日曜

最近、得兄貴見ないんだよなぁ

↑徳積む為に今アフリカでボランティアしてる。ソースはTowitter

ショコラちゃん夢がいっぱいあって好き

 

「アフリカ……そういえば、カイザーさんは今家族旅行で中国に行ってるらしいですよ。ガイドもいるみたいです。私もどこかへ旅行したいですね」

「……彼の場合傷心旅行という噂もあるのだけれどね。貴女はどこか行きたい場所でもあるの?」

「私は福岡とか興味ありますね。エ……えっと、知り合いの実家がそこにあるらしくて。まあどちらかというと、私はどこへ行くかよりも誰と一緒に行くかの方に重きを置きます」

「ふーん、そういう考えもあるのね」

「ミトさんは行きたい県とか国とかないんですか?」

「さあ、どうなのかしら。もしも私が何処かに行きたそうだったら教えて頂戴。気が向いたらきっと行くから。それまでは大人しく家に引きこもるわ」

「ミトさんも引きこもり入学しちゃうんです?」

「したいわね。第二のスクエア引きこもりを目指しているの。あれって何かしでかした時に卒業したからって言えば何でも許される最強の言い訳なんでしょう? 私そういう便利なの好きよ」

「そんな目でカイザーさんを!? 言い訳じゃなくてカイザーさんは本当に引きこもり卒業して大会の時は不調だったんですよ! 本当ですよ!」

「……もうこの生地のまま食べていいカ?」

 

〜コメント〜

ロイドちゃん福岡来るん?

んー、俺も何だか福岡に用事があった気がする

あー偶然俺も福岡に用事が出来る気がするわ

そういや福岡の予定が出来る予定

なるほど引きこもり理論強いな

引きこもりろんですね分かります

ブイペックス配信しないんですか?

↑しばらくゲームはしないって言ってたよ

だめショコラちゃん!火通さないとお腹壊しちゃうよお!

でもチキンラーメンはお湯入れる前が好き派

何作ってるんだっけ

↑思い出

 

「はい、あとは予熱180度のオーブンで焼くだけですね。ミトさんは紅茶味で、ショコラちゃんはチョコレート味、私は両方」

「ショコラが、ショコラがおーぶんに入れる」

「貴女って本当に偉いわね。私熱いの嫌いだからお願いするわ」

「へー、ならミトさんは冬の方が好きですか?」

「そうね、冬はコタツに入ってアイスを食べるあの背徳感が特に気に入っているのかもしれないわね」

「あー分かる気がします。ショコラちゃんは夏と冬どっちが好きです?」

「ニホンだと、どっちも好きだヨ! 食べる物がいっぱいあるからなー。お腹がいっぱいになれるのは、良い事ダ!」

「……私の紅茶味も少しあげるわ」

 

〜コメント〜

夏にクーラーガン付きの鍋も捨てがたい

一番の推しはロイドだけど、一番好きなのはエリザベス様なんよ。俺達は矛盾を抱えて生きてるんだ

冬のオシャレコーデも素敵だが、夏の肌色面積も人生には必要だと思うんです

ヤバ眠たくなっちった

少し寝る。少し。私が起こしてて言ったら起こしてね

↑これいつ見ても無理

彼女達はとても可愛いね!

プロゲーマーを虐殺してた奴には見えないな

↑あんなの序章だぞ

結局彼女は人間なの? ロボットなの? いつか人類に革命を起こすというのは本当かい?

家族だよ

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

李ーシャン「ふむ、ここは我が故郷ではない」

カイザー「そりゃあお前天下のスマホ様が大韓民国って教えてくれてるよ。何、マジで間違えたの? 確認しなかった俺達もマヌケなのか?」

李ーシャン「どうも私は、我が故郷以外の道に適応出来ないらしい。これも郷土愛故」

唯華「韓国旅行も、それはそれでいいんじゃないかな! 私楽しいよ!」

カイザー「子供が気を使うんじゃないよ!!」

李ーシャン「中国を案内すると誓った私だが、相手が韓国ですらも全力を尽くすと今ここで約束した」

カイザー「お前は2度と先頭に立つな」



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第四十四話 アニメの夢

◇◇◇◇◇

 

『最近の仮面ライダーはもう惰性で見てる感じだな。もちろん、それぞれ良い所はあるんだよ。演出とかは派手だし、ストーリーも意外と深い所突いてたりする。けど総合的にはやっぱり私は昔の方がいい。ビジュアルも含めてな。懐古厨? あぁそうだよガキンチョ』

 

〜コメント〜

俺もう子供いるからw ガキじゃねーから

↑精神年齢の事だと思います(親切)

親がまともだった俺はそれだけで幸せなのか

わいは世代もあってか剣が一番かなぁ

実はバーコード好き(ボソッ)

電車の返信音は着メロにした

アマゾン好きの俺は友達がいなかった

↑アマゾンは関係ないだろいい加減にしろ!

《エクレールII世》ドキドキ!は面白かったね

また陛下がお忍びで来てるよ

忍びれてないけどな

それ仮面ライダーじゃねーよ!

 

◇◇◇◇◇

 

 アンズさんは相変わらず配信で自分の好きな趣味の事を思うままに話してる。自分の好きなものを堂々と好きだと言えるのは良い事だ。素直にカッコいいと思う。見た目もカッコいいので私的男装の似合う人ナンバーワン!

 

 ……でも、だったらこれはどういう事だろうかと、アンズさんからのメールを見て思う。

 

『おはよう! こんな朝早くからゴメンね(-_-;)

 今週時間ある? 会って話したい事があるんだよね……あ! 全然来週とかでもオケだけど! 場所も希望の所があったら言ってね。その日は迎えに行くから! お返事待ってます♡』

 

 ともすればオジサン一歩手前のメール。私がこんなメールを送ったら一日後には黒歴史確定案件。だが、何度差出人名を見てもアンズさんで間違いはなかった。

 

 手紙の時だけやけに可愛い言葉遣いになる人はいるけれど、果たしてこれはそういう部類なのか、それともウケを狙ってやっているのか。

 

 まあ、どっちでも不思議ではない。アンズさんもまたばーちゃるちゅーちゅーばーという事なのだろう。

 

◇◇◇◇◇

 

「悪いな、今日は」

 

 安定の黒ジャージ、そして軽トラで私の家まで迎えに来てくれたアンズさん。軽トラで来たのも中々の衝撃だが、いつかのメールを思い出して思わず笑みが溢れそうになるのを抑える。

 

『お返事待ってます♡』

 

 いやー思い出すとダメですね。破壊力が2倍だ。

 

「どうかしたか?」

「アンズさん見てると笑いそう」

「泣かされたいのか?」

「いえ! 泣きたくないです。笑わないです」

「冗談だよ。私が暴力振るうように見えるか」

「……」

「おい待て。何でそこ何も言わないんだ。私がお前に何かしたか」

 

 振るうか振るわないのか、どちらかと言えば大いに振るってそう。竹刀を片手に持ってないのに違和感を覚えるくらい貫禄がありますからね。

 

「ったく、瞳の奴が……あぁエクレールな。あいつが言ってたよ。お前は鏡みたいだって。向き合う人によって印象が変わるんだ。とっつきやすいというか、思わず距離感縮めてしまうっていうか、要は恋愛ゲームの主人公だな」

「今まで言われた印象の中で一番嫌な部類かもです。大変不名誉ですね」

「受け入れろよ。現に私もこうして、お前に対して安心感みてーなの感じてるんだからな」

 

 そう言ってアンズさんは顔をクイっとしゃくり、「乗れよ」と言ってくる。私は初めて軽トラックの助手席というものに座り、目的地の回転寿司までジッとしておく。さっきの流れで何だか気恥ずかしさを感じたが、道中ずっと仮面ライダーメドレーが流れていたので気持ちは楽だった。

 

 どうして回転寿司にしたのか、単にエクレールII世さんとが焼肉だったので次は魚かな? と思って決めただけだ。席はもちろん回るお皿の最後尾。流れ着いた残り物を手当たり次第に回収して食品ロスを消す私は飲食業界の革命児かもしれない。

 

 三連続カッパ巻きが流れてきた時は何かを察した厨房との直接勝負を挑まれた気がしたが、普通にカッパ巻きはスルーした。私だってちゃんとした魚の方を食べたいんです。

 

 ガチャポンを10個くらい得た時に、ようやくアンズさんが今回の本題に入ってくれた。

 

「何から話そうか、お前が今日食べた皿の枚数はとりあえずスルーとして、まずはこれを見てもらいたい。いや、やっぱり一言だけ。一人無限倉寿司やめろ」

 

 アンズさんから渡されたのは数十枚の紙。私はアンズさんの趣味に対して詳しくはないけれど、多分仮面ライダーの絵。正面の立ち姿だったり、必殺技のポーズだったり。映画特典の最後の方に載ってそうな設定集もたくさん。

 

「私には夢があってな。アニメを作りたいんだ。ずっと子供の頃からの夢だった。正直、それに比べたらばーちゃるちゅーちゅーばーは私にとって、あまり重要な事じゃないんだよ」

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

「ばーちゃるちゅーちゅーばーを卒業したい?」

 

 エクレールII世さんが、私の言い間違いではないかと聞き返す。しかしプロジェクトマネージャーの誇りに欠けてそんな事はあり得ないし、きっとそれはエクレールII世さんも分かっていた。

 

「彼女は本気で、辞めるつもりです」

「……難しいところだなー。もちろん絶対にダメだと言う事は出来ないよ。きっとちゃんと考えて考えて決めた事だろうからね。辞めたいという事なら私はそれを止めるつもりはない」

 

 ばーちゃるちゅーちゅーばーの卒業は、特に今回が初めてではない。誰にだって事情がある。生き方がある。最終的に私達はそれを笑顔で見送るくらいの気持ちで、またいつかとサヨナラをするのだ。

 

「辞めたいと思ったのなら私は止めないけど、なら、誰かが辞めてほしくないと引き止める気持ちも同様に私は否定しないよ」

 

 エクレールII世さんはそう言って、再来月の予定である第四期生の実装についての企画書に目を通す。

 

 去ってしまう人もいれば新しく入ってくる人もいる。当たり前の事だが、受け入れきれない気持ちも心の隅にある。私達はばーちゃるちゅーちゅーばーに対してつい自分に都合の良い理想を押し付けてしまいそうになるものだから。

 

 でも、私はプロジェクトマネージャーだから。あくまでも中立に、彼女の卒業に対して静かに見守ろうと決意した。



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第四十五話 心の対価

◇◇◇◇◇

 

「アニメっていうのは、あのアニメですか? 動くやつ」

「そうだな。ノウハウは一応独学で学んだが、実行に移すとなると現実的に時間が足りない。他に頼るアテもない。ばーちゃるちゅーちゅーばーを続けている限りは無理だろうと半ば諦めていた夢だ……ロイド、お前が来るまでは」

「私はアニメを作る知識も経験もないですよ?」

「だったらそれ以外をお前は持ってる」

 

 いやぁ買い被り過ぎですねぇ。確かに人よりは恵まれた肉体と脳を持っているが、それでもこの世の中出来ない事の方が多いと私は自覚している。

 

 この体、空だって飛べないんですよ。情けない。

 

「もちろん無理にとは言わない。隠さずに言っておくが、もし私とお前でアニメを作るとしたら9割はお前の負担になると思う。スタッフロールが数分間お前の名前だけをつらつらと映し出すだろう」

「それは逆に見てみたいですね」

「内容に関しても立場を弁えず私が口を出すと思う。理想の為に、きっと際限なくお前を頼ると思う。途中で私の事を嫌いになってしまうかもしれない。それでも、夢なんだ。私を嫌ってもいいから……夢の手伝いをしてほしい」

 

 そう言いながらアンズさんは、私の前に300円皿をススっと滑らせてくる。一枚では足りないとみたのか、もう二枚ほど追加してくる。

 

 いや、その程度で私の意見は変わったりしないですよ? 大盛りホタテや大トロだろうと関係ない。そもそも私食べ物に釣られてハイと頷く程飢えているわけでもないですし。

 

 答えは最初から決まっている。

 

「アニメ作り、面白そうですね。私でよければ是非お手伝いしますよ」

「ロイド……いいのか? もちろん私にとって好都合な返事だが、さっきも言った通り負担が大きい。お前でなければ私だって自重して頼む事も出来ないくらいだ。間違っても気軽に手伝ってなんて言えない。だから改めて言う。手伝って欲しい」

「かしこまりっ」

 

 寿司も一通り二巡り再三制覇したしそろそろサイドメニューに侵攻、最後はデザートを食べ尽くす。それでも満腹になれないのは少々悲しさを感じますが仕方ないね。食事中アンズさんと大雑把な打ち合わせもした。そもそもアンズさんの作りたいアニメの内容とは? 

 

「二期生に小説家の副業をやっている奴がいるんだよ。売れない小説家だが。携帯小説アプリにも投稿しているらしくてな、時々私がそいつに頼まれて格安で挿絵を描いてる。大まかな流れは私だが、細かいシナリオはそいつに任せる。あぁもちろん仮面ライダーのアニメだな」

「売れない小説家でいいんですか?」

「シナリオ作りのセンスは個人的に気に入ってるんだ。あいつのダメなところは、表現が必要以上に回りクドい事だな。尊敬している小説家がいるらしいが空回りしてるんだ。少し真似してやろうか。あいつの小説はまるで桜の咲く季節()に、桜ではない何か巨大な()が一本、世界中の村々()()を飲み込まんとしてそびえ立っている、といった感じの描写が得意だ」

「器用な事しますね。そして分からないです」

「アニメーションにすれば問題ない」

 

 本人が聞いたら泣きそう。

 

 私はさっきアンズさんに渡された設定資料集みたいなのを読み返す。十通りを超える色んな角度から見た主人公のライダーキックには彼女の拘りを感じた。

 

「私は何をすればいいんですか?」

「私が場面毎に二つの絵を描く。始まりと終わり。お前にはその二つの間を繋げてもらう為に何枚も描いてもらう事になる。漫画で省略しているコマだな。相当な枚数になる予定だ。やり方としては邪道だが、お前ならきっと上手くいくと確信している」

 

 ふむふむ、確かアニメって直前の絵と微妙に違う2枚目を連続で描いていくんですよね。それなら出来そう。直前の絵の記憶はあるからデジタルな操作も要らないと思う。

 

 アンズさんはCGも使う予定らしい。所々のカメラワーク、カットの仕方は既に何年も前から計画してるだけあって大体は仕上がっているとの事。段々と若き少年みたいな輝きでウキウキと語るアンズさんは本当に楽しそうだった。

 

 こんなに可愛い一面もあるんだから、あのメールも今思えばそんなに不思議ではないのかもしれない。うん、アンズさんだってまだまだ若い方なんだし普通だ。

 

『待ってるね♡』

 

 やっぱりそれは無理があった。

 

 お会計時に、多分だけど店の中にいた全ての店員さんが私達を一目見ようと集まってきたのは驚きましたね。なんかひと会計の最高額の記録を更新したらしい。いっぱいクーポンみたいなのもくれた。こんな事ってあるんですね。

 

◇◇◇◇◇

 

 他のスクエアの方にはまだ秘密にしておきたいらしく、私は自宅で作業を進める事になった。その際一通りの機材をアンズさんからプレゼントされた。高かっただろう。そこまでしなくていいのに、ケジメ云々言われて素直に受け取った。

 

 ちょっとお試しで描いてみたが、やはりこのレイヤーという機能は不要かもしれない。レイヤーとは簡単に言えば一つの絵を何枚も種類別に描いて重ねる事で、パーツパーツのちょっとした修正や加工などが簡単に出来る便利な機能だが、私の場合種類別に分けて管理する手間よりも加工したい部分を全消しして一からスピーディーに描いた方が手っ取り早い。

 

 一度に一つしか描けないのが勿体無いので、同じ機材をもう一つ買って左手も使い描いてみる。とりあえずは何枚も描いて試行錯誤を繰り返して感覚を覚えた方がいいだろう。口も使えとか私の家族から言われてきそうだが、首から上は配信で使うから無理だ。足も使えとかいう奴には人間が二足歩行である事を分からせてやる。足は歩く為のものなんです。

 

 右手と左手で絵を描きながら口は喋る。しばらくはこの配信スタイルでいこうとおもう。時々配信コメントでは「最近おかしな事やらないんですか?」と送られる。何で面白い事ではなくおかしな事なのか小一時間問い詰めたい。「何もしてないですよ」と返しておいた。

 

 時々アンズさんの可愛いメールを見てモチベーションを上げる。作業効率が2倍です(当社比)。

 

 他には、実際に絵の中で出てくる戦闘シーンを庭で試してみて、その光景を覚えると作業部屋に戻り何かが物足りないと思っていた絵の違和感を削っていった。ライダーキックは再現が難しいので壁キックで反転してそれっぽく見せる。でもライダーキックには二種類あって、一つはジャンプして放つタイプともう一つはその場で回し蹴りをするタイプだ。ジャンプのタイプは最後のボスっぽい奴にだけ使う。

 

 ちゃんと敵との戦闘シーンにも拘っているらしくて、私自身この体に本物の戦闘技術とやらが身に付いていくのを感じた。歩法からCQCまで、逆にこの動きはこうしたらいいんじゃないかとアンズさんにコンタクトも取った。

 

 ……あれ、配信者って何だっけ?

 

 庭でカンフー映画よろしく体を張る事かな。ちなみに擦り傷は幾つか出来たがすぐに治った。リジェネ機能が凄い。

 

 それから何日かが経ちまだアニメは完成していないが、途中経過の報告という事でスクエア本社のアンズさんの控え室に迎えられた。私が部屋に入るないなや、アンズさんは怪訝な目をして私を睨んできた。

 

「最初に歩くだけのひとシーンで100枚弱をお前から貰った時は素直にドン引きしたよ」

 

 はぁ、と気の抜けた相槌を打つ。それがどれ程多いのかも私はよく知らないのだから。しっかりと歩いているように見えるレベルでは仕上げたつもりですが。

 

「問題は次だったな。全ての戦闘シーンを合わせると5万超えてるんだよ。お前は私に家族を人質にでも取られているのか?」

「知らず知らずの内に熱が入っていたみたいで、やれるところまでやってしまおうと体が勝手に」

「……一番の問題はその全てが違和感なくアニメとして成立してしまっている事だ。あ、どうやってこの短期間にこの数を、だなんて優しいツッコミはしないからな。普通これだけの数を描けば、逆にちょっとしたミスで動きにズレのようなものが生まれるはずなんだが……不自然さがない。しっかりとロトスコープだ。それでいて私の目指す迫力や演出も描けている」

「ロトスコープ?」

「あー……要は実写の写し書きだ。簡単にリアルの動きを再現出来るだろう? まあ、それはそれでどうしてもリアルと二次の微妙な違和感が生まれるものだが、お前の絵にはそういったデメリットも感じ取れず、尚且つ絵でしか表現出来ない躍動感も仕上がってる」

「ロトスコープっぽいというのは実際に試してみて覚えたからですかね? こんな風に」

 

 私はアニメの主人公のデッダーマンとやらが使っていた歩法や武術を見せる。他の動画や漫画も参考にして、現実で動ける範囲に工夫したものだ。

 

「別の作品でやれ」

 

 わりと真面目に怒られた。もう2度としない。

 

「私の人生をバトルものにするな……まったく、お前から改善案を出された時から薄々確信していたが、私が予定していた数年間のプランを一週間程度で終わらせてきたな。それも想像の埒外なクオリティーで。ちゃんと私の描いた絵を尊重して」

「たくさん練習書きもしましたから」

「ああ待て、そりゃあそうだ、練習で描いたやつもあるのか。何枚だ? いややっぱり言わなくていい。これ以上お前はアニメ業界にノールックで喧嘩を売るな」

 

 本当は少しやり過ぎたかな? と気付いていた。でも私自身、一枚絵だったものが動いて見える不思議な感覚にハマってしまって止められなかった。

 

 命を吹き込むとはよく言ったものだ。傲慢な言い方だがそこには誇りを感じる。アンズさんに貰った下書きを見て、私は初めてそれを体感したのだ。私の場合命を吹き込むというか詰め込んでいるに近いけれども。

 

「……色々とツッコミたいところはまだあるが、そもそも私はそんなキャラじゃないし、これ以上お前を困らせるのも自分に腹が立ってくる。だから、コレ」

 

 アンズさんが口元をジャージで隠しながら、小っ恥ずかしそうにUSBメモリを私にくれた。

 

「新衣装だ。お前、まだ初期のままだろ?」

「おぉー! エリザベスさんが十万人記念で貰ってたやつですね!」

「あれはスクエア側からの仕事。でもそれは……だから、仕事じゃないって話だ。スクエアにはちゃんと話をつけてる。以上。私はこれから徹夜する」

 

 そう言ってアンズさんはアニメ作りに没頭する。細かなCGや表現の仕方など、まだまだ直したい所があるのだろう。その全てが終わって次はようやく、私が声をそこに入れる。

 

 仕事じゃないって、つまりどういう事ですかと聞き返すのは止めておこう。答えはこのUSBメモリに込められているはずだから。

 

 ところで前も実は気付いていたが、この人なんで部屋の隅に木刀置いてるんだろうか。やっぱりソッチの人なのかもしれない。怒らせないように注意しよう。

 

◇◇◇◇◇

 

 徹夜をすると言っていたアンズさんだったが、深夜の配信は行なっていた。ばーちゃるちゅーちゅーばーは自分にとって重要ではないと言っていたが、本当にそうだろうか。アニメの夢と比べてどちらも捨て切れないくらいには、アンズさんにとって既にかけがえの無いものに変わっているのではないかと今の配信を見ながらでも感じる。

 

 私はあの時一瞬だけ、アンズさんがばーちゃるちゅーちゅーばーを辞めてしまうのではないかと危惧した。でもそれは杞憂だった。

 

『はいお前ライダーキックな。アンチ怪獣チクチクコトバンは大人しく私のアンチスレで賑わっておけよ。深夜テンション? 当たり前だろ深夜なんだから。お前さてはブラジル人か!?』

 

 何だかんだァ! 楽しそうだ。失礼噛みました。

 

 今日は香澄ちゃんも試験期間なので家にいないし、暇な私は適当に他のスクエアの方の動画を見たり、アイドリームの激辛焼きそばの配信を見たりして時間を潰していると、珍しい事にミトさんから個人的な連絡が入ってきた。

 

「ぁ……もし……っし…ミトさん? 聞こっ……ま…か?」

『回線が悪い物真似は、貴方がやると物真似じゃなくてただの通信不良になるから気を付けて。私じゃないと判断できないから』

「どうかしましたか?」

『大した用事ではないのよ。その、スクエアのマネージャーから何故か私にだけ先んじて連絡が入ったから貴女にも教えておこうと思って』

 

 ミトさんはいつも声に抑揚をつけるタイプではないが、内容が内容なのか少し声のトーンを落として言った。

 

『マジョがばーちゃるちゅーちゅーばーを辞めるそうよ』

「……そっちですか」

『あら、驚かないのね』

「いえ驚いていますよ。誰かが辞めるかもしれないという漠然とした予感だけはあったんですが、まさかマジョさんとは……何か理由があるんですか? 特に炎上してるなどという事もないはずですけど」

『私もついさっき“確定事項”として知らされたばかりなの。どうして辞めるのかもあの子の本音もまだ知らないわ。あくまでスクエア側の確定事項であって、リスナーには辞める“予定”とだけ伝えるらしいわ。ここからリスナーとの間に広がるお涙頂戴物はとんだ茶番劇ね』

「こらこら」

『でもそうでしょう?』

 

 杞憂が杞憂ではなくなった。ただし、アンズさんではなくマジョさんだっただけの事。

 

 私達の同期のマジョさんが辞めるという一大事に、悲しみの色が見えないミトさんに問いかける。

 

「ミトさんはそれでいいんですか?」

『いいも悪いも、彼女が決める事よ』

 

 ミトさんはいつもと変わらない口調でそう言った。特に強がりとか虚勢を張っているのではなく、本当に心からどうでもいいという風に。

 

『ただでさえ少ない三期生がもっと少なくなるわね』

 

 明日の天気は雨だね、くらいのノリで。

 

『……どうしてそこで貴女が悲しんでいるのよ?』

 

 人の心が見える、つまり人よりも見える物が多いミトさんは──もしかしたら逆に人より見えない物があるのではないかと、そう思った。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

カイザー「韓国って木刀はさすがにないか?」

唯華「どっかにあるかもしれないけど……どうして?」

カイザー「いや、俺がガキの頃の修学旅行で買った木刀は人にあげちまったからな。何ならもう一本贈ってやろうと思ったんだが、無いならまあいいや」

唯華「木刀って人にあげるようなものなの?」

カイザー「この世で一番似合う奴にあげたんだよ。ところであいつどこ行った?」



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第四十六話☆ 掲示板回【ばちゃりたい】スクエア901【人生だった】

◇◇◇◇◇

 

1:名もない視聴者 ID: xx-xxxx-xxxx-xxx

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー

天は二物を与えた至高の一期生

痒い所に手が届く孫の手二期生

何かしらヤバイ人外三期生+安藤ロイド

てぇてぇ=スクエア

内輪ネタOK

次スレは 940くらいで

...

2:名もない視聴者

いつ見てもはぶられロイド笑うわ

 

321:名もない視聴者

はぁーロイドちゃんの新衣装可愛すぎんか?

 

329:名もない視聴者

>>321 ロイドの話題は収まりきれないから、ロイドスレ行ってこい

 

343:名もない視聴者

>>321 あの衣装二段階あるらしいぞ

変身ギミック付き

 

432:名もない視聴者

ちょっと待ってアンズちゃんやばいやば過ぎて語彙力の死亡!

詳しくはこれhttps://www.youtube.com/watch?v=lDm_OOO-nM&feature

 

435:名もない視聴者

>>432 ここはスクエア901スレだぞ

 

437:名もない視聴者

>>435 だからよく見てくれって俺の言葉じゃ説明しきれない!

 

467:名もない視聴者

アンズさんアニメ? 映画? 作ってんじゃん。

スクエアって何だっけ

 

472:名もない視聴者

>>467 そう! それが言いたいんだよ! みんなも早く理解してくれ俺の言葉が足りないのは分かってるけどどうか伝わってくれよ情弱

 

478:名もない視聴者

>>472 唐突な悪口やめろwww つまりこう言いたいんだろ? アンズ様がロイドちゃんと共同でアニメ制作してそのクオリティが高すぎワロタ(語彙力の死亡)

 

489:名もない視聴者

やっと有能が現れた!! 俺の言いたいこと全部言ってくれた! ありがとう! これ以上俺に余計な時間を使わせるなよ!

 

499:名もない視聴者

>>489 何だったんだよコイツw

というか遂にロイドちゃんきたか。なんか最近大人しかったもんな。やはり布石だった

 

509:名もない視聴者

このクオリティーを数週間で仕上げただと? シ”ェハ”ンニ超えきたこれ

 

532:名もない視聴者

このヌルヌルはもう映画じゃん

無料で見られるの申し訳なってくる

 

546:名もない視聴者

仮面嫌いの俺が目を引かれて見てしまう映像美。金を払わせてくれ

 

556:名もない視聴者

ギャグみたいなエンドロール

原作・原案 仮面ライバーアンズ(以下アンズ) フユキ

企画 アンズ

シリーズ構成 アンズ

キャラクターデザイン アンズ

プロップデザイン アンズ

美術監督 アンズ

編集 アンズ

音響監督 安藤ロイド(以下ロイド)

音楽 ロイド

アニメーション制作 アンズandロイド

 キャスト

デッダーマンアイちゃん悪の科学者シド美姫ベアウチフル至高悪エンドール怪人A〜Zその他エキストラ ロイド

↓後もぜんぶロイド

 

589:名もない視聴者

よく見たらキャラクターだけじゃなくて、剣戟の一つ一つから恐慌飛行軍艦デスマーチのエンジン音に至るまでロイドちゃんかよ

 

602:名もない視聴者

こっちからしたら言ったもん勝ちにしか見えないが本当なんだろうな。だってロイドだもん

 

622:名もない視聴者

うーん、アンズちゃんが言っていた事が正しいとするなら、ロイドちゃんがこの数週間で恐らく数万の絵を書いたって事になるけど、ロイドちゃんにそんな時間あったか?

 

501:名もない視聴者

>>622 そもそもこの長編クオリティが数万程度なわけないし一日が24時間でフルに使っても普通なら描けません(激怒)

 

525:名もない視聴者

ロイドって時間系操作能力者なんでしょう? 一日が二十四時間とか常識兄貴はすっこんでて

 

550:名もない視聴者

これを無料配布するスクエアはとんだマヌケ

 

577:名もない視聴者

久しぶりに魅入ったわ

 

 

592:名もない視聴者

ほんの少しアニメ業界に携わってる私からすれば、ロイドちゃんは可愛い

 

619:名もない視聴者

前々から準備は進めてたって言ってるよ

 

621:名もない視聴者

>>619 それならまあ……??

 

636:名もない視聴者

冗談抜きで依頼が入ってくるレベル

 

651:名もない視聴者

スクエアは一体何を目指してるんだ?

 

692:名もない視聴者

ロイドは当たり前としてこれアンズちゃんも相当やばいな。ばーちゃるちゅーちゃーばーとは何なのか考えさせられる

 

732:名もない視聴者

俺のお気に入りのマンガもこのアンズandロイドが作ってくれるなら文句は言わない

 

747:名もない視聴者

そういや最近のロイドちゃんの配信で、何か風の切るようなノイズ? が聞こえてた気がしたんだよね。気のせいかと思ったけど……

 

769:名もない視聴者

>>747 検証班によると、お絵かきの()で聞こえる音と類似しているらしい。多分配信中も描いてたんじゃないか?

 

796:名もない視聴者

マルチタスクやば

 

802:名もない視聴者

なんか安藤ロイドが人間じゃない説ばっか昔は探してたけど、今となっては人間である証拠を何とか見つけようとしてるもんな。見つからないけど

 

812:名もない視聴者

またアンドロイドの流れになってるぅ

今日のミトちゃんの配信ロリボイス多めで悶え死にそうだったから見てくれよ〜 

急なロリ泣きは俺の何かが歪んだ

何だかんだミトちゃんは期待を裏切らない

 

905:名もない視聴者

【速報】マジョちゃんが、辞める……?

 

951:名もない視聴者

>>905 あれってマジョなの? 間違えたマジなの?

 

963:名もない視聴者

いつものマジョの過剰表現だよな? な?

 

980:名もない視聴者

ちょっと待てソース集めてやるから

 

982:名もない視聴者

>>980 頼む!お前だけが頼りだ!

 

1000:名もない視聴者

ねぇ誰か今北俺に説明よろ

 

1001:名もない視聴者

このスレッドは1000を超えたよ(*゜▽゜*)

もう書けないから新しいスレッドを立てようね。



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第四十七話☆ マジョちゃんに残ってもらい隊

◇◇◇◇◇

 

「マジョちゃんを引き止めようの会! えー、お集まりいただき誠に有難うございます苺餅カケルです。今日はですね、文字通りマジョちゃんを引き止めようの会でございますが、まさか初絡みのこの人数でオフ配信でしかも台本も何もない突発的なものなので私的に既に言葉が上手く出てきませんが……とりあえずね、メンバーを紹介していきたいと思います。まずはこの方、文句なしの主役のマジョちゃん! ちなみに残りのメンバーは私を含めて全員マジョちゃんとオフコラボをした事がある方ですね。マジョちゃ〜ん? 大丈夫さっきから普段の3倍くらい卑屈なんだけど」

「ぁぃ」

「──っはい、イヤホンを付けてる方限定できっと可愛い声が聞こえたはずなんですけどもね、順番に他のメンバーも紹介していきましょう。ここからは勢いで、我らが総大将エクレールII世さん! 同じ絵描きとして実は縁のあるアンズさん! 後輩という存在を放っておけないエリザベスさん! そして同期のもやしゃとミトちゃんとロイド様ですね」

「……え、今私の事なんて言いました?」

「私も実はね、凸配信をした仲ですもんね。ですよねマジョちゃん?」

「ぁう……何この面子……容易く死ねる」

 

〜コメント〜

相変わらず安売りの死生観

こいついつも限界突破してんな

ロイド様とかいうキルリーダーがいるもんね

 

「さて、ね。今回は私が主催で皆さんを集めさせて頂いたわけなんですけども、さっきも言った通り一度も打ち合わせとか何もしてないという」

「ゼロだよねー」

「結局これはどういう配信なんですか?」

「そりゃあ勿論引き止めようの会だから、会ですよ、会でしたね。よし、じゃあまずはどうしてマジョさんが卒業してしまうのか、そのあたりご本人に聞いてみましょうか? ……大丈夫? 個人チャでもいいよ? おけ? よし、では、どんな事情が?」

「家庭の事情」

「一番難しい奴ゥ! 運営に不満とかメンバーに不満とかなら一緒に解決出来るけど、それ私達に一番効きますからね。誰かこの難攻不落の理由に切り返せる猛者はいないのか!」

「えっと、はい、家庭の事情って詳しくは親絡みとか? あれそもそもご両親は存命」

「踏み込み過ぎ踏み込み過ぎ。もやしゃはこういう場でプレミしか言わないからやめとけ?」

 

〜コメント〜

マジョちゃんマジでやめちまうのか

ミトちゃんがマジョ泣きしちゃうよ?

マジョ泣き? それは見てみた……あぶねーセーフ

↑ツーアウトってところだな

〈カイザー五条〉おい! 俺の後輩イジメんなよ! イジるのはいい

 

「うぉ! どうやら中国の方からうるさ、大きい声が届いております。あ、中国ではなかったかな。あぁいや、この面白エピソードは三日後、三日? 多分三日後に【カイザー五条の初海外紀行】で語られると思いますので皆さん楽しみにしておいて下さい、じゃなくて。誰かいませんか? 今なら何でもマジョちゃんに言っていいと思いますよ……では言い出しっぺの私からマジョちゃんに聞いていきたいと思います。私達と家族、どっちが大事?」

「ふぇ……笑顔が怖ぃ。そもそも」

「いやーやっぱり私達としては、そこが重要というか、仲間としてちゃんと知っておきたいと言いますか、是非ともお答え願いたい部分で」

「そもそも仲良くないのに馴れ馴れしぃ……こわぃ」

「……」

 

〜コメント〜

そりゃそうだ

一凸しただけの分際で反省しろカケル

今日はプレミ祭り

×が×(カケルが悪い)

×××××××

 

「んー、あいつもう何も喋れねーだろうからこの際言っておくが、私は別に引き止めようとは思ってないからな」

「うぇ、えぇ、アンズ先輩? この会の趣旨が真っ向から否定されたといいますか」

「何だお前まだ生きてたのか」

「死んでませんよ。司会メンタル舐めないで下さい。いや、それより同じ絵描き仲間として何かこう、ないんですか! 何か!」

「思うところはあっても、最終的に決めるのはマジョ自身だろう。私は無理に引き止めるつもりはない。これは私だけじゃないと思うぞ」

「え、それでは改めて一人ずつ聞いていきたいと思います。ここは年長者からやべ口が間違えた。他意はありません。一番、この道の長いエクレールII世さんから聞いていきましょう」

「あはっ、動揺してるねカケルちゃん。台本が無いからって油断しちゃダメだね。ちなみに私は年長者発言についてなんとも思ってないから気にしなくていいよ。ただ常識として女性に歳の事を言うのは失礼だから後で覚えといてね」

「ちょ」

「それとマーちゃんについては私からは何も言えないかな。私の発言はスクエアの言葉に取られちゃうからね。で、アンズも快く見送る派、お次はエリちゃん」

「……年齢順ではありませんわよね……大丈夫ですわ……はい、(わたくし)は早い時期でばーちゃるちゅーちゅーばーを卒業すると必ず心残りが出来ますわよ、とだけお伝えしておきますわ」

「ん? 結局どちらでしょうか?」

「ですからそれは……あくまでも一般論として、もう少し続けてみるという選択肢もありますわよと、参考程度にお伝えしておきますわ」

「はいよく分かりました残っていて欲しい、と。次はじゃあ、もやしゃ」

「もちろん僕は残ってほしいですよ。ねーミトちゃん」

「……私は別にどちらでも構わないわ」

「ミトちゃん!?」

 

〜コメント〜

設定的にもエクレールII世様が年長者なのは確かだからギリギリプレミじゃない

人外三期生は結構年齢いってるけど

生後数ヶ月のロイドで平均しとけ

ミトちゃん?

ミトちゃん強がってるのかな

可愛い子には旅をさせよ的な

親離れの時期なんかなー

 

「本心から辞めたいと思ったのなら、それに従うべきよ。そのはずなのよ」

「……えー、では、最後にロイド様」

「さっきから私の呼び方、というか視線が今一斉に集まってるんですけども。この空気で言うんですか? 言うんですけどね。私も無理に引き止めようとは思わないですね。縁が切れるわけじゃないですし、アンズさんとミトさんと同じ意見です」

「あー……なるほど」

「そんなロイド様……」

「そっかー、ロイドちゃんがそう言うなら」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで私の言葉が最終意思決定みたいな! ただの一意見ですよ」

「ぅぅ……私、やっぱり」

「その先はダメですよマジョさん!流されないでください! まだ猶予はありますよ! このままだと私の責任になってしまいます!」

 

〜コメント〜

あちゃーやっちゃったね

ロイド様の意見は無駄には出来んよね

マジョちゃん! 周りを見てもう一度だけ考えてみて!

どっちも正しい

マジョのマジョ笑い切り抜きから見て気付けば推しになってました。同期に化け物がいる中、ネガティブながらも頑張っている姿に応援しようと心の底から思いました。どんな結果になってもマジョが俺にこの世界を教えてくれたのは忘れません

 

「──今回は私達の段取りが悪いね。ちょっとグダってきちゃったし早めに終わろうか。ねカケルちゃん? ま、私達やリスナーが何を言おうと、マーちゃんが最終的に出した結果は誰にも否定出来ないよ。だから、焦らないでね。私はまだ考える時間はあると思う。どうか、悔いのないようにね」

 

〜〜〜〜〜

 

 配信が終わって各々がマジョさんに声を掛ける中、ミトさんだけは何も言わずに早々と去ってしまった。一瞬止めようかと迷ったが、流れ的に私の順番が来てしまったので、先にマジョさんとお話をする事にした。

 

「本当に辞めてしまわれるんですか?」

「あぅ、気を使わないでいいんですよ。どうせ私なんて、これ以上人気にはなれないし、みんなみたいに面白くもないから……ロイドさんは天使みたいに、違う。もぅ神様なみに凄過ぎるから、私なんか構わなくていいんですぅ」

「……私も普通の人間ですよ」

「ううん、器が違う」

 

 キッパリと否定されてしまう。マジョさんに私の言葉は届かない。それが分かってしまった。そんな私はやっぱりただの人間だよなーと思うんです。空も飛べないし、人の心だってそう簡単に変えられない。

 

 こんなモヤモヤした日には、一杯飲みましょうか。

 

◇◇◇◇◇

 

 お酒を飲んでも全然酔えないですから、私の一杯といえば例の静かな喫茶店のコーヒーなんですけどね。いつものマスターに無言の笑顔で出迎えら(顔パスさ)れ、お気に入りの席である窓辺の席に行くと、今回は先客がいた。

 

 世にも珍しいアイドリームの方々です。特に私に低評価をつけると宣言した方は一生忘れませんよ。今のロイドジョーク。

 

「げぇ」

「おや、お久しぶりです。エリザベスさんの元お友達の方々じゃないですか」

「元もお友達じゃないし」

 

 女性の顔を見て発する言葉がげぇとは中々攻めた挨拶です。嫌な顔もされてます。新鮮な反応です。

 

「あんたは何でここにいるのよ」

「私はまあ、ここは私の故郷みたいなものなので」

 

 視界の隅でマスターがガッツポーズを取っていた。

 

「何よそれ。せっかく穴場を見つけたと思ったのにもう来れないじゃない。ねーみんな」

「ねー」

「私が嫌なんですか?」

「別にそういうわけじゃないけど。あんたがいるとあの女もいるかもしれないでしょう。せっかくの休みの日にまで変に気を張りたくないのよ私たちは。ねーみんな」

「ねー」

「はあ、エリザベスさんの事ですか? そんなに嫌がらなくてもいいと思いますけどね。結構お似合いだったと思いますよ? 本当は皆さんも仲良く」

「知った風な口をきくのはやめてちょうだい。そういうのが一番不愉快よ」

「はい! やめます」

 

 事情を知らない私は深く突っ込まない。仲良くなられてエリザベスさんがアイドリームに戻るなんて事になっても困りますし。

 

「素直ね。顔が良いと心も良いのかしら。いい事? 人には丁度良い距離感っていうのがあるのよ。私達はあいつの事を好きになんかならないし、あいつも私達の事を好きになんかなれないわ。それでいいのよ。好きになる必要なんか別にないわ。私達とあいつは、そういう距離感が一番最適なのよ」

「なるほど勉強になります。ついでにもう一つ教えてもらってもいいですか?」

「別にいいわよ。私達は別にあんたの事は嫌いじゃないもの。立場上、好きとも言わないけど」

「大した事じゃないんですけどね。まだお名前を聞いてなかったなと思いまして。私は安藤ロイドの安藤奈津です」

「ぷぅ安直。まあ人の事言えないか。私は眠り姫よ。名前は茨木音夢(いばらきねむ)。この子達の事はまた今度にしなさい。今日みたいに完全オフの日はねーとしか言えないくらい脱力してるから。ねーみんな」

「ねー」

 

 確かにグッダリとしてる。机に顔を乗っけてねーbotと化している。新人っぽい人は元気があるのか気まずそうに周りに合わせているけど。

 

「最後に一ついいですか?」

「なによ」

「もうご存知かもしれませんが、私の同期がもしかしたら辞めるかもしれないんです。初めての経験なので、私はどう動いたらいいのか困っていまして」

「はんっ、ばーちゃるちゅーちゅーばーはいつかはみんな辞めるのよ。気にしてたらキリがないわ。誰だって考え無しに辞めるほど馬鹿じゃないんだし、黙って見送るくらいが丁度いいのよ」

「はー、説得力のあるお言葉」

「アンタは一生残ってそうだけど」

 

 何でみんなそんなに私を特別視したがるんでしょう。確かに向こう100年くらいはこの業界に住み続けていそうですけど。

 

「でもやっぱり、誰にも辞めてほしくないですよね。いつまでもみんな一緒だったらいいのに。そう思いません?」

「……そうかもしれないわね」

 

 そう言って眠り姫さんは、私を蚊でも追い払うかのような手振りをしてさよならとぞんざいに言って、ねーbotと一緒に帰ってしまった。

 

 誰だって別れは惜しいんです。そりゃそうです。だからきっと、ミトさんも何も思っていないわけがないんです。普段のミトさんなら、自分だけ先に去るだなんて事はしません。誰よりも空気と心を読む事に関しては長けているはずですから。

 

 いつかは確かにサヨナラをしなくてはならないんでしょう。ばーちゃるちゅーちゅーばーに限らず、それは全てに言える事です。でもやっぱり私は我が儘を言わせてもらうなら、もう少しだけみんなと一緒にいたい。マジョさんに残って欲しい。

 

 私が今話し合うべきはミトさんです。



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第四十八話 心を教えて

①シリアス過ぎるのが嫌な方は四十九話から!
②どうせマジョやめないんでしょ、見る価値なしと思っている名探偵さんは申し訳ありませんが、明日の五十話をお待ち下さい。


◇◇◇◇◇

 

カケルは燃やせ。今回の配信って実質茶番だよね? もう裏側では方針決まってるんでしょ? そりゃそうだろう。じゃないと余りにも違和感が大きい。辞めるなって脅してるように見えた。いや、あれはてぇてぇだろ。思考停止止めろ。思考停止を停止? もう分かんねえなそれ。お前らがなんと言おうとマジョちゃんが辞めると言ってる。家庭の事情だぞ。それ中の人が勝手に言ってるだけじゃん。中の人理論最強過ぎる。トップが認めない限り仕事は辞められない。そんな前時代的負の遺産は潰れちまえ。何か理由があるんだろう。理由って何だよ。だから──

 

「前回の配信はあまり良い評判とはいえませんね」

 

 プロジェクトマネージャーの橘は、マジョちゃんに残ってもらい隊の配信のネットの評判をそう判断した。それを聞いて当然とばかりにエクレールII世は頷く。

 

 エクレールII世の控え室。一歩間違えるとVオタク部屋。その実中身はしっかりと仕事部屋。

 

「だろうね。既にネットではお別れムードだ。マーちゃん自身が辞めると言ったからそりゃあそうなんだろうけど、私達がエンターテイメントとしてではなく本気でそれを止めている事に気付いた人は、多少の違和感を覚えても不思議じゃない。見ようによっては圧力をかけている風にも感じただろう」

「では、何故あの会をお認めに?」

「私にとってはリスナーやファンというのは二番目に大事な存在だからだよ。一番はもちろん、私であり私達。ふふん、今のは配信者失格だったかな」

 

 戯けたように嘯いて、いつもの飄々とした笑顔を見せるエクレールII世に、その言葉の意図に気付いた橘が問いかける。

 

「つまり、マジョさんの為なのですか?」

「そうなれば良いと思っているだけだけどね……ミトちゃんに聞いてみたんだ。本当にマーちゃんは辞めたいと思っているのか? って。何て答えたと思う」

「もしかして、否定を?」

「ううん、“辞めたいと言うのなら辞めるべき” って。答えになってないよね」

「それは……確かに」

「第三次面接で面接官の心を読んで脅迫した実績のある彼女は、もしかしたら何か見えているのかもしれない……でもまあ、これ以上先延ばしは難しいね。向こうの親が意思を曲げない限り私達では難し過ぎる問題だよ。マーちゃんも頑なに事情は話してくれないし。何か奇跡でも起こらない限り、ね」

 

 奇跡、その言葉に思い浮かんだ人間がいる。二人は同時に同じ人間を思い出す。

 

「……そういえば、ロイドさんがミトさんにお話があるそうです。先程私のところに連絡がありました」

「おやおや。分からなくなってきたね」

「奇跡、という事でしょうか?」

「間に人が介入したらそれは必然だよ。でもまあ、彼女に頼り過ぎるのもよくない。勝手に信頼されても困るだろうし、こちらは大人しくマーちゃん卒業パーティーの準備を進めようか」

 

 安藤ロイド、それは常識の枠に収まらない空前絶後のばーちゃるちゅーちゅーばー。人は彼女を奇跡の一体と呼んでいる。今回もまた何かしてくれるのではないか、そう期待せずにはいられない。

 

 しかし、同時刻別の場所、当の本人である安藤ロイドは不審な目を向けるミトにこう切り出した。

 

「お話をしに来ただけです」

 

◇◇◇◇◇

 

 お話? ……何を考えているのか量が多すぎて見えにくいわね。貴女が思考全開にして来るとまるでDoS攻撃。私の頭がパンクしそうだわ。自分の思考を操作するなんて器用な真似、ただの人間には出来ないわよ。

 

 ……どうせ、あの子の事でしょう? 私は本当に何も思っていないのよ。正しく言うのなら、私は自分が何を思っているのか分からないのよ。

 

 きっとそれが「対価」なのよね。貴女のおかげで、ようやく私が何と出逢ったのか全て理解出来たわ。

 

 そうね、貴女になら別に話してもいいわよね。きっと理解出来るでしょう?

 

 貴女が既に想像している通り、私も会った事があるわ。本当に偶然だったけれど。あの日四方八方を火に囲まれて、対価の神様を名乗る方に出会ったの。

 

 どうして火に囲まれたかっていうのは、ほんの些細な事なのよ。聞き流してくれてもいいわ。当時、学生だった私は同じクラスの男の子に告白されてね、どうしたらいいのか分からなかったから親友に相談したの。でも親友には好きな人がいたらしいのよね。誰か分かるでしょう?

 

 私は当時から人の心に鈍感だった。そのせいでまさか、死にかけるだなんて思いもしなかったけれど。 

 

 親友も、もしかしたら驚かせるつもりなだけだったのかもしれない。でも、一度燃え上がった火というのは中々消えないみたいね。まさしく彼女の嫉妬の炎が収まりきれなかったように。気付けば私の部屋は炎で囲まれていた。

 

 ……私は後悔をしながら願ったわ。人の心が分かる人間になりたいって。そしたらあの神様が現れて、何か言われたような気もするけれど、頭もボーッとしていたしあまり覚えてないわ。ただひたすらに願い続けた。

 

 理解出来たのはただ一つ、私は人の心が読めるようになった。短編小説を読むよりも簡単に、ね。その代わり、自分の心が分からなくなった。

 

 一人暮らしだったのもあって、幸い被害はボロ民家一つ。私はどうやら窓から飛び降りたみたいで、足の骨折程度で済んだわ。気付けば病院にいた。両親とは……縁を切ったわ。私からね。だって、ほら、関係のない親の所にまであの子に火をつけられたら堪らないでしょう? 

 

 足が治って親友にも会いに行った。その時には自分が何をしたいのか分からなくて、特に復讐をしたいとか怒っているとかはなかったけれど、でも常識的に考えて怒った方がいいし復讐もした方がいいとは思ったから。でも、やめたわ。だってあの子ったら私を見るなり凄く怯えていてとても惨めな気がしたもの。同時に、やっぱり私の部屋に火をつけたのは彼女だった事もその時確信に変わった。最初からそうだったけど改めてどうでも良くなったわ。

 

 その日から私はお爺ちゃんとお婆ちゃんの所で住まわせてもらっているの。とても優しい方々なのよ。心が読めるとか言い出した火災被害者だなんて、血の繋がった両親でさえ怯えそうなものなのに、心が読める事を何の疑問もなく受け入れてくれたわ。

 

 働かなくてもいいなんて言われたけれど、ああいった優しい方には普通は恩を返さなくてはいけないと思って、行き着いた先がばーちゃるちゅーちゅーばーよ。

 

 自分が何をしたいとか、どれで喜んでいるとか心が見えない私だけれど、その点楽でいいわよねばーちゃるちゅーちゅーばーは。視聴者が勝手に私の理想像を考えてくれるんだもの。私はそれに従っているだけでいい。

 

 マジョと一緒にいたのだって、それが望まれていたからよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。

 

 ……本当よ。何とも思ってない。

 

 ……嘘じゃないわ。何とも思えないんだから。

 

 ……本当に? 私は何とも思ってないの?

 

 ……分からない。

 

 ……分からないっ。



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第四十九話 心なんて曖昧me

◇◇◇◇◇

 

 ミトさんの部屋は何も私物がなかった。モデルルームみたいに生活感のない綺麗な部屋。きっとそれがミトさんの自覚している自分の心象風景。

 

 短編小説を読むよりも簡単に人の心は見えるのに、対価として自分の心が分からないと言ったミトさん。マジョさんと一緒にいたのは、リスナーがただそれを望んでいたからだと言う。でも、本当にそれだけなのだろうか? だとしたら何で、今回はマジョさんを引き止めるという多くのリスナーが望んでいる事をしていないのか。そこには矛盾がある。

 

「マジョさんと仲が良かったのは、本当にそれが望まれていたからだけの理由なんですか?」

 

 まるで親子のようであり、姉妹のようでもあった。マジョさんは本当にミトさんを信頼していると一目で分かったし、ミトさんもまたマジョさんを好きなのだと感じたのは、本当に私の勘違い?

 

「このままだとマジョさんはいなくなっちゃいますよ。ミトさんは本当にそれでいいんですか?」

「だからっ……分からないのよっ!」

 

 その顔に流れる涙が何よりの証拠だが、それでも分からないとミトさんは言う。

 

 本当に分からないのだろう。分かるよその気持ち。私がどうしても元の家族の事を思い出せないように、ミトさんはどうしても自分の心が分からない。私達は意外にも似たもの同士なのだ。

 

 でも、ミトさんだけが分かってないだけで、ミトさんが今何をしたいのか私達はとっくに気付いている。正直に言わせてもらえば、ミトさんの行動は分かりやす過ぎるのだ。

 

 私はどうにかミトさんの手助けをしたい。ミトさんは自覚がないのだろう。私との初配信で、ミトさんが炎上を恐れずに私の家族について話をして、私の境遇の手助けをしようとした事を。心が読めるミトさんは、私が思い出せないその奥底を見えはしないだろうかと試してくれたのだ。あの時私がどれだけ嬉しく感じた事か。軽く捉えているのなら間違っている。

 

 今度は私が、貴女の力になりたい。

 

「私ではマジョさんを止められないですし、ミトさんのその涙を止める事も出来ません。でもミトさんならマジョさんを止められるし、マジョさんならきっとミトさんの涙を止められると思いますよ」

「……私はどうすればいいの」

 

 私の心を見ているなら、本当はもう分かってるでしょう? 今マジョさんは最後の配信をしています。だから、乗り込んじゃいましょう。

 

「……会って何を言えばいいの」

「私も隣にいますから」

「……もしも止められなかったら?」

「私はそうは思いませんけど」

「……なんてひどいブラックジョーク。誰の真似かしら。きっと性格の悪い子ね」

「ただでさえ少ない三期生がもっと少なくなるだけですね」

「……一人では無理よ」

「いつもみたいに心にもない事を言っちゃいましょう。心になくてもどこかにあるかもしれませんし。きっとマジョさんなら分かってくれます」

「……私は、ちょっと待って貴女さっきから遊んでいるわね。心と言葉がはちゃめちゃよ。また無駄に器用な真似をするものだわ」

 

 ふふ、やっぱり私は好きですよその心を読むの。

 

 ──それじゃあ行きましょうか。凸撃です。

 

◇◇◇◇◇

〜コメント〜

もう少し、もう少し頑張ってみよーよ!

頑張ってる奴に頑張ってはNG

まだ往生際の悪い奴らがいるのか

結局俺たちは事情あんま知らないしなー

来世の来世には行くなよとしか

↑なんてブラックジョーク

ミトちゃんからは何も言われてないの?

 

「ミトちゃんは、人間だし、なのに頑張ってるから……私が迷惑かけるのはいやだし……」

 

〜コメント〜

ロイドは? あいつなら遠慮なく迷惑かけていいよ。俺が許す

↑お前誰だよ

 

「ぁう……いいの、私は分を弁えて大人しくママに従って実家の跡を継ぐから──ぇ、あれ? 誰か来た……? インターホン鳴ってる……来客者にはあらかじめ管理人さんから連絡が来るはずなんだけど……ぁ、ぅそ、このオーラは……」

『ミトandロイドです! 遊びましょ!』

『遊びましょ』

「ふぇぇ……なんでぇ……どうしてぇ??」

 

〜コメント〜

あっ

激アツ展開きたか?

ロイドとミトとか確定演出待ったなし

俺らの希望はまだ潰えてない?

 

「どうやって入ってこれたのぉ?」

「そこは許可を取っているという(てい)でよろしくお願いします」

「私達を犯罪者にしたくなかったらね」

「で、でもぉ、このマンション声紋認証と網膜認証があるのに……」

「大丈夫です悪用されないように使ったものは既に燃やして処分しましたから。あー今のはもちろん作り話ですよ」

「こんな高級マンション私初めて入ったわ。どうして早く教えてくれなかったの。知ってたらもっと仲良くしていたのに」

「いやーミトさん、そのジョークは炎ジョークです」

 

〜コメント〜

卒業式にOBのDQNが混じってきたみたいな

超の付く高級マンションうらやまが過ぎる

声紋認証? あっ……

網膜認証って絵でもいけるの?

↑え? お前さんは何を言ってるんだ。二人とも許可貰って入ってるから何も法を犯すような事はしてないんだぞ

 

「どうしてロイドさんがここに……ミトちゃんも」

「私のリスナーが止めてと懇願するから仕方なく来てやったのよ」

「あぅ、ごめんね」

「こらこら。ミトさん?」

「……嘘よ。仕方なく、だなんて思っていないわ。でも、なんとも思ってないのは本当よ。私は貴女に卒業しないでだなんて言いに来たわけでもない」

「ぅん……」

「本心からの行動をすべきだと私は今だってそう思っているはずだわ」

「あぅ……」

「……まだ何も私に言わないのね。いい? 私は本当に何も思ってない。辞めたいのなら辞めるべきよ。そうよ……私はただ……だから……この涙を止めてほしいだけなのよっ」

 

〜コメント〜

……

ミュートしなくても大丈夫?

(答えは沈黙)

……

¥10,000(魔法使い三十一歳)

(無言赤スパチャ兄貴っ!?)

 

「ミトちゃん……?」

「止まらないのよずっと……どうしてっ、どうして私なのよ。何で貴女はそんなに私の事が好……私の事を気に掛けているのっ」

「ぁ、それは、ミトちゃんが私の事気に掛けてくれているから」

「それは視聴者が私にそれを求めているからよ」

「えっと、誰かと会わなくちゃいけない時とか、いつも隣に付き添ってくれるし」

「それも求められているからやってるだけよっ」

「配信外でも私に優しいし」

「それは……それも、求められているのよ」

「あ、あれも。私といる時、ミトちゃん笑顔になってくれて、それも可愛くて」

「それはっ……そうなの?」

 

〜コメント〜

……

……

……

¥50,000(安藤ロイド)

(おい)

(暇だからって)

 

「ぁの……一番最初に私を誘ってくれて、一緒に配信出来て、すごく嬉しかった」

「……それは、私もそのはずなのよ。でもっ、やっぱり私には分からないわ」

「──ミトさん、この世の中分からない事だらけですけど、その中でも心は特に分からないものですよ。分かっていると思っていた時でさえ実はよく分かっていなかったりするんです。元々曖昧なものなんだから、別に分からなくたって普通です。むしろそれに比べたら、ミトさんの体は正直な方ですよ……今の言い方なんだかやらしいですね訂正します。ミトさんの涙は分かりやすいくらいですよ。ね、マジョさん」

「うっ、うん、私ミトちゃんに泣いてほしくない」

「……だったら、止めてよ。私だって正直に話したんだから、貴女の本心を聞かせなさい。私に嘘は通用しないわよ」

「ぁ……や、辞めたくない……私……ミトちゃんと、みんなと一緒にいたいのっ……ばーちゃるちゅーちゅーばー辞めたくないのっ。えうっ、うぐっ、辞めるの嫌だよぉ」

「全く、最初からそう言えばいいのよ。貴女は本当に私に似てめんどくさい女だわ。今度何の相談もなく一人で突っ走るようなら、私も泣いてなんかあげないからね……でも大丈夫かしら。貴女、その母親に逆らえるの?」

「えうっ……え? ぁ、ふぇぇ、消されるかも」

「まあ、その時はただでさえ少ない第三期生がもっと少なくなるだけって誰かが言ってました……冗談ですよ? 何かあった時は私も出来る限り力になります。それこそ、今回は何も出来てませんから、私頑張っちゃいますよ」

 

〜コメント〜

赤スパチャ送ったりとかな

もしかして鬼ママ?

↑鬼のママはもやしゃの方だろ

ロイドが頑張る? 何だ解決じゃん

はいはい解散解散

あほくさ。じゃあな。また次の配信で会おう

スクエア側どうなるのこれ

一番復帰が早かったばーちゃるちゅーちゅーばー

卒業系Vtuberとして有名になろう

卒業芸はちょっと身が持たんけど

 

「おや、マジョさんのパソコンにチョコレートディスコードがきてますよ。エクレールII世さんですね」

「ぇぇ、ぁ、まだ何の連絡も入れてない。もしかして、怒られる?」

「今決まった事ですし、このタイミングなら配信を見ていたんでしょうね。大丈夫ですよ、出ちゃいましょう」

「安心していいわ。怒ってないみたい」

「あぅ……も、もしもしごめんなさい」

『恐ろしく早い謝罪! 別にいーよ。何たってこっちは最初からマジョさんが残ってくれると信じていたからね』

「ぅそ、凄いぃ」

『そう褒めるでない。というわけで、卒業ならぬ留年パーティーだよ! 三人共時間があったらスクエアにおいでよ。パーティーの準備は着々と終わりつつあるからね』

『──ません、すいません、この卒業パーティーって垂れ幕捨てます? それとも裏側に留年』

『んふふーん、もやしゃ君お口チャーック』

 

〜コメント〜

もやしゃ君さぁ

て事は本当にさっきまで卒業するはずだった?

あとはママさんが問題みたいだな

農家なら俺代わりに継ぐけど。最近ゲームで鍛えられたんだよね。肥溜めある?

まあ、後はロイドがなんとかしてくれるでしょう

終わり終わり

またなー

パーティー行きてー 

密には気を付けて

え、なに、今来たんだけど解決したの?

↑したよ。短編小説なみにあっさりとな

 

◇◇◇◇◇

切り抜き①

 

「──もしもし、うん、ママ? 私天使にはならない。魔女もばーちゃるちゅーちゅーばーも辞めない。うん……うん……え? ……ふえぇ? よくよく考えたら別に必要ない? 一巡? 好きにしていい!? な、何それ! 私もう、みんなに百回殺されても文句言えないよぉ……」

「それは言い過ぎ」

「あ、ロ、ロイドさん……聞いてた?」

「お母様とのお電話ですよね? 大丈夫そうで良かったです。パーティーはもうすぐ準備が終わりそうですよ。主役がいないと始められませんからね、今のうちに一緒にお騒がせしましたの挨拶考えます?」

「ぅう……ううん、一人で考える。みんなに迷惑かけちゃったから一人で……やっぱりミトちゃんに教わる」

「その方がいいですね。あ、ミトさんならあっちの方にいますよ」

「あ、うん、ロイドさん、えっと、ありがと!」

「いえいえ〜…………人外三期生ってもしかして、あながち的を射ていたり?」

 

◇◇◇◇◇

切り抜き②

 

「よぉーお前ら久しぶり。賑わってるな。そりゃあそうか仲間が一人卒業しちゃうもんな。マジョだっけか。ほら、旅行のお土産特別にお前にやるよハニーピーナッツ。卒業祝いとはいえあまり高価な物はあげられねーし、この位がちょうど良いと思ってよ……何この微妙な空気。何で俺こんなに睨まれてるの。ちゃんと一袋あげてるよ? もしかして安過ぎたか? 文句言うなハニーピーナッツ美味しいだろ!」



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第五十話 さよならだけじゃない

◇◇◇◇◇

 

『こんばんゎんこ! 逆から読んでもこんゎんばんこ!違和感ナ=ノ! こんな夜遅くにゴメンね(-_-;)

 今週時間ある? 連れて行きたい所があるんだよね……あ! 全然来週とかでもオケだけど! この前みたいに家で待っててね、その日は迎えに行くから! お返事待ってますミ☆』

 

 もうお前誰だよって感じの文体。そろそろおじさんにアカウントが乗っ取られていないか心配したが、彼女は至って真面目な様子。もう怖くてツッコミきれなかった。

 

 どうやらネットでは私に関する七不思議コピペとやらがあるそうだが、もしアンズさん七不思議が存在するのなら私がこの事を強く推薦しておこうと思った。

 

 当日になると、前と同じく軽トラで迎えに来てくれたアンズさん。今回は私は笑わなかった。いや前回も笑わなかったんですけど。

 

「悪いな。最近お前の時間を奪ってばっかだ」

「全然問題ないですよ。夜遊びを叱る親もいませんので、カラオケで次の日を迎えても大丈夫です」

「そうか? ……じゃあ今も二階の窓から睨みつけるような視線を感じるのは気のせいだったか」

 

 アンズさんの視線の先には、箒を片手に持ったメイドの香澄ちゃんが確かにいた。今日は私の家をお掃除してくれているんです。でも別に睨みつけるなんて事はしていなかった。逆に笑顔で手を振ってくれている。

 

「気のせいですよ」

「そうか。なら、いいか。私も霊感なんてないしな……それにしても殺気が渦巻いていたような」

 

 それなら、もしかしたら気のせいじゃないかもしれない。霊ではなく人間だけど。アンズさんはカッコいいからもしかして私が隠れて男に会ってると香澄ちゃんが勘違いしているかもしれない。後で誤解を解いておこう。香澄ちゃんは嫉妬で家を燃やすような馬鹿な真似はしないけどね!

 

◇◇◇◇◇

 

「今から行くのは、私のお婆ちゃんのところだ」

「ほう」

「郊外の病院で入院してる。まだくたばり損なってるんだ。偶に会いに行くとお小遣いくれるから定期的に通ってる……おい私のおやつを勝手に触るな」

「これってチョコレートシガレットですよね? タバコごっこしていいですか?」

「ごっことか言うのやめろ。私まで幼稚に見えるだろ。それは気を紛らわす為に買ってるんだ。ばーちゃるちゅーちゅーばーになってから禁煙したんだよ。あんまし喫煙者ってのはイメージよくないみたいだからな」

「視聴者の為に止めたって事ですか? 偉いです。やっぱりアンズさんって意外とばーちゃるちゅーちゅーばーの事大事にしてますよね」

「丁度いい機会だと思っただけだよ。老人にタバコの煙も良くないだろうしな……あの病院だ」

 

 アンズさんの視線の先には、おそらく位置的に海の見える病院が潮風を受けて建っていた。

 

 慣れた感じのアンズさんについて行く。階段をゆっくりと上りながら、今日の用事について話される。

 

「今日はお前が手伝ってくれたアニメの事を伝えに来たんだよ」

「ああ、あれ。良かったですね。何だか特定のシネマで上映される事になっただとか。評判が良かったら日曜の朝に出てくるようになるかもでしたっけ」

「私はそこまで求めてはいなかったんだけどな。誰かが頑張り過ぎたんだよ。お陰で私は最近休みがない。まあ日曜云々は言い過ぎだろう。これ以上忙しくなっても困る……ここだ」

 

 501号室の小さな個室。何の間もなくノックもせずにアンズさんが入って行くので、私もその背中に続く。

 

 窓の外、海を眺めてゆったりと時が流れているのを待っているのがアンズさんのお婆ちゃんなのだろう。綺麗な白髪だ。歳もかなりのものだろう。でも、背筋だけは良かった。

 

「よぉ、来たよ。まだ覚えてるか私の事」

「もーまたそんな事言ってねぇ。れなちゃんはもうちょっと可愛い言葉を使わないとねぇ……あぁ、お小遣があるのよ」

「だからいらねーって、いつも言ってるだろう。ほら、今日は連れがいるんだよ」

「あ、どうも初めまして。私安藤です。いつも上塚さんにはお世話になっております」

「まぁ! こんなに可愛いらしい方がれなちゃんのお友達なのね……もう少しだけお側に寄ってくれるかしら。お婆ちゃんになると目も悪くてねぇ」

 

 言われるがままに私が近づくと、いきなりお婆ちゃんは涙ながらに私の両手を握りしめた。

 

「ありがとう……先生、本当にありがとうございます。娘を助けてくれて……ありがとうございます』

「もうボケたのかよ。世話になってるのはあんたで、そいつは私の仕事仲間だって。先生は年寄りのおっさんだろうが。悪いなロイド」

「……いえ、全然大丈夫ですよ」

「ほらもう離せよお婆ちゃん。今日は伝えたい事があるんだよ。私、夢を叶えたぜ。こいつのお陰でな。CD持ってきたから暇な時にでも見ればいい。それじゃあ婆ちゃんの夢を教えろよ。そういう約束だろ。最近暇だから手伝ってやってもいいんだぜ」

「あぁ、そうだったねぇ。でもお婆ちゃんの夢は、れなちゃんの夢が叶う事だから、もう叶っちゃったわねぇ」

「……何だよそれ、ずりぃな」

 

 アンズさんは誰にもバレないように涙を指で掬う。つまり私にはバレていたという事なんだけど。

 

 見ないフリをしてそっと部屋を出た。病院の雰囲気は何だか、懐かしさを覚えると同時にどうしようもない寂寥感まで襲ってくる。

 

 アンズさんが出てくるまでずっと、そんな忘れてしまった悲しみに浸っていた。

 

「今日はほんと、ありがとな。いつもボケっとしてて、内臓よわよわのお婆ちゃんだから、いつまで生きてるか分かんねーんだよ」

「案外、八年後くらいまで生きてますよ」

「ふーん? まあ、お前がそう言うならそうかもしれないな。だったら仏壇はしばらく買わなくて済むか」

「ええ、だから、また」

 

 海の見える病院に手を振る。病院だけじゃない。色んな出来事に色んな人に、また、いつか。

 

「そういや、そろそろ四期生が入ってくるんだよ。知ってるか? ここにその一覧がある。個人情報だから内緒だぞ」

 

 そう言ってアンズさんはスマホを渡してくれた。アンズさんはみんなのモデルを描いてるから早くに知らされていたんでしょう。

 

 十名以上のカッコいい可愛い新たなばーちゃるちゅーちゅーばーと、その魂の姿が一緒に表示されている。

 

 ……何だか魂の方に、チラッとアイドリームの新人さんが見えたのは気のせいですよね? 髪やメイクが違うせいで別人に見えますけど、私の脳内データがピッタリと二人の姿を照合する。

 

 他には……おや?

 

「気になる奴でもいたか? 私的には三番目の双子ばーちゃるちゅーちゅーばーが新しくて興味あるな」

「……この七番目の方、何だか見覚えがあるような気がして……どこかで見た事があるような気がするんですけど思い出せないんですよね」

「七番? この少年っぽいなりの男か? まさか、お前の元カレだったりしてな」

「はっはー、そんな人がいるのなら逆に会ってみたいものです」

「本当にいないのか? その容姿で、いやその容姿だからか。この地球上に釣り合う奴がいないよな。お前の場合彼氏より彼女の方がいそうだ」

「それアンズさんもですよね」

「言ったなこいつ」

 

 結局、七番目の男性については思い出せなかった。だからきっと、そんなに気にしなくてもいい事なんでしょう。むしろ気にしたくない気すらある。

 

 遂に私も先輩になるとは、感慨深い物です。焼きそばパン買ってこいは人生で一度は使ってみたい言葉です。そこで運送トラックを持ち出してくる後輩がいれば降参します。

 

 早く先輩面をするのが楽しみです!




5章終わり! 最終話配信でも掲示板でもないしちょっとボリューム少なかったゴメンね! また目処が立ったら六章するね! というかそろそろ畳み始めた方がいいかも!? でも第何話で終わらせるかは理想があるからまだ続く! 望んでない話ばっか続いている方にはほんとゴメンね! 感想見るのが怖くて返信遅くなってる! 謝罪!


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第五十一話☆ 掲示板回 【近くて遠い】安藤ロイド【家族】

◇◇◇◇◇

 

1:名もない視聴者 ID: xx-xxxx-xxxx-xxx

 

スクエア所属ばーちゃるちゅーちゅーばー第三期生 安藤ロイド 元人間だが機械の体を得て失った心を勉強中のアンドロイド……? 偶には勉強しろ

初配信で驚異の72時間連続配信(飯なし便なし欠伸なし)を成し遂げた異例の狂人。以下省略

果たしてアンドロイドは、人間になれるのか。なる必要あんの? 

次スレは 940くらいで

...

 

34: 名もない視聴者

 

あぶないあぶない。連続ログインしてたの一日サボってしまっただけで急にやる気が失せるソーシャルゲームあるあるになってたよ。毎日投稿とか待ってたらいつまで経っても投稿出来ないよね。このままだと使わない五十一話が大量生産されるし。起承転結書きたかったけどそんな脳はないんだから大人しく日常をのせる事にするよ

 

36: 名もない視聴者

>>34 スレチだぞ

 

39: 名もない視聴者

>>34

オールウェイズ配信してるエクレールII世様を見習って

 

45: 名もない視聴者

意外と毎日は配信をしていないロイドちゃん

 

46: 名もない視聴者

ロイドは七十二時間という超えられない壁に守られているから

 

49: 名もない視聴者

安藤ロイド七不思議

1. 眠らない身体

2. 満たされない胃

 

61: 名もない視聴者

尚、最近はそのロイドが第四期生の配信全てに関わってきてるからな。あれ含めるとやっぱりあいつ最近寝てないよ

 

77: 名もない視聴者

先輩風吹かしてる風に見せかけて特になにも出来てないの可愛い

 

79: 名もない視聴者

焼きそばパン買ってこいからどうして夏祭りに一緒に焼きそばパン食べに行く話になるんだ……?

 

88: 名もない視聴者

ヤンキームーヴはアンズさんに習おう

 

96: 名もない視聴者

>>88 あの人元ギャルって聞いた事ある。いや、元にわかギャルか?

 

100: 名もない視聴者

ほんとばーちゃるちゅーちゅーばー界の社会現象起こしてるよあいつは

 

102: 名もない視聴者

最近じゃそこら辺からロイドちゃんの声が聞こえる気がする。東海道本線の電車アナウンスも話があったとか

 

103: 名もない視聴者

なんかの映画にも声入れてた。ロイドちゃんの一般業界進出に嬉しさと怖さを感じる今日この頃

 

105: 名もない視聴者

別にVやめても何でも出来そうだしなぁ

むしろなんでロイドちゃんはこの道を選んだんだ?

 

109: 名もない視聴者

一番いなくなっても不思議ではないが、一番いなくならない気もするのは俺の我儘なのだろうか

 

111: 名もない視聴者

一番いなくなってほしくない奴である事は間違いない

 

116: 名もない視聴者

徳兄貴なんか一度でもいいからロイドちゃんに関わりたいと外国まで行ったんだよ。俺は推しがファンと関わりすぎるのは否定派だけど、あいつだけは報われてほしいね

 

120: 名もない視聴者

辛気臭い話ばかりしないでさ、第四期生との絡みについて話そうよ。多分、もう全員と関わったんじゃない?

 

121: 名もない視聴者

いや、一人だけ関わってない奴がいる

 

135: 名もない視聴者

>>121 誰?

 

146: 名もない視聴者

そういや、なんかあんまし雰囲気良くない絡みがあったよな? 差別的表現かもしれんが、女性特有の笑顔で殴り合う的な

 

148: 名もない視聴者

>>146 ロイドちゃんがそんな事するわけないやん

 

162: 名もない視聴者

今回の四期生はあの孫の手二期生よりも数が多いが、代わりにそれぞれの個性が薄すぎ非ず

 

163: 名もない視聴者

>>162 貶してんのかと思ったら早速新人語録を使うファンのかがみ

貶し過ぎ非ず

 

256: 名もない視聴者

四期生の絡みもいいが、これまで通り同期や先輩方とのコラボもやってほしいわ

 

333: 名もない視聴者

>>256

コラボやないけど先週? エリカイでお昼食べてたみたいやで。どこかの喫茶店やったかな

 

521: 名もない視聴者

あのブイペックス大会がもたらした恩恵はでかいな。俺の推しが三人一緒なのは最高過ぎる

 

525: 名もない視聴者

人外系三期生配信も楽しみ

最近はもやしゃの強メンタルに惹かれてる

 

530: 名もない視聴者

>>525 あいつ強っていうか鈍いだけなんじゃ? 生まれてこの方病気にもかかった事ないらしいし、体と心が鈍感なだけだろう

 

531: 名もない視聴者

本当の強メンタルっていうのは、あれだけ泣いといて次にはもうケロっと日常運転に戻ったミトちゃんみたいなのを言うんだよ

 

555: 名もない視聴者

比べてしばらく謝罪しか言ってなかったクソ雑魚メンタルのマジョよ。謝罪会見より謝ってたわ

 

602: 名もない視聴者

ロイドはカスチリダニノミカスクズカスチリダニノミカスクズクz

 

605: 名もない視聴者

いつの間にかロイドガチ勢に入り込んでいたカイザーとかいう元引きこもり

 

652: 名もない視聴者

>> 602

ん? どした、詠唱か?

 

659: 名もない視聴者

>>602

逝ったか……

 

666: 名もない視聴者

>>602 何これ

 

678: 名もない視聴者

安藤ロイド七不思議

6. 栄えないアンチ

 

692: 名もない視聴者

>>602

多分消えたな。偶に出るロイドアンチは何故か一つコメントをしただけでそれ以降ネットからその姿を消す

 

702: 名もない視聴者

安藤ロイド七不思議の六つ目はもうファンがその流れを作ってるとしか思えないんだが

 

706: 名もない視聴者

>>702

お前嘘でもロイドちゃんにカスとか言えんの?

 

722: 名もない視聴者

>>706 成る程! 無理だ



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第五十二話 ただ喫茶店に行っただけの話

◇◇◇◇◇

 

「ここが噂の詐欺で有名な珈琲店か。ったく、ここからでもヤバい雰囲気が伝わってくるぜ」

 

 ラスボスのいる城を目前とした槍使いが言うようなセリフを吐くカイザーさん。あ、元ネタは特にないです。

 

「その言い方ですと営業妨害ですわ。予想していた量の期待を超えた料理を提供してくれるお店ですのよ」

 

 男性不信ではあったが、カイザーさんにはすっかり慣れた様子で嗜めるエリザベスさん。

 

 今日はランチに三人で某有名珈琲店にやって来た。黒地にオレンジの外観、ログハウス調の店内、ゆったりとした雰囲気で寛げるソファー席。山盛りの料理。ご機嫌な昼食だ。

 

「本当に期待を超えてくれる事を祈るぜ。俺の貯金が底をつかないくらいにな」

 

 そう言いながら私の方を向くカイザーさん。いやいや、別に私この中で一番食べないって事も出来るんですからね? 人をピンクの悪魔みたいに思われても困ります。まあ、暇な時や考えるのが面倒くさくなった時はメニュー表を指してこっからここまで、みたいに頼む時はありますけど。

 

 今回はカイザーさんの奢りなのでちゃんと節度は守ります。どうして奢りなのかというと、昨日の三人のブイペックスのエリロイ貝の配信で、私にキル数で勝ったらデート一回、負けたらカイザーさんが私とエリザベスさんに昼飯を奢るという、家族曰くどちらにせよご褒美定期の結果、初動の武器の差もあって私が圧勝してしまったのでこういう事になってる。

 

 私自身は最近ゲームをする事自体控えているが、カイザーさんからの誘いを断る程の理由もなく、コラボ配信の時だけは純粋に楽しんでいる。

 

 カイザーさんは巧みなネット捌きにより、安藤ロイドガチ勢の地位を確立して、普段の配信でも普通に私への好意を露わにしていた。私がすげなく対応している事もカプ芸として成り立たせているのかもしれない。勿論、焼き貝には毎回されますけどね。

 

「それじゃあ、入るか。未到の地に」

「いえ未到はカイだけですよ。私とエリは一緒にもう来たりしてます。ですよね?」

「っ……あれは偶々お昼の場所が重なっただけですわ」

「そうなんですよ。偶々一緒に来て偶々同じ席に座り偶々一緒に同じ物を食べただけなんですよ」

「たまたまうるせーな猫ちゃんかよ。仲が良いのは分かったら経験者が先に入ってくれよな。俺お初の店に先に入るの嫌なんだよ笑われそうで」

 

 仲は良くないとかまたあの口が言いそうだったので、強引に手を繋いで一緒に入る。後に続くカイザーさんは、女性二人を連れているという事で女性からも男性からも白い目で見られていた。

 

「ほら、やっぱり俺見られてるよ。何かこの店独自のマナーを破っちまってるのか? 大丈夫?」

 

 海外帰りのカイザーさんはまだボケているのか、留年パーティーの言葉といい最近察しが悪かった。けど、料理が届いた時にはすっかり調子が戻っており、自分の届いたデザートに文句を言っていた。

 

「あれ、このシロップ何で一つだけなんだ? 見ろよこれ、メニューにはちゃんとそっちのとこっちにも付いてんだぜ。なのに一つだけしかきてねぇ。ははっ、本当に詐欺っちまってるな。これ訴えたら勝てんじゃね?」

 

 本人はそんな馬鹿話を私達だけに聞かせてるつもりが、どうやら通りすがりの店員さんには聞こえていたらしくて。

 

「こちら、宜しければどうぞ」

 

 と、もう一つシロップを持ってきてくれた。私とエリザベスさんがすいませんすいませんと謝って、主犯のカイザーさんはやっちまった的な顔で俯いてブツブツ言ってる。黙らされたわ、とか。冗談だって、とか。最終的にはまた調子が戻って。

 

「赤っ恥かいたわ。訴えようぜ」

 

 人は同じ過ちを繰り返す生き物である。

 

 それからもカイザーさんはというと。

 

「新人店員見つけて強引にこのセット頼んでみようぜ。今は時間対象外らしいけどよ、押したらいけるかもしれねぇ」

「それ食べたいんですか?」

「いやいらねぇけど」

 

 これも聞かされていたらきっと、この店で私達はブラックリストに追加されていた事でしょう。それでなくともさっきのシロップはかなり恥をかいてしまったので当分ここには来れないかもしれない。

 

 テンション高めですカイザーさん。

 

「俺さぁ、最近声真似練習してるんだよ。“お前は鬼狩りの柱になれ”!」

「何か混じってません?」

「ははっ、お前何かないの?」

(わたくし)、口笛でウグイスの鳴き声には些か自信がありますわ」

「なるほどあれね。やってくれよ」

「……いやですわ。食事中ですもの。それに結局、声真似に関しては誰もロイ様に敵いませんから」

「あー……」

「私もウグイスの真似はした事ないですよ」

「ほーん、ウグイスの鳴き声は知ってるか?」

「はい」

「じゃあそれはもう確定なんだよ。億万長者が小銭を使った事がないからって俺達はマウント取れねえんだわ」

 

 そういうものですか。私は3個目のランチセットを頂きながら納得した。おっと、つい。

 

「……大丈夫です。これでご馳走様しますよ?」

「いや、別にいいけどよ……そうだ、四期生で気になる奴はいたか? まだ全部は見れてねーんだが、俺はやっぱり双子の奴が興味をそそられるな」

 

 アンズさんと同じ事を言っている。どうしよう、忘れていたなんて言えない。まだ一人として関わっていません。そっか、もう四期生の方はみんな初配信を終えたのかな。これは早速先輩面をしにいかないといけないですね。全員の配信に凸してみたりとか。

 

 ……気になる人、か。まだみんなの配信すら見れていないからなんとも言えない。それでもやっぱり、気になる人と聞かれたなら……

 

「私は、詳しい事は分かりませんね」

「いるんだな。それも野郎か」

「どうしてそこは察しがいいんですか」

「そんな、ロイ様が殿方を?」

「いや、なんというか、そんなんじゃありませんから、気にしたら負けですよ。負け。そんなに過敏に反応しないでください。これ以上はセクハラで訴えますからね」

 

 最後の方だけ聞かれたみたいで、店員さんからチラッと見られた。赤っ恥をかいちまったぜ。

 

 ……もう出ましょう。

 

 どうし気になってしまうのか、今考えても思い出せないものは今考えたって仕方ないんです。それは一番自分がよく知っています。

 

 今日は喫茶店に来ただけ。たったそれだけのお話なんです。敢えて伏線にも満たない小話を取って付け加えるとするならば、今日をきっかけに四期生男性ばーちゃるちゅーちゅーばー全員にカイザーさんが触れ合いという名の牽制にいったとな。

 

 早くカイザーさんに私以外の好きな人ができますように。私より性格の良い人なんていっぱいいるんですからね。容姿は随一ですけど。容姿は。



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第五十三話 閑話 クリスマス

◇◇◇◇◇

 

 時はクリスマス、場所はスクエア本社、世間が浮かれる中で今日も私は仕事だったりする。

 

 プロジェクトマネージャーの橘です。

 

 用事あるなら全然休んで良いよと言われましたが、あいにくとその用事がないので堂々と働きに来ました。申し訳程度に飾られた社内で精々クリスマス気分を味わいます。

 

 まあ、それなりに働くメリットはあるんですよ。手当が出ますしケーキも頼めば好きなのを用意してくれます。食堂も豪華なラインナップです。暇な人は多目的室で映画鑑賞もどうぞ。

 

「クリスマスプレゼントどうぞ〜。中は見てのお楽しみですよ〜」

「楽しいですよどうぞ〜」

 

 ふとロビーに立ち寄ると、そこには顔も背丈も声もそっくりな二人組がサンタのコスプレをしてプレゼントを配っていた。

 

 今話題の双子Vtuberのランさんとルンさんですね。

 

「私も貰えますか?」

「もちろんですよ〜……ルン、この方は」

「ええラン、聞かない声ね。きっと社員さんよ」

「プレゼントの中身は」 

「失礼のないように、Aね」

「「どうぞ〜」」

 

 というわけでAを頂いた。この二人はきっと内緒話が苦手な方達ですね。

 

 私もお返しに何かないかポケットを確認しましたが、食堂の無料券くらしいか見つけられなかったので、それと名刺を一緒に渡す。

 

「え、橘さんですか!」

「あの!」

 

 すると、意外にも好反応。私の名前は担当してる子達がよく口に出すのでそれを知っているのかもしれません。

 

「こうして直接お会いするのは初めてですね。プロジェクトマネージャーの橘です」

「やっぱり! そ、それじゃあ……」

「た、担当してるばーちゃるちゅーちゅーばーに、あのロイドさんがいるって本当ですか?」

「ええ、確かにロイドさんは主に私の担当ですが」

「嘘……凄い」

「ロイドさんって実在したんですね」

「スクエアの生み出した架空の存在かと」

 

 人をそんな都市伝説みたいに。

 

「生ける伝説だもんね」

「ワリマジ(割とマジで)後世に名を残すよね」  

「あの、これって聞いていいか分からないんですけど」

「ぶっちゃけどこまでが本当なんですか?」

「はい?」 

「底なしの胃袋とか」

「不眠不休とか」

「どこまでが本当なんですか?」

「そうですね……全部ですかね」

「全ッッ」

「部……!!」

 

 丁度その時、件のロイドさんからRINEが届きました。

 

『私ってもしかして、ハーレム主人公なのでは?』

 

 そんなムカつく言葉と一緒に、自宅で年下の女の子達とケーキやらご馳走やらを楽しむ写真が幾つか届く。

 

 楽しそうです。流石、クリスマスに配信をするのかどうか聞かれた時に、『あそぶ』とたった三文字でファンを黙らせただけはあります。カイザーさんもクリスマス配信してくれとコメントした方に『アンチかぁ、てめぇ?』と言っていましたし、一部の間では二人きりで聖なる夜を楽しんでいるのではないかと邪推されていましたが、写真の中は見事に女性だけです。さすがハーレム主人公なだけはあります。

 

 十中八九カイザーさんは妹さんとクリスマスを過ごしているはずですが、いつもの言動と態度があれなだけあって誤解されやすい方です。もったいない。

 

 丁度いいのでお二人に内緒でロイドさんだけの写った画像をお見せしました。

 

「え、合成ではなく?」

「3D……でもない」

「つまり、こういう方なのです」

「姉ちゃんどうしよう現実は伝説より奇なりだったよ」

「弟よみなまで言うな。あの、橘さん。いつか私たちもロイドさんに会えますか? 忍野 タメナラちゃんはもう関わりがあったみたいなんですけど……」

 

 忍野さん、あの型破りな子ですか。なかなか初配信でやらかしてくれたようで担当マネージャーが頭を抱えていましたね。でも確かに、ロイドさんはああいう方を嫌いじゃなさそうですね。

 

 私は、ロイドさんが全ての四期生に顔を出すといった旨を話された事を思い出しました。今更私も止めたりしないので早速好きにしているようです。

 

「会えますよきっと。近いうちに」

 

 いや、本当に、すぐ会えると思います。

 

 私の言葉に感動したお二人が手を取り合って喜んでいる姿を見て、改めてロイドさんの存在がいかに大きくなっているのかを実感します。

 

 コラボを嫌がっていたあのロイドさんが懐かしく、なんだか微笑ましく思いながら、少し寂しさも覚える今日この頃。

 

 ……あーやっぱり私も彼氏とかそういうの作った方がいいのでしょうか。

 

 虚しい気持ちになっていると、再びRINE。

 

『橘さんのケーキ、残しておくね』

 

 ……まあ、しばらくはいっかと、そう思いました。

 

◇◇◇◇◇

切り抜き

 

「どうぞ〜」

「プレゼントどうぞ〜」

「私にもくれるのかしら?」

「もちろんですどうぞー……ルン、もしかして」

「えすよえす。えすえすえす」

「S? ……そう、ありがとう。貰ってばかりでも悪いから、今度お返しするわ。貴方はアース・フェイスのスニーカー。貴女はケイトクローバーのハンドバックね」

「「な、ど、どうしてっ……!?」」

「あら、私ってさとり妖怪って設定じゃなかったかしら?」

「もう〜置いていかないでよぉミトちゃぁん! どうしてそんな小さい体なのに歩くのが早いのぉ」

「次小さいって言ったら殺すわよ」

「ふぇぇ」

「冗談よ。こういう時小さい子って、小さいって言われたら怒るものでしょう?」

「ルンルンルンどうしよう。もしかしてもしかして」

「おお落ち着いて、冷静に、深呼吸して、まだリーチみたいなものよ。だって三期生はまだ一人……」

「あれー、僕以外にも結構いるんですね今日暇なの。二人とも彼氏とかいないんですねやっぱり(ライバーってそういうの難しかったりしますもんね)」

「ふぇぇ……は?」

「貴方一回ちゃんとしばかれたらどうかしら?」

「ランはあんな男性にならないようにね」

「うん、気をつけるよ」




亀のような更新速度申し訳ありません。私仕事場でメモ帳を使って下書きを書いてそれを家でスマホにうつす作業をとっていたんですが、バレました。別にサボってるわけじゃないのにっ……よってその方法が取れなくなりました。辛い。

まあ言い訳です、はい。最近の感想を見れてないのも自分のメンタルの責任。お話的にもこれ以上の盛り上がりはないので、見切りつけちゃってください。というわけで誠に勝手ながら一旦ここで挨拶をしておきます。これまで読んでいただきありがとうございました。いつかまた会いましたら、その時は今よりも誠実になれているよう精進します。

完結にいつたどり着くかな……そうそう、更新速度が遅れたもう一つの理由は真理に気付いてしまったから。ぶっちゃけ、本物(のVtuber)見てた方が面白い!!


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第五十四話☆ リスナー系Vtuber 忍野 タメナラ

◇◇◇◇◇

 

「お、忍野ですっ。はじめまして? えっと、はじめましてですっ。あー緊張するぅ。こういうのってやっぱり私だけの特別な挨拶とか考えた方がいいんですかねー? ちょっと出尽くされてる感じあって何も思い浮かばないんですけど、えへへ、あ、忘れてたっ。えーっと、忍野 タメナラです! よろしくお願いします!」

 

〜コメント〜

おはつ〜

初々しいじゃんかわいい

没個性にならないかが心配だが

タメナラちゃんは特技とかある?

 

「特技、ですか? お料理とかお散歩が好きですよ」

 

〜コメント〜

おぉーかわいい

聞いてなかったけど、とりあえず可愛い

インパクトは薄いな 

他には?

 

「他は特にないですね。それ以外は部屋に引きこもって基本Vの配信を見てますので。むしろそっちが本命なんですよ私は。今だって本当ならショコラちゃんの配信とアンズさんの配信二窓で見てるはずだけど背に腹は変えられないし……」

 

〜コメント〜

ん?

どうした、なんか、どうした?

配信中だよタメナラちゃん!

なんか素が垣間見えたっていうか

 

「あ、私実は掛け算が苦手で! 九九が出来ないんです。7の段? しちいちがしち、しちにじゅうよん? えっとぉ一番難しいのでムリです!」

 

〜コメント〜

お、おー可愛い可愛い

顔に似てアホっぽいところは解釈一致ぞ

んー……

可愛いよー

 

「──と、これまで私は面接からこの配信に至るまで頭の緩い子を演じてきましたが、全部嘘です。フェイクです。初配信で黒歴史を作るというありふれた惨事を作りたくないので、この辺りでバラしておきます」

 

〜コメント〜

お?

流れ変わったな

変わったか?

 

「恥を忍んで頭緩い子を演じてきたのも、全てはスクエアに入る為! 面接のアピールで私が何をしたか教えてやりましょうか? “九九がぁ、むずかしくて言えないですぅ” ……そんな訳ないだろう! 九九くらい出来るに決まっているだろう! 九九が言えないとスクエアに入れるなんて噂が立っていたから利用しました。本当でした。スクエアに入る為なら、私は喜んで馬鹿になります」

 

〜コメント〜

一般ファンガチ勢か

俺たちに行動力があったらこうなるんだなー

そろそろ落ち着け、叱られるぞ色んな所から

九九が言えない奴は本当にいるというのに……

 

「えーっと、私の設定は……そうそう、三女の中学生だ。でもこれは実は世を忍ぶ仮の姿で実は詐欺師なんだよ。詐欺師の衣装? そんな物あるはずがないよスクエアも知らないんだから。今考えた。私がスクエアに目をつけられてなければ、いずれ衣装は出来るだろう。私だってビクビクしてるんだ! これは契約違反に入らないか? この後の事を思うと気が重い。だけど止められない。全ては、スクエアに入る為! 私が消されない事を祈ってくれ」

 

〜コメント〜

お前……消されるぞ

俺は推すよ お前は俺たちの希望だ

その演技力ならタメナラちゃんとして騙し続ける事も出来ただろうに、忍野! お前の正直な行動ッ! ぼくは敬意を表するッ!

この破茶滅茶ぶり、ある意味スクエアに相応しいんじゃ?

〈安藤 ロイド〉私は好き

 

「はうっ!? ロロ、ロイドさんが私の事をッッ」

 

〜コメント〜

ろろろいど?

おーやったじゃん

スクエアの裏ボスに認められたんだから、少なくともこれで消されたりはしないだろう

問題児は問題児を呼ぶ、か

スクエア革命派新メンバー忍野タメナラちゃん

安藤ロイド本当に四期生全員に顔出してますねぇ

↑後二人だな

 

「わ、私……一度でいいから、ロイドさんとお話したくて、ひっぐ、ゆ、夢が叶いましたぁ……ぇうぅ」

 

〜コメント〜

コメントされただけなのに

泣くな泣くな

もう既に黒歴史じゃん

いつかエモくなるから大丈夫

あ、そんな事言うからマジでロイドちゃんきちゃった

限界化してるファン兼配信者に追い討ちをかける鬼畜アンドロイドがいると聞いて

もうタメナラちゃん言葉紡げてないじゃん

最近のロイドちゃんはすっかり先輩風が板についた

コラボ配信を嫌がっていたあの子はもういないんだね

もうすぐ詐欺師泣かせの安藤ロイドって切り抜きが出てくるぞ

これはロイド様結構ガチでタメナラちゃんの事気に入ってるんじゃね?

仲睦まじい先輩後輩。スクエアは安泰やぁ



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