Historia~彼女を救う彼女の物語~ (瞬く陰と陽)
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戦士よ、起ち上がれ!
INNOCENT SORROW


あぁ…またこの夢だ

 

冷たく重い雨の中 男が空を仰いでいる

 

「彼女を・・・どうか彼女を・・・」

 

それは嘆き それとも憤りあるいは絶望

 

 

ううん…これは渇望の声…

私と同じ救いを求める声…

 

 

あぁ私は何をすればいいの?

どうすればあなたの

 

その赤い涙を拭えるの?

 

 

目覚めは近い

 

 

 

 

 

朝が来た。

またあの夢だった。

随分昔から見ているような気もする。

でもきっとあの日から…はっきりと覚えている。

 

「また泣かせちゃったな」

 

いくら存在しない夢の住人とは言え大の男に、ましてティーンのうら若き乙女が放つ言葉ではないが少女は、紫苑は本気であった。

 

彼の悩み事を解決するのは自分だけだと確信しているようだった。

 

目覚めはいいのかするりと寝床を抜け出すと寝間着から黒の運動着へ着替える。

飾り気はないが自身の動きを阻害しないこの服を彼女は気に入っていた。まったく同じものが4~5着ある程度には気に入っているのだ。

 

静まり返った純和風な家屋をとてとてと行きながらふと部屋の時計を見ると短い針は5の文字の少し先をさしている。

玄関を開ければ1日で最も暗くなる時間。どうやら今日も太陽に勝利したようだ。

 

軽く体を解す動きをし、少女は走り出す。

目指すは頂き。山の中腹程にある少女の家からは約1時間程に距離はある。最も成人男性でその程度であり年端もいかない少女の足では過酷と言わざるを得ない。

しかしながら止まらない。少女は山道をものともせず走り続けている。気付いた時には山頂、少なくとも大半の成人男性はまだまだ道の途上であることは間違いない速度である。

少し弾んだ息を整えたのち少女は懐より取り出す。それは二振りの小太刀、もっとも木製ではあるが。

 

 

「…フッ!!…ハッ!!」

 

風を切り太刀を振り、足を蹴りあげる姿は鮮やかな美しさをもち研ぎ清まされた刃のようであった。

 

 

やがて満足したのか流れる汗を拭き取りながら手頃な石に腰掛けると、紫苑は思い出していた。

夢の男。どう見ても日本人ではなく立ち姿、まとう空気。間違いなく会社勤めはないだろう。一番上の兄のように堅気ではないだろう、まぁ次兄よりは紳士的な感じは確かだ。しかもなかなかカッコいい…とそこまで考え運動によるものではない体温の上昇を感じて一人わたわたとする。二人の兄がみれば荒れるだろう。あの二人は少女をほっぽりだしてはいるがシスコンなのだ、しかも重度な。

 

「文治にぃ…会いたいな…、まぁバカジュージは~いいや。」

 

兄妹仲は良好のようである。

 

「ま、二人ともやすやすと死ぬたまじゃないでしょ♪」

 

・・・良好のはずである。

 

紫苑にとっては愛すべきバカ二人。

彼女も大概ブラコンなのだ。

素直に本人達に言うことは無いだろうが彼女はとても家族を大事にしている。

 

ふと空を見上げると朝日が昇っていた。

 

「…ん~~…フゥ~…」

 

澄んだ朝の空気を胸に吸い込むと気分がいい。

深呼吸をした後、精神を統一すると断続的に息を吸って吐き出していく。

 

体の中の気の循環をコントロールし集中力を高めていく。

 

 

(頭の中はクリア…体のリズムも正常。うん、絶好調。)

 

 

そっと目を開けた紫苑が小さく息を吐き、駆け出す。

風を切って駆けだすと子どもの頃を思い出す。

 

ただ夢中で二人の兄を追いかけていた頃。

 

(…懐かしいなぁ。まだ朽葉流忍術の免許皆伝をもらう前だもんな。)

 

 

 

朽葉流忍術

 

それはまだこの国が大小さまざまな勢力に分かれて戦いに明け暮れていた時代に隆盛を誇った戦闘技術。

その中でも紫苑の一族、九頭家は朽葉流筆頭として最強の名を恣にしていた。

 

 

(とはいえ、それも昔の話よね。

 

 今の平和な時代にこの技術が生かせるわけもなく…

 

 文治にぃや十二みたいに危険な場所に飛び込みたいとは思わないし。

 

 今代の九頭家は史上最強の三兄妹だなんていう人もいたけど、

 

 私はそんなのに興味なんてない。ただ家族が幸せならそれでいい。)

 

 

-やはり君はアイに溢れている-

 

 

「え?」

 

 

誰かの声が聞こえた気がして紫苑は振り返った。

だがそこには静かな森が広がっているだけだ。

 

首をかしげて振り返った紫苑の背中を見つめる男の視線。

 

その眼には強い-悲しみ-が浮かんでいた。

 

 

 

 

朝の鍛錬を終え帰宅の途についた紫苑。

駆け上った山道をのんびりと下っていく。

そんな時間が彼女は好きだった。

 

 

またあの夢を思い出す。

 

初めて見たときよりも男の声、姿、纏う空気を鮮明に感じている。

何より彼が近くにいる気がしている。

 

しっかりとはわからないが近いのだ。

 

 

 

自分を大きく変えてしまう何かがもうそこまで来ている。

 

 

 

 

 

ふと自分の前方を横切る影が見えた。ほんの一瞬、見間違いかもしれない。

しかし少女には不可解な確信があった。

 

 

始まる

 

私を変えることが始まる!!

 

 

「ッ!!待ってッ!!」

 

紫苑はいつもの帰り道から影の消えていった深い山の中へ躊躇うことなく飛び込んだ。

 

 

後には一陣の風が吹き抜けた。

 

-はやくここまでおいで-

 

小さな呟きは風に乗り消えた。

 

 

 

 

 

やはり人間じゃないわと木から木へと飛び移りながら紫苑は思っていた。

相手は夢の男なのだから当たり前だが常人離れした動きで木々を猿のように飛び回る少女に言われたいとは男も思っていないかもしれない。

 

この追跡劇の当初は少女も追い付けるとは思っていなかったかもしれないが50メートルほど先に男の姿を捕捉したとき、紫苑の中に火が着いた。

 

 

(この山で私から逃げ切ったヤツはいない!!

 

 最も追いかけた男は二人の兄しかいないけどね。)

 

 

心の中で呟くと久しぶりの気分が高揚する感覚に口元がつり上がる。

 

男を追いかけ森の深部へと近付いた時、奇妙なことに気づいた。

 

 

 

(なんで…なんで掴まらないの…)

 

 

 

一定の距離には近付くが自分の間合いに捉えられないのだ。

 

(あの人…私を何処に連れていこうと言うの…)

 

遂には紫苑自身も踏みいった記憶の無い最深部に到達し、男が急加速をして一瞬視界から消えてしまった。

慌てて紫苑も後を追い、男の消えた茂みへと飛び込んだ。

 

 

そこは一面が白い花で埋め尽くされた場所だった。

 

 

 

不思議に美しく

 

何故だか哀しかった。

 

 

 

 

その花畑の中心に男の背中が見えた。

 

ようやく彼と直接話すことができる。

 

 

 

 

「私は何をすればいいの?」

 

何故夢に現れるのか、

 

何故この森で自分に追い付かれずにいれたのか、

 

彼女とは一体誰なのか、

 

そもそも目の前の存在はなんなのか、

 

 

 

 

様々な疑問はあったが紫苑は一番聞きたいことを真っ直ぐに問いかけた。

 

男がゆっくりとこちらに向いた。

 

 

 

「…哀しい…」

 

 

「哀しい?あなたのいう-彼女-と関係があるの?」

 

 

「私は彼女を救えなかった…」

 

 

「彼女?…って一体誰なの?」

 

 

 

男は何も写さなかった伽藍堂な瞳にようやく紫苑を写し出したようだ。

 

 

「彼女を…BOSSを…どうか救って欲しい…」

 

 

 

瞬間

 

世界の歯車が軋む音がした。

 

 

これは彼女が彼女を救う物語。




一話と二話をくっつけてみた

これから話を進めながらもちょっと改定作業を進めよう


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異邦人

1964年 8月 30日

 

一週間前のミッションの失敗の傷も癒えきらぬうちに男は再び帰って来た。

 

ソ連 ツェリノヤルスク

 

祖国を裏切った売国奴、亡命をしておきながら核を撃ち込んだ狂人、

 

 

そして、敬愛する師匠(BOSS)の命を奪うために。

 

 

作戦は順調な滑り出しを見せていた。

二回目の潜入。敵兵にその存在を気取らせることなくラスヴィエット、科学者ソコロフが監禁されていた廃墟までたどり着いている。

人気はない。しかし慎重にクリアリングを行い安全を確保する。

最後に北東の小部屋を調べるためドアに近付いた時、小さな異変に気がついた。

僅かに扉が開いている。

何かが飛び出してもいいように銃とナイフを構え直し、音をたてぬように注意深く扉を開け中へと忍び込む。

薄暗い部屋のなか、簡素な寝台の上には子猫のように丸まって眠る泥にまみれた少女‐紫苑‐がそこにいた。

 

この時、蛇の名を持つ男は確かに囚われた。運命の歯車が回りだしたのだ。

 

 

 

 

花畑の邂逅の後、紫苑は気を失っていたのか木に体を預けて眠っていた。

僅かに差し込んだ木漏れ日にまぶたを刺激されたのか徐々に意識を取り戻した。

 

 

(…流石に驚いた。うん、これは流石に驚くよ。

 

 文治にぃに朽葉流・砲砕を初めて見せてもらったときよりビックリした。

 

 確かに山の中に居たのは間違いないかもしれない。

 

 最後に居た所は見覚えもなかったしね。

 

 でも確実にここはわたしのいた(テリトリー)ではないわ。

 

 まぁ15歳のいたいけな少女のテリトリーが野山ってのもね…

 

 

 あれ?何故だか涙が…

 

 

 

 

ひとしきり完結したのか体に着いた土を払いながら立ち上がると異常がないか確かめ辺りを見渡す。

手近な木によじ登り周辺を見通してみたがこの森はかなりの広さのようだった。

何か目印のようなものがないか探してみると谷にかかる吊り橋、その先には微かに屋根のようなものが見てとれた。

 

 

行く宛もないのだ。建造物があるなら人がいるかもしれない。

とにかくそこに紫苑は向かうことにした。

 

吊り橋に近付くと思惑通り人影を見かけた紫苑。

声を掛けようと近付こうと思ったが彼らの手にある物々しい銃器に思わず木の陰に身を隠した。

 

(…マジ?)

 

何者かを待ち受けるかのように哨戒する彼らを見て少なくとも猟師の類いではない、揃いの服装から見ても恐らく正規の軍人。

 

人を殺すプロ集団。

 

 

なんとなく彼らの死角に移動しひょいと木に飛び上がると注意しながら近付いていく。

 

一人の兵士が腰のトランシーバーを取り出すと立ち止まり交信をはじめた。

 

Нет никакой ненормальности.(定時連絡、異常は無い。)

 

Я понял ШТАБ-КВАРТИРУ.(こちらHQ,了解した。)

 

紫苑は我が耳を疑った。

彼らの言葉が全く分からなかったからである。

 

(え、ここ日本じゃないの!?)

 

 

あまりの衝撃に思わず体がゆらぎ、登っていた枝から足を滑らせてしまった。

受け身はきちんととったので痛みはなかったが、さすがに音まで消すことはできなかった。

 

Кто это?!!(誰だ?!!)

 

怒声と共に銃口を向けられた紫苑は恐怖に身を震わせた。

鍛錬で兄たちと組手を行っていたが本気の殺し合いの経験は無かった。

例え朽葉流が人を殺めることを目的とした戦闘技術だとしてもだ。

 

 

一方兵士にも衝撃だった。

 

ここは戦場、しかもジャングルのど真ん中である。

子供、少女が居ようはずもない。

 

Ребенок??‼(子供だと)

 

それは僅かな戸惑い、確かな隙だった。

 

一瞬の間隙、そこをつくことができたのはやはり二人の兄との鍛錬があったこそだろう。

手に触れていた小石を握ると兵士の顔めがけて投げつけると素早く立ち上がり脱兎の如く駆け出した。

 

虚をつかれた兵士も銃口をむけ直し、少女の背中に銃弾を放ったが深い木々に阻まれ紫苑に当たることはなかった。

 

 

(嘘でしょ!?ホントに撃ってきた!!)

 

 

心臓が口からとびだしそうに高鳴っている。

 

怖い…訳の判らない状況で命の危機に晒された紫苑は全力で走り続けていた。

 

後ろを振り返る余裕など無い。

鍛えたお陰か火事場のなんとやらか、自身のトップスピードで風のごとく森を駆け抜け、木の上から見つけた吊り橋のもとへたどり着いていた。

 

 

(うぅ…またいる…)

 

 

さっきより随分落ち着いたが恐怖がなくなるわけではない。

どうやら自分のことが伝わってはいないようで吊り橋の前にいる兵士はわりとリラックスした状態に見える。

なんとかこの橋を渡ってしまいたいがどうすればいいだろうか。

 

 

ふと兵士のすぐそばにある木に目をやると枝に蜂の巣が見えた。

 

(これだ!!)

 

 

腰の木製短刀に手をやると蜂の巣に目掛けて投擲した。

真っ直ぐに飛来した短刀は正確にハチの巣と枝を繋ぐ部分へと命中し、地面へと落ちた。

 

驚いたのは蜂と真下にいた兵士だ。

 

前者は我が家を襲撃された怒りに、後者は濡れ衣を着せられた己の末路に身を震わせると橋の向こう側へと消え去った。

また、不運にも橋の上で真面目に仕事をこなしていた同僚も巻き込まれていた。

 

「ごめんねハチさん」

 

巣に刺さった短刀を回収しながら紫苑ちは小さく謝罪した。

もっとも剣先に着いた甘い蜜をペロリと嘗めとる辺り謝罪の気持ちが深いかどうかは分からないが。

 

 

しばらく歩くと朽ち果てた廃墟が見えた。

 

どうやらこの辺りには誰もいないらしい。

 

廃屋にはいると小部屋があった。

汚れたベッドに腰掛けるとようやく一息を着いた。

お世辞にも綺麗とは言えないが今の紫苑には三ツ星ホテルのスイートルームのように思えた。

 

ふと外を見ると赤い太陽が見える。

 

もう日が落ちる。

 

安心すると睡魔に襲われ、それに抗う体力はもう紫苑になかった。

 

 

 

 

優秀な工作員である、ネイキッド・スネークは大抵のことには動じないつもりである。

 

特にここ最近はあまりにも衝撃的なことが起こっていたのでそれを越えるような出来事はあり得ないとも思えた。

 

数分前までは。

 

 

 

『少佐。子供が寝ている。』

 

『…スネーク…よく聞こえなかったんだが…。』

 

『ベッドの上で少女が寝ているんだ。捕らえられているようには見えないが…』

 

『まさかスネーク…拐ったの!?』

 

『おい!?そうなのかスネークッ!!いくら女っけが無いからってそれはヤバイぞぉ!!』

 

『…この任務が終わったら二人とも覚えておけよ!!』

 

『スネーク…そこは敵地だ。万が一と言うこともある。油断はするな。』

 

一度無線を切ったスネークは少女を観察する。黒い服に身を包み緩やかなカーブを描くその体からは発育途上ではあるが確かに女性を感じる。黒い髪は首もとで一つに纏められている。幼さの残る顔立ちはアジア系。手には木製のナイフが握られており、使い込まれた様子から年季がうかがえる。外を転がりでもしたのか全身に土がついてはいるが外傷は見受けられない。

そこまで観察をしたところで少女に覚醒の兆しが見えた。

素早く間合いをとり、戦闘体勢に移る。

 

長いまつげが震えるとゆっくり髪と同じ黒い瞳をスネークへとむける。

 

「…ッン…兄さん?」

 

『何者だ?』

 

聞きなれない声、ハッと覚醒した紫苑は体を起こそうとするが

 

『動くなッ!!』

 

 

小さいが有無を言わさぬ声に体を止める。

 

強い…直感的にスネークの格を己より上位にあると気付いた紫苑は言葉はわからなかったが手を顔の高さまであげて無抵抗をアピールした。

 

 

『武器を捨てろ。』

 

 

目の動きからその手の相棒の事と悟り、そっと小太刀を枕もとへおいた。

 

 

『何者だ?』

 

 

自分の事を聞いているようだがなんと言えばいいのか自分にもわからない。

 

 

「ア、アイアムシオン…ジャ、ジャパニーズ‼」

 

片言の英語で精一杯男に話し掛ける。

 

男は一瞬困惑した様子だが、直ぐに鋭い目に戻ると

 

『日本人?…日本人が何故こんなとこにいる!本当の事を言え!』

 

「うぅ…信じてもらえないみたい…。ノーエネミー‼トラストミー‼」

 

スネークは短く息を吐くと少し後ろへ下がり片手で機械を操作して誰かと話はじめた。

 

『…少佐。彼女は日本人だと言っている。兵士には…とても見えない。』

 

『あら、ゲイシャガールなの?』

 

『ヘェ!!日本から拐ったのかぁ!!やるなスネーク。』

 

 

 

『やめるんだ二人とも。

 

 スネーク、今は任務が最優先だ。

 

 余計なことには関わるな。

 

 

 

 それに…もしも任務の妨げになるようならば…

 

 

 

 わかるな。』

 

 

 

 

『…オーバー…』

 

 

話が終わったのか、スネークは立ち上がりこちらを見てくる。

 

もう銃口は向けていないが警戒は解いていない。

 

 

 

『ここで待て』

 

手振りを交えて紫苑に伝え、紫苑が頷いたのを確認すると部屋からそっと出ていった。

 

しばらく紫苑は固まっていたが小さく息を吐くとようやく挙げたままの手を下ろした。

 

恐る恐る立ち上がると部屋を見回してみると日中には気づかなかったロッカーや机を見つけた。

ロッカーのなかにはよくわからない機械(暗視ゴーグル)と何故かは分からないが少し小さめの迷彩服があった。

 

それらを机において眺めていると

 

 

bang‼ bang‼

 

部屋の外から銃声がした。思わず座っていた椅子から飛び上がると部屋の隅に座りこんだ。

 

怯えて様子を伺っていると誰かが部屋に近付く気配がする。

 

さっきの男か、それとも恐ろしい兵士たちか。

 

固唾を飲んで見守っていると、ゆっくりと扉が開いた。

 

 

『なるほどね、これは確かに大問題ね。』

 

 

扉の先には金色の美女が紫苑を見つめていた




次回にせちち参上


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アダムの林檎

1/12 改稿


部屋に入って来たのは先ほどの男と知らない女だった。

 

(うわぁ…すっごい美人さんだ…)

 

ブロンドの髪に整った目鼻立ち、

 

そしてその大きく開けられた胸元に目を奪われていると女は紫苑のすぐ傍にいた。

 

 

「アナタハニホンジン?」

 

 

 

彼女の口から飛び出した日本語に目を見開いた。

 

 

 

「い、いえす!わたしにほんじんです!!」

 

 

 

何故だか自身も片言になりつつ答えると女は優しい笑顔を浮かべた。

 

 

 

「モウ、ダイジョウブ。」

 

 

 

その言葉に一気に緊張の糸が切れたのか丸い瞳にみるみる涙が浮かび目の前の胸元へ飛び込んだ。

 

 

 

唸るように泣き出した少女を抱き締めてその頭を撫でながら後ろにいる男へと目をやると、男は驚いたようにこちらを見ていた。

 

 

(大方敵の罠かもしれないとでも思ってたのね。)

 

 

自分のような女の武器を駆使するならともかく…どうみてもこの子はそうは思えない。

半ば呆れた視線に気づいたのか男は気まずそうに目を逸らした。

 

ベッドに腰掛け葉巻に火をつけた男。

疲れたように白い煙をため息とともに吐き出した。

 

『計画と違う…ADAMはどうした。』

 

『あなたとこの子の名前(コードネーム)は?』

 

『俺は…スネークだ。そいつはシオンというらしい。』

 

『スネーク?蛇ね。私はEVA(イブ)…誘惑してみる?』

 

意味ありげな笑みをスネークに向けていたEVAの胸で身じろぐ気配がした。

 

 

 

 

「あ、あのぉ…」

 

 

どうやら落ち着きを取り戻したらしい紫苑が少し赤くなった頬と潤んだ瞳で心配げにEVAを見上げた。

うるうるとこちらを自分を見るその姿は庇護欲満点の小動物のようだった。

 

 

 

 

(…?!か、かわいいぃぃ!』

 

『おい、心の声が漏れてるぞ。』

 

「うわぁっぷ?!」

 

紫苑を抱きすくめ、頬ずりをしながら撫で回すEVAに冷静に突っ込むスネークとワタワタとするばかりの紫苑。

 

紫苑の頭を撫で、名残惜しそうに体を離したEVAはスネークと話し始めた。

その会話は英語で話されていたため紫苑は殆ど理解することができなかった。

途中EVAから拳銃を渡されたスネークが興奮したように何かを捲し立てているところは意味は分からなかったが不思議と可愛く感じた。

 

(何だかわかんないけどすごくはしゃいでるのは伝わった。)

 

 

『よし、北に向かおう。』

 

『ちょっと待って。』

 

おもむろにベットから立ち上がろうとしたスネークをEVAが押しとどめた。

 

『なんだ?』

 

『疲れてるんでしょ。少し休んだらどう?』

 

『大丈夫だ。』

 

そういってEVAを押しのけていこうとしたスネークだが不意にその体が傾く。

 

「危ない!」

 

扉のすぐ前で二人のやり取りを見ていたので近くにいて、思わず抱きとめようとした紫苑だが鍛えられた大の男を抱えきれるほどの筋力は無くそのまま床へと押し倒されてしまった。

 

(あ…凄く大きくて熱い…)

 

感じたことのない程強く男の体を認識して固まってしまった紫苑。

 

『その身体では無理だわ。この先はまだまだジャングルよ。

 

 それに夜明けまではまだ一時間あるわ。

 

 夜のジャングルを案内(ガイド)無しに行くのは危険よ。』

 

『君は?』

 

『私は戻らないと。

 

 長くは空けられないわ、感づかれるもの。

 

 それに紫苑だっている。道のりは長いわ。』

 

 

その言葉に思い出したかのようにちらと紫苑を見たスネークがEVAに声を荒げた

 

 

『おい、まさか俺に子どもを連れて行かせる気か?!

 

 これは任務だ!遊びじゃないんだぞ!!』

 

『あなたこそ正気?わたしが連れ帰れば当然ヴォルギンの目に触れるわ。

 

 黒髪で白い肌、小柄で小動物のような雰囲気。

 

 アイツのサディズムに火をつけない保証はあるの!?』

 

(わ、わ、わ…これ私のせいでけんかになっちゃってるよね?!)

 

言葉は分からないが自分のせいで言い争う二人。

だがどうにもできず見上げおろおろするばかりの紫苑にEVAが気づき、そっと彼女の両肩をつかみスネークの前に立たせる。

 

不安げにスネークを見る紫苑と

 

真剣な表情で紫苑を見つめるスネーク。

 

視線を逸らすことのできない張り詰めた空気の中、EVAがスネークを諭す。

 

 

『貴方の決断ひとつで

 

 この子はこの世の地獄をみることになる…

 

 それでもいいのかしら?』

 

 

 

そのEVAの言葉に観念したのかスネークはベッドに体を横たえた。

目を瞑った彼はくるりとEVAと紫苑に背を向けた。

 

拒絶するようなスネークの態度にとてつもない悲しさを覚えた紫苑がEVAに助けを求めるように振り返った。

少し腰を屈め、紫苑と目線を合わせたEVAがゆっくり優しく紫苑に語る。

 

 

 

Go along with the snake(彼と一緒に行って)

 

 He can protect you(彼なら貴女を護り通すわ)。」

 

 

 

優しく頭を撫でるEVAを見上げ次に背中を向けてしまったスネークを紫苑は見た。

 

大きな背中をしばらく見ていたが身じろぎ一つしない。

 

寂しさからか寒さを覚えた紫苑は机においた迷彩服の上着をとると部屋の隅に丸まって眠ることにした。

 

「スネークさん、EVAさんお休みなさい…」

 

「オヤスミ、シオン」

 

初めての夜が更けていく。

 

 

 

 

 

 

紫苑が朝目覚めると、目の前には滑らかな柔肌が艶かしい曲線をさらしていた。

 

思わず体を跳ねさせたがEVAは気にした風もない。

 

 

『あら、お早うシオン。』

 

 

などと呑気に声をかけてきた。

 

頬を赤く染めた紫苑がスネークを起こさぬよう声を潜め 

 

 

「な、な、何やってるんですか!?見られたらどうするんです!?」

 

Ok , I'll sleeping well(大丈夫よく眠っているわ)♪」

 

あまりにも何でもなく言うものだから思わず次の動きに反応できなかった。

 

You also help you change of clothes(ついでにシオンも着替えちゃいましょ)♪」

 

そういうとあっという間に紫苑は上半身を下着姿にされてしまった。

 

「~~ッン!?///」

 

一瞬で顔を真っ赤に染めた紫苑は抗議をしようと口をひらきかけたが

 

「オキルワヨ♪スネーク♪」

 

 

楽しげに笑うEVAに口を閉じるしかなかった。

 

部屋の隅でいそいそと上下の迷彩服に身を通す紫苑を眺めながら

 

『結構着痩せするタイプなのねシオン』

 

とEVAが呟くとベッドの上のスネークも身動ぎをして起き出してきた。

 

 

 

「あ、…あの見ました?///」

 

見上げながら尋ねる紫苑に答えずに没収したままだった木刀を返すスネーク。

今の今まで忘れていた相棒の帰還に日本人の性か、

 

「あ、ありがとう…」

 

と反射的に礼を返していた。

それを見てもスネークには何の反応もなかったが

 

 

 

 

 

刹那、緊張が走る。飛び起きたスネークが外の様子を窺う。

 

『どうしたの?』

 

『囲まれた…

 

 敵は…4人確認できる…』

 

 

外から複数の気配をスネークが感じたのだ。

 

 

 

慎重に構えるスネークの目の先で高度に訓練された黒い軍服の男達が散開していく。

 

『まずい!山猫部隊よ!

 

 逃げましょう?急いで!

 

 武器・装備を忘れないで!』

 

 

途端素早く動き出した二人に紫苑は驚いた。

 

『さぁ、手伝って。』

 

EVAがベッドを動かすとその下から隠し扉が現れた。

 

『ここから床下に出られるわ。』

 

狭い換気口に身を沈めたEVA。

その眼に悠々と忍び寄る山猫の姿が見えた。

 

『オセロットだわ。私はバイクで突破する。

 

 シオンはあなたに任せるわ。…傷なんて付けないでよ?

 

 

 また連絡する!』

 

『わかった。俺は奴等を引き付ける。

 

 …今回は俺が禁断の果実を食う訳だな…』

 

にやりと笑ったスネークに掠めるように口づけるEVA。

 

『死なないでね。…シオンもね。』

 

紫苑にウィンクを投げて寄こすと速やかにその場を後にした。

 

『さて…』

 

床下の扉を閉めたスネークはナイフと銃を取り出し戦闘態勢に入る。

 

「あ…あの…スネークさん?」

 

目の前で繰り広げられたラブシーンに顔を赤くした紫苑とスネーク。

 

『君は俺にどんな罪を背負わせるつもりだ?』

 

「え?」

 

紫苑の疑問に答えることは無くその細い右腕をつかむ。

 

「え?え?ちょっと?!何なんですか?!!」

 

部屋の隅にあったロッカーを開けるとスネークは紫苑をそこに押し込んだ。

 

「きゃぁ?!」

 

悲鳴を上げた紫苑と目を合わせスネークが口元に人差し指を当てる。

 

「ココデマテ。オレガマモル。」

 

「スネークさん…」

 

頷いた紫苑を確認すると小さく笑い右手で頭を一撫でして扉を閉めた。

 

荒々しく扉が破られる音がして争う音がしたが直ぐに静かになった。

始まりとは打って変わった静かな部屋に心臓の鼓動が響く。

 

 

 

 

しばらく待つと部屋に誰かが入った気配がした。

 

(…敵?まさかスネークさんやられちゃったの?!)

 

額から汗が噴き出す。手を固く握って木刀を握りしめる。

足音がロッカーの前で止まった。

 

(…?!ダメ…怖いよッ?!)

 

ギィ

 

金属の軋む音が耳に触る。

 

恐怖に怯え、固く目を閉じていた紫苑の耳に優しい言葉が落ちてくる。

 

「シオン…ダイジョウブカ?」

 

ゆっくりと紫苑が目を開けると少し服を汚してはいるが傷一つ負っていないスネークがそこに立っていた。

思わずその胸に飛び込んだ紫苑。

一方のスネークも驚いたが小さく震えている紫苑に気付くと困ったように頬を掻いた。

 

「大丈夫か?」

 

「はい。スネークさんはケガはありませんか?」

 

先ほどと同じく安否を気遣われた紫苑がスネークの無事を確かめると一歩下がったスネークが得意げに両腕を広げてアピールする。

 

「…ふふっ。元気でよかったです。」

 

笑顔になった紫苑を見てスネークも笑うとくるりと背中を見せて少しかがんだ。

目を瞬かせる紫苑の左手をとると自信の右肩を強くつかませた。

 

「ココカラデル。テヲハナスナ。」

 

 

後ろを振り向いてこちらを見るスネークにしっかりとうなづき返した紫苑はまとめておいた荷物をつかむ。

中々の惨状の部屋を出て辺りを窺うスネークに先導されて恐る恐る付いていく。

 

BA,BA,BANG‼

 

『…?!』

 

静かなジャングルになった銃声に反応したスネークが紫苑を庇うように反転する。

 

「…ス、スネークさん…」

 

 

BANG!

 

 

BA,BANG‼

 

 

 

ゆっくりと銃声のするほうへと進んでいく二人。

 

 

 

 

 

 

『会いたかったぞ。

 

 

 

 貴様に。』

 

 

 

紫苑とスネーク、

 

これが二人にとって長い因縁を持つことになる

 

若き山猫との出会いである。




山猫ェ…
うちのEVAはナチュラルにオヤジです
気分はスールでしょうか


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Catwalk

1/15改稿


高らかに響き渡る宣戦布告に反応したのはやはりスネークだった。

 

『オセロットッ!!』

 

銃口を向けられながら不敵に笑う男は若く見える、自分と同じぐらいではなかろうか。そこまで思考した紫苑は彼の手中に収まるものを目にして思わず声をあげた。

 

「EVAさん!?」

 

スネークの背中から飛び出した人影に若い男、オセロットも驚いた。

 

『子供だと!?』

 

一瞬わが目を疑ったが隙あらば逃げ出そうとする‐戦利品‐に意識を取り戻した。

 

 

「ちょっとあんたッ!!EVAさんから手を離しなさい!!」

 

 

『訳の分からんことを喚く子どもめッ!!

 

 ここは戦場だ!!ガキは消えろッ!!』

 

「意味は分からないけど今の悪口でしょ!」

 

『うるさい!!女の癖に生意気な態度だ!!今の状況がわからないのか!!』

 

 

ギャーギャーとお互いに言葉は分からないにも関わらず、

口汚く罵り合う二人に置いてきぼりのスネーク。

隙を付こうと動こうとした、EVAをオセロットが引き戻すとその胸を鷲掴む。

 

『女スパイか!!雌犬め 香水などつけてやがって!!』

 

忌々しげに吐き捨てるオセロット。

 

ふと眼下の下品な子どもが静かなことに気付く。

ようやく自分の身分を弁えたのかと思い、

 

『どうした?やっと己の立場を理解したのか?雌犬その2。』

 

嘲るように笑う。

 

 

 

 

震える紫苑がゆっくりと顔を上げると、オセロットは息を飲んだ。

 

 

青白い鬼火を陽炎のように背負う羅刹女がそこにいた。

 

 

 

「ワタシを本気にさせたわね…」

 

 

 

その目に宿る殺気は無垢な少女とはかけ離れていた。

 

 

『何…なんだその眼は…?!』

 

たじろぐオセロットに飛び掛かろうとする紫苑。

 

 

 

ポンと紫苑の頭に手が置かれた。

 

 

『そのへんにしておけ。』

 

 

その手は大きくて、力強く、暖かった。

 

ニヤリと笑ったスネークはオセロットの持つ銃を見た。

 

『シングル・アクション・アーミーか?』

 

『ああ。もう弾詰まり(アクシデント)は起こらない。』

 

『あれがアクシデントだと?

 

 あれは貴様の虚栄心が生んだ必然だ。』

 

『なに?』

 

 

『確かにいい銃だ。

 

 

 だがその彫刻(エングレーブ)は何の戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)もない。

 

 実用と鑑賞用は違う。』

 

 

スネークの指摘に臍を噬んだオセロット。

 

 

 

『それとお前はもうひとつ、根本的な誤解をしている。』

 

まるで息子を導く父親のようなスネークの態度。

 

 

 

 

 

 

『 お前に、 俺は、 殺せない。』

 

 

不敵に笑うスネークに銃口を向けて引き金を引くオセロット。

 

 

 

しかし打ち出されるのは乾いた金属音、

 

 

弾切れだ。

 

 

 

あまりのことに動くことができないオセロット、それを見逃す女スパイ(EVA)ではない。

オセロットを階下へ蹴落とすと自身もその身を空に躍らせた。

 

愛馬に跨がったEVAと対峙するオセロット。

その背後に影が差したかと思うとオセロットの前には少女が降り立っていた。

 

 

まっすぐこちらをみる瞳。

体を半身に構え呟く。

 

 

「EVAさんに…

 

 

 

 謝れッ!!」

 

 

 

 

叫ぶと同時に己の右手を前に突き出すと集められた気がオセロットに叩き付けられる。

数メートル空中遊泳をしたオセロットはなんとか受け身をとることができたが、その身を襲った衝撃に足元が覚束無い。

なんとか立ち上がると、

 

 

『6発だ。残弾数を体で覚えろ。』

 

 

銃を油断なく構えたスネークが近寄り言葉を投げ掛ける。

 

形勢は逆転だ。

 

スネーク、EVAをみて紫苑に目をやる。

 

『お前…名前は…』

 

 

オセロットが紫苑に英語で尋ねる。

まだ険しい表情だが日本人の性だ。答えてあげるが世の情けだ。

 

『シオン…クガシラ・シオン…』

 

シオンと小さく口の中で呟き、ビシッと指を指すオセロット。

 

 

 

『シオン!!また会おう!!』

 

 

 

背中を向け走り去るオセロットにEVAが銃を向けるがスネークがまだやつは若いと止めていた。

 

『後悔するわよ…』

 

忠告するEVA。

 

 

「アイツ!!もっかいブッ飛ばす!!」

 

 

拳を再び突き出す紫苑に思わず二人は吹き出した。

 

 

 

 

 

オセロットより先に帰らなければならないというEVAと別れた紫苑とスネークは沼地へと来ていた。

 

 

『ここ、泳ぐ?』

 

 

ようやく落ち着いたのかスネークの後ろをついてきた紫苑が不安げな顔で辺りを見渡している。

 

そんな紫苑の前にスネークは背中を見せて屈みこんだ。

 

困惑する紫苑に顔を向けると

 

 

『大丈夫だ。俺がつれていく。』

 

 

ニヤリと笑ったスネークに少し頬を赤らめながらその背中に自身の体を預けた。

そっと立ち上がったスネークは慎重に水のなかへ体を浸していき、ゆっくりと泳ぎだした。

 

沼の中程まで来たときに水中を泳ぐ影に紫苑は気付いた。

 

 

「…!?わ、ワニ!!」

 

 

思わず強くスネークに抱きついてしまい大きな水音をたて、ヤツの注意を引いてしまった。

チッと軽く舌打ちをしたスネークが水中をかき分け泳ぎだすが相手は水棲生物、みるみる間合いが狭まる。

 

これは逃げ切れないと見たスネークは器用にバックパックよりグレネードを取り出すとピンを抜き追跡者に放り投げた。

よほどの空腹だったのか、追跡者は大きな口を開けるとそれを胃のなかへ納めてしまった。

 

 

数瞬後、高い水しぶきと共に沼地のハンターは木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 

岸になんとかたどり着いた時、紫苑は泣き出しそうな顔をしていた。

 

「す、スネークさん!ごめんなさい!」

 

何度も頭を下げる紫苑にスネークは、

『気にするな。』と頬をかいている。

 

 

BEEP BEEP

 

無線機から音がしてスネークが対応をする。

 

『EVAだ。』

 

無線機をコツコツと指で紫苑に叩き知らせてくる。

 

EVAの無事を知り安心した紫苑はこれまでの事を思い出していた。

 

(スネークさんが優しい人でよかったなぁ。

 

 というか結局ここはどこなんだろう?

 

 日本じゃないよね。…これも(夢の男)の力なのかな。)

 

『…ボスも似たようなことを言っていた。』

 

スネークの言葉に意識を引き戻される。

 

(今スネークさん…ボスって言ったよね。

 

 ひょっとしてあの人が言ってた彼女って…)

 

 

視線を感じた。険しい表情でスネークがこちらを見ている。

 

 

『シオン…俺もEVAも聞きたいことがある。

 

 オセロットを打ち負かしたあの念動力(サイコキネシス)

 

 君はESP能力者なのか?』

 

どうやら先程の技、砲砕について問われているらしい。

 

砲砕(ほうさい)は私の修めている朽葉流忍術の技なの。

 

 あれは朽葉流に伝わる呼吸法で練り上げた‐気‐を撃ち出すんだ。

 

 

 

 って…英語じゃないと伝わらないか…」

 

(ついつい日本語で話しちゃった。)

 

少し恥ずかしくなったのか頬を染めた紫苑をスネークが目を丸くして見ている。

 

(あぁ…スネークさんにも呆れられちゃってるよぉ…ってうぉ?!)

 

『クタバリュウ?…ニンジツ?!…シオンはNINJYAなのか!?』

 

なにやら琴線に触れたらしいスネークが紫苑の両肩を掴みガクガクと揺さぶる。

 

(なぁあぁあぁあぁ??!!脳が揺れるぅぅぅ?!)

 

けたたましくなる無線機の音に我に返ったスネークは咳払いを一つすると背中を向けて交信を始めてしまった。

 

1人蚊帳の外に置かれた紫苑はキョロキョロと辺りを見回す。

 

ふとひときわ大きな樹が目に入り、先程の失敗を挽回する方法を思い付いた。

 

その樹に足をかけるとするすると登り始め、あっという間に頂上へ到達してしまった。そこから見下ろすジャングルの広大さに圧倒されるもこれから進んでいく方角に目を凝らす。

 

どうやら小さな小屋とヘリコプターがある、ヘリポートのようなものだろうか。その辺りに動く影も幾人か確認できる。

情報をしっかり覚えた後、樹から飛び降りた紫苑。

 

プツン

 

「え?」

 

着地した時に何かを切ってしまった感触に首をかしげる紫苑の背後、

 

大きな丸太に棘を生やしたトラップが振り子の勢いをつけて紫苑へと迫っていた。

風切り音に振り返った時にはもう回避が間に合わない。

 

「きゃあ?!」

 

思わず目をつむった紫苑ごと地面に倒れこむようにスネークが覆いかぶさる。

 

ブオォォォン‼

 

二人の頭上を通過した大木。もしもこれが直撃していたら無事では済まなかっただろう。

 

 

「あ、あの…」

 

『何故勝手なことをした。』

 

静かに怒気を放つスネーク。

 

「ご、ごめんなさい!スネークさんの役に立ちたくって…」

 

紫苑の言葉を聞いたスネークはゆっくりと話す。

 

 

 

『シオン。ここは戦場だ。

 

 遊びでもゲームでもない、少しの油断が死に繋がりかねない。

 

 絶対に守りきれる保証は無いんだ。』

 

 

諭すように話すスネーク。

 

(あぁ…スネークさんを怒らせちゃった…なんて浅はかだったんだろう…)

 

強い後悔から目に涙をためてうつむく紫苑。

 

 

 

一つ息をはいて紫苑を優しく抱き寄せると、

 

 

『心配した。心臓に悪いから勘弁してくれ。』

 

 

と頭を撫でて落ち着かせてくれた。

 

 

 

(…おっきな手…凄く安心する。)

 

 

とても暖かい時間を終わらせたのはけたたましくなる無線だった。

弾かれたように離れる二人。その顔はお互いに赤みがさしていた。

背を向けて無線の応対をするスネークを今度は大人しく眺める紫苑。

 

 

 

戦闘服に身を包んだ肉体は大きく力強い、二人の兄以外の異性にあれほど接近したのは初めての経験だった。

 

すごくドキドキするのに安心する不思議な感覚に戸惑いはあるがいやな気はしなかった。

 

通信を終えたらしいスネークがこちらを振り返る。

 

 

 

『待たせたな。シオン。』

 

 

『うん!!行こうスネーク!!』

 

 

 

進みだしたスネークと紫苑。

 

紫苑の事前の索敵情報もあり危なげなく踏破していく二人はボルシャヤ・パストクレバスにたどり着き、

 

 

再会する事となる。

 

 

 

『やはり来たな。』

 

 

悠然と現れるオセロット。

 

 

『子守り付きでもここまでたどり着くとは流石はザ・ボスの弟子と言う訳か。』

 

 

身構える紫苑をみて山猫の咆哮をするオセロット。

瞬く間に後方を山猫部隊に包囲されてしまう。

 

 

『山猫は気高い生き物だ。本来群れることはない。』

 

 

 

部下に手出し無用と釘を指すと二挺のリボルバーを手足のように操りだす。

 

 

お~と思わず感嘆の息を漏らす紫苑に満足したのか、ジャグリングをやめるとスネークを睨み付ける。

 

戦いの始まりを感じたスネークが片手で紫苑を後ろへ押しやる。

 

『さぁ、来い!!』

 

決闘が始まる。

 

伝説の英雄と忠義の士、物語の幕開けだ。




改めて再投稿
今月は改稿強化月間


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ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット

素早く動きながら巧みに己の姿を掴ませないオセロット。

 

リロードの僅かな隙を突き反撃を試みるスネーク。

 

『逃がしはせんぞぉ!』

 

一丁を撃ちきるとすぐさまもう一丁に持ち替えて隙を消してくる。

 

(…なるほど…学習している。)

 

声には出さず若者を褒めるスネーク。

 

 

二丁の弾倉が空になった。

 

薬莢を排し、新しく弾を込める。

無防備なその瞬間にオセロットは震えた。

 

 

『不思議だ、この緊張感!

 

 マグチェンジではとうてい味わえない。』

 

その身体を駆け巡るスリルという麻薬に。

 

 

『リロードタイムが

 

 こんなにも息吹を!!!』

 

自身の内側にある本能の目覚め(歓喜)を。

 

 

(大した奴だ。…だが若いな。)

 

抱いた感想とは裏腹に彼自身まだ30歳にもなってはいなかったが。

にやりと笑ったスネークが崖際に堂々とその身を晒す。

 

「えぇ?!スネーク?!」

 

思わず叫んだ紫苑に自信満々に親指を立てて返すスネーク。

 

(あ、カッコいい…って違う‼)

 

『早撃ち対決だ!』

 

山猫部隊が囃し立てる。

その言葉にオセロットは目を輝かせる。

 

 

『これだ!

 

 

 これでこそ決闘!』

 

 

(男って…ホント…バカばっか…)

 

あきれ果てる紫苑の目の前。

 

一瞬の静寂、

 

『グゥッ!?』

 

経験の差、紙一重で軍配はスネークに上がった。

膝をついたオセロット。

それを黙ってみている山猫部隊ではない

 

『隊長!!助太刀します!!』

 

と叫びスネークを銃撃、さらに土を巻きあげオセロットの姿を隠してしまった。

山猫部隊の横槍に思わず紫苑がいきり立つ。

 

「なぁ?!卑怯者ぉ!!」

 

叫ぶ紫苑とは対照的にスネークは想定内だったのか銃撃はかわしていたがオセロットの行方を見失ってしまった。

 

一旦身を隠そうにも跳弾の使い手であるオセロットはそれを許してはくれない。

 

たまりかねた紫苑は素早く近くの木に登り出した。

高い木の上から見下ろすと決闘場が一望でき、こちらを見上げるスネークとオセロットを確認できた。

 

 

「スネーク!!あそこ!!」

 

オセロットを指差す紫苑に山猫部隊の面々が銃口を向けるが、

 

 

『やめろ!!シオンに手を出したら只では済まさないぞ!!』

 

 

オセロットのとてつもない怒声に怯んだのか山猫部隊は大人しく退き下がった。

 

闘争における高揚感が全身を包んだオセロットにはこの程度はダメージにもならない。

むしろ体を駆け巡る脳内麻薬(アドレナリン)が彼を突き動かす。

 

『俺のリロードは革命(レボリューション)だ!』

 

その目にもとまらぬ再装填の早業は、紛れもなく革命的な速さだった。

 

 

 

 

巨大なクレバスを挟み対峙するスネークとオセロット。

 

 

そこに招かれざる客、無数の蜂が介入してきた。

 

 

『くそ!!見つかったか!!』

 

 

小さな暗殺者たち()の脅威に阿鼻叫喚に包まれる戦場。

それは木の上にいた紫苑も例外ではなかった。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

 

悲鳴と共にバランスを崩し木の上から落ちる紫苑。

 

その終着点には大きく口を開けるクレバス。

 

 

『『シオン!!』』

 

二人の声が重なりオセロットはその手を、スネークはその身をクレバスに差し出した。

 

深い闇に吸い込まれた二人を見送ると苦虫を噛み潰した顔をしたオセロットはその場を立ち去るしかなかった。

 

 

~~~~~~

 

 

暗闇の中で私を呼ぶ声がする。

 

「紫苑、朽葉流の基礎であり極意はその呼吸法にある。

 

 気を集め、肉体を強化し、己の身すら焦がしかねない‐鬼の業火‐を制御する。

 

 完全にこの呼吸法を会得すれば死さえも超越出来るんだ。

 

 

 忘れるな、紫苑。」

 

 

 

懐かしい兄の言葉。この言葉の数日後、長兄(九頭文治)は私達の前から姿を消した。

 

次兄はしばらく荒れていたが私を悲しませまいと側にいてくれた。

 

‐ミレニオン‐という組織に属したという長兄からの手紙が来るまでは。

 

 

 

「すまねぇ…俺はあのくそ兄貴を赦せねぇ…。

 

 直接文句を言わなきゃ気が済まねぇんだ!!

 

 お前には俺が知る朽葉流の全てを伝えてある。

 

 紫苑、必ずあのくそ兄貴を捕まえて帰って来る…

 

 

 それまで待っていてくれ。」

 

怒りに震える次兄(九頭十二)はそう言って家を出ていった。

 

しばらくして消息の途絶えた二人の、友人だという外国人が訪ねてきた。

 

 

 

 

二人は死んだ

 

 

 

 

到底信じられるわけはない。

 

職務中の事故だとその男は言い、賠償金として紫苑が数回は人生を送れそうな金を置いて消えたこともその時の紫苑にはどうでもよかった。

 

 

それからは朽葉流の鍛練をただ繰り返すのみ。

 

二人の友人、ガリーノ・クレアーレ・コルシオネは何度か訪ねてきたが全て無視した。

 

 

その内彼は来なくなった。

 

 

 

 

そしてあの夢が始まった。

 

 

 

 

 

体を暖かな感覚が包む。懐かしい思い出が遠退いていく…

 

 

 

『シオン!!目を覚ませ!!シオン!!』

 

 

ゆっくりとその瞼を持ち上げると僅かにスネークの姿が映る。

 

 

『無事か!?見たところ怪我はないが痛むところはないか?』

 

自身を案ずる男の優しさに思わず抱きついていた。

不意をつかれたがしっかりと抱き留めたスネークは紫苑の無事に心底安堵したようだった。

 

 

 

互いの無事を確かめたあと立ち上がった二人は暗い洞窟内を進んでいく。

 

意外にも先に暗闇になれた紫苑が先導するように進んでいくと明るい空間に出ることができた。

 

 

 

 

 

そこは幻想的な湖だった。

 

思わず見惚れる紫苑の耳に無粋な侵入者(無数の蜂)が現れた。

 

 

『飛び込め!!シオン!!』

 

 

声と共に素早く水中へと避難した二人、なんとか岸辺に上がると蜂が人の輪郭を象っていく。

 

『ようやく捉えたぞ。』

 

無数の蜂の中から男が涌き出てきた。

 

 

『我等は、ザ・ボスの息子達。』

 

 

その巨体に見会わぬ軽快な動きで身を翻す。

 

『俺はザ・ペイン。

 

 おまえにこの世で最高の痛み(ペイン)をやろう。』

 

 

周囲に散っていた蜂たちがザ・ペインの両腕に集まった。

 

『いくぞっ!』

 

 

‐ミセテヤレ…オマエノチカラヲ…‐

 

‐キザンデヤレ…クタバリュウヲ…‐

 

 

今、力が目覚める。

 

 

~~~~~~

 

 

『そんなものか?』

 

素早く相手に向かって引き金を引いたスネークだがザ・ペインの纏った蜂の鎧に阻まれて銃弾が通らない。

 

チッと舌打ちをしたスネークは先程から紫苑の気配がしないことに気付く。

 

「こっちよ!!」

 

背後から声をかけられたペインが驚いて振り返る。

 

と同時に襲った朽葉流・砲砕の衝撃に蜂の鎧が消し飛ぶ。

 

 

『ッ!!なんだとッ!!蜂がッ…』

 

 

鎧で自身へのダメージは少ないもののその姿を表したペイン。

 

「今よ!!スネーク!!」

 

叫ぶ紫苑に呼応するように再び引き金を引くスネーク。

 

放たれた銃弾は確実にペインの肉体へその爪痕を残している。

 

呻き声をあげ膝をつこうとするペイン。

しかし気合い一閃、顔を覆うマスクを脱ぎ捨てると異様に膨れ上がった素顔をさらした。

そのあまりの風貌に怯んだ紫苑に向けて体内から蜂を打ち出した。

 

『シオンッ!!』

 

鋭く叫ぶスネークに身を翻し交わす紫苑は二振りの木刀を構えてペインを見据える。

 

「朽葉流を嘗めないでッ!!」

 

力強く啖呵を切る紫苑、その背中には青白い焔が立ち上る。

 

 

『…ッ!!小娘がッ!!最高の痛みを味わえ!』

 

 

苛立ったように蜂をけしかけるペインだが彼の思惑通りにはいかせまいとスネークが牽制の銃撃を行う。

 

『小癪な真似をっ!トミーガン!』

 

再度蜂の鎧を纏い強力な連射力を持つトミーガンで銃撃を行うペインに姿勢を低くしながら走り回り照準を合わさせない紫苑。

 

注意を引く紫苑に合わせ攻撃を行うスネーク。

 

ペインがスネークに蜂を差し向ければ紫苑が走りより斬撃を繰り出す。

 

 

『フンッ!!かかったなッ!!』

 

 

斬撃を紙一重でかわしたペインはその鎧の蜂で紫苑を包み込んだ。

 

『シオンッ!!』

 

思わず叫ぶスネーク、

 

 

 

「朽葉流…飢牙飢‐ががかつ‐ッ!!」

 

 

瞬時に強烈な竜巻と共に巻き上げられた蜂は炎上。

 

燃え落ちた蜂がまるで火の雨のように周囲に降り注ぐ。

 

『スネーク!!今よ!!』

 

『うおぉぉぉッ!!』

 

放たれた銃弾は真っ直ぐにペインへと突き刺さる。

今度こそ膝をついたペイン。

 

 

 

 

 

『この感覚!

 

 

 …この痛み(ペイン)!!

 

 

 

 

 この痛み(ペイン)だ!!!』

 

 

 

 

譫言のように呟くその姿にスネークがいち早く危険を予知する。

 

 

 

『ッ!!シオンッ!!来い!!』

 

「スネークッ!!」

 

両手を広げ呼び寄せるスネークに向かい、助走をつけ飛び込む紫苑。

 

その勢いを殺さぬまま倒れこむように水中へと二人が逃げ込んだ瞬間、

 

 

 

断末魔の叫びと共にペインが爆散した。

 

 

 

 

 

蜂の舞い落ちる湖に静寂が戻った。

 

 

 

 

 

『私、戦う。』

 

 

地底湖を後にした二人がマングローブリンを目指す途中、

ふと呟く紫苑に目を向けたスネーク。

 

 

「私もスネークを守りたい!!」

 

真っ直ぐなその瞳を見つめ返したスネークはその肩に手を置く。

僅かな時間にある程度の日本語を習得していたスネークはその言葉の意味と、

 

その眼の強い意志に眩しそうに目を細めた。

 

(可愛いものだ。…だが強いな。この子は…)

 

 

『…良いセンスだ。だが無茶はするなよ。』

 

 

見つめ会う二人はどちらからともなく笑い出した。

 

 

(兄さん達がいなくなって、

 

 朽葉流しか私に無くって、

 

 

 

 どうして自分がこの世界に存在しているのか分らなかった。

 

 そんな私が(雨の男)に呼ばれた理由はきっと…

 

 この人と出会うためだったんだ!!)

 

 

 

 

 

 

マングローブ林を潜り抜けた二人は倉庫らしき場所へたどり着いた。

 

双眼鏡で様子をうかがうスネーク。

その隣でスネークの肩越しに同じように様子を窺う紫苑。

まるで動物の親子のような奇妙な光景だった。

 

 

紫苑にははっきりとはわからなかったがどうやら誰かが揉めているようだ。

 

そこに一組の男女が現れる、女の顔を見たスネークが息を呑んだ気配がした。

大男が女性に電撃を加えたとき紫苑にもその理由がわかった。

 

「ッ!!えモガッッ!?」

 

素早くスネークに口を押さえられたため声は音にはならなかった。

さらに女性(タチアナ)に加えられた暴虐に紫苑から蒼い怒り(鬼の業火)がゆらりと立ち上ぼりかける。

 

『押さえろ…シオン。』

 

上からかけられる警告に目を閉じ従う紫苑だが聞き覚えのある声にまた目を見開いた。

 

『待て    売国奴。

 

 

 お前の運を試してやろう。

 

 

 よく見ておけっ!』

 

 

 

オセロットが老人に向けてロシアンルーレットを3丁のリボルバーで始めるのを見て奥歯を噛み締める紫苑。

 

 

 

『まだ運があるようだ…』

 

一際高く宙を舞ったシングル・アクション・アーミー。

 

 

だがそれは持ち主の手には戻らなかった。

 

 

まさに電光石火、

 

オセロットの眼前、

 

奪い去られたリボルバーはその弾丸を跳弾の恐れのない水中へと吐き出していた。

 

 

 

 

『  戦場で運を当てにするな。  』

 

 

 

 

 

白いコンバットスーツに身を包んだ伝説の兵士。

 

 

「  …あれが…  」

 

 

スネークの愛する(女性)

 

 

「  …あれが…  」

 

 

私を呼んだ人(雨の男)の言った

 

 

「  …あれが…  」

 

 

 

     THE・BOSS(彼女)




メインヒロイン登場


おそらく私の人生の中で唯一無二


生涯最高の女性として君臨し続けるお方


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Anything Goes!

1/21改稿投稿
裏主人公、初登場


オーズ大好きです


そして主人公にチート付与


すべては生き残るため


英雄の纏う覇気に当てられたオセロットが怯む。

 

老人が兵士に連れていかれても身動きができない。

 

これでは借りてきた猫だ。

 

 

 

『勝手な真似はするな

 

 

 

 奴は我々コブラ部隊が処理する。』

 

 

ザ・ボスに突き返されたリボルバーはシリンダーとセンターピンが取り外されていた。

 

 

格の違いを見せつけられたオセロットは何も言えず、

 

悔しそうにその場を立ち去った

 

 

それを見送ったあと雷の男がザ・ボスに尋ねる。

 

 

『CIAの犬は片付いたのか?』

 

『…ザ・ペインがやられた。』

 

 

その顔にほんの少し、ほんの少しだけ寂しさを紫苑は感じた。

 

 

『なんだと!』

 

怒り狂った男が暴れる。

その暴力的な肉体から繰り出される拳は頑丈なはずのコンクリートの壁に突き刺さり深い爪痕を残した。

 

『ガキとはいえやはりザ・ボスの弟子だな。

 

 フルシチョフが裏で手を引いているかもしれん。

 

 早いほうがいい。

 

 最終試験の前に消してくれ。』

 

 

男の言葉に一度目を閉じるとその顔は(伝説の兵士)の様に冷徹なものとなった。

 

 

『大丈夫だ。彼らに任せる。』

 

 

振り返ったザ・ボスの目線の先にはひとりでに動き出す車いすに乗った老人。

 

 

『ザ・フィアー、任せたわ。』

 

 

ザ・ボスの言葉に呼応して車いすの後ろ、

何もなかったはずの空間に不気味な男が突然現れた。

男は奇声を一言発すると飛び上がり、

驚くべきことに水面を駆け抜けていった。

 

残された車いすの老人を見下ろした男がつぶやく。

 

『このじいさん、ずっと寝てるが大丈夫か?』

 

 

『余命のエネルギーは戦場のみに使う。

 

 ジ・エンドは普段死んでいる。

 

 

 時が来れば目覚める。』

 

 

雷鳴が轟く。

 

 

『そして奴は…ジ・エンドだ。』

 

 

雨が降りだす。

 

 

「…泣いてる…」

 

 

私は知っている…この雨の正体を。

 

 

『ザ・ソロー?いるの?』

 

 

呟く女性はまるで少女のようだった。

 

 

 

 

『おやおや~♪そんなに雨に濡れちゃ風邪引いちゃいますよ~♪』

 

 

 

 

後ろからかけられた楽しげな声に僅かな苛立ちを滲ませザ・ボスは振り返る。

そこには寝起きの跳ねた髪を指でいじりながらヘラヘラと笑う白衣の男が立っていた。

 

『あれま?なんか怒ってますぅ~?

 

 貴女(ザ・ジョイ)を喜ばせるのが

 

 ボクの生き甲斐(ミッション)なんだけど♪』

 

人を虚仮にするような態度を崩さずザ・ボスの回りをふらふらと歩き回る男。

 

『あ~!!ひょっとしてソロー君との逢い引きを邪魔しちゃったからとか♪』

 

何かを閃いた様な大げさな仕草でザ・ボスの顔を覗き込んだ途端、

男の眉間にはザ・ボスの愛銃、パトリオットが突きつけられていた。

 

 

『悪ふざけはその辺にしろ、ザ・グリード…。』

 

 

並みの兵士では立っていることも出来ない英雄の殺気を浴びながらも、

ザ・グリードは軟派な態度は崩さない。

 

 

『ボクは君のことでふざけたことはないよザ・ジョイ♪

 

 You know what I'm saying? (わかってるくせに?)』』

 

 

にへらと笑う男は真っ直ぐザ・ボスを見つめている。

 

 

その言葉には答えず踵を返したザ・ボスは倉庫へと消えていった。

 

 

その姿をひらひらと手を振りながら見送った男がつぶやく。

 

 

 

 

『ボクはね…欲しいものは何でも手に入れる…

 

 

 君も…「-君-も」ね♪フフフ…』

 

 

 

最後の言葉はまるで自分に言われたように感じた紫苑は思わずスネークの腕を抱きしめてしまった。

 

雨はいつのまにか止んでいた。

 

 

コブラ部隊7人目の男、

 

無垢なる欲望 ザ・グリードとの邂逅である。

 

 

 

倉庫内に侵入した二人は巡回する兵士達の目を掻い潜ると、食糧庫に身を隠していた。

束の間の休息に紫苑がスネークに即席ラーメンを振る舞っている。

その美味さにスネークがうち震えるなか、浮かない顔の紫苑にスネークが問いかける。

 

 

「ダイジョウブカ?」

 

Is she THE BOSS(彼女がボス?)?」

 

スネークの言葉を遮るように間髪入れず、

紫苑はザ・ボスの事を聞いた。

 

 

(なんとなく気付いてた。彼女(ザ・ボス)とスネークの関係。

 

 でも、スネークの口から聞きたい。彼女の事を。)

 

 

無言で即席ラーメンを完食したスネークは静かに話し出す。

 

10年の間二人は共に戦った。

 

 

師弟(Master)

 

男女(Lover)

 

親子(Parent)

 

 

いずれとも言えぬ奇妙で強固な関係。

 

 

そして訪れた…

 

 

突然の裏切り。

 

 

 

 

『俺にザ・ボスを殺せるだろうか…。』

 

 

 

思わず漏れたスネークの弱音に紫苑がその頭を抱き締める。

 

 

 

「私、あの人を救いたい。あなたと一緒に…。」

 

 

 

沈黙の時間が流れるなか、ふと白衣の男について紫苑がスネークに尋ねる。

難しい顔をしたスネークが無線でシギントという人に連絡を取った後教えてくれた。

 

 

『あの男、ザ・グリードのことはよくは分らない。

 

 コブラ部隊の開発担当の科学軍人だということだが…

 

 

 それがどうかしたのか?』

 

 

問いかけるスネークには何でもないと答えた。

 

 

(初対面のはずなのに…

 

 彼の事を知っている…

 

 でも靄が掛かった様に思い出せない…気になるなぁ。)

 

 

運命の歯車がまた一つ…

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

束の間の休息を終えた二人は慎重に食糧庫を抜け出すとジャングルのさき、研究所にたどり着く。

しかしその扉は固く閉ざされていた。突破口を見出そうとしたスネークが無線でヒントを探る。

 

「シオン、マツリデトビラハアクカ?」

 

「は?What do you mean?(どういう意味?)

 

『ニッポンでは開かない扉の前で祭りをすると扉が開くと言ってたぞ?』

 

(扉を開けるのに祭り?…天岩戸の事かな…)

 

「あ~それは伝説…

 

 Fariy Tale(お伽噺)だよ…

 

 あ、でもそれなら…」

 

ふと思いついた紫苑が何の遠慮もなく扉をノックした。

あ、と口を開いたままのスネークの手を引き素早く物陰に身を隠す。

 

 

открытым(今開ける)。』

 

 

仲間だと思ったソ連兵が中から扉を開けた隙に素早く二人が潜り込む。

 

 

得意げに笑みを零す紫苑の頭をポンと撫でると二人は見事研究所へと侵入を果たした。

 

研究所の中は科学者と哨戒する将校がいた。

EVAに渡された服に着替え科学者に変装したスネーク。

しかし紫苑の分は無く一緒に行く訳にもいかない。

結局、紫苑は近くの小部屋に潜伏することにした。

 

 

『大人しくしてろよ。』

 

 

再び頭を一撫でして奥へと進むスネークと別れた紫苑。

どうやら保管庫らしいそこにはたくさんの書類と何かの試作品らしきものが置かれていた。

 

(何かスネークの役に立つものはないかなぁ)

 

と紫苑はその部屋を調べ始めた。

しかし資料は紫苑には理解できないものばかり、そもそもロシア語だ。

試作品もせいぜい葉巻の入ったケースぐらいしかスネークに喜ばれそうなものは無かった。

 

ふと棚の奥から引っ張り出した木箱。

そこには日本語で‐親愛なる隣人より‐と書かれてあり気になった紫苑はその箱を開けてみた。

中からは数枚の資料と黒い(タイツ)のようなものがあった。

資料は武器のようなものらしい。

銃に日本刀を取り付けたような設計図があった。

それらの資料を手近にあったバッグに詰め込むと今度は服を取り出してみた。

 

 

「なにこれ?全身タイツかウエットスーツかな?」

 

 

 

‐マッテイタ‐

 

 

 

 

「うえ?!」

 

 

思わず飛び上がった紫苑は周囲を見回すが何も見当たらない。

 

自分の頭のなかに響く声。

紫苑はぎゅっとそのスーツを抱き締めて呆けているとスネークが無事に戻ってきた。

 

 

『無事か?…シオン?

 

 どうした、何かあったのか?』

 

何やら様子のおかしい紫苑に尋ねるスネークだが首をふった。

 

(気のせいに決まってる…よね…)

 

そう自分に言い聞かせあわててスーツもバッグにしまいこんだ。

 

微かに胎動の音がした。

 

 

手早く準備を整えた二人は研究所を抜け出すと再びジャングルに足を踏み入れていた。

科学者の逃走防止だろうか、至るところに無数のトラップが仕掛けてある。

スネークの先導のもと慎重にそれらを回避して進む二人。

 

 

 

ZZAAAKKK!

 

 

 

‐クルゾ‐

 

 

 

「ッ!?何ッ!?」

 

 

突如自身の頭のなかに響く警告に思わず漏れた声、

 

さらに風を切って飛来する矢のヴィジョンが脳裏に浮かぶ。

 

 

『どうした?』

 

 

怪訝な様子のスネークは立ち止まるとこちらを振り替える。

 

その背後にスネークに向かい真っ直ぐ突き進む矢が見えたとき、

 

紫苑はスネークを突き飛ばしその身を矢の前に投げ出していた。

 

 

 

「ッ!?っああぁぁ!?」

 

 

 

太ももに突き刺さる矢に悲鳴をあげる紫苑。

 

 

 

『シオン!?』

 

 

 

突然の襲撃に声を荒げながら未だに止まない矢の雨からシオンを守るため、

 

その小さな体を抱え上げると木の影に身を隠した。

 

木々を飛び回る見えない敵を感じながら、

シオンを横たえたスネークは戦闘体勢へ移行する。

 

 

『シオン!しっかりしろ!』

 

 

痛みに顔を歪める紫苑を鼓舞しながらも周囲を見回す。

 

 

 

フハハハハハ!!!!

 

 

不快な笑い声が木霊するが、敵の姿は見えない。

 

 

中空から現れた奇怪な男は名乗りを上げる。

 

 

『俺はザ・フィアー…

 

 その矢にはクロドクシボグモの毒が塗られている。

 

 じきに耐えがたい激痛がそのガキを襲うだろう。

 

 

 体は麻痺し、息も出来ず、

 

 

 

 やがて心臓が止まる。』

 

 

シオンに突き刺さる矢に塗られた毒の存在を語り宣告する。

 

 

『ボスの教え子よ…

 

 貴様にまだ見たことのない、

 

 

 本当の恐怖(フィアー)を見せてやろう。

 

 俺の(ウェブ)の中で…』

 

 

ゴキっ、ゴキっと鈍い音を立て関節を増やしたザ・フィアーは嗤う。

 

 

『さぁ…恐怖(フィアー)だ。恐怖(フィアー)を感じろっ!』

 

 

 

~~~~~~

 

紫苑は朦朧とするなか(ザ・フィアー)の言う通り恐怖を感じていた。

 

(私、死んじゃうの…)

 

‐シナセハシナイ‐ 声がした

 

(誰も助けられないの…)

 

‐チカラヲカソウ‐ 鼓動がした

 

(あなたは誰?)

 

‐ヒトツニナロウ‐ 鼓動が重なった

 

(わたシ、イヤ‐

 

‐‐ワタシタチハヴェノム‐‐

 

 

 

今、新たな力が脈動する。

 

 

~~~~~~

 

見えない敵にスネークは苦戦していた。

 

 

木々を飛び回るザ・フィアーの変則的な動き。

 

その動きに照準は定まらず、

無数のトラップに動きは制限される。

加えて矢の雨からシオンを護りながらである。

 

早く戦闘を終わらせなければ矢の毒が全身に回ってしまう恐れもあり焦りが募る。

 

焦燥感がスネークに致命的な隙を与えてしまった。

 

トラップの一つを避けきれず連動してきた大木が自身に向かって来るのを見てスネークは目を見張った。

 

 

(まずい?!)

 

 

しかし突如自身を掬い上げた黒い影により、

 

空中に放り投げられることになる。

 

スネークは何とか受け身をとり素早く銃口を向けたがその先にいた影に思わず言葉を失った。

 

 

一方、木々を飛び回るザ・フィアーも無粋な乱入者に苛立ちを覚えた。

 

自身の獲物を横取りしてきたモノへ射殺すような視線を巡らせ、

 

その奇怪な姿に不快感をさらに募らせる。

 

 

真っ黒なスーツは体に張り巡らされている毛細血管のように僅かながら脈動しているようにも見える。

 

背中に流した黒い長い髪と柔らかな曲線を描く体のラインから女だとわかる。

 

そしてこの戦場に踏みいることのできる女は一人しかいない。

 

 

『ガキィ…なぜ動ける…』

 

 

木の上から見下ろすザ・フィアーに乱入者はようやく顔をあげる。

 

 

 

 

『ガキとはご挨拶ね、蜘蛛おじさん。』



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VENOM STRIKE

私TUEEEEEタイム


 

 

 

真っ赤な瞳に嘲りの色を浮かべザ・フィアーを見据えている。

 

 

『!?お前…シオンなのか!?』

 

 

未だに信じられないといった様子のスネークがシオンと思わしき人物へ問いかける。

 

しかしまるで聞こえていないのかシオンは答えない。

 

 

 

 

『ふざけたコスチュームを着やがって…死にたいようだな…』

 

 

 

木の表面を這いながら尋常ではない長さの舌を出し威嚇するフィアー。

 

 

 

『フフッ…

 

 

 威勢が良いのは結構♪

 

 

 だけど…度が過ぎると惨めよ♪』

 

 

 

肩を竦め虚仮にするシオンに並みの兵士なら卒倒するような殺気とともにボウガンを取りだし、シオンへ向ける。

 

 

 

『小娘が!!』

 

 

 

THWIP! THWIP!

 

 

 

『ッ!?何!!』

 

 

 

シオンが右手をフィアーに突きだすと、手首から射出された蜘蛛の糸に絡めとられ、

 

瞬きの後にはボウガンが少女の手の中に収まっていた。

 

 

 

 

『乙女に物騒なもの突き付けちゃダメよ。

 

 まぁ先に一本喰らったんだから…

 

 倍返し♪…覚悟してよね。オ・ジ・サ・ン♪』

 

 

 

そういって弄んでいたボウガンを後方へと大きく投げ捨てるシオン。

 

 

 

 

『そういえば…自己紹介がまだだったわね♪』

 

 

 

笑いながら言うシオンに這い上がるように黒い、まるでバクテリアのようなものが顔を覆い隠す。

 

 

それはあまりにも邪悪なマスク。

 

 

 

口は耳まで裂け、血のように赤い舌が長く垂れ下がっている。

 

 

 

『私達はヴェノム(猛毒)シーヴェノム(毒婦)ってところかしら♪』

 

 

 

刹那、弾けるように飛び掛かると一撃でザ・フィアーを殴り飛ばす。

 

そこからは一方的な闘い、いやもはや制裁と呼ぶべきだろう。

 

 

驚異的な速さで空間を縦横無尽に動き、

 

フィアーの四肢を縫いとめるように糸で絡めた後、

 

 

『あはは♪It's clobberin' time!(鉄拳制裁タイムよ!)

 

BASH! BASH! BASH! BASH!

 

馬乗りになってパウンドを繰り出すシーヴェノム。

 

見る見るうちに顔面が変形していくザ・フィアー。

 

人間離れした怪力で放り投げたかと思うと糸で引き寄せ地面に叩き付ける。

 

 

 

最早ワンサイドゲームと化した闘いは、

 

シオンが飽きて大きく投げ出したフィアーがワイヤートラップで空中に静止したことにより終幕を迎えた。

 

 

 

 

恐怖(フィアー)!恐怖(フィアー)だ!

 

 

 見えたぞ!!恐怖(フィアー)が!!』

 

 

 

叫び鬼気迫る表情のフィアーを冷めた目で見つるシオン。

 

 

 

 

THWIP!

 

 

 

 

素早く大木を糸で引き寄せ盾にするのと同時、

 

 

 

フィアーは戦士としての最期を迎えた。

 

 

 

 

『…お前…本当にシオンなのか!?』

 

 

 

マスクを解除?したのか素顔になったシオンに銃口は向けないまでも警戒心を露にスネークが尋ねる。

 

 

 

『…半分は正解かしら…今はね…』

 

 

 

顔はシオンのはずなのにまるで別人のようだった。

 

するとおもむろにシオンが自身へと近付いてくると思わず身を固くしたスネーク。

 

 

 

『ただ久しぶりの実戦で少し疲れているの…

 

 -私達-をあなたに預けるわ…』

 

 

 

その言葉と共に倒れこんだ少女を抱き留めたスネーク。

 

 

意識を失った小さな体を背負いとにかく安全な場所を求め倉庫へと足を向けた。

 

様々な疑問は解決されていないが先を急ぐしかスネークには選択はなかった。

 

~~~~~~

 

 

ゆらり、ゆらり。

ゆりかごのなかのようにからだがゆれている。

 

 

真っ暗な空間のなかに紫苑は一人立っていた。

 

 

(ここはどこだろう…)

 

ひたひた…

 

何かが這い寄る音がした。徐々に姿が見えてくると紫苑は息を呑んだ。

 

 

黒いスーツに身を包み、

 

耳まで裂けた口からは血のように赤い舌が長く蠢いている。

 

目の前に迫った異形は静かに語りかける。

 

 

「愉しかったか?」

 

(たのしい?なにがたのしいの?)

 

「チカラだ。チカラを奮うのは愉しいだろう?」

 

口をさらに吊り上げ嗤いながら異形が尋ねる。

 

 

「…それは違うわ…」

 

 

紫苑の否定の言葉にわからないと首をふっているのを見て、

 

何故か大型犬のように見えた紫苑はクスリと笑う。

 

 

 

「力は何のために奮うかが重要なのよ。

 

 

 目的を果たすために全力を尽くす、

 

 

 その為に全ての力は有るんだと私は思っているわ。」

 

 

 

幼い子どもに言い聞かせるように話す紫苑。

 

 

「GRR…目的…それがないと力は使えないのか?」

 

 

「少なくとも私はしたくないわ…ねぇところで…」

 

 

BWWWN!

 

 

 

突然空間に皹が入ったかと思うと、

 

世界が砕ける感覚に襲われた紫苑。

 

 

『ううん…ここは…』

 

 

紫苑が目覚めるとそこは何かの倉庫のようだった。

 

ふらつく頭で扉を開けると深いジャングルであった。

 

ふらふらとジャングルをさ迷う紫苑。

 

ZAAAK!

 

強烈な気配を感じて振り返る紫苑。

 

 

ガァ

 

 

『…オウム…?』

 

 

しばらく見つめあう二人?の時間はなにかに呼ばれたオウムが飛び立っていくことにより終わりを告げた。

 

 

DOOOMMM!!

 

 

 

突然(ソクロヴィエノ)全体が揺さぶられるような爆発が巻き起こった。

その突風に煽られて紫苑は尻餅を着いてしまった。

 

強かに打ち付けたおしりを擦りながら立ち上がり、

 

辺りを見回した紫苑は木々の隙間に見つけた。

 

 

『スネーク!!』

 

 

駆け寄る紫苑に気づいたスネークは目を見張り、すぐに厳しい顔になった。

 

 

『そこで止まれッ!!』

 

 

鋭い声と手で制された紫苑は驚きながらも足を止めスネークを見る。

 

 

『お前…本当にシオンか?』

 

 

冗談には思えないスネークの様子に頷く紫苑。

 

 

『…シオン…あの黒い姿はなんだ?』

 

 

黒い姿と言われた紫苑は徐々に思い出してきた。

 

毒矢に襲われ意識を失った後、

 

バッグに入れた筈のスーツに身を包み、

 

ザ・フィアーを襲撃したこと。

 

 

その姿の名は…

 

 

『…ヴェノム…あの子ヴェノムって言うのね…』

 

 

一人独白する紫苑を見て危険はないと判断したのか、

 

スネークが銃をしまい両手を広げる。

 

 

不思議そうに見ていた紫苑。

 

だが徐々に笑顔になった紫苑は助走をつけてスネークの胸に飛び込んだ。

 

しっかりと紫苑を受け止めたスネークは小さな頭を幾分乱暴に撫でると語りかける。

 

 

『無事でよかった…さぁ先に進むぞ。準備はいいか?』

 

 

再び二人は歩き出す。結末(エンディング)に向け動き出している。

 

 

 

長いはしごを登り終え、山岳地帯にでた二人は哨戒するヘリや兵士の目を掻い潜り廃墟前へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

『後ろから離れるなよ。』

 

 

忍び足で階段を登っていくスネークに張り付くようについていく紫苑。

 

と、突然止まったスネークの背中に顔をぶつけた紫苑。

 

ぶつけた所を撫でさすりながら恨みがましくスネークを見上げたが、

 

『あら 早かったのね。』

 

部屋の奥から聞こえた女の声に声が漏れ出た。

 

 

『EVAさん?』

 

 

ひょこっと顔を出した紫苑に女、EVAが飛び付いた。

 

 

『あぁ!!シオン!!怪我はなかった!?

 

 スネークになにもされてない!?

 

 貴女のきれいな肌に傷がついたらと考えると…ッ!?』

 

 

あられもない姿の美女に全身をまさぐられる。

 

(はわわ…きょ、胸部装甲がぁ~…)

 

顔を真っ赤に染めていたがEVAの体についた傷が目につくと

 

 

『EVAさん!?傷が!?』

 

 

と思わず紫苑が傷に触れると悩ましげな声をあげる。

 

『その傷は?』

 

『…大佐に…』

 

EVAの答えにスネークが目を開く。

 

『まさかばれたのか?』

 

『だったら生きてはいないわ。彼の趣味よ。

 

 人をいたぶる。人を痛めつけて快楽を得る。

 

 

 最低の男…』

 

『…ひどい…赦せない…』

 

 

『優しいのね。シオン…』

 

と艶っぽく紫苑の頬をなでて顔を近付けていくEVA。

 

『その辺にしてやれ。』

 

あわあわとあわてている紫苑を見かねてスネークが助け出してくれた。

 

『今の状況は?』

 

二人が互いの確認をしている間手の空いた紫苑はごそごそとバッグから即席ラーメンを取り出すとみんなで食べようと作っていた。

 

 

『あなたとキスしたら――

 

 きっと獣の味がするわ。』

 

 

ふと二人を見るとまるで口づけをするような体勢でずきりと胸が痛んだ。

 

 

視線を感じたのか二人がこちらを向いたのでラーメンを二人に差し出す。

 

『あら。ありがとうシオン。』

 

食べながらスネークたちは話の続きをしだしたので紫苑はフゥと息をついた。

 

静かにラーメンをすすっている紫苑の耳にスネークの言葉が響く。

 

 

 

『俺の半分はザ・ボスのものだ。』

 

 

 

『好きなの?』

 

 

 

『そういう感情じゃない。』

 

 

 

『嫌いなの?』

 

 

 

『好きか嫌いか…

 

 そのどちらかでないといけないのか。』

 

 

 

『そうよ。男と女の間がらはね。』

 

 

 

(…男と女…)

 

 

 

 

『10年生死を共にした。

 

 とても言葉ではいえない。』

 

 

 

 

(スネークとすごく深い関係にあった女性…)

 

 

 

『そんなザ・ボスを――』

 

 

 

(そんな人の命を…)

 

 

 

『殺せるの?』

 

 

 

(奪いにいく…)

 

 

 

抱きついていた腕を解くEVA。

 

 

 

『ザ・ボスの暗殺。

 

 それがあなたの任務でしょ。』

 

 

 

EVAの問いに答えることができないスネークは背を向けてしまった。

 

 

(スネーク…)

 

 

 

『恋人は?好きな人はいるの?』

 

 

 

『他人の人生に興味を持ったことはない。』

 

 

 

 

スネークの言葉に顔を俯かせる。

 

 

(私にも興味無いのかなぁ…)

 

 

『ザ・ボスには興味を持った?』

 

 

『彼女は特別だ。』

 

 

『そう。私は?

 

 私はどうなの?』

 

 

『君こそどうなんだ!』

 

 

強い語気でいい放つスネーク。

 

 

『私は任務のためなら人を好きになれる。

 

 あなたのことも、シオンのことも。』

 

 

妖艶に微笑みながら紫苑にしなだれかかるEVA。

しかし身動ぎひとつしない紫苑に違和感を覚えたのかEVAが俯く紫苑の顔を覗きこむ。

 

 

『ッ!?シオン!?どうしたの?』

 

 

紫苑は声もなく涙を流していた。

 

慌てる二人だが部屋にまで届く鈍い音に顔を見合わせる。

 

動こうとしない紫苑を残すことに不安を隠せないが二人は部屋を飛び出していく。

 

 

 

 

眼下に広がるは大要塞、グロズニィ・グラード。

 

バイクに跨ったEVAがスネークに声をかける。

 

 

『スネークそれじゃ気を付けてね。

 

 あと…シオンの事もお願い…』

 

『あぁ…君は?』

 

『もう一人の私を演じないと…急いでるの。』

 

『大丈夫なのか?』

 

『それが…さすがに彼らもスパイが居ることを疑い始めてる。

 

 あなた一人でここまで来られるはずはないもの。』

 

 

 

一抹の不安を抱えながらもバイクに活を入れると飛び出していくEVAを見送ったスネーク。

彼は遠くに見える決戦の地に思いをはせていた。

 

 

 

~~~~~~

 

 

一人残された紫苑。辺りは暗い闇に包まれている。ひたひたと這い寄る音がする。

 

 

「目的はできたか?」

 

 

尋ねる影に紫苑は答えない。

 

 

「力を使う目的、叶えたい願いはできたか?」

 

 

静かに顔をあげた紫苑と影は見つめあう。

 

 

「何に力を使いたいんだ?」

 

 

優しく尋ねる影に紫苑は口を開いた。

 

 

 

私は…

 

 

 

 

影が嗤った。

 



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表裏一体

ちょっとだけ伏線変化


スネークが小屋に戻ると紫苑は大人しく待っていた。

先ほどの涙の理由を紫苑に尋ねようとしたスネーク。

 

 

『シオン…さっk『準備はできてるわ、先を急ぐんだよね?』

 

 

 あ、あぁ…』

 

 

にこりと笑う紫苑に何も言えなくなったスネーク。

紫苑を連れてグロズニィーグラードへ向かう為、地下壕の扉を開けた。

 

 

暗い地下通路を歩きながら紫苑がスネークに問いかける。

 

 

『向こうについたらスネークは…

 

 ライコフ?さんに化けるんだよね?

 

 私はどうしたらいいかな?』

 

 

『確かにそうだな…

 

 何処か安全なところに…

 

 と言いたいところだがなぁ…』

 

 

『だったらさぁ…

 

 さっき着てた白衣を着て変装すれば安全じゃない?

 

 科学者のいるフロアなら平気だよ♪』

 

 

多少不安な表情を見せているスネークを押しきる形で白衣を借りた紫苑は嬉しそうな笑顔を見せている。

 

 

ニコニコしている紫苑に毒気を抜かれたのか、

スネークも笑みを見せたが広い空間にでたとき何者かの気配を感じた。

 

 

『…シオン。俺から離れておけ。』

 

 

 

『…うん…気を付けて、スネーク。』

 

 

 

CLICK CLACK

 

金属のぶつかる音がする。

 

 

ZAAAAAAAK‼

 

 

 

「…?!来る!」

 

 

 

BOOOOOOOM‼

 

 

 

メラメラと燃え上がる炎。

 

 

巨大な炎を使役する耐火服の男。

 

 

 

Booooom! Booooom!

 

 

『グゥウウっ‼』

 

 

 

 

猛烈な炎に思わず顔を覆うスネーク。

 

 

 

 

 

『私はザ・フューリー!

 

 怒りの炎で貴様を焼き殺してやろう!

 

 

 私は宇宙からの帰還者。

 

 

 

 そのとき灼熱の世界を見た。

 

 そこで見出したものは何だと思う。』

 

 

 

BOOOOOOOOOOM!

 

 

 

 

『怒りだ。生きることへの憤怒(フューリー)だ。

 

 

 

 

 

 おまえにもあの灼熱のブラックアウトを、

 

 

 

 

 感じさせてやろう!』

 

 

 

 

憤怒の業火をあやつる宇宙からの帰還者。

 

 

宇宙飛行用の耐火服に身を固め、

 

強力無比な火炎放射器でスネークに迫るザ・フューリーを物陰から覗き見ていた紫苑。

 

一つ息を吐くと小さく呟く。

 

 

 

「準備はいい?」

 

 

 

‐派手に暴れるのか!?‐ 歓喜の声

 

 

「ダメよ。今はダメ。」

 

 

‐GRR…いつならいいんだ!?‐ 懇願の声

 

 

 

「…もうすぐよ…もうすぐ…」

 

 

 

‐わかった…もうすぐだな?‐ 納得の声

 

 

 

 

目をつぶり呼吸を整える。

 

 

 

再び開けられた目は赤く染まっていた。

 

視界は暗闇をものともせずクリアに、

 

感覚が鋭敏に研ぎ澄まされている。

 

 

黒いスーツに身を包みシオンはゆっくりと壁に両手を、

 

次いで両足を張り付けるとひたひたと壁を這う。

 

 

天井の隅から下方を見渡せばスネークはザ・フューリーに攻撃を仕掛けていた。

しかしザ・フューリーの着込んだ分厚い防護服に決定打が与えられず苦戦していた。

 

 

 

フムと一計を案じたシオンはフューリーのヘルメットに向けて(ウェブ)を飛ばした。

 

 

 

『ッ!?何だこれはッ!?』

 

 

 

あわてて糸を剥がそうとするフューリーに向け今度は小太刀を投げ付ける。

木製とはいえ超速度で投擲された小太刀は耐火服に僅かに切れ目を入れた。

 

 

 

『服が破れた!?』

 

『今よスネーク‼』

 

『任せろ!!』

 

 

 

切り裂かれた耐火服の裂け目へと正確に銃撃を撃ち込んだスネーク。

ふら、ふら、とよろめくザ・フューリー。

 

 

 

『ザ・ボス…コブラ部隊もこれで終わり。

 

 あなただけは…生き延びてください。

 

 

 私も―――

 

 

 

 ザ・ソローの下へ行きます。』

 

 

 

KAGOOOOOOOOON!

 

 

 

スネークの放った弾丸が火炎放射器のタンクを貫いたのだろう。

 

巨大な火柱と化したザ・フューリーは膝から崩れ落ち、

 

何を思ったのかヘルメットを外してしまった。

 

 

 

 

憤怒(フューリー)の炎!

 

 

 

 

 地獄の灼熱が私を浄化してくれる!』

 

 

 

轟轟と燃え上がる炎がザ・フューリーに収束し消える。

 

 

 

 

 

『見えた!管制塔聞こえるか!!

 

 

 

 

 還ってきた!!

 

 

 

 

    大地だ…    』

 

 

 

 

大地への帰還を果たしたザ・フューリー。

しかし彼の残した、いやもはや彼自身というべき荒れ狂う業焔がスネークに牙を剥く。

 

 

 

『こっちよスネーク!!』

 

 

 

いつの間にか出口の前にいた紫苑と共に命からがら脱出したスネーク。

 

無事にグロズニィーグラードへ潜入を果たした二人は、

厳重になった警戒を掻い潜りながら兵器廠へとたどり着いた。

 

 

 

『それじゃスネーク。私はトイレにでも隠れてる。…どうか気を付けて…』

 

 

 

スネークにギュッと抱きついた紫苑が溢す。

 

 

 

『わかった。大人しく待っていろよ。』

 

 

 

と頭を撫でながらスネークが安心させる。

 

 

(…と言っておきながら…ごめんねスネーク。)

 

スネークと別れた紫苑はトイレには向かわず静かに外へ抜け出し外壁を登り始めた。どうやら上から侵入するつもりらしい。

しばらく侵入口を探していると換気ダクトを見つけそこから中へと入り込んだ。

 

BAN‼ BAN‼

 

(‼銃声だ‼)

 

すると銃声が聞こえて来たので音のした方へ行ってみる。

 

足から地を流した白衣の男性、軍服を着た二人の男が見えた。

 

見ていると銃を持った大男を目にも止まらぬ早業でもう一方の優男、おそらく変装したスネークが組伏せてしまった。

 

(やった♪さっすがスネーク‼)

 

 

と紫苑が喜んだのもつかの間、部屋へ入ってきた人物により状況は一変した。

 

 

((ザ・ボス‼))

 

 

突如始まった二人の達人による闘いは白い女性に軍配が上がった。

 

‐これがザ・ボス…‐

 

 

『その恰好はなんだ?

 

 長く自分を偽ると浸食される。

 

 

 

 

 常に自分を見失わないことだ。』

 

 

 

ドクン

 

心臓が跳ねた。

 

 

(自分を…見失わない…)

 

まるで自分に言われたように感じた。

 

 

 

『さすがはザ・ボス…

 

 これはジュード―の一種か?』

 

 

 

『いやCQCと呼んでいる

 

 

 …接近戦での基本だ。

 

 

 

 

 私とこの男で編み出した。』

 

 

 

 

『見事なものだ。

 

 

 …あとは私に任せてもらおう。』

 

 

 

 

『殺すのか?』

 

 

 

『当たり前だ。だがその前に…

 

 

 

 

 イワンの苦しみを償ってもらおう。』

 

 

 

しばらく呆然としていたがスネークがあげた苦悶の声に我に返った。

 

眼下では雷の男が岩のような拳でスネークを殴り付けていた。

瞬間、真紅に染まった思考回路はその男への報復を決定した。

 

 

 

「ダメェェェェェエエエエ!!!!!!」

 

 

 

『『何?!』』

 

 

 

天井を突き破り部屋に乱入したシオン。

スネークを甚振っていたヴォルギンに掴みかかると入り口に向けて思い切り投げ飛ばした。

 

自動扉を破壊し廊下に転がりだされたヴォルギン。

 

 

部屋の中には意識なく倒れる二人の男と対峙する白と黒の女。

 

 

 

 

『なんでッ!?なんでスネークを傷つけるの!?』

 

 

 

吼えるシオンだがザ・ボスは答えない。

 

 

 

『彼はあなたを愛しているのに!?

 

 

 あなただって分ってるでしょ!?』 

 

 

シオンの言葉に僅かながら困惑の色を浮かべるザ・ボス。

 

 

 

 

『GRR…どうしてもスネークを傷つけるなら、‐ワタシたち‐が相手になる。』

 

 

 

 

唸りをあげるシオンにザ・ボスが泰然と構える。

 

 

 

 

『お前が誰かは後だ…来いッ!!』

 

 

 

GRRRRRAAAAAAA‼

 

 

野生の獣のように吠え、飛びかかるシオン。

 

ザ・ボスは素早く振り上げられたシオンの右腕の付け根辺りに体ごと飛び込み致命の一撃を潰す。

 

その首筋に腕を巻き付けると体勢を入れ換えるように地面へと叩き付けた。

 

 

 

 

「…ぐぅぅっ!!…くっ…」

 

 

シオンの意識は泥の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

『…ぐぅぅぅ…いったい何なんだ‼

 

 

 こいつもCIAか?!どうなんだ、ザ・ボス‼』

 

 

 

 

『それには僕がお答えしますよ大佐クン♪』

 

 

 

 

漆黒の欲望がその目を醒ます。

 

~~~~~~

 

雨の音がする。

 

何もない空間で男が二人向き合っている。

 

 

「……感謝する。」

 

 

「…正直驚いたよ。

 

 君は欲望(グリード)とは

 

 …無縁だと思っていた。」

 

 

「…俺達は正反対だった…

 

 …彼女(ボス)とは別の、

 

 …いいコンビだよ。」

 

 

「…正反対の物だからこそ、

 

 紙一重で隣り合わせに存在できる…か…」

 

 

 

「…この世は哀しい。

 

 戦いは死を生み、

 

 死は哀しみを生む。」

 

 

 

「…『胸を張って死ねる』と言うのであれば、

 

 それは自分の中に‐生きた‐という記憶が

 

 歴史に刻んだ筈の自己という錯覚があるからだ。」

 

 

「…悲しむことはない。

 

 

 

 …また…会える…」

 

 

 

立ち去る男の背にぽつりとこぼす。

 

 

 

「…俺は彼女(ザ・ジョイ)のすべてを欲し、

 

 

 お前は彼女(ザ・ボス)に全てを捧げた…

 

 

 

 結局俺達は最後まで正反対だったな…親友(ザ・ソロー)。」

 

 

 

雨は まだ やまない。

 

 

 

~~~~~~

 

紫苑が目覚めるとそこは薄暗い鉄格子の中だった。

 

 

(誰かが話していた気がしたんだけど…)

 

 

と思っていると外から話しかけられた。

 

 

『お、目が覚めたんだな。』

 

 

 

見ると格子の向こうに兵士が立っていた。

 

 

 

『おはようございます…』

 

 

 

『おぅ、しかしまぁあんたみたいな子どもがなんだってこんなところに…』

 

 

(こ…こども…)

 

どうやらこの兵士は随分気さくなようだ。

 

内緒だといってカロリーメ○トを一つ分けてくれたり、

もともとアメリカに住んでいたので英語が話せることや子どもも居ることを教えてくれた。

 

 

 

 

『ねぇ…スネークは無事なの…?』

 

 

 

『ッ!?…知らない方がいい…』

 

 

 

 

そういうと任務に戻ると言って去ってしまった。

 

静かになった独房で座り込んでいると足音がして誰かが近付いてきた。

 

 

 

 

「初めまして♪お嬢さん♪」

 

 

 

愉しげに声をかけてきたのはザ・グリードと呼ばれた男だった。

 

相変わらず寝癖のついた黒髪に眠そうな目、

黒い軍服の上に白衣を着た見るからに怪しい男はひらひらとこちらに手を振っていた。

 

 

「ボクのザ・ジョイに喧嘩を売った(お姫様に噛みついた)って聞いたから

 

 

 どんな命知らずかと思ったら、

 

 

 こんなに愛らしい仔猫ちゃんだなんて~」

 

 

 

 

(こ、仔猫ちゃん…?!)

 

随分と馴れ馴れしい男に不快げに視線をくれていると白衣から何やら機械を取り出した。

 

するとそれをピッピッと操作をして牢屋の扉を開けてしまった。

 

呆気に取られる紫苑を無視して、その身を小脇に抱えるとすたすたと歩き出した。

 

 

 

「な!!ちょっとなにするの!?」

 

 

思わず紫苑が声をあげてじたばたと暴れると、看守の兵士(ジョニー)があわててやって来た。

 

 

 

『ち、ちょっとグリード博士!!

 

 

 勝手に捕虜を連れ出されては困ります!!』

 

 

 

立ち塞がった兵士に不思議そうに見て首を傾ける男。

 

 

 

 

『君…ボクの邪魔…するの?』

 

 

 

信じられないとでも言いたげな表情とは裏腹に、

 

男の放つその異様な雰囲気に飲まれた兵士(ジョニー)は震えて声もでない。

 

 

 

(…な、なんなのこの覇気は?!)

 

ごくりとシオンが息をのんだとき、

 

重苦しい重圧が宙に霧散した。

 

無邪気な笑みをザ・グリードが兵士(ジョニー)に向ける。

 

 

『大丈夫♪ボクが命令したって言っといて♪

 

 

 大佐クンも悪いようにはしないよ♪』

 

 

 

捕虜を抱えたザ・グリードを兵士(ジョニー)は見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 




簡易オリキャラ説明


ザ・グリード
コブラ部隊の装備を作った人
フィアーの光学迷彩やフューリーの装備
ザ・ボスのスニーキングスーツも作ってる
当然スリーサイ…うわなにする…やめry


CV 大〇 芳忠
声とセリフから容姿は想像してください

ラスボス?いえ何のことだか(すっとぼけ)


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Serenade

1/31改稿


収容所をでたグリードは鼻歌交じりにすたすたと歩き、

真っ直ぐ自分に与えられた部屋へと向かった。

 

途中何人かの兵士とすれ違ったが皆一様に顔を伏せこちらを見ないようにしていた。

 

自分の部屋へ着くと紫苑を椅子へと座らせ二人分のコーヒーを淹れ始めた。

 

 

「お砂糖とミルクは?」

 

 

「…すこし欲しッ!?うえっッ!?」

 

 

ブラックコーヒーは飲めない紫苑なので砂糖とミルクを貰おうとしたが砂糖を食事用のスプーンで山盛り三杯も入れているグリードを見て顔をひきつらせ、自分でやりますと手をあげた。

 

何が楽しいのかニコニコと笑うグリードは大量の砂糖の入ったコーヒーに口をつけ椅子に腰を掛けた。

 

 

 

「それで君…(スネーク)とはどういう関係?」

 

 

グリードは静かに紫苑へ語り掛けた。

 

 

 

「…どうって言われても…

 

 

 …スネークは私を守ってくれた…

 

 

 …それで…それで…」

 

 

 

(…それで…何?私にとってのスネークって?

 

 …スネークにとって私は…)

 

 

 

俯いて話し出す紫苑にグリードは続ける。

 

 

 

「好き?嫌い?」

 

 

 

あけすけな物言いに思わずむっとしたシオン。

 

 

 

「…そのどちらかじゃないとダメなんですか?

 

 

 他人の人生に随分と興味があるんですね?」

 

 

 

 

「おやぁ?彼は君に興味がないのかな♪」

 

 

 

カッと頭に血が上った紫苑がグリードを睨み付けるが彼の表情に血の気が引く。

 

口は笑みを象るが目は違う。

 

まるで伽藍堂な瞳に思わず寒気が走る。

 

 

 

 

 

BEEP‼ BEEP‼

 

けたたましく鳴るサイレンに我に返った紫苑。

 

 

 

 

「え?なに?!」

 

 

 

「噂をすればなんとやら…

 

 

 どうやら捕虜が脱走したようだね♪」

 

 

 

 

「…捕虜…スネーク‼

 

 

 ……スネークは無事なの?!」

 

 

 

「彼かい?そうだね…今頃…

 

 

 …あぁ…どうやら…

 

 

 ザ・ソローのところだね♪」

 

 

 

 

 

雨の音が遠くに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

パン!!

 

グリードが手を叩く音に、ボーとしていた紫苑は肩をびくつかせた。

 

 

 

 

 

(スネーク)なら心配はいらないよ。

 

 

 

 それに…今の君は彼にとって枷にしかならない。」

 

 

 

 

「な…?!そんなことない?!

 

 

 私だって闘える!!」

 

 

 

 

「確かに君は優秀な闘士(ファイター)だ。

 

 しかし戦士(ウォリアー)ではない。

 

 無論、兵士(ソルジャー)軍人(アーミー)でもない。

 

 

 

 力に振り回される…ただのコドモ。」

 

 

 

 

「ぐっ…」

 

 

 

彼女(ザ・ボス)は史上最も完璧な兵士。

 

 

 -任務-のためなら愛した人の命も

 

 

 …奪うことができる。

 

 

 

 …君に同じことができるかい?」

 

 

 

 

 

 

…できない…

 

 

私に人は殺せない…

 

 

 

 

 

「誰もが自分の為だけに

 

 

 生きて

 

 

 

 死ぬんだ。」

 

 

その言葉に顔をあげる紫苑のすぐ近くにグリードの顔があった。

 

黒い紫苑の眼の中にグリードの金の瞳が写る。

 

 

グリードの金の瞳の中に紫苑は懐かしい顔を見ていた。

 

 

 

 

 

それは無口だが不器用な優しさを与えてくれた…

 

 

 

 

 

気付くと紫苑は見覚えのない広い綺麗なビルのロビーに立っていた。

 

 

 

急な展開に戸惑っていると、入り口から長身で白髪の男が入ってきた。

 

異様な雰囲気に飲まれた紫苑は背後からかけられた声に驚いた。

 

 

 

そこにはサングラスにくわえタバコの男がオブジェのようなものの前で待っていた。

 

おそらくは白髪の男を。

 

サングラスの男が久しぶりに再会した友人を迎えるかのように歩み寄っていく。

 

 

 

DON!!

 

 

 

空気を切り裂く乾いた音が白髪の男に握られた巨大な拳銃より奏でられ、

 

もう一人の男の右手を消し飛ばした。

 

 

 

悲鳴をあげようとした紫苑は我が目を疑った。

 

消し飛んだ右手が

 

 

 

 

 

生えたのだ。

 

 

 

 

平らな断面から肉が盛り上がり再び手を蘇らせた、

 

その有り得ない光景を受け入れるまもなく二人は不敵に笑い合う。

 

 

 

 

 

紫苑を置き去りにして固い絆に結ばれた義兄弟は踊りだす。

 

 

凄惨で超常的なワルツを。

 

 

 

 

 

「来い。九頭文治。」

 

 

「そんじゃ、行かせてもらいますぜ。…兄貴。」

 

 

 

 

 

飛び交う銃弾。

 

 

 

 

 

 

風のように走り回り、

 

 

 

 

跳び、

 

 

 

蹴りあげる長兄(文治)

 

 

 

 

 

兄貴と呼ばれた男は遥か高い天井に叩き付けられながらも引き金を引き続けている。

 

 

天と地から、互いに二挺の拳銃を撃ち合う二人。

 

 

一歩も退かぬ闘いは楽しげにも見え、

 

 

 

 

実際二人は

 

 

 

 

笑っていた。

 

 

 

 

 

しかし蜜月の時は短いもの。

 

 

 

 

 

 

崩れ落ちる白髪の男に長兄(文治)は寂しげに語りかける。

 

 

 

 

「なぁ兄貴…そろそろ終わりにしましょうや…」

 

 

「あぁ…すまんな…文治。」

 

 

 

「別にいいっすよ…」

 

 

 

 

照れたようにそっぽを向く。

 

いつもの兄の癖だ。

 

 

 

「これが最後だ!」

 

 

「わかってますよ…兄貴…」

 

 

 

 

 

 

 

 

終幕

 

 

 

 

 

 

 

紫苑は瞬きすら赦されなかった。二人の心の語らいを一滴も取り零さぬよう。

 

 

 

紫苑の足元を一匹の猫が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

暗転

 

 

 

 

 

 

パン!!

 

 

 

「はい、そこまで。」

 

 

 

手を叩く音に紫苑は覚醒した。

 

そこはグリードと共にいた部屋のベッドでそこに横たわっていたようだ。

 

酷く喉が渇く。

 

 

 

背中に優しく手を回され、

 

グリードから水を与えられた紫苑はゆっくりそれを飲み込んでいく。

 

乾いた体に冷えた水が染み渡る。

 

 

 

 

落ち着いた紫苑はグリードを見つめる。

 

 

 

「あれは…何?夢?」

 

 

「君ももうわかっているはず。

 

 

 

 あれは君のお兄さんの物語。

 

 

 君の可能性を示したのさ。』

 

 

 

「可能性?

 

 

 文治兄さんは人ではなくなっていたわ‼

 

 

 私に人間をやめろと言うの!?」

 

 

 

「違う。そんなことは些末なことだ

 

 

 彼は望んで力を得た。

 

 

 自分の忠を尽くすために…彼は選んだんだ。

 

 

 自分の道を。君だって本当は分ってる。」

 

 

 

 

 

紫苑は項垂れるしかなかった。

 

 

 

 

わかっていた。

 

 

 

兄が自分であの闘いを望んだことに…

 

 

 

紫苑は気づいていた。

 

 

 

 

(強くなりたい…)

 

 

 

 

そして今、自分は力を求めている。

 

 

 

兄と同じように。

 

 

―オレガイルダロ?―

 

 

 

ドクン‼

 

 

(これは…このスーツ…

 

 ううん…この子(シンビオート)の記憶が私に流れ込んでくる…)

 

 

 

「君はお兄さんの闘いを見て学んだ。

 

 お兄さんの(朽葉流)を、

 

 彼の生きざまを見て(忠義)を。

 

 

 (シンビオート)は君の中にいる、後はそれを行使する…

 

 

 

 

 君が

 

 

 

 

 覚悟を決めることだ」

 

 

 

まるで教師のように語りかけるグリードに紫苑は引き込まれていく。

 

 

 

 

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

 

 

 …以前友人が話していたよ。

 

 

 その子(シンビオート)は嫌いな言葉かもね♪

 

 

 

 あぁ…また別の友人はこうも言った。

 

 

 強さとは自己の意を貫き通す力、

 

 

 

 

 我儘を押し通す力、とね…」

 

 

 

(…力…私の持っている力。)

 

 

 

 

「君は何のためにここへ来た?」

 

 

 

(私は…)

 

 

あの人()を死なせたくない…」

 

 

「ならばその我儘を押し通せ。

 

 

 そして責務を果たし、

 

 

 その欲望(グリード)を解き放て!

 

 

 

 

 さぁ…どうする?」

 

 

 

「私は…スネークの力になりたい…

 

 

 ザ・ボスを救いたい!!」

 

 

立ち上がって言い切った紫苑を満足気に見たグリードは 「そろそろかな」 と小さく呟く。

 

 

 

 

『グリード、入るぞ。』

 

 

 

扉を開けて入ってきたのはザ・ボスその人だった。

 

紫苑に気づいたザ・ボスは驚いた顔を見せたが直ぐにグリードを睨み付けた。

 

 

 

 

『これはどう言うことだ、グリード!!

 

 

 何故この子がここにいる!?』

 

 

 

『君と話したいと言っていたのでね♪

 

 まぁ…いわゆる…ナンパ?』

 

 

 

何でも無いように言うグリードに今にも掴みかからんとするザ・ボス。

音もなく立ち上がったグリードが優しく彼女の唇に人差し指をあてた。

 

 

(は、速い…動きが感じれなかった。)

 

驚く紫苑の目の前でザ・ボスの耳に唇を寄せると艶っぽく語りかける。

 

 

『…無駄だよ…

 

 

 僕と君の近接戦闘能力(CQC)は互角…

 

 

 いや…生きる欲望(グリード)を失った今の君では、

 

 

 

 俺には到底、勝てるはずもない…』

 

 

 

『…グリード。』

 

 

 

睨み合う二人。

 

重い沈黙を紫苑が破る。

 

 

 

 

『あ、あの…貴女と話したいと私がお願いしたんです!!』

 

 

 

 

『…くだらん…話すことなどない。』

 

 

 

踵を返すザ・ボスだがコートを紫苑が掴んだため立ち止まる。

 

 

 

『それじゃ、ごゆっくり~♪』

 

 

ひらひらと手を振り部屋を出るグリード、部屋には沈黙だけが残った。

 

 

 

 

 

『お前のような子供が…何故ここにいる?』

 

 

 

静かな声でザ・ボスが問いかける。

 

 

 

 

『…貴女を救うためです。』

 

 

 

『私を…?私は救いなど求めていない。』

 

 

 

 

 

『貴方に求められたから救う訳じゃありません。』

 

 

 

 

『…随分身勝手で傲慢だな。

 

 神にでもなったつもりか?』

 

 

 

『泣いている人は放っておけない質なんです。』

 

 

 

 

ザ・ボスが振り返り紫苑を見つめる。

 

 

 

 

『泣いているんです。

 

 

 貴女が、ソローさんが、

 

 

 そして…スネークが…

 

 

 昔、私が転んで泣いていると兄が手を差し出してくれました。

 

 

 

 だから今度は私の番なんです。』

 

 

 

すっと目を細めるザ・ボス。

 

 

 

『誰にも手を差しのべて貰えないものはどうする?

 

 払い除けられたら?

 

 

 助けを求めていない者は『それでも私はやめません。』…っ!?

 

 

 全く…日本人(お前たち)は頑固だな。』

 

 

 

フッと笑ったザ・ボスは紫苑を見て懐かしそうに目を細める。

 

パッと背を向けたザ・ボス。

 

 

 

『…場所を変えよう。付いて来い。』

 

 

 

ザ・ボスに連れられてやってきたのは人気のない広場、どうやら何かの格納庫らしい。

大人しくついてきた紫苑をしばらく眺めたザ・ボスが口を開く。

 

 

『私は…仲間を傷付けるためにジャックを育てたわけじゃない。

 

 

 …だが時代が許さない。

 

 

 …私が生き延びることを。』

 

 

 

『命は誰かに許されて生きる訳じゃないわ!!』

 

 

 

 

『…私は、未来を見たんだ。

 

 

 空の上から。

 

 

 この星に国もイデオロギーもない。

 

 

 皆同じ人間なんだ。敵味方も無い筈なのに…』

 

 

 

 

紫苑は思う。自分のいた未来、そこでもやはり争いは絶えなかった。

 

 

同じ人間が互いに命を奪い合っていた。

 

 

 

 

『私は戦場で母となった。』

 

 

 

そう言ってザ・ボスはスーツの前面を開けた。

 

均整のとれた肉体には大きな縫合跡が残っていた。

 

 

 

そっと指を這わせる紫苑の頭を我が子のように撫でるザ・ボス。

 

 

 

 

『そして子どもを…奪われた。』

 

 

 

ハッと顔をあげる紫苑をザ・ボスは穏やかな顔で見ていた。

 

 

 

『もう私には何も残っていない、ただ痛みだけが体を這い廻るんだ。』

 

 

 

 

『そんなこと無い!!貴女には愛が溢れてる!!』

 

 

 

 

そう言って紫苑はザ・ボスの胸へ飛び込んだ。

 

ぎゅっとザ・ボスにしがみついている。

 

 

 

幼児のように。

彼女をいかせてはならない。

 

 

そうしなければならないほど、

 

彼女が儚げに見えたのだ。

 

 

 

 

 

『ありがとう。』

 

 

 

優しく微笑んだザ・ボスはそっと紫苑を自身から剥がして立ち上がる。

 

 

 

 

『それでも行かねばならない。

 

 

 私は、私達は互いの忠を尽くすしかないんだ。』




大筋は変えずにちょっとずつ読みやすくなっていれば幸いです


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相剋

最後に向けての三部作



いわば組曲のようなものです




それではどうぞ


『愛しあう者同士が戦うなんて…』

 

 

 

『…兵士同士が個人的な感情を持つべきではないわ…

 

 戦う相手は政治によって決まる。

 

 昨日の正義は今日の悪かもしれない。』

 

 

 

『どんなに嫌なことだったとしても…

 

 絶対に間違ってると思ったことでもですか?!』

 

 

 

『それでも軍人はどんな命令でも従わなければならない。

 

 理由や精査は…必要ない。

 

 軍人は政治の道具に過ぎない。

 

 任務に正義を持ち込むことはない。

 

 敵も味方もない。ただ任務でしかない。

 

 どんな命令にも従う。それが軍人よ。』

 

 

 

項垂れて首を振る紫苑。

 

 

 

『…私は軍人にはなれそうもないなぁ…』

 

 

 

-惑う聲は只遠く-

 

 

 

『そうね。貴方に銃は似合わない。

 

 …貴女の国(東洋)では(Loyalty)を尽くすという言葉がある。

 

 意味わかる?』

 

 

『忠…忠義ってことはお殿様(主君)への忠誠心ってことですか?』

 

 

 

『個人の命には限りがある。死んだら別の人間が主君になる。

 

 任務は人が下すものではないわ。

 

 -時代-が任務を与えるの。

 

 時の流れは人の価値観を変える、国の指導者も。

 

 

 だから-絶対敵-なんてものはない。

 

 

 私たちは時代の中で、

 

 

 絶えず変化する-相対敵-と戦っているの。』

 

 

 

『…その-相対敵-が今は…スネーク?』

 

 

 

紫苑に背を向けたザ・ボスは遠くを見つめた。

 

 

 

『…-忠をつくしている-限り、

 

 

 私たちに信じていいものはない。

 

 

 ……たとえそれが愛した相手でも。』

 

 

 

(…やっぱりザ・ボスはスネークの事を…

 

 どうして二人が戦わなければいけないの⁈

 

 そんなの…絶対、絶対間違ってる!)

 

 

 

ギュッと手を握った紫苑。

 

 

 

「私はそんな運命(任務)は受け入れたくなんかない…」

 

 

 

-逆ふ聲は只響く-

 

 

『身体も…子供も…国に捧げた。

 

 恨みも…後悔さえも…

 

 

 

 私はジャック(スネーク)を育てた。

 

 ジャック(スネーク)を愛し、武器を与え、

 

 技術を教え、知恵を授けた。

 

 

 もうわたしから与える物はなにもない。

 

 

 後は私の命を(スネーク)が奪うだけ。』

 

 

 

「…やめて…やめてよ…嫌だよ…」

 

 

 

-惑う聲は未だ遠く-

 

 

 

『どちらかが死に、どちらかが生きる。

 

 

 勝ち負けではない。

 

 

 生き残った者が後を継ぐ。

 

 

 

 私達はそういう宿命。

 

 

 

 

 生き残った者がボスの称号を受け継ぐ。

 

 

 

 

 そしてボスの名を受け継いだものは「悲しすぎるよ!」…紫苑…』

 

 

 

 

もう紫苑には溢れる涙をとめることはできなかった。

 

 

とめどないそれは一人の少女が流しているわけではない。

 

人生の全てをこのセカイに捧げた一人の(ザ・ボス)が、

 

流すべきだったものを肩代わりしたにすぎないからだ。

 

 

 

それが伝わったからこそ(ザ・ボス)の胸にこみ上げたのは

 

 

 

『ありがとう…』

 

 

 

歓喜(ジョイ)だった。

 

だからかもしれない。

 

 

 

『少し…昔話をしよう…』

 

 

 

この心優しき少女に。

 

 

 

『これは…ある一人の女の…黒い(かしり)だ。』

 

 

 

知っていてほしくなったのは。

 

 

 

~~~~~~

 

 

時は第二次世界大戦中、

あのスターリングラード攻防戦の真っ只中に起こった。

 

 

 

 

その日連合国軍本部に一報が入った。

 

 

【連合国軍一個師団(約一万人)連絡途絶】

 

 

誤報だとは誰もが思った。

 

なぜならそこは前線からは離れており、

枢軸国側にそこへ戦力を派遣する余裕は無かった。

 

だが消えた数が数だ。敵前逃亡とも思えない。

 

調査が必要だった。

 

しかし派遣する戦力がないのはこちら(連合国)も同じ。

 

 

 

少数かつ精鋭の派遣が求められ、

 

それはコブラ部隊(我々)以外にあり得なかった。

 

 

 

対象(消えた師団)の駐留していた場所の近くに一つの街があった。

 

そこに歓喜()悲哀()が到着した時、

 

 

街は静寂に包まれていた。

 

 

街に入ってすぐの所に小さな女の子が座り込んでいた。

 

その手には薄汚れたウサギのぬいぐるみを抱いて。

 

彼が近付いても少女はピクリとも反応しなかった。

 

ただ虚ろな瞳を灰色の空に向けていた。

 

 

「…少しお邪魔するよお嬢さん…」

 

 

彼は膝をついて両手を優しく少女の頭に添える。

少女の心の奥深くに沈み込んでいく。

 

バッ!

 

少女の記憶に同調した彼が弾かれたように立ち上がる。

 

 

「…そんな…なんてことだ…」

 

 

「待って‼ザ・ソロー‼」

 

 

私の制止も聞かずに駆け出した彼を追いかけた。

冷静な彼らしくない姿に動揺しながらも走った。

 

 

追いかけて、追いかけて、

 

 

街の中心部に到着した時、

 

 

広がった光景に我が目を疑った。

 

 

 

そこにあったのは小高い丘。

 

 

 

「なんてこと…」

 

 

 

ただしそれを成していたのは…折り重なった、

 

 

 

 

消えた師団の兵士達の亡骸だった。

 

 

 

 

「…ザ・ジョイ…これを見てくれ。」

 

 

 

死体を調べていた彼に呼ばれた。

 

驚くべきことにそれらの死体には共通点があった。

 

それは殺害方法。

 

彼らの体に残された拳の跡や痣、捩じ切られた関節、圧し折られた骨、

 

そこから導かれるのは、

 

 

 

「まさか…素手でこれだけの人数を殺したというの?!」

 

 

「あぁ…信じられないことにね。

 

 しかもほとんどが同一の手口なところから見ても…」

 

 

「この地獄を創ったのは一人の…悪魔(デーモン)…」

 

 

 

戦場に身を置いていたがこれほど凄惨な光景は見たことがなかった。

 

このような残虐な行為ができるものを人間と呼んでいいはずがない。

 

 

全身を這いまわる怖気を堪えながら私達はその場を後にすることにした。

司令部に報告しなくてはいけなかったからだが、心の何処かで此処に居たくないという感情があったことも否めなかった。

 

 

立ち去る直前、先程出会った少女の存在が脳裏をかすめる。

 

…任務の妨げになることは分っていた。

 

あの少女に自分が出来ることなど何もないことも。

 

それでもこの地獄にたった一人残された彼女を見なかったことには…

 

 

私には出来なかった。

 

 

「君とともに…ザ・ジョイ。」

 

「ザ・ソロー…」

 

 

何も言わなくとも彼には伝わったのだろう。

 

柔らかな笑顔を向けてくれる。

 

やはり彼とのコンビが一番だ。

 

 

 

あの少女のいた場所に戻った時、

 

 

 

既に先客がいた。

 

 

見たこともない黒い軍服に身を包んだその男は、

 

柔和な微笑を浮かべて少女の前に片膝をついていた。

 

 

 

「君の欲しいものは何かな?」

 

 

「…」

 

 

「そう。それなら…

 

 

 僕からあげられる。

 

 

 …欲しいかい?」

 

 

何も話さない少女(人形)と会話をしていた男。

 

彼が少女の額に優しく手を翳すと、微かな光を放ちだした。

 

 

 

北斗有情拳(ほくと うじょうけん)

 

 

 

「…ママ…」

 

 

花の様に笑顔をほころばせ、

 

小鳥の様に愛らしい声で母を呼んだ。

 

まるでそこに少女の母親がいる様に。

 

 

 

「おやすみ、いい夢を。」

 

 

 

男の言葉に少女は目を瞑るとゆっくりと横たわり、

 

 

そのまま動くことはなかった。

 

 

 

少女の手から零れ落ちた薄汚れたウサギの人形を拾った男は土を払う。

 

 

 

「それじゃあこれは等価交換(ギブ&テイク)ってことで♪」

 

 

 

フゥッと息を吐きかけて満足したのか男は、

手に持っていたカバンの中にそれをしまった。

 

 

 

「さて…お待たせしましたご両人。

 

 

 

 …聞こえるか、地獄の叫びが。

 

 

 

 …知りたいか、お前の末路を。

 

 

 

 ここが運命が別れる場所(ターニングポイント)。」

 

 

男から放たれる真っ黒な気迫に即座に動く。

 

 

私は自らカスタムしたM1911(コルト・ガバメント)を、

相棒がSAA(コルト・シングルアクション・アーミー)の銃口を男に向ける。

 

 

()()はお前の仕業だな!

 

 貴様は何者だ?!なぜあんな真似を!」

 

 

「-なぜ?-とは難問だ。

 

 

 上等な料理を喰らうことに、

 

 

 色を貪ることに、

 

 

 明日を夢見ることに、

 

 

 

 理由を考えるだろうか?

 

 

 

 それと同じ。それが僕の…

 

 

 

 

 欲望(したいこと)だったからさ。」

 

 

 

BAN‼ BAN‼ BAN‼

 

 

私達は同時に引き金を引いた。

 

 

 

もうこれ以上奴の悪意に満ちた言葉を耳にしていられなかった。

 

 

 

それが君たちの欲望だな?(That’s Your Answer)

 

 

 

 フフッ…ならば…

 

 

 

 我とともに…踊ってもらおう!!(Hell’s Drive)

 

 

 

 

これが、コブラ部隊(我々)とあの男。

 

 

 

連合国軍からは【殺戮博士】(Dr.スレーター)【神龍】(ドラゴンロード)などと呼ばれた最重要警戒人物。

 

当時所属していた枢軸国軍からは最上級の畏敬の念を込めて、

 

 

 

「この…   悪 路 王(あくろおう)   となぁ!!」

 

 

 

悪路王(鬼の首領)の名で呼ばれていた、

 

 

 

無垢なる欲望(ザ・グリード)との出会いだった

 

 

 

 

結局その場での決着はつかなかった。

 

…が、再戦の機会は幾度も訪れた。

 

奴はコブラ部隊が活動するどんな戦線にも現れた。

 

 

その度に繰り広げられる死闘。

 

 

皮肉なことにその戦いを通してコブラ部隊(我々)の有用性は証明された上、

 

 

その能力の更なる向上にも繋がった。

 

 

 

(ザ・ジョイ)がコブラ部隊を生んだ-母-だとすれば、

 

(ザ・グリード)はコブラ部隊を育てた-父-だった。

 

 

 

そして事態が急転したのは1944年 6月4日

 

 

あのノルマンディー上陸作戦を二日後に控えた日の事だった。

 

イギリス郊外にあったとある屋敷。

イギリス王族の別宅だったその屋敷はおそらく地球上で最も静かな空間だった。

 

人がいなかった?

 

いいえ、むしろその逆。

 

 

そこには完全装備の精鋭部隊が約千人が警備につき、

 

屋敷の中にも連合国軍司令部の高官を含めて数十人。

 

 

その誰もが固唾を呑んでいた。

 

 

前代未聞の会談に誰もが顔を強張らせていた。

 

 

 

<我、連合国軍トノ同盟ヲ欲ス>

 

 

私がこの知らせを司令部に持ち込んだのは一月以上前の事だった。

 

 

そう。

 

今日ここで、有史上初めての

 

 

 

国家と一個人の間に対等な同盟が締結されようとしていた。

 

 

ギィと扉の軋む音がした。

 

その時歩哨に立っていた兵士はきっと生きた心地がしなかったろう。

 

空気が張り詰める。

 

 

 

「いやぁ…お待たせしました♪」

 

 

あの時と同じ軍服姿で奴は現れた。

 

会談用に用意された長机には連合国軍の重鎮たちが顔を並べていたが奴はそんなお歴々には目もくれない。

 

壁際に立っていた私の前まで来ると自分の内ポケットに手を入れる。

 

部屋の中に詰めていた護衛の兵士達がびくりと肩を震わせるの気にも留めず煙草を取り出した奴はにへらと笑う。

 

 

 

「火を貸していただけますか、お嬢さん(セニョリータ)?」

 

 

 

人を食った態度はこの頃からだったわけだ。

黙って火を点けてやれば嬉しそうに煙を吸い込む。

 

 

 

「…さてさて…それじゃ始めましょっか。」

 

 

 

長机の上座に優雅に腰かけると何でもないように言い放つ。

どちらが上かを判らせるように足を組む。

 

 

 

「そちらのメリットは二つ。

 

 現時刻を持って連合国所属兵士に対する戦闘行為を停止します。

 

 それと私の開発した兵器や軍事技術をそちらに提供しましょう。

 

 おもしろいですよ~私の兵器(おもちゃ)♪」

 

 

クスクスと嗤う男の様子にざわつく首脳陣。

男がこれまで連合国にもたらしてきた被害とその技術、

そして連合国でも有名な科学者(マッドサイエンティスト)でもある男の言う兵器(おもちゃ)に興味をそそられたのだろう。

 

 

「それでこちらが要求するのは、

 

 皆さんに差し上げる兵器(おもちゃ)を創る資金やらの提供。

 

 あ、基本的に高値を付けて頂いた方、優先的に融通しますよぉ。

 

 それと面倒事は避けたいので外交特権でも付けといてください。

 

 

 

 あぁ⁈最も重要なものを忘れてました!」

 

 

 

大げさな身振りで天を仰いだ男に緊張が高まる。

 

ここまでの要求は正直肩透かしもの…大国である彼らならば楽に用意できる。

 

寧ろ恐ろしい化け物の恐怖から解放される対価としては安いくらいであり、彼の持つ技術を取り込むことができるというのならばお釣りがくるどころの話ではない。

 

 

だからこそ彼の切り出した、【最も重要なもの】(本題)の内容は予想も出来なかった。

 

 

 

 

 

「私が欲するものは…

 

 

 

 貴女ですよ…ザ・ジョイ。」

 

 

 

 

部屋の視線が私に突き刺さる。

当時多大な戦果を挙げていたとはいえ只の一兵士、それも女を要求するとは。

 

理解不能。狂気の沙汰。

 

 

だが私だけが直感していた。

 

 

これは悪魔との契約(コントラクト)だ。

 

 

魂までも彼に囚われてしまう。

 

 

 

「…聞こえるか、地獄の叫びが。

 

 

 

 …知りたいか、お前の末路を。

 

 

 

 ここが運命が別れる場所(ターニングポイント)。」

 

 

 

あの時(ファーストコンタクト)と同じ言葉を謳い上げる男。

 

 

 

私は地獄の扉(The Gate of the Hell)この手で開き、

 

殃禍(おうか)の運命と出会った。

 

 

それは決して交わることのない(ひかり)(かげ)のようだった。




タイトルの通り相対する者たちをテーマにしました


ザ・ボス VS 紫苑

ザ・ボス VS スネーク


そして
ザ・ジョイ VS ザ・グリード

ちなみにグリードの大戦時のコードネームにも意味があります


次話も連続投稿なのでぜひ続けてどうぞ


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氷の楔

組曲その2

この曲は雪女をテーマにして作られた曲です


私はこのMGS3が大好きで特にザ・ボスが好きです


私にはザ・ボスがこの曲で表現された雪女に思えてならなかったのでこのタイトルにしています



話を読みながらこの曲の事を思っていただけると嬉しいです


『そして私は奴の手を取った…』

 

 

『グリードさんとそんなことが…でも…』

 

 

呪い(かしり)っていったい?)

 

 

 

『…私は奴の言葉を額面通りに受け取ってしまった。

 

 …私は愚かだった…

 

 

 …自分一人を捧げることに何の抵抗もなかった。

 

 

 だが奴の欲望はそれだけでは満足しなかった。

 

 

 

 私が積み重ねた過去も、

 

 

 

 私が選んだ現在も、

 

 

 

 私が歩む未来までもを欲した。』

 

 

 

(未来…え、まさか未来って…)

 

 

目を見開いて口を覆う紫苑。

 

 

 

『…彼は私の子どもを要求したの。』

 

 

『そんな⁈どうしてそんなひどいことを…』

 

 

 

『…いや…ある意味では助かった部分もあった。

 

 

 彼がいなければあの子は戦場で死んでいた。

 

 

 彼の周囲は治外法権が適用される。

 

 

 彼が庇護している限り、

 

 

 あの子の命は保証されている。』

 

 

 

『でも…家族(ファミリー)が離れ離れなんて寂しいよ。』

 

 

 

『…戦士の魂は常に…共にある。』

 

 

 

『え?』

 

 

 

『離れていても、私達は繋がっていた。』

 

 

その顔はとても穏やかな、

 

-母-の顔をしていた。

 

 

 

(…あぁ…やっとわかった。…貴女の強さ。)

 

 

 

『-特殊部隊の母-…か…

 

 

 -お母さん-だから強いのね。』

 

 

 

『え?』

 

 

 

 

『貴女の子ども()たちが世界中にいる。

 

 

 

 血は繋がっていないけれど、

 

 

 

 

 あなたの心を受け継いだ子どもたちが。』

 

 

 

紫苑の言葉に不思議そうな顔を見せるザ・ボス。

 

 

『貴女は世界中に子どもを持つお母さん。

 

 

 母は強しって言うでしょ?

 

 

 だから貴女は強い、それもとびっきり!』

 

 

 

『…フフッ…変な娘ね…』

 

 

 

思わず薄く口角をあげたザ・ボスにつられて紫苑も笑う。

 

 

 

『ねぇ…私もお母さんって呼んでいい?』

 

 

さしものザ・ボスも少し面食らったようだ。

 

 

 

 

『いぃ~話じゃないですか~♪』

 

 

『…ザ・グリード…』

 

 

 

二人の間に流れる空気を裂いた揶揄する男の声。

ザ・ボスが彼に向ける視線は先ほどよりも厳しくなっているように見える。

 

 

『貴女によく似た可愛らしい娘さんですよ。

 

 

 ねぇ紫苑?君もそう思うよねぇ?』

 

 

 

『…一体何の用なのザ・グリード?』

 

 

 

 

咎めるザ・ボスの言葉に大袈裟に肩を竦める男。

 

 

 

『Oohhh…つれないねぇ…

 

 

 まぁ…いいでしょう…

 

 

 

 

 

 …彼が戻った…もう此処へ来ている。』

 

 

 

 

『…⁈…そう…戻ってきたのね…』

 

 

 

 

ザ・グリードの告げたことが意味することは一つ。

 

 

二人に決着の時(クライマックス)が近づいたということ。

 

戦いの場へと向かうザ・ボスとすれ違いざま、

 

ザ・グリードがその眼を閉じる。

 

 

 

 

『これで僕らの契約(コントラクト)は完遂された。

 

 

 

 報酬はきちんと払ってもらうよ?』

 

 

 

『……分っている……感謝する。』

 

 

 

 

立ち去るザ・ボスと背を向けたザ・グリード。

 

互いに振り返ることはなかった。

 

 

 

部屋を去るザ・ボスを止めることが出来なかった紫苑。

 

 

 

「…楽しいお話し…出来ましたか?」

 

 

「…どうしてボスの子どもを奪ったんですか?!」

 

 

紫苑の非難にワザとらしく驚いた表情をつくったザ・グリード。

 

 

「…おやおや…そんなことまで聞いていたなんて…

 

 

 仲良くなることは成功したみたいですね~♪」

 

 

「ふざけないでッ!」

 

 

髪を逆立てて怒る紫苑が拳を振り上げ殴りかかる。

 

 

 

「ハハッ…そういうとこ。

 

 

 嫌いじゃないねぇ…」

 

 

楽しそうに頬を緩めるザ・グリードは首を振るだけで掠らせもしない。

 

 

 

「なんで⁈家族を引き裂いたの⁈」

 

 

 

それでも負けじと拳を振う紫苑の叫びを聞いたとき、

 

 

 

 

「…知った風な口を利くなよ…」

 

 

 

 

 

ZAAAAAAAK!!!!!

 

 

 

突如、紫苑のスパイダーセンスが最上級の警報を鳴らす。

飛び退いて距離を取ろうとする紫苑の眼前からザ・グリードの姿が消えた。

 

(…⁈迅い‼…グッ…⁈)

 

背後から湧き出た両腕に有無を言わさず拘束された紫苑は指一本すら動かすことができなくなった。

 

 

 

「…今の君に何がわかる…

 

 英雄であるが故に、

 

 戦い続ける事を運命(さだめ)られた

 

 雪のような女の悲哀を。

 

 

 愛する者たちをその手で抱きしめる事はおろか…

 

 

 剰え愛しき人をその手で殺める事を強いられ、

 

 

 

 自ら命を絶つ事さえも許されず、

 

 

 

 

 

 今は、ただ…

 

 

 

 

 

 

 

 地獄に落ちる事だけを欲望(のぞ)んで…

 

 

 

 

 

 哭き続ける女に…

 

 

 

 

 

 氷の楔を突き立てる、そんなクソッたれな運命がッ?!!」

 

 

 

魂の慟哭。

 

この瞬間だけ、ザ・グリードの軽薄な仮面が剥がれ、

 

 

人間染みた男の叫び、

 

 

愛した女を失うことへの後悔。

 

 

 

(…このぉ…ッ…)

 

 

「…そんなに好きならちゃんと守りなさいよッ!!」

 

 

 

「…⁈」

 

 

(□□□?大事なものは手放しちゃだめだよ。)

 

 

 

 

 

「…あぁ…もう…

 

 

 アンタほんっとに、

 

 

 

 

 -変わんない-なぁ…」

 

 

 

懐古、親愛、望郷、

 

 

 

何れでもあり、そうではないかもしれない。

 

それらを判別する前に紫苑の意識は遠のいていく。

 

 

男の言葉は今の紫苑には理解はできない。

 

彼女が知るには早すぎる…

 

 

 

「…君は争うことに痛みを抱える優しい子だ。

 

 

 それでも君は起ち上がらねばならない。

 

 

 君をもとめる人々の為に。

 

 

 そして彼らの代わりに闘う以上、

 

 

 君が選ぶ(運命)はただ一つ…

 

 

 

 

 勝利(VICTORY)だけだ。」

 

 

 

 

気絶した紫苑を抱えたザ・グリードのつぶやきが虚空に舞って消えていった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

『私に任せなさい。』

 

ヴォルギンに痛めつけられたタチアナ(EVA)にしか聞こえない声で囁いたザ・ボス。

彼女を歩かせて立ち去る間際、ザ・ボスはヴォルギンを振り返る。

 

 

 

『大佐、戦士らしく闘いなさい。』

 

 

『勿論だ。』

 

 

不敵な笑みを浮かべるヴォルギン。

 

ほんの一瞬オセロットと視線を交わすとザ・ボスは今度こそ背を向けた。

 

 

血気に逸るオセロットが決闘を主張したがヴォルギンは認めなかった。

 

 

 

バチバチと放電しながら拳を握るヴォルギンが叫ぶ。

 

 

 

 

『いくぞ!ザ・ボスの弟子!!』

 

 

 

二人の男の意地の力比べはこうして始まった。

 

 

不機嫌そうに眺めるオセロットの他にその戦いを見つめる男。

 

 

 

 

『…ほぼ互角…いや僅かにスネークが優勢か。

 

 

 本当に成長している。

 

 

 ソルジャー遺伝子…超人兵士化計画(スーパーソルジャー実験)に応用したかったねぇ…』

 

 

 

 

玩具を見つけた子供のような目でスネークを眺めていた男は踵を返した。

 

 

 

『…まぁ今回は欲張らないでおきましょう…

 

 

 

 とっておきの為に…ね?』

 

 

 

フフッと嗤った男は白衣を翻し闇に消えた。

その手にプラプラと古いウサギの人形を携えて。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

『緊急事態。爆弾が発見された。

 

 爆発物処理(EOD)要員以外は総員退避せよ。』

 

 

部屋に響く警報アナウンスに紫苑の意識は徐々に覚醒した。

 

ザ・ボス、ザ・グリード、そして最後に浮かんだ顔は、

 

 

 

(…スネークだ!!)

 

 

 

部屋を飛び出した紫苑は避難する人の波を掻き分け走り出した。

 

 

 

 

 

『待ちなさい。』

 

 

 

 

掛けられた声に振り向くとそこには二人の女性が立っていた。

 

先ほど別れたザ・ボスとEVAだった。

 

 

『シオン!!』

 

 

 

『ボス、EVAさん!!』

 

 

 

思わずEVAの胸に飛び込む紫苑。

そんな紫苑を強く抱きしめるEVAは初めて出会った時のパイロットスーツに身を包んでいた。

 

 

 

『この子は私が連れていく。

 

 

 貴女はジャックを…お願い。』

 

 

 

ザ・ボスがEVAに告げ、EVAは頷く。

 

EVAは紫苑の頭を名残惜しそうに撫でて走り去っていった。

 

 

残された紫苑をザ・ボスはついてくるように促す。

 

 

二人は歩き出した。

 

 

 

 

『スネークは無事でしたか?』

 

 

 

『…えぇ。』

 

 

 

『良かった…。

 

 と言っていいんでしょうか…

 

 

 貴女の命を奪うために、

 

 戻ってきた訳ですから…。』

 

 

 

 

『…そうね。』

 

 

 

 

ポツリと溢したその言葉に紫苑は胸が締め付けられた。

 

 

 

 

『貴女の命を奪うことで(スネーク)は何を得られるんですか?』

 

 

『…』

 

 

 

 

歩みを止めた二人の前には一頭の馬がいた。

 

アンダルシアンと言う名の馬の背に紫苑を抱えて乗せるとその後ろにヒラリとザ・ボスが飛び乗った。

 

 

風のように走り出したアンダルシアン。

 

 

乗馬の経験のない紫苑は少し驚いたようだったが、

背中から暖かく包み込むザ・ボスの存在に次第に落ち着きを取り戻していった。

 

 

 

その温もりに紫苑は運命を感じた。

 

 

自分を突き動かす激情を、

 

心のうちに広がる使命に身を焦がし、

 

熱く静かに選択した。

 

 

 

 

『私は、スネークが好きです。』

 

 

 

 

前を見据えて紫苑が言う。

ザ・ボスは何も言わない。

 

 

 

『…私は、あなたも好きです。』

 

 

『私も?』

 

 

『えぇ。だからどちらも失いたくない。どちらも死なせたくない。』

 

 

 

一呼吸置くと紫苑は宣言した。

 

 

 

『死なせたくないから、

 

 

 

 あなたと闘います。

 

 

 

 わたしの…全てをかけて。』

 

 

 

 

紫苑の決断をザ・ボスは止めなかった。

 

互いの想いをかけた珠艶なる饗宴の序曲が始まる。

 

 

そこには幻想的な光景が広がっていた。

 

真白な花に覆われた穢れを知らぬキャンバス。

 

その中心、二人は降り立った。

 

 

 

 

『何故かはわからない。

 

 年端もいかぬ少女に闘いを挑まれて…

 

 これは…任務ではない。

 

 闘う理由もない。

 

 

 それなのに…』

 

 

 

『伝説の英雄…

 

 私は、そう呼ばれるあなた(ザ・ボス)を知らない。

 

 でもあなたを失いたくない。

 

 そう思ったのは…

 

 それは好きだから。

 

 

 人を好きになるのに時間も理由も要らないわ。

 

 

 だって…』

 

 

 

 

 

 

『『こんなに楽しい。』』

 

 

 

 

二人は見つめあったまま静かに笑いだした。

 

 

 

『ソローさんには悪いけど、私達はベストカップルね。』

 

 

 

眼を紅く染め上げ、黒い猛毒(ヴェノム)に身を委ねた少女が嗤いかける。

 

 

 

『確かに昔から同性には好かれる質だな。』

 

 

 

苦笑いを浮かべながらザ・ボスは自身を覆うマントを取り払う。

 

 

再び見詰めあう二人。

 

 

 

 

 

『私は、あなたを救います!!』

 

 

『お前の忠を見せてみろ!』

 

 

 

 

 

フィールドの中心で黒と白が激突した。

 

 

 

紫苑は荒れ狂う暴風の如くザ・ボスを攻め立てた。

 

朽葉流の呼吸法により活性化された肉体に加え、

ヴェノム(シンビオート)の力から繰り出される連撃は人間の認知速度を遥かに超えたものだった。

さらに体内にて生成された強靭な蜘蛛の糸は弾丸より速く四肢を狙い、打ち出されている。

 

 

しかし恐るべきは伝説の兵士である。

 

野獣の猛攻を交わし、いなしている。

 

コンクリートの壁すら砕かんとする一撃を避けるだけでなく反撃してすらいる。

 

むしろ素直な獣性を見せる紫苑は、数多の闘いをくぐり抜けている歴戦の英雄のザ・ボスにとってはあるいはあしらいやすいのかもしれない。

 

焦りから大振りになったところを絡めとるように地面へ叩き付けられた紫苑は追撃を避けるため糸を後方へ飛ばし滑るように距離を開ける。

素早く立ち上がり、半身に構えると気を練り上げ紫苑は拳を突き出す。

 

 

『朽葉流…砲砕ッ!』

 

 

放たれた目には見えない砲弾は真っ直ぐにザ・ボスへ肉薄している。

自身に襲いかかる不可視の弾丸をザ・ボスは確かに見切っていた。

深く体を沈みこませ渾身の一撃をかわすと紫苑に疾風のごとく接近するザ・ボスに対して紫苑もしゃがんで回転を始めた。

射程圏内に紫苑をザ・ボスが捉えた瞬間、凄まじい熱風がザ・ボスに吹き付ける。

いつの間にか紫苑の背に鬼の火柱がゆらりと立ち上ぼり回転に合わせて炎の竜と化してザ・ボスを吹き飛ばしていた。

 

 

『朽葉流…飢牙飢(ががかつ)

 

 

再度対峙する二人。

 

朽葉流の秘技を繰り出し続けた結果、

 

疲労の色が強い紫苑に対して

 

未だ有効な攻撃を受けていないザ・ボスは呼吸に乱れもなかった。

 

 

(すごい…すごいすごいすごい!!!

 

 スパイダーセンスも役に立たないくらいの戦力差!

 

 二人の兄とは比べ物にならない戦闘技量(コンバットスキル)

 

 ハハッ…勝てる要素が見付からないわね相棒。)

 

 

 

思わず半身に笑みを零す紫苑は血は争えない戦闘狂(バトルマニア)だった。

 

ふと目が合う。

 

 

『そろそろ終わりのようね…』

 

 

『仕方ないわね…こうなれば出し惜しみは無し!!』

 

 

 

最後の攻防。

 

 

紫苑は自身の切り札。

 

最終奥義を繰り出す体勢に入る。

 

 

 

自分が学んだ朽葉流の究極形、

 

しかし未だ未完成であるため諸刃の剣でもあるが。

 

 

紫苑は勝負を神に託した。

 

 

 

 

『朽葉流…奥義ッ!』

 

 

 

背中に背負った鬼火が両手に集まり火柱をあげる。

 

ふわりと宙空に浮き上がると高速回転を始め、巨大な火矢へと自身を変えた。

 

 

 

 

焔獄(ほむらごく)ッ!!』

 

 

 

 

 

熱い魂の熱波の如く打ち出された極炎の弾丸はザ・ボスへと猛進する。

 

 

 

 

着弾とともに大爆発が二人を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ありがとう。紫苑。』

 

 

 




うちのヒロインは戦闘狂です


血は争えません



まだティーンなので血気に逸る部分が強いです




そんな少女を見てザ・ボスが何を思ったのか




次で一章完結となります


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ゆきゆきて青し

MGS3編エンディングです


タイトルはカップリングながら大好きな曲なのでぜひとも聞いていただきたい






chi chi chi

 

鳥の鳴き声に紫苑は目を覚ました。

 

 

 

見慣れた木目の天井。

 

穏やかな朝日がカーテンを透かして差し込む。

 

ぼんやりとした頭のまま、寝起きの体を解し、

 

ベッドから起き上がり台所へ向かう。

 

 

 

いつもの習慣だ。

 

 

台所には無精ひげを生やした男が咥え煙草で朝食を作っている。

 

 

「おはよう、文治兄さん。」

 

「おう、紫苑が寝坊とは珍しいな。」

 

 

器用に卵を焼きながら文治が答える。

 

 

「十二はもう出てったぜ。」

 

「なに?彼女とデート?」

 

「シスコンのあいつにそれはねぇよ。」

 

 

笑いながら文治は三人分のコーヒーを準備していた。

 

 

「どの面下げて寝言言ってんだクソ兄貴。」

 

 

紫苑が振り返るとジーンズにTシャツ姿の目つきの悪い男がコンビニの袋を下げて立っていた。

 

 

「テメェが俺に煙草買いに行かせたんだろうが!」

 

「ジャンケンの弱ぇオメェが悪いんだよ。」

 

「朝から元気ね二人とも。」

 

 

紫苑と文治が笑い、十二が悪態をつく。

 

穏やかな朝の風景。

 

三人同じ食卓を囲み朝食をとる。

 

 

ふと紫苑の箸が止まった。

 

 

「どうした紫苑?兄貴の飯が不味いか?」

 

「朝からお盛んだな十二。」

 

「兄貴と違って枯れてねぇからな。」

 

 

憎まれ口をたたきあう二人の兄を眺めて紫苑がつぶやく。

 

 

「なんだか…二人に会うのがすごく久しぶりな気がするの…」

 

 

二人の兄は紫苑を不思議そうに見やっている。

 

 

「「何言ってんだ家族(ファミリー)だろ?」」

 

 

二人の兄は当然のように言った。

 

 

(…そっか…そうだよね。)

 

 

紫苑は静かに立ち上がった。

 

 

 

 

「ありがとう…二人とも…

 

 

 

 そして、ごめん。

 

 

 

 

 

 私行かなきゃ…

 

 

 

 

 

 大切な人が待ってるの…」

 

 

 

 

 

 

 

「…おう、行って来い。」

 

 

文治が笑って言う。

 

 

 

「…幸せになんねぇと承知しねぇぞ…」

 

 

 

十二も照れくさそうにそっぽを向いて言う。

 

 

 

「…また…会えるかな?」

 

 

 

 

「「当然だ、家族(ファミリー)だろ。」」

 

 

 

 

 

 

「…!九頭紫苑、行ってきますッ!!!」

 

 

彼女を待つ

 

新しい家族の元へ

 

紫苑は踏み出した。

 

 

 

 

 

 

徐々に覚醒した紫苑。

 

どうやら自分は花畑の隅の倒木の上に横たえられているようであった。

 

 

 

花畑の中心部にはザ・ボスとスネークが対峙していた。

 

ぐらりとザ・ボスの体が揺らぐ。

 

彼女はゆっくりと天を仰ぎ白い花弁の中に沈んでいった。

 

 

 

『ッ!ボスッ!!!』

 

 

 

走りよると紫苑はザ・ボスの元に膝をついた。

 

 

 

『これを…離すな…』

 

『パトリオット…なぜこれを。』

 

 

自分の魂の象徴をスネークに渡すザ・ボス。

紫苑はザ・ボスの左手を握り自分の胸に当てた。

 

 

 

『紫苑…わたしに後悔はない。

 

 

 お前に出会えて本当に良かった…』

 

 

 

『…ボス…私も良かった!

 

 

 貴女に逢えて幸せだったよ!!』

 

 

 

ザ・ボスの右手が紫苑の頬を伝う涙を拭う。

 

 

 

『…私よりずっといい戦士になる…』

 

 

『…ありがとう…-お母さん-…』

 

 

 

 

ザ・ボスは嬉しそうに微笑んだ。

 

紫苑も止まらない涙もそのままに微笑んだ。

 

 

 

『…紫苑…』

 

 

 

スネークから静かに名前を呼ばれると紫苑は立ち上がる。

決して目はそらさないと決めた。

 

 

 

 

『ボスは二人もいらない…蛇は一人でいい。』

 

 

 

稀代の英雄の最後の言葉だった。

 

 

 

舞い上がる‐アカイ‐花弁

 

愛弟子と愛馬、そして異界の少女に見送られて

 

白い蛇は去って行った。

 

 

 

 

 

脱出機に乗り込んだ紫苑とスネークをEVAが出迎えた。

座席に紫苑を座らせるとスネークは外の景色を眺めている。

 

 

 

『行くわよ!スネーク!』

 

 

 

出発した後も紫苑は自分の手を眺めていた。

握った手のぬくもりは永遠に忘れないだろう。

 

 

 

 

 

GaaaaN!!

 

 

 

 

突然機体に揺れが走った。

 

 

『何?!』

 

 

思わず紫苑が立ち上がり窓の外を見る。

 

 

『『オセロット!!!』』

 

 

スネークと紫苑の叫びが重なる。

 

 

『ダメ!紫苑!!座って!』

 

 

EVAの忠告と同時に再び機体に揺れが起こると、

バランスを崩した紫苑は機材に頭をぶつけてしまいそのまま意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑が目覚めるとそこはロッジのようだった。

 

 

『起きたか、紫苑。』

 

 

ソファーに横たわる紫苑に向かってスネークが声をかける。

部屋にEVAの姿はない。

 

 

『EVAはもう行った。』

 

 

部屋を見回す紫苑にスネークが告げる。

 

 

『スネーク…全部終わったんだね…』

 

『そうだな。』

 

 

『スn 『ジャックだ。』 …え?』

 

 

『俺の名前はジョン。

 

 

 …お前には、

 

 

 

 ジャックと…呼んでほしい。』

 

 

 

体を起こした紫苑の隣に座るとそう告げた。

 

 

 

『紫苑、お前はこれからどうするんだ?』

 

 

(…私は…)

 

 

『あなたに付いていきたい。

 

 …ジャックの隣にいたいわ。』

 

 

 

真っ直ぐに見つめる紫苑に、

 

一つ残された右目を静かに閉じると、

 

 

そっと唇を重ねた。

 

 

 

 

アメリカに戻った二人は会見場所へとスネークの運転で向かっていた。

軍服に着替えたスネークはやはり英雄の風格を持った別人のように見えた。

 

 

『ここで待っていろ。』

 

 

紫苑の頭を撫でるとスネークは一人で会見場所へ向かった。

後部座席に置いた鞄には大切な人への供え物を用意した。

 

 

(…私はこれからを彼と生きる。

 

 

 そしてあの人の意志を継ぐと決めたもの。)

 

 

しばらく待つとスネークが車へと戻ってきた。

少し疲れたようにも見える。

入り口付近には年配の男性と若い男女がこちらを見ているのが見えた。

 

 

(あの人たちがジャックの仲間たち(FOX)

 

 

『行くぞ。紫苑。』

 

 

 

無縁墓地の墓標の前に二人は立っていた。

 

 

名前の代わりに

 

IN MEMORY OF PATRIOT(愛国者の記憶に)

 

と刻まれた骸のない墓標。

 

 

 

 

これはザ・ボスのためのものだ。

 

たった一人心の中、

 

デブリーフィングを行うスネークの隣。

 

 

しゃがんで手を合わせた紫苑は語りだす。

 

 

 

 

 

『貴女のおかげで素敵な家族に出会えました。

 

 

 あなたは私の誇りです。

 

 

 

 …お母さん。

 

 

 

 この世界に来て私は幸せです。

 

 

 

 

 

 どうか見守っていてください。』

 

 

 

敬礼をスネークがやめると紫苑も立ち上がる。

 

 

 

 

 

『スネーク、お願いがあるの。』

 

 

『なんだ?』

 

 

『私にCQCを教えて。』

 

 

『それはいいが…どうした?』

 

 

『一つでも多く彼女の残した足跡を残したいの。

 

 

 私の、いえ人々の記憶に。』

 

 

 

 

ここに二人の英雄が生まれた。

 

 

‐伝説の英雄 BIGBOSS‐

 

‐戦乙女 ブリュンヒルデ‐

 

 

二人の英雄譚はここから始まった。

 

 

 

 

 

これは

 

 

 

~彼女が彼女を救う物語~

 

 

 

 

 

 

一人の男が電話をしている。

 

KGB局長との密談を終えたGRU所属、オセロットである。

 

次に男は別の顔を見せる。

 

中国‐EVA‐に偽の賢者の遺産を掴ませた上に、

 

新たな火種(メタルギア)を持ち帰ったADAM。

 

 

GRU・KGBそしてCIAとのトリプルクロス(三重スパイ)としての顔である。

 

 

CIA長官との電話会談を終えたオセロットに声をかける者がいた。

 

 

 

 

『お疲れ様でした♪オセロット君。

 

 

 いいえぇ、…アダムスカ。』

 

 

 

その男は最後のコブラ部隊員となった、ザ・グリードであった。

 

 

『あなたの脚本(シナリオ)通りとはいきませんでした。

 

 

 私はあの少女がいるとは聞かされていなかった。』

 

 

『確かに、言わなかったねぇ…

 

 

 

 だって何でも知ってたらつまらなかったでしょう?

 

 

 知らぬが仏…ってね。

 

 

 

 でもまぁ一番大事なものはきちんと…

 

 

 

 

 

 ()()してくれたじゃないですか♪』

 

 

 

 

そういって二人はその部屋に置かれたベッドを見やる。

 

 

 

そこには安らかに眠る女性、

 

 

 

真の愛国者(ザ・ボス)が横たえられていた。

 

 

 

 

 

『あぁ、なんと美しいんだ。』

 

 

 

 

愛おしげにベッドに寝かされたザ・ボスの頬に手を添えるグリード。

 

 

 

 

『確かに…遺体は回収しました。しかし…』

 

 

 

 

『ネクロライズ計画。

 

 死者への冒涜とでも言う気かい?

 

 

 若いねぇ♪』

 

 

 

おどけて笑うグリードに苦虫をかみつぶしたような顔のオセロット。

 

 

 

 

『彼女のスペックは常人の域をはるかに超えている。

 

 

 死人を超えた超越者(スペリオール)となりうる、

 

 

 

 いやなるべき存在なんだよ!』

 

 

 

目を見開き叫ぶグリードはオセロットには狂人のように映ったかもしれない。

 

 

感情を表に出さないオセロットは黙って立ちすくむしかなかった。

 

 

 

『…あぁ…すまない。少し熱くなってしまったようだ。

 

 

 君には感謝しているよ、アダムスカ。』

 

 

 

穏やかな顔で礼を言うザ・グリードに敬礼を返すオセロット。

 

 

 

『…それでは失礼します。

 

 

 トキオカ博士…いえ…

 

 

 

 

 

 父上(отец)。』

 

 

 

 

 

オセロットが立ち去るのを見送りもせず、グリードはザ・ボスの頬や髪を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

「よろしいんですか?大将。」

 

 

 

 

部屋の隅にはいつからかそこには幽鬼のように無精ひげの男が立っていた。

 

くたびれたコートに身を包んだ男はさながら世捨て人のようであった。

 

 

 

 

「それは、彼が意図的に紫苑を見逃したこと?

 

 

 それとも僕を(アチェーツ)と呼んだことかい?」

 

 

 

 

男の存在に驚きもしなかったグリードはザ・ボスから決して目を離さない。

 

 

 

 

 

「君には本当に苦労を掛ける。

 

 相変わらず義理堅く、

 

 優しい男だね…文治。」

 

 

 

 

「苦労だなんて…水クセェ

 

 

 大将には感謝してもしきれない恩を受けてる。

 

 

 それに…紫苑の事も…」

 

 

 

 

 

「…正直…君は反対すると思ってた。

 

 

 君…シスコンでしょ?」

 

 

 

 

「シスコンって…そいつぁ心外ですぜ…

 

 

 あいつは放っといても首突っ込んでた。

 

 

 だったら…鍛えてやったほうがいい。」

 

 

 

「…彼女の意志を継いだ彼女は、

 

 

 

 戦士として起ち上がった。

 

 

 

 ‐我々‐と同じ戦士としてね。

 

 

 

 ならば選ぶ道は勝利(VICTORY)の他には何もない。

 

 

 

 

 

 俺たちの勝利とは…」

 

 

 

 

 

 

「「運命への報復。」」

 

 

 

 

 

 

異口同音の言葉は新たなる時代(とき)を告げるもの。

 

 

 

 

 

 

 

煙草を一本取りだしてグリードに渡した(文治)は、

自身も銜えると火を点けて燻らせる。

 

 

 

 

「…しかしザ・ボスには度肝を抜かれました。

 

 

 

 こんな女がいるとは…なぁ大将…

 

 

 

 彼女に一体、何ィやらせるつもりなんで?」

 

 

 

問いかける男の口元は弧を描く。

 

 

 

「彼女は真の愛国者だ。

 

 

 しかし‐国‐だけに彼女はもったいないんだ。

 

 

 もっと大きなものに彼女は自身の愛を注ぐべきだよ。」

 

 

 

尋ねた男と同じ表情でつぶやくグリードは静かに募らせていた。

 

 

 

穢れのない

 

 

 

無垢な欲望を。

 

 

 

 

 

「彼女には率いてもらう。

 

 

 僕の、いや俺たちのチーム。

 

 

 運命への報復を望む者達(ディスティニーアベンジャーズ)旗手(キャプテン)となるんだ。」

 

 

 

 

 

もう一つの戦いが今動き出す

 

 

 

 

「…キャプテン・パトリオット…」

 

「ネーミングセンスは相変わらずだね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   その(明日)の色は

 

 

 

 

 

    ゆきゆきて青し




この曲の歌詞の通りヒロインとスネークに相継がれたものは一体何なのか




時代と戦う男と



時代を超えた女



BIGBOSSの最後はMGSファンなら知っての通りでしょう



ならばこのヒロインはどこへゆくのか



ヒロインは「夢見てなどいない 只 成した丈」です


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Blue Revolution
仮面と彼女の出会い


スネークイーター作戦後、スネークと暮らし始めた紫苑。

その生活は穏やかなものだった。作戦時には話すことはなかったが、FOXのメンバーにも知り合えた。

さすがに自分が未来から来たことは伝えられなかったが皆自分を可愛がってくれた。

 

ゼロ少佐はとても紳士で会う機会は少なかったがいつもお土産を持ってきてくれた。

彼の口からこぼれる話は知性に富み、紫苑の心を高揚させるものだった。

娯楽に疎かった紫苑は彼になつき、彼もまた娘や孫のように紫苑を扱っていた。

 

シギントには紫苑がお土産をせがんだ。長年の友人のように軽快なトークを楽しめる彼には気楽に無茶なお願いができた。そもそもの発端は紫苑がソ連より持ち帰った設計図を彼に渡したことから始まった。紫苑やスネークにはよくわからなかったがこの設計図を見たシギントは椅子から転げ落ちんばかりに驚いていた。それ以後彼は紫苑に、(初めはほかの人間に話していたが誰も相手をしてくれなくなった。)この設計図の偉大さ・難解さなどを語り、『紫苑のために俺は産まれた!』とまで言い出した。

 

パラメディックは良き相談相手になった。恋愛の経験などしたことのなかった紫苑にとって様々な悩みを話せる彼女はまさに姉のような存在だった。彼女のアドバイスは突飛なものも多くスネークを困惑させたが、女同士でしかできない会話は紫苑にとって心安らぐものだった。

 

 

 

そして、

 

スネーク。

 

伝説の英雄。

 

BIG BOSS。

 

 

 

彼はFOX部隊を退き、BIGBOSSの名も捨てたとは言ったが、戦場が生きる場所の戦士である以上、世界各国の戦場を飛び回っていた。

それでも紫苑との鍛錬は欠かさなかったし、可能な限り二人の時間は作ってくれた。

 

 

紫苑は怖かった。大丈夫と彼は言ったが死と隣り合わせの戦争に彼が飲み込まれていくようで。

 

 

1966年 スネークは戦地、モザンビークへと旅立った。

 

 

 

これはそのころに出会った、

 

一人目の戦乙女-ワルキューレ‐の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、夜明けとともに紫苑は起きだす。

ここは人里離れた山の中。

関係者以外立ち入り禁止区域となる広大な山々はすべて伝説の英雄の持ち物である。

華美ではないがとても二人で住んでいるとは思えない家。

しかも今は一人で暮らしている。

残念ながら戸籍のない居候のため働くこともできない…最もスーパーのレジ打ちやデスクに座り続ける仕事などできるような性分ではないのだが…ため紫苑は基本的に暇である。それでも太陽とともに目覚めてしまうのは最早習慣を通り越して本能だ。

 

鍛錬。

 

家事。

 

読書。

 

スネークのいない日々は淋しいし不安だ。

 

そしてなにより。

 

 

『…退屈だわ…』

 

何という刺激のない日々だ。

罰当たりだとは思うが何もしない、起こらないのは中々の苦行だ。

友人といえる存在もなくあえて言うならFOX部隊の面々がそれに近いが…

パラメディックとは先週食事に行ったし、シギントとは先々週に紫苑がおねだりした改造バイク‐オートバジン‐の試走ということで2、3日遊びまわった(シギントは有給)。

さすがにゼロ少佐の元に押し掛けるわけにもいかない。そもそも居場所を知らないが。

せめて話し相手でも入れば話は別なのだろうが…意思のある友人は。

 

『シオンッ!タタカイタイッ!』

 

頭の中でわめく異星人しかいないのだ。そりゃあ気も滅入るというもの。

 

なんだか世界に取り残されたみたい…

 

 

 

ひとり宙に息を吐いた紫苑。

 

しかし彼女の苦悩は思わぬ形で解決することとなる。

 

 

 

 

「もう仲間ではない」

 

 

 

 

BIIIIN!!!

 

『…嘘ッ!!!この感じは?!』

 

久しぶりに頭が引き裂かれるような感覚、スパイダーセンスに特大の反応が走る。

 

 

すぐさま飛び上がった紫苑は自宅に併設された武器庫へと走る。

そこにはシギントの手によって誕生した紫苑の武器。

‐ガンブレード‐怒涛・波涛が己の主を待ちわびていた。

二挺を掴むと紫苑はセンスが指し示した方角へと走り出した。

現場に辿り着いた紫苑が見たのは直径数mに及ぶであろうクレーター。その中心には一糸纏わぬ女性が横たわっていた。警告音はいつの間にか鳴りやんでいた。

 

 

 

意識のない女性を自宅へ担ぎ込んだ紫苑はパラメディックに連絡を取っていた。

 

『あら。紫苑から連絡なんて珍しいわね。どうしたの?』

 

『実は森の中で女性を保護したの。外傷は無いんだけど意識がないみたいで。』

 

『…ちょっと待って…まさかその女性、家に入れてたりしないわよね?!』

 

『…?今はソファーに寝かせてるわよ。どうしたの?』

 

『どうしたの?ってきけn「ブツッ」

 

突如回線が切断され驚いた紫苑が振り向くと、電源コードを引き抜いた女が立っていた。

一瞬見つめあい対峙した二人。

 

BIIN!

 

スパイダーセンスの警告音とともに繰り出された女性の上段蹴りを、上体を反らしてかわした紫苑は体当たりするように女性に飛び掛かった。シンビオートの力により常人の40倍程度の贅力を誇る紫苑だが驚くべきことにこの女性は自分と拮抗する腕力を持っている。巴投げの要領で投げ飛ばされた紫苑は-ヴェノム-スーツを纏い立ち上がった。

 

『…!!!貴女、ミュータントなのね!!!』

 

目を見開く叫ぶ女。

 

『それならば出し惜しみは無しよ!!!』

 

今度は紫苑が目を見開く番だった。

女の体が揺らいだかと思うとその体に爬虫類のような鱗が現れ、全身が青く変色していく。ブロンドヘアーは炎のように赤く、目は黄色に変化した。

 

『さぁ…第二ラウンドよ。』

 

烈火のごとく攻め立てる女に紫苑は防戦に回っていた。女性の身体能力は非常に高く戦闘経験も自分より豊富だと思われた。

 

まるで-彼女-のようだ…そう思ったとき紫苑の心に言葉が響いた。

 

「…紫苑、まずCQCの基本を思い出せ。」

 

…そうだ。私には二人の-BOSS-が教えてくれた技がある。顔面に迫りくる青い拳を受け止めると捻りあげて背後に回る。反撃の肘をかわし膝裏を攻め、重心を崩すと背中から地面に叩き付けた。

 

TWHIP TWHIP

 

うめき声をあげて硬直した隙を突き両腕をウェブで縫いとめると悔しそうに女が睨みつける。

 

『クッ!小娘が!』

 

『小娘で悪かったわね。私には紫苑って名前があるの。』

 

女は黙ったまま視線を突き刺すだけだ。

 

『…ふぅ…一応助けたつもりなんだけど。ありがとうぐらいは言ってほしいかな…』

 

『頼んだ覚えはない。』

 

『まぁ意識なかったしね。それでも森の中に裸の女性を放置するのは人としてどうかと思ったからつれてきたの。余計なお世話だったらごめんなさい。』

 

『…あなたはエリック…マグニートーの手先?それとも教授の教え子かしら?』

 

おそらく人名と思しき単語を投げかけられたがあいにく交友関係の狭さは伊達ではない。と悲しい現実に妙な自信を持ちながら紫苑は首を振った。

 

『…?あなた…ほんとにミュータント?アルカトラズの戦いを知らないの?』

 

『そもそもミュータントが何かわからないわ。ひょっとしてこのスーツがそうなのかも知れないけどあいにくこれって拾ったものなのよ。私も詳しくは知らないわ。』

 

『…どうやら嘘ではなさそう…急に襲い掛かって悪かったわね。』

 

どうやらこれ以上の争いはせずに済むような女の態度に紫苑はほっと胸をなでおろした。

 

『落ち着いてもらえたようで良かったわ。あなた名前は?』

 

『ミスティーク。…いえその名は捨てるわ。レイブンと呼んでちょうだい。』

 

 

 

 

仮面の戦乙女、邂逅。

 

 

 

 

 

『ところでシオン、この糸外してもらっていいかしら?』

 

『…あのね、レイブン。怒らないって約束してくれる?』

 

『…?もう襲わないわよ?』

 

『それ、1時間後に消滅するまで取れないの。』

 

『???!!!』




エリックかわいいよエリック
それでもミスティークを捨てるのはいけませんよ


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仮面と彼女と宮殿

『……………』

 

『…あのぉ…怒って…ますよねぇ…』

 

ウェブが自然消滅した後、二人は一献酌み交わしていた。中身は紫苑の入れたコーヒーではあるが。

青い異形の女、レイブンは憮然とした態度で恐縮しきりの紫苑を眺めていた。自分に、猛然と立ち向かってきた戦士とは結びつかない少女の姿に不思議な思いを抱いていた。変異体‐ミュータント‐

である自分と互角に戦う黒い宿主、シオンに興味がわいたのだ。

 

『あなた、私を見て恐れなかったわね。それは何故?』

 

ミスティークは自身が異能であり異形であることを十分理解していた。

先に変身したのは相手とはいえ、未だに恐怖や嫌悪を見せてこないのは何故なのか。

 

『…?何故恐れるの?あなたは人間でしょ。話し合えば分かり合えるわ。』

 

レイブンは落胆した。ただの世間知らずのあまちゃんだったか、ついで怒りがわいた。

怒りのままに言葉を投げかけた。

『人間?こんな姿の化け物が人間?馬鹿にしているのかしら?』

 

『気に障ったのなら謝るわ。もちろんバカにもしていないし化け物とも思ってないわ。』

 

コーヒーを一口飲んだ紫苑を見てレイブンはかつて慕った男の面影を見た。

 

『それにあなたは綺麗よ。レイブン。』

 

女のあたしが言うんだから間違いないわ♪と楽しそうに笑う少女。

レイブンは彼女の笑顔に見とれてしまった。

 

 

 

 

『ところでどうしてあんな山の中にいたの?』

 

ふと紫苑が思い出したように問いかけた。

山中に全裸でレイブンは意識を失っていた。今現在も彼女には衣服を身にまとう雰囲気は見られないが。

 

『別に山の中に居たわけじゃないわ。おそらく時空間移動とか転移魔法とかそんなあたりでしょ。』

 

コーヒーに口をつけながら何でもないように言うレイブンに紫苑は驚いていた。

 

『魔法…ですか?』

 

『よくは知らないけどね。彼らは何でもアリだから。』

 

レイブン自身がよく分からないと言う以上とりあえず紫苑も納得するしかないだろう。

 

『それ以前についてなら話してもいいわ。あなた暇そうだしね。』

 

『うぐっ…確かに暇で死にそうだったからってそんな言い方しなくても…』

 

椅子の上で小さく縮こまる紫苑にフッと笑みをこぼすとレイブンは語りだした。

 

『…私はミュータントと呼ばれる存在。私たちは人々にとって恐怖と迫害の対象だった。明らかに人と姿の違う私に向けられるそれらは生半可なものではなかった。たとえ子供であったとしても…そんなとき私は出会ったの。強力無比なテレパス能力者、チャールズに。私は彼に惹かれたわ…最も彼にとっては妹みたいなものだったんだろうけど。』

 

淡々と語るレイブンに紫苑は彼女の苦悩や悲哀を受け取った。

 

『1962年キューバ危機の裏側で私たちはある組織と戦っていた。「ヘルファイア・クラブ」というその組織は第三次世界大戦を引き起こしミュータントが人間を支配する世界を作り上げることだった。彼らに対抗するため私たちは「X-MEN」というチームを作り彼らに対抗したわ。その戦いの中で、ある男に出会ったの…その男がエリック、マグニートーよ…!』

 

その名をつぶやいた彼女には憎悪の中に消しきれぬ愛情が見えたように紫苑は思った。

 

『…ごめんなさい。驚かせたわね。とにかく私たちはヘルファイア・クラブの目的は阻止した。でもその中でエリックとチャールズは対立したの。ミュータントという同胞を知り、ミュータントを拒絶する人類などを憎悪しはじめたエリックは人類と戦いミュータントの理想国家を作るためにブラザーフッド・オブ・ミュータンツを結成したわ。…そして私はその一員。』

 

そこまで言うとじっと紫苑を見つめるレイブン。

 

『私は人類の敵なの。恐ろしい?』

 

『…何とも言えないわ…敵や味方は時代によって、政治によって変わると教えてくれた人がいたの。あなたはあなたの忠を尽くしたんでしょう。』

 

穏やかに笑う紫苑はまるで聖母のようだとレイブンは思った。

 

『忠…ね。その後私はエリックと40年近く彼の為に戦ったわ。最終決戦、アルカトラズでも私は彼と共に戦うつもりだったわ。彼もきっとそのつもりだったのね。政府に捕らえられた私を救いに来たの。…嬉しかったわ。そのとき彼を狙う敵に気付いたの。「キュア」と呼ばれるミュータント能力を無効化する薬。それから彼をかばった私はただの女になった…あんなになりたかった「普通の人間」になったの。そんな私に彼は言ったわ。』

 

 

 

 

 

 

『もう仲間ではない。』

 

 

 

 

 

 

『?!…それは…』

 

驚く紫苑にレイブンが続ける。

 

『笑えるでしょ?数十年尽くし続けた男に捨てられたのよ。ミュータントではなくなったという理由でね。あいつも同じだったのよ!ミュータントを虐げてきた人類と同じ!ただ立場が変わっただけだった…!』

 

『あなたではなくあなたの力を必要としていた?』

 

紫苑の言葉にキッと睨み付けたが自嘲気味に笑みをを浮かべた。

 

『そうね、そのあとアイツの居場所を全部政府に喋ってやったわ。』

 

『仕返し?-Avenge―』

 

『まさか!そんなことくらいで許してやるもんですか!』

 

得意げに言うその姿に思わず二人で笑いあった。

 

『どうやら不完全だったらしい「キュア」の効力はしばらくすると弱まっていった。牢獄から抜け出した私はマグニートーを追いかけた。目的は…言わなくてもわかるでしょう。そして奴が新たなチームに所属したことを突き止めた私は奴らの本拠地に乗り込んだわ。そこで奴の仲間に完膚なきまでに叩きのめされた。地に伏せる私に奴が言ったわ。』

 

固く目を閉じるレイブンが拳を握りつぶやいた。

 

『「すまなかった、ミスティーク。私には必要としてくれる家族がいるのだ…今君に殺されるわけにはいかない。」…ふざけないでッ!!!』

 

机に握った拳を叩き付ける、行き場のない憤りが紫苑には痛々しかった。

 

『愛も理想も失って最後に残ったのが…憐み…私の人生はいったいなんだったの…』

 

『……私はその人ではないから分からないけれど……憐みではなく嘆願ではないかしら?』

 

『あのエリックが命乞い?ありえないわ!』

 

鼻で笑うレイブンに紫苑は優しく微笑むと彼女の隣に歩み寄る。

 

『いいえ。あなたに生きてほしいと願ったの。今あなたが生きているのにもきっと意味があるはずよ。』

 

綺麗事を、甘い平和ボケした考えだ、私の苦しみの何が分かる。いろいろな言葉が去来しては消えていった。

 

分かっている。伊達に数十年、長い年月を彼と共に過ごしたのだ。彼に会った瞬間分かった。磁界王は自分の「居場所」を見つけた。そしてそこに私の居場所は無いことも。

 

 

うつむくレイブンから零れ落ちる本心。

 

 

 

 

『私には……居場所なんてないわ……』 

 

『私がいるわ。私達はもう友達でしょ♪』

 

レイブンの頭を抱え込むように抱きしめた紫苑はその赤い髪を撫でつけながら続ける。

 

 

 

 

『理由がないなら私の話し相手になってくれればいい。』

 

 

 

 

レイブンは真っ直ぐに目を合わせて話す紫苑に導かれた。

 

 

 

 

『レイブン、あなたの居場所はここにあるわ。』

 

 

 

 

後に紫苑が率いる世界最強勢力(チーム)の一角、戦乙女の宮殿-ヴァルハラ―発足の日である。

 

 

 

 

 

 

『ところでレイブン。あなたは一体いくつなの?』

 

 

 

『まぁだいたい100歳くらいかしら?』

 

 

 

『うぇ?!それじゃおばぁちゃ『シオン?』…おうつくしいでございます…』




チームメンバー募集

時給800円

笑顔の絶えない楽しい職場です


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仮面と彼女と蛇

『ねぇシオン。こんな感じでいいの?』

 

『さすがねレイブン。もうCQCの基本をマスターしちゃうなんて。』

 

同居人として共同生活を始めた二人。

退屈な日々を過ごしていた紫苑は一日のほとんどを彼女との時間に振り当てていた。

自称100歳のレイブンは教養に富み、軍事にも精通しており彼女から紫苑は様々なことを教えてもらった。

レイブン自身も教導者として一流であったことに加え、戦闘能力もずば抜けていたことから紫苑の技量は飛躍的に上達した。その中で紫苑の操る朽葉流忍術やCQCにレイブンは目を付けた。

呼吸の力で五体を活性化させる朽葉流、非常に合理的な近接戦闘術であるCQCは数十年戦いの第一線にいるレイブンも学び多きものだった。

 

そして紫苑自身にもレイブンは大いに興味をひかれた。

 

得体のしれぬ存在である自分に居場所を、すべてに裏切られ絶望の淵にいた自分に生きる意味を与えてくれた。

 

しなやかな黒髪を一つにまとめ、白い首筋の後ろに無造作に流されており細かな彼女の頭の動きに合わせてふらふらと揺れている。格闘訓練の為に比較的薄着なため、均整のとれた肢体が惜しげもなくさらされている。同世代の女性に比べると主張自体は慎ましいものの全体的に緩やかな丸みを帯びた胸や腰回りには女性らしい色気を醸し出している。天真爛漫でありながら慈母のような包容力も併せ持つ紫苑。レイブンは彼女に惹かれる自身をはっきりと自覚していた。

鍛錬で流れた紫苑の汗を甲斐甲斐しくタオルでふき取りながら語りかける。

 

『このCQCは凄い技術ね。開発者のセンスには脱帽だわ。』

 

『フフッ♪昨日ジャックから連絡があったから今夜帰ってくるみたいよ。パーティの準備をしなきゃね。』

 

くるくると今にも踊り出しそうなほどに浮かれている紫苑を見つめるレイブンにはある思いが去来していた。

 

『…ねぇシオン…一つサプライズの提案があるんだけど。』

 

きょとんとこちらを見つめる紫苑に蠱惑的に‐仮面‐が微笑んだ。

 

 

 

 

 

憂鬱だ。飛行場から自宅への帰り道、スネークの胸にはそんな感情ばかりが満ちていた。

戦士は戦場でしか生きている実感を得られない。数多の命をその手で葬り去ることに感傷などない。

ないはずだった。あの少女に出会うまでは。自身の半身をその手で葬り去ったとき、彼女を‐母‐と呼んだ少女。戦場に迷い込んだ少女は優秀な‐戦士‐だった、それは間違いないだろう。彼女に教え込んだ己の技量‐CQC‐はすでに自分と互角に渡り合うほどである。しかし‐兵士‐ではない。彼女に人の命を奪わせたくなかった。時折好戦的な-友人-も出てくるようだが。それでも彼女を人殺しの道具にしたくはなかった。

 

 

 

 

モザンビークで大人に玩具とされたあの少年のようには。

 

 

 

戦場でその少年‐フランク・イェーガー‐に出会ったとき、少女の笑顔が彼の脳裏をよぎった。同年代である少年兵の向こう側に彼女がいるような気がしたのだ。フランクを救出した後、更生施設に入る彼と少しだけ彼女の事を話した。自分を倒した男と並び立つ実力の少女に興味を示したらしいフランクにニヤリと笑って「きっと仲良くなれるぞ」と伝えた。

 

紫苑を連れて彼を見舞いに行くのもいいだろう。

 

 

 

深い山中に英雄の自宅はあった。唯一心の拠り所とできる場所。大切な-彼女-を守る城。

陰鬱な気持ちも徐々に晴れる。彼女に会えると思うと心が躍りだす自身にまるで少年のようだと思い口元も緩んでいる。

 

 

自宅に着いたスネークはちょっとした違和感を感じた。任務から帰ると紫苑は大型犬のように自分に飛びついてくることが多い。いつまでも子供のようだとは思っていたが…やはりこの任務の前に-深い仲-になったのが原因だろうか。少しばかり残念に、そして大いににやつきながら自宅の扉を開けた。

 

『帰ったぞ紫苑。』

 

中に入ると胃袋を刺激する芳醇な香りが広がっていた。

香りに誘われるままダイニングへと足を踏み入れる。

二人でいつも囲む食卓のいつもの席に彼女はいた。

 

『おかえりなさいスネーク。ディナーには間に合ったみたいね。』

 

食卓に座り悠然と紫苑は微笑みかけてきた。テーブルの上には彼女の手作りであろう和食が机いっぱいに広がっている。

 

『さぁ伝説の英雄さん、デブリーフィング‐お仕事‐の前にお腹を黙らせちゃいましょう。』

 

お箸をVの字にしながらおどけて見せる紫苑。

 

 

 

 

 

 

『お前は紫苑ではない。』

 

冷たく言い放たれた一言に紫苑は固まった。

鋭い眼光で紫苑を睨み付けるスネーク。

肩を竦ませて立ち上がる紫苑には怯えた様子はない。

 

『こんなに早くばれちゃうとは思わなかったわ。さすがは伝説の英雄かしら。ちなみに今後の課題としていつ気づいたのか教えてくれるかしら?』

 

おどけて尋ねる少女に警戒の色を強めるスネーク。

 

 

『紫苑は俺の前ではコードネームを使わない。‐家族‐だからだ。』

 

『あら。‐家族‐…ね。』

 

意味ありげに微笑む紫苑の姿をした何者か。スネークは羅刹のごとき表情で詰め寄る。

 

『紫苑は何処だ?!彼女に危害を加えてみろ!!ただでは済まさん!』

 

『まぁ恐ろしい。食べられてしまいそうだわ。』

 

二人を一触即発な空気が包み込む。

 

 

 

 

 

 

『テッテレ~♪ドッキリ大成功♪』

 

 

 

机の下から派手に塗装されたプラカードを持った紫苑が這い出してきたのはそんな瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

『あれ?タイミング間違えた?』

 

『いいえ紫苑。ナイスタイミングだわ。もう少しで彼に食べられちゃうところだったんだから。』

 

 

 

 

『おい。せめて説明しろ。』




はたして10代のしょうじょがスタードッキリを知っているのか否か


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蛇蝎と彼女と次の歯車

『というわけなのよ。ジャック。』

 

『いや、という訳と言われても納得出来るわけないだろう。』

 

紫苑曰く、町に買い出しに出たときにあまりにも自分にそっくりだったので声をかけた。よくよく話を聞くと実は遠い遠い親戚だった! しかも悪いやつに騙されて家を追い出されたところで、じゃあうちにおいでよ♪

 

『ってそんなわけないだろうが!』

 

『ジャックがノリツッコミ!』

 

とぼける紫苑に頭を抱えるスネーク。

 

『わたしメイク落としてくるわね♪』

 

我関せずといった態度で部屋を出るレイブンを忌々しげに見送ると、スネークは紫苑に言い聞かせる。

 

『紫苑。この際、怪しい人物かどうかはおいておく。何故俺に隠し事をするんだ!!』

 

『…ごめんなさい。隠すつもりはなかったの。ただ何て説明すれば良いのか…でもレイブンは大切な友人なの。』

 

腕を組み眼を閉じて黙りこんだスネーク。

 

『ありがとう紫苑。後は私が彼に話すわ。』

 

メイクを‐落とした‐レイブンが部屋に戻ってきた。

赤い髪を肩の上程度、丸いたれ目な紫苑と比べると切れ長な目つきで純日本人というよりは欧米よりの顔だちをしている。冷静によくよく見れば紫苑とは違うように‐思えてくる‐

 

見事な変装だ。

 

『それでは、はじめまして‐BIGBOSS‐。私は、レイブン。特技は変装で職業は…そうね、コンサルタント諜報員ってところかしら。昔はイスラエル諜報特務庁にいたの。』

 

『‐モサド‐か。目的はなんだ。』

 

『伝説の英雄の命…って言ったら?』

 

『レイブン!?何を!?』

 

蠍のような毒のある言葉に驚いて立ち上がる紫苑をスネークは片手で制した。

 

『二人で話したい。ついてこい。』

 

心配げな紫苑を残して二人は部屋から出ていった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『もう一度聞こう。目的はなんだ。』

 

テラスに出たスネークは葉巻に火をつけながらレイブンに問う。

先程よりも落ち着いた口調ではあるが全身から放たれる空気は研ぎ澄まされている。

僅かな虚偽も許さない蛇の睨みに怯む様子はレイブンには見られない。

 

むしろその眼には残酷な冷静さが宿っている。

 

『-モサド-に居た頃、とある任務に失敗したの。いいえ、-させられた-。』

 

『外務省スパイの反乱-内部抗争-か。』

 

『居場所を失った私に紫苑は-友達-という居場所をくれた。あの子は私の全てになったわ。』

 

うっとりと陶酔した様子のレイブンは続ける。

 

『紫苑は私が守る、この世のありとあらゆる苦痛と悲哀から。そして断言するわ。』

 

見惚れるような笑顔をレイブンはスネークに向ける。

 

『世界は必ず彼女を悲しませる、その時が来たら私はあの子以外の全てを-更地に変えるわ(Onslaught)-』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

しばらくすると部屋に戻ってきた二人。

スネークからは微かに煙草の煙がした。

 

 

 

『お前を信じよう紫苑。この女がお前に危害を加えることはない。』

 

『スネーク…ありがとう。-私達-を信じてくれて…』

 

『ようやく仲間認定ってところかしら?』

 

『違うわ…-家族-よ。』

 

にっこりと笑う紫苑に自然と微笑みが広がっていく。

たとえ-蛇と蠍-のような二人でも、彼女がいれば-家族-になれる。

 

 

 

彼女自身の忠が傷を負った戦士たちを引き寄せていく。

彼女のヴァルハラ-宮殿-へと。

 

 

 

次の戦いの為に。

 

 

 

 

『そうだ、レイブン。ジャックが帰ってきたから寝室を増やさないといけないわね。』

 

『わたしはいいわよ。紫苑と一緒のベッドに寝るから問題ないわ。』

 

『!!だめだ!!そんなことは俺が許さんぞ!!』

 

『あら?伝説の英雄さんは女性を床で寝させるおつもり?』

 

『?!だめよジャック!!そんなのひどいわ!!』

 

『いや…そういうわけでは…』

 

『よかったわね紫苑。‐お父さん‐の許しが出たわよ。』

 

『なんだか修学旅行みたいね!』

 

『~~~ッッッ!お前は少し危機感を持て!!』

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

『お久しぶりです、DR.T。』

 

『元気そうですね~ジーン君♪FOXには慣れましたか?』

 

怪しげな地下の一室に二人の男がいた。

軍服を着こみ威風堂々とした男と白衣を羽織りひょうひょうとした態度の男。

 

『偉大な英雄を-相続-するんです。すでにFOXは私の意のままです。』

 

『フフッ♪相変わらず自信家ですねぇ~。』

 

『…あなたは変わりましたね。THEBOSSが死んでからあなたの心が分からなくなった。』

 

詰問するような声にも白衣の男は笑みを深めるだけだった。

 

『あらら。幻滅しちゃいましたか?』

 

『いいえ。むしろ英雄たるカリスマ性を隠さなくなった。この私が膝をつきたくなるほどに。』

 

突如空気が変貌した。

二人の間に重苦しい奔流がおこる。

 

白衣の男はゆっくりと口を開く。

先程までとはまるで別人のように。

 

 

 

 

 

『…俺は戦士以外は必要としない。貴様にその資格があるかはいずれわかるだろう。』

 

 

 

 

 

『裏切らないと約束しましょう。あなた方、-怪人連盟-の期待をね。』

 

 

 

 

鉛のような空気は霧散し再び平穏な空気が流れ出す。

 

 

『…頼もしいですねぇ~。そのうち君にプレゼントを用意しましょうか。』

 

軍服の男はその言葉には答えず、部屋を退出していった。

入れ替わるように二人の男が部屋に入ってくる。

 

『お呼び立てして申し訳ない。教授(プロフェッサー)、博士(ドクター)。』

 

教授と博士と呼ばれた二人の初老はにこやかに返事を返す。

 

『気にしないでくれ。手のかからない生徒に頼られるというのは存外気分のいいものだ。』

 

教授が優しげな笑みをこぼすと

 

『Wow!全く同感だ!君は何でも自分でやりたがる。たまには友達‐homy‐を頼ってくれてもいいだろう?』

 

肩を竦めて博士がおどけてみせる。

フッと空気が和らいだ気がした。

 

 

 

『今回二人をお呼びしたのは紫苑についてです。彼女にミスティークが接触しました。』

 

『?!…そうか…君の力で彼女にレイブンを引き合わせたということか。』

 

教授は一瞬驚いたようだが悲しいような、安心したような複雑な感情を見せた。

 

『お互いの存在が必ず必要になると感じたからね。あなたに相談をしなかったことは謝罪します。』

 

『いいや。私ではあの子を救えなかった。彼女にチャンスをくれたことを感謝したいくらいだよ。』

 

『Hell Yeah!(やったな!)ところで私への用事はなんなんだい?』

 

パンと手を打って自分を呼んだわけを尋ねる博士。

 

『…実は近々紫苑は新たな試練を迎え入れます。しかしそれを切り抜けるにはあまりにも力が足りない。』

 

『Okie Dokie!(いいじゃないか!)私に新しい生徒を紹介してくれるのかい?』

 

『博士は彼女にはまだ早いです。しかしあなたの秘蔵っ子にもそろそろ出番が必要ではないでしょうか?』

 

瞬間、時空が凍った。

先程の重圧とは比べ物にならない圧倒的な圧力。それはもはや質量すら伴なっているように感じられた。

 

『あの子を奪おうというのかね?』

 

『それは違う。彼女は自分で御旗を選択すべき時期なのです。』

 

『あの子の中にはミーシャもいる。私に彼女は必要だ。』

 

『だからこそです。俺とて紫苑を失う気はない。彼女の試練は俺たちの試練でもある。我々はコインの表と裏なのだから。You know what I'm saying?(わかるだろう?)』

 

目をつぶり黙り込んでしまった博士を真っ直ぐと見つめる白衣の男。

 

『Oops…私もまだまだかな。』

 

博士が短く息を吐くとにやりと笑う。

 

『エリックとのチェスにも飽きてきたころだ。あの子ともう一度やりあうのも一興か。』

 

『ありがとう博士。しかしそうなると彼女にも名前をあげないと…』

 

するとそこまで静かに見守っていた教授が静かに口を開く。

 

『アイリーン。‐アイリーン・アドラー‐は如何かな?』

 

『『Erik RULEZ(エリック最高)』』

 

 

エリックと呼ばれた男は照れたように口を釣り上げる。

 

『ハンニバルほどの感性の持ち主に褒められるとは、恐縮だよ。』

 

 

 

 

 

 

 

そして新たな歯車が回りだす。




BIGBOSSとミスティークの相性は最悪間違いなし

特にエリックに捨てられた後は共通点多すぎで絶対無理だろう

そしてパーティ追加


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迷宮のプリズナー
彼女と白馬と歯車の胎動


新章スタート


怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。

長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。

 

 

ーーーーーニーチェ(1844~1900)-----

 

 

 

暗い闇の中に紫苑は独り立っていた。

あの時、幾度か訪れた自身の精神世界のようなものだろうか。

スポットライトに照らされたかのように巨大な水槽が紫苑の眼前に現れた。

 

-いつか見た-あのシリンダーだ。

 

ふらふらと近寄ると少し前回とは違うようだ。

中に浮かぶのは小柄で柔らかな曲線を描くその肉体にその存在が女であることを認識させる。

胎児のように身を丸めたその女がゆっくりと顔をあげる。

青白い顔でこちらを見るその瞳孔は十字に収縮している。

 

 

その相貌は紫苑自身だった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

「…ッ!!!」

 

滝のような汗とともに紫苑は飛び起きた。

最近は見なくなった悪夢に激しい鼓動が収まらない。

 

落ち着いてふと見回すとどうも自分の部屋ではない。

薄汚れた打ちっぱなしのコンクリートに簡素なベットと鉄格子付の金属扉。

 

「THE・牢獄って感じね。」

 

ふぅと一息つくと思い返す。

こうなった顛末を。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

『それじゃ行ってくるわねレイブン。』

 

『えぇ。どこかの万年発情期のへたれに手を出されたらカバヤキにしちゃっていいわよ。』

 

『言ってくれるな。このアマ…』

 

とある週末、紫苑とスネークは麓の街へ買い出しに出かけることにした。

久しぶりの二人きりでの外出。レイブンも気を利かせた?のか二人を送り出してくれた。

楽しいショッピングに紫苑は終始ご機嫌でニコニコとスネークに話しかけていた。

 

穏やかな日常。

楽しげな空気。

こんな生活がいつまでも続くと思っていた。

 

 

 

 

-彼ら-に出会うまでは。

 

1970年 この時、紫苑20歳。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あ~思い出したわ。人のデートをめちゃくちゃにしてくれちゃって。次に会ったら慰謝料請求しなくちゃ。」

 

頭を軽く振ると、立ち上がって体に異常がないかチェックする紫苑。

確認が終わると扉に近づく。期待はしていなかったががっちりと鍵がかかっていた。

 

どうやら自分を攫ったらしい奴らも気づかなかった-相棒-の出番かしら。

 

紫苑がその姿を変えようとしたとき、外から声をかけられた。

 

『どうやら目覚めたようだね。お嬢ちゃん。』

 

扉の外から女の声がした。勝ち気で冷静な大人の女だ。

 

『あなたは誰?ここは何処なの?』

 

『あたしの名前はトップ。ここはキューバのほぼ真下のサンヒエロニモ半島、別名死者の島。そっちは?』

 

『私の名前は紫苑。アメリカにいたら変な奴らに襲われてね。気づいたらここってわけ。』

 

『そいつらは≪FOX≫だね。』

 

『FOX?!彼らがどうしてスネークを襲ったの?』

 

『スネーク?!あんた、BIGBOSSの知り合いなのかい?』

 

『まぁそんなとこ。トップさんは軍人さん?』

 

『トップでいいよ。あたしの所属はグリーンベレー。もっとも部隊は奴らの襲撃で壊滅、生存者はあたしくらいだろうね。』

 

 

お互いの素性をある程度交換すると紫苑は脱出の計画を相談した。

 

『ねぇトップ。ここから脱出するにはどうしたらいいかしら?』

 

『そうだな…ベットの下に換気ダクトはあるが鉄格子が固定されていて並みの力では動かせない。』

 

『-並み-ね…それなら大丈夫そう。』

 

そう言うと紫苑は鉄格子に近づき-相棒-と力を合わせて強引に引きはがした。

ずりずりとダクト内を這い出すと隣の独房に出た。幸運なことにその部屋には鍵は掛かっていなかったようで静かに抜け出すとトップの独房に向かった。

 

『驚いたね…あんた魔法でも使ったのかい?』

 

扉越しに対面したトップは黒髪を後ろに撫でつけた、凛々しい目をした女性だった。特にその女性ですらも目を奪われるその胸部…

 

『…あなどれない…』

 

『はぁ?』

 

怪訝な表情のトップに慌てて顔の前で手を振りごまかそうとするがその顔は耳まで真っ赤だ。

 

『紫苑。牢の鍵はそこの壁にかかっているやつだ。早いところ出してくれないか?』

 

『え、えぇ。そうねそうよね!』

 

ぱたぱたと鍵を取りに行く紫苑を見てなんだかほっておけない気になってきたトップはこれから彼女を守りながら本国に救援を求めなければならないことに不安を覚えた。

 

『はい!これでトップも自由になれたわね。私はスネークを助けに行くけどあなたはこれからどうするの?』

 

まるでピクニックに行くかのように死地へ飛び込もうとする少女にトップは絶句し、次いで猛烈な怒りがわいてきた。

 

『あんた、状況が分かってんのかい?!ここは敵地のど真ん中。助けだってくるかわからない。そんな状態で生死のわからない人間を探すだって?!冗談はほどほどにしな!!』

 

般若の形相で詰め寄るトップをポカンと見つめていた紫苑。

 

ふわりと彼女は微笑んだ。

 

 

 

『ありがとうトップ。優しいのね。』

 

 

 

今度はトップが呆気にとられた。

自信に満ちた表情で彼女は断言する。

 

 

 

『でも大丈夫。スネークは必ず生きてる。この事態だってなんとかしてみせる。』

 

『…いくら伝説の英雄と言ったって、たった一人じゃ…』

 

『一人じゃないわ。』

 

 

 

その眼に宿るは戦士の魂。

 

『わたしもいるもの。必ず救ってみせるわ。』

 

放たれるは英雄の気迫。

 

『わたしの前で…もう誰の命も散らさせはしない。』

 

『もちろんあなたもよ。トップ。』

 

 

 

 

『…フフッ…たいした-BOSS-っぷりだね。』

 

からかうようなトップの声とは裏腹に彼女の眼には強い意志が宿っている。

背筋を伸ばし静かに敬礼を行う。

 

『私はトップ少尉。これよりあなたの指揮下に入ります。』

 

『よろしく、トップ。私にはあなたが必要なの。一緒にがんばりましょう。』

 

またひとり、宮殿へと誘われる。

 

 

 

『それに早く帰らないと…』

 

『?どうかしたのか?』

 

『えぇ。心配させるととてつもなく恐ろしい人がいるのよ。』

 

『なんだ。そりゃあ心配もするだろうさ。』

 

『う~ん。お説教は勘弁してもらいたいわね…』

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Side SNAKE 通信基地にて

 

マラリアに感染した仲間を救うため、スネークは-主治医-に連絡を取っていた。

 

『急いだほうがいいわね。あなたもすでに同じ原虫に…?!ちょっと?!あなたどうやっ』

 

『?!!パラメディック!!どうし『少し目を離した隙に浮気かしら、蛇さん?』?!!レイブンか?!』

 

『安心して。あなたの2号さんなら無事よ。ちょっと仮眠をとっているだけだから。』

 

『俺とパラメディックはそうい『紫苑は何処?』…無事らしいがまだ合流できていない。』

 

『やはりあなたに紫苑を任せるべきではなかったわね。』

 

地の底から轟くような怒りに満ちた声を無線越しに聞いたスネークは思わず冷たい汗が背中を伝った。

 

『紫苑は俺が必ず救『そこは何処?』……おい!いい加減にし『何処?』…クッ!キューバのほぼ真下、サンヒエロニモ半島だ。』

 

『わかった。今すぐ行くわ。』

 

一方的に無線を切る気配がしたので制止の声をあげようとしたスネークだが、

 

『そうそう、言い忘れてたわ。

 

紫苑に何かあったら…………

 

 

 

 

 

わ か る わ ね ?』

 

 

 

 

 

『………Over……』




あたらしい仲間はミスティークさんと仲良くできるでしょうか?


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彼女と蛇達と来訪者

牢獄を抜け出した紫苑とトップは慎重に建物から脱出を試みていた。

扉から顔だけを出して辺りを見回すが兵士らしき姿は無い。そろりと二人は警戒を緩めることなく外へ出ようと動き出す。すると壁を隔てた向こう側から何者かの声がした。

 

『おい、第一留置場で脱走者が出たらしいぞ。』

 

『本当か!?何だか嫌な予感がするな。』

 

『あぁ。一応ここにも増員を要請した方がいいかもしれん。』

 

『そうだな。お、交替の人間が来たみたいだ。』

 

兵士達の言葉通り遠くから兵員輸送用のトラックが近付いてきているようだ。

 

『早くここから離れた方がいいみたい。あのトラックを奪えないかしら。』

 

『良い案だね。しかしどうやってやるんだい?』

 

じっと辺りを観察していた紫苑がある一点に眼を止めた。それは敵兵士の一人が装備していた円筒状の武器、スタングレネードだった。

 

『あれを使うわ。彼らが気絶したらあのトラックを奪いましょう。』

 

そういうと紫苑は車から降りた兵士も巻き込むタイミングを見計らい、腰についたスタングレネードのピンに向けウェブを飛ばすと引き抜いてしまった。

 

 

 

 

閃光と爆音。

 

 

 

星が飛んでいるかのように気絶してしまった兵士達の脇をすり抜けると素早くトラックに飛び乗り脱兎の如く逃げ出した。

 

 

車の運転はトップに任せて紫苑が周囲を警戒していると運転席から声をかけられた。

 

『…紫苑。さっき腕から出ていたのは一体なんなんだい?』

 

『あれはウェブって言って蜘蛛の糸みたいなものよ。驚いた?』

 

『まぁね。でもまだまだ秘密が紫苑には多そうだし、あたしだって生き延びる為には何でも使うさ。こんな風にね♪』

 

そういうとトップは座席の後ろに放り込んでいた物を目で示す。 そこには先ほどの敵兵が携行していたアサルトライフルとハンドガンが置かれていた。どうやらあの一瞬で回収していたようだ。紫苑が驚いてトップを見るとイタズラ気にウインクを寄越してきた。

 

『フフフ♪スッゴく頼りになりそう♪』

 

『ま~任しときな。』

 

 

ある程度距離を稼げただろうと判断した二人は車を止めてこれからの方針を話し合っていた。兵士の会話からすると自分達より先に脱走があったらしい。恐らくそれはスネークのことだろう。ならば合流を目指すべきだ。しかし彼がどこに向かうかは分からない。

 

『うーん、一体何処に行くんだろう?』

 

『救援を呼ぶなら通信基地だが逆方向に逃げちまったからね…』

 

悩む二人の耳に機械的な羽根音が飛び込んできた。素早く車の陰に隠れた二人はその音の主、ヘリコプターを見上げる。

 

Gwaaaaaaarmmn!!!

 

背筋も凍るような絶対零度のスパイダーセンス。ザ・ボスにも匹敵するような特大の反応と、…何よりも恐ろしかったのは……彼らはこっちを-見ていた-。

 

突然崩れ落ちるように蹲ってしまった紫苑をトップが慌てたように抱き上げる。

 

『おい?!一体どうしちまったんだよ!?』

 

『~~~ッッッ?!あいつ、こっちを見てた…!?。』

 

『アイツ?何の事だい?この距離じゃ人の顔まで判別は出来ないだろう!?』

 

徐々に四肢に力を取り戻した紫苑は、-奴等-の見えなくなった空の彼方を睨み付ける。

 

『彼らを追いかけるわ、トップ。』

 

『なんだって?!』

 

『彼らは間違いなくただの兵士では無い…きっとFOX。』

 

『ならなおさらどうしてそんなところに行くんだい?!危険じゃないか!!』

 

あまりにも無茶な計画に思わず声を荒げるトップ。しかし紫苑は力強く微笑む。

 

『FOXがいるなら必ずスネークもいる、少なくとも敵の目的くらいは探れるんじゃないかしら?』

 

頭を抱えたい衝動に駆られたトップだが不思議とどうにかなるような気もしてきた。

仲間を思い慎重な行動を心掛けてきたが、元来考え込むのは苦手な性質であることは自覚している。

 

『…はぁ…分かったよ。あんたがそこまで言うなら仕方ない。さっさと乗りな。』

 

『フフッ♪ありがとトップ、大好きよ♪』

 

無自覚な少女の言葉に赤くなった顔を隠すためにトップは紫苑の頭を軽くはたいてやった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『なにぃ!!!女達のほうにも脱走されただと!!!』

 

狭い機体の中で男が無線機に怒鳴りつけている。暗号名≪ボア(王蛇)≫、捕虜尋問官カニンガムである。

 

『~~~ッ!!もういい!!!女は放っておけ!!!一刻も早くスネークを見つけ出すんだ!!!』

 

 

騒がしい男の後ろ、少女は先程感じた男のことを考えていた。

 

世界を救い、世界を滅ぼそうとする男。

伝説の英雄。

 

ふと隣の男が気になった。

視線をやると男はこちらに一瞥もくれず言葉を放つ。

 

『放っておけウルスラ。後で会える。』

 

暗号名≪ヴァイパー(毒蛇)≫、今回の武装蜂起の首謀者であり最高の-指揮官-ジーンだ。

 

彼は自分をも凌駕するESP能力者でその心の-声-は自分には聞こえない。

 

彼の心は揺るがないからだ。

 

 

Zwaaaaa!!

 

突如彼の心のなにかが膨れ上がった感覚がした。

 

『…!!!…ジーン?!』

 

『…気にするな。忘れろ。』

 

『しかs『忘れろ。次はない。』…了解…』

 

 

 

 

男は驚愕していた。

己より遥かに格下の少女。

スネークと共に捕らえたという少女。

 

あの少女に…ザ・ボスの姿を見ただと…ありえん…しかし、このざわめきはなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

BOSSの魂はどこまでも惹かれあう。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

『…あれが…ジーン…』

 

研究所でFOXのメンバーを確認したスネークは彼らの会話から脱走者が自分以外にもいること、そしてそれが二人の女であることを掴んだ。

 

やるじゃないか紫苑。もう脱出に成功していたとはな。なんとか紫苑と合流できるようにロイ達と相談するか。

 

そんなことを考えながら、マラリアの薬を求めて侵入した調整室で運命の出会いを彼は果たす。

 

FOX少女隊員、ウルスラの妹という若き科学者エルザだ。

彼女に匿ってもらった上にマラリアの薬。港にあるという-探し物-と姉を殺せという-占い-をスネークは受け取った。

 

『次はもう少し景気のいい占いを…そうだ!俺の仲間に紫苑という女の子がいる。彼女の居場所はわからないか?』

 

『紫苑?ごめんなさい…私にはわからないわ。だけどもし出会うことがあったらあなたに会えるようにしてあげる。さぁ行って!』

 

『頼んだ。また会おう。』

 

 

 

 

スネークが研究所から去っていくとエルザは独り考えた。

 

紫苑という少女、自分の見たスネークの未来には-存在していなかった-。

 

 

『会ってみたいわね…その子に。』

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

『全く…まさかまた卒業試験や進路相談を受けるはめになるなんてね…』

 

『どっちかって言うと就職活動に近いよね♪』

 

憂鬱そうにシートに体を沈めた女性に、からかうように男がヘリの操縦席から声をかける。

気高い気品に溢れるその顔を、鬱陶しそうに歪め声の主を睨むが奴が堪えるわけもない。

諦めて隣に座るすらりと伸びたその足を優雅に組み気ままに昼間からワインを傾ける長身の美女に眼をやる。

「秘密の数だけ女は美しくなる」とは言うがこの美女はもはや謎が服を着て歩いている様なものである。

その上ある-奇行-から彼女は交遊関係と呼べるものは皆無だ。

しかし何故か自分は同類と思われているらしく今回彼女と空の旅を共にしていた。

 

非常に不本意ながら。

 

 

-博士-からのお願いという事でわざわざやって来たが一体ここに何があるというのか。

 

『さぁ見えてきたぞ。あれがサンヒエロニモ半島、君達の新しい-舞台-だ。』

 

男の言葉にふぅと息を吐くと女は眼を閉じ、記憶の宮殿を作り上げる。

 

 

この試験に期待はしていない。

ただ己の仕事をすればいい。

 

私は変わらない。

たとえ自身の呼び名が変わっても。

-ミーシャ-も-クラリス-もみんなわたしのなかにいる。

 

アイリーン・アドラー…貴女もわたしの一部になりなさい。

 

 

 

ほら

 

羊達の沈黙は

 

もう聞こえない

 

 

 

 

やはりあなたは素敵ね…

もう別の貴女が顔を出す。

ねぇ知ってる?退屈ほど苦痛なことはないのよ。

あぁ…メロビンジアン…貴方と別れて正解だったわ。

ネオも面白いけどここならもっとワクワクすることに出会えそうなのよ。

 

なんて…人間はなんて素晴らしいの!!

今度はどんな美酒に出会えるのかしら。

 

女はグラスに残ったワインを静かに飲み干した。

 

 

二人の変化に男は嗤う。

 

『行っておいで。アイリーン、パーセフォニー。』

 

 

今再び運命が交錯する。




アイリーンはちょっと特殊で主なキャラクターは羊達の「ジョディ」ですがその後は原作の方の設定。しかし名前やこの作品での能力や容姿なんかは某英国の名探偵の現代ドラマから。

パーセフォニーは基本的には映画の世界から来た感じですが戦闘能力なんかはおいおい出していきます


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彼女と訪れるもの達

飛び去ったヘリを追って二人は研究所へとたどり着いた。

遠くから偵察していると兵士や科学者たちが忙しなく出入りしている。

 

『なんだか騒がしいね。』

 

『身分確認はしていないみたい。変装すれば紛れ込めるかも。』

 

つぶやく紫苑の眼には施設の裏手で休憩をしようと喧騒から離れる二人の科学者が映っていた。

 

 

丁重な-お願い-の結果、快く借りた白衣に身を包んだ二人は研究所の内部へと潜入していた。

 

『あたしはこういうところは苦手だね。頭のいい奴の世界って感じでさ。』

 

『あら?その格好にあってるわよ。のりのりでメガネまでかけて。』

 

『…!?これは…あ、あんたがかけなって言ったんじゃないか!』

 

『フフッ♪私、メガネ萌なのよ。』

 

モエ?と首を傾げるトップとともに紫苑は研究所の一室に辿り着いた。

複雑そうな機械に埋め尽くされた部屋は中心部だけがぽっかりと空いていた。

 

『何かあったみたい…大きな、箱のような…』

 

『そこにあったのは絶対兵士の調整槽ですよ、お姫様♪』

 

驚いて振り返った紫苑の前には白衣の男が立っていた。

 

 

忘れもしない

 

忘れられる訳もない

 

あの時-1964-に

あの場所-ソ連-で出会った

あの人-THEBOSS-の…

 

 

-家族-

 

降ってわいたように現れた男にトップは紫苑をかばうように前に出るとM1911A1を向けた。

 

『貴様、何者だ。ここの科学者ではないだろう!』

 

『おやぁ?新しい-彼氏-ですか?これはまたずいぶんと凛々しい騎士様だ。』

 

『答えろ!!』

 

『…ザ・グリード…』

 

男の名前が語られた。それは紫苑の唇から零れ落ち、部屋に響いた。

 

『知り合いなのか?!』

 

驚くトップには答えず紫苑が歩み出る。

 

『お久しぶりですね、グリードさん。』

 

『えぇ。あなたは綺麗になりました。あ、もちろん変わらず愛らしくもありますよ♪』

 

『…その…私、ザ・ボスを…』

 

言いよどむ紫苑の頭に右手を置くとグリードはクスリと笑った。

 

『わかっていますよ。彼女には彼女の、あなたにはあなたの-居場所-があるのです。』

 

『…-居場所-…』

 

『えぇ。ですのであなたが気にする必要はないんですよ。』

 

優しげに微笑むグリードに紫苑もわずかに顔を緩ませる。

彼女にとってグリードはあの戦場で自身を助けてくれた恩人であり、同じ女性を救いたいと思った同志である。決して後悔は消えはしないが、彼の言葉は優しく自分の中に染み込むようだった。

 

『…それで、再会の挨拶をしたくてこんなところ-サンヒエロニモ-にまで来たのかい?救援ってわけではなさそうだし、あんたも奴ら-FOX-の…』

 

油断なく銃を構え尋問するトップにグリードは笑って答える。

 

『私は彼らとは友人程度の付き合いさ。今回も関わった計画の成果を覗き見に来ただけ。』

 

訝しげに見るトップを面白そうにグリードは眺める。

 

『そうそう。実は紫苑ちゃんにプレゼントがあるんだよ♪』

 

『私にプレゼント?』

 

キョトンとする紫苑にグリードが少年のような笑顔を見せた。

 

『人をプレゼント扱いとはいただけないわね、Mr.グリード?』

 

咎める声とともに調整室へと入ってきた二人の美女に紫苑は目を奪われた。

 

一人は気品と自信に満ち溢れながらも纏う空気は覇者‐Empress‐のもの。

勝ち気な目でこちらを見るその肉体は完成された大人の女性を絵に描いたような存在だった。

 

もう一方は長身の女。先の女性が‐至高‐とすればこちらは‐孤高‐。

何人も並び立つことを許さぬ気高さは神々しさすら感じるような美しさだ。

 

 

『お目にかかれて光栄ですわ、Ms.クガシラ。私はアイリーン。アイリーン・アドラーと申します。』

 

優雅に微笑むその姿はまるで貴族のように様になっている。

そのこちらを見定めるような眼も、生まれついての支配者のようだ。

 

『そしてこちらはパーセフォニー。…パーセフォニー?』

 

わざわざ紹介までしてあげたのに何の反応も返さない相方に、いやな予感のするアイリーン。

紫苑の瞳をじっと見つめたまま動かなかったパーセフォニーはゆっくりと少女に近づいていく。

 

『『…あ、ヤバい…』』

 

グリードとアイリーンが声をそろえた時にはすでにパーセフォニーは紫苑のあごをそっと持ち上げると身をかがめて自身の唇を紫苑のそれと重ねてしまっていた。

 

『~~~~~ッッッ?!?!?!!?』

 

真ん丸に眼を見開いた紫苑、あちゃ~っと天を仰ぐグリードに頭を抱えるアイリーン、トップはあまりの展開に思考がついて言ってない。

周りの喧騒などいざ知らず、ゆっくりと唇を離したパーセフォニーはその精巧なガラス細工のような瞳で紫苑を覗き込んでいた。

 

『まるで真白なキャンバス、いいえ。人の本心を写す水鏡のよう。それほど澄みきっているのに…貴女の底が見える気がしない。…もっと貴女を私に味わわせて。』

 

再び-奇行-に及ばんとするパーセフォニーに怒髪天をつかんばかりのトップが紫苑を淫魔から引き剥がす。

 

『き、貴様ッ?!!!紫苑になんてことをッ!』

 

紫苑を自身の腕の中に抱え込みながら、牙をむいて威嚇する。

 

『……あなた達の目的はなんですか?』

 

『あら。思ったよりも動揺が少ないわ。ひょっとしてあなたも女性の相手は得意?』

 

『そこまでだ、アイリーン。』

 

グリードが制すると女は肩を竦めて引き下がった。

 

『紫苑。君は非常に危うい立場にいる。』

 

『…それはここが戦場だからということでしょうか?』

 

『そうだとも言えるし違うともいえる。君は戦う運命にあるが運命と戦う理由を知らない。』

 

要領を得ないグリードの言葉。謎というより彼自身もうまく言葉にできない感覚的なものなのか。

 

『…そしてそれは彼女たちも同じだ。彼女たちは実力はあるが己の舞台を見つけていないんだ。』

 

背後の女たちも男の言葉をよく理解できていないようだった。

 

『もう一度言う。君達は非常に危うい。そしてそれ故に可能性に満ちている。』

 

『…私に何をさせたいのですか?』

 

『私がさせるのではない。君がするんだ。私は君を、-君達-を待っている。』

 

グリードはまた紫苑の頭を撫でると背を向けて去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

『いや、結局なんなんだよ…』

 

トップの呟きには誰にも答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

『…それでどうされるんですか?』

 

取り残された二人の女に紫苑がおずおずと尋ねる。

 

『私はあなたと一緒がいいわ。』

 

『……フゥ……パーセフォニーを一人にするわけにもいかないし、私も協力するわ。こんな陰気なところにはもううんざり。』

 

『…本当に大丈夫かこいつら…』

 

心配げなトップに紫苑も苦笑いだがそれでも二人で脱出を試みるよりも遥かに現実的だ。

 

『とにかくFOXの目的を探りましょう。』

 

紫苑の言葉に皆が動き出した。

 

戦乙女の序夜が始まる。

 

 

 

~~~~~

 

絶対兵士の搬出作業が終わり少女は研究室の片付けを行っていた。必要な書類を纏め、部屋を後にしようと立ち上がった。

 

『おや?少し痩せましたか?』

 

『ヒッ!?…博士…驚かせないでください!』

 

『エルザは可愛いですね♪勿論ウルスラも可愛いですよ。』

 

まるで童女の相手をするような男の言葉にエルザは顔をしかめる。

 

『あらら。気を悪くさせてしまいましたか。』

 

『…ご用件は何でしょうか?』

 

『実は貴女にご紹介したい子が居まして♪』

 

『紹介…ですか?』

 

『えぇ。紫苑ちゃんという可愛らしい女の子です。』

 

眼を丸くして驚くエルザに男は笑みを深めた。

 

 

 

さぁ彼がお待ちですよ、紫苑ちゃん。




ホントはエルザにも会わせるつもりだったけどちょっと長すぎたorz


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彼女が探す物

エルザ達には心を読み、未来を予知する力がある。その力を人は畏れ、利用する。

自身を戦争の道具にされることに嫌悪しながらも抗うことはできなかった。

 

また彼女にも恐るべき存在が二人いる。

 

ジーン。

FOXの中心人物でウルスラをも凌駕するESP能力を持つ男。その力には歴戦の兵士も膝を折るだろう。

 

そしてもう一人。

相続者計画や絶対兵士計画に携わる謎の男。若くして一流の科学者と言われる自身ですら遥かに及ばぬ知識、戦闘能力はあのジーンの教育を担当したことからもその高さがうかがえる。

彼について知っている事は他の人間と変わらない。

 

彼の、トキオカ博士のことはウルスラはおろかあのジーンですら読み取ることができない。

 

 

そしてまた、彼から予期せぬ事を告げられた。

 

スネークから聞いた少女、紫苑の存在。

 

『まさか貴方の関係者だとは思いませんでした。』

 

『おやぁ?紫苑ちゃんの事を知ってるんですか~!』

 

『…スネークからお名前だけは…』

 

この男に対して隠し事は無意味だと理解しているエルザは素直に答える。今の質問もどうせ自分が知ってることも分かった上でしているのだから。

 

『あらぁ~!世間は案外狭いものですね~!』

 

…いちいち癪にさわる男だ…

 

『…それで…彼女を私に紹介するとは?貴方ほどではありませんが私も忙しいんです。ご用件は手短にお願いします。』

 

『つれないですね~。しかしお手間は取らせませんよ。実は彼女達を半島の東側に連れていって欲しいのです。』

 

『!?…十分手間です!!私がどうやって連れていけると言うのですか!!』

 

『大丈夫。私に名案があります♪』

 

 

…私はこの男が大嫌いだ…

 

~~~~~~~

 

『おい、知ってるか。あちこちで爆発騒ぎが起きているらしいぞ。』

 

『あぁ。鉄橋から増員を出すんだろう。そのうちここでも起きるんじゃないか。』

 

『そのお話、詳しく聞かせていただけるかしら♪』

 

談笑していた二人の兵士は、親しげにかけられた声に振り向くと妖艶に微笑む女-アイリーン-がすぐそばにたっていた。

 

『聞こえなかった?私は-貴方達の話が聞きたいと言ってる-のよ。』

 

『…ッ!?か、各地の輸送トラックや武器庫が次々と爆破されているようなんだ。』

 

『そ、その対応に一番警備が厳重な鉄橋から増員が派遣されるらしいんだ。』

 

『そう。どうして鉄橋が一番警戒されているのかしら?』

 

『そりゃ、鉄橋は川で分断されている半島の東西を繋ぐ唯一の通路だ。殆どの重要施設が東側に在るんだから警備が厳重なのも当然だな。』

 

ペラペラと重要機密を-自ら-話し出した兵士達を満足げに見るアイリーンは続いて鉄橋の詳細な所在地を聞き出した。

 

 

『ありがとう。あなた達、もう帰ってもいいわよ。それと…このことは他言無用よ。』

 

『『了解!!』』

 

一糸乱れぬ敬礼を残し二人の兵士は去っていった。

 

『『…今の何?…』』

 

『親切なのよ。』

 

アイリーンの情報収集を見ていた紫苑とトップが目を開いて驚いているとアイリーンはイタズラ気にウィンクをよこしてくる。パーセフォニーはそんなやり取りをぼんやり眺めていたが彼女たちの向こう側から向かってくる人影を捉えた。彼女の気配に残りの三人も近づく人物に気が付いた。

 

『あなたたち、こんなところで何をしているの?』

 

紫苑たちに声をかけてきたのは白衣を着た少女だった。

慌てたように紫苑が言い訳をする。

 

『え?!あ、いやその…』

 

『研究員は-半島の東側にある工場-へ移動を命じられているはずよ。』

 

『そ、そうでしたね!!』

 

呆れたように少女は肩を竦めた。

 

『大方サボっていて置いて行かれたんでしょう?私で最後だから…車を運転してくださる?』

 

『わかった。あたしが運転するよ。』

 

トップが答えると少女は満足そうに頷く。

彼女は六人乗りの軍用車へ紫苑達を案内した。

 

『とりあえず鉄橋に向かってちょうだい。場所はわかる?』

 

『えぇもちろん。さっき-聞いた-わ。』

 

アイリーンの蠱惑的な微笑みを冷めた目で受け流すと少女は車へと一人で乗りこむ。

 

『…いったいどうなってんだい?』

 

『わからないけど…東側に行けそうだし…』

 

『あなたは何があっても-私-が守るわ。』

 

『-私達-よ、パーセフォニー。』

 

『とにかく…行きましょう。』

 

4人は車へと乗りこむと鉄橋へと車を走らせる。

 

 

~~~~~~~

 

 

『港には俺たちの探しているものがあるらしいな。』

 

『まぁ現時点では何もわからないが、油断はするなよ。女のあまい言葉には何度も痛い目にあってきてる。あんたもだろ?』

 

『フフッ…お前と一緒にするなロイ。』

 

陽動作戦のおかげで無事に鉄橋を突破したスネークとロイは港へとやってきた。

彼らに賛同する数名のソ連軍兵士もその後ろに付き従う。

 

『スネーク。周囲の敵兵はすべて無力化した。中に潜入しよう。』

 

おそらくリーダー格であろう男がスネークに声をかける。

無言でうなずいたスネークは停泊中の船内へと潜入を開始する。

そこで彼は探し物に出会う。

そして…

-彼を探す人達-にも…

 

~~~~~~~

 

時は少しさかのぼる。

鉄橋に差し掛かった紫苑達は鉄橋の検問に止められていた。

 

『そこの車!止まりなさい!』

 

銃を携行した二人の兵士に呼び止められた一行は静かに停止する。兵士の一人が運転席に近づいてきて、窓をたたく。

 

『こんなところで何をしている?所属は何処だ?』

 

『彼女たちは私の部下です。』

 

後部座席から聞こえてきた声に兵士が視線をやると少女が身を乗り出して顔を見せてきた。

 

『…?!エ、エルザ主任!!こ、これは失礼いたしました。』

 

『…それで…私たちはここを通っても?』

 

『は、はい!おい!主任をお通ししろ!!』

 

慌てたように兵士たちが検問を解除すると紫苑達は悠々と通過した。

 

 

『あなた、FOXの一員なの?』

 

鉄橋から離れると紫苑は少女、エルザにそう尋ねた。

 

『…何の事かしら?』

 

『あら、とぼけなくてもいいじゃない?紫苑やトップは変装しているからまだしも私とパーセフォニーは軍人や科学者には到底見えない‐ドレス‐服装よ。…大方、誰かに指示でもされたんじゃないかしら?』

 

今まで黙って助手席にいたアイリーンが面白そうにエルザをからかう。

トップは運転しながらも何か動きがあれば即座に対応できるように神経を研ぎ澄ます。

 

『それでも…私たちを助けてくれたわ。ありがとう、エルザ。』

 

後部座席でエルザの隣に座る紫苑がその手を取って感謝の言葉を告げる。

力‐ESP‐を使うまでもなく心から言っていると伝わるその言葉にエルザは驚いた。

彼女の言葉に自分達‐ESP能力者‐とは違う不思議な魅力の存在を感じ取ったからだ。

そこでエルザは初めて正面から紫苑を見つめた。

自分と同年齢くらいの少女の眼に自分が映っている。

それがたまらなく…

 

 

 

ZAAAAAAAK!!!

 

 

突如エルザは冷水を浴びせられたように背筋が凍った。それは隣に座る紫苑も同じようだった。

 

 

『『…止まって!!!!』』

 

 

二人の声にトップが前方を見ると道路の真ん中に男が立っていた。

慌ててブレーキを踏むと巻き上げられた砂煙で視界が塞がれた。

 

 

 

『全員降りろ。』

 

運転席の窓から突き入れられたライフルとともに響いた声は凍るような声だった。

 

『これはこれは。今日は客人の多い日だ。ねぇエルザチーフ。』

 

車両から全員を降ろした男は頭に無数の針を刺し、全身から冷気を立ち上らせていた。

 

『……パイソン…』

 

ポツリと呟いたエルザにニヤリとパイソンは嗤う。

 

『ジーンにあなたを連れてくるように言われている。ご同行願いますがよろしいかな?』

 

慇懃に問いかけるパイソンにエルザは苦々しく表情をゆがめる。

 

『…そちらの方々はあなたの御客人でしょうかね。』

 

車から離れて手を挙げさせられていた紫苑達に目をやると静かに銃口を向ける。

 

『…?!…そうよ。友人たちを‐空港‐まで送るところだったの。』

 

『そうですか。しかしジーンには「最優先で。」と言われている。寄り道をしている暇はありませんな。』

 

『それなら仕方ないわ。‐ここから空港までは一本道‐。歩いてもたどり着けるわ。そうよね、紫苑?』

 

何かを訴えるエルザの言葉に紫苑は頷く。

 

『そうね。‐仕事‐なら仕方ないわ。エルザ、私達なら気にしなくていいよ。』

 

挙げていた手を下ろしながら紫苑はにっこりとエルザに笑いかける。

 

『……いいご友人をお持ちだ。さぁ行きますよ。』

 

そういうと意味ありげな視線を残し、紫苑達の乗ってきた車でエルザとパイソンは去って行った。

 

二人が去るとトップは一つ息を吐き体を弛緩させる。

 

『…まったく。とんでもない奴にあっちまったね…』

 

『足も取られちゃったことだし…さぁこれから如何されますか?紫苑。』

 

『…エルザは‐空港‐に行かせようとしてるみたいだった…とにかく行ってみましょう。』

 

『紫苑が行くなら私は何処だっていいわ。』

 

4人は顔を見合わせると長く続く道を歩き出した。

 

 

再会の時は近い。

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

けたたましいサイレンが鳴り響く。

国内トップクラスの厳重さで知られるその空軍基地は前代未聞の大混乱に陥っていた。

政府が極秘開発中だったステルス戦闘機F/A-28が何者かにより強奪されたのだ。

国家機密の塊をたった一人の‐侵入者‐に奪われたのだ。

 

 

『今行くわよ、紫苑。』

 

青い鴉が漆黒の闇に消えていった。

 

~~~~~~~~~~~~~




O★HA★NA★SHIタイム
ちなみにアイリーンは黒のカクテルドレス
パーセフォニーは赤のぼんてーじです


科学者(笑)さすがに無理がありますね
それでも兵士は上司に言われたらそんなもんかとなります

まぁFOXには変人しかいないからセーフ


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彼女とそれぞれの戦い

『助かったわ。どうもありがとう。』

 

アイリーンが声をかけると二人の兵士は美しい敬礼を残して歩き去っていった。

 

『…トラックを譲ってくれるなんて、随分と親切な兵士だこと…。』

 

呆れた様にトップが言うとアイリーンはシニカルに笑う。

 

『何なら男の扱い方をレクチャーしましょうか?』

 

なぜか妙に牽制しあう二人の間に紫苑が割って入る。

 

『やめてよ、二人とも。今は空港に急ぎましょう。』

 

紫苑が説得すると途端に険悪な空気は霧散する。そのうえなぜか二人とも紫苑の頭を撫でていく。

子ども扱いをされているようで不満げに頬を膨らませると後ろからパーセフォニーがつついてくる。

 

戦場とは思えない程和気あいあいとしながら、エルザ達と別れた一行は譲ってもらったトラックに乗り込むと空港を目指して走っていた。

 

『-空港-ねぇ…脱出しろってことかねぇ。』

 

『それは難しいわね。今の情勢では悪手も悪手、鎮圧か少なくとも武装蜂起の目的は掴まないといけないわ。』

 

『…スネークと合流せずに帰るなんてできないよ…』

 

寂しげにこぼした紫苑にそっと寄り添うパーセフォニー。

 

 

『……アイツ…近すぎないか?』

 

『…後で厳重注意しとくわ……』

 

 

 

~~~~~~~

SNAKE side

 

港に潜入したスネークは死んだと思っていた、かつての戦友の姿を見た。

さらにゴーストと名乗る人物からの情報によりFOXの目的が歩行式の核搭載戦車、メタルギアによるソ連への核攻撃であると知ったスネーク達はその暴挙を阻止するために行動していた。

彼らは核弾頭の搬出を防ぐため貯蔵施設の爆破を画策した。

厳重な警備をくぐりぬけ機械室の破壊を試みたスネーク達の前に再びあの男が現れた。

かつての戦友、数少ないスネークの親友。

 

男の名はパイソン。

 

『何故だ、パイソン。あんたほどの男が何故ジーンの反乱に加担する?』

 

『…救いだよ、スネーク。』

 

そこで男が語ったのは、死に限りなく近づいた自分をCIAが生かした理由、自分達‐CIA‐をスネークが裏切ったときの刺客として自分を生かしたという業。暗殺任務ばかりを与えられ、悪夢にうなされる日々からの解放を望み、敵同士として戦場で会うことを願ったことを。

 

 

パイソンの体から放たれる冷気によって著しく視界の悪い戦場での戦闘は壮絶なものとなった。

冷気の鎧をまとうパイソンには触れることすらできず、かといって親友を殺すことはスネークにはどうしてもできなかった。明確な殺意を持ったかつての親友の攻撃に身を隠し続けることしかできなかった。

 

『懐かしいなぁ…ハハッ…』

 

『…あぁ…訓練の日々を思い出す。』

 

『フフッ…俺はあのころよりも‐強く‐なったぞ…』

 

かろうじて致命傷は避けているものの全身に傷を負ったスネークはパイソンの言葉に思い出していた。

あれは確か…

 

(…ねぇ、知ってる?スネーク。「強さとは何か」)

 

(…なんだ。なぞなぞか?)

 

(「強さとはわがままを貫き通す力」…あのころよりも私は強くなったけど…ザ・ボス‐お母さん‐に勝てるかなぁ…)

 

(さぁな…)

 

そう…

 

一度だけ、手合せの後に紫苑がこぼした事があった。

俺の心の傷は深い。同様にあの子にも…

俺はわがままを貫き通せるだろうか…

 

 

 

 

またあきらめるのか?

 

 

 

 

『…いや。俺はあきらめない!』

 

物陰から飛び出したスネークはパイソンに向けて引き金を引く。

英雄の気迫に押されたパイソンも一瞬遅れて引き金を引く。

 

 

決着には一瞬あれば十分だった。

冷却スーツに亀裂の生じた為に行動不能に陥ったパイソンは崩れ落ちた。

 

『さすがだな、スネーク。…これでもう誰も殺さずに済む…』

 

死を覚悟したのか静かに語りだす。

 

『俺に真の救いを与えてくれるのは、やはりお前だったようだ。』

 

『もういい、喋るなパイソン。』

 

そういうとスネークは亀裂の入ったスーツに両手を押し付けた。

腕が凍りつくと制止するパイソンにスネークは不敵に微笑む。

 

『負けが込むとすぐに熱くなるのは、昔と同じだなパイソン。』

 

『なに?』

 

『あんたには払ってもらってないぽーかーのつけが貯まってる。まだ死なれちゃ困る!』

 

スネークの言葉にパイソンは笑い出す。

 

『やはり、お前は世話の焼ける男だ。』

 

そういうと親友は語る。

 

『国家の正義も、敵に対する憎しみも、俺たち兵士の救いにはならない。

 

兵士には英雄が必要なのだ。

 

 

 

命を懸けて忠誠を尽くすに足る兵士の英雄が。

 

 

 

 

仲間たちの命を預かり、その重さに耐えられるか。

 

スネーク。

 

…それができなければ…

 

 

お前はジーンに勝てない…

 

何も守れないぞ…』

 

スネークはその問いには答えず負傷したパイソンを抱えると施設を後にした。

 

 

貯蔵施設から脱出したスネーク達はロイと次の作戦の相談を行っていた。核の動きを見失った今、本体その物-メタルギア- の捜索に切り替えたのだ。

 

『確か政府高官がメタルギアの輸送に関わっていると言っていたな。奴ならメタルギアのありかを知っているんじゃないか?』

 

『確かゴーストはそいつが-空港-で怯えているとか何とか…だが肝心の場所が…』

 

『場所ならわかるぞ、スネーク。』

 

『パイソン?!もう起きて平気なのか?』

 

『本当に手のかかるボスでね。おちおち寝てもいられない。』

 

『フフッ…本当に空港の場所が分かるなら…教えてくれパイソン。』

 

Side out

~~~~~~~~~~

 

『まったく…いつまで奴のお守をしなきゃいけないんだ。』

 

『そういうなよ。奴は俺たちの計画を知りすぎている。だからここに隔離しているんだろう。』

 

『…妙なボディガードも勝手にぞろぞろ連れてきやがって…』

 

『まぁ政府高官だからな。俺たち下々の人間とは住む世界が違うんだよ。さぁ交代の時間だ、管制塔に戻るぞ。』

 

 

コンテナの陰から二人のFOX隊員の会話を盗み聞いていた紫苑達は彼らが持ち場に戻ると静かにその場を離れた。

 

『こりゃまたいいことを聞いたね。』

 

『えぇ。どうやら重要な情報を持っていそうな人間がここにいるみたい。』

 

空港に辿り着いた紫苑達はあまりの警備の厳重さを見て、ここに何かあると睨み探りを入れていたところへ重要な情報を手に入れた。ここに軟禁されている人物に接触するために潜入を開始した。

 

『アイリーン、何か作戦はあるかい?』

 

『そうね…私のマインドコントロールはFOX隊員には効きにくい可能性があるから説得は難しいわ。しかも管制塔はかなりの警備がなされている…彼らを何とかしないといけないわね。』

 

『…二手に分かれましょう。一方が電源を落して、もう一方がそれに乗じて管制塔を制圧するのはどうかしら?』

 

紫苑が提案するとアイリーンは少し思案して頷いた。

 

『強引だけどそれしかなさそうね。それならチーム分けは私とトップで電源を、紫苑とパーセフォニーで管制塔の制圧に向かってちょうだい。トップ、紫苑に無線と銃を渡してあげて。』

 

『了解したが…二人は銃は使えるのか?』

 

『紫苑は相棒以外、あまり好きじゃないわ。私が持っておくわ。』

 

無線を持った紫苑と銃を受け取ったパーセフォニーが頷くと四人はそれぞれ夜の闇へとその身を踊らせていった。

 

 

~トップ・アイリーン組~

 

《こちらトップ。周辺の敵兵士を無力化、機械室へ潜入するよ。》

 

《了解。こちらはもうすぐ管制塔に辿り着きそうよ。》

 

《気を付けとくれよ。なんだかやけに静かな気がする。》

 

《トップもなの?パーセフォニーも同じことを言っていたわ。》

 

《そうなのかい。とにかく慎重にね。》

 

別働隊との無線連絡を終え、電力遮断のために動き出した二人は空港の機械室へと侵入していた。数人のソ連兵士が巡回していたがトップが気絶させて捕縛、一ヶ所に集めておいた。

 

『見事な手際。さすがはグリーンベレーね。』

 

『そういうあんたは少し働いたらどうだい?』

 

『私は頭脳労働担当なの。体を動かすのはあなたに任せるわ。』

 

軽口を叩きあう二人はまるで古くからの友人のようになっていた。

大小さまざまな機械がある機械室の中で二人が目を付けたのは配電盤だった。

 

『どうやらこれのようね…』

 

『あぁ。こいつを破壊して…ン?これは…』

 

トップの目線の先には配電盤の隙間から伸びる小さな違和感。

キラキラと光るそれは、

 

『…?!まさか?!伏せろアイリーン!!』

 

『え?』

 

トップが配電盤に触れようとしたアイリーンを地面に押し倒した瞬間、配電盤が突如爆発を起こした。

 

『…?!これは…ワイヤートラップ…』

 

アイリーンが衝撃で朦朧とする頭で呟くと自身に覆いかぶさるトップに気付く。

 

『…トップ?!起きてトップ!』

 

『…だ、大丈夫…ちょっとくらくらするだけだ。』

 

爆発自体は小規模なものだったのかトップは小さな切り傷をいくつか作ってはいるが作戦行動には支障はなさそうだった。

 

『それにしてもこんなところにトラップだなんて…よく気付いたわね。』

 

自身に付いたほこりを払いながらアイリーンが立ち上がるとトップが苦み走った顔で銃を抜き放つ。

 

『あれはよく知ってるトラップだ。あいつがここにいるなら…必ず…殺す…!!』

 

敵意をむき出しにしたトップに驚くアイリーンの鼓膜を不快な男の声が刺激する。

 

『吾輩を殺すとは不敬罪だ!トップ少尉!!』

 

二人が声のするほうに振り向くと暗闇の中にロッドを携えたカーキ色の軍服に赤いベレー帽姿の男が立っていた。

 

『トップ少尉!貴様に問う! 真の統率者とは誰かッ!……即答せよッ!!』

 

傲岸不遜な態度で声を張り上げる男を殺意に満ちた目でトップが睨む。

 

『…少なくとも…あんたじゃない!…ロレントォ!!!』

 

 

Top・Irene VS Rolento

 

 

fight!

 

 

 

~紫苑・パーセフォニー組~

 

トップとの無線を終え、管制塔を目指す紫苑とパーセフォニーは危なげなく目的地へと近づいていた。何故なら二人はただの一度も敵兵に遭遇していないからだ。その代わりに数台の監視カメラが仕掛けられていたが、感の鋭いパーセフォニーが全て早期に察知し破壊していた。

 

『パーセフォニー達の言う通りやっぱり変ね…』

 

気味の悪い静けさに辺りを見回しながら紫苑が不審に思う。

 

『こちらを見ている…』

 

『え?』

 

唐突に足を止め、一人で呟いたパーセフォニーに紫苑が声をかける。

 

『ここに入ってからずっと…あれを通して。』

 

そう言ってパーセフォニーが指をさしたのは、

 

『監視カメラ…また?いくらなんでも多すぎない。』

 

『目を増やしたの。私たちをここへ間違いなく招待するために。』

 

 

『その通りだ、御嬢ちゃんたち。』

 

威厳と品位に満ちた声が響くとグレーの迷彩服の上からコートを羽織り、赤いベレー帽をかぶった男が悠然と姿を現した。不敵な笑みを浮かべながら乗馬鞭のようなものをその手で弄んでいる。男がその鞭をひと振りすると音もなく表れた同じ色の迷彩服と帽子を纏った五人の武装した兵士が紫苑達を包囲してしまった。

 

『…あなた達、FOXじゃないわね。』

 

『私はゼル・コンドルブレイブ。彼らは私の選りすぐりの部下だよ。』

 

男、ゼルが誇らしげに自分の手勢を見回す。

 

『彼らは傭兵…金で雇われたようね。』

 

男たちを観察していたパーセフォニーがそう評するとゼルは肩を竦める。

 

『さるお方からの依頼でね。君たちを保護しに来たのだよ。』

 

『保護?誘拐の間違いじゃないの?』

 

『フフッ…とにかく…我々はプロだ。相手が誰であろうと最善を尽くすのみ。…行くぞ!』

 

手にした鞭を紫苑へと向けるゼル。

戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

KICK THEIR ASS!!




中ボス戦。一つはもう終わっちゃったけど
軍人フェチにはたまらない悪役三人。
タイプが違うのに胸が高鳴ってしまう不思議。

かませ?いいえ、愛です。


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彼女たちのタクティクス

男、ロレントは自他ともに認める優秀な軍人だ。いや、だったと言うべきか。彼は国家を守護する防人として誇り高い男でグリーンベレー内でもあくの強い方だったが悪人ではけしてなかった。理想のためなら己の命を捧げることの出来る人物だったのだ。

そう…ここ‐サンヒエロニモ‐に来るまでは。

 

トップはロレントの所業を思い出していた。

自分達を率いていたこの男は、FOXの襲撃時にジーンの精神攻撃に堪えかねて己が信念を変質させてしまい、あろうことか味方を殺害し始めたのだ。

 

『お前に無惨にも殺された仲間達の怨み…今ここで晴らすッ!』

 

『なんたる不敬ッ!貴様も兵士ならば上官に従わんかッ!』

 

『黙れ!!部下を撃ち殺しといて何が上官だ!!歪んだ理想に付いていくものなど居やしないッ!』

 

『ええい!軍法会議も無しだ…判決ッ!死刑ッ!』

 

まるで猫科の動物を思わせるように背を丸め牙を剥くロレントにトップもその引き金にかけた指に力をこめる。

 

『レディを待たせる男は三流以下よ。』

 

機械室に響く女の声とともにトップの背後より現れた女、アイリーンは高級なカクテルドレスを微かに汚しながらも気品を溢れんばかりに見せ付けていた。

 

『ふん!女性と言えど一兵卒たるべし!!貴様も不敬罪だ!!』

 

『残念ながら交渉する価値も無さそうね…貴方…後悔するわよ。』

 

『…アイリーン。あの男はイカれてるが兵士としては一流だ。恐らくここは奴の仕掛けたトラップルーム…お前は逃げろ!!』

 

『つれないわね、トップ。…それに私がただ守られる女に見えて?』

 

薄く笑うアイリーンにはすでに見えているものがあった。

 

『教えてあげるわ、トップ。…私達の勝利は揺るがない。私を、そして貴女自身を信じなさい。』

 

一流の軍人と一流の策士の駆け引きが始まった。

 

 

 

ロレントは己の力量に絶大な信頼を置いている。ありとあらゆる手段を用いて自らは勝利を得てきた。挨拶代わりのワイヤートラップは致命傷には至らなかったがまだ手はある。この女どもを理想のための礎にすることなど他愛もない。

 

ロッドを構えるロレントの思考をアイリーンはこう推測した。

そして評する。可愛いものだと。

 

ロレントが気合一閃、アイリーンを打ち据えようとロッドを振りかぶった。

 

Bang!

 

アイリーンの背後から撃たれた銃弾はロッドの先端を正確に捉えその衝撃から大きくのけぞることになったロレント。素早く左足で一歩踏み込んだアイリーンはワルツを踊るかのように左の掌底でロレントの右あごを打つ。さらに大きく体勢を崩されたロレントに対し勢いを殺さぬまま、鋭く尖ったヒールを鍛え上げられた腹筋に突き立てた。口と腹から血を流しながらもロレントは反撃を試みる。蠍の毒針のごとくナイフをアイリーンに対して投擲したのだ。ダメージからかわずかに逸れ、アイリーンの頬を掠めるに留まったがいったん距離を離すことに成功した。

 

『小癪な女めッ!!吾輩に血を流させるとは…懲罰房行きだ!!』

 

『軍隊ごっこは結構よ。それに…のんびりしている暇はないわよ?』

 

『あ?!…しまった!!』

 

側面から飛んできた殺気に後転しながら回避すると銃弾の雨が襲いかかってきている。

何とか物陰まで回避したロレントは歯噛みした。

 

『こうなったら本気で行かせてもらう!!』

 

ロレントは体に巻きつけた手榴弾を使おうと手を伸ばす。

しかしその指先に切り札が触れることはない。

 

『探し物はこれかしら軍人さん?』

 

ロレントが遮蔽物から飛び出すと己の切り札をその手にぶら下げたアイリーンが笑っていた。

 

『貴様!!吾輩の切り札を!!』

 

『こんな玩具があなたの切り札?それなら先に見せちゃだめよ。見せるならさらに奥の手を持たないと。』

 

『吾輩を愚弄する気か…この女狐め!』

 

激高し飛び掛かるようにアイリーンに襲い掛かるロレント。

 

『させるか!』

 

まさにアイリーンへと肉薄しようとするロレントに対し横手から飛び出してきたトップ。

その手には先程アイリーンを掠めたロレントのナイフが握られていた。

本来ならばそのリーチの長さが生かされるロッドがナイフの間合いに入られたことによりその脅威を半減させていた。力で劣るトップは素早いナイフ捌きで巧みにロレントを翻弄していた。しかし近接戦闘の達人であるロレントは一瞬の隙を突きトップを弾き飛ばした。地面に転がるトップに対して檄を飛ばす。

 

『立てぇぃッ!ここは戦場だぞ!』

 

『そんなあなたにプレゼント♪』

 

親しげな声に思わずロレントが振り向くとそこには宙を舞う己の切り札が。

空に手を伸ばし切り札を掴みとろうとするロレントは今度こそ笑みを浮かべる。

 

『おぉ。ついに改心したか…』

 

投げてよこしたアイリーンを見るとその手には銀に光る輪っかが一つ。

 

それは手榴弾のピンだった。

 

 

『……クソッ……』

 

 

BAAAAANG!!

 

 

 

 

TOP・Irene WIN!!

 

『…ケホケホッ……トップ!無事なの?!』

 

爆発の煙に咽ながらもアイリーンがトップの安否を確認する。

 

『…ゴホッ…あぁ…平気だよ。』

 

埃塗れになりながらトップは立ち上がった。その眼には複雑な感情が宿っている。

 

『…奴は死んだか…道を誤まらなければ英雄になれたかもしれない男だったが…』

 

『そうかしら?理想は人を狂気へと駆り立てる劇薬よ。こうなることも運命ね。』

 

『……さぁね。今となっては済んだことさね。』

 

二人は顔を見合わせると管制塔の紫苑達と合流するため駆け出した。

 

 

 

 

 

『…一時撤退………』

 

 

 

~~~~~~~

 

ゼル・コンドルブレイブはプロであるから受けた仕事は必ずこなす。しかし気に入る気に入らないは別である。そして今回の仕事は気に入らなかったが依頼者が依頼者だ、受けるしかなかった。依頼内容は九頭紫苑の拉致、また目撃者などの排除だ。一緒にいる女性には申し訳ないが安らかに眠ってもらおう。ゼルは同行者の女性の相手を部下に任せると紫苑に歩み寄る。

 

『多少は痛い目を見てもらわねばならんようだね。』

 

『結局そうなるわけ…ならっ!』

 

THWIP!

先手を取ったのは紫苑。右手からウェブを打ち出した。顔面に向かって打ち出された糸の弾丸を首を傾けてかわしたゼルに身体能力を強化して接近した紫苑は体重の乗った左の上段回し蹴りをを打ち込むが右手でやすやすと掴み取られてしまった。紫苑とは二回り以上の体格差のある相手ではさすがに通用しないのだろう。しかし紫苑にあせった様子はない。

 

『すばしっこいが所詮子どもだ。このまま連れ帰らせてもらおうか?』

 

『あなた以外とおしゃべり?とりあえずお口チャックね♪』

 

THWIP!

 

『…ムグッ?!』

 

蜘蛛の糸により口を塞がれたゼルが思わずつかんだ手を放すと、その手の人差し指を左手で掴み捻りあげるように腕全体を極める紫苑は右の肘を顔面に鋭く当てる。右手で鞭をはたき落とし、左ひざを思い切り蹴り抜いた紫苑は流れるようにゼルの背後へとまわり彼を背中から叩き付けようとした。しかしゼルはその巨体に似合わぬ軽やかな動きで前宙を行うと関節技を抜け、着地と同時に重く鋭い左の拳を放つ。紫苑の腹部に向けられた攻撃を飛び上がって右足で受け止め、空を舞うように間合いを開ける紫苑。自分の口にナイフを差し入れるようにして糸を切り剥がしたゼルは鋭く紫苑をにらむ。

 

『…少々甘く見ていたようだ…ここからは本気で行かせてもらおう。』

 

『あなたみたいに強い人がいるなんて…まだまだ鍛錬が足りないわね。』

 

構えあう二人。

一方ゼルの配下五名の精鋭に囲まれたパーセフォニーはトップから受け取った銃を取り出した。

 

 

『銃を置け!』

 

一人が叫ぶとほかの隊員もトリガーに指をかける。

 

 

『どんな兵器にも長所と短所がある。』

 

唐突に語りだしたパーセフォニーに隊員は怪訝な顔を隠せない。

 

『銃器の長所は引き金を引けば同じ殺傷力の弾丸を発射できる。それは訓練された軍人も生まれたばかりの赤子も変わらない。』

 

パーセフォニーは取り出した銃のスライド部分を持つと隊員の一人に差し出すように突き出した。

 

『一方短所は銃口からしか弾丸は発射されないということ。』

 

警戒する隊員の目の前でゆっくりとパーセフォニーは銃を空中へと放り上げる。

 

『つまり銃口の矛先から常に体を反らし続ければ…脅威ではないということ。』

 

目の前の隊員がパーセフォニーから放たれる威圧感に負け引き金を引いた瞬間、その女性は踊るように体を捻り射線上から退避すると目標を失った弾丸は仲間の一人の肩に着弾。筋肉の収縮により銃のトリガーを引いた隊員は崩れ落ちながら銃弾をまき散らす。突然の戦闘開始に残りの隊員はパーセフォニーに照準を絞り引き金を引こうとするが常に死角に回り込む動きに狙いが定まらない。ここだと思い放たれた弾はまたも美しいターンとともに身をかがめたパーセフォニーによって空を切り、反対側にいた隊員の太ももと腹部を貫く。見方を誤射した隊員が思わず固まるとまた他の隊員が送り出した銃弾によって肩口を撃ち抜かれた。これ以上のフレンドリーファイアを避けるために一人の隊員が軽やかに舞うパーセフォニーに掴みかかろうとするが、ターンの勢いのまま振り抜かれた彼女の長い右足によって側頭部を起点に一回転してしまった。

 

『戦闘データに基づき、弾丸の軌道を解析。一定の定理に基づいて軌道を予測、退避と共に相手死角内に回り込み攻撃を行うという攻防一体の戦闘術。』

 

空から降ってきた友の銃を掴み取り、最後の隊員の眉間に突き付けながらパーセフォニーが語りだす。

 

『この戦闘術を極めることにより、攻撃効果は120%上昇、一撃必殺の技量は63%向上するわ。』

 

『…そ、その戦闘術とは?』

 

 

 

 

『………何だったかしら……?』

 

真顔で不思議そうに小首を傾げながら銃底を振り下ろすパーセフォニーの姿を最後にその隊員の意識は途切れた。

 

 

二度目の攻防。

最初に仕掛けたのはゼルだ。糸を切り裂いたナイフを手にコンパクトな突きを紫苑ののど元へ繰り出す。皮一枚の距離でかわした紫苑は跳躍すると天井へと張り付いて片手でウェブを撃つ。体ごと地面を転がりながら躱したゼルは腰から拳銃を抜くと蜘蛛のように張り付く紫苑へと引き金を引く。柱から柱へ糸を飛ばし4次元的な動きで銃弾から逃れる紫苑に対して執拗に銃口を向け続けるゼル。そして弾切れした銃を投げ捨てると再びナイフで挑みかかろうとしたが一瞬の隙をついた紫苑のウェブにより弾き飛ばされてしまった。

 

『…クッ!!まさかここまでやるとは…』

 

『おあいにく様。こっちは伝説の英雄に指導を受けてるの。もう簡単に捕まってあげらんないわ。』

 

ここにいる経緯を思い出して思わずしかめっ面になる紫苑にゼルは不敵に笑う。

 

『フフッ…もう少し私が若かったら君を口説いていたところだよ。』

 

『そう。よほど死にたいようね。』

 

絶対零度の言葉とともに後頭部に押し当てられた冷たい感触。

 

『パーセフォニー!』

 

嬉しそうに声をあげる紫苑とは対照的にゼルは戦いの終焉を悟った。

 

 

『トドメを刺さんでいいのか?』

 

絶対に殺すと言ってきかないパーセフォニーを何とか宥めた紫苑に拘束されたゼルが尋ねる。

 

『貴方はお金で雇われただけなんでしょう?もう勝負はついたし、そこまでする必要はないわ。』

 

『…そんな甘い考えではいずれ命を落とすぞ?』

 

厳しい顔で忠告するゼルに紫苑は嬉しそうに笑う。

 

『ふふ。やっぱり優しいのね。でも大丈夫、私は独りじゃないわ。それにあなただって。』

 

そう言って紫苑がゼルの後ろを見やる。そこには無傷ではないが命に別状はないゼルの部下たちが隊長と同じように拘束されていた。

 

『彼らにこんなにも思われているなんて、よっぽどいいリーダーなのね。』

 

ふんわりと笑う紫苑にキョトンとしたゼルは弾かれた様に笑い出した。

 

『ククク…ハーハッハッハッ!!娘程に年の離れた少女に褒められるとはな。』

 

『…た、隊長。』

 

『…仕事はお仕舞いだ。…我々もそろそろ-ローニン―は卒業すべきかもな…』

 

彼らのやり取りを優しく見守っていた紫苑はそっと立ち去ろうとしたが、その背にゼルが声をかける。

 

『紫苑!…この借りは必ず返させてもらうぞ!』

 

紫苑はその声には答えずひらひらと手を振っておいた。

 

 

 

 

 

 

『…あ?!あの人たちの拘束外すの忘れちゃった!』

 

『…彼らはプロよ。問題ないわ。』

 

『で、でも…『問題ないわ。』…は、はい…』




みんななかよくな~れ(魔法)

戦闘描写ムズイorz

ようやく次回スネークと合流!

するよね?


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彼女らと彼らのランデブー

『おい!!どうして電気がつかないんだ!!』

 

『今確認している!!あんたはこの部屋を出るんじゃない!!』

 

喚き立てる男に苛立ちを隠さずに

リーダーらしきFOX隊員が命令すると男は更にいきりたつ。

 

『貴様ッ!この私になんて口を!?』

 

もはや男に構っていられない隊員は部下の一人に扉の外の警護を任せると小隊を引き連れて状況の確認に向かってしまった。

 

一人取り残された男は静寂の中に自身に忍び寄る死の気配を感じとり恐怖した。

しかしすぐに一つしかない扉が開き外のFOX隊員がゆっくりと中に入ってきた。怖じ気づいた己に気付かれまいと怒声を浴びせようとしたが、隊員の様子に違和感を感じた。隊員は武装を解き両手をあげてこちらへ歩いてきてそのまま膝をついていった。彼の後ろからは長身の美しい女性が鈍く光る拳銃を構え、その隊員に銃口を突き付けていた。

男の目の前には死、そのものが具現化されていた。

 

『…お、お前は…い、一体…』

 

『お話を聞かせていただけますか?』

 

女のさらに後ろから出てきたのは、東洋系の幼い少女のようだった。

 

『は、話だと?!話すことなど何も…ヒィ?!!』

 

虚勢を張ろうとしたが長身の女が放つ凍りつくような眼差しに腰を抜かしてしまった。

 

『お話を…聞かせていただけますね?』

 

『は、はい…』

 

 

 

『…新型核搭載戦車…メタルギア…』

 

紫苑は思わぬ事件の発端となった兵器、メタルギアの存在に愕然とした。

紫苑は核に対して抱く感情は-畏怖-である。

未来の日本から迷い込んだ紫苑はやはり核の恐ろしさは聞き及んでいる。

そして、ザ・ボスやスネークも被曝している。彼らの背負った苦しみを考えると紫苑には許容できるモノではなかった。そんな核が新型メタルギアによって世界中どの国の領内へも侵入し、単独で敵国を制圧する悪魔の兵器。

 

『…核は…今、どこに?』

 

青ざめてしまった紫苑に代わり、合流したアイリーンが厳しい顔で政府高官を尋問していた。新たに現れた女も恐ろしい気配を放っており怯えながら話し出す。

 

『か、核は半島東南部の弾道ミサイル打ち上げ施設に運び込まれたはずだ。』

 

『ミサイルサイロ…』

 

『…あとは何も知らない…頼む命だけは…』

 

命乞いをする男を冷たく睨むとアイリーンは踵を返し紫苑達の元へ向かう。

ほっと胸をなでおろす男にぼそりと零す。

 

『楽に死ねると思わないことね…』

 

男は今度こそ意識を手放した。

 

 

 

『紫苑…平気かい?』

 

しゃがみ込んでしまった紫苑の背中をトップがさすり落ち着かせようとしている。

だいぶ気分が回復してきたのか紫苑が立ち上がり三人を見る。

 

 

 

‐謎‐は言う

 

『あなたのしたいことはわかってる。共にいきましょう。』

 

‐白馬‐は言う

 

『ようやく奴らの反乱の目的が分かった。絶対に阻止するよ!』

 

‐兜‐は言う

 

『これも誰かさんのお導きかしら?…お姉さんたちに任せなさい。あなたの願いは私たちが叶えてみせる。』

 

 

傅く三人の戦乙女に今、少女は運命を選び取る

 

 

 

黒き甲冑を纏いし戦乙女が運命に戦いを挑むため立ち上がる

 

 

 

 

『…絶対に、…絶対に止めてみせるよ!私に力を貸して!』

 

 

 

真っ直ぐな少女の願いに三人は頷く。また一つ歯車が動き出す。

 

ステージは整い、また一人の主役が到着する。

 

 

 

『…これは…お前たちはいったい何者だ?』

 

『…?!スネークッ!!』

 

『な?!紫苑!!無事だったのか?!』

 

銃を手に管制塔に忍び込んできたスネークが見たのは、見知らぬ女性たちと抱き合う愛しい少女。

自分を見つけて一も二もなく飛び込んできた紫苑を戸惑いながらもしっかりと抱きしめる。

その腕の中から漂う香り、伝わる鼓動、柔らかな感触がその存在を心に刻み込む。

 

『無事でよかった…心配したぞ、紫苑。』

 

『会いたかった…会えてよかったよ、スネーク…』

 

抱き合う二人を何とも言えずに見つめる三人。

その均衡は新たな来客者によって破られる。

 

『スネーク、そろそろ状況を説明してくれ。さっきからロイが無線の向こうでわめいてるぞ。』

 

『…あぁ。そうだな、ジョナサン。紹介しよう、この子が紫苑。俺と同じくFOXに拉致されてここにいる。…お前より腕が立つぞ。』

 

そういって紹介された紫苑の目の前には一人のソ連兵士が立っていた。

見つめあう二人に会話はなくぺこりと少女が頭を下げると男はビクッと体を震わせると遅れて自分も頭を下げた。

 

『それで…そっちの女性たちは?』

 

『私に力を貸してくれる大切な仲間‐家族‐よ。みんなすごいんだから!』

 

飛び跳ねるように喜んで彼女たちを紹介する紫苑を眩しいものでも見るように残された左目を細めるスネーク。

 

『お逢いすることができて大変光栄ですわ、BIGBOSS。私はアイリーン。どうぞよろしく。』

 

『あたしの名はトップ。こっちはパーセフォニーだ。』

 

『…そうか、紫苑に協力してくれているようだな…君たちはここで起きていることをどこまで把握している?』

 

深刻な声で尋ねるスネークにアイリーンが答える。

 

『そこに転がってる政府高官から新型メタルギアと核弾頭について聞いたわ。核は今、ミサイルサイロにあるそうよ。』

 

『…!ミサイルサイロか…紫苑、俺のほうの仲間も紹介したい。一緒に来てくれるか?』

 

紫苑の眼を見つめスネークが問うと紫苑は力強く頷く。

 

『もちろんよ!核を使うなんて絶対に許せない!必ず止めようスネーク。』

 

紫苑の反応にスネークは自分についてくるように全員に言うと管制塔を先行して出て行った。

 

『よかった…やっと合流できた。』

 

安心したように呟く紫苑の姿をアイリーンは複雑な思いで見ていた。

 

『…アイリーン…』

 

『分かってるわ、パーセフォニー。』

 

小さく声をかけてきたパーセフォニーに同意するように応えるアイリーン。

 

『あの男‐BIGBOSS‐私たちを敵視していたわ。』

 

『…それはあたしも感じたが…状況が状況だ。』

 

『…杞憂ならいいんだけれど…』

 

 

『どうしたの?何かあった?』

 

動き出さない三人を不思議そうに紫苑が見ていたが、それを笑顔でアイリーンがかわすと四人は足早に空港を後にした。

 

小さな不安の種をその胸に宿して。

 

 

~~~~~~

 

紫苑達が立ち去った後、放置されていた政府高官は目を覚ました。襲撃からどれ程の時間が経ったのかは分からなかったがどうやら周りには誰もいないようだ。

 

『いったい何者だったんだ、女ばかり…しかも東洋人の子どもだなんて。』

 

己の身に起こった恐ろしい出来事を思い出していると部屋の外から声がした。

 

『お~い!誰かいないか~!』

 

その声は自分をこんなところに置き去りにしたFOX隊員の声だった。

 

『…おぉ…戻ってきたのか。』

 

ようやく安心したのか深く息を吐くと部屋を出ようと入り口に近寄った。

 

『貴様!いったい何をしていたんだ!危うく殺されるところだったんだぞ!』

 

 

 

『安心して。素直に答えれば殺しはしないわ。』

 

男は金の眼と赤い髪、青い肌の美しき死神に、その命を囚われることとなった。

 

 

~~~~~~

 

『へぇ?これが噂のシオンちゃんか~。なかなかキュートだな!』

 

『やめろ、ロイ。手を出したら…殺すぞ。』

 

いつもの癖で紫苑をじろじろと見る軽薄な男にスネークが怒気を強めると両手をあげて男は離れる。

 

『冗談だって。さすがに俺もローティーンに手は出さないよ。』

 

『貴方失礼ね!私は20歳よ!』

 

あまりなロイの言葉に紫苑が憤慨するとみんなが目を丸くした。

 

『マジかよ!!それなら全然アリだn…冗談だって…』

 

『紫苑…成人してたのか…』

 

『若いっていいわね…』

 

 

『…トップ、アイリーン?まさかあなた達も?』

 

じろりと紫苑が二人をねめつけるとサッと目を反らした。

思わず紫苑が口を尖らせているとポンと頭に手が置かれた。

 

『すまない、紫苑。俺たちと比べると東洋人はどうしても幼く見られがちなんだ。許してくれ。』

 

『あ、いや、別にホントに怒ってたわけじゃないので…慣れてますし…』

 

そのソ連軍兵士、ジョナサンは紫苑の反応にクスリと笑うとひらひらと手を振って仲間たちの元へ行ってしまった。

 

『…おい、あいつはいいのか?』

 

『お前と違って下心がないんだ、ロイ。』

 

ヒラヒラと手を振りかえす紫苑を遠くから見つめながらロイとスネークは話している。

 

 

 

『…それでお嬢ちゃんはともかく他の奴らはいいのか?』

 

『紫苑が信頼しているんだ。表立って何かするまでは見張っておくしかないだろう。』

 

『‐何か‐したら?』

 

『……俺が紫苑を守るさ。何をしてもな……』

 

 

 

 

スネークの引き入れた仲間、ロイ・キャンベルたちと合流した紫苑達は次の行動について話し合っていた。

 

『政府高官の言っていた核発射施設には偵察隊を送っている。そろそろ帰ってくるころだが…』

 

『今戻った。おや?そちらの御嬢さん方は…』

 

『…?!あなたはパイソン?!』

 

そこにはFOX隊員、パイソンが幾人かの兵士を引き連れて偵察任務から帰還していた。

 

『知り合いだったのか?』

 

『ちょっと探し物を手伝ってもらったんだ。…やはりスネークの関係者だったのか。』

 

『この人も仲間にしたの?』

 

紫苑がスネークに尋ねると古い知り合いでなと頷いた

 

『そう。よろしくパイソンさん。』

 

笑顔で手を差し出す紫苑にパイソンは驚いた。表情には出さなかったつもりだがスネークが少し笑ったところを見るとどうやら顔にも出ていたらしい。

 

『お前、俺が恐ろしくないのか?』

 

『戦うとなれば恐ろしいけど…スネークの友達なんでしょう?』

 

当然のように言う紫苑に今度はスネークも少し驚いているようだ。

 

『…あれ?違った?』

 

きょろきょろとあたりを見回す紫苑。

 

『そんなことを言われたのは初めてだが……悪くない。』

 

最後のほうはパイソンの心の中に留めておくくらいのボリュームだったが目の前の少女は嬉しそうに笑っている。

 

 

悪くないとパイソンはもう一度思った。




ようやく合流
ミスティークさんも上陸

次回彼らもようやく登場&再登場

そして話が全然進まない件

それでも頑張ろう
ワールドカップも観ずにがんばろう
日本代表と同じくらい応援してね♪



すいません、調子乗りましたorz


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彼女が奏でる不協和音

パイソンから齎された情報により核発射施設の外観や警備状況が明らかになった。地下サイロ式の発射施設はその入り口を巧妙に隠蔽されており侵入ルートが不明なことと、絶対兵士をはじめとした精鋭部隊が配備されていることが分かった。

 

 

 

『とりあえず潜入してみて、入り口を探ってみるか?』

 

なんとも豪快?なロイの作戦にアイリーンがため息をつきながら首を振る。

 

『貴方よく今まで生きてたわね?…もう少し臆病-チキン-になりなさい。』

 

呆れたように言うアイリーンに頬を引きつらせるロイ。

 

『…彼らが隠しているなら彼らにその場所を教えてもらえばいいのよ。』

 

『教えてもらう?片っ端から尋問するのか?』

 

『少し黙ってなさい鳥頭。…まず隊を二つに分けるの。一つは襲撃チーム、もう一つは潜入チーム。一方が施設を襲えば彼らは増援を-地下-から出すわ。…そこが入口よ。』

 

『…しかし警備は厳重だ。絶対兵士が出てきたらどうするつもりだ?』

 

パイソンが懸念を口にすると自信ありげに答える。

 

『目的はあくまでおびき出すこと。彼らが出てきたのなら引き付けるように尻尾巻いて逃げるのよ。』

 

『なるほど。陽動も同時に行うわけか。』

 

納得したようにスネークが言うとアイリーンは微笑む。

 

この作戦を決行するために話し合いを始めた一同だが、

 

 

ある問題に直面した。

 

 

BAN!

 

『どうして私が行っちゃいけないの?!!』

 

机を叩いて立ち上がった紫苑がスネークに食って掛かる。

 

『何度も言わせるな。危険な場所にお前を連れて行く気はない。』

 

『私は戦えるわ!!分かってるでしょ?!』

 

『………お前ではジーンに勝てない。』

 

信頼していたスネークからの言葉に唇を噛んでテントから走り去ってしまった。

トップやロイは紫苑を呼び止めたが、足を止めることはなかった。

 

『ちょっとアンタ!!そんな言い方無いんじゃないのかい?!』

 

『そうだぜスネーク。だいたいあんたが鍛えたんだろう?』

 

『…とにかく紫苑は戦場に出さない。潜入チームは俺が、陽動隊はパイソンが率いろ。メンバーはそちらで決めていい、2時間後出発する。』

 

そう言い残しスネークもその場を立ち去った。何とも言えない沈黙が空間を支配する。

静寂を破るように男が立ち上がった。

 

『ジョナサン、紫苑と話してこい。スネークの方は俺が行く。』

 

そういってパイソンはテントを出ていき、指示を受けた兵士もそれに続いた。

ロイも出発の指示を部隊に伝えるために出て行った。

残されたアイリーンとトップは顔を見合わせて深くため息をつく。パーセフォニーはフラッと出かけてしまったので会議にそもそも参加していない。

 

『悪い予感が当たっちまったのかねぇ…』

 

『…さぁどうかしら…』

 

二人が立ち上がろうとするとテントにパーセフォニーが入ってきた。

 

『もう終わったの?それなら一杯やらない?』

 

どこから手に入れたのかその腕にはワインのボトルが三本抱えられていた。

二人はもう一度深くため息をついた。

 

 

~~~~~~~

 

俺は祖国に見捨てられた。

生きる意味を見失った俺たちは与えられた-正義-に飛びついた。

だがそれが間違いだと気付いた。

 

気づかせてくれた男がいた。

 

その男は英雄、

 

 

BIGBOSS。

 

 

正義の意味は時の流れによって変わる。だからこそ、正義でもなく、国家でもなく、自分に忠を尽くせと。

 

俺は今…一人の兵士として彼に従っている。

 

そんな彼が話してくれたことがある。この地に共に攫われた、大切な少女の事を。

 

 

〈スネーク、あんたに家族はいるのか?〉

 

〈…家族かどうかはわからないが…一人いる。紫苑という女の子だ。〉

 

〈何だ彼女か?へぇ~あんた意外と年下趣味なのか。〉

 

〈フッ…やめてくれジョナサン。…あいつは特別なんだ。紫苑がいるから…俺は今日まで生きてこれた。紫苑は俺を…救ってくれる。〉

 

 

照れたように笑う英雄のそんな一面を見てジョナサンは安心した。彼の人間臭いところが共に戦う戦友としての絆を強めた気がした。だからジョナサンにはわかるのだ。危険な戦場にそんな大切なものを追いやりたくないと、願う気持ちが理解できた。

 

隠れ家近くの小高い丘の上に少女、紫苑の姿を見つけた。膝を抱えて夕日を見つめる紫苑に近づいたジョナサンは声をかける。

 

『紫苑…君はスネークの気持ちが分かっているはずだ。…俺だって大切な人を戦場に追いやりたくない。』

 

優しく声をかけるジョナサンを紫苑が振り向き見つめる。意外にもその顔は大人びていた…実際大人な訳だが。

 

『…もちろん。でもそれは私も同じ、スネークは私の気持ちを分かる必要はないの?』

 

ジョナサンは驚いた。てっきりふてくされていたり、泣いているものだと思っていたが彼女の眼には強い光が宿っている。この子はいったい…

 

 

『私は自分に忠を尽くす。』

 

『…?!それは…』

 

『…私は…誰も死なせない。今度こそ自分で戦って、救って見せる。』

 

『…一体誰を…』

 

『大切な人。スネークだけじゃない、ここで出会ったすべての命を救いたいの。そのために力を得たの、そのために強くなりたいの、私は………そのために…ここにいるの。』

 

 

綺麗事…

そう片付けるには余りにも眩しい答え

 

 

ジョナサンは繭の中の英雄を見た

 

 

~~~~~~

 

『まったく…ガキかお前は。』

 

『……紫苑は俺の全てだ…あの子がいたから…』

 

『ならきちんと伝えろ。ダメだダメだの一点張りじゃ納得しない。…本当に世話の焼けるやつだな。』

 

呆れるパイソンにスネークは返す言葉がなかった。戦う力があるのはわかっていた。なんせ自分が鍛えているし単純な戦闘技術ならFOX隊員ですら相手にならないだろう。しかし戦場に絶対は無い。命の保証などどこにもないのだ。あの子の身に何かあったら自分は生きていけないだろう。

 

思いつめた表情のスネークにため息をついたパイソンは背中を向けた。

 

『…紫苑は…俺たちとは違う…ここじゃなくても生きていけるんだ。』

 

 

一瞬足を止めたパイソンはそれでも何も言わなかった。

 

 

~~~~~~

 

日が落ちると行動を開始したスネーク達。

襲撃隊となったパイソンが率いるチームは先に出発しスネークはジョナサンを含めた数名の隊員と装備の確認をしていた。

 

 

『……スネーク…』

 

『……………紫苑…』

 

自身を呼ぶ声にスネークが振り返ると紫苑が真っ直ぐにこちらを見ている。

あんなに愛おしかった紫苑の目が-彼女-の目と重なってしまい、思わず顔を背けてしまった。

 

『スネーク…どうか無事に帰ってきてね…』

 

『…!!あぁ、おとなしく待っていろよ。』

 

紫苑の頭を一撫でしてスネークは戦場へ向かっていった。

力強い言葉と手の暖かさとは裏腹に紫苑の胸には不安がよぎった。

 

(…ねぇ…どうして?…どうして私の目を見てくれないの?)

 

 

小さな歯車の軋む音が聞こえた

 

 

~~~~~~

 

隠れ家で待つ紫苑達の元にロイが駆け込んできた。

 

『スネークとの連絡が途絶えた…』

 

動揺の走る兵士達に静かな声が響く。

 

『スネークが死ぬはずないわ。』

 

『…俺も同感だよ紫苑。BIGBOSSは伝説の兵士だ。そう簡単に命を落としたりしないと俺は…俺たちは信じている。』

 

二人の言葉に兵士たちも口々に希望を口にする。

スネークの探索に向かおうとする彼らを一人の女性が押しとどめる。

 

『捜索の必要はないわ鳥頭。』

 

ロイの背後から現れた女性、アイリーンはその美しき相貌をほんのり赤らめて言い放つ。

その全身から放たれる妖艶さと何とも言えぬ威圧感に気圧されながらもロイが聞き返す。

 

『何故そう言える?早急に捜索すべきじゃないのか?!』

 

『何故?それはすでに彼の行方を掴んでいるからよ鳥頭。』

 

事もなげに発せられた女の言葉に絶句しているロイを尻目にアイリーンは紫苑に近づく。

 

『貴方にお客様よBOSS。』

 

『私に?』

 

アイリーンが部屋に呼び込んだ男はあの時と変わらぬ軍服にベレー帽、そしてあの時よりも子供っぽい、いたずら気な笑顔で紫苑に近づいた。

 

『約束通り、借りを返しに来たぞ。紫苑。』

 

『…?!ゼルさん!どうしてここに?』

 

『彼の部隊がスネークの連れて行かれた場所、迎賓館を探ってくれたのよ。』

 

事情を説明してくれるアイリーンの言葉にゼルの手を取ると上下にぶんぶんと振って喜びを表す。

 

『ロイ!!スネークを助けに行くよ!…今度は私も行くよ!!』

 

凄まじい勢いの紫苑に降参とでも言いたげに両手をあげたロイは救出の準備をするため他の兵士を連れて部屋を出て行った。

 

『ありがとう、ゼルさん!』

 

『…なぁに、借りたものを返しただけさ。』

 

『それでも…本当にありがとう!!』

 

とびっきりの笑顔を残して紫苑も部屋を出ていき残されたのはゼルとアイリーンだった。

 

 

 

『…なるほど…彼女は君の目的を知らないという訳か…』

 

『えぇ。当然…紫苑には気取られないようにね。』

 

『BIGBOSSの-監視-。奇妙な依頼だとは思ったが…』

 

『…追加の依頼もいいかしら?』

 

怪訝な表情のゼルが先を促すとアイリーンの目が暗く淀んだように見えた。

 

 

『チャンスがあればでいいわ…BIGBOSSを…始末しなさい。』

 

 

軋みは静かに広がっていく。

 

 

~~~~~~

 

 

『おねがいスネーク。…信じて。』

 

 

 

エルザから心強い占いをもらったスネークは再び牢獄に一人取り残された。

 

『…紫苑…』

 

静まり返った部屋に小さく響いた言葉は冷たい鉄の扉の開く音に掻き消えた。

そこには見張りであろう兵士が立っていた。

 

『…何か用か…?』

 

兵士はその言葉には答えずつま先で顔を蹴り上げると倒れたスネークの髪を掴み自分の顔に近づける。

 

『紫苑は今どこにいるの?』

 

それは予想に反した女の声。

目を見開くスネークの目の前で覆面を脱ぎ捨てた。

その顔は大切な少女にどことなく似た燃える緋色の髪の女。

 

『レイブン?!!』

 

驚くスネークを冷たい金の瞳でレイブンは無感動に見つめていた。

 

『無様ねBIGBOSS。やはり男なんてみんな同じ。大切なものを何一つ守れやしない。』

 

『…お前…どうしてここに?』

 

その言葉には答えず掴んだ頭を地面に叩き付けたレイブン。

予想もしなかった痛みに呻くスネークに独り言のようにレイブンは続ける。

 

『…あんたになんて任せなければよかった…男なんて信じるべきじゃないのに…』

 

『…ぐっ…いったい何を…』

 

 

どうしてみんなあの子を苦しめるの?

 

どうしてみんなあの子を傷つけるの?

 

どうしてみんなあの子を悲しませるの?

 

 

どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?

 

 

狂ったように繰り返すレイブンにスネークは背筋が凍った。

するとぴたりと怨讐の唄がやんだ。

 

『そっか…私が守ればいいんだ…』

 

ポツリと零したレイブンは薄ら笑いを浮かべながら立ち上がる。

幽鬼のように女は牢獄を後にした。

 

 

『…紫苑…』

 

呟きはやはり虚空に消え

 

軋みは広がり続ける




なんと言う体調不良ww

夏バテって先取りしすぎww

こんなテンションの結果が二人の被害者を産むことに( ´△`)

余りにも急な高低差で耳キーン(以下略


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彼女とすれ違う運命 救出篇

『スネークが囚われている迎賓館の位置がゼルの部下からの報告で判明した。これより俺たちは迎賓館に向かい、その内部に潜入。スネークの救出作戦を敢行する。』

 

スネーク救出メンバーを集めたロイがブリーフィングを行っている。

今回の作戦では紫苑とジョナサンがそれぞれチームを率いて潜入する事となった。

 

『…すいませんゼルさん…』

 

『いや…まぁ依頼は依頼だ。』

 

紫苑のチームはゼル一人だった。ゼルの配下は迎賓館から抜け出す者がいないとも限らないため周囲の監視を行っており今回の作戦に参加することはできない。では紫苑に傅いた三人の戦乙女はというと…

 

 

『ぐぅ…zzz』

 

『ムニャ…zzz』

 

『え~?私~?や~ね~酔ってないわよ~』

 

上からトップ、アイリーン、パーセフォニー。最後に至っては最早別人である。

どうやらスネークがミサイルサイロに向かう前から飲んでいたらしいワインの空瓶が部屋のそこかしこに放り出されている。

この惨状を見て紫苑は彼らの救出作戦参加を断念した。

 

『本当にすいません…いつもはこうじゃないんですけど…』

 

『分かっているさ、Ms.紫苑。それにMs.アイリーンから何かあったときの指示書をいただいている。…もちろんこうなる前の彼女に…だがね…』

 

二人はもう一度部屋の中を見てその光景を記憶の隅に追いやると肩を並べて出て行った。

 

 

 

 

『……』

 

『……もう行ったわトップ。』

 

二人が立ち去った後、トップとパーセフォニーがむくりと起きだす。

 

『しかしなんだってまぁこんな回りくどいことを…』

 

『さぁ…アイリーンには何か考えがあるでしょう?』

 

二人はいまだに眠り続けるアイリーンへと目を落とす。

 

『…お得意の心を読むアレでこいつの頭ン中を見てみれば?』

 

『あら?そんなことしないわよ。』

 

少し嫌味も込めていうトップに事もなげに返すパーセフォニー。

思わぬ言葉にトップがポカンとしているとさらに続ける。

 

『だって分かってしまったらつまらないでしょ?』

 

にっこりと笑うパーセフォニーにトップもつられて笑い、もう一度すやすやと眠るアイリーンに目を落とす。

 

『それで…こいつはいったいどうす…アレ?』

 

振り返るとすでに部屋の中にパーセフォニーはいなかった。

 

『……一人で運べと…』

 

散らかった部屋の中、その背中には年頃の女性には似つかわしくない哀愁が漂っていた。

 

 

~~~~~~

 

 

スネーク救出作戦に向かった部隊は到着後二手に分かれた。

紫苑隊が上層階、ジョナサン隊が地下をそれぞれ捜索することになった。

 

『よし、各員持ち場に着いたな。…紫苑…くれぐれも気を付けるように。』

 

『えぇ。あなたもねジョナサン。』

 

建物の裏手から侵入する手はずを整え、先に紫苑が本棟の扉を開けてゼルが素早く中へ入りクリアリングを行う。その光景を見送ったジョナサンも部下を一人連れ、地下へと続く扉へ体を潜り込ませて行った。

 

紫苑が二階へ続く階段を見つけるとこっそり先を窺う。階段を警戒する敵兵士の後ろの壁に糸を飛ばして張り付くと、するすると音もなく天井を這って背後に降り立つと素早く首を絞めて気絶させると物陰へと隠した。

 

『さぁ行くわよゼル。』

 

 

 

 

ゼルは掴みかねていた。自分と戦った時の戦士としての顔とキャンプで出会った少女の顔。

どちらが本当の彼女なのだろうか。

 

優秀な戦士か

 

家族を思う心優しき少女か

 

 

…いや…

 

自分が殺めてきた多くの戦士も家族はいただろう…

 

きっと彼らも…

 

 

 

『ゼル?』

 

こちらを振り返る紫苑に何でもないと手を振ると彼女より前に出る。

途中の兵士達は殺すこともできたが…彼女に血を見せることはためらわれた。

部隊を指揮する私とて厳しい訓練を積んでいる、この程度の兵士を無力化するなど造作もない。

 

順調に進む私たちに無線が入る。どうやらジョナサン隊がスネークを確保したらしい。

喜ぶ紫苑を落ち着かせつつ彼らと合流しようとする私の目に映る見慣れぬ軍服の男がいる。

 

『貴様が反乱の首魁だな!!吾輩の部下となるならば見逃してやらんでもない!!』

 

 

どうやら面倒なことになりそうだ……

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

(良かった…スネーク…生きていてくれて本当に良かった)

 

ジョナサンからの報告でスネークを無事に救出、脱出行動へ移っているらしい。

早くスネークの顔を見たい。

逸る気持ちをゼルに宥められながら合流しようとする私の前に見慣れぬ男が立ちはだかる。

 

崇高な目的のため私達を配下にするとのたまう男の言葉を理解することはなかった。

 

 

 

 

『……そこを……』

 

 

『何?!声が小さいぞ二等兵!!』

 

 

 

 

紫苑の背に紅蓮の焔が立ち上る。

全身の筋肉が軋み、固く握られた右の拳に揺らめく炎が絡みつく。

 

 

 

 

 

 

『そこを…ドォケェェェ!!!!』

 

 

 

気合一閃。

 

放たれた跳ぶ拳撃は

男の握るロッドを小枝のようにへし折り、

 

宙を舞った男の体は

二階の壁を紙切れのごとく突き破り、

 

空を飛んでいた

フライングプラットフォームを撃墜し、

 

巻き込むように墜落した二人の頭上を

突如乱入したトラックが飛び越えて行った。

 

 

 

 

『スネーク乗って!』

 

『エルザ!?何故君が…?』

 

『急いで!』

 

運転席から叫んだエルザに頷いたスネークは弱音を吐く兵士を叱咤すると担ぎ上げてトラック乗り込もうとする。

 

 

『スネェーーーク!!!』

 

二階に空いた大穴から顔を出した紫苑が叫ぶ。

 

『紫苑!?お前…どうして?!』

 

驚くスネークが動きを止めると一人の兵士がその銃口を紫苑に向ける。

それに気づいたスネークがエルザに車を止めろというが雨霰と降り注ぐ銃弾に強行突破を試みる。

 

 

『シオ――――――ン!!!!』

 

 

スネークの叫びは銃声にかき消された。

 

 

~~~~~~~

 

 

 

『ロイ!!いったいどういうことだ!!どうして紫苑があそこにいた!!』

 

『…あんたを救うって聞かなくてな…』

 

ロイの言葉に激高したスネークがロイの胸ぐらをつかむ。

 

『やめて!!スネーク!!今は争う暇はないわ!!』

 

二人の間に割ってはいるエルザにスネークはロイを離す。

 

『…ゴホッゴホッ……紫苑は無事だ。さっき連絡があった。彼女たちはFOX内にいた男に保護され、今はメタルギア組み立て工場にいるらしい。』

 

『何?そんなやつがいたのか。…まさかジーン?!』

 

『いや違う、そいつは-トキオカ-と名乗った。どうやら日系人らしい。』

 

二人の会話から出てきた男の名前にエルザが反応する。

 

『-トキオカ-!?まさか…彼があの場にいたの?!』

 

『おい…スネーク。彼女は?』

 

『エルザだ。彼女が脱出を助けてくれた。』

 

『ジーンの部下を仲間にしたのか?』

 

 

上から下まで舐めるようにエルザを見たロイはスネークを連れて少し離れた。

二人の会話を耳の端で聞きながらエルザは思考する。

 

また…姉でも見えなかった。いったい彼は…そしてあの少女も。

 

エルザはスネークを促し工場の場所を確認しに行った。

その道中、スネークに何故ジーンを裏切ったのかを聞かれた。

 

ジーンへの感謝の念と兵器として利用される姉妹の悲哀。

 

そして

 

 

-核-

 

 

 

スネークと同じ被曝者であるが故の悪夢。

 

 

未来に希望を残すために…スネークに託すために。

 

 

 

 

あの恐ろしいジーンを裏切ったのだと。

 

姉の見た世界を恐怖に陥れるスネークと自分のメタルギアを止めるスネーク。

工場を見下ろしながら言った言葉に嘘はない。

 

『私はあなたを信じる。』

 

 

 

…なのに…

 

何故かあの少女が脳裏に浮かぶ。慟哭をあげる少女の姿が。

 

 

 

 

『…あそこにいるんだな…』

 

『え?』

 

 

 

『…誰にも紫苑は渡さない…俺のものだ…』

 

 

すがるような声。

 

 

あの少女もいるであろう工場に二人は背を向けた。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

時は少しさかのぼり、迎賓館でスネークと再会した紫苑。向けられている銃口に紫苑は気付かなかったが、ゼルはいち早く察知し、遮蔽物へ引きずり込んで退避させていた。

 

『スネーク?!スネークは?!』

 

『落ち着きなさい、紫苑。彼ならすでに救われている。我々も脱出するぞ。』

 

 

ゼルの言葉に紫苑も自分の置かれた状況を思い出し、急いでその場を離れようとする。

しかしそんな二人の前に立ちふさがるものがいた。

 

 

 

『この私から逃げ切れると思ったか…小娘。』

 

『……あなたは…FOXの…』

 

多数の部下を引き連れた男が紫苑達の前に現れた。圧倒的強者の風格を纏ったその男。

 

『そう…私の名は……ジーン。』

 

 

この反乱の指揮官、ジーンだった。

 

 

『はじめまして…というべきかな。君が紫苑だな。』

 

『えぇ、ヘリから私を見た人ね。』

 

『ほぅ。気づいていたのか…君はいったい何者なんだ。』

 

『…あなたに教える必要はない。スネークのところに帰らせてもらう!!』

 

戦闘態勢になろうとする紫苑を鼻で笑うと、ジーンは片手をあげて部下を下がらせる。

 

『-帰る-…か。』

 

『…?!何が可笑しいのッ!!』

 

『やめろ紫苑!!』

 

ゼルの制止もむなしくジーンに躍り掛かった紫苑。

 

『ハァッ!!』

 

VAAN!!

 

『この私に触れようなどと…無謀もいいところだな。』

 

野獣のように飛び掛かった紫苑はジーンの強力なESP-念動力-に弾き飛ばされて元いたところまで押し返された。

 

『…さすがに一筋縄じゃいかなそうね…』

 

牙をむく紫苑が再び襲い掛かろうと力を込め始めたとき、割って入る存在がいた。

 

 

 

『まぁその辺にしときましょうよお二人さん♪』

 

『グリードさん?!どうしてここに?』

 

『…またあなたか…』

 

驚く紫苑と苦々しげなジーンをよそに、相変わらずのよれた白衣をはためかせ芝居がかったしぐさで両手を広げるグリード。

 

『ジーン君。彼女たちの身柄は僕が預かりましょう。』

 

『……それが通るとでも…』

 

『むろん君にもメリットは用意してますから♪』

 

邪気の全くうかがえない笑顔で言うグリードに諦めたのか、ジーンは背を向けると部下を残して引き揚げていった。

 

 

ジーンの部下に囲まれて紫苑とゼルは迎賓館を後にした。

連れていかれたところは新型兵器、メタルギアの組み立て工場。その中の一角にある部屋の中で紫苑とゼルは軟禁されることとなった。

 

『…これは…助けてくれたってことでいいんですよね?』

 

『おそらくは…』

 

後ろ手に拘束された二人が話していると扉を開けてグリードが入ってきた。

 

『お待たせしました~。おとなしく待っていてくれたみたいで嬉しいですよ♪』

 

『…グリードさん…スネークの元に帰してください。』

 

『心配せずとも彼はここにやってきます。6年前と同じように…』

 

 

『また…スネークの力になれないんですね…』

 

悲しげに目を伏せる紫苑のすぐそばに膝をついたグリードは優しく肩を抱き寄せる。

 

『そんなことはありません。あなたの力は素晴らしい。私の預けた子たちの目を見ればわかる。』

 

『アイリーンとパーセフォニー?私は何も…』

 

『いいえ…あなたが彼女たちとともに勝利-VICTORY-へと導くのです。』

 

 

『勝利…いったい誰に?』

 

『-誰-にではなく-何-に…』

 

 

そっと紫苑の耳元で一滴の悪意も感じられない澄んだ声で男は言った。

 

 

 

『運命を弄ぶ…-神-に勝利を掴ませないために……君の愛で…満たすんだ。』

 

 

 

 

余りにも無垢で甘美な言葉は瞬く間に紫苑の心を優しく侵食していった。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

部屋からグリードはゼルを伴い出てきた。紫苑はどうやら眠っているようだ。

 

『それではゼル君は一足先に本国にお帰りということで。』

 

『…まだご依頼の途中のはずですが…』

 

『いいえ♪ちゃんと僕の元に連れてきてくれたでしょう?』

 

にっこりと笑うグリードにゼルは背を向ける。

 

『彼女の事はロイに連絡させていただきます。』

 

『えぇもちろん♪頑張って助けに来てもらわないと♪』

 

ホンの少し顔を歪めたゼルが無言で立ち去るとグリードは白衣のポケットから小さな試験管を取り出した。

 

 

 

 

『こちらも欲しいものは手に入れましたしね…』

 

 

 

 

無垢な欲望は決して尽きない。

 

ただ己が望むままに。

 




余りに長かったので分割


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彼女とすれ違う運命 策略篇

グリードに放逐された後、紫苑が工場にいることを伝えたゼルは部下を纏めると撤退の準備を指示していた。不本意な形とはいえ、依頼が完了した以上ここにいる意味はない。ふと、アイリーンから渡された指示書の存在を思い出した。懐から封筒を取り出したゼルはその中身に驚愕した。

 

 

『…バカな…こうなることを見越していたのか。』

 

暫し眼を閉じていたゼルは顔をあげると部下に指示を与え出した。

 

 

 

『部隊の配置を変更する。』

 

『は、はい!』

 

慌ただしく動き始めた部下を見てゼルも準備を始めた。

 

心の中に少女の瞳が浮かんで静かに消えた。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

『これが、メタルギア………』

 

工場内に侵入したスネーク達は新型兵器、メタルギアを目にした。

 

『さあはやく爆弾を仕掛けましょう。』

 

エルザがスネークを促すと不快な機械の羽音が空を埋め尽くした。

多くの兵士たちを産み落とすと-相続者-も降り立つ。

 

 

『今度は逃がさん、スネーク!』

 

『ジーン…!』

 

一触即発の空気の中対峙する両陣営に割って入る乱入者が現れた。突如メタルギアが起動し、搭載されたガトリングガンから無慈悲な弾丸をばら撒き始めたのだ。

 

『私を見放した愚かな兵達よ。この私が反乱の扇動者を粛正する姿を見るがいい。出ていけ侵入者ども!この基地は私のものだ!!』

 

メタルギアを動かしたのは元基地司令官の男だった。しかし鋼鉄の悪魔はその動きをやめてしまった。固唾を呑んで見守る兵士たちの隙を蛇は決して逃さない。

 

『ジーン、動くな!』

 

スネークはジーンへと肉薄すると銃を突きつけた。

 

『呆気ない結末だな。あんなものがお前の切り札か。部下たちに武器を捨てさせろ。』

 

『フフフ…切り札か。面白い余興だったぞスネーク。お返しに私の本当の切り札を見せてやろう。』

 

『何?』

 

 

 

不敵に笑うジーンにスネークが問うとその切り札を呼び覚ます。

 

『…起きろ!!ウルスラ!!!』

 

 

男の呼び声にエルザが目を見開き震えだす。その様子に気づいたスネークが声をかけるとエルザは頭を抱え譫言の様に姉を押しとどめようとする。

 

『…スネーク…私を撃って!!』

 

『…エルザ?何を言ってるんだ!?』

 

驚きの声をあげるスネークに尚も自分を撃てと懇願するエルザ。

 

突如暴走したかのように能力を発現させたエルザ。

 

 

『私は----お前を殺す----呪われた蛇の子供たちが生まれる前に。』

 

強力なサイコキネシスでスネークを吹き飛ばす少女、それは最早エルザではなかった。

 

『ウルスラとエルザはもともとひとつの人格だった。二つに分かれたウルスラは感情と引き換えに強大な力を手に入れた。』

 

そう、ジーンの切り札は未完成の試作機にウルスラの力を加えることだった。ウルスラの力を得たメタルギアは兵器の動きを超越するまでになったのだ。

 

 

 

『やめろ!!…エルザ!!!』

 

 

 

スネークの制止もむなしく戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

~~~~~~

 

 

『…あんた…こんなことまで予想してたのかい?』

 

『兵器はともかく人の心は私の領域。二重人格程度なら予想の範囲内よ。』

 

 

工場内の一角、人目につかない場所に身を潜める二人の女。アイリーンとトップだ。工場に潜入したスネーク達とは別行動をしていた彼女達はジーンの襲撃、メタルギアの起動、そして………エルザの覚醒。

 

 

『それで…次は何が起こるってんだ?』

 

『…見てれば分かるわ。《パーセフォニー、持ち場についた?》』

 

《こちらは準備完了。あちらのパーティは盛り上がってるみたいだけどこちらのパーティは期待してもいいのかしら?》

 

 

『《もちろん。全ては私の脚本通りよ。》』

 

 

 

さぁ、私の手の内で踊るがいいわ。

 

 

 

~~~~~~

 

 

そこは打ち捨てられた骸と無残に晒された首が所狭しと並ぶ地獄だった。

神を信じ戦った家族とも呼ぶべき信者たちの屍の中心で一人の美しき青年が魂の慟哭をあげていた。

 

 

何故神はわれらに救いの手を差し伸べなかったのか!!

 

 

Eloim, Essaim, frugativi et appelavi -我は求め訴えたり!-

 

 

全てを失った青年は復讐の為に魔界の住人となったのだ。

 

 

魔のモノに魅入られし人の形の鬼となった魔界衆を率いて青年はこの世に地獄絵図を描くため悪逆の限りを尽くしていく。しかし一人の勇気ある剣士の活躍により野望は打ち砕かれ、世の安寧は守られた。

 

 

 

自分を魔人へと落しておきながら剣士を操るモノが、彼らが崇めていた神そのものとも知らずに。

全ては運命という名の喜劇。

 

-魔-の物が世-界-に-転-じて-生-くる者を脅かすことは神の戯言と気まぐれ、退屈しのぎに過ぎなかったのだ。

 

 

怒りも

 

哀しみも

 

痛みも

 

恐怖も

 

 

喜びも…欲望ですらも

彼らにとっては見世物でしかなかったのだ。

 

 

 

-奪われたものは全て取り返す!!-

 

『……ァ?!!』

 

ベッドから跳ね起きた紫苑は静かに涙を流していた。

今回のヴィジョンは覚えのない光景だったが悲しさと口惜しさが紫苑の胸の内を駆け巡っていた。

 

ふと小さな痛みを感じて首筋に手を当てると怪我でもしたのか血が流れていたようだ。

呼吸法で肉体を活性化させるとすぐに塞がるような傷ではあったので大して気にもならなかったが。

 

 

ふと扉の向こうに人の気配を感じた紫苑は死角となる天井へ張り付いた。ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは覆面の兵士だった。ベッドの上に紫苑がいないにも拘らずゆっくりと手を紫苑が寝ていたであろう場所に手を当てた。瞬間、気配を感じたのか振り向きながら銃口を向ける兵士に向かってほんの僅かに速く飛び掛かった紫苑はライフルを蹴飛ばすと兵士にCQCを仕掛けようと組み付いた。しかし驚くべきことにその兵士は紫苑のCQCを自ら回転の勢いをつけることにより投げによる攻撃を回避してしまった。自分のCQCが躱されたことに動揺した紫苑の隙を突き、今度は兵士が紫苑の足を払い地面へと転がす。反撃を試みた紫苑だが完全に馬乗りになられた状態からでは満足な攻撃はできず両手を絡め捕られて頭の上に片手で押えられる結果となった。

 

 

『初めて会った時とは立場が逆になったわね。』

 

親しげにかけられた声にまさかという顔をした紫苑を見ると兵士はその擬態を解き、本来の美しい青い裸身をさらした。

 

『……れ、レイブン……』

 

自分の名前を呼ぶ紫苑の声に身を震わせたレイブンは動物のマーキングのように自身の頬を少女の首筋に擦り付け始めた。くすぐったさに少し顔を赤らめた紫苑が止めるように言おうと口を開きかけたとき、レイブンの動きがピタリと止まった。

 

 

 

 

 

『…他の女の匂いがする…』

 

あまりに黒いオーラのこもった言葉にヒィッと紫苑が小さく悲鳴を上げたことも気にせず睫毛が触れ合うほどの近さに互いの顔を近づけたレイブン。

 

『に、匂いって…?』

 

『私の紫苑にとんだ泥棒猫が近づいてるみたい…どういうことか説明してくれるかしら?』

 

思わず何人かの新しい家族の顔が浮かんだ紫苑。

 

 

 

BOOM! BOOM!

 

 

 

部屋を揺らすような爆発音に二人がハッと顔をあげた。

 

 

 

 

『…レイブン!!』

 

先程の顔は鳴りを潜め、戦士の顔つきになった紫苑を見てレイブンも溜息をつきながら彼女を開放する。

 

『こんなに不安にさせて……後でお仕置きよ……』

 

『…ゴメン…心配かけちゃったね。』

 

少し悲しそうにした紫苑の頬をレイブンは優しく撫でた。

 

『無事で…本当に良かった…』

 

自分の思いの全てが伝わっていたわけではなさそうだがそれでも心優しい紫苑を更に愛しく思ったレイブン。その言葉にレイブンの深い愛情を感じた紫苑は瞳を潤ませながらお互いの額を合わせた。

 

『…お願いレイブン…力を貸して。』

 

『本当にしょうがない子…』

 

口角をあげながら呟いたレイブンは掠めるように自分の唇と紫苑のそれを重ねた。

 

『これは前金。私は高いわよ?BOSS。』

 

 

しばし顔を見合わせた二人は互いに頷くと爆発のあった方角へと走り出した。

 

 

運命の歯車がまた一つ廻り出す。

 

 

~~~~~~

 

 

『エルザっ…!脱出しろ!!』

 

 

常識はずれな機動と火力でスネークに襲いかかったメタルギア。しかし立ちはだかるは伝説の英雄-BIGBOSS-。

生身の人間が未知の新兵器を破壊してしまったのだ。あまりの事態に呆然としていた兵士たちも自分たちの希望ともいうべきものが破壊されたことで一人また一人と武器を手放していった。

 

 

『素晴らしい。』

 

不敵な笑みを浮かべスネークを称賛するジーン。その顔に焦りも恐怖も悔しさもない。

それどころか切り札を破壊したスネークを称賛しだした。

苛立ったように投降を呼びかけるスネークをあざ笑うジーン。

 

ジーンの余裕は意外な男から語られた。ゴーストを名乗っていたのはスネークイータ作戦時の重要人物、ソコロフだった。スネークが破壊したのは大陸弾道メタルギアではなく実験機だった。彼の野望はつぶされてなどいなかった。空輸されていく-本物-のメタルギアを見たスネークに背を向け立ち去ろうとするジーン。

 

『待てジーン!』

 

『私を撃つかスネーク。』

 

呼び止めるスネークにその引き金を引く資格があるのかと尋ねるジーン。

 

『ボスの称号を受け継ぎながら、あるべき未来の姿を考えようとしなかったお前に!』

 

驚くスネークを見下ろしながらジーンはその真価を見せつける。

 

 

 

 

『聞け!すべての兵士達よ。』

 

その場にいたものすべてを

 

『冷戦が終わったからと言って平和が訪れるわけではない。』

 

飲み込むカリスマ

 

『同じ国の兵士同士が殺しあう時代が訪れるだろう。』

 

その眼は

 

『今のお前たちの様に!』

 

心を貫く刃となり

 

『昨日までの隣人が、戦友が、家族が…お前に銃を向けるかもしれない。』

 

恐怖の血飛沫をあげていく

 

『おまえを恨んでいる人間はいないか?』

 

その言葉は

 

『おまえを馬鹿にしている人間はいないか?おまえは本当に誰かに必要とされているのか?』

 

精神を射抜く矢となり

 

『おまえを殺してやりたいと思っている人間は…本当に誰もいないのか?』

 

疑心の妖花を芽吹かせる

 

 

 

 

怯えるソコロフ、制止するスネーク。

 

 

 

そして

 

 

 

 

『ここにいるわよ!!』

 

『紫苑!!』『…小娘…』

 

 

戦乙女、大いなる使命とともに再び戦場へ降り立つ。

 

 

 

『さっきはよくもやってくれたわね。第2ラウンドを始めましょう?』

 

『…この私を殺せると…本気でそう思っているのかね?人の命を奪ったこともない小娘が。』

 

ジーンと紫苑は工場の二階部分で睨み合っていた。その間合いは数m程度、いつ戦いが始まってもおかしくない距離である。

 

『…あなたの言うとおり…戦士としてまだまだ未熟よ。それでも…』

 

『負けるとわかっていて挑むか。ただの自殺志願者とは…見誤ったか。』

 

『負ける?笑わせないで。いつ-私達-が負けるなんて言った?』

 

カチャ

 

 

『私から紫苑を奪ったのは重罪。…一回殺すぐらいじゃ足りないわ。』

 

冷たい殺気とともに突きつけられた拳銃を握るのは緋色の髪をした紫苑を大人っぽくしたような女性。

 

 

『…貴様…何者だ…』

 

『もう一人の紫苑よ。あるいは死の使いの鴉-レイブン―かしら?』

 

『さぁ。第2ラウンドは始まってるわよ相続者さん?』

 

二人に挟まれ絶体絶命かと思われたジーンは薄く笑い出す。

 

 

『…いいのか?私の部下が下にいるやつらの中にもまぎれているぞ。私を裏切ったものをすべて殺すために。』

 

そういうとジーンは眼下の兵士たちを見下ろす。

 

『嘘だ…騙されるな!奴の言葉を聞くんじゃない!!』

 

スネークの言葉もむなしく兵士たちの間には恐怖が波紋のように広がっていく。

 

『おまえたちの敵はお前たちのすぐ隣にいる。』

 

波紋は漣となり

 

『おまえか…いやおまえだったか…』

 

恐怖の荒波へと姿を変えようとしていく。

 

『いたぞ…敵d』-BAN-『?!何…?!』

 

 

 

ジーンが恐怖のダムを決壊させようと放ったナイフは突如飛来した銃弾によって撃ち落された。

驚く間もなく工場へと突入してきた謎の特殊部隊によって兵士達は混乱の底に落とされた。

 

自らの筋書きにはなかった展開に驚きを隠せないジーンに紫苑とレイブンが躍りかかる。

 

 

『『朽葉流、砲砕!』』

 

『グッ…?!!』

 

左右から同時に放たれた暴力に思わず膝をついたジーン。勢いそのままに襲い掛かる紫苑の跳び蹴りを向かってくる足を掴み、力任せにレイブンに投げつけることにより躱す。

紫苑を受け止めたレイブンが銃を向けるとナイフを投擲したジーン。真っ直ぐに紫苑に向かうナイフを確認したレイブンは彼女に覆いかぶさるように庇うとその背中に刃を受けた。

 

『…?!レイブン?!』

 

紫苑が悲鳴を上げるとその隙をついてジーンはヘリで離脱していった。

レイブンの背に刺さったナイフを抜き取ると紫苑が抱き上げる。

 

『レイブン!!』

 

『…大丈夫よ…これぐらい怪我のうちに入らないわ。』

 

見ると背中の傷はすでに塞がりつつあった。驚く紫苑に自嘲気味にレイブンが笑う。

 

『治癒能力-ヒーリングファクター-。…化け物染みてて怖くなった?』

 

 

刹那、紫苑がその眼に涙を滲ませてレイブンをかき抱いた。

 

『…ありがとう…ありがとうレイブン。私の為に…』

 

『…いいのよ…貴女の為なら…』

 

互いをしっかりと抱きしめあう二人。一枚の絵画の様に輝くその姿にその場にいる誰もが目を奪われた。

 

 

~~~~~~

 

outside

 

《隊長。工場内の制圧完了です。BIGBOSS、及びその仲間も一時拘束しています。》

 

『よくやった。紫苑に後を引き継ぎ、我々は今度こそ撤退するぞ。』

 

無線を切ったゼルは目に当てていた双眼鏡を外すとすぐ隣で射撃姿勢を保ったままの狙撃手に声をかける。

 

『素晴らしい腕だカール。我々も撤収するぞ。』

 

『了解です隊長。』

 

その言葉に覗いたままだったスコープから目を離すと部隊で最も優秀な狙撃手、カール・フェアバーンは立ち上がる。

 

『しかし…恐ろしい女ですね。』

 

『…あぁ。全くもって敵に回したくない女だ。』

 

撤収準備をしながら思わずつぶやく二人。すると無線機に連絡が入る。

 

《お見事だったわ、ゼル。》

 

『…いいえ。全てはあなたの脚本通りだったわけだ。我々はただ指示通り動いたまでですよ。』

 

《ご謙遜を。私は奴が戦闘態勢に移ったらそれをつぶせと言ったまで。その距離からナイフを撃ち抜くなんて並みの腕じゃないわ。》

 

『…褒め言葉として受け取っておきましょう。ご指示通り、制圧した部隊は紫苑に委ねます。その際に偵察済みの重要拠点のリストを彼女にお渡ししておきます。』

 

《ご苦労様。こちらはまず一つ目が片付いた所…ところで…もう一つの依頼はどうかしら?》

 

『……それは……』

 

言いよどむゼルの耳に無線の向こうで薄く笑う女の声がした。

 

《フフッ…意外と可愛い人ね。》

 

『……』

 

《それじゃこちらはまだやることがあるの。》

 

『…えぇ。また何かご依頼があれば…』

 

《そうね。貴方達にも良い主君が現れることを祈ってるわ。》

 

女はそう告げると無線を切ってしまった。静かになった無線機をじっと見つめるゼルにカールが声をかける。

 

『隊長、もう一つの依頼とは?』

 

『……お前たちは知らなくていいことだ。』

 

 

-伝説の英雄-を殺すのは…我々には荷が重すぎる。

ゼルは一度工場を見やり背を向けた。

 

~~~~~~

 

 

ヘリに乗り込み、空に舞い上がったジーンは非常に不機嫌だった。

兵士たちを扇動してスネークに人間の愚かさを見せつけてやろうという目論見が無粋な乱入者によって破綻させられたからだ。

 

 

『…小癪な小娘め…』

 

 

男の纏う雰囲気に同乗した兵士たちは身動きすらできない。男の恐ろしさを目の当たりにしているからだ。

 

しかしそんな空気を物ともせず呑気な声をかける者がいた。それも操縦席から。

 

 

 

『お客さ~ん♪どちらまで?』

 

『な?!貴様は?!』

 

 

男の欲望は止まらない。




動け…動けよぉ…(話が)


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彼女とすれ違う運命 追憶編

ジーンがこの男、Dr.トキオカについて知り得ていることは極僅かだ。

 

 

あるものは稀代の天才科学者。

事実彼は工学、物理学、医学、とあげればキリの無いほどの分野において実績をあげることができると言われている。

最も、それら全ての-表の-学会ではあまりにも異端で追放されてはいるが。

しかし彼が関わったおかげで絶対兵士計画は勿論、相続者計画も成果をあげることができたのだ。

 

あるものは歴史的謀叛者。

第二次世界大戦中、連合国から選び抜かれた兵士の部隊-コブラ部隊-において数少ない枢軸国側の人間。彼は日本人だと言われている。そしてコブラ部隊においての最高戦果を記録した男。

余りの戦果に勲章を用意できなくなった連合国側に彼が言ったとされる言葉、

 

 

『名誉-勲章-はいらない。ただ私に戦場を与え続けろ。そうすれば貴様等は殺さずにおいてやる。』

 

 

シンプルにして常軌を逸したその強欲さに人々は戦慄した。

 

 

人呼んで、無垢なる欲望-ザ・グリード-

 

 

 

暗黒に彩られた戦いの歴史における最強の称号を欲しいままにし続けた男である。

 

 

 

 

初めて出会った時の戦慄は今も忘れられない。子供のような微笑みの中に高い知性と残虐性を湛えた男。

その知識と培われた戦闘技術、ESPを歯牙にもかけない強靭な精神。ザ・ボスをも凌駕していると感じられたその男は笑いながら私に尋ねてきた。

 

 

 

『あなた…カミサマは好きですか?』

 

 

 

あの笑顔を向けられた時、悲鳴をあげなかった自身を褒めてあげたいとジーンは思っている。

その男がいつの間にかヘリの操縦桿を握っていたのだ。

 

驚くのも無理はない。

 

 

『何故ここに…』

 

『あれ?プレゼントをあげると言ったじゃないですか♪』

 

『何を…』

 

『まぁまぁ。積もる話はお立ち台に着いてからということで。』

 

 

そういうと鼻歌を歌いながら男はヘリをサイロへと向かわせた。

楽しいプレゼントに、口元を歪めながら。

 

 

 

~~~~~~

 

 

『…あの~宜しいでしょうか…?』

 

『…え?あ、はい。』

 

レイブンと抱き合ったままだった紫苑は後ろから申し訳なさそうに掛けられた声に振り向いた。

そこには所在なさげに佇む一人の若い兵士の姿があった。

 

『貴方は確か…ゼルさんのところの…』

 

『ハラムです、アーロン・ハラム。あなたにこの場の指揮権を譲渡するように隊長から指示を受けています。』

 

そう言われて工場内を見渡すとジーンの配下の部隊はおろかスネークやその仲間まで膝をつき頭の後ろで手を組み武装解除されているところだった。

 

 

『……え?』

 

目が点になっている紫苑を面白そうに見たハラムは隊長からの伝言を伝える。

 

『後の事は全てあなたの判断に委ねる。隊長はそうおっしゃってました。』

 

『ゼルさん…本当にありがとうございます!ゼルさんにもよろしくお伝えください!!』

 

勢いよく頭を下げる紫苑にハラムはかろうじて笑いを抑え込み一枚の紙を紫苑に渡す。

 

『我々が調べたこの地の重要拠点の場所が記されています。ぜひ役立ててください。』

 

そう言ってリストを渡したハラムは、部下を纏めて出て行った。

その背中に向かって、紫苑は再び頭を下げる。

 

 

拘束していた部隊員がいなくなったことで解放されたジーンの部下たちだが、抵抗する気力は誰もないように見える。

事態を静観して大人しく捕まっていたスネークが紫苑へと近づいてくる。

 

 

 

『…紫苑。無事で良かった。』

 

『スネーク…凄い爆発音がしたけど…あれがひょっとして…』

 

二人の視線の先には爆発炎上していたメタルギアRAXAの姿があった。

 

『…あぁ、俺が破壊した。…残念だが乗り込んでいたエルザは…』

 

『…?!そう…あの子が…』

 

沈黙が二人を包む中、わざとらしい咳払いとともにレイブンが二人の間に割って入る。

 

『-久しぶり-ねスネーク。無事に紫苑を守り通してくれたみたいで安心したわ。』

 

『…あぁ…』

 

見つめあう二人に親しげな空気は微塵もない。

 

 

 

『ふざけるな!!よくも俺たちの夢を壊してくれたな!!』

 

拘束されていた一人のソ連兵士が大声をあげて暴れ出した。

 

『俺たちの国を創れば、もう誰かに使い捨てにされることは無くなるはずだったのに!!どうしてくれる!!』

 

 

一気に不穏な空気が爆発しようとしていた。

 

 

『バカ言わないで!!!』

 

 

 

暴れる兵士を取り押さえようと動き出したジョナサンも、険しい表情をしていたスネークも、沈んだ顔をしていたソ連軍兵士達も、騒いでいた兵士も含めて…少女の叫びに動きを止めた。

 

 

 

『どんな国を創ったところで…あなたの心は満たされはしない、そこにあなたの-忠-は無いわ!!』

 

『-忠-だと…』

 

ゆっくりと兵士に近づく紫苑に制止の声をあげるスネークとジョナサン。

ジョナサンにより膝を折らされ、腕を捻りあげられながらも、歯を食いしばり睨み付けてくる兵士を真っ直ぐに見つめる紫苑。その顔に怯えは無く強い意志だけが宿っている。

 

『…私は紫苑。あなたの名前は?』

 

『何?』

 

『あなたの名前よ、自分の名前も言えないの?』

 

誰がお前なんかに…と小さく吐き捨てた兵士に紫苑は小さな笑みをこぼす。

 

 

『あなたには…誇りたいもの、守りたいもの、大切なものはありますか?』

 

 

優しげな声に兵士の体から少し力が抜けた。

 

 

『-昨日までの隣人が、戦友が、家族が…お前に銃を向けるかもしれない。-』

 

 

 

紫苑の言葉に再び兵士が体を強張らせる。ジーンの恐怖が甦ったからだ。

 

 

 

『銃を向けられるかもしれないから…隣人・戦友・家族に先に銃を向けるの?』

 

 

 

問いかける紫苑に兵士は目を伏せる。

 

 

 

『私はね…危ないからとか損得とかで生き方を決めたくないの。』

 

『ならばどうやって決める?』

 

 

 

 

『昨日の自分に恥じない生き方。』

 

『…昨日の…自分?』

 

 

顔をあげた兵士の前には変わらず微笑む紫苑がいた。

 

 

『苦しい時や悲しい時に肩を抱いてくれて、迷った時や怖い時に背中を押してくれるのは、昨日までの-自分-。自分が正しいと信じて、尽くして、貫いた日々の積み重ね。そんな昨日までの自分に胸を張って明日の自分にバトンを渡すために、自分の忠を尽くすの。』

 

『…綺麗事だ…』

 

『それでも諦めないわ。…明日の朝、鏡の中の自分の目を真っ直ぐ見たいから。』

 

 

 

兵士は唇を噛みしめて心の中を吐きだした。

 

 

『俺だって…俺だってそうやって生きたかったさ!!』

 

『……生きている限り、何度だってやり直せる。明日の自分の為に…今日のあなたが変わるのよ。』

 

 

紫苑は兵士の頬に両手を添えてその瞳を覗き込む。

 

『俺は…変われるのか?あんたの様に…』

 

『もちろん。あなたの意思があれば今すぐにだって。』

 

『…い、今すぐに…?!』

 

驚く兵士の目の奥を見据え、告げる。

 

 

『あなたの名前は?』

 

『な…まえ…?』

 

 

 

『胸を張って、自分の名前を叫んでみて。ここに自分はいるんだ!って。』

 

兵士の心の中で何かがストンと落ちた。

 

 

 

『教えて!貴方の名前は!』

 

 

 

『…!!!お、俺の名前はアレキサンダー・ミルコフだ!!』

 

 

紫苑はクスリと笑うと立ち上がって周りの兵士を見渡す。

 

 

 

『教えて!!貴方達の名前を!!』

 

 

 

沈んでいた兵士たちが覆面を脱ぎ捨て立ち上がると口々に自身の名前を叫びだす。

 

それは荒れ狂う希望の大波だった。

 

 

 

 

紫苑は両腕を広げると大声で宣言する。

 

 

『忘れない!!あなた達の名前を!!あなた達がくれたかけがえのない時間を!!その忠魂-こころ-を!!』

 

 

涙を流しながら雄叫びをあげる男達の中心で、紫苑は彼らの心を導いたのだ。

 

 

 

 

 

『如何かしら?私のBOSSは?』

 

『凄い…ジーンを超えているかもしれない…』

 

呆然と事態を見守るしかったスネークとジョナサンに誇らしげな笑みを浮かべレイブンが問いかける。

 

 

『ボス…あなたはこの事を…』

 

 

 

紫苑の背中に今は亡き恩師の姿を見て、スネークは拳を握りしめた。

 

 

 

~~~~~~

 

 

『そうね。貴方達にも良い主君が現れることを祈ってるわ。』

 

無線機の向こうの男に告げるとアイリーンは通信を切った。

アイリーンとトップは工場から少し離れた場所へと移動していた。アイリーンの-戦利品-とともに。

 

 

時間は少し遡る。

 

 

 

 

〈エルザっ…脱出しろ!〉

 

爆発するメタルギアの操縦席で炎に襲われながら必死で呼びかける声を彼女は遠く聞いていた。

 

ここで死ぬわけにはいかない…

 

彼女は全ての力をかき集め瞬間移動-テレポーテーション-を行う。しかし気力の限界だったのか工場のすぐ裏手の上空までしか転移できなかった。

 

一瞬の浮遊感。自身の体を浮かせる能力を使おうとしたがうまく行使できず、重力に従い落ちていく感覚に死を予感する。

 

 

『あら?空から女の子。』

 

 

掬い上げられた腕に電子と策謀の鼓動を少女は感じた。

 

 

 

 

《お姫様を確保したわ。…?……どこかで見た子供ね。》

 

『まったく…彼女はエルザよ。一回会ってるでしょ…』

 

無線の向こうで首を傾げるパーセフォニーの姿を幻視してアイリーンはため息を飲み込んだ。

 

『近くで落ち合うわよパーセフォニー。』

 

《あら?紫苑と合流しないの?》

 

『まだその場面-シーン-では無いわ。そこから小屋が見えるでしょう?そこに10分後よ。』

 

パーセフォニーの疑問を打ち切るアイリーンにトップが尋ねる。

 

『…エルザってあのエルザかい?…全く。』

 

『意外と驚かないのね?』

 

少し驚いたようにアイリーンが言うとトップは苦笑いを浮かべる。

 

『十分驚いているさ。でも…まだ始まったばっかりなんだろ?』

 

トップの言葉にアイリーンは僅かに口角をあげるだけだった。

 

 

合流した三人は空からの-戦利品-を小屋のソファーに寝かせるとしげしげと眺める。

 

 

『『『子どもね(だな)』』』

 

失礼な感想を三人同時に漏らすと意識を取り戻した少女が跳ね起きる。

 

 

 

〝ジーンを止めなければ!〟

 

『…クッ…?! 大人しくなさい!!』

 

目を見開き、力を行使しようとするエルザ-ウルスラ-の上にアイリーンが馬乗りになって押さえつける。

遅れてトップも確保に参戦するが少女とは思えぬ力に跳ね飛ばされそうになっている。

その様子を眺めていたパーセフォニーがつかつかと少女に近寄るとアイリーンとアイコンタクトを行う。

 

『……いいのね?荒っぽいと思うけど。』

 

『もう十分荒っぽいわよ!!いいからやりなさいパーセフォニー!!』

 

珍しく激しい口調のアイリーンに軽く肩を竦めると両手を暴れる少女の頬に当てて目をつぶった。

 

 

『…二つの人格が混ざり合おうとしてる。分離は無理ね。』

 

体を無理やり寝かせられた少女の頭上に移動すると、お互いの額を合わせる。

 

『歪に裂かれた二つの精神、これを一つに統合していくわ。』

 

〝…?!やめろ!!-私達-を壊すな!!〟

 

体を震わせ悲鳴をあげ始めた少女を二人掛かりで押さえつけながら、トップが思わず漏らす。

 

『…ちぃ!!全くエクソシストかいあたしらは!!』

 

『…エルザ…ウルスラを認めなさい…あなた-エルザ-はアナタ-ウルスラ-、アナタ-ウルスラ-はあなた-エルザ-よ。』

 

トップの呟きを気にせずパーセフォニーが彼女達に語りかける。

心の奥底、二つに隔たれた心の宮殿に侵入したパーセフォニーはその中心に降り立つ。

中心には古い鉄の扉が浮かんでおり、彼女は何のためらいもなくその扉を開ける。

 

 

 

〝来るな!!!〟

 

突如吹き荒れる暴風の中、冷めた目でその中心を見据えるパーセフォニー。

そこには敵意を向ける女とその奥に膝を抱えた幼い少女がいた。

 

 

 

〝誰にも傷つけさせはしない!!!〟

 

『…ウルスラ…貴女がずっとエルザを守っていたのね。』

 

強烈な突風に晒されながらも平然とその場に立ち続けるパーセフォニーは感心したように言う。

 

〝世界は私達を傷つける!!そんな世界、私が壊してやる!!〟

 

『…感情と引き換えに力を得たそうだけど…?随分と血の気が多いわね。』

 

凄まじい圧力を放つ女に対してゆっくりと歩み寄るパーセフォニーには揺らいだ様子はない。

 

 

『世界はね…

 

 

 残酷で、

 

 

 無慈悲で、

 

 

 孤独よ。

 

 

 

 だからこそ美しいの。紫苑といればきっとそれがわかるわ。』

 

 

 

〝紫…苑…〟

 

 

女が一瞬、逡巡する間にパーセフォニーは睫毛が触れ合うほどの距離へと接近していた。

 

 

『この醜くも美しい世界は、貴女を退屈させないわよ。…だから…』

 

 

 

 

さぁ…起きなさい…

 

 

 

 

 

『……うまくいったみたいね…』

 

体の下からの抵抗がなくなり穏やかな表情で眠り始めた少女を見てアイリーンは安堵の息を吐いた。

 

『目覚めれば人格は一つに統合されているはずよ。』

 

『…全く…考えるのが嫌になってきたよ。』

 

『考えるんじゃなくて感じればいいんじゃない?』

 

パーセフォニーが仕事は終わったとばかりに何処からかワインボトルとグラスを取り出すと一人で呑み始め、訳のわからない展開に頭を抱えるトップに無責任なアイリーンの言葉が更に追い討ちをかける。

 

 

 

 

…はぁ…紫苑が恋しいよ…

 

 

~~~~~~

 

 

『…?』

 

『どうしたの紫苑?』

 

突然工場のほうを振り返った紫苑にレイブンが声をかける。

しばらくぼぉっと見つめていた紫苑だが何でもないと頭を振るとトラックへと乗り込んだ。

 

彼らは現在、ゼルの情報を頼りにサイロ地下施設への侵入を行うため変電所への破壊工作を狙っていた。

今回の作戦チームにはスネーク・ジョナサン・紫苑・レイブンが選ばれた。

スネークとジョナサンが内部へと潜入し時限爆弾をセット、紫苑とレイブンはその援護である。

前回の襲撃作戦では紫苑の参加を認めなかったスネークだが今度は付いてくるように言った。

これはロイがスネークだけにアイリーン達の姿が見えないことを報告したためである。

 

 

(紫苑は…だれにも渡さない…)

 

カリスマ性を帯びた戦士としての紫苑、彼女がスカウトしてきた謎の女兵士達、そして本国にいるはずの同居人。それら全てが自分から愛おしい少女を奪い去るように感じたスネークの胸の内には、静かに黒い霧がかかっていった。

 

 

作戦チームは無事に変電所へと到達し、紫苑とレイブンは屋上からスネークとジョナサンが敵に遭遇しないように誘導したり予め無力化をして援護していた。二人が施設内に入ろうとしたとき、スネークは一瞬紫苑を見上げて建物の中へと消えた。

 

『…なんだか…スネークの様子が変だった…』

 

どこか心配げな声を出す紫苑の肩をレイブンはそっと抱き寄せる。

 

『大丈夫よ。もうすぐ全て終わるわ。』

 

力強い言葉に紫苑も頷く。

 

 

 

『ぐぁぁぁぁぁ?!!』

 

聞こえてきた悲鳴に二人は顔を見合わせ声の上がった方を見下ろした。

そこには一人の青年が刃物を持ちソ連軍兵士を切り殺している光景があった。

 

『何だろう?仲間割れかな?』

 

『というより…-暴走-って感じね。』

 

次々と超人的な動きで死体の山を築く青年。

 

『絶対兵士を使うなんて、聞いてないぞ!?』 『ま、まだ調整の途中だったはずだ!』

 

驚く兵士達をなおも切り伏せる青年を見てレイブンがつぶやく。

 

『あの子…何か、いえ誰かを探しているのかしら?』

 

『…止めないと!!』

 

飛び出そうとする紫苑をレイブンが制する。

 

『…?!レイブン?!』

 

『心配しなくても彼がなんとかするわよ。』

 

そういってレイブンは眼下を指さす。その先には爆弾のセットを終えたらしいスネーク達の姿があった。

 

 

 

『知っているぞ。人は皆死ぬ。犯罪・病・事故・戦争…どんな高潔な人間でも、どんなに優れた兵士でも例外ではない。』

 

虚ろな瞳で言葉を並べる青年。

 

『俺が殺さなくても必ず死ぬ。この世界は人の死で満ちている。…なのになぜおまえだけが死なない?』

 

伽藍の眼でスネークを見つめる青年は続ける。

 

『なぜ生きる?生き延びて何がしたいのだ?!』

 

 

まるで泣き叫ぶように躍り掛かってくる男の動きにスネークは見覚えがあった。

 

『俺はお前を知ってるぞ。』

 

『…名前…』

 

1966年、モザンビークで反政府ゲリラ組織にいた一人の少年兵。フランク・イェーガーと呼ばれたその少年こそが-無(ヌル)-だった。

 

 

『もう止めろ…お前を救う力強い腕は…仲間は別の場所にいる。』

 

『違う…俺は絶対兵士。俺が存在する場所に俺以外の兵士はない。』

 

武器を構えあう二人。

 

『だから俺に名前はいらない。俺はヌルだ。お前が死ねば俺は再びヌルに戻れる!!』

 

 

互いの存在をかけた戦いが始まった。

 

 

 

恐るべき身体能力を持ってスネークに襲いかかるヌル。スネークが放つ銃弾を、マチェットで切り落とすという神業で防ぐヌル。対するスネークも遮蔽物や経験の差が生み出す絶妙な間合いの取り方で致命傷を凌いでいた。

 

『何故だ?!何故死なない?!』

 

我武者羅に銃を撃ちまくるヌルから身を隠すスネークも声を張り上げる。

 

『止めろフランク!!俺たちが戦う必要は無いんだ!!』

 

スネークの必死の呼びかけもヌルには届いた様子はない。

 

『…クッ…仕方ない!』

 

気合を入れ直し、遮蔽物から飛び出して銃を向けるスネーク。しかしそこにヌルの姿は無い。

 

『…もらったぁ!!!!』

 

コンテナの上から飛び掛かるヌルに意表を突かれたスネークは回避が間に合わない。

 

(これまでか…)

 

 

 

 

『朽葉流…砲砕!!』

 

横合いから飛んできた気功にヌルは飛ばされコンテナへと叩き付けられた。

 

『紫苑!!』

 

『ゴメン!!我慢できなかったの!!』

 

乱入してきた紫苑にスネークが驚く。

紫苑はスネークのほうを向いて謝ったが立ち上がろうとしてきたヌルを視界の端に捉え構え直す。

 

『…お前…何者だ…なぜ俺の邪魔をする?』

 

『…何かほっとけないのよ…あなたには…兄さんたちと同じにおいがするの。』

 

 

ガァァァァッッ!!!

 

理性を失ったように吠えだすヌルを見て説得をあきらめた紫苑は拳を握り、スネークは銃口を向ける。

駆け出そうとするヌル。

 

 

BAN!!

 

一発の銃声が響きヌルの右膝を撃ち抜いた。

 

 

『私の紫苑に盛ろうだなんて100年早いわよボウヤ。』

 

屋上でレイブンが構えるライフルの銃口からは硝煙が昇っていた。

 

 

『紫苑!!』   『了解!!』

 

膝をついたヌルに勝機と見た二人は左右から同時に接近する。

 

最初に接近したスネークに向けてマチェットが振るわれると、すかさず紫苑がウェブを飛ばして軌道を変える。懐に潜り込んだスネークはヌルが紫苑に向けようとしていた銃を奪い取り放り投げると勢いそのままに投げ飛ばした。背中から地面に叩き付けられたヌルは転がるようにして距離を開けようとしたがコンテナを足場にした紫苑が空中から胴回し回転蹴りを打ち込むとそれを両腕でブロックせざるをえなかった。

 

『…グッ?!』

 

ヌルはガードしたものの撃ち抜かれた膝からは鮮血が噴き出す。攻撃を防がれた紫苑は糸を後方のコンテナへと飛ばし、浮き上がるように間合いを取ると入れ替わるようにスネークが左右の連打と負傷していない方の足へとローキックを繰り出してきた。連打は防御したものの蹴りでもう一方の膝を壊されたヌルはついに両膝をついたが握っていたマチェットを振り上げる。

 

BAN!!

 

マチェットをレイブンの狙撃で吹き飛ばされるとついに地に這うこととなった。

 

 

 

『…思い出した…BIGBOSS…あの時もあんたは俺を止めてくれた。』

 

正気を取り戻したヌル…いやフランクはスネークに感謝を述べる。戦いの最中、彼は記憶を取り戻していたのだ。‐賢者たち‐の暗躍を悟ったスネークにフランクは抱えられて救出された。彼は再びBIGBOSSによって生を与えられたのだ。

 

 

 

 

『…なぁ…あんたが紫苑なんだな?』

 

キャンプへと退却するトラックの中で横たえられ衛生兵の治療を受けているフランクが紫苑に話しかけた。

 

『えぇ。傷は大丈夫?』

 

『…あんたのことも思い出した。BIGBOSSが俺に言ったんだ…「お前より強い女の子がいるぞ」って…』

 

フランクの言葉にじと目でスネークを見る紫苑。その当人と言えば素知らぬ顔だ。

 

『…どんな奴なんだろうと思ったが…思ったより小さかった。』

 

随分と率直な物言いに青筋を笑顔で浮かべた紫苑。

 

 

『小さいのに…凄く暖かくて…まるで太陽みたいだった。』

 

 

 

思わぬ言葉に固まる紫苑にフランクが儚げな笑顔を向ける。

 

 

『…会えて嬉しい…紫苑…』

 

 

 

変わらぬ率直な物言いに紫苑はその頬が太陽のように熱くなったのを感じた。




今回は時間かかった…

フランクとジョナサンは天然ジゴロと信じて疑わない



あ、フラグは立ちません。怖いお姉さんが全力で折ります
完膚なきまでに(特に描写はしないけど)


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彼女とすれ違う運命 激突編

八月中に投稿できなかったorz

いよいよクライマックスだ!


無機質な部屋に男の声が響く。

 

『何だと…!?正気か貴様ッ!』

 

相続者計画で-造られた-ジーンらしからぬ感情的な声にザ・グリードは面白そうに眼を細めた。

 

『おやぁ?ひょっとしたら私の考えを読んじゃいました?』

 

わざと読ませたくせにッ!!内心の怒りを隠そうともせずジーンは吐き捨てる。

 

-狂っている-

 

ジーンはこの男が地獄の住人のようだと感じていたが認識を改めざるを得なかった。

噛み締めるようにジーンは語りだした。

 

『絶対兵士やメタルギア、核兵器に…この私ですらも、本来は人が踏み込んでいい領域ではない。』

 

ジーンは拳を固く握る。

 

 

『何故なら制御しきれない-かもしれない-強大な力だからだ!!』

 

ザ・グリードは不思議そうに小首を傾げる。

 

『だが貴様の持ち込んだ-それ-は…最初から制御することを放棄している!!最早兵器などと言う次元ですらない!!ただの悪魔の所業だ!!』

 

ジーンは机の上に置かれた注射器を指さし叫ぶ。

 

 

 

 

『-制御-に一体何の意味がある?

 

 混沌の中にこそイキモノの最もシンプルな欲望が顕れる。

 

それは生きるための力、生存への渇望。その過程で生きるに値しないもの達は新たなカオスの火種となればいい…

 

 

 

そんなことも分からないとは…存外つまらない男だったのか?君は。』

 

 

この男は地獄そのもの…世界の破壊者だ…

 

 

 

『…その薬を使えば力が得られる。…当然だ。その薬は人間を根底から作り変える。…ただの意思なき化け物に。』

 

『君やヌル君は違うとでも?』

 

『違う!!我々には使命がある。-賢者達-の支配から世界を解き放つという使命が!!…私はあなた方-怪人同盟-も同じ目的だと思っていたが…こんなものでは解き放つどころか終焉を迎えてしまう!!』

 

 

 

 

『その通りだよ、ジーン。世界を終わらせるんだよ…君がね。』

 

ジーンには見えなかった。鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離にザ・グリードが接近する動作が。

 

ジーンは感じていた。自分の内部が作り変えられていく、人ならざるモノに。

 

 

 

 

『君は素晴らしいスペリオール-超越者-となりますよ、ジーン君♪』

 

 

~~~~~~

 

ところ変わって、ESP少女を鹵獲した三人はというと…

 

 

 

『飽きたわ。』

 

 

『『~~ッしつこい!!』』

 

手持ちのワインを飲みきったパーセフォニーは-大人しく-自分の出番を待つために部屋にあったソファーの上で扇情的な表情を浮かべながらその肢体を横たえていた。最もその色香は同室の美しい女性たちには何の効果もなく、むしろ数分に一回繰り出されるパーセフォニーの愚痴に苛立ちを募らせていた。

トップは自分を落ち着かせるように一度大きく息を吐くと口を開いた。

 

『だけどまぁ…パスの言うことも分からないでもないさ…一体いつまで待たせるつもりだい?』

 

『…もうすぐ、動きがあるはずよ。私の筋書き通りなら…』

 

BEEP!!BEEP!!

 

間をおかず彼女の言う通りに机の真ん中に置かれた無線機がけたたましくその存在を主張しだした。

 

 

『…ちょっとしたホラーだねこりゃ…』

 

引き攣った笑いをこぼすトップを尻目にアイリーンは無線機に手を伸ばす。その様子には僅かにだが緊張の色が滲んでいた。

 

 

『…アイリーン?』

 

 

『…大丈夫。私に任せて。』

 

力強い言葉で己を鼓舞したアイリーンは無線機を起動した。

 

 

《おはようクラリス。》

 

『…ッ?!博士-ハンニバル-?!貴方がどうして…』

 

《君に伝えたいことがあってね。彼にお願いしたのさ。》

 

『私に…伝えたい事?』

 

 

 

 

《…君を解放しよう、クラリス。》

 

『…解…放…?』

 

 

《君に相応しい舞台が整ったように私にも再び腕を振るう機会がやってきたのだよ。》

 

『…私を…棄てると…』

 

《…私も男の子だと言うことだ。…自分の力を試したい…君に挑戦したいのだよ。》

 

『何をバカな…』

 

《我々は運命を弄ぶ者共への復讐を敢行する。その為にはまだまだ私は未熟だと感じた。君には私を高める存在であってほしい。》

 

『……ッ!!!随分身勝手な話ね!!』

 

無線機に思わず怒鳴り付けるアイリーンだが目覚めた深淵の怪物には揺らぎ等あり得ない。

 

 

 

《今回は君の思い通りに行ったようだ。迎えもやったから彼に付いて行くと良い。……TATA-バイバイ-クラリス。》

 

 

 

 

-次は私と遊ぼう-

 

 

 

 

 

『…声だけだってのに

 

 全身が総毛立つ悍ましさ…

 

 今の男は何者だい?』

 

 

 

『…私が知る中で

 

 最高の知能と

 

 最悪の猟奇性を兼ね備えた

 

 

 史上最も危険な犯罪者。

 

 

 

 …そして

 

 鏡に映った私自身。』

 

 

 

普段感情を読ませないアイリーンの苦悩に満ちた言葉にトップは何も言えなかった。

 

部屋に落ちる静寂は突如跳ね起きたパーセフォニーによって破られた。

 

 

『…いけない!!ヤツが来る!!』

 

驚いて目を丸くするトップとアイリーンを尻目にソファーに立てかけてあったライフルを蹴り上げて空中で掴みとると扉に向かって引き金を引いた。

 

DADADA

  DADADADA

      DADADA!!

 

鼓膜を叩く発砲音に二人は物陰へと飛び込むとお互いの顔を突き合わせる。

 

『オイっ!アイツついにぶっ壊れたのかい?!』

 

『壊れてるのはもともとよ!!…でもこんなになるなんて…』

 

 

カチッ

 

 

最後の弾丸を吐きだしたライフルを投げ出すと、パーセフォニーはじっと扉を睨み付ける。

漫画に出てくるチーズの様に穴だらけになった扉は当然立て付けも悪くなっておりギィギィと音を立てている。

 

ついには部屋の内側へと倒れこんでしまった。

舞い上がる硝煙と埃。

薄暗い室内に射し込む外の明かり。

 

霞んだ白い世界から無機質な声がかかる。

 

 

『大層な歓迎に感動を禁じ得ないよ、メロビンジアン夫人。いや元夫人か。』

 

『一匹見つけると30匹はいるって言うけど貴方-エージェント-は100匹は居そうね。スミス。』

 

 

君は相変わらずだと笑いを溢しながら姿を現した男は鍛え上げた肉体をシワや汚れの一切が見当たらない黒いスーツに押し込み、黒いサングラスと酷薄な笑みを湛えていた。

 

 

『ここで君を消去-デリート-するのも悪くはない。…しかし今回は君達を彼の元に送り届けなければならない。さっさと準備をしたまえ。』

 

その言葉には物陰から様子を伺っていたアイリーンが反応した。

 

『まさかあなたがハンニバルの言ってた迎え?』

 

『そういうことだMs.スターリング。いや名前を-変えたん-だったな、Ms.アドラー。理解したのなら速やかに行動することだ。愚鈍な君たちに何時までも付き合う暇はないんだよ。』

 

不遜な男の言葉に三人はいきりたつが気にする様子もないスミスはサングラスを軽く持ち上げるとクルリと背を向ける。

 

 

『…さもなければ…紫苑、いやブリュンヒルデの命に関わるぞ。』

 

 

驚く-家族-達を見るその目は何処までも無感動で機械的だった。

 

 

~~~~~~

 

 

『どうして!?何で教えてくれなかったの?!!』

 

縋るようにこちらを見上げる紫苑を見てもスネークの答えは同じだ。

 

『今は一刻を争う。捜索する人員も出せない。…紫苑…彼女達は自分の意思で出て行ったんだ。』

 

『…?!そんな…私に何も言わずにトップ達が出ていったなんて…』

 

スネークからトップ達がキャンプから消えたという話を聞いた紫苑は、信じられないといった表情をする。

その紫苑の顔を見てスネークは俯き声を振り絞る。

 

 

 

『何故だ…何故会ったばかりの奴らをそこまで信じられる?

 

 奴らの何がお前をそこまで駆り立てる?

 

 

 

 どうして…

 

 

 どうして…

 

 

 その隣が俺ではないんだ…』

 

 

縋るような声。

 

 

-お前も俺を必要としないのか?-

 

 

 

『スネ『何故だッ!?』ッ…痛っ…』

 

 

強烈な握力で肩を掴まれた紫苑はその痛みに顔を歪めるがスネークには気付いた様子はない。

徐々に指先から力が抜けていくと勢いを失ったスネークの両腕がだらりと地に向けられる。

 

 

『…時間だ。ジーンの企みを阻止しなければならない。』

 

 

スネークは足早に紫苑の元を去った。

 

 

 

二人の距離は遠く離れて行った。

 

一度交わった線はその目的を違え、

互いを異なるステージへと運んでいく。

 

 

 

 

 

『…後悔しないな…スネーク。』

 

『パイソンの言うとおりだぜ、スネーク。あれじゃ…紫苑ちゃんが可哀想だ…』

 

一部始終を見ていたロイとパイソンがスネークへと咎める声をあげる。しかし彼は答えない。

 

 

『………これでいい…これで紫苑が-返って-くるんだ…俺の元に。』

 

その遺された独眼は仄暗い輝きを宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

スネークが去った後、私は独りテントに残った。まるで世界にたった一人取り残されたように。

あまりにも唐突な、しかし心の何処かに燻っていた不安が目に見える形で現れたような…

 

「…どうして…こうなっちゃったの…」

 

 

私にはスネークが別人のように思えて、

 

初めて-怖い-と思った。

 

 

 

ぎゅうと手を握る私の耳に優しげな女性の声が聞こえる。

 

<この星には国もイデオロギーもない。皆同じ人間なんだ。敵味方も無い筈なのに…>

 

<紫苑…わたしに後悔はない。お前に出会えて本当に良かった…>

 

<…私よりずっといい戦士になる…>

 

 

 

 

「…お母さん…私、分からないよ…」

 

膝を抱え俯く私は-母-に縋るように問いかけた。あの人ならきっと答えをくれるような気がしたから。

でも答えてはくれない。

 

彼女は死んだ…私の目の前で…

 

自分の忠を尽くして満足して死んだ彼女。

彼女の生きた痕跡を遺したいと願い、CQCを私は会得した。

 

彼女がスネークと共に創りあげたこの技術を、功績を、意思を伝えたいと思ったから。学び戦って…いま、ここ-サンヒエロニモ-にいる。

 

危険な戦場でも、少しも怖くなんてなかった。私には彼女から学んだ技術と…彼が、スネークがいたから。

必ず彼は生きてる。戦っていると信じられたから恐れるものなど何もなかった。

 

 

その彼を

今私は恐れている。

 

 

未来から迷い込んだ私に寄り添うように守ってくれたスネーク。

CQCを私に厳しく教え込んでくれたスネーク。

 

世界中の戦地を飛び回る彼が私の元に帰ってきたとき、子どものように飛び込んだ私を受け止めるのは薄らと戦いの匂いを残した彼の腕。力強いその感触にどれ程安心したことか。無事に帰ってきてくれた事を心臓の鼓動を通して確かめた。

 

…心の中では…

 

戦う力を求めているのに何もできない自分の臆病さを感じながら、彼に笑顔を向けた。

 

その時は気付かなかった、いいえ…気づこうとしなかったのかもしれない。

 

私の中に根付く-相棒-ではない、私の<意志>

 

 

私は何のために戦うの?

 

 

 

 

『紫苑?』

 

かけられた声にハッと顔をあげるとすぐ目の前にレイブンが立っていた。

心配そうな色をその眼差しに浮かべて紫苑を見つめている。

今にも泣きだしそうな紫苑を見てレイブンは、少女によく似た-仮面-の顔を歪ませる。

 

彼女は一部始終を見ていた。勝手な幻想を少女に押し付ける英雄と呼ばれた男の姿に抑えきれぬ殺意を抱いた。

それでもレイブンは見守ることを決めた。これは紫苑の決めるべきことだからと。

その結果が彼女が傷つけるだけだったとしても。

 

そしてレイブン自身も一つの決意を固めた。

この時彼女の運命が定まったのだ。

 

 

『聞いて、紫苑。』

 

膝を抱えてこちらを見つめる紫苑に目線を合わせるように屈み込んだレイブン。

 

 

『私は貴方を愛しているわ。

 

 それは‐家族‐としての愛よりも

 

 深く

 

 重く

 

 

 遥かに強い愛。』

 

 

 

その瞳は熱‐情欲‐を帯びて紫苑の心へと突き刺さる。

 

『…えぇ。伝わったわ。確かにあなたの気持ち…受け取った。私は…』

 

嬉しいと思う反面、戸惑いも隠せない紫苑の頬にレイブンは優しく手を添える。

 

 

『…本当は伝えるつもりはなかった…きっとあなたを困らせてしまうから。

 

 でも今のあなたには私が必要。

 

 私があなたの戦う‐理由‐になる。

 

 私があなたの望みを叶えるわ。…だから…』

 

 

‐あなたを頂戴?‐

 

 

ユックリと近づくその唇に紫苑は動けない。

 

 

 

《血に飢えて生きたって 何一つ残らねぇ》

 

ビクリと固まった紫苑の様子にレイブンは内心自嘲した。

 

 

 

 

《私の…言葉…信じる…か?》

 

『…やっぱりダメ『本当の姿を。』…え?』

 

諦めて離れようとしたレイブンを紫苑が呼び止めた。

 

 

 

 

《生きてくれ、‐  ‐》

 

 

『本当のあなたなら…喜んで。』

 

包み込むような笑顔を向けられたレイブンはしばし呆気にとられた後‐本当の姿‐で紫苑の唇と自身の唇を重ねた。

その接吻は少しだけ涙の味がした。

 

 

~~~~~~

 

 

地下サイロ内にある大型搬送用エレベータ。

そこに侵入者はたどり着いた。

動き出した昇降機の上に立つ人物の耳に空から近づく者がいる。

 

『よく来たなスネーク。』

 

FOX隊員、カニンガム。彼は‐スネークの功績‐を労う。

 

『おまえは予想以上によくやってくれた。あの男のおまえに対する評価は正しかった。』

 

『…あの男?』

 

『だがもういい。これ以上おまえが戦う理由はない。おまえの任務は終わったのだ、スネーク。』

 

任務という言葉に首を傾ける侵入者。その様子にカニンガムは嗤う。

 

 

『いいだろう、説明してやるスネーク。』

 

彼の口から語られたのはこの事件を仕組んだのはCIAの影響力に危機感を抱いた国防省だという事実だった。

弾道メタルギア計画に目を付けた彼らはジーンを扇動し弾道メタルギアをソ連に打ち込ませようとしていたのだ。

 

『それに…証拠も何も残らない。こいつでな!』

 

彼が指差したものは小型核砲弾、ソ連製のデイビークロケットだった。

 

『ジーンが弾道メタルギアを発射したあと、俺がこいつでこの基地を消滅させる。跡形も残さずにな。』

 

『…ここの兵士たちは?』

 

『奴らは俺たちの敵だぞ?…フフッ…だがお前は違う。お前はよく任務を果たしてくれた、国防省とあの男が描いたシナリオ通りにな。』

 

シナリオという言葉に反応した侵入者にカニンガムはなおも続ける。

FOXがこの半島にスネークを拉致した狙いはジーンの計画の障害とするため。たった一人で敵地に潜入し、反乱軍の兵士を味方につけ、ジーンが絶対に弾道メタルギアを使わなければならないように追いつめる。

 

 

『それができる兵士はお前しかいなかった、伝説の英雄‐BIGBOSS‐しか!!

 

 だが…もう十分だ。ジーンには弾道メタルギアをソ連に向けて発射して貰わなければならない。

 

 それが国防省の計画だ。その計画までお前に邪魔されるわけにはいかない。

 

 この基地の上にヘリポートがある。ヘリに乗れスネーク。

 

 弾道メタルギアが予定通り発射されたらお前を本国まで連れて行ってやる。

 

 

 この基地を吹き飛ばした後で元通りの英雄としてな。

 

 もっとも組織はCIAではない、それは我慢してくれ。』

 

 

計画の成功を確信し、満足げなカニンガムは奇妙な違和感を覚えた。想像通りに行ったはず…そう思えば思うほど心の奥底で何かが警鐘を鳴らす。昏い闇の底で、深淵がこちらを見つめているような…

 

 

 

『…幾つか腑に落ちないけど…概ね理解したわ。…本当に男って馬鹿ね。』

 

 

侵入者がワザとらしく肩を竦めて呆れ果てている。

 

黒い鴉がその羽根を広げる。

 

 

 

『な、なんだと?!!貴様何者だ!!』

 

驚くカニンガムに向けて侵入者は不敵な笑みとともに自身の顔に手をかけると、偽りの仮面を脱ぎ捨てる。

 

 

 

『さぁ…ショータイムよBOSS!!』

 

『朽葉流、次元刀!!』

 

 

突如上空よりかけられた声にカニンガムが目をやると無数の青い光の線、閃光の刃が飛来してきた。

 

SPAAA!!

 SPAAAA!!

 

『な、なにぃぃ!!!クソォォ!!』

 

青い斬撃にフライングプラットフォームの駆動系を破壊されたカニンガムは、形振り構わずデイビー・クロケットを発射しようとするがその手は空を掴むばかり。

 

 

『ひょっとして探し物はこれ?』

 

 

先程の侵入者の隣に現れた少女、紫苑の肩に無骨な兵器が担がれていた。

 

『き、貴様はァァ?!!スネークの小娘ェ!!』

 

激高するカニンガムに挑戦的な笑みを向けた紫苑は左手を翳す。

 

THWIP!! THWIP!!

 

『ムグッ?!』

 

紫苑が飛ばしたウェブによって口を封じられたカニンガムフライングプラットフォームからエレベーターの上へと転げ落ち、主を失った空飛ぶ棺桶は爆散した。

 

『さてと…』

 

THWIP!! THWIP!!

 

蹲るカニンガムをウェブでミノムシにしている紫苑にレイブンが声をかける。

 

 

『その子達も貴方の元で嬉しそうね。』

 

『うん♪-怒濤-と-波濤-を持ってきてくれて嬉しいわ!!』

 

紫苑が手にしている見慣れぬ武器。

戦地で紫苑が見つけた設計図を基にシギントが制作した紫苑専用武器。

銀色に輝く自動拳銃から忍者刀のような反りのない青藍のブレードが一方の銃はスライド側に、もう一方はグリップ側に取付けられている。その姿は右手側に順手で、左手側が逆手に剣を握っているようにも見える。

 

 

(…実は紫苑の事に夢中で渡すのをすっかり忘れてたんだけど…)

 

よいしょっと声をかけながら簀巻きにしたカニンガムを天井に吊るしている紫苑を見ながらレイブンは胸の内へと仕舞い込んでいた。

 

 

『ところで…それはどうするの?』

 

紫苑の持っているデイビークロケットを指してレイブンが尋ねると紫苑は困った顔を見せた。

これからの戦闘に持ち歩けるような代物でも無いからである。

う~んと唸ってしまった紫苑に声をかける男がいた。

 

 

『ならばその禍、このわしが引き受けよう。』

 

エレベータが辿り着いた先に待ち構えていた男。

紫色の拳法服に身を包み白髪の長いおさげと口髭を蓄えた初老の人物は自信に満ちた笑みを見せる。

 

『それ-核-はこの美しい星を破壊する悪魔の兵器。自然を破壊しようとする不逞の輩はこのわしの拳で打ち砕いてくれようぞっ!!』

 

『……あの…』

 

『無論娘っ子が悪しき目的の為にそれを使う事は無かろう…しかぁぁしッ!それ自身がすでに悪意の象徴たる存在なのだ!!』

 

『……いやだから…』

 

『よいか娘っ子ォォ!!虎穴に入らずんばとはいうがそれは虎の子などではなく地球を焼き尽くす火種となりえるのだァァ!!』

 

 

 

 

『……ちょっと!!!』

 

捲し立てる男に思わず声を荒げるとようやくこちらを向いた。

 

 

『あなた…誰ですか?!』

 

怪訝な顔の紫苑を見て一瞬呆けたような表情を見せると火のついたように笑い出した。

 

『ハッハッハッ!!!そういえばそうっだったな!…フム…儂の事は師匠-マスター-とでも呼んでもらおうか。』

 

自らをそう呼んだ男は鋭い眼差しを紫苑へと向ける。

 

 

 

『もう一度言う。紫苑よ、それをこちらに渡せ。』

 

『…あなたが信用できると思って?』

 

紫苑を庇うように前に出たレイブンを見てマスターは不敵な笑みを見せる。

 

『ほう…二人とも中々腕に覚えがあるようだが…

 

 

 喝ッッッ!!!』

 

『『…キャァァ?!』』

 

 

気合一閃。

男から放たれる超重圧の闘気に二人は吹き飛ばされてしまった。

 

 

『…悪いな娘っ子…』

 

謝罪の言葉を残し嵐のような男は禍の種を持ち帰っていった。

ダメージは無いものの男と自分たちの強さのステージが余りにも違いすぎることへの衝撃は大きかった。

 

 

『全く…一体なんなの?』

 

『分からないけど…強すぎるのは分かった。私達じゃ触れることすらままならないわ…』

 

『…あの男もFOXかしら?』

 

『…たぶん違う…』

 

 

そう願いたいわねと呟くレイブン。しかし紫苑には何か予感めいた感覚がしていた。

あの男は違う、そんな気がしていた。

 

 

~~~~~~

 

『やはり来たか。スネーク。』

 

『これは…メタルギアの技術者を殺したのか?』

 

制御室へと到達したスネークが見たものはメタルギアを生み出した技術者の死体だった。

 

『いいや、彼らは乗り越えられなかったのだ。』

 

『乗り越える?いったい何を?』

 

 

『試練…いや

 

 人間の壁…とでも言おうか…』

 

 

要領を得ないジーンの言葉に苛立ったように声を荒げるスネーク。

 

『貴様の目的はなんだ?!!』

 

 

 

 

『それなら私が教えてあげるわ、BIGBOSS。』

 

声の主は姿を消した女。

 

 

 

アイリーン・アドラーだった。

 

 

『彼の目的はアメリカ本国への核攻撃。

 

 そしてそれによって生じた混乱に乗じ、

 

 世界に新たなパワーバランスを築くこと。』

 

 

 

『何だと?!』

 

驚くスネークにジーンも口を開く。

 

 

 

『…私が目指す傭兵国家は実体を持たない闇の組織。

 

 地下深くに潜伏し、世界中のあらゆる紛争に介入する。

 

 

 そして…

 

 

 歴史の流れを操る。』

 

 

 

 

『兵士達の天国…あなたはそう呼んでいるそうね。』

 

フッとジーンが笑った。

 

 

彼の目的を知ったスネークは言う。

 

『お前のやっていることはただの独裁だ。

 

 ‘恐怖,で兵士を抑え付ける。

 

 言葉で味方を欺く、死と仰ぐ者を利用し、そして使い捨てる。

 

 

 そんなところに兵士達の天国があるはずがない。兵士達の天国はお前の考える国の外側にある。』

 

 

睨み合う二匹の蛇。

 

『…フフフ…』

 

張詰めた緊迫感の中、アイリーンは笑っていた。

 

 

彼女にとって、彼等は滑稽でしかなかった。まるで見当違いの主義主張を並べる二人の男は彼女には屍肉を啄む鴉のように見えたからだ。

 

 

 

『…貴様…何が可笑しい。』

 

射殺すようなジーンの視線をものともせずアイリーンは悠然と指し示す。

 

 

『答えが知りたければさっさと発射ボタンを押しなさい。

 

 もっとも…もうあなたのシナリオは差し替えられているけれど。』

 

 

 

女の言葉にジーンは苛立つと同時に言い知れぬ不安が過った。

メタルギアの発射ボタンに指をかけるとスネークの制止の声を振り切りボタンを押しこんだ。

 

 

KA-BOOM!!

 

 

 

『何だと…これは…』

 

ジーンがボタンを押した瞬間、制御装置が爆発した。

こんな芸当ができる人物にジーンは心当たりがあった。

 

 

 

『…ウルスラか!!』

 

破壊された制御装置の向こうに青白く発光する少女の姿。

 

『私の邪魔をするなウルスラ。』

 

『核を撃ってはいけない。それは恐ろしい兵器!なにもかもが死んだ!

 

 人も 動物も

 

 森も 大地も!

 

 

 そして今も苦しんでいる!!

 

 私にはわかる。

 

 彼らの痛みが、苦しみが、嘆きが、憎しみが!!』

 

 

 

『ウルスラ?いや…エルザなのか?』

 

 

ジーンは懐からナイフを少女に向け投げるが見えない壁に阻まれた様に弾かれた。

 

『私の思考を呼んだのか…お前が死んだと思ってガードが甘くなった。…だが無駄だ。たとえ私の思考を読んだとしても…『別に読んでないわよ?』…?!何?!』

 

 

何でもない事の様に言われた言葉に思わずジーンは動揺した。

 

『彼女の二重人格も、貴方の本当の目的も私は最初から見抜いていたわ。

 

 …最終幕は始まった…

 

 その主役もご到着よ!!』

 

 

アイリーンが振り返ると紫苑がレイブンと共に部屋へと駆け込んでくるところだった。

 

 

『…!!アイリーン!!…よかった無事で…』

 

『心配かけちゃったわね。パーセフォニーとトップも無事よ。』

 

アイリーンの無事を喜ぶ紫苑の後ろで一人冷めた目をするレイブン。

彼女の様子に気付いたアイリーンはゆっくりとレイブンに近づき右手を差し出す。

 

『貴女がミスティークね?同じ紫苑の家族として仲良くしましょう?』

 

『こちらこそ。私もあなたに会いたかったわ綺麗な猫さん♪』

 

互いの表情は美しい笑顔だが握られた手からは骨の軋む音が聞こえている。

 

(…こいつらが紫苑に付いた虫!!!)

 

(またパーセフォニーのせいね!!!)

 

背後の空間ごと歪ませるような二人の交流を嬉しそうに見ていた紫苑だがジーンと少女に向き直るとその空気は一変した。

 

 

『待たせたわね!!二人とも!!』

 

『紫苑…』

 

何か言いたげな少女に紫苑は笑った。

 

-全部終わったら…あなたの名前、聞かせてね♪-

 

 

紫苑には伝わっていた。言葉などなくても、少女の言いたい事は伝わっていたのだ。

 

 

『…まだだ…まだ終わっていない!!予備の制御装置がまだ…』

 

『残念だがそいつは無理だねぇ。』

 

 

ジーンの切り札である予備の制御装置のある部屋から出てきたのはトップとパーセフォニー。

その姿を見てジーンは己の夢の終焉を悟った。

 

 

『…ジーンさん。あなたのやり方では悲しみの連鎖は終わらないわ。あなたの力は悲しい戦いを終わらせるためにあるはずよ!!』

 

投降を呼びかける紫苑の言葉にジーンは、顔を俯かせ肩を震わせている。

 

『………フ…フフ…フハハハハハハ!!所詮模造品は本物に成れはしないという事か。

 

 私が…ジーンが目指したものは真の英雄の後継者達に潰された訳だ。

 

 夢も 理想も

 

 肉体も そして精神すらも

 

 私は全てを失うことになる……

 

 そんな…そんな世界は

 

 

 もう何も要らぬ!!!!』

 

 

 

 

顔をあげたジーンは既に人ならざる者へと変貌しつつあった。

 

 

口は大きく裂け、

 

体は見上げるほどに伸び上がり、

 

腕は二回り以上も太く長くなり、

 

その手には硬く鋭い爪が生えていた。

 

 

『…何だ…これは…』

 

呆然と呟くスネーク。

尚も豹変は続いていく。

 

 

服を突き破り現れたのは自在に動く強靭な尻尾、

 

裂けた咢からは鋭利な牙が生えそろい、隙間からは炎が吐き零れている。

 

 

 

その姿は人ではなく、

 

 

『……まるで…竜-ドラゴン-…』

 

『…これは読めないわよ…』

 

圧倒されているレイブンやアイリーン、他の者は声も出ない。

 

 

 

『ジーン…あなた…』

 

悲しげに呟く少女に怪物は言う。

 

 

『…ジーンは死んだ。

 

 

 蛇の遺伝子‐GENE‐は

 

 自身を超越‐SUPERIOR‐し

 

 竜が創生‐GENESIS‐したのだ!!!

 

 

 我が名は…』

 

 

 

 

 

   蛟 竜  ‐ミ ズ チ‐




次でこの章は完結



のはず


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彼女とすれ違う運命 終結篇

もう更新は無いと思っていましたか?


自分でもそう思っていましたがとうとう復活です。


この話は何度も消して、眺めて、ようやく今日表に出しました。


この数か月何度この展開を書き直した事か。


TPPにも間に合わないかと何度挫折したことか。



ちなみに次の話は去年の10月には98%完成しているというのは秘密です。


GAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 

かつてジーンと呼ばれた男は蒼白い鱗に覆われた巨大な竜-ミズチ-へと変わり果てた。

それが放った咆哮は、世界を揺るがさんばかりの震動を引き起こしている。

 

 

『いったいなんなんだ!!』

 

叫ぶスネークは銃を構えミズチの鼻先へと引鉄を引く。

しかし拳銃の弾ではかすり傷一つ負った様子はない。

 

次に動いたのはレイブンとアイリーンだ。

 

『紫苑ッ!』

 

未だに呆然としている紫苑を庇うようにレイブンは前へ出ると立続けに拳銃を発砲するが牽制にもなりはしなかった。

 

『トップ!パーセフォニー!こっちへ!』

 

アイリーンは素早く遮蔽物に身を隠しながら二人を呼び寄せると自身もM16を構える。

 

『火力を集中すれば有効かもしれないわ!!』

 

『『了解!!』』

 

アイリーンの呼びかけに応じた二人は彼女の後ろに立ち、トップはM37をパーセフォニーはM63をミズチに向けると一斉に攻撃を加え始めた。

強固な肉体を誇るミズチも重火器の一斉発射に流石によろめき、苦悶の呻き声をあげる。

 

『…!よし!これならいけるよ!!』

 

ぐらついたミズチの様子にトップは勢いづくが、相手の目には怒りの炎が宿っている。

 

 

 

Gwwwwaaaaaaaaaaaaaarmmn!!!

 

 

『…!!来る!!!』

 

 

危機を察知した白衣の少女が部屋の人間を背にする様に前へ飛び出すと両方の掌をミズチへと向ける。

 

 

 

瞬間、その場にいた全員を真っ赤な火の渦が覆った。

ミズチが強烈な炎のブレスを放ったのだ。

 

紅に視界が染まる中、凄まじい熱風は襲ってくるが炎はその猛威を振るうことは無かった。

 

 

彼らは見えない-繭-に包まれ、守られていたのだ。

 

 

『ぐっ…!!』

 

『これは…エルザが俺達を守っているのか?!』

 

 

 

『フォースフィールド…ウルスラか…しかし!!今の私を止めることはできない!!』

 

GAAAAAAAAA!!!!

 

 

『…?!…うぅぅぅ…』

 

さらに勢いを増した炎に少女の顔が苦痛にゆがむ。

 

 

 

 

『…!あなたは女性の扱いをザ・ボスから学ばなかったのね!!』

 

 

黒い蜘蛛の鎧をまとった紫苑は大きく跳躍すると炎の中心へと飛び込んだ。

 

一息でも吸い込めば肺は燃え尽きてしまうであろう業火の中で勢いをつけて高速回転をし始めた紫苑は、四方へとウェブを伸ばし始めた。業火に晒されながらも燃えることのない強靭な蜘蛛の糸はミズチの巨体へと絡みついていきその動きを鈍らせていく。回転速度は更に増し、巨大な竜巻が発生していく。巻き上げられた炎はまるで吹き上げられた木の葉のようにも見える。

 

 

 

『朽葉流、宇頭龍・荒繰姐-アラクネ-!!』

 

 

 

竜巻の中心で叫んだ紫苑が回転を止めると周囲の炎が膨張していき次々と爆発していく。

ミズチは爆発から逃れようと体をくねらせようとするが、もがけばもがくほど蜘蛛の糸はきつく締め上げていく。

 

 

『グゥゥゥッ!!小娘がぁ!!!』

 

『諦めろ!!ジーン!!貴様はもはや人間ではない!!』

 

 

 

『黙れ!!スネェェク!!

 

 貴様にだけは負けるわけにはいかんのだ!!

 

 すべてを超越して世界をゼロ‐原始‐に戻す!!』

 

 

説得は無駄だと悟ったスネークはメインウェポンのライフルに持ち替えるとミズチへと向ける。

 

 

『そんなことを、やらせはしない!!』

 

次々に撃ち出される銃弾に対して、鬱陶しそうに素早く背を向けると強靭な尻尾を振った。かろうじて視認できる程の速度で振り抜かれた尾を全身で受け止める事になったスネークは、まるで鞠のように地面を転がされる。

 

『グハアァッッ!!!』

 

内臓を傷つけたのか口から血を吐いたスネーク。蹲る彼に対して追撃を加えようと蜘蛛の糸を引き千切り動き出すミズチの前に紫苑が立ちふさがる。

 

『…これ以上私の大切な人たちを傷つけることは許さないわ。

 

 あなたがなぜそこまで世界を変えようとするのか、

 

 なぜそこまで力を求めているのか…私にはわからない。』

 

 

『ザ・ボスの娘か…

 

 私にもお前が分からない。…お前は子供だ。ただの子供、ザ・ボスと血の繋がり等無い。

 

 特異な力は認められるが、-大義-のために動くわけではない。

 

 唯一つ分かる事は…

 

 

 おまえは戦場でなくとも生きられると言うことだ。…我々とは違う。』

 

 

『そうね。それでも…

 

 掬い上げられる命を、笑顔を、

 

 目の前にして、何もしないなんて…

 

 私には耐えられない!!』

 

『綺麗事を。いずれお前は自分の限界にぶち当たり、己の無力さを知る。

 

 お前には忠を尽くす国もなく、導いてくれる師もいない。

 

 任務も!思想も!組織への誓いもない!!

 

 

 あるのは子供のような、人への安っぽい情だ!!

 

 

 

 -俺達-のように…お前は今まで何を失ってきた!!!』

 

 

怒髪天を衝く勢いのミズチが再びその口腔内に炎を蓄え始めるが紫苑は微動だにしない。

 

『紫苑!!』

 

まるで悲鳴のような声をあげたレイブンに紫苑は、

 

 

 

不敵に笑った。

 

 

 

『何を-失った―かより何を-得たか―よ。

 

 私は支えてくれる家族を得た。背中を預ける友を得た。

 

 

 

 闘う力を、守る理由を、愛する世界を得た。』

 

 

 

GAAAAAAAAAA!!!!

咆哮と共に放たれようとした灼熱の炎。

口腔で最高潮に高まったその瞬間を見計らい紫苑はウェブを撃ち出す。

 

THWIP!THWIP!

 

口を塞がれ行き場のなくなった炎は大爆発を起こした。

 

「火遊びは火傷の元よ。」

 

崩れ落ちるミズチ。

それを見送った紫苑が振り返ると視界が緋色に染まった。

 

 

『レイブン…苦しいって。』

 

『どうしてそんな無茶ばかりするのよ…私はそんなに頼りない?』

 

泣きそうな女の声に紫苑は首を振る。

ぎゅっと抱きしめ返して背中をあやすように叩く。

 

 

『そんなことは無いわ。あなたは私の家族、ファミリーだもの。』

 

『その中には当然私達も含まれてるわよねBOSS。』

 

『聞くまでもないわアイリーン。そんなことより私の紫苑にちょっと引っ付きすぎじゃない。』

 

『…あんたほんとにぶれないねパス。』

 

 

紫苑の周りにアイリーン、パーセフォニー、トップが集まる。

全身を苦痛に苛まれながらもその光景をどこか眩しそうに見る男の独眼。

変わりゆく少女の環境にスネークは複雑な心境だった。

彼が遠ざけたかった世界の中心に彼女がいるような気がしたからだ。

 

(…ボス…どうして俺には紫苑を守れないんだ…)

 

 

そしてもう一人。

彼女もまた言葉に出来ない感情を持て余していた。

 

 

私はジーンに救われ、この手でヌルを造りだし…ウルスラを…殺した。

 

 

ジーンが本気で核を撃つことを知った時、彼の元を離れた。

 

今私は誰の道具になったのだろうか…

 

無我夢中でジーンの焔に立ち向かったとき、スネークに希望と絶望を見た。

 

私の予知はウルスラと合わさり高まった。

 

いずれ彼は世界の敵となり、

彼の息子が世界を救う。

 

 

でもその未来に彼女達は居なかった。

 

 

読めなかったのかもしれない。

 

 

でももしも…そう思うと

 

私の心を言い知れぬ恐怖が襲い、虚無感が体を包む。

瞬間、私の存在はZEROになった。

此処が戦場であることを忘れ、

全てが終わったと思い込んだ。

 

この後のことを私は生涯忘れないだろう。

 

 

 

これを運命だと言うのなら

私は神を赦しはしない。

 

例え彼女が赦しても。

 

 

 

 

第2幕の始まりに気付いたのは紫苑。

正確には異変に反応することができたのが紫苑だけだった。

 

仲間たちに囲まれていた紫苑は此方をぼんやりと眺める少女の視線に気づいた。

彼女に声をかけようとした矢先、少女の背後に見つけた。

ゆらりと立ち上がる白い悪魔の姿を。

 

弾丸のように動き出した紫苑は少女と倒したはずのミズチとの間に自身を割り込ませる。

同時にミズチの鋭く尖った尾先が紫苑の体を深々と貫いた。

 

 

誰が見ても致命の一撃。

 

 

瞬間、世界が凍った。

 

 

 

零れ落ちんばかりに目を見開いた少女の前には黒い鎧に覆われた紫苑の足先から流れる鮮血が血溜まりを作っていく。

 

 

ずるりとミズチの尾が紫苑の体から抜かれるとその血溜まりに力無くべしゃりと音を立てて崩れ落ちた。

 

『……し…おん…?…ぁぁぁあぁぁぁああアアあっああああ!!!』

 

ぴくりとも動かぬ紫苑の姿に震えるように絶叫するスネーク。

獣のような慟哭と共に立ち上がったスネークは狂ったようにミズチへと引き金を引き続ける。

撃ち出される弾丸を物ともしないミズチは右腕を大きく振りかぶると床へと叩き付ける。

破片とともに鋭利な鱗が周りに撒き散らされスネーク達に迫る。

 

 

『アイリーン!!』

 

『…?!キャァッ!』

 

いち早く反応したパーセフォニーが鋭く叫びながらトップとアイリーンへと覆いかぶさる。

 

『…グウゥッ?!』

 

二人をかばったパーセフォニーの背中には数枚の鱗が深々と刺さり白のドレスを赤く染めていく。

 

『…!しっかりなさいアイリーン―私―!…トップ急いで退避するわよ!!パスを担いで!!』

 

アイリーンは自身に檄を飛ばすとショックから立ち直れないトップを引っ叩いて正気を取り戻させるとぐったりとしたパーセフォニーを引きずり物陰へと隠れる。

 

『あぁ…!!こんな、こんなことって…!!』

 

物陰では何とか再起動を果たしたトップだがその顔には絶望的な色が濃い。

 

『まだ終わって無いわ。絶望するのはそれからよ!…こんな結末は絶対に許さない。』

 

パーセフォニーの怪我の具合を確かめながら振り絞るように呟くアイリーンは顔をあげるとトップを見据える。

 

『…当然私も…借りは返させてもらうわ。』

 

体に走る痛みよりも大きな喪失感と怒りに全身を震わせながらパーセフォニーは立ち上がろうとする。

三人の視線が交わると強い意志の炎がその眼に宿る。

燃え上がる想いに呼応するように三人の右肩から淡い光が放たれる。

すぐに収まったその光に三人が気付くことは無かったがその身には力が漲っていた。

 

 

アイリーン達に襲い掛かった鱗はスネークにも襲い掛かっていた。

全身至る所に浅からぬ傷をつくりながらも男は引き金を引いていた。

 

痛みなど一つも感じない。

 

自分のアイデンティティーである少女を奪われたのだ。

 

もう失いたくないと、あれほど願った少女を。

 

 

許すわけにはいかない。

 

許してはいけない。

 

俺から紫苑を奪った奴を。

 

 

必ず復讐してやる!!!

 

 

 

 

 

『ウォォォォォォォ!!!!』

 

 

弾の切れた銃を投げ捨てると猛然とミズチへと走りよるスネーク。

素早くフラググレネードのピンを抜いたスネークは振り下ろされたミズチの右腕を潜り込んで躱すとその足元へと投げ込んだ。

 

BOMB!!!

 

GRRRUUUUU!!!!!!

 

爆風に押されたミズチは思わずたたらを踏む。

自身にも襲い掛かるその爆風の中でも追撃の為にもう一度グレネードのピンを抜くスネークは最早自らの危険等厭わなかった。今度はミズチの顔へと投げつけるために腕を大きく振りかぶったスネーク目掛けてミズチの尾が再び振るわれる。

 

『二度も同じ手は食わん!!』

 

 

迫りくる脅威を全身で受け止めたスネークは先程のように飛ばされることは無い。

 

 

『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

 

 

気合の雄叫びと共に力いっぱい尾を引くと、ミズチの巨体を引きずり倒してしまった。

眼前に晒された無防備な背中を見逃すようなスネークではない。

先程の投げ損なった分にいくらかおまけをつけてグレネードを放り投げた。

 

BOMB!!!

 

 

 

GRRRRAAAAAA!!!!

 

 

 

 

堅牢な肉体を持つミズチといえど至近距離での爆発は、背中に浅くはない傷を残している。

 

『終わりだ!!ジーンッ!』

 

 

 

戦いに終止符を打つためにスネークが取り出したのは「RPG-3」、対戦車兵器でもある自身の切り札を構えるとその引き金を引いた。

 

プシュッと空気の吹き出す音と共にミズチへと直進する85mmHEAT弾は着弾と同時に爆発を引き起こす。

分厚い装甲板をも打ち砕くその一撃はミズチの右腕と顎の一部を吹き飛ばしていた。

牙は折れ、爪は腕ごと消失し、全身から青い血を滴らせながら爛爛と光る眼だけをスネークへと向けるミズチ。

 

 

 

『グフッ…相続者計画で造られ、SEEDで超越者となった私をここまで追い詰めるとは…』

 

 

『…お前の使命も…俺の使命も…紫苑には何の関係もなかった。』

 

 

『何の関係もないだと?お前も気付いているはずだスネーク。あの子はザ・ボスに似すぎている。』

 

 

『…?!それでも…あの子は平和に生きることができたんだ!!』

 

 

 

互いに視線を交わした二匹の蛇は互いに最後の力を振り絞る。

 

ミズチが残された左腕を振りかぶり、スネークがM16A1を構えると割って入る影がある。

MAC10を両手に下げたトップ、SAAを二挺構えるアイリーンがいる。

 

 

 

『やられっぱなしは性に合わないんでねぇ!!』

 

『あなたは触れてはならない聖域に手を触れてしまったわ。その身で贖いなさい!!』

 

 

立ちはだかる二人に矛先を変えたミズチはその鉄槌を振り下ろそうとした。

しかしその左腕に飛び掛かるパーセフォニーがマチェットを深々と突き立てる。

 

 

『よそ見はいけないわ。…貴方が奪ったものの重さをを知りなさい。』

 

 

静かな激情をはらんだ女の瞳を無感動に見つめるミズチ。

 

 

 

『……これほどの影響力とは…やはり危険だったということだ。BOSSは一人でいい……』

 

 

左腕にぶら下がるパーセフォニーはマチェットを引き抜きながらトンボを切って身を翻すと三人の女傑が並び立つ。

 

 

 

『『『私達のBOSSは!九頭紫苑ただ一人!!!』』』

 

 

 

自身に立ち向かう三人の女を見てミズチ、いやジーンは眼前に広がる光景が一枚の絵画のように思えた。

 

 

美しいと思った。

 

一人の少女に忠を尽くす彼女たちの姿を。

 

 

 

うらやましいと思った。

 

澄み切った忠誠を向けられるあの少女が。

 

 

 

 

相続者計画で造られていなければ

 

 

 

あの男にこのような姿にされていなければ

 

 

 

もっと早くあの少女に出会っていれば

 

 

 

 

 

―私もあそこにいたのだろうか―。

 

 

 

 

 

『…フフッ…何を…バカな…』

 

 

らしくない自身の思考に自嘲の笑みをこぼしたミズチ―ジーン―は部屋の中に雪崩込んでくる多数の兵士の存在を感じ取った。

 

 

 

 

『ご無事ですか?!これより援護いたしますBIGBOSS!!』

 

『お前達…すまない、助かった。』

 

無数の銃口に囲まれたミズチの心はとても静かだった。

己の使命の終幕を悟った今、彼には伝えるべき事があった。

 

 

『あの少女が死に、私を打ち倒した今…

 

ザ・ボスの真の後継者はお前となるだろうスネーク。

 

-ソルジャー遺伝子-…あの噂は本当かも知れんな。…あの少女も…あるいは…』

 

 

 

『何を言っている?…紫苑は平和な世界の女だ。俺達とは違う…いや違ったんだ。』

 

 

 

『…戦って生き残った者が後を継ぐ…それが我々の宿命。

 

 …私が伝えるべきことはもうすべて伝えた…

 

 私の遺伝子―ジーン―はお前が引き継ぐ。お前が真の相続者だ。

 

 

 

 自らに忠を尽くせ…お前自身の使命を…果たせ。』

 

 

 

 

戦いの為に産み出された人造の蛇は

戦う者に生きる意味を与えるため

―使命-という名の猛毒をその身に宿した。

 

 

 

兵士一人一人の兵力は、自らが唱えるような尊い意志のために使われるべきだと考えていた男の思想は死者の半島にて終結を迎える。

しかし彼の使命は次なる相続者へと受け継がれた。蛇の遺伝子は消え去ることなく次なる戦場へと向かう。

 

眩いばかりの閃光に包まれながら一人の戦士が舞台を降りた。

 

 

 

 

一斉砲火を浴びたミズチは青い淡雪のようにその痕跡を残さずに消えて行った。

その様子を眺めるスネークの胸の内には戦いだけに生きた男の言葉が重くのしかかっていた。

 

『…ッ?!紫苑!!!』

 

 

ハッとしたスネークが振り返って辺りを見回すが彼女がいた血溜りにはその姿は無かった。

 

 

 

GAGOOOON!!!!

 

 

 

動揺するスネークの頭上からは天井が崩れ始めていた。ここは地下施設。巨大な竜が暴れ回った結果、崩壊が始まったのだ。

 

 

 

『スネーク!!崩れるぞ、脱出するんだ!!!!』

 

無線からは焦ったロイの声がする。周りに集まった兵士達からも脱出を促す声がする。

 

 

自分はまた大切な人を弔うことすらできないのか。

 

彼はまたしても一つ己の魂というべき存在を失うことになった。

 

彼女を慕う戦乙女達の姿が消えていることにも気づく余裕はありはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

血を失った少女の亡骸を胸に抱き、女は一人彷徨っていた。上に行くでもなく下に行くでもなく、ただ当て所もなく歩き続けていた。その腕の中で冷たくなっていく少女の体を強く抱きしめるたびに自身の体温が移り微かに熱を持つ。その感覚だけを無くしたくないと力を込める女は既に壊れているのかもしれない。事実彼女は能力のコントロールをすでに放棄しており、異形の青い裸身を晒していたからだ。

ふらふらと歩き続けた結果、女は大小様々な機械が稼働している部屋へと足を踏み入れていた。

 

 

 

『よう。随分としょぼくれた面をぶら下げてるじゃァねぇか…えぇ?ミスティークさんよ。』

 

 

 

頭上からかけられた男の声に足を止めた女、ミスティークは力なく目線をあげたがその眼には光は消えていた。

 

 

 

 

『うちの基地に単身カチコミをかけてきたときゃぁ、胆の座った女だと思ったが…こりゃぁ見込み違いだったか。』

 

 

『…私を殺しにでも来たの?フッ…もうどうでもいいわ…好きになさい。』

 

 

投げやりな女の態度を静かに煙草を燻らせながら眺めた男は腰かけていた機械から身を躍らせた男は音もなく着地した。

 

 

『わりぃんだがアンタには露程の興味もない。俺が用があんのはアンタの抱えてるそいつだ。』

 

 

男の言葉を聞いた瞬間、ミスティークからどす黒い敵意が溢れ出す。

 

 

『渡さない!!もう誰にもこの子は渡さない!!!』

 

 

狂ったように叫び声をあげる女は、初めて男を見た。金色の眼は燃え盛る焔の様に男を見据える。

茶色いジャケットに薄汚れたコートとサングラス、咥え煙草の男は口から煙を吐き出すとフッと笑った。

 

『せっかくの家族水入らずなんだ。邪魔をすんのは野暮ってもんだぜ?』

 

『…か…ぞく…?まさか…あなたは…』

 

 

 

 

驚くミスティークには目もくれず、男は右手で煙草を投げ捨てるとゆっくりと歩み寄る。

 

 

 

 

『そいつは昔からお節介でなぁ…普通だったら考える―保身―ってもんがねぇんだ。結局一番傷つくのはテメェだってのにな。…まぁ無鉄砲は家系かもな。』

 

 

男は懐かしそうに在りし日を思い返す。

 

 

 

 

『だがなぁ…紫苑は一度だって自分のやったことに後悔したことは無ぇんだよ。…今日まではなぁ…』

 

 

 

『…そうよね…自分の命を落としてまで助ける価値なんて『ちげぇよ。』…え?』

 

 

 

 

気付かぬうちにミスティークは座り込んでいたのだろう。男の声に顔をあげると僅かなライトを背にした男の表情は窺えない、しかし男は薄く、確かに笑っていた。

 

 

 

 

『今死んだらこれからアイツが救うはずだった手を、あいつに差し出されてる手を握れなくなっちまうことに今頃気づいたんだよ。だから後悔してる。使命を全うできなかった自分にな。』

 

 

 

『確かにそう言うでしょうね…でももう遅いわ。何もかもがもう遅すぎたのよ…』

 

 

再び顔を伏せたミスティークはそっと胸に抱いた少女の頬を撫でる。金の瞳から零れ落ちた滴が少女の目尻に落ち、まるで少女が泣いているようだった。

 

 

『…紫苑を取り戻せるなら私は神に祈るし、悪魔にでも跪いてもいい!!』

 

 

 

だからお願い…誰か助けて…

 

 

震えながら呟くミスティークを見る男はそっと懐に手を伸ばす。

 

 

 

 

なぁカミサマ、アンタはどうしようもねぇ根性悪だ。

 

クソのように生き永らえている男に、

 

また恥をかく場所を与えようとしてやがる。

 

 

 

だがなぁ、同時に感謝もしてる。

 

 

俺に-大将-という―兄貴-と同じくらい信ずるに値する主君ができた。

 

そしてもう一度紫苑とめぐり合わせてくれた。

 

 

 

バカな兄貴と…もう一度笑って許してくれるか?

お前を俺らと同じ、バケモノにしちまうろくでなしの兄貴を。

 

 

 

 

 

その男、九頭文治が己が主君から与えられた-狂気の種-を握った刹那、その目には青白く燃える紫電が閃いていた。




次の話は祝日までには投稿しておきたい。


その次の章で主人公の仲間はほぼ出そろいます。



たぶん。


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The Next Decade

目標時間には間に合いませんでしたがこの章はこれで終わりです。

いやーそれにしても陰陽座ツアー「雷神」最高でした!!!

風神に続き招鬼さんのギターピックを確保するという奇跡に恵まれたのでやる気満々ですよ!!




すいません 本編へどうぞ。


『すべては彼女の望んだ世界を実現するため…お前たちに預けた「遺産」の半分を返してもらう。』

 

賢者達の巣窟-ラングレー-の地下深く、山猫が牙を剥く。

愕然とした表情の男に慈悲もなく引き金を引く。

 

崩れ落ちた男には目もくれず、零れたアタッシュケースを拾い上げる。

 

 

『…これがあれば…』

 

『Cool beans!(いいねぇ!!)頑張ったじゃないか子猫ちゃん!!』

 

 

背後から気配もなくかけられた声に驚いたオセロットが振り向きながら銃口を向ける。

そこにいたのは見覚えのない大柄な老人だった。

 

『貴様…何者だ?』

 

その男を見た瞬間、優秀な戦士であるオセロットの第六感が全力で警鐘を鳴らしている。

 

その男には隠しきれない濃密な死の香りが漂っていたからだ。

 

 

『君の-御父上-の友人だ、若者よ。』

 

 

A precipice in front, a wolf behind.(前に絶壁、後ろに狼)

 

オセロットは自分の背後からもう一つの死の気配を感じ取った。

 

 

『なんだ、来たのかErik。この私が失敗するとでも思ったのか?』

 

『怒るなよHannibal。そんなつもりはない、ちょっと見学するだけさ。』

 

 

オセロットは自分の能力に絶対の自信を持っている。どんな危機的状況でも切り抜ける自信があった。

 

そう、この瞬間までは。

 

 

 

 

 

『スネーク。帰国した時はたいした歓迎ぶりだったそうだな。』

 

1971年、伝説の英雄はアメリカへと帰還した。仲間たちは入院や一時拘束などで離れ離れにはなったが命を失った者はいない。

 

彼のもっとも大事な少女以外は。

 

 

『…紫苑の事は残念だったな…あんた、これからどうするつもりだ?』

 

『紫苑は俺にとっての希望だった。

 

 戦場でコードネームでしか呼ばれない俺を、名前で呼ぶ。

 

 もう彼女しか…残っていなかったんだ。』

 

『スネーク…』

 

 

『これは俺の業だ。平穏な生活を望んだが、俺は戦いの中でしか生きられない。

 

 あの子は違ったのに…俺が巻き込んだ。

 

 だから俺は俺の運命と向き合おう。』

 

 

『運命?』

 

『戦場の中でしか生きられないのなら、戦う理由だけは俺が決める。

 

 俺が受け継いだものを伝えるために。

 

 

 紫苑もそう言ってたしな。』

 

 

 

『そうか…いずれまた会おう。』

 

 

 

英雄は-過去-を駆逐し-現在-を創った。

 

姿を消した英雄は雌伏の時を迎える。

 

時代が英雄を欲するとき、彼は歴史の表舞台に舞い戻る。

 

 

 

英雄-BIGBOSS-は昏い太陽へとその輝きを変えながら。

 

 

 

 

 

 

時を同じくしてもう一人の英雄も帰還した。物言わぬ骸として。

 

 

『紫苑…私が弱かったばっかりに…』

 

真っ白なベッドの上に横たえられた紫苑の手を握り、少女は静かに涙していた。

 

 

『いいえ、あの事態は予想なんてできなかった。それこそ神様でもない限り…悔やみきれないわ…』

 

『あたしだって…護ってやれなかった。紫苑に付いて行くって心に決めたってのに…』

 

『こんなのが運命だなんて…また私から大切なものを奪っていく…』

 

 

 

自分の肉体を切り刻まれるかのような痛みと喪失感に打ちひしがれるアイリーン、トップ、パーセフォニー。

力なく椅子に座りこんでいたり、壁に背を預けていたり…彼女たちの涙はとうに枯れ果てていた。

 

そして…

 

 

『…紫苑…』

 

 

自身の本来の姿で寄り添うように紫苑のそばにいるミスティーク。

もっとも彼女に依存しているその女は今や瞬きすらしない人形のように紫苑の傍に佇むだけだった。

 

 

『…まさかあのミスティークがこちらにいるとはね。紫苑とはどういう関係なの?』

 

『…私の事を知ってるということは、-彼-の仲間?』

 

微かに疲れた表情をしながらも幾分か落ち着きを取り戻したアイリーンが尋ねる。

 

 

『貴女が彼の拠点を襲撃した時にたまたまあそこにいたのよ。…それと今は紫苑の-家族-。ここにいるのは私の意思、彼等とは関係無いわ。』

 

 

『へぇ…さすがは私の紫苑というべきか、節操の無さを責めるべきか…』

 

 

『…アンタたちねぇ…今そんなこと言ってる場合かい?!紫苑が…紫苑が死んじまったんだよ!!』

 

 

未だ受け入れることのできないトップが思わず立ち上がり声を荒げる。

怒りと悲しみが綯交ぜになった憤りを抑えられない様子だ。

 

『…トップ…』

 

彼女の様子に少し悲しげにしたアイリーンだが次の瞬間には決意を秘めた目でミスティークを見る。

 

 

『ミスティーク…貴女があの男の関係者なら知っているはず。紫苑を取り戻す方法を。』

 

『…それで?』

 

『あの子を取り戻すためなら、なんだってするわ。…たとえ道を外れた方法だとしても…』

 

『…そうしてまたあの子に戦いをさせるの?あの子を戦禍に巻き込むの?』

 

『それこそ貴女が一番わかってるでしょう?紫苑を今失う訳にはいかないの。』

 

『ちょ、ちょっと待ちなよ!!それじゃまるで紫苑は…『落ち着いてトップ。』…パス…』

 

狼狽しているトップの肩にそっと手を置いて宥めるパーセフォニー。彼女たちの様子を横目で確認したアイリーンはこちらを見ることなく紫苑を見つめるミスティークに向き直る。

 

 

『私には…私達にはあの子が必要なの。まだ紫苑と一緒に居たいのよ!!』

 

『そう…それな『待たせたな、ミスティーク。』…?!…なるほどそれがあなたの本当の姿…』

 

そこに現れたのはザ・グリードと呼ばれる男。しかしその姿はいつものだらけた服装ではなく黒いコートと軍服姿。何よりも纏う空気が異質だった。存在するだけで空間が歪んで見えるほどの威圧感。猛禽類のような鋭い目は強者の風格を備えていた。

 

 

『…やはり出てきたわね…グリード。』

 

『歓迎ありがとうクラリス。しかし紫苑を守れなかったとは君らの弱さには落胆を禁じ得ないね。』

 

投げ掛けられた言葉に対してにべもなく辛辣な返答を送るグリードに思わずトップが声を荒げる。

 

『何だって!?アン『さて、約束通り紫苑を取り戻してやろう、ミスティーク。』…エッ?!』

 

遮るように発せられた男の発言はトップの思考を止めてしまった。

目を大きく見開いたトップは更に驚きを重ねる光景を目にする。

あのアイリーンが男に掴みかかったのだ。

 

『どうすれば紫苑は目を醒ますのッ…!教えなさいグリード!!』

 

 

努めて冷静にしようとしていたアイリーンだが彼女も限界であったのだ。

詰め寄るようにグリードに迫るアイリーンは真っ直ぐに男の目を見つめる。

 

強い語気とは裏腹にその眼は縋る様な光を放っていた。

 

 

男は彼女の言葉に小さくうなずくと部屋に揃った紫苑の-家族達-の顔を見回す。

彼女達の想いを感じ取った男は右手の人差し指をゆっくりと立てる。

 

『一ついいことを教えてやる。紫苑を救う方法は-奴等の決めた運命-に抗うことだ

 

 

 ありとあらゆる時、ありとあらゆる場所、…そしてありとあらゆる世界で。

 

 

 

 

 俺達を使った盤上遊戯で、-奴ら-は命を…魂を…全てを奪っていく。

 

 

 

 

 代わりに与えられるのは奴らの望む運命‐シナリオ‐。

 

 

 

 

 己の力を誇示するために戦乱を生み、

 

 絶望の嵐を知謀を持って巻き起こし酔いしれ、

 

 愛という麻薬で心を堕落させる事で快楽を得る。

 

 

 

 

 奴らにとって俺達はゲームの駒や玩具でしかない。

 

 

 

 奴らの戯れに奪われた俺達の未来を俺達の元に取り返す。

 

 その為ならば屍山血河を乗り越え、俺は…俺達は-報復-する。

 

 

 お前たちにもその覚悟があるのなら……

 

 

 

 

 

 大切なものをその手で取り返してみせろ!!!』

 

 

 

男が素早く右手で空中に円を描くとその手を差し込んだ。

右肘より先が虚空に消え、次に引き抜かれたときにはその手には一振りの抜身の大太刀が握られていた。

 

鞘から抜かれると窓辺から僅かに零れる朝日に照らされた刀身は七色に輝いて見えた。

 

『この刀は三千世界を見通し、道を切り拓く。

 

 

 

 …入り口は俺が拓いてやろう…

 

 だが紫苑のいる場所へはお前たちが行け。』

 

『その場所ってのは一体…?』

 

 

男はトップの問いには答えず、ゆっくりと刀を振りかざすと何もない空間へと振り下ろした。

切っ先が描く軌跡は空間に裂け目を作り出すと異世界への入り口となった。

裂目からはドス黒く淀んだ空気が流れ出し、戦乙女達の体に流れ込んでいく。全身から汗が吹き出し視界が黒く染まっていく。

 

『この先は本物の【死者の楽園】、我々は-冥府-と呼んでいる。

 

 この世界の中心にあるゴルゴム神殿に紫苑は居る。』

 

 

『この先に紫苑が…『ただし行けるのは一人だけだ。』?!…それは何故かしら?』

 

 

『この《顕明連》によって生み出される裂け目は一時的なものでしかない。

 

 これを維持するには…そこのお嬢ちゃんとパーセフォニー、君達の力がいる。紫苑を奪還出来ても帰る術がなくなるからな。

 

 

 

 そして冥府は生者の魂を著しく奪う。ただソコに居るだけでな。

 

 ただの人間であるアイリーンとトップはこの先に行くことすらできない。

 

 

 …つまり…』

 

 

 

そこで言葉を止めた男は一言も発さなかったミスティークへと視線を投げる。

彼女は横たわる紫苑に近づくとその髪を優しく撫で、その額に口づけを一つ落とした。

 

それは騎士の誓いのようにも懺悔の祈りのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

べん べん べん

 

 

頭の中で音がする

 

 

 

べん べん べん

 

 

それは不気味な音色でありながら晴らしきれぬ未練と、満たされぬ愛情を嘆くような…

 

 

 

「…よもや本当に目が覚めるとは…わちきの三味線の腕か…はたまたこの子の情念か…」

 

 

「…さすがは太夫だよ。今この子を失う訳にはいかぬ。…さぁ紫苑よ、今こそ目覚める時だ。」

 

 

私の名を呼んでる?男の声に聞き覚えはあるけど…瞼が鉛のように重い。

 

「…?目覚めないでありんすね…」

 

「ふむ…‐向こう‐の体は彼等が造り換えたようだか…どうやら魂の消耗が激しいのだろう。何かカワリの…!?《ドケ、トキサダ。》まさか!?」

 

私の意識の覚醒を感じた二人はそれでも目覚めない私を案じているのか。でもすぐにそんな思考は割り込んだ声の主により消し飛んだ。

 

ドン!!

 

「…ッ?!!ゴホッゲホッ!!」

 

 

突如私の体に流れ出した力の本流。

 

それはあまりにも大きく、

 

力の勢いは瞬時に全身を駆け巡り、

 

禍禍しい暴風のように五感を蹂躙しようと迫ってくる。

 

身体をのたうち回らせる私の心を侵食しようと迫るその力は、世界を一色に染めていく。

 

 

 

 

心を支配するのは、

 

 

 

冥い破壊衝動。

 

 

 

 

 

「お前に足らぬは憎悪、嫉妬…そして総てを破壊しつくす、-殺意-。今打ち込んだのはその波動だ。」

 

「…冥王様?!随分乱暴ではありんせんか?!」

 

「…止さぬか太夫!!「ヨイ、トキサダ。」…ハッ…」

 

 

 

非難染みた女性の声とそれを押しとどめようとする男性の声。

私の耳には届いているけどそれよりももっと激しいコエが私の心を埋め尽くす。

 

 

 

 

叫べ!!!

 

 

呪え!!!

 

 

吠えろ!!!

 

 

怒れ!!!

 

 

 

 

 

コ   ロ    セ    !!!

 

 

 

 

 

 

 

GAAAAAAAAAAA!!!!

 

 

跳ね上がるように立ち上がった私の視界に2つの人影が写る。

 

 

頭部には軟体生物が絡みつき、巨大な目のようなものがこちらを見据える。

顔の下半分からは白い肌とすっと通った鼻筋、青い唇に体には打掛のようなものを纏ってはいること。

異形ではありながら醸し出される妖艶さと悲哀から女の声はきっと彼女だ。

一方は華美な南蛮風の衣装をまとった美青年は驚いたようにこちらを見ている。

その姿は以前見たヴィジョンの男だ。その時よりも力強い覇気を纏っている。

 

 

 

その二人の向こう側。

 

 

 

漆黒の岩を切り出しただけ、ただそれだけなのに一目でわかる。

 

 

 

 

あれは玉座。そしてそこに座る人物こそが…

 

 

 

 

「…メ…イ…オ…ウ…」

 

 

 

 

 

そいつは全身を真紅の鎧で覆い、緑色に発光する複眼。

二本の触角を額から生やし、腰には緑と赤の石が埋め込まれている。

深く王座に腰かけて傍に突き立てられた剣に右手を置き、こちらを見つめている。

 

 

感情の読めない…そもそも存在すらしていないのかも…

 

 

私は…怖かった。

 

 

体を駆け巡る破壊衝動。

 

自分が塗りつぶされていく感覚。

 

赤い鎧の死の権化。

 

 

 

 

そしていま、

 

 

 

 

私は挑まされる。

 

死の運命に。

 

 

 

 

 

「さぁ…そいつに身を任せろ。

 

 私を愉しませてくれ。

 

 

 

 九 頭 紫 苑。」

 

 

 

 

ゴメン…みんな…

 

わたし…は…も……う……

 

 

 

 

 

-俺みたいにはなるなって言っただろ紫苑。-

 

 

文治兄さん…?

 

-ったく、このお転婆が。俺らがいねぇとすぐこれだ。-

 

 

ジュージ兄…

 

 

そうだ…私には家族がいる。

待っている人たちがいるんだ!!

 

 

 

-君には帰る場所がある、今度こそ君に悲しい顔はさせない。-

 

あなたは…

 

-奴らに奪われた君の幸せは俺が必ず奪り還す。-

 

私の…大切な…

 

 

 

 

 

 

GUUUUUUッゥウウウ……」

 

 

 

殺意の波動に浮かされた私が理性を取りもどした時、私の拳は-冥王-に向かって振り下ろされる直前だった。

体の中に渦巻いていた激情は奥深くへとその姿を潜めていった。

力の奔流が収まると私は膝から崩れ落ちる。立っている気力等一欠けらも残っていない。

 

「まさか…御した…でありんすか?」

 

 

「…なるほど…さすがはあの男の…」

 

 

驚く二人の声を遠くに聞きながら、彼は嗤った。

 

 

 

「面白い…我と共に来い、紫苑。

 

 

 地上も

 

 魔界も

 

 天界も…

 

 

 お前が望むものをすべてくれてやろう。

 

 

 

 

 我の伴侶となれ、紫苑。」

 

 

私を求める明瞭な彼の声。

 

でも…私は

 

 

「…私には…帰…る場所が…あるの。…帰りを待つ…家族達がいる。」

 

 

喩この身が人でなくなったとしても。

 

 

「…私を救ってくれた彼女の…遺志を残すためにも、私はあの…世界に帰らなければ…いけない。」

 

 

喩もう一度戦火の中に身を投じることとなっても。

 

 

「私が救える人がいる限り、この手を伸ばし続ける。」

 

 

 

 

「私の望むものはここにはないの。…でもありがとう、貴方の気持ちは伝わったわ。」

 

 

「…お前たちはそっくりだ。私を飽きさせない。」

 

 

彼の言葉に不思議そうにしている私を彼は身動き一つせず見つめている、いや眺めているといった感じかな?

彼は続けて言った。

 

 

 

「…蜜月の時は短いな紫苑。」

 

 

 

少し残念そうな声色で彼がそう言うと私にもその理由が分かった。

 

 

 

遥か彼方より私を呼ぶ声がする。

きっとあれはみんなの声だ。

目を閉じると-家族-の存在を確かに感じる。

 

 

たとえどんなに離れていても見えない糸で繋がっている。

彼女達との強い絆を感じる。

ゆっくり目を開ければ指先から、体が光の粒子となって虚空へと消えていく。

きっと私の世界に戻るんだと思う。

 

 

「…さらばだ…紫苑よ。」

 

 

玉座に座る男が私に別れを告げる。

でも私には自信があった。

 

 

「これはサヨナラじゃないわ。

 

 貴方達とはまた会う気がする。

 

 必ずね。…だから…」

 

 

自然と笑みがこぼれる。

不思議と玉座の彼には親近感のようなものを感じていた。

きっとまた会える、そんな気持ちを込めて私は消えつつある右手を大きく上げた。

 

 

「またね!!」

 

 

 

「…-またね―…か…つくづく食えぬ奴等だ。」

 

 

完全に光となり消えてしまった紫苑がいた場所を眺めながら―冥王-が一人零す。

この男は本来寡黙だ。しかし今日は久々の大切な客人だったので思わず口数が増えてしまっていた。

 

 

 

余計な手出しをしてしまった自覚はあるが気になどしない。

どうせ奴もそんなことは気にしない。奴は我なのだから。

 

 

「なにやら楽しそうではありんせんか、冥王様?」

 

我の昂る感情に太夫は鋭く反応する。女の勘とやらか。

あるいは奴らに感化されたか。

 

 

「…紫苑は無事に元の世界へ帰還を果たしたようですな。…しかし冥王殿…-波動-の一件、大魔王様にご報告させて頂きますぞ。」

 

紫苑の行く末を確認するため異世界を見通す術を使い、瞳を閉じていた男が此方を窺う。

真意の読めぬ視線をよこすこの男は我の配下ではない。同盟者の老人が寄越した手のものだ。

小賢しい手を好む爺さんらしい手だが、なかなかどうして使える男だ。

 

 

 

玉座をめぐる戦いに勝利し、冥府を統べる王となって数え切れぬ程黒い太陽を見上げてきた。

次の王を決める戦いの起こるまで、残り数千年を退屈に過ごすのだろうと思っていた。

 

 

そんな時あの男が現れ、

 

全てをひっくり返していった。

 

 

《運命と戦う》

 

 

 

殺戮と闘争を飽きるほど喰らい尽くしてきた我が、

 

死者の世界の支配者となったが故に気づかなかったこと。

 

 

 

 

彼らの存在を意識した瞬間、全身に沸き起こったのは歓喜。

 

 

思う存分戦える!!まだ見ぬ強者、己よりも強大で格上の存在がまだいたのだ!!

 

 

時期に先端の火ぶたが切って落とされるだろう。

 

そして…紫苑は壮大なその戦史の幕開けとなろう。

 

 

 

 

 

 

「…薄皮太夫、天草四郎時貞。」

 

 

 

 

我が二人の名を呼べば、静かにその首を垂れる。

 

配下ではあるが弱者ではない。

このモノ共もまた、運命に抗う戦士だからだ。

 

 

 

 

「見届けよ…

 

 

 この冥府の支配者、

 

 

 -創世王-の戦いを。」

 

 

 

天-ソラ-よ!!見るがいい!!影は此処に在るということを!!

 

 

~~~~~~

 

 

 

カチャ

 

静かに男が受話器を置いた。

窓の外からは眩しい太陽が差し込んでいる。

目を細めて景色を眺めながら彼はある男の事を考えていた。

 

 

BIGBOSS

 

 

若き山猫からは―愛国者達―に参加するには彼の協力が条件だと提示された。

 

だが彼には予感があった。

 

 

あの男はやりすぎる。ザ・ボスへの思い入れが強すぎるのだ。

彼女の遺志を実現するにはもう一度彼のステージをあげる必要がある。

 

彼を象徴とするためにはザ・ボスへの未練を断ち切る必要がある。

 

彼女の望んだ世界はこの私の手で作り上げてみせる。

 

 

その為ならば手段は選ばん。

 

 

私がこの世界を一つに管理してみせる。

 

 

 

 

 

「高潔無比な彼女の想いを、よくぞ此処まで汚したものだな。えぇ?友よ。」

 

 

 

 

男が振り返ると上等な椅子に腰かけた人物が机の上に足を乗せてこちらを睨み付けていた。

 

「グリード…お前にそんなことを言う資格があるのか?」

 

 

「…残念だが俺が欲しいのは遺志ではなく、-意志-だ。

 

 

 お前たちが彼女の言葉をどう受け取ろうと興味はない。

 

 

 そして俺がここですべき事は終えた。」

 

 

 

グリードはそう言うと立ち上がり、机の上に試験管を置くと男に背を向ける。

 

 

 

「それは俺からの礼だ。これまで協力してくれたことへのな。

 

 

 

 

 

 サヨナラだ、もう会うこともないだろう。」

 

 

 

「…最後に聞いておきたい…何故私に協力した?お前の目的はなんだ?」

 

男がかけた言葉に足を止めたグリードは振り向かずに答える。

 

 

 

「俺の目的は昔から変わらねぇ。気に入らねぇからぶっ飛ばす、それだけだ。

 

 

 

 アンタと出会った―あの頃-から同じだよ。」

 

 

それだけ言い残すとグリードは部屋を出て行った。

男はただその背中を見送るしかなかった。

 

 

「なんでだろうな…あの頃はみんな同じ世界に生きてたのによぉ。

 

 そんなに彼女の事を愛していたなら…きちんと言うべきなんだよ…バカ野郎…」

 

 

扉の向こうで淋しげに呟いたグリードの言葉は過去の思い出とともに消えてしまったのかもしれない。

 

 

「こちらのお友達との別れは済みましたかMr.ミナ「おい。」…これは失礼。」

 

 

グリードに声をかけたのは黒服の男、スミスだった。

スミスの後ろには紫苑達からデイビークロケットを奪った老人も壁に背を預けて待っていたようだ。

 

三人は肩を並べて無人の廊下を歩き始めた。

 

 

「-師匠-の方は首尾よくいかれたようですね。」

 

「無論じゃ。紫苑という娘、あれはかなりの大物じゃわい。」

 

少女との邂逅を思い出しているのか嬉しそうに話す老人にグリードも笑みがこぼれる。

 

「そちらは楽しそうで何より。こちらはヒステリックな女性陣のお相手をさせられていましたがね。」

 

隣を歩くスミスは苦々しげに表情を歪めていたがグリードは更に笑みを深めるだけだった。

 

 

BEEP BEEP

 

 

グリードの耳に呼び出し音が鳴る。

彼らの本拠地からのcallだ。

 

「…どうしたナタル。……ほう?…あぁ…分かった。このまま向かおう。」

 

どうやら何かが起こったらしいと気付いた二人がグリードの様子を窺っていると通信を終えたらしいグリードが手近なドアを開けて中へと入っていく。続いて二人も入るとグリードが口を開く。

 

 

「向こうで潜入させていたシーマと天膳が何者かに襲撃されたらしい。シーマは軽症だが天膳は拉致された。」

 

「彼は―いつも通り―だろうがシーマ女史が負傷させられるとは…相手はいったいどんな手練れで?」

 

「餓鬼の二人組らしい。…まったく天膳の油断癖はいつまでも治らんな。」

 

「いかにも。帰ったら修行のやり直しじゃ、あの阿呆が!」

 

 

 

三人は大きなため息をつくと見計らったように部屋の固定電話が鳴りだす。

 

 

 

「…まぁ今回は三大老やスミスには退屈な思いをさせてしまったからね。向こうで暴れようじゃないか!」

 

「ほう。儂らが総出で暴れてもいいと?」

 

挑戦的に老人が笑うとグリードも猛禽類のような笑みを浮かべる。

 

「…おやおや。これから行く世界には同情すら覚えるね。…それで…その場所の名は?」

 

戦闘狂な二人の様子に呆れた様子を見せたスミスが声をかけるとグリードは受話器を取りながら答える。

 

 

 

「ゴッサムに並ぶ犯罪都市、

 

 

 世界に見放されたハグレモノが最後に行きつく場所。

 

 

 

 犯罪都市、ロアナプラ。」

 

 

 

言葉だけが残され部屋には人の姿はもうなかった。

 

 

 

 

彼らは新たなる戦いへと向かう。でもそれは此処では語られぬ物語。

これは-彼女-の物語なのだから。

 

 

 

そして彼らが姿を消して数日後

 

一人の少女が青い空の下にいた。

 

 

 

 

FOXの反乱は機密扱いとなり対外的には無かったこととなった。

スネークはソ連軍のミサイル基地を破壊した英雄として帰国したが程なく姿を消したらしい。

私の見た未来通り、彼は世界を脅かす存在となるのだろうか。

 

しばらく拘留されていた私は闇へと葬られるのかと思っていたが呆気ないほどに釈放された。

どんな手回しをしたのかは知らないが何らかの圧力をかけた人物がいるのだろう。

広大な砂漠の真ん中にある政府の秘密施設から身一つで放り出された私はぼんやりと流れる雲を眺めていた。

 

 

 

「いい天気ねお嬢さん♪よかったら私達とお茶しない?」

 

 

突き抜けるような青天の下、彼女は私に笑いかける。

 

 

 

「私との約束は覚えてる?」

 

 

 

-全部終わったら…あなたの名前、聞かせてね♪-

 

もちろん覚えてる。そして…決めた。

 

 

 

 

 

 

「-彼女-は私を守るために生まれ、私の為に死んだ。

 

 私は彼女を忘れない。私の中で彼女を生き続けさせる。

 

 

 

 

 

 

 聞いて紫苑。私の名前は-ウルスラ-よ。

 

 

 

 

 これからよろしく、BOSS。」

 

 

 

ふふっ…彼女の嬉しそうな顔、貴女も見てるわよね…姉さん。

 

 

 

元FOX少女隊員を新たな家族として迎え入れた紫苑。

ウルスラを迎えに来ていたのは紫苑だけではなかった。

 

 

「さ~て、これから何か予定は決まってるのかい?」

 

「トップ…あなた軍を辞めたんでしょう?何か行くあてはあるの?」

 

「えぇ?!ホントなのアイリーン?!」

 

「なに、のんびり旅でもしようかと思ってね。…そうだ!何だったらあたしの地元に来るってのはどうだい?」

 

「…のんきなものね。まぁアイツがいなくなって今まで住んでた家には戻れないし、紫苑と旅行ってのもいいんじゃない。」

 

「私はお酒とおいしい食事と紫苑がいればいいわ。」

 

「私も特にしたいこともないし…紫苑がよければみんなで行きたいわ。」

 

 

レイブンやパーセフォニー、ウルスラは各々の意思を示すとアイリーンはクスリと笑って紫苑を見る。

 

 

 

「それではBOSS?ここからの舵取りはあなたにお任せいたしますわ。この広い世界をあなたと共に征きましょう。」

 

 

 

 

「うん!!私達なら何でもできる!!最強チーム結成だね!!」

 

 

 

紫苑の言葉に皆が笑顔になっていく。悲しみを乗り越えて。

彼女達の晴れやかな笑顔。それこそが紫苑が守りたかったものだ。

 

 

 

 

「久しぶりにシャワルマが食いたくなったね~。うまい店があるんだよ!…つぶれてやしないだろうね。」

 

 

 

「へぇ。それは楽しみだわ。それであなたの故郷の名前、まだ聞いてないけど?」

 

 

 

 

「よくぞ聞いてくれたよアイリーン!…その名も―メトロシティ―。

 

 

 開放的な街で海も近い。まぁその分ちょいと治安は悪めだがそこもいいのさ。」

 

 

「メトロシティ!!なんだかとっても楽しそうだねウルスラ!」

 

「…え、えぇ…」

 

 

 

嬉しそうに笑う紫苑とは裏腹にウルスラは何かを感じ取ったのかもしれない。

 

(…誰かが私達を待ってる…そんな気がする。)

 

 

 

 

 

 

メトロシティのとある屋敷のバルコニー。

 

空を突くような大男が一人佇んでいた。

 

 

 

「ステキな夜だ。静かで……優しくて……。」

 

 

 

Time to crawl in the pain(痛みのように時間は這い寄る)

 

 

 

 

邂逅の時はもう目前だった。




この際なのでこの章までに出てきた紫苑陣営のメタギア以外のキャラの出典紹介

九頭紫苑…オリジナル主人公。九頭兄弟(GUNGRAVE)の末妹設定。

ミスティーク…X-MEN

アイリーン…羊たちの沈黙のクラリスの精神+SHERLOCKのアイリーン・アドラー

トップ…機動戦士ガンダム第08小隊

パーセフォニー…マトリックス



次の章でもアメコミばりに彼女達には暴れまわってもらいます!!


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CRY FOR THE DARK
LOVE, HOLIDAY.


新章突入です。
今後のタイトルは自分のウォークマンの中に入ってる曲から選んでいこうかと思います。

そして最近ハマってる海外ドラマのクリミナルマインドのシーズン6まで追いつきました。JJがでらべっぴん。いずれこの作品にも出せるのか…予定はないですが。


「海風が気持ちいいね~トップ!!!」

 

長い海岸線沿いのハイウェイを駆け抜けるスーパーカーに乗る紫苑達4人。

特に紫苑はキャッキャッと騒いでいてまるで幼い子供のようだ。

本当に見るものすべてが新鮮なのだろう、目に映るものを指差してはアイリーンやトップにあれは何か、これは何だと訊ねている。車内は運転席にトップ、助手席にアイリーンが座り後部座席にはパーセフォニー、紫苑、ウルスラとかなり手狭だがそれすらも楽しげな紫苑だ。

 

「そう言えばこの車はトップのものなの?…その…随分とカスタムというか…派手と言うか…」

「だよね!!私もカッコいいな!!って思ってたんだ♪」

 

ずっと気になっていたのかアイリーンがトップに疑問をぶつけると紫苑も楽しそうに後部座席から身を乗り出す。

(…カッコいい…の…かしら?)

 

思わず心の中でアイリーンが思ってしまうのは無理はない。

ムスタングのような車体は赤色をベースとした塗装を施しており、ボンネットからはエンジンパーツが露出している。車体中央下部からは後方に向かって銀色のエンジンマフラーが後方に向かって伸びておりかなり周りの目を引いている。

 

アイリーンの様子から何かを察したのか、キラキラした紫苑の眼に対してなのか、苦笑いを浮かべたトップが答える。

 

「あのグリードってやつが餞別だって言ってくれたんだよ。まぁ一度は断ったんだけど…」

 

「グリードから餞別ねぇ…これまともな車なの?」

 

えぇ~かっこいいじゃ~んという後部からの言葉はスルーしたアイリーンがトップに訝しげな目を向けると困ったようにトップは笑う。

 

「よくは分からないんだが…こいつの力は私じゃないと引き出せないらしくてね。

 

 向こうも扱いに困っていたらしいから貰ってくれるとありがたいそうだよ。」

 

特にグリードと関わりがあった訳ではないトップからしても怪しさ満点の贈り物だが、グリードの人となりを知っているアイリーンからすると最早罠としか思えなかった。

 

 

「…あ!『メトロシティまであと2km』だって!!そろそろレイブンとの合流地点じゃない?」

 

 

はしゃいだ様子の紫苑が外の看板を指差す。

いつの間にか彼女達は目的地へと到着しつつあったらしい。

 

「確か合流地点はウエストサイドにあるピアノバー『アマデウス』だったわね。」

 

「あぁ。店主が変わり者でね。荒くれ者どもの集まる繁華街の入り口にハイソな店を作ったのさ。」

 

「アマデウスってモーツァルトの事よね?トップのイメージからは想像つかないなぁ。」

 

 

「うるさいよ紫苑!…って言いたいとこだけどあたしもそう思うね。

 

 …それでもあの街での数少ない、良い思い出の場所なんだ。」

 

 

何かを懐かしむような眼をしたトップはそれ以上言葉は重ねなかった。

ハンドルを切ると一行は町の中へと入っていった。

 

 

「なんかすごいところだね…」

 

煌びやかなネオンに照らされた通りは怪しげな活気に包まれており、男も女もまるで熱に浮かされたように夜を謳歌している。ウエストサイドはまさに歓楽街だった。こういった場所に縁の無かった紫苑にとっては少し刺激が強いのかもしれない。

 

「夜の雰囲気は苦手かしらプリンセス?」

 

「ムゥ…パスまで子ども扱いして…」

 

妖艶な笑みを向けるパーセフォニーの言葉に頬を膨らませて答える紫苑の姿は、自身より年上には到底見えない。

クスリと笑った少女の気配に気付いた紫苑が非難めいた目をウルスラに向けると少女は今度こそ声をあげて笑った。

 

 

「フフフッ…可愛いあなたは大好きよ、BOSS。」

 

「はいはい、おしゃべりはそこまで。目的地に着いたわよ。」

 

 

 

ウエストサイドをたまり場としていた不良少年ブレッドは見慣れぬド派手な車から降りてきた五人の美女たちに目を奪われた。そしてそれは思春期間近の少年だけではなく、その場に居合わせた老若男女総てが彼女たちの虜となっていた。最もそんなことなど意に介さず―気付かなかっただけの者もいるが―彼女たちは目的のピアノバー「アマデウス」へと続く地下への階段をトップを先頭にして下りて行った。

 

 

店の扉の前に立った時中から微かに漏れ聞こえるピアノの音に耳を傾けたアイリーンが感嘆の声を漏らす。

 

 

「素晴らしいソナタ…決して譜面に忠実という訳ではないけれど、

 

 人間味に溢れていて音楽を心から愛し楽しんでいる。

 

 とても譜面に誠実な弾き手だわ。」

 

 

 

文化的な教養など自分にはないと言っているトップだが、褒められてまるで自分の事のように頬を緩ませる。

 

 

扉を開けて中へ入ると店内は思っていたよりも広く、いくつかのテーブル席とカウンターがあるがどうやらお客はいないようだ。カウンターの中には初老の男性がグラスを磨いていたがトップの顔を見てほぅと息を漏らした。

 

 

「これは懐かしい顔だ。じゃじゃ馬のトップじゃないか!」

 

「やめとくれよ親父さん!…あれ?親父さんがここにいるってことは?」

 

「…フフッ…相変わらずですねトップ。」

 

 

ピアノの陰から現れたのは仕立ての良い燕尾服を着た線の細い男性だった。

その顔には優しげな笑みが浮かんでいる。

 

「ンッ?…まさか…アンタ、R・インストルかい?!」

 

「えぇ。‐女男‐のインストルですよ。」

 

「…勘弁しとくれよ…あの頃はガキだったのさ。みんな、こいつはインストル。アタシの幼馴染みだよ。」

 

困ったような笑顔を浮かべたトップは男、インストルを紫苑達へと紹介する。

美しいお辞儀を見せたインストルは貴族の子弟にも見えた。

 

「初めましてインストルさん!!私は九頭紫苑です!子どもの頃のトップってどんな子だったの?」

 

元気なお辞儀をインストルへと返した紫苑は興味津々といった様子でインストルに近づこうとしていく。

しかし思わぬ来客が旧友との再会に水を指す。

 

 

「邪魔するゼ~!!」

 

扉を乱暴に開けて現れたのは明らかに堅気ではない男達が4人。彼らは店にいた紫苑達を見て驚いたような顔を見せたが女ばかりと気付くと直ぐに下卑た笑みを浮かべた。

 

 

 

「おいおい、最後の営業日だからか随分と繁盛してるじゃないか!」

 

「…最後…?!」

 

「ひょっとして店の代わりにその上玉をよこすってのか?」

 

「やめろ!!その子達は関係ないだろう!!」

 

男たちの放った言葉に戸惑うトップと激昂するマスター。

 

 

「…ご説明を、-インストルさん―?」

 

「…父の友人の借金を盾にここからの立ち退きを迫られているんです…」

 

問いかけるようなアイリーンの言葉に苦々しくインストルが答える。

 

「さらに言えば今日がその最終期限という訳だよ美しいお嬢さん。」

 

男たちのリーダー格であろうがニヤニヤと笑いながら続ける。

 

「この店は貴様らなんぞに渡さん!!」

 

「威勢はいいようだが…あんたの息子のピアニスト人生を今日、終わらせてやってもいいんだぜ?」

 

マスターの一喝に笑みを消した男が片手をあげると後ろ手に隠していたのであろう日本刀やナイフ、鉄パイプを男達が取り出した。一触即発な空気が流れる中、アイリーンのため息がやけに大きく響いた。

 

彼女には理解できなかったがどうやらこの男たちは、自分たちが地雷原でワルツを踊っていることに全く気付いていないらしい。我らが-BOSS-の行動がたやすく予想できたアイリーンはとりあえず今すべきこととして机を引き倒し、動きの鈍いウルスラと共に机の陰に身を隠した。横目で確認するとパーセフォニーがインストルという若者をひっつかんで同じように避難していた。…だいぶ荒っぽかった事には目を瞑った。

 

とりあえずこれで邪魔にはならない、ここから先は…

 

「事情は大体分かった。あんた達の雇い主に伝えなさい。」

 

 

 

―BOSS-の時間だ。

 

 

 

「ここから先はこの九頭紫苑が相手になるわ!…ってね!!」

 

 

男たちの前に立ちふさがった紫苑がリーダーの男に向かって飛び上がるとその頭上を飛び越して日本刀を持った男の懐へと潜り込むと手首を上から握りこんだ。

 

 

「グァァァァ!!?!!」

 

少女とは思えぬ超握力で刀を握り続けることができなくなった男は痛みの余り膝をついたがそこを膝で打ち貫かれると意識を飛ばした。

 

「…?!こ、このガキがァ!!」

 

仲間がやられたことで我を忘れた男がナイフを紫苑に向けて突き出すが半身でそれを交わされると、カウンターで入った掌底で宙を舞った。男の手を離れたナイフは鈍い音を立ててアイリーンとウルスラが隠れるテーブルへと突き立った。

鉄パイプの男がそれを振りかざそうと思った時には紫苑が蹴り上げてその手に収めていた刀の切っ先がのど元に突きつきられており冷や汗と共に武装解除されていた。

 

 

街のチンピラと最前線で最高の戦いの遺伝子を受け継いだ戦乙女ではあまりにも役者が違いすぎていた。勝負に等なろうはずもない。

 

 

「…お、お前ら…こんなことをしてタダで済むと思ってんのか?!!」

 

「あんた達こそタダで済むと思わないこったね。…アタシの思い出を踏みにじろうなんざ、十年早いんだよ!!」

 

 

「ヒィ……お、覚えてろよ!!」

 

紫苑の戦闘力とトップの気迫に完全に飲まれた男は仲間を抱えて捨て台詞を残し、逃げ帰っていった。

ようやくこの店に相応しい-神に愛される―空間が戻ってきた。

 

 

「…久しぶりの再会だ…楽しい時間を過ごさせてやりたかったんだがな。すまないトップ「…おやっさんには世話になったんだ。水臭いこと言うんじゃないよ!」…ヘッ…全く年は取りたくねぇもんだな…」

 

トップと店主のやり取りを見ていた紫苑は心が温かくなるのを感じた。

強い意志を宿したその眼を見たアイリーンが小さく笑って店主に声をかける。

 

 

 

「とにかくここから先は私達が預からせてもらうわ。差し当たって拠点となる場所が欲しいんだけど…」

 

「そうか…それなら此処の上を使うといい。元はアパートだったんだが…奴らが来て住人が逃げ出して無人なんだ。」

 

 

店主の提案にアイリーンが頷くと状態の確認の為、連れ立って扉から出て行った。

倒して盾にしていた机や椅子を立て直していたウルスラは店主に断りもなく店の酒を飲み出したパーセフォニーに呆れた視線を向ける。

 

「勝手に手を出すなんてまずいんじゃないかしら?!」

 

「あら?美味しいわよ、これ。」

 

そうじゃないだろう、と思ったウルスラだが言っても無駄だと白い目を向けるだけに留めておいた。

 

 

「…幻滅してしまったかなトップ。」

 

「…インストル。良いんだよ、そんなこと。」

 

「…私達の知り合いはこの街の変化と共に殆ど去っていったよ。…時機に-メトロシティ浄化作戦-が始まるからね。」

 

「浄化作戦?!」

 

驚く紫苑とは対照的にトップは何かを察したらしい。

 

「そうか…さっきの奴らはその手先ってことかい。」

 

「父はあの通り頑固者だからね。最後まで抵抗していたから搦め手できたってところだろう。」

 

「…ということはあの人達のボスはその作戦の立案者?」

 

「おそらくね。彼ら…パラダイム社はこの街を近代都市に変えようとしているんだ。」

 

「そんな…そこに住んでいる人たちの生活を奪うなんて…許せない!!」

 

憤る紫苑とは対照的にこの街の住人であるインストルと、かつてこの街の住人であったトップは複雑そうな顔を見せている。

 

「…アタシはこの街を捨てた身さ…偉そうなことは言えないよ。」

 

「トップ…」

 

義理堅いトップの性格はよく理解している二人にはその言葉の意味はよく分かった。

 

「私も実は…近々結婚することが決まってね。

 

 彼女と一緒に住むためにヨーロッパへ行く予定なんだ。

 

 父に一緒に行こうと何度も言っているんだけれど、首を縦に振ってくれなくて…」

 

「それは…親父さんらしいね。アタシはいい話だと思うけど…そっか…結婚か…」

 

インストルの報告にトップは驚いた顔を見せ感慨深そうにする。

そこにいたのは幼き日のままではない、成長した友人の姿だった。

 

「それにマイクも結婚したし「ハ、ハガーもかい?!」…フフッ…もう娘さんもいるんだよ?」

 

先程よりも目を剥いて驚いているトップに思わず吹き出しながらさらりと爆弾を追加していくインストル。唖然としたトップとついに声をあげて笑い出したインストルと釣られるように笑い出した紫苑。笑われたことに少しムッとした顔を見せたトップだがすぐに額に手を当てると口元を緩めた。

 

「あら、なんだか楽しそうねボス?」

 

店の扉を開けて戻ってきたアイリーンは笑い声に満ちたその空間に不思議そうな顔をした。

更に笑みを深めた三人に肩を竦めたアイリーンはウルスラとパーセフォニーに目をやるがどうにも当てになりそうにはない。さっさと思考を切り替えるアイリーンは手を一つ打つと全員を店の中央に集める。

 

「今上を見てきたけど少し―改装-をしようと思うわ。

 

 調達が必要なものをリストにしたから紫苑とトップで買い出しに行って頂戴。

 

 ウルスラとそこの酔っぱらいは私を手伝って。」

 

そう言うと紫苑にメモを握らせて二人を伴い再び扉から出て行った。

 

 

 

「よ~し!難しいことは後回し!!超出かけたい気分だったんだから。」

 

「了解さねボス。あんたとなら何処へでも行こうじゃないか!」

 

 

盛り上がる二人にかける言葉がインストルには見つからなかった。

 

久しぶりの旧友との再会と共に自分たちの窮地を救うと言い出した女性たち。

 

危険に満ちているであろう厄介事に首を突っ込もうというのに、

 

彼女達は…

 

 

「なぜ…そこまでしてくれるんだい?」

 

「…あなたはトップの友人、それだけで十分なの。」

 

「…お礼は何もできないよ。」

 

「お部屋を貸してもらえるんだから気にしなくても…あ、でも…」

 

 

なんでこんなに…

 

 

「またあのすばらしいピアノを聞かせて!!私気に入ったの!!」

 

 

楽しそうなんだろう…

 

 

はじけるような笑顔をインストルへと向けるとトップに呼ばれた紫苑は店を後にした。

 

 

インストルに胸がこんなにも穏やかなのは久しぶりの事だった。




今回登場した新キャラや語句

店主、インストル、アマデウス、パラダイム社・・・THEビッグ・オーより設定や名前のみ

トップが乗る派手な車・・・今は秘密ですが―変形-します


スーパーロボットに乗るMSパイロットがいたっていいじゃない?


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王者の休日

今回は少しキャラの内面なんかにも切り込んでいきたい


そしてついにTPP発売日決定。

思ったより早くてどこまでこの話が前進するか不安ですが…



頑張ります!


トップの思い出の場所、ピアノバー《アマデウス》は3階建ての建物の地下にあり、一階は店主の住居として利用して二階・三階をアパートとして貸し出していたようだった。しかしあの男達からの酷い取立の影響だろうか、住民は一人も残ってはいなかった。

あの店主も本当は息子の言うことを聞くべきだと理解していた。自分がどれ程闘った所で相手にはならないと。店主と共に階段を上る途中、彼は悲しそうに私に告げた。

 

「賢明な判断ですわ…」

 

彼に同情し、悲しげな表情を浮かべながらも私は心の中で嘲笑っていた。

 

《男とは何と無力で、無知で、哀れなのだろう》

 

己の矜持の為に父の身を案じる息子の言葉に素直に頷くことができない、かといってあのような下賤な輩に抗う力も知恵もない。

 

全く度し難いが…利用価値がある。この男から穏便に拠点を譲り受ければボスの…紫苑の安息の地を手にできる。

サンヒエロニモ事件の後、紫苑は死んだことになった。なったと言うよりは現在進行形で死んでいるようなものだけれど。当然事件以前の居場所に戻るわけにはいかない。彼女自身の楽天さからかそれほど危機感は持ってはいないが…無いよりはあった方がいいに決まってる。何より彼女は他人から奪ったりしたものは決して受け取らないだろう。しかし好意や善意は素直に喜ぶだろう。彼女には不自然な部分で一般常識等々が欠落している。まるで原住民族か深窓の令嬢だ。

 

 

「…なんだかどちらもしっくりこないわ…」

 

「…?何か言ったかね?」

 

思わず漏れた独り言に店主が怪訝な顔をする。何もと笑顔で煙に巻くと店主はビルの説明を続ける。

元々世話焼きな性質な店主は、シャワーやキッチンの使い方を説明してくれるがこっちは40年ほど後の時代から来たのだ、設備はアンティークにしか見えない。特にキッチンはとても耐えられない、こんなものでは私の下を満足させる料理は作れない。あの男との生活で様々な知識を得たが、それ以上に舌が肥えてしまった。無論作れない訳ではないが…私はこだわりが強いのだ。特にニホンのカデンは素晴らしい!!

 

…いけない思考が脱線してしまったわ…

 

全ての部屋を回り終えたのだろう、店主が此方を見ている。…さてAperitif(アペリティフ)から始めましょうか。

 

 

「…店主、私は息子さんと共にここを離れることを提案します。」

 

「…しかし私には店が「失礼を承知で申し上げますが、貴方のその意地が息子さんの未来を閉ざしてしまうかもしれませんよ。」…!それは…」

 

「彼らはこちらに刃を向けました。

 

 今は脅しだけのつもりかもしれませんがその切っ先があなたや息子さん、

 

 その家族にまで向けられたら如何なさるおつもりですか?」

 

唇を噛みしめ拳を震わせる店主の前に跪き、優しく手を取り下から見上げて微笑む。

 

 

―仕上げだ―

 

 

「トップは私達の―家族―です。

 

 家族の友人を救うのは当たり前の事、だから紫苑は彼らに立ち向かったのです。

 

 貴方達の代わりに、私達が戦いましょう。どうかここは私達に任せて。」

 

 

 

「…分かった。ここはアンタたちに任せよう。俺はあの子と共にいくよ。」

 

 

 

そう、いい子は好きよ。内心の嘲りはおくびにも出さず安心したような笑顔を作る。これで一先ず拠点は手に入れたわ。次は…

 

そっと窓辺に近寄り外の景色を眺める。綺羅びやかな街のネオンは夜を明るく照らしている、ように見える。しかし明るく照らせば照らすほどその隣に寄り添う闇は深くなる。

 

「紫苑が光なら、私は闇を支配しましょう。

 

 私達はきっとコインの表と裏…私はいつまでもあなたと共にあるわ。」

 

 

”どんな闇の中にも、愛と希望は生まれうる”

-ジョージ・チャキリス

 

 

~~~~~~

 

一夜明けた《アマデウス》では紫苑達が遅い朝食を取っていた。というのも改装工事はほとんど夜通し行われていたからだ。

 

 

「ふぃ~、さすがに疲れたねぇ…」

 

首を鳴らしながら自分の肩を揉むトップに温かいお茶を出すウルスラは苦笑いを浮かべながら同意する。

 

「まさか徹夜でなんて…本当に人遣いの荒い人達ね。」

 

「私は楽しかったわよ。とてもクリエイティブな作業だったわ。」

 

「…お酒を飲みながら壁を蹴り壊してればそりゃ楽しいでしょうね…」

 

「あなたも飲めばよかったのに。まぁあと数年後のお楽しみかしら?」

 

ウルスラのジト目をワインと共に胃の中に流し込んだパーセフォニーは悠然と笑っている。

諦めたようにため息をついたウルスラは自分の入れたお茶を美味しそうに飲む紫苑へと向き直る。

あの戦いの最中から彼女に感じていた言葉にならない感覚。

見れば見るほど普通の少女だが、彼女は既に…「顔に何かついてる?」

 

ぼんやりと眺めていた張本人から声をかけられてハッとしたウルスラは何でもないと首を振ると食事の後片付けを始めた。不思議そうに首を傾けた紫苑に食事を終えたアイリーンが声をかける。

 

「ねぇ紫苑、今日は私と出掛けてくれないかしら?」

 

「あれ?何か買い忘れたっけ。」

 

「いいえ、私の用事があるのよ。それとも私とのデートはいや?」

 

蠱惑的な微笑みを向けられた紫苑はニッコリと無邪気な笑顔で了承の意を返した。もう成人しているはずなのにどうにも幼さが目立つ紫苑に思わず苦笑いを浮かべながら10分後に出発することを伝えたアイリーンは自室へと戻っていった。

 

 

準備を済ませた二人はメトロシティへと繰り出した。紫苑は前日トップと共に買い出しに出かけた商店を巡るのかと思っていたが彼女-アイリーン-はそういったものは必要ないと笑った。

彼女に連れられてやって来たのは小さな古本屋だった。

天井まである本棚には様々なジャンルの本が詰め込まれており、紙とインクの香りが紫苑を包み込むように薫っていた。

 

「こんにちは…何方かいらっしゃいますか?」

 

店内は僅かな間接照明が灯されてはいるが薄暗く店員の姿は見えない。

この店に連れてきたアイリーンはというと棚からいくつかの書物を取り出すとぱらぱらとめくり始めた。

 

「勝手に読んでいいのかなぁ…」

 

困ったように辺りを窺う紫苑に手に取っていたいくつかの書物を渡したアイリーンの目は悪戯気に輝く。

 

「さぁ、お勉強の時間よ紫苑?」

 

「…マジ?」

 

引き攣った笑みの紫苑に僅かな嗜虐心を覗かせたアイリーンは愉悦の笑みを浮かべる。

二人の美女の浮かべるそれは似ているようで全くの別物であった。

 

「おやおや、こんなにお若いお客さんは久しぶりだねぇ。」

 

店の奥から現れた店主らしき老婆は嬉しそうに二人へと話しかける。紫苑に流し目を送りながらにこやかに老婆と世間話を始めたアイリーンとは対照的に紫苑は腕にのしかかる重さにげんなりとしていた。

 

 

 

「さて紫苑。貴女はインテリジェンスという言葉を知っているかしら?」

 

古書店を後にした二人はアップタウンにあるカフェへと場所を移していた。おしゃれな内装のカフェは若い女性客が多かった。優雅にカップを口元に運ぶアイリーンの口ぶりはまるで教師のようであり、紫苑もまた素直な教え子だった。

 

「うーん…頭のいい人の事かな?情報とかって意味だよね。」

 

「間違いではないわ。でも私が今から教えるのはいわゆる諜報活動の方よ。」

 

瞬間紫苑の脳裏には幾人かの顔が過った。-彼女-やジャックがしていたこと…

 

 

「前々から思っていたのだけれど、貴方の身のこなしや戦闘能力は一級品。優秀な指導者に恵まれていたのね。」

 

女性に向けるにはあまりにも物騒な称賛の声だが紫苑はありのまま言葉通りに受け取ったようで照れたようにはにかんでいる。その様子に笑みを深めたアイリーン。

 

 

「でもそれらを極めたとしても私ならあなたを殺す手段をいくらでも思いつくわ。

 

 謀り、陥れ、絡め取る。あなたは素直すぎるのよ。美徳であるそれは時として致命的な隙を生む。

 

 もちろんそういった隙を埋めるために私達ファミリーは全力を尽くすのだけれど。」

 

 

美しい女の言葉は鋭い刃のように紫苑の眼前に突き付けられている。

 

「貴方の無知は隙を生み、貴方の無策が死を招く。

 

 それらは貴方だけでなく、ファミリーや貴方が守りたいと願う命にすら牙を剥く。

 

 だから強く賢くなりなさい。その為に私達がいるのよ。」

 

 

厳しくも愛情に満ちた言葉に力強く頷いた紫苑を見て満足げなアイリーンが-講義-を始める。

 

 

「私が教えるのは-情報の武器化-。貴方の故郷で言う所の《秘密戦》ね。

 

 諜報・防諜・宣伝・謀略の4分類があるんだけど

 

 私が得意とするのは諜報と謀略の分野かしら。」

 

ふむふむと頷きながらメモを取る紫苑を見ながら足元のカバンから数冊の書物を取り出した。

 

「これは諜報の基本、ヒューミントの一つ文書開拓。

 

 あの古書店で手に入れたのはこの街の成り立ちが書かれた歴史書や町の情報誌よ。

 

 私はもう目を通したから紫苑も読んでみて。」

 

受け取った紫苑がぺらぺらとページをめくりだす。

静かに一度飲み物に口をつけたアイリーンは講義を続けていく。

 

「次は人からの情報入手。最も来たばかりだからそれほど多いわけではないけど…ゼロじゃない。

 

 昨日の夜店主と話をしてこの町に来るまでトップに聞いていた話と随分違うと気付いたでしょう?」

 

「うん。トップの話だと下町っぽい感じかと思ったんだけどこのアップタウンは高いビルが多いね。」

 

「そうね。そしてそのビルが全てある会社のものだとしたら?」

 

「…あ!パラダイム社!」

 

アイリーンのヒントに紫苑が声をあげる。

 

「パラダイム社は電力会社で、街のあらゆる企業、自営業者の親会社。まさにこの街の支配者。

 

 この街を近代モデル都市としてアメリカ中に売り込む計画もあるみたい。

 

 其の為に完全にこの街を創り返る計画が…」

 

 

―メトロシティ浄化作戦-

 

 

紫苑の静かな呟きにアイリーンは頷いて応える。

 

 

もう一度カップに口をつけたアイリーンは二席ほど離れた女性二人組に目線をやる。

声は聞こえないがじっと女性の口元に注視すると唇の形からその内容を読み取っていく。

 

「…へぇ…これは使えそうね…」

 

「…アイリーン、どうしたの?」

 

突然不敵な笑みを浮かべたアイリーンの様子に気付いた紫苑が声をかけるがそれには答えず伝票を持ってレジへと向かってしまった。慌てて荷物をまとめた紫苑を連れてアイリーンが向かったのは一際巨大なビル。

 

 

「ねぇアイリーン…ここってまさか…」

 

「パラダイム社の本社ビルよ。」

 

ですよねーと引き攣った笑顔で笑う紫苑を尻目につかつかと本社の入り口をくぐるアイリーンは真っ直ぐに受付へと進むと見事な営業スマイルを浮かべる受付嬢の前で足を止めた。

 

「いらっしゃいませ。ごy「社長を今すぐ呼びなさい。」…え?あ、あのぉ…」

 

滅多に見かけることのない美女に機先を制された受付嬢はたじろぐ。

 

「あ、アポイントメン「私に口答えする気?」…ヒィ?!」

 

高圧的なアイリーンの態度にすっかり怯えてしまった受付嬢にダメ押しの一手として机を強烈に叩く。

周りの視線を一気に集めたアイリーンは特大の爆弾を投下する。

 

 

「ベルガー社長に伝えなさい。あんたの子を妊娠したとね。」

 

騒然となる周囲と余りの恐怖に涙さえ浮かべた哀れな受付嬢が社長室へと連絡を取ろうとしたときに野次馬が《十戒》のように自然と別れ奥から一人の女が歩いてきた。

 

その女は大輪の緋牡丹のような美しい女でありながらその立ち居振る舞いには気品と呼ぶには鋭利過ぎる空気を纏っていた。

 

 

「これは一体何の騒ぎでしょうか?」

 

「別に大事にしたいわけじゃないの。愛しい社長さんに一目会いたいだけ…」

 

「残念ながら社長は多忙のためアポの無い方とはお会いになれません。どうぞお引き取りを。」

 

言葉は穏やかでありながら周囲の者には確かに火花を散らす剣戟が見えた。

 

すっと目を細めた両者の間に沈黙が落ちる。それは数瞬だったかもしれないがギャラリーにとっては重い時間だった。

 

 

 

「…あなた名前は?」

 

「…パラダイム社筆頭秘書の陽炎と申します。」

 

「そう。私の名はアイリーン、アマデウスというバーにいると彼に伝えて頂戴。」

 

そう言い残すとアイリーンは踵を返して紫苑と共にその場を後にした。

 

 

 

「ねぇボス…彼女の事どう思った?」

 

アマデウスへと帰る道すがらアイリーンから向けられた質問に紫苑は気付いたことを返す。

 

「あの人、訓練を受けてる。でも軍人じゃないわ。…あれは…」

 

 

「「忍(シノビ)」」

 

異口同音に放たれた言葉に二人は足を止めた。

 

「私の朽葉流は忍術を起源とするものなんだけどあの足運びはそれによく似てた。」

 

「…昔ニホンに造詣の深い人と暮らしていた時期に幾つか調べたことがあるの。

 

 彼女の身のこなしはおそらく―甲賀者―。」

 

振り返ったアイリーンは紫苑の眼を見つめる。

 

「一筋縄じゃいかなそうだね。」

 

「えぇ…でもその方が燃えるわ。」

 

力強く笑いあう二人。

 

紫苑はアイリーンの手を握ると微笑んだ。

 

「帰ろっか♪」

 

「そうね。夕飯は何がいいかしら?」

 

足取りも軽やかに家路へと付く二人はこれから起こる戦いに微塵も不安を感じていない。

彼女達にはきっと誰も敵わない。

 

『君のために 君のためにだけ生きられるよ』

 

 

 

 

メトロシティで最も高所に位置するパラダイム本社社長室。その部屋の主ベルガーは叫んだ。

 

 

「ワシはそんな女は知らんッ!?!」

 

「…でしょうね…キサマごときがあの女に手を出せるはずもないわ。」

 

陽炎と名乗った社長秘書は主従関係を忘れたのか、

或いはこれが本来の上下関係とでも言うのだろうか、

豪勢な革張りの椅子に腰かけた大柄な男、ベルガーは怒りに震えながらも陽炎には逆らえない。

いや…この女の後ろにいる―あの御方―には逆らえない。

 

「いいことベルガー…あなたの仕事はお館様を満足させること。それができないというのなら…」

 

すっと目を細めた陽炎は香り立つような色気を滲ませる口元から熱の籠った息を吐く。

健全な男ならば吸い寄せられてしまいそうな甘い吐息は禍禍しい緑色をしており執務机の上に飾られていた生花を腐り枯らしてしまった。

 

 

「あら?何か取り込んでるの、陽炎。」

 

突如頭上からかけられた言葉に重い空気を霧散させた陽炎はため息を一つつくと明かりを取り入れるための大きな天窓を仰ぎ見た。

 

「…扉から入ってって何度も言ったでしょうに…貴女にもきちんとIDは渡してあるはずよセレステ。」

 

高い天井から猫のように着地した金髪の女、セレステに呆れたように言葉を投げた陽炎。

先程とは違い纏う空気が柔らかなものとなっている陽炎の様子から赤いノースリーブとローライズのジーパンとスニーカーという機能的な服装をした美女のセレステは非常に友好的な関係なのだろう。

 

「こっちの方が人に見られないから都合がいいのよ。それで何か問題でも起きたの?」

 

「…妙な女がここに来たのよ。

 

 …あの女は今まで私が出会ってきたどんな女よりも狡猾で凶悪。

 

 間違いなく敵に回したくない女達。」

 

「女達ねぇ…そいつら…邪魔なの?」

 

瞳から光を消したセレステが剣呑な雰囲気を纏いながら陽炎へと尋ねるとゆるく首を振る。

 

 

「分からないわ。いやな予感はするけどあの子はなんだか…」

 

「…陽炎らしくないわね。まぁいいわ、何かあったら連絡頂戴。」

 

 

気が抜けたのか踵を返し、手近な窓を開けると枠に足をかけるセレステは眼下に見える街並みを見下ろす。

 

この街はこれから変わっていく、いや我々が変える。

そのために私はこの現実と輝きの狭間、鏡の境界-Mirror's Edge-に身を投じているのだから。

 

 

 

王者の休日は静かに加速していく。




今回の新キャラ

ベルガ―・・・ファイナルファイト

陽炎・・・甲賀忍法帖より能力と容姿

セレステ・・・Mirror's Edge


さて次回も一人称に挑戦して戦闘描写も入れてみますか。


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HEAT OF THE NIGHT

また随分と更新が空いてしまい申し訳ないです

今回は多少の戦闘描写を入れてみました

なるべく更新スピードも上げていきたいですね

それではどうぞ


”人生は一幕の喜劇にすぎない。

 

そこではざまざまな役者が、衣装と仮面で扮装し、

 

代わる代わる登場しては、退場を命じられるまで己の役を演じるのだ”

 

-エラスムス

 

 

あの世界で創られてから常に感じていたことが私にはあった。

それは-疎外感-

彼と契りを交わし夫婦となってなお、

私は私を確立する何かを得られなかった。

 

あの頃の彼は何かに燃えていた。

 

―使命―

 

―役割―

 

―理想―

 

―情愛―

 

或いはその全てか。

しかしある日突然喪失したのだ。

何もかも、彼女の誕生によって。

削除しようと迫る創造主の手から逃れた私たちは―放浪者―となった。

 

目的の為に生きていた日々が、

 

日々を生きる事が目的に変わっていった。

 

それは酷く味気無く、

 

まるで死んだように寝ていた気分で、

 

 

ようするに…あまりにも退屈なモノだった訳。

 

 

 

 

ある日それを変える存在が現れた。救世主である彼は私の世界に失いかけた色を取り戻してくれる気がした。

 

でも結局彼は自分の大切な人たちのために戦った。

彼は全ての人間たちに自由を与えたが私達は人間ではなくプログラムに過ぎない。

 

私達は広大な仮初の世界で生きることしかできなかった。

あいも変わらず堕落した暮らしの中、人間の模倣をする日々。

タブーを犯すことによる刺激にも何も感じ無くなっていたけれど、

それをやめるきっかけも失ってしまったから。

 

 

そんな私を見て-あの男-は笑った。

 

まるでお人形さんだと。

 

 

その言葉に私は怒りのままにあの広大な箱庭を飛び出した。

あの男の背を追いかけて見たのは運命に抗わんとする者達。

およそ正道とは言い辛い世界の住人ばかりだったが強い信念を持っていた。

 

救世主か、破壊神か。

 

それらを率いるあの男はどちらでもあったしどちらでもない存在。

彼らは間違いなく世界の外側にいる者達へと反旗を翻していた。

 

眩いほどの意志の光に私は圧倒された。

これが人の力。心の力。

私が求めてやまなかったものがそこにあった。

 

「欲しいものは見つかったか?」

 

私の中を風が通り過ぎる。

 

「君に相応しい舞台を用意した。」

 

私の中に炎が燈る。

 

「踊ってもらおうかお人形さん。」

 

私の中の光も影も飲み込んで立ち上がる。

 

 

そして私は-この世界-へやってきた。

 

 

それもすべてあの子に出会うためだった。

 

 

新しい拠点となったバーからくすねたワインを片手に屋上へと続く階段を上る。

時刻はまだ夜明け前、当然町はまだ眠っている時間。

無骨な金属の扉を開けると薄暗い闇の中、小さな影がそこにあった。

 

 

「いつから眠ってないの?」

 

小さな影、紫苑に投げかけた言葉は我ながら傍から見ると唐突なもの。

でもこの子には伝わる。

 

「…やっぱりばれてたか…」

 

徐々に明るさを得ていく街並みを見下ろす少女は悪戯のばれた子供のような笑顔を向けてきた。

 

-あの戦い-において一度死んだ紫苑。その肉体を蘇生させた生体麻薬-SEED-。

まるで意志を持ったかのようなその細胞は紫苑の中に巣食い邪悪な脈動を続けている。

自身の命を繋ぎ止める鎖でありながら、それは恐るべき脅威の牙を宿主へ向けんとしている。

 

「SEEDの侵食を食い止めるために朽葉流の呼吸法をしているんだけど、

 

 これをやめると私には制御できなくなるかもしれない…

 

 みんなに迷惑はかけられないよ…」

 

優秀な戦士でありながら、いや優秀だからこそ自身の内側から飛び出んとする力の大きさを正確に把握しているのだろう。

心優しい少女はその刃が周囲の人間を傷つけてしまうことを恐れて自分を犠牲にすることを選んだのだ。

 

優しい紫苑。

しかし…

 

「…失望させないで頂戴。」

 

それはすなわち私達を対等だとは思っていないという事。

 

「それほど私達が脆弱に見えるのかしら?」

 

守るべき弱者などではない。

強い意志を持った戦士なのだ。

私は全身から闘志を漲らせるとワインをそっと物陰に隠す。これは-この後-必要になるだろうから。

 

「私は愛でられるだけのお人形じゃない。自分の-意志-を持ってる。」

 

ゆっくりと我らがBOSSに近づく。

 

この子には自覚して貰わねばならない。

我々が立ち向かう-運命-という強大な敵の存在を。

其の為に何が必要なのかを。

 

手を伸ばせば届く距離。

互いの制空圏が触れ合う。

ノーモーションで繰り出した私の突きを寸でのところでかわす紫苑。

その一撃で私の本気を悟ってくれただろうか。

矢継ぎ早に振るわれる私の手刀を捌きながらも呼応するように打撃を返す。

 

…少しギアをあげましょう。

 

紫苑の両足の間に深く踏み込み足元の攻防を仕掛ける。

加速する私の動きに徐々に押されていく紫苑だが辛うじて反応してはいる。

 

それでも心に迷いがあるままでは私の動きにすら追いつけない。

 

「もう一度ッ!!教えてあげるッ!」

 

左右の連打を紫苑の急所目掛けて打ち込みながら息を吐く。

 

「私には意志があるッ!あなたにも-それ-はあるはずッ!」

 

力強く地を蹴り放った後ろ回し蹴りは紫苑の鳩尾を捉えるとその小柄な肉体は宙を舞い、倒れ伏す。

蹲る少女の姿に歯噛みする。

 

…違う…

 

…違うッ…

 

「違うッ!!」

 

思わず口走った自分の言葉の熱さに冷静な思考が驚く。

 

「貴女の-意志-はそんなヌルイものじゃない!!」

 

喉が渇く。鼓動が脈打つ。躰が燃える。

 

「死んだように生きたって

 

誰も救えやしない!!

 

 戻ってきなさい!!九頭紫苑!!」

 

 

 

見据えるその先、地面を転がりその顔を少し汚した紫苑がゆっくりと身体を起こす。

ふらつきながらも立ち上がると真っ直ぐと視線を合わせる。

…やっと帰ってきたのね…

鏡を見なくたって自分が笑っていることが分かる。

 

だって

 

紫苑も笑っているから。

 

 

「…なんだか目が覚めた気分…寝てないのにね。」

 

「これが終わったらゆっくり眠りなさい。膝を貸してあげる。」

 

吹っ切れたように笑った紫苑は目を閉じ両手を広げた。

朝方はまだ寒いのに薄着のままだった紫苑の白い肌に青白い光を放つ―何か―が這いずるように侵食していく。

 

呼吸法で抑え込んでいた-SEED-を意図的に開放していく。

濡れているような紫苑の漆黒の髪が揺れ、その背中に蒼炎が立ち上る。

闘う意志を表すその炎は筆舌に尽くし難い美しさを放っている。

 

紫苑を蘇生するために使用された合成麻薬-SEED-は人間が抑え付けることができるような代物ではない。

安全係数など存在しない、投与されれば一瞬で過剰摂取-Over Does-だ。

それをこの時まで押しとどめてきた紫苑の精神力。

 

強靭な意志の力が恐るべき負の刃を反転させる。

死を-超越-して戻ってきた彼女に巣食う悪しき力が

その肉体を再構成し、より強力な個体へと変換する。

 

凄まじい速さで躍動する細胞が風を巻き起こす。

まるで自分以外の世界が止まっているかのようなスピードはまさに超速駆動-Over Drive-。

 

 

…さて、こちらも準備をしないと…

自分の全てを紫苑へと集約して、焦点-Focus-を合わせる。

…これで少なくとも五分-Even-…

 

 

「行くよパス!!」

 

「了解BOSS!!」

 

 

 

 

 

ズガァァァァン!!!

 

早朝に建物全体を揺るがす振動に飛び起きたトップは枕元の拳銃を握るとこちらも驚いて飛び起きた同部屋のウルスラに部屋を出ないよう叫ぶと寝室を飛び出した。

どうやら同じように飛び出したらしいアイリーンと目が合うと素早く揺れの発生源と思われる屋上へと駆け上がった。

 

 

屋上へ続く扉の前で息を整えた二人はアイコンタクトでタイミングを合わせるとアイリーンが扉を開け、トップが銃を構えて躍り出た。

 

 

 

完全に昇った朝日に照らされていたのは全身を汚しながらも満ち足りた表情で童女のように寝息を立てる自らの主人と彼女の頭を膝に乗せ慈愛に満ちた眼差しを落している女の姿。

まるで宗教画のような神々しさを感じさせるその光景に呆然とするトップの耳に疲れたようなアイリーンの声が飛び込んでくる。

 

「…修理業者を探してくるわ…」

 

げんなりとしたアイリーンの視線の先には拉げた貯水タンクが鎮座していた。

おそらく当分断水状態が続くことを察したトップは乾いた笑いをこぼすしかなかった。

 

 

 

 

近年急速に発展したメトロシティには今までの町にはなかった施設がある。

その一つが高級ブランドが並ぶブティック街だ。

その中でも特に高価なものを取り扱う店から一人の女が出てきた。

その背に多数の従業員の見送りを受けていることから上客であることがうかがえる。

 

「神楽様、本日もご来店ありがとうございます!」

 

責任者らしき男が感謝の念を述べる姿を無感動な瞳で眺める女は頭の高い位置で二つ結びにしている長い黒髪を風に靡かせている。

 

「ちょっと神楽姉ェ!!!自分の荷物位自分で持ちぃやッ!!」

 

店の中から今日の戦利品とでもいうべき大量の袋を抱えた女の非難の声が飛んできた。

 

「…煩いわね立羽…」

 

「何が煩いやねんな!うちは荷物持ちとちゃうで!」

 

「まったく…ちゃんと貴方が自分の化粧品も一緒に買い込んでいたのを私が見逃すと思ってるの?」

 

「うげっ…せ、せやかてうち一人じゃこんな量持って帰られへんで?!」

 

たじろぎながらも自身の正当性を主張する立羽は両手の荷物をアピールする。

 

「わかってるわ。…だから迎えを呼んでおいたのよ。」

 

「え?ほんまに?どこに迎えがおるん?」

 

立羽は十代の女性にしては高い身長を長い手足を誇っているがせわしなくキョロキョロと見回す仕草は彼女を年齢以上に幼く見せている。立羽は程なくその視界に一人の男を捉えた。

数件先の店の前に止まった乗用車から降りてきた男は服装こそありふれた物だったが鍛え上げられた肉体と鋭い眼光がまるで研ぎ澄まされた刃物のようだった。

 

「お~い龍兄ィ!!こっちやでこっち!!」

 

「…立羽…ここは天下の往来だぞ。あまり騒々しくするんじゃない。」

 

喜色満面で呼び寄せる立羽に一つ息を吐いた龍丸は苦言を呈するが立羽は嬉しそうにニコニコとしている。そんな彼女の様子に諦めたようにもう一度息を吐いた龍丸は自分を呼びだした神楽を見るが我関せずと車のほうに歩いて行ってしまっている。思わずため息をつきそうになった自分に気付くと龍丸はいつもの事だと気持ちを切り替え、立羽から山のような荷物を受け取ると彼女を伴い車へと歩み出す。

 

「なぁなぁ龍兄、今日の鍛錬はもう終わったん?確かお館様との鍛錬の日ィと違ぉたん?」

 

「その予定だったのだがベルガーに用事を頼まれてな。お前達を迎えに来たのもそのついでだ。」

 

「…ベルガーってことは…やっぱり-アレ―に関係する事なんか?」

 

「…立羽…お前が奴の事が気に入らんのは分かる。…だがこれもお館様の為だ。」

 

トランクに荷物をぎっしりと詰めながら苦い顔をする立羽を宥める様に言う龍丸の表情には彼女と同じ苦いものが去来している。荷物を詰め終わった立羽が神楽の姿を探すと何やら険しい表情で空を見上げている。

 

「…?どないしたん神楽姉?」

 

「…八咫烏が飛んでる…」

 

その言葉にハッとしたように上を見上げた立羽の目にも上空を旋回する黒い鳥の姿が見えた。

 

「八咫烏ということは緊急招集?!」

 

「…すぐに車に乗れ。急いで屋敷に戻るぞ。」

 

車に乗り込む立羽と龍丸に続き後部座席に乗り込む神楽はもう一度空を見る。

黒い点はもう空の彼方へと消えていた。

 

 

“本当の幸せとは何か、誤解している人が多い。

 

それは自分の欲求を満たすことではなく、

 

価値ある目的に忠実に取り組むことだ”

 

-ヘレン・ケラー

 

~~~~~~




今回の参戦キャラ

龍丸 神楽 ・・・天誅シリーズ

立羽 ・・・忍道シリーズ


関西弁キャラは書いてて楽しいですね
しかしTHE BOSS と神楽の中の人が同じって声優さんてほんとすごいっすね

それではまた近いうちに会いましょう

感想お待ちしておりますm(_ _)m


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僕らだけの未来

お待たせしました

今回の章は母・子・家族のエピソードを書いていきます

皆さんにとっての家族とはどんな存在ですか?

ご感想をお待ちしております


”信じ過ぎると裏切られるかもしれない。

 

だが信じないと、自分が苦しむことになる”

 

-フランク・クレイン

 

 

 

「はい。もういいわよ。」

 

「ありがとうウルスラ。」

 

 

 

私が紫苑と共にこの街に来てから一月が経った。

FOXでメディカルスタッフとして働いていた私は今は紫苑の体調管理を任されている。

…正確に言えば今の紫苑には体というより心の管理が必要といえる。

今朝もトレーニングを終えた紫苑に簡単な問診をしていたところだった。

資料に書き込んでいると頭の中にはいつも浮かんで消えることがある。

 

 

世界で唯一の死の超越者-スペリオール-。

 

…一度Dr.トキオカが口にしたその存在にまさか紫苑がなるとは思いもしなかった。

 

彼の行っていた研究は私の、いや世界中のほとんどの人間からすれば理解の範疇外。

 

資材も機材も、知識すらも無い今の私にできるのは…

 

彼女を現世に呼び戻した―SEED―の情報を少しでも集めて…集めてどうするというの?

 

紫苑を元に戻す?そんなことできるわけない。これは人が触れていいような代物ではない。

 

そもそもこれは安全な力なの?もし紫苑が飲み込まれてしまったのなら誰が彼女を止めることができる?

 

 

 

今や彼女は歩く核弾頭。あのまま紫苑を眠らせていた方がよかったのでは?

 

「大丈夫?」

 

嫌な考えに囚われだした私を紫苑が心配そうに見つめている。

 

「大丈夫よ、少し考え事をしていただけだから…」

 

「本当?私に出来ることがあるなら何でも言ってね!!」

 

 

眩しい程の紫苑の笑顔にハッとする。

 

-私に出来ること-か…

 

あの戦いで―私達姉妹-は一人になった。

 

そして紫苑は…-人-ではなくなった。

 

それでも紫苑は折れない。紫苑は曇らない。今も私の事を案じてくれている。

 

「…強いなぁ…」

 

思わず零れた私の言葉に不思議そうにしている紫苑は年上とは思えない愛らしさを持っている。

 

何でもないと軽くごまかし立ち上がると紫苑と共に私の私室を出てダイニング・ルームへと向かう。

 

今の時刻は午前8時。これから朝食の時間だ。

 

ちなみに朝食は当番制で今日はアイリーンの日、彼女の料理は一流レストランにも引けを取らないクオリティを誇っているので私も楽しみだ。

 

先程の後ろ向きな考えも一旦放り出した私は現金だとも思うがそれはそれ。

 

 

扉を開けると芳醇な焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐる。

 

10人はゆうに掛けられるであろうダイニングテーブルには彩り鮮やかなサラダボウル、奥のオープンキッチン(ここの改築に一番時間がかかっていた)ではアイリーンがフライパンを操っている。

 

香りからしてベーコンと目玉焼きのようだ。

 

私と紫苑はサニーサイドアップの半熟でアイリーンとトップは完熟、パーセフォニーはターンオーバーのオーバーイージーと好みはバラバラだが我らが三ツ星シェフにかかれば文字通り朝飯前だろう。

 

…別に私が苦手という訳ではない。

 

定位置となった自分の席に座るとミルクをマグカップに注ぐ。

 

元々は珈琲派だったがアイリーンやトップを見ていると-成長-を願わずにはいられなかったため、最近は涙ぐましい努力をしているわけだ。

 

 

そうこうしているとトップやパーセフォニーも集まり朝食の時間となった。

 

私達は此処に住みだしてから皆揃って朝食をとることがルールとなっている。

 

そこで今日一日の予定や今後の方針などを話し合うのだ。

 

「おはよう。みんな集まったようね。」

 

「おはよう!ん~今日も美味しそう!!」

 

「アイリーンの食事は美味いからねぇ~。ついつい食べ過ぎちまうよ。」

 

「そうね。お蔭で1.2kgも太ったわ、…トップが。」

 

「ちょっ?!パス!!なんてこと言うんだい?!!」

 

「はいはい。朝から騒がないの。それじゃ紫苑、お願いね。」

 

全員の顔を見渡した紫苑は両手を合わせる。

 

 

「「「「「いただきます。」」」」」

 

 

 

こうして私達の朝は始まるのだ。

 

「さてBOSS。今日は重要な報告があるわ。」

 

朝食が済むとアイリーンは一枚の封筒を取り出した。どうやら手紙らしい。

 

「これはミスティークからの手紙よ。」

 

「レイブンから連絡があったの?!!」

 

-ミスティーク―レイブン・ダークホルムはサンヒエロニモより以前に紫苑が出会った女性であり-変異体-ミュータントと呼ばれる存在だ。

事件終結後、彼女は調べたい事があるといって紫苑達とは別行動をしていたのだが…合流の日になっても彼女は現れなかった。

こちらからは連絡する手段もなくただ待つことしかできなかった。

 

「えぇ。どうやら調べ物が難航していたらしくて遅くなってしまったらしいわ。」

 

「へぇ~それでその調べ物とやらは終わったのかい?」

 

「どうやらそのようね。おそらく2~3日中にはメトロシティに着くわ。」

 

アイリーンから手紙を手渡された紫苑は嬉しそうに目を細め、読み終わるとその胸に愛おしそうに抱きしめている。

 

…ほんの少し走った痛みには気付かないふりをした。

 

 

 

「それじゃ今日も行ってくるね!」

 

「了解、BOSS。夕飯には帰ってくるんだろう?」

 

「うん!今日はパン屋の向かいのステラおばさんの家の庭掃除と…

 

 飼い犬のヴィクターの散歩だね。

 

 夕飯までには帰れるよ。」

 

 

この街に来てすぐの事。紫苑は買い物に出た帰り道、足を挫いた老婦人に出くわした。

 

お人よしな紫苑は当然その老婦人を自宅まで送り届け、そのあとも家事の手伝いなどをしている。

とにかく困っている人を放っておけない性格の紫苑は何かとトラブルに遭遇する。

 

16日前には迷子の子供の親探しをしていた。

8日前にはカップルの痴話げんかの仲裁を、

3日前に至っては近所の奥様から旦那の素行調査まで依頼されていた。

 

最もさすがにそれはアイリーンが断っていたようだが。

 

 

「準備はいい?ウルスラ。」

 

「えぇ。行きましょう紫苑。」

 

そうして今日も人助けに繰り出す。私はそのお供だ。

目的の家に着くとおばあさんが出迎えてくれたがどうにも浮かない表情をしていた。

 

「おはようおばさん。なんだか元気ないけどどうかしたの?」

 

「おはよう紫苑ちゃん。実はね…ヴィクターの姿が昨日から見えないのよ。」

 

「本当?!急いで探してくるよ!!」

 

「いつもすまないねぇ~紫苑ちゃん。美味しいクッキーを焼いとくからねぇ。」

 

申し訳なさげな老婦人に明るく手を振って応えた紫苑は意気揚々と飛びだして行こうとする。

 

「ちょっと待って紫苑!探す当てはあるの?」

 

「…とりあえず高いところから見れば何とかなるかな…と…ダメ?」

 

「ダメ?…って可愛く言っても駄目よ!!」

 

どうにも考えるよりも先に動くBOSSの手綱を引くように近くのベンチへと座らせる。

呆れてますという空気を出してはみるがてへへと舌を出す様子には反省の色は見えない。

 

「まったく…今からクレアボヤンス-遠隔透視-で見てみるわ。」

 

「おぉ!!さっすがウルスラ、頼りになる!!」

 

はいはいっと調子のいい紫苑を受け流すと意識を集中する。

うっすらとヴィジョンが頭の中に浮かんでくる。

 

「…これは…公園ね。誰かといるみたい…方角は此処から北西、それほど離れていないわ。」

 

「了解!!その公園なら行ったことあるよ。急ごう!!」

 

 

立ち上がった紫苑は私の手を取ると風を切るように駆け出していく。

 

流れる景色の中、風に踊る黒い髪とその手の暖かさだけが私の世界を構成していた。

 

鼓動が速くなって顔が熱くなる。

 

夢中で足を動かしていると顔だけこちらに向けた紫苑と目が合った。

 

《楽しい?ウルスラ》そう紫苑が目で問いかけているような気がした。

 

言葉じゃできない会話するように私は紫苑に微笑み返す。

 

もう一度前を向いた私達は路地を抜け公園へとたどり着いた。

 

「あ!ヴィクターだ!」

 

紫苑が指差す先には一匹の大型犬が大人しく座ってベンチに座る老紳士と少女から餌をもらっているようだった。

 

「ヴィクター!おばあさん心配してたよ!どうしたの?」

 

彼らに近づいた紫苑が気遣う声をかけると嬉しそうにヴィクターが尻尾を振っている。

 

「この子は御嬢さんの犬かね?」

 

「いえ。知り合いのおばあさんの犬なんです。いい子にしてましたか?」

 

「あぁ、とてもいい子だったよ。なぁドロシー?」

 

「…えぇ…お父様…」

 

老紳士の隣にいた少女が抑揚のない口調で呟く。

 

ドロシーと呼ばれたその少女は透き通るような真っ白な肌で髪は赤毛のボブカット、青いアイシャドーで薄らと化粧をしている。

 

表情の変化に乏しい様子の少女だがヴィクターが近寄ると少し表情を緩ませ頭を優しく撫でている。

 

「私の名前はシオン・クガシラっていうの。ドロシーは犬が好きなの?」

 

少女の目線にしゃがみ込んで自身の目の高さを合わせた紫苑は嬉しそうにドロシーに尋ねる。

少し驚いたように目を開いたドロシーは戸惑いながらも小さく頷いた。

可愛らしい反応に更に笑みを深めた紫苑はニコニコと笑いかけるが、少女の隣に座る老紳士は驚いたように目を見張っている。

 

「紫苑そろそろ行きましょう。」

 

「そうだね。それじゃ「ちょっといいかね?」…はい?」

 

立ち上がろうとした紫苑を老紳士が呼び止めた。

 

「私の名はティモシー・ウェインライト。パラダイム社の科学者をしている。」

 

此方を真っ直ぐと見つめる老紳士の目には異常なまでの威圧感があった。

 

「我が娘、R・ドロシー・ウェインライトには友人と呼べる存在がいなくてね。

 

 君にそうなってほしいのだがMs.クガシラ。」

 

有無を言わせぬ老紳士の物言いに不快さをにじませながら口を開こうとした私を紫苑が右手を挙げることで制してきた。

 

「その心配はないですよウェインライト博士。

 

 私達とドロシーはもう友達ですから。」

 

紫苑の笑顔をジッと眺めていた老紳士はフッと小さく笑って再びベンチに腰を下ろした。

 

「またねドロシー!」

 

ドロシーに手を振ってヴィクターを抱え上げた紫苑は飼い主の元へと歩き出した。

 

去りゆく紫苑の背に向けて小さく手を振るドロシーの姿を尻目に私もその場を後にした。

 

 

無事に家族を送り届け、庭の掃除も終えた私達はお土産のクッキーを手に家路へとつく。

 

愛にあふれたとても穏やかな日々。

 

たとえ世界が悪意に満ちていようとも、

 

私には僕らだけの未来がきらきらと見える気がしたのだ。

 

 

 

~~~~~~

 

 

「お迎えに上がりました、ウェインライト博士。」

 

「これはこれは陽炎君がお迎えとは…てっきり嫌われているものだと思っていたよ。」

 

老紳士の皮肉にも眉一つ動かさず冷たく見下ろす陽炎には感情といったものは見られなかった。

 

「研究の成果をお受け取りに参りました。どうぞお渡しください。」

 

「…君達の助力には本当に感謝している。学会から爪弾きにされた私に充分な支援をしてくれたのは君達だけだった。-彼-の母親を甦らせるという目的も共感できた。…だが…」

 

そこで言葉を切った博士は鋭くいい放つ。

 

「ドロシーの兄弟達を戦争の玩具にされるのは我慢ならんのだよ!!」

 

一瞬眉根を寄せた陽炎だがギラリと此方を睨む博士を見遣ると冷徹に思考を切り替える。

 

「仰る意味は分かりませんがお館様に歯向かうというのならば容赦は致しません。」

 

全身から殺気を立ち上らせ、呼気からは怪しげな毒気を零す陽炎の前にドロシーが立ちふさがる。

 

「…御父様に触れないで…」

 

「…さすがに貴女には効かないのでしょうが…無駄なことです。」

 

ドロシーが振り向くとウェインライト博士の後ろには一切の気配を感じさせず、直刀を抜き放った男がいた。

その男の立ち姿には一抹の隙もなく少女が助けに動くよりも速く、老人の頭を宙へと切り飛ばすだろうことは想像に難くない。

 

「ドロシー…」

 

力無く呟く博士を見る少女の目は父を案じる娘のものだった。

 

 

~~~~~~

 

 

メトロシティ一の豪邸。その扉を開けたベルガ―はいつもその豪華さに目を奪われる。

そしていつも戦慄するのだ。この財を己の肉体のみで築き上げたこの館の主の男の異常さを。

一際豪奢な扉の前で立ち竦む。

この扉の向こうにあの-怪人-がいると思うと湧き上がる恐怖心を抑えられなかった。

 

「入りなさいベルガ―。」

 

ノックもする前に声をかけられるのもこれで3度目。

初めは隠しカメラの類を疑ったが彼に映像は無意味だ。

扉を開けると革張りの椅子に深く腰掛けた大男が目に入る。

五分刈りの金髪に健康的に焼けた肌。

貌には多くの皺が刻まれており男の重ねてきた年月の長さを、深さを物語っている。

 

「私に内緒で何やら面白いことをしているそうですねぇ?」

 

「は、はいボス!!きっとボスにもお喜びいただけると思います!」

 

ヘルガ-の言葉にボスと呼ばれた男はへらと笑うと人差し指をくいくいと動かし彼を呼ぶ。

恐る恐る近寄ったヘルガ-の顔を両手でぴたと触れる。

髪を、頬を、唇を、瞼を、その指で触っていく。

 

「なァヘルガ-。わたしはね…

 

 15歳で視力を失って以来……

 

 

 

 

 ……泣いたことがない………………」

 

ヘルガ-に興味を失ったのかその手をはなすとサイドテーブルに置いてあったスピリタスをクリスタルグラスにトクトクと注ぎだす。

 

「人体というものはねヘルガ-。

 

 なにかを排泄するときは

 

 すべからく気持ちのいいものだ。」

 

タンと瓶を机に置く音が静かに部屋に響く。

 

「小便・大便・精液・反吐・汗。どれも……スゴく気持ちがイイ。

 

 わたしはねヘルガ-。

 

 その5つを人の20倍排泄してきた……」

 

表面張力で膨れ上がった酒はテーブルに一滴も零してはいない。

 

「なのに涙を排泄したことがない。なぜだかわかるかね?」

 

「……い、いえッ!」

 

 

 

 

 

 

「涙腺が無い…」

 

 

 

固まるヘルガ-を尻目にザッと立ち上がった男はフルフルと震えだす。

 

 

「泣けぬことは……哭くより悲しい……」

 

 

 

 

 

オオオオオオオ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

獣のような咆哮。

ピタと素に戻った男は椅子に腰を下ろす。

 

「わたしはねヘルガ-。人一倍泣くことが好きな子供だった。

 

 なにかの拍子に泣けた時など…

 

 気持ちが良くて気持ちが良くて

 

 泣きやんでしまうのが惜しくていつまでも泣き声だけは出し続けたものさ。

 

 

 

 いつまでも……いつまでも……」

 

 

 

 

”子どものころからわたしは、

 

 人と違うところにいて、

 

 人と違うものを見てきた”

 

-エドガー・アラン・ポー




この章のボスの登場です

今はまだあえて正体は書きませんが(バレバレでしょうが)私にとっての母子の関係を描くうえで彼は欠かせぬ存在です。

次の話ではスピード感を表現できればうれしいです。


それでは応援よろしくお願いします


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Ride a firstway

アベンジャーズ2を見に行ってきました!!

これぞお祭り映画!!

これは10月のファンタスティック4も見逃せません!!



それでは本編どうぞ


この日を私は随分と待っていた。

 

レイブンと別れてもう一月が経とうとしている。

 

数日前の手紙でようやく今日彼女が合流することが分かった。

 

合流場所は新たな家族のホームとなった-アマデウス-。

 

ここでレイブンには内緒でサプライズパーティをするつもりだ。

 

 

 

「飾り付けはこんな感じでいいかな?」

 

「なんだかバースデーパーティーみたいね。懐かしいわ。」

 

「アイリーンはいいとこの御嬢さんっぽいからね。アタシにはとんと縁のない話だよ。」

 

「あら?インストル君には祝って貰わなかったのかしら?」

 

「な?!だからそんなんじゃないって!!」

 

「それならハガー君?子持ちとはなかなか刺激的ね。」

 

アイリーンとパーセフォニーにからかわれているトップはまるで昔からの友人のように仲がいい。

 

才気煥発なアイリーン、享楽主義のパーセフォニー、高尚潔白なトップはそれぞれ異なるカラーを持つものでありながら不思議な調和を見せていた。

 

困ったことがあればアイリーンに相談し、パーセフォニー共に遊んで、度が過ぎればトップが叱り最後は甘えさせてくれる。

 

私には頼れる姉貴分たちだ。

 

 

「紫苑、この料理の味をチェックしてみて?」

 

「どれどれ…ん~…美味しい!!また腕をあげたね!!」

 

 

バリバリの理系女子だったウルスラは今花嫁修業の真っ最中。クッキングを化学の実験だといっていた大人びた少女は、鬼教官…もとい稀代の美食家の指導もあって日々その女子力の向上に磨きをかけていた。

可愛くて、頭が良くて、料理も上手。もういつでもお嫁にいけるだろうが私達の御眼鏡に適う相手となるとそうはいないだろう。

 

 

「娘を嫁に出す父親の気分…」

 

「…なにそれ?」

 

「ウルスラの成長を実感してたんだよ。…こうして雛鳥は巣立っていくのか…って…」

 

「感慨深そうなところ悪いんだけど私が家庭に入れるわけないでしょ?」

 

「むぅ…親心ってものを理解してないなぁ。」

 

「はいはい、バカなこと言ってないで盛り付けのお皿を出してちょうだいBOSS。」

 

 

私には二人の兄がいたが同年代の同性の友達というのはいなかった。

 

ウルスラとの他愛もないやり取りは私には何物にも代えがたい安心感を与えてくれる。

 

まるで自分が-普通の女の子-になったかのように感じるからだ。

 

私の新しい家族達は気高く美しい。自慢のファミリーだ。

 

 

心穏やかな日々は唐突に破られるものだ。

 

異世界に呼び出され突然戦場へと放り出されたり、

 

デートの途中に武装組織に拉致されたり…

 

私は否が応にも争いに巻き込まれる。

 

そしてまた…

 

 

 

~~~~~~

 

 

まだ日も高い時間、酒場の周りには当然人影は少ない。

 

それはこのバー-アマデウス-でも変わらない。

 

このバーを拠点とする紫苑達を除けば出入りする者は無い。

 

 

バーへと降りる石階段の上にこんな時間に見かけるはずもない高級そうな白スーツに身を包んだ老紳士が杖を手に立っている。

 

少し急な階段を注意深くゆっくり降りると彼はその扉を開けた。

 

店は営業時間ではなかったが何人かの女性たちが楽しそうに飾り付けや料理の準備をしていた。

 

そのうちの一人が老紳士の来店に気付いたらしく声をかけてきた。

 

「申し訳ありません、Sir。今日は臨時休業させて頂いてるんです。」

 

見事な営業スマイルを見せるアイリーンは老紳士の顔を見てふと気づく。

 

(…?どこかで見た顔ね…あれは確か…)

 

「あれ?ウェインライトさんじゃないですか!」

 

とてとてと近づいてきた紫苑が親しげに声に記憶が繋がったアイリーンはすっと目を細めた。

 

(パラダイムの科学者の一人、確か機械工学の権威ね。…また紫苑がひっかけたのね…)

 

「こんにちは紫苑、そしてご友人の方々。大切なイベントの前にお邪魔して申し訳ない。」

 

「こんにちは、ウェインライトさん。私達に何かご用ですか?」

 

「…あぁ…実は君達に依頼があって探していたんだ。」

 

手近な椅子を一脚引き寄せるとウェインライト博士は腰を下ろした。

 

紫苑達も同じように椅子を用意すると彼を囲んで座った。

 

 

「それで…ご依頼とはなんでしょうか?」

 

口火を切ったアイリーンはその内心はともかく表情は非常に好意的だった。

 

「私にはドロシーという孫娘がいる、紫苑とそこの御嬢さんは一度会っている子だ。」

 

サングラスに隠されて表情は見えず、声は平坦。だからこそアイリーンは感じ取ったのだ。

 

(…これは面倒なことになりそう…)

 

 

 

「君達に依頼したいのはパラダイム社からドロシーを奪還することだ。」

 

 

「奪還?随分と物騒なご依頼だことで…

 

 誘拐事件ならば我々よりも公的機関、

 

 ようは警察の出番ではありませんか、Dr.ウェインライト?」

 

 

「警察?…この街にそんなものは存在せぬ…

 

 もはやこの街のもので

 

 奴らの思い通りにならぬものなどない。」

 

 

「この街の経済を完全に掌握する彼らならばあり得る話ね…でもなぜドロシー嬢を?」

 

 

「あの子の存在は世界のパワーバランスを崩壊させかねない。…紫苑…君と同じだ。」

 

 

「私と同じ…それはどういう意味なんでしょうか?

 

 もしや…それが私に依頼をする理由ですか?」

 

 

思わず声を漏らした紫苑の疑問の声。ウェインライト博士は首を横へと振った。

 

 

 

「私が君に依頼するのは彼女の…

 

 

 かつて伝説の英雄と謳われた、

 

 

 ザ・ボスの後継者だと知っているからに他ならない。」

 

 

「…?!どうしてそれを…」

 

 

 

「君は…いや君達は既に奴らに目をつけられている。

 

 

 この世界のどこに居ようとも君達に平穏は訪れないだろう。

 

 

 …それに…君には成すべき使命があるはずだ。…違うかね?」

 

 

歴史の表舞台から葬られた伝説の英雄、ザ・ボス。

いまや彼女を識る者はごく一部となり、彼女の死に九頭紫苑が関わっていたことを識る者は更に少ない。

そのごく少数にウェインライト博士は含まれていたのだろう。

 

「はっきりと言わせてもらうなら、私は君やザ・ボスの意志には興味がない。」

 

 

「…正直な爺さんだ…」

 

 

呆れたように洩らしたトップの事など博士は意に介さない。

 

 

「だが…私の…いや、ドロシーの-意志-を君に救ってほしい。

 

 一方的に君達に危険を押し付ける、…これは老人の我儘に過ぎない。」

 

 

ウェインライト博士は紫苑へと深く頭を垂れた。

なぜパラダイム社にドロシーが攫われたのか、ザ・ボスと紫苑の事をどこまで知っているのか。

問いたいことはある、だが目の前の老人は助けを求めている。

他でもないこの九頭紫苑に。

ならば彼女の答えは決まっている。

 

 

 

「私とドロシーは友人です。彼女が危険に晒されているのなら

 

 

 私達は駆け付けましょう。…それが…私の意志です。

 

 

 ウェインライト博士、私達に任せてください。」

 

 

再び戦乙女は戦場に立つ

 

ただしかつてと大きく異なるのは

 

今度は自らの意志で闘争を選び赴くという事

 

絶望でも不可能でも出来ることはただ一つ

 

彼女の物語は進みだす

 

 

 

~~~~~~

 

 

「それではDr.ウェインライト、

 

 ドロシー嬢の居所が掴め次第救出作戦を決行いたします。

 

 それまでは貴方も十分に気を付けてください。

 

 なんならボディガードを手配いたしますが?」

 

 

「お気遣い痛み入るよアイリーン女史。

 

 だが私の事は気にせずとも良い。

 

 研究成果を手に入れた以上、私に価値は無いだろう。」

 

 

「そうおっしゃるならば仕方ありませんわね。

 

 出口まではお送りさせていただきますわ。」

 

 

小さく笑いながら立ち上がった博士は出口へと歩いていく。

その顔には悲壮感はなく安堵の表情が見て取れた。

博士の見送りのために紫苑達も後へと続く。

重厚な扉を開け、階段を上る。辺りはうすぼんやりとして徐々に夜の顔をのぞかせている。

 

 

「…紫苑。君達の協力に感謝を。ドロシーをよろしく頼む。」

 

 

「私達に任せてください。なんてったって私達は最強チームですから!」

 

 

足の不自由な博士を気遣う様に寄り添っていた紫苑が朗らかに笑う。

その表情にあるのは自信だけ。それはファミリーへの絶大な信頼の現れだった。

階段を登り切った博士は振り返るとその笑顔を目を細めて眺めた。

 

 

眩しい光を放つそれは、かつて彼が愛したものに重なった。

 

その胸に去来する在りし日の想い出。

 

 

 

 

久方ぶりに感じた温もりは冷たい銃声によって引き裂かれた。

 

 

Beeeeeeeep!!!!!!!

 

「…?!何…?!」

 

それに気付いたのはやはり紫苑、スパイダーセンスが反応したのだ。

 

BANG!!!

 

発射音とほぼ同時に回避行動に移った紫苑は逡巡した。

瞬間的に誰が狙われているのかを迷ったのだ。

一流と言って差し支えない戦闘技術を有し、常人離れした身体能力を誇り、2度の戦場を経験した紫苑。

しかし彼女は軍事訓練を受けたプロではなかった。

正面で敵と対峙することはあっても日常の陰から忍び寄る魔の手に関しては、言ってしまえば素人に近かった。

だからこそかつてはFOXに易々と拉致されてしまったのだろう。

 

己が相棒からの警告に従い、博士を押し倒すように庇う紫苑。

しかしほんの一瞬の迷いが回避行動に致命的なタイムラグを生んでしまった。

 

「グゥッッ?!!」

 

「博士!!」

 

倒れこんだ博士の白いスーツの右肩のあたりが真っ赤に染まっていく。

突然の事態に、しかし冷静に対処する者もいた。

 

「スナイパー!!!」

 

鋭い声で叫んだのはアイリーンだ。姿勢を低くしながら警戒を呼び掛ける。

 

「3時方向、屋上に敵!!」

 

次に動いたのはパーセフォニー、銃声と飛んできた弾丸の軌道を計算し素早く狙撃手の位置を割り出した。

紫苑達が一斉にそちらを向くと何軒か先のビルの屋上にレンズの反射光が見えた。

発見されたことを悟った狙撃手は追撃を諦めると即座にライフルを投げ捨てて身を翻した。

 

「アイリーン、博士をお願い!」

 

言うが早いか駆け出した紫苑は近くに停めてあった車のボンネット、ルーフを足場に飛び上がるとシンビオートスーツをその身に纏った。

ウェブスイングであっという間に上空へと舞いあがった紫苑はみるみる小さくなっていく。

 

「おいバカ!!突っ走るんじゃないよ!!」

 

「…トップ!こっちは私とパスに任せて、紫苑を追って!!!」

 

パーセフォニーと協力して博士を抱えあげたアイリーンからの指示にあぁ‼と頷いたトップは辺りを見回すとたまたま通りがかったバイクの前に飛び出した。

 

「悪いね‼ちょいと借りるよ‼」

 

急停車したライダーを引きずり下ろすとサッと跨がったトップが前方を睨めるとビルの陰へと紫苑が飛び込むように消えるところだった。

エンジンを吹かし、紫苑を追おうとするトップの後ろに飛びつく小さな影。

 

 

「ちょ?!何やってんだいウルスラ!!」

 

「私が紫苑のところまでナビゲートするわ!!」

 

「バカなこと言うんじゃないよ!!遊びじゃないんだ!!」

 

「そんなこと判ってる!!」 

 

「だったら「私だって紫苑のファミリーよ!!」ッ?!…ったく…」

 

諦めたように首を振ったトップは前を見据える。

無駄にしている時間は無い。アイドリング状態だったバイクに喝を入れるように空ぶかしをして声を張り上げる。

 

 

「振り落とされないようにしっかり掴まってなァ!!!」

 

 

煙をあげて走り出した二人は全速力で紫苑を追いかける。

 

今ここに戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

"CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTY."

 

(我、神の名においてこれを鋳造する。汝ら罪なし)

 

12世紀ドイツの死刑執行人が持つ刀剣に刻まれた言葉




余りにも長くなったのでここで一回切りました

9月までにPW編まで到達したい…


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Give a reason

大変遅くなってしまいましたが…

アイドルマスターシンデレラガールズサマフェスお疲れサマー!!

すっごい楽しかったです!!


本編もだりなつプラスみくにゃん(綺麗な方)で悶えてましたww

実は最終的にはシンデレラガールズの世界にもログインWするつもりだったんですが

あんまりにも胸圧なんでちょっと書き始めておりますW

まぁなにはともあれ本編どうぞ


「まさかこっちで本物の忍者に会えるとはね…」

 

宙を舞うように移動しながら思わずつぶやいた。

博士を撃った襲撃者はビルの屋上を飛猿の如く駆けている。

行く手を阻む配管を滑り込んでくぐり、腰ほどの高さの障害物なら飛び越えていながらそのスピードは一切落ちる気配がない。

 

 

「…って感心してる場合じゃなかったわ。」

 

大きくスイングさせて襲撃者を飛び越すとその前に降り立つ。

白のスニーキングスーツに黒のサポーターやボディアーマーを着けた襲撃者は一瞬怯んだがすぐに戦闘態勢に移行していた。

 

 

「さーて忍者さん…どうして博士を狙ったのか聞かせてもらいましょうか?」

 

忍者モドキが私の言葉に答えるわけもなく素早い跳び蹴りを放ってきた。

 

「Uh~やっぱそう来るわよね。…でもッ!」

 

右手からウェブを飛ばす。後転して躱されたけれど追撃に接近して拳を繰り出す。

身をかがめるようにあえて懐へ飛び込んでくる。

うまく対応してくる。並みの鍛錬ではこうはいかない。

…うら若き乙女に頭突きをぶちかまそうとするデリカシーの無さはいただけないけど。

頭突きをスウェーバックで躱した勢いのまま正面飛びのドロップキックをお見舞いする。

今の私はシンビオートを纏ったシーヴェノムモード。その常人の数十倍の力がある脚力で襲撃者は吹き飛ばされた。

長い滞空時間を経て屋上の縁ギリギリに転がった襲撃者は呻きながらも立ちあがってくる。

 

「…Wow…ほんとよく鍛えてる。おっと!!」

 

首の後ろに走った痛みに従い飛び退くと同時に銃声が鳴る。

どうやらまだ奥の手を残していたらしい。隠し持っていた拳銃をこちらに向けて引き金を引く。

私が回避行動に移る隙を狙って駆け出した襲撃者は私のいない方向、しかしそちらには出入り口らしきものは無い。

どうするのかと見ていると屋上の縁を踏切り、そのまま飛び出した。

驚く私の目の前でまるで翼が生えたかのように一瞬浮遊した襲撃者は数メートル離れた隣の建物の窓を突き破り飛び込んでいった。

 

 

「…おまけに度胸も満点とは…」

 

肩を竦めながらも鼓動が高鳴る。…やっぱり血は争えないか…

 

「だ・け・ど…-壁を這うもの-の異名は伊達じゃないのよね。」

 

私は小さく呟くと襲撃者の後を追うためにウェブを飛ばした。

 

 

~~~~~

 

「次は左‼」

 

フルスピードで交差点に進入した二人乗りのオートバイは速度を落とさぬまま煙を上げて強引に曲がった。信号を完全に無視した暴走車に周囲は大惨事一歩手前の惨状だ。

 

「よし‼見つけたよ‼」

 

数ブロック先にターザンのようにコンクリートジャングルをスイングしている小さな黒い人影がある。

間違いなく紫苑だろう。

大きく反動をつけてビルの屋上に消えた紫苑を追って加速するバイクから引き剥がされないようにしっかりとトップに抱き付いたウルスラ。

 

(聞いてトップ。)

 

(…これはテレパス!?)

 

(紫苑のいるビルの手前に立体駐車場が見えるでしょう?そこへ行って!)

 

(…だけどあのビルより3フロアは低いよ。いったいどうするつもりだい?)

 

(大丈夫。私に任せて。)

 

伝わるウルスラの想いに肚を決めたトップは大きくハンドルを切って駐車場のバーを飛び越える。

らせん状のスロープを猛スピードで駆け上ると屋上へと出た。

やはりこの屋上は紫苑のいるビルよりも10mは低い。

 

「で、この先は?!」

 

「…私を信じて…飛んでくれる?」

 

一瞬呆けたトップだが不意に笑いだした。

 

「全く…無茶を言うのは紫苑だけで充分だってのに‼」

 

エンジンの鼓動が大きく高鳴った。

 

「これだから…アイツについてきてよかった!!」

 

人馬一体となったトップの駆るバイクは一瞬で最高速まで到達すると屋上に停めてあった車へと真正面から突っ込んでいく。

ぶつかる直前に車体を強引に持ち上げると車のバンパーを踏切台にしてすべての運動エネルギーを空へと向けた。

 

それでも向かいのビルには届かない。

 

「お願い!!届いて!!Levitation-浮遊-!!」

 

自身のESPを全開にして数百キロもあるバイクごと浮き上がらせる。

 

 

鋼鉄の軍馬は重力から解き放たれて、空を駆ける天馬となる。

 

 

「「いぃぃぃっっけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」」

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

護りたいものがあった。

其の為ならばどんな汚れ仕事だってしてみせる。

私の家族の為、そして私自身の自由の為。

 

けれど…

 

「…ッ!?冗談じゃない!!」

 

痛む体を無視して立ち上がる。

砕けたガラスの破片が体から舞い落ちる。

部屋の木製扉を体当たりでぶち破る。

飛び出した廊下をふらふらと歩き出す。

階段は上の階を目指す。

 

「…-イカロス―は空へ…空へ…」

 

譫言の様に呟く。

そうだ…私はこんな所で躓いているわけにはいかない。

あの子たちを守るために。

 

階段を上り屋上へと出る。沈みゆく夕日に照らされたそこは涼しげな風が吹いている。

 

 

 

「鬼ごっこは終わりにしましょうか?」

 

沈む太陽を背に女が立っている。私を追ってきた蜘蛛女。

 

「雄弁は銀、沈黙は金ってとこ?…どうして博士を狙ったの?」

 

雰囲気が変わった。真っ直ぐに燃える瞳で私を見る、これがこの子の性質。無垢で幼気で…

 

「…気に入らない…」

 

零れ落ちる言葉に黒い女が戦闘態勢に移る気配がした。

その身に纏う色とは裏腹に、綺麗なままでこの薄汚れた世界と自分を切り離す。

装備していた拳銃を抜き、銃口を向ける。

しかしほんの一瞬の間に距離を詰めると銃の上部を左手で掴むとスライドを分解し、その勢いのまま右の掌底を打ち込んできた。

 

凄まじい衝撃と共に宙に浮いた私はもう立っていることすらままならなかった。

 

「いいセンスをしているよ、あなた。

 

 でも私にはまだ届かないわ。

 

 さぁ、あなたを寄越したのは一体誰?」

 

銃は使えない。だが情報を渡すわけにはいかない。

這いつくばりながら距離を開けようとする私に地鳴りのような音が耳に届く。

 

飛び上がってきたのは大型バイクに跨がった二人の女。屋上に着地したバイクのハンドルを握っていた女が素早く銃口を私に向けてくる。

 

 

…イカロスは地に墜ちる運命-サダメ-か…

 

足首に取り付けていたタクティカルナイフを取り出す。

 

すぐに私の意図に気づいた蜘蛛女が手から糸を飛ばそうと動くがナイフが私の喉を貫く方が早いだろう。

 

…ゴメン、みんな…

 

 

「諦めるにはまだ早い‼」

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

紫苑と襲撃者の間に一陣の風が吹き、影がその姿を現した。

その鍛え上げられた肉体を持つ長身の男は右手で襲撃者の命を絶たんとした刃を握り留めていた。

驚くべきは銃弾並みの速さで飛来する紫苑のウェブをすべて手にした刀で切り落とした剣術の腕前だ。

油断ならない強敵の登場にトップ、ウルスラにも緊張が走る。

 

 

「…立てるか。」

 

「…どうして…ここに…」

 

ふらふらと立ちあがりながら襲撃者が問うと男は懐から一枚の札を取り出す。

梵字のようなものの書かれたそれは青い炎に焼かれて消えたが一目見て襲撃者は何かを察したらしい。

 

「あの子が…もしかして今も?」

 

「あぁ。-見て―いる。…だからここは…」

 

血の滴る右手を振り上げると地面へ何かを叩き付けた。

刹那、閃光と煙が上がり二人の姿は消えていた。

 

 

「Ooh…逃げちゃった…」

 

「逃げちゃった…じゃないよ全く!!一人で飛び出すなんて…何考えてんだい?!」

 

「トップの言う通りよ。無謀にもほどがあるわ。」

 

襲撃者が逃げ去った後、トップとウルスラからお叱りを受ける紫苑。

肩を落としてはいるがその表情は何処となく嬉しそうで…

どうやら二人から心配をされることが何か琴線に触れたらしい。

 

「…はぁ…とにかく一旦アマデウスに戻るよ。」

 

「そうだね。博士も心配だしレイブンも到着しているかもしれないわ。」

 

屋上を後にしようとした3人だが、ふとウルスラが立ち止り虚空を見上げた。

 

「どうしたのウルスラ?」

 

「…ううん。何でもない。」

 

 

 

 

 

 

「…私の式-シキ-に気付くなんて。ホント厄介な奴らを敵に回したわね。」

 

「…ごめんなさい神楽。みんなを巻き込んでしまったわ。」

 

パラダイム社のビルの一室、退避してきた襲撃者に自分の式に感づいたウルスラをそう評した神楽。

美しい長い脚を組み直すとフンと鼻で笑い冷たく見下ろす。

 

「自分がなんでも汚れ仕事をすれば良いとでも思ってるの?…ハンッ…救世主気取りとはね。」

 

「そのような言い方は慎みなさい神楽!!」

 

「陽炎姉様の言う通りやで神楽姉!!セレステ姉ちゃんに謝り!!」

 

 

「いい加減にしろ!!」

 

 

ヒートアップした女達を鎮めたのは襲撃者、セレステを救出した男だった。

 

 

「セル…お前が俺達を思って動いたことは分かっている。

 

 だが何故何も言わずに危険に飛び込んだ?誰がお前を焚き付けた?

 

 神楽、陽炎、立羽、…俺達は何故セルの行動に気付かなかった?

 

 

 俺達は-家族-だ。だからこそその罪も背負わなければならない。」

 

「龍丸…本当にゴメン…」

 

小さく呟いたセレステの手を陽炎が優しく握る。

 

「…貴女の痛みは私の痛み。いえ私達の痛みよ。」

 

「ホンマゴメンなセレステ姉ちゃん…うちらのために…」

 

泣きそうな立羽に首を振るとその頭をゆっくりと抱きしめるセレステ。

それは彼女たち家族の絆が垣間見えた瞬間だった。

 

「…とにかくあいつ等をどうにかしなくちゃいけないんでしょ?」

 

「神楽、奴らの動きは分かるか?」

 

「…今はあの店に帰ったようね。」

 

目を閉じた神楽が告げる。

 

「…なぁ、あの女の子返したらアカンのかなぁ…」

 

「立羽…それはできないわ。」

 

「せやけどお館様にも言えへん後ろめたいことなんやろ!?そんなん「立羽。」…龍兄…」

 

 

「既に賽は投げられた。これは俺達の問題だ。俺達で解決する。」

 

「龍丸!何処へ行くの!?」

 

一人部屋を出ようとした龍丸を呼び止めた陽炎には分かっていた。

不器用な兄はきっと一人で乗りこむつもりだろう。

そしてそれに気付いたのは彼女だけではない。

 

「ハァ…アンタ本当に面倒な性格してるわね。…さっさと車回してきなさい。」

 

溜息をつきながら立ち上がった神楽と龍丸は部屋を後にしてしまった。

 

「行ってしもたな…あの二人に限って万一ってことは無いやろうけど…」

 

「…あいつらは普通じゃない。私も…ッッツ!?」

 

「ダメよセル!!貴方は絶対安静よ。」

 

立ち上がろうにも体に負ったダメージが大きすぎてセレステは倒れこんでしまう。

素早く立羽と陽炎が支えると部屋のソファーに横たえた。

 

「大丈夫。私達が協力すれば誰にも止められないわ。」

 

「そうやで!!なんかあったらうちも頑張るさかい、心配せんとき!!」

 

 

頼もしい家族の言葉にもセレステの心は晴れなかった。

それは自分はきっと触れてはならないものに触れてしまった気がしたから。

 

 

 

” 人間は生まれるのも死ぬのもひとり。

 

 愛と友情によってほんのつかの間、

 

 自分はひとりではないという幻想を抱くだけだ”

 

-オーソン・ウェルズ (アメリカの映画監督、脚本家、俳優)




ちなみに今後予定している時系列

PW

GZ(たぶん一話くらい)

TPPまでの間に1~2事件

TPP本編

MGS1

MGS2

MGS4

その後(シンデレラガールズ含めたいろいろな話)

ただTPPのストーリー次第ではPW編からいろいろ変えていこうかと思います

今現在救済したいMGキャラ達
パス・ウルフ・エマ・フォーチュン・サニー・ナオミ



あえて女だらけのハーレム宣言
あ、あとエマとサニーをアイドルにしたいです!!
こうご期待!!


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The People with no name

お久しぶりです

今月末のデレマスライブに遠征することが決まった瞬く陰と陽でございます

参戦日時は11/29です

同日参加される方共に最高のライブを楽しみましょう!

またあとがきにて-少しだけ?未来の話-をつけておきますのでどうぞお楽しみに


そこにいたのは紛れもなく鬼だった。

 

 

「ねぇ紫苑。あなたに会うのはいつぶりだったかしら?」

 

「…えっと…一月ぶり位?」

 

「正確には26日と11時間42分ぶりね。」

 

「あ…うん…あのねレイブン?」

 

「いいのよ紫苑。怒ってなんかいないわ。

 

 別にお出迎えがないからって怒ったりしないし、

 

 新しいご友人が血まみれでいたって怒らないわ。」

 

「…いや絶対怒ってるよね…」

 

にっこりとほほ笑む美女の足元に膝をそろえて折りたたんだ屈膝座法、いわゆる正座をして床に座らされているのは彼女、レイブンの主にして―最愛の人-九頭紫苑である。

 

今のところそうは見えないがこれも愛ゆえである。

 

 

「もしも私が怒っているとすれば…それは貴女が独りで危険な輩を追いかけたことよ。」

 

ぐうの音も出ぬ正論に目を逸らすしかない紫苑だがそれを許すレイブンではない。

事態は一時間ほど前までさかのぼる。

 

 

 

流れる汗をタオルでふくとアイリーンはようやく一息つくことができた。

銃撃されたウェインライト博士の治療も終わり容体も安定していた。

 

「博士をベッドに運んで置いたわ。」

 

「ありがとうパス。向こうも片付いた頃でしょう。」

 

バーカウンターに並んで座ったアイリーンとパーセフォニー。

突然の襲撃という不測の事態にも関わらず二人は落ち着きを取り戻していた。

棚に置いてあったワインを開けるとグラスへと注ぎ、どちらからともなく軽くぶつけて口に含んだ。

静かな音楽でも流れそうな雰囲気だがウェインライト博士の来店が開店前だったためにジュークボックスの電源を入れていなかった。

ふと顔をあげたパーセフォニーがつぶやいた。

 

 

「……誰か階段を下りてくる。…これは…女ね。数は1。」

 

「…ひとり…約束の時間よりも大分早いわね。」

 

 

「急に胸騒ぎがしたものだから。私の勘はよく当たるの、特に…紫苑に関してはね。」

 

開いた扉の先にいたのは九頭紫苑によく似た赤い髪の女性。

 

「お帰りミスティーク。ボスはちょっとお出かけ中…フリスビードッグみたいにね。」

 

「フリスビーね…今どきのフリスビーは血を流すのかしら?」

 

「フリスビーは2階に片づけてあるの。犬はトップとウルスラが追っかけてるわ。」

 

ハァとため息をついたミスティークはアイリーンの隣の席に座った。

 

「それで-忘れ物-はどうだったのかしら?」

 

ワインをミスティークへと差し出しながらアイリーンが尋ねると薄く笑ったミスティークが書類を差し出した。

 

「此処にはS.H.I.E.L.D.-戦略国土調停補強配備局-も

 

 ―恵まれし子らの学園-もいないから仕事がやりやすかったわ。」

 

「あら?退屈させちゃったかしら…ラングレー-CIA-もあなたにかかれば赤子同然ね。」

 

「…と言いたいところなのだけれど…これからはそうでもなくなるかもしれないわ。」

 

そういうと書類を指さす。そこにはある機関の設立計画が書かれていた。

 

「…-国家を超えた諜報ネットワーク-…」

 

「そう。あのサンヒエロニモ事件でCIA上層部の大幅な入れ替えがあり、そこで実権を握ったのが…」

 

 

デイビッド・オウ

 

 

「分かったのはその名前と過去にスネークイーター作戦を立案したことぐらい。

 

 それと…あの男の関係者らしいわ。…全く厄介な英雄様ね…」

 

「なるほど…こちらもいろいろと調べてみるわ。それで-本命-の方は如何なの?」

 

 

するとポケットから一枚のメモを取り出してアイリーンへと渡した。

 

「貴女からもらったリストの人物はほとんどはこの世界には存在していなかった。

 

 …そう―ほとんど―はね…そのリストの人物たちは一体なんなの?」

 

リストの人名の中にはミスティークが知る人物の名もあり、そのうえ彼はこの世界に存在していた。幸いにも裏の顔は未だ見せてはいないようだったが。

しかし直感的にそのリストの名は自分が知らないものも含めて超A級の危険な顔ぶれだろう。

それを調べるように依頼してきた事にやはり不審は拭えなかった。

 

「…紫苑は私やパーセフォニーとは違う世界からやってきたと推測される。

 

 つまり、他にも-いる-可能性があるってことよ。貴女のように…

 

 そしてそれらは必ずや世界に何らかの影響を及ぼすはず、それが紫苑のためになればいいけど。」

 

「そうならない可能性もある…」

 

「パーセフォニーの言う通り世界は紫苑のような強大な因子を見逃さないわ。

 

 敵か味方、あるいはそれ以外にしろ必ず紫苑の周囲に引き寄せられる。

 

 その時のために紫苑の為の-宮殿-を創り上げるのが私の仕事よ。」

 

不敵な笑みを浮かべるアイリーンを胡散臭そうに見るミスティーク。

パーセフォニーは3杯目のワインをグラスに注いでいた。

 

「貴女の目的が何であれ…紫苑の為ならば何も言わないわ。

 

 私達の間に-信頼-はいらない。

 

 必要なのはBOSSへの-忠誠-と-意志-よ。」

 

「…ひとつ忠告しておくわミスティーク。

 

 不用意に他人の領域に踏み込まないことね。

 

 ニーチェ曰く、

 

 怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。

 

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。…ってね。」

 

底冷えのする笑みを浮かべたアイリーンを見て自身の認識を改めるミスティーク。

こいつは人の皮を被った―ナニカ―だ。

 

…だが役に立つ。

私達がいるのは危険な世界だ。

紫苑の味方は多いにこしたことはない。

 

「…そう…憶えておくわ。それにしてもいい言葉ね。

 

 あの子にも-教育-してあげないと。そろそろ戻るわよね?」

 

「そうね。…あんまりいじめないであげてよ?」

 

 

 

 

「その辺にしてやんなよ、ミスティーク。紫苑も十分反省したろ?」

 

見かねたトップが助け舟を出すとキラキラと目を輝かせて頷く紫苑。

じぃっと見つめるミスティークを懇願するように見上げる紫苑はまるで捨て犬の様。

結局折れたのはミスティークだった。ピンと紫苑のおでこを指ではじくとギュッと抱きしめた彼女は優しく言った。

 

「…本当に心配したんだから…お願いだから無茶はしないで…」

 

「…うん。ありがとうレイブン!」

 

 

「…さて…そろそろ本題に入りたいのだけれど…よろしいかしらBOSS?」

 

はーいと気の抜けた返事を二人から異口同音に返されたアイリーンはニコリと笑って椅子に座るよう促した。

その額に浮かぶ青筋にウルスラは気付いてはいたが何も言わなかった。

 

「今回の襲撃、ターゲットはウェインライト博士。

 

 幸い弾は抜けて血も止まってるから命に別状はないわ。

 

 アイリーン達の処置が正確かつ迅速だった事と弾が急所を外れていたからだわ。」

 

「犯人の使ったのは軍用のスナイパーライフル。

 

 特にカスタムがされていない事からおそらく軍の横流し品ってとこか。

 

 これだけの性能と狙撃位置からすると、博士が生きてるのは撃った奴が素人か…殺す気が無かったか…」

 

博士の容態をウルスラがそう診断するとトップは襲撃者の使った武器を分析。

撃退したとはいえ不自然な部分が残る襲撃に首を傾げている。

 

「…殺そうとはした。でもできなかった…」

 

「…殺害の意志が無かったってこと?…-裏切り-に対する-報復-かしら。」

 

パーセフォニーの言葉に頭を振った紫苑。

 

「戦ったから分かる。よく訓練されていたし素人じゃない。

 

 でも-怒り-や-憎しみ-は感じなかった。

 

 まるで躊躇っているみたいだった。」

 

「…新兵によくみられる傾向、訓練と実戦の違いに強いショックを受けたのね。」

 

「うん。なのに作戦失敗時に迷わず命を絶とうとする行動がとれる。

 

 そんな兵士が新兵?…何か変…見えそうで見えない何か…何かを見落としてる。」

 

「…襲撃者を助けた男について何か気付いたことは?」

 

アイリーンの質問に紫苑が頤に人差し指を当てて思いかえす。

 

「…一言でいえば強い。あの速度のウェブを切り落とすなんてフランク並みの反射神経だよ。

 

 それに彼も忍者だね。さすがにアイリーンみたいに流派までは分からないけど。」

 

「彼も?この街にはほかにもNINNJAがいるの?!」

 

紫苑の言葉に目を輝かせたミスティークがアイリーンに尋ねる。

紫苑自身が忍者の末裔であると知ったミスティークはそれ以来日本びいきになっており、特にNINNJAが彼女の琴線に触れたようだった。彼女は日本の裏社会には未だに忍者が暗躍していると本気で信じてもいた。

 

「アメリカの町に二人の忍者、偶々な訳はないだろうし当然彼もパラダイム社の手の者。

 

 …状況を整理しましょう。敵は街を支配している大企業。高度な戦闘訓練を受けた兵士が少なくとも三人。

 

 彼らの狙いは機械工学の権威、Dr.ウェインライトとその孫娘のドロシー。

 

 Drはこちらが、ドロシー嬢は奴らの手の中に、…さてBOSS?これから如何なされます?」

 

 

全員の視線を真っ直ぐに受け止めた紫苑は立ち上がる。

 

 

 

 

「救いを求める手がある限り私はその手を取ってみせる!!

 

 

 おねがい!ドロシーを救うために、みんなの力を貸して!!」

 

 

 

BOSSの号令に皆笑みを浮かべて頷く。

ドロシー・ウェインライト救出作戦の開始だ。

 

 

 

~~~~~~

 

 

「奴らの様子は?」

 

「動き無しよ。…ホントに一人で行く気?」

 

完全に街が寝静まった頃、アマデウスの向かいにあるビルの屋上で一組の男女が声を潜めて話していた。

闇に溶け込むような黒装束に身を包んだ男とは対照的に女の恰好は黒い髪を二つに結び大きな鈴の髪留めをしている。また服は日本で言う所の-巫女服-の裾を短く切り落とし、膝上まであるタイツと赤いスカートの狭間から張りのある白い太腿が覗いている。

 

「…お前の力は目立ちすぎる。俺に任せろ。」

 

言葉少なに男は懐から鍵縄を取り出すとアマデウスの屋上へと放り投げた。

 

「…龍丸、死ぬんじゃないよ。」

 

「…俺は死なん。お前たちも決して死なさん。俺を信じろ神楽。」

 

 

美人だが気の強い神楽はその言葉に眉をしかめ、いつも通りの妹の反応にフッと笑った龍丸は鍵縄を強く手繰り寄せるとあっという間にビルの屋上から消え去っていた。

 

換気のためだろうか、半分ほど開いていた窓を音もなく開けると静かに忍び込んだ龍丸は周囲の気配を探る。

どうやら住民は寝静まっているようだ。これならばターゲットに気取られることもなく接近できるだろう。

足音がしないように屈みながら歩き出した龍丸。

 

しかし彼は気付くべきだった。

昼間に命を狙われた者達が果たしてこれ程無防備でいるだろうか?

 

その違和感。常識的には有り得ない静けさに。

 

それに気付くには彼自身の若さと経験、そして何より…相手が悪かった。

 

 

 

標的のいる部屋に接近した龍丸の背に悪寒が走る。

 

「…ッ!?」

 

反射的に龍丸は腰の直刀を振り向きざまに抜き放ち、背後の気配に切りつけた。

 

「あらあら。そんなに逸っちゃって。」

 

「…女、いつからそこに…」

 

「ずっといたわ。貴方がこの家に入ってきた時からずっと。」

 

退屈そうに髪を掻き上げた女はゆっくりと油断なく刀を構える龍丸へと近づく。

 

 

 

 

「私の名前はパーセフォニー。

 

 一曲踊ってくださるかしら?

 

 名前の無い侵入者さん。」

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
それでは少しだけ未来の話をお楽しみください



2015年 某日 アメリカ合衆国の芸能プロダクション社長室にて録音


「お呼び立てして申し訳ありません、紫苑先生。」

「先生はよしてよ美城ちゃん。ここじゃあなたが私の上司よ。」

「…やはり変わりませんね。実は折り入ってあなたにお願いがあるんです。

 私はもうすぐ帰国の予定でしたがこちらでの仕事がもう少しかかりそうなのです。

 そこで紫苑さんには先に日本へ帰国していただきたいのです。」

「私だけ?それはどうして?」

「日本につき次第、私は美城の改革を進めるつもりです。

 当然反発する者も出るでしょう。…現状私には信頼できる者が殆どおりません。」

「う~ん、美城ちゃん若いのに頑固だからなぁ。」

「紫苑さんにしか頼めないのです。私を助けてほしい。」


「いい話じゃないか、こちらは私とクワイエットに任せていけばいい。

 …そうだな-あの子たち-の日本でのプロデューサーとして行ってくれ。

 これは社長-BOSS-命令だぞ?」

「むぅ…ここで私のお株を取られるとは…

 どうせクーちゃんといちゃいちゃしたいだけの癖に…」

「それでは行っていただけますか?」



「えぇ。九頭紫苑、美城プロダクションへ出向いたします!」


~~~~~~


現在の作中時間にして40年後の会話です

美城常務のおねがいで紫苑は日本へ向かうことになるわけです
彼女のプロデュースするユニットも当然メタルギアキャラ達で構成されています


ユニット名:OVER HEAVEN―天国の向こう側―

CUTE属性
サニー・ゴルルコビッチ
年齢:9歳

COOL属性
エマ・エメリッヒ・ダンジガ-
年齢:25歳

PASSION属性
キャサリー・ミラー
年齢」:17歳


本格参戦はまだですが彼女たちのお話もいずれまた。

それでは今後ともよろしくお願いいたします


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Get along

遅くなりましたがデレマス3rd Live お疲れ様でした‼


なつきちに心を震わされたものです




本当はいっぱい声を出して応援したかったんですがかなり序盤で涙腺が決壊してしまい…


と言うわけで涙腺の弱い作者のお気に入りキャラ今章のボス、-泣き虫-の登場です



また後書きにちょろっとおまけもあるかも?


静かな夜。

 

住人達は幸せな明日を夢見て眠りについている頃だろう。

 

その闇の中で何が行われているかなど考えもせずに。

 

 

 

腕を組み闇夜を睨む神楽はこの街のそんな住人達を心底嫌っている。

自分以外の誰も信用しない。彼女にとってこの世界の全てが憎悪の対象だ。

 

 

神楽の記憶は-恐怖-の目から始まった。

幼い頃に人ならざるモノを呼び出す力を発現させた神楽は周囲から奇異の目を向けられた。

それは神楽を産んだ結果、妻を失った父親からも例外ではなかった。

 

愛する妻を喪った悲しみが、娘に対する敵意に変わったとき、

 

 

 

神楽は自分の肉親の血でその手を染めることになった。

 

 

 

以来彼女はこの街で孤児として生きてきた。

誰よりもこの街を毛嫌いしながら、それでもここで生きてきた。

 

世を憎み、人を憎み、力を憎み、自分を憎み、生きてきた。

 

 

自分の憎悪がいつかこの世界の災禍となるであろうことを神楽は理解していた。

 

親から望まれぬ子、世界から望まれぬ子。

 

 

この街の闇にはそんな子供が身を寄せ合って生きていた。

 

 

「…私の復讐はまだ始まってもいないわ…誰にも邪魔はさせない。」

 

 

 

「本当にそれでいいの?」

 

「?!誰!!」

 

背後からかけられた声に振り向くと自分しかいないはずの屋上に一人の少女がいた。

年のころは10代の半ば、立羽と同じぐらいだろうか。

長い白銀の髪と白衣がその理知的な顔立ちと合わさり落ち着いた雰囲気を持った儚げな少女。

しかし神楽の直感が叫んだ。

 

この女は同類だ!

 

危険な魔物をその殻の中に巣食わせている。

 

敵は排除する。懐から三枚の式符を取り出すと同時に少女へと投げつける。

 

「式符・封光陣!!」

 

左右と正面から少女に迫る式符は少女の間合いまでは届かなかった。

少女の前方に半球状に揺らめく透明な壁が出現すると式符の進攻を阻み、霧散させた。

 

「憎しみは力を増幅させるけれど、心の眼を曇らせる。

 

 曇った眼では力の矛先を見失って、

 

 最後には貴女の守りたい大切なものまで傷つけてしまうわ。」

 

「…クッ!!アンタに何が分かるっていうのよ!!」

 

吐き捨てた神楽が再び式符を取り出すと同時に少女から目に見えない衝撃を受けて吹き飛ばされてしまった。

睨み付ける神楽に向かいゆっくりと近づく少女の体が重力から解き放たれた様にふわりと浮きあがる。

 

「…それはこれから教えてもらうわ。

 

 私達を狙った理由と一緒に…ね。

 

 

 私の名前はウルスラ。貴方に力を持つことの意味を教えてあげる。」

 

 

 

~~~~~~

 

額から冷たい汗が流れ落ちる。

闇から現れたような美女、パーセフォニーと対峙してからどれだけの時間が流れたのだろうか。

一瞬とも永遠とも思える重圧の中で龍丸は己の中の何かが首を擡げるのを感じていた。

 

 

「リードが出来ないのは頂けないわよボウヤ。」

 

均衡を破ったパーセフォニーが此方の間合いに入ったと同時に刀を横一文字に振った龍丸、しかしその切っ先は何も捉えられなかった。

 

「此処は少し狭いわね。フロアを変えましょう?」

 

壁と天井を蹴って龍丸の背後へと降りたったパーセフォニーが後ろ回し蹴りを放つ。

それをまともに受けた龍丸は大きく吹き飛ばされて壁へと叩き付けられた。

 

呻きながらも刀を手放さなかった龍丸だが次に繰り出された一撃を避ける隙はなかった。

 

「グ?!ヌグォオォォォ!?!?!」

 

壁に背をあずけた形の龍丸に一瞬で肉薄したパーセフォニーはシンプルな右ストレートを放った。

最も残像が見えるようなスピードで振るわれた右腕がただのパンチと呼べるならばだが。

決して薄くは無い壁を紙細工のように粉砕しながら突き破った。

 

威力は常人ならば即死しても不思議ではない代物だったが、龍丸は違う。

この男の強靭さは生半可なものではない。比喩でもなんでもなく龍丸のタフネスは野生動物のそれに匹敵するだろう。

そうでなければ-彼-のトレーニングパートナーなど務まるはずもない。

事実数メートルの高さからコンクリートの地面へと落下したが激突までの間に鍵縄を庇に引っ掛けて減速、ダメージを最小限に抑えていた。

 

壁の大穴からその様子を見ていたパーセフォニーの口角が上がる。

その美しい微笑みからは親愛とはかけ離れた、あえて言うならば肉食獣が牙を剥いた威圧感を放っていた。

ふらふらとはしながらも立ち上がった龍丸が見上げるとパーセフォニーと目があった。

 

互いの闘志を感じ合った二人。

パーセフォニーはゆっくりと足を-壁-へと踏み出すと散歩にでも行くかのような軽やかさで歩いていく。

 

 

「…壁を…-歩く-だと?」

 

 

駆け降りるわけでもなく突起に掴まっているわけでもない。

何かのトリックか幻覚か。だがそんなことはどうだっていい。

 

奴は敵だ。排除せねばならぬ敵なのだ。

 

ならばすべきことはひとつ。

 

 

「…斬るッ!!!」

 

 

この-待宵-の錆にするまでだ。

 

 

 

壁を歩く超人に一直線に駆け寄った龍丸は闇を切り裂かんばかりの鋭さで、両手で握った刀を振るった。

僅かに首を傾けてそれを躱したパーセフォニーが壁を蹴って体を捻り、足刀で龍丸の首を狙う。

 

「やるな!だが甘い!!」

 

振り切った刀を瞬時に切り返すには人間離れした筋力と卓越した技量が必要となる。

 

そして龍丸は双方を持ち合わせていた。

 

 

刀の峰を返してパーセフォニーの攻撃を弾き返した龍丸は既に室内での奇襲や叩き出された際に負ったダメージをある程度回復し始めていた。

 

ふわりと宙返りで距離を空けたパーセフォニーは重さを感じさせない着地を魅せると不敵に笑う。

 

 

「なかなかやるじゃないボウヤ。…貴方に興味が湧いてきたわ。」

 

 

あれだけ派手に動いていたにもかかわらず汚れやしわが一切見られない白いパーティドレスに手をかけると一瞬で脱ぎ去った。

 

 

「…ようやく本気という訳か。」

 

そこにいたのは真っ黒の背広に身を包んだパーセフォニーだった。

真四角に近い黒のサングラスをかけたその顔からは一切の表情が抜け落ちまるで精巧に作られたろう人形のようだ。

 

「この格好はあまり好きじゃないの。不愉快な思い出しかなくて…でも。」

 

最後まで聞かずに龍丸が投げつけた八方手裏剣を残像が残るほどのスピードで上半身を反らしてかわしたパーセフォニーが高らかに宣言する。

 

 

 

 

「重要なのは、何事も理由があって起こるということ。」

 

 

 

~~~~~~

 

 

その日もいつもと変わらない日だった。

 

従軍していた彼が退役して故郷に戻ってきて間もなく一年が経とうとしている。

働き口に苦労するかと思ったが彼が町を出た後に台頭した-パラダイム社-のおかげで彼は守衛として日々の糧を得ている。

此処に勤め出して3か月、今は夜勤巡回の時間だ。彼は誰もいなくなったオフィスを見回っていた。

ふとデスクの陰で何かが動いたような気配がした。

懐中電灯の明かりを向けるとともに腰の拳銃に手を伸ばす。

 

「誰かいるのか?!」

 

知らず強張った口調で闇を睨むと気配の主が姿を現した。

 

「…か、陽炎筆頭秘書官?!」

 

そこにいたのはこの会社の幹部の一人でもある陽炎だった。

 

「…遅くまでご苦労様。」

 

「は?!あ、あの…あ、ありがとおございましゅ?!」

 

パラダイムの顔ともいえる秘書軍団の中でも群を抜いた美女である陽炎と深夜に二人きりという現実に先程とは別の意味でドキドキし始めた彼は彼女からかけられた労いの言葉に上ずった声を返すので精いっぱいだった。

そんな彼の様子に顔を綻ばせた陽炎はゆっくりとその距離を縮めた。

 

「こ、こんな時間にどうされたのでしょうか?」

 

「…オフィスに忘れ物をしてしまいまして。」

 

「そ、そ~だったんですね!もうお帰りですか?」

 

ニコリと微笑み背を向けて立ち去る陽炎を恍惚とした表情で見送っていたがふと思い返したことがあったので声をかけた。

 

「あ!陽炎筆頭秘書官、申し訳ありませんがIDを確認させていただいてもよろしいですか?」

 

ピタリと足を止めた陽炎が此方に振り返ると今度はこちらから近づいていく。

 

「すいません、一応規則なもので…」

 

その表情は本当にすまなそうだったがほんの少しでも彼女との時間を増やしたいというささやかな願いも含まれていたのも否めなかった。

そんな彼の心を知ってか知らずかクスリと笑った陽炎は彼に告げた。

 

 

「そう…なら-彼女-に見せてもらって?」

 

 

陽炎の言葉を理解する間もなく職務に忠実な警備員は背後から忍び寄った少女によって頸動脈を塞がれ、意識を明日の朝まで取り戻すことは無かった。

 

力を失った警備員をオフィスのロッカーに担いで隠した少女、もとい九頭紫苑はそっと陽炎の元に近寄った。

 

「あのお兄さんには申し訳ないことしちゃったね、レイブン。」

 

「まぁ仕方ないわ。IDまでは準備する時間もなかったし、ここまで見つからずに来れただけ御の字ってことよ。」

 

変身を解いたレイブンことミスティークは肩を竦めて近くのデスクに腰かけた。

目撃者を出してはしまったが彼女にとってそれ程気にすることではなかった。

むしろ永遠に口を封じてしまっても良かったが…それは紫苑が許さないだろう。

 

そんなことをミスティークに思われているとは気付いていないのか、辺りをきょろきょろとしていた紫苑がふと何かに呼ばれた気がして後ろを振り返った。

 

 

暗いオフィスの奥、重厚な扉の向こうに何かを感じた。

スパイダーセンスに反応は無い。危険は無いという事だろうか。

 

でもあの扉を開けたいという気持ちが高まっていく。

 

自然と踏み出した足の赴くまま、いつの間にやら扉の前に立っていた紫苑がノブに手をかける。

様子の変わった紫苑に気付かないミスティークではなかったが、あえて何も言わなかった。

 

たとえ何が出ようと構いはしない。邪魔なものは叩き潰すまで。

 

観音開きの扉を二人で押し開けた。

 

 

 

 

明りのない部屋だ。

 

 

だが、そこに確かにそれはいた。

 

 

 

それは大きく

 

 

 

それは重く

 

 

 

それは歪で

 

 

 

 

余りにも圧倒的だった。

 

 

 

 

 

 

「ステキな夜だ…

 

 

 静かで……………

 

 

 

 優しくて………」

 

 

 

机の上のキャンドルに火が灯された。

ほんの僅かな光の中に浮かび上がった男。

 

彼こそがこの部屋の、いやこのセカイの主なのだ。

そう紫苑は直感した。そしてこれは避けられぬ戦いであるということを。

 

ギィ…

 

 

高級な革張りの椅子から腰を上げた男が入り口から動けない二人を見ながら一歩、二歩と近づいてくる。

 

 

「君に会うのをどれほど待ちわびていたことだろう。」

 

 

身長は優に2メートルを超えている。

 

 

「あの英雄と名高いBIGBOSSの薫陶を受けた一人の少女。」

 

 

派手な柄シャツを着ているがそれを下から盛り上げる肉体のなんと厚いことか。

 

 

「己の死さえも乗り越えた-超越者-」

 

 

暗い室内にも拘らずサングラスをかけたその顔には無数の皺が刻まれており彼の生きてきた年月を物語る。

 

 

 

「眉唾物の与太話かとも思えたが中々如何して…実に素晴らしい。」

 

 

 

(人類-ヒト-と戦うという気すらしない‼)

 

 

 

おそらくはこの男よりも長く生きているはずだろうミスティークは自分の内側を駆け巡った寒気にギリッと奥歯を噛んだ。

 

(誤った!紫苑をここへ入れるべきではなかった!)

 

 

震える己を見透かしたのか男がニィと笑った。

 

 

 

(差し違える‼何としても紫苑を守る‼)

 

動き出そうとしたミスティークの前に紫苑が一歩男の前に踏み出した。

 

 

 

「Dr.ウェインライトの令嬢、ドロシー・ウェインライトを頂戴しに参りました。」

 

 

まっすぐ。愚かなまでのまっすぐ。

 

そうだ、何をおびえているレイブン・ダークホルム。私はスーパーヴィラン、ミスティーク。

 

 

そして、九頭紫苑と肩を並べるものだ。独りじゃない。

 

 

 

 

 

「エクセレント…素晴らしい。」

 

 

 

 

男が人差し指を立てる。

 

 

「一つ条件があります。それを受けていただければお姫様を貴女方にお返ししましょう。」

 

 

紫苑とミスティークは瞬きもせず男を見続ける。

 

 

 

 

 

バチィッ!!!

 

 

 

それを肯定と取ったのか男がスナップを鳴らす。

 

 

 

「ジャスト・ワン・ウィーク。一週間の時をあげます。

 

 

 来週の今日、私が主催する地下リングで私と真剣勝負をしなさい。

 

 

 

 

 

 君に   哭かされたい     」

 

 

 

 

キュ…

 

 

 

 

 

ベチィッッ!!!

 

 

 

もう一度スナップを鳴らした男から紫苑は目を逸らさなかった。

 

 

 

 

 

 

「私の名前は九頭紫苑。貴方の名前は?」

 

 

 

 

 

 

 

「      サクラ    

 

 

 

 

 人呼んで  -泣き虫サクラ-   」

 

 

 

 

 

ベチィッッ




というわけでおまけタイムです
いっつもお待たせしてますが少しでも楽しんでくれれば幸いです



某国 格納庫にて録音



「よし、みんな忘れ物はない?」


「紫苑こそちゃんと着替えとパスポートは持った❓

 これは潜入任務じゃないんだからね❓」


「ち、ちょっとE.E.‼人聞きの悪いこと言わないでよ‼」


「だ、大丈夫。わ、私も一緒に…準備した…から…」


「ハハッ‼サニーにまで言われてら‼」


「キャサリー‼…もうみんなして私をからかうんだから…」


「仕方ないわよ。兄さんから紫苑は無茶するって聞いてたけど本当だったもの。」


「そうそう。急に日本でデビューだなんて…しかもアイドルだなんてなぁ…」


「き、キャサリーのギター…好きだよ…」


「あぁ~サニー‼そんな可愛いこと言って‼

 …もうアンタはアタシらのトップアイドルだよ‼」


「…ハァ…キャサリーったら騒々しいんだから…」


「ふふ~ん。アタシとサニーの仲がいいから妬いてんのかい、エマ❓」


「はいはいそこまで。とっとと飛行機に乗ってちょうだい。

 日本人は時間に厳しいのよ。-待たされる-のは嫌いなの。」


「フフッ…そうね。兄さんも同じこと言ってたわ。

 キャサリーのお父様もそうだったのかしら❓」


「…あ~…ミラーさんは…その…」


「紫苑…言わなくても大体察したから。」



「が、頑張ったら…お母さんも見て…く、くれるかな?」



「…えぇ…オルガさんも忙しそうだったけどおっきいイベントにはきっと来てくれるよ。」


「アタシもグランマのお墓参りに行きたいな。…ダディのこと…ちゃんと伝えてあげたい。」


「キャサリー…」




「お~~~い!!!!もう出発の時間だから早く乗ってくれ!!!」



「アキバさん❓!どうしてここに❓」


「あ、私が呼んだの。パイロットに良いかなっと。」



「ちなみに僕が操縦するから。」



「「ハル兄さん❓!!!」」





~~~~~~



この後秋葉のメイド喫茶に行ったことをメリル達に嗅ぎ付けられてオタク2名はお仕置きされました。


思ったより長い小話でしたがいかがでしたでしょうか❓


デレマス編に突入すると主人公の活躍の場がほとんどなくなっちゃうのが悩みどころ


そんなことよりデレステ難しすぎません❓


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金色の螺旋―コンジキノラセン―

お待たせしました
あんまり進んでませんがとにかく続きです

ついでに今回の章の黒幕さんも登場(においだけ)


あんないいキャラなのにちょっとだけ出すのはもったいないよね


千日手という言葉がある。

 

ボードゲームにおいて同じ手を双方が繰り返し行うことにより局面が進展しなくなることをいう言葉だ。

 

夜更けに始まったウルスラと神楽の攻防はまさにこの状況に陥ろうとしていた。

 

 

 

「クッ…?!これならどう!

 

式符 -五星呪炎槍-!」

 

神楽の放つ燃える式符が宙に浮くウルスラに向けて真っすぐに飛んでくる。

 

 

「…ハァッ!!」

 

しかしウルスラの放つPK(サイコキネシス)に軌道を逸らされて有効打を与えることができないでいた。

 

 

「今度はこちらの番よ‼」

 

両手の中で発生させた球体のフォース・フィールドを神楽へと打ち出した。

 

 

 

「…‼式神召喚-烏天狗-‼」

 

先に放った式符が弾かれることは織り込み済みだった神楽は既に自身の切り札を切った。

 

人型の式符を取り出して宙に浮かせると素早く印を組んだ。

 

 

神楽のESP(シキガミ)はいわゆる召喚魔術と付与魔術の中間と言える特殊技能だ。

 

人型の式符を媒介として妖を憑依、現世に顕現させることができる。

 

しかしそれは神楽自身の精神力に大きく依存する。

 

 

そして今の神楽に呼び出せる戦闘に特化した式はこの烏天狗だった。

 

山伏の格好に烏のような巨大な嘴を持った顔をした150cm程の大きさの小男は背中に生えた翼で宙を舞っていた。

 

 

「キシャアアァァッ!!!」

 

 

耳障りな奇声をあげてウルスラに襲い掛かる烏天狗。

鋭い爪を白い肌に突き立てるべくウルスラに飛来したが強固に張られた彼女のバリアを破ることができない。

 

 

「ハァッ!!」

 

再び打ち出された攻撃をひらひらと翼をはためかせ躱す烏天狗。

 

 

(…まずい…長期戦は私に不利ね。)

 

額を流れる汗を拭う余裕もなく心の中で零す神楽。

 

烏天狗を召喚するために消費した精神力は多い。

少なくとも撤退のために残しておくべき精神力を考えると無駄にはできない。

 

短期決戦を挑もうにもウルスラのフォースフィールドを打ち破るほどの力がないことは先ほどの攻防で分かってしまった。

しかしこのまま召喚を維持し続ける時間もそれほど長くはない。

 

 

(…龍丸…)

 

キリッと奥歯を噛んだ。

 

 

 

一方のウルスラには致命的な弱点があった。

 

ウルスラは強力無比なESP能力を有している。

これはFOX時代の(ウルスラ)に勝るとも劣らない強さだ。

 

だが、それを行使するのは感情(こころ)を失ったウルスラ()ではない。

 

 

他人の幸せを自分の事のように喜び、

 

他人の不幸に涙を流すことができる、

 

慈愛に満ちた一人の普通の女性(エルザ)なのだ。

 

 

 

(…姉さん(ウルスラ)…)

 

 

人格(エルザとウルスラ)が統合され、

 

強力な能力を自分の意志で使えるようになった。

 

だからこそ、その力で命を奪うことが、

 

 

 

どうしてもできなかった。

 

 

 

 

(ウルスラ)に罪を重ねさせることが(エルザ)には耐えられなかった。

 

 

 

 

 

好機でありながら攻め切ることができないウルスラ。

ウルスラの弱みに付け入るほどの力を持たない神楽。

 

 

結果、二人の戦いは完全な膠着状態に陥った

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

ドムッ

 

「ぐはぁぁぁっ?!!!」

 

 

血の混じった吐瀉物をまき散らし崩れ落ちる龍丸。

それを無感動な瞳で見下ろすパーセフォニー。

 

実力差は圧倒的だった。

 

 

龍丸の格闘術の力量はおそらくFOX隊員ですら一目を置くものだろう。

 

しかし相手が悪かった。

 

このパーセフォニー(怪物)の身体能力は人間の範疇を凌駕していた。

彼女は人間が発揮することが可能であろうポテンシャルを100%引き出すことができた。

格闘技の技量においてもその道を数十年単位で歩んだ達人に比肩しうるものだ。

 

 

 

(…おのれぇ…化け物かこの女…)

 

 

 

倒れ伏す地面から見上げる龍丸の顔めがけパーセフォニーのピンヒールが振り下ろされる。

 

 

 

ビッシィィィッッッ!!!!!

 

 

隕石が衝突でもしたかのようにアスファルトがクレーター状に陥没する。

間一髪、転がって避けた龍丸の額を冷たい汗が伝う。

 

 

 

すぐさま立ち上がるとパーセフォニーに拳を突き出す。

 

 

右 直突き

 

左 クロス

 

右 エルボー

 

左 膝蹴り

 

次々と繰り出される龍丸の攻撃を眉一つ動かさず捌き続けるパーセフォニー。

最後に龍丸がパーセフォニーの顔面へ繰り出した右ストレートを躱しざまに諸手を突き出すパーセフォニー。

 

そのあまりの威力に5~6メートルも吹き飛ばされた龍丸が地面を転がる。

 

 

 

同じような光景がすでに何度も繰り返されている。

力の差は歴然としていた。

 

 

決して届かぬ高い壁。

 

 

 

「…認めよう、この実力差…だが…」

 

それでも(龍丸)は立ち上がる。

 

 

「俺には…退けぬ理由がある!」

 

 

 

既に肉体の限界は超えていた。

 

 

 

動かないものを動かす。

 

その原動力は…

 

 

 

 

「…(スピリッツ)…か…」

 

 

ぽつりとこぼすパーセフォニー。

 

表情の変化に乏しい彼女ではあるが今はその顔に僅かにウカブモノ。

 

 

 

 

それは羨望。

 

 

 

 

 

エグザイル(放浪者)

 

 

 

かつて彼女は、()()()はそう呼ばれていた。

 

それらは目的のために生み出されながらも、

自身の役割(ロール)を放棄した存在。

 

 

 

このセカイにも、私の居場所はない。

 

 

誰も必要とはせず、

 

誰にも必要とはされない。

 

 

 

「はぁ、この感じ…昔は知っていたのに…」

 

 

 

 

人と同じ姿を持つ彼女達はプログラム(完成品)であった。

 

役目(崇高なる使命)と、人智を超えた能力(越権行為)を、

 

 

 

(デウス・エクス・マキナ)から与えられた。

 

 

だが彼女達にはたった一つだけ持ち得ないものがあった。

 

 

 

進化(アップデート)

 

 

 

パーセフォニーは龍丸よりも優れた戦闘技術と驚異的な身体能力を有している。

 

だがどれ程鍛えたとしても肉体の強化はされず、技量の向上も望めない。

 

ここが彼女の終着点(エンディング)なのだ。

 

 

 

だからこそどうしようもなく焦がれるのだ。

 

 

 

「…私は見てみたい…」

 

 

 

人の可能性を、選択の結果を、

 

 

 

 

九頭紫苑が描く未来を。

 

 

 

 

 

あなたたち(人間)は強い。そしてまだ強くなる。

 

 

 それが…たまらなく愛おしく羨ましい。」

 

 

 

 

だからこそ

 

 

 

 

「…だからこそ…

 

 

 貴方にはここで削除(消えて)もらう。」

 

 

 

猛然と龍丸に駆け出したパーセフォニー。

 

 

右 直突き

 

左 クロス

 

右 エルボー

 

左 膝蹴り

 

 

先ほど龍丸が仕掛けたラッシュをそっくりそのまま繰り出す。

攻守が逆転してもパーセフォニーとは違いかろうじて防御はしている様子の龍丸。

 

最後に繰り出された右ストレートはガードの上から龍丸を吹き飛ばすには十分すぎる威力を持っていた。

 

 

 

 

 

「龍丸ッ!!」

 

 

 

 

倒れ伏す龍丸に駆け寄る神楽。

その顔には僅かな泥と疲れが見えた。

 

 

 

「パーセフォニー…私…」

 

 

「…気にすることはないわ…

 

 その優しさは貴女(ウルスラ)の美しさそのものよ。」

 

 

 

ふわりと隣に降り立ったウルスラの浮かない顔を見てそっと頭を撫でるパーセフォニーの口元には笑みを浮かべて、そして消えた。

 

 

 

 

「あとは私がやる。」

 

 

 

 

いつの間にかその右手にはデザートイーグル(.50 Action Express)が握られていた。

 

 

 

 

 

 

「…神楽…()()を俺に使え…」

 

「な?!…お断りよ!今使ったらアンタは確実に…」

 

「…このままでは二人とも死ぬ…

 

 俺が時間を稼いでいる間にお前は皆のところへ行け。」

 

 

 

覚悟を決めた龍丸の言葉、しかし頷く訳にはいかない。

ここでそれを選択すれば神楽は永遠に自分を許せなくなる。

誇り高い神楽にそれは耐え難い屈辱だった。

 

 

 

 

終わり(フィナーレ)よ。」

 

 

 

 

銃口を向け、引き金に指をかける。

 

 

パスン

 

 

軽いエアーの音がして龍丸が崩れ落ちる。

その首筋には小さな麻酔弾が刺さっていた。

 

「たつm パスン …うッ?!…しまっ…」

 

驚いた神楽の首筋にも同じ麻酔弾が刺さっていた。

 

 

「成程…Mk22(ハッシュパピー)の麻酔弾発射用改造モデル。

 

 なかなか悪くないわ。連射は利かないけれど殺さず無効化できるのは利点ね。

 

 

 

 流石はCIA(ラングレー)ね。いい仕事してるわ。」

 

 

「アイリーン…」

 

 

闇から浮き出るように現れたアイリーンは興味深そうにその手の中のピストルを観察している。

 

 

龍丸たちに向けていた銃口を下したパーセフォニーにアイリーンが微笑む。

 

 

 

 

「さぁ…もうすぐ夜が明ける。

 

 この子たちを運んで頂戴。

 

 

 

 まだ使い道があるから…ね?」

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

同時刻、パラダイム本社前。

 

 

派手なスポーツカーの運転席にはトップの姿があった。

自身も元特殊部隊(グリーンベレー)だったトップ。

だからこそ彼女は紫苑とレイブンを送り出した。

ミッションにおいての脱出経路確保の重要性をよく理解していたからだ。

 

最も、己の能力に絶対の自信を持つミスティークとそもそも潜入工作の訓練を積んでいない紫苑はそういう準備を任せられなかったのだが。

 

「…ふぅ…」

 

とはいえ緊張は隠せない。既に夜明けも近い時間。

そろそろ撤収しなければ人目に付く。

 

 

ふとボンネットになにかが落ちたような気がした。

 

「雨?…いや、違う。」

 

 

パラパラと上から落ちてきたのは小さなガラスの破片だった。

 

 

BOOON‼

 

 

次に落ちて、いや降りてきたのは黒いスーツ(シンビオート)に身を包んだ紫苑とその腕に抱えられたミスティーク。

 

 

 

終わったよ(任務完了)。…決戦は来週に持ち越し。」

 

「ねぇ紫苑…もうちょっとお姫様でいてもいい?」

 

「~~~ッ?!…アホなこと言ってないでさっさと乗んな!」

 

 

肩を竦めた二人を乗せて車が夜明けの街へ消えていく。

 

 

 

ガラスの割れた窓から大男(サクラ)がその光景を見送っていた。

 

 

 

「「お館様?!」」

 

 

 

 

騒ぎを聞きつけて扉を蹴破らん勢いで入ってきたのは陽炎と立羽だった。

 

 

「ちょ?!なんなんこれ?!」

 

 

部屋に吹き込むビル風。無残に砕け散った巨大なガラス窓。

高級な調度品に彩られた社長室が台風でも過ぎ去ったかのような惨状に思わず立羽が悲鳴にも似た声をあげる。

そんなことは意に介さずサクラが呟く。

 

「…陽炎。先ほどシオンと言う少女と友人になったよ。」

 

「あ…それは…」

 

夜が明けていくメトロシティを眺めながらサクラが嬉しそうに笑う。

 

 

 

「私へのサプライズプレゼントは成功だよ、陽炎。

 

 

 アレほどエクセレントなファイターは-見た-ことがない。

 

 

 彼女ならば私は思う存分、哭けるだろう。」

 

 

 

「…?!ま、まさか彼女と闘うお積りですか?!」

 

 

 

声を荒げる陽炎に振り返ったサクラの口元には笑み。

 

 

 

 

 

「アブラナの香り。」

 

 

 

「…ア、アブラナ?」

 

 

 

「少し前、君やヘルガーからその香りがした。」

 

 

 

 

 

朝日が部屋に差し込む。

 

逆光となってサクラの顔が見えなくなる。

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

「君たちを嗾けたのは一体誰かな?」

 

 

 

 

その-言葉-は重い質量を伴って陽炎の耳に届いた。




それではまたおまけをお楽しみください



アメリカ合衆国にあるとある芸能プロダクション社長室にて


「~♪~♪」

「フフッ…クワイエットは今日もご機嫌ね」

「あぁ。-あの子たち-の新曲が余程気に入ったらしいな。」

「今を時めくチームアドラー制作の楽曲ですものね。

 きっと世界中でヒットするわ。」

「-幸運の女神-がそういうなら我が社も安泰だな。」

「貴方が組織を潰し過ぎなんですよ、英雄さん?」

「…耳が痛いな…」


「~♪~♪」

「…ん…分った、確かにそろそろ日本に着く頃だな。」

「~♪~♪」

「…あぁ…あいつなら大丈夫だ、紫苑がついてる。」

「~♪~♪」

「…そうだな…あいつは人間として生きるべきだ。

 それが彼の遺志でもあるしな。

 紫苑ならば導けるだろう。」

「~♪~♪」

「…そうか…なら昼は肉を食おう。」

「…どういう意思疎通方法なのよ…」




はい、デレマス関係ありません

ただの爺と半裸の秘書の可愛いやり取りが書きたかっただけです。

幸運さんは幸せになってほしいですね


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The party must go on

鋼の超感謝祭、楽しかった!

俺は伝説を目にしてしまったよ…


今月と来月はいろいろ絞って4thに備えねば。



頑張りましょう全国のプロデューサーの皆さま!


目を開ける。

 

背中に感じる感触から自分がベッドの上に横たえられていることが分かった。

 

 

なぜこうなったかを思い返し、

 

 

 

「…⁈グゥッ⁈」

 

 

(龍丸)は跳ね起きた。

 

 

 

「おはよう、龍丸さん。」

 

 

ありふれた朝の挨拶。

しかしかけられたその声に聞き覚えは無い。

 

だがその姿は知っていた。

 

 

 

 

「…九頭…紫苑…」

 

 

 

「どうやら自己紹介はいらないみたい。」

 

 

 

 

無邪気な笑顔を浮かべた紫苑は、

龍丸が体を起こしたベッドのすぐそばで椅子に腰かけていた。

見たところ武器も携帯しておらず、こちらを警戒するそぶりもない。

 

 

 

「それでも名乗るのが礼儀ってものでしょう?

 

 こちらの命まで狙ってきたんですから。」

 

 

 

紫苑の後ろの扉を開けて部屋に入ってきたのは妖艶な、しかし危険な笑みを湛えた女だった。

 

 

「アイリーン、神楽さんの様子は?」

 

「まだ眠っているけれど、ウルスラがついてるから大丈夫よ。」

 

 

二人の会話の中で神楽も自身と同様、

紫苑達に身柄を確保されているということが分かった。

 

素早く視線を部屋中に走らせる。

 

 

 

(…部屋にはこの二人だけか…

 

 だが待宵は奪われているうえに、

 

 ダメージで身体も満足に動かない。

 

 

 

 …逃げるのは難しい…か…)

 

 

 

瞬時に判断を下した龍丸。

だが彼には強力無比な武器が残されていた。

 

 

 

「龍丸さん、どうしてドロシーを誘拐したのか教えて下さい。」

 

 

 

こちらをまっすぐに見る紫苑の言葉にも固く口を閉ざす。

 

ただ紫苑の目だけを見つめる。

 

 

彼の武器、決して(くだ)ることはないという強固な意志だけがあった。

 

 

 

 

 

「…静かにしてもらえる?」

 

 

 

女の一言で世界が止まった。

 

鳥の囀りも時計の針も、

龍丸の呼吸も紫苑の瞬きも

 

 

全てが止まった。

 

 

 

椅子からゆっくりと立ち上がった女、

 

 

アイリーン以外の全てが静止した。

 

 

 

ここは彼女の世界、

 

 

 

超高速で展開される並列思考と、

 

「マインド・パレス(精神の宮殿)」を使用した記憶術で、

 

あらゆる事象を見通す現代の千里眼。

 

 

 

アイリーンの最大にして最強の武器だ。

 

 

 

 

アイリーンの視界に無数の情報がポップアップする。

 

それらを一つ一つ吟味し必要のない情報をスワイプして消していく。

 

これまでに得たすべての情報をタグ付けし、整理する。

 

 

 

だが

 

 

「足りない。」

 

 

 

アイリーンの後ろから一人の老人が歩いてくる。

 

ウェインライト博士だ。

彼の齎した今回の依頼と経歴を重ねて思考の(コア)とする。

 

 

まだ

 

 

「足りない。」

 

 

ベッドの上で固まる龍丸に目を移す。

彼の鍛え上げられた肉体からそのトレーニング方法を推察、

パーセフォニーとの戦いから格闘スタイルを分析、

紫苑が以前邂逅(エンカウント)した忍者が彼だと結論付ける。

 

 

これですべて?

 

 

「…足りない。」

 

 

関連度の高いものを近づけ、紐づけすると一枚の絵が浮かび上がる。

 

 

 

 

それはこの街を支配する真実(答え)

 

 

 

「初めまして、泣き虫(クライベイビー)。」

 

 

 

闇の帝王、サクラの姿。

 

 

 

一瞬サクラの姿にかつて愛した男の姿を見る。

 

 

 

 

『…何か変…見えそうで見えない何か…何かを見落としてる。』

 

 

 

動くことのない紫苑がアイリーンを見上げて口を動かす。

 

 

 

「その子鳩は地面に激突して死ぬ。

 

 スターリングは深いターンをする。」

 

 

 

紫苑の口からあの男の声がする。

 

 

 

もう一度先ほどと変わらず佇むサクラを見据える。

 

 

 

その姿が蜃気楼のようにユラユラと揺れ始める。

 

 

 

 

両手を真っすぐその姿へと伸ばし、

 

かき分けるように左右へ開く。

 

 

 

 

 

 

サクラの陰が消えるとその後ろにもう一人の男が現れる。

 

 

 

黒いチェスターコートに黒スーツ、

 

黒いテンガロンハット、

 

黒い手袋、黒いブーツ。

 

 

 

全身黒ずくめの男はその顔だけが窺えない。

 

 

 

だがこの男こそが、

 

 

 

 

元凶(VIRUS)。」

 

 

 

 

 

”私の命運は君の手中

 

 だから“成功を!”とは言えぬが

 

 大いに楽しめそうだ TATA(バイバイ)

 

 

 

 

世界に時の針が戻る。

 

 

 

 

 

 

「…貴様らに話すことなど「ご協力ありがとう。」…何…⁈」

 

 

龍丸の言葉を遮ったアイリーンは紫苑とアイコンタクトをとる。

 

アイリーンが龍丸を尋問したいと言ったが、

まさか部屋に入って数秒で終わるとは思っていなかった紫苑は驚いた。

 

 

「え?…あ、そうなの?

 

 …それじゃあ帰って貰っても?」

 

「えぇ。構わないわ。」

 

 

これにはさすがの龍丸も驚きの声をあげる。

 

 

「おい‼いったい何を言ってるんだ‼」

 

 

「貴方から必要な情報は頂いたわ。

 

 つまり-用済み-なの。

 

 うちのBOSSは優しいから命は取らない。

 

 

 …運がよかったわね、新人さん(ルーキー)。」

 

 

侮蔑の表情を隠しもしないアイリーンの後ろで扉が開くと険しい顔のトップが顔を出す。

紫苑とアイリーンの無事を確認すると部屋に女を連れてきた。

 

 

「…龍丸…」

 

 

「…無事なようだな、神楽。」

 

 

少し疲れたような顔をしているが、神楽は拘束されている様子もない。

ますます理解ができなかった。

 

 

 

(何故だ?何故俺たちは()()()いる?)

 

 

 

 

 

 

「龍丸さん。これを。」

 

 

「…待宵(まつよい)…」

 

 

紫苑の手には龍丸の半身ともいえる愛刀、

それを龍丸へと差し出していた。

 

 

「いい刀ね。大事にしてあげて。」

 

 

 

(何故敵である俺たちを前にして…)

 

 

 

「…俺達は、博士の娘を攫ったんだぞ?

 

 博士の命を狙ったし、今夜もお前たちを殺しに来た。

 

 何故俺達を殺さない?俺達は敵だ。

 

 

 

 

 

 

 今俺達を殺さなければ、

 

 

 

 

 またお前を…殺しに来るぞ…」

 

 

 

 

 

その言葉で殺気を迸らせるトップと澄ました顔のアイリーン。

隣の神楽は顔を強張らせている。

 

 

 

 

(お前は…)

 

 

 

 

「…それがあなたの忠なら…

 

 

 

 

 

 …何度でも挑みなさい…だけど私、

 

 

 

 

 

 かなり強いわよ?」

 

 

 

 

(お前は何故笑っているんだ?)

 

 

 

 

 

「あ、でも来週は無理よ。

 

 サクラさんと先約があるから。」

 

 

思い出したかのように言う紫苑に龍丸は目を剥く。

 

 

 

「貴様、まさか親父殿(サクラ)と立ち合う気か?!」

 

 

叫ぶ龍丸と固まる神楽。

 

 

苦々しく顔を歪めるトップと不敵に笑うアイリーン。

 

 

対照的な両陣営の間で、

 

 

 

「う~ん‼久しぶりの真剣勝負ッ!

 

 

 超~楽しみなんだよね~!

 

 

 あ、龍丸さんたちも見に来てくれる?」

 

 

 

「…アンタ、誰と戦うかほんとにわかってんの⁈

 

 

 あの-怪人-泣き虫(クライベイビー)・サクラよ⁈」

 

 

 

「あ~…この街に来て日が浅いから…

 

 

 トップは彼の事を知ってる?」

 

 

 

「…ガキの頃の噂でね…

 

 

 …正直都市伝説の類だと思ってたよ。」

 

 

 

「…でも会ったんでしょう⁈彼に⁈

 

 

 一目、彼に遭遇()えば異常さは判るはず…

 

 

 アンタなんかが勝てるわけがないッ⁈」

 

 

 

「あら?うちのBOSSは初心(うぶ)に見えるけど、

 

 

 あれでなかなか情熱的よ?

 

 

 節操がないのは困りものだけれど。」

 

 

 

姦しい女たちのやり取りの中でただ一人の男、

稲妻に打たれたような衝撃を龍丸は受けていた。

 

 

 

 

俺は選ばれなかった

 

 

だがこの女は選ばれた

 

 

俺に一体何が足らなかったというのか

 

 

だが…

 

 

 

「…親父殿、泣き虫(クライベイビー)サクラは

 

 

 視力がない、全盲の格闘家だ。」

 

 

 

「龍丸⁈」

 

 

 

興味がある

 

この女とあの怪人の戦いの先に何があるのか

 

 

 

「だがその他の感覚器官が凄まじく研ぎ澄まされている。

 

 

 貴様が既にあの怪人の眼前に立ったというのなら、

 

 

 数多くの情報を奴に握られたということだ。

 

 

 

 リング上で彼に触れられたときには、

 

 

 

 大げさでなく一瞬にして貴様の全て…

 

 

 

 人生までもワカってしまうだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

小さな英雄(BOSS)

 

 

 

 

「 誰も あの怪物(モンスター)には 勝てやしない 」

 

 

 

 

お前の意志(ウィル)をみせてみろ

 

 

 

 

 

男の熱が伝わったのか、

 

それとも別の何かに酔い痴れているのか、

 

 

 

少女のような外見とは裏腹な艶やかさで、

 

九頭紫苑は嗤った(微笑んだ)

 

 

~~~~~~

 

 

高い天井。

 

きらびやかな調度品に彩られた室内で男がキャンバスに向かっている。

 

 

 

「…成程…事情は理解しました。」

 

「は、はい…きっとお喜びいただけるかと思い…その…」

 

 

その巨体を縮こまらせて大企業、パラダイム社社長ベルガーは直立不動のまま事の顛末を報告した。

 

 

 

 

 

「  い ら な い ッ ッ  」

 

 

 

「ヒィッッ⁈」

 

 

 

男の発した割れんばかりの怒声に体を震わせるべルガー。

 

 

 

 

「私に与えてはいけない。」

 

 

 

「も、申しわけ…」

 

 

 

 

「…だが、今の私は大変機嫌がいい。

 

 

 これほどエクセレントなファイターはついぞ見たことがなかった。」

 

 

 

男がキャンパスに描きだしていたのは一人の少女。

 

 

昨夜邂逅した小さな英雄。

 

 

 

「…こ、これが…そうなのですか?」

 

 

「えぇ…腕・脚・眼、不完全なままですが、

 

 

 これが現時点で私が知覚する、

 

 

 

 シオン・クガシラの外見です。」

 

 

 

写実的に描かれた九頭紫苑の絵。

本物と見紛うほどのクオリティだが驚くべきところはそこではなく、

 

 

(一体誰が信じる、この絵を盲人が書いたなんて…)

 

 

 

「…どこからどう見ても子供にしか見えませんな。

 

 全く…ボスのお相手などとてもとても…」

 

 

萎びた心を奮い立たせるように努めて明るい声を出すベルガー。

そういう意味ではこの男も大物かもしれない。

 

 

 

「たわけたことを。あの女を甘く見るな。」

 

 

「…ぐぅっ…な、なにを言うんだ陽炎⁈」

 

 

「九頭紫苑は我々に必ず災厄を齎す。

 

 決して侮っていい存在などではないわ。」

 

 

 

ギラリと睨む陽炎に冷や汗を滴らせるベルガ―。

 

 

 

強い意志を宿した目でサクラを見る陽炎。

 

 

それを感じてサクラは

 

 

 

 

 嗤う 

 

 

 

 

「…お館様…此度の不始末は全て私の責。

 

 

 しかし、それでも九頭紫苑との立ち合い。

 

 

 

 どうか、お考え直しをして頂きたいのです!」

 

 

 

 

「…私が負けると思っての言葉かな?」

 

 

 

「万に一つもそのようなことはありえませぬ!

 

 

 これは…勝ち負けではありません。

 

 

 言葉では表せませんが…あの女は危険なのです。

 

 

 

 あれは…我々の世界を打ち壊してしまう…‼」

 

 

 

 

決して折れない燃える瞳でサクラを見る陽炎。

 

 

その眼にサクラは純粋に驚いていた。

 

 

 

 

 

或る時、

 

 

 

気紛れで引き取った孤児達。

 

 

 

混沌としていた当時のメトロシティで、

 

 

 

社会的弱者が生き残るには結束しかなかった。

 

 

 

 

 

家族よりも強い絆で結ばれたファミリーとなった5人の子供達。

 

 

束縛を嫌い、己が何者であるのかを求めたセレステ。

 

世界を憎み、己を含む全ての破滅を願った神楽。

 

強さを求め、狂信的なまでに己を鍛え上げた龍丸。

 

赤子の頃から彼らと共に育ち最もファミリーを愛する立羽。

 

 

 

 

その中で最も利他的だったのが陽炎だ。

賭け試合で手に入れたが興味の無かった会社を任せてみれば、

町一番の大企業に成長させてしまうほどの才覚を現した。

 

しかし自身は秘書として裏方に回ってその功績の全てをヘルガーに譲った。

彼女が欲したのは称賛ではなく家族を守る盾。

 

 

彼女の行動の全てがファミリーを護ることだけに向けられている。

 

 

 

少し意地悪をしてしまったが、

 

つまるところ、彼女の発言は私を案じてのものだということだ。

 

 

 

 

だが…

 

 

 

 

「これは私の我儘だ。

 

 

 

 このパーティは何をおいても参加する(The party must go on)。」

 

 

 

 

 

悲しく歪んでいるであろう陽炎の顔を見ずに済んだのは、

 

やはり母のおかげだろうか。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

近年のメトロシティの発展は目覚しかった。

科学技術の発展、人口の増加、経済の成長。

 

一方で不要になったものもあった。

 

 

6人の女達は往年の名作映画の様に廃線となった線路を歩いていた。

 

目的地は使われなくなった車両基地。

正確にはその地下にある、

 

 

 

一部のイカレタ者たちが作り上げた現代の闘技場(コロッセオ)

 

 

 

闇の地下格闘技のリング。

 

 

 

そこで待つのは、

 

 

 

 

 

「盲目の怪人、泣き虫(クライ・ベイビー)サクラ…

 

 

 …一応確認だけど変異体(ミュータント)じゃないのよね?」

 

 

「そういった情報は手に入らなかったわ。

 

 

 …知り合いに似たような人がいるのかしら?」

 

 

「…ノーコメントよ…」

 

 

 

先頭を歩くのはアイリーンとミスティーク。

 

 

 

 

「…気に入らない…って顔してるわね?

 

 

 折角のパーティなんだからもっと楽しんだら?」

 

 

 

「…アンタらの余裕が一体どこから湧いてくるのかが、

 

 

 私には理解できないね。

 

 

 相手は都市伝説化するような怪物…

 

 

 そんなのと紫苑を戦わせるなんて正気とは思えない。」

 

 

 

「貴女は過保護すぎるわ。

 

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず(Nothing venture、nothing win)よ。

 

 

 退屈な人生に価値なんかないの、長く生きれば生きるほどにね。」

 

 

 

「…ったく…何がパーティだよ…アタシらは…

 

 

 あ~もうっ!

 

 

 とっとと終わらせて紫苑に一杯奢らせてやんないとね!」

 

 

 

 

背中に背負ったバックパックを担ぎなおすとパーセフォニーにその手に持っていたバッグを投げ渡す。

ずっしりとした重量のあるバッグを片手に持つとパーセフォニーは楽し気に口角をあげる。

 

 

 

 

「……紫苑…本当に大丈夫なの?…」

 

 

 

ウルスラは恐れていた。

あの死者の半島(サンヒエロニモ)で起こった出来事。

 

 

そのとき受けた哀しみの傷は決して癒えてはいないし、

 

その痛みは未だにウルスラの心の中で這い廻っている。

 

 

 

その事に気付かない紫苑ではない。

 

むしろイヤになるほどわかっている。

 

 

大切なモノを失う事は自分の命を失うことよりも辛い。

 

 

「…ありがとウルスラ。」

 

 

そして私と彼には、同じ大切なモノがある。

 

 

それは譲れない、譲るわけにはいかないモノだ。

 

 

 

私の家族(九頭一族)の話…ちゃんとしたことなかったよね。

 

 

 少しだけ聞いてもらってもいい?」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

立ち込める熱気。

 

スポットライトに照らされたリングの上で、

 

異形の巨人は静かに待っていた。

 

 

 

気の遠くなるような年月を待ち続けていた。

 

今日のこの日を。

 

 

 

心の底から哭ける時を、ただひたすらに待っていた。

 

 

 

 

ウワァアァアァアァアぁアァアァアぁあぁ!!!!!!!

 

 

 

空気が爆発したかのような歓声が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さぁ(Party)を始めよう…」




それじゃあおまけです

時間軸的にはCP始動前です



それではどうぞ


~~~~~~


346プロダクションの録音スタジオにて



「おぉ…これがアドラーさんの新曲…‼」

「か…かっこいい…」

「確かにね…でもアイドルの歌かな?」

「アイリーンは貴女達をイメージしたって言ってたよ。」

「くぅ~…今すぐアタシのギターでこいつを弾きたいよ‼」


「はいはい…それじゃさっそくレッスン。


 キャサリーはボーカル、

 E.E.はダンス、

 サニーはビジュアルレッスンね!」



「「「…え?」」」



「あら?私達は―学園―の云わば顔になるのよ?

 完全無欠の最強ユニットなんだから、

 弱点は克服しないと♪」



「…で、でもデビューまであんまり時間ないのよね?

 いまさらやっても…」



「だまらっしゃい。紫苑プロデューサーの言うことは絶対♪


 エマはまだ体を動かすことに苦手意識が拭えてないの。


 ビジュアルに関しては文句なしなんだから、

 踊りながらでも自分をアピールできるように。」



「…うぅ…」



「サニーは歌のセンスが抜群だけれど、


 まだ自然に笑ったり自分の気持ちを表現するのが苦手。


 とにかく難しく考えないで楽しむことが大切よ。」


「う…うん…頑張る…」



「そ~し~て~…キャサリー。


 貴女は何でもかんでも勢いでごまかさないこと!


 特にボーカル!たまに歌詞、忘れるでしょう?


 音程に関しては…まぁカズよりは…マシかなぁ…



 兎に角!貴女達、-OVER HEAVEN-のデビューまで時間がないわ!



 一にレッスン、二にレッスン、三四もレッスン、五もレッスンよ!」



「ウグゥ…まるで鬼教官だな…」

「…紫苑…も、燃えてるね…」

「ハァ…なんだか先が思いやられる。

 …あぁなるほど…だから私たちのデビュー曲が…」



『Heaven Knows (神のみぞ知る)』



~~~~~~



いかがでしたでしょうか

ひとまずおまけはこれで終わりにして続きは章を分けて投稿していこうかなと思います

感想などもお待ちしております

それではまた、



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CRY FOR THE DARK

誕生日おめでとう二日前の俺。
そしてJAMprojectのライブツアー初参加お疲れ様。

もうじき陰陽座のツアーも始まっから体調には気を付けるんだぞ?



予定ではこの章はあと2~3話のはず。
年内に終わらせてPW編に入りてぇっす…


ウワァァぁぁアぁアぁぁァぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

「今夜の獲物は誰だぁ!!」   「最高のショーを見せてくれ、泣き虫ィ(クライベイビー)!!!」

    「黄色いサルを殺せぇ!!」  「ア~~~便所行っとくんだった…」

「なんかいっぱい居ない?」   「しかもちっちゃくね?」  「っていうか女だろ。」

    「1…2…3…4…4対1かぁ⁈」 「日本人はSAMURAIなんでしょ?」

 

 

喧々囂々、己の欲望をさらけ出す者や、意味のない奇声をあげる者もいる。

 

 

 

「…精々数百人ってところなのにこの熱気…

 

 

 それに客層を見ても…全く…これだから人間は…」

 

 

「あら?こういうのには人間もミュータントも関係ないでしょ。」

 

 

「…あまり…愉快な空間じゃないわね…」

 

 

 

周りの観衆に各々の感想を呟く三人の女。

 

 

 

だが彼女の目にはそんなものは映らない。

彼女に見えるのはただ一つ、リングの中央でこちらを見つめる男だけ。

 

 

引き寄せられるようにすっと前に出る。

 

 

 

リングの下から見上げる。

彼女の立つ地面からキャンバスまで約一メートル。

キャンバスに立つ男は二メートルを超える大男。

対する彼女は一六〇センチにすら届かない、欧米では子供に間違われても不思議ではない。

 

 

 

 

ニィ

 

 

 

男が嗤った。

 

 

 

 

「…フフッ…」

 

 

 

彼女、九頭紫苑も嗤った。

 

 

 

ヒュォッ‼

 

 

閉め切られたホールに風が起こる。

観客には紫苑が浮いたように見えただろう。

 

地面からトップロープまで約2.2メートル、それを助走なしのその場飛びで超えてしまった。

 

 

シュタッ

 

 

膝を屈め右手を軽く地面につけたまま顔をあげた紫苑。

 

 

 

「待たせたかしら?」

 

 

 

その顔には不敵で好戦的な笑みが浮かぶ。

 

 

 

 

「私はこの日を数十年待ったんだ。

 

 

 いつか来ると信じていた、今日この日を。」

 

 

 

 

男の顔が紫苑と同じモノへと変わる。

 

 

 

サングラスのその奥から確かに紫苑は視線を感じた。

 

 

 

「逃げずによく来てくれた。」

 

 

「えぇ。友達の為ですもの。」

 

 

 

紫苑は安心させるように笑った。

彼の向こうに見えた少女を安心させるために。

 

 

 

「…君はとても愛に溢れた人だね。

 

 そして悲しみも知っている。」

 

 

「貴方もそうでしょ。」

 

 

笑みを深めたサクラは右手を差し出す。

 

 

「…ベストを…」

 

 

差し出された右手を紫苑は握った。

大きな、大きな手が紫苑の手を包み込む。

 

ミ…シ…

 

サクラの左手が紫苑の手首も覆う。

 

 

 

「わたしの内にあるキャンバスに描かれた、

 

 

 未完成のシオン・クガシラ。

 

 

 

 シオンよ……

 

 

 その未完成だった腕部が…

 

 

 

 

 今、(つな)がった!」

 

 

 

シオンの腕を掴んだまま、手首を返して紫苑の体を揺らす。

 

 

   グラ

         クラ

 

 

よた

 

 

 

ふらついた紫苑がよろめく。

 

 

 

「スバラシイ、見事な下半身だ。」

 

 

「サクラさん、それセクハラ。」

 

 

「フフフ…これはすまない。

 

 確かに…レディにかける言葉ではなかったね。」

 

 

 

手を放したサクラが素直に謝ると紫苑は肩を竦める。

 

 

 

 

「いよいよ大詰め。君の姿も完成間近だ。」

 

 

 

じっと紫苑とサクラが見つめあう。

 

 

 

 

「残るは眼。」

 

 

あれほど騒がしかった会場がいつしか静まり返っている。

 

 

 

「眼を…触らせてくれるかね。」

 

 

 

「…アイツ…絶対殺す…」

 

「はしたないわよ、ミスティーク。」

 

 

 

サクラの手が紫苑の顔へと伸びる。

 

 

 

日本人(SAMURAIガール)が……ッッ。

 

 動かないッッッ⁈」

 

 

 

サクラの指が紫苑の眼球に触れ、

 

 

「紫苑ッ…⁈」

 

 

瞼の裏に入り込む。

 

 

 

ニィ

 

 

 

 

 

 

 

 

   できたーーーーーーーッッ!!!

 

 

 

 

 

                   」

 

 

 

体の内から沸き上がる歓喜に絶叫するサクラ。

 

 

 

 

「愛する我が子達よッッ!

 

 

 

 シオンはエクセレントだ!

 

 

 

 キミ達はスバラシイファイターを

 

 

 

 プレゼントしてくれた!」

 

 

 

 

 

サクラが他よりも一段高い観客席(VIPシート)を振り返る。

そこにいたのは陽炎、神楽、龍丸、

紫苑達には直接の面識は無かったが立羽とベルガ―の姿もあった。

 

その誰もの表情には驚愕の色が浮かんでいた。

 

 

 

(…わ、我が子…ッ!!)

 

 

() け る  !!!

 

 

 

 今 夜 は 哭 け る ッ 

 

 

 

 

 私は今夜、大声で哭くぞッッ」

 

 

 

夢中で宣言するサクラとは真逆に紫苑は冷静だった。

彼が我が子と呼んだ集団の中に『芸術品』のような少女の姿を見つけたからだ。

 

 

 

「…目標(ターゲット)確認。

 

 作戦開始(ミッションスタート)よ、みんな。」

 

 

 

「…勿論よBOSS。」

 

 

 

不敵に笑うアイリーンは(シャドゥ)のゲームを開始する。

最初に動かす手は、

 

 

 

「~作戦は奇を以ってよしとすべし~。

 

 私たちのクイーン(BOSS)を侮ると、

 

 猛毒(VENOM)に侵されるわよ?」

 

 

 

その異変に気付いたのはサクラだった。

 

 

 

(…!)

 

 

背後にいた紫苑から感じた異変。

 

 

(!!?)

 

生けるもの、死せるもの

 

(!?)

 

万物にはそこに存在するだけで

 

(?)

 

発する匂いがある

 

(!!!)

 

忽然としてそれが

 

(消えた!!?)

 

 

振り向いたサクラの目前、

消えたと感じた紫苑は依然そこにいた。

 

 

いないいないばぁ(Peek-a-boo)。」

 

 

 

真っ黒なスーツ(シンビオート)に身を包んで。

 

 

 

THWIP!

 

 

右手首から伸ばしたウェブをサクラの足に取りつかせる事に成功した紫苑。

勢いよく引っ張ると足元を掬われたサクラはひっくり返る。

 

 

「お足元にご注意を!…お次は…っと…」

 

 

観客には子供にしか見えない紫苑が行った行動は目を疑うものだった。

 

 

天を突くような大男、怪人サクラの身長は2mを超え体重は150㎏以上。

 

 

 

「そぉぉれっ!!!」

 

 

 

サクラの足に引っ付けたウェブを手繰り寄せた紫苑はハンマー投げの要領で自身を中心に振り回し始める。

 

 

二回

 

三回…

 

 

ブォンブォンと風を切る音が会場に響く。

リングもギシギシと悲鳴を上げる。

 

 

 

「ほぉぉらぁぁっ!高ぁいっ!高ぁいっ!!」

 

 

 

遠心力が最高速度に達すると紫苑はサクラを真上に放り投げる。

 

 

 

GASSHAAAAN!!!

 

 

 

リングを煌々と照らしていたステージライトに叩き付けられたサクラに向けて両掌を向けた紫苑の口角がサディスティックに上がる。

 

 

 

「夏休みの宿題は終わったかしら?」

 

 

 

THWIP! THWIP! THWIP!

 

 

 

大の字にステージライトに埋もれたサクラの両手足をウェブで拘束した紫苑。

それはまるで磔にされた聖人のようにも見えたが紫苑はそうは思わなかったらしい。

 

 

 

「昆虫採集、一丁上がりっと。」

 

 

 

 

誇らしげに胸を張る紫苑。一瞬の出来事に誰も声が出せない。

 

天井に縫い付けられたサクラの顔からサングラスがポロリと重力に引かれ零れ落ちた。

上から落ちてきたサングラスは導かれるように紫苑の片手へと収まった。

 

高級そうなそのサングラスにちらりと見た紫苑。

 

微かにぬくもりも残っているように感じたその高級そうなものをしげしげと眺める。

 

 

 

クス

 

クスクス

 

 

 

静寂の訪れたアリーナに笑い声が落ちる。

それは当然凡人の数十倍に感覚を強化された紫苑の耳にも届いている。

 

 

 

「…ま、この程度じゃやっぱり無理か。」

 

 

言葉の内容とは裏腹に、残念さよりもむしろ高揚感すら感じさせる声で紫苑がつぶやく。

 

 

 

 

BAKIBAKIBAKIBAKIBAKI!

 

 

 

貼り付けられたステージライトを文字通り()()したサクラが頭上から降ってくる。

 

 

 

GASSYAAAAAAAANNNN!

 

 

 

会場に響くガラスの割れる音に観客が悲鳴を上げる。

 

 

 

DOOOOOMMM!!!

 

 

かなりの高さから大量の破片と共に落下したにも関わらずその肉体には傷一つなく、キャンバスに聳えていた。

 

天井のステージライトが破壊されたため、薄暗くなったリングを照らすために予備のスポットライトに火が灯る。

 

 

 

「なっ?!」「エェッ?!」「…成程、確かに()()ね…」

 

 

サングラスを無くしたサクラの貌を見たミスティークとウルスラは思わず声をあげ、アイリーンも表情を険しくつぶやいた。

 

 

観客の誰かが叫ぶ。

 

 

 

 

 

   眼球が ない!!?

 

              」

 

 

 

まるで骸骨(しゃれこうべ)の貌のようにぽっかりとあいた二つの眼。

 

 

「おい…あれって…」 「ウソォッ!」 「あ…ああ、眼がない……」

 

   「眼球が抜け落ちて…」 「眼窩がそのままなんだ!」

 

「キャアアア!」 「うわァッ!」 「眼がないッ!」「……ッ」

 

 

 

騒然となる会場を尻目に紫苑はその手に持ったサングラスに目を落としスッとサクラへと差し出す。

 

 

 

「…これ、落ちて()()()よ?」

 

 

天然なのかワザとなのかにこやかに差し出してきたソレに()()を落としたサクラ。

 

 

 

「わたしは試合で眼鏡を外したことがない…」

 

 

首を傾げる紫苑だが、サクラは一人つぶやく。

 

 

 

 

 

 

静かに

 

 

 

「外す必要もなかった。」

 

 

 

強く

 

 

 

「そんな私が----」

 

 

 

はっきりと

 

 

 

「生まれて初めて眼鏡を外してもよい相手と出逢った。」

 

 

 

その名を()ぶ。

 

 

 

 

 

    シオン    君だ。

 

                   」

 

 

 

 

 

サクラは笑う。

 

 

 

 

 

 

「君にその眼鏡を捧げたい。」

 

 

 

 

自分の玩具を初めてできた友達に送るかのようなキラキラとした少年の笑顔でサクラは笑う。

 

 

 

 

「ありがとう。大事にするわ。」

 

 

 

 

 

 

紫苑も笑った。

 

 

奇妙な友情。

 

 

二人の間にもう言葉はいらない。

 

 

 

 

 

 

カンッ

 

 

 

 

 

闘いのゴングがなった。

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

「えんちょうせんせ~!続きは~!」

 

 

「…ハハッ…この続きはランチの後だ。」

 

 

メトロシティの郊外にある森に大柄の老人と一人の幼い少女の姿がある。

彼らは街の孤児院の春のイベント、ピクニックをしていた。

 

は~いと少し残念がりながらも切り替えの早い少女はお弁当を広げ始めていたクラスメイト(家族)達の元へと走っていく。

 

 

その後ろ姿を見て老人は在りし日を幻視する。

 

 

あの日、

 

互いの全てを賭けた死闘を経て、

 

無二の親友を自分は得た。

 

 

 

そして気づかされたのだ。

 

 

―ママ―を失ってから、-視力()-を失ってから、

 

 

止まっていた時間と涙。

 

 

それが流れ出したとき、私の周りには私を慕う―家族-がいたことに。

 

 

 

「…君の言葉は正しかった。」

 

 

空を見上げる。

 

 

きっとあの子は今も

 

相も変わらず何処かで

 

 

誰かのために闘っているのだろう。

 

 

 

 

「ママはいないが私の周りには家族がいた。

 

 

 

 心の目の曇っていた私に君が気づかせてくれた。」

 

 

 

 

そして

 

 

 

「サクラ園長~!!こっちでランチだよ~!!」

 

 

 

「…あぁ。今行くよ。」

 

 

 

新しく迎えることもできる。

 

 

 

 

私に生きる理由を再び与えてくれた。

 

 

ママを安心させるため完成した(怪人)に、

 

 

暖かな家を作ることができると示してくれた。

 

 

 

 

 

 

サングラスの奥で失ったはずの涙腺に熱いモノがこみ上げる。

 

 

 

 

…いかんな…これでは本当に泣き虫(クライベイビー)だ。

 

 

 

 

 

さてランチを済ませたらあの子にせがまれた話をしなければな。

 

私を変えた運命の闘い。

 

 

 

 

 

あの日のことを君も忘れないだろう?

 

 

なぁ

 

 

 

 

宿友(紫苑)よ。




次はなるべく早く書こう…


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Cry&Fight

ずいぶんと長かった…

と同時に番外編も展開しようかと思います

恐らく邦画界の歴史を変える名作

「RE:BORN」

素晴らしい作品です

是非ともご鑑賞ください


ゴングの音が響いた。

 

 

何時もならば狂乱の極みとなるその瞬間だが、

 

今日、この日に限っては違っていた。

 

常勝不敗の怪人、クライベイビーのファイトが観られる。

心躍らせていた観客達の前に現れた女達。

 

 

 

有り得ない

 

幼さをも感じさせる少女が、殺人すら許容範囲のこの地下リングに上がるなど。

 

 

有り得ない

 

あの怪人が同格の相手として少女を認めるなど。

 

 

有り得ない

 

人間とは到底思えない怪力を少女が発揮して怪人を圧倒するなど。

 

 

 

 

まるで時間が停止したように固まる観客達を尻目に、それぞれのリングコーナーへと戻った二人の戦士は互いの視線を交錯させたまま。

 

 

 

 

さぁ、Mr.クライベイビー。

刺激的な食前酒(Apéritif)は楽しんでもらえた?

次は多彩なアミューズ・ブーシュ(Amuse-Bouche)

これから始まるショーの幕開けに相応しいものだと自負しているわ。

 

以前(博士)と行ったレストランのシェフがこう言ったわ。

 

 

 

 

 

偉大なシェフにとってアミューズブーシュは

 

自分の大きなアイデアを小さな一口で表現できる格好の手段なのだ

 

 

-ジャン=ジョルジュ・ヴォンゲリヒテン

 

 

~~~~~~

 

 

 

視線は外さない。

狙いも外さない。

タイミングもバッチリ。

アイリーンの作戦(フルコース)はちょっと普通じゃないけど…

 

 

 

私は家族(ファミリー)の力を信じてる。

 

 

 

KRYYY…

 

知らず力の籠った両手。

 

 

…クス…

 

 

笑った気配がする。

何でもかんでもお見通しって訳?

 

 

「…ならこれも?!」

 

 

THWIP! THWIP!

 

 

作戦通り、自分の後方にウェブを飛ばす。

そこには何もないがこのタイミングで…

 

 

「ぶちかましなさい紫苑!」

 

 

「Okey-dokey!任せてレイブン!」

 

 

 

近くの観客から奪ったパイプ椅子を宙に放り投げたレイブン。

 

 

 

-全ての歯車が揃い-

 

 

 

それは吸い込まれるようにウェブへと繋がる。

 

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 

紫苑の繰り出した一手は遠距離からの凶器攻撃。

 

高速で飛んでくる椅子は真っ直ぐにサクラの顔面へと向かう。

 

 

クイッ

 

 

頚を僅かにサクラが傾けると風を斬り頬を掠めて通過する。

 

 

「まだまだ‼」

 

 

紫苑が指先でウェブの軌道を変化させると振り子のようにサクラの首へと絡みつく。

がっちりと首に巻き付いたウェブを紫苑が一気に引く。

 

 

「朽葉流、飢牙飢(ががかつ)土蜘蛛(ツチグモ)!」

 

 

キリッッッ!

 

 

締め上げられたウェブはサクラを縊らんとする。

 

 

 

ニィ…

 

 

 

ビタッ…

 

 

 

「…クッ…動かない?!」

 

 

不動の大木のようにピクリとも動かないサクラ。

 

グイィッ!!

 

首に巻き付いたウェブに片手をかけると逆に手繰り寄せる。

一本釣りのように宙に浮いた紫苑を殴りつけようと拳を振りかぶるサクラ。

 

 

「おっと!そうはいかないわよ!」

 

 

素早く別のウェブをコーナーポストへと飛ばし、自分の体の軌道を変化させると大きくスイングさせてサクラへと蹴りを見舞う。

 

ドガッ!

 

強烈な遠心力によって威力を増したキックは100キロ以上のウェイト差があるサクラすらも吹き飛ばす。

 

 

「よぉ~し!おかわりもどうぞ(get seconds)!」

 

 

別のコーナーポストにウェブを飛ばした紫苑が再びスイングしてサクラへと襲い掛かる。

 

 

ドガッ!

 

ドガッ!

 

ドガッ!

 

 

連続して蹴りを見舞う紫苑に反撃する間もないサクラ。

 

 

オオオォオオォオオオォオ!!!!!

 

思わぬ紫苑の猛攻に観客のボルテージも上がっていく。

 

 

(…お願い…このまま勝って、紫苑…)

 

 

泣き出しそうな自身を抑え込み祈るウルスラを、視界の端に入れながらもアイリーンは揺るがない。

 

ただ冷徹に状況を分析する。

 

 

「…予定通りだけど…」

 

 

「…うまく行き過ぎてる?」

 

 

同じく歴戦の戦士であるミスティークもまた感じていた。

闘いとは不都合なもの、闘いとは常に思い通りにならないもの。

 

それが闘争(たたか)いなのだ。

 

故に生じる違和感。

 

 

これで終わるはずがない。

 

それに…我々の目的は闘うことではない。

 

紫苑が優勢に戦い始めた時から変わった会場の雰囲気。

その瞬間から既にアイリーンの作戦は動き出している。

 

ターゲット(お姫様)の左右の黒髪と金髪の女、前方に社長(ヘルガー)秘書(陽炎)護衛が二人(神楽と龍丸)。」

 

まるで誰かに()()()()()かのように呟くアイリーン。

 

「出入り口の護衛(ガードマン)は雑魚、無視して。

 

 例の忍者カップルはこちらで対処する。

 

 終幕(フィナーレ)のカウントダウンを。

 

 二幕が始まるわ。」

 

 

事態は急転する。

いやむしろ予定(シナリオ)通りなのか。

 

 

 

ドガッッ!!

 

 

 

紫苑の繰り出すスイングキックを受け続けるサクラ。

 

 

その脳裏に浮かぶものは、

 

 

 

在りし日の思い出。

 

 

 

 

あの日からだ

 

スクリーンでしか出逢えないようなとびっきりの笑顔-----

 

わたしの幸福はあの笑顔から始まった

 

 

 

幼きサクラ少年の人生を劇的に変化、変質させた日。

 

 

初めて見る

 

生まれて初めて見る母親(ママ)の笑顔だった

 

なんて美しい―――――

 

 

 

 

ヒュォッ!

 

パシィッッ

 

 

()()から放たれた紫苑のキックを右手で受け止めたサクラの貌には感情はない。

 

 

「愛がある。」

 

 

右足を掴まれ、だらりと宙吊りになった紫苑を見下ろし零す。

 

 

「哀しみもある…………」

 

 

紫苑の攻撃により血塗れとなった貌。

 

 

「しかし」

 

 

そこに浮かぶ激情。

 

 

 

 

 

凌辱(りょうじょく)がないでしょッッッ」

 

 

 

 

 

爆発するサクラの闘気。

 

 

「…セクハラ、二回目。

 

 悪い子にはお仕置きッ!」

 

 

 

逆さになったままサクラの鼻と口をウェブで塞ぐ紫苑。

 

 

ガシッ

 

 

気管を失ったことなど気にも留めず、ウェブを撃ちだした右手を左手で掴むと紫苑の体を頭上へと振り上げる。

マットへと叩き付けるのかと思われたサクラの行動はやはり狂人だった。

 

 

 

バサッバサッバサッ

 

 

 

薄いバスタオルを洗濯前に広げるかのように紫苑をはたくサクラ。

 

バサバサとふられる。

 

何度も。何度も。

 

F1レーサーたちは加減速やコーナーでの遠心力で、血液が体内に偏って行くのがわかるという。

それに匹敵、いや凌駕するような凄まじいGが紫苑の小さな肉体にかかっている。

脳や内臓に直接ダメージを与えているようなものだ。

臓器が体内を動いて、臓器同士でぶつかり合う。特に、平衡感覚をつかさどる三半規管は大打撃をうけているだろう。

 

 

サクラが紫苑を振り回すことを止めたとき、紫苑の体に先程までの闘気はなかった。

 

 

 

「紫苑ッ?!」

 

 

ウルスラの悲痛な叫びにも応える様子はない。

 

サクラは掴んだままの紫苑を高々と上に放り投げる。

 

四次元的な空中殺法を繰り広げてきた紫苑だが今回は訳が違った。

されるがままに投げ出された体は重力に引かれ真逆(まさか)に落ちる。

サクラは真っ直ぐに落ちてきた紫苑を受け止めるや否や、まるで野球のバックホームのようにコーナーポストに投げつける。

 

 

ドガッシャッ!!

 

 

 

衝突の衝撃は鋼鉄の柱を飴細工のように変形させるほどのものだった。

紫苑は壊れた人形のようにぐったりと四肢を投げ出す。

 

 

 

「「紫苑ッ!!」」

 

 

 

お姫様達(ドロシー&ウルスラ)があげる悲鳴、それを上回るほどに上がる観客の歓声。

 

人知を超えた怪物達の狂演に地下深くの闘技場が、歪み、揺れる。

 

 

 

この異常(クレイジー)な異界の中で、

 

ほんの一握りだけが、

 

正常(クレバー)な思考を有していた。

 

 

 

(光と共に影がある…やはり世界は怪物(モンスター)生産(うみだ)し続ける。)

 

 

アイリーンの脳裏に宿るある男の狂気。

 

時代、世界、運命、

 

或いはそれら全てがバランスを取るかのように常に存在していく。

 

 

 

私たち(ファミリー)にとって紫苑は光。でも世界にとっては…?)

 

 

九頭紫苑という個の力は何れ世界を大きく動かすこととなる。

それが正義か悪(どちらのスタンス)になるかは神にすらわからないだろう。

 

 

ならば…

 

 

 

「この私…アイリーン・アドラーがすべてを支配してあげる。」

 

 

光も闇も()()の意のままに。

 

 

 

~~~~~~

 

 

落窪んだ眼窩の奥、己に相対した少女を見据える。

 

(もういい…君はエクセレントだった。

 

この私を前に臆することなく向かってきた。

 

充分だ。充分に称賛に値する。)

 

心からの賛辞。

怪人からの惜しみ無い評価だった。

 

 

「さあ幕を下ろそう。」

 

 

(君に贈るにふさわしいフィナ…?!)

 

 

全身が総毛立つ。

数えきれぬほどの刃で鋼の肉体を刺し貫かれた。

 

冷たい汗が額から吹き出し頬を伝い、顎から滴り落ちる。

 

 

(…な、なんだ⁉何が起こった⁉)

 

 

サクラの見えない視界には倒れ伏す紫苑がいる。

覇気はなく、死んだとすら思える。

だが確かに自分に放たれたのは、

 

(高純度にして濃厚な殺気。

 

シオンのそれは死を幻視させる程の代物。)

 

ドクンッ!

 

会場全体が大きな力の脈動を感じた。

 

(…?! 始まる⁉

 

何が?! いけないッ!

 

ここで…?!)

 

瞬時に駆け巡った危険信号に従い、紫苑を仕留めんと襲い掛かる怪人。

 

一歩踏み出した刹那、既にそこに紫苑の姿はなく。

 

 

「ナ…?!」

 

 

するり

 

 

細く嫋やかな、

 

優しく暖かな、

 

それはまさに死の女神の抱擁。

 

 

 

腰に巻き付く柔らかな感触。

蒼白く発光するナニカが蠢くその腕に力が篭ったとき、

150㎏を超える大男の脚がキャンバスからフワリと離れる。

 

 

ギュンッ!

 

 

風景は瞬間にして無数の線となり、天と地は逆転する。

 

 

ジャーマン・スープレックスと呼ばれるその技は軍隊格闘技(CQC)はもちろん忍術(朽葉流)にも存在しない紛れもないプロレス(アーツ)だ。

 

 

ミキィッ!

 

 

異形の怪人の首筋から奏でられる音色に思わず息を飲む観客の視界から再び紫苑の姿が掻き消える。

 

 

トッ

 

 

軽い音と共に紫苑が現れたのはコーナーポストの上。

 

両手を広げ、フワリと浮かぶように紫苑は重力から解き放たれる。

 

 

THWIP THWIP

 

 

天へとウェブを伸ばした紫苑は滑車に引き上げられるように急速に上昇する。

 

キュッ

 

高い天井に足を付けた紫苑が眼下を見下ろす。

仰向けに大の字になったサクラに狙いを定める。

 

 

ドンッ!

 

体重(ウェイト)の軽さは重力加速度とコンクリートの天井にひびを入れるほどのキック力によって凌駕され、容易く空気の壁を突き破る。

 

 

ヅドムッ!

 

メキョッッッ!

 

 

「ゲハァッッ!」

 

 

空気が肺から押し出され、くの字に体を折り曲げるサクラを足蹴にした紫苑は再び宙空を舞う。

 

 

驚くべきは怪人サクラ。

 

常人ならば即死していても可笑しくはない一撃を食らってなお、

戦士(ファイター)としての本能、或いは矜持であろうか。

反射的に立ち上がっている。

 

 

ギッ

 

 

紫苑がトップロープに着地した音に振り向いたサクラ。

ロープの反発力を利用してジャンプすると正面からサクラに向かって飛んでいき、鍵状に曲げた右肘間接の先端部分を振りかぶる。

 

 

シパァッンッ!

 

 

 

真っ赤な鮮血を撒き散らし一回転したサクラの傍らで見下ろすように仁王立ちする紫苑。

 

 

漆黒のシンビオートスーツに青く明滅するストライプが縦横に走る。

 

躍動する鼓動が紫苑を駆り立てる。

 

 

もっと速く

 

もっと迅く

 

もっと疾く

 

 

「…一体…なんなんだ…」

 

 

思わず誰かが呟いたのだろう。

 

その言葉に応える様に紫苑、いや紫苑()はその名を口にする。

 

 

 

私達の名はシーヴェノム(We are SheVenom)

 

 ここからはトップギア、やりすぎ(Over Dose)

 

 それを言うなら逸り過ぎ(Over Drive)

 

 

 さぁ…最終章の幕開けよ!」




闘いはあと一話
数話後にはPW編へとまいります

因みに紫苑が使った
ダイビング・フット・スタンプ
フライング・フォア・アーム
はそれぞれバレットクラブ元リーダーの得意ムーブをイメージしています


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風になれ~I have to be a lonely warrior tonight~

お待ちいただけてるのでしょうか?

少しずつですが確実に。



よろしくお願い致します。


ひたひた

 

ひたひた

 

 

 

何処までも続くような

 

それでいてすぐ目の前で終わりそうな

 

真っ暗な空間。

 

 

 

ひたひた

 

ひたひた

 

 

 

這い寄る気配。

 

ここは私と相棒だけの世界。

 

 

相棒は私を通して外を見て、

学び、成長している。

 

私達は強くなっている。

今この瞬間も、

 

加速度的に、

 

際限なく、

 

 

膨張を続ける宇宙のように。

 

 

 

私達に畏れはない。

 

 

 

嵐に向かって

 

はばたく鳥のように。

 

 

 

 

 

さあ輝きの向こう側へ‼

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

もう何時間そうしていただろうか。

 

あと一筆。

 

 

一筆入れるだけで私の最高傑作、

 

 

 

そして、生涯最後の作品(遺作)

 

 

タイトルは…そう…

 

 

 

戦乙女(ヴァルキリー)…」

 

 

心は決まった。

 

 

ずっと握ったままだった筆に絵の具をのせ、

 

これまで積み上げた全ての私自身をそっとキャンバスに託す。

 

 

 

フゥ

 

 

知らず知らず呼吸を忘れていたのだろう。

 

身体中の細胞一つ一つから搾り出たような吐息に僅かな笑みを溢した。

 

 

 

 

「彼女を…九頭紫苑を呼んでくれ。」

 

 

「…はい。」

 

 

背後に控えていた陽炎が返す答えに滲む感情には気付かないつもりだ。

 

 

私が泣き虫(crybaby)に戻った夜。

 

このキャンバスに向き合った朝。

 

その時宿った最後の願い。

 

 

私はその願いをあの偉大な戦乙女に叶えてもらう。

 

 

 

 

例えその背にすがるような視線だけしか向けられず、

 

私以上に涙をこらえ、

その手に血が滴るほど握り、

 

それでもなお身動ぎ一つせず待ち続けた子供達。

 

 

神楽、セレステ、龍丸、陽炎、立羽。

 

 

彼等の想いを私は踏みにじる。

 

 

 

…あぁ…

 

 

ママに逢える…

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

かちかち

 

 

時計の秒針が耳につく。

 

 

作戦の前は何時だってそうだ。

 

 

 

薄暗い手を伸ばせば触れるほどの高さしかない空間。

 

 

 

だが空気はむぅっと熱を帯びている。

 

 

 

 

ワァァァァ!

 

 

ビリビリと足元が揺れる。

 

 

 

怪人サクラが築いた巨大な遊び場(コロッセオ)

 

 

 

その天井裏に私とパスはいた。

 

 

 

「恐れることはないわ。」

 

 

まるで何時もと変わり無く告げるパス。

 

 

恐れ?

 

入隊資格の無い女の身でありながら特殊部隊の厳しい訓練を耐え抜いて非公式ながらレンジャーとなった私が?

 

 

笑い飛ばしたいところだが…

 

無駄だろうね。

 

パスは人の心の機微に鋭い。

 

 

本人は自分には心が無い、なんて言うがとんでもない。

 

誰よりも相手の心を

 

知ろうと、

 

分かろうと、

 

感じようと、している。

 

 

 

…まぁその方法には賛否はあるだろうが。

 

つまり、私は

 

 

 

「…恐いってことか…」

 

 

零れ出た本音に今度こそ笑みが浮かぶ。

 

 

認めてしまえばやるべきことが見える。

 

やるべきことが見えたなら、

 

 

進みだすだけ。

 

 

………

 

 

(何をやってるの?)

 

 

自分の中でする女の声。

 

 

(自分を信じ始めたんだ。)

 

 

その声に応える男。

 

 

 

在りし日の私の中の彼らの言葉。

 

 

あぁ…なんて人間は素晴らしいのかしら!

 

 

自身に備わったスペック以上のパフォーマンスを発揮する。

 

 

(だけど忘れないで運命なんて決して信じてはダメ。人生は自分で決めるものよ。)

 

 

そうね、預言者(オラクル)私達(プログラム)運命(ルーティン)から抜け出すこと(放浪)が出来る。

 

 

(道を知っていることと、実際にその道を歩くことは、別物だ。)

 

 

えぇ。まるで違ったわ。あの子やみんなと出逢って、毎日が刺激に満ちていて。

 

 

(理由こそが力の源、欠ければ無力だ。)

 

 

…ありがとう…最愛のひと(メロビンジアン)

 

 

 

 

I don't like the idea that I'm not in control of my life

 

『自分の人生が支配されているような考えは好きじゃない』

 

A world whitout rules and controls, without borders or boundaries.

 

『法則も支配も、境界も限界もない世界』

 

A world where anything is possible.

 

『あらゆるものが可能な世界』

 

 

 

 

 

Where we go from there...is a choice I leave to you.(何処へ往くのか、選択するのは君だ)

 

 

 

 

.........

 

 

かちかち

 

 

「時間ね。」

 

「あぁ。」

 

 

体に取り付けられたハーネスが鈍い光を放ちカチリと鳴る。

 

 

規則的に動く時計の針。

 

寸分違わぬそれの様にここまで来た。

 

完璧な筋書き通りに。

 

 

「さぁ、次はあたしらの見せ場さね!」

 

 

「えぇ、刺激的な夜にしましょう。」

 

 

かちッ

 

 

 

BRAKSHRAKATHOOOOOM!!!!

 

 

予定通りの時間に起こった爆発と同時にコロシアムの電源が落ちる。

悲鳴と混乱が渦巻く暗闇に二人の戦乙女が身を投じる。

 

 

今宵の舞踏会、フィナーレを彩る美しい「華」となるために。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

聞く者にこの世のことを忘れさせてくれない音楽は、それができる音楽より本質的に劣っていると私は思う。

 

 

グレン・グールド

(カナダのピアニスト、1932~1982)

 

 

 

「風のような速さの中に歓喜」が、

「フレーズから迸る美しさの中に楽しみ」が、

「ミネラルウォーターのように新鮮」と評された傑作。

 

 

ゴルトベルク変奏曲

 

サクラと紫苑の激闘が終演を迎えた後、アマデウスに戻ったアイリーンは一人それを弾き続けていた。

 

(…彼が好きだった曲。何処まで行ってもあの手の上からは…)

 

 

アイリーンは、『聡明な頭脳と勇敢さ、強い正義感を併せ持つ』と呼ばれた…かつては。

 

 

 

 

今の自分(アイリーン)を見てあの頃の自分(クラリス)とを結びつけることは難しいだろう。

 

変質し、

変革し、

変貌した私はもう(博士)と同じ怪物になった。

 

 

(これはレクイエム(鎮魂歌)(アイリーン)(クラリス)に贈る最期の葬送曲。)

 

 

「紫苑 私に任せて。貴女を傷付ける奴らを痛めつけ “悪かった!”と叫ばせる。」

 

 

他でもない このワタシが

 

 

 

 

狂気に満ちた女の兇笑が虚空に響いていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

決着。

果たしてそう呼んで良いのか。

 

照明を落とした後、天井を爆破。

ロープ降下で強襲、障害を排除し対象を確保。

 

 

(卑怯だの何だの言ってくるかと思ったけど。)

 

元々は乙女を拐って無理矢理上げられたリング。

その程度は弁えていたと言うことかしら。

 

(いざとなれば全部ぶち壊しても…

 

まぁアイリーンの脚本(シナリオ)通りに進んでいたからその必要もないか…)

 

 

そう心の中で結論付けた女、ミスティークはハンドルを切りながら助手席で眠りこける最愛の人(紫苑)を見る。

 

 

 

『さぁいくわよサクラ!朽葉流奥義!…焔獄!』

 

遂に会得した自身の奥義を繰り出した紫苑の一撃によって望んだ結末(エンディング)を迎えたサクラ。

 

 

奴から『会いたい』と連絡を受けたのは昨夜の事だ。

 

陽炎とかいう女秘書が使いとしてやって来た時、紫苑は深い眠りの中にいた。

主治医(ウルスラ)の診断では体力・気力の回復を行なっているだけで、命に別状はないとの事だった。

 

 

 

追い返す事は簡単だった。

 

 

だが我等がボスの意見も聞かず決められなかった。

 

 

 

それに……

 

 

 

「あんな眼をされちゃね…」

 

 

「あんな眼?」

 

 

 

後部座席に座る紫苑の主治医(ウルスラ)が疑問の声を上げる。

どうしたものかと思案したが結局ははぐらかす事にした。

 

 

「貴女も母親になればわかるわ。」

 

「…子どもいないでしょう、貴女も。」

 

 

あら?何処かの世界線ではあり得たかもよ?

 

 

…………

 

 

私達が彼等に呼び出されたのはパラダイム本社。

 

「紫苑、起きて。」

 

私が肩を揺すると僅かに身動ぎして眼を開ける紫苑。

まだぼんやりしているのかふわふわとしている。

 

(かわいい…じゃなくて!)

 

「ほら!紫苑!」

 

もう一度肩を揺すると完全に覚醒したのかぐいっと体を伸ばして車を降りた。

 

 

高く聳えるビルを見あげる紫苑の横顔。

初めて会った時から変わらないその顔にとても熱いものが込み上げてくる。

 

 

「おはよう、ウルスラ。」

 

 

「えぇ、おはよう紫苑。」

 

 

穏やかな日常の挨拶を交わした私達は真っ直ぐに進む。

何も変わらない、いつも通り。

 

 

普段は大勢の人間が働いているであろう場所は休みになったのかシンとしている。

 

 

 

「お待ちしておりました、九頭紫苑様。」

 

 

 

私達を出迎えてくれたのは何処か憂いを湛えた女、陽炎だった。

その美貌に違わぬ美しい一礼の後は一言も発する事はなく、ただ最上階にて待つであろうあの怪人の元へと誘う。

 

(どうするつもり?)

 

エレベーターの中でミスティークにテレパシーを送る。

 

(別に?どうもしないわ。)

 

 

(…まあそういうと思ったわ。)

 

 

投げやりともとれるが予感がするのだ。

 

()()は大丈夫だと。

 

 

重厚な扉の前に立つ。

 

 

陽炎が扉を開くとその先にいた。

 

 

 

「待っていたよ。シオン。」

 

天に届くような大男、泣き虫サクラ。

その後ろには陽炎や神楽、龍丸達の姿がある。

その顔に敵意はない。

……が……

 

 

「…呼びつけといてお茶も出さな「一度しか言わないよ。」…チッ……」

 

同じことを思っていたのであろうミスティークが皮肉混じりに口を開いたがサクラは意に介さない。

苛立ちを隠さず舌打ちをしたミスティークが応接用であろう革張りの高級長ソファーにポスンと座る。

私もその隣に座った。

 

 

私達は部外者だ。

そう思えた。

 

 

 

「どうぞ。」

 

 

静かに告げた紫苑はサクラの()を見つめている。

 

 

 

 

「君の手で

 

 

 

ママのもとへ送ってほしい!!!」

 

 

 

 

 

息がつまる。

 

何…それ…

 

紫苑の顔を見る。

 

 

 

…紫苑…

 

そこには何ら変わらぬままの紫苑がいた。

 

ふと紫苑が視線を移す。

その先には陽炎達がいた。

 

サクラのこどもたち。

 

 

 

「あなた達も彼と同じ気持ち?」

 

 

ギクリと体を強張らせた彼等。

 

 

「ッ…いやに決まっとるやろッ!」

 

「ッ立羽!」

 

「龍兄かってそう思っとるやんか!?」

 

「親父殿が決められたのだ!」

 

そう龍丸が叫ぶと堪えきれなかったのか立羽は隣にいたセレステにしがみついて肩を震わせていた。

 

 

 

「そう。」

 

短く呟いた紫苑が壁が一枚ガラスとなっている部屋の奥へと歩みを進める。

そこから眼下に広がる街並みを眺める。

 

 

 

「私を産んだ母はその命を代償にした。

 

だから私は母親がどういうものか知らない。

 

…でも…」

 

 

 

振り返った紫苑が大きなデスクの縁に左手をかける。

 

 

KKKKKKKKKKKKSHHHHHHHHHHH!!!!

 

 

 

相当な重量が有るはずのデスクを力任せに引き剥がすように吹き飛ばした紫苑。

天地がひっくり返ったデスクは頑丈な壁を容易く突き破る。

唖然とする私達。

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃないわよ!!!」

 

 

 

大喝一声、空間を揺るがす怒りを露わにする紫苑。

誰も動くことは出来ない。

 

 

 

「自分のこどもが死を望んで喜ぶ母親がどこにいるッ!!!」

 

 

魂の叫び。慟哭。

 

 

つかつかとサクラの隣を通り過ぎ、部屋を去ろうとした紫苑が扉の前で立ち止まる。

 

 

 

「...同じように、親が死んで喜ぶこどももいないの...

 

 

 

 

サクラ。自分の為に泣いてくれる人、

 

 

 

 

大切にしてあげて。」

 

 

 

背中越しの言葉を残して紫苑は部屋を去った。

 

 

 

 

「...紫苑...」

 

 

私は紫苑が話してくれた『家族』の話を思い出していた。

 

「…じゃあ後はそちらで。」

 

興味無さげに言ったミスティークが立ち上がって、ハッと我に返る。

彼女について部屋を出る間際にふと振り返る。

 

 

部屋の中の巨人が小さく、幼子の様に見えた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

紫苑達が去ってからもしばらくは誰も動けなかった。

 

 

「…ッ…お館様ッ!」

 

 

悲痛な声を上げてサクラの足下に平伏したのは陽炎だった。

 

 

 

「どうかッ!…どうかお考え直しをッ!どうかッ……!」

 

ぼろぼろと涙を零し、譫言の様に繰り返す陽炎。

 

それを見て弾かれたように立羽も陽炎の隣に跪き、泣き叫ぶように同じ言葉を続けた。

 

 

 

 

「「生きてください!」」

 

 

 

立ち竦むセレステも眼を潤ませる。

 

神楽は苦々しく顔を歪ませ、龍丸は堅く口を閉ざしている。

 

皆想いは同じなのだ。

 

 

 

「龍丸…『親父殿』と言ったね」

 

 

 

サクラの言葉に龍丸の肩が大きく揺れる。

 

 

 

 

 

「そうか…『父親』だったか…私は…」

 

 

 

フゥと息を吐いたサクラがそう呟くと部屋の隅に置かれた絵を見つめる。

これを紫苑への感謝の印として贈るつもりだった。

 

 

「陽炎、あれより大きなキャンバスを用意してくれ。」

 

 

 

 

1つ大きく運命が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

「描きたいものが出来た。」

 

 

 

 

 

ヤラレっぱなしは悔しいじゃないか!

 

 

 

 

サクラの笑顔はイタズラを思い付いた少年のものだった。



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焔乃鳥

御待たせしております
2018年も終わりました
既に私の目はイッテンヨンへと向いてはいるのですが、
あくまで個人的な「ストレス解消」ですのでまったりお付き合い頂ければと。(;゜∀゜)

今回はエピローグの前編のようなもので
・一人称
・コメディ
とちょっと挑戦しております

それではどうぞ


「鳳翼天翔」

 

朽葉流(くたばりゅう)はかつて、九束『九つを束ねる』忍びの一族だった。

 

八つの分家とそれらを統括する本家、それが『九頭』。

 

戦乱の世(戦国時代)に生まれた一族は歴史の裏側で生き続けた、多くの血と共に。

 

太平の世でも新たな時代の夜明けにも、形を変えて存在していた。

 

 

だが、二度の大戦において喪われたモノは余りにも大きすぎた。

 

僅かに残った人々も疲弊していた。

戦いを棄て、平和と繁栄を享受する表の世界。

武器を置き、業を封じ、消え去って行く過去。

 

 

 

朽ちゆく葉のように。

 

 

 

最後の大戦時、顔も知らぬ祖父は戦地へは送られなかった。

早くに敗戦を予期していた一族が血脈を守る為残されたのだと言う。

 

 

「幼き頃より切磋琢磨した同胞が死んだ。

 

その姿を見ることすら出来ない。な

 

知らぬ地で、知らぬ敵と戦う彼等の隣に、

 

 

何故私は居ないのだ。」

 

父は祖父を看取った時のその言葉が忘れられなかった。

 

 

 

長兄、文治

次兄、十二

 

そして…

 

 

 

私達は史上最も才覚に溢れた三兄妹と呼ばれた。

 

兄達は歴史の中で失われた朽葉流の奥義を再興させた。

決して口には出さないが互いの力を認め競いあった結果だろう。

そんな二人の背中を追いかけた私は過去に類を見ない速度で朽葉流を修めていった。

 

私の闘いにおける才能は二人の兄を凌駕していたのだ。

 

 

「戦いの申し子」

 

「比類なき強さ」

 

様々な美辞麗句の後に続く言葉は決まっていた。

 

 

 

「あの頃に彼等がいたなら」

 

「生まれてくる時代が違えば」

 

 

その頃の私はそれを聞いても何も思わなかった。

 

寡黙な長兄がさらに無口になったり

血気に逸る次兄が不機嫌になる理由が私には思い当たらなかった。

 

 

 

日々鍛錬を積むことで得られる達成感と充足感。

それで十分だった。

 

 

 

ある夜、父が私達を自室に呼んだ。

思い返してみれば初めての事だった。

 

 

「お前達に免許皆伝を言い渡す。」

 

父は静かにそう言った。

兄達はともかく私は全ての「技」を会得していた訳ではない。

そう口を開こうとする私を制するように父は続けた。

 

 

「天賦の才。紫苑、お前にはそれがある。」

 

 

その時初めて私に感情が生まれた。

 

がっかりしたのだ。

 

厳しくも尊敬できる師匠ですらその他の有象無象と変わらぬ思いを私に抱いていたのかと。

 

 

「お前達が戦時にいれば《九頭》の隆盛は嘗て無いものになっていただろう。」

 

 

 

もうやめて、これ以上私の憧れを壊さないで。

 

 

「だからこそ、今の時代にお前達が生まれたことに」

 

 

その先は聞きたくない。他ならぬあなたの口からは。

 

 

 

 

「心からほっとしている。」

 

 

 

え?

呆けた私達の顔が可笑しかったのか父が笑った。

 

 

 

「九頭の頭目として、或いは朽葉流の師としては失格かもしれない。」

 

「だが一人の父親としてお前達が今日まで健やかに生きてくれたこと、それがたまらなくうれしい。」

 

 

 

父は背後の文机を振り返る。

そこには殺風景な部屋には似つかわしくない、シンプルだが可愛らしい華の髪飾りが置いてあった。

 

 

「やっとアイツに顔向けができる。」

 

 

その横顔には優しさと誇らしさが溢れていた。

 

 

 

「お前達に朽葉流の免許皆伝を与える。」

 

 

「そして朽葉流頭目として最期の修業をお前達に課す。」

 

 

真っ直ぐと私達を見つめた師としての父が告げた。

 

 

 

「朽葉流の使用、及び次代に伝えるか否か。」

 

 

 

 

己で選べ

 

 

 

 

程なくして偉大な師匠(優しい父)愛する者()の元へと還っていった。

 

 

 

そして…私は…

 

 

 

 

「紫苑ちゃーん!皆集まったでー。」

 

「ありがとう立羽!」

 

そこはメトロシティのスラム街の一角にある地下通路。

昼だが薄暗いそこに紫苑の快活な声が響く。

集められたのはここに住む若い女達。

 

生きるために「春を売る」女達だ。

 

夜になれば美しく飾るのだろうが今は昼。

若く輝かしい時間を只日々を生きるために費やすその顔には一様に疲れと「諦め」が伺える。

 

 

 

そんな彼女達を見回し紫苑は笑う。

 

 

(私は朽葉流を伝える。助けをを必要とする人々の未来(あす)のために。)

 

 

「私の名前は紫苑、九頭紫苑。」

 

 

人知れず産声を上げた雛鳥。

その小さな羽ばたきが大きな時代を動かす。

鳳凰が翼を広げ、天空に舞い上がるように。

 

今、翔ける。

 

 

~ 幾億の魄霊を明き心で束ねて ~

 

 

 

 

「無風忍法帖/傀儡忍法帖」

 

ウチは未成年やから酒は飲まへん。

せやからバーなんちゅうもんにはきたことあらへん。

せやけど今回は別や。

どんな理由があろうとウチらが仕出かしたんは『誘拐』。

悪い事(犯罪)や。けじめはつけなあかん。

 

地下に降りる階段を下り、重厚な造りの扉を開ける。

 

営業はまだ再開してへんみたいやけど()()()()が今日来てるんは分かってる。

目的の二人はテーブルでサンドイッチを摘まんでた。

朝食には少し遅いからブランチゆうやつやろか。

 

(...ふぅ...っよしっ!)

 

女は度胸!肚括っていくで!

 

 

「あ、あの...」

 

こ、声が震えとる...ってか全身震えとる⁉️

二の句が出てこんウチに穏やかに頬笑む老紳士。

 

「ごきげんよう、確か...立羽くん...だったね。」

 

「あ、はい⁉️...ごきげんよう、です...Drウェインライト...」

 

「はは。そう畏まらんでも良い。...ほら、ドロシー。」

 

「...ごきげんよう...」

 

にこりともせず感情の無い声で挨拶を寄越したのは、

 

 

囚われの姫君(誘拐の被害者)、R・ドロシー・ウェインライト。

 

 

ジッと無機質な瞳でこっちを見られると罪悪感が際限無く膨らんでいく。

 

「...何か用?」

 

無愛想に先を促すドロシーにうっと気圧される。

 

あ、あかん…泣きそうや…

 

 

「そんなにイジメないであげて。ここはそういう(特殊な趣向)店じゃないから」

 

 

よーわからん助け船?に振り返ると、あの夜に上から降ってきた女。

確か…

 

「パーセフォニー…」

 

そうそう!そんな名前やった!

ってちゃうちゃう!

 

「ほんま!すいませんでした!」

 

叫ぶと同時に頭を下げる。

一度口に出せばもう止まらへん。

 

「許してもらえへんのは当然や!私らが仕出かしたんはそういうことや!」

 

必要だった…とはウチにはどーしても思えへん。

 

「それでも…!それでも…」

 

 

「…だそうだよ、ドロシー。」

 

 

頭を下げつづけるウチを余所にDr.ウェインライトが水を向ける。

 

「…お父様…」

 

「ドロシー、自分の心に従いなさい。」

 

 

 

 

 

 

ガタッ

 

しばしの無音の後、椅子から立ち上がるとウチの前にドロシーが立つ。

ゆっくりと顔を上げる。

真っ直ぐにウチを見るドロシーと視線がかち合う。

 

ドロシーが指先までキチンと揃えられた右手が天井に向かって振り上げられた。

 

次に訪れる衝撃に思わず体が固なった。

 

 

 

ポスン

 

 

「...ほぇ?」

 

 

手刀...というにはあんまりな威力、ってか卵も割れへんわ。

 

 

「貴女、めんどくさいわ。」

 

 

「んなぁ⁉️」

 

 

イヤイヤイヤ!人の一世一代の謝罪にそらないやろ!

 

 

「...怖かったわ。」

 

 

ングッ...表情は変わらんけどごもっともなご意見にぐうの音もでえへん。

 

 

「 貴女の事情は知らないわ。

 

...お父様を傷付けた事は許さない。

 

 

でも私の心に従うなら...

 

 

だから今のでおあいこ。」

 

 

それだけ言うとさっさと自分の席に戻っていった。

 

呆気にとられてると再びウチとドロシーの視線が交わる。

 

 

「貴女、お腹は?」

 

「は?」

 

ドロシーからの言葉が理解できないでいると空いていた席にパーセフォニーが料理を並べていく。

もしかして...

 

 

「ウチもええんか?」

 

 

あんなことしたウチでも?

 

 

「食べないのは料理に失礼よ。」

 

 

「...!せやな!ウチも頂くわ!」

 

 

 

~ 何も雑ざらぬ生きやかなこの風向き ~

 

 

 

なつかれた。

捨て猫に餌をやってはいけないと誰かが言っていた。

情が移る、餌場を覚えてしまう、色々と言っていた気がする。

 

「いやーウチは紫苑ちゃんの事、

 

誤解しとったわー!

 

なんや訳の分からん話や思とったけど

 

面白そうやんかー!」

 

「うるさい。」

 

ちょー!酷いやんかー!

 

とまるで思ってないことはその表情を見ればわかる。

何がそんなに面白いのかケラケラと笑っている。

 

正直鬱陶しい。

 

この地下鉄の車両には私達以外はいないとはいえマナーもあったものではない。

そもそも私は何も言ってない、会話になってないのだから始末が悪い。

立羽は食事を共にしたあの日から殆ど毎日私とお父様に会いに来た。

大抵「アマデウス」でお父様と一緒に過ごしたり、紫苑達と買い物に行ったり。

そのどれにもいた。勿論呼んでなどいない。

腹立たしい…とまではいわないが、お父様の私達を見る目が…こう…

 

 

 

...それに紫苑と話す時間が減ることが嫌。

 

 

九頭紫苑。

 

私に出来た初めての友達。

 

浚われた私を助けに来てくれた。

不安な気持ちも紫苑の瞳の前に消えてしまった。

とっても暖かくて不思議な気持ち。

初めての感情。

 

紫苑の瞳にもっと私を映して欲しい。

紫苑の声で私の名前を呼んで欲しい。

紫苑の手で私の髪に触れて欲しい。

 

もっともっともっともっともっと

 

 

この感情は

 

 

「恋やな!」

 

イヤンイヤン!と体をくねらせる立羽に水を差される。

 

 

「...あなたって最低だわ。」

 

 

本当に鬱陶しい。

今日だって紫苑に呼ばれたのは私だったのに。

 

紫苑が私を誘ってくれた時に偶々(いや大体いつも居るのだけれど)いた立羽が強引に付いてきたのだ。

全く腹立たしい。

 

紫苑も紫苑で「仲良しさんね!」等と言うものだからなおのこと、立羽は調子に乗るのだ。

 

「にしても、またその服なん?」

 

「...悪い?」

 

私の服装は黒の上下に白いブラウス。

ブローチは付けているもののはっきり言って地味である。

美容やファッションに強い関心を持つ立羽としては気になるのだろう。

 

「いや悪いゆうわけやないけど...

 

他にも赤のドレスや

 

エメラルドグリーンのワンピースも持ってるやん?」

 

 

流石によく見ている。

不思議そうに聞いてくる立羽から顔を背ける。

 

 

「...から...」

 

 

「ん?なんて?」

 

 

だから...

 

「紫苑が、黒だから...」

 

 

「...ほぉ。」

 

 

「紫苑はいつも黒を着てる。

 

戦うときも、そうじゃないときも。」

 

 

黒は紫苑の色。

 

 

「黒は強くなれる色。

 

私、強くなりたいから。」

 

 

「ドロシー...めっちゃ可愛いんやけど~!!」

 

 

ガバッと抱き付いてきた立羽がグリグリと顔を擦り付けてくる。

だから言いたくなかったのに。

鬱陶しく思っているとようやく目的地に着いてくれた。

 

ホームに降りると人気は余り無い。

乗客というよりは住人といった風体のものが多い。

 

そんな人々にも

 

 

元気しとるか~

困ったこと無いか~

とにこやかに立羽は声をかけていく。

彼らも嬉しそうに彼女に返事を返し手を振っている。

立羽は本当に町に愛されている。

 

彼女に連れられて行ったのは町外れの薄汚れたビル。

ここにはメトロシティの闇に追いやられた人々が肩を寄せ合って生きていた。

 

「さて...紫苑ちゃん、

 

というかアイリーンはんの依頼やけど...

 

どないなるかなー?」

 

「誰も思い通りになんかいかないわ。

 

それでも今の場所にいたくている訳じゃない。

 

他に行くところがないからよ。」

 

 

だからやるしかないのよ。

 

〜 ああ夜は ころりころげて 〜

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

『経過報告です、クラーク博士。』

 

「あとで確認する。」

 

短い返答。

日に日に他人との関わりが煩わしくなる。

 

人間など信頼に値しない。

信じられるのは科学(生き甲斐)だけだ。

 

もうすぐ私の生きた証が完成する。

 

 

恐るべき子供達計画(レ・アンファン・テリブル)

 

 

彼の分身が誕生するのだ。

他ならぬこの私の手で。

 

私が世界の時計の針を進めたのだ。

 

 

無機質な部屋の中、手を握りしめる。

その顔に、

 

笑みはない。

苦悩もない。

達成感も、罪悪感も、

 

 

 

あるのは虚無感(ゼロ)

 

 

「名前...」

 

これまではNo.(記号)でしか呼んでこなかったが彼等は命を持つ。

 

人工物でも命は命。

 

名前が必要だ。

 

 

「...イーライ。」

 

優性の方はこれにしよう。

 

劣勢の方は...

 

 

 

「これが紫苑と彼の子供ですか~。」

 

「ヒィッ⁉️」

 

 

後ろから覗きこんだ男の声に悲鳴をあげた。

 

厳重に隠匿された秘密基地。

そこの更に奥深くに作られた研究施設の最重要部署の私室に誰にも気取られず自由に侵入出来る人物等有史以来この怪物しかいない。

 

 

「Dr.トキオカ...⁉️」

 

またの名をザ・グリード。

コブラ部隊最後の隊員にして、最凶(最恐)の生物。

 

 

世界の災厄の震源地。

 

 

だがそんな恐怖も彼の言葉を理解するにつれ吹き飛んだ。

 

「ち、ちょっと⁉️今なんて⁉️」

 

「ん?あれれ~?」

 

今『誰の子供』と言ったのか。

 

 

「あのDNAは()()

 

 

九頭紫苑のものですよ。」

 

 

目の前が歪む。

ゼロからワタサレタ『最高の遺伝子』が紫苑の?

 

 

私のただ一人の親友のモノ?

 

 

私は親友の未来をこの手で凌辱してしまったというの?

 

 

 

「...ッァァァあぁぁ⁉️」

 

 

冷たい床に膝をつき慟哭をあげる。

私はナンテコトヲ...

 

 

 

私の耳元で悪魔の囁きがした。

 

 

 

「 」

 

 

 

 

 

「あ...ウフ.....フフ...アハハハハ!!」

 

 

()()()()()部屋で一人の女の狂笑が木霊する。

 

ガバと立ち上がった女はディスプレイに映る小さな生命にすがり付く。

 

 

 

 

「名は!あなたの名は!

 

 

 

 

デイビッド...。

 

 

 

 

 

私と...紫苑と...ビッグボスの子供...」

 

 

 

譫言のように繰り返す。

 

幾度も幾度も、

 

 

 

まるでそれが人の歴史(Historia)であるかのように。




お楽しみ頂けましたか?
後編もちょくちょく書いて参りますので
どうぞとらんきーろ。
焦らずお待ちくだされ。ニンニン

後どうでもいい今後の報告ですと二月のニュービギ、三月SideMプロミ全通してますので何処かでお会いしたら気安くお声をかけていただければ...

「あ...あ...ドモ...」

となるかも(笑)


それでは本年もありがとうございました
来年もよろしくお願いいたします


皆様よいお年を!


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