【完結】霊能チートのネタバレ事件簿 (虫野律)
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第一章 混ぜるな危険という言葉を知らんのか
お屋敷、メイド……うぅ頭痛が痛い


暇潰しにどうぞ。


『私を殺したのはあの男!』

 

 そういって彼女が指差したのは、この屋敷の当主──(たちばな)一樹(いつき)さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(-.-)Zzz・・・・

 

 

 

 俺には霊感がある。それも見えるだけとか、何かが聞こえるだけ、なんてぬるいレベルじゃあない。見る、聞く、触る、嗅ぐ全て可能だ。その気になれば憑依させることも自由自在だ。ざっくり言うと霊能チートってやつだな。

 

 そんな俺だが基本的にはニートをしている。

 

 ただ、なんの因果かよくミステリーである絶壁のお屋敷みたいな所に来て、嵐に見舞われ、如何にもなお屋敷に軟禁状態になり、さらに予定調和のように殺人事件に遭遇した。

 呪われてんのかな。でもそんな気配はない。俺なら分かるはずなんだよなぁ。

 

「はぁ」

 

 つい、ため息が出る。

 

「どうしたの? 疲れてるの?」

 

 俺を連れ出した張本人が、まるで悪びれずに言いやがった。

 そもそもの原因はこいつにある。こいつ──(あきら)とは腐れ縁の幼なじみってやつだ。亮が急に海に行こうと俺を連れ出したのが全ての始まりだった。

 亮にはよくあることで、突然何の脈絡もなく、行動を開始する。バカなんだと思う。しかも、それに人を巻き込む。マジ迷惑な奴なんだが……。

 

 俺がじとっとした目を向けるとバツの悪そうな顔になる。

 

「ぅう、ごめんなさい……。悪気はなかったの……」

 

「……いいけどよ。慣れてるからさ。はぁ」

 

 なんと言うか、憎めない奴なのだ。コロコロと素直に変わる表情と裏表のない性格がそうさせるのだろう。

 

 で、だ。問題はそこじゃない。いやこいつもこの状況も問題だけど一番の問題は、板野サヤさん(23)の霊である。

 

『ねぇねぇ! 早くあいつを捕まえる証拠を探しにいこうよ! あいつの部屋とかにきっと毒とかがあるからさぁ!』

 

 うるさいなぁ。

 

 この人(?)が今回の事件の被害者に当たるらしい。彼女の死体は、彼女の自室にある。毒殺(?)だってさ。部屋の中には彼女の吐瀉物がばらまかれている。中には乾いているのもある。嫌なものを見させられたものだ。

 彼女が言うには、当主の橘一樹(たちばないつき)さんに渡されたペットボトル飲料を飲んだらこうなったらしい。

 うん。まずこの時点でおかしくないか?

 ペットボトル飲料って他の人に勧めるときは、普通、未開封のやつを渡すよな。それなのにどうやって毒を仕込むんだよ。

 仮に方法があるとして、橘さんにそれができるのか?

 じゃあ開封済みを渡されて素直に飲む場合ってなると、親しい仲、要は友人や恋人のパターンだ。それなら納得できなくはないが……。

 

 はっきり言って俺は理屈をこね繰り回すのが苦手だ。大体は直感でなんとかなるし、理屈はめんどくさい。

 そもそも俺は小説で登場する探偵じゃあない。ついでにイチイチ犯人を捕まえよう! とかいう正義感も無い。

 つまり、もうめんどくさいからサヤさんは無視したいのだ。死んだくらいでイチイチ騒ぐのは馬鹿馬鹿しい。

 

 サヤさんが俺の肩を掴みガクガクしてくる。心霊現象そのものである。まっこと鬱陶しい。

 

『ねぇねぇねぇねぇ』

 

 うがー! やめてくれ!

 

 荒ぶる俺。俺の霊圧にビビるサヤさん。笑う亮。カオスである。

 

 そんな俺達の態度が悪かったのか、ここの使用人、つまりはサヤさんの先輩に当たる女性──武藤梓(むとうあずさ)さんが怪訝な顔を向けてきた。

 今、俺らは応接室に居る。んで、さっきまでこの事件について話合ってたわけだ。話し終わっても誰も席を立たない。かといって話すこともないから、変な空気だ。

 静かな応接室に全員で集まって暇してれば、周りの奴が気になったりもするだろうよ。やることないし。特に俺なんて何もないところに小声で話し掛けたり、荒ぶったりしてるし。

 

結城(ゆうき)さん、体調が優れないのでしたらお部屋で横になってても構いませんよ」

 

「そうですか? それは助かります」

 

 なんていい人なのだろうか。メガネ姿もかわいいし、素晴らしい女性だ。

 俺は意気揚々と部屋を後にしようとしたのだが、味方からまさかの裏切りを受ける。

 

「ゆう! それはダメ! 死んじゃうってば!」

 

 亮のインターセプトが入る。

 なんで死ぬなんて分かるんだよ? バカか?

 

「こーゆー時に1人になりたがる人は殺されちゃうんだって! ○ナンで見た! ○田一でもやってた!」

 

 だからここに居ろと。

 やっぱりバカか? アニメと現実は違う。だってそのアニメに幽霊なんて出てこないだろ? だったら完全なフィクションじゃねぇか。全く当てにならない。

 だが、あまりにも亮が必死に止めるから、可哀想になってきた。しょーがないから、もう少しここに居てやることにした。

 

 しかし今度はサヤさんから抗議が入る。

 

『ちょちょちょっと! さっき証拠を探しに行くって約束したじゃない!』

 

 いや、そんな約束はしていない。何を言ってるんだ。これだからそれなりに見た目のいい女は嫌いだ。

 

 もう俺のフラストレーションは限界だった。大体、俺はインドア派のニートなんだ。自分のお部屋を愛している。早くお家に帰りたいのだ。

 

 だから、こう言ってやった。

 

「謎は全て解けた。犯人は……」

 

 俺が何かワケわからんことを言い出したせいだろう。皆の視線が痛い。

 いや、約一名(亮)が目をキラッキラッさせている。やっぱりバカだろ。

 

 ……うん、俺が何をしたかだけど、皆の記憶を見た。

 記憶ってのは魂的なサムシングに刻まれる、と俺は考えている。んで、俺にはそれを見れるんよ。疲れるし、嫌なもんを見ることもあるから、いつもはやらないけど。

 ま、そういうわけで謎()なんて知らないが、全て解けたのだ。解けたったら解けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「板野サヤさん。彼女が犯人です」

 

 応接室の皆がポカンとする。サヤさんもポカンとする。

 

「本当に大丈夫ですか? 私がお部屋までお連れしましょうか?」

 

 梓さんが如何にも心配してそうな顔をし、さりげなく俺の背に手を添える。

 清純派気取りやがって! お前が居るせいでこんなことになってるんだぞ!

 

「大丈夫です。しかし梓さん」

 

 俺は微妙に探偵風のムーヴをかます。だって亮の反応が面白いんだもん。

 

「どうやらあなたは橘氏と不倫関係にあったようですね」

 

「? 何を言っているのですか?」

 

 あくまでシラをきるつもりか。俺はボソッと呟いた。ツイットーだけに。

 

「あずにゃん不倫愛好会」

 

「!??」

 

 梓さんの表情が崩れる。

 いや、そんな顔するなら始めからそれ系の投稿するなよ。

 あずにゃんの不倫愛好会てのは、大手SNSにあるアカウントで、所謂裏アカってやつだ。そこで自分の趣味全開の投稿をしているらしい。

 そこでは特定の名前こそボカされているものの、見る人が見れば分かるくらい具体的に色々と記されている。ちなみにフォロワー数は1万を越える。

 要するに、梓さんはめっちゃ歪んだ承認欲求持ちってことだ。普通に引くわ。

 

「まぁなんだ、それが原因で同じく橘氏と不倫関係にあったサヤさんが嫉妬に狂い、今回の騒動を起こしました」

 

「それって……」

 

 亮はお馬鹿さんなので、ピンときていないようだけど、梓さんと橘氏は何となく気づいたみたいだ。

 

「要するにサヤさんは自ら毒を摂取し、自殺したのです」

 

 サヤさんの霊体が揺らぐ。

 

「そして、橘氏と梓さんによる他殺と誤認させる工作もしています」

 

 嫉妬の末の命を掛けた復讐ってか。馬鹿馬鹿しいなぁ。

 

「……その判断の根拠はなんだい?」

 

 橘氏が柔らかな声音で聞いてきた。まぁ、そうなるよね。ぶっちゃけ霊能抜きだと明確な根拠はない。

 だからそれっぽいことを並べる。 

 

「皆さんも現場は見ましたね? パッと見、遺書もない。死に様も酷い。確定はできないがなんとなく他殺なのでは、と疑いましたよね」

 

 沈黙が痛い。はっきり言って手頃な言い訳なんて無いからかなり苦しいです。

 

「ゲロのインパクトで頭がおかしくなる気持ちは分かります。何を食ったらああなるのか想像もできません」

 

『おい』

 

 サヤさんが何か言ってるが知らん。めんどい女は嫌いだ。

 

「でも皆さん、冷静に考えてください。ゲロがあれほど広範囲にある、ということは移動しながら撒き散らしたということです。そう、所謂歩きゲロです」

 

 歩きゲロってなんだよ。

 どうして誰も突っ込まないんだ? 

 おい、亮。悲しくなるから「なるほどー」とか言うな。

 

「しかも、です。ゲロは乾き始めているものもあれば、鮮度(?)を保っているものもありました」

 

 サヤさんが静かになってる。

 へ、ざまぁ。無関係の俺を巻き込んだ報いだぜ。

 

「つまり、毒物の服用から断続的に嘔吐しながら、長い時間を掛けて死亡した。他殺であれば助けを呼ばないのはおかしいですよね?」

 

 当然スマホだって持っていただろう。その気になれば、自分の足で部屋を出ることも可能だったはずだ。

 

「仮にその場に犯人が居たとしたら、ゲロが付着か、少なくとも臭いくらいはつく筈ですが、ここには、サヤさんのゲロ、そう、サヤさんのゲロ(くさ)いお方は居ない。あれ程のゲロ、そう簡単に(にお)いが取れるわけがないのにです」

 

 大事なことなので二回言っておいた。なお、実際、臭いがどれくらい付くかなんて分からない。サヤさんに恥ずかしい思いをさせる為に言っただけである。

 サヤさんは俺の横で真っ赤になってぷるぷるしてる。ざまぁ。

 ちなみに、生きてるサヤさんが最後に目撃された時から今までの間、着替えた人は居ないっぽい。

 

「というわけで自殺と考えました。それと変態メイド、梓さんのSNSへの投稿」

 

「ぷ、変態」

 

 亮が吹き出す。そういうとこ、俺は好きよ。

 

「そこから、人間関係を考察して、状況から矛盾がない筋書きを探した。それがさっきの答えになります」 

 

 亮がおーと歓声を上げる。まさにバカの見本。君はいいワトソンになれるよ……。

 しかし。

 

「でも、それって単なる情況証拠からの推測ですよね?」

 

 ずっと黙っていた橘さんの奥さんが異を唱える。

 いや、あんたが現実から目を逸らし続けたからこうなってるとこもあるんだからな? マジお家帰るの邪魔しないで。

 

「ごもっともです。ではこれから橘氏と梓さんの部屋を皆さんと一緒に調べましょう。すると出てくる筈です」

 

 サヤさんが霞み出す。

 あんたが頻りに橘さんの部屋を調べろって言ってたのは、要はそういうこと(・・・・・・)だった。

 

「サヤさんが仕込んだ毒物がね」

 

 決まったぜ。あとは警察が来たら多分こんな感じだから後は任せたバイバイってすれば完璧だ。これでお家に帰れる。俺は一仕事終えたと、ドヤ顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし俺の願いは叶わず、後から到着した警察のお友達と夜通し密室で盛り上がる義務が発生した。正確に分かりすぎてて怪しいんだってさ。いちゃもんである。

 なんとか誤解は解けたんだけど、帰り際にエロい身体した女刑事が、警視庁なんたらかんたらっていう長い肩書きの書かれた名刺を渡してきた。

 

 なんか嫌な予感がするけど、敢えて考えないことにした。

 ただ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勘って当たっちゃうんだよなぁ」

 

「どうしたのゆう? お腹減ったの?」

 

 亮が、俺が買っておいたポテチを食べながら、言いやがった。

 信じられるか? 

 俺が警察署から帰り着くと、マイルームでポテチ喰いながらゲームしてたんだぜ? 俺を巻き込んで警察署送りにしといて、亮だけずるくないか?

 しかも暑いからってノーブラTシャツで。ここはお前の部屋じゃない。

 

「ねぇ! 次はここに行きたいんだけど……」

 

 亮がどこからともなくパンフレットらしきものを取り出す。旅館がどうのと書いてある。

 俺の頭に『湯けむりなんたら殺人 ~囚われたニートの謎~』とかいうパワーワードが……。

 そんなわけで答えなんて決まってる。

 

「却下だ! 絶対に嫌だ!」

 

 当たり前だろ!

 

 え? サヤさんの霊はどうしたかって?

 

 気が済んで成仏するまで、俺に憑くらしいっすよ。なんだかなぁ。

 

 こうして事件(笑)は幕を下ろした。めでたしめでたし?

 

 

 

 

 

 

 

 



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くろーずどさーくるくるぱー

作者は難しいことを考えられません。


「お前達にゲームをしてもらう」

 

 放送用スピーカーからそんな定型文が流された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( TДT)

 

 

 

──肝試しに行こう!

 

 ことの発端は例のごとく(あきら)だった。いきなり廃墟に肝試しに行きたいとかヌかし出した。

 何でも、8月10日に集団自殺が実行されたスポットがあって、1年に1回その日にお化けがどんちゃん騒ぎしてるんだと。意味分からんわ。

 勿論、嫌がったよ。でも亮は強情だった。

「一緒に行ってくれないとゆうのベッドで一日中オ○ニーしてやる! 枕でシてやる!」と駄々をこねた。

 それはごめんなので、渋々電車とバスと徒歩で山奥の廃村まで来たら、いつものように事件に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮が不安そうな顔で放送用スピーカーを見つめる。

 

「君たちには毒を与えた」

 

 多分ボイスチェンジャ-により声を変えているんだろうね。変なザラザラした声だ。

 ざわっと周りの奴ら6人に緊張が走る。

 俺と亮も含めて8人が、目を覚ましたら肝試しに来た廃墟の一室に集められていた。おそらく肝試しに来たバカをターゲットにしていたのだろう。廃墟に入ってだいたい5分後以降の記憶がない。

 そんで目覚めたら、ここに居た。ホワイトボードに「毒を与えた。解毒薬が欲しければ廃墟から出るな」とあったから、皆で自己紹介とかして待ってたら、先のセリフである。

 

「どういうことよ!」

 

 この部屋に集められた人間の内の1人、キャバ嬢をしているミキさんがおこである。ぷんぷんしている。

 

「あと2時間以内に解毒薬を投与しなければ死ぬ」

 

 スピーカーから説明がなされる。録音か否かは判然としないね。

 

「冗談はやめて、早くスマホを返しなさい!」

 

 信じられない気持ちは分かるが、多分、毒ってのは本当だ。

 そして、スマホがないとなると助けも呼べない。

 ここはド田舎だ。仮に走って一番近くのバス停に向かったとしても2時間は優に越える。

 そもそも、次のバスは明日までない。俺達は肝試しに来たのだ。時間的に今は夜中。日中にならないとバスは来ない。

 そして、車で来た連中からはスマホだけでなく鍵が奪われている。

 

「ミキ、多分言っても無駄だ。先ずは落ち着こう」

 

 ガタイのいい男──太一さんがミキさんをなだめる。ミキさんの恋人と言っていた。太一さんに言われたミキさんは唇を尖らせながらも、引き下がる。

 何故か亮も唇を尖らせている。変顔の練習でもしてんのか?

 

「……ゲームの内容は?」

 

 眼鏡を掛けた痩せた男──柏崎(かしわざき)さんが落ち着いた声で問う。

 こいつはサラリーマンだったか? ただ、引きニートって言われた方が納得の見てくれをしてる。まるで自分を見てるようだぜ……。

 

「この廃墟内での宝探しだ。解毒薬を7個程用意し、それらをバラバラに隠した。貴様らはそれを見つけるだけでいい」

 

 解毒薬は7個。つまりはそういうことだろう。意地の悪い奴だ。しかし、俺の予想は外れることになる。

 

「信じられないわ。毒を投与したっていう証拠を出しなさい」

 

 今度はつり目の女──真理(まり)さんが強い語気で言った。こいつは大学生だとよ。都内の有名大学に通ってるそうだ。

 

「言い忘れたがこの中の1人だけ、少しばかり効果が早く顕れるようにした」

 

 !!?

 

 それで解毒薬は7なのか……!

 

「……ちょっと、優衣(ゆい)! 優衣!」

 

 バイト仲間と言っていた女2人の内、1人──優衣さんが蹲っている。亜美(あみ)さんが懸命に呼び掛けるも返事がない。

 

「失礼」

 

 眼鏡の自称サラリーマン──柏崎(かしわざき)さんが優衣さんの脈を取る。

 突然の柏崎さんの行動に太一さんが眉間にシワを寄せる。

 次いで、柏崎さんは、優衣さんの瞼を開けて小型のライトを当てる。瞳孔を確認しているのだろう。

 最後に口元に手を翳す。呼吸もないみたいだ。もう確定やね。

 

「亡くなっています」

 

健二(けんじ)さん! 嘘でしょ!? そんな……」 

 

 なんかB級ホラー映画みたいな展開になってきたなぁ。

 

 仕方ないから本気出すか。

 

 ここに居る皆の記憶を読む。はい、真相も薬の隠し場所も丸分かりになりました。

 

「サヤさん、ちょっと」

 

『なに?』

 

「頼みがあるんだ」

 

 サヤさんの霊は微妙な顔をしてるけど、なんだかんだやってくれるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城(ゆうき)君の言ったとこ、調べてきたよ』

 

 サヤさんが帰って来た。薬の隠し場所を確認してもらってたんだ。その間に小道具も用意した。

 

『ビンゴ。百発百中だったよ! イエーイ!』

 

 うるさい幽霊だな。まぁ役に立ったから許してやろう。

 後でガチに腕の良い除霊師を紹介してあげよう。きっと嬉しさのあまり昇天間違いなしだ。

 

 よっしゃ。じゃあ帰りたいから、サクサク解決しますか。

 

「謎は全て解けた!」

 

 突然俺が訳わかんないこと言ったせいで空気が凍る。そもそも謎って何だよ。これはそれ系ではないのにな。

 だが、亮はまるで地獄に仏が降臨したのを見た時みたいな顔をしている。恥ずかしいから拝むな。

 

「はぁ? 何言ってんの?」

 

 キャバ嬢のミキさんだ。

 

「言った通りだ。この身勝手な茶番の全てが分かったんだよ」

 

「……本当なのか」

 

 ガタイのいい男──太一さんが半信半疑ながらも、しかし、完全否定まではしない。よしよし。お前はいい奴だ。

 

「ああ、安心しろ。薬の位置も把握している」

 

「説明しなさい。内容によっては信じてあげるわ」

 

 なんで真理さんはそんなに偉そうなんだ。なんか納得できねぇがまぁいい。さっさと終わらせて帰るぜ。

 

「まず、結論から言おう。犯人はお前だ!」

 

 そう言って俺は、先程亡くなってしまった優衣さんを指差した。残念ながら、優衣さんの霊はここに居ないがそれはもういい。

 

「はぁ? 何それ? 意味分かんない」

 

 優衣さんのバイト仲間──亜美(あみ)さんが否定してくる。気持ちは分かるが事実だ。

 

「そして、もう1人」

 

 おー、全く動揺しないとはやるなぁ。

 

「柏崎健二さん、あなただ!」

 

 ぴしぃぃっと効果音が出そうなくらいのキレで指差す。亮が真似してるが、全然キレが足りない。未熟者よのぅ。

 

 こっからは屁理屈とこじつけのなんちゃって推理を雰囲気だけで押し切る! 腕が鳴るぜ! ……帰りたい。

 

「柏崎さん、あなた単なるサラリーマンではないですね」

 

「……根拠は?」

 

「先程、あなたは優衣さんの死亡を確認していた。脈は分かります。呼吸も分かります。しかし、瞳孔に関しては普通の人は分からない。それこそ、医療関係者でないとね」 

 

 亮がごくりと唾を飲み込む。完全に観客気分である。

 ムカつくわぁ。

 

「ミステリー小説好きで、たまたま知っていただけですよ」

 

「では、その時のペンライトは? あんなもの普通の人間は所持していない」

 

 病院以外で見たことないよ。

 

「……仮に私が医者だったとして」

 

「おや、俺は医者なんて一言も言ってないですよ?」

 

 これは本当にただのいちゃもんだ。

 ただ、周りの人間の中に僅かな疑念は生まれるだろう。場の空気を変えることは、雰囲気推理(笑)では最重要事項だ!

 ちなみに亮は、ハッとした顔をしている。

 リアクション芸人かな?

 

「そもそも冷静に考えてみてください」

 

 先程からインテリぶって偉そうな真理さんに訊いてみる。

 

「真理さんは、おそらくはガス状の睡眠薬を上手く調整して人を眠らせたり、毒薬を調整して死亡時刻を操作出来ますか? そして、その薬を入手出来ますか?」

 

「……無理ね」

 

 でしょうね。普通出来ないよ。俺だって無理だ。

 

「であれば、犯人は医療関係者であるとするのが妥当でしょう。更にもう一つ」

 

 今度は太一さんに問う。

 

「太一さんは体重はどのくらいですか?」

 

「……100に少し届かないくらいだ」

 

 おーやば。ガリガリな俺の2倍近くあるやん。

 

「すごいですね。ちなみに普通の成人女性があなたを運ぶことは可能だと思いますか?」

 

「台車使えば何とか……ん、わかんねぇな」

 

「俺達は最初の部屋から、移動しています。つまり運ばれたということです。この時点で俺は太一さんと柏崎さんを真っ先に疑った」

 

 ただなぁ。これは太一さんが犯人の可能性を確実に否定出来ないから、微妙ではある。

 

「……ただ、太一さんは柏崎さんが死亡確認を取り始めた時、怪訝な顔をしていた。最初は柏崎さんが何をしたいか分からなかったのではないですか?」

 

 立ち位置的にも、脈を取る、というよりいきなり腕を掴んだように見えたかもしれない。それにはバイアス──知識不足からの思い込みもあっただろう。そんな奴が医療関係者とは考えにくい。

 こんな説明だと……うーん、無理があるなぁ。でも他にないんだよなぁ。

 

 しかし、意外なところから助け船が出される。

 キャバ嬢のミキさんだ。

 

「そりゃあ、分からないって。この人、このナリでグロいのとか病院が嫌いで全然そっち系に詳しくないんだよね」

 

 ナイスアシストだ!

 

「つまりその時俺は容疑者から外された、と」

 

「ええ、俺が考える第一の犯人像は、男かつ医療関係者です。だか」

 

 しかし、俺の言葉は遮られる。

 

「……お前はどうなんだ?」

 

 まさかの太一さんからの鋭い突っ込みが入る。それを言われると弱い。どうしたものか。

 

「正直、俺が犯人でない物的証拠はない。だが、これから薬を皆で回収に行く。そして、俺への薬の投与は最後でいい。この行動で勘弁してくれ」

 

「……確かに犯人がそこまでするとは思えない。でもあなたが頭のおかしい愉快犯であるなら矛盾なく説明出来るわ」

 

 真理ぃー! 余計なこと言うなぁ! これだから中途半端に頭のいいやつは!

 しかし、真理さんからの追及は止まない。

 

「薬の位置だってあなたが犯人なら知っていることに説明が出来るわ」

 

 くぅ。その通りだな! 

 

 だが、抜かりはないぜ!

 俺はポケットからメモを取り出す。そこには薬の場所が書かれている。

 

「これは……!」

 

 皆が息を飲む。亮は微妙な顔をしている。

 まさか亮は勘づいたか……? まさかな。亮だしな。

 

 これは俺がさっき、周りを見てくると言ってここを離れた時に、優衣さんの霊を無理矢理憑依させて、能力だけ模倣し、筆跡を真似て書いたものだ。

 優衣さんはまるで強姦にでもあったかのようにしくしく泣いていたが、まぁどうでもいい。

 

「っ!」

 

 おっと漸く、柏崎さんの表情が変わったな。

 俺はニッコリと笑いかけてやる。いい気分だぜ。

 

「おそらく彼女なりに悩んでいたのでしょう。罪の意識もあった。それが俺に薬の場所が記されたメモを渡すという行動になったのでしょう」

 

「いつだ?」

 

「目覚めてすぐですよ。彼女がこの部屋を出た時があったでしょう? その時、俺もたまたま部屋の外に居た」

 

 勿論、嘘である。もう真っ赤なお鼻である。

 

「初めは俺も疑っていた。どうするべきか、迷っていた。だからすぐに言い出せなかった」

 

 すまない、と頭を下げておく。

 

「さて、これらのことから俺は柏崎さんと優衣さんが犯人であるとしました。そして、もう一つ」

 

 あー、長くなってきたから亮、飽きちゃってるよ。うとうとしてるわ。お前が連れてきたせいだろ。もうちょい我慢しろ。

 

「亜美さんは柏崎さんを知っていた。そうですね?」

 

「……ええ、優衣の恋人としてよく話は聞いていたわ」

 

「あなたは柏崎さんを『健二さん』と迷いなく呼んだ。そんな風に柏崎さんは名乗っていないのに、です。つまり、柏崎さん、亜美さん、優衣さんが顔見知りであると読んだのです」

 

 疲れた。早く帰りたい。

 て、おい! 亮寝るな! ずるいぞ! 

 亮の頭を小突いて起こす。何があと5分だ。お前絶対そのまま二度寝するだろ。

 

「……そして、優衣さんはメモを渡す時、私に言ったのです」

 

 場が静まり返る。

 

「健二を止めて、と」

 

 もう嘘をつくことに抵抗がない。サイコパスだろうか。

 でも、憑依した時に流れ込んできた感情はそんな感じだったし、セーフっしょ。

 

「……以上のことから、親密な関係にあったであろう柏崎さんと優衣さんが今回の共同正犯であると判断しました」

 

「……でもそれだけじゃあ」

 

 真理さんが突っかかって来ようとするも、それは柏崎さんによって止められた。

 

「もういい。君の言う通りだ」

 

 こうして柏崎さんは自供を始めた。何か色々考えすぎちゃう人って感じで、人の醜さに絶望していたとかなんとか。

 最後に追い込まれた人が如何に醜いか確認してから、自殺するつもりだったらしい。

 きっと医者の激務で病んでたんだな。やっぱニート最強だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、ミキさんが警察に通報した。

 俺は「帰りの交通費が浮くぜ」と喜んでたんだけど、何故かまたしてもエロい身体の女刑事と密室で人には言えない秘密の会話をする嵌めになった。

 まぁ前回よりは早く帰れたので、許してやらんでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 署から帰った俺を出迎えたのは、下着姿で枕を股に挟み込み、けしからんことをしている亮だった。

 目眩がする。

 

「結局やってんじゃねぇか!」

 

 泣いていいかな?

 

 

 

 



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名探偵様へ [前編]

後編書いてみて、しっくり来なかったら消すかも。


「先ずは1人。後7人。あなた達は我輩を止められるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

( *゚A゚)

 

 

 

 ある日、珍しく俺は1人の時間を過ごしてたんだけど、それはそっこーで終わることになった。

 

 ぴんぽ~ん?↑ ぱんぽ~ん?↑

 

 我が家のちょっと頭のおかしいドアベルが響き渡ってしまったんだ。

 誰だよ? せっかくの孤独なのに、めんどくさいなぁ、居留守使おうかなぁって思ったけど、無視して何度も鳴らされると普通に恥ずかしい。

 仕方ないから、ドアを開けてやる。

 

「うっす! 来ちゃったっす」

 

 女刑事、吉良(きら)解理(かいり)さんが軽い調子でやって来た。

 相変わらずのエロエロボデーである。グラビアアイドル崩れのAV女優みたいって言えば分かりやすいかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い客室に招き入れて麦茶を出してやる。すると一気飲みしてから、解理さんは真面目な顔でしゃべりだした。

 

「実は結城君にお願いがあるっす」

 

「おう、断固拒否する」

 

「なんでっすか!? 話くらい聞いてくれてもいいじゃないっすか!」

 

 何だよ。めんどくさいな。嫌な予感がさっきから凄いんだよ。俺のすぃっくすすぇんすぅはよく当たるんだ。

 

「だから、あんたは疫病神なんだよ!」

 

「ひ、酷いっす! 何回も夜を伴にしたのに……!」

 

 やかましいわ。

 しかし、俺はここで、はっ、とする。まさかこいつドラク○で言う確定イベントみたいに、断ると無限ループするんじゃ……。

 

「とにかくやらないから、帰ってくれ」

 

「嫌っす。せめて聞いてくれるまで帰らないっす」

 

 ……。

 

「俺も嫌」

 

「嫌っす」

 

「帰れ」

 

「嫌っす」

 

「嫌っす」

 

「……なんで真似するんすか」

 

 良かった。無限ループじゃなかった。

 

「もし、ウチの頼みを聞いてくれたら、いつもの事情聴取が短くなるように(努力)してあげるっすよ。ど」

 

「全力を尽くすことをお約束いたします!」

 

 そういう大事なことは先に言えよな、全く! エロい身体で焦らしやがって。

 

「え、あ、はい。サンキューっす?」

 

 何を呆けているんだ。早く述べたまえ。

 俺が聞く態勢でスタンバっていることを察したのか、漸く解理さんは語り出した。 

 

「3日前に明暗中学校の生徒が殺害される事件が起きちゃったのは、知ってるっすよね?」

 

 知ってるから、こくん、と頷く。

 明暗中学校。

 私立の学校で、大学まであるお坊っちゃまお嬢様学校だ。ま! 俺とは無縁だな! そこの生徒がナイフでメッタ刺しにされて殺されたらしい。昨日ネットニュースを見て、亮が騒いでいた。

 

「警察では捜査本部を設置してかなり力を入れて捜査しようとしているっす」

 

 あ。金持ちの親、つまり権力者の圧力があるんかね? 

 しがないニートの俺には、よく分からん世界だ。

 

「で、昨日、警視庁捜査一課宛てにこんな手紙が届いたっす」

 

 解理さんはそう言ってパンツスーツのジャケットに手を入れる。

 擬音で表すと、むぎゅって感じ。

 ……わざとやってんのか? まぁいい。それより手紙だ。

 大きめのスマホに画像が表示される。

 

「先ずは1人。後7人。あなた達は我輩を止められるかな?」

 

 こんな風に書かれた紙が表示されてる。

 犯行声明ってやつか。

 てかさ、こーゆーの外部に漏らしちゃアカンくない? 別に俺に損失がなければいいけどさ。

 でも、残念ながら疲れるという損失はありそうなんだよなぁ。

 

「で、俺にそれを見せたってことは……」

 

 今度は解理さんが、こくん……、いや勢いが強すぎて、ごぐん゛て感じだな。

 

「結城君には一般の捜査協力者として、事件解決に力を貸してほしいっす!」

 

 ……怪しい。

 ○ナン君しかり、金田○一少年しかり、フィクションでは民間人である探偵が、殺人とかのヤバめの事件にガッツリくい込んでるけどリアルではあり得ない……と、思うんだ。

 だって探偵つっても民間人だぜ? おかしいって。絶対おかしいって。状況的にやむを得ないなら分かるけどよ。いつもの俺みたいに!

 ジトッとした目を解理さんへ向ける。

 

 じぃぃぃーーー。

 

「ど、どうしたんすか?」

 

 じぃぃぃーーー。

 

「そんなに見つめて……ハ!」

 

 じぃぃぃーーー。

 

「さてはウチの色気にやられたんすね!」

 

 やっぱり自覚あったんだな! クソ○ッチが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな訳で俺はクソビ○チ──解理さんと一緒に犯行現場に来ている。

 ちなみに解理さんは何故か俺を名探偵だと誤解していて、キャリア組を出し抜いて手柄を上げる為に独断で俺に助力を求めたらしい。

 勿論、あまりよろしくない行為だ。

 解理さんも、本当はダメっぽいから誰にも言わないで、とあざとい感じで言っていた。

 うざいしムカついたけど、毎回毎回事情聴取で長いこと拘束されるのはダルいから渋々了承した。

 

 犯行場所は工事が中断している建設現場だ。一応、工業地域だから周りに通行人が沢山! て訳ではない。

 

 そんで、現場に着いた俺はすぐに残留思念──人がモノや場所に残す感情や記憶──がないか、感覚を研ぎ澄ませた。

 そして、見つけた。

 揺蕩う被害者らしき霊体の残滓。現場で円を描くように、くるくると旋回している。

 後はそれに触れて取り込むだけだ。残留思念が風に流れるタイミングを読んで……。

 手を伸ばす。

 

「っ!」

 

 痛い痛い痛い痛い!

 被害者の少女がまさにメッタ刺しにされてる瞬間の記憶が痛覚と供に流れ込んできたんだよ。きっついわ。

 でも。

 

「分かったぞ」

 

 被害者は犯人の顔や出で立ちをしっかり見ていたんだ。これならすぐ見つけられる。

 しかも、だ。犯行中に犯人の名前を呼んでいた。

 

「え! 何が分かったんすか?」

 

 俺の呟きを逃さなかったみたいだな。解理さんが近寄って来た。

 

「犯人が分かったんだ」

 

「うっそ!? マジっすか!? マジでマジなんすか!?」

 

「マジにマジ」

 

「ぱねぇ! 結城さんマジぱねぇす!」

 

 お前は後輩ヤンキーか!

 

 犯人の目星はついた。被害者の少女を殺したのは、同世代の少年で少女と顔見知り。特徴は坊主頭に、右の耳の軟骨が変形していること。アダ名はしゅんちゃん。

 これだけ揃えばバカでも分かる。

 おそらくは、同じ明暗中学校の生徒だ。

 

「明暗中学校に行こう」

 

 ちなみに、俺は捜査協力するに当たって、条件を出している。

 俺の推理(笑)について、突っ込まないこと。

 だって、霊能力です! なんて説明したくないし。

 ま、そんなこんなで今回も事件解決! めでたしめでたし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な破裂音。

 拳銃、あるいは改造エアガンか。いずれにせよ、弾丸が複数回、しゅんちゃんと呼ばれていた少年へと着弾する。

 

「……」

 

 場所は夕方の商店街。皆が一瞬しんと静まり返る。そして、倒れる少年と逃げる何者かを見て、理解する。

 

「お、おい。これって」

 

「やば! ガチの殺人じゃん!」

 

「早く行こ!」

 

「うわぁあ」

 

 興奮する奴、足早に立ち去る奴、スマホで撮影する奴、ぼーっと倒れた少年を眺める奴。……俺は想定外の事態に固まってしまっていたんだ。

 

「結城君は救急車と警察呼んで!」

 

 この場の誰よりも早く動き出していた解理さんが、走りながら叫ぶ。

 

「ウチはあの()を追うっす!」

 

 行っちゃった。

 

 ……。

 

「っ! まずい!」

 

 ここで、漸く俺は自分がすべきことを認識出来た。我に返ることが出来た。

 見ると、倒れた少年の魂と霊体が消えかかっている。

 慌てて記憶を覗こうとするも……。

 

「……ミスった」

 

 後一歩遅かった。記憶は覗けなかった。

 

 こう見えて俺は自分の霊能力に自信がある。残留思念を読み取ることをミスる訳がないと思ってた。

 確かに霊能力は正確だったと思う。でもさ。それをどう解釈するかは、霊能力無しの俺の精神なんだよね。そこでは当然間違いが起きちゃうこともある。

 今回の場合だと、俺が勝手に犯人は1人って思い込んでたせいで油断していた。中学校に向かう途中にそれらしき子を見つけて、ツイてるぅ、とか暢気に構えてたのもよくなかった。

 

 記憶を見るには対象の魂が必要だ。

 

 しかし、少年の魂と霊体は死亡とほとんど同時に消えてしまった。俺がフリーズしてたせいで間に合わなかった。

 

 だが、分かったこともある。事態は当初の予想よりめんどくさそう、ということだ。

 

 というのも、なんか感情は少ーしだけ流れ込んできたんだよね。

 

 死にたい! 死にたくない! ()と死ななきゃいけない! てね。

 

 凄く集団自殺っぽい。

 

 集団自殺だとしたら、かなーりやりにくい。だってこれ、多分明暗中学校の生徒が多数絡んでる系に思えるんだもん。

 となると、霊能力的には中学校に乗り込めばすぐ真相は分かる。

 だけど、もしも殺人を演出したい犯人達が「自分達が疑われてる」て思って、さっさと皆で自殺してしまったら事件解決したって言えない気がするんだよなぁ。

 そんなんじゃ解理さん、俺の事情聴取短くしてくれないっしょ。寧ろおこじゃない? めんどくさいわぁ。でもなぁ、中途半端は何か気持ち悪い。

 

「はぁ」

 

 とりあえず警察とか呼ぶか。そんでもうちょいやってみるかな。

 一応、俺ってば、名探偵らしいし。

 

 

 

 

 



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名探偵様へ [後編]

コレジャナイ感が凄いけど投稿する。
細かいとこは後で直すと思う。


『ひゃ、ひゃい。わわわかりまひた!』

 

 

 

 

 

 

 

( :゚皿゚)

 

 

 

 

「今日からお世話になります。教育実習生の結城幽日(ゆうきゆうひ)です」

 

 学校内を自由に動き回るには実習生って立場が便利そうだったから、学長にだけ話を通してもらって、潜入することにしたんだ。

 うん、すげー無理があると思うけど強行した。凄く恥ずかしい。

 なんか生徒の目が痛い。何でこんな時期に? とか思ってそうだ。

 

 ま、まぁいいよ。どうせすぐ居なくなるしな。ちなみに名前は本名だ。

 

 てか、解理さんあの後、犯人を取り逃がしたらしい。解理さん曰く、絶対協力者がいるってさ。逃走の仕方が1人でがむしゃらに逃げてる感じじゃなかったんだって。よー分からん。

 そんで現場に居たってことで、解理さんは捜査本部に缶詰めだってさ。銃撃犯の主担当として、すげー忙しいってRINEで言ってた。いい年して女子中学生みたいな文でちょっと引いたよ。

 

「それでは結城先生、早速授業をお手伝いしてもらいますね」

 

 俺の指導を担当するアラサーの男性教諭──進藤裕太(しんどうゆうた)さんが無茶ぶりしてきた。

 出来る訳ないだろ! 何を隠そう俺は何処に出しても恥ずかしいニートだぞ!?

 しかも、担当教科数学ってなんだよ! せめて公民とか現代文にしてくれよ! 解○さん──クソビッチの陰謀だぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎は全て解けた! ……解けたんだけどなぁ。

 

「はぁ」

 

 場所は屋上。普通に鍵が掛かってたけど、職員室から拝借してサクッと侵入した。誰も居ないから快適だぜ。それはいんだけどなぁ。

 

 真相は、進藤さんによる性被害を受けている生徒達のデモンストレーション的自殺劇だ。進藤さんは様々な変態行為を強要し、それを撮影。その動画を使い、生徒達に泣き寝入りさせ続けている。

 多少嫌でも警察に助けを求めればいいじゃん! て俺は思うんだけど、生徒達はそれをしない。何でかって言うと、簡単に言うと校風……か? いや、育ち……?

 ここに来る子の親って勝ち組上流階級なんだよね。エリートにはたまにあることだけど、生徒達もその例に漏れず、小さな失敗、人生の汚点、そういったものを受け入れられない、ていう強迫観念に縛られてるっぽい。結果、バレたら終わりだって思い込んで、性被害を誰かに打ち明けることが出来なくなる。

 失敗は無いように見える優秀な親の下で育ち、似たような家庭の子の居る学校に通えば、その感覚はエスカレートしちゃうよな。なんとなくは分かる。

 そして、進藤さんはその強迫観念が強い子、つまりメンヘラ気質の子を見分ける嗅覚が鋭い。そういう子をターゲットにしてきたらしい。

 

 でも、1人だけその強迫観念に逆らった子が居た。最初に死んだ少女──矢川華(やかわはな)さんだ。

 華さんは勇気を出して、この学校のスクールカウンセラーに相談した。で、当然のように揉み消された。で、絶望した。で、キレた。それはもうブッチギレよ。

 そこで華さんは、今回の殺人劇を計画した。社会に強いインパクトを与える形で殺人に見せかけた実質的集団自殺を行う。そうやって社会の注目をかっさらい、最後の1人が進藤さん、スクールカウンセラー、学校の対応を暴露する。マスメディア各社に生徒達の肉声でのメッセージを送るつもりらしい。

 情報を集める為に、華さんは進藤さんに媚を売り、上手くお気に入りになった。そして、他の被害者についての情報をゲットした。

 後は、被害者の生徒を1人、また1人と説得して、最終的に8人全員を引き込むことに成功。皆もう疲れきっていたんだ。死ぬきっかけを探していたんだろう、華さんの話は渡りに舟だった。

 

 と、まぁこんな感じなんだけど、これを上手く解決ってどーすりゃいんだ? 

 生徒達をほとんど時間差なく逮捕しないと自殺される可能性が高い。それに、納得してないと逮捕後も自殺の可能性がある。それはアウトでしょ。ギリギリ及第点と言い張る為にも、せめて半分以上の生徒は生きてる状態で逮捕して、適正に法手続を受けさせたい。

 

「でも、どうすっかなぁ」

 

 バカみたいな力技使うか? でも、それやっちゃうと生徒達が廃人になる可能性あるんだよなぁ。俺は別にいいけど、解理さんめんどいこと言い出さないか不安だわぁ。

 

『はぁ』

 

 出るのはため息ばかり……、て、おい! 俺はため息ついてねぇ。俺の声じゃない。

 横を見る。

 俺はニタァと笑うのを抑えられなかった。見つけたんだ。使えるネタを。

 

『ひぃ!』

 

 ガシッと少女の肩を掴む。絶対に逃がさん。

 

「お前後悔してるよな!?」

 

『え、何で見え? え? え、触ってる……』

 

「こ・う・か・いしてるよな!?」

 

 俺の霊圧を少女の霊体が消えないギリギリまで高める。少女が面白いくらい分かりやすく震え出した。目尻には涙を浮かべている。

 ガクガク震えてばかりで返事がない。イラっ。俺を巻き込みやがって、数学の授業やらせやがって、マジ腹立つわぁ。

 おっと、霊圧をすこーし上げすぎてしまった。てへ☆

 

「へ・ん・じ!」

 

『ひ、ひゃい! ひひひてまひゅ!』

 

 始めからそう言えばいいんだよ。全くやんちゃしやがって!

 

「じゃあ、俺に協力しろ。YESか、はいで答えろ」

 

『ひゃ、ひゃい。わわわかりまひた!』

 

 よーしよしよしよし! これで霊的ロボトミーをしなくて済むかもしれない。クソみたいな力技に変わりはないけどな!

 少女の霊──矢川華(やかわはな)さんはまるで勇者一行に袋叩きに合った魔王のようにしくしく泣いているが、まぁどうでもいい。

 謎(?)は全て解けた! 名探偵(笑)は伊達じゃねぇぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達に集まってもらったのは他でもない」

 

 生徒指導室では犯人グループの生徒達が布を噛ませられ、椅子に縛り付けられている。うん、俺のせいやね。

 サクッと幽体離脱して霊体になった俺は生徒達に取り憑き、身体を操作。この部屋に来たら、憑依を解き、戸惑ってる内に拘束。それを6人分繰り返す。これじゃどっちが犯人か分からんね。

 

「君たちのことは全て知っている」

 

 記憶見たからね。それにしても進藤さん、変態過ぎて笑うわ。中々あそこまでの変態は居ない。

 

「今回の殺人、進藤先生のこと」

 

 皆に動揺が広がる。

 

「どうして知ってるのか? て顔をしてるな」

 

 雰囲気を出すために窓のブラインドを少しずらし、外を見る。

 眩し! ヤメヤメ! 

 なんか偉い人ってよくこんなことするよね。マジ意味不明。目がやられてしまったぜ。

 

 たっぷりと溜めを作ってから、俺はジャケットの内ポケットへと手を入れる。

 そして、取り出す。

 

「この中に全てがある」

 

 俺が取り出したのはボイスレコーダー。

 

「事件の真相、進藤先生の悪行。この中で、それらについて華さんが述べているよ」

 

 今度は先程よりも大きな動揺。

 お、何人か物申したそうにしてる。じゃ、サクサク行きますか。

 

「聴いてみないことには信じられないよな。じゃあ流すぞ」

 

 ポチっとな。

 

「これを聞いているということは私はもう死んでいるのかな」

 

 間違いなく、矢川華さんの声だと思ったのだろう。生徒達が息を飲む。

 

「今回の事件は──」

 

 と、まず真相が述べられる。

 

「このボイスレコーダーを聞いた方にお願いがあります。私達の中にまだ生きている人が居たら、この音声を聴かせてあげてほしいです。そして一度だけ聞いたら、焼却炉で燃やしてほしいです」

 

 一旦止める。

 

「ここからは華さんの君たちへのメッセージになる」

 

 再生を再開。

 

(りょう)君、ごめんね。2人でヨーロッパを廻ろう、て約束守れなかったね」

 

 これは良君──真柴良平(ましばりょうへい)さん、矢川華さんの2人しか知らない約束だ。つまり、これが述べられている時点で本人である可能性が高くなる。実際は完全無欠な証明ではないけど、俺的にはこの子らが信じてくれたらそれでいい。

 良平さんが静かに泣き始める。

 はい! オッケー。次!

 

「──」

 

 と、こんな具合に皆への謝罪にかっこつけて、各々華さんと本人、2人しか知らないはずの思い出とかを挟む。

 まぁ、それなりに信じてくれたっぽいから、オッケーっすね。

 

「皆には悪いことをしたと思ってる。だから、ごめんなさい。私が死んだだけで十分。勝手なことを言って、ごめんなさい。でも、やっぱり私は皆に死んでほしくない。もう皆には自殺なんて止めてほしい」

 

 ここで音声が終わる。

 生徒達が顔を見合わせる。迷ってるな。

 

「俺はこれを学校の中庭で見つけた。華さんも迷っていたんだろう。しかし、止めるべきとの思いを捨てきることも、今回の集団自殺を諦めきることも出来なかった。それがすぐに見つかるような場所にボイスレコーダーを捨てるという中途半端な行動に繋がったと俺は見ている」

 

 生徒達は静かに聞いているが、中には涙を流す子も居る。

 

「はっきり言って、君達の犯行はすぐにバレる。おそらく計画の完遂を待たずして逮捕されるだろう」

 

 皆薄々分かっていたんだろうね。犯行計画の粗さは自覚してた。だから、今も難しい顔はしているけど、取り乱すまではいってない。

 

「でもさ」

 

 雰囲気を作る為に少し間を開ける。まったく! 気を使うぜ。

 

「華さんは君たちに自分の意思で踏みとどまってほしい、と言っている。俺にはそう聞こえた。だから俺はこのボイスレコーダーを警察に提出とか、真相を告発とかはしないつもりだ」

 

 ぶっちゃけ、提出したら色々まずいのは俺だもん。提出出来る訳ないじゃん。

 

「華さんの言う通り、後で焼却炉にでも突っ込むよ。君たちにとって残したくない事実が沢山含まれているから、華さんはそう願ったんじゃないか? 華さんは君たちの将来を少しでもマシにしたいと思ってるんじゃないか?」

 

 ぶっちゃけこじつけ甚だしいよな。とんだコントだせ!

 

 でも、生徒達の口に布を噛ませてるから、キレのあるツッコミはない。もごもご言ってるけどよー分からん。

 

「……つまり、心から君たちに生きていてほしい、と思ってるんだろ」

 

 疲れた。心にもないことをそれっぽく言うのってマジ疲れるわ。だって本心は全く別なんだもん。演技の才能皆無なんだよなぁ。

 

「……俺が言いたいことは以上だ。これから君たちを解放する。どうするかは君たちの自由だけど、俺は信じてる」

 

 ホントに頼むぞ! 自首! 自首しろよ!? フリじゃねぇからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、生徒達は皆で揃って警察署を訪れた。事件発生から解決までたったの1週間。

 でも、解理さんはやや不満顔だ。解決に自分があまり関与出来なかったからだとよ。警察官のクズである。AV女優への転職を勧めてあげよう。

 

 え? ボイスレコーダーはどうやって調達したか?

 

 デパートで買ったよ。そんで、華さんの霊を憑依させ、声を完全に再現して、俺が吹き込みました。

 何か問題でも?

 

『うぅー。納得いかない!』

 

 華さんが唸ってる。鬱陶しいなぁ。

 やっとサヤさんの霊が居なくなったのに、今度は華さんに憑かれてしまった。

 俺も納得いかないよ。

 

 ま、いっけどね。人なんてそんなもんよ。

 

「差出人不明じゃん」

 

 臨時に用意された俺のロッカーに張り付けられていたメモを眺め、そう呟く。

 

──結城先生、ありがとうございました。

 

 すまん。先生じゃないんだ。でも一応受け取っておくよ。

 

「……どういたしまして」

 

 腹減ったな。ファミレスでも行くか。

 

 




一人称苦手。コツとかってあるのかなぁ。


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トリック・オア・トリック

いつもより長い。


──満月の夜、魔王の涙を頂く。 怪盗ジョーカー

 

 

 

 

 

 

(((^_^;)

 

 

「うっす。来ちゃ」

 

 俺はインターホンに映された淫乱女を見て、すぐに通話を切った。

 当然だろ。前回はいつもの倍は疲れた。そんなのまたやらせられたら、堪ったもんじゃない。

 

──ぴこんぴぎぃぴぎゃあ!

 

 頭のおかしいRineの通知音が鳴る。

 

──解理(かいり)さんからメッセージが届きました。

 

 無視無視。

 

──解理(かいり)さんからメッセージが届きました。

 

 イラっ。

 

──解理(かいり)さんからメッセージが届きました。

 

 ……。

 

──解理(かいり)さんからメッセージが届きました。

 

 だぁぁあ! もう分かったよ! 出りゃいんだろ出りゃあよ!

 なんだよ! いい大人がメンヘラ彼女みたいなことすんなよ!

 

 玄関のドアを開けると、無表情の据わった目で、スマホを一定リズムでタップするエロい身体をした女が居た。

 こっわ!

 

「!」

 

 こっち見んな。おい止めろ抱きつくな止めろ。胸を押し付けんな。……力つっよ!? 痛い痛い痛い痛い!

 

「……痛い死ぬ」

 

「いいっすよ。ウチの中で死んで」

 

 やかましいわ! 腹黒クソビッチが! 数学の授業をやらせた怨みは向こう3年は忘れないからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分後、冷静になった俺達はマイルームで向かい合っていた。勿論、飲み物など出さない。そんな気遣いはムカつくのでやるわけがない。

 

「で、何の用だよ」

 

 どうせろくでもないんだろ?

 解理さんが、ジャケットの内ポケットに手を入れる。ただ、ちょっとスーツサイズが合ってないせいで、ぎゅむぎゅむと押し潰されてる……。

 解理さんが俺の視線に気づき、ニンマリと笑う。

 

「な、なんだよ」

 

「逮捕するっすか?」

 

 うっっっざ。

 

「帰れば?」

 

「ふヒヒ、サーセンっす」

 

 そう言ってから、スマホの画面を俺に向けてきた。

 

──満月の夜、魔王の涙を頂く。 怪盗ジョーカー

 

 !?

 

 解理さんが取り出したスマホには、前回と違い、手紙の画像ではなく、何処かの壁に記された文字の画像が表示されている。

 

「流石に知ってるみたいっすね。あの怪盗ジョーカーから犯行予告が届いたんすよ」

 

 い、いや、ちょっと待て。解理さんは捜査一課強行犯係、つまりは殺人事件がメインの人。今回のこれは担当ではないんじゃないか? 

 俺の疑問を察したのか、解理さんが教えてくれた。

 

「本当は捜査三課の担当なんすけど、ウチら一課の課長が結城君を気に入っちゃってて」

 

 嫌な汗が背を伝う。

 マジなんなん? 詰んだの? オワタの?

 

「是非とも、一課の(・・・)懐刀に任せてほしい! て三課のオフィスで啖呵切ったんすよ。ぱねぇっすよね?」

 

 オワタ。人生詰んだんちゃう?

 

「それで、たまたま聞いていた部長が興味を持っちゃったんす」

 

 待って! まだあるの?

 

「すかさずウチが頭脳明晰で高い倫理観を持つ名探偵なんす! てアピールしたら……」

 

 ねぇ? なんでそんなに「いいことしたぜ!」て顔なの? ねぇ? なんで?

 

「部長の鶴の一声、特別捜査本部を設置し、三課と一課の合同で捜査に当たることになったんす!!」

 

 解理さんは爽やかな顔でサムズアップしてる。ぶち○ろしてやろうか!? 俺はしがないニートだっつってんだろうが!

 

「いろいろ言いたいことはあるけどよ……」

 

「うん!」

 

 まずは二ッコニコで嬉しそうにしてる解理さんの頭に優しく手を乗せる。

 

「!」

 

 そしてガシッと解理さんの霊体を掴む。

 

「え、あれ」

 

「一回死んでこい!」

 

 説明しよう!

 俺は生きてる人間の霊体を身体から強引に引っこ抜くことができる! それをやられた奴はショックのあまり、一時的な仮死状態に陥る。なんでも、三途の川でスイカ割りをしたり、水切り合戦をしたりして、遊んで来ることになるらしいのだ!

 

 パタリと解理さんが倒れる。霊体の方も意識を失い薄くなっている。

 よし。今の内にすっぽんぽんに脱がして油性ペンで全身に落書きしてやろう。

 

「ゲヘへへ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例のブツが展示されてる博物館にやって来た。外堀を固められてるしね。しょーがないね。納得はまっっったくしてないけどな!

 

「お、結城君。お疲れー」

 

「お疲れ様です」

 

 ……。

 

「結城さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ様です」

 

 ……。

 

「お疲れー」

 

「お疲れ様です」

 

 ……おい! なんで当たり前のように受け入られてるの!? おかしいだろ!? 日本警察の腐敗だ! 

 

「結城君待っていたよ」

 

 一課の課長がにこやかに迎える。

 ……いやいやいや! お前が一番おかしいからね!? なんなん? バカなの?

 

「って! おい、吉良君! その顔どうしたんだい?」

 

 解理さんの顔にはガーゼがペタペタと張られている。俺が書いた芸術を隠す為だ。

 課長がそれを訝しんだんよ。ざまぁ。

 

「いえ、ちょっと彼氏のプレイが過激で……。でも大丈夫っす」

 

「お、おう」

 

 若干引かれてやんの。あと彼氏言うな。

 館内ではスーツ姿の連中が何やらしている最中だ。ご苦労なこった。

 と、ここで俺達の下へ1人の少年が近づいてきた。

 見た感じ中学生くらいか? 随分場違いだ。この子はいったい……?

 

「あなたが一課の秘密兵器……?」

 

「いいえ。人ちが」

 

「そうっす! どんな事件も秒で解決と豪語する強者っす!」

 

 なぜ解理さんの口はスラスラと虚偽の事実を言えるのだろうか?

 それにしてもこの少年眠そうだな。やる気をまったく感じさせないその顔! とても共感できる。きっといい子に違いない、俺には分かる。 

 

「僕も探偵……」

 

 それだけ言ったら、クルっと反転してフラフラと現場の調査に戻ってしまった。

 

「解理さん、あの子は?」

 

「あの子は三課の課長がウチの課長に対抗して連れてきた子っすね。シャイだけどイイコっすよ。五月雨(さみだれ)(はる)君す」

 

 お、おう。そうか。頭が痛い。

 

 さて、ボチボチ始めますか。でも、もう真相は分かってるんだよねぇ。

 だってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犯人、俺なんだよね。

 

 ことの発端はやっぱり亮だった。

 

 いきなり亮が「トランプやろう! 罰ゲームもありだよ!」と言い出した。

 それで神経衰弱をやったんだけど、亮はまぁ強い。どういう運をしてんのか、初見でも結構当ててくる。しかも一度見たやつは絶対外さない。

 当然完敗した。その時だ。怪盗ジョーカー特集がテレビで流れたんだ。

 

──怪盗ジョーカーの人物像に迫る!

 

──5年前の最初の……。

 

──ジョーカーは今まで誰も傷つけておらず……。

 

──判明しているだけで、72件……。

 

 そしたら亮が、私もこれやってみたい! とはしゃぎ出した。勿論できるわけがないから止めたけど、罰ゲームは「怪盗ジョーカーっぽいことをする」に決まってしまった。

 

 そこで俺は幽体離脱して、霊体になり、マジックペンを持ってフラフラとこの博物館に向かった。

 よっぽど強い霊でないと物質的な影響は与えられない。でも、俺はチート級だから、軽いものなら持てるんだ。結構凄いと思う。

 

 深夜2時。

 通気孔を通り展示スペースへ移動。ご丁寧なことに途中数ヶ所、鉄格子が溶接されてた。

 でも大丈夫! 物理的にはマジックしか影響ないから! それが通る隙間さえあればいいから! てな具合で楽々突破。

 一緒に着いてきた華さんに監視カメラの回線に侵入させて、映像を乱してもらい、準備完了。

 霊体の物理不干渉原則にも例外が少しある。その一つが電子機器。テレビの映像が乱れて、てのが有名だ。

 ま、そんなわけで比較的簡単だから華さんにやらせたんだけど、なんか華さんならもうちょい難易度高いこともいけそうな気がしたよ。

 

 その後、例のブツの近くの壁にマジックで「満月の夜、魔王の涙を頂く。 怪盗ジョーカー」と書いて、任務完了。

 その後、俺のイタズラを見学していた石川さんって幽霊と意気投合して、楽しくお喋りしながら帰ったんだ。

 石川さんと怪盗ネタで盛り上がってちょっと気が緩んだせいか、マジックはどっかに落としたみたい。ま、100均の3本入りのやつだからいっけどね。

 

 帰ってから、俺がやってきたことを亮に教えてやると「すごいすごい」とアホっぽく喜んでた。

 後日、俺の言った通りの予告文がニュースになってるのを見た時は、テンション上がりすぎてコーラを溢してた。俺の部屋で。

 

 と、まぁ今回は完全な自業自得なんよね。マジどうすっかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結城君、何か分かったかい?」

 

 一課の課長──根岸幸太郎(ねぎしこうたろう)さんが、期待に満ちた目を向けてきた。

 うん。ヤバイね。何か分かるも何も、全部分かってます。だから帰してくださいって言っても帰してくれなさそうだ。むしろ、逮捕されかねない。

 

「すみません。今回はなかなか難しくて……」

 

 いや、何にも難しくないんだけどね! ものすっっごい簡単なんだけどね!

 

「そうか。結城君でも怪盗ジョーカーは手強いか……」

 

 しょんぼりしてらっしゃる。見た目は高身長、ソース顔のナイスミドルなのに、言動が残念すぎる。

 微妙な空気の俺達の下へ、今度は小太りの中年男性が近づいて来た。パッと見、風呂敷持ってる泥棒がスーツに着られてる感じ。

 誰だこの不審者?

 

「おやおや。これが噂の懐刀君ですか? 手掛かりは見つけましたかな?」

 

「すみません、泥棒の方ですか?」

 

 俺の言葉に周囲の警察官達が吹き出す。汚ない。DNA鑑定的に大丈夫なんかねぇ。

 

「誰がこそ泥顔だ! 失礼なガキだな!」

 

 小汚ない顔を赤くしたおっさんを眺める苦行をこなしている俺に、解理さんが、三課の課長っす、と耳打ちする。

 

「根岸さんよぅ。懐刀がナマクラなら、帰ってもらったらどうだ?」

 

「それを言うのなら、そちらの探偵さんも何も見つけていないではないですか」

 

 なんか2人で口喧嘩始めちゃったよ。何してんだろ。もう帰っていい気がしてきた。

 ところで、課長クラスがこんな現場に居ていいのだろうか? それが一番気になるわ。

 

『結城さん! 大変です!』

 

 華さんが慌てて飛んできた。

 なんだ?

 

『あのマジックが通気孔に落ちてます!』

 

「……え、ガチで?」

 

 華さんが、こくん、と頷く。

 ヤッバ。もし見つかったらかなりめんどくさいことになるよ。ちょっとトイレに行って、サクっと幽体離脱して回収しないと。

 

「話……」

 

 うお! びっくりした。晴さん、気配薄すぎぃ!

 

「どうやら我らが懐刀は名刀のようですなぁ」

 

「違う……」

 

 え、なんかあるんじゃないの?

 

「どういうことだい?」

 

 俺と同じキモチの根岸さんが優しい声音で訊ねる。

 

「今回は不能犯に結果が伴ったような不可能犯罪の可能性が高い……」

 

 ぶわっと嫌な汗が一気に出る。

 何でガチの名探偵呼んでんだよ! 泥棒みたいなナリで意外と優秀じゃねぇか! 良い意味で見かけ倒しとかふざけんな!

 

「……ん? ちょっと分かりづらいな。詳しく教えてくれないかい」

 

 いや、根岸さんマジでイケオジだな。冷静だわ。

 

「この展示会場は監視カメラの映像が乱れた時……二重に施錠された無人の空間だった……」

 

 うん、知ってる。そうだね。

 

「鑑識の人も言ってたよ。カギに何も不審なところはないって……。僕もそう思う……」

 

 でしょうね。触ってすらいないもん。

 

「それにカメラ映像が乱れてたのは……ほんの2、3分……。仮に方法があっても密室を偽装するのは難しい……。カメラが乱れた理由も分からない……」

 

 霊能力無しじゃあ、俺には出来ないわ。

 

「怪しいところ……。壁に書いたにしては凄く普通に書けてる……。大きい字で横だから大変そうなのに、まるで紙に書いたみたい……」

 

 ひぃぃ! そりゃあ、そうでしょうよ!

 俺が霊体でマジックを操作する時は手で持つ感覚じゃなくて、頭の中のイメージをそのまま投影する感じなんだ。つまり、俺が普段、紙に書いている時と同じ文字の形になる。

 この眠たげな少年がそこに気づいたということは……。

 

「だから筆跡鑑定を特に優先してとお願いした……。僕もここの職員の字を書類で調べた……」

 

 うわぁ。やめてよ。やめてよぅ! ヤバイって。優先とかさせないでよ! 何かの間違いで俺の字ってすぐに気づかれたらどうすんだよ!?

 

「でも、ここの人のじゃなかった……。犯人は外部の人間……」

 

 はい。無関係です。ここに来たのは今日で2回目です。だからお家に帰して下さい。 

 

「施錠された部屋が外と繋がっているのは……」

 

 おいやめろてください。変なこと言わないで。

 

「扉と通気孔だけ……。通気孔を調べたら変な物を見つけたって……。多分、どこかの土と黒のインク……」

 

 ひぃぃぃぃ! 何なの君! なんで俺を虐めるの? ニート虐めて楽しいかよ!? 多分その土、俺が外でマジックを落とした時のやつだよ! インクはマジックの蓋が鉄格子に引っ掛かって開いちゃった時のだよ!

 

 晴さんが言い淀む。ここでやっと晴さんの言葉が止まってくれた。

 あ、やっぱまた話出した。もうやだ。

 

「でも、通気孔は鉄格子が溶接されてる……。人は通れない……」

 

 そうそう。だからそこからは目を離そうな?

 

「できるだけ中も調べてもらうつもりだけど……」

 

 死ぬ。やめて。でも、このタイミングでトイレとかおかしいよね。怪しいよね。死ぬ。やっぱり死ぬ。

 

「僕はこれ以上調べても意味ないと思う……。現実的にあり得ない……。超能力でもないと無理……」 

 

 ひぃぃぃぃぃ! かすってる! かすってるからぁ! なんでそんなに柔軟で鋭いの! どんな育ち方したらそうなるんだよ!

 

「それで不能犯と不可能犯罪か。確かに現時点ではそうなんだがね。うーむ」

 

 ざっくり説明すると、不能犯とは「呪いとかで人を殺そうとしても、科学的常識的に考えて不可能だし、実際それで人が死ぬわけないんだから、呪い殺そうとした人は無罪です!」っていうやつね。日本では明文化はされてないけど、刑法学では普通に出てくる。

 一方、不可能犯罪は、普通に考えて無理そうな(・・・)状況とかでの犯罪。こっちは実際に殺人とかの結果が起きてから、言われ出すやつ。密室殺人とかで「あり得ん! ふつー無理なのになんで殺されてんの!?」って時に「不可能犯罪だ!」って言ったりする。

 

「うん。だから不能犯の不可……あれ……?」

 

 !!! 来た! よしよしよしよーし!

 

「何だ!? おい、灯りを点けろ!」

 

 急に電灯が消えたんだ。にやけるのを止められん。間に合ったみたいで何より。ケケケ。

 ジジ、という音がして明るくなる。この展示会場の最奥、魔王の涙展示ケースの横に、でかいピンクダイヤを手にした仮面の人物が……。

 はい。ご本人様ご登場。盛り上がってまいりましたぁー!

 

「! ジョーカー!? クソ! 逃がすな!」

 

 素早い軌道で警察をかわし、そして、え、え、ちょ、跳躍……?

 え、飛びすぎじゃない? パルクールかな……いやいや、やり過ぎだって。そんなレベルじゃないっしょ。

 なんか非人間的変態駆動で男達を翻弄してる。楽しそうですね。

 

「探偵さん!」

 

 やめろ。俺を見て、手を振るな!

 

「女!? 女だったのか!?」

 

「マジっすか!? かっけぇ」

 

 そして、怪盗ジョーカー──変態(駆動)仮面は警察から逃げながらなんか言い出しおった。

 

「私を、追い詰めた、よっと! あなたに免じて、ほいほい、一個で、ほいっと、勘弁して、あげる!」

 

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃ! 余計なことを言うな! 

 

「まったね! バイバイ幽日(ゆうひ)君!」

 

 また電灯が消える。

 帰ったか。てか、流石に俺を調べたのね。他の奴の心を覗いたんだろうな。ホントに余計なことしやがってよ!

 

「懐中電灯っす!」

 

 解理さん、意外と優秀だわ。最初に電灯が消えて直った時に、すぐ懐中電灯を探してたもんね。よくこのカオスな状況でそういう行動取れるなぁ。

 

 灯りの先には怪盗ジョーカーは居ない。会場をぐるっと照らしても居ない。天井の電灯が点く。やはり、居ない。

 

「逃げられた……やっぱり不能犯みたいな不可能犯罪……」

 

 少年探偵五月雨晴が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること2時間。

 俺は念の為、というか、妙な胸騒ぎがしたから博物館に居た全員の記憶を見たんだ。そしたらさ、居たんだよね。ご本人様が。

 怪盗ジョーカーは、博物館に事務員として潜入してた女だった。偽名と特殊メイクばりの変装で本来の姿は隠しているみたいだったけど、俺には無意味だね。だって彼女の中に本当の姿の記憶があるんだもん。

 彼女の素っぴんは極めて無個性だ。個性がないのが個性みたいな奴。個性、つまり欠点らしい欠点もないから美人ではあるんだけど、なんつーか華がない。うん、そんな女だった。

 ただ、容姿的にはそんな感じなんだけど、中身は個性的過ぎて引くレベルだった。彼女──石川桜子(いしかわさくらこ)さんは超能力者だった。うん、初めて見たよ。

 でも、俺は凄く納得したよ。いつも思ってたんだ。探偵ものに出てくる怪盗ってあり得ないよなって。だって現代であんなに目立つことして、特定されないわけないし、毎回毎回超人的な逃走をかますなんて無理やて。おかしいわ。

 そんなアニメみたいな活躍をしてる怪盗ジョーカー。異常過ぎる。それこそ不能犯のような不可能犯罪犯だよ。

 でもさ、高レベルの超能力者ならそれができる。念力に瞬間移動、テレパシー。桜子さんがどこまで可能かは正確には分からないけど、記憶を見た感じ怪盗ごっこをやるには困らなそうだった。

 しかも、だ。都合が良いことに桜子さんも元々『魔王の涙』──1対のでかいピンクダイヤを狙ってたらしいんだ。ただし、決行はもう少し後のつもりみたいだった。

 超能力でサクっと盗めばいいのになんでそんなことしてんのかっていうと、盗んでもそんなに困らせないで済むか調べてたんだってさ。変わってるわ。

 

 で、だ。俺は桜子さんにメッセージを送った。

 やり方は、まず幽体離脱して、桜子さんに取り憑く。桜子さんの意識が切れないようにしつつ、身体の操作権だけ奪って喋る。

 そんだけ。簡単だろ?

 

「はじめまして、怪盗石川桜子さん」

 

 桜子さんの精神はすっごくびっくりしてたんだけど、恐ろしいことに念力で俺を追い出そうとしてきた。

 だが、甘い。こちとらガッチガチのチート霊能力者よ。確かに桜子さんも相当ヤバイけど、憑依が決まってしまえば完全に俺の土俵。負けるわけない。

 

「無駄な抵抗はやめろ。お前の大事なあの子達がどうなってもいいのか?」

 

 なんか桜子さん、世界各地の孤児院に匿名で寄付しまくってるみたい。完全に怪盗義賊ごっこマンである。あ、ウーマンか。レディも可だな。

 ここら辺から桜子さんは大人しくなったから、俺も大分楽だったよ。

 

「悪いようにはしない。俺の要求を飲んでくれればいいだけだ」

 

 そんな感じで俺は桜子さんに、早く! とにかく早く盗むようにお願いしたんだ。快諾してくれたんだけど、何時やるかは具体的には指示してなかった。俺に繋がる証拠を見つけられる前にやってくれて、本当に良かったよ。

 

 ま! そんな訳で今回も一件落着……ではないよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結城君どういうことだい!?」

 

「いや、うん。企業秘密です」

 

 この後めちゃくちゃ事情聴取した。

 あと、『魔王の涙』は2つで一つの作品なんだけど、片方は桜子さんの言う通り残してあった。そのせいで、怪盗ジョーカーに唯一対抗出来た探偵として、三課にまで変な誤解が広まってしまった。もうおしまいだぁ。

 

『すまぬなぁ。ワシの子孫が迷惑掛けた』

 

 石川さん……。

 

 なんてーか知らないけど時代劇で見るような服を着た幽霊が慰めてくれた。

 

 ……。

 

「ところで、下のお名前は……?」

 

『前にぃ五右衛門てぇ言うたじゃねぇか』

 

 血は争えねぇなぁ!

 

 

 

 




新キャラ出スギィ!


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悪人VS悪人

探偵とは……w


「俺が殺しました」

 

 

 

 

( ´∀`)σ)∀`)

 

 

 

 

 

 

 最近、洗面所の鏡が汚れてる。

 見えにくくなってるから、ホームセンターで買ってきた洗剤で本格的な掃除をしていたんだけど、なんか来た。スマホを見る。

 

──根岸バ課長からメッセージが届きました。

 

 嫌な予感がする。すごーく嫌だ。見たくない。でも、きっとそうはいかないんだろうなぁ。見るか。

 

「相談がある。早めに連絡が欲しい」

 

 ん~。何だろ。また、事件かなぁ。嫌だなぁ。でも、どうせ逃げられないんだろ? 分かってる。俺も学習したから。

 

 いい加減、観念した俺は「今から通話していいですか?」と返信する。

 

 ぽぷぴぱぺぷぱぴ♪

 

 頭のおかしい呼び出し音が鳴る。なんか焦ってんのかなぁ。スワイプして出る。

 

「お疲れ様です。何があったんですか?」

 

「今から東京地裁に行けないかい? 事情は道中で話すよ」

 

「え、地裁……?」

 

 まさか遂に訴えられた……? でも、訴状は来てないし、心当たりは……それなりにあるけどまともな証拠なんてない。不思議だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事件、実は容疑者は捕まっていて、現在、公判が進めらている」

 

 お、おう。なんや。なら俺要らんくね?

 

「かいつまんで事件のあらましを説明するね」

 

 ……。

 

 今更突っ込まないつもりだったけど無理だ!

 

「なんで無関係の! 民間人の! 俺に話すんですか!?」

 

 絶対おかしいよ! 

 しかし根岸さんはキョトンとした顔を向ける。いやいやいや、前々! 前見て運転しろ!

 

「結城君は一課の常任特別捜査協力者として、部内会議で正式に決まっているよ? 警視総監のお耳にもしっかり入ってるから何も心配要らない。全力で事件解決してくれ」

 

 はぁぁぁ!? 警視総監!? なんでやねん! エリート中のエリートが何でニートを野放しにしてるんだ! いや、野放しにしてほしいんだけど! 解放を要求する! 

 しかし、無情にも根岸さんは事件を説明し出した。

 

「じゃあ、話を戻すね。今回の殺人事件は──」

 

 根岸さんの話はこうだ。

 

 今から2ヶ月程前、とある老婆──兵藤(ひょうどう)美智子(みちこ)さんが自宅で殺された。兵藤さんは首をロープのようなもので絞められ殺害された。現場からは兵藤さんが趣味で蒐集していた美術品が数点消えており、強盗殺人と見て警察は捜査を開始したが、怨恨、通り魔、物取り等様々な線が考えられると捜査は方向性が定まらずに迷走していた。

 しかし、兵藤さんは暴力団とも繋がりがある、近辺の小規模未成年売春組織の実質的トップであったこと、総額100万円以上の美術品が奪われていることの2点を重視し、私怨を前提にした計画的物取りであると判断した。

 ところが、事件発生から5日後、1人の青年が自首をした。青年が言うには「金が欲しかった。魔が差してしまったが、時間をおいて冷静になり、恐くなって出頭した」とのことらしい。

 一応、青年の証言は現場の状況とも矛盾しない。それに何より、青年の毛髪が現場である兵藤宅から発見された。これが決め手となり、起訴。現在、東京地裁で裁判中らしい。

 しかし、事件発生から10週間後、青年の裁判も判決を残すのみとなった頃に、警察署に1人の青年が訪れた。青年は「兵藤を殺したのは私です。彼女への借金に悩み、計画して殺しました」といった内容を語った。そして、青年の証言を裏付けるように青年の自宅アパート(1人暮らし)から、盗まれた美術品が発見された。

 今回の事件の最大のネックは自首した2人の青年が一卵性双生児であったことだ。更に犯行推定時刻に彼らのどちらかが、現場からは数十キロ離れたデパートの監視カメラに複数回映っていたのだ。

 つまり、どちらかが嘘をついている。実行犯は1人。しかし、それが分からない。重大な事実が不確定なままでは判決は出し辛い。2人が共犯関係を否定していることも事態をややこしくさせた。結果、判決の言渡しは延期され、捜査を再開せざるを得なくなった。何か裏があるのは誰の目から見ても明らかだった。

 テレビニュースでも放送されている事件で、いつまでも解決できないで良いわけはない。警察の威信の為にも直ちに解決しなければいけない。

 しかし決定的な判断材料もなく、困り果てた某警察幹部が「仕方ない。ここは警視庁の切り札にご活躍願おう」と幹部級会議で発言。そこから「やはりそれしか有りませんな」と別の幹部が発言。最終的に切り札投入が満場一致で決定された。

 で、俺に話が来たわけだ。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

「はぁぁぁあああ!!?!?」

 

 おかしいよ! 訴えてやる! 最高裁まで争う覚悟だ! 絶対に勝つ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京地方裁判所。

 

「君が例の」

 

 担当の検察官──霧島(きりしま)(りゅう)さんが探るような目を向けてきた。

 そうそう、これだよ、これ! 普通こーゆー反応になるよな! 安心したわ。

 

「私達も正直困っていましてね。君が何とか出来るというなら、最大限協力します」

 

 ……ブルー○ス、お前もか。

 俺は絶望した。渡る世間はバカばかり。もう救いはないのか。

 

 まぁ、そんなこんなで、2人の青年に面会し、記憶を見た。うん、色々分かったけど、まず、この人達は実行犯だ。頭のおかしい首謀者が別に居る。

 兵藤さんが牛耳っていた売春組織で人気の子──明石(あかし)いずみさんが指示したものだ。

 始め、青年達はいずみさんの単なる客だった。しかし、いずみさんはもの珍しい双子の客を見て、遊んでみたくなったのだろう、青年達へはとても良くしていた。

 思わせ振りな態度、献身的な行為、涙袋が特徴的な可愛らしい容姿、それらが重なり青年達はいずみさんにのめり込んでいった。

 結果、2人はいずみさんを巡り争い出した。いずみさんは、ここで2人にある提案をした。

 

「どちらかが兵藤を殺して、2人で自首して」

 

 いずみさんは、警察にコイントスのような判断をさせ、有罪になった方と個人的に付き合う、と嘯き青年を焚き付けた。

 いずみさんはおそらく、そのギャンブル劇を見たかったんだろう。いや、ちょっと彼女の気持ちはよく分からない。まぁそれは置いておこう。

 いずみさんへの妄信的な愛情に支配されていた青年達は言われるがままに今回の事件を起こした。

 

 分かりはしたけど、どうすんのこれ? とりあえず、いずみさんのとこに行くか?

 記憶を読むには触らなくても、近づけばいいだけだから、なんかヤバそうな子だけど何とかなるっしょ。

 

「兵藤さんの売春組織の情報を下さい」

 

 俺がそう言うと、検察官の霧島さんが目を見開く。

 

「何か分かったのですか!?」

 

「えぇ、まぁ。気になることがありましてね」

 

 いずみさんの精神構造が謎過ぎて気になるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、いずみさんのとこに来た訳だ。客として。

 いずみさんは明暗高等学校の2年生だった。結構偏差値高かったはず。パッと見、やや地味な雰囲気の可愛い系の子なんだけど、なんつーか隙がない。序でに証拠らしい、証拠もない。

 

「初めてですよね? 選んでくれてありがとうございます」

 

 ホテルで会ったいずみさんが、男好きのする笑みを張り付ける。

 こっわ。この子、なんか苦手だわ。

 

「いえ、よろしく」

 

 すっとベッドに腰掛ける俺の横に座る。

 

「緊張なさらないで下さい。色々買ってきたので、何か飲みましょう」

 

 コンビニの袋からはお酒やジュース、お菓子が見える。

 さて、なんか嫌だが、記憶を見るか。

 

「じゃあ、ポテチとコーラを下さい」

 

「はい。どうぞ」

 

 !?

 え、ここまでヤバい奴、久しぶりに見たよ。

 いずみさんは俺が呆然としているのを不思議がる。

 

「大丈夫ですか? 失礼します」

 

 ごくごく自然体なまま俺の額と自分の額をくっ付けてきた。

 ひぇ……。ホラーかな? たまひゅんである。

 

「……んー。熱は無いですね。どうなさいます? 今ならまだお金をお返しできますよ」

 

 今すぐ帰りたいけど、もうちょい頑張るわ。

 

「いや、それはいいけど……」

 

「分かりました。したくなったらおっしゃって下さい」

 

 ならねーよ! 

 ただ、この子ホント隙が無い。過去何人もの人生をぶっ壊してきた癖に証拠が殆ど無い。やばすぎ笑えない。

 この子の基本スタイルは男を自分に溺れさせ、破滅させて、それを楽しむ。これだけだが、何人も死人が出てる。今回の事件だって、無罪になった青年の口封じを別の男にやらせるつもりだ。ガッチサイコパスやん。

 

 つい、いずみさんから距離を取ってしまう。くっ付きたくない。色々流れ込んできてキツイ。できれば触らないでほしい。

 しかしいずみさんは何か勘違いをしたようだ。

 

「……お客さん、もしかしてホント(・・・)の初めてですか?」

 

 そう来るか。いや、でもこれは使えるかも。

 

「そ、そうなんだよ。全然モテなくて……」

 

「いえいえ、わりといらっしゃいますよ。それに……」

 

 いずみさんが急に抱きついて来た。心臓止まるかと思った。頼むから早く離れて。

 

「初めてに私を選んでくれたんですよね。嬉しいです」

 

 ポジティブシンキング極まれり。何故そうなるのか。俺はビビりまくってるというのに。

 

「大丈夫です。私に任せてください」

 

 それは絶対に嫌! いずみさんに任せたら地獄行きは確定だよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで俺が小娘1人にこんなビビっているかって言うとさ。いずみさん、めっっっちゃ憑かれてるのよ。いろんな男の霊を背負ってらっしゃる。

 それなのに、まっっったく精神に異常をきたしてないんだよね。バケモンだわ。

 

 今、いずみさんはシャワーを浴びてる。その間に憑いてる人たちとお話しよう。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

『やっぱり見えるのか』

 

 スーツの幽霊が食いついてきた。しめしめ。

 

「ああ、見える。ところでさ──いずみさんに復讐したくないか?」

 

 ざわっと幽霊達が色めき出す。

 

『……できるのか?』

 

 今度はチビが食いついた。

 

「できる。それには皆の力が要るんだ。ノッかってはくれないか?」

 

 おー、と盛り上がる中、スーツの人が俺を不審がる。

 

『お前のメリットは?』

 

「今、いずみさんにハメられている奴の事件を担当してんだ。いずみさんに一泡吹かせたい」

 

『……私達は何をすればいい』

 

 ハイ、スーツの彼も御案なーい。

 

「なーに、簡単さ」

 

 ふふ。いずみさんに隙が無いなら、強引に隙を作ってしまえばいい。うへへへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺は幽体離脱して、いずみさんのお宅へと向かった。

 

『お疲れー』

 

 いずみさんに憑いているナイスガイズに挨拶をする。

 

『……』

 

 しかし、返事がない。ただの背後霊のようだ。

 

『どうした? 元気ないな』

 

『いやいやいや。君は何者なんだ? 普通じゃないと思うが』

 

 そうかもしんないけど、別によくない?

 

『世の中、色んな奴が居るんだよ』

 

『……』

 

 スーツの彼、沈黙……!

 

『まぁまぁいいじゃないか。それより早く始めよう』

 

 チビの彼もこう言っていることだし、やりますか!

 今、いずみさんは勉強中だ。数学やってるよ。やだやだ。

 

『じゃあ、最初はスーツの人』

 

『私からか』

 

『うん、じゃあいっきまーす』

 

 ほいさ!

 スーツの人の霊体の核である魂をいずみさんの魂に無理矢理重ねる。

 

「!? な、何が……」

 

 いずみさん戸惑ってるね。キョロキョロと部屋を見回してるけど、当然何も無い。でも、そわそわと落ち着かない様子だ。

 

 さて、俺の狙いが何かと言うと、対サイコパス攻略メゾット「擬似的罪悪感植込み作戦」だ。

 サイコパスって言うのは反社会性人格障害とも言われ、その主要な要素となるのは、人を傷つけても罪悪感を感じないという点だ。

 で、先ず前提としていずみさんに憑いてる霊はいずみさんを怨んでる。いずみさんを責める気持ちに溢れてる訳だ。

 そんな彼らの魂をいずみさんの魂に重ねると、いずみさんは彼らの感情を自分の物だと錯覚する。魂というのは感情や人格の土台だ。そこが重なるとそんな風に感じてしまう。

 つまり、いずみさんはいずみさんを責める彼らの気持ちを自分の感情と認識する。結果、いずみさんは自分で自分の行いを責める状態=罪悪感を持った状態になる。

 俺はこれを毎日徹底的にやるつもりだ。

 

 1日目。

 いずみさんはなかなか眠れなかったようだ。未知の感情に戸惑っている。

 2日目。

 表情が沈んでいる。元気がないね。売春にも支障が出始めた。しめしめ。

 3日目。

 執拗にシャワーを浴び出した。ストレスが強迫的な行為へと向かっている。上手く濡れずにお客さんに文句を言われてた。よしよし。

 4日目。

 売春仲間から今までの傲慢な態度を酷く詰られてた。自殺について調べ始める。ぶつぶつと独り言が増えてきた。よーしよしよし。いい感じ。

 5日目。

 いよっし! ピアスを何ヵ所も開けたりと自傷行為に走り出した。うまい具合に追い詰められてる。お客さんも取ってないみたいだし、学校も休んでる。狙い目だな。

 

 期は熟した。Rineで連絡を入れよう。

 

──や! 最近元気が無いって聞いたよ。良かったら少し話さない?

 

 これでいいか。ぶっちゃけ文面なんて大して重要じゃない。絶妙なタイミングに不安をぶつけられそうな奴だと思わせられればそれでいい。

 

 ぽぷぴぱぺぷぱぴ♪

 

 呼び出し音が鳴る。ふぃーーっしゅ! 電撃フッキン!

 

「久しぶり。何かあったの?」

 

「……分からない」

 

「うん」

 

「……」

 

「……」

 

「苦しいの。自分が分からない……」

 

「そっか」

 

「どうしたら……」

 

「少し時間ある? 会えないかな」

 

「……うん」

 

 はい。みたいな感じで会う流れになりました。げへへへ。弱りきってる10代の小娘なんてただのカモよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっす。大丈夫?」

 

「……大丈夫ではないかな」

 

 はーい、じゃあ幽霊さん、少し責める気持ちを抑えてー。

 自分の右耳を触る。これが幽霊チームとのサイン。

 

「?」

 

 いずみさんは何か感じたようだ。

 

「どうしたの? 行こう」

 

 さっと手を繋ぎ、歩き出す。

 

「……うん」

 

 洗脳ではよくあることなんだけど、苦痛を和らげる瞬間を意図的に作ってやり、それを都合の良い行動と繋げることで、術者の思うような行動を取るようにさせる。

 苦痛は人を狂わせる。

 そして、そこに差し込む安心は遅効性の毒のように浸透していき、人を惑わせる。俺がやろうとしていることはそういうことだ。

 俺と居る時だけ、幽霊の責める気持ち、つまり疑似罪悪感が少しだけ和らぐようにしてる。これで俺へと依存する。

 この日は、ちょっと会って話したくらいでそれ以上はしない。別れた後にはまた強い罪悪感に苛まれるだろう。うへへへ。

 

 夜。

 

「会いたい」

 

 早速Rineが来た。ちょっと既読スルーしてみよう。

 

「ねぇ会いたいよ」

 

 ふむふむ。

 

「なんで無視するの」

 

 気分である。

 

「助けてよ」

 

 いや、始めから助ける気はない。

 

「リスカした」

 

 ほー。

 

「ふざけんな」

 

 キレだした。笑うわ。

 

「ごめんなさい許して」

 

 いや別に怒ってはいない。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 しょーがないなぁ。

 返信すっか。

 

「ごめん、忙しくて返信出来なかった。3日後なら時間あるよ」

 

 ニートだからいつも時間はあるけどな!

 

「やだすぐ会いたい」

 

 駄々こねだした。

 

「無理。じゃあ、もう会わないよ」

 

「ごめんなさいわがまま言わないから捨てないで」

 

「ちゃんと言うこと聞く?」

 

「うん」

 

「じゃあ捨てない」

 

「うん」

 

 まぁ、これでいっか。

 

 それから2週間、飴と鞭を極端に使い洗脳は完成した。てか、時間掛かりスギィ。もう俺は疲れたよ、パ○ラッシュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いずみさんのお部屋。

 

「……」

 

 いずみさんが今までの悪行を俺に打ち明けてきた。ここが一番大事だよな、うん。

 

「嘘ではないんだよね?」

 

「……うん」

 

「よく教えてくれたね」

 

 そう言って頭を撫でてやる。

 ……いや、なんだ。完璧に俺のキャラじゃあない。早く帰りたいわ。

 

「いずみはどうしたい?」

 

 いずみさんは視線が定まらない様子だ。

 

「分からないか」

 

「……うん」

 

 いや、嘘だな。重すぎる罪悪感を紛らわす方法なんて限られている。

 

「証拠は殆どないんだな?」

 

「……うん」

 

「じゃあ、警察に行こう」

 

 いずみさんが動揺する。貧乏揺すりもしてる。

 

「それで一度区切りを付けよう。自白以外の証拠がなければ有罪にはならないし、なっても大した罪にはならないよ」

 

 いくら罪悪感を擬似的に感じるようになったとはいえ、その本質は利己的かつ合理的だ。今みたいに都合の良いことを理屈付きで言われると効くはずだ。

 

「……でも、幽日くんに会えなくなっちゃう」

 

 めっちゃ自己チューだな。俺は早く君と離れたいよ。

 

「大丈夫だよ。すぐ出してもらえる。俺はそれまで待ってるよ」

 

「ホント?」

 

 勿論、嘘だ。誰がお前みたいのを待つんだよ。けっ。

 

「勿論だよ。愛してる」

 

 ぎゅっと抱き締める。いやー俺も嘘を付くことに抵抗がなくなってるなぁ。ま、いっけど。

 

「……分かった。行く」

 

 はい、オッケー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、俺といずみさんは警察を訪れた。いずみさんは自首をし、取り調べを経て逮捕されるに至った。

 

 さて、いずみさんにはああ言ったけど、勿論、可能な限り適切な判決を受けてもらう。その為に幽霊達にいずみさんを責める気持ちをマシマシにしてもらう。これで俺という逃げ道を失ったいずみさんはペラペラと自白するはずだ。

 更に、幽霊達の証言を元に余罪用の証拠を集めておいた。一つ一つは大したことのない証拠でも、いずみさんの自白を補強するだけならばある程度は可能だ。

 

 結果、いずみさんは殺人、強盗殺人、詐欺、窃盗、放火、強制性交の罪で起訴された。いずれも実行犯ではなく指示役の共同正犯としての罪状になる。

 

 やばすぎだって。まだ17でこれだぜ? 恐すぎる。

 

 まぁ、それはいい。よくないけど、次だ。最後の仕上げに双子の青年の下に訪れ、いずみさんが自首したこと、今回の事件についても自白していることを話す。

 

「嘘だ。信じられない」

 

 でしょうね。双子も洗脳に近い状態だからそう簡単には信じないよね。そこでこれですよ、奥さん。

 じゃじゃーん。

 

「このボイスレコーダーにはいずみさんの自供が入っている。流すぞ」

 

 はい、いずみさんが俺に罪を告白した時のやつね。

 ま、これでもすぐには受け入れられないだろうけど、牢屋の中でゆっくり何度も考えたり、検察官から何度も言われたらそのうち認めるっしょ。

 

 この17日後、双子も真実を自供した。これにて一件落着。いやぁ今回は長かったわぁ。1ヶ月半位は掛かったよ。2度とやりたくないね。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の敵っすね」

 

 解理さんからこんなこと言われてしまった。納得いかねぇー!

 

 なお、検察官の霧島さんからやたらと熱い視線を感じるようになったが、気のせいだ。気のせいったら気のせいだ。

 クソが!

 

 

 



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クソゲーで縛りプレイとゆー狂気

作者的には書きやすかったです。
約9000字と本作では長めです。


「え、嘘!? 霊が居ない? 残留思念もない!? しかも容疑者も不明!?? ヤバい、詰んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(へ´∀`)へ

 

 

 

 マイルームで亮とぐだぐたしている。この平日の昼間っから意味のある行動を何もしない時間が最高に好きだ。げへへ、愚民どもは汗水垂らして働きたまへ。

 

「喉が渇いた」

 

 亮がそう言って俺を見る。なんだよ。

 

「サイダーね。後、お菓子も」

 

 俺に取って来いと? 

 

「嫌だよ。自分で行けよ」

 

「えー、めんどくさい」

 

 ふむ、完全なる意見の合致だな。こいつは困ったぜ。

 

 ぴんぽ~ん?↑ ぱんぽ~ん?↑

 

 おや、誰か来たようだ。仕方ない。下に行くついでに取って来てやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっす! 来ちゃったっす……て、あれ? 切られない?」

 

 解理さんが玄関前で困惑している。

 俺だって本当は切りたいよ。でも、もう外堀埋まってるんでしょ? だったら時短の為にもさっさと用件を言ってもらわんとアカン。

 

 ガチャリ、とドアを開ける。

 

「やっとウチと結婚する気になったんすね!」

 

 ガチャリ、とドアを閉める。

 もう一回開ける。

 

「隙ありっす!」

 

 流石は一課所属の現役刑事、素早い身のこなしでドアの隙間に腕を差し込み、俺がドアを閉める前にガバッと開け放つ。

 

「さぁ、観念するっすよ」

 

「住居不法侵入で通報していいですか?」

 

「う」

 

「う?」

 

「うわぁーん! 懲戒免職は嫌っすぅぅ!」

 

 元気だなぁ。今日はいったいどんな事件なんだ?

 

「早く上がりなよ」

 

「うぅ、退職金……え?」

 

「いや、早く上がりなって」

 

「う」

 

「う?」

 

「うわぁーい! 結城君がデレたぁー!」

 

 うっっざ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイルームに戻ると、亮はいなくなっていた。帰ったのかな。まぁいい。それより事件だ。

 

「で、今回の事件は何なの?」

 

 解理さんが嬉しそうな、うざいドや顔のような形容しがたい顔をする。なんだってんだ。

 

「何と今回は密室殺人っす!」

 

 ほー。まぁ俺には関係ないっしょ。

 容疑者の記憶を読めれば一発よ。それに、殺された人──霊の魂からも記憶は読めるし、最悪、残留思念くらいはあるっしょ。ヨユーヨユー。

 それはそれとして、何で解理さんは嬉しそうなんだ?

 

「何はしゃいでるの?」

 

「だって、密室殺人っすよ!? 探偵の腕の見せ所じゃないっすか!?」

 

 いや、あなたねぇ。警察官としての職業倫理とかどうなってんすか。……と、思ったけど俺も倫理感死んでるんだった。てへ☆

 

「ほーん、じゃあサクっと解決しちゃるか」

 

 俺の調子に乗った発言に、解理さんはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。

 

「ぱねぇっす! 結城さん、かっけぇっす!」

 

 さぁ行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、嘘!? 霊が居ない? 残留思念もない!? しかも容疑者も不明!?? ヤバい、詰んだ」

 

 現場に到着後した俺はヤバい現状にそんな風に漏らした。

 

「なんすか? 急に変顔して」

 

 変顔言うな。いや、それどころじゃない。死人は居る。だけど、霊が居ない。容疑者不明。おまけに残留思念もない。これじゃあ、俺にできることなんてないぞ。帰っちゃダメかな?

 チラっと周りの奴らを見る。

 

「う゛」

 

 なんて目をしてやがる……! 揃いも揃って期待に満ちた目をしやがってこんちきしょうめ!

 

「何か分かったんすか!?」

 

 止めろ。あなた達が思いの外、期待しまくってることがわかっちゃっただけだよ!

 あーもう! もう知らん。成るように成れだ。やるだけやっちゃるわ!

 

 先ずは今回の事件をおさらいする。

 

 今回の被害者はこのアパートの103号室の住民の工藤(くどう)(おさむ)さん(37)だ。彼はどうやら俺と同じニートをしていたようだ。ふむ。

 2日前、異臭がすると通報を受けた巡査が駆けつけた。ドアベルを鳴らし、ドア越しに呼び掛けるも返事がなく、ドアや窓もしっかりと施錠されていた。已む無く管理人からマスターキーを受け取り、ドアを開ける。

 すると、6畳のワンルームの中心で倒れている工藤さんを発見。背中に乾いた血痕があること、凶器が現場にないことから他殺と見て、直ちに管轄である捜査一課へ一報が入る。

 現場を調べたところ、工藤さんの物らしきキーホルダー付きのアパートの鍵が室内から発見された。また、死体の傷の様子から、大型で鋭利な刃物による背中からの刺殺であると判断された。

 そんで密室殺人であるとみた解理さんは、俺の起用を提案。課長が即決で承認し、今に至る。

 

 うん。警視庁の組織改革か、人事の大幅刷新が必要だと思うんだ(名推理)。

 

 とりあえず、地道に情報を集めるしかないな。巡査さんに話を聞いてみよう。

 

「あなたが第一発見者ですね?」

 

 俺を見て、一瞬、怪訝な顔をするもすぐに何かを察したのかピシィィっとキレのある敬礼をする。ちょっと引いた。

 

「は! その通りであります!」

 

 ……やりづらい。

 

「普通にしゃべってくださいお願いします」

 

「は、はぁ。分かりました」

 

 おーやれば出来るやないか。

 

「発見当時はドアや窓に施錠がされていた。間違いない?」

 

「はい。他に室内に侵入出来る所もありません」

 

「んーそっか。解理さん」

 

 俺の後ろをアヒルみたいに付いて来ている解理さんに声を掛ける。

 

「なんすか?」

 

「死亡推定時刻は分かる?」

 

「……」

 

 ん? 解理さんの返事がない。なんだよ。

 

「結城君どうしたんすか? 普通の探偵みたいっすよ!?」

 

 やかましいわ!

 

「いいから早く教えろ」

 

 解理さんはぶつぶつ文句を言うも、教えてくれた。

 

「発見の3日前っすね」

 

「その時の管理人のアリバイは?」

 

「それが旅行に行っていたらしくて帰って来たのは一昨日らしいっす。一応、滞在先の旅館に裏は取ってあるっす」

 

 となると管理人の線は薄いか。

 

「マスターキーが悪用された可能性は?」

 

「金庫に入れて保管していたようで、可能性は低いっすね」

 

 うーん。そっか。共犯者が居るなら可能だけれども、それを示唆する証拠が出るまでは一旦除外しておこう。

 そもそも管理人には動機がない。まして、自分が一番疑われる状況を作り出すメリットもない。

 不動産会社も鍵を持ってそうだけど可能性は低いっしょ。だってこんな事件が起きちゃうとアパートの評判が悪化するし。借り主殺害なんて不動産会社からすればデメリットしか無くね?

 というわけで不動産会社も除外除外。 

 

 とりあえず部屋を調べるか。

 

 玄関、居間、トイレ、風呂を順に見回る。小さなキッチンには調理器具が鍋と電子レンジ以外無い。分かるぞ。料理なんてだりぃよな! やっぱ、ニートはこうでなきゃな!

 でも、それはそれとして、なんか違和感がある。

 

「なぁ、部屋で何か不自然な点はあったか?」

 

「そうっすね。ガイシャの指紋が少ないことっすかね」

 

「全く無い訳ではないんだよね」

 

「そうっすね」

 

 なんだそれ。いや、でも違和感の正体はこれか。なんか部屋が綺麗なんだよな。潔癖なら納得なんだけど、どうだろ。

 

「工藤さんの性格は分かる?」

 

「変なこと訊くんすね。ガイシャは基本的に引きこもっていたみたいっすから、あんまり証言は集められなかったっすね。ただ、闇金から借金をしたりと非計画的で近視眼的な人間だったみたいっす」

 

 んー。そういう奴が潔癖? イマイチしっくり来ないな。

 

「ちょっと遺体の写真見せて」

 

「ほいっす」

 

 解理さんがタブレット端末を操作して幾つか画像を見せてくれた。

 写し出されたのは、上半身に着た衣服を赤く染め、うつ伏せに倒れる工藤さん。スライドして、次の画像を見る。腐敗が進んでいて人相が分かりづらい。

 うーん、まただ。また違和感がある。

 次の画像。今度は仰向けに寝かせられている写真だ。衣服がはだけている? いや、違う。分かった。サイズ感が変なんだ。ボトムスだけはちょっぴり大きいサイズを着てしまっている。偶然とか好みと言えばそれまでだけど……。

 

「鍵穴にピッキングとかの痕跡はあった?」

 

「現時点では無さそうっすね」

 

「……そっか。工藤さんに合鍵を持っていそうな人はいなかった? 彼女とか両親とか」

 

「さっきも言ったっすけど、人間関係はほとんどないっす。兄弟も居なくて、両親も他界してるっす」

 

 なるほど。

 顎に手をやり、考える。

 俺の中で1つの推理が出来つつある。でも、情況証拠の群れからの推測に過ぎない。

 解理さんを見ると相変わらずキラキラした眼差しを向けてやがる。ホントバカだよなぁ。だって霊能力のない俺なんて、マジでひねくれた性格のただのニートだぜ?

 探偵ごっこなんて出来ねぇよ。

 でも、ま、やるって言っちゃったし、それなりにやりますか!

 

「解理さん」

 

「ついになんか分かったんすか!?」

 

 苦笑いしてしまう。そんな簡単にいかないって。

 嬉しそうにしちゃってまぁ。

 しかし、続く俺の言葉を聞いて解理さんの表情は変わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被害者は工藤さんである、と判断した根拠は?」

 

「え、それは……」

 

 歯切れ良く答えていた解理さんが言い淀む。フラフラと視線があっちに行ったり、こっちに来たり。

 見かねたのか、これには先ほどの巡査さんが答えてくれた。

 

「発見時に管理人の女性が『工藤さんです』と証言したことが主な理由です」

 

 うん。後は情況から見て、この部屋の主であると考えたのかな。気持ちは分かるけど、ちょっと気になる点があるんだよね。

 

「今、管理人の方にお話は伺えますか?」

 

「え、ええ。可能かと思います」

 

「じゃあ、行ってみよっか」

 

 はい、という訳で管理人さんのとこに到着。管理人さんは道路を挟んだ向かいの一戸建て住宅に住んでいた。

 

 ピンポーン。

 

「はいはい」

 

 今時、インターホンも使わずにスライド式の玄関扉が開けられる。

 エプロン姿の初老の女性が現れる。

 

「あら? 刑事さん、でいいのよね」

 

「私は探偵、のような者です」

 

 俺の含みのある、曖昧な言い方に戸惑うもすぐに自分の中で納得出来る解釈を見つけたのか、特に気にした様子は見受けられなくなった。

 

「少しお伺いしたいことがありまして。今、よろしいでしょうか?」

 

 いやぁ、慣れない敬語は疲れるわぁ。

 

「大丈夫よ。何かしら?」

 

「工藤修さんについてです。あなたは工藤さんと直接的な面識はあったのですよね?」

 

 これは前提の確認だ。もし俺の予想が正しければ……。

 管理人の女性はうーん、と悩んでいる。

 おっと、これは期待できそうだ。

 

「あると言えばあるのだけれど、面と向かってしっかりお話ししたことはないわ」

 

 稀に見掛けると挨拶くらいはするけど、それ以外では接点はない感じか。

 分かる。分かるぞ。俺とご近所さんとの関係がそうなんだもん。やっぱニートはこうでなくちゃな!(2回目)

 おっと思考が変な方向に行っていた。戻さないと。

 

 管理人さんの返答は期待通りだ。もうちょいツッコんでいく。

 

「遺体発見時に『工藤さんです』と証言されたようですが、しっかりお話ししたことがないのに何故そのように判断されたのですか?」

 

「それは簡単よ。体格が同じだったし、何回か見掛けた時と同じ服を着ていたの。それにお顔の雰囲気も同じように見えたんですもの」

 

「なるほど。よく分かりました。以上で終わりです。ご協力ありがとうございました」

 

 礼を言って、現場の一室に戻る。

 

「解理さん」

 

「今度はなんすか。もう疲れたっすよ」

 

 て、てめぇ……! 

 ぷるぷるとしてしまうが、この前全裸にしてイタズラした時の動画をネットに公開されたくなければ、的な感じで今度苛めてやる、と決意し、なんとか怒りを抑える。

 

「この周辺にスラムのような無法地帯やホームレスの溜まり場はある?」

 

「んースラムはないっすね。でも、ホームレスが問題になってる場所ならあるっすよ」

 

 はい、ビンゴ。そうと決まればサクサク行くぜ。

 俺は鷹揚に頷き、顎をすりすり。俺の思わせ振りな態度に解理さんの期待が高まっているのが分かる。

 いくぜ! 次の一手!

 

「解理さん、今すぐエロい格好に着替えて。それからデートに行こ」

 

「いいっすよ……え? え、今なんて?」

 

 またまたぁ。聞こえてる癖にぃ~。カマトトぶりやがって。とんでもねぇ女だぜ。げへへへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうっすか? 可愛いっすか?」

 

 胸元の開いたドレスワンピ。足下のヒールサンダルにハイブランドのバッグ。やや濃い目のメイク。

 どこからどう見てもキャバ嬢です。似合い過ぎてキモイ。なんでこの人、刑事やってんだろ?

 

「ああ。正直、抱きたいと思ったよ」

 

 勿論、嘘である。俺を働かせようとする女は受け入れられない。世の真理だ。

 

「ホントっすか!」

 

 解理さんはニヨニヨしながら、こーゆーのがいいんすね、ふーん、へーなどと意味不明な供述をしており、責任能力の有無が争点になりそうです。

 

「じゃあ、デートしますか」

 

「了解っす!」

 

 さて、別にガチでデートに行く訳じゃあない。そもそも行く場所がデート向きじゃないしな。

 だから腕を絡めて、胸を押し付けるのは止めなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お家帰りたいっす……」

 

 ホームレスの溜まり場として問題の場所、某一級河川の河川敷に来ていた。俺は微妙に馴染んでいるが、解理さんは浮きまくりだ。

 解理さんを見る家無き人生の旅人さん達の目は、なんだこいつ? てのが半分、無関心な死んだ魚の目が3分の1、あからさまなエロい目が残り1割強といった感じだ。

 勿論、解理さんを苛めたいとかいう理由でキャバ風衣装になってもらった訳じゃない。あくまで、警察関係者と悟らせない為だ。俺は野暮ったい格好に無気力な顔、解理さんはエロ特化のお水女ちっく、これで警察関係者と分かる人はなかなか居ないと思う。

 解理さんは職務放棄をご所望だが、勿論、却下だ。棄却ではなく却下な点がエモい(?)のだ。俺を巻き込んで自分は帰ろうなんて許さねぇぜ。げへへ。

 それに来て良かったぜ。

 

「謎は全て解けた」

 

「なんなんすかもー……?……!?」

 

 さて、現場に戻って探偵ごっこと洒落こみましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯人は工藤修さんです」

 

 一時作業を中断して、集まってもらった面々が十人十色の反応を見せる。

 

「……根拠は何でしょうか?」

 

 ……なんかしれっと第一発見者の巡査さんが発言してきた。いいんだけどさ。なんか釈然としない。

 

「先ず、前提として死体と現場の不自然さがある」

 

「確かに変なとこはあるっすけど……」

 

「主なおかしい点は3つ。先ず最初に気になったのは部屋が綺麗に掃除されていたことです。聞けば、工藤さんの物らしき指紋もほとんど検出されなかったみたいですね。これは推測される工藤さんの性格と一致しない」

 

 これには鑑識の面々が頷く。違和感自体は感じていたのだろう。特に異議はないようだ。

 

「次に引っ掛かったのは死体の服です。良く見ると、ボトムスのデニムのサイズが若干大きいような気がしませんか?」

 

 解理さんがタブレットを取り出し画像を表示させる。スライドさせて何枚か確認して、首を傾げる。

 

「そうやって見ればそんな気がするっすけど、気にする程じゃないんじゃないっすか?」

 

 まぁ、俺もそう思った。でも、ボトムスだけそうなっていることが引っ掛かるんだ。

 

「工藤さんは部屋の掃除を徹底する程几帳面だったとするなら、服の上下でサイズ感に違いがあるのは僅かに違和感がある。緩いサイズが好きなら上もそうなるべきだ。几帳面な工藤さんが偶々間違えて買ってしまい、偶々着ていたのではなく、他の可能性を考えた方がしっくりくる」

 

 うーむ、と現場の皆が各々思考している。

 よく俺みたいなニートの話を真に受けるよな、ホント。

 

「最後です。それは、管理人さんの証言の根拠です。彼女が言うには、服装、体格、顔の雰囲気を理由に、遺体は工藤さんである、と判断したようです。しかし、その程度の一致はありふれている。それに発見時の死体は、ある程度の腐敗が進み、人相が分かりづらくなっていた。彼女が間違えたとしても、何ら不思議ではありません」

 

 これに気づけたのは俺がニートであったからかもしれない。

 

「おそらく皆さんは管理人ならば住民をしっかりと知っている、と思っていたのではないですか?」

 

「まぁ、常識的に考えると……」

 

 だよなぁ。

 

「だから、管理人さんの証言を簡単に真としてしまった。でも違うんです。ガチの引きニートという人種には、本当に人との交流を削りに削る輩も居るのです。だから、より正確に考えるなら、管理人さんが知っていなくても不思議ではない、となります。皆さんは真っ当なご職業ですから、常識的見解によるバイアスが掛かっていたのでしょう。無意識下で、集団の同調圧力もあったかもしれません」

 

 ざわっとする一方で、納得顔をする者も居る。

 

「以上から、俺は死体は工藤さんではない、と判断しました」

 

 じゃあ、この事件は何なのか、犯人が工藤さんとはどういうことか、何故部屋は掃除されていたのか、ということになる。でも、これも実際はシンプル極まりない。

 

「結論から言います。この事件は、工藤さんが借金から逃れる為にした、自らの死亡偽装事件です。それもニートである自分の人間関係の希薄さを利用したね。そして、不自然に掃除されていたのは工藤さん本人の痕跡を消す為、服のサイズが違ったのは別人だった為です」

 

 俺と一緒に行動していた解理さんは全てを察したようだ。やはり、馬鹿っぽく見えて、案外やる人だ。

 

「俺は思うのです。この事件が密室殺人であることがある意味最大の根拠ではないか、と。」

 

 皆、黙して聞いている。

 

「密室殺人、ミステリーでは良く聞く単語ですが、実際には真の密室殺人なんてほとんどあり得ない。今回のような刺殺なら尚の事です。見せかけの密室でなければ人は室内で刺殺されない。現実的には、真の密室では刺殺の余地なんてないからです」

 

 勿論、毒殺等一定の例外は考えられるが今回は刺殺だ。そこは除外させてもらう。

 

「つまり、この事件も見せかけの密室であるということです」

 

 ここで巡査が待ったを掛けてきた。ナイスアシストだ。

 

「しかし、現場は鍵が掛かっていましたし、鍵に怪しい痕跡も皆無でした。見せかけ、とは言いきれないのではないでしょうか?」

 

 そこだよ。一番の根拠は。

 

「しかし、実際に刺殺は起きている。ここで逆転の発想です。どうやって完全な密室を作り出したか、ではなく、完全な密室を作り出せるのは誰か、を考えるのです」

 

「!? そういうことですか……」

 

「そうです。工藤さん本人ならば合鍵を作ることも容易いでしょう。刺殺後、凶器を持ち、鍵を閉めて部屋を出れば良いだけです」

 

 次にこの死体についてだ。

 

「そして、この死体です。彼は近くの河川敷で暮らしていたホームレスだったようです」

 

 先ず、俺が考えたのは急に消えても大事にならない人物だ。アパート周辺に限定すると、河川敷で暮らすホームレスが一番現実的と考えた。集団の規模が極めて大きい点も好都合だった筈だ。

 そこで、河川敷に行った俺は先ずは手当たり次第にホームレスの皆の記憶を読んだ。そして、解理さんを入口付近に残して、ホームレスの方と世間話をして来た。手土産の酒とツマミが効いたのか、色々教えてくれた。

 これは本来、情報を得る為ではなく解理さんに、情報収集しましたよってアピールをする為の行為だ。

 でも案外悪くない情報も得られた。生の感情だ。記憶を読むよりも、実際にコミュニケーションを取ることで見えてくるものもある。

 彼らは皆、ジンさんと呼ばれるホームレス仲間が突然居なくなったことを不思議がっていた。確かにホームレス仲間が急に消えることは良くあるが、ジンさんに限ってはそういった微妙な気配、前兆を感じなかったそうだ。ホームレスの皆さんも何かキナ臭い物を感じていたし、中には怯えている人も居た。

 そして、人見知りの新入りの存在。然り気無く近づいて記憶を読むと分かった。彼が工藤修さんだったのだ。

 話をしたホームレスの皆に口止め料として(解理さんの財布から)諭吉さんを渡し、河川敷を後にした。

 後は証拠を集めて令状を取れば、晴れて逮捕となる。その為にも皆に納得してもらわないとな。

 

「俺の考え方として、先ず、工藤さんの立場になってみました。工藤さんからすれば、拐いやすく、拐った後も大事に成りにくい人物が必要だった。アパートから極端に離れていないと尚良し。そう考えると、河川敷のホームレスは都合が良かったはずです」

 

 喋り過ぎて喉渇いてきた。解理さんなんか飲み物ないかな。

 俺が解理さんを見ると、察したのか、ペットボトルのお茶を出してきた。あざーす。

 お茶に口を付け、一息ついてから、再開する。

 

「おそらく工藤さんは、何か割りの良いバイトがあるとでも言って、報酬をちらつかせ、あるいは小出しにして自分と似た人相のホームレスの方を連れ出し、自らのアパートへ誘導した。その後、シャワーを浴びさせ、衣服を貸し、そして、殺害した。俺はこの推理を裏付ける為に、なるべく現場の死体と背格好が似ていない(・・・・・)ホームレスを中心にお話しをしてきました。ビンゴでしたよ」

 

 ビンゴ。つまりは証言が得られた、そう解釈した皆か高揚しているのが分かる。

 

「死亡推定時刻の2日前から、姿を消したジンさんというホームレスが居たそうです。そして、入れ替わるように入って来た新顔の存在。しかも、その方はジンさんに背格好が似ているらしいですよ。俺はこの新入りが、ほとぼりが冷めるまで潜伏しようとしている工藤さんである、と推測します」

 

 ここで問題があることに気が付く筈だ。

 ナイスアシストこと、巡査さんがまた決めてくれた。

 

「しかし、逮捕状が発布されるだけの証拠がないです。緊急逮捕も状況的に難しい」

 

 勿論、それも考えてある。

 

「分かっています。ここで凶器に着目します。大型の鋭利な刃物による刺殺で間違いありませんよね?」

 

 鑑識の方に確認する。すぐに頷いてくれた。

 

「現実的に見て、一般人が入手できる刺殺に適した大型の鋭利な刃物は包丁がメジャーです。そして、この部屋に調理器具は鍋と電子レンジしかありません。まな板やフライパンすらありません。つまり工藤さんは一切料理をしない人物であったのです。ということは、計画を実行する為に包丁を購入する必要があった筈です。勿論、ネット通販等の場合もありますが、店舗での購入も十分あり得る。書類的な記録を嫌ったならば、むしろ店舗での購入の方が確率が高いでしょう。近辺の店舗の防犯カメラを確認すれば、工藤さんの映像が得られる可能性があります。それに加え、河川敷から自宅周辺の監視カメラを洗えば、死体の男性と同行する工藤さんが映っている筈です。工藤さんは車を所持していなかった点から徒歩の可能性が高く、つまりカメラに映っている可能性も高いと言えるでしょう。これら2つの映像が揃えば強力な情況証拠になります。また、2つの映像と遺体の写真をホームレスの方に確認すれば、俺の推理を補強する証言が得られるでしょう。こんな感じで証拠を集め、逮捕まで持って行きましょう。以上です。これでどうでしょうか?」

 

 つ、疲れた。引きニートに長台詞を言わせるんじゃありません! 全く、けしからん!

 しかし、俺の心情など知ったことか、と現場の皆から歓声が上がる。

 そういうのいいから早く動いてくれ。万が一逃げられたら面倒極まりない。疲れ過ぎて、もう働きたくないぞ。

 そして、解理さんもキラッキラッした目をしている。

 

「結城君!」

 

「なんだよ」

 

「探偵みたいっす! ぱねぇっす!」

 

「」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 納得はできないけど、こうして事件は解決した。霊能をほとんど使わないと疲労感が半端じゃない。もうダメだ。死んでしまう。

 頼むから変な事件で呼ぶのは止めてくれ。

 なお、第一発見者の巡査さんからサインを要求された。勿論、秒で断った。

 安息の地はないのか……。

 



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怪盗探偵! 石川桜子の事件簿!

桜子視点。
例によって細かい修正は後でするかも。

日間ランキングに載ることができました。皆さんがご評価してくださったお蔭です。ありがとうございます!


──この事件、怪盗探偵石川桜子が解決してみせる!

 

 

 

 

 

(〃艸〃)

 

 

 

千恵美(ちえみ)さん、旦那様をお呼びしてきて」

 

「はい」

 

 私──怪盗ジョーカーこと石川桜子(いしかわさくらこ)は、新な獲物の下調べの為に藤川(ふじかわ)グループ総裁の邸宅に潜入中だ。私のスーパーでプリティなフェイスは変装メイクで隠されている。なんと嘆かわしいことか。

 ちなみに千恵美という偽名は、桜を意味するcherry-blossom treeのチェリーから付けたの。天才ね!

 

 藤川グループは風呂用品を広く手掛ける東証一部上場企業で、300年以上も歴史のある老舗だ。

 そこのボス──旦那様は彫刻を蒐集するのが趣味らしくて、私の次のターゲットはその内の一つ、『最弱の四天王』よ。躍動感と絶妙に弱そうな顔付きが高く評価されている高さ53センチの彫刻ね。歴史的価値を考えると丁重に扱わざるを得ない1級品だ。

 

 今は、朝ごはんが出来たから旦那様を呼びに向かっているんだけど、これが遠いのだ。このお家、私が前に住んでいたアパート(6畳1間、ロフト付き)の何倍だろうか? 世の中の経済格差に涙がでますよ。

 心の中で忸怩たる思いに咽び泣いていたら、いつの間にか旦那様のお部屋の前に到着していた。

 

 さて! お仕事しますか!

 

 コンコンコン、とトリプルノックセルを決めて、お声を掛ける。

 

「朝食のご用意が出来ました。ご準備が整いましたら、お越しください」

 

「……」

 

 あれ? いつもはすぐに返事があるのにどうしたのかな。

 もう一回呼んでみよう。

 

「旦那様、早く来ないと私達の仲を奥様にお伝えしますよ?」

 

 仲(笑)だ。こー見えて私は身持ちが固いので、結婚する人以外とは何もするつもりはない。キスもダメだ。流石私ね!

 

「……」

 

 やっぱり返事がない。なんか嫌な予感がする……。

 

 私のすぃっくすぅすぇんすうは良く当たるのだ。ここは攻める時。いざ参らん!

 

──遠見!

 

 説明しよう!

 天才超能力者である私は、頑張れば視点を飛ばすことができるのだ! イメージとしてはラジコンヘリにカメラを付けて飛ばし、遠隔でカメラ映像を見ている感じ。正直、遠見とかテレパシーはあんまり得意じゃないから、使い勝手は良くないけど、今くらいなら大丈夫!

 

 頭の中にぼやけた映像が流れる。旦那様のお部屋だ。

 

 !?

 

 和室の中には旦那様の姿がある。だけど……。

 

 殺人……。いったいどうして……?

 

 旦那様は首を切断されていて、頭部は生け花用の剣山に載せられている。

 

 ショックではある。でも、取り乱したりはしない。私だってそれなりに修羅場は潜ってきた。冷静さは失わない。

 

 今、私が取るべき行動は、皆がなるべく早くこの現状を知ることが出来るようにすること。私に疑いが向けられないようにしながら、だね。

 

 私は不思議そうに首を傾げてから、ゆっくりと来たルートを戻る。

 旦那様を呼んでみたけど、返事がなかった。でも、勝手に旦那様の部屋の戸を開けて良いか分からないから、返事が無いことを先輩に伝えようとしているだけ。

 そうであると自分に言い聞かせ、演技する。『敵を騙すには味方から』とよく言うけれど私に言わせれば少し違う。

 私にとっては『人を騙すには自分から』だ。要は自己暗示ね。これが上手く出来るとイレギュラーな事態でもボロが出にくくなる。

 台所に到着した私を、先輩──山本(やまもと)(たまき)さんが出迎える。

 

「ご苦労様。じゃあ次は……」

 

(たまき)さん」

 

「どうされました?」

 

 何か妙な胸騒ぎがする。そんな顔、仕草が自然と滲みでる。

 

「実は旦那様からお返事が無くて……」

 

 環さんが眉を寄せる。

 使用人の立場としては、旦那様に万が一があった場合、それを見逃すことはできない。環さんは責任感か強い人だから、色々考えてるのかもしれない。少し罪悪感が湧く。

 

「分かりました。行ってみましょう」

 

 環さんと私は邸宅を見て回りつつ、旦那様のお部屋へ向かう。他の部屋や浴室に居るかもしれない、と環さんが考えたからなのだが、当然居ない。

 

「いらっしゃいませんね」

 

「ええ」

 

「あれ? この時間にここに居るなんて珍しいね」

 

 私達が邸宅内を彷徨(うろつ)いていると、旦那様の1人息子の藤川孝介(ふじかわこうすけ)君が声を掛けてきた。旦那様が50歳を過ぎてから出来た子で、旦那様はもの凄く可愛がっていた。今年で中学3年生。

 けっ。お坊っちゃまが。

 

「いえ、少し気になることがありましてね」

 

「ふーん。あっそ」

 

 如何にも思春期の子のようなリアクションが返ってきた。そして、特に深く訊くことはせずに行ってしまった。

 環さんが視線を私に移す。

 

「……旦那様のお部屋を見ましょう」

 

 そして、私達は旦那様と対面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い食堂が静まり返る。本来ならば朝食を食べている時間なのに、今は皆、何も口にしていない。

 

「……内々に処理出来ないかしら」

 

 ポツリ、と奥様──藤川京子(ふじかわきょうこ)さんが言う。

 いらっとする。でもそれを顔には出さない。

 それに、そもそもそれは無理があるよ。旦那様がいきなり消えたら、色んな所で支障が出ちゃう。

 

「お気持ちは分かりますが、それは難しいかと」

 

 環さんがやんわりと窘める。

 京子さんはまだ36歳。旦那様より30歳も若い。周りの人間からは金目当てだと言われているみたいね。口元の黒子が妙な色気を放っている。

 けっ。玉の輿が。

 

「さっさと警察呼んだら? どうせ呼ぶんでしょ?」

 

 この親子……!

 

 孝介君の言い方は本当にどうでも良さそうだ。それが私の気を逆撫でする。

 しかし、私はムカムカするのを何とか抑える。冷静さを失っては駄目だ。

 

 旦那様は、穏やかな好好爺という雰囲気通りの人だ。私にもよくしてくれた。

 だから、私はそんな彼が嫌いではなかった。あ、恋愛感情どうのとは関係なく、人として、って意味ね。

 

 それなのに、こんなことになるなんて……。

 

 私は決意した。本業は正義の怪盗ジョーカー様だけど、たまには違う事もやってあげましょう。

 

──この事件、怪盗探偵石川桜子が解決してみせる!

 

 キリっと凛々しい顔をしていたら、環さんが微妙な顔をしてきた。

 きっと環さんも傷ついているのね。分かる分かる。でも、大丈夫! 私がちょちょいと犯人を特定したるわ!

 

 先ず、前提として昨日の夜1時には旦那様は生きていた。だって会話したもの。

 というのも、住み込みで私と環さんは働いているんだけど、その時、私も起きていたの。まぁおしっこに起きたんだけどさ。

 だから、旦那様が殺されたのは午前1時過ぎ~朝7時20分の間になる。

 

「ふふふ」

 

「千恵美さん、どうされました?」

 

 おっと、いけませんわ。つい、笑ってしまいましたわ。

 環さんに不審がられてしまった。気を付けないと。でも、仕方ないよね。

 

 だって、犯人は分かったも同然なんだから!

 

──テレパシー!

 

 説明しよう!

 天才超能力者である私は、その気になれば人の記憶や考えてることを覗くことができるのだ! テレパシーはそんなに得意じゃないけど、やるしかない。頑張れ、私!

 

 先ずは環さん。

 うん、普通に寝て、起きて、仕事してってだけで怪しいとこはないね。はい、白。次!

 

 次に孝介君。

 うん、夜11時頃から朝まで記憶が無いね。つまり、夜11時からさっき私達に会う直前まで睡眠中だったみたい。はい、白。次!

 

 次に京子さん。

 うん? ……うん。昨日、浮気相手と長電話した後に寝てるね。ちなみに部屋は旦那様と別になる。それで、朝までぐっすりね……。怪しい記憶はない(?)。はい、白。次……、あれ? 次の人、居なくない?

 

 あっるぇぇ? は! まさか、内部の人間が犯人ではなく、外部の人間の仕業!? 

 そうと分かれば、防犯カメラの映像をチェックしなければ!

 

 しかし、私の出鼻を挫くように環さんが提案する。

 

「やはり、警察へ連絡いたしましょう」

 

 ま、まぁそうよね。ポリ公はあまり好きではないけれど、変に隠そうとして拗れたら面倒だし、仕方ないね。

 奥様はいい顔をしていないけど、強く否定できる理由がないから、駄目だとは言えないみたい。

 決まりだね。

 環さんが頷く。

 

「反対意見が無いようですので連絡しますね」

 

 発言通り、環さんがスマホで連絡し、それから程無くして警察が到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監視カメラにも侵入者が映っていないのか……。

 

 警察の人がカメラ映像をチェックしたんだけど、どうやら怪しい人は映っていなかったみたい。

 今、目の前に居る警察官の記憶を見たらそうなってた。

 となると外部犯の可能性は低い。

 何故なら、藤川邸の監視カメラは玄関や塀を死角無くカバーしてるんだもん。

 

「つまり、あなたも藤川氏の死亡時にアリバイがなかった、ということですね」

 

「まぁ、はい。そうなります」

 

 やべぇぇぇ。私も普通に疑われてるよ。こいつは早く解決しないとアカンかもしれない。

 でもなぁ。どうしたらいいんだろ?

 

 警察でもこれといった証拠を見つけられずにいるみたいだし。犯行に使われた凶器もまだ見つかっていない。私も探してはいるけど見つかんない。

 ちなみにカメラ映像には犯行時に中から外に出た人も映っていない。事件後、警察の指示で誰も外出していないので、凶器を外に捨てに行ってはいないってことね。もうどうしたらいいのよ。

 

「はぁ」

 

「どうされました? 何か思い出しましたか?」

 

 警察が疑いの目を向けてくる。

 

 止めて。ボロが出ちゃうから。

 

 このままじゃ不味い。やむを得ず、私はプライドを捨てて、決断する。

 

 ……仕方ない。私1人で解決するつもりだったけど、無理だ。ここは本業の方にアドバイスを貰おう。

 

 私は自分のお部屋に戻り、そして……。

 

──テレポート!

 

 説明しよう!

 天才超能力者である私は、その気になれば地球の裏側にも一瞬で行けるのだ! 瞬間移動は子供の頃から得意なのさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した私の目の前には一糸纏わぬ姿の幽日(ゆうひ)君が……。

 

 !?!?! え! なんで!? で、でも、あ、あれが男の人の……。

 

「うっわ。石川さんじゃん。何しに来たの? 俺、風呂入りたいんだけど」

 

 !?!!? わ、私と一緒に風呂に入りたい(※言ってません)!? そ、そんな駄目よ。結婚するまでは……は! まさか、私は今プロポーズされている!?

 

「ふ、ふちゅつかもにょでしゅ(不束者(ふつつかもの)です)!」

 

「なんで1人で百面相してるの? 怪盗○二面相をリスペクトなの? バカなの?」

 

 あ、あれ? なんか会話が噛み合ってないような……。

 

「あ、あのー幽日君は私と結婚して、サッカーチームが出来るくらい子供を作るご予定なんですよね?」

 

「……超能力者って頭おかしいんだな」

 

 ……まさか、私の勘違い? 恥ずかし……。

 

「う」

 

「う?」

 

「うわぁー! お嫁に行けないぃ! 責任取ってよー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは今、向かい合ってお茶を飲んでいる。

 

「ほー、なるほどなぁ」

 

 一通り説明を聞いてくれた幽日君は、顎に手をやり考えている。

 やがて、考えが纏まったのか手を下ろし、話し始めた。

 

「俺もそうなんだけどさ、特殊な力は正確で強力だよ。でも、それによって受け取った情報をどのように解釈するかを決めるのは、どこにでも居る普通の凡人なんだ。それとも桜子さんは自分を頭脳明晰な天才だと思うかい?」

 

 お願いした通りちゃんと名前で呼んでくれる幽日君のことは嫌いじゃない。だからだと思う。凡人だと言われても特に嫌な気持ちにはならない。

 

「分からない……位だから、きっと凡人なんでしょうね」

 

「……まぁなんだ、俺が言いたいのは超能力で集めた情報をもう一度疑って見たらいいってことだよ」

 

 別に桜子さんを貶したい訳じゃないよ、と付け加えた時のバツの悪そうな幽日君を可愛いと思った私は、やっぱり天才だと思う。

 だから言ってあげよう。

 

「やっぱり結婚しよう!」

 

「嫌です」

 

 どうしてだろうか? 天才でも分からない難解な問題ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤川邸に戻った私は、今一度情報をおさらいしている。

 

 先ず死亡推定時刻は午前1時から翌朝午前7時20分の間。

 そして、その時間にこのお家に侵入した者は居ない。この点はカメラ映像があるから、ある程度の客観性はある。

 問題は内部の人間の記憶だ。私のガチったテレパシーで見たところ、全員がその時間には睡眠中だった。

 

 …………睡眠中?

 

 私の中で何かが引っ掛かる。また、思考を続ける。

 

 睡眠中と判断出来るのは、意識が無い=記憶が無い状態、又は非現実的な夢を見ている記憶がある場合だ。……あ!

 

 気付いた。気付いてしまった。私としたことが見落としていた。冷静に考えるとおかしい筈なのに……。

 記憶が入眠から起床まで一切無いのはあり得ない。

 何故なら、人は夢を必ず見る生き物だからだ。それを覚えていないことはあるけれど、夢自体は必ず見る。

 最近の研究では、レム睡眠、ノンレム睡眠いずれの場合も夢を見ている可能性がある、と言われ始めている。ノンレム睡眠時には夢を見ていない可能性もあるけれど、一般的には、人は一晩の睡眠で80分程の夢を見るらしいわ。

 

 加えて、とある仮説が私の中の違和感を更に大きくする。

 

──人は記憶を思い出せなくなっても、その記憶自体は脳に残されている。

 

 とある研究グループが論文の中で提唱した仮説ね。残念ながら完全な証明まではされていないけれど、私はこれを真実だと考えている。だって私が記憶を読むと、本人が本当に忘れたと認識していることも知ることが出来るんだもん。

 

 まとめると、「睡眠中=記憶が無い」は真とは言えない。正確には「偶々レム睡眠に入らないような場合その他夢を見ない例外的な状態でない限り、睡眠中であると判断するには夢の記憶が必要である」となる。

 確かに睡眠時間が短ければ夢を見ないことはあるかもしれないし、睡眠に関しては未だ解明されていないこともあるけれど、原則又は指針として、現実に当て嵌めて考察してもいい程度の信頼性はあると私は見ている。

 

 だから、6時間以上睡眠を取っていて、何の記憶も無い孝介君はおかしい。京子さんと環さんには夢の記憶があるのに、孝介君だけは一切無い。これは不自然過ぎる。

 

 でも、だからって旦那様を殺したとすぐに判断出来る訳じゃない。

 判断するには情報が足りない。そう考えた私は更に広い期間の記憶を覗くことにした。

 

 天才超能力者の本気を見せてあげるわ!

 

──テレパシー!

 

──テレパシー!

 

──テレパシー!

 

 くぅ、疲れた。でも、まだよ!

 

──テレパシー!

 

──テ、テレパシー!

 

──はぁはぁ、てれぱしぃぃ!

 

──あひゃひゃひゃひゃ!

 

 死ぬ。過労で死んでしまう。

 そもそも私はテレパシーが苦手なんだ。もっとこう、念力! とか瞬間移動! みたいなアクション映画みたいな分野が得意なのよ、私は。うぅ、頭痛い。

 

 でも、怪しい情報を幾つか見つけることが出来た。

 

 1つ目。

 孝介君の記憶は虫食い状なの。なんか記憶が一切無い時間が頻繁にある。理由は分からない。それこそ睡眠中ではないような時間帯にも普通に記憶が無かったりする。うーん?

 

 2つ目。

 孝介君の食の好みはその時々によってバラバラだ。納豆大好き星人になったと思ったら、次の日にはネバネバ撲滅委員会に所属してたりする。意味が分からない。

 

 3つ目。

 京子さんは孝介君のことをかなり情緒不安定な子だと思っている。私もここで働いていて、多少は孝介君のそういう所を見ているけど、それは思春期だからだと思ってた。でも、京子さんはそんな風には考えていないみたい。ふむふむ。

 

 4つ目。

 京子さん、環さんの認識では、孝介君が会話の内容を忘れることが良くあるらしい。これは1つ目のおかしい点とも矛盾しない。もしかして……。

 

 情報を整理していて、私はある推測を持った。

 間違っているかもしれない。今まで経験のないことだから、ホントにただの予想に過ぎない。

 でも、私の予想が当たっているならば、全ての現象に説明が出来る。

 

 それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孝介君は多重人格なんじゃないか、ってこと。

 

 記憶が虫食いなのは、人格が交代していたから。食の好みが不安定なのも人格によって違うから。情緒不安定に見えるのは人格により性格が違うから。会話の内容を忘れるのは、必ずしも人格間で記憶を共有している訳ではないから。

 そして、犯行のあった夜に夢の記憶すら一切無いのは、朝に孝介君を動かしていた、つまり私が記憶を見た時の人格は犯行を行った人格ではなかったから。

 

 そうだとすると、更に仮説が出来る。多重人格の相互間では記憶の共有を必ずしも行うわけではないんじゃないかってこと。

 つまり、人格ごとに脳の記憶領域を分けている、又は人格ごとの脳へのアクセス権限に制限がある。

 こう考えたのは、私が絶対の自信を持つ超能力を以てしても記憶を読めない時間があるから。

 テレパシーが苦手と言っても、それは精度が落ちる、間違った情報を受け取る、ということじゃない。単純に発動にもの凄く苦労するし、とっても疲れるってこと。

 

 記憶共有についての仮説が正しいならば、私のテレパシーは「人格というアカウントがアクセスできるフォルダにある記憶を覗く」と言える。そして、その対象になるアカウントは身体を操作する人格となる。

 

 つまり、必要なのは、孝介君の中に居る犯行時の人格が主導権を握った瞬間に、テレパシーを発動している状態であること。

 

 結論! 私がすべきことは、孝介君に対するテレパシー状態を可能な限り維持すること! ……やだなぁ。疲れるんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、4日。私は頑張った。苦手なテレパシーを無理矢理根性で発動し続けた。お蔭で3キロも痩せてしまった。

 途中、テンションがおかしくなって夜中に幽日君のベッドに瞬間移動しちゃったけど、責任取るって言ってくれたから(※言ってません)、むしろ結果オーライだ。

 

 話を戻そう。

 

 私は見つけたのだ。孝介君の中に居る犯人を。

 

 その人格は私にはよく分からない歪みを抱えていた。彼は猟奇的な異常思考を持っていたの。それで自分を愛してくれる父に愛情のお返しをした。

 それがこの事件の真相だった。

 

 言い訳になるけれど、孝介君が多重人格であると、私を含め周囲の人間が気付けなかったのは、孝介君達が多重人格であることを隠そうとしていたから。

 人格毎にフォルダが違うのかも、って思ってたけど、正確には共有フォルダと個別フォルダがあって、一定の相互認識、意思疎通は出来ているみたい。

 ただ、共有フォルダはごちゃごちゃしてて、ノイズも酷くてテレパシーではなかなか読みきれなかった。人格が交代した時始めて、混濁した同じ記憶領域へ色んな人格がアクセス出来ることに気付けた。それを私は共有フォルダって呼んでるって訳よ。

 

 そして、凶器の隠し場所も分かった。

 なんと私が狙っている『最弱の四天王』の中にある隠し収納スペースに保管されていたのだ。台座が外れる仕組みだったの。そんなこと思いもしなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──愚鈍なる警察諸君へ 凶器は『最弱の四天王』の中にある。

 

 こう記した手紙を捜査本部へ送ったの。だって凶器のナイフに孝介君の指紋と旦那様の血が付いていたんだもん。

 孝介君にとっては、自分の指紋と旦那様の血は、旦那様との絆の証だったみたいで、敢えて洗ったりはしていなかった。

 記憶を見た私にはそれが分かったから、事件解決の為に凶器の場所を警察に伝えたの。

 そして私の目論見通り、事件は解決した。

 

 さっすが私! 天才ね!

 

 でも天才の私にも盲点があった。

 

 それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「証拠品として押収って、そんなのってないよー!」

 

 ぐぅ、私は正義の怪盗。人が本当に必要としている物を盗むのは流儀に反する。裁判に必要と言われれば手は出せない。

 く、悔しい。なんてツイてないのだろうか。

 

「まぁまぁ、人生そんなもんだって」

 

 幽日君……!

 トクトクとコーラを注いでくれた。なんて優しいのだろうか。きゅん。

 

「今日中に婚姻届を出しに行きましょう!」

 

「嫌です」

 

「」

 

 

 

 

 

 

 




凄く書きやすかったです。



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集落系事件で美少女が居ないのは納得できない [問編(笑)]

アンケートにご回答してくださり、ありがとうございました。
一応の方針として、結城君視点をメインにしつつも、たまに他のキャラ視点をやる感じにしたいと思います。更新スピードは頑張ります笑

今回のエピソード(問編、解編)は好き嫌いがかなり分かれそうな内容ですので、今までの本作のノリがギリギリ許容範囲だ、という方は読まない方が良いかもしれません。一応、飛ばしてもそんなに支障は無いかと思います。


「僕達なら、きっと解決できる……」

 

 

 

 

 

 

┐( ̄ヘ ̄)┌

 

 

 

 日曜日。

 それはニートにとってはなんとも形容し難き、困ったちゃんな曜日である。

 だって、皆休みなんだぜ?

 ニートの優位性がまっっったく無いじゃん。つー訳で俺は日曜日が嫌いだ。だから、やむを得ず部屋でグダグダして英気を養ってる。

 

 ぴんぽ~ん↑? ぱんぽ~ん↑?

 

 ……誰か来たようだ。嫌な予感しかしない。でも、最近はもう悟りに近い精神状態だ。どうせどうあがいても疲れるんだろ。分かってる分かってる。

 インターフォンを取る。そこに映し出されたのは意外な人物だった。

 

「おはようございます……。相談……」

 

 いつぞやに俺を追い詰めた少年探偵──五月雨(さみだれ)(はる)さんやないか。

 相変わらず眠そうっすね。それにしてもどったのだろうか。こんな場末のニート宅に朝っぱらからやって来るなんて。

 ガチャリ、とドア開ける。

 

「久しぶり。とりあえず入ってくれ」

 

「お邪魔します……」

 

 ……ちょっと思ったんだけど、これ、未成年に対する猥褻行為がなんたらかんたらで逮捕されないかな? 大丈夫だよな?

 でも、最近の風潮を鑑みるにキモいニートが未成年に近づいたり、挨拶したりしたらアウトになるような気がしないでもない。

 晴さんを見る。

 うむ、眠そうでやる気をまったく感じさせない素晴らしい雰囲気であるが、よく見ると普通に美少年だ。女装すればそこらのアイドルにも負けない位の美少女になりそうだ。ふむふむ。

 

 ……やっぱお引き取り願おうかな。アウトでしょ、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美少年には勝てなかったよ……。

 今は、晴さんを客室に案内して相談とやらを聞いているところだ。

 

「実は行方不明者の捜索依頼を受けていて……。A県の空器(からき)村に行ったっきり連絡がない……。依頼人が言ってた……」

 

 ちょっと待って。晴さんおいくつでしたっけ? あなた普通に探偵業をこなしてますけど、労働基準法とか探偵業法的に大丈夫なんだろうか。疑問は尽きない。

 ……ミステリアス系(?)美少年とはたまげたなぁ。 

 

「調べてみたら……、空器村での行方不明事件が過去50年の間に数回起きてる……」

 

 お、おう。

 もうヤバい臭いがぷんぷんしてて、胸焼けしそう。

 悪いことは言わない。事件は警察に任せて、俺と○ケモンしようぜ。○リカーでもいいぞ。俺の害悪プレイを見せてやるぜ。

 

「明らかに空器村には何かある……」

 

 せやな。だから危ないことには首を突っ込まないように……。

 

「だから僕達で行ってみましょう……」

 

「なんでやねん!?」

 

 ダ、ダメだ。キリがないからツッコまないつもりだったけど無理!

 おかしいって、絶対おかしいって! なんでそこでやる気を出すんすか!? そして、なんで俺を誘うんすか!? 

 

「大丈夫……」

 

 晴さんが俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 おい、やめろ。俺をそっちの業界に引きずり込もうとするな! 俺はノーマルなんだ!

 

「僕達なら、きっと解決できる……」

 

 ……。

 

 こうして俺らはA県の空器村へと旅立った。美少年との2人旅。警察にバレたら絶対にヤバい。

 でも、しょうがない。晴さんのすっっっごく純粋な目で見つめられたら断れないって。美少年恐るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やって来ました空器村!

 新幹線を降りて、電車を乗り継いでタクシーを使い、やっと辿り着いたぜ。

 周りは山しかない。戦後すぐに建てましたって感じの家が斑に点在している。モノに溢れたぬるま湯でヌクってたニートには辛すぎる環境だ。

 

「な、なぁ、晴さん」

 

「なに……?」

 

「帰らない?」

 

 晴さんはキョトンとして首を傾げる。なんという破壊力だろうか。

 

「い、いや、なんでもない。行こうか」

 

 く、この子強すぎる……!

 

「うん……」

 

 うん! ……は! ヤバい。危うく底無し沼に沈むところだった。

 

 そんなこんなで村へと足を踏み入れる。

 その瞬間、俺の全身に痺れにも似た冷気が振りかかる。

 

 ほぅ。これはこれは。

 

 怨念、いやちょっと違うな。なんだろうか、哀哭(あいこく)若しくは憐憫だろうか。いずれにしろ凄い濃さ、深さだ。

 だが、俺は全く問題ない。霊能チートを舐めてもらっては困る。少し気合いを入れて霊圧(霊体の密度と存在感)を高める。

 すぅ、と痺れが消えていく。

 

 ふっ。他愛もない。

 

「結城さん……こ……れはいったい……?」

 

 あ、やべ。晴くんちゃんさんのこと忘れてた。てへ☆ミ

 

 俺はリュックから1枚の紙を取り出す。

 そこには俺の字……ではなく、知り合いの除霊師に書いてもらったくずし字が記されている。

 

──この札を持つ者を守護すべし

 

 こういった趣旨の文をくずし字は形成している。あ、ちなみにくずし字ってのは古文書とかであるミミズの這いずり回ったような汚い字のことね。

 

 これに俺の念を込める。

 

──早くお家帰りたい。ゴロゴロしたい。ポテチ食いたい。

 

 ……間違った。気を取り直して、Take two!

 

──森羅万象、あらゆる禍から五月雨晴を守り抜け!

 

 一陣の疾風が駆け抜ける。俺の霊気が札に吸収されていく。

 そして、完成する。

 おそらく現役世代最強の守護の札だ。然るべき所に出せばヤバい値が付くこと請け合いだ。

 それを晴さんに差し出す。

 

「これを肌身離さず持ってて。絶対だぞ。いいな」

 

「? 分かった……」

 

 受け取った瞬間、晴さんが何かを感じ取ったのか、ビクっとする。しかし、すぐに先ほど迄の身体の強張りが消えていることに気付いたようだ。 

 

「結城さん、あなたはいったい……」

 

「ただのニートだって。それより行くぞ」

 

 さぁ、鬼が出るか、蛇が出るか。

 なんつってな! 実際、なんでもいいけどな! だって、そこは俺の領域だ。軽く捻ってやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕たち、A県の民俗文化について調べているんです……」

 

 !?

 

 え、晴さん何言うてはりますのん? 聞いてないんやけど? 

 

「はぁ、そんで俺らの村さなんの用だべ」

 

「こちらの結城さんは(あずま)大で文化人類学を専攻しておりまして……」

 

 !? 

 

 それも聞いてないよ!? さっきいい感じにニート宣言したばっかなんだけど!? 晴ちゃんくんさん? ちょっと酷くない? せめて事前に打ち合わせをだねぇ……。

 

 晴さんが俺に意味深な目配せをする。

 なんという信頼感に溢れた眼差し……! くっ! 仕方ない。許してやらんでもない。テキトーに合わせちゃるわ。

 

「はい。私、東大学大学院修士課程の結城幽日と申します。先日、古い文献を漁っていたところ、こちらの村には独自の宗教、所謂、民間信仰として大変興味深い慣習があるとの記述を発見いたしました。本日はそちらの取材をさせていただけたらなと思い、訪問させていただきました」

 

 ふぅ、疲れた。東大(笑)。ガチニートですぅ。すまんなぁ嘘ついて。

 しかし、俺の勢いとよく分からん単語の登場で第一村人のじいさんは困惑している。

 

「勿論、皆様の信仰や文化を荒らすような真似は誓って致しませんし、タダで、とは言いません。取材を受け入れていただけませんでしょうか?」

 

「お、おう。そんならまぁええわ」

 

「ありがとうございます」

 

「あんたらの言うことはようわがんねがら、村長んとこさ連れてってやる」

 

 どうやら、付いて来いってことらしい。じゃあ、行きますか。

 晴さんが俺に近づいて来た。なんぞ?

 

「ばっちりです……」

 

 こそっと言ってきた。

 

 いや、少しは反省をだねぇ……。

 

 晴さんが気合いを入れて、キリっとした顔をしている。いつものやる気無さげな顔とのギャップが凄い。これがギャップ萌えというやつか……。

 

 ……ま、まぁ許してやらんでもない。

 

 じいさんの後を付いて行きながら、晴さんは村の様子を頻りに観察している。俺もそれに倣って真面目に考察してみよう。

 村の広さは、うーん、山の何処までが村か分からないから正確ではないけど、山を抜かせば2k㎡くらいかね。

 これは日本に現存する村では最小クラス以下だ。要は実質的には村というより集落に近いのだろう。ただ法令上の分類は山の一部も含めて村となっているってとこか。

 

 ただ、意外な点が2つある。

 

「結城さん……」

 

 どうやら晴さんも気づいていたようだ。

 

「ああ、不思議な事に子供が多いな」

 

「はい。それに皆さんの身なりも良いです……」

 

 普通、こういった田舎の集落は極端な少子高齢化が進んでしまうものだ。所謂、限界集落ってやつだ。

 確かに、優秀な特産品や観光資源があれば別だが、ここもその類いなのか? そうは見えないんだけどなぁ。

 加えて、なんとなくだけど、晴さんの言うようにこの村は貧困って雰囲気じゃない。やはり何かこの村には売り(・・)があるのか? 

 

 先を行くじいさんの背を見る。

 

 ……だが、記憶を見た限りでは、じいさんは売りについて具体的には知らないようだ。村長とやらに期待するしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、お()でくださいました」

 

 築70年はありそうな村長の家で出迎えたのは若い女だった。年齢は30歳位だろうか。

 

「ご丁寧にありがとうございます。(わたくし)、東大学大学院生の結城幽日と申します」

 

「僕は五月雨晴です……。結城さんの後輩です……」

 

 俺達の自己紹介を聞き、驚いたのか女は目を大きく開ける。

 

「まぁ! 東大学! 優秀なのですね! 私はこの村の村長をしております、高泣(たかなき)(りん)と申します。それで本日は取材をしたいということでお間違いありませんか?」

 

「はい。よろしいでしょうか?」

 

「勿論でございます。私達の文化を評価してくださいましたこと、嬉しく思います」

 

 晴さんが俺に目で問うてきた。質問していいか、ってか。止める理由は無いな。晴さんなら妙なことは言わないだろうしな。

 頷いてやる。晴さんも頷いてから凛さんを見る。

 

「じゃあ、早速質問です……。この村独自の政策など他の村との違いは……?」

 

 おっと。核心の輪郭をそっとなぞるような質問やな。

 

「違い……ですか。そうですねぇ、あんまり他の事情は知りませんが、私達の村は子供が多いですね」

 

 ほー。流石にこれに関しては嘘を付かんか。見たまんまだしな。

 晴さんの目が怪しく光る。

 

「何か理由が……?」

 

「はい。私達の村では昔から『沢山子供を産み、育てるべし』と言われてきました。それが空神(からかみ)様の教えです。私ももう10人は産んでいるんですよ」

 

 オオスギィ。少子高齢化に喧嘩売ってやがるぜ。

 何かに気づいたのだろうか。晴さんが微妙な顔をした気がする。

 

「もしかして、この村は特定の配偶者を持たない……?」

 

「? 特定のハイグウシャ? ですか」

 

 凛さんは配偶者が分からないのか?

 

「質問を変えます……。あなたは同じ男性の子を10人産んだのですか……?」

 

 そう攻めるか。

 

「いえ、違いますよ。誰の種かははっきり分かりません」

 

 凛さんは然も当然といった体だ。

 確かに、民俗学的解釈の一つに古代日本においては多夫多妻であり、現代のように固定した夫婦関係はなかったとする説がある。

 この村の閉鎖具合から考えると現代日本の一般的慣習と異なっていたとしてもおかしくはない。

 

「それも空神様の教えによるもの……?」

 

「はい。子供の数が減ってきたら祭りを開き、皆で交わります」

 

 乱交はまぁいい。そういう文化があってもいいしな。問題はその前だ。

 「子供の数が減ってきたら」が意味するところは「成長し、大人になったから」ではない。

 すでにじいさんと凛さんの記憶は読んだ。

 それによるとこの村では、不定期で空神様に生け贄を捧げているらしい。その生け贄には高確率で子供が選ばれる。勿論、大人が生け贄になることもあるが、子供の方が多い。

 

 晴さんも今の凛さんの言葉に潜む闇に気づいたっぽいね。だって凛さんの言う男女関係が本当なら、村で見た子供の数が少なすぎるし、大人の数、つまり、村の総人口が少なすぎる。

 凛さんの発言だけでは「大人が村を出ただけ」との解釈の余地はあるが、晴さんもそんな平和な感じでない可能性が高いと思っているのだろう。少しだけ険しい顔だ。

 

「『子供が減る』とはどういう意味ですか……?」

 

 グイグイ行くなぁ。

 

「空神様へ捧げるから減る、ということですね」

 

 どうやら、この村では、儀礼的、形式的な行為としての生け贄ではなく、ガチに人が居なくなってしまうらしいのだ。だが、凛さんの泰然とした態度からも分かるようにそれに疑問を持つ村人は居ない。  

 

 晴さんの表情がほんの一瞬強張るも、すぐにいつものポヤッとした感じに戻る。

 

「そうなんですね……。他にこの村の特徴は有りますか……? 例えば、特産品のような……」

 

「無いですね。何も無い所ですから」

 

「では、皆さんの収入源は……?」

 

 は、晴さん。攻めすぎちゃう? 大丈夫かな。

 

「農業ですね。細々とやらせてもらっています」

 

 凛さんの態度に変な所は無い。少なくとも凛さんの中では真実なのだろう。

 

「最後に一つ……。最近この村に警察は来ましたか……?」

 

「? いえ、少なくとも私が産まれてからは来ていませんよ」

 

「そうですか……」

 

 晴さんから視線を送られる。一旦、切り上げたい、ってところか。俺もさっさとお家に切り上げたいよ。

 という訳で頷く。

 

「ありがとうございました……。それでは僕達はフィールドワークに行きます……」

 

「何かありましたらここに来てくださいね。微力ながらご協力いたします」

 

 凛さんはニコニコとしている。一見、裏は無さそうだ。

 

「ありがとうございます……」

 

「はい。お気をつけて」

 

 大和撫子のようなしっとりした趣で、凛さんが頭を下げる。

 

 ……うん。凛さんにしろこの村にしろ、怪し過ぎるよね。普通に晴さんも薄ら寒いものを感じてるね。

 

 さて、さっきのじいさんと凛さんの記憶を見るに、この村では生け贄を怠ると、人々に祟りが降りかかるらしい。耐え難い苦痛に見舞われ、正気でいられなくなるのだ。

 具体的には妖怪(幻覚、妄想)に襲われたり、身体が震えだしたり、不眠になったり、下痢をしたりするといったものだ。

 

 うん、どう考えても薬の離脱症状、一般的には禁断症状と言われてるやつだね。

 

 そして、儀式の時には香を焚くらしくて、記憶ではもくもくと広場が煙たくなってた。

 うん、麻薬くさいね。やばぁ。やばぁ。

 更に儀式では俺達のような客が生け贄にされることがよくあるみたい。勿論、生け贄は帰って来ない。やばぁ。やばぁ。

 そんで、生け贄を捧げて暫くすると、祭壇に現金が現れるんだとさ。やばぁ。やばぁ。

 その現金は空神様の子孫と言われる空皿(からさら)家が管理してるんだって。彼らだけが唯一、村の外に出てもいいらしい。掟で決まってるってさ。

 だから、物資なんかは彼らが運んでくる。凛さんの認識ではこれは収入という俗な物では無く、神聖な贈り物であるみたいだ。だから、さっきの質問に収入は農業だけと答えたんだ。やばぁ。やばぁ。

 ただ、彼らはいつも仮面を付けていて素顔は誰も知らないし、神殿と言われるボロい建物にいつも居る訳じゃないから、簡単には捕まえられなさそう。やばぁ。やばぁ。

 

 そして、俺達にとっては困ったことに、凛さんとじいさんは行方不明者については知らないみたいなんだよなぁ。つまり、2人は利用されてる側ってことなんだろう。

 

 俺が記憶を読んで分かったのはここまで。もっと知るには他の皆の記憶を見ないとだな。

 と、思ってたんだけど……。

 

 

 



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集落系事件で美少女が居ないのは納得できない [解編(笑)]

ミステリーをぶち壊していくぅ。


「大丈夫だ。俺に良い考えがある」

 

 

 

 

 

 

 

!!( ; ロ)゚ ゚

 

 

 

 

 思い詰めた顔の晴さんが口を開く。

 

「ごめんなさい……。多分、嵌められた……」

 

 !?

 

 いや、そうか! それなら納得できる。

 

「依頼人が黒幕か」

 

「はい……」

 

 俯いて、小さな声で晴さんが言う。

 

 そんなに気にしなくていいのにな。晴さんはまだ中学生だろ。大人だってよくやらかすんだから、晴さんの場合むしろ少ないくらいなんじゃないか?

 そんなに晴さんの事は知らないけど、この感じならそんな気がするよ。

 

 ぽんっと晴さんの頭に手を乗せる。

 

「……」

 

 晴さんが俺を見る。

 

「ドンマイ」

 

 くしゃっと髪を掻き回す。

 

 ……サラサッラやな。なんやこの生き物。俺とは完全に別種族だろ。美少年目美少女科とかいう謎の生態系(意味深)を持つ珍種だな、うん。

 

「結城さん……」

 

「ん?」

 

「痛いです……」

 

「ア、ハイ」

 

 危ない所だった。通報されたら実刑は避けられない。

 

「ありがとうございます……」

 

 なんやこの生き物! 戦闘力高すぎぃぃぃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村の外れ、少し森と混ざったような空間。俺達は作戦会議をしていた。

 

「状況を整理しよう」

 

 晴さんが頷く。

 

「晴さんが依頼人を怪しんだ理由は?」

 

「前提としてこの村の収入源について推測した……。人、特に子供を、たくさんの人間を養うだけの大金に換える手段はそんなにない……。人身売買、具体的には臓器売買、あとは奴隷売買とか……」

 

 いずれにしろ、真っ当な手段ではないね。だけど、この村の現状を考えるとそれくらいやらないと成り立たない。

 

「それならどう考えても村の外の世界に詳しい人が必要……。でも村の中の人は外の常識を知らないみたい……。違うかもしれないけど、依頼人がそうであるなら全てに説明がつく……」

 

「依頼人と何かあったのか?」

 

 晴さんが困ったような、イタズラを見つかった幼子のような、そんな顔になる。

 

 なんだってんだ。

 

「依頼人は警察にも捜索願いを出したって……。でもそれだけじゃあ不安だから、探偵にもお願いしたいって……」

 

 なるほど。それでさっき「警察は来たか」って訊いたのか。「この村に行ったっきり行方不明になっている」と晴さんに伝えたってことは、真っ当な依頼人なら警察にも伝えているはずだ。

 そして、そこまで分かっているなら警察だって聞き取り調査の為に訪問くらいするだろう。それが無いってことは依頼人は嘘をついていることになる。つまり依頼人は警察に捜索願いを出していない可能性が高くなる。

 凛さんが嘘をついている可能性も無くはないが、凛さんの立場からするとメリットが無い又は不明確だ。

 生け贄に捧げることを全く隠さずに話すくらい自分たちを悪いと思っていないのに、警察が来たのを隠す為に「来ていない」と話すのは些か不自然だろう。普通、警察が来た事を隠したい時ってのは悪い事をしたという認識がある時が大半。従って、一応は真実を述べたと推定してもいいだろう。

 

「晴さんは依頼人の狙いは何だと思う?」

 

 俺の考えでは、客の求める商品、つまり適切な性別、年齢、容姿の人間が村に居なかったからだと思う。

 そして探偵をしている晴さんは動かしやすいと思われたんだろう。依頼という綺麗な包装紙で真実を隠した。そんなとこだろう。

 

「多分、僕が需要に合致した人間だったから……」

 

「……俺もそう思う。で、問題は犯人の居場所と逮捕の証拠だ」

 

「分かってます……」

 

 おそらくは依頼人の正体は空皿家の人間。そして村人が違法な人身売買に絡んでいないとなると、実行するのは空皿家の人間しかいない。

 つまり空皿家の人間を纏めて逮捕する必要がある。

 

 俺に考えがある。

 空皿だか、灰皿だか知らないが敵に回したのがどれ程ヤバい奴かをしっかりと教えてやるぜ。ゲヘヘヘ。

 

 晴さんがまた暗い顔をしてる。

 

「今回は解決できないかもしれない……。現実的に考えて、警察上層部や地元政界にもこの村を手助けする人間が居る筈……。そうでないと、今まで大きな問題に成らずに何十年もやってこれるわけがない……」

 

 確かにな。

 だがそれも考えてある。警察だって一枚岩じゃあない筈だ。人が集まれば派閥が生まれる。この村に好意的な人間ばかりで警察や政界が成り立っているわけではない。

 つまりそうでない人間の下に情報を届ければいいだけなんだ。俺なら記憶を読めるから、その人間の立ち位置やスタンスが丸分かりだ。

 

 だから心配すんなよ。

 

「大丈夫だ。全てひっくり返してやろう」

 

「でも……」

 

 仕方ないなぁ。たまには大人っぽいとこも見せてやるか。

 

「晴さん」

 

 俯いていた晴さんが顔を上げる。

 

「晴さんがなんでこんな怪しい依頼の怪しい村に突撃してしまったのかは俺には分からない。でも、頭の良い晴さんが慎重さを無くしちゃう何かがあったのは何となく分かる」

 

 晴さんの視線が泳ぐ。

 

「それを俺から詮索するようなことはしないから安心しろ」

 

 晴さんが「はい」と消え入りそうな声を吐き出す。

 

「話がそれちゃったな。要するに俺が言いたいのは、今の晴さんは失敗しちゃって少しネガティブになってるだけだってことだ。しかもその失敗には情状酌量の余地がいっぱいある」

 

「でも事実として……」

 

「事実がどうであれ、やってみないと分からないこともある。だいたい犯罪なんてのは道理を引っ込めて無理を通し続けないと隠せない。そんな薄氷の上の無罪がいつまでも続くわけがない」

 

 まぁこんな屁理屈は晴さんを元気付ける為の誤魔化しだ。でもそれが必要な時もあるって、俺は思う。

 

「大丈夫だ。俺に良い考えがある」

 

 多分、俺は今、物凄く悪い顔をしていると思う。だって晴さん引いてるんだもん。

 

 悲しいです。

 

 でも笑ってくれたから、まぁ良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな辺鄙な村に来てくださった御二人にお料理をご用意いたしました。さぁ、お上がりになって下さいまし」

 

 夕方、村長宅──凛さんの家に訪れると、満面の笑みを浮かべた凛さんが出迎えてくれた。

 目が潤んでいて、よく見ると瞳孔が開いている。さらに脂汗もたっぷりと滴っている。瞳孔の開きや脂汗は薬物中毒者の典型的な特徴だ。明らかにまともじゃない。

 でも凛さんを責めるのは酷だろう。

 言ってしまえば、産まれた時から薬物を洗脳に使うカルト集団の中で生きてきたんだ。凛さんに選択肢なんて無かった筈だ。

 裁判では心神喪失や心神耗弱による責任阻却により、あるいは期待可能性(ある時点で違法行為をしなくて済む状態や状況であったこと。責任主義に重きを置いた場合は刑罰を科すには原則として必要)が無かったとして、寛大な判決が下される可能性がある。

 俺の主観では凛さんは被害者だ。

 だから、今の彼女の好意(あくい)を素直に受け取りたいという感情は、決して全てが嘘ではない。

 

「それはありがたいです。お恥ずかしながら、歩き回ってお腹がペコペコでして」

 

 晴さんもうんうんと頷いている。

 凛さんが嬉しそうに一層狂気的に笑う。 

 

「まぁ! それは大変! 早く召し上がっていただかないといけませんね」

 

 凛さんに導かれるままに、俺達は夕食の席に着いた。

 テーブルには岩魚だろうか、川魚と山菜を使った、料亭のおもてなしのような豪華な食事が並んでいる。

 

「さぁさぁ、どうぞ召し上がってくださいな」

 

 晴さんがチラッと俺を見る。

 

 大丈夫だ。

 

 そういう意味を込めて俺から料理を口にする。味は普通に旨い。

 晴さんも味噌汁から口を付ける。

 

 そして俺達は強烈な睡魔に襲われ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのは嘘だ。

 眠っているように見せかけて狸寝入りである。

 

 当然だろ? あんな分かりやすい罠に無策で突っ込むかよ。

 

 記憶をより詳しく読むと、こんな風に睡眠薬入り料理を振る舞い、客が深い眠りに陥ったところを空皿家が管理する「神殿」に運ぶのが常だったようだ。

 そこから先、客がどうなるかを知る村人は居ない。それが当たり前の真理で疑問を挟む余地は無い。村人はそんな風に洗脳されている。

 都合の良い閉鎖空間に、薬物による苦痛と快楽、更に神様の贈り物たる現金という飴。これほど洗脳に適した環境はなかなか無いだろうよ。

 

 人の話声が聞こえてきた。

 

「眠っでるが?」

 

 第一村人のじいさんやないかい。元気だったか?

 

「ええ、ぐっすりです」

 

 今度は凛さんやな。

 

「これで空神様の怒りが鎮まるんだな」

 

 お、新しい男やないか。新しい男ってなんかエロいワードだな。

 

「それでは運んでください」

 

 俺の膝と肩に逞しい腕の感触が……。

 

 って、おい! これお姫様抱っこやないかい! ひぇ、恥ずかし。いったい何が悲しくてガチムチの野郎にお姫様抱っこされなきゃいけないんだ! 

 ダ、ダメだ。シュールすぎて笑ってしまいそう。や、ヤバい。助けて晴さん!

 

「こっちの子は私が運びますね」

 

 !?

 

「すまねぇなぁ。急に腰が痛んみだじてよ」

 

 おい! なんだそれ! ズルいぞ! ……は! うらやまけしからん状況に笑いが引っ込んでいった……。なんという幸運だろうか。

 

 まぁそんなこんなで俺達は神殿に安置されたわけだ。

 

 ちなみにどうやって睡眠薬に対処したかというと、この村に来た時に晴さんに渡した守護の札を使った。晴さんは持ってるから俺のだけサクッと制作した。

 何度も言うが俺の霊能力はチートだ。特に霊圧は現役世代世界最強なんじゃないかって思ってる。

 そして、くずし字を書かせた知り合いの除霊師──坂神(さかがみ)(めい)もかなりやる奴だ。こと、霊関係のアイテム制作においては俺以上。そんな俺達の合作したガチート守護の札は霊的な現象以外にもそれなりの防衛力を発揮する。

 その1つが、不都合な、あるいは悪意ある薬物の効果を消滅させるものだ。

 

 何も問題は無かった。単に反則(チート)を使っただけである。ゲヘヘヘ。まだまだいくぜ。

 

 神殿の中に人の気配。フヒヒ。獲物が寄って来たぜ。

 

「この少年が今回の目玉商品か」

 

「ええ、綺麗な顔をしてるもの。少年好きには堪らないでしょうよ」

 

 ふわぁ、なんという三下臭いセリフ。声の感じからして、若い男と大人になりきる前の少女。フヒヒ。カモがネギしょって来たとはこのことか。

 ヤバい、また笑いそう助けて! 晴さん!

 

「本当に綺麗な顔。肌もスベスベ……。少し味見(・・)しようかな」

 

 !? 

 

 さっきから晴さんとの扱いに、違いがありすぎませんかねぇ……。

 

「止めておけ。商品に傷でも付けたら破滅しかねない」

 

 そうだ! そうだ! 悪の美学は無いのか!?

 

「そうね。あの豚は大事なお友達だもんね」

 

 ブヒヒ……。 

 

「じゃあさっさと積み込むぞ」

 

 なんか運ばれそうな雰囲気。ここが好機。

 

 今だ!

 

 急に神殿の温度が10度は下がる。

 空皿家の2人はざわざわと妙な気配を感じているだろうよ。

 

『死ね。マジ死ね』

 

『クソ変態女が!』

 

『生きたまま内臓を引きずり出してやる!』

 

『絶対許さない。末代まで祟ってやる』

 

『『『『『絶許』』』』』

 

 はい。今まで殺されたお客の皆に協力してもらいました。

 もうね、この神殿に居るわ居るわ。遠目で見ても分かったもん。聞けば、別の場所で殺されたのに、わざわざこの神殿に戻って地縛霊やってる奴まで居るんだよ。相当キテるわ。

 

 凛さんの家に戻る前にこの神殿に寄って、霊の皆と打ち合わせしてたんだよね。彼らもブッチ切れてたから、怨念タラタラだった。

 だけど空皿家はそれなりに霊に耐性のある一族らしくて、思ったような祟りは起こせなかったんだって。

 

 そこで俺は彼らに取引を持ち掛けた。

 

──空皿家を潰すから協力してちょうだい。約束してくれたら俺の霊気を貸してあげるよ☆

 

 そうやって霊を誑か……じゃなくてお友達になった。俺の指示に従う代わりに、指示以外ではチート印な俺の霊気を使って空皿家を好きにして良いと約束してな。

 この約束には言霊(ことだま)としての効果を持たせたから、一定レベル以上のヤバい奴じゃないと約束を破れない。

 抜かりは無いぜ!

 

 さっきは俺の霊圧を高めるという合図を送ったんだ。俺が霊圧を高めたら、貸して上げた霊気で倍増した怨念をおもいっきりぶつけるように言ってある。

 

「な、なななにがが」

 

「──!?」

 

 おーまだ自我を保ってるとは思ったよりやるじゃないか。しかも男の方はまだ文字を発することができている。

 自分の許容範囲を越える霊圧に晒されるのは、海の底にひたすら引き摺り込まれるようなものだ。息もできず、光もなく、冷たい世界。

 それなのにまだ正気だなんて、霊に対する耐性だけなら中堅以上だな。

 

 だが無意味だ。

 

 少し手助けをしてやろう。

 

 霊圧を高める。

 晴さんの持つ守護の札が壊れない程度に抑えはするが、ギリギリまで行かせてもらうぜ。

 

 霊圧に怨念(笑)を乗せてやる。

 

──マジ面倒な事しやがって俺の日曜日と月曜日を返せよニートだってゲームしたりアニメ見たり忙しいんだぞマジふざけんなよポテチ食わせろよコーラもつけろよペプ○じゃないからな間違えたら許さないからな……。

 

 地震でも起きたかのように神殿がガタガタガタガタと揺れ出し、パキパキと古い柱にヒビが入る。

 

「──!?」

 

「──」

 

「」

 

「」

 

 はい終わり。意識が無い以上抵抗力は下がる。俺レベルなら別として、こいつらくらいのレベルなら怨念で悪夢を見せるのは容易い。皆ほど憎しみに溢れ過ぎた怨霊(おんりょう)ならね。

 

 さて、もう狸寝入りも要らないな。

 俺は何事も無かったかのようにすくっと立ち上がる。後は仕上げだ。

 

「晴さん、もういいぞ」

 

「」

 

 あれ? 返事が無い。

 

「起きないとイタズラしちゃうぞ」

 

 ツンツンと誰かにつつかれた。

 

 何だよ。今、いいとこなんだよ。邪魔するなよ。

 

『親分。この子、気絶してますよ』

 

 え! マジ!? 札は完璧だろ!? なんで!?

 

 俺に嫌な考えが浮かぶ。

 

 まさかまた暴走? しかし(めい)の書いた文字があるのにあり得ない……。

 

 混乱する俺へ残念な奴を見る目を向ける怨霊達。

 

 何だよその顔。生意気な奴らめ。

 

『いや、あのね。普通に恐すぎて気絶してるんですよ。親分って馬鹿なんですね』

 

 え……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな。何をし!? こここれはれれれ霊気!?」

 

 おー凄い。意識をはっきり持っている。しかも抵抗までしてきた。こりゃ普通の怨霊が束に成ろうとどうにもできないわけだ。

 

 さっき気絶させた男と少女の記憶を読んで、商品の引渡し場所とそのお相手を調べた。そんで彼らの車を拝借して、ここまで来たんよ。いやぁオートマでよかったぜ。

 空皿家の仮面を被り、男と少女に成りすます。

 そして空皿家外交担当の男に何食わぬ顔(仮面)で近づいて、即、霊圧をガッツリ上げたわけだ。

 ちなみに気絶した空皿家の2人は、後部座席で商品の役をこなしてもらってる。今はきっと悪夢を楽しんでくれてる筈だ。地縛霊以外の、普通に2人に憑いてる霊もいっぱいだしね。

 

「きき貴様! はぁぁああ!」

 

「はい無駄」

 

 どーん! と一気にギアを上げる。

 

「──!?」

 

 え? しゅごい。こんなに耐えた人、命以外で初めて見たよ。

 

 ……やったぜ! やっと3%以上の本気(・・・・・・・)を出せるぜ!

 残念だったな。今までは精々1、2%ってとこだ。どこまで耐えられるか、レッツクッキング(?)!

 

 3%。

 

「──@;/``**@」

 

 4%。

 

「──」

 

 5%。

 

「っ──」

 

 あ、なんかくしゃみ出そう。

 

「へくしっ」

 

 19%。

 

「」

 

「あ」

 

 凄い勢いでぐりんって白目剥いたよ。きんも。

 

「ふっ。また詰まらぬ者を斬ってしまった……」

 

 また俺に残念な奴を見る目を向ける霊たち。

 

 てへ☆

 

『『『うわぁ』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、さっき気絶させた奴が晴さんに依頼を出した奴なんだけど、そいつの記憶を読んだところ、どうやら主なパトロンはA県知事、与党系列の県議会議員数名、A県警察本部長と本部長に親しい警察庁の幹部数名のようだ。

 

 ふむ。真っ黒やないかい! 日本どうなってんだよ!?

 

「晴さん、ちょっと俺の身体を守ってて」

 

「へ!? 何を言ってるんですか?」

 

 車の座席に座って準備完了。

 

「すぐ戻る」

 

 幽体離脱ぅ!

 

 霊体になった俺はびゅーん、と非常識な速度で飛行する。でも物理法則なんて関係無いから、常識もクソも無いよね。

 空皿家の3人は暫く悪夢の世界から帰って来ないので、拘束する必要は無い。だから適当なとこに転がしとけば大丈夫。

 

 そんなこんなで到着したのがA県知事のお家。

 早速、記憶を読ませてもらうぜ。

 

 ほー。オッケー把握した。次!

 

 こんな感じのノリでパトロン全員のとこに行き、記憶を読んでいく。

 

 おkおk。全員セフセフだ。

 

 何をしてたかっていうと、いつも俺をこき使ってくれてる警視総監殿と関係があるか否か、近しい関係か否かを調べてた。

 

 うん、今回の事件と俺のやらかしの後始末は警視総監殿に丸投げするつもりだ。フヒヒ。

 いつもいつも子供の小遣いみたいな謝礼金とかスナック菓子詰め合わせ程度で良いように使いやがって。この怨みを今こそ晴らしてやる。

 

 今回のパトロンたちは警視総監殿とは無関係だったよ。

 

 あとは、村の大麻畑の存在、洗脳された村人、人身売買の実態とその被害者の居場所、違法臓器移植手術をした病院、処理された遺体の場所、空皿家の3人の居場所をPDFファイルにまとめて、USBにコピーして、警視総監殿のとこに行くだけだ。

 ちなみに「他人の車を無断で拝借したけど、重大な犯罪事実の調査の為にやむを得なくしたことだから穏便に頼むぜ?」って趣旨のことも書いてある。どうせバレるしね。早めに手を打つに越したことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……!」

 

 警視総監殿──佐藤一(さとうはじめ)さんが息を飲む。

 うん、なんか警視庁の入り口に居たお巡りさんに俺の名前を伝えて、警視総監殿に直接渡したい重大な情報があるって言ったら、信じられないくらいスムーズに面会まで来てしまった。日本の警察はもうダメだと思う。

 

「しかし本当なのか? 具体的な物的証拠は無いようだが……?」

 

 そうなんだよなぁ。調べてくれればいろいろ出てくるだろうけど、現時点では単なる可能性を提示したにすぎない。

 

「正直、ここには証拠は無い」

 

「そう言われると警察としては動き辛い部分もある」

 

 でしょうね。分かってるよ。

 

 すぅと息を吸って、気合いを入れる。

 

 よし俺の演技力を見せてやるぜ!

 

「だから! これは個人的なお願いだ。一さん! 探偵としての俺を信じてほしい。調べてみて、俺の話が嘘だと思ったら公務執行妨害で俺を逮捕してくれても構わない! でもこの巨悪をのさばらすのだけは絶対に駄目だ! 頼みます!」

 

 ぴしっと頭を下げる。

 

 ゲヘヘヘ。俺が今まであんたらのせいで培って来ざるを得なかった、嘘と雰囲気で押しきっちゃえスキルだ。

 一さんよぅ、さっさと絆されてしまえ。

 

「ふっ」

 

 ん? なんか想像していた反応と違う……。

 

 !?

 

「は、一さん、あんたまさか……」

 

 一さんから、霊気が溢れ出している。なんという霊圧。俺には遠く及ばないが、それでも明らかに一流クラス。

 

「私が君を買っているのは探偵として、だけではない。霊能力を犯罪捜査に駆使している同志としても高く評価しているのだよ」

 

 マジっすか。

 霊能力者は俺以外にも居るけど、本物は極めて希少だ。

 それがまさか警視総監? なんの冗談だよ。

 

「おかしいと思わなかったか? ただの探偵をここまで特別扱いするなんてあり得ないだろう?」

 

 ホントだよ!? いつもおかしいおかしいと魂で叫んでたよ! くっそ。一杯喰わされた。

 

 一さんはまるでマフィア映画の主役のような魅惑的な笑みを浮かべる。絶対に警察官のしていい顔ではない。

 

「これも君の力で入手したんだろう?」

 

「あ、ああそうだ。確かな情報だよ」

 

「いいだろう。私も本腰を入れよう。車を勝手に運転したことも巧く揉み消しておく」

 

 何だかんだと結局動いてくれるのか。けっ。ビビらせやがって。

 

「ただしこれからもよろしく頼むよ? 名探偵結城幽日君」

 

「」

 

 で、ですよねー! そんなこったろうと思ったよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、日本の闇と大々的に報道されることになってしまった事件は解決した。多数の逮捕者や入院患者を出し、正直、ハッピーエンドとは言えないと思う。それでも終わりは終わりだ。

 

 そう、穏やかなニート生活が終わりそうなんだよ!?

 

「事件解決には警視庁の切り札と言われる探偵の存在が──」

 

 テレビでは、俺の個人情報こそ出ていないものの、俺が今まで解決してきた事件の関係者へのインタビューなど、マジで止めてほしい報道が連日なされている。

 

「この名探偵の今後から目が離せません!」

 

「ゆうじゃん、これ!」

 

 亮のテンションに反比例するように俺の気持ちは真っ暗である。闇だ、闇。

 

 もうおしまいだぁ。

 

 




この話は投稿するかしないか凄く迷いましたが、せっかく書いたんでやっちゃえって感じで上げました。


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結城君の法廷ミステリー劇場(偽) [ネタ編]

前回のエピソードでははっちゃけすぎたと反省しました。次はもっと一般受けするような話にしようと努力しました。でもできたかは分かりません笑
このエピソードはネタ編とバレ編合わせて、約25000字と長いですが、これでも巻いて削ってなるべくダルくならないようにしたんです。無理ゲーでした\(^^)/


──自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第三条二項より)

 

 ここで言う「前項と同様とする」とは「人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する」ことを指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ・_・)ノΞ●~*

 

 

 

「弁護士になりたい!」

 

 (あきら)がやけにハイテンションで宣言した。

 

 今度はなんなんだ。

 

「なんでさ? 弁護士なんてシビアで意外とコスパの悪い面倒な仕事だよ」

 

「昨日ブラインド見た!」

 

 ブラインドってのは盲目の主人公が弁護士として活躍する流行りのドラマだ。

 盲目な主人公と真実から目を逸らそうとする悪を掛けたタイトルが差別的だけど、話の内容とのマッチ具合が秀逸だとなんとも言えない評価を受けてるらしい。ちなみに主人公の決めゼリフは「俺の目は誤魔化せない!」だ。

 

 そう言えば昨日放送日だったな。でも亮に理解できんのかな。あのドラマ、結構本格的に法律知識をぶっこんで来るからなぁ。

 しっかり理解するには、最低でも一定レベル以上の大学の法学部で真面目に勉強した経験とかが無いとキツい。

 俺が知ってるエピソードでは会社法関係の犯罪と絡めた敵対的企業買収のやつがめっちゃ難しかった。会社法の細かい条文、判例、学説をあそこまで出してくるドラマなんてブラインドぐらいだ。創ったやつは絶対頭の良い馬鹿だわ。

 

 で、亮はそれに影響されたと。

 

「亮に法律の勉強なんてできんの?」

 

「昨日ネットで勉強したよ! すごいでしょ!」

 

 ほーん。

 

「じゃあ問題です。吸収合併存続会社が株式会社の時に、吸収合併契約で定めなければいけない事項の内、会社法749条1項1号に規定されているのは何?」

 

「食べられる会社のしょーごーと会社のあるとこ!」

 

 え、即答……。どういうことなの……。

 

 しかも合ってるよ。正確には消滅会社の商号と住所だけど、内容的には正解だ。

 

 な、なんか悔しい。つ、次だ。次は条文知識だけでは答えられないやつにしてやる!

 

「事情判決の法理とその典型的事例は?」

 

「政治っぽいことからイケナイ感じがするんだけど、『め!』するだけで、色んな人のことを考えて、その政治っぽいことをなかったことにはしないでおいてあげるやつ。ジレーは偉い人を選ぶ時、人がいっぱいでごちゃごちゃなとこで皆の声が届きにくくなったりした時に『過疎ってるとこは人がちょっとだから、ちゃんと1人1人の声が届いててずるい!』って文句言うやつ」

 

「ぐぅ、めちゃくちゃ馬鹿っぽい言い方だけど趣旨は合ってる……」

 

 亮はふんす! とドヤ顔だ。

 

 よく考えてみると、神経衰弱では1回見ただけで100%完璧にカードとその場所を覚えてたから、記憶力はピカイチなんだろう。

 難解な条文、判例や学説を理解しているのは納得いかないけど、ポテンシャル的には司法試験を大学在学中に突破するレベルなのか……? 認めたくねぇー!

 

 亮はゴロゴロしながらお腹をぽりぽりしている。

 

「……お腹空いた」

 

 な、なんという堕落しきった馬鹿っぽい姿。これで天才なんて世の中間違ってる。

 

 俺は天(井)を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く早く!」

 

 今、俺達は駅前の大型書店に来ている。亮が法律関係の本が欲しいと騒ぎ出したからだ。

 面倒だし、法律の本や資料は結構高いから断ったんだけど、そうしたら「買ってくれないと、毎晩ゆうを湯タンポにして寝てやる!」と駄々を捏ねてきた。

 冬で寒いとはいえ、俺はノビノビと1人で寝たい男だ。亮の凶行を許すわけにはいかない。仕方ないから買い物に来たんだけど……。

 

「あ! 『自滅の刃』の新刊だ!」

 

 おい。何故漫画コーナーに直行する?

 

「あ! 『進撃の故人』もある!」

 

 おい。なんでネタ系の漫画ばかりに吸い寄せられる?

 

 その後も亮はよく分からない本を俺に渡していき、最終的に意味不明な組み合わせの本を、俺がレジに持って行くハメになった。

 

「あ、合わせまして6726円に、ぷっ、なり、なります」

 

 レジの若い女性が笑いを根性で抑えている。なんと涙ぐましい努力だろうか。同情を禁じ得ない。だから俺の趣味だなんて思わないでほしい。

 

「……結城君じゃないですか。お久しぶりですね」

 

 ん? どっかで聞いたことのある声だな。どこだっけ?

 

 振り返ると、長い黒髪に鋭い目付きの銀縁メガネ、極めつけは右の瞼を縦断する傷。インテリヤクザ……じゃなくて検察官の霧島龍(きりしまりゅう)さんが居た。

 

 いや、雰囲気が完全に堅気じゃないって。こっわ。

 

「お久しぶりです。霧島さんも買い物ですか?」

 

 俺が当たり障りのない受け答えをすると、霧島さんはすっと手に持つブツを見せてくれた。

 

「え……。『KILLERりんレボリューション』!?」

 

 女子児童向けを偽装した超絶胸糞エログロ鬱漫画である。

 そして困惑する俺に思わぬ所から追い討ちが掛けられる。

 

「あ、これ面白いですよね」

 

「え」

 

 いきなりレジの店員さんが乱入してきてビビった。

 

 だがそれよりもだ。

 

 グロ漫画をきっかけに少女漫画みたいな雰囲気を作るのは止めなさい。シュールすぎて怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は今、私が担当している事件なのですが……」

 

 本を買った後、よく分からない流れで霧島さんと一緒に飯を食いに来たんだけと、深刻な面持ちで霧島さんが語り出した。

 

 完全個室の寿司屋を選んだのはこれが理由かよ。クソっ! 良いキュウリがあると釣られた俺が馬鹿だった!

 

 ちなみに亮はアニメを見たいからと先に帰ってしまった。俺だって見たいのに……。

 ここまで来たらしょうがないってことで、カッパ巻きを食べながら霧島さんの話を聞いてやった。

 

「何か良い案は無いでしょうか……」

 

 いやこのキュウリマジ旨いな。シャリもカッパ巻きの為にあると言っても過言ではない絶妙な甘さだ。流石1本2万円(税抜き)もするだけはあるわ。

 こんな旨いカッパ巻きを奢ってくれる霧島さんマジ天使。インテリヤクザとか思って悪かった。

 

「あのー、聞いてますか?」

 

「え、なにが?」

 

 えー、そんなこんなで霧島さんが説明(2回目)をしてくれた内容を簡単にまとめる。

 

 斎藤康博(さいとうやすひろ)被告(34)は、7カ月程前の7月1日の深夜に自家用車を運転し、壊れたガードレールに誤って突っ込み、海に車両ごと転落する事故を起こした。その結果、同乗していた妻の塔子(とうこ)さん(31)が亡くなった。

 事故当日、塔子さんはアルコールを摂取し、容態が悪化した。妻の苦しそうな(さま)に冷静さを失った被告は、普段は運転をしないにもかかわらず(運転免許はある)、自ら運転し、妻を病院に連れて行こうとした。

 しかし被告は3年前から鬱病を患い、抗うつ剤を服用していた。病気及び付随する薬の服用により注意力が落ち、かつ妻の容態の悪化で気が動転していた結果、被告はカーブする公道のガードレールが破損した箇所に差し掛かった際に、誤ってアクセルを踏み込んでしまい、海に転落した。被告はなんとか車から脱出し、助かったが、妻はそのまま溺死するに至った。

 鬱病は自動車運転処罰法の3条2項に規定される『正常な運転ができないおそれ(・・・)のある病気による危険運転致死傷罪』における政令で定められた病気に該当する。そして、東京地方裁判所は諸般の事情を斟酌しつつ、本条項を適用し、懲役6年の実刑判決を下した。

 

 しかしこの1審判決に納得できない者が居た。

 

 それが霧島さんだ。霧島さんの検察官としての勘が、この事件は過失による単なる事故ではなく、人間の明確な悪意が絡んでいると訴えてるんだってさ。

 霧島さんはすぐに不服申立て、所謂控訴をし、現在、東京高等裁判所で第2審が進められているんだけど、如何せん明確な証拠が無い状態で『被告の証言や病状から判断して、過失ではなく、故意又は未必の故意である』との漠然とした主張だけでは、1審を根本から覆す判決は下りない。そうなると精々危険運転致死傷罪の範囲内でより重い量刑を狙うくらいしかできない。

 実際、控訴趣意書も大したこと書けなかったみたい。でもそんな控訴趣意書しか提出できなかったのに、控訴棄却決定がなされなかったってことは相当上手い書き方したんだろうな。ただ、そこは凄いけど旗向きが悪いことに変わりはないんだよなぁ。

 

 そして、その敗色濃厚な審理が3日後にある。

 

 霧島さんはどこか疲れた顔をしている。強面なのにそんな顔をすると妙な哀愁があって、ちょっと笑える。

 

「で、霧島さんは康博さんを殺人罪と見てるんですよね?」

 

「はい……。勘を頼りに動くのは法曹人としては間違っているのでしょう。しかし、もしも、もしも被告が悪意ある殺人者であった場合、今回の量刑はあまりにも軽すぎます。それは認められない。私が非難されようとも議論を尽くすべきです」

 

 うっわ。なんか無駄に正義感が強い。見た目とのギャップありすぎて違和感が凄い。

 

 ……しゃーないなぁ。

 

「はぁ」

 

「やはり結城君でも難しいですか」

 

 そんなしょげた顔すんなよ。いいよ。やるよ。亮に丁度いい土産話が出来るしな。

 

「難しいかは分からないけど、やるだけやりますよ」

 

「!」

 

「ただ、1ついいですか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 霧島さんが緊張しているのが分かる。別にそんな難しいことじゃないから安心してくれ。

 

「疲れるから敬語止めていいか?」

 

 もう止めてんだけどな!

 

 ぽかんとしたインテリヤクザって結構レアじゃなかろうか。面白い絵面だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。少しだけお話のお相手になっていただけませんか?」

 

 東京拘置所にて、霧島検察官の助手という体で康博被告と取り調べをさせてもらってる。勿論、記憶を読む為だ。

 

「……構いませんよ」

 

 康博さんは疲れきった顔をしている。元気も無いし、如何にも病人って感じだ。

 

「ありがとうございます。先ずは──」

 

 まぁ、話の内容なんてどうでもいいんだよね。今の目的は記憶を読むことだけだし。

 

 はい。真相が分かりました。余裕だぜ。

 

「今日はこのくらいにしますね。お疲れのところお時間をいただき、ありがとうございました」

 

「いえ、どうせやることもないですし、いいですよ」

 

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 一礼して、取調室を後にする。

 俺の後ろに控えていた霧島さんが訊いてきた。

 

「何か分かりましたか?」

 

「はっきりとは分からん」

 

「そうですか……」

 

「だけど朧気ながら何者かの描いた絵(・・・・・・・・)は見えてきたよ」

 

 霧島さんが面白いくらいはっきり驚いてる。

 

 ……なんかだんだん霧島さんから萌えを感じてきたんだけど、俺も精神科に行った方がいいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塔子(とうこ)さんのことについて教えて下さい」

 

 今度は塔子さんの働いていた保育園に来ている。霧島さんには車で待っててもらって、俺1人の聞き取り調査だ。

 

「はぁそうですねぇ」

 

 園長先生の部屋。園長をやってる初老の男性と2人だけだ。

 ちなみに俺は今、ライトグレーのスーツを着て、無理を言って拝借した検察官バッジを付けている。

 だから俺みたいな覇気の無い若造にもそれなりに答えようとしてくれる。

 

「明るい方でしたよ。親御さんからの評判も良かったですし」

 

「親御さんと良好な関係ですか。例えば不倫とかですかね」

 

「! いや、それはないんじゃないかと思いますよ」

 

 はいウソー。康博被告と園長先生の記憶を見たから分かる。塔子さんは4年程前から当時ここの保育園を利用していた若いお父さんと不倫関係にあった。

 そしてそれは職員では誰も気付いていない(と園長先生は考えてる)みたいだ。

 確かに、俺が園長先生のとこに来る前に他の職員に挨拶しつつ記憶を見たら、不倫については知らないようだった。全員の記憶を細かく見たわけじゃないけど、ある程度信憑性はありそうだ。

 それと、なんで園長先生が知ってるかって言うと、たまたま男女の会話(・・・・・)をしているところに遭遇したことがあるようだ。それが4年程前。

 

 そして園長先生はこの事実を警察に言っていない。

 

 園長先生は職員と親御さんの不倫が公になり、保育園の評判、ひいては経営に影響が出ることを危惧しているみたいだ。

 そして、万が一SNSなりなんなりで世間の注目が集まったり、今回の事件の関係で警察の目が保育園に向くことを何よりも恐れているんだ。

 

 何故なら。

 

「隠し事がお好きなようですね。こちらはあなたの今までの横領の事実を把握しています。私の言いたいこと(・・・・・・)は分かりますね?」

 

 言外に正直に言わないとバラすと脅す。

 

「なんの証拠があってそんなデタラメを言ってるんだ。ふざけるのは止めなさい」

 

 おっと。威圧的になってきた。ウケる。

 

「ちょっとした縁で帳簿データと保育園利用者のデータを入手したんですよ。今年度はまだ269万円らしいですね。昨年度に比べたら112万円も少ないです。改心したのでしょうか?」

 

 にっこりと笑い掛ける。

 

 ちょー楽しいぜ!

 

 社会福祉法人である保育園の財産を、ここでは園長先生が1人で管理している。それを利用し、不正な会計処理をして私腹を肥やしていたのだ。

 そしてその会計が反映された帳簿データも当然ある。

 そういった物を作成する過程で、この園長先生は横領の金額をしっかり認識していた。完全に長期記憶になっていなくても、一度認識してしまえばそれは魂に記録される。

 だから俺はそこから知ったことを言っただけだ。物的証拠なんて何も無い。フヒヒ。

 

「……本当なのか」

 

 でもここまで弱みを正確に把握してる人間が現れたら、信じざるを得ないんじゃないか。

 仮にまだ疑っていたとしても、一笑に付すことはできないのが人情ってもんだ。

 

「なーに、心配は御無用です。ちょっとした依頼をお受けしてくだされば、悪いようにはしないとお約束しましょう」

 

「……」

 

 こうして証人その1をゲットした。霧島さんを連れて来なかったのはこういう手段を嫌ったら面倒だからだ。

 悪いが俺は正義の味方ってほど清廉潔白な人間じゃないんだ。ゲヘへへ。

 

 ちなみに、検察官の証人の尋問請求を裁判所に認めてもらえれば、証人を強制的に召還してもらうこともできるが、それだと憲法38条1項を具体化した刑事訴訟法146条の証言拒絶権を主張されて、証言を拒まれる可能性があるし、あくまで検察側に有利な証言をさせたいのだから、仲良く(?)しておく必要があるんよ。

 ね? 俺が正しいだろ(詭弁)?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内の某メンタルクリニック。

 

「ふむ、斎藤康博さんですか」

 

「はい。覚えていますでしょうか?」

 

 白衣に知的な佇まい。医師の須貝(すがい)壮介(そうすけ)さんが思案顔を浮かべ、ややあってから口を開いた。

 

「覚えていますよ。よくいる詐病患者でしたからあまり印象にありませんがね」

 

「なるほど。具体的に詐病と判断した理由を教えてくださいますか?」

 

 ここは3年程前に康博さんが一度だけ訪れたメンタルクリニックだ。その時は疲労が溜まってるだけと言われ、鬱病の診断はされなかったようだ。

 今はそこの医師とお話し中よ。今回は霧島さんも同席してる。医師には守秘義務があって、ガードが堅いだろうから、本物の検察官がいた方がいいとの判断だ。特にダーティなこともしないしね。

 

「長くこの仕事をしてるとね、分かるんですよ。鬱をやってる人は見ればすぐ分かります。薬漬けの患者、鬱、発達障害、そういった患者の顔は比較的分かりやすい。見ればすぐピンときますよ」

 

 うーん、それは経験則からの判断だからなぁ。ベテラン医師という肩書きがあれば有効な証言になり得るけど、もう1つ欲しいなぁ。欲しいなぁ。

 

「他には根拠は有りますか? 例えば脳を客観的に調べる検査とか」

 

 須貝医師が俺を探るように見る。

 

 もう! 焦らすのはやめてぇや。

 

「……結城さんは分かってて訊いているようですな」

 

「いえいえ、私の知識は分かっているなどと言えたレベルではありませんので、是非専門家の方に教えていただきたいのです」

 

「あなたのような方が一番分かりづらい。何か一般的な価値観や統計的傾向から逸脱した要素を持っているようだ」

 

 うっわ。マジ鋭いな。流石人を見ることで飯を食ってるだけあるわ。

 だが仕事をしないでも飯を食ってる俺には遠く及ばん。

 

「私など何処にでも居るタダ同然の値で売られる凡人ですよ。それより検査についてを」

 

「……光トポグラフィ検査をしました」

 

 オッケー。それを聞きたかった。

 

「簡単に言うと、脳の血流量の変化を調べて、特定の疾患パターンに該当するかを見る検査です。鬱も分かりますよ。ただし絶対正確とまでは言えないので、問診の補助的位置付けですがね」

 

 おkおk。でも理屈はいらんから結果を早くクレクレ。

 

「斎藤さんは典型的な健常者のグラフパターンでした」

 

 健常者。

 このワードに霧島さんが揺れる。今、漸く自分の勘が正しかった可能性を提示されたんだ。そうなってもおかしくはない。

 

「須貝先生は3年経った今でも斎藤さんが鬱でないと思いますか?」

 

「……それは分からない、と医師ならば言うべきですが、私の見立てでは彼は鬱になるタイプの気質を有していない。だから鬱には成っていないと思います」

 

 まぁ最後の質問は余談だ。重要なのは検査の方だ。

 

「ありがとうございます。今のようなお話しを法廷でもう一度していただきたいのですが、可能ですか?」

 

「……それは医師の職業倫理的に見ても、証言すべき場合ですか?」

 

 須貝さんは医師であることに誇りを持って、こうあるべきとの理想により自分を律しているのだろう。ぶっちゃけ俺との相性は微妙だが、真っ当な証人としては信頼できる。

 だから俺も真っ当に答える。

 

「勿論」

 

 にっこりと笑い掛けてやる。

 須貝さんが目を細める。俺を推し測っているのかね。

 

 俺みたいなニートにそんなことしたって時間の無駄だと思うけどなぁ。

 

「……分かりました。証言します」

 

 はい。証人2人目ゲットー!

 

 ちなみに、こっちは刑事訴訟法149条による証言拒絶権が認められる可能性が高いから、須貝さんは正当に拒否できる(・・・)

 つまり、拒否しない自由も須貝さんにはある。だからこそ、こうやって話し合って友好的(笑)に証言をお願いしたんだ。

 まぁ、須貝さんの場合は道義的に見ても証言すべきとなるし、仮に召還されれば証言拒絶するしないに係わらず、どうせ裁判所には行かないといけないから、須貝さんからすれば拒絶するメリット又は理由が薄いんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、亮と来た駅前の大型書店。

 働いている店員さんをじろじろと見る。

 

 居ないな。

 

 俺が探してるのは、昨日、レジを担当していた若い女性の店員さん。彼女が最後の証人さ。

 

「あ、居た」

 

 彼女は参考書コーナーで何やらしている。真っ直ぐに向かう。

 

「こんにちは。少しよろしいでしょうか?」

 

 仕事の手を止めて、こちらを向く。

 

「あ、昨日の方」

 

「覚えていましたか。今日はお仕事で来ちゃいました」

 

 俺のお仕事と言うワードに固まる店員さん──新道真鈴(しんどうまりん)さん。

 

「お仕事してたんですね……」

 

 鋭い! やはり俺の高貴なるニートオーラのお蔭で、分かる人には分かるようだ。うむ。

 

 しかし不思議なことに、ニートなのに働かなきゃいけないので、内ポケットから1枚の写真を取り出す。

 

「ええ、ちょっとしたイレギュラーでね。それよりあなたはこの人がここ、By-the-books書店に買い物に来たのを覚えていますか?」

 

 写真には斎藤康博さんが写っている。

 

「あぁ、はい。覚えていますよ。何回か本を買ってくれた方です」

 

「何の本を買ったかまで覚えていますか?」

 

「うーん、タイトルを完璧に覚えてはいないです。だけどどういう本かは覚えてますよ」

 

 助かるわぁ。真鈴さんが居るのと居ないのでは勝率が全然違う。

 

「それはどういった本だったのですか?」

 

 「覚えている」の言葉に嘘はなく、真鈴さんは即答した。

 

「法律や裁判の本です」

 

 ひひ、笑いが漏れそう。よしよし、真鈴さんは良い真鈴さんだ。また買いに来てあげよう。

 

 この後、裁判で証言してくれるようにお願いしたら、軽くオッケーしてくれた。やはり良い真鈴さんだ。

 そして俺の職業が何か余計に気になるとか言ってきた。俺も何故こんなことをしてるのか知りたいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、○ケモン……じゃなくて証人も集めたし、あとは育成タイプ……じゃなくて尋問の予想と証人テスト(想定される質疑応答の確認。事前に行う)用のファイルを作りますか。この前は○ordベースでPDF化したし、今回は○太郎にしよっと。

 あ、あと霧島さんにお願いがあったんだった。

 

 車を運転している霧島さんに話し掛ける。

 

「ちょっと仕入れて欲しい証拠があるんですよ」

 

 原本でなく、写しであればそんなに難しい物じゃないから、サクッと持って来ればオッケーよ。ま、原本を引っ張って来れた方がいいんだけどな。

 

「? いいですよ。なんですか?」

 

「康博さんの会社で実施された健康診断の結果です」

 

 詐病を補強していかんとな。ゲヘへ。

 

 

 




敢えて法律用語を多めにして雰囲気を出そうとしてます。


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結城君の法廷ミステリー劇場(偽) [バレ編]

裁判は実際の実務を参考にしましたが、展開、テンポ、演出を優先させています。




──人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。(刑法第百九十九条より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(`Д´)ノ

 

 

 

 

 さぁ! みんな大好き控訴審の時間だぜ! ヒャッハー!

 

 一応、控訴趣意書も読ませてもらったけど、内容は「被告人の病状や当日の家の様子を鑑みるに、責任能力があり、鬱病による注意力低下を明確に認識していたにもかかわらず、救急車を呼ばずに自ら車を運転する選択を敢えてしたことに、悪質かつ重大な過失又は被害者の死亡に係る故意若しくは未必の故意があり、事実誤認、法令適用の誤り又は量刑不当がある」ってのをいい感じにまとめてた。

 まぁそう言うしかないよな。

 ただ、霧島さんも分かってて敢えて攻めてるんだけど、仮に鬱病が自動車運転処罰法3条2項の適用範囲外と言えるくらい回復していたと判断されれば、更に法定刑の軽い5条の過失運転致死傷罪が適用されかねない。

 ぶっちゃけ俺の用意できた証拠だけでは一審を覆す判決をゲットするのはそれなりに難しいし、更に軽い刑になる可能性すらある。勝率は0ではないが、精々あまーく見積っても30%くらいか。

 

 でも大丈夫!

 クソ面倒くさい法律がどうのこうの、証拠がなんたらとかは小道具よ、小道具。ゲヘへへ……へ……。

 

 ……今、東京高裁の法廷に居て、ふと思ったんだけどさ。

 

 もはや探偵ですらないよ!? なんで検察官の助手みたいなノリで当たり前のように座ってるんだよ!? 絶対おかしいよ! 訴えてやる! ……ダメだ。よく考えたらこの裁判所も全然頼りにならなそうだ。救いは無いのか!?

 

 魂の涙を流していると、3人の裁判官がやって来た。

 

「起立!」

 

 よくわからんオッサンが叫ぶ。

 裁判官が礼するのに合わせ、皆も礼をする。そして裁判官が座った後に皆も座る。

 

 ……バッカくさ! 無意味なスクワットをニートにやらせるんじゃありません! もっとニートを甘やかしなさい!

 

「それでは開廷します」

 

 と、裁判が始まって「1審ではこんな感じだったよ」「控訴の理由はこうだよ」みたいな確認作業が進められる。

 

 向かい側の弁護人席に座る女(?)を見る。

 

 ……いやいやいやいや、頑張って気にしないようにしてたけど、なんで小学生みたいな女の子がそこに居るんだよ!? 納得できねぇよ!!

 

「1審及び控訴理由につき、弁護人は意見を述べてください」

 

 ……裁判長さんよ? あんたさっきの霧島さんの時に比べて、なんか優しい声じゃないか? そういうの良くないと思います!

 

 弁護人が立ち上がる。

 

 背ひっく。キッズじゃん。お家帰って○転裁判でもやりなよ。こんなとこ、子供の来るとこじゃ……。

 

 そんな俺の考えを察したのか、霧島さんがこそっと教えてくれた。

 

白峰(しろみね)弁護士は30歳ですよ」

 

 はぁ!? うっそやろ! AVに出たら児童ポルノ法違反が明白とかで会社が潰れそうなナリしてんじゃん。「お肌の曲がり角なんてまだまだ先ですぅぅ」て顔してるじゃん。

 世の中間違ってるわ……。

 

「1審の判決及びその前提たる事実認定に瑕疵はありません。霧島検察官の主張は不明瞭かつ客観的根拠を欠くものであり、とりわけ、被告人の故意に関しては単なる妄想にすぎず、被告人よりむしろ霧島検察官の責任能力に問題があると断じます。以上です」

 

 うわぁ。性格きっつそう。やだやだ。つり目でなんか常に怒ってる顔してるし、目合わせたくないなぁ。子供のクセに何をそんなに怒ってるんだか。

 

「30歳ですよ」

 

 は! 見た目がアレすぎて事実を受け入れられなかった。なんて女だ。これが血で血を洗う法廷戦争。なんという恐ろしい場所なんだ……!

 

 弁護人席に座った白峰さんが俺を見る。あ、鼻で笑いやがった。

 うっっざ。もう怒ったぞー。悪い子には躾が必要だ。ゲヘへへ。

 

 霊圧(微増)スイッチ、オン~。ポチっとな。

 

「「「!?」」」

 

 法廷の空気が変わる。ゲヘへへ。

 なぜ霊圧を上げたかと言うと、俺の存在感と威圧感を水増しさせ、俺の発言をしっかりと皆の魂に刻ませる為だ。

 簡単に言うと、擬似的なカリスマ性(笑)を演出し、俺の言葉に説得力(虚)を持たせる為だ。ね? 簡単でしょ?

 

 俺はすっと挙手をする。如何にも自信満々な顔を作る。

 裁判長が鷹揚に頷く。

 

「検察官補佐の発言を認めます」

 

 ……くっ、おもいっきりツッコミてぇ。「異議ありや! 検察官補佐ってなんやねん!」ってツッコミてぇ。ダメだ。堪えるんだ。今の俺はカリスマ、今の俺はカリスマ、今の俺はカリスマ……。

 

 俺を見て、白峰さんがボソッと呟くのが見えた。

 

「検察って顔じゃないわね」

 

 !?

 

「いっ……!」

 

 お前が言うな!

 遠くてよく聞こえないけど、今の強化された6感が教えてくれた。ついツッコむところだった。危ない危ない。

 しかし、そうか。白峰さんは少しは霊気に耐性があるみたいだ。一般人にもたまに居るんだよな。

 ま、弁護士風情が1人で騒ごうと問題無い。大事なのは俺の演出力よ。

 

 本日のポイントその2。

 言霊(ことだま)マシマシ弁論術発動!

 説明しよう!

 言霊とは、言葉に霊気を込め「なんか言ったことが現実でも起きそう」「むしろ起こさなきゃ」「凄く真理っぽい」と魂レベルで思わせる霊的詐欺テクニックだ! 耐性がある人にはあんま効かないし、約束じゃなくて一方的な言葉だとそこまで強制力が無いのが難点だけど、ハマればつよつよさ! 

 

 てか、ぶっちゃけかなり疲れるし、霊気を込めまくって強引に言うこと聞かせようとすると廃人になるから、好きじゃないんだよな。でも今は言霊無しだとちとキツイからしゃーない。

 

 カッコつけて立ち上がり、キリっとした顔(笑)で発言する。

 

「重大な新事実につき事実調べを請求する!」

 

 つっても、裁判だからそこまでセリフで遊べないんだよな。ま、カリスマ(笑)の敏腕詐欺師には問題無いけどな!

 

 新事実という言葉に傍聴席がざわざわする。賭博事件ではないのにおかしいな。

 

「異議あり! 請求する期限を過ぎています!」

 

 お、おい。キッズに先に言われたよ。しかも白峰さん耐性あるせいで普通に元気だわ。

 

 俺は貫禄たっぷりに裁判官、それから傍聴人たちを見回し、最後に被告人へ意味深な視線を一瞬だけ送る。

 被告人の顔が強ばる。フヒ。

 

「なるほど、確かに確かに。しかし皆さんは仮に新事実が判決を根底から覆す物であった場合、少しばかり発見時期がやむを得ず、そう、やむを得ずに遅れたのだとしても、聞きもしないで切り捨てるのですか? そこに法曹人としての正義はあるのですか? 私は皆さんを信じていますよ」

 

 ゲヘへへ。少なくとも俺に法曹人としての正義なんて陳腐なもんは無い。だってニートだもん。

 しかし霊圧と言霊の効果で皆の魂に深く突き刺さったはずだ。中には感極まっている裁判官もいる。

 

 ……いや、はえーよ? あんた裁判官に向いてないわ。

 

 ……と思ったけど、最近俺の霊能チートのレベルが上がってるんだよなぁ。そのせいか霊圧と言霊も前より強くなってる気がする。

 裁判官には悪いことをしたと反省している。だから請求を認めてちょ。フヒ。

 

「事実調べ請求を認める。検察官補佐は新事実を述べて下さい」

 

 はいオッケー!

 

「裁判長!」

 

「弁護人は静粛に」

 

「ぷ」

 

 白峰さんが俺を親の敵でも見るような目で睨んでる。元々目付きがキツイ子が更にぷんぷんしてると鬼だわ。でもよく考えたら小学生なんだからビビる必要は無いぜ!

 

「30歳と10か月ですよ」

 

 は! またしても白峰女史のけしからん容姿に騙されるところだった。なんて悪い女の子なんだ!

 

 気を取り直して弁論(ペテン)を再開する。

 

「新事実は大きく分けて3つあります。被告人の詐病、被害者の不倫、そして本件事件の真相です」

 

 康博被告の眉がぴくりと動く。

 傍聴席から感情の波を感じる。俺の言葉が真実なら、事件が分からなくなるからな。

 

「それではそれら事実を証明する証拠を提出して下さい」

 

「先ずは詐病から証明していきます」

 

 挑発がてら白峰さんを見下ろしてやる。これで少しでも頭に血が上ってくれれば儲けもんだ。

 さて、先ずは須貝医師からやな。

 

「被告人は3年程前に須貝メンタルクリニックを訪れました。そこで被告人は眠れない、だるい、と鬱の典型的な症状を訴えたようです。しかし当時診察した須貝医師は、被告を詐病であると確信を持って断定しました」

 

 また場の空気が動く。1審では康博被告が鬱であることが大前提だった。そこが崩れると1審が不当であったと断ずる他ない。

 どんどんいくぜ!

 

「実は本日、3名の方に証言していただく準備ができております」

 

「異議あり! 手続きに瑕疵があり、証拠能力が認められません」

 

「総合的に判断して異議を却下し、証人の入廷を認めます」

 

 へ、ざまぁ。白峰さんにやりと笑い掛ける。なんか視線だけで人を殺せそうだ。へ、キッズの癖に生意気だぜ。

 

「現在、証人控室におります故、霧島検察官が一時離席することをお許し下さい」

 

「認めます」

 

 霧島さんがサクッと須貝さんを呼んでくる。

 

「証人は証人台へ」

 

「お名前は?」とか「偽証はアカンよ」とかの決まり文句が流れていく。

 

「それでは検察官補佐は主尋問をしてください」

 

 はいよ。

 

「須貝医師が詐病だと判断した診察の経緯はどういったものでしたか?」

 

「約3年前の12月18日、被告人斎藤康博氏が診察に訪れました。その際、不眠と倦怠感から鬱病ではないかと訴えていましたが、問診では鬱病の特徴を確認できず、また、光トポグラフィ検査でも鬱病のグラフパターンは検出されなかった為、詐病であると判断し、単なる疲労状態であると診断しました。以上です」

 

 康博被告の口が無意味かつ微かに開いたり閉じたりする。へっ。

 法廷がいよいよ、色めき立って来た。傍聴席に居る記者らしき人がガン見しながら、高速でメモ取ってるわ。きんも。

 

「光トポグラフィ検査の精度はどの程度でしょうか?」

 

「現在は70~80%と言われています」

 

 なかなかの数字だろう。

 

「その結果と問診を合わせ、診断するわけですね」

 

「その通りです」

 

「では問診の具体的な判断根拠は?」

 

「不眠、倦怠感が強く、鬱状態であると頻りに訴えていましたが、会話の中での発言から自責、希死念慮(きしねんりょ)や非合理的な、又は過度な不安感が認められず、表情や一部感情の喪失又は耗弱(こうじゃく)も確認できなかった為に詐病と判断しました」

 

 詐病。

 

 医師の口から聞くとやはり説得力がある。事前の打ち合わせで、可能な限り詐病というワードを使うように言ってある。

 そのお願いに須貝さんはいい顔をしなかった。

 何故なら、特定のセンセーショナルな言葉を何回も聞かせるのは典型的な洗脳、あるいはそこまで行かなくても有効な宣伝の方法だからだ。

 だが、殺人罪を逃れる為にした詐病を暴くには必要と説得した。

 

「なるほど、よく分かりました。ちなみに被告の人間性は鬱に成りやすいと言えるのでしょうか?」

 

「異議あり! この質問は明確な事実ではなく、曖昧な俗説を問うものであり、誘導尋問の性格もあります。認められません」

 

「異議を認めます。検察官補佐は適法に尋問してください」

 

 ちぃ。これはダメか。くっそ。あのキッズまた鼻で笑いやがった。年上に対する礼儀がなってない。けしからんなぁ。

 

「男日照りの三十路女ですよ」

 

 は! なんということだ。モテないからってロリコンをターゲットにしだすような女のマヤカシにやられていたようだ。なんて嫌らしい女なんだ。

 ……てか、さっきから霧島さん鋭すぎません? 流石検察官風直感型インテリヤクザだわ。

 

「失礼しました。最後です。須貝医師が詐病と判断した際のカルテは残っていますか?」

 

「電子カルテとして保存しています」

 

「ありがとうございます。以上で検察主尋問は終わりです」

 

「それでは弁護人の反対尋問をお願いします」

 

 白峰さんがすっと立ち上がる。ちっさ。やーい、チビチビぃ!

 

「須貝医師は鬱でないと判断したようですが、三途の川総合病院の被告人の主治医は、鬱であると判断しています。このように判断が分かれることはあるのですか?」

 

「あります」

 

「それはどのような場合ですか?」

 

「医師の能力、医療方針や医師が得た情報に差違があるときです」

 

「つまり主治医より取得した情報が少ないあなたの診断が不適切である可能性もあるのですね」

 

 おい、これはアカン。

 

「異議を申し立てます。弁護人は侮辱的尋問及び誘導尋問並びに誤導(ごどう)尋問を行っています」

 

 まーた睨んでるよ。おーこわ。

 

「異議を認めます。弁護人は適切な尋問を行ってください」

 

 やーい、注意されてやんのー。

 ……なんか後で闇討ちされないかな。白峰さんのおっかない顔見てると不安になってきた。

 

「失礼しました。3年前には鬱でなくても、現在は鬱病になっている事例も当然ありますよね?」

 

「その通りです」

 

 うーん、当たり前の事だけど、敢えて確認することで皆に印象付けようとしてる感じか。へ、苦し紛れだな。

 

「反対尋問は以上です」

 

「検察官補佐に再主尋問はありますか?」

 

「いいえ、ありません」

 

「では次の証拠はありますか?」

 

「はい、あります」

 

「それでは展示してください」

 

 オッケー。

 鞄から康博さんの勤める会社の健康診断書の写しを取り出す。

 本来は原本を展示し、診断した医師を呼んだ上で、真実性、証拠力を証明してもらうべきだが、それは断わられてしまったようだ。正式な証人の召還でない以上強制はできないし、たった3日で説得できる根拠が無かったから、コピーで妥協だ。

 ま、こんなん検察から出されたらそれなりの信用性はあるっしょ。霊圧カリスマブーストがあるからイケるイケる。

 

「こちらは去年の10月に、被告人の勤務していた草葉(くさば)株式会社で実施された被告人の健康診断の結果です。これによると、肝機能障害が一切ありません。3年程前から被告人が処方されている抗うつ剤は肝機能障害の発症率が9割を越えています。従って、被告人は少なくとも去年の時点では処方されているにもかかわらず、薬を服用していなかった可能性が極めて高いです。以上の情況からも詐称を推察できます」

 

 ざわざわと法廷が怪しく蠢く。

 小さな小さな不審の種が心に根をはり出している。1つ1つは小さくても、それが重なればやがて大きな疑いの花を咲かすだろう。

 俺の霊圧と言霊があればそれで十分だ。

 

「静粛に。弁護人は意見又は質問はありますか?」

 

「はい、あります」

 

「では述べてください」

 

「はい。本件診断書は事件発生時より9ヶ月も前の物であり、それだけで事件当時にも詐病状態であったと断ずることはできません。従って事件当時の詐病について蓋然性(がいぜんせい)がなく証拠能力を認めるべきではありません。また、前提としている肝機能障害は発症しない可能性もある以上そもそも詐病の根拠たり得ません」

 

 まぁな。それは確かにそうだよ。

 でも、皆はもう被告人を疑いの目で見てる。なんでそんなことしたかって考えてる。しかるべきタイミングで答えを渡してやれば、堕とせるはずだ。

 白峰さんも、場の空気が検察側に寄っているのは察しているだろう。でも悪いな。霊圧と言霊によりこの場は俺のものだ。勝たせてもらうぜ。ゲヘへ。

 

「検察官補佐は意見又は質問はありますか?」

 

 んー特にないな。これは否定される前提の提示だ。

 

「ありません」

 

「当該事実の証拠は他にありますか?」

 

「ありません」

 

「では次の事実の証拠を提出してください」

 

 ほいほい。

 

「霧島さん」

 

 俺が呼び掛けると、霧島さんが席を立ち、隣接する証人控室へと向かう。そしてすぐに次の証人である園長先生──会田拓実(あいだたくみ)さんが登場した。

 

「会田拓実さんは不倫に関して証言してくださいます」

 

 俺がそう言うと裁判長が頷く。

 

「証人は証言台へ移動してください」

 

 会田さんが不安げな顔で証言台に立つ。なーに取って食いはしないさ。ゲヘへ。

 

「お名前、住所、職業、年齢を述べてください」

 

 裁判長が定型句を投げ掛ける。

 

「会田拓実です。住所は──」

 

 また宣誓書(笑)の朗読をさせたり「オラァン、嘘つくんじゃねーぞ?」とか脅したりが敢行される。

 偽証の(くだり)で会田さんは嫌そうな顔をしてたけど、気のせいだろう。ゲヘへ。

 

「それでは検察官補佐は主尋問をお願いします」

 

 やりますか。

 

「被害者の斎藤塔子さんは4年程前から、自身の勤務する餓鬼道保育園を利用する早乙女(さおとめ)雅紀(まさき)さんと不倫関係にあったとお聞きしましたが、事実でしょうか?」

 

 俺がペラペラとテキトーに喋るだけで、法廷に居る人間の意識と魂に、俺にとって都合の良い認識が侵食していく。

 言霊は力加減を間違えると魂が壊れて人形みたいになっちゃうけど、上手く使えば今みたいに心に響く弁論(笑)を演出することができる。

 ま、白峰さんには効かないから、彼女だけは場の空気に1人で抗わなきゃいけなくなってるんだけどな! かわいそう(笑)。

 

「私の知る限りでは事実です」

 

「塔子さんが不貞行為をしていると認識した根拠はなんでしょうか?」

 

「保育園の1室で早乙女さんの男性器へ口淫しておりました。また──」

 

 おkおk。

「フェラはしたけど浮気じゃないよ!」なんて糞女じゃなければ言わないから不倫は印象付けられたはずだ。

 

 白峰さんを見る。

 

 え?

 

 白峰さんは真っ赤になってあわあわしている。

 なにそれ。あんた30歳なんじゃねぇのかよ。なんでこんなんで照れてんだよ。そんなんで不倫関係の訴訟とかやれんのかよ。

 

「白峰弁護士は刑事事件専門ですよ」

 

 霧島さんが教えてくれた。

 

 刑事専門なんてマジかよ。企業法務に比べて儲かんないんじゃないのか? ヤクザのパパでも居るんかね。

 

 白峰さんの痴態(?)を眺めてると、会田さんの猥談(笑)が終わったね。いくか。

 

「よく分かりました。斎藤康博さんとの夫婦関係などについて、塔子さんは何かおっしゃっていましたか?」

 

「はい。夫婦関係は冷めきっていると何回か溢しているのを聞いたことがあります」

 

「なるほど。ありがとうございました。検察主尋問は以上です」

 

 それにしても白峰さん、急に大人しくなってモジモジしてるな。

 

「それでは弁護人は反対尋問をお願いします」

 

「……」

 

 しかし返事が無い。ただのロリのようだ。

 裁判長がわざとらしく咳払いをする。

 

「反対尋問をお願いします」

 

 漸く気づいたのか、ハッとして立ちあがる。

 

「エ、エッチぃのは良くないと思います!」

 

 場が静まり返る。

 

 ……え? え!?

 

「反対尋問はいみゅ、以上です」

 

 えぇ……。反対尋問とはなんだったのか。これが分からない。まぁいいけどよ。

 

「えー、検察官補佐は再主尋問はありますか?」

 

 いや、あるわけないやん。むしろ白峰さんに色々ゲスい尋問したいわ。

 

「ありません」

 

「当該事実の証拠は他にありますか?」

 

「ありません」

 

「それでは最後の事実の証拠をお願いします」

 

 よっしゃ。ここが重要ポイントや!

 

「はい」

 

 返事をしてから一瞬だけ被告人へ視線を送る。ちょっとした牽制だ。全て分かってるぜってな。

 そして口を開く。

 

「本来、冒頭陳述において証明しようとする事実を過不足なく、端的かつ具体的にお伝えすべきでした。しかし、私は敢えて『事件の真相』というような抽象的な表現をいたしました。皆様の中には不思議にお思いの方も居られるでしょう。何故裁判でそのようなことをするのか、と」

 

 ここで一旦全体を見回して間を取る。

 お、白峰さんが復活して、元の怒り状態(?)に戻ってる。

 ……ちょっと思ったんだけど、もしかしてそういう顔がデフォで別に怒ってない? いや、どうでもいいか。今は演劇ごっこの方が大事よ。

 

「それは全ての証言をお聞きになってからの方が、より正しく事実を認識していただけると思料(しりょう)したからです。従いまして、最後の証人のお話を伺ってから、立証されるべき真相をお伝えすることをお許しください」

 

 霧島さんに目で合図しようとしたら、もう証人を呼びに行ってるみたいだ。

「流石デキル男は違うぜ!」って思ったけど、本当にデキルならニートに検察官ごっこをやらせないんだよなぁ。

 

 本屋の店員さん──新道真鈴(しんどうまりん)さんが入廷する。

 検察側に俺が居るのを見て吹き出しそうになってる。

 

 これだよこれ。これが常識的な反応だよな。やっぱり皆がおかしいよな。

 

 マトモな反応にほっこりする。打ち合わせで検察側として1枚噛んでるって言っても信じてなかったし、ビックリするほど常識人。やっぱり良い真鈴さんや。

 

「証人は証言台へお願いします」

 

「はい」

 

 で、お決まりの「あんた誰?」「歳は?」「へぇかわいいね」「どこ住み?」「お、近いじゃん」「仕事なにしてんの」「本屋さん? やってそー(笑)」「俺も本好きなんだよね」「俺ら気が合いそうじゃない?」「RINE教えてよ」「俺に嘘付くんじゃねぇぞ☆」みたいなやり取りを裁判長とやって、終わったら俺の出番だ。

 

「それでは検察官補佐は主尋問をしてください」

 

「はい。被告人が新道さんの勤務するBy-the-books書店本店へ、3年前の冬頃から複数回訪れ、書籍を購入していた。相違ありませんか?」

 

「ソウイ……? ああ、はい。合ってますよ」

 

 く……! それっぽい単語で雰囲気出したいのに、真鈴さんちょっとおバカでテンポが悪くなってるやん。

 

「その際に購入していた書籍はどういったジャンルでしたか?」

 

「法律や裁判についての本です」

 

 白峰さんが難しい顔で真鈴さんを見ている。

 

 んー。これはもしかして、もしかすると……。

 

 まぁ合法ロリはとりあえずいいや。今は真鈴さんやで。

 

「思い出せる範囲で良いので、被告人が購入した本について教えてください」

 

 真鈴さんは顎に人差し指を当て、考えながら答え始めた。

 

「えー、タイトルまでは覚えていませんけど、刑事訴訟について解説した本とか憲法や刑法の参考書、あとは小六法も買ってましたね」

 

 オッケー十分。結構前なのに上出来だ。ついでだから少し攻めるか。

 

「購入時の被告人の様子は覚えていますか?」

 

「うーん、特にこれといって変なところはなかったですね」

 

「そうですか。例えば店内の防犯カメラを気にしたりといったことはありませんでしたか?」

 

 しかしこれには流石に白峰さんから異議が入る。

 

「異議あり! 明確な誘導尋問です」

 

「異議を認めます。検察官補佐は法令を遵守するように」

 

 しゃーない。ダメ元だったし、いいよ。

 

「失礼しました。主尋問は以上です」

 

 裁判長が俺から白峰さんへ視線を移す。

 

「弁護人は反対尋問を行ってください」

 

 難しい顔をしたまま、白峰さんが「はい」と返事をして立ち上がる。

 

「被告人が書店を訪れた回数は?」

 

 んー。

 

「えーと、えー5回くらい?」

 

 あちゃー。そんな隙を見せたらアカン。

 

「曖昧なのですね。では最初に訪れたのはいつですか?」

 

「うーん、だいたい3年位前の冬だったような気がします」

 

「正確には?」

 

「それは分かりません」

 

 白峰さんは記憶の曖昧さを指摘して、証言の信憑性を崩そうとしてるんだ。だけどそれについてはこちらはどうしようもないんだよなぁ。

 

「結構です。つまりあなたは来客したこと(・・)をよく覚えておらず、正確な情報を証言できないのですね?」

 

 っ!

 

 来客した「こと」と敢えて言い換えて、そもそも被告人が書店を訪れていないかのような印象を与えようとしてやがる。良い性格してんな。

 当然文句を言わせてもらう。

 

「異議を申し立てます。覚えていないのは正確な時期と正確な回数とおっしゃっています。誤導尋問です」

 

 白峰さんが鋭い視線を寄越す。

 

 おーこっわ。

 

「異議を認めます。適法に尋問してください」

 

「……では被告人に関して明確に記憶していることを述べてください」

 

 あー、これは上手い。先ほどの誤導尋問はこの為の仕込みか。

 

 さっきのがあるから、皆はなんとなく真鈴さんに信用ならない印象を持ってるはずだ。そんな中でこの質問を真鈴さんへぶつけて、答えられなかった場合はその点を強調した発言をする。

 そうすることで、皆の印象をより一層「真鈴さんは信用ならない」という方向に持っていくつもりなんだろう。

 そして先程の質問の効果は真鈴さんへも及ぶ。つまり真鈴さん自身も自分の記憶に自信が無くなってしまう。すると証言はより曖昧になる。

 今、真鈴さんは大分答えづらいはずだ。

 

「えー、そこまできっちりは覚えていないです」

 

 だよなぁ。都内の大型書店で、常連さんでもないのにはっきり覚えているなんてなかなかないだろうよ。

 

「それでは……」

 

「でも来たことは確かですよ。だって、被告人さんの声って私の好きな声優さんと凄く似てて、印象に残ってますので」

 

 マジすか。聞いてないわ。でもファインプレーやで。流石は良い真鈴さんだ。

 

 声優に似てるからと言われ、白峰さんが微妙な顔をする。ピンと来てないのかもな。

 でもアニオタ、声優オタの耳を舐めてもらっては困る。奴らは特定の振動数に強い快感を覚えるキモイ中毒患者だ。

 きっと真鈴さんも正確だろうよ。

 てか最初の方に感極まっていた裁判官がうんうんと頷いてる。さては声豚だな? だがよくこの事件を担当してくれた。今だけは裁判官が声豚であるという微妙な事実に感謝だぜ。

 

「……そうですか。では購入した書籍はどうですか? 正確に記憶していますか?」

 

 白峰さんも頑張るなぁ。

 

「正確ではないですけど、法律関係の本を買う方ってそこまで多くないので、そういう本を買ったのは確かですよ」

 

 よーしよしよし。ありがとう。流石やで。

 

 そして1つ分かったことがある。

 

「……反対尋問は以上です」

 

 白峰さんはおそらく康博被告の真の狙いについて察している。だから俺が何を証明したいかを言っていないのに、誤導尋問みたいな荒い手段まで使って証言を否定しようとしたんだ。

 

 ふふふ。自然と綻んでしまう。

 

 白峰弁護士よ。あんたは本物だ。本物の弁護士だよ。依頼人がどれだけのクズであろうと、真っ黒と知っていようと、国選で報酬が低かろうと、法廷に味方が居なかろうと、最後まで全力で弁護に当たる姿は確かに正真正銘の弁護士だ。キッズとか思って悪かったな。

 

 だが勝つのは俺だ。

 

「検察官補佐に再主尋問はありますか?」

 

「尋問はありません。しかし事件の真相に関して述べてもよろしいでしょうか?」

 

 真相。

 

 傍聴席の中、所謂記者席に座る記者の目がギラつく。お仕事お疲れ様やな。

 

「認めます」

 

 いくぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事件は、自動車運転処罰法3条2項による危険運転致死傷罪の適用、則ち法定刑15年以下の懲役とする判決を受けることで、一事不再理により、本来の罪、つまりは殺人罪の適用を確定的に回避する計画で実行された計画殺人です」

 

 ざわっと傍聴席から声が漏れる。記者さんも荒ぶっている。

 白峰弁護士が苦虫を噛み潰したような顔をするも、すぐに元のキリっとした顔に戻る。少しでも裁判官に悪い心証を与えないようにしているんだろう。

 しかしあなたの対応は及第点でも、被告人はそうはいかないようだぜ。

 康博さんは明らかに脂汗をかいている。表情こそは取り繕っているものの、意思でコントロールしきれない感情由来の生理現象はどうにもならない。

 プロの弁護士である白峰弁護士は、ある程度はそういった感情をコントロールできるようだが、素人には難しいだろう。

 勿論、俺の霊圧と言霊による強すぎる説得力を前提としていることも、感情の揺れ幅が大きくなっている理由の1つだ。

 

 白峰弁護士が立ち上がる。

 

「異議あり! 今回提示された証拠と検察官の発言に合理的な関連性はありません! これは単なる妄言です!」

 

「その合理的な関連性をこれから説明いたします」

 

 これに裁判長はやや考えてから口を開く。

 

「……検察官補佐は発言を続けてください」

 

 異議の可否を名言しなかったのは、合理的な関連性があるかを未だ判断しかねているからだ。つまり迷っている。これは隙だ。ゲヘへ。

 

 ここで一事不再理について説明しておく。

 

 一事不再理ってのは、ある犯罪行為(刑事事件)の裁判において、判決が確定したときは、その行為について、もう一回、刑事裁判を起こすことを禁止する考え方で、憲法39条後段(二重の危険の禁止)を前提にする刑事手続上の原則のことだ。

 

 ちなみに、日本国憲法第三十九条には「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない(原文)」とある。

 

 今回の事件に当て嵌めると、危険運転致死傷罪として刑が確定した場合(=原則、判決を受けて誰も控訴しない、又は3審の判決が出た場合)は、人身事故について後から過失による事故でなく、故意による殺人だったとする証拠が出てきても、殺人罪では起訴されないし、罰せられないということだ。

 これが一事不再理になる。

 

 そして被告人にとっての最大の旨味は法定刑の違いにある。

 殺人罪は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役なのに対し、危険運転致死傷罪は15年以下の懲役だ。つまり下限と上限が殺人罪の方が圧倒的に上なんだ。殺人罪ならば最悪死刑もあり得る。

 一方、危険運転致死傷罪は最悪でも15年牢屋に入ればいいだけだ。加えて、鬱病、妻の容態の悪化、公道のガードレール破損という行政側の落ち度を考えると、3年以下の懲役になり、執行猶予が付く可能性すら0ではなかった。

 ついでに世間の目も不運な事故と悪辣な殺人では雲泥の差だ。いろんな意味で事故にしたかったはずだ。

 

 だがよ。霧島さんが俺を見つけたのが運の尽きだ。悪いが適切な罰を受けてもらうぜ。

 そのために俺がすべきことは、上手い具合に演出しつつ真相を言うこと。

 さぁ、最後のひと踏ん張りだ。

 

「先ずは動機についてご説明いたします。皆さんも察しているかと思いますが、塔子さんの不倫が康博さんには堪えられなかったのです。私が調べたところによると、塔子さんは不倫の事実があろうと表面上は康博さんへ愛を(うそぶ)いていたようです。それが都合の良いマヤカシだと康博さんが気付いているとも知らずに、です」

 

 康博被告の記憶を読んで知ったこともどんどん演出に使っていく。嘘だってつく。

 悪いが俺は公明正大な善人じゃないんだ。必要があれば悪いこともするさ。ゲヘへ。

 

「更に3年程前に塔子さんはあることを言ったようです」

 

 ここで間を取りつつ、少しの憐憫を浮かべ康博被告を見る。

 康博被告の眉間にシワが寄る。白峰弁護士が一瞬だけ康博被告に視線を送る。

 

「『子供が出来た』と塔子さんは告げました。そうです。この時に身籠っていたのは不倫相手の早乙女さんの子です。康博さんはすぐにそれに気づきました。何故なら……」

 

 康博さんが下を向く。

 

「何故なら、康博さんは無精子症という病だったからです。康博さんの場合は精巣で一切精子が作られないタイプであり、塔子さんが康博さんの子を身籠ることはあり得ません。康博さんは塔子さんと大恋愛の末に周囲の反対を押しきりご結婚なさったようですね。ですから不倫をなかなか認められずにいた。しかし、未だに塔子さんを信じようとしていた康博さんは、この時その甘い幻想を捨てざるを得なくなったのです」

 

 しかしここで白峰弁護士が噛みつく。白峰弁護士の戦意は未だ健在。

 

「異議あり! そういった事実は1審及び本件審理で認定されていません。従って控訴審ひいては裁判の大原則に反する戯れ言です!」

 

 だがこちらも引き下がるわけにはいかないんだ。

 

「調べればすぐに裏は取れます。形式に拘泥(こうでい)し、違法かつ不当な判決を許すわけにはいきません。裁判長! 賢明なご判断を」

 

 裁判長が左右に座る裁判官と一言二言かわし、目を閉じ、そして──。

 

「異議を棄却(・・)します。続けてください」

 

 っ! 

 

 今まで異議を認めない時は「却下」と言っていたのに、今は「棄却」と言った。

 簡単に言えば却下は門前払い、棄却は中に入れて話を聞いた上で否定する場合になる。

 これはつまり、異議自体は門前払いするほど的外れではなく適法だと考えているが、俺の発言の重要性を考慮し、一応は俺が発言を続けることを認めてやったということ、則ち発言内容によっては中断もあり得るとの警告に他ならない。

 

 数瞬、白峰弁護士と目が合う。

 

──簡単には負けてあげない。

  

──ふざけんな。勝つのは俺だ。

 

 無音で意志をぶつけ合う。

 

 やむを得ないな。霊圧と言霊に込める霊気をもう少し強める。やりすぎない程度にコントロールするのは、それなり以上に難しいがやるしかない。

 

「発言を続けます。……康博さんが犯行を決意したのは塔子さんの妊娠が発覚した時だったのでしょう。その時の康博さんのお気持ちは察するに余りあります。深い愛情が不幸にも強い憎しみに変容してしまったとしても不思議ではありません」

 

 康博被告が目を瞑る。

 

「何故犯行を決意したのがその時と考えたか。それは法律関係の書籍を購入し始めた時期、須貝医師を訪ねた時期と一致するからです。つまり康博さんの中には、不倫にうすうす気付き始めた時から、一事不再理を利用した殺人計画が漠然とあったのでしょう。それが塔子さんの妊娠で確定的な予定に変わり、正確な知識を得る為に書籍の購入をした。そこで康博さんは考えたはずです」

 

 法廷の静けさが嵐の前の不気味なそれに感じていることだろう。特に康博被告にはな。

 

「『過失と故意又は未必の故意の境目は極めて曖昧だ。確実に殺人罪を逃れる為には、明白に過失(不注意)であったと言われるような事情が必要だ』とね。そこで目を付けたのが自動車運転処罰法3条2項と鬱病です。鬱病であれば注意力、判断力が落ちることに疑いがなく、運転を開始したこと自体が故意若しくは未必の故意と判断される又は誰が見ても明らかに殺意を持った運転であると言えるような極端な場合以外は、確実に過失による事故と言われるでしょう。当該法及び施行令でも、鬱病は過失による危険運転致死傷罪を規定した自動車運転処罰法3条2項を適用すべき病気であると明文で規定されています」

 

 誰かが唾を飲む。そんな音が聞こえた気がする。

 

「そういった経緯で康博さんは詐病に至ったのです。ただし1つ問題がありました。処方された薬を飲むことで、明確な意識を保つことを妨げる眠気等の副作用が発生する可能性があることです。当然と言えば当然ですね。事故に見せかけた殺人を実行するには高い集中力が必要な筈です。1つ間違えば殺害は失敗し、あるいは自身が死んでしまいかねませんからね。そうです。健康診断にて、肝機能障害が見られなかったのは、こういった背景から薬を服用していなかったからです」

 

 ピリピリとした空気。

 

「そして計画を実行するに当たり、別の問題が1つ有りました。それは自然かつ確実に塔子さんだけを殺害する事故を起こす方法です。これは簡単には解決できなかったようです。その為、計画の決意から実行まで約2年半の月日を要してしまったのです。しかしガードレールが破損した6月下旬から犯行当日の間のある日に、康博さんはその破損箇所を発見してしまいます。都合が良いことにガードレールの向こう側は海です。塔子さんは昔からカナヅチだと知っていた康博さんは、この場所を犯行場所に決めたのです」

 

 敢えて康博さんを見る。そして彼に語り掛けるように、甘言を騙る悪魔のように優しく言霊を紡ぐ。

 

「康博さんもお辛かったでしょう。おふたりの交際は海で塔子さんが溺れているところを助けたのがきっかけとお聞きました。そんな思い出深い状況を今度は2人の時間を終わらす為に使わなければいけなかった。それはどれほど悲しいことだったか……。康博さんは塔子さんを本当に愛していた。だから塔子さんの裏切りは想像を絶する憎しみを生んだ筈です。いえ、もしかしたら今でも愛しているのかもしれません。後悔しているのかもしれません。人は間違える生き物です。願わくば……」

 

 康博さんへと固定していた視線を、舞台に立つ役者のように流動的な状態へと戻す。

 

「失礼。少し話が逸れてしまいましたね。話を戻します。私が述べたような経緯で7月1日に計画が実行されました。これがこの事件の真相であり、私が証明する事実です」

 

 静寂から小さな囁きが生まれ、やがて大きな喧騒へと変わっていく。

 

静寂(せいしゅく)に! 静寂に!」

 

 しかし裁判長の声は虚しくかき消される。

 だが、ここで喧騒を吹き飛ばす人物が居た。白峰ありさ弁護士その人だ。

 

──異議あり!!!

 

 喧騒が一刀両断され、静謐(せいひつ)が訪れる。

 

 今日何度目か分からないその文言は、本来は使うべきでないと弁護士は研修で教えられる。もっと冷静かつ丁寧に言った方が説得力があるからだ。

 しかし、今この時この瞬間は、白峰弁護士の気迫を乗せたこの一言が、最も高い威力を発揮する。

 

 大した精神力だ。まさに孤軍奮闘。

 

 白峰弁護士が眼光鋭く法廷を睥睨(へいげい)する。そして最後に俺を見据える。

 

 へっ。

 

「凄いですね。私、感動しましたわ。よくもそこまでペラペラと妄想を垂れ流せるものです。皆さん、今、検察官が言ったことは全て情況から飛躍に飛躍を重ねた、三文小説にも劣る卑劣なペテンにすぎません。冷静になってください。確認されていない事象をさも真実のように述べ、その虚構を前提に非合理的な推測を重ねただけです。これは真相ではありません。もはや幼稚な嘘です」

 

 おーおー散々な言い草だな。流石霊圧と言霊が効いてないだけはあるわ。

 

「ではお訊きします。私の述べた真実に矛盾がありますか? あるならば、是非ご教示いただきたい」

 

 無いよな。記憶から知った真実だ。

 精々俺が調べましたと言ったところしか隙は無い。しかし白峰弁護士や裁判官には、俺が実際に調べたかどうかをこの場で判断することはできない。

 白峰弁護士が、ふんと鼻で笑う。

 

「そうですね。おっしゃる通り矛盾はありませんね。しかしそれだけです。あなたの場合は都合良く『私が調べたところによると』などと騙り、矛盾しないような虚偽を用意してそれらしい物語を創作しているだけです! そこに真実も正義もありません!」

 

 うっは。的確ぅ。その通り、俺に正義なんて無いよ? でもだから何だってんだ。正義なんて無くても、真実は見える。魂は嘘をつけないんだよ!

 

「いいでしょう。では通例通りこれから被告人質問に移りましょう。そこでご本人にお話ししてもらいましょう。貴女の言う『それらしい物語』をね」

 

「分かりました。裁判長! 被告人質問を開始します。よろし……! っ!」

 

 気づいたみたいだな。

 白峰弁護士は俺を叩き伏せることに集中しすぎて、弁護士が最も気に掛けなければいけないことが頭から抜けてしまっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白峰先生、もう大丈夫です。……検察官のおっしゃる通り、私が殺しました」

 

 康博被告が涙を流しながら、小さく、しかし明確に告げた。

 白峰弁護士は気付いていなかったようだが、彼女が俺への異議を申し立てた時、すでに康博さんは声を殺して泣いていた。

 

「斎藤さん! 今、貴方はこのペテン師の言葉に感化され、ありもしない虚構を真実だと錯覚しているだけです。皆さん! 今の言葉は心神耗弱により事理弁識(じりべんしき)能力に欠くものです!」

 

 白峰弁護士……あんたすげぇよ。ここまでになっても絶対に諦めようとしない精神力はマジでヤバい。

 だがもう止めてやれ。

 

「白峰先生……もういいんです。塔子を殺してしまった罪の意識にもう堪えることができないんです」

 

「っ!」

 

 やっと静かになったか。

 

「暗い海の中で彼女の手を振りほどいた瞬間が忘れられません……。もう私には……」

 

 へっ。

 最初から白峰弁護士に弁論で勝とうとか、裁判官の心証を完璧に操作しようなんて考えてなかったんだよ。ただのニートの俺にそこまでできるわけないだろ。

 だけど俺には超ド級の霊能力がある。

 

 だから魂の嘆きがはっきりと聞こえるんだよ! 

 

 そんな俺が裁判で勝ちを得るには、被告人を堕とすのがベターなんだ。他の皆は被告人をその気にさせる為の脇役さ!

 悪いな、白峰弁護士。元々戦っている土俵が違ったんだ。

 

 やがて康博被告の涙が法廷に溶けていく。

 

 そしてこの日の審理は終了した。

 

 白峰弁護士の強い要望を受け、第2回の公判が決定されたが、後日開かれた公判で康博被告が罪を否定することはなかった。

 更に後日、破棄差戻し判決が下された。

 これは1審の審理のやり直しを命じるものだ。やり直しとは言っても、控訴審での判断を尊重しなければならない以上、訴因変更からの殺人罪適用は堅いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くぅ、つ・か・れ・た! もう2度とやりたくないね。なんだよ、検察官補佐って。知らない子だわ。

 でも俺が裁判から解放されてから、今回の俺の活躍(笑)を(あきら)に聞かせてやったら「凄い! 私も検察官になる!」と喜んでたから、まぁ良しとしよう。

 

 ただなぁ。

 

「劇的逆転判決!! 立役者は謎の検察官!」

 

 新聞に妙な記事が載ってるんだよなぁ。

 

 どうすんのこれ? 下手すると逮捕されんじゃねぇか? ちょっと白峰先生に弁護を依頼しようかな。

 依頼料まけてくれないかな? まけてくれなさそうだなぁ。

 

「はぁ、バックレてぇ……」

 

「異議あり!」

 

 亮は楽しそうでいいなぁ。

 

  

 



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俺と少女と『名探偵ユウキの冒険』 [前編]

アンケートにお答えいただき、ありがとうございました!
自分の作品のキャラクターがどんな風に思われているか知ることができて新鮮でした。

この話を書いてる途中に物語として破綻しすぎてる気がして、エタっちゃおうかと思ったけど、キリのいいとこまではなんとかしようと書きました。多分、嫌いな人の方が多い話だとは思います。
これが一章(実質本編)最終エピソードです。元々、十万から十二万文字(小説一冊分)である程度はまとめるつもりでした。上手くできたかは分かりません。



 それが亮って奴の現状だ。

 

 

 

 

 

 

 

o(^o^)o

 

 

 私のお父さんはいつも難しい顔をしているけど、よく私をいろんなところに連れて行ってくれる。

 この前は本屋さんで本を買ってくれた。

 今日はその本を一緒に読んでくれるって。だから私は早く帰って来ないかなぁってそわそわしてる。

 

 あ! 玄関から音がした!

 

 お父さんが帰って来たんだ。

 

 あれ? なんかいつもと違う。なかなかお父さんが会いに来てくれない。

 

「──! ──!?」

 

 お母さんが叫んでる。

 

 どうしたんだろ?

 

 私も玄関に行ってみる。

 

「お……にぃ……」

 

 玄関で私のお兄ちゃんが血を流しながら倒れていた。

 真っ赤な血が不思議な感覚。いつもは見ない色がいつもの玄関に広がっている。

 

 なんだか夢の中に居るみたい。ふわふわしてる。早く目が醒めないかな。つまらないよ。

 

 おにぃを見る。全然動かない。

 

 多分、玄関に靴のまま上がり込んでいる、見たことのない人がやったんだと思う。

 

 その人と目が合う。不思議な目。そんな風に思う。

 

 その人が私に向かって来る。廊下に靴の跡が付いちゃうな。

 

「───!」

 

 お母さんが私の前に割り込んで来た。そしたらその人がお母さんの顔を何回も殴り始めた。

 

 からん。

 

 白い物が廊下に落ちた。お母さんの歯かな。

 殴るのに飽きちゃったのかな? 今度はお母さんの首を片手で締め上げる。足がゆらゆらしてる。

 あんまり楽しくなさそうだな。なかなか朝にならないな。

 

「──!?」

 

 あ、お父さんだ。

 

「おかえりなさい!」

 

 やっと本を読んでもらえると思うと嬉しい。ウキウキとする。さっきまではあんまり楽しくなかったけれど、今は少し楽しい。

 

「──!」

 

 お父さんが大声を出す。びっくりする。なんでそんなことするんだろう。

 

 あ、お母さんからいっぱい血が出てきた。

 首を締めるのも楽しくなかったみたい。だから次はナイフをお母さんに刺したんだね。次は楽しいといいね。

 

 あれ? お父さん! お母さんで遊んでるんだから邪魔しちゃ駄目だよ。

 

「──! ──」

 

 お父さんが私に何か言ってる。でも、なんて言ってるかは分からない。変なの。あ、これは夢だった。それなら仕方ないね。

 

 でもなんで泣いてるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(´Д` )

 

 

「結城君も凌遅屋(りょうちや)は知ってるっすよね?」

 

 !?

 

 バレンタインデーにいきなりやって来たと思ったら、解理(かいり)さんは自分で買ってきたチョコを、自分で食べながらそんなことを言ってきた。

  

 俺にも寄越せ。

 

「……まぁ有名だからな」

 

 解理さんが言ってる凌遅屋ってのは猟奇的連続殺人犯だ。一応の犯人は身元が割れてて指名手配になってるんだけど、捕まっていない。

 凌遅屋として(厳密には死体遺棄犯として)指名手配されてる川見(かわみ)真一(しんいち)さんにより遺棄されたと見られる遺体は、程度の差こそあれども共通して身体の肉や内臓が欠損しており、その状態が昔の中国の刑罰である凌遅刑を受けたかのようであるから、凌遅屋と呼ばれている。

 なかなかやベー奴やね。

 

 で、それを俺に言ってきたってことは……。

 

 解理さんがニヤリとイヤらしい笑みを浮かべる。

 

 なんでこの人、仕草がいちいちエロいんだろ? さてはAV業界からのスパイだな? きっと婦警モノのクオリティを上げるために警察の実情を調べてるんだ! 漸く謎が解けたぜ(迷推理)。

 

「1週間前にまた凌遅屋の犯行があったんす」

 

 ニュースでやってるもんな。知ってるよ。

 

 隙あり!

 

 一瞬の隙を突いて、チョコレートに手を伸ばす! 神速の一撃!

 しかし俺が生チョコを狙っているのを目敏く察知した食いしん坊解理さんのブロック! 

 

 ちぃ。それにしてもこの女、いつもこんな食ってんのか? よく太んないな。……あ、カロリーの全てが胸にいってんのか。世の中の女連中に清々しいくらい喧嘩売ってんな。

 

 ……。

 

 ……何回見てもデケぇな。

 

「何年も前からずっと捕まえられないままじゃ流石に不味いってことで、結城君に解決してもらうことに決まったっす!」

 

「なぁ、そんなことより解理さんって胸は何カップなんだ?」

 

 流石に毎回わざとらしく強調されたり、押し付けられたら気になるわ。

 

「……ふ、ふ、ふ」

 

 な、なんだ? 急に不敵に笑い出しやがって。

 

「結城君も漸くその気になったんすね。大丈夫っす! ウチに全てを任せれば秒で天国っす! ホワイトチョコレートも大好きっす!」

 

「いや、ブラジャーサイズ以外に興味無いぞ」

 

 何を勘違いしてるんだ?

 

「……」

 

 なんだろ。「待て」を解除されてご飯を貪り食ってる時に、不意打ちでご飯を取り上げられたチワワみたいな顔してる。

 

「……大丈夫っす。結城君が歪みまくった変態でも頑張るっす」

 

「ふ。隙あり!」

 

「甘いっす!」

 

「なん……だと……」

 

 なんて女だ。決してチョコレートを誰にも渡さないという強い決意を感じるぜ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その犯行現場というか、明暗小学校の近くの死体が発見された公園に来た。

 着いたら秒で解理さんが訊いてきた。

 

「なんか分かったっすか?」

 

 いや、流石に数秒じゃ分からん。

 

「あ」

 

 残留思念見つけた。

 

「! ぱねぇっす! ぱねぇっす!」

 

 解理さんテンション高いなぁ。まぁ解理さんはどうでもいいや。そんなことより、なんで残留思念が残ってんだろ?

 

 こんな風に思うのは、俺が知ってる凌遅屋の死体遺棄現場は、どこも霊的痕跡が皆無だったからだ。

 死体が棄てられた場所じゃなくて、実際の殺害場所だったなら、多少は痕跡があるかもな。無い可能性のが高いけど。

 

 ま! いいや! とりあえずふわふわしてる残留思念を捕まえよっと。

 

 手を伸ばし、触れる。

 

 んー、なんだろ? 紺のダウンコート。メンズか。それにフルフェイスのヘルメット。で、背は165位? うーん? 首を絞められたね。これで死んだ? いや気絶かな。

 

 俺が見た思念の記憶ではそんな感じで、それ以上は何も分かんなかった。

 

 うん、大したヒントにならんわ。これだけじゃあ全然絞れない。

 でもあの時はなんで……?

 いや、可能性としては……。ただなぁ。現時点じゃほとんど何も分かってないようなものだしなぁ。

 

「うん」

 

「犯人はどんな奴っすか?」

 

「いや分からん」

 

「マジっすか」

 

 まぁしゃーない。地道に行くしかないね。

 

「被害者は明暗小学校の生徒でいいんだよね?」

 

「そうっす」

 

 凌遅屋のターゲットは基本的には誰でも成り得る。無差別的だからね。

 

「死体はどんな感じだった?」

 

「心臓と胃が抜かれてたっす。あと両腕も無いっす」

 

 んー、そっか。

 

「……警察の捜査で分かってることは?」

 

「……死亡推定時刻が発見日の前日の夜ってことくらいっすね」

 

 ほぼ手掛かり無しか。

 

「うーん」

 

 解理さんが不安げな顔をしてる。

 

 すまんな。分からんときは分からんのよ。

 

「すまん、分からん」

 

「マジっすか。結城君具合悪いんすか?」

 

「そういうわけじゃないんだけどな」

 

「……」

 

 解理さんが真っ直ぐに俺を見つめる。

 

 そんな見られてもどうにもならんときはあるぞ。

 

「やっぱウチとヤるしかないっすよ! 休まずに10発くらいヤれば元気になるっすよ!」

 

「……やめてください。死んでしまいます」

 

「……」

 

 いや、だからチワワみたいな顔やめろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダウンコートの身長160~170センチ位の人?」

 

「ええ、2月の10日か11日にそういった人物を見ませんでしたか?」

 

 周辺住民への聞き込みだ。俺が得た情報からだとこうするしか手段が無い。

 

「……えぇと、そりゃあそういう人も居ますので見てるとは思いますけど」

 

 だよなぁ。季節的にもありふれた格好だからなぁ。

 

「ちなみに、ダウンコートにフルフェイスのヘルメットの人物は見ませんでしたか?」

 

「バイクに乗ってる人なら見たかもしれないですけど、よく覚えてないです」

 

 そうだよなぁ。しかもヘルメットに関しては犯行時以外は脱いでる可能性もあるからな。ちょっとキツイっすわ。

 

 ポケットから被害者──皆川水樹(みながわみずき)さんの写真を取り出し、見せてやる。

 

「では10日の放課後以降のこの子については、何か分かりますか?」

 

「ごめんなさい。そこまで子供たちをしっかり見てるわけではないので……」

 

 ですよねー。一応記憶も覗いてるけど、これだと思う奴は居ない。

 

「そうですか。ご協力ありがとうございました」

 

「いえ、頑張ってください」

 

 礼をしてから次のお宅へ向かう。

 移動中、解理さんが話し掛けてきた。

 

「なんだかんだ言って、分かってるじゃないっすか! ダウンコートの男なんて捜査線上に上がってないっすよ!」

 

「分かってるっつっても、実際は全然犯人に近づけてないわけだし、意味無いよ」

 

「そんなことないっす。ぱねぇっすよ!」

 

「そりゃあどうも」

 

 今回もしんどい事件になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(^p^)

 

 

 

 

 

 

 

 母と兄が殺された時、私はまだ幼く、目の前の光景を理解することも受け入れることもできなかった。

 でもあれから時間が流れ、私は少しだけ大人になった。だから今では、あの時何があったかをしっかりと理解している。

 あの事件の犯人は何処にでも居る普通の青年だった。仕事は中小企業で営業を主に担当していたようだ。

 そんな風な記事が新聞に載っているのを数年経ってから読んだ。

 

 そうか。

 

 それが私の感想だった。今更怒りがどうとか、悲しみがとうとか、そんなことで私の心は支配されなかった。

 過ぎ去ってしまった感情は、(しこり)のような違和感を与えるけれど、それだけ。

 そんなことよりも私にとっては重要な事があった。お父さんのことだ。

 あの事件の少し後に父は失踪した。一言も無く、私の目の前から消えてしまった。幼い私には父の行動が理解できなかった。

 

 私に分かったのは、どうしようもない空虚な空間が、私の中に生まれてしまったということだけだった。

 

 寂しい。

 

 そんな言葉では言い表せない強烈な渇望。

 誰かに見てほしかった。注目されたかった。求めてほしかった。

 いつしか私はもう一人の私を演じるようになっていた。もう一人の私は本当の私とは違って、人目を引く存在だった。そうなるように生まれた私だった。

 そして、人目を集めることは私に幾ばくかの安らぎをもたらした。異性から求められるのは、たとえ身体目当てであったとしても、心地良いものだった。

 悪くない日々だったと思う。薄っぺらな言葉と浅い快楽は、私の中のみっともない感情から目を逸らすにはちょうど良かった。

 

 そうやって時間を潰していたら、凌遅屋事件に関する死体遺棄犯として、父が世間で騒がれ出した。

 

 凌遅屋は猟奇的な殺人を繰り返しているらしかった。内臓を取ったり、肉を抉ったりして殺すといったやり方がニュースで取り上げられていた。

 そしてその現場近くの防犯カメラに、車から何かを運ぶ父が映っていた。マスコミは父が凌遅屋だと思っているようだった。

 

 ニュースを見た時、私はマスコミと同じように、父が凌遅屋で間違いないと思った。

 何故なら、失踪直前の父が夜にぶつぶつと「内臓を抉り出して殺せば……」とか「生きたまま肉を削ぎ落としてやれば……」などと言っているのを聞いたことがあったからだ。

 

 父は生きている。

 

 私にとっては父が顔も知らない赤の他人を、どれだけ残虐に殺していようとどうでも良かった。

 私の中を急速に圧迫していくのは、幼い日の私となんら変わりばえのしない寂しいという感情だった。

 

 そして私は昔から変わらず、違う、昔よりもずっと強く父を求めていると理解した。

 

 ずっと目を逸らしていた事実。でも父が生きている。生きて誰かを殺していると知って、その感情が私の目の前に移動してきた。直視せざるを得なくなってしまった。

 

 会いたい。父に会いたい。あの日に読んでくれると約束した本を読んでほしい。

 

 愛してほしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!Σ(×_×;)!

 

 

 

 

 

 

 

 都内の二階建て住宅の、要は俺の家の広いリビングで解理さんと2人、テーブルでぐだっていた。

 

「結城くーん。つかれたぁーっす」

 

「……だなぁ」

 

「なんで今回はサクッと解決しないんすかぁー」

 

 そんなこと言われてもなぁ。霊能力って別に犯罪捜査の為の力ってわけじゃないし、分からんときもある。

 

 少し草臥(くたび)れた木製のテーブルが冷たい。暖房は漸く効いてきたばかりだ。

 

「だから俺は名探偵じゃないんだって」

 

 不思議な能力が少し使えるだけの凡人だ。

 

「ひどいっすぅ。ウチのことは遊びだったんすかぁ」

 

 なんでやねん。

 

 解理さんの相手をしててもしょうがないんで、テレビを点ける。ブンッと電気が目を覚ます音がして、画面がチカチカとする。

 夕方のニュースがやっている。 

 

『昨年の8月21日に○○県旧○○村の廃墟で男女5人(・・)に薬物を投与し……した事件で起訴されていた柏崎健二被告は……』

 

 ん? これって俺が巻き込まれたやつじゃん。

 

 いつの間にか解理さんもテレビの方に顔を向けている。

 

「これも結城君が解決したんすよね。でもこの柏崎って人もいい加減っす。偶々(・・)肝試しに来た人が5人(・・)だったから良かったっすけど、もっといっぱい来てたら解毒薬が足りなくなって大変だったっすよ」

 

 一気に心拍数が跳ね上がる。うるさい。

 

 今、5人と言ったよな。俺の記憶では、あの場に居た人間は犯人の2人を除くと6人だったはずだ。

 漠然とした違和感はあった。その発生源も薄ぼんやりと把握していたはずなのに……。

 

「な、なぁ解理さん」

 

 訊かなければいけない。

 

「なんすかぁ」

 

「柏崎さんが起こした事件に巻き込まれた人に、結城(ゆうき)(あきら)って女はいたか?」

 

 解理さんが固まる。

 

 お、おい。早く答えてくれ。

 

「何言ってんすか? 結城亮なんて人はあの事件に関わっていないっすよ。妹さんかなんかっすか?」

 

 頭が痛い。俺としたことがミスった。

 

 侵食されている。気を付けていたのに。亮……。俺の……妹……。何をやってるんだ。高々霊1人に認識の改竄(かいざん)がされる程侵食されるなんて……。

 

 亮は……。

 

「解理さん、ごめん。ちょっと出るから」

 

「は? え、なんすか? どうしたんすか?」

 

 何が何やら分かっていない解理さんには悪いが、俺にとっては大切なことなんだ。

 トレンチコートを羽織り、外に飛び出す。冬の夜は早い。もう外は真っ暗だ。

 

「はぁ」

 

 亮は霊だ。

 人が霊と長く過ごしすぎると、その霊が存在して当たり前だと認識するようになる。そして次第に霊であることを認識できなくなっていく。

 それは霊に対し常軌を逸した耐性を持つ俺でも例外ではない。

 いや、高すぎる霊感が逆に脆弱性を生んだのかもしれない。つまり霊からの影響も常人の比ではないということだ。

 

 対策もしているし、俺は大丈夫だと思っていた。でもそれは単なる幻想だったようだ。

 今までと同じではない。俺も、亮も。そういうことだろう。

 

 大通りに出て、タクシーを捕まえる。

 

「大学病院までお願いします」

 

「明暗大でいいですか?」

 

「はい」

 

 タクシーに乗りながら窓の外を見る。街は様々な光が錯綜している。この中には霊の魂も混ざっている。

 

「……」

 

 20分程で到着した。料金を払い、タクシーを後にする。

 

 病院の受付で面会をしたいと伝える。

 

 形式的なやりとりをこなし、エレベーターへと向かう。5階ボタンを押す。

 

 ここに来るのは久しぶりだな。

 

 元々定期的に訪れてはいた。それで認識の改竄は修正できていた。……いたんだけどなぁ。

 

 5階は脳神経内科の入院病棟だ。その病棟内の奥、所謂差額ベッドと言われる、少し良い部屋が連なるエリアが目的地だ。

 

 静かな廊下に硬質な靴の音が響く。

 

 着いた。

 

 個室。扉の横のネームプレートには結城亮(ゆうきあきら)様とある。

 1回深呼吸してから無言で扉を開ける。

 

 亮が居た。

 ベッドへと近づく。

 

「亮……」

 

 ベッドで静かに眠る亮の頬に触れる。確かな熱は、これがどうしようもなく現実であると教えてくれる。

 

 魂の軋む音がする。

 亮の体温が亮の霊体により歪められた俺の認識を修正していく。亮が現実を叩きつけてくる。

 

 もう随分と前から亮は植物状態だ。

 

 ……少しだけ昔話をしよう。

 

 あれは俺や亮が小学生の低学年だった頃の出来事だ。その頃の俺は結城幽日ではなく、夕焼(ゆうやけ)幽日だった。

 その日、俺は亮と遊ぶ約束をしていた。学校から帰って、ランドセルをそれぞれの家に置いたら公園で会う予定だった。

 先に公園に着いた俺は、ブランコに乗りながら亮を待っていた。

 でも亮は来なかった。

 当たり前だけど、俺はその頃から霊能力が洒落にならない次元で発現していた。で、当然の様に嫌な予感がしていた。

 もうビンビンだったよ。

 だけどその時は霊能力をコントロールしきれていなかった。だからその嫌な予感が、亮の身に起こる事が原因なのか、近くにヤバい霊が居るのか、自分の身に起こるエグいことが原因なのか判然としなかった。

 それに加えて、亮には俺が霊気を込めまくって作った御守りを持たせていた。

 

──亮を守れ。

 

 亮と行った海で拾った不思議な石に念を込めて、よくある小さい布袋に突っ込んだだけの粗末な御守りだ。でも、それはどれだけの大金を積んでも手に入れられない1級品ではあったと思う。

 それを亮に渡していた。亮も常に持っていた。

 だから大丈夫だろうとアホ面してブランコを漕いでいた。

 けれど30分が過ぎた時、いい加減待っているのもバカバカしくなってきたんだ。亮の家に行ってみることにした。

 

 それで亮の家に行ってみたのだけど、誰も出てこなかった。玄関の鍵も閉まっていた。

 

 不思議には思ったし嫌な予感はしていたけど、だからといって亮の居場所は分からなかったし、わざわざ探し回るのは面倒だったから、そのまま俺は自分の家に帰ったんだ。

 

 次の日、俺の父さんは凌遅屋に殺され、死体と成って発見された。父さんと供に現場に居た亮は、植物状態になって保護された。

 そして亮に渡していた御守りの石は砕けて、砂の様に粉々になっていた。

 拙いながらも俺は亮の記憶を見た。

 その記憶によると、偶々俺の父さんに会った亮は、誘われるままに着いて行った。そして、父さんが生きたままバラバラにされる(さま)を見ることになったようだ。

 その時、御守りから非現実的な音が聞こえて、亮の記憶は終わっている。

 

 少し後から思ったんだけど、やっぱり御守りは一応機能したんだと思う。

 実際、亮は殺されてもいないし、肉体的に傷を負ってもいないし、性的な事をされた痕跡もなかったそうだ。

 凌遅屋が何故植物状態の亮を放置したのか正確には分からないけれども、俺の陳腐な推理擬きによると意識が無いと都合が悪かったからじゃないかって考えてる。

 そして凌遅屋は趣味の悪い仮面を付けていたから、顔を見られてもいない。万が一亮が回復しても顔が割れることはない。

 だから亮を殺すメリットも必要も無くなった。結果として亮は助かった。

 そして、これは御守りが亮を助ける為に必要な事を、その能力の範囲内で実行した結果でもある……筈だ。

 

 俺は血の繋がった母親には会ったことがない。だから家族は親父しか居なかった。

 しかしあの日、俺は家族を失った。

 親戚も()らず、俺は施設送りにされそうになっていた。でも亮の両親が俺を養子として引き取ると言い出した。

 元々家族ぐるみで付き合いがあったから、俺を憐れんだのかもしれない。情が移っていたのかもしれない。

 でも仮にそうだとしても俺に断る理由は無かった。

 

 そして俺は結城幽日になった。

 

 普段、俺といる亮は霊だ。

 

 ただしまだ生きている。つまりは生き霊と呼ばれる存在だ。

 そしてもうひとつ無視できない事がある。

 

 それは亮の精神年齢だ。亮の精神年齢はあの日から止まっている。霊としてどれだけの時を過ごそうと、亮の心は、精神年齢は8歳のままだ。

 それだけならまぁいいんだが、いや良くはないんだけど、もっと厄介なことがある。霊体の見た目や身体(しんたい)感覚は肉体年齢に影響を受けているということだ。

 要するに性的な欲求や異性に対する欲求は、肉体年齢である19歳の女性のものに引きずられている。

 そうするとどうなるかっていうと、まともな羞恥心や倫理観が身に付いていない幼い精神であるのに、なんかキモチいい事を我慢するかっていうと、あんまり我慢しない。

 だから19歳の見た目なのに、俺の部屋で気軽にオナったりするし、別に付き合っているわけでもない俺に気分でベタベタする。

 

 それが亮って奴の現状だ。

 

 けど、亮の状態はだいたいは俺のせいだ。それに亮の両親には恩がある。

 だから亮には強く当たれない。亮に頼まれるとどうにも断りにくい。

 

 罪悪感もある。

 

 それが結城幽日って奴の現状だ。厄介な事にな。

 

 

 

 

 

 

 




メタ的な伏線は会話文の「」と『』です。
「」は生きてる人。
『』は死んでる人。
幽霊と生きてる人ではありませんでした。
亮は霊だけど生きてるので「」です。


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俺と少女と『名探偵ユウキの冒険』 [中編]

──エロいことしたいとか、女の泣き顔が大好きということではない(嫌いではない)。

 

 

 

(///∇///)

 

 

 

 

 父に会うために私がしたことは模倣だ。

 私がそうやって真似をしていれば、やがて父が私を叱りに来てくれるのではないかと思ったからだ。

 

 頭がおかしいのかもしれない。

 でも、もしかしたら下手な模倣をする私を見かねて止めに来るんじゃないかと思うと自分を抑えることができなかった。

 

 だから私はもう1人の凌遅屋になった。

 

 そうやって何人も殺してきた。

 

──早くやって来ないかな。

 

──もう4人殺したよ。

 

──お父さん。どうしたの?

 

──なんで会いに来てくれないの?

 

──お父さん……。

 

 父は私の前に現れてはくれなかった。

 

 私は絶望した。私の中にある何も無い伽藍堂(がらんどう)洞穴(ほらあな)が拡大していくのを自覚した。

 

 暗い。

 

 誰も私を見ることはできない。

 

 寒い。

 

 誰か私に熱を……。

 

 寂しい。

 

 誰か私を……。

 

 そうやって答えも救いも見当たらない思考が、私を支配していった。

 もっと殺さなければいけないと思った。そうすればお父さんが……。

 

 私の殺人ペースは上がっていった。

 

 当然と言えば当然だけれど、警察の捜査にも熱が入る。

 でも()められない。

 

 もう私に残された時間は少ないかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┐('~`;)┌

 

 

 

 

 家に帰ると灯りが点いていた。解理さんは帰っていないのだろうか。

 

「……ただいま」

 

 何となく、少しだけおそるおそるそう言った。

 少しして解理さんから定形句が返ってきた。

 

「おかえりなさい」

 

 まだ居たのか。

 

 解理さんの声の発生源である居間に行くと、信じられない光景が広がっていた。

 

「どうしたんすか? ご飯を取り上げられたチワワみたいっすよ」

 

「いや、だってよ」

 

 テーブルには、ほっけだろうか、白身魚の塩焼きを主役に筑前煮と漬物が脇を固めている。味噌汁の椀は空だ。きっとまだ鍋にあるんだろう。

 お手本のような一汁三菜。

 

 それをエロいだけが取り柄の解理さんが作った? なんの冗談だよ。

 

「いやぁ、結城君なっかなか堕ちないから少し本気出したんすよ」

 

 えぇ……。

 

「どうっすか? 色んなところにグッときたっすよね?」

 

「いや、それよりも気になることがあるんだが」

 

「なんすか? 胸はFしかないっすよ。盛ってるっすから」

 

 いや今はそこは訊いてない。

 てか盛ってたのか。いやいやいやFだと盛る必要無いだろ。それを「Fしかない」とか世の中の貧乳女どもに、とんでもない一撃をくれてやってるな。頼むからそれを他の人の前で言うなよ。

 

「……他人(ひと)ん家の台所勝手に使うの抵抗無かった?」

 

 だって俺と解理さんは付き合ってるわけじゃない。親しい友人ってわけでもない。普通、抵抗あるよな。

 だからチワワみたいな顔はやめろ。

 

 ピーーーー。

 

 突然、電子音がした。

 

 なんだ?

 

「あ、電話きたっす。浮気じゃないっすよ」

 

 いや、浮気どころか本気になってもらって結構っすよ。

 

 妙な呼び出し音のスマホを取り出して、解理さんが通話を開始する。

 

「うぃーす。なんすか? これから彼氏とイチャつかなきゃいけないんすよ」

 

 凄い。たったこれだけしか喋ってないのに、ツッコミどころが山盛り沢山だ。もう胃もたれソースカツだよ。

 

「……あーマジっすか。はぁ。了解っす。カレ……結城君と現場に向かうっす」

 

 解理さんがキリっとカッコをつける。うーん、中身を知ってるとギャグにしか見えない。

 

「結城君。凌遅屋によるものと見られる死体が見つかったっす」

 

「あらら」

 

「だから行くっすよ!」

 

 アイアイサー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結城君、お疲れ様ー」

 

「お疲れ。今回も頼むよ」

 

「結城さん! 来てくれたんですね!」

 

 等々(とうとう)。何故こんなにプレッシャーを掛けるのだろうか。今回は簡単にはいかないと思うんだけどなぁ。

 

 しょーがないから曖昧に返していく。

 

 で、問題の遺体だ。

 まだ現場にある。近くで鑑識さんと刑事さんが話している。

 霊は居ないし、残留思念も無い。あ、いや、ちょぴっと残ってる。うーん、やっぱり違和感があるんだよなぁ。

 

 なんでかっていうと、俺だって凌遅屋について調べていたんだ。解理さんに捜査協力を依頼される前からだ。

 その過程で遺棄現場にも行ったが、残留思念を見つけたことは一度も無い。

 だから残留思念があるこの現場には違和感を覚える。

 

 これでも俺は真剣に凌遅屋を探していた。

 

 俺にとっては凌遅屋は他の犯罪者とは違う。当たり前だ。だから高校を卒業後は、仕事もせずに凌遅屋を追っていた。

 亮の両親はそんな俺に何も言わない。少し悪い気もするが、これは譲れない。

 

 現場とされている場所へ訪れたり、死体の様子から犯人像を分析してみたり、死体の遺棄された場所から犯人の活動拠点を予想して聞き込みをしたり、そして記憶を読んだりと色々やってきた。

 

 でも手掛かりは見つけられなかった。霊能チートを持つ俺が本気になってもだ。

 

 確かに俺も万能ではない。

 でも、都内を中心に数えるのもバカ臭くなる程の人間の記憶を見てきて、凌遅屋と川見真一さんを結び付ける情報が、出てこないのは明らかに異常だ。

 そして当然の様に死体遺棄現場には残留思念も一切無かった。

 

 そこで俺はある仮説を立てた。

 

 つまり川見真一さんは超高水準の霊能力者なのではないかということだ。

 

 理由は簡単だ。

 

 俺ならばやろうと思えば凌遅屋と同じことを、目撃情報を0にして実行することが、かろうじてできるからだ。

 ただし、防犯カメラの映像などの物的証拠は別だ。カメラに関しては気付ければやりようはあるが、常にそうはいかないだろう。

 実際、川見真一さんが凌遅屋だと言われるようになったのも防犯カメラの映像があったからだ。一応、建前は死体遺棄の容疑者としての指名手配であり、連続殺人については重要参考人にすぎないようだが、川見真一さんが犯人であるとの暗黙の共通認識が出来てしまっている。

 そして、川見真一さんの顔写真はニュースで何度も放送されてきた。

 当然、世間の認知度もそれなりだ。

 

 だが、凌遅屋が世間に認知されるようになってから約10年、未だ川見真一さんは捕まっていない。都内で犯行を繰り返しているのにだ。

 

 異常だ。異常すぎる。

 

 しかし、だからこそ同類だと思うんだ。

 

 手段としては、例えば霊圧を敢えて下げると気配は希薄になる。俺レベルなら、目の前に居ても黙っていれば認識されない程度までコントロール可能だ。

 目撃者の気配、つまりは霊気に気を配れば目撃者を見落とす事も無いだろう。

 それでもやむを得ずに見られたら、魂に霊気をぶつけて記憶を消してしまえばいい。これに関してはあまり得意じゃないから、俺がやると廃人を量産してしまうけれども、証言を抹消することは完遂できる。

 更に、殺害対象になる人間に憑依して肉体を操作すれば、人目を避けて殺害場所に連れてくることも実現不可能な難易度ではない。

 残留思念については、霊気が死体や遺棄現場に残っていないか確認して、見つけた場合は霊圧を上げて消し飛ばすか、掴んで握り潰せばいいだけだ。

 

 こう考えると俺の奇天烈な推理もあながち的外れではないのではないか。

 

「はぁ」

 

 ただ、こんな感じの推理を持っていても、模倣犯の可能性に気付けただけで、具体的に犯人を特定できてないんだよなぁ。

 

「……結城君、やっぱり調子が良くないんすか?」

 

 解理さんが珍しく深刻な顔をしている。

 

「別にそういうわけじゃないんだよ。ただ、難しくてな」

 

 ま! グダグダ言っててもしゃーないし、とりあえず残留思念を掴まえてみよ。

 

 ふよふよしている残留思念にサクッと触る。

 

 んー。またダウンコートの男? 首絞められて意識を落とされている。それだけか。

 

 んー、限定できんな。

 

「なんか分かったっすか?」

 

 解理さんが俺の目を覗き込む。眼球に俺の姿が映っている。

 この近距離でそんなに見つめられると解理さんの感情が流れ込んで来てしまう。

 

 ……これは恐れ? そして期待? 何を恐れて……。

 

 !?

 

 そういえば、解理さんは「ダウンコートの()」と言っていた。俺は一度も男なんて言っていないのにだ。

 

 つまりは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(゜ρ゜)

 

 

 父を探すのにも、凌遅屋として活動するのにも警察官は都合が良かった。だから私は警察官に成った。その数年後、運良く捜査一課に潜り込むことができた。凌遅屋の情報もよく聞こえてくる。

 警察の手法を考慮した上で、捜査の裏をかくように凌遅屋として活動すればリスクは抑えられる。現に今まで容疑者どころか、参考人にすらなっていない。

 凌遅屋としての活動自体は順調だった。

 

 けれど父は現れなかった。

 

 焦りや今までの努力が報われないんじゃないかという不安、そして日に日に強まる孤独感と愛されたいという欲求。

 もうどうにもすることができないくらい狂っている心が、パラパラと砂利のように崩れていく。そんな気がしていた。

 

 鬱々とした日々の最中、私の耳にとある情報が入ってきた。

 

──巻き込まれた事件を非凡な速さで解決に導いた青年が居る。

 

 興味を持った。

 もしかしたらこの青年ならば父の居場所を見つけ出してくれるかもしれない。

 

 事情聴取の名目で接触した。

 

 青年は結城幽日という名だった。痩せ型で少しクセのある顔付き。どちらかと言えば男臭い顔立ちだと思う。

 でも、そんなことよりも彼の持つ雰囲気が独特だった。

 彼はよく目立つ。事件が無ければ言動はかなり控えめだ。人の中心になりたがらない印象を受けた。

 それなのに存在感がある。芸能人は華があるから人目を引くとよく言うけれど、彼は華が無いのに人目を引く。

 これだけでもよく分からないのだけれど、実力を見ようと彼に捜査協力を半ば強引に依頼してみたら、もっとよく分からなくなった。

 全く理解できない手段で、彼はあっという間に手掛かりを見つけ、事件の真相に辿り着いたようだった。

 不思議だった。でも謎なんてどうでもよかった。

 

 私は希望を見つけたのだ。

 

 彼ならば父を探し当てることができるかもしれない。

 

 だけど1つ懸念事項があった。彼に依頼し、父を見つけてもらうことは、父が逮捕されることに繋がってしまう。

 それは認められない。

 だから私は彼の心を手に入れようとした。

 自分で言うのもおかしな話だけれど、私の容姿は悪くない。身体も男性には魅力的な筈だ。実際、私の外側は今までそれなりにモテてきた。

 私の顔と身体を使い、彼を私の傀儡にし、又は弱みを握り、警察とは関係無く個人的な依頼を受けてもらえるようにしたかった。

 そして父を見つけても警察には言わないでおいてもらい、父と再会した後に殺してしまう予定だった。

 

 ただ、私は今まで恋愛というものと真剣に向き合ったことがない。父以外の人間は本当の私を愛することができないから、真剣になりようがない。

 あの日のことも、それより前のことも全部知っているのは父だけだ。私を理解できるのは父だけだ。

 

 だから恋愛の様な経験はあっても、本当の意味での恋愛の経験は皆無だった。

 そんな私であるので、当然と言えば当然なのだけれど、彼を誘惑するのは上手くはいかなかった。そもそもどうすればいいか分からない。

 

 そんな中、警視庁上層部の指示で彼に凌遅屋事件の捜査協力を依頼することになった。

 

 最近は比較的友好的になってきたと思う。依頼も以前よりすんなり受けてくれる。

 しかし、凌遅屋事件は彼にとっても容易ではなかったようだ。未だ決定的な手掛かりは見つけていない。

 それでも、犯人がダウンコートとフルフェイスのヘルメットを着用していたことを突き止めた。

 鳥肌が立った。

 この分では近い内に私に辿り着いてしまう。そう思うと不安が湧き起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最新の遺棄現場でいつものように手を伸ばし、目を閉じる彼を見る。私の暗い洞穴で恐れが(うごめ)く。

 

 彼が目を開ける。難しい顔をしている。

 

「なんか分かったっすか?」

 

 努めて軽薄な声音を作る。

 私が彼の目を覗き込むと、彼が私を見つめ返してくる。

 

 やっぱり不思議な感覚だ。彼に見つめられると全てを見透かされているような幻想を抱く。

 誰にも理解されない、暗く、不快なだけの、価値の無い本当の私を直視しているのかな。

 

 それは……。

 

 でも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(+д+)

 

 

 

 

 

 解理さんの記憶によると、解理さんの実の親父さんが凌遅屋であるらしい。そして解理さんはその模倣犯。

 

 無意識に解理さんのことを容疑者リストから外していた。

 警察官という立場や普段の言動から、解理さんではないと勝手に思っていた。

 それに、俺は人の記憶を読むのが好きではない。疲れるし、見たくないものを見てしまうし、何より、そうやって人の心裏(しんり)に土足で踏み込むのは気分の良いものではない。

 

 だから、基本的には怪しい人や必要がある人以外は記憶を覗かない。

 今回はそのせいで模倣犯の特定が遅れてしまった。

 

 解理さんは瞬きをせずに、その大きな瞳で俺を見ている。

 

「……いや、なんも分からん」

 

「そうっすか」

 

 どうしたもんかね。

 

 現場を調べるふりをしながら思考を深める。

 

 解理さんの精神構造は、精神医学的には「演技性パーソナリティー障害」と呼ばれるやつだ。

 ざっくり言うと、演技や過剰な演劇的言動、エロいことをしてまで人の注目を引こうとする人格障害だ。

 これだけだと「それくらいなら普通の範疇じゃん」と思うかもしれないが、この障害の前提には苦痛がある。注目されないと耐え難い不安感や精神的苦痛を感じてしまう。

 幼少期に親の愛情を十分に受けてこなかった場合等に起こりやすいとされている。

 

 解理さんの精神は、幼い日に家族を目の前で殺されたところから狂い始めている。

 そして唯一残された家族である父の失踪。

 解理さんは誰かに愛されたいと願いながらも、それが満たされないまま生きてきた。「父に棄てられた自分は価値の無い人間だ」という考えに囚われているせいで、愛されている事実やその可能性を認識する事ができなくなっているからだ。

 自分を愛してくれる筈の父や母を失った為に、人間にとって極めて重要な幼少期に、最も必要としている人の愛を受け取ることがほとんどできなかった故の歪みなのだろう。

 

 そんな解理さんは父が生きて近くに居る可能性を知り、自分の中にある父を求める感情をはっきりと認識してしまった。

 まるで小さな子が親に依存するように、解理さんは父を求めている。

 

 そして、父に構ってほしくて父の真似をし始めた。それが凌遅屋模倣犯の表面的な真実だ。

 

 んー、解理さんは俺が探してる凌遅屋じゃないってのは分かったけどさ、どうしたもんかね。

 解理さんが犯行をした証拠を集めて、逮捕されるようにする?

 いや、それをやってもいいんだけどさ。川見さんへの対応を考えるとなぁ。

 川見さんへの手掛かりは分からず仕舞いってのがなぁ。

 

 結局、この日の捜査は大した収穫を得られることなく終えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜11時、住宅街を解理さんと歩く。捜査からの帰りを解理さんと伴にしている。

 

 少し話をしようかなってね。

 

 穏やかな口調で話し掛ける。

 

「なぁ、解理さん()凌遅犯なんだろ」

 

 解理さんの気配がぶれる。

 

「……」

 

「ダウンコートの男なんて俺は言ってない。男物のアウターだと解理さんが知っていたからそう言ってしまったんだろ?」 

 

 プラス、犯人像を男性と限定したいという(潜在的)願望が現れたんだろう。

 

「……」

 

「解理さんが苦しんでいるんじゃないかっていうのはなんとなく思ったよ」

 

 解理さんから表情が消えていく。

 

「……警察に言うのですか」

 

 解理さんの口調が変わる。こちらが本来の解理さんかな。いや、こちら()か。

 

「……それは決めかねている。俺からすれば模倣犯は重要じゃない」

 

「それなら……」

 

「だけど、そのままなら解理さんはずっと苦しいままだ」

 

 解理さんだってバカじゃない。父と2人で幸せに暮らすという夢が、非現実的な妄想だと心の奥底では悟っている。罪悪感だってある。

 それでも止まれないのが歪みなんだ。

 

 解理さんの本当の願いは、模倣犯としての解理さんを親父さんに愛されることじゃない。家族が殺された日に歪み出した、根っこのところにある本質的な人格を受け入れ、愛してほしい。俺にはそう願っているように見える。

 

 それが実現するには、解理さん自身が自分を認める必要がある。それを前提に他者から本当の自分が愛されていると実感できて始めて、解理さんは満たされる。

 

 ……めんどくさ! 地雷女ここに極まりって感じやん! 男は都合の良い女が大好きなのに、こんなんで愛されるわけないやろ! いい加減にしろよ!

 

 とか思うけどそんな素振りは一切見せない。辛いです。

 

「解理さんを楽にしてやることはきっと難しい」

 

 解理さんの目が何を映してるのかは分からない。記憶を読めてもその人間の全てが分かるわけじゃない。

 

「だからちょっとだけズルをするよ」

 

「……?」

 

 ……チワワみたいな顔は変わらんのな。おもしろ。

 

「手を貸して」

 

「……はい」

 

 困惑しつつも素直に手を差し出してくる。

 

 よしよし。人間素直が一番やで。ツンデレなんていらんかったんや!

 

 解理さんの手を握る。冬の寒さに冷え込んでいる。でもきっと解理さんの世界はもっと冷たいのだろう。

 

「愛してる」

 

 なんてな。

 

「何を……!? え、え、え……」

 

 げへへへ。

 

 説明しよう!

 

 今、俺は俺の魂を解理さんの魂に無理矢理突っ込んだんだ。なんかエロいぜ!

 ……以前、クソビッチサイコパスのいずみさんっていうヤベー奴に、擬似的な罪悪感を作り出してやったことがあった。

 やり方は、彼女に怨みを持った魂を彼女の魂に重ねることで、その怨み(責める気持ち)をいずみさん自身の感情と錯覚させたんだ。

 今回はその逆。

 つまり「解理さん大好き! エロくておバカな解理さんも、ガチメンヘラ隠キャ道を邁進する解理さんもちょー愛してるぜ(キリ)!」って念じまくった霊気で俺の魂をコーティングして、その擬似的愛の塊(笑)を解理さんの魂の中に無理矢理流し込んだんだ! なんかエロいぜ! 

 

 するとあら不思議!? 解理さんは自己肯定感が天元突破したではありませんか。

 

 解理さんは潤んだ目で、所在なさげにキョロキョロしている。

 

「……何をしたのですか」

 

「大したことはしてないよ。少しだけ素直になるおまじないをしただけだよ」

 

 おまじない(霊的マインドコントロール)。フヒヒ。

 

 解理さんが二重の大きな目を俺に向ける。少しタレ目気味の瞳と長い睫毛が、女性的な柔らかさを解理さんに与えている。

 

 ……何回見てもエロ特化型最終兵器みたいな人だな、ホント。なんか全てのパーツがそんな感じなんだよなぁ。中身さえマトモならもっと楽しく生きられただろうに。

 

「……本当なのですか」

 

「何が?」

 

 鈍感系(詐欺師系)ですが、何か?

 

「さっきのです」

 

 はい釣れましたぁー。魂に干渉できる俺には鴨が葱しょってるように見えるぜ。ゲヘヘ。

 

「嘘じゃないよ」

 

 解理さんが手を強く握り返してくる。

 

「……」

 

 物欲しそうな顔しちゃってまぁ。

 

「……愛してる」

 

 言葉を噛み締めるように伏し目がちになり、そして、とうとう解理さんの瞳から涙が零れる。

 

 説明しよう!

 

 今度は解理さんに重ねてた魂を少しずらしたんだ!

 するとあら不思議!? 俺の魂と重なっている部分からは自己肯定感が、重なっていないがすぐ横にある俺の魂からは、解理さんへの愛が感じられるではありませんか!

 魂は嘘をつけない。普通はな! だが俺ならばある程度は誤魔化すことが可能なのさ!

 それにそもそも解理さんのことは嫌いじゃないし、可哀想だなって思ってるから、慈愛的な意味じゃあまるっきしの嘘じゃない。だからこそこんな力技が可能なんだよね。フヒヒ。

 名付けて、魂だいしゅきホールド! フヒ。

 

 涙が解理さんの頬を伝い、ぽたり、ぽたりと落ちていく。

 

「……ぅ」

 

 さて、解理さんは静かにギャン泣き(?)してることだし、これで攻略完了ってことでいいっしょ。

 

 俺がなんでこんなことしたかっていうと、勿論理由がある。

 解理さんを堕として、エロいことしたいとか、女の泣き顔が大好きということではない(嫌いではない)。

 

 川見さんが俺の推理通り霊能力者だったと仮定し、かつ川見さんの立場になって考えると次の様になる。

 

 まず、解理さんは川見さんの殺害対象になり得る。

 何故なら、模倣犯がやりすぎていると警察の捜査がキツくなるからだ。いくら気配を消すことができるといっても、警察の捜査が過熱すればやはり煩わしい筈だ。

 そんなわけで川見さんは解理さんを密かに監視している可能性がある。そこまでいかなくても、捜査状況や娘の様子あるいは模倣犯の状況を知るために、不定期に解理さんの記憶を読んでいるというパターンも十分あり得る。

 いずれにしろ解理さんを通して俺の存在に気付く。そして俺の非常識な捜査や解決スピードから霊能力者とすぐに察するだろう。 

 川見さんと同格以上の霊能力者である俺が、凌遅屋を探している事実に気付いたら、不都合な存在である俺を消そうとするのではないだろうか。

 川見さんならば霊能力を捜査に使う有用性を理解している筈だ。であればそういう行動に出てもなんら不思議ではない。

 

 結論、俺と解理さんは襲撃を受ける可能性がそれなり以上にある。

 

 そして、凌遅屋が仮に襲撃して来た場合、解理さんが味方になっていた方が良い。その為には解理さんを懐柔しておく必要があった。

 だから警察に言わずに解理さんを攻略した。

 

 我ながら酷い奴だとは思う。

 

 でも、俺には欲しい物を全て手に入れるだけの能力は無い。汚い手を使っても一部しか得られない。

 

 さて、俺のくだらない愚痴はどうでもいいね。お客さんが来たみたいだ。

 

 突然の、空間が軋む程の圧。

 

「!?」

 

 解理さんが驚愕を浮かべるが、それだけだ。通常なら魂が壊れてしまいかねない重さの霊圧を浴びているのに、普通にしていられるのは俺の魂を内部に置いているからだ。

 

 なんとなく来るんじゃないかって思ってた。でも、だからってこんな住宅街で霊圧をここまで上げるとかやばすぎ。半径50メートル圏内の住民は下手するとショック死してるぞ。

 

 少し先の十字路を見る。

 

「初めまして。川見さん」

 

 俺がそう言うと、1人の男が現れた。黒のステンカラーコートを着ている。何度もニュースで見た顔と大きくは違わない。

 

「……お父……さん」

 

 動揺するよな、そりゃあさ。今まで執着してきた人物かいきなり目の前に現れたんだから。

 川見さんがそんな解理さんを冷めた目で見る。興味無いと言わんばかりに、無表情のまますぐに視線を俺に移す。

 

「……やはり強いな」

 

 川見さんの声は少しざらついている。川見さんをよく視る。そうするとその異常性がよく分かる。

 

「……ヤバいな、あんた」

 

 川見さんには重く、濃い怨霊、怨念が尋常でない程憑いている。これほど憑かれているにも関わらず、自我を保っている。だけに留まらず、やろうと思えば、おそらくは怨念を制御できるのではないだろうか。

 バケモノだ。

 

「お前も似たようなモノだろう」

 

 否定はできないな。

 

「川見さん、悪いが記憶を読ませてもらった」

 

「……」

 

「あんたが何を考えているかを少しは理解した。その上で言わせてもらう」

 

 川見さんに変化は無い。

 

「もう終わりにしてほしい」

 

 川見さんがしようとしていることは完全無欠の自己抹消だ。

 川見さんは昔、家族を殺されたことを自分が早く家に帰らなかったからだと考え、自分を責めている。それはもう強い強い自責の念に圧迫されている。

 自殺しようとした。しかし、いざ首を吊ろうとした時に気が付いてしまった。 

 卓越した霊能力者であり、強い後悔を持つ自分は、肉体が生命活動を停止したとても、霊体と成り、半永久的に憂き世(うきよ)をさ迷うことになってしまう。

 強すぎる魂と霊気のせいでな。

 それでは何の意味もない。魂ごと全てを消し去りたい。そこで川見さんは思い付いた。思い付いてしまった。

 

──人を苦しめて殺し、その怨念と呪いにより自らの魂を破壊させてしまえばいい。

 

 確かにそれならば、世界から完全に消えることができるかもしれない。

 辛いだろう。間違いなくな。常人ならばすぐに狂いながら死んでいく。罪の意識から目を逸らす為には、その苦しみも痛みも必要なのかもしれない。

 

 だけど、それはやっちゃいけないことだろ。自分勝手すぎる。

 俺だってろくな人間じゃないけど、それくらいは分かる。

 だから川見さんにはこんなこともう終わりにしてほしい。

 しかし。

 

「それはできない。私が消えるまでやめるわけにはいかない」

 

 そうか。そうだよな。言われてやめられるくらいなら、こんなになるまで苦しまないよな。

 俺の薄っぺらな戯れ言でどうにもできないなら、しゃーない。

 

「解理さん」

 

 呆然と川見さんを見ていた解理さんが、少しだけ俺の方へ顔を向ける。

 

「少しの間、川見さんを捕まえといて」

 

 解理さんに可能な限りの霊気を渡す。これでそこそこやれる筈だ。

 

「……私がお父さんの味方になるとは考えないのですか」

 

 なんだ。そんなことか。

 

「それは無いな。だって解理さん、川見さんと心中するつもりだったんだろ。そこまでして止めたかったんだろ」

 

 魂は嘘をつけない。

 人のほとんど無意識下にある覚悟だって分かってしまう……こともある。幸運なことに全ては分からない。

 でも、運が良いのか悪いのか、解理さんのそれは理解することができた。

 解理さんは川見さんに愛されたい。そして、この惨劇を自分の手で終わらせたい。

 それらの願いが時にそれぞれ相反し、傷付け合いながら、時に一体と成り、暗い暗い心の最奥に根付いていた。

 

「そんな解理さんが川見さんを逃がすわけがない」

 

 それに、解理さんは俺に期待している。

 かつて好きだった絵本に登場した名探偵のように、複雑に絡んで息も理解もできなくなった自分や父さんの心を、解き明かしてくれるのではないかってね。

 だから解理さんは俺に目を付けた。

 

 いいだろう。期待に応えてやるよ。俺が世界の(ことわり)をねじ曲げる反則(チート)の使い手ってとこを見せてやる。

 

「終わったら『名探偵ユウキの冒険』を読んでやるから、今は少しだけ頑張ってくれ」

 

「……本当に何でもお見通しね……」

 

 ちなみにこの絵本は俺の家にもある。俺の父さんがこの絵本のファンだったんだよなぁ。複雑だわぁ。

 

 解理さんが微かに笑う。いつも見ていた笑顔とは違うけど、まぁ悪くはない。

  

「何をしたいのか分からないが、霊圧で消し飛ばせないなら原始的な手段に出るだけだ」

 

 川見さんが懐に手を入れる。

 

 そして──銃声。

 

 

 

 

 

 




メタ的な伏線は吉良解理さんの名前です。
吉良→きら→killer(殺人者)
解理さんは表面からは本質を理解されない存在。そこから「理解」の逆ということで「解理」です。


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俺と少女と『名探偵ユウキの冒険』 [後編]

「幽日。弁護士にとって一番大切なことは何か分かるかい?」

 

「んー? 営業力? コネ?」

 

「いや、あのね、そういうんじゃなくてさ? ほら、あるでしょ?」

 

「えーあとは……あ!」

 

「お!」

 

「顔の良さ! イメージ戦略だね!」

 

「……幽日は母さん似だな。間違いない……」

 

「じゃあ父さんは何だと思うの?」

 

「ふふふ、それはね……」

 

「そういうのいいから早く言ってよ」

 

「ぅぅ、母さんを思い出すよ」

 

「寝ていい?」

 

「今、大事なとこだからダメ」

 

「……」

 

「弁護士に一番大切なことは、人の心に寄り添うことだよ。たとえどんな悪人だったとしてもね」

 

「ふーん。じゃあ父さんは自分を殺した人を弁護できるの?」

 

「……ははははは!」

 

「なんだよ」

 

「……ごめんごめん。昔、母さんに同じ事を訊かれたことがあってね」

 

「で、なんて答えたの?」

 

「僕は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ´Д`)=3

 

 

 来る、と思った。

 さっきからやけに感覚が鮮明になっている。そのせいか分からないけれど、直感的にそれを理解できた。

 

 気がついたら回避行動を取っていた。2発の銃弾が私たちの居た場所を通過する。結城君も問題無さそうだ。

 警察官だったお父さんは射撃の名手だったと昔、お母さんが言っていたような気がする。

 腕が鈍っていなければ、私にお父さんを抑えられるか分からない。

 

「じゃ! 後はよろしく☆彡」

 

 結城君がこの場から脱兎のように消えてしまった。

 今度は何を見せてくれるのだろう。こんな時なのになんだかワクワクしてしまう。

 

 お父さんを見る。

 その背後にモヤモヤとした物が居る。

 

「……余計なことを」

 

 お父さんが言う余計なこととはなんだろうか。

 

 そんなことを思っても答えは分からない。それにあまり余裕も無い。

 コートの内ポケットからBeretta M92FS Vertecを取り出す。

 これは刑事が持つメジャーな銃ではない。同僚はもう少し小さい物を使っているけれど、私はこの9mmパラべラム拳銃が使いやすい。

 本来、刑事は事務仕事が主だ。だから銃を携帯することは少ない。

 でも、私は適当な理由をでっち上げてでも携帯許可を貰うようにしている。

 それはいつでも……。

 

 くだらないことは考えるな。今はそれどころではない。

 

 お父さんへ銃口を向ける。

 

「あの男に(そそのか)されたか」

 

「……そうね」

 

 ……うすうす結城君の本心には気付いている。

 私だってそんなに鈍くはない。結城君が言う「愛してる」が、私が本質的に求めている形とは違うということくらいは理解できる。

 けれど、たとえ愛は嘘だったとしても、私を本気で想ってくれた。

 

 温かかった。

 

 あの日からどんどんおかしくなってしまった私には、それだけでも分不相応だ。

 

 ……お父さんには愛してほしい。それは今でも変わらない。

 

 お父さんが無言で銃を私に向ける。

 

「……」

 

「……」

 

 耳をつんざく破裂音。

 

 回避。父さんが引き金を引く予兆が分かる。凄い。こんなこと今まではできなかった。

 

「……厄介だな」

 

 !?

 

 お父さんの存在がぶれた!? 

 

 また弾丸が発射される。今度は2発。

 

 でも! 予測できる(わかる)! お父さんを見失わない! 弾道もタイミングも予測できる(わかる)

 

 ステップを刻み、最小限の挙動で射線から外れることができた。自分自身、信じられない。少し人間離れしていないだろうか。

 

 けれど……これが結城君の見ている世界……? 私たちとはまるで違う。

 

 世界が鮮明に飛び込んでくる。

 

 そしてお父さんの痛みも……。

 

 愛してほしい人だからこそ、愛したかった人だからこそ、苦しまないでほしい。

 

「銃は効かない。大人しくして」

 

「ではこれならどうだ」

 

「2丁拳銃……!」

 

 !? 連射して回避ルートを潰すつもり……!

 

 まるで、スローに引き延ばされたかのような緩慢な世界で、私は覚悟を決める。

 

 できる……と思う。できる。やるしかない。ここで頑張れば、結城君がいつもみたいになんとかしてくれる。

 

 連続のマズルフラッシュ。深夜の住宅街を切り裂く轟音。

 

 発射の直前に動き出す。可能な限り予測される弾道から外れる。

 けれど1発だけ回避しきれなくなる。そう直感していた。

 

 だから──感覚的に予測できた回避不可の弾道に重なるように、お父さんと同じタイミングでパラベラム弾を放つ!

 

 銃弾同士が衝突し、あらぬ方向へと跳んでいく。

 

「……流石は俺の娘だ」

 

 口ではそう言っているけれど、お父さんの表情に大きな変化は無い。

 

「やはり邪魔だ」

 

 また連続で発砲された。大丈夫。回避。

 

 そして──左足に痛み。

 

 !? 何故? 予測ルートは回避できていたのに……。

 

 お父さんがマガジンを取り換えながら言う。

 

「不思議そうだな。霊気に一定の念を込めて、お前の直感を操作した。その上でお前の回避先を感覚的に把握しただけだ」

 

 レイキ? 何を言っているのか分からないけれど、私にお父さんを抑える手段が無くなったことだけは確かだ。

 

 それでも──まだ負けたくない。

 

 ユウキ君が戻るまでは堪えてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ФωФ)

 

 

 

 説明しよう!

 

 俺が自分をチートだとか、最強だとか痛々しいことを言っちゃう最大の理由は、俺が死なずともあの世の深~いところまで行けることだ! どう考えても反則(チート)だぜ!

 ちょちょいと気合いを入れれば、霊体だけを浮き世から切り離せるのさ!

 勿論、かなり疲れるし、霊気もガンガン消費するから多用はしたくない。帰ったら魂の筋肉痛(?)は必至だ! 悲しい!

 

 さぁ、やって来ました三途の川!

 

 広大な河原を見渡すと、快晴にキラキラと光る水面(みなも)を背景に、沢山の人が釣りをしたり、バーベキューをしたりと人生(?)を楽しんでいる。

 ここがライトなアウトドアを売りにするキャンプ場にみたいになっちゃってるのは、三途の川を管理する会社(?)の人手不足のせいで死人を捌ききれていないからだ。

 ちゃちぃ舟へと死人を誘導している、死んだ魚の目をしたゴスロリ系メンヘラメイクの子が、そこの従業員(どれい)だ。

 

 なんと(むご)い光景だろうか。

 

 まさに地獄。きっと「ワンオペ上等」「睡眠時間は会社(こちら)で管理します」「時間外手当、福利厚生全て無し! 働けて嬉しいだろ?」「あ、勿論契約社員だから(笑)」に違いない。

 

 やはりニートがありふれた職業にして世界最強。

 

 うむ。これからも誇りを持ってニートを続けようと固く誓う。異世界転移しても余裕だぜ。

 

 浮きまくってるゴスロリファッションに身を包む子に、さりげなく近づく。

 

「!」

 

 気付かれたようだ。

 

 ブラック企業勤務の子──雪道(ゆきみち)椿(つばき)さんが、パァッと顔に生気を取り戻す。

 

「久しぶりー! 元気だったぁ?」

 

「元気元気。そっちは大変そうだな」

 

「そうなの! また1人辞めちゃってほんと大変! 本社の方も不祥事が拡散されてバタバタらしくて、その皺寄せがあたしら下っ端にきちゃってるし、もう辞めたいよ。それに後輩の子も全然使えないし、それなのに顔だけは良いから○ンコでモノを考えるバカ上司に気に入られててマジウザい! なにが『先輩はもっと男受けの良いメイクにした方がいいですよ~? そんなんじゃ無能な隠キャ童貞しか寄って来ないですよ~(笑)』だ。あたしは別にモテたくてこういうカッコしてんじゃないんだよ! あんたと違って○ンコでモノを考える女じゃないんだっつーの! それから……」

 

 お、おう。大変だな。だがすまん。今は愚痴に付き合ってやる時間は無いんだ。

 

 右手に霊気を集め、それを差し出す。

 

「まぁまぁこれでも呑んで元気出しなよ」

 

「……死ねマジ卍蕁麻疹(じんましん)マジ卍。……ん?」

 

「ほら、やるよ」

 

 変化は劇的だった。

 

「うひひひひひ。さっすが分かってるねぇ。いっただっきまぁーす!」

 

 椿が俺の右手を丸(かじ)りして、霊気を吸い上げる。

 近くで見ていたチビッ子がはしゃいで、母親らしき人に注意されてる。

 でもなぁ。母親も愉しそうに見てるから説得力皆無なんだよなぁ。

 てか痛いな。歯を立てないのは女の必須スキルだろ。そんなんだから下っ端なんだよ。

 

「なぁ」

 

「ちゅぱちゅぱ」

 

「なぁ」

 

「じゅるじゅる」

 

「……」

 

 イラッ。

 

 霊気を右手に一気に集める。霊圧ぶっぱや。

 

「……んっ! んぅ~~~っ!!」

 

 椿さんがビクビクと痙攣し、ややあってから俺の右手から口を離す。

 

「……はぁはぁはぁ。……相変わらずヤバいわね。1週間は寝なくても大丈夫そうだわ」

 

 人の霊気をヤバい薬みたいに言うな。

 

 随分と艶々になった椿さんが、どスケベな顔でねっとりと笑う。

 

「で、何をしてほしいの?」

 

 話が早くて助かる。椿さんのこういうところは好きだ。つい口角が上がってしまう。

 

「……今すぐ閻魔(えんま)んとこに連れてってくれ」

 

 椿さんが嫌そうな表情になる。

 

「……マジ?」

 

「マジマジマジ卍」

 

「うっざぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーそっちは属地(ぞくち)主義ってるかもだけどぉ、うちら日本勢は属人(ぞくにん)主義なの。うん。うん。いやいや、だから長谷川(はせがわ)っちの魂をこっちに送還してっ言ってるのぉ。はぁ? 国際霊界司法裁判所に訴えるぅ? バカっすかぁ? なんでうちらがそんなコスパ悪いことしなきゃあかんのよぉ。分かったよ。じゃあこうしよう……」

 

 閻魔様が居る死役所4階に来たんだけど、チャラ男──閻魔の狂死郎(きょうしろう)さんは電話中だった。なんか忙しそうだな。

 暫く眺めてたら、狂さんが「Fuck! Eat shit and die,bitch!」と、やたらと流暢に吐き捨てて電話を終わらせた。お疲れっすわ。

 

「狂さんお疲れー」

 

「ん? ……おー。幽日っちぢゃないっすかぁ! お久ー。今日はどしたん? また修行ぅ?」

 

 相変わらずなんかこってりしてるイントロネーションだ。まぁいいんだけどね。

 

「違うくて、ちょっと探してる死人がいてね」

 

 狂さんが露骨に難しい顔をする。

 

「ちょちょちょ~っとぉ? 俺らにも個人情報のガイドラインがお(かみ)から来てるんよ。幽日っちも知ってるっしょ?」

 

 まぁ知ってるけどさ。

 

「いやぁ~分かってはいるんだけどさぁ~」

 

「……嫌な予感しかしねんだけどぉ?」

 

「ハハハハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、現世に戻って来たぜ。

 

 住宅街にある公園のドーム状遊具の中に置いといた身体に霊体を戻す。

 

「行くか」

 

 解理さんたちの気配を探る。

 しかしその必要は無かった。銃声が鳴り響いている。

 

 よかった。

 

 銃声が聞こえてきたってことはまだ戦っているってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヽ( ゚д゚ )ノ

 

 

 

 また痛み。

 

 駄目だ。かわしきれない。私の直感では完璧には対応できない。

 それに私の銃撃は全然当たらない。お父さんは私よりずっと見えている(・・・・・)……。

 

 ……駄目だ。諦めるな。

 

 数瞬先の銃弾のルートが見える。

 けれど、これもおそらくはお父さんに誤認させられたもの。これを前提に回避行動を取れば、その先で被弾するはず。

 でも、全ての予測ルートが間違っているわけではない。無視した場合は本当にただのギャンブルになってしまう。

 障害物に隠れたら、私が顔を出したり、撃つ瞬間を狙われるだけ。そもそも結城君の方へ行かれてしまうかもしれない。今、結城君の邪魔はさせられない。

 

 だからある程度の被弾は覚悟して動くしかない。

 

 銃声が冬の夜を駆け抜けていく。

 1発が利き腕に直撃する。これでは銃が撃てない。

 

 先程からお父さんは私に致命傷を与えてこない。あまり認めたくはないが、私のことも凌遅屋のやり方で殺害するつもりなのだろう。

 

「無駄な抵抗はやめろ。もう大分動きが鈍くなっている」

 

 ここまでなのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『真一さん!』

 

『カイリか? すげー大人になってるじゃん』

 

 え……。え? え!? お母さん! おにぃ!

 

「遅くなってごめん。狂さんがごねてきてさ」

 

 結城君……。本当に訳が分からない。

 

「そんじゃ後はよろしく」

 

『分かりました。ご迷惑おかけしました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪ヽ(´▽`)/

 

 

 

 昔さ、弁護士をしていた父さんに「自分を殺した奴を弁護できるか」って感じのことを訊いたんだ。

 そしたらさ、父さんは笑ってから言いやがった。

 

──僕はどんな人であろうと責める気持ちは湧かないよ。だから当然、弁護できる。その人の心に寄り添うよ。

 

 馬鹿だと思う。お人好しにも程がある。だけど……そんな奴だけど、それでも嫌いではなかった。

 

 あの日の夜、霊になった父さんが俺の下に来た。そして言ってきたよ。

 

──僕を殺した人を助けてあげて。幽日ならきっとそれができる。じゃあ頼んだよ☆彡

 

 やっぱり馬鹿だと思う。幼い息子に対する最期の言葉が、自分を殺した奴を助けてやれって、そんなのアリかよ。

 でもまぁしょーがない。それが父さんの遺言だ。やれるだけやってやろうと思ったよ。

 

 だからあの世で霊能力を鍛えたり(文字通り地獄の特訓だった……)、凌遅屋を探したりしてきた。

 

 それで川見さんに会って、魂を覗いて分かったんだ。川見さんは奥さんと息子に謝りたかったってね。

 未練や怨みがあるまま人が死ぬと、霊体の状態で現世に残ることがある。

 でもそれは例外的なパターンだ。未練や怨みがあっても原則としてすぐに霊界に行くことになる。

 俺の様に生を離さぬまま霊界へ行けるのは、特殊な適性がある場合だけだ。川見さんクラスの霊能力者でも基本的には不可能だ。

 だから川見さんは奥さんや息子さんと会話することができなかった。それが罪悪感の際限の無い肥大化を生み、やがて精神に異常をもたらした。

 

 これが凌遅屋が生まれてしまった経緯だ。

 

 こんな感じで川見さんの根底に在るのは、死んでしまった妻子に謝りたいという願いだ。

 だから歪んだ精神を根っこから改善する為に、その願いを叶えてやった。俺がしたのはそれだけだ。

 

 あの世に居る魂を現世に連れてくるなんて、普通にタブーだ。当然、狂さんは渋ったけど、古来より巫女が霊界に在る魂を、その身に降ろす時に捧げていた代償を払うことで許可を貰った。

 

 俺が捧げたのは寿命だ。

 

 2人の魂が現世に存在した時間に応じ、寿命が減る。例えば現世への滞在が1日なら、2人分で2年の寿命が削られる。

 もしも、巫女がしばしば行ってきた神降ろしをしたならば、代償の寿命は跳ね上がる。なんの力も無い普通の人間だからこの程度で済むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川見さん、解理さん、奥さんと息子さんが何かを話している。

 部外者の俺がいちいち聞き耳を立てるべきではないだろう。その必要も無い。

 

 もう大丈夫だ。魂から不協和音が消え始めている。

 

 疲れた。今、何時だよ。晩飯食ってないし、めっちゃ腹減ったわ。そういや解理さんの飯があるんだったな。帰るか。

 

「……じゃあな」

 

 わざと聞こえないように呟いて、気配を薄め、家路を行く。

 

 雪が降ってきた。

 

 なんとなく空を見る。

 

 夜空は暗い。見上げても大した意味は無い。だから単なる気分の問題だ。

 でも、そういうのってたまには悪くないだろ。

 

──これでよかったんかね?

 

 当然、返事は無い。

 

 ま! 及第点だろ。父さん、馬鹿だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、川見さんと解理さんは自首をした。

 情状酌量すべき事情はあるけど、やったことがヤバすぎるから、極刑になる可能性が高いだろう。

 でもそれはしょうがない。人間社会で生きる以上、そこのルールや価値観に縛られるもんだ。

 だけど、まだ浮き世でできることが少しだけ残されている。

 

「面会に来たよ」

 

 逮捕後のゴタゴタが落ち着いた頃を見計らい、解理さんの下へ訪れた。家にあった『名探偵ユウキの冒険』をちゃんとリュックに詰めて来たぜ。

 

 約束は守るさ、可能であればな。

 

 解理さんが子供の様な顔を見せる。

 

「……」

 

 さぁ、自分と同名の主人公の物語を朗読とかいう地味な苦行を始めますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

「おかえり!」

 

 家に帰ると亮が出迎えた。

 この亮は肉体がある。凌遅屋による危険が消滅したことで、御守りが効果を維持する理由が無くなり、亮はふつーに目を覚ました。第一声は「ゆう! お腹空いた」だったらしい。恥ずかしいからやめてほしい。

 亮の母さんからは、迫真のガチトーンで「亮をお願いね!?」と言われて恐かったです。

 

 亮がニヨっとした顔をする。

 

「……実はお知らせがあるのです」

 

「何?」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「温泉旅館へ予約を入れたのだ」

 

「お、おう」

 

 絶対に死人が出る。正直、行きたくない。

 

 でも亮に言われるとなぁ。

 

「お母さんが2人で行きなさいって」

 

 母さん!? あんた、俺の母親でもあるんだからな! 平等に扱えや!

 

「だからりはーさるに一緒にお風呂入ろう!」

 

「嫌です」

 

「なんで!?」

 

 また亮がごね出した。騒がしい奴だなぁ。

 

 でも、まぁ……楽しそうだから良しとしてやろう!

 

 

 

 




次回以降は本当に気が向いた時にチビチビ書こうかと思います。一応、まだ書きたい事件はありますので。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


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第二章 ノックスさん、ごめんなさい
【悲報】ニート終了のお知らせ【朗報】 [ネタ編]


蛇足的後日談的第二章です。ガチで暇な時にどうぞw



『私が死んでしまった理由を教えてほしいのです』

 

 

 

 

 

 

(ーωー)

 

 

 いつものように父さんが残してくれた家で怠惰を極めていたら、そいつがやって来た。

 

『親分! お客さんをお連れしやした!』

 

 ひょうきんな顔に妙に馴れ馴れしい声。空器村の事件で知り合った小野小太郎(おのこたろう)さんだ。

 

 この人、まだ成仏してなかったのか。

 

「お客ってなんだ。俺は客など取って「いっらしゃいませー! ようこそユウキ探偵事務所へ!」

 

 しかし(あきら)が無慈悲に被せてきた。亮は生き霊歴が長かったせいで、普通に霊感がある。もの凄くナチュラルに霊と会話してらっしゃる。怖いとか無いんか。別にいいけど。

 

 そんなことよりも、だ。探偵事務所とはいったいどういうことなのか? 俺は聞いていないし、聞きたくもない。

 

『お、姉御! 今日もかわいいっすね! 紹介しやす。じゅんちゃんです』

 

 ……。

 

『は、初めまして。じゅんと言います。本日は依頼があって参りました。よろしくお願いします』

 

「はーい。今、お茶をお持ちしますね」

 

 ……。

 

『? どうしたんすか親分? 漸く口説いた女が実は男だったと知った時の俺と同じ顔してやすぜ?』

 

 ……は! あまりの奇っ怪な展開に思考があの世に行ってしまっていた。

 幽霊が知り合い(幽霊)をお客さんとして紹介するってなんだよ。どんな幽霊ネットワークがあるんだ……?

 

 気を取り直してお客さん(?)を見る。年の頃は17、8位だろうか。肩まで伸ばされた髪に小さく、すっきりとした輪郭の顔。なかなかの美人だ。

 ちなみに幽霊だからって足が無いわけじゃない。

 

「えーと、何がなんだか分からんが、とりあえず話を聞くよ。それから判断する」

 

 決して美人に負けたとかいうことではない。

 

『ありがとうございます。実はですね……』

 

 ここでじゅんさんは言いづらそうに言葉を止める。時間はあるので急かさずに待つ。ニートの特権だ。

 

『私が死んでしまった理由を教えてほしいのです』

 

 んー。なるほど。それ系ね。ま、そんくらいならいいっしょ。記憶を読めば一発よ。

 

「……分かりました。ご依頼をお受けします」

 

『ありがとうございます!』

 

『流石親分! 相変わらず(バカで都合の)良い男っすね!』

 

 そこはかとなく小太郎さんから(よこしま)な気配を感じるが、まぁいい。

 

「お待たせしましたー。お茶です!」

 

 そう言って亮が差し出したのは、黒い液体にシュワシュワとした気泡が踊る例のアレである。お茶って言いながらコーラ出す奴、初めて見た。

 なんという恥ずかしさだろうか。

 普段から俺がコーラとかスナック菓子とかジャンクフードばかり食べているせいで、亮の中で「飲み物=コーラ」という図式が成立してしまっているようだ。

 

『まぁ! コーラですか』

 

 うわぁ。恥ずかしい! 「お茶です(ドヤぁ)」からのコーラはそりゃ驚くよな。すまん。今度から亮にはオレンジジュースを出すように言っておくから許してくれ。

 

 じゅんさんがコーラに宿る霊気を持ち、口を付ける。基本的に物にもそれ本来の霊気がある。お供え物とかはその霊気を捧げてるんだ。

 だから霊も普通に食べ物を食べられる。ちなみに霊気を抜かれた食べ物は、当社比2倍くらいの速さで腐る。

 

 さて、今の隙に記憶を読むか。

 

 ……んー。あちゃー。この人、魂が崩れてきてるよ。たまに居るんだよなぁ。

 

 魂が崩れ始めてると、記憶を上手く読めなくなる。崩れている程度によって、読める記憶の量が決まってくるんだ。

 で、じゅんさんの場合は……。

 

 大きな柿の木の近くで青年と話してる。東京オリンピックがどうのとか、仕事がどうのとか、好みのタイプがどうとかといった話だ。

 今度は女性との会話だ。あー映像が壊れてる。音声だけだ。こちらも下ネタとファッションとメイクの話ばっかで大した情報じゃないな。

 あ、カップに入ったミルクティ(?)か何かを飲んだら意識が朦朧(もうろう)としてきて、記憶が終わってる。多分、睡眠薬かな。眠くなり方が突然すぎる。……これだけか。

 

 ……え。ヤバくない? これだけでどうやって探すのよ。無理やん。

 申し訳ないがお引き取り願お……。

 

「う゛」

 

 なんで皆、期待に満ちた目を向けるんだ。やっぱり分かりませんでしたって言い辛い。凄く言い辛い。

 くっ、仕方ない。やるだけやってみよう。

 

「ちょっと電話させてください」

 

 そう言ってからスマホを操作する。お目当ての人物へと電話を掛ける。

 3コールで出てくれた。

 

「もしもし、根岸(ねぎし)です。どうしたんだい? 結城(ゆうき)君から掛けてくるなんて珍しい」

 

「突然すみません。睡眠薬が使われていて、人が死んでいる事件は、最近だとどれくらいあるかお訊きしたくてお電話しました」

 

 明らかに不自然な睡眠薬。加えてじゅんさんの年齢での死亡。どうにも他殺くさい。そこで捜査一課の課長さんに訊いてみようってわけだ。

 

「……結城君から事件のことを訊いてくるなんて、本当に珍しいね。どういう心境の変化だい?」

 

「まぁそれはいいじゃないですか。それより事件はどうです?」

 

「……そうだね。本当はよくないんだけど、他ならぬ結城君の頼みだからね。仕方ない」

 

 いやいやいやいや! あんた自分から頼むときはペラペラ捜査情報をゲロするくせに、なんで俺から頼むとそんなに恩着せがましいんだ!? 納得いかねぇー!

 

「現在、一課が担当している事件で、睡眠薬が使われ、かつ最近起きたとなると実は1つしかない」

 

 ほぅ。それはそれは。

 

「日本の大手アパレルメーカーであるユニグロ、そこの経営を牛耳っている御子柴(みこしば)財閥本家の次女の練炭自殺事件だ」

 

「自殺……ですか」

 

 捜査一課は基本的には自殺を担当しない。当たり前だ。それなのに根岸さんたちが出張ってるってことは何かあるのか。いよいよキナ臭くなってきた。

 

「一応名目上はそういうことになってる。だが明らかに他殺を匂わせる様な要素があるんだ。ただ、他殺を立証する明確な証拠も無くて、犯人も特定できていない。怪しい奴は居るんだがな」

 

 なるほどな。

 

 (など)と考えていると、根岸さんが(おもむろ)に鬼畜のようなことを言い出した。

 

「……結城君に期待してもいいのかな?」

 

 ニートを働かせようとする奴は極悪人である。異論は認めない。

 

「……一課だけで解決できないと、結局俺に依頼が来るんですよね?」

 

「勿論!」

 

 ですよねー! 知ってたよ畜生!

 

「……ちなみにその次女のお名前は?」

 

「御子柴潤。潤うと書いて『じゅん』だよ」

 

 ほーん。当たりじゃねぇか!

 

 こうして御子柴財閥令嬢自殺事件への参戦が決まってしまった。

 俺は働かずにお菓子を食べて、定職に就かずにゲームをして、引き込もってアニメや漫画を見ながら楽しく生きていきたいだけなのに、どうしてこうなってしまうのか。

 

 吾輩(わがはい)はヒキニートである。就職する気はまだ無い。どうして探偵の真似事をするハメになったのか、とんと見当がつかぬ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はいやって来ました、御子柴さん()。都内の高級住宅街にあるバカデカイお屋敷がそれだ。とんでもなく金が掛かってやがる。

 

「ほぇー、おっきぃ……」

 

 亮がお(のぼ)りさんのように屋敷を見上げる。気持ちは分かるけど、俺たちも一応都会育ちなんだから、田舎者みたいな雰囲気を出すのはほどほどにしてくれ。

 

『ここは……』

 

 潤さんが思案顔を浮かべてる。何か思い出したのかな。

 

「何か憶えているか?」

 

『……ごめんなさい。何となく来たことがあるような気はしますが、塀を見ただけでははっきりとは分かりません』

 

 それもそうか。じゃサクサク行こうか。

 

 インターフォンを押す。すぐに繋がった。

 

「……探偵の結城幽日(ゆうきゆうひ)様と奥様の亮様ですね」

 

「いいえ、違います」

 

「……え?」

 

 いやいやいやいや! なんだよそれ。いつの間に俺は結婚していたんだ。だいたい嫁連れて事件現場に来る探偵なんて聞いたことないよ! 

 

 なんかインターフォンの向こうからガタガタガヤガヤした雰囲気が伝わってくる。何してんだ?

 

 あ、根岸課長の声だ。

 

「ハハハ、ほんの冗談だよ。鍵は開けてもらったから入ってくれ」

 

 根岸バ課長に促され、門を開けて敷地に入る。

 

「えぇ……」

 

 広い庭に愕然としてしまう。

 

 よく手入れの行き届いた庭、石畳に高い塀。そしてデカイ屋敷。完全に住む世界が違う。やばぁ。やばぁ。

 

 ぐるりと観察がてら見回す。

 

 ん? あれは……。

 

 俺が気になったのは屋敷の玄関横にある大きな木だ。全体的に洋風なテイストの建造物なのに、些か悪目立ちしている。

 気のせいでなければ、潤さんの記憶で見た柿の木と似ている。ただ、記憶では柿の実が付いていたのに対し、今は柿が()っていないからあまり自信は無い。

 

『……あの木は知っています』

 

 しかし潤さんは俺とは違ったようだ。

 

「ビンゴか。じゃあ犯人を探しに行きますか」

 

『……はい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが名探偵を自称するニートですか」

 

 !?

 

 なんということでしょう。メガネを掛けたパンツスーツの女性が、俺をニートと呼んだではありませんか。しかも俺を名探偵と認めていない(ふし)まである。

 

貴女(あなた)女神(かみ)か」

 

「は? 頭がおかしいんですか」

 

 くっ! なんという常識的な意見。こんなまともな人に出会えるとは、嫌嫌事件に首を突っ込んでよかったぁー!

 

「ちょっとゆう! 浮気はダメ!」

 

 亮が騒ぎだしたがどうでもいい。それよりこの女神だ。

 しかし女神を遮るように高身長のおっさん──根岸さんが割り込んで来た。

 

「こらこら。結城君に失礼じゃないか。結城君は確かな実績のある優秀な探偵だよ」

 

 おい。根岸さんや。余計なことを言うでない。

 

「紹介するよ。この子は今年度から一課に配属になった如月(きさらぎ)(ひかる)君。この事件で君のサポートを担当する。如月君」

 

 根岸課長に呼び掛けられ、渋々といった感じで喋り出した。

 

「……如月よ。せいぜい足は引っ張んないで」

 

 あくまで俺が気に食わないみたいだ。普通に考えて、一般人が特別扱いされて事件にしゃしゃり出て来るのは、刑事からすればムカつくことだと思う。

 だから如月さんの態度に俺がイラッとなることはない。だって当たり前すぎるんだもん。

 

「はぁ。すまんな。これでも名門大を出て、警察学校を主席で卒業したデキル子なんだ。悪く思わないでやってくれ」

 

「大丈夫です! 悪く思うわけないっすね!」

 

「お、おう。そうか。それならいいんだ。私は所用があるのでこれで失礼するよ。ではな」

 

「「お疲れ様です」」

 

 あ、如月さんと被っちゃった。ばっとお互いを見る。すると当然目が合う。

 

 ひぇ……。野獣の眼光やめぇや。現役一課刑事だけあって、ぱねぇ威圧感だわ。恐いわぁ。つい今までの悪行をゲロっちゃいそうだわぁ。

 

「……ちっ」

 

 舌打ち(笑)。流石にそれは社会人としてちょっとどうなんだ? ニートにそう思われるって結構凄いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ずは今回の事件をざっと教えてください」

 

「……当該事件は──」

 

 やたらと堅い言い回しで如月さんが説明し出した。サクッとまとめる。

 

 事件は今から1週間前の4月13日に起きた。御子柴(みこしば)(じゅん)さん(18)が、姉に処方されていた睡眠薬を服用した上で自室にて練炭自殺をした。

 第一発見者の家政婦の佐久間(さくま)みどりさん(32)により通報を受け、警察が到着。部屋にはパソコンで作成された遺書のようなものがあり、一見自殺のようだったが、所轄の警部補はドアや窓の外側に粘着テープの跡のようなものを発見したことで判断を保留。

 また、直近の当主であった御子柴秀明(ひであき)さんの死亡にかかる相続で、遺書が存在しなかったことから多額の法定相続分が見込まれるにも関わらず自殺している点にも不自然さを感じた所轄刑事課強行犯係及び鑑識係は、他殺の線が有力と判断。

 そして如月さんたち警視庁捜査一課を巻き込み、捜査本部が設置された。

 屋敷の関係者は兄の大地(だいち)さん(24)、姉の月子(つきこ)さん(21)、庭師の加藤(かとう)さん(27)、家政婦の佐久間(さくま)さん(32)、宇野(うの)さん(36)、安藤(あんどう)さん(40)の計6名だ。捜査本部はこの中に犯人が居ると見ているようだ。

 しかし捜査は決め手となる証拠に欠け、犯人の特定には至っていない。

 で、今に至る。

 

 ってな具合らしい。ふむ。

 

「如月さん」

 

 説明を終えてブスッとしたままつっ立っていた如月さんへ声を掛ける。

 

「なんだ?」

 

「関係者に聞き込みに行きますよ。先ずは被害者の兄姉(きょうだい)からです」

 

 さぁサクッと行くぜ。フヒヒ。

 

「構わないが、私たちもさんざん話はしてきた。それでも有力な手掛かりは得られなかったんだ。今更何ができる?」

 

 いや、マジで常識人やな。尤もだわ。でも世の中には常識外れもたまーにあるんだぜ。

 

「まぁまぁそう言わずに。別に悪いことをしようってんじゃないんだから、大目に見てくださいよ」

 

「そーだ! そーだ!」

 

 亮がヤジを飛ばす。キッと睨まれて俺の後ろに隠れる。

 

 亮の奴、もう飽きてきてるな。どうしても付いて来たいって言うから連れて来たけど、失敗だったかなぁ。

 

『旦那さんはお忙しいみたいだから、亮ちゃんは私とお話しましょうね』

 

 !?

 

「わかった」

 

 !?

 

 潤さんから母性溢れる提案が出される。そしてなぜか素直に従う亮。

 ここで注意したいのは潤さんの方が2つ3つ年下ってことだ。なんというかちぐはぐ感がある。非常に助かるからいいんだけどさ。だけど旦那って言うのはダメだ。

 

 眉間にシワを寄せていた如月さんが、重々しく口を開く。

 

「……仕方ないな」

 

 よしよし。じゃあ行こうか。

 

 屋敷の客室から移動を開始する。ついでにちょっと確認。

 

「繰り返しになりますが確認させてください。兄の大地(だいち)さんと姉の月子(つきこ)さんにはアリバイがあるんですよね?」

 

 如月さんの話では、被相続人(ひそうぞくにん)(財産を残し死亡した人)である秀明さんの奥さんは、数年前に亡くなっている。その為、秀明さんの莫大な遺産は、遺言が無ければ、法定相続分通り三分の一ずつ子どもたちが相続するはずだった。

 つまり潤さんが死んで最も得をするのは、大地さんと月子さんだ。相続分が二分の一ずつになるからな。

 当然、警察も2人を疑った。

 

「そうだ。2人はガイシャの死亡推定時刻には関西の○○県に旅行に行っている。一応、旅先の商店街などでは目撃情報がある」

 

 らしいのだ。

 ちなみに滞在先はラブホテルである。そこで大地さんは自身の本名で登録した利用者用のカード(所謂メンバーズカード)を使っている。カメラにもそれらしき人物が映っている。

 ただなぁ、ラブホのメンバーズカードってわざわざ本名で登録するか? 偽名にするくらいはするんじゃないか。いかにもこれ見よがしにアピールしようとしているようだ。

 それにもう1つ。

 

「目撃情報って言っても大地さんはマスク姿なんですよね?」

 

 これなんだよな。

 終息宣言が出されたものの、某感染症の名残(なごり)でマスクを付けている人は未だ多い。従って不自然ではないんだが、如何せん証言としては弱い。

 

「……その点は私たちも納得はしていない。しかしマスクで隠れた箇所以外は特徴が一致している。更に屋敷で働く人間の証言も複数得られている」

 

 屋敷の人たちの証言を簡単にまとめると「大地さんと月子さんに肉体関係があるのは公然の秘密で、2人が旅行に行ったのも事実です」というものだ。

 別にこれらの証言単体がおかしいわけではない。

 ただなぁ……。違和感は拭えないよな。

 

 如月さんの表情を見るに、内心忸怩(じくじ)たるものがあるんだろう、その苦々しい気持ちが滲み出ている。

 

「で、建前や理屈抜きに如月さんはどう考えてるんですか?」

 

 俺のざっくばらんな訊き方に、如月さんが苦笑いを見せる。初めて見る笑った顔が苦笑いか。

 

 俺も苦笑いを浮かべてしまう。

 そして、如月さんは声を潜めて告げた。

 

「……高い確率で兄と姉が犯人だ」

 

「……ふ」

 

 今度は苦笑いではなく、普通に小さく笑ってしまった。俺を如月さんが睨み付ける。 

 

「何がおかしい?」

 

 随分と刺々しい言い方だ。

 

「いや、気が合うなぁと思っただけですよ」

 

 うわぁ。めっちゃ嫌そうな顔してる。

 

「ふんっ。着いたぞ。ここが大地氏の部屋だ」

 

 事件が発生してからは関係者はなるべく屋敷に居るようにお願いしているそうだ。元々、大地さんや月子さんは御子柴財閥系列の企業で形式的な取締役をしているだけだから、仕事に支障はほとんどない。羨ましい限りだ。

 

 如月さんがノックする。

 

「一課の如月です。少しお話をお伺いに参りました」

 

 声のトーンが俺の時と段違いでウケる。

 

 少しの間、ガタガタコソコソとしてからドアが開けられた。

 出て来たのは短髪のやや太り気味の若い男だ。この人が大地さんかね。

 チラっと見えた部屋の中には女性の姿もある。ナニをしていたんですかねぇ。

 

「またですか。何度訊かれても同じことしか言えませんよ」

 

 不機嫌さが如実に表れている。

 

「申し訳ありません。しかし大地さんだけではなく、皆様にも何度もご協力をお願いしております故、どうかご容赦ください」

 

 多分、わざと大地さんという名前を出して、この人がそうだと伝えてくれたんだな。意外と気が効くじゃねぇか。

 

「……はぁ、そうですか。……入ってください」

 

「ありがとうございます。失礼します」

 

「失礼します」

 

 何食わぬ顔で如月さんの後に続き中に入ると、大地さんが俺を見て疑問を呈してきた。

 

「えぇと、あなたも刑事さん? 随分と若いようだが……」

 

 ギクッ。

 

 しかしここでまさかの、如月さんからのフォローが入る。

 

「結城は警察官採用試験を飛び抜けた成績で合格した天才です。特例的に早い段階から捜査一課への配属がなされた為にこの若さです」

 

 !?

 

「……そうですか」

 

 納得してなさそうだけど、引き下がってくれたよ。

 

 さて、すでに大地さんと部屋に居た女性の記憶は読んだ。ぶっちゃけもう訊きたいことは無い。次に行きたいが、多分それには皆、特に如月さんが納得しない。

 

「それではおふたりに事件についてお伺いします。お手数ですが、お相手してください。最初に──」

 

 ありきたりな質問をして、それに2人──大地さんと月子さんが答えていく。

 如月さんの話と同じ内容の繰り返しだね。

 

「──なるほど。よく分かりました。以上で終了です」

 

 2人がため息をつく。ついでに如月さんもため息をつく。味方が居ないとはたまげたなぁ。

 

「お忙しい中、ありがとうございました。それでは失礼いたします」

 

 さっさと部屋を出る。入室する前にはすでに用事は済んでたからね、仕方ないね。

 廊下に出てドアを閉めてから、如月さんが目で「何か分かったか」と訊いてきた。大地さんたちに聞かれるのを警戒しているんだろう。

 

 ニヤリとしてから頷いてやる。

 

 如月さんが目を見開く。が、すぐに眉間にシワを寄せる。

 俺の判断を疑い出したんだろうな。警視庁内部での俺の評判は聞いている筈なのに、冷静に常識的な疑いを持てる点は確かにかなり優秀やな。

 嫌いじゃないよ、そういうの。

 

「次は屋敷の従業員の皆さんにお話を訊きましょう」

 

「……了解」

 

 廊下を進みながら少しだけ教えてやる。当然小声だ。

 

「真相は分かりました。あとは如何にして崩す(・・)かです」

 

「……なるほど。勝算は?」

 

 俺のしたいことをある程度は察したんだね。

 

「申し訳ないですが、それは従業員たち次第。まだはっきりしたことは言えないです」

 

「……まさか……そういうことなのか」

 

 おー! もしかしてこの事件の全体像に気づいた!? やるやん。何処ぞのバ課長とはエライ違いだ。

 

「それはもう少ししたらお教えできますよ」

 

 冷静に疑いつつも、頭ごなしに否定せずに一旦は飲み込んで検証する。

 言葉にすると簡単だが、ムカつく奴を相手にこれができる人間がどれくらい居るだろうか。少なくとも俺にはできない。

 しかも如月さんは思考も速い。態度は悪いが総合的に見ると、大当たり人材じゃん。一課にとってはな。

 俺にとっては微妙にやりにくいです。

 

 そうして庭師1名、家政婦3名からも話を訊いて回った。ふふふ。

 

 さて、久しぶりに俺の探偵ごっこ、なんちゃって推理劇場を開幕しますか!

 

 

 

 

 

 



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【悲報】ニート終了のお知らせ【朗報】 [バレ編]

見直しと微修正を繰り返してる内に、訳が分からなくなってきたのでもう投稿します。
後でこのお話の下にアンケート足すかもなのでよかったら相手してやってください。


『ええー! そうだったんですかー!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Σ(・∀・|||)

 

 

 屋敷を初めて訪れた日の翌日。

 

「皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません」

 

 そう言って広いダイニングホール(夕食を食べる場所)に集まった皆を見る。

 

「此度の潤さん殺害事件の真相が判明しました」

 

 財閥関係者から白けた空気が漂い始める。しかしこれはフェイクだ。俺に薄っぺらな嘘が通用すると思うなよ。

 

「結論から申し上げます」

 

 一方、念のため集まってもらった一課のお友だちからは期待感が流れ出す。

 2つの集団から質の違う感情が溢れ出し、せめぎ合う。随分と歪な空間なこったな。へっ。

 

 さぁ霊圧を上げ、さらに言霊(ことだま)モード発動だ! 感情を掻き回してやる! 覚悟しろよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の事件は自殺ではありません。殺人事件です。犯人は──皆さん全員です」

 

 一課の皆の緊張感が高まる。そして質の違う緊張感がお屋敷関係者の中で高まっていく。

 月子さんが俺の推理(笑)に苦言をぶつける。

 

「……そうお考えになった理由をお聞かせ願えますか」

 

 努めて穏やかな声音だが、目は剣呑さが隠しきれていない。

 

「先ず始めに、動機からお話しましょうか。簡単です。お金の為です。私が調べたところ、どうやら庭師の加藤(かとう)さんはアルコール依存とパチンコ依存の気がお有りのようですね。更に家政婦の佐久間(さくま)さんは離婚で慰謝料をお支払しなければいけない。同じく家政婦の宇野(うの)さんは子どものご病気が原因でお金が必要。同じく安藤(あんどう)さんはホストにお熱を上げている。皆さんいろいろと苦労なさっているようだ」

 

 しかしこの程度は予想していたのだろう、嫌な顔を僅かに見せるだけで大きな動揺はない。だがこの反応はこちらも予想済みだ。

 大地さんと月子さんを見る。

 

「そして──大地さんと月子さんには巨額の遺産を確保するという理由があった」

 

「はぁ? それだけですか?」

 

 月子さんの発言は無視して、如月さんに目で合図を送り、1枚の封筒を受け取る。

 大地さんが一瞬だけ眉間に皺を寄せる。ゲヘヘ。

 

「実は昨日、私はこんな物を見つけました。秀明さんの書斎の隠し引き出しでね。大地さんは何か分かりますか?」

 

 しかしすぐには答えない。数拍おいてから「分からない」とだけ告げる。

 

「そうですか。ではお教えいたしましょう。これは法的に完全な効力を持つように、民法に定められた要件を備えた自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)です。勿論、秀明さんのものですよ?」

 

 月子さんの顔が少しばかり崩れる。

 ふふふ。今はさぞかし不安だろう。自分たちの計画が崩れる未来が頭を(よぎ)っているだろうからな。言霊モードの効果も相まって、俺の言葉は真実性を持って魂に直接響いているはずだ。

 

「さて、読み上げましょうか」

 

「待て! それは偽物だ!」

 

 大地さんが噛み付く。はい掛かったぁー。

 

「おや? なぜ偽物だと分かるのですか? 確か遺言書は無かったのですよね? まさか何かと本物を勘違いなさっているのでしょうか?」

 

「い、いやそうじゃない。僕たちも屋敷を探したんだ。それでも見つからなかった。だから遺言は無いはずという意味だ」

 

 ほーん。

 

「そうですか。ですがご安心なさってください。これは大地さんたちが知っているものと同じ内容ですよ」

 

 俺の皮肉に大地さんの頬がピクリと震える。

 

「この遺言書は秀明さんが念のためにと用意していたスペアらしいですよ? 始めにそう記入されていました」

 

 ちなみにこの遺言書は、秀明さんの書斎に漂う残留思念を読み解き、隠し場所を見つけ入手したやつだ。つまり正真正銘の本物だ。

 変なプライドというか猜疑心を持っていた秀明さんは、公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)制度を利用していなかった。公証人による遺言への介入を嫌ったんだ。

 まぁ秀明さんの立場を考えるといろんな人を疑いたくなる気持ちも分からなくはない。

 結果、自筆証書遺言を2つ用意して保険を掛けていた。

 

 昨日、記憶を読んだところ、スペアでない方の遺言書は大地さんと月子さんにより読まれていた。そしてそれは犯行後に燃やされている。内容が2人にとってあまりに不都合だったからだ。

 

「念のため重要な部分を読み上げますね。『相続分の指定は次の通りとする。御子柴(じゅん)への相続分を100%とし、御子柴大地と御子柴月子へは相続分を無しとする』。……さて、こうなってしまうと遺留分(いりゅうぶん)侵害額(減殺(げんさい))請求をしたとしても、お2人はそれぞれ6分の1しか相続できませんね。法定相続分(3分の1)とは、相続財産総額の大きさから見てもかなりの差です」

 

 秀明さんは潤さんを溺愛していた。だからこんな遺言を書いちゃうし、スペアの場所も潤さんにだけは教えていた。

 ふふふ、大地さんと月子さんが難しい顔をしているね。

 

私の調べたところ(・・・・・・・・)によると、お2人はこれと同じ内容の遺言書を入手していた。そして今回の犯行を企てたのです」

 

 でっかい釣り針が付いているが、大地さんたちには見えないだろう。いや、仮にうっすらと怪しく見えていても、食い付かずにはいられないはずだ。

 

「どうして私たちが遺言書を入手していたって思うのよ!? 根拠を言いなさい!」

 

 口角が上がる。

 

 そうだよな。月子さんたちが遺言書を入手していたとする俺の言葉を否定しなければ、犯行の動機がより鮮明になってしまう。それは避けたいはずだ。

 だから食い付いてしまう。

 

「それはね、月子さん。庭師の加藤さんが教えてくれたのですよ」

 

 これには今まで黙していた加藤さんが反論する。

 

「な! 嘘だ! 俺は知らない!」

 

 しかし大地さんたちから向けられるのは明確な猜疑の眼差し。ゲヘヘ。愉しくなって来たぜぃ。

 

「皆さんは日本にも司法取引制度があることをご存知ですかな?」

 

 知ってるよな、大地さんは。記憶を見るに、詳しくはないが存在だけは聞いたことがあるはずだ。

 そしてこの状況。則ち、共犯者しか知るはずのない事実(遺言書の存在)を俺が知っている理由に合理性を求めると、誰かが俺に喋った場合と考えられるこの状況こそが、人間の確証バイアス的情報収集を促進し、司法取引の存在を積極的に認めさせる。

 つまり、共犯者に裏切り者が居ると判断するのに都合の良い情報ばかりを見ようとするんだ(確証バイアス)。これは人間が持つ基本的な性質だからそう簡単には逃れられない。

 

 するとどうなるか。

 

「……聞いたことはある」

 

 こんな風に司法取引の存在を肯定してくれる。

 まぁ、仮に肯定までいかなくても、司法取引制度の存在自体を否定はしない筈だ。特に否定するメリットも無いしな。

 ただ、確証バイアスが重要なのはここからだ。

 

「私たち捜査陣も今回の事件には頭を悩ましました。このままでは明らかに単なる自殺ではないのに、自殺として処理しなければいけなくなる。それは避けたい。そこで泣く泣く妥協したのです。そうです。それが加藤さんへの司法取引です」

 

「違う! 俺はそんなの知らない!」 

 

 加藤さんが騒ぐも──。

 

「うるさい! 静かにしていろ!」

 

 大地さんに一喝されてしまう。

 

 フヒヒ。これだよこれ。

 今、大地さんにとっては共犯者の中に裏切り者が居るという推測が最も有力になっている。従ってそれに反する意見は信用ならなくなってしまっているんだ。

 さらに──。

 

「日本での司法取引は自分以外の犯罪の捜査や裁判に、誠実に協力することの対価として、自分の犯罪に対する求刑等を軽くしてもらうものです。これに加藤さんは同意した。つまりどういうことかお分かりですね?」

 

「……加藤は嘘をでっち上げて、自らの罰を確実に軽くしようとした」

 

 こんな感じに俺の嘘を信じてしまう。流石に犯行を認める趣旨の発言をしない冷静さはあるようだが十分だ。

 

 そもそも、だ。日本に司法取引制度が存在し、俺が言ったような捜査公判協力型の司法取引である点は事実だが、その対象事件は一定の財政経済犯罪と薬物銃器犯罪に限定される。

 つまり殺人事件では司法取引ができないんだ。

 しかし大地さんたちにその知識がある人物は居ない。加えて、確証バイアスにより大地さんは、加藤さんが司法取引を行ったと考える為に都合の良い情報を集めようとしている。

 結果、俺の嘘を信じてしまう。そしてこれは他の共犯者たちも同じだ。

 

 加藤さんにヘイトが集まる。加藤さんの額に汗が(にじ)んでいる。さて、加藤さんが可哀想だからちょっとだけ代理で反撃してあげよう。ゲヘヘ。

 

「加藤さんの証言によると、潤さんが死亡した時、旅行に行っていたのは大地さんではなく加藤さんだったようですね。つまり変装と共犯者による嘘で、一番疑われる大地さんのアリバイを用意した。そうですね? 加藤さん」

 

 これが大地さんの最大の失敗だ。どうせ共犯になるのだから実行犯になる必要は無いのに、信用できないという理由でわざわざ犯行の実行を監視しようとした。

 大地さんにとっては月子さん以外は信用に値しなかったんだ。変に疑い深いところは父親そっくりだ。

 

「……そうだ。俺はその日に月子お嬢様と旅行に行けと命令された。従わなければ御子柴財閥系列のサラ金からの借金を強引に回収させると脅されたんだ」

 

 今度は大地さんが焦り出す。

 

「な、そんなこと言っていない! 嘘をつくな!」

 

 大地さんは、さもを自身を主犯格とするような加藤さんの発言に声を荒げる。

 

 よーし、少し虐めてやろう。ゲヘヘ。

 

「……おや? 嘘つきは大地さんではありませんか? あなたはその日、旅行になど行っていないのに『行った』とおっしゃっていた。これはどういうことでしょう?」

 

「嘘ではない! 加藤の証言以外に証拠はあるのか!?」

 

 はい釣れたー。

 

「勿論ありますよ。ところで月子さんは極端な嫌煙家らしいですね。自身の近くでは絶対にタバコを吸わせない」

 

「それがどうしたと言うんだ!」

 

「では、加藤さんがヘビースモーカーであることはご存知ですか?」

 

「だからそれがどうし……」

 

 なんとなくは気付いたようだな。

 

「加藤さんは車での旅路でどうしてもタバコを吸いたくなった。しかし月子さんに逆らって車内で吸うわけにはいかない。だけでなく、そもそも月子さんは匂いを嫌って、旅行中、加藤さんにタバコを吸うことを禁止していた。しかし重度のニコチン中毒である加藤さんは、コンビニに立ち寄った際、月子さんがお手洗いに行っている隙にコンビニの喫煙スペースでタバコを吸ってしまった。当然マスクを下ろしています」

 

「……防犯カメラにでも映っていたか」

 

「ご名答。関西の○○県の隣の□□県にある某コンビニです。これは大地さんが嘘の証言をしていたこと及び犯行時のアリバイを持たないことを証明しています。そして少なくとも大地さん、月子さん、加藤さんが共犯関係にあったことを立証しています」

 

 沈黙が場を包む。

 

 さぁどう出るかね? フヒヒ。

 

「……私は違う。殺人なんて知らない。兄さんと加藤と家政婦が勝手にやったことよ。私はただ旅行に行っただけよ!」

 

 おっと、今度は月子さんのターンか。これには家政婦の佐久間さんが噛み付く。

 

「何を言っているのですか!? 私たちも何も知りませんよ!」

 

 佐久間さんの反論に家政婦の2人──宇野さんと安藤さんが頷き、同意を示す。

 ゲヘヘ。次はこいつらを虐めてやろう。

 

「おや? おかしいですね。大地さんたちが旅行に行っている時にお屋敷に居た人物は、加藤さん、家政婦の3人と潤さんだけだったとあなた方はおっしゃっていましたよね? つまりあなたたちも嘘をついていた。なるほど、やはりあなたたちも共犯ということですね」

 

「ち、違いま「そうよ! 私は無関係だけれど佐久間さんたちは殺人犯よ!」

 

 うわぁ。月子さん必死のオフェンスや。しかしこれには家政婦さんチームがカウンターを入れる。

 

「潤お嬢様が睡眠薬を飲む時に使ったカップには月子お嬢様の指紋が残っています!」

 

「そうです! 月子お嬢様が当日にお飲み物を潤お嬢様に飲ませたのです!」

 

「私たちは知りません!」

 

 ……君ら仲いいな。

 

 冗談はおいといて、家政婦の記憶を見るに、もしも(・・・)の時の保険として、月子さんの指紋を残していたティーカップを犯行に使ったようなのだ。そのティーカップは月子さんがたまたま触ったキレイな物を保管していたものらしい。

 女って恐いわぁ。

 ただ、月子さんは旅行中にマスクをしていなかった為、明確なアリバイがあった。だから指紋は偶然だと警察は考えていた。

 

「ふざけないで! 金に目が眩んであなたたちがカフェオレに薬を入れたんでしょ! 私を巻き込まないで!」

 

 月子さんェ……。

 

 唇を舐める。さぁ仕上げだ。

 

「しかし月子さん。あなたは加藤さんと旅行に行っているにも関わらず、大地さんと旅行に行ったと嘘をついた。やはりあなたも共犯なのですね」

 

 もはや共犯者6人という数の利は消滅して、それぞれが足を引っ張るだけになっている。人間の集団は同じ方向を向いているときは強いけど、それぞれが別々の方向を目指し出すと途端にパフォーマンスが下がる。

 

 ま! そうなるように俺が仕向けたんだけどな! 人間なんてこんなもんよ。弱くて自分勝手な面は誰にでもあるもんさ。

 ニートとして自分勝手を極めている俺が言うのだから、間違いないぜ!

 

 今回の作戦名は「人を疑うことができるのは、人に疑われない裏工作をしている奴だけだ作戦」だ!

 

「知らない! 私は知らないわ!」

 

「いい加減にしろ!」

 

 おー。加藤さんが荒ぶってる。

 

「もう全てバレてるんだよ! それにな、こんなめちゃくちゃな証言ばかりじゃ無罪なんて無理だ。俺は先に降りさせてもらう!」

 

 加藤さんが俺に向き直り、手を差し出す。

 

「さぁ逮捕してくれ。あんたの推理通り俺も共犯だ」

 

 最後に「司法取引は知らんがな」とだけ小さく付け足した。

 如月さんを見ると、頷き、手錠を取り出した。

 

「4月21日11時29分、被疑者を緊急逮捕します」

 

 ガチャリと手錠が嵌められる。

 ぶっちゃけ加藤さんの場合、手錠を掛ける必要性はそこまで無いから、普通に連れて行けばいいんだけど、これは(あらかじ)め如月さんに頼んでいたことだ。

 

──現行犯又は緊急逮捕の場合はなるべく手錠を掛けてくれ。

 

 理由は簡単だ。残りの共犯者の心を折る為。

 

「……はぁ。僕たちの負けだ」

 

 次は大地さんか。

 

「罪を認めますね?」

 

「あぁ」

 

 心底疲れた顔をしているな。まぁドンマイ!

 

 こうして大地さんは逮捕された。

 しかし女性陣は最後まで罪を認めなかった為、任意同行の交渉という建前で刑事とトークで盛り上がってもらい、その間に加藤さんと大地さんの自白を証拠としてプラスし、逮捕状を請求。同日の夕方に逮捕状が発布され、彼女たちは令状逮捕となった。

 

 さて、あとは潤さんに事件の真相を教えて、依頼達成やね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大地さん? 月子さん? 誰でしょう? 私は皆さんを知りませんよ。それに私の名前の字は、潤うではなくて純粋の純です』

 

「……え? ……マジ?」

 

『マジです』

 

 えぇ……。でも潤さんの写真は見せてもらったけど、幽霊の純さんとそっくりだった。

 記憶が壊れすぎてる? でも自信満々の純さんを見てるとそうは思えない。

 それに柿の木の件もある。

 

「んー? じゃあ御子柴って名前に憶えはある?」

 

『……無い……とは思いますけど、あるような気もします』

 

 うーん、魂が崩れてきてるせいで俺が外から覗くには限界があるから、調べらんないんだよなぁ。

 

 もう一度、情報を整理してみよう。

 

 御子柴邸の柿の木は記憶にあったものと同じである可能性を否定はできない。さらに事実として潤さんと純さんは容姿が似ている。

 

 ……ん? そういえば確か純さんは……。

 

 純さんの記憶と言動を検証する。

 

 ……あ! あぁー!!

 

「そういうことか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「純さんが亡くなったのは今から57年前の1964年の秋だ!」

 

『ええー! そうだったんですか!?』

 

 通りで妙な違和感があると思ったよ。

 先ず第一に記憶で青年との会話に出てきた東京オリンピックというキーワードだ。俺はこれを今年開催が予定される東京オリンピックだと勝手に思っていた。

 でも違ったんだ。

 たしか64年の東京オリンピックは10月に開催されている。そして樹木に詳しくない俺が、記憶の中ですぐに柿の木だと判断できたのは柿が実っていたからだ。柿は秋に実を付ける。だから記憶の会話はその時のオリンピックについて話していたんだ。

 この解釈ならば矛盾しない。

 

 第二の根拠はコーラに驚いていたことだ。

 1960年代前半はコーラが一般向けに販売されたばかり。それなりに飲まれていたはずだが、現代に比べると未だ発展途上。値段に関しても、たしか200ml弱で現代換算で220円程と割りと高めでもあった。

 純さんがどういった環境に居たかは分からないが、コーラを飲んだことがなくてもそこまで不自然ではない。

 そして霊になってからもコーラの霊気を飲む経験が無かった可能性がある。なんせ霊が飲み物の霊気を飲むには、その物の所有者に霊へお供え物をあげる意思(飲んでほしいという意思)がないといけないんだ。この性質があるから、世の中の食べ物がもの凄い速さで腐りまくる地獄にならないで済んでいる。

 以上から分かるのは「あの時に純さんが驚いたのは、初見のお客さんにお茶と言ってコーラを出したからではなく、初めて話題のコーラを飲むことになったから」といった風に、年代のズレを前提にしても矛盾の無い解釈ができるってことだ。

 

 そして残りの謎は潤さんと純さんが似ている件だ。

 これはシンプルに考える。

 前提として純さんは御子柴邸の柿の木を知っていた。つまりこの場所に関係のある人物。普通に考えたら潤さんの血族が最も妥当だ。

 

 則ち、1964年に御子柴家又はその関係者で不自然に死亡した者が居ないかを調べると答えに辿り着ける可能性が高い。

 結論、新聞探しに国立国会図書館へゴー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──見つけた!

 

 その記事によるとこうだ。

 

 1964年の10月下旬に御子柴家で家政婦として働く三田村(みたむら)(じゅん)さん(当時18歳)が練炭自殺を図った。

 やや不審な点はあったものの、遺書のような物が残されていた点、親が残した莫大な借金があった点から自殺として処理されたようだ。

 なんでこんな自殺みたいなありきたりな事件が新聞記事になってるかっていうと、御子柴財閥で起きたからという一点に尽きる。ツいてるんだかツいてないんだか。

 

 さて、依頼の内容は純さんが死亡した理由を教えることだ。

 その為には事件の調査をしなければいけないが、時間が空きすぎているせいでやれることは限られている。正直、当てはほとんど無い。てか、一つしか無い。

 

 じゃあ次は会いに行こうか。当時に生きていて、現在も生きている御子柴家の関係者に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、御子柴秀樹(ひでき)さん。私は探偵(?)の結城幽日と言います」

 

 はい。秀明さんのお父さんである秀樹さんです。今は一線を退いて、高級老人ホームで隠居生活を送っている。

 しかし今回の事件で秀明さんの相続人が死んだり、相続欠格になったりしたせいで、秀樹さんが全財産を相続することになってしまった。しかも現役の財閥一族が2人とも逮捕である。

 少なくとも謝罪には秀樹さんが出た方が上手く回るだろうね。ドンマイっすわ。

 

 それはそれとして、記憶をサクッと読んでやっと真相が分かったよ。

 

「事件の件で話を訊きに来たのだったな」

 

「……ええ、1964年の三田村純さんの自殺事件です」

 

 表面上、秀樹さんに変化は無い。流石は元大財閥の当主だ。

 

「練炭自殺だったな。すまんが忘れかけだ。あまり役には立てないな」

 

「心配要りませんよ。真相はすでに分かっています。本日はその確認に来ただけです」

 

「ほぅ。聞かせてもらおうかな」

 

 タヌキだなぁ。

 

「事件は自殺ではありません。他殺です」

 

 魂から声が聞こえる。()いているのか、泣いているのか。確実に言えるのは悲しい旋律ってことだ。

 

「犯人は純さんの双子の姉、三田村(あい)さんです。動機は秀樹さんを取り合ったもの、つまり恋愛絡みです」

 

 俺の後ろに居る純さんの魂が、嫌な音を奏でる。

 

「……勘違いしないでいただきたいのですが、私はこの事実を生きている誰かに言うつもりはありません」

 

 俺の不思議な物言いに、初めて秀樹さんの表情に変化が生まれる。

 

「それじゃあ、君は何をしにこんな老いぼれのところへ来たんだ……?」

 

 それは俺も疑問でしかないんだけどね。なんでこうなったんだか。

 

「……あなたを心配した人が居たんですよ」

 

 純さんの魂は秀樹さんを見た瞬間、一時的に本来の形を取り戻した。たまにあることだ。その人間の核となる感情の想起に引きずられて、魂が最期の輝きを見せることがな。

 

 それで漸く俺も純さんの記憶を読めるようになったわけだ。

 

 純さんが俺に依頼を出したそもそもの原因は、魂の崩壊に伴って記憶が抜け落ちていく過程で、大切にしていた気持ちすら思い出せなくなっていたからだ。

 でも純さんはその感情が自身の死因と関係していることだけはかろうじて憶えていた。だから死因を探してほしいと依頼したんだ。

 

 やっと2つの真実が揃った。あとはそれを上手く引き合わせるだけだ。

 

「秀樹さん。あなたは犯人が藍さんであると知っていながら、誰にも言わずに彼女を受け入れ、結婚した」

 

 潤さんは、純さんの一卵性双生児である双子の姉の孫に当たる。そりゃあ似てるわけだわ。

 

「あなたは罪の意識に苛まれた。しかし藍さんのことや財閥のことを考えると誰かに打ち明けることはできなかった。きっと辛かったでしょう」

 

「……なぜ分かる」

 

「それは企業秘密ですね。あなたにもあるでしょう?」

 

 秀樹さんが小さく笑う。

 

「……ふっ。そうだな。これは失礼した」

 

「ここからは少しだけショッキングな光景になりますが、大丈夫ですか? 年齢的に」

 

 今度は大きく笑う。ハハハと一頻り笑った後に言う。

 

「君は変わっているな。おれもいろんな奴を見てきたが、君みたいな奴は知らないよ」

 

 そうか? 霊能力者になら会ってそうだけどな。

 

「で、始めてもいいですか?」

 

「ああ、いいぞ。大抵のことでは動じんからな」

 

 ほーん。じゃあ遠慮無く。

 

「……な! 馬鹿な……」

 

 即落ち2コマとはこのことだな。ウケるわ。

 

 俺がしたことは、単に俺の霊気を秀樹さんに渡しただけだ。それによって一時的に秀樹さんは一級クラスの霊感を得る。

 だから純さんが見える。ついでに会話もできる。

 

『お久しぶりです。少しふけましたね』

 

「お、おい。これは幻覚なのか」

 

 肩を(すく)めてやる。

 

「いいえ。そこに居るのは確かに純さん本人です。でも信じる信じないはお任せしますよ」

 

 1人の老人と1人の少女が見つめ合う。秒針の音が沈黙の長さを装飾している。

 そして長い静寂を破り、懺悔(ざんげ)が始まった。

 

「……おれは藍の危うさに気付いていながら、それを止めることができなかった」

 

『……』

 

「事件の真相もすぐに分かった。しかし藍を切り捨てることも財閥の評判に傷を付けることも受け入れられなかった」

 

『……』

 

「……すまない。おれは弱い人間だ。すまないすまない……」

 

 純さんが秀樹さんの座るベッドへと腰を下ろす。腰を下ろすって言っても、幽霊だから座るイメージの反映にすぎないけどね。

 

『もういいんです。随分と時が経ってしまいました。憎んだ時期もありましたよ? でも今はただ秀樹さんが心配なんです。あなたは弱いけれど優しい人です。きっと今まで苦しんで来たのでしょうね』

 

「おれは……」

 

『だから伝えに来ました』

 

 純さんが表情を和らげる。笑っているようにも困っているようにも、あるいは(いつく)しんでいるようにも見える。

 

『今となっては、あなたも姉も許しています。だから秀樹さんも自分を許してあげてください。それが私の最期の願いです』

 

「純……」

 

 純さんが年齢よりもずっと幼い笑顔を見せる。

 

『やっと名前を呼んでくれましたね』

 

 深い皺が刻まれた頬を涙が伝う。

 

 ……うん。俺の邪魔者感よ。これは堪えられん。ちょっとお部屋の外、行くわ。

 サラバダー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 老人ホームのデイルームでは、亮が老人チーム全員相手にトランプ5組を使った変則神経衰弱で無双していた。

 

 何やってんだこいつ。なんで老い先短い老人に止めを刺そうとしてんだよ。やめてやれよ。

 

「あ、ゆう!」

 

「お前、なんで」

 

「私が勝ったらお小遣いくれるんだって! 今は10万円だよ!」

 

 ……今は? つまり賭け金が増加するタイプ……。なるほど、金と暇をもて余した老人の遊びか。

 

 ふむ。

 

「亮」

 

「はい!」

 

「手加減はいらん。有り金全てむしり取れ!」

 

「任せて!」

 

 ここからは見るに堪えない地獄絵図となった。

 人生の勝者たる老人たちが、バカっぽい小娘に歯が立たないことを認めることができずにむきになった結果、ヤバい額が亮の元に集まっていった。

 これに不味いと思った老人の1人がゲームの変更を提案。調子に乗っていた亮はゲーム内容を聞かずに承諾。

 次は囲碁での戦いになった。ちなみにタイトルホルダーになったこともある、囲碁の元プロも居た。てか、そいつが提案した。大人げ無さすぎぃ。

 しかし亮は「『○カルの碁』で見たから大丈夫!」とかワケわからんことほざいて何故か勝利を収めていた。

 そういえば亮って一晩で法律知識を高レベルで習得するような頭のおかしい奴だったね。仕方ないね。天才だもんね。

 元プロが泣きながら「これが神の一手か……」と呟いてそのまま気を失ったから、皆、葬式にいくら包むかって話をしてた。まだ死んでないんだけどなぁ。

 

 うん、この空間にも堪えられんからそろそろ頃合いだろうし、お部屋に戻るわ。

 

「あ! 待って私も行く!」

 

「お、おう。そうか」

 

 場を荒らすだけ荒らしてサクッと放置するあたり、亮ってマジヤバい奴やな。なむなむ。

 

 廊下を進み、秀樹さんのお部屋に到着。ノックし……あ、亮が問答無用で開けやがった。

 コラコラ。そんなんだと両親の営みを拝見するハメになるぞ。

 

 部屋を見ると純さんが居ない。魂が終わったのだろう。もう純さんはこの世にもあの世にも居ない。どこにも存在しないってことだ。

 

 秀樹さんが俺を見る。

 

「……結城君と言ったな」

 

「はい!」

 

 俺のことなのに亮が元気に返事をする。

 

「ハハハ。可愛い奥さんじゃないか」

 

「違います。妹です」

 

「おや? そうなのか。そうは見えんけどなぁ。耄碌(もうろく)したかな。まぁいい。それよりも君には何か礼をしないといけない。何か欲しい物はあるか?」

 

 うーん? なんだろ? 改めて訊かれると分からん。乾燥機能付きドラム式洗濯機? 鯖の塩煮缶? 新しいパソコン? それくらいしかパッと思い付かん。

 

「カッコいい探偵事務所が欲しい!」

 

 え、この女、いきなり不動産を要求しやがった。愛人契約かな?

 

「お、いいぞ。都内の激戦区にデカイやつをプレゼントしてやる」

 

 え、このジジイ、軽くOKしやがった。なんなんだ。もしかして俺の価値観がおかしいのか? いやおかしくないよな。

 

「やったね、ゆう。これで一流の探偵だね!」

 

 亮の中では事務所があることが一流の探偵の条件らしい。

 秀樹さんがスマホで電話をかけ出した。

 

「もしもし、おれだ」

 

 オレオレ詐欺かな?

 

「都内○○区に売り出し中の区分所有オフィスがあったろ? ……そうそうそれだ。それをワンフロア買え。……そうだな。一週間以内に登記と引渡しを終えたい。……ああ、よろしく頼む」

 

 ピコと音がして通話を終わらせた秀樹さんが、いい顔でこちらを見る。

 

「え、マジなん? 嘘やろ? 冗談だろ?」

 

「ハハハ、遅かったかな? もう少し早めようか?」

 

「いやちげぇよ!!」

 

 しかし俺の抵抗は天才と老害により無惨にも亡き者にされてしまった。

 

 そして数日後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウッソだろ……」

 

 デカイビルを見上げ、呟く。

 都内最大の歓楽街から徒歩15分の土地に建造されたデカイビルの4階が、丸々「ユウキ探偵事務所」になっている。

 いつの間にか登記も備えられ、公安委員会に探偵業の届出も出されていた。俺は何もしていない。自分ん家でダラダラしていただけである。

 

 何が起きたのだろうか? 

 

「早く行こー」

 

「あ、ああ……」

 

 亮が1人でビルに突撃して行った。

 仕方ないのでフラフラと夢遊病患者のようにビルに向かっていると、何やら小さい子がビルから出てきた。

 

 あ……。

 

 向こうも気づいたようだ。

 

「あなたは……」

 

 そのつり目と激おこロリフェイス。

 

「白峰弁護士」

 

「結城検察官」

 

 いや俺は検察官じゃない。

 

「あなたがなんでここに居るのよ」

 

「それは俺が訊きたい」

 

「はぁ? 何それ。相変わらず戯れ言がお好きなようね」

 

「そういう白峰弁護士はなんでここに居るんだ?」

 

「なんでって、ここの3階が私の職場なの」

 

 フロアが説明されたビルの看板を見上げる。

 

 なるほど、3階は「虹色法律事務所」ってなってる。その上には「ユウキ探偵事務所」の文字が……うぅ……(泣)。

 

「なんで1人で変顔してんのよ?」

 

 うるさい! 俺は今、傷心なんだ!

 

「ま、いいわ。忙しいから行くわね。次に法廷で会ったら負けないからね」

 

 もう法廷で会いたくはない。

 

 すぐに白峰さんの小さな背中が見えなくなる。

 

「……」

 

 吾輩はニートであった。やる気はまだ無い。なぜ探偵事務所を構えているのか、とんと見当がつかぬ。

 恥の多い人生を歩んできただけなのに……。

 

「探偵や 亮飛び込む 職の音」

 

 意味分からんな。もうダメだぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンケートは必ずしも上手く反映できるわけではありませんが、今後の参考にしたいと思います。


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白峰ありさの憂鬱

アンケートにご協力してくださり、ありがとうございました! 勉強になります!


涼宮ハルヒと白峰ありさのアクセントが、私の中で完全に一致しててテンション上がりました。




「異議ありぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(;´Д`)ハァハァ

 

 

 広すぎて一部しか使っていない探偵事務所に電話の呼び出し音が鳴り響く。

 

──奴がルパ○だぁ! ○パン~♪ル○ン~♪

 

 なんて着信音、設定してんだよ。

 

 今は俺しかいない。つまり俺が無視を決め込めば何も起きない。完全犯罪だ。これぞQED(?)。隙は無かった。

 

 呼び出し音が止まる。

 

 諦めたか。よしよし。

 

 しかし人生そんなに上手くいかない。2分後、ウィーンと事務所の自動ドアが開く。

 

「失礼。電話に出ないから直接来たぞ」

 

 そう言ってやって来たのは、下の法律事務所の代表弁護士(ボス弁)を務める黒須(くろす)啓吾(けいご)さんだ。今日もビールっ腹が綺麗な曲線を描いている。

 

「実は折り入って頼みがあってな」

 

「ちょっと待ってください。いきなりすぎて何が何やらですよ」

 

 実はこの人のことは以前から知っている。

 黒須さんは父さんの古い友人らしい。昔からたまに──3年に1回くらいのペースで会っているから、全くの他人では無い。

 とはいえ友人とまではいかないし、年齢差もあるから(あきら)に接するようにはいかない。

 探偵業開始にあたり、挨拶に行ったらこのおっさんが出て来たのは、ここ最近の微妙な出来事ランキング1位である。

 

「まぁ聞け。ウチのイソ弁に白峰(しろみね)ってのが居るんだ」

 

 イソ弁ってのは居候(いそうろう)弁護士の略で、要するにボスである黒須さんに雇われた弁護士ってことだ。

 

「居ますね」 

 

 黒須さんが納得顔で頷く。

 

「やっぱり報告にあった結城検察官ってお前だったのか」

 

 やめて。黒歴史を掘り返さないで。 

 

「忘れてください(霊圧)」

 

「お、おう。分かった」

 

「……で、頼みってなんですか?」

 

「あ、ああ。実はよ。俺らは今、かなり忙しい。なのに厄介な依頼が来ちまったんだよ」

 

「何が来たんですか?」

 

「強姦殺人の私選だ」

 

 ワロタ。だいたい分かった。

 

「空いてるのは白峰さんだけってことですね」

 

 黒須さんが、昭和の任侠映画がよく似合う笑顔を見せる。

 

 ……白峰さんと街を歩くと職質されそうだな。

 

「正確には白峰に指名が入った形だな。刑事専門としてそこそこ名が売れてるんだよ」

 

「うわぁ。逃げ道無いじゃないですか」

 

「そうなんだよ。それなのに性犯罪となると、あいつ急にポンコツになっちまう。だから助っ人やってくれや」

 

 えー。ダルい。いいじゃん。ポンコツっぷりを撮影してよーちゅぅぶにアップしようぜ。

 

「報酬はそうだな……。お、いいこと思いついた」

 

 なんだ? 凄い悪どい顔して。

 

「浮気調査が来たら俺らがバックアップしてやる。そうすりゃ探偵としての売りになる。何よりお互い(・・・)ハッピーだろ?」

 

 ……な、なんてアコギなこと言うんだ!?

 

 黒須さんが言ってんのは、探偵が調査する段階から法的な解決法や知識を提供してやる代わりに、そのまま訴訟なりなんなりに誘導して、優先的に客を回せってことだ。

 つまり一種の事業提携をしようってことだ。人の不幸を効率良く金に換えようって魂胆を隠そうとすらしていない。

 

 ……まぁ断るんだけどね(笑)。

 

「いや別に探偵として成功したいとかは全くないです」

 

「なんだそうなのか。じゃあなんでこんな金の掛かるとこに事務所なんか構えたんだ?」

 

 それな! ほんとそれな!

 

「人生とはかくも奇妙な、まるで戯曲のように滑稽なものよ……」

 

「何を言ってるか分かんねぇが頼むよ。今度旨い漬物やるからよ。なんなら白峰も付けてやる」

 

 白峰さんはいらんが漬物は欲しい。

 

茄子(なす)もある?」

 

「あるぞ。蕪も白菜も沢庵(たくあん)もある」

 

 ふむ。

 

「ユウキ探偵事務所にお任せください!」

 

「お、おう。よろしく頼む(漬物で落ちるのか)」

 

「ん? 何か言いました?」

 

「い、いや何でもないぞ」

 

 油ぎっしゅなおっさんがアワアワしてるとこなんて見ても楽しくないな。早く漬物でさっぱりしたいぜ。

 

「あ! あと、○きたこまちも付けてくれ」

 

 おい。残念な奴を見る目をやめろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(;_;)

 

 

「はぁー」

 

 やっぱりだめだ。

 えっちぃことを考えると頭がおかしくなる。それに、男の人からそういう欲望を向けられるかもしれないと思うと恐くてもうだめ。

 

 事務所の自動ドアが開く。黒須さんが戻って来た。青年を連れている。

 

 彼が助っ人か。どこの弁護士だろ──え?

 

「助っ人ってあなたなの!?」

 

 結城検察官が、前に会った時よりも気持ちヤル気の感じられる顔でやって来た。

 

 ……あ、やっぱりヤル気無いかも。死んで腐った魚を煮込んで作ったあら汁を冷ましてから一気飲みした後みたいな顔をしているわ。

 

「いやぁ、幽日君が快諾してくれてよかったよ。白峰が困ってると聞いて、是非力になりたいと意気込んでくれてるよ」

 

「……そうは見えないですけど」

 

 結城検察官(?)は全力で首を振っている。首が痛くないのだろうか?

 

「ハッハッハッ。じゃあ後は若いふた……2人に任せるとしよう」

 

「どうして口ごもったのですか? 私にも分かるように是非教えていただきたい」

 

 しかし黒須さんはハッハッハッと笑いながら事務所を出て行きやがった。

 

「……」

 

「……」

 

 ち、沈黙が痛い。

 私のせいで呼んでしまった手前、下手なことを言うのは(はば)られる。かといって私に気の利いたトークなんて無理だ。何を話せばいいんだ。

 

「とりあえず事件の資料を見せてください」

 

「そ、そうだな」

 

 よかった。それなら壊滅的なモテトーク力がバレないで済む。

 

 先ほど印刷した資料を渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 結城検さ……結城君が資料を読み始める。

 この資料は警察内部の人間しか知り得ないようなことまで網羅(もうら)している。黒須さん曰く警察関係者の知り合いから得た物だそうだ。あの人はこういう手段も普通に使う。否定はしないが、全面的に肯定もできない。

 だけど黒須さんのお蔭で上手くいったことも多い。今回の事件も依頼された翌日には、警察と同レベルの情報をフォルダにまとめていた。私にはできないことだ。

 

 結城君が顔を上げる。

 

 読み終わったようね。

 

 目が合う。なんだか不思議な感覚。

 

「依頼人に会いに行きましょうか」

 

「……そうね」

 

 頑張ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警視庁にある留置場の面会室で、アクリル板越しに見た依頼人──雨宮(あまみや)達也(たつや)氏(31)は良く言えば優男だ。私の印象では今回のような犯罪をするようには見えない。

 少し安心した。幾分か軽くなった気持ちのまま、雨宮氏に相対する。

 

「初めまして。この度はご依頼をくださり、ありがとうございます。虹色法律事務所所属弁護士の白峰ありさと申します。こちらは助手の結城です」

 

「結城です」

 

 結城君が軽く頭を下げる。

 

「雨宮達也と言います。刑事専門の弁護士さんが居るとお聞きしまして、依頼させていただきました。よろしくお願いします」

 

 気弱な見た目に違わぬ細い声質ね。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 結城君が頷く。

 ここに来るまで少し話したのだけれど、結城君には何か考えがあるみたいだった。だから雨宮氏とのお話は結城君が担当したいと言っていた。

 少し迷ったけれど、私はその申し出を受け入れた。

 なぜなら、結城君の法廷での立ち振舞いから考えて、一定レベル以上の法律知識やリーガルマインドを期待できるから。黒須さんの信頼を得ていることもそれを類推させる。

 

 ……くだらない言い訳ね。私だと冷静に事件と向き合えない。それだけだ。情けない。

 

 結城君が雨宮氏に言葉を投げ掛ける。

 

「早速ですが少しお話しましょう」

 

「はい。何からお話すれば……」

 

 雨宮氏が躊躇いがちにそう答える。

 

「何もそう硬くなることはないですよ。最初の質問は白峰についてです」

 

「「……え?」」

 

 何を言い出すつもり?

 

 結城君の目が怪しく光る。嫌な予感が……。

 

「白峰ってかわいいですよね」

 

 !?

 

「……そうですね」

 

 !?

 

 な、何が起きている? なんで急に褒められた(?)?

 

 結城君がしたり顔で頷く。

 

 ……なんかムカつくな。いやダメだ。落ち着け。今回は私の都合で来てもらったんだ。Be cool.大丈夫だ。私はまだ闘える。

 

「雨宮さん」

 

 結城君が表情を引き締める。

 

「この事件、勝負ありです。勝ちますよ」

 

 !?

 

「どういうことですか? 無罪を勝ち取れると?」

 

「違います。無罪ではなく不起訴処分にさせます」

 

 どこからその自信は来るんだ。……でもそうだな。法廷で見た君はそういう奴だった。敵にすると面倒極まりないけれど、味方だと……ふん!

 

「何かカードがお有りなのですか!?」

 

 雨宮氏の気持ちには全面的に同意する。

 

 また結城君が鬱陶しい顔になる。ムカムカ。

 

「勿論です」

 

 結城君が私の頭をポンポンする。

 

 何をするか!

 

「お、おい!」

 

 私の方が一回りは年上なんだぞ!

 

 どんどん顔が熱くなる。

 

 だ、だめだ。今回は私のワガママ。ワタシノワガママ。ワタシノワ──。

 

「白峰がかわいいなら勝ちパターン入ってます!」

 

「異議ありぃぃ!!!」

 

 意味分からんわぁぁあ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( ✧Д✧) カッ!!

 

 

 雨宮さんとの面会を終えた俺たちは、死体with精液of雨宮さんがあった公園に向かっている。

 タクシーから降りて、現在は徒歩だ。

 

「おい! いい加減説明しろ!」

 

 白峰さんがぷりぷり怒っている。でも普段からつり目を極めてるから大して変化が無い。つまり慣れてしまえば恐くない。ふっ。勝ったな。

 

「無視をするな!」

 

 さて、今回の事件をざっとまとめる。

 

 4月25日の朝、山本(やまもと)美保(みほ)さん(27)の遺体が、雨宮さん宅の近くにある公園の女子トイレ個室内で発見された。

 背中や胸部に鋭利な刃物によるものと見られる傷があった為、刺殺と判断。

 また、美保さんは衣服を乱され、胸部と下腹部を露出していた。

 そして、膣内と外性器周辺から雨宮さんの精液を確認。加えて、死亡推定時刻(24日深夜~25日未明)の雨宮さんには明確なアリバイが無かった。

 以上から強制性交等致死傷罪で逮捕されるに至ったようだ。ただしローションの成分も膣内と外性器から発見された為、死姦の疑いもあるらしい。

 

 しかし雨宮さんは犯行を全面的に否認している。

 

 クイックイッ。春物のアウターの裾が引っ張られる。

 

 ん?

 

「どうして無視するんだよぅ……」

 

 ひぇ……。白峰さん、なんか闇の深そうな顔してる。恐い。

 

「ごめんなさい。ちょっと考え事してたんです」

 

 白峰さんの顔に明るさ(怒気(どき))が戻る。

 

「……そうか。でも無視は駄目だぞ! 分かったか?」

 

「ア、ハイ」

 

 微妙すぎる空気になってしまったけど、大丈夫! 犯人がトキメいちゃった公園に到着したからな! さ、お仕事をちゃっちゃっと終わらせよう。

 残留思念はあっるかなぁー。

 

 公園全体を見回すも見つからない。はい次。本命の女子トイレに行きますか。

 

「死体のあったとこに行きましょう」

 

「……わ、わわかった」

 

 え? これも駄目なの? めっちゃプルってるじゃん。頭の上に熱々のカップラーメンを載せてあげたいな。

 

 しかし俺は紳士なので本心は棚に上げて、優しい声で心配オーラを出してやる。

 

「塩ラーメンと塩ラーメン、どっちがいいですか?」

 

 あ、間違えた。

 

「し塩。ネギ抜き!」

 

 一瞬、同士かと思ったけどそんなことは無かった。「全て国民は拉麺(らーめん)において(ねぎ)を大量に入れる権利を有し、義務を負う。この権利義務は公共の福祉その他いかなる法理を以てしても制限されない」と日本国憲法に明記されている。つまり白峰さんは悪である。

 

 白峰さんを見る。

 

 意味不明な話題でちょっとだけ緊張が取れたかに見えたけど、すぐに難しい顔に戻っちゃった。うーん、うん。じゃあ白峰さんはとりあえずいらんわ。

 

「具合が悪いなら近くの○ックで休んでていいですよ。俺だけでもなんとかなりますし」

 

 しかしそうは白峰さんが卸さない。

 

「だだ大丈夫だ! わたわた私も行く!」

 

 これほど信用ならない言葉は「先っちょだけだからぁ!」と「あなたに迷惑は掛けないわ。だから今日も……」以外でそんなに知らない。

 

 ぷるぷる白峰さんが、顔を赤くしながら唇を噛んでいる。

 

 ……仕方ないなぁ。ちょっと魂にお邪魔しますよ。

 

 白峰さんの魂を覗く。

 

 んー? ちょい複雑だな。微妙に時間かかる。

 

「な何をしてている!? いい行くぞ!」

 

 今、集中してんだからチョロチョロしないで。

 

 白峰さんの両肩に手を置く。肩ほっそ。キッズそのものやん。

 

「すぐ終わるからじっとしてろ」

 

「!」

 

 ほーなるほどなー。

 

「ぁぁぁぁ……」

 

 ほーん。白峰さん予備試験ルートなんか。

 

「……めてゆ……て」

 

 オッケー把握した。

 

「ごめんなさいやだごめんなさいゆるしてやだやだやだ──!」

 

 あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶によると白峰さんは父子(ふし)家庭で育った。ただし性的虐待と監禁付きだ。

 どうやら出生届も長らく出されていなかったみたいだ。物心ついた時から狭い洋室に閉じ込められており、たまに許される風呂以外ではずっとその部屋に居たんだってさ。

 父親が事故で死に、白峰さんが保護されたのが18歳の時。

 その後の医師等の見解によると、ろくな食事を与えられなかったせいで身体的成長が小学4年生程度で止まっていて、また、暴行されながら犯され続けていたことが原因で心的外傷後ストレス障害になっているらしい。

 

 そこから何を思ったのか、猛勉強をして司法試験を突破し、弁護士になった。物好きやね。

 

 で、さっきの俺の「すぐ終わるからじっとしてろ」ってやつは、レイプに抵抗しようとした時に父親から度々言われてたみたいだね。勿論ぶん殴られて犯されるだけだった。

 ちなみに白峰さんから父親に呼び掛けても無視されていた為、無視されることもエロと合わせて苦手なことなんだって。

 

 しかもさらにキツいのが生理自体はあるものの、卵巣に異常がある為に排卵が起こらず、妊娠できないということだ。

 父親から避妊もされずにレイプされてきたのに妊娠していなかったことに疑問を持った医師が、検査した結果判明した。虐待によるストレスや栄養不足、幼児期からのレイプや腹部への暴行が原因である可能性が高いらしい。

 

 いい歳してロリっ子でエロいことが極端に苦手ってのは、こういうカラクリだったんだね。納得したわ。

 

 さて、すでに応急処置はした。つまり「恐くなーい痛くなーい」と念を込めた霊気を、白峰さんの魂のヒビに注いだんだ。

 

 これでパニックだかフラッシュバックだか知らんが、痛みと恐怖はかなり緩和されるはずだ。

 

 さっきまで顔だけでなく手も首も真っ赤に萌えてたけど、段々白い色が強くなってきた。

 

「ぅぅぅ……?」

 

 肩から伝わる震えも大分治まってきた。もう、こちらの言うことを理解できる状態だろう。

 

「すみません。乱暴な言葉で恐がらせてしまったみたいですね」

 

 無言の間。白峰さんが状況を把握するまで待つ。やがて白峰さんの目に知性の光が完全に戻る。

 

「……ごめんなさい」

 

 ワロタ。しおらしすぎる。普段と違いがありすぎて違和感がすごい。

 

「じゃあここで待っててくれますね?」

 

「……できれば私も行きたい」

 

 ですよねー。知ってたよ!

 

 白峰さん、まだトラウマを克服しきってないクセに、いきなり普通の人と同じように行動したがるみたいなんよ。

 黒須さんは白峰さんの事情を知ってるから、今回の依頼は断ろうとしたんだけど、白峰さんが「できらぁ!」とごねた。

 結果、やむを得ず白峰さんに担当させることにしたが、助っ人を付けるという条件を飲ませたんだってさ。当然、俺の知らないところで決まった話である。非常に納得できない。

 

「……分かりました。でも勝手に離れないでくださいよ」

 

 トラウマが刺激されまくって不測の事態が起きると、今の霊気だけじゃ対応できなくなるかもしれないからな。

 

 だが、白峰さんが全く無い胸を張って(のたま)う。

 

「了解。でもなんだか調子が良くなってきたから問題無さそうよ?」

 

 それは俺のお蔭だからぁ! あなたの実力じゃないからぁ! 病人のクセにいきなり無理して足引っ張るんじゃありません!

 

 霊気を一旦没収。

 

「!」

 

 白峰さんが不安そうに眉を寄せる。

 

「まだ安定していないです。分かりましたか?」

 

「……はぃ。ごめんなさぃ……」

 

 よしよし。霊気を与えてやる。絶妙に丁度いい位置に頭があるからついでに撫でておく。

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(*•̀ㅂ•́)و✧

 

 

 犯行現場の女子トイレ内で空中に手をかざしていた結城君が、閉じていた目を開く。

 

「真犯人が大体分かりましたよ」

 

「……なぜ分かったんだ」

 

 何がどうしてこれで犯人に繋がるんだ。私には全く分からない。探偵とは皆こういうものなのか?

 

「それは企業秘密です」

 

 それはズルくないか。それに、一応私が依頼を受けているのだけれど。

 

「納得できないわ。説明して」

 

 結城君が露骨に嫌そうな顔で「かわいくねぇ」と小さく漏らすのがしっかりと聞こえた。

 

 なによ。留置場ではかわいいかわいいって言ってたクセに。もう一回言いなさいよ。

 

「すぐに分かりますよ」

 

 睨み付ける。私、納得いきません。

 

「はぁ。じゃあヒントです」

 

「何?」

 

「白峰さんがロリかわいいからここに居るんです。これがヒントです」

 

 か、かわいいとか言うなぁ!

 

 顔が熱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。私は雨宮達也さんの弁護を担当する弁護士の白峰ありさと申します。こちらが助手の結城です。本日はお忙しい中、ありがとうございます」

 

 公園を出る前に、雨宮氏の奥さんに電話して訪問の許可を取っておいたから、スムーズに家に上げてもらえた。

 

 雨宮氏は都内の閑静な住宅街に2階建ての家を所有している。子どもはいないが既婚者だ。

 

 綺麗な人ね……。

 

 居間に通してくれた雨宮美鈴(みすず)さんは、私とは違って大人っぽい雰囲気。被害者と似ているわね。雨宮氏が好みの女性を強姦した可能性も一応は考えられる。

 結城君は大丈夫だろうか。

 

「今、お飲み物をお持ちしますね」

 

 結城君が夫人の後ろ姿を見ている。どこを見ているのだろう。

 

「おい。変態的な目をやめろ。失礼だぞ」

 

「……コーラが出される確率は何パーですかね」

 

 なぜコーラ? 普通、初対面の、しかも大人の客にコーラは出さないでしょ。やっぱり結城君ってすこ……結構変わってるわね。

 

「0%だ。コーラが好きなのか?」

 

「好きですよ。でも今、飲みたいわけではないです」

 

 そ、そうか。よく分からないけれど、夫人にセクハラしないなら別にいい。

 

 結城君が微妙な顔で「あきらェ……」と呟いている。あきらって誰だ。

 

 夫人が戻って来た。お盆に湯呑みを載せている。そして普通にほうじ茶を出してきた。

 

 結城君を見ると夫人に笑いかけている。

 

「早速、事件やご主人についてお聞かせください。先ずは──」

 

 メインで話を進めるのは結城君だ。

 

 はっきり言って黒須さんの資料にあったことの確認作業にしかなっていない。結城君はこれで何か分かるのだろうか。

 

「──です」

 

 夫人が一通りの情報を出し切る。

 

「なるほどなるほど」

 

 結城君が顎に手を当てて、うんうんとしている。

 少し思ったのだけれど、本当は何も分かってなくて、ただ雰囲気だけ出しているんじゃ……。だって、いくらなんでもこの話で新しい発見があるとは思えないもの。

 

 夫人が不安げに結城君の目を見つめる。

 

「主人は大丈夫でしょうか?」

 

「……全力は尽くします。ですが不利ではありますので、断言はできません」

 

 私に言っていたことと大分違う。けれどこちらの受け答えの方が常識的ね。

 

「……よろしくお願いいたします」

 

 夫人がしずしずと頭を下げる。

 

「尽力いたします。……それではそろそろ」

 

 私からすれば意味のあるやり取りではなかったけれど、何か分かったのかな。

 

 挨拶をかわし、雨宮氏のお宅を後にする。

 

「これからどうするんだ?」

 

「探偵ごっこですね」

 

「なんだそれは」

 

 結城君は答えない。でも頭をポンポンされる。恥ずかしいからやめて。……やめなくていいけど。

 

 あーもう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*( ᐛ )و

 

 

 翌日。

 

「すみませんね、こんなところにお呼びして」

 

 旦那さんのことで大事なお話があると、美鈴さんを警視庁に呼び出した。へっ。ノコノコやって来やがって。

 

「いえ、主人の誤解が解けるのでしたらこれくらい構いませんよ」

 

 根岸さんと警視総監の佐藤さんに頼んで、小さめの部屋をひとつ貸してもらった。今は俺と白峰さんと美鈴さんしかいない。テーブルを挟んで美鈴さんと相対する形だ。

 

 さて。じゃあ始めますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美鈴さん。犯人はあなたですね」

 

 美鈴さんに動揺は見られない。

 

「意味が分かりません」

 

 まったく惚けやがってよ! けしからんなぁ!

 

「いいでしょう。では順を追ってご説明しましょう」

 

「美鈴さん、あなたは達也さんにあまり相手をしてもらっていませんでしたね?」

 

 美鈴さんが少し不機嫌な空気を出す。そりゃそうよね。

 

「……そんなことありません」

 

 美鈴さん、プライド高いみたいだからな。こう言うよな。

 

「そうですか? 私の調べたところによると夫婦生活、特にセックスに大変ご不満がお有りとお聞きしましたよ。お互いに、です」

 

 白峰さんがキョドる。仕方ないから霊気を少し貸してやる。

 

「……達也さんが言ったのですか」

 

 答えずに曖昧(あいまい)に笑うに留める。記憶を読みましたなんて言えないからな。

 

「美鈴さんはとてもお綺麗ですね。あなたのような美しい人にはなかなかお会いできません」

 

 痛! 

 

 白峰さんがテーブルの下で太ももをつねりやがった。大した力は無いからそこまでではないけど地味にうざい。

 

 痛い痛い。

 

 白峰さんの手を握って指を拘束しておく。なんとなく、指をすりすりすると白峰さんがびくっとする。おもしろ。

 おとなしくなったから話を続ける。

 

「様々な男性からアプローチされてきたことでしょう。粗雑に扱われたことなど無かったのではないですか?」

 

 美鈴さんが小声で「他人(ひと)より多少恵まれていただけです」と答える。

 多少って言ってるけど記憶を見た限りでは、フラれた経験が皆無で複数の男から貢がれまくっていた。特に水商売経験もなく、積極的に合コンに参加するわけでもマッチングアプリを利用するでもなく、ホントに普通に学生やOLをしてるだけでいつもそんな感じだったみたいだ。喪女に謝れ。

 

「大変恵まれていたあなたは、一流企業に勤める達也さんに出会った。達也さんは顔も悪くはなく、酒もタバコもギャンブルも女遊びもしない。セックスは女性の気持ちを尊重してくれて、仕事では1000万プレイヤー。総合的に見て合格基準を満たしていたのですね。だからあなたは結婚することに決めた。しかし結婚生活は予想外の問題を抱えていた」

 

 美鈴さんの霊気が波打つ。へっ。すました顔してても霊気は誤魔化せないよな。

 

「達也さんは──」

 

 チラっと白峰さんを見る。(うつむ)いて、耳を赤くしてるだけだ。特におもしろいことにはなってないな。すりすり。

 じゃあ、いきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「達也さんはガチロリコンだった」

 

 一拍置いて、白峰さんがバッと顔を上げる。ナイスなリアクションだ。

 ちなみに、白峰さんへ依頼したのも見た目がどストライクだったからだ。ぱねぇっす。

 

「結婚してから少しすると美鈴さんを積極的に抱こうとはしなくなった。だから結婚後はいつも美鈴さんから誘っていたようですね。これだけでもあなたは屈辱的だったでしょう。しかもそれだけでなく行為も問題だった。機械的に愛撫し、濡れてきたら挿入して、あなたのことなど気にしないでさっさと射精して終わり。結婚前とは雲泥(うんでい)の差です」

 

 不満なら離婚でも不倫でもすりゃいいって思うけど、美鈴さん的にそれは駄目らしい。

 なぜならプライドが高いから。相手にされないから別れるとか、仕方なく他の男に行くとかは認められない。そんな自分が許せないってことやね。

 あとは世間や知り合いに、結婚に失敗した女と思われるのも我慢ならなかったみたいだ。

 

 勝ち組も大変っすわ。負け組ニートでよかったぜ。断じて本業が探偵などという事実は無い。無いったら無い。

 

 ここで、数枚の写真を取り出し、美鈴さんに見せる。

 

「……まさか、あの人のコレクションですか?」

 

「その通りです。これは都内の貸倉庫内の写真です」

 

 写されているのは、10歳位の少女たちが表紙を飾る違法ポルノ雑誌やビデオ、さらに低年齢モデルのリアルラブドール数体だ。

 完全にギルティである。しかし悲しいかな、俺たちはギルティを回避させなければいけない。

 

「これが達也さんの性癖です。ご存知でしたか?」

 

「……いいえ」

 

 お気の毒(笑)。

 

「信じられないでしょうが事実です。達也さんがあなたとご結婚したのは、(ひとえ)に世間体と出世の為。だから全くヤりたいと思えないあなたを頑張って抱いてきた。達也さんからすれば相当大変だったのではないでしょうか。あなたは完全に趣味ではない」

 

 表情の無い綺麗な顔とは裏腹に、美鈴さんの霊気はどす黒いものが混ざり出している。

 

「しかし、プライドが高くて離婚を選択できそうにない美鈴さんは都合が良かったのです。結婚さえしてしまえば、あとはセックスしなくてもいいと思ったからです。しかし、あなたはそうはならなかった。自分が求められていないという事実を受け入れることができずに、冷たくされてもめげずに誘い続けた。皮肉にもそれが達也さんのあなたに対する嫌悪を肥大化させて、結果的にセックスはより冷たくなっていった。最近では濡らす手間を嫌って潤滑ゼリーを使い、いきなり挿入していたようですね」

 

 白峰さんがぷるってる。

 コンドームを使ってもらったことはないのに、ローションはよく使われてたみたいだから、いろいろ考えちゃうのかもね。ちなみに膣内に使うならローションはあまりよろしくない。親父さんからすれば白峰さんの安全はどうでもよかったんやね。

 一方、美鈴さんに表面上の変化は無い。

 

「当然、セックス以外の夫婦生活もギスギスしたものになっていった。辛かったでしょう。まさか自分がこんな扱いを受けるとは思わなかった。しかしプライドが離婚を認めはしない。そして、あなたの心は限界を迎える」

 

 美鈴さんは特に口を挟まないようだ。

 

「いつしかあなたは達也さんへ復讐することばかり考えるようになった。如何にして達也さんを苦しめるかに思考が囚われ、自分の魅力を認めさせるという当初の目的は重要ではなくなっていった。そこで思いついたのです。精液を使った強姦殺人の偽装を」

 

 疲れた。もう自白してくれんかな。ちょっと訊いてみよう。

 

「もうお話していただけませんか? 自首という形なら多少は有利になります。私たちはその邪魔をしませんよ」

 

 頼む! もう自首してくれ! 早く帰って漬物と白米でへヴンしたいんだ!

 

「……おっしゃっている意味がよく分かりません」

 

 くっそ。そういうめんどいとこがダメなんだよ! 仕方ないから続けるか。はぁ。

 

「そうですか。では続けます。達也さんが言うには、最近のあなたは使用後のコンドームを結んでから捨ててほしいと言っていた。ゴミ箱に精液が垂れるのが気になるからと説明していたようですね。達也さんは不思議がってましたよ。少し前まではそのまま適当に捨てても何も気にしていなかったのに、なぜ急に気にし出したのだろう、と」

 

 チラっと白峰さんを見ると、今一(イマイチ)ピンときていない顔をしている。

 ですよね。あなたは中出しが基本でしたものね。悲しみが深い。ついでに闇も深い。可哀想だから指をすりすりしておこう。

 ん? 白峰さんからもすりすりしてきた。……まぁいいけどよ。

 

 説明を再開する。

 

「その不可解な行動の理由は簡単です。先ほど申し上げた強姦殺人の偽装の為です。あなたは自宅近くの公園を深夜に毎日通る1人の女性に目を付けた。その時間の前に達也さんとセックスをし、眠りについた頃を見計らって、ゴミ箱からコンドームを回収。そして公園に向かい、目を付けていた女性である山本美保さんを包丁で脅し、公衆トイレへと連れ込んだ。その後、刺殺。衣服を乱し、外性器へ達也さんの精液を付け、膣内へはローションを使いつつ、手で押し広げて精液を入れた。これで普通の人間ならば、精液を放った男性が強姦殺人をしたと考えるでしょう」

 

 こちらも闇が深くて悲しいです。

 しかし一番のとばっちりは美保さんである。いきなり知らない女に殺され、○ンコに知らない男(ロリコン)の精液を入れられる。悪夢っすわ。

 さぁここまでバレてんだからもうゲロってくれ。遅漏はダルいだろ? 俺の気持ちも察してくれ。

 

 美鈴さんが(おもむろ)に口を開く。

 

「……私はそんなことしていません。証拠はあるのですか」

 

 絶望した。

 なんでこんなにめんどくさいんだ。いちいち納得しなくても、とりあえず股と財布を開くのが(都合の)いい女である。だから納得しなくてもとりあえず自白してくれ。

 

 しかし美鈴さんに自白の気配は無い。しゃーないなぁ。

 

「『明暗500』『は』『3341』。この意味がお分かりですね」

 

「!」

 

 ようやく美鈴さんの表情が崩れる。

 

「犯行時刻である深夜1時30分頃に、公園の入り口に居るあなたを見た人が居ます」

 

 明暗ナンバーの車の運転手だ。美鈴さんはその車のナンバーをしっかりと目撃している。

 顔を見られた可能性には思い至ったものの、タイミングが合う時や車が完全に通らない場合の少なさ、加えて精液を使った偽装への過信が、慎重な判断と行動を妨げた。

 結果、美鈴さんは一抹の不安を覚えつつも、犯行を続行した。

 その甘えが隙だ。警察の目を誤魔化したいなら甘えちゃいけない。

 ……甘えなくても魂は誤魔化せないけどな!

 

「先ほども申し上げたように、達也さんは真性(しんせい)のロリコンです。被害者のような成人女性と性交するメリットがありません。当然、殺す理由もありません。となると達也さんの精液を入手でき、かつ達也さんを(おとしい)れたい人間が犯人になります。最も妥当なのは、やはり妻である美鈴さん、あなたです」

 

 暫しの沈黙。

 アナログ時計の音がそろそろ耳障りになってきた時、美鈴さんが深い深いクソデカため息をつく。御愁傷様です(笑)。

 

「……そうよ。その通りよ。あの人がいけないんです。いつもいつも……」

 

 えぇ……。

 

 なんか急に愚痴り出した。

 

 どうすんのこれ。

 

 白峰さんを見ると目が合う。

 

──なんとかしてくれ。

 

──無理よ。あなたがなんとかしなさいよ。

 

 まっっったく不毛なアイコンタクトだな! なんとかってどうすればいいんだよ。

 

「ねぇ、弁護士さん。私ってそんなに魅力無いですか? もう29ですけどやっぱり若くないとダメなんですか?」

 

 知らんよ! 人によるんじゃねぇか。くっ、しょーがない。あんまりやりたくないけど言霊(ことだま)モードと、とある念を込めた霊気を使う。

 

「……そんなことないです! 美鈴さんみたいに綺麗な方は見たことがありませんよ。法律さえ無ければ、私だけのものにしたいと思ってしまいます」

 

 俺のやっっすい言葉に美鈴さんがうるうるし出す。

 

 うわぁ。なんだかなぁ。

 

 なんでこうなってるかっていうと、霊気に「めっちゃかわいいやん! ちょーヤりてぇぜ!」って念を込めて、美鈴さんの魂にぶっこんだからだ。

 人生の大半でこういう扱いを受けてきたのに、最近は全くそんなの無かったからね。いや、正確には達也さん以外からはあったと思うんだけど、視野狭窄(しやきょうさく)(おちい)っていたせいで気づけなかった。

 そんなわけで美鈴さんは自信を失っていた。

 で、俺はその傷につけ込んだわけだ。

 

 これで粉々になった自信とプライドが少しはマシになったかね?

 

「達也さんより先に貴方に出会いたかった……」

 

 やけにしっとりとした温い息に乗せられた妙齢女性の声……。

 

 なんという破壊力だろうか。まかり間違っても亮と白峰さんには無理やな。痛!

 

 白峰さんが小さい足で蹴りやがった。なんてチビッ子だ!

 

「……美鈴さん。自首しましょう。まだあなたの人生は終わっていません。罪を(つぐな)ってからまた……」

 

 意味深に言葉を切る。勿論、何も考えていない。あ、漬物のことは考えてるな、うん。早く茄子食べたいなぁ。

 

 美鈴さんが熱っぽい目を向けてくる。うわぁ。うわぁ。なんかやだなぁ。

 

「……分かりました。自首します」

 

 初めからそう言えばいいんだよ!

 

「ですが最後にひとつお願いがあります」

 

 え゛。なんやこいつ。確かに証拠は少ないから自白しないとなるとめんどくさいけど、だからってこれ以上俺がなんかしてやるのは、それこそめんどくさい。

 

「一晩だけ私を──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(≖_≖)

 

 

 

 次の日、美鈴さんは自首をしたわ。それはいいのだけれど、問題は美鈴さんのお願いよ!

 

「本当に何もしていないの!?」

 

 虹色法律事務所で、もう何度目になるか分からない質問を結城君に投げ掛ける。だって全く信用できないんだもの。

 

「してないですよ。するわけないじゃないですか」

 

「じゃあどうして1日置いたのよ!?」

 

「俺に訊かれても分かりませんよ。いろいろと心の整理をしたかったんじゃないですか?」

 

 うぅ、そんな風に言われると私は何も言えないじゃない。ずるいわ。

 

「これで達也さんの不起訴は堅いんだから、よかったじゃないですか。起訴すらさせないってのは、弁護士の完全勝利ですよ」

 

 そうだけど、そうなんだけど! 

 

 モヤモヤする。でも結城君に教える気が無いならどうしようもない。諦めるしかない。

 

「……はぁ」

 

 ため息が出る。

 結城君は漬物がどうとか呟いている。私のことなんかどうでもよさそうだ。

 

 ふいに頭をポンポンされ、撫でられる。

 

「!」

 

 こうされるのが好きになりかけてる自分が嫌いだ。私は大人なのに……。あ、もうやめちゃうの?

 

「じゃあ、俺はこれでお役御免ですね。黒須さんに『一番良い漬物を頼む』って伝えといてください。では、お疲れ様でした」

 

「……うん、いろいろありがと。お疲れ様……」

 

 結城君が帰ってしまう。早く伝えないと。でも迷惑かな。でも……。

 

 結城君と居ると、なぜか私の心は痛みが弱くなる。不思議な安心感がある。こんな人には今まで逢ったことがない。

 だからもっと側に居たい!

 

「結城君!」

 

 ついキツイ口調になってしまう。こんな経験無いから、どうすればいいかなんて分からない。

 でも行動しないと何も得られない。

 

 結城君が足を止める。

 

 意を決して、言葉を絞り出す。

 

「こ、今度RINEしていい、ですか?!」

 

 声が上擦ってしまった。恥ずかしい。心臓がうるさい。

 

「……いいですけど仕事は寄越さないでくださいね」

 

 よかった。嫌がられたらどうしようかと思った。

 

「分かった! ありが──」

 

「あー! やっと見つけた!」

 

 え? 誰この子?

 

 突然、若くて可愛らしい女の子が事務所に入って来た。なんかどこかで見たことある気がする。

 

「げ、亮。今、仕事中だから駄目だって」

 

「ゆう、昨日も帰って来なかったじゃん。どこに行ってたの!?」

 

 ん? どういうこと……。帰って来なかった? つまり……。

 

 心が急速に冷えていくのが分かる。

 

「結城君」

 

 自分でも信じられないくらい冷たい声が出た。

 

「な、なんですか」

 

「こちらのお嬢さんは?」

 

「えーおさな「妻です!」……」

 

 は? は? は? ふーん。へー。そうなんだ。へー。

 

「昨日は外泊なさっていたのですね。どこにお泊まりになったのですか?」

 

 にっこりと笑いかける。

 

 どうして怯えるの? 私は何も怒ってないわよ?

 

「……ま、漫画喫茶です」

 

 ふっ。そんな嘘を信じるとでも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異議ありぃぃ!!!」

 

 ちくしょう!!!

 

 

 

 

 




強姦殺人と監禁レイプをネタにラブコメを書くクズが居るらしい。

真面目な話、読者の皆さんからすると白峰さんのこの設定はどうなのでしょう?


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霊能力者が戦った場合(ミステリーは?) [ネタ編]

今回のお話は伏線回収の為にミステリーをポイして書いたやつです。伏線投げっぱなしよりはマシと思ったんです。許して。


「バケモノ……。人間じゃないっすよ」

 

 

 

 

(ó﹏ò。)

 

 

 姉さんが拐われてからもうすぐ6年が経つ。

 

 キーボードを叩く。

 

──殺しを頼みたい。

 

 あの日からずっと探してきた。

 

──ターゲットは五月雨(さみだれ)(はる)、都内の奈落(ならく)中学の2年生で探偵だ。

 

 漸く手掛かりを見つけた。8年程前からダークウェブを通して殺人を請け負う組織が居る。

 探偵業で稼いだお金で集めた情報によると、彼らは都内を中心に同時期から発生している神隠し事件の犯人でもあるらしい。小中学生を主に(さら)っているようだ。当時、姉さんも中学生だった。条件は合致している。

 

 返信が来た。

 

──やり方は?

 

 この組織ではないかもしれないという不安はある。

 でも確信はできないまでも、一定の疑うべき要素はある。

 

 あの日、僕は犯人の車のナンバーを見ている。勿論、警察にはそれを伝えた。

 だけど、結局犯人どころか車が発見されることはなかった。偽装ナンバーだったのかもしれない。たまたま捜査が上手くいかなかったのかもしれない。その時はそう思った。思おうとしていた。

 でも探偵を始めて警察内部に知り合いが出来た。そしたら教えてくれた。姉さんの事件はそもそも捜査がされていなかったと……。

 どこかから圧力が掛かったと考えるのが自然だと思う。

 つまり一定規模の権力を持っている誘拐犯ということだ。そんな連中、現代日本では限られている。

 今、サイト内のチャットでやり取りしている組織は、数年に渡り殺人を実行しているにも関わらず、ニュースにもならず逮捕もされていない。怪しい。

 仄暗(ほのぐら)い人間の情動が(うごめ)いている。僕にはそう思えてならない。

 

──こちらが探偵であるターゲットへ偽依頼を出し、5月10日の23時、奈落公園に1人で向かわせる。その時に殺してくれ。具体的な殺し方は任せるが、この時に殺せなかった場合は契約を解除する形にしたい。

 

 どう出るかな。パソコンの画面を見つめる。数分後に返信。

 

──5月3日深夜1時に、500万を煉獄(れんごく)橋の下にある箱に入れろ。ダイヤルは19459だ。

 

 釣れた!

 

 マウスを握る手に汗が滲む。焦っちゃ駄目だ。嘘がバレないようにしないと。

 キーボードへ指を踊らす。タイプミス。タッチタイピングをやめて、目視で確認しながら打つ。

 

──前金は250万だ。殺害を確認してから残り250万を払う。

 

──了解した。

 

──頼んだぞ。

 

 これで僕に対する殺人依頼は成立だ。あとは現場で身を隠し、彼らを確認する。可能な限り尾行もしたい。気配を消すのは得意だ。大丈夫。上手くやれる。

 

「姉さん……」

 

 姉さんが生きているかは分からない。でも誰かが動かないと闇の中に埋もれたまま。

 だから僕がやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月3日、煉獄橋。

 時計を見ると深夜12時47分を表示している。川から湿り気を含んだ風が流れてくる。少し寒い。

 懐中電灯を照らす。橋の下、橋脚に添えられた黒い箱がある。

 

 あれかな。

 

 近付いて観察してみると、蓋にはダイヤルが付いている。19459にするとロックが解除された。

 蓋を開け、お金を入れようとした時、どこかから声が発せられた。

 

「動くな。お前に照準を合わせている」

 

 まさか! でもどうして?

 

 ジャリジャリと1人の足音が接近する。

 

「舐めた真似してくれたな」

 

 後頭部に硬い物が押し付けられる。

 

 バレていた? いつから?

 

「何か誤解してる……」

 

 強い衝撃。水気を含んだ地面に倒れてしまう。殴られたと少し遅れて理解する。痛い。

 

「お前が俺たちを調べていたことには気づいていた。チャットしている時には、すでにハッキング中だったんだよ」

 

 それで僕の偽依頼を読まれたのか……。

 

「来い」

 

 姉さんが見た景色を見ることになるのかな……。

 

 腕時計に目をやる。いつの間にか1時を回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

٩( ᐛ )( ᐖ )۶

 

 

(めい)さん! 命さん!」

 

 なんだ? うるせぇな。

 

 ボロアパートのドアが叩かれる。朝9時。いつもなら到底起きる時間ではない。

 声の主は日雇いのバイトで知り合った拓実(たくみ)だろう。焦りを含んだ声だ。

 

「ちっ」

 

 しかたねぇな。

 

 安いベッドに別れを告げ、玄関に向かう。ドアを開けると坊主頭が居た。

 

「うるせぇわ」

 

「命さん、大変です。隼人(はやと)が消えたんす!」

 

 消えた……?

 

 嫌な予感がしやがる。何かが起きているのか。話を聞く必要があんな。だりぃけどよ。

 

「……入れ」

 

 拓実が世界で一番売れているスニーカーを脱ぎ、部屋へ入る。

 互いにいつもの位置に座る。

 

「何があった?」

 

 そして拓実がやや早口で話し始める。

 

「昨日、隼人と遊びに行く予定だったんすけど、来なかったんす。RINEも未読のままで電話も繋がんない。隼人のアパートに行ったら、鍵が開けっ放しで誰も居なかったんす。そんで、1日待ってみたんすけど結局帰って来なくて……」

 

 確かに妙ではあるな。

 

「……お前はどう考えてる?」

 

「はっきりとはわかんねぇっす……。けどなんかやベーことに巻き込まれたんじゃねぇかって思うんす」

 

 そうか。気が合うな。

 

 立ち上がる。クローゼットを開け、札を選ぶ。

 中に服は最小限しか収納されていない。札が詰め込まれた段ボール箱が積み上がり、狭いスペースを圧迫しているからだ。

 そこから易占(えきせん)用式神の札を引っ張り出す。

 

 占いは苦手なんだがな。なんか分かるかもしんねぇ。念のためだ。

 

「玄関からチラシ持って来てくれ」

 

 拓実が慌てて取りに向かう。玄関にはチラシや光熱費の請求書が乱雑に積み重なっている。そろそろ部屋の掃除しねぇとな。

 

「裏に何も書いてないやつをくれ」

 

「どうぞ!」

 

 チラシをテーブルに置き、札へ霊力を込める。

 

 ポンッ。

 

 やけに軽妙な音と共にそいつが現れた。口と(まぶた)を縫い付けられた、筆を背負った人形サイズの女形(おんながた)式神(しきがみ)──トリアタマだ。

 

「う゛? う゛ーう゛ー!」

 

 相変わらず何を言ってるのか分からない。

 拓実が明るさを少し取り戻し、トリアタマに声を掛ける。

 

「トリアタマちゃん! 久しぶりっす」

 

 トリアタマが振り返る。目は見えなくても耳は聞こえるからな。

 拓実には一応霊感がある。大したことはできないが、式神とコミュニケーションを取るくらいはできる。

 

「う゛ぅ゛ー! ぅうう!」

 

 トリアタマが拓実へと駆け寄り、飛び込む。実に幸せそうに顔を擦り付けている。拓実も満更ではなさそうだ。

 

「……」

 

 (あるじ)は俺なんだが、なぜが拓実に懐いてるんだよなぁ。

 別に構わねぇが、今はちぃと急ぎだ。

 

「トリアタマ、後にしろ。先に仕事だ」

 

 絶妙に不満そうな顔でこちらを見やがった。生意気な奴だ。

 

「お前も隼人は知ってるよな?」

 

「う゛……? ……! ぅ゛うぅ」

 

 ちょっと怪しいけど、かろうじて記憶にあるみてぇだな。

 

 大丈夫かよ? こいつ拓実以外は眼中にねぇんだよなぁ。しょーがねぇやつだ。

 

「何度も見てるだろ? ちゃんと思い出せ。そいつが消えた。だから隼人の居場所を占え」

 

「ぅ゛ぅ゛……」

 

 煮えきらねぇ態度だな。そんなに自信ねぇのか?

  

 だが、ここで拓実の援護が入る。

 

「お願いだよ、トリアタマちゃん! 頼れるのは君しかいないんだ。俺にできることはなんでもするから!」

 

「!? ぅ゛ー!」

 

「……」

 

 なぜ急にやる気を出して、キレのある霊気を筆に(まと)わせ出したのか。お前マジでなんなんだ。俺が生み出したんだぞ? 命令権は俺にあるって分かってんのか? あとで再教育だな。決定だ。徹底的に(しめ)上げてやる。

 

 トリアタマがさらさらと文字を書いていく。雰囲気ぶち壊しの丸文字だ。

 ゴリゴリのくずし字や達筆すぎて読みにくい字よりは助かるんだが、どうにも納得できねぇ。

 

「……ぅ゛ぅ゛ぅ゛う!」

 

 できたようだ。トリアタマが勢いよく拓実へと顔を向ける。どや顔がうぜぇな。

 こちらには目もくれずに拓実へと駆け出す。

 

「……(かい)

 

「う゛!?」

 

 まるで親の仇でも見るような恨みがましい顔を俺に向けてから、ポンッという音と共にトリアタマが消える。残ったのは煙だけだ。

 親は俺だっつーのに変な奴だ。

 

「命さん……」

 

 拓実が形容し難い顔で呟く。だが無視して、さっさと本題に移る

 

「……占いが出たことは出たけどよ。お前これ意味分かるか?」

 

 チラシには「陽の差す暗闇が暗闇の差す陽になる場所♡」とある。

 まず言えるのはハートがいらねぇってことだな。つーか、俺にはそれしか分からねぇわ。

 

「……すんません。分かんねぇっす」

 

 始めから期待はしてねぇからそんな顔すんな。俺らみてぇな中卒には、頭使うことなんて無理だって分かりきってるからな。

 

「……分かった。あいつに頼んでみる」

 

「あいつってなんすか?」

 

「お前、昔、俺がなんて呼ばれてたか知ってるよな」

 

「……双頭の龍っすか? 昔ってか今も呼ばれてるっすよ。命さんとダチの2人だけで、都内の二大ヤクザを一晩で壊滅させたからそう呼ばれてんすよ……ね……あ、まさかそのダチっすか!」

 

 今も呼ばれてんのかよ。俺も今年で二十歳。はっきり言って恥ずかしいからやめてくんねぇかな。

 

「そうだ。あいつは(さか)しい奴だから、俺らよりはマシなことが言えんだろ。準備するからちょい待ってろ」

 

「え? え? まさか俺も行くんすか? その人、大丈夫なんすか? 目が合ったからってボコってきたりしません?」

 

 何言ってんだ? そんな馬鹿、今時なかなか居ねぇよ。

 大体あいつニートだしな。最近、探偵がどうとか言ってたけど、多分嘘だろ。真面目に働いてるとこなんて想像できねぇ。

 拓実がこの世の終わりみたいな顔してやがる。アホか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

٩(๑´3`๑)۶

 

 

 亮と大富豪で遊んでいたらスマホが光った。

 

──ぴろりんぴろりん。

 

 呼び出し音だ。

 

 スマホをタップし、通話を開始する。

 

「どうした?」

 

「頼みがある。今からお前ん家に行っていいか?」

 

 ほーん。なんじゃろ。

 

「話は聞くけど、今、事務所に居るからそっちに来てくれ」

 

 少し間が空く。

 

「は? お前、探偵事務所っつー話マジだったのかよ」

 

 失礼な奴だな。気持ちはすげぇ分かるけどな。俺が一番信じられないよ。

 

「マジだって。場所はユウキ探偵事務所で検索しろ」

 

「マジか。やべぇな。とりあえず行くわ」

 

 さてさて、なんの用かね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱色した金髪と舌ピアスが特徴のヤンキーがやって来た。

 

「命! いらっしゃい!」

 

 亮がヤンキー──命を出迎える。亮が生き霊の頃から普通に面識あるからな。

 

「おー亮じゃね……え? おい、幽日! いつの間に亮は復活したんだ? 普通に人間してんじゃねぇか」

 

 驚いてんな。亮のこと言ってなかったし、まぁそうなるよね。

 

「いろいろあった。以上」

 

 説明すんのめんどくさい。テヘ☆

 

「……いいけどよ」

 

 背の高い命の後ろに隠れていた坊主頭が、ひょっこりと顔を出す。

 

「命さん、この可愛い子が双頭の龍……」

 

 !?

 

 そ、その厨二ネーム、まだ言われてんのかよ!

 絶望した。黒歴史が長年、知らない人にバレバレになっているというホラー。もうやだ。

 

「ちげぇよ馬鹿。あっちのヤル気のねぇダルそうな奴がそれだ」

 

 やかましいわクソヤンキー。

 

「はぁ。話、聞くからこっちのソファに座れよ」

 

「飲み物、持ってくるね」

 

 亮が給湯(きゅうとう)室へと向かう。

 

 コーラはやめ……いや、命だしなんでもいいや。

 

 命と坊主頭がソファに座る。坊主頭がビクビクしてる。命に苛められてるんだな。やっぱりヤンキーってクソだわ。

 

「実はよ──」

 

 命がなんたらかんたらと説明してきた。隼人って奴が心配だと。で、占いしたけどよく分からんと。

 ほーん。

 説明中に亮が持ってきたお~い粗茶に口を付ける。

 

「お前、この占いの意味分かるか」

 

「多分、明暗(めいあん)市のことを指してんだろぉなぁってことしか分からん」

 

 命が片眉を上げる。

 

「……お前、それ俺らと同レベルだっつーの」

 

 あからさまに馬鹿にした顔をしやがる。

 だってしょーがないって。情報少なすぎなんだもん。

 

「はぁ、しゃーないな。札は持って来たんだろ」

 

「一応な」

 

 よしよし。流石、準備がいいわ。

 

 立ち上がる。ソファの柔さが後ろ髪を引いてくる。もっとだらけていけよって言ってる。俺には分かる。

 でもいつも札をタダで貰ってるし、たまにはリターンをやらんとな。

 

「明暗駅に行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明暗市の中心部にある明暗駅に俺、命、拓実さんの3人で遊びに来ている。

 

「ウソだ……あり得ない……」

 

 呆然と呟く坊主頭──拓実さんの肩へ命がポンッと手を乗せる。

 

「気持ちは分かるがこれが幽日だ。諦めろ」

 

「バケモノ……。人間じゃないっすよ」

 

「しかもこれで霊気量は素なんだぜ? 凄いとか恐いを通り越してキモいよな」

 

 なんなん? お前らの為にやってんだけど? 酷くない?

 

 俺が何をしているかっていうと、命に貰った霊気制御補助用の札を使い明暗市と近隣の市、町全てを覆う感知用ドームを霊気で作り、その中で感知できる霊気から行方不明者──隼人さんのものを探している。

 命は隼人さんの霊気が宿った物もちゃっかり持ってきていた。だからスムーズに進んだよ。

 なんだかんだとこうなるって予想してたんだろうね。ヤンキーのクセに気が利くというかなんというか。

 

 知った霊気を感知する。

 

「お?」

 

「見つけたか!?」

 

 命ががっつく。

 

「んー多分見つけた」

 

 ただちょっと気になることがある。

 

「どこだ?」

 

「明暗大学っぽい」

 

 なんでこんなとこで隼人さんと一緒に居るんだろ?

 

 俺がモヤモヤしているのを察した命が、疑問を投げ掛ける。

 

「どうした? なんかあんのか?」

 

「知り合いの美少年目美少女科の子もそこに居るんだよね。明暗大とは関係ない中学校の子なんだけど」

 

「……」

 

 ん? なぜ沈黙する?

 

「お前……もう二十歳(はたち)になるのに中学生に手を出したのか」

 

「おい」

 

 出してねぇよ。

 

 しかし拓実さんの目に軽蔑の色が浮かぶ。誤解である。

 

「ロリコンのバケモノ……略してロリモノっすね……」

 

「おい」

 

 その言い方だと尖ったエロ動画みたいじゃねぇか。弁解しなければ。

 そう思って口を開こうとした時、まさかの伏兵が現れる。

 

「ゆ、幽日君、偶然だな」

 

「……こんにちは」

 

 なんでこのタイミングで来るんすかねぇ。白峰さん?

 

 命と拓実さんがいつの間にか距離を取ってヒソヒソしてる。

 

 今日は休みなのか、白峰さんはスーツではなくカジュアルな格好だ。デニムに白ブラウスっていうラフな組み合わせに、淡いピンクのロングカーディガンを羽織(はお)っている。

 

「そんなに見つめてどうしたんだ……」

 

「服可愛いっすね」

 

「そ、そそうか? これちょっと子どもっぽくないか?」

 

 子どものクセに何を言ってるんだ? 

 

「そんなことないですよ。よく似合ってますよ」

 

 白峰さんがあわあわしてる。あなたたちの事務所ではあわあわするのが流行ってるんですかね。

 

「……ありがと」

 

 なんかウサギみたいだな。

 

「じゃあ俺は用事があるんでこれで」

 

「待て!」

 

 呼び止められた。なんだよ。地味に急いでるんだけど。

 

「な、何か忘れてないか。ほらあるだろ?」

 

 何も無い(確信)。

 

「何も忘れてないです」

 

「そうか……」

 

 しょんぼりしちゃったよ。

 丁度いい位置に頭があるな。なんとなくポンポンしてから命たちの方へ行く。

 

 さてお仕事しないとな。なんだか嫌な予感がするし。

 命たちの下へ行くと案の定ゴミを見る目である。

 

「ヤバい奴だとは思ってたがよぉ。流石に小学生は駄目だろ」

 

「ロリモノフリークっす」

 

 誤解である。

 

「合法ロリだぞ」

 

 珍獣を見たかのような顔をやめろ。

 

「分かった分かった。今度腕のいい弁護士を紹介してやる。だから警察に行こう。な?」

 

 な? じゃねぇよ。行かねぇよ。つーか弁護士への事案で弁護士を紹介させるってなんだそれ。

 

「俺は無実だ」

 

「分かった分かった」

 

 命が優しい声を出す。気持ち悪いな。ヤンキーだって自覚あるのか?

 

 ふいに命がシリアルな顔をする。

 

「……ところで具合(・・)はどうだったんだ? やっぱりキツいのか?」

 

 こいつ……!

 

「……キツい方なんじゃないか(境遇と性格的な意味で)」

 

「ほぅ」

 

「へぇ」

 

 駄目だ。こいつら。

 

 スマホの呼び出し音が鳴る。

 

 誰だ、こんな時に? え、警視総監? えぇ……。

 

 無視するわけにもいかないから普通に出る。

 

「……もしもし」

 

「やぁ。突然すまんな。実は頼みがあるんだ」

 

 うわぁ。絶対めんどくさいヤツだ。

 

「今忙しいんですよ。急ぎですか?」

 

「急ぎだね。都内で発生している神隠し事件についてだ」

 

 神隠し事件……か。隼人さんや(はる)さんの件と関係があるのかもしれない。

 

 命を見る。俺の不穏な空気を察して難しい顔をしている。

 

 明暗大学は命ひとりに任せてもいいか。よし。別行動といきますか!

 

「分かりました。警視庁に行けばいいですか?」

 

「いや外で会おう」

 

 キナ臭さがハンパじゃない。警察内部も安心はできないってことだろう。

 

「……了解です。今、明暗駅に居ます。どこで落ち合いますか?」

 

「明暗駅内のコッテリアで待っててくれ」

 

「げっ品()()バーガー食べながら待ってます」

 

「ああ。ではな」

 

 切れた。

 

「なんかあったのか?」

 

 命が言う。

 

 何かあったことは直感しているだろうに。

 

「俺は別方面からこの事件に当たることになるかも。とりあえず明暗大学はお前に任せるわ。1人でなんとかなるだろ」

 

「多分な」

 

「じゃあ俺は血~頭バーガー食いに行くわ。あ、捕まってる俺の知り合いの情報はRINEしとく」

 

 赤いババネロソースとピンクの謎クリームが旨いんだよな。

 

「はいよ。サンキューな」

 

「ロリモノさん、あざした」

 

 それやめろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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霊能力者が戦った場合(ミステリーは?) [バレ編]

ものすっっっごく書きづらかったです。


 安全装置無しのジェットコースターか始まった。

 

 

 

 

 

 

 

ヽ(゚∀。)ノウェ

 

 

 

 

 幽日が人混みに消えた。俺も行くか。

 

「拓実、お前はここまでだ」

 

 嫌な予感がするからな。拓実じゃ対応できないかもしんねぇ。

 

「……明暗大学に行くんすよね。俺も行ったら駄目っすか」

 

 無駄に気合い入ってんな。

 

「なんかあっても文句言うなよ」

 

「あざっす」

 

 まぁいいけどよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明暗大学前の好き者屋でぎゅう♡丼を堪能しながら式神の報告を待つ。

 大学内に先に潜入させた。斥候(せっこう)ってやつだ。

 

「マシュマロと肉って合うんすね」

 

 こいつ、ここに来たことなかったのか。全国にチェーン展開してんのに珍しい。

 

 おっと式神の霊気が近づいて来た。

 

 店の自動ドアが開かなくて涙目になってんな。何やってんだ。

 

「トラノコが戻った。出るぞ」

 

「はひ」

 

 口に詰め込みすぎだ、バカ。

 

 会計を済ませ店を出る。

 30センチ位の身長、豹柄のビキニ、背中にトンカチ。女形(おんながた)式神──トラノコが敬礼する。

 

「任務完了したであります!」

 

 こいつテンションウザいから苦手なんだよなぁ。でも一番汎用性あるんだよなぁ。

 

「ご苦労さん」

 

 トラノコが肩に跳び乗る。歩きながら報告を聞く。

 

「で、どうだった?」

 

「ハ! 対象二名を旧本館にて発見しました!」

 

 旧本館ね。すれ違った学生どもの記憶によると今は使われていない建物のはずだ。

 

「どんな様子だった?」

 

「二人とも縛られて拘束されておりました! ただ……」

 

 トラノコが言い淀む。

 

「なんだ?」

 

五月雨(さみだれ)(じょう)は衣服が乱れておりました……」

 

 ほぅ。幽日の女に手を出すとは命知らずな奴だ。

 

「他には?」

 

「……」

 

 今度はなんだ? 

 

「……上官は五月雨嬢に対してもっと何か無いのですか!?」

 

 あーそーだよな。お前ってそういう奴だったな。マジめんどくせぇわ。

 

「いいじゃねぇか。いろんな男を知った方が上手くなるしよ」

 

「な、何を言うでありますか! それは未経験の私に対する当てつけですか!?」

 

 め、めんどくせぇ。

 

 報告が進まないのを見かねたのか、拓実が口を出す。

 

「まぁまぁ。命さんカッコつけてるだけっすよ。いい年して厨二病なんす。大目に見てあげましょう」

 

「! そうであったか! それなら致し方ないでありますな!」

 

 こ、こいつら……。とりあえずトリアタマと一緒に再教育だ。マジふざけんなよ。

 

「それに未経験でもいいじゃないっすか。俺は好きっすよ」

 

「た、拓実殿ぅ……!」

 

 なんだこれ。処女厨宣言に頬を染める女なんて初めて見た。

 トラノコが拓実の肩に跳び移る。

 

「報告を続けるであります!」

 

 もう疲れたわ。

 

「本館内には他に五名の人間が囚われておりました! 皆、若者であります!」

 

 ほぅ?

 

「犯人については?」

 

「ハ! 皆目検討がつかないであります!」

 

 頭が痛い。

 俺もバカだから分からないっつーのは別にいい。問題はなんでそんなに自信満々なのかっつーことだ。

 耳下で叫ばれた拓実が不憫だ。

 

「怪しい人や不自然な物はなかったんすか?」

 

「ハ! 五月雨嬢の太ももが怪しい雰囲気でありました!」

 

 お前処女なんだよな。レズでもあるのか? 

 

「ほ、他にはなかったんすか?」

 

「ありません!」

 

 じゃあアレなんじゃねぇか。元々大学に居る人間が犯人なんじゃね? 怪しい奴が居ないってのは浮いてる奴が居ないってことだろ。

 もう分からんし、それでいいや。

 

「報告ご苦労。では次の任務だ」

 

 トラノコが目を輝かせる。

 

「お前はターゲットの側で指示があるまで待機」

 

「……? それだけでありますか?」

 

 拍子抜けって感じだな。

 

「一応、隼人たちが危なくなったら助けろ。それくらいだな」

 

「ハ! 了解しました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、大学を取り囲む塀の近くに来た。拓実は近くの○クドで待機中だ。ぶっちゃけ邪魔だしな。

 

 札を取り出し、式神を具現化する。札が弾け、小さなヒトガタが現れる。

 

「うぃー」

 

 気だるげな声で挨拶したのは、背中にカスタネットを背負った男形(おとこがた)式神──キュウソだ。

 

「今からこの建物に侵入する。人が居たら眠らせろ」

 

「うぃー」

 

 寝ぼけ(まなこ)を擦っている。

 

 大丈夫か、こいつ。

 

「……行くぞ」

 

「うぃー」

 

 侵入つっても普通に正面から入るだけだ。まずは正門近くまで移動し様子を伺う。警備のおっさんが居るな。

 

「キュウソ」

 

「うぃ」

 

 袴っぽいズボンを履いたキュウソが普通に警備のおっさんに近づく。

 式神は霊と違い、物に触ったりできる。だが、霊感が無い人間は見ることができない。だから今みたいな時は便利なんだ。

 

 キュウソがカスタネットを構え、鳴らす。

 

──カッカッ!

 

 警備のおっさん2名がカクンッとこと切れ……じゃなくて睡眠状態になる。

 流石だ。数ある式神の中でもなかなかにエグい能力。それがキュウソだ。

 

 よくやった、と頷いてから大学構内へ入る。カメラはあるだろうが別に構わない。マスクに帽子スタイルのただの怪しい奴だから問題ない。特定さえされなきゃいいんだよ。

 

「うぃ」

 

 ……ヤル気は一切感じられないがかなり使えるんだよなぁ。どこかの霊圧バカみたいだ。

 

「……ん」

 

 なんか嫌な空気だ。念のためエンピも出しとくか。

 

 札を取り出し、霊気を込める。

 

 ぼふんっ。

 

「……今宵(こよい)も風が()いている」

 

 相変わらず何言ってっか分からねぇな。

 

 身長30センチほどの振り袖姿で、背中にケース入り包丁(持ち手改造済)を携えた戦闘特化型の女形式神だ。強いことは強いんだが頭がアレな奴で、会話が困難なんだよなぁ。

 

「今、敵陣だ。備えておけ」

 

「御意。漆黒の闇夜を斬り伏せ、深紅の道を導かん」

 

 誰か翻訳してくれ。

 

「うぃ~」

 

「む? キュウソ殿ではないか。息災(そくさい)であったか?」

 

「うぃ~」

 

「そうかそうか。なによりだ」

 

「うぃ~」

 

「なるほどのぅ、妹君(いもうとぎみ)がのぅ」

 

「うぃうぃ」

 

 こいつら遠足かなんかと勘違いしてねぇか?

 なんか締まらねぇなぁ。

 

 ユルい空気のまま旧本館に着いちまったよ。ドアはチェーンで封鎖されてる。

 一応、他の入り口探すか? いやめんどくせぇな。

 

「エンピ」

 

「御意」

 

 背負った包丁を構え、一閃、二閃……八閃。封鎖されたドアがバラバラに崩壊して、俺たちを招き入れてくれるようになった。イイコだ。

 

 ほんじゃ、あとはトラノコと合流して隼人たちを拐って行けばミッションクリアだ。

 建物に侵入してテキトーに進む。

 

 どこつったかな。東だっけ? でも東ってどっちだ? トラノコの気配を探った方が早いか。

 

 目を(つむ)り集中する。

 

 居た。場所も分かったし、さっさとやることやるべ。

 

 旧本館内を目的地に向かい、真っ直ぐ進む。

 

 案外呆気なかったな。ヨユーヨ──! 

 

 鋭い金属音。

 

 振り向くとエンピが包丁を振り切った体勢で一点を睨み付けていた。

 エンピの視線の先には銃──おそらくはサイレンサー付き──を構えた人物。

 

 こいつが誘拐犯か。

 

「よぅ。こんばんは?」

 

「……ここに何の用だ」

 

 えらい警戒してんな。当たり前か。

 

「夜の社会勉強」

 

 また金属音。エンピが銃弾を斬り飛ばした音だ。

 

 どういう理屈か知らねぇが明らかに包丁の間合い外の物も斬れんだよなぁ。謎だわ。

 

「……何をした」

 

「さぁ?」

 

「舐めた真似を……!」

 

 銃声が耳を打つ。一回、エンピが、二回、斬撃が、三回、舞う、四回、銃弾は届かない。

 

「弾の無駄だ。諦めろ」

 

「ちっ。調子に乗るなよ! おい!」

 

 男がそう言うと廊下の先や柱の影、部屋の中から複数の殺気が出現した。

 

「へぇ……」

 

「この数相手ならトリックは通用しないだろ! 大人しく捕まれ!」

 

 そんなこと言われて素直に捕まるアホは居ねぇよ。アホか?

 

 舌ピアスに仕込んだ術式を解放する。息を吸い込む。で、腹から声を出す!

 

「俺に従え!!!」

 

 声が響き渡り、そして殺気が消滅する。敵対してた奴らが全員、俺の支配下に入ったんだ。

 舌ピアスは言霊(ことだま)を絶対命令クラスまで強化する術式が刻まれている。要は俺の言葉に服従するようになる。一回使うと充電期間は要るが、チョー便利な一品だ。

 

 やっぱヨユーヨユー。

 

「集まれ」

 

 俺の言葉に従い、ぞろぞろと集合する。全部で5人か。ほぅほぅ。

 

「拐った奴らのとこに案内しろ」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 全員で返事されるとうぜぇな。

 

「返事は1人でいい」

 

「「「「「はい」」」」」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(’ω’)ファッ!!?

 

 

 血~頭バーガーウマウマ。

 

 口を赤い液体で汚しながら肉を貪り喰ってると警視総監の佐藤さんがやって来た。チノパンにニットセーター。完全に休日のお父さんスタイルである。

 

「いきなりすまないね。待たせたか?」

 

 ううん! 今来たとこ!

 

 などと言うはずはない。

 

「そこそこ。話はどこでします?」

 

「車でしよう。……ところで後ろの御人とはどういったご関係かな?」

 

「ただの知り合いです。気にしなくて大丈夫ですよ」

 

『ワシはぁ石川と申す』

 

「これはご丁寧に。私は佐藤一(さとうはじめ)と言います」

 

 さっき霊気の感知ドームを作った際に、俺の霊気と気づいた石川さんが心配して来てくれたんよ。意外とマメな男だ。

 

「行きましょう」

 

「ああ」

 

『あいよ』

 

「……石川さんも来るの?」

 

『駄目か?』

 

「いや、いいけどさ」

 

『じゃあ()くぞ』

 

 なんだこの組み合わせ。世の中分からんわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐藤さんが車を走らせながら話し出した。

 

「実はとある組織がA国と結託してクーデターを起こそうとしている」

 

「……は? マジですか?」

 

 でもそれって公安警察の担当なんじゃないの?

 

 俺の疑問を察したのか、佐藤さんが続ける。

 

「公安警察内部にも組織側の人間が複数居る。安易には頼れない」

 

 ヤバすぎワロタ。何も聞かなかったことにして帰りたい。

 

「それでな、組織の連中は8年程前から若い人間を中心に誘拐を繰り返しているんだ。理由が分かるか?」

 

 知らんよ。知りたくもないよ。

 

『……なんじゃ、少年兵にでもするつもりか』

 

 石川さん普通に会話に交ざるんスね。

 

「半分正解だ。洗脳できて、かつ素質のある人間はそうなる」

 

 おいおい。なんとなく予想できちまうぞ。

 

「残りは金ですか」

 

「そうだ。条件に合わない人間は内臓を売られ、革命資金に換えられる。加えて、奴らは麻薬売買と殺人でも稼いでいる」

 

 こっわ。ガチ悪の組織じゃん。誰か倒してやれよ。

 ただなぁ、こんなことを俺に言うってことは……。

 

「……なんでそれを俺に言ったんですか」

 

「勿論、結城君にも一枚噛んでもらう」

 

「拒否権は……?」

 

「博物館や車の無断使用の件を強引に押し進めてもいいんだよ? プラスして適当な罪を擦り付ければ刑務所送りにもできる。どうだい、やる気が出てこないか?」

 

 なんということでしょう。警察のボスが公然と脅迫をしているではありませんか。警察は腐りきっている。間違いない。

 

「……何をすればいいんですか」

 

 ふぇぇ、権力には勝てなかったよぅ。

 

 佐藤さんがいつかみたいに凶悪な笑顔を見せる。石川さんが『ほぅ』と感嘆の息を漏らす。子どもが見たら漏らす。

 

「ああ、革命組織のトップは内閣総理大臣の寿田(すだ)観月(みつき)氏なんだがな、A国との密約文書が首相官邸にあるんだ」

 

 えぇ……。情報量が多すぎて吐きそう。

 

 石川さんが目を輝かせる。なんでやねん。

 

「結城君にはそれを()ってきてほしい」

 

 そんなコンビニで酒買ってこいみたいなノリで言われても、ことがでかすぎて簡単に「うん」とは言えな──。

 

『承知した! ワシと結城に任せておけぃ!』

 

 !? え? なんで? は?

 

「おお! やってくれるか! いやぁよかったよかった。革命組織を潰す唯一の証拠だからどうしようかと思ってたところだ。結城君なら任せられる。……分かっているね?(威圧)」

 

 ひぇ……。なんでこんなことになってしまったのか。

 

「拒否権は?(2回目)」

 

網走(あばしり)刑務所に特別室(独居房)を用意してある」

 

「お任せください!」

 

「ハハハ! 随分ヤル気じゃないか! 頼もしい限りだ!」

 

 先にこのクソオヤジから逮捕すべきじゃなかろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM22:00、首相官邸……の塀の前、ちゃちな銀行強盗よろしく覆面を被る不審者が1人。俺である。

 

「やりたくねぇなぁ」

 

 先ほど遠目に見た小綺麗な建物──首相官邸を思い浮かべると、やっぱり行きたくないという気持ちが頭をもたげてくる。

 彼処(あそこ)に侵入すんのかよ。嫌だなぁ。

 

『ここまで来て何を言うておる?』

 

「はぁ、だってなぁ」

 

 石川さんはヤル気に溢れている。

 石川さんには心残りがあるらしい。それは豊臣秀吉が築いた大阪城の金鯱(きんしゃち)を盗めなかったことだ。

 金鯱ってのは城の屋根の先っぽ(?)に付いてる金色の反り返った魚みたいな奴のことだ。

 

 ……うん、普通、盗みたいって発想にすらならない。でも石川さんは盗みたかったんだって。

 で、それとこれがどう関係してるかっていうと、石川さん的には「時の権力者が大切にしている物を盗むこと」が悲願らしくて、つまり今の総理大臣から革命の密書を盗むこととイコールになる。

 

 というわけで石川さんのヤル気は天守閣をぶち破っている。

 俺のヤル気はお堀の底に沈んでいる。

 

『さぁ早くやるぞぃ』

 

「はぁ。しょうがないよなぁ。刑務所行きたくないし」

 

 やるか。

 

「分かったよ。石川さんの覚悟は……訊くまでもないな」

 

『あったぼうよぅ!』

 

「じゃあいくぞ」

 

──魂魄(こんぱく)完全憑依!

 

 説明しよう!

 この厨二臭い技は俺が中学生の頃に考えた黒歴史の産物だ!

 簡単に言うと魂と霊体を完全に重ねることでスーパー強いパゥワァーを出せる凄い憑依なのだ!

 条件は憑依する霊体の格!

 霊には格がある。上から神霊、英霊、精霊、怨霊、雑霊! この内、一定レベル以上の精霊から魂魄完全憑依が可能! 

 そして石川さんは英霊クラス! 泥棒のクセに生意気だ!

 

 と、そんなわけで石川さんを俺に憑依させてる。なんか凄い力が出てきちゃってるね。こっわ。

 

「『おお! これは凄い! 全盛期以上だ!』」

 

 俺の霊気によりブーストしてるから身体能力もヤバいしな。ちなみにそんな廃スペックボディを俺が使いこなせるわけがないから、身体の主導権は石川さんに渡してある。

 

 ぴょんぴょんと2、3メートルを跳んだり跳ねたりしてる。ここで注意してほしいのは俺の視点は普通に眼球依存ってことだ。つまり視界がぐわんぐわん動く。

 

 ぅぅ、気持ち悪い。めっちゃ酔うわ。助けて。

 

「『伊賀流忍術と盗みの合わせ技、()くぞ!』」

 

 石川さん(俺)が空中3回転半を決め、塀を飛び越える。

 

 あ、これ死んだわ。もう吐きそう。出ちゃう。出ちゃぁぁあああああ!

 

 安全装置無しのジェットコースターが始まった。

 

「『む? ここに罠(赤外線センサー)があるの。せいっ!』」

 

 なんでいちいち捻りながら跳ぶの!? 脇道行こうよ!?

 

「『む? 前方に曲者(くせもの)(警備員)がひぃ、ふぅ、みぃ。ふっ、その程度の錬度で片腹痛いわ!』」

 

 首トン、初めて見た!? ホントにできたの!? 後遺症とか大丈夫なの!? てか曲者は俺らだよ!?

 

「『む? 監視からくり(監視カメラ)があるの。せいっ!』」

 

 クナイとかどこにしまってたの!? なんで持ってんの!? ああ、高そうなカメラが!?

 

「『む? からくり錠(カードロック)があるの。ふむ。先ほどスリ()っておいた板(警備員さんのカード)で』」

 

 いつの間に!? 手癖悪すぎぃ!? 開いちゃったよ!?

 

 こうして石川さん(俺)がスルスルと進んでいく。そして、遂にブツを見つけることに成功した。まぁ俺が残留思念を読んで隠し場所を見つけたんだけどね。テヘ☆

 

「『む? 何やら不穏な気配……結城、どう思う?』」

 

 ……どうって言われても1人じゃないか?

 

「『やはりか。それなりにヤりそうだの』」

 

──銃声!

 

 だが甘い。超強化された直感で読んでいた。十分回避できる。

 最小限の動きでかわした石川さん(俺)がマズルフラッシュの見えた方へ一直線に向かう。

 

 ……え? 逃げないのでせうか?

 

「『逃げん。愉快そうな奴とは遊びたいからの!』」

 

 えぇ……。

 

 また銃声。今度は連射。しかし超直感を俺と共有してる石川さんは難なく避けて突き進み、そして──白刃とクナイが眼前で交差する!

 

 ひぃぃぃ! こっわ! 俺が尖端(せんたん)恐怖だったら泣いてたよ!

 

 一旦距離を取り、敵を観察する。

 

 相対するのは抜き身の日本刀を構えた女。深紅の花があしらわれた(かんざし)が場違いなアクセントになっている。

 

「『お主、なかなかやるの』」

 

「……っ」

 

 うわぁ。無言で斬りかかってきた。話が通じない系女子かぁ。あまり関わりたくはないなぁ。

 

「『だがまだまだ甘い。その程度じゃあ喰らわんのぅ』」

 

 石川さん(俺)が女と斬り結ぶ。刃が衝突し、火花が散る。

 数回繰り返すと女は拳銃も交えてきた。刀だけでは勝てないと思ったのかな。

 流れ弾がガラスを粉砕する。これ被害額いくらになるんだろ?

 

「『どうしたぁ? その程度じゃつまらんのぅ。ほれ』」

 

 石川さん(俺)が簪をひらひらと見せ付ける。

 

 ホントに手癖わりぃな。いつ()ったんだよ。

 

「っ!」

 

 女の目の色が変わる。今までのがお遊びに感じるくらい苛烈な攻めだ。

 まぁ石川さん(俺)には通用しないんだけどね。英霊を舐めたらいかんよ。

 

「『ヤればデキるじゃないかぁ。ほれ、その調子じゃ』」

 

 うわぁ。完全におちょくってるよ。どんなに好意的に見ても指導碁って感じ。女のプライドぐちゃぐちゃだよ。えげつないなぁ。

 

「……っ!」

 

 女が銃を連射する。当然、ヨユーで回避。しかしここで火災報知器が鳴り始める。○コムなの、○ルソックなの?

 スプリンクラーから水が降り注ぐ。

 

 なぁ、石川さんそろそろ帰ろうぜ。密書が濡れたら不味い。

 

「『む。それもそうじゃの。せいっ!』」

 

 石川さん(俺)の強烈な回し蹴りが女のコメカミを強打。くるくると錐揉み回転しながら壁に衝突。ぐったりと床に崩れ落ちる。

 

 え? 死んだ……?

 

 女がもぞもぞと潰れた虫けらのように(うごめ)く。ダメージがデカすぎてまともに動けないんだな。可哀想(笑)。

 

 でもよかったわ。死んでないならオッケーよ。流石に殺人を揉み消すのは疲れるからね。

 

「『なかなか愉しかったぞぃ! だがまだまだ! この簪は貰っていくから励めよ! ではな』」

 

 ねぇ。なんでそうやってフラグを建てんの? もしかしなくてもあなた、これが終わったら成仏するでしょ? 俺1人であの戦闘漫画の住民を相手にするのは無理よ?

 

 しかし儚き想いは無視され、肉眼で見えそうなくらい濃密な殺意の乗った視線が俺に突き刺さる。

 

 ひぇ……。

 

 ぴょんぴょん、くるくると跳んだり回転したりしながら家路を行く。もう疲れたよ、○トラッシュ。

 

「『いやぁ愉しかったのぅ。やっぱり成仏するのやめて、これからも結城と盗みをしようかの』」

 

 てめぇふざけんな。消し飛ばしてやろうかぁ?

 

「『そう怒るな。冗談じゃ。そんなに都合良くいかないことは分かっておる』」

 

 そうだな。言ってる側から石川さんが消滅していってる。英霊も()く時は呆気ないもんだ。

 

 なぁ、少しは満たされたか?

 

「『ふっ。満たされてはおらんの』」

 

 なんだそれ。

 

「『ワシのような人種は満たされないから自分でいられるんじゃ。だから満たされてはおらぬ。だがの……』」

 

 あっという間に佐藤さんと待ち合わせた公園が見えてきた。

 

「『確かに夢を見た。死人(しびと)であることを一時忘れられた。ありがとよ』」

 

 よくわかんねぇな。

 

「『ふははっ。それで構わんさ。そろそろ時間だの。ではの、結城。愉しかったぞ! 来世でも遊ぼうぞ!』」

 

 絶対嫌です。

 

 石川さんが完全に消滅する。ホント呆気ないな。ま、そんなもんか。

 

 佐藤さんが片手を上げる。

 

「お疲れ様」

 

「マジでな」

 

 苦笑いされた。なんか納得いかねぇ。

 

 レザージャケットからおつかいの品を取り出してやる。なんかシワシワだわ(笑)。

 

「これでいいんですよね」

 

「確認しよう」

 

 ものの数十秒程度で確認が終わり、狂悪な顔に変貌する。

 ……もう慣れてきたけどもうちょいなんとかなんねぇのかな。

 

「確かに。これで外患(がいかん)予備・陰謀罪や内乱予備・陰謀罪で逮捕できる」

 

「そうですか。じゃあ俺は釈放ってことでいいですか?」

 

「ああ。助かったよ。またよろしく頼む」

 

「勘弁してくださいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……!」

 

 翌日、念のため入院して検査&治療を受けている晴さんを(たず)ね、なんとはなしに戦利品(?)の簪を取り出すと急にシリアスな顔に変わってしまった。何が何やら。

 

「これは曲者の女が落としていった物(?)だよ」

 

「そうなんですね……。これは僕が姉さんに贈った物……」

 

 !? なんか嫌な予感が……。

 

「ど、どういうことかな?」

 

「僕の──」

 

 晴さんが言うには、拐われた姉を捜していて、その為に探偵をやっていたらしい。今回、無茶な方法で首を突っ込んだのも全ては姉を捜すため。

 で、この簪は昔、晴さんが姉に贈った物なんだって。お小遣いを貯めて買ったってさ。

 

 ……ふ、ふーん。そ、そうなんだ。た、偶々同じ製品を持ってただけじゃないかな? え? オーダーメイド? 

 

「? どうしたんですか……?」

 

 や、やべぇぇぇ。石川さん(俺)がタコ殴りにしちゃったのって晴さんの姉さんなんじゃ……!? 男女平等ヒャッハー拳の餌食(えじき)だよ!? 最終的に○ムチャみたいになってたよ!?

 

「い、いやなんでもない。あ、会えるといいな」

 

 バレないといいなぁ。

 

「? はい……。生きていると分かっただけでもよかったです……。ありがとうございます……。あの……姉さんは元気でしたか……?」

 

「あ、ああ。げげ元気にチャンバラしてたぞ」

 

 ざ、罪悪感……。滅多に罪悪感を持たない俺をこんな気持ちにさせるとは……。晴さん、恐ろしい子!

 

 ちなみにニュースがえらいことになってるが、あの女が逮捕されたという情報は出ていない。多分、残党はそれなりに居ると思う。規模がデカイから全員を逮捕するのは無理だろうしな。

 でも寿田総理はふつーに逮捕された。なかなかにレアな光景だったよ。

 マスコミさんは連日忙殺だろうね。大変だね、社会人は(笑)。へへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・ิω・ิ)

 

 

 

「今回は助かりましたぁ! あざっす!」

 

「あざっす!」

 

 探偵事務所で隼人と拓実が幽日に頭を下げる。

 一応、俺も礼をしようとしたところで幽日が何やら聞き捨てならねぇことをほざきやがった。

 

「ほいほい。命に○々苑奢らせるから構わないよ」

 

 待て。聞いてないぞ。

 

 隼人と拓実が目を輝かせる。

 

「マジっすか。ゴチになります!」

 

「ゴチになるっす!」

 

 なんでお前らにまで奢ることになってんだ?

 

 幽日が俺の肩に手を乗せる。

 

「まぁいいじゃないか。ついでに亮の分も頼むぜ」

 

 いったい幾らになるんだ……?

 

 バカどもがウキウキしている。

 

 ……まぁたまにはいいか。俺も肉食いてぇしな。

 

「じゃあ行くか」

 

 隼人と拓実が野太い歓声を上げる。

 

「「おー流石『双頭の龍』!」」

 

「「それはやめろ!!」」

 

 幽日を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしている。多分俺も同じ顔だ。

 

 皆、早く忘れてくれねぇかなぁ。

 

 




次はミステリー要素をいっぱい入れたい。


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Endless Mysteries [ネ編]

【ネタバレ注意】
本エピソード『Endless Mysteries [ネ編~レ編]』は他の作品のネタバレを含みます。自己責任でお読みください。

一応、最終エピソードになります。約5万字とかなり長いですが、よかったら読んでやってください。




『w──!?』

 

 

 

( ㆀ)?

 

 

 6月11日(金)晴れ。時刻は13時を回っている。

 今日も元気に探偵をしているぜ!

 

 ……というのは絶対的真理たる嘘で、俺ん家にて(あきら)が勉強するのをボケーとアホ(づら)しながら眺めてる。

 例のごとく突然に「大学に行く!」と言い出したんだ。それで参考書と問題集で遊び始めた。

 5月には高卒認定の申込みをして割りとガチである。正真正銘の中卒だからそうなるんでしょうが、まさか亮がそこに目を付けるとは……。

 

 ……ただ、ちょーーーっと気になることがある。

 俺の見間違いでなければ、亮がやっている真っ赤な本には共通テスト数学1A2Bの文字があしらわれているんだ。

 これって大学入試本番用の過去問なんじゃ……?

 いくらなんでも中学レベルから始めて1ヶ月でこれは、カンニングを疑わざるを得ない。

 しかし解くスピードが速すぎてカンニングを見つける隙が無い。けっ。

 

──カリカリカリカリ……!

 

「……晩御飯は肉じゃがが食べたいから答えは3」

 

 肉じゃがで数学……? 天才の頭は不思議が詰まっているようだ。

 

──カリカリカリカリ……!

 

 目の前で集中して勉強されると、ダラダラしながらスマホで脳死リセマラしてる俺は、何か悪いことをしているみたいじゃないか。

 いけませんな。由々しき事態ですよ。ニートの本分に精を出しているだけなのです。

 

──カリカリカリントウカリ……!

 

 いやマジで頑張るなぁ。

 

「……なぁ亮」

 

「なぁに?」

 

「なんでそんなに頑張るんだ? 別に慌てる理由は無いだろ?」

 

 亮が無駄に質の良いレザーバッグから実用系の新書(?)を取り出す。

 

「……ほい」

 

 渡された本は『名探偵の恋人は名探偵』と題されている。

 

 なんぞこれ。恋人が名探偵って、だからなんなんだよ。探偵に学歴はいらんだろ。

 

 パラパラと目を通す。そして、それっぽい記述を見つける。

 

「あ、これか」

 

 本には「名探偵の恋人(配偶者(はいぐうしゃ)を含む)は時折(・・)、鋭い観察眼を発揮し又は真相に迫る考察その他愛する人を上回る推理をしなければならない……なんたらかんたら……従って旧帝大卒以上の学歴が必須である」って書いてある。そして「配偶者」の文字が蛍光ペンで塗られてる……。

 

 とりあえず学歴うんぬんは偏見ちゃいます? そうでもないっしょ。ドラマでは学歴とは無縁そうな(偏見)飲み屋の女将とかがその役割こなしたりしてるよ。

 

 うーん、てか、亮はまだ結婚がどうのって約束を信じてるのかな。

「大きくなったらゆうと結婚する!」と言っていた時からさして精神年齢が成長しない内に体だけは大きくなっちゃったからなぁ。大きくなったから約束通り結婚することになってるのかもしれない。亮の中では。亮の中では。

 

「……ちなみに第一志望は?」

 

(あずま)大学文化一類」

 

 法学系最難関ですね、分かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いたたまれなくなったわけではないが珍しく散歩に出た。天気も良いしな。

 

 テキトーにビル群を抜け、(さび)れた商店街も抜け、よく分からん住宅街を歩く。

 疲れたな。公園があるからそこのベンチで休もう。

 それはそれとして。

 

「……ここどこだろ?」

 

 何も考えずに進みすぎたせいで場所があんま分からん。別にいいか。いざとなったらスマホがあるから無問題(モウマンタイ)よ。

 

 んー、ノリで散歩スタートして公園まできちゃったけど普通に暇やな。

 うん。帰るか。

 

 そう思い、公園の入り口に向かう。途中、なんとなく気になって後ろを振り向く。そしたらヤンキー臭い茶髪女が居た。つーか霊だな。

 

「……あれ?」 

 

 昔、写真で見た、血の繋がった方の母さんに似てる。

 

 そして、母さん似の茶髪女が切羽詰まった顔で叫ぼうとし──。

 

『w──!?』

 

──魂レベルで消滅する。

 

「えぇ……。なんだよ。気になるってば」

 

 しかし答える者は居ない。人の気配も霊のそれも近くには無い。静かなもんだ。

 

 気にはなるけど、だからってできることも無いんだよなぁ。うーん、嫌な予感はするんだけど……。

 ま! なるようになるっしょ! いつもそうしてきたし、それでなんとかなってるし? つーか、そう考えるしかないし。

 

 切り替え切り替え。 

 

 さて、せっかくだからトイレットペーパー買ってくか。亮、微妙にこだわるからな。

 

 買い物を済ませ、家に帰り着いたら亮が国語用の赤い本を開いていた。亮に内心描写を理解できるのかな。

 

 で、なんだかんだで依頼も招かざる客も来ない平和な1週間が経過した。

 こういうのでいいんだよ、こういうのでぇ! 余計なイベントは要らないのだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は13時を回っている。

 今日も元気に探偵をしているぜ!

 

 ……というのは絶対的真理たる嘘で、俺ん家にて(あきら)が勉強するのをボケーとアホ(づら)しながら眺めてる。

 

「……ん?」

 

 なんか既視感があるな。夢か?

 

 頬をつねる。痛いな。うん。現実だな。

 

 癖でスマホを(いじ)る。そうそうリセマラリセマラ……じゃなくて! なんでベッドで寝たらいきなりこの場面になってんだよ!?

 

 嫌な予感がバッキバキだ。

 この時、漸くスマホの日付が目に入る。6月11日。俺の主観では1週間前の日付だ。

 

「……はぁ!?? ウッソだろ!?!?」

 

 俺の奇声に亮が珍しく怪訝(けげん)な顔をする。

 

「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」

 

 いや、いつも遊んでやってるのは俺だから。

 

 ……いやいやいや、それどころじゃない。まさかとは思うが、ループしたのか……?

 

「亮。今日は6月11日だよな」

 

「そうだよ。どうしたの? なんか変だよ」

 

「……明日の晩飯(・・・・・)(なん)だった(・・・)?」

 

 亮が俺を見つめ、顎に手を当て考え込む。めっちゃくちゃ珍しい光景だ。

 

「……ふざけてないね。ゆうは明日の晩ご飯を知っている? でもどうして……?」

 

 ぶつぶつと亮が思考に沈んでいく。

 

 ……亮は何も知らないみたいだな。

 

 スマホで(めい)を探す。あいつはどうなってる?

 

 命に電話を掛ける。

 

──お掛けになった電話は電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません♡。

 

「繋がらない……」

 

 偶然、繋がらないだけならいいが……。あとは何か知ってそうなのは……桜子さんとかか? 掛けてみよう。

 

 リストから桜子さんを探してタップ。

 

──お掛けになった電話は電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません☆。

 

 まだだ。次は(はじめ)さん。

 

──prrrrrrrr。

 

 お!

 

「もしもし、佐藤だ。どうした?」

 

 繋がった!

 

「突然、すみません。1つお訊ねしたいことがありまして」

 

手短(てみじか)に頼むよ」

 

「ありがとうございます。世界が1週間ほど巻き戻ったことに気づきましたか?」

 

 さぁ、どうなる?

 

「……何かの暗号か?」

 

 背筋に嫌な汗が伝う。

 

「いえ、そのままの意味です。一定レベル以上の霊能力者なら気がつくのかなと思ったのですが……」

 

「待ってくれ。レイノウリョクシャとはなんだ? 結城君、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

 !?

 

 霊能力を知らない!? 記憶や認識の改竄(かいざん)!? 

 ……からかわれている? しかしそんな雰囲気は無いよな……。

 

「……っ!?!?!」

 

 俺の霊能力も無くなっている!? あまりにも違和感が少ないから気がつかなかった。霊気を一切感知できない。

 

 何が何やら分からない。

 

「……大丈夫です。変なことを訊いてすみませんでした」

 

「謝る必要はないが……」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「他には何かあるか?」

 

「いえ、大丈夫です。お忙しいところ、ありがとうございました」

 

「そうか。何かあれば言ってくれよ。では失礼するよ」

 

「はい。それでは失礼いたします」

 

 通話を終える。

 

 ……霊能力が世界から消えたのか? 念のため亮にも確認だ。

 

「なぁ亮。亮も霊が見えなくなってないか?」

 

 キョトンとされる。うっわ。

 

「霊……? そんなの見たことないよ」

 

 ですよねー。やっば。やばやばぱやぱやだ。

 

──ぴろりろりん。ぴろりろりん。

 

 呼び出し音だ。前回は無かった。

 

 これはどういうことだ……? 偶然? しかしそれは楽観的にすぎるか。

 

 画面には如月(きさらぎ)(ひかる)とある。応答をスワイプ。

 

「はい、結城です」

 

「……如月だ。依頼がある」

 

 不機嫌そう。そんなぶっきらぼうに言わんでも。

 

「事件ですか」

 

「そうだ。今から来られるか」

 

「……まぁ、大丈夫ですよ」

 

 前回はこの依頼が無かった点を考えると、この事件がループの原因解明への糸口──ヒントになるかもしれない。というのも「前回との差違」=「ループの仕掛人が意図的に起こした可能性」と解釈できなくはないからだ。

 絶対、有益な情報が得られると断言はできないが、とりあえず動いてみないとな。霊能力無しでどこまでできるか分からんけど、その霊能力を復活させる為にも行動やね。努力して鍛えた霊能力が無いとやっぱ悲しいし。

 

「では大叫喚区(だいきょうかんく)叫喚(きょうかん)駅北口に来てくれ」

 

「ほいほい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ」

 

 如月さんが手を挙げてくれた。メガネにスーツだね。

 

「ご依頼ありがとうございます?」

 

 ありがたくはないが、なんとなくノリで言っておく。

 

「ああ、現場に向かいながら話そう」

 

「はぁ、分かりました」

 

 駅前はそれなりに混んでいる。やだやだ。

 如月さんが話し始める。

 

「今日、殺人事件があったんだ」

 

 ほうほう。いつものやね。

 

「ここから近くにある雑居ビルの5階で小学5年生の勝又(かつまた)有理(ゆうり)君が死体で発見された」

 

 ふむふむ。

 如月さんの話はこうだ。

 

 今日の午前8時30分頃、通報を受けた巡査が雑居ビルに向かうと、空きテナントである5階で勝又有理さん(10)が死亡していた。鋭利な刃物による傷が胸部にあるが、凶器は現場に残されておらず、他殺の線が濃厚らしい。

 また、この事件の特徴として死体の近くの壁に「QSSBGD」と記されていたことと女性用らしき結婚(又は婚約)指輪が同じく死体の近くに落ちていたことだ。

 

 で、今そこに向かっている、と。

 

「なんでそんなとこにキッズが居たんですか?」

 

 普通、そんなとこに行かないでしょ。

 

「別の階を利用している人によると『悪ガキどものたまり場』だったそうだ。被害者も何度かビル内で目撃されているが、注意しても無駄で管理会社も何かをするわけでもなく、なぁなぁで使われていたとのことだ」

 

 ほーん。

 

「死亡推定時刻は?」

 

「昨日の16時頃だ」

 

「なるほど」

 

 如月さんが立ち止まる。

 

「着いたぞ。ここだ」

 

 パトカーが止まってるもんね。こんな駅前で殺人か。しかも小学生がねぇ。

 

 すでに顔見知りの警官の皆に挨拶をしつつ現場に入る。

 イメージよりも少し広いかな。つっても普通の8階建ての雑居ビルの枠を逸脱してはいない。

 廃墟感がいい味を出してるね。雰囲気は嫌いではないよ。

 遺体はすでに無く、テープが人形(ひとがた)に貼られているだけだ。

 霊は見つけられない。

 てか、そもそも今は霊感が無いから仮に霊が居たとしても認識すらできない。

 そして壁には文字がある。

 

「これが壁の……」

 

 聞いた通り、大きく「QSSBGD」と書かれている。

 

 これはスプレーか? 無関係の落書きの可能性は?

 

 如月さんに訊いてみよう。

 

「この文字って元からあったイタズラ書きってことはないですか?」

 

 如月さんが微妙な顔をする。

 

「……確かにその可能性は否定できない。だが他に落書きは無い。加えて、普通こんな暗号染みた物を壁に書くか? 私はそこが引っ掛かる。それならば犯人からの何らかのメッセージと考える方がしっくりくる」

 

 まぁなぁ。

 

 壁の文字を見る。綺麗かつはっきりと文字が記されている。経年劣化とでも言えるような雰囲気は無い。

 

 ふむ。

 

「指輪は?」

 

 如月さんが懐から写真を2枚取り出す。

 1枚目の写真には床に落ちたシルバーの指輪が写されている。次のを見る。

 2枚目は指輪の内側の写真だ。

 写真の裏に走り書きがある。「指輪の内側に『2002.6.10 Promise of Eternal Love』と刻印あり」「サイズは8号」と書いてる。

 

 結婚(又は婚約)指輪臭いね。サイズも女性用のオーソドックスな物だ。

 

「これも事件とは無関係の可能性を否定しきれないですね。まぁ多分関係ありそうですけど」

 

 関係があると考えた方が自然ではある。普通、子どものたまり場に結婚指輪が偶々落ちてるなんてまずないだろ。

 

 不意に如月さんが俺を見つめる。

 

 なんだよ。インテリ美人は間に合ってるからいらないぞ。あ、もしかして如月さん、眼鏡替えた?

 

「……結城君はどう見る?」

 

 全然違った。

 

「眼鏡似合ってますよ。事件については、そうですね……」

 

 如月さんが眼鏡をクイッとする。

 

「分かりませんね。壁の文字も意味不明です」

 

 眼鏡がガクッとずれる。すげー、どうやったんだ?

 

「……そうか。君でも分からないか」

 

「もう少し情報が欲しいですね。被害者を殺す動機がありそうな人は居ましたか?」

 

 ただなぁ、小学生だろ? あんまり動機のバリエーションは無さそうだよな。

 

「……まだ聞き込みも始めたばかりで正確ではないが、ガイシャは(いじ)めの主犯格だったらしい。聞き込み担当がガイシャの同級生からそういった情報を得たんだ」

 

 ほー。

 

「虐められっ子とは接触したんですか?」

 

「それはこれからだ」

 

 ちょっと行ってみますか。

 

「俺も行っていいですか?」

 

「……本当は駄目なんだが」

 

 お?

 

「君は実績があるからな。特別に許可されている」

 

 よしよし。行ってみよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高菜(たかな)奏太(かなた)君への虐め……ですか?」

 

「はい。教師の目から見てどうでしたか?」

 

 虐められっ子──高菜奏太さんに直接行く前に虐めの事実がどうだったかを周りの人間に訊いておく。

 今は有理さんが通っていた灼熱(しゃくねつ)小学校に来ている。

 時刻は15時前。高学年は授業中だが、有理さんと奏太さんの担任の先生──西村(にしむら)さんは職員室に居たので、事件のことを伝え時間を()いてもらっている。事情聴取は本日2回目らしい。すまんな。

 ちなみに奏太さんはお休みだ。虐めがあるせいか分からないが、少し休みがちらしい。

 

「虐めの事実は確認しておりません……と言うように指導(・・)されています」

 

 ワロタ。正直やな。

 

「私が認識している限りでは上履きを隠したり、過剰ないじりだったりです。ただ、暴力で金品を巻き上げているという噂もあります」

 

 やってることがほとんど中高校生である。

 

「なるほど。虐めはいつから始まったのでしょう?」

 

「えーと、少なくとも3年生の時点では虐めがあったようです」

 

 ほーん、大変やな。

 

「なるほど。他に有理さんや奏太さんについて気になることはありますか? なんでもいいですよ」

 

「事件と関係があるかは分かりませんが、勝又君はご両親に虐待されていた可能性があります」

 

 おおう。マジか。でもそういう情報って大事よ。ちりも積もれば山となるっていうしな。何かのヒントになるかもだし。

 

「以前児童相談所の方がいらしたことがあって、そういったことについて調べていたそうです」

 

「教えてくださり、ありがとうございます。解決に繋がるかもしれません。他には何かありますか?」

 

 これには首を横に振る。もう無いようだ。礼を言ってインタビューを終わらせる。

 

 次にクラスの子たちにも話を聞く。

 

「うん。虐められてたね」

 

「奏太ってどんくさいから」

 

「有理くんは嫌いじゃないよ」

 

「顔に(あざ)が出来てたことはないかなぁ」

 

「奏太くん、よく(ころ)ぶって言ってた」

 

「助けるわけないじゃん。私が虐められたら嫌だもん」

 

 うん。まぁだいたい分かった。じゃあ次は本人に突撃しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高菜奏太さんのお宅にやって来た。子ども部屋で俺、如月さん、奏太さんが微妙な空気を作っている。

 如月さんがショタに声を掛ける。

 

「ちょ、ちょっと訊きたいことがあるんだ。い、いいかな?」

 

 学校に居る時から思ってたけど、如月さん、スッゴクぎこちないです。表情も固いし、子どもが苦手なんかな。

 

 奏太さんも如月さんの残念な猫撫で声に引き気味だ。お疲れ様です。

 

「……いいですよ。(なん)ですか」

 

 むしろ奏太さんの方が落ち着いている。

 

「き、昨日の午後は何をしていたのかなかなかな?」

 

 奏太さんがピクピクする。

 

 なんか如月さんが可哀想になってきた。交代すっか。

 

 如月さんのスーツを引っ張る。選手交代と呟くと如月さんがホッとした顔をする。

 

 俺たちの痴態(ちたい)(?)を潰れたカエルを見る時のような顔で眺めていた奏太さんが答える。

 

「……5時間目と6時間目はテストを受けて、学校が終わったら真っ直ぐ帰りました」

 

 昨日の午後は算数と国語のテストだったらしいからね。

 

「テストはどうでした? 手応えはありましたか?」

 

「……そこそこは」

 

「おー凄いね。勉強は得意なんですか?」

 

 学習机は整理整頓されている。亮にも見習ってほしいものだ。

 

「塾に行ってますから」

 

 ふむふむ。ちょっと不審がってるね。いきなり警察が来たと思ったら「テストはどう?」「勉強が得意か?」だもんな。

 

「なるほど。ちなみに今の子って小学校から英語をやるんですか?」

 

 奏太さんはすぐに答える。表情に不自然なところは無い。

 

「大したレベルではないですけどやりますよ」

 

 そうなんか。大変やな。それはそれとして壁の文字を書いた可能性は普通にある感じだね。

 

「学校を出たのは何時くらいですか?」

 

「3時半くらいです」

 

「お友達と一緒に帰ったりしました?」

 

 少し言い淀む。自分が何かを疑われてるって察してるだろうね。

 

「……1人で帰りました」

 

「帰宅した時にご家族はお家に居ましたか?」

 

「……居なかったです」

 

 アリバイは無いか。

 

 さて、念のため揺さぶってみよう。

 

 チラっと如月さんを見て、にやっとしてやる。気味悪そうな顔しやがる。フヒヒ。

 

「勝又有理さんが殺されました。君が犯人ですよね?」

 

 時が止まったかのように奏太さんが固まる。ついでに如月さんも固まる。

 ふむ。

 数拍後、返ってきたのは否定の言葉。

 

「違う! 僕はそんなことしない!」

 

「しかし君は勝又さんに虐められていた。怨んでいたのではないですか?」

 

「……怨んでる。あいつは嫌いだ。でも、だからって殺すわけない!」

 

 うーん、不自然さは感じられない。だが嘘や演技が上手い早熟の子の可能性もあるからなぁ。難しいな。

 とりあえずは退くか。

 

「そうですか。失礼しました。俺の勘違いだったようです」

 

 今日はここまでにしよっと。

 俺の心証では白だな。マジで霊能力無いと不便。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏太さんの次は母親である雪奈(ゆきな)さんとお話だ。

 雪奈さんの左手薬指にはゴールドの指輪がある。少し珍しい。

 

「いいデザインの結婚指輪ですね」

 

 雪奈さんが満更(まんざら)でもなさそうに顔を(ほころ)ばせる。

 

「ありがとうございます。でもそんなに値打ちのあるものではないですよ」

 

「そうなんですか? 私はいいと思いますよ。ところで婚約指輪はお持ちですか?」

 

 一応、確認。

 

「? ありますよ。それがどうされました?」

 

「見せていただけないでしょうか?」

 

「いいですけど……」

 

 イマイチ釈然としていないみたいだけど、特に拒否はされなかった。

 リビングを出た雪奈さんが少ししてから小さな箱を持って戻ってきた。

 

「これです」

 

 箱を開けてくれた。中には結婚指輪と同じゴールドの指輪が入っている。

 白か。

 指輪の色じゃなくて現場にあった指輪の持ち主的な意味だ。

 

「こちらもいいですね。刻印はありますか?」

 

「ありますよ。ご覧になりますか?」

 

「お願いします」

 

 雪奈さんが旦那さんの物以外の指輪を差し出してきた。旦那さんのはここには無いからね。

 手袋をして受け取る。

 結婚指輪にはシンプルに「真実の愛」と日本語で刻まれている。婚約指輪には「永遠の誓い」とある。この夫婦は日本語スキーやね。

 普通に現場の指輪とは無関係っぽい。お返ししよっと。

 

「ありがとうございました」

 

 うーん。分かんないことばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございました。それでは失礼いたします」

 

 雪奈さんに挨拶し、家を後にする。大した収穫は無かったな。

 

「如月さんは何か分かりましたか?」

 

 車を運転する如月さんがやや渋い顔で答える。

 

「駄目だ。特に違和感は感じなかった」

 

 同感だ。

 

「そうですか。困りましたね。警察の捜査陣に進展は? 指輪の販売店とか分かったりしません?」

 

「……なんの連絡も無い。であれば、そういうことだろう」

 

 そっか。

 

「じゃあ次は勝又有理さんの両親のとこに行ってもいいですか?」

 

「構わないが、すでに他の刑事が話を聞いているはずだぞ?」

 

「念のためですよ」

 

 地道すぎてダルいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝又さん宅。お父さんは仕事中らしいので、とりあえずお母さんとお話だ。

 

「心当たりはないです」

 

 有理さんのお母さん──時子(ときこ)さんが落ち着いた様子で言う。落ち着いてはいるけどメンドくさそう。子どもが死んでるのにこれかぁ。 

 

「そうですか。話は変わりますが、有理さんはどのような子どもでしたか?」

 

 眉間にシワを寄せてる。

 

「元気が有り余ってる感じでしたね」

 

 ふーん。ちょっと切り込もーっと。

 

「実は有理さんは以前『親から虐められてる』と学校の先生に相談していたようなのです。これはどういうことでしょうか?」

 

 時子さんが小さく舌打ちする。感じ悪!

 ちなみに相談うんぬんは嘘である。

 

「……旦那は厳しい人なので有理が誤解したんじゃないですか?」

 

 うっは。旦那さんに責任転嫁ー! 

 

「……そうですか」

 

「もういいですか。私も疲れてるんです」

 

「最後にもう1つ。結婚指輪と婚約指輪を見せてください」

 

 露骨に嫌そうな顔をする。

 

「またですか? 他の方に見せたんだからいらないでしょ」

 

 あー、その気持ちは分かる。でも自分の目で確認したい。

 

「申し訳ありません。そこをなんとかお願いできないでしょうか?」

 

 また舌打ちしたよ。この人、ある意味度胸あるな。

 

「分かりました。でも見たら帰ってください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 1分くらいで時子さんが箱を持ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 嫌味ったらしい声音だ。でも見せてくれるなら構わないよ。

 時子さんが蓋を外す。

 箱には1対の結婚指輪と1つの婚約指輪が入っている。色はシルバー。特別、変わった所は無い。

 

「手袋をしますので手に取ってもいいですか?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 快諾(笑)してくれたから指輪を取り出し、確認する。

 結婚指輪らしき2つの内側には『2007.10.3 T & T』と、婚約指輪らしき1つには『2007.10.1 T & T』と刻印がある。現場の指輪とは関係なさそうだ。

 箱に戻す。

 

「ありがとうございました。では約束通りこれで終わりです」

 

 時子さんがため息をつく。舌打ちとため息のコンボは強い。

「挨拶なんていいから早く帰れ」というオーラを出している時子さんに丁寧に挨拶をして勝又さん宅を後にする。

 

 白っぽい気がするなぁ。虐待はしてそうだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また車で移動。今度は俺が運転。如月さんは電話中だ。

 

 少しして如月さんが電話を終える。そして情報共有。

 

「先に聞き込みをした刑事によるとガイシャの両親は2人ともアリバイがあり、特筆すべき不審な点も無かったらしい」

 

「なるほど。2人にはあまり期待できないかもしれませんね」

 

 んー、となるとすぐにできることや分かることはあんまり無さそうだ。壁の文字もゆっくり考えたいし、一旦解散にしよっかな。お腹も空いたしな。

 

 結局、このまま如月さんと別れて今日の捜査は終了。明日また来いってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー」

 

 家に帰ると亮が料理を作っていた。

 大丈夫なのか? 形容し難き料理のような物を生み出したりしないか?

 丁度完成したのか、エプロン姿の亮が寄ってきた。

 

「ごはんにする? それとも肉じゃがにする?」

 

 一見、俺が選択できるように聞こえるが、その実、選択肢を与えていない。巧妙な罠である。子ども騙しとも言う。

 

「コロッケにする」

 

 だが敢えて第三の選択肢を選ぶ!

 

「そう言うと思って作っておいたのだ!」

 

 !?

 

 どこからともなくコロッケが盛られた皿を取り出し、見せつけてきた。

 

 馬鹿な……! 読まれていたというのか……!? それにそこそこちゃんとした形になっている……だと……!? 

 

 この後めちゃくちゃ晩飯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩飯後、落ち着いてから壁の文字について考える。

 

 QSSBGD。

 

 意味が分からない。暗号なのか? それともただの無関係な落書きで何の意図も無い?

 仮に暗号だとしたらどうすれば解読できる?

 

 こんな言葉見たことない。6文字の主要な英単語をルーズリーフに書き連ねる。

 

 うん。見比べても何も思いつかん。仕方ない。最終兵器偽妹を投入だ。

 

「亮さーん。ちょっと来てー」

 

 プライドは無い。背に腹はかえられぬのだよ。

 

 下着姿の亮がやって来た。

 

「あに? 一緒にお風呂入りたいの? 甘えん坊さんなんだから!」

 

 スルー安定である。だから脱がすな。

 

「この文字列の意味分かるか?」

 

「なぁにこれ」

 

 亮がじっとルーズリーフを見つめる。大体10秒くらいだろうか、口を開く。

 

「……分からない」

 

 ウッソだろ。この手の問題で亮が答えを出せないってなんだよ。これはホントに無意味な落書き? いやしかしあの状況でそんなことあるか?

 

「ちなみに近くに子どもの死体と結婚指輪があった。この状況を加味しても分からないか?」

 

「……ごめんなさい」

 

「マジか……」

 

「でも」

 

 お? 

 

「一緒にお風呂入ってくれたらなんか分かるかも? うん、きっと分かる」

 

 じとっとした目を向ける。

 

「ぴゅ~♪ ピィュ~♪」

 

 口笛下手だな。ウケる。

 

 ……この後めちゃくちゃお風呂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂(たたかい)を終え、なんやかんややって夜22時、亮の声が響く。

 

「分かったー!」

 

 ガタガタガタガタと階段を駆け下りる音が聞こえ、亮が襲来する。

 

「ふふふ」

 

 ニヤニヤしてる。なんだ今度は。

 

「暗号が分かったよ」

 

 しゅごい。

 

 しかしなかなか答えを言おうとしない。

 

 なんだよ、もったいぶって。

 

「……? 答えは?」

 

 亮がにんまりする。

 

「今日から毎日一緒に寝てくれたら、もしかしたら教えてあげるかもしれないなぁ」

 

 こ、こいつ……! 最近、素直なチビッ子から腹黒い女にビフォーアフターしてきている……!

 なんということでしょう。これが匠の業(おんなのさが)なのか。

 

「あるぇ~? 答えを知りたくないのかなぁ?」

 

 く……! 亮のクセにぃ……!

 

「……くっ、殺せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの中で亮が言うには、暗号を解読すると「rache(ラッヘ)」というドイツ語になり、それは「復讐」という意味らしい。ドイツ語なんて分からんよ。

 

 QSSBGDをドイツ語のアルファベットとして解釈するとそれぞれ「Q」「SS」「B」「G」「D」になる。この「SS」は30番目のアルファベット1文字を意味する場合もあるみたいで「エスツェット」と呼ばれる。

 

 で、それぞれの文字をドイツ語のアルファベット順で1つ後ろにずらすと「Q」→「R」「SS」→「A」「B」→「C」「G」→「H」「D」→「E」になる。

 並べると「rache(ラッヘ)」だ。

 

 亮、凄いわ。

 

「しかし復讐か……」

 

 となるとやはり奏太さんが……? だがなぁ……。

 

 それに結婚指輪の謎が残って……ん? なんか引っ掛かるな。「rache(ラッヘ)」に「女の結婚指輪」? どっかで見たような気がする。

 

 ちょっと検索してみるか。スマホを取る。あ、肘が亮の頭にぶつかった。

 

「……ん」

 

 起きなかったな。

 

 2つのワードを入れて検索する。出てきたサイトを見ていく。指輪販売店、結婚式場……そしてある文言を見つける。

 

「あー! これか!」

 

「……ううん、なぁに」

 

 亮が起きちゃったな。すまん。

 

「ごめんごめん。なんでもないよ」

 

「じゃあちゅーしてー」

 

「はいはいそのうちな」

 

「えー……」

 

 すぐに寝息が聞こえてきた。寝たか。

 

 スマホ画面を見る。

 

──『緋色の研究』。

 

 シャーロック・ホームズシリーズの1作目だ。今回の事件、事件発生時の状況が作中のものと似ているんだ。作中でもrache(ラッヘ)の文字と結婚指輪が似た状況で出てくる。

 

 偶然か……? 

 

 ただ、ドイツ語の復讐とわざわざ書く理由が見つからないんだよなぁ。

 でもホームズの事件を真似たとするならなんとか納得できる。

 

 ただし事件の構造自体は全くの別物と考えた方がいいだろう。rache(ラッヘ)と結婚指輪以外の類似点が無い。少なくとも今の時点では。

 

 ……なんだこの事件?

 

 犯人の意図が見えない。雲行きがいよいよ以て怪しくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




引用元:アーサー・コナン・ドイル著『緋色の研究』

シャーロックホームズシリーズは日本での著作権が切れていますが、念のため簡単に引用元を載せておきます。


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Endless Mysteries [タ編]

「もう! (ひかる)ちゃん、エッチなんだから!(裏声)」

 

 

 

(⊙ө⊙)

 

 

 翌朝、警視庁の休憩室で如月さんに文字の意味とホームズの事件との類似性を教えたら、捜査本部でもそこまでは分かったとか言われてしまった。

 

「我々は100人体制で捜査に当たっているからな。その中にホームズを読んだことがある人間が居たんだよ」

 

「あー、それは気づきますね」

 

 まぁ、警察も馬鹿じゃないし、プロだからな。(俺はわからなかったけど)暗号は結構簡単な仕組みだったしね。

 問題はそこからどう犯人にたどり着くかだ。

 

「仮に『緋色の研究』の模倣犯要素があるとして、犯人像はどう見ます? 小説では奪われた婚約者が死に追いやられたことに対する復讐でしたが、今回はそういった解釈は難しくないですか?」

 

 2人で眉間にシワを寄せる。

 

「確かにガイシャが10歳というのがネックだが、復讐であれば虐められっ子でも当てはまる」

 

 奏太さんが最有力ってことかな。

 ただなぁ、違和感が拭えない。それに指輪の説明ができない。奏太さんが女物の結婚指輪を入手する手段も不明だ。

 母親の指輪を盗んだ? いや違う。奏太さんのお母さんは薬指に指輪をしていたし、婚約指輪も所持していた。

 それに心証もなぁ。

 

「……奏太さんは違うと思いますよ」

 

 これでも俺は人の魂を、その本質を見てきたんだ。たとえ霊能力を失ったとしてもある程度は理解できるはずだ。

 

「……君の判断は分かった。だが捜査本部の意向としては奏太君を優先的に調べることになっている」

 

 如月さんにも思うところがあるようだ。迷いが顔に出ている。

 

──ガチャリ。

 

 突然、休憩室に若い刑事が入ってきた。

 

「事件が起きました。rache(ラッヘ)事件です」

 

 !?

 

 またか。

 

「行こう、結城君」

 

「ええ」

 

 何が起きているんだ。ループとの関係はあるのか? それとも偶然? 情報が足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな会議室ではタバコ臭い男たちが密集していた。地獄かな?

 

「始めるぞ」

 

 ダークグレーのスーツに色付き眼鏡の男──三崎(みさき)管理官が今回の捜査本部の指揮を執るらしい。ちなみに三崎管理官はキャリア組だ。珍しいね。

 

「先ほど刺殺体と見られる遺体が発見された。場所は煉獄(れんごく)公園内の公衆トイレだ。所轄の巡査によると壁にQSSBGDの文字があったそうだ。連続殺人の可能性が高いと判断し、我々捜査本部が担当する」

 

 一瞬、ざわめきが生まれるもすぐに収まる。

 三崎管理官と目が合う。なんだ。

 

「現場へは第5班に行ってもらう」

 

 如月さんが所属してるとこだね。つまり俺にも行けと。

 

「では──」

 

 その後は現在の捜査進捗状況を確認し、お開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場の公園に到着した。

 トイレの外で先に現場に来ていた所轄の鑑識さんに話を聞く。

 

「被害者の身元は分かっているのですか」

 

 メモを取り出しながら答えてくれた。

 

「ガイシャは木津(きづ)蒼人(あおと)君、中学3年生の15歳。刺し傷があり刃物による他殺の可能性がありますが、凶器は見つかっていません。現段階では死亡推定時刻は昨日深夜2時頃です」

 

 これから詳しく遺体を調べるんだろう。今はまだ推定(・・)未満にすぎないってか。

 それにしても2時か。なんでそんな時間にこんなとこに? あるいは殺されてから運ばれた?

 

 俺が頭にハテナを浮かべていると、鑑識さんが1枚の写真を見せてくれた。

 

「あー」

 

 写真には木津さんの死体が写されている。

 木津さんは15歳らしい幼さはあるものの、脱色した派手な髪、防御力の低そうなダメージジーンズ、大きめのシルバーアクセと非常にオラついている。要はザ・ヤンキーって感じ。

 それで深夜に遊び歩いてたのかもね。

 

 鑑識さんが言う。

 

「パッと見、素行は良さそうではないですよね。それが今回の事件に巻き込まれた原因かもしれないです」

 

「なるほど。トイレ内を確認しても大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫です。また壁に例の文字がありましたよ」

 

 トイレ内に移動する。

 壁にはQSSBGDの文字がある。字の雰囲気やスプレーの色合いも有理さんの時と似ているように思う。

 そう広くないからすぐに全てを見終わる。すでに遺体は運び出されているね。

 

 ……今回は指輪は無かったようだ。

 

「これといって変わった点はありませんね」

 

 一緒に着いてきている鑑識さんに確認する。

 

「そうですね。ただ、詳しくはもう少し調べてみないと分かりませんが、刺し傷は後ろからでしたので他殺は堅いかと思いますよ」

 

 じゃあ連続殺人の可能性が高いか。しかし動機はなんだ? 被害者の繋がりが見えない。せいぜい未成年ってことくらいか。

 バラバラの相手に復讐? なんだそれ。

 

 他の刑事さんたちと話していた如月さんが戻ってきた。

 

「私たちはガイシャの友人を中心に当たることになった。特に何も無いならそろそろ行くぞ」

 

「了解です」

 

 鑑識さんに挨拶し、車で移動する。

 

「まずはガイシャが通っていた墓穴(ぼけつ)中からだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公立墓穴中学校に到着した。

 土曜日だけど生徒がチラホラ居る。部活でもやってんのかね。

 それにしても皆ヤンキー臭いな。今は亡き(?)(めい)なら馴染みそうだ。

 

 職員室に行き、事情を話す。対応してくれたのは若い女教師だ。進路指導室にてお話を聞く。土曜日にすまんな。

 

「……そんな! 蒼人君が殺された……」

 

 普通に取り乱してしまった。目に涙を溜めている。

 

 ……そこまでか? 教師の立場でそこまでなるか? いやあるかもしれないけど、そんなには居ないんじゃないか?

 

 でもとりあえず落ち着かせないと。

 と思ったら如月さんに先を越された。

 

「お気持ちは分かりますが、泣いていても解決しません。何か知っていることがあれば教えてください」

 

 教師の空野(そらの)さんの悲しみに怒りが(にじ)む。

 

 如月さん下手すぎませんかねぇ。フォローしよっと。

 

「ごめんなさい。この人、ちょっと性格が悪くて。今はいろいろと心の整理がつかないかもしれませんね。もう少し時間を置いてからにしましょうか? 急ぎではありますが、それくらいの余裕はあります」

 

「……いえ、答えられます。大丈夫です」

 

 お、サンキュぅー。

 

 如月さんがボソッと「性格が悪い……」と呟いてる。ウケる。

 

「ありがとうございます。では木津さんの交遊関係を教えてください」

 

「えーと、友だちは多かったと思います。明るい子で人付き合いが得意なんです」

 

 陽キャヤンキー乙。リアルからもログアウトした(落ちちゃった)のが残念でならない。

 

「何か人から怨まれるようなことは?」

 

 空野さんが言い淀む。しかしややあってから答える。

 

「……蒼人君は女癖が悪かったみたいです。それでクラスの子から相談されたことがあります」

 

 えー15歳でそれか。そのたらし(・・・)力を他のことに活かせれば大成できたかもなぁ。悲しいなぁ。

 

「なるほど。知ってる範囲で関係のあった女性を教えてください」

 

「えーと、多分一部ですが、生徒では橋本(はしもと)さんに湯川(ゆかわ)さん、斐川(ひかわ)さん、矢田(やだ)さん、あとは……実のお姉さんとも肉体関係があったようです」

 

 もはやセックス依存じゃないっすか? 若いのに大変だわ。

 如月さんがドン引きしてらっしゃる。刑事なのにこれくらいで引いてたら疲れそう。もっとエグい人間なんて腐るほど居るだろうに。

 

「生徒さんの名簿や顔の分かる物をいただけますか?」

 

「PDFがあります。今、印刷しますか?」

 

「お願いします」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

 空野さんが進路指導室を出る。今の隙に如月さんと密談だ。

 

「怪しくないですか?」

 

「? 何がだ?」

 

 あら? 如月さんはこっち方面に明るくないのかな。それとも俺の考えすぎか?

 まぁいい。確かめればいいだけだ。ゲヘヘ。

 

「……凄く悪い顔してるぞ。逮捕されたいのか?」

 

「まだ何もしてないのに酷すぎぃ!」

 

 肩を(すく)められたよ。遺憾(いかん)である。

 なんか空気が弛緩(しかん)しちゃったな。

 

 数分後、空野さんが数枚のA4用紙を持ってきた。あざーす。受け取り、確認する。見事に美形揃いである。

 

「ありがとうございます。女性関係以外では問題はありましたかね?」

 

 今度は即答。

 

「無いです。友だちとはいつも楽しそうにしてました」

 

 ほうほう。オッケー把握。

 

「分かりました。如月さんは何かありますか?」

 

「今は特に無いな」

 

 如月さんから空野さんに視線を移して問う。

 

「他に何か伝えておきたいことはありますか?」

 

「……今のところはこれ以上は思い付きません」

 

 如月さんと目が合う。互いに頷く。

 

「そうですか。では以上で終了です。ありがとうございました」

 

「はい。捜査、よろしくお願いします」

 

 さて、ちょっとリスクがあるけどカマ掛けてみるか。多分、本人に訊かないと分からなそうだしな。

 

「あー申し訳ありません。1つ忘れてました」

 

 空野さんが首を傾げる。あざとい(笑)。

 

「生徒とのセックスは燃えましたか?」

 

 空野さんが固まる。ついでに如月さんも固まる。

 

 う……デジャブ……。これもループ(笑)だったのか……?

 

「……なんのことでしょう」

 

 まぁ認めないよな。普通に他の人にも言えないだろうし、まして刑事には余計言いづらいよな。

 

「未成年とヤっちゃったくらいでどうこうするつもりはないので、正直にお話ししてくれませんか?」

 

「……」

 

 (だんま)りか。仮に犯人だとしたら、容疑者リスト入りは避けたいはずだから認めたくはないかな。ただ、犯人でなくても認めたくない事例ではある。

 

「単なる教師にしては少しばかりプライベートなことに詳しすぎます。それに木津さんに対する感情移入も大きい。教師として以上のものをお持ちではないですか?」

 

「……違います。勘違いさせてしまいごめんなさい」

 

 おkおk。その仕草を見せてくれただけでも参考になる。

 

 空野さんの視線は右上に泳いでいる。これは心理学の世界では嘘をつくときのサインの一種とされている。勿論、絶対ではないが、今まではこれほど目を逸らしたりはしなかったから何かありそうだ。

 

「そうですか。早とちりでした。申し訳ないです」

 

「いえ、警察は疑うのが仕事と聞きます。お仕事頑張ってください」

 

「ありがとうございます。では本当に終わりです。失礼します」

 

 なお、俺は警察ではない。

 次は他の竿姉妹の具合を確かめに行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校内を移動し、ソフトテニス部の橋本さんを探す。来る時にテニスの練習をしてる女子軍団を見たから居るかもしれない。女子軍団……恐ろしいワードだ。

 

「しかし空野氏も肉体関係があると見ているのか?」

 

 お、如月さん、気になるんすか。

 

「もう! (ひかる)ちゃん、エッチなんだから!(裏声)」

 

「ぶち殺されたいのか」

 

 ひぇ……。現役刑事の殺気恐すぎワロタ。

 

「刑事のセリフではないですよ」

 

「念のため拳銃を所持しているんだ。正解だったようだな」

 

「じょ、冗談だよぅ……」

 

 如月さんに鼻で笑われる。イラッ。

 

「私も冗談だ。当たり前だろ?」

 

 あなた冗談言うタイプだったんですね。真顔に変化がないから恐いんだよ!

 くっそ、なんとか仕返ししたい。

 

「如月さんって意外とお茶目さんなんですね。そういうのってかわいいですよ」

 

 あ、眼鏡がズレた。触ってないのにしゅごい。……マジでどうやってるんだ?

 

「それより空野氏の件はどうなんだ?」

 

 露骨(ろこつ)な話題逸らしゴチです。しょーがないので乗ってやる。

 

「俺の勘ではただのセフレではないですね。少なくとも空野さんにとっては」

 

「……つまり空野氏を疑っているのか?」

 

 それなんだよなぁ。確かに嫉妬や愛憎を動機とした殺人ならば無くはないだろう。

 でも、じゃあ第一の殺人との繋がりはなんだ?

 偶然rache(ラッヘ)の暗号が一致するなんてあるわけない。普通に考えたら同一犯による連続殺人なんだけど、それにしては被害者が若いということ以外に共通点が無い。関係者に接点も無い。

 当然、空野さんもその例に漏れない。

 それに、仮に空野さんが犯人だったとして、復讐などと自分が疑われるようなことを現場に書くか?

 空野さんを犯人とすると納得できないことが多すぎる。

 そしてループとの関係も不明だ。

 

 結論、事件と何らかの関係があるかもしれないが、どちらかというと何も知らずにスケープゴートにされている可能性の方が高い……と思う。あまり自信はない。

 

 こういったことを説明してやる。勿論、ループについては抜きで。

 

「確かにそうかもしれない。その推理には合理性がある」

 

「もうちょい調べてみましょう。橋本さんも校内に居るようですし」

 

「そうだな」

 

 屋外のテニスコートでラケットを振る集団に近づく。

 

 あれ? 監督の先生とか居ないんかな。ま、いっか。

 

 俺たちに気づいたのか、橋本さんからこちらに来た。もしかして部長とかか?

 

 黒髪をポニーテールにした美少女だ。校風に反抗してるのか、ヤンキーではない。アイドルとかをやれそうな感じだ。

 

「私たちに何か用ですか?」

 

「練習の邪魔をしてすみません。私たちは木津さんの事件について捜査している者です」

 

 俺の曖昧な言い方に合わせ、如月さんが警察手帳を見せる。この流れなら俺も警察と思われるからスムーズに進む。

 

「え? 蒼人の事件ってどういうことですか? あいつ何かやったんですか?」

 

 大層焦ってらっしゃる。すまんが追い討ちをさせていただく。

 

「違います。木津さんが遺体で見つかりました。おそらく殺人です」

 

「嘘……でしょ? ねぇ嘘でしょ!? ふざけないで!」

 

 突然の大声に部員たちがギョっとしてこちらを見る。如月さんに目で合図を送り、そちらのフォローに回ってもらう。

 

「事実です。センセーショナルな事件ですのですぐにメディアに取り上げられるはずです」

 

「……どう……して……」

 

 泣き出してしまった。仕方ない。落ち着くまで少し待とう。

 特に声は掛けずに背中を(さす)ってやる。

 

 ……セクハラにならないよな? 大丈夫だよな? 

 

 不安は尽きない。

 如月さんは周りの部員たちに話を聞いているようだ。

 ややあって橋本さんが落ち着いてきた。

 

「ホントなんですか」

 

「はい。冗談でこんなこと言えません」

 

「……用件はなんですか」

 

 おkおk。

 

「実は木津さんの女性関係からの怨恨(えんこん)を調べています。橋本さんも木津さんと関係があったようですね」

 

「……あいつまた他の子に手を出してたんですか?」

 

 つよい(確信)。圧倒的常習犯。そしてさも自分が本命であるかのような物言いを女にさせる手腕。木津さん、やるなぁ。

 

「ええ、何名か居たようです。誰かそういった行動を取りそうな方に心当たりはないですか」

 

 少し考えている。

 

「そんなの分からないです」

 

 まぁそうか。

 

「あ」

 

 お、なんだなんだ。

 

「……単なる勘なんですけどいいですか?」

 

「いいですよ。何かヒントになるかもしれません」

 

 橋本さんが顔を寄せてコソコソしてきた。

 

美喜(みき)ちゃんが怪しいです」

 

「美喜ちゃん?」

 

「英語の空野美喜ちゃんです。前に蒼人と美喜ちゃんが話してる時……なんていうか目が恐かったんです」

 

 ほー。

 

 橋本さんが離れ、少し表情を曇らせる。

 

「……こんな曖昧なのでいいんでしょうか?」

 

「いや言わんとしてることは分かります。そういうのが大事だったりしますよ」

 

 それだけ空野さんが木津さんに入れあげていた。そんな風に見えたということだ。

 

「……刑事さんってもっと難しい人がやってると思ってました」

 

「いろんな方が居ますからね」

 

 俺の知る刑事を思い浮かべる。どちらかというとお堅くない人の方が多い気がする。まぁ課によるかもな。

 そして俺は刑事じゃない。やってることは中学生と大して変わらない本業ニートである。堅いわけがない。

 

 橋本さんとはこの後少しお話ししてバイバイした。如月さんを拾って次へ行く。

 

「他の部員から何か有益な情報を得られましたか?」

 

「いや、ガイシャが人気者だったということしか分からなかった」

 

「そうですか。橋本さんからは空野さんが怪しいとの証言が出ましたよ」

 

「……空野氏か」

 

 とはいえ、確定できるほどの証拠力は無い。

 

「次、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 16時57分。車で警視庁に移動中だ。

 一応、名前の上がった子たちを全員当たったけど、大した情報は出なかった。これはキツイっすわ。

 

「第二の事件、最有力候補は空野さんになりますかね? 捜査本部的には」

 

 如月さんが少し考える素振りを見せる。

 

「……第一の事件との連続性を考えると最有力被疑者とまでは言えないかもしれない。だが現時点での重要参考人筆頭ではある」

 

 だよなぁ。イマイチすっきりしないけどそうするしかないよな。

 

──prrrrrrr。

 

 如月さんのスマホが鳴る。運転中なので「出てくれ」と渡されてしまった。

 

 誰だ? 

 

 画面には三崎(みさき)剛志(つよし)とある。

 会議を仕切っていた色眼鏡の管理官だね。

 

「もしもし。結城です。如月さんは運転中ですよ」

 

「探偵君か。時間が惜しい。悪いがいきなり本題に入らせてもらう」

 

 嫌な予感がするなぁ。やだなぁ。

 

「どうぞ」

 

「第三のrache(ラッヘ)事件だ」

 

 はぁ? またかよ。もういいよ。

 

「今度は密室殺人だ。捜査に区切りがつき次第、現場に向かえ」

 

 うっわ。めんどくさそう。

 

「……分かりました。場所はどこです?」

 

「現場は──」

 

 今度は都内の黒縄(こくじょう)区の住宅街にある一般住宅だ。家の鍵が全て閉まっている状態でそこのお子さんが自室で殺されていたらしい。そして当然のように室内の壁にQSSBGDの文字がある。

 

 さて、次はどんな“それっぽい被疑者”が居るのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はいはい密室密室。

 

 現場の(みなと)さんのお宅に来ましたよ。朝から働き通しでまるで社会人みたいじゃないか。もうやだ。

 

 しかし、家の前の道路で何やらお話ししていた柄の悪い人たち(刑事さんと鑑識さん)の挨拶が光る。

 こちらも返さねば無作法というもの……。お疲れ気味(さま)です。

 

 と、ここで如月さんは先に現場に来ていた刑事さんと一緒にご近所さんへ井戸端会議(ききこみ)に行くようだ。

 

「現場とご両親は任せる」

 

「了解です」

 

 さっさと行ってしまった。さて、俺も動きますか。

 早速、状況確認だ。玄関のとこに居る若い刑事さんに話し掛ける。警視庁で見たことある人だ。

 

「すみません、少しいいですか?」

 

 さぁ晩飯までには帰りたいぞ。今、17時43分だけどなんとかしたい(無理ゲー)。

 若い刑事さん、よく見るとイケメンやな。そのイケメン刑事が答える。

 

「あれ? 結城さんだ」

 

「どもども。事件と現場の状況についてお訊きしてもいいですか?」

 

「はい、いいですよ。えーと、16時頃に湊蘭子(らんこ)さんが帰宅すると娘の藍子(あいこ)ちゃんが自室で死亡していたそうです。その際、自宅の戸締まりはしっかりと為されていて、また例の暗号がありました」

 

「死因は?」

 

「刺殺と見られ、死亡推定時刻は13時30分くらいです」

 

 またか。刺殺に暗号。

 

「凶器は見つかりました?」

 

「住宅内にある刃物で可能性があるのは台所の包丁くらいです。一応、押収(おうしゅう)しましたが……」

 

「怪しい感じはしなかった、と?」

 

「ええ。詳しくは調べないと分かりませんけど」

 

 そっか。

 

「では指輪はありましたか?」

 

「今のところ発見できていません」

 

 なるほど。

 指輪があったのは偶然だった可能性もあるからなぁ。 

 ただ、指輪の持ち主を暗示する趣旨であれば、最初の事件にのみ指輪が置かれたのも納得できる。最初だけ置けばその役割は果たせるからな。

 それに婚約指輪と結婚指輪があったとしても3つしか無いってのも影響してるかも。1つしか入手できなかった、又は2つは持っていたいとか。

 

 足跡とかはどうなんだろ。

 

足痕跡(そくこんせき)係はなんと言っています?」

 

「少なくとも土足痕や素足痕は無かったようです」

 

 あー、じゃあキツイわ。しゃーないね。

 

「中を確認していいですか?」

 

「鑑識係の確認は一通り終わったので大丈夫ですよ」

 

「ではお邪魔しまーす」

 

 普通に玄関で靴を脱いで入る。それなりに小綺麗やね。典型的中流階級って感じ。

 リビングでは蘭子さんだろうか、30代前半くらいの女性が女性刑事とお話し中だ。

 イケメン刑事が耳打ちしてきた。ホモではないので嬉しくない。

 

アレ(・・)がガイシャのお袋さんです」

 

 ふむ。見た感じ、蘭子さんは不機嫌そうだ。

 しかしイケメン刑事の言い方は引っ掛かるな。疑うべき要素があったのか? 

 2階に向かいつつ、コソっと訊いてみる。

 

「何か怪しいんですか? アリバイが無いとか?」

 

 密室といったら先ず鍵を持っている人間を疑うべきだからな。それでアリバイが無かったりすると大分怪しくなる。

 

「流石ですね。その通りです」

 

 ん? まだ何かあるのか。イケメン刑事は含みのある顔とでも言える表情をしている。

 

「まさか動機もあるんですか?」

 

 イケメンスマイルが炸裂(さくれつ)する。

 

 やめろ! 俺はノンケなんだ! そいつは効かねぇぜ!

 

「それも正解です。まだご近所さんと旦那さんの話を聞いただけですが、ある程度の信憑性はあるかと思います」 

 

 2階の女の子らしい部屋に着いた。壁には例の暗号がある。しかも同じ又は似たスプレーによるものだ。

 

「その動機とは?」

 

「ガイシャは旦那さんの連れ子です。それで複雑な感情を持っていたようです」

 

 あちゃー。そりゃあ疑うわ。

 

「虐待までいってます?」

 

「……今のところ、そこまでしていたという証言は無く、ホトケの体にもそういった痕跡はありませんでした」

 

 ふーむ。そうか。

 

 部屋を見てみる。女子児童向けの可愛らしいアニメキャラクターのぬいぐるみがある。亮がちょっと前まで観てたやつだ。

 

 被害者何歳だ? まだかなり若いんじゃないか?

 

 俺がぬいぐるみを見ていることに気づいたイケメン刑事が察してくれた。

 

「ガイシャは8歳の小学2年生です」

 

 あらら。

 

「8歳児に復讐か……」

 

 あり得るだろうか。確かに連れ子に夫の関心を奪われていると感じて、とか、前妻への嫉妬の八つ当たりを復讐と誤魔化して、とかならばあるかもしれないが、どうにもピンとこない。

 

 だってなぁ。チラっと見た蘭子さんの雰囲気はそんな感じがしなかったんだよなぁ。ただの勘だけど。

 

「結城さんはどのようにお考えですか?」

 

「うーんと、蘭子さんではないような印象を受けました」

 

「そう見ますか」

 

 うーん。フィーリングではそうだけど、流石にそんなんで捜査どうこうはなぁ。

 

 イケメン刑事がやや反論気味に続ける。

 

「しかし鍵が盗まれたりはしていないようでしたし、旦那さんは仕事中だった為、明確なアリバイがあります。消去法でもお袋さんがやっぱり怪しいですよ」

 

「なるほど……」

 

 確かに怪しくはある。

 論理的に考えたならアリバイの無い、鍵の正当な持ち主の誰か又は全員が犯人、あとは……。

 

「旦那さんは今どこに?」

 

 あまり聞かれたくはない。

 

「外のパトカーの中でお話を伺ってます。お袋さんと分ける必要があるので」

 

 それならここで話しても大丈夫そうだな。

 

「あくまで可能性の話ですが……ご両親のどちらか、あるいは両方と第三者の共犯もあり得るかと」

 

 これならば第一、第二の殺人との連続性を考えても矛盾しない。

 しかしそうすると新たな疑問が生まれる。

 第三者とご両親の繋がりが何かってことだ。そしてその第三者と第一、第二の事件との関係がどうなっているかだ。しかも動機も不明。困るわぁ。

 

「……それはあるかも……。それならば連続殺人の説明がつく。しかし……」

 

 イケメン刑事もすぐに穴だらけの推理だと気づいたようだ。

 

「ええ。まだまだ情報が足りず憶測の域を出ません」

 

 腕を組んでうんうん唸っても答えは出ない。とりあえずご両親に話を聞こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは蘭子さんから。

 

「はじめまして。私ともお話ししてくださいませんか」

 

 なんか微妙にナンパみたいだな。

 

 蘭子さんが嫌忌(けんき)に溢れた顔をする。

 

「どうぞ。よっぽど人殺しに見えるんですね、反省するわ」

 

 嫌われすぎワロタ。疑われてるのが相当気にくわないご様子。

 

「別に人殺しには見えないですね。実際、殺してないですよね?」

 

 蘭子さんがアホみたいに口をポカンと開ける。

 

「まさかグサッとヤっちゃったんですか?」

 

 そして笑い出した。

 

「あっはっは。あなた変わってるね。よく言われるでしょ」

 

「ハッハッハ。それこそまさかですよ」

 

 2人で場違いに表面上は(なご)やか(?)な空気を作る。なんだこれ。

 

 俺が殺人を疑っていないという趣旨の発言は、蘭子さんの態度を軟化させる為だけの嘘ってわけじゃない。

 この一連の事件を見て思ったのは、明らかに疑わしい人物が簡単に見つかりすぎることの不自然さだ。

 確かに実際の殺人ではフィクションよりもずっと単純な場合もあるだろうから、おかしくないと言ったらそうかもしれない。

 でも今回のような裏がありそうな連続殺人でバラバラの被疑者が各々(それぞれ)の事件に都合よく現れるだろうか? しかも、それでいて決定的な証拠は無く、事件同士を繋げる背景も不明(捜査が進展すれば出るかもしれないが……しかし……)。

 

 やはりこれは第三者──真犯人により仕組まれたミスリード。そう考えたくなってしまう。「rache(ラッヘ)(復讐)」の文字もわざとらしい。

 予想が正しければ蘭子さんは白。情況的に犯行は可能だったかもしれないが、それだけだ。可能=実行ではない。

 

 また、蘭子さんの様子から受けた印象的にも、殺人者といった感じはしなかっし、第三者との通謀(つうぼう)も無さそうだった。なぜなら警察に対する嫌忌はあっても、犯罪者が持つような強い警戒は感じなかったからだ。

 つまりは何も知らずに真犯人の身代わりにされてしまっただけではないか。

 

 これが演技だとしたら女優やれそうだ。

 亮の母さんが女優だからね。演技レベル判定は俺もそれなりにできる。あの技術を亮に仕込まないことを祈るばかりだ。

 まぁ、どこぞの巨乳メンヘラ刑事の筋金入り演技は見抜けなかったけどな! あんなんチートやで!

 

 ……話を戻す。蘭子さん同様、奏太さんや空野さんにも巻き込まれた身代わり説は適用できると思う。

 

 結論、今、一番にすべきことは各々の事件と真犯人を結び付ける“何か”を探すことだ。

 

 ただ、一応、蘭子さんにもテンプレ的な確認をしておく。

 

「アリバイは無いのですよね?」

 

 蘭子さんの顔に険しさが混ざる。

 

「やっぱりあなたも疑ってるじゃない」

 

「念のためです。それに、こういった質疑の中に真犯人の手掛かりがあるかもしれないのです」

 

 目を細めて俺を推し量っている。ごく短い沈黙の後、小さくため息を吐き、表情がやや弛緩する。

 

「……いいわ、そういうことにしてあげる。アリバイだったわね。あなたの言う通りアリバイは無いわ」

 

「どこで何をしていたんですか?」

 

「……それは秘密」

 

 えぇ……。俺は気にしないけど、そんなん言ってたら疑われるに決まってるじゃん。

 

「つまり殺人ではないけど、人に言えないことをしていたということでいいですか?」

 

「ぷっ。そうよ、その通り」

 

 蘭子さんを見つめる。しっかりと口紅が塗られ、化粧が施されている。でもその割にはヘアセットが若干甘い気がする。崩れているとも言う。

 衣服はノースリーブのカットソーにチュールスカートと、30代の女性が着ていて不自然さはないものだ。

 

 うん、全体の印象は「気合い入ってんなぁ」って感じ(笑)。

 

 ちょっとイケメン刑事に確認。

 

「旦那さんは今日は何を?」

 

 歳が近いし同性だから口調が崩れそうになっちゃうんだよなぁ。

 

「看護師なので勤務先の病院に居たようです」

 

 蘭子さんを見ると頷いてくれた。

 

 ふむ。

 

「蘭子さん。ご自宅を出たのは何時ですか?」

 

「? 藍子にご飯を食べさせた後だから12時30分くらいじゃないかしら」

 

 つまり3時間半ほど外出していた、と。生々しすぎじゃないですかねぇ……。

 

「蘭子さん」

 

「?」

 

「浮気してました?」

 

 一拍後、蘭子さんがにやける。

 

 ビンゴじゃないっすかね。

 

「正解。あなたやるわね」

 

 うわぁ、まったく悪びれてないや。むしろなぜかドヤ顔だし、こいつはすげぇや。

 

「ここら辺にラブホってあるんですか?」

 

 また吹き出した。

 

「あっは。あるよ。あなたホント面白い。ご想像の通りよ」

 

 変なもんを想像させようとするのはやめていただきたい。

 

「じゃあお相手に確認を取れば一応のアリバイはあるということですね?」

 

「……そうだけどあの人は認めないでしょうね。私も誰とシてきたかを教えるつもりはないわ」

 

 じゃあラブホの入り口とかのカメラに上手く映っていればなんとかってところか。

 めんどくせぇ女だな! けっ!

 

「ところで蘭子さん」

 

「今度は何かな?」

 

 一見すると娘の死にダメージを受けていないように見える。しかし本当にそうだろうか。

 たとえ血が繋がってなかったとしても、一緒に生活する幼い子どもに何の情も湧かない確率は低いんじゃないか? 

 実際、昼食はしっかり食べさせていたようだし、外出も数時間程度。男に夢中で子どもなんて眼中にないといったタイプではない気がする。

 

 要は単に弱いとこを見せたくない人って感じかなぁ?

 

「そのノリ疲れません? 無理してませんか?」

 

 また蘭子さんがにやける。

 これが図星を突かれたときの癖なんか? 

 

「ホントにやるわね」

 

 そりゃあどうも。

 

 やっぱ蘭子さんは白だろ。現時点ではそういうことにしとこ。じゃあ次行こっと。

 

「……話は大体分かりました。とりあえずは以上です」

 

「そう。あなたならまた来てもいいわよ」

 

「必要があればそうします。では、ありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

 外の旦那さんのとこに向かう。

 居間を出る時、後ろからボソッと「フられちゃった……」と聞こえてきた。昼ドラ展開は勘弁っす。当たり前である。

 イケメン刑事を見るとにやけている。お前もかよ。

 

「流石は名探偵。捜査のついでに女を落とすとは恐れ入りました。いや、女のついでに捜査でしたかな?」

 

「やかましいわ!」

 

 やっぱ警察は嫌いだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなりに薄暗くなり街灯が点いている中、旦那さん──利樹(としき)さんは車から降りて煙草(たばこ)を吸っていた。左腕の火傷(やけど)の痕が特徴的だ。

 

「少しいいでしょうか?」

 

 利樹さんが俺たちを見て、あからさまなため息をつく。

 こっちも似たような反応でウケる。意外といい夫婦なんじゃないか?

 

 利樹さんが唇を湿らせ、答える。

 

「ええ、いいですよ。駄目と言っても無駄なんでしょう?」

 

「……これは任意の事情聴取(じじょうちょうしゅ)なので建前上は拒否できます」

 

「はいはい。そういう無駄な会話は結構ですので始めてください」

 

 めっちゃ警察嫌いやん。気持ちは分かるで!

 

「ではお言葉に甘えて。利樹さんは今日はお仕事をされていたそうですね。何時から何時まで職場に居ましたか?」

 

「朝8時から夕方5時くらいまで」

 

 強固なアリバイがあるっすね。

 

「ずっと病院に居ましたか? 例えば昼食を外で食べたとか」

 

「……そうですね。昼飯は牛丼屋に行きました」

 

 腹減ったなぁ。

 

「それはおひとりで?」

 

 利樹さんが唇を舐める。

 

「そうです。だからその時間のアリバイは無いですね」

 

 ふーん。

 

「マイカー通勤ですか?」

 

「ええ。こっからだと30分ちょいです」

 

 病院の昼休みが何時からかは分からないけど、そもそも物理的に無理かな。

 

 じゃあ別方面を。

 

「前の奥さんとは何故別れたのですか?」

 

 子どもの親権を男親が持ってるとこを見るに、大体想像つくけどな。

 

 利樹さんの目付きが鋭くなる。

 

「……不倫ですよ」

 

 ですよねー。今の奥さんも不倫してると今すぐ伝えたい。声を大にして叫びたい。フヒヒ。

 

「その女性と交流はありますか?」

 

 ふんっと鼻で笑い、答える。

 

「あるわけないだろ」

 

 まぁそうだよな。

 

「ところで今のお気持ちは?」

 

 ねぇ今どんな気持ちぃ?

 

 利樹さんがポカンと口を開ける。やっぱ似た者夫婦じゃないですかーやだー。

 

「怒りが大きいですよ! 犯人を殺してやりたいくらいです」

 

「なるほど。犯人に何か心当たりはありませんか?」

 

「……分かりません。8歳の娘をわざわざ殺す人間なんて知るわけない」

 

 また唇を舐めてる。

 単なる癖? でもなぁ。

 

 唇を舐めるメジャーな理由は2パターンある。

 緊張して唇が乾いた場合と近くに居る存在に欲望を抱いている場合だ。

 俺とイケメン刑事を欲望の対象にするのはちょっと考えにくいから普通に緊張している可能性が高い。

 ……警察を相手にするから緊張するということは誰でもあるかもだけど、もしかしたら違うかもしれない。

 

 つまりは強い警戒から緊張している……のか?

 

 であればかなり怪しい。しかしまだ憶測(おくそく)の域を出ない。

 

 うーん。

 

「ちなみに復讐と言われて何か思いつきますか?」

 

 利樹さんはまた唇を舐め、勿体ぶるように口元に手を当て考えている。

 そして短く否定する。

 

「ピンときませんね」

 

「そうですか。分かりました。質問は以上です」

 

「やっと終わりですか。もう今日は来ないでくださいよ」

 

「確約はできませんが伝えておきます。ご協力ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一旦、家に入るとすぐに如月さんたちが戻ってきた。

 

「お疲れ様です。どうでした?」

 

「残念ながら有力な情報は出てこなかったよ」

 

 如月さん、やつれてるな。心なしか眼鏡も(すす)けている気がする。

 

「こっちは微妙に収穫がありましたよ。後で話します」

 

 俺が後で話すと言った意味を正しく察したのだろう、如月さんは一緒に聞き込みに行った刑事に目配せする。

 

「私たちは席を外します。後はよろしくお願いします」

 

 中年の刑事が肯首(こうしゅ)する。

 

「了解。期待してるぞ」

 

「すぐに解決してみせます」

 

 いや待て待て。そうやってハードルを上げるのはよせ! ミスったら悲しいだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車で警視庁の捜査本部へ向かう。漸く気兼ね無く話せるな。

 

 蘭子さんのこと、真犯人たる第三者によりミスリードが演出された可能性、そして利樹さんの不審な点を伝える。

 

「過剰に唇を舐めていて、復讐と聞いたら口元を隠すようにしていた……か」

 

「怪しくないですか? 口元を隠すのは人間が嘘をつくときの典型的な仕草ですし、唇を舐めるのも“何か”があって警察を過剰に警戒していて、それで緊張状態にあったことで唇が乾いたからと解釈できます」

 

「確かにそれは間違いではないが……少し弱い(・・・・)

 

 んー、それはなぁ。そうなんだけどね。これだけじゃ確定的な根拠になるわけないってのは分かってるよ。

 

「分かってます。でも完全に看過(かんか)するには少し重い(・・・・)事実です」

 

 雨が降ってきた。如月さんがワイパーを稼働させる。

 

「……もう少し証拠を集めてくれ。そうすれば捜査本部も本腰を入れられる」

 

 そっか。そうだよな。

 

 警察という税金で運営されている組織で人権の制限を伴う行為をするには、それ相応の確実性がなければいけないのだろう。

 時にそれは「なぜ相談を受けた時にすぐに動かなかったのか。そのせいで人が死んだんだ」ってな感じに非難される性質だけど、決して間違いでも悪でもない。

 限りある資金と人員で莫大な事件を(さば)くには残酷な取捨選択が必須だ。被疑者への人権侵害が伴うなら慎重さも要る。

 

 今の如月さんの言葉は俺の曖昧な推理と(なか)ば勘による嫌疑(けんぎ)に対し一定の評価をしてくれたと解釈できる。そういうことにしておこう。

 

 雨足が強まってきた。時刻は19時になろうかというところだ。亮が()ねなきゃいいけど……。

 

 しかしそんな俺の想いを無視するようにスマホの呼び出し音が車内に響く。

 

「すまないが出てくれ」

 

 如月さんに言われ、スマホをスワイプする。

 

「もしもし。また結城です。どうされました?」

 

 通話の相手は三崎管理官だ。

 

「第四の事件が発生した」

 

 おいおいおい。ペース速いってば。勘弁してくれよー?

 

 

 

 

 

 

 



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Endless Mysteries [バ編]

──さぁ、戦闘開始だ。

 

 

(  ˙³˙  )

 

 

「じゃあいつになったら帰ってくるの!?」

 

 スマホ越しに亮のキレキレヴォイスが耳に突き刺さる。帰りがそれなりに遅れそうって連絡したらこうなってしまった。

 

「分からないけど、なるべく早く帰るって」

 

「ほんとなの!? この前、帰って来なかったじゃん! そうやって男は他の女の子のとこに行ってるってお母さんが言ってたよ!?」

 

 意外と根に持ってやがる。それから母さんとは後で話し合う必要がありそうだ。余計なことを教えやがって。

 

「ホントだってば。仕事が終わったらちゃんと帰るよ」

 

「……証拠は?」

 

 !?

 

 凄くめんどくさいこと言い出しよる。

 

「浮気じゃないって証拠は?」

 

 圧がしゅごい。普段のアホいお子ちゃま亮と同一人物とは思えない。

 というか、そもそも俺の認識では付き合っているわけではない。もっと精神的に成長してる人間相手じゃないと付き合うって感覚にはならない。

 

「どうして黙ってるの!? やっぱり今も女の子と居るの!?」

 

 如月さんは女の子って感じじゃないよなぁ。

 

 如月さんを見るとニヤニヤしてる。クッソ!

 

 亮はどんどんヒートアップしてる。なんか変なスイッチ入っちゃったみたいだ。

 これってもはや論理的、客観的な証拠を出しても納得しないやつだろ。

 ……仕方ないなぁ。

 

「……ひどいよ! お嫁さんにしてくれるって約」

 

「愛してる」

 

 感情的証拠(笑)で攻めるしかないじゃん、やだー。

 

「そ……く……」

 

「俺が愛してるのは亮だけだよ。怒ってる亮も笑ってる亮も泣いてる亮もどんな亮も全部愛してる」

 

 全てが嘘というわけではない。

 

「………………ぅん」

 

「ごめん、そろそろ次の現場だからまた後で。亮も浮気するなよ。じゃあな」

 

「ぅん……」

 

 通話を終える。

 まったく! 手間取らせやがって。そういう態度だと浮気されるんだぞ!

 

「結城君もなかなかやるな。そんなセリフを言うとはな」

 

 如月さんがサディスティックな笑みを浮かべる。エリート然とした雰囲気と絶妙にマッチしてて需要ありそう(小並感)。

 

「見え見えの子ども騙しですよ。いつまで通用するのやら」

 

「……君なら口先三寸でなんとでもできそうだが?」

 

 俺のイメージよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四の事件は明暗(めいあん)市の商業地域にある3階建てアパートの一室で起きたらしい。

 到着するとまだ鑑識チームが盛んにお仕事をしていた。もう少し落ち着いてから入ろう。

 

 人通りの多いごちゃごちゃとした道路でぽけーっと待っていると青い作業服を着た姉ちゃんが近づいてきた。鑑識官だ。

 

「お疲れ様です。如月巡査部長と結城さんですね。鑑識作業が一段落する前に現場の状況をお伝えしに来ました」

 

 如月さんが受け答える。

 

「助かります。現場はどんな具合ですか?」

 

「ガイシャは本多優奈(ほんだゆうな)さん、14歳。305号室のリビングで血を流し死亡していました。第一発見者は父方の叔母の田辺(たなべ)加代子(かよこ)さん。田辺さんが来た時点では玄関は施錠されていたそうです。刃物によるものと見られる傷があり、他殺かと思われますが、現時点では凶器は特定できていません。また、壁には例の文字があります」

 

 また同じパターンか。

 

 しかし続く鑑識さんの言葉が俺たちを驚愕させた。

 

「今回はこれらに加え、ダイイング・メッセージがありました」

 

 マジでびっくりだわ。そんなのガチであるもんなのか。

 

 如月さんも驚いて少し前のめりだ。

 

「内容は?」

 

「フローリングの床に自らの血で『父』と書かれています」

 

 うっわ。これってどうなんだ? こういう場合の証拠能力はどれくらいだったか。

 えーと、重要度、非代替性(ひだいたいせい)情況(じょうきょう)を前提としたダイイング・メッセージの信用度によってはワンチャン証拠になるとかだったか?

 またややこしいのが出てきたな。しかも、ポピュラーな探偵物語に喧嘩(けんか)を売るかのようにシンプルに犯人を教えている……ように見える。

 他の事件を併せて考えると目眩(めくら)まし用の偽装工作に思えてならない。

 ……罠か?

 

 とはいえ無視するわけにもいかない。まずは父親の情報だ。

 その点は俺と同意見なのだろう、如月さんが鑑識さんに父親について質問する。

 

「父親の事情聴取は開始してますか?」

 

「第一発見者の田辺さんに連絡してもらったんですが、仕事を抜け出せないらしく、まだ手付かずです」

 

 んー、どう捉えるべきか。

 本当に仕事が忙しすぎる場合、娘なんてどうでもいい又は関わりたくない場合、事件に関する“何か”が原因で来ない又は来られない場合、事件とは無関係な、仕事以外の事情がある場合、そしてこれらの複合。

 パッと思いつくのはこんなもんか。

 

 俺も会話に()ざろっと。

 

「父親はどんなお仕事をなさっているんですか?」

 

「妹である田辺さんによると、夜のお店で生計を立てているようです。所謂、黒服ってやつです」

 

 ふむ。今は19時30分くらいか。土曜日ということを考えると確かに忙しいかもな。

 

「田辺さんはどこに居ます?」

 

「3階の廊下でお話を伺ってます」

 

「ちなみに母親はどこに?」

 

「母親は優奈さんを出産した際の子宮破裂が原因で亡くなっています」

 

 なるほど。「娘のせいで妻が死んだ」と曲解した父親による復讐と考えることもできる。

 ここでもそれっぽい動機が簡単に見つかるな。だが怪しい。

 

 うーん。

 

 俺が悩んでいると如月さんが「行くぞ」とだけ言い、返事も待たずにアパートへ突撃してしまった。

 鑑識さんと見合わせる。

 

「俺たちも行きますか」

 

「ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3階に着くと鑑識さんは現場の305号室に行ってしまった。

 廊下では如月さんが田辺さんに話し掛けている。他の刑事たちの事情聴取が終わったと思ったら今度は眼鏡の厳しそうな人である。かわいそう(笑)。

 まぁ、俺も加わるんだけど。ゲヘヘ。

 

 田辺さんの第一印象は神経質そうな人だ。

 

「こんばんは。私も交ぜてください」

 

 仲間に入れてよー!

 

 田辺さんは怪訝(けげん)な顔で迎えてくれた。

 

「あなたも刑事さん? かなりお若いようですけど……」

 

「私は探偵の結城です。依頼により捜査に参加しています」

 

 驚きを顔全体で表現してる。大げさやなぁ。

 でも気持ちは分かる。探偵が殺人事件の捜査だもんな。珍しいよな。

 

「どこかで見たことがあると思ったら空器(からき)村の事件を解決した名探偵!」

 

 そっちかよ! 顔写真は放送されてなかったはずなんだけどな。なんで知ってんだ。

 

「どうして私の風貌を知っているのでしょう?」

 

「『女霊(じょれい)自身』で特集されていましたよ」

 

 あ、女性週刊誌か。あることないこと書かれてそうだ。

 

 ここで如月さんが軌道修正。

 

「それより事件を」

 

「すみません。何からお話ししましょう?」

 

 そうだな。まずは娘さんと父親──本多弘(ほんだひろし)さんの仲かな。

 

「では優奈さんと弘さんの家族仲はどうでしたか?」

 

 同じ質問をされていたのだろう。即答する。

 

「特別良くも悪くもないですね。優奈ちゃんは思春期にしては手のかからない子でしたから」

 

 おっと。いきなり動機が揺らぎ始めた。

 

「弘さんは優奈さんについて普段何かおっしゃっていましたか?」

 

「……特に何も言ってなかったです」

 

 ふむ。

 

 次は如月さんが質問する。

 

「優奈さんに怨みを持っている人物に心当たりは?」

 

「居ません! 優奈ちゃんは本当にいい子なんです」

 

 田辺さんが少し怒声混じりに否定する。

 

 本当にそうなら怨恨説が崩れかねない。

 じゃあ動機はなんだ? まさか無差別な通り魔的又は愉快犯的犯行ってことはないよな。それはやめてくれよ、ややこしい。

 ストレートに訊いてみよう。

 

「率直にお伺いします。事件の犯人はどのような人間だと思いますか?」

 

 これにも田辺さんはすぐに答える。

 

「分かりません」

 

 ただし答えられないと答えるだけだが。

 

「では、優奈さんは今日はずっとご自宅に居たのですか?」

 

「そうだったはずです。今日は出掛けないと言っていました」

 

 うーん。田辺さん自身に怪しい所は無いように思える。

 

 俺たちの対応をしてくれてた鑑識さんが屋内の現場から戻って来た。

 

「もう中に入っても大丈夫ですよ。あ、田辺さんはまだです。ごめんなさい」

 

 じゃあ中を見させてもらおうかな。

 

「私はもう少し田辺さんにお話を伺う。先に行っててくれ」

 

「分かりました」

 

 如月さんと別れ、本多さん家にお邪魔する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間取りは1DKってやつだ。キッチンがあるリビングっぽい部屋と寝室の2部屋。

 リビングの壁には大きく例の暗号が書かれており、床には血で記された「父」という文字がある。血文字は手のひらより少し小さいくらいのサイズだ。

 予想の数倍はっきりしている。

 血で文字を書くのは大変そうとか思っていたから普通に予想外だ。

 というか、モヤモヤと違和感を覚える。

 

「このダイイング・メッセージなら解釈で揉めないですね」

 

「我々としては助かります」

 

 だなぁ。

 

 しかし父である弘さんが犯人なのだろうか? わざわざ死の直前に嘘をつく意味はあるかな? あんまり無いよな。

 じゃあやっぱり本心……? でもこの形式なら優奈さん以外の人物が優奈さんの指を使い、文字を書くこともできるしなぁ。

 

 あ、違和感の正体はこれか。

 

 仮に弘さんが刺殺犯だとすると(=優奈さんがダイイング・メッセージを書いたとすると)、殺害対象が「父」の文字をこんだけはっきり書いてるのにスルーしているのはおかしい。これが強い違和感を与えていたんだ。

 刺殺後、生死を確認する間もなく部屋から出たならあり得るけど、壁には例の暗号がある。

 暗号を刺殺前に書いてた? それこそ違和感がある。普通、殺した後に書かないか? 不審に思われたら面倒じゃん。優奈さんは自宅に居たみたいだし。2部屋しかないお家でスプレーを使われたら気づきそうだし。実は自宅に居なかった可能性もあるけど……。

 

 いずれにせよ犯人がダイイング・メッセージに気づく可能性が高い以上、弘さん以外が犯人とした方が自然だ。

 そして弘さん以外が犯人とするならばダイイング・メッセージを書いたのは優奈さんではなかったことになる。死の(きわ)にわざわざ父を犯人とするような嘘のメッセージを書く合理的理由が無いからだ。

 

 しかしそれならその犯人がわざわざ死体の指を使い、偽のダイイング・メッセージを残すメリットはなんだ?

 単純に考えるなら父親に警察の目を向けさせ、真犯人である自分を見つけにくくする為だ。

 でもそれだけだろうか? 何か引っ掛かる。

 

「あ」

 

 もしかして真犯人が復讐したいのは娘である優奈さんじゃなくて父親の弘さん……? つまり娘を奪いつつ、()(ぎぬ)を着せたかった……? それであえてダイイング・メッセージを書いた……。

 

 あ、まさか他の事件も「復讐対象」=「殺害対象」ではなかったのか?

 少し飛躍しているだろうか。……いや大丈夫だよな。むしろこう考えた方がスッキリする。

 

 やベー。どうして気づかなかったんだ。単純すぎる先入観じゃねぇか。

 普段から霊能力にドロドロに依存してるツケかね。やだやだ。

 

 とりあえずこの部屋に他人が侵入した痕跡がないか聞いみよう。

 

「──きさん。聞いてますか? どうしちゃったんですか? 大丈夫ですか?」

 

 やベー。どうして気づかなかったんだ。

 多分、集中してて話し掛けられてると認識してなかったわ。鑑識さんが心配そうに見ている。

 

「ごめんなさい。考え込んでました」

 

「よかった。大丈夫なんですね?」

 

「大丈夫です。ところで誰かが鍵を使わずに侵入した痕跡はありませんでしたか?」

 

 気になるわ。はよはよ。

 

「それが痕跡は無いのです」

 

 あらら。これは無しか。ってことは……。

 

「現場に田辺さんが訪れた時には、玄関は施錠されていたんですよね?」

 

「はい。玄関とベランダの掃き出し窓は鍵が掛かっていたとのことです。その他の窓からの侵入も考えにくいので実質的に密室状態でした」

 

 窓に近づき確認してみる。開けようとしても少しずらすと止まってしまう。

 安全対策だろう。これでは人は通れない。それに、そもそもここは3階だ。玄関以外からの侵入は難しいはずだ。

 

「ピッキング痕も無いんですよね?」

 

「ですね」

 

 ふむ。

 

「鍵を盗まれたとかって話は出てますか?」

 

「ないようです」

 

 であれば常識的に考えると「鍵の正当な持ち主」もしくは「その共犯者」が犯人又は「優奈さんの自殺」ということになる。状況的に自殺は考えにくいからそれは除外。

 

「ちなみに防犯カメラは?」

 

「古いアパートですから無いんですよ」

 

 だよな。見つけられなかったもん。

 

 ……鍵を持ってそうなのは田辺さん、弘さん、不動産会社、アパート管理人ってとこか。

 となると犯行が可能なのはこの人たちか、その共犯者たる第三者。

 

 まずは単独犯と仮定して考えてみる。

 先述の通り、弘さんは状況(ダイイング・メッセージ)的に矛盾する。除外。では田辺さんは?

 

「田辺さんにアリバイはありますか?」

 

「あります。ご友人と買い物していたそうです」

 

 じゃあ一旦除外する。

 不動産会社やアパート管理人はあり得るか? この事件には関係ある可能性が僅かにあるかもだけど、他の事件とは無さそうだよなぁ。

 一応確認。

 

「弘さんは不動産会社やアパート管理人とかと揉めたりしてましたか? 家賃滞納とか」

 

 仮に揉めてても入居者を殺害するメリットは感情面以外は無いけど。つーか悪評的にデメリットだ。

 

「そういった話は出てないですね」

 

 なるほど。これは一旦除外気味に保留。

 

 で、一番怪しい第三者の共犯パターンだ。共犯……共犯……まず動機だ。父に濡れ衣を着せたいなら父に怨みがある人物が妥当。怨みの内容はなんだ?

 ……現時点では分からんな。

 じゃあ共犯の理由は?

 鍵の正当な持ち主も父に怨みがあったとか? じゃあ田辺さんが協力者? イマイチしっくりこないな。でも単に印象によるもんだしなぁ。

 不動産会社やアパート管理人が借り主に怨み? でも揉めてないみたいだし、アパートでの殺人事件発生はデメリットだし、考えにくい気がする。

 

 んー、分からん。

 

 ちょっと別方向から見てみよう。

 第三の事件も実質的な密室だった。で、「殺害対象」=「復讐対象」でないとすると、娘である藍子(あいこ)さんが殺されてダメージを受ける人物が復讐対象と考えられる。

 普通に考えたら両親がそれ。怪しい言動があったのは父親である利樹(としき)さん。

 じゃあ利樹さんと第三者が結託して、奥さんへの復讐をした? でもそれで自分の娘を殺すか? ガチサイコパスならあり得るか? 

 

 でもそれにしては利樹さんは嘘が下手そうだった。サイコパスって嘘が上手いし、利樹さんはちょっと違う気がする。

 

 じゃあ奥さんが利樹さんへ復讐した? そんな雰囲気なかったけどなぁ。動機もよく分からん。

 

 ん、待てよ。鍵の正当な持ち主が積極的に協力したのではなく、何らかの弱みを握られて第三者に従わざるを得なかった、とか? 脅迫に使える弱みってなんだ? 従わないと不都合な事実をバラすぞ的な? 不都合な事実ってなんだ? 犯罪とかか?

 

「あ」

 

 ちょっと思ったんだけど、例えば今回の事件で殺された子どもの親が、過去に犯罪をしたけど捕まっておらず、その被害者又は関係者が犯罪の証拠を手に入れて親を脅迫し鍵を奪い、その親へ復讐したってパターンもあるかも。

 それなら利樹さんの言動もしっくりくる。しかも第四の事件も同じパターンなら矛盾しない。

 則ち、父親への復讐は過去に父親から犯罪被害を受けたから。その事実を使って鍵を借り受け、娘を殺害。

 

 おっと、待てよ。指輪の主がその被害者か?

 指輪を手放していることや復讐で殺人までしていることを考えると指輪の主は死亡している可能性が高い……と思う。つまり殺されている?

 そして脅迫するなら時効前の犯罪のはず。

 確か指輪に2002年6月10日って刻印があった。ってことはその時には生きていた。なら犯行はそれ以降だ。

 実際、人が死ぬ系統(殺人、強盗殺人、強姦殺人、放火殺人、傷害致死、危険運転致死)の被害にあったのが2002年以降なら傷害致死、危険運転致死でも時効はまだだ。平成22年(2010年)に時効期間の改正があったからな。

 

 そして、指輪の主は普通1人だけであることと復讐対象が複数であることを考えると、共犯形態で殺されたと見ていいだろう。rache(ラッヘ)連続殺人の被害者の家族には、何らかの犯罪を共同で犯した過去がある?

 

 そうか、それなら……!

 

 この連続殺人の動機は集団で婚約者が殺されたことに対する復讐……? 

 

 結構いい線いってる気がする。これなら筋書きに整合性が取れるよな。

 

 そして過去の犯罪加害者(復讐対象)として怪しいのは第四の事件では父親、第三の事件も同じく父親、第一、第二は不明。

 

 なら、まずは2人の父親の過去を洗う!

 

「……うきさん! 結城さん!」

 

 !?

 

 鑑識さんがまた呼び掛けている。ヤバいヤバい。気づかなかった。

 

「すみません、また考え込んでました」

 

「やっと返事してくれた。もう、しっかりしてくださいよ」

 

「そうだぞ。女性を心配させて楽しむのもほどほどにしろよ」

 

 いつの間にか如月さんも居る。そして俺にそんなひねくれた(かま)ってちゃんみたいな趣味はない。

 

「如月さんは心配してくれないんですね……」

 

 構ってちゃんみたいな趣味はない。

 

「気持ち悪いな」

 

 ひでー。傷つくわぁ。悲しいわぁ。

 

「そんなことより何か分かったか?」

 

「……推理はあります」

 

 如月さんが「ほぅ」と声を漏らす。

 

「だけどまだ捜査が必要です。できれば捜査本部の力を借りたいです」

 

「……まずは聞かせてくれ」

 

 おkおk。サクッと説明すっか。

 

 唇を湿らせ、声帯を震わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 22時を過ぎてやっと帰宅することができた。

 

「ただいま」

 

 靴を脱いだタイミングで亮がやって来た。雰囲気がいつもと違う。なんか怖いぞ。

 

「……おかえり」

 

 静かにそう言って抱きついてきた。

 

「さみしかった」

 

「ごめんごめん」

 

 亮の力が強まる。密着した身体が温かい。

 

「……」

 

 え? いつなったら離れんの? つっ立ってんの疲れるんだけど?

 

「亮? そろそろ……」

 

「やだ。ずっとくっつく」

 

「……」

 

 えー、えー、つ・か・れ・る。

 

「亮さん」

 

「だめ」

 

「……」

 

 め、めんどくせぇー。

 

 仕方ない。強硬手段だ。亮の耳に手を伸ばし──すりすり。

 

「ひゃっ!?」

 

 亮、耳弱いからなぁ。

 

 拘束が解除された。この隙にリビングへと駆け込み、ソファへと崩れ落ちる。

 

「はぁ、疲れた……」

 

 亮も来た。横に座る。

 

「ゆう! 耳はズルい!」

 

「じゃあもう二度と触らないよ」

 

「それはダメ!」

 

 どっちだよ。じゃあもう一回。しかし亮に手を掴まれる。

 

「今はダメ。他の所からにして!」

 

「……」

 

 め、めんどくせぇー。

 

「他ってどこ?」

 

 亮が少し考える素振りを見せてから答える。

 

「……おっぱいとか?」

 

 掴まれた俺の手が亮の胸に押し付けられる。見た感じに(たが)わず、またブラジャーしてない。形が崩れても知らんぞ。

 

 つーか最初にそこなの?

 

「……それよりお腹が空きました。何か食べたいよ」

 

「まだおっぱいは出ないのです」

 

 いや、なんでそうなる!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝っぱらから警視庁のデカイ会議室に来た。これから捜査会議だ。

 話題性のある連続殺人ということで捜査本部は増員され、今は総勢200人ほどが参加している。その内の約100名が会議の開始を仏頂面で待っている。嫌な光景だな。

 

 三崎管理官が入ってきた。マイクを受け取り始まりを告げる。

 

「捜査会議を始める」

 

 さぁ、戦闘開始だ。

 

 



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Endless Mysteries [レ編]

「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」

 

 

 

(`・ω・)っ彡/ 

 

 

 

 会議は進み、それぞれの担当の報告が1通り完了する。聞いた感じ大したことは分かっていない。

 

 三崎管理官がマイクを手に取る。

 

「状況に変化はないようだな。では当初の予定通り高菜奏太、空野美喜、湊蘭子、本多弘をホシとして捜査を進める」

 

 ざわざわと波打つ。

 皆、納得しかねている部分があるのだろう。しかしだからといって他に警察組織を動かせるほどの根拠や情報は無いから、異を唱える者は居ない。

 

「異論がある者は挙手を」

 

 半ば形式的なルーティンとしての三崎管理官の発言。有力な反対意見は出ないと思ってそうだな。

 警察官としてはテキトーな推理で捜査方針の変更を要求しにくいからな。

 

 すぅ、と右手を挙げる。

 

 まぁ俺、警察官じゃないし? 組織のしがらみとか知らんし? 好き勝手しても失うもんも大してないし? 

 

 大きなざわめきが生まれる。

 

「……名探偵殿にマイクを」

 

 三崎管理官の指示でマイクが渡される。

 

 さて、やりますか。

 

 立ち上がる。

 

「皆さんおはようございます。探偵の結城です。僭越(せんえつ)ながらちょっとした推理を披露させていただきたく存じます」

 

 おおー、とどこからともなく聞こえる。

 

「私の推理では三崎管理官が挙げた4名は黒幕ではありません。全ての事件に共通の真犯人が別に居ます」

 

 しん、と静まり返る。場に緊張感がはこびる。

 

「皆さんはおかしいと思いませんでしたか? それらしい動機を持つ人間があまりにも簡単に見つかる。壁のrache(ラッヘ)の意味を併せて考えると疑ってくれと言っているようなものです。はたして彼らが真犯人なら暗号化しているとはいえ、そんなヒントをわざわざ与えるでしょうか?」

 

 ところどころで頷いている。やっぱ皆、気にはなってたよな。三崎管理官は渋い顔をしている。

 

「それにそもそも彼ら4名にはそれぞれ他の殺人の被害者への動機がありません。おそらく面識も無いでしょう。この事件が明らかに連続性のある事件である以上、そこも整合性がありません。極めつけは第四の事件のダイイング・メッセージです。父が実行犯ならば犯行時にそのダイイング・メッセージを見過ごす可能性は極めて低いでしょう。せめて消そうとしたり、メッセージの完成を阻止しようとするはずです。しかしその痕跡はない。となれば父である弘さんは実行犯としての被疑者から外すべきです」

 

 ここでどこかから疑問が挟まれる。

 

「しかし第四の事件は密室。ピッキングも無かった。不動産屋やアパート管理人に動機が無くて田辺にアリバイがあるんだから、やはり一番怪しいのは親父(おやじ)だろ」

 

 声の主はガタイのいいおっさんだ。一課では見たことないから所轄の警察署の人かな。

 

「ごもっともです。しかし私が述べた矛盾を無視するのはどうにも気持ち悪い。そこで私は考えました。未だ捜査線上に上がっていない真犯人が別に居る、と。それならば矛盾をキレイに解釈し直すことができます。則ち実行犯は鍵の正当な占有者以外の第三者です。そしてその第三者が全ての事件の真犯人です」

 

 先ほどのおっさんが反論する。

 

「待て待て。それは皆考えた。だがそれだと第三者側の動機が不明だ。ガイシャ全員と関係のある人物が想像できん」

 

 そこだよ。この連続殺人最大の落とし穴は。俺もそうだったけど殺人事件で復讐とくれば、普通は「殺害対象」=「復讐対象」と考える。

 けど、それがそもそもの間違いだ。

 

「おっしゃるように被害者との直接的な(・・・・)繋がりは無いでしょう」

 

「なんだそりゃあ……」

 

「しかし前提として『殺害対象』=『復讐対象』ではないとするとどうでしょうか?」

 

 数拍の沈黙。

 やがて「あ……」「まさか……」「そういうことか……」と気付く者が増えていく。場に不穏なものが混じり始める。

 

「ここで注目すべき点が2つあります。1つは被害者が全員若い、あるいは幼いとすら言える子どもであることです。さて、子どもが殺されて最もダメージを受けるのは誰でしょうか? 簡単ですね。親です。そしてもう1つの注目すべき点はダイイング・メッセージです。仮に第三者が実行犯だとするとメッセージを書いたのは被害者ではなかったということになります。わざわざ自分が死ぬ直前に実行犯を誤解させるような嘘を書く理由が無いからです。であればメッセージを書いたのは実行犯であるはずです。目的は2つ。捜査の目眩ましと濡れ衣を着せることによる復讐です」

 

「じゃあ復讐したいのは……」

 

 おっさんが呟く。

 

「そうです。被害者の父親に対する復讐が第四の事件の核なのです」

 

 今度は中年の女性刑事が疑問を提示する。

 

「しかし第三、第四の事件は密室です。ご両親に対する復讐だとしても密室を作り出す方法が不明では立件は難しいですよ?」

 

「分かっています。それぞれの密室にピッキング痕が無い以上正規の鍵を使って開け閉めしたと考えるべきです。また、皆さん鍵を所持しており、鍵が盗まれたといった事実は確認できません。となると第四の事件において、真犯人は父親、田辺さん、不動産会社、アパート管理人の中から鍵を借りたことになります。真犯人から見ると復讐対象から鍵を借りた可能性すらあります。さて、皆さんが親や叔母の立場だったとして子どもが居る自宅又は親戚の家の鍵を他人に渡すでしょうか? そう簡単には渡しませんよね? 勿論、不動産会社やアパート管理人も渡さないでしょう」

 

「まぁそうね。話が見えないわ。つまり何が言いたいのです?」

 

「すみません、もう少しお付き合いください。では逆に鍵を渡す場合はどのような場合でしょうか? 例えば犯罪の証拠などの弱みを握られていて脅迫されたと考えたならどうでしょうか。私がこの考えに至った時、現場に残された指輪の意味について1つの可能性に気づくことができました。シャーロックホームズシリーズの『緋色の研究』に類似した要素を持つ事件であることと併せて考えるに、指輪の主は殺されていて、その犯罪事実を利用した復讐が真犯人の目的である可能性です。そう考えるとある筋書きが浮かび上がってきます。過去に第四の事件の父と第一から第三の事件遺族の誰かがその指輪の主を殺害したが、事件は何らかの理由で立件されなかった。しかし真犯人は最近になってその証拠を入手した。それを使い、父である弘さんたちを脅迫し鍵を奪い、子どもを殺害。さらに怒りは収まらず濡れ衣を着せる偽装工作までした。補足しますと第三の事件被害者の父親である湊利樹さんの挙動に不審なものがあったことから第三の事件の復讐対象は利樹さんであったと推理します。また、指輪の刻印『2002.6.10 Promise of Eternal Love』を考慮すると今から19年前には指輪の主は存命であったと考えられる為、それ以降に殺害されているはずです。つまり、第三と第四の事件被害者の父親たちの過去を19年の範囲で調べると見つかる可能性が高いのです。真犯人と全ての事件を繋げる“何か”が!」

 

 無音が数秒。そして歓声。

 

「「「おー!」」」

 

「日本の闇を暴いた実績は伊達じゃないな」

 

「これが双頭の龍……! ぅぅ、オジキ……(泣)」

 

「流石女殺し探偵!」

 

「女を抱いて事件解決する奴なんて見たことねぇぞ。俺も()ぜろ!」

 

「このケダモノ! 女の敵!」

 

「同志の(かたき)め! いつか必ず……!」

 

 ちょっと待て。なんかほとんど悪口になってねぇか? しかもヤバそうな奴がなぜか居るし。

 

 ここで喧騒(けんそう)を押し潰す独特の威圧感のある声が発せられる。三崎管理官だ。

 

──静かに。

 

 決して大声というわけではない。しかしそれでも一気に静寂が訪れる。

 俺を真っ直ぐに見据えている。

 

「名探偵殿は父親の過去の捜査を中心に人員を割くべきとお考えということで相違ないか」

 

 あくまで場に流されず通常通りの声音だ。

 

「そうです。それが最善です」

 

「……認められない」

 

 おっと? そうくるか。三崎管理官はかなり保守的な人? あるいは……。

 

「理由をお聞かせください」

 

「君も自覚はあるだろう。具体的、直接的証拠が無いからだ。我々は警察組織だ。不確定な推測で大規模な捜査はできない」

 

 うーん。言ってることは分かるけど、言うほど不明瞭な推理だったか? 確かに多少飛躍した部分はあるけど、大筋では妥当じゃね?

 それに、これまで通りそれらしい動機を持つ人間を調べても何も出てこなそうだってのは、皆うすうす感じてるんじゃないか。矛盾や不自然さも感じてるだろう。

 

 三崎管理官がそこに思い至らないとは思えない。何かあるのか……?

 まさか警察庁から圧があったとか? しかしそれこそ飛躍している。

 

 隣に座る如月さんがコソッと呟く。

 

「三崎管理官が警察庁で所属する派閥は、真実解明よりも形式的な枠内での事件の早期解決を優先する。だからさっさとホシを仕立て上げたい(・・・・・・・)のかもしれない」

 

 マジか。ちょっと三崎管理官に反論してみよう。

 

「しかし私の推理であれば全ての現象に合理的な説明ができます」

 

 嘘だけどな。実は少しだけ引っ掛かるポイントが存在する。だが今は盛っておく。

 

「それでもだ。組織としての正義を優先する。捜査方針は維持だ」

 

 その弁は無理がないか? ちょっとカマ掛けてみるか。

 

 じぃっと三崎管理官を見つめ、目を細める。そして攻める。

 

「なるほど。三崎管理官は何か事情をお持ちのようだ。警察庁上層部でしょうか? あまり逆らうと出世に響きますからね?」

 

 三崎管理官が鼻で笑う。

 

「くだらない妄想だ。何を言うかは自由だが捜査は自由にはできない。他に何かある者は居るか? 居ないなら会議は終わ──」

 

「待ってください!」

 

 え? 誰……あ! イケメン刑事やん。居たのか。

 

「結城さんの推理には妥当性があります。切り捨てるべきではありません!」

 

 イケメンー! ノンケだから気持ち(?)には答えられないけどマジイケメンや!

 

「そうです。ここは捜査方針を見直しましょう。我々鑑識班も違和感を抱えたままでは士気に関わります」

 

 こっちはあれだ。ニートの死体偽装密室事件の時のおっちゃんじゃん。

 

「そうだそうだ」

 

「必ずしも直接的証拠に拘らなくてもいいはずよ」

 

「三崎さん!」

 

「結城君は実績がある。いいじゃないか」

 

 おー。助かるわぁ。人望(笑)があると違うな。フヒヒ。

 

「……」

 

 しかし三崎管理官は沈黙。

 

 まだ折れないか。これは本当にどっかから圧が掛かってるかもな。厄介だ。どうすっかな。

 霊能力無しで立件されていない未解決事件を1人で調べるのは厳しい。組織の力が必要だ。

 

 しかしここで意外な救世主が現れる。

 救世主──如月さんが立ち上がり、三崎管理官を見据え口を開く。

 

「捜査本部の総意を無視するのですか? それは管理官の言う組織の正義ではありません。負けを認めてください、父さん!」

 

 は? 父さん? ウッソ。警察の同じ職場に家族が居るの? うわぁ。やりづら! 俺は絶対やだな。

 

 如月さんと三崎管理官が睨み合う。

 

「……はぁ」

 

 ため息。三崎管理官だ。

 もしかして娘に弱いのか? だとすると可哀想(笑)。だって上からの圧と娘からの圧に挟まれるんでしょ? エグいなぁ。

 

「仕方ない。予定を変更する。異論は無いな」

 

 場から「おー」と声が上がる。

 

 やっぱ、人間って感情で動く生き物なんだな。よくわかったわ。

 

 一気にやつれた感じの三崎管理官が続ける。

 

「それから仕事中は名前で呼べ」

 

「承知した、父さん」

 

 どっと笑いが起こる。

 三崎管理官ぴくぴくしてるよ。

 うん、やっぱり俺も子どもは暫く要らないな。大変そうだもん。大人しくニートしてる方がいいな。

 

 最後、グダったけどなんやかんやで会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜査本部総勢207名が本気を出して親父さんたちの過去を調べたところ、いろいろヤバいことが分かった。

 

 1つ。

 第一から第四の事件遺族の父親は皆、同じ中堅大学の出身で同じアウトドアサークルに所属していた。

 

 2つ。

 彼らが山にキャンプに行った時に、同サークルに所属していた朝霧(あさきり)愛美(えみ)さん(当時21歳)が行方不明になっている。

 

 3つ。

「彼らは強姦殺人犯である」と朝霧さんの婚約者の男性が訴えていたことがある。今から19年前の2002年9月のことだ。

 

 4つ。

 しかし証拠が皆無であり遺体も発見できなかったことから立件に至っていない。

 

 5つ。

 その婚約者の男性の名前は西村(にしむら)(まこと)さん。奏太さんの担任の先生だ。ちなみに同じ大学の文学部出身。

 

「結城さん。これは大当たりじゃないですか?」

 

 イケメン刑事のテンションは高い。

 

「ですね。壁の文字との筆跡鑑定で逮捕状が取れるかもしれませんね」

 

 俺がそう言うと鑑識班が素早く動き出す。事件解決は近い。

 

「じゃあ俺たちは西村のアリバイを確認してきます」

 

 イケメン刑事が本部を飛び出し、集まっていた刑事たちも動き始める。

 

 さて、後は果報を寝て待とう、そうしよう。

 

「ホームズシリーズは読んだことがあるか?」

 

 急に後ろからそんなことを言われた。三崎管理官の声だ。

 振り返ると案の定三崎管理官が居た。

 

「いいえ。有名なエピソードの知識があるだけです」

 

「そうか。実は私もそこまで詳しいわけではない。今回の事件を調べ始めるまで、小説の内容だけでなく読んだ事実があることもそもそも忘れていた。そんなレベルだ」

 

 もしかして暗号解読したのって三崎管理官?

 

「ただ、君を見ていると……」

 

 なんぞ。

 

「……いや、なんでもない。すまんな、変なことを言って」

 

 それだけ言うと行ってしまった。

 

 ホームズねぇ。なんかチート臭い薬物中毒者ってことしか知らん。あ、あとホモ疑惑。

 うん、きっとろくな人間じゃないな。ま、小説のキャラクターなんてそんなもんでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「筆跡鑑定で一致しました!」

 

「アリバイも無いようです! 西村で逮捕状を取りましょう!」

 

 よっしゃ、あとちょっとだ。そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月3日、西村誠さんは呆気なく逮捕された。

 容疑を全面的に認めているようだ。俺の推理に間違いはなく、強姦殺人への怨みが動機だったらしい。

 

 犯行を決意したきっかけはダークウェブで殺し屋を探していた時に、たまたまとある違法ポルノ動画を見つけたこと。 

 

 そこに婚約者である朝霧さんが犯され、殺される様子が映されていた。

 犯人たちの顔こそ映っていないものの、その時の服装が例のキャンプに行った時の写真に写っているものと一致しており、その内の1人は左腕に特徴的な火傷(やけど)の痕がある。これは湊利樹さんの腕にあったものと一致する。

 さらに音質は悪いが全員の声も入っていた。

 

 西村さんはこの動画を使い、利樹さんたちを脅迫。鍵を借り犯行に及んだ。

 

──逮捕されるか、子どもが殺されるか選べ。

 

 この2択を迫ったら子どもを差し出してきたんだって。いろいろエグいわ。

 

 そしてホームズの事件を一部模倣したのは、朝霧さんがホームズシリーズのファンだったからだそうだ。

 

 以上が西村さんが語った事件の真相だ。

 

 供述に大きな矛盾とかは無いんだけど、気になることが3つある。今日はそれを訊く為に警視庁にお邪魔してる。

 取調室で待ってると部屋のドアが開けられた。

 

 すると俺ん家に居た。

 

 !?!??

 

「は? え? なんで?」

 

 混乱する俺に声が掛かる。亮だ。

 

「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」

 

「ア、ハイ」

 

 スマホの日付を確認する。

 

 6月11日(金)13時17分。

 

 間違いない。またループしたんだ。

 

 でもどうしてだ? なぜこのタイミングなんだ? さっき俺は気になることを西村さんに訊こうとしてただけだ。

 

 そしたらこれだ。つまりこれらを西村さんに訊いてはいけないってことか?

 

 そっから考えてもやっぱりrache(ラッヘ)事件はループの仕掛人が関係してる?

 

 ループ前は事件に呼ばれなかった。もしかしたらそもそも事件が発生してないかもしれない。

 ループ1回目では呼ばれた。だからループの仕掛人が意図した事件の可能性を疑った。だが単なる偶然、世界の自然的な揺らぎかもしれない。怪しいが、断定まではできない。

 

 で、今がループ2回目。1回目と同じならそろそろ電話が掛かってくるはず。

 

 スマホを見つめる。5分。15分。45分。時刻は14時を過ぎている。

 しかし電話は無い。

 

「……」

 

 スマホを手に取り、如月さんを探す。通話をタップ。

 こちらから確認だ。

 3コールで繋がる。

 

「もしもし、結城です。お訊ねしたいことがあります」

 

「急にどうした?」

 

 驚かせてしまった。すまん。

 

「壁にQSSBGDと書かれた殺人事件は起きていませんか?」

 

「……なんだそれは? 少なくとも私は知らないな」

 

 そうか。一応、もうちょい訊いてみる。

 

「じゃあ勝又有理、木津蒼人、湊藍子、本多優奈という名前に聞き覚えはありますか?」

 

「……無い。何かの事件の関係者か?」

 

 んー、今回のループではrache(ラッヘ)事件は起きてないのかな?

 

「いえ、俺の勘違いだったようです。変なこと訊いてごめんなさい」

 

「? よく分からんがこれくらいなら構わない。あとは何も無いな? 無いなら切るぞ。聞き込みに行かなければいけない」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「ではな」

 

 通話を終える。

 

 状況を整理しよう。

 まずrache(ラッヘ)事件はループ仕掛人が作り出した(起こした)可能性がそこそこある。周回ごとに事件が発生したり発生しなかったりは、仕掛人による作為的なものと考えられるからだ。

 そして仕掛人は明らかに超常の存在。俺の知る限りでは、こんな訳の分からないことができるのは神霊(しんれい)と呼ばれる連中だけだ。能力はピンキリだが、ヤバい奴は神話のようなことだってできる。

 今回の事件だって人間の言動や思考、意思を憑依なりなんなりで操作すれば可能だろう。

 加えて、命や桜子さんに連絡が取れない状態が継続していることも根拠たり()る。タイミング的にも2人の能力的にも、神霊クラスの超常が絡まないとなかなかこうはならないと思うからだ。

 

 これらから考えるとループはやはり神霊が原因。

 

 問題はどんな神霊で何が目的なのかってことだ。

 

 そしてrache(ラッヘ)事件。

 

 神霊が事件を作ったとしたら、いったい目的はなんだ? 何らかのメッセージか? 

 

 ……すぐには分からないから一旦保留。

 

 2回目のループは西村さんに不自然な点を訊こうとして起きたわけだし、そこから推理してみる。

 まずは3つの不自然な点を整理する。

 

 1つ目は「なぜ『父』とのダイイング・メッセージを書いたのか」ってことだ。

 rache(ラッヘ)事件の推理でも触れたが、父親が犯人ならばそれを見過ごすのは不自然だ。結果的にその矛盾が推理のヒントになっている。

 要は西村さんからすれば墓穴を掘った形になってしまう。

 この程度のミスに気づけないだろうか? 中堅レベルの大学を出て教師をする程度の知能があれば予想できそうなものなのに……。

 俺はこの不自然さを直接訊こうとしたんだ。

 

 そして2つ目。

 目的は「復讐」と供述していた。でもそれだと不自然なんだ。

 自分の自由と子どもの命を天秤に掛けて、自分を取る親であったことは若干アレだがまぁいい。

 悩み、罪悪感を抱きながらも結局我が身可愛さにそういうことをしたりもするだろう。一応はそんな親でも精神的なダメージを受けるだろうから目的とも大きくは矛盾しない。

 

 だが今一つ腑に落ちない点がある。

 

 それは勝又有理さんが虐待されていた可能性を西村さんが認識していたことだ。

 虐待されている子どもを殺すことが、親への復讐として成立するのかってことが気になるんだ。

 

 確かに虐待する親にも愛情はあるかもしれないし、虐待にも一定の不可避性があるかもしれない。だからそんな親でも子どもが殺されれば傷つくこともあるだろう。

 

 しかし、だ。そんな曖昧な可能性を信じて殺人という大きなリスクを負う行動をするだろうか? ましてこの殺人は西村さんにとっては大切な復讐。適当にやっていいものじゃなかったはず。

 愛情の一欠片も無く、子どもが殺されようが全く気にしない親も居るだろうことを考えると、少し軽率な行動に感じる。

 これが訊きたかったことの2つ目。

 

 最後の3つ目はそこまで明確な不自然さはないのだけど、スッキリと納得はしてない。

 気になってるのは、朝霧さんがホームズのファンだからってその犯人を真似る行動を復讐に取り入れるのかってことだ。

 なんとなく分かるような気もするけど、ちょっとモヤモヤする。ホームズサイドの真似をするならそこまで変ではないけど、犯人サイドだとなぁ。

 それに壁に暗号を書くことで俺たちに連続殺人であると教える形になっている。ミスリードの演出にもなってなくはないけど、結局はヒントの側面の方が大きい。

 感情論からの行動だから合理性は二の次だったと言われればそれまでなんだけど、喉に小骨が刺さったような違和感がある。

 

 不自然に感じるのは単に俺の考えすぎが原因かもしれないが、大事なのはこれらを訊こうとしたらループが起きたってことだ。

 常識的に考えるならば、これらの不自然な点のどれか又は全てにループ仕掛人に繋がる何かがあるってことか……?

 

 不自然な点の性質をそれぞれ短くまとめると「非合理的にヒントを与えている」「子どもを殺す動機が弱い(=無理矢理、子どもを殺す形にした?)」「無理矢理、ホームズ要素を入れた」になる。

 

 なぜそんなことをした? ちょっと書き出してみるか。

 

 亮が使っているルーズリーフを1枚拝借して、さらにペンケースからボールペンを借りる。勿論、無断である。

 亮は集中して赤い問題集を解いている。俺の不審な行動には気づいていないようだ。しめしめ。

 

「今日はやっぱりコロッケも食べたいから1が答えだね」

 

 相変わらず意味不明な解答方法である。

 

 サラサラと汚ない字でキーワードを書き連ねる。

 書いた文字を眺め、思考。そして、ふと思う。

 

 この事件が神霊からのメッセージであるならば、この不自然な要素は神霊が伝えたいメッセージに必要だったのでは……?

 

 それぞれの不自然な点をもうちょい掘り下げてみよう。

 

 捜査、推理のヒントを与えているのは、もしかして警察や探偵を試していた?

 

 子どもを殺す形にしたのも意味があった? この被害者たちが(そろ)う必要があった?

 

 ホームズ要素は何らかのメッセージを理解するには必要だった? さながら暗号解読のキーか? あるいはこれも俺たちを試していた?

 

 この中で取っ付き易そうなのは2つ目かな。とりあえずそこをもっと考えてみる。

 

「子どもか……」

 

 揃える必要があった……のかなぁ? 被害者たちの特徴を書き出してみるか。時系列の方が多分いいよな。

 

「勝又有理(10)男」「木津蒼人(15)男」「湊藍子(8)女」「本多優奈(14)女」。

 

 見てて思ったんだけど、形式的な情報で子どもである最大の特徴ってやっぱり年齢の低さだよな。言い換えると年齢の数字が低いってことだ。

 つまり低い数字である必要があった?

 

「10」「15」「8」「14」。

 

 なんか数列クイズか、暗号みた……い……!?

 

 ……これか!?

 

 これも壁に書かれた文字と同質の暗号だとすると1つの単語が浮かび上がる。

 それぞれの年齢を英語のアルファベットの順番に対応させると「J(10番目)」「O(15番目)」「H(8番目)」「N(14番目)」だ。つまり──!

 

 亮が俺の走り書きを見て言う。

 

「じょん? 外国のお友だち?」

 

 瞬殺ワロタ。

 

「そんなグローバルな人間ではないです」

 

「ふーん」

 

 亮は興味無さげに言って意識を問題集に戻す。

 

 まぁ亮は置いとこう。それよりジョンなる人物だ。これを偶然と見るのは無理がある。

 というか、だ。ホームズシリーズと併せて考えるとジョンとはJohn(ジョン)・H・Watson(ワトソン)のことだろう。

 

 神霊が与えたかったメッセージはこれ?

 

 ここである可能性に気がつく。

 

「まさか……」

 

 次の瞬間、視界が一変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチパチと乾いた拍手の音。

 欧米人であろう初老の男性が1人、拍手をしていた。男性の横にはガラス玉(?)が浮いている。

 場所は母さん似の霊を見た公園だ。そこに飛ばされたのか。

 

「おめでとう。名探偵君」

 

 外国人の口から流暢(りゅうちょう)な日本語が飛び出すと少しびっくりする。日本語版が流通している影響だろうか。

 

「あなたがループの仕掛人……?」

 

 男性が顔を(ほころ)ばせる。

 

「ご名答。お初にお目にかかります。私はジョン・H・ワトソンと申す者です。以後お見知りおきを」

 

 語り口は上品そのもの。まさに英国紳士といった風だ。

 

「時に名探偵君。私の目的がお分かりですかな?」

 

「……名探偵を探していた?」

 

「半分正解でございます。しかし他はパーフェクトな上、残りの半分はノーヒント。ここは大目に見ましょう」

 

 しかしワトソンさんか。

 俺が見たところ、彼は神霊。簡単に言うと信仰を条件に生まれる超凄い霊のことだ。正真正銘、神様クラスである。

 ワトソンさんは創作上のキャラクターだけど、ホームズシリーズは世界で最も読まれている小説と言っても過言ではない認知度と人気を誇る。それはさながら聖書のように人々、特にファンに大切にされ、想われている。

 (まさ)しく信仰されていると言える。

 また、ホームズシリーズの語り部は基本的にワトソンさんだ。つまり信者たる読者が最も感情移入する存在。シャーロック・ホームズではなくワトソンさんが神霊化したのは、そのあたりが理由だろう。

 

 さっき俺はこの可能性──「ループの仕掛人」=「神霊化したワトソンさん」である可能性に思い至った。そしたらここに飛ばされた。ということはワトソンさんに気づくことが正解だったのだろう。つまりワトソンさんは自分が犯人であると見破ってほしかったんだ。

 それは「非合理的なヒントの提示」という1つ目の不自然な点ともリンクする。

 ワトソンさんは事件の真相とループ仕掛人のヒントを散りばめた。それを見つけ、真相にたどり着くことができるか見極めたかった。

 だってよく考えたらヒントを提示する理由なんて1つしかない。答えを見つけてほしいからだ。

 というか、そもそも3つの不自然な点を訊こうとしてループしたこと自体が、その3つがヒントであることを伝えるヒントだったんだ。

 

 では、なぜ答えを見つけてほしいか。まずこのヒントから答えにたどり着くのはどんな人物かを考えた。

 小さなヒントから事件の真相を解明するのは創作上の名探偵の代表的な仕事だ。つまりワトソンさんは俺が名探偵たる能力を有するかを試していたのではないだろうか。

 言っておくが別に自惚(うぬぼ)れているわけではない。

 俺を試していた説は、俺だけが霊能力の記憶を消されなかったこととも矛盾しないんだ。則ち、ワトソンさんという神霊の存在に思い至る可能性がゼロにならないように、ワトソンさんは敢えて俺の記憶を残した。

 以上から俺はワトソンさんが名探偵を探していた(俺が名探偵かどうかを検証していた)と結論付けた。

 しかしそうするとなぜ名探偵を探していたのかという疑問が残る。そこを答えなかったから半分しか正解ではないのだろう。

 

 答え合わせといきますか。

 

「ワトソンさんの目的とは何なのですか?」

 

 ワトソンさんが柔らかく微笑む。

 

「私は事件を愛している。謎があり名探偵が居る。そんな世界を愛しているのです」

 

 えぇ……凄く嫌な予感がする。

 

「しかしホームズシリーズは終わってしまいました。人は永遠ではございません。それは致し方ないことです」

 

 ワトソンさんは虚空(こくう)を見つめて、何かを思い出しているようだ。

 

「ですが! 私は諦めることができなかったのです。そして気がついたらこのような存在になっておりました。だから私は新たなミステリーを描く為に名探偵を探すことにしました」

 

 うん。俺以外とやってくれ。

 

「今から18年前、私は無限にループする世界で名探偵を探そうとしました。そして見つけ出した名探偵と永遠の世界で終わりのないミステリーを(つむ)ぐつもりでした」

 

 つもりでした……? なぜ失敗したんだ?

 

「日本の巫女(みこ)を自称する女性が私を封印したのです」

 

 巫女ねぇ……。

 

「……あなたの母上ですよ」

 

 !?

 

 うっわぁ、オカンそんなことしてたのかよ。そして俺が生きたままあの世に行けるのはオカンの血か。

 

「彼女は命を掛けてまでループする世界を、私の理想郷を否定したのです! 許されざることです!」

 

 通りで消息不明なわけだわ。つーか、よく1人で神霊を封印できたな。あんま長持ちはしなかったみたいだけど。

 

「しかし私は復活いたしました。やはり単なる人の身では限界があったのでしょう」

 

「ちなみにこの公園で見た茶髪女が母さんですか?」

 

「そうです。私の封印が崩壊するのと同時に彼女の霊体も解放されました。彼女は私の存在と目的をあなたに伝えようとしたのです。しかしそのようなことは認められない。だから消したのです。当然でしょう?」

 

「ア、ハイ」

 

 恐い(小並感)。この人、サイコパサー感が強いです。俺のことは棒立ちディフェンダーだと思ってスルーパスしてくれないかな。

 ちなみに俺は中学生の頃、右のミッドフィルダーをやっていた。得意なことは痛がるフリ(シュミレーション)。あだ名はファールの魔術師。必殺技は赤い切り札(レッドカード召還)。勿論、ほぼ幽霊部員である。

 

 ワトソンさんの紳士然とした笑顔が数多(あまた)の罪人を凌駕(りょうが)する狂貌(きょうぼう)へと変質していく。

 マジキチスマイルである。ありがたくないです。

 

「私の願いはご理解いただけましたね?」

 

「まぁ、理解はしましたけど」

 

 共感はできない。

 

「ではループする世界で永遠のミステリーを、無限の事件を、()()ない推理を伴に創造いたしましょう! 世界は謎の為だけに存在するのです!」

 

 目が潤んでる。薬物中毒者みたいだ。

 

「……ワトソンさんは俺の思考が読めるんですよね? なら、俺の答えは分かっているんじゃないですか?」

 

 さっきワトソンさんの神霊化に思い至っただけでここに飛ばされた。十中八九、思考が読めるんだろう。

 

「存じておりますとも! ですからこれは敬愛すべき名探偵への礼儀でございます。儀礼的な会話もミステリーには重要な要素でございましょう?」

 

 め、めんどくせぇ。てか最終通告と言い換えられるよな。まぁ、断るんだけどね。テヘ。

 

「ふーん。じゃあ答えは『無理。絶対嫌。ニート()めんな』です」

 

「……返答は否でごさいますね。承知いたしました。では意志と人格を書き換えさせていただきます。心配はご無用でございます。生まれ変わったあなたは、かの名探偵のように事件と謎を生き甲斐とする勤勉な人物(ミステリージャンキー)になるだけでございます」

 

 えー、やだよー。働きたくない。そもそもめんどくさいミステリーとか嫌いだし、事件とかノーセンキューだ。

 

 でもワトソンさんと会話する程度の霊能力しか戻ってないし、なんもできんね。

 年貢の納め時か……? 運命が働けと言っているのか……? あぁ、(うるわ)しののニート生活……(泣)。

 

──突然、空間にヒビが入る。

 

「「!?」」

 

 そして、ガラスが割れるような硬質な音と共に空間が剥がれ、2人が現れる。てか、ひびから地面に落ちる。

 

「ぐふっ」

 

「はーい! 天才超能力者、桜子(さくらこ)さん登場!」

 

 (めい)の上に落ちた桜子さんはノーダメージだろうけど、下敷きになってる命は辛そうである。ドンマイ!

 

 なんかよく見ると桜子さんが命の霊気を(まと)っているような……? んー、桜子さんも霊を見られるようにするためかな? ま、いっか。

 

 ワトソンさんが困惑してる。

 

「これは……?」

 

 予想外だったんだろうね。俺も驚いてるよ(笑)。

 しかし命はワトソンさんに思考の隙を与える前に仕事を開始する。

 (下敷きになりながら)無数の札を展開し、霊気を爆発させる。すると公園を囲むように結界が形成される。

 

 おー、これって結界内と浮き世を分離させつつ、神霊を一時的に弱体化させるやつか? 凄くお金と手間が掛かってそう。

 

「トラノコ! ガラス玉だ!」

 

「らじゃー!」

 

 次いで命と桜子さんの隙間から這い出していた式神のトラノコが跳び上がり、浮いているガラス玉へトンカチを振り抜く。

 

 今度こそガラスが割れる音。そして俺の霊能力が戻ってくる。

 ワトソンさんも漸く冷静さが回復したのか、理知的かつ鋭い瞳で命と桜子さんを見据える。考察あるいは記憶を見ているのか。

 すぐにワトソンさんの顔が驚愕に染まる。

 

「過去から……!? そんなバカな……」

 

 あー? え? マジ? いや、もしかしてそういうこと?

 

 桜子さんが類いまれなるドヤ顔を披露する。正直、イラッとする。ワトソンさんもイラッとしてる。気が合うな。

 

「ふふん。私は天才だから未来予知もできるのだ! 結城君がピンチになる未来を理解したから、助けられそうな人を連れてピンチの未来に瞬間移動(・・・・・・・)したのさ! 瞬間移動は昔から得意なの! 世紀の大天才だからね!」

 

 何を言ってるんだ、この娘さんは? それは瞬間移動の枠に収まっていない気がするぞ。時空間(次元?)移動は別物じゃなかろうか。

 まぁ、助かったからいいけど。

 というか、2人と連絡が取れなかったのって時空間移動(タイムトリップ)に伴うバグかなんかか? 世界さんもループさせられたり、時空間移動(タイムトリップ)をやられたりで疲れてたんだな。かわいそう。ちょーウケる。

 

 それはそれとして形勢逆転だな。ゲヘヘ。最終通告しちゃる。

 

「ワトソンさん、諦めてホームズファンを眺める隠居生活をする気はないですか?」

 

「何を言っているのです! それはあり得ません、あり得ませんぞ!」

 

 おこである。プンプンである。仕方ないね。じゃあヤるしかないや。ゲヘヘ。

 

「命。桜子さんと結界の外に行ってて」

 

「! おう……(結界持つか?)」

 

 命が桜子さんを連れてそそくさと公園から出て行く。

 

「さて、ワトソンさん。今、どのくらい思考が読めてるかは分からないですが、俺が何をしたいか推理してみてください」

 

 ワトソンさんが険しい表情になる。なんとなく察してるのかな?

 

「……私を消すつもりでございますか」

 

 にっこりと微笑んでやる。

 

「ご名答。流石は名探偵のサイドキック」

 

 じゃあ幕引きといこうか。

 

 近くの何も無い空間に霊気を全力で集め、霊気の剣を作っていく。結界が(きし)み、耳障りな音が鳴り始める。

 

「……やはりただの人間とは違うようですね。その量は我々と同じ……」

 

 説明しよう!

 

 俺は普段、霊圧が上がりすぎて周りにショック死を振り撒かないように、魂に霊圧制限術式を刻んでセーフティを掛けている(命に刻んでもらってる)!

 前に空器(からき)村で最大19%まで霊圧を上げたことがあったけど、あれはセーフティで制限された本当の全力の1%中の19%という意味だ。要するに本当の全力の0.19%しか出していない! 

 それでも危ないんだけど、今は結界がある! セーフティを解除しても周りへの悪影響は抑えられる!

 そんなわけで正真正銘100%の霊気を使い、1本の霊剣を作り、これをワトソンさんの魂に撃ち込もうって寸法さ!

 すると魂は壊れる。ワトソンさんは消滅する。完璧な論理である。隙は無い!

 

 それにしてもワトソンさん、抵抗しないな。なんでだろ。

 

「なんで悪足掻(わるあが)きしないんですか?」

 

 ワトソンさんがふっと笑う。

 

「状況から見て勝てないのは分かっております。であるならばミステリーの忌むべき演者として名探偵に敗北するのも、また一興でごさいましょう。(うらや)むだけの傍観者になるよりは幾分か救われます」

 

 分かるような、分からないような。

 

「そっか」

 

 超高密度の霊気の剣が完成する。気のせいじゃなければ結界にひびが入ってる。早いとこコロコロしないとヤバそう。ヤっちゃうか。

 剣先をワトソンさんに向ける。

 

「最期に言い遺すことはありますか?」

 

 俺が問うとワトソンさんはゆっくりと目を閉じ、数秒後──開く。

 

「願わくば、世界がミステリーで満たされますように」

 

「いやそれはアカンわ!」

 

 あ、ツッコミ入れた拍子につい発射しちゃった。テヘ☆ミ。

 

 無音で剣が深々と突き刺さる。一拍おいて破砕音。魂が、結界が砕けたんだ。

 

 ワトソンさんが光になり、あっという間に消えていく。

 

 静かな光景。

 

「……」

 

 たったの数秒、気がつくとそこには誰も居ない。呆気ないけど、こんなもんだよな。

 

 終わった終わった。霊気使いすぎて疲れたわ。さっさと帰ろっと。

 

 命と桜子さんが近づいてきた。

 

「制限術式組み直すぞ」

 

「あ、そっか。頼む」

 

 札を取り出し、なんやかんややってセーフティが完成。これで一安心だ。

 

「さんきゅぅー。今回は危なかったよ」

 

 桜子さんが得意顔で答える。

 

「でしょー。私に感謝してよね!」

 

 確かにMVPは桜子さんかもね。時空間移動(タイムトリップ)はヤバい。ヤバい。いやヤバい。どう考えても人間辞めてる。

 でも助かったよ。

 

「桜子さんマジリスペクト。あざます!」

 

「はーい! どういたしまして!」

 

 2人も帰んだよな。

 

「また瞬間移動(?)で帰るんだろ?」

 

 なんかタイムパラドックス起きそう。別にいいけど。難しいことは分からんし。

 

「だね。私たちが帰る世界とこの世界は交わってなさそうだから多分記憶に行き違いがあるよ。びっくりしないでね!」

 

 嘘だろ。アホ怪盗が小難しいことを理解している……? そんなバカな。ワトソンさんの呪いか……?

 

「あー! バカにしてる! 私は天才だって言ってるじゃん! 信じてなかったの!?」

 

 ナチュラルに心を読むのはやめてください。

 

「うん、分かった!」

 

 本当に分かってんのかなぁ?

 

「本当だよ! ちゃんと分かってるよ!」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってきた。スマホには6月11日(金)16時05分とある。

 

「ただいま」

 

 中から亮の声が返ってくる。

 

「おかえりー」

 

 リビングに入ると亮が勉強していた。ずっとやってたんかな。

 

「なぁ、亮」

 

「なにー」

 

 亮がこちらを見ずに答える。意識の大半は問題集に向かっている。

 

「ミステリーは好きか?」

 

「へ?」

 

 顔をこちらに向ける。いきなりこの質問は驚きだったようだ。

 それでもすぐに返答を出す。

 

「好きだよ」

 

「へー」

 

「だってゆうとはぐれても、ミステリーっぽい事件が起きてるとこに行けばいつも見つかるんだもん」

 

 !?!?!

 

 なんということでしょう。悲しみを抑えることができません。運命(ミステリー)からは逃れられないのか。

 

「なんで泣いてるの? おっぱい飲みたいの? 私はまだ出ないよ? 早めに子ども作る?」

 

 それはもういいってば!

 

──prrrrrrrr。

 

 電話だ。ディスプレイには根岸課長とある。間違いなく事件である(名推理)。

 応答をスワイプ。

 

「もしもし、結城です。今度はどんな事件ですか?」

 

「お! いつになくやる気があるじゃないか。大変結構。今回の事件は──」

 

 と、まぁ依頼があったから行きますか。霊能力があれば大体スピード解決……だといいなぁ。

 

 今日もミステリーは終わらないようだ。涙が止まらな……いや、少しは楽しんでみるか! 

 

 俺ってば名探偵らしいしな!

 

 

 

 

 (了)

 




これにて本作は完結とさせていただきます。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!

アンケートで本作の点数を訊かせてもらってます。
匿名性が高いので率直な評価が分かるかな(分かればいいなぁ)と思い、利用してみました。
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