崩壊世界の不死殺し (みっつー)
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キャラ設定 最新話ネタバレ注意

ここではサーヴァントを含めたキャラクターの設定を書きます。


キャラ設定

 

天王寺 零

性別 男性

年齢 22歳(崩壊時)

身長 170cm(崩壊時)

体重 60kg(崩壊時)

起源 ???

好きなもの 読書、長身の長髪の包容な胸を持った物静かな女性。

嫌いなもの ?

所有サーヴァント ライダー(真名メドゥーサ)

属性 水、地

魔術回路 

本数 34本(本人談)/質 A++/量 B/編成 正常(本人談)

魔術特性 錬金術

 

 

 

型月世界に少々詳しいfgoプレイヤー

他のプレイヤーがサーヴァントを召喚していく中で自分だけ召喚することはできなかったが他のマスターより優れた魔術回路を持つ。

性格は臆病だが、クールぶっている。そして臆病な自分を隠そうと無理をしている。

しかし半年間の間多数の『死』を見たことやとある記憶等の多くの事情が絡み、感情が鈍っている。

サーヴァントであるメドゥーサのことは戦力としては信用しているがその正体には未だに疑いが隠せない

型月特有のYAMA育ちであるため身体能力はそれなりにあるが元が武術等を行っていない素人の為戦闘センスは壊滅的。しかし、普通の魔術師より優れた魔術回路、アトラス院に入れるレベルの演算速度など魔術師としての素質は間違いなく天才。

 

色恋や性的な事に全く耐性が無く、見るだけでも顔が茹でダコのように赤くなり口調や性格が変化する。

 

自分のサーヴァントであるメドゥーサが自分を気遣っていることから自分は頼りない存在なのだと悩むと同時に彼女の本当の幸せを探そうとしている。

 

ライダー

 

真名 メドゥーサ

身長 172cm

体重 57kg

属性 混沌・悪

マスター 天王寺零

 

天王寺の召喚したサーヴァント。天王寺はその時触媒を持っていなかったため彼の持つ強力な魔眼から魔眼を持つサーヴァントとして召喚されたと思われる。

召喚された瞬間からマスターである天王寺の戦闘能力は高いことから彼のサポートに回ることが多いため忘れがちだが戦闘能力自体はSNの時より高い。

 

マスターである天王寺零が精神的に荒れてしまったことから彼に対して保護者のように接している。

 

ステータス

筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力A 幸運E 宝具A++

 

(因みに慎二がマスターの時は

筋力C 耐久E 敏捷B 魔力B 幸運D 宝具A+

となっている)

 

保有スキル

対魔力B

騎乗A+

魔眼A+

単独行動C

怪力B

神性E−

 

 

宝具

他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 

ランク:B

種別:対軍宝具

レンジ:10~40

最大捕捉:500人

 

内部の人間を溶解し魔力として使用者に還元する赤い結界を張る対軍宝具。

発動するにはまず起点となる魔法陣を設置し、さらに「呪刻」と呼ばれる小さな魔法陣を周辺に展開して魔力を集めなければならないため、完全発動までには7~10日程掛かる。

さらにこの結界は土地の霊脈を傷つける事から、同じ場所で連用出来ないという欠点も存在するため、事実上1回限りの宝具である。

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

ランク:C-

種別:対人宝具

レンジ:0

最大捕捉:1人

 

石化の魔眼『キュベレイ』を封じる強力な幻術結界であると同時に、相手の能力発露も封じる事が出来る対人宝具。

ライダーが普段つけているバイザーであり、他人に使い対象から吸精をすることも出来る。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)

 

ランク:A+

種別:対軍宝具

レンジ:2~50

最大捕捉:300人

 

騎乗できるものなら幻想種をも御し、更にその能力を向上させる手綱の対軍宝具。

基本的に彼女の仔とも言える天馬を血の魔法陣から召喚して使用する。

天馬は宝具では無い為自身の血が必要なものの魔力消費は少ないため移動手段としてよく使われる。

 

武装

鎖付きの短剣

 

ペガサス

自身の血から召喚する。攻撃に用いるには宝具を使用しないと不可能だがたんなる移動手段としてならその必要は無い。

 

 

 

天王寺達也

性別 男性

好きなもの ???

嫌いなもの ???

起源 ???

属性 ???

魔術特性 ???

 

天王寺零の父親。

世界が崩壊して一週間の間に死亡が確認されている。

世界が崩壊するより前に魔術師だったのではと予想される程の人物で、葛城財団の代表である葛城恋が要注意人物にあげるほど。

 

 

基山 勤

性別 男性

年齢 22 (崩壊時)

身長 185cm(崩壊時)

体重 78kg(崩壊時)

好きなもの 運動、スポーツ

嫌いなもの 自分に酔っている人間とそれを利用することで悦を得る人間

属性 火

魔術回路 本数18本/質 C/量 B/編成 正常

魔術特性  転換

 

天王寺零の高校生時代からの友人。仲良くなった理由がスポーツ重視の学校内でオタク話に付き合ってくれたのが零だけだったから。

部活は元々陸上部で高校の受験もスポーツ推薦で行くほど実力は高かく、プロ契約も夢じゃないと言われていたが大会前に脚を故障してプロの夢を諦めている。

零も「お前に合わせた訳じゃなくてお前と下ネタとかオタク話とか馬鹿みたいな話をするのが好きだったからお前と一緒にいた。だから俺たちは友達になれたんだ」と言っている

 

崩壊から半年経ち、エインヘリアルという組織をまとめる程の人財に成長している。エインヘリアルは人数が少ないものの優秀な人材が多い。

 

 

 

サーヴァント

キャスター

真名 レオナルド・ダ・ウィンチ

マスター基山勤

ステータス

筋力E 耐久E 敏捷B 魔力A+ 幸運B 宝具EX

(因みにfgoの場合耐久と敏捷がC)

 

スキル

 

天賦の叡智EX

黄金律(体)B

星の開拓者EX

道具作成A

陣地作成A

 

 

宝具

 

万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)

 

ランク EX

種別 対軍宝具

 

 

 

ウォモ・ウニヴェルサーレ。彼...いや彼女の持つ伝説的な万能性が形となったモノ。

対象を瞬時に解析し、自らの最大攻撃をその対象に合わせて調整して放つ万能特製宝具。

 

概要

基山勤が召喚したサーヴァント。

彼いわくピックアップの時にガチャでたまたま出てきてその時キャスタークラスの金枠が彼女しかいなかったので良く使ったことから絆レベルは10まで行っている。

一応男性であるのだが、fgoにて女性特攻が刺さるからなのか基山のせいなのか本編よりかなり女性っぽい。彼女曰く「もしかしたら別の場所にもっと男性らしい私がいるかもしれない」とのこと。何それめんどくさい。

因みに崩壊の原因は知ってるものの、とある人物の事情もあり黙っている。

 

謎の男

性別 男性

コードネーム 伊達

年齢 ???(おそらく30代)

属性 ???

魔術回路 ???

魔術特性 ???

使用サーヴァント

無し

所持品

クラスカード(セイバー・ガウェイン等)

聖杯

シャドウサーヴァント

 

世界崩壊から約1週間経った頃に天王寺零達にであった男。少々白髪が混じった黒髪に非常に筋肉質な身体を持っている。そして目を引くのが青色に輝く両目。

コレは女性に対して効果の高い支配の魔眼。サーヴァントには通用しないが魔術対策のしていないと心を失う。

戦闘能力はサーヴァントを大きく凌ぐ程で、格闘戦でサーヴァントを倒していることからサーヴァントと同レベル、もしくはそれ以上の神秘があると予想させるがコレは聖杯によるものなのか不明。

 

 

 

 

柏原 智章(かしはら ともあき)

性別 男性

年齢 43(崩壊時)

属性 ???

魔術回路 ???

魔術特性 ???

 

エインヘリアルの情報係

魔術師としての能力はあまり高くないが相手の感情を読み取れる魔術を使用出来る。

基山曰く、元々はマスターだったらしいがサーヴァントが退去したことによりただの魔術師となった。もともとのサーヴァントは彼が話したがらないので不明

 

 

 

 

深澤美鈴 (ふかざわ みすず)

性別 女性

年齢18(崩壊時)

好きなもの 家事

嫌いなもの 闘争、グロテスクなもの、ゾンビ

属性 土

魔術回路 本数1本/質E/量D/編成 異常(絡み合っていて魔術の行使を行う際にスムーズに魔力が流れない)

サーヴァント ベディヴィエール

 

 

日本人でありながら西洋の血が流れているため西洋人っぽい顔をしている。

ベディヴィエールのマスター。戦闘能力はハッキリ言ってZero。死体を見ただけで吐き出すほど死に対する耐性は低い。

魔術師としての底辺のレベルかつ、聖杯により補助をあまり受けられていないのでベディヴィエールのステータスも低い

 

サーヴァント

ベディヴィエール

マスター 深澤(兄)→深澤美鈴

 

ステータス

筋力D 耐久D 敏捷D 魔力E 幸運B 宝具C

(因みにカルデアでは筋力A 耐久B 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具A)

 

スキル

対魔力E

騎乗B

軍略C-

冷静沈着B

守護の制約B

 

fgoの場合

対魔力B

騎乗A

軍略C

冷静沈着B

守護の制約B

 

 

宝具

 

剣を摂れ、銀色の腕(スイッチオン・アガートラム)

 

ランク:C

種別:対人宝具

 

 

常時発動型の宝具。普段は人間並みの出力だが、戦闘用起動を行うことで、筋力、耐久、敏捷のパラメーターが上昇し、白兵攻撃にもボーナスが加算される。(上昇してあのステータスである)

 

深澤(兄)

深澤 浩二

性別 男性

年齢 24(崩壊時)

 

 深澤美鈴の兄にしてベディヴィエールの元マスター。翔太郎曰く同じ学校の元先輩で交流が深く、彼にfgoを教えたのも翔太郎との事。

 魔術師としての能力は不明だがベディヴィエールのステータスを見る限り、それなりに優秀だったのではと思われている。

 美鈴曰く優しく強い兄であったが病弱でベディヴィエールや美鈴が介護をしたものの死亡

 

マスターが深澤(兄)の場合のステータスは

 

筋力A 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運C 宝具A

となっている

 

須藤

性別 男性

年齢 ???

サーヴァント ???

属性 ???

魔術回路 ???

魔術特性 ???

 

葛城財団の幹部。

未来を自由に測定する能力を持っている。

何やら天王寺達也と天王寺零に対して詳しいようだが...

 

 

倉田翔太郎(くらたしょうたろう)

男性

年齢18(崩壊時)

身長 182cm(崩壊時)

体重 68kg(崩壊時)

好きな物 ハーレム、ナンパ

嫌いな物 政略結婚などの思惑が絡む紛い物、自分をちゃん付けで呼ぶ男

所有サーヴァント セイバーオルタ等

属性 ?

起源 加速

魔術回路 本数25本/質B/量C/編成 正常

魔術特性

 

エインヘリアルの中で最も優秀なマスター。優秀と言ったが、魔術師としては翔太郎より優れているマスターもいる。

自他ともに認めるイケメンで崩壊前ではモデルを誘われたほど。そんな見た目に合わず、色恋に対してかなり積極的でだらしなく、相手さえいない好みの女性がいればすぐにナンパする。しかし手を出した後はちゃんと責任は取るタイプ。

作中でも自分のサーヴァントであるセイバーオルタを含め、複数の女性に手を出してる。

 

加速という珍しい起源の持ち主でそれを生かしたスピードはサーヴァントにも追随するほどだが、これでも魔術礼装で抑制している。(本人曰く、前世はチーターじゃないか?との事)

 

 

保有サーヴァント

セイバーオルタ

メディア

 

 

 

セイバーオルタ

真名 アルトリア・ペンドラゴン【オルタ】

 

身長 154cm

体重 42kg

出典 アーサー王伝説

属性 秩序・悪

ステータス

筋力A 耐久A 敏捷A 魔力A+ 幸運C 宝具A++

 

保有スキル

対魔力B

宵闇の星A

魔力放出A

カリスマE

 

宝具

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

ランク A++

種別 対城宝具

 

生前のアーサー王が、一時的に妖精『湖の乙女』から授かった聖剣。

セイバーオルタが使う場合も真名などに影響はなく、同じ銘の『約束された勝利の剣』。

ただし、使い手の魔力を光に変換、集束・加速させるという作用の影響で、剣身や放たれる極光も黒く染まっている黒い極光の剣。自らの魔力を制御せず、思うままに聖剣を振るうため、魔力の粒子は光ではなく、光を呑む闇となってしまった。

『聖剣』と呼ばれながらも黒化の影響を受け入れるのは、この宝具そのものが守り手である『湖の乙女』と同じく善悪両面の属性を有するため。

 

 

概要

翔太郎のfgoから訪れたセイバーオルタ。訪れたその瞬間から翔太郎に対する独占欲を持っていた為、最初の時はよく折檻されていたか最近は少ない。

戦闘能力は聖杯を入れたレベル100サーヴァントを優に超える最強と言っても差し支えないサーヴァント

 

メディア

真名 メディア

クラス キャスター

性別 女性

身長 163cm

体重 51kg

出典 ギリシャ神話

属性 中立・悪

ステータス

筋力E 耐久D 敏捷B 魔力A+ 幸運B 宝具C

 

保有スキル

 

陣地作成A

道具作成A

高速神言A

キルケーの教えA

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

ランク C+

種別 対魔術宝具

 

自身の裏切りの魔女としての逸話が具現化した短剣。切りつけた対象のあらゆる魔術効果を初期化する最強の対魔術宝具。ただしランク問わず宝具相手には効果が無い。

 

君沢霧彦

性別 男性

年齢22(崩壊時)

好きなもの ???

嫌いなもの ???

サーヴァント 秦良玉

属性 ???

魔術回路

本数23本/質D/量C/編成 正常

魔術特性 置換、転換

 

 

葛城財団の団員。団員の中でも年少でありながら代表である葛城恋にも気に入れられている。

 

崩壊前は普通の学生だったが崩壊直後に両親を葛城財団に目の前で殺される。死にたくないという願いをもって葛城財団に入る。

 

サーヴァントを感情のもつ兵器と考えているところがありそれなりには気遣うが人とは根本から違うと割り切って接している。

葛城恋につまらないと捨てられた秦良玉相手に感情さえ持たなければこんな苦しい思いをすることもなかったのになと言ったりなど本人の心情を察しているとは思えない発言が目立つがこれは全て彼女を気遣ってのこと

 

 

 

秦良玉

クラス ランサー

性別 女性

身長 166cm

体重 46kg

属性 秩序・善

 

ステータス

筋力C 耐久B 敏捷A 魔力D 幸運A 宝具B

 

保有スキル

対魔力C

忠士の相B

盗賊打破B

戦闘続行C

 

宝具

 

崇禎帝四詩歌(むよくにしてちゅうぎのうた)

 

ランク B

種別 対人宝具(自身)

 

秦良玉に対し、時の皇帝崇禎帝が送った四つの詩歌。

都に召喚された秦良玉は、盗賊征伐の失敗の責任を取るものと考え、部下に私財を与えて覚悟を決めたが、彼女に贈られたのは恩賞と皇帝自らが作ったという彼女を讃える四つの詩歌であった。

様々なバフがかかり、戦闘能力を強化する。

 

白杆槍(はっかんそう)

 

ランク D

種別 対人宝具

 

彼女が部下と共に愛用したと言われる、トネリコで出来た槍。槍そのものに逸話があるわけではないが、反英雄のサーヴァントをやや畏怖させる効果がある。

 




魔術回路の質や量の設定が反映するとこってあるんですかねぇ・・・そもそもそういう情報が出てくるのが魔法使いの夜のキャラ達だけなんですが...士郎ですら本数しか出てきてませんし


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魔術、魔術礼装設定 最新話ネタバレ注意

ここでは主に作中での使用魔術、魔術礼装についての設定を書きます。
ネタバレ注意です


魔術

強化魔術

魔力を通して対象の存在を高め、文字通りの効果を発揮する魔術。単純に強化、とも。

自分の身体に魔力を通して一時的に身体強化するのは血液に魔力をまぜる程度のニュアンスで簡単だが、器物に魔力を通すのは難しい。

使い手

天王寺零 自身の身体能力を高める時に使用する

基山勤 自身の身体能力に加えて非生物の強化も行う。

倉田翔太郎 能力の幅は基山勤と同じだが、基山勤より効率よく強化が可能。

 

 

転換魔術

魔力、霊魂、精神といったものを別のモノに移して定着させる魔術。応用範囲は広いが、それだけに極めるのが困難な魔術でもある。

遠坂凛が使用する宝石魔術も転換魔術の一種

使い手

基山勤 魔力を宝石等の魔術礼装に転換して簡易的な爆弾にしたり等している

君沢霧彦 何処かで入手した魔導書による魔術を使用

 

治癒魔術

傷を治す魔術。傷口からの出血を止めるものはともかく、失われた手首の再生となるとかなり高レベルの治癒魔術が必要となる。

使い手

天王寺零 傷口の修復程度なら可能だが、通常の魔術師より傷の治りも遅く、傷口が弱くなる上に、無駄に魔力を使用するなど才能はない。

 

錬金術

万物、物質の流転をテーマとする学問、魔術。錬金術を扱う魔術師を錬金術師と呼称する。人体と生命、魂の在り方について深く極めるもので、黄金はその副産物。ありきたりなものは物質の変換で、よく言われるのは「他の卑金属を黄金へと変換する術」。ようするに魔術を用いて「物を造る」ことである。

魔力を使用しなくても行えるものもあるので多くの魔術師が使う。

アトラス院の魔術の祖とも言える万物、物質の流転に加えて事象の変換を研究している

使い手

天王寺達也 魔力がほとんどない崩壊前から魔術師だったという説から考えると魔力を使用しなくても行える錬金術を使用していた可能性が高いとの事。

天王寺零 主に万物の流転をテーマとした錬金術を多用する。小規模とはいえ地形を変えることすら可能。他にも錬金術での治癒も可能だがこれは臓器移植に近いため、肉体によるダメージも大きい。

倉田翔太郎 物質の形状変化を行えるが状態変化は不可能

 

思考分割、高速思考

錬金術の一種。アトラス院の必須科目でアトラス院の魔術師は最低3つの思考を持つ。5つで天才と言われる。

使い手

天王寺零 思考分割と高速思考を使いこなして複数のパターンをシュミレーションして最適な動きをすることが可能

 

 

 

変化魔術

刃物では火を起こせないように、そういった本来の効果以外の能力を付属させる魔術。対象が本来持って無い特性を後付けしなければいけないため強化より難易度が高い。

 

 

 

 

ルーン魔術

ルーンを用いた魔術。一工程(シングルアクション)に分類される。

呪文の詠唱ではなく「ルーン文字」を刻むことで魔術的神秘を発現させる。それぞれのルーンごとに意味があり、強化や発火、探索といった効果を発揮する。

使い手

倉田翔太郎 何者かにルーン魔術を教えられたからか、多少は使える。

 

魔力放出

本来はサーヴァントが持つスキル。

武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

マスター達が使う物は強化魔術の発展版とも言える

天王寺零 本来は物理的な干渉能力を持たない魔力に物理的な干渉能力を持たせて噴射する。強化魔術との併用により乗用車を蹴り飛ばすことも可能

 

魔眼

未来死の魔眼(仮)

世界崩壊の直後に天王寺が目覚めた右目の魔眼。

見た命あるものの最後、つまり『死』の瞬間を見ることが出来る。

どうやら原因を無くせばその『死』は回避できるようで天王寺曰く幻覚。

(仮)なのは確定した訳では無いから

 

 

 

魔術礼装

使用者 基山勤

製作者 レオナルド・ダ・ウィンチ

基山の護身用に基山のサーヴァントであるダ・ウィンチちゃんが作った魔術礼装。

魔術礼装というが特に強力な能力がある訳では無いが、魔力を通しやすい。

転換魔術を使用することで簡易的な爆弾のように使える。

コマンド

砕け(Zerquetschen)

対象を砕く。

開け(offnen)

剣に魔力を通しやすくする。

満たせ(Erfullen)

剣により多くの魔力を通す。その後のコマンドを強化できる。

 

 

 

 

弓と腕輪

使用者 天王寺零

製作者 レオナルド・ダ・ウィンチ

ダ・ヴィンチちゃんが制作した弓で折りたたみが可能で弧の部分は特殊な金属を使用していて、剣のように使用することも可能。

弓と言っているがその実態は本人が作り出したプログラム通りに後述する腕輪で作り出した物を操作するキーボードに近い。

 

弓を使った強化魔術はダ・ウィンチちゃんが指定したプログラム沿う形のオリジナルの詠唱を行う

これは彼固有の魔術ではなく、あくまで弓の中に入っているコマンドを起動しているに過ぎない。わかりやすく言うなら術者は充電器

set(弓の魔術開始の合図)

指定(include)

本来のinclude(インクルード)の意味は含めるであるがここでは多数のコマンドの中から選択するという意味がある。

andset

複数のコマンドの使用時に間に噛ませる詠唱。コマンド同士がぶつかり合って暴走するのを防ぐがそれに無駄な魔力を消費するため二本の矢にそれぞれコマンドを使用するより魔力消費が大きい

 

 

 

コマンド

風を纏え(tornado)

矢が風を纏って直線上に飛ぶ。

炎をまとえ(fire)

矢が炎を纏って直線上に飛ぶ

雷を纏え(thunder)

矢が雷のように光り、飛ぶ。当たった対象に電撃を与える

冷気を纏え(blizzard)

当たった対象の温度を低下させる

それは汝の身体を蝕む(poison)

矢が当たった対象に毒を付与する

それは鋼の如く(metal)

矢の硬さを鋼のように固くする。この状態だと手に持って直接突き刺すこともできる。

それは音さえも置いていく(rapid)

矢のスピードを強化。(文字通り音より早い)本来の2倍以上の速さで放つとこも出来る

それは岩すら砕く(Rock)

当てた対象の脆性に関係なく砕く。一見強いように感じるが強力な神秘や対魔力を持つ物には通用せず、他のコマンドと違い複数の対象に効果を発動できない上に射程も短い

この星の縮図を(magnet)

もう当てた矢と同じ軌道を取らせて対象に当てる。名前はマグネットだが磁力で操作してる訳では無い

例え暗闇の中でも(scope)

矢の先端にスコープのような物をつけることで狙った対象に確実に当てる。射程は長くなるが威力は最低。次弾でmagnetを使用することが多い

鏡写しの(reflect)

矢を相手の攻撃を防御する防壁へと変える。

我が身を視界に移さぬ(smog)

矢が着弾した瞬間に煙幕へと変わる。零はこれを利用し、相手の傷口に当てて身体に煙幕を入れたりしている

それは幻影にあらず(Gemini)

矢の数を増やす。その分魔力消費は大きいので他のコマンドと同時利用する際は注意が必要。Geminiを複数使うことで倍倍ゲームの感覚で矢を増やせる

 

 

「接続型重加速礼装(マスタード・アクセル)」

製作者 ???

使い手 倉田翔太郎

起源が強く表に出たことにより人間性を失っていく翔太郎の為に制作された礼装。

1~5までのギアを変えることで起源を押さえ込んでいる抑圧効果を解除していく。

「ギアチェンジ、ファーストtoセカンド」

(ギアを1から2へと変更)

 

1(ファースト)

通常状態

 

礼装は黒いスーツのような見た目。翔太郎曰くかなり動きやすい。

 

2(セカンド)

長時間戦闘状態

この状態でも高校生時代陸上で全国大会常連だった基山を追い越す加速を見せる。

 

3(サード)

通常戦闘状態

大抵の戦闘ではここまで解放する

速度だけならサーヴァントに追随するのも難しくない

 

礼装に赤い線が入りそこから赤い稲妻が全身を走り出す。

 

4(フォース)

極戦闘状態

使用後にダメージが残り出す。性格も変貌して少し勢いが出てくる。

 

 

礼装が真っ赤になり肩に装飾が付き、仮面を被ることで全身装甲となる。これは製作者のダ・ウィンチ曰く彼からの強い要望で、その段階からは酷い顔をしているからとの事。(取り外しも可能)

 

5(ボルトアウト)

全開放状態又は暴走状態

 

相当な速度が出せるらしいが現在は封印されている

 

起源覚醒した上に戦闘能力も強化されて完全に暴走した状態

 

 



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外伝 帰還の為の免罪符
帰還の為の免罪符─1


最終章行くと思った?残念横道に逸れます。
最終章の為、というかこの作品の細部の説明と今後行われるであろうコラボの為の外伝です。
基本的に単発の話をチョロっと書くだけの予定ですけど今回はいくつか話数をかけます。まぁ要するにそれ単体でもストーリーとして成り立つものですね。
第一弾のタイトルは帰還の為の免罪符。
さて、どこへもどるのか、そして免罪符とは何なのか。


 世界の崩壊。それは魑魅魍魎が大波が流れてくるように大量に押し寄せる世界の終わり。災害にすら耐えてきた人の文明は簡単に消されていった。まるで波が砂浜に描いた絵を消していくように。

 文明のレベルがおかしくなったという時にせっせと仕事場に来て働く者などいやしない。そのおかげか、廃工場には世捨て人、犯罪者のアジトとなっていった。もちろん、変なものも住み着いているが。

 

 手入れのされていない錆び付いた階段と手摺の強度を確認しながら進んでいく。

 時折ギィー、と鉄が限界を迎えたような音がする。壊れてないのはこちらの運がいいのか、或いは。人のいる気配を辿り、雨漏りする天井を見上げる。天井には何かが突き刺さっていて、その隙間から雨が漏れているのだ。これだけ水を被れば短時間で錆だらけになる。ここにいては体の芯まで錆び付いてしまうとつけていたネックオーマーを鼻の辺りまで吊り上げた。

 

 生命力の強い雑草が割れたコンクリートの隙間から上へ上へと伸びていく。穴の空いた天井から指す陽の光が雑草を照らす。人の文明がほとんど消されてもこうして生きている命はあるのだ、と思いながらその雑草を跨いで先に進む。

 廃工場とはいえ最近まで使用されていたというのに荒れ方が酷い。しかし、自分が見てきた中ではまだこの荒れ方はマシだと思えた。

 そこまで歩くと鉄と錆の匂いに混じって最近になってようやく嗅ぎ慣れてきた匂いを感じる。

 血の匂いだ。それもまだ新しい。そしてかなり近い。血の匂いは鉄のサビの臭いに近いため近くまで来ないと気付かない場合が多い。今回もそれだ。

 

「近いな」

 

 水溜まりを跨いで小走りでその場所に急ぐ。そして急ぎながらも腰から一丁の拳銃を引き出す。黒光りした基本的な形をした自動拳銃。名前をグロック17という。口径は9mmの装弾数17+1。基本的な拳銃といえばこれの後継機グロック19を思いつく人は多いだろう。実際、多くの国で軍用、そして警察用の拳銃として扱われている。だがこれはオリジナルのものとは少々違う点がある。

 

 血の匂いのする場所が目と鼻の先とまで言えるところまで来たら物陰に隠れる。血がある、とは言ってもちょっと擦りむいたり、切った程度の血なら余程の至近距離にならないと分からない。つまり大量の血、人一人が出血死するレベルの血の量がそこにある。つまり、この場所には人ではない何かが住み着いている可能性がある。彼らは基本的に人の敵だ。理由もなく、人を食らう彼らはモンスターだとかエネミーだとか魔物だとか言われるがなんであれ人型だったり怪物だったりする、生き物であるかも疑わしい何かがいる。

 

 腰に引っ付いたグレネードを拳銃を持っていない方の片手に持つ。親指を安全ピンに引っ掛けて投げた時に自動的に安全ピンが外れる位置に調整する。

 血の匂いのする場所に音はない。ほかの気配も感じない。誰もいない可能性は高い。物陰から覗き込む。そこには人の死体とそれに集るハエがいた。

 

「くっ...!」

 

 人の死体を全く見てこなかった、という訳では無いがすぐになれるようなものでもない。もしなれなかったらこのまま吐いていたのかもしれないが今は気持ち悪い、と思う程度だ。

 ほかの気配がないことを確認してグレネードを腰に戻して、拳銃を片手に死体に近づく。死体を集るハエは人が来たことに全く気付いていないようにその動きを止めることは無い。

 

「腹を食いちぎられてる...酷い」

 

 死体の損傷はかなり激しい。頭は半分めり込んでおり、頂点の方から脳みそと思われる何かが抜けている。手足は傷だらけで蛆虫が這いつくばっている。腹なんてもっと酷い。なにかに牙を立てられたようにえぐれる皮膚と筋肉。臓器の大半と足りない皮膚と筋肉は近くに捨てられており、蛆虫とその卵が代わりに詰まっている。骨は突き出しているがそれは死体の変形によるもので蛆虫に食われただけでの露出では無いので恐らく死後1週間程度だろうか。

 しかし何かが妙だ。乾いた血液、虫が這い回っている死体、血の匂い。

 

「死臭がしない?まさか」

 

 そう。血の匂いで距離がわかるほどに血の匂いが濃い。それにしては遺体から出る血液量が少なく感じる。その上、死体が特にキツイ匂い、死臭がしないのだ。

人間の体内には、実は常日頃から微生物やバクテリアなどの細菌が潜んでる。生きている間は免疫作用によってこれらが増殖することはあまりないが、死亡して免疫作用がなくなると細菌は一気に増殖する。大体仕事二日か五日もあれば遺体は苦しくなるほど臭くなる。勿論そんな状態で細かく血の匂いを辿れるほど自分の嗅覚は鋭くない。

 

「やっぱり。保存されてる」

 

 注意深く見てみると遺体の表面は腐っているように見えるが内部の方が腐っているようには見えない。わざと外見を腐っているように見せることで内部が保存されていることを隠しているのだ。

 何故か。それは遺体の発見を遅らせるため、もしくはこれがなんの為なのか分からなくするため。もし後者の場合、この殺され方もなにか理由がある可能性が高い。

 

「どう思います...思うっすか?アタランテ」

 

 そう何も無い場所に声をかけると何も無かったはずの場所に一人の女性が現れた。否、そこには何も無かった訳では無い。いたのだが、見えなかったのだ。霊視がないと見えない霊的な存在。亡霊やゴーストなど様々なオカルト的な文献で騒がれるそれと基本的には同じもの。ただ、その格と強さが羽虫と神ほど離れている、ということだけだ。

 それもそのはずその亡霊はただの亡霊ではない。元々は過去や神話の英雄たち、英霊なのだから。サーヴァント、ゴーストライナーと呼ばれる彼らは通常時はこうして霊体となって活動している。これを霊体化という。この世界では霊体化を基本的にしないサーヴァントの方が多いが彼らも決してしない訳では無い。する必要が無いだけだ。

 女性は耳としっぽは獣的な見た目だが、それ以外は基本的な人と同じ体格をしている。少女とも言えるだろう。眼差しは獣のように鋭く、髪は無造作に伸ばされ、貴人の如き滑らかさは欠片も無いため一見すると粗野な女性に見える。名はアタランテ。ギリシャ神話のアルゴノーツの一人、狩猟の女神アルテミスの加護を授かって生まれた『純潔の狩人』。カリュドーンの猪の討伐、そこに繋がるメレアグロスの死、また勝ったものを夫とするかけっこの逸話等多くの逸話を残している英雄だ。

 と、自分が思っているとはいざ知らず。彼女はそこに転がっている死体を見て目を細める。

 

「こんなに小さな子供を...許せん」

「あーいや、そうだな...そうッスね」

 

 霊体化しているからと言って視界が封じられる訳では無いので実際自分が見るより先から見ていたはずだが、それでも声を出さなかったのは自分への配慮なのだろう。そのような優しさがあるとはいえ、基本的に弱肉強食。子供を除いて、だが。

 アタランテは生まれた直後に捨てられ、アルテミスに拾われた過去を持つ。彼女の子供を気づかいはそこから発生するものだ。

 

「...しかし、マスターが言うように腐敗していないのは妙だ。ただ置かれているだけとはいえそれなりに状況は揃っている」

 

 しかしアタランテも英雄だ。自分なりの考えと感性を持っている。冷静になればこうして相手の考えていることを読もうとするぐらいには優秀だ。

 

「そうだな...っすよね。わざわざ死んだ直後で保存して虫を放つなんて意味のわからないことをするもんだなって思ってたんすけど」

 

 虫を放つのはそういう魔術だからか、もしくは死体が損壊していることを気付かれないようにする為か。

 出来れば死体を詳しく調べたいがここでの解剖は困難だ。しかも自分が体の構造にそこまで詳しいという訳では無いので出来れば詳しい人の話を聞きたい。

 

「マスター、この子を埋葬してあげよう。いくらなんでも可哀想だ」

 

 確かに困難コンクリートの上で放置では普通でも行き着く末はただの白骨死体だ。敵の狙いがそうではない可能性が高いとはいえ、最悪魂が囚われている可能性も有り得る。死んでしまったとはいえ、これ以上苦しめてもいい理由にはならない。

 アタランテなりの気づかいで死んだ子供を埋葬する場所を探そうとしたのを手で制する。

 

「それもそうなんですけど...わざわざそんな足がつくことをしたらここにいるってバラしてるようなもんっすよ。残念ですけど...」

 

 この子供がこうなっているのは相手に理由がある可能性が高い。それならそれでこんな場所に放置しているのは妙だが相手に何らかの考えがあるとすると、無駄に触ったり、場所を移動すればここにいるとバレてしまう。

 それでも倒せる敵なら兎も角、自分たちがここにいる理由を考えるとそんなに楽観的にもいられない。

 

「くっ!...」

 

 アタランテが顔を顰めて拳をにぎりしめる。

 感情ではその判断が許せないが理性ではこちらの判断が正しい、とわかっているからやるせない気持ちになっているのだ。

 

「ここに長居するのも危険っす。助けられる命がない以上、さっさと調査を終わらせて作戦を練りましょう。この子供にも、報いる為に」

 

 この子供はもう助からないだろう。その事を悔いることもあるがそれより先にやるべきことがある。この廃工場は世界が崩壊した時に捨てられたものだ。つまり、崩壊前から廃工場だったものより見取り図の入手難易度が高くない。

 適当に歩けばその辺に錆びたマップが張り付いている。勿論崩壊の影響で倒壊した建物があったり、地下室などを作られている可能性もあるがそこまで深く踏み込みすぎるとやはり相手にバレる。今回は名目上調査が目的で来たのだ。下手に踏み込む必要は無い。

 そう、ここは多くの行方不明を出す神隠しと呼ばれる場所の1つだ。そしてその行方不明者の中には一般人は勿論、腕に覚えのある傭兵も含まれる。何より大切なのはその数を増やさないことと、自分たちがその仲間入りをしないことだ。

 

「許してくれ...」

 

 アタランテもその事がわかっている。それでも助けられるのなら助けたいと思って伸ばした手を引っこめる。大切なのはこれ以上の犠牲を出さないこと。

 すると不意にアタランテの耳がピクピク、と動く。何気に可愛らしい動きだがアタランテは即座に冷静になってこちらに振り向く。

 

「マスター」

「ああ。最悪の場合援軍を要請しよ...するっす」

 

 彼女の決意は硬い。この子供を殺した存在を許さないという怒りを感じる。しかし今回の案件、そう一筋縄で行くかどうかも分からない。傭兵たちまで倒す存在となると確実にサーヴァント、もしくはサーヴァントを倒せる化け物が居る。そのサーヴァントの役割と誰かによって難易度はかなり変わる。最悪の場合を考えるのなら、援軍を要請して力技で蹂躙することになるかもしれない。

 そう思って返すとアタランテは急に罰の悪そうな表情をして小さく首を横に振る。

 

「いや、それもそうなんだが。近くに人がいる」

 

 アタランテの言葉に拳銃を握り直す。近くに人、と言ったことはこの子供のように手遅れでないかもしれない。しかし子供の近くで話し込んだのがバレて探しに来た敵の可能性も考えられる。

 緊張感が高まる。もし敵だったら撤退も視野に入れなければならない。しかし撤退した場合、今以上に防御が厚く、変更される。その場合今回の調査の大半が無駄になる。とはいえここで無理に出張っても勝てるかどうか分からない状態で踏み込む訳には行かない。

 

「敵か?」

 

 息を潜めながら小さな声でアタランテに問う。恐らくアタランテが拾ったのは足音か、もしくは匂いか。これで敵かどうかの判断はかなり厳しい。しかし分かるのなら、緊張感が少しは弱まるかもしれない。

 しかしアタランテは小さく首を横に振る。

 

「分からない。が、どうやら何かを探っているようだ。敵か、もしくは」

「同業者か。よし。こっちで交渉に出る。最悪の場合」

 

 この辺りの事件が気になったヤツらに雇われた傭兵か、少なくとも探しているということはこちらの細かい位置はバレていないはず。奇襲は不可能では無い。

 そして傭兵なら手を組んでしまえば多くの情報を手に入れられるかもしれない。相手がどうしても、というのならこちらの情報を渡して情報料を請求して撤退、と言うことも出来る。もちろん、子供が殺された現場だと言うのにアタランテが頷くとは思えないが。

 

「ああ、後ろから撃つ。マスターには当てんさ」

 

 アタランテの声を聞いて小さく頷くとアタランテが再び霊体化した。相手がサーヴァントなら霊体化していようと見破られるが、逆に言えば大抵のマスターは気が付かない。奇襲にはもってこいだ。

 こちらも持っていた緑色のマントを羽織る。これはレーダーを無効化する効果を付与されたバックワームと呼ばれる魔術礼装だ。これで全てとは言えないが大半のレーダーから身を守れる。動きにくいのが難点だが、今回はメリットの方が大きい。

 

 地面を這うように低い姿勢になって足音を立てずに走る。遠目からでも相手が見れればそこから判断することも不可能ではない。

 アタランテの指示に従って道なりに進んでいく。もちろん、拳銃はいつでも放てるように準備をしておく。

 

「(近くだマスター。見えるか?)」

「(ちょっと待ってくれ。よいしょっと...見えた。女が二人、片方はサーヴァントだな)」

 

 そこに居たのは2人の女性。

 後姿と影しか見えないが片方はサーヴァントであるということは分かる。

 耳のように纏めた美しい黒髪に大きな傘を持っているナイスバディ...と声に出して言うとアタランテにゲンコツをくらいそうな身体をしているサーヴァントは間違いなく紫式部。あの『源氏物語』の著者でキャスタークラスのサーヴァントだ。

 そのマスターもかなり体格には恵まれている。スレンダーなモデル体型にも見えるがその裏に鍛えられた筋肉があるのは見逃さない。女性にしてはかなり鍛えているようだ。しかしどちらかと言うとスポーツ選手のような肉体で戦い慣れした傭兵のようには見えない。金髪なので外国人、とも思われるが髪色なんて変に変わるのが多いこの世界でそこから断定するのは厳しいだろう。

 探して回っているというのは嘘ではないらしい。同じような場所をずっと回って誰かを呼んでいる。

 

「(アタランテ、声は聞き取れるか?)」

「(ああ、この辺りではそれなりに名の通った傭兵の名前だ...恐らくはぐれたのだろうな。)」

「(え、なにそれ知らん。怖っ...)」

 

 呼んでいる、ということはこちらの敵である可能性は低い。傭兵を呼んでいる、ということは恐らく戦闘の初心者だろう。探している傭兵が近くにいるかどうかは兎も角、ここに長居するのは危険だ。保護してここから脱出する必要がある。

 拳銃をホルスターにしまい、彼女達の目の前に出た瞬間。

 

「ちょっと君たち、少し──っ!」

 

 何かが光った。金属が鏡のように光を反射したような光だ。普通なら全く気にしない、ただの光。問題はその方向と光り方。恐らく投げナイフ。女性たちを狙った奇襲だ。女性たちの方向に光の筋が通っていく。形は刃。間違いない、殺す気で放った奇襲の刃だ。

 声をかけられた女性達が振り返ると共に拳銃をホルスターから素早く引き抜く。そして素早く周りにあるガス管を狙って引き金を引いた。 

 

 瞬間、彼女達の目の前で怒った爆発が投げナイフを飲み込んだ。




というわけで第一弾は名無しのマスターと彼のサーヴァントアタランテのストーリーです。
...まぁ本編読んでる人ならこいつらの正体に察しはついてるでしょうが。


それにしても最後にでてきた金髪美女マスターと紫式部...一体ナニモンなんだーーー(棒)


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帰還の為の免罪符─2

前回から始まった帰還の為の免罪符。その続きです。...この調子だと10話ぐらいで終わるな。とか言って多分15話ぐらいになるんだろうけど


 戦場ではたった一瞬の迷いが命を終わらせる。有利に動いていた状況ですら小さなきっかけで瓦解する。今回自分が早撃ちは運良く狙い通りに運良くその場にあったガス管を撃ち抜いて爆発。

 放たれた一撃を飲み込んだ。

 

 しかし、それで終わるとは思えない。基本的に奇襲は一撃で終わらせるものだ。一撃でしとめられなければ基本的には一度退いて体制を立て直す。しかしそれに該当しない、ということもある。そのうちの一つがもう一撃放てば殺しきれる場合だ。

 この場合相手が気付いていない、ということはもう一撃放てば防ぎきれるか分からない。もう一撃来る。

 

「アタランテ!」

「(わかっている!)」

 

 自身のサーヴァントに声をかけて拳銃を刃が放たれた方向に向ける。そこに敵の姿は見えないが確かに攻撃はその方向から放たれた。

 

「えっ!?何!?」

「こっちだ!」

 

 背後ではアタランテが一般人の手を引くか抱えて走り出す。彼女の足なら大抵の敵では追いつけない。上手くこの廃工場から出られれば自分も撤退しよう。

 それを分かってここは引いて欲しいがそこまで簡単な話でもないだろう。

 

「後ろから一般人を襲うだなんてかなり悪質っすね!」

 

 爆風で倒れた機械の上に乗り、相手の気配を探る。放たれたのは投げナイフに見えたがそれにしては射程が長すぎる。爆風に乗じて逃げたか、それとも気配遮断か。

 気配遮断はアサシンのクラススキルだ。先程の刃といい、奇襲はアサシンの常套句。ナイフを使うサーヴァントは数いるのでそこから特定するのは難しいが、気配遮断を持っているとするならこちらの方でも対策をしなければ次の標的は自分だ。

 

「どうしたんすか!怖くて出てこれないんすか!?ならこっちから探すっすよ!」

 

 わざとでかい声で挑発しながら廃工場の中を歩く。場所を明かすのは危険だが、アタランテ達が追われるよりはマシだろう。そう思って機械を背にしてグレネードの用意をする。

 姿を現した瞬間にトドメを指す。アサシンの気配遮断は攻撃の瞬間に大きくランクダウンをする。その瞬間が1番の隙であり、唯一の好機。機械を背にすることで注意する方向を限定させて、相手の手札を無理やり切らせる。

 

「さぁーて、何処っすかねー。コソコソ隠れてるから見つからないっすねー。これはさぞかし品のない英霊なんだろうなー」

 

 その場で足踏みをして歩いているように見せながら落ち着いてその場から離れない。勿論挑発も忘れない。

 わざと鳴らしている足踏みの音と衣服を擦る音。それ以外の音を拾った瞬間が勝負だ。

 

 カツン、カツン、カツン。

 

 リズミカルに響く足音。これは自分のものだ。しかし先程の接敵が嘘のように音はそれしか聞こえない。足音が金属で反響するのみ。

 それなりに戦い慣れている英雄ならこの足音がずっと動いていないことにも気付くはず。それなのに行動に移さないということは、逃げたか。 

 

 そう思った瞬間、背中の方から光が漏れ出た。音もない一瞬。背中にあるのは大きな機械だ。爆風で倒れ、地面にめり込んでいるとはいえ、形だけは保っているのでかなりの強度があると踏んでいたのだが、それを簡単に切り裂かれた。

 しかしこの瞬間こそ、自分が待ちわびていたものだった。

 

「決まった!」

 

 拳銃の引き金を引く。名だたる英雄ほどではないが速射にはそれなりに自信がある。グレネードを投げるより相手を捉えやすく、そして速い。

 

 相手の姿は見えない。しかし、当たった感覚が手の中にある。しかし相手がサーヴァントならこの程度では死なない。

 

 

「くらえっ!」

 

 グレネードに指をかけて思いっきり相手の方向に投げる。引っかかった指が安全ピンを引き抜き、爆発。

 切られた機械に隠れて爆風をやり過ごす。機械が少し動いた気がするが熱風を浴びることなく、耐えきった。

 サーヴァントであろうとマトモに喰らえば怪我では済まない一撃だ。しかしマトモにくらったかどうかなんて確認はできない。

 機械から飛び出て爆風のあった方向に拳銃を向けながら走る。しかしそこには何も無い。この空間もそこまで暗いわけではないが見えないものは何も見えない。

 

「...逃げたか」

 

 血の痕があることから確実に当たってはいる。しかし上手く逃げられた。

 手傷を負ってアタランテの方を追うほど相手も馬鹿ではないだろう。奇襲を狙うとしても相手は自分だ。

 

 そしてそれすらも仕掛けてこない。どちらにしろ強襲用の装備をしている訳では無いのでここは退却するべきだ。

 そう判断して奇襲を警戒しながら再び姿勢を低くして走り出した。

 

◇◇◇

 

 廃工場から2人を抱えて飛び出す。2人とも最初は振りほどこうとしていたがいつの間にか諦めたようで素直に従っている。

 

「ここまで離れれば大丈夫だろう...おい、大丈夫か?」

 

 抱えていた2人をその場に降ろす廃工場からはかなり離れているため、追っ手が来ることは無さそうだ。そもそも、追っ手が来たとしてもマスターが食い止めるのだろうが。

 いや、そもそもだなんていうなら役割が逆だ。マスターが2人を抱えて逃げて自分が囮になるべきだった。サーヴァントは霊体化すれば撤退も簡単だがマスターは転移魔術などの使い手でもなければ走るしかない。決してマスターが遅いとか弱いとかそういうことは無いが、それでも心配なものは心配だ。

 そう思いながらも降ろされた2人を見ると流石に警戒しているようですぐにこちらから距離をとる。

 

「な、何とか」

「えーっと、ありがとうございます、でいいんですか」

 

 彼女達からしたら急に後方が爆発したと思ったら誘拐された、という話なので状況が掴めていないのは当然だろう。

 もう少し彼女達に気付くのが早ければ話は違っていたかもしれないがその可能性を考える時間は必要ないだろう。

 

「礼ならマスターに言え。もうすぐ来るだろう

...そうだな。私の名前はアタランテ、というのは分かっていると思う」

「まぁ、はい」

 

 誠に不思議な話だが数ある平行世界で自分を召喚したマスターの記憶がこの世界のマスター達にある、という話をよく聞く。中にはその世界から召喚されたサーヴァントもいる、となればサーヴァント達がよくやるクラス名で真名を隠すという行動はほとんど意味が無い。

 

「私たちは...いや、もうすぐマスターが来る。話はそれからだな」

 

 とりあえずここまで来た理由と知っている情報があれば聞き出したいと思ったがそれはやめておいた。マスターがいない状態で聞いてもマスターに聞かせる時には念話ですることになる。戦闘中なら彼の集中力を乱すし、帰ってきてから纏めて話すとしても入れ違いが起こる可能性がある。マスターの方はともかくこちらには余裕がある。サーヴァントが二騎もいる場所にわざわざ仕掛けようと思うやつも少ない。マスターさえ戻ってこれば話はいつでも出来る。

 そう思って来た方向、退却してきたマスターが通るであろう道を見る。

 

「その...アタランテ、さん?」

 

 後ろから声をかけて振り向くともう一騎のサーヴァント、紫式部が立ち上がって一歩前に、こちらに寄っていた。

 それなりの警戒はしていても知りたいことがあるようだ。

 

「アタランテでいい。なんだ?」

「川本、という名前の方を御存知でしょうか。私たち、一緒にここまで来たのですけれど」

 

 川本、という名前には覚えがある。勿論自分が知っているのとは別人だろうが、彼女達が探して呼んでいた名前だ。恐らく彼女達と共に来た傭兵。戦闘があったようには見えないため何かしらのトラップに引っかかってはぐれてしまったのだろう。トラップがあるなら歩き回るのも危険だが彼女達がそこまで戦場慣れしているとも思えない。

 となるとまだ中にいるかもしれないがあれほどはげしく戦闘して再び突っ込むのも危険だ。残念だが、マスターを待つしかない。

 

「はぐれたのか。なるほど...ん?ああ、マスター」

 

 そう思っていると噂をすればなんとやら、マスターが戻ってきた。髪は多少チリチリしているが怪我も見られない。

 同年代にしては少し高めの身長に恵まれた体格。似合わない迷彩服に緑のマント。少しトゲトゲした髪にピアスと季節外れのネックオーマーと少しチャラい雰囲気を出しているがそれは演技。実際はそれなりに落ち着いている紳士。

 

「急に申し訳ないっす。俺の名前は真木。エインヘリアルってところでマスターをやってるんすけど...そちらは?」

 

 真木祐介。数いるマスターたちの中でもエリート中のエリートの戦闘員がいると言われるエインヘリアルのマスターの一人だ。

 




今回で明らかになりました帰還の為の免罪符の主人公。
零と違って冷静でも遊び慣れた雰囲気あるから多少バカにしても済むのが優しいキャラ。





真木祐介
エインヘリアルのマスターの一人。
年齢は21歳。地味に天王寺零より若い。
使用武器はグロック17。
「っす」という語尾をつけることが多いがこれはあくまでキャラ作り。実際はごく普通の精神性を持っているように装っているだけの何処にでもいるただの青年。
エインヘリアルのマスターと言うだけあって場数はこなしており、その経験の差は他のマスターとはかなりの差がある。
使用サーヴァントはアーチャー、アタランテ。
彼女との仲は仲のいい同僚のような気さくな関係であり、ある意味理想的な主従と言える。


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帰還の為の免罪符─3

帰還のための免罪符もう全部予約投稿したと思ったらまだ二話しか出してなかったこと最近気づいた為急いで投稿。
なので作品のクオリティが上がったりとかは特にないです


 葵紫図書館。紫式部とマスター源葵が運営している図書館にある日一人の男がやってきた。傭兵を名乗る彼の名前は川本(かわもと)(あつし)。古い時代からやってきたのではないかと思うような藍色の和服を改造した衣服を羽織り、背中には彼の背丈以上にもなるだろう大きな日本刀が背負われている。

 なんでもこの図書館の噂を聞きつけて面白い話があるという紹介をしに来たらしい。

 

「神隠し?」

「うむ。その辺りにいる若人達がなんの前触れもなく、一斉に行方不明になった現象を我々はそう呼んでいる」

 

 姿にあった、と言うべきか逆に合わせたような口調で川本は返す。

 

「今回はその調査に同行してもらおう、という判断さ。ああ、安心して。戦うのは僕達だけだから大丈夫。君たちは少し離れたところで見ていてくれればいいよ」

 

 そう言って川本の背中からひょっこり頭を出したのは彼のサーヴァント、アレキサンダー。大人の彼と同様赤い髪にサーヴァントとしてゲームで見る姿とは違う日本の甲冑のような鎧をまとっている。流石にブケファラスは出していないようだが幼い顔からでも感じる気迫は間違いなくサーヴァントだ。

 

「普段なら、そういう判断になるのだろうが此度はそうも行かず。此度の敵、所謂サーヴァント殺しが居るという噂を聞く。最悪、ソナタ達にも戦ってもらうかもしれぬ。準備はしておけ」

 

 サーヴァント殺し。サーヴァントを連れ添ったマスターが戦った時に行方不明になる、もしくは死体として発見された場合にいるとされるもの。それは文字通りサーヴァントに打ち勝つ存在、勿論大抵の場合、敵のサーヴァントなのだが、サーヴァント殺しという場合別の可能性を含む。

 それは、サーヴァントを倒せるエネミー、そして人間がいる場合だ。エネミーは基本的に幻想種の名を持っていてもこの世界に来る時に弱体化したのか、おそらくは見た目が同じだけの偽物かサーヴァントより弱い状態で出てくる。勿論その状態でもマスターや他の人間にとっては災害に匹敵するが大抵のサーヴァントからすれば少し面倒な敵、という扱いだ。しかし中にはオリジナルの幻想種に近いエネミーというものが存在する。これまで確認された例はたったの2回と聞くが、情報が錯乱している現状を考えれば都市伝説として語られている。

 しかしそれを彼はいるかもしれない、と言った。この世界に来て、どれほどサーヴァントが強力な存在なのかは嫌という程見てきた。人間が足掻こうと簡単に殲滅してくるエネミー達を蹂躙するように倒していく姿。紫式部だって戦えないようなサーヴァントでもマスターの体を強化したり式神を用いて戦わせることだってできる。そんなサーヴァントを倒す人がいるだなんて。信じたくない。

 

「わかりました。では後日、追って連絡します」

 

 けどそんなものをこの世界に長居させる訳には行かない。正義感、というのもあるがそれ以上にそんなものに私たちの図書館を壊される可能性を考えたら傭兵として戦ってきたこの人と一緒に倒しておきたい。そういう考えがある。

 

「了解した。ふむ。話には聞いていたが中々に骨のある若人だ。図書館を運営している、というのに間違いはないがそれ以上に強い覚悟が見える。此度の依頼は取材としても絶好に機会だ。何をしたいか、はあえて聞かぬが活かしてくれ」

 

 川本はそれを頷いて了承する。最初は彼からしても協力者が欲しいのでは、と思っていたがどうやらそうでは無いらしい。単純な善意で取材をさせてくれるというのだ。その証拠にこの話にお金の話題は一切出てこなかった。

 川本が席を立つ。アレキサンダーも何も言わずに彼のあとをついていく。そして出る寸前にこちらを振り向いて手を軽く振った。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げて川本を見送る。

 その後、すぐに取材の準備を始めた。

 

 

◇◇◇

 

 そうして、今に至る。入ったらいつの間にか川本さんとアレキサンダーは姿を消して探していたら急に爆発からの誘拐されるように連れ出された。何が何だか分からないがとんでもないことに巻き込まれたらしい。

 

「それで、その後ここに来たら早速はぐれた...ってことっすね」

 

 目の前にいるのは自衛隊員が出てきたかのような迷彩服に銃を持った1人の成人男性。自衛隊員、と先程は言ったがそれにしてはその、全体的にチャラい雰囲気を醸し出している。慣れてないのか「っす」という時だけ声が上がっている気がするのは慣れていない、つまり演技なのだろう。年齢はそれほど変わらない、自分少し年上か、それとも同い年か。

 そして、何より言えることは彼らは戦いに慣れている。強さは分からないが場数では確実に自分達の上を行く。

 エインヘリアルという組織に属している真木祐介というらしい。アーチャークラスのサーヴァント、アタランテのマスターであり、傭兵を名乗っている。

 

「はい」

 

 とりあえず嘘をつく理由は無いのでエインヘリアルと名乗った傭兵に事情を説明する。状況は掴めないがどうやら助けて貰ったことは間違いなさそうだ。川本さんも心配なので協力してこの事態を解決することに異論はない。

 と思っていたのだが真木は悩むように顎の辺りに手を当てる。その状態でしばらく考え込んだと思ったら何処かで諦めたようにため息をつく。

 

「...仕方ないっすね」

 

 ため息をついて彼は一回手を顔に当てて落ち着くように再びため息をつく。

 それにしても...何かが、おかしい。いつもとは違う何やら強い違和感を感じる。

 

「どう...したんですか」

「い、いや。悪かった...っす。その、川本さんという傭兵もこちらで探しておくので貴方たちは安全な場所まで逃げてくださいっす。アタランテ、任せてもいいっすか?」

 

 彼の出した結論は自分たちを逃がすことだった。川本さんとは逆の、戦わせないという結論。何故、そんな結論に至ったのかは分かる。戦力としてこちらを信用出来ないのだ。

 そこまでは分かる。いきなり出会った人物を信用しろというのは難しい。しかしその結論を出した彼は迷いなく自分のサーヴァントに護衛を頼んだ。

 有り得ない。自分たちの護衛にサーヴァントをつければ自分の守りはどうする。サーヴァント無しであの廃工場に戻ると彼は言ったのだ。

 

「...え?」

 

 川本さんのように頼むと最初は思ってた。そのために自分たちを助けたのだと、最初は思った。しかし違う。彼らは自分を戦力として信用していない。それは仕方ないことかもしれない。自分たちも傭兵として戦っている人達より強い自信なんてない。けど、そのためにまるで死ぬような決断は流石に出来ない。

 

「...私は構わないがマスターは?まさか一人で」

 

 彼のサーヴァントであるアタランテは肩を落としたあと、彼に聞く。彼のサーヴァントがそう言っているということはこれが初めて、という訳では無いのだろう。何回かこんなことがあったのだ。自分のサーヴァントを置いて一人で依頼を成し遂げる傭兵。傭兵には何人か会ったことはあるがそれは有り得ない、経験のない事だった。

 

「ああ、川本っていう傭兵が心配だからな...っすからね。俺一人で侵入する、っすよ!」

 

 真木は親指を立ててこちらに大丈夫だという。他の仕事ならそれで、大丈夫かもしれない。しかし今回はそうとも行かない。話したはずだ。サーヴァント殺しがいるかもしれないという話を。サーヴァントを倒せる存在がいるとなるとマスターでは相手にならない。

 話した内容を忘れている、という訳では無い。彼は自分一人で解決する、と言ったのだ。サーヴァントを倒せる存在がいたとしても一人で何とかすると。意味がわからない。確かに真木は自分より強いだろうが、自分がサーヴァントより強いと豪語できるほどとは思えない。

 

「しかし!それは危険かと。まだ私たちを襲った何者かは見つかっていないんでしょう?」

 

 限界だ、というように紫式部が立ち上がって真木に抗議する。川本さんの言ったサーヴァント殺しは未だに姿を現していない。つまり情報が何も無いのだ。そもそもサーヴァントと人とでは差が大きすぎる。紫式部でも戦えないと言っているがそれでも大抵の人間には勝てる。それだけの強さがある。そんなサーヴァントを何体も倒しているという報告がある以上紫式部は黙ってはいられない。

 

「香子...」

 

 彼女は考えている。川本が死んでいるというシナリオを。そしてその場合次の犠牲者は真木だ。そして自分はそれをアタランテの退去という形で知ることになるだろう。サーヴァントは依代というマスターを失った場合長くはいられない。アタランテ達、アーチャークラスのサーヴァントは単独行動を持っているがそれでも限界がある。つまりアタランテの魔力が少なくなった時が彼の死を知るタイミング。もしそんなことがあったら自分で自分を許せるか、わからない。自分達もそれなりに戦えるから尚更だ。

 

「それもそうっすけど、今は貴方たちの安全の方が大事っす」

 

 しかしそんな必死な紫式部とは打って変わって真木は至って冷静に返す。

 優しさ、と言うよりそちらの方が都合がいいという判断というのは分かる。その証拠に真木が一切笑っていない。現実を見て危険だと理解しているから笑えない。

 笑えないほど大変だとわかっているのに、彼は一切協力を求めない。せめて自分のサーヴァントと一緒に行って欲しいがそれだと自分たちが再び入る、と思っているのか追っ手が心配なのかわからないがそれも崩す気は無い。

 

「私たちだって戦えます!川本さんも私たちが探さないと...」

 

 しかし、いや。だからこそ、そうさせる訳には行かない。彼は知らないが自分たちも自分たちなりに覚悟を決めて戦闘を繰り返した。傭兵について行って戦うなんてことも多くあったし、魔性殺すブーツなどの戦う方法もある。何より一緒に紫式部がいる。彼女がいるのなら、負けはしない。

 立ち上がって真木の目を覗くようにみる。意思表示の基本だ。

 

「止めた方がいいっすよ。下手なことをすると、死ぬっすよ。冗談抜きで」

 

 自分の声を切り離すように真木が非常に冷たい声と顔で返した。冗談を言うような口調が続いていたが「っす」だなんて語尾をつけてるとは思えないほど冷静だ。

 まるで次について行くと言ったらその首を切る。そう言っているように見える。

 

「それは...そうですが...だからって一人で行くことないですよ。せめて自分たちはここで待機してるのでアタランテと一緒に...」

 

 その気迫に押されながらもアタランテをチラリと見て真木に言う。

 そのアタランテは腕を組んで待機している。マスターとサーヴァントの信頼、と言うには少し仕事っぽさも感じるが「マスターが決めたのだから異論はない」という意味だろう。必要以上に口を挟むことはなく、会話よりも周りに気を配っている。

 

 

「その場合別働隊が君達を攻撃する危険があるからダメっす。本当なら援軍を頼みたいところっすけど頼んでも間に合わなさそうなので仕方ないっす」

 

 もし、川本さんの話がなかったら、彼は自分たちを安全な場所まで送り届けたあと、アタランテと援軍と一緒に入っていたのだろう。

 実際、真木もそれなりに焦っている。川本さんが無事か。今から行って間に合うか。生きて帰って来れるか。賭けにしては分が悪すぎる。

 

「中には、サーヴァントを倒す程の敵がいると聞きました。私達も一緒に行けば必ずお役に立て...」

「ダメだ!」

 

 紫式部の言葉を真木は怒鳴って止めた。その声量、というより気迫に押されて声を失う。驚き、というのもある。先程までの飄々とした人柄とは全く結びつかない。しかしそれよりその怒りが恐ろしかった。

 

「ーっ!」

「君たちは、君たちは戦う人間じゃない!サーヴァントを召喚していても一般人なんだ!傭兵なんて変な職を名乗ってやってるやつとは違う!」

 

 声を失って何も話せない、反論すら出てこない自分たちを真木は叩き込むように言葉を繋げる。

 自分を変なやつと言っていることに気がついているか気がついていないのかはわからないが彼なりの心配なのだろう。

 

「正義感か何か知らないけど!そんなので生きてこれる訳が無い!帰れるわけがない!折角得た命を無駄に捨てようとするな!戦えもしないのに、戦えると思って!だいたい...」

 

 今まで押し付けていたものが発散されたように放たれる言葉に殴られたように頭が揺れる。彼なりの心配か。とはいえ過剰な心配と言うよりまるで侮辱のようにも聞こえる。

 

「マスター」

 

 それを制したのは彼のサーヴァントであるアタランテだった。彼女は真木のように怒鳴るわけでもなく、ただ小さく、低い声で彼を制した。

 その声を受けた真木は恥ずかしくなったのか顔を一瞬赤く染めたあと迷彩服のフードで頭を覆い隠した。

 

「...ああ。すまない。アタランテ」

 

 しばらくそのまま固まった後真木は顔も見せずに少しフラフラした後アタランテの方に寄り付くように歩きよってそう言った。

 先程の気迫を見せた男とは思えない、弱々しい見た目に別の意味で声が出なくなる。横を見ると紫式部もポカンと口を開けてピクリともしない。多分自分も同じような顔をしていたのだろう。

 

「謝るのは私じゃない」

 

 アタランテもアタランテでもうこのやり取り何度もやったというようにため息をついてこちらを指さす。

 その頬は少し緩んでいて笑いを耐えているようにも見える。笑い事ではないが余程彼女はこのやり取りが気に入っているのだろう。吹き出そうとしているのをかなり頑張って耐えている。

 

「...全くもってその通りだ。悪かった。君たちのことを、侮辱した」

 

 自分のサーヴァントがそんな顔をしているとは全く気がついていないのか真木はフードを取ってこちらに顔を見せる。真っ赤、という訳ではなかったが仄かに赤いところを残したまま落ち着いた表情で頭を下げてくる。

 

「い、いえ...私たちこそ失礼しました...」

 

 先に落ち着いてその声に反応したのは紫式部だった。頭を下げた真木に譲るように半歩下がって頭を下げる。

 

 そのままお互いになにかに慌てるように頭を上げるように促してまた頭を下げるというよく分からない空間が形成された。

 

「なにこれ」

 

 誰にも聞こえない呟きが出てきた。そこまで独り言が多いということは無いが先ほどの緩急はそれだけで風邪をひきそうなほどの差がある。

 それを楽しそうに眺めるアタランテ。このマスターとサーヴァントの関係性がいまいちよく掴めない。

 

「マスター。今回の件を謝るついでに彼女達も連れて行こう。なに、マスターがしっかりしていれば済む話だ」

 

 しばらくそれを眺めた後にアタランテが折衷案、というと違うが自分達を連れていくという案を出した。

 その時、なるほど、と思って思わず頷いてしまった。

 アタランテはこの案を出す為に自分のマスターを誘導したのだ。考えてみてばアタランテは下手なことを言うことはなく会話の外にいながらゆっくりとマスターが罪悪感で一緒に行けるような雰囲気を作り出していた。

 なかなかのやり手だ。自分のサーヴァントに利用されるマスター、という訳の分からない構図も出来上がっているが真木もそれに気付いている、と思えば悪くない関係性だとは思う。多分。きっと。メイビー。

 

「アタランテ!?そ、それは...。了解...っす。それじゃあ...えっと...源、さん?でしたっけ?」

 

 予想通り真木は今まで渋っていた答えをサラリと出した。いや少し悩んでいたような気もするが意外とすぐに折れた。

 

「葵で大丈夫です」

「そんじゃこっちも祐介でいいっすよ。後敬語も大丈夫っす。」

 

 と真木、いや祐介が右手を差し出す。その動きが変に見えた気がしたがすぐに握手だと理解して出された手を握る。彼の手はとても硬くてゴツイ、と表現するのが正しい手だった。

 その時、思っていた違和感に気がついた。

 

 先程から泰山解説祭が、発動していない。




泰山解説祭が発動してない。
そもそも泰山解説祭がミステリー殺し過ぎるところ除いたとしても強すぎるので...崩壊世界では珍しい(?)ですがこの作品では当たり前のようにある弱体化現象。零はこれのせいで強さの幅がデカすぎるように見える。


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帰還の為の免罪符─4

 

 基本的に部隊の編成で必要になるのは統率とそれぞれの能力の配分だ。

 そういう意味ではこの4人は相性がいい。銃が使えるマスターが一人、弓使い(アーチャー)が一人、近接格闘ができるマスターが一人、補助役(キャスター)が一人。この中で最も実戦経験があるのは誰かと言われれば大差でアタランテになる。しかし彼女は兵を率いた逸話がない上に、サーヴァントとして戦う必要がある。その中で共に中、遠距離で戦いながら指揮ができるマスターがいる時点で基本に忠実なバランスを取って行動できる。葵が最前線で敵を捌いて、真木とアタランテが前線で暴れる葵の隙を無くし、後方まで来る敵を狙い撃つ。そして3人の強化を行いながら指示役に情報を流す紫式部。真木はその情報をもとに葵とアタランテに指示をして、必要があれば接近戦に切り替える。

 問題があるとすれば、それを真木が好まないことだけだ。

 

 

◇◇◇

 

 その辺にある小石をつまみ上げてひとつの線に並べる。それぞれ自分、葵、紫式部、アタランテだ。

 

「まず先頭に俺が立つっす。前線での経験もある俺が適当に敵を捌くんで葵はこちらの死角を頼むっす。紫式部はそのサポートと葵の死角をお願いするっす。そして最後部にはアタランテ。弓使いとして熟練度が高いっすから最後方からでも敵を撃てるし、何より後ろから誰かのサポートが動けるのが一番でかい。異論はないっすか?」

 

 そう言いながら手前の石、そしてその1つ奥、また1つ奥、と話しながら石に触れて説明をしていく。

 基本的に自分が前衛に行って固める狙いだ。一応一緒に行くことは了承したがそれでも1人で前衛を任せるのは荷が重すぎる。基本的にサーヴァントが前に出てマスターが補助をするという基本のスタイルとは真逆になってしまうとはいえ、エインヘリアルでは一人でも戦えるように訓練されている。中には下手なサーヴァントを使役するより自分で殴った方が強いなんてマスターすらいる程だ。サーヴァントという強力な手札をどう使うか。この場合はサポート役として背後を固めて貰った方がいい。

 

「私はない。この場合マスターは前衛にいた方が安心だ」

「私もありません。不安材料はありますがそれは何処に行っても同じ事。経験の多い貴方達に任せた方がいいでしょう」

 

 二騎のサーヴァントが頷いて作戦を了承する。特にアタランテは自分の前衛としての能力も知っているので下手に後衛に回って前衛の葵の負担を増やすぐらいならガン・カタで前に出た方がいいと考えるだろう。

 しかし葵は並べた小石をじっと眺めている。瞳がピクリとも動かない。風も吹かない為、同じくピクリとも動かない小石に目の焦点を合わせているものの、ずっとそれだけを見ているような気がする。やはり無理があったか

 実際にこうしてみると葵を前衛に行かせるのは流石に厳しい。そもそも、彼女達には人を殺す覚悟があるのだろうか。

 

「葵様?」

「葵、君に無理強いをする気は無い。...する気は無いっす。やっぱり辞める、というのならその通りにするっすよ」

 

 葵の隣に腰を下ろして彼女の方を向く。今回の一件、もしかしたら人を殺すことになるかもしれない。その場合気になるのは彼女の倫理観と人が殺せるかどうかだ。人を殺せないというのは元の崩壊前の世界なら当然だが崩壊後の世界になるとあって欲しくないものと言われるまで強い印象がついた。それはこの世に命のやり取りがどうしても発生するからだ。しかし無理に人を殺す必要は無い。そもそも人を殺せる方がおかしいのは変わらない。エインヘリアルでは翔太郎など適応が早すぎる人間が多いが普通の人はそこまで早くない。まだ崩壊から半年だ。人を殺せるのを普通というのは気が重すぎる。現場で殺せないと言うよりはここでちゃんと引き際を考えて欲しい。

 しかし葵は違うと言うように首を横に振る。

 

「あ、いや。そういうのじゃなくて、ここまでちゃんと考えたのって初めてだったから。やっぱり、傭兵の人ってちゃんとしてるんだなって」

「君達はそこまで?」

 

 彼女が言うのはあくまでその作戦について。というより作戦について何か文句を言うわけでもなく、感心するように言っていた。

 確かに彼女がこのような場に触れる回数はそこまで多くないはずなのでこれが真新しく感じることもあるだろう。そもそも彼女は戦う人では無いのだから当然だ。

 しかしその反応には素直に驚いた。

 彼女がそんなことに気にするほど、迷いがないのだ。人を殺す可能性を考えていないのか、と思ったがそうでは無い。作戦を気にするということは現実を見ているということ。何より彼女の目が妙に座っている。現実を楽観的には捉えている目ではない。つまり覚悟が完了している。

 ありえない、という訳では無い。人間同盟や葛城財団のようなカルト組織が多い今日では元一般人が戦闘をして一種の境界を越えてしまうケースも多い。彼女もそのうちの一人だ、ということは聞かなくてもわかる。それでも、彼女はとても自然だ。自然に、その覚悟を見せている。

 それが少し、悲しかった。

 マスター達は覚悟、つまり戦闘や人殺しの成績を誇っているものが多い。自分のサーヴァントは強いから自分も強いだとか、自分を上に見るようになっていく。それは当たり前のことだ。こんな世界でもサーヴァントという強力な兵器を手札に加えられれば結果的に崩壊してよかった、だなんて思うこともあるだろう。崩壊前のしがらみから外れるもの。法律や倫理観で縛られていたもの。そんなものが解き放たれた瞬間、やることは大抵の場合欲望のままに動き出す暴走だ。その場合、大抵の人間では太刀打ち出来ないので自分たちが()()に行く。エインヘリアルは元々研究機関とはいえ、数は少ないものの、強力な傭兵を揃えている。中には状況が合えばサーヴァントにすら勝てる人間もいる程だ。だから基本的にマスターやサーヴァントが暴走した場合エインヘリアルに依頼が来る。そして自分たちが暴走しているマスターとサーヴァントを殺す。エインヘリアルお抱えの傭兵としての自分たちの仕事は基本的にそれだ。なので暴走したマスター達は多く見てきたのだが彼女はそれがない。いや、言い換えるなら暴走を終えている。現実を見ている。

 誰かに力の限り征服された訳では無い。心に傷を負って現実を見たのだ。稀な例だが無い訳では無い。

 

「傭兵の人達について行ったことはあるけど。戦ってるから後ろで見てろとか、マトモに作戦を考えずにバカ正直に突っ込むとか。そんなのばかりで」

 

 傭兵達について行ったというのは恐らく現実を見た後の事だろう。どちらにしろそんな手をとるのは余程相手に詳しいか、自分に自信があるか。暴走しているマスターの可能性も高い。何せ傭兵なんて自分の戦力に自信が無いと取れない仕事だ。暴走とは言っても理性がなかったりする訳ではなく、自分の倫理観が壊れて法律やルールを無視した搾取や殺戮、征服等を起こす状態のことなので周りから見れば特別変に見られない場合もある。そのようなマスターとの絡みがあるのも不思議なことではない。彼女が覚悟を終えているのだから、それはそれでいいことなのだろう。

 何があったのか、なんてことは知らない。彼女自体が傷を負っているようには見えず、さっきまでの内容からして落ち着きがあるので勝手に予想をするなら近親者、もしくは友人関係の話だろうが、そこまで踏み込むほど自分は彼女と親しくなれていない。

 

「...あー、すまない。残念ながら今回はパワープレイではなんともならないっすから...何せ相手の戦力が()()()()()っすし、無駄な手とか危険は避けるべきっすよ」

 

 何より今回は一般人を抱えていくのだ、なんて不毛なことは言わない。良いことか悪いことか言いきれないが覚悟を終えた少女が手伝うと言ったのだ。やると言った以上やることはやる。彼女が覚悟を見せているのだからこちらも誠意で返すべきだ。

 今回の相手の戦力はまだ分からない。遠距離手段を持った剣、刀使い、もしくは薙刀使いが居る。そしてその人物はマスターでサーヴァントをどこかに隠している。何かしらの実験を行っており、その実験の結果幸か不幸か死んだ人間を死んだ直後の状態にすることに成功。魔術的に詳しい人物がいればこれだけの物証で正解が導けるのだろうが、自分はそうでは無い。魔術的な知識ではあくまで東洋の陰陽術の使い手である紫式部の知識は当てはまらないことを踏まえると自分たちは、何も分からない、しかし警戒されている状態で侵入しなければならない。

 簡単な仕事ではないが川本というマスターのことも気になる。幸か不幸かという話でいえば相手に自分たちの戦力的なパラメータを知られていないこともある。あの時、戦ったのは自分だけ。勿論、その時は伏せておいた切り札がいくつかある。これで侵入者の戦力を見誤って慢心してくれれば漬け込む隙はある。

 

「そうだね...それじゃ、早く行こう」

 

 そう考えているうちに葵が立ち上がる。紫式部もそれに習って、彼女の後ろにつく。急いでいるのはわかるが、何やらその二人に違和感を感じているように思える。

 二人の感じている違和感にも気にはなるがプライベートな可能性が高いので踏み込むことは出来ない。

 

「...ああ。臨時のパーティだが、悪くないと思うっすよ。それじゃ、とりあえず葵にこれをあげるっす」

 

 懐からひとつのピアスを取り出す。真珠のような何かが着いた非常にシンプルな形状をしたもので目立ちにくい方であるとは思うがやはり機能性を求めたせいか、目立つものは目立つ。

 

「これは?」

「予備の魔術礼装っすよ。自分、銃器とか使うんで音が酷いじゃないっすか。そいつは目の前で発砲されても鼓膜にダメージを与えないようにセーブする魔術礼装っすよ。ほら、ピアスみたいに」

 

 ゲーム等で銃器をほぼ完璧に再現しているものがあるがそれでも音までは再現出来ないだろう。普通、自分が撃つ場合も何らかの手段を用いなければ音は響いて鼓膜は破れる。魔術師達はその音を防ぐような魔術を使ったりすることも出来るが紫式部は年代的にその音に詳しいとは思えない。勿論サーヴァントである紫式部自身は無事だが、葵は無事ではないだろう。最悪の場合一生聴覚障害を抱えることになる。

 このピアスはそれを防ぐ効果がある。詳しい話はよく分からないが音を閉じ込めて脳に情報として流すことでうるさいが耳は無事、というものらしい。そのため聞こえにくくなる、などの弊害は無い。

 勿論銃器自体を魔術的な加工で音を無くす、サイレンサー(サプレッサー)のような働きをさせることも出来るが現地で銃器を調達する場合もある上に、そもそもサプレッサーを使っても自動車の走る音程の音は鳴るのでこうして耳の方を塞いだ方が簡単なのだ。

 

 

「えーっと、紫式部、頼まれても?」

 

 とはいえ流石に男の自分が女の葵の至近距離に近づいてピアスをつけるだなんて事案にしか思えないので近くにいる紫式部に手渡しする。

 その瞬間、パチッと音ともに軽い衝撃を感じた。冬場の静電気のようだが、それとは違う。何かが通ったのではなく、なにかに弾かれた。

 それと共に彼女たちの感じていた違和感の正体に気がついた。最初は封じていると思っていた。しかしそれは違う。封じられていたのだ。

 

「ええ。勿論...祐介さま...?」

 

 紫式部がこちらの顔を覗き込む。どうやら自分は冷や汗を書いているようだが、それに全く気がついていなかった。

 封じられた理由は何となくわかる。しかしどうやって封じたかは全く分からない。本人ならともかく、他人にそれを封じることは簡単ではない。気付かれずに、となれば相当難易度が高い。

 逃げる相手にわざわざこんなことをする理由はない。これは、罠だ。これに怒ったこちらが攻め込みに行くための口実を作るためのもの。そして、こちらを不利にさせるためのもの。カルト集団は勿論、マスター達すらここまでしっかりとした地盤で来ることはほとんどない。

 やはり相手はただのカルト集団では無い。サーヴァントを殺せるだけの実力を持った何かだ。

 出来るだけ表情を変えずに紫式部の手のひらにピアスを置いて紫式部が葵にビアスをつけている間に、後ろで突っ立っているアタランテに声をかける。

 

「アタランテ」

「どうした?」

 

 アタランテはこの状況に気付いているのか、それは分からないが恐らく自分の反応からただならぬ気配は察してくれているだろう。何しろ彼女は狩人だ。自分や葵、紫式部より鼻が利く。

 ならば出す指示は短くていい。相手に監視されている可能性もあるからだ。ここまでしっかりとした地盤を敷いているのなら監視カメラを隠すことも可能。対象を監視する魔術もあるとエインヘリアルでは言っていたので、それの可能性もある。だからこそ、短く的確に。

 

「毛皮を出しておけ」

「...分かった」

 

 アタランテもこちらの狙いに気付いた。少しだけ驚くような表情をした後、少し考え込んで頷く。これで情報は十分だ。紫式部の言うように不安材料は多い。攻める側として、罠や相手の作戦を考えながら進まなくてはならない。相手はそれを読んで増援の対策をしている可能性もある。難易度は高いかもしれないが戦力としては今が1番だろう。それを確認して廃工場の方へ黙って歩き出した。




っす口調が抜けると基本的にイケメンな真木。お前その口調やめた方がモテるぞ。
何はともあれ葵より経験がある真木は書いてて楽しい。変なパワープレイせずにすみますからね!


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帰還の為の免罪符─5

 潜入作戦とは間違っても素人がやるものでは無い。もちろん、図書館を経営しているマスターとサーヴァントやミリオタの振りをしている傭兵を名乗る戦闘員とそのサーヴァントも含まれる。

 

 足音は勿論、衣服を擦る音すら耳のいいものには聞こえる。その為サーヴァントは霊体化させて、マスター二人は音のでにくい、手と足を同時に出す歩き方で建物内を歩く。会話は念話とハンドサインのみ。特殊部隊のソレを想像するかもしれないが実際のそれとは天と地ほどの差がある。

 一応自分はバックワームの効果で熱源センサーや電磁センサーを誤魔化せるが葵はそうはいかない。

 

「(さっきも思ったんですけどかなり錆び付いていますね)」

 

 葵が念話でそこにいる全員に語りかける。

 念話は本来サーヴァントとマスターが契約のつながりとして持つだけのもの。マスター同士が話す時には使えない。はずなのだが、どうやらそういう技術があるらしい。エインヘリアルの技術部は本当に変態揃いだ。

 出来れば川本という名前の傭兵を見つけるために声を出したいところだが敵が多い現状、こちらの位置がバレるようなマネはしたくない。

 そんなことはさておき、葵の言う通りこの工場はいくらなんでも錆や汚れなどボロボロにも程がある。勿論世界が崩壊した影響で化け物共に蹂躙された可能性もあるがそれにしても今にも崩れそうな程にボロボロだ。そしてそれがギリギリで立っている。普通ならこんなところを根城にしようなど化け物達でも考えない。こんなところで戦闘なんてすればすぐ腐った柱に攻撃が当たって建物が崩れる。

 

「(ああ。歴史は浅く、崩壊したその日まで稼働していたと聞くっすけど..これではまるで本当に放置されてきたようっす。恐らく雨漏りが原因と思われるんすけど)」

 

 崩壊したその日までここでは社員がせっせと働いていたのだろう。たった一瞬で、そんな日常が無くなるとも知らずに。

 工場は化け物に襲われたのか何に使っていたのかすら分からない機械は倒れて漏れたオイルに血が混じっているものが長い時間により乾いている。下手に触ってもいいことは無いのでその機械を迂回するように歩く。

 

 

「(床が落ちないように気をつけろよ)」

 

 アタランテが霊体化しながらも言う。霊体化したサーヴァントは基本的に何かに干渉することは出来ないので音を鳴らしたり、何かを壊したりすることもない。その為、基本的に周囲の警戒と足場の確認をするにはもってこいだ。何より1番後ろにいるアタランテは目も鼻もいいので陥没しそうな穴などは即座に見つけられる。

 電気の明かりが無い暗がりを歩いていく。できるだけ音を消しているので水が水たまりに落ちる音すら聞こえる。匂いもほとんどない。

 その中で一際強い匂いを感じた。鼻の中を突き刺すような攻撃的な匂い。鉄の匂いに近いがそれは。──血だ。

 

「(了解...っと、アタランテ)」

「(ああ、血の匂いだ。距離からしてさっきの子じゃないな。確認するか?)」

 

 アタランテに確認を取ると予想通りの返答が帰ってきた。一応最初に潜入した時に子供の死体を見つけたがアタランテ曰く、それとは違うらしい。

 もしその死体が先程の子供と同じようか状態なら何らかの儀式の可能性も有り得る。自分はそこまで詳しい訳では無いが、死体をいくつか置くことで触媒とする...なんて儀式があるかもしれない。自分とアタランテは詳しくないが専門家などが見れば分かるかもしれない。

 その為東洋の魔術とも言える陰陽術に詳しい紫式部について来て欲しいがそこにあるのは死体の確率が高い。マスターである葵から離す訳にも行かないし、だからと言って葵も一緒について行く訳にはいかないだろう。

 

「(勿論。葵は...大丈夫っすか?)」

「(大丈夫)」

 

 しかし葵は肝の座った瞳でこちらを見ている。死体に見慣れている、とでも言いたいのだろうか。

 確かに彼女は覚悟が出来ている人間である以上、死体を見たこともあるかもしれない。原型が保っていない酷いものから死んでいるとは思えないほど綺麗な死体まで。だから大丈夫だと言うのは嘘ではないだろう。

 その時、胸の中に何かがグサリ、と音を立てて突き刺さるような感じがした。驚いて胸の位置を触るがしかし実際は何も突き刺さっていない。魔術による攻撃か、とも思ったがそれは違う。

 

「(祐介...?)」

「(無理しなくていいっすよ。かなりグロいっすから。様子だけ見てくるんで周囲の警戒だけお願いするっす)」

「待てっ、マスター!」

 

 不思議に見ている葵を置いてその場を走る。最初は何かが自分を尾を引くように重かった足が少し踏み出せば軽くなった。

 何故、こんな選択肢を取ったのかは分からない。普通に考えれば置いていった方が問題だろう。どうせ死体だ。出来ることなんて何も無い。ならば放っておくのが正しい。むしろここで離させること自体が敵の狙いという可能性もある。それでも、なにか理由のない感情だけで、自分の足は快調に動きだした。

 

 

 

◇◇◇

 

 真木(マスター)が走り出す。決して追いつけない背中ではない。自分も走れば一秒とかからず抑えられる。しかし、彼の走る理由が分かっているからか、自分はその一歩を踏み込むことすら出来なかった。

 彼の背中が遠ざかっていく。どうせ二、三分で戻ってくるだろうが、まるでこれが永遠の別れのように見えた。

 彼の独断行動のせいで潜入作戦も全て水の泡、とまではいかないが崩壊した。まだ敵兵は見えないため見つかっているかどうかは不明だが、見つかりやすくなったことには変わりない。マスターなら、並大抵の相手でやられるようなことは無い。そのため、守ることを考えて動けばこちらもそこまで危険ではない。

 

「悪いな。マスターを、怒らないでやって欲しい」

 

 もう念話を使う必要性が無くなった為実体化して姿を現す。それに習うように紫式部も実体化する。今回の場合下手に霊体化して数を隠すより実体化して葵を守ることに集中した方がいい。

 

「怒るって言うか...ちょっと驚きはしたけど」

 

 確かに知らない人目線で考えてみればちゃんと作戦考えて会議までして行ったのに始まってすぐにそれを放棄する、だなんてまるで料理を作っても食わずに捨てるようなものだ。意味不明、と判断されても仕方ないしそう思うのは当然のことだ。

 

「まぁ、マスターはああいうところがあるからな。...マスターは負い目があるんだよ。『この世界に化け物がいるのは俺たちのせいだ』と、よく言ってた」

 

 遠い日を見つめるように目を細める。仕方ない、と言えばその通りだ。あの場に今の真木がいても何も変わらなかっただろう。そもそも真木がどれだけ強かろうとあの戦いに参加していなかった以上本来なら真木が悔やむことではない。しかしそんな理論は真木にとっては関係ない。

 真木にとっては救える方法がありながらもそこで失敗した、というのは強い罪悪感を感じさせる。

 感じる必要のない感情で苦しめられるのは同じだ、と人類最強(とあるマスター)に言われたことを思い出す。感じる必要のない、と言うのは反論したが、確かに苦しめられているのは変わらない。簡単に言えば考えすぎなのだ。

 

 

「え?それってどういう...?」

「何、昔の話だ。マスターが来るまで少し昔話でもするか」

 

 驚く葵と紫式部の顔を見て少し気付く。そういえば真木には同年代の友人の大半が殺されているという過去がある。そんな彼にとって、彼女達は良い友人になれる関係だろう。となれば彼女達が彼のことを知っておくのは悪くは無いはずだ。周りに敵がいないかを確認して近くの機械に腰を下ろす。それに習って近くのものに葵と紫式部も腰を下ろす。

 

「私もマスターも実際に見た訳では無いのだがな。この世界がこうなってから3ヶ月後の事だ」

 

 彼女達も知っておいて損は無い話ではあるがこれは彼女たちに対してあまりいい印象を与えないだろう。最悪の場合、ここで全てを投げ出す、なんて可能性もある。だから出来るだけ言葉を選ぶ必要がある。

 

「この世界の元凶と交渉、もしくは撃退して世界を救おうとした男がいた。深澤浩二という男で彼は...そう。とある魔術師の、弟子だった。いや、弟子と言うより協力者というのが正しいか」

 

 深澤浩二。エインヘリアルの前身となる組織を作った、つまりこの日本にいる優れたマスター達をすぐさま手中に収めて、世界を救おうとした一人の男。未だにこの世界で人が化け物に対して対抗策を出せるのは彼の功績と言っても過言ではない。

 功績を挙げればキリがないとすら言われる物腰柔らかな人物だったらしい。人類最強の兄貴分にして真木や他の人間を絶望からすくい上げ、戦う足を作った。

 ただ一つ、彼に難点があるとすれば、その魔術を教えた協力者が彼とは真逆、世界の敵とすら言われる人物であるということだけ。

 

「魔術師?この世界がこうなった直後に?」

 

 葵が出したのは純粋な疑問だ。

 世界が崩壊し、化け物(災害)サーヴァント(災害を振り払うもの)が同時に世界に降り立った瞬間、世界が切り替わったことにより、多くの人間に魔術回路がつけられるようになり、マスターの権利、学習能力のせいで低レベルなものとはいえ、魔術が使えるようになった。

 逆に言えばこの世界が崩壊するまで、魔術は理論として成り立っていなかった。ただのオカルトのひとつとしてあっただけ。それを使えたなんてそれこそ本当に気の狂ったカルト集団だと思うだろう。しかしそんなことをわざわざ口に出して言うとも思っていない。

 

「いや、どうやらマスターはこの世界がこうなる前からその男は魔術が使えていたと言っていた。少し信じるのは厳しいかもしれんが、それでもしないと話が釣り合わない」

 

 そして現実は非情だ。この場合の魔術師は世界が崩壊する以前から他の魔術師と同じように、否。それとは文字通り次元の違う魔術を使っていた。

 その事実から恐らくその魔術師の名前に気づいたのだろう。紫式部の顔色が一気に白く、青くなる。

 

「...まさか」

 

 大きく開かれた瞳がこちらをじっと見ている。その瞳は思い違いであってくれ、と言っているようにも見える。しかし残念ながら彼女の思う人物と正解の人物は同一人物だ。

 

「香子?」

 

 対して、その男の存在を知らない、紫式部から聞いていないのだろう。葵は様子の変わった紫式部を見てこちらと見比べるように首を動かす。

 紫式部がマスターに伝えないのは別に不思議なことではない。彼女なりに余計なお世話情報を与えるべきではないと思ったのもあるだろう。それに何より、下手に首を突っ込むとこの世界の元凶に殺される危険がある。守ろうとするなら下手に言うべきではない。

 

「...いえ、問題ありません」

「紫式部がこうなるのも無理はない。その男は」

 

 心配するマスターを落ち着かせるように紫式部がゆっくりとした口調で言う。予想通りの反応だ。自分も記録という形で見た時は彼女と同じような顔をした。

 一度軽く息を吐いて体を落ち着かせる。葵も察しがいいのか落ち着いてこちらを見ている。

 思い出すのはこの世界に召喚された時に植え付けられた記録。現世に召喚されても不自由がないように聖杯などから与えられる基本的な知識。その中にそれはあった。

 

 ある者は言った。

─彼は人の愛を拒むもの。神の愛を拒むもの。拒み、違反し、蹂躙していく。真実の愛も、偽りの愛も全て変わらず尊いものから踏み潰していく。

─貴女の愛はとても素晴らしい。とても尊いものだ。だからこそ殺さなければならない。ソレは世界に不要なもの。この世界全ての悪性。

─その名を聞くだけで貴女は殺意と共に闘志が湧き上がるでしょう。それは正しいこと。ソレが世界に存在することを許してはならない。子孫の一人も残さず刈り取るべき。いいや、殺さなくてはならない。塵芥も残すな。

 

 気持ち悪くなるほどの意味のわからない憎悪と怒りの感情。愛を知り、守ろうと考えれば考えるほど得られる力と出会ったことの無い人間に対する殺意。

 それは最早自分という存在を削り取られるようにも感じる。そんな恐怖を感じさせる男。それこそが深澤浩二の協力者であり師である男。

 その名は─

 

「天王寺達也だからな」

 




天王寺達也
主人公天王寺零の父親。ある意味神様よりやばい

とはいえ今回の真木のミスはデカすぎますよね─まぁ甘ちゃんですから。しょうがないーー訳ねぇだろ!



次からはちょっと回想なんじゃ。スマンの


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帰還の為の免罪符─6

───これは、何があっても、許されていいことでは無い。


 最悪だとか、地獄という言葉をよく耳にする。自分に運がない、状況が悪い時によく言われる言葉だ。とは言っても言っている本人たちがそれを味わった訳では無いので地獄だと思った場所や場合で地獄だと口々に言う。

 しかし今の状況に比べてみれば大したことない、という感想を抱いてしまう。

 

 

 ある日、空が割れた。まるでガラスのようにヒビがはいったそれは割れる。割れた空の代わりに出てきたのはオーロラの光のような何かだった。勿論、寒い地域でもないこの日本でオーロラなんて写真や映像でしか見ない。それに戸惑っていると世界は、化け物に覆われた。B級ホラーのようなゾンビに人間の倍の巨体を持つ鬼や犬を食い散らかす狼。自動車サイズのトカゲのような生き物。それらは余すことなく人類や他の生物たちを蹂躙して行った。

 それに対応する術など持ち合わせているわけが無い。

 殺された。

 殺された。

 壊されて、殺された。

 湧き上がる悲鳴。まるでアニメのように吹き出す血飛沫。あちこち崩れた建物と非現実的な怪物、そしてそれらに殺された人の死体で埋め尽くされている。

 

 有り得ない。

 これは夢だ。

 そう思って、必死に耳を両手で塞いでうずくまる。

 悲鳴なんて聞こえない。血なんて見えない。化け物の獣臭なんてしない。口の中を切ってなんかいない。

 何度も頭の中でそう言ってそんなことは無いと現実に教えられる。

 その時に思った。この世界は、地獄だ。

 人の罪だかなんだか知らないがそこにいつもいる人が当たり前のように殺されている。玩具のように扱われて砕けた死体もある。こんなの地獄以外のなんだと言うんだ。

 そう思って、うずくまる。逃げられるわけがないと諦めたのもあるだろう。数もそれぞれの戦力も、圧倒的な差で勝てるわけが無い。そう思って、うずくまっていた。

 今思えば、その時に逃げていればこれ以上の地獄を味合わなくて済んだのだ。過去に戻れるのならこの自分を殴ってでも逃げさせる。しかし過去に戻る手段などあるはずもなく、自分はその場で止まっていた。どうせここにいてもいつか化け物に見つかって殺されるということも予想済みだ。どうせそうなるのだろうと分かっていながら、自分は隠れて、うずくまっていた。

 そうしていると急に悲鳴が止んだ。代わりに聞こえるのは何かが倒れる音。もう周りには自分しかいないんだと思い、その場で丸まる。みんな殺された、家族も、友人も。みんな殺された。もうおしまいだ。そんな風に思って何も言わずにその場で固まる。

 本当はこの瞬間に本物の地獄への片道切符が切られていたのだが。そんなことにも気づかずにただ一人で隠れる。

 そして、遂にその地獄を見ることになる。

 

 

 

 恐怖でうずくまっているうちに眠らされたのか目が覚めるとそこはどこかの学校の体育館のような場所だった。多くの人が手錠をつけられている。その手錠は鎖と繋がっており、その鎖は壁に固定されている。

 中には目隠しをされている人までいる。

 

「ここ、は...」

 

 何がなんなのか訳が分からなかったので不意に口から言葉が出る。学校の理科室のような異様な臭いと手と足に感じる冷たい鉄の感触。その時初めて、自分が手枷と足枷をされていることに気付く。

 

「な、なんだよこれっ...おえっ、気持ち悪...」

 

 目覚めることはなくもう死ぬ、と思っていたのに生きている上に救助された、という訳でもなく捕まっているという現実が信じられなくてその場で動こうとする。

 とその瞬間、視界が一気に曇った。まるで磨りガラス越しにみた景色のように曇っていく。目に何かが刺さったような痛みと腹の中をかき乱されたような違和感に襲われてその場に倒れる。手足にも痺れが感じられる。

 

 ストレスか何か...だとは思えない。恐らくあそこに何かしらのウイルスでも撒かれてその後に保護されたのだろう。だからこうやって動けなくなっているのだ。そう思ってその場でゆっくりと呼吸をして身体を落ち着かせながら横になる。

 手枷足枷はつけられているものの、その場に寝ることぐらいは出来る。どうなるかは分からないが保護されたのだから大丈夫だ。そう思って横になる。というより、その時は、そう信じるしか無かった。そうだとしてもおかしいことなどその時からわかっていた。しかし、そう信じなくてはおかしくなってしまう。

 だから寝ている間にも聞こえる悲鳴は、無視した。何も考えず、何も思わず。心を透明にして全てを見捨てた。

 その時にはその悲鳴が怪物に襲われているものだけではないなんて、何一つ考えることも無く、ただ自分は安全だと言い聞かせて瞳を閉じる。しかし眠れない。眠れるわけが無い。聞こえないと心の中で念じて、何も考えないようにしても聞こえるものは聞こえるのだから。それを黙って耐える。なんの根拠もない安全に全てを預けてうずくまる。

 

 いつまでそうしていただろう。1時間程度だった気もするし、一日以上だった気もする。

 ジャラ、と悲鳴とは違う音が聞こえた。誰かが動いて鎖が動いた音、というのはわかったがその音が少し近すぎるように感じた。

 何も考えずに目を開く。

 そこは先程までと何も変わらない体育館のような建物の中。違うことと言えば先程まで自分と同じように縛り付けられていた人達がいなくなっている。代わりにその場所には赤黒い血溜まりがある。そして、何故か視点がとても高い。寝転んでいたはずなのに、と思った瞬間、足で立っていたことに気づく。そして、自分の手枷と足枷がいつの間にか粉々に砕けていた。

 

「...え?」

 

 手枷と足枷の代わりなのか手足は血のプールに突っ込んだように真っ赤になっており、それが乾燥している。しかしその時の自分はそんなことに全く気が付かなった。それよりも印象的なものがついていたのだ。

 

「なんだよ...これ」

 

 自分の腕は丸太のように太く、血管が浮きでている。爪はまるで猫の爪のように長く引っかかる、鋭い爪になっている。足も同様、長く鋭い爪がついており、足には黒と紫の毛がまるで毛皮のように生えている。

 そして口を開いた瞬間何かを口にしていたことに気付く。口の中に何かが入っているのだ。何か動物の肉。妙な臭いに筋が強い、美味いとはとても言えない。

 

「おえっ...えっ...え」

 

 急に気持ち悪くなり、その場でその肉を吐き出す。それと共に吐き出される血。口の中で切った、という訳では無い。その時に理解した。この肉は牛でも鳥でも豚でもない。羊や馬のようなジビエでもない。人だ。人の肉だ。そして、自分は寝転んでいる間にここにいた人たちを全員、殺して食べたのだ。

 

「うあ...あああっ...おえええっ...なんだよ...なんなんだよ!これ!」

 

 意味がわからない。ずっと眠っていたフリだったので目はつぶっていたが記憶はある。その間、誰かを殺して食べることはおろか、立ち上がることすらしていない。

 

「おえっ、おえぇぇええ」

 

 吐き出す。自分が食べた肉を全て吐き出す。これはダメだ。これは口の中に入れてはいけないものだ。

 

 しかし口の中から出てきたもの以外は胃液のような液体しか出てこなかった。口の中に入っていただけしか無かった、なんてことは無い。もう消化したのか。人を殺して食べた。まるで怪物のように。

 自分が怪物になっている。そう理解するまでに時間はかからなかった。人の言葉なんて聞こえない、ただ人を食べ物のように見下げて食らいつく。そんな化け物に自分はなっている。恐らくここにいた人たちも同じように怯えていたのだろう。そしてそれを、自分は見ようともせずに殺した。鏡を見たくない。そんなものを見せられたら今の自分の姿に絶望して自分で命を絶ってしまうだろう。

 

「おえっ...気持ち悪...もう嫌だ...」

 

 何も出てこない。もう自分は化け物なんだ。言い訳なんて出来ない。それより先に自分の体が化け物だと語っている。

 

「実験成功だ!やったぞ!」

 

 後ろから急に大きな声が聞こえたかと思ったらそこには1人の男がいた。少し小太りで薄い髪を持った40代か50代程の男性だ。彼はとても楽しそうにこちらを見ている。顔はとても笑っている。生き残りを見つけた、なんて意味じゃないことは理解していた。

 

「くっ!来るな!来ないでくれ!」

 

 しかし今の自分は化け物だ。彼が近づけば彼を殺してしまうかもしれない。そんな脅えから建物の隅の方まで逃げる。

 だと言うのに男はとても楽しそうにゆっくりと歩いてくる。

 

「あは、あははは!!面白い!安心しろ!お前をそうしたのは俺だ。怯えるのではなく忠誠を誓え!」

 

 男の言葉は自分を嘲笑うものだった。だがその意味を理解するには少し時間が必要だった。何せ展開が急すぎてついていけなかった。予想外のことが続きすぎて遂に痛みを伴う夢というものが出てきたのかとする思えた。

 

「は?」

「化け物として使ってやる。喜べ屑犬」

 

 まるで自分のことをモノ扱いするように言ってきた。いやまるで、じゃない。本当にその後自分はモノ扱いされるのだが。兎に角その時はその男の事が理解出来ずにポカンとしていた。

 

「いや待て、何を一体...何を言って」

 

 状況に追い付けず何があったのかを考える。恐怖もあったがこの男が何かを知っているかもしれないと希望を少し持っていたと言っても過言ではない。しかしこれが夢だったらどれほど良かったことなのか。

 立ち上がってその男に説明を求めようとしたその時だった。

 

「うへぇ、気持ち悪ぃ!牛若丸!」

「はいっ!主殿!」

 

 男が気持ち悪がるようにあっち行けというように手を振りながら牛若丸、と誰かを呼んだ。

 牛若丸。日本では知らない人はいないとすら言わせる源義経の幼名。弁慶との話は子供から老人まで、誰でも知っている。そんな名前を叫んだ。

 理由が分からない、と思ったその時だった。

 

 世界が回った。同時に感じる全身の痛み。体の節々の感覚が抜けて体のバランスが保てなくなる。

 脚と腹を切られたと気付く頃には顔が地面に伏した事で世界が暗くなっていた。

 その時にやっと理解を拒んでいたはずの脳が理解した。自分はこいつに捕まってこれからなんらかの手段で化け物にされて道具にされていると。

 

「えっ...い、ったァ!何、をっ...!?」

「うるせぇ!つべこべ言わせんじゃねぇ!テメェらずっと俺たちのことを見下しやがって!オメェらは奴隷!奴隷なんだよクズが!さっさと外の化け物と化け物同士仲良く殺し合いしていろ!」

 

 それでも自分が生きていることに腹が立ったのか先程までの余裕が消え、口調が荒くなっている。オマケに蹴りまで入れられて身体が起こされる。

 化け物になったおかげか身体中を切られても生きている。その事実が嫌という程今の自分を理解させられる。あの後数えてわかったことだが、手足が切られても切られた場所にもよるが十分程度で修復が完了した。

 

 そう。自分は化け物で奴隷。

 そんな生活をしばらく続けることになった。自分の仕事は主に、化け物の相手。本来化け物の相手を務めるサーヴァントは自分を奴隷扱いする男と盛んに何かをやっている。またなにかの人体実験か、もしくはサカってるだけか。どちらにしろサーヴァントが前線に出られない以上化け物の相手は化け物がするしかない。たった一日で揃えられた50体以上の元人間の化け物で化け物との殺し合いをすることになった。負ければそのまま死に、勝っても化け物と罵られ、ストレス発散の為に斬られて。マスターも、サーヴァントもまるで自分が国の王になったかのように好き勝手やっている。

 数を減らしたら生存者を引っ張り出して奴隷に。中には死者の体をツギハギしてそのあと化け物にもした。

 倫理も、ルールも無くなったこんな世界で彼を咎められる者はいない。一人、そんな彼に突っかかった子供がいたが目の前で両親の殺し合いを見せられた後心が死んだように何も言わなくなった。

 家畜、奴隷。自分たちの扱いなどそんなものだ。自由なんてクソ喰らえと言わんばかりに奪われて、強者にとって都合のいいルールが新たに敷かれる。当然だ。いつだって強い人間が弱い人間を支配する。金、欲望。そんなものを集めるために弱い人間は使い捨てにされる。

 

 そしていつの間にか、自分は考えることをやめた。

 

 

 

 

 

 



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帰還の為の免罪符─7

───子供から親を奪う行為はあらゆる外道行為を笑いものにする


「もう止めて...お父さん、お母さん!2人とも嫌がってるから...もう止めて!」

 

 子供の泣く声が聞こえる。その子供は走って駆け寄ろうとするがその隣にいるサーヴァントに押えられて身動きができない。目を閉じても開かれて見せられる。顔はビクとも動かず、涙と抵抗の結果でてきた血が混ざって滴り落ちている。その子供の視線の先には二人の男女だった化け物がお互いに泣きながら喰いあっている。その2体の化け物は元々この子供の両親。身体の自由が上手く効かず、操られた状態で愛し合ったお互いの肉を喰らっているのだ。

 片方の化け物のが牙を剥く。その牙がもう片方の腹に刺さり、もう片方が悲鳴を上げながら噛んできた相手の首筋に噛み付く。皮膚が、肉が引き裂かれて、お互いに声にならない悲鳴をあげる。しかしその肉は再生していき、再び食らいつく。少々過激すぎる血飛沫が上がり、牙が落ちてまた生えてくる。口の中に入らなかった肉がその辺に固められて中には酷い色をした臓器も含まれている。

 とても子供が見ていいものでは無い。それを10歳程度の子供は『嫌だ』『止めて』『ごめんなさい』と何回言っても繰り返させられる。

 

 この子供が何をしたかといえば何もしていない。身体を化け物に変えられて、奴隷のように扱われたことに嫌がって逃げようとした。そして両親もそれを助けようとした。ただそれだけ。

 その結果がこれだ。両親は身体を操られた状態で殺されあって子供にそれを見せつけられている。

 元々子供が化け物になった時、誰よりも適性があった、というのもあるだろう。しかしこれを引き起こした張本人からすればそれより、自分の支配から逃げようとした、自分を出し抜こうとしたことに苛立っている、なんてことは誰でもわかる。

 

 よくある事だ。こんな世界でサーヴァントを召喚できなかった者たちの末路は決まっている。サーヴァントを召喚した者に支配されるか、カルト集団に入って気狂いと後ろ指ささされて殺されるか、それともその両方から逃げながらひっそりと生き残るか。

 自分たちはサーヴァントを召喚して運がいいのかその時は謎の器としか理解出来なかったが、聖杯まで手に入れた男の玩具として扱われていた。

 

 そんな地獄を見て助けに行こうとした化け物がうごいた瞬間、サーヴァントに殺される。四肢をもぎ取られ、頭だけがかろうじて残っている状態にされて再生しては切ってを繰り返し、最終的には魔力リソースにされる。

 サーヴァントは力だ。自分が化け物になって人の四肢を食いちぎることができるようになろうとサーヴァントからすれば赤子も同然。片手間で処理される。30人以上がまとめて戦いを挑んだが、それでもそのサーヴァントの相手にもならなかった。

 

 永遠のように思えた殺し合いも集結して片方の化け物が再生しなくなり、地面に倒れる。二体の化け物はもうどちらがどちらかなんて分からないほど人の形を保っていなかったが、少年の口が動いているところを見ると少年には見分けがついたらしい。

 そうして倒れた化け物が塵になると後ろで拍手の音が聞こえた。自分たちを奴隷にしたマスターだ片手には後に聖杯だと分かる黄金の器を持っている。

 これは見せしめだ。自分に従わなければどうなるかというのを見せつけることで従わせている。

 

「やー、つまらなかったつまらなかった。餓鬼は騒ぐし、噛んで引っ掻いての繰り返し。もっと見応えのある勝負がないとつまらねぇな...よし、そこの餓鬼。牛若丸と殺しあえ。もし勝ったらそこの死体持って逃げてもいいぞ」

 

 二人の夫婦の殺し合いをつまらないの一言で言い捨てたその男は押さえられている少年を見て頬を緩ませる。近くにいた一人のサーヴァントの頭を優しくポンポンと叩いて「殺しあえ」、と言った。

 両親を失ったばかりの少年にかける言葉ではない、が彼からすれば少年は自分を裏切った奴隷なのでこの程度のことで心は痛まないのだろう。

 

「ほん、と?」

 

 しかしその言葉が少年には希望に見えたのだろう。大人の嘘すら理解できない子どもだ。その言葉でやる気を出すのは当然なのかもしれない。いや、もしこれが嘘だとわかっていたとしてもこれを受けるしかない。この戦いでサーヴァントを倒せればもしかしたら逃げられるかもしれない。そう思っていてもおかしくはない。とはいえ、戦ったところで勝負にはならないだろう。確かに少年の適性は高いがサーヴァントと勝負できるほど強くはない。サーヴァントという存在がどれほど強いかということは嫌という程わかった。まるで悪魔だ。もしくは地獄の番人。人間がどれほど手を伸ばしても届かない高みから登ろうとするにんげんの手足を切り落としてくる存在。

 

「ああ。ほんとだホント。俺はウソをつかねぇよ。こんなくだらないことで」

 

 嘘だ。そもそも勝たせる気なんて微塵もない。真正面から挑んでも切り捨てられる。百歩譲って奇跡が起こって勝てたとしてもその近くに屯っている同じサーヴァントに切り捨てられるだけだ。

 ただのサンドバッグにされて《面白い戦い》とやらを見せつけられるだけだ。

 

「や、る」

 

 先程まで泣いていたからだろう。枯れた声で少年は意志を表した。

 

「よぅしきた!牛若丸。遊んでやれ、殺さず生かさず。終わったら1番頑張ったやつに褒美をやろう」

「ありがとうございます!主殿!」

 

 男が指を鳴らして牛若丸を呼んだ瞬間、少年は空中に打ち上げられた。腹を斬られたのだそして10mほど上がった瞬間にその場で待っていたサーヴァントに叩き落とされる。

 たった二回。それだけの攻撃で少年はボロボロだった。両脚が切り捨てられ、腹から血の他に何かが漏れている。

 

「ぐっ、あああああっ!」

 

 しかし少年は斬られた足から黒紫色の禍々しい腕のようなものを生やして立ち上がる。腹からも生えてきたそれはサーヴァントに触れるがその瞬間にその腕が斬られ、反撃と言わんばかりに投げられた瓦礫が突き刺さる。

 

「触れるな!下郎が!」

 

 サーヴァントは少年を下郎と言い捨てて、苦しむ少年に追撃をする。

 一撃。少年の右腕が飛び、少年が後ろに飛び退く。その間に斬られた腹が修復されて、傷跡が消えている。両脚は先程までの腕のような形から変わり、鳥の脚をそのまま太くしたような形状に変化する。

 切り捨てられた右腕のあった場所からはまた禍々しい色をした幾つのも扇が重なったような歪な腕のようなものが出てきている。大きさは少年の体長を大きく超えている。

 その様子を見てサーヴァントの方の頬が上がる。親を殺された怒りからだろうか。いくらなんでも再生が早すぎる。それに形状がここまで人間離れしていると言うことはなんの化け物にされたのかは分からないがそちらに身体が定着してきている。

 

「潰れ、ろっ!」

 

 少年がそう声をあげた瞬間、サーヴァントのいた場所にそれが振り下ろされていた。鳥のような脚で跳躍して大きな腕を勢いよく叩きつけたのだ。衝撃だけで何体か化け物が壁に叩きつけられる。しかし少年は歯を食いしばりながら横に薙ぎ払う。

 と、勢いよくなぎ払われたはずの腕が空中でピタリと止まった。まるで動画を止めたかのようにピタリと動かなくなった腕の先端には刀を構えたサーヴァントが少年の腕を受けきっていた。

 

「この程度か」

「そっち、が、な」

 

 しかし少年はそれを理解していたとでも言うように右脚を前に突き出す。その瞬間、引っ張られたかのように右足が伸びてサーヴァントを迎撃する。

 爆弾が爆発するような音と共に脚が地面にあたり、巨大な土埃が出ると共に地面に小さなクレーターができる。対象のサーヴァントは弾き出されたものの、傷一つなく近くの足場に立つ。しかしその顔からは、先程までの余裕が消えていた。

 少年が両足と右腕を普通の人間のような上体に戻してサーヴァントの10mほど前方に着地する。

 

 先程までの予想とは違い、まさかの互角。自分たちが束になっても相手にならなかったサーヴァントに一人で立ち向かうその少年はまさに英雄に見えた。

 

「主殿が奴隷として扱うだけはありますね。主殿もさぞ喜ばれているでしょう」

「うる、さい。みんなを、返せ」

 

 まるで煽るように少年に語り掛けるサーヴァント。それは少年の力量をある程度は認めたとの同時に、それを道具として使えるという評価に少年を嵌めていた証明となった。その言葉に頷くように男がニヤリと笑いながらその戦いを眺めている。

 少年はと言うと傷を拭き取りながら怒りを顕にしている。それと共に背後から禍々しい煙が一瞬だけ吹き出す。少年の身体に刻み込まれた特級の呪い。それが少年の怒りに反応していると気付くのは後ほどのことだ。

 

「返せ?何を言っている。お前たちは主殿の奴隷として扱われていることに喜びを感じるべきだ。主殿こそ私、いや私達が愛する最高の人。その愛の為の犠牲になることなど喜び以外なんと言える?」

「おまえ、タチィっ、ワァ!」

 

 サーヴァントの言葉に少年の堪忍袋の緒が切れた。全身の穴から黒紫色の煙のようなものが出てきては少年の身体を包む。

 それを見た男が顔を歪める

 

「いいぞ!やれ!牛若!」

「はははは!!」

 

 サーヴァントが弾かれたように少年の方まで飛ぶ。その速度は銃弾すらも超える速度、その頃の自分では目で追うどころか視認することすら出来なかった速度の攻撃。それが少年まで飛ぶ。普通ならそのまま切られるだけ、少年の血飛沫が上がり、サーヴァントが笑う。そこまでがセットのように決まったことのはず、だった。

 

 しかし次の瞬間瞳に映ったのは、少年の拳がサーヴァントの頭を確実に捉えて殴っている構図だった。サーヴァントの接近を見切って刀の攻撃を身を捻ることでかわして代わりに放たれた右のストレートがサーヴァントに当たっている。あまりの速度で少年の拳は指が吹き飛び、形状そのものが潰れたような形になっている。

 少年の目は酷く充血した状態で大きく見開かれている。とても10歳程度の子供の表情には見えない。

 

「は?」

 

 殴られたサーヴァントの頭が飛ぶ。追随しようとした身体が速度に追いつけず、首が離れる。力を失った身体が地面に落ちてそこからゆっくりとした速度で血が流れて血溜まりが形成される。

 頭だった物は中身をぶちまけながら男の横を通ってその先の壁にぶつかる。割れた水風船のように中身が壁に貼り付けられるようにぶつかり、そこから重力に負けた部位が滴り落ちる。

 

「ぐ、うぐっ...」

 

 少年の腕も骨が複雑骨折して皮膚から飛び出るなど非常に痛々しいものになっているがそれでも少年は痛みに耐えるように口をつぐみながら悶絶しているだけで命に別状はない。

 その様子を周りの化け物たちはポカンとしながら眺めていた。勿論自分も開いた口が塞がらないほどに驚いていた。確かにサーヴァントが勝つぐらいなら少年が勝って欲しいという希望があったと言えばその通りだ。しかしそんなことがありえないことということを知っていた。サーヴァントという存在が何者かということはその頃は全く知らなかったが、人は勿論、化け物では勝負にもならないほど強い何か、ということはわかっていたのでその時の衝撃は頭を鈍器で殴られたような感覚があった。

 化け物達が声を上げる。勝利の歓声、と言うべきものだろう。今まで自分たちを体のいい道具、奴隷として扱っていた存在に勝った。それだけで化け物達は大喜びしていた。そのほとんどが人の形を保っていないものだったが、その時だけ彼らが普通の人間に見えた。

 

 少年がぐちゃぐちゃになった腕を抱えるように持って男に近づく。サーヴァントがいないマスターは少年からすれば餌にすぎない。

 

「文句、あるか」

 

 少年の目は今からでもお前を殺してやろうかと言っているように鋭く、力強く男を見ていた。状況が反転した。少年が腕を振るえば男は頭と胴体が別れるだろう。しかし男が何をしても少年には傷一つつかない。殺すなんて以ての外だ。そんな男を守るサーヴァントはもう男のところにはいない。

 だから本来なら男が怯えているはず。だと言うのにその男は口の端を吊り上げる。少年が恐ろしくないように感じられる。というより恐ろしい、恐ろしくないではなく、それどころかまるで少年の勝利を嘲笑うように感じられた。

 

「いいや、無いよ。だから...死ね」

「えっ...」

 

 男がそう言った瞬間、少年の両脚が切り捨てられた。当然立てなくなった少年は地面に伏せるように倒れる。そして追撃の一撃が腹を貫いた。

 それと連動するように悲鳴が聞こえた。その方向を見ると人から化け物にされた者たちの何人かが切り捨てられていた。

 

 そこに居たのは先程までと全く変わらない、傷ひとつないサーヴァントの姿。その頃は全くわからなかったが今なら理解出来る。

 そのサーヴァントの真名は牛若丸。源義経の幼名である、何故か女性にされているライダークラスのサーヴァント。それだけなら普通だ。他のマスター達とおなじ、運良くサーヴァントを召喚する、もしくは運良くサーヴァントがこの世界に来て契約したマスター。普通のマスターとサーヴァント。それだけでももちろん脅威だが、その驚異を超える恐ろしさがそこにはあった。

 それが牛若丸のマスターが持っている物。そう。聖杯だ。それに溜まっているのはケイオスタイドに似ているサーヴァントの霊基を汚染するもの。彼女達はそれを愛と呼ぶ。実際そこまで間違っていないだろう。彼女達は愛ゆえに狂い、英雄の誇りを投げ捨ててしまったのだから。その牛若丸はかつてゲームで敵として出てきたらしい姿である黒い肌に赤い筋が入った身体をしている。その何よりの特徴は「個体増殖」のスキルが付け加えられていることだろう。そのスキルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにある。つまり、少年がいくら牛若丸の頭を飛ばそうと体を切り分けようと牛若丸は増殖する。化け物達を切ったのも増殖した牛若丸だ。

 最初から、勝ち目なんてない。そんな分かりきっていたことから、目を背けていた。

 

「なん、で...」

 

 そんなことを知らない少年が今にも力尽きそうな声と瞳で男を見る。すると男は少年の顔を蹴る。余裕、というよりそれが当然のような振る舞い。しかしそれも仕方ないだろう。男からすれば自分たちは全て道具なのだから。

 

「俺はそこらのマスターとは違うんだ。本物のマスター、選ばれた人類。そんな俺が、何故お前を勝たせなければならない?」

 

 その言葉を少し遠くで聞いて、理解した。

 この世界はとても不平等で、不条理だと。ただゲームをやっていた。そのゲームを楽しんでいた。ただそれだけでこの世界での生存権を得る。

 サーヴァントを持たない人間はサーヴァントを持つ人間に支配され、道具として扱われるか気狂いになって暴れるしかない。

 

「殺してやる...」

 

 心の底から湧き上がる怒り。この世界に対する怒りと世界中のマスターとサーヴァントに対する怒り。

 サーヴァントがなんだ。マスターがなんだ。ただ棚ぼたとして得たもので王のように振る舞い、それが正当化される。許せなかった。少なくとも少年に非はない。目の前で両親の殺し合いを見せつけられ、戦わされ、勝てたと思ったら卑怯な手で痛めつけられる程のことをしていない。自分だってそうだ。何もしていない。ただ、サーヴァントに愛を持っていなかっただけ。Fateなんてものを知らずに、普通に生きていただけ。

 それだけで弱者にさせられ、殺される。そんな道理が許せない。こんな世界は間違っている。サーヴァントが力で支配する世界など、このまま壊れてしまえばいい。

 

「お前らは、悪魔だ。悪魔は、一匹残らず...」

 

 サーヴァントなんて悪魔と同じ。いや、それ以上に卑劣で、残虐で、悪に染まったものだ。そんなものを見せつけられて我慢出来るはずがない。

 

「俺が殺してやる!」

 

 この世からサーヴァントを一匹残らず殺す。そんな宣言が口からスルスルと滑り出した。怒りに身を任せて放った咆哮。一体でも勝てないのに、そんなこと出来るはずが無い。そんなことは分かりきっている。

 1番近くにいた牛若丸がこちらを振り向く。刀を引きずるようにこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。逃げない、逃げられない。どれだけ逃げようとしてもどうせ追いつかれる。それが牛若丸にもわかっているのでゆっくりと歩く。その距離が自分の残りの人生だと、感じさせるように。

 一歩。下駄が地面にあたり、音を立てる。

 二歩。刀が一瞬だけ地面にあたり、火花を立てて地面が切れる。

 三歩。もう至近距離と言えるほどまで近づかれた。牛若丸が刀を上に掲げる。振り下ろせば終わり。

 少年も横たわり、他の化け物も殺しされている。そもそもこんなことが出来るなら元々自分たちを化け物にする必要も攫ってくる必要も無い。つまり道具としての用途すら自分たちには求められていなかった。ただ支配欲を満たすための道具。自分はこれだけの化け物を従えているという充実感を得るために自分達は使われたのだ。

 ならせめて、怒りながらその命を終えよう。後悔はある。やり直しも何度も考えた。過去に戻れたのなら自分もマスターになって好き勝手していたかった。

 

「畜生...がっ!」

 

 牛若丸の刀が首を斬る。それで自分は終わる。いくら再生能力があるとはいっても生命活動を終えられるような急所をつかれれば再生なんて出来ずに死ぬ。だからこれで、自分は終わり。

 そのはずだった。いやそうなるべきだった。しかし奇跡というものは何故が何処かしらに転がっているもので運良くそれを掴むと生き延びられるようになる。

 

「アルギズ!」

 

 流れるように飛び交う閃光。それが視界に映った時自分は流れ星が見えたように感じた。それは願いを叶えるという点では流れ星と変わらないのかもしれない。

 ルーン魔術。一工程で使用することが出来る北欧神話などで扱われた魔術。神話でのルーンは原初のルーンと言われるものだが、今放たれたものはサーヴァントが使うものでは無い。つまり、()()()()()()()()()()()()

 後ほど放った本人に聞いたことだがアルギズは硬化の意味を持つ防御のルーン。つまりこの攻撃は相手の意表をついた奇襲の意味ではなく、こちらを守るために放った魔術ということになる。

 

 牛若丸が刀を放り投げるように軌道を変えて流れ星のように光ったアルギズを迎撃する。放たれたものは3発だったはずなのにいつの間にか10を超える数になっていた光の玉は全て牛若丸に切り捨てられた。

 

「ソーン!」

 

 再び放たれるルーン魔術。先程より多い幾つもの光の玉が自由な軌道で牛若丸に当たる。しかし牛若丸もサーヴァント。その程度の魔術を対魔力で無効化する。しかしその勢いだけは殺しきれず、10メートルほど後方まで跳んで着地する。

 ソーンは衝撃を与えるルーン魔術だ。巨人や足止めという意味もあるらしい。

 

 防御と足止め。奇襲のチャンスは潰れたが牛若丸を驚かせるにはそれで十分だった。無理に突っ込むことはなくその場で刀を構える。

 その瞬間だった。牛若丸の背後にいた何者かが牛若丸の身体を一瞬で二つの肉塊に変えた。特に鋭くも見えないただの長剣でサーヴァントの体を切り裂く。それは単純なことではない。しかし自分はたった一瞬で倒れた牛若丸の姿より牛若丸を倒した男、サーヴァントに注目していた。長い銀髪を持った長身の男。その右腕は銀色に輝いている。

 

「そのまま避難民の守護を頼む。ベディヴィエール」

「はっ。マスター」

 

 背後からそう声がかかる。するとベディヴィエールと呼ばれたサーヴァントは軽く礼をして多くの牛若丸が出てきた場に一人で突っ込んでいった。迷いなく、長剣を持ちながら勇敢に走る。

 その背中を見ながらその時やっと自分の後ろに誰かがいると気付いた。

 

「ああ、彼のことは気にしなくても構わないよ。もう時期周辺を固めている援軍も来る。それより」

 

 そこに居たのは一人の男だった。日本人離れした、西洋人のような顔つきに青く刃のような鋭い眼。黒くシンプルな服に小さな杖を腰に着けたベルトに引っ掛けている。そして何より右手の甲にある令呪がマスターだと証明していた。

 そう。彼こそがベディヴィエールのマスター。後にエインヘリアルの前身を作った上に崩壊世界を救った英雄と言われることになる、今は亡きたった一人の人間。

 

「君は大丈夫かい?」

 

 名前を、深澤浩二と言う。




因みにですが、今回の話に出た子供は紫を書いたアメイジング天海さんの赤にてエインヘリアルの兵士として登場します。...いや、してます。最初はそちら向けのキャラとして考えたものを逆輸入した形ですね。...ん?逆輸入でいいのか?いいのか。まあまそんな感じです?


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帰還の為の免罪符─8

───希望という言葉の栄光を授かれるのは結局運が良い奴なんだ


 深澤浩二の両手から出てくる謎の丸い玉。中心にはルーン文字が浮かべられており、その丸い玉から数えられない数の小さな弾が出てきてそれがあるものは弧を描きながら、あるものはホーミングしながら、あるものは直線的に牛若丸達を追撃していく。

 強力な弾幕攻撃だが、サーヴァントである牛若丸達はその弾幕を弾きながら接近していく。しかし、接近していく牛若丸達は背後に伏せていた同じサーヴァントであるベディヴィエールに為す術なく切られていく。そして切られたしたいから新しい牛若丸が生まれては生まれた場所に爆撃されて死体が吹き飛び、距離を離される。先程から繰り返しが続いている。

 因みに使用しているルーン魔術はソウェルとダカス、そしてソーン。火のルーンで対魔力のない死体を焼き払い、目の前の脅威には衝撃のルーンで遠ざけることで非常に効率は悪いものの、数えきれない程の数まで増殖した牛若丸(サーヴァント)に戦えている。その事実が信じられなくて先程からずっと目を疑っている。一体でも一騎当千の力を持った悪魔が数えきれない数を揃えて互角の相手。お互いに持久戦の構えとはいえ、互角という事実が信じられずにずっとその場で固まっていた。

 牛若丸のマスターの男はと言うと先程までの行動から小物かと思いきや中々肝は座っていたようで深澤から離れた場所でどっしりと玉座のような椅子にすわって戦場を見ている。深澤の弾が何発かその男の方に向かうがそれは全て牛若丸達が弾いている。恐らくベディヴィエールがそちらに向かえば一瞬で戦いは終わるだろうが、その間に牛若丸に深澤が切られる。それがわかっているからこその持久戦なのだろう。互いに互いを認めているからこその構え。自分たちではたどり着けない領域に簡単に踏み入れた二人のマスターとそのサーヴァントを見て歯噛みする。

 マスター、マスター、マスター。

 結局はサーヴァントを召喚したマスターが勝ち組でサーヴァントを召喚できなかった自分たちは負け組。どうせここから助けられても見捨てられるかこの男に利用されるだけ。救いの手なんてあるはずがない。そう思ってもうどうでもいいとすら思ってきた。

 

 顔を伏せる。希望なんてない。そんなことは最初からわかっていた話で何か少し変化があったからと言って希望を持つのなんてただの迷惑なお門違いな話でしかない。

 その瞬間、何処からか声が聞こえて来た。

 

「それで、君はどうするんだ」

 

 その発言をしたのが深澤浩二という男ということに気付くのにしばらく時間がかかった。そして気付いた後に思ったことは「何を言っているんだ」だった。

 こんな戦いの途中に言う言葉でない、ということもある。しかしそれより「どうする」という権利もなければ権利を与えても何も出来ない自分に言って何が変わるという気持ちもあった。

 

「...え?」

「だから、君はどうするんだ。まさかずっとそこで固まっているつもりかい?ここでの暮らしがいいなら僕を攻撃すればいい。ここでの暮らしが嫌なら相手を攻撃すればいい。ただそれだけだろう?」

 

 彼の言葉に唖然として開いた口が塞がらなくなった。しかし考えてみれば当然だ。彼はすぐにサーヴァントを召喚して人権を獲得した人間だ。化け物なんかと違って普通に生きて、普通に何かをする権利がある。むしろ、今までのしがらみを無視できる分、これまで以上に好き勝手に生きれる。だから相手の気持ちなんて理解出来ずにそんな綺麗事が吐けるのだ。と当時は考えていた為、悲観的になり、再び顔を伏せる。

 

「...意味ないだろ」

「何?」

「あんたらみたいに、俺にはサーヴァントなんていねぇし!好き勝手生きれるわけないんだよ!選ぶ権利なんて、弱者にあるわけねぇだろ!綺麗事並べるなよ!畜生!」

 

 男の言葉と態度が気に触ったのでその場で怒鳴る。自分たちに選ぶ権利なんてない。好きに生きる権利も、死に方を選ぶことすら出来ない。だから死ぬ。

 そんなの昔から当然だ。弱肉強食。弱者は強者の糧となり死ぬ。

 

 すると男は怒り返すのかと思ったらその姿を見てニヤリと小さく笑った。

 

─は?

 理解が出来ない、なんて次元の話では無い。理解することすら意味が無い。理解の領域どころか

 

 そう思った瞬間だった。深澤浩二の立っていた地面がひび割れて下から大量の牛若丸が湧き出てきた。元々泥から作られた牛若丸が泥に戻って下から地面を割り、その隙間から漏れ出るようにして大量に現れたのだ。無限に近い数を持ち、自らのホームグラウンドでのみ戦う牛若丸だからこそなし得た陽動からの奇襲だ。

 あまりの突き上げられた深澤の体が宙に浮く。人間の体では軽すぎる。間欠泉のように吹き出た泥によって紙風船のように吹き上がった体は原型を保っている方がおかしい。そう思いながら深澤を見た時に初めて気付いた。大量の牛若丸の塊の下に大きなルーン文字が敷かれている。間にシールドを敷いて対策をしていたのだ。今までずっとルーンを発動する時にその単語を言っていたがそれは全てこの時のための布石。

 

「勉強不足だな。ルーンに詠唱なんかいらないんだよ!」

 

 そこからノータイムで放たれる弾幕の嵐。それと同時に深澤浩二の手のひらに大きな魔術陣が現れる。なんのルーンが刻まれているか、なんてことは分からない。実際その場にいた時はルーン魔術どころかルーンの存在すら知らなかったので当然だが、その後も。最後まで教えてくれることは無かった彼の奥義。その効果なんて全く想像できない。

 その時に思ったのは直接マスターを狙ったのか、程度の話。そしてそれは相手のマスターも当然理解していたことなので即座に動き出した。その男が右腕を出すとそこから赤い光が放たれる。令呪。サーヴァントに出せるたった3回の命令権。

 

「令呪をもって命ずる!あいつを殺し、その手に勝利を掴め!」

 

 その命令に従った視界を埋め尽くす量の牛若丸が深澤の目の前に群がる。

 無理だ。深澤の攻撃はどれだけやってもサーヴァントを弾く程度でそれも何騎かが限界。実際それでも非の打ち所のない強さだと思うが、それではサーヴァントには勝てない。守ることすらこの瞬間には不可能だろう。しかし彼のサーヴァントであるベディヴィエールはその瞬間にあろうことか相手のマスターの場所まで走り出した。相打ち狙いとも思えない無駄な特攻。勝てなかったか。そう思ってその男のことを記憶から消し去ろうと思った、その時だった。

 深澤浩二の手から広がった魔術陣が一瞬で消えて、それと同時にその場に誰か出てきた。

 いや、いたのか。

 

「───かかったな。───出番だ。翔太郎!」

 

 目の前の、否。その空間にいた牛若丸の()()の首が、四肢が、腹が。切り裂かれた。たった一瞬の攻防。いや違う。それは殺戮だ。それを行い、その空間の中心に立つ男は人間ではサーヴァントに勝てないという常識を打ち破り、後に世界最強の、人類最強のマスターと呼ばれることになるマスター。彼がその場に立っている。

 牛若丸の身体を一発一発丁寧に切り裂いたと思われる剣は刃こぼれなどせず、部屋のライトに血を輝かせている。

 しかしその場の人間は突然でてきた男より急に動きを止めたと思ったら身体がバラバラになっていくサーヴァントに視線が釘付けだった。違うのは、相手のマスターに向かって走っていったベディヴィエールとそのマスターである深澤浩二、そして牛若丸を切った張本人のみ。

 

 勿論、ベディヴィエール程の騎士がそんな隙を見逃すはずがない。相手のマスターを素早く組み伏せてその首に剣を突き立てる。

 

「動かないで下さい。下手に命令を出せば即座に首を落とします」

「なっ...くっ!俺が!何をしたと言うんだ!」

 

 意外と肝が座っていたかどうかは別としてサーヴァントに対して勝負できるわけが無いのでそのままベディヴィエールに手錠のようなものをつけられて地面に叩きつけられる。

 その男の前に深澤がゆっくりと歩いて腰を下げる。

 

「何をした...か。周辺住民43人の拉致。その為123人の殺害。これを全て命令した。間違いはないな。これじゃテロリストと変わらないぞ」

 

 男と向き合う彼の姿はまるで犯人のトリックを丁寧に説明する探偵のようだ。

 しかし男はその罪を認めない、否。認めながらもそれがどうしたと怒り出した。

 

「なんだと...!こいつらが好き勝手しているのは許されて、俺が好き勝手するのは許されないのか!?そもそも俺たちは選ばれた人類だろ!選ばれた人類同士で戦ってどうするんだ!」

 

 「選ばれた人類」。この場合はサーヴァントを召喚した人間のことを指すのだろうか。おそらく世界がこうなる前に酷い目にあったのだろう。その反動がここまで来た、ということだろう。そう考えると彼の動きに説明がつく。しかし説明がつくとはいえ、納得できるものでは無い。

 

「ふざけ、る、なぁァァ!」

 

 そう思うと同時に辺りが爆発するような音と共に少年が立ち上がる。その周辺には黒紫色の煙が広がる。

 

 息をするだけで、否。それを見るだけで全身に広がる異物感。まるで身体と魂が切り離されていくような感覚が全身を支配する。地獄と現世をひっくり返したような景色。どう考えてもこの世のものでは無い。

 吐き気すら消え去るその少年を傍観するように眺める男が一人。深澤だ。

 

 

「なるほど。これだけの気迫...いや呪いか。凄いな、これは。サーヴァントも敵じゃない」

 

 ぶつぶつと何か呟いたと思ったら突如右腕を横につきだす。何をするのか。そう思ったと瞬間に軽く指を鳴らした。

 

 その音が早かったのか、それともソレが早かったのか。自分には全く認識出来ていなかった。わかったのはただ一つ。

 

 煙が、消えた。その中心にいたはずの少年が地面に叩きつけられてその地面には大きなクレーターが出来ている。

 そして、その少年の代わりに翔太郎と呼ばれた、サーヴァントを一瞬で切り裂いた男が立っていた。その男は無表情で少年を踏みつける。その様子を見てやっと翔太郎と気付いた。意味が分からない。そもそも規格が違う物を見ているような気さえする。

 

「──、───!」

 

 男が、こちらを、見た。

 まるで氷のような、鋭く冷たい瞳がこちらを覗く。翔太郎の黒い目に映る自分の顔が恐怖で顔を歪ませていることに気付いたのか、彼は口元を手で押えて深澤の近くに跳ぶ。

 

「終わりましたよ。先輩」

 

 その声を聞いて素直に驚いた。彼が、その言葉をいた青年が、翔太郎がどう見ても年頃の男の子だったからだ。年齢は10代後半。高校生か大学生、と言ったところだろう。そんな年頃の少年が、あんな冷たい瞳を作り出せ、それがまるで演技だったかのように普通の声を出すことが出来たことに驚いた。

 状況の違い、環境の違い。色々とあるだろうが、その時はまだ彼がある意味自分以上に苦しみつづける事など想像もしていなかった。

 

「見ればわかる。ありがとう。じゃあ、後は彼ら次第だ」

 

 そうと見た後に彼と向き合った先輩と呼ばれた深澤も彼より少し年上の青年、といった年頃に見えた。

 錯覚ではない、と気付くのは後の事だが、その頃は非常に驚いたものだ。驚きすぎて声すら出なかった。

 

「良いんですか?」

 

 そんなことにも気付かない、否。気にしていない翔太郎と深澤はこちらを見回して向き合う。まるで自分たちをどう処理するか決めるように。正直に言って、普通なら自分たちはこの後もマトモな目には合わなかっただろう。崩壊前なら保護が基本だが、今の世界には保護する余裕はもちろん、無い。金銭的な意味は勿論、衣食住を提供できない。何しろ魔物に追われて自分の分だけでも至難の業なのだ。自分が得られないのに他人に提供することなど出来るはずもなく、殺す方が圧倒的に単純だ。

 だが、深澤は頷いてこちらへと足を進める。

 

「いいも悪いもない。ただ、そうするべきだと思っている。他でもない、僕が」

 

 その時にはこの言葉の意味がよく分からなかった。ただ、分かるのは深澤がこちらを助ける理由があるということだけ。

 その様子に翔太郎が額に手を当てて、諦めるような顔をする。どうやらこの時のようなことは何度かあったのだろう。崩壊前はもちろん、崩壊後も。

 

「...セイバーをここに置いておきます。もしもの場合は彼女を頼ってください」

 

 翔太郎はそう言って元に戻ろうとする。セイバー。その言い方からして彼もマスターだ。ということにはその時に気付いた。

 やはりマスターは化け物みたいな強さを持っている、ということだろうか。深澤もサーヴァント相手に時間稼ぎが出来たことからそういう想像が頭をかすめる。

 しかしそれを違うというようにベディヴィエールが手錠のようなものをかけられた男をどこかへ連れていく。男はいつの間に気絶させられており、強い化け物のようなものにはとても思えなかった。

 それを見た翔太郎が牛若丸と戦った少年を連れていこうとした時、その翔太郎を深澤が制する。

 

「いや、翔太郎もここにいてくれ」

「それほどの敵が?」

「彼らはサーヴァントに恐怖を感じている。僕は彼らを恐怖で支配したい訳じゃない。話す時間は必要だろ?彼らにも、僕らにも」

 

 深澤の言葉はあくまでこちらと話をしたい、という意味だ。その為に恐怖、力の象徴でもあるサーヴァントを遠ざけて人と人で話をしようと言っているのだ。

 しかしそれも危なくなったらサーヴァントがいるという安心感とその安心感があることから生じる差を自覚し現れる愉悦感からのものだろう、と感じた自分からすればいいものでは無い。それは見下しているのと同義だからだ。勿論、これがひねくれた考えだという自覚は全くなかった。

 

「それじゃ変わりませんよ。憎しみは、そんなに簡単な感情じゃありません」

 

 それを裏づけるように翔太郎が深澤に言う。翔太郎が言っているのは諦め。化け物になってサーヴァントに憎しみを抱いたこちらとは会話すら意味が無いということだ。

 間違いではない。決して翔太郎の言うことは間違っていない。サーヴァントという人間では到底勝負にもならない兵器を個人が所有できる時点でこうなるのは当然だ。人間にとって憎しみや恨みはそんな単純明快に表せるものでは無い。そして理解することが出来なければ変えることも出来ない。

 

「だとしても。彼らに手を差し伸べることをやめていいわけじゃない。たとえ綺麗事でも、実現したいから手を伸ばすんだ。やっぱり綺麗事が一番いいからね。だから綺麗事って言うんだろ?」

 

 しかし、それでも彼の答えは変わらない。頑固と言うべきか、それともそれを優しさと見るべきか。分からない。

 

「──わかりました。その代わり今日中に済ませますよ。早く帰らないと美鈴が泣き喚きますから」

「ははっ、違いない。泣かせたら許さないって言った後に泣かせたら兄貴失格だ」

 

 ははっ、と楽しそうに笑いながら翔太郎との会話を終わらせた深澤はその空間の中心に立つ。

 ベディヴィエールは牛若丸のマスターだった男を抱えて部屋の隅に、翔太郎がその後をゆっくりと歩いて着いていく。

 

「では、ここにいる者達に告げる!諸君らは自由だ!この秩序の欠けらも無い混沌とした世界にたった一人、取り残される形ではあるが、諸君らは自由を勝ち取った!勿論これから何をするのかは諸君らの自由意志を尊重する。混沌とした世界を好き勝手に生きるもよし、絶望してその命を断つのも、この場合は仕方ないだろう」

 

 深澤の声はまるで政治家の演説のように、空間に響いた。意識がある誰しもが彼の方を振り向き、黙ってその話を聞く程に彼はその空間を文字通り《支配》した。

 先程まで牛若丸だったマスターすら、深澤の声に耳を預けている。

 

「しかしっ!もし、この世界に秩序を取り戻したいというのなら!諸君らの自由を捧げてでも、救いたいものがあるというのなら。我々に協力して欲しい!」

 

 深澤が唾を飲み込むような仕草をした後により一層大きい声を張り上げる。

 その内容は本来なら許されるべきではない発言だ。当然、周りからは戸惑いの様子が見て取れる。サーヴァントを持たない人間を使って出来ることなど盾扱いぐらいだろうと、戦略も知らなければ戦闘力のない人間が思うのは当然の事だったからだ。

 実際その時の自分もそう思った。

 しかし隣に気配を感じてそちらを向くとその考えが消え失せた。そこには、翔太郎が立っていた。翔太郎はこちらが気付いた事に気付くと腰を下ろして胡座をかく。そしてポツリポツリと文句のように言った。

 

「この世界はな、神に支配されたんだよ」

「神?」

「ああ、普通の人間じゃ勝負にもならない。神様にな。アンタはマスターが偉くて世界を牛耳っているって思ってたんだろ?ああ、間違いはないさ。俺みたいな化け物(最強)は置いといてサーヴァントに勝てるやつなんて居ない。だから、サーヴァントを使えるマスターが好き勝手するようになるのもある意味自然だ」

 

 力を持った人間の行き着く先などたかが知れている、と彼は付け加えながら言った。

 力を持った人間はその力に酔いしれ破滅する。力とは人が立つために必要なものであると同時に欲望と理性の天秤をかける毒物でもある。それに負ければ地獄になる。

 

「けどな、先輩は違う。あの人は、あの人の師匠はな、神に立ち向かったんだ。勝てるはずのない相手に、自分の全力をぶつけて。」

 

 名前すら知らないどころか会ったことすらないんだけどな、と翔太郎は誤魔化すように手を軽く振って、言葉を続ける。

 

「先輩の話じゃ、もう死んだらしいけど…その人の残した魔術が今の世界にいる少ない人間を生かしている」

 

 魔術。バカみたいな話だが、確かにあるのだろう。それをこの目で見た。ありえない話だ。本当に、信じたくない。

 

 

「偉いのか?その人間が」

 

 それよりまるで、その死んだ人間が偉いように言う翔太郎の言葉が、何故か気に食わなかった。彼もマスターだったのだろうか。ここまで来ればただの嫉妬だが、それでも恨んで許される立場ではあるだろうと、その時は無理矢理納得させた。

 

「バカみたいな話だよ。いいや、馬鹿だ。けど先輩が言うに、その行動にも、きっと意味はあったんだって。先輩はお前らのことを雑に扱う気は無い。対等に、同じ人間として、この世界を救える戦力として考えている」

 

 だが、翔太郎は躊躇いもなく、その男を馬鹿にした。馬鹿にしながらも、その行動は評価した。彼は彼なりに考えがある、そんな当然のことを理解出来ずに、翔太郎から目を背けた。

 

「...無理だろ」

「ああ、無理だろうな。どうせ神が天罰とか言いながら暴れる。そして、俺たちは虫けらのように死ぬんだろうな」

 

 当然のように出てきた言葉に、怒りが湧く。どうせ力だ。強いものが弱いものを支配する。誰を気遣う優しさなど無駄の局長。弱いものに手を出すのは無駄どころか自らの足を引っ張ること。善人は否定され、悪人は肯定される。それが現実。それがこの世界。

 

「じゃあ...!もう何もしない方がいい...戦ったって、努力したって...」

「けど、希望はある」

 

 そう思った自分に、翔太郎は先程までと同じように、まるで当然のように希望という単語を出した。

 ありえないとかではない。先程までの言い方と反対のことを言っていたからだ。そしてそれがスラスラと出てくるのがありえないと思った。

 

「...!?」

「先輩の師匠が作ったシステム。この世界にいる人類に対し、祝福を授けた。魔術回路に魔術適正。神代とまではいかなくともまぁ超人と言える力を持てるようにな。そしてその祝福を受けた結果かこの世界のカウンターとなるサーヴァントのマスターにもなれる。だからまぁ、なんだ。負け戦じゃないことは、決まった」

 

 何を言っているのかその時は全くわからなかった。後ほどわかったのは抑止力という人類や星の生存本能から召喚されたサーヴァント達という戦力があること、そして彼らのマスターとなり、バックアップが出来るようになっていること、そしてそれを行った存在こそ人類の害、世界の敵とすら言われる人物であること。

 

「だから?戦えと?」

 

 しかし希望とは言えどそれは藁にもすがるようなもので確率的には無理と言えるほどに低い。そもそもその話自体、簡単に信じられるようなものでは無い。

 

「そこは自由意志を尊重する。先輩は戦いたくないって言うやつを戦わせるような人じゃない。こんな世界になってもいるのさ、底抜けの善人ってやつが」

 

 翔太郎はそう言って立ち上がる。

 その言葉が、まるで先程まで考えていた言葉の答えのような気がして、歯を食いしばる。

 何故か悔しく感じた。そんな希望論、信じていいものでは無いと悲観していたのは自分だ。

 

「馬鹿らしい。そんなので救えるわけが無い」

 

 だから、彼の言葉を否定した。

 いや、自分にはそれしかできなかった。それを終えてしまったら、もう彼の言葉に頷くしか無かったから。信じたかったものが、目の前にいたのだから。

 

「だから、手を貸す。俺は、戦う人間(マスター)だ。...お前はどうする?このままここに止まっていれば栄養失調で死ねるぞ。外に出れば魔獣が殺してくれる。それでも」

「それでも?」

「生きる意思はあるか。戦う意思じゃない。生きたいと思えるか。地獄を見ても、その身が消し炭になっても、生きたいと思うか。選べ」

 

 そう言って翔太郎は深澤の方を指さす。彼の演説のようなものはずっと続いていたらしい。

「失敗したな」と翔太郎は笑ってこちらを向く。その笑顔が、本当に年相応の少年に見えた。

─きっとこいつも大変な思いを沢山して、これからも沢山するのだろう。

─無駄死にすることだってあるかもしれない。これだけ強くても、サーヴァントに勝てても戦場ではまるで嘘のように死ぬことも珍しくない。

 それでも彼は覚悟を決めていたのだ。

 恥ずかしくなる。

 現実が厳しいから、悲観的になった。

 辛いことがあったから、当たる相手を探していた。

 

 けど目の前の人はずっと前を見ていたのだ。

 もう状況は同じ。なんならこちらの方が恵まれている。なのにこんな年下の子供に自分の道を選択する権利を与えてもらっていた。

 

 

 

「繰り返しになるが、諸君らは自由だ。何を選んでいもいい。どうしてもいい。我々に敵対するというのなら、それ相応の対応はとる。だから、自分の意思で選んで欲しい。後悔しないように」

 

 深澤の演説が終盤になっていた。

 自由。なんのしがらみもなく、自分の意思でなんでも出来る。しかしそれは外の状況と重ねて、という意味になる。

 外に出れば人を食い殺す魔獣。こちらを好き勝手使った男のようにサーヴァントで己の満たされることの無い欲望を満たそうとする強欲魔。そして、理由は分からないが、この世界を壊して、裏で支配する神。

 この世界は自由でも、自由な人間はいない。

 しかしそんな世界でも、人は生きているのだ。だから、前に進むことが出来る。脚が折れるまで、いや。その命が尽きるまで好き勝手かもしれないが、舗装されていない厳しい道だが、その先にある未来(世界)を見たくて、人は歩くのだ。

 

 

「「これはお前(諸君ら)が始める英雄譚(物語)なのだから」」

 

 翔太郎と、深澤の言葉が重なる。

 

 その言葉に背中を押されるように両足に力が入って立ち上がる。深澤の視線がこちらに向き、手を差し出される。

 そこまで無言で、ゆっくりと歩く。

 そして、その手を取った。




──どうせ死ぬなら、足掻いて死ね──


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帰還の為の免罪符─9

確かに忘れてはいけない過去だけど。許したくない話ではあるけど。だからって今の彼女が悪という訳では無いそれを知ってるからこそ男はまだ歩ける。

そんなつまらない話です


回想終わって本編入ります


「と、言うわけだ。面白くもない話で悪いな」

 

 マスターから聞いた、マスターの記憶から見てしまった情報を目の前の彼女達に話す。

 

 光が建物の割れた穴からしか差し込まない暗く、その代わり開けた広い空間で一騎の話を一人の一騎は聴き逃したり逃げることなく、聞いていた。一人は柱に身を預けて体操座りをしており、その傍らに一騎が腰をかけている。

 

 正直、軽い気持ちで聞けるものでは無い。頭がおかしくなるような情報だ。力を持った人間の驕りと終わり。マスターである真木は運良く後のエインヘリアルのメンバーに助けられたがもしそれがなければ。

 殺されていたかもしれない。永遠と働かされていたのかもしれない。

 

 マスターとサーヴァントというこの世界でも受け入れられつつあるこの関係。しかしそれは他者から見れば一人の人間が強すぎる力を得る事になる。

 法律やルールで縛れるのならまだいい。崩壊前の日本でも三権分立などによって暴走を防いでいる。しかし今はそんなものは無い。

 文字通り好き勝手出来てしまうのだ。

 彼女達からすれば酷い話ではあるだろう。自分たちは理性的に生きているのに一部の悪者のせいで自分たちもそういう見られ方をされなければならない。特に危険から離れようとする人間には悪いイメージはそう簡単には離れない。多少の善行などまるでないように扱われるほどに。永遠に続く、なんてこともよくある事だ。

 

「いえ、そういうことも、あると聞いてますから...」

 

 一騎のサーヴァント、紫式部は大丈夫そうに言うが声が少し震えている。当然だろう。エインヘリアルに召喚されたサーヴァントである自身と違い、紫式部はマスターとの縁を伝ってきた存在。ロンゴミニアドの影響を良くも悪くも強く受ける。ある時は思想。ある時は力として現れるそれはロンゴミニアドがその愛を尊いと思ったから援助したいと思うのと同時に天王寺の家系の人間など自分に不利益に働く存在を殺すためというのもある。紫式部は今、本能的に真木を殺したくなっているだろう。深澤浩二の関係者、つまり天王寺達也の関係者であると分かれば、彼女が理性を無くせば真木を攻撃するだろう。その理性に耐えながらここまでキツイ話を聞くのだ精神的な問題とはいえ...いやだからこそ、厳しいものがある。

 しかしそれに抗っているのはそれこそマスターに迷惑をかけたくないという想いからだ。強く、ある時は攻撃性を伴って出てくるそれはダイヤモンドのような硬度を伴って紫式部の()を守る。

 

「人間同盟に葛城財団。そんなヤツらのことをお前たちは理解できないだろうがあいつらは元々マスターのような存在を集めた物だ。好き勝手やった色んなマスター共のツケが今になって回ってきたんだ」

 

 あげた反社会的勢力は全てがそう、という訳では無い。実際に彼らが組織として成りなったのはかなり早い。そういう人たちが全員という訳でもないし、彼らの中に確実に入っているという確証もない。中にはただ有名な人や力のある人が許せないという思想の人間や、海外からきた労働者もいる。しかしそういう人たちがいたのは見てきた。彼らの憎しみを、怒りを。理解してしまう人は特にエインヘリアルには多かった。エインヘリアルのメンバーには潜在能力の高いマスターが1番多いが中には彼らの被害者がいる。その多くが多くの作戦で死んだものの、生存しているメンバーの中にはそのような者たちに同情する者が多い。

 

「...祐介は?」

 

 葵は少しだけバツの悪そうな表情をしているが驚きなどはそこまで感じられなかった。察しが着いていたようには思えないので恐らく、似たような経験をした人間にあったか。もしくは、彼女自身がその経験者か。

 

「ん?どうした」

「祐介はどうして、許したの」

 

 葵は少し下を俯きながらポツリとこぼすように言った。彼女には許せない何かがあるのか。誰かに虐げられた経験、誰かを虐げた経験。このような世界となってはどちらとも持たないものはほとんどいないと言える。

 だからこそ、許せない。許されるわけが無いと考えるのはある意味自然なことで、しかし心の問題を抱えたまま生きるのはとてもいい話ではない。

 しかし、マスターが許したか、という話になると少し別だ。

 

「マスターは、許してなど...いない」

 

 少しためて、いや躊躇いながらそう答えを言った。マスターは、真木祐介は決して。自分を虐げ、罪のない人々を殺していたマスターを許してなどいない。

 それどころか世の中にいる他のマスター達にも怒りや憎しみが向く時も無いとは言えない。

 

 

「え?」

「エインヘリアルには、今でもマスターやサーヴァントを憎む奴らがいる。それでもそれぞれ、ちゃんと考えを持ってその憎しみを抑えている」

 

 逆に葛城財団を憎しみすぎた結果狂犬のようになる女性などもいるが彼女を含めて彼らはエインヘリアルを攻撃したり、敵に情けをかけすぎて見逃したりすることはしない。

 

「自分の感情と行動にある程度仕切りを作ってしまっているんだ。それがいいとは言えんが、だからマスターは世の中のマスターを皆殺しにしようとか思ってはいない。思っても、実行には移さない」

 

 葵の表情が変わる。

 どうやら彼女は自分の先程までの予想とは別方向の経験があるようだ。例えば家族関係のしがらみがあったりなどが考えられるがそこは個人的な話なので介入はしない。

 

「それより、そんなマスター達のせいでお前達に迷惑がかかったり、最悪死んだりするなんてことも、よく思っていない。だからこそ、マスターは今回、お前達を助けた」

 

 

 葵はマスター、祐介のかけて行った方向を呆然と眺める。祐介はエインヘリアルの名に恥じない強さを持っているがエインヘリアルのメンバーの中では特段と俗っぽい性格はしているし、見た目や性格に反してかなり惚れっぽい。化け物にされた過去があっても、わざと「っす」をつけるなど親しみやすくなるように努力してることもあり、特に女性マスターたちと交友関係が広い美鈴、そもそも外向的な仕事が多い柏原といったメンバーを置いておけばそして友人や仕事仲間もかなり多い方とも言える親しみやすさがある。

 しかし、それでも過去が覆ったりする訳では無い。彼も彼なりに傷を抱えて、それを隠したり、あるいはバネに変えて動いている。それは簡単なことではないがそれより大変なのが『そう思わせない』ことにある。

 彼はとても交友関係を大切にしているし、友人だと言ったら多少ウザったらしくもなるが連絡はマメにとるし多少の喧嘩で尾を引くようなことにはしない。しかしそれは『そう思わせない』ことから出来たことだ。

 

「葵様」

 

 心配そうに、或いは誤解をしていたと言うように眺めている葵の隣に彼女の愛するサーヴァントが優しく声をかける。

 それで安心した表情にかわった葵が大丈夫と一言言って紫式部の出した手に手を合わせて立ち上がる。

 その様子を見て少し嫉妬を感じた。

 サーヴァント(自分)マスター(祐介)の関係は仕事仲間、同僚、相棒といった関係でエインヘリアルでは翔太郎のような初めからサーヴァントの召喚に成功した人外くらすの一般人を除けばエインヘリアルの制作したフェイトシステムでそれぞれのマスターに相性のいいサーヴァントを英霊の座から新たに召喚している。マスターの魔力量などに能力が反映されるとはいえ、ロンゴミリアドや崩壊世界の影響を受けにくいからと祐介は言っていたがそれでもこのような関係は少しは憧れる。

 

 

「私は汝達がどのような過去を背負ってきたかは分からない。しかし、マスターならこう言うだろう。『許さなくてもいい。その代わり、責任は持て』」

 

 一人と一騎の様子を見ながらも思考を先程までの話に戻す為に切り替える。

 過去の詮索はしないはエインヘリアルでは暗黙の了解となっている。しかしそれでも過去から逃げるという行為は禁忌のような扱いをされている。一応名目上は研究、調査機関であるエインヘリアルとは思えない考えだが、そうなる理由はわかる。

 

 

『許せるだけの余裕と強さは必ずしもイコールで繋がられる関係じゃない。どれだけ強くなっても、許せない相手や事柄は多いだろう。しかし忘れるな。全ての行動には責任が伴う。何をするにしても、何をしないにしても。誰かを許さないというのなら、自分は、その責任を背負って生きろ。ただ、相手に怒ってばかりの人間にはなるな。惨めったらしいことこの上ない』

 

 誰よりも自分を許せない最強のマスターがそんなことを言っていた。おそらくそれは、彼が出来なかったことで、後悔していることなのだろう。だからまだどうにもなる彼女たちのことは、マスターから見て良いものとして写った。

 

「ああ、あと汝はマスターに...」

 

 面白がりながらも彼女達に祐介のことを伝えようと思った瞬間、噂をすれば。という感じで話をしようとしていた人物からの念話がかかる。まさかこんなところで話しの内容が聞かれてないだろうか、と思いながらも念話のないように耳を預ける。

 

「(アタランテ。そっちには何も無いっすか?)」

「(こちらには何もないぞ。マスター。そっちはどうだ?)」

 

 祐介からのものは予想通り定期連絡の類だった。別段こちらには変わったことは無いためそのまま返す。

 すると祐介は少し戸惑うような声をした。不思議に思って再び耳を預ける。

 

「(さっきと全く同じ死体っす。死体を使った魔術...って何かあるんすか?)」

 

 さっきと同じ、という点で子供が犠牲になったということすぐにわかった。しかしそこはあえて触れずに、というよりそこを追求させないように配慮した祐介が話を振る。そこに囚われていては話にならないということもあるが、何より自分の前にこれ以上子供の死体を想像させるのはあまり良くないという彼なりの配慮だ。

 

「(死者を生き返らせたやつなら知ってるが今回は関係ないだろう。そいつが用いたのは蛇であって虫ではない)」

 

 一応死者蘇生として民に優しいがマッドサイエンティスト気質な男が1人思い浮かんだがそれとは全く違うだ、即座に否定する。

 しかし、また子供か、と祐介の配慮があったにもかかわらずに考えてしまう。まるで子供を限定して集めているようだ。力がないから、知識がないからという簡単な理由ではないだろう。もっと、魔術的な理由があると祐介は考えている。で、あればなんだ。

 子供に魔術的な意味と言えば成長がキーワードになりそうだが、その場合時間を止めていたことが引っかかる。もし本当に時間を止めるならそれは子供である必要性がない。

 ではなんだ。新鮮、不純か。しかしそれは虫でケガしてしまっている可能性が高い。やはり虫はフェイクか。

 と、そこまで考えた時だった。

 空気が変わった。気配と言えるほどちゃんとした形は保っていないがこれは弓を実体化させて、気配がした方向に視線を移動させる。紫式部もその様子に気付いたのか葵を半歩下がらせる。

 

(おい、ちょっと待て。マスター)」

 

 思わず重い声を念話で流してマスターに伝える。空気がビリビリしているのを感じる。間違いなく魔術師、いやこの場合魔術使いか。もしサーヴァント殺しの場合守りながら戦うことを考えれば祐介がいないと危険だ。

 

「(アタランテ?)」

「(誰か来た)」

 

 最悪、という訳では無いが良くない状況だ。祐介を除いた状況で接敵。こちらには戦えばするが戦闘力が未知数な死なせてはならない依頼人と彼女のサーヴァント。キャスターというクラスから考えても正面先頭は向いてないだろう。要するに戦えるのは自分だけという可能性もある。その状態でアーチャークラスである自分ここまで接敵を許してしまう敵となると相当熟練度が高い。気配の質からしても祐介では無い。

 そもそもマスターと駆け出した方向とは逆方向。距離は約30メートル程度。戦闘力の高いサーヴァントならゼロ距離と大して変わらない。

 

「(方向と距離は?)」

「(マスターとは逆方向、距離は25m)」

 

 危険だ。近すぎる。別に弓矢で迎撃できない距離ではないがもし敵が槍を持って突貫してきたら。速度しだいではかわしきれない。

 

「(二人を守って退却。俺が後ろを取るから絶対に囲まれるな)」

 

 祐介からの冷静かつ的確な指示が入る。

 後ろを振り返って葵と紫式部を見ると葵も状況に気づいたようで後ろを警戒しながらも後ろにゆっくり下がる。

 現在祐介が回り込んで相手の背後を取っているはずだ。挟み撃ちにすれば戦力的な差があっても上手く削りやすい。

 

 と、そこまで思った時に後ろで何かが動いた。葵だ。

 そう思った瞬間、葵が口を開いた。

 

「川本さん!?」

 

 出てきたのは藍色の和服を着た。いかにも武士のような見た目の男だった。川本。本名、川本淳。葵と紫式部をここまで連れてきた張本人でありここの辺りではある程度名前が売れた傭兵だ。気付けば紫式部も目を見開いて驚いた表情をしている。

 

「ああ、やっと見つかった。ソナタ達がいなくなってから、探したぞ」

「すみません。はぐれてしまいまして」

 

 武士のような口調で話しかける姿は敵には見えない。葵や紫式部の反応から見ても悪い人物では無さそうだ。

 

 安心して祐介との念話を再開する。

 

「(...いや、その必要は無さそうだ)」

 

 二人と一騎は仲が良さそうだ。話を聞くに、今回の仕事限りでの関係とは聞いていたがもしかしたらかなり仲がいい二人なのかもしれない。

 

「(何故だ?)」

「(彼女達が探していた傭兵だからだ。とりあえず )」

 

 とりあえず合流しろ。その後話し合おう。

 そう言って念話を終わらせようと思った。その時だった。

 

「(馬鹿っ!直ぐにそこから逃げろ!)」

 

 祐介の焦った声が聞こえたかと思ったら念話が一方的に切られた。

 これ程まで祐介が焦るのも中々珍しい。そう思って思わず葵の方を向くと、男と目が合った。

 

「っ!!」

 

 声が出ない。恐怖や威圧などではない。声を出しているはずで、声帯は震えているのに、それが声として出てこない。

 その時初めて理解した。祐介の言いたかったことを。

 

「ああ、なんとも勘のいい男がいるものよ。エインヘリアル。死者の戦士と聞くが、なんとも運が悪いものだ」

 

 男が刀を抜いていたのが見えた。いや、先程まで抜き身の刀はなかったはずだがいつの間にか抜刀した刀がその右手に握られていた。

 

「川本さん...え?」

 

 葵が驚いて川本から離れると周囲の壁と天井が一瞬にして光出した。

 否、壁ではなく、いつの間にか壁に走っていた、切れ目のような線だ。

 聞いたことがある。魔力量を純粋に物理的な攻撃にする魔力放出を、物体に伝播させる方法。

 

 それは最初、葵と紫式部を助けた時に見た物と、完全に一致した。

 つまりこの男こそが、敵。

 なぜ今まで気づかなかったのか。それが恥ずかしくなるような気持ちになりながらも矢を番えて脅そうとする。しかし、それより先に光が辺りから湧き上がる。

 早い。これでは自分はともかく葵と紫式部はかわしきれない。彼女たちは瞬時に斬られて肉片となってしまう。

 

 そう思った時に、一番近くにいた、自分たちを救える手が出てきた。

 

「全員伏せろぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを放ちながら背中に毛皮をまとった祐介が葵と紫式部を突き飛ばす。

 

 「マスっ」

 

 そんな彼を、助けようとした時、光は広がりだした。

 

 

 そして敵は、初撃で最上級の結果を出した。




──は?
となったことでしょう。まさかの回想終了直後に死亡。
本編に出ないキャラだとこういう遊びができるのでいいですね!


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帰還の為の免罪符─10

前回の話の真木視点です


 そこにあったのは予想通り死体だった。

 腹が引き裂かれた子供の死体。酷い血の匂いがするが腐った匂いはしない。一見腐っているように見えるがそれは見た目だけで見えている肉などは腐っていない、言い方は悪いが新鮮だ。周辺には死肉を貪るようにハエが放たれているがそれは格好だけであり、実際にその死体は死んだ直後で止まったように腐りもしていない。まるで生きているようだが、死んでいることは間違いない。何らかの魔術で固定しているのだろう。

 死体は傷だらけだが、最初に見た子供とは別人ということは分かる。つまり最低でも二人の子供がこうして死んでいる。

 残念ながら魔術に詳しくないのでこれを見ても結びつくものは無い。しかし確認出来たこともある。

 自分は最初この子供が何らかの実験の被害者であの場所に置かれていたのは偶然だと思っていた。例えば不死の実験をしていた魔術師かカルト集団がいてその被害者である子供が死んだ状態で止まっていたと。しかしここにも全く同じ状態の子供が置いてある。となるとこれは恐らく意図的なもの。可能性として高いのは

 

「何らかの魔術儀式か...」

 

 ボソッと声が出る。

 しかし周りには何も出てきていないので、気にせず子供をよく観察する。

 もし本当に魔術儀式の場合子供は生贄か、もしくは魔術礼装の可能性が高い。魔術礼装の場合もしかしたら何らかの規則に成り立って置いている可能性が高い。となるともっと多くの情報が必要だ。例えば死体の向いている方角、死体の性別に外見情報、置いてある位置。そして、なぜこの状態で置かれているのか。腐ると機能しない、という場合も考えられるがそれならわざわざ外見を腐っているように見せて酷い死体にする理由はない。この死体は明らかに死んだ後も傷をつけられている。となるとこの傷にも理由が存在することになってしまう。

 考えすぎだろうか。しかしとある魔術師が言っていた。言葉を思い出す。

 

「魔術師なんて理屈が大好きな人間は全ての行動に理由がついてまわるんだ。そして無駄を嫌う。基本的にそれ以外を見られないから魔術師なんだ...か。全く、意味不明なら意味の無い行動の方がマシだな」

 

 彼の言葉を信用するならこれにも理由があるはずだ。相手がなんらかの罠をしかけてきている可能性が高い以上、こちらも手札が元々持っているものだけでは頼りない。せめて相手の罠や戦闘手段に気づければ話は違うのだが情報が少なく、答えが導き出せない。

 一応使えるものは全部使っておこうと手元の魔術礼装で防御できそうなものを作動させておく。サーヴァント殺しと言われる敵が本当にいるのなら焼け石に水だろうがヤらないよりはマシだ。

 

「どちらにしろ、何か意味があるのは間違いない...か。アタランテ。そっちには何も無いっすか?」

 

 念話でアタランテに二人の様子を聞く。勝手に走って置いて行ってしまったのが少し罪悪感はあるがだからといって戻らない訳には行かない。

 

「(こちらには何もないぞ。マスター。そっちはどうだ?)」

 

 返って来たのはアタランテからの何事もない、という返答。念話での会話も盗聴されている可能性は低い。何よりアタランテがここまで敵に反応していないとなると敵が自分たちを見つけているかどうかはかなり怪しく感じる。一度撤退した時に逃げたと思っていまだに気付いていない、ということが考えられる。そうなるとこの子供は全くの無関係、もしくは前の所有者の物、という可能性も有り得る。実際、紫式部と葵の二人に攻撃した存在とこの子供をここにおいてこんな形にした犯人が同一犯だと言うことは証明できていない。ただもしこの子供をここに置いた犯人なら侵入者を許さないだろうということだけ。しかしそもそもその犯人がもう一人に負けて逃げるか殺されたりでもしていれば話は別だ。未だに工房を支配しきれていない傭兵か魔術師か不明だが何かがいる、ということで話は終わりだ。それなら楽...ではあるが現時点ではそう考えることが可能ということだけであり、違う可能性だって大いにある。

 

「(さっきと全く同じ死体っす。死体を使った魔術...って何かあるんすか?)」

 

 さっきと同じ、という点で子供が犠牲になったということは彼女もすぐわかるだろう。しかしそこはあえて触れずに話を振る。そこに囚われていては話にならないということもあるが、何よりアタランテの前にこれ以上子供の死体を想像させるのはあまり良くない。

 

「(死者を生き返らせたやつなら知ってるが今回は関係ないだろう。そいつが用いたのは蛇であって虫ではない)」

 

 彼女がいたアルゴノーツの船員の中にはアスクレピオスという死者を生き返らせる薬を作った英雄がいたが、彼とは無関係だろう。もし彼がここにいた生きたままの死体だなんて面白がって調べるところから始まるのだろう。彼女から聞いたことのある話だけで組み立てられたアスクレピオスの人格だがそこまで間違ってはいないはずだ。

 どちらにしろ、彼と今回の問題は無関係だ。アタランテが知らないというのなら紫式部に聞くしかない。それでも分からないのなら、仕方がない。相手に伏せられた手札があることを前提にして戦うしかない。先程戦った感触だけを考えるのなら不可能ではないはずだ。

 

「(おい、ちょっと待て。マスター)」

 

 そう思っているとアタランテの今までとは違う声色で声が聞こえる。先程までが軽かった、という訳では無いが急に人が変わったように重くなる。敵襲だろうか。それにしては、アタランテが動き出していない。一応念の為に拳銃をホルスターから引き出して周りを警戒する。

 

「(アタランテ?)」

「(誰か来た)」

 

 念話はその特性上相手の声は聞こえるが他の環境音、例えば他人の声や足音などは聞こえないのでこちらからは何も分からないがアタランテが感じたということは間違いではない。

 

「(方向と距離は?)」

「(マスターとは逆方向、距離は25m)」

 

 アタランテから知らされた方向と距離に思わず驚いた。最悪、とすら言える場合だ。アタランテが気付く距離が近すぎる。25mなど、高い戦闘能力を持ったサーヴァントからすればゼロ距離と変わらない。そんな距離までアタランテに気付かずに近付けれるということはこちらに確実に気がついている上に手練だ。

 この場合一番危険なのは囲まれること。アタランテが気付いた敵が陽動でアタランテを引き剥がすことで二人を囲む作戦の可能性も考えられる。

 

「(二人を守って退却。俺が後ろを取るから絶対に囲まれるな)」

 

 なのでここはアタランテ達を囮にこちらが仕留めに行くのが最も成功率が高い。勿論、ここで自分が動くことを察して伏兵を置く可能性もあるが通る道が特定しにくい以上、罠に引っかからない可能性を考えたらかけてすらいない可能性の方が高い。

 音を殺しながらも回り込むように走る。狙うは相手の後方。上手く行けば後ろから挟み撃ち。失敗しても奇襲はできる。相手に気付かれないようにすることを考えるとそれなりに時間はかかるがあちらには紫式部もいる。戦闘力は未知数ながらも葵もいるので危険度は高いながらも勝率は高い。

 

「(...いや、その必要は無さそうだ)」

 

 するとアタランテが急に落ち着き出した。

 その声に一応その場で止まる。敵を見て強くないと判断したのか、いや。後ろを取られているのは変わらない。なのにアタランテが余裕を崩すのはおかしい。何らかの魔術にかかって敵意を削がれたか。エインヘリアルには敵の感情を食らって自らの体にする化け物みたいな子供がいるがソレと似たような現象が起こっているのか。いや、アタランテの対魔力と紫式部の探知に引っ掛からずに手を出すことは難しい、というか不可能に近い。

 

「(何故だ?)」

「(彼女達が探していた傭兵だからだ。とりあえず )」

 

 何故か聞くとアタランテが驚きの発言をした。

 紫式部と葵の探していた傭兵。それが今まで生きていてこのタイミングで姿を現した。

 最悪の予感が頭をよぎる。

 

 だって冷静に考えてみれば妙だ。

 敵地を視察するのが厳しいのは分かる。しかし情報が少ない時、1番警戒するのはなんだ。勿論、自分達の()()()()攻撃だ。こうして陣地を構えている以上攻め込まれるのを想定するのは当然。罠を張る、監視をつけるなどやるべきことは沢山あるはずだ。しかしここはただの廃工場、罠や監視は未だに見つけられていない。

 話は逸れるが防衛する側の時一番避けたいのは全滅だが、それに繋がりやすいものは何か。過剰戦力、天候の変化色々あるがそれも《知らない》手段によるもの、もう少し言い方を変えれば想定していない事態が引き起こる事だ。

 それを防ぐにはどうするか、昔から戦場ではそれを防ぎながらも相手の意表をつくのに便利な立場がある。

 

─スパイ

 

「(馬鹿っ!直ぐにそこから逃げろ!)」

 

 アタランテの声を聞くことも無く、大音と立てることも気にせずに走る。ああ、なんてわかりやすい。

 何故、紫式部の泰山解説祭が封じられていたのか。確かに能力上スパイをする時や奇襲する時にかなり不利に働く。しかしそれは理由であって原因ではない。封じられたのは単純に封じる手段があった、つまりその能力を細かい詳細まで知っているということになる。なら、紫式部に接触して情報を取るのは当然のこと、そして今後不安材料になる相手を先に潰すことで戦力を広げる狙いだ。

 そう考えれば子供たちが攫われている、なんて噂を流せば自分とアタランテが来るという予測も出来ただろう。だからわざわざ子供の死体をおいてアタランテを怒らせたのだ。そうすればアタランテがこちらと離れて行動する可能性が高まる。通常のマスターより強力なエインヘリアルのマスターを倒したとなれば他のマスターからすれば化け物も同然、勝てないと諦め、攻めてくる戦力はほとんど無くなる。

 相手は情報戦において圧倒的なアドバンテージがあったのだ。

 

 子供の配置、あの現象の理由も何となく掴めた。魔術に詳しいわけじゃないため、細かいところは全くだが、ホワイダニット。どうしてかということだけはわかった。触り程度ではあるが。深澤の残した言葉がよく役に立った。魔術を学ぶのも悪くは無い。

 

 そう考えればこの廃工場の配置にも意味があることになる。ならここでとるべき最前の方法は。

 

 

 

「全員伏せろぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びを放ちながら背中から1枚の毛皮を出す。そしてそれを纏い、目の前の壁に勢いよく突進した。

 

 いくら廃工場とは言えど壁だ。人間の体当たりなど、諸共しない。そもそも工場の壁は様々な法律の関係上強力なものになっている。

 

─しかしそんなもの関係ない。ぶち破れる。

 

 全ての壁が何も無いように軽く崩れていく。

 文字通り最短距離で走る。

 怒号をかき消す轟音。耳を破壊するような衝撃と共にアタランテ達の前に出る。

 

 そして、反応すら出来てない一人と二騎を両手で突き飛ばした。

 

 

 

 突如、壁に走っていた光が、自分の体に走る。

 

 

 全身が斬られた、と判断したのは、その後だった。

 



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帰還の為の免罪符─11

最大戦力が初見殺しに負けるというピンチ。
さぁ逃げろや逃げろ。ここからはただ猫がネズミを追い詰めるだけだ


 右足の脛に一撃。左脚の踵から膝にかけて一撃。右腹から左腹までかけるように一撃。右腕と右肩に一撃。左肩から頭部に一撃。

 合計五つの斬撃が祐介の身体を貫く。当然、人のものである祐介の体が耐えきれる訳もなく、そこが最初から分かれていたように音もなくスムーズに切れてその場で肉の塊となって落ちる。骨ももちろん切れて、一部が身体から落ちて地面にカツン、と音を立てて転がる。

 勢いがあったからか一部の肉片が明後日の方向に飛んでいき、壁に血をスタンプのように押し付ける。

 全ての肉片の断面が綺麗に見える。先程まで生きていたとわかる新鮮な血液が、自由を求めて、錆び付いた鉄の地面を赤く染めあげる。

 血に反射した刀を振るった男、川本淳の顔が映し出される。その口角はわかりやすくつり上がっており、不気味さを押し付けるように感じさせる。

 

 

 彼の中ではおそらく、葵と紫式部を初撃で倒す算段だったのだろう。彼の攻撃は所謂『初見殺し』であり、上手くやればあの翔太郎にすら勝てたかもしれないとすら思わせるものだ。しかし逆に言えば誰かを守る必要性のない上に情報がバレた状態で祐介に勝てるとは思っていないはずだ。その場合、川本は逃げるしか無かった。しかし、その一番強く、厄介な敵が勝手に初見に巻き込まれて初見殺しにかかって倒れた。その代わりに葵と紫式部が生き残ったが、エインヘリアルとして活躍するマスター一人とは比べるまでもない。サーヴァントである自分も魔力の枯渇で長くは持たない。この瞬間に、川本は勝ちを確信した。

 それがわかっているから、彼の笑みが不気味で、許せない。

 

「あっ...!」

 

 悲鳴とならない叫びを即座に呑み込んでロクに狙いもつけずに矢を放つ。狙いは付けなくても20m程度、大した距離ではない。

 

 連続的に何発も放った矢がそこにいた川本を貫く。しかしそれでは止まらず、小さな血飛沫を上げながら川本に風穴を作り、近くの壁を貫通していく。

 空気を切る音と肉体を割く音と、壁を破壊する音がほぼ同時に聞こえるほどの速度の矢に貫かれたその体は地面を何回かバウントして壁に背中を叩きつける。

 

「貴様──!」

 

 まだ逃がさない。

 飛び込んでそこにいた川本を踏み付けるように足を動かすがそれより川本の方がほんの少しだけ早かった。目を大きく見開いて、即座に手に持っていた刀をふるって壁を切り崩して脚を避ける。

 そのまま近くの柱を切ってそこから先程祐介を切り裂いた光の刃を出しながら川本は溜めていた息を一気に吐き出す。

 

「流石エインヘリアルのサーヴァント。マスターを失ってもこれだけの戦闘力があるとは」

「くっ...!」

 

 先程の言葉通り、自分達がエインヘリアルのマスターとサーヴァントとわかっているその川本は刀を再び振るう。

 おそらくエインヘリアルがここに来る、そしてそのメンバーが自分と真木祐介であることは初めから知っていのだろう。だからそれなりに対策をしてきた。そうでなければこんなに物事が上手くいくわけが無い。

 

「香子!」

 

 何かに気付いた葵が紫式部を突き飛ばす。その瞬間に近くの柱から湧き出た光が突き飛ばされた紫式部の髪を掠った。切られた髪がヒラヒラと舞い落ちる。

 あと一瞬遅れていたら、紫式部の首が胴体と離れていただろう。とすら思われる。

 迷いが無いのはもちろん、その太刀筋が見えない。千里眼はないが、アーチャーの目がある自身ですら追い切れないとなると葵や紫式部では防ぐことすら難しい。

 

「申し訳ございません。葵様」

「待って、来るよ!」

 

 葵がそう言ってその場から跳んで逃げると紫式部と葵の間に再び光の筋が走る。

 

「避けるなら、ちゃんと見ていなければな」

「しまっ─」

 

 川本の言葉で気付いた瞬間天井から雨のように光の筋が落とされる。

 一撃一撃が必殺。かするだけでも引っ掛かりなど全く感じずにサラリと落ちてしまう。受け止めるのは不可能。即座にその場を離れて光の筋が走っている範囲から逃れる。

 

「なっ───ん」

 

 そこで川本に当たった矢が地面に落ちたのを確認した。そして同時に川本の傷が全く癒えていない上に矢が刺さったままなのに、当然のようにたっていることも。

 しかし、再び落とされた光の雨をかわしている間に攻撃ができるはずもなく、距離を離される。

 

「その程度なのか?エインヘリアル」

「川本さん!」

 

 冷や汗を流しながらも余裕の表情をしている川本の背後に葵が跳ぶ。いや違う。壁を蹴って走ってきたのだ。

 常人とは思えない身体能力。おそらく紫式部からのサポートありきではあるだろうがそれにしても、早い。視線は川本をキリッと見ているものの、多少の迷い、というより動揺がある。しかしそれすら隠せるほどの力は怒りからのものだろうか。

 

「葵殿」

 

 川本がそういった瞬間に葵の回し蹴りが川本の右膝に当たる。小さな衝撃波が走ると共に何かを砕く耳が痛くなる音が響く。川本がその場に崩れていくのを見るに、膝の間接を破壊したか。しかし川本も斬撃をしかけておいたのか葵の目の前に光の壁が立ち上がる。次に右、左、と葵が光の壁に囲まれる。

 

「ぐっ!」

 

 折れたはずの右膝を動かしながらも川本は刀を振り回す。適当にやっているようにしか見えないがこの行動はおそらく斬撃を『置く』為の予備動作だ。その証拠に先程まで地面に穴を開けていた光の雨が止んでいる。

 どのような手段を用いているのかは分からないが刀を振るという作業を『置く』という形で近くの物質に固定して任意のタイミングで作動しているのだろう。祐介を切り裂いた攻撃は間違いなく、()()の攻撃だった。ほぼ同時だとかそんなものでは無い。完全に同一のタイミングで放たれたのだ。何かしらの仕掛けがなければありえない。

 つまり、次の川本の行動は。

 

「紫式部!」

 

 光の壁に囲まれていることでしばらく動けない葵ではなく、紫式部が狙いだ。

 川本が弾丸のような速度で紫式部に接敵する。刀は振り上げてている戦闘態勢だ。斬撃は飛ばさず、生身での特攻。紫式部をそこまで警戒していないからだろうか。

 斬撃を飛ばす必要性すらないと言いたげな川本の動きは逆に自分をフリーにする。

 

「ガラ空きだ」

「そっちがっ!」

 

 川本の切り捨てるようなセリフに反論しながら矢を放つ。光の雨が止んだ今、弓を引く動作を止めるものは無い。それに気付いた川本が斬撃を走らせるが、今更遅い。

 サーヴァントはマスターを失った直後に消えるという常識が彼の中にあったのだろう。残念ながらアーチャーのサーヴァントは『単独行動』のスキルを持つ。自分の『単独行動』のランクは最高ランクのAランク。魔力消費は捨てきれないが簡単には消えない。

 

 連続で放たれた七本の矢が全て川本の関節を射抜く。それと同時に斬撃で閉じ込められていた葵が解放されて川本にかかと落としを当てて地面に押し当てる。多少の迷いは見えるが洗礼された無駄のない動きだ。その一撃が川本の首筋を捉えて叩きつけられた地面にヒビが入る。

 その一撃が効いたのか川本は地面にめり込んだまま、ピクリともしなくなった。おそらく死んではいない。気絶しただけだ。しかしその隙は大きく、見逃せない。祐介のポケットからグレネードを出して川本の元に向けて投げる。

 そしてそれが起爆するより前に弓を魔力に変換させて一人と一騎の元に走って二人を抱えて距離をとる。

 そしてグレネードは川本をも巻き込んで大きな閃光を広げるように爆発した。

 

「大丈夫か!?」

 

 葵は川本を踏みつけた体勢のまま、紫式部は多少着物が汚れてしまったが無傷のままだった。

 勝利ではあるがその表情は暗い。

 

「ええ、何とか」

「けど、祐介は...」

 

 紫式部も葵も地面に散らばった上に光の雨が少し当たったため、元の形すらわからなくなってしまった祐介を見ている。

 葵と紫式部は祐介がいなければ初撃で死んでいただろう。それを助けた祐介は全身を切り刻まれた。祐介がいなければその場で無惨な死体になっていたのは自分だったと思わせる悲惨な死。 

 仕事の都合上どうしても死人を多く見ることになってしまう祐介はともかく、紫式部と葵は見なれているはずがない。顔が青くなっているのが見られる。

 

「...私も単独行動のスキルがあるとはいえそこまで長時間は期待出来ない。早くこの場から出るしかない。お前たちの犠牲は、マスターが最も避けたかったことだろう」

「...うん」

 

 暗い表情のまま、葵が頷く。

 もし自分がいなかったら、もし自分が最初から川本を敵だと気付いていたらと色んなことを考えてしまっているだろう。しかし残念ながら川本が回復する可能性を考慮すればそんなことに時間はかけられない。

 紫式部が葵の背中に手をかけて歩き出す。

 所々に放置された死んだ直後の死体には目もくれずにその空間から出ようとしたその時だった。

 

「なんだ...?」

 

 何かに違和感を感じて周りを見渡す。そして、大きく驚く事になった。

 柱が急速に腐るようにしおれ、壁の色が変色していく。天井はいつの間にかなくなっており、穴だらけの地面は穴から砂が流れ出してきている。

 

「これは...!まさか」

 

 紫式部が何かに気付いたように地面の砂を見る。気付いているのだが、信じられなさそうに両手の指を絡ませて息を飲み込む。

 

「知ってるのか!?」

「知っているというより、理解しました」

 

 聞くと冷や汗を流しながらも冷静に状況を理解した紫式部は大きな声を上げてこの現象の答えを言う。

 

「これは、固有結界です!」

 

 

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)ィィィィ!」

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 遠くで、数万人の大男たちの雄叫びが聞こえた。

 




Qアタランテが強すぎる。なんでや、マスター殺されたんだから普通消滅するやろ!なんで消滅するどころか実質敵戦力半壊させとる?エインヘリアルのマスターってみんなこんなんなん?
Aこいつらはまだ優しい。レイのメドゥーサと比べたらな!


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帰還の為の免罪符─12

 王の軍勢。

 またの名をアイオニオン・ヘタイロイ。

 規格外(EX)のランクを持つ最上位の宝具の一つ。征服王イスカンダルと言われた彼の生き様を反映した召喚の固有結界。

 そもそも固有結界真祖や精霊種が使用する空想具現化(マーブル・ファンタズム)の亜種である術者の心象風景()外界()を入れ替える、或いは塗りつぶすものである。本来なら悪魔や死徒の『祖』が使用する奥の手であるがごく稀に継承する人間、もしくは宝具として保有する英霊がいる。イスカンダルの場合は後者である。

 

 その世界は見渡す限りの蒼穹と大砂漠。遮蔽物が存在しないその世界に数万単位のサーヴァントが彼の声に答えて出撃する。

 そのサーヴァント達は固有の宝具を使用できない等の制約はあるものの、それでもサーヴァントとして生身の人間とはかけ離れた性能を持ち、中にはイスカンダル本人より武勇に優れた者すらいる。それを置いておいたとしても単純な数の暴力による攻撃は、もう止めるすべが無い。

 

◇◇◇

 

 

「うぉぉおおおおお!!」

 

 鼓膜を破る、という表現を耳を引き裂くと変えたいほどの雄叫びが世界に響き渡る。勢いが風となって砂を巻き上げながらこちらに迫る。空気が震えてビリビリと太陽の光と共に皮膚を焼いていく。

 

 それと共に訪れる地震のような揺れと蒼穹を埋め尽くす槍の雨。古代ギリシアでは槍投げは基本と聞いていたがいくらなんでも、数が多すぎる。

 

「逃げ...」

 

 耳を塞ぎながらも味方と自分に命中する槍を撃ち落とす。弾かれる槍の塊は纏まりながら地面に突き刺さる。

 

 これで七度。

 

 葵と紫式部、自分の順で走って逃げて相手が攻撃してきたら自分が打ち落とすという行動をずっと繰り返している。

 先程の光の雨と比べてスピードは遅く、撃ち落とせるという違いはあるが如何せん数と物量が違いすぎる。威力も光の雨には劣るが高く、宝具である天弩の弓でなければ弾くことすら出来なかっただろう。弓にかけた指から鮮血が垂れる。

 

 ポタ、ポタ。

 

 ただ、弓の弦で指を多少切っただけだ。大したことではない、よくある事だと思って矢を番える。しかし。

 

「か、は...」

 

 指が震えている。視界の端が赤く変色していき、呼吸がままならない。まるで呪いを受けたように意識が保てなくなってきている。足元がおぼつかない。小鹿のようにピクピクしているのがいやでもわかる。とても英雄とは見えない不格好な姿だ。

 原因は簡単。わかり易すぎる魔力不足だ。祐介(契約者)が死に、川本相手に時間を使い、固有結界に囚われたことで魔力供給の手段が無くなった。本来なら単独行動で戦い続けることも可能だっただろう。固有結界で制御されるのは待機中のマナであり、体内にあるオドは操れない。

 しかし、身体が持たなくなってきている。川本の術式か。もしくは、無意識に祐介に魔力を送っていたか。

 もし後者だとしたら言い訳も何も出来ない。魔力を送った程度では切り傷すら治らないのに、あんな即死の攻撃で復活するわけが無いのだ。

 

「あ、あ...はぁ」

 

 血反吐を腹に収めて全身に力を入れる。目の前には濁流のように押し寄せる大男たちの群れ。再び槍が降り注ぐのも時間の問題だ。対処が遅れれば葵と紫式部が死ぬ。

 わかっている。

 

─こうなったのは、自分のせいだ。

 

 祐介はこうなることが予想出来たから、一人で戦うと言った。そんな彼の気遣いすら否定して無関係の人間を巻き込んだ。

 もし、自分とマスターだけだったら。川本相手でも余計な消耗はせずに倒していただろう。この固有結界も連続の宝具使用で逃げるか破壊することだってできた。少なくともこんなに無様な姿は晒さなかった。祐介も、死ななかった。

 

「すま、ない。マスター」

 

 ボロボロの体で、自らの主に最大の謝罪をする。従者として、一番やってはならないことをした。

 けど、本気でそれが彼の為になると思っていた。人に馴染むことが出来ながらも何処か壁を作ってその内部に侵入させないように無自覚でしてしまう。化け物になってしまった彼には。彼女との出会いでいい方向に変わってくれると、本気で思っていた。

 彼女は、源葵は。■■■■であり、祐介と同じ悩みを抱えている、もしくは抱えていたと推測できたからだ。

 彼には心から支え合える相棒が、もう一人。必要だと思っていた。しかし彼はおそらく違う。

 彼にとっての相棒は、間違いなく自分なんだ。同じ願いを持ち、同じ怒りを持つ。片方は狩人、片方は獣という名の化け物。そんな凸凹ながらも根元では分かり合えていた。

 

「アタランテ...!」

「大丈夫ですか!?」

 

 自分の身体が、魔力消費が多くなっているのを察した葵と紫式部が声をかけて駆け寄ってくる。逃げろと怒鳴ってやりたくなったが自分にはそこまでの元気はない。

 

「...っ!ああ。まだやれる。汝たちは、早く、逃げろ」

 

 そう言いながら全力で矢を放つ。全力で放たれた矢の軌跡を見るより先に再び矢を番えて放つ。それを目にも止まらない速度で行う。

 目的はもちろん軍勢から放たれる槍の迎撃だ。

 

 かち合った矢と槍は火花を立て爆発するような音を立てて葵と紫式部が立っている以外の場所に突き刺さる。

 八回目。もう迎撃した矢の数は数え切れない。

 しかしそれで今度こそ限界に至った。右腕の健が音を立ててちぎれて力なくぶらんと垂れ下がる。これではもう、矢を番えることすら出来ない。

 

 

「アタランテ様!」

「私は、もう持たない。しかし汝たちは違う。この固有結界は()()()だ。走れば、間に合うかもしれん」

 

 そう。この固有結界は不完全。

 それに気付いたのは自分ではなく紫式部だ。この空間は自分の泰山解説祭が発動していないと。おそらくサーヴァントの能力を防ぐ効果などを持たせた結界があると言っていた。しかしその場合この固有結界とぶつりあってしまう。結界同士がぶつかった場合その効果は二種類に分かれる、どちらがか勝つか、もしくは二つの結界が面積を分け合って点在するか。

 しかし固有結界内部にいる紫式部にはそのどちらだとしても泰山解説祭が防がれる理由にはならない。

 

 そして、固有結界とは本来異常な魔力を必要とする。ここから出される結論は一つ。これは既存の結界を塗りつぶしたことで作り出されたいわば擬似固有結界だということ。

 

 擬似固有結界なら本来の固有結界と違い、脱出が可能だ。勿論、それには紫式部の力が必要だ。なのでこの場で紫式部も残って迎撃要因を増やすことは出来ない。迎撃に使えるサーヴァントはたったの一騎。それも最初から宝具も使えないほどに弱体化されたサーヴァント。

 しかしそれでも負けられない理由がある。

 

「私も、英雄だ」

「っ!」

 

 紫式部が息を飲み込む。

 そう。我らは英雄。過去の影法師。いくらマスターが友好的に接してくれて恋人や家族という間柄になってもそれだけは崩れないいや、崩してはならない。それはお互いに対する侮辱だからだ。

 

 そう。私は英雄としてここで死ぬ。ここで死んで明日を生者に託す。

 それだけの為に死んでも惜しくないと。我々は思う。そう思えるだけものもを貰えたから。

 

「宝具を使う。私はそれで終わりだ。後は、任せる。汝のマスター、必ず護って見せよ」

「はい...はいっ!ありがとうございます!」

 

 紫式部の声がそう言いながらこちらに背中を向けて走っていく。

 きっと彼女たちは大丈夫だ。心配事はないがいい主従だ。紫式部の力があればここからの脱出もできる。脱出したあとはエインヘリアルの本部に言えば、翔太郎等のより強力なマスター達が来る。後はただのパワープレイだ。

 

 ふっ。と不敵な笑みがこぼれる。こんなに強そうに見える相手も、この世界ではより上が存在してしまうのか。決して我々は力で上位に至るために戦ってきた訳では無いがこうしてみるとやはり世界は広いと感じる。

 

 泣け無しの魔力で腕に強化を施す。正直切れたものを再び再生することは出来ないが内部に矢を突き刺すことで腕の代わりにはなる。

 

「不格好だな」

 

 自らの矢が二本突き刺さり、なんならはみ出ている自分の腕を見て思わず苦笑する。こんな状態で宝具を撃つと考えると不発で終わりそうな気さえする。

 しかし、放つ。これは決めたことだ。

 

 息を止める。最後の矢を精製して天弩の弓に番える。

 

 血がしみ出しながらもそこには目もくれずに弓を引く。流石に弓の限界はまだ先にあるようでジジジと音を立てながらも壊れる様子はない。いい弓だともう一度思いながら溜めていた息を一気に吐き出す。

 壊れた腕が再び悲鳴をあげる。皮膚が避けて肉が引っ張られている。未だに突き刺さった矢が肉を保持してはいるが痛みは免れない。叫びたくなるほどの痛みを必死に耐える。

 これを撃てば死ぬ。流石に未練はあるがそれは当然のことだろう。それでも引くのだ。

 アポロン神、アルテミス神への加護を感じる。自分の最後に答えてくれているのか泥人形のように崩れそうな体をその信仰心が支える。

 バチバチと空気が鳴り、全身に針が刺さったような痛みとともに力がわき出る。

 これこそが最後にして最大の一撃。1度限りの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。命をかけた大一番。

 

 

「二大神に奉る...ポイボス・カタス...」

「させん」

 

 しかしそれは簡単に防がれた。

 いや、放つことさえ許されなかった。

 

 

 突如出てきた刃が、腕を切り裂く。バランスを崩した身体が後方に倒れ込み、濁流のように押し寄せる強者共の走りがより激しく感じる。もう槍のストックが切れたか。もしくはもう槍を投げる必要性すらないと感じたか。

 

 最後の足掻きすらして貰えない。あんなに力を振り絞って。痛みに耐えて、神の加護すら受け取って。それでも。放つことさえ許されない。

 

「すまんな。こちらも正攻法に頼るわけには行かんのだ」

 

 そこに居たのは長い黒髪に黒色の装束を着用している青年、いやサーヴァントだった。彼はこちらにはもうなんの興味すらないと言い捨てるように視線を外し、何処から出てきたのか大きな馬に跨った。そして葵と紫式部の方に馬を走らせる。

 彼の真名はエウメネス。イスカンダルの秘書官である。

 

 

 

「やめろ...」

 

 ガラガラの掻き消えそうな声が怯える。両腕を切り落とされ、もう立ち上がることすら出来ない英雄など存在しない。そこにいるのはただ一人の女だ。

 そんなものに強者共は興味すらない。

 

「やめてくれ...」

 

 涙が漏れ出す目の端で男共が紫式部と葵に追いつくのが見える。何としてでも守りたかったはずのものが。捕まっている姿しか見えない。

 

 こんなはずじゃなかった。

 こんなはずじゃなかった。

 

 つい先程の英雄の誇りだのなんだの感じていた自分を殴りたい衝動に駆られると同時に腕がないことに気付く。

 

「ああ、あああ...」

 

 体力の尽きた二人が捕まる。

 これから起こることを否応なしに想像してしまう。

 それが何よりも防ぎたかったのにそれを止めることは出来ず。目をつぶることさえできない。二人は叫んでいるだろう。それすら男たちの方向で壊れた耳では上手く聞き取れない。

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

 何よりも頼りない、敗者の絶叫が、結果内に響いた。

 

 

 

 

 

 もし、それを防ぐものがいなかったら。最悪の状況だったと言うように。

 

 「全く。らしくないっすよ。アタランテ」

 

 

 幻聴と思われる声が耳の中に響いた。そんな形のないものにすら縋りたくなって顔を上げる。そこにはと紫式部と葵に組み付いていたサーヴァントの首と胴体が別れていた死体が積み重なっていた。

 たった一瞬。瞬きの間だろう。その隙にサーヴァントを、倒した。

 

 

「...え?」

 

 そこに立つのは一人の男。

 

 

 人類最強のマスター?

 否。

 

 人類を敵に回した天王寺の人間?

 否。

 

 多くの人を救った深澤浩二か? 

 否。

 

 

 そこに立つのは誰よりも知って、誰よりも信頼した一人の男。自らの相棒であり、マスター。

 信じられないと口に言おうとした。しかしそれはなかった。頭が自分の考えより、目の前にある答えを信じたからだ。

 

 

「お前ら、たった三人の女に大人気ねぇとは思えないんすか?」

 

 日本人らしく真っ黒の髪の毛は少し紫がかっており、衣服は緑のマントの代わりに黒紫色の毛皮を羽織っている。先程振るった腕は彼女達を助けるために血で汚れて、元の色が分からなくなっている。しかし表情は強気で細い眼は殺すべき相手を睨んでいる。

 そして勝ち気にパシッと音を立てながら拳と掌を付き合わせている姿からは余裕すら感じられる。

 

 真木祐介。

 エインヘリアルのマスターの一人にして、崩壊直後に体内に怪物を埋め込まれた()人間。

 そしてその怪物と繋がりがある一騎のサーヴァントと契約し、もう一騎のサーヴァントの()()()()()()()()()を使用する魔術師──ではなく魔術使いの一人。

 

 そして、この場に立つたった一人の英雄。

 彼は挑発的に人差し指をクイクイと折り曲げながら言った。

 

「第二ラウンドだ。全員纏めてかかってこい。英雄モドキ」

 




窮鼠猫を噛むとはまさにこの事。
英雄は、危機的状況に出てくるから英雄なのだ。


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帰還の為の免罪符─13

怪物であり、英雄。
英雄であり、怪物。

相反する二つの答えは結局融合して新しい答えとなる。マスター、真木祐介。カリュドーンの猪──解放


 

 カリュドーンの猪。

 カリュドーンの王オイネウスがアルテミスへの生け贄を忘れたことで放たれた巨大な豬。

 それを討伐する為にカイネウス、ディオスクロイ、ペレウスにイヤソンといった後の世を変えたり、世界を変えた英雄たちが集められたが、そのイノシシによってその内何人かが殺された。

 

 英雄殺しの豬。しかしその猪もメレアグロスというオイネウスの息子の投槍によって討ち取られた。

 

 

 メレアグロス。

 オイネウスの息子であり、投槍の名手。アルゴノーツの一員でもあり、アタランテに恋をした一人の男。カリュドーンの豬討伐の手柄をアタランテに譲ろうとしたことにより、家族間に不和が広がり、結局彼はアタランテの目の前で焼き殺された。

 これを気にアタランテは結婚をしない誓いを立てることになる。

 

 そして、ギリシアで唯一ヘラクレスを恐れさせ、その逸話で涙を流させた英雄。

 後に彼の妹でありヘラクレスの妻であるデーイアネイラのミスによりヘラクレスが死ぬことになるがそれは別の話。

 

 

 

 そんな怪物と英雄がたった一人の男を器として中に吸収されている。

 かたや英雄殺しの豬。かたやギリシア最強の英雄を感動させ、自身の妹を妻として娶らせた英雄。

 

 交わることはあっても、反発することしか無かった両者の力が、真木祐介に取り込まれた。

 

 

◇◇◇

 

 心の中にフツフツと怒りが燃え上がる。

 それは誰のものなのか、検討もつかない。これは、呪いだ。誰に恋してもならない。誰を愛してもならない。堕落してはならない。憎悪を根に染み付けさせてから花を開かせる呪いの塊。

 

 全身の魔術回路が暴走し、地をふみしめる足から、呼吸する息から、魔力が生成され、痛みという力を伴って肉体を強化し続ける。

 痛いが、痛いだけだ。傷がある訳では無い。その証拠に自分の腕は丸太のように太くなり、変色した魔術回路が表面に浮きでているだけだ。

 

 それより自分には深い根を早す憎悪の方に意識が取り込まれる。本来ない感情を作り出す根ではなく、今あるものから新たに増やされる憎悪。 

 自分たちをこんな目に合わせたマスター。そしてそのサーヴァント。

 

 憎い。憎い。憎い。憎い。

 殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。

 

 壊して、根っこから全て壊して。殺して回って。本当なら撲滅したい。

 それを肯定するようにカリュドーンの毛皮は魔力を精製するスピードを早くしていく。痛いが怒りに、憎悪へとなる。この力をそのままふるえば確実に勝てる。

 

─けど、違うんだ。

 

 確かに憎い。殺したいと思う。けど、それはもう過ぎたことで。関係の無いマスターに対して抱くべきではない。彼らだってみんな同じなんだ。

 

 生きたい。

 楽したい。

 苦しいのから逃げたい。

 痛いものから体を離したい。

 恐ろしいものから目を背けたい。

 

 単純で、だけど叶うことの無い願いがあって、それを叶えようとするために道を間違える。どうしても目の前の人間を喰らうほどの悪性がある。けど、最初の願いはそんなものだ。それは悪くない。悪くないのに、悪いことに繋がるからと殺してはいけない。

 憎悪を抱くべき対象はただ一つ。

 

 

─そんな人たちを傷つける存在だ。

 

 

「俺だってさ、痛いし怒るんすよ」

 

 ため息をつくように言葉を並べる。

 周りに立つのは王の軍勢の名の通り一人の王に使えた騎士団達だ。数に任せた全力攻撃。あの時、自分がまだ弱かった牛若丸モドキとの戦いの時とおなじだ。

 あの時は弱かった。力はあっても使い方を知らず、サーヴァントになんて勝てないと決めつけ、逃げることすらしようとしなかった。深澤浩二に背中を押されなければ自分は一生あそこにいただろう。嫌だと言いながら、何も行動することは無かっただろう。

 しかし、今倒れている彼女たちは違う。勝てなくても、負けるとわかっていても、《逃げる》という手段をとった。とることが出来た。それは褒めるべき行為だろう。もし非難する場所があるとすれば初撃で《蘇生宝具》が無ければ死んでいた自分だろう。

 彼女達は悪くない。しかし負けて、いまこうして倒れている。その理不尽さが、更なる怒りに拍車をかける。

 

「だって、それが人間っすよね?」

 

 余裕を失いながらも自己を保つように「っす」の語尾を忘れず、構えをとる。

 

「ま、ァスタ...たァ」

 

 涙と泥で顔を汚した自分のサーヴァントが縋るように目の前に体を引きずりながら現れる。無様な姿だ。顔は泥と涙でぐちゃぐちゃで、両腕は肘の辺りで斬られ、残った場所にも弓矢が刺さっている。足はぐちゃぐちゃになるまでに変形しており、とても純血の狩人という2つ名を持つ高貴な彼女とは結び付くような容姿では無かった。しかし、逆に言えばそうなるまで戦ったということだ。単独行動があるとはいえ、マスターを失った、この環境で。彼女は主が死んだと思いながらもよく戦った。少ない魔力で、消えかかりそうな灯火のような自己を保ち、戦い続けた。立派な英雄だ。

 

「よく頑張った。アタランテ。後は任せろ」

 

 そういうとアタランテは安心したようにその場に倒れる。その顔は酷い有様ながらも安心したような顔をしていた。

 

「葵、紫式部。アタランテを、頼んます。それと、ありがとう。戦ってくれて。その雄姿はちゃんと見たっすよ」

 

 葵と紫式部が倒れたアタランテに駆け寄る。雄姿を見た、というのは実は嘘だが彼女達の様子からそれは察せられる。そして同時に彼女達ももう戦える状況ではない、という事もわかる。だから守るということは出来ないだろう。させる気もないが。

 これ以上彼女たちに戦闘はさせない。自分一人で、全てを倒す。

 

 

「...後は俺たちの仕事。そこで見ていてくれ...っす!」

 

 そう言い残して砂の大地を強く、強く蹴った。

 相手は一人だ、と叫ぶ大男達は片手に棍棒のような剣、片手に硬そうな盾を持ち、見るからに重そうな甲冑を身にまといながら濁流のように押し寄せる。

 

 その濁流に姿勢を低くして四つん這いになって突っ込む。自分の中にある英霊の力は《蘇生宝具》の発動と同時に眠ってしまった。今あるのはただの猪の呪いのみ。ただの獣ならこの時点で死が確定しただろう。しかし、かリュドーンの猪はアルテミスがつかわした幻獣。それも神獣に片足入っているとすら言われる幻獣だ。

 いくら征服王の配下のサーヴァントと言えどただの近衛騎士に勝てるような代物ではない。

 

 

 肩に当たる重圧。しかしそれはたったの一瞬だ。濁流のように押し寄せた男達の身体を容易く押し潰していく。

 

「なんだと!?」

 

 男たちが驚きのあまり足を止めたのを確認して一番近くにいる敵の腹に一撃パンチを入れる。金属の甲冑で塞ぎきれなかった一撃はその体を貫いて、破壊する。

 魔猪の突進に似た衝撃。神秘のない金属の甲冑では運が良くても凹み、運が悪ければ簡単に貫通する。これは盾や防具で防いだとしても衝撃だけは流す打撃だ。上手く脳を揺らせればそれだけで格上にすら勝てる。

 

 

「グルウオオオ!!」

 

 その後あいた隙を埋めるように喉を壊すほどの咆哮(バインド)を行う。耳を塞ぐほどの大音量であると同時に生物の本能的な恐怖に反応させて耳を閉じさせ、身体を硬直させる。隙を埋めるだけでなく、相手の隙を生み出した後耳を塞いだ男達の首を超強化された爪で引き裂く。爪そのものに魔力を込めるのと同時に呪いを纏うことで超強化された爪はリーチを除けば近衛騎士達が持つ剣や槍を簡単に破壊して持ち主を殺すことが可能だ。

 

 

 爪で相手の武器を破壊してそのままの勢いに任せて急所をもぎとる。文字通りの力に任せたパワープレイだ。

 

「囲め!盾を使って押し込むんだ!」

 

 しかしこちらが幻想種ならあちらは英雄。何人かの勇士を犠牲にすることであっという間に囲まれる。目の前にいるのは持ち手の姿が見えないほどの大きな盾を持った前衛部隊。先程の濁流のような流れではなく、統率された物量で押し寄せてくる。

 数を揃えた上で圧死を狙う。作戦としては簡単だが、ここまで早く完璧に仕上げてくるのはいい指揮官がいる証拠だ。先程の聞こえた声からして言ってきたのはイスカンダルではない。しかし王の軍勢には元々カリスマスキルを持った英雄も含まれているらしいのでその中の誰かだろう。

 

 

「まぁ、無駄なんだがな」

 

 そう切り捨てながら圧死させようと迫り来る盾を蹴って足場にして空中に身を投げ出す。

 途端に投げられた槍を前腕で薙ぎ払った後盾を持った部隊の後方に着地して、何体かちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返しながら後方に後退する。

 元より魔獣に常識は通用しない。骨、神経、筋肉。生物として当然としてあるものがこの身体には存在しない。

 流体のようにうねる腕が複数の兵士の首を一度に切り落とす。

 

「ぐ、がぁぁぁっ。はあっ、あああっ!」

 

 もちろん人体を好き勝手弄り回せば痛みは発生する。しかし繋ぎ止められた身体は変幻自在に敵を狙い穿つ。

 投げられた槍が前腕を掠り死体に突き刺さる。

 痛い。しかしその痛みが魔獣たる憎悪と欲を掻き出す。

 

 そうだ。俺は獣。

 アタランテが宝具『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』で変身するのとは訳が違う。

 

「こい、こいっ!」

 

 頭がこねくり回される。

 しかしその中で野生由来ではない理性が残り、体を強く強化し続ける。

 

 大砂漠を自由に駆ける。未だに生きている兵士たちを見つけたら殺すという作業をかしながらも自由に、走り回る。

 

 

「グルウオオオ!!」

 

 それをもう一度感じるように強く吠えた。

 

◇◇◇

 

 崩壊世界の戦いというのは基本的に一方的だ、とは誰の言葉だったか。

 要するにアレは戦いではなく略奪だ。加害者(奪う者)被害者(奪われる者)が存在するだけの簡単な暴虐。生物の捕食のようにそれがひっくり返ることは基本的にない。今でも生息域が増えたり、数を増やしている魔物すら幻想種の劣化でしかない。サーヴァントを囲んだとしても余程戦闘を苦手とするサーヴァントでなければ蹴散らされるのみだ。そしてサーヴァント対サーヴァントの戦闘が基本的に起こらないということもあり、戦闘とは持つものが持たないものを蹂躙するのが基本。

 で、あるからして真木が引き起こしている災害のような蹂躙は特別珍しいものでは無い。戦っている相手が、サーヴァントであるということを除けば。

 

「...」

 

 たった何回か腕を振り回しただけで倒れていくサーヴァント。一騎一騎が一騎当千の実力、多くの人間を食いつぶしてきたエネミー達の大群を処理できるような力を持つ。しかしそんな彼らがただ一匹の獣に殺されている。

 彼らだって馬鹿では無い。獣を囲み、空中に出たら槍を投げて撹乱。そして何より戦えない状態である自分たちを人質として止めるような手段を取ろうとする。

 しかしその大半がその行動を取る前に倒されていく。

 

「強い...」

 

 言葉が、勝手に口から零れる。

 間違いなく最強クラスとすらいえるサーヴァント達がまるで無双ゲームの雑魚兵のように纏まって倒されていく。

 狂気を感じるほど縦横無尽に走り回っては獲物を捕食するように鎧を諸共せずに食らいつき、殺していく。

 

「あれが...カリュドーンの、猪。怪物と言われた...私の主の正体だ」

 

 小さな声が聞こえて振り向くとそこには倒れたまま、動かなかったはずのアタランテがうつ伏せから仰向けになっていた。

 

「アタランテ」

「私は、大丈夫だ。マスターとの魔力パスも繋がった。メレアグロス(あの男)の宝具が、上手く作用したらしい」

 

 見た目はまだボロボロだが、祐介との魔力パスが繋がったという言葉には間違いはないらしく、その声はいつものアタランテと変わらなかった。

 

 

「宝具?」

 

 しかしその言葉の意味はよくわからず首を傾げる。その言葉に答えたのはアタランテではなくまだ余裕が少しだけありそうな紫式部だった。

 

「メレアグロス様には生まれて7日目に三柱のモイライという女神が現れてこう告げたのです」

「高貴な人物になるであろう。武勇に優れた英雄になるであろう。そして残りの一柱の女神は炉に薪を投げ入れてこの薪が燃え尽きるまでメレアグロスは生きると」

 

 神が告げた予言。それはある種の因果律にも干渉する。つまり、逆説的にメレアグロスという英雄は薪がある限り死なないのだ。それならあれだけ切り刻まれながらも生存する理由にはなる。

 

 

「けどそれはメレアグロスってサーヴァントの逸話で、宝具となったとしても祐介が持ってるのは」

 

 しかし、それにも問題がある。それはどう考えてもメレアグロスという英雄の逸話であり、それが宝具に昇華されることはよくある事だ。しかし、それはあくまで英雄メレアグロスであり、祐介ではない。

 祐介がカリュドーンの猪の力を持っているというのは聞いた。しかし、それではメレアグロスの入る場所は無いのではないか。

 

 しかしそこまで言うと紫式部がハッとした表情に変わる。

 

「クラスカード。正式名称はサーヴァントカードだったか。それを使い、マスターは彼の宝具を発動させたのだ。...用意周到な男だ。私にも告げずに、作動させるとは」

 

 ハッとした紫式部の表情に頷きながらもつまらなさそうにアタランテは言って切られた腕を見つめる。

 あの斬られた瞬間に祐介が生きていたということはアタランテとの魔力パスは切れるわけが無いのだ。しかしそれが無くなった。つまり、祐介が斬られた瞬間に自分から切断したということになってしまう。

 アタランテもその宝具を持っていることを知らなかったということを踏まえればアタランテにわざと告げずに使い、アタランテの動揺から真木祐介は死んだと誤認させるのが狙いだったということになってしまう。

 そうなのだろう。短い付き合いだが、彼ならそうすると思ってしまう。軽そうな見た目ながらも芯はある。あくどい手を使ってでも非戦闘員を逃がそうとするかんがえは、彼らしいとすら思ってしまう。

 

「しかし、その場合薪が無くては始まりません。彼は薪をどこかに隠したのでしょうか」

 

 納得しながらも受け入れられないアタランテに紫式部は薪の存在を言う。

 もしかしたらだが、自分が死ぬと思って飛び出したのは間違いでは無いのかもーという考えをアタランテに言ったのだ。

 

「その可能性もあるが...いや、敵の陣地に置くほど私のマスターは愚かではない。考えられるとしたら結果的に守ることになる者に押し付ける...ああ、なるほど。葵。汝の背中になにか貼り付けて無いか?」

 

 しかしアタランテはその考えに首を横に振って少し考えると。とても楽しそうな表情を浮かべて斬られた腕でこちらを指してきた。

 

「───っ、あり、ます。」

 

 それに1番反応したのは当然紫式部。若干引き気味の表情をした後に自分の背中に手を当てる。そして、ビリッと音を立てると共に「ありました!」と大きな声で言って薪をアタランテに差し出す。

 なんてことは無い。ただの薪だ。固定に使ったのかテープが薪についているがそれを除けばその辺の野山で拾ってきたと言った方が納得できるほど普通のものだった。

 

「え?私?」

 

 いや、それよりその感覚がなかった方に驚くべきだろう。アタランテの言い方を信じるなら祐介が薪を張りつけたのは切られる直前、おそらく、自分と紫式部をはじき飛ばした時だろう。その時に背中に薪を貼り付けて置いたのだろう。しかしそれなら背中に薪が乗っていると思う所か違和感すらかんじなかった。

 

「マスターは汝が戦えるとは知らない。私が残った時に汝を守ることは当然予想出来ただろうからな。汝に押し付けるのが最適解だったと言えるだろう」

「すみません、全く気づきませんでした」

「何、相手に気づかせないように何らかの術を噛ませておいたのだろう。実際川本も気付いていなかった」

 

 また楽しそうな表情をしたアタランテが紫式部から薪を受け取って眺めている。何が楽しいのかは分からないが、祐介が頑張った甲斐はあったと思える。

 そう思いながら祐介の戦う姿を見ていると不意に、背筋に悪寒が走った。まるで背筋に長い蛇が走るような。首元にナイフを突きつけられるような。生理的な嫌悪ではなく、恐怖によって形作られた嫌悪。

 振り返っては死ぬかもしれない。動いたら死ぬかもしれない。

 そんな恐怖に駆られるものの、首と腰が動いて真後ろを見る。

 

「...あぁ、なるほど。そういうことだったのか」

 

 

 そこに居たのは一人の男だった。しかしその姿は記憶にあるものとは違う。

 

 

「川本...さん」

 

 藍色の和服は燃え尽きたのか衣類の類を全くしておらず、光の刃を出していたと思われる刀は半分に折れている。

 アタランテの攻撃で刺さった矢は抜けているもののその体は穴が開いたままになっており、左半身は酷いやけどで黒く変色しており、顔の左半分に至って潰れて原形を保っていない。

 

 しかし彼は立っている。その闘志は全くもって消え失せていない。それどころか、もっと強くなったように見える。

 川本敦という名の殻を破って出てきた無名の男は、残ったひとつの目でこちらを見つめている。

 

「なるほど。エインヘリアル(死せる戦士)と呼ばれるだけの事はある。私の敗北だ」

 

 一歩、彼が踏み出す度にロボットが軋むような音がする。

 もう、永くない。それは彼が一番よく知っていることだろう。サーヴァントと戦うことすらできた彼も今ではまともな戦闘すらできない。祐介がこれば一瞬で切り捨てられるだろう。しかしその祐介は大量のサーヴァントと格闘戦を行っている。ここに参加するのは厳しいだろう。

 つまり、自分たちで対処するしかない。

 

─出来るのか。

 

 

「しかし、最後の勝ちまでは譲らない」

 

 彼は折れた刀を構える。

 アタランテは両腕を負傷し、紫式部は格闘戦が出来ない。しかし自分もほとんど体力が残っていない。彼は魔性では無いので、紫式部と作った礼装も効果を発揮しない。

 純粋な格闘勝負。

 

─自分が何とかするしかない

 

 少なくとも祐介が来るまでは時間を稼ぐしかない。

 力のない身体にムチを打って立ち上がる。刀と拳、刀が折られているとしてもリーチはあちらの方が上。彼が永くないということを踏まえれば短期決戦で来るはず。

 構えをとる。一撃、たった一撃かわせばチャンスが生まれる。

 

「やめてください...って言っても聞かないですよね」

 

 一応彼にそう言って抵抗を止めるように言うものの彼は口を噤んだまま、刀を構えている。

 覚悟を決めるしかない。

 これは魔獣や葛城財団のようなヤツらとの戦いとは違う。

 

 純粋な、命を賭けた、殺し合い。

 

「どんな手を使おうとも、私は、君をっ...!」

 

 彼が飛び出したのを合図にラストバトルは始まった。




ラストバトルが双方で発生する。ゴングなんて最初からない。そんな無粋なもの、この場にはいらないのだから。


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帰還の為の免罪符─14

最強は無敗って訳では無い。


 一度だけ、翔太郎が泣いたところを見たことがある。

 

 ある雨の日。彼はずぶ濡れになりながら二騎のサーヴァントを背負ってやってきた。その日は深澤浩二を始めとした主力部隊がこの崩壊世界を作った神と交渉をする、という超重要作戦の途中だった。

 その作戦には20名以上のマスターとサーヴァントが行っていた。皆、自分より優秀で優れた知識と技量を持ったマスター達だった。しかし帰ってきたのは彼ただ一人。

 

「翔太郎...?」

 

 その翔太郎の顔は俯いているため見えなかったが血の雨に降られたかのように血だらけになっており、そして彼本人の傷が少ないことから見て、それは別の誰かの血だということを想像させた。

 

 何人かのマスターが心配そうに駆け寄るが彼は俯いたまま、何も言わずに静止している。しかしわかるのは彼は泣いているということだった。ずっと、雨で誤魔化すように声を立てずに泣いている。その表情に驚いたのか、もしくは翔太郎の強さを知っている状態で『何があったのか』を察したのかそのマスター達は翔太郎に声もかけずに後退りをしてしまう。

 

「翔ちゃん!どうしたの!?」

 

 そこに一人の少女が駆けた。深澤美鈴。深澤浩二の妹であり、倉田翔太郎の幼馴染である彼女が躊躇せずに走ってきて翔太郎の手を掴む。

 何より大切な少女の言葉に翔太郎は力無く膝をつく。

 

「翔ちゃん!?血だらけじゃん!大丈夫!?生きてる!?」

「ごめん...美鈴」

 

 翔太郎は力無く彼女にそう言ったらしい。らしい、というのはその声が遠くで見ていた自分とには全く聞こえなかったということだ。

 あの頃から倉田翔太郎という男のイメージは熱血で色恋にだらしないという欠点はあるものの、自他ともに認める色男であり、何よりどんな相手であろうと即座に切り捨てる強さを持った最強の男であった。

 初めてであったあの日からその印象が離れなかった為、まるで死にかけの子犬のような彼の姿が合致せずに、頭がおかしくなる感覚を感じる。

 

「ごめんはいいから!とりあえず、血、拭かないと...怪我は?ねぇ、翔ちゃん!」

「ううっ...」

 

 周りの人の目を気にせずに持っていたタオルで翔太郎の身体を拭きながらも建物の中に入れようとするが翔太郎の身体は彼女には重いらしく、ビクともしない。

 

「ねぇ、他の人は?いないの?お兄ちゃん...は?」

 

 そうしているうちに美鈴もやっと状況がわかったようでずぶ濡れの翔太郎の肩を掴んで話を聞こうとする。後で他のマスターに聞いたところ彼女は状況を察していながらもそれが信じられない様子だったらしい。

 彼女の兄、深澤浩二は翔太郎にマスターのイロハを叩き込み、多くの人たちの心を救った英雄的立ち位置の男だった。そんな彼だからこそ今回の作戦を考えられたわけであるし、それに乗っかる者たちも多かった。だから大丈夫。ただ翔太郎だけが早く来ただけ。そう思いたかったのだろう。

 しかし翔太郎が遂に地面に拳を叩きつけて美鈴に土下座をする。

 

 

「みんな、みんな死んだ、殺された!先輩も、俺を、庇って...悪い美鈴。ごめん...許してくれ...俺が弱かったから、先輩を、守れなかった!」

 

 その言葉に美鈴の表情が絶望に変わる。彼女にとって最後の家族の死亡。それは、自分が一人になることの同義で、本当に、酷い顔をしていたらしい。

 

「ごめん...ごめん美鈴。俺のせいだ。全部俺のせいだ...」

「嘘、だよね?翔ちゃん?風邪ひいて頭おかしくなっちゃったんだよね?それともサプライズ?もーダメだよ翔ちゃん。こんな時にするものじゃないから…ね?嘘だって、言って?」

 

 信じられない。否、信じたくない美鈴が冗談を言うように無理な笑顔を作りながら『嘘』という答えを待っている。しかしその彼女の体も小刻みに震えていて、見ていられない状況だった。

 

「ああ、死んだんだな。深澤さん」

 

 自分はそう言って彼らから視線を外す。これ以上は見ていられない。深澤さん一人の力で集まったこの組織も終わりだ。自分はまた怪物としてその辺をのたうち回ったあとにサーヴァントに殺されるんだろうな。

 そう思って頭が痛くなりながらもどうしようかと考えて、他人事のように彼らのことを見捨てようとした。否、見捨てた。

 

 その時は自分ことだけで精一杯だったなんて言い訳、今になっては言うことすら出来ない。酷いものだ、救われたことをさっさと忘れようとしていた。

 

 その時だった。ガチャン、と音がしたので反射的に音がした方向を見る。そこでは翔太郎が美鈴を強く抱き締めていた。彼は俯くのをやめたから、涙を思いっきり見せながら美鈴に向かって

 

「ごめん。ごめん。美鈴!俺が、先輩の代わりになるから!俺が先輩の代わりに、俺が先輩になってお前を守るから...だから、許してくれ...美鈴...っ!」

 

 声は大きくなったがその声は頼りなく、力無いものだった。それが翔太郎が負けたということを自分たちに強く教えてくる。

 翔太郎が負けるような相手に、自分たちが戦ったところで勝てるわけが無い。翔太郎もこれ以上は戦えないだろう。逆にそもそも、あんな子供が戦えていた事実の方がおかしいのだ。この世界は永遠にこのままで、化け物である自分は退治されるだけだ。

 

 そう思ってため息をつく。下らない。翔太郎もこの程度。とあしらうことが出来る相手がこの世界をこうしたなら、生きようとする行為そのものが無駄だ。どうしても生きたかったらその神の言う通りにするしかない。少なくとも、なにか意見するようなことがあれば即刻首切りだ。

 

「やめて。やめて翔ちゃん。翔ちゃんは翔ちゃんなんだから。お兄ちゃんになんてなれないんだから。だからやめて。お兄ちゃんになろうとして翔ちゃんが消えないで。お兄ちゃんがいなくなったのに、翔ちゃんまでいなくなったら、私、どうすればいいの?」

 

 そう思って眺めていた自分の目に映ったのは泣きながら力強く抱き締める翔太郎に対して優しく、聖母のようにその背中に手を回す美鈴の姿だった。

 彼女は自分が一度の敗北を知り、簡単に見捨てた翔太郎を受け止めてそのままでいて、と言った。

 

 その時は意味が理解出来なかった。彼は神に負けたのだと思っていたから。実際は神ですらない伊達と言われる謎の男に負けたのだが、どちらにしろ負けた上に20人もいたメンバーの中で一人しか生還出来なかったということから切り捨てられるのも無理はない。というより期待を裏切ったと思って見捨てることだって有り得た。

 しかし彼女はそんなことをしなかった。それは彼女が翔太郎を慰めたのが彼の強さを信じたらからでは無いからだ。たった一人の、自身の幼なじみを。愛する男を信じて、失いたくないと思ったからだ。

 

「美鈴...」

「お願い。翔ちゃん。お願いして。私を一人にしないって。もう二度と置いていったりしないで。逃げてもいいから。ずっと、一緒に居て」

 

 翔太郎もそれに気付いたのか美鈴の肩に顔を埋めるように縋り付く。そこから嗚咽が漏れる。それを見て自分はいつの間にか周囲で見守る中の一員になっていた。

 

「うぅぅっ...あああ、っ。ううっ。うああああ──」

 

 そして今度こそ、彼は大声をあげて泣いた。自分の情けなさに。そしてそれでも願ってくれる仲間に。

 その時初めて、自分は何を考えていたのかを思い知らなされた。少し前の自分を殴り飛ばしたくなってくる。自分はずっと、彼一人に戦わせて、或いはサーヴァントに全て押し付ければいい、と深層心理で思ってしまっていた。しかし違う。彼はこんなに子供で、サーヴァントにも心がある。

 力が強いとか弱いとかではなく、それはどうしてもあるものなのだ。それを自分はいつの間にか、蔑ろにしていた。そんなものは自分を化け物にしたマスターと同じだ。

 違う。違うのだ。人が何かに乗り越えた時は、文明を広げてきた時は、必ず、仲間たちと一緒だった。そんな当たり前のことを、忘れようとしていた。否、考えるのをやめていた。

 

「翔ちゃん───」

 

 涙を堪える美鈴を見ながら周囲の大人達は無言で立ち去る。彼らも強い弱い関係なく覚悟を決めたのだ。

 この組織を復興させる。深澤浩二がそうしたように多くの人達を救えるように。やり方なんて欠片も分からない。だから必ず失敗だらけになるだろう。しかしやってやるというやる気だけはそこにあった。

 

 

「ああ、わかった。俺はもう。負けない」

 

 いつの間にか止んだ空の下で、彼はそう言った。

 

 そして翔太郎は文句無しの最強になった。

 

 

◇◇◇

 

 倒したサーヴァントの数は百を超えてからもう、数えるのも億劫になってやめてしまった。

 翔太郎も一度大量のサーヴァントを召喚する宝具をもうサーヴァントと戦った結果サーヴァント相手に数万の組手をする結果となったと言っていたが、言葉以上にそれは厳しい。

 実際の所、この軍勢の宝具も不完全故か大半の兵士は葛城財団で運用されているゾンビ兵やシャドウサーヴァント並の戦闘能力なので何とか生き延びられているがそれでもこれだけの数だ。肉壁になるだけで超えるのは厳しくなる。

 

「どけぇ!」

 

 それを強引に膂力で押し切って殺し尽くす。 

 その視線の先にはボロボロの()()が戦闘不能の三人の前に立っているという危機的状況だった。

 その中で一人、現在格闘戦ができる葵が立ち上がってその『何か』と話している。

 

「ちっ、葵!」

 

 すぐさま救援に向かうべきだ。葵はもう立っているだけで厳しい筈だ。その上『何か』の気配はボロボロとはいえシャドウサーヴァントのソレに匹敵する。言うならサーヴァントのなり損ないと言えるものだ。勝つのは厳しい。それどころか一瞬で殺されるという可能性もある。

 

 しかしそんな自分の考えとは裏腹に何百人もの兵士が剣を振り回しながら必死に邪魔をしてくる。爪で盾を切り裂いてもサーヴァント故の生き汚さを見せつけられて葵達の方は見ることしか出来ない。

 アタランテに指示を出そうにもアタランテは両腕を失ってほとんど動けない。

 

─自分が何とかするしかない。

 

 砂場を強く踏みしめて大地を翔ける。

 

 そこに稲妻を纏った一頭の馬が弾かれたような速度で跳んでくる。

 

「そんな程度でいいであろう!ギリシャの怪物よ!」

 

 そんな大声を立てながら目の前に立つのは。

 1人の屈強な大男。乗っている馬も並の馬と比べれば一回りか二回りほど大きいのに、それが小さく見えるほどの大きさを持つ筋骨隆々の大柄な男。

 

「征服王」

 

「如何にも!余こそが征服王イスカンダルである!」

 

 呟いた言葉を増幅させるようにそう高らかに自己紹介したのは最高神ゼウスの息子とも言われるマケドニアのアレクサンドロス大王。不完全であろうとこれほど出力の高い宝具を使えているだけあって当然ではあるがシャドウサーヴァントでは無い、本物のサーヴァントだ。

 

「言っておくがアンタの部下になる気は無いぞ。言い訳も聞く気は無い。俺からはただ一言だ」

 

 長話は葵の負担を大きくする。

 だからこの男を騙し討ちをしてでも即死させる。この男が出てきたのは敵方の戦意が増すという意味でめんどくさいが逆に言えば将棋で玉を相手に差し出すようなもの。この宝具を即座に終わらせる最善の策がそこにはある。

 

「ほう、そうか。それでは仕方がない。ただし余もかのマスターは大いに気に入っているのでな。譲れんものは譲れん」

 

 イスカンダルは難しそうに顎髭を擦りながらも勝ち気に笑う。

 

 どうやらお互いに長時間戦うのは望んでいないらしい。なら答えは一つ。短期決戦だ。

 

「だろうな。じゃあ、狩ってみろよ。征服王」

 

 肩に手をかけて毛皮を剥ぎ取る。剥ぎ取られた毛皮は魔力として霧散し、壊れていった『ケモノ』の身体が瞬時に『ヒト』の身体に戻る。

 残り魔力は少ない。カリュドーンの猪としての姿なら大地を踏み締めれば魔力が増加していくが、それを剥ぎ取った今、それは使用できない。自分の生命力をそのまま魔力に変換するしかない。

 

 そして、腰に入れていたバックルから一枚のカードを抜き取る。そこには槍を持つ槍兵の姿が描かれている。

 

 

「──告げる! 」

 

 魔法陣がカードから広がり自分の全身を覆うように前に突き出される。それは英霊の座への直通回路。

 全身の神経が破壊されていく。生命力を魔力としすぎた結果、壊死しているのだ。しかし止めない。止めたら負ける。負けたら葵も、紫式部も、アタランテも死ぬ。

 しかし長時間の戦いも彼女たちが死ぬ。なら答えは一つ。たった一撃の超強力な一撃で全てを終わらせる。

 

「汝の身は我に! 汝の()は我が手に!

この世(聖杯)のよるべに従い、この意この理に従うならば応えよ!誓いを此処に!我は常世総ての善と成る者!我は常世総ての悪を敷く者!汝三大の言霊を纏う七天!抑止の輪より来たれ 天秤の守り手よ!」

 

─ドクンッ。

 心臓がもう心残りは無いか?と問いかける。

 死ぬかもしれない。死ぬのなんておかしいことではない。むしろ、生き続ける方がおかしい。

 

 

 負けるのは当然。負けたら死ぬのも当然。だから、この戦いで勝てたらお前は死ぬべきだ。そう呪うように心臓が鼓動する。

 それの答えは、もう用意されている。

 

─死なねぇよ。守るものがあるならな。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 魔法陣から光が満ちて、広がり始めた。

 




ランサー、メレアグロス。カリュドーンの猪を討伐した本当の英雄が征服王を討伐する。


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帰還の為の免罪符─15

 目の前の相手には、未来を見ようとする意志がない。彼は今だけしか見ておらず、その先がどうなっても預かり知ったものではないと思っている。

 しかしその闘志は自分より上、数値として表すことは難しいが数倍と思えるほどのものだ。

 

 何より恐ろしいのが、それほどの闘志がどこから出ているのかが分からないことだ。見た目もかなり不気味だが、それよりまるでホラーゲームの怪異のように、その正体が分からないのが恐ろしい。

 

 しかし彼を蹴り倒した感覚は未だに痺れた脚に残っている。彼は殴れば死ぬ。それだけはわかる。逆に言うと、それだけしか分からない。

 あの光の刃は出せるのか、出せないのか。

 何発殴れば死ぬのか。

 放っておいた場合何時間後に息絶えるのか。

 

「はぁ...」

 

 息を短く吸って右足を前に進める。足の裏が大地である砂粒を押し潰して凝縮されていくのを感じながら右膝を曲げて体勢を低くする。

 それと同時に亜音速で放たれる一閃。黒塗りされたようにも見える刃が自分の過去を斬った。しかし現在位置を通ることは無い。

 

 たった一瞬の立ち会い。刀を振るった彼にはもう、対抗手段がない。

 

「もらった──」

 

 右足の裏が砂を後方へ弾いていく。その代わりに身体を大きく前に突き出していく。その距離はゼロ距離とも言える。間違いなく拳の有効範囲だ。

 

 突き出されるのは左手の拳。全身の体重を乗せた勢いの乗った一撃。突き出された時に身体が浮き上がったこともあり、左手の拳は、確実に彼の残った右頬を捉えた。魔力も余裕も何も無いがそれは確かに自分が出せる最大限の力であると言い切れた。

 

 筈だった。

 

 しかし迷いなくまっすぐと突き出された拳は彼が動かした左手に受け取られる。

 ドッと、汗が穴という穴から吹き出していく。力を込めた一撃が受け止められた、と言うだけではない。体重の乗った一撃を受け止められた事で身体を敵に預ける形になってしまう

 

「───っ!」

 

 自分には亜音速の一撃を防ぐ術はない。一度それを振られたら自分は死ぬだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 ほぼ反射的に左脚に力が入る。地面を勢いよく蹴りつけてどうにか引き剥がすかしようと身体を跳ねさせるが彼は膝を砕かれているのにもかかわらずこちらを掴んだまま離したりしない。

 

─殺られる。

 

 死という恐怖が身体に染み込むようについている。動こうとしていた体が驚くほどピクリともしなくなり、全身の力が抜けていく。

 

 そこから現実に戻したのは自分が何より信頼する愛する者の言葉だった。

 

「葵様!」

 

 彼に紫式部の術が命中する。意識が抜けてきていたのでなんの術を使ったかすら見えなかったが彼は無言でこちらを睨み続けている。

 

 しかし、同時に左手が緩んだ。

 

 今度こそ、両足で地面を蹴り上げて彼の拘束から脱出する。それと同時に自分の右腕があった場所に通り過ぎる剣閃。

 先程の一撃も明らかに右腕を狙っていた。

 狙いは令呪か。

 

「ありがとう香子。助かった」

「いえ、来ます!」

 

 紫式部に礼を言うのと同時に紫式部の顔色を確認する。ただでさえキツイ状態で術を使ったのだ、顔色は悪い。恐らく高度な術式を使ったのだろう。それでも彼は一瞬怯む程度だった。思わず自分が挑んでいる相手との差を思い知らされる。ここまで倒されて尚、それだけの力がまだ残っているとは。

 そこまで考えた時に、嫌な気配がして本能的に後ろに飛び退く。生存本能が掴んだ『死』の予感。それに驚いて前を向くと目の前に彼が飛び出てきた。

 

「くっ、あっ!」

 

─遅い。

 そう言われた気がした。

 

 右手の甲に刃が突き刺さる。紫式部との繋がりを持った令呪が、血で汚れ、見えなくなる。

 それより強いのは明確なまでに洗練された『痛み』だった。ただのケガとは訳が違う。貫通はしなかったが、冷たい刃が腕の神経を切り落とす痛みは声に出すことも出来ない。

 

「─────!!!」

 

 喉が切れそうな程の絶叫。しかしそれが声となり出てくることはなく、痛みのあまり膝が笑い、その場に膝をつく。

 戦闘意欲が一瞬にして薄れ、血が手の甲から溢れ全身を汚していく。

 彼は突き刺した瞬間に刀を離したのか刀がその場にカランと音を立てて落ちる。

 

「葵様!」

「葵!」

 

 

 香子の言葉も聞こえにくくなってきた。

 全身に力が入らない。痛みのあまり、現実と夢が混ざっているのを感じる。

 

─その夢の中で、家族がいるのを見た。

 人間同盟なんかに入ることなんてなかった、そもそも世界が崩壊していない時の家族。なんてことは無い。特に変わったことのない家族だった。

 

 彼らがそこにいる。代わりというか紫式部の姿は、そこにはない。

 自分が無くした大切なもの。代わりに紫式部という大切なものは得られたけど、だからといって失ったことそのものが無くなるわけじゃない。

 幻影はこう言いたいのだ。「お前はこっちの方が幸せだろう?」と。

 

「私は後悔なんてしていない」

 

 幻影に、強く言い放つ。

 家族は人間同盟のせいで狂ってしまった。サーヴァントを悪魔と言い、差別し続けた。弱かったから、それしか手段はなかったから。そんなことは無い。あの近くには、親切なマスターの人達がいた。マスターじゃない人もいた。彼らが()()しか見なかっただけのこと。

 そもそも紫式部を悪魔と言い放つ彼らとは縁を結びたくもない。

 残念ながら家族との縁は切れた。

 

 しかし、本当にそうだろうか。後悔の一つも、本当にないのだろうか。だって家族だ。

 母さんは自分の腹を痛めてまで、自分を産んでくれた。こんな歳になるまで、必死に育ててくれた。そこに愛があったのはちゃんと感じていた。

 父さんだって、他の人間同盟の人間が自分に暴力を振るった時、その人間に対して怒ったのだ。サーヴァントに対する怒りはあっても、マスターに対する怒りがあっても。娘を見捨てる気にはならなかった。

 

 そんな家族を、裏切って、一時の快楽に身を任せて。挙句もう一人の人格に押し付けた。

 そんなことをして、本当に後悔はないのか?

 

「だとしたら言おう。君は()()()()()()。確かに家族も他人だ。喧嘩したり、分かり合えないこともあるだろう。しかし赤の他人では無いのだ。彼らは貴女を愛している。戻って来て欲しいと、心から願っている。それに貴女は、たった一度の空想の快楽に負けた。それは、本当に、いい事なのか?」

 

 幻影が言う。

 紫式部は、空想の存在。崩壊世界となったから会えたし、繋がることも出来た。しかし過去の人の影法師という点と今を生きる人間という点ではどうしても大きな差が生じる。

 

「愛があればいい。そんな言葉で逃げては行けない。それなら彼らが愛した貴女はなんだ。貴女は過去の貴女すら裏切ったのだ」

 

 うるさい。うるさい。うるさい。

 

 そんなことは無い。紫式部は、私をおもってここまで来てくれた。そこに間違いはない。悪いのは、私が愛した彼女を受け入れられない家族の方だ。娘の好き嫌いぐらい、受け入れられないのに、私だけを求めるな。それはただのワガママだ。

 

「それこそワガママだよ、レディ。貴女は大人だ。家族に全て委ねろとは言えない。しかし、彼らの気持ちを汲んでやることも、考えなかった。深層心理の中で、貴女はこう言ったのだ。」

 

「家族なんて、私の愛を認めない家族なんて。必要ないのだ」

 

 哀れ、哀れ。なんと哀れなことだ。これでは悲惨すぎる。差別に侮蔑。力による略奪に耐えしのぎながらも、娘のことを思った家族にこの仕打ちか。

 

「私は、私は───」

 

 本当にこれでよかったのだろうか。

 

 

 

 薄れた意識が、夢と現実をひっくり返しているようで。今目の前にあるものが、夢なのか現実なのかも分からない。

 けど、そんなことどうでもいいのかもしれない。自分は家族を見捨てたんだ。なら、見捨てられても文句は言えない。愛を裏切ったんだ。なら、裏切られても文句は言えない。

 

 だからきっと、これは私にとっての、報いなのだ。

 瞼が急に重くなる。これで眠ったら、私はもう戻れないと知りながら、それには抗えない。当然だ。快楽に負けるような人間が、睡魔に勝てるものか。

 このまま眠ってしまえば楽になる。またこうしてそれを繰り返す。ただ、それだけだ。源葵という人間は、それで。終わりなんだ。

 

 

「違う。君は強い。だって、今までずっと、戦い続けてきたじゃないっすか」

 

 パリン。バリバリバリバリ!

 

 世界が割れる。世界を覆っていた大砂漠が風に巻き上げられる。まるで巻物を巻いていくように。

 

「な───に───!?」

 

 彼の声が、普通の人間のように聞こえる。驚きのあまり、普通の人間に戻ったのか、それとも自分の耳がおかしくなり、そう聞こえただけなのか。

 そんなものはどうでもいい。

 全身に力が入る。そして刀が刺さっていた右手もいつの間にか元に戻っている。その代わりに握られている一本の手槍。

 

─迷うことは無かった。

 

 身体が自然に立ち上がる。彼の身体が揺れ、輪郭がぼやけているが、手槍を指すべき場所は、もう決められている。

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!」

 

 喉を潰すような絶叫。それを自分が放っている。おかしくなる。いや、もうおかしい。けど、それでもわかることがひとつある。

 

 過去に引っ張られてばかりでは、未来に進めないということ。

 

「葵っ!君はっ!」

 

 バランスを崩して倒れそうになる彼に覆い被さるように身体を預ける。巻き上げられた彼の体に吸い込まれるように手槍が入り込む。そしてそれが彼の体を貫通するのは、当然の事だった。

 

 

◇◇◇

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 自分が変わる。異質だが、もう慣れきったものだ。魔法陣から光が満ちてその光が体全体に行き渡る。

 纏うは生物の毛皮ではなく人類がそれから身を守るために作り出された鎧。

 しかしそれは強固なものでは無い。鋼色の篭手は上腕は半分ほどしか覆っていない。脚を守る防具は太ももが露出している。胸の辺りには薄い鉄板のようなものが一枚、体に沿うように加工されているのみ。それらを緑色の布で繋ぐようにひとつの防具として代わりに首元には大きなマントをマフラーのように纏っている。

 

 そしてカリュドーンの猪を殺した槍は彼の背丈を超える大槍。先端には小さいが返しがついており、刺さった時に肉に強く絡みつき、肉を割かなければ抜けないようになっている。

 そして腰には大槍と比べれば小柄な手槍が掛かっている。

 

 サーヴァント、ランサー。

 真名はメレアグロス。

 

 少ない魔力が腕に、槍にと伝わる。腕が弾けそうな痛みに耐えながらその槍を高く掲げて、槍投げの要領で構える。

 

 狙いは二点。雷を纏うように吼えるブケファラスの脳天。それからイスカンダルの心臓。霊格。

 その二つが自分が狙うたった二つの勝利までの枷。それを一撃で、穿つ。

 

 二点の点を一本の直線で繋ぐのは一つのパターンしかない。投げられる槍は一本。こいつには曲がることも巨大化して二点をむりやり収めることも出来ない。

 射角、距離、立ち位置、方向、風向き。

 

 全てを計算し、その直後に全ての結果を吐き捨てる。こんなもの何の役にも立たない。式を特定してもそれを計算する隙はイスカンダルが与えてくれるとは思えない。それに彼の周りにいるのは彼より武勇が優れた英雄達。人としての形では、勝てない。

 しかし自分は獣。ただ一巡の本能が勝手に正答を編み出してくれる。それが正解か、求めることなんてない。それは全て、投げた後の未来が勝手に描いてくれる。

 

 バチバチバチ。

 

 三度頭を叩くように走る雷光。それが最後を決めるたった一つの答え。魔獣であり狩人であるナニかが生み出した結論。

 

 その間もイスカンダルは舐めていた訳では無い。彼だって当然接近する。ライダーとして当然の速度を伴って津波とかした人の波はただ一つの点を目掛けて押し寄せる。

 

 距離20m。

 

 音なんて聞こえない。そんなもの、必要ないから。

 

 ただ一度、それを見て肺の空気を全て吐き出した。身体が一瞬だけ、しなやかになる。

 

 距離15m。

 

 加速した馬の蹄が弾いた砂粒がこちらに届く。人の皮膚なら、それだけで傷がついたであろう。しかしその衝撃は、音よりも早く自分に相手の正確な距離を伝える。

 

距離10m。

 

 魔力が満ちた。本来なら当たるか当たらないかを放棄して考えるなら80mあっても届いた槍だ。しかし今回は投げられる距離は10mしかない。

 つまり、これが最適の距離───

 

「宝具、解放───!!」

 

─三柱の女神はそれぞれこう言った。

 

 

 クロートーはメレアグロスが高貴な人物となるであろう、と言った。

 ラケシスはメレアグロスが武勇に優れた英雄となるであろう、と言った。

 アトロポスは薪を炉に投げ入れ、この薪が燃え尽きないうちはメレアグロスは生きているであろう、と言った。

 

 それに間違いはなかった。彼は、高貴な人物であった。剛勇無双と呼ばれ、アルゴノーツの一人として武勇を残した。そして、その薪が燃やされるまで、死ぬことは無かった。

 

 彼の宝具は二つ。いずれも対人宝具である。片方は自身に、片方は敵へと向けた逸話から生まれたもの。

 一つは死を確定されたことからの因果関係による祝福という名の呪い。名を『天命受けた祝福の薪(モイライネッパーラ)』という。そしてもう一つの宝具はカリュドーンの猪を殺した逸話が昇華された対人宝具。

 

 名を───

 

 

神罰穿つ鏖殺の一閃(カリュドン・キリゴス)!」

 

 白亜の光が放たれる。

 かの腕から投げられたその槍は名を持つほど有名なものでは無い。ただ彼がそれを投げてカリュドーンの猪を殺したと言うだけのこと。だから、彼が投げなければ決して、その宝具の効果は受けられない。自身にかける宝具ではないが投影などを用いても真似出来ない。

 

 閃光を纏うように伸びた直線は何者にも影響を受けず、ただ放った主が望んだ方向へ吸い込まれるように入っていく。

 

 馬の脳を穿ち、ついでのようにその主の心臓を貫通する。

 全てが一瞬だった。

 思考する間も与えず。視認する間も与えず。ただそれが無くなると同時に、かの征服王の心の臓は風穴へと姿を変えていた。

 

 一瞬、征服王はこちらを見て少し、厳ついながらも幸福に満ちた笑顔を向けた気がした。まるでここでも良い好敵手に会えたというように。

 

 槍が役目を終えて魔力へと変わり、霧散する。それとどちらが早かったか分からないほどほぼ同時に、かの征服王が部下たちとみた心象風景は音を立てて崩れた。

 

 

─まるで、夢から覚めるように。

 




正直紫本編見ても葵の家族の扱いが可哀想だと思う点はいくつかあるんですよね。彼女の性癖を両親が理解できなかったってアレはお互いが歩み寄って長い時間をかけて理解しなければならない話なのに両方がお互いに押付けたらそりゃなんともなりませんわって話。だからこそ葵は今回の戦いは辛勝にしてもらいました。戦闘慣れとかももちろんありますけどその辺未熟でまだ未完成って感じがあるので

逆に真木は判断力が鈍ったり変な方向性に行くことはありますが払う過去がある訳でもなく敵を敵と認識できた上で格としてはイスカンダルより明らかにメレアグロスの方が上なのでそこまでって感じですね。いちいち宝具がチートすぎる。イスカンダル側もチートだから許されてるけど


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帰還の為の免罪符─16


前回倒す相手は倒したので今回は敵側の回想です。


 

 ある日、娘は殺された。

 

 サーヴァントという人の形をした悪魔を使役する人間に犯されて絶望したのか舌を噛み切って死んだ。

 娘は、まだ10歳だった。最近好きな人できたとか言って毎日楽しそうにしていた。父親という立場で見れば毎日苦しくて、慌てていたが今になってみればそっちの方が良かった。

 

 妻は娘の死体に絶望して首を吊った。

 

 夫婦仲はそこまで良いと言えるものではなかったが娘が間にいたこともあってか喧嘩や浮気は無かったし、何より愛を誓い合った仲だ。ただ一人、何も言わずに置いてかれたのは流石に心にきた。

 

 

 自分も首を吊って死のうと思った。何処からかロープを拾ってきた崩れた我が家の太い柱にロープをかけて目の前に輪っかを作る。そこまでは出来たのに。自分には死ぬ勇気がなかった。当然だ。怖かった。この先どうなるかわからなくて死んだ方がマシだといいながら、死ぬのが怖かった。

 

 妻においていかれたのも、娘が殺されたのも。当然だ。一家の大黒柱がこんなに弱々しいのでは、絶望もする。

 そんな自分が何よりも嫌いだった。死ぬ方法を試した。しかし全部恐ろしくなってやめてしまった。情けなくて、涙が出てきた。最後の最後。自分で自分を縛り付けて何も食わずに死ねないかと試していたその時にその人物は現れた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 死にそうな自分に手を差し伸べてきた男は自分の手を掴み、拘束を解いた。

─やめてください。死にたいんだ。

 そんな言葉を全く聞きもせずに彼は自分を解放し、暖かいスープを差し出した。こんな世界になる前からあるような、いやそれより味の薄いスープだ。

 

「飲んでください。楽になります」

 

 男の言葉に押されてそのスープで喉を潤す。

 そのスープの味は今でもよく覚えている。不味かったが、美味かった。埃すらはいり、料理店なら絶対に廃棄するような代物だったが、男の優しさに嬉しくなって、自分がしようとしていた事の愚かさに気付き、涙を流した。

 源広志と名乗ったその男と彼の妻に連れられて人間同盟、と言われる組織に入った。その中の人達は自分と同じようにサーヴァントと言われる悪魔によって家族を失ったり行き場をなくした人たちの集まりだった。

 そこから毎日は苦しかった。飯も毎日ありつけるかわからないし、食べられたとしても不味いものばかり。しかし苦しくても皆は笑っていた。少ない食料を分け合い、生きてきた。何より仲間がいるという心の支えが自分には何よりも強い力になった。

 

 ある日、自分は聞いた。広志には、葵と言う名前の娘がいるということを。彼女は悪魔と契約して、暴走してしまったと。

 

「悪魔との契約は薬物乱用と同じだ。娘は...葵は、悪魔のせいで心を変えてしまった」

 

 そう言う彼の顔があまりにも不格好で。

 何故か、何の理論も心の準備もなしにこう言ってしまった。

 

「なら、私が娘さんを救いましょう」

「何...!?」

「私が貴方に救われたように。私が貴方の娘はさんを。葵さんを救います。どんな手段を使ってでも。必ず」

 

 ああ、言ってしまった。

 何を言っているんだと、自分で自分を怒りたくなったが、どうしてもそれが本心だという自分を、縛り付けることも、怒ることも出来なった。

 娘を失う悲しみは、よくわかる。しかし彼らはまだ失ってなどいない。救える手がある。なのに、それをしないのはとても辛い。考えたくないほど辛いことだ。だから、本心から救ってやりたいと思った。家族は、みんな一緒にいるべきなのだから。

 

「ありがとう。ありがとう。■■さん...」

「礼は不要です。これは、恩返しなのですから」

 

 

 そう言って自分は、人間同盟から離れた。

 悪魔に対抗するには力がいると、知っていたから、あの優しい人たちに、それを求めるのは酷だと知っていたから。

 その時初めて、自分はあれほど嫌がっていた死にそこまでの忌避感が無くなっているのを知った。

 

 

 自分が求めるのは、悪魔を倒す力。その為に天王寺と名乗る男を探した。

 人間同盟の間での都市伝説の一つ。悪魔殺しのエクソシスト。悪魔と同種の力を使いながら、心までは悪魔に犯されていないという伝説の人物。

 都市伝説と言う通り、人伝いに聞いた話でしかなかったが、悪魔を倒すには、彼の協力を得るしかない。そう思うと、力が湧いてきた。なんでも出来るような気がしてきた。

 

 

 

 そしてある日、旅の途中。

 小川で顔を洗っていると、一人の男に出会った。

 

 天王寺達也という名前の男だった。彼は今悪魔の集団に追われている為、時間はあまり取れないが、噂で自分を探していると知った彼は自分の足で探しに来てくれたのだ。

 

「ああ、そういう理由なら僕も手をかそう。恩人の娘を助けたい。僕向きの(美しい)願いだ」

 

 満足そうにそう言った男は自分が出した茶をグイッと煽る。

 

「なら!」

「協力するとも。うん。もし君が恩人の娘を洗脳したいとか言い出したら殺すところだった」

 

 そう笑顔で呼吸を忘れさせるようなことを言い出したこの恐ろしさは流石、悪魔を退けるどころか殺していると言われるだけある。

 

「君の恩人の娘さんと僕の息子がほとんど同世代でね。うん。わかるよ。分かるとも」

 

 男はそう言って手元に試験管を出す。まるで手品のような手際の良さだが、実際はただの魔術だ。

 後に聞いた話だが、ガラスを用いた錬金術は基本中の基本らしい。だがそれを惜しげも無く、というより当たり前のように差し出したのは彼の素養の高さを感じさせる。

 

「それは...」

「僕の血だよ。これで、君をサーヴァントと同等の存在に改造する。けど、本当にいいのかい?初めに言っておくと君」

 

「死ぬぞ」

 

 その時に、世界が止まったような感覚を感じた。冷や汗すら流れない。まるでその言葉だけで人が死ぬと思ってしまうほどソレは異質だった。

 空間が停止する。世界の主は誰かと証明するように小川の流れがピタリと停止する。

 

「その、つもりだ」

「なるほど。であれば猫をかぶる必要は無いわけだ。安心したよ」

 

 そう言って彼は試験管をこちらに差し出した。

 試験管内部の血がこちらを()()()()。答えは決まっているのに、すり替えられるように心の奥が狂わされていく。

 

 

「それを飲んだら言ってくれ。手術を始める。しかしこれが最後のチャンスだ。もし、人として生きたいのなら、それを地面に叩きつけてこの場から立ち去れ」

 

 

 それから後のことは覚えていない。飲んだかもしれないし、飲んでないかもしれない。

 ただ最後に彼は『万象』と言ったことだけは覚えている。

 

 

 

 その後自分はその辺に居た川本敦という名前の傭兵を殺して、彼の悪魔と繋がっている右腕を自らのマジュツカイロに接続...

 

 マジュツカイロ。

 知らない言葉だ。しかし知っている。魔術師が持つ魔術回路に接続させ、悪魔を使役することに成功。

 

 悪魔の名前はイスカンダルというらしい。征服王という二つ名を持つらしいがそんなことはどうでもいい。

 本来のマスターではないと気づいた彼のレイキを改造...して、ホウグとスキルを除く能力を子供時代に一時的に戻すことで誤認させることに成功。

 

 マスター、レイキ、ホウグ、スキル。

 分からない。分からないのに、頭が理解してしまう。こんなものは自分ではない。まるで、誰かが自分に入ってきたようだ。しかしそんなことは無い。むしろ自分が川本敦に侵入したわけであり、本来の彼はそんなことはしないのだから。これば自分が川本敦になりきってるだけ。知識は天王寺に貰ったものだ。

 

 

 そして、彼女のことを隅から隅まで調べあげた。

 名前は勿論、二重人格であること、一緒にいる悪魔はかの有名な紫式部であること。彼女の出来ること、好き嫌いまで全て。

 

 その為に時間は要した。

 

 これは全て恩返しの為に。

 

 多くの敵が来る可能性を考え、あえてエインヘリアルの一人を誘導した。

 真木祐介という男。彼は、エインヘリアルの中でも弱いらしい。しかしほかの傭兵とはかけ離れた力を持つと聞いた。

 

 利用しよう。全てを。

 自分の命が保つ。その最後まで。

 

 

 

 無実の子供を集落から誘拐して、知ってる結界を作り出す。エジプトのファラオの儀式に使われたものを改造したと、彼は言っていた。

 結界内の時間軸を他の時間軸からズラすことが出来る結界。

 

 その為に。

 

 子供を殺した。

 子供を生かした。

 

 内臓を取りだし、代わりに生きた虫を入れて循環させ、そのからだそのものを一つの世界とした。世界の卵の理論らしい。

 分からないが、そんなものだろう。

 

 私は、魔術師では無いのだから。

 

 言葉を捨てた。名前を捨てた。娘と同じ年頃の子供も殺した。身体を捨てた。■■を構成する要素を、全て排除した。そうしなければ勝てない。ひとつの油断で全てを失うという記憶が、行き過ぎた行為へのブレーキを壊した。

 

 万全の準備を整えた。人の手では倒せない悪魔を倒すために、全てを犠牲にした。無実の子供を誘拐して酷い虐待を行った。いつの間にかそれは、娘と妻への報いのように感じていた。

 ただ、恩返しの為に。恩人の娘を騙して、結界の中に引き入れた。

 綺麗な子だった。落ち着きと、良識があった。戦いを忌避しながらも戦わなければならないという覚悟を持っており、まるで人を魅了する月のような女性だった。

 娘より少し年上だが、あの子にとても似ていた。だからだろう。あの子も、きっとこんな風に生きていられたと思わせるような少女だった。

 そんな彼女を、得たいと心から思ったのは何故だっただろうか。

 

 

 そんな彼女を、騙した。

 人を、疑うようなことを知らない少女を、騙した。

 

 壊れそうなものをかき集めて最後の準備を行う。辺りの傭兵にエインヘリアルの悪評でも吹き込んでぶつけさせておかなければならない。エインヘリアルは強い。無駄な行為は許されない。

 ただ、一人。少女を捕まえさえすれば勝ちなのだから。届ければ、勝ちなのだから。

 

 

 

 被害者(お客様)が一名。

 結界に入りました(いらっしゃいました)

 捕獲を開始します(家の中で持て成します)

 

 

◇◇◇

 

 頭の中で、ガチリと何かが鳴る。

 それが最後の、悲鳴だった。





娘を殺され、葵の夫婦に救われ、天王寺を名乗る男に狂わされる。多少の差はあれどこれがあくまで恵まれている側に入るのが崩壊世界の真実ってやつ。残念だけど、世界がクソすぎる


さて、次は帰還の為の免罪符最終回です。


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帰還の為の免罪符 エピローグ

帰還の免罪符、最終回です。
そして今年最後の小説でもあります


 

 目が覚めたら、知らない天井だった。

 ちなみに青天井である。

 

 変な夢を見た気がするが、内容は特に覚えていない。

 

「知らない天井」

「かなり有名なセリフっすね。そこまで頭が回るなら、大丈夫みたいっすね」

 

 何となくそう呟くと、近くに足を伸ばして座る青年が気楽な表情を浮かべながらそう言ってきた。

 彼は日本人らしい黒い髪に傷だらけの体で当たり前のように隣に座っている。

 

「祐介」

「うっす」

 

 彼の名を呼ぶと彼は片手を軽くあげてそれに応じる。先程まで殺し合いをしていたとは思えないほど、それが普通の表情だったからだろう。とても安心した。

 なんか八つ裂きにされたり、サーヴァントと殺し合いさせられたりと不幸な人だったが、生きていることに間違いはない。

 しかし彼より気になることが出てきてしまう。

 

「香子は?」

「ここに」

 

 愛したサーヴァントのことを呼ぶと彼女は自分の後ろに正座していた。先程まで見られていた疲れなどもそこまで無さそうだが、少し申し訳なさそうな顔になっている。

 恐らく自分が負傷したのに責任を感じているのだろう。これだけ戦いだったので仕方ないと言えば仕方ないのだが、彼女がそれで納得するとは思えない。仕方なく身体を起こして祐介達が眺めていた方向を見るとそこには跡形もなく崩れたせいで遺跡のようになっている建物があった。

 

「よく眠っていたっすよ。まるで白雪姫のように──」

「起きたか葵。体調は?」

 

 先程まで何を言うのか考えていたのだろう。祐介が得意げに何かを言おうとする。しかしそれは、彼の隣に現れたアタランテにかき消される。両腕を斬られた彼女だったが、何事も無かったかのように両腕は治っており、紫式部と比べてもいつも通り、と言えるだろう。ゲームで見た落ち着きながらも柔らかい表情を見せていた。

 

 

「うん、大丈夫」

「それは良かった。先程用意した飲み物だ。飲むといい」

「ありがとう」

 

 アタランテから渡されたお茶を受け取り、とりあえず喉を潤す。アタランテの登場にため息をついていた祐介も習うようにアタランテからお茶を受け取り、飲み出す...と同時に勢いよく噴き出した。

 その勢いに紫式部が驚いた猫のように跳んだのが見えたがそれより祐介の動きが型にハマりすぎて逆に面白く見えてきた。

 

「祐介!?」

 

 オマケに気を失ったように顔色が悪くなったと思ったら地面に頭を勢いよく打ち付けて立ち上がる。

 

 

「にっがっ!なんだこれ!?」

 

 そんなことをしながらもお茶を吹き出した分を除けば全くこぼれさせずに支えている驚異的な体幹を見せつけながらそのお茶を差し出すように前につきだす。

 

「大丈夫...?」

「あっ、うん。大丈夫、っす。」

 

 が、すぐに冷静に戻ったようでその場に正座する。

 おそらく彼が飲んだのはセンブリ茶等のよくテレビ番組での罰ゲームとして扱われるものだろう。それにしてはリアクションが大きい気がするが、今までの彼を見てるとそんな感じになりそうな気もする。

 祐介が飲んだお茶はアタランテから受け取った物。間違いなくアタランテの仕業だ。そう思ってみるとアタランテはプイッとそっぽを向いていた。

 確実に拗ねている。恐らく祐介が何も伝えずにメレアグロスの宝具を起動して自分たちを庇って八つ裂きにされたことだろう。相棒として何も説明無しにそんなことをされたら怒るのも無理はない。しかし祐介はそんなことに気付く素振りもなくこちらを見ている。

 

「葵、よく飲めるな...こんなの」

「あ、いや。私の普通のやつだし。飲んでみる?」

 

 苦いのに耐える顔をしながらセンブリ茶をチマチマと飲んでいる祐介に自分のものを差し出す。これで口直しになるだろう。

 

「あ......───いや、いい。いいっす。あんがとござんした」

 

 すると予想に対して祐介は顔を明らかに赤く染めて逆方向を向いてしまう。

 ああ、そっか。彼は間違いなく《普通》なんだ。だから関節キスとか考えて緊張してしまったのだろう。そんなことが他人事として考えられてしまった。

 

「あのぅ...祐介、様?」

「なんすか?」

 

 そんな祐介に紫式部が罰が悪そうな表情で声をかける。一応アタランテから隠れるようにチラチラ見ているようだがアタランテはジッと恐ろしい顔でこちらを睨んでいる。

 

「その...アタランテ様に一度謝られた方がよろしいのではないかと...」

 

 紫式部は彼女なりの配慮で話しかけるが祐介は何も気づかずに首を傾げる。

 

「え?なんでっすか?」

「それは、その...アタランテ様は祐介様が死んだと思われて心配しておられたので...何も告げずにした独断行動でしたので。心配なさるのも無理はないかと」

 

 実際アタランテも気付いていなかったので、祐介が誰にも言わずに独断行動をしたという点は言い逃れできないだろう。自分は傭兵のアレコレなんて知らないが、流石に独断行動をしただけでなく、傷を負うなどしたら怒られるのは当然だろう。

 

「敵を騙すにはまず味方から。よく言う言葉っすよ?そもそも俺が死んだことぐらい想定して戦えなきゃ...」

 

 戦えなきゃいけないっスよ。

 そんなニュアンスの言葉が出てくると思ったが、それは飛んできた何かによって遮られる。

 

 ヒュン。

 

 誰が飛ばしたかなんて考えることもないだろう。話を聞いていたアタランテが手に持っていた宝具で矢を放ったのだ。

 その矢は綺麗に祐介の頭に突き刺さる軌道だったが素早く対応した祐介が突き刺さる直前でその矢を掴む。

 

「あっ──ぶなぁ...今宝具起動してないっすよ!アタランテ!」

 

 目で追う所か音の方が遅いとすら思えてしまうほどの速度をしかも頭のおかしい反応速度を発揮しながらもそれを当たり前のようにやってのけたのにはある程度の絆は感じる、が同時にとてつもない怒りを感じる。

 

「失礼。私は汝が宝具を発動してるかなんて分からないサーヴァントでな。許せ」

「めちゃくちゃ根に持ってるじゃねぇか!?子供か!?」

 

 先程からつけていた「っす」がなくなっていることからして焦りを感じているのがわかる。というよりこれが彼の素なのだろう。

 

「ほう...なるほど。面白いことを言うな」

 

 その発言で堪忍袋の緒が切れたのか獣のような速度で走ってきたアタランテが祐介の頭部の左右を拳で挟んでグリグリ動かし始めた。

 俗にグリグリ攻撃と呼ばれるものだ。頭の横を押さえられているだけあってかなり痛そうである。

 

「いだっ!いだだだだだ」

「全く汝は...いい加減に、しろ!」

「あ、あの、アタランテ様。その辺で...」

 

 英霊の強い締め付けに流石にやばいと思ったのか紫式部が遠慮がちとはいえ止めに入る。

 

「...そう、だな。すまなかった」

 

 それに冷静になったのかアタランテが拳を離すと祐介の頭が地面に落ちる。側頭部を押えて痛そうにしてはいるが、抵抗しなかったことから見ると彼も反省はしている...のだろうか。

 

「ったぁ──!」

「汝は反省しろ、もう二度と独断行動はするな。死んでも治る、その驕りが敗北に繋がることなどよくある事だ」

 

 アタランテは祐介の様子を見ながらため息をついて数歩下がって地面に腰をつける。その様子は子供に説教をしている親のようでもあり、部下の失態を叱っている上司のようにも見えた。

 

「...死んでも治るのは俺だけっすよ?」

「サーヴァントは再び召喚できるからな。本部の方にもまだ誰とも組んでないサーヴァントが何騎もいるだろう」

「ま、そーっすけど」

 

 祐介の口調が戻ったことを加えても少し違和感の感じる会話をすると祐介が崩れた建物の方向を見て座り、アタランテの背中を向けた状態となる。

 

「ねぇ、祐介」

「なんすか?」

「あそこの建物は、どうなったの?」

 

 崩れた建物を指さして祐介に訊ねる。

 気になることは多い。あれだけいたサーヴァント、倒したと思った川本さんを名乗った誰か。彼の使った謎の魔術のようなもの。

 祐介はそれを考えていることを見抜いたのか先程までの表情からうってかわり真剣な表情で崩れた建物を眺めた。

 

「中にいた子供たちを埋葬して術式も解体させておいたっす。流石にあれを世に広める訳には行かないっすから」

 

 そう、遠い目をして言った。彼が何を考えているのか、どこまで見抜いているのかは分からない。しかし確実にわかるのは自分以上に、今回の事件に詳しいということだ。

 

「それは...難しかったでしょうに」

「いやいや、どちらかと言うとこっちの方が本業っすから」

 

 魔術の基盤自体が違ったからか、その謎を最後までわからなかった紫式部が驚くが祐介は首を振ってそれを否定する。

 

「本業?」

 

 しかし自分はそれより魔術を解体を本業と言ったのが気になった。魔術の解体というわけが分からないことを言っているだけではなくやってのけているので確かにそれだけの腕があるのだろうが。

 

「エインヘリアルは元々研究機関だ。我の強い傭兵みたいな連中がいるから傭兵集団のように見られているが前身となった組織からこの世界について深く調べているんだ。傭兵家業はあくまで資金調達と情報収集という訳だ」

 

 自分の疑問に答えたのか祐介ではなくアタランテだった。相変わらず自分達とは逆方向を見ながらその疑問に答える。

 そもそもエインヘリアルという名前自体そこまで聞き覚えがあるわけではなかったが、この強さは強さだけを追い求めていた訳では無いというのに素直に驚く。最初に傭兵と名乗っていたのはめんどくさい事に巻き込まれても傭兵だから、で突き通すためだろう。

 

「この世界の研究ということでサーヴァントや魔術を調べるのもやるっす。その中で使えるものをこちらで実験したりして、実用化してるってことっす」

 

 祐介がそこまで話してやっと理解した。なぜあの時祐介だけが飛び出したか。それはエインヘリアルの仕事で魔術を扱う機会が多く、その対処に慣れていたからだろう。そう考えれば合点が行く。

 この世界について研究している機関があるとは聞いたことがないが、確かに魔物やサーヴァントなど知らないことも沢山ある。それらを調べようとするのも不思議なことではあるまい。

 

「そんな研究を」

「いつかは、こんな世界でも普通に暮らせるようになるっすよ。法も秩序もいつかは戻る。そうしたら、普通の生活がまた暮らせるようになるっすから」

 

 そう言って祐介は立ち上がってこちらに笑顔を向ける。笑顔、とは言っても少し引き攣っていたが。

 

─その顔を見て、少し思い出した。

 夢の中で、家族を失った男を。彼は恐らく川本さんのフリをしていた誰かだ。世界が崩壊したことで、家族を失い、名を失い、自由を失った。

 彼のその人生は不幸だった。そしてそこには自分の両親の陰があった。

 その行為がなんであれ愛した娘を取り戻したいと思った夫婦と彼らに救われた恩返しとして娘を助けに来た男。そういえば彼は間違いなく正義の味方だった。

 しかし、自分は彼を殺した。後悔はない。戻りたいとも思わない。これは自分で選んだ道なのだから。しかし、それはただのわがままではないか、と思ってしまう。

 

 祐介も世界が崩壊した影響で多くのものを失った。彼は実験動物のように扱われた。その結果人間で居られなくなり、化け物となり、助けが来なければあのまま殺されていた。アタランテが言っていた。祐介は許していないと。ただ仕切りをつけているだけで、その暴挙は許せるものでは無い。

 

───だから──

 

「まぁ、難しい問題だよな」

「え?」

 

 いつの間にか祐介が、そう言ってこちらに背中を見せたまま、心の中を覗いたような言葉を放った。語尾がまた無くなっている不安定さは置いておくとしても平然とした状態とは思えないほどその言葉にはどこか重みを感じた。

 

「どうしても人が作る世界だから誰かが幸福で、誰かが不幸で。そんなことも当然ある。だからこの世界でも、不幸な人は沢山いる。俺も、葵も知らないところで、誰かが死んで、苦しんで、泣いて、もがいている」

 

 例を挙げるのは簡単だろう。サーヴァントのいない地域にいる人達なんかは特に。彼らにとってカルト宗教達は救いの手であり、ストレス発散にだってなる。善も悪も物事を一方的に見た時の力でしかないという必然は上から布をかぶせたように大まかな形しか把握されない。

 

「私は恵まれたから、助けるべきだって?」

「まさか。確かにそういう人助けることは、とてもいい事だよ。けど、そうすると人ってのは恐ろしいもので助けられることを前提に考える。気づかいはあくまで気遣いで強制じゃないって、わからなくなるんだ。だからあえて言うなら『好きにすればいい』だろう」

 

 恐らく祐介が言っているのは何しても無駄だから好きに動け。ということだろう。確かに自分が何かをしたところで世界が変わるなんて思ってないし、変えたいとも思わない。今、香子がいて、普通に過ごせているだけで幸せだ。出来ればカルト宗教達がいなくなれば、もっといい。そんな程度である。

 だから祐介の言い分も理解できる。この事件に巻き込まれる前の自分ならそのまま頷いていただろう。しかし今は違う。別に両親を許せるわけじゃない。人間同盟のやったことは葛城財団等と比べると規模は小さいものの、ただサーヴァント達を虐げているだけだ。そんなことでは何も変わらない。変わったとしても良くはならない。けど、そんな両親も腐っても親であった。

 別に毒親と言われるような酷い人間ではない。ただ、祐介と同じくこの世界に狂わされた被害者の一人。許せない。許せないのに、心の中には何か引っかかるものが出来てしまう。

 

「...両親が人間同盟の人間なんだ。多分そっちでも偉い人で、信頼されてた。けど、香子の事を悪魔だって言って、無理矢理剥がそうとしてきた。許す許せないの前に訳が分からなかった。でも今は許せない。私は」

 

 令呪のある腕ごと切り落とそうとした暴挙。愛するものを悪魔呼ばわりした無知による罵倒。思い出せば思い出すほど狂いたくなる。なのに、その足を強く縛り付けられたように上手く動けない。

 このまま感情に任せてしまおうと思ったその口を、祐介の言葉が遮った。

 

「ストップ。口は災いの元だ」

「あいつの魔術か?...いやこの場合は深層意識か。人を呪わば穴二つってのを逆に利用した。いやこの場合はたまたまそうなっただけか。不味いな。これどうやって解除すんだ?代表、いや出来れば柳さん辺りに押し付けたいけど...無理だな。紫式部さんに言っておくか」

 

 いつの間にかこちらに背を向けていた祐介の顔がこちらに向き、指で自分の額の辺りをぐるぐるの描いたと思ったら何やら不思議なことを言って同じくいつの間にか出てきた石に腰かけた。

 

「祐介?」

「ご両親の事は、よく分からない。けど、まぁ。色んな人は見てきた。明日が分からない環境で必死に生きる人、中には卑怯な手を使ってでも生きようとする人、その過程でサーヴァントを強く憎むことになった人も」

 

 諭すように返してきた言葉はどこかふわふわしていた。何も分からないくせに。そう言いたくもなってしまう。

 なぜ彼がまるで人間同盟を擁護するような発言をするかはわかる。同じマスターに苦しめられた被害者同士、わかることがあるのだろう。けど、それがどうしたと思ってしまう。

 

「自分で縁を切って来た親を信用しろって言いたいの?」

「そんな説教臭いことは言わない。別に許したくなければ許さなければいい。彼等の行動だってとても褒められたものでは無いし。ただ、理解はして欲しい。難しいとは思うけど、どんな人間の行動にも理由は存在するんだ。葵が紫式部を信用するように」

 

 その返答として祐介の口から出てきたのはどこか悲しそうな言葉だった。

 違う。悲し()()()ではない。悲しい言葉だ。祐介の本心は自分が両親や同じような人達を憎んで欲しくないのだろう。その中には祐介本人も含まれる。アタランテは祐介の両親がどうなったか、なんて言わなかった。おそらく知らないのだろうが、彼女の説明からおおよそ予想はつく。

 けど、希望はあった。もう既に亡くなった深澤氏と彼のそばに居た男の発言がこの返答の根幹にはある。たとえそれが綺麗事だと言われても、そういうのだろう。

 綺麗事で済めば一番いいのだから。

 

誰も理解できない人(正義に生きる人)は、どうしても行き過ぎた行動をする。それは、自分が正義だっていう免罪符を得てしまうことでブレーキを失ってしまうからだ。それは君の言う奴らと同じ...いや、それよりタチが悪い。なにしろ声だけの少数派より武力でなぎ倒せるわけだからな。1()()()()()()()()君には、そんな人になって欲しくない。ただそれだけだよ」

「祐介...」

 

 人の気持ちを理解出来ない人は行き過ぎた行動をする。そしてそういう人はその事に気付くのが難しい。理由はとても簡単。自覚が全くないからだ。悪としての行動ならどうしても後ろめたさや責任間などから行動を多面的にみる事になり、その行為を自覚する。しかし正義はどうだ。

 正しい。

 この言葉が意味するのは集団で生活する生き物の中では言葉以上の意味を持つ。正しいから何やってもいいと変換されるのに時間はかからない。強い芯を持っていれば持っているほど正義に酔っているのと見分けがつきずらくなる。その先は地獄だ。祐介の味わったような地獄が、その先にはある。祐介達を化け物にした牛若丸のマスターも、自分なりの『正義』で動いていたのだ、とやっと気付く自分がいる。『選ばれた人間』だとかその行為から悪として見てしまうがそれはこちらから見たからだけのこと。彼は化け物を作ることで外にいる魔獣に対する対抗手段を持つ。という字面だけなら誰でも考えるような行為を行動に移しただけなのだ。

 自分が正しいと思うのが間違いなのではない。周りを見ずに、或いは小さい世界にしか視点を持たないことはそのまま出力される結果が多くの人達を苦しめるためだけと思うようなものになってしまう。

 

 だからこそ分かり合うことが必要なんだと彼は言っているのだ。先程のアタランテの茶番をやったのとは同一人物とは思えないほどちゃんとした言葉に彼のことを見直した。

 

 

【とは言いつつもやっぱり気になるものは気になるのである。具体的に言うなら好みというやつだ】

 

 後ろにひっそりと表示されている泰山解説祭が無かったら、だが。

 

 ごめん。これは、流石に引く。

 

「マスター...最低だ」

「えぇぇ!今俺割といい事言わなかった!?」

 

 いつの間にかこちらを見ていたアタランテが鼻の生え際を押えており、紫式部は顔を赤くしながらあたふたしている。可愛い。

 

「...泰山解説祭っ!式部さん!お願いしたじゃないっすか!」

「すみませんすみません!」

 

【上手く行ったら食事ぐらいは行こうと思っていたが失敗した。直球にナンパしたほうが成功率高かったのでは?】

 

 事態を察した祐介が紫式部に対して声を上げると同時に新しい泰山解説祭が出てくる。

 1周まわって可哀想に思えてきた。

 

「祐介...」

「なんすか!?その憐れむような見下すような目!」

 

 先程の関節キスになりそうな時に察するべきだったか。完全にこちらに気があったのだろう。いつからか、は不明だがこれで説明がつきそうなことが一つある。

 何故彼は切り裂かれて直ぐに復活しなかったか。あの登場は出来すぎていると思ったが、もしかして狙ってやったのではないだろうか。あわよくば惚れて欲しいだなんて考えていたのだろう。

 彼の姿が先程までの大人な対応がうそのように子供に見える。

 

「マスター、一応言っておくが葵は...同性愛者だ」

 

 そんな祐介にアタランテがトドメの一撃を突っ込む。

 みるみる白くなっていく祐介の変わりようが面白くなって吹き出しそうになるのを押さえる。このようなやり取りが一度あったようなきがする。

 

「───へ?まじっすか?」

 

 違うのは祐介が随分と気の抜けた声を出したことだろうか。

 

「マジ」

 

 面白くなったので真面目な顔で一言で返す。

 祐介の顔が青くなっていく様子からして今日一番のダメージが精神的に入ったらしい。なるほど、モテない人種か。

 

「全く。なんでこういうところは気づけないのだか。これだからモテないんだぞ。一番最初はトランスジェンダーだったか?いや、代表の話じゃ女の体にした男とかにしていたようだな。何故こうも絶対に結ばれない相手を追い求めるのか、お前を慕うサーヴァントとかにしておけば」

「俺はっ!生きた人間がいいんだよぉぉぉぉ!」

 

 祐介の残念な雄叫びが、響いた。

 

 




エピローグでかっこ悪いところ見せんなよなぁ真木ぃ。ただの恋愛脳だったことが明らかになり残念な男感が強くなってしまった。仕方ないイケメン枠はもういるものの。そんなに要らないんだイケメン枠は。すぐ死ぬならいいけどお前すぐは死なんし。



因みにオリジナルサーヴァント、メレアグロスの能力を貼ってお別れとしましょう。皆さん。良いお年を。

真名 メレアグロス
クラス ランサー
性別 男
属性 中庸・善・天
出典 ギリシャ神話
特性 アルゴー号ゆかりの者、ギリシャの男、神性


ステータス
筋力B+ 耐久EX 敏捷B 魔力D 幸運B 宝具B+

クラススキル
対魔力D
魔術に対する抵抗力。Dランクだと一工程(シングルアクション)程度のものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

保有スキル
神性B
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
メレアグロスは軍神であるアレスの息子と言われている

勇猛A+
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
メレアグロスは冥界にて黄金の鎧を纏い、他の亡霊たちが逃げ出すヘラクレスの目の前に立ち、彼を恐れさせたと言われている

心眼(偽)D
直感、第六感による危険回避能力。剛勇無双の英雄メレアグロスは類まれな才によって様々な武功を打ち立てた。

カリュドーン狩りD(限定的にB+)
本来は幻獣となる魔獣カリュドーンの猪を討伐した逸話から本来はAランクだが、その栄光は猪の皮を持つ彼女のものであるとしてDランクになっている。しかしカリュドーンの猪討伐の参加者と共に立つ場合のみB+(瞬間的のみとはいえAランクを超える)へと変化する


宝具
神罰穿つ鏖殺の一閃(カリュドン・キリゴス)
ランクB
種別 対人宝具
しんばつうがつおうさつのいっせん。直訳するとカリュドンの狩人。
カリュドーンの猪にトドメを指したメレアグロスの投槍が宝具として昇華されたもの。
種別は対人宝具となっているが本来は対獣宝具であり、人ではない獣に向かって打つことにより、防御無視の一撃を放つことが出来る。
魔力消費としては同ランクの宝具の中では少ない方になるが人に対して放つ場合やや火力不足は否めない。

因みにゲイボルクのように槍は帰ってこないので放つ度に槍を魔力で編むか、拾うしかない。

天命受けた祝福の薪(モイライ・ネッパーラ)
ランクB
種別 対人宝具(自分)
てんめいうけたしゅくふくのまき。直訳するとモイライの呪い。
モイライに受けた祝福の一つである薪。
ただ見ただけでは燃えやすい薪でしかないがその薪には現界してある限り、メレアグロスに不死を与えるという効果がある。
詳しく言うとランクA以上の攻撃をいくら受けても傷がつくことは無い。
しかしこれ自体は祝福があるとはいえ、ただの薪なのでメレアグロス越しであろうとも呪いなどで割と簡単に破壊できる。

因みに万が一にもありえないことだが、魔獣の属性を持つ物がが使用した場合に限り傷は付くが不死という結果だけが残り、死亡しないという効果に変更される。



プロフィール
ギリシャ神話に名高い英雄の一人。カリュドン王オイネウスとアルタイアの子。
メレアグロスが生まれて七日目に、三人のモイライが現れた。クロートーはメレアグロスが高貴な人物となるであろう、ラケシスはメレアグロスが武勇に優れた英雄となるであろう、とそれぞれ予言し、アトロポスは薪を炉に投げ入れ、この薪が燃え尽きないうちはメレアグロスは生きているであろうと言った。

成人するとアルゴノーツに所属し、特に槍投げを得意とした。今でもアルゴノーツの中ではヘラクレスの次に強いとされる声もあるほどの武勇を誇っている。
カリュドーンの猪狩に参加し、多くの英雄たちの力共に少なくない犠牲と共に見事カリュドーンの猪を仕留めるもののその功績を恋したアタランテに譲ったことで彼の人生は狂うこととなる。

カリュドーンの猪討伐の手柄を紅一点であるアタランテに譲ったことで叔父であるプレークシッポス、イーピクレースと言い争いとなり、メレアグロスは二人を剣で斬り殺してしまう。その結果母であるアルタイアーは息子が兄弟を殺したことに絶望して薪を燃やしてしまったことでメレアグロスは薪が燃え尽きると同時に消えてしまった。
奇しくも、恋したアタランテの目の前で。
これにより、アタランテはアルテミスに処女を誓う事となる。

英霊として現界した彼は恋愛を除けばいい兄貴分としてマスターに接する。
アタランテの事を引きずるような言葉はあるものの、武勇をとっても並の英雄を大きく超える力を誇り、槍投げの射程の長さもあり、アーチャーのように一方的に相手を追い詰めることも可能。
不死の肉体に加えて彼の持つ黄金の鎧は相手に恐怖を与える効果もある。
問題は恋愛弱者という点のみだろうか。

万が一にもない事だが、魔獣の力を持ったものが彼の力を使うこととなった場合、その能力は大きく変化する。


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プロローグ(過去編)
1話 崩壊開始


どうもみっつーと申します。
まぁ少しシリアスあるので...

色んな人の崩壊世界シリーズの作品見て僕も書きたい!と3秒で思いつきそうな簡単な設定のみ考えて書かせていただきました。型月は好きですが素人なので設定のミスなどが多いと思いますがそれは感想でそっと教えてください。

出ない神作より出る紙作と先生も仰っておりましたし...僕は悪くないもん!


 学校でボーッとしていたらテロリストが入ってきてそれをかっこよく倒す自分。実は自分はとても強くて馬鹿にしてくる輩をボコボコにする。

 こんな妄想をしたことないという人はおそらくいないだろう。自分だってたまにしている。学生の頃は授業中に暇になるとテロリストでも入ってきて授業崩壊しねぇかな、就職すれば理不尽に上司に怒られる時にこいつより力があれば、こいつを従えることが出来れば。そんなことを考えてしまう。

しかしこれはあくまで妄想であるからいいのだ。妄想は考えてしまえばそれで終わりだ。気分がいいままエンディングを迎え、それ以降音沙汰なし。不幸になることもなく、また新しい別の妄想という名の物語が始まる。しかし現実では違う。現実という名の狂った物語は終わりをつけるのがとても下手だ。崩すことは得意なのに組み立てるにはコツコツ行うしかない。妄想したような力を手に入れても周りはもっと強い力を手に入れ力で従えられそうな奴らは死んでいる。

 現実は厳しい。そして妄想ととても相性が悪い。

 

 

 罠にかかり気絶したオオカミの喉に手に持ったその辺にあった瓦礫を勢いよく振り下ろす。瓦礫の振り下ろすのと同時に解放されるように勢いよく上がった血飛沫は辺りに染みを残すが遺体から溢れてきた血がそれを覆い隠す。

 

「...」

 

 その後オオカミの腹を引き裂いて内臓を抉り出す。簡単な血抜きの作業だ。これにより臭みが無くなり、鮮度も落ちずらくなる。基本的にため池などがあればそれで体温を冷やして起きたいが今日はとても寒い。気温を測ってないので感覚だか10数度と言ったところだろう。臭みが出やすい20後半から30後半のラインよりは下のはずだ。普通ならこんな作業を狩りなんてゲームの中でしか知らない自分が知っているはずもないし、まさか実際に行うことになるなんて考えもしなかっただろう。

 そう思いながらこの荒廃した世界を見た。破壊されたビル。道には大穴が開き、標識は半ばで折られている。そんな地獄から逃げ出そうとした奴が車に乗って暴走し建物にのめり込んでいる。そう。あれからもう半年が経つ。世界が崩壊してからもう、半年が。

 

「無事かな...あいつら」

 

 そう独り言を呟きながら世界が破壊された日のことを思い出していた。

 

 

 

ある日の事だった。

自分もよくプレイしている、人気スマートフォンゲーム、fate/grand order 通称fgoがユーザーになんの報告もなしに立ち上がらなくなった。勿論ユーザーからは多くの問い合わせがあっただろう。中にはいつもの事と諦めている人もいたが。自分は運営に問い合わせのメールを送った。しかし、それに反応はなかった。

それだけなら別になんとでもない。立ち上がらないfgoに苛立ちを覚えながら満員電車に揺られ、職場へと向かう。嫌な上司の小言を聞きながら早く終わらないかなと頭の中で考える。当たり前がそこにある、日常だった。現実だった。

 

 その日の13時30分。事件は起こった。

 その時間帯は丁度休憩時間だったので自分は同僚と冗談を言い合いながら昼飯を取るために会社の食堂へと足を進めた。

 その時だった。建物の壁がなんの前触れもなしに砕けたのだ。同僚は声にならない叫びを上げながらそれに巻き込まれて視界から消える。その同僚のいた位置に建物の柱が1本落ちる。不思議とあまり恐怖はなかった。それより驚きが上回ったのだ。あまりの出来事に尻もちをついて動けなくなる。

 

「え?」

 

 尻もちをついたが、隣にいた同僚は巻き込まれたが、自分に大した怪我はない。しかしその現実を飲み込めずただ呆然と尻もちをついたまま動けなかった。

 後ろから叫び声が聞こえた。同時に壁が粉砕する音が立て続けに2回した。瓦礫に埋もれた同僚を助けようとする考えすら浮かばず、四つん這いの状態でそちらに向かうと何かが人の上半身を咥えていた。下半身は見当たらない。おそらくその何かの胃の中だろう。黄色と赤色の(たてがみ)を持つライオンのような何か。その何かは記憶の中に強く残っているものだった。

 

ーありえない。

 

 そう言おうとしたが声が出なかった。同僚が瓦礫の下に潰されても驚きが上回ったのに怪物が人を咥えているのを見ると恐怖が上回り、声が出なくなったのだ。全身が震え、その場に倒れる。下半身に湿った感覚が現れる。おそらく失禁したのだろう。普段なら情けないとかダサいと思えることだがこの状況ではそんなことを考える余裕すらなかった。

 しかしそれは運が良かったと言えるだろう。もし叫んでいたら確実にその怪物に気付かれて怪物の餌2号になっていたことだろう。怪物が咥えていた人間を噛み砕く様を見て恐怖が増す。恐怖で身体が動かない状態でゆっくりと隠れる。

 

ーなんで。

ー何故。

ー何故ここにいる。

 

 口からは何も出なかったので頭の中でそう言った。その怪物は自分がよく知っている物だったからだ。しかしその怪物は現実(ここ)に存在するはずのない架空の物だ。何人が協力して作ったかは不明だが、何はともあれ人が時間をかけて作った物語に登場する怪物。自分がよく知っている創作物(妄想)、今日突然立ち上がらなくなったゲーム。fgoではその怪物のことをこう表している。ウリディンム。fgo7章絶対魔獣戦線バビロニアに出てくるエネミーの一種で所謂雑魚敵だ。同じティアマト神によって作られたがゲーム内では実質上位互換であるウガル、それすらも超えてバビロニアが高難易度であること理由としてよく挙げられるラフムと比べるとやや見劣りするがそれでも人間からすれば蛇の前に立つ蛙のようなもの。餌としてしか機能できず、障害にすらならない。

 しかし有り得るはずのないことだ。良く他の創作物で自分がゲームの世界に転生したりというのはよく聞くがそれは妄想だからこそ面白いのであり、実際にそんなことは実現するはずがない。

 これは悪い夢だ。そう言って諦めてしまうことは簡単だがここまでの情景が全て本物なら。失禁した感覚まで完全に再現できるならそれはもう引っぱたいても痛いと感じる夢のようなものだ。

 今自分が見なければならないのは現実だ。いま起こっている現象そのものであり、この場合ウリディンムに似た者...面倒だからウリディンムそのものとしてそれは人を喰らうもの。栄養となるのかもしくはどこぞの未確認生命体のようにゲームの1種なのかは別として人とは比べ物にならない強力な力を持つ。現在自分は仕事に来ている普通のサラリーマンなので銃器は勿論武器などない。一応スマホとペン、メモ帳に多少のお金があるがそれで対抗できるものは無い。ここの会社に武器になりそうなものと言ったらよく学校に不審者用として置いてある刺股が一応あるがそれで止められるのは人間だけだ。となると隠れるのがいいがこれでは見つかるのも時間の問題だ。だんだんと落ち着いてきたので歩く程度なら出来なくもない。同僚が下敷きになっている瓦礫も気付かれずに上がることも不可能ではないだろう。しかしそちらに向かっても食堂があるだけだ。食堂なので食事ができるため一応立てこもることは可能だがバリケードを張ったとしても単純な体当たりは全て無に帰るだろう。整理終了。

 対抗策はなし。隠れるにもここにはいい場所がない。となれば先程崩れた壁から脱出するしかない。運がいいことにウリディンムは自分ではなく別の人間を見つけたのか遠ざかっていく。

 

ー今しかない。

 

 唾を飲み込み、深呼吸。落ち着き、身体が動くことを確認して物音を立てないようにゆっくり、ゆっくりと大穴を開けた壁から外の様子を見る。

 

「ッー!」

 

 しかし視界に入ってきたのはここよりも最悪の地獄だった。

 ホムンクルス、ラミア、竜牙兵。小鬼に、心を失った者。グールにワイバーン。

fgoで簡単に倒してきた数々のエネミーが世界観も何もなしにそこら中で暴れていた。

 

ーダメだ。

 

 遮蔽物のない外に出たら即座に気付かれる。そうすれば自分はエネミーの足元で散らばっている死体とお友達になることだろう。とはいえこの穴にエネミー達が気付いて入ってこないとは限らない。

 おそらくこの状況だと食堂もあまり現実的ではない。餌の匂いに反応してエネミーが先に入った者を蹂躙、もしくは待ち伏せしてる可能性がある。

 万事休す。と言った所だろう。どうする。一応食堂はまだいると確実にわかった訳では無い。しかし確認しに行ってもしいたらもう終わりだ。そしてエネミーがここに入ってきていないということはまだエネミー達がこちらに気づいていない。もしくは先程入ってきたウリディンムに譲っていると見るべきだとなれば外に出ても数秒は生き残れるだろう。その間に対抗策となるものがあれば生き残れる可能性はある。

 生き残れる可能性があるとすれば車だ。音は大きいがおそらく小鬼くらいなら引き殺せようだし何より早い。安全圏に逃げ込むなら脚ではダメだ。最悪自転車でもいい。魑魅魍魎が跋扈してる地獄なのでおそらく救助は期待出来ない。車も残っている可能性は低いがかけるならそれしかない。しかし車を見つけても鍵がないと乗れない、動かないとただの遮蔽物にしかならないが。

 

「やるしかないやるしかない」

 

 そう小さく呟き自分の運命を呪いながらも壁の穴からゆっくりと出た。その後エネミーに気付かれずに出来るだけ音を立てずに走る。1番可能性が高いのは自転車だろう。安いものだと鍵もお粗末なので破壊できる。本来は犯罪だが今はそんなこと行ってられないだろう。どこぞの曲のように盗んだバイクで走り出す、というのは昔のマイナスドライバー叩き込めば動いた時代のバイクならともかく今のものはおそらく無理だろう。

 そう考えているうちに運良くエネミーにバレずに駐車場と駐輪場まで辿り着いたがそこにあったのは自分と同じ考えを持った人間達が暴走したことによる別の地獄だった。逃げ出した人が車で通勤していたのだろう。自分の車で走り出しそこら中の車やフェンスに当てながらも走り、そして視界の端に映る、コンビニに建物に突っ込んでいた。

そのコンビニには小鬼が群がっているのでその車を盗むというのは不可能だ。そして別の車も同じように走り出し残ってる車は数台。それも全てベコベコに凹んでおり、中には中に死体が置いてあるものもある。

 いや、待てよ。この惨状を人だけで作り出したと考えるのはおかしい。少なくともこの車の中にある死体はエネミーによって作られたものだろう。つまりこの近くにエネミーがいる。すぐ様引き返そうと振り返る。すると近くの車が急に爆発した。いや、急にというのはおかしいだろう。炎を纏った何かが着弾したのだ。辺りを見回すと建物の上にfgoではデーモンと呼ばれるエネミーがいた。スペルブックとかならまだ逃げ込めたのになと最悪なところで貧乏くじを引いた自分を恨みながら逃げる。もう相手にはバレている。デーモンの攻撃は遠距離もあるがその爪で引っ掻く攻撃があったはずだ。近づかれたら終わりだ。デーモンの遠距離攻撃が建物の壁を破壊する。おそらく同僚が巻き込まれたそれもこいつの仕業だろう。とはいえ自分にできるのはただ逃げるのみ。可能性があるとするならデーモンがそこまで自分に興味が無いか他のエネミーと敵対状態にあり潰しあってくれるかしかない。走りながら頭の中では走馬灯が流れる。多くの創作物では死の予告として扱われるものである。つまり、この現実では死に場所を見つけたということだろうか。

 

「冗談じゃない!」

 

 先程の爆発に呼び寄せられてきた小鬼の波から離れながら走る。どうやら小鬼の走る速度は子供同じくらいらしい。小鬼からはだんだん離れていく。

 逃げ切れる。デーモンはいつの間にか見えなくなって他のエネミーはついてきていない。とにかく強引でもここから逃げ切る。そう思った瞬間だった。妙な違和感を感じて反射的に止まると目の前に視界から消えたはずのデーモンが着地した。コンクリートにヒビがはいり強い風圧によりその場で倒れ込む。

 

ーまずい

 

 後ろには小鬼の集団。目の前にはデーモン。横に逃げる道は無く、どちらとも倒せる手段は持っていない。

 

「へへへ」

 

 口から気持ちの悪い笑みが零れる。それは奮起でも喜びでもない。自分の運命を呪うのでもなく、哀れみただ受け入れた。つまるところ諦めたわけだ。

 ああ。自分の死が見える。

 デーモンの方が先に近付き、自分の首をその腕で一撃で屠る姿が鮮明に出てくる。鮮明すぎてむしろ気持ち悪いぐらいだ。

しかし同時によく分からない妄想が生まれた。デーモンが何かに倒される。つまり死ぬ光景が。

 なんだこれ。そう言おうとしたその瞬間に意識が途絶えた。




次回 選択

はい今日の口直しタイム。
今回は記念すべき第一話ということで崩壊から半年経ったあとの世界と崩壊直後の世界を書かせていただきました。ここからは過去編ということで半年経つ前の話を書きます。最初に言わせていただきますとその間主人公君はサーヴァントを召喚しません
まぁその代わり過去編はスパン短いので...


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2話 選択

前回までのあらすじ
世界崩壊!
主人公「やべぇ!怖い!」
デーモンの爪でグシャア!
主人公「あっ死んだわワイ」
...適当すぎひん?他の作者様なら1000文字か2000文字程度でかけるものをだらだらだらだらと....まぁそんなことは置いておきまして2話!どーぞ!


2022/09/11。本文内容訂正しました。エンジョイ勢に絆MAXのキャラがいるわけないんだ


- 2話 -

 目が覚める。

 なんの脈絡もない。もしかしたら夢を見ていたのかもしれないが今は忘れているのでなかったと考えてもいいだろう。ゆっくりと目を開ける。するとそこには見覚えがある人がいた。

 

「おっ目覚めたようだね。えーっと確かー天王寺君...だったかな?」

 

 その女性はゆっくりとこちらに駆け寄ると額に触れた。冷たい手が額に触れてひんやりとした気分になる。女性にこうも触れられたことは無いので驚いた...ってちょっと待て。

 彼女...いや、彼は見覚えがある。自分のプレイしているとあるゲームのキャラクターだ。メタ的な意味でチュートリアル役もしているのでそのキャラクターを所持していない自分のようなプレイヤーでも名前だけはみんなが知っている。

 

「だ...ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。誰もが知っている有名な画家...であり、科学や工学、音楽に彫刻に兵器開発など様々な分野の天才の能力を取ってつけたような英雄。そして彼はFGOではモナ・リザの身体を持つ身体だけ女性な天才ダ・ヴィンチちゃんとして主人公たちのサポートをするのだ。

 自分は当てられなかったが、ガチャで引けば操作することも可能で最高ランクの星五のキャスタークラスというサポートに優れたクラス(他のゲームで言う属性)のサーヴァントだ。

 

「そうとも!私こそがみんな大好きダ・ヴィンチちゃんさ!今はそこにいるマスター君のサーヴァントだけどね」

 

 いや、問題はそこではない。何故ゲームのキャラクターであるダ・ヴィンチちゃんがこの場に存在するのか。そんなこと言ったら先程のデーモン達も同じではあるが。

 そこまで考えて思い出した。自分は確かにあの時死んだ筈だ。確かに自分は()()んだ。デーモンに殺された自分を。

 

「いや!...でも...え!?」

「どうやら混乱しているようだね。マスター君。まぁ仕方がないか」

「おい、(れい)。落ち着け。お前は生きてる」

 

 するとダ・ヴィンチちゃんと会話していた男が急に自分の両肩を掴んで強く言った。零。天王寺(てんのうじ)(れい)。それが自分の名前である。かなりかっこよくて強そうな名前だが学生時代弓道、サッカー、あと...バスケを少々やっていた程度であまりかっこよくて強いというものでは無い。

 そして自分の肩を強く掴んだそいつは自分と同じ20代前半で、すこしやつれたような顔をしているが、がっちりとした体格を持つ男。

 

「勤...!?いやなんで...お前!?」

 

 基山(きやま)(つとむ)。自分の古くからの親友だ。古くからと言っても仲が良くなったのは高校からだが、自分をfgo、ひいては型月の世界に引き込んだ張本人であり、様々なゲームを遊ぶゲーマーだ。

 

「いや、俺もよくわかんねぇけどな。なんかfgoのエネミーがそこら中に湧き出てきてパニックになってたらダ・ヴィンチがポーンって出てきたんだよ。ポーンって」

 

 身振り手振りを加えながらそう言うが自分は現実があまり理解できなかった。

 そもそも死んでいた筈の自分がここにいるということは先程の現象が夢だった。と考えるのが普通だがとなるとこの目の前にいるダ・ヴィンチちゃんはなんなんだ。レベルの高すぎるコスプレか?となってしまう。

 すると混乱している自分のことを気遣ったのか、ダ・ヴィンチちゃんは勤を押しのけて前に出てくる

 

「ハイハイ。落ち着いてマスター君。今彼は混乱している。何せデーモンと小鬼に襲われて仮死状態だったからね。この私がいなかったら確実に死んでたよ」

「っ!じゃあ...やっぱり...」

「ああ。世界は崩壊した。いや融合したと言うべきかな?理由は天才である私にも分からないが、我々のよく知るエネミーがこの世界にポップしたのは事実だ。そしてそれから1週間経った」

「いっ...」

 

 それはつまり1週間前、あの後自分は仮死状態だったというわけだ。崩壊したという言葉が正しいならまともな医療手段も取れない状況でよく命が助かったと思うべきだ。症状にもよるが確か5分すぎると1分おきに蘇生率が10パーセント下がるという話をどこかで耳にしたことがある。多少の体の痺れは感じるが植物状態にもならず、不自由ないのは医療の研究もした万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチがいたからこそと見るべきだ。

 

「そうそう。それで現在の状況を説明するね。ここは私が陣地作成のスキルで生み出した工房さ」

 

 キャスターのクラススキル、陣地作成。魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。 「工房」の形成が可能。ダ・ヴィンチちゃんのようにAランクともなるとかなり高度なレベルの「工房」が出来るだろう。

 

「私の陣地作成のランクはAだからね。半端なエネミーでは侵入することは出来ない。つまり、この工房の中なら無敵ってわけさ。とはいえこの混乱だ。ライフラインは1部を除いて破壊され、絶望的な状況とも言えるだろう。何故か分からないけどWiFiはよく繋がるようだけどね。そして彼のように全世界にマスターが表れだした。勿論数は相当少ないけどね。今この世界があるのは彼らのおかげと言っても過言ではないよ」

 

 状況は何となく掴めた。世界が崩壊し多数の人がFGOの世界。いや、型月(TYPE-MOON)の世界エネミーに殺された。自分もその内の1人になるはずだったが自分の親友である葛城勤が運良くサーヴァントを召喚し、それが運良く医療にも長けた天才レオナルド・ダ・ヴィンチで、そして探してくれたのかもしれないがまた運良く自分は見つけられ仮死状態から助かったということだ。

 不幸中の幸いとはまさにこの事だ。自分の不運を昔から恨むことは何度もあったがなんだかんだ自分は運がいい方らしい。

 するとダ・ヴィンチちゃんに押しのけられていた勤がダ・ヴィンチちゃんの横に並ぶ。

 

「俺が調査したところサーヴァントを召喚した人間にはとりあえず共通点がある。それはfgoをプレイしていること。立ち上がらなくなった1週間前、つまり事件の日に立ち上げようとした人だ」

「え?それなら俺もしたけど...サーヴァントなんて召喚されないぞ」

 

 そう。自分の不運を恨む部分があるとするならそこだ。親友である勤は強力なサーヴァントを召喚したのに対し、自分はサーヴァントどころか使い魔1匹も出てきていない。

 

「まぁ現在fgoで出ているサーヴァントの数はまだ300を越えていなかったはずだ。水着やらも加えたら相当少なくなる。出てこないプレイヤーの方が多いだろうさ。んでこれは現在サーヴァントを召喚し、マスターとなった人が使っているSNSだ」

 

 SNS...。この状況ではテレビ番組なんてやってないだろうしやっていたとしてもニュースなどは信用出来ないだろう。それは嘘の情報を簡単に流せるSNSにしても同じだが情報収集としてはこれ以上の手はない。

 

そこには推し鯖を召喚できたと喜ぶ声やら今生きてる施設の紹介まで色々書いてあった。

 

「多いな」

 

 多い。というのは情報もそうだが生きてサーヴァントを召喚している人数である。半分が嘘だとしても多い。連絡手段が確立した状態でしかもメンバー募集なども書かれていることから何処かに集まろうとしていると見るべきだ。

 

「ああ。俺達も今はダ・ヴィンチの工房にいるが今後人やサーヴァントが多い場所に移住するつもりだ。今はマスター同士で助け合って行く必要がある。だから零。お前も来い。ちょうどダ・ヴィンチに移動用の大型バスを改造した工房を作らせた。キャンピングカーなんて目じゃねぇぞ」

「とりあえず君が目覚めるまで待ってから動こうということで私とマスター君の考えは一致したわけだ。で?どうする?これから私達と離れて一人で生きていくのもありだ。人が密集するところに行けば人の暴動に巻き込まれる危険性もあるからね」

 

 成程。つまり自分が頷くかどうか分からなかったから待ってくれていた訳だ。本来なら捨ててもいい命を。

 

「行くよ。どうせ1人ならすぐにやられるだけだからね。仲間がいた方が心強い」

「...だよな。お前ならそういうと思ってた」

「だけど一つだけいいか?」

「何かな?天王寺君」

「最後に1度だけ家に行きたいんだ。もう最後だと思うから」

 

 跡形もなく破壊されているかもしれない。思い出の品もお金も何も残っていないかもしれない。しかしまだあるかもしれないという心残りを残して行けない。それにそこには家族がいるのだ。もういないとは思うが確認だけでもしておきたい。

 すると勤は難しい顔をした。いや、何かを悔やむような...つまり。

 

「辛いことを言う。お前が寝ていた時に1度確認しに行ったんだ」

 

 勤の顔で大体のことは察した。まぁあの両親もかなりトロイから...運良く生きてましたなんて無理だってことはわかる。

 

「...そうか」

「...お前の両親は死んでたよ。けど、家は倒壊はしていなかったはずだ。最後の別れ...しに行ってやれ」

 

 この場にいないということは口には出てないがおそらく彼の両親ももうこの世にはいないのだろう。あれだけ人が死んでいたんだ。自分の身内は無事だなんて夢物語はない。むしろ自分達が生きていることを喜ぶべきなのだ。

 わかってる。そんなことわかっている。だからこそ、最後のお別れを。もう骨になっているかもしれないが。

 

「ありがとう」

「っという訳だ。ダ・ヴィンチ。準備頼む」

「おっけー。任されたよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが指で輪っかを作りながら了承し工房から出ていく。そういえば勤は何故ダ・ヴィンチちゃんを召喚したのだろうか。もし理由があるとしたらそれはサーヴァントを召喚する「触媒」があると考えるのが自然だ。つまり...

 

「...あ」

「どうした?」

「お前のダ・ヴィンチちゃん...あっ、ゲームの方ね。絆いくつだっけ?」

「割とよく使っていたからなぁ...10はいってる」

「スキルマは?」

「勿論してるさ」

「レベルは?」

「聖杯は使ってないから90だな」

「もしかして...俺たちの持ってるfgoが触媒になった...ということか?」

 

 本来触媒はその英霊の持ち物、もしくはそれを表すものであるのが自然だ。例えばダ・ヴィンチちゃんを呼びたいならダ・ヴィンチちゃんの絵画でも使えば確実に呼べるだろう。

 しかしここは崩壊した世界。勿論先程のも劇中の設定なのでここではそんなルールすら通用しないだろう。しかしそれにしてはsnsで喜びの声が多かった。出来ればこのサーヴァントの方が良かった...という声が無かったのだ。つまり、それなりに使い込んできたサーヴァントが呼ばれる、つまりfgoのプレイ歴などが関わっている可能性は高い。

 

「お前が絆とスキルとレベルマックスにしてるサーヴァントって他にいるか?」

「んー俺も結構長いからなぁ...かなりいるぞ、孔明、アーラシュ、アタランテ、バサランテ、バーサーカーのランスロット、水着のジャンヌ、ランサーアルトリア、キャスターアルトリア、マーリン、スカディ、アンリ・マユ、オベロン、水着の伊吹童子...あとは...」

 

 勤は指を1本1本折りながら数えていくがかなり多い。こんなことでは明日になってしまう。1度切るか。

 

「多いな」

「言ったろう?お前の倍はプレイ歴があるんだよ。ちなみにお前は?もしかしたら今からでも召喚出来るかもしれんぞ」

 

「いやいねぇよ...」

「いないのか」

「ガチ勢と同じにされても困る...」

 

 考えれば考えるほど自分がサーヴァントを召喚できなかった理由がわかりやすくなってくる。

 

「まぁ、あくまで俺たちの勝手な予想だからな。当たってる確率の方が低いだろ」

「...だといいんだが。出来るだけサーヴァントはいてくれたほうがいい...ってそういえばお前令呪はあるか?」

 

 令呪。サーヴァントに絶対的な命令をすることが出来るものでfgoでは即座に宝具を打てたり、HPを全回復したりできる。そしてfgoとその他のfate作品の大きな違いといえばその令呪だ。他の作品では令呪は三画あり、新しいサーヴァントと契約するなど例外を除き新しくチャージはされない。しかしfgoは同じように三画あるが1日経てば一画はチャージされるのだ。その代わり設定上ではただの魔力リソースなので細かい指令は出来ないらしいが。自分が言いたいのはその令呪がfgoと同じ仕様なのかどうかである。

 

「ああ。あるぞ」

 

 勤はそう言って右手を差し出す。そこにはfgoの男主人公と同じ令呪があった。

 とはいえそれはただの見た目であり効果は分からない。最悪ただの飾りでしたなんてことも有り得る。

 

「どうだ?」

「おそらくチャージされる...と思うがリスクが高すぎてな。ダ・ヴィンチ相手なら令呪なくなったら殺されるなんてことはないと思うが大事な令呪だ」

「まぁ...仕方がないなSNSの方にもおそらく書かれてないだろう...そんなことを書くためにわざわざ令呪切るやつなんていないだろうしな」

 

 特に今は皆我が身が大切なのだ。だというのに貴重な令呪をわざわざ使用するやつはいないだろう。

 

「マスター君?準備できたぞ。この工房ももうそろそろで廃棄するからね」

 

 そこにダ・ヴィンチちゃんと共に準備完了のお知らせが来た。となるともうこの工房にも要は無い。さっさと拠点を入れ替えて活動していくことになる。

 

「ああ。ありがとう。んじゃ行くか。あ、その布団と毛布は必要だから持っていくぞ」

「了解」

 

 布団から起き上がり、毛布と布団を丸める。その後その場にあったペットボトル数本を勤が持ち、外に出る。

そこには大型バスを改造したと言っていたが大型バスの影も形もない装甲車があった。一応あれはキャンピングカーの部類...なんだよな?

 

「ついでにこの辺のエネミーを蹴散らして置いたから今は大丈夫だと思うけど急いでくれよ」

 

 当然のように物凄いことを言うダ・ヴィンチちゃんに驚くが勤が全く気にしてなかったので何も無かったように振る舞う。考えてみれば確かに当たり前だ。キャスタークラスとはいえ多少のエネミー相手ならその程度というわけだ。そんなエネミー相手に自分は死にかけたと考えるとどれほどサーヴァントというのが強力な存在かがわかる。

 

「よし!さっさと行くぞ」

「あいよ」

 

 そのまま物資を装甲車...もといダ・ヴィンチちゃんの移動型工房へと乗せて扉を閉める。

 予想通り、いや予想以上に中はとても広かった。簡単なものだがキッチンにトイレ、押し入れのようなものには寝具に衣類。奥にはおそらく制作中であろうバイクがある。食料は3人計算だと1ヶ月あるかないか程度。拠点を置く移すまでの時間稼ぎと考えればこれ以上は高望みしすぎだ。

 しかしその時に窓から見た景色、周りがどれだけ荒れ果てているか確認した。道には穴が開き、ビルは倒壊し、車は寸断され、標識は半ばで折れている。エネミー達がせっせと破壊した結果がこれだ。崩壊したと言われても頷くしかない。

 先に運転席に座っているダ・ヴィンチちゃんの元へと行く。

 

「そういえばダ・ヴィンチちゃん」

「なんだい?」

「家に帰るのはありがたいけど道が整地されているとは限らないよ?」

 

 実際山道よりも道が道になってないだろう。何かしら対策をしないと崩れた道の穴にドボン...ってことも有り得る。

 

「まぁその辺は任せたまえ。それより...これを渡して置くよ」

 

 大問題であろうことを任せたまえと簡単に言いながらダ・ヴィンチちゃんは運転席の隅においてあった物を取り出した。

 

「...弓?」

 

 少し変わった見た目をした弓と宝石を埋め込んだと思われる謎の腕輪だった。

どうやら弓は折り畳んでコンパクトにできるようだ。とても硬いが持ちやすく、軽い。装飾品等はないのでシンプルな弓なのだろうか。

 

「私というサーヴァントがいるが一応自衛も大切だろう?特に君にはサーヴァントがいない。はぐれたら令呪で呼ぶなんてことも出来ないわけだからね。マスター君より大切になるよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃん曰く。腕輪には装着者の魔力を使用し矢を作成する能力があり、燃費がいい上に、制限は無いので文字通り魔力がある限り作れるとの事。弓は弧の部分は特殊な金属で出来ており、剣のように使う事が出来るらしい。

 勤の方も魔力を通すだけで強化魔術を使用し、切れ味が良くなる剣を何本か貰っているらしい。勿論サーヴァントと比べたら天と地ほどの差ではあるが多少のエネミー相手なら十分すぎる。一応剣道やフェンシングの経験がある訳でもないが剣なんて渡されて扱えるのかと聞いたが、「その時が来たら見せてやる」と言われてしまった。かなり心配だ。

 背中に折り畳んだ弓をサスペンダーに固定、腕輪も付け、衣服を動きやすい物に変更する。一応家に帰るわけなのでもしかしたらこれより動きやすいものが手に入るかもしれないがエネミーに破壊されて何も無いこともあるので出来る限りいい状態のものを使う。

 

 

「これで行く準備は出来たな。一応武装は揃っているとはいえ、極力戦闘は避けたい。出来るな。ダ・ヴィンチ」

 

剣を腰に携え、動きやすい服装に肘当て膝当て令呪の部分のみ切り開いた手袋を装備した勤が自身のサーヴァントに言う。

 

「もちろん。任せたまえ!」

 

 ここから始まる。崩壊した世界に、残酷な運命を押し付けてくる現実に抗う。それがもし相性が悪い妄想(偽物)による力だとしても。

生きて...みせる。

 




次回 親の意識


さて今日の口直しタイム!
主人公の名前が公開されました。天王寺零。かなり珍しい名前なので大抵のキャラには天王寺君で通りそうですね。
過去編では彼はサーヴァントを召喚しませんので彼がマスターとなるのは少し時間がかかります(作中では約半年)まぁ所々匂わせているところはあるので予想してみるのもいいかもしれませんね(制作に協力してもらった人には明かしてますが)
本作では一応召喚されたサーヴァントはマスターの性能によって強さが変わるという他のFate作品の設定を受け継ぎ、それに蛇足を加えているので他の作品のキャラクターとは別物レベルまで変化しているサーヴァントもいます

因みに基山勤(実は葛城という名前にする予定でしたが葛城財団というのを知り急遽変更。そのため葛城と呼ばれてるところがあるかもしれませんがそれは誤字です)彼は魔術の適性としてはあまり高くありません
魔術回路は15本、属性は火です。(実は土にしようとも思っていた頃もあります)自身のサーヴァントの教えで転換魔術を習得します
天王寺君とはかなり親しい仲でお互いを唯一無二の友人と言ってます。実は陸上選手で、プロ契約をする予定でしたが直前の大会で足が故障したことにより断念しているという設定があるので脚はクソ早いです。
彼の召喚するサーヴァントはダ・ウィンチちゃん!(大人)僕はロリンチの方しか持ってませんけど実は大人の方が好きやで。
道具を作り出してくれる。キャスタークラスである。頼り甲斐がある。組織の長としての経験がない訳では無い。原作のfgoでも主人公を導く大人だった等の理由から選出しました。
性能は彼の魔術適性が低いこともあり、fgoのステータスより少し低いぐらいですね。


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3話 親の意識

前回までのあらすじ
天王寺「我死んだ!我死んだ!」
ダ・ウィンチちゃん「おはよー」
天王寺「ウェ!?ナニガオコッテルンデェス!?」
勤「お前どうする?」
天王寺「お前たちについて行くけどその前に実家に帰りたい」
勤「てめぇの両親死んだぞ」
天王寺「そっか」

こうしてみると意外と恵まれてますよな...この辺で「あれ?」と思った方はおそらく洞察力が高い人か色んな作品を読んだことがある人ですかね(単に自分の間違いの確率が99パーセント以上はあることを考えていない馬鹿)
では3話!どーぞ!



「ここだ」

 

 勤の一言で乗っていた大型バスを改造した装甲車...ではなくダ・ヴィンチちゃん特製の移動型拠点が止まる。周囲にエネミーの反応は無し一応確認しながら外に出る。

 

「やっと着いたね」

 

 そこにあるのは半壊した一軒家。自分の実家だ。傷が付きながらも原型を保っている表札が『天王寺』と中々珍しい名字を語っている。

玄関前の小さな庭には簡単ながらお墓が作ってある。

 

「お前の両親はここだ」

 

 後から出てきた勤がその庭を見つめながら言う。本来なら埋葬するにも色々と手続きがいるはずだが、今はそんなことを言ってはいられない。手を合わせて祈る。その命の散らし方はとても無惨なものであったがせめて魂は、安らかでいて欲しい。

 思ってみれば仲のいい夫婦だった。結婚してもう30年以上経つのにそのやり取りはたまに新婚を思い出すくらいどちらともゾッコンでいて、結婚どころか彼女すら出来ない自分は心のどこかで嫉妬していたのかもしれない。とはいえ自分のこともとある事情で大学を中退することになったがその後も実家に住んでいた。就職しても特に変わることなく、親として時に厳しく時に優しく接してくれた両親はもう...いない。突然すぎる別れだ。しかしそれでも両親の分も生きなければならない。少なくとも共に死んでくれとは両親は言わないだろう。

 

「...」

 

 線香も添える花どころか墓石すらマトモに出来てない墓を見て少し悲しくなる。しかし化け物に食われたりするのと比べたら形だけでもあるのは幸福な方だ。

 とはいえここでずっとしんみりしてる訳にはいかない。切り替えなければ次こそ死ぬだろう。

 

「家に使えそうなものがないか探してくるわ」

「わかった」

 

 1週間以上すぎてるので痛みやすいものは無理だが食料、金や衣服等使えるものはある筈だ。どうせ帰ってくることは無いのだろうし持てるものは全部持って行ってしまおう。

 2人と別れて玄関の扉を開ける。玄関は泥や砂で汚されていたがこれといって大きな傷がある訳ではなかった。

 

「ただいま」

 

 決して返ってくることの無い返答を少し期待しながら言う。しかし返ってくるものは何も無い。しんと静まり返る。

 

「駄目だな」

 

 身内が死んで、精神的に傷を負いすぎたのだろう。切り替えなければ。

 靴を脱がずに上がる。別の気配はしないがいつでも弓を取れるように構えながら歩く。玄関を過ぎてすぐにあるのはリビングとキッチンだ。リビングに入るとこの家がどれだけのものに襲われていたかわかる。天井に穴が開き、中が爪のように鋭利なものでズタズタにされている。テレビは真っ二つに割れ、ソファはもう元の形状が分からなくなっている。キッチンへと向かい、とりあえず蛇口を捻った。

 

「...」

 

 何も出ない。当然だ。ダ・ヴィンチちゃんだってライフラインが途絶えたと言っていた筈だ。いつまで自分たちは特別だと勘違いしてるのやら。電気も通っていないので冷蔵庫の中もほとんど腐っているだろう。長持ちする食料...と考えたら缶詰などが定番だ。災害用の備蓄があったはずだ。

 

「良かった」

 

収納を開けると隅の方にそれはあった。缶詰に乾パン。懐中電灯、水にレトルトのご飯。手回し充電器に携帯用のバッテリー。簡易すぎる簡易トイレにトイレットペーパー、ティッシュペーパー。3人で1週間程度だろうか。

 使用する3人が違うだけでこんなに寂しさが溢れるのは何故だろうか。

 

「っと思うのは失礼だよなぁ」

 

とりあえず確認して大きなバックの中に詰め込み、玄関に置く。次は風呂場だ。水は無くても石鹸、洗剤は必要だろう。別のカバンを出して洗剤に未使用の歯磨き粉に歯ブラシ。使用済みのものは衛生的に悪いのでここで捨ててしまおう。パンパンにはならなかったがそれも玄関に置く。

 そして自分の部屋へと向かう。自分の部屋はほとんど壊れてなかった。狭い部屋だがここだけ記憶と変わらずにあった。収納を開けて自分の持ってるカバンとリュックを大きいものから数個出して小さいものに適当に掴んだ衣服を出来る限り入れる。勤の身長体重も自分とあまり変わらなかったはずなのであいつも着れるはずだ。そして財布、常備薬などを順番に入れていく。すると棚から1冊の本が落ちてきた。

 

「...」

 

 子供の頃好きだったマンガだ。大人になってほとんど読まなくなったが収納の奥に全て揃えてあった。

 何も考えずにページを捲る。展開どころか設定もキャラクターもほとんど覚えていないマンガだがどころか懐かしく感じる。子供の頃はすり減るまで何度も読んでいた。少ないお小遣いを握りしめてマンガを買って帰って家で何度も読む。読んでいた頃はセリフの一つ一つも完璧に覚えていたのだろう。小さい頃から親にもひとつのことに集中したら周りが見れなくなると言われていた子だ。

 

「...」

 

 ゆっくりと本を閉じる。この本はこのまま置いていってしまおう。この本をごっそり持って行ってもどうせ読まないだろう。この本は子供の頃面白いと感じて、何度も読んだ物であり、子供の頃の思い出だ。大人になった今もうつまらない感じるという訳では無い。ちゃんと読み進めていけばまた面白く感じて全て読むだろう。しかし、限られた物資と時間をここに費やす事は難しい。しかし捨てる訳でもない。このまま整頓して置いていこう。もしかしたら崩壊したこの世界で誰かが空き巣をしようなどの理由で入ってくるかもしれない。空き巣犯がそこに置いてあるマンガを読むわけがないが、いつか自分と同じような子供が勝手に入ってきてすり減った本を手に取る。馬鹿な話であるがそれくらいの夢を見たっていいはずだ。本棚をわざとわかりやすい場所に移動してホコリを落とす。地震などが来ても崩れないように固定する。

 こんなことをしてもどうせ誰にも読まれることは無いだろう。だからこれは自分の勝手な思い込みによる我儘だ。

 

「じゃあな」

 

 そう言って纏めた全ての荷物を持って玄関に置く。もうここに戻ってくることは無いだろう。だとしてもここは自分の生まれ育った実家だ。ボロボロになってもし跡形も無くなってしまっても。そこで繋いできた時間は、思い出は変わることの無い。

 

 扉を開ける。そこにあるのは崩壊した世界。多くの人が死に、並ぶ建物は跡形もなく破壊し尽くされた。しかしそこで過ごした時間は残っている。たとえ現実が非現実に侵食されたとしても終わった事は、そこで刻み続けた時間は消えることは無い。それすら消えることなんてあるはずが無いのだから。生まれて親と手を繋ぎながら散歩をする。学校に行くようになり、親に手を振って大きなランドセルを背負って出ていく。反抗期になり、親の愚痴を言いながら自転車に乗って「行ってきます」すら言わずに出ていく。そして大人になり、どうしただろう。

 

「...うっ...」

 

 気付くと目から涙が零れていた。自分は何もしてこなかった。親孝行しろとよく言われるが、本当にしてこなかったことが悔やまれる。いつか突然、そう。本当に突然無くなることだって有り得るのだ。決して無くならないものは無い。いつか全てのものが朽ち果てて消える。しかしそれを忘れ、いや考えないようにしている。

 

 

「ああ...わかってるよ」

 

 だからといってこのまま泣いてる訳にも立ち止まっている訳にも行かない。ならばやることはなんだ。考えろ。...いや。こんなにすぐ思い付くわけない。確かに自分もいつか死ぬ。この崩壊した世界なら不老不死や不死身になることだってあるかもしれない。しかしそれでもいつか消えるのだ。ならばとりあえず死ぬまで生きる。前に進み続けることが自分に出来る最大限の事だ。

 

「終わったか」

「...ああ。使えるものは玄関に纏めておいた」

 

 先程泣いてるのを見たのだろう。少し罰が悪い顔で目を逸らしてくる勤に言う。確かに辛い。本当ならさっさと逃げたいぐらいに辛いしこれからのことが怖い。でも逃げたところで道はない。逃げ道を閉ざされたらもうどれだけ辛かろうと前に進むしかない。

 2人が自分の横を通り過ぎて荷物を全て持って行く。それをただ眺めていた。

 その瞬間、右目が急に熱くなった。いや、熱いんじゃない。痛いんだ。右目の奥。なんとも言えない不思議な痛みだが何処かでそれを感じたような気がする。

 何かが見える。誰かが苦しんでいる。何かを守るように覆い被さり、そして背中から何者かに何かを突き刺された。だんだん鮮明になっていく映像から見るに守ったのは父親、守られたのは母親だろうか。そしてその何者かは父親に駆け寄る母親の首を切り落としそしてその懐から懐中時計を...

 

「ああっ!」

 

 なんだ。なんだこれは。誰かに殺された...?2人が?いや待て。2人はもう死んでいる。しかし殺したのは自分を襲ったのと同じ、fgoに出てくるエネミーだと思っていた。しかしそれは人だ。人型エネミーでもない。影がかかっていたのでシルエットしか分からないが。どう見ても人間だ。

 まさか2人は人に殺された...誰に?この崩壊した世界で気の狂ったやつだろうか。いやそれにしては家の傷が少ない。比較的被害の少ない家を名乗った物取りだろうか。いやそれにしては取られているものが少なすぎる。

 

 息が苦しくなり、荒くなる。汗が止まらない。自分は今一体何を見たんだ。妄想か?それとも現実か?急に吐き気が出てきた。頭が痛い。

 

「零...?」

 

 何かに気付いたのか勤が荷物を持ったまま近寄るその瞬間、勤の身体に飛んできた何かが刺さった。彼の体を貫いたそれは地面に深く突き刺さる。

 

「止めろ!」

 

 そう叫んだ瞬間、勤と自分の間に何かが突き刺さった。まるで自分が何も叫ばなかったらそれは彼に刺さっていたように。

 これは明確な攻撃だ。彼を殺すことを前提に考えた攻撃だ。本能がそう気付いた瞬間取った動きは早かった。いち早く荷物を下ろし、弓を展開する。

 

「レオナルド!」

「それ!」

 

 勤が自身のサーヴァントの名を呼ぶより早くダ・ヴィンチちゃんがその杖から謎の光る弾丸のような物を発射する。

 

「遠いな...いや...来るっ!」

 

 目に何かが見えた。黒いモヤがかかっているが何かが見える。人型のエネミーだ。遠くの建物の上に立っている。遠いが時分の弓ならおそらく当てられる。急いで腕輪に意識を集中させる。すると腕に見慣れた光の線が見える。魔術回路。魔術を行使する時に現れる魔術師のみが持つ擬似神経。現れると先程言ったが実際には現れるのではなく、閉じていたのが開くというのが正しく、開くことで魔術を使えるようになる。

 魔術回路が開いたのを確認し、そこに矢のイメージを重ねる。昔弓を使った記憶がある上に腕輪の補助もあるのでそこまで難しくないはずだ。

そう思った瞬間に弓を握っていない方の手に矢が乗っていた。見知っているものより少し軽いが十分だ。

 

「行け」

 

 短く命令するように弓に矢を番えて放つ。矢は綺麗な放物線を描いて人型エネミーの肩に命中した。そのままそのエネミーは落ちるように視界から消えた。

 

「避けて!」

 

 一安心したのもつかの間。ダ・ヴィンチちゃんが叫ぶ。その瞬間物凄い数の矢が上空に見えた。避けるのは不可能。迎撃しかないが迎撃する手段も少ない。

 

「氷だ!突貫でいい!盾を!」

「おい待て!」

 

 勤がそう命令する。ゲームの中ではダ・ヴィンチちゃんの篭手から火や氷が出て攻撃するというものがあった。それで矢を防げと言いたいのだろうか。確かに火だと中途半端に燃やせばこっちが不利になるし杖から何かを出しても迎撃は間に合わない。しかし氷で防げるとはとても思えない。しかしそう考えている間にも矢は自由落下に入る。このままでは撃ち抜かれて死ぬ。

 

「それっ!」

 

 もうこれしかないとダ・ヴィンチちゃんも考えたのか篭手から勢いよく氷の粒を出す。しかし流石に氷の盾などは作れず幕のようなものが出来上がる。

 そこに矢が当たっていく。流石に氷の粒が当たった程度でそこまでのダメージは無いだろう。そう思ったが矢が凍り、氷の塊として落ちてくる。

 

「っておい!」

 

 しかし氷の塊としての殺傷能力はある。重さもろくにないがそれでも痛いし、頭に直接当たれば死にもするだろう。

 すると勤が手に持った剣を2本、ブーメランを投げるように投げた。そのまま凍った矢の集まりのだいたい中心に行き、矢に当たる。

 

砕け(Zerquetschen)

 

 そして何かを言ったと思ったら突如その剣が弾けて凍った矢を吹き飛ばした。そのまま連鎖的に他の矢も粉砕していく。まるで剣が爆弾にでも変わったように。

 

「零!敵の位置は!?」

「あっ...待って!ここからじゃ見えん!」

 

 呆気に取られていたが新たな剣を抜きながら勤がこちらに聞いてきたことで現実に引き戻される。そうだ。先程一体撃ち落としたがあの矢の本数からして一体の仕業ではないことは明らかだ。そして他の建物の影となり、ここからでは見えない。

 しかしそれは相手だって同じはずだ。攻撃が止んだ。緊張感は漂うが、動く者は確認出来ない。

 

「荷物を持って直ぐに車に戻ろう。ここは危険だ」

「そうだね。殿は私がするよ。2人とも、直ぐに車の方へ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがそう言って杖を構える。その様子を視界の端に捕らえながら弓を背中に戻し、荷物を持ち上げて車の中に放り込む。

 

「ダ・ヴィンチちゃん」

「よし!逃げるぞ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんを呼んで車を動かす準備をする。すると何かの気配を感じた。急いで弓を展開して車から降りる。

 

「天王寺君!?」

「しっ...来る」

 

 だんだん気配が濃くなってくる。これは車をの向こう側に潜んでいる。おそらく車の足、つまりタイヤを潰すことで動けなくすることが狙いだろう。おそらく先程の矢もそのための布石だろう。どう考えてもろくに狙ってない。アレで殺すつもりなら、勤を狙った最初の一撃を外した際にすぐに二発目を打つか逃げるのが普通だ。わざわざ範囲攻撃を仕掛けてくることは無い。

 

「ダ・ヴィンチちゃん。反対側に回って。車の陰に何かが数体隠れてる」

「おーっと。これはおそらく...ラミアだね。5体いる。しかもアマゾネスが20体、こちらに走ってくるね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがメガネをかけて辺りを見回すした後に言う。おそらく透視かなにかしたのだろう。まぁ天才の考えることは分からない。

 

「他には?」

「うーんいないね。弓矢の射程から考えても、あのアマゾネス達が主犯だろう。問題は」

「何故奴らが協力しているのか」

 

 自分が降りたのを不審がったのか勤も剣を構えながら降りてきた。

 

「勤」

「ああ。エネミー達は基本的に協力しない。同じ種族なら兎も角、ラミアもアマゾネスも潰し合うこともよくあるんだ。しかしこれは完全に連携が取れている。裏に何かがいると考えるのが自然だね」

 

 裏に何かがいる。胸の中で勤が言った言葉を繰り返す。ゲームでは敵対敵というのがなかったのでわからなかったが、普通に考えれば味方であるわけが無いので潰し合うということもあるだろう。それが連携。しかもその二種のエネミーが考えたにしては作戦としては悪くない。とはいえ現状エネミーを操作出来るものはいないはずだ。しかしこの状況から考えればいると断言せざるおえない。

 

「どうする?逃げる?」

 

 その裏にいる奴らが少なくとも自分達を襲うためにこのエネミー達を行かせたとするならばこれは危険だ。何せ相手の正体すらこちらは掴んでいない。だと言うのにこちらはもうダ・ヴィンチちゃんの工房の存在を明かしている。

 

「いや、もし裏に何かがいるのならここで逃げたところで無駄だろう。尻尾をだしてくれることを期待してこの場で倒してしまおう。アマゾネスは私がやるからラミアはお願いね」

「...わかった。気を付けて」

「よし。行くぞ!」

 

 勤の号令により3人がばらける。ダ・ヴィンチちゃんは先程言ったように車の前に立ち塞がり、杖を構える。勤は車を迂回し、ラミアの方へと走る。距離はそこまで長くない。だいたい10メートル程度。ラミアがfgoでもやった謎の遠距離攻撃をするが彼は剣でそれを弾いた。

 

「零!」

「任せて」

 

 その間に車の上に上がり、上からラミアを射抜く。10メートル程度の距離なら外しはしない。しかも三体だけなら即座に倒せる。

 

 バスッバスッバスッ

 

 リズム良く三本の矢がラミアの頭を貫通する。そのままラミアは後ろに倒れた。出血の量からして確実に死んでいるだろう。頭から脳みそが溢れてるグロテスクなラミアは一旦無視する。

 

「他には!?」

「今のところ敵影はなし。ダ・ヴィンチちゃんは?」

「もう全員倒してるな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの向かった方を見ればダ・ヴィンチちゃんは余裕そうに手を振っている。これでもサーヴァントの素の戦闘能力は低いキャスタークラスなのだからセイバー、ランサー、アーチャーの所謂三騎士のクラスはどれだけ強いのだろうか。

 

「周りに敵もいないようだし、どうやら指示してるやつはここにいないようだね」

「ああ。どうやらかなり慎重な性格らしい。今後もこうやってちまちまやられるかもしれない」

 

 そもそもなんでエネミーを使役して、それをこちらに向けるのか。サーヴァントなのか、エネミーなのかそれとも人間なのか。それすらもわかっていないのだ。情報が少なすぎる。

 

「いや待て。慎重?アマゾネスに範囲攻撃させて?他の誰かに見られてもおかしくないだろ」

「いや少なくとも俺たちには見つけられていないんだ。ここで殺すことを前提としていても逃げられて反撃される可能性を考えて行動してる」

 

 確かに気が狂った結果無差別に殺すと考えているやつではないだろう。そんなやつならさっさと目の前に現れているはずだ。しかしアマゾネスたちの行動を裏にいるやつが命じたとするならそれなりに豪快な作戦だ。実際のFate世界とは違うとはいえ、それでも無関係な人に目撃されれば動きにくくなるだろう。

 

「そもそもの前提が違うかもしれないね」

「ダ・ヴィンチちゃん」

 

 アマゾネス達を倒したダ・ヴィンチちゃんが車に乗るように促す。それに従って車に乗り込むと話を続けた。

 

「おそらく狙いはマスター。もしくは私だろう。サーヴァントっていうのはこの世界では限りある貴重な戦力だ。普通の人じゃエネミーの相手なんて小鬼とか竜牙兵が限界だろうし」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが車のエンジンをつけながら、手振りを交えて言う。確かに自分たちもドラゴンやらぬえやらに対抗しろと言われれば厳しいだろう。そうなればダ・ヴィンチちゃんに頼るしかない。

 

「なら尚更守るんじゃ」

「いや、それほど強いサーヴァントを俺たちが悪用しない。という確証が得られればいいがそういう訳でもない。サーヴァントも変わった奴が多いからこの状況を楽しむやつだっている。最悪法律も何も崩壊したと言って人殺しやら裏の商売やらをするやつもいるだろう」

 

 気が狂って通り魔になるやつもいたしな。とどこか遠い所を見るように勤が言った。その通り魔とは他の友人だろうか。しかしそれに突っ込む勇気もないので、そこは気にしなかったことにした。いつか聞けるだろうし。

 

「だから殺すのか?まだ確定もしていないのに」

「いや、マスター君を殺して上手く代わりのマスターになってしまえば令呪の魔力リソースを呪いに変換して従来の令呪のように私を縛ることだって可能だよ」

 

 今現在、令呪がfgoのような魔力リソースだけのものか、他のFate作品で間桐...じゃなくてマキリが作った呪いを付与する令呪か。どちらかというのは分からないがたとえfgoのような魔力リソースだけのものだとしても、呪術を使えば呪いに変換することも出来る。対魔力スキルを持っサーヴァントならある程度対抗できるがダ・ヴィンチちゃんには無かったはずだ。

 

「だとしたら、普通この近辺に真犯人がいるはずだ。んでいないとなれば」

「サーヴァントがいると厄介な人達、もしくはそれらに頼まれたと考えるべきかな。天王寺君には言っていなかったけどね。実はこの間にいくつかの集団ができたんだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが言うには人間同盟、FHAなどと言った、サーヴァントをよく思わない集団が出来ているらしい。確かにサーヴァントを持って生き残っている自分たちに対する嫉妬もあるだろう。しかしそれより崩壊と共に現れた自分達を助けるもの...となると出てきたタイミングも含めて出来すぎている。まるでこの事件の原因がサーヴァントと言っているように。

 いや何故か分からないがあながち間違いではない気がしてきた。そんなことを起こしそうなサーヴァントが意外といるのだ。

 

「どちらにしろそいつらは俺たちにいい感情は持ってない。大半...というか全員と考えていいだろう。そいつらは殺そうとしてくる」

「エネミーだけじゃなくて人間対人間もあるのかよ...」

 

 エネミーだけでも十分脅威だ。だと言うのに今度は人殺しと戦うかもしれないということはそれだけで辛くなる。それと同時にある考えが頭の中から出てきた。両親を殺した奴と今回攻撃してきたやつらは同じなのでは無いかと。同じ点といえば襲っている場所くらいだがそれだけでも関係性を疑うには十分だ。とはいえ、両親が殺された現場もただの幻覚だろう。その幻覚と少しでもあってるから気にしておく...というのは無駄な苦労をかけてしまうだろう。

 

「とりあえず...もう移動しよう。物資がこれだけあれば東京まで十分だろうしね」

「ああ...行こう。ダ・ヴィンチ」

「まっかせてー」

 

 心の中で生まれた家に再び別れを告げ、外の景色を見る。空はだんだん曇ってきた。まるで自分たちの道行が暗くなることを示すように。




次回 瞳の闇


今回の口直しタイム!
はい!最初の戦闘回です!はい!まともな戦闘はこれが初めてですね。あーーー楽しい。本当にただの殲滅戦も楽しいけどそれなりに実力が近い相手と戦ってる時の方が楽しいですわ。因みに基山の魔術の元ネタはドイツ語です。Google先生に手伝ってもらいました。
因みに今回は天王寺君が実家に帰って本当に死んだんだなぁと思いにふける話ですがタイトルにある「死」を実感した回でもあります。この「死」は一体何なのか。それを考えていけば彼のチート殺しっぷりがだんだん明らかになっていきます。
そしてこの回で地味に大切にした彼の少年の頃の思い出。好きだった本をまた読んでいたり...ということはよくありますよね。結構頭の悪いような妄想をして整えて出ていく天王寺君。今後その本が読まれることは無いでしょうけどそれでもいい。ただの自己満ですから。


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4話 瞳の闇

前回までのあらすじ
基山「お前の両親ここだ」
天王寺「...さよなら」
「あのマンガ面白かったな」「こんな思い出が」「あんな思い出が」
天王寺「...さよなら」
ダ・ウィンチ「話の途中だがワイバーンだ!」(大嘘)
天王寺「殺しゅ!」(死)(死)(死)(死)(死)
天王寺「ウェ!?」
基山「魔術使用しマース」
ダ・ウィンチちゃん「...」

カオス。いやあらすじ書くの下手すぎますね...こりゃ...あらすじとして見ない方が...

まぁそんなことは置いといて4話!プリーズ(機械音)4ー4ー4ー4ー死ー


 

同日。夜

 

 エネミーを倒しながらの為、戦闘経験と食料には困らないが中々時間がかかる。まだ首都圏に辿り着くまで3日以上はかかるだろう。

 一先ず、夜の行動は危険なので一度安全だと思われるところに停車して交代で眠っていた。

 

「天王寺君はもう眠ったかい?」

「ああ。あんなビビりがよくもまぁぐっすりと眠れるわけだ。慣れちまったのかな」

 

 1人のマスターと一騎のサーヴァント。基山勤とそのサーヴァントであるレオナルド・ダ・ヴィンチが会っていた。勤の友人である天王寺零も彼女の扱いがまるで彼女を使役するマスターに近いが実際魔力を供給しているのは勤だ。令呪も彼の手の甲に刻まれている。

 

「君という存在が大きいと私は思うけどね」

「だったらいいんだが。友が苦しむ様を見て笑うほど俺は下衆では無い」

 

 友を起こさないように声を潜めながらもその声の強さは変わらずに、いや1層強めて言う。

 

「それで話は?」

「ああ。忘れてた。一応君も知っておくべきだと思うから言っておくよ。天王寺君の事なんだけどね」

 

 ダ・ヴィンチの声がいつもの気軽なものではなく、重い話をするテンションに変わる。その言葉からこちらの緊張感も増す。

 

「言ってくれ」

「何故生きてるか、それが分からないほど異常な状態だったんだ」

「仮死状態だろ?その話はもう聞いた」

 

 自分の安全が確定したあと、すぐに友のことが心配になり、ダ・ヴィンチを先行させた。その後、ダ・ヴィンチが抱えてきたのは呼吸をしていない零だった。

 最初は死んだと思った。外傷もかなりあったし、それまでに何十人もの死体を見てきたから当然だ。しかしその後ダ・ヴィンチの真摯な治療により命を吹き返した。

 

「いや、問題はその時間だ。仮死状態っていうのはね。症状にもよるけど30分も息を吹き返さなかったら絶望的なんだ」

「...何!?」

 

 そんなはずはない。そう言おうとしたがダ・ヴィンチも神妙な顔をしたのでその言葉を飲み込んだ。

 実は彼は確かに約半日は息をすることは無かったのだ。心臓もピクリとも動かなかった。その後2つとも急に復活して1週間経ち何事も無かったように目覚めた。

 

「そう。本当はとっくの前に死んでるはずなんだ」

「じゃあなんで死んでると判断しなかった!?」

「魔力を感じたんだ。まるでまだ生きてるように。そして実際に彼は今も生きている」

 

 世界が崩壊し、神秘に満ち溢れたからだろうか。いやそうだとしてもダ・ヴィンチも有り得ないという顔をしてるのは妙だ。何が一体どうなっているんだ。

 

「それで君に聞きたいのだが...彼は二重人格とか強い霊感、見えてはいけないものが見えるとかとかそういう話は聞いたことがあるかい?」

「いや、無い」

 

 二重人格という話があればそれだけで彼は学校内で有名人だろう。しかし学校にいた頃は勿論、その後も二重人格という話は1度も耳にしたことは無い。

 霊感や見えてはいけないものが見える...おそらく浄眼だろうが、そんな話も聞いたことは無い。

 

「ご兄弟は?」

「いない。兄弟どころかあいつの両親がどちらも一人っ子な上にどちらの祖父祖母もあいつが産まれる前に亡くなっているから親戚もいないらしい。あいつ、ゾンビとかじゃないよな?」

 

 もしあいつが実はもう死んでいる存在だとしたら。そうなるともしかしたら彼が理性をなくしてしまうかもしれない。

 

「ああ。勿論。それは保証するよ。それと妙な点がもう一つ。彼は自分の事を死んでいると思っていたようだね」

 

 そう言えば零が目覚めてすぐは混乱していた。自分が死んでいると思っていたようで、ダ・ヴィンチの存在にも驚いていた。

 

「いやでもそれも仕方ないだろう?どう考えても死ぬって思うぐらい襲われて起きたら目の前に見知ったゲームのキャラがいたんだ」

「いや、それだけじゃない。今日、彼は急に気分の悪いものを見たように顔色を悪くしたり、君を狙った狙撃から君を守った。まるで知っていたかのように」

「あいつが仕込んだって言うのか!?そんなわけあるか!」

 

 有り得ない。あんなに臆病で、しかも俺たちを襲う理由なんて微塵もない。その上準備する時間もエネミーを従える方法もないあいつがあのアマゾネスとラミアをこちらとぶつけたというのか。有り得ない。そもそも不可能だし、可能だとしてもあんなやつがやるわけが無い。

 

「落ち着きたまえ。彼が起きてしまうだろう?違うんだ」

 

 ダ・ヴィンチがこちらを落ち着かせようと肩を掴んで無理矢理座らせる。確かにダ・ヴィンチはまだ今回の事件の犯人が零だとは言ってない。

 落ち着いて零の方を向く。どうやら彼はまだ起きてないようだ。良かった。しかしそんなにも眠りが深いやつだったろうか。

 

「悪い。レオナルド。早とちりしすぎた」

「こちらもすまなかった。私が言いたいのはもしかしたら彼は未来予知をしたのではないかと思っているんだ」

「未来予知?未来視の魔眼とか?」

 

 未来視の魔眼。その名の通り未来を見ることができる魔眼で普通の人間が持つ想像力の延長上である「予測」と、自分の行動から時間軸を固定する異能である「測定」の2種類に大別される。

 そもそも魔眼とは独立した魔術回路であり、1工程(シングルアクションとも言う。魔力を通すだけで使える魔術)で発動する。他にも鈴鹿御前の魅了の魔眼、メドゥーサの石化の魔眼等がある。

 

「ああ。その可能性が一番高い。実際今日の狩りの中での彼の成長ぶりは凄まじかった。このまま一年もすれば大抵のエネミーは一人で倒せるようにはなる」

 

 確かに魔眼によって未来を読む事が出来れば格上の相手でも戦えるようになるだろう。しかし何故か本当にそうなのだろうかと思ってしまった。その心を読み解くようにダ・ヴィンチが頷く。

 

「そうだね。未来視の魔眼ほど強力な魔眼だと確実に先天性の物だろう。しかし彼はそんな優れた力は持っていない。勿論目を移植するなんて論外だ。まぁその辺は世界が崩壊して神秘に満ち溢れたことにより彼の秘めた力が覚醒!って感じだろうね」

 

 確かに目を移植することで使用出来る可能性はあるが、移植する時間もない。その上では移植する前の使用者は誰なんだ?とまた新たな問題を生みかねない。

 

「そんな単純でいいのか?だってあいつは...」

「ああ。わかってるよ。君や自分が死ぬ未来すらも見ている。もしかしたらそれしか見えてない可能性だってある」

 

 先天性の魔眼はFateの世界なら最悪封印指定と言って教会に保護という名目でホルマリン漬けにされるほど珍しい物だ。そして彼の未来視はおそらく普通の未来視じゃない。彼は何も口にしないがおそらく秘密がある。

 

「彼からすれば幻覚が見えている...ということなのだろうね。しかしこのままじゃ彼もマトモに精神が保つわけが無い。マスター君。少し辛いと思うが」

 

 急に見えては行けない何かかが見えたら普通はそう思うだろう。こんな高いストレスのかかる環境なら尚更だ。そしてそれを()()()()()()()()()()()()()()()()()。優しさが仇になるとかではなく、ただ話すと心配させてしまうからだろう。困ったものだ。

 

「ああ。俺の友だ。見捨てはせん。ダ・ヴィンチ。魔眼殺しのメガネって作れるか?」

「...やってみるよ。それで少しでも楽になれるのならね」

 

 空を見上げる。その日はやはり曇っていて、月は見えなかった。

 

 

「...ん?やられたか」

 

 とある住宅街に放っていたトラップからの反応が消えた。おそらく怪物ごと消されたのだろう。まぁ代わりはいくらでもいるのでそれは大した問題ではない。それより問題はその消え方だ。監視用の使い魔を残しその辺に放った怪物の反応が短時間で消えた。

 

「他の怪物に消された...とは思えんな。」

 

 もし他の怪物に襲われたのなら監視用のもの以外にも何匹か残っていて、報告に来てもいいはずだ。しかし監視用のみ生き残っているということは、強い兵が罠に引っかかり自力で怪物を倒してしまったと考えるべきだ。

 

「またサーヴァントか」

 

 サーヴァント。あの日から出てきた生命体なのかすら分からない謎のモノであの世界が崩壊した原因を作ったと言われている悪魔。自分が使役したり、その辺で暴れている怪物が束になっても勝てないほど強力な兵器。依頼人から殺せと言われているものだ。

 

「1週間で3匹目...へぇ、かなり数は多いのな」

 

 あの日から約1週間経ったがその間にサーヴァントと確定した奴らは2匹、この手で葬ってきた。その2匹にマスターと呼ばれていた太った男達がその名を呼ぶ、しかしそれは光と成り果て消える。そして絶望した男達の首に刃を突き立て...

 

「ああ...楽しみだ」

 

 いつの間にか楽しんでいた。トラップを張ったり、怪物を洗脳して解き放ってその辺の人間拉致して洗脳してと回りくどい作業は本当にため息が出るほど退屈だが、戦いは別だ。

 血飛沫が出て周りがどよめくなんて餓鬼の喧嘩だ。悲鳴をあげる口に刃をねじ込み、うなじを貫通させて綺麗にスライドさせる。ハンマで脳を叩き気絶したギリギリ生きてる...ではなく意思がある状態に治療させ、そして治癒が効かなくなるまでのギリギリになったその顔を見る。臓器を抉りだし、裏で売れば多少の金にはなると思ったが一度不可能と知ってからはもう快楽の手段のひとつでしかない。

 食事、睡眠、SEX。その三大欲求に加え、ただ他人を支配する。それから得られる金はあるに越したことは無いが正直に言って二の次だ。戦い、なぶり殺す。生きていることすら後悔させ、泣いて喚くその体に嫌う者の精を流し込む。その光景を見るとき、それを行う時のみ、自分という存在を理解出来る。

 

「俺をどれだけ楽しませてくれるんだろうなぁ...なぁ?シャドウサーヴァント?」

 

 隣で片膝をついて頷いてる黒い物体に話しかける。それは幼い女の子のシルエットをしていて、多少の意思疎通は出来るが決して喋ったりはせず命令に忠実な下僕。

 名をシャドウサーヴァントと言うらしい。何せあのサーヴァントの偽物、影である。正直に戦闘能力は生身の人間を高く超えるが並のサーヴァント相手では及ばない。しかしこちらには数がある。ある日から同時に展開できる数は少ないが体力が持つ限り文字通り無限に作れるようになっていたのだ。

 

 

「くくく...さて...仕事だ。お前、このポイントで待ち伏せしろ。俺も行く」

 

 頷いた後塵となり消えるシャドウサーヴァントを見て使役している怪物達をそいつらの監視に回す。とはいえ、奴らも人間より多少強い程度でサーヴァントからすれば雑魚に等しい。

 ただし例外はあるものだが。

 

「これさえなければな」

 

 懐からとあるカードを出す。そこに描かれているのは甲冑を纏い、剣を構える人間の絵。

 自分をサーヴァントと同レベルまで強化する代物であり、これを使用してサーヴァントを2匹葬ってきた。

 

「教えてやるよ。本物の殺し合いってやつを」

 

 男は笑う。その両眼は青色に輝いていた。




次回 別離(わかれ)

今回の口直しタイム!
今回は主人公である天王寺君全く喋ってません。おい!とはなりますがシナリオ上それなりに必要なので省く訳には...
そしてタイトル通り瞳、魔眼についての話が出ました。
主人公である天王寺君は魔眼を持っているのではないかというダ・ウィンチちゃんの予想。まぁそうなるでしょうね。どちらにしろ何らかの異能としか思えないでしょあんなの。
というよりなんで生きてるんですかねあの男は...

そして後半ではとある男の登場。R18っぽい要素を混ぜつつ、ダークな感じに仕上げました。一応言っておきますと彼、ガチで頭がおかしいぐらいにーーー(これ以上は文字が掠れて見えない)


次回は過去編最終回です。つまりその次からは崩壊から半年たった後の話つまり次回は...
???「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」


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5話 別離(わかれ)

タイトルが不穏ですが僕の頭はお花畑なのでセーフです。
え?あらすじ?書くのめんどい(おい)
では5話!どーぞ


 朝になった。

 自分たちの朝が特別早い訳では無いが、交代で行っていた睡眠が終わり、全員が起きる。この状態になってから先に進もうと決めたのだ。この前のエネミー達のこともある。かなり時間はかかるがそれでも慎重に行こう。これは一応このメンバーのリーダーである勤が決めたことだ。

 

「さて、準備はよろしいかな?今日までに静岡を越えたいねぇ」

「なら手榴弾でも作ってくれないかな?」

「考えておくよ」

 

 自分の申し出を簡単にいなしながらダ・ヴィンチちゃんが出発の準備をする。周りに敵の反応はなし。昨日は連戦だったので身体に疲れが残ってるかと思ったがかなりスッキリしている。おそらくダ・ヴィンチちゃんが何かしてくれたのだろう。

 

「聞き込み終わったぞ」

 

 すると近くの集落に缶詰と交換で情報を仕入れに行っていた勤が戻ってきた。どうやらエネミーとの交戦は無かったようだ。剣の本数が減っていない。勤の使用する武装はその特徴から普通の剣のようにも使えるがほぼ使い捨てである。その分自分の矢より強力だが長期戦に弱い。一応ダ・ヴィンチちゃんがいれば直ぐに作れるので今のところこれといった問題は無い。

 

「悪いな。朝早くから」

「いや、構わん。ダ・ヴィンチ、少しいいか?」

 

 準備をしているダ・ヴィンチちゃんが手を止めて歩いてくる。ダ・ヴィンチちゃんが来たあと3人で輪になる。その中心に勤が地図を広げた。

 

「いいとも。どうしたのかい?」

「最近この辺のエネミーが一掃されたらしい」

「なら回り道はしなくても良さそうだな。いい事じゃん」

 

 エネミーが少ないということはその分危険が少ないということになる。嬉しいことなのだが勤の表情は厳しい。

 

「いや、確かにそうなんだがそれにしては誰も討伐隊を見ていない」

「強力なサーヴァントが倒してしまった...というのは」

「それにしてはこの辺の被害が少ない。被害とは言っても建物の被害は少ないが人の被害はとても多い。まるでこの辺りにカルト組織の本部でもあるんじゃないかっていうレベルだ」

 

 言われてみればこの辺りはまだ残ってる建物が比較的多い。ラブホテルに至っては無傷だ。まるでそこを守る者でもいるようだ。しかしそれでは人の被害が多いということの説明がつかない。

 

「人の被害が多いってエネミーに襲われたわけじゃないのか?」

「ああ。聞き込みによると最近この辺りでよく行方不明になる人が多い。それも大半が10代から30代の女性だ。」

「通り魔か?もしくは」

「人攫いだろうね。どちらにしろ何かしらがこの辺で拠点を構えていることに間違いは無さそうだ。サーヴァントの情報は?」

 

 サーヴァントは基本霊体だ。マスターによる魔力供給で現界をしているが他のFate作品でもあったように一般人の生命力を奪い取り、魔力にすることでマスターからの魔力供給を少なくしたり、多くの魔力を得てより強力な存在になることが出来る。しかしそれでは10代から30代の女性が狙われる理由にはならない。

 

「ない...訳では無い。しかし最初から1週間経つ前にちょっとでてきたと思ったら俺たちがここに着くまでに行方不明になっている。そしてもう一つ、気になることもある。この証言は裏が取れてないから信用はできんが黒い塊がワイバーンを沈めるところを目撃した人がいるそうだ」

 

 黒い塊?人型か、それとも別のエネミーかによるがもしかしたら...

 

「シャドウサーヴァント?」

「可能性はある。現在SNSではシャドウサーヴァントを召喚したという話は聞かない。しかしサーヴァントやエネミーがいる今いても何ら不思議では無い。問題はそれが使役されているかどうかだ」

 

 シャドウサーヴァントはサーヴァントのなりそこない、影のようなものである。意思疎通が出来るもの、出来ないもの。聖杯の泥から出来た物からサーヴァントが作ったちょっと暴走した使い魔までレベル差は大きいが弱いものでも人間が束になっても勝てない。しかし逆に強いものでも並のサーヴァントに勝つことは不可能と言われている。

 

「もしエネミーとしてその辺を歩いているのだとしたら危険極まりない。その辺のエネミーと違って、俺たちじゃ勝負にならんからな」

「その辺はダ・ヴィンチちゃんに任せるしかない...ってことね」

「だから今日は昨日より注意して進もう。最悪回り道をしてわざとエネミーの群れに突っ込むことだってあるかもしれない。シャドウサーヴァントにかち合ったらダ・ヴィンチ。頼む」

 

実際二人で力を合わせたところでシャドウサーヴァント相手には無力だろう。となればダ・ヴィンチちゃんに全てを預けてこちらはスタコラサッサと逃げ回るしかない。運のいいことにこちらには足があるので逃げるのには困らないはずだ。

 

「任せたまえ!と言いたいところだがアレの運転はどうするのかね?」

 

 アレとは大型バスを改造したダ・ヴィンチちゃんの工房だ。自分はダ・ヴィンチ1号と名付けてみたが二人からはセンスないと言われてたが二人は新しい名前を考えないのでもう本当にダ・ヴィンチ1号でいいのではないだろうか。

 

「俺も零も自動車の免許ぐらいならある。あれは大型車だが少し走らせるぐらい問題ないだろう」

 

 元は大型バスなので運転も変わるだろうがその辺はダ・ヴィンチちゃんの魔術でどこぞのシャドウボーダーのように家一件レベルに拡張されているので操縦系統を一般車のようにするぐらい大した事ないだろう。

 

「よし。ではそのシャドウサーヴァントに出会う前にさっさと行ってしまお「助けてくれ!」」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがこの会議を締めようとした時遠くの方で悲鳴と助けを呼ぶ声が聞こえた。あの方向はまさか

 

「勤!」

「俺が聞き込みに行った集落だ...!まさか喋っちゃいけないことでもあったのか!?レオナルド!行くぞ!」

「待ちたまえ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの静止を無視してそれぞれの武器を構えて集落の方まで走る。しかし最近この辺のエネミーは一掃されたと言っていたはずだ。つまり

 

「人間か」

「誰だかわからんが放っておけるか!」

 

 辿り着くとアマゾネスにラミア、ナーガにイフリータが集落の人を襲っていた。いやでも先程エネミーは殲滅されたって言ってた。RPGのように無限にリポップでもするのか。それともどこかに潜んでいたのか。どちらにしろ、数はとても数え切れない。集落の人も各々武器を持って反撃しているが一目で押されているとわかる。こうも乱戦になっていると遠距離射撃はあまり使えない。

 

「殲滅する!」

「ええい!ままよ!」

 

 最初に剣を持って横からアマゾネスを斬り始める勤に当てるわけにはいかない。仕方ないので弓で接近戦を始める。

 この弓は弧の部分が特殊な金属で出来ていて剣のように使うことが出来る。相手の皮膚に当てて滑らせるように斬れば小型、中型のエネミーなら倒せる。とはいえ、弓なので接近戦に向いているかと言うと戦えるだけで剣より戦いやすい訳では無い。

 

「勤!集落の人を逃がして!確実に仕留める!」

「いや、そっちが頼む!集落の人を隅に纏めろ!」

 

 そう言うと勤が抜いた剣をエネミーを斬りながらあちこちに刺し始めた。魔術を行使するつもりだ。剣を何本も消費するがこの辺りのエネミーを一掃するにはこれが一番いい策だろう。

 

「わかった!皆さん固まって!円形の陣形を!隣の人を守るように動いて下さい!数は多いが雑魚の集まり!いつか数は尽きる!」

 

 サーヴァントと違って純粋な物理攻撃でもアマゾネスやラミア相手では十分なのが救いだ。ただの人間では確かに力不足だが数もいるしそれなりの時間は持つだろう。そしてそれだけあれば彼の魔術行使の時間稼ぎには充分だ。仲間が居ない方向に矢を錬成して飛ばしまくる。上手く刺さるものは少ないがエネミーの動きが弱くなる。

 辺り一面に等間隔で突き刺さる剣、その一本1本に魔術回路を開いた時のような光る線が描かれている。それを行った張本人は少し離れた場所で全ての魔術回路を開く。

 

 

「やれ!」

開け(offnen)満たせ(Erfullen)...砕け(Zerquetschen)!」

 

 3節の詠唱を行い、指を鳴らした瞬間、刺さっていた剣が連鎖的に爆発した。この前凍った矢を全て破壊した魔術の上位互換だ。

 剣の中に残る自身の魔力を使用し、剣の性能を向上するために扉を()()そこに魔力を()()()。そして満ちた魔力を暴走させ対象を()()。強力な魔術ではあるが剣を消耗するというデメリットは否めない。

 周辺の被害も少々あるが人的被害は抑えられたのでまぁ良しとしよう。兎に角これでエネミーは殲滅できたらしい。

 

 

「勤!残りは!?」

 

 同じく殲滅を確認した勤の元に走って残りの本数を確認する。すると勤は指を三本立てる。残りは三本ということだ。確か先程は10本数本持っていたので10本程度使用したことになる。まぁダ・ヴィンチちゃんにまた作って貰えばいいのでこの場はヨシとしよう。

 戦闘で高ぶった身体を深呼吸で落ち着かせていると勤が腕を組み何かを考え始めた。

 

「...アマゾネスにラミア、ナーガにイフリータ...」

「どうした?」

「女性型エネミー...行方不明になった10代から30代の女性...っ!レオナルド!」

 

 急に何かに気付いたようにダ・ヴィンチちゃんを呼ぶ。しかし何故かついてこなかったようで反応はない。

 

「しまった!()()はそっちか!」

「勤!?」

「戻るぞ零!」

 

 返事をするより早く勤が駆け出す。 

 混乱する集落の人に「後で説明します」とだけ言い残して後を追う。

 

「待てよ!勤!どういう...」

「さっきの陽動だ!近くの集落を助けに行くのに俺たちがわざわざ()()()()()()()()()()車を使うか!?」

 

 走りながら言葉を返す。その言葉で気付く。確かにそうだ。先程のエネミーも潰し合いなどは見られなかった。となれば昨日と同じように裏に誰かいるということになる。おそらくは昨日のやつと同一人物だ。もしあの場に監視用の使い魔でも放っていれば自分たちの手札はある程度見せていることになる。ダ・ヴィンチちゃんの存在に移動に使っている車も。

 その価値に気付き、奪おうと思っているとしたらどうするか。簡単な話だ。空き巣にしてしまえばいい。周辺の集落を助ける程度なら準備してから車で走るより自らの足で走った方が早い。そう判断させて車のマークを外したのだ。

 

「けどあっちにはダ・ヴィンチちゃんが!」

「確かにあいつはエネミーに囲まれても大丈夫だ。けどもしシャドウサーヴァントもその中にいたらどうだ!」

 

 つまり彼はシャドウサーヴァントもそいつが率いていると言いたいようだ。確かに絶対にそうだとは言えないが確証が取れない。シャドウサーヴァントも含めた大群が来たらさすがにダ・ヴィンチちゃんも厳しいだろう。宝具でも発動すれば話は別だが。

 

「最初からおかしいと思ったんだ!使役されているのは女性型エネミー、そして行方不明になる女性達!おそらく女性のみに効く、もしくは女性に対して効果が大きい支配術を持ってる奴がいる!」

 

 支配という魔術はある。有名なのがstaynightの御三家、間桐ことマキリだ。マキリは主に虫を使っていたが令呪を作ったことからもわかるように英霊相手にも通用する支配の魔術だってできる。

 

「おい待てダ・ヴィンチちゃんって!」

「女性だ。元は男性だがfgo内での扱いは女性だ。体も女性だしな」

 

 支配に対する対抗策としてあるのが対魔力のスキルだがそれを持っているのはセイバー、アーチャー、ランサー、の三騎士とライダーのクラスのみだ。つまりキャスタークラスであるダ・ヴィンチちゃんにはサーヴァントであると言う神秘でしか抗う方法はない。もし敵が彼の言うように女性に有効な支配の魔術が使えるなら、不味い。

 そう思った時、また急に幻覚が現れた近くの建物が急に崩壊して、自分と勤はその瓦礫に埋もれて...

 

「止まれ!」

 

 そのイメージを振り払うように手を伸ばして勤の腕を強引に掴んで引き止める。勤も走っている最中だったので急に動きが止まり、その反動で2人とも転ぶ。

 次の瞬間目の前で起こったのは幻覚と同じ、建物が崩落する図だった。違うのは下にいるのが自分たちではないということのみ。衝撃で吹き飛ばされるが運良く外傷はない。しかし道は塞がれてしまった。まだ回り道をすればいいだけマシだが。

 立ち上がった勤がこちらを見る。その目は怒るような憐れむような色んな感情が混ざっているように感じた。

 

「...零...」

「はぁ...はぁ...」

 

パチパチパチと手を叩く音が聞こえる。後ろだ。そう思った瞬間背中に強い衝撃を受けた。肺の中の空気が全て吐き出されて空と地が何度も入れ替わる。背中に衝撃を受けて回っているんだと気付いた時には先程崩れた建物の瓦礫に突っ込んでいた。

 

「おーおー凄い凄い。生きてる生きてる」

 

 目の開けた瞬間見えたのが見知らぬ男とその足元で血だらけで倒れている勤だった。その男の纏う気配は見ているだけで気分が悪くなるほど異質だ。謎の男は片手に重そうな剣を小枝のように振り回している。年齢は大体30代だろうか。少々白髪が混じった黒髪に非常に筋肉質な身体を持っている。そして目を引くのが青色に輝く両目。おそらくアレが魔眼だ。

 

「勤!」

「あ...がっ...逃げ...」

「あーあー手加減してやったって言うのにまるでもう死にますなんて声出さなくても良いだろう?なぁ...!折角なんだしよォもっとォ楽しませろォ!」

 

 瓦礫からすぐに抜けて、頭を掴まれて投げ飛ばされた勤を抱える。どうやら左肩から右腰まで切られたらしい。傷は浅いので臓器や骨は見えてないが出血が酷い。早く治療をしたいところだが、こいつから逃げるのは難しい。後ろに走れば直ぐに車がある。ダ・ヴィンチちゃんに任せれば治療は可能だ。しかし、後ろには瓦礫。前には謎の男。左右は空いているが勤を抱えながら逃げるのは厳しい。

 

「なぁ、折角だしよォ教えてくれよ。生死の狭間ってのにいる気分は。快楽は感じるか!?」

 

 狂ってる。そう判断するのに少し時間がかかったようだ。どちらにしろ早く逃げる必要がある。もし万全の体制であったとしても俺たちじゃこいつは倒せない。それほどまでにそいつとの力の差はハッキリしていた。

 

「お前らー左右固めろー」

 

 謎の男が何か言ったと思ったらアマゾネスやラミアが逃げ道を塞いでしまった。万全の状態なら穴を作ってそこからというのはできたかもしれんが勤はこの状態、オマケに前には強すぎる謎の男と絶望的だ。可能性があるとすればダ・ヴィンチちゃんを呼び出して殲滅してもらう、だが肝心のマスターの勤がこの状態じゃ魔術行使は厳しい。そしておそらくこの状態だとダ・ヴィンチちゃんの方にも何らかのエネミーを送ってるだろう。それで気付いてくれればいいのだが。どちらにしろ、自分が時間を稼ぐしかない。

 

「勤、歩けるか」

「歩く程度なら...」

 

 痛みは大きいが歩く程度は出来るらしい。つまり、立つことだって可能なはずだ。彼を立たせると手で切られたところを抑えて苦しそうな顔をしながらも勤は立ち上がった。

 

「剣貸せ。全部だ」

「...どうするつもりだ」

 

 腰からから三本の剣をだしながら勤が聞く。どうするも何も自分はこの剣の扱い方に詳しくない。精々詠唱すれば爆弾に出来るとわかる程度だ。

 

「俺も覚悟決めるよ...お前は逃げろ。今から道を作る」

「...その剣つかうなら詠唱は俺がやる」

「...わかった」

 

 息絶えだえだと言うのに決意が強い男だ。ボロボロの身体で魔術回路を再び開く。

 それに合わせて剣を弓に番えてその状態で矢を精製する。矢の精製に剣が無理矢理ねじ込まれて固定される。後はこれを先程の要領で飛ばせして爆弾のように使えばエネミーの群れ程度なら何とかできるはずだ。

 

「んでさ。何しようと思ってるんだテメェ」

「がっ...ッ!」

 

 その声がかかった瞬間、再び身体に強い痛みと浮遊感を感じた。切られたか。いや違う。弓ごと空に打ち上げられたのだ。弓が剣のように扱えるからってこんな芸当生身の人間に出来るのか。いや、この状況で常識について考えてる方がおかしい。2人の見え方から考えて高さは約5m。謎の男が持っている剣を落下位置に合わせる。不味い。このままじゃ突き刺さる。攻撃を諦めて弓を手放し、体勢を変えて突き刺さる前に相手の腕を掴み落下の衝撃をそちらに流す。

 

「うおっとぉっ!」

 

 しかしそんなの大したことないようで腕を振られて地面に叩きつけられる。なんて言う馬鹿力だ。そこまで体重が重い訳では無いが5m飛んだ成人男性がのしかかる衝撃が大したことないというのか。

 するとその男は弓と矢をこちらに投げて手招きをする。かかってこいと言っているようだ。しかしどうせこいつとやりあったところで勝てるわけが無い。弓と矢を掴みその男を狙うふりをしてエネミーに放つがそれはその男に読まれたようで軽く弾き飛ばされた。

 その時その男の懐から何かが落ちた。少し高そうな、しかし見覚えがある懐中時計。かなり洒落ているもので裏には何かが彫られている。イニシャルだろうかT.H...

 

「お前...何故それを...」

「あ?これか?んーとなんだっけなぁ。ああ思い出した。どっかにいた夫婦を殺した時、女の方が持っていた」

 

 有り得ない。それを持っている人はこの世に一人しかいないはず。まさか、盗んだのか。その時、記憶の隅に置かれていた、両親の死んだ幻覚の中にいた男が思い出された。そしてそれがこいつに重なる。服装が若干違うが、間違いない。こいつが、こいつが殺したんだ。

 

「お前が...お前が...!」

「なんだテメェ。これに興味あんのか?センスはあるがちょっと高そうな店行けば売られてそうだけどな」

 

 プツリと何かが切れた。

 根底にあるのは怒り。悲しみを上回り、怒りが全ての感情を占める。

 気づいたらそいつに向かって走っていた。矢を番えることなく、真正面に突っ込む。

 

「それは母さんのっ!物なんだー!」

「零...!」

「行け」

 

 アマゾネスが5体、目の前に立ち塞がる。しかしそんなの関係ない。弓の弧の片方を握る。握った手から血が滴り落ちるが関係ない。

 

「邪魔だ。どけ」

 

 そして5体のアマゾネスの首を一呼吸の間に全て切り落とす。苦しむ声すら聞こえない。血飛沫を浴びるが視界は歪まない。目の前に捉えるのはたった一人。肉親を殺した、謎の男。

 

「ほう。中々楽しめ」

「貴様が!」

 

 狙うは首。単純な力較べも場数も技も相手の方が優れているならそれを使わせる前に仕留めるしかない。流れるように弓を振るうがそれは剣に弾かれる。体重が乗った一撃だった為弾かれた衝撃で後ろ回りをする。そして立ち上がる瞬間に蹴りを入れるがそれも軽くかわされた。そして、その脚を掴まれてハンマー投げの要領で投げ飛ばされる。

 ダメだ。怒りに染まれば染まるほどあいつの技を見切ることすら出来ない。どれだけ足掻いても負ける未来しかない。

 

「ちっ!」

「サーヴァントっていうのを待ってるならもう遅い。いや、無理だな。俺が送っておいた化け物が今頃そいつを殺してるよ」

 

 化け物というのはエネミーのことだろう。ならまだ勝ち筋、ではなく逃げ筋がある。

 

「いいこと教えてやる」

 

 わざとらしく微笑む。それは異質な男にも気分の悪いものに見えたらしく目を細める。

 

「何...?」

「サーヴァントってのはお前の想像の何倍も強いんだよ!」

 

 そう言葉を放つと同時にダ・ヴィンチちゃんの運転する車がエネミーを引きながら突っ込んできた。

 

「お待たせ!早く乗りたまえ!」

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがすぐに降りてきて篭手から火を放ち、エネミーを焼き倒していく。それを見た謎の男の対応は早かった。剣を持ち直しダ・ヴィンチちゃんに突っ込んだと思ったら成人男性を5mほどで打ち上げた一撃をダ・ヴィンチちゃんに叩き込む。ダ・ヴィンチちゃんはそれを杖で防ぎ、杖から謎の光玉をだすが謎の男はそれを容易く交してダ・ヴィンチちゃんの腹に拳を1発入れた。

 

「ダ・ヴィンチ...?まさかレオナルド・ダ・ヴィンチか。悪質だなぁ。女になってるとは」

「それはこちらの台詞だよ。この美しさが分からない上に、マスターくんをここまで痛めつけてくれて」

 

 こいつ...まさか接近戦とはいえ、ダ・ヴィンチちゃんと同等、いやそれ以上の強さを持っているのか。そして新しく入ってきた情報が一つ。こいつは少なくともfgoをプレイしていない。fgoないでは皆知っているダ・ヴィンチちゃんの存在を知らないのもそうだが、女だってことも知らなず悪質だなぁとつぶやくということは型月によくある実は女性でしたサーヴァントも知らないということになる。

 

「あー、目を見ても効かねぇのか。こりゃ参ったなぁ。まぁいいか。てめぇがサーヴァントってわかったのなら話は早い」

 

 やはり魔眼を持っていたのか。そう思ったらそいつは懐から1枚のカードを抜いた。鎧をまとい、剣を持つ男の絵。アレは。

 

「クラスカード...馬鹿な」

 

 クラスカード。別名サーヴァントカード。Fate世界でもプリズマ☆イリヤという作品で出てくるアイテムでエインズワースという魔術の名家が作ったカード型の魔術礼装。他の魔術礼装を媒介とすることで英霊、つまりサーヴァントの宝具を使用したり、使用者の意識を持ったまま英霊と同レベルの力を得ることが出来る。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 Fateを全く知らないはずの男がそう呟きながら腕に装備した謎の魔術礼装と思われるものにクラスカードを差し込む。謎の魔術礼装が光だし、辺りを包む。そして視界が光で塗りつぶされる。男はシルエットすら見えなくなる。

 光が収まり視界が回復するとそこにあったのは曇りだった空が晴れ、その下にいるクラスカードの力を使い、装いが変わった謎の男だった。

 

「嘘だろ...」

「冗談はよしてくれ...」

 

 

 その英霊はとても有名な英霊だ。アーサー王に付き従った円卓の騎士の一人、『太陽の騎士』や『忠義の騎士』と呼ばれることもある騎士。ガウェイン。奴は今間違いなく、ガウェインの力を持っているということになる。

 円卓の騎士の力となればダ・ヴィンチちゃんでも防戦すら厳しいだろう。

 

「さて、俺は本気を出した。テメェらがどう足掻いてももう終わりだ。行け、黒影」

 

 謎の男がそう言うと彼の両端に何処からか出てきた黒い粒子がかたまり、人の姿となる。それはガウェイン同様、とても有名なサーヴァントの姿となる。19世紀のロンドンを震撼させた連続殺人鬼。fgo...いや最初はApocryphaか。そこではまるで幼い子供のような純粋な少女。

 

「シャドウサーヴァント...ジャック・ザ・リッパー!」

「馬鹿な!先程倒したはずだ!」

「え...!?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に驚く。ダ・ヴィンチちゃんがシャドウサーヴァントを倒したことではない。もちろんジャック・ザ・リッパーが女性に対して強い特攻効果を持つからでもない。倒したシャドウサーヴァントが復活している事だ。

 

「ああ?こんなの死んだらまた作ればいいだろ?そんなこともわからねぇのか?」

「今の発言で確定したよ天王寺君。アレは()()()()()()()()()

「なっ...」

 

 Fateシリーズでも重要なアイテムである聖杯をFateのことを全く知らない謎の男が持っている。それはどういうことだ。どこからが買い付けるようなものでは無い。そもそもこの世界の聖杯はどのようなものなんだ。

 

「一体誰なんだいキミは。聖杯、シャドウサーヴァント、クラスカード、魔眼に超人的な魔力炉。どう見ても普通の人間じゃない」

「テメェらがサーヴァント召喚して好き勝手やってるんだ。俺がこれぐらいやったって許されるだろ?えぇぇ!?」

 

 謎の男が剣を握り直す。ダメだ。勝てるわけが無い。無限に増殖するジャック・ザ・リッパーのシャドウサーヴァントにガウェインのクラスカードを使った超人。

 逃げ道すらない。これが絶望か。これが圧倒的な力。強者が手に入れ、弱者を虐げることでまだ強くなるもの。

 覚悟。そんな言葉が軽く思えてしまう。何が覚悟しただ。馬鹿馬鹿しい。結局こうやって圧倒的な力に叩きのめされるのが運命なんだ。

 

「運命...運命...そうか。ダ・ヴィンチちゃん、お願いがあるんだけど」

 

 いや、一つだけ方法がある。分の悪すぎる賭けだがこのまま全員なぶり殺されるくらいなら。ひとつでも可能性があるとするなら。

 

「何かな?お互い最後の言葉になるだろうからなんでも言ってくれたまえ。私のことを男だと思っていたから手を出せなかったけど実はそういうことしたかったとか」

「バイクくれない?車の中に積んであったよね」

「...君まさか...わかった」

 

 どうやらそれだけでわかったようでダ・ヴィンチちゃんは少し悲しそうな表情をする。今から自分がしようと思っていることは簡単な事だ。時間稼ぐからその間にさっさと逃げろ。勤も理解したのだろう。いつの間にか座り込んでいたが無理矢理立ち上がり弱々しい声で「待て、やめろ」と言っている。

 

「そんな顔しないでくれよ...勤のこと。任せるよ」

「ああ。任された」

 

 そう言ってダ・ヴィンチちゃんが指パッチンをすると車からバイクが飛び出てきた。全く。うちの技術顧問は面白いことを考え出す。バ〇ダイに入社して欲しいくらいだ。

 

「ん?どうした?先程と比べて諦めがいいな。何考えていやがる」

 

 謎の男がシャドウサーヴァント達を手で制して一人で近付いてくる。これは好都合だ。時間が稼げる。

 

「やめろ零!ゴホッゴホッ」

「マスター君!」

 

 もう立ち上がるだけで限界だと言うのに勤が走ってきて自分の胸倉を掴んだ。そして弱々しい声でもう一度「やめろ」と呟く。

 

「マスター君。これしかないんだよ。わかるかい」

 

ダ・ヴィンチちゃんが止めようと肩を掴むが勤はより一層胸倉を強く掴む。もう限界だろうに。もう気を失っていてもおかしくない。それどころかこの出血量なら死んでいてもおかしくないのだ。

 

「休め。勤。お前の死に場所はここじゃない」

「だからなんだ...友を置いてさっさと逃げろって言うのかよ!俺に!俺はまだ立てる。お前を!友を!見殺しにしろというのか!」

「ああ。そうだ。少しは考えろ。サーヴァントを召喚出来ず、マトモな戦闘能力すらない俺と、サーヴァントをしかもダ・ヴィンチちゃんっていう強力なサーヴァントを召喚して誰かの為に戦える、今こうやって限界なのに立ててるお前、どっちが生き残っていた方がいい!?」

 

 もう限界だとわかっているが彼を無理矢理にでも納得させなければならない。納得させなければ、死ぬに死ねない。こいつが、俺を見殺しにしたと悔やみながら残りの人生を歩むのなんて俺は納得しない。

 

「俺はお前の友だ!あの学校で!あの場で!俺に付き合ってくれたのはお前だけだった!オタク話に花咲かせてくっそつまらん下ネタで笑いあったり、お前が合わせてくれたから!」

「ふざけるな!」

 

 俺達のいた高校は全国でも有名な運動部系の高校だった。そこに俺は筆記試験で、勤は当時行っていた陸上のスポーツ推薦で入学した。そしてそこであいつは望まれた通りの結果を出しながらオタクであった。しかしどこを見渡しても運動部系の奴らしかいない場所でFateなどのオタク話で話していたのは俺だけだった。決して友達が少ない訳でもないしむしろ多い方だっただろう。しかしそれでも特別だったんだ。胸に秘めた物を好き勝手に晒し出せる相手というのが。

 

「っ!」

「お前に合わせた訳じゃなくてお前とオタク話とか馬鹿みたいな話をするのが好きだったからお前と一緒にいた。だから俺たちは友達になれたんだ!」

 

 お互いにお互いの胸倉を掴み、本気で怒鳴り合う。こっちだって死ぬのは怖い。正直もう限界だ。俺だって叫びたいんだ。死にたくないって。でも友達が。世界を救える訳では無いかもしれない。この崩壊した世界を元に戻すことは不可能かもしれないが絶対に役に立つ。誰かの為に動けるこいつをこの場で死なせる訳にはいかない。

 

「だったら尚更!お前をここで置いていく訳には」

「あーあーもういいか?1人置いていくからそいつで我慢しろってお前らは言いたいんだろ?」

 

 気付いたら謎の男が目の前に立っていた。不味い。勤のことに気を取れすぎて全く考えていなかった。本当に愚かだな。そう胸の中で呟きながら自分の胸倉を掴んでいた手を強引に引き剥がしダ・ヴィンチちゃんの方に投げた。

 

「甘ったれるなよ。そもそもそんなこと俺が受け入れるとでも思ったか?」

 

 デスヨネーとこんな状況なのに気の引けるようなことを思いながら弓を剣に叩きつけた。防御は間に合わない完全な不意打ちだ。流石にガウェインの力を持っていようと元はただの人間。流石にその不意打ちには対応出来ずに剣で防ぐことで死まで追い込むのは無理だったが体勢を崩したところに右脚で今度こそ蹴りを入れる。

 しかし男も超人であるので空中で回転したかと思ったら当たり前のように着地した。そこにダ・ヴィンチちゃんがなにか投げる。手榴弾か。そう思った瞬間に地面を揺らすほどの衝撃と窓ガラスが割れるほどの爆音が響いた。耳が痛い。確か考えておくよって言っていたはずだ。さっき作ったのだろうか。どちらにしろこれは幸運だ。そう思っていると背後から声が聞こえた。

 

「零!俺は信じる!お前がいつか、そいつぶっ倒してまた逢う日が来るのを!」

 

 あーあ。本当に馬鹿な友を持ってしまった。ため息をつく。どうやら彼は死ぬことを許さないらしい。バイクで2人からできるだけ離れて暴走して敗北者に相応しい死に様を晒す予定だったが。彼は許してくれないようだ。

 それを後ろを見ず、サムズアップで答える。「満足出来る。納得出来る行動をしたものにのみ与えられた仕草」。今の俺はどうなんだろう。

 そう思っていると、だんだん煙が晴れてくる。そこには無傷の男がいた。その顔からは怒りを感じる。まぁ当たり前だろう。折角のサーヴァントを逃がしてしまったのだ。そして隣にいたはずとジャック・ザ・リッパーも消えてることから察すると先程の手榴弾でやられたのだろうか。しかしシャドウサーヴァントが負けるほどの火力では無かったはずなのでもしかしたら自分で引き下げたのかもしれない。どちらにしろ痛手ではあるので怒るのは無理もない。

 どう戦った所でクラスカードを使わなくても不利な状態だと言うのにお前にサーヴァントの力を宿したこいつとまともにやり合って勝てるわけが無い。

 男は新しくジャック・ザ・リッパーを出すことはせず剣、ガラティーンを構えた。そしてそれを上空へと投げる。上空から炎の塊、太陽のようなもの出てきてそこから光がその男の前に現れる。これはシャドウサーヴァントが負けた訳じゃなく、シャドウサーヴァントが邪魔になるから下げただけか。

 

「言い残すことはあるか」

 

 それを男が掴むとその光は剣の形になる。何度も見ているのでわかる。アレは真名解放の合図だ。どうやら真名解放をして一撃で消し去るつもりらしい。それに対し自分が出来ることは無い。しかし逆にこれを耐えるかかわせれば手傷を与えてその間に逃げ切ることが可能だ。

 相手は先程までの狂気が嘘のように騎士のように堂々と前を見るようになった。コレも元の英霊であるガウェインの影響だろうか。巨乳の年下好きさえなければかなりいい人...いやサーヴァントだし。

 

「無い」

 

 そう言って矢を精製する。しかしただの矢ではあの宝具を耐えることなど不可能だ。まぁそもそもただの人間の力であの宝具を止めることなど不可能なのだが。

 

「set、指定(include)風を纏え(tornado)

 

 可能性があるとするならば限界まで鍛えた矢で解放前の宝具、細かく言うなら本体を貫く。マトモな威力勝負ならともかく全力が出る直前なら可能性はある。そして今、ずっと見えているのだ。敵が宝具を使い自分が焼かれる姿が。しかしそれは逆に宝具の動きをこちらに明かしてるようなもの。利用させてもらう。

 右目に強烈な痛みを感じる。しかし矢を引く手をとめない。右の視界が赤くなる。端からじわじわと赤みがかかっていく。

 

「エクスカリバー...」

「行けぇぇぇ!」

 

 敵が宝具を発動し始めた瞬間に矢を放つ。風を纏った矢は真っ直ぐとブレることなく、敵の鎧の隙間に当たる。

 そして。

 

 炎と竜巻がぶつかり合った。

 

 

 

 あの後気絶してしまい、目を覚ますと男も、シャドウサーヴァントもエネミーも何もいなかった。勿論自分が命懸けで逃がした勤とダ・ヴィンチちゃんもそこにはいなかった。

 ただあったのは大きなクレーターのみ。自分はそこから少しズレた場所で倒れていた。中途半端な状態で宝具を放たせることで魔力を消費させ、その間に逃げるという考えだったがかなり甘かったようだ。逃げることなど出来るはずもない。バイクは見当たらない。どうやら衝撃で飛んでしまったのか。それとも壊れてしまったのか。盗まれたのか。どちらにしろ、無いものは無い。

 その後、少し前に守った集落へと行き、事情を説明。すると言われた言葉は「出ていってくれ」「ここからできるだけ離れてくれ」の2つだった。怒りたくもなったが仕方がない。彼らからすれば自分達は厄災を持ち込んだ汚点なのだ。仕方なく、その場から離れた。とはいえ、このまま勤達と合流というのも難しいだろう。このままではまた同じ目に合うだけだし何よりバイクという移動手段を無くした上に彼らの向かっていった方向がわからなくなっていた。仕方なく、自分は一人で生きていくことにした。

 この崩壊した世界を。

 

 

 それから半年。

 そこら辺を歩き回ってはエネミーを狩り、肉を食って鱗や他の素材を売るという生活をしていた。最初は自分もあまり褒められた強さでは無いので比較的弱い人型のアマゾネスやウェアウルフの肉も食べた。カニバリズムに目覚めた訳では無いがあまり褒められた味ではない。強くなり、ワイバーンやオオカミと選り好みできるようになるとワイバーン等を優先して倒していた。

 衣服に関しては仕方ないことだが全てダ・ヴィンチちゃん工房、つまり車の中なので勤が持っていることになる。しかし元々着用していた服も汚れるし洗濯もしたい。そう考えた自分の目の前にあったのはエネミーの死体。ウェアウルフの毛皮や心を失った者の衣服を剥いで縫い付けて服としている。今でも継ぎ接ぎだらけでとても上手いとは言えない代物だが寒さを凌ぐには十分だ。

 住処は最初は竜牙兵の骨と布で仮説テントを作っていたがすぐに吹き飛ばされるわ、訳分からない所をから攻撃を受けるわで散々だったので仕方なく森の中に放置されていた小屋や空き家を利用していた。

 半年も経ってかなりの場数は踏んだ。体術、身体能力は勿論、魔術に関しても出来ることは全て勉強した。特に魔術は勉強できる教材が無かったのでダ・ヴィンチちゃんが作っていた豆本のような魔術の教本から学びだした。その結果その辺のエネミーなら束になっても問題は無い程には強くなった。しかし、まだ彼らに会うには早いだろうしあの男にはまだ敵わないだろう。

 先程倒したオオカミの肉を慣れた手つきで捌きながら半年前まで一緒にいた仲間に思いを馳せた。

 

「無事かな...あいつら」




次回 まだ一人
今日の口直しタイム!
はいこれで過去編終わりです。
出会いと別れと絶望と
みたいな感じですね。ハイ!
この後半年間の後文字通り1人で生きていくことになった天王寺君ですがその目は切嗣みたいに死んでおられます。もうこれシリアス物の主人公な気がするよ...

今回でてきた謎の男さんは聖杯、サーヴァント(ガウェイン)の力、シャドウサーヴァント、魔眼とかなり強い要素の詰め合わせで文字通り神霊クラスの化け物です。今後名前の他にもチート要素が増えるのでお楽しみに!
っていうかこいつ不死では...?勝てるのか?


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第一章 運命編
6話 まだ一人


新章 運命編!
うんFate編にするか、一章を長くしてとりあえず書きたいところまで書くか悩みましたけどこうした方が多分いいと思いました。理由?適当


 世界が崩壊して、早半年。

 持てる者たちはサーヴァントを召喚し、各々の生き方を模索、そして新しい人生を歩んでいる時。自分はまだ一人で走っていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 後ろに着いてくるのは猪の群れ。数にして10匹いる。鼻息を荒くしながらその牙でこちらを貫き、その脚で潰そうと素直に真っ直ぐ、進んでくる。猪と自分の距離は大体50m。猪の速度は大体時速50km。あくまで体感だが魔猪はもっと早い。もしかしたら時速60km出ているかもしれない。強化魔術を使って身体能力を強化していなければすぐに追いつかれるだろう。しかし、ただの魔猪なので追いつかれることは無いだろう。

 

「来い」

 

 魔猪が自分を見失わず、しかし自分が攻撃されない距離を保って走る。仕掛けたトラップまで誘導する予定だったが予定より数が多く、魔猪の消耗が激しい。この辺で全て片付けるのがいいだろう。

 大きく跳び、距離を一気に離した瞬間に跳び、近くの木に乗り移る。しかし魔猪達も追いかけてきて木に激突。豆腐のように崩れ落ちる。

 

「...!!」

 

 しかし高さも時間も十分にとれた。10匹いる魔猪は今現在、自分を攻撃する手段はない。着地までおよそ3秒。8匹は殺せる。息を止めて弓を引くように手を引いてその姿勢で矢を製作して連続で放つ。

 

「...っ、はぁっ!」

 

 狙いもクソもないが放たれた12本の矢は全て10匹の猪の脳天を貫いた。もちろん即死である。死ぬ時の悲鳴のような音が耳の中で響き、魔猪の死ぬ時の姿が10匹分何度も再生される。エネミーに限らず、人の死も何度も見たので最初の時は吐くほど気持ち悪かったが、今になってはもう慣れた。というより『死』を見ないとまだ生きていて襲ってくるかもしれないと心配するぐらいにはなった。

 

「上々」

 

 とりあえず魔猪の死亡を確認して血抜きを行う。今日の飯にするつもりだったが流石にエネミーは食える部分が少ないからとはいえ、10匹は多すぎだ。まぁ、蛆虫に食わせるよりはその辺で売り払った方が金にもなる。全て縄で縛って引きずろうとするが先に縄が切れた。猪の体重は種類やオスメスにもよるが大体70kgから100kg程度だ。魔猪も大体10kgぐらいだ。それが10匹。単純計算で約1.トン。流石に1トンを支えろというのは酷だしそもそも自分が1トンも引きずって歩けたかと考えるとそれは無理だろう。自分でもかなり鍛えたし強化魔術を使えば吉〇〇〇里だって敵じゃないがそれでも限界はある。サーヴァントでもない限りこれを引きずって歩くなど不可能だろう。

 仕方が無いので縄を回収して縛った魔猪を2匹、両手に持って他の魔猪は後々回収することにするか。車でもあれば移動は多少楽になるのだが現在は車どころか自転車すらこの場にないのだ。

 

「ないない言っていても変わらないか...よいしょっと!」

 

 前述の通り魔猪の体重は大体100kg程度だとしよう。それを2匹なので合計200kg。これでもかなり重い。というかこのまま山降りて避難所まで魔力はともかく体力が持つか...と言われるとかなり微妙だ。このまま転がして行くのもあるがそれで傷付いたらただでさえ低い価値が下がる。とはいえ10回もここを往復するのはかなり辛い。

 そう思っていると不意に後ろに気配を感じた。気になって振り返ってみたら上空をワイバーンが5匹飛んでいた。狙いは死んだ魔猪か。そして自分も餌扱いだろう。餌に気付かれたとわかったのか1匹のワイバーンが咆哮する。それは通常のワイバーンと色が違う。おそらくアレはワイバーンエビル。ワイバーンの上位個体だ。

 

「どちらにしろ頭ぶち抜けば死ぬけどな」

 

 自分とワイバーン達の距離、つまり高さはおよそ300mと言ったところか。風はあまりないがワイバーンが羽ばたくだけで矢は風にあおられて外れないにしても狙いはブレる。そこだけを見れば不利な相手であるが、勝ち目がない訳では無い。

 瞬間的にワイバーン5匹の頭に何かが当たって墜落する映像が頭の中に流れる。これだ。半年前からある虫の知らせに近い幻覚だ。最初の方は人や化け物の死を何度も何度も繰り返し、しかも何の前触れもなく不意に出てきたので気分は悪くなるし、頭が痛くなり急に吐き出すなんてこともしてしまった。しかし半年も経ったのでかなり慣れてきた。この目に映るものはどうせみんな死ぬ運命なんだ。そう思うだけでかなり楽になる。

 

「set、指定(include)それは鋼の如く(metal)

 

 出てくる矢の強度を上げる魔術だ。簡単に言うならワイバーンの鱗を砕くための強度を魔術で補填しただけである。つまり、ワイバーンの翼から放たれる風など魔術で補助する程でもない。

 流石にそれに気付くとは思えないがワイバーンエビルが怒るように吠えて突っ込んでくる。翼も危険だが何より注意したいのはその牙と爪だ。素材としても有名な爪だが、自分の他のエネミーから奪った装備では簡単に貫通して即死だ。狙いは自分か。この距離なら弓矢の方が早いがここで撃ち落とすより一度避けた方が確率が高い。

 脚に力を込める。魔術回路が開き、そこに魔力が通るイメージをする。右足に意識を集中。ワイバーンエビルの選択は爪で自分の右肩から左脇腹までを引き裂くつもりだろう。そう幻覚が告げている。勿論それに従うつもりは無い。強化魔術をかけて行きよいよく、跳んだ。軽くした身体はワイバーンエビルに当たることなくそれより高い位置まで上がり、ワイバーンエビルの頭部に捕まる。

 

「捉えた」

「グギャッ!?」

 

 ワイバーンエビルが驚きの声...いや悲鳴をあげる。あの男とは違い流石にのしかかられたらワイバーンも痛いか。どちらにしろ後は簡単だ。先程強化した矢をその頭蓋に叩き込むのみ。ワイバーンエビルの死ぬ間際の幻覚が流れ続ける。その幻覚に従い、矢でワイバーンエビルを殴った。そのワイバーンエビルは悲鳴をあげることなくそのまま墜落する。

 

「あと4匹。」

 

 空に飛んでいるワイバーンを数えながら死んだワイバーンエビルを蹴ってもう一度跳ぶ。ワイバーン達は自分の上位互換が惨めに倒されたというのに餌が飛んできたと喜ぶように集まってきた。

 

「set、指定(include)それは幻影にあらず(Gemini)

 

 魔術を選択しながら矢を製作して放つ。すると放った瞬間に三又に分かれた矢が槍のような形状になり三匹のワイバーンの翼に大穴を開けた。勿論そんな状態で飛べるはずもなくワイバーン3匹はそのまま落ちる。残った1匹が牙でかみ砕こうと考えたのか口を開けた状態で突っ込んでくる。確かワイバーンはブレスを吐いてないから牙か突進かの2択だろう。ならば魔術を行使するまでもない。馬鹿力に頼った突進など雑魚の代表がやることだ。

 弓を剣のように構えて身体を捻じる。そしてワイバーンの突進に合わせてそれを振るった。

 

「せいっ!」

「グルガァ!?」

 

 弓でワイバーンの右目を抉り出す。流石に右目をやられてワイバーンは悲鳴を上げるが気を失って墜落はしなかった。それどころか器用に頭だけで自分を上空に投げ飛ばした。その時に下の方を見れば墜落しても生きているワイバーン達が魔猪やワイバーンエビルを踏みながら吠えていた。勿論ワイバーンに踏まれてしまえば売り物にはならないだろう。食えるもんでもなくなったのでもう廃棄処分しかない。

 

「てめぇ...!」 

 

 下の方に落ちたワイバーンに気を取られていると右目を失ったワイバーンが再び攻撃を仕掛けようと今度は下から大口を開いた。このまま落下すればワイバーンの餌になるだけだろう。ワイバーンの上昇に合わせて落ちに行くようなものだ。

 しかしそれはさせない。ワイバーンの口に飛び込む前に矢を製作して飛び込む瞬間に弓で牙を弾く。そして入れ違いになったところで製作した矢をワイバーンの首元に狙って放つ。それはワイバーンの口を切り裂き、ワイバーンの顎が滑り落ちるように開くがもう閉められはしない。とはいえワイバーンが死んだ訳では無い。ワイバーンは自分より高い位置にいるがワイバーンの翼なら余裕で追いつきそのまま丸呑みされる可能性がある。ワイバーンもその事に気付いているのでだらしなく大口を開いたままこちらに急速接近してくる。このままではワイバーンの胃の中へと直行するだけだ。もし運良く生きて帰れるとしても丸呑みは勘弁だ。

 

「しぶとい!set指定(include)それは岩すら砕く(Rock)!」 

 

 詠唱をしながら矢を製作してワイバーンの口の奥に当てる。矢の威力としてはそこまで高くないので普通ならワイバーンの口の奥を少々傷つける程度で終わる。何もしなければという条件付きだが。

 しかし当たった瞬間ワイバーンの口が崩壊した。口の中が砕かれるように血と共に肉片が飛ぶ。しかしそれではワイバーンは止まらない。ワイバーンも自分が死ぬと分かってるのだろうか。おそらくそれすらも分からないままの最後の意地だ。

 

「ちっ!set!指定(include)鏡写しの(reflect)!」

 

 素早く詠唱を唱えて矢を放つ。いや、この場合は矢というのは相応しくない。何故ならその矢は放った瞬間に半径1m程のバリアになったのだから。

 バリアにワイバーンの口が触れる。この魔術はリフレクトの名の通り大抵の攻撃なら反射ができる。ワイバーンの折られていない牙が反射とワイバーンの体重で押しつぶされ砕ける。同時にバリアも限界が来ている。そして落下の速度はまだ上昇している。不安定な状態で落ちれば最悪落下死。運良く生きていたとしても下にいるワイバーンの餌。安定させようとすれば上でバリアを食い潰そうとしているワイバーンに丸呑みされる。

 下にいるワイバーンが自分を狙って唸る。落下までの時間は5秒もない。このままでは死ぬ。バリアがまだ残る可能性にかけて下のワイバーンの対策をするか。粘って上のワイバーンを踏み台にしてもう一度飛ぶか。

 

「まだだ!set!指定(include)風を纏え(tornado)!」

 

 考えていては死ぬ。そう判断して風を使った魔術を使い高さ、つまり時間を稼ぐ。

 バリアの持続時間が切れたのか同じく落ちているワイバーンに壊されたのか分からないがバリアが消滅してることを確認してワイバーンの頭に捕まる。

 ワイバーンも自身が生きることなど捨て去ったのか、いや最初から捨て去っていたのだろう。上位互換を倒されたと言うのに。普通ならワイバーンは愚かドラゴンすら倒れているだけのダメージを負っているというのに。兎に角、ワイバーンは自分を下にしてそのまま落下死しようと考えているようだ。自分が掴んだ頭を下に下げる。

 このままでは自分ごと死ぬというのは幻覚を見ないでも明らかだ。とはいえこの状態で魔術行使は厳しい。

 

「このぉ!」

 

 ワイバーンの落下直前を見切ってジャンプする。

 大きな衝撃と土煙を立てながらワイバーンは落下した。その衝撃はその瞬間地を離れていた自分も巻き込む。10秒程度だったが接戦だったのは間違いないだろう。大人しく弓矢で仕留めていれば良かった。そのワイバーンの死亡は今更見るまでもない。

 他のワイバーン達も死んだと思ったのか近付いてくる。全くお互い無様だな。自分は1匹のワイバーンを倒すのに10秒もかけてお前たちは一人の人間を倒せず、翼に大穴を開けられて飛べなくなっている。

 そう心の中で呟きながら矢を番える。

 

「set指定(include)それは音さえも置いていく(rapid)

 

 そして残り3匹のワイバーンを淡々と仕留めた。因みに先程のラピッドはスピードと連射に優れた魔術で今の自分はあまり連射は得意でないため何発も放つことは難しいが訓練次第ではアポクリファのケイローンのようなマシンガンと間違えるほどの連射を行うことも出来る。

 一応先程殺した三匹のワイバーンの死亡を確認して深呼吸を行う。

 

「さて...と」

 

 予想してなかったワイバーンとの戦闘で魔力は使うわ魔猪は踏み潰されるわと散々だ。というのも自分はそこまで金を持っている訳では無い。貯金は勤に持っていかれたし、後ろ盾のない自分がエネミーの死体を売っても大した金にならない。それどころか自分達の場所が汚されたと賠償金まで要求してくる奴もいるほどだ。普通なら知らねぇよと跳ね除けられたが法も秩序も崩壊したこの世界ではやり放題の奴らばかりだ。確かにお金を失い、居場所を失った中で自分のように今はいないものの、サーヴァントの力を借りて狩りで生計を立てられるというのはかなり恵まれている方だ。とはいえそれを悪とされた為、正義という大義名分を得た奴らはどう考えてもおかしい理論でやれ金を払えだの無償で自分達の安全を守れだの言ってくる。正直面倒だ。

 

「そうですねぇ。そういうあなたにいいお知らせがあるのですが」

 

 物思いにふけていたとはいえ、声がかけられるまで気が付かなかった。それにこいつ、自分の考えていることを読み取った。発言や態度から考えるにしてもこの答えが出るにはそれなりに見てないと出てこないはずだ。

 

「ッ!誰だ!」

「ああ。そんなに驚かないでください。ちょっと心を読んだだけじゃないですか」

 

 バックステップを踏み、距離を離しながら弓を構えている自分に対して相手は笑顔を崩さず、気を抑えるようなジェスチャーをする。

 それは白いスーツのような服を着た男だった。身体は細身で一見弱そうだが先程のこともある。全く気が抜けない。

 

「誰だと聞いている。それとも話し合いより殺し合いの方が先か?」

「いえいえ滅相もない。私と貴方が殺し合いをしたら私が一方的になぶり殺しにあうだけですから。ま、戦闘なら、ですけどね」

 

 この男は自分は戦闘能力が無いと言っている。ではなんだあの現れ方は。もし自分が気を張っていてその存在に気付いていたら。気付かれなくても敵だと思われ攻撃してたら。そんな可能性を考えてないのだろうか。いや、違う。こいつは心を読んでいるにつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。詠唱なんて聞く必要すらない。なるほどたしかに戦闘能力が欠けていても強いわけだ。

 

「では名乗らせていただきましょう。私の名は柏原と言います。現在とある依頼を受けてまして」

 

 柏原と名乗った白服の男は名刺を差し出しながらそう名乗った。

 名刺を受け取るとそこには「柏原(かしはら) 智章(ともあき)」と書いてあった。もしかしなくてもこいつの名前だ。問題はこいつが最初に言った良い知らせだ。この男は自分のことは大抵分かっていると考えてもいいがそれでいい知らせとなればそのとある依頼を報酬を払うからやれということだろうか。

 

「それを代わりにやれと?もしくは、助力か?」

「流石。物分りがいい。『あのお方』が言っていただけのことはある」

「『あのお方』?俺に注目する人間が世の中に?」

 

 柏原の名乗った「あのお方」という者はとても気になる。何よりこの世の中注目されるのはいつもサーヴァントを召喚したマスター、もしくは元々有名だった人間だ。その中で元は田舎暮らしの男。打ち込んだ部活でも勤ほどいい結果を出したことがあるならともかく、自分はいい結果は無かった。そして半年前ダ・ウィンチちゃんと一緒にいた時間はあるがそれも自分が起きていた日にちならたったの3日間のみ。注目する要素が欠片もない。

 敢えて荒そうな口調にして一人称を俺として敬語で話す相手に対し、全く敬語を使わないのは勿論決定権はこちらだと言うためだ。自分はいつでもその依頼を断る権利があると主張する為だ。どうにも自分に声をかけたところから胡散臭い。

 

「ええ。確かにサーヴァントを持たない人間が有名になることは少ないですが少なくとも貴方は裏の界隈では有名ですよ。自身のサーヴァントを持たず、カルト教団にも身を売らない。戦闘能力は持ちながらも依頼は低賃金で使い捨て。何を売っても舐められるせいで大した金にならない。それでもやり続けると。そんな魔術師となれば数は相当少ない。その中でもあなたは優秀だ」

 

 かなりディスられた気がするが、それは置いておこう。事実だし

 

「それは戦闘能力か?それとも...使い勝手のいい駒としてか?」

「もちろん戦闘能力ですとも。普通の人間がこれだけのエネミーを無傷で。私の見立てが正しければ本気を出した貴方は...シャドウサーヴァントと同レベルでしょうか」

 

 どうにも含みがある言い方だ。嘘を言っておだてようとしている訳ではあるまい。その本意は何処にある。いや、違う。もしかしたらこいつは自分のことを誰かに先程言っていた「あのお方」に聞いているのか。そしてそれを悟らせるだけの情報を与えているということは自分が必ず乗る。そう思っていないとここまで情報流さないだろう。

 

「んな馬鹿な。あんな奴らと同格にしてもらって困る。それで?あんたがシャドウサーヴァントと同レベルという雑魚魔術師に頼みたい依頼は?」

 

 とりあえず問題は依頼だ。先程から戦闘能力を褒めていることから荒事であることはまず間違いない。問題はそれからだ。もしサーヴァントが相手になるような内容となればいくら金を積まれても断るしかない。人の心がわかるこいつならそうやって思うだけでも牽制にはなるだろう。

 

「ええ。実は我々の仲間がとある組織に捕まってしまいまして...その奪還作戦に協力して欲しいのです」

 

 そう言って柏原が取り出したのは1枚の運転免許証。おそらく捕まってしまった仲間のものだろう。

 そこにあったのは西洋人のような、日本人離れした顔をした女性だった。年齢を見る限り最近免許を取ったばかりで自分より年下の少女だ。名前は「深澤(ふかざわ)美鈴(みすず)」と言うらしい。顔に反して名前も苗字も外国の要素がない日本人だ。血縁が遠いのか?いやそれならもうすこし日本人らしい顔になるはずだ。つまり整形か。

 

「協力?やってくれではなく?」

「流石に貴方だけでは荷が重いでしょう。勿論、貴方の力は必ず必要となります。」

 

 協力ということはこの男の他に誰かがいる。おそらく「あのお方」が助っ人して自分を柏原に紹介したということになる。

 

「助けに行くなら出来るだけ早い方がいいな。いつ頃捕まった?」

「昨日の晩です」

 

 早い。いくらなんでも自分まで来るのが早すぎる。これは前から自分に注目していたということだ。何故注目した?そして何故このタイミングで声をかけた?依頼をした?これ自体がフェイクか?いやだとしたら自分を嵌めるにしてもそれに対するじゅんびが出来すぎてる。自分相手にここまで準備するとなると。

 

ーもしかしたらあの男か

 

 半年前、自分が勤と別れる原因を作った人物にして自分の両親を殺した男。自分が送った世の中に1つしかない母親の携帯時計を奪った。ガウェインのクラスカードに支配を行える魔眼。ジャック・ザ・リッパーのシャドウサーヴァント。そしておそらく聖杯を持ってる人物。半年間調査を続けているがそこには「伊達」と呼ばれている事しか分からなかった。

 確かにあの男なら自分を過大評価して準備をして向かい打つなんてこともする可能性はある。しかしあいつの使役していたのは全て女性だ。そう思わせて男性を出すことで自分を油断させる作戦か?いやそれにしてはほかの話がおかしすぎる。捕まった日数を離しすぎると諦めると考えたのか。

 奴が関わっているとするならおそらく半年前に無関係の一般人を巻き込んだ陽動が成功した事で助けようと思うからであろう。

 

「あいつは関係ないですよ。少なくとも我々は()()と敵対関係にあるので」

「知ってるのか?」

「ええ。直接会ったわけではありませんが「あのお方」が追ってる男の一人で同士を討ち取った事もあります」

 

 この発言が完全に信頼出来る訳では無い。しかしこの男の瞳に怒りが見えた。自分は感情を見れる訳では無い。しかし信じたくなった。

 何故か分からない。けどなにか大切なものがここでわかりそうな気がした。

 

「そうですか...場所は何処です?」

 

 キツい言い方をやめていつもの言い方に戻す。それはつまりこの依頼は受けようと思っているという意思表示の一つだ。 

 相手もそれがわかったようで少し微笑んだ。

 

「ここから15km北にある森の中にある施設です。そして今回我々の味方...いや、捕まった彼女のサーヴァントです」

 

 そう言って柏原が紹介するように手を出すとそこに1人の騎士が現れた。

 

「円卓の...」

 

 アーサー王の元で戦った。円卓の騎士。銀の義手を纏い、ブロンドの髪を持つ。そしてアーサー王の最期を看取った騎士。

 

「申し訳ございません。今回は私が不甲斐ないばかりに...1度ならず2度までも...」

「過ぎたことを悔やんでる場合ではないでしょう。サー・ベディヴィエール」

 

 ベディヴィエール。前述した通りアーサー王の最期を看取り、聖剣エクスカリバーを湖の妖精に返した騎士。しかしfateでは違う見方がある。

 

「いきなりで申し訳ない。サー・ベディヴィエール。ひとつ聞いてもいいかな?貴方の義手は聖剣ですか?」

「天王寺さん!それは...!」

「柏原さん。一つ気になったことがあるのです。それは崩壊した世界で召喚されるサーヴァント(彼ら)はどのような存在なのかです」

 

 本来ベディヴィエールはサーヴァント、つまり英霊の座に刻まれている英霊では無い。fgoのメインストーリー六章に出てくるがその頃はまだ()()()()()のだ。聖剣を持ったことにより不老になったとはいえ1500年生き抜き、その後どこぞのグランドろくでなしの手によって主人公達に味方することになったのだ。そしてその六章では聖剣を持っている。その聖剣の名はエクスカリバー。言わずと知れたアーサー王の宝具。そしてベディヴィエールは六章の最後でそれをアーサー王に返した。つまり彼の手から失われ、彼は肉体ごと消滅した。その後fgoに出てくるのはその行為から座が彼を英雄として捉えたことにより今回だけ特別な処置としてカルデアに召喚さたベディヴィエールだ。問題はその義手が聖剣ではなく、「仮想聖剣」であるということだ。

 つまりここで彼が自らの義手を聖剣といえば彼はまだ生きている、つまりメインストーリーにでてきたベディヴィエールとなる。

 

「いえ、構いません。私の右腕は()()()()です」

 

 ベディヴィエールは何も隠すことなくそう告げた。つまり彼は本来今回だけの特別な例外としてカルデアに召喚されたはずのサーヴァントとなる。

 何故だ。いや、そもそもサーヴァントが召喚されたことから。妄想が現実を覆い隠してからこんなことを考えること自体おかしいのだろう。しかし本当に仕様がfgoとなるならカルデアにしか召喚されないはずの彼が何故ここにいるのか。他のFate作品となるならもっとおかしいことになる。

 

「そうですか。ありがとうございます。あ、すみません。自己紹介が遅れました。天王寺零と言います。以後、お見知り置きを」

「いえ、このくらいでお役に立てたのなら」

 

 とりあえずこの問題のことは置いて簡単な自己紹介をする。とりあえず騎士に対して名乗る時はこんな感じでよかっただろうか。

 

「それでは柏原さん」

「ええ。行きましょう」

「その前に作戦等はあるのですか?」

「それは向かう途中で話しましょう。近くに車を停めています。まずはそちらまで」

 

 倒した化け物たちの回収はやめて、柏原に導かれるまでに山を降りる。

 

「ああそうだ。天王寺さん。先に言っておかなくてはならないことがあります」

「...なんですか?」

「今回、我々の仲間を連れ去ったのは『葛城財団』です」

 

 そしてこの時はまだ知らない。この戦いで自分は『運命』と出会うと。




次回 奪還作戦

今日の口直しタイム!
さて始まりました新章 運命編
一応初のHシーンはこの章で書くつもりです。

そして天王寺君ですが半年でかなり強くなりました。
強化魔術込みとは言え、時速60㎞以上のスピードで走れる(というより跳んでる)わ、約100kgの魔猪を片手で持ち運ぶわ、軽くジャンプしただけでワイバーン飛び越えるわ、鋼の高度を持った矢があるとはいえワイバーンの鱗を貫通するわ等など。1話だけでこんなに発揮出来ました。おめでとう(何が?)かなり強くなりましたがサーヴァントいないのでこの時点じゃくそ雑魚扱いというのが...
くそ雑魚扱いされて舐められてるから魔猪売っても他のサーヴァント持ちのマスターが売る10分の1程度の値段で売られてます。その上徴税と言ったにゃ恐喝まがいのこともされてますし、なので実質サバイバルですね。というか人里にいかなければ良かっただけでは?
そんな人の悪意ばかり見せつけられその上それが死ぬ映像を何度も繰り返し見られたせいでハイライトはおさらばしてます。その状態で演技として笑うから逆に恐ろしい。


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7話 奪還作戦

 車で移動して柏原さん達の仲間、深澤美鈴さんが捕まって連れてこられた施設へとたどり着く。

 

「ここで間違いないですよね?」

「ええ。使い魔の監視ではここに連れてこられてから...昨夜から動いてません。では作戦通りに我々が囮になります。その間に」

「ええ。俺が深澤さんを助けます」

 

 簡単な作戦はこうだ。もう顔がわれてる上に危険視されている柏原さんとベディヴィエールが真正面から突っ込み相手を撹乱する。その間に自分が施設の裏口から侵入して深澤さんを奪還。その後高火力魔術で施設ごと潰して証拠隠滅。もし不可能なら脱出後合流して柏原さんたちの施設に避難する。

 

「すみません天王寺さん。マスターのことは任せます」

「任されました」

 

 その言葉を聞いたあと2人、いや一人と一騎が施設の方に突っ込む。ベディヴィエールは剣を、柏原さんは深澤さんもいる施設で使われているという特殊なハンドガンを持って走る。当然施設の敵も2人に反応して交戦が始まる。

 

「...ご無事で」

 

 そう呟いたあと車を降りて裏口まで走った。

 

 

 施設裏口。

 今、正面では2人が暴れているはずだが裏口の警備は減らないどころか増えてる。まぁ当たり前だろう。そんな馬鹿正直に正面突破しか考えないようなやつならもう死んでいる。

 

「1、2、3、4...7人か」

 

 裏口にいる人間の数を数える。その全てがマシンガンを持っているが体格から考えて上手く扱えないのが半分はいる。とはいえこちらの主兵装は弓矢なので銃器はやはり危険視するべきだが侵入した後、戦闘を考えると魔力消費は少なく抑えたい。

 7人殺すのに必要な時間は...多く見積って7秒だとしてその間に他の仲間を呼ばれる心配を考えるとコマンドを使用してでも早く確実に確実に仕留めた方が...

 

「いや、いいか。死ね」

 

 矢を7本生成して素早く放つ。相手は自分のことに気がついていなかったので対抗策戻れずに頭に矢が貫通する。

 他に敵が居ないことを確認して死んだ兵隊の中で自分に体格が近い奴の服を脱がせてそれをつける。認証システムがあるようだがこいつの持っているカードで代用できそうだ。勿論、持っていたマシンガンも貰っていく。

 スコープの調整、弾丸の確認...自分は銃に詳しくないのでこの辺しか分からないがまぁ最悪盾替わりにはなるだろう。

 

「遅かれ早かれここもバレるか。突入する」

 

 扉にカードを翳す。すると機械音と共に扉が開く。自分は山暮らしばかりだったので崩壊後もこんなものが残っていることには素直に驚いたが、いやまぁ被害の少ない地域もあるのでおかしくはないか。

 

「おい!貴様!何をしている!」

「しまっー!」

 

 すると裏口の交代だろうか。誰かが来た。扉を開いてしまっているので勿論先程の死体も晒している。

 何も迷うこと無く引き金を引く。流石に人員分の防弾チョッキは揃えられていないらしく、弾丸は交代と思われる人間を貫通していく。そのまま倒れて死亡。一応立ち上がってくるかもしれないので頭を踏み潰す。とはいえ音はごませないだろう。裏口から侵入して来たやつがいるということはもうバレていると見て間違いない。おそらくこちらが本命だとバレた。

 

「とりあえず監視カメラ潰しておくか」

 

 空薬莢を拾い、投げつけて監視カメラを壊す。視線に気付くような能力は無いためまだ隠れている可能性もあるがいちいち探してるとそれで時間を潰してしまう。こちらの目的を考えろ。要人の救助であり、この組織の破壊ではない。

 とはいえ慣れない対人戦だ。人の死は見慣れてるし、自分の見る死が未来のものでないなら少なくともそれは生きていないという確認も今のところエネミー含めて外してはいない。とはいえ人ならではの連携等とぶつかりあった経験が多い訳では無い。化け物なら化け物ならしく素直な力勝負が多いのでなんとでもなるが知識が混ざってくると戦いは一気に面倒くさくなる。

 死体から目を背けて走る。出来れば地図などを入手したかったが死体を確認しても持ってるやつはいなかった。柏原さん達も所持していなかったので手当り次第に探すしかない。

 

「急がないと」

「そぉはさせないにゃ!」

「近っ!」

 

 気配を感知するのと声が聞こえるのが重なり一瞬だけ反応が遅れたが特に危なげなくかわす。マシンガンの引き金を引くがそれは簡単にかわされる上に接近され攻撃される。マシンガンを盾にして防ぐがマシンガンは破壊される。また何処かから持ってこながければならない。

 自分に攻撃してきたのは人間ではない。黒い影を纏った影の英霊、シャドウサーヴァント。

 黒い影なので色はよく分からないがネコ科の着ぐるみを着たサーヴァント。

 

「お前は」

「そう!私は!密林の化身!大いなる戦士たちの具現!ジャガーーー「set指定(include)それは汝の身体を蝕む(poison)」え?」

 

 正体はわかっているのでさっさとコマンドを使用して倒す。先ほどの攻撃は当てた対象に毒を入れるもの。エネミーとかに当てると食用として使えなくなるのであまり使ってこなかったが倒しても塵しか出てこないシャドウサーヴァントなら別に考えることは無い。どうせどのコマンドでも一撃では倒しきれないのだならばジリジリと追い詰めていくしかない。

 

 

「耐えられた。いや外したか」

「ちょっと!?名乗りの最中に攻撃とか反則じゃないかニャ!」

「神霊クラスの癖に後ろから攻撃してる奴がよく言うよ。ジャガーマン」

 

 ジャガーマン。中南米につたわるジャガーの戦士。fgoでは星3のランサークラスのサーヴァントであり、メインストーリー7章「絶対魔獣戦線バビロニア」にて登場した。こんなふざけているような奴だが仮にも神霊なのでかなり強い。壁や天井を足場にして加速しているあの動きから毒攻撃はかわされたのだろう。

 というかなんでシャドウサーヴァントが当たり前のように喋っているんだ。今まで出会ってきたシャドウサーヴァントはみんな喋っては来なかった。まぁ、fgoの中では喋るシャドウサーヴァントもいたのでありえない話ではないが

 

「早いっ!」

「ニャハハハ!このジャガーマンに」

「set」

「そうはさせないニャ!」

 

 詠唱中に突っ込んでくる。シャドウサーヴァントとはいえこのスピードだ。当たったら即死。逆に言えば即死の攻撃なら幻覚を使って回避出来る。

 ジャガーマンの脚に潰されて死ぬ幻覚を確認。方向、スピード、入射角度から威力確認。同時に当たる場所から自身の体の損傷度を予知。現在持つ防御、不可。威力は消しきれない。回避率確認、ギリギリまで注目させ、避けられる場所とタイミングをシュミレーション開始。完了。

 

「ジャガーーー!キーック!」

「舐めるな!」

 

 どこぞのスーパーサイヤ人もびっくりの威力とスピードで突っ込んでくる脚をかわす。単純なスピードと火力だけならかわしきれる。

 技を使って隙が生まれたジャガーマンに弓を振るうが簡単に避けられる。こいつ本当にシャドウサーヴァントなのだろうか。スピードといい、威力といい、言動といい、ジャガーマンそのままだ。

 

「もうちょっと真剣にやってくれるといいんだけどなっ!set!指定(include)!」

「ジャガー...」

それは鋼の如く(metal)!」

「クラーッシュ!」

 

 強度を最高まで高めた矢がジャガーマンに簡単にへし折られる。やはりシャドウサーヴァント相手に火力勝負では厳しいか。

 神霊とはいえここまで有効打が打てないとなるとかなり厳しい。柏原さん達が相手を騙せている時間もあまり長くないだろうし、深澤さんが捕まっている場所の特定ができていないのだ。

 

「賭けに出るか...!」

「諦めて生贄を出すニャ!」

 

 ジャガーマンの猛攻にこちらは手も足も出ない。早く。早くしなければ。長期戦になればなるほど数が揃っている敵が有利だ。かわされるなら広範囲攻撃か。いやそれでは仕留めきれない。

 

「set!」

「ジャガー...ダイナマーイト!」

指定(include)例え暗闇の中でも(scope)!」

 

 矢をスコープ状の物に変化させて当てる。しかしそれはジャガーマンに粉砕される。当たり前だ。先程の攻撃は当てることに特化していて、たとえ生身の人間でも殺しきれないほど弱いから。とりあえずアニメでマシュを吹き飛ばしていたジャガーマンのジャガーダイナマイトを矢を犠牲にすることで防いだのでヨシとしよう。

 

「ニャハハハ!」

 

 ジャガーマンは手札が無くなったと思って笑うがこちらの狙いはそれではない。たとえ粉砕されたとしても先程の矢は()()()()()()()()()

 

「set!指定(include)!」

「ジャガークラーッシュ!」

 

 攻撃しようと思ったがジャガーマンの攻撃は止まることを知らない。詠唱をしなければ痛手を与える攻撃ができないこちらに比べシャドウサーヴァントの攻撃は一撃一撃が致命傷なり得る。だからこそ対処が可能だが、動き出す手が早いとこちらも思うように動けない。

 

「こんなところで!!」

「ニャンと!」

 

 矢を何本か同時に生成して同時に引く。放ってから増えるジェミニと違い、命中精度なんてものはない適当な攻撃だ。しかしそれもジャガーマン相手には豆鉄砲にすらならない。

 

「ほらよっと!」

「ぐ...がァァァ!」

 

 そこにジャガーマンの得物が当たる。バランスボールのように跳ねて天井や壁に身体を打ち付ける。ろくに受け身なんて取れたもんじゃない。

 勿論痛いし、攻撃もできない。そこにジャガーマンの追撃が重なる。見えているのに対応が出来ない。見えているということは即死級の攻撃だ。防がなければ死ぬ。そう決まっているほどのものなのに。対応が出来ない。

 

「ジャガーーーキーック!」

「くっ!」 

 

 ジャガーマンの脚が自分の体にめり込む。臓器が働きを放棄し、ぐちゃぐちゃに潰れる。臓器から這い上がって来た血が口から零れ出る。ダメだ。死ぬ。臓器不全か。それとも大量出血か。

 そのまま壁に打ち付けられる。壁にはヒビが入り、自分の体がめり込む。

 意識が遠くなる。ダメだ。ここで耐えなければ本当に死ぬ。死んだら。死んだら復讐が果たせない。家族を殺した。あの男に、復讐が果たせない。だから耐えろ。あいつを殺すならシャドウサーヴァント(こんな雑魚)に負けてる訳には行かない。

 視ろ。相手を見据えろ。目を背けるな。必ずある。生あるものに死は必ず存在する。1があれば0があるように。あるということはそれは無くなるということ。

 見える。敵の死が見える。自分が殺せる未来(可能性)は確かに存在する。だからまだ諦めてはいけない。それに沿って動けば自分は勝てる。どれだけ臓器を破壊されても、死にそうなっても勝てば生きる。負ければ死ぬ。そんな当たり前の事実から目を背けるな。

 

「だから言ったニャ...大人しく生贄を...ニャ?」

「...えた」

「んー?何言ってるのかにゃ〜?」

「安心しろ。お前の死はもう見えた!」

「ならばやってみなさいっ!ジャガージャベリン!」

「set!指定(include)それは鋼の如く(metal)!」

 

 投げ込まれてくるジャガーマンの得物。それはこちらの矢なんて関係ないとばかりに折りそのまま突っ込んでくる。避ける余裕なんてあるはずがない。確かな力を持ったそれは自分の体に当たる。

 耐えろ。この一撃で今度こそ死んだと錯覚させるんだ。そして教えてやれ。死は必ず生に着いて回るものと。

 

「かはっ...ま、だ...」

「だから言ったにゃ。神を舐めるんじゃないにゃっと...」

 

 よし。今完全に相手はフリーだ。敵を倒したと思ったこの安心感。自分がつけ入れるのはそこだ。

 ボロボロの体を動かす。ジャガーマンに気付かないようにゆっくり、音を立てず。しかし力を溜める。ジャガーマンを一撃で倒せる技を出す為に。魔術回路の開くイメージを。止められていたダムから水が放流され、川に流れるように。

 相手の死はもう見えている。あとはそれに従うだけ。いくら神であろうと「死」から逃れられると思うな!これはただの死では無い!あるからこそ生じる可能性、それそのものの終わりだ。

 

「set...指定(include)... この星の縮図を(magnet)...andset...指定(include)...」

「ニャニャニャ!?何で生きてるのかにゃ!?まぁいいか!ジャガー...」

 

 ジャガーマンがこちらに突っ込んでくる。トドメを刺しに来ている。今度こそその獲物で自分の腹を貫くつもりだ。チャンスは一度。高火力の攻撃の準備は出来た。

 意識を保て。地を踏め。相手を睨め。歯を食いしばれ!

 

風を纏え(tornado)!」

「クラーッシュ!」

 

 自分の全力の攻撃はシャドウサーヴァントのジャガーマンを貫いた。同時にジャガーマンの動きが止まり、得物が塵となる。

 

「あっコレあかんやつニャ」

 

 そう言い残して本体も塵となって消えた。全くふざけた強さだったがこれでもシャドウサーヴァント。本来のサーヴァントならこれでやっと傷が出来たくらいだろう。一矢報いた程度の攻撃で勝てたとは言えない。

 

「まだだ...修復...修復...」

 

 とりあえず修復出来る傷を修復する。治癒魔術に錬金術を用いた修復。どちらもダ・ウインチちゃんにはそれなりに教えて貰っていたがダメージはデカいし、本物の魔術師と比べたら些か雑だ。しかしもう立ち上がれなくなるのと比べたらだいぶマシだ。まだ仕事はある。助ける仕事に殺す仕事。まだこいつらはシャドウサーヴァントを隠しているかもしれないのだ。ここで倒れるわけにはいかない。

 

「お、おい!黒影がやられたぞ!」

「誰だあの化け物!」

 

 気付けば先程のバトルを見ていたのだろう。マシンガンを持った兵士達が震えながらも銃を構える。奴らに今の自分はどう見えているだろう。身体の形状が変化した化け物か。それとも死にかけの人間か。

 

「ああ...いいとこだった...全く完璧だよお前ら...丁度...生贄を探していたところだったんだよなぁ!」

「ひぃぃぃ!!撃てェ!」

「待ってろよ...動いてたら殺しにくいだろ?」

 

 ボロボロの身体だが黒魔術を使えば多少良くなるかもしれない。そう思って目の前に立ち塞がる兵士達を切り刻んだ。

 

 

 葛城財団。

 今回の敵であり、人間同盟やFHAと並ぶカルト教団の一つ。詳しい事は分からないがサーヴァントを敵対視して人間のみで世界を作ろうとしていることは共通している。

 まぁ言いたいことは分かる。確かにサーヴァントは過去の英雄だのなんだの言われているが危険な存在であることには変わりないし、何故アニメやゲームのキャラが当たり前のようにいるのかと言われたら説明が付かない。fgoを知らない人からしたら訳わかんない化け物に襲われて知らないゲームのキャラがそこら中で暴れている。それがオタクとバカにしてきた奴らなら尚更屈辱的だろう。

 だからこそそれに反逆したくなる気持ちも分かる。それが悪ではなく、正義という形を取っていることもわかる。

 でも、いやだからこそ。自分達は戦う。正義と戦うのは別種の正義でなければならない。

衛宮切嗣がやったような多くの人を生かすために少数を殺すのが正義と言う気持ちも分かる。しかし戦場に立ってきた人に対し「石器時代から1歩も前に進んじゃいない」というのは本来人の持つ本能の否定。動物的な概念の否定ではないかと誰かが言っていたことを思い出す。彼からしてみればそれこそが正義なのだ。

 だから悪を潰すのは悪であり、正義を潰すのは別種の正義なのだ。

 




次回 運命の出会い(上)

今日の口直しタイム
SSJ(そこまでにしておけよジャガーマン)
今回はシャドウサーヴァントが相手ということで天王寺も本気の本気。魔術(尚弓矢の魔術はダ・ウィンチちゃんが製作した魔術礼装に組み込まれたプログラムを発動しているだけですが)のオンパレード
というかギャグキャラは死なないという不死を殺した訳ですからある意味タイトルの回収。え?だめ?そう。


次回は...彼女の登場です!


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8話 運命の出会い(前編)

 施設を破壊して回ってもう何人殺したか数えるのも嫌になりマシンガンは何丁無駄にしたかわからなくなったころ、彼女を見つけ出した。柏原さんが出した免許証と同じ日本人と言うより西洋人の方が近い顔。間違いない。

 

「...やっと見つけた。貴女が深澤美鈴さんですね」

 

 彼女は救援が、それも何故知らない人が来たのか驚いているようで目を見開いている。いや、どちらかと言うとなぜ貴方がとでも言いたそうな目だ。しかし自分は彼女のことを知らない。

 彼女につけられている手錠と足枷を殴って壊す。どうやら抵抗したような傷もないらしい。となるとこいつらの目的はなんだ?拷問も受けていないとなるとまさかベディヴィエールが奪還すると考えてか。ならば先程のジャガーマンも頷ける。となるとおそらくまだシャドウサーヴァントがいる危険性が高い。

 

「え、ええ...貴女は」

「柏原さんに頼まれました。さぁここから逃げましょう。貴女のサーヴァントも戦ってくれてます」

「ベディが?」

 

 どうやらベディヴィエールのマスターで間違いはないらしい。左手を見ると令呪が3画ちゃんとある。しかしその令呪は勤の、fgoでよく見る令呪とは少し形が違った。

 

「ええ。出るまで護衛はしますので早く!」

 

 深澤さんを無理やり立たせる。痛いし状況が掴めていないだろうが、危険度が高いことがわかっているのだ。その都合で足を止める訳には行かない。

 

「は、はい!」

 

 葛城財団の兵の急所を切りながら道を開ける。 深澤さんは人の死体に見慣れていないのだろう。途中で吐いてしまう。無理もないだろうしかし、それで足を止められては困る。

 

「早く!」

「えほっえほっ」

 

 彼女を連れて脱出にはもしかしたらここまで来るより時間がかかるかもしれない。体力もほとんど無く、戦闘能力はおそらく0。走るのも厳しく、死に対して耐性がない。

 しかしだから敵が待ってくれる訳では無い。おぶってでも走るしかない。

 

「失礼します!」

「え!?え!?おに...」

「鬼でもなんでもいいから!捕まってて下さい!死なないように!」

「え?あれ?ああ!いやぁぁぁぁ!!!」

 

 彼女からしたら気の毒だが仕方があるまい。全力で走る。見つけた敵は残らず首を切り落とし、壁に押し付けたまま走る。マシンガンを再び奪い取り、残弾のことを全く考えずに蹂躙する。

 

「んー!んー!」

 

 急に走り出す上に目の前で殺戮。乗り物酔いに似たようなものまで重なり深澤さんも限界だ。今は口を抑えているがだいぶ気持ち悪いだろう。出来れば抱えられた状態で吐かないで欲しい。

 そうしているうちに入ってきた裏口が見えてきた。あそこから出て煙幕張って逃げよう。

 

「あと少し...あと少し!」

「逃がさねぇよ」

「ッ!?しまっ!」

 

 他の兵に気を取られて気が付かなかった。サーヴァントだ。その赤い槍に貫かれて死ぬ幻覚が見える。

 回避パターンを50に指定。全てを測定し、最も良い回避を選択。承認。指定完了。実行。

 振るわれた槍をギリギリで避ける。その時に見えた。その槍は

 

「ゲイボルク...!つまりお前は!」

「へぇ知ってんのか俺を」

 

 サーヴァントではなく、シャドウサーヴァントだったようだが槍のみ赤い。シャドウサーヴァント特有のシルエットだがこの赤い槍にこの速度。そしてこの化け物のようなシルエットとなれば1人に絞られる。

 

「クー・フーリン・オルタ」

「ああ。だがそれがどうした?」

 

 staynightなどでランサークラスのサーヴァントとして有名なクー・フーリンだがキャスターやバーサーカーになることもある。今回のはバーサーカーのクー・フーリン・オルタ。fgoでは星五のサーヴァントでメインストーリーの第5章に出てくるボスだ。

 クー・フーリンのバーサーカーとしての伝承は戦場に立つと頭から光の柱がそそり立ち、全身が筋肉の膨張で倍以上に膨れ上がって巨躯を成し、顎は頭ほど肥大化し、片目は小さく顔に埋もれ反対の目が大きく出てくる。目の中に七つの瞳が現れ、全身が赤黒く染まり、髪からは血が滴って湯気が立ち、踝の関節は裏返るというどう見ても化け物だが流石にゲームのグラフィック的にまずかったのかそれとは少し違う姿をしている。というのもこのクー・フーリン・オルタは女王メイヴが願ったクー・フーリンなので少し違うのだ。

 どちらにしろ連続してシャドウサーヴァント二戦目。先程のジャガーマンの傷も魔力消費もまだ完全には治っていないし、背中には深澤さんもいる。退却するのが1番だがそうともいかないだろう。少なくともコイツは先程のジャガーマンより強い。その上、矢よけの加護と戦闘続行のスキルだ。矢よけの加護で遠距離攻撃は避けられ、高火力攻撃を叩き込んでも戦闘続行で耐えられる。相性も悪い。

 

「おい」

「set!指定(include)鏡写しの(reflect)!andset!それは鋼の如く(metal)!」

 

 戦っても勝てる訳がない。運がいいことに深澤さんはここにいる。彼女を連れてさっさと逃げればまだ可能性はある。もし追いつかれてもベディヴィエールと共闘すれば戦えるはずだ。

 これは今自分が出来る最大の防御だ。リフレクトの防壁効果をメタルで最大まで強化する。とはいえこれも時間稼ぎにしかならないだろうその間に開いた裏口から逃げる。これしかない。

 

噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

「な...」

 

 今まさか宝具の真名解放をしたというのか。馬鹿な。シャドウサーヴァントに宝具の真名解放は不可能な筈だ。本物でもないのに何故。

 そう思っているうちにクー・フーリン・オルタのシャドウサーヴァントがゲイボルクの元となった化け物である海獣クリードを鎧としてまとう。筋力値が規格外となり、その爪や角はゲイボルクの一撃に匹敵する。つまり、心臓のみならず内蔵全てをギタギタにされる。

 勿論そんな宝具に対して自分の防壁なんて紙同然。爪が防壁に触れた瞬間物凄い反動と共に破壊される。その衝撃だけで身体は5メートルほど飛ばされる。深澤さんも自分から落ちて裏口から出たものの、地面に打ち付けられたあとピクリともしなくなった。

 

「きゃっ」

「グハッ!」

 

 身体が動かない。魔力切れか。だが意識はまだある。考えろ。あの動きが見えなかったのはあの瞬間に死の可能性がなかったからだ。つまりまだ自分は生きている。その代わり今、何億何兆という数の死を見せられているが。頭が痛いのはその死を見せられているから宝具をくらったからか分からないが頭が割れそうに痛い。

 他の兵士たちが遠ざかっていくが逆にクー・フーリン・オルタが近付いてくる。不味い。動け。動け。走れ。生きるんだ。死ぬ訳にはいかない。考えろ。どうやった生き延びれるか。

 

「無駄だ」

「か、は...あ」

 

 そう聞こえたと思ったら何かに蹴飛ばされた。何も抵抗できずにもう一度地面に叩きつけられる。

 もう呼吸すら上手くできない。臓器が大半死んだか。身体中が痛くて何が起こったのかも分からない。

 

「おに...い、ちゃ」

「ー!?」

 

 深澤さんが何か言った。おにいちゃ。お兄ちゃんか。そういえばベディヴィエールの元マスターは彼女の兄だと聞いた。本来彼がベディヴィエールを召喚して人を助けてきたが病気にかかり、志半ばで死亡。その後マスター権を彼女に託したと聞いた。もしかしたら彼女はfgoを、Fateを知らずにその役割を与えられたのではないだろうか。

 

 その時頭の中で声が響いた。

 

ー零。お前の名前は天王寺零だ。

 

 父さん。父さんの声だ。全く記憶にないが、確かに父さんがまだ小さい自分に何かを言っている。

 

ーごめんな。零。お前を1人にして...けど、これがお前を救うたった一つの方法なんだ。零。許してくれ

 

 また父さんが何かを言っている。死ぬ前なのに、ちゃんと聞こえる。何故だろう。自分は何を見ているのだろう。これが走馬灯と言うやつなのだろうか。

 

ー生きてくれ...零。それが父さんと母さんの唯一の願いだ

 

「ッ!ああああああああ!!!!」

「何っ!?」

 

 身体が何故か動いた。視界もボヤけて敵の位置もよく分からない。何をしたいのかもよく分からないのに何故か動いた。

 何故か手に持っていた弓を無茶苦茶に振り回す。振り回そうと考えた訳でもない。全てが反射的だ。

 

「てめぇ...!」

 

 何かが聞こえる。何かが聞こえる。誰かが自分を呼んでいる。

 心が何処かに繋がる。そしてそれが線になる。1本の光る線になる。決して切れることの無い。繋がりを感じられる線に。

 

「ああああああああ!!!!」

 

 最早なんて言ってるのかも分からない。何を思っているのかも分からない。ただ、()()()()()()()()()()()()

 何かが光る。暖かい光が自分を包み込む。

 

「あ、れ...は」

 

頭の中で何度も繰り返した言葉が浮かぶ。遠い奥にしまった記憶。いや、ピンのようなもので止められていた記憶から声が重なる。

 

ー素に銀と鉄。

ー礎に石と契約の大公。

ー降り立つ風には壁を。

ー四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

 この声は誰のものだろうか。とても懐かしく、そして最近まで聞いていたような感覚にも捕われる。

 

閉じよ(満たせ)

 

何かが当たる。何かが光る。何かが固まる。

 

閉じよ(満たせ)

 

誰かが笑う。誰かが泣く。

 

閉じよ(満たせ)

 

何かが現れる。何かが消える。

 

閉じよ(満たせ)

 

何かに触れる。何かが離れる。

 

閉じよ(満たせ)

 

何かが聞こえる。誰かが呼んでいる。

 

ー繰り返すつどに五度。

ーただ、満たされる刻を破却する。

 

 光が激しくなる。それと同時に視界がクリアになる。自分は今クー・フーリン・オルタの攻撃を連続で弾き返している。いつの間にか自分はシャドウサーヴァントを追い込んでいた。

 

「てめぇ!」

「ああああ!!!」

 

 噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)が解除されだんだん一方的になる。

 

ーセット

 

 まるで時計の針が揃うように。まるで動かなかった歯車が回り出すように。ハマる。綺麗に揃う。

 止まっていたものが動き出す。まるで今まで止まっていたのが当たり前だったように。他の時は動いているのにこの時だけ止まっていたかのように。

 

ー告げる!

ー 汝の身は我が下に!

ー我が命運は汝の剣に!

ー聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ!

 

 誰かが呼んでいる。このクー・フーリン・オルタ()ではない。深澤美鈴(彼女)でもない。もっと自分より近く、そして最も遠い。

 手を伸ばせば届くのに走っても追いつけない。そんな存在。

ー誓いを此処に。

ー我は常世総ての善と成る者。

ー我は常世総ての悪を敷く者。

 

ー汝三大の言霊をまとう七天。抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ!

 

 光の輝きが強くなる。その光に全てが包み込まれる。何かが割れる音がした。何かが固まる音がした。

 視界が開けたところには一人の美女が立っていた。スラリとした長身に綺麗な紫色の髪。鎖の付いた杭のような短剣を持つ。

 

「あ、ああ...うっ...」

 いつの間にか身体の異常が治っていることに気付く。そして同時に自分を呼んでいたのは彼女だと気づく。

 自分の右手が熱く光り、変わった形の令呪が刻まれる。マスターの証だ。

 

「サーヴァント。ライダー。召喚に応じ参上しました。会えてよかった。マスター」

「ライダー...。ああ。俺も会えて嬉しいよ」

 

 そこに立つのはライダークラスのサーヴァントだった。

 真名メドゥーサ。自分が出逢えた最高のサーヴァントだ。




来た...やっとここまで来た...!
天王寺零のサーヴァントはライダー、staynightのライダーさんですね。HFでのセイバーオルタとの戦闘は最高でしたね。もうあれだけでわざわざ3時間自転車と電車に揺られてド田舎から近くの映画館まで行ってお金払った価値ありますよ

次回 運命の出会い(下)


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9話 運命の出会い(後編)

「誰だ。てめぇ...」

 

 先程まで追い込んでいたクー・フーリン・オルタのシャドウサーヴァントが再び立ち上がる。シルエットなのでよく分からないが怒っているとわかるのに時間は必要なかった。

 とはいえ深澤さんを連れて再び戦うのは厳しいだろう。けど負けるわけじゃない。今の自分には頼りになるサーヴァント(相棒)がいる。

 

「ライダー。ここは任せる」

「ええ。任されました」

 

 ライダーが顔に着けているバイザーを外す。それはライダーの持つ宝具の一つで、名を自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)という。その効果はメドゥーサ自身でも制御出来ない魔眼の効果を抑えるものである。つまり今この瞬間。ライダーは魔眼を発動している。

 

「貴様...まさか...」

 

 クー・フーリン・オルタの身体が石化していく。クー・フーリン・オルタのステータス内で魔力はCランク。シャドウサーヴァントなのでもう少し弱体化してることを考えたら石にならない訳が無い。 

 そのまま何も出来ずにクー・フーリン・オルタは石となった。ライダーがブレイカー・ゴルゴーンを再び着けたのを確認して、それに目を背けて深澤さんを担いでその場から遠ざかる。

 

「ありがとう」

 

 そのまま一人と一騎で走る。昨日までずっと同じように森を走っていたが誰かがいるととても心強い。

 そのまま山を降りる。作戦通りなら柏原さん達が後を追ってくる。本来なら自分の最大火力で壊す予定だったし今ならライダーの宝具を使えば充分やれるが自分は魔力の限界だし、ライダーの宝具では柏原さん達も巻き込んでしまうだろうし。

 「あのお方」に自分がサーヴァントを持ったことを知られるのは不味い。何者なのか。何故柏原さんや深澤さんを率いているのか。目的はなにか。分からないことが多いが注意した方がいいことは確かだろう。

 

「なあライダー。悪いけど霊体化していてくれないか?そして少し離れていてくれ。これから少し人に会ってくる」

「わかりました」

 

 ライダーには霊体化してもらって柏原さんから気付かれる可能性を減らす。後はベディヴィエールだがこれは霊体化していても見られるだろう。となれば離れていて貰うしかない。少なくとも信用している2人を騙すようで気が引けるが仕方あるまい。

 後はその事柄を考えないようにするしかない。出来れば彼の心を読み取る能力のタネが見えればまだ対策の使用はあるのだがそれも分からない以上対策は

 

「マスター...?」

 

 今ライダーの死が見えた。いやそれは何ら不思議のことでは無い。死が見える事なんてそんなに不思議なことではない。問題はその死に方だ。それは剣で切り裂かれていた。今この時点で剣を持つものは

 

「ベディヴィエール...!」

 

 いや待て。まだ剣しか見えてない。しかし葛城財団も剣は持っていなかったし自分も持ってはいない。いやそもそも見える死が突然すぎる。今まで見えてた死はその直後のものが多い。

 

 

「なんなんだ今の...」

 

 いつの間にか冷や汗を書いている。もしこの死が直後のものだとするのなら。ベディヴィエールがもしくは別の剣を持ったサーヴァントが襲ってくるということか。

 

「はぁ...はぁ...!」

 

 心拍数が上昇している。なんだ死なんて日常にあったはずなのに。それが恐ろしい。何故見えたのか、いやそもそも「死」はなんなんだ。

 

「天王寺君」

「は、あ、はい」

 

 急に肩を叩かれた。心臓が跳ね上がるように震える。短く鋭い痛みが身体を走る。恐怖が形をもってゆっくりと迫ってくるイメージが出てくる。振り返る。そこに居たのは柏原さんだった。ベディヴィエールはいない。霊体化しているのか。もしくはメドゥーサ...

 待て。それを考えるな。心が読まれる。

 

「よかった。彼女を救い出せたみたいですね」

「ええ。...はぁはぁ...」

 

 別のことだ。別のことを考えろ。そうだ。彼女、深澤美鈴さんは一度クー・フーリン・オルタの攻撃の衝撃で地面に打ち付けられていたが気を失っているだけのようだ。とりあえず命の別状はない

 

「施設の爆破はできなかったようだけどサー・ベディヴィエール曰くシャドウサーヴァント、それも強力な個体がいたらしいからここまで魔力と体力が持って生きていることだけでも儲けものですよ」

 

 そういうと彼が抱える姿勢をしたので深澤さんを渡す。それを抱えると彼女の傷の確認をして背負った。

 

「やっぱりあいつら」

「その様子だと倒せたようですね...ん?これは...そうか」

「っ!」

 

 不味い。バレた。やはり心を読み取れる彼に隠し事は不可能か。どうする。口封じは不可能だ。交渉を持ちかけるにしても交渉材料がない。ここで逃げるか。もしくは交渉は「あのお方」に対する情報を引き抜くか。せめてそちらの情報がないとこちらが不利だ。

 

「いや、構いません。「あのお方」には隠しておきますよ。私も彼の驚く顔を1度見て見たかったんですよ」

「は、はぁ」

 

 この発言はあまり信用出来ないがだから殺す!ということは難しい。

 

「サー・ベディヴィエールは車の用意をしていますよ。彼も騎乗スキルを持っているので」

 

 そういえばベディヴィエールも騎乗スキルを持っていたランクは確かAとかなり高ランクだったはずだ。まぁライダーには劣るが。ライダーはA+なのでライダーには劣るが。かなり高い数値だろう。

 

「それと教えて貰ってもよろしいでしょうか。貴方はなぜそこまで「あのお方」を危険視するのですか?」

「それは...当たり前のことでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕は死が見える。

 まぁ幻覚だろうが死んでいる存在以外死の瞬間というものが視覚に捉えるだけで分かる。つまり見えないものは死んでるのか生きてるのかに限らず殺せるのか殺せないのかすら分からない。それほど怖いものは無いだろう。

 殺せるなら殺せばいい。だが殺せない存在は手出ししょうがない。現実ならありえないことだが、崩壊(妄想に侵された)世界なら有り得る話だ。だから怖い。だから手を出されたくない。それだけだ。

 

「...まさか...いえ。これ以上は不要ですね。では報酬です。また会いましょう。」

 

 柏原さんが何かに気付いたように目を細めるがすぐに元に戻り、懐からお金の入った封筒を出してきた。まぁどうせ1000円か2000円程度だろう。まぁいい。今回の収穫はなんと言っても最高のサーヴァントを得られたことだ。

 そう思って封筒を受ける...重い。これはもしかして500円というオチだろうか。いやさすがに命張ってるのだからそれは悲しすぎる。そう思って封筒を開くと見えたのは0が4つ並んでいる紙幣だった。

 

「な、なな...1万円札!?そ、それが1、2、3...17!?17万!?こんな大金を!?貰ってもいいんですか!?」

「た、大金と言いますか...ここまで危険な仕事なのでむしろ安いと言われるかと思ったんですけど」

「いえいえいえ!こんなの1ヶ月の給料より高い!決めた!もう決めた!俺これで働きます!なんて言う利潤!資本主義最高!最高!」

「...」

 

 やはり金は正義である。無論他にも大切なものは色々あるがそれを守るためにはどうしてもお金は必要だ。

 一度シャドウサーヴァントを一体討伐して素材が無いため報酬無しということもあったのでやっぱり団体と契約するのが1番だ。なんなら「あのお方」のことを調査したあと柏原さんたちのいる団体に入ってしまおう。こんなのお金を1度の仕事でくれる団体なのださぞかしホワイトな企業なのだろう。

 近くで口をあんぐりと開けている柏原さんを無視して封筒を持って回る。今なら嬉しさのあまり回るだけで竜巻すら作れそうだ。

 

「そ、それはよ、良かったですね。貴方ほどの実力者なら高い依頼を受ければこれぐらいのお金はした金になると思ったんですけど」

「ありがとうございます。ありがとうございます!ありがとうございます!!」

「は、はぁ...。しかし我々も組織として危険を冒して仲間を救ってくれた貴方にこれだけの報酬としては納得行きませんので追加としてコレを」

「つ、追加!?嬉しいなぁ!」

 

 17万というお金を貰った上にまだ追加で報酬があるのか。これは日本の景気がうなぎのぼりしたのだろうか。このままでは登りすぎて宇宙まで行くのでは!?

 それでなんだろう。おそらくお金では無いだろうがもうこの状態なら何貰っても嬉しい!もうゴミでもいい!ゴミ捨て手伝います兄貴!

 

「これを」

 

 そう言って柏原さんが出してきたのはピンクの紙切れだった。それが10枚。これは何かの無料券だろうか。

 

「...え、えーっと...柏原さん。これは」

「ラブホテルの無料券です。10回分あります」

 

 らぶほてる?らぶほてるとはなんでしょうか。え?あのカップルがイチャイチャする場所でしょうか。え?そんなエッチな場所の無料券をなぜどう見ても真面目な貴方が持ってるんですか。

 目をパチパチさせる。そもそも自分はそういうものに縁がないのだ。

 

「ら、らららららららららぶホテ!?ホテル!?ウェ!?」

「ああこれは代表...「あのお方」のサー...ではなく助手の方が我々に配っているものです。私には相手がいませんから」

「俺もいません!いません!そのすみません!俺も使えそうに」

 

 いや今霊体化させてるライダーいるでしょとなるがダメだ。彼女はギリシャ神話の神。アテナに怪物にされたとはいえ凄いんだ。それにstaynightで桜を守るために全力を尽くした最高のサーヴァント。それを汚すような真似をする訳には行かない。

 

「勿論サーヴァントとの利用も可能です」

「ウェェェェェイ!」

 

 叫びをあげる。これは喜びか絶望か。いやただの混乱である。

 確かにゲームをプレイしたりしていく中で彼女にそういう抱いてはならない欲望を抱いたことはある。それは認めよう。出来たら彼女の身体の温かさを感じたいと思ったことはある。認めよう。しかし!だとしても手を出してもいいか悪いかは別の話だ。手を出す前に正当なお付き合いから初めてデートやら色んな段階をゆっくり踏んで行った男女のみが許されるはずだ。だからまだ早い!早すぎる。

 そうあーだこーだ頭の中で言っていると傍に車が駐車する。ドライバーはベディヴィエールだ。

 

「ミスター柏原。マスターは」

「ええ無事です。この通り」

「...良かった。ありがとうございますミスター天王寺」

「ウェ!?だ、ダレナンダアンタイッタイ」

 

 その時のベディヴィエールの顔は少し歪んで見えた。もしかしたら自分は泣いてるのか。いや何故だ。もしかしてこれがベディヴィエールの死か。

 

「天王寺さん?...ん、んんっ!まぁ期限は無期限ですからごゆっくりー」

「柏原さぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 助けを求めるように手を伸ばすが柏原さんは苦笑しながら手を振って車に乗って何処へ行ってしまった。

 こうして嵐のように来た仕事はまた嵐のように去っていった。

 

「マスター?」

 

 横を見るといつの間にか実体化していたライダーが横に立っていた。ブレイカー・ゴルゴーンで瞳は隠されているがおそらくゴミを見るような目で見られているのだろう。

 

「うわアッチ!いや熱くないけど。ら、ライダー...さん?どどどど、どうかされました?」

「落ち着いて下さい。戦闘でのあの動きはどこに行ったのです」

「い、いやー殺せば解決するものは簡単なんだけどさ。殺しても解決しないって難しくないか?」

 

 するとライダーが急に思い詰めたような顔になる。何もしていない。いや、先程から情緒がおかしいから引いているのだろう。第一印象だと言うのに最悪だ。柏原さんはなんてもの渡してくれたんだ。愉悦部か?愉悦部だな。愉悦部じゃねぇか。

 そう思ってるとライダーが急に手を握ってきた。近い。とても近いです。というか待ってください。貴女程の美女がこんな近い距離は色々と身体に悪い。

 

「...行きましょう」

「え?」

「ラブホテルです。宿泊だって可能な筈」

 

 いや確かに今日はもう疲れたし何処かで休みたいとは思っていた。それが伝わったのかもしれないがよりにもよってラブホテルは無いだろう。

 

「え?待ってくださいメドゥーサ様。心の準備がァァァァァ!!」

「行きますよ」

 

 するとライダーから血が出たかと思ったら魔法陣と共にペガサスが出てきた。メドゥーサが自身の宝具であるベルレフォーンを使用する際に召喚するペガサスだ。

 

「宝具!?宝具使うの!?」

「私の宝具は天馬ではなく手網です。安心してくださいマスター。飛んで移動くらいなら宝具を使う必要すらありません」

 

 いや確かに宝具をこんな所で使われたら魔力消費等も大変だから心配にはなるがこちらはそれどころではない。慌てているうちにお姫様抱っこをされペガサスに固定される。いや流石に自分が先にしたかったなんて考える余裕はない。

 

「お、おおおお待ちを!流石に俺達には早いんだ!もっと親交を深めてから順番に進んでいくべきだと思うんだ!それからでも遅くない!考え直して!順番を間違えると後悔しマシュ!」

「では行きますよ!捕まってて下さいね!」

「待ってぇぇぇ!」

 

 自分の叫びとは全く逆にペガサスは物凄い速度で飛んでいく。しかしライダーは何処か悲しむような顔をしていた。

 やはり自分のような不甲斐ないマスターは嫌か。彼女はstaynightでは自分の嫌いな間桐慎二を代理マスターとして従っていた。だから自分が相手でもきっと無理し続けるのだろう。そんなことはいやだ。彼女が無理し続けるなら自分は。

 そう思いながらもペガサスは飛んでいく。それに叫ぶことなく、ただライダーを見ていた。

 彼女には苦しんで欲しくないから。

 




今回の口直しタイム
あーライダーさん強すぎるんじゃーみなさんもfgoでライダーさん使ってみてください。強いから。僕も序盤から殿任せまくって魔神柱戦などは頼りきりでしたね。なんならフレンドより頼りになった。そのため唯一の絆レベル10。
お金もらったり、そっち系の話になった瞬間に素が出る天王寺君君本当に成人かい?
天王寺零のカルデアではもう少し多いようなんですけどねぇ...あいつBOXをバカみたいに回ったでしょ絶対。そうじゃなきゃもうキャストリア絆レベル10とかありえないって。


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10話 運命の初夜 

「ここですね」

「...ああ」

 

 ペガサスに乗った自分たちが辿り着いのはエネミー達の攻撃の中でも比較的無事な繁華街だ。そこにラブホテル(それ)はあった。

 今気になるのは何故彼女が乗り気なのか。そして乗り気なのに何故そんな悲しそうな顔をするのか。

 

「ライダー。今日は疲れただろう。君一人で行ってくれ。俺はその辺のアスファルトで寝る」

「駄々をこねる子供じゃないんですからやめてください。行きますよ。マスター」

「だって!そういう雰囲気になるじゃないか!」

「...」

「何か言ってくれぇ!」

 

 最後の抵抗も虚しく、ライダーに引きずられる形でラブホテルに入る。手続きとかはライダーに全て任せる形となってしまったが、もう諦めよう。彼女が楽しいならもうそれでいい。別にエッチなことをしなければならない訳では無いのだ。

 空いてる部屋があったようでライダーと共にその部屋に入る。そこには2人で寝るにしても大きなベットとテレビにシャワーとあった。

 

「ベット...ベットだと!?」

 

 近くに立ち座ってみる。ベットはふかふかで腰が沈む。もう一度立って座ってみる。やはり腰が沈む。柔らかい。寝心地はアスファルトや藁と比べ物にならない。気になるものが何一つない。

 布団に触れる。これも羽毛布団のようで温かみが感じられる。ああ。なんていいものなんだ。ホテルとはいいものだ。良い文明だ。

 

「それで何故部屋に入るなり楽しんでいるんですか。まぁいいですけど」

「凄いよ!凄いよ!ライダー!タダで部屋に止まれるうえにベッドまでついてる!しかもこれふわふわしてる!毛布が軽いんだ!多分これおっきいのに10kgないよ!」

 

 ベットの近くには小さな棚がある。完全に好奇心で引き出しを引いてみるとそこには小さな袋に入ったゴムがあった。

 

「...なにこれ」

「急にテンション落ちましたね。これはコンドームというものです。いらないですね。しまってください」

「赤ちゃん生まれないようにするものじゃんけ!大切だよ!俺達まだ子供は早い!」

「サーヴァントからは赤子は生まれません。私はまだ霊体ですから」

 

 ライダーは冷静だ。いや慌てるのもめんどくさいのだろう。そういえばそれなりに面倒くさがりだった記憶がある。

 

「では私はシャワーを浴びてきます。一緒に浴びますか?」

 

 少しライダーが微笑むように言ってくる。やはり近くで見ても綺麗だが遠くで見るとその長身がいっそう綺麗に...って何を考えているんだ俺は性犯罪者かな。

 

「い、いえ!お先にどうぞ!」

「では」

 

 ライダーがシャワーに入ったのを確認してその場に倒れる。ベットはふかふかして寝心地がいいがとても落ち着かない。思ってみれば半年間ベットで寝たことは無いしテレビを見てない。川で水浴びはしたがシャワーを使っていない。

 そもそもいつ敵と遭遇するか分からない恐怖からあまり眠れなかったが。

 

「えーっとテレビはどうやってつけるんだっけ...えーっと確かリモコンが...あったあった」

 

 テレビの操作方法などもあまり覚えてない。とりあえず電源と書いてあるボタンがあるので押してみる。するとテレビの電源がついた。半年ぶりのテレビだ何が出てくるのだろうか。

 

「あ♡あ♡あんあんあん♡」

「...」

 

 無言でテレビを切る。間違えて弓でテレビを斬りそうになったのは言わないでおこう。うん。あれはAVだろう。アダルトビデオ。間違ってもかわいい動物が出てくるアニマルビデオではなかった。要するにエッチな映像だ。女性が複数の男性と性行為をしていた。一応性器にモザイクはかけられていたか裸を見てしまった。とても恥ずかしくなる。

 

「そういえばテレビに映ってる人の死は見えないんだな」

 

 試したことは無いがこの様子だと写真越しからも死は見えないだろう。そう思うと恐ろしい。テレビに映る者たちがもし襲ってきたら対応出来るだろうか。死ぬのか分からない存在に対して何をすればいいのだろうか。

 ガタンと何かが落ちる音がする。シャワーの方だ。頭の中でライダーの死の幻覚が流れる。ダメだ。やめてくれ。

 口でそう言おうとしたが声は出なかった。口が震えている。怖いんだ。脚が動かない。死なない、いや実際は見えてないだけだがもしかしたら死なないのかもしれない存在を知った。死なないのは恐ろしい。殺して殺しても止まることを知らないのだから。

 脚がだんだん動くようになっていた。とりあえず、ライダーの無事を確認しないと。もしかしたらシャワーと外気との温度差でヒートショックをおこしたかもしれない。

 

「ライダー!」

 

 バスルームの扉を開ける。するとそこにはライダーがシャワーを浴びていた。勿論裸である。服は魔力で編んだのだろうか。服は置いていなかった。もう一度言おう。今彼女は裸である。

 美しい紫の髪は水に濡れて輝き、傷一つないアフロディーテすら敵ではないほど綺麗な身体に大きな胸。それもただ大きい訳ではなく、ハリがある。スラリとした細身もただ細い訳ではなくしっかりと筋肉がついている。先程まで見えなかったが瞳も人が想像したものとは思えないほど美しい。

 お父さん、お母さん。俺は今日大人の階段を数段飛ばして登ってます。

 そう思っていることを知ってるのか知らないのかライダーは少し顔を赤くして自身の体を少し隠すようにして言った。

 

「マスター?どうかされましたか?」

「あ、ああああああ、い、いや!なんでも!なんでもないんだ!ははは。いや何かが落ちた音がしたからさ。大丈夫かなって」

 

 ライダーがまた悲しそうな表情をする。何故なのだろうか。いや確かに可哀想な程残念な頭をしていると言われたら反論しようがない。人が倒れたのならあんな音は普通しない。どうせシャンプーのケースでも落としたのだろう。そんなことにも気付けない自分のマスターの愚かさを悲しんだのか。それともそれを言い訳として覗きに来たと思ってなんて酷いマスターなんだと思ったのだろうか。

 

「マスター。折角なので2人でどうですか?このバスルーム。2人でも充分大きいですよ」

「ヴェ!?マリモ!」

「...あ、そうですか」

 

 急いでバスルームから出て扉を閉める。

 

「...良かった...いや待てさっきまで彼女、ブレイカー・ゴルゴーンつけてなかったよな...ん?」

 

 自分の体を見る。もしかしたら色んな意味で石にされているかもしれない。急いで服を脱いで確認する。しかし手の指一本から足の指1本まで全て見たが石になっている箇所はなかった。

 おかしい。石化の魔眼は彼女もコントロール出来てないので石化した後に戻すことは出来ても、石化自体を止めることは出来ないのだ。実際にホロウでも士郎がその被害にあっていた。彼女の瞳をしっかり見ていた自分がかからないわけが無い。つまり自分の力でとめたということになる。

 ライダーの石化から逃れるには最低でも魔力のランクがBである必要がある。どこかの記述やfgoでは対魔力で防げないこともないが、実際は違う。となると人体の魔力抵抗...?いや、ありえない。対魔力スキルで防げないものが人体の魔力抵抗でどうにかなるわけが無い。

 

「考えても分からないな...とりあえず...」

 

 脱いだ服を着直そうとした瞬間、服が赤く染っていることに気付いた。いやこれはどこかから血が滴り落ちて来たということだろうか。

 

「...あ」

 

 色々なところを触って傷がないか確かめる。すると首を触ってみた手が赤くなっていた。首元から血が出てる。クー・フーリン・オルタの戦いかペガサスでの飛行中に斬ったのだろうか。まぁあの時はかなり必死だったし、傷もかなり浅い。気がつかなくても不思議ではないだろう。

 

「マスター。お次、どうぞ...?」

「あ、分かった」

 

 声がかかって来たので振り返るとそこにはライダーがいた。今度はちゃんとブレイカー・ゴルゴーンをつけている。服をちゃんと来ているのでライダーの入れ替わりで風呂に入るため服を...

 

「もう脱いでいるのですか?マスター...それとそのき」

「あれ?...あ!ごめん!」

 

 すぐに服を回収して風呂場に駆け込む。その後風呂場に行っては鏡越しに自分の死が見えるか確認したり、使い方が分からなくなって冷水を出してしまったり色々あったがまぁ特に問題もなく半年ぶりの風呂浴びは済んだ。

 やはり川での水浴びと違い水が暖かいのは嬉しいし、汚れもよく取れる。こうしてみると自分の身体はかなり傷だらけだ。まぁ最初の方は自分の死を見すぎて自分が生きてるかどうかわからなくなり自傷行為を何度もしたから仕方がないだろう。慣れるのに時間をかけてしまった。全く精神力が弱いことこの上ない。

 風呂場から出てひとつしかないベットに腰かける。今日は色々あったのでもう寝てしまおう。やはり大人の階段を登るのはこの程度でいい。

 

「出たよ。ライダー。じゃあ寝ようか」

「...その前にマスター。聞いてもいいでしょうか」

 

 ライダーの神妙な顔つきが見える。決してふざけている訳では無いのはわかる。彼女に嘘つく理由は無いので包み隠さずなんでも言おう。

 

「いいよ」

「その身体...傷だらけですが」

「ああ...それね」

 

 上の服を脱ぐ。ライダーに裸を見せるのは2回目だが分かって見せたこともあり自分の傷を一つ一つ彼女に見せつける。その後ライダーが悲しそうな顔をしたあともう一度服を着る。

 

「まぁ半年は一人で戦ってきたわけだからね。全部がダメージ受けずにやってこれたわけじゃない。医者もいなければ薬もない。そんな生活だったからさ。それに...幻覚が見えてその度に身体を傷付けたりもした。その時は痛みこそが自分が生きていると感じさせてくれるものだったから」

 

 自分の死を見たとき、その時は自分は自分が生きているか死んでいるのかがわからなくなる。だから自分は生きているんだという確証が欲しくなる。そのために身体に何かを刺したり、切ったりした。勿論そんなの痛いに決まっている。痛いのは苦しい。苦しいのは嫌だ。別に自分は傷つけられて嬉しい訳では無い。だが、その痛みの苦しみこそが自分は生きているんだという証拠だったことは言うまでもない。死んだら痛いことなんて無いのだから。

 

「マスター...辛くないんですか?」

「辛いよ」

 

 言い切る。それにライダーは辛くないと無理を言うと思ったのか驚いた表情をする。そうか。自分が無理をしてると思ったから。そんな表情を。

 

「けどね。俺は運良く生き残った。他の人が何人も死んで泣いている中で。だから辛いからって投げ出しちゃいけないと思う。それじゃ生きたいのに死んじゃった人に顔向けできないよ」

 

 魔眼のことだって普通に考えれば辛い。だが、その効果のおかげで自分は生きてきたのだ。一人で魑魅魍魎に立ち向かって肉に食らいつき生き延びることが出来た。その運命から逃げたらもう自分は死んでいただろう。だから自分は運がいいんだ。

 運のいい自分は生き残り、他の人が死ぬ。それを間違ってるだのなんだの言うのは勝手だがそれで何かが変わる訳では無い。確かに今だって死にたいほど辛い。辛いのを無理やり仮面かぶって無理してるだけだ。そんな自覚は自分にもある。だからそれがわかる人には悲しい思いをさせるかもしれない。でも、だからって逃げたら死んだ人に失礼だ。生きたくて何かをしたくて。それでも叶えられなかった人がいる。その人たちの分まで生きるとか、その人たちのやりたかったことをやるとかじゃなく、ただ何も出来ないけど誇ってみたい。自分は精一杯生きたって。

 

「マスター...」

「馬鹿だってことは俺にもわかる。誰かが言ってたんだよ。俺の事を化け物だって。魔獣と何も変わらないって。そう言われた時、俺は否定できなかった。現に俺は今回も人を...殺して...壊して...けどそれしか出来ないんだよ!そうすることでしか自分を誇ることが出来ないんだ!」

 

 自分は醜い。鏡で見た自分は確かに人だ。しかし殺してきた数は葛城財団の兵1人なんて目じゃない。何十人も何百人も殺してきた。命は大切みたいなこと言っておいて人を殺す。結局自分は死ぬのが怖いから生きてるだけ。そうだ。そういう人間なんだ。

 

 

「だからさ...ライダー。こんなマスターはすぐに見限ってくれ。君の単独行動のスキルを使えば俺よりいいマスターなんですぐに出会えるさ」

「いえ。拒否します」

「...そうか」

 

 何故。とは思わなかった。彼女は自分に同情してるのだ。あの悲しそうな表情は自分に同情して、その悲しみを少しだけ感じた。だからそんな顔が出来るんだ。けどそれはあくまで自分目線だ。例えば今回殺した葛城財団と人からすればただ仕事をしてお金が欲しい。そんな理由でせめこまれてまだ何もしていないというのに、もしかしたら家族を残しているかもしれないのに無惨に首を切られて死ぬ。理不尽なことこの上ない。

 弱肉強食。ただそう言い続けた。間違ってなんていないって。馬鹿だ。間違っているに決まっている。それを忘れてしまう。戦場にたつと何かを殺すと。

 

「...やっぱりおかしいよな。さっきの綺麗事なんて本当は嘘なんだライダー。結局俺は楽しんでたのさ。途中から殺しを。無差別に殺してその数で、その姿で今の自分を守ってきた。人という形を取ってるので限界な化け物だ」

「...マスター。大丈夫です」

 

 ライダーの手が頬に触れる。自分の体温は冷たいが彼女の手は温かい。風呂に入ったのは自分の方が後なのに。彼女は霊体なのに。心のない、失った自分と比べ彼女は温かい。

 

「ライダー...?」

「貴方のことは私が守ります。貴方の両親が貴方に希望を託したように。私も」

「...そうか」

 

 頬に水が伝う感覚が与えられる。自分は泣いているのだ。こんなとこで。こんな理由で。しかしそんな自分を彼女は優しく撫でる。

 

「だからもう無理しなくても大丈夫です」

「...ありがとう」

 

 すると彼女は自分を抱きしめた。抱きしめて目に映るものを無くす。彼女の体は暖かく意識が薄くなる。遠い遠い何かを自分はずっとみている。

 

 

「ではおやすみなさい。マスター。良き夢を」

「...」

 

 すると突如眠気に襲われ、瞼が重くなる。そのまま何も考えずにゆっくりとその目を閉じていった。

 

 

 

 

 彼は眠ったようだ。

 瞳の下には隈が出来て髪もボサボサ。身体中傷だらけでその瞳には光が見えてない。そんな酷い、逆に何故生きているのか不思議な状態の彼がつかれた子供のように寝ている。

 どうやら幸せな夢を見ているようだ。笑ってはいないが少し嬉しそうだ。どうやら抱きながらかけた魔術が効いたらしい。弱めに押えていたとはいえ魔眼が効かなかったので魔術に対する抵抗があるかと思ったがどうやら上手く効いたらしい。

 

「...」

 

 彼の頭を撫でる。自分が知っている、とある人物の記憶から見た彼とは違う人のように変わってしまっているに見た目は兎も角何より、心が。

 

「怪物に...」

 

 わかっている。普通に考えて神秘が満ちたからといい、先天性の魔眼が目覚めるわけが無い。知っていた。アレは()()()()()()()()()()()()()。そして()()()()()()()()()()()()()()()。だから彼は狂ってしまった。本来は人だ。

 本当は臆病で性には興味があってもいい子であったことが災いしたのか知識も経験もない。自分が手を出した時の処女のような言動が何よりの証拠。本来はいつもあのような可愛らしい好青年なのだろう。しかし今彼を見たものは皆こういうだろう。

 

ー血も涙もない殺戮者と

 

 確かに彼は多くの命を奪った。中には大した理由もなくただそこにいたからという理由で奪った命もあるだろう。魔獣も人も。老人から産まれたての赤子まで。しかし、崩壊により自分という存在さえ不明になってしまった彼の体を動かしているのは復讐と恐怖と使命感。

 もちろんそんな物は人の生き方ではない。だから()はそうしないようにと動いた。しかしそれも世界が崩壊したことで無になったと見るべきだろう。

 

「マスター...大丈夫です」

 

 彼は笑わない。いや、それは違う。彼にだって笑顔はある。ただそこに心は籠っていない。彼の笑顔はただその記憶にあるものをそのまま取り出しているのみ。感情がだんだん消えていっているのだ。サイコパス...いやこの場合はソシオパスか。それに近くなっていく。

 感覚も薄く、痛みに至ってはかなりの耐性が出来てるだろう。彼も持っている筋肉に対して強化魔術があるとしても運動能力は高い。並のサーヴァントにはまだ劣るものの、素の人間は勝てるはずがない。怪物へと変化している。恐ろしくないはずがない。このままいけばおそらく大抵のサーヴァントに勝てるほど強くなる。しかしそれは彼が人を捨てた時。

 

「...私が貴方を守ります。決して怪物になんてさせません」

 

 だから私が彼を守る。実感としてはかなり薄いが昔のマスターも同じような怪物になる可能性を秘めた存在だった。それを守れたかどうかは深く覚えていない。しかし守ろうと必死になっていたのは覚えている。

 私に彼は守れるだろうか。もう手遅れなのかもしれない。彼はもう死に脅えている訳ではなく死が見えない存在に脅えているほど魔眼が定着している。しかしまだ可能性はある。そこをアプローチし続ければまだ戦うだけの生命体にならずに人であり続けれるかもしれない。

 

「ですのでマスター...負けないで下さい」

 

 




今日の口直しタイム
自分の心と存在の差に苦しむ天王寺。なんか割と今回のイベントのゴッホに似てるような...え?そんなわけない?そっかァ。
そして彼女(メドゥーサ)から語られる魔眼は最初から持っていたのではという推測。いくら神秘に溢れてもそんなの出来るわけないやろ!って話です。これ割りと大切なんですよね。人を捨てればサーヴァントすら超えられるのではないかという考えも。実際きのこも両儀式は防戦に回ればサーヴァントと戦えると言ってますし。そしてその両儀式がサーヴァントになれば...ということです。
メドゥーサが天王寺を心配する理由はこれでしょう。まぁ所謂桜ポジなんですよこいつ。主人公のくせに。主人公のくせに!


んとまぁこれでこの作品もコラボ出来るだけの下地は出来たかな...え?まだ足りない?不死殺しをちゃんと説明しないとダメ?それ説明しだしたら作品終わってしまうから...





はい!コラボ希望です!メンタル死んでるけど人間とは思えない超人戦闘能力少年(22)天王寺零君と彼のサーヴァント、かなり戦闘能力高い保護者目線鯖、メドゥーサ!いつでも行けます!行けますとも!時期は世界崩壊から約半年!


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11話 運命の再出発(リスタート)

相変わらずタイトルとサブタイトルのセンスが皆無...
まぁそれはいいとして気が付いたらお気に入り数10人超えてました。
しかも上姉様の人やマリーの人、キャットの人にお気に入り貰っている....これは崩壊世界を書く人間として認められたってことでおk?このままコラボしても大丈夫ってことでおk?
あと感想欲しいんじゃ...励みになるんじゃ...


- 11話 -

「マスター。起きて下さい」

 

 誰かの呼ぶ声が聞こえる。それとともに感じられる仄かな温かさ。もうそろそも目を開けよう。朝が来る。というかもう来ているかもしれない。

 

「ん?んんん...」

「起きましたか。マスター。おはようございます」

 

 自分を起こしたのは自分のサーヴァント。ライダー。昨日出会ったばかりでまだ共に過した時間はとても短いが自分は彼女を信用している。しかしメドゥーサというサーヴァントは自分の所謂推しと言える存在だ勿論好きか嫌いかで聞かれたら好きだと言う。そんな彼女が何故わざわざこんな魔術師のものに来たのか。そういえばサーヴァントは愛したマスターの元に行くと聞いたことがある。つまり彼女は自分のことを。

 

 

「ああ。おはよう...ってウェェェェ!?」

 

 恥ずかしくなり奇声に似た何かを発しながらベットから落ちる。落ちた時に頭をぶつけた痛みが現実を知らせる。

 

「痛たた...」

「大丈夫ですか?」

「ああ。いてぇ...」

 

 頭を押えながらゆっくりと前転する容量で座る姿勢に移るとメドゥーサが手を出してくれたのでそれを掴んで立ち上がる。

 変なことを考えて頭を打つなど弛んでる証拠だ。確かに思った見れば柏原さんに声をかけられた時から調子に乗っていたのではと思ってしまう。

 

「ああ、メドゥーサ」

「はい」

「...」

 

 気になることは確かに多い。聞きたいことは確かに多い。出会って休めるからとラブホに連れ込まれて自分の心を見透かされて寝たなんて笑い話にも程がある。

 

「丁度いいからとりあえず君のことについて聞きたい。構わないか?」

「ええ。知ってることならば」

 

 ベットにメドゥーサを座らせてその向かいに椅子を出して座る。姿勢よく座るメドゥーサを見てみるが昨夜と同じようにブレイカー・ゴルゴーンを付けている。一応一瞬なら石化を免れることはわかったがまだ何もわからない状態で外させるのはリスクが高い。魔眼殺しでもあれば話は別だが無いものは無い。

 

「君はライダークラスのサーヴァント、メドゥーサで間違いないね?」

「はい。マスターもよく知ってるかと」

「一応俺が知ってるのは物語の中にいる君だ」

 

 勿論物語というのは神話のメドゥーサとFateシリーズの作品のメドゥーサ、その両方が含まれる。しかしここでメドゥーサに君は実はFateという物語の存在なんだと言っても混乱するだけなのであえてぼかしていう。

 

「ええ。知ってます。この世界のサーヴァントには2種類います。一つは平行世界のカルデアから呼ばれたサーヴァント、そしてもうひとつは」

「この崩壊世界で新しく召喚儀式を行い召喚したサーヴァント」

「ええ。その通りです」

 

 正直ゲームとしてあるfgoが平行世界として存在して、そこからサーヴァントが呼べるというのは信じられない話ではある。まだこの世界が崩壊したことにより、魔術が使用可能になったと言った方が信用出来る。

 しかし召喚されたサーヴァントが口々にそう言っていることからそれを真っ向から否定するのは難しいだろう。

 

「正直この世界にサーヴァントが現界できると言うだけでも信じられない」

「この世界は崩壊...でしたか。そうしたことにより神代に近い状態となりました。より正しく言うなら神代に塗りつぶされたと言うべきでしょうか」

「俺たちが魔術を使用できるのも同じ理由と?」

「そう考えても間違いではないかと」

 

 怪しくはあるがメドゥーサの言葉は嘘をついているようには見えない。しかし神代というのは文字通り神の時代だ。そのマナは真エーテル、もしくはジンと呼ばれてこの時代の人間には有害なもののはずだ。

 

「...流石に情報量が多くて裁き切るのは難しいな」

「そうですね。ではこう言いましょう。この世界は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の棘を持ったような言葉が少し刺さってるがその言葉は無視できるものでは無い。寧ろ、自分が欲しかったのはその情報かもしれない。

 

「詳しく」

「はい。この世界が崩壊した原因は一柱の女神だという説が有力です。彼女は一人の人間を愛しました。それも異常な程に」

 

 その言葉に怒りを感じたのは言うまでもない。その対象は勿論メドゥーサでは無い。その原因となった一柱の女神だ。

 

「正気か?神がたった一人の人間を愛するなんて」

「...それは、どういう」

「神に愛はない。全体に渡せる友愛ならともかく個人に向ける熱情は存在しない。いや、存在したとしてもそれは叶えていいものでは無い」

 

 神というのは人間の上に立つ存在。神と神との愛ならともかく、神の愛は個人に注げるようなものでは無い。

 

「厳しいのですね」

「...話を逸らしたな。すまない」

「いえ。その女神はその個人を愛する為この世界に侵入してその時に」

「この世界が崩壊したとでも?しかしその女神がこちらの世界を見れるというのはおかしいと思うが」

 

 サーヴァントの召喚もそうだが平行世界を見るというのは本来第二魔法に属するものだ。女神とはいえそう好き勝手に行えるとは思えない。これは何か裏がある。勿論メドゥーサが聞いたものが間違いという可能性も捨てきれないのだが。

 

「女神というのはそういうものですから」

「あ、あー...ごめん」

「いえ。大丈夫です」

 

 そういえばメドゥーサもアテナの嫉妬によって怪物に変えられた過去を持つ。確かこの状態のメドゥーサは変えられる直前だったはずだが怪物となった記憶すら持つだろう。それは悪いことをした。

 

「とりあえずこの世界はその女神に都合のいい世界ということか?」

「というよりその女神に愛された人間に都合のいい世界と言うべきかと」

 

 何を言ってるか全く分からないが女神が嫌われたくないが故に世界に事象を書き換えているというなら理解は可能だ。だとしても人類の歴史を終わらせる気しかない、いやむしろ敵対意識を持っている方がいいと言えるほど酷い理想を持っている存在にため息を着く。

 

「とりあえず面倒なのはわかった。神霊には今以上に警戒しておくよ。後君のことだけど俺のサーヴァントでいいんだろ?この令呪、そういう意味だろう?」

 

 面倒な話に1度見切りをつけてメドゥーサの目の前に令呪を見せる。マスターによって形状が変わる令呪はサーヴァントへの絶対的な命令権。これを使えばサーヴァントに強力な呪いを付与することが可能だ。

 自分の令呪の形は丸に近いが右側に翼のような、傷にも見える一角がある。異質な令呪だ。

 

「ええ。私が貴方のサーヴァントです」

 

「そうか。それじゃあ今はそれを信用するよ。最初に...そうだ。俺の事を零って呼んでくれ。マスターって呼ばれるの少しよそよそしいからさ」

 

 実際はstaynightの慎二と同じような扱いを想像させるというのと桜や士郎みたいな扱いがいいと考えているだけだが。しかしそれでも名前を呼び合うというのはだいぶ踏み込んだと思う。頑張ったと思う。祝ってもいいと思う。

 

「そうですか...れ、レイ」

「ああ。それで行こう」

 

 しかし思いのほか名前を呼ばれるだけなのに破壊力がある。ずっと推しと言えるほど好きだった彼女が今自分の名前を呼んでくれたというのはかなり嬉しい。

 

「ではレイも私のことをメドゥーサとお呼びください。他のサーヴァントと出会った時にクラス名だと他のサーヴァントが反応してしまいますので」

「う、うん。...メドゥーサ」

「はい」

 

 新婚さんのような雰囲気を持つ会話だがこの少し前まで物騒な話をしていたしこれからも続けるのだ。

 メドゥーサは今現在かなりセクシーな第三再臨の状態の服装をしている。確かに服装にはあまりこだわりはないようだが何故か誘っているような雰囲気を感じてしまう。煩悩を振り払わなければ。死ぬだけだ。

 

「んんっ!じゃあ改めて。これからただ魔獣を討伐して売るだけでもメドゥーサというサーヴァントがいるからあちらも安い値段で買い取ろうとはしないはずだ。だから頑張ればそれだけでも生活自体はできる」

 

 半年間やってきた感覚から言うと魔獣の戦闘はかなり楽だ。獣人のような例を除けば皆あまり知能は発達していないし罠を張ればはまり、死も充分見える。獣人達でも素の戦闘能力でも十分相手ができる。

 

「しかし魔獣がいなくなれば収入は見込めない。不安定ですね。出来れば他に収入源が欲しいところですね」

 

 コクリと頷く。半年間魔獣がいなくなるということは無かった。ほかって置けばそのうち湧き出てくるような奴らだったが本当に大丈夫かと言われると頷けない。

 

「それと...両親を殺したやつの情報が知りたい。だから傭兵をしようと思う」

 

 今現在わかっているのは女性に対して有効な魔眼を持ち、聖杯、シャドウサーヴァント、そしてガウェインのクラスカードを持っているということ。今も持っているかは不明だが自分が母親に送った懐中時計を所持。そして彼は伊達と呼ばれていること。

 正直に言って情報が多いかと言われると違う。戦闘能力はかなり高いのだ。どうにか搦手でもいいから倒すとなれば情報は多い方がいい。組織に属しているならどこの組織か。どこに住んでいるのか。弱点は。性格は。調べなければならないことは多い。

 

「傭兵。ですか」

「ああ。君という戦力がいるしもう葛城財団というそれなりに大きいことは確定している組織に喧嘩を売ってるんだ。これがいいと思う」

 

 柏原さんが言うには彼らには人間同盟のような賛同者も多いがサーヴァントを持つ者やサーヴァントに肯定的な者からは疎まれている。彼らを倒してくれという依頼は尽きることがないそうだ。

 

「単純に相手をころ...倒せばいいだけの依頼ならそこまで厳しくないはずだ。何せメドゥーサは最強のサーヴァントなんだからね」

「私より強いサーヴァントなど沢山いると思いますが」

 

 メドゥーサは魔眼の力を使えば魔力Cランク以下のサーヴァントはほぼ確実に勝てるだろう。ライダークラスのスキルとしてA+の騎乗スキルにBランクの対魔力スキルを保有。どちらともかなり高い。そしてゲームなどの媒体のおかげでかなりの知名度を持っていて宝具のランクはA+とかなり高い。

 しかしサーヴァントの強さで言うならこれ以上はいる。HFでのセイバーオルタ戦でも衛宮士郎がいなければ負けていただろうし、もっと強い神霊なども確かにいるだろう。しかしそれはマスターが強くて始めて成り立つものだ。

 

「いや?サーヴァントの強さってのはマスターの強さだ。魔力量、戦術、サポート。サーヴァントの強さっているのはそういうマスターの地盤がしっかりしてこそ成り立つもの。だから俺は君を最強にする」

 

 つまり自分が彼女をどう補助できるかに全てはかかっている。マスター次第で神霊にだって勝てる可能性を持っている。

 

「話を戻すよ。傭兵をするとなると問題なのが依頼だ。依頼がないのに動いても誰もお金は支払ってくれないからね」

 

 いくら強かろうと依頼してくれる人がいなければ、つまり知名度がなければ無いものと同じだ。

 メドゥーサというサーヴァントを召喚しましたといえばそれなりに知名度は上がるだろうがサーヴァントを召喚した者は多いのでそれで仕事が取れるかと言うと分からない。そもそもその情報が伝わるかどうかも分からない。

 

「そういう伝手があればいいのですが」

 

 残念ながら今現在はない。葛城財団に喧嘩を売ったという経歴しかない。柏原さんも深澤さんを連れて「あのお方」の元へと言ってしまったので彼からの依頼を再び受けるというのは少し厳しいだろう。

 

「んー...新聞などで広告してもらおうにも広告量料が支払えないからね。とりあえずそれまでは魔獣の素材を売ってお金にしよう。そして人の多い人口密集地。出来れば東京。次点は大阪かな。その辺に拠点を作ろう」

 

 今出来るのはだいたいこんなもんだろう。

 人が多いところに行けばそれなりにサービスも整っているだろうし仕事も増える。

 

「そうですね。では行きますか」

「うん。まずは現在地の特定。それから...情報収集だ。行くよ!...メドゥーサ!」

「はい」

 

 自分の記憶にある笑顔に近い顔をして部屋出る。チェックアウトをしてラブホテルから出る。ここからは正真正銘、自分もマスターだ。愛するサーヴァントと共にこの崩壊世界を生き抜くマスターの一人。

 右手の甲にある異形な形をした令呪を見て1人と1騎、いや2人で歩く。

 

 

同日。

大阪府。葛城財団大阪支部

 

「天王寺?」

「ああ。おそらく関西の...天王寺達也の息子だろう」

 

 同僚...というより同じ幹部の男の言葉で目が覚める。こちらは久しぶりの昼寝をしていたというのにと愚痴ろうと思ったがその同僚の発言で眠気が覚める。

 

「ああ、代表が言ってた...なんでも医者でありながら裏で人体実験を繰り返し不老不死を作ろうとしていたって」

 

 確かに彼は裏では有名だったらしい。自分は世界が崩壊するまでそんなことはしてこなかったので分からないが自分たちの組織の代表が気にしていた男だ。いつもは色んな場所から部下が奪ってきたサーヴァントを犯し尽くしてハーレム築くことくらいしかやってないあの男が「こいつには注意しろ」と顔写真付きで出してきた男だ。しかしそんな男の息子だからって何があるというのか。

 

「天王寺達也の死亡が確認されたのは聞いただろう?」

「ああ。隠れていた長野のド田舎で妻と共にあの「伊達」に殺されたらしいな」

 

 裏で有名なやつが警察にも目をつけられずにここまで生きてこられた理由は長野のド田舎で暮らしていたかららしい。どうやらそこでも人体実験を繰り返していたそうだ。対象は妻ではなく、おそらく彼女との間に産まれた息子。

 

「その後家などの近辺を探ってみたんだがねぇんだよ」

「何が?」

「不老不死の結果も、人体実験のレポートも」

 

 彼の人間性を理解している訳では無いが、そんな大事なものを捨てるとは思えない。「伊達」が殺した際に廃棄したという訳では無いようなので隠してると思ったがそれも見つかってないのか

 

「おいそれつまり...」

「おそらく誰かが持ち去ったと見るべきだろう。あいつは代表が言うようにやべぇやつだ。世界が崩壊する前から魔術師だったと言っても全員納得するぐらいにはな」

「隠している場所に魔術的な仕掛けがあって分からない...とかは?」

「キャスターのサーヴァントが何騎も揃っても見つからなかったんだ。無いと思うのが普通だ。となれば誰かが持ち去ったと見るべき」

 

 持ち去ったのは誰か。そう考える時に一番最初に名前が上がるのは息子である天王寺零だろう。天王寺達也程の男ならそのような重要な情報は隠しておくだろう。しかし彼は天王寺達也の息子なのでそれに気づけた可能性は高い。

 

「親が親なら子も子か...代表は?」

「すぐに始末しろとの命令だ。そして...それがお前に下った」

 

 なるほど。だからわざわざ昼寝している自分に声をかけに来たわけか。

 

「俺に?確かに長野に住んだことはあるが天王寺零のことは何も知らねぇぞ」

「昨日、奴が我々の拠点のひとつを襲ったらしい。英霊兵レベルに強さを高めたシャドウサーヴァントを人の身でありながら2騎討伐。その拠点の兵を約半数...47人虐殺し自身もサーヴァントを召喚して逃走」

 

 馬鹿な。そう言いたいがそこを突っ込むのは後だ。確かにあのシャドウサーヴァントは人間が勝てるような個体じゃない。運が良ければサーヴァント相手にも勝利できるほど強力な個体だ。それに勝てるということは相性しだいでサーヴァントにも勝てる人間ということになる。

 

「場所は?」

「岐阜の山奥だ。そして召喚したのはライダークラスのサーヴァントらしい。ペガサスが召喚されたのが目撃されているからメドゥーサかペルセウス...もしくはベレロフォンと見るべきだろう」

 

 女らしいからおそらくメドゥーサだな。と続けて言う同僚に頷く。

 メドゥーサのサーヴァント。代表のオナホにもいなかったので情報は少ないが魔眼と蛇の髪には気をつけなければならない。

 

「俺だけか?」

「廃ビルを拠点として兵隊が50人。ゾンビ兵を30機。シャドウサーヴァントを15機。そして新型の英霊兵を10機を配置した。これらを自由に使っていいとの事だ。既に人払いの結界を張っている。追加でお前の手持ちの戦力を投入してもいいとの事だ」

 

 それだけあればどんなに強くてもヘマしなければサーヴァント20機は落とせる。買いかぶりに買いかぶりを重ねて天王寺零をサーヴァントと同レベルと考えても多すぎる。

 

「大盤振る舞いだな。1人のマスターとサーヴァントに」

 

 確かにそいつが他にもサーヴァントを召喚している可能性はあるがさすがに1人で20騎サーヴァントは多すぎる。もし出来たとしても戦闘能力はシャドウサーヴァントと同レベルになるだろうし他に協力者がいるという話もない。

 

「それだけ代表が必死になるってことだ。あの人は難しそうに見えて欲求には正直。単純だからな。不老不死なんて喉から手が出るほど欲しいだろう...成功したなんて決まってる訳でもないのにさ」

 

 とはいえ、それだけの戦力を割くってことは噂レベルの話ではないということだ。何かしら成果を成したと見るべきだろう。寿命を長くする方法を見つけたとか。

 

「それもし俺がその情報持ち帰っても不老不死は無理でしたーなんてなったら殺されるんじゃねぇのか?」

「ははっ!かもな!せいぜい祈っておくんだな」

 

 まぁどちらにしろ既に死んでいる天王寺達也が世界最大にして最悪のマッドサイエンティスト...もしくは世界崩壊前に存在した魔術師であることは確か。その研究結果の資料を息子が持っていると考えるのはおかしな話ではない。

 

「そいつに弟子とかはいないんだよな」

「ああ。聞いてない。因みに天王寺零に協力者...というより俺達を襲うように仕向けた奴だな。そんなのがいるようだが今は別行動してるらしい」

「...そうか。ならば、動くしかねぇか...!これは高い代償だぜ代表さん」

「ああ。代表には伝えておくよ。君沢(きみさわ)霧彦(きりひこ)は高い報酬をお望みですってさ。代表も成果次第で送ってくれるかもしれねぇぞ?使い捨てのオナホ、前回貰ったんだろ?」

 

 自分でも眉が跳ね上がったのを感じる。それを合図にするように笑顔の同僚の顔がより狂気的な顔になる。

 

「...オナホじゃない。彼女は俺のサーヴァントだ。代表に向かっていた洗脳も解除している」

 

 代表から開放されたのも洗脳が不十分な為か反抗的になりそいつは面白くないと言われて押し付けられた形だったらしいがそんなの関係ない。自分からすれば大切な道具だ。

 

「くくく...ははは!全くお前は最高だぜ霧彦!ああ!代表がお前を気に入った理由がよく分かる」

「...ああ。そうだな。行くぞ(リャン)

「ええ。マスター。我が槍は貴方と共に!」

 

 先程まで誰もいなかった場所に霊体化を解いて出てきた自分のサーヴァントを見る。白い全身タイツに反英雄を恐れさせる槍。彼女の目は歪んでいながらも自分を見続けていた。

 

「霧彦様」

 

 目が潤んでいる彼女の頭を撫でる。

 彼女は笑った。




今回の口直しタイム
割と新鮮な感じな天王寺とメドゥーサさん。お互いに名前で呼ぶというのは士剣すら成し遂げてないからだいぶ頑張ったと思う天王寺。
そして地味に名前が出てくる伊達。まだまだあまり強い印象はないかもしれませんが鍵上様に怒られるのを覚悟するぐらいにはヤバいやつです。(本作は大体ノリで書いてるのでそういうキャラ意外と多かったりするけど一番怒られる原因になりそうなのが主人公)
最後に出てきた天王寺達也という天王寺零の父親の名前と君沢霧彦という葛城財団の幹部。どちらとも本作においてかなりの重要人物です。まぁ僕みたいな厨二病作家が書く主人公の父親キャラが重要人物じゃないわけないですよね!不老不死とかいうどう考えても魔法を実現させようとしたとしか思えないその男。
君沢霧彦の名前の元ネタは仮面ライダー好きな人だったら気付くかもしれませんが全然キャラ違いますね。ハイ。


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第二章 偽善の殺戮者編
12話 弱さは許されない


新しく始まりました偽善の殺戮者編。さて、偽善の殺戮者とは誰なのか...まぁ割と決めるタイミングも適当ですけどね!
ああこれでサブタイトル考えやすくなる(おいやめろ)

さて他の先駆者達に習ってやってみますか
これを見てる兄貴、姉貴達!自分の好きなサーヴァントで崩壊世界シリーズ書いて下さい!
僕が許されてるからどんな拙い文でも、どんなにエロがなくても許される!(おい)


 東京郊外。

 この辺りはエネミーが湧いても他のサーヴァントやマスターに狩られるため他の地域に比べたら非常に平和だ。いつもいつもひとがごった返して難民があつまる。一部を除き人口密度はかなり高い。

 

 

「代表!」

 

 そんな場所だが自分は嫌いじゃない。世界が崩壊した後も人の営みというのがそこにはちゃんとあるからだ。

 そんな場所に戻ってこれたのは素直に言って嬉しい。この組織もできてからおよそ半年だ。外では「あのお方」と呼ぶ代表も最初は若い奴がサーヴァント連れたから調子に乗ったのかと思った。遠くから見ている内に彼は組織の名前の通り勇者、カルト組織との対立、護衛としての仕事を全うし組織に集まるようになっていた。

 カリスマを持つという訳では無いだろう。ただその純粋さと熱意が崩壊後の絶望した人の心に火を灯した。少なくとも彼には人を本気にさせる才能がある。

 

「おや、柏原君ではないか。仕事は終わったのかね?」

 

 代表を探していると彼のサーヴァントと出会った。キャスタークラスのサーヴァント。戦闘にはあまり向いていないが代表のサポートから組織の運営までそつなくこなしてきた天才。

 レオナルド・ダ・ウィンチ。

 

「ああ、ダ・ウィンチ女史。その事について代表と話がしたいのですがどちらにいらっしゃいますか?」

「マスター君なら自室にいるはずなんだけど...おや」

 

 ダ・ウィンチの反応した方向に振り返る。すると足音が聞こえてきた。誰か来る。そう思ったら陽の光が差し込んで顔が見えた。相手もこちらの顔が見えたようで足を止める。

 

「ああ。柏原さん。どうでした?」

 

 代表。この組織、エインヘリアルの代表を務める男。名前を基山勤という。エインヘリアルとは北欧神話での勇者の魂のことを指す。少数であるが、優秀なマスターとサーヴァントを率いている組織だ。

 かなり若く体格のいい男だがこれでも高校時代は陸上で全国大会で優勝候補として名が上がるほど優秀だったらしい。今はそんな雰囲気は全く出ていないが、落ち着きながらも内に熱いものを秘めている男...だと思っている。

 

「ええ。深澤さんは無事でした。現在柳さんに会っています」

「そうかい。それは良かった!彼女はすぐに飛び出したがるからね。マスター君」

「ああ。彼女には俺からも怒っておくよ。それにしても柏原さん。他にも連絡があるといいたげですね」

「ええ。彼が見つかりました。天王寺零。間違いありません。代表の言われていた方です」

 

 天王寺零。以前自分が深澤さんを救出する依頼をした男。たった一人でシャドウサーヴァントを倒した男。

 そして代表がずっと気にしていた、代表の友。

 

「それは本当かい!?」

「ええ。各地でエネミーを狩って生活していました。奈良で出逢いましたが代表の言う通りの方でしたよ。とくに戦闘能力はのちのちサーヴァントを上回る可能性すら考えられるかと」

 

 ダ・ウィンチは嬉しそうに笑う。彼女にとっても彼は第二のマスターと言えるほど気に入っていた存在だったらしい。対する代表の方は笑うことはせず「そうか」と一言だけ言った。

 

「そうかい。それは良かった。私も彼はかなりのお気に入りだからね。両親のこともあってかなり心配していたんだ」

「それで?あいつの目はどうでした?」

「それは...」

 

 おそらくそれが彼の心配な点だろう。代表は天王寺零が死んでいるとは最初から思っていなかった。だから探す時もついででいいと言ってきたのだ。絶対に生きていると信じていたから。しかし彼の抱える問題がどうなったかは話が別だ。あれから半年。代表が見てきた時より酷くなっているのか、それとも慣れてきているのか。

 

「どうやら『死』が見えるようですね。魔眼の類かと」

「ええ。それであいつは...『死』を見ないように抵抗している素振りは?」

「無いですね。それどころか死なない存在ほど怖いものは無いと『死』が見えることを1つの安心の基準としているようでした」

「...マスター君。彼は」

 

 先程まで笑っていたダ・ウィンチもその言葉に笑みを止める。代表は顔を変えずに少し悲しげな雰囲気を出していた。

 

「どうやら遅かったようだな...狂ってるかと思ったが歪んでたか」

「半年もそんな状態だったんだ。適応しようと考えてしまうのもうなずける」

「...翔太郎は?」

 

 翔太郎。倉田翔太郎。このエインヘリアルの中でも優秀なマスターだ。この世界でも珍しい複数のサーヴァントを使役し、とある魔術礼装によって並外れた戦闘能力を保有する。

 

「翔ちゃ...翔太郎君なら現在滋賀の方で調査をしているはずですが」

 

 確か関西の方で葛城財団の動きを見ているはずだ。何やら変わった物を幾つか作り出したようで使い魔を通じて成果を送ってくる。

 

「ダ・ウィンチ。翔太郎から送られてきた物の解析は終わったか?」

「ああ。あれね。あれは...酷いものだよ」

 

 どうやら自分が辿り着くより前にここに何かを送ってきたらしい。おそらく葛城財団のものだろうがあの組織はマトモな物は作らないことで有名だ。今回もまた変なものを作ったのだろう。

 

「簡単に言うなら何度でも使える麻薬って所かな」

 

 そう言って彼女が取りだしたのは1枚のカード。見たかぎり素材はプラスチックに見えるがそれが麻薬という表現をしたのか分からない。

 

「戦闘能力を上げるものじゃないのか?」

「確かに戦闘能力も上がる。しかしそれは普通の人が使ってもサーヴァント所かシャドウサーヴァントの相手にもならないよ。その癖デメリットは大きい」

「戦闘能力を上げる?奴らまた変なものを作ったんですか?」

「ええ。どうやらクラスカードの廉価版を作ったようなんですがそれがまた危ない代物らしく...」

「1度使えばま魔術回路は消耗し、神経はギタギタ。筋肉の組織は約3割はズタズタだろうね」

 

 そこまでやられればもう人間として再起不能だろう。しかし今まで葛城財団は戦闘能力の高いロボットやらサーヴァントを洗脳する弾丸など相手の邪魔をするものを中心として作ってきた。人間の体を壊すクラスカード等少々ジャンルが異なる。

 

「またまたやばいものを」

「その上これでもマシな方だ。神経にその感覚が深く刻まれて使用時こそが安定していると錯覚させる作用がある。そしてそれでバックアップを受けられるのは精々30分。それを連続して使い、自分の体を自分で破壊する自傷兵器だよ」

「...妙ですね。奴らは数が欲しいはずなのにそれを減らすような物を」

 

 葛城財団は広い地域に広がる組織ではあるがそれでも彼らが敵としているサーヴァント達は一騎当千の英雄たちだ。となるとどうしても数を揃えたくなるはずだ。それを戦闘能力を増すとはいえ人数を減らすとしか思えない物を作る。

 

「失敗作...もしくはこれを改良させる予定...?」

「もしかしたら...戦闘能力の増強が目的じゃない...?」

「敵の妨害...もしくは売って金儲けか」

 

 戦闘能力が目的でないとするならその辺が1番考えやすいだろう。連続して使えるという性質からして麻薬のように中毒にさせて売るという手法も取りずらい筈だ。しかしそれでもサーヴァントを持たない魔術師等にデメリットを伝えずに高い金で渡せば収益は取れる。

 

「しかし彼らの敵であるマスターはサーヴァントという兵器がいますのでそこまで利用価値があるとは思えませんが」

「ともかく危険なものであることには変わりない。そしてそれを葛城財団が作っているということも。...翔太郎を戻せ。葛城財団以外の組織の動きも気になる。」

 

 他の組織。人間同盟やFHA等があるが他にも気になるものはある。このカードを用いて奴らが何を考えているのか。

 分からないことが多いため最大戦力とも言える彼を孤立させておくのは危険だと判断したのだろう。どうやらまた新しい仕事のようだ。どうせ戦えない自分にはこれぐらいしか仕事はないが。っと思ったが彼がそれを言った相手は自身のサーヴァントだった。

 

「わかったよ。天王寺君は連れてこないのかい?」

「...出来れば来て欲しいところではあるが強制はしない。最悪の可能性を考えるならあいつは俺を恨んでる」

「私は、そんなことは無いと思ってるよ。すまないけど柏原くん?翔太郎君と一緒に天王寺君を呼んで来てもらってもいいだろうか」

「ええ」

 

 とても自然にこちらに押し付けてきたダ・ウィンチだが代表が何も言っていないのでどちらでも良かったのだろう。

 

「ダ・ウィンチ女史はいいのですか?彼と会いたいのでは?」

「まぁここまで来れば確実に会えるわけだしね。魔眼殺し以外にも彼の魔術礼装を作っておきたくてね。あの弓と腕輪はマスター君が射撃武器を直ぐに作れと持ってきた急ごしらえだから私も満足言ってなかったのさ」

「彼はあれでシャドウサーヴァントを倒しています」

「ああ。私もそれには驚いた。どうやら想像より早く...いや、なんでもない。とにかく頼んだよ柏原くん?」

「ええ」

 

 彼女はそう言うと代表と共に行ってしまった。それを見送ってから考える。

 全く嫌になる能力だ。意識して使おうとしなければ発動しないとはいえ彼女が今何を考えたかがわかってしまった。

 

「...嘘だよな。天王寺君」

 

 私の言葉に応えるものはいなかった。

 

 

滋賀。とある廃ビル。

 

「っと。準備はこんなところかな」

「すみません霧彦様。お手を煩わせたようで」

 

 奈良に廃ビルというのもかなり珍しいが今はそんなこと関係ない葛城財団の施設のひとつとなったものを見る。

 廃ビルとは言っても葛城財団の施設となったことで見た目はだいぶ変わっているし、人払いの結界、そして()()()1部に穴を開けたサーヴァントを阻む結界を設置した。360度、空中も監視用の使い魔が隠れて侵入者が居ないかを見張っている。

 そこに出てきたのは自身のサーヴァント。秦良玉。(リャン)と呼んでくれと言っていたので一応良と呼んでいる。何も中国の英雄らしいが詳しい話は分からない。知っているのは彼女の戦闘能力のみ。兵器として扱うならその方がわかりやすくていい。

 

「いや、構わん。それで?魔獣は捕らえてきたか?」

「ええ。数にして30体ほど。しかし何故これを?」

「この世界でわかりやすい敵といえば魔獣だろう?作戦を説明する。ついてこい」

 

 秦良玉を施設、というより今は工房となっているがそこに入れる。

 

「まずはこれが前回天王寺零に襲われた我々の拠点の一つだ。そこからどうやら大阪に向かっているらしい。おそらくだがあと一週間程度でこちらに来るだろう」

「それを向かい打つために魔獣を?」

「いや、こちらは相手の手の内を知らない。必要なのは情報だ。その為に俺で奴らに依頼をする。ここを攻撃して欲しいと」

 

 ここにある戦力を全部ぶつければ負けはしないだろう。しかし逃げられる心配はある。何せ相手が持っているサーヴァントは逃げるのが得意なライダークラスのサーヴァントだ。つまり罠にかける必要がある。相手の退路を防いで確実に捕獲する。

 

「無力なマスターだと相手に思わせて戦闘能力を読み取る...ということですか?」

「いや、魔術師とすら悟らせないようにする。お前は俺が死んだ場合の計画を引き継げ」

 

 正直に言ってバレる心配はある。なのでその場合は全戦力で囲んで撃ち落とすしかない。

 

「いえそれではマスターが葛城財団の人間だと言うことは隠せるかもしれませんがマスターということを隠しきれないかもしれません。私も行きます。無力なサーヴァントとマスターだと思わせればまだ可能性はあるかと」

 

 マスターである証拠は腕にある令呪だけだと思っていたので手袋でもすればいいと思ったが良の言い分もわかる。確かにバレた場合も計画を問題なく続行するには自分の存在は必要だろう。

 

「...なるほど。ではそうしよう。そしてこいつらがここに入った状態で罠をかけてサーヴァントとマスターを分断。サーヴァントの相手は良。お前とシャドウサーヴァントをぶつける。殺して構わないが出来るだけ生け捕りにしろ」

「はい」

 

 最悪の生け捕りにすれば人質の代わりに使えるかもしれないし上手く代表に届ければ今後の葛城財団の為にもなる。

 

「一応逃げられた場合の対策として英霊兵を投入する。コンテナに入れた魔獣はひとつの階にまとめておけ。最悪俺が転移魔術でその辺に放つ。奴らは対処するしか手はないだろう」

「わかりました」

「兵は一応それまでの間ここの防衛だ。奴らが来たら逃げてこのポイントへと迎え」

 

 そう言って地図を開き滋賀のとある拠点を指さす。

 

「ここには念の為作っておいたオートマタが20機、残りのゾンビ共、シャドウサーヴァントを待機させておいた。俺たちが追いつくから挟み撃ちをする。その場合周辺の安全は考えなくてもいい。その辺の住民を洗脳して爆弾背負わせろ。手は多い方がいい。質問があるものはいるか!」

 

 反応は無し。つまりこの作戦で問題ないと言っているということだ。

 

「奴らの戦力は多いとは思えない。しかしあの天王寺達也の息子だ。そして最近この辺りを嗅ぎ回っている魔術師のことも気掛かりだ。気を抜くなよ!」

 

 勢いのいい返事を聞きて頷く。出来る限りの手は尽くそう。それが自分の存在価値なのだから。

 

「さぁ、どう出る?天王寺達也」




今回の口直しタイム
まーた天王寺が出てこない回だよ...まぁ基山半年後生存確定!ってだけでもこの回の価値はありますけど
一応纏めると
基山が柏原さんのいる組織のリーダーでした!みんな大好きダ・ウィンチちゃんは基山の助手って扱いでした!
倉田翔太郎とかいうどう見てもライダーネタとしか思えない男が天王寺の近くにいるよ!葛城財団やら人間同盟やら嗅ぎまわってたら麻薬を見つけたよ!
天王寺の武器の強化フラグが立ったよ!
天王寺の存在についてのダ・ウィンチちゃんの予想がえげつなさすぎて柏原くん引いちゃったよ!
ということですかね。

あと割と作戦を考える君沢霧彦。自分が兵器だと思ってる秦良玉(サーヴァント)の意見もちゃんと取り入れるから有能(おい)

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13話 加速の少年

今回は短めです。
今回のメインは天王寺零ではなく前回の話でも名前だけ出てきた新キャラです。

因みに崩壊世界シリーズの強さランキングって大体
ORTやフォウくんを初めとしたチート勢(少なくとも今現在の状態と言うと崩壊世界シリーズには出てきてませんね)>他のビースト≧グランドクラスのサーヴァント>神霊のサーヴァント≧通常のサーヴァント≧英霊兵>ゾンビ兵>シャドウサーヴァント>大型エネミー>強い魔術師>中型エネミー>普通の人間>小型エネミー>弱い人間


こういう認識でおk?
少なくとも今現在はこうしてます


 岐阜と滋賀の県境。

 森の中に設置された小屋。

 そこには一人のマスターと2人のサーヴァントがくらしていた。

 

「キング。食料を買ってきたぞ」

「おお。マスターか。ご苦労」

 

 マスターの名は倉田翔太郎。東京に本部があるとても小さな武装組織エインヘリアルに所属するマスター。世界崩壊の影響か元は普通の黒色だった髪は所々が白くなり、瞳の色は紫へと変化している。彼の手に握られている袋に入っているのは某有名ハンバーガーチェーン店のハンバーガーだ。彼のサーヴァントの要望で彼もジャンクフードをよく食べる。

 彼がキングと呼んだサーヴァントはセイバーオルタ。彼が最初に召喚したサーヴァントの一騎で1番の古株だ。

 

「メディアは使い魔を放って調査しているみたいだし先に2人で食べちゃおうぜ」

「そうだな。ジャンクは手軽なのが売りだ。早く出せ」

「へいへい」

 

 袋から買ってきた物を出す。金はもちろん経費だ。東京に帰ったら代表に出してもらう。そうでもしなければこの暴飲暴食のサーヴァントを養うなんてとても不可能だ。

 全部袋から出すとそれが全てセイバーオルタの前に移っていた。全て食う気だこのサーヴァントは。

 

「っておい!全部取るなよ!俺の分は!?」

「貴様は私の汗でも舐めてろ。多少の魔力はある」

 

 まるで当たり前のように言っているが通常サーヴァントに食事はいらない。マスターからの魔力供給があれば現界するには十分なのだ。

 

「それで腹が溜まるかお前はよ!ってかどんな性癖してんだよ!」

「何を言ってるんだ貴様は。無理矢理貴様の血を飲ませたくせに」

「だから!それとバーガー全て取るのは違うだろ!俺にも食わせろよ」

 

 その魔力供給すらも直接的なものでなければ供給できないという訳ではなく、そもそもパスが繋がっているのでマスターの魔術師としてのレベルにもよるがサーヴァントに直接的な魔力供給をする必要も無い。

 

「もう1回買ってこい」

「買ってきてもお前の腹への直行便だろ!」

「全く仕方ないマスターだ。ほれポテト」

「1本だけじゃねぇか!王様のくせにケチくせぇぞこいつ!」

 

 独占欲が強いのか単に食欲が強いのか彼女とはいつもこんな感じだ。元のセイバーオルタとはかなり性格や言動が違う彼女だがこのジャンクが好きなところと暴君に近いところだけは何も変わらない。と言うか先程の発言からわかるように性欲がえげつない。最初は召喚して一週間も経たずに他のサーヴァントがいるというのに強姦に近いことされた。

 

「ったくーメディアは調査、俺だって毎日毎日人間同盟やら葛城財団やら影法師やら探してるってのにお前はその辺で遊んでは飯食ってばかり...」

 

 たださえセイバーは戦闘時の魔力消費が多いのだ。こちらとて弱いマスターではないと信じたいがそれにしても宝具連発など聖杯がある訳でもないのに無茶ぶりばかりをこのサーヴァントは行う。もちろん自分を信頼してやっているということはわかっているのでいいのだがだとしても限度というものがある。戦闘時は魔力消費、通常時は食い意地と何をするにしても大変なサーヴァントだ。

「待て。それは違うぞマスター。私だって成果は立てている」

 

 するとそれを手で制するようにバーガーを頬張りながら言うセイバー。確かによく外に出ているが基本的に遊んでいるだけだろう。葛城財団が最近サーヴァントを洗脳する弾丸を作ったと聞くので出来るだけ近くにいて欲しいのだが彼女は聞く耳持たんと聞き入れない。

 

「ん?何かあったのか?」

「ああ。それを言いたかった。しかしお前がジャンクを買いに行ったから」

「それはお前が買いに行けつったんだろうが!」

 

 とりあえずこのバーガーに夢中なサーヴァントの話を聞くとしようか。

 

「んで何かあったのか?お前が孤立してまだ調べたんだ。何か知らないと困る」

「私の他にも私がいる」

 

 この世界に存在するサーヴァントはカルデアから召喚されたと言っている者が多い。どこのカルデアからか、何故カルデアなのか。そんな疑問ももちろんあるしそれじゃ座の話など矛盾点が多いが実際に発生していることを考えたらもしかしたらこの世界にいるサーヴァントは全てサーヴァントのコピー品なのではないかという誰かが予想していたのを思い出した。

 

「ん?お前の他にもセイバーオルタがいる?...そういえば代表のサーヴァントも言っていたな。同じサーヴァントが複数現界することがあると。けどその話は前しただろう?それに前俺のメディア以外にもメディア見たじゃんけ」

「問題はその凶暴性だ。何かを探し回るようにしていて邪魔なものはすぐ切り捨てるらしい。その強さはおそらく神霊級」

 

 神霊級となれば現在の戦力で叩くのは危険すぎる。もちろん敵であるという確証がある訳では無いが彼女の言い方からしてかなり凶暴。バーサーカーと同じくらい話が聞かないだろう。となれば面倒なことこの上ない。おそらくその辺を出歩いていたらそいつにビビったやつが彼女を見て驚きでもしたのだろう。全く可哀想な奴だ。

 

「...そうか」

「そしてもう1つ。お前が代表という男が探している男がこの近くで発見されている」

「ああ...確か...えーっと...」

「天王寺零。何故か私には聞き覚えがある名だ」

 

 何故か聞き覚えがあると意味のわからないことをつまらなさそうに言いながらセイバーは最後のバーガーを口に放り込む。と言うかこのサーヴァントは口いっぱいに何かを詰め込んでも案外普通に喋れるからかなり器用だな。

 

「そりゃ代表から聞かされたんだろ」

「ん?まーまぁそうだろうな。それでその男だが現在こちらの方向に向かっているらしい」

「...ほう?」

「厳密には人が多い方に向かっているそうだ」

「...大阪か。確かにここから東京に行くより大阪か名古屋に行った方が近いな」

 

 この国で人のいちばん多い所と言ったら東京、大阪でその次はおそらく名古屋だろう。もちろんサーヴァントもそこには多くサービスも田舎に比べたらかなり充実している。その辺に住みたいとなる気持ちもかなりわかる。

 

「代表に伝えておこう。メディアに頼んで使い魔を出す...ありがとうなセイバー」

「ふん。もっと褒めるが良い。腹は膨らまんが機嫌はいい」

「そうだな。よくやってくれている。流石はマイ・サーヴァント」

「流石は我がマスターだ。褒めることでも右に並ぶものはいないな。今の私は機嫌がいい。今日は貴様を寝かさん自信がある」

 

 ちょろい。何故こんなに我らの王はチョロいのだろうか。こんなのベディヴィエールが見たら泣くだろう。なんかそんな自信がある。ギャラハッドは目を背けそうだな。うん。

 そう思っていると急に衝撃を感じて背中を地面に押し付けられた。いや敵ではないセイバーに押されたのだ。

 押し倒した彼女は鎧を解除してドレスをゆっくりと脱いで生まれたままの姿になろうとしている。

 

「さて魔力供給(意味深)の時間だマスター。服を脱げ。脱がないなら脱がせる」

「おいまだ昼だろ!あとなんでそういうのにこだわってんだこの変質者!」

 

 魔力供給はパスを繋いでいるからそれで十分だと前回認めさせた筈だ。かなり怒りながらだが。

 

「私は今機嫌がいいのだ。貴様を倒す。そもそも私は負けてなどおらん!」

「何言ってんだチクショー!この性癖カリバーめ!」

 

 負けず嫌いとかそういう次元ではなくとりあえずヤりたくなったからヤる。誰がどう見てもただの変態である。何故こんなサーヴァントが自分のカルデアから召喚されたのだろうか。

 するとそこにひとつのサーヴァントの気配を感じた。そちらに顔を向けるといたのは黒いローブに金色の模様がついたフード。珍しいエルフ耳に白い肌。

 

「そうね。こんな真昼間から始めようとする破廉恥なサーヴァントに尽くすマスターなんているわけないわよねぇマスター?」

「メディア!?」

 

 自分の2人目のサーヴァント。コルキスの王女メディア。厳密にはマスターを失った彼女の代理マスターとなった。2騎のサーヴァントのマスターとなるのは難しいことだがメディアは魔力を自分で供給する手段を持ち、魔力を使うのは使い魔を使役したりする程度で本気でかかればセイバーオルタ以上の消費はしてしまうが普通にするだけなら魔力消費がかなり少ない。魔術の教師的な立場でもかなり助かっている。

 

「貴様...まぁいい。今の私は機嫌がいい。宝具は使わないでおいてやろう。貴様の出番はない。大人しく本部と使い魔で交換日記でも書いてるんだな」

 

 そんな彼女にセイバーはかなり好戦的だ。いやセイバーからすればヤろうと思っていたところに急に邪魔が入る...確かに怒るほどの内容だが先に自分が怒らせて欲しい。というか解放して欲しい。

 

「何が交換日記よ!折角可愛いんだから色んな服着せてあげようとしたのに...」

「め、メディア!どうだ?戦果は?」

 

 突如出てきた救いにセイバーに押し倒されながらもかおを無理矢理起こして対応する。

 

「...葛城財団の方に少し動きがあるようだけど何をやっているかは不明ね。前マスターと一緒に盗んできたカードといい、一体何を考えているのやら」

 

 こっちはかなり緊急事態だが彼女は割と冷静だ。それも仕方が無いだろう。こんなことわりとここでは日常茶飯事なのだ。

 

「そ、そうだな!それで良かったら解放して欲しいんだが」

「何を言う!マスター!今日は寝かさん!その玉にずっしりと溜めておけ!」

「今言うの遅くありませんかねキング!」

「あら、『加速』のマスターならチャージの速度も加速すると思ったのですけどね」

「そんなとこが加速してたまるか!すぐ死ぬわ!」

 

 珍しく弄ってくるメディアにツッコミを入れながら『加速』の面倒くささを改めて実感する。

 加速。それは自分の起源である。

 起源というのはあらゆる存在が持つ、原初の始まりの際に与えられた方向付け、または絶対命令。あらかじめ定められた物事の本質。要するに運命や宿命とも言うべきものだ。自分の場合それが加速で起源が強く表に出た魔術師はその効果が魔術の属性として出てきて一芸に秀でた魔術師となりやすい。そして強くなりすぎると暴走する。それを現在とある魔術師が作った魔術礼装で防いでいるだけだ。

 もちろん精液の作る量が加速するなんてことは知らないので無いと思っても良いだろう。いやもしそうだとしてもこの流れはさすがに

 

「とはいえ、こんな時間からマスターとそんなことをしだすようなサーヴァントには少しキツイおしおきが必要かしらね」

「何を言っているのだ馬鹿者。こいつは私のマスターだ。その指1本髪1本に至るまで私の所有物」

「あら臣下でもないのに」

「臣下?そんなものとこいつを同じにするな。こいつは私の」

「あーあー!待て!それ以上はやめろ!」

 

 流石にこれ以上はダメだ。まだ昼から性行為をするのは許そう。どうせ勝つし。問題はそこではない。今こんな状態でお互いの仲が悪くなるのはダメだ。

 今止めなければおそらく目の前で戦うことになっていただろう。そうなれば令呪を使ってでも止めなければならない。

 

「お互いに武器を収めろ。暴走するな」

「マスター」

「それ以上やるんだったらこっちも容赦しない。いいな」

 

 令呪を見せつけながら言う。こんなしょうもない喧嘩で令呪を使用したくはないがそれより大きな損害が出るくらいなら容赦なく使っていく。

 

「...ふん。わかった。では追加のバーガーでも買ってこい。腹が減った」

 

 どうやら納得してくれたようでセイバーは少し不服そうに、しかし何故か微笑んで椅子に座ってジャンクを要求してくる。このブラックホールお腹は全く。

 

「さっき食ったばかりだろ?金だって無限じゃないんだ」

「...そうか。では夜まで出掛けてくる」

「待て!俺も行く」

 

 先程メディアが葛城財団に動きがあったと言っていた。何で動いたか分からないのに1人で動くのはいくら最優と呼ばれるセイバーの聖剣使いとはいえ危険だ。

 彼女の腕を掴む。すると彼女はそれを振り払うことはせず何故か優しく言った。

 

「安心しろ。お前というマスターがいて危険なんてない」

 

 彼女の根底にあるのは安心感。何があってもこのマスターがいれば大丈夫という安心。しかし安心はいつだって不幸を呼ぶ。それを彼女だってわかっているはずだ。だからこそ一人行かせる訳にはいかない。

 するとメディアがため息をつきながら言ってくる。

 

「やめた方がいいわよ。いまデモやってるから」

「デモ?人間同盟のか?」

 

 人間同盟はよくデモ行進を行う。サーヴァントをこの世から消せなど。この世界は人間のものだなど。まぁ分からない話ではないのでそれはいいとして面倒なことこの上ない。なのでデモ行進をやっている時は極力離れて気付かれないようにしているのだ。

 

「ええ。私も絡まれたくないから戻ってきたけど...嫌な予感がするわね。変なサーヴァントを連れた男が暴行を受けていたから...」

 

 暴行を受けている。その言葉に驚きが隠せない。確かにメディアはそう言った。しかし妙だ。デモ行進では例えサーヴァントが出てきても逃げるか暴言を浴びせる程度だ。石やら何やらが投げつけられることもよくあるがそれで彼女は暴行なんて言わないだろう。つまり乱闘状態。

 

「っ!それを早く言え!2人とも霊体化して後ろを着いてこい!加速する!」

 

 魔術礼装の確認をしながら得物を腰に下げる。戦闘になる危険性が高い。サーヴァントのふたりはもちろん自分も頑張らなければならない。

 

「ふふふ...了解」

「やっとやる気になったようだな」

 

 サーヴァントの2人もどうやらやる気のようだ出来るだけ遠くから見る程度に留めておきたいが上手くいかないだろう。

 口と袖をきつく結んだ。




倉田翔太郎
18歳の少年で起源が強く出る魔術師。そのため魔術素質は悪くないものの、あまり優れた魔術師とは言えず、一芸に秀でている
それでその起源が加速。前世はチーターかい?
とはいえ元ははぐれだったメディアと契約している為、士郎ほど素人って訳でもない。まぁ天王寺達也や天王寺零という魔術師としては優れた魔術師がいるから弱く見える仕方ない。
実は天王寺零の没ネタ
零が序盤で絆10のサーヴァントにセイバーオルタ入れてるのはその名残り


というわけでお気に入り、高評価、感想お願いします!
あとコラボも待ってます!


追記
翔太郎の所属組織がボツネタの方になってました。すみません


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14話 人の皮を被った殺戮者

閲覧注意
閲覧注意

...言うほど閲覧注意か?(自問自答)


 とある謎の場所。そこには2人の男が机を挟んで向かい合っていた。

 

「ああ。とてもよく覚えているよ。サーヴァントでもないのに弓を使う若い男。確か半年ほど前だったかな...片腕を持ってかれた。クラスカードを使ってだ!」

 

 一人の男が怒鳴る。右腕を抑え強く握るとあの時の記憶が出てくる。そう。その男は彼の言う弓を使う若い男に片腕を切られたのだ。宝具を使おうとチャージしている瞬間に攻撃を撃たれてチャージしていた宝具が不完全な状態で発動し、握っていた右腕を焼き尽くしたのだ。

 勿論彼にとってそんなことは辛いことに変わりはない。こちらから新しい手を作ってもあの日の痛みがまだ残るとよく言っている。

 

「知っていたか。なら都合がいい。こちらは今現在そいつの居場所を知っている。等価交換だ伊達。こちらは天王寺零の居場所を教えよう。君には」

「殺せばいいんだろ?」

「いや、適当に痛めつけてくれ。死ぬギリギリまで追い詰めるんだ。間違えても殺すな。彼はこの世界を変革するのに必要不可欠な存在だ」

 

 もう一人の男が長椅子に座りながら余裕の表情で「伊達」と呼ばれた男を宥めるように言う。

 

「世界の変革?あの男がそんなことが出来るとでも?」

「ああ。私は今現在彼に世界一詳しい存在だ。勿論君の右腕を焼き尽くす原因となった能力も知っている。いやあれはまだ目覚めていない、不安定な状態もしくは副作用のみと言うべきかな。どちらにしろまだあれは本当の力に目覚めていない」

 

 伊達が意味が分からないのか首を捻るがもう一人の男はその様子を微笑みながら眺める。伊達にとってはそれを侮蔑と感じたのだろう。怒って剣を振り上げる。

 

「てめぇ...何が面白い」

「いえいえ。私とあなたが殺しあったところで負けるのは私でしょう。負ける戦いに私は手を出しません」

「ああそうかよ。んでなんだ須藤。そいつを半殺しにして能力を覚醒させろということか?」

「ああ。そういう事だ。きみが本気でかかると普通に殺すだろうしな」

 

 伊達が振り上げた剣を無くす。それを見て須藤と呼ばれた男は気持ちの悪い顔をして笑う。その姿はまるで悪魔に取り憑かれたように見えた。

 

「ああそうだ。君とは別口で天王寺零を求めている我々の仲間がいる。彼は殺してもいいけどもし殺すなら出来るだけ天王寺零の近くで殺してくれ」

「どういうことだ?」

「君沢霧彦という名の男なんだがな。奴は天王寺零の父親の研究結果を天王寺零が持ってると思った葛城財団...我々の代表から取って来るように命令されたんだ」

 

 君沢霧彦のことを思い出す。彼は代表から自分を通じて出てきた依頼を受けた。まだ自分には無理だなど言っていれば生きていられる可能性はあったがもう...無様に死ぬしかない。

 

「援護ではなく殺してもいい...仲間では無いのか?」

 

 須藤は伊達が「仲間」という言葉を発したことに驚く。奴はまだそんな情があるというのか。そんなはずはない。彼に情がないことを知っている。だからこそ戦ってこれている。そう思っていたからこそ驚いた。こちらの世間体を気にしているということだろうか。

 

「仲間...という言葉を君が発するとは...わかっていたとはいえ本当に言うとはね。驚いたよ。血も涙もない男が。まぁいいさ。奴は若いし甘すぎる。それに適当に泳がせておけば天王寺零と接点を持つ。そのような男が死んだら奴はどうなるか...まぁなんにしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 須藤の瞳が7色に輝く。その瞳は美しくありながらも見たものに決定的な恐怖を押し付ける。彼の絶対的な自信はそこから来るものだ。未来視。それに準ずる能力を持っている。

 

「...ちっ。食えねぇ奴だ」

「何より天王寺零は天王寺達也の研究結果...不老不死の技術なんて何一つ持ってない。どうせ奴は代表に殺される運命なのさ。ならこの場で上手く天王寺零と結びつかせて殺した方がいい」

 

 天王寺零の精神的な不安を与えたいというのは状況を上手く理解しきれていない伊達にも理解出来た。まだ須藤がなぜそれほど天王寺零の精神を壊そうとしているのかは分からないが自分に半殺しにしろと言ったのも同じ理由だろう。

 

「...何故それを知っている。お前まさか」

「天王寺達也を殺せとお前に行ったのは私だ。その意味がやっとわかったかい?代表も簡単な人だ。餌を用意しとけば簡単に兵をよこしてくれる...」

 

 今この男は目の前にいる自分より圧倒的に強い男すらも利用したと自らの口で言った。今までの流れなら伊達が切れて殺そうとしていただろうが伊達は眉一つ動かさなかった。

 

「なるほど大抵の事は理解した。まぁ、サーヴァントは殺してもいいよな?」

「ああ。もちろん。なんならやつの目の前で強姦でもしてみるか!?洗脳弾を50発ほど送りつけてやろう」

「まぁいい。どちらでもいいさ」

 

 そういうと伊達は近くに魔獣のように大量にいるシャドウサーヴァントに指示を送りながら部屋から出ていった。

 

「ああ。いい話を待ってるよ...さて調べ物が増えた...まずは...不可逆の変質だ。天王寺達也がやったのだ。俺に出来ないはずがない」

 

 須藤は先程より気持ち悪い笑みを浮かべながらパソコンを使ってハッキングをし始めた。慣れた手つきでファイルを開きコピーをする。

 

「見ててくれよ...広美さん!」

 

 その男は自身の狂気に飲み込まれたように笑った。

 

 

 少し時は戻る。

 深い山の中。

 

「レイは人との関係をもっと深くするべきだと思います」

「そ、そうかな?」

「ええ。半年間で貴方は殺し合いをしすぎて人との関わり方を忘れてしまっています」

 

 天王寺零と彼のサーヴァントであるメドゥーサは山道を歩いていた。ペガサスを召喚して飛んでいくのもありだがそれでは人目につく。人目につけば面倒事に巻き込まれる危険性も高くなるということで出来るだけ歩いていこうという提案を天王寺がしたのだ。

 

「んー確かに...崩壊する前()は普通に友人もいたのに気付けばみんな死んでたからな」

「レイは人とと関わる時にまず最初に相手の殺し方を考えていますがまずそこがおかしいです」

「ははは...」

 

 メドゥーサの正論に乾いた笑いをするしかない。口答えもできない訳では無いのだが何が悪いかと言われれば悪いことに変わりはないので何も言えない。

 

「まずは親しみやすい第一印象をですね」

「あー。確かにこれも奪ってきたものだしな」

 

 そう言いながら自分の衣服を確認する。全て葛城財団の兵から奪ってきたものだ。それ以外の服など魔獣の毛皮くらいしかないのだ。もちろんそれは置いていった。

 

「なんか大変だな」

「気持ちはわかりますが今後仕事をするとなればそのような能力も必要かと」

 

 確かに殺せば全て解決する問題ならいいがそれだけでは飯を食っていくのは厳しいだろう。最悪何処かから奪っていくしかなくなる。それではサバイバル生活より辛いことになりかねない。

 

「相手を信用して任せることも必要ですね」

「信用か...」

 

 命を張る仕事となれば信用がかなり重要となる。そして信用されるには実力は勿論裏切らないと思わせるものも必要だ。

 戦闘能力にはそれなりに自信がある。その辺のマスターなら殺すのは難しくない。しかし相手に信頼されるかどうかと言うのは話が別だ。

 

「何も口が上手くなれとは言いません。レイがやったところで心の無い歯が浮くような言葉を繰り返すだけですので」

「もしかしてだが今俺かなりディスられてないか?」

「偶然です」

「そ、そうか」

 

 いやかなりディスられている気がする。しかしその内容自体は何一つ間違えていないため反論はしない。というかめんどくさがり屋のくせにかなりズバズバ来てる気がする。これも心配してるから...だとしてもそこまで心配されるほど頼りないマスターだと思うと少し悲しくなる。

 

「だとしてもかなり難しいよな...そいつが本当に信用できるかなんて分からないし...柏原さんみたいに人の心が見えれば話は別だけどさ」

「では何故レイはその男を信用したのですか?」

「...あれ?」

 

 メドゥーサの言葉に歩みを止める。そういえばそんなこと考えていなかった。あえて言うなら何となくであろうがそんな理由で自分は人を信用したというのか。それでは今までの動きと矛盾している。今まで信じて来れなかったから1人だったと言うなら彼を信じることも出来ずに逃げていたはずだ。

 

「まさか...魔術か!?」

 

 有り得るものとしては魔術だが、それでは自分を罠に嵌めるつもりという事になる。しかし深澤さんは確かにそこにいたし、シャドウサーヴァントによる妨害はあったものの、生き残ることは出来た。

 自分を罠に嵌めるつもりではなかったとすると逆に自分に声をかけた理由がわからない。第三者だから?まだ葛城財団に顔がバレていなかったから?理由としては弱い。

 

「いえそういう意味では」

「え?」

「何となくというより彼が本気だったからでは無いのですか?」

「...」

 

 柏原さんが本気だった。というより彼の熱意が伝わったから、だろうか。しかしそんなことで信用するのか。嘘をつかないと確信したのか、騙していないと確信したのか。その根底にあるのはただの甘さでは無いだろうか。

 

 

「詳しくは分かりません。その頃私は召喚されていませんでしたので」

「伊達に対する憎しみ...それが確かに感じられた」

「ではレイは人の心を細かく見ることは出来なくても同調はできる」

「何が言いたい?」

「貴方は自分のことを化け物のように言いましたがそれは違います。貴方は人間です。こんなにも...」

「...ああ。そうなのか。その甘さが」

 

 こんな世界で甘い人間は内側から刺される。そもそも刺す側が内側という自覚すらない場合もあるがどちらにしろ、信用した人間からの裏切りは辛いことこの上ない。

 自分の甘さが招くことなどこの世界なら幾らでもある。1人ならともかくそれにこれからメドゥーサすら巻き込むというのならその甘さを捨てる必要がある。

 そう思う自分に対してメドゥーサは首を振って自分の頭の上に手を置いて撫でる。

 

「もしそれが甘いと言うならそれでもいいと思います。しかし...その甘さもレイのいい所では無いでしょうか」

「俺の...」

「忘れて...しまったんですよね」

「うん。半年間の殺しの記憶と憎しみしか」

 

 半年間多くの者を殺した。人も、魔獣もただの動物も。楽しかった記憶もあるだろう。嬉しかった記憶もあるだろう。しかしそれが何になる。そんなものを積み重ねても残酷な現実は何一つ変化しない。

 幸運も、偶然もどうでもいい。それしかない。

 

「それでもレイはレイです...もし貴方が私のことを忘れてしまっても貴方のことは私が守ります」

 

 この前にも言われた言葉。メドゥーサの強い決意のようなものを感じる。あまり感情を表に出すことがない彼女がここまで強く言うのだ。本当に自分が弱く、儚い存在だという裏打ちをしているようなもの。

 俺が強くならなければ、彼女は俺を守ろうと無理をし続けるという証明でもある。

 

「...メドゥーサ」

「はい」

「ありがとう」

「...どういたしまして」

 

 お互いに内に思いを秘めてしまいがちなので度々こうしてお互いの気持ちを言っておいた方がいい。確かに不穏な形にすら取れる言葉だがその真意は確かに善意なのだ。天王寺零という人間が彼女から見てどのように写っているのか。愛しく思ってくれているらしいがそれは何故か。そもそもそれはどのような基準で成り立っているのか。分からないことは多いがそれを今から考える必要性はないだろう。

 彼女は確かに自分を見てくれているのだから。

 

 すると誰かの声が聞こえた。かなり大勢だ。適当な求め方だが30人はいる。強く何かを訴えかけているようだが声が混ざって何を言っているのかよく分からない。

 

「喧嘩か?いやまさか」

 

 30人の喧嘩となればもはや抗争である。しかし戦いの雰囲気は感じられない。集会だとするならここまで声が聞こえてくることがおかしい。

 嫌な予感がする。そして同時に目の奥に一瞬だけジンっと違和感が生じた。何かの死が見える訳では無い。となると原因は先程の声か。

 

「メドゥーサ。霊体化して着いてきて」

「わかりました」

 

 

 メドゥーサを霊体化させて山をおりて声が聞こえた方向、街の方へと走る。森を抜けた先にあったのはデモをしている多くの人間だった。先程30人程度と考えたが実際に見れば倍以上いる。そしてデモ参加者の持っている看板には「ここは人間の場所だ」「悪魔を追い出せ」等書かれていた。おそらくターゲットはサーヴァント。

 

「人間同盟...こんな所まで」

 

 この崩壊世界で召喚されたサーヴァントを悪魔と称して排除しようとしている団体だ。

 言いたいことは分かる。確かにサーヴァントは強力な兵器なので扱いを間違えれば街ひとつなんて簡単に吹き飛ぶだろう。そしてそれを律する可能性があるのはマスターという一個人のみ。だからそれを危険視することも追い出そうという動きがあることもわかる。

 普通に考えれば自分達が見下してきた人間がサーヴァントという力を手に入れて上に立っているのが許せないという思いもあるだろうが。

 

「悪魔...か」

 

 悪魔。その言葉は本来なら自分にも向けられるものだろう。しかし恐らく令呪を隠せばこのデモ隊を無視してもなんとも思われないだろう。しかし殺してきた数を見れば普通なら驚くに違いない。実際は自分でも覚えていないが魔眼の見る限り殺して言った人間の数だけでも3桁は行ってるだろう。普通なら大罪人として死刑だ。

 

(レイ)

 

 霊体化しているメドゥーサが念話で話しかけくる。デモ隊との距離は単純計算50メートル。声が聞こえるような距離ではないが念の為こうしているのだろう。

 

(どうした?何か見つけた?)

(いえ...気にしない方がいいかと。無理に刺激すると)

(ああ。面倒なことになりかねない)

 

 これに巻き込まれてもし自分がマスターだと気付かれたら襲われるか騒がれるかのどちらかだろう。顔は売れるだろうがそれは悪いやつとしてだ。ただでさえ悪い印象はより悪くなり無い仕事はこれからも含めて来なくなる。

 

「...見なかったことにしておこう」

 

 デモ隊が何かを叫びながら近付いてくる。いることは気付かれただろうが、特に気にする事はない。

 

「悪魔を追い出せ!」

「ここは人間の場所だ!」

 

 しかし彼らの言葉が強く突き刺さるのは否定できない。悪魔だの化け物だの言われている自分はこのような場所にはいれない。

 

「...そうだな。街は人間の場所だな」

(レイ)

「ごめん」

 

 どうも暗くなってしまうのは自分の悪い所だ。こうしているとまた性格が変化してしまうだろう。

 もう行こう。そう思った時だった。

 

「いたぞ!悪魔だ!」

 

 デモ隊の男が叫んだ。その叫びはデモ隊の大部分に伝わり、その男が示した方向へと瞳が動く。

 こちらかと思って弓を取ろうとしたがその瞳は自分とは反対方向に動いていた。そこには誰かが走って逃げる様子が見えた。

 

(逃げましょう!)

「いや違う。俺たちじゃない...そこか!」

 

 自分と同じくらい、もしくは一回り年上ぐらいの男と槍を持ったサーヴァントの後ろ姿が見える。戦う意思は無いようだがデモ隊は逃げる彼らに手に持っていた看板や石を投げつけている。

 

「悪魔は出ていけ!」

「契約者を許すな!」

「この街まで呪うつもりか!」

 

 一つ一つの言葉が向かって居ないはずの自分に強く突き刺さる。やめてくれ、やめてくれと思っても当然ながらそれは止まらない。

 

どうせ俺はそんなんだろ。

 

 そう誰かが言った。どうせ自分は人殺し、いや殺戮者なのだからこのような扱いを受けるのは当然のこと。いやそれでは逆に甘い。そういうのは分かる。しかし彼らに罪は無いだろう。

 

誰かの為に動く?正義の味方にでもなったつもりか?馬鹿馬鹿しい。それがどれほどの醜態を晒すか。分かってるはずだ。

 

 また誰かが言った。分かっている。そう言っているのは自分だ。捨てようとしても捨てきれない自分という名の罪の寄せ集め。今の自分が背負うべきものを背負わせた天王寺零という影法師。

 だから自分は、天王寺零は彼を裏切らなければならない。

 

 全身に力を張る。大丈夫。自分が負ける可能性は低い。彼らより自分は強い。自分は殺す側だ。

 

「...メドゥーサ。彼らを頼む」

(レイ?何をするつもりです)

「...分からない」

 

 弓を展開する。腕輪に力を込める。

 力を込めて重くなった腕を振って軽くする。

 腕輪から矢を生成して弓に添えて、引く。

 

「set指定(include)我が身を視界に移さぬ(smog)

 

 デモ隊の中心部分に打ち込んだその矢はロクな殺傷能力を持たない。その代わりに着弾地点に濃い煙を発生させる。

 デモ隊のように大人数で動いているところではそれだけでパニックになるだろう。

 

「なんだ!」

「悪魔の攻撃だ!」

「神よ!お助けを!」

 

 悪魔を追い出せという意思で繋がっていたデモ隊がバラバラになっていく。

 しかしこんな煙は少し時間が経てば晴れるだろう。そしたらまた彼らが狙われるだけだ。ならばそれを自分に引き寄せるにはどうするか。簡単な事だ。

 

「メドゥーサ」

(...分かりました)

「ありがとう」

 

 霊体化を解いたメドゥーサが逃げる魔術師とサーヴァントを連れて遠くに逃げる。メドゥーサのスピードは他の英霊の追随を許さない。もちろんデモ隊なんか彼女からすれば止まって見えるだろう。逃げるのなんて朝飯前だ。

 

「いたぞ!」

 

 となれば追い打ちをするデモ隊が次の獲物とするのは煙で妨害した自分だろう。

 

「何をしてくれたんだ!」

「ふざけるな!」

「お前も契約者だな!除霊をしろ!」

「死ね!」

 

 数々の罵倒が降り掛かってくる。それと共に投げられてくる石を弓で弾きながらデモ隊に近づいて行く。

 本来ならこのまま逃げたいところだがこの勢いは止まらないだろう。とはいえ早く走りすぎたら先程まで残った理由が無くなる。

 

 デモ隊の先頭に立った大男達が鈍器を握って囲み、殴り殺そうとしてくるがどれだけ大人数であろうと大したことじゃない。全てかわす。

 

「こいつ!契約者だ!」

「悪魔だよ!」

「触れることすら出来ないなんてなんて恐ろしい悪魔なんだ!」

 

 デモ隊の全員で殴りかかってくるが死角からの攻撃であろうが予備動作は大きいし殺気も感じる。英霊達と比べると動きもとろいし、問題は無い。

 デモ隊の方も悪魔だのなんだの叫ぶ。自分達が正義だと思って叫んでいるから余計タチが悪い。出来るだけ悪い印象はつかせたくなかったがここまで行けば無理だろう。全くあのマスターとサーヴァントをほかっておけば何も無かったのに自分は馬鹿者だ。

 

「神よ!これは我々に向けての試練なのですか!」

「銃だ!銃を出せ!」

「殺せ!こんな悪魔が人間と共にいることをゆゆしてはならない!」

 

 出してくる拳銃を引き金が引かれる前に蹴り飛ばし、踊るように、掴みかかってくる大男たちの攻撃をかわす。

 デモ隊が纏まって仕掛けてくるのにはまだ相当時間がかかりそうだ。当然だか誰一人として訓練された兵はいないので何百人いようと何千人いようと大した差はない。

 

「...」

「このっ!」

「撃て撃て!」

 

 

 視界の端を見れば恐れたのか逃げ腰になってもう逃げ始めている者もいる。良く考えればデモ隊と言えど少し威嚇すれば逃げるかと思ったが逃げるどころか攻撃の手を弛めてこない。

 

 

「set」

「おい誰か!あいつを止めろ!」

「教祖様の元にいる神の使いは!?」

指定(include)

 

 連携のれの字もない攻撃だが、だんだん頭が回ってきたのか援軍を呼ぼうとしている。別段援軍を呼ばれようと大したことは無いが、少々威嚇しておいた方が良さそうだ。

 

「援軍よ!」

 

 と思ったその時デモ隊の女が叫んだ。それと同時に強い気配を感じる。サーヴァントではないがサーヴァントに近い。とはいえシャドウサーヴァントのような残り香のものでもない。

 瞳が動く。死の幻覚が再生される。つまり、そこに強い確率を持った死の要因がある。

 

「ちっ!」

 

 死の幻覚に逆らうように身をよじる。すると先程まで自分がいた位置に何かが通った。早い。弾丸か。

 相手が見えないのに、遠距離武器を使われるのは痛手を食らう可能性がある。瞬間的に強化魔術を使用して近くにあった車の影に隠れる。

 

「油断したか...っと!」

 

 相手の存在も見えないまま二撃目が車に命中する。車の軋む音が聞こえる。

 

「おお!!神の使いだ!」

 

 デモ隊は水を得た魚のように騒ぎ出す。その横をできる限りの速度で横切る。相手の位置が見えない。となると姿を見えなくする魔術でも使っているのか。もしくはサーヴァントのロビンフッド。

 

「...のカードを使ってるか!」

 

 気配を頼りに攻撃をかわしつづける。どうやらこちらを狙ってはいるが人間同盟を守ろうとしている訳では無いようだ。流れ弾が幾つかデモ隊に当たっている。当たっているものはどうやら矢のようだ。ロビンフッドの可能性が高くなった。

 

「...」

 

 当然ながらデモ隊の人間は逃げ回っている自分のせいにして石やらを投げてくる。弾幕にすらならないそれをかわしつづけながら飛んでくる攻撃から相手の動きを読み取る。

 

「set指定(include)それは音さえも置いていく(rapid)

 

 可能性が高い位置に矢を連続で放つ。連射性能はどうやらこちらの方が上らしい。相手は隠れてかつ動きながら放ってきているので精度も悪く、読み取りやすいが位置の特定が出来ない。

 すると何か異臭がした。いやこれはただの匂いではない。少し吸い込んだだけなのに息が苦しくなってきた。毒か。どうやら相手はロビンフッド、もしくはそれと同等の能力を持つと考えて間違いなさそうだ。

 

「悪魔め!」

「しまった!」

 

 毒の存在に気を取られていたせいで背後にいた男の存在に気付くのが遅れた。男の持っていた鈍器の一撃が頭に当たる。

 

「か...は...」

 

 意識が遠くなる。このままでは毒が回る。即座に解毒をしなければならないというのに。もし相手が本物なら宝具を使われた瞬間に自分の体が爆弾になる。そうなれば死ぬ。

 連続して痛みを感じる。殴られている。蹴られている。

 

「やったぜ!」

「死ね!死ね!」

「てめぇみたいな悪魔がいるから!」

「ふざけるな!出ていけ!人殺しが!」

 

 血を出しすぎたのか意識がまた遠くなる。もう保つのは難しい。踏んづけて、殴って、引っ掻いて。痛い。そしてそれと共に流れてくる憎悪の感情。痛み、憎しみ、嫉妬、憤怒、恐怖、殺意、絶望。感情がまるで泥のように纏われ、重くのしかかる。これが天王寺零という存在に向けられる感情。天王寺零という存在を証明するもの。

 ああ。理解した。だから俺は殺すことしか出来ないんだ。

 舌を噛んで意識を保つ。そしてほぼ感覚で殴ってきた男達の首を斬った。

 もう生きるか死ぬかの戦いだ。無駄なことを考えている余裕はない。頭に血が回る。思考が加速し、感情が薄れていく。

 

「毒を使ってきたということは本気で俺を殺すつもりだな」

「このーーーっ!」

 

 叫びながら近付いてくる男の頭をノーモーションで掴み、そのまま強化魔術を使用して頭蓋骨を砕く。死体となったそれの右腕を持ち、左足を踏んづけて勢いよく引きちぎる。

 

「丁度いい」

 

 丁度いい大きさの得物だ。特に先程の行動でびびったデモ隊の当たりが弱くなった。

 強い殺気を感じる。矢だ。今度はかわす必要性がない。矢が襲ってくる方向を読み取り、その方向に先程得た死体と言う名の武器を投げる。それは回転しながら矢が刺さりながらも飛んでいき、建物に当たって落ちる。しかしその瞬間、弾けた血飛沫がおかしな軌道をしたのを見逃さなかった。

 

「見えた。set指定(include)例え暗闇の中でも(scope)

 

 矢の先端がスコープのようになる。そしておかしな軌道をした血飛沫の場所にそれを当てる。

 

「ヒット」

「やってくれるな!」

 

 すると何も見えない、当たった方向から声が聞こえた。声質からして男性、年齢は約30歳と言ったところか。サーヴァントそのものではないことはわかった。となるとここまで動けるのは予想外だがクラスカードを使ってると考えれば理解はできる。そしてどうやら姿の見えない敵もお怒りのようだ。しかしもう姿は見えているも同然。先程までの不利な状況から一転した。

 そう思った瞬間、爆音と共に近くにあった車が三台飛んだ。下に爆弾があったのだろうか。衝撃で打ち上げられた車は高く打ち上げられこちらへと落ちてくる。

 そしてそこに近づく気配。ここで仕留めるつもりか。矢が三本飛んでくる。その軌道はまるで上空に飛ぶのを促してるようだ。そして飛んだ先には落ちる自動車という名の重り。圧死が狙いか。

 

「っ!」

 

 瞬間的な事だったのもあるが狙いにしたがえば相手が油断するかもしれないと思い、その挑発に乗って飛んだ。矢は自分の足元に突き刺さり、自動車が落ちてくる。

 とはいえ圧死はしたくない。死の幻覚は勿論見えているが流石に落ちてくる自動車に潰されて死ぬなど見えてもなりたくない。

 

「せぇぇやぁぁぁぁ!!」

 

 となれば打ち返すまでだ。左脚を軸として右足に強化魔術を付与して勢いよくその車を蹴る。その瞬間に魔力放出を使い、飛ばした。脚に鋭い痛みがはしる。しかしその重力と落下の速度なら人を殺すのに十分すぎる威力を持つ。

 

「何っ!?」

 

 もしかしたらその展開を考えていなかったのかもしれない。姿の見えない敵は驚きを隠せないまま立ち止まる。

 

「set指定(include)この星の縮図を(magnet)andset指定(include)炎をまとえ(fire)!」

 

 それを見逃すバカはいない。即座に矢を生成して打ち出す。先程当てたスコープの矢に沿うように炎を纏った矢が自動車に、それもエンジン部に直撃する。エンジン部はその特徴から熱には強い、とはいえ中に入っているエンジンオイルは違う。火が触れればあっという間に燃え広がる。そして車を貫通した矢はロビンフッドのクラスカードを使った男を巻き込み、炎上した。

 

「...お前が本物の英霊ならやりようは違ったさ」

 

 もう燃えて生きてないと思われる者に対してそう言い捨てた。本物のロビンフッドならもっと罠を仕掛けてこちらの特性を理解して動いていただろう。少なくとも初撃をかわされた上に血飛沫で位置を特定されるほど動いて撃ちまくるなんてことはしなかった。今回こんなに余裕で勝てたのは相手の基本が普通の人間だったからだろう。本物ならもしかしたら負けていたかもしれない。

 頭の中が落ち着いてくる。しかしそれと逆にデモ隊は驚きと恐怖に支配されたのか逃げ回りもせず立ち尽くした。動いても無駄と思ったのだろうか。

 

「そんな...!」

「神の使いではなかったのか!?」

 

 先程の悪の感情は何処に行ったのやら呆然と立ち尽くすデモ隊。力なく看板を落とす。もう終わりか。そう思った時デモ隊の中の一人の男が叫んだ。

 

「ふざけるな...ふざけるな!貴様のような悪魔がいるから!この世界はこんなことになったんだろ!」

「そ、そうだ!」

「どうせ力でしか示すことが出来ない悪魔が!」

「力で抑圧しようとするな!」

 

 その叫びによって最初の状態をもう一度再生するようにデモ隊に活気が溢れた。そして最初に叫んだ男がこちらに走ってくる。先程自分たちよりも上位の存在が殺されたという所を見ておきながら何も考えずに殴りかかってくる。愚かであり浅はか。蛮勇であり強い覚悟を持っている。

 しかしそれでも死が見えているという点は何一つ変わらない。どんな覚悟をしようとどうせ感情の起伏。運命が変わるほどの力はない。

 

「死ね」

 

 それを切り殺すことに躊躇いはなかった。そもそも躊躇うこと自体がおかしいのだ。相手がこちらを殺そうとしているのに自分は殺さないなど相手の本気を裏切る行為。それこそ相手の覚悟や格を下げる行為である。血飛沫を上げながら声を失い死ぬ男。断末魔さえあげることを許されない。力いっぱい捏ねた理屈も通用しない死。

 今まで何人も殺してきたが名前も知らない、出会ったのも今日が初めての筈のこの男を殺すときだけ何か少し変わった気がした。周りの反応が少し違ったのだ。デモ隊のリーダー格だったのだろうか。死を与える存在として恐れられていた自分が怪物から殺戮者へと変わっていくように。本質は変わっていないのに、何かが変化した。

 

「パパ!」

「ま、待て!」

「...」

 

 デモ隊の中に紛れていた10歳にも満たないであろう少女がこちらに走ってくる。デモ隊の大人達が止めようとするがその隙間をかいくぐって先程殺した男の死体にしがみつく。

 

「パパ...パパ!ねぇ...どうしたの?痛いの?」

 

 死をまだ知らないのだろうか。それとも信じたくないのだろうか。こんなにも無様に自分の家族が死ぬだなんて。

 同じだ。目の前か後に見たかの違いだが、親が自分でもよく分からない存在に殺される。アニメやゲーム(妄想)のような展開だが、細かな映像などは違う。砕けた骨が落ち、臓器がはみ出て人とはもう認識できない。もう死体(それ)に尊厳も自由もない。ただの物。命の宿らない体などただの物質としての価値しか存在しない。いやこんなに汚いのだ。それ以下の価値だろう。

 

「パパ...パパ...」

 

 そこから生まれるのは憎悪、怒り、恐怖。何より殺意。

 自分がそれ産んだことは何一つ間違いではない。自分がそれを果たすために生きているのにそれを作り出すことになんの躊躇いもない。

 もう他人の気持ちなんてどうでもいいんだ。自分さえ良ければいい。いや、他人の気持ちなんて考えている余裕が無い。そんな余裕があるならもっと相手の殺し方を覚えた方がいい。残酷で嘘とクソで塗り固められたような物だ。しかしそれが現実だ。どれだけ妄想に支配それようと、崩壊しようと。人の本質は何も変わりはしない。人という存在が入れ替わる訳では無いのだから。

 死体に駆け寄る少女の首を掴む。別に彼女に力があるわけでもない。殺意は抱かれるだろうが、それによって殺されることはおそらくないだろう。しかしそれを殺さなくてはならないと本能で理解した。未来は分からないこそ、不安分子はひとつでも多く消しておくべきだ。こんなに脆い体だ。首の骨を折って殺すことなど容易い。

 

「...たすけ...」

「...腕を」

 

 少女の声が何かを目覚めさせる。遠く遠くにピンで止めていたものが外れて見えるように。そもそもそこにはなかった記録がぼやけて、そして鮮明に見える。

 

 

いつなのか。何処なのか分からない。

ただわかるのは目の前に塀があり、その前にボロボロの少女が倒れているということ。年齢は自分と同じ10歳くらいだろうか。そうか。今自分はそれぐらいの年齢なのか。

 

 

「おじいちゃん。これはどうすればいいの?」

 

 ボロボロのそれを指さして近くに立つ老人に問う。本能が理解する。これに逆らってはならないと。そしてこれは自分に正しいものを教えてくれる存在だと。

 

「存在がバレた。手足を切って連れてきなさい」

 

 老人はそれを見て腰に下げていた包丁のような形をした、しかしただの包丁では無いことがわかるナイフを地面に突き刺す。その瞬間、緑の線がナイフに現れる。回路がそこにある証拠だ。それを確認したあと、何も見なかったように背を向けてどこかに行ってしまった。

 その行為に違和感はなかった。まるで風が吹けば風車は回るように当然のこと。川に水が流れるように、乾いた木に火が燃え移るように。それを何故だろうと考えることこそがおかしいように感じる。

 それはナイフを見て怯えたのか何かを叫びながらもがく。そのナイフがどんな存在かということは分からないのだろうが、ナイフという刃物と、先ほどの手足を切れという発言だけでそれを怯えさせるのは十分すぎた。もう無駄だと言うのに、最後に何かを信じているのだろうか。

 

「わかった」

 

 地面に突き刺さったナイフを抜く。扱い方はよくわかる。殺さないように。生かさないように。丁寧に、素直に。相手の切る部分に添えて引くだけ。

 ゆっくりと前進する。ランドセルを背負った小学生が通学路を歩くように。その足に重いものもなく、別に何かを考えている訳でもない。

 

「ごめんね...許して」

 

 それは言う。許しを乞う。別に怒ってなんかいないのに。コレからおじいちゃんとの練習に使うだけなのに。許したところで何も変わらないだろうに。

 

「許して!許して!謝るから!だから許して!()()()!」

 

 ナイフを振り下ろした。溢れた血が自分の頬についた。

 

 思い出した記録はここまで。なにか引っかかるようなものを感じたが大した話ではない。それより今はこれだ。

 

「そうだ。手足を切って」

「ひっ」

「連れてかないと」

 

 何処に連れていくのか。どうしてなのか。そんなことも分からないがなぜかそんな気がする。

 まずは腕だ。悲鳴を上げてもいいが、出血等でショック死してはいけない。まだ生かさなければならない。生かさなければ練習に使えない。

 錬金術による治療をしながらじわじわとそれの右腕を切る。想像を絶する痛みに顔が豹変するが気絶はできないように留めておく。錬金術による治療は治癒魔術と違い、見た目だけなら問題ないが、内部のダメージの修復は難しいし、痛みもよく残る。

 

「駄目だよ。叫んだら色々来ちゃうよ。顔のないボヤボヤしたものばっかり見るのももういやなの」

 

 そして左腕を切る。何かを叫ぼうとするが首を掴んだ腕に力を込めて声を出せないようにする。

しかし掴んだ力が強すぎたのか、それの首の骨が変形する。それを錬金術で即座に治す

 

「ごめんね。殺すところだった。今度は上手くやる。うんやれるよ。だって()()いっぱい練習してきたもん」

 

 脚は両方とも合わせて一撃で。撫でるように切る。断面を出来るだけフラットにするように。

 

「ほら出来た。じゃあおじいちゃんの所に連れていくね。大丈夫。すぐには死んじゃわないから。沢山沢山練習してね、そして僕は...僕は...あれ?俺は...何を...」

 

 記録と記憶が混ざり気持ち悪くなる。なんだ。今俺は何をしているんだ。ロビンフッドのクラスカードを使ってるやつと戦っていたのは覚えている。車を蹴り飛ばして燃やして...そしてそれからの記憶が無い。しかし記録という形でそれはある。襲いかかってきた男を殺してそれに駆け寄った少女の首を掴む。

 

「ああ。これも殺さなくちゃいけないのか」

 

 力いっぱい蹴りあげる。小さな体は風に煽られた木の葉のように力なく浮かぶ。そして落下するタイミングに合わせてその首を蹴って折った。

 

「...また殺した。なんでもないのに...俺は...おれは!」

 

 仕方が無かった。これをすることで自分が安全になる確率は増える。適当な言い方なら出来るだろう。しかし元々殺さないつもりだったのに。

 気付けばデモ隊の人間が再び立ち尽くしていた。先程の男で取り戻した戦意がもうなくなっている。

 

「まだ殺さなくちゃいけないのか...俺は!」

 

 弓を展開していることを確認して矢を生成する。そしてそれを番えて。悲鳴が聞こえる。しかしそれに構うことは無い。殺さなくてはならない。殺さなくてはならないのだ。

 

「もう良いだろ」

 

 後ろから衝撃がかかり意識が消えた。ゆっくりと薄れていくわけでなく真っ直ぐに。消えた。




今回の口直しタイム!
須藤...ダレナンダアンタイッタイ。わざと生かすように言ったり謎の要素すぎるが君沢霧彦を利用していること、そして天王寺達也の事を何か知ってるのは分かりますね...本当に誰なんだー(棒)

そして今回の話。久しぶりに零が人を殺します。アタランテが見たら怒りで暴走しそうな回ですね。
夢幻召喚した魔術師を一話で倒しきるほど強く成長はしましたがその精神はもっと弱くなってますね...本当は気のいい青年なのに。
そして零の中に何故かある天王寺達也と思われる記憶。一体これは...
作中で天王寺達也の存在感が強くなっていきますね。
天王寺零が有名だったのは全て天王寺達也のせいなんだよ


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15話 虚空の一歩

皆様。BOX周回頑張ってますか?
周回ばかりだと気が張ってしまうのでここで少し休憩なされては?


 自分の子供時代の記憶は正直に言うとほとんどない。誰かに聞かれた時もその場その場で嘘をついている。仕方がない。子供の頃の記憶が無いなんてありえないのだから。

 パチパチパチと何かが音を立てる。そしてほのかだが温かみを感じる。火だ。そしてこの匂いはとても心地よい。

 

「起きたか」

 

 瞳を開けるとそこにあったのはたき火だ。自分は今焚き火の近くで眠っていたのか。

 そこに座っているのは2騎のサーヴァントに一人の男。2騎のサーヴァントのうちの一人は自分のサーヴァント。メドゥーサだ。もう1人は全身白タイツで槍を持っている女性のサーヴァント。おそらく秦良玉。星四のランサークラスのサーヴァントだ。

 

「メドゥ...うっ!」

「レイ」

 

 メドゥーサがいた事に喜んで身体を持ち上げるもその瞬間に痛みが発生してふたたび寝込む。メドゥーサが近づき自分の身体をさする。痛みはあるが傷は見られない。気持ち悪さや吐き気もないが謎の違和感がある。

 

「ったく...助けられたと思ったら逆に助ける立場になるだなんて人生初めてだぞおい」

「きり...ではなくマスター。その言い方は」

 

 胡座をかきながらブツブツ文句を言う男は声質からして最後自分を気絶させた男だろう。首にトンと何かをぶつけて気絶させるのはフィクションではよくある事だが実際はとても難しい。それを難なくやるのだからそれなりの実力者と見てもいいかもしれない。

 

「...いや、感謝します。名の知らぬマスター。あのままなら俺はあそこにいた人を」

「まぁ皆殺しだろうな。あと敬語になるのやめろ。こそばゆい」

 

 男は首をかきながら近くに座る。図体や気配からして戦闘慣れしてる訳では無さそうだが先程の動きから確かな実力は感じられる。

 

「ごめん」

「あいあい。いいよ、別にこっちが助けられたのも間違いじゃない。俺の名前は君沢霧彦。どっちでもいいが君沢と呼ばれるのは少々慣れてない」

「俺は...天王寺。天王寺零」

 

 自己紹介をするのは何時ぶりだろうか。おそらくベディヴィエールにして以来だ。意外と最近していた。これが遠く感じるのはなにか別の記憶が入ってきていたからだろうか。

 そんなことは置いておいて君沢霧彦と名乗った男は側にいる秦良玉を手招きして来た秦良玉を抱えて自分の目の前に置く。

 

「彼女は俺のサーヴァント。秦良玉だ。まぁ、マスターなんだから知っていてもおかしくねぇか。見ての通りランサークラスのサーヴァントだ」

「よろしくお願いします」

 

 頭をぺこりと行儀よく下げてくる秦良玉に緊張すると殺気のようなものを感じる。おそるおそる後ろを向くと無表情でありながら何か嫉妬のような感情が見えるメドゥーサが立っていた。

 

「よ、よろしくお願いします...あっと、メドゥーサ!彼女が俺のサーヴァント...です!」

「荒療治とはいえマスターを救ってくれたことに感謝します」

 

 これで一通りの自己紹介は終わっただろうか。そう思うと霧彦は立ち上がり焚き火の近くに刺してあった物を引っこ抜いてこちらに投げてくる。これはよく見た事がある。半年間よく食べたタンパク源。

 

「魔獣の肉」

「味は保証できんが、食え。食ったらお前の話を聞こうか。」

 

 どうやら口は悪いが人となりは悪くないらしい。気になるのはあれほどの実力者が何故あの場所にいて人間同盟にバレたのかということだ。人間同盟の存在を知らなくてもデモの声で秦良玉を出すのは危険と知っていたはず。その対策ができないほど愚かとは思えないし、寧ろ誘導したようにも見える。なぜだ。彼が人間同盟を皆殺しにするつもりとは思えないしもしそうだとするなら自分を止めはしなかった。彼の目的が分からない。

 

「どうした?魔獣は食えんか?」

「あ、いや。ありがとう」

 

 その様子を不思議に思ったのか霧彦が聞いてくる。考えすぎで相手に疑問点を持たせては論外だ。もしよからぬ事を考えているならそれがバレた時点で作戦を練られるだろう。

 

 手に持っていた魔獣の肉にかぶりつく。難しいことを考えることも必要だが今はここにある肉にかぶりつこう。大抵の毒なら治癒できるので問題は無い。

 

 

「...美味い」

「そりゃどーも。うちの良が頑張ってくれた結果だ」

「なんてことはありませんよマスター」

 

 かぶりついた肉は自分が半年間食ってきた肉と同じとは思えないほど美味かった。とはいえ自分の料理なんて肉を焼いて塩があったら塩を振るだけというイギリス料理もびっくりのものなので大抵のものは美味い...とは思っていたがさすがにこれは予想外だった。こんなにも魔獣の肉というのは美味く作れるものか。

 そしてわかったことの2つ目。この二人の関係はかなりいいようだ。秦良玉の方は完全に霧彦を意識している。まるで新婚夫婦のようだ。対する霧彦もあっさりしてるようでかなり信用しているのが伺える。

 どうやら本当に悪い人ではないようだ。こちらも信用していけそうだ。毒のことなど気にせずに肉を食欲の赴くまま食べる。

 

「おっ。良い食いっぷりだな。良。酒出せ」

「わかりました。天王寺さんは飲まれますか?」

「ほむっ(飲むっ)!」

「レイ。せめて飲み込んでから喋りましょう」

 

 一応自分は成人しているので酒を飲んでも問題は無い。メドゥーサに聞くとどうやら彼女は飲まないようだ。首を振る。そうしていると秦良玉が近くにあったテント...おそらく霧彦が作ったものから瓶を取り出す。

 

「酒屋程とは言わんが2人で飲むだけでもつまらんからな!さっさ!飲め飲め!」

「ほどほどにしてくださいね。レイ」

 

 若く見えるくせにオヤジのような言葉を使う霧彦からコップを渡されてそこに酒を注がれる。半年ぶりの酒だ。自身のアルコールの耐性など覚えていないがまぁちまちま飲んでいけば問題は無いだろう。

 

「わかってるよ。そんなこと心配しなくても大丈夫だって!」

「ならいいのですが...レイが酔っ払いになるのは見てられないので」

「ははは...自重します」

 

 自重しますといいながら全く真反対の行動、コップに注がれた酒を一気飲みする。その行動にメドゥーサは少し引いたような表情をするがそれは悲しんでいるようには見えなかった。どうやら自分が楽しんでいると彼女も嬉しいらしい。これはいい誤算だ。

 

「...お前のサーヴァント。まるで保護者だな」

 

 対する霧彦は自分のコップに酒を注ぎ込んでちまちま飲みながら言ってくる。まるで目の前でイチャイチャするカップルを見る陰キャのようだ...とは思ったが悲しいことに自分はどちらかと言うと後者の部類に入る。

 というより先程の保護者という発言は全力否定したいところだが中々的を得ている。

 

「でもそっちは新婚夫婦みたいだよ」

「しんっ!?ふ、夫婦!?い、いやぁ。は、恥ずかしい...そんなことありませんよねぇマスター?」

「なんでニヤけてるんだお前は」

 

 秦良玉がゲームで全く見なかった顔をしながら霧彦に言う。霧彦もため息をついているが本気で嫌とは思っていないようだ。

 そのまま酒を適当に飲んでいると酒が回ってきたかもしれないと思った時に当然霧彦が言った。

 

「酒を飲むと性格が変わるって訳じゃ無さそうだ。おそらく()()()()()()()

「へ?」

 

 急になにか含みを持つような発言をする霧彦に驚くがそれより気になるのは素という言葉だ。これではまるで自分がふたり以上いるようなセリフだ。勿論自分は多重人格や解離性同一性障害では無い。

 

「ほーん。()()()()()()?これは多重人格...いや複合性格と言うべきか?」

「君沢さん」

「ああ悪ぃ悪ぃ。個人のパーソナルスペースに踏み込む発言か?」

 

 混乱しているとメドゥーサがそれを律するように霧彦の名前を言う。

 何が目的か分からないが油断ならない男なのかもしれない。どうやら先程までの判断を訂正しなくてはならないようだ。

 

「ま、酒の席で口が軽くなったと思ってくれ。天王寺。お前も俺たちに聞きたいことあるだろ?」

「...そうだね」

「踏み込むなら口が軽い今のうちだぜ?」

 

 誘われたな。今はお互いにお互いの情報が欲しいと知って彼はこちらに酒を飲ませたのだ。そして酒が回ってきた時に聞くことでより多くの情報を引き出そうと考えているわけだ。それにしては踏み込む部分が違うように感じるが。

 とりあえずこの状況はこっちも願ったようなものだ。聞きたいことを聞いておこう。まずは

 

「なんであそこにいたの?」

「人間同盟の調査、とでも言うべきか。それと最近この辺に変わった魔術師がいると聞いて」

 

 変わった魔術師。魔術師と言うと自分、そして先程までロビンフッドのカードを使っていた男。それくらいしか自分は知らない。

 

「それが俺と?」

「いやぁ?どうやら色んな意味で足が早い奴らしい。この辺で何度も暴れてるようだ。それでこの辺の葛城財団が」

「マスター」

「おっとこれ以上はまずい」

 

 

 嘘だ。おそらく彼は自分がこの質問をすることを理解していた。踏み込みすぎると良が止めるかもしれないと知らせるためのものだろう。霧彦は自分が酒に強いことを利用しているのだ。一件酒が回っているように見えるが全く顔が赤くなっていない。ほぼシラフだ。

 しかし気になる言葉を霧彦が言ったのは逃がさなかった。葛城財団。霧彦、もしくは霧彦が追ってる男がそこに関わっていることは確定したと思って間違いはない。

 

「まぁ後はおめぇさんが傭兵やってるって聞いてなぁ」

「俺を試したと?」

「まぁ試すためには丁度いいとは思った」

 

 なるほど。こちらの力を知って、それを利用するためにわざとみつかり、そしてそれを救うか、そしてそれなりの戦闘能力はあるかのテストだったということか。そして気になるのは傭兵をやっていると聞いたという発言。おそらくメドゥーサに助けられた時に聞いたのだろうがそれではタイミング的におかしい。

 

「...まて。まだ傭兵としての仕事なんて」

()()()の界隈だと意外と有名だぞ?サーヴァントを召喚していたとは聞いてないが」

 

 そういえば柏原さんも同じようなことを言っていた気がする。柏原さんは俺を注目している「あのお方」から聞いたとすれば話はわかる。もし霧彦が柏原さんと何らかの繋がりがあると考えれば説明は着くがそれにしてはテストがその場で思い付いた物となる。

 人間同盟のデモ隊では能力を図るとしては弱すぎる。あの時はロビンフッドのクラスカードを使った乱入者がいたので実力を測ることは出来ただろうが流石にそれまで読んでいたとは思いにくい。

 

「有名?俺が?」

「天王寺達也」

「ん?父さん?なんでその名前を?」

 

 天王寺達也。自分の父親の名前だ。自分が田舎暮らしをしていたのも彼が田舎に憧れたという理由だということは聞いたことがある。職業は医者。それも確かな手を持った外科医だったそうだ。

 とはいえ世界的に有名、というレベルでもないので霧彦が天王寺達也の名前を知っているということはもしかしたら彼も医者かもしくは元を含め患者か。しかしそれでは先程までの説明との結び付きが薄い。

 

「お前、自分の父親の裏の顔も知らねぇのか?」

 

 すると霧彦は本気で驚いたような顔をする。いやそもそも裏の顔なのだからいくら実子と言えど知らないことはあるだろう。

 

「え?」

「...良」

「はい」

 

 霧彦は秦良玉を呼び近くに来た秦良玉に自身の端末を渡す。秦良玉が来るまでの間に何かを打ち込んでいたので秘密のメッセージだろう。

 

「お、おい待て!それじゃ父さんが何かしたみたいじゃないか!」

「ああ。した」

「な、何を!」

 

 霧彦が先程までの軽い口調からうって変わり、重い口調へと変わる。酔いも一瞬で冷めた。しかし父親は決して悪い人間ではなかった。それどころか、理想的な父親であった。

 

「...本気で聞こう。知らないのか?」

「ああ。知らない。外科医だったという話は聞いたことがあるが手術の失敗?いやそれで裏の界隈で有名って」

 

 頭の中が混乱してきた。霧彦の声は重く、酔いは全く感じられない。それほどの存在だということだ。まさか、今までの行動全てが自分をその天王寺達也の息子という前庭で動いていたということか。もしかしたら柏原さんも。

 

「そんなレベルじゃねぇぞ。お前の父親。いいか。落ち着いてよく聞け。お前の父親は...」

 

 唾を飲み込む。時が止まったような違和感を感じる。性格の話では止めてきたメドゥーサも本気で聞きたがっているようで全く動こうとしない。

 全ての動きと音がが止まった中で焚き火の音だけが鳴る。

 

 

その瞬間だった。

 

「ギアチェンジ!ファーストtoサード!」

「っ!メドゥーサ!」

「良!」

 

 エンジン音のような音と共に何者かの声が聞こえた。本能が敵襲を伝える。それも早い。死の幻覚も早すぎて明確な死が揺らぐほどに。

 反射的にメドゥーサの名前を呼ぶ。霧彦も秦良玉を呼び対応する。

 

 その瞬間、自分の目の前。およそ1mほどの距離に出てきたメドゥーサが何者かに吹き飛ばされた。馬鹿な。メドゥーサの動きは自分の発言からだいたい読めていたとはいえ、かなりの敏捷能力を持つはずだ。そして怪力スキルを持つ彼女をはじき飛ばしたなんて。間違いなくサーヴァントだが神霊クラスを覚悟しなければならない。

 そしてその存在を視覚する。黒い鎧に包まれたアホ毛の無い珍しいセイバー。ブリテンの王。高濃度の魔力を感じる。強力な存在だ。

 

「お前が」

「セイバーオルタ!」

 

 こちらに剣を使って襲いかかってくるセイバーオルタの攻撃を地につけた右腕を軸として回転した脚で弾く。あの剣、エクスカリバーの攻撃は強力だかその腕は別だ。特に横からの衝撃には弱い。

 

「何っ!?」

「set!」

「やらせん」

 

 流石に生身の人間に攻撃を止められるどころか横から蹴り飛ばされるなんて予想していなかったセイバーオルタは純粋に驚いた表情をする。そこに追撃を加えようと弓を展開したその瞬間、弓が上空に舞った。弾かれた。

 

 それと共に聞こえる男の声。先程エンジン音と共に聞こえた男の声と同一の者だ。奇襲されたか。しかし弾かれた方向に蹴りをしてもその存在はいなかった。早い。先程の死の幻覚はその存在によるものとみて間違いない。

 早すぎるのならそれ相応の対策を取らなくてはならない。しかしそれを行うより相手の方が早い。光の反射が見えた。間違いなく刃だ。しかし対応が遅れた。刺される。

 

「やらせません」

 

 そう声が聞こえたと思ったら。セイバーオルタとその早いものに鎖が直撃して5mほど吹き飛ばされる。先程セイバーオルタに吹き飛ばされたメドゥーサがすぐに戻って攻撃したのだ。そして怯んでいる間に弓を拾い、早い男の方、おそらくマスターだと推測される男に矢を放つ。

 その男は黒い下地赤い線が入ったスーツような衣服を着用し一本の剣を持っている。そのデザインは宝石剣ゼルレッチに近いが能力はおそらく全く違うだろう。ほとんど神秘を感じない。

 

「メドゥーサ!」

「セイバー!」

 

 嫌な予感を感じてメドゥーサの名を叫んだ瞬間セイバーオルタの剣から出た黒い影が視界を埋めつくした。

 

これはほうーーー




今回の口直しタイム
···ねぇ?もう死んだの?まさかのデットエンド?早ない?早ない?

というわけでそれなりに重要なヒント出てくる今回。零に対する霧彦の考えって今後のストーリーの考察(?)に割と関係してくると思うんですよ。

秦良玉と君沢霧彦のまるで夫婦のやり取り好き。二人で幸せになって欲しい。どう見ても秦良玉から重い感情向かってるのに全然気が付かないハーレム主人公みたいな性格してる霧彦。前回の翔太郎といいこの作品主人公以外が主人公適正持ちすぎじゃないか?
そしてヒロインの筈なのに浮いた話が何も無いから最早保護者と言われるメドゥーサ。一応ヒロインなんですけど肝心の主人公がアレじゃあねぇ...もしかしたら崩壊世界シリーズ初の童貞で物語を終える主人公が生まれるかも


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16話 殺戮者になれない人

あけましておめでとうございます。いやーfgoのキャメロットの映画見てきましたー!
結構悪い言い方されてましたけど僕は好きです。原作やってるからこそわかる感動ってあるよね。あるよね!
今回は14話での戦闘の翔太郎くん視点です


時は少し戻る。

自身のサーヴァントの1人であるメディアに人間同盟のデモ隊に暴行を受けている者がいると聞いて駆け出して見たら、そこにあったのはボロボロのデモ隊と弓をもった自分より一回り年上と思われる男が駆け回っている光景だった。その男は葛城財団の団員の服を着ているが雰囲気からしてとてもそうとは見えないし、もしそうなら1人で弓持って戦ってるのはおかしい。おそらく、葛城財団の団員から服を奪ってそのままなのだろう。どうやらその男は姿の見えない敵と戦っているらしい。そこら辺から攻撃してる気配を感じる。あまり姿形はしっかりしておらずどの方向から攻撃が来るのか分からないがその青年は全てを見透かすように動いている。

 

「あれは...メディア!」

(あのいま動き回っているのが私が見た男です)

(なんだ。大丈夫そうではないか)

 

 霊体化した自身のサーヴァントについて来て貰って影から見てるがどうやらその青年は先程デモ隊に暴行を受けていたらしいがどう見てもデモ隊の方がボロボロだ。隅の方を見て見ると脚を無くした死体が壁にめり込んでいる。まさかだが彼がこれをやったというのか。あまりにも無惨で恐ろしい者。

 

 

(大丈夫どころか...これじゃまるで逆じゃないか)

(...マスター。伏せろ)

「あ?」

 

 セイバーオルタから声がかかったと思ったら急に実体化したセイバーオルタに頭と耳を押さえつけられた。

 

 その瞬間、大きな衝撃と爆音がした。爆弾だ。そう感じて懐に入れていたルーン文字の書かれた石を取り出す。

 十中八九、青年を狙っているだろう。青年がどのような存在かは分からないがデモ隊に攻撃されていたということはおそらくこちら側。援護をする必要があるだろう。

 

「待て。マスター」

「セイバー」

「あれを見ろ」

 

 そう思っているとセイバーオルタに腕を押さえつけられる。地味に痛いがどうやら彼女にも考えることがあるらしい。そう思って現場を見ると車が三台、宙に舞っていた。おそらくあれを質量兵器として青年にぶつけるつもりなのだろう。さすがにあれをルーンで弾くのは手持ちのものでは不可能だろう。

 

「まさかっ!」

「ほぅ」

 

 もうあの高さでは避ける隙すらない。そう思ったら彼は人間離れした勢いで跳び、車を()()()()()

 どう見ても人間の技ではない。サーヴァントレベル...と思うのは行き過ぎだが魔獣とは比べものにならないだろう。そんな火力をおそらく強化しているとはいえ出せるとなるとサポートにキャスタークラスのサーヴァントがいるのは確定している。

 

「メディア。サポートはいるか?」

「...いないわ。周辺のサーヴァントはおそらくライダーとランサー。戦闘能力には長けているけど」

「じゃああれを...どうやって...!」

 

 いつの間にか実体化していたメディアに聞いてみるが期待していた結果は得られなかった。

 ではあれほどの強さを何のサポートも無しに己の力のみで行っているということだろうか。己の身体能力と強化のみ。

 そうしていると青年は矢を作り出しそれを弓にあてがう。その矢からは炎が出てくる。火の系統の魔術だ。しかし詠唱からはまるで既存のプログラムを打ち込んでいるようなものを感じた。

 いや問題はそこではない。車を打ち返しそこに炎を打ち込む。まるで狙いは

 

「まさかっ!メディア!」

「っ!」

 

 メディアに防壁を貼らせる。するとその瞬間、青年は車にその矢を打ち込み、爆発させた。衝撃は思ったより少なかったが打ち込まれた先にいたおそらく敵と思われるものはもう生きていないだろう。

 

「...マジかよ」

 

 規格外。出てきた感想はそれしか無かった。強いや弱いなんてものじゃない。戦闘能力ならセイバーは彼より戦闘能力は優れているだろう。しかしその物差し自体が間違っているのではないかと感じさせるほどのバランスブレイカー。

 これは放っておく手はない。すぐ様個人情報を調べ上げて本部にいる代表に伝えなくては。

 

「メディア。使い魔を出して奴を監視させろ」

「気付かれるかもしれないわよ?」

「気付かれるギリギリでいい。最悪音と映像さえ拾えればいい」

「わかりました」

 

 メディアに使い魔を作らせているうちにこちらは別のアプローチを取る。近くにいると言っていた二騎のサーヴァント。彼らと接触してなぜ離れているのかを聞き出さなくては。

 しかしセイバーは青年の方を見つめて動かない。

 

「セイバー。一度離れるぞ」

「何?良いのか?あのままだと...」

「どうした?」

「ジェノサイドが吹き荒れるぞ」

「何?」

 

 珍しく神妙な表情をしているセイバーに習って戦闘した後の現場を見るとどうしても勝ち目がない筈のデモ隊が活気に溢れていた。

 

「ふざけるな...ふざけるな!貴様のような悪魔がいるから!この世界はこんなことになったんだろ!」

「そ、そうだ!」

「どうせ力でしか示すことが出来ない悪魔が!」

「力で抑圧しようとするな!」

 

 どの口が。そう言おうとしたがその活気が狂気に満ちていることを察して何も言えなくなる。

 一人だけ勇気のある者がいたのだろう。ほかのメンバーはそれらについて行く。蛮勇だがその行為は最悪の選択だ。

 勝てるわけが無い相手に無策で突っ込む。そんなことをしたところで殺されるだけだ。

 

 予想通りその男は青年に近づきそして切られた。あの弓は特殊らしい。弧の部分が刃になっていて相手を斬ることが出来るらしい。そしてあのデザイン。どこで近いものを見た気がする。

 

「まさか...あれは...」

「知ってるのか?」

 

 思い出せ。絶対に近いものを見たことがある。あれは確か東京。エインヘリアルの本部で。代表のサーヴァントのレオナルド・ダ・ウィンチの部屋...いや工房で。

 

「...そうだ。ダ・ウィンチの工房にあったんだ...少し違った気がするけど...いや間違いない。確かに彼女はあれを作っていた」

「彼...いえ彼女が贋作を作るとは思えないわね」

 

 メディアの発言に頷く。彼女は相当のプライドがあるらしく、頼めば同じものを作ってくれるが他人と同じものを作るのは嫌がる所がある。リスペクト...とは思いづらい。もしそうだとしても彼が何故それを持っているのか説明ができない。

 

「となると盗んだ?まさか」

「あの男が天王寺零か」

 

 天王寺零。代表の友で代表が余裕があったら探してくれと言っていた男。確かこの崩壊直後代表に接触しているので確実にダ・ウィンチにも出会っている。そう考えたらわかる。彼女は彼にあげた弓のスペアを作っていたとすれば話は纏まる。

 

 

「あれが代表の...友」

「あの男の説明とはかけ離れた戦闘能力だな。赤子からボディビルダーレベルに進化している」

「...半年。たった半年だぞ」

 

 確かに半年あればそれなりに強くなることはあるだろう。しかしそうだとしても逆に強くなりすぎだ。成長が早いのか、代表には隠していた力があるのか。おそらくは両方か。

 どちらにしろ代表の友ならそこまで気にしなくても良さそうだ。こちらが名乗れば収めてくれるだろう。

 

 そう思った時だった。デモ隊の中から10歳ぐらいの少女が駆け出した。そのまま先程切られた男に駆け寄るおそらく彼の娘だろう。流石に人殺しをした自覚があるなら多少の罪悪感があるのだろう。少し彼の動きが止まった。そしてその次にとった行動は自分のド肝を抜いた。

 

「あいつ...まさか!」

「言っただろうマスター。ジェノサイドだと」

 

 天王寺零はその少女の首を掴み持ち上げる。襲ってくる相手でもないしもし襲ってきても大したダメージも与えられないような相手にそこまで危険視するのか。

 しかしセイバーは当然だろうと言いたげな顔をする。

 

「アレに危険性があるかないかなんて関係ない。ただ敵だと思ってるから殺す」

「...そうか。ちゃんとしてるんだな」

 

 心の甘さを捨てた強固で無慈悲な意志。それこそ戦う人に必要なものである。彼はそれを持っている...ということなのだろうか。

 

「いや。違う。別に高貴な物でも無ければしっかり者でもない。少なくともやつは自分をそう認識していない」

「...マスター。見ない方がいいわ」

「お、おいメディア!」

 

 メディアの声がかかったと思ったら視界が暗くなる。メディアがローブで顔を隠したのだ。視覚が隠された中で聞こえてきたのは地獄の断片のような断末魔と平常でありながら狂化している声だった。

 

 

「駄目だよ。叫んだら色々来ちゃうよ。顔のないボヤボヤしたものばっかり見るのももういやなの」

「きぃやぁぁぁ!やぁ!やぁ!」

 

 男の声は天王寺零のものだろう。しかし声色が異なる。まるでもう少し幼くなったような。10歳ぐらいの少年のような声だ。

 

「マスター!聞いちゃダメ!」

 

 メディアが声をかけるが耳はどうしても音を拾う。いや耳を塞げば聞こえなくなるだろうが何故か自分はそれを出来なかった。

 

「ほら出来た。じゃあおじいちゃんの所に連れていくね。大丈夫。すぐには死んじゃわないから。沢山沢山練習してね、そして僕は...」

「マスター。落ち着いて。あなたは何も知らない。あれはあなたが感じていいものじゃない」

 

 メディアの声がしたかと思ったら何も聞こえなくなった。おそらく音を封じる魔術か何かがあったのだろう。いやそれよりこの怒りを感じない平常な、しかし根底から覆ったような狂気はなんだ。狂気に飲み込まれながらも純粋。これではまるで子供だ。

 若返ったというのか。いや違う。まるで多重人格のようなものだ。こんなものと代表は友人だったのか。それを隠し通せたとするなら代表は余程運が良かったのだろう。彼をそのまま代表に言う訳には行かない。そう思わずにはいられなかった。

 

 そうしているうちに視界が明るくなる。音も聞こえるようになるメディアが目隠しを辞めたのだろう。隣ではこちらを心配するように見つめるメディアと少々気まずいような顔をしているセイバーがいた。

 

「あの青年は?」

「連れてかれた」

 

 問に答えたのはセイバーだ。自身の聖剣を出して、しかしそれ以上は何もしなかった。メディアが止めたとは思えない。おそらく彼女の理性がそこまでにしとけとしたのだろう。

 

「マスター。大丈夫?」

「俺は...ああ。問題は無い。あの少女は殺されたか」

「...そうだな。あの男は殺し方も器用だな」

 

 器用な殺し方というのは少し気になるがそれよりセイバーのこの顔も気になる。まるでこちらを心配するような瞳だった。流石に狂気に飲み込まれたものを見たからと言って自分もそうなるとは限らないだろうに。

 

「ちょっとあなたねぇ!マスターが今」

「いいよメディア。ありがとう...使い魔の見張りは?」

「しておきました。しかしあれが本当に基山さんのご友人。とは思えないのですが」

 

 確かにそうだ。現在わかっていること情報でもダ・ウィンチの作った武器とほぼ同じものを持っていたと言うだけの情報で彼を天王寺零とするのは危険だろう。とりあえず使い魔の情報待ちということだろうか。

 

「...うん...けど。何かそんな気がする。連れていった奴は?」

「誰かはわからんがマスターであることは間違いない」

 

 セイバーが言うに首にトンとなにかぶつけただけで気を失わせたらしい。あれは簡単に見えて意外と難易度が高い。少し強くすると殺しかねないのだ。

 

「俺たちのように覗いていたのか?」

「多分な。さてキャスターの使い魔の反応からしてやつのいる位置はあまり遠くないぞ?どうするマスター?」

 

 こちらをわざとらしく誘うようにセイバーは言う。ただ監視するだけなら使い魔で十分だろう。しかし彼が天王寺零にしろそうでないにしろあの戦闘能力と狂気に飲み込まながら純粋な異質さは間違いでは無いのだ。上手く使えればだが、『あの男』を倒すのに一枚噛んでくれるかもしれない。

 

「...メディア。本部からの通達はまだか?」

「ええ。まだ来てませんが」

「本部に天王寺零を見つけたと連絡しろ。セイバー。お前は俺と共に奴らの監視だ。遠くからでいい。もし彼を連れていったやつが葛城財団だったり人間同盟だったりしたら攻撃する。メディアもいつでもこちらに来れるようにしておいてくれ。天王寺零の場合話し合ってダメなら生け捕りを優先する」

「...わかりました」

 

 そう言ってメディアは霊体化する。霊体化すれば大抵の距離は関係ないのでそうして工房へと向かったのだろう。

 そして自分は手持ちの武器を再確認してセイバーについて行き、天王寺零の元へと向かう。

 

 

 

 歩いて数分も無かった場所に焚き火の光が見える。そしてその場所に二人の男と二騎の女性サーヴァントが座って話していた。

 一人は先程まで見ていた天王寺零そしてもう1人はどこかで見た事のある男は誰かというのは分からない。

 

「あれだな」

「ああ」

 

 サーヴァントはライダーとランサーとメディアが言っていたがどうやらその正体はメドゥーサと秦良玉らしい。もし戦うとなれば不安なのはメドゥーサの魔眼と秦良玉のトネリコの槍。メドゥーサの魔眼はセイバーオルタとメディアなら防御できそうだが、自分は防御手段がない。秦良玉のトネリコの槍、正式名称は白杆槍(はっかんそう)だ。それは反英雄を畏怖させる効果がある。メドゥーサもそうだがメディアも、もしかしたらセイバーもその効果を受けるかもしれない。

 

「ふむ...どうやら晩飯のようだ」

「腹すかさないで下さいよキング」

 

 腹を空かし始めているからか飛び出そうとしているセイバーを抑えながら見る。一応メディアが作った礼装を使って気配は消しているので気配探知などができるエルキドゥ等を除けば見つかることは無いだろうが、それでも大きな音を立てれば見つかる危険性がある。こんな馬鹿な理由で見つかって戦闘はしたくない。

 そうして見ていると誰かわからない男が気になる単語を言った。

 

「天王寺達也」

「ん?父さん?なんでその名前を?」

「て、天王寺...達也...!?」

「セイバー?」

 

 セイバーが恐ろしいものを見てるような表情になる。確かに天王寺零だと思われる男が天王寺達也という男のことを父親と言うということは姓が天王寺ということは確定しているということ。つまり天王寺零だと思って間違いは無いだろう。しかしセイバーオルタは全く違うところに驚いているようだった。

 

「マスター。いいか。天王寺達也というのは悪魔と呼ばれている男だ」

「いやなんでお前がそれを知ってんだよ」

「...聖杯からの知識だ」

「...なんだと?」

 

 確かに召喚されるサーヴァントは聖杯により、現代知識を多少教えられるがそれはあくまで常識の範囲。自分が知らないのに聖杯からの知識とは思えない。

 

「それほどの男だということだ。気をつけろ」

「...ああ」

 

 何故彼女がそれを知ってるかは一度棚上げするとして再び天王寺零とどこかで見た事のあるような男の会話を聞く...とその時その男が自身のサーヴァントと思われる秦良玉に端末を渡した。おそらく何かのメモだ。ここからでは確認出来ないが彼の正体を知るのに必要な情報になるだろう。

 

「遠見するか。ケーナズ」

 

 ケーナズとは遠見のルーンだ。これを使用することで秦良玉の手から端末に書かれているメモの内容を見る。

 

そこには暗号のように記号化されていたが何かしらの文が書かれていた。

 

「どうだマスター」

「待て。ちっ。見られても問題ないようにロックかけてやがる...とりあえずわかるだけでも」

 

わかる内容は少ないがまとめるとこのような感じになる。

 

天王寺零は不老不死について知らない。

彼の家系から捜索しろ。直接の情報は別の場所の可能性が高い。

天王寺零の抹消を聞け

 

「っ!まさかあいつ天王寺零を殺す気か」

 

 そして相手の名前も知ることが出来た。その名は君沢霧彦。そういえば見たことがある顔だと思ったら葛城財団の幹部だ。まさか顔を偽りもせず天王寺零に接触するとは。余程の自信家か。それとも知らないと見越しての判断か。

 

「セイバー。メディアを呼べ。仕掛ける」

「なにっ?」

「天王寺零を生け捕りにして東京に戻る」

「...わかった」

 

 セイバーが霊体化したのを確認して懐からワイヤーを出す。ワイヤーの素材は鉄。触るだけで切れそうな刺々しいワイヤ。それだけでもそれなりの戦闘能力はあるがそれを錬金術で剣の形に変える。

 そして自身の来ている服...ではなく服の役割を持つ魔術礼装を起動する。服として見るなら真っ黒の見た目にしては動きやすいスーツだが魔術礼装としてみるならレオナルド・ダ・ウィンチ特性の最速を出せる魔術礼装。現在は初期状態。自分の魔術礼装はギアと呼ばれる段階を変更することにより自身の枷を解除するとともに礼装によるブーストをかけて結果強化するという代物だ。

 

「言ってきたぞ。マスター」

「よし。合図したら飛び込む。相手のサーヴァントを無力化しろ」

「ふ。指示通りにはしよう」

 

 セイバーがエクスカリバーを展開したのを確認して魔術礼装を起動する。

 

「行くぞ...ギアチェンジファーストtoサード!」

 

初期状態から通常戦闘状態へ移行。

承認。

 黒いスーツに赤い線が入る。赤い稲妻が全身を伝う。バチバチとなると共にエンジン音のような音が鳴りだす。その音でおそらく気づかれた筈だ。しかしもう遅い。俺の速度にはついていけないだろう。もうギアは変えたのだから。

 

 そして加速をしながら突っ込んで行った。




今回の口直しタイム!
翔太郎のサーヴァントであるセイバーオルタもメディアもどちらとも翔太郎のこと気遣って行動してるのいいよね...いい....けど2人の方針に違いがあるから翔太郎がブレーキ役にならないと喧嘩を始めるという。
セイバーオルタだったら零のロリ解体ショーを見せていたでしょう。こういうことをするやつがいるんだと見せるために。
零がシリアスしか出来ないキャラなせいで翔太郎とかれのサーヴァントが光りますね...!

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17話 加速者と裏切りの影

バレンタイン...知らねぇなそんなもの。
ここまで遅れた言い訳をさせてもらいますと今現在とある崩壊世界シリーズ様とコラボ計画が進んでいまして。次回もまた1ヶ月程度空く事になるかと。その代わりコラボ始まったらドンドン進みますから!


 セイバーオルタの剣から出た膨大な魔力の渦。本来の聖剣の持つ光ではなく、その光すら覆い隠してしまう闇。

 

 宝具の使用だ。真名解放では無いのでそこまでの火力はないものの、人間に向けて放てば瞬間的に塵になるだろう。しかもこちらは防御手段が取れない。

 

 メドゥーサも防御技を持っていない。かわすことは出来るだろうがかわそうとしない。いや違う。後ろに自分がいるからかわせないのだ。     

 時がゆっくりと流れる。メドゥーサに手を伸ばすがメドゥーサは1歩も引こうとはしない。叫ぼうとしても声が出ない。

 

「伏せろ!」

 

 そこに1本の光が差し込んだ。その光は防壁となりセイバーオルタの攻撃を受け止める。その光の差し込んだ方を見ると霧彦が謎の本を形に持ちながらこちらに手を伸ばしていた。おそらくその本を使って魔術を使用したのだろう。

 

「霧彦!」

「長くは持たん!避けろ!」

 

 相槌すら打つ暇もなくメドゥーサを抱えてセイバーオルタの魔力の塊から逃げ出す。それと同時に霧彦の作った防壁が破壊された。

 

「良!あのサーヴァントを無力化しろ!」

「はい!貴方の良はやりますよ!」

 

 霧彦がそう指示すると同時に傍にいた神性が駆け出して槍を出してセイバーオルタに向けてまっすぐ突進する。トネリコの槍とエクスカリバーがぶつかり合い衝撃波と火花が散る。

 

「メドゥーサ。秦良玉の援護を。出来るだけ生け捕りで頼む。敵マスターは俺が」

「わかりました。ご武運を!」

 

 メドゥーサが目にも止まらない速度でセイバーオルタの回りを動いているのを確認して走る。スピードは相手の方が圧倒的に上だ。そしてこちらは弓を剣のように使えるとはいえ接近戦で確実に完封できるとは言えない。霧彦の援護もあまり期待できないしこちらの弓の魔術は詠唱が必要なため相手の攻撃を許してしまう。

となれば素の戦闘能力で戦うしかない。

 

 死の幻覚を見て相手の攻撃を避ける。姿を完璧に捉えることは難しいが気配と殺気、そして死の幻覚を見ればかわすことだけならできる。どうやらスピードは早いがそれに対応出来ている訳では無いようだ。早すぎて中身の人間が心配になる速度で走っているが全くそれが遅くなる気配はなくそれどころか早くなっている。おそらく()()()()()()()()なのだろう。

 

「くっ!」

 

 空中での完璧な方向転換。曲がりながらもそれはまだ()()している。まるで上限をなくしたようにそれは止まることを知らない。このままいけば殺気などで先読みしても対応できなくなる。

 最優先は相手の攻撃をかわすこと。次にこの動きを止めること。

 

 思考開始。

 相手の行動を50のパターンで纏める。実行。失敗。相手の動きは生物であるが故のブレなどが含まれ、パターン数が多い。相手の行動のブレを1パターンとして再び纏める。実行。成功。しかしそのブレにより生死を分けるのは間違いではない。プロセスに重大な欠陥を確認。先程のプログラムを破却。

 次のプログラムを要請。

 

「結局ダメか!」

 

 思考を加速させても流石にこれだけの情報では攻める体制に移るのは難しいだろう。確かに荒があるのは仕方ないだろう。この速度なら適当に走り回るだけでも十分脅威だ。

 

 思考開始。

 敵対象の加速度を測定。不可能。敵対象の速度のデータが不足。データ収集を要求。

 

 どうする。メドゥーサの目の前でカッコ付けたのはいいが対抗策が取れないのなら意味が無い。ここで即席のトラップでもはるか。しかし即席とはいえそれを作り行使させてくれる時間を稼がせてくれるか。正直に言うと賭けだ。相手をかわす瞬間にできる邪魔で時間を作ってトラップを作ってそれに戸惑っている間にもっと強力なトラップを制作。要するにわらしべ長者だ。交換ではなくより上位のトラップ。求める時間は5秒程度。それだけあれば相手を止められるだけの魔術を行使できる。

 

 最初の邪魔はシングルアクションが好ましい。しかしルーン魔術なんて自分には使えないし、他のシングルアクションの魔術も厳しい。となると強化...は邪魔に使えない。かなり選択肢が少なくなってきた。手札が少ないのはそれだけでも危機的な状況に陥りやすい。

 話を戻そう。錬金術、治癒。以ての外だ。転換、変化、結界。準備時間が長い。

 手持ちの魔術礼装で使えそうなものは無い。

 

「っとなるとっ!?」

 

 相手の攻撃をかわして1度立ちどまる。そして呼吸を整える。相手の真正面に立ち、右腕を前に突き出して構える。

 落ち着け。大切なのは相手を止める時間を作ること。決して殺すことではない。死の幻覚を見る。相手はこのまま速度を緩めるどころか加速して自分の腕を切る。死の幻覚としては弱いが腕を切られたことよる出血死がそれに当たるのだろうか。どちらにしろ幻覚が見えるのならいい。それにしたがって相手が動く。相手は武器を変更したようには見えなかったので武器は剣だろう。それも何かの形状を変化させたようなものだ。ならばそこには一定の魔力がある。

 

 右腕に刃が当たる。鋭い痛みを感じるより先にその刃を掴む。ほとんど先読みに従っているだけのどちらかと言うと勘に近い。しかしだからこそ相手は驚き、動きが止まる。

 

「何!?」

「はぁっ!」

 

 相手のその武器は魔力を含み、元の形から魔術で強引に形を変えたもの。となればそれだけ脆くなっていてもおかしくない。

 その武器に無茶苦茶な強化をする。強化魔術はその名の通り強化が目的だが、それは完成品に筆を加えるようなもの。このようにめちゃくちゃな強化をすれば逆に弱体化する。そしてそこに許容量を超える魔力を流し込む。

 

「ちっ!」

 

 するとその剣は半ばで砕けた。より大きな神秘を持つ英霊のものなどには効果がないかこれが対人戦のただの武器なら話は別だ。これを名付けるとするならば破壊魔術。新たな形の複合魔術だ。

 

「なんだと...!」

「よっと!」

 

 それに驚き怯むその男を先程までのお返しとばかりに蹴りを入れる。バランスボールのようにバウンドしながら飛んで行ったそれに追撃を加えようと弓を展開したその瞬間サーヴァントの気配を感じた。

 はっとなり、上をむくとそこには蝶の翼のような影が見えた。

 

 

「マスター!」

 

 自分の目の前に光の柱がたった。いや、ビームが通過したのだ。当たり前だが普通の人間がそんな魔術を使えるわけが無い。となるとサーヴァント。それもキャスタークラス。上を見上げるといたのはキャスタークラスのサーヴァントでも有名なメディアだった。蝶の翼のようなものを生やし、こちらにビームを連続で放ってくる。

 

「レイ!」

「大丈夫」

 

 近くでメドゥーサの声が聞こえたので返す。どうやらセイバーオルタの捕縛には成功したらしい。秦良玉がセイバーオルタに馬乗りになって拘束している。となるともんだいはこのサーヴァント。しかし周りに他のマスターの反応がない。先程までのメディアのように反応を隠しているのか。いや、違う。ならばメディアは敵マスターのことをマスターとは呼ばない。

 つまり相手は二騎の以上のサーヴァントを一人で使役していたということだ。規格外の強さを持っていると思っても考えすぎではないだろう。

 キャスターのビームは対魔力Bぐらいなら重症だ。しかしそれでも簡単に連射できる訳ではない。UBWルートのそれでは連射していたがあれは柳洞寺という霊脈として良い場所にキャスターが陣地を張っていたからだ。 

 しかしここはキャスターの陣地でもなければ霊脈としていい場所でもない。すぐに燃料は尽きる。

 

「...こいっ!」

 

 持久戦となれば本来ならこちらの方が不利だが、キャスターがあの攻撃を連続して行うと言うことは持久戦をする気がないということ。

 即座に矢を展開してキャスターと一定の距離を維持する。

 

 

 

 

その頃のサーヴァント同士の戦いは。

 2対1という有利な状況だと言うのに負けるどころか1歩も引かないセイバーオルタを見てメドゥーサは唇を噛み締める。敏捷はこちらの方が上。宝具での火力勝負となればセイバーオルタの方が勝つだろうが秦良玉が隙のないやりさばきでセイバーオルタに宝具を出させようとしない。

 

「はぁぁっ!」

 

 そこに突進を仕掛けセイバーオルタを吹き飛ばす。最高ランクの速度から出る突進はいくらブリテンの騎士王といえど耐えきれず地面に二本の線を作りながら引きずられていく。

 

「やるな...!ならば!」

「やらせません!」

 

 それにより生じたお互いの隙を槍を持って追い付いてきた秦良玉が攻撃する。しかしその攻撃はセイバーオルタの鎧を貫通するにはいたらない。

 エクスカリバーと白杆槍が打ち合い火花を立てる。しかし宝具のランクも使い手の技量も圧倒的にセイバーオルタの方が上だ。徐々に秦良玉は押されていく。

 自分ができるのは走り回ってセイバーオルタの動きを止める事と隙の大きな攻撃を仕掛けようとしたら重い一撃を加えること。零から魔眼の使用許可は降りてない。おそらく霧彦と秦良玉の巻き添えを考えているのだろう。魔眼を使えれば重圧をかけて拮抗する、いや零がマスターのこの状態なら一方的に攻撃する事も可能だったが、良いと言われていないので仕方がない。それがマスターの意思なら従うのみだ。おそらく零の狙いはセイバーオルタの制圧でなく、敵マスターの捕縛なのだろう。

 

「ならば...!」

「ちっ!足掻くな!」

 

 鎖をセイバーオルタに差し込む。彼女の魔力放出ならすぐに破られてしまうだろうがその間に攻撃を行えば問題は無い。

 

「はあっ!」

 

 鎖を勢いよく引っ張り、セイバーオルタをそのまま持ち上げる。怪力スキルを使用すれば鎧の重さなど大したことは無い。自分の怪力スキルはB。怪力スキルのランクは主に持続時間を意味する。使いすぎると魔獣となる可能性を秘めるが彼のサポートがあればそれの抑制も十分可能だ。

 

「ああ。そうですね。レイに魔術の指導をしなければなりませんでした」

「貴様っ!」

 

 セイバーオルタが振りほどこうと鎖を持つがもう遅い。そのまま振り回し地面に何度も叩きつける。地面にヒビができ、衝撃波を出す。

 流石に鎧をつけているとはいえこの衝撃は何度も耐えられるものでは無い。何度か叩きつけた後鎖をセイバーオルタから抜いて最後の叩きつけを行う。

 砂埃が舞い、所々にクレーターが生まれる。並の英霊ならもう戦闘不能どころか退去しているだろう。しかし彼女はサーヴァントとしてもトップクラスの強さを誇る。

 ゆっくりと立ち上がった。しかしその鎧は泥だらけで血がそこら中から流れて顔もキツそうな顔をしている。

 

「まだやりますか?」

「...ふっ。知れたことを。まだ私は負けてなどおらん」

「まだやるようですね...」

 

 ボロボロの状態でありながら聖剣を持ち上げる。もうこの状態なら真正面から挑もうとしない限り負けはしないだろう。この状態でも彼女の白兵戦の戦闘能力は相当高い。しかし先程までのような火力に任せた攻撃はもう行えない。これは無力化は厳しそうだ。痛めつけても立ち上がり、やり過ぎれば倒してしまう。ならば仕方がない。自分のマスターに手を上げようとしていたのだ。その罪は悔い改めてもらわなければ困る。

 

「秦良玉。後は大丈夫です。貴方のマスターを連れて撤退を」

「いえ。マスターはこの場であのサーヴァントを押さえるように言いました。マスターにもなんらかの策があるのでしょう」

 

 秦良玉に撤退を提案するが棄却される。秦良玉のマスターの考えること...は分からない。確かにこの状態で2対1なら抑え込むことは出来るだろうが目的はそれではないだろう。倒したいなら倒せと命じれば済む話だ。

 

 両手を地に付ける。この状態で走り、後ろに回って重い一撃を与える。それでおそらくセイバーオルタは戦えなくなるだろう。いや流石にここまで来て負けず嫌いは発動しないはずだ。

 

「このまま負けを認めるなら貴方のマスターの無事も保証しますが」

「ふっ。私のマスターがあのようなひよっこに負けるわけないだろう。貴様こそ、自身のマスターを保護しに行ってやったらどうだ。もうそろそろ...なっ!?」

 

 そう言ったセイバーオルタがマスター同士の戦闘を見て驚きを隠せず口を開けたままになった。そこにあったのは零が敵のマスターを蹴り飛ばしている構図だった。

 セイバーオルタは自身のマスターの能力を過信していたようだが、零の直接的な戦闘能力は並のサーヴァントと勝負ができる程だ。あくまで人の範疇の中で強い敵の魔術師と比べるまでもない。

 

「ひよっこ...とは誰でしょうね。セイバー。私のマスターはその程度ではありませんよ」

「ちっ。マス...」

「行かせません」

 

 敵のマスターの援護に向かおうとするセイバーオルタを蹴り飛ばす。吹き飛んだセイバーオルタを秦良玉が追いかけて体勢を戻す前に連撃を加えて地に伏せさせる。

 

「くそっ!この小娘が!」

「この中で1番小娘に近いのは貴方ですけどね」

「いいぞ良!そのまま抑えつけろ!」

「了解ですマスター!」

 

 セイバーオルタの抵抗は秦良玉が抑えこんでいるので気にしなくても良いだろう。その秦良玉に強化魔術が施される。霧彦がやったのだろう。自分のサーヴァントとはいえ他人に、それも離れた距離で強化魔術を付与するのは相当難易度が高い。それを行っているのだから彼は優れた魔術師なのだろう。後は零が敵マスターを捕縛するのみ。彼は生け捕りは苦手分野なので補助しに行った方が良さそうだ。そう思った時、彼の真上に何かの反応を見た。

 

「マスター!」

「っ!」

 

 しかしその反応を感じた時には遅かった。その大きな蝶のようなものから光の柱が出てきて零の足元に着弾する。それを放ってきたのはメディア。自分と同じく根暗でありながら妙に前向きになるサーヴァントだ。

 砂埃が舞い、彼をシルエットにする。あの攻撃は当たったら零といえど即死だろう。

 

「レイ!」

「大丈夫」

 

 砂埃が晴れるとそこに居たのは弓を斬る体勢で構えている零だった。どうやらやる気のようだ。右腕から血が大量に流れているので連戦はキツイだろうが彼本人かやる気なので仕方が無い。

 

「こいっ!」

 

 零がそう言うと同時にメディアがビームを放つ。いくら神代の魔女である彼女であろうとそれを連発するのは辛いはずだ。しかし敵のマスターとの魔力パスが十分に伝わっているのか、零に向けてそれを連射する。

 勿論それを零が理解できないはずも無く華麗なステップでそのビームをかわしていく。

 

「set、指定(include)雷を纏え(thunder)

 

 ビームの攻撃が止んだ所を見計らって矢を生成して放つ。その矢はメディアの蝶の右方向の羽に命中する。そのまま矢は魔力として分散する。

 

 

「あ、きゃぁぁ!」

 

 その瞬間、メディアの全身に雷撃が走る。彼の魔術の効果だろう。サンダーということは雷、或いはそれに類する能力を持っているということだ。メディアが痺れて動けなくなっている隙を狙ってそのまま追撃をする。杖を弾き、飛べないように蝶の羽を破壊する。その戦闘はキャスタークラスのサーヴァントが相手とはいえ、一方的だった。一方的な蹂躙が繰り広げられているとメディアの後ろに魔力の反応を感じた。零を狙って直進してくる存在がいる。

 

「レイ!」

「チェックメイト!」

 

 すぐさま横から入ってメディアを蹴り飛ばし、その存在の攻撃を受け止める。折れた剣にスーツのような衣服。おそらくそれは敵のマスターなのだろうが様子が違う。仮面を被り、スーツのような衣服も色が変化している。肩には装飾品が付いている。

 先程までのスピードが魔術礼装による強化なら段階が変わったのかもしれない。

 

「やらせません」

「...セイバー!」

 

 彼は自分と戦っても不利だと感じたのかポケットに手を突っ込み何かを差し出した。何かの文字が書かれている石のようなものだ。異様な気配を感じてそれを弾く。

 

「待てメドゥーサ!」

「しまっー!」

 

 零の声が聞こえたがもう遅い。その何かは短剣が当たった瞬間に黒い煙を出す。それは視界を埋めつくし、相手の存在を覆い隠す。視覚を封じられた。

 

 

 黒い煙によりメドゥーサの姿が見えなくなる。自身のサーヴァントの存在すらあやふやになっているのだ。、おそらくこの煙は気配遮断の効果があると言っても過言では無いはずだ。おそらくメドゥーサの魔眼対策、そして同士討ちを恐れて自分達が上手く動けなることを狙って奇襲を仕掛けたいのだろう。おそらくだが逃げることは無い。逃げるとしてもセイバーオルタがあのままでは逃げるに逃げられないはずだ。敵マスターがここでサーヴァント一体を切ってでも生き残ることを優先するようなマスターなら話は別だが。

 

 思考を加速させる。

 おそらく彼らが霧彦の言っていた魔術師だろう。あの加速はとても早いがその分単調だ。予知さえできれば対処の方法はある。保有サーヴァントはセイバーオルタとメディア。両方ともサーヴァントとしては間違いなく一流だ。セイバーオルタは霧彦と秦良玉が押さえてくれているがセイバーオルタが魔力放出でも使えば抜けられる可能性はある。

 つまり大切なのはいち早く敵マスターを捕縛すること。そしてそのサーヴァント2体を止めて、何故こんなことをやったのか。誰からの指示かなどを尋問する。そしてそれに必要なのは捕らえられているセイバーオルタの存在だろう。メディアもそれを見て出てきたと思っても間違いでは無さそうだ。まだ隠し玉がある可能性は捨てきれないが隠していたメディアをここで出してきたのだ。勝利の確信があるか撤退を優先したか。

 

「天王寺!」

「んなっ!?」

 

 名前を呼ばれたのでそちらを見ると姿の変わった敵のマスターが自分の右腕を掴んでいた。そのまま左腕も掴まれて足元を掬われる。

 名前を呼ばれた。それはつまり、彼は自分のことを知っている。天王寺達也の息子としてか、もしくは天王寺零という人間を知っているのか。

 

「何故その名を」

「代表がお前を探している...来い!」

 

 その男は自分を抑えたあとそのまま腕を固定して言ってくる。狙いは自分だったのか。それにしても代表という言葉。そういえば柏原さんも言っていた。別の組織の別の代表という可能性が高いだろうがそれにしても自分に注目する理由がまだよく分からない。

 

「代表だと...!?」

「ああ。あの男は危険だ。直ぐに逃げろ」

「今この瞬間に殺そうとしてきてよく言うよ...!」

 

 あの男というのはおそらく霧彦だろう。言い方からして代表という人ではない。しかし分からないのがそこまでして霧彦のことを避けるのか。そして何故自分の諸事情に詳しい。

 どちらにしろ自分は出てきて直ぐに殺そうとしてきているやつより飯をくれた霧彦の味方をする。

 

「...あの男は葛城財団の幹部だ。おそらくお前を殺すために出した」

「証拠すらないのによく言う。俺からすればお前の方が余程危険だ...よっと!」

 

 喋っている間に溜めていた魔力を魔力放出で打ち出す。魔力放出はその名の通り魔力をそのまま打ち出すもので上手く使えばロケット並の火力を出せる。溜めた時間は短く威力も計算しているのでその攻撃は敵のマスターを強引に吹き飛ばす程度だった。

 黒い煙へと吸い込まれるように消える敵マスター。しかし勿論加減したので先程の攻撃で死ぬことはない。となれば次来るのは仕返しだ。

 

 

「いつか裏切られる!そして絶望するのはお前だ!」

「何が言いたい...!」

 

 自分と霧彦の間を割くならもっといい方法があるだろうに、何故わざわざこんな回りくどい、そしてミスの危険性が高い手に出るのか。

 再び仕掛けてきた敵のマスターの攻撃を弾きながら会話を再開する。

 

「代表の元で共に戦え天王寺零。お前の戦闘能力なら代表だって」

「だからなんなんだ!お前も!代表ってやつも!」

「いいから来い!時間が無い!」

 

 上手く自分を利用できないことに焦りを感じたのか敵のマスターの動きが加速する。もう先読みをしても厳しいほど早くなっている。とはいえこの加速に身体がついていけているとは思えない。動きは単純になっている。しかし抵抗などがかかっているようにはとても見えない。

 

「天王寺!ふせろ!」

「ちっ!」

 

 そう声が聞こえたので反射的に伏せると自分の周りを光の壁のような物が囲んだ。霧彦の魔術だ。

 それを見て敵のマスターは引く。

 

「...君沢霧彦!もう無駄だ!諦めて天王寺零を解放しろ!お前の身分ならもう喋った!」

「なにを!」

 

 敵のマスターが止まったところに秦良玉が攻撃するがそれは何故か解放されているセイバーオルタが弾きセイバーオルタが再び黒い煙をだす石を出しそれを切りつけ、煙を出した。そのまま黒い煙は敵のマスターとセイバーオルタ、そしてメディアを包み込む。不思議とこちらには全く来なかったがもう撤退したのだろう。気配を感じられなくなった。

 

「...逃がしたか」

 

 近くまでよってきた霧彦がそう言いながら光の壁を解除する。その顔は苦虫を噛み潰したような顔だった。それは自分の正体がバラされたことなのか、敵対してきたマスターを逃がしたからかは分からない。

 

「レイ」

「メドゥーサ...うん。大丈夫」

 

 メドゥーサも近くによってきた。どうやら自分が敵のマスターと戦っている間にセイバーオルタかメディアと一悶着あったらしい。少し身体に傷がついていた。

 何も言わずにその横をとおり、横に並んだところで治癒魔術を施してその傷を治す。そしてそのまま霧彦の目の前に立った。

 

「霧彦」

「...どうした?」

 

 「お前は葛城財団の幹部なのか?」そう聞くのは容易いがはばかられた。もしそうだったとするなら自分を殺すタイミングなんて十分あっただろうし、まずセイバーオルタの攻撃から守るなんてことはしない。それにやっと出来た仲間との間にこんなことで溝を残したくない。

 

「いや。大丈夫か?君も秦良玉も」

「ああ。セイバーオルタに暴れ回られたが何とかな」

 

 対する霧彦も気まずそうな表情をしているが葛城財団という単語は出さなかった。そもそも勘違いされるなら葛城財団の団員の服を奪って未だにそれを着ている自分の方が勘違いされやすいのだ。なのに霧彦はそんなことを思いもしなかった。自分がメドゥーサというサーヴァントを連れて歩いていることからだろうが。

 

「...とりあえずこの場を離れよう。またいつ襲われるか分からない」

「同感だ。良!荷物をまとめろ!こちらは使い魔の監視がないか確認する」

「はい!」

 

 秦良玉がいい返事をしながら焚き火の火の処理を始める。どうやらもう夜は終わったらしい。朝の日差しが自分達の視界に移る。その雰囲気で幾許か楽になった。まぁ、秦良玉に信用されるようなマスターなら大丈夫だろうと。

 

「支配ができるのか?」

「いや。残念ながら魔術は置換と転換以外はからっきしでね」

 

 では先程の盾はなんなんだ。と言いたくなるがもしかしたら転換魔術を利用した魔力障壁かもしれない。この世界でオリジナルの魔術を作るのは難易度が高いがその説明からしてローアイアスのような結界型のものでもないだろう。

 

 

「なら俺がやろう。その辺の小動物を使って使い魔を作る」

「レイ」

 

 すると察しのいいメドゥーサが何処かで捕まえてきたのかコウモリを数匹出してきた。

 

「ありがとう」

「出来るのか?」

「まぁな。小動物程度なら。魔力抵抗の高い人間は無理だけど」

 

 支配の魔術はその特性からいつかサーヴァントの契約の際に必要になると感じていたので多少勉強はしていた。コウモリの羽を丁寧に開き、おそらく心臓があると思われる位置に手を当てる。

 新しい水路を開くようなイメージでそのコウモリに魔力を流す。そして術式を展開する。

 

「おお」

 

 隣にいる霧彦が感心しているが実はこの支配の魔術は大したものではない。気を失っている、その上魔力抵抗のない存在に命令に従うという契約を無理矢理つかせる程度ならやり方さえ理解すれば素人でも可能だ。これはそれに加えて特定のプログラムを実行させているだけ。

 そのまま数匹のコウモリに全て魔術をかけて解き放つ。実行させているプログラムは術者、つまり自分の周辺、半径10mの範囲内を飛べ。味方には当たらず、視覚を封じないように動け。一定以上の魔力反応が見られたら報告しろ。の3つだ。戦闘能力は全く持っていないので盾としても期待は出来ないがそもそも野生の動物を使った使い魔にそこまで期待するのは無理なものがある。

 

「周辺に索敵をさせている。ほかに使い魔がいたら知らせるようにはしておいた」

「しかし相手にはキャスターがいました。レイより強固な術式で使い魔を作って放っている可能性が高いです」

「こちらにはキャスターよりも魔術が上手い奴なんていねぇんだ。諦めて逃げた方がいい。良!」

「ええ!準備は出来ました!」

 

 どうやらここを離れる準備が出来たようだ。秦良玉が重たそうな荷物を全く感じさせないように背負っている。キャンプ道具だろうか。

 

「それで?行くなら何処に行くんだ?」

「俺達の目的地は一応人が多いところだけど..」

「そうか。じゃあそうしよう。そしてその前に聞きたいことがある」

「なんだ」

 

 霧彦の顔が神妙なものになる。先程まで笑っていた秦良玉も笑いを止めて槍を出した。返答次第では殺すというようだ。しかしその槍はおそらく動かない。メドゥーサも同じく構えているし何よりここで戦うメリットはお互いにない。そう信じようと思う。

 

「お前、本当に知らないんだな」

 

 場に冷ややかな雰囲気が流れた。




今回の口直しタイム!
メドゥーサがマトモに戦闘したのもしかしたら今回が初めてではないだろうか。劇場版では拮抗がギリギリだったものの、今回はマスターの力量がデカすぎるため割と有利という。やっぱりマスターの差って大切なんだな...そして割と真面目に魔術師やってた零。弓の魔術も扱いやすいから使うだけであり、普通に強化や錬金術での戦いもできるから魔術師としては天才...と言われるかは分からないけど才能は普通にあるんですよね。

そして零に明かされた霧彦の正体。ここから物語が《加速》するーーのか?


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18話 決意


あとはアンケート機能とかも使って見たいけど質問することがない。いや、あるにはあるけど誰も答えてくれないかもしれへんし

この話は兎に角本作で大事なお話です。ええ。
天王寺達也のという鍵を握るキャラに迫る話でもありますしね。
...誰か考察とかしてくれてもええんじゃよ?




「お前、本当に知らないんだな」

 

 彼はそう言った。その目は嘘をついたら許さないという強い意志を持っている。あの瞳に嘘はつけないだろう。そもそも本当に知らないので意味無いのだが。

 

「ああ。知らない」

 

 何を知らないかということは察しがつく。天王寺達也。自分の父親の秘密についてだ。ここまでの彼の話で父親が実はやばい事に手を出しているのでは?と思うようにはなったが実際にそれがなんなのか。どれほど危険なのかというのは全く分からない。

 

「...嘘じゃないな」

「そもそも、そんなことを考えたことがなかった」

 

 実際自分の父親がどんな人間なのかということを詳しく調べようとする人間は少ないだろう。裏の顔がわかるほどなら尚更だ。

 

「...本当のことを言おう」

「ああ」

 

 秦良玉が槍を収めてため息を着く。その動きを見てメドゥーサも構えを崩す。どうやら戦闘はないようだ。良かった。

 しかし霧彦は神妙な顔つきのまま口を再び開く。

 

「...俺は天王寺達也の実験、そのデータを取ってこいと言われた」

「父さんの...実験」

 

 どうやら父さんは何か実験をしていたらしい。しかし彼は科学者ではない。医者だ。医者が通常実験なんてするはずがない。彼らが欲しがるのなら尚更だ。

 するとメドゥーサが自分と霧彦の間に立った。

 

「君沢霧彦。レイにそれ以上は」

 

 どうやら彼女は知って欲しくないようだ。今までより抵抗が強い。普通に考えればこれからのためにも知っておくべき情報だ。もし嘘だったり、間違いだとしても。天王寺達也の息子として父親のことは知っておきたい。それをメドゥーサが頑なに隠そうとしている。そこから導き出される真実はひとつ。

 

「知ってるの?」

「...黙秘します」

 

 ブレイカー・ゴルゴーンをつけているので大まかな感情しか分からないが教えたくないのが真実らしい。そして知っているということも確定したと言ってもいい。ならなぜ知っているのか。教えてくれるような人とはまだ語り合っていない。聖杯からの知識だろうか。いや、それでは知っていて当然のことしかないだろう。あくまで常識の範囲内だ。天王寺達也と言うおっさんの話など聖杯も教えるとは思えない。そう思われることは彼女だって承知の上のはずだ。しかしその顔は令呪で命令されても言いませんと言っているように見えた。それほど彼女は心配してるのだ。彼がどれほどのことをしたかは覚悟しなければならない。

 

「聞かせてくれ。霧彦。俺の父親のこと。父さんは、天王寺達也は何をしたんだ?」

「レイ!」

 

 メドゥーサが自分の肩を力強く掴む。その顔は今まで色んな作品で見た彼女の顔とは全く違って見えた。いや、こんな表情をしているメドゥーサなんて見た事がない。肩が壊れてしまいそうなほど強い力。それは心配してくれている証拠。自分のことを考えていてくれているということ。それは確かに嬉しい。自分は大切にされているということが自覚できる。でもそれは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「...ごめんメドゥーサ。でも俺は...知らないと前に進めない。そんな気がするんだ」

「...レイ。...っ。分かりました。しかしこれだけは忘れないでください。貴方がどんな存在であろうと。どんな罪を背負おうと。私は貴方の味方です」

「ありがとう」

 

 胸の奥に罪悪感が積もる。彼女がこれほど心配して止めてようとしてくれたことを知って、その真意を聞くのだ。覚悟して、受け止めなければならない。天王寺達也の息子として。

 

「いいか?」

「ああ。頼む」

 

 すると霧彦は重たそうな口をゆっくり開いて言った。

 

「結論から言うと。お前の父親は人体実験をしていた。噂ではかなり非人道的なものだったらしい」

「人体実験...」

 

 霧彦が言った言葉を繰り返す。人体実験。人体実験。軽いものでは試作品のクスリを飲んでもらったりなどの臨床実験がある。しかしそんなものでないことは察しがつく。コレラ菌や腸チフス菌をわざと飲水に入れて感染力を試したり等あまり詳しくはないが非人道的なものも多い。

 なんの実験か。人体実験に使った人は何処から来たのか。そもそもなんの為に。何が目的で。そんな疑問が多く出てきたがその中で一番に出てきたのは理解だった。

 この前見た記録。小さい頃の()()が名も知らぬ少女を、泣きながら助けを乞う少女の四肢を切る記録。その中で少女は自分のことをこう呼んだ。達也君と。何故父親の名前なのか。全く分からなかったがその()()が天王寺達也だとすれば納得がいく。そしてその後少女は人体実験にでも使われたのだろう。

 

「何を求めていたのか。色々と説は飛び交うが最も可能性が高いとされているのは不老不死の実現だ」

 

 不老不死。この崩壊世界に影響されているFGOの世界、いや型月世界では第3魔法の魂の物質化が有名だが少なくとも現代では不可能だ。

 

「不老不死...そんなこと」

「無理だと思うだろ?実際昔の中国では水銀使った練丹術とかいって不老不死の霊薬作ろうとした結果水銀飲んで何人も死んでる。人の体には限界があるんだと現代人なら誰しもが知ってること」

 

 そう。不可能なのだ。肉体はいつか朽ち果てるもの。魂が永久のものだって型月の解釈でしかない。

 しかしこの世界(現実)は妄想へと鞍替えりしようとしている。その中で不老不死が実現するかもしれない。しかし、それは...不幸だ。

 

「...永遠って言葉は嫌いか?」

 

 少し柔らかい表情で霧彦は問う。しかし柔らかい表情とは裏腹にお前は誰なんだと言っているように感じた。

 嘘はつかない。少なくともこの場では嘘はつかない。そう決めたのだ。だから思ったままのことを言う。

 

「ああ。永遠なんてあるもんか。そんなもんがありえないから『今』を楽しむことが出来る」

「ロマンチストだな」

「...否定はしない」

 

 こんな世界で、そんなロマンチックなことを考えられるのはおかしいだろう。そのことも否定はしない。だがこれが自分の気持ちなのだろう。

 それはつまりまだ決まった訳では無いが『不老不死』を求めた天王寺達也の否定。自分の父親の否定。それは周りにはどう映るだろう。

 

「...そうか。話を戻すぞ。少なくとも天王寺達也はそれを求め、幾つもの人の命を奪い、実験を繰り返した。そしてそれを」

「実現したのか?」

「それは定かではない。少なくとも俺はそれを見つけるためにお前らを探した」

 

 霧彦の言葉がだんだん泥を纏うように重くなっていく。彼がこれ以上何も言いたくないと言っているように感じた。

 しかし自分は言わなくてもいいとは言わない。逆に聞かせろ。そう言い続けるだろう。

 

「お前が嘘をつかないなら俺も嘘をつかない。...俺は葛城財団の幹部。君沢霧彦。天王寺達也の実験の結果、及び不老不死を求めて使わされた人間だ」

 

 彼は今言った。間違いない。一字一句しっかりと聞き取った。彼は今ここで認めた。自分が葛城財団の人間で、天王寺達也の研究の結果が欲しいんだと。

 

「...お前は」

「何?」

「怒っているか?」

 

 ならば知っているだろう。自分が葛城財団の拠点を襲ったこと。なんの恨みがある訳では無い。ただそこにいたという理由で多くの人命を奪ったことを。

 

「あいつらに関しては俺は怒っていない。同じ組織の人間でも、顔も名前も知らないから、怒れない」

「...そうか」

 

 霧彦が怒っていないという言葉を信用して頷く。少しだけ安心した。本来なら恨まれて後ろから刺されても文句は言えない。自分も同じようにしてきたのだから。

 

「気負いすぎるな。確かにお前は天王寺達也の息子だろう。彼が人体実験をした理由もまだ不老不死ってのは確定じゃない。そもそも人体実験をしたというのも嘘かもしれない...まぁ、もしそれが事実だとしても。お前は天王寺達也じゃない。零。それがお前という存在に当てられた名前(意味)だ」

 

 霧彦が肩を優しく叩く。話はここまでだろう。自分は今葛城財団と敵対関係にあると言っても間違いじゃない。そんな自分が、葛城財団の幹部と長い時間話しているのはあまり褒められた話じゃない。霧彦の場合はもっと重い。

 

「...」

「天王寺達也の実験のことは息子の天王寺零も知らない。俺は代表、葛城恋にそう伝える」

 

 ゆっくり霧彦は離れる。秦良玉が彼の後ろをついて行く。これで終わり。君沢霧彦という男との繋がりはここまで。これからは自分も葛城財団と敵対関係を続ける。いつか彼と殺し合う日が来るかもしれない。その時自分は彼を殺すだろう。敵としてなんの慈悲もかけず。

 

「...俺も。いや俺は」

「...レイ。もう無理は」

 

 メドゥーサが心配するように止める。自分のしたいことが分かっているのだろう。彼女もこの事実が手を出てくることを理解して、だからこそ恐れた。

 

「してない!霧彦。俺はまだ知らない!だから知りたい!」

 

 霧彦の足が止まる。しかし彼は振り返ろうとしない。

 しかしこれが自分の本心だ。天王寺達也という父親のことを信じてそんなことをしてないと思うからそれを証明したいという訳でもない。ただ知りたい。特に大きな理由がある訳では無い。ただ何故そんなことを考えて、犠牲を引き出して。その意義が知りたい。

 

「その先は地獄だぞ?」

「...っ!」

 

 彼の言葉が胸を突き刺す。これまでの発言でなんとなくわかった。彼がFate作品にあまり詳しくないということが。しかしその言葉はまるで本当にその先の未来を知っている()が言っているように感じた。それだけの重みがあるということ。知ろうとすることはこれから自分は天王寺達也の息子として現実に向き合う必要があるということ。彼がどんなことをしようと自分は受け止めなければならない。

 

「その覚悟はもうした!そもそもメドゥーサが隠そうとしていた割には全然分からないじゃないか!」

「...レイ」

 

 もういい。もうやめてくれ。彼女のそんな悲痛な声、しかし音にはならないそれ声が聞こえる。それでも自分は続ける。つまりこれは彼女に対する裏切りになるだろう。彼女は俺の事を憎むだろう。それでも、知りたい。

 

 

「知りたいのはそれだけか?」

「ある。まだ沢山ある!わかるさ。わかってたんだよ最初から!俺はおかしい!もしそれが...もしそれが!」

 

 今見える幻覚。自分の中にある誰かの記憶、自分でも自分が何をしているのか分からなくなる時がある。これがおかしいことなんてわかりきったことだ。その秘密を知りたい。何故こんなものを見なければならないのか。そんな欲求を半年間抑え続けた。しかし今と向き合うには知らなければならない。

 世の中には知らない方がいいことなんて沢山ある。それをわかってその世界に足を入れる。

 

「お前も中々残酷な男だな」

 

 自分の考えていることを理解したのかこちらを向かないまま霧彦が笑うように言う。『それはもしかしたら天王寺達也のせいかもしれない』。つまりこれは自然発生かもしれない事実に対する罪のなすり付けをしようということだ。しかし不老不死という生命に関係する概念に自分の死の幻覚を見る瞳や謎の心は無関係とは思いづらい。

 

「...天王寺達也のことについては分からないことが多い。天王寺達也の家。つまりお前の実家に調べに行った奴らがいる。キャスターのサーヴァントを何騎も率いて魔術的な隠蔽工作があっても気付けるようにってな。結果は何も無かった。しかし天王寺達也という男が人体実験をしていたということを上は信じ続けている。それにはおそらく確固たる証拠があるんだ」

「実験体でも見つかってるのか」

「...おそらく。それか天王寺達也の協力者が葛城財団。それも上の連中の中にいるか」

 

 どちらにしろ天王寺達也という男については謎が多い。分からないことが多すぎるのだ。その中で人体実験をして不老不死を実現しようとしていた。もしくはした。その仮説だけは信じ続けられている。

 

「どちらにしろ天王寺達也のことを調べていく限り、お前の名は上がり続けるだろう」

「...分かっている。俺は天王寺達也の息子、天王寺零だ。この事実は変わらない」

 

 どんだけ別の存在であろうと確かに自分の体には天王寺達也の血が、親から当たり前のように継承される血が確かにある。

 

「強いな。意思が。それ故お前は押しつぶされた時に逃げることが出来ない。これは抜け出せない迷宮のようなもんだ。答えを見つけてもそれが本当に答えなのか分からない。行ってきた道を戻り、あるかないかすら分からない『事実』を抉り出す」

 

 不可能だろう。彼はそう言っている。自分が成し遂げようとしていることの難しさを。それはお前もだろうと言おうとしたがその言葉は飲み込んだ。そういう所はお互い様なのだろう。

 

「逃げない。俺はもう...知ったんだ。父親がどんな存在なのか」

「血の呪縛か...わかった。同盟を組もう。天王寺達也の研究の詳細を知るまでの」

 

 

 そういうと霧彦はこちらを向いて歩いてきた。そして右手を差し出す。対等であるという証明である握手。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 その右手を勢いよく握り返した。人の手を握るのはいつぶりかわからなくなるほど昔の気がするが、その感覚はしっかりとあった。

 

その瞬間に何処かで爆発音がしなければ完璧だったろうに。

 

 その瞬間、全てを破壊するような音が鳴り響いた。




今回の口直しタイム!
天王寺零達也の目的が不老不死ではないかという推理。あれ?つまりタイトルの不死殺しって...まさか...

兎に角霧彦が良い奴すぎる。他の葛城財団のキャラって屑ばっかりだったので中にはこういういいやつもいるんだよーって書きたかった。人は善性と悪性が必ずあるものですから。

因みにこの話での返答次第ではルート分岐すら有り得たほど大事な決断です。じゃあそのルートは面白いのかって?ただ天王寺零が怠惰に過ごす物語を誰が望むって言うんだ。


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19話 施術

前回のあらすじ
自分の父親がヤバいやつだと知るもののその事実が逃げずに知ろうとすることを決めた零。
その道の先にある真実は、そして未来は...
この世界はいつだって残酷だ。


 

 耳をくような、まるで獣の方向のような音に2人で同時に顔をしかめる。反応がデカい。

 

「なんだ!?」

「霧彦様!我々がいた方向です!拠点が...!」

「...何っ?」

 

 聴覚が正常に戻る前に霧彦が動いた。確かに音がなった方向を見れば何かが燃えている。その方向には山が見えるから山火事だろうか。しかし何か違う不具合のようなもの感じる。

 

「山火事じゃない...何もかもが無くなっている」

「燃えてるのは残ってる建物か。それ以外は綺麗に()()()()()

 

 そう。その方向に見えるのは燃えている建物のみ。本来なら山で木々が生えていることはその周りが物語っているがその周辺だけは文字通り何も生えてない。燃えている形跡すら見えない。いやもう燃えきったということだろうか。

 

「メドゥーサ。悪いけどペガサスを出して。あの音と言い衝撃と言い間違いなく()()()だ」

「わかりました」

 

 近くでメドゥーサがペガサスを召喚しているのを見ながら武器の再確認をする。

 

「霧彦。あの位置は」

「もしお前を誘導して捕らえるために作った拠点だ。サーヴァントなら20騎程度、捕獲できる施設」

 

 自身とメドゥーサ合わせてもたったの2人なのに20騎程度は捕まえられると豪語する施設。その場に何がいるかは分からないが霧彦がそういうということは高い戦闘能力を保有しているということだ。それが今は何も無かったように燃えている。

 

「戦闘能力は高いな...連絡は?」

「さっきからやってるけどつかねぇ。悪いがペガサスに乗せてくれ。あの施設であれだけの爆発音を出せるものは無い。つまり」

「外部からか」

 

 外部からの襲撃。あの一撃だとおそらく宝具の真名解放を行ったということだろう。それを調査、最悪助けに行くということは、葛城財団に肩を入れるということ。つまり葛城財団に敵対する者に命を狙われる心配もあるということ。柏原さんや深澤さんとも戦わなくては行けないかもしれない。

 

「覚悟決めろよ。()。最悪これでお前は葛城財団の一員にならざるおえんかもしれん」

 

 もっと最悪なのは葛城恋にすら狙われて何処にもつけなくなることだがなと続けて言った。確かにそうだ。もし葛城財団の敵に命を狙われるとなって葛城財団に保護してもらおうとしても現に人間同盟を襲い、葛城恋の期待する不老不死を否定する人間を葛城財団が入れてくれるとは思えない。

 もしご慈悲で入れてくれたとしてもいい扱いはされないだろう。

 

「最悪そっちの給料でやりくりするさ」

「...そうか。それも...そうか。」

 

 霧彦は何かを言いたそうにしたが結局それは言わなかった。

 そこに天馬を召喚し終えたメドゥーサが来る。

 

「レイ。準備が出来ました。」

「全員乗れ」

「え、えーっとこの天馬(ペガサス)、通常は一人乗りですよね?4人乗りなんて...」

「嫌ならお前は霊体化してついてこい。俺達はこれしか移動手段がない」

「い、いえ!それでは失礼します!」

 

 一応自分とメドゥーサで2人乗りは余裕にできたので4人乗りも無理をすれば出来ないことではない...と信じたい。魔法にも近いと言われる、幻想種の召喚なのだ。4人乗るぐらい平気だろう。

 そのメドゥーサの後ろに自分、霧彦、秦良玉の順番で腰を下ろす。ペガサスはあまりどうじていないがどうしても座る面積が少ないため、落ちそうになる。

 

「あまりこの子に無理をさせたくないですが...レイの命令なら仕方がありませんね。行きますよ!」

「全員捕まれ!」

 

 何も考えずにメドゥーサに捕まる。するとその瞬間強烈なGを感じる。4人乗せてもこれだけの加速ができるのだ。これで本来はスピードは500km/hで、防御や破壊力重視なのだから宝具の真名解放を行えば相当なパワーだろう。

 燃える建物には一瞬でついた。ペガサスが何事も無かったように着地したのを確認してすぐに降りて周辺を見る。どうやら先程放った使い魔はついてきてないようだ。まぁさすがに天馬に追いつけるわけないしもう必要ないのでその辺にいてもらって構わないのだが。

 

「メドゥーサ!何か火を消せそうなの持ってきて!消化器とか...近くにため池が無いかとか!」

「それはいいのですが...流石にこの状況では期待できないかと」

「わかってる!けど頼む!」

 

そこにあったのはまるで山1つの大きさを持つ大剣で薙ぎ払われたように開拓された山だった。木は根を残しおそらく切られた部位より上は切られた瞬間に燃えてしまったのだろう。炭がその辺に落ちている。しかしどう見ても量が足りない。全てを薙ぎ払ったにしては落ちてる炭の量が素人目で見てもおかしいとわかる。

 

「切った瞬間に蒸発?まさか」

「こっちだ」

 

 とりあえず炭のことは放っておいて霧彦について行く。近くにある建物。未だに燃えているが逆にこれだけ残っているというのもおかしい。

 

「霧彦!この建物!」

「代表から送られたサーヴァントに強力な結界を張らせたんだ。だから残っているのだろうが...逆に俺たちの侵入も難しいぞ」

 

 サーヴァントを20騎捕獲できると豪語する施設だ。サーヴァントが何騎かいてもおかしい話ではない。しかしそれすら破壊するとなると高火力な宝具を使われたということ。中に生きてる者はいないだろう。

 しかし霧彦は諦められないようで建物の裏側に回る。

 

「良!壊せ!」

「はい!」

 

 そしておそらく結界の穴、俺とメドゥーサが入った時に捕まえるために誘導する時に使うと思われる穴を秦良玉に破壊させる。しかし中は燃えている。あまり詳しくないがこの大きさと燃えてる時間から最悪の場合バックドラフトのような現象が起こらないとも限らない。

 しかし自分の中で最強と思っていた施設があっさりと破壊されたことに動揺しているのか霧彦は全くその辺を考えていない。

 

「待て!」

 

 秦良玉が扉を破壊する。バックドラフトのような現象は起こらなかったが、中は酷い燃え方をしていた。それと共に中から熱風が吹く。全焼するのも時間の問題だろう。いや違う。何故まだ燃えている。この建物はどう見ても木造じゃない。おそらくコンクリート。つまりコンクリートが燃えているのだ。当たり前だがコンクリートは燃えない。変色するのが精々だ。木の部分もあるのでそれが燃えるのはわかる。しかし、コンクリートが燃えるように見えるのは視覚的な魔術か。つまり自分は燃えているのを見せられているのか。いやそれではこの熱風と温度に説明がつかない。

 

「おい!誰か!誰かいないか!?俺だ!君沢だ!生きてるなら何か言え!」

「行けません霧彦様!無策で行くのは危険です!」

 

 霧彦がそこに突っ込もうとするが秦良玉が力強く抑えて、外に無理やり離す。確かにこれでは生存者は絶望的だし、中に入っても死体がひとつ増えるだけだろう。

 

「落ち着け霧彦。まだこの辺りに犯人がいるかもしれないのに」

「じゃあ黙って見てろって言うのか!?この世界に消防はもうないぞ!」

「...秦良玉。生存者を見つけられる方法は?」

 

 秦良玉は首を横に振る。この場で何かが出来るかと問われたら生存者を助けることだがそれすら厳しいか。自分の幻覚も、直接視界に入れないと機能しないので期待はできない。

 すると霧彦が急に叫ぶ。

 

「...使い魔だ!使い魔を放って生存者を見つければ!」

「無理だよ。使い魔の素材もないしもし出来たとしても火に焼かれて変なところで死ぬだけだ」

 

 やはり妙だ。この火事は。

 周りは焼ききれているのにこの建物は切り傷すらない。しかし内部は燃えている。やはり視覚情報に干渉する魔術を張られていると考えた方がいいかもしれない。

 

「霧彦。もし火事になった時の退避ルートは?」

「確保してはある...が、最後の避難場所に誰もいなかった」

 

 一応避難する場合のことは考えていたらしいが確かに周辺にもサーヴァントどころか人の気配がひとつもない。こんな所で気配を隠す理由が分からないので全員中だろう。

 

「即死か」

 

 宝具級の火力の攻撃をくらい、全員死亡、周りの木は綺麗に伐採され、大きな熱を持っているがそれを誤魔化すために視覚情報を制御する、もしくは幻覚を映し出す魔術を使用していると考えるのが普通だろう。

 

「何言ってるんだ!まだいるかもしれねぇだろ!」

「...落ち着け!この建物は大半がコンクリートだろう?」

 

 コンクリートだけだと通常は殺風景だからと木を張ったりするが、これはあくまで自分とメドゥーサを封じ込めるためのもの。自分たちが放火して慌てる隙に逃げようということを考えないとも限らないのでそのような対策はされているはずだ。

 

「...それが!どうした!?」

「コンクリートは燃えないよ。変色するか溶けるか。なのにコンクリートが燃えている」

「火事が偽装?じゃあこの熱は?コンクリートは変色してるぞ?」

 

 少々落ち着いてきた霧彦が言う。確かにそうだ。コンクリートは白色に変色してる。温度は大体摂氏600~950度程度...だった気がする。木だったら余裕で燃えている。

 

「...燃える訳ではなく、ただ強力な熱を...」

 

 まず偽装する理由がわからない。あんな遠目で見てわかるような偽装するぐらいなら何もしない方がバレない可能性が高い。実際自分たちも爆発音がしなければ気付かなかっただろう。普通なら最初に音の対策をするはずだ。ではそれを誘い込むためにこんな大掛かりなことをしたのか。それもおかしい。ならばこの建物ごと切り落とした方がいいだろう。わざわざ燃えるようにするなら後付けでも周りの木に放火して山火事に偽装した方がいい。誘い込むために行うには不自然すぎる。

 すると秦良玉が急に何かに気づいたよつに驚いた表情をする。

 

「霧彦様!今何者かの声が聞こえました!」

「そうか!頼む秦良玉。助けに行ってくれ!」

「わかりました!」

 

 どうやら生存者の声が聞こえたらしい。これすらも誘い込みの可能性があるがまずは情報が欲しい。秦良玉に行かせればもし戦闘になっても負けることは無いだろうし、火が偽装なのか本物なのかの見分けもできる。

 

「火傷を負ってるかもしれない。治癒魔術の為の魔力を...メドゥーサ!どうだった?」

 

 自身の魔力を移していた宝石のようなものを懐から出しているとそこにメドゥーサが出てきた。

 どうやら収穫はなかったらしい。何も持っていない。

 

「ダメですね。この辺りには何も」

「...そうか。俺たち以外の生命体の反応は?」

「魔力反応はわかりませんがおそらく敵はいないかと...一応隠れている可能性も捨てきれませんが」

「ありがとう。メドゥーサは索敵を頼む。多分、まだこの辺りに犯人がいるはずだ」

「わかりました」

 

 メドゥーサに索敵を頼んで再度、治癒魔術の術式を張るための準備を行う。本来なら治癒魔術は苦手なので錬金術で直したいが変わりに持ってくるものが少ないこともあるためこれは治癒魔術の方が効率がいい。

 

「魔力が足りるか...いやそもそも俺ができる範囲で救えるか...」

「俺は治癒魔術は全く使えん。お前に任せるしかない」

「くっ...!こんな時にダ・ウィンチちゃんがいたら...」

 

 自分の命を救ってくれた恩人のことを思い出す。今頃勤と2人で動いているだろう。自分はかの天才のように動くことは出来ない。こんな時に自分の無力さを痛感せざるおえない。

 

「霧彦様!」

 

 無力さを嘆いていると建物から秦良玉が30代か40代くらいの男を背負って出てきた。火傷の症状があるがどれくらいかはわからない。

 

「良!...一人か」

「ええ。彼以外には誰も」

「...すみません...君沢様...貴方の命令を...」

 

 その男は今にも死にそうな声で霧彦に謝る。身体を見てみるが火傷の傷は酷い。命に問題があるかどうかは判別できないが、とりあえず傷を治せば何とかなるかもしれない。

 

「いい。勝手に留守にした俺の落ち度だ。とりあえず傷を癒せ」

「その前に...襲ってきた敵を...」

「それは後でいい!」

「霧彦。今のところ大丈夫そうだけど一応」

「済まん」

 

 

 消え入りそうな声で話すその男の手を霧彦が握る。その手を引き離させ、男を地面に寝かせる。

 

「流石に全身火傷の治療なんてしたことないが...痛いかもしれないけど我慢して下さい」

「君は...天王寺の...」

 

 その男の火傷の箇所を見る。焼けただれたような所が見えるのでその近くにあるまだ火傷を負っているようには見えない箇所に触れる。

 

「循環する」

 

 魔術回路を開き自身のできる魔術を行使する。

 止められた水路を開くように魔力を流す。

 水は川を流れ、海へと行く。作った水路を渡り、田に行く。そこから稲が、新たな命が生まれ、それが人の栄養となる。

 

 

「開け」

「ぐうっ!」

 

 相手の魔術回路を無理やり開く。男が悲鳴を上げるが止めはしない。自分は医者でなければその辺の勉強もしていない。素人がその場その場でやってるに過ぎないのだ。仕方ないが我慢してもらうしかない。

 

「渡れ」

 

 今回行うのは術者と被術者の魔力を使い、火傷した部位を元々のあるべき形へと再生する魔術だ。とは言ってもそんなに万能ではなく、どちらかと言うととりあえず自分が把握しているものだけ新しいものに置き換えるようなもの。どうしても古傷のような物は目立つし、被術者に対する負担もかなり大きい。

 

 

「満たせ」

「が、ああああっ!」

 

 今の今までずっと殺してきた。だからこの男を殺すことは容易だ。しかし命を救うことは1度もしたことがなかった。どうすれば助かるかなんて1度も考えたことは無い。

 

「耐えろ!」

 

 もうここまで来たら被術者本人に頑張ってもらうしかない。水分を取らせて傷口の殺菌を行う...ということはしたいが、殺菌出来る術式は知らない。

 そのまま10分間。無駄な工程をかけすぎたが一応手術をした。

 

「終わったか?」

「ああ。古傷は残るが、一応細胞内部の熱は取った。あとは水分をよく取らせて臓器不全を防ぐ...くらいしか出来ない」

「いや、ありがとう。恩に着るよ」

「...これが俺の限界だ。もっと...学ばないと」

 

 殺す術は沢山学んだ。試す相手はいくらでもいたし、自己流とはいえ、正面戦闘ならそれなりに強い自覚はある。しかし手術なんてのはやったことがないし考えたことも無い。普通の魔術師なら傷を残すどころか何事も無かったように出来る事でさえ自分は古傷を残し、後々出てくる感染のリスクや熱が発生して血液の循環に悪影響を及ぼすのを止めることが精一杯だし、それが完璧にやれたとはとても思えない。

 

「...よし。痛いところすまないがいいか?」

「...ええ。申し訳ありません」

 

 秦良玉が介抱しながら寝ていた男は座る。霧彦がそのままでいいと言ったが、彼は「いえ、私はこれで」と返した。一応意識もあるし呂律等も問題は無さそうだ。運良く頭のやけどはなかったらしい。あとは記憶の混濁がなければいいのだが。

 

 

「まず初めにお前以外に生存者はいるか?」

「...いえ。絶対と言える訳ではありませんが私が知ってる限りは」

「そうか。シャドウサーヴァントやゾンビ兵、英霊兵は?」

「それは真っ先に殺されました。一人の男によって」

「一人!?敵は1人なのか!?」

「っ!?」

 

 彼の発言に秦良玉を含めた全員が驚く。確かに先程霧彦は20騎のサーヴァントを捕縛できると言っていた。つまりここにはそれだけの戦力が蓄えてあり、それをたった一人、もしくは一人と一騎で倒すなど。

 

「それはどんなサーヴァントなんだ?」

「いえ。サーヴァントではありません。生身の人間でした...30代くらいの男で...ああ。そうです!『伊達』です!」

 

 伊達。半年前自分と勤とダ・ウィンチちゃんの前に現れた男。女性型エネミーを従える魔眼とジャック・ザ・リッパーのシャドウサーヴァント、そしてそれを無限に出すことの出来る聖杯と円卓の騎士のうちの一人、太陽の騎士の名を持つガウェインのクラスカードを保有する男。あくまで半年前の記憶なので変化しているところはあるかもしれないが彼ほどの男ならこれを行ってもおかしくはない。

 

「伊達...っておい!あの伊達か!?」

「はい...もうひとつの予備用の拠点も破壊したそうで...その後こちらに来て...「天王寺零はいるか?」と聞かれて...いないと答えたら...いきなり...」

「...くそっ!遊びの範疇って事かよ!」

「...待て!狙いは俺?どういう事だ!?」

 

 その男が自分の名を言ったことに驚く。君沢とこの男が自分を求めるならわかる。しかし伊達にはそんな理由は無いはずだ。狙った獲物は逃がさないから半年間探している...というのも考えずらい。もしそうなら半年間自分は殺し放題だった。基本的に一人でいたから尚更だ。しかし考えてみれば伊達は自分の両親も殺している。あの時は母親の懐中時計で気がついたが、もしかしたら狙いは父親、天王寺達也だとすれば。今の自分を狙うことに説明がつく。ついてしまう。

 

「...伊達も父さんの不老不死を狙って...」

「だろうな。あいつは元々裏の人間だったらしいし...何処かで葛城財団(俺たち)がお前を探しているということを聞き付けて」

「俺の...せいなのか?」

「...いや違う。落ち着け、()

 

 俺のせいか。俺が天王寺達也の息子で、勝手にその辺にいるから、それを狙って闘争が起こる。

 

「しかし...だとすればなるほどわかりやすい話だ。周りが全部なくなってるのはあいつが持ってるガウェインのクラスカードの力か」

 

 確かにガウェインの宝具ならこれだけのことをするのは容易いことだろう。ガウェインは前述の通り太陽の騎士と呼ばれる男で太陽が出てる時は通常の三倍、戦闘能力が上がる。それなら周りの木を消すように燃やしきることも不可能ではない。

 

「はい。建物は結界が張られていたのであまり強い損傷は無かったのですが...あいつは...火を作り出して...それが広がったと思ったら...」

「そうか。悪いがもうひとつの拠点のことも気になる。共に...」

 

 

 

「その必要ないぞ」

 

 「共に来てくれるか」そう霧彦が言おうとした時別の声が聞こえた。何かにまとわりつくような不気味な男の声。火傷を負った男のものとはかけ離れていて、自分のでも霧彦のでも、ましてや秦良玉の声でもない。

 

「っ!」

 

 振り向いた先にいるのは30代くらいの男性だった。少々白髪が混じった黒髪に非常に筋肉質な身体を持っている。青い瞳に重そうな剣。

 

「伊達...」

 

 両親を殺し、絶対的力で半年前は死ぬ寸前まで追い詰めた伊達がそこに立っていた。




今回の口直しタイム!
零の治癒が下手なのは錬金術で施術した方が早い(なお治癒と違いダメージが深く残る)というのが主な理由ですが実はまだあります!まぁその辺はおいおい...
天王寺零が霧彦と同盟を組むということは葛城財団の味方をするということ。この時点でコラボとかしたら絶対敵対する流れじゃないですかヤダー

次回は伊達との再戦。さて、零達は伊達に勝利しリベンジ成功なるか!


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20話 呼んでくれたから

アメイジング天海さんのさっさと作品を進めろって圧が強いので投稿します(嘘)


暁の方で書かれていますおっきーの作品にチョロっととはいえ天王寺零が出ていて笑う。しかも割と似ていて草。キャラ掴みやすいんかな...

あとそちらの方にも書かれていましたが外伝 赤の方に天王寺零出演予定です。まぁ時系列的にはこちらより先の世界なので本編で明かすはずの事実をあっさり零す可能性ありますけど...

適当に片付けて助けに行くために数を揃えに行くの本当にかっこいいよ...けど君どうせ行く途中で見捨てるだろう?けど止まれないもんな。止まるなよ?
絶対に彼を助けないと行けないもんな。助けようとしている経緯、なぜそう言う思考になったか。それはこちらで語れるかと。



 

「...伊達...」

「...俺に名前はない」

 

 その男が持つ気配はとても重い。普通の人間ならそれだけで狂いだしてしまうほど強力で、嫌な気配。

 

「何故...何故ここを襲った!お前に此処を襲うメリットがあるのか!」

「いや?天王寺零を呼び込めればなんだっていい。てめぇが天王寺零と繋がっていることは知ってるからな。てめぇを呼べばついてくると思った。予想は大当たりだ。大物が釣れたぜ!」

「俺が...俺が目的で...」

 

 やはり俺が目的か。自分がここにいるから巻き込まれたのだ。霧彦も。やけどを負った人もこの中で死んだ人も。、

 

「どうした?同じ殺戮者が。まるで自分は人殺しはいやだけど仕方ないって言ってるような言い方だな。全く...嫌気がさす!」

 

 伊達が手に持つ大剣を掲げる。そこにいつの間にか死角に移動していた秦良玉が攻撃するがまるでその未来を知っているように軽く腹パンをした。

 

「かっ!」

「良!」

 

 秦良玉はコンクリートに身体をめり込ませる。体重が重いサーヴァントでは無いとはいえ、たった1発殴っただけでコンクリートの壁に英霊をめり込ませるなどそんなことが出来るものか。

 再び伊達は剣を掲げる。斬る対象は自分だろう。自分の目的の大物をこの場で切り殺す。自分に対処出来る手段はない。弓を展開して反抗しても自分は勝てない。間に合うはずがないのだ。この状態で弓を展開するのに早くても1秒かかる。1秒もあれば伊達の剣は一人の人間を肉片にできる。これが現実か。ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近付いてくる伊達をただ睨む。今見えるのは自分の死だ。バラバラに切り刻まれる幻覚、焼かれて炭になる幻覚。ただそれに伊達がそって動いている。

 伊達が微笑みながら剣をゆっくりと上げる。その剣が振り下ろされたら自分は殺される。しかし、自分は動かない。動いたら、ここで逃げたら次はどうなるか分からない。

 男が剣を振り下ろす。剣が隣の火事を映し出したのかやけに綺麗に見えた。

 

「させません!」

「メドゥーサ!」

 

 そこを一人の人影が弾く。この場でこんなことが出来るのは、メドゥーサだけだ。そのままメドゥーサは伊達に回し蹴りをする。さすがに伊達も生身の人間なので軽く吹き飛ばされる。しかし伊達の表情に驚きはない。下手な演技を見ているような()()()()()()すら感じる。

 

「メドゥーサ...」

「レイ!逃げましょう!ここは危険で」

「おらよっ!」

 

 メドゥーサが力の入らない自分を無理やり立たせる。メドゥーサには伊達の戦闘能力はあまり語っていないはずだ。しかし逃げるという選択肢がすぐ浮かぶのは先程の行動から彼の強さを感じとったのだろう。

 そう思った時だった。いつの間にかメドゥーサの背後にいた伊達が剣を振り下ろす。間に合わない。目をつぶる。その瞬間に強い衝撃を感じた。

 

「あ...」

 

 目を開けた瞬間に見えたのは先程まで目の前にいたメドゥーサがすこし離れたところで伊達に切られているところだった。違う。メドゥーサが離れたんじゃない。自分が投げられたのだ。もう回避は不可能と知り、自分だけでも助けようとしたのだ。

 

「メドゥーサ!」

 

 後ろからでもわかる。メドゥーサは背中を勢いよく切られた。大量の血を流し、地面を紅く染める。重症だということは素人目でもわかった。

 メドゥーサは力なく倒れる。ブレイカー・ゴルゴーンがズレて瞳が見えた。その瞳から一筋の涙が零れる。

 

「あ、あああ...」

「来ないで...レイ...逃げて...」

 

 メドゥーサの方に駆け寄る。近くで伊達がいるというのに。何も考えられなかった。

 

「メドゥーサ...!嘘だろ...嘘だろ!くっ!治れ!治れ!治れ!」

 

 メドゥーサに今できるだけの治癒魔術を施す。しかし魔力が足りない。先程の男の手術に魔力を無駄使いしすぎたのだ。

 もし自分が1人でも誰かを救える技術を学んでいたら。もし自分が一瞬でも早く気付けたら。もし自分が彼に戦える勇気を持っていたら。

 なぜだ。何故やらなかった。時間はいくらでもあった。何故一人で苦しんで、同じように苦しむ人の立場になってあげられなかった。

 

「レイ...申し訳ありません...私は...」

「待て!待って!待って!お願いだから...」

 

 君には言いたいこともまだあるのに。やりたいことだってあるのに。

 メドゥーサに会えて嬉しかった。それだけで舞い上がって、自分は強いと勘違いした。本当は自分はいるだけで周りを不幸にしてしまう、疫病神。厄災の獣。

 

「おい」

 

 そう思っていると顎に強い衝撃を感じた。下顎を殴られたのだ。いわゆるアッパーというものだろう。身体は軽く吹き飛び、地面にたたきつけられる。

 

「かはっ!」

 

 痛い。痛い。口が上手く開かない。顎が壊れたのだろうか。ダメだ。何も喋れない。もしかしたら声帯もやられたかもしれない。

 しかしそれはあまり気にならなかった。ゆっくりと立ち上がり、メドゥーサに駆け寄る。彼女はまだ倒れている。治さなくては。彼女は英霊だ。霊格はやられてなければまだ大丈夫なはずだ。

 まだ生きているということはおそらく霊格は壊されてない。大丈夫。自分が魔力を与えればなんとかなる。

 

「メドゥーサ...メドゥーサ...」

「だ...めです。レイ...もう...」

「おいおい冷めることするなよ...なぁ!」

 

 脚に酷い痛みが走る。これまでの痛みとは全く強さが違う。

バチっと何かがなった。その瞬間にまた強烈な痛みを感じる。脚の感覚が無くなる。いやそれだけではない。下半身全体の感覚が消え去った。まるで何も無くなったように。

 

 

「がああああああっ!!!」

「おいおいまだ脚を切り捨てただけだぞ?それだけで死ぬような声出すなよ...な!」

 

 今度の痛みは胸だ。その箇所を見ると何故か剣の剣先が見えている。そこから血が吹き出してメドゥーサの全身に血がかかる。呼吸がしずらくなってきた。肺がやられたか。

 しかしそんなことはどうでもいい。今は目の前にいる彼女(メドゥーサ)だ。

 

「レイ...!」

「メドゥーサ...待ってて...今治すから...痛くないように...」

「私は私はいいんです...やめて...やめてください。死んでしまう...」

 

 メドゥーサが泣いている。泣かないで欲しいのに。君には悲しまないで欲しいのに。なぜ悲しくて泣くのだろう。何が悲しいのか。分からない。

 治癒魔術をかける。治癒魔術をかける。何度も、自分の魔力が、生命力が無くなるまでかけ続ける。見ていくとメドゥーサの傷が治っていく。よかった。どうやら救えたようだ。

 

「ああ...君のために死ねるなら本望...かな」

「こんな時にそんなこと言わないでください...レイ...誰か...誰か!お願いです!レイを!私のマスターを!」

 

「くっ...良!」

「はあああっ!」

 

 遠くで戦闘の音が聞こえる。しかし聞こえるのは金属音と女性の悲鳴だけだ。何が起こっているか、察しがつく。

 

「令呪...使ってもいいかな。俺が死んでも...素敵な人に出会えますようにって」

 

 ああもう自分の体は限界だ。血が足りない。意識が朦朧としてきた。メドゥーサの顔もボヤけてくる。このままだとメドゥーサも死んでしまう。それはダメだ。ならばしなければならないことはなんだ。それは一つ。彼女に新しいマスターが見つかること祈ることだろう。

 

「ダメです...レイ!貴方は無責任すぎます!まだ」

「おい待て」

 

 そう声がかかったと思ったら首を掴まれた。まだ首には感覚があるようだ。消えそうな意識の中で景色が変わる。治癒でもしたのだろうか。傷口の痛みが引いていく。

 

「まだお前を殺すなって言われてるのになぁ...おい待て。こんなので死んじまうのかよ...あーあこれだから雑魚は」

「レイ!」

 

 傷の治ったメドゥーサがこちらに迫ってくる。魔眼を解放して、伊達を殺そうと、自分を守ろうと襲ってくる。もういいのに。もうそろそろ死ぬ自分のためにその命を使わないで欲しいのに。伊達が自分を掴んでいない方の手に握った剣を振るう。それに弾かれてメドゥーサは5mほど飛ばされる。まるで紙風船のようだ。力なく、弱い。しかし彼女はそんなこと無かったように再び突貫する。

 

「レイを...離しなさい!」

「...メドゥーサ」

 

 しかしその意思だけでは伊達には勝てない。何度も、なんどもメドゥーサが倒される。しかし彼女は決して止まらない。

 

 やめてくれ。そう言おうとしたがそういう力すらなかった。何故まだ物が見えるのか、何故何かが聞こえるのか。それが逆に分からない。

 

「まだ立つか」

「レイを...解放しなさい!彼は...私のマスターです!」

「...ならばこうしよう。夢幻召喚(インストール)

 

 揺れていく景色の中で何かが輝いた。聞こえた言葉からしてガウェインのクラスカードを使ったのだろう。

 もう無理だ。生身でも追い込まれているのにクラスカードまで使われたら勝ち目はない。

 メドゥーサが視界から消えたが次の瞬間聞こえたのは何かを潰すような音だった。

すると伊達は見やすいように自分の首を持ちながら動かした。そこには再び切られたメドゥーサがいた。しかし彼女は再び立ち上がった。もう限界に近いだろう。何をやっているんだ。勝ち目のない戦いに身を投じるな。宝具を使え。宝具を使って自分ごと潰せ。

 声が出せないのに無理やり出そうとしたからか口から声の代わりに血反吐が出てくる。

 

 

「もういいだろ。お前じゃ勝ち目はない」

「...レイは私の...」

「マスター。だろ?全くおかしな話だよな。昔の英雄だか英霊だか知らねぇがそんなのがただ一人為に戦うなんて。こいつがどんなのか知ってるのか?」

 

 伊達はメドゥーサの近くまで歩き、メドゥーサを踏み潰す。そのまま力を体重を加えてメドゥーサをいたぶる。

 

 やめろ。お前の目的は俺だろ。そう言いたいが何も言えない。もうこんなもの見たくない。なって欲しくもない。自分はただ彼女に会えたことが嬉しくて。好きなキャラクターに直接会えたのが嬉しくて。そんなことも。自分は求めちゃいけないと知らなくて。

 

「...違う」

「あ?」

「レイは...私を呼んでくれました。私は誰が敵になろうと。レイを守ると...誓いました。レイを怪物に、私のようにしないように...私が怪物(ゴルゴーン)になりそうな時に...彼がいれば必ず...私の...為に...」

「ああ。そういうこと」

 

 彼女の言葉の一つ一つが重い。彼女は自分がどう言う運命か知っているのだろう。それを知ってその通りにしたくなくて。()()()()()()()()()()来てくれたのだ。

 なのに自分は勝手に戦意を無くしたり、自分の命を蔑ろにしたり...彼女の希望に沿わないように動いていた。

 情けない。情けなくてどうにかなりそうだ。

 

「良!」

崇禎帝四詩歌(無欲にして忠義の詩)!ここに!」

 

 背後で秦良玉の宝具が発動したのを感じた。崇禎帝四詩歌。秦良玉の持つ自己強化型の宝具でランクはBランク。彼女に送られた恩賞と4つの詩歌。

 それは彼女の力を増し、様々な効果をもたらす。

 霧彦がボロボロの身体に鞭を打って秦良玉に宝具を使わせたのだ。勝てないだろうに。

 

「...いいだろう。その実直さに命じて我が宝具で塵一つも残さず燃やし尽くしてやる」

「行け!」

「はああああっ!」

 

 秦良玉が勢いよく接近してくる。距離は一瞬で詰められる。

 しかし伊達の剣はもうただの剣ではなくなっていた。柄に擬似太陽が収められた日輪の剣。かの有名なエクスカリバーの姉妹剣。それはガウェインの宝具。

 

「エクスカリバー...ガラティーン!」

 

 真名解放。エクスカリバー・ガラティーン。ランクはA+の大軍宝具。しかし発動が今までより早くなっている。自分が邪魔した経験から発動を加速させたのか。

 そのまま太陽は、秦良玉どころか霧彦さえも飲み込んだ。

 

「...!霧彦ぉぉぉ!」

 

 跡形には何も残らない。ただ弱いものが負けて強いものが勝った。ただそれだけの話だ。残酷で当たり前の現実。

 先程血反吐を吐いた為に戻ったのか声が出るがその声は出してる自分が気を失いそうになるほどの痛みを背負って出したとは思えないほど掠れていた。

 

「...ここまでか。よし。まだ目覚めてないようだしお前のサーヴァントでも殺すか。その特等席でよく見てろ」

 

 脚を切り落とされた身体は軽く舞い、地面にたたきつけられる。そのまま右肩を踏まれて肩が粉砕する。同時に腕につけていたダ・ウィンチちゃんの作った腕輪にヒビが入り、欠片が腕に刺さる。

 

「やめろ...やめろ...やめろ!メドゥーサには...彼女だけは!」

「ああ。いいねぇ。そうして絶望してさっさと目覚めやがれ!天王寺達也!」

 

 伊達は再びメドゥーサの元に歩き再び踏む。地面に押し付けるようにかける体重を増していく。メドゥーサの瞳から色が失われていく。もう限界だ。もう彼女は戦えない。

 

「ああ一応注文は取っておくか。どうやって殺して欲しい?お前みたいに四肢を切り降ろされたあとか、それとも1発でズバッとか。首でも丁寧に跳ねてやろうか!」

「あ、ああああああっ!!!」

 

 このままじゃメドゥーサが殺される。何もなせずに、ただ無能なマスターのサーヴァントとなってしまっただけという理由で殺される。そんなのダメだ。

 

 ()はそんな事許さない。どんな世界に絶望しようとそれだけはダメだ。()はそんな未来になる為に戦った訳では無い。それを忘れてはならない。

 

 動け。まだ左腕は動く。弓は何処かで落としてしまったようだがまだ身体は動く。

 どんなことをしてでも彼女だけは救ってみせる。だって自分は、()はメドゥーサのことが好きだから。

 

「何っ!?」

 

 今動く左腕だけで地面に叩き、その衝撃で身体を持ち上げる。切られた足で立ち上がる。力が入らないので倒れそうになるが全身に強化魔術を与えて何とか立ち上がる。そして切られた切断口に魔力を充填させて魔力放出で突進する。止血してあった部分を無理やり爆発させるように放出した為、止めてあった血がいっきに吹き出す。狙いは伊達の首。一撃で相手を殺すことが出来る急所。

 流石にその行動は読み取れなかったのだろう。伊達は慌てたように剣を振るった。その一撃は自分の右腕を切り落とす。しかしそれで全てが終わった訳では無い。むしろ得物が増えた。

 

「まだだ!」

 

 再び魔力放出を行い、切られた右腕を掴み、変化魔術を行う。本来ない切断の特性をその腕に加える。本来ない機能なのであまり信用は出来ないが仕方がない。それを伊達のうなじに当てて、斬る。

 

 伊達の首から血が吹き出す。伊達がそれを押さえるように手を当てるがもう遅い。自分は地面に力なく落ちて、伊達は首を切られたことによる出血多量で地に膝を付く。

 

「か、があっ!ううう!」

 

「...メドゥーサ...」

 

 ここまでの無理をした。自分も塞がれたと思った傷口から再び大量の血液が流れる。もう長くない。それでも、自分を幸せにしようとしてくれた彼女にもう一度話がしたい。そう思って右腕を放り投げメドゥーサの元まで身体を引きずる。

 

「メドゥーサ...」

「...レイ」

 

 メドゥーサはちゃんと生きていた。自分から提供できる魔力はもうないがまだ生きてる。

 単独行動のスキルが上手く働いているようだ。正直今の生命力を魔力に変換して渡しても大した魔力にならないだろうか良かったと言える。あと心配なのは時間だが、まぁそれは大丈夫だろう。なにせ伊達と戦ってここまで生き残れるのだ。こんな強いサーヴァント、見逃すマスターはいない。

 

「全く...無理をする人ですね...自分の体の事を全く考えず」

「...ごめん」

「はい。本当に...貴方は...」

 

 メドゥーサはまだ泣いている。そのメドゥーサを左腕1本で優しく起こして抱き締める。もうこんなこと出来ないだろうから。恥ずかしいけど。彼女の記録に天王寺零という存在を刻み続けたいから。

 

「...ごめん。けど...君は...生きろ」

「...はい。私は貴方の為に生きます。貴方が...ですから...レイ。貴方も...」

「俺はもう罪を背負いすぎたんだ。生きてるのかどうか自分でも分からない」

 

 もう限界なんか超えている。本当はもう喋ることすらままならない筈だ。しかし彼女をしっかりと抱き締める。自分が今かけられる力の限り。

 

「...生きてます。生かします。レイは生きてます」

「メドゥーサ」

「大丈夫です。私がいます。私が貴方のために...レイ」

 

 自分の頬に冷たい一筋の何かが流れる。いや、何かというのはよくわかる。涙だ。自分は今泣いているのだ。

 

「ごめん。泣き虫になっちゃったみたいだ」

「泣いていいんですよ。私が貴方を救います」

「ありがとう...ありがとう...」

 

 メドゥーサの方からも自分を抱き締める。力が弱くなっているのか必死に抱き締めているのに弱々しく感じた。

 しかしそれでもいい。その弱さがあってもまだ生きているのだから。

 

 すると一人の人影が見えた。メドゥーサは今現在目が見えていないのかその存在に気づいていない。その人影はどこかで見た誰かに酷似していた。

 

「霧彦!...え?」

「レイ?霧彦がそこにいるのですか?」

 

 生きていたのか。振り向いてそう言おうとしたがそこに居たのは霧彦では無かった。しかし生きていたのかと聞くのは正しいのかもしれない。

 

「なんで...なんで...!」

 

 そこに立っていたのは伊達だった。確かに自分は彼の首を切った。さすがに首を切られて死なないわけが無い。自分にはもう首と胴体が離れるイメージすら...いや、違う。

 何故気づかなかった。自分は一度も、こいつを殺せる幻覚を見ていない。

 

「悪いな。俺は...死なないんだ」

「嘘だ...嘘だろ...」

 

 霧彦の、秦良玉の死は。メドゥーサと自分が互いを思って限界を超えた奮闘は。全て、全て無駄だったというのか。幻覚が見えない程度で。

 

「...レイ」

「ああ」

 

 メドゥーサも状況を理解したようで驚きもせずただ自分の名を呼んだ。分かっている。

 もうこいつには勝てない。それは分かった。自分は右腕と両足の膝から下を失っている。どこかで変わりの義手と義足を手に入れるしかないが問題はそれより今のこと。こいつに勝てないなら逃げるしかない。少なくともここで死ぬという選択肢は取らない。

 しかし無慈悲に今自分と、メドゥーサの死がよく見える。

 

「そんな運命には負けない」

 

 メドゥーサを庇う体勢で伊達を睨む。限界など超えているならまだいけるはずだ。まだ戦う意思はあると示し続けろ。

 すると伊達はため息をついて持っていた武器を収めた。

 

「止めた」

「何っ...!?」

「言ったろ?ここでお前を殺したらクライアントに怒られるんだよ。クライアントがお前を殺していいと言うまでまだ俺はお前を殺さない。せめてサーヴァントだけでも殺そうと思ったが...やめておこう」

 

 意外に呆気なく戦いを止めたので驚く。こいつは戦うことが楽しいと思っていると思っていた。しかし何故かこいつは理性的になるような瞬間がある。まるで二重人格だ。

 

「貸しのつもりか?」

「そう思うかどうかはお前の勝手だ」

 

 出来るだけ強く返す。実際自分はもう血も少ないのでなにか手を出さなければ直ぐに死ぬだろうがそいつは何もする気は無いようだ。

 

「...ああ。そうだ。クライアントの方が何か考えてやがる。もうそろそろ...俺の予想じゃ一ヶ月...いや2週間か3週間かな。まぁそれくらいだ。この辺の島で一発ドンパチするらしい。おそらく傭兵として俺も駆り出されるだろう。俺を殺したいならそれまでにまだ使えてないその力を上手く使いこなすことだな」

 

 おかしい。こいつは自分が死なないとわかって、殺したいならその力を使いこなすことだなと言った。意味がわからない。死なないのを殺すことなんで出来やしないのに。

 

「待て!」

「...なんだ」

「どういうことだ...今回だけじゃない!半年前だって俺を殺せる瞬間はいつでもあったはず、なのにお前は俺を殺さなかった。それどころか進化を促すように動いている。お前は何者だ。俺の何を知っている」

 

 伊達が少し笑う。しかしその顔は嫌な気配を纏ったそれではなく普通の青年が笑うような爽やかな笑顔だった。その笑顔を見て呆気に取られる。まるでこの男は今までの気配を纏っているのがおかしいと思うほどそれは自然だった。

 

「それはお前のここに聞くんだな」

 

 彼はこちらに近づきそう言って自分の胸を叩いた。心。そう言いたいようだ。意味がわからない。ロマンチストのような言い回しに理性的な物言い。別人、別人格だとしても今までそれがよく見えなかった。何を考えている。どんな存在なんだ。

 

「じゃ、死ぬんじゃねぇぞ。天王寺零」

「っ!まさかお前!」

 

 最後に自分の、天王寺零の名を言うと彼はまるで霊体化するように消えた。

 すると緊張の糸が切れたのか何かがプツンと鳴った幻聴が聞こえた。

 そしてそれを最後に意識が遠のいた。

 

 

遠い、遠い場所。

 

「やはり、あの人は自分の愛する人の為に戦える人なんですね」

 

 とある少女がつぶやく。その髪を指で弄りながら遠い場所にいる1人の青年のことを見る。

 一人の女性に介抱されている青年。ただの女性ではなく、サーヴァント。ただの青年ではなく、マスター。彼は両足と右腕を失い、とめどなく血が溢れているのを何とかサーヴァントが繋いでいる。普通なら死んでいるであろう傷を負い、敗北しながらも生き長らえている。異常と言えばそれまでだろう。普通ならと言っても人間の範疇にありながらそうあれるのはおかしくはない。おかしいことがあるとするなら、その性質。伊達と名乗る傭兵、彼に傷をつけられたということ。

 いくらサーヴァントとマスターが共に戦おうと彼の強さの前にはカトンボも同然。彼の前に雑魚のように蹴散らされたマスターとサーヴァントも相当奮闘したと言える。彼に宝具の真名解放をさせたとなるとマスターとサーヴァントの組み合わせの中でもかなり上位に位置するだろう。そう思えるほど伊達という男は強い。そんな伊達に傷を、それも伊達がもし普通の人間の範疇に収まるなら死んでいた首を一撃で切った。

 ありえない。多くのマスター達はこれを見聞きしてもそう言って理解を拒むだろう。しかし自分はそれを当然だと理解出来る。いや、むしろあれだと弱いと思える。彼は、天王寺零はこんなものでは無い。しかし今回は力を出し切れなかったとうことだろう。それに必要なのはそのすぐ近くにいるサーヴァントだと言うのに。彼は、最善で最悪の選択肢をずっと避けている節がある。それもほぼ直感に近い。しかしそれを取らなければ次、伊達に会ったとしても即座に切り捨てられるはずだ。

 

 

「ええ。勿論。全ては貴方の為に...マスター」

 

 どうやら切り捨てなければいけないのは自分のようだと、少女は笑った。




今回の口直しタイム
最後の少女は一体誰なんだ...伊達の強さを知っていて尚且つ零に詳しい。

ダ・ウィンチちゃんに作ってもらった弓と腕輪を半年間使い続けましたが、今回でお役目ごめん。
万能の天才が作ったものとはいえ一週間もかけずにちゃちゃっと作ったものを半年間使い続けるってかなり整備とか大変そうですね...その分思い入れとかありそうなのに割とあっさりしてるなこいつ...
なんだかんだ言って強すぎる伊達。そして半年前と同じく一矢報いるのが精々という現実。しかし右腕と両足切り落とされて胸に大穴空いてる状態でやっと...頑張るなぁこいつ。天王寺家はなんなの?ダメージ受けてからが本番なの?あとこれからどうするの(棒)

でもお互いにボロボロになりながら、泣きながら抱きしめ合うなんて多分ここだけなので...しかしここでも好きだと言えないヘタレ。本当に気持ち悪いよ...

弓壊れたからって多彩な魔術使って戦うの好き...本来の能力的には弓使うよりこっちの方が強いからまぁ...

それにしても死なないという能力は強すぎる。型月的には死の概念がないのか、不老不死なのか、静止しているのか色々ありますけどそこを考えるのもこの作品の醍醐味となってくれれば幸いです


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21話 贖罪の意志を

前回までのあらすじ
やっぱり強敵だから勝てなかったよ...
半年間使い続けてきた弓壊れちゃったよ...ごめんねダ・ウィンチちゃん
やっぱり自分のサーヴァントが好きな零ですがやっぱりそれを口で言うことは難しい...とはいえ、泣きながら抱きつくの本当に気持ち悪いよ...
けど再戦のチャンス貰えたよ。やったねたえちゃん!


 暖かな光を感じる。まるで先程までの戦いが嘘だったようだ。ああ。夢だったら良かったのに。もし夢だったら目覚めた瞬間に、霧彦がいて、彼から父さんのことも夢で。ただ彼は葛城財団とはなんの関係もない通りすがりのマスターで。仲良くなって。共に旅をするのもいいかもしれない。自分の腕と脚は斬られず。ちゃんとあり、そんな妄想すら笑い飛ばせるほど、平和で。

 

ーなんなら全て夢だったらいいのに

 

 誰かが言った。

 それに同意する。朝起きたらいつものベットで寝ている自分。珍しく母さんが遅刻するよと起こしてくれる。そんな母さんに無理矢理起こされて用意されている朝食を寝ぼけながらも食べる。そんな当然のような、いつもの普通の朝があったら。今までの苦労も。辛さも。全て無かったら...どんなに幸せなのだろうか。確かにそれでも辛いことはあるし苦しいこともある。けどどうしてもこの残酷な世界を見るとどうしても元の崩壊される前の世界の日常がどうしても恋しい。信じたくないんだ。父親のことも。自分の体のことも。実際のところ自分の体のことを一番理解しているのは自分だ。だからこそ、疑うことしか自分にはできない。心のどこか、ではなく全体で理解を拒んでいる。だからこんな世界になって欲しくなかった。けれどそれが全てなかったとするなら。

 

 

彼女(メドゥーサ)には出会えてなかった。それだけは辛いと思う。

 

 

「...起きたか」

 

 少し前に聞いたようなセリフ。しかし目の前にあるのは焚き火でなく普通の電球によって照らされた光。そして近くに経つのは自分と同い年ぐらいの男ではなく黒いドレスを纏った金髪の美少女だった。

 

「...セイバーオルタ」

 

 Fateの顔と言えるアーサー王、アルトリア・ペンドラゴンのオルタナティブ。セイバーオルタ。間違えても桜ルートの黒セイバーとは別物である。

 そんな彼女がいま自分の看病をしていたようだ。自分が寝かされているのはベットのようだ。かなりふかふかで寝心地がいい。衣服も葛城財団の兵から盗んだものではなく、病衣のような服になっていた。視界の端にあるゴミ箱に無理やり詰め込んであるのが見えるため無惨に切り刻まれていたのだろう。

 

「ふっ。少し前まで殺しあっていたというのに私を見ても危機感すら感じないんだな」

「...今のあんたからは敵意を感じない」

 

 敵意を全く感じないのもあるがその動作一つ一つが誰かと重なってしまったのもある。

 

「そうか。では腕と足の調子はどうだ?」

「切られたのか」

 

 セイバーオルタの言葉から先程までの記憶が嫌という程鮮明に思い出される。伊達の宝具で消える霧彦と秦良玉。自分の両足と右腕は切り落とされ、それでも負けないようにと力を込めた一撃も彼が死なないからという理由で無意味だった。

 結局。無駄だったということだ。

 

「忘れたのか?全く馬鹿な男よな。それともなんだ。胸を刺されたショックで記憶でも飛んだか」

「いや、あるのが当たり前ってくらい自然だ。ありがとう。治してくれたのは...メディアか」

 

 傷跡を見てみるがまるで切られたことが夢だったように消えている。加えてこんなにも違和感がなく感覚があるということはかなりの魔術師が治してくれたと思われる。となるとそんなことが今できるのはメディアのみだろう。

 

「ああ。あの魔女もマスターに言われた瞬間すぐにお前の施術に取り掛かっていたぞ。そのへんに転がっていた腕と脚を繋いで...っとな」

 

 セイバーオルタが投げてきたのを右腕で掴む。それはその辺のスーパーに売ってそうな菓子パンだった。しかしこの状態でスーパーがではなくそれを作る工場が機能しているというのは考えたことがなかった。が今あるということはそうなのだろう。

 流石にキッチンの守護者でも袋まで自作ということはありえないだろうし。

 

「マスターからお前にだ。食え」

「...ありがとう」

 

 袋を開けて中のパンを食べる。半年ぶりの加工食品だ。袋を開ける動作も。この味も何もかもが懐かしい。ただ獲物から取っただけの肉や山からつんだだけの山菜とは比べるまでもない。

 

「...なぁ」

「どうした」

「メドゥーサは...何処だ?」

「隣の部屋で寝てる。安心しろ。アレはお前に比べたら擦り傷のようなもんだ」

 

 どうやらメドゥーサは無事らしい。彼女がこんな所で嘘をつくとは思えないのでこれは真実なのだろう。ただそれだけが嬉しかった。彼女も生きている。つまりまた会えるということだ。

 

「そうか。ありがとう。じゃ、じゃあさ俺の近くに俺ぐらいの男とか...別のサーヴァントとか居なかったか?」

「...居なかった。ああ。あの男の事はマスターも言っていたな。残念だったと。そして...勘違いしていたと」

「...そうか」

 

 霧彦の事は無理だったらしい。それも仕方ないだろう。あの場で霧彦を救うなんてそれこそナイチンゲールでも無理なのだ。もう死んだ存在を治療することは出来ない。そういえばもう一人いた気がするが彼はどこに行ったのだろう。

 どちらにしろ彼の意思が少しでもセイバーオルタのマスターに伝わったのなら、それは良かった。

 

「聞きたいことはそれだけか?マスターを呼びに行こう。貴様はそこで寝ておけ」

「ありがとう。恩に着るよ」

 

 セイバーオルタが部屋を出る。それを確認して回路を開く。水路のせき止めを外し水を流す。それは視界に移る全てに血管のように張り巡らされて巡る。

 手の指の一本、足の指の一本。一つ一つ感覚で数えながら魔力が伝わっているか確認する。

 

「1、2、3、4、5...」

 

 うっかり別の魔術を書けないように気を加えながら魔術回路を閉じる。

 

「凄いな」

 

 流石は神代の魔術師だ。切られた腕や脚の魔術回路は正直諦めていたところがあったのだが今は切られたこと自体が無かったように綺麗に通る。

 残っている左手で右手を掴み、視覚と触覚でもう一度数を数える。その後は脚の指をもう一度数え直す。ちゃんと本数もあるし特に違和感も感じない。

 ゆっくりとベットから降りて立ち上がる。脚に自分の体重が乗っているのをしっかりと感じる。妙な痛みもないし力もしっかり入る。

 次は右腕を地面に着けて右腕のみで立つ。動きに問題は無い。そのまま右腕の力ものみで飛び上がり素立ちの状態になったあとバック転を数回してみる。

 動き、耐久性、共に完璧だ。あれほど切られた自分がこんなに治るならメドゥーサも完治しているだろう。それならいい。

 するとドアの奥の方に気配を感じた。感じたことのある気配だったので落ち着いてベットに座る。

 

「入るぞ」

「どうぞ」

 

 扉を開けて入ってきたのは殺しあった事すらある相手、セイバーオルタとメディアのマスターだ。落ち着いて見てみるとかなり若い。おそらく二十歳にもなっていないだろう。つまり年下だ。なんなら大人に見える15、6歳と言われても頷いてしまう。

 

「改めて自己紹介をしよう。民間軍事会社、エインヘリアル所属のマスター。倉田翔太郎だ」

 

 相手も自分の顔を見て年上だと気付いただろう。というか気づいて欲しい。というのは置いといてそれでタメ口ということは自分たちはへりくだらないという意思表示だろう。こちらもそうへりくだらずに対等であると言う意志を示す。

 エインヘリアル。北欧神話でラグナロクの為にワルキューレが集めた勇者の魂。昼に戦い、死んでも夜になれば蘇ることで有名だ。ここではおそらく死を恐れない勇敢な勇者達という意味だろう。

 

「天王寺零。まだ仕事はしていないが傭兵をしようと思っている。まず初めに礼を。そちらのおかげで自分は生きている」

「それについては俺じゃなくて俺のサーヴァントに言ってくれ。俺は術式を出したわけでも直接施術した訳でもない」

 

 近くにある椅子を引き出してそこにどかっと座りながら彼は言った。すこし大雑把な気もするが、一応こちらは助けられた側なのだ。あまりそういうことは言わない。

 とりあえず彼がメディアのマスターというのは確定した。見て取れるほど魔術の適正が高い訳では無い。おそらくだが倉田翔太郎という男はあまり魔術師として万能ではない。どちらかと言うと一点にのみ優れているようなものだ。

 

「早速で悪いがそちらの組織についての概要が聞きたい」

「民間軍事会社っていうのはまぁ傭兵会社みたいなもんだろう。特に俺達は他の場所では掃除屋とも呼ばれる。主な仕事は暴動の鎮圧や民間人の護衛、そしてこの世界に関する調査だ」

 

 なるほど。つまり、彼らは日常的に戦闘を経験しているというわけだ。確かに年齢にしては引き締まった身体をしていて、戦った時も爪が甘いものの、それなりに戦闘慣れしてる印象は感じた。

 

「資金源は何処から?」

「大抵の場合護衛対象が支払ってくれる。今の俺みたいな調査の依頼だとその調査している組織に敵対する組織だな」

 

 意外と金銭面もしっかりしているようだ。あと気になる点といえば自分に言ってきた代表という人間についてだが、その点は今はいいだろう。色々聞きすぎるのも良くない。

 

「...それで。こちらからも聞きたいのだが」

「伊達のことか?」

「ああ。よく分かったな」

 

 そもそもこちらが今から出せる情報で警備団体やら警備会社だか民間軍事会社が欲しがってるのなんてそれぐらいしかない。

 

「あれ程の戦闘能力を保有する男だ。注目するのは当たり前だろ。しかも」

「しかも?」

「あいつは俺を生かす時にクライアントという言葉を出した。おそらく何らかの組織につながっている」

 

 少なくとも半年前はそんな言葉は言わなかった。言う必要性がなかったからという可能性もあるがあの頃のやつはまるで自由だったのに対し、今回のやつはなにか縛りがあったように感じる。それがクライアントと言うやつのせいだと思えばこの半年間で伊達を取り巻く環境にも変化があったということだ。

 

「クライアント?あいつが繋がっている相手が...」

「知らないのか?」

「あ、いや。伊達が葛城財団と繋がっているのではと思った時期があったのだが今回は葛城財団を襲っている。もし葛城財団の味方ならそれはおかしいだろ」

 

 葛城財団と繋がっているかもしれないという予想をつけた理由は分からないが、そう思われるほど伊達は葛城財団に関して接点がある、もしくはそれを設けようとしていたのなら、今回葛城財団の拠点を狙ったのもわかる。

 

「葛城財団に敵対する組織は?」

「意外と少ない。軍隊的な動きが出来るとなるともう居ないと言ってもおかしくない」

 

 聞くに葛城財団というのは財団と言うだけありかなり多きな集団らしく、他のカルト教団の中でもトップにたつと言っても過言ではないらしい。

 

「ああ。そしてこれは伊達本人が言っていたことだが」

 

 となると伝えなければならないことがまだある。彼はおそらく自分と伊達の戦いは見ていないのだろう。今回の戦いでわかったことは全て言うべきだ。

 

「なんだ」

「これから2週間後か3週間後、また暴れるとさ」

「...なんだと!?」

「ああ。正確にはクライアントが、らしいがな。俺も驚いたよ。何せ自分から言うのだからな」

 

 某未確認生命体の行うゲームの中でも上位陣が行う縛りプレイものでもないのに、暴れるということを宣告するのはおかしい。普通なら嘘か冗談と見るべきだろう。流石にこんな見え見えの言葉が誘導に使えるとも思えない。しかし翔太郎は考え込む表情をする。

 

「...これまでも同じようなことをしていたのか?」

「...いや。だが...本当かもしれないな。だとすると不味いぞ。最悪の場合この辺が潰れる」

「何?」

 

 これまでの経験からの言葉だろうか。いや、それなら逆に今回はないだろうと見るはずだ。自分が会っていない半年間の間に同じことをしたのなら話は別だが。

 しかし翔太郎はその話を信じて納得したように頷く。

 

「待て。この辺が潰れるって...」

「あんなやつを好き勝手暴れさせてみろ。関西に住む人間がまとめて丸焼きだ」

 

 確かにあの宝具を、しかも聖杯の持つ無限とも言える魔力を使われればそのようなことは出来るだろう。 

 しかし信用出来なかった。その発言の真意も分からないのに彼がここまで考え込むならそれを使った誘導ということも有り得る。

 

「いや待て。教えるとしたら妙だろ」

「伊達が単体で暴れるなら兎も角、クライアントが暴れて伊達がそれについて行くとなるならそれにあんたを巻き込みたいって考えるのも不思議じゃない」

 

 巻き込むことは不可能ではないだろう。しかし巻き込みたいと考える理由がわからない。巻き込みたいにしてもこちらが得になる情報がないのに巻き込まれに行くと考えるの難しいだろう。ドンパチして伊達が出てくるとわかっているぐらいのメリットでは弱い。むしろ今回ただでは死なないということがわかっただけ逆に避けようと考えてもおかしくない。

 

「となると気になるのがそのクライアントだな。葛城財団を襲い、この辺で戦争やれるほどの戦力を蓄えている存在...なんだそりゃ」

 

 他のカルト教団も葛城財団を襲うことはほとんどないらしい。となれば余計に分からない。カルト教団以外で戦争起こせる戦力を蓄え、天王寺達也のことを聞き付け自分を襲わせ、尚且つ死なないようにしろと言ってくる存在。

 全く分からない。周りの集団に詳しくないというのもあるが思い出してみるとなにか引っかかるものを感じる。

 

「いや、待て。まだクライアントが直接戦うとは言ってない」

「どういうことだ」

「いや、あくまで予想なんだが。内ゲバってないか?」

 

 葛城財団を襲えるほどの存在という観点において葛城財団を一番最初に外してしまうのは当然だろう。しかし葛城財団は組織的にかなり大きいと聞く。ならば内ゲバ...内部ゲバルトが起こってもおかしくない。

 

「いや葛城財団は代表である葛城恋に陶酔してる変態共の集まりだ。その可能性は捨てきれはしないが薄い」

 

 確かにもし葛城財団が関与してるなら霧彦だってその詳細に詳しかったはずだ。しかし、たまたま生き残った男が伊達の名前を出すまで霧彦は何も知らなかった。

 

「兎に角、伊達のクライアントの事も気になるがあいつが言っていた襲いに来るというのも無視は出来ない。早急に攻め込まれる可能性が高いところピックアップして守る必要がある」

「...そうか」

 

 守るか。確かに仕事内容に暴動の鎮圧等が含まれる翔太郎はこのような言葉を放っては置けないだろう。 

 しかしもし本当なら相手になるのは伊達だ。少なくとも自分達の今の戦力で守ることは出来きない。

 

「もしそこに本当に伊達が出てくるとなったら...」

「少なくともマスターとサーヴァントが200人ずつは欲しいな」

「...それほどか」

 

 聖杯を持つとはいえ、一人の男にそれだけの戦力。普通に考えればやりすぎにも程があるが、伊達の場合そうとはいかない。

 

「あんたも知ってるだろ。あいつの強さ。俺も...」

「戦ったことが?」

 

 翔太郎が苦虫を噛み潰したような顔をしながら睨んでくる。どうやら地雷を踏んだようだ。素人でもわかるほど怒りの感情を露わにしたが、彼も大人になろうとしているのか、直ぐに収めた。このようなところはどうやら少年のままらしい。

 

「...昔な。まだエインヘリアルに入る前だ。20人を超えるマスターとサーヴァントで戦ったが...見事に惨敗だ。その場にいたものがほとんど殺された」

「20...20!?」

「ああ。数も揃っていたがサーヴァントもエルキドゥやヘラクレス、ロムルスにアキレウスと神霊、神霊級のサーヴァントもいたから、自衛には完璧だった。だから伊達の噂は聞いていたが準備をしたから勝てる。そう思っていた」

 

 手を強く握っているのが見える。本当に辛いのだろう。20人の仲間達とはそれなりに深くやってきて繋がりだって強かったはずだ。戦って勝ってきたという自信とそれを持つのに相応しい実力。その軍団には確かにそれがあったのだろう。

 

「辛いなら語らなくてもいい」

 

 本当に辛そうだったので止めようとした。確かにその話を聞けば今後の戦いに役立つ情報も出てくるかもしれない。しかし、その為に一度は命を救われた者に辛い記憶を思い出させるのは気が引けるし可哀想だ。しかも彼はまだ未成年だろう。そんな若い子が、仲間の死を語らなくてはならないなんて酷すぎる。

 

「いや...いい」

「...君がそう言うならいいけど辛いことを無理に思い出すことは無い」

「いや、話し始めたのは俺だ。...伊達の強さは知っていたから前準備としてトラップも考えたし、令呪も使った。宝具の真名解放もした。そうだ、俺達は文字通り本気で戦った。だが...あらゆる攻撃を受けても伊達はその傷をすぐに治し、宝具の真名解放と同レベルの火力を常時出し続けた...そしてみんな死んだ」

 

 自分が伊達の首を切った後、伊達がすぐに立ち上がったのを思い出す。あれ程の恐怖と無気力感は感じたことがなかった。全てが無力に思えるほどの力。それを彼らは感じ続けたのだ。

 

「生き残りは」

「細かく言うならたまたま来ていた代表に助けられて残った...のが正式なマスターが俺だけ、サーヴァントがセイバー、そしてマスターを失った2騎のサーヴァントだけだった。その内一騎はそいつの家族がマスターとなったのだがメディアはいなくてな。俺が引き取った」

 

 何か引っかかるような、聞いたような話だが、この際それはいいとする。問題はそれより伊達の戦闘能力の問題だ。一番強大なのは聖杯だろうが、それだけであれだけの魔力というのは少し怪しくなってきた。

 

「聖杯...だけなのだろうか。」

「聖杯だって万能の願望器とは言うが、戦闘に関して言えばそんな万能じゃない。不死身であろうとするならあの火力を常時振るうのは不可能だ。そもそも、あの火力を続けて出せば身体が持たない」

 

 聖杯とは大きな魔力リソースのようなものだ。無限とも思える魔力だがそれは決して無限ではない。それを冬木の聖杯のように願いを叶えるものとして使えば不死身なることは可能だろう。しかしそれで聖杯のリソースは尽きてしまう。しかしそれに加えて宝具の連続解放となれば回数や宝具のランクにもよるがそれだけでも聖杯のリソースを使い尽くせる。

 

「どうなっているのかは俺も分からない。だが、それが出来るという真実だけは揺るぎない事実だ。いいか。アレを倒すということはそういう事だ」

「...伊達を...倒す...」

 

 そんなことは可能なのだろうか。先程不可能だと強く言ったような物を。自分たちで倒せるのだろうか。無理だ。また殺されかけて捨てられるだけだ。

 

「それを教えて、理解させてから聞こう。俺は戦う。あんたはどうする?まだエインヘリアルに入っているわけでもないあんたに無理強いはしたいができない」

「...俺は」

 

 彼は戦うことを使命と捉えている。そこにいる者たちの時には剣となり、時には盾となる。そんな空想上のヒーローのような役をやることを使命だと思っている。だからこそこのようなことが出来る。

 しかし自分は違う。傭兵をしたいとは言ったが、死にたいわけでなければ勝てる見込みのない奴にわざわざ向き合う必要は無い。このまま逃げてしまえば暫くはその身を守れるかもしれない。けど、それでいいのだろうか。自分は正義の味方では無い。寧ろ人を殺している自分は悪である筈だ。ならば悪であるその罪を、何も知らないと言って背くことは簡単だがそれはいい決断ではない。いくらそれでまた罪を重ねる結果になったとしても。その罪に押しつぶされる結果になったとしても、それこそが罰であるのだからそれを受け入れなければならない。

 

「...」

「まぁ、決断は難しい。それは分かる。俺だってほんとうは嫌だし。金が無限にあるなら自分のサーヴァントと隠居生活したいぐらいさ」

「...俺は、子供を殺した事がある」

 

 人間同盟のデモ隊と戦った時に殺した子供。実はあれが最初ではない。敵だと思ったら殺した自分は、人を何人も殺してきた。自らの欲に溺れた人間を。

 

「...そうか」

「顔も、年齢も知らない。印象もない。なんなら男女どちらかだったかすら覚えていない。ただ俺は殺した」

「...それは罪か。しかし法がないこの世界でそれを求めるのは難しい。それで?お前は俺は悪人だから今回の問題は知らないふりをすると?」

「いや、逆だ。悪人であるからこそ。その罪を精算したいと思ってしまう。いくら善を成そうとその罪が清算されてることは無いと知っていながら。実は空想上の英雄に憧れていたんだという自分を」

 

 救ってやりたいんだ(叶えてみたいんだ)。その言葉は言わなかった。自分がそんなことを望んで許されるのか。

 時折夢を見る。自分が殺した人々が蘇り、自分を地獄まで連れていく夢を。有り得ないと分かっていながら。蘇りなどないと知っていながら。それに怯えてしまう。

 その罪を精算できる手段はないが、精算を自分は望み続け、それ故に罪を重ね続ける。

 

「...複雑のように見えて簡単な感情だな。単純にお前は怖いのさ。自分の罪を見ることが」

「ああ...子供(ガキ)みたいな大人だな。全く恥ずかしいよ」

 

 全く筋が通っていない。ごちゃごちゃの頭でやっと考えた理論も意味がないただの形だけのもの。決心としては弱すぎて、逃げるのには邪魔になる。

 

「...けど代表があんたを友として認めた...というか代表の良き友人であったことはよくわかる。」

「...」

 

 頭をかきながら彼は言う。何度も代表という言葉を出しながらその正体をずっと言ってこなかった彼だが、この言葉でやっとそれが誰なのか、何となくわかった。

 

「不器用で、変な優しさがあるから、狂うに狂えず、善に生きるには普通すぎた」

「君みたいな少年にそんなことを言われるのは気恥しい」

「褒めてんだよ。同時に貶してるけどな」

「君は器用だな」

「ーったく。素に戻ったと思ったらこの口調か。もう少し緊張感持て」

「とは言っても答えは出したし、もういいんじゃないか?君も少し肩を下ろしたらどうだ?近くでチロチロ見ている君のサーヴァントも心配してるだろ?」

 

 実は先程から視線は感じていた。保護色を使って上手く隠れているが壁に使い魔のようなものが張り付いているのが見える。これに見破られたのは自分の幻覚の影響が大きいが今回は黙っておこう。

 

「は?あ、いや...メディアか。よく分かったな」

「使い魔越しではあるけどな。盗撮とはいえ、かなり出来てる」

 

 視線には気づけたものの、それはあくまでそちらから見られているから気付けただけで、もし録画しているカメラのようなものなら気付けなかったかもしれない。

 

「まぁとりあえずいいだろう...俺はこの辺のマスターを束ねる。連携のれのじもないマスター達だろうが一人一人が貴重な戦力になりうる。目標は200。それだけあれば伊達を退け、他の敵を倒すことも不可能ではない」

 

 出来る。とは言わなかった。

 それは当然のことだ。彼だって仲間を失い、苦しみを味わってきた。それで学んだものがゼロなわけがない。慢心は破滅を招くと知ったのは言い方が悪いがいい経験なのではないか。とはいえ、死なない相手なら200用意しても抑え込むのが限界ではないだろうか。ランサーのメドゥーサのような不死殺しができるサーヴァントが必要だ。もしいるならいるで彼らを主軸として戦えば...殺せるかもしれない。

 

「あんたは...どうする?」

「伊達の証言から狙われる場所を特定する。君は伊達の言葉に嘘はないと思うのだろ?なら俺はそれを信じる」

「策はあるのか?」

「これでも魔術師でね。特に錬金術なら負けない自信がある」

 

 錬金術はその特徴から戦闘向きではないとよく言われる。しかしそれはあくまで使い方の話だ。他の魔術との併用や、知恵次第で協力な術となる。

 

「なら任せよう。一応あくまで俺の予想だが、この辺に種火の島というのがある」

「種火?種火ってあの」

「ああ。()()種火だ」

 

 種火というのはfgoでのサーヴァントの育成用の素材だ。サーヴァントと同じく星一から星五のランクとクラスがあり、星一から順番に叡智の種火、叡智の灯火、叡智の大火、叡智の猛火、英知の業火となる。こうして名前を見てみると種火とついているのは星一の叡智の種火だけだが種火と言うとこれの全てを指すらしい。何故かは分からない。星四の叡智の大火まではクラスごとに曜日クエストという形で種火が取れるようになっており、これを3Tで周回できるかどうかで初心者と中級者を分けると言っても過言では無い。

 

「種火の島って言うのは文字通り、種火が取れる島だ。fgoのようにサーヴァントの戦力増強に使える」

「伊達のクライアントの狙いはそれだと?」

 

 となると伊達のクライアントはサーヴァントを所持しているということだろうか。それとも商売でもする気なのだろうか。サーヴァントを所持しているとなれば最悪の場合、伊達と協力される可能性もある。

 

「この辺で襲われそうな所となれば一番最初に狙われるのがそこだろう。あの辺は正直警備も緩い。だから二、三週間も準備する理由が不明だが...足掛かりか?」

「どちらにしろ、そこに向かう必要性がありそうだ。俺はそちらに行くよ」

 

 とりあえず調査する必要性は高そうだ。腕と足も治ったところだし、少し動いてみたいというのも嘘ではない。

 

「任せた。敵の動きをみて、俺達も助けに行く...とりあえず。これを受け取れ」

 

 そう言って翔太郎がズボンのポケットから出したものを受け取る。それは耳につける小型の通信機だった。

 

エインヘリアル(うち)で使ってる連絡装置だ。あらゆる衝撃に対して耐性があり、2キロ圏内なら圏外でも通じるし、ネットに繋げばSNSも覗ける。なんと言っても魅力はバッテリーだな。通常のバッテリーに加え、装着者の漏れ出す微量な魔力を使うことで実質無限だそうだ。さっき本部から届いてな。予備のやつだがくれてやる」

 

 どう考えも天才の仕業である。あの天才はどうやら半年間暇だったらしい。

 あくまで予想だがこれ以前は使い魔での連絡をとっていたのだろう。彼の手元には自分が今受け取った物と全く同じものが置いてあるがそれ以外の機械的なものが全くない。

 となるとこの端末の最も優秀な点は別にあると考えるべきだ。すぐに出てくるわかり易いものといえば情報漏洩に対する対策。それを克服したということはかなりの高性能を期待しても良さそうだ。

 

 

「んじゃいい答えを待ってるよ。あんたのサーヴァントは隣の部屋だ。行ってやれ」

「ありがとう。翔太郎君」

「くんは許してやるよ。ちゃんつけたら許さねぇ....あ、待て」

 

 訳の分からない言葉を言っていたがそれは無視して立ち上がる。すると翔太郎が部屋を出ようとしていることに気付いたのか部屋の奥の方に行き、何かを取り出す。

 

「ほらよ。忘れもんだ」

「ああ。ありがとう」

 

 それは以前柏原さんに頼まれて深澤さんを救出しに行った時のお礼と報酬だった。武装と共に無くなっていたと思っていたがこれがあるのは嬉しい誤算だ。

 

 

「どうやら依頼を受けたようだな...相手は柏原さんか」

「知ってるのか?」

 

 懐かしい名前を聞こえて、驚き聞き返す。すると翔太郎は腕を組んで当然という顔をして言った。

 

「知ってるも何も柏原さんもエインヘリアルの一員だ」

 

 そもそも、お金は封筒の中でその封筒も特に変わったものがある訳でもないのに、何故柏原さんからと気付いたのかも分からないが、とりあえずそれは置いておこう。

 柏原さんがエインヘリアル、つまり翔太郎の仲間とするならこの2人が言っている代表は同一人物。翔太郎のことばから代表の正体はだいたい掴めてきた事から考えると柏原さんにはすこし悪い事をしたかもしれない。

 

「因みに聞きたいんだが何を依頼されたんだ?」

「葛城財団に捕まっていた、柏原さんの仲間...あ、名前は知ってるのか。深澤さんの救助を」

「は!?あいつ()()捕まったのか?」

「また?それじゃ」

「常習犯だよ」

 

 どうやら深澤さんは某世界的に有名な赤い帽子を被った髭のおじさんがジャンプしたりコインを集めたり、キノコ食べたりするゲームにて毎回毎回なんの抵抗も無く攫われるヒロインと同じような扱いらしい。

 

「はー。まぁ悪ぃな。美鈴のバカは小学生でも分かりそうなことがわからねぇ馬鹿だからな。全くベディヴィエールが不幸でならねぇぞ全く」

 

 どうやら彼女とはそれなりに仲がいいらしい。何も言っていないのに彼女がよく利用されることやサーヴァントがベディヴィエールであり、彼がどのように関わっているか知っている。

 

「仲良いんだな」

「仲良かった先輩の妹なんだよ。同い年だし...んでなんだ?今度は金銭か?」

「おそらくだけどベディヴィエールが目的だと思う」

葛城財団(奴ら)が?ベディヴィエール目的?美鈴のバカは何もされてなかったのか?」

「ああ。それなりに暴行は受けていたようだが、拷問にしては弱すぎる」

 

 今思えば彼女の傷は少し喧嘩した適度の傷だった。エインヘリアルのことを聞きたいなら拷問されていてもおかしくないがその様子はなかった。手錠も足枷も特に何も無かったので撒き餌のひとつだと思った。

 

「葛城財団の事なら性的暴行でもすると思ったんだが...その様子だとなさそうだな。流石にアイツらもあの幼児体型には欲情しなかったのか?」

「よ、幼児体型...?あれで?」

「あんたそれ美鈴の前で言ったらセクハラだからな」

 

 少々失礼な事を言っているようだが確かにそうだ。というか深澤さんは幼児体型では無かったと思うのだが。あの時は早く間に合ったからだと思っていたが長く見積って一日捕まっていたのだ。それだけの時間があればなんだって可能だ。

 

「となるとビーコン?いやまさか」

「おいおい。そりゃ考えすぎだろ。もしそうだとしたら本部に行けば摘出されるさ」

「あ、ああ」

 

 彼女の身体に何かしらの細工をしてエインヘリアルの本部でも見つけるのが目的かと思ったが確かに本部に行く前に治されてしまうだろう。

 

「まぁ、その事も踏まえて代表に聞いておくよ。他に欲しいものはあるか?」

「武装が欲しいかな。俺と伊達が戦った所に何が落ちていなかったか?」

「壊れたものなら幾つか。まぁ使えねぇだろうから諦めな」

 

 どうやら弓も腕輪も壊されてもう無いらしい。ダ・ウィンチちゃんにもらって半年間使い続けてきたものだが仕方がない。また新しい武器を作るしかない。流石に拳で戦うのは自殺行為だ。

 

「そうか。悪かった」

「まぁ、一応ナイフ程度ならあるが、自分のサーヴァントのサポートにでも回るんだな...ってかそれが普通だからな。誰がサーヴァント相手にタイマン張ってんだよ」

 

 翔太郎が鞘に入った長めのナイフをどこかから投げながら言う。

 確かに本来マスターは戦闘は行わない。サーヴァントが全く戦闘ができないサポートタイプなら兎も角、マスターが前線に出るなど普通なら言語道断だ。

 しかし自分は半年間戦ってばかりだったので今更サポートに回る...というのも上手くできる自信はない。

 

「あーいや...普通に戦ってきたし」

 

 飛んできたナイフを掴んで何回か振りながら答える。ナイフと言うだけにかなり小ぶりだがないよりはマシだ。とはいえ魔術的な仕掛けが何がある訳では無いので弓の弧のように使うのは少し危険だろう。

 

「...あ、あーなるほど。大体分かった。バケモンだなあんた」

「魔術師だよ」

 

 幾ら相手がサーヴァント、過去の時代の英霊とはいえ弱点が皆無である訳では無く、たまにマスターを愛するあまり周りが見えないサーヴァント等がいる為そういうのは案外軽く倒せた。

 

「...そうか。んじゃ期待してるよ。そのサーヴァントすら超えられる力も」

「ああ」

 

 これ以上話すことは無い。

 彼がそのようなことを態度で示してきたので最後に一言「ありがとう」とだけ言って部屋を出た。

 

 

「なんだ。全然伊達と戦えるじゃねぇか。聞いて損したぜ」

 

 その事に彼が呟いた独り言もちゃんと聞こえた。




今回の口直しタイム
やっと出た病衣。これからしばらくレイが身に纏う服装。少し前まで葛城財団の制服、それより前はゾンビや死体から剥ぎ取った服だったりボロボロの服装だったりある時は獣の毛皮を使った原始人スタイルと中々頭おかしい時期があった私服センスですがこの辺から割と落ち着いてきます病衣。


ここでエインヘリアルという組織が明かされましたね。(名前自体が出てくるのはもっと前だった気がしますが)エインヘリアル。簡単に言えば崩壊世界シリーズの中でも強力な戦闘集団というのが一番わかりやすいかと。今までの組織と言ったら敵組織である葛城財団などを除けばホテルだったり娯楽施設だったりしましたがこちらは選りすぐりの傭兵集団です。とある魔術とマスター達の魔術訓練のおかげでサーヴァント達も他のサーヴァント達よりステータスが高く、翔太郎程になるとその辺のマスターのサーヴァントなら相性次第とはいえ勝つことすら可能とかいうクソ強集団。
この辺は進撃の巨人の調査兵団やカルデア、機動戦士ガンダムOOのソレスタルビーイング等から考えたオリジナル組織です。

翔太郎は戦うことに使命感を感じながらも戦おうとするマスターにその心を聞きに来るぐらいは常識人。それに対しての零の考えが悪人だからその罪を精算できるようなチャンスが欲しい。零の罪、殺人は今回の人間同盟が初めてではありません。崩壊後の半年間、地獄と言っても相応しい程ですから。ケジメをつける、責任を負うというわけじゃないというのが子供らしさが混ざったような感じでなぁ...
翔太郎の言った
「不器用で、変な優しさがあるから、狂うに狂えず、善に生きるには普通すぎた」って言葉が割と刺さりそうな気が...
そして美鈴さんと翔太郎の関係。そして柏原さんの正体が明かされ...物語がゆっくりとはいえ、繋がっていく。



そして今後の戦闘では零の魔術師としての能力が惜しみなく出てきます。これまでも少しづつ出てきた零の魔術師としての能力ですが、これからはもっと出てきます。ご期待を!

そしてあと三話だけ挟みますがそのあとは新章突入です!なんと!コラボも考えております!コラボ先はマンションの一室様の『儚き女神(上)と共に崩壊世界で···』です。実は自分がこの小説を書き始めてすぐくらいから連絡を取り合ってお互いの設定の調節などを行いながら矛盾が発生しないように書いて来ました。
メドゥーサとステンノというゴルゴン姉妹の共演、もし映像だったら浅川さんが疲れそうな共演ですね。
魔術技術と特異ステータスガン振り曇らせ隊ホイホイマスターと身体ステータス魔力ステータス共に成長途中の小太りなのに地味に戦闘能力高い成長途中マスターの共演をお楽しみに!


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22話 人としての

前話で決意を新たにした零。
結局こいつって起源が贖罪なんかじゃないのかと思うほどですし。

今度はまぁ...自分のサーヴァントの世話ぐらいしろというお話です。はい。


 廊下に出て隣の部屋を見る。窓などは無いため中の様子は全く分からない。とりあえず扉を叩いてみる。

 

「メドゥーサ?いるか?」

 

 返事はない。別の部屋だろうか。そう思い別の部屋がないか探すと小さな声が聞こえた。

 

「レイ?」

 

 間違いなくメドゥーサの声だ。しかし自分がここまで回復しているのにその声は少し弱く感じた。

 

「...入ってもいい?」

「どうぞ」

 

 やはり弱そうなメドゥーサの声でどうぞと聞かれたので扉を開ける。するとそこには自分が先程まで寝ていたのと同じようなベットに座っているメドゥーサがいた。彼女は何も言わない。口を開かずじっとしている。

 彼女にゆっくりと近付き、その隣に座る。

 

「身体は、大丈夫?」

「ええ。それよりレイは」

「俺は大丈夫。ほら、切られたところもバッチリ」

 

 切られたところを一点一点ぬいで見せていく。切られた跡すら見えないほど完璧に補修してあるそれを見たメドゥーサはすこし変な顔をした後顔を背ける。

 おそらく本気で心配した割に自分が元気そうだから損した気分にもでもなってるのだろう。

 

「なんなら今度からもスパスパ切られても安心ってくら」

「それはやめてください」

「ごめん」

 

 メドゥーサが睨んできたので謝る。どうやら本気で怒っているらしい。自分の体を大切にしなさい。ということだろうか。確かに今回無理したことで折角ダ・ウィンチちゃんに作ってもらった武装を無くしてしまった。戦った場所を探せば落ちてるかもしれないがおそらくもう使えないほどボロボロにしてしまっただろう。申し訳が立たない。

 

「レイ」

「何?」

「申し訳ありません」

「なんで謝るんだ。君はよくやってくれたよ」

「しかし私は貴方のサーヴァントとして、その身を守ると誓ったのです。なのに...」

 

 メドゥーサが悲しそうな表情をする。相手が強かったから。突然来たから。言い訳は出来るが彼女が求めているのはそれでないことは明らかだ。

 その表情を見ればこちらまで悲しくなってくる。そうか。君はまだそうなのか。誰かが中でそう呟いた。

 

「でも俺は生きてる」

「しかし...レイが最後、私を守るために戦ってくれた時に...」

 

 最後の魔力放出と変化を使って伊達と戦った時のことだ。自分の体を武器にするという突発的だったかはこそ思いついた手を使用した。確かにあの時はアレしか考えられなかったとはいえ、諸刃の剣もいいとこだ。

 

「あれは、勝手に...そう。ああしないと勝てないって」

「いえ、違います。その時のレイが...本当は頼もしく感じなければならないのに、嬉しくならなければならないのに...()()()()()()()

「怖い?」

 

 怖かったというのは自分のことだろうか。伊達ならまだわかる。あれだけの力を振るってそして全く倒れないのだから恐怖を感じてしまうのも理解はできる。しかし自分が怖いというのはよく分からない。危なっかしくて怖いというのならわかる。しかし彼女の言い方がそれを示していないことは明らかだった。

 

「怖いって俺が?」

「ええ。まるで...怪物のように」

 

 英霊、ではなく反英霊ではあるがメドゥーサが恐怖を感じるというのはどれほどなのか。そこまでの気迫を感じさせるほど威圧は出来ないし、自分は必死だったが、客観的に見ればただ暴れていただけに過ぎない。

 

「怪物って...言い過ぎだよ」

「いえ。私とレイは似たもの同士です。もしかしたら...いつか本当に」

 

 怪物になる。この言葉が生易しい言葉ではないことはよく分かる。他でもない、女神アテナにより怪物にされ、人から嫌われ襲われて、その結果勇者ペルセウスにその首を切られた彼女の言葉だ。笑って済ませられるものじゃない。

 その証拠に彼女は俯いたまま顔をあげようとしない。もし自分が怪物となった時に彼女は『自分のせいだ』と彼女自身を追い詰めてしまうだろう。それは望んでいない。

 

 

「その時は2人で暮らそっか」

「え?」

「あ、俺は殺してばっかりだから。いつか本当に怪物になるかもしれないなって」

 

 無垢な人から見れば今の自分でももう十分な怪物だ。人と同じ身体、同じ能力を持ちながら人殺しに対して躊躇いがなく、子供であろうと容赦なく殺す。もし自分のサーヴァントがアタランテなら召喚直後に殺されていただろう。

 そんな自分が人としてまだ生きてる方がおかしいという声に対して自分は否定できない。

 

「私は...嫌です」

「冗談だよ。流石にメドゥーサも俺と2人はキツイだろう?」

 

 流石にこんなやつと2人で暮らそっかは犯罪的すぎる。メドゥーサが否定したくなるのも無理はない。とはいえここまで素直に否定されるのも正直に言うと傷つく。

 

「あ!いえ!そうではなく。出来れば人としてのレイと一緒にいたいのです」

「人としての?」

「...私が怪物になるとき、最も必要だったのは貴方のような人だったと思うのです」

 

 確か同じようなことを伊達にも言っていた。しかしその言葉の真意まで自分は理解できない。

 アテナにより怪物にされたメドゥーサは姉二人とともに形の無い島へと追放された。その後メドゥーサ達を退治しようとする勇者達を姉から守るために戦い続け、そしてその果てに本当に怪物となり、姉二人を巻き込みゴルゴーンとなった。

 その伝承から考えても自分のような人がいたところで退治される側の1人になるだけだろう。

 

「それは、どういう?」

「...あの時の私は貴方と同じなんです。姉様達がいたというのに、一人でした。毎日毎日、姉様達にいびられながらも心の中では...自分しかないと」

 

 fgoでは姉ふたりは美しく、全く戦えない女神が少し強くなったという感じだが、伝承ではメドゥーサが怪物にされたことに抗議したら姉2人も怪物にされたとある。その後()()()()()()()()()()メドゥーサは殺されたが姉ふたりのことは詳しく覚えていない。

 fgo、その他のFate関連作品では姉二人は男たちに愛されることが前提のアイドル。メドゥーサに歪んだ愛情があったとはいえ、とても1人だとは思えない。しかし、姉達は戦えないとなれば自分しかいないと思ってしまうのも無理はない。守るには自分が戦わなくてはならないと自分を鼓舞すると共に精神をすり減らしていく。

 

「...それじゃあ...俺は」

「レイは1人でしたが、同時に怪物である自分と人としての自分と戦い続けています。光と闇に呑み込まれず...その直前で理性が働いている」

「まだ俺は人だと?」

 

 彼女は頷く。まだ貴方は人だと彼女は言う。人を殺した。多くの人を殺し、その犠牲の上に立っていながら、それらを殺した理由も、それによって得たものもない自分がまだ人であると彼女は言う。

 

「俺には...自分が醜い怪物に見えてならない。明日起きて鏡を見たら人の姿をしていないんじゃないかって思うんだ」

「貴方は怪物でありませんよ。レイ。もし怪物であるならその犠牲について何も考えようとはしません。私はあなたを知ってます。だからこそ思うのです。私にはレイが必要であると」

「だからって...そんな無理をしなくても」

 

 今は彼女の話を聞く番だ。

 彼女は自分のような人が近くにいれば怪物にはならなかったと。ゴルゴーンにはならかったという。本当にそうなのだろうかとは思うが、それは別の話だ。

 もし本当にそうだとしても今守る理由にはならない。確かにサーヴァントはマスターがいないと現界出来ない。だから現界し続けるためにはマスターが必要なのもわかる。しかし、それを命を落としてでも救うべきかと言うとそうでは無い。特にメドゥーサには単独行動のスキルがある。1日程度ならマスターが居なくても現界が可能で、その間に新しいマスターを見つけることだって可能だ。

 

「私はあなたを怪物にしたくは無いのです。あんな苦しい思いを貴方にはして欲しくない」

 

 メドゥーサは自身と自分を重ねている。それで、怪物にはさせないと、したくないと思って行動している。

 そもそも、怪物というのはどういうものを指すのか。残酷だからか、

 

「似たもの同士だから?」

「ええ。私の助けにレイがなれたように。レイの助けに私はなりたい」

 

 殺すことしか出来ない自分に対してこれだ。そもそも、自分が助けになれることも予想でしかない。

 だから気にしなくてもいい。気にしないで君のしたいようにすればいい。

 そう言いたいしそれが正しいのだろう。しかし、それが何故か言えなかった。

 

「...そうなんだ」

「ですから私は人としての貴方と共にいたい」

 

 彼女の言葉が強く何かを打つ。

 心臓の鼓動が早くなり、彼女の声に意識の全てが持ってかれる。まるで世界がそこだけに固定されるように。

 恥ずかしくなり、顔を見られなくなる。いくら自分が馬鹿でもわかる。顔が赤くなっているのだ。そんな10代の少年のような照れ方をするなんてまだまだ子供だなと心の中で思いながら顔を背ける。

 

「あ、いや...すみません。、その...いやでしたか?」

「いや、そのさ...そういうのは勘違いされるから控えた方がいい」

 

 これではまるで子供だ。髪を掻きむしって気を紛らわす。そうでもしないと顔から火でも吹くのではと思うほど熱い。

 半年間の間に身体に異常があったのだろうか。錬金術の練習で変な薬作ったのが災いして基礎代謝でも上がっているのだろうか。そうだ。きっとそうだろう。

 けどもしかしたら、本当にもしかしたらだがこれは自分の気持ちを直接現したものなのかもしれない。この場合の自分が誰かなんてわかった話ではないが

 

「同じようなことを言って今更何を」

「...言った?」

「ええ。言いましたよ」

 

 先程までスゴく申し訳なさそうにしていたのに顔を背けているうちに機嫌が悪くなっていた。メドゥーサってこんなにテンションの緩急が激しいサーヴァントだったか。

 

 

「機嫌悪くないか?」

「そうですね。レイがこのままではタラシになるのではと心配はしています」

「おぅ...これはこれでかなり棘が」

 

 メドゥーサの棘はかなり自分の身体の緊張と熱を奪っていく。やっぱりこういう所は持ちつ持たれつつということだろう。少し違う気もするがまぁこれでいい気がしてきた。

 

「けど良かった。君が少し楽になったのなら」

「あ...どうやら。またレイに救われたようですね」

「いや別にそんなつもりじゃないけどな。メドゥーサが俺が怪物にしないようにしてくれているのはありがたい」

 

 メドゥーサが頷く。

 確かに彼女が自分を心配して動いてくれるのは酷い話かもしれないが嬉しい。一人の時間が長かったからかそれまで考えてくれる仲間、相棒がいるというのは彼女だってそう思ってくれているというのが嘘ではないということだから嬉しい。

 

「けどね...えいっと!」

「あ!」

 

 メドゥーサがつけているブレイカー・ゴルゴーンを取り外す。彼女の魔眼は彼女が本気にならない限り、防御手段があるというのに2人の時でも何故これをつけているのだろう。

 

「...君が無理しちゃ意味無いでしょ?」

「...」

「メドゥーサ?」

「いえ。何故ブレイカー・ゴルゴーン(それ)を」

「顔を見たかった。それだけさ」

 

 目を隠されていると少し他人行儀な気がするし、視界を封じられた状態でい続けるのは彼女にとっても良くないだろう。

 

「俺さ、武器無くしちゃって。これからは君に頼ることが多くなるかもしれない」

 

 出来るだけ早急に新しい武器を作りたいところだが、材料がなければ工房でもないここではあまりいいものは作れないだろう。それにできるだけ早く種火の島とやらに行きたい。

 

「元々私はレイのサーヴァントです。貴方の為なら何が相手でも戦いましょう」

「...そうか」

「ええ」

 

 彼女の手にブレイカー・ゴルゴーンを置いて話をする。彼女の声色が落ち着いてきたためいつも通りになってきた。これなら出発も出来るだろう。

 

 

「俺ももっと頑張らないと」

 

 怪物になる可能性を持っている。しかし怪物になってでも伊達とは戦わなくてならない。彼の強さを知っているからこそ、おそらくまわりはこの事を知ったら自分に怪物になることを求めるだろう。それでどれだけ強くなれるか分からないが、強くなりたいと考えていることは間違いじゃない。

 しかし彼女がそれを止めようとしている。メドゥーサがなって欲しくないと言っている。まるで怪物になった後のことがわかるように。

 もし多くの人に怪物になることを求められたら自分はどうするべきだ。彼女の願いを優先するべきか、それとも顔も名前も知らない多くの人のために怪物になるか。

 

「レイ」

「...行かないと」

 

 伊達と今後戦うことも言わなくてはならない。その時に、彼女は自分が戦うことを許してくれるだろうか。いやそもそも、勝てるのだろうか。分からないことは多いがやるしかない。正直希望的観測を含めても不可能だろうと考えるような状況だ。しかしあれだけのことを言ったし、自分が蚊帳の外にいていい立場じゃないのは理解している。

 巻き込まれたわけじゃない。せめて父親のことをちゃんと解明して...それからなのだから。

 

 おそらくそう考えていることを全て理解したのだろう。彼女が悲しそうな表情を見せたがすぐに優しい笑顔になって言った。

 

 

「ああ」

 

 

 

 同時刻。大阪のとある建物の中。

 そこには一人の男が煙草をふかしてながらパソコンで何か作業をしていた。まるで自分がここに来るということを何年も前からわかっていたような余裕さを見せている。

 

「須藤」

 

 その男の名前を呼ぶと彼は何も言わずに煙草を咥えたまま顔をこちらに向けてそして作業に戻った。

 

「おい」

 

 もう一度、今度は近づいて言う。しかし今度はこちらを見向きもせず作業を続ける。聞こえないわけではあるまい。聞こえていながら無視しているのだ。次何が起こるかわかっているだろうに。

 

「おい、お前が呼んだんじゃねぇか...!」

 

 そういうとため息をついた須藤はパソコン作業をやめて身体ごとこちらに向けてきた。どうやらこれ以上やると自分の剣に殺されると気付いたのだろうか。それともこの掛け合いすら知っていたということだろうか。どちらにしろ気に食わない。

 

「ああ。呼んだとも」

「お前の言う通り天王寺零を痛めつけたぞ」

「ああ。知ってる。そんなことずっと前から()()()()()

 

 そういうと須藤は立ち上がり、パソコンを閉じた。7色に光る瞳を見せつけながら歩き、壁に取り付けられた端末を操作し始めた。

 

「お前が私の計画の1部を知り、その事を天王寺零に伝えるのも知っていた」

「なんだ?聞かれたくなかったのか?」

「いや、逆だよ。天王寺零はこれを聞いたらここに留まるしかない」

 

 なるほど。自分がちょっとした反骨精神でこの計画のことを明かすのも全て読み通りだったと。

 ちっ、と舌打ちをして答える。これではこいつの裏でやっていることも全てバレているということだ。別にこいつ対して悪影響がある訳では無いので見逃されるとは思うが、もしもという時に反抗が出来ないのは困る。

 すると端末の操作を終えた須藤がゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

「そして、戦いの中で生存者を出すのも読み通りだった」

「生存者...?」

「ああ。君の宝具の攻撃が運良く当たらず、そしてまた運良く建物の火事にも火傷程度でそれまた運良くそこに来た天王寺零に治療された者がね」

「なっ!?」

 

 そういえば確かに自分が行く前に一人、天王寺零は治療をしていた。その男がどこにいったのか分からないが確かにそれは幸運に幸運を重ねた結果だ。未来予測などでその結果が出てきても信用するとは思えない。

 つまりこいつは本当に知っていたのだ。未来がどうなるか、予測する訳では無い。全ての運命を知り、理解して動いているのだ。だから自分がこれから何をしようと全て須藤の中では知っている話なのだろう。

 

「そして彼がこちらまで辿り着き、わたしの存在に気付いてそれを報告することも」

 

 須藤がそう言うと先程須藤が打ち込んだ端末が光り、壁が左右に割れる。その先にはもう一つの部屋があった。装飾品もほとんど置いてない一見質素に感じるかもしれないが中央に置かれたそれがまったく質素には感じさせなかった。

 

「これは」

「勿論理解していたから有効活用させてもらってるだけさ。これは私の言う計画に必要な犠牲だよ」

 

 そこにいたのは謎の機械に繋がれている30代くらいの男だった。令呪のような赤い線が全身に張り巡らされて、皮膚の所々が溶け落ちている。腹に大きな穴が空いており、そこから臓器のようにも見えるものがぶら下がっている。耳や目からは触手のようなものが出てきて時折謎の粘度が高い液体を噴射して萎びる。

 

 

「マスターか」

「そういう事だ」

 

 彼今、強引に契約されているということを理解するのにそこまで時間はかからなかった。なぜ理解できたかは分からないが須藤の反応からしてそれが正解らしい。

 

「君がこの前捕まえてくれたサーヴァントの霊基の改造に成功したからな。それを解き放ち、こいつにマスターをさせる」

「お前じゃないのか?」

「問題は無い。これは...いや。それ以上は語るまい」

 

 どうやら自分がマスターでは行けない事情があるようだ。捕まえたサーヴァントを使役して使うのに魔力消費が大きい、などの理由で無いことは明らかだ。

 わざわざ代わりのマスターを用意するということはバレることが前提ということだ。

 

「兎に角お前の働きは十分だった。霧彦に関しても」

「生きてるんだろ?」

 

 霧彦。須藤が言っていた葛城財団の幹部にして天王寺零の味方として動いていた男。サーヴァントは槍を持った白い女だったが、サーヴァントも含め対して強くないからと侮って、しかし宝具を使って消した。そう思ったが、宝具が当たる瞬間になんの前触れもなく消えた。これは宝具で死んだように見せかけて何かを考えているということを理解したのはその後だ。

 

「やはり気づいていたか」

「魔術行使が見えた上に溶けるよりも早くきえたからな。おそらく置換」

「当たりだよ。今奴は自分を死んだことにして天王寺の魔術のことを調べ回っている。それが功を奏し、天王寺零に伝われば今回の計画は成功だ」

 

 須藤は狂気的な笑みを向けながらこちらにそう言ってきた。狂ってるやつだ。未来が見えているということは成功することを理解しているということ。この狂気的な笑みも、その果てまで全てわかってこそのことだろう。結果がわかっているというのに笑えるのだ。これを狂気と言わずなんという。

 

「ああそうだ。勿論知ってるとも。お前が攻撃した拠点のゾンビを捕縛していることを」

 

 やはりバレていたか。あの拠点にはゾンビ兵と呼ばれる葛城財団の代表、葛城恋がオナホとして使用し続けた結果捨てられ他の団員にも捨てられた結果無惨な形になったサーヴァントや自分も使役ができるシャドウサーヴァントが大量にいた。

 全員自分のことを殺そうと襲ってきたがそれの中の大半を捕縛し、自身のサーヴァント達に捕まえさせている。

 

「知ってどうする?まさか返せとでも言うのか?残念だがアレを使えばこちらも有利になるのでね」

 

 用途は簡単、自分の聖杯の養分となってもらうこと。単純に聖杯を使えばそのサーヴァントのシャドウサーヴァントとなった個体を無限に創造して使役することも可能である。とはいえすぐに殺して貯めるのも面白くない。他にも継ぎ接ぎにしてポイ捨てすれば十分な兵器として利用出来るなど使い方はあるので出来れば返すのは辞めたいがここでこいつに逆らうより素直にしたがって行く方がメリットが大きい。とはいえ舐められないように威圧しておく。

 しかし須藤は少し笑ったかと思ったらすぐに落ち着いて言った。

 

「いや、解き放て」

「何?」

「今後攻める予定の場所だ。尖兵としてな」

 

 全てを理解している男の発言とはいえ、いやだからこそ理解できなかった。簡単に今後ここを攻めると言っているようなものだ。天王寺零を誘導するにしてもそこを避けるようにしてしまうのではないか。

 

「誘導か?」

「ああ。この作戦で必要なのは天王寺零という男、そして天王寺の秘密を知った霧彦。この2点のみだ。それさえ誘導出来ればなんも問題は無い」

「本当に来るとでも?」

「ああ。もし天王寺達也なら私がそう考えていることも予知して動く。そして天王寺零は()()()()()()

 

 今こいつは逃げないではなく逃げられないといった。未来を知っているからだろうか。しかし何故かそうとは思えなかった。まるで、本人が逃げたいと思っても周りが逃がそうとしないようなニアンスを含めている気がした。

 

「...わかった。やっておこう」

「ああ。その代わりこれを渡しておこう」

 

 そういうと須藤は懐から1つのカードケースを出した。そしてそこから自分が持っているクラスカードに酷似したものを取りだした。

 描かれている絵は髭を生やした老人のような者がフードを被り、棒を持って立っているだけ。

 

「これは?」

「クラスカードだ」

 

 やはり自分の持っているものとは少し違うクラスカードのようだ。中に何が入っているのかは分からないが、手札としてはゾンビやシャドウサーヴァントよりいい。

 

「何がいるんだ?」

「ああ教えてやるよ。それと繋がっているのはな...」

 

 時が止まったような感覚に陥った。このカードは自分が持っているものより強力のような気さえする。

 

冠位の資格を持った(グランド)サーヴァントだ」




今日の口直しタイム
いつになくらしくない口調とセリフ、そして思考をする零。その様子を見たメドゥーサとの応答がまるで恋愛しているみたいだァ...
あんなセリフ本来吐けるわけが無い零が何故あんな事を言えるのか...

それはそれとして大物臭が漂う須藤と伊達との応答。
そして当たり前のように明かされる霧彦の生存確定。
やっとたすけた男は霊基改造されたサーヴァントのマスターにされてその現場がグロい。もうあの時に死んだ方がマシだったのでは?

そして渡されるグランドクラスのサーヴァントカード。
逃げられない零。必ず戻ってくる霧彦。そして霊基改造されたサーヴァント。

開戦の準備は既に始まっている。

新章まで残り2話。


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23話 魔女の懸念

新章まであと2話。
今回は考察回ですかね。
今更ですけど本当に僕考察のさせ方下手だな...こんなんだから設定ブレブレとか言われるんだよ。いや実際かなりブレてますけどね。


「...マスター」

 

 天王寺が彼のサーヴァントと共にこの建物を出た後。メディアが神妙な顔つきで出てきた。その手には何か紙の束があった。見た目からしてレポートだろうか。

 

「本部から連絡があったのか?」

「ええ。柏原さんがこの辺りで天王寺零を見つけておそらくこちらに向かっていると」

「...もう会ってるんだけどな」

「おそらく新しい端末の実験も兼ねているのでしょうね。使い魔の連絡は他の存在にバレにくい変わりに伝達が遅いから...」

 

 メディアの反応からして本部から重い連絡が来た訳では無さそうだ。確かに天王寺零は美鈴を柏原さんと共に助けているから柏原さんが天王寺の存在を知って本部に知らせるのは当たり前だ。

 するとメディアが少し考え込んだ表情をする。その後フードを被って如何にも魔女らしい見た目になってから言ってきた。

 

 

「マスター。天王寺零の事なんだけど」

「ああ。聞いた。かなり傷だらけだったんだろ?まぁ半年もサーヴァント無しで戦い続けてあれだけっていうのは逆に幸運なのかもしれないな」

 

 天王寺零の身体は自分も見たが内外どちらともボロボロだった。見た目だけならゾンビのようにそこら中に深い傷があり、痣は青黒く、足の指はあさっての方向に曲がっていた。あの時は右腕と両足が切り落とされていることもあり、死んでいるとしか思えなかった。

 しかし彼のそばに居たメドゥーサが本来のイメージとかけ離れた声と顔で助けてくれと言っていたのでメディアに治すように命じた。普通ならもう諦める傷だ。傷口は泥で汚れて、もう雑菌でも入ってなにか引き起こしていても不思議じゃないしそもそも、出血量が死んでいないとおかしい出血量だった。幸い神代の魔女が持ち前の魔術で治しはしたものの、あれでまだ生きてると信じられるのが不思議だ

 

「...」

 

 しかしメディアの顔は違う。そうじゃないとでも言うような顔だった。

 

「どうした?」

「彼は...その...」

 

 どうにも歯切れが悪い。彼女らしくない。セイバーほど思ったことをズバズバと言うサーヴァントではないが、メディアは何かを溜め込む様なタイプではなかった。

 

 

「どうしたメディア?何かあるなら言ってくれ」

「彼の心と体が別物。まるで継ぎ接ぎだらけね」

「継ぎ接ぎ?」

「ええ。酷いものよ。人という扱いを受けて生まれたとはとても」

 

 言い出したかと思ったらかなり棘のある言い方だ。言い方も怒りの感情が籠っている。無論それは天王寺零に向けたものでは無いだろう。彼が自身の体を継ぎ接ぎだらけにできる存在とは思えない。そして彼女がそれほどの感情を見せるということはそれだけの問題ということだ。

 

「詳しく。説明してくれ」

「あくまで私の予想ではあるのだけどね」

「構わない。魔術においてメディア以上に信頼出来る者はいない」

「そ、そう?それは有難いわね。だんだん女性の扱いにも慣れてきたんじゃないの?マスター」

 

 メディアは少し惚けた様な顔をしたがすぐに元の顔つきに戻る。

 

「思ったことを言ったまでだ。そして?」

「ええ。おそらく天王寺零という人間...いえ。この場合はそうね。器と呼びましょう」

「器?」

 

 彼を人と呼びたくないという気持ちは先ほどのやり取りから何となく伝わってきたが、器という無機物かつ、先程までの言い方と全く結びつかないものが出てきたことに素直に驚く。

 

「彼の体は器というのが正しいわよ。その中に色々と入っている...天王寺零という人間は()()1()()()()って考えるべきよ」

 

 言っていることがよく分からないが何かの入れ物にされているということだろうか。人の体でありながら、別の用途があるといえば最初に思い出すのはアインツベルンのホムンクルスだ。

 彼女たちは小聖杯としての機能がある。サーヴァントの魂を溜め込む器としての機能がある。記憶はないものの、冬木の聖杯戦争に参加した経験がある彼女の言い方からしておそらく彼の今の状況に近いのは彼女達ということだろうか。

 

「...」

「いえ。本体...器としては生きていけるのでしょう。けど別のものが混ざって別のものになっている。そうね...わかりやすく言うなら絵の具のようなものよ。天王寺零という白色に色んな色が少しずつ混ざって黒くなっていく」

「何が混ざっているか分かるか?」

 

 しかし含まれているわけでも、複数存在する訳でもなく、混ざっている。これはつまり、天王寺零という人間には別の意志を持つ生命体の意識があるということだろうか。

 しかし彼女は首を横に振る。

 

 

「数どころか...種類も...もしかしたら概念的な物かもしれないわね」

「概念的な?」

「マスターにわかりやすく言うならワルキューレやアース神族、アスラ等もいるわね」

 

 ワルキューレはfgoでもエネミーだけでなく操作できるサーヴァントの一騎として有名な存在だ。スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。霊基再臨で姿も声も完全に変わる特殊なサーヴァント。

 アース神族は別名アサ神族ともいい、同じく北欧神話でのオーディンを長とする神々の系統のひとつだ。

 アスラとはインド神話を始めとしてバラモン教、ヒンドゥー教の神話に登場する敵のような立ち位置の神族、もしくは魔族の総称

 要するに集団で個々の概念ということだ。もちろんワルキューレを除く二つは元から知ってるわけでなくて本部で教えてもらったことだが。

 

「...集団の概念か」

「ええ。あくまでけどこれもあくまで予想でしかないわ。もしかしたら私の知らない英霊や神霊を使っているのか。それともそれが分からないほどの数でひしめき合っているのか。どちらにしろ普通の人間なら」

「精神が持たない」

 

 彼女は頷いた。考えなくてもわかる当たり前の話だ。

 いつからいるのか分からないがおそらく世界が崩壊から後のことだろう。そこから何らかの手段により別のものを入れられ、それらが出てこないように永遠に気を張って無ければならない。気を許せば心まで持ってかれる可能性が高い。

 

「けどそれより身体の問題ね。一応言っておくけど彼の体。神代のものに近い...というよりそれその物ね。自分で自分の体を何度も壊して作ってを繰り返している。」

 

 そういえば彼の身体はいくつか施術をされた跡があった。メディアが言うには錬金術による治療らしい。錬金術による治療は身体の負荷が大きいがそれをもって立ち続けられたのは彼が魔術師として優秀だったのと何らかの心理的な要因があると思われる。

 

「疑似英霊...デミ・サーヴァントや疑似サーヴァントとの違いは?」

「彼の身体の改造には一役かってはいるけどそれ故に彼らの能力がそのまま器、天王寺零が使えるという訳では無いということがポイントね」

「...最悪だな」

 

 疑似サーヴァント...依代の意識が大きい諸葛孔明や、シトナイ等のような状態ならまだ見逃すことは出来た。それどころか喜ぶ可能性もある。依代に引っ張られているだけのイシュタルのような状態でも周りの者達が納得することだって出来た。

 マシュ・キリエライトのようなデミ・サーヴァントも十分非人道的な実験ではあるがそれでも中にいるサーヴァントがギャラハッドだったことによりまだ救いはあった。

 

「あくまで入っているだけ...と。なんだよそれ。デメリットが多すぎる」

 

 もしデミ・サーヴァントとしてのマシュとギャラハッドが融合して文字通り「一つ」になっても戦闘能力はサーヴァントと同レベルになっていただろう。しかし彼の場合は違う。彼にいれられたものは英霊や幻霊としての特筆した性能を引き出すことは出来ない。

 非人道的な上に、それによる利点は今のところ全くない。もしかしたら失敗品か。確かに英霊や幻霊を入れるとするなら世界が崩壊した後でないと不可能なはず。となるならそれを行った存在はどれだけ長く考えても半年間の間しか実験することが出来なかったということになる。

 しかしメディアはあくまでその効果は想定通りなのではないかと思っているようだ。

 

「ええ。もしかしたら死ぬことすら不可能になっているかも」

「どういうことだ?」

「器が自分の中にある魂達の暴走に耐え続けることを前提としているかもしれないという話よ」

 

 もしそうだとしても賭けにしては分が悪すぎるし、勝ったとしても意味が無い。そう言おうとしたがメディアは首を横に振った。

 

「今器の中に入った存在の能力が使える訳では無いとは言ったけどそれはあくまで神の権能や英霊のスキルとしての話よ。人間ではありえないほどに肉体...この場合は魔術回路ね。魔術回路は強化されるしそれにより生きようとすれば少なくとも器としての彼は生存率が上がる」

「中身はどうでもいいと?」

「そもそも中身を大切にするならこんな実験行わないわよ」

 

 確かにそうだ。どちらにしろ必要なのは天王寺零という名の器。確かにそれの能力は一般のサーヴァントにさえ退けを取らないほど強くなる。いやもうなっているかもしれない。あの伊達にそれほどまで戦えるなら、サーヴァントとの一騎打ちに勝利することすら可能だろう。

 

「だとしても天王寺零という器はそんなに凄いのか?」

「凄いも何も最高峰のデザイナーベイビーと言えるわね。この世界は元々魔法は勿論、魔術もなかったそうだけどそれが嘘と思えるほど...神代の魔術師でさえ不可能と言えるわね」

 

 型月の魔術は古ければ古いほどいい、神代のものは最高峰とよく言われるが、それでも不可能なほどあの器は優秀なのか。

 

「具体的に、詳しく」

「魔術回路の量と質は人間として...いえその他を含めても最高峰。それなりの知識があれば誰もが手放しで天才と言えるほどに。特にあの錬金術は凄いわね。あれは自分で魔術回路を作り治しているようなものよ」

 

 確かに彼は自分を魔術師として認め、それを誇りにすら思っていそうだが、それほどとは思わなかった。

 

「神代の魔女から見ても...か」

「ええ。そもそもそれだけ優秀な器だからこそ今の状態でも耐えられている。でもね、精神が強いんじゃなくてあくまで身体が強いのよ。寧ろ精神は弱い方ね。本来なら戦いも何も捨てて逃げ出したいような子供が自分の中身と運命に引っ張られて戦闘狂のように偽っている」

 

 (精神)が強い訳ではなく、器としての特性(身体)が強い。その器としての特性には優れた魔術回路や魔術師としての知識も含まれるのだろう。未だに世界が崩壊したことと、自分たちの体に魔術回路が出てきたり、魔術が使えるようになった理由は不明だがもしかしたら天王寺零のものは偶発的な能力ではなく、必然だったのかもしれない。

 

「...メドゥーサも知ってるんだろうな」

「ええ。おそらく。なぜ知ってるかまでは分からないけど。全く...流石の私でも同情するわ。あの子。どれだけ長く持たせたとしても3年が限度ね。まぁあと1年持ったら奇跡ね。それも、その1年がどう抗っても地獄。死んだ方がマシというレベルよ」

「最悪だな。それで、主犯は?」

 

 ではそれを行ったのは誰か。1番考えやすいのは非人道的な実験を行っていたとされ、この世界に現界したサーヴァント達が皆例外なく畏怖する謎の存在である天王寺達也だが、代表曰く彼はもう死んでいる。それも、世界崩壊から一週間も立たずに。

 誰が、なんの理由で殺したのかは不明だがもし彼が天王寺零に手を尽くしたとするなら動き出しが早すぎる。しかも天王寺零は世界崩壊直後に襲われ、その後代表のサーヴァントであるレオナルド・ダ・ウィンチに保護されている。時系列的に合わないのだ。

 

「天王寺達也...でしょうね」

 

 メディアはそれが唯一行えそうな男の名前を出した。しかしこの口ぶりは重たい。彼女も不可能だろう。そうわかって言っているのだ。

 

「しかし彼には...」

「...天王寺達也程の男なら自身のサブでも作ってるんじゃなくて?」

「おい待てその言い方...それじゃあもしかしたら」

 

 この世界のどこかに天王寺達也がいると言っているようなもんじゃないか。

 そういうことすらはばかられた。いや、確かにその説はおそらく有力な説になるだろう。しかしもしそうだとするなら危険すぎる。もしかしたらこの一件が全て天王寺達也の仕業...と考えても考えすぎではなくなる。

 

「じょ、冗談よ。冗談よマスター。そんなに熱くならないで」

「...すまない」

 

 流石のメディアも言いすぎたと思ったのか顔の前で手を振って誤魔化す。しかしそれは彼女の本心の一部を現していると考えても過言ではないだろう。そして彼女程の存在がそう思うということはその可能性が高いということ。

 

 

「私もごめんなさい。その...わかっているわ。でも、あの器が天王寺達也の血を受け継いだ息子ということは本人が認めている。最有力候補として考えざるおえない」

「...天王寺達也の外見の情報は?」

 

 できることがあるとするなら注意を促す事ぐらいだ。それには見た目の情報が不可欠。出来れば声や口調も聞き出したい。

 

「流石に...その知識は与えられてないわね」

「そうか...クソっ!」

 

 壁を蹴って怒りを収める。メディアが肩を強く掴むが反射的にそれを振り払ってしまう。

 違う。メディアにはなんの落ち度もない。それどころか医学に特化したわけでなく魔術に特化したメディアでなければ今回の天王寺零の事実は理解出来なかっただろう。だからこそ、痒いところに手が届かないのが辛い。

 

「...どうすればいい?」

 

 メディアに聞くがメディアは首を横に振った。当たり前だ。分かるわけが無い。

 天王寺達也の考えていることがたとえ悪だとしてもわかりやすいものなら対処のしようがある。今回のように多数のマスターを集め、迎撃すれば何とかなるかもしれない。しかし目的もわからず、ただサーヴァントが危険だと感じる存在を放置し続けなければならない。その存在がいるかもしれないという不安定な状態を保たなくてはいけない。それでは精神的にも参ってしまうだろう。

 こんなことなら1回顔を見せてくれた方がまだ安心する。

 

「...とりあえず。先に伊達の件だ。天王寺零のことは後でダ・ウィンチに任せよう。彼女の方が天王寺零と長い間過ごしてその体の秘密も知ってると思う。一応、天王寺零の事を俺の端末で送っておけ」

「わかりました。あんまり無理はしないようにね。私にはもう貴方しかいないのだから」

 

 そう言い残してメディアは霊体化した。

 それを見届けた後、頭を抱えた。この世界には分からないこと、危険なことが多すぎる。半年経ち、もう皆慣れてきたと思ってきたらこれだ。天王寺達也、伊達。そして伊達のクライアント。葛城財団。それだけの敵と戦い続けて、守り続けなければならない。

 

「はぁ...」

 

 思わずため息が零れた。




今回の口直しタイム!
もしこの小説がR18だったらセイバーオルタが来てました。ハイ。
それはそれとしてやっぱり翔太郎はハーレム主人公の適正ありますわ。いや、他のメンツもヤバいですけどそのおかげで翔太郎はカッコイイ出番ありますから。個人的にも好きなキャラです(天王寺が一般的な主人公として書けないからその分他のキャラをそう書いたらただのイケメンになった稀な例)

さて器と呼ばれた天王寺。
色々と語られてきた別の記憶、存在しない記録みたいなものの正体が今明かされましたね。ハイ。メディアは天王寺零という人間は死ぬ一歩手前と言いましたが本当に生きているのだろうか。記憶は人格形成に一役買っている大切な部分なので天王寺零という人間はもう死んでいるのでは無いか。
そして神代のものと言われたその身体。器としての能力の高さ。
現時点ではデミ・サーヴァントや疑似サーヴァントとは違う、その下位互換のようなもの。
これだけ能力持ってますけどこいつ身体能力は高校時代と大して変わってないのでサーヴァントに当てはめたら筋力D-程度なんですよね。強化しまくれば筋力Cぐらいは行きますけど。戦闘センスに至っては壊滅敵すぎて...

そして考察される天王寺達也生存説。
何が入っているのか分からないけどやばそうなものが入っている天王寺。
やっと崩壊世界らしくなってきたぞ!(なってない)



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24話 たすけての声

今回は22話にて生存が確定した霧彦の話です。...ココ最近天王寺零、倉田翔太郎、君沢霧彦の3人主人公でやってるような気がする...まぁあながち間違ってはいないんですけどね。

さて秦良玉と霧彦の出会いです。夫婦みたい(Byレイ)と言われる仲の二人の出会いとは...いやこれでも霧彦FGOもFateも知らない人っていう設定は守ってますよ。なんならこいつ秦良玉の伝承もなんにも知らない。
だから彼からすれば秦良玉は彼女だけなのだ。


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 嫌な夢を見た。

 自分が知らない男に塗りつぶされていく夢。いや違う。夢ではない。これは遠い記憶だ。知らない男が自分を襲う。抵抗する自分の腕を鎖で固定して、足は杭で地面から離れなくされている。

 自分の中にその男が入ってくる。痛い。気持ちが悪い。体の中に異物が入り、その異物が体を破壊していく感覚。助けを望んだ。叫んだ。しかし何も来ることはなく、その男に塗りつぶされていく。

 

 ああ。やめてくれ。お願い。私の記憶を消さないで。私の思い出を汚さないで。

 私の中にある大切な思い出。夫が、皇帝が、汚されて、泥の中に消えていく。自分が何者かもわからず、それらに向けていた感情がその男の方にむく。これでは行けない。この男を憎み、そして耐え続けなければならない。もしそれらが消えてしまったとしても、その思いを裏切るのは嫌だ。しかし自分では耐えきれないことは明確だった。

 助けを叫んだ。もういないと理解しながら。私に手を差し伸べくれる主君も、夫も。もういない。いないのに、助けなど来るはずないのに。汚されていく中で一筋の光がその泥を払った。

 

「おい」

 

 顔を上げる。身体中の痛みがそれを妨げようとするが、意志の力で何とか体をあげる。

 そこに居たのは自分と同じ...いやそれより少し若い一人の男。それを見た時に感じたのは絶望と希望だった。先程まで自分を汚していた存在ではないという希望と、今度はこの男に汚されるのかという絶望。しかし何故かその時、確信していたんだと思う。

 この人は私を助けてくれたんだということを。

 

「体の調子はどうだ?」

 

 その男は聞いた。光の灯らない瞳でこちらを見ながら。自分と同じ絶望を感じ、全てを諦めたような瞳。確信したのはおそらくそういう要因も大きかったのだろう。

 口が開くが何も声が出なかった。伝えたいことは沢山あるのに。音としてそれが出ることは無い。身体中の痛みがだんだん強くなっていく。このままでは彼を見ることすら難しい。意識が遠くなっていく。

 

「どうした?」

 

 その男はもう一度聞く。光がまた泥に覆い隠されてしまう。これを見逃した次はない。必死に抵抗し続ける。

 

「...た」

「た?」

 

 無理やり声を絞り出す。その声を聞いて驚いた。自分の声とはとても思えない。まるで、老人のような声だ。

 しかしそんな声で彼は逃さなかった。両膝をついてしまった自分に対して片膝を地につけて目の高さを合わせる。

 

「...す」

「す...」

 

 自分が出す掠れた声を彼は繰り返す。大丈夫。伝わっている。光が大きくなっていく。

 

「...け...て」

「わかった」

 

 伝え終わると彼は頷いた。その瞳に光が再び灯る。そしてその光に自分の顔が映る。目からはとめどなく涙が流れ、頬と額は殴られたのかアザが着いている。酷い顔だ。それを彼は目を背けることなく、覗き込むように見た。

 すると彼は立ち上がった。そして自分の視界に移らない場所に手を振り、怒鳴る。

 

「おい!そこの!彼女の施術を急げ!まだ意識はある!」

「い、いいのですか!?それは代表が...」

「代表からこいつのことは自由にしていいと言われてるんだ。急げ!」

 

 理解できないことは多いが、その施術が自分を汚していたものを振り払うために必要なのは本能が理解した。

 

 彼は再び片膝をつき、こちらに目線を合わせる。そして言った。

 

「俺はモルモットが嫌いなんだ。だから耐えろ。そしたらお前をサーヴァントとして認めてやる。話はそれからだ」

 

 汚れた地獄から差し込んだ光のようなその男は自分の手を掴み、もう一方の手を腰に回して自分を抱き抱える。

 その顔はその男の性格そのものを表しているように固く、しかし優しい顔だった。

 

「...まっ...て」

「どうした?」

 

 全身の痛みが自分を壊していく。それに必死に抵抗しながら、一つだけ。一つだけ欲しい答えがあった。

 

「あ...おな...前...を」

「君沢霧彦。それが...俺の名前だ」

 

 君沢霧彦。そう名乗った男は優しく別の男に自分を明け渡した。彼のてが自分から離れたその時、その時に始めて彼が温かいことに気付いた。

 

 

 

「いつまで眠ってるつもりだ良」

「は...あっ!すみません!霧彦様!」

 

 目が覚めると見慣れた後頭部が目の前にあった。それは自分のマスター、君沢霧彦のもの。

 あれから自分は施術を行い、体の泥を振りはって元に戻った。しかしその時に感じた、愛する者の消える悲しみは薄れることがなかった。そんな自分に彼はこう言った。「俺の物になれ」「俺のサーヴァントとして戦え」と。首を横に振ることは無かった。ただ彼の瞳をじっと覗き込み。それに頷いた。

 そこからの日々はとても楽しいものだった。彼はサーヴァントという存在をよく知らず、自分が英雄であったことも知らないようだったか「感情を持つ兵器」と言い、一人の女性として扱ってくれた。

 誰が見てもわかる。あの天王寺零という青年にもおそらくバレたのだろう。自分は年甲斐もなく、恋をしているということを。救ってくれた男性に恋をして、彼の為になりたいと努力をしている。これではただの恋する乙女か何かだ。

 

「起きたのならいい。歩けるか?」

「あっ!はい!勿論です。すみません!」

「謝らなくていい。良に何も言わず転移させた俺も俺だ」

 

 そう言って腰を屈めて自分を下ろす霧彦。その言葉で意識が無くなる直前、一人の青年と彼のサーヴァントの事を思い出す。

 察しが悪そうに見えて大体のことを理解していた男。しかしその中身にある恐怖がそれを阻み、崩壊寸前だった。人の身でありながら伊達と戦って生き残れたという戦闘センスは人間離れして、サーヴァントの強化も一介の魔術師とは思えない程強力だった。

 

 

「霧彦様」

「彼らなら無事だ。エインヘリアルの加速者が保護してる」

 

 自分より霧彦はもっと気にしていただろう。彼も崩壊直後に両親を失い、その後葛城財団のボス、葛城恋に拾われたと話していた。その恩義を果たすために葛城財団で非情な作戦を成し遂げることも、全て親代わりとなってくれた彼への恩返しだと言っていた。

 そんな彼が両親を失い、彼らが残した欠片を拾い集めてやっと正気を保っていたが、その片割れがどんな存在かと気付いたその青年を放っておくとはとても思えない。

 どうやらエインヘリアルという北欧神話の勇者たちと同じ名を名乗る傭兵団体に保護されたらしい。あの戦闘能力だ。この崩壊世界でも、いやだからこそ役立つと考えられる。

 

「では...ここは」

「長野だ。天王寺零の実家までの距離はおよそ2km...長かったんだぞ。お前をおぶって5日間。サーヴァントだから死んでないってのはわかったけどこれはこれでキツかった」

「い、5日間も!?そ、それは!」

 

 自分の体重は重くなかっただろうか。サーヴァントだから食事や下の世話は必要なかっただろうが5日間も寝ていたという事は、歩く時はずっとこの状態だったということだ。

 というよりサーヴァントとして主を守る立場にありながら主に無防備な所を背負われている、それもその主に恋心を宿しているとなると恥ずかしくて顔から火が吹きそうだ。

 しかし霧彦は服で汗を拭いながら冷静に言う。

 

 

「言ったろ?謝る必要なんかない。お前は俺の大切な戦力にして相棒だ。置いて行ったりするもんか」

「あ、ありがとうございます...」

 

 汗を拭っている彼の顔が日に照らされて輝いて見えたので少し顔を背ける。こんな顔は彼に見せられたものでは無い。

 彼が歩き出したのでそれに従ってその横を歩く。その足取りは軽い。

 

「どちらにしろ、天王寺の家のことを調査するということなら、良が必要になる。たのむぞ」

「勿論です!霧彦様が必要とあらばこの身を投げ捨て...」

「そこまではいい。零が天王寺達也の秘密を知らないとなればおそらく実家に残されている可能性は低い。何より代表がわざわざキャスタークラスのサーヴァントを何十騎も率いて調査して空振りだったんだ」

「ではなぜわざわざ...」

 

 そういえばそうだった。天王寺達也のことは葛城恋も重要視して...というよりこの世界に現界するサーヴァントのほぼ全て、霧彦が言うにはこの世界を崩壊させた原因である女神ロンゴミニアドさえも、恐るほどの存在だ。彼が死んだという情報もあまり信用出来たものでは無い。ということで天王寺達也の家に乗り込むのは必然的だったと言える。しかしその家には何も無かった。彼の職場も、天王寺という名が着く全ての家をくまなく探しても、何も得られなかった。

 なので葛城恋も天王寺零という天王寺達也の息子の存在に気付くまでは崩壊したことにより消失したと考えざるおえなかった。

 

「あくまで俺の感だ。天王寺零の能力といい、出来すぎているんだよ」

 

 そもそもサーヴァントを召喚できることも出来すぎている...と考えられるが天王寺零の能力はたしかにおかしい。

 

「魔眼のことですか?それとも優秀な魔術回路...」

 

 魔眼という確証がある訳では無いが、彼の能力はそれに近いものが推測される。

 魔眼の中には義眼にしたり臓器移植という形で目を埋め込むことで能力を使用出来るものもあるが彼のものはどちらでもない。完全に生まれた時から持ち得た物だ。勿論彼の年齢からして崩壊より前に生まれたという訳では無い。天王寺達也とはいえ、生まれる子供にどんな能力があるか予想することなどできるのだろうか。

 

「ああ。少なくとも魔術師として優秀と言えるだろう。あれならサーヴァントにも引けを取らなくなる。しかしそれは出来すぎているんだよ。本来人がどれだけ鍛えても人類史に大きな影響を与えた英雄。サーヴァントなんかに追いつけるわけがないんだ。才能、環境、遺伝、神秘。あらゆる面において人間はサーヴァントに劣る。だからこそ、マスターは優秀なサーヴァントと共にいることでこの世界を生き抜いている」

 

 それは今の霧彦とて同じことだ。霧彦だけではない。この世界にいる全てのマスターにそれは当てはまる。

 しかし彼は違う。今は確かにそうかもしれないがおそらく彼にとってのサーヴァントは自転車の補助輪。いつか無くなることを前提とされている。

 

「しかし彼はサーヴァントと同等の存在にある...と」

 

 霧彦は頷く。

 

「調査が足りないところもあるが、あいつはおかしい。となるとおかしくできる原因は」

「天王寺達也」

「そういうこと。おそらく魔眼も天王寺達也が創造したと考えるべきだ。そして...おそらくあいつは崩壊すら予測して、行動している」

 

 彼が足を止めて、声を重たくして言った言葉は自分も予想はしていたが考えたくない可能性だった。

 この世界は女神ロンゴミニアドはこの世界にいる一人の男を病的と言えるほど愛したことが原因だ。そして女神ロンゴミニアドはその男を病的にまで愛することが出来たのも神の権能でこの世界を見ていたから。それが予測できるということは、彼もこの世界から女神ロンゴミニアドを覗いていたということになる。それでも彼は女神ロンゴミニアドに殺されることは無かった。恨まれることも。つまりそれは女神ロンゴミニアドにバレ無かったかもしくは、女神ロンゴミニアドは手を出したくないと思ったかのどちらかだ。

 

「魔眼も世界が崩壊し、神秘に満ち溢れることがトリガーとなっていたのだろう。となればそれを予想していた。としか思えない」

 

 本来なら魔眼を創造しても弱めな魅了(チャーム)程度だ。しかし彼のそれは未来の可能性を全てではないとはいえ見ている。しかもそれは、性能の半分も出てない。英霊的な直感でいえばあれで10パーセント以上の能力が出ていると思うなら天王寺達也を舐めていると思うほど。

 しかしその創造も天才と言われ、あの葛城恋が心配するほどの天王寺達也なら出来ると言われても頷くしかない。

 

「つまり天王寺零は世界が崩壊して、神秘が溢れることを前提に作られた」

「デザイナーベイビー...もしくは人造人間。ホムンクルス。それに準ずるものだろう。となればサーヴァントに匹敵、或いは凌駕する可能性があることも考えられる」

 

 もうここまで来ると天王寺達也の名前を出せばなんでもありに考えられてしまうが、実際彼ほどの人間ならやってしまいそうなのでそこは考えないでおく。

 

「では天王寺零の実家に行くのも」

「ああ。代表達が見つけたとしてもその時は天王寺零という人間を、人となりなど全く知らなかった頃だ。もしかしたら今の俺たちなら...」

 

 天王寺零という人間を知る自分達ならわかることがあるかもしれない。

 あくまでそれは希望的な観測に過ぎない。しかしここまでの行動が全て上手く行きすぎていることを考えて、天王寺零の魔眼、そして能力がまだ中途半端どころか一割も出てないと予想される。その現実から考えてみたら、何処かで天王寺零を強化、或いはその力を引き出すように天王寺達也が策をこうじているはず。

 

「それを零より...天王寺達也が想定するより早く。そうすれば彼は伊達を倒せるかもしれない」

 

 彼の言葉に頷く。そうしているうちに街が見えてきた。そしてそこには天王寺零の実家。天王寺達也の住んでいた家がある。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 1度止めた足をもう一度動かす。そして、天王寺零の家へと侵入した。

 

 

 

 それを見ていたある女神。

 

「まさかあの男に息子がいたとは...同士達に知らせなければならないようですね。私も。少なくともマスターが目覚める前に手を打っておかなければなりません」

 

 大きな槍を持ったその女性、いや女神はその身体を揺らして槍を構える。

 

「もしあの男がいるとなれば...一秒でも早く、アヴァロンに行かなければ...今度こそ...」

 

 少々身を震わせながら槍を構えるのをやめたその女神は離れて行った。その女神の名はロンゴミニアド。この世界を崩壊させた元凶であり、誰より天王寺達也の恐ろしさを知る女神である。

 

「...私が」

 




今回の口直しタイム!
一体最後に霧彦と秦良玉を見ていたのは一体何処の女神なんでしょうかねぇ(すっとぼけ)
やべぇよ。ロンゴミニアド敵に回してビビらせてるとか鍵上(KEYさん)絶対キレてるよこれ...!

それはそれとして主人公ムーブかます霧彦。こいつなんで狂人ばかりの葛城財団に所属しているのかわからなくなるぐらい普通に良い奴すぎてその...本作一番の光要素なのでは?
「たすけて」という声をちゃんと聞いた後に助けて自分のサーヴァントとして面倒見てるからそりゃ秦良玉も堕ちますわ...

それはそれとして次回からはコラボ!...になるといいなぁ
いや、実はですね。21話で零がエインヘリアルと協力して伊達と戦うことが決まったじゃないですか。なのでその...翔太郎の過去話でも書こうかなと。まぁこれを見て頂けたらこの後の展開がより面白く感じられますよ!っていう程度に押えておきますので。
ネタバレになるので大きくは言えませんがエインヘリアルVS伊達は翔太郎と霧彦はキーキャラですからね。二人ともイケメン主人公だしね。しょうがないよね

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第三章 儚き女神とすれ違い編 (コラボ)
25話 シェルターの魔術師(前編)


初コラボなので実質初投稿です

そう...コラボ...コラボ!
僕みたいな底辺作者とコラボしてくれる人がいるとは...まぁ崩壊世界シリーズ書いてる人なんて僕を除けば変態性癖盛モリですからついて行くのに必死でしたけど...作品としても大事な時期なのでご協力をお願いしました...!マンションの一室さん!ありがとうございます!

高評価、お気に入り、感想よろしくお願いします!
特に感想が来ると励みになります...!


 石化ドラゴンの家と呼ばれる建物がある。元は二階建ての公民館。崩壊直後は避難民が集まりディストピア化し、その上大型エネミーのドラゴンが住み着くなど最悪の状況だったが、とあるマスターとそのマスターの召喚したサーヴァントによってドラゴンは石化された。

 

「...あれ?」

 

 そのマスターである白島陸が何かの異変に気づき、不意にその方向に頭を動かす。しかしそこにあるものと言ったら別の建物と世界が崩壊してから急成長しだした木々くらいだ。何か異変を感じるような要素はない。

 

「あら、どうしたのマスター?」

「ステンノ様」

 

 白島に一騎のサーヴァントが話しかける。そのサーヴァントは藤色の髪を持つ、まるで少女のような美しさと気品を兼ね備えた女神。ゴルゴン三姉妹の長女、つまりメドゥーサの姉であり、男の憧れの具現、完成した「偶像(アイドル)」「理想の女性」として生まれ落ちた女神。 ステンノ。それがそのサーヴァントの真名である。

 彼女は世界が崩壊してすぐに白島の召喚に答えて現界したサーヴァント。なのだが。現在ヤンヤン病進行中である。

 

「いえ、何も無いです」

「...そうね。」

 

 なにか含みを持たせた事を言うステンノだが彼女も何かに気付いたようすもなく近くの石に座る。

 その様子を見て、白島は先程まで行っていたステンノの石化の実験を再開する。

 ステンノの伝承には石化に関する記述は少なくとも白島の記憶の中では無いのだが、ある能力はある。この崩壊世界ではそう受け取らなければツッコミに追い付けず現状が見れなくなり、結局死ぬ。

 

「やっぱり分からないことが多いなぁ」

 

 とは言っても、ステンノの石化の事についてわかるのは石化されると保有魔力が増えて、時間とともに減っていき、少なくなると砕ける。という点のみ。

 形のない島の石像は同じ石化でもあの様子からして長い時間石化していたようだからメドゥーサの石化とステンノの石化には違う点があるのだろうか。

 

「んー」

 

 考え込んでいると急に遠くの方で大きな音が聞こえた。それに驚き、持っていた魔力探知機を放り投げてしまう。しかし鳴った方向をみた瞬間、その事すら忘れてしまった。

 その方角から黒煙がたっていたのだ。しかもその方角はシェルターがある方向だ。シェルターというのは崩壊後に生まれた洞窟の事で中には多くの生存者が集まり一種のコロニーとなっている場所である。元々は魔物の巣窟だったが百貌のハサンの活躍により全て討伐。現在はその百貌のハサンの変わりにケイローンがそのシェルターを守っている。当たり前だが、大きな音と共に黒煙が上がるというのは普通にある話ではない。いる人がいい人たちだらけなので争いすらロクに無いのだ。何か、それも嫌な事があったとしか思えない。

 

「ステンノ様!」

「仕方ないわね...急ぐわよマスター」

「はい!」

 

 あのシェルターの人達には世話になっている。何より心配だ。シェルターの戦力であるケイローン先生はとても強力なサーヴァントであるが上には上がいる。もしかしたら強力な敵に襲われているかもしれない。

 自身のサーヴァントであるステンノと共にシェルターの方向へと急いで向かった。

 

 

 

 時は少し戻る。

 シェルター。昔いた百貌のハサンの人格の内の一つ、露塗のハサンにより『着色』されたそれは敵に見つかりにくい。内部から新しいエネミーがポップすることも無いので迷い込んできたものだけ片付ければ平和。

 そしてその平和に一役かっているサーヴァントがいる。非戦闘員が大半を占めるこのシェルターでエネミーを撃退するサーヴァント。

 ゼウスやハデス等のギリシャ神話の名だたる神の異母兄弟となる世界で最も有名なケンタウロス。アキレウスやイアソン、アスクレピオスにヘラクレス等の名だたる英雄の教師となった英雄。真名をケイローンという。そしてそのケイローンの近くで槍を持って座っているのが彼のマスター。名を松葉という。崩壊以前は塾講師で同じく教師であるケイローンとはシェルター内の子供達との教育指針など話し合うなど仲も悪くない。

 

「マスター、少し街の様子がおかしいので見てきます」

 

 ケイローンが少しそわそわしながら松葉に言う。いつも余裕を持ち、落ち着きのある彼がここまで落ち着きがないのは稀だ。その様子に松葉も違和感を感じた。

 

「どうした?なんか変だぞ?」

「いえ...気の所為だといいのですが...」

 

 ケイローンは遠くを見ながらそう言った。その方向に松葉が視線を向けてもあるのは田んぼや畑、一軒家しかない。とてもケイローンが緊張するような何かを感じることは無い。

 しかし彼は数多の英雄達を導いてきた英雄だ。その勘は見過ごすことは出来ない。

 

「わかった。一応なんかあった時の為に外には誰も出さないようにしておくよ」

「お願いします。すぐに戻ってきますので」

 

 そう言ってケイローンが川を飛び越えた瞬間、急にこちらに振り返って言った。その顔は完全に戦闘態勢だったが如何せん急すぎた事もあり、対応が遅れた。

 

「マスター!非戦闘たちを下げて防衛準備を!」

「え?何?」

「来ます!」

 

 そう言ってケイローンが弓を出して森の方向に攻撃を開始した。たまたま周りにいた戦闘員達が槍を持ち出して川の周りに溜まる。

 すると轟音と共に何かが川に着弾した。水しぶきが上がり、視界が遮られる。そしてそれとと同時に猛烈な熱気を感じる。ワイバーンのブレスだろうか。

 そう思った瞬間、横を何かが駆け抜けて行った。人影ではあったが何かとまでは分からなかった。

 

「うおっ!?」

「マスター!」

 

 水しぶきが収まるとそこにケイローンが着地して燃えている何かを押さえつけていた。それは黒い影のような、輪郭が分かりづらい人型の何か。しかしそれもケイローンと組み合いながらケイローンをその場に押さえつけている。

 すると近くにいた男が遠くの方を指さして叫んだ。

 

「あそこを見ろ!」

 

 反射的にそちらを向くとケイローンと組み合っている物と似たようなものが何体もいた。パッと見だけでも10体以上はいる。勿論ケイローンが一度に相手できる訳では無い。

 

「まだ来ますマスター!何としてもここで食い止めてください!一匹でも中に入られたら...おぉぉぉぉ!!!」

 

 ケイローンが本気で何かを殴りつけているのを見て覚悟を決める。優秀なサーヴァントであるケイローンが即座に本気を出す相手だ。人間である自分達が戦って時間稼ぎ以上に何か出来るとは思えない。

 しかしシェルターの中には子供も、老人もいるのだ。中の構造上逃げることも厳しい。元々少ない戦闘員は内部にはほとんど居ない。これが1匹でも中に入られたら中の人間はほとんど全員死ぬだろう。それだけは避けなければならない。

 

「ははは...怖ぇ」

 

 自分がそういったのが合図だったのかたまたまなのか。おそらく後者だと思うがそれらは一気に動き出した。ある者は人ではとても追いつけないほど勢いよく走り、ある者は飛び跳ね、ある者は乗っている馬を走らせて。

 それを見て、自分を含めたシェルターの戦闘員が走り出す。腰ほどまで浸かる川を諸共せず、大男達が走り出す。

 

「おおおおおお!!」

 

 その瞬間、そのふたつの間に1本の炎が流れた。そう。流れた。本来炎は流れるものでは無い。しかしそれはまるで川に水が流れるように流れ、1本の道を作った。流れて行った炎は何処からか出てきた同じく流れてきた炎と重なる。まるで線を描いているようだ。

 そう思った瞬間焦げた地面から白くて細い糸のような物が大量に出てきて黒い何かがいる場所ごと覆った。まるで虫の蛹のようだ。

 急に黒い影のような敵と思われるものが出てきたと思ったら次は炎が流れて、そこから出てきた白い糸が大きな毛玉のようなものを作る。何が起こったのかわからず先程までの勢いが無くなる。

 

「間に合って良かった。貴方たちは逃げて」

 

 近くにそう声が聞こえたのでそちらを振り向くとそこに居たのは20代前半...いや10代後半ぐらいの青年だった。その雰囲気は人とは思えないほど異質だがその雰囲気を消し飛ばすほど彼はおかしかった。なんたってその服装は病院などに入院する時に着る病衣で、所々に傷があることも含め、まるで病院から逃げ出してきたような見た目だ。

 そして隣にはよくこのシェルターに来るステンノという少女のサーヴァントによく似た髪色の地面に付くと思うほど長い髪を持っている美しい女性がいた。その顔には何のためか分からない目隠し、ではなくバイザー。その服装は黒を基調としたボディコンでその手には杭のようなものがついた鎖が握られている。

 

「貴方は...マスターですか」

 

 いつの間にか黒い影のような何かを一体倒していたケイローンが隣に駆け寄る。汗を拭っているその様子からして先程の影は雑魚ではなかったということ。シェルターの内部は多くのトラップが仕掛けてあるとはいえ、完璧ではない。ケイローンは新しい敵なのか、味方なのか調べているように思える顔をする。そうだ。急に来たこの男女も味方という確証はない。

 するとボディコン服をきた女性がその杭のようなものを持ち上げたが若い男がそれを手で制する。見たところ何らかの主従関係はありそうだ。となるとマスターとサーヴァントということだろう。つまり先程の流れる炎と白い糸はこの女性が作ったということか。

 

「これでも魔術師でしてね。敵のシャドウサーヴァントは全ていま作った結界に封じこめました」

 

 魔術師。シャドウサーヴァント。結界。よく分からない単語が出てきて混乱するが大切なのはそこではない。

 

「とはいえ、長くは持ちません。その間に欲しいものがあるのですが」

「ま、待ってくれ!長くは持たないってことは」

 

 青年の話を誰かが遮る。そうだ。持たないのであるなら逃げる準備をする方が先決なのではないだろうか。

 もし対抗するとしたら何を要求するのだろうか。武器か。見たところその青年は武器らしいものが腰に下げたナイフ1本のみ。そんなものじゃ魔獣の皮を剥ぐのがせいぜいだろう。

 

「ですから対抗手段です。魔獣達の死骸って残ってますか?残骸でもいいです。あと割れててもいいのでガラスと鉄の棒を」

 

 しかしその青年が出したのはこちらの想像から外れていた。鉄の棒は確かに武器になるだろうが、魔獣の残骸もガラスも、もし武器として使うなら別のものにした方がいいのではと思うほどだ。

 

「そんなもので何をするって言うんだい?まさかそれで」

「いえ...マスター。手早く持ってきた方がいいかと」

 

 しかしケイローンはそう思考していた男たちを遮って小さく頷いた。英雄ならではの思考と言うものだろうか。何を考えているか全く分からない。

 しかし、ケイローンは信用しているようだし確かに今自分達が動いても意味が無い。この男を信用するしかないのか。

 

「頼むっ!」

 

 他のメンバーがシェルターの中に入っていったのを確認して自分もシェルターの中に走り出した。後ろを向くとその青年がニヤリと笑って手を前に出す。

 

「しまっー」

 

 手を広げたその瞬間、シェルターが闇に包まれた。

 

 

 本来は見捨てるつもりだったが、洞窟の中に人がいることを知り、自身の白繭の結界を維持しながら洞窟の人間を中に入れる。何も考えずに動いたにしては上手く動けた分類ではあると思う。白繭の結界は物理的な干渉を防ぐ結界だが、それにも勿論限度がある。シャドウサーヴァントだとしても宝具の真名解放を行えばおそらく。

 洞窟の入り口を錬金術で錬成した岩で塞ぐ。一応空気は入ってくるが、普通の人間にはとても壊せるものでは無い。つまり、ここで自分たちが死んだら彼らは餓死の道か洞窟の別の道を探すしかない。

 

「...レイ」

 

 メドゥーサが心配そうな顔をする。わかっている。もし倒せたとしても倒しきれなかったとしても彼らには恨まれるだろう。倒せなかったのなら自分達を殺した元凶。もし倒しきれたとしても自分たちを騙して閉じ込めたもの。

 

「どちらにしろ、これが一番いい選択だよ。悪いケイローン」

 

 もし自分たちが戦うからシェルターに篭もっていろ、と言ったら腕に自信があり、参戦してくるものがいるだろう。自分たちがこのシェルターを守るんだという使命感に駆られたらそのまま駆け出してしまうかもしれない。なら封じ込めてしまえばいい。

 そう言って近くにいたケイローンに謝る。彼にはおそらく自分の狙いが読めてしまったのだろう。しかし止めることなく、それを見逃した。自分の心を理解したとしても。いや、理解したのなら尚更止めるだろう。つまりこれは理解ではなく信頼。この場で誰も犠牲を出さずに勝つことを前提として共に立つことを考えているのだ。

 

「いえ。確かにマスター達に彼らの相手をするのは荷が重すぎる... 私一人より貴方達と共にいた方が生き残る確率は上がります。私も、まだ倒れるわけにはいかないので」

「...よし。結界を解くぞ」

 

 結界の維持には魔力を必要とする。なので解くのはそんなに難しい話ではない。しかしこれを解いた瞬間、先程閉じ込めたシャドウサーヴァント達が溢れ出す。数はおそらく16体。ケイローンとメドゥーサがいるからこれといった問題は無いだろう。問題があるとするなら武器がナイフ程度しかなく、弱い状態の自分だけだ。

 

「はい。いつでも」

「ええ。どうぞ」

 

 二騎のサーヴァントが応答する。それを見て指を鳴らした。

 その瞬間、白繭を構成している糸がプツリプツリと切れていく。切れた糸は魔力として霧散し、大きな穴となる。それが広がっていき、内部が見えてきたと思った瞬間。

 自分の死が見えた。それも瞬間的で強いものだ。見えたのは何かの爆風に巻き込まれて熱に焼かれる自分、そして消える二騎のサーヴァント。

 

「まずっ...!」

 

 瞬間的な即死攻撃。これを考えないはずがない。むしろ敵からすれば待つ時間はいくらでもあった。場所の特定も簡単でこの隙は大きすぎる。

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)ァ!吹き飛べぇ!」

「燃えろ!」

 

 不味い。放たれた真名から考えてヘクトールの宝具だ。 不毀の極槍(ドゥリンダナ)。またの名をドゥリンダナ・ピルムだがドゥリンダナだけでも真名解放が可能な宝具。Aランクの対軍宝具であらゆるものを貫くという宝具。あれを防ぐにはアイアスの盾が必要と言われるが、自分は冬木のご当地ヒーローのように投影で作られるわけでも無いし、自分が持ってるなんてことももちろん無い。

 

 思考開始。

 魔力放出による防御。不可、余波を防ぐことは可能。しかしその場合洞窟が崩れる。洞窟を見捨てれば可能。

 現在使って少しでも効果が見られる魔術。無し。

 防げる膂力のある攻撃を考察開始。ケイローンの宝具で防ぐことは可能。メドゥーサのベルレフォーン...思考終了。余波が大きすぎる。余波を出さずに仕留めるにはやはりケイローンの 天蠍一射(アンタレス・スナイプ)がいい。あれならケイローンが倒された後でも...いやダメだ。あれは一撃しか放てない。その上この動きではケイローンに隙を晒す。その上ケイローンに意図が伝わり、再度思考開始。発動までの時間を再計算してもギリギリすぎる。賭けにしては代償が大きすぎる。

 思考を止めるな。再思考開始。

 現在使用可能な魔術、使用できる可能性が高い魔術をリストアップ。副次的な効果を含めてタグをつけて管理。リストアップ開始。

 能力値計算。演算開始。

 いくつかやってみたが無謀がすぎるぞ。

 使用できる可能性を70パーセントに引き下げて再思考。

 

「燃えろっ!」

 

 指を鳴らして炎を()()。流れた炎のはドゥリンダナに命中して爆発する。しかしそんなもので宝具の威力が削がれるわけが無い。狙いは寸分変わらず、洞窟へと向かっていく。

 

「っーーてぇぇぇやァァァ!」

 

 強化魔術を使い、大きくジャンプをしてドゥリンダナの前に出る。右手を大きく突き出し、再び思考を開始する。

 

 全てのもの、全てのこの世に干渉できるものは物理的な力により動く。物理的な力、それを発生させるのは物質。その物質にはそれぞれの特性と能力がある。

 

 

「レイ!っ!」

 

 援護に入ろうとしたメドゥーサとケイローンに他のシャドウサーヴァントが向かう。援護は難しい。自分が一人でやるしかない。

 

「ああああっ!」

 

 ドゥリンダナが手に触れるまで思考を加速させる。ラプラスの悪魔という考え方がある。主に近世、近代の物理学の考えで、ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえるというもの。

 ここで読み取るべきはドゥリンダナそのもの。動きの予測、威力の計算は終えた。次は構成物質。ヘクトールはトロイア戦争で有名になった英霊。だからドゥリンダナも神代のものである可能性が高い。しかしそれでもその常識だけは崩れたりしない。

 

 ドゥリンダナが右手を掠り、右肩を貫く。それにより溢れた血がドゥリンダナに触れたのを見て、ドゥリンダナに錬金術で構成をみる。そこに行き渡るように、強化と変化の魔術を同時に、それもめちゃくちゃに施す。めちゃくちゃになるほど施されたそれは宝具としての神秘、それによる威力が消えていく。

 

「ぐっ!ううううっ!」

 

 しかし同時に右肩に刺さったそれはダメージを強くする。ドゥリンダナが魔力として霧散する頃には自分は地面に叩きつけられ、地面に大きなクレーターを作っていた。肺の空気が全て吐き出され、空気だけでは足りなかったのか血を同時に吐き出す。

 

 思考開始。

 ダメージを確認。完了。

 右肩は動かない。それにより右腕そのものにダメージが入っている。しかし呪いの類は確認されない。回復は可能。

 魔術回路に魔力を通す。魔力は充分に通る。

 

「レイ!しっかりー」

「メドゥーサ!来るな!」

 

 メドゥーサがシャドウサーヴァントを蹴り飛ばしてこちらの回復をしようとしてきたのを左手で抵抗する。

 そこにメドゥーサの死が見えたから。メドゥーサを左手で突き飛ばすとメドゥーサが先程までいたところに金色の剣が刺される。

 

 

「おお。すごいね。君。おじさんの宝具を止められただけじゃなくて自分のサーヴァントの心配までできるんだ」

「魔術師なめんなよ」

 

 その黄金の剣はドゥリンダナ・スパーダ。持ち主は勿論ヘクトール。トロイアの王子でトロイア戦争において兜輝くヘクトールと呼ばれた。アキレウスさえ居なければ勝利していたのではないかと言われるほど強力な英霊。守りに関しては本人も「嫌になるほど得意」と言うほど強い。

 しかし今は立場が逆だ。そして今の彼はシャドウサーヴァント。しかし先日のジャガーマンやクー・フーリン・オルタ。そして先程のドゥリンダナのダメージから考えて彼らはサーヴァントとほぼおなじ力を持っている。出力は劣るが、宝具を打ってこの気楽さはヘクトールの性格からか、それともこのシャドウサーヴァントにとって宝具があんまりダメージとならないのか。

 腰からナイフを引き出して力なくだらんと振れる右腕を無視してナイフを突き出す。

 

「おお。おじさん嫌いじゃないよ。そう喧嘩早いの」

「安心しろ。今のお前は()()()()()

 

 ヘクトールは武器を剣から槍に変更する。完全に本気だ。メドゥーサもケイローンも別のシャドウサーヴァントと戦っている。自分しかいない。

 当たり前の話だ。使える武器がなかろうと。相手が強かろうと。負ける理由にはならない。

 

「行くぞ大英雄!」

「そんじゃ始めるとしますかね!」

 

 勢いよく走り出して、ヘクトールの突き出したドゥリンダナをナイフで横から弾く。いくら神話の武器であろうと本来想定している別の方向、横からの力には弱い。その証拠に英雄の突きだと言うのに、強化魔術を施していない自分のナイフに弾かれている。

 

「よくやるっ!」

「くっ!」

 

 先程と同じ要領でヘクトールの攻撃を何度も弾く。攻勢に出れない。もし足を1本でも突き出せば、その隙に貫かれる。

 攻撃を弾きながらジリジリと後ろに押されていく。後ろには川、そして洞窟がある。このままでは退路を無くされる。

 

「どうしたどうした!?さっきまでの勢いはどこ行っちゃったよ!」

「set!ちっ!」

 

 弓さえあれば隙を作って貫く事も可能だったというのにリーチが短いナイフでは槍を持つヘクトール相手には不利だ。

 しかし手がない訳では無い。

 

「そら決まりだ!」

 

 ヘクトールのドゥリンダナをナイフで弾くがその瞬間にヘクトールがそれを横に凪ぐ。ナイフを離すことは無かったが左腕ごと上に弾かれる。身体がそれに従い上方向にズレていくが体幹で保つ。

 しかしそれはヘクトールにとって最大の好機。体のバランスも悪く、防ぐことの出来るナイフがドゥリンダナから離れすぎている。

 目を細める。しかしドゥリンダナから目をそらさない。このままなら自分はドゥリンダナに突かれて死ぬ。このままなら。

 

「まだだ!」

 

 ナイフを持って動かない左手ではなく、()()を突き出してドゥリンダナを横から掴む。

 

「なっ!」

 

 ヘクトールは正しい知覚を持った英雄だ。だからこそ、先程貫かれ壊れた右腕が攻撃使われるということは最初から外していたのだろう。

 別に種や仕掛けがある訳では無い。確かに右腕はドゥリンダナにより破壊された。しかし、それが()()()()()()()()()

 

「今だっ!」

 

 ヘクトールが驚いている間にドゥリンダナを引いて無理やり自分の身体のバランスを整えると同時にヘクトールのドゥリンダナを持っている右腕を切り落とす。そしてヘクトールと背中合わせになり、背中から魔力放出。後ろからの衝撃にヘクトールは驚きを隠せず体のバランスを崩すがこちらに向き合い1本の剣を突き出す。

 

不毀の極剣(ドゥリンダナ・スパーダ)!」

「連続解放!?」

 

 体勢を崩した状態でありながら英霊としての矜恃があるのだろう。ヘクトールは自身が持つもう一方の宝具の真名を解放し、導かれるように横に振る。

 はっきりと死が見える。その攻撃ら何も干渉しなければ自分の脇腹に当たり、そのまま真っ二つに切られる。

 

「うおおおおおおっ!」

「っ!」

 

 らしくないヘクトールの雄叫びを聞きながら、足を基盤としてヘクトールの立ってる地面を錬金術で流体へと変える。

 勿論今まで立っていた地面が流体に変われば体勢が崩れる。その影響で剣は横に凪ぐのでは無く振り下ろされる。

 

「へぇ...変わった術を使うね」

「...」

 

 その隙を見逃さず、今度こそヘクトールの首を切った。

 切った時に血は出なかったものの、嫌な感触は離れることがなかった。




最初に言わせて下さい...本当に申し訳ございませんでしたァァァ!
折角のコラボなのにコラボ先の主従である白島陸andステンノペアと出会うまで少々お時間を頂きます...

まずはコラボ先のURLをば
ステンノ様とメドゥーサの絡みと実は似た者同士である零と陸くんの絡みが描きたかったのだ...
あ、これコラボ先の作者であるマンションの一室様と相談してコラボの話は二人で書いたと言っても過言では無いので一応両者の作品との矛盾点は無いかと。

https://syosetu.org/novel/208568/

特にシェルター側のケイローンのマスターさん視点では零の異常さ(病衣着て魔術行使)


そして今回の口直し(という名の解説)としましては。
やはり弓を失ったことにより零が自分の力(魔術)で戦闘しているのはやはり風格が変わりますね。何故こんなに魔術師として優秀なのかというのはまた別のお話ですが。
洞窟を瞬時に塞ぐ、シャドウサーヴァントのものとはいえ宝具を抑え込む、自分の傷の再生。どれも普通に強いんだよなぁ...
まぁこいつ身体能力はともかく戦闘スキルがガチで低いので普通に戦うより魔術ブッパしていた方が100倍強いんですけどね!(一番強いのが術ギルスタイルという可能性も)

あと数話コラボ書いたら外伝である翔太郎の話と並行しながら進めていきます。


....時期が来たらもっと色んな人の作品のキャラとも絡ませたいなーっと思ったりしますけどこいつ掃除屋みたいな立ち位置なので最悪敵扱いされるんだよなぁ



それでは高評価、お気に入り、感想、よろしくお願いします!


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26話 シェルターの魔術師(中編)

コラボ二話目!未だに主人公同士が会ってないので実質初投稿です
高評価とお気に入り、感想お待ちしております!
感想くれ...くれ...



 消えゆくヘクトールを見終えたあと、素早く駆け出して他のシャドウサーヴァントに攻撃始める。

 どうやらヘクトールを除くサーヴァントは皆普通のシャドウサーヴァントのようで数は多いが簡単な魔術だけで充分殺しきれる存在だった。

 

「弱い」

 

 何故だろう。いつの間にか普通のシャドウサーヴァントを弱いと感じるようになってしまった。メドゥーサの力が関係しているのもあるだろうが、それはあくまで援護の範囲だ。サーヴァントがマスターの力でステータスやスキルのランクが変わったりすることはよくあるが、その逆はありえない。サーヴァントがキャスタークラスを始めとしたサポータータイプのサーヴァントなら話は別だか、メドゥーサはそんなサーヴァントでは無い。

 そう思いながら元ネタが何か分からないサーヴァントの攻撃をかわして足を蹴り体制を崩す。サーヴァントが反撃しようと武器を掲げた瞬間にその腹を蹴りあげて頭を掴み、構造の弱い部分に魔力を流し込み、強化した状態で圧壊。

 

「これで終わりですか」

 

 同じく辺りのシャドウサーヴァントを全て倒したケイローンが辺りを確認しながら言う。ケイローンの言う通りこの辺りにサーヴァントの反応は確認できない。

 とはいえ、それすらも隠れて行えるシャドウサーヴァントがいる可能性がある。

 

「メドゥーサ」

「はい」

 

 一応メドゥーサに声をかけてあたりの捜索に出てもらう。その間に自分はこの辺りの調査だ。自分が塞いだ壁の周りは何らかの魔術かもしくは視覚的なマジックか分からないが見つかりにくいようにされている。洞窟の目の前にある川は特に変わったことは無い。流れる水も、底にも特にトラップが仕掛けてあったり何かを隠しているといった様子はない。

 先程の見方からしてこの洞窟でマトモな戦力として期待できるのはケイローンだけだろう。槍を持っていた戦闘員も何人かいたが、あれでは人間同盟とあまり変わらない。まだ銃を持っていただけあちらの方が強いかもと思うほどだ。

 

「すまないケイローン。ここにシャドウサーヴァントが出てくる前に何らかの反応はあったか?」

「何らかの...と言いますと。ふむ...そういえば街の様子が以前と変わっていたような...いえ、あくまで勘ですが」

「これといって証拠が出せるというわけでないと」

 

 ケイローンは頷く。この辺りに長い時間いる彼が勘とはいえ、おかしいと思っているのだ。自分の勘より信用はできる。

 ここに変わった霊脈があるような気はしない。洞窟の中に魔力の反応は多数見られたがその全てはたいして大きくない。人か、もしくはただの使い魔か分からないが、どちらにしろ強いという訳では無さそうだ。

 

「では、種火の島というのは知ってるか?この辺にあるそうなんだが」

「ええ。実はそこの管理者と知り合いでして。用事があるのですか?」

 

 どうやら種火の島には管理者がいて、ケイローン、そしておそらく彼のマスターも管理者の知り合い。まずいことをしたな。この件で確実にケイローンのマスターから悪く見られるだろう。となればその話が伝われば管理者からも悪く見られかねない。

 しかしその本心を隠しながら平常心を保って言う。

 

「ああ。あくまで噂の範囲なんだがな。そこが葛城財団に狙われていると聞いて」

 

 噂の範囲と言ったのはまだ伊達が流したその情報と彼らを完全に信用していないからだ。なんなら葛城財団というのも自分の予想でしかない。しかし知り合いならそこの管理者と話をして防御を固めてくれるかもしれない。

 

「なんですって...それは本当ですか?」

 

 黙って頷く。自分の目的がそれを防ぐということはあえて言わない。まだ彼らに自分が信用されているとはとても思えない。もし信用してくれるほど人が良かったとしても今回の件で確実に疑われるべき立場になった。

 

「そうですか...まさか今回の件と何か関係があると?」

「そう考えるのが順当だろう?っと...」

 

 一度ケイローンから目を離し、辺りの捜索を再開する。シャドウサーヴァントが倒れたところに出る素材で言う虚栄の塵、fgoプレイヤーには塵といえば通じるあれが辺りに散らばっている程度だろうか。しかし地面が少し水っぽい場所、おそらく自分がヘクトールのシャドウサーヴァントを倒した位置と思われる場所に金色の欠片が落ちていた。

 

「なんだこれ」

 

 それをつまんで拾い上げる。形状は矢じりのように見えるが大きさは2センチ程でそれ用に作ったものとは思えない。欠けた時にたまたまその形状となったと見るべきだ。かなり固く、欠けた面はザラザラしている。

 この位置にヘクトールがいた事もふまえるとドゥリンダナの一部と思われるがアレは宝具なので欠けるほどの衝撃があったとは思えないし、もしそうだったとしてもヘクトールの消滅と共に消えているはずだ。

 

「それは?」

「いや...分からない。とりあえず成分の分析を...メドゥーサ?」

 

 駆け寄ってきたケイローンにそれを見せて成分の分析を開始しようとした時、念話が入った。メドゥーサからだ。

 

(レイ。サーヴァントらしき存在を一騎を補足。こちらに攻める気は無いようですが明らかに先程の戦いを見ていたかと)

(真名の特定は?)

 

 向かってくる様子がないようなので諜報か。となるとこれを呼び起こした人物、もしくはそのサーヴァントとなる。

 サーヴァントならその能力が高いかどうかで対応は変わってくる。

 

(...申し訳ありません)

 

 しかしメドゥーサからの念話で伝わってくる情報は決して多くはなかった。とりあえずメドゥーサが知らないとなるとギリシャ系でないのと、伊達ではないのは確定と言ってもいいだろう。まだ二騎以上いる可能性もあるがそこは無視しよう。

 

 

(気付かれてないのならいい。わかる情報だけ伝えてくれ。状況次第では囮になってもらうかもしれない)

(了解しました)

 

 その後に送られてきたのは念話のような文字を音に変換して送った情報ではなく、まるでメドゥーサの視線を持ったような画像...いや、映像だった。こんなことも出来るのか。確かにサーヴァントらしき物体が一つ。霊体化しているようだが形だけは掴める。何かを眺めているようだ。その視線の先にあるのはおそらく自分とケイローンだろう。距離的には周辺の木々から推測して約5km。自分の魔術の射程外だ。

 

「ライダーのマスター」

「...ライダーのマスター?ああ。俺の事か?」

 

 メドゥーサの情報を読み取っていた為、反応が遅れた。もしここに敵がいたら即死だっただろう。今後はこういう情報を送る時は思考を分割して行わなければならないようだ。

 思考分割。

 メドゥーサからの視覚情報の解析に一人分の思考を使用。

 

「ええ。そういえば名を聞いてなかったので」

「...」

 

 名前を名乗るのは簡単だが、それで彼は自分のことをどう感じるか。霧彦の言い方からして彼らも天王寺達也のことを知っているだろう。流石に天王寺だからと言って近親者とバレるとは限らないが、もしバレたらここでケイローンと戦う可能性すらある。メドゥーサがすぐそばにいない現状でケイローンとの戦闘は避けたい。ケイローンの魔力ステータスはマスターによるがおそらくBランク。メドゥーサの魔眼が圧力しかかけられない上に高ランクの対魔力を持っているとなるとどちらに対しても相性が悪い。正面戦闘は避けるべきだ。

 

「好きに呼べばいい。名前などそういうものだ」

「名前を明かすのが恐ろしいと?」

「こんな世界だ。臆病なくらいが丁度いい」

 

 とりあえずこの場はそれで切り抜けることに成功したということでいいだろう。その間にメドゥーサから送られた情報の解析を他の思考へと移す。

 形しか掴めない情報だが、そこから何か見ようとすると抵抗する力が感じられる。おそらく対魔力だ。セイバー、アーチャー、ランサーの三騎士とライダーのクラスも持つクラススキル。対魔力は魔術に対する抵抗力とも言えるもので、主に敵対する存在に対し対抗策が魔術である自分にとっては最悪のスキルだ。ランクによりその性能は変わるがAランクにもなってしまうと物理攻撃しかこちらは手出しできない。

 メドゥーサとの念話を開始する。

 

(どうメドゥーサ?敵の確率は高い?)

(ずっとそちらを見つめて微動だにしないので分かりません。おそらくこちらが行動しない限り動かないかと)

 

 どうやら何も考えずに行動するようなタイプではないようだ。となるとバーサーカーは無い。やはり対魔力を持ってるサーヴァントなのかもしれない。

 

(メドゥーサ。適当に煽って反応を見てくれ。敵対するならこちらで仕留める)

 

 適当に煽ってメドゥーサに噛み付くということは敵と判断してもいいだろう。その場ですぐに消えてしまうのならそれでいい。

 

(レイ?出来ますか?)

(相手のサーヴァントのステータスが分からない以上、これ以上放置しておくのは危険だ。戦うのも危険性が高いがこの場にケイローンがいる以上、今が1番自分達の戦力が大きい。他の敵影を確認していないのなら尚更この場で叩く)

(しかし。先ほどの応答で隣のアーチャーからの信用はかなり無くなったものと思われます。その状態でサーヴァントを仕留めるのは難しいと思います)

 

 確かにサーヴァントを倒すとなると宝具を使いたいところだが、ケイローンにそこまで強いるつまりはない。そもそも彼のマスターを強引に隔離してる時点で彼が敵になる可能性も考えていたのだ。勿論同じサーヴァントであるメドゥーサとその場で戦闘とした方が仕留められる可能性は高いだろう。しかしその場ではこちらもまともに援護ができない。自分が動き出しては相手にバレるだろうし、メドゥーサを今失うわけにはいかない。

 

(策はある。名前を明かせないなら他の方法でケイローンに対してアピールするだけだ。自分達は強いから手を出さない方がいいとね)

(彼はそのようなことを考えるような性格とは思えませんが)

 

 確かにケイローンはApocrypha等の性格から考えてみれば後ろから撃って来るとは思えない。とはいえ人格者である彼もサーヴァントである。マスターの命令とあれば撃って出ることはある。

 

(ケイローンとそのマスターとの念話による通話も何も無いのが気になる。余程の素人か。もしくはケイローンに背中を撃たせる気なのか。彼のマスターを現在要注意人物としてマーク。彼に力ってものを見せてやる)

 

 彼がケイローンをどんな経緯があり、召喚したか分からないが先程の槍を見ても何もされていなかった。サーヴァントを使役するにふさわしい魔術師とは到底思えない。何かの間違いでマスターになったのか。もしくはそう思わせているか。油断させるという目的なら自分たちが助けに来ることすら想定済みということになる。相当の手練か、もしくは未来視か何かの力を持っているか。もしそのどちらかだとしたら余程自分の力を過信しているか。

 

(了解しました。では、3分で成し遂げます)

(頼む)

 

 3分か。流石メドゥーサだ。それだけで出来るということは3分でこちらの準備も終わらせろということ。気が張る。

 念話を中断し急いで自分の腕から血を出し、結界を作り出す。今度は物理的な障壁を防ぐ必要は無い。あくまで対象の魔力を分散させるものでいい。

 勿論ケイローンにも協力は願う。ここでケイローンに何も言わずに行動を開始したら今度こそ自分が撃たれる。

 

「ケイローン。もう一騎、サーヴァントが来ているようだ。迎撃をお願いしたい。間違えても自分とメドゥーサは撃たないでくれ。そして...最悪、その宝具を使用してもらう」

 

 ここからはケイローンの出方次第だ。ケイローンの性格上ここでふざけるなと怒って襲ってくることは無いだろう。マスターによる魔力的な補助もやはり見られない。隠し通してるのか、自分が感知することを分かって使ってないのか、それとも本当に素人か。

 

「分かりました。その代わり、これが終えたら貴方の名前を教えてください。もしそれが私の憎む名前であったとしても、貴方を私は憎みません」

「...上手いな」

 

 素直に褒める。それほど自分の名前が聞きたいかと言ってしまえばそれまでだか、それを引き出す為に自分が行う闘いの指揮権を渡す。となるとやはり相手のマスターが気になる。しかし勝手に来ておいて気になる、要注意人物とするのも本人からすればこれほど悪いことはないだろう。

 

「...」

 

 やはり信用しなくてはならないだろうか。先程閉じ込めたケイローンのマスターは勿論、ケイローンの死ももちろん見えている。だから殺すことだって可能だ。しかしそもそもそんなことを考えること自体がおかしくて、普通に出会った相手を信用して、彼らに命を預ける。それが普通でこうやって裏切ってもいいようにと考えるのがおかしい。

 

「やっぱりダメなのか」

「何か?」

「いや、何も無い」

 

 こうやって言葉が口からこぼれてしまうのも自分が未熟な理由だろう。

 相手を心配させるのは自分に至らない点があるから。理解はしている。本来なら彼らに全てを説明してからそれを行うべきだ。そうすれば後から変ないざこざを作りはしない。そもそも結界を作って捕まえるほどの時間があるなら全部倒してしまえばよかったのだ。一撃で全て倒してしまえば、彼らの瞳には自分がヒーローにだって見えただろうに。

 

「...もうそろそろだ。頼む」

「ええ。任されました」

 

 ケイローンが自分から離れていくのを感じながら手を強く握る。

 無駄な思考はやめろ。自分は戦うための生き物だ。戦えばいい。戦えなくなった瞬間が自分が必要なくなる時だ。自分の存在意義を刻み続けろ。価値を見出し続けろ。それこそが自分に出来る唯一の行動だ。

 そう思った瞬間、自分の死が見えた。後ろから何者かに打たれる。その傷が深く、死んだのだろう。

 

「くっ!」

 

 瞬間的に見たということはそれが起こるまでの時間は短い。すぐ様身体を捻って自分が見た死に重ならないようにする。

 

(レイ!そちらに)

(わかってる!)

 

 その瞬間銃撃音がなり、洞窟の塞いだ壁が壊れた。岩で塞いだとは言ってもそれもただの岩だ。英霊の一撃で軽く粉砕する。それだけではない。その岩が中で弾け飛び、何故か入り口で待機していた人達に当たっていく。

 何も考えずに避けたからこうなったのか。何故避けることしか考えなかったのか。盾で防げたかもしれないというのに。

 

「やらせません」

 

 ケイローンが銃撃音が鳴った方向に矢を放つ。その連続の矢はまるでマシンガンだ。それを避けてこちらに近づいてくる一騎のサーヴァント。

 

「あら、中々手荒なのね」

「まずいっ!」

 

 金髪の髪に身長はメドゥーサと同じくらい。赤い海賊帽子をかぶりその手にはマスケット銃を持っている。真名はアン・ボニー。ライダークラスのサーヴァントだ。

 彼女単体がそこまで恐ろしいサーヴァントかと聞かれると意外とそうでも無い。問題はそのサーヴァントの特徴、それは二騎で一騎のサーヴァントということ。おそらくメドゥーサが見つけたのはその片割れ。メドゥーサもその事がわかったのだろう。先程の念話の意図から考えるにおそらくそちらでメドゥーサが足止めされている。つまり自分はケイローンと一緒にこのサーヴァントを倒さなくてはいけない。

 

「それっ!」

 

 とりあえずアンの武器はそのマスケット銃だ。なので1番なのは撃たせないこと。とはいえ対魔力を持つ為、魔術での攻撃も半減。物理攻撃も強化すればゼロにはならないとはいえ、ダメージは弱い。風を起こしてマスケット銃を揺らす。

 

「あら」

「風よ!」

 

 とはいえ相手は海賊で船の上に乗りながら銃を扱ってきた英霊だ。そんな揺れを諸共せず引き金を引いていく。盾でもあれば余裕があったのだろうが、あいにく盾はない。錬金術で作ろうとマスケット銃に耐えられはしない。となるとケイローンの動き次第になってしまう。

 ケイローンは少し離れて矢を放つ。アンは簡単にかわしていくが倒すつもりで狙っている訳ではなく、おそらく洞窟から引き離す為だろう。足の運びを見ながら彼女の反撃をかわす。弓と同じくらいとは言えないものの、マスケット銃はあまり連射がきかないのが功を奏したようだ。もし彼女の武器がマシンガンだったらもう死んでた。

 

 

「まぁ落ち着いで下さいな。そんなに暴れては捕まえずらいでしょう?」

 

 捕まえずらいという言葉が頭に引っかかる。彼女達に自分を捕まえる理由があるのだろうか。もし仮に天王寺達也の情報が欲しいだのの理由があったとして、何故ここを襲った。時分とメドゥーサを引き離すという意図があるとしても自分たちがこの洞窟を守ること自体、運試しに近い行為だ。ケイローンによって全滅される可能性だって高いというのに意味がわからない。

 

「...ん?ならっ!」

 

 とはいえ彼女達が自分を狙っている可能性が高いのなら、自分がここを離れれば少なくとも洞窟の中にいる人は安全だろう。

 そう思い、全力で走り出す。魔力放出を併用すれば、狙いをつけられる前に逃げ出すことする可能だ。

 

「ちょこまかと...!」

「...軽量化(Gewichtsersparnis)脚力(Beinstärke)圧力(Druck)...反発(Abstoßung)!」

 

 走り回ってしまえばこちらのものだ。一歩足を進めるだけで身体が軽く浮き、アンが銃口を合わせる前にその場から離れる。流石に銃の名手といえど相手の動きに対応して撃つのは苦手らしく、アンは引き金を引くことすら出来ない。

 

「早いっ!」

伝達(communication)

 

 

 一瞬で近付き、そのマスケット銃に触れた。魔力を流し、解析を開始する。

 思考開始

 彼女の手に握られているこの銃器は宝具ではない。しかし流石サーヴァントが持った武器だ。普通のものとはかけ離れた神秘を持っている。神秘はより強い神秘によりかき消される。

それは魔術の常識だ。それはもちろん、この世界でも変わらない。自分のナイフではいくら強化しようとこのレベルには届かない。

 しかし神秘が強いから自分では引き金が引けない、扱うことが出来ないということは無い。神秘とその兵器の強さは同じように見えて実は違う。

 

「っ!離しなさい!」

工程変更(change)開始(initium)解析(analysis)...ケイローン!」

「うぉぉぉっ!」

 

 アンが自分の危険性を感じたのか無理やり引き剥がそうとする。そこにケイローンが無理矢理入り込み、一撃をその腹に入れ込む。パンクラチオン。古代ギリシャのスポーツである格闘技。ギリシャ語で全力という意味で、その格闘技はとても変わっていて、目ぶつしと噛みつき以外は基本的に何しても良い。相手がギブアップするまで殴り続けるのだって許容されるスポーツだ。そしてそのギブアップは多くの場合死亡を意味する。かなり危険なスポーツである。

 それを弟子たちに伝えるほどの実力者であるケイローンの一撃。いくらサーヴァントといえど無事では済まない。アンの身体は殴られた点に纏まるように丸まり、回転しながら10m程飛び、そのまま着地と共に地面にめり込む。その顔も人がしていい顔ではなかったし、関節もおかしな方向に曲がっているように見えた。

 

「...生きてるな」

 

 しかしまだ彼女の死は見える。つまり彼女はまだ生きている。その死は今の状態で引き出すには無関係すぎて不可能な物から首を切るなど当たり前なところまでよく見える。

 流石にサーヴァントなだけある。とても頑丈だし、強力だ。しかし追い込めているという感覚はある。久しぶりな気がする対サーヴァントの戦闘だがもしこれが初めてならここまで上手くは行かなっただろう。

 先程魔力を流したアンのマスケット銃の解析の結果が出る。自分の思考は別々のように見えて実は全てが繋がっているため、常時並行しているがその情報は全て共有されている。

 

「うっ...やってくれましたわね...これはかなり...()()()ですわ...」

 

 起き上がったアンはボロボロの状態でありながらニヤリと笑う。常人なら起き上がる事どころか生きてることが奇跡だと言うのに彼女はゆっくりと立ち上がり、その笑みを崩さない。勿論、壊れた訳では無い。まだ彼女は正常だ。その理由が先程のピンチという発言と彼女...いや、彼女達の宝具。比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)。ランクはC++の対人宝具だが、その宝具の1番の特徴は状況が不利であれば不利であるほど強力になるという点だ。つまりこのような瞬間が1番恐ろしい。

 信じられる可能性といえばメドゥーサがメアリーの方を押さえ込んで宝具の発動を止めること。メアリーがいなければこの宝具は発動しない。つまりただのピンチとなる。

 

「来るか...っ!こいっ!」

「それじゃあお言葉に甘えまして!」

 

 しかしアンとメアリーの連携を断つことは難しい。こちらも連携をしないと不可能と言える。しかしメアリーさえしとめればアンは自動的に消滅する。

 

(メドゥーサ。魔眼の発動を許可する。メアリーを仕留めて...メドゥーサ?)

 

 メドゥーサに念話を送るが返答が来ない。何故か一方通行になっている。メドゥーサが余程の極限状態なのかそれとも負けたか。

 いや、それは無い。メドゥーサの戦闘能力からして2騎いる状態ならまだしも、一騎のサーヴァントでは相手にならない。それに何よりまだ自分と彼女の繋がりが生きている。魔眼さえ使えば魔力ステータスがEのアンとメアリーを石にするのは簡単なはずだ。

 

(メドゥーサ!)

「隙ありっ!」

 

 メドゥーサとの念話に集中しながらもメアリーの動きに対応して銃撃から逃げる。もし思考分割が出来なかったら死んでいただろう。それほどメドゥーサの返信が来ないのは驚きだった。

 するとアンがマスケット銃でケイローンに威嚇しながら言ってきた。

 

「残念だけど貴方のお仲間は来ないわよ」

 

 まるで当然のように。自分がメドゥーサを偵察に出したのもその後おそらくメアリーと思われるサーヴァントを見つけて戦闘状態にするであろうことも全て理解していたとでも言うのだろうか。

 やはり妙だ。こちらの動きを読んでの射撃がないので思考が読めるとは思えないし、馬鹿という訳では無いがそんなに頭がいいとも思えない。偵察は予知できたかもしれないがその後の判断なんて戦術的な面では素人な自分の判断だ。もちろん完璧なマスターなら別の判断をしたはず。その判断をプロが読めるのはわかるが、悪くいえば何しだすか分からない素人の戦い方を全て読んだような言い方は確かに妙だ。アンもメアリーも予知をするような逸話もスキルも聞いたことはない。

 となると気になるのは彼女達のマスターだ。そんなに多くの予知ができる存在がいるとは思えないが0では無い以上、警戒を解いてはいけない。

 

「何が言いたい」

「貴方たちはメアリーと貴方のサーヴァントが戦っていると思ってるんでしょうけど」

「...っ!まさかっ!」

 

 違う。そう気付いたのが遅かった。後ろに気配を感じて右手を動かす。しかし先程の戦いでのダメージがあったのか対応が遅れる。背後に金属同士がぶつかり合う音と衝撃が来た。

 その衝撃に倒れそうになるがどうにか足腰を強化してやり過ごす。その隙に動いたメアリーのマスケット銃に向けて風を起こして銃身をブレさせる。

 後ろを見るとケイローンがその弓で一騎のサーヴァントのカトラスの一撃を押えていた。アンの相棒。メアリー・リード。

 自分はずっとこのアンの相棒であるメアリーがメドゥーサと1体1で戦っていると思っていた。しかしそれは違う。メアリーはずっと近くにいたのだ。それも隠れて、自分が1人になる瞬間を狙っていた。自分がメドゥーサを偵察に出したのはおそらく偶然。それどころかシャドウサーヴァントとの戦闘すら偶然な気もする。コルデーのでたらめプランニングを疑うほどの計画だが、ずっと獲物が1人になるのを待っていたと思えば別におかしな話ではない。

 現在はケイローンと洞窟の中にいた人たちもいるが、これは待ちきれなかった...もしくは期限が迫っていてメドゥーサが離れてさえいれば問題ないと思ったのか。確かにメドゥーサは驚異的な力を持っている。おそらくマスターが素人の可能性が高いケイローンより強力だと判断したのだろう。

 

「あら、メアリー?外してしまったの?」

「アンが先に言うからでしょ?色々とべらべらと。まぁ...中々面白いお馬鹿さんが釣れたようだから良かったけど」

 

 アンの発言を軽くいなすメアリー。この言い方は勿論この2人だ。

 メドゥーサが見たのはおそらくアルテミスがついている方のオリオンいや、ディオスクロイと見るべきだろう。もしかしたらまた同じアンとメアリーという可能性も有り得る。彼らも同じ2騎で一騎のサーヴァント。同じ戦術をしたことで2騎が元々一騎のサーヴァントなのに別行動をしていたと勘違いさせたのだ。

 

「これで2対2。まぁこうでなくては面白くありませんもんね」

 

 ボロボロではあるものの倒さなければメアリーの動きに影響はない。それどころかこの2人のコンビネーションならこういう状態の方が危機的と言える。

 その証拠にあのケイローンが動き出した2人に翻弄されている。援護でもするべきだろうが、2人の狙いはあくまで自分だ。彼女達が1人だけならともかく、無理に向かっては返り討ちにあいかねない。

 

「ライダーのマスター。宝具を使います。念の為離れていて下さい」

「使わせないよ!アン!」

「それ!」

 

 ケイローンは2人の攻撃をくらいながらも平然とたち続ける。しかしそれも時間の問題だろう。出来れば彼には今が危険と思われるメドゥーサの援護もしてもらいたい。ここで死なれたり、致命傷を受けられては困る。

 やはり戦うべきだ。覚悟を決めろ。今の自分では相手にならないかもしれないが、勝つ筋が無い訳では無い。足元から幾つか小石を拾って走り出す。

 

 本当にいいのか。

 

 誰かが言った。まるで自分を止めるように。この決断が負けるより酷い決断とでも言うように。確かにそうかもしれない。酷い決断かもしれない。しかしここで時間を取り続けてはメドゥーサがどうなるか分からない。彼女に消えられては困る。嫌なんだ。

 伊達にボロボロにされたメドゥーサの姿が思い出される。自分が守れなかったことを悔やんでいた。そして自分が怪物になることを怖がり、本気で心配してくれていた。確かに自分がどうなりたいかを知らないのに、それを勝手に行うのは良いか悪いかの判断は分からない。けどそれでも、彼女が幸せであるのなら。生きて幸せが掴める状態なら、それでいい。復讐もなにも無くなってしまった自分が生きる意味はもうそこでしか掴めないのだから。

 

 

「下がれケイローン!」

「っ!?何を言っているんです!」

「何...?飛んで火に入る夏の虫ってのはこういうのを言うんだね!」

 

 ケイローンの静止を無視ししてケイローンの肩を踏んで飛び上がる。無防備な空中に上がったからか、メアリーが勢いよくこちらに飛んでくる。その手に持つカトラスの動きからしてこちらを切りに来ている。

 メアリーの笑みが見える。もう自分の勝ちを信じて疑わないだろう。先程までの動きからして彼女達の目には自分がシャドウサーヴァント以上ではあるが取るに足らない存在として映っただろう。アン1人でケイローンもいるというのに逆に邪魔するように動き回ったことからそう見るのも間違いではない。

 しかしそれはあくまで自分が素人だったらという話だ。

 

「甘いっ!」

 

 手に持った小石をぶちまける。しかしメアリーの笑みは変わらない。確かに小石自体には種も仕掛けもない。目隠し程度にしか使えないそれでサーヴァントを退けられるとはとても思えない。

 しかし小石の目的は、目隠しでも攻撃でもない。ただの通路だ。

 

 メアリーのカトラスの先が自分に当たる直前、バチバチと手から稲妻が走り、それが小石を伝わり、メアリーの上半身まで広がる。

 メアリーは驚き、姿勢は崩さないが口を大きく開ける。

 

「まさ...」

 

 かとまで言うことは許されない。メアリーの持っていたカトラスを瞬時に分解する。そしてその剣を()()()()()()()()()()()()()

 メアリーはポカンと口を開けたまま浮遊する。その小さな身体にその剣を突き刺した。返り血とその刺した場所が伊達が自分に刺した傷と重なり、嫌な思い出を思い出させるがそれを振り切るようにその剣を持った手を捻じる。

 

「メアリー!」

 

 相棒が突き刺されたのを見て、アンが悲痛な叫びを上げながら援護射撃を行う。しかし、その弾丸の構成物質を変化させてゴム弾にさせる。

 ゴム弾が全身に当たる。やはりいい射撃のスキルを持っている。ゴム弾でもそれなりに痛い。しかしその痛みが自分の動きを止める訳ではなく、メアリーの肩に右足をのせて思いっきり蹴り飛ばした。

 軽い体は地面をポンポンと跳ねて動かなくなる。

 

「いっ!ゴムでもそれなりにダメージはあるか...」

 

 その隙に着地をすませて、驚くアンのマスケット銃を切り落とし、アンの肩口に一撃を与える。

 

「嘘だろ...お前...何を...!」

 

 腹に大きな穴を作っているものの、いつの間にか立ち上がっていたメアリーが息絶えだえと言うべき状態でありながらもう一度カトラスを作り出して攻撃してくる。しかし大きなダメージを食らったからか、その動きはバランスが悪く、簡単に弾いてその両目に火を飛ばす。

 対魔力でそれなりには弾けたのかもしれないが、それが災いし瞳から火が溢れる。

 

「ああああっ!あああっ!」

「君は知らないかもしれないが一度アンのマスケット銃に触れて解析を行っていてね。残念ながら宝具ではない君たちの武装なら俺の持つ神秘で十分対抗出来る。舐めすぎたな。俺は魔術師だ...それとメドゥーサの件について...少し聞いておきたいんだが」

 

 

 目が効かなくなったのか折角作ったカトラスを投げ出し痛みに悶えるメアリーの腹を踏みながら言う。比較的弱い傷であるアンが立ち上がるがもう一度砂を投げて今度はアンのマスケット銃を棘だらけの形に変化させてアンの手のひらに刺す。そしてもう1発作ろうとしたアンの両手をそれで塞ぐ。

 

「怪物め...」

「怪物で結構。こんな世界で生きてるんだ。そう言われることは理解している。それでなんだ?メドゥーサが援護に来れないほど厳しいって?詳しい話をお聞かせ願おうか」

 

 立ち上がれなくなりながら自分に毒を吐くメアリーの首筋に剣を当てながら返す。

 そうだ。それでいい。俺は怪物でいい。伊達に対して一撃を与えられる存在だ。サーヴァントを召喚して戦っている存在だ。もう普通に戻ることは出来ない。みんなの中に自分はもう帰れない。

 ならば振り切ってしまおう。まだ帰られるかもしれないなんて思わずに全て振り切って。悪であるなら悪に染まろう。その方が絶対に面白い。

 近くに視線を移すとケイローンが弓を構えずにこちらを見てる。かなり驚いているだろう。彼から見れば自分は本当にギリシャ神話の怪物に見えるかもしれない。

 

「知らない...知ってても言うもんか...」

「そうか。じゃあいい」

 

 メアリーが傷だらけでありながら屈することなくら言い放ったので、そう言って剣を掲げる。これを振り下ろして彼女の首を落とすのは難しくない。メアリーの首を落とせばアンも自然と消える。そしたらおしまいだ。ケイローンと共にメドゥーサの援護に行けばいい。

 そう思った瞬間。遠くから声がかかった。

 

「レイ!」

「はっ!」

 

 ついさっきまで聞いていたはずなのにとても懐かしく感じてしまう。自分の理性。それに呼ばれて剣の動きが止まる。

 その瞬間メアリーが一時的に霊体化したのか姿を消す。そしてジャランという音と共にアンの両手を止めていたマスケット銃だったものが破壊される。

 

 

「行くよアン!」

「ええ!」

「「比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)!」」

 

 メアリーがカトラスを片手に突っ込んでくる。自分の記憶では彼女達の宝具演出では真名を言わなかった気がするがそんなのはどうでもいい。この一撃をくらえば自分は死ぬ。この状態は2人にとって()()()()()()。これ程ギリギリの戦いは無いとまで言えるだろう。

 頭が嫌に冷静になる。諦めた訳ではなく、ただその場の現実を受け止めた。実にいい手際と連携だ。流石二騎で一騎の英霊。大海賊時代に生きた人理の柱。

 凍ってしまった心で暖かった時を思い出す。そして思う。自分はこうありたかった訳では無いと。別にこれ以外の選択肢は色々とあった。誰かに助けを求めることも出来た。逃げることだって出来た。自分で自分の命を、終わらせてしまうことだって出来た。なのに何故俺はその道を選ばなかったのか。知らなかった訳では無い。復讐心も、実はあまりなかった。伊達に怒りはあったものの、敵わないことはわかっていた。

 

「そうか...俺は...」

「はああああ!」

「...夢に惹かれていたんだ」

 

 赤い炎が自分の身体を包み込む。そしてその火は赤から青に変わっていく。自分の全身に酷い熱さと痛みを感じる。全身の神経がおかしくなったのか、身体の中から何かが切れたような音と何かが弾けるような痛みを感じる。

 

ー我が身は燃ゆる焔。あらゆる不浄と共に、()の母胎を焼き尽くす。

 

「炫毘古の焔」

 

 全く知らない詠唱のような言葉を繋ぎ、そして最後に一言、言葉を発する。そのまま青い炎を身にまといメアリーにそのまま衝突する。ビキビキと空間を割るような音と共に視界が白くなり、青い炎はメアリーに伝わり一瞬にして焼き尽くす。

 そして自分の体でさえも燃えていく。燃やす対象を求めるように伝わっていく炎は自分の体を芯から壊すように燃やしていく。それは広がり、止まることを知らない。

 

 何も聞こえない。何も感じない。真っ白な世界のみが広がる。

 そしてそれが一瞬にして暗くなった。




今回の口直しタイム!
非人間化が進む零と交渉で名前を聞き出そうとするケイローン。零がケイローンのマスターの事を過大評価しすぎてるのは切嗣がみたウェイバーみたいなものです。普通魔術師として優秀な人材が出会いに来る方がおかしいんだよなぁ。
まぁ(一応設定上は)零がマスターなおかげでメドゥーサクソ強サーヴァントなんですけどね!やっぱりサーヴァントの強さはマスターに影響するっていうの好き。無能だとどれだけ強いサーヴァント呼べても弱くなっているの好き。
そして(時系列的には最初じゃないけど)サーヴァントに対し初勝利。メアリーとアンのペアに対して今できる魔術行使で割と優位に立てる時点でこいつ強い。
メアリーのカトラスを剣に変えて下手な剣術で対抗したのはクウガのモーフィングパワーを想像してもらえればわかりやすいかと。とはいえ砂で道を作って武器の形状変化とか変態がすぎる。しかもこれ置換魔術ではなく錬金術なんだぜ?(一応置換魔術自体が錬金術の派生ですけど)そして置換魔術でも同じことが出来なくもないという。
よく考えても見てくれ。そんな大したことない神秘で二人の宝具を止めるどころか霊格ごと破壊なんて出来ますか?出来ませんよね?


そして謎の詠唱と焔。
手抜き感満載。...でもこれ割と時間かけて頑張ったんですけどね...やっぱりこういうの考えるの難しいなぁ...
名前のおかげで零の正体読者の中の99パーセントの人にはもうバレてるでしょうし。
まぁ大切なところは後々バラしていくところもありますし。ありますし!

それでは高評価とお気に入り、感想お待ちしております!
よろしくお願いします!


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27話 シェルターの魔術師(後編)

コラボ回始まってしばらく経つのに未だに主人公同士が出会っていないどころかまだ二話目なので実質初投稿です。

感想、お気に入り、高評価お願いします!


 

「レイ!」

 

 敵のサーヴァントを全て倒して戻ろうとしたその時、何か嫌な予感を感じた。あそこにはケイローンがいたはずだが、レイが心配だ。

 特にこちらにいたサーヴァントが急に襲いかかってきたこと、そしてそのサーヴァントの言葉からして他のサーヴァントがレイの方向にいる可能性を踏まえると敵はレイを狙っている可能性が高い。

 

「ふは...遅かったようだな...貴様のマスターはもう」

「黙りなさい」

 

 消えゆく一騎のサーヴァントの言葉を一蹴して自分が来た方向を振り返る。するとその瞬間、音が()()()。鳴ったという安易な表現ではない。その音以外の全ての音が掻き消えるほどの轟音。そしてレイのいた方向に大きな火柱が立つ。

 火柱と言うと最初に想像するのは赤い火だがそれは赤い炎では無く、青色の炎だった。

 

「あれは...まさか...いえ、そんな!?」

 

 

 嫌な記憶が引っかかる。

 白いベッドに寝かされている1人の青年。数えきれない怨念を全て押さえ込み一つ一つ摘むように扱う中年の男。その男のボロボロになった服の隙間から何かの火傷のような痕が見える。

 中年の男が青年の手を握る。その青年は目覚めはしない。ピクリとも動かず、ただ眠る。

 

「ごめんな。零。お前を1人にして...けど、これがお前を救うたった一つの方法なんだ。零。許してくれ」

 

 中年の男は悲しそうな表情をしながらその瞳を閉じる。そこに1人の男が現れる。白いフード付きローブをまとった銀色の長髪の男。大きな杖を持ち、その足元からは花が咲いている。

 

「本気かい?これではまるで彼を神にするようなものだ。全てを守るために。犠牲にするというのかい?自分の息子を」

「...()がケジメをつける。あの女神を倒せるのも、この地獄を終わらせられるのも今になっては僕だけだ。はぁ...雄一のやつ...結構やりやがって...」

 

 彼の火傷痕から血が染み出てくる。もう彼は永くない。それは火を見るより明らかだった。

 男はその跡を押さえて痛みに悶えて、座り込んでしまう。

 

「...私が彼を保護しよう。君が作った素体(からだ)だ。私が彼を彼女に倒せるようにするのは不可能ではない。わざわざ君もこの子も無理をすることは無い」

 

 杖を持った男がベッドに寝かされている青年の額にその手を置く。その男についての記憶を思い出すと全く考えられない事だった。同情しているのだろうか。彼に。

 しかし血だらけとなったその男はゆっくりと立ち上がってその首を横に振る。

 

「いや...この子じゃ無理だよ。広美に似てるからな...これぐらいしないと...生き延びるなんて無謀だ」

「...良いんだね?彼に恨まれるよ?どれだけ人として作ったものじゃなかったとしても君は彼の父親だ。辛くないのかい?息子に恨まれるのは」

「...ああ。辛いとも。でも...これしかない。零には悪かったも思っている。けど、僕が世界を救って見せる。もう僕たちのような存在が要らなくなるように。()()()()

 

 その男は自分の血を寝ている青年に垂らした。その後のことは地獄のような状況で、脳が覚えることを拒否した。

 

 

「...急がなければ」

 

 消滅していくサーヴァント達から目を背けてレイの方まで霊体化することも忘れて一気に走り出す。

 出来れば一瞬のことであって欲しい。本当に彼が崩壊してしまったらもうどうしようもできない。不器用だけどちょっとした優しさがあり、真面目だけど少し頼りない。あれでも良識はあるし臆病でも走り出せる勇気がある。将来性は閉ざされてしまっているがその才能は、ただの人間の枠外に出ている。彼を見ていると、とある少女と重なってしまう。その少女には寄り添ってくれる人がいたが、彼にはそれがいない。そんな状態でずっと耐え続けてきたのだ。使命や復讐といった偽りの言葉を自分で信じ続けながらその言葉を首から引っ提げるように。

 彼を放って置くことは出来ない。

 

「レイ...レイ!」

 

 どうして彼から離れてしまったのだろう。私がついていればこんなことにはならなかった。自意識過剰では無い。自分なら、最悪洞窟の人間全てを見捨てて彼だけを抱いて走ることだってできた。それで彼に恨まれても。それこそが本来取るべき選択だったのでは無いのか。彼はきっとそれをしても令呪は使わない。だからこそ、自分は選択する権利があった。なのにまるでないように動いてまた彼を傷付ける結果になってしまうなら。それは辛い。

 

「レイ!...あ...」

 

 レイのいたところに辿り着くとそこには黒い煙を出して両膝をついている零がいた。黒い煙を出していることを除けば特に外傷はない。ケイローンは呆然とその場で立ち尽くしていた。無理もない。彼からすれば驚きの連続だったのだろう。この様子を見る限り、他にサーヴァントの反応はしない。倒したのだ。この青年が。

 すると自分が来たことに気付いたのか、その首がゆっくりとこちらを向く。

 

「...メドゥーサ?...あっ...ごめん。俺が...俺のせいで」

 

 倒れそうになる零の体を支える。すると黒い煙を出していると思われる皮膚から黒いすすのようなものが落ちる。

 するとすすから黒い煙が立つ。

 

「いえ...そんなことありません。私は貴方の為なら、なんだってしてみせます。ですからご自分を責めないでください」

 

 レイはゆっくりと頷く。すすのようなものを見るとそれが赤黒くなり、塵となり消えていった。最後の消え方はシャドウサーヴァントの消え方のそれと近い。

 レイの頬に触れて残ったすすのような物を落とすとそこから黒い煙が立つ。

 

「ライダー。少しそのまま支えていて下さい」

 

 すると少し離れたところにいたケイローンが恐る恐るだが近寄ってくる。

 

「ケイローン...?それ以上近ずくと...」

 

 零が(うつつ)に戻って来ていないのか少し低い声で言う。

 だがあれだけの事が起きたのだ。少し看て貰うのも悪くは無いだろう。また倒れたら困る。特に零の体から出る黒いすすが出る原因となった物は自分は全く分からないのだ。

 

「そのまま安静に。少し看ます」

 

 ケイローンが零に肩に手を置く。しかし、何かするというわけでも無い。ゆっくりと腰を下ろして片膝をつく。

 

「これは…かなり魔力量が多いのですね…。まだ安静に」

 

 手際良くケイローンが零を看ていく。黒いすすをよく見ているがすすがそう特別な物に見えないのはケイローンも同じらしい。すぐに払って皮膚を火傷していないか等を見ていく。

 

「ケイローン。彼はどうなったんだい...?」

 

 ケイローンのマスターがケイローンの様子を見て少しだけ寄ってくる。その様子に驚いた零が顔を背けるが、ケイローンはゆっくりと立ち上がってケイローンのマスターを連れて奥の方へと行ってしまった。

 その様子を尻目に見ながらもう届かないと判断した零はゆっくりと口を開く。

 

「...敵は?」

「倒しました。サーヴァントが三騎。全て」

 

 最初に一騎しか確認しなかったと言っておいて実はそれ以上にいましたなんて言ったから怒られるかと思ったが彼は自分の手に着いたすすを払い落として言った。

 

「三騎...?ああ...なるほど。一騎ですらなかったか」

「ええ。おそらく私を止めるためだけというところでしょう」

 

 どうやら理解していたようだ。自慢ではないが今の自分は過去に召喚された時より強力になっている自覚がある。今まで相手してきたのが伊達のような常識を壊すような存在だったり、シャドウサーヴァントのように明らかに格下だったのであまり気付くことは無かったが、三騎のサーヴァントに囲まれても有利に立ち回り、余裕を持って勝つことが可能になるほどになっている。その原因はレイだろう。彼の魔術師としての特性がこれまでの召喚者全てを遥かに超えるとは言えないが頭一つ出ているのは言うまでもない。

 とはいえ、それもマスターとしての性能と言うだけで、指揮官としての力はやはり素人に毛が生えた程度。上手く利用されたとしてもおかしくはない。

 

「はぁ...やられたな。収穫はほとんどないな。シャドウサーヴァントがこの洞窟を狙ったのもおそらく偶然。そこで俺とメドゥーサが離れたから、アンとメアリーを初めとしたサーヴァント達が襲ってきた...ってところだろう」

「指示系統が別々だと?」

 

 彼はコクリと頷く。

 それと同時に彼の所を襲っていたのはアン&メアリーということが確定した。《彼》のいたカルデアにもいたが召喚された時点で戦力がそれなりに整っていたからか、あまり戦いに出ることは無かったのであまり覚えてはいないが自分のところに来たサーヴァントより格下と思われる。

 

「サーヴァントとシャドウサーヴァントが味方だとするならシャドウサーヴァントが最初にここを襲った理由が出ない。それにシャドウサーヴァントもまるで簡単なプログラムだけで動いているように感じた」

「...と言うと?」

 

 そういえば今回のシャドウサーヴァントは確かに弱いように感じた。強い意志を感じない、と言うべきだろうか。もしくは自分たちを相手では無く、障害物のひとつと感じていたこと等。

 

「シャドウサーヴァントには人の多いところに行き、人を襲えと命令されて離していたのだろう」

「...では同じ者がサーヴァントにレイを襲えといった可能性もありますが」

 

 素直に意見を述べてみると、彼は瞬時に顔を赤くして自分の行動を恥じるように立ち上がった。

 

「...あ。確かに...んんっ!まぁ、どちらにしろ目的は違ったんだろう。サーヴァントが俺を襲った理由...からして変なところに目をつけられ続けているのは変わらないと見るべきだろ。葛城財団じゃなきゃ...いいけどな」

「...」

 

 葛城財団でありながら短い時間とはいえ、レイに対して仲間として接してくれた男のことを思い出す。確かに彼はもう亡くなっているだろうが彼を無くした葛城財団が強硬手段に入った...とは彼も思いたくないだろう。彼が死ぬ要因を作ってしまったのだから尚更である。

 

「とりあえず...ここの人達に詳しく聞きたいな...メドゥーサ」

 

 彼は腕組みながら洞窟の方を見る。そこには彼が塞いだ穴がいつの間にか壊され、中から人が何人か出てきていた。話をしようとする体制らしい。

 それはこちらも望むべき状態だが、彼は罰が悪いのか、こちらに振り返る。その目は代わりにやってくれと言っているようにしか見えない。

 

「ご自分でお願いします」

「ええ...」

「レイはもう少し人と話をするべきだと思います...勿論。私もついて行きますが」

 

 レイには自分がついていないといけないというのは変わらないが、それでも人の輪は広げるべきだと思う。前回それを言った直後に霧彦に出会い、裏切られるような形になってしまったのは運が悪かったと言えるが今度は大丈夫...だと信じてもいいだろう。疑ってばかりでは、彼にもあまりいい影響はない。

 

「でもさ...俺は...」

「今更後悔ですか...はぁ。行きますよ」

 

 彼らに何も言わずに手を加えてしまったことを後悔し続けているレイを引きずって洞窟の前で並んでいる人達の前に立たせる。

 こうしてみると彼らはそれなりに人数が多いようだ。洞窟の中を覗くと妊娠していると思われる女性や子供すらいる。そして一際目につくのが一人隅の方で車椅子に腰をかけた男性。零より少し年上の細い体を持った男性。普通ならそれだけだが、彼からは少々懐かしい魔力を感じる。

 ケイローンがその列に並ぶ。

 すると一番最初にレイが口を開いた。

 

「え、えーっと...一先ず、申し訳ないことをした...しました。」

「マスター。彼らはこのシェルターを守るために奮闘しました。その決断の中で犠牲を出さないようにという理由でこの洞窟を閉じたと見られます」

「...わかってるよ。ケイローン。でもね、それを何も言わずに...逆に騙すような形をとった。その理由を聞きたい」

 

 ケイローンのマスターと思われる人は小さく頷きながらも、レイを睨む。ここで戦うというのは想像しづらいが、もしそうなったらということは念頭に入れている。

 すると軽く下を向き、前髪で瞳を隠したレイが呟くように言った。

 

「貴方は素人だ」

「は?」

 

 列の中にいた人が聞き耳を立てて言う。しかしそれはすこし挑発しているようにも見えた。

 

「戦いに関しても、魔術に関しても。その槍の構造を見てみたが真似事にしては上出来と言えるがそれでは魔物達相手に上手くいけるかどうか。今までは護衛でも雇うかそこにいるケイローンに頼むかしていたのだろう。しかしそれであなた達の中には余裕が生まれているように感じた」

「否定はしないよ。確かにここで戦ってもマトモな戦力になるのはケイローンだけだろう。だとしてもそれを先に言って、避難しろと言ってくれればそれで済んだ話だ」

 

 ケイローンのマスターに倒そうという感情は見られないがレイに対する不信感があるのは言い逃れできない。

 すると彼は前髪を上げて額に手を当てる。最後の決断をしているように見えた。そして彼はゆっくり口を開いた。

 

「俺の言うことを信用したとでも?ケイローン。約束通り名乗ろう。俺の名は天王寺零。おそらく君も知っている天王寺達也の息子だ」

「...っ!まさか...そんな!?」

「レイ!?」

 

 その名を聞いたケイローンが驚いて目を開け、瞬間的に弓を展開する。構えることはなかったがその動きに反応してこちらは戦闘の構えをする。

 しかしレイは何故ここで自分の存在を明かしたのだろう。名前を名乗るのは別にいい。天王寺という名はかなり珍しいが、それでも天王寺達也と結びつくとは思えない。しかし彼はそれを自ら明かした。

 

「ケイローン?知ってるのか?」

「...ええ。この世界に来る時にサーヴァントは聖杯により多少の知識を与えられます。現代の知識や言語などです。その中に天王寺達也という男の存在を教えられました」

「それが...どうしたんだ?」

「彼は一言で言いますと神話の怪物のような存在と言えるでしょう。永遠を崩し、信仰を否定し、人と神の境界を無くす存在。過去、人を神にしようとする存在は幾つか見られました。その全てが失敗しましたが、彼は逆です。全てを無力な存在にたたき落とす。しかし息子がいたとは...」

 

 驚きながらもどこか納得したように頷いたケイローンは弓を無くす。それに従いこちらも構えを解く。

 

「俺は、怪物なんだろうな。最近まで自分の父親が、そんな存在とすら知らなかった」

 

 天王寺達也は確かに優れた魔術師だ。いや、そもそもその考え、前提条件すら間違っている程の存在だ。しかしそれはただ力が強いという訳では無い。最強であったという訳では無いのだ。しかし彼は最強と言われた。その理由は、考えるまでもない。

 

「...それがどうした?」

「...は?」

「いや、別に君が天王寺達也という訳じゃないだろう?確かに息子なのかもしれないけど、だからと言って僕達が殺しに行くって思ったの?」

 

 しかしケイローンのマスターは本気で何を言っているのかわからないようにレイに問いかける。その目は本気だ。ふざけているとは思えない。しかしそれに驚くのはレイと自分、そして少しケイローンが驚く程度で列になっている他の男達もよくわからないように会話していた。

 

「...彼は魔術師だ。世界が崩壊して、神秘が溢れる。その前からな...それがわかったら彼の息子である自分がどれだけ危険な存在か。察することもしないのか?」

「マスター。魔術師の世界は一子相伝。親の魔術をその子が引き継ぐのです。どうやら彼はマスターが私からその話を聞いて、天王寺達也の息子だと怖がられることを忌避したと思っているのでしょう」

 

 

 

「そのことについては僕も気になるな」

 

 列の端に並んでいた車椅子の男が車椅子のタイヤを回しながらゆっくりとよってくる。レイは彼を一度見て一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔になったが即座に営業スマイル...ではなく真顔に切りかえた。

 

「僕は郡堂。ここの責任者だ」

 

 ケイローンとのやり取りからレイはケイローンのマスターがここの責任者だと思っていたようで、少し目を大きくあけるがすぐに戻す。

 

「それで君は言ったね?自分の父親がこの世界がこうなる前から魔術師だったと」

「あくまで噂ですが。人伝いに父の噂を聞くとそう思ってしまうのです」

 

 この洞窟の責任者という上の立場だからかレイも敬語になり、すこし見定めるような目をした。別に車椅子に乗ってる怪我人が責任者なのかと悲観してるようには見えない。逆にそれだけ優秀ということを見て、手腕を期待するような目だ。

 

「...と言うと君は天王寺達也の魔術について全くしらないということでいいんだね?」

「ええ。知っていたらこんなに弱くないですよ」

 

 少し謙遜...というより皮肉に聞こえてくる発言をしながらレイは軽く腕を振る。すると先程まで話をしていたケイローンのマスターが再び話に入ってきた。

 

「でもそれだと天王寺達也が魔術師ということは確定してないんだろ?なら俺たちがそう推測するとは思わないんじゃ?」

 

 彼の対応が本気であるとわかったレイは手で顔を押さえて空を見上げる。魔術師だった場合魔術刻印等を残す可能性は高い。だからレイが達也を魔術師と知らないということは達也が魔術師では無い可能性も確かに充分ある。しかしそのような噂が広がっていることも事実だ。

 

「...本気で言ってるのか?魔術が素人だからって...人間がいいにしてもここまで行けば馬鹿の頃合だぞ。わかりやすく言おう。俺は歴史的な犯罪者に似た顔で同じ姓を持つ。それがナイフ持って貴方の目の前に立って、指示を出したらどう思う?」

「あーなるほど...それで俺達が反抗すると」

「そういうこと。別におれは嫌われることには慣れている。だから塞いだ」

「そうか。ありがとう。状況は聞いている。君の働きが完璧という訳では無いが、君がいなければ間違いなく僕らは死んでいただろう」

 

 郡堂の発言に軽く後頭部をかきながらレイは頷く。

 

「やっぱり良い奴なのか?」

「...勘違いしないでくれ。俺は別にあんた達を救いたくてやったわけじゃない。情報が欲しいんだ。種火の...ん?メドゥーサ。6時の方向。10m先だ。敵影が2つ。魔力反応から見て片方はサーヴァントだ」

 

 少し不器用な面を出しながらレイが応答したと思ったら瞬時に戦士の顔になる。しかしその方向には何も見えない。特に自分はサーヴァントの反応には敏感であるようにしていたが、全く見えない。

 

「...レイ?サーヴァントの反応なんて何処にも...」

「いや、いる。確かに()が見える。姿はモヤがかかっているが少女のように小さ...ああ...最悪だ...」

 

 そう言いながらレイの顔が少し崩れる。1人の魔術師とそのサーヴァント、というのなら特別強い場合を除けばこの人数で叩けば負けることは無さそうだが彼はまるで戦闘力では無いところを見ているように見えた。

 

「どうかいたしましたか?」

「メドゥーサは彼らの防御。間違ってもその存在と戦うな」

 

 そう言って彼はナイフを抜く。そのナイフに強化魔術を施し、地面に突き立て、一定の方向に魔力放出をした。それはソニックウェーブのように地面に線を描く。

 当たったら魔力防御でも行わない限り即死だろう。これは威嚇射撃。先程の最悪だという発言からしてその後、話し合いをするとしても優位に立ちたいと見られる。

 

「レイ?しかし...」

「相手は君の身内だよ。しかも状況が悪い...狙いが分からないな。おいそこの!影でコソコソ隠れてないで出てこい!出てこないなら巨体から焼いていく!」

 

 そういうと木の影で何かが動く。そこから両手を上げてでてきたのは一人の男とそのサーヴァント。男の方は全く知らない小太りの男だがそのサーヴァントの方はとても強い印象を持っている。レイが戦わせたくない理由を瞬時に理解した。そして身内。

 そのサーヴァントは藤色の髪を持つ少女。優雅と上品、可憐さと妖艶さを兼ね備えた可憐な高嶺の花のごとき女神。優美な淑女のようでもあり、奔放な少女のようでもある。真名はステンノ。自分を含めたゴルゴン姉妹の長女である。

 

「う、上姉様!?」

「あら駄妹(メドゥーサ)()()()貴方のマスター?あら言い間違えました。()()()貴方のマスター?」

 

 彼女は不利な状態だと言うのに得意げに言い放った。




今回の口直しタイム!
やっと出会った主人公二人。...とはいえ初っ端からギスギスしてますねぇ..まぁ、愛されるステンノ様と零の相性なんて...まぁ、そんなもんでしょう。

しれっとサーヴァント三騎ぶち倒してるメドゥーサ。こいつ本当に強いんだよ...翔太郎やセイバーオルタはともかく、伊達は異次元すぎて...ワンチャンこいつロンゴミニアドに勝てるのでは?という疑惑かかってますし...

そしてやっとメドゥーサについてのヒントが出てきましたね。というか某魔術師が隠す気もなく出てきてるの草。なんでいんねんおま(これ以上は読めない)


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28話 ゴルゴンのマスター(前編)

やっと主人公同士が出会ったので実質初投稿です。


そして...月姫リメイク出ましたね!僕は型月初心者なので分からないことだらけですけど感想としては楽しい。そしてみんな可愛い。
まだネタバレしちゃいけないって言うのは...なんか...やっぱりキツいっす!
どっかで思いっきりネタバレしたーい!ネタバレ感想言いたーい!


 「あら駄妹(メドゥーサ)()()()貴方のマスター?あら言い間違えました。()()()貴方のマスター?」

 

 目の前の少女はそう言った。いや、少女というのはこの場合誤っているだろう。少女と言うには美しく、大人の女性にしては可憐すぎる。

 しかし背丈は少女のそれだ。隣に立つ自分サーヴァントであるメドゥーサと同じ藤色の髪を持つ、メドゥーサを含めたゴルゴン三姉妹の長女ステンノ。

 

思考開始

 

 彼女は自分が不利な状態だと知っているだろうに、まるで勝ち誇ったかのように姿を見せた。彼女はアサシンクラスのサーヴァントだ。正面戦闘では全く期待できないサーヴァントだが、高ランクの気配遮断のスキルと高ランクの対魔力、勇者達を虜とした魅了はとても厄介だ。それに加えて自分のサーヴァントであるメドゥーサは彼女にトラウマを刻まれているので戦闘で期待は出来ない。《死》を覗いて見るがあくまでこの方法なら可能というものしか見えないので、メドゥーサによる攻撃が主体か。それとも自分がまた全力を出して行くかという二択になってしまう。

 隣に立つ青年は大体自分と同年代...もしくはそれより下と見られる、腹に人間なら誰でも持てる栄養剤をたっぷりと蓄えている。《死》を見てみるがどうやらその腹に何か武器を隠してはいないようだ。腹に凶器か死体を隠している殺人鬼というのを思い出すが、彼は《それ》ではない。魔術的な防御がかかっているようにはあまり見えないので殺すことは難しくない。とはいえ、その隣にたつのはメドゥーサと同じく神代のステンノだ。自分が知らないような魔術で隠蔽している可能性は考えられる。先程のナイフを用いて行った魔力放出でかなりビビっていたが、それは生物の本能的なものか、それとも防御できないから恐怖していたのかは考える必要がある。

 ステンノとの繋がりが深いことから彼もそれなりの魔術師と推測されるので彼の魔術にも注意が必要だ。

 

 思考終了。

 

 出会ったばかりなので掴める情報はとても少ない。その上自分のサーヴァントであるメドゥーサとの相性は最悪。正面戦闘はできるだけ避けたい。メドゥーサも恐れているのか自分の後ろに隠れている。少し震えていることから考えて戦いには出したくない。

 

「あら、メデューサ?何も言えないの?久しぶりの再会だというのに挨拶の言葉も無いのかしら?」

 

 するとメドゥーサがなんにも答えないことに苛立ちを覚えたのか、ステンノが1歩前に出て言う。

 

「い、いえすみません。上姉様。彼は私のマスターの」

「いい。メドゥーサ。下がれ」

「あら、せっかくの姉妹の再開だというのに邪魔をするのね。名前も名乗らないあなた?その程度でメデューサを守っているつもりなのかしら」

 

 更に一歩近づいて来る。空気の緊張が変わる。今までより張りつめる。アサシンクラスのサーヴァントとの戦闘になるとすると他のクラスより一瞬の気の迷いが死に繋がりやすい。メドゥーサの姉だからといって殺し合いで手は抜けない。

 

「あまり脅かされては困る。口のお遊びが過ぎると頭ごとズルリと落ちるからな」

「それはあなたのでなくて?それに私は妹を可愛がろうとしただけじゃない」

 

 多少脅してみたが、女神ステンノは全く怯みはしない。それどころかこちらにマウントを取ろうと仕掛けてくる。ここで根が負けたら戦闘時にも負ける可能性が高い。隙を見せるな。

 

「よく言う。現状を理解出来ずに敵で遊ぼうだなんて」

「あら、メドゥーサが私の敵になるとでも?それは残念ね。メドゥーサもきっと心が痛むわ」

「マスターの令呪がなんの為にあるのか知らないわけでも無かろうに。まさか俺がメドゥーサを気遣って令呪を切れないとでも?」

「あ、あのレイ...」

 

 メドゥーサがこれ以上続けると関係が悪化して戻らなくなると考えたのかセーブしようと動く。しかしそれ自体がステンノの狙いの可能性は高い。メドゥーサと不仲と思わせるのはあまり良い策とは言えないが。

 

「ええ。甘ちゃんには使えないでしょう?メドゥーサに嫌われるのが怖いから」

「死地に迎えるくせにそれが怖いとは。面白い人間だな。本当にいるなら紹介して欲しいよ」

「残念、愛を理解できない悲しい人間がいるものね。ねぇマスター?」

「...世迷言を。其れ式のことで歪むくらいなら、最初から壊れてしまえばいい」

 

 彼女の煽りが嫌な所をついてくる。とはいえ、先程の言葉には怒りが隠せなかったかもしれない。愛で狂う者はよく見てきた。その結果、どうなったかも。

 

「私は歪むとは言ってませんわ。それに神が歪むとでも?」

「恋は盲目と言うだろう?いつだってそういう一時の感情は人の在り方を歪める。俺より貴女の方が詳しいはずだが?愛されるアイドル様」

 

 女神ステンノとの睨み合いがより強くなる。女神ステンノも自分の理念なのか信念なのかを侮辱されたことが許せないようで怒りが籠った瞳がこちらを睨む。

 そのまま女神ステンノとの口論をしていると後ろから声が聞こえた。それは睨み合いをしている自分たちの緊張を緩め睨み合いを止めた。その声の主は洞窟にいた人達の物だ。

 

「白島さん?どうかされましたか?」

「あっ...いえ。爆発音と黒煙が見えたもので...」

 

 もしかして知り合いだろうか。後ろの洞窟に住む人達の顔から見るに敵としては誰一人として考えていない。それどころか、彼にナイフを向けている自分に意識が向かっている人すらいる。

 しかも彼らの言葉からして、おそらくここに来た原因は先ほどの戦闘ということになる。嘘をついている可能性は切れないが、知り合いということを踏まえればそこまで危険性はないと判断しても良さそうだ。

 

「お知り合い...ですか?」

「ええ。お二人共こちらによくいらっしゃって...」

 

 敵対心がほとんど感じられないというのと洞窟の人達の対応から信用出来る人物だと考えて一度ナイフをしまう。そして、相手に圧をかけないようにゆっくりと近づく。とりあえず相手の能力を知っておくべきだ。もしこちらに危険度が高いならそこから対応を変えればいい。

 ナイフを下げたのを見て、少し安心したのか小太りの男の手が下がる。

 

「申し訳ありません。こちらの不手際があったようです」

「あ、はい...」

 

 どうやら状況に追いつけていないその小太り男の手を握る。手を拭いて汗を拭う暇は与えない。汗には魔力に関する情報が入っている。相手に不快感を感じさせないように...と考えて実は自分の情報を隠したいと考える可能性もある。先程の威嚇を恐れたのかやはりその手から汗が出ている。にしても多い。多汗症だろうか。

 

 思考開始。

 分析。自身の手についた汗から魔力、つまり相手の魔力量の測定開始。

工程変更(change)開始(initium)解析(analysis)

 対象の魔力はこれまで見てきた魔力とは分類が少し違う。魔力量自体は少ないが、この魔力は何かがおかしい。俺たちの使っているものとは分類が違うようだ。サーヴァントのマスターとなれるということはある程度魔術師としての能力があるとは思われるので、別種の魔力を蓄えていることから恐らくメドゥーサの他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)に似た魔力供給手段があると推測される。しかしそれは可能なのだろうか。彼の魔術回路はそこまで詳しく見れた訳では無いが、炉心としての能力はそこまで高くないと推測される。無論、素人目線なので吸血などの魔力を奪う事ぐらいはできるかもしれないが。なにかか妙だ。

 彼に対するデータが少なすぎる。小太り、魔力量は少ない、魔力の分類は何かが違う。感じたことの無いような...しかし、どこかでずっと使用していたような気さえする。となると怪しいのがやはり他者からの魔力供給。吸血種だろうか。となると危険なのが死徒の存在。いや、それは無いだろう。人類史を否定するものである死徒が人類史を肯定する英霊を召喚できるとは到底思えない。それも黒化したものでないなら尚更だ。それに彼はれっきとした人間だ。女神ステンノから吸血系の恩恵を授かる可能性も考えられるが魔術師であるマスターにそこまでの恩恵を与えるとは考えずらい。となると他の供給手段を考えるべきだ。女神ステンノには吸血以外の方法はないが魔術師として優れるならそれ以外の方法が普通にあってもおかしくない。自分だって素人なんだ。とりあえず何らかの方法で供給するとなるとそれだけの人員が必要になる。彼が魔力を供給してもおかしく思われないほどの信頼関係があり、一定数以上の人員がいる。となるとこのシェルターの可能性が高い。気になるのがこのシェルターに結界がない事だ。いや、結界はバレるものは三流と言われる。一流の結界なら自分が気づかなくても仕方がない。結界を張ってあるとするなら魔術工房としての役割を持つ、実験場という考え方もできる。いや、それはおかしい。それならこの魔力の少なさはなんだ?魔力自体はおかしいが、保有魔力として少ないのから、大きな効果は見られない。才能に恵まれなかった?確かに崩壊する前まで自分たちには魔術回路なんてあるとは思ってなかった。もし本当になく、崩壊と共についたとするなら才能に恵まれなかったのもうなずける。それに、シェルターの人達が実験台なら彼のこの敵意の無さはなんだ。ただ怯えているようにしか見えない。余程の小心者か?確かに、シェルターの人達が実験台とするのは早すぎる。彼に対する情報を1度整理し直そう。

 

 ひとまずその思考を一つの思考に止めて違和感を感じられないようにその手を離す。この間わずか1秒。本来ならもう少し分析をしておきたいところだが、これ以上は相手に不信感を抱かせかねない。

 

 

「天王寺。天王寺零と言います。君は?」

「白島...陸です」

 

 白島陸と名乗ったその青年は少し引きながらも返事をする。自分の分析が見破られた...訳では無さそうだ。もしそれを知っているのなら自分を丸裸にされているも同然だ。この世界が崩壊してから未だに約半年しか経ってないがその間に自分が努力して作ってきた魔術を見られたとなれば殺しにくるのが道理だろう。

 では、自分が名前を名乗ったことから天王寺達也の存在に気付いたか。確かに先程の話を聞いていたらその可能性は高いが、それなら最初からその反応をするはずだ。普通に先程ナイフを向けてきた男が握手をしてきたことに驚いたと見るべきだろう。

 それにしても先程から陸がチラチラとメドゥーサの方を見ているのも気になる。ステンノの妹であるから注目しているのかステンノに比べて戦闘能力が高いことに注目して奪うつもりなのか。

 

「では陸くん。聞きたいことがあるのだけど少しいいかな?」

「ええ。構いませんけど...その服装は...?」

 

 とりあえず彼の正体が掴めない時点で無理に懐に入ろうとするのは危険度が高い。ここは一歩引いて動いた方がいい。

 そう思った時に彼の口から出てきた言葉は予想外だった。彼は現在自分の服装に関して指摘をしたのだ。今の自分の服装は普通のスニーカーに病衣と言って病院で支給される服装だ。翔太郎の所から貰ってきた服装だが、別段魔術に影響を与える代物ではない。至って普通の服だ。となると着こなし方だろうか。自分はあまり入院したことがないのでこのような服装は着たことがない。その為、彼から見たら不思議に見えるのかもしれない。

 

「動きにくいですが、これしかないので。魔術礼装も無ければ、パワードスーツも無い。隠密活動をするわけでもなければこれで十分だと思いますが。このような世界です。あるだけでも儲けものかと」

「は、はぁ...」

「ふふっ、自分の見た目にすら気をつけられないとは、魔術師以前に人として心配になるわね」

「残念ながらそういうことに使えるほど潤沢してないんでね。魔獣の毛皮を剥いで服にすることなんて普通にあった」

 

 彼がかなり引いていることから彼は服装に気が回るほど余裕があったということになる。こちらは半年間明日の飯を探すことすら命懸けだったというのに、割と魔術の実験の時間はたっぷりあったのではないだろうか。となるとやはり魔術師としての実力は高いと思った方がいい。

 そう思いながらも情報集めを始める。陸の外見をもう一度よく見てみるが何も変わったようなものは無い。やはり気になるのはこの洞窟の人達の知り合いという事とケイローンの言っていた管理者と知り合いという言葉。無論洞窟の人たちが引きこもっていて彼らしか知り合いがいないとは思えないが、握った時に手に豆が出来ていた。しかし彼の格好を見る限り武装などは揃っていないと推測される。

 

「種火の島という島を探しておりまして...ええ。この辺りに詳しいマスターがいるようなんですが」

「あっ。種火の島ですか。えーっとそれじゃあお客様...になるんですか」

 

 ビンゴ。彼がケイローンの言っていた種火の島の管理者だ。手の豆は櫂を握った豆だろう。潰れていた事から考えても、今でもオールをかいて種火の島に行っている可能性が高い。

 

「ええ。俺はそこを探していたら道に迷ってしまいまして」

「そういう事でしたか。わかりま」

 

 陸の言葉が急に止まったのは彼のサーヴァントであるステンノが彼の袖を引っ張ったからだ。そのままステンノはまるで彼の子供のように言う。

 

「マスター。少し耳を貸して」

「ステンノ様?はい」

 

 ステンノ様。彼は確かにそう言った。彼らの間での上下関係がしっかりしていると考えても良さそうだ。しかしそれはサーヴァントとマスターの関係としては異常だ。そもそもマスターはサーヴァントに魔力を供給してサーヴァントに戦わせる...というのが主となる。 だからこそ、サーヴァントはマスターを守る。彼らの関係はサーヴァントであるステンノのブレーキが本当に三画の令呪しかないということになる。しかしその令呪だって彼女の魅了スキルで使えなくなる可能性もある。

 なんだなんだ。考えれば考えるほど妙な点が多すぎる。

 

 思考開始。

 彼に関するデータを再び整理しよう。自分たちが使っているマナとオドとは別種と思われる魔力。これは彼の魔力量が少ないことから考えておそらく供給元、もしくは供給の際に変化したと思われる。わざわざ自分の魔力を減らしてまで魔力を別種のものに変えるメリットが思いつかない。この魔力についてのデータはおいおい集めていくとしよう。

 それはひとまず置いておくとして、まず供給元が原因だと仮定しよう。その場合気になるのはなんだ。女神ステンノ。違う。確かに彼女は女神だから自分たちと別種のものを使用している可能性はある。しかし、それをわざわざマスターに供給するとなるとただでさえ異常な関係が完全に崩れる。逆になぜ女神ステンノは彼を見捨てないかを見なければならない。ではその他のものはどうだろう。彼の知り合い、関係者は未だにあらって無いため、情報は少ない。このシェルターと呼ばれる洞窟の人間と知り合い、女神ステンノのマスター、特殊な魔力、そして種火の島の管理人。種火、種火か。まだ種火に関するデータが無いためなんとも言えないが種火の元ネタは分からないことから種火が神代等の特殊な環境にいたものと仮定してもおかしくない。そういえばバビロニアの章で種火がエネミーとしてギルガメッシュと共に出てきていた。となると種火は神代からのものと推測される。サーヴァントの強化が可能な種火ならば人体の強化も可能だ。俺たちの使ってきた魔力と違うのは種火由来だから。ならば彼の魔術は種火を使用した強化、もしくは転換だろう。この場に種火の気配がないことから、自分たちが余程舐められているのか、それとも何も考えずに走ってきたので用意がまだなのか。ともかく種火の島に行けば彼の工房があるはずだ。隙を見てその工房を見つけて、情報をより多く取りたい。種火の魔力にはとても興味がある。

 

 そして陸が膝を曲げたところに女神ステンノが何か耳打ちをする。彼女には自分の分析がバレたのだろうか。なら、ここで戦闘を仕掛けないのはメドゥーサを警戒してのことか。もしくは自分の能力がバレたということか。それとも全く関係の無い要件だろうか。ここで戦闘を始めたら洞窟の人たちはおそらく彼らの味方をする。それだけの仲であると考えたら彼らを巻き込みたくないからか、それとも全く自分に関係の無い要件なのか。

 

「...え?それってどういう...?」

「口に出さないのマスター。言ったでしょ?」

 

 ここは少し感知されないかが心配だが聴力の強化を行うべきか。そう思った時にその耳を不意に塞がれた。後ろを振り向くとそこには恐怖に染まった表情をしたメドゥーサがカタカタと震えていた。

 

「レ、レイ...?お願いですから上姉様には何もしないで下さい...ね?」

「ああ。わかった」

 

 彼女の心配はもし自分が女神ステンノに何かをしたら自分がいびられるのが怖いという恐怖と戦闘になった時に姉を失うのが怖いという2つだろう。伊達の1件もあり、魅了や支配に対しては対策はしてある。ステンノ相手なら宝具を使われない限り大した問題は無さそうだし、宝具を使う前に仕留められるかどうかという話になれば十分仕留めきれる。

 しかし姉の恐ろしさを知り、そして自分が怪物にされても着いてきてくれた大切な姉の事をよく知るメドゥーサからすれば見捨てるなんてことはできないのだ。

 

「天王寺...さん?」

「零で大丈夫ですよ。では行きましょう」

 

 ステンノの話の方も終わったようで、陸がこちらに振り向いてきた。ステンノと何の話をしたのかは不明だが、とりあえず彼らの敵対意志が無いのは信用してもいい。とにかく洞窟の人達からの目が少し恐ろしいのですぐにでも行ってしまおう。




今回の口直しタイム!
色んな意味でステンノを警戒する零。
ダ・ウィンチちゃんを最初に見たとはいえやっぱりあのトラウマは流石に克服できんか...
だからこそメドゥーサを下げて一人でやろうとする。そして割と強い皮肉の言い合い。ステンノ様は兎も角、零もそれなりに強いんすよね...今は根暗ですけどなんだかんだ元は陰キャよりの陽キャですし。

そして「世迷言を。其れ式のことで歪むくらいなら、最初から壊れてしまえばいい」という台詞は零の考えを象徴するものの一つでしょう。
ステンノ嬢がヤンヤン病に犯されているからかかなり口悪くなってますねこりゃ。

それに対し陸くんには好感度高めに接するの本当に「本当に君はさぁ...」ってなる。最初の汗を拭こうとする間も与えず解析したりするところは警戒心マックスな癖に一通り解析すると分からないところあるけどなんか悪いやつじゃなさそうだからいいや!...君、それで霧彦許して人生踏み外すところでしたよね?あと霧彦のせいではないとはいえ、不可抗力とはいえ、伊達に殺されかけましたよね?

そして零の陸くんの能力が種火由来というのは本当にあっているのでしょうか!?


次回もお楽しみに!


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29話 ゴルゴンのマスター(後編)

チラシの裏行ってR18に帰ってきたり色々してました...はい。なので実質初投稿です。

..いや本当にすみませんでした。


 

 陸くんこと白島陸というマスターと彼のサーヴァントである女神ステンノに連れられて行った先にあったのは大きなドラゴンの石像と公民館のような大きな二階建ての建物だった。

 外回りを見ても掃除がされている。彼の発言からして、美意識が高いのだろう。

 

「俺たちは石化ドラゴンの家って呼んでます」

 

 ドラゴンの石像の完成度に見惚れていると後ろから陸くんの声がかかる。家、家と言うには大きすぎるが強欲な女神達の一柱であるステンノだ。これが普通と考えていてもおかしくはない。それにしても気になるのはこの辺りにはエネミーの反応がない事だ。隠れている可能性も捨てきれないが、メドゥーサとステンノがなんの反応もしていないことから本当にいないのだろう。

 

「石化...というとこれは岩を削った訳ではなく」

「ステンノ様が石化したんですよ」

「なるほど」

 

 彼の言葉によりステンノには石化させる力を保有しているということが理解出来て頷く。神話でそのような話があったか覚えていないが、女神ステンノのマスターである彼が言うのだから間違いない。メドゥーサの姉だし、神話ではそのメドゥーサと同じく怪物に変えられたという話すらあるステンノなので能力的には保有していてもおかしくはない。

 そう考えるならステンノの強さは自分が想定しているより強力ということになる。敵に回らなくて良かったと一先ず安心する。

 

「島の話も聞きたいですけど。まずは中に入ってください」

「お気遣い感謝します。メドゥーサ。結界は?」

 

 ひとまずこの辺りで欲しいのは小さくてもいいが拠点だ。伊達と戦うとなると相当の前準備が必要だ。その為には自分の工房が欲しい。出来ればこの石化ドラゴンの家の一部屋でも借りたいところだが、彼にも自分の魔術工房があるはずだ。そこに干渉する訳にはいなない。とりあえずやっておくべきなのはその反応を探ることだ。彼がどんな魔術師であれ、工房があるならその反応がわかってもおかしくはない。

 

「反応はありませんね。一応人払いの結界程度はしておいた方がいいのでは?」

「そうだな。確かにその通りだ。すまない陸くん。人払いの結界をしても宜しいだろうか」

「あ、いや...一応こちらは店としてやってるわけだから人払いの結界は...」

 

 どうやら陸くんは種火で商売をしているようだ。となればかなり余裕があると推測される。とはいえ、これからの話をお互いに聞かれたくは無いはずなので第三者の目線は封じておきたい。

 

「では1時間、いや話をしている間だけ」

「それなら...わかりました」

「お言葉に甘えて...!」

 

 膝を曲げて地につける。指を地面につけてそこに魔力を通して結界のイメージをする。人払いの結界。その名の通り人払いに向いている、とは言っても人を通さない。という結界ではなく、人が無意識に別の方向に行くようにつまり、こちらに来ないようにとする程度だ。しかし神秘を守る為には第三者の目撃を防ぐのが大切なのでこの結界はよく使える。

 

「はい。では...どうしました?」

「あ、いえ。やはりその服装でそんな事をやっているとなんか...シュールと言いますか」

 

 シュール。語源は芸術活動の一つであるシュレアリスムであり、意味は「非現実的」。彼は自分の服装と人払いの結界を張っているのが非現実的だと言いたいのだろう。

 確かに魔術を非現実的というのは理解出来る。もう半年たったとはいえ、やはり崩壊するより前の記憶を見ると魔術を使用するのが非現実的と捉えるのもわかる。しかしこの病衣は確かに珍しいが、非現実的という程ではないだろう。彼が言いたいのはおそらく、病衣が珍しいからより魔術の非現実さが際立つということだろう。多分。

 

「そうですか。まぁ、気にしない方がいいですよ。世の中には思い込みだけで山火事起こしたり、姿を変えるものもいますし」

「は、はぁ...」

 

 思い込みやひと時の感情というのも恐ろしいものでそれで大事件に発展することだってないわけじゃない。そんなものと比べたらこんな魔術はなんということでもない。

 しかしどれも今になっては関係がない。それより今は、事実の確認とその対処に勤めるべきだ。そして気になるのは彼、白島陸の持つ謎の魔力反応とその正体。彼の工房もココには無いようだし、トラップも見られない。エネミーがここに住んでいないのが妙だが、気にすることではないだろう。ここならば深く切り込んでいっても対処は可能なはず。

 

「では、話をしよう。出来れば二人で、ね?」

 

 右手を腰に回しながら、できるだけ得意げにそう言った。言葉で相手を切りくずすのは得意ではないが、交渉という形で話はまとめておきたい。

 

 

◇◇◇

 

 

 陸に誘導されて会議室のような堅苦しい部屋に二人になる。サーヴァントであるメドゥーサとステンノは別の部屋だ。姉妹ということもあるし積もる話もあるだろう。それに、言葉で情報を取っていくとなると女神ステンノの存在は驚異にしかならない。メドゥーサもキャスタークラスのサーヴァント程じゃないにしてもそれなりに魔術が使えることを踏まえれば、ステンノもメドゥーサ程じゃないにしても何かしら使える可能性が高い。そうなればこちらの能力がバレる可能性がある。別段彼らと戦う気などないが、自分も魔術師の端くれを名乗る以上、自分の魔術をバラす訳にはいかない。

 もちろん陸くんにも彼なりの考え方があるだろう。彼が根源を目指しているとは到底思えないが、自分の魔術の情報もあれば欲しい程度には思っているはずだ。自分が彼に抱く謎より彼が自分に抱く謎の方が多いはずだ。それにしても気になるのが女神ステンノが彼に耳打ちをしていた内容。あのタイミングで耳打ちするということは解析がバレたか、それとも自分の中身の存在がバレたか。別の可能性としては彼がメドゥーサをチラチラ見ていたことからメドゥーサを奪うための算段をつけていた可能性も捨てきれない。

 その辺も情報の公開をしてもらいたい。かなり悪い考え方だが、出来るだけ自分の事を隠して交渉して、彼に対する情報と工房が作れる拠点が欲しいところだ。

 

「まずは、俺達がここに来た理由から話そう。君たちは葛城財団という組織について知っているかい?」

「え、ええ。実は俺達も襲われたことがあって」

 

 なるほど。攻め込まれた事はある。つまり、葛城財団との戦闘経験あるということだろう。戦えない女神であるステンノと腹の天然の栄養剤を溜め込んだ彼だとマトモな戦力としては見込めないと思っていたが、戦えないことは無さそうだ。

 

「それは大変だったろうね。それじゃあ、奴らに対しての情報も知っているということかい?」

「いや、サーヴァントを洗脳する武器を持っているということぐらいで」

 

 サーヴァントを洗脳する武器。本来霊体であるサーヴァントに攻撃を当てるとなればサーヴァントと同レベルの神秘を持つ必要性がある。生身の人間がサーヴァントと戦うとなればサーヴァントから宝具を譲り受けて戦う、もしくはサーヴァントに強化してもらうというのが常套手段だろう。衛宮士郎のように宝具すら投影してしまったり、クラスカードを使う等の方法もあるが、奴らがそれを持っているとは思えない。となるとその武器にそれなりの神秘があると思ってもいいだろう。これはかなり脅威だ。サーヴァントに傷をつけられるということもかなり脅威だが、それは自分達マスター達がかけられる防御を軽く凌いで来る可能性があるということだ。神秘はより強い神秘にかき消される性質がある。つまり、サーヴァントを前に出せば洗脳される危険があり、自分たちが前に出てもマトモな防御手段は通用しないということだ。

 自分も地形操作などの形状変化で即席の盾を作ることは可能だが、それはあくまで物理的な力に過ぎない。物理的な力なら抑え込めるが、神秘という面で考えるとそれを抑え込めるとは思えない。

 

「その葛城財団がこの辺りを狙っているということも話を聞き付けてね。俺たちの仲間の推理では種火の島ではないかって言われている」

 

 ここで大切なのは種火の島という資源がどれほどのものか。そして狙われている、襲われる危険があるというのはあくまで推理の範疇から出ないということ。もし陸くんが不思議に思うようなら種火の価値はその程度ということになるし、その推理が間違っている可能性が高くなる。しかし、彼の顔はまるでそんなこと経験済みですよと言わんばかりの表情をしていた。

 確かに翔太郎が即座にその名前を出したことはある。サーヴァントを強化出来るアイテムとなれば悪用なんてし放題だ。葛城財団ほどの奴らが食いつかないとは思えない。

 

 

「なるほど。それでここに」

「まぁ種火に関しての研究をしたいという欲求もあるけどね。それで、彼らに対する防御手段は取れるかい?具体的に言うなら君たち以外のサーヴァントやトラップとか」

「え、えーっとそれは...ない...です」

 

 防衛手段がない。それには素直に驚いた。あのシェルターと呼ばれる洞窟の中にも何人かマトモな戦力かどうかという事は置いておくとしても、戦闘員はいたというのに、ここには彼と女神ステンノしかいない。確かに翔太郎も防衛力はあまりないと言ってはいたがそれほどとは。それほど彼と女神ステンノは強いのかと考えるとそれには疑問を出すしかない。情報量が少ないというのがあるとはいえ、動きを見てもマトモに戦えるとは思えないのだ。

 

「なるほど。では彼らが本気でここを襲ったら君たちは種火の島を、最悪の場合君のサーヴァントすらも喪う危険性が高いということだね?」

 

 君が死ぬということは分かりきっていると思うのであえてそれを隠すように、彼が大切に感じている可能性が高い女神ステンノを槍玉に挙げる。彼を脅すような言葉だが、ここで強気に出られては防衛するという自分が行える最大の奉仕が意味をなさなくなってしまう。

 

「そ、それは...!」

 

 予想通り、陸くんは机を強く叩きながら立ち上がる。玉のような汗が額に見える。

 世界が崩壊してから半年。彼にも自分の無力さを感じるような出来事はあったはずだ。守れた者。守れなかった者。そして、手を出すことすら出来なかったこと。一番危険な時に気付かずに当たり前のように生きて、そしてもうそれが終わってしまった最悪のタイミングでそれを知る。覆水盆に返らずというものだ。

 

「君がどれほど戦えるか、ということについては俺も何も知らない。しかし、彼らを舐めない方がいい。自分も何度も戦ってきたが奴らは舐めてかかっていいほどの強さじゃない。島を乗っ取ることなんて造作もないだろう。それに撃退したことがあるとなれば彼らだってここの戦力を把握して襲ってくる。君達の予想だって超えるだろうね。」

 

 自分は他人事のように彼にそう告げる。そうだ。自分は今ここで彼とこうして話しているが、まだ同盟を組んでいるわけでもなければ雇ってもらっている訳でもない。報酬も無しに身を粉にして働く奉仕者はいつだって不利になってしまう。

 

「生き残ってきた。確かにそれはとても大切な事だ。戦場というものは生き残ったものが勝利するからね。けど、その悦に浸って自分の力不足を補えた気になっていると簡単に足元をすくわれるよ」

「それは、わかっています」

「無論、人には向き不向きというものがある。俺だって君に人殺しになれとは言わないさ。けど、これだけは知っておいた方がいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。相手に遠慮をしたり、戦いに否定的になっていると1番大切なものに目がいかなくなってしまう」

「...」

 

 陸くんが下を向いたまま何も言わなくなってしまう。人にとって一番大切なものはなんだろうかと聞かれた時に一番最初に思い浮かぶのはおそらく自分の命だろう。失ってしまうとそのほかの物も失ってしまうし、何よりその後に追加することが出来ない。しかし中には最愛の人、隣人のことがもっと大切だ。と考える人もいる。彼もその部類だ。そう考えるものであればあるほど、武器を握る手を固くして、相手が同じ気持ちであろうと人間性すらも吐き捨てて壊す。いや、殺す必要がある。

 

「戦いは人間が行える最大限の解決手段にして、最後の手段だ。人がいる限り必ずどこかで発生する。俺が聞きたいのはこの後だ。君は、君が愛する者の為に、出来ることはあるか?」

 

 遠回しに言ってしまったが、簡単に言うなら差し出せる者次第で代わりに戦ってやるよということだ。もちろん先程までの言葉は自分にだって当てはまる。どんな無敵の存在であろうと慢心すれば自分が弱いと感じたものに殺されることなんてよくある事だし、彼らが油断して戦えるほどの相手でないことだってわかっている。伊達が出てくるとなれば自分が死ぬことなんて最早決定事項だ。

 

「何を...すれば」

「それは君が決めることだ。俺は戦う。だから、もし良ければ俺を雇わないか?短期間でいい。期間は葛城財団がここを襲ってくる...いや、ここを目指す葛城財団の足がかり、まぁ拠点だな。それを潰すまででどうだい?」

 

 ここが今回この騒動に自分がどう関わっていくかのポイントとなるだろう。翔太郎くんにはああ言ったが彼らが自分たちを拒否するなら黙って引き下がろう。傭兵は雇われたから戦うのであってボランティアでは無い。

 彼の目をじっと睨む。ここまで相手を脅しておいて雇えというのが卑怯であるのは承知の上だ。そこまでしないと彼らがここを守ることは不可能だし、自分も協力する気は無い。

 しかし彼も心のどこかで納得したのかその目は強い意志を持っていた。愛する者を守るためにはなんでもやってやるという意志。引き際を誤ると危険な可能性を孕むものの、その目は信用出来る。覚悟の出来た人間は笑えるほど弱くない。

 

「お金はいくら出せばいいですか?」

「欲を言えばお金も欲しいがお金よりここに工房を作りたい。葛城財団と戦うとなればそれなりの戦力増強のために礼装が欲しいからね。あとメドゥーサを強化する為と研究用の種火」

 

 種火がサーヴァントに匹敵する神秘を秘めているとなればそれを多数使役してる可能性が高い上に種火からの魔力供給を受けていると思われる彼の扱いも変わってくる。もし彼が種火を使ってその体にサーヴァントに匹敵する神秘をつけることが目的だと言うなら

 

「種火の提供ですか。わかりました」

「勿論、君達の商売を邪魔する気は無い。我々は戦力を提供するからその代わりに君達は居場所と種火をいくつか提供してもらえばいい。公平な取引さ」

 

 正直に彼らが種火をどのように使っているかも知らないことから考えても彼らの動きを見る方がいいと感じた。

 

「回りくどいんですね」

「残念ながら大人という者は本心を言えないのさ。そんなことより周りに合わせてハイハイ頷く方が尊重される」

 

 大人になるという事はそういうことだともう一度言って自分で頷く。どっかのローマ皇帝も言っていたが人とは自分と他人が同じであると思いたいモノなのだ。だから周りから飛び出ているのを嫌うしそういう者を排斥しようとする動きがある。

 今そう考えると自分はかなりの異端児だ。そして立ったまま話している彼の方が普通なんだろう。そしてステンノの危険を知った瞬間にすぐに立ち上がってしまうほど彼女のことを考えていて、ステンノの方からも一定の信頼を感じる。彼は力を持つ自分を見て嫉妬するだろうか。確かに自分はステンノと彼が2人で襲いかかってきても倒せるだろう。しかしその代わり大切な物を何処かで壊してしまった。そんな気がする。

 だから本当は、俺は君のようになりたいんだよ。

 

「...話がズレたな。とりあえず場所と種火の提供で手を打とう。これからよろしく頼むよ。クライアント」

「は、はい」

 

 無駄な思考を切り捨て立ち上がって、陸くんの握っていて興奮したせいか手の汗を拭った後の少し湿っぽい手を握る。

得意としていない交渉で、臨時とはいえ安全な魔術工房の場所、そして研究しがいのある研究資材(種火)を手に入れる事ができたのは上々な結果だろう。種火の島の防衛という手間が発生したが、この結果からしたら対して問題は無いだろう。…闘いならこの半年で文字通り死ぬほどしてきた。

しかし、何故か陸くんの手を握った自分の手の感覚は、暖かいはずなのに胸騒ぎのような嫌なものを感じていた。

 

◇◇◇

 

 その頃、メドゥーサとステンノは別室でお互いのマスターの帰りを待っていた。霊体化して覗きに行くのも悪くは無いが、メドゥーサは零に止められていて、ステンノはめんどくさいからという理由でメドゥーサのいれた紅茶を眺めながら座っている。

 ふと、ステンノが口を開いた。

 

「メドゥーサ。もう一度聞くわね?あれで貴方のマスターかしら?」

 

 それは彼女達が対面した時にステンノが一番最初に発した言葉だった。その答えはその場ではメドゥーサのマスターによって止められたがここでは止められることは無い。

 

「...ええ」

 

 メドゥーサはその問いに対して重く頷いた。彼女があの男をマスターとして認めるということにステンノが驚くことは無かったが、少し目を細めて持っていたコップを机に置く。

 予想していただけにそれは心配になるものだ。いつもいびっていたとはいえ怪物にされた時に抗議するほどの姉妹仲だ。面白くは感じない。

 

「全く酷いものだわ。人間とも呼び難いあんなものをマスターにするだなんて」

「お気付きでしたか」

 

 少し縮こまりながらもメドゥーサは否定しない。ステンノよりメドゥーサの方が彼がどれほど異端な存在なのかは知っているからだ。

 

「全部とは言いません。けど彼…いいえ。アレが継ぎ接ぎだらけということは見てわかります。何をどうしたらあんな醜いものが生まれるのかしら」

 

 ステンノは零に関して詳しくはない。そして正体を見破るような逸話も能力もない。それでもわかるほど彼はボロボロの状態で、そして醜い。

 

「...人の願いとは得てしてそういうものです」

「その願いというのは彼のかしら?それとも、別の人かしら?」

「...それは...」

 

 ステンノの問いにメドゥーサは黙り込む。何も知らないはずのステンノがここまで切り込んでいるのは確信しているからだろう。少なくともメドゥーサのマスターが自分の身体にここまでの改造を行う理由がない上にそこまでの能力があるとは思えない。それはメドゥーサも同じ事。人の願いにより彼がこうなるのであれば願ったのは誰か。なんという願いなのか。詳しいことは分からないものの、危険性は理解せざるおえない。

 

「まぁいいわ。あの男から離れた方がいいわよ。メドゥーサ。これは姉としての警告です。本当なら今からでも目覚める前に何もさせないように殺すべきだと思いますけど」

 

 ステンノなら()()天王寺零を殺すことも可能だ。怪物としての能力自体は未知数だが、膨大な魔力から繰り出される魔術と項羽を想像させる高速思考が彼の取り柄だが、高ランクの対魔力と同じく高ランクの気配遮断。そして魅了が武器であるステンノとは相性が悪い。

 

「上姉様...それは。いえ、わかっています。しかし、いえ。だからこそ私はレイの為に戦いたい」

 

 しかしメドゥーサの意見は変わらない。いつもなら蹴落とされる言葉だか、その時のメドゥーサの目はブレイカー・ゴルゴーンをつけていながら強力だった。

 

「それは何故かしら?贖罪?それとも自己満足?」

「私と同じですから。怪物になろうとしているのを。見過ごせないのです」

 

 もしそれが運命だとしても。自分なら何かができるかもしれない。もしかしたら()はその為に自分を召喚したのではないか。メドゥーサの中にはそういう考えが浮かんでいた。

 

「いいえ。それは違います。メドゥーサ。貴女は恐れているのではなくて?もし貴女のマスターが文字通りの怪物になった時、何が起こるか。貴女ならどうなるか想像がついているのでしょう?あの男に願いを託した存在と、その内容を」

 

 しかしステンノもだからといって「はいそうですか」と言える訳では無い。これはお互いのマスターを守りたいが為の言葉。

 

「ええ。全てではありませんが」

「話しなさい」

「珍しいですね。上姉様がそれほどまで気になさるのは」

 

 メドゥーサも面倒くさがりな性格だが、ステンノはそれ以上に面倒くさがりだ。そのステンノがここまで食い気味に話し込んでいるということは、それほど彼女のマスターの為になにか出来ないかと考えているということ。

 

「ええ。私のマスターの為だもの。アレを怪物にさせたくないのは私も同じよメドゥーサ。そんなことさせたら命が幾つあっても足りないもの」

 

 そういうステンノの瞳には光が灯っていなかった。




今回の口直しタイム
今回の零は零らしさが結構出てたと個人的に思いますね。とりあえずこちらの内情がバレそうだから人払いの結界張りたがったり、解析の他にも隠し事を多くしていたり等々...相手に同情して理解を示し出来るだけ優しく言いながらも言ってること自体はかなり厳しい。後脂肪じゃなくて天然の栄養剤と濁して言う辺りもほんの少しの優しさがまだ残っているんだなぁって。
そして零がたまに言う思い込みだったり愛に狂ったやつは空白期間の半年間の謎への言及ですね。まぁ察しの良い方ならもう9割方理解しているでしょうけど

そして早くも零のことに探りを入れるステンノ...こいつらお互いに相性最悪だから...本当に命がいくつあっても終わらない怪物にさせるか、人として殺すか。ステンノにはもうその2つしかない。


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30話 種火の島

やっとサブタイトル通り種火の島の行くので実質初投稿です


 

 あの後自身のサーヴァントに声をかけて合流。陸くんが自分を雇って種火の島とステンノの身を守ることを条件に種火と工房の提供を約束してくれた。合流した時のステンノは見たことがないような血の気が引いた顔をしていたがあえて聞くことはしなかった。聞いていたら自分の首が飛ぶという幻覚がずっと見えていたからだ。

 次の日、陸くんに案内されボートで種火の島と言われる島に来た。

 

「ここは...沖島か」

「はい。今は種火が住み着いているので種火の島ですけど」

 

 辿り着いた島は崩壊以前は沖島と言われる島だった。琵琶湖の沖合1.5kmに浮かぶ島で琵琶湖の中にある島の中で最大の島。面積は1.51平方キロメートル。元々は約300人ほどが住む島で小学校や浄水場、神社まである。また、ネコが多く住み着いていたことでも有名だ。

 しかしそこに人の気配はなく、変わりにあるのは多くの魔力反応。強い。そう確信せざるおえない強さだ。金色や銀色に染まった大きな手が地面から生えている。その手からは謎の光弾が浮いている。サーヴァントに傷を与えられるだけあり、おそらくその光弾にはサーヴァントと同等レベルの神秘があるだろう。

 

「あれが種火」

 

 正式名称は星一から順番に黎明の手。黎明の腕、黎明の剛腕、黎明の神腕、黎明の炎腕。ドロップする種火は星一から順番に叡智の種火、叡智の灯火、叡智の大火、叡智の猛火、叡智の業火となっている。

 しかし覚えづらい上に何故か星一の種火という言葉が妙に馴染むので種火と呼ばれている。

 エネミー達腕シリーズは一応クラスの違いはあるものの、それは視覚的には不明だ。陸くん曰く、戦闘になるとだんだんわかるらしい。そしてランクごとにも強さと出る確率が明確で、黎明の炎腕ともなるとサーヴァントの一対一でも厳しくなるがあまり出てこないらしい。強いということはそれだけ大きな神秘を蓄えているということだろう。種火がサーヴァントの強化に使えるようにマスターの、人間の強化に使えるのなら、申し分ない。出来ればいくつか素材としての種火と素材になる前の腕をいくつか回収して養殖が出来ないか見てみたいものだ。

 

「ええ。とは言っても俺もなんでここにいるのか、どうやって生活してるかなんて分からないんですけどね」

 

 どうやら種火を管理していると思われる陸くんから見ても分からないことだらけらしい。確かに謎が多い存在だ。それはここでの研究もやりがいがあるということ。

 

「では、君の工房はここかい?守りやすく、攻めにくい。あの建物を崩されてもここなら...」

 

 種火達が彼らに友好的な立ち位置なのかは不明だが、少なくともこの時点で襲われてないだけ、強力な殺意はないようだ。

 

「ああ、いや。それは持ってないです」

「ん?ではあの家にあるのかい?君とてステンノのマスターだろう?魔術の研究はどうしてるのさ?」

「魔術の研究...ああ。ステンノ様の石化の研究ならしてるけど...それぐらいか。特定の工房は持ってないです」

 

 どうやら陸くんは工房を持たずに魔術の研究をしているらしい。それも石化の研究か。メドゥーサの逸話から考えると石化は恐ろしいと思わせることで石にしてしまうと考えるのが普通だが、メドゥーサは兎も角、ステンノが視覚的に恐ろしいと思わせるのは難しいだろう。となるとメドゥーサの逸話から変化したものが備わっていると考えるのが普通だろう。

 

「少々遅いが、敬語はしなくてもいい。こちらはしてないのに相手にされると痒くなるから」

 

 そういえば翔太郎君も霧彦も敬語で話しては来なかった。霧彦は同年代だろうし、翔太郎は最初の出会いが敵だったということもあり、敬語にはならなかったが、やはり陸くんとのこういうフランクな関係でいたい。

 

「ああ、わかった。じゃあそうしよう...それで、種火をどうする?」

「とりあえず何匹か倒したいところだね...っと」

 

 地形を操作して地面から1本の槍を作り出す。逆に地面には人1人なら落とせそうな落とし穴が生まれる。そしてその穴を一瞬にして埋める。

 

「下がって。一撃で仕留める」

「意外と強いけど大丈夫?」

「ああ...とりあえず俺たちの強さを見せつけるってことで」

 

 驚く陸くんを手で制して槍を何回か振って重さに違いがないことを確認する。

 

 思考開始

 構成物質解析。完了

 

 この槍はここの地面の形状を変化させて槍の形状にしているだけだ。つまり、この槍に神秘があるとなると、それはこの島が神秘を持っているということになる。

 気になるのはこの島に種火がいるということ。陸くんを疑うことは無いし、確かに自分も他の場所で種火を見た事がある訳では無い。確かに通常に発生するエネミーとは何かカテゴリが違う。そう考えられる。

 種火をドロップする腕はその特性上地面から飛び出てきたりはしないだろう。地面から腕が生えているのみ。つまり地面からの神秘で生まれてくるものではないか。というのが少ない情報ながらで導き出した自分の仮説だ。

 

 物質能力解析開始。 完了

 しかしその槍に不思議な魔力がある...などの反応はない。陸くんの持つ不思議な魔力との関係も無さそうだ。つまり本当に自然発生するもの...となるのだろうか。

 現在の情報が少なすぎるのが問題か。出来れば倒れる前の腕のエネミーとしての情報とドロップした後の種火の情報を解析してからの方がより正しい検査結果が出てくるだろう。

 世界が崩壊して半年と少し。崩壊した原因も原理も掴めていない現在から考えるとここの土地か何かが関係あるのかもしれない。

 

思考終了。

 

 

 手に持った槍を強化して、魔力放出で身体を浮かせる。そのまま種火のエネミー達の上空まで上がり、その槍を思いっきり投降した。槍は腕の一つを貫きそのまま爆散する。その勢いに他の腕が巻き込まれていく。

 そのまま陸の目の前に着地する。

 

「これで8体...うん。なるほど。メドゥーサ、その辺の腕を狩ってきてくれ。あと石化の魔眼の使用を許可するから種火を何体か石化して持ってきて」

「了解しました」

 

 そばにいたメドゥーサに種火の回収を命ずるとメドゥーサは霊体化して何処かに行ってしまった。

 残された陸くんと彼のサーヴァントであるステンノがポツンとその場に立っている。

 

「さて、この島の案内をしてもらってもいいかな?出来れば種火が大量発生するスポットか何かあるといいな」

 

 種火がもし大量発生する場所があるということは種火が出てくる理由とも結びつくかもしれない。そう思いながら先程槍を投げた場所にいき種火を拾っていく。

 

「ああ、いや俺も数えた訳じゃないから感覚になるけど」

「構わないよ。っとこれは星3のやつか...こんなにあっさり行くならもう少し戦闘データを取るべきだったか?」

 

 種火と言えば種火周回だが、その時に相手をするのは大体星四の種火(正式名称は黎明の神腕、ドロップするのは叡智の猛火)なので星3の黎明の剛腕はそれより弱い。その程度の相手なら戦闘データをとり、陸くんの言っていたクラスによる違いというのも見てみたかった。

 

「いいか。別に」

 

 叡智の大火の大きさは手のひらより小さい。腕自体が人間とほぼ同じサイズだと言うのにドロップする...というより使えるのがこれだけか。イメージではサッカーボール程であったが予想以上に少ない。確かに某ペンギン...ではなくそれに近いモノを眷属としている元々はコラボイベントでの登場なのに一部では劇場版ヒロインだのなんだの言われている謎のアルターエゴの水着のレベルアップ時のセリフから考えてもおそらく食べている。彼女がそんな大きいものをペロリと食べさせられているとは思えないのでこれぐらいの大きさの方が自然...なのだろう。

 

 思考開始

 種火はあくまでサーヴァントの持つ霊基を増幅させるアイテムということで間違いは無さそうだ。霊基再臨はそれを大幅に拡大させるもの...となるのだろうか。

 よく使われていて、馴染みが深いくせに謎のアイテムなだけあり、意味がわからないけど強くなるからいいよね!みたいな感じだろう。

 

 解析開始。

 種火にはサーヴァントと同等レベルの神秘がある。これは間違いない。しかし地面を解析した時に出てこなかった謎の反応がこの種火にはある。より深い理解が必要と思われる。

 しかしこの神秘は陸くんの持っている物とも違う。となると陸くんの魔力供給手段はこの種火ではないということか。いや、まだクラスの違い、ランクの違いにより別れている可能性がある。ゲーム内でも同じクラスだと貰える経験値が増えている。

 

 思考終了

 

 とりあえずメドゥーサに与えても悪影響は無さそうだ。出来れば自分も補給してみたいが霊基を持つ訳でもない自分が取っても効果はないだろう。それより気になるのが陸くんの魔力だ。ここは直接問う方がいいだろうか。いや、メドゥーサがいないこの状況で陸くんの情報を無理に取ろうとすれば隣のステンノの怒りを買うことになりかねない。ステンノとは相性が悪いのでここでの戦闘は出来るだけ避けたい。

 

 仕方がない。とりあえずここで何日か滞在することは決まっているのだからその間に時間を作ればいいだけの事だ。

 

「じゃあ、行こうか。君達なら俺より種火との戦闘経験豊富だろうからね」

 

◇◇◇

 

「燃えろ!」

 

 指を鳴らして種火の作った弾幕に対して炎を作って対抗する。先程から出てくるのは星1から星3の種火ばかりだがその攻撃は自分の魔術で充分相殺できることが分かった。そして、陸くんの言っていたクラスによる違いというのはこうして囲まれてみるとわかりにくいものの、サーヴァントのクラスによる違いに近いものがある。アーチャーは遠くから狙ってきたり、ランサーは動くのが早かったり、アサシンは気配遮断を使ってきたり等だ。しかしその違いもそこまで大きくはない。先程サーヴァントによる違いに近いとは言ったものの、その差も一瞬でわかると言うほど強くはない。

 

圧力(Druck)反発(Abstoßung)!」

 

 弾幕を魔術で防いで隙を見せたら打撃。これだけで相当数の種火は処理できた。数もそれなりには回収できた。

 

「っとこんなもんか。どうだ?それなりには戦い慣れてるつもりだけど」

「あーうん。結構種火と戦いに来る人もいるけど金の種火に囲まれてもマスター1人で倒すのは初めて見た」

「動きが単調だからね。弾速が早かろうと的でしかないよ。とりあえずメドゥーサと合流して1度戻ろう。種火のデータも取れたし。作戦会議もしたいしね」

 

 作った武器を地面に戻しながら、種火との戦闘の感想を述べる。

 fgoであるエネミーのゲージが溜まると出てくる強力な攻撃、種火の場合は業火だがそれの威力はそれなりに高かった。1度石版を出して対応してみたが軽く砕かれたし弾速もかなり早い。しかし攻撃がワンパターンだからか、先読みしてしまえばかなりわかりやすい敵だったと言える。

 そう言った後陸くんの方を向くと陸くんの後ろ、約20mほど後ろに何かが見えた。それはこちらには見向きもせず自分から見て右手の方に走っていった。

 

「分かった。じゃあ1度戻ろうか...どうかした?」

 

 陸くんだけでなく、女神であるステンノすら気が付かなかったそれの走っていった方を見る。見た感じ何か特別なものがあるという訳では無さそうだ。

 

「...なぁ陸くん。ここに俺たち以外に誰かいるのか?」

「いや、ここに元々住んでいた人達はいつの間にかいなくなっていたし今日は俺たちしかいないはずだけど」

 

 どうかした?という風の彼の顔から見ておそらく彼が言っていることは本当だ。つまり侵入者か陸くんとステンノが気付いていないだけのこの島の住人か。いや、もし元々住んでいた住人だとしたら意図的に彼らから隠れているということになる。しかし隠れているとするならこの場でわざわざ姿を見せた理由が分からない。隠れていたのを気配で感じた、程度ならまだわかる。しかしアレは確実にわざと自分の視界に入ってきた。自分を誘導する為の行動にしか見えない。しかし自分がここにいるのを知っている人間は翔太郎、そしてあのシェルターの人達ぐらいだろう。彼らにここに出てわざわざ呼び出す理由はない。

 

「...先に戻っていてくれ」

 

 彼からの返答も聞かずに走り出す。強化を併用すれば追いつくのも難しくない。しかしその相手も自分が追っていると気付いたのか速度をあげる。建物の壁を走って上り、建物から建物に飛び移る。相手はかなりの身体能力があると思われる。見た感じ20代から40代の男性。顔はこちらに見せてないため、ガタイのいい女性という可能性も捨てきれないが。白いローブを纏い、ローブからは真っ黒な腕が見え隠れしている。腰には1件おもちゃに見える謎のベルトを付けていて、腕と同じく脚も黒い。体格的には人のものであるがこれだけ動いてまだ余裕そうなのは人間離れした身体能力かもしくは別の力がかかっているのか。

 

(メドゥーサ。陸くんたちと合流してボートで待ってて。嫌な予感がする)

(レイ?ええ構いませんがどうかしましたか?)

 

 念の為メドゥーサを陸くん達の方に付けて護衛をしてもらう。アレの狙いがもし自分を彼らから引き離すことだったとしてもメドゥーサがいるなら護衛に問題は無いだろう。

 そのまま追いかけっこを続ける事5分が経った。いつの間にか相手も本気を出したらしく、こちらも魔術を使っているというのに、距離が縮まらない。

 

「魔力放出...っ!」

 

 仕方なく魔力放出を使い相手の前に出る。普通に走っていた相手が急にジェット機を使いだしたようなものだ。その差は歴然で白いローブを纏ったソレも動きを止める。

 どうやらこれで話せるようになったようだ。ソレの顔は未だにローブで隠されているが男のようだ。そして白いローブはおそらく何らかの魔術礼装。先程から彼の気配が読みづらい。そして彼の死が全く見えない。種火でさえ死が見えたというのにこの男からは何も見えない。

 

「聞きたいことがある。貴方はここの住人か」

 

 しかしだからといって引く訳にはいかない。陸くんが管理していて存在を知らないとなると敵である可能性がいちばん高い。

 しかしどうやって来た。船が自分達の来たものしかないことは確認したし、自分達が乗ってきた船にもこんな男が隠れられる場所はない。

 するとその男は何も喋らずにゆっくりとこちらに歩いてきた。異様な気配だ。しかし何処かで見たような気もする。

 足元からすぐに武器を取り出す準備をして構える。しかしソレは動きを緩めることすらせず、こちらに向かってくる。

 

「止まれ」

 

 ナイフを抜いて警告する。これで敵でなく、住人だったら大問題だが、ソレは動きを止めない。ナイフを危険視していない。しかも視線が読めない為、ナイフに意識を集中させて攻撃というのも難しい。何も分からない。ソレからは何も感じられない。それが恐ろしい。

 

「止まれ!」

 

 自分と相手の距離は2mほどになった。しかし相手は動きを止めない。攻撃する気配がないが、そもそも友好的な感じでもない。存在そのものが謎なのだ。何もわからない分、陸くんの魔力よりタチが悪い。

 もうナイフを振るってしまおうか。そう思った時にソレは急に動きを早くした。いや違う。これでは瞬間移動、テレポーテーションの域だ。動いた場所は自分の隣。そしてソレは自分の顔にゆっくりと顔を近づけ言った。

 

「貴様ではない」

「...っ!」

 

 即座にソレを押して跳ね除け、地形を操作してソレを岩壁で囲む。

 ソレは何も抵抗しない。押した感覚は軽い。まるで風船を殴っているようだ。ソレは先程の走りから想像できないようなゆらゆらとおぼつかない足取りで岩壁に囲まれる。

 

「蒸し焼きだ!」

 

 即座に指を鳴らして火を作り出して岩壁の中に入れてその中に大量の酸素と水素を入れ込む。想像した通り、大爆発を起こすが岩壁でそれを防ぎ、自分と岩壁の間の酸素をシャットアウトする。こうすることで火の回りを防ぐ。

 そして火が収まった後に見てみるとそこには誰もいなかった。まるで蒸発してしまった水のように跡形もなく消えていた。先程の火でカスすら無くなるほど燃やしたという訳では無い。かわして逃げたか、それとも先程と同じようにテレポーテーションをしたか。

 

「...怯えてる?俺が...くっ!」

 

 敵性反応が無くなったが自分の中での緊張感が消えることは無かった。いや逆により強くなっていった。

 今まで自分が戦ってきたのは伊達を除けば死が見えていた。その方法で殺したかどうかは別としてそれはつまり自分が殺せる相手ということ。そして気配などからサーヴァントなら真名の特定、人間なら次の動きが読めていた。その情報は自分の戦いに活かされてきた。それが全く感じられない相手がいる。何も分からない。それはとても恐ろしいことだ。次の瞬間何するのか分からないのは自分の周りが王水で満たされているのよりタチが悪い。手を出したら死ぬ。手を出さなければ死ぬ。そんなこともわからずに動くのは自分の首を時分で絞めているのと何も変わらない。その為の力が通用しない相手がいる。

 そして相手は強い。どうすればアレを殺せる。殺し方が分からないのは恐ろしい。

 

「め、メドゥーサ!」

 

 ふと気付く。それはメドゥーサだって同じだ。そして相手はおそらく転移の使い手。もし彼がメドゥーサの近くに転移していたら。メドゥーサが殺されるかもしれない。

 

「間に合え...間に合えー!」

 

 魔力放出をして勢いよく走り出した。建物を壊すほどの勢いで走り、邪魔する種火を殴り飛ばす。頭の中でメドゥーサが殺される映像が浮かんでくる。止めろ。止めろ。そう言い続けてもソレは止まるどころか加速していく。

 彼女の気配が何よりの頼りだ。これを失ったら全てが終わってしまう。

 

「メドゥーサ...メドゥーサ!」

「はい。ここにいますが」

 

 陸くん達に合流して先にメドゥーサを探す。船を元々止めていた所に彼らはいた。メドゥーサもポカンとした顔で石化した種火を何体か地面に置いてバックがパンパンになるほどの種火を蓄えている。無事だ。何も無かったようだ。

 

「大丈夫か!?ケガは!?変なやつがいたりしなかったか?」

「レ、レイ!?」

「ど、どうしたんだ?お、落ち着いて!」

 

 すぐにメドゥーサに駆け寄って全身をくまなく確認する。呪いの類もないし、傷もひとつもみられない。どうやらソレはここまでは来なかったようだ。

 メドゥーサも顔を赤くして、陸くんもかなり困惑しているしステンノもかなり驚いているのでメドゥーサから1度離れる。

 

「はぁ...はぁ...良かった...ならいいんだ。戻ろう」

「どうかしましたか?顔色があまり優れないようですが」

 

 メドゥーサが自分の肩を掴んで聞いてくるが何も言えない。変なやつに出会った。自分より身体能力が高い、謎の男に出会ったと言えば済む話なのに詳しい事を聞かれたらどうしようと考えると何も言えない。

 

「どうせ変なものでも食べたんでしょう」

「...なんでもない。なんでもないんだ」

 

 それを見て一つため息を着いたステンノの言葉に我に戻って首を横にも縦にも振らずに足を進める。

 メドゥーサが石化した種火を持って船に乗り込む。困惑しているメドゥーサや陸くんも?を浮かべながらも乗り込む。聞かないでくれ。自分の頭の中でそう唱えずにはいられなかった。何せその相手の死が自分には見えなかったのだ。そしてあの掴んだ時の妙な感触。何故かずっと近くにいたような。いや違う、懐かしいような。ずっと一緒にいて、いることが当たり前のような。

 陸くんがよく分からないとわかりやすく顔に出しながらも船を進める。船が動き出してから自分は口を開いた。

 

「陸くん」

「何?」

「この辺りで怪しい建物とかないか?もしくは最近出てきた都市伝説」

「それがどうかしたのか?」

「防衛は無理だ。強襲に切り替える」

 

 謎の男が何を狙っていたかは不明だがもし襲う場所の確認だとするならもうターゲットにしていることも決まっている。そして相手の狙いが明らかになっているのに相手の情報が少なすぎる。そしてここの防衛はとても褒められたものでは無い。となるなら敵の拠点を落としてその計画自体を頓挫させるしかない。

 しかし陸くんは状況が呑み込めてないようで頭を捻っている。自分が謎の男の事を言ってないからだが、もうそのことを口することすら恐ろしい気がして何も言えない。聞いてこないのが唯一の救いだ。

 

「レイ...」

「分かってる。出来るだけ多くのマスターを巻き込もう。陸くん。君が今連絡できるマスターを全て呼んでくれ。速攻で終わらせる」

 

 意識を強く持つ。自分が雇われた側だからというのもあるが、ここで負けるようじゃ何も出来ない。陸くんもそんな自分を見て理解したのか、何も言わなかったがこくりと頷いた。

 同時に自分の中で何かが崩れる音がした。




今回の口直しタイム
種火とはいえ打撃で倒すという完全に舐めプしてる零。普通に錬金術で作った槍ぶん投げたり火を放ってるだけの方が100倍は強いんだけどなぁ...
あっちなみに錬金術で槍を作るシーンはハガレンパロだと思ってください。ほら、あのエドが試験の時にやったような感じで。物質の位置を変えるならまだ他にも方法はありますが錬金術でも出来るよと。

そして出てくる謎の男...この作品謎要素多すぎない?
まぁ作中で半分くらい答え出てるようなものなんですけどね。零だけに見えたのも伏線です。多分。

そして蒸し焼きだ!もハガレンパロです。うん。今度は大佐がラスボスにやったやつです...今までは仮面ライダー要素多かったので他の作品もやってみようと思ったらハガレンになっちゃったよ...次何にしよう...月姫とかやってみようかな。すごい面白かったし

零のメドゥーサへの心配さがまた...零と言うキャラクター性の歪さだと自分は思います。はい。



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31話 作戦会議

気付けば2ヶ月以上更新していなかった本作...
い、いや違う...サボってい訳じゃなくて...ボックスガチャとかぐだぐだとか...サボっていました。
うっわ...


 その後石化ドラゴンの家に戻り、荷物を下ろした自分たちは再びシェルターの方に戻った。理由は自分が最後に言った謎の建物、もしくは最近出来た都市伝説に近いものをシェルターのリーダー、郡堂さんが知っているかもしれないと陸くんが言っていたからだ。

 もちろんアポ無しなのでまたあのシェルターの人達に嫌に思われる可能性があるが、種火の島が落とされたらここだってどうなるか分からない。また脅しをかける形になってしまうがそれで情報を引き出すしかないだろう。

 そう思いながら川で水を被ってそれでついた水分を火を使って乾かす。この前は川を飛び越えてしまったがシェルターに入る人は毎回こんなことをやるらしい。匂いを取るのが目的だろうが、なんというかやり方が無駄が多いような気がする。

 

「おや、貴方は」

「お久しぶり...というのも違いますか。ケイローン」

 

 そう思いながらもシェルターの方に足を進める。見えてきたシェルターの目の前に立っていたのは一体のケンタウロス。防衛戦にて頼りにさせてもらったケイローンだ。あの戦いが昨日あったというのにシェルターの様子は緊張感が薄い。あんな戦いが日常茶飯事なのかと考えたがそれにしては中の人たちが戦い慣れして無さすぎる。元々の性格がそういう人たちがたまたま多く集まっていると見るべきだろう。

 

「先日はありがとうございます。私だけではマスター達を守ることは不可能だったでしょう」

「こちらこそ先日は失礼しました。無礼を承知でやってきたのには理由があります」

 

 まずはこちらの要件を明らかにしてからだ。しかしそれはそれとして昨日の話が有耶無耶になってしまったまま離れてしまったのは大人としての礼儀に反するだろう。殺戮者が今更礼儀を語るのも妙なものだが、敵でなく味方として共に戦ってくれる可能性もある以上、礼儀と筋は通すべきだ。

 

「ええ。実はあの後貴方の言っていた件が気になって考えていたのです。立ち話もなんなのでどうぞ中に」

 

 自分が言っていた件...っというと葛城財団が狙っているという噂か。葛城財団が狙っていると言うのもあくまで噂から考えた予想でしかない。しかしどちらにしろ何らかの存在が種火の島を狙っているのは間違いでは無さそうだ。名前も分からない謎の男も、伊達も明らかに自分一人の手に負える代物では無い。もしそうだとしても情報はあるに越したことは無い。準備不足ということはあっても準備をしすぎたことが敗因にはならない。

 そう思いながらもケイローンが示す方向に足を進めようとするが半歩歩いた時に動きが止まる。

 

「レイ?」

 

 メドゥーサが首を傾げながらこちらを見る。彼女はおそらく自分の足が止まった原因がわかる。自分がこのシェルターの人達に何をしたか。ケイローンやこのシェルターのリーダーからあまり悪い感情は感じられないがほかの人達は違う。

 

「いいのですか?俺が入っても」

「構いませんよ。どうぞ」

 

 しかし中に入らなければ話にもならない。観念してケイローンについて行き、その後ろを陸くん、ステンノ、メドゥーサの順番で進む。中に進んでいく事に陸くんとステンノがあいさつしているがその視線が自分に向く度敵意ではないが強い警戒心を感じる。

 気にするな。彼らがどうしたところで自分は殺せない。殺されないなら、敵でないなら気にする心配はない。彼らは赤の他人だ。

 そのまま周りの目を気にせずにとある部屋の前に並ぶ。それにしてもこのシェルターは元々は魔獣の住処である大きな穴をアリの巣のように拡張した物と聞いているが扉をちゃんとつけてあったり簡単なものではあるがトラップも配置されているなどシェルターの名に恥じない造りをしている。

 そう思っているとケイローンが扉を優しく叩く。

 

「マスター、よろしいでしょうか」

「ああ、ケイローンか。いいぞ」

 

 扉の奥から声が聞こえたのでケイローンか扉を開けるとそこに居たのは2人の男。ケイローンのマスターこと松葉さんとこのシェルターの主である郡堂さん。この前と同じように車椅子に座っている。ケイローンが自分の聞き出したいことをわかっていたとは思えないが、ここにこの辺の地理に詳しい人がいるのは良かった。特に郡堂さんは陸くんが知っているかもしれないと言った人だ。可能性は高い。

 2人も陸くんを見た時は柔らかい表情だったが、扉に隠れた自分が顔を出した瞬間に表情が厳しくなる。周りの人ほどではないとはいえ、警戒されているようだ。

 そのままケイローンに導かれて会議をするような丸くて大きな机の前に座る。

 

「君は昨日の」

「こんな時間に何も伝えずに来たことをお許し願いたい。早急に確認したいことがあります」

 

 椅子に座り直し腕を組んで前傾姿勢になる。これで少しは威圧になるだろうか。今回の目的はあくまでこの辺の調査、そして上手く行けば戦力の提供。

 

「...と言うと?」

「本日朝早くに種火の島の調査を行ったのですがそこにおそらく敵の尖兵と思われる者がいました。おそらく敵地偵察かと」

「...なるほど。それでその者は?」

 

 最初に反応したのは郡堂さんだった。このシェルターのリーダーということもあり、自分の言いたいことをこの一言で理解した可能性がある。

 

「逃げられましたが、これで相手が本気ということはわかりました。ここの防衛力では種火の島を守り通すことは不可能でしょう。そしてもし種火の島が落とされた時、ここが狙われないという可能性は否定すべきかと」

 

 敢えて逃げ道を塞ぐように言う。郡堂さんはなんの反応もなかったが松葉さんの眉がピクリと動いた。当然だ。ここにいる戦闘員もケイローンを除けばマトモな戦力とは言い難い。これで襲われれば間違いなく潰されるだろう。

 

「確かにあのシャドウサーヴァント達もここを狙っていたから、こっちも狙いかもしれないね」

「だとしてもここを落としてどうするつもりなのでしょうか?」

「それは分かりませんけど。零さんが言って居ることは本当です」

 

 疑問が湧いて出た頃に陸くんがすかさずフォローを入れる。自分という異端な存在が情報を出す以上陸くんはクッションと信用出来る情報を与える存在として十分すぎる価値がある。それに加え、なんの打ち合わせも行っていないのに、すかさずフォローが入れられるということは元々サラリーマンだったのだろうか。そうとはとても見えないが。

 

 

 

 

 その後、陸くんが頑張ってくれたのか意外とトントン拍子で話が進んでいく。どうやら郡堂さんは昔マスターだったらしくマスターだった頃のサーヴァント、百貌のハサンが集めた情報を見るととある場所にあるホテルに謎のマークがあるようだ。

 

「なるほど...これが相手の拠点と?」

「まだ決まった訳ではありませんが...ここで何かが起こってるのは間違いではないかと」

 

 郡堂さんの言葉に頷く。しかしこうも簡単に拠点が見つかるのは逆におかしいと思ってしまうのは間違いだろうか。敵が誰なのかは未だ不明だが、そんなに素人揃いの連中が敵地の視察をして来るなんてことあるのだろうか。しかしこの意見を見過ごせないのは事実だ。これを行ったのは百貌のハサンな点も踏まえれば不可能だとはとても言えない。この世界ではなぜかは不明だがラブホテルがエネミーに狙われていない。何故は不明だ。おそらくこの世界を崩壊させた元凶が余程の馬鹿者か頭の中がお花畑な強欲か。それは置いておくとして、そこに逃げ込む住人も少なくない。

 自分は絶対に行きたくないが。正直いい思い出は無い。

 

 

「戦力が整い次第、我々はその拠点を攻め落とします。それしかここを守る方法はない。貴重な情報、ありがとうございました」

「いえ。大したことじゃありませんよ」

「ちょっと待った!先程まで話をしていたが、まだ結論を聞くには早いと思うが…聞かせてくれ。零君…僕達は勝てそうなのか?」

「マスター、気持ちは分かりますが…」

「ケイローン、わかっているよ。零君、君も見たと思うがこちらで揃えられる戦力は少ない。君みたいに戦えるわけでも無いし、サーヴァントにももちろん負ける。だからせめて戦いに出る者達には正確な情報を伝えておきたい…今この場で敵の脅威を1番近くで見たのは君だ。まだまだわからないことだらけだが、現時点で構わない。答えてくれないか?」

 

 今まで温厚に会話してきたが突然松葉さんが突然声を上げて質問してきた。すぐにケイローンが落ち着くようフォローに入るが、すぐに制される。

 目は本気だ。一切のブレもなくこちらを見ている。これならば嘘は言うだけメリットが無い。正直に答えるべきだろう。

 

「...正直、かなり厳しい戦いになると思います。ここの人達は使い物にならない」

「それは陸君のレベルでもかい?」

「陸くんの実力がまだ把握できていませんので詳細までは分かりませんが、それでも敵の数が上。質もおそらく上でしょう。この時点で敗色濃厚なのは確かと言えるでしょう。ならば、勝つためには事前の情報の収集と、そのリードをカバーするような作戦が必要となる。これは生半可では無いでしょう…楽な戦いにはなりません」

「そう…か。君がそういうと言うことはそういうことなんだな。僕は信じよう、その言葉を。こちらが出来るのは情報収集くらいだが、全力を尽くすと約束しよう。もちろん君達もなにかわかれば知らせてくれ」

「もちろんです、ここで無駄な犠牲を出す訳には行きませんので」

「会議は終わりかな?それじゃあ陸君と零君は帰ると良い。各々準備もあるだろうからね。次は…数日後のこの日にまた同じように来てくれるかな?」

「「はい」」

 

返事をして退出する。半年前は会議(こんなこと)をしていたような気がするが、正直記憶がおぼろげになっている。逆にぶっつけ本番でよくやれたものだ。

ただ、これからの方針が決まったのは大きい。シェルターの支援も正式に受けれるようになった事も大きい収穫だろう。

 

 

 その後シェルターから離れて再び石化ドラゴンの家へと向かう。シェルターからの情報はとても有益な情報だ。まだ確定ではないとはいえそこには『何かある』。詳しくは分からないため使い魔か何かを飛ばして見てみるのが1番だが、偵察も行き過ぎると見つかって捕まるのがオチだ。そして捕まれば何かが狙っているとバレて防衛力を高められる。となると今出来るのは監視ではなく周囲の把握。そして聞き込みの強化。それだけでどれだけの情報が引き出せるか分からないが今回のように聞き込みはとても重要な情報だ。

 そして問題はそこにある『何か』が今回の敵の場合だ。翔太郎君が200人程度のマスターとサーヴァントに協力を願うと言っていたが、この辺りはマスターもあまりいない、その上敵の戦力を知れば何人残ってくるか。多く見積ってその半分だろう。普通に考えれば50用意出来るだけでも相当な戦力だ。普通の拠点なら過剰戦力にも程がある。そもそもそれだけ集まっても伊達、そして謎の男がいて敵の正体から何まで謎が多すぎる。

 

「...零?」

「ああ。陸くんか。どうした?」

「200人もマスターが必要なんて本当なんですか?」

 

 考え事をしていたところに陸くんが何か紙袋を持ちながら歩いてきた。

 200人のマスターとサーヴァントとなれば第一部のボスであるゲーティア以上の戦力だ。そもそもそんなにいるのかという問題にもなるが行き過ぎた量を用意したくなる気持ちも分かる。

 

「...少なくとも熟練の20人のマスターとサーヴァントを雑魚扱い出来る敵だ。確かに行き過ぎだとは思うけど...倒そうと思うなら100は必要だ」

 

 そう思うと自分が首を切れたのは奇跡だと思わずにはいられない。翔太郎君の言っていた仲間のサーヴァントは皆神霊やそれと同レベルの強力なサーヴァントだった。相性的にもいいとは思えないので本人が舐めていたのと運が良かったのだろう。

 

「な...なんだそれ...」

「うん。言いたいことは分かる。聖杯を持ってるのではと言われていたけどそう考えても正直チートにも程がある。何らかのカラクリがあるのは間違いない。けどそれを剥がす方法が明らかでない以上馬鹿みたいに殴って殺すしかない」

「じ、じゃあ何か明確な弱点とかも無い…?」

「そんなものがあったらとっくの内に殺せてる」

 

 実際そうだろう。

 こんな考えが頭に出てきてそれを実践しようという時点で馬鹿にも程があるが、それしか浮かんでこない程こちらには手札がないのだ。自分の幻覚でも死が見えない。死が見えない相手が現在伊達しかいない以上他のものとは何か違うことは明らかだ。他の不死の存在を謎の男しか見たことがないということもあるがこの幻覚も分からないことが多すぎて問題だ。

 

「いいか?伊達に限らず奴らはどんな策を使ってきても不思議ではない。その場合、君は殺せ。殺されるんじゃなく、守るんでもなく、殺せ。殺しを躊躇うな。躊躇った時が...君の最期だ」

 

 陸くんがごくりと唾を飲み込む。当然だろう。彼はよく分からないことも多いが倫理的には普通の人間だ。それに対して殺人を求めるなどマトモでは無い。しかしそんなことわかっている。殺さず戦うと、意味の無い正義感に押されて戦う本来の意味を忘れた者の末路は破滅か逃亡しかない。勝利など有り得ない。だからこそ、彼が普通の人間の心を持っているからこそ、大事なものを持っているからこそ。人を躊躇いなく殺すことが大切なのだ。

 

「えぇ...」

「まぁ不死だとするならそれも無意味だけどね。あくまでこれは俺の考えでしかないけど」

「そんなやつが出てきて勝てるんですかね」

「分からないさ。だから君達は最悪この拠点を捨ててでも生き残ることを優先してくれ」

「...」

「まぁ俺と同じなら止めはしない。けど君の場合戦う以外の道なんて多くあるむしろ、戦う方がおかしいと思えるほどに」

「それはどう言う...」

「なんでもない」

 

 本来は彼らが戦う事がおかしいということはわかっている。自分はまだ父親の影響か分からないが戦闘能力を持ち、それから逃げることを許されないように運命付けられている。それにもう殺し合い以外では明日の飯も稼げない程の敗北者に成り下がってしまった。けど彼らは違う。確かにサーヴァントは強力な力だ。だからこそ戦いから逃げることは許されないかもしれないが、それは彼らが選んだ訳では無い。それ以外の道を詮索してそして歩んでいる。そんな人たちをわざわざつまんで戦えるから戦えというのは違うだろう。それでは太平洋戦争中の日本と同じだ。ここでは戦争なんかしてないし、諸外国がどうかは全く分からないがまだこの辺りは平和だ。サーヴァントさえいれば大抵のエネミーも危険ではない。なのに赤紙を渡すように戦えというのは無理な話だろう。

 

「とりあえず。ここで戦力を整える。時間は少ないながらもある。調べたいことも色々ある」

「レイ」

 

 陸くんと2人で話をしているとそこに何処から跳んできたのかメドゥーサが着地する。どうやら石化ドラゴンの家の内部を見ていたようだ。忍び込まれた事もあるようだし、流石にステンノがいる為可能性は低いがトラップの一つや二つかけられている可能性は捨てきれない。種火の島に行くのに準備をするような奴らだ。その時にかけられて無くても2人が留守の時にやる可能性は十分にある。陸くんの存在も勿論知っているだろうし、そうなればここに何もしないというのは逆に妙だ。

 しかしメドゥーサの様子を見る限り何も無さそうだ。ならばさっさと工房を作って実験を始めてしまおう。こちらも使い魔を放ち、結界を張り、侵入用のトラップを仕掛けておく必要がある。工房とは魔術師からすれば要塞のようなものなので作るのもあまり楽じゃないのだ。

 

「ああ。それでは契約の通りここで工房を作らせて貰うよ。そこで1週間は引きこもらせてもらう。話はメドゥーサを介して筆談で」 

「わかりました。あっこれ!」

 

 立ち上がりメドゥーサに索敵の使い魔を作らせようとしたところに陸くんが持っていた紙袋を差し出す。危険な反応は感じないのでそれを受け取り、袋の中身を見るとそこにあったのは黒い布、いや服だった。そう、魔術的な仕掛けがある訳でもないごく普通の服だ。出してみるとサイズが見事に自分にピッタリだ。いつ採寸したのだろうか。

 

「ん?これは...」

「ステンノ様からだってさ。身だしなみが全く出来てない者とマスターを合わせる訳には行きませんって」

「...確かにこの服もかなり動きにくかったが...」

 

 病院などで支給されるだけあり、動くことを前提としていないので運動着などに比べれば確かに動かしにくいがそれを気遣って服を渡すようなサーヴァントでないことは理解している。となると陸くんの言葉の通りだろう。全く、今の状況を理解出来ているのだろうか。

 

「ありがとう。貰っておくよ...ああ忘れてた」

「ん?何かあった?」

 

 陸くんから紙袋を受け取り石化ドラゴンの家の中に入る。その時に何か頭の中に引っかかったのを感じて後ろにいる陸くんとメドゥーサの方を向く。

 

「...メドゥーサ含め、()の工房には入らないようにしてくれ」

 

 そして、当然のことを当然の事のように言った。




今回の口直しタイム
全体的に「知ってる」零がどうにかしようとしている話でした。ちゃんと相手を威圧しているの崩壊世界に慣れてきましたねこいつも。
それはそれとして大切なことは隠しておくのはらしいというか魔術師だなぁって。


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32話 強化フェイズ その1

2ヶ月...また2ヶ月おまたせしました。
いやもう覚えている人いるのかな?ってぐらいですけど...
これまでのあらすじ...人類の大半が死滅した崩壊から半年。ひょんなことからサーヴァントを召喚した天王寺零は傭兵(モドキの魔術師)として生きることを決める。その時に運悪く関わってしまった事件。今回の事件の裏にはヤベェ奴がいることがわかった零はその裏のことを考えて対策を練ることにする...

今回はfgoの2部5章をやっていない人は若干のネタバレ注意。いやそれなりに気をつけて名前は出さないようにしてますけどね


 結界三層、番犬替わりの百体を超える悪霊に、同じく百を超える数のトラップ。半径100m圏内には野鳥に偽装した使い魔を飛ばして索敵。押し入れに至っては異界化させてある。前からこの部屋に仕掛けられていたトラップや盗聴器には下手に干渉しないようにバレないギリギリの範囲で反応させないようにした。

 完璧とは言えないが適当に引きこもるだけなら十分な工房だ。世界が崩壊してから早半年。崩壊する前は勿論魔術になんて縁がなかったし、半年間は山に籠っていたのでマトモに工房を作るのは始めてとなる。始めてなのにマトモなものが作れたのは崩壊してからすぐにダ・ウィンチちゃんの工房を見たのが大きいだろう。あの工房はダ・ウィンチちゃんは軽く言っていたし、自分が起きた後にはすぐに放棄したが今考えてみればすぐに捨てるのが勿体ない程基本に忠実な工房だったと言える。

 

「とりあえず始めるか...」

 

 工房にしかけたトラップの作動確認を終えた後に持ってきた荷物を下ろす。近くの住宅から割れた窓ガラス、死体の骨に魔獣の皮や血液、陸くんに貰った大量のノートに種火。自分の精液に数種類のハーブ。ライターと灯油。その他数え消えれない程の素材だ。

 勿論これをこのまま使うことはしない。割れた窓ガラスからフラスコや試験管等の実験道具を錬金術で作成する。こういう時に学んできた魔術というのは生かされる。

 

「とりあえず一週間、引きこもってみるか」

 

 アトラス院の魔術師はその一生を研究に捧げれるらしい。彼らに限らず、魔術師はマトモに日の目の浴びず、普通の生活すら使い魔にさせて自分は引きこもって根源へ向かう為の研究なんてことはよくある。親から受け継ぐときに「お前がこれから学ぶことは全て無駄な事だ」と言われるのにここまで熱心なのはそれほど根源という存在が強力で喉から手が出るほど欲しいものということ。

 彼らに比べれば自分なんて魔術師を名乗っているだけの偽物だ。半年間必死に努力はしてきたがそれでもマトモな魔術師とは言えないだろう。そもそも魔術師という者が真っ当ではないが、それは置いておくとしよう。今回自分が求めるのは戦闘力の増強だ。戦闘用の魔術礼装がいくつか欲しい。種火も使えるのならばドンドン使っていきたい。ほかの魔術師と同じく根源を求めて研究もしてみたいそしてそれは自分だけではない。引きこもる前に取っておいた血液サンプルを取り出す。出来れば自分の精液と排泄物からホムンクルスでも作ってみたかったが、パラケルススの方法だと40日間かけて腐敗させたあと血液を毎日与えると共に、馬の胎内と同じ温度にして40週間とかなりのコストの時間がかかってしまう。それでは葛城財団との戦いに間に合わない。仕方がないがホムンクルスは諦めて彼用の武装を作ることにしよう。

 そう思いながら置いてあった種火を一つ摘んで解析を開始した。

 

 

 思考開始

 サーヴァントの霊基というものは未だに謎が多い。わかっているのは英霊という強大な存在を人間に使役できる器ということ。カルデアは多くの英霊を召喚することから普通より弱体化した霊基、ゲーム的にはレベル1の状態で召喚される。霊基再臨はその霊基を拡大するもの。そこまではわかる。聖杯で最大レベルをあげられるのも、特異点で聖杯を持ったサーヴァントたちが強かったように、聖杯の力で霊基のレベルを上げているということだろう。ではレベルを上げる種火はなんだろうか。

 ここからはあくまで推論でしかないが霊基再臨はあくまでその容量を増やしているだけでは無いだろうか。そして霊基そのものに作用するのがこの種火。種火のランクも霊基にどれだけ干渉するかという意味なのだろう。

 その場合気になるのが人体への服用だ。種火がもし、霊基を増幅させることが出来るものだとしよう。人体には勿論霊基なんてものは無い。種火の中にある魔力も普通のマナ、そして自分の体内にあるオドともまた違うものを感じたが、陸くんのオドとも違う。もし種火の魔力に特殊な概念が付与されており、それが霊基に干渉するならば人体でも通常の魔力として使える可能性がある。相手の魔力を奪うというのは意外と燃費が悪い。メドゥーサの他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)では当たり前のようにやれている上にメディアも一般人の生命力を魔力に変換しているが、自分の腕前では余計に魔力を消費をしてしまいそうだ。一番簡単なのはサーヴァント達と同じく食べてしまうことだが、効果の測定が難しくなってしまう。最悪の場合人間の体に適用せずに死亡、なんてことにもなりかねない。モルモットやホムンクルスでの実験を行いたいところだがそれを待つ時間もないし、モルモットも1匹もいない。ここは賭けに出て食べてみるか。

 思考終了

 

 まず、星三の叡智の大火を摘んで光に照らす。透けた光の具合から透明度を算出。これが何に使えるかと聞かれても分からないがデータはあるに越したことはない。そう思ってまず叡智の大火を砕く。粉末状にして水に溶けるか確かめてみる。試験管に水を入れてその中に粉末状にした叡智の大火を入れてみるが溶ける様子は無い。全く溶けずに下に沈んで堆積する。水に溶けず、水より密度が1立方センチメートルあたり1g以上である。

 

 

「こんなことがわかってどうしろって言うんだ」

 

 その後も火に当てて炎色反応を起こすか見てみたり、静電気が貯まりやすいか見てみたりした後にそれを記したノートを見て最早そう言う結論しか出なかった。自分は医者の息子であるが医者ではないしそもそも目指してすらいないので医学の勉強なんてしてない。そんな自分が今更今目の前にある物質が人体にどんな影響があるのかを見ようとしたところで誰かを犠牲にさせなければ不可能なんだ。ならば自分の体を使うべきだろう。体なんていくらでも替えがきく。死体程度ならいくらでも錬成できるのだから尚更だ。

 

「...とはいえ不味そうだな」

 

 味なんて関係ないだろと思うかもしれないが、その感覚というのは生存意識の塊だ。口に入れたらいけないと思ったものはマズいと感知して口に入れないようにする。それが警告を出しているのにわざわざ口に入れるのもまるで赤子だが仕方がない。

 意を決して叡智の大火を口に放り込む。そのまま歯で噛み砕き咀嚼して飲み込む。

 

「...好きじゃない」

 

 口から溢れたのはどうでもいい感想だった。

 

◇◇◇

 

 

 種火の解析完了。

 出た情報を纏めて見るが人体に大した影響は無さそうだ。食べてみたものの、しかし魔力が増えたようにも感じない。身体的な変化はなし。しかしこの高い神性に近いものはかなり高位の神。それもかなり高濃度の神の残滓に近い。

 

「ギリシャ神話...それもティターン族ってとこか...それにこの《火》は...なるほど。こんな地脈で召喚すればケイローンが出てくるわけだ」

 

 オマケに相性がいい。

 不意に口から何故か言葉が零れた。何故かというのも何も理解出来ていなかった。

 

「...いや、何を...?」

 

 不意に零れた言葉の意味が理解出来なかったのでもう一度種火を透かしてみるが何もわかったようなことは無かった。思ってもないような事を言い出すほど疲れているのだろうか。

 

「空振りか」

 

 とりあえず自分が疲れている事はどうでもいいので、次に妙だと感じるのは陸くんの体だ。あれは自分の体内にあるものに若干似ていた。それどころか自分の体に馴染みやすい感覚だった。しかしそもそも魔力に種類なんてあるのだろうか。体に馴染みやすいなんて料理の味の好みではあるまいしそんな違いがあるのだろうか。

 

「まずはそこから調べるべきか。解析(analysis)

 

 自分の指にナイフをくい込ませて血を流してそれに含まれた血を解析する。

 全身に川に水が流れるイメージを想像する。食い止められていた水が溢れだしそうな状態なのが解放されて勢いよく流れていき、田畑に流れていく。魔術回路起動。

 流す魔力を少しづつ増やして回路の本数の自分の魔力量を再び測定する。血が流れている。血は自分の体液。つまり使用者の魔力が含まれている。血が流れる。血が指の傷口から零れて机に落ちる。イメージを始める。血が滴り落ちて自分の魔力がゆっくり消費されていく。勿論、自分の魔力量はそんな程度では減る量は微々たる程度だがそれを細かく掴む。イメージでも構わない。今の自分に足りないのは知識だ。同時に生命力を魔力に変換して失っていく魔力を補う。

 

「ぐっ!」

 

 ダメだ。生命力を使いすぎた。意識をして変換作業を行っているため減っていく魔力の数百倍の魔力が自分の体に溜まる。

 魔力消費の速度を計測。生命力の把握開始。どれも直接数値に示すのは難しい。詳しい指標がないのだ。魔力の0はあっても1がどれで1なのかがわからない。刻める数字がないと簡単なイメージで補っていくしかない。

 高速思考を使えば思考が早すぎて血の魔力消費を感じられなくなってしまう。このままの遅い思考で何とか補って行くしかない。

 体外にある魔力、マナを吸収して体内にある魔力、オドに変換する。これは魔力でありながらそれぞれ別の名前を持つがその質に大した違いはない。陸くんの秘密もこのようなものだろうか。

 

「...ん?待て...血?」

 

 今回自分は自分の体液として即座に出せる血液を選択してそこから取った魔力の消費イメージを掴めば魔力の知識も増えてそこから陸くんの秘密にたどり着ける可能性があると。しかし体液である血は当たり前のことだがその者のデータを持っている。簡単な話をすればDNAだ。つまり陸くんの血液があればもっと詳しい検査が可能ということだ。何故こんな素人でもわかる簡単なことに気が付かなかったのだろう。笑えてきてしまう。

 しかしこの方法も危険といえば危険だ。陸くんに近付いて血液を採るということはステンノの監視網を掻い潜っていくしかない。どうにかメドゥーサに押えてもらうか。まぁ物理的なものでなかったらステンノに気が付かれずに採ることも出来るだろう。陸くんが眠っている間かなにかにこっそりとってしまおう。メドゥーサは可哀想だが今回ばかりは仕方ない。そう考えると出来ればメドゥーサの分も取っておきたい。メドゥーサは神代出身だ。彼女の魔力を使えば自身の魔力耐性などを強化できるかもしれない。

 

 魔術のことを考えるついでに陸くんとステンノにバレずに血液を回収する案を練ることにした。

 

◇◇◇

 

「レオナルドからのメールだ。部隊率いてこちらに向かってるらしい。セイバー」

「ああ。了解した」

 

 エインヘリアルの代表、基山勤のサーヴァント、レオナルド・ダ・ウィンチからの返信内容を自身のサーヴァント、セイバーオルタに伝える。

 

「それで来るメンバーは?」

「砂川さんに真木...あと植田さんか。柳さんの新型も50体。あと一応シュヴァイン」

 

 頼んだ自分が思うのもなんだがかなりの大所帯だ。砂川さん、砂川(すなかわ) 将吾(しょうご)は戦闘経験豊富な大男。その勢いの良さは凄く、1度調子に乗ると崩すのは簡単じゃない。サーヴァントはレオニダス一世。優秀な指揮官であり、防御に長けている。真木、真木(まき) 祐介(ゆうすけ)は元々ミリタリーオタクだったのか現代兵器を多用している。特に手榴弾やロケットランチャーを好む為彼が受けた任務は大体爆破オチなのではと言われている。サーヴァントはアタランテ。現代兵器はサーヴァント相手には通用しないので真木はアタランテのスピードに合わせて敵マスターを狙うことが多いが殺人数は異常に少ない。植田さん、植田(うえだ) 美里(みさと)は代表が今回の敵を葛城財団と考えての選出だろう。彼女の人間離れした身体能力、そして怒りはその辺のバーサーカーより驚異的だ。柳さんは科学者であると同時に魔術師でエインヘリアルの兵器開発が主な仕事だ。彼の作った新型というのはおそらく自立思考型のホムンクルス。戦闘能力は強めに考えてもシャドウ・サーヴァント程度だろう。

 全員マスターの中でもかなりの戦闘能力を持った強力なマスターとサーヴァント達だ。

 

「そうか」

「興味無さそうに言うなよな。メンバーによってこちらの動きだって変わってくるだろうし」

「ふんっ。私もあの女も貴様の言うことしか聞かん。だからせめて私を満足させ続けろ」

「わかってるさ。セイバー」

 

 そうだ。サーヴァントは本来マスターの盾であり剣。サーヴァントをどういう運用方法で回し、マスターがどう動くかはマスター次第。勿論、戦闘はサーヴァントのみに任せてマスターは近くで隠れるなんてこともあるだろうし、天王寺零のようにマスターがサーヴァントより動くパターンもある...いやあればおかしい。サーヴァントがキャスタークラスの戦闘が苦手なタイプならともかく、マスターが主軸になるのはおかしい。そもそも戦闘センスはともかく、戦闘能力がマスターの域を軽く出ている。なので普通は主軸として動くことはないがそれでもサーヴァントのすぐ近くで援護したりするマスターも数多くいる。自分だってサーヴァントが戦闘している時はすぐ近くにいて、サーヴァントを囮にして攻撃するのが主体だ。

 

「一応メディアの方にデータを送っておいてくれ。天王寺の方から気になるポイントのデータが来ている」

 

 そう言いながら目の前に先日送られてきたこの辺りの地形データを表示させる。自分の右肩に頭を乗せたセイバーオルタがそれを見て小さく唸る。

 当然だろう。その位置は繁華街の一つ。ラブホテルがある周辺だ。おそらくこの世界を崩壊させた元凶の影響かその辺には魔獣が近付かない。それを逆手にとって拠点を作ったということだろう。悪くない作戦だが後味が悪い。それにそれだとまるで襲われない理由を知っているようで気味が悪い。

 

「そこに敵の居城があると?」

「あくまで可能性だがな。しかし現地の防衛システムが弱すぎて守りきることはほぼ不可能だってさ」

「ふむ。確かにそちらの方が合理的だな。私達だって長い時間いれるわけじゃない」

 

 元々弱い防衛システムを強化するのは限度というものがある。狙っている組織が葛城財団と競り合える相手の可能性が高い以上、彼らだけで守りきるのは不可能だ。しかし我々もいつまでもこの辺りの防衛を行える訳では無い。一度追い払ったら基本的にそれまでだ。また新しく金を払ってもらわないとこちらは動けない。ビジネスでやっているのだから当たり前だ。ボランティアじゃ腹は膨らまない。

 ならば危険分子をささっと追い払うか消してしまえばいい。かなり暴力的な発想だが間違ってはいない。死んだ人間が危害を及ぼすことが出来ないように無いものが襲ってくることも無いのだから。

 

「メディア」

 

 自分のもう一騎のサーヴァントであるメディアを呼ぶ。ローブを被った魔女は何処から来たのか視界の端に現れる。

 

「マスター?どうかしたのかしら?」

「どれだけ声かけられた?」

 

 メディアにはこの辺にいるマスター達に伊達との戦いの為に協力してくれないかと協力を求めさせている。一応自分も行っているがどうしても数が足らないのだ。

 

「100は超えたわね。けどあまり着いてきれるマスターはいなさそうね。強制できないから余計に」

「金は積んでるんだが...伊達と戦うなんて余程腕に自信があるか余程馬鹿かのどちらかか」

「おそらく来るやつらも後者だろうな」

 

 心無いセイバーの発言には頷くしかない。

 この世界にはマスターが数え切れないほど多数いるが全てが全てマトモなマスターとは言えない。ほとんどがサーヴァントの魔力提供がせいぜいの戦えないマスター。しかし彼らの率いているサーヴァントも強力な力を持っているのでマスター達はふんぞり返って自分たちが偉いと思って好き勝手やってる。彼らは金さえ積めば協力もしてくれるがサーヴァントを加えても伊達相手じゃ的がせいぜいだろう。とは言え、サーヴァントをマトモに動かせているマスターは伊達の名前にビビって協力してくれない。

 

「このままじゃ数を揃えても烏合の衆だ。どうしても本部からの増援次第だな」

 

 本部にいるマスター達は皆、一定以上の訓練を行い、サーヴァントの扱いや戦闘経験をそれなりに積んでいる。その辺にいるマスターとサーヴァントとの差は歴然。2対1、いや5対1でも圧倒できるだろう。周辺のマスターはあくまで補助が精々だろう。

 

「本部からの増援はいつ着く?」

「3日ほど待てらしい」

 

 3日というのは崩壊前なら遅いが崩壊後、それも魑魅魍魎がそこら中にいる世界と考えれば普通だろう。どうせダ・ウィンチ女史も代表に無理矢理言って付いてくるのだろう。話を信じるなら1週間も共にいないのにあんなに自慢げに話をするのだ。確か彼女も天王寺零には類まれなる魔術の才能があり、この道で食っていくことも全然できると言っていた。なんなら弟子にもしたいとも。確かに自分との戦闘時は動きにはまだ素人らしさがあったものの、それに気付かせないほど魔術の素質は高かった。自他ともに認める万能の天才がそこまで認める相手だ。簡単に失わせるぐらいなら絶対に来る。

 

「どうにかして敵のしっぽを掴みたいところなんだが」

 

 どちらにしろ、本部の増援が到着するまでに幾らか下地を整えなければならないのは変わらない。天王寺零は自身の魔術を使って何らかの策を考えるとはしていたものの、どうしても1人の力だ。大したことは出来ない。出来れば今回の敵、その数だけでも理解したいところなのだが。

 

「はぁ...悩むなんてらしくない。貴様らしく勢いに乗ればいいものを」

 

 考え込む自分の後ろにセイバーが勢いよく座る。

 確かに自分は《加速》の起源に従ってか後先考えずにとりあえず突っ込むこともよくあった。そのせいで色々なものを失ったが。

 

「俺だって考えるんだよ。お前らに相応しいマスターであり続けるためにな」

「だからってマスターがあれこれ考えても敵は尻尾を出してくれないと思いますけど?」

 

 メディアも前に出てこの辺の地図を自分の目の前に広げる。そこに書かれているのは自分たちが把握している周辺のマスターの居場所。所々に丸が書かれており、それが塗りつぶされているのが声をかけ終わったマスター達だ。もう死んだのか居場所を変えたのか塗りつぶされていないマスターもかなりいるが、大体の場所が塗りつぶされている。その中で一つ気になる丸を見つけた。何も塗りつぶされてない丸だが確かあの位置には謎の洞窟があったはずだ。あそこにいるマスターは戦闘は兎も角頭がよく切れ、多くの情報を抱えている。

 

「違いない。メディア。この辺りの敵組織の情報を1度洗い直してくれるか。天王寺が言っていたように葛城財団の分裂って可能性もある」

 

 代表も植田さんを行かせるということはその可能性が高いと考えているに違いない。あの情報からどうやって葛城財団のことを絞り出したのか分からないが代表には代表なりの考えがある。自分はその考えに従って行くだけだ。もし葛城財団の中で分裂している、例えば派閥のようなものがあれば君沢霧彦はその犠牲になっただけという可能性が出てくる。

 

「わかりました。マスターも無理しないで」

「ん?貴様何かしに行くのか?」

「ああ。そういえばこの辺に先輩の頃に繋がりがあった百貌のハサンのマスターがいるって事を思い出してな。彼らならこの辺にも詳しい。一応セイバーも会ってるぞ」

「覚えてない」

「ふっ。だろうな。とりあえず行動開始!」

 

 手をパンと大きな音を立てて叩く。それを合図にメディアが霊体化してセイバーが宝具を握り直す。

 

「了解だ。」

 

 信頼する相棒の言葉にとりあえず頷いた。




今回の口直しタイム!
ガチ目の魔術工房を作り出す主人公。こいつちゃんと魔術師してるから...どちらかといえば錬金術師ですけど。そして師匠は1週間しかいなかったダ・ウィンチちゃん...重いねん。こいつ、色々重いねん。
それはそれとして軽くホムンクルス作ろうとする零。素材が完全にパラケルススのホムンクルスの作り方と同じ。
とはいえそこはスッパリ諦めて武装制作と種火の解析に思考を回す。
そしてなんだかんだちゃんと解析しちゃう零。こいつがカルデアにいたらそれなりに凄いことしてたんだろうな...なんならロマニよりダ・ウィンチちゃんに絡みに行きそう。レイシフト適正次第だけどワンチャン1部6章でダ・ウィンチちゃんのマスター役で一緒に行く可能性もあるぐらいには。



場面は変わりチート集団ことエインヘリアルの今回の作戦に出てくるメンバーが揃いましたね(名前だけ)
エインヘリアルの中でもかなり優秀なメンバーですが...それで伊達は倒せるのでしょうか。
そしてちゃっかり一般マスター君たちを的扱いする気マンマンで金積み出す翔太郎。卑劣だけど伊達相手には数でかかるのが1番だからね。是非もないよネ!



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33話 束の間の休息

今回の話はマンションの一室さんに書いてもらった休息回です。ですので実は結構前から出来上がっていたりします。
(実はこれより前にもう少し話を差し込もうと思っていたんですけどただでさえ少ない陸くんとの絡みがもっと減りますから...)
前回の話から少し時間が経ってますので少し違和感を感じるかもしれませんがお見逃しを。


 

「僕の工房に入らないでくれ」

 

 零がそう言ってからしばらく経った。

 シェルターの人達との会議や食事の時等の外に出る用事があれば出てはいるのだが基本的に引きこもっている。いちおう顔を合わせているため、健康かどうかは見た目だけで判断しているが、何事も無いような感じだった。…目の下に前より深い隈がある事を除いては。

 いちおう寝てはいるのだろうが、中に入ることを禁止されているため、どうなっているのかわからず、作業にかかりきりなのだろうとしか想像がつかない。

 何とかして休ませるべきだとも思うが、後に攻め込む事を考えると数日留守にする等の余裕があるとは思えない。

 

「うーむ…どうしたものか…」

 

「あらマスター?珍しく悩み事をしているのね」

 

「ステンノ様ですか。ええそうなんですよ。気にするなって言われたら気にしなくても良いのですが…」

 

「聞かなくてもわかるわ?『メデューサのマスター(あの人)』の事でしょう?一言言ったきり全く出てこないのですもの。根を詰めすぎと心配になる気持ちもわかるわ?」

「そうなんですよねぇ…この状況が続くと体に悪いのは確かですし…」

「何より攻めている時に倒れられたら困るものね。私達側の戦力と言える戦力は実質あの人とメデューサだけですもの」

「はは…弱くて申し訳ないです…」

「別に責めてるわけではありません。ただもっと強ければとも思いますけど」

「うっ…申し訳ないです…」

 

「まぁマスターいじりはこれぐらいにして、何とかしたいのよね?ならいい考えがあるわ?」

 

「いい考え?」

 

「そうね、ちょっと耳を…」

 

 そうして、耳元で聞いた作戦を開始するための準備を開始した。

 

◇◇◇

 

「レイ、起きていますか?ちょっと会話がしたいのですが」

 

 扉から紙が1枚、隙間からヒラリと落ちる。

 

「(話は筆談でと言ったろう?急がしいんだ)」

「いえ、少し筆談では説明がしにくい事なのです。少し顔を出しては貰えませんか?」

 

 扉をガチャりと空けて頭もボサボサの状態で零が出てくる。

 

「なんだ?説明がしにくい事って?忙しいんだからはやめに…っ!?」

 

 零の急かすような言葉は閉じる事になった。なぜならメデューサの後ろにステンノが立っていたからだ。

 零は瞬時になにか良からぬ事と判断し、扉を閉めるように動いたのは間違いでは無い。ただ、相手が『魔眼』持ちという事を除けば。

零がしまったと思う頃にはもう遅く、ぴくりとも体も口も動かせなくなってしまった。しかし、体は石にはなっていない。ただただ動かす事が叶わないだけだ。意識して発動していなかったとはいえメドゥーサの魔眼すら防御したというのにステンノの魔眼を防ぎ切る事は出来なかった。石にならなかったのはおそらくある程度は自分の力で防御できているということだろう。

 

「まったく、こうでもしないと出て来ないなんてめんどくさいお人なのかしら」

「申し訳ありません、レイ。上姉様には逆らえず…ですが、私もついて行きますし、レイにとっても危険はありませんので…それでは失礼します」

 

 固まった零を背中に器用に紐で背負う形で持ったメデューサはそのままゆっくりと歩き始める。後ろには零を固めた本人。ステンノもゆっくりとついていっている。

 

「本来なら貴方にはこんな事もする義理もないのよ?光栄に思う事ね。これはマスターの意思による行動なのですから文句は受け付けません。…まぁ少しばかりの気晴らしと我慢なさい?どうせすぐ終わるでしょうから」

「上姉様。レイが困惑しています。もう少しわかりやすく説明をお願いします」

「そうねぇ…たまには外に出て遊びなさいといったところかしら?」

「今回は短くしすぎでは…」

「何か言ったかしらメデューサ?」

「いいえ!何も言ってはいません!」

「まぁ今回は何も聞かなかった事にしてあげます。ですが、私に逆らうなんて事をすれば次はどうなるかわかっているのでしょうね?」

「はい!上姉様!」

 

 そんな会話をしている内に外に出る。相も変わらず背負われたままだが久しぶりの太陽はやけに眩しく感じられた。

 メデューサに揺られる事数分後、鼻に感じる水の匂い。肌に感じる風の強さも強くなった事からおそらく近い湖に来たのだろう。

 

「レイ?降ろしますからそのつもりで」

 

 降ろす時に地面を見る事ができなかったせいで若干不安に感じる。

 しかし、降ろされた時にまず目に入ったのはオールを持った陸の姿。どうやらボートまで俺は運ばれて来たらしい。

 そして視界内の目の前にステンノとメデューサが座る。

 

「人数揃ったね。それじゃ出すよ?メデューサさん鎖を外して下さい」

 

 メデューサが頷くと何かが外れる音と鎖の音がした。そしてボートが少しずつ沖に動いていく。しばらくすると陸がオールをゆっくりと動かしていく。

 もう魔眼で動きを止められてから10分は経過してるはずで、そろそろ動けても良いはずなのだが全く動かせない。なんとか動かせないか思考していてもあまり意味は無いだろう。このふたりが何を考えているのかが掴めない以上石化を解除する方法が見つかったとしても意味は無い。まさかクライアントと殴り合いなんてしたら葛城財団以前の問題だし、ここは湖の上。わざと逃げられない場所に出てきているのだ。まさか、ここで自分を殺すつもりだろうか。五感はまだ生きてるこの状態で湖に落とされたら自分は何も出来ずに死ぬ。もしそれを実行されたらこちらには打つ手がない。実際に死の幻覚は見えているのだから。

 

「そこの場所、いいでしょう?よく見える位置だから私がよく座る位置なのよ?」

「これは...風もちょうどいいくらいですね。ピクニックにはちょうどいい気候です」

「そうでしょう、案外天気予報というものも当たるものね。雲が1つも無いわ」

 

 言われてから実感する。空は雲が全くと言って良い程無い。快晴である。風も遮るものもないから直接当たる、しかもそれが太陽で温まった体温をちょうどいいくらいの温度にまで下げてくれる。

 こんなことを考えるのはいつぶりだろうか?

 

「もうそろそろいいか。ステンノ様?もう大丈夫では?」

「本当にいいのかしら?このまま縛っておいたほうが安全だと思うわよ?」

「流石に零でも、事情は聞かずに襲いかかったりはしないでしょうから大丈夫です。…たぶん」

「そこはきちんと言いきりなさい」

 

体に今までかかっていた重みがなくなる。しばらく固まっていたので筋肉をいくらか伸ばした後、また座り直す。全身の筋肉の作動問題無し。魔術回路起動、全身の指先までの違和感はない。詳しい検査をしなければ分からないが殺すつもりではなかったようだ。ならば尚更手を出すのはまだ早計だ。相手(陸くん)の考えている事を問いたださなくてはならない。

 

「...単刀直入に聞こうか。俺の研究を邪魔してまでやりたかったこととは?」

 

 もう少し言い方というものがあるだろうとも思うが、こちらとしては一刻も早く研究に戻りたいのだ。場合によっては見えている幻覚を実行に移さなくてはならない。

 

「ああいや、単純な話。逆に質問させて貰うけど、最近休憩と言える時間はいつとった?肉体的なこともそうだけど頭を休める事も含めて」

 

 言われてはたと考える。思い出せるのは研究の事ばかり、正直思い出せない。下手をしたら研究を開始してから睡眠時間も削っているため無いとも言えてしまう。

 だがそれがどうした。今回の相手はそんな楽な事をして勝てる見込みがあるか無いかの瀬戸際なのだ。早く研究に戻らせてくれ。

 

「そんな事を聞いてどうする。そんな休みとか考えて勝てるほど容易い相手だと思ってるのか?」

「いいや、俺が言いたいのはもっと単純な事。結果的には想像してることだけど…君、働きすぎ」

「食事とかはきちんと取っているだろう?それで俺には十分だ」

「その時何を考えてる?この前の食事の時なんかは声かけてもずっと上の空で返事すらなかったぞ?」

 

そうだったか?と思い出しそうとする。そういえば声をかけられたような…でもその時は種火の利用方法を忘れないように頭のメモに書いていたような気がする。

 

「はぁ…体はよくても頭が限界じゃないか…少し休んで、どうぞ」

「思考に問題は無い。今この瞬間も襲われないという保証があるのならいいがそんな保障は相手に問いたださないと無理だぞ?」

「その頭の調子だと明らかに非効率な動きをしているな…人間だって頭が弱れば肉体の動きも鈍くなるでしょうよ。休憩を取れば効率的に動けるようにはなるはず」

「...休息と効率...か。そうか。人は...わかった。ではそうしよう」

 

 人とは休むもの。当然のことだ。それを何故か忘れてしまったような気さえしてきた。自分の中身には一生休まず働いたものでもいるのだろうか。負けを認めてからはてと考える。休憩とはどのような事をするものだったかと。

 

「…もしかして休憩の仕方も忘れてしまったのかしら?この人」

「君のように自由には生きられなかったからね。いつだって死ぬか生きるかの瀬戸際さ。残念なことに悪運が強いから未だに生きてるけど」

 

 ステンノに痛いところを突かれた。しかも悔しいが言い返せない。

 その時唐突に肩に手を置かれてぐいと後ろに倒される。そして頭の後ろには何か柔らかい感触が。目の前にはメデューサの大きな胸が見える。どうやら後ろに強引に倒されて膝枕をされているらしい。

 

「メ、メメメメメドゥーサ!?へ!?」

 

 メドゥーサの胸の隙間から顔がひょっこり出てくる。そして二人には見せないようにそっとブレイカー・ゴルゴーンを外してみる。

 

「は?」

 

 視線が泳ぎ、2人を見る。すると陸くんどころかステンノすら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてポカンと口を開けていた。

 

「い、いや待て!待って!そういうのはまだ100年ほど早いかと!かと!」

 

 メドゥーサの膝の感触が頭に伝わる。これはかなりキツい。何がキツイかと言われると何かが高ぶってる。その昂りにはある種の恐怖すら覚える。

 

「とりあえずレイは寝てください。少なくとも24時間は寝てもいませんから」

 

「わかった!わかりましゅ、わかりました!わかったからそれを!わぁぁぁぁ!...あ」

 

 僕の頭は思っているより早く睡眠を欲していたようだ。緊張して勝手に言葉が出てきたと思ったら急な睡魔が襲ってきた。魔術の妨害すら考えられるほどの強力な睡魔だ。しかし今回は負けてみよう。そう考えてそれに素直に従った。

 

◇◇◇

 

「寝るの…早くなぁい…?」

「うふふ、どこかの漫画のキャラクターのように速かったわね?」

「ええ、それほど零は切り詰めていたのです。レイに変わって感謝を申し上げます」

「いえいえ、働きすぎなのは傍から見ても丸わかりでしたから…でもメドゥーサさんがこの計画にのるとは思いませんでした」

「上姉様に言われて仕方なくという理由もありますが、私もレイが心配だったのです。今回の話は渡りに船でした。ここ最近は気を張り詰める出来事が多かったものですから」

「気を張り詰める出来事…?」

「そこは深くは聞かないでいただけると助かります。あえて言うならば…人の生き死にに関することですので」

 

「そうですか、でしたらそこまでは聞きません。今は休ませましょうか、とりあえず…いつ頃までにしようかな?」

 

「マスター、これから数時間後には雨が降るらしいわよ?それまでは晴れらしいからその時間まででいいんじゃないかしら?」

 

「そうですね。ならその時間までという事で」

 

「それにしてもどれほど疲れていたのかしら?緩みきっているじゃないの」

 

「そうですね…レイがここまで安静なのは珍しいです。いつもは寝ていてもどこか気を張っていますから」

 

「そこまでしているって一体何があったんだ…いやいや、深くは聞かないんだった」

 

「さっそく約束を破るところだったわね?マスター?…あとメデューサはこのあと私に言われたからと言った件についてお話があるのでこれが終わった後私に着いてくるように」

 

「違うんです…上姉様…違うんです」

 

「釈明は後から聞きますわ」

 

言い訳をも許さない無慈悲な宣告が下された。

 




今回は少し緩めの話でしたね。
マンションさんが思う零を書いてもらいました。
ステンノの策にコロッとハマってしまうなどかなり精神的な疲れが見られる零ですけどこれでも魔術師としては崩壊世界のマスターの中でも間違いなく最強クラスなんだぜ?嘘みたいだろ?(設定上ではその辺のキャスターより強い)

それはそれとしてメドゥーサのメガネ、リーディンググラス。いいですよね。僕は好きです。個人的に大好きです。僕知ってる。物静かな長身超美人さんはメガネが似合うって。hollowでも言ってた。僕は詳しいんだ。
零は今回の話でもわかるようになんだかんだメドゥーサを相手にすると甘さだったり慌てる少年っぽいところが出るので眼鏡姿なんて見たら...一体どうなるんでしょうねぇ(ニヤァ)


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34話 ZEROから

前回までのあらすじ

誘拐
レムレム開始


 目が覚めるとそこは地獄だった。

 なんてことは世界が崩壊してからよくある。

もう夢か現実か分からないほどの現象が最早毎日起きた後その度に自分の死を見る目と全身の痛みを確認しないと夢と現実の区別がつかない程だ。頬をつねったり叩くなどのテンプレじみたことをしなくていい分いいのかもしれないが。

 なんてらしくない冗談を頭の中に浮かべながらその光景を見続ける。足は動かず手の感覚はない。顔を動かしても見る景色は変わらない。文字通り見ることしか出来ない夢。

 つまり今見てるのは現実ではなく夢。寝た記憶はないが、夢を見ているうちはそういうものなのだろう。

 

「夢...?」

 

 自分にそんなものを見る余裕があったのか。そう続けながら何かが燃えている地獄を見続ける。今まで眠ってこなかった訳では無い。人間である以上ある程度の睡眠は必要なので取れる時間は短くても安全な場所を見つけては寝ていた。

 しかし夢というのはほとんど見てこなった。時間が短かったというのもあるのだろうが、寝ると言うよりほぼ気絶に近いというのもあったのだろう。生き残る術を身につけ、これという大義もなくただ一人で生きる。それだけで疲れ切ってしまっていた。

 

「ああ...そうか」

 

 つまり今夢から覚めれば世界は崩壊しており、この夢と違いが見つからないほどの地獄が広がっている。しかし夢なのならば安心だ。ここで何をされようと殺されることなどない。実はここは冥府でしたなんて冗談のようなこともないだろう。

 

 そう思い地獄の様を見続ける。

 燃える街。人は火達磨になり、女性が男性か、子供か老人かも分からない物体が火を避けるように体を擦り付けながら走る。建物は丁寧に支柱が狙われたのか上から押しつぶされたように潰れており、火が放たれている。家屋の下敷きなっている人々が誰にもとって貰えない手を出して助けを求め続ける。

 嫌な記録()だ。夢の中でくらい平和に過ごさせて欲しいのだが、人殺しの見る夢などこの程度のものか。実際纏めて殺すなら火を放つのはやりやすい。

 逃げている人々は何処へ逃げるつもりなのだろうか。視界の端から端まで炎に包まれており、広がり続ける。どうやら自分の視点がある位置が中心のようだがそこに目掛けて炎がかかっていない場所がゆっくりと、しかし着実に減っていく。助かる脇道などもないので走っても逃げ場などないだろう。先程まで火達磨になっていた人が全身が焦げ炭になった。遺体は力なく転がり、迫り来る炎に包まれる。これと同じようにして彼らは全員死ぬだろう。そう結論付けるのは容易だった。

 

 

「ねぇ」

 

 そこにか細い女性の声がかかった。周りの人々の叫び声でかき消されそうな弱い声のはずなのに、とてもよく耳に響いた。

 声のかかった方向、後ろを向いてもそこには誰もいない。気配すらない。夢の中で気配を探るというのもおかしな話だが。

 

「どうして?」

 

 また、声がかかった。遠くにいるのか、近くにいるのかすら分からないが、確かにそれは女性の声だ。聞いたことの無い、弱いというより細く、しかし芯のある声。聞いたことは無いのはずなのに、何処かで聞いたことのあるような、否。誰かに似ているような声質。まるで見知った誰かが下手なボイスチェンジャーを使ったような異質な声。

 

 その声が聞こえることはおかしい。

 夢であるなら声をかけた対象が見えないのはまだ理解出来る。しかしこの聞いたことは無いが記憶にある声に近い声だなんて出すのは難しいはずだ。有り得ることがあるとしたら聞いたことがある声を忘れているという話になる。しかし忘れているのなら記憶が絡む夢の中に出てくるはずがない。

 

「ねぇ、どうして?」

 

 なぜそんな声が出てくる。そう思った瞬間に何かの気配を感じて周りを見渡すと走り回っていた人達は全員炭になって死んでいた。それは何も不思議な話ではない。夢の中とはいえ、ここまで迫り来る炎に生き延びる術はない。自分のような悪人が見る夢なのだからそんな気のいい選択肢もない。

 しかし異質なのは炎がそれ以上進行していくことはなく、ただその場で燃えていること。そして、自分の体の重みを感じる。視界は狭まるが立体的になり、首が自由に回る。手を握ることが出来る。つまり、自分の体の感覚が復活している。

 夢というのはこんなことも起こるのだろうか。そう思って足を進めようとすると後ろに気配を感じて飛び退く。

 

「どうして?」

 

 そこにいたのは自分と同年代、いや少し年上と思われる白人女性。しかし凸凹の少ない平面的な顔は日本人顔のそれを思わせる。そして、先程まで同じようなことを言っていた。

 彼女の持つ異質な気配に夢の中でも感じられる強力な魔力反応。魔術かそれに近い何かで隠蔽を行っている。間違いない。

 

「サーヴァントか。それも純粋な人じゃないな」

「答えて」

 

 棘が隠れていながらもどこか優しそうな声を出したながらその女性は言った。真名の分からないサーヴァント。下手に動いて戦闘になればこちらが不利だ。相手のサーヴァントに気付かれないように令呪があることと魔術回路を起動できるのを確認する。

 このサーヴァントに見覚えはない。夢の中に出てくるということは記憶にいる...と思われたが相手のサーヴァントの真名が分からない以上夢に干渉して来た可能性も考えられる。

 謎の男に伊達、葛城財団と問題が山積みだと言うのにまた新たな問題が出てくるのか。どうにかして伊達と戦うまでに対処しておきたいがメドゥーサの気配がない以上、ここで殺し切るのは厳しい。夢の中で令呪を使ってもメドゥーサが来てくれる可能性は低い。何より貴重な令呪をここで切るのは今後チャージが出来なかったら無駄使いと大して変わらない。

 

「どうしてこんなことをしたの?」

「...俺の夢だからって俺のせいにされても困る」

「いいえ。違います。これは未来の貴方。人を捨て、獣を狩り、人類史の礎になるために魂を売った貴方」

 

 どうやらこのサーヴァントは未来を知っているようだ。無論夢に干渉出来ることから考えてただの幻影だろうが、ここまで予想できるほど自分のことに詳しいとなると危険度が跳ね上がる。最悪自分より詳しいとなるとこの場で何をしようと読み通りにあしらわれる。

 それにしても言ってることがよく分からない。人を捨て、獣を狩り、人類史の礎になる。これはメドゥーサが言っていた怪物になるという話とも違う。人を捨て、という意味だと今の状態でもその可能性はある。人殺しをした人でなしなのだから。そして獣を狩り、というのも獣が何を表すかで意味が大きく変わるがもしエネミーという話であるならメドゥーサと共に狩ってきた。しかし気になるのが獣という言い方。まるでビーストのそれを示しているように感じる。もし『獣』がビーストであるならその後に続く人類史の礎になる。というのにも繋がっていくのだろう。

 ビースト。獣を示すエクストラクラスの一つ。文明より生まれ、文明を食らう災厄の獣。人類の原罪が生む自業自得の死の要因。 人類悪。 人類史の中で人類である限り出てくる悪。人類史に留まる澱み。いわば、人類そのものの汚点で人類を滅ぼす七つの災害。これは人類が発展するほど強くなる、人類という種族に対する癌細胞のようなもの。

 つまり人類が倒さなければならない悪であるのだがこの人類悪にはある特性がある。それは人類を滅ぼす悪ではなく人類が滅ぼす悪だということ。 その正体は人類をより良くしたい、人理を守りたいという願い、即ち人類愛である。

 その人類史の淀みのような存在である『ビースト』を狩りということはこの世界に『ビースト』が顕現しているということになる。其れは非常にまずい。何も無かったとしても人類はこの崩壊に耐えられずに死ぬだろうと予測しているというのにここで『ビースト』が出てくるのはその歯車を加速させるようなものだ。いや、もしかしたらこの崩壊自体が『ビースト』クラスのサーヴァントの可能性もある。魔術の魔の字も感じられない世界を破壊してそこから染み出た養分を回収する。と考えれば実に理がかなっている。この世界一つ捨てても大した影響にはならないだろうから尚更だ。メドゥーサはこの世界が崩壊した原因を一人の人間を愛しすぎた女神が起こしたと言っていた。殺生院キアラのように人類がその一人だと捉えられればその女神にも『ビースト』の適性はある。行き過ぎた愛は悪にしかならない。

 いや待て。もし獣が『ビースト』だとするならそれを自分が狩ったということになる。自慢じゃないが自分にそんな戦闘能力はない。魔術を行使してもサーヴァント相手では対魔力で押し負けるし、メアリー・リードとアン・ボニーと戦った時の謎の力を除けば対抗手段なんてかなり限られている。そんな自分が獣を狩り、人類史の礎になるために魂を売った。魂を売ったという言い方からして1番可能性が高いのは抑止力の守護者。なるほど。話が掴めてきた。

 しかし一応獣がただのエネミーの可能性も否定できないので情報は多く欲しい。夢の中に干渉できるサーヴァント。彼女から一つでも多くの情報をとり、出来れば有効的に使いたい。

 

「獣なんてどこにいる。怪物ならその辺にバカスカいるが獣はほとんどその怪物に殺されたが」

「わかっているのに。本当に可愛くて不器用な人」

 

 相手のサーヴァントの言葉からして獣はおそらく『ビースト』。そしてわかっているのに、ということは相手は自分の思考が読める。もしくは思考回路を大体理解しており、この答えが導かれているのを知っているということか。前者はともかく後者は天王寺零という人間を知り尽くしているということだ。そこまで関わりが深いなら自分も相手を知っているはずだ。可能性としては低い。

 

「...不器用?獣を狩れる人間が?」

「器用さと戦闘能力は関係ないけど?」

 

 目の前にいるサーヴァントは非人間、それも幻想種のそれに近い魔力を持っているが見た目は完全に人間のそれだ。薄い水色の瞳に白銀の髪。肌は白く、身長は自分より少し高い、大体メドゥーサ程だろう。服装は腹を出した真っ白の厚めの下着のような服だ。これといって時代や文化を特定できそうなものは無い。

 

「まぁ、いいわ。アナタがそれを望むのなら私は答えます。ええ。それが世界を滅ぼすことでも救うことでも」

「俺が何かしたと?」

「いいえ。するの。今はまだ選択肢は多いわ。この夢の中で溺れてみる...ってのだけは《アレ》が許してくれないだろうけど」

 

 するとそのサーヴァントは何かを実体化させる。彼女の着ている服と同じくらい真っ白の槍。秦良玉が持つトネリコの槍に形状が近いが彼女のものは秦良玉のものとは違い槍先が禍々しい。しかし使い慣れているようには見えないのは戦いに優れた伝説がない。ということだろうか。わかるのはこれは宝具ではないということ。伝承に残るような武器でもないのだろう。近いのはメドゥーサの鎖のついた短剣のような。

 いや、どちらにしろ武器を出していることには変わりない。殺しにくるのか。

 

 思考開始。

 相手の武器には特殊な概念などは無さそうだ。魔力の反応からして格としてはサーヴァントの中でも上位に位置するだろうが戦闘能力としては決して高い部類ではないはず。無辜の怪物に近い。

 武器も形状は相手の体を抉り切るような形状をしているが槍としての本質は変わらないだろう。

 妙なのが武器を実体化させたタイミング。確実に自分を殺しに行くのならいいタイミングは幾らでもあったはずだ。なんなら声をかけずに仕留めることも出来た。しかし今のタイミングは正直に言って最悪だろう。まだ自分は相手の真名を特定できていないが武器の特性からしてある程度まで絞り込まれる可能性がある。ここで下手に弱点を晒すような真似は本来しないはずだ。

 となれば考えられるのは自分を舐めて油断しているのか、それともそう考えさせることが狙いか。攻撃対象の誘導。わざと自分に魔術を使わせて防御させるのが狙いか。下手に動けば魔術の仕組みがバレれば対策案を出されかねない。

 

「来るか」

 

 とはいえ、相手の動きが読めてない以上考えられる動きは多数ある。相手の死だって見えている。可能性が高いのは土手っ腹と首だろうか。こちらに得物はない。地面を形状変化すれば武器にすることも容易だが、地面の解析が出来ていない以上危険だろう。

 

思考完了

 

 その瞬間、周りの炎が急に火力を増した。

 しまった。完全に目の前のサーヴァントに意識を集中していたので判断が遅れた。

 急速に魔力障壁を張り、襲いかかる炎を防御する。しかし前準備もなしに瞬間的に張ったからか、熱は防げたものの、バックファイアがかかり魔力障壁が割れんばかりの衝撃で飛ばされる。

 

「うおっ!」

「危ない!」

 

 勢いよく腕を地面に擦り付けながら着地したその時、強い痛みを感じた。痛み。夢であるのに痛みを感じる。そして腕を見ると擦りつけた時に切ったのか、血が出てきていた。血の感覚も妙にリアルだ。

 ここに来て夢か現実かも分からなくなってきた。

 しかしそれを考えている余裕もない。まず目の前の謎のサーヴァントが離れて炎に向けて風を流して火の火力をできるだけ弱めようとしたが、全く変わらず寧ろ火力が上がっている。

 

「レイ君!」

 

 そう声がかかった瞬間、後ろにいた謎のサーヴァントが襲いかかる火を払う。しかしその火はそのサーヴァントが持っていた槍ごと燃やして消し炭に変える。

 まさかこのサーヴァントは庇ったというのだろうか。自分を殺す1番のチャンスを棒に振って。いや違う。そもそもこのサーヴァントから殺意を感じなかった。元々この事態が想定できていたのだろう。つまり守るために前に出たのだ。

 

「あちっ!全く!手加減しなさー」

 

 その瞬間に両手を地面につけて地質を解析。瞬間的に防壁を貼って炎を防御する。

 しかしその防壁も炎に当てられて白く変色する。熱処理をほどこす暇はない。メドゥーサを呼ぼうにも道がない以上意味は無いだろう。

 

「そこの!魔力を送る!何とか出来るか!?」

「無理無理。だって相手はー」

 

 しかしそこにいたサーヴァントは両手を上げながら降伏の意思表示をする。そのサーヴァントはそこまで喋った瞬間、地面が、壁が赤くなって崩壊し始めた。

 それと共に出てくる膨大な死の幻覚。加速していく思考のほとんどがそれに埋め尽くされる。

 

「キミだもん。レイ君」

「あ!」

 

 そうだった。このサーヴァントはこれは未来の天王寺零だと言った。獣を狩り、人類史の礎になったということに意識が向かっていた。考えてみればそれがいるとこの場に証明されている以上、あそこにいた人々を皆殺しにしたのも、ここで攻撃しているのも自分ということになる。そしてその自分は『ビースト』を殺している。

 

 思考がそこまで回ったのは幸運だったのだろう。地面が溶け落ち、壁だったものがドロドロに溶かされた鉄のように流れ出す。なのに、その熱はほとんどこちらには伝わっておらず、精々サウナに入っている程度。手を抜いている、という訳では無いだろう。ただ狙いが地面と言うだけだ。

 

「バリア!」

 

 高速で魔力障壁を張りその魔力障壁を強引に強化する。...ことにおそらく成功したはずだ。そこまでの作業を終えるとほぼ同時に魔力障壁が割れていた。それと共に同時に目の前に出てくる杭のような短剣。これはメドゥーサのもの...

 

 視界の端に見えた男は笑うのでも、悲しむのでもなく、無表情でそれを投げていた。




今回の口直しタイム

突如出てくる謎サーヴァント。勿論オリ鯖です。まぁ有名どころなので今後出てきたり実はもう出てきている可能性はありますが、一応FGOで実装されていないです。

そして現れる未来の零と言われる謎の人物。急に襲いかかってくるわ村か町か集落を焼き払うわオリ鯖の言っていた人類史の礎になったとは真逆のような...?
こいつは一体...目的は?この夢は一体?

次回もお楽しみに。


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35話 ZEROへ

前回までのあらすじ


レムレムしたと思ったら謎の不審者が出てきました。


 強烈な死の幻覚と共に投げ出されたその短剣が顔の前、目前に出される。距離にして5cm程度。防御も回避も間に合わず、顔が貫かれる死の幻覚が何度も流れる。

 

「働けロクデナシ!」

「ほいっと!」

 

 しかしその幻覚の通りになることは無かった。近くにいたサーヴァントが何かを叫ぶ、というより誰かを呼んだと思ったら急にその短剣が弾かれたのだ。

 

 無表情だった男が少しだけ目を細める。しかしそれも直ぐに戻り火力が上がっていく炎をなんの障害とも見なしていないその男は何事も無かったように走り出して弾かれた短剣を回収してもう一度投げ出す。

 

「二度も!」

 

 しかし流石にその動きは読めていたのでギリギリで回避運動を取る。それと同時にその男が剣を出して接近してきたので魔力障壁を間に挟むように張り、防御する。そのすれ違い様にその男の顔が見えた。黒髪のセミロングで前髪で右目を隠している。全身には幾つもの傷跡と火傷跡。服装は黒のコートに近いローブでその目には光が灯っていない。

 それを自分だと思うのに少し時間がかかった。全身の傷跡は自分のものと一致している。治す(直す)のもはばかられた()()()の傷跡だ。それで完全に理解した。この男は先程のサーヴァントが言ったように未来の自分の可能性というものだろう。

 

「逃げなさい!」

 

 その男、いや未来の自分はその言葉に反応したのか右脚を振り払ってこちらを牽制しながらそのサーヴァントの元に飛び出す。そのサーヴァントは再び槍を作り出すがその槍に再び火がつき、一瞬で消える。

 

「このっ!幻影のくせに!仕事しなさいよ!あのロクデナシ!」

 

 武器を取り出しても不可能だと思ったのかそのサーヴァントは爪を伸ばして薙ぎ払うように振るうがその攻撃は避けられてお返しとばかりに差し出されさた剣に器用に転ばさせる。

 しかしそれだけの攻防で時間は稼げた。素早く脚力を強化して未来の自分の足元まで跳ぶ。

 

「レイ君!」

 

 そのサーヴァントがやめろと言うように手を振るが問題は無い。すぐに対象を変えた未来の自分が剣を振り上げる。なんの剣かは分からないが相当強力な神秘を感じる。宝具クラスの神秘を持ったその武具は見た目はかなりシンプルだが、それ故に剣の切れ味は高そうだ。当たったら自分が張れる防壁などすぐに突破されるだろう。

 当たればの問題だが。

 防御は不可能。

 回避も間に合わない。

 ならば当てられなくするしかない。

 

 思考開始。

 敵対象、謎のサーヴァントの座標設定。

 自身の座標を確認、そこから逆算して自分達が動ける範囲を再設定。

 

 そんなこと関係ないと言わんばかりに迷いなく振り下ろされる剣。そのタイミングに合わせて空間置換を行う。

 そもそも置換魔術は錬金術の派生だ。錬金術を学ぶ過程で置換魔術もそれ相応まで鍛えようと思うのは自然なこと...だと思っている。自分の地形操作も置換魔術で行えば工程を幾つかキャンセルして出せる分今後も期待ができる魔術。

 

 剣の剣先が明後日の場所で振られる。自分の目の前、当たる直前の場所の空間と誰もいない方向の空間を繋げることで攻撃を逸らした。

 

 

 筈だったのだが。

 

「甘いな」

 

 そう吐き捨てられると同時に強烈な痛みを感じたと思ったら腹から大量の血が流れていた。完全に剣が突き刺さっている。

 

「...え?」

 

 確かに先程の空間置換で攻撃は当たらないようにしたはず。それは振るった瞬間に当たらなかった事からも間違いではない。そこから抜いてまた突き刺すにも時間がかかる。何より空間置換を受けた位置から剣は全く動いていない。

 

「レイ君!逃げなさい!今目覚めればまだ!」

 

 謎のサーヴァントがそう叫ぶと同時に爪を再び強化させて剣を突き刺す未来の自分に突進するがその爪は届く寸前でへし折られ、謎のサーヴァントが炎に包まれる。そしてそこからでてきたそのサーヴァントの肌は所々が焼けただれている。生きてはいるものの、わざとギリギリで生かされたと自分でもわかるほど念入りに、しかし一線はこえないようにギリギリまで痛めつけられていた。

 

「...ん...なっ...」

「全く。過去の誰かの記憶だろうとただの思考加速だろうと嫌になる」

 

 そう言いながら未来の自分は剣を引き抜いてその辺に投げ捨てる。それを見て、先程自分に攻撃を当てたトリックが理解出来た。

 

「お前...空間置換を...」

「...お前、か。そうだな。そうだろう」

 

 未来の自分(この男)は先程剣の攻撃を空間置換で防がれたのを見て剣先だけを空間置換させて突き刺したのだ。

 有り得ない。わざわざそんなことするなら1度抜いてからやった方が確実に早い。空間置換だってそうそう簡単な魔術でなく、連続の魔術使用をここまでの精度で行えるのはそうそういない。そう言いたかったが実際出来ている自分の未来の姿だ。不可能では無いのだろう。

 もう勝ち目はない。腹から出る血は止められないし、塞ごうにも思考が回らず錬金術が使えない。

 

 分からないことはある。なぜ急に襲ってきたのか。これを夢と仮定するならそこに理論を求める必要は無い。何故理解できないはずの未来の自分が出てくるのか、となぜ痛みを感じるのかという疑問が新しく出来てしまうが。

 

「...そうだな。正直ここまで干渉する必要性はどこにも無い。実際あのロクデナシが仕事すればわざわざ夢に痛みの概念を持ち込むことも、自分を一度殺すなんて馬鹿らしいこともする必要性は無いのだから」

「な、何...?」

 

 語られた声は多少大人びているが確かに自分のものだ。って言うか目の前に自分そっくりの奴がいてそいつが自分の声で喋るという何とも気持ち悪い状態になっているがそれについてアレコレ思考している時間はない。

 思考を読まれていることから考えても下手なことをするべきではない。

 

「...まぁそう身構えるな。この夢での出来事はほとんど忘れられる。夢なのだから、当たり前だろう」

「じゃあ、何を...」

「これはセーフティのようなもの。今後の選択の際に必要な情報を与えると言っているのだ。過去の人からの贈り物、とでも思っておけばいい。流石に子を急に化け物にするのには良心がありすぎたのだろう」

 

 こめかみを軽く叩きながら未来の自分が言う。

 ロクデナシ。セーフティ。今後の選択。過去の人からの贈り物。謎のキーワードの連続からか頭痛が引き起こされるが思考を止めることはしない。

 

 この夢での出来事はほとんど忘れる。そのくせ今後の選択に必要な情報を与える。矛盾しているように感じられる。

 

「その辺は問題ない。あくまで俺は可能性。俺の思考が未来を予測するのに必要なのは点だ。わざわざ未来視を持ってなくても未来は見える」

「ま、待て。言葉の意味が理解できない」

「ふむ。彼のことは詳しく聞いてないのか。ならあのロクデナシに聞いておけばいい」

 

 近くで倒れている謎のサーヴァントも言っていたが、ロクデナシとは誰だろうか。まるでそう言う名前かコードネームでもあるかのように言っているのに違和感を感じる。

 

「...あと一言だけ。言っておこう」

「なんだ」

「相棒は大切にしておけ。自分で殺して清々したと思ってもかなりくるぞ」

 

 相棒とは誰だ。そう聞こうとした瞬間、意識がシャットダウンされたように落ちた。

 

 

◇◇◇

 人生でもそうない自分殺しを実行し終えたあと死体をぺちぺち叩いていると近くに花びらが舞う。もう隠れるのも飽きてきたのだろうか。かなりわざとらしい。

 

「...おい。いるんだろマーリン」

 

 天王寺零が声をかけると出てきたのは白いフード付きローブをまとった銀色の長髪の男。花の魔術師マーリン。夢魔と人間の混血であり、本来ならサーヴァントにならない不死の存在。ゲームの中ではキャスタークラスのサーヴァントになる彼だが、このロクデナシはサーヴァントでは無い。本来ならアヴァロンの塔に幽閉されて人の未来をほくそ笑みながら見守る正真正銘本物である。

 

「やぁ。過去の零君に出会ってきた感想は?」

 

 悪びれる様子もなく、手を振りながら現れる様子は天王寺零の顔を変えさせる。それも苦虫をかみ潰したような顔だ。

 

「最悪だ。と言うよりなんだあの演出。メドゥーサのこと、まだ恨んでいるのか?」

 

 彼とて一人の大人である。小さくため息をつきながらも怒りを見せることなく、剣を霧散させる。しかしもう一つ手に取った鎖のついた杭のような短剣は霧散させずに腰にかける。

 その様子を見たマーリンは少し嬉しそうに微笑みながら口元を手で隠す。

 

「いや?そうではないさ。ただ今の君と先程まで生きていた君の1番の違いは彼女だろう?達也くんが連れてきた君のサーヴァント」

「マーリン」

 

 天王寺零が低い声でマーリンを威嚇する。下手なことをすればそれだけでも人を殺せそうな威圧だが、マーリンは何処吹く風とでも言わんばかりに黙り込む。

 しかしその沈黙も長くは続かず、マーリンが口を開こうとすると先に天王寺零が喋りだした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「...本当かい?」

「あの時はメドゥーサを殺さなければどうにもならなかった。そもそも彼の計画通りなんだ。悪いことじゃない」

 

 そう言いながら天王寺零は指を鳴らして燃え盛る炎が出ている風景を《切り替える》。燃えるものも死体も何も無い真っ白な風景に切り替えられた現状倒れているのは一体のサーヴァント。彼が歩んできた路では出会うのはもう少し後だったが「そういうこともあるのだろう」と心の中で言う。

 

「...それはそこに倒れている彼女にも同じことが言えるのかい?」

「...性格の悪い」

 

 そこに倒れている彼女は「君の決断ならどんな決断でも尊重する」と言いながら一番零の選択をやめさせようとしてきた。元々それを防ぐために命掛けたのにそれを目の前でさせられるというのだからわかる話ではあるがだとしても性格の悪い。

 傍で微笑んでいる花の魔術師に比べればまだマシだろうが。

 

「ははっ!そうだね!...いや、君はいい人すぎたんだろう。うん。ご両親の育て方が良かったのだろう」

「ご機嫌取りもその程度にしておけ。この死体を片付けてさっさと次の仕事に行くぞ」

 

 サーヴァントに死体はない。死んでしまったら消えるだけ。死体の偽装は可能なものの、そこまでやるメリットもない。

 そこに倒れているのは死体ではなくただ気を失っているだけだが、夢の中で気を失ってるだなんてほぼ死んでいるようなものだろう。ほかっておけば夢の中から出てきて起きてしまうのだからこのまま寝かせておけば別に大した問題は無い。ここで死んでも夢魔であるマーリンを除けばただ気味の悪い夢になるだけなのだから。

 

「あれ?過去の零君にはもう会わないのかい?真剣勝負でもしたらかなり燃える展開だと思うよ」

 

 この夢魔はどこ由来の情報なのか楽しそうに語る。これでも天王寺零という人間の選択について一番より良い方向へ導いた存在なのだからタチが悪い。

 そうでもなければ今頃虫けらのように潰されているだらう。

 

「必要ない。今頃姉さ...んんっ!彼女に会ってるだろうし、無駄に干渉しない方がいい」

「記憶の旅というのも苦しいものじゃないのかい?」

「人を悪い思い出の様と解釈されるのもいい気はしないがな」

 

 口ではそう言いながらも零の顔は今にも死にそうな顔だった。少なくともこの世界で生きることは普通そうで普通ではない零にとって地獄と言っても遜色ないものだっただろう。

 だからこそ彼は選択したんだ。とは後にマーリンが言った言葉か。自分という存在を捨て、信頼してくれた、愛すら語ってくれた仲間も切り捨て、その全ての命を無駄にせず戦うという選択。結果的それに彼は勝利した。しかし彼は英雄であっても英霊にはなれない。その理由は簡単。人の心に残らないからだ。まだ途中で倒れた者たちの方が後世に名が残るだろう。しかし天王寺零という人間は、誰の記憶にも出てこない。

 

「...マーリン、今後はお前が支えてやれ。そもそもの話お前の役割だろ?」

「まぁ、私も頼まれてはいるんだけどね。全く...私が鍛えるのは嫌なくせに選択は見守ってくれってねぇ」

「...彼も余裕が無かったんだよ。あと俺に剣術の才能はない。メドゥーサだってそうだったろ?」

 

 そう言った後にもう一度指を鳴らして天王寺零は消える。彼の夢から目覚めたのだ。そもそもここは夢。

 もし天王寺零が怪物に近付くのならその先にある答えを示すセーフティ。だから先程までいた天王寺零は未来の存在とも言えるし空想の存在とも言える。

 

「...やっぱり後悔してるじゃないか。君。本当は守りたかったんだろ?幸せにしたかったんだろ?けど出来なかった。だから君は怪物であり、英雄なんだ。...では零君。それを知って君は、どんな選択をする?」

 

 思わせぶりなことを聞こえるのか聞こえないのかわからないように呟いて花の魔術師は花弁だけを広げて消えていった。




今回の口直しタイム

今回は謎をばら蒔いて終わった話ですね。
零にとってのセーフティ、天王寺達也が連れてきたサーヴァント、そしてメドゥーサを殺した零。一体何がなんなのか。
この時点で零の正体に気づいている人は多いと思いますけどその人ほど首を傾げるだろうと思います。

そして漬物のように出てくる花の魔術師。一体何処の宮廷魔術師なんだー(棒)


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36話 強化フェイズ その2

前回までのあらすじ
変なところで寝たと思ったら変な夢を見て
未来の自分を名乗る通り魔に殺され...

それから、少しだけ時間が経った。

ここからが、強化フェイズ。




 

 目の前に広がるのはコンクリートを削ったと思われるザラザラとした雑な壁と床。そしてその床に立つ木で作られた簡易的な机と椅子。その数は二十を超えていっぱいに広がる。そこには一人ずつ自分と同年代、もしくはそれより上の年齢の人々が座りこちらを凝視している。

 自分の背中にあるのは緑の色をした壁。隅の方には白やピンク色のチョークが乱雑に置いてあり、その付近には今回のカンペが置いてある。その隣に置いてあるほかのものより一回り大きな机には多くの資料が積み上げられている。

 察しが悪い人間もここまでの情報があればわかるだろう。そう。ここは教室であり、今自分は教壇に立っている。とはいえ、自分は教員免許を持っているわけでもなければ何かを教えたことがある訳でもない。学生として過ごしたのは18歳まで。大学は入ってすぐにとある事情があり中退したので実質高校卒業後学校に通っていない。それからもう四年。もう行くことは無いと思っていた学校にこれまでと違う教師という役割で立つというのは自分には全く想像がつかなかった。

 

「んんっ!」

 

 わざとらしく咳払いをして情報をまとめる。椅子に行儀よく座りながらも何処か疑うようにこちらを見ているのは自分の生徒になる人間だ。その中には女神ステンノのマスターである陸くんもいる。彼を除けば全員自分より上の年齢だろう。大学を卒業し、それなりの資格を取り、就職して今に至る。そんな彼らに自分は学校で習う勉学を追求して教えるということは不可能。むしろこちらが教えられる側と言っても過言では無い。

 それ故、ということもあるだろう。彼らの目が貫くように厳しそうな目をしているのは。

 

「これから、魔術についての教育を行います。講師の天王寺零です」

 

 椅子に座る大人達の目線がより強くなる。下手なことを言ったら今すぐにでも貫くとでも言わんばかりの目線を感じるのは自分の勘違いだと思いたい。

 しかしこれをやると言ったのも自分だし、もちろん狙いはある。

 

「まず、今回の教育についての目的を先に言いましょう。この世界において、サーヴァントを従えるマスターはもちろんのこと、復興から自衛の手段においても魔術は必要な科目です。そして、私事ではありますが、今後弟子を取るにしろ跡取りを造る時に必要な母体を探すにしろこのような場所を設け、探す必要があると判断しました」

 

 最初に言った魔術が必要だ。というのは嘘ではないが建前に近い。本命は後者だ。自分の寿命がどれだけ長いとしてもあと3~5年程度だろう。もしかしたらあと1年も無いかもしれない。そんな時間で自分の魔術を伝えきるというのは至難の業だ。出来るだけ多くの場所でいい人材を集めておきたい。

 そう思っていると周りがザワザワと騒ぎ始める。察しがいいのだろう。確実に自分の狙いに気付いている。そう。自分は学校の授業のように置いて行かれる者を助けるほど余裕はないし、最悪自身の魔術さえ伝えられる相手が見つかれば完了したと言えるだろう。行儀よく座っていた人の一人が手を伸ばす。

 

「質問、よろしいでしょうか」

「はい。どうぞ」

「何故、魔術を伝えようと?」

「...それには何故我々が魔術を学ぶのかを理解してもらわなければなりません」

 

 自身のサーヴァントに()()()()()()()という一見ふざけた理由でもらった棒を手のひらで回しながら言う。

 彼らは魔術においては素人。素質がありそうな人間を適当に選んできたとはいえ、知識がなければどんなものでもつかいこなせはしない。

 

「何故、我々が魔術を学ぶのか。結論から言いますと我々魔術師は根源の渦への到達を目的としています。根源とは全ての現象、因果が発生されたと言える場所で、物質、概念、法則、星から空間、時間、死でさえもそこから生まれるとされる。我々が魔術を学ぶのは魔術が根源に繋がる道となっているからです。そして、ここからは仮定の話ですが根源の力を使えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 周りのザワザワした声がより一層強くなる。当たり前だろう。まだ魔術の成績が悪ければ使えない烙印を押される程度大した話ではない。そもそも魔術を大切に考えるならここまで来る過程で何も学んでいないのは逆に妙だ。しかしその根源から出される力は別だ。根源には全ての知識があり、全てを知ることが出来る。と言うだけならそこまで騒ぐことは無かっただろう。物好きな人間が少し続く程度だろう。しかしこの世界の問題を何とかできるかもしれないと言われたら冷静ではいられないだろう。

 

「あくまで自分の予想ですが、この世界は永く持って20年...いや、この見立ても甘いですね。5年もあれば滅ぶでしょう。復興活動も少しづつ始まっていますが、それより今も現れる魔物達による被害が大きい。その上その魔物に対抗出来るのが一部の個人が持つサーヴァントという使い魔のみ。止める術などありません。普通に考えれば、ですが」

 

 正直データが揃っている訳では無いので年月はかなり適当だが、これから人類が持ち直すとは到底考えられないというのは事実だ。世界の崩壊というのはそれほどの災害なのだ。逆にこれだけの人類が生き抜いている方がおかしい。何かしらの力がかかったのは間違いないが、今必要なデータはそれではない。理由は単純、魑魅魍魎がまだ世界中に絶え間なく湧き続ける。そしてそれに対抗できる手段を持つのはマスターという個人のみ。個人であるが故に我が身可愛さ故にまずはサーヴァントを持たない一般人がサーヴァントがあまりいない田舎から滅びる。次は食料やらインフラの供給が出来なくなったことにより、生活レベルが下がり待っているのは比較的安全な場所、豊富な食料、資金等を巡る抗争。力を持たない人はサーヴァントになすすべも無く敗れて奪われる。今はマスター達に悪だと呼ばれる葛城財団や人間同盟等のやり方なんでまだ優しい方だと思えるほどの地獄のような泥の掛け合いとなり、結果的に人類はその後の道を閉ざす。力の差がしっかりと着いたことでその滅びの道は舗装された道路のように順調に進むだろう。

 個人の力で解決できるような代物でもなければ今となっては自治体はもちろん、国もマトモに機能していない。いや、そもそもまだ形として残っているのかすら、不明なのだ。となれば良くて異聞帯、悪くて剪定事象。

 それを止められる手段があるとするなら根源を利用するしかない。もし他の手段を見つけたとしても確実にこの状況を楽しんでいる世界を崩壊させた元凶はそれを止めようとするだろう。それに抵抗できる力を持つことなど誰が出来ようか。

 

「根源に到達することは全ての知識を得ることであり、それはもしこの世界を救う方があるとしたらそれを知ることが出来る方法でもあります」

 

 奇跡に頼る、というのもこの世界で言うのはおかしい話だろう。こんな世界に奇跡などあるはずもなく、ただ朽ちて死ぬだけの存在に希望を持つ者はいない。

 あくまで自分が知っている知識でしかないが根源接続者は世界のテクスチャを塗り替えることが出来る。根源到達者が同じことを行えるかどうかは分からないがもう終わりが決まったような世界がまだ剪定事象として処理されない理由を考えるならまだ根源の力を使えば保持が可能だから、としか考えられない。

 

「ですので例えばですが、根源に辿り着くために死ぬというのなら自分は喜んで死にます。根源に辿り着くために人を殺さなければならないのならその手を止める理由はありません。魔術師はあらゆる手を尽くして、どんな非道を行おうとも、魔術を伝え、次代に託し続けていきました。それが魔術師、それが魔術を学ぶ理由です」

 

 実際自分が優れた魔術師だと声を大にして言うことは出来ないが自分ならここにいる全員に暗示をかけて先程の言葉を出さなくても理解させて無理矢理素質を検査させることも不可能ではない。むしろ時間が迫っているのでそちらの方が効率がよく、失敗の可能性も低い。しかし今後自分が弟子を取り魔術を教えるとなるとそれなりの魔術耐性が欲しい。出来れば、自分がここにいる全員に施すような簡単な暗示が聞かないほどの。そしてその人に出来るだけ悪い印象は抱いて欲しくはない。ただの無駄な感情論でしかないが、相手も人である以上大切なことだろう。

 とはいえ、ここまで深く切り込んでいけば魔術はともかく自分は嫌われるが。

 そんなこと、どうでもよかった。

 

◇◇◇

 

 下手な授業は半日続いた。とは言っても自分の目的が弟子、もしくは跡取りの為なので集まった者たちの検査が主になったが。

 そもそも魔術というものは一年二年という単位ではなく一代一代で少しずつ切り込んでいくものなのでこんな半日で教えられることなど何も無い。しかし才能を推し量るのなら半日という時間は十分にあったと言える。重要な時間を投げ打った価値はある。

 結論から言うなら相応しい人間はいなかった。ほとんどの者が起動する魔術回路すらなく、ある者もかなり貧弱だった。陸くんを解析した時に出た数値は低いと思われたが今回の場にいる人の中では一番優秀だったと言える。曲がりなりにも強化の魔術が使える時点でこの世界でも頭一つ抜けていることは間違いないのだが、それを信用したくない自分もいる。出来ればすぐにでも見つけてそれなりの対応をしたいところだが、妥協できるようなものでないのも確かだ。

 弟子にできる程の存在が現れたとしても教育の時間も含めればこんなところにいる暇はない。

 そう思いながら背後にある椅子に座って用意された本を読み終わった陸くんの方に顔を向ける。一応彼には住まわせてもらっているという恩もあるので少しだけ踏み込んだ教育をしている。が、それがよく身につく訳もなく、「へー」と軽く流されている。全くマスターが聞いて呆れるがその程度の認識になるのも仕方が無いと言えるだろう。この辺りはまだ被害が少ない。陸くんも多くの死体の処理をやってきたようだが、半年経ってまだ無事な建物が見て取れることからこの辺りの治安の悪さなんてたかが知れている。平和ボケ、というのは相応しくないだろう。魔術的な障壁などは確認できなかったが気になる現象はあった。そこを確認していけばおそらくその真相はわかるだろうが今知りたいのはそれでは無い。

 

「それにしても」

「ん?どうかしたか?」

「あ、いや...それにしてもずっと引きこもっていたのに急に出てきて魔術教育をしたいって言ってきたからびっくりしたよ」

 

 この前のピクニック気分の昼寝を反省して自分は対策を強化した。具体的に言うならコミュニケーションを筆談から並行思考を利用したメドゥーサとの念話へと他の使い魔へと切り替えた。アインツベルン等のホムンクルスほどとは言わないが、単純な命令によって支配させた使い魔は言うことをよく聞くので下手に打って出ればこちらに対策させる時間を与えることになる。無論、一番の脅威となり得るステンノの気配遮断の対策は完璧だ。建物そのものを結界で覆い、魔力反応を掴ませることで気配遮断を無効化し、常時場所を把握。扉以外の場所を塞ぎ、扉には何重もの結界を敷いた。メディア等の神代の魔術師ならともかく、ステンノでは100年かけても解けはしない。メドゥーサへの魔力供給は他の使い魔を間に噛ませることにより、ステンノに脅された場合も術式への干渉を防ぐ。

 やりすぎと言われたがあのような不覚、一生の恥だ。相手がこちらをよく思っていないことには知っていたというのにアサシン相手に隙を見せるなど殺してくださいと言っているようなものだ。何よりステンノの精神異常は今の『天王寺』と死ぬほど相性が悪い。お互いに険悪になるのも知っていたのだ。そう考えれば一応味方としている今が一番脅威であることを忘れていたのだ。

 

「...もう先がないからな」

「え?それはどう言う?」

「なんでもない。こちらの話」

 

 そう言うと無理矢理納得したのか陸くんが「ふーん」と呟きながら手元の本に視線を移す。自分の手書きなのでパソコンなどで打った文字と比べて読みずらいのか読むペースがかなり遅いが。

 

「陸くん。一応聞くけど分かってるのかい?」

「いや、全然」

 

 そしてほとんど理解していない。正直な話魔術を使うための知識という面はつけるのにどうしても時間がかかる。自分に出来るのは魔力を通す感覚を教え込むことと、それを潤滑に行うための必要最低限の知識を教えることだ。しかしそこに書いてある本は本格的に魔術を習得するための知識となる。

 

「強化だけでも色々と種類がある...ってことはわかるんだけどね」

「魔術属性、強化するもの、魔術基盤、それに対応するための術式。単純に強化魔術と呼ぶだけでも術式だけでも相当ある。一応君たちが使えるのはその中でも初期の初期。魔術を習っていない君たちが使えるのにしては相当な熟練度だけど習っていたり、研究していたりする人達からしたら天と地の差。いや、地獄とか天国の差ってとこだね」

「そんなに」

「実際俺の筋力は君より無いけど本気で強化すれば車一台ぐらいなら投げ飛ばせる。」

 

 彼の筋力は天然の栄養タンクに包まれてるおかげで大したことないように見えるが実はかなりある。腕の太さなんて自分の1.5倍ぐらいあるのではないだろうか。

 もし陸くんと魔術禁止で殴り合いをするとなったら一分も持たずに負けるだろう。ケイローンに鍛えられたというパンクラチオンの実力も半年未満の短い時間では考えられないほどに高い。しかしそんな彼にも自分は魔術を使えば勝てる。

 

「へ、へぇー」

「魔力を通すということはそれだけで神秘を纏うことになるからそりゃ強化もされる。しかしそれではあくまで存在の強化でしかない。筋力、耐久力、持続力。程よく采配を見極め、必要最低限の力を伴って行えばそれだけで魔術の術式はより複雑になり、神秘としての格が上がる」

 

 逆にこれだけの強化でそれだけの力が出るのに、元は引きこもりだと聞くから驚きだ。

 

「神秘はより強い神秘に負ける。魔術の常識だ。陸くんに伝わりやすいところで言うと対魔力もそこから派生されるサーヴァントもいる。女神ステンノもその例だ」

 

 女神ステンノは逸話上では何も出来ない愛される女神。話によってはメドゥーサと同じく怪物にされてそのまま放置されている話もあるが、型月での設定上はメドゥーサがゴルゴーンとなる際に取り込まれたという最期を持つ。どちらにしろ、不老不死とおそらくゴルゴーンから派生した魔眼等の能力を除けばそんな大した能力もないステンノがAランクという現代の魔術を全て弾けると言われるほどの高ランクの対魔力を持ちうるはずが無い。神の格が高ランクの対魔力を発生させているのだろう。

 

「本来サーヴァント自体神秘の塊みたいなもんだからね。それなりの神秘で叩かないとダメージなんてない。魔力を込めればいい訳じゃなくて神秘がなければどんな攻撃も届かない訳だから。霊格にダメージを与えるとなればもっと高い神秘が必要になる。今後サーヴァントととの戦闘を考えるなら君にも別の手段というのが必要になる」

 

 そもそもサーヴァント相手に戦うということ自体無謀なのだが、今後そういうことも有り得るだろう。種火のサーヴァントの霊基の強化は今後奪い合いになってもおかしくない貴重な資源だ。その上自衛力が戦えない女神であるステンノを除いてしまえば何もないとなればそれなりに力のあるマスターならここを襲って乗っ取ろうとしても全くおかしくない。むしろ今までその話がなかったこと自体おかしいのだ。今後人類は数少ないリソースの奪い合いに発展する。血を血で洗う戦火となり、強いサーヴァントを持つマスター達が支配するようになるだろう。その時にただでさえ高い能力を持つサーヴァントの力をまだ引き上げられる種火の存在はマスター達にとって喉から手が出る程欲しくなるだろう。そしてその時に、陸くんとステンノは確実に襲われる。ステンノを退去させられて奴隷にされるか、二人とも殺され乗っ取られるかは不明だが、どちらにしろ彼らが望む生き方は出来ないだろう。

 しかし陸くんは首を傾げている。自分達がどれほど優秀な素材を持っているかを理解していないのだろうか。

 

「いや、サーヴァントと戦うだなんて無理無理」

「...いいかい陸くん。俺たちは葛城財団を倒したらここから出る。その後の君の安全は保証しない。その場合君は君の力で生きていかなければならない。君が一人で生きていけるとしても出来るだけ大きな後ろ盾を持ち、ここを守れる傭兵でも金で買えるぐらいになってなければ君たちの自由は無くなるだろう」

「...マジ?」

 

 陸くんが冷や汗をかいているが何も言わずに頷く。これで現実の残酷さと現状を知ってもらえればいい訳だが、彼がここまで考えるのは少し厳しいだろう。

 

「女神ステンノの戦闘能力が大してないのは君も十分承知だろう?もし能力の高いサーヴァントを召喚できているならそのサーヴァントの援護だけで何とかなったが、この場合はそうともいかない。いや、この状況なら強力なサーヴァントを一騎、追加で召喚するのが一番いいだろう」

「そ、それほど?」

「君が魔術師としてそれなりの実力を得て、種火の有効的な活用法を使えれば少なくとも二騎以上のサーヴァントを使役する上での魔力の問題はだいたい解決するだろう」

 

 陸くん自身は気付いていないようだが、この辺りは霊脈としてもかなり優秀だ。だから種火なんてものが生えてくるのだろうが、この霊脈と種火を純粋な魔力として扱うだけの実力があればわざわざステンノを退却させなくてもいい。実際ステンノがいることによる問題は他にもあるがそれは言うべきではないだろう。

 

「零なら出来るのか?」

「ああ。ここの霊脈を維持しながら魔術陣を作成して、そこから種火を供給させて魔力リソースを形成する。そこまで扱いが下手じゃなければ女神ステンノとの...その、なんだ。直接的な魔力供給の必要性はなくなる」

 

 直接的な魔力供給なんて余程マスターが外れだったりする場合のみ必要なだけで少なくとも自分とメドゥーサの間には全くもって必要ない。のだが、彼らは声が自分の使い魔が拾ってくるほど強力なパスを何度も繋いでいる。魔術師という視点以前に人という視点で見てもおかしい。

 確かに体液には魔力が溶け込んでいるので体液を飲ませて魔力供給というのは間違いではない。しかし契約をしている以上わざわざそこまでする必要性は皆無。女神ステンノは神霊にしては強力な宝具を持たない為か非常に必要な魔力が少ない。強力という訳では無いのでコストパフォーマンスがいいかと言われるとそうでは無いが、そこまで供給しなければならないほど陸くんが弱いかと言われるとそうでも無い。保有魔力量は少なくても鍛えさえすれば種火と霊脈で持ち直すことは十分可能だろう。

 

「君から見ても女神ステンノから見ても、君が魔術をそれなりに使えるようになるのはいい影響を及ぼすだろう」

 

 サーヴァントであるステンノも陸くんが強くなることをいやがるとは思えない。なのに、妙に感じるこの違和感はなんだろうか。サーヴァントにとってマスターが強力になることは自身の生き残る確率が上がるわけなので願ったり叶ったりのはず。しかし考えてみれば妙だ。陸くんの不思議な魔力と言い、ここまでこの一人と一騎に襲いかかる戦力など、かなり()()()()()()。陸くんの感情はともかく、ステンノの感情が理解できない。ステンノにはまるで弱くあることを望んでいるような、そんな気さえするのだ。なのでわざと揺さぶりをかける為に言ってみるのも悪くない。ここでもしステンノがしっぽを見せて嫌がるようなら陸くんとメドゥーサには悪いが陸くんの安全上、何らかの防止措置が必要になるだろう。

 

「んーけど、ステンノ様は納得しないと思うけどな...」

「女神ステンノだってそれほど現実が見えてない訳では無いだろう。もしそうなら君はもう死んでいるよ」

 

 やはり何かしらの違和感は陸くんも感じているようだ。実際自分のサーヴァントであるメドゥーサも父親の情報を始めとした大切な情報をわざと伝えさせないように動いている節が見られる。サーヴァント達に何らかの共通認識があり、その為に動いている。と言うのなら分かりやすいが、そこまで単純でもないだろう。

 聖杯戦争のように聖杯のバックアップもなく、聖杯探索のようにカルデアのバックアップもないとするとサーヴァントの召喚するのにバックアップとなったのはおそらく星の意思。と言いたいところだが違うだろう。もし星の医師であるなら反英雄としての側面を持つメドゥーサはともかく神霊であるステンノを召喚できるということはガイア側の意思となる。無論、世界がこれだけ崩壊していればガイア側のサーヴァントが呼び出されるのも不思議ではない。無論ステンノの戦闘能力的に呼び出される確率は低いというのもあるがそれはあくまで確率の話。しかしその場合()()()()()()()()()()()のだ。つまりステンノが趣味の範疇で陸くんと契約していることになる。ガイアがそこまでの余裕をサーヴァントに与えるなんておかしい。

 

ーメドゥーサ、一体君は何者なんだ。

 

 そう思っていると陸くんがその思考を理解したように首を横に振る。

 

「けど命の危機を救ってもらったのもあるけど…何より、別の世界からこの世界でしょうもなく生きていた俺なんかのためにわざわざ来てくれた。そんなステンノ様を裏切るような気がして...一度話を通してからにしたいんだ」

 

ー本当に、君は愚かだ。

 恐ろしくないのか。疑問も思わないのか。

 その言葉は口から出なかった。それはステンノを信じる彼への侮辱でしかない。それにおそらく彼の言葉はこれまで出会ってきたマスターたちの言葉でもあるのだろう。

 

 

「...わかった。けどせめて、これだけはさせてくれ」

 

 そう言って自分の指にナイフをかけて血を出す。その血を迷いなく即席の試験管に入れて陸くんに差し出す。

 

「飲め」

「...は?」

 

 陸くんの顔は絶望とも疑問とも取れる表情になった。




今回の口直しタイム

今回は本作でも注目される(であろう)魔術についての話でした。
根源の話に崩壊世界の考察。崩壊世界の『行き止まり』。そして天王寺の次代。
これが前回の続き、夢という形で記憶(セーフティ)を見た後ですからね...

「飲め」
(某ジャンプマンガのとあるシーンのパロ)


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37話 強化フェイズ その3

前回から1ヶ月以上何してたんですかね僕は.......
まぁ、いっか!(良くない)

今回も前回に引き続き強化フェイズです。いやーフェイズっていいよね。発音しやすい。


「...感覚は掴めたか?魔術回路のオンオフは勿論、魔力の伝達効率を上げなければ戦闘中の魔術使用は不可能だ」

 

 自分の血を飲ませた後に即席で作ったベットに横にさせて解析、その後そのデータを参考に魔術回路の調整を行わせる。

 それをされた被害者とも言える陸くんは首周りのストレッチをしながら立ち上がる。

 

「ん、んーと...」

「感覚として馴染んでいないのも無理はない。回路本体を弄るのなら兎も角、君は何度も魔術回路を使用している。単純なものではあるが使用したという軌跡が残る以上以前までの形を脳が理解している訳だし」

 

 魔術回路の調整とは言っても正直大したことはやっていない。魔力の流れを良くした後に起動していない回路を刺激したのみ。

 何かしらの改造を受けた形跡はあったが無理に変更させると魔術回路だけでなく他の神経にも影響を及ぼすのでそこは放置。しかしそれでも陸くんの状況は大体掴めた。今から彼に話すには対応が難しいので敢えて黙るが、かなり異常だ。いや、異常という言葉で終わらせるのは良くない。彼がステンノから施された()()は文字通り彼の命への冒涜に過ぎない。

 何より異常なのはそこまで改造させた理由。もし自分の推理が正しいのなら決定的にたりないものが出てきてしまう。それは動機だ。遊びでやるには本格的だし、武器として扱うのならサーヴァント召喚に関する前提条件が崩れる。

 他にも足りないものはあるがそこは別の知識で何とか補助が可能だ。

 

「魔術回路のオンオフのイメージは掴めたけど...魔力のイメージが」

「そもそも君は魔術回路についての知識が乏しい。まずは自分の魔力を放つのではなく乗せるイメージを持つといい。魔力単体で破壊力を持たせられるにはどうしても限界がある。君もわかるだろ?」

 

 問題点は多いものの、陸くんの体は恵まれていると言えるだろう。知識、技量、経験。全て足りてないが逆に言えばそこを詰め込めば大成する可能性を持つ。無論それには人生をかけるだけの努力が必要だが。

 

「の、乗せるって」

「そんなに難しい話ではない。君にやらせようとしているものは比較的信仰などのイメージにより変化しにくい。無論、根源からの距離が遠すぎて魔術師というより魔術使いよりだけど」

 

 そもそも魔術師が魔術を極めるのもそれが一番根源到達に近いからだ。魔術は根源から直接出てきたものなのでその道を辿れば根源に辿り着ける。そう考えるのが魔術師で、魔術は便利だから使おうというのは魔術使いになる。魔術師は言ってしまえばただの研究者でしかないので、戦闘を極めることはしない。しかし魔術使いは見世物としての商売等もあるが用心棒等として戦闘で使うことも多い。

 根源という夢を見ない分、根源から遠くても関係ないので現代魔術に比重が重く行く傾向にある。

 

「まぁ、君は魔術師ではなく魔術使いなのだから当然といえば当然か。先程も言ったように別のサーヴァントを召喚するならそれ相応の準備がいる。聖杯による補助があるわけじゃないんだから口上だけ言っても無駄。触媒もそうだけど」

 

 そもそもサーヴァントを呼び出すなんて大魔術、それも聖杯でもないと抑止力の弱体化等も合わさっていてもシェルターの人達と陸くんが全力を出してもシャドウサーヴァントすら呼べない。せいぜいその土地に馴染む霊を使役する程度だろう。

 

「じゃあケイローン先生は?」

 

 しかしそんな状態でも呼び込まれたサーヴァントが居る。ケイローンだ。

 シェルターに呼び込まれたサーヴァントには百貌のハサンもいたが、彼らの場合は謎だ。今から確かめる方法すらないだろう。

 

 

 

「ケイローンはこの地に対する補助がかかっていたんだ。...あと、何らかの存在からバックアップがあったと思われる」

「そんなの言ってたっけ?」

「...陸くん。彼は天王寺達也についての情報を聖杯から聞き出したと言っていた。つまり聖杯が知識を与える隙があった。」

「それじゃあ聖杯から召喚されたってこと?」

「間違いでは無いだろう。確かに聖杯の補助があったんだと思う。ただし、その聖杯は何者かの悪意によってねじ曲げられている」

「聖杯の泥とか...アンリマユとか?」

 

 陸くんが首を捻りながらも出てきた答えは馴染み深いものだ。

 アンリマユ。ゾロアスター教の絶対悪としてFate関連作品では第四次聖杯戦争の大火災の原因として語られる。hollowataraxiaどういう作品ではアヴェンジャーのサーヴァントとして登場する。最弱のサーヴァントにして人類の最大の敵。

 

「そんな難しい問題じゃあない。その聖杯をねじ曲げたのは天王寺達也に悪意を持つものだ。何せケイローンに与えた情報が悪意しかない。ケイローンがそこだけを覚えていた。という可能性も否定できないが彼はそんなことをするサーヴァントじゃあない。となれば誰かが天王寺達也、もしくは俺を倒すため、いや殺すためにケイローン達に天王寺達也の悪を教えこんだ。あわよくばケイローンに俺を殺してもらおうって考えだったんだろう。今回みたいに協力し合うケースなんて黒幕は考えてもいないさ」

「犯人に心当たりは?」

「あるにはある...けど」

 

 この問題で犯人を求めるのに必要なポイントは二つ。天王寺達也を悪とした動機、そしてどうやってそれを行ったか。先程は簡単に言ったが聖杯に干渉するなんて並大抵の魔術師には不可能だ。もし出来たとしたら、それはかなり上位の存在という事になる。しかしその場合そこまでする必要性が無くなる。聖杯に干渉出来るのであればわざわざ天王寺達也を悪く伝えて殺してもらおうだなんてせずにそのまま殺してしまえばいい。どう考えても非効率なのだ。

 その根底にあるのは天王寺達也に対する強烈な悪意。ただ殺すだけではなく、周りから孤立させ、醜く殺すのが目的と考えるのが妥当だろう。

 となるとどうしても気になるのが葛城財団の代表だ。わざわざ霧彦に調べさせる程天王寺達也のことにこだわり、霧彦の言葉からして大体の行いは理解していたと思われる。短期間で巨大な組織を作り上げるカリスマ。組織力。相当な人物と思われる。そして、陸くんは葛城財団にはサーヴァントを洗脳する、おそらく霊基を汚染する武器を持つと言っていた。つまり、サーヴァントについてそれなりに詳しい知識を持っているということになる。聖杯を汚染出来るならサーヴァントの霊基に干渉するのも可能だろう。

 しかしその場合天王寺達也の息子である自分に向かわせるのが霧彦一人というのがおかしい。霧彦には仲間がいたが一人を残して伊達に殺され、その一人も行方不明。霧彦の話からしてもこちらの手札を全く理解していないと思うほどの過剰すぎる戦闘力だった。もし霧彦が本気でこちらを倒すつもりだったら確実に負けていた。

 そもそもどうやってそれを知ったのか、そしてそれほどの力をどこで手に入れたか。考えれば考えるほど違うような気がしてくる。

 

「なんか違うような気がする。そもそも非効率すぎる。悪意を持った執着...そこまでに至る理由が分からない」

 

 別に理由がわからなかろうと関係ないのかもしれないが、理由がわからないと手を打てない危険性もある。今後生き残りたいなら手を打たなければ確実に死ぬ。倒すにしろ、止めるにしろ、今後引きこもって暮らすなんてことは不可能だろうし、出来たとしてもメドゥーサの宝具と自分の能力のかみ合いが良くないので長時間居座る場所を作るなら誰かしらの協力者がいる。そして自分たちにそんな協力者はいない。

 

「まぁ、根深い執着でも案外しょうもないことの可能性も充分あるから。考える時間が無駄だろうけど」

「結局何が言いたいのさ」

 

 陸くんも困惑しているようで理解のできない問題に首を捻る。

 あくまでこれは予想だが、陸くんはあまり考えるのが得意ではない。今のところ彼自身の問題について考えてない様子を見るに、現実から逃げている...という訳では無いが疑いが足りずに信用しすぎている。

 

「...さぁ。理解したいのか、したくないのか。理解してるのに、理解を拒んでるとも言える。」

「怖い...と」

「笑えよ。女神ステンノ相手にあれだけいいながら、無力に怯えるしかない霊長を」

 

 傍から見ている自分からしたらステンノが恐ろしい。ただ見ているだけでも陸くんの身体が異常性だということは理解出来る。神霊故の気配にアサシンというクラスが持つ気配遮断のスキルとこちらの攻撃を無効化される対魔力スキル。気配遮断のせいでどこに潜んでいるかのかが分からず、盗聴器を始めとした見ていなくてもこちらの情報を盗んでくるような謎の執念深さ。おそらくケイローンと同じように天王寺達也の悪評を聞いて警戒している...というのもあるだろうが、それにしては準備が早すぎる。そもそも順序が違う。ステンノの元々の監視対象は陸くんだ。

 しかしそうだとしても自分に発見されて警戒されることを考えたら取り外す筈だ。工房を作るというのは聞いているはずだし、その場合盗聴器なんてすぐに気付かれることぐらいサーヴァント出なくてもわかる。それをわざと取り外さないというのは自分の方が格が上だという主張だろう。こちらが何をしてきてもすぐに対応できるようにという考えだ。ここまで陸くんの独占に全力を注ぐというのも中々珍しい。それが自分には恐ろしい何を考えているのか分からない。いや、良からぬことを考えているといことだけは確定してわかるのだが。

 

「話を戻すよ。君に必要なのはステンノに()()()()()()()()。君だってステンノに頼りすぎて負担をかけるのは良しとしないだろう?」

「そりゃ...」

「俺が教えられるのは君が別のサーヴァントを使役する為の魔術使いとして必要最低限の知識だ」

「...」

 

 先程陸くんに別のサーヴァントを召喚するならステンノと話がしたいと言ったことを忘れた訳では無い。

 しかしそれでも、このままこの問題を放置させては行けない。本能的にそう悟る。

 

「だからまず聞かせて欲しい。君は...こんな世界でも、地獄でも、君は...生きたいか?」

 

 与えている情報は少ない。陸くんの知っている物と組み合わせたとしても、今彼は自分のことを不幸だと思っていないだろう。

 でも、何故不幸になるかという事は自分から言うべきではない。下手に言い過ぎればステンノに気付かれる、というのもあるがそこまで彼の運命をねじ曲げるのに、誘導するような言葉を言い放つのも良くないからだ。

 自分はそこまで面倒見が良くない。

 

 自分の顔から察したのだろう。何かを尋ねたそうに口を開けたが、その瞬間。

 シェルターの外から爆発音がした。




今回の口直しタイム
今回の話も前回に引き続き魔術の話と考察の話でした。
魔術の話は完全オリジナルです。ロード・エルメロイ二世の冒険とかで細かな描写が出てきたら逃亡します。(割とガチ)
そしてこの崩壊世界についてサーヴァントが新たに召喚できることの考察。他の作品ならまぁそういうもんだろで流せそうですけど零は真面目だから...分からない技術で出来たものとか怖くて触れないタチなんですよ。しかも出てきたサーヴァントが敵対心持ってるから尚更。いやぁ本当に怖いわ...一歩間違えたら崩壊世界全てのサーヴァントが襲ってくるとか王の軍勢相手に戦うぐらい分が悪すぎる...だから慎重。そして割とビビってる。

そして最後のセリフ。かなりの訳ありさんですね。やっぱりこの男はこういうやつなんですよ。


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38話 襲撃者と守り手 その1

前回のあらすじ
なんか変なやつが来ました


 時は少し遡る。

 シェルター。最近はコロニーとしての側面の方が強いが文字通り避難所を示すので戦う事より、守ることに特化している。目の前の川、自然に溶け込む形にして攻めてくる賊から見つかりにくいように。

 

「申し訳ない。ここに天王寺という男が来ていると聞いているのだが...本当ですか?」

 

 そこに一人の男が訪れた。黒髪をスポーツ狩りにしており、ボディビルダーを連想させるような黒光りした体に通常の体に加えて取ってつけたと思うほどつけられた筋肉を持っていて30代ほどの年齢に見える。周りを見渡して探す様子もなく、全部知っているように迷いなく訪れて隠れていた門番に話しかける。

 来た経験がある者たちでも少しは迷うというのに、門番達も全く見た事がない人物だったので驚くが、敵意を示していなかったので持っていた槍を納める。

 

 男の言った天王寺というのは今シェルター内で魔術を教えると言って入って行った男だ。自嘲的な性格をしており、目に生気が感じられない。廃人のような男だ。

 父親が犯罪者らしく、それ相応の扱いをされていたのだろうが門番の男たちを始めとした中にいる人々は疑うことは少ない。

 

 それが、彼らの生死を分けた。

 

「あ、はい。来てますけど...」

 

 門番の男がそう呟いた。

 事実。このシェルターの内部に彼はいる。何をしているかは不明であるが、それがシェルターを守ることにつながるとこのシェルターの主も言っていたのでそれに従っている。

 

「ほう。それじゃあ君達は天王寺を匿っているということか...じゃあ、死んでくれや」

 

 そう男が呟いた瞬間、男の掌が光り出した。何かをすると気付いて門番の男が槍を構えた瞬間、爆音と共にシェルターの外壁を何かが抉った。

 

◇◇◇

 

 爆音と衝撃が響き渡る。元々洞窟を改造して作られたシェルターを塞いでしまうほどの攻撃だ。周りを歩き回っているエネミーの中にこの火力を出せるものがいない訳では無い。しかしそれにしては前兆が無さすぎる。

 サーヴァントだと思って間違いではないだろう。即座にシェルター内部の外壁を全て強化して崩壊を防ぐ。

 

「うわっ!」

 

 陸くんがバランスをくずしてボールが跳ねるように弾かれて行くのを見ながら唇を噛む。最悪の状況だ。陸くんに魔術を教えるという名目で生きる術を与えるために一番の障害となるステンノを引かせる為にメドゥーサに頼み事をしたのが逆手に出た。敵がサーヴァントの場合、勝ち目があるのはこのシェルターが召喚したケイローンのみ。他の戦力は正直に言って役に立たない。葛城財団、もしくはそれに近しい戦力が()()()襲ってきた場合、このシェルターは諦めるしかない。そもそもシェルターの地形からして内部から外部の敵を向かい打つのは相当厳しい。

 

「陸くん!崩れる前に出るぞ!」

「ちょ、ちょっと待っ...」

 

 まずはどのような形でも構わない。このシェルターから出なければ押しつぶされて負ける。陸くんの背中に触れて陸くんの血液を弄ってブーストをかける。

 

「強化、ブースト!」

「ま、ままま...」

 

 陸くんの全身の魔術回路が開かれる。無理矢理開けたので痛みが生じたのか痛む表情をしながらも慌てている。

 

「ごめん、飛んでくれ!」

「あーーれーーー!?」

 

 そのからだを投げるように弾いてシェルターから出す。自分は最悪地形変化で穴を開ければ逃げられるが陸くんは逃げられない。命の重さからしても陸くんが優先だ。

 陸くんの大きな体はシェルターの外壁に身体を当てることなく、導かれるようにシェルターの中を転がるように走る。

 陸くんが視界から消えたのを合図として自分の身体にも強化を加えて外壁に身体を擦り付けながら走る。スピードに乗れず、外壁のヒビに皮膚が引っかかって血が出てくるが気にせず地形変化で外壁を埋めながら血を散らして外部に出る。

 

 外の光が見えた時、強い死の幻覚が見えた。魔力を纏った刃のようなものが飛んできて首を切り落とす、心臓を貫く。避けようとして外壁に強く頭を打ち付けて脳震盪。切り刻まれて出血大漁で死ぬ。

 

「魔力補填、チャージ」

 

 シェルターの外壁で盾を作りながら魔力を片腕に溜める。死の幻覚のイメージが強くなっていく。刃のスピードからして見切れない速度ではない。見えた瞬間に刃を弾く。

 

「3.2.1.今っ!」

 

 魔力を纏った刃が縫われたような形に変化された外壁に命中して壊していく。残った刃に向けて溜めた魔力を放出して刃を破壊する。反動でのけ反った身体に砕けた刃が通り、傷を作るがこの程度の傷で済んだので幸運だと思おう。

 敵の攻撃にしてはタイミングが狙いすぎている。陸くんを見て次が出てくると思ったのだろうが、だとしてもこの狙い方は姿が見えているということだ。

 身体強化で防壁を作りながら光に導かれるように身体をシェルターから出す。視界から情報を得ようとして目を開ける。そこにいたのは怪我人を抱えている傷だらけのケイローン。先程の攻撃から庇ったのだろう。抱えた人が死んでいないことからして流石としか言いようがないが、その代わりにかなり痛手を負ったようだ。そしてノコギリのような刃をした武器を二本持つ大柄の男と、そのそばに立つ同じく大柄で金髪を持った半裸の男。得物は赤い剣と棍棒。特異な魔力からサーヴァント、それもバーサーカークラスの狂気を持っているのは明らかだ。

 サーヴァント、ベオウルフ。クラス名であるバーサーカーの元であるベルセルクと関連性がある為、狂気のランクは低くてもバーサーカーの中でもトップクラスの性能を持ち合わせている。

 2人とも強い敵意と殺意を持っている。それも陸くんとケイローンではなく、自分にだ。狙われている。

 

「零!」

 

 そこまで思考した瞬間、地面に足をつける直前に横から衝撃が来たのでその衝撃に体を任せる。敵からの攻撃では無い。名前を呼ぶのが聞こえたので地面に身体をつけて着地する。

 

「あれが天王寺か、敵のサーヴァントは任せる」

「おうよ。任せろ」

 

 ベオウルフがそう言いながらケイローンの方に走り出すのと同時に敵のマスターと思われる男が持っていたノコギリのような得物を投げる。魔力を纏いながら飛んできたそれは当たれば人の皮膚など切り落とせる強さを持つ。

 

element(エレメント)

 そう言うと同時に地面の砂が拳大程浮かび上がり圧縮される。単純な一小節の魔術だが、それ故に発動が早くこの程度の攻撃を弾くことなら可能だ。

 飛んでくる刃に小指ほどまで圧縮された砂粒が当たり刃が砕ける。圧力から開放された砂粒が散らばると同時にバラバラになった刃が魔力へと戻っていく。その魔力が視界を埋めつくした瞬間相手の狙いを理解して地形変化で自分のいた地面を押し上げる。

 

「そこっ!」

「っ!」

 

 砕けた刃はただの目眩し。狙いはそれを防いだ後の隙に攻撃すること。その思考が正解だと言うように押し上げた地面に何かが命中して衝撃と共に押し上げられた地面が揺らぐ。

 相手にも避けたということはバレた。この場から離れたいところだが、まだ先程の目眩しが続いているので適当に動くことはしない方がいい。目眩しを退けようにもそこで隙を作ってしまっては台無しだ。次弾を避けるか受け止めれば攻撃のチャンスは生まれる。

思考開始。

衝撃から射撃武器、それも強力な魔力を纏った矢か弾丸が命中したと思われる。先程投げられた武器の投擲速度から相手の筋力量を測定。同時に投げられたタイミングと次の攻撃の着弾までの時間から先程の攻撃までの隙を測定。

 

element(エレメント)

 

 再び砕けた砂粒を持ち上げて圧縮して放つ。居場所は先程の二つの攻撃の間の時間が短い、足音がない。などの情報から考えて動いていないことがわかるので先程までいた場所。当てるつもりは無い。時間的に装填していた次弾に命中する。

 

「うおっ!?マジかよっ!」

「燃えろ!」

 

 相手が驚いた声から狙いは当たったというのが分かったのですぐに目眩しの範囲から出て火の魔術を放つ。

 しかしその攻撃も読まれていたのか持っていた弓を盾にして防ぐ。それと同時に再び取り出したノコギリのような剣を二本持って切り込みに来る。相手の体勢が低い。その為か再び放った火の魔術は避けられる。

 相手は武器を持っている。懐に入られたら筋力強化を行っても無駄だろう。

 

「あめぇ!」

「投影魔術...!」

 

 そして同時に男が持ってきた得物の正体を知る。投影魔術で作った模造品だ。

 投影魔術、またの名をグラデーション・エア。模倣品を魔力で物質化させる魔術。本来は失われたオリジナルを数分間だけ自分の時間軸に映し出して代用する魔術であり、外見だけのレンタル。投影した道具はオリジナルの道具と比べると劣化が激しく、さらに時間を経れば投影したものは世界の修正により魔力に戻ってしまう等の非常に効率が悪いため極めようという魔術師は少ない。しかしこのような至近距離での格闘戦に置いてこれだけ素早く投影魔術を使えるのは脅威だ。

 

 男が刃を投影して振るうまでの時間はかなり短い。スパンが短いということはそれだけで隙を作るのが難しくなる。その上一小節の簡単な魔術とはいえ、防ぐほどの耐久力を持つとなるとオリジナルがそれほど強いのかもしくはオリジナルとほぼ同じ程の制度を持つのか。おそらく投影までの時間が短いことからも後者の可能性が高い。

 つまりこの男に勝つには隙を伺っていてはダメだ。どうにか作り出すしかない。できるか、この状況で。正直ケイローンがいつまで持つかというのも大きな問題だろう。怪我人を守りながら戦うのは流石に厳しいと言わざるおえない。ならばできるだけ短時間で決めたいがこちらには決め手がない。高度な魔術を使えば男の得物ごと破壊することも可能だろうが、それほどの時間は相手から貰えないだろう。そもそも出てくるまでの短い時間を狙って仕留めに来るような男だ。下手すると魔術そのものを使う時間を与えられない可能性もある。

 そう考えている間に男はもうこちらの懐に飛び込んでいた。自分の腰より低い体勢を維持しながら突っ込んできた。狙いはおそらく足元。防ぐ時間はない。この一撃を避けることは可能だろうが、その場合追撃は受け入れてしまう可能性が高い。その時により危険度の高い例えば脳等を狙われる可能性も否定できない。

 

「小手先遊びもこれで終わりだ!」

 

 思考開始。

 足元で構えられる。避ける隙も無ければ防御も間に合わない。足を犠牲にしてでも一撃を与えるべきか。いや、ここまで早いのなら一撃殴るより先に頭を狙われる。いくら修復出来たとしても脳の傷は治しきれない。即死だ。

 

「今だっ!」

 

 そう思った瞬間、男の右腕が持っていた剣ごと後ろを巻き込むように振るわれる。そこに人の太い腕が当たり衝撃が走る。

 相手の持っていた剣にヒビがはいり、簡単に砕けた。ただの一撃、しかしそれでもかなりの力があったようで男が驚き対処が一瞬遅れる。

 

「なっ!?」

「陸くん!?」

 

 その男の右腕を剣を砕いた腕が掴み、体制を崩す。柔道のような動きだったがそれには鍛え抜かれた技と言うより圧倒的な力を感じた。そのまま関節を破壊しようと力を込めたと思った瞬間にその男が無理やり腕を振り回して掴んできた人ごと放り投げる。

 男が倒れたので半歩バックステップを踏むと同時に男を倒した相手を見る。小太りの自分より少し若めに見える男性。陸くんだ。

 最初に出会った時のナイフを振るった感覚から戦闘向きではないと思っていたが、まさかこれだけの力を持っているとは思わなかった。

 

 男は追撃の拳を避けた後に左腕に持っていたノコギリのような剣を右腕に流れるように持ち替えると同時に陸くんに向けて振るうが陸くんはそれを反射神経だけで避けて仕返しというように男を蹴り飛ばす。

 男も見る限りかなりのガタイを持っており、見た目だけでは二人で殴っても全く勝ち目がなさそうに見えるのだが、実際は奇襲とはいえ陸くんが攻撃がかなり効いている。単純な出力なら陸くんの方が高そうにも感じる。

 

「あれは強化...いや違う」

「零!大丈夫!?」

 

 陸くんの魔術回路の使用感覚から考えて血液を仲介とした強化を行っていると思ったのだが、あれはそれではない。彼にとって血液は別種のマナプールということだろう。

 いやしかしあの動きはどこかで見たような気がする。

 しかしそれを考えている余裕はない。男は陸くんの動きを把握したのか一度距離を取って弓を展開する。陸くんには力負けしたものの戦い慣れている切り替えの動きだ。先程の弓の火力から考えれば陸くんから離れて置けば反撃の可能性を減らせる。こちらが魔力強化を行い突っ込むことも可能だが、その場合殴り合いに切り替わったら確実に負ける。

 

「おいおいおい!この辺のマスターは戦えないんじゃなかったのかよ!」

「ああ、俺は戦えないさ!()()()()()()()()()()な!」

 

 そう焦るように言いながら男は弓を引く。そこから放たれた矢は地面を抉り、爆発音と共に熱風と衝撃を発生させる。

 陸くんは距離を取られたら勝ち目がないことを悟ったのか接近しようとするが相手の男もそれを理解してか陸くんの前方を狙っている。

 

「陸くん!避けろ!」

 

 地形変化で攻撃するがそれも軽く避けられる。無駄無く、アクロバティックに動いているが動きには戦闘慣れしているからか規則性が見える。とはいえ、隙が無いのでそこから攻撃を出すことも難しい。

 対抗手段がない訳では無いが、この場でそれを見せるのははばかられる。もし相手に逃げられたら。その情報が伝われば全てが台無しだ。公開しても構わない情報だけで戦う。それも、この場にいないメドゥーサに頼らず。

 遠距離で撃ち合っていても埒が明かない。とはいえ、接近して戦って勝ち目があるのは陸くんだけだ。それを相手はわかっているから陸くんを狙っている。ということは陸くんに向けられた攻撃を防げれば可能性はある。

 

「くっ、うわっ!」

「オラオラオラァ!逝っちまいなぁ!」

 

 相手もかなり興奮してきている。追い込めているという自覚はあるのだろう。

 

 思考開始。

 相手の放つ矢の狙いは陸くんの身体、もしくは彼の足元が多い。とはいえ、ばらつきはあるので対象が絞られていない状態で置換魔術を使うのはリスキーだ。

 防ぐにしても相手に公開できる範囲では岩や砂をぶつけるなどしかない。もっと硬いもの、例えば鋼でもあれば話は別だが、岩と砂では一度防ぐのがやっとだろう。その間に策を弄するにはまだ思考がまとまってない。

 動きに合わせるような形でトラップを仕掛けるのは気付かれた際、攻撃の対象がこちらに変わるだけだ。陸くんが突っ込めるので勝ち目はあるがその代わりおそらく自分が死ぬ。

 そう考えている間に相手の放った矢で陸くんが上空に打ち上げられる。避けようとしたところに足元を狙われたのか。

 

「ちっ!」

 

 このままでは着地より先に狙い撃ちされる。前に出るべきか。いや、勝てる見込みもないのに、前に出ても犠牲者の数を増やすだけだ。天秤にかける。陸くんの命、自分の命、自分が秘めている策を出した場合のリスク。

 どれも重すぎて選択できない。しかし、その中でひとつ失わなければならないのなら。

 

ーそんなのさ、ひとつしかないだろう?零。

 

 懐かしいような、忘れてしまったような。そんな声が聞こえた。

 

目覚めよ(call)!」

 

 自分の中を巣食う悪霊を一匹解き放つ。靄のような物を噴き出し、影のように実態がない。人型ではあるものの、足が見当たらない。実態がないからか形は変化し続けて手が段々直線的な形に変化していく。見るだけでも気分が悪くなるような代物だが、これでも自分の使い魔のひとつ。ただ呼び出しただけなので何もする様子はないが、男の視線が悪霊に向く。

 命令を下せ。

 意味(命令)与えろ(下せ)

 

支配者は我、命を与える(Your ruler I give you an order)

「■■■■■■ーー!!!」

 

 悪霊が声にならない叫びをあげる。彼からしたら苦しいのか幸福なのかすら分からない。ただわかるのは視覚として得られる情報。悪霊にかかる靄のようなものがかたまり、形となる。

 

「ーーってめぇ!」

 

 男は悪霊から目を背けてこちらに走ってくる。その判断は正しい。悪霊が何をしようとその前に本体である自分を叩き切ってしまえば済む話だ。

 鋸のような刃が光を乱反射する。

 悪霊に命令を下そうが戦力差は変わらない。悪霊の強さはそんなに強くないのだ。

 互いの距離は10mにも満たない。防御は間に合う。しかしこの場で張り付かれると勝ち目はない。間に悪霊を入れるが悪霊を警戒してか回り込むように走ってくる。

 

撃ち落とせ(Uchiotose)

 

 命令通り、悪霊が動く。モヤは無くなり、形を持ったソレは大振りで爪を振るい加速する敵を狙う。しかし敵はその動きを避けて悪霊の横を通り過ぎる。

 悪霊に対し無理な行動はせず、回避に徹する。狙うは本体、つまり自分だ。

 

「そのまま死ね!」

 

 男の鋸のような剣を防ぐ手段はない。避けるように上半身を捻り、魔力を貯めるがそれより相手の方が早い。

 

 死ぬ。

 相手の得物は英霊を殺すほどの神秘を持つ訳では無い。しかしそれはどこまで行こうとただの人間である自分を殺し切るには十分すぎる。

 切り裂かれる死の幻覚。蹂躙される幻覚。そのどれもが綺麗な切り口を持たない、切り口を油汚れで汚しながら引きちぎるような気持ち悪さを持つ。

 

 腹に何かが突き刺さる。痛みより先に不快感が訪れる。鋸のような刃が腹にくい込んだのだ。

 グサッと音を立ててまた何かが突き刺さる。他の部分もリズム良く次々と突き刺さっていく。骨に到達するまであまり時間はかからない。突き刺さった刃の一つが肋骨に突き刺さる。

 筋組織の一つ一つが突き刺さった刃にまとわりつき、それに対して血液がまるで押し出そうとするように溢れ出てくる。しかしその抵抗も意味無く、刃は素早く筋組織を巻き込みながらスライドしていく。

 身体からの悲鳴はあげる時間が無い。身体を引っ張るように走る刃は、巻き込んでいく組織を蹂躙しながら、破壊しながら通り過ぎていく。

 ブチブチと、わかりやすく引きちぎられる音。内臓ごと引き裂かれるイメージが先行する。悲鳴が上げられない。死のイメージが近付いてきたからか、体内に異物が入ってきたから出てくる気分の悪さを強引に押しとどめながら内臓に刃が当たらないように身体の中に魔力障壁を作り即死だけは避ける。

 皮膚を、神経を、脂肪を、筋肉を、骨を。削り、引きちぎり、蹂躙していく鉄の刃が通り過ぎて行ったのを確認して逆流してきていた血を吐き出す。

 

「零!」

 

 先に着地した陸くんが駆け寄ろうとするが着地に失敗して脚をくじいたのだろうか。その場でうずくまる。

 

 それを見た瞬間、全身が力を失っていた事を思い出す。血が噴き出し続けているため意識が朦朧としてきた。しかしその中で一つの《刺激》が全身を支配する。

 

 痛い。いたい。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。

 

 痛みには慣れた気でいた。いや、慣れなかったから遮断した。その後腕や脚を切り落とされたことはあるので今回も大丈夫だろうとタカをくくっていた。違う。今までのソレとは確実に今回のものは違う。

 この武器はただ切って相手を殺すためのものでは無い。相手に必要以上の痛みを叩き込む拷問道具の類いだ。即死を免れたのが幸運なのか疑わしくなってきた。ただ切るだけでも相当痛いのに、今回のものはそれと比べ物にならない。

 意識はある。魔力障壁のおかけで命をギリギリで失わなくすんだ。ここで意識を失ったら死ぬ。それは理解している。

 しかし身体中の神経が伝える痛みは眠れと悲鳴をあげ続ける

 

「あ...あぁぁぁああああ!イ、イタイ、イタ、イタ、イタイィィ!」

 

 膝から崩れて同時に奈落に落ちそうな意識を舌を噛んで耐える。しかし、その程度の刺激は最早感じられないほどの痛みが全身を襲い続ける。

 

「まだ生きてるのか...さっさと死なせてやるからそこで寝てろ」

「ギ、ギギギギギ...が、アアア!」

 

 耐えろ。

 痛くてもいい。そもそも一撃当たるのは想定内だ。致命傷だけ避けられればいい。それ以外は、無視し続ける事が出来る。

 

「...っ!?」

 

 男の目が変わる。敵を見据える目から敵に怯える目。視界が揺らぐ。

 今の自分がどんな状態かすら分からなくなってきた。ただ、やるべきことは決まっている。ここでこの男を

 

「ー仕留める」

 

 ゆっくり右手を振り上げて傷口に振り落とす。止血目的ではなく、傷口に右腕が入っていく。ミチミチと限界を伝える音を出しながら右腕で傷口の状態を探る。

 傷口を蹂躙していく右腕を残った左腕で掴み、魔術回路を開く。

 

 死のイメージ。

 決して生きてる人間があってはいけない死の焦点。自分が見ているのはソレではないと分かっているものの、本当にそうなのかと疑ってしまう。

 

「はーはーはーはーはーはーはーはー」

「何やってんだ...」

 

 ミチミチ。

 ミチミチ。

 何も入っていない胃が掴める。大腸に溜まった糞の形すらわかってしまう。

 吐き出すほどの異物感。全身を襲う寒気と痛み。気が狂ったのではと言われてもおかしくないこの状況。

 

「お前、本当に人間かよ。この、化け物がぁ!」

 

 男はなにかに助けを求めるように先程腹を切り裂いた得物を振り上げる。乗っていた血液と肉片を辺りに撒き散らしながら襲いかかるその男を、朦朧とした意識の中、じっと見つめる。

 

 アレは危険だ。

 アレはイタイ。

 アレは、トテモ、トテモイタイ。

 

「はー。」

 

 傷口を蹂躙していた右腕を引っこ抜く。それと同時に傷口を修復する。

 痛みは引かないが異物感と寒気は収まる。

 相手の目にそれは見えていないだろう。見えているのはただ、腹を半分ほど切り刻んだのに立ち続ける化け物だけ。

 それをじっと見つめながら自分は未だに血液に染っている右手をかかげる。右手を広げて五指で走ってくる男を隠す。

 

「いい距離だ。飲み干せ(Swallow)

 

 悪霊に命令を下す。

 恐怖を感じて襲いかかる男とそれに反応する悪霊。悪霊が先程まで全く見えなかった大口を開けて相手を飲み込むのに、時間はかからなかった。

 

 

「結界発動。命ある限り命を尽くせ」

 

 悪霊に最後の命令を下してバックステップを踏む。これで種は仕組んだ。後は上手く動いて貰うだけだ。

 先程相手は腹を切り裂かれても立っている自分に恐怖を感じただろうが、それでもまだ立ち上がってくる可能性は高い。本気になってしまえばこんな低級の悪霊などすぐに切り刻まれて終わる。それまでにやるべきことを再び思考。種は仕込んだが上手く作用させるのはこれからの働き次第だ。

 

 

「陸くん!一度戻れ!」

 

 まずは陸くんの元へと走る。すぐにでも勝ち目が薄いケイローンの援護に行きたいので大切なのは陸くんを戦わせることだ。

 陸くんの傷を見る着地に失敗して足をくじいているが訓練の賜物か運がいいのか、傷はもう治っていた。

 

「れ、零!?大丈夫か!?」

「いや、違う。この治り方は...となると、俺の予想が外れた...?」

 

 そう。陸くんの傷の治り方は少し見覚えがある。似たようなものを見たことがある。となると彼はやはり支配されている。

 

「え、えーっと、とりあえず、あれでいいのか?」

「え?あ、いや。陸くん。ちょっと体借りるよ」

 

 頭の中で数多の可能性が浮かんで正解に近づいて行ったが陸くんの言葉で正気に戻る。そうだ。まずは敵の撃退、もしくは討伐だ。考えるのはその後でもいい。

 そう思って陸くんに触れようとしたしたその時、悪霊の反応が急に弱くなった。

 中で正気に戻った男が暴れているのだ。

 

 早い。

 いくらなんでも早すぎる。

 すぐさま右目に透視能力を付与させて悪霊に飲み込まれている相手を見る。

 

「させない!」

 

 相手が弓を引き絞ったのを見て地形変化で岩を目の前に出して視界を塞ぐ。しかしどれだけ変わった形にしようとただの岩なのであれだけの火力を纏った矢が当たれば即座に崩れる。

 

 思考開始。

 相手の脅威は矢の火力、そしてその連射性にあるだろう。そして近づいても自分には勝ち目がないこと。それは逆に言えば自分でなければ、陸くんであれば接近戦に勝ち目があるということになる。だからやるべきことは陸くんに接近戦をさせるにあたり邪魔を排除すること。

 

 陸くんに触れる。そして二人の魔術回路を開く。

 流れる川、海に流れて、80年近い年月を経て、再び雨となる。循環する。魔力が流れていく。高い山から平地に流れるように。勢いよく、寄り道せず。

 

 

「『()()』」

 

 重く、言い放つ。空気が変わったような感覚に囚われるがそれは違う。何も変わっていない。天王寺零の魔術回路(身体)と魂を除いて。

 

 脳内にあるイメージは本。そこに書かれているのは自分ではない誰か。父かもしれないし母かもしれない。名前すら与えられなかったのかもしれないし、歴史に名を残す偉人だったかもしれない。もしくは人ですらない、擬人化されただけの概念かもしれない。本の頁が風に捲られるようにペラペラと音を立てて進む、いや戻っていく。

 それは記録。ただしその記録は天王寺零の持ち物ではない。血液を介した命の繋がり。様々な命が混ざり、紡いだ歴史。そして、原初の一から繋がる道の数々。

 ■■を見た。いや、見た訳では無い。その欠片の片鱗を感じた。たった一瞬、刹那にすら至らない本来人が感じられない程の時間のみ、そしてその欠片の片鱗。しかしそれで十分すぎる。

 

ー今は遠く、欠片を摘むことしかできない最後に至る道。それを辿り、繋がる。

 

 今はその経路を見る。それを書き写すように、記録が繋がる。

 

 彼らのみに許された、その行為。その魔術、その能力。

 

「set指定(include)それは鋼の如く(metal)

 

 天王寺零は、自分は、自分の師とも言える『ある人』の魔術をそのまま転写した。

 




今回の口直しタイム!
前回の話に突如出てきた襲撃者。
零の魔術と陸くんの格闘戦で追い込んだと思ったものの、相手の隠し球のような武器の攻撃を受ける。嘘みたいだろ?こいつの正体一ミリもわかってないんだぜ?

そんな相手に零も切り札を使用することを選択する
『万象』。躊躇がないことからわかるかもしれませんが使用経験自体はあるんですよね。じゃあ切り札では無いのでは?...いやマジでそうじゃん。一応切り札クラスの力があるのでそういうことで。
そしてそこから出されたのは自分の唯一の師ともいえる女性の魔術。ほんとこいつダ・ウィンチちゃんに対しての感情重いな...


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39話 襲撃者と守り手 その2

前回までのあらすじ
安心安全なはずのシェルターに変なやつが来た。
視認したと思った瞬間戦闘が始まる
変なやつはなんか痛そうな(痛い)武器持ってるしサーヴァントは竜殺しだし、こちらにはサーヴァントいないしあれ?これ詰みでは?


「それはダ・ウィンチちゃんお手製の弓だ。マスター君に君は弓道をやったことがあると聞いてね」

 

 彼女は笑う。彼女の言葉決して間違ってはいない。確かに数ヶ月とはいえ弓を触っていた時間がある。

 けど、そんなに上手くないんだけど。そう言おうと思ったがそれは作ってもらった彼女に失礼だと思い黙った。

 そもそも自分は数多くのスポーツをやってきたが全て長続きしなかった。どれも長くて二、三年。短くて1ヶ月。飽き性だったのだろう。

 

「それは弓の形をした魔術礼装さ。さっき渡した腕輪で作った矢を放つ。単純だろ?」

 

 単純なわけが無い。というか説明が適当すぎないだろうか。

 魔術礼装ということは魔術を使う道具ということだ。自分は魔術なんか使ったことないし、そもそも武器なら弓より杖や銃の方が強いのではないだろうか。

 

「大丈夫大丈夫。君が詠唱を唱えれば腕輪の方が君の回路から魔力を吸い上げて自動で矢を作ってくれる。詠唱を唱えずに弓を引けば自動的に普通の矢が生成される。簡単だろう?」

 

 訳が分からない。それ、君の趣味だろう?

 自分は自分の魔術回路の使い方すら分からないのだ。こんな武器があったところで外に蔓延る怪物を倒せるわけが無い。

 そもそも詠唱を覚えることも難しいし、それが出来たとしても戦闘中に言えるとは思えない。

 

「大丈夫。私の予想なら君はとても優れた才能を持っている。とりあえず安全な場所についたら君を弟子にしてあげよう。この万能の天才、レオナルド・ダ・ウィンチが君に魔術のイロハを一から丁寧に教えてあげよう。それなら出来るだろう?」

 

 まぁ、それなら。

 君が教えてくれるなら、俺も使えそうだ。

 何故かは分からないけどとてもありがたい。うん。お願いします。ダ・ウィンチちゃん。

 

「任せたまえ!良いかい。天王寺君。君が生き急ぐ必要は無い。君はゆっくり、着実にその道を歩めばいいんだ。それはきっと辛いだろうけど楽しいだろうからさ!」

 

 彼女、ダ・ウィンチちゃんは笑う。

 ああ、安心だ。友がいて、彼女がいて。戦う力を得られる地盤がある。

 きっとこれから辛いだろうけど俺、頑張って生きてみせるよ。父さん、母さん。

 

◇◇◇

 

 

「ーーーくっ!」

 

 一瞬、夢を見た。平和なようで辛い夢だ。記録を辿る上でそのような物を見てしまうのは仕方ないと言えるがそれにしても鮮明すぎる。その上その魔術を使っている記録でも作っている記録でもなくこんなどうでもいい記録を見ることになるとは。

 

「ダ・ウィンチちゃんの馬鹿野郎...っ!」

 

 絞り出されるようにダ・ウィンチちゃんへの罵倒が飛び出す。なんでこんな時にいてくれないんだ。彼女は確かに多くのことを教えてくれた。短時間であったが万能の天才である彼女に魔術を教えてもらったことで今があると言っても過言ではない。しかし、危険な今、この時にはいない。

 分かっている。いるはずがないんだってことは。けど俺が信じる為には君が必要なんだ。

 

「れ、零?どうした?何かあったのか」

 

 声が聞こえてしまったのだろうか。陸くんがこちらを見ている。その目は同情や哀れみというより困惑。完全には聞き取れなかったようだ。

 

「知らない」

「え?」

 

 言い放った言葉は記録に引っ張られていたようで少しだけ怒りを含んでいた。

 

「...大丈夫。君を出来るだけ強化する。安心して突っ込みなさい」

「え、あ、ああ」

 

 

 とにかく陸くんには魔術をかけていた。それに気づいていない敵は鋸のような剣を再び出して陸くんに向ける。

 陸くんの足の動きが止まる。先程自分が切り裂かれたのを見て脅えているのだろう。無理ない。しかしその心配はもうない。その対策はもう打ってある。

 

「脅えるな!」

「え、ええ!?」

「余裕か!?このデブ!」

 

 暴言を吐きながら男が陸くんの背後に回る。自分が遠距離から攻撃するより陸くんの打撃の方が危険だと思ったのだろう。確かに陸くんがいる以上広範囲の高火力攻撃は出来ない。先程の自分がやられたように陸くんを切られる。そのような死の幻覚は今の自分には見えない。何故ならそれはありえないからだ。

 

 鋸のような刃が陸くんに当たる。当たった場所は首の根元だ。切られたら即死。相手も陸くんの危険度を理解していると言うことだ。確実に一撃で殺しにいっている。しかしその刃は決して陸くんには通らない。

 

「んなーーーっ!?」

「え?」

 

 男だけではなく陸くんも驚きの声をあげる。当然だろう。人の肉なんて軽く切ってしまいそうな刃が陸くんの肌には通らない。皮膚には当たっているのだ。しかしそれ以上刃が進まず男が力を入れても火花を散らすだけで陸くんには傷一つつかない。

 

「存在の強化...いや、単純な強度の強化!?」

 

 男が驚きの声を上げながら何度も陸くんを切りつけるが鋸のような刃が欠けるだけで何も変わらない。金属と金属を勢いよくぶつけた甲高い音がリズム良く鳴り響く。しかしその音は不快だ。

 

「ありえない...!」

 

 甲高い音が響く。しかし陸くんには傷がつかない。

 

「有り得ねぇ!なんでこんな、ありえるわけがない!」

 

 男が一度引いて武器を陸くんに向けて投げ捨てたあと再び作り出してぶつける。しかし結果は変わらない。

 そう。ありえない。傷がつかないことでは無い。確かにそれも無理はあるだろう。人間の皮膚をそこまで強化するのはあの一瞬では厳しいはずだ。しかしそれも不可能ではない。問題はダメージが通らないこと。

 

「痛みの概念武装か?まずはその入手経路、いや記録ルートは教えてもらおうか」

 

 男が勝ち目が無くなったことを理解したのを見て全身を強化させた状態で突っ込む。陸くんにかけた魔術も長い時間は持たない。ここからは時間の勝負だ。

 概念武装。物理的な破壊力ではなく、文字通り概念への干渉を起こす武装を指す。有名なのは聖堂教会が使う灰錠や黒鍵。埋葬機関の少女が使う第七聖典などがある。かのアリストテレスを破壊したブラックバレルもこれに分類される。

 男が使っているのは痛み、もしくは痛覚の概念武装と言った所だろう。そうでもなければ痛覚遮断をしている自分にこれだけの痛みを叩き込むことは不可能だ。

 そして男が使っているのは投影魔術。何処かでその概念武装を見ていなければ投影することは不可能だ。しかもこれ程長い時間、洗練した状態で残っているのだ。おそらくオリジナルを保有しているとみて間違いない。

 

 

「この...概念すら防ぐ...俺の武器を知ってか!?」

 

 男は陸くんを狙いから外して剣を差し出すように構えながらこちらを狙う。

 これは当たりだな。

 そう思い腰にあるナイフを引き抜く。接近戦はこちらが不利。しかし問題無い、あくまでナイフは射出装置の一部に過ぎないのだから。

 ナイフに魔力を込める。

 それを知ってから知らずか男は鋸のような剣を投げてきた。先手を取ったつもりだろう。たしかにまだ陸くんにかけた魔術を自分自身にはかけていない。鋸が刺さればまたやり直しだ。あの痛みは長い時間耐えられるものでは無い。

 しかしそれを地形操作で防ぐ。地面に痛みの概念を与えたところで何も動きはしない。魔術にまで影響を及ぼさないのは修復時に確認済みだ。

 

「いいや。しかし覚えておけ。一度切りつけたのならその攻撃は効かない。そう思っておいた方がいい」

 

 耐性が出来る訳でもない。

 しかし対策は可能だ。脅えて触れないようにする、という安易な対策ではなく効かないようにするという当たり前の対策を打つことが出来る。

 

「概念武装でもかよ...!化け物はどこまで行ってもっ!」

「check」

 

 ナイフにかけた魔力を放つ。地形操作で動かした石版ごと砕き、魔力を男に向かって放つ。その魔力は男の右肩を砕く。骨を砕けば戦意喪失も難しくない。

 

「オラアッ!」

 

 しかしその攻撃は間に入ってきたサーヴァントに軽く弾かれた。そのサーヴァントは別のサーヴァントを小脇に抱えながら男と自分のちょうど真ん中に立ち、ナイフを使った魔力放出を防ぐ。

 

「間に合わなかったか」

 

 軽く舌打ちをしながらそのサーヴァントを見る敵の男と同じ褐色の肌。抱えられているのはケイローンだ。かなりの重症、退去一歩手前と見た。

 

「ベオウルフ!」

「わりぃマスター。ちょっとてこずっちまった。にしてもあんたらしくもない。ご自慢の概念武装がここまで効かないなんてな...何があった」

 

 生身の人間であれば易々と貫いてくれるであろう攻撃もサーヴァントであるベオウルフには傷一つつかない。

 ここでベオウルフがケイローンを抱えているのはこちらに大技を使わせない為か。もしくは

 

 

「何も。俺たちは化け物退治を甘く見すぎていた」

「...そういうことだ。んじゃ俺は化け物を落とす。それまで死ぬなよマスター!」

 

 ベオウルフがケイローンを思いっきり投げる。ベオウルフとこちらの距離は約30m。ベオウルフは遠距離攻撃ができないことを踏まえて考えると接近するまでの時間稼ぎということか。ケイローンを避けることも可能だが、その場合ベオウルフの初撃は受けるようなもの。

 思考開始。

 こちらの勝利条件はこのシェルターの保護、そして生きて帰ること。相手の勝利条件は天王寺零の死亡だ。

 ベオウルフの戦闘能力から考えて自分ではとても勝てる相手ではない。それは陸くんにしても同じ。ベオウルフの宝具が当たれば強化した陸くんの肌も易々と砕かれるだろう。可能性があるとするなら陸くんが相手のマスターを倒してベオウルフを退去させることのみ。

 ベオウルフに対魔力のスキルは無いが直感のスキルを持つ。バーサーカーにしては理性的な動きが可能でありながらその凶暴性は他のバーサーカーに引けを取らない。バーサーカーの別名ベルセルクと名前で関連性を持つだけあり、その能力は相当高い。

 殴り合いは無理。宝具である剣と棍棒は一撃でこちらの体を粉砕できるほどの力がある。いくら治せるとは言っても気絶してしまえば木偶の坊と変わらない。

 

 まずはケイローンを受け止める。使用する魔術は強化のみ。他の魔術を使用してケイローンを止めればその手札をベオウルフにバラすようなものだ。ベオウルフは先程「何があった」と聞いていた。つまりベオウルフは痛みの概念武装を防ぐ方法を持っているとわかっていてもその手段がわかっていない。ならば何をするにしても隠す手札は多い方がいい。

 投げられたケイローンを受け止めてその場に寝かせる。ケイローンは目覚めていない。その間も警戒していたがベオウルフは足一歩も動かしていない。

 何故だ。先程はこれ以上ない隙の筈だ。ここで仕留めてこないということは何が目的なのかわからなくなってしまう。

 

「何が目的...いや、どういう風の吹き回しだ。叙事詩通りの人となり、という訳でもないだろうに」

 

 腕を組んでベオウルフを見る。

 恐怖は完全に隠す。相手に意図を読ませずに意図を読む。

 ケイローンを生かしておく必要性はベオウルフにはない。むしろ殺した方が後々立ち上がってこないことを踏まえて大きなメリットになる。

 

「別に。ただ、そいつは生かしておくメリットがある」

「妙だな。先程まで殺意で満ちていただろうに。戦えば発散されるのか?」

「そいつはお前のサーヴァントじゃない。ここの奴らもお前の部下じゃない。それだけ分かれば十分だ。殺す必要があるのは...お前だけだ」

 

 なるほど。これはいいサーヴァントと言うやつか。

 要するに狙うのは天王寺零とその協力者だけだから必要のない犠牲は出さないと。ここのシェルターのことも考えての動きとみて間違いはない。となるとやはり最初の一撃が分からない。誘い出す為...だろうか。

 そう考えると同時にベオウルフの殺気が強くなる。確実にこちらを殺そうとしてきている。狙いはわかっている。ということだろう。

 

「...天王寺零は俺だ。そういえば彼らは見逃すのか?」

「さぁな。とりあえず、殺し合おうや」

 

 ベオウルフの殺気が一気に強くなる。狂化を全く感じさせない言論。隠しきれな冷や汗が滲み出る。

 ベオウルフは軽く笑う。こちらが脅えているのを理解したか。持久戦は厳しい。しかしこちらに速攻を仕掛けられる武器は少ない。

 

「生憎化け物殺しは慣れてるもんでな」

「そうか...よっ!」

 

 ベオウルフと自分の間に壁を作る。高さ5m。厚さは50cmの岩壁。しかしただの岩で作った壁などベオウルフからしてみれば目隠しにしかならない。

 しかしそれが戦いの火蓋を落とした。

 ベオウルフが突っ込んでくるのが空気でわかる。なんの小細工もない、直情すぎる突進。猪ですらもう少し考えて突っ込む。しかしそんな単純な攻撃であろうと相手はサーヴァント。身体スペックは勿論、武器も戦い方も全てが規格外。

 岩で作った壁を破壊される。武器を振う程度の時間は稼げたと思ったのだがただの突進だけで破壊された。壁から突き出たベオウルフの表情はこちらの意図を読んだように見える。

 

「ならっ!」

 

 しかしそれでもベオウルフの動きは一瞬だけ止まる。その隙間に当てるように岩の塊をベオウルフの頭部から落とし、視線を向けたところに地面から生やした岩の塊で突き上げる。

 ベオウルフの方を見てもダメージはない。しかしそれでも距離は突き放したし時間は稼げた。

 

 その間に地面に触れる。地面が光る。

 

 思考開始

 解析の必要は無い。それはもう済ませてある。必要な手は何かを考えるべきだ。ベオウルフに対し有効となる手だてはなんだ。ベオウルフの死に方。叙事詩での弱点。ダメだ。彼は叙事詩の二部で死んだがその死因はドラゴンとの相打ち。それも老いによる枷があったのはもはや言うまでもない。老いさせる呪いも神秘的な強さは無いのでサーヴァントに通用するものでは無い。ドラゴンに至っては幻想種だ。崩壊世界に出てきている偽物だと先程の岩壁と同じ扱いだろうが本物なら幻想種の竜種なので下手すれば今のベオウルフを倒す程の強さを持つだろうがそれを出すことは不可能だ。せめてその辺に蔓延っているエネミーを引き寄せて混戦状態にさせる程度だろう。しかしそれではベオウルフの邪魔になるかどうかも怪しいし、他に被害を広げてしまう。

 もっと単純なものでいい。バーサーカーの膂力を押さえつけるには岩で固定するだけではダメだ。もっと強い概念。例えば吸血鬼に対する大聖堂。死者に対する冥界。

 

 思考を止めるな。魔術を行使するにしろ、別の行動をするにしろ思考が止まったら終わる。身体で負けているのなら頭の回転で勝負するしかない。

 

「そんなんじゃなくて...もっと、力で、こい!」

 

 ベオウルフが着地した後即座にこちらに狙いを定めて走ってくる。逃げ道はない。地形操作である程度邪魔はできるがそれまで。途中途中で作った岩の角錐を得物で粉砕しながら走ってくる。

 

「俺を幻想種か何かと勘違いしてるのかあのバーサーカー...!」

 

 何がなんでも無茶苦茶だ。メアリー・リード&アン・ボニーでももう少し警戒して戦っていた。

 

 しかし相手がそうならこちらもそれに合わせて戦うしかない。彼の理性的な部分を刺激出来ればまだ方法はあるかもしれないが、このままでは難しい。

 

「オラアッ!」

「ヤッパムリ」

 

 ベオウルフの棍棒の一撃を地形操作で何とか流す。直撃を食らったらおしまいだ。そんな状態で相手に思考の隙を与えたところで突っ込んでくるだけだ。魔力放出で何とか距離を取るがその距離も一瞬で詰められる。

 トラップを仕掛ける時間もない。どうにか加速した思考を最大限に使い動きを読んで距離をとるのが限界だ。動物的な動きはそれ故先読みしやすいが強力なのは変わらない。謎の勢いというものがある。

 

element(エレメント)!」

 

 岩を圧縮させてベオウルフに向けて放つ。しかしその一撃もベオウルフに対しては蚊に攻撃されているレベルなのか全く気にもしない。しかし目眩し程度にはなった。

 

「落ちろ!」

 

 ベオウルフの足場を軟化させてベオウルフを中に取り込む。しかし軟化させただけなので体勢は一瞬だけ崩れたが即座に立て直す。

 ヘクトールには通用した手だったので同じく戦士として優秀な手練であるベオウルフにも通用すると思っていたのだがまるでその手札があると知っていたように元に戻った。

 

「ああ、そういう」

「どうした!?得意の魔術もそこまでかぁ!?」

 

 ベオウルフは今度こそと言うように剣を持ち直し走ってくる。その速度は軽く自分の二、三倍は出ているだろう。それを捉える手立てはない。

 本来なら。

 

 ベオウルフの剣が首に当たるイメージ。いや、これはイメージではなく現実だ。ただまだ血が出てない、切り落とされていないだけ。あと刹那の時間を与えれば自分は殺される。首を切られて頭と胴が離れる。それは再びくっつくことはなく、ただ無いものを探すようにとめどなく血が溢れるだけ。

 

 本来なら。

 

『万象』

 

 ドクンと自分の中に流れる血液に何かが混ざる。神経、リンパ系、血管。その全てを魔術回路として擬似使用する。

 バチバチと何かが弾ける音と共に来る痛み。この程度ならまだ痛覚遮断でどうにかなる。

 

 多くを見る必要は無い。必要なのは欲しいものに関係する記録。世界中の本棚から一冊の本を探すにもジャンルに分けた方が早いのは当然のこと。分けて、積み上げて。纏める。

 

 必要なのは素材だ。しかしどうせ贋作なのだから近いものでいい。遠く、力を使わなければなんでも。

 ああ、いいものがすぐ近く、自分の肌に触れている。

 

 

 

「ーーっ!?」

 

 ベオウルフが勢いよく下がったのが見えた。恐怖ではない。戦士として身についた勘。それが敵に対して危険という反応を示す。

 正直な話、本当にベオウルフが狂気しか無かったら今の瞬間に殺されていただろう。先程はムリと言った理性的な部分を刺激するというのも間違いではなかった。

 

 

「お前の死はもう見えた」

「お前...なんだそれは...魔術...か!?」

 

 ベオウルフが驚くのも無理はない。その手にあるのは本来ならあるはずのないものだったから。

 

「ふざけるんじゃねぇ...化け物なんて、冗談として笑いたかった」

「それは難儀だな。しかし化け物退治は得意だと言ったのは貴方だろう。ベオウルフ」

 

 全身から血が溢れる。血管が切れたんだ。そう血が滴る感覚で理解する。

 ベオウルフは拳を構える。もう武器は必要ないということだろうか。本来拳で来るというのは笑い話になるほどの行いなのに、それでも彼の目は本気だ。とても強いと理解できる。

 それに対しこちらが作ったのは赤い布だ。しかしそれはただの布では無い。先程までの攻防でこちらの敗北は決まった。いや、こちらというのは間違いだ。この場合天王寺零の敗北、と言うべきだろう。ならばするべきことは簡単だ。勝つのではなく負けない。これはその為の()()()()

 

 ある守護者がいた。

 みんなが幸せであって欲しいという願いに縛られ、自分自身を破滅に導いた守護者がいた。

 これは、彼の過去。まだ少年のその男(アラヤの守護者になる前)がそれとはまた別の平行世界で身につけた概念礼装。

 自分が見たのはその結論。それに至るまでの感情の動きはひとつも理解できなかったものの、その力だけは完全に理解した。

 魔力殺し。

 マルティーンの聖骸布。

 それがこの布の名前である。

 

「援軍が来るのが先か、彼が勝つのが先か、俺が負けるのが先か。勝負だ。竜を倒した英雄」

 

 その言葉を皮切りに一人の魔術師とサーヴァントは弾かれたように飛び出した。




今回の口直し
重い...最初の最初からこいつダ・ウィンチちゃんに対する反応が重い。女の子ならヤンデレヒロインとして属性つけられていたでしょうけど残念。こいつ男なんだ。男のヤンデレとか誰得だよ!?
と冗談は置いておきまして陸くんを超強化して敵前に投下するの普通に非人道的で笑う。
ベオウルフが来たらきたで仕方がないと言え陸くんをその場に放置+概念武装持ちの相手を丸投げってお前...陸くんは戦闘素人なんだぞ...!
「俺を幻想種か何かと勘違いしてるのかあのバーサーカー」とかは零らしくないですがどちらかと言うと素の台詞ですね。
とはいえ身体スペックが何倍もある相手に魔術だけで勝負してるので十分頑張ってはいる...けどまぁ、勝てないですね。はい


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40話 襲撃者と守り手 その3

いつの間にか2ヶ月ぐらい経ってる...怠惰にも程があるのでは?
それはそれとしてソードアート・オンライン作中での今日はsaoの正式サービス開始日ということで賑わってますね〜
蒼穹のファンファーレ好き



 思考開始。

 ベオウルフの拳の威力は竜殺しの逸話に正しい力を持っている。

 宝具、源流闘争(グレンデル・バスター)の発動条件である残りの二つの宝具である赤原猟犬(フルンディング)鉄鎚蛇潰(ネイリング)の破壊は見られなかった。隠れて行っている可能性もあるがまだ発動していないと見るべきだろう。

 この宝具は破壊力自体も危険だがそれより危険なのは原始の闘法であるが故に見切るのが厳しいということ。サーヴァントであろうとなかろうと大体の攻撃で死に繋がる等まだ耐久力が人間の範疇に収まっている自分には敵の攻撃はいなすか、かわすことが基本となるのでこの効果はかなり厳しい。

 となると頼りたいのが先程作り出した概念、マルティーンの聖骸布だが、これは英霊の力を抑え込めるほどの力はない。この概念礼装の効果はある事象を封じることと、正常に戻す効果。これでベオウルフの源流闘争(グレンデル・バスター)を封じると同時にベオウルフの動きそのものを止めてしまうのが狙いだがそんなに上手くいかないものと言うのはよくわかっている。

 

 思考終了

 

 

 地面に魔術陣を刻みながらベオウルフの猛攻を必死に避ける。

 ベオウルフの動きが先程より精鋭化しているのは『万象』を見た事で自分の能力の危険度を知ったということだろう。マスターが投影魔術を使っていることから勘違いしてくれればいいと思っていたのだが、それは逆にその危険度をより大きく、拡大解釈された可能性も考えられる。

 

「相変わらず、運の悪い」

 

 自分の不運を呪いながらベオウルフから距離を取る。ベオウルフが拳で戦うようになって良かった点といえばリーチが短くなったことだろうか。

 単純な速度ならどれほど強化を施してもベオウルフに負けているものの、体格差故か小回りは圧倒的なこちらの方がある。

 

 ある程度距離を取って魔術陣を作成してベオウルフの拳が当たらないギリギリの距離で魔術を行使しながら退避してまた距離をとるという流れ作業になってきた。

 しかしそれでもベオウルフの拳を避けるのは簡単ではない。頭痛がするほど思考を加速させてどうにかベオウルフの動きを見切って避けているがこれもいつ限界が来るかわからない。その上、宝具発動されたらこの思考加速による予測も効果があるか分からないのだ。どこをどう見ても相性が悪すぎる。まだケイローンの動きの方が読めていた。

 

「ちっ!」

 

 とはいえベオウルフも焦っているのは理解出来る。ベオウルフは自分がマスターであり、ベオウルフの伝説についてある程度の知識があるということはわかっているだろう。そして、その宝具の効果も。 

 魔術陣も下手にかき消す訳にもいかず、だからといって範囲が及ばない場所まで逃げるとマスターを狙われる危険性が高くなる。

 

 

「宝具は使わないのか?」

 

 カラッカラになった口から絞り出したような声が出る。

 煽りのつもりだったがベオウルフから見れば息絶え絶えの敵がもう限界と言っているようなものだろう。

 その証拠にベオウルフは軽く微笑みながら飛ぶように突進する。振るわれる拳は先程より早く、そして荒い。文字通り力任せの猛攻だ。かわしたことにより自分の真横を通過した拳が地面に当たり、地面を割る。

 それに動じず、ベオウルフに触れて軽めの呪い(カースト)を仕込む。

 

「全力で来いってか?いいぜ、やってやろうじゃねぇか」

 

 ベオウルフが一度距離をとる。宝具の真名解放の合図と言える状態だ。残り二つの宝具の破壊条件は満たしたのか。それとも魔力にして霧散させるだけで十分なのか。

 急いで地面に手を当ててできる限りのトラップを仕込む。自分はあくまで負けなければいい。陸くんにかけた魔術も自分に痛手がなければもうしばらく持つ。

 

「...来い」

 

 ベオウルフの肉体が熱を帯びていく。

 同時に増すのは殺気か、根気か。

 ベオウルフの身体ステータスが一時的に生前のものへと回帰したのを確認。今自分の目の前にいるのは人がクラスという器にはめたことで召喚可能にしたサーヴァント(使い魔)では無い。本物の叙事詩に出てきたベオウルフそのもの。

 年老いて尚、竜殺しをした人理の英雄。

 

「ああ、これが闘いの根源だ!要するに殴って蹴って立っていた方の勝ちってやつよ!源流闘争(グレンデル・バスター)ァァァ!」

目覚めよ(call)!」

 

 原始的な拳と同じく原始から繋がる魔術がぶつかり合った。

 

 

◇◇◇

 

 零がベオウルフを引き付けて数分。いや、ベオウルフが零に向かって動き出して数分。零の方は確認することすら難しいが時折爆音と共に衝撃によって発生した風が流れて来る為ヒヤヒヤする。

 

「概念の防御...!こっちの得物は全部通さないってかよ。そんな魔術が三小節で出来るわけねぇだろ、普通...大魔術の部類だぞ!」

 

 その間相手の概念だとかなんとか言っている相手は様々な武器を出しながらこちらを攻撃してくるがそれを全て受け止めながら相手の関節を破壊しようと狙っていく。零は脅えるなと言っていた。つまりあの時点で相手の火力を大体把握してその対策を全て魔術で解決したということになる。仕組みは分からない。自分では一生費やそうと理解出来ない事を呼吸をするかのように彼は行った。魔術師として自分の実力を示すのではなく、戦って、勝って、守るために。

 

「ベオウルフ!...ちっ、押し通る!」

 

 自分のサーヴァントの名前を呼ぶがサーヴァントからの反応は無いようだ。零がまだ耐えているということだろう。

 相手もまた武器を変えて振るってくる。かわしきれずに横腹に当たるが衝撃が一瞬走るだけで、その武器は弾かれる。鈍い音が響き、恐怖を煽る。しかしその武器は人の体に傷一つつけられていない。

 

「剣はダメだな。なら、打撃か。投影できる打撃武器...投影開始(トレース・オン)

「トレース...!?」

 

 耳に響くような声を出しながら男が武器を変更する。切るのではなく叩く。刃は平たく、欠けることを考える必要が無い。柄は長く、遠心力に任せて先端の威力を高める。

 

ロングハンマー。

 

 先端は黒い金属であるが柄はただの木製だ。破壊することも可能だろう。手を伸ばす。これを受けてはいけないと本能的に理解したのだろう。

 掴んでしまえば折るのは難しくない。そのまま相手の関節を砕くことだって可能だ。掴んだら勝てる。それは理解している。

 

「遅い!」

 

 そう思うも束の間、ハンマーの先端の金属が形を失った。いや違う。早すぎて目に捉えられなくなった。

 

 金属同士がぶつかり合う。一つは純粋な鉄の塊、一つは概念まで保護した守りの形。

 

「ん、ぐぅ!」

 

 口が変形したのか変な声が絞り出される。 男の膂力を受けて強化された槌は大岩ですらヒビを入れるだろう。

 しかしそれでも魔術で純粋に高めた硬度には追いつかない。白島陸の体には傷一つつかない。

 そう。目に見える傷は。

 

「い、ったぁ...」

 

 脳が震える。その身体を襲うのは単純な脳震盪。わかりやすく傷が出て、血だらけになったり、内出血により肌が赤くなったり、青くなったりするのではない。それは防いだ。しかし防いだのはそこまで。

 理解できない。今までの攻撃の全て防いだはず。痛みは存在しない。そのはずだ。なのに全身が強ばっているのか力が抜けない。

 

 

 ガツン。衝撃と共に響く音が二度目を受けたと理解させる。傷はない。しかしまた脳が揺れる。

 

 ガツン。三度目だ。

 意識が遠くなっていく。力が入らなくなり、足元が覚束無い。車酔いをしたように気持ち悪い。吐き気を感じる。

 

 ガツン。ガツン。ガツン。ガツン。

 止まることなく繰り出される連撃。単純な衝撃故に防ぐ手段を自分達は用意していない。

 

「あ、ぐ...」

 

 口からうめき声が絞り出される。正直立っていることもやっとだ。視界が揺らぐ。視界の端から形があやふやになっていく。

 

 男は何も喋らない。ただ黙々と作業のようにロングハンマを頭に向けて振り回すのみ。自分の作戦が成功しているのかどうかも分からないのだろう。ただ振り続けるのみ。余裕も油断も見えない。

 

 ガツン。ガツン。ガツン。ガツン。

 もう何度食らったかも分からない。まだ血が出てきてくれた方が意識を失えるというのに、これでは死ぬ直前で止まってしまった身体のようだ。

 音が遠く聞こえにくくなっているのに、視界を閉じることが出来ない。

 

「あ、あ...」

 

 ただ出来るのは腕を前に出して頭に当たる攻撃を少しでも防ぐことだけだった。

 

◇◇◇

 パラパラと音を立てて先程まで砂だった石版が元の形を思い出して舞い落ちる。

 砂が舞えば視界が悪くなる。オマケに砂が目に入れば痛くて涙が出てくる。

 

「う、が、はっ...」

 

 その中で溜まった胃液を吐きながら気道を確保する。そうでもしなければ呼吸すらままならない。肘と膝を地につけて必死に意識が飛ぶのを防ぐ。

 下に溜まるのは血液。自分のものか相手のものかすら分からないそれは刻んだ魔術陣に犯して知恵を冒涜するようにかき消していく。

 

「はぁ、はぁ、化け物...だな」

 

 しかし、目の前の敵は息を切らしながらも何かに身を委ねることなく、立っていた。黒い皮膚は所々焼けている。

 こちらが行使した魔術により全身は傷だらけだ。しかしそれでも竜殺しの逸話を持つ英雄は負けなかった。

 たった一撃。自分に触れたのはただそれだけだ。しかしその一撃で勝負は決まった。いや、それだけあればベオウルフの勝利は決まっている。それは理解していた。

 だから理解していた。自分は勝てないと。だから時間稼ぎに集中をして、宝具の連続使用による、膨大な魔力消費を狙ったのだが、裏目に出たようだ。

 

 腹からはもう何も出なくなり、ついには臓器すら逆流してくるのではと思う程吐き気が止まらない。先程切り裂かれた後の修復が下手だったか。

 今からの修復も間に合いそうにない。先程の攻防での魔力消費量も馬鹿にならない。何より、思考が濁ってきた。この状態では修復なんてできるわけがない。

 

「だが、ここまでか」

 

 ベオウルフが呟く。

 足音が聞こえる。これが止まった瞬間、自分は死ぬ。

 陸くんの方は大丈夫だろうか。本当ならもう少し踏み込んだ強化をした方が良かったのだが、それ以上はどうしてもステンノに気付かれる。もしくは彼の中のものを呼び込んでしまう危険性を孕んでいた。しかしそれでも陸くんの安全を第一に考えるべきだっただろう。

 

「全くー」

 

 サーヴァントの気配は立ち上がることすら出来ないケイローンとベオウルフのみ。メドゥーサが気付いて来てくれるのは希望的観測すぎたようだ。そもそもメドゥーサは現在ステンノの相手をしているのだ。メドゥーサが来るということはステンノにこの件をバラすということになる。その場合、ステンノとの戦闘は避けられない。それは避けたかった。それがメドゥーサの望みだったのだから。

 

「ー嫌になる」

 

 ここまで来て他人の心配か。自分は死なないとタカをくくっていたのだろう。これがそのザマだ。ベオウルフが宝具を解放してから、戦いは一瞬で終わった。盾の設置、製作した概念武装の使用、トラップの発動。全て想像通りに進んだ。想像以上だったのはベオウルフの膂力だ。

 ベオウルフの一撃は自分が用意した準備を全て打ち砕いた。その代わりベオウルフも相当のダメージを受けたようだが、まだ息切れした程度だろう。殺しきることも出来ず、生き残ることも敵わない。

 

 せめて思考さえ纏まれば反撃は可能だと言うのに、こんな時に限って正常に動いてくれない。

 

 嫌になるほどの死のイメージも今はかなり控えめだ。

 本当に嫌になる。ずっと嫌ってきたものがないと不安になるだなんて、精神が弱っている証拠だ。

 

「ああ、俺もだ」

 

 足音が止まった。吐瀉物と血液が入り交じった色をした地面に影がかかる。

 不思議と恐怖は感じない。その代わりに湧き上がるのは苛立ち。全く馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 全ての対策を自分で諦めている。これは自分がどれだけ強かろうと相手がどれだけ弱かろうとそうなってしまったものはどうにもならない。

 

 ベオウルフの握り拳が見える。防御手段はない。それを受け入れるしか自分には道がない。そしてその道の先は、何も無い。ただ怪物として処理される自分。

 何故か遠くで陸くんの似たような死のイメージがリフレインされる。なんで思考が濁るのにこんなに鮮明に他人の死のイメージだけは見れるのだろうか。

 そう思った瞬間、頭の中で何かがバチンと音を立てて弾けた。

 

「なんだと!?」

 

 ベオウルフが驚きの声を上げながら二、三歩後ろに下がる。いや、下げられた。ベオウルフに()()()()()()()()()()

 その証拠としてベオウルフのいた地面には強く踏ん張ったのだろう。二本の線が出ていた。

 

「ちっ...いつから...こんな仕掛けを!」

 

 ベオウルフは何も無いところに手を伸ばして当たりを探るような仕草をするが当然何もあるはずもなく、後ろに下げられていく。

 ベオウルフはこちらを睨みながら言っているのでこちらが仕掛けたと思っているようだが、自分は何も知らない。ベオウルフに仕掛けた仕掛けは全て先程の攻防で消費した。その筈だ。もし何かあるとしたら第三者の介入。

 

「やっと、やっと間に合った。」

 

 不意に声が聞こえた。小さく独り言を言ったつもりだったのだろうが、その声がやけに透き通っていたので周りの雑音を貫くように真っ直ぐ聞こえた。

 それはシェルターの上部に余裕そうに腰掛けていた。シェルターの人たちも声が聞こえるまで全く気が付かなかったようで我先にと逃げ出し始める。

 非常事態のはずだ。敵か味方か、理解できない相手との遭遇。予想通りでないのなら何らかの対処は考えなくてはならないはずなのに心は何処か安心していた。

 しかし何故かその答えを自分は知っているような気がする。

 

「やっほ。レイ君」

「あ...」

 

 そこにいたのは一機のサーヴァント。

 記録で見た、夢の中で出てきたサーヴァント。

 白人を思わせる白い肌。それは綺麗でもあるが血を失ったようにも見える。女性なら誰もが羨むであろうプロポーション。しかし彼女は全くそれを気にして無さそうだ。今は座っているが背丈はメドゥーサや自分と同じぐらいだろう。

 まるで人形のようだ。

 人が人の美を探究した結果生まれた人に似せて作られた美。自分には彼女がそのように見えた。

 

 

「サーヴァント、アサシン。主の危険を感じて参上致しました。全く、なんでこうなるのかなぁ。どこまで行っても可愛くて不器用な人」

 

 そのサーヴァントは腕を軽く上げながら、軽くほくそ笑んだ。




今回の口直しタイム
サーヴァント、それも竜殺し相手に耐えるだけなら善戦するのシンプルに強いはずなのに弱く見える零。
いやこいつシンプルに格上と戦わされすぎて当たり前のように負け戦ばかりなの主人公じゃねぇ...翔太郎戦とかお情けで勝ったみたいなもんやろ

それはそれとしてまた格上と戦わされるコラボ先主人公陸くん...こいつら互いに逆と戦った方が良かったのでは?
硬かったら衝撃で殴ればいいという脳筋理論で負けちゃいけないと思う...

そして華麗に出てくるオリジナルサーヴァント。綺麗なお姉さんです。
「やっと、やっと間に合った」これが全てを物語る。


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41話 襲撃者と守り手 その4

これまでのあらすじ
とある場所にある洞窟を使ったシェルターに侵入してきた謎のマスターとバーサーカー、ベオウルフ。
その戦闘で激しい損傷を負った天王寺零は自分の死を覚悟する。

そこになんの前触れもなく急に現れた謎の美女サーヴァント。
アサシンというクラス名だけ名乗った彼女はかのドラゴンスレイヤーと相対する。
下手な英霊では即座に肉片となるような相手なのに、アサシンはホッとした表情で言う。

「やっと、やっと間に合った」と。


 突如として現れた謎のサーヴァント。アサシンのクラスだと名乗ったその女性のサーヴァントは軽く手を挙げながら指を遊ばせる。

 

「って、めぇ」

 

 ベオウルフが怒りを抑えきれないようで強くそのサーヴァントを睨む。その殺意は自分に向けたものに匹敵するだろう。

 しかしそのサーヴァントはビクリともせず、黙々と手をあげて指を遊ばせる。いや、違う。指から出ている何かがベオウルフの邪魔をしているのだ。

 

「ハイハイ。そこまで。もう宝具の解放も出来ないんでしょ?そんなサーヴァントが怒ったところで怖くなんてありません」

 

 女のサーヴァントはそう言うと腕を高く上げて素早く振り落とす。それに従うようにベオウルフの身体が上がったと思ったら即座に地面に叩きつけられた。

 それと同時にベオウルフが何かに縛られる。それは細くて先程までは全く見えなかったが、ここまで密集しているとよく見える。白い糸だ。

 

「...糸?」

「ええ、私、蜘蛛なの」

「っ!?」

 

 ベオウルフに縛られた糸に意識が向いたので女のサーヴァントが近くに来ていることに気が付かなかった。

 勢いよく逃げようとするがそんなことが出来るはずもなく、地面に倒れ伏す。

 本能が感じていないが相手はサーヴァントだ。それも先程まで感知出来なかったことを踏まえるとクラスはアサシンで間違いない。あえて間違えたクラスを言って混乱させるという目的では無い。そうなれば単純に殺しに来たと考えられるだろう。

 

「ああ!ごめん!大丈夫!?悪戯もやりすぎちゃったかなぁ...って傷だらけじゃない!?見た目...は、兎も角!中がぐちゃぐちゃじゃないの!ちゃんと修復したの?それともベオウルフにやられた?」

「え、あ、え?」

 

 そのサーヴァントは謝りながら傷跡に触れて治癒魔術をかけ始める。勘違いではない。本気で心配している。それにその治癒魔術も簡単なものでは無い。その術式も何もかなり高いレベルのものだ。アサシンクラスだからといって魔術を使わない訳では無いが、それにしてもレベルが高い。

 

「んー、やっぱり治癒の効き目が...修復と破壊を繰り返すとここまで疲労するのね」

 

 その治癒魔術の効き目が悪いと見たら少し上を見上げて考えるような仕草をした後別の魔術をかける。しかしそれも効き目が悪い。

 正直な話、先に思考の方を戻してくれれば自分でやった方が早い。しかし混乱したこの状態では流石に厳しい。

 

「ま、待って...」

「大丈夫。君の身体にだって別に効かないって訳じゃないから、お姉さんに任せなさい」

 

 そう言って小さくガッツポーズのようなポーズをした後、また術式を展開する。

 しかし聞きたいのはそこではない。それどころかなんか妙に話をずらしているような気がする。勘違いだろうか。

 

「い、いや、そうじゃなくて」

「ん?もしかして忘れちゃった?私、かなり忘れられにくい体質だと思うんだけど。()の仕掛けたリミッターの中でちゃんと会いに行ったんだけど、覚えてる?」

 

 彼の仕掛けたリミッターというのは先日見た夢のことだ。

 燃える街に逃げる人々。知っている。未来の自分を名乗る者がそれらを殺し、これが未来だと見せつけたこと。これのどこがリミッターなのか分からないが、そこに彼女はいた。すぐに焼かれてしまったが。

 しかし問題はそこではない。

 

「ああ、覚えて...は、いる。」

「じゃあ、ベオウルフのこと?大丈夫。それなら暫くはあのままよ。私の糸は特別製でね。いくらドラゴンスレイヤーとは言っても力では消せない。切りたいならより強い概念で叩き潰すかしないといけないから」

 

 それはまたいい情報を貰った。

 力では切れない糸。神話や伝承にそのような文献は少ない。しかしサーヴァントはそこに完全に沿うという訳では無い。

 例えば神代のサーヴァントは伝承をはるかに超える力を持っているのは当然、いや寧ろそれ以上に優れた力を持つと言えるだろう。

 

 しかし知りたいのは、そこではない。

 理解はしている。彼女は意図的にこの質問を避けている。これは嫌っている、ということでもあるがそれ以上に聞いて欲しくない、知って欲しくないと思っているということだ。メドゥーサと同じ、伝えてはならない情報があると思っている目だ。

 しかしそれを知っておく必要性がある。どんなに嫌がろうと、それを知っておかないと信用することすら難しい。

 

「だからそうじゃなくて、何故、助けた?」

 

 そう聞くとそのサーヴァントは一瞬だけバツの悪そうな顔をしたが、即座にそんなこと無かったかのように、とぼけるような声を出した。

 

「え?そりゃ、君が私のマスターだからよ。サーヴァントはマスターがいないと存在すら危うい。まぁ今はあのロクデナシ(別の奴)と契約交わしてるけど、いずれ切るから」

 

 理解ができない。彼女の言う別の奴というのは夢でも言っていた人物だろう。誰かという特定は全くできないがその別の奴というのは自分より無能なのだろうか。それにしても優秀だとしてもベオウルフ相手にここまでするデメリットの方が圧倒的に大きいはず。何が目的なのだろうか。

 

「そんなに俺が優秀に見えるか...?ボコボコにされていたのに」

「?優秀かどうかなんて私には関係ないんだけど、ああ。そっか。うん、実は言うとね私、君のこと君以上に知っているんだ。だから言える。君には私が必要なんだって」

 

 またもや理解できないことを言った。自分には彼女が必要というのは今回の件だけ見ても頷けてしまう。実際味方がメドゥーサだけなら今の戦いで自分は死んでいた。

 しかしそれはあくまで自分の事情だ。彼女に自分を味方する理由にならない。本当に知りたいのはそちらの方だ。しかしここでそれを問い詰めても、上手くはぐらかされるだけだろう。ここは彼女の口に乗っておくか。

 

「ああ、何となく...理解してる」

「え?そう?ああ、()の記録を見たのね...全く。いい?君は直ぐに死ぬって思っているだろうけど、違うのよ。()に言いなさい、俺は生きたいんだって」

「...え?」

「まぁ、それは込みしても私、あいつ嫌いだけど。はい、おしまい。どう?魔術が得意ってわけじゃないけど、私割と頭いいのよ」

 

 修復した胸部をパンパンと軽く叩きながら彼女はいう。確かに効き目が悪いとはいえ不可能では無いようだ。時間が経ったからか、澱んでいた思考も纏まってきた。今すぐに陸くんの援護をしなくては。もうかけた魔術も解けてしまっているだろう。

 

「...あ、治って、る」

「でしょう?さぁ、ベオウルフが糸を解く前に逃げるわよ。女神にここがバレた以上ここに長いする訳にも行かないでしょう?」

「悪いがそれより優先する事がある。その話はまた後で」

 

 急いで陸くんの元まで走ろうとしした瞬間、強い死の幻覚が見えた。鋸のような武器が投げられてそれに巻き込まれ自分が死ぬ幻覚。

 それを見た途端何かが投げられたのが見えた。すぐ様それを魔術で弾く。

 これはジャブだ。そう考えるのは難しくない。何故なら投擲された武装から考えて相手は先程のベオウルフのマスター。目的はベオウルフの奪還。陸くんが敗北したのだろう。

 ならば相手が次に取る手はベオウルフを縛っている糸の解体だろう。確かに相手の痛みに関係する概念武装なら先程言っていた強い概念で叩き潰すという方法をとることが出来る。

 だからこそ先手は取らせてもらう。

 

「アサシン!」

「はいはーい」

 

 (自称)自分のサーヴァントであるサーヴァントのクラス名を呼ぶ。アサシンのサーヴァントは自分の思考を理解したようにベオウルフの方まで跳ぶ。

 それを見届けたあと、剣が投げられた方向まで走る。陸くんが負けたとしてもベオウルフのあの対処から考えて命はまだある可能性が高い。それにかけて走り出す。 

 距離はそこまで遠くはない。自分がベオウルフとの戦闘時に逃げ回っただけで陸くん達が戦っている場所は大して変わっていない。筈だ。

 

「陸くん!」

 

 名前を呼びながら彼らがいたであろう場所に立つ。そこには何も無い。陸くん所か、ベオウルフのマスターも、シェルターの人達もいない。

 シェルター内部に幾つかの魔力反応があるのでシェルターに逃げ込んだのかと思いたいが陸くんには自分の血液を混ぜているので魔力反応も多少自分に近くなっているはずだ。しかしその反応が見当たらない。

 殺されたか。

 そう思っていると一つの魔力反応が接近しているのを感じた。陸くんのものでは無い。となると相手は一人。

 背後から迫ってきている。

 

「その前にっ!」

 

 背後の相手の攻撃から身を守るために石壁を作る。それと共に何かを砕く音。背後の相手に当たったか、もしくは石壁が攻撃が守る盾となったのか。

 

「ちっ!」

 

 石壁の影から出てきたのは予想通りベオウルフのマスターだ。どうやら先程の音は後者が正しいらしい。石壁にヒビが入っている。石壁を砕いたと思われる鋸のような得物を一本は順手、もう一本は逆手持ちにしている。戦闘スタイルを変えることで予測させないようにするのが目的か。

 

 やはりまだ殺害対象である自分を逃がしたくないらしい。本来ならここで撤退するべきだろうが、そこまで金を積まれたのか、それとも引き際すら考えられないのか。 

 相手はベオウルフを失ってでも確実に殺しに来るつもりだ。ならば多少の攻撃ではビクともしないだろう。

 

 もう一度石壁を築いて防御するが相手はその石壁を砕くのではなく乗り越えて来る。懐に入られたら負ける。自身の身体を防御させる余裕もなく、相手はこちらが修復できることを知っているので一撃で殺しにくる。

 

「オラァ!」

「ちっ!」

 

 すばやくナイフを抜いて鋸の刃を弾く。どれだけ強かろうと当たらなければどうということはない。しかしこれを繰り返せる余裕もないし、あったとしても先に砕けるのはこちらのナイフだ。

 

element(エレメント)

 

 至近距離で土の塊を当てるものの、そんなものでは怯むこともせず、鋸を振るう。

 

 一撃。

 死の幻覚から逃れるように距離を取ってかわす。アサシンを呼べば確実に落とせるだろうが、その場合ベオウルフの対策を考えなくてはならない。いやむしろここでベオウルフを殺してしまうべきか。自分の内部の霊を使った魔術を披露してしまっている以上、生かしてはおけない。しかしアサシンにそれだけの武器が用意出来るのだろうか。というか、何か、嫌な予感がする。未来視でも持っていればわかるのだろうが、まだ予感としてしか感じられない。

 

 もう一撃。

 今度はより接近されて振るわれる。魔術を展開する余裕もなく、持っていたナイフを逆手持ちにして受け流す。そのままお互いに背を向ける体勢となる。

 

「今っ!」

 

 この瞬間を逃すことは無い。脚にありったけの強化を施し、跳ねるようにして逃げる。背を向けてしまっているが先程用意した石壁までたどり着けばアサシンの元まで走るのにそんなに時間はかからない。

 

「逃がすか!」

 

 とはいえ敵もそこまで馬鹿ではない。素早く振り返ってその得物を投げたのが音でわかる。

 風を切って進む金属の刃。悪霊を呼び起こすのは勿論、地形を変えるのも間に合わない。それどころか振り返る時間も惜しい。

 

「燃えろ!」

 

 だからこそ、振り返らずに迎撃する。金属の刃に目掛けて放つのは炎の塊。放たれた瞬間に背後で広がっていくのを感じる。これで防御出来なかったら自分はそれまでだ。

 

 炎の火力を上げる。石壁までの距離は2m。ここで飛び超えればアサシンの力を借りれる。

 

軽量化(Gewichtsersparnis)脚力(Beinstärke)圧力(Druck)反発(Abstoßung)!」

 

 脚力強化に加えて瞬発力強化。軽量化した自分の身体は5m程の高さの石壁を軽く乗り越える。

 

「ベオウルフ!」

「アサシン!」

 

 二人同時に自身のサーヴァントの名前を呼ぶ。アサシンには援護を、ベオウルフにはカバーを。しかしベオウルフの反応はない。いま彼はアサシンの糸に縛られているのだから。その瞬間、見覚えのある魔力反応が圧倒的な加速を伴い、飛び越えた石壁に当たる。

 

「...え?」

 

 勿論石壁は粉砕する。自分は飛び越えていたので問題なかったがベオウルフのマスターはそうとは行かない。石壁を砕いてなお威力の収まらない塊が彼を襲う。

 いや、それは別にいい。問題はぶつけられた塊の正体だ。自分の瞬間的に感じた魔力反応の解析結果が正しいのなら。それは自分が探していたマスターだ。

 

「陸くん!?」

 

 予想通り、アサシンが飛ばしてきたのは陸くんだった。いつの間に回収したのか、と思ったがそれより彼の身体だ。あんな高速でぶつけられたのだ。自分のかけた術式ももう解けてしまっているだろうし、生きている確証はない。

 

「目が...まわ、る」

「生きて、ああ生きてるね。」

 

 駆け寄って声を変えるとそこに居たのは首と頭で全身を支えるというおかしな体制をしながら腕をだらんと下に下げている陸くんだった。脅威のバランス能力だ。

 何があった、いや飛ばされたんだ。

 関心している場合ではない。生きているとはいえ、傷が出来てしまっているかもしれない。後遺症が残ったら大問題だ。そう思って触れると自分のかけた魔術がまだ効いてるのを感じた。

 自分がかけた術式への魔力提供はベオウルフと本気で打ち合いをする際に止まっているはず。

 

「陸くんの魔力でここまで持たせたのか?まさか」

 

 ありえない。そう呟こうと思ったが今の陸くんの状態を思い出して口を紡ぐ。とりあえず自分がかけた魔術が効いているのなら本当に目が回った程度だろう。おそらくアサシンもそれを知ってこんなことをしたのだろう。

 

「それがゴルゴンの主?」

 

 そう思っていると近くに一人の女性のサーヴァントが立っているのが見えた。これだけ見れば間違えるわけもない。

 

「アサシン」

「うん。流石、レイ君の魔術だ。こんだけ振り回しても目が回る程度なんだ」

「...い、いや、それは」

 

 俺のじゃないんだ。そう言おうと思ったら今のアサシンにその説明をするのははばかられた。何より状況を面倒くさくするのは間違いない。

 というか、それを理解せずに陸くんを振り回したのか。流石サーヴァント。色んなところがぶっ壊れている。

 

「にしても化け物と言うならその男の方が余程化け物ね」

 

 その表情はまるで品定めをするような、いやどちらかと言うと蔑むような表情だ。

 彼の事情を理解した...にしては早すぎる。だろうがその口調と顔は察したということだろう。

 

「...君ならどうする?」

「そうね、私は...あまり干渉しない方がいいと思う。それは無理に手を出すと想像以上の化け物になりかねない」

「そうか、見逃すしかないのか」

「...そればっかりは専門家に任せた方が」

 

 そこまで言ってアサシンの口が止まる。

 わかっている。アサシンの口が止まった瞬間、自分も感じた。もう潰れたと思った魔力反応が増大している。

 その広がりはサーヴァントのそれに匹敵する。

 

「なぁアサシン」

「なぁに?」

「なんでベオウルフを仕留めないかって聴こうと思ったんだが、今理解したよ。お前やっぱり頭いいわ」

「ええ、ありがとう。けど...」

 

 どうやら自分は少し勘違いをしていたようだ。このマスター、ただ強い訳では無い。

 高まる魔力と共に白い蒸気のような物が出てくる。

 

「変に投影の精度が高いと思ったら...そういう意味のオリジナルか」

「ええ。じゃあ、戦うから下がってなさい」

 

 そう言ってアサシンが前に出る。そう、その判断は正しい。そうでもしなければ先手を打たれる。

 アサシンの両手の爪が伸びる。そこから白い糸が出てくる。細くしなるそれは、他の蜘蛛の糸のようにすぐキレそうには見えない。強靭な鋼鉄にも見える。

 その一撃を、ベオウルフのマスター。否、とある英雄のサーヴァントカードを使った男が迎え撃つ。

 その両手に持っているのは先程まで持っていた鋸のような得物では無い。白と黒の雌雄一対の双剣。

 

 干将、莫耶。

 

 その逸話の多くは完成までの工程であるが、陰陽説に基づいたその剣にはある1つの面を持つ。

 

「アーチャー、エミヤ...インクルード、とは思えないな。ずっとインストールしていた割にはかなり自意識が強いようだが」

 

 エミヤ。彼は英雄ではない。

 死を前にして抑止力にその魂を売った守護者である。しかし抑止力に見出されたその力は決して笑えるものでは無い。

 

「...ちっ。撤退するぞ。勝てる相手じゃない」

「させ...なっ!?」

 

 アサシンが逃がさないように糸を出すがそれは空振りした。どうやら本当に逃がしてしまったようだ。

 『万象』に悪霊支配。伊達対策としてでもあるが自分の中にある強力な手札を晒すだけ晒して逃がしてしまった。長い目で見れば敗北だろう。

 

「...ごめん」

 

 アサシンはバツが悪そうに目を背ける。彼女は自分のことを知っている。つまり先程の戦いで晒した魔術がどれほど強力なのかも熟知しているということだ。

 そしてそれがバレたとき、相手の行動はガラリと変わる。それはこちらも望んだものでは無い。

 

「仕方がない。伊達対策には別のものを考えるさ」

 

 口ではそういうが自分の中ではかなり痛い。何しろ時間はもうほとんどないのだ。ここからまた新しい策を考えるとして、それが通用するとは思えない。相手が伊達と繋がっていないことを祈ってこのまま突き通す、というのも相応のリスクがある。

 するとアサシンはゆっくり口を開いて言った。

 

「...鳥よ」

「え?」

「私が知っている()()()()が作った魔術礼装。おそらく伊達にも通用するわ。けど知識を与えすぎると相手も変えるくるかも知らないだから...これだけ教える。飛べない鳥を飛ばしなさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ただそれだけ理解出来れば、貴方は勝てる」

 

 本当は言ってはいけないことだったのだろう。しかし今回逃がしてしまったのは自分のせいだと反省したのか。彼女は自分の中に止めてあった情報を流した。

 飛べない鳥を飛ばして捕まらない敵を固める。これだけ教えてもらえれば記録からまともな礼装を生み出せる可能性が跳ね上がる。

 有益な情報だ。これ以上なく。

 

「...そうか。ありがとう。感謝するよアサシン」

「...お礼はいいわ。それより先に貴方には対応するものがあるからね」

 

 

 そう言ってアサシンは遠くを指さす。するとそこには二騎の藤色の髪を持った姉妹のサーヴァントが仁王立ちしていた。

 

「あ」

「何が、「あ」よ。マスターを無理矢理使って戦うだなんて、マトモな思考すら持ち合わせていないの?」

「レ、レイ!?どうしたんですか!?」

 

 今更言うまでもない。メドゥーサとステンノだ。陸くんもおかしな姿勢から目を疑うスピードで正座を移る。

 メドゥーサはメドゥーサで如何にもこちらを見てませんよーという仕草をしながらこちらをガン見している。

 

 ステンノの目には欠片の輝きも見えず、アサシンを全く見ずに、陸くんとこちらを見ていた。

 

「...はぁ」

 

 思わず、ため息が出た。




今回の口直しタイム

さて、皆さん謎のサーヴァントの真名はわかりましたでしょうか。まぁ、かなりわかりやすい子なので、すぐにわかったとは思いますが、下手なことは言わないようにしておきましょう。

今回は蜘蛛の無双タイムでしたから。彼女、アサシンの話題でした。


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42話 襲撃者と守り手 その5

これで5話に続いた襲撃者と守り手というサブタイトルつけるのがめんどくさくなってきて繋げた話は終わりです

ささ、僕は魔法使いの夜やるとしますか

シェルターを襲ってきた襲撃者相手に敗北しかけていた陸と零。そこに現れた謎のサーヴァント。
アサシンのクラスのサーヴァントであるその女性のサーヴァントは襲撃者を退かせた。しかし、問題は未だに残っている。



ー会いたかった。

 

 彼の運命を知り、それが仕組まれたレールということを知り、それを敷いたのが一人の男と、それをせざる終えない状況にした世界だと知って会いたくなった。

 だって彼は何も悪くない。その運命通りになってしまえば人類史史上考えられる最大の犯罪者になるだろう。しかしそれはなる可能性がある、と言うだけの話。そんなの誰だって同じではないか。彼はまだ何もしていない。ただ当たり前の日常を歩んで少し悪態をついているだけ。

 なのに何故、そんな彼にこれだけの重圧を与えるのだろうか。周りはとても幸せそうなのに、まるでその幸せの分の苦労を負うように彼は傷つく。その傷は、誰にも見られない。誰にも見せない。見せることで誰が喜ぶか、彼はよく知っている。

 

ーそんなの、理不尽だ。

 

 これだけのことをしなければ救われない人々がいるのもわかる。しかし、その為に彼一人が傷つくことは無い。彼は誰かがちゃんと導いてあげれば、いやこの世界の重圧さえなければ普通の青年なのに。

 

ー可哀想だ。

 

 けど彼は同情を許せない。自分にかかった重圧を一人で支える。当然だ。そうせざる負えない状況はもう作られてしまったのだから。

 誰も悪くないという言葉を使うために作られた悪い人間は、その背中に負った傷跡を隠し続ける。子供が安易に想像する正義と悪。世界が、人というコミュニティが存在するために作られた善を成す、悪を敷く者。残酷だ。

 正義の味方(ヒーロー)が存在するために、悪者が存在するように。

 神が存在するために、悪魔が存在するように。

 全ては統一する為。そうしなくては人は弱いから。人は一人では何も出来ない。だから皆で集まり、力を合わせる。

 それ自体は何も悪くない。むしろ当然の行い。

 

「なら何故、彼は一人なの」

「だっておかしいじゃない。彼は一人で戦って、一人で傷つく。頼れる者が出来ても悪者だからと切り捨てられる、嬲り殺され、正義の味方を作り出す」

 

 そうだ。存在そのものが悪であるのなら仕方がない。なのにわざわざ幸せを感じるもの達の為に生まれてきた、作られてきた悪は根本的な問題で言ってしまえば悪では無い。

 自分と重ねるのも烏滸がましいだろうが、どうしても重ねてしまう。神話という物語ができる過程で神の強さを示すために作られた悪。彼らは絶対的な善であると、彼らは言い放つ。

 そんな物語のために、私は。

 あの子は。

 こんなにも惨たらしい形にされてしまったのだ。

 

 怒りが湧き上がる。

 私が何をした。あの子が何をした。彼が何をした。

 ただ絶対的な善の証明のために作られた。

 それは支配だ。彼らに従わないとこうなるという支配を強めるための例。

 

 立ち上がろう。彼に会いに行こう。

 

「そんなことは、させない」

 

 彼が悪になる前に。

 彼を悪にさせるもの達を倒すために。

 

 

「やはり君は、零を優先するんだね。いいよ。好きにしなさい。けどこれだけは誓ってくれ。零の選択は、優先して欲しい」

 

 男は言う。私は重く頷く。

 その言葉は私も分かっていたことだ。

 私は彼の運命のレールを作ってはいけない。それではこの世界と変わらない。それをするのは彼自身の役目だ。

 

「確かに、零の味方が居ないのはとても可哀想だと僕も思っていたからね。零は悪くない。そうだ。何も悪くない。ただ敵がその行いを善とするなら我々は悪にならなければ討ち取ることが出来ない」

 

 悪になった瞬間に、討ち取られることは確定しているというのに。

 悪とは文字通り、善が勝利者()であるためのもの。悪は敗者()なのだから、その結果は動かない。

 

 

「その為の犠牲?」

「...ああ。本当なら僕が変わってやりたいさ。零には知って欲しくなかったさ。魔術なんて。こんな世界なんて」

「その割には随分用意周到ね。その子のお母さん、つまり貴方のお嫁さんから、何かと」

 

 男は目線を外す。 

 私は知っている。これだけのことが運良く運ぶはずがない。彼はそうなることを知っていて、ずっと前から考えていたのだ。どうしたら救えるのか、なんて。まるで子供のようなことを。

 

 愚かだ。

 そもそも世界なんて、一人で救えるはず無いのに。

 

「...抑止力との契約。敵より強力な器。どれも、僕には成し遂げられなかったものさ。全く───嫌になる。何が全知全能だ。我が子一人守れずに」

 

 全知全能。

 男がそう呟いたことに驚く。何も出来ない、溺れる子供のように掴まらないものに必死に手を伸ばして足掻くこの男が、全知全能。

 誰が言ったのだろうか。彼がそう呼ばれるまでになった原因も、理由も。全て彼の努力と底力によるものだと知らずに。

 

「...その台詞、私のよ。けど、いいわ。貴方は嫌いだけど。その子は好きよ。だってあんなに可愛いのに、あんなに優しいのに、こんなにも不器用なんだもの」

「広美と僕の子供だ」

 

 男は何事も無かったように言い切った。

 自分が優しいから我が子も優しいと言いたい訳では無い。むしろ逆だ。自分がこんなに残酷なのに、我が子が優しく育つほど、母親は優しかったんだと。

 

「...彼のお母さんも優しかったんだ」

「僕が知っている限り、彼女より人の幸せを願える人はいなかった。ああ、あの女神に爪の垢を煎じて飲ませたいよ」

 

「そんなに」

「そんなに。本当に■■なのか、疑うくらいには」

「...そう。だから殺されたのね」

「ああ。僕はこれから少し足掻いてくる。世界に出る悪影響を最低でも半分までには抑えておく。だからー」

 

 その間にその子を救ってあげてくれ。

 男はそう言わなかった。当然だ。そう言ってしまったら今までの自分の努力が水の泡となるからだ。彼の仕組まれたレールを破壊するということは、救える手段を一つ無くしてしまうということ。もしそれしかなかった場合、滅びは決まる。

 だから本当はそんなこと、言うどころか、思ってすらいけないのに。

 

「...本当に、貴方のこと嫌い」

 

 どうやらレイが不器用なのはこの男譲りらしい。

 

 

「すまない。■■■■。でも良かった。零を助けたいなんて、言ってくれた事があの子にとって何よりの救いだろう」

 

 そう言って男は消えた。

 影も何も残っていない。()()()ものと言えば。

 

「救い...か。馬鹿じゃない。そんな同情(もの)で人は救えないのよ...達也」

 

 彼と契約した、彼の裏切り者(サーヴァント)くらいだ。

 

◇◇◇

 

「何が、「あ」よ。マスターを無理矢理使って戦うだなんて、マトモな思考すら持ち合わせていないの?」

 

 最悪だ。

 よりにもよって1番最悪のタイミングで現れた。敵が去り、一番気が緩む瞬間だ。正直メドゥーサが何とかしてくれているだろうという希望的な観測が回ってしまっていた。

 流石女神だ。こちらの予想を軽く上回ってくる。ここで殺し合いになることは最早止めようがないだろう。陸くんとてもいいメドゥーサには悪いがその場合、先手は取らせてもらう。

 そう心の中で悪態をつくと思わず、ため息が出てしまった。

 

 

「...はぁ」

「何ため息ついているのよ。さっさと説明を、いえ。説明すら不要ね。今ここで殺してしまいましょう」

 

 ステンノは本気だ。自分所かメドゥーサとアサシンも殺してしまいかねない程の殺気。

 思考開始。

 ステンノの脅威はなんと言ってもその対魔力と気配遮断だ。それ以外はこちらの努力と工夫でなんとでもなる。そういう意味ではここで怒りを露にしてくれるのは都合がいい。もし冷静なアサシンとしての強さを引き出されたら殺されていた。

 しかし今はこの目でステンノの存在を見ている。この場合、高い気配遮断もほとんど役に立たない。となると次の脅威は対魔力。こちらの魔術はほとんど効かない。いやむしろ()()()()()()()()魔術では決して勝てない。魔術を基本的な武器とするこちらには相性が悪い。しかしあくまで魔術から守るのであって魔術によって発生した事象はまた別問題だ。地形操作。ここで使いたくはないが『万象』でステンノに相性のいい記録から武器を作れば対魔力の効果を受けずに効率的に仕留められる。問題はその二つとも反射的に使えないことだ。せめて瞬間的に出せれば良かったのだが、この類の魔術は思考、使用、効果発動というステップを踏んでいく。それまでのラグは正直な話目をつぶっても許される程度だが、相手はサーヴァント。なにやら対策を取ることも不可能ではないだろう。となれば大切なのは先手をとること。先手さえとればその後は戦いが回っても追い詰めることが可能だ。ステンノに後出しジャンケンをするほどの反射神経があるとは信じ難い。

 仕掛けるなら今か。いや、相手はアサシン。ここで目を外したら最初からやり直し所の騒ぎではない。もっと真剣に考えろ。

 

 ステンノの死は見えている。

 首を切る、心臓を一突きに突き刺す。

 女神として不十分なのか、サーヴァントとなってレベルが変わったのか殺し方は普通のサーヴァントと何も変わらない。サーヴァントが死ぬ傷を受ければ当然死ぬ。それだけだ。

 ならば出来るだけ隙がない、一撃で生命活動を終えられる点を探してそこを着くのが1番やりやすい。

 

 

「う、上姉様!?そ、それは...レイにも事情というものが」

 

 後ろで口をパクパクさせていたメドゥーサが急に姿勢を良くしてステンノと自分の間に入る。

 自分に背を向けてステンノと対面している。背中が嫌になるほどガラ空きだ。今この瞬間を狙うべきか。普通の魔術師なら兎も角今の自分ならこの状態から、メドゥーサを傷付けずステンノだけを仕留めることも十分可能だ。

 ならやってしまうか。メドゥーサが二人の間に立ったことでこちらがステンノを視認することは出来ないがそれは相手もおなじ。ここで魔術を発動してもステンノ側からは確認出来ずに終わらせられる。

 ステンノの行動パターンから言って魔力弾と視線どちらとも間にメドゥーサがいてはメドゥーサを倒さないとダメージは与えられない。そしてメドゥーサもそんなものに遅れを取るほど弱くはない...と信じたい。

 仮にも自分のサーヴァントなのだ。魔力的ステータスの低い陸くんのステンノより性能は高い。魔眼も互角以上に使えるはず。となれば有利なのはこちら。

 気を抜くことできないが、メドゥーサに適切な指示を出せば問題は無い。

 

「ステンノ様!落ち着いて下さい!」

 

 陸くんがステンノと自分たちの間に入る。アサシンは...傍から様子を見ている。気配遮断を使ったのか自分以外は視界に入れる様子すらない。

 

「マスター?いいえ。それは出来ません。貴方にも話せない事情というものが」

「俺は大丈夫ですから!」

「...女神ステンノ。この通りだ。陸くんも」

 

─大丈夫と言っている

 そう言おうと思ったその時ステンノの表情が明らかに変わった。

 

「仮にも女神である私を顎で使う上に、何よりも大切なマスターに手を出すような」

「うるさいよっ!」

 

 と思っていると、ステンノの言葉が止まると同時にアサシンが動く。それと同時に砂ぼこりと声が響いた。

 砂ぼこりが晴れた時に見えたのは、ステンノに集中していたため、全く意識外にいた陸くんが糸で簀巻きにされていた。

 糸によって拘束されているため、おそらくアサシンがやったのだろう。だが理由がわからない。確かにステンノはこちらに向かって殺気を放っていた。おそらく、先程の出来事がなければステンノがこちらを殺しに動いていただろう。だから陸くんが動く理由が無いはずだ。何が起こったのかさえも砂ぼこりのせいで把握できていない。

 しかしその疑問はすぐに解消された。

 

「うーん、君ね。確かに相手が動く前に、その行動を潰そうと行動するのは戦術的に見て間違いは無いよ。この場合君が取った行動は間違いでは無いね。だけど…私という戦力をしっかり把握できていないのに、行動するべきじゃなかったね。君に見えるように罠を張っていたの見えなかったのかな?まぁ仕方ないか、動かなかったらあの神様に何かしていたからね」

 

 よく見ると糸で陸くんの口にマフラーのような糸が巻かれて覆っていた。ぱっと見てだがあの糸は魔力を込めて頑丈に編まれている。おそらくあれでは喋れはしないだろう。

 

「1度だけじゃなく2度までも…もうダメね。何者かは知りませんが冥府で」

「はーい、その口を閉じなさーい」

 

 次の瞬間、ステンノにも同様の形の糸が一瞬にして巻かれた。だが込められた魔力の質が段違いだ。しかも目元までしっかり覆うようにしているため隙も無い。そのため安心感がある。

2人のくぐもった声が聞こえ、陸くんは芋虫のように動いてはいるが一向に外れそうには無い。

 

「「ン!ンンンンンン!」」

「ほらほらあんたも退いた退いた」

「あ、貴女は...!」

 

 アサシンを見てメドゥーサは驚いたようで二、三歩後ろに下がる。そこにまたアサシンに押されて後ろに飛び退く。

 その表情はステンノに睨まれた時のような、蛇を見たカエルを予想させる。

 

「レイ君に私のお姉ちゃんを殺さないでーなんて甘いこと言い出すあんたが公平に物事を見ることが出来るものですか」

 

 それによってメドゥーサの影に隠れていたステンノが見えた。半泣きとも本気の怒りとも言える表情をしながらその口は一向には開かないし、足も1mm程度も動かない。どうやら目と口だけではなく足も固定されたようだ。足から白い何か細いものが見える。やはりアサシンの糸だろう。かなり強靭な糸だ。ただでさえ力に強い糸だ。意図的にステンノが切る事は出来ない。

 

「い、いえ。私はレイと上姉様が」

「仲良く、なんて言ったらその首切るわよ。レイ君の一番近くにいてこんな結果を出すなんて無能にも程があるんじゃない?」

 

 アサシンにしては先程の言葉がかなり重かったような気がする。確かに彼女は自分のことを知っていると言っていた。そして自分の性格から考えてみたら決して仲良くできる相手ではないことも分かっているだろう。

 しかしアサシンの言葉には別の意味と含まれているように思える。まるで自分が過去と上手く折り合いをつけたとしても仲良くなってはいけないというような。

 

「そ、それは...」

「まぁ仕方ないか。どうせ女神に睨まれていたんでしょ?下手に動くとレイ君が襲われかねない。確かにここはいい土壌ね。女神も下手に手を出すとこのチンチクリンと種火が面倒なことになるって考えてるのね」

 

 そう言ってアサシンは縛られているステンノのおでこを軽くこつく。口も開かず、足も動かないステンノは抵抗すらできない。魔力弾を出したり宝具を出す素振りも見せない。彼女の性格上、敗北を知って大人しくなるとは到底思えない。何かをしたのはわかるが何をした。

 しかしメドゥーサの視線はステンノに向いていない。アサシンをじっと、バイザー越しに睨んでいる。バイザー越しなので視線の強さは分からないが何処か苛立ちを感じる。ステンノに対しての行動という訳ではあるまい。となるともっと個人的な事情となる。

 いつの間に立ち直った陸くんがステンノの元に駆け寄って糸をどうにかしようかとしているが陸くんの力で切れるようなものではない。

 

「はぁ、全く。サーヴァントはマスターの性質に引かれやすいって聞くけどここまで似てくると最早性格まで干渉してきているようなものよ。私ね、手のかかる子は嫌いじゃないけど多いのは嫌なの」

 

 メドゥーサの視線から逃れるように手を振ってメドゥーサから距離をとる。その行動がまるで彼女に負い目があるように感じられた。メドゥーサとの間に何かしらの因縁があることは間違いないだろう。しかしそれはなんだろうか。サーヴァントは座に戻れば記憶が無くなることを考えればその記憶はここに現界する前となるだろう。その場合メドゥーサと生前に出会っている確率の高い蜘蛛...いや、蜘蛛の力を持った存在はいるか。

 可能性がある程度なら目星はついている。しかしそれがもし本当にあっていた場合自分は彼女にとっての地雷を既に踏んでいる。

 それでも殺気どこか怒りすら見えないのは単純に優しさか、もしくは自分の予想が外れているのか。

 

「何言ってるんだ?アサシン?」

「え?聞きたい?レイ君聞きたい?じゃあ教えちゃおうっかなー!内緒がお好きな蛇より、教えてくれる蜘蛛の方が、好きでしょ?お好みなら巣を貼って縛り付けてから...ああこれは私の趣味かな!?」

「...」

 

 どうやら後者のようだ。

 かなりハイテンションで心からの笑顔を見せつけながら両手を合わせている。これがもし演技なら相当演技派のサーヴァントだろう。

 そう思っていたら身体が急に軽くなる。魔術で軽量化した訳では無い。何かに引っ張られている。

 

「ア...アサシン!」

 

 犯人は勿論この女だ。何が楽しいのか先程のメドゥーサの目線からズレた瞬間、かなりハイテンションで遊びだした。本当になんなんだ。

 

「ああ、ごめん。さっきからずっと上が裸だからさ、他のサーヴァントの劣情を煽りたいならいいんだけど?」

「...ああ」

 

 そう言って自分の身体を見る。傷はアサシンが粗方治してくれたので傷跡は残っているが痛みはない。しかし宝具の直撃を受けたことと、マルティーンの聖骸布に使ってしまったので上半身は裸だ。下半身は運良く残っていたようだがこれでメドゥーサの様子がおかしい原因は理解出来た。

 

「衣類に関しては問題ない。しかし痕跡を残している可能性があるな。メドゥーサはシェルターの人たちを纏めてくれ。事後処理を行う」

「...わかりました」

 

 

 メドゥーサに命令を下して地面に触れる。そしてゆっくり地形操作を行って戦闘の後処理を行う。散らばった布片を燃やして少しでも戦闘前の状態に直していく。

 メドゥーサは勿論、アサシンも自分のやるべきことを理解したのだろう。顔が真面目な時の表情になる。

 

「察しているのなら邪魔はするなよ」

「ええ。魔術師らしくなったわね。じゃあ私も帰ろうかな」

 

 するとアサシンはこちらに背中を向けて後ろで手を組む。

 アサシンは自分ではない別のやつと契約を交わしている。それが自分の協力者であるかどうかは別としてアサシンがこれからも自分の仲間でいてくれるのはとても嬉しいことだ。出来れば伊達との戦いの時についてきて欲しいのだが、そう上手くも行かないらしい。

 

「...このまま契約を結んでも良かったんだが」

「魔力的な余裕は兎も角、君の器としての余裕がまだないから手は出さないよ。けど、本当に助けて欲しい時はちゃーんと名前を呼ぶこと。すぐに助けに行ってあげるから」

「わかった」

「ん。よろしい。じゃーね」

 

 するとアサシンは手を振りながら霊体化して消えた。そのアサシンを尻目に見ながらステンノの元まで駆け寄る。陸くんが必死に糸を切ろうとしているからか自分のことに気にするどころか気付いてすらいない。

 

「陸くん」

「ンン!ンンンンンン!」

 

 声をかけたことでやっと気がついたのか何かを訴えかけるように涙目でこちらを見てくる。

 

「『眠れ』」

 

 その陸くんの耳に、暗示をかけた。

 その瞬間、陸くんは意識を失い、その場に倒れる。その身体を受け止めて優しく地面に寝かせる。

 

「んんっ!?」

「安心しろ。眠らせただけだ。今回の記憶は無くすけど。それは君も同じ事だ」

 

 

 寝かせた陸くんの額に触れて暗示をかける。単純な作業。そう。魔術を秘匿するなら当然の作業だ。先程まで教育をしていた自分からすれば頭のおかしい話だが元々こうすることは決まっていた。彼らの記憶は奪う気でいたし、だからこそ踏み込んだものまで教えなかった。

 

 ステンノの口元と目元につけられた糸を燃やす。糸より強力な焔の概念が糸を燃やして燃えた糸はステンノに火傷を起こすことなく地面に落ちて塵も残さず魔力に変える。

 

「正気?」

「ああ。嫌になるぐらい正気だとも」

 

 高ランクの対魔力を持つステンノにただの暗示は効かない。

 とはいえ残念ながら物事には例外というものが存在する。

 

『万象』

 

 辺りの空気が一変する感覚に捕われる。街の中にぽっかりと空いた穴、の目の前という非現実的な空間から「魔女」が住む屋敷。そしてそこから埃が被ったとある事務所へ。

 

 今回呼び起こすのは仕組みのみ。それそのものを持ってくる必要が無いので犠牲にするものは無い。

 どんな高い対魔力を持っていようと魔術をかけるのに必要な力。例えばとある人形師の左目。彼女の魔眼は魅了の魔眼であるが底にオリジナルの手が加えられており、魔眼の中にレンズを作り、それによりマシンガンのように何発も理論上、「無限」に魔眼を発動できるというもの。これは「積重魔眼」と呼ばれ「無限」であるが故に防御は不可能、一度かかれば彼女が目をつぶるまで効果は続く。と言ったものだ。

 

「忘れろ」

 

 ステンノの耳元で指を鳴らす。対魔力によって暗示が弾かれる。全く聞いていない。あるいは女神の神格か。しかしそれは想定内だ。

 音は反響する。魔眼が光なら、命令は音。理論は完成している。「冠位(グランド)」の名を持つ魔術師の発想とその実力は神にすら及ぶ。

 響き、効果を失っていく音を内部で反響させていく。一度がダメなら二度。反響していく中で無限にかけられている暗示はゆっくりと時間をかけるものの、影響を及ぼしていく。ステンノの中では音が重なりすぎて何を言っているのか全く分からないのに意味は理解できるという特殊な状態となっているだろう。

 

「...眠れ」

 

 ステンノの意識を奪う。

 力なくがクリと落ちた身体は糸に引っ張られることも無くその場に倒れる。倒れたステンノの体に着いた糸を燃やしながら、暗示をかけ続ける。一度かかれば深くするのはそこまで難しくない。あくまで常識を改変するようなものではなく、記憶の一部を消去して存在しない記憶を付け足すのみ。その分存在しない記憶は忘れやすいが別段忘れてもらっても構わない。この記憶さえ消してしまえればあとは脳内で適当に処理される。

 

「...凄いな」

 

 サーヴァントを相手にしないという意味ならこれも慣れた作業だ。

 しかし高ランクの対魔力を持つサーヴァントをここまで手篭めに出来るというのは予想以上だ。

 

「これが蒼崎橙子...第五魔法の家系の魔術師...」

 

 彼女は魔法を継ぐことはできなかったが、それでも魔術刻印無しで冠位まで昇進した魔術師だ。そこまで意識していなかったが、その凄さというものをコピーして始めて理解するとは。

 

「となれば次はケイローン、あとはこのシェルターの人達全員か」

 

 ここまでよく効くのなら自分達が居なくなったあと、自分が過した記憶を消してしまうのもいいかも知れない。彼らには、自分という化け物の記憶を残すべきではない。それが無くなるというのなら喜ぶべきだろう。

 

「とりあえず、目の前のことだ。事後処理事後処理」

 

◇◇◇

 

 

「...っはぁ!」

 

 溜め込んでいた息を吐き出して地面に身体を投げ出す。落ち葉が詰まった腐葉土に投げ出した為か痛みはない。

 身体が足りない酸素を補給しようとするが身体を落ち着かせて深呼吸をする。心を落ち着かせて近くに流れる川から水を補給。火照った身体を冷やすにはとてもいい水温だ。

 ここまで距離を離せば追っては来ないだろう。かなり走った。距離は細かく測った訳では無いが、それこそ一山ぐらいは軽く超えている。

 

「...ベオウルフ」

「おう。マスター」

 

 自身のサーヴァントの名を呼ぶ。すると出てきたのは、いつになく弱々しくなってしまった自分のサーヴァントだった。

 

「負けたのか?」

「...乱入者がいた。アサシンクラスのサーヴァントだな」

 

 舌打ちをして、近くの石を粉砕する。その声も、力も問題ないはずなのだが、弱々しく見えたのは傷だらけだからだろう。その点は魔力を送れば回復するので大した問題ではない。

 

「あいつの真名は分からないから対策は打ちようがないがお前が負けるとなるとかなり数は絞られる」

 

 そう言ってその場に座り込む。身体についた落ち葉や土を払って行くとインストールしていた自分のサーヴァントカードが剥がれて地面に落ちる。

 それを拾ったのを確認するとベオウルフが口を開いた。

 

「後、天王寺零だが。あいつ本当にバケモンだぞ。女神さんが言っていた達也ってやつと同じ技を使っていた」

「そりゃ当然だろ。親子なんだし」

 

 魔術師は一子相伝だ。天王寺達也の使っていた魔術を子供である天王寺零が使うこと自体は何もおかしくない。

 問題はここからだ。

 

「そういう意味じゃねぇよ。もしその男と同じように技が使えたら俺たちじゃ相手にもならねぇ」

「...」

 

 天王寺達也の強さはあの女神から耳が痛くなるほど聞いた。

 どちらかと言うとどれほど愚かで邪魔な存在かの方が比率は高かったが。

 

「あっちも切り札を見せたがそれはこちらも同じだ。もしもう一度攻めるなら案を練らないと無理だぞ」

「いや、今回の依頼は失敗だ。依頼主も期待はしていなかったようだし問題ねぇだろ」

 

 もしベオウルフの言葉が正しいならここは退くべきだ。それこそその女神に直接叩いてもらった方が早い。

 

「いいのか?」

「傭兵は引き際も大切なんだよっと」

 

 勝てないものは勝てない。そう理解したのなら無理に攻めるべきではない。

 そう理解しなければこの世界で生き抜くことなど不可能だ。諦めが悪い連中はみんな殺されている。倫理もなければ道徳もこの世界には無いのだから。

 

「とりあえず集めた情報だけ依頼主に売っておくか。とりあえず...」

「なんだ。辞めちまうのか」

 

 ベオウルフの声ではない。そう判断した瞬間からの行動は早かった。素早く拾ったサーヴァントカードを取り出して、剣を出す。口がインストールという形を作った所で声をかけた者の正体を知る。

 

「それがオリジナルの概念武装か」

「...あんたか」

 

 黒の帽子に緑の上着。上着の下と下半身は白で統一されている。帽子により顔は隠されているが声が特徴的な為かなりわかりやすい。約30代だと思われる男。

 傭兵、つまり同業者だ。

 手には自分のものと同じアーチャークラスのクラスカード。その英雄の名はロビンフッド。

 

「お前が天王寺零に負けたと聞いてね。気持ちを聞きに来たのさ」

「...お前の話じゃ弓を使うって聞いていたんだがな。身体能力も予想以下、どうなっているんだ?」

 

 こいつは話によると以前天王寺零と戦い負けたらしい。情報もほとんどなかった状態でよくやったと言うべきだろうがこの男の言っている天王寺零の姿が今回の姿と全く一致していなかった。

 その男に聞く話では弓、もしくは弓形の魔術礼装を持っており、特種な矢を放つ。そして車を蹴り返す程の圧倒的な膂力を持つ。何一つとした先程の天王寺零と噛み合っていない。噛み合っているのは見た目ぐらいだろうか。替え玉...とも思えない。

 

「何?...そういえばあの辺葛城財団の幹部とエインヘリアルの加速者がいたはずだ。そいつらと接触したのか」

「あ?倉田翔太郎?あいつここにいんのか?」

「?ああ。そう聞いている。まぁなんにせよ会わなかったのは幸運だな。あいつとロンゴミリアドが戦ったりなんてしたらこの辺一帯焦土になる」

 

 ベオウルフの言った言葉に相手が頷く。

 倉田翔太郎。

 マスター達の中でも圧倒的に優れた者たちの集まりとすら言われるエインヘリアルの中でも天才と言われたマスター。とはいえ、彼は魔術が優れている訳では無い。ただ単純に、強い。噂ではサーヴァントに囲まれても自分の身一つで切り抜けたと言われるほどの強さを持つ。

 無論大抵のものが噂なので本当は違う可能性もあるが見た事のある者たちは口を揃えて「次元が違う」と言うらしい。それこそ、その辺のカルト組織を一つ潰してあまりある程度には。

 そんな男がこの近くにいる。そう聞くだけで最近の仕事が増えたことに説明が着いてきた。

 

 

「葛城財団も変な動きを見せてるし、ロンゴミリアドまで本気で来てる。ここで戦争でもするんじゃないだろうな」

「そういうお前にいい依頼だ。エインヘリアルが本気で葛城財団と戦うらしい。ロンゴミリアドはその漁夫の利を狙う考えだ。俺の言いたいこと、分かるだろ?」

 

 そういえばこの辺のマスター達の様子が変わったと思っていたが、おそらくエインヘリアルが戦いを始めることを知って逃げようとしているのか手伝おうとしているのかどちらかだろう。どちらにしろ、この辺のマスター達が束になってもエインヘリアルからすれば遮蔽物程度の扱いになるだろうが。

 

「ああ。分かるとも」

「はっ」

 

 こちらの顔を見たベオウルフが笑いを隠しきれずに吹き出す。しかし咎めることは無い。仕方ないだろう。

 今の自分はとても()()()顔をしている。




ロンゴミニアドとエインヘリアル。
傭兵達と葛城財団。
そして───天王寺達也
それぞれの思惑が交わり、地獄の戦争への道が出来ていく。



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43話 シェルターと死せる戦士

今回は外伝です。



 

「はいっ!?」

 

 衝撃の事実を聞いて驚きのあまり声を上げてしまった。目の前に立ってる男もその様子に驚いたようでたじろぐ。

 ここはシェルターと呼ばれる場所で元々は崩壊とともにできた洞窟をアリの巣のように広げていき、要塞とした場所だ。老若男女多くの人が住んでいて、少ないながらもサーヴァントと保有している。ここにはエインヘリアルに入る、というかエインヘリアルが出来るより前に交流をしていたマスター達と共に来て交流を深めたことがある。その縁を伝ってきてみた。

 今回の目的は彼らへの協力依頼だが、そこで聞いたのは数日前に出会った天王寺零という魔術師が先にここに来ていて、戦闘さえしていたということである。

 

「そんなに驚きますか...?」

「あ、いえ。そりゃこの辺を歩いていればここに来るのも不思議では無いですけど...サーヴァントの強襲とタイミングが重なり貴方たちを騙す形で守ったというのがどうしても」

「守った...というより邪魔だからこちらの戦力を利用して戦ったように見えましたが」

 

 騙したという事実からしてどうも天王寺零という人物は疑われているようだ。確かにここの戦力でサーヴァントと戦ったりしたら多くの死傷者が出るのは避けられないだろう。しかし、天王寺零にそれを守る理由はない。彼は自分を投げ出してでも他人を守れるような人間には見えない。あの行動自体知っていた天王寺零の人物像とはかけ離れている。

 

「あ、あー。前から思ってたけど代表の話とは全然違うなぁ」

「こんな環境だ。人が変わるのも仕方ないだろ」

 

 頭を抱えているとそこにホッドドッグ片手に自分のサーヴァントであるセイバーがでてきた。おそらくこのシェルターの人達に貰ったものだろう。

 

「セイバー」

「寧ろあの男が言っていたままではとても生き残るなんて不可能だ」

「...まぁな」

 

 代表こと、基山勤に聞いた話では天王寺零という人間はクールぶっているが臆病者で安全が確保できてないととても戦闘なんて出来ない程で、死の危険が迫るなどして化けの皮が剥がれると人が変わったようにオロオロしだす。等戦闘は出来ないものの、人の集団に馴染むのが上手く、非常に冴えた直感を持っている、との事だがこれでは逆だ。

 自分が年下、そして敵でないとわかった時の彼はとても穏やかな青年と言えるやわらかさを持っていたがアレはなんだったのだろう。

 

「殺戮者...怪物。そこまで変われるものか」

 

 しかし彼が人殺しをしたことは間違いないし、人殺しをしていたのは見た。夢なんかじゃない。確かに戦いの最中にそんなことを考えるべきでは無いのはわかるがそれにしても容赦が無さすぎる。彼も言っていたが確実にアレが初めてでは無い。穏やかな時でも光が決して見えない瞳も含めて、もしかしたら自分より場数を踏んでいるのではと思うほどだ。

 

「はぁ、貴様がそれを言うか?」

 

 しかしセイバーはホッドドッグを口にねじ込みながら、ため息をつくような仕草をする。

 

「ん?何か言ったか?」

「いや、なんでもない。それよりこんなところで本当に兵は集まるというのか?」

「こんなところ言うな。この辺では結構大所帯なんだぞ」

「その割には戦闘員が少ないが、戦争でもしたのか?」

 

 いや元々ここにはそんなに戦闘員はいないぞ。

 そう言おうと思って周りを見渡してみると少し不自然なものを感じた。確かに、このシェルターは中にいる人数に対して戦闘員は少ない。主な戦力と言ったらサーヴァント、それもこのシェルターのリーダーこと郡堂氏が召喚した百貌のハサンが主な戦力だ。そして彼らは人格を分けることにより多人数的な動きができる。自分たちが過去来た時も彼らが忙しなく動いていたのは印象的だったのだ。それが今は1人もみられない。

 

「ああ、そういえば百貌のハサンは?ここの唯一のサーヴァントじゃ」

「えーっと...彼ら、いや彼女達は...」

 

 目の前の男が言葉を濁らせたので状況を察する。死んだか。この世界においてサーヴァントは非常に強力な兵器だが無敵ではない。伊達のように複数のサーヴァントがかかってきても倒せる猛者も数が少ないながらもいる。ほかにも魔獣の群れに負けるサーヴァントもいれば、マスターからの魔力供給が全く上手くいかずに自滅するサーヴァントもいる。

 

 

「あ、いえ。すみません。踏み込みすぎました」

「いえ、代わりと言ってはなんですけど新しいサーヴァントを召喚できたので」

「はっ、こんなところにマトモなマスターがいるとはな」

「だからやめろってセイバー。んんっ!すみません。それは貴重な戦力でしょう。しかしそのサーヴァントがいくら強力でも一騎なのでしょう?ここの防衛は大丈夫なのですか?」

 

 セイバーの非礼な発言を注意して無理やり下がらせる。本当にこのワガママキングは誰の前であろうと言いたいことを好きかって言うもんだから他の人と話が成り立たない。セイバーには霊体化してもらって話に割り込まれないようにしておく。

 

「素直に言うなら危険ですね。多少魔獣が襲ってくる程度ならともかくこの前のようにサーヴァントに襲われたら死傷者が出ることは今度こそ避けられないでしょう。」

 

 相手は現在の状況を理解している。今がどれだけ危険なのか、退ける方法はあるのか。変に博打を打つわけでもなく、臆病すぎて何もしない訳でもない。特にトラウマを抱えているような人も見られないので常識的な話にもちこめる。

 

「では我々と協力して」

「それは、私達が話し合って決めることです」

 

 振られたか。そう心の中で呟いて心の中で苦笑する。ここまでセイバーが無礼なことをしているのでこのような言葉も当たり前なのだが、それより彼らは自分たちが何を求めているかを理解してしまったのだろう。

 

「私たちは知っての通り戦えません。戦える人たちも何人かいますが、エインヘリアルのような組織の足しになるほど強くはありません」

「ご謙遜なさらなくても大丈夫ですよ。サーヴァントを召喚できているのですから。それも、かなり強力なサーヴァントのようで」

「誰なのか、まだ紹介していなかったと思いますが」

「失礼。自分もただ戦ってる訳ではありませんので。正面の状況からかなり激しい戦闘が行われたのは理解していたので」

 

 まだ整えられていた方だが、正面の入口には火事でもあったのかなと思うほどの焦げ臭い臭い、そして百貌のハサンの人格のひとつにより塗られた迷彩が掠れていた。余程の戦闘が行われたのは確かだ。その状態で誰一人として怪我人は出なかった。天王寺零がひとりいたとしても厳しいだろう。

 それにしてもこれだけの戦闘を行った理由がわからない。彼がそれだけの利己主義という訳では無いが何も得ずに放置するとは思えない。何かしらの意図があったとするなら拠点として使うつもりだった、ということだろうか。魔術師は工房という拠点を持って活動すると聞く。

 

「この後紹介しますよ。しかし我々の戦力で戦闘が行えるとは」

 

 紹介するとは言っているがどちらにしろシェルターの方は戦闘に非協力的なようだ。それは仕方ない。確かにこれだけの人数がいながら、戦力としては心もとない。シェルター内部にいくつかトラップは仕掛けてあるものの、自分でも気付くほどわかりやすく、避けやすいものばかりだ。中にいる人たちが平和的な思考を持った人ばかりだから特に影響はなかったが、この中にアンリマユでも流したら地獄絵図になることは間違いない。

 

「ではひとつ質問をしても宜しいですか?」

「ええ。なんでしょう?」

「天王寺零に何かを教えましたか?例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などは?」

「...何故それを」

「彼から聞いたのですよ。まぁ、匿名の捜査と聞いていましたが」

 

 

 とりあえずこれで天王寺零が何故ここに訪れたかの理由がわかった。確かにこの辺りのマスター達は個人主義なマスターたちが多く、こちらも声をかけるのが大変だった。それに比べてこのシェルターは戦力としては心許ないものの、多くの情報と人が集まる。この辺りの情報が欲しいから来て、その時に襲われていたから助けた、ということだろう。

 すると少しの間静かにしていたセイバーが念話を始める。

 

(マスター。サーヴァントが来る)

(オーライ。霊体化して俺の半径5m付近に待機。宝具は抜いとけ)

(了解)

 

 おそらくこのシェルターのサーヴァントだろうが、確定していない状態で気を抜く訳には行かない。

 こちらも武器の確認をしながらセイバーの示した方向を見る。するとそこには一騎のサーヴァントが歩いてきているのが見えた。

 

「おや、お客さんですか?」

「サーヴァント、ケイローン。ギリシャ神話の先生枠か」

 

 物腰がやわらかそうな茶髪の青年。しかしその雰囲気は青年と言うには落ち着きすぎて晩年の老人を彷彿とさせる。そして上半身は人間でありながらその下半身は馬。つまりケンタウロスのサーヴァント。アーチャークラスのサーヴァント。ケイローン。ギリシャ神話の大地と農耕の神クロノスを父に、女神ピリュラーを母に持つ完全な神霊。 射手座としても有名だがアキレウスやアスクレピオス、イアソンやヘラクレスを育てた大英雄。

 確かに強力な神性を持ったサーヴァントだ。ここのシェルターに彼ほどのサーヴァントを召喚できるマスターがいると知って素直に驚きが隠せない。

 

「ケイローン。紹介しますよ。彼は倉田翔太郎。このシェルターが出来た時から交流を持っていたマスターだ」

「ケイローンです。どうぞお見知り置きを」

「エインヘリアルの倉田翔太郎です。よろしく」

 

 武器にかけていた手を離してケイローンに手を差し出す。ケイローンもなんの躊躇いもなくその手を握る。それを見て安心したのか霊体化しているセイバーが武器を収めたのを()()()。考えてみれば彼のように穏やかなサーヴァントなら触媒を使用しない召喚での自分の似た性質を持ったサーヴァントを召喚するというものに重なる可能性もある。

 どちらにしろ、コストが高いわけでもない神性を持った強力なサーヴァントを呼べているマスターはかなり幸運だろう。

 

「突然ですが、ここにサーヴァントが襲ってきたということを聞いたのですが」

「ええ。話を聞くには4騎ほど。たまたま助けに来てくれたマスターに助けてもらいました」

 

 ケイローンの言っているたまたま助けに来てくれたマスターというのは天王寺零のことだろう。この言葉を聞く限り彼は天王寺零にシェルター内の他の人よりいい感情を持っているようだ。

 

「貴方ほどのサーヴァントなら1人で対処できたかもしれませんが」

「いえ。私一人が生き残るならともかく、彼らがいなかったらこのシェルターは全滅していたでしょう」

「やっぱり情報が欲しかったのか。彼に聞かれたことなどはありますか?」

「そうですね...種火の島の事と、葛城財団の事を、少々」

 

 どうやら天王寺零は今回の敵を葛城財団と特定したらしい。理由は分からないが、代表もその可能性が高いと考えているので、そうなのだろう。

 

「ありがとうございます。ではサーヴァントを倒せる程の組織力を持った組織の拠点についての情報はありますか?」

「...そうではないかと疑われる場所はありますが。それも、郡堂氏が彼に伝えましたが」

 

 先程の男性に言った時は確定していると思っているようだったが、ケイローンが言うにはまだ確定していないらしい。

 

「ええ。彼が調査した場所の一部だけ異質なマークが付けられていたそうで。私が来るより前にここにいたサーヴァントの調査結果なので嘘ではないかと」

「わかりました。ありがとうございます。では我々はまずその位置への調査を行います」

 

 そういうとケイローンの眉がピンと跳ね上がる。やはり気になるようだ。彼ほどの人格者ならこの問題を捨て置ける訳では無い。とはいえ自分が手を出せるような問題ではないということも理解しているはずだ。

 

「もしよかったら道案内でもして頂いてもよろしいでしょうか?」

「...申し訳ありませんが。私はこのシェルターでやることがありますので」

 

 強情だな。

 しかしそれも当然だ。このシェルターにいるサーヴァントは彼のみ。つまり彼が死んだらこのシェルターはおしまいと言っても間違いではない。かなり安定している生活が送れているこのシェルターだが、防衛面ではカツカツな事は間違いない。流石にエインヘリアルと同じとはいかない。

 しかし何者かの手助けが借りたいのも事実だ。敵の情報はできるだけ調べておきたいのだが...仕方があるまい。

 そう思っているとケイローンが手を打つ。

 

「その代わりとは言ってはなんですが今からパンクラチオンの講習をやるところだったので一緒にどうでしょうか?」

「マジっす...」

「待て」

 

 大英雄たちを育て上げてきたカリスマ講師の講習をタダで受けさせてもらえる。そう思い頷こうとするがその顎を後ろから抑えられた。もちろんそれをしたのはセイバーだ。

 白い顔を少し赤く染めて顎を掴む彼女は頬を膨らませて足をつついてくる。

 

「フェイハー(セイバー)?」

「待て貴様。相手を信用しすぎだ。パンクラチオンというのは格闘技だぞ。殺されたらどうする」

 

 どうやらセイバーはセイバーなりに自分のことを心配してくれたらしい。どちらかと言うと構ってほしさにちょっかいをかけたというのが正しそうだが。

 

「まぁまあ。それを除いてもあのケイローンだぜ?」

「ならせめて私も同行しよう。貴様がマスターを殺しそうになったら容赦なくその首を跳ねる。構わんな」

「もちろんです。では、こちらへ」

 

 セイバーの圧力に屈しないのは流石英雄と言ったところだろうか。この殺気をかけられれば大抵のやつは腰を抜かして逃げていく。しかしそんな殺気が来ているのを自覚していながらもケイローンは眉ひとつ動かしていない。

 ケイローンの案内でシェルターの内部が変わっている事を説明されながら外に出る。

 

 そして。

 パンクラチオンの講習が始まった。

 ケイローンは構えながらこちらに手招きをする。最初は手を抜いていこうと言うのが見えている。周りを見れば人混み...いや、野次馬ができている。

 セイバーはというと先程のシリアスな雰囲気は何処へやらまたシェルターの人たちに貰ったと思われる大きなパンを片手にこちらをビデオ撮影していた。宝具すら取り出してない。

 

「では、まずは貴方の力量を判断したいので、どうぞ」

「んじゃ行かせてもらうとしますか。ギアチェンジ!ファーストtoセカンド!」

 

 

 着ていた黒コートに一瞬だけ赤い線が入る。礼装が魔術回路に干渉して回路が効率よく礼装に魔力を回す。魔術回路が開く。バチバチと稲妻のような音を出しながら、真っ直ぐな線が身体中に描かれる。

 

 『加速』

 

 自分の起源であり、魔術特性でもある。その内容はとても単純。物体の加速度を上昇させる事だ。つまり今から自分の体は文字通り早くなる。礼装の援護と起源に体が塗りつぶされた影響で、加速に耐えきれないということは無い。

 

 足に力を入れる。魔力が流れ込み、その力が増幅されていく。身体が浮いていくように軽くなり、視界がクリアになる。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 最初の加速を開始。

 体が地面に弾かれるように前に進み、足が地面から離れる。普通ならばそこから前に足を出して着地してまた足を前に進めるだろう。しかし自分の体はその瞬間から加速を始めた。

 

「なっ!」

 

 自分の一撃を回避しようとしていたのだろう。ケイローンは最初にバックステップを踏んだ。体の重心が後ろに傾き、自分の体が通る道が開く。

 しかしそのタイミングがズレた。いや、遅い。ケイローンが体の重心を後ろにズラした瞬間にその位置に目掛けて足を横に薙ぎ払うように振るう。

 相手が普通の人間ならこの時点で車に轢かれたように飛ばされるだろうが流石はサーヴァント。その一撃を重心を崩した状態で、しかも両腕のみで受け止めて見せた。ケイローンの足元は地面にめりこみ、ケイローンの後方に衝撃波のようなものが流れる。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

 最初の一撃を防がれた時点で止まったら折角の加速度が台無しだ。ケイローンがその足を掴むより前に空いていた足でケイローンの受け止めた腕を蹴りあげる。しかしケイローンもそんな攻撃で怯むことはなく、むしろその足を掴もうと手を伸ばす。その手を掻い潜り、ケイローンの肩に足を引っ掛けて背後に着地する。

 追撃か。一時退却か。選択肢はあるがここで追撃しても今度こそ掴まれるだけだ。それより加速し続けた方が良い。

 

 ケイローンと背中合わせの状態で走り出す。今の速度では、高い敏捷を持つケイローンには追いつけない。初撃なら、経験から出した計算を上回れる時点で有利性があったが、今はそれも無い。加速し続けてケイローンを追い抜けるほど加速してからの方が勝機はある。

 ひとまずケイローンから離れて近くの建物に向かって跳び、建物の壁に足をつけて跳ねるように加速する。

 

「なるほど、そういう事ですか」

 

 あの1度の攻撃で自分の特性を見抜いたのだろう。ケイローンはそれを逃がさないように自分の走ってきた道を追う。

 

「早い...!」

 

 建物の壁から離れてシェルターの入り口に足をつけてもう一度跳ぶ。行き先は先程まで走っていた建物の壁。詳しく言うならケイローンの後方。建物を走っている都合上、1度の判断ミスで落下する。ケイローンは自分の背中を追ってきた訳だからそれが一瞬で後ろに回られた瞬間、判断が鈍る。

 

「甘い!」

 

 と思っていたのだが、ケイローンは4本の足を素早く動かして自分が着地した場所の高所を取った。そのまま壁に足を2本引っ掛けるように押し付けながら落下する。高所を取ったところで圧力をかけるのが狙いだろう。行き先を間違えて組み合えば確実に負ける。しかし、このままでは落ちる上に折角の加速が減速にかかってしまう。

 

「やるっ!」

 

 しかし彼に自分の本気を見せるのが今回の狙いだ。一か八か、足に魔力をかけて建物を蹴り飛ばすように跳ねる。そこにケイローンが落下して来る。ケイローンの腕の場所から掴む位置を予測してケイローンの足を蹴りで払う。

 

「何っ!?」

 

 払うと同時にケイローンを踏んで再びジャンプして建物の壁に再び着地してそのまま駆け上がる。

 今度はこちらの番だ。建物から別の建物に跳び、また別の建物へと。建物の天井を跳ねてケイローンを上から見下ろす。

 ケイローンは動かず、自分をじっと見つめる。先程の攻防で空中ではこちらに分があることを悟ったか。いや、空中での戦闘は見れたから、地上で仕掛けてこい。ということだろう。

 元々この戦いも殺し合いではなく、演習。それも互いの力を計る為のものだ。ここで加速して逃げても意味は無いだろう。もう十分加速はしたし、直接戦闘をするべきだろう。特性上、組み合いは加速したスピードが止まってしまうのでサーヴァントとの組み合いは死を意味する。そこから本能的に避けていたのだ。

 

「全く、悪い癖だな」

 

 戦いをするとそれが演習でも殺し合いのような思考をしてしまうのはまだ一般人の思考を持っているのだと自覚しなければならない。

 

「行くぞ!ケイローン!」

「...!」

 

 空中で加速のベクトルを下に変更して垂直に加速しながら落下する。その地点にはケイローンが構えている。避ける余裕は与えない。ここまで加速したのだ。ケイローンが余裕でいられる速度はもう超えている。

 ケイローンは初撃の時と同じように防ぐように腕を前に出す。その腕に向けて全力でカカト落としを()()で放つ。ケイローンはビクともしないがケイローンの立っていた地面にヒビが入ってケイローンが飲み込まれていく。

 

「くっ!」

 

 流石のケイローンも堪えたようで残っていた腕で自分の左足を掴むがそれを右手で固定してケイローンの頭を地面に押し付ける。先程の地面に出来たヒビにケイローンが押し込まれて大きなクレーターを作り出す。

 

「はぁ!?」

「なんだありゃ!?」

 

 周りから見ればケイローンが構えたと思ったらケイローンの立っている地面にヒビが入り、そこにケイローンが倒れ、クレーターが出来た。というところだろう。

 

「流石ですね...だが、甘い!」

「うおっ!」

 

 しかしケイローンは倒れながらも掴んだ左足を離さない。ケイローンの足が動き出し、自分を掴んだまま無理やり立ち上がる。

 ケイローンはそのまま掴んだ左足から防ぐのに使った手を解放させて掴んでいた手を軽く振り払い、足首を握る。自分の体が反転して頭が地面に叩きつけられる。

 なんという衝撃だ。礼装による自己保護が無ければ確実に意識を失っていた。先程のカカト落としでこの礼装に防御の機能があることを悟ったから本気で叩きつけて来たのだろう。

 

「くっ!ギアチェンジ!」

「させません!」

 

 どちらにしろ、先程の加速は失われてしまった。即座にギアを変えて流れを戻したいところだが、ケイローンの拳が腹に捩じ込まれる。

 そのままケイローンが足を捻り後方に飛ぼうとする体と左足が引っ張られる。腹の中に入っていた酸素も吐き出されて、礼装を起動するための詠唱すら封じられる。

 

「ふむ。この辺ですかね」

「まだだ!」

「な────っ!」

 

 しかしだからといって全てが技が封じられたわけじゃない。自由になった腕に魔力をかけて地面に指をかける。そのまま足ごとケイローンを持ち上げて残った右足でケイローンを押し上げながらケイローンの()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ!?」

「基本が出来たら応用っ!てねっ!」

 

 そのまま体制を整える。ケイローンは急な軌道に驚きながらも体制を整えようとするが上手くいかない。当たり前だ。自分の体に本来はありえないベクトルがかかっているのだから通常の物理法則に慣れきった体ではそのままの体制でいられることが精々だろう。

 

 

「本気を見せてやりますよ。ケイローン。ギアチェンジ。セカンドtoサード」

 

 礼装に赤い線が入り、赤い稲妻が身体中を走り回る。全身の魔術回路が魔力を回して暴走状態に近い状態で回り出す。右手を高くあげて落下して来たケイローンの落下速度のベクトルを調整して再び引き上げる。今度はバランスを整えるのに大切な頭にもベクトルをかけたことで今度はまた違う力がかかりケイローンの体は回転しながら上昇する。

 

「ギアチェンジ。...サードto...フォース!」

 

 黒い礼装に入った線がドンドン太くなっていき、礼装自体が真っ赤になり、肩に悪魔を思わせるような装飾が現れる。手に触手のようなものが伸びてまとわりつく。顔には仮面が合わさり全身に装甲が装着される。

 そのまま体制を崩したまま落下して来るケイローンに渾身の回し蹴りを放つ。『加速』の必要は無い。むしろこの状態で加速したらケイローンが倒されてしまうだろう。それほど強力な一撃をケイローンの首に当てた。ケイローンは全身を回転させながらシェルターの壁に叩きつけられ、そのままドリルのようにシェルターの壁を削っていく...と思われたがケイローンの腕がシェルターの壁にめり込み、動きが止まる。

 

「...ギアチェンジ。フォースtoファースト...っていや待て!大丈夫か!?」

 

 その様子を見て礼装を解除する。先程の一撃はサーヴァントでさえ無事では済まない一撃だ。ケイローンとて無事では済まされない。戦いとなって本気になってしまったがここでケイローンを退去させてはシェルターの人達に示しがつかない。そう思っていたケイローンは何事も無かったように。シェルターの壁にハマった腕や頭を取り出す。身体に着いた欠片を落として息を整える。どうやらケイローンも本気になっていたようだ。

 

「ふむ。なるほど。こんな絶技も可能でしたか。侮っていたわけではありませんが、これほどまでやれるとは」

「すみません!大丈夫でした...あ、大丈夫そうですね」

「いえいえ。ここまで本気で蹴り飛ばされたのも初めてでしたし。逆に手を抜かれては貴方の力を計りかねます」

 

 ケイローンは笑っている。その影に怖いものも見られないということは生徒の中にこんなやつもいたのだろうか。アキレウスとかならやりかねん。

 

「では、貴方の力もわかったことですし。講習を始めましょうか」

「え?」

「え?ではありませんよ。ただ戦いをしたい訳ではありません。先程の勝負で貴方の長所と短所はわかりました。短所を潰して長所を伸ばします。さぁまずは組み合ったときの対処ですね。相手の動きを封じるのはいいですが、動きがまだ甘いですね。組み合った時の抜け出し方、そしてその後の加速からやりましょう」

「うお...うっす!」

 

 どうやら人集めよりこちらの方が進みそうだ。




今回の口直し、はお休みタイムです。
最強を誇るエインヘリアルの翔太郎とケイローンの模擬戦。
翔太郎強くね...ってなるかもしれませんがこいつ一応模擬戦だから手加減はしてるんです。

...化け物は化け物だ


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44話 これまでの軌跡

今日のやつは簡単に言うと振り返り回です。序盤はマンションの一室さんに書いて頂きまして、終盤のメドゥーサ視点での本作の振り返りは自分が書きました。

本作はただでさえ時系列がおかしいのに、その上割とその場テンションで書いてるから...振り返り回がないと頭バグりますよね。作者もバグる(おい)


 レイが引きこもりを初めて1週間が経った。レイから送られてくるのは素材集めの依頼のみで無理矢理外に連れ出したこの前のピクニックで少し気分を悪くしたのか外に出ようとしても同じ手段が使えるはずもなく、顔を出すことすら無くなった。中では何が起こってるかなんて知る由もない。しかし魔力のパスは繋がっており、そこから膨大な魔力が流れていることから零そのものに危険が及ぶということは無いのはわかるが心配にはなる。

 何せ今のレイは()にとても近いのだ。もしかしたら彼の予想を上回り、彼の真意にすら気付いているのかもしれない。もしそうだとするなら、一番危険視している自体になりかねない。

 

「さて、メデューサ?おやつにしては良い時間。しかし、黙ったままというのは少しつまらない。そうは思わないかしら?」

 

 今は姉であるステンノにつられてお昼のティータイムとなっている。

 

「そうですね。ですが、会話のタネはどうするのです?お互いのマスターは用事で今は傍にはいませんし、会話といってもそこまで面白い話などはありませんし」

「そうねぇ…ああそういえばあるじゃない。サーヴァントなら召喚に応じるわけでしょう?なんで応じたかも気になるけれど、私としては貴女自身がどんなふうに今までを過ごしていたのか気になるわ...その前に私の事から話し始めましょうか。そう言ってもどこから話をしたら良いのかしら…私が召喚に応じた時なんて、興味無いでしょう?」

 

「私としては上姉様が召喚に応じる事に驚きはありますが。まだ理解できます。しかし、こちらにまで来る理由が無いと思うのですが」

 

「それはね…《愛》よ」

「愛…ですか...?」

「ええそう、愛よ」

 

 愛されるのが前提の上姉様(ステンノ)がそういうのはあまり違和感がないが、そんなことを言っているから《愛》に忌避感を感じているレイからマスター同士は仲が良さそうなのに煙たがられるんですよと言いたくなってしまうのを抑える。

 

「愛の一言で済まされても…」

 

 小声でそう呟いたのが聞こえたのかステンノが顔は笑顔のままだが恐ろしい声を出してきた。それに怯えて机に置いてあるお菓子を落としそうになる。

 

 

「何か言ったかしら?メデューサ?」

「いいえ!ただお菓子が美味しいと言っただけです!...私としては上姉様がこちらに召喚されてからのほうが気になるのですが」

 

 実際は自分以外のサーヴァントがどういう理屈でここまで来たのが気になるがこれ以上深堀しても意味が無さそうなので諦めて話を切り替える。今は席を外している彼が彼女のマスターとして相応しい行動をしていたのかどうかも気になると聞かれれば気にはなる。

 

「そうね。こちらに来てからはいきなり戦闘だったわね。相手は黒いメデューサ」

「黒い私...?なるほど。シャドウサーヴァント...と言うと召喚主は何処かにいたのですか?いえ、もしかしたら...!」

 

 思い出されるのは自分とレイを倒した伊達という男。自分が戦った時は出てこなかったが、レイの話が正しければ彼は大量のシャドウサーヴァントを自分のサーヴァントのように扱うと聞いている。もしかしたらステンノを欲しがって彼女のマスターに攻撃を開始したのではと思い、思わず身震いをする。

 

「何があったのかは知らないけど、落ち着きなさい。敵は1人でしたし、召喚主も見当たらない。おそらく召喚しようとして失敗したのか、自然発生した部類の存在でしょうね。現に私のマスターもその時死にかけとはいえギリギリ生きていましたし、私でも問題なく対処できた。何者かの管理下ならマスターも私も間違いなく死んでいたでしょう」

 

 ステンノのマスターが1人で生き延びられるということは石化も無いか余程弱かったかということだろう。となると伊達が原因という心配はない。彼ほどの存在がシャドウサーヴァントを出して攻撃をするとするなら()()()()()()()()()()()。下手なサーヴァントと同レベルなんてことも容易に想像できる。

 

「そうですか…それでその後はどのように?」

「まずは死に体だったマスターの治療ね。数日間意識は無かったですし、私も暇を潰すのに苦労したわ?」

「治療ですか…上姉様が…」

 

 一応ステンノも神代の女神なのである程度ある程度使えなくもないがそれでも自分やレイはおろか、前にあった『加速』の起源を持つ少年と比べても大したことないほどと言えるだろう。起源覚醒者は魔術の才能、五大元素を用いた基礎的な魔術の習得が困難で魔術師として大成はしないとされているがそれでも上姉様(ステンノ)より上手く使っていた。それほど上姉様(ステンノ)というサーヴァントは愛され、戦いはもちろん、研究も、他に何もやらないのが前提の存在なのだ。

 

「何か言いたげね」

「い、いえ。上姉様が人間の治療をできたのが意外という感想が」

「言われてみればその通りね。私も自信はなかったわ?何せシャドウサーヴァントとはいえ、貴女の魔眼を受けて所々石化、脇腹は向こう側が見えるくらいの穴。正直生きていたのが奇跡ね」

「……レイも無茶をしてよく怪我をしますが上姉様のマスターも中々に酷い有様ですね」

 

 特にレイはかなり雑ではあるが自分で自分の身体の補修程度は行えるので余計に彼女のマスターの危なかっしさが目立つ。

 

「うふふ。羨ましがったって貴女にはあげないわ。私達だけのマスターですもの…オホン、話を戻すわ。先程の怪我に加えて、マスターはこの世界に適応できていなかったのよ。正確にはこの神代の魔力が満ちたこの世界にね。良くて爆発。悪くて魔力を求めるゾンビ化といった感じかしら?それを無理矢理に治療も含めて丸ごと解決した結果が今のマスターよ」

 

 この世界に適応出来なかった少なからず存在するということは聞いたことがある。たまに遭遇するゾンビを見ると寂しそうな表情をしながら木っ端微塵にしていくレイを何度見た事か。

 おそらくそのゾンビは元々はすべて人間なのだろう。彼女のマスターもし元々はその仲間入りをする存在だったのだろう。

 

「上姉様のマスターは自然淘汰される存在だったわけですか」

「そうね。私が来るのが遅かったのもあるけど結構ギリギリだったのよ。マスターが目覚めてからは数日間は体のリハビリと体質の把握に費していたわね。ここからマスターの自覚が少しづつ出てきた所かしら?」

 

 マスターの自覚というのも中々難しいものではあるがつけていかなくてはこの世界で生き残れるはずがない。この世界に対する肉体的な適応ならステンノにも行えるが精神的な適応となると話は別だ。そればっかりは本人の問題なのだから。

 

「そこからは新たな拠点探し。最初はね、あの島を目指していたのよ?」

「あの島というと…『種火の島』ですか?」

「そうね、来る人はいつの間にそう呼ぶようになっていたわ。実際種火目当てで来る人が多いもの」

 

 実際問題、レイも依頼がなければただ種火、そしてその研究目当てでこの島に訪れていただろう。そう思うほど種火という存在は謎が多く、気になるもの...らしい。レイは「あの腕を一日で何回見た事やら」と言っていた。どういう意味なのかは今でも分からないが何かしら特殊な事情があるのだろう。

 

「その噂については私も知っています。曰く『女神が管理する種火の島』ですとか『種火の楽園島』とか、少し変わった名前ですと『アウターヘイ〇ン』だとか…」

「最初の2つはともかく、最後のは色々と不味い気がするわメデューサ…それはともかく、私達はそこに向かっていたのですけど、その途中でここに来たのよ」

 

 そう言ってステンノは机を軽く2度叩く。勿論机を示している訳ではなく、この建物、石化ドラゴンの家と言われるこの拠点のことだろう。

 

「この拠点の事ですね。ここには私達も偶然の流れで来ましたが、1番目立つのはやはり、表にある石化しているドラゴンかと。あれには私も驚かされました。あれは上姉様がやった事ですか?」

 

 この家の最も目立つものといえば石化されたドラゴンの像。大岩を彫刻家が削ったわけでもなく、正真正銘幻想種のドラゴンだ。

 

「私がやった、と言うと少し語弊があるわね。マスターも戦っていましたし、その隙間を突いて私も攻撃していたから、私とマスターがやったという事になるわね」

「正直、上姉様のマスターがあの体でドラゴンの攻撃を捌けるとは思わないのですが?」

 

 この世界でもレイのドラゴンの討伐等を見たことはある。正直な話、多くのサーヴァントを超える幻想種のドラゴンと考えるとかなり弱かったが、それでもサーヴァントの中でもマトモな戦闘能力を持たないとはいえ一応サーヴァントであるステンノはまだしも、そのマスターである彼が相手できるとは到底思えない。

 

「ええ、あのままでは捌き切れなかったでしょう」

「でしたら倒せないのでは?」

「奥の手を使ったのよ。魔力強化は知っているわよね?」

 

 魔力強化、強化魔術という魔術ならレイは勿論他の魔術師達も使う基本とも言える魔術だ。魔力を通して対象の存在を高め、文字通りの効果を発揮する魔術であり、一般的な魔術師なら魔力生成の次に学ぶ基本中の基本、初歩の初歩。余程魔力回路が乏しいアトラスの魔術師すら驚くような魔術師でもなければみな使えることを前提に動いた方がいいとレイは言っていた。《彼》に似たのかそういうところはかなりキツイ言い方をする。

 

「ええ、私達サーヴァントも使う魔術、というよりかは基本と呼ぶべきでしょうか?それが何か?」

 

 一応この世界でサーヴァント以外で魔術をマトモに使えるのはレイや《彼》等特殊な事情が入り組んだ者達だが、レイはステンノのマスターも魔術を使えることを見抜いていたようだ。実際彼の魔術回路は乏しいものの、あるということは間違いない。

 

「それをね、マスターは自らができる限界まで一気に魔力を解放したのよ」

「なっ…そんな事をすれば人間の体では体が持ちません、その後の行動はどうするのです?後その程度で幻想種の頂点にいるドラゴンの攻撃を防げるとは思えないのですが?」

 

 正直な話リミッターはかけられているので限界まで魔力を解放すると人間の体では持たない魔力を解放する前に魔術回路が焼ききれるのだが、この際は同じものとして考えておこう。魔術回路は擬似神経なのでそんなものが焼き切れれば死ぬのは確定している。

 

「ブレスであれば焼け死んだでしょう。膂力に物を言わせた攻撃なら弾き飛ばされて体が持たなかったでしょう。しかし、噛み付きなら話は別ね。位置さえ気をつけていれば範囲に入れるのは、ホラ、手だけで良いでしょう?でしたら後は折って逃げるだけ」

「そんな滅茶苦茶な…」

 

 滅茶苦茶すぎる。失敗すれば確実に噛み砕かれていただろうにそんなことを考えるだろうか。というかそもそもドラゴンも何故まだ生きているステンノのマスターをくわえたのだろう。

 

「実際に出来たのですから仕方ないでしょう?ああ、その時の牙あるわよ?見る?」

「いえ、お菓子が不味くなりそうなので遠慮します」

「そう…格好いいのに…。まぁいいわ。その後はマスターの切り札を使って悶えている間に魔眼で石化、こんな感じかしら?」

 

 ステンノは本気でかっこいいと言っているようで少し引いた。もしかしたら自分もレイが敵将の心臓を抉って持ち上げたら記念として保存するようになるのだろうか。そう考えると身震いせざるおえない。

 

「それでドラゴン倒しをやり遂げたのですか…ですが、少し腑に落ちない点が1つ」

「なにかしら?」

「部屋の扉に立ち入り禁止の札がありますが、その部屋からは魂を感じます。しかも無念が漂っていた系の。今は落ち着いていて、半ば成仏しかかっていますが」

 

 その部屋は最初にレイが貰おうとしていた部屋でステンノのマスターにより止められていたがレイは何かしらの魔術を施しているように見えた。除霊...という訳では無いだろう。おそらく解析だ。成仏しかかっていたのでそれを誰が行ったか。そして、何故そうなったか。

 

「ああその部屋ね…元々、ここの建物は先客がいたのよ」

「先客…ですか?その人達はどこへ?」

「そうね…大半は天国(お空の上)、一部は冥府かしら?」

 

 その言葉でだいたい察した。レイの方もすぐにそれをやめていたのを見るとそれを知って面白くなくなった。ということだろう。どう考えてもレイの好きそうな話ではない。

 

「ああなるほど、奪い取ったというわけですね」

「そうとも言うわね。まぁそこからはあのボートとか探して、島を見つけて、なんだかんだで今に至るわ」

「そのなんだかんだの中に葛城財団の事も含まれるのですか…」

 

 

 葛城財団。今回ステンノのマスターが管理している種火の島を襲うとレイが予想している組織だ。そして、レイの友人となってくれたものの、直後に戦死した人物が所属していたところでもある。レイからすればかなり心苦しいところであるが、仕方ないと割り切れている。

 

「そうね、あの時は大変だったわ。いきなり来たものですから迎撃もできなかったし、マスターは連れ去られるしで私が出来る事なんてあまり無かったわ」

「そこからどうやって逃げられたのです?そんな状況では乗り物が無いと難しいのでは?」

「建物は山の中にあったのよ。下手に乗り物を使えばルートは限られるから追跡されるわ。それならばと徒歩で移動したわけよ。そして山を降りて現地の人に助けてもらって、なんとか逃げられたわ」

「なるほど、だからあの人の体型でもなんとかなったわけですね…」

「マスターがだらしがない体型なのは否定はしないわ。でもだらしがない貴女に言われたくはないわね?」

 

 一応サーヴァントである自分たちは受肉でもしない限り、体重が変わることは無い。一応変える手段がない訳でもないが、わざわざそんなことをするマスターもサーヴァントもいないだろうし、受肉してわざわざ太らす理由はない。

 

「うっ…これでも体重は変わってませんから…」

「サーヴァントとは言えども油断は禁物よ?私のように神核も無いのですから」

「さて次はメデューサの番よ?どんな波乱万丈な事をして来たのかしらね?」

 

 先程までステンノが嬉々として自分の過去の話を話していたものだから、自分も話すことを思い出してハッとする。

 とは言っても自分とレイが過ごした時間はそんなに長くはない。1ヶ月...もおそらくないだろう。

 

「私がレイに召喚された...上姉様と同じくレイが戦ってる時でした」

「戦闘中にアナタを召喚したの?」

「ええ。おそらく《彼》の差し金でしょう。そうでもなければレイが戦闘中にサーヴァントの召喚などするはずがありません」

 

 サーヴァントの召喚は強力な聖遺物を持っていれば成功率が高いと言われるがそれはどの英霊を引くかという話であり、本来は聖杯によって導かれているだけだ。

 しかし《彼》なら話は別だ。彼にはそれだけの事をやれる力がある。戦闘中にメドゥーサというサーヴァントを召喚したのも、おそらく戦闘中は特に《彼》の要素が強くなることから逆に戦闘中の召還が安全策だったということだろう。無論根拠はない。しかしレイがなんの力も借りずにサーヴァントを召喚できるほど優れた魔術師では無い。

 

「その後レイが戦う覚悟を見せたので傭兵...と言っても名ばかりですけどね。どちらかと言うと狩人(ハンター)の方が近いかと」

「ハンター?」

「多くのエネミーを狩り殺し、その素材を売っていました。正直レイは名前も売れてませんし、サーヴァントからすれば天王寺達也は危険視している存在なので」

 

 実際天王寺達也とレイの結び付きに気付くものはいないに等しかったが。エネミーの相手ばかりということもあり、自分がいなければレイが負けていたと思う戦いはほとんどない。

 

「しかし人との戦いもありましたね。特に酷かったのは人間同盟という名前の組織との戦いです」

「ふうん。その様子から見るとアレが凶暴化したということかしら」

 

 ステンノの言葉を聞いて思い出す。自分は遠くで見ていることしか出来なかった。負けることは無いと理解はしていたが、それでも見ているのは辛かった。相手はレイに比べれば脆い、泥人形のようなもの達だ。相手が全員でレイに襲いかかろうとレイからすれば大した障害にもならない。しかし、可能性の一つとして確かに、人間同盟の人間がレイを倒しうる可能性はあった。しかしそんな可能性を考えて、敵だからと殺すのは妙だと思えてしまう。しかしレイは臆病なのだ。そんな理由で殺されるのも悲しいことだが、もしそうだとしても、人間が人間を殺すときには躊躇いが出てきてしまう。しかしあの躊躇いの無さはまるで太陽が沈めば夜が来るように当然のことのように見えた。途中途中で後悔の色が見えたがそこはレイらしいところだ。レイはやる時は全く動じないのに、やった後に後悔するのだ。

 

「ええ。サーヴァントカードを使用する敵との戦い、その後の抵抗する一般人の惨殺。幼い子供ですら敵だからという理由で殺しているのは...指先と心を離せたということでしょうか」

 

 やっている時は躊躇いがなく、殺した後にその行為を後悔して、自分を嫌う。本当に《彼》にそっくりだ。まるで生き写しのように。それも当然だろう。親子なのだから。

 

「...私はアレに心があるとは思えませんけどね。むしろ、後悔できるほど余裕があるとは」

 

 レイの話になったからか、ステンノは少し気分が悪そうにコップに注がれた紅茶を飲む。

 愛される偶像(アイドル)たるステンノと愛を嫌う怪物(モンスター)であるレイの相性は最悪だと言える。

 どちらの言い分も自分には分かるのでそれに対しては何も言えない。

 

「余裕を与えたのは私です。この世界でサーヴァントを召喚せず、一人で生きるのは厳しい。レイは私が来るまで後悔出来るほどの心の余裕は無かった。それを私が与えました。サーヴァントという力が、彼に後悔を与えたのです」

「...そう考えると、やっぱりあなたたち、相性が悪いんじゃないの?」

「否定したいですが...今は出来ません。この状況も《彼》の予想通りでしょう。レイはいつか私の想像も超える存在になり、私を殺すのでしょう。《彼》の目的上、私の存在は目の上のたんこぶのようなものです」

 

 彼が見せてくれた夢。尊くも、決して届かないもの。届いてはいけないもの。レイも、それを知ったら自らのサーヴァントである自分を殺してでも得ようとするだろう。それは《彼》が手を加えなくてもそうなる。ただ、《彼》の影響でその夢を実現する可能性が高くなるだけのこと。

 

 

「そんなにその男の存在は大きいの?」

「少なくとも私の中では、とても大きいです。...私は《彼》の事を好むと同時に嫌います。本当は彼もレイも中途半端なんです。それ故に人間らしく、美しいはず。なのに《彼》はそれを嫌い、完結しようとしている。それが私からすればどうしようもなく悲しい」

 

 その心も理解できる。必要なら寄り添う事だってしよう。しかし《彼》はそれを拒む。その拒む理由も分かっている。だからこそ、その選択肢を取ることが悲しいのだ。本当なら自分の手を取って欲しい。しかしもう引けない、引いたらおしまいだと。そう思って行動しているのだから、《彼》は決して死者の亡霊たる自分と関係を深めることは無い。決して。

 本当はレイにも《彼》を否定して欲しいのだが、レイも、《彼》と同じだろう。今までの人間としての自分を嫌っている。そしていつか。自分のサーヴァントの存在が邪魔になり、殺すのだろう。自分はその時にどのような対応をすればいいのだろうか。レイの心に従い、大人しく殺されるべきか。レイの人間性に従い、レイを止めるべきか。この場合の止めるという言葉はレイを殺すということになる。殺さずに止められると思えるほど、レイは簡単な存在には決してならない。それほどレイは追い込まれ、いつか選択する。その時が分からないのがとても苦しい。今できるのはその選択のときを少しでも引き伸ばすことのみだ。だから自分たちは相性が悪いと言われても何も言えない。

 

「...話を戻します。人間同盟との戦いの後も、エインヘリアルに葛城財団。両者のマスターとの交流を果たしています」

「葛城財団は敵じゃないの?」

 

 先程の敵なら殺すというレイを聞いたステンノは首を傾げる。エインヘリアルなら今後の作戦にも加わってくれる...というより自分たちが加わるので逆だが、なんにせよ仲間にはなるので違和感はない。しかし葛城財団のマスター、君沢霧彦にいたっては話が別だ。レイは霧彦が敵である葛城財団ということを知っても、殺そうとはしなかった。それどころか、彼の仲間を殺している可能性を考えて謝罪すらした。 

 確かにその時の霧彦に敵意はなかっただろう。しかしそれでも人間同盟の人間たちがレイを殺す可能性と比べたら、霧彦がレイを殺す確率の方が数十倍、いや数百倍高いだろう。しかしレイは霧彦に対して友好的な態度を示した。それはその時の目的が父親の目的を調べることだったというのもある。しかしそれだけではない。

 レイは信じたかったのだろう。人を信じて、共に生きたかった。つまり、まだレイも中途半端な人間なのだ。

 

「確かに葛城財団は敵です。私にとっても、レイにとっても。しかしレイはまだ人間ですから」

「その時は人間じゃなかったと?」

「...そうですね。あの時のレイは《彼》でした。魂の転移、疑似人格の混入、魔術刻印越しに見た擬似憑依。色々と考えられる手段はありますがその時のレイは《彼》...天王寺達也でした」

 

 決して殺戮を楽しんでいるわけじゃない。悲しんではいる。しかしそれが感情として表に出てくることは無い。自分すら知覚できないほど奥の方に秘めて...それで終わる。それが天王寺達也なのだ。そう思う。

 

「...もう天王寺達也って男は人間じゃないのね」

「もう天王寺達也は死んでいます。しかしその意志を引き継ぐのは息子であるレイの務めでしょう。しかし私は...」

「馬鹿ね。もう少し正直なって言ってみればいいのよ。「私はレイに達也の代わりになって欲しくありません!」ってね」

 

 ステンノが下手な声真似しながら言っていることは事実だ。

 しかし魔術師であるレイが親の血を引き継いでその目的を果たそうとするのは当然のこと。それを否定することはレイを否定することでしかない。

 

「...そうですね」

「全く。あなた達の話しを聞いてると折角のお菓子が美味しくなくなってしまいそうです。結局そこまでなのでしょう?もういいわ」

 

 確かに今はお茶の時間だと言うのに不味くなるような話ばかりになってしまった。思ってみればレイの話になってからステンノも自分も飲み物やお菓子にほとんど口をつけてない。

 

「...すみません」

「ねぇ、メドゥーサ」

「なんでしょう?」

「最悪の場合、貴女がその男を止めるのよ。最悪殺してでもいい。天王寺零が止まらなくなった時は貴女が殺して、そして救いなさい。それが愛ってものでしょう?天王寺零と天王寺達也(二人の魔術師)に対しての、ね」

 

 ステンノなりにもレイのことについてよく考えてくれたようだ。レイが止まらなくなった時。何をするのか、何を思って、どんな目的で行うのか。全く分からないがそれを止められるのも愛なのだろう。

 

「ええ。そうですね」

 

 どうやら自分も覚悟がまだまだだったらしい。やはり姉には敵わない。

 

 

◇◇◇

魔術工房。

 

「...」

 

 使い魔から送られてきた情報は信じられないと思う反面、当たり前だと思ってしまった。

 メドゥーサとステンノの茶会。最初の方は何を言っているのか全くわからなかったが、近付いて見ると楽しそうな会話が聞こえて急いで下がらせてしまう。

 前回の反省、紙で話すのは悪くなかったものの、部屋から出て顔を出した時点で魔術師失格だ。もし暗殺が目的なら確実に殺されている。サーヴァントであるメドゥーサを出しておいたことから油断した。メドゥーサとステンノは姉妹だ。しかも絶対的な上下関係まである。それを心のどこかで忘れていた。本当に嫌になるのほど甘さが露呈した。今回はその反省を活かしてネズミ型の使い魔を放って見たはいいものの前回作ったコウモリ型の方が良かったのではないかと思った時にこれだ。

 

「...メドゥーサ」

 

 顔まではよく見えない。しかしかなり楽しそうだ。先述したようにステンノとエウリュアレ、そしてメドゥーサには絶対的な上下関係がある。なのでメドゥーサは姉二人を毛嫌いしてるかと思われがちだが実際はそうでは無い。姉二人も、妹であるメドゥーサも。家族としての親愛があるのは間違いではない。確かにトラウマを刻まれたり、パシリにされたり楽しいことばかりではないが、自分と共に居た時よりずっといい声をしている。

 

「そうか、家族だもんな...」

 

 崩壊に巻き込まれ、両親を失っている今なら家族の大切さが痛いほどわかる。ずっとウザイと思っていたとしても、やはり離れられないのだ。

 そんな相手に対して自分はもし、邪魔になれば殺そう。陸くんを納得させるための材料にしようなどと下衆な真似をよく出来たものだ。ステンノを殺せば1番悲しむのはメドゥーサでは無いか。

 

 

「あんなに幸せそうなメドゥーサ、初めて見た」

 

 当然だ。自分のような生きる為に他人を殺すことに何も思えなくなった人格破綻者のサーヴァントとして尽くすか、それとも家族の元で暮らすかとなれば後者を選ぶのは当然だろう。その上、これは聖杯戦争ではない。自分と共にいるメリットが現界の為の魔力を補充するから。それだけだ。願いが叶うわけでもなければ殺し合いの道具にされるだけ。意味の無い行為の繰り返し。メドゥーサは何故ついてきてくれたのか。彼女の言葉を思い出す。

『その時のレイが...本当は頼もしく感じなければならないのに、嬉しくならなければならないのに...()()()()()()()

『私の助けにレイがなれたように。レイの助けに私はなりたい』

 

「...ああ。なるほど」

 

 メドゥーサはただ同情してるのだろう。怪物として処理された自分と重ねて。だから怪物のように暴れる自分に脅えて、怪物にならないようにしている。

 しかし心のどこかで怪物になってもいいんじゃないのかと思っている自分がいる。

 

「いや、別にこんなことわかってた話だろう」

 

 分かっていた話だ。Fate staynightという作品がある。その作品でメドゥーサはライダーのサーヴァントとして現界した。彼女はマスターである間桐桜と自分を重ねて、彼女を守るために奮闘した。そんな経歴があるなら自分もそう思われていることなんて分かっていただろうに。

 しかしその為に彼女は傷付いている。いつ怪物になるか分からないマスターに脅えて、そのマスターを守るために自分が傷つく。考えなくてもおかしい話だ。

 

「なら、もういいよ...メドゥーサ」

 

 もう怪物になってもいい。ただ生きたいという希望はもう自分にはない。ただあるのはこの世界、そして家族を奪った伊達への怒りと悲しみ。復讐に走るほどでは無い。ただ、死んだ後が分からないから怖くて、生きてるだけ。生きてやりたいことがある訳では無い。なら人間である必要なんてない。もう怪物になって、何も考えなくても良くなるなら、それでいいのではないだろうか。

 

「決まったな」

 

 もうここにいて2週間になる。長い間ここにいた。半年間、山や人がいなくなった街に住んでいたが決まった場所に定住していた訳では無い。そう考えると家を離れてから一番長い時間いた場所になるのだろう。第二の家、と言うと言い過ぎだがそれほど長い時間過ごしていたのだ。陸くんにはほんとうに感謝しきれない。その間にメドゥーサはステンノという姉と過ごして、本来の彼女を取り戻しつつある。なら何をするべきか。わざと大切な姉から引き剥がして姉を守るためという大義名分を吊り下げて戦わせるべきか。姉とともに過ごさせるか。考えるまでもない。これまで俺と共に居てくれた最後のプレゼントを親愛の証として送ろう。

 

「...出るか」

 

 一言だけそう呟いて荷物を纏める。製作した魔術礼装、武装。メドゥーサや陸くんに協力してもらったおかげで大量に作ることが出来た。その全てがそんなにいい出来前かと言うとそうではないが、これは今後1人でまた生きていく時に大切になるだろう。

 

「...っと。ああ、まず陸くんに話をしないとな」

 

 その前に大切な話をしなくてはならない。流石に何も言わずに出ていってもメドゥーサに気付かれるだろう。その前に手を打っておくべきだ。彼女を出来るだけ追い込ませずに、打てる手は打とう。

 

 工房から出て使い魔にステンノとメドゥーサを監視させておいた状態で陸くんの魔力反応をたどっていく。陸くんは石化ドラゴンの家の庭で何か石を見ていた。いや、石化したら何か、おそらく種火だろう。魔術の実験にしては周りに見せすぎのような気がするがそれは置いておこう。

 外はもう夜中だ。使い魔からの映像はまだ昼だったので相当長い時間考えていたことになる。全く馬鹿らしいと笑えてきてしまうがそれをおさえつける。

 

「陸くん」

「あ、零。なんか久しぶりにあったような気が...ってどうかしたの?」

 

 久しぶりに外に出たので陸くんも驚いてこちらを見る。そして知ったのだろう。自分が何かを言おうとしているということが。

 サーヴァントの視線は感じない。ステンノにでもバレたとしたら最悪の可能性は考えられる。それは避けるべきだろう。なのでこのように周りに反応がない今を狙う。

 

「陸くん。頼みたいことがあるんだけど」

「はい」

 

 陸くんはまた素材集めかと思ったようで、しかし使い魔越しではないことに不思議がって首を捻る。

 

「メドゥーサを任せてもいいかな?」

「え?」

 

 自分の発言に陸くんは信じられない、いや言葉の意味が理解できないように目を丸くする。

 

「だから」

 

 ゴクリと唾を飲み込む。何も迷うことは無い。言い切る。陸くんならきっと理解してくれるだろう。

 陸くんも神妙な顔でこちらを見ている。

 一度閉じた口をゆっくり開いて、言った。

 

「メドゥーサをここに置いていく」




次回。コラボ章最終回。


─最期の命令─

君は、星の涙を見る。


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45話 最後の命令

失ってから気付いたんだ。家族ってのは何より大切なものなんだよ。家庭がどれだけ安心する場所か、やっとわかったんだ。父親がいて、母親がいるあの場所に戻れるのなら、と何度願ったことか。
だから守らなくちゃいけない。
君だってそうだろ?

だから、これは俺の最期の命令で、最期のわがままで、最後の願いだ。


「メドゥーサをここに置いていく」

 

 陸くんに強く言い切った。夜の風が当たり体がひんやりする。陸くんはその言葉を聞き返したり嘘だと疑うような顔はしなかった。自分が冗談のつもりで言っている訳では無いということは即座に理解してくれたのだろう。

 この二週間。彼と話した時間は言うほどあった訳では無い。しかし彼は自分の本質を理解することは出来なくても予想はできる。それが何なのかは知る由もないがおそらく本質に近い。

 

「それは...戦いの間という意味かい?それとも」

 

 もうわかっているだろうに。この言葉がどんな意味を持つか。もちろん、戦いの間だけ預けておきたいだなんて甘い考えでいる訳では無い。もしそうだったとしても、これから戦いに行く人間が生きて帰ってくる保証などできないのだ。

 

「もう俺はここに戻ってこない。だからメドゥーサとの契約を切る。君に、メドゥーサのマスターになって欲しい」

 

 メドゥーサとの契約を切る。それはつまり自分がマスターでなくなるということだ。今の自分とメドゥーサの関係はマスターとそのサーヴァント。サーヴァントであるメドゥーサの依代となり、魔力を供給し続ける。そのためメドゥーサは天王寺零というマスターを失わないように戦う。ただそれだけ。その契約が切れればメドゥーサは自由だ。自分に付いてくることは無い。もう戦って傷付くことも無ければ、近い未来存在を失う自分に怯えることも無い。

 

「それは...出来ない」

「魔力なら俺のものを持っていけ。令呪も君に渡す」

「けど」

 

 令呪さえあればメドゥーサは陸くんに従うしかない。メドゥーサも誰かに仕えることは慣れているサーヴァントだ。反抗的な意識も取らない。何より、ステンノがいればメドゥーサもステンノもどちらも幸せになる。それはステンノの幸せを望む陸くんの為にもなる。

 

「ステンノだってそれを望んでいる!考えてみろ、こんな怪物と姉のもと、どちらがいいかなんて今更迷うわけあるか!」

 

 ステンノと違いメドゥーサは戦うことだってできる。魔力的な負担を除けば彼にはメリットしかない。なのに、陸くんは強い目でこちらを睨む。まるでこちらが陸くんに不利な条件を無理やり押し付けているようだ。

 

「...」

「...陸くん。これからの戦い、一筋縄では行かない。多分、いや確実とは言えないが高い確率で俺は死ぬだろう」

 

 葛城財団の勢力は大きい。これから戦いに行く拠点はこれまで自分が攻撃してきた施設などとは違う。まだ翔太郎達がいるからその点は大丈夫だろう。しかし伊達の事や謎の男のことなど不明な点が多すぎる。魔術礼装などで対策はしてあるがそれにも限度というものがある。相手が手の内を見せてないのだから尚更だ。

 

「ならメドゥーサと共に行った方が」

「いや、だからだ。例え運良く生き残れたとしても俺は永くない。おそらく5年...いや、3年も生きられないだろう。それは彼女のせいでも、ましてや君たちのせいでもない。ただ冬になれば雪が降り、春にはそれが溶ける。それぐらい当然のこと」

 

 自分の体のことだ。大体のことはわかる。今となっては自分がなんなのかよく分からない。頭にある記憶も考え方も、もう誰が持っていたものなのか全く分からないのだ。

 自分の中に誰かがいる。それを理解したのはいつ頃だろうか。《私》は誰なのだろう。そう考えたのはいつからだろうか。自分のことを示す名前は分かるのに、()()()()分からない。その気分の悪さは馬鹿にできるものでは無い。

 

「だからメドゥーサだけでもってこと?」

「ああ。俺の戦い(手の込んだ自殺)に彼女を強いるつもりは無い。これを言えばメドゥーサは必ずついてくるだろう。その判断は間違いだと言うのに」

 

 メドゥーサは絶対に来るだろう。そう確信している。彼女はいつだって天王寺零というマスターの為に戦っていた。自分より絶対に強いとわかっている相手に果敢に挑んだ。いや、ただそれは無謀だ。

 いつだってそうだ。神話でも、物語として知る彼女も。いつだって誰かを守るために犠牲になり、被害だけを被ってきた。そして今度はその守られる人が自分ということ。それではダメだ。

 

「この世界にいるサーヴァントのこともよく分からない。本人たちはfgoから召喚されたのなんだの言ってるけど、あれはゲームだ。まだ魔術やら英霊の座がある異世界から来た記憶を持っただけの存在と言った方が納得しやすい。けど、これだけはわかる、メドゥーサはいつもメドゥーサなんだって」

 

 メドゥーサはもしかしたらfgoというゲームを記憶で知るだけの英霊の座から召喚されたサーヴァントなのかもしれない。何をどう考えても分からない点が多すぎる。けどそれは()()どうでもいい。分かるのは、自分が召喚したメドゥーサは自分が物語として知るメドゥーサのまんま、自分を守るサーヴァントとして戦っているということ。

 自分に守る価値があるのか、守ってどうなるのか等の問題は彼女の話だから介入する余地はない。しかし、それは正しいことなのだろうか。サーヴァントはマスターを守り、マスターはサーヴァントに魔力の供給を行う。それは当然のことだ。自分も今更それを変革しようだなどとは思っていない。けどメドゥーサは自分を切り捨てる術を持っている。なにも天王寺零というマスターに固執する理由は何もない。理解出来ない。理解出来ないからこそ、それを止めなければと思う。何時までもメドゥーサが痛みを味わい、それを見てることしか出来ないという連鎖を断ち切るべきだ。

 

 

「本気で言ってるの?零は一緒についてきて欲しいんじゃないか?」

「え?」

 

 先程から置いていくと言っているのにいて欲しいとは冗談でも言ってるのだろうか。そう思ったが、陸くんは全く冗談を言うような雰囲気ではなかった。

 

「零はメドゥーサに一緒にいて欲しいんじゃないのか?本当は、彼女の気持ちを考えないのなら」

「分からない」

「え?」

「分からないんだ。今自分が何を考えているのか、いや違う。この気持ちが誰のものなのか、本当に天王寺零という人間が考えていることなのか、それとも」

 

 天王寺零という人間はこういう時どう考えるのか、本来なら天王寺零である自分にしか分からないはずだ。しかし、自分には何も分からない。気持ちがない訳では無い。しかしそれは天王寺零を含めた誰かの気持ちをその場で出してるだけで、天王寺零のものだと決めつけられるものじゃない。

 

「な、何を...」

「殺し合いの最中はそんなこと考えなくてもいいから、楽だった。おかしいよな。本当は怖くて、一歩も踏み出せないようなやつが戦ってる方が楽だなんて」

 

 自嘲気味に笑う。陸くんは天王寺零が笑える人間だったのかと知ると同時にその笑みの異質さ、気持ち悪さを知って顔を顰める。

 

「俺は君のことを殺せるだろう。勿論、ステンノの事も。殺そうと思えば3分もかかるまい。けどね、大切なのはそこじゃないんだ」

 

 今ならわかる。この世界は残酷で、悲劇を望んでいる。誰かの犠牲の上に立ちながら欲を満たすことを良しとして、本来あるべきな法も、秩序も乱れるどころか形すら消えてしまった。それに敗れた人間は、二足で立つことすらおかしい(けだもの)。自分はそれを見て、壊すことしか出来なかった。殺すことしか出来なかった。他の方法を考えることすらしなかった。自らの欲を制御できなくなった人間を殺し続けて、一人で生き続けた。何も信用出来ず、残された魔術を研究し続けて、人を救える力を、殺す力に変換し続けて、獣を殺すだけの怪物になっていたのだ。

 獣と怪物の何が違う。違いなんてない。

 

「人とはなんなのか、人はどうあるべきか。人がこの五体を得た理由は、言葉は、文化はどうあるべきか。いつの間にか俺は理解を拒否するしか道を失ってしまった。しかし君は違う。陸くん、君は人だ。たとえ神の血を入れられようと、その本質は人だ」

「...零は人であることを放棄したって言うのか」

「ああ。そうだ。俺は君が羨ましい。陸くんは俺の戦闘能力が羨ましいと思ってるだろうけど、違う。そんなもの何の役にも立たない。人が殺せるからなんだ。それがなんになる」

 

「俺は、天王寺零という人間は数え切れないほどの人格により構成されている。君の言葉で言うなら多重人格...かな?いやそれも違うだろう。」

「...えっと...」

「ああ、ごめん。つまり...俺は自分の気持ちが分からない。この気持ちが誰のものか分からない。だから一緒にいて欲しいなんて、分からない。だから考えた。そして分かったんだ。メドゥーサはステンノや人として正しい在り方を示せる君といた方がいいということが」

 

 小難しい話になってしまったが本質を見ればそういうことだ。自分は何を考えているかというより本当の天王寺零が何を考えているのかが分からない。ならば何をするべきか。それはせめて、メドゥーサ(幸せになれる者)を幸せにしてやる事だ。

 

「でも...メドゥーサは」

「俺はこれ以上彼女といても彼女を理解できない!」

 

 思わず本音が口から出てきてしまった。その勢いで陸くんは後ろに倒れて尻もちを付くが今更引っ込めることは出来ない。それどころか続く言葉が止められずに出て続ける。

 

「っ!」

「理解することも...幸せにすることも...何も...!俺は殺すことしか出来ない!だから...だからっ!」

「悲惨なものね。これが魔術師の末路だっていうの?」

 

 何故か命の危険を感じてバックステップを踏んで製作した魔術礼装を構える。しかしステンノは何も無かったようにゆっくりと歩いて陸くんの近くに座る。

 

「っ!?女神ステンノ」

「...ステンノ様...」

「あらごめんなさいね。自分の気持ちすら理解できない愚か者の嘆く声が聞こえてきたものですから思わず」

 

 相変わらず自分には厳しいことを言いながらこちらを煽ってくる。しかし、本当の事だから何にも言えない。

 

「何の用だ。これは俺と陸くんの話だ」

「マスターがいいと言うなら私も構わないですけど私に何の話もなく決めるというのは悪いと思わないの?」

「す、すみません!」

 

 陸くんは陸くんでステンノから少し離れて謝ってしまう。そもそも呼んだのは自分なのだから彼が謝る必要なんてどこにもないというのに。

 

「...メドゥーサの事だ。ここに置いて行く。君たちの団欒の中に彼女を入れてやってくれ」

「構いませんけど。私も貴方のような()駄妹(メドゥーサ)を預けて置くのは心配ですから」

 

 予想通りの発言だな。少し見るだけでは嫌われていて可哀想なメドゥーサだが、二人の姉からは歪んでいるとはいえ確かな愛が感じられる。(ステンノ)(メドゥーサ)を見捨てることなんてできないのだ。

 

「陸くん」

「...本当にメドゥーサには言わないのかい?」

「ああ。君の口で君の言葉で伝えてくれ。もちろん、俺がいなくなった後に」

「それは無責任じゃなくて?」

「ああそうだ。しかし、そうでもしなければメドゥーサは俺についてくる。それでは意味が無いんだ」

「らしいわよメドゥーサ」

 

 ステンノの発言により一瞬目の前が真っ暗になる。身体が氷のように冷たくなり、そして一気に熱くなる。

 そして視界の端からメドゥーサが出てくる。馬鹿な。メドゥーサには聞かれないように探知はしていた。気配遮断をもつステンノを感知できなかったのは仕方ないがメドゥーサにその手のスキルは無い。

 そう思いながらステンノを見るとステンノは笑いながら携帯端末を取り出す。そしてその端末は通話状態になっていた。

 顔が青くなっているのが自分でもわかる。

 

「っ!?貴様ァ!」

 

 ほぼ反射的にステンノの首を鷲掴みにする。聞かれた。この時点で自分の計画が水の泡だ。メドゥーサを救うための物だと言うのに、この姉は、それを壊したのだ。身体の端から青い炎が出てくる。怒りを制御出来ない。

 

「あっ!ちょっと!」

「レイ!」

 

 ステンノの首を潰すのではと思うほどの締め付けをする直前に陸くんとメドゥーサが自分をステンノから無理やり引き剥がす。

 

「正気の沙汰か!ステンノ!貴様は、貴様はァ!」

「そんな事も言えない小心者にそんな事を言われる価値があって?」

 

 小心者。確かにそうだ。たとえメドゥーサがついてこようとしてもそれを振り払えれば良かった。しかし、自分にはそれが出来る自信が無い。もしかしたら本当に自分はメドゥーサにいて欲しいと思っているかもしれないから。

 

「はぁ...はぁ...ああそうだよ!メドゥーサ!お前との契約を切る!後はここで勝手に生きろ!」

 

 もう頭の中が無茶苦茶だ。ごちゃごちゃにかき混ぜられて考えも何も無くなってただやるべきと思ったことを実行する。

 

「...レイ」

「君はもう俺のサーヴァントじゃない!だから好きに生きろ!」

 

 メドゥーサと陸くんの手を振り払って無理やり引き剥がす。しかし、ステンノに対する怒りはもう冷めた。彼女の言う通りだ。ステンノが理解しているのなら陸くんも頷いてくれる。その後全てメドゥーサに言ってしまえばそれで解決だ。

 

「しかし私はあなたの為に生きると」

「馬鹿なことを言うな!」

 

 

「っ!レイ...」

「いつだって君はそうだ!ステンノとエウリュアレ()の為?間桐桜や天王寺零(自分と同じ道を辿る召喚者)の為?そんなもののためにいつまでも自分を犠牲にして!俺は!君の守りがないと生きていけない赤子か!?」

「それは...」

 

 メドゥーサにとって予想外の言葉だったのか後ろに下がりながらたじろぎ、そして後ろに倒れる。その顔はブレイカー・ゴルゴーンをつけてもわかるほど絶望していた。

 

「俺はもう1人で生きれる!なのにまだそうしているのか!同情か!?そんなものいらない!」

「いえ私は...レイが...」

「父さんのことだって全部知ってるくせに何も言わない!それどころかわざと隠している!何をどうしたい!?」

 

 父親のことだって何も言わずに隠している。なぜ隠しているのかも分からないが、聞かれるとなにか危険なことでもあるのか。それすら言ってくれないのだ。

 

「...申し訳ありません。レイ。私は」

「いや、いい。どちらにしろ君はここにいるのが一番幸せなんだ。そして俺は一人でいるのが一番いい」

 

 叫びたいことを全部叫んでしまった。彼女を傷つけたくないから、この決断だって簡単に出来たのに。情けない。

 

「それではレイはどうなるんです」

「...戦って、負けて死ぬか何処かで野垂れ死ぬか。大した違いじゃない」

「では、これはレイのわがままですね」

「ああ。これまでは君の守りたいというわがままを聞いてきた。だから最後は、君を幸せにしたいという自分のわがままを通させてもらう」

 

 そう言って近くにいた陸くんの手を握り、令呪を輝かせる。

 こうしてみるといつも自分の手の甲にあった令呪は陸くんのものと比べると変わった形状をしている。令呪は優秀なマスターだと丸に近く、常識から外れると線対称から外れていく。と聞いたことがあるが自分の令呪は点対称ではあるが右側に多くの線が繋がって半円のようになっている。見方によれば閉じている翼にも見えなくもない。

 

「令呪をもって魔術師、天王寺零が自らのサーヴァントに命ずる。ライダー。自らの契約を断ち切り、魔術使い白島陸に従い、その生に幸福を与えよ」

 

 これが最初で最後の令呪になるだろう。そして同時に陸くんに残りの令呪を渡す。このような命令は強制力が弱い。なので抗おうとすれば抗う事も不可能ではないだろう。しかしその場合陸くんの令呪が働いてくれる。

 

「これで俺はサーヴァントのいないマスターだ。メドゥーサ、君との旅は楽しかった。これだけは嘘じゃない。ああそうだとも。嘘ではない」

「レイ...」

「じゃあさよなら。もう会うことのないサーヴァント。そして生きろ。生きて、後悔しない生を送れ」

 

 そう言って石化ドラゴンの家に入り、工房を解体する。結界を無くし、悪霊を自分の中に取り込み作った魔術礼装を同じく制作したリュックの中に詰め込んでいく。

 

「陸くん。自分が種火のことについて調べたレポートだ。役に立ててくれ。そしてこれは餞別だ」

「これは」

「魔術礼装だ。神経干渉型魔術剛腕」

「え、えーっと神経...」

「神経干渉型魔術剛腕」

 

 そう言って調べた種火の情報をコピーしたものと製作したひとつの魔術礼装を陸くんの前に置く。

 その礼装は簡単に言うなら擬似的な魔術回路と魔術刻印を埋め込んだ篭手だ。彼の戦闘が武器の使わないパンクラチオンを用いた戦闘と聞いたので武器や杖は扱えないだろうと思い篭手にした。

 

「使い方はレポートの方に纏めておいた。これは殺すための力ではなく守るための力だ。君なら扱えるはずだと信じる。」

「...」

「後は敵拠点を潰す。それで俺と君の契約は終了だ。」

「ああ。あとは任せた」

「任された」

 

 陸くんの手を握り再び握手する。なにか見るためのものでは無いごく普通の握手。それを行い手を離す。

 もう彼らが戦いをしなくてもいいように。殺し合いの必要性を感じさせないように。自分がどうすればいいか分からないがこの選択が間違っていないことを祈ろう。

 

「じゃあな」

 

 あとは何も言い残すことは無い。もうこれで終わり。それでいい。それでいいから。

 ゆっくりと足を進めて行く。振り返ることもせず、2週間ばかり過ごした石化ドラゴンの家を後にした。

 最後に見たメドゥーサの顔は悲しげだった。

 

 




後悔はない(ある)
しかし(だから)これは間違いでは無い(間違いだった)

命を落としてでも守ってくれた女性にできる最期の報い。天王寺零が持っている悔いは無い。あとはただ望まれたように、命を使うのみ。

葛城財団、エインヘリアル、天王寺家、そして───女神ロンゴミリアド。種火の島をかけた決戦の舞台は整いつつある。
誰もが確証を得られないまま、この戦いの結果がこの崩壊世界の今後を左右すると、肌で感じていた。

次回、第一部最終章

『かたちのない世界』

開幕



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