Fallout 4短編集 (春日むにん)
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210年の孤独

 わたしは、サンクチュアリ・ヒルズをつくり変えることに若干気後れしていた。

 

 なぜなら、210年前、そこは隣人たちの土地だったからだ。最早所有者はいないとはいえ、誰の許可も得ずに使ってしまうのは躊躇われた。だが、プレストン・ガービーの「死者よりも生きている人たちのために使おう」という一言に背中を押され、クインシーからやって来た新しい居住者たちと共に、使えなくなった建物の撤去を進めていた。

 

 その作業も徐々に進んだ、ある日の晴れた午後のことだった。わたしたちは、サンクチュアリの奥まった場所にある一軒の住宅の解体作業を進めていた。奥まっているために、わたしも新しい居住者たちも、ほとんど足を踏み入れたことはなかった。だから、気づかなかったのだ。その住宅の裏庭に、誰かを埋めたような土の盛り上がりが二つあることなど。

 

 マーシー・ロングはそれを見るなりヒステリックな叫び声を上げ、夫のジュン・ロングにしがみついた。後で聞いたところによると、ロング夫妻は死んだ息子を同じように埋葬したのだそうだ。彼女ほど極端な反応を示した者は他にいなかったものの、クインシーから逃げ延びて数多くの死体を目にしてきたプレストンたちには、それ以上足を踏み出す勇気はないようだった。わたしはひざまずいて土の状態を確認した。地面と同化して、細かに苔が生えている。最近埋められたものではないらしい。

 

 わたしは、この中で一番サンクチュアリの住人としての年数が長い者――コズワースに尋ねた。何か心当たりはないかと。

 

「恐れながら、奥様。彼らは、私が埋めました」

 

 マーシーはひっと息を呑み、ジュンは後ずさった。ママ・マーフィーは半開きの目を戸惑ったように彷徨わせ、プレストンはフレア・ガンをカチリと言わせた。スタージェスが持っていた工具箱を取り落としたため、乾いた地面にレンチやトンカチがばらばらと転がった。コズワースは空のアームを広げ、それらの工具を淡々と拾い集めて、スタージェスがこわごわと広げた腕の中に置いた。

 

 わたしはその一部始終を眺めながら、彼の火炎放射器も草刈り機も、一向にうなりを上げないことに、確信はあったけれども深く安心した。彼は、他の多くのゼネラル・アトミック社のロボットのように狂ってはいない。210年前からずっと、彼は誠実なわたしの友人だった。

 

「どうして黙ってた?」

 

 プレストンが聞いた。フレア・ガンの引き金に指を添えたまま。

 

「皆様、こちらにはいらっしゃらなかったので。話す必要が、ございませんでした」

 

 それに、とコズワースは言う。私は、彼らを静かに眠らせてやりたかったのです。

 

 しかし、こうして判明し、皆の心が波立ってしまった以上は、何があったのか話してもらう必要がある。そのように伝えると、コズワースは三つの目で器用にこくりとうなずいた。

 

「はい。奥様。お話しします。もう、百年ほど前のことになりますが――」

 

 

====================

 

 

 奥様と旦那様、ショーン坊ちゃんがヴォルト111に入られてから百年の間に、サンクチュアリ・ヒルズはひどく様変わりしました。

 

 ヴォルト111に入れなかった人々は次々と街を去りました。腹いせにお三方の住宅を物色していこうとする方もいらっしゃいましたが、私が追い払いました。ええ、もちろん手荒な真似はしておりませんとも。鼻先へ炎を差し向けてやれば、みんな逃げていきましたよ。

 

 間もなく、放射能に冒された木々は朽ちました。持ち主がいなくなり、整備の行われなくなった住宅も、壁や屋根がぼろぼろと落ちていきました。そんな中で、お三方の住宅だけは、核戦争前の美しい状態を保っていました。私が日々掃除や改修を行っていたためです。私は誇らしい気分でした。いつ皆様が帰っていらしても大丈夫だと。

 

 ところが、五十年を過ぎると、限界が見えてまいりました。雨風に晒されて、一部の壁や窓が崩れ去りました。私は近くの家々から無事なものを持ってくることで、どうにか補修しました。もうこの頃には、この場所は完全に放棄された、と見なして良いものと思われましたので――そのような行為も、到底盗難には当たらぬものと考えたのです。

 

 七十年ほどが経つと、そんなことでは追いつかなくなってしまいました。近くの街へ資材を取りに行くことも考えましたが、やめました。以前訪問した際は、襲われて危うく壊されそうになりましたから。それに、その時も、私が留守の間に奥様方が帰って来やしないかと、気が気ではありませんでした。

 

 いつしか私は執事ロボットとしての矜持を捨てて、奥様方にお会いできることのみを心の恃みとしていたのです。皆様がお帰りになったとき、この家が崩れ去っていても仕方がない。それよりも私が皆様に再びお目にかかり、お仕えすることのほうが、私にとっては重要だと。ああ、どうかお許しください、奥様。奥様と旦那様の財産をこんなふうに……え。家なんかどうでもいい、コズワースが生きていてよかった? 奥様、それは……身に余るお言葉でございます。うっ、うっ、そのお言葉だけで私は……はい? なんですかミスター・ガービー。なに、そんなことはいいから話を続けろと。ああ、そうでしたね。そんなこと、などと軽々しく流していただきたくはありませんが。ともあれ申し訳ございません。承知いたしました。

 

 それから三十年ほど経った頃のことです。雨のそぼ降る中を、その日も私は一人、奥様方の住宅の前に佇んでいました。

 

 その日、私とラッドローチ程度しかいなかったサンクチュアリに、変化が訪れました。人間が、やってきたのです。ヴォルト111の方角から。二人で。

 

 私は飛び上がって喜びました。この付近で生きた人間を見たのは、最後の隣人を火炎放射器で追い出して以来でした。望遠レンズに切り替えて確認したところ、奥様と旦那様でないのは分かりました。しかし。あれから百年も経っている。奥様も旦那様もショーン坊ちゃんも、最早この世にはいらっしゃらず、あれはもしかしたらお三方のご子孫かもしれない。そのような可能性も考えながら、私は彼らが近づいてくるのを見守っていました。

 

 ヴォルト111の方角からやって来た彼らはすぐに私に気づきました。そして、話しかけてきました。私には理解できない言語で。

 

 どうやら、彼らは移民の子孫のようでした。移民のコミュニティーが核戦争開始後にどこか安全な場所に避難し、そのコミュニティーが何らかの事情で崩壊したために命からがら生き延び、ヴォルト111の背後の険しい山を越えてきた、といったところのようでした。

 

 私は、彼らの言葉を理解できないことを身振りで示しました。彼らは、ここに住みたい、ということを、私と同じように身振りで示しました。私は、迷いました――彼らが善良な人間であることは確かでした。執事ロボットをわざわざ欺こうとする人間など、いやしませんからね。でも、奥様と旦那様とショーン坊ちゃんのための住宅を彼らに明け渡すべきか、私は逡巡しました。

 

 私がしばらく黙ったままでいると、彼らは何か私に声を掛けて、サンクチュアリを道なりに奥の方へと歩いていきました。それから数時間ほどして、二人は戻ってきました。私を手招きしていました。

 

 彼らは私を、この住宅に導きました。当時のこの住宅は、他の住宅に比べれば、入り口が倒壊しておらず、壁も屋根も比較的無事なままで、どうにか住めるように思われました。彼らは、ここに住んでもいいか、と問いかけてきました。

 

 彼らは私を、この一帯を管轄する管理人のようなものだと思い込んでいたようです。実際には、私は奥様方ご一家の執事ロボットに過ぎないのですが。しかし、私はそのように振舞うことにいたしました。それを、百年ぶりに現れた、言葉は通じないけれども善良な人々が望んでいるのであれば。

 

 それから、私と彼らの生活が始まりました。と言っても、特別なことをしていたわけではありません。彼らはただ、平穏な毎日を送ることを望んでいました。私は……恐れながら、奥様方の住宅の中の保存食や、他の家にあった保存食を、ありったけ彼らのところへ持って行ってやることにしました。それから、まだかろうじて使用できそうな衣服や生活用品の類も。

 

 しかし、それだけでは足りませんでした。二人は食糧その他を求めて外出することが多くなりました。私は彼らに同行しました。奥様。お許しください。私は彼らといる間だけは、皆様を待つ役目を放棄しました。私は彼らの旅に同行し、彼らの敵と戦い、彼らがサンクチュアリにいる間は、彼らの住宅の周りを巡回するようになりました。もちろん、彼らが間違いなく安全に過ごしていると分かっている時は、奥様方の住宅に戻り、皆様のお帰りを待ちました。しかし、少しでも不安なことがあれば、いつも彼らの傍らにいました。ミスター・ハンディーにあるまじき失態です、奥様。所有者として登録されていない方々を、私は勝手に私の主人に設定いたしました。ああ、私はここで壊されても構いません、奥様。ですが、どうか後生ですから彼らのことは……え? 気にしなくていい? 心優しいハンディーになってくれて主人として誇らしい? も、もったいないお言葉です、奥様。

 

 それから三年ほどは、私にとって夢のような時間でした。彼らと私はいつしか友人のように気安く付き合うようになりました。

 

 ところが、ある冬の日のことでした。食糧を取りに出かけた私たちは、大きな爪の生えた爬虫類のような怪物に襲われました。ええ、恐らく、奥様のおっしゃるデスクローという怪物でしょう。二人は深い傷を負いました。私も機体の一部を修復不可能なほど凹まされてしまいました。ほら、この部分です。

 

 デスクローからはなんとか逃げることができました。私は、肩を抱き合って歩く二人を支えて、サンクチュアリに戻りました。傷は塞げませんでした。私はただ、彼らの体から血が失われていくのを眺めていることしかできませんでした。彼らは互いの顔を見交わし、深い親愛の情のこもった言葉を囁き合い、最期に私に、ありがとう、と言いました。

 

 ――彼らが事切れた後、私は不格好な棺を造って彼らの体を横たえ、彼らの住宅の庭に穴を掘って、埋めました。

 

 奥様。私は奥様と再会するまで、彼らのことを忘れていました。彼らを埋めたあの後、記憶を奥深くへ封じ込めていたのです。ええ、自分でも無情だと思います。でも、そうしなければ、私には耐えられませんでした。彼らを悼みながら一人この廃墟の街で奥様方を待ち続けていたら、私はきっと、狂ったミスター・ハンディーの一体と化してしまったでしょう。

 

 

====================

 

 

 皆、押し黙っていた。プレストンなど、先ほどまでフレア・ガンをカチカチやっていたくせに、今は涙を浮かべて鼻をすすっている。

 

 わたしはコズワースに聞いた。ここを墓地にしていいか、と。

 

 マーシーがぎょっとしたように顔を上げた。

 

「それ、どういう意味!? あたしたちはまだ誰も死んでないのに……ち、近いうち、あたしたちを殺そうってわけ!?」

 

「マーシー、落ち着いて。将軍が言いたいのはそういうことじゃないよ」

 

 ジュンが彼女を諫めた。わたしはジュンに感謝の視線を送り、説明した。いつかに備えるためだと。いつか、サンクチュアリが発展して、住民が増え、安全な居住地となったら。幸福のうちに息を引き取る者も出てくることだろう。そのとき、彼らにはここに眠ってもらいたいのだ。コズワースが慈しんだ二人のそばに。

 

 コズワースは、興奮気味にくるくると回転した。

 

「もちろんです、奥様。ありがとうございます。これであの二人も浮かばれるでしょう」

 

 わたしは微笑んだ。久しぶりに、自然に笑うことができたような気がした。

 

 それから。マーシーを励ましながら、わたしたちはその場所を、墓地に相応しくなるよう、ありったけの草花で飾った。そこに眠る二人が寂しくないように。コズワースが彼らをいつでも思い出して、偲べるように。

 

 

 

-了-

 

 

 




 あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=287841&uid=271887


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コズワースの相談事(主人公xコズワース, R-15)

 今日もサンクチュアリ・ヒルズは平和だ。空はすっきり晴れていて、放射能嵐が来る気配はない。四方八方にそれと分からないように設置されたタレットが唸りを上げるのが時折聞こえ、将軍が嬉々とした表情で駆けていくのを見かける他は、クインシーで暮らしていた頃と同じくらい穏やかな空気がこの元高級住宅地に流れている。

 

 あたしたちは体のいい囮にされているんだ、とマーシー・ロングは批判するが、あのクインシーからコンコードまでの地獄のような逃避行と比べれば、実害がないなら撒餌でもなんでもいいじゃないかと俺は思う。将軍は確かにちょっと、いや、かなり素っ頓狂な言動が目立つ。しかしいったん自分の懐に入った者まで切り捨てるような人でなしではない、というのがプレストン・ガービーの見立てだった。プレストンには人間の本質を見抜く力がある。俺はプレストンを信じている。……ヤツが時折、将軍を子供向けの漫画に出てくる正義のヒーローを見るようなキラッキラした目で追っていることは、気にしないことにしている。

 

 そんなことを考えながらワークショップの前に陣取り、将軍に頼まれた発電機の製作に精を出していたところに、丸っこい銀色の塊がふわふわと近寄ってきた。

 

「ミスター・スタージェス。折り入って少々お話があります」

 

 将軍に二百云年前から仕えている忠実なミスター・ハンディー、コズワースだ。俺たちがここに落ち着いたばかりの頃は、せっせと俺たちの衣食住を調えたり襲撃者を退治したりしてくれた。最近は設備が整い居住者も増えてきたおかげでそれらの役割を果たさなくても済むようになり、専ら探索に出かけた将軍の帰りを今か今かと待ち望み、将軍が帰るや否や後ろにくっついてあれやこれやと世話を焼く、という本来の職分を取り戻していた。

 

「将軍のことか?」

 

 俺が尋ねると、コズワースは三つ目のシャッターを勢いよく拡げた。

 

「どうしてお分かりに?」

 

「お前がわざわざ相談したいなんて思うのは、あの人のことくらいしかないだろ」

 

 将軍がサンクチュアリ・ヒルズにいる間は、よほど切羽詰まった用件がなければ、コズワースも将軍も互いの側から離れようとはしない。何があったんだ? 俺はちょっとだけ下世話な好奇心に駆られた。同時に、マーシーに文句を言われながらも一生懸命俺たちの面倒を見てくれた彼に、今こそ恩返しができるかも、という気持ちも湧き上がっていた。

 

 コズワースは左右のアームをまるで肩をすくめるように広げ、背中の排気孔から蒸気をしゅうしゅう出した。

 

「そんなに分かりやすいですか。お恥ずかしい限りです」

 

 そうだな。色々とダダ漏れしてる。俺はロボットのくせして感情豊かな彼の所作を微笑ましく思い、心の中でそうひとりごちた。

 

「相談事なら場所を変えた方がいい。あの中で話そうか?」

 

 少し歩いたところにある、まだ将軍の手の入っていない廃屋を指し示した。コズワースは二つ返事で了承した。

 

 

================

 

 

「私たちは毎晩同じベッドで眠っています」

 

 いつもは飛び出しがちな三つ目を定位置に収め、アームをしゃんと降ろして、コズワースは言った。

 

 はぁ。ええっと。いきなりそういう話か。まあ。うん。あれだけべったりだったらそういうことがあってもおかしくはないな。でも、ミスター・ハンディーと? そりゃできなくはないだろうが、どうすんの色々?

 

 俺が突如として大混乱に陥れられたのをよそに、コズワースは続けた。

 

「独り寝が寂しい、抱き枕が欲しいとおっしゃるので、一緒に横になっているのですが」

 

 よかった。思ったより、どぎつくなかった。しかし、抱き枕ね。硬くて据わりの悪そうな、しかも両手に凶器を携えたミスター・ハンディーを捕まえて抱き枕とは。やっぱあの人の考えていることは理解しがたいな。

 

 コズワースはそこで一旦話すのをやめた。俺が彼らの関係を受け入れられるタマかどうか、窺っているのかもしれない。気が引けていることを表情から読み取られてしまうのは仕方ないとして、態度に出すのはよろしくない。俺はこのような話を打ち明けられる相手として、彼から信頼されているのだ。

 

「お前が将軍の抱き枕になってることは理解した。それで?」

 

 俺は鷹揚に頷き、先を促した。するとコズワースは三つ目を定位置から浮かせ、アームで自分のボディを恥じらうように触れ、まるで恋を初めて知った少女のごとく、もじもじとボディを揺らした。

 

「ああ、それで、その。最近、私が抱き枕の役割を果たしているときに。私の色々な……部位を。あの方が、舐めるのです」

 

 うん。少女のごとく、なんて表現した俺が馬鹿だった。やっぱ結構どぎつかった。そうか、それがお前の相談したかったことか。プレストンが聞いたら卒倒しそうだ。つーか、舐められる? 将軍にぺろぺろ舐められるの、体中を? うわ。思わず自分の体で想像しちまったよ。鳥肌立ってきた。

 

 俺は我慢できなくなって、本音を口にした。

 

「怖すぎる。やめろって言った方がいいぞ。言いにくいなら俺が伝えてやろうか?」

 

 おいおい待て待て、スタージェス。将軍に伝えた瞬間に俺の体が木っ端微塵、なんてこともありうるぞ。なんて余計なことを口走ってくれたんだ、お前は。だが、この悩める友の前で一度宣言したからには引くわけにはいかない。ドッグミートを抱っこして談判に行けば大丈夫だろ、多分。さあコズワース、俺にどんと任せるがいい。

 

 コズワースは三つ目のシャッターを数回閉じたり開いたりしてから、おずおずと返してきた。

 

「いえ。できれば、やめていただきたくありません。とても……嬉しいので」

 

 色々な思いが混じって、俺が何かぐちゃっとしたすごい表情になっている一方、コズワースは三つ目で青空がところどころに切り取られて見える天井を振り仰いだ。彼は渋い男声を恥じらうようにくぐもらせた。

 

「あの方が舌を這わせた部位が、まるでショートを起こしたように熱くなるのです。私には触覚は存在しませんので、私の温度センサーが誤作動を起こしているだけですが。ふと視線が合うと、ジャイロが少しだけ狂っているときのような浮遊感に襲われます。それも誤作動に過ぎませんが。でも、その浮遊感とともに、私の中のフュージョン・コアが徐々に膨れていくような――」

 

「オッケー、分かった、コズワース。それで、相談したいことってなんだ?」

 

 俺はコズワースを遮った。本人に自覚はないのだろうが、そっち系の話を平然と聞いてやれるほど俺は経験豊富じゃない。察してくれ。そんな話はお前に誤作動を起こさせた張本人にしてやれ。きっと飛び跳ねて喜ぶから。

 

 コズワースは絡めていたアームを解き、三つ目をこちらに向け、どこかのモーターをぶうんと言わせてボディの高度を下げた。どことなく不満そうだ。しかしそれ以上その話を続けることはなく、ようやく本題に移ってくれた。コモンウェルスにいるミスター・ハンディー型のロボットの中じゃ、ずば抜けて行儀の良いほうだろう。

 

「私の外装はこの二百年余りの間に風雨に晒されて、決して取れない頑固な錆がこびりついてしまいました。ですから、そのうちあの方のご健康を害してしまうのではないかと心配なのです」

 

 なるほど。主人想いの執事だ、涙ぐましいね。確かに相手が普通の人間だったら心配するのが妥当かもしれない。だがあの人に限っては、錆びた金属を毎日舐めたくらいじゃ死なないんじゃないかという気がしてならない。むしろコズワースの外装がそっくり削れちまわないか心配だ。

 

 やっぱ、やめてほしいって伝えるべきじゃないか? と言いたくなったが、俺はコズワースに恩返しをするつもりだったのを思い出した。こいつが望んでいることはなるべく叶えてやらなくちゃな。

 

「じゃあ、塗装剤でも作ってやろうか? 人間が丸ごと飲んじまっても問題ないやつを」

 

 将軍が探索から持ち帰ってきてくれた宝の山(ジャンク)をひっくり返せば、使えそうなもんはたくさんあるだろう。クインシーいちの万屋スタージェスの腕の見せどころだ。

 

 コズワースはふわりと飛び上がった。

 

「ええ、お願いします、ミスター・スタージェス!」

 

 

================

 

 

 塗装剤を作るのはすごく骨だった。何しろ実験に使えるのは俺自身の体しかない。俺は幾度となく腹を下した。将軍と俺で少し前に造った汲み取り式のトイレに籠城し脂汗を浮かべながら、あの人はきっと普通のペンキを一気飲みしても余裕でピンピンしてる、もういいじゃないかと思った。でも、万一あの人に何か起こったら俺たちは一巻の終わりだ。とことんやるしかない。頑張れスタージェス。と、ひたすら自分を励ましていた。

 

 十数日後、俺は改良に改良を重ねてできあがった人体に無害な塗装剤をバケツに入れて、コズワースに手渡した。俺が塗ってやろうかと聞いたが、あの方に誤解されたくないので、と断られた。そうだな、俺もできればまだ死にたくない。

 

 ところがだ。それから何日経ってもコズワースはもとの錆びついた銀色のボディのままで、俺が苦労して作った綺麗なクリーム色には一向にお目にかかれない。間違ってこぼしちまったのか。俺の手元にはレシピがあるから、もう一度作るのはそこまで大変じゃない。気を遣ってないで事情を話してくれりゃいいのに。そう思って遠目に眺めていたのに気づいたのか、コズワースが、ワークショップで今度は「サンクチュアリ」と書かれたド派手なネオンサインを作っている俺のところへやってきた。

 

「ミスター・スタージェス。先日いただいた塗装剤のことですが」

 

「よお、コズワース。床にぶちまけちまったか? それか、将軍が水だと思って飲んじまったか? 気にしなくていい、あんなのいくらでも作れる。明日にでも渡しに行ってやるよ」

 

 早合点して冗談交じりに言った俺に対し、コズワースはしょんぼりと三つ目を下げた。

 

「こぼしても飲んでもいません。実は、私のボディに塗布するのをやめた次第でして」

 

 えぇ!? と俺は裏返った声を上げた。ネオンサインをいじる手も自然と止まり、繋げようとしていた電線がはらりと落ちた。ここ十数日の苦労はなんだったんだ。俺がトイレとワークショップの間を往復していた日々はなんだったんだ。ちくしょう。いや、落ち込んでも仕方がない。コズワースの話を聞こう。

 

「私が事情を説明して、塗装剤を塗布する許可を求めたら、あの方はこうおっしゃったのです。『自分をひたむきに待っていてくれたコズワースが好きだ。その証を消さないでほしい。そのままのコズワースと触れ合っていたい。それで死ぬなら本望だ』と。

 

 私はお言葉に逆らうことができませんでした。私は、私は身勝手にも、あの方のことを……」

 

 話すにつれ、彼の声のトーンはどんどん上がっていき、彼の三つ目はきゅるきゅると細められていった。ついには排気孔から盛大に蒸気を噴き出し、それを吹き飛ばそうとするかのようにボディを回転させた。

 

 ……うん。事情は分かった。当人たちがそれで納得しているなら、俺としてはどうしようもない。塗装剤は無駄になったが、こうして話を聞いてやることでコズワースの肩の荷は少し降りたんだから、多少なりとも恩は返せただろう。

 

「そうか。ま、くれぐれも健康には注意しろよ? お前も将軍もな」

 

 コズワースは元気良く、もちろんです、と答えたが、俺は、これからときどきコズワースの機体のメンテナンスをしてやったほうがいいかもしれない、と考えた。

 

「それで、ミスター・スタージェス。その塗装剤についてお話が」

 

 おっと。まだ続くのか。つーか、これからが本題か。俺が先を促すと、コズワースはちょいちょいとピンサーの先で(くう)をつついた。

 

「良い色なので、新しく作った家屋を塗装するのに使いたいとのことです。大至急、大量生産してほしいと」

 

 俺は額に手を当てた。まったく。思いつきだけでぽんぽんと吹っかけてきやがる。実は深遠な考えがあるんだ、とか目をキラッキラさせてプレストンは言うだろうが、ありゃ絶対、何も考えてないだけだ。

 

「コズワース。将軍をここに呼んでくれ。ネオンサインと塗装剤と、どっちを先に作るかとか、色々聞きたいことがある」

 

「承知しました。すぐにお呼びしてまいります」

 

 コズワースは軽やかにボディを上下させながらワークショップを出ていった。俺は笑いの混じった溜め息をついて、その誇らしげな後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

-了-

 

 

 

 




 あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=267632&uid=271887

 また、この話の着想を得た時に書いたメモをポイピクで供養しています。大まかな流れは変わりませんが、主人公が女性で、普通に微笑ましい終わり方になっています。
https://poipiku.com/1852665/7312102.html

English version here: https://archiveofourown.org/works/34031971


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スキップしましょ(コズワースx女性主人公)

「コズワースって、スキップできるの?」

 

 それは、夕食後の食休み中の、ちょっとした戯れ言のつもりだった。

 

 ノーラはサンクチュアリ・ヒルズのかつての自宅を改修して、ミスター・ハンディーのコズワースと二人で住んでいる。夕食はいつも他のサンクチュアリ・ヒルズの住人たちと一緒に食べるが、時折ふと、その賑やかさから逃れたくなり、自宅に持ち帰り、みんなが寝静まった頃に食べる。この日はそういう日だった。

 

「スキップ、ですか?」

 

 コズワースは三つ目をノーラの方へ突き出し、目の中のシャッターをしゅっと縮めた。

 

 最近、ノーラは予想外の質問や出来事に戸惑うコズワースを見るたびに奇妙なくすぐったさを覚えるようになっていた。彼は大抵の場面において、ユーモラスで柔らかな雰囲気を醸し出しながらも、ロボットらしくきっちり如才なく立ち回った。だからこそ、ノーラは大人げもなく、彼の意表を突くことを聞いたりやったりしたくなった。

 

「できるかどうかはものによりますが。私のプログラムの何をスキップすればよろしいのでしょう? 何かお気に障るようなことをいたしましたか?」

 

 コズワースはしょんぼりした口調で答え、真ん中のアームのピンサーを所在なげにぴょこぴょこ動かした。

 

 ノーラは一瞬きょとんとしてから、彼の勘違いに噴き出した。彼がそこらのレイダーやガンナーよりずっと人間臭い言動を見せるとはいえ、ときどきロボットらしい思考もちらつくのが、彼女にはとても面白く感じられた。

 

「違うよ。動作のスキップ。飛び跳ねる動作のこと」

 

「え。ああ、なるほど、そのスキップですか!」

 

 コズワースは安堵したような声色で言って、シャッターをいくらか緩めた。一方で彼のCPUは何やら忙しく考えを巡らせているらしく、ピーピーと小さな電子音がボディの中から聞こえてきた。

 

「やっぱり、できないよね? わたしたちと体の構造が全然違うもの」

 

 ノーラは彼に助け舟を出した。コズワースは、人間の体の動きについての知識は持ち合わせていても、それに似せて動くことまではできないかもしれない、と彼女は思った。何せ、彼のボディは人間の体とは大きく異なり、噴射装置で宙に浮いた球体に三つの目と三つの腕が生えている、という具合なのだから。だからこそ、彼女にとって彼は誰よりも頼もしく、愛らしく思え、そしてときどき、ほんのわずかな間だけだが、喉の奥が切なくじいんと痺れるのだった。

 

「……そんなことはありません。ええ、できますとも。簡単なことです。ほら!」

 

 コズワースは急に力強く言い放って、ボディをくるっと回転させ、ちょうど彼のボディをノーラが横から眺められるような角度に調整した。それから、彼の優秀な電子頭脳がひねり出した「スキップ」を披露した。

 

「う~ん? それってスキップなの?」

 

 ノーラはその滑稽な動きに悪気なく苦笑した。コズワースは噴射装置の噴射量を変えて、ボディをその場で上下に浮遊させながら、三本のアームを後方に向かってくねくねうごめかせている。まるでタコのようだ。

 

 コズワースはノーラの正直な感想を聞くなり、ヘンテコな「スキップ」をやめてノーラに向き直った。

 

「違います! 今のはちょっとアームの調子がおかしかっただけです。これでいかがですか!?」

 

 コズワースはムキになったように叫び、また横を向いて、次の「スキップ」を繰り出した。三本のアームをぐったりと下ろして、噴射装置をごうと言わせて斜め上方向に浮かび上がっては、真下へゆっくり下降する、という動きを繰り返している。

 

 ノーラはこれまた悪気なく破顔した。今度はクラゲだ。タコもクラゲもコズワースと似たような格好で水中を泳いでいるのだから、動き方が似てくるのは必然かもしれない。そして、スキップという人間独特の動作の感覚をいまいち掴めないであろうことも。

 

 コズワースはノーラが笑いやまないのを見ると、第二の「スキップ」をやめて、彼女のすぐ隣に飛んできた。

 

「今のも違います、忘れてください。噴射装置のメンテナンスを最近怠っていまして……!」

 

 彼は、三つ目のシャッターの絞り具合を目まぐるしく変えたり三本のアームをあっちこっちに動かしたりしながら、しどろもどろに弁明した。

 

 ノーラは、自分の中ではちきれそうになっているくすぐったい気分に押されて、コズワースの真ん中のアームをひょいと捕らえた。彼のアームはいつもと違って、ほのかに温かかった。ボディの熱が伝わったのかもしれない。

 

「奥様!?」

 

 コズワースが普段より半オクターブほど高い声で叫んだ。彼はアームを自分のボディへ引き戻した。しかしノーラの方がアームを頑として離さなかったために彼は彼女を引き寄せる形になり、彼の真ん中の目と彼女の唇とが危うく接触しそうになった。彼は、ひえぇ、と素っ頓狂な声を上げ、三つ目をノーラから必要以上に遠ざけた。

 

 ノーラは、自分の心臓がいつになく軽快な鼓動を刻むのを感じた。彼女はコズワースのアームに腕を絡め、いたずらっぽく小首を傾げてみせた。

 

「わたしの真似をすればできるようになるんじゃない、コズワース? 外で一緒にスキップしましょ」

 

「お、奥様ぁ……?」

 

 たじたじになっているコズワースのアームを引っ張って、ノーラは戸外に出た。二百年前よりも星の数がずっと多くなった夜空と、枯れ木や鉄材や料理の残り火の臭いが雑多に混じった空気が二人を迎えた。そして運良く、というより、夜遅くなればいつものことだが、サンクチュアリ・ヒルズの路上に人影はなかった。

 

「あ……」

 

 ノーラがコズワースのアームから腕を離すと、どことなく寂しそうな溜め息のような声がコズワースから漏れた。

 

 ノーラは彼に微笑んでから、片足ずつ交互にアスファルトを蹴って跳んだ。タタン、タタン、タタン、と景気の良い音に合わせて、全身を爽やかな浮遊感が走り抜けた。いったんスキップをやめてコズワースを振り返った。彼はその場に浮かんでノーラに三つ目の焦点を合わせたまま、ピーピーと考え込むような電子音を立てていた。

 

「ねえ。コズワースもやってみて」

 

 ノーラはコズワースに手招きした。彼は一拍遅れてから、あのタコのようなスキップでノーラに追いつき隣に並んだ。彼はノーラのコメントを求めるように三つ目を巡らせた。ノーラは気取ったふうに人差し指をチッチッと振った。

 

「ん~、全然ダメ。まず、アームをそれらしく動かすことから始めましょうか」

 

 コズワースは、まだノーラのテンポに乗りきれていないようだったが、弾んだ声色で調子を合わせてきた。

 

「はい。ええと、どうかお手柔らかにお願いします、奥様」

 

 そうして、ノーラとコズワースは寝静まったサンクチュアリ・ヒルズのメイン・ストリートで、時折密やかな笑い声を立てながら、長いことスキップの練習をしたのだった。

 

 その様子をマーシー・ロングが寝ぼけ眼で目撃したために、幽霊が出たという噂が広まり、サンクチュアリ・ヒルズの住人たちがちょっとした肝試しを敢行する羽目になったのは、また別の話。

 

 

 

 

-了-

 

 

 

 




 お読みくださり、ありがとうございました。
 診断メーカー「今日の二人はなにしてる」(https://shindanmaker.com/831289)からいただいたお題「スキップができるかどうかで大論争。実演することになり二人でスキップしてるところを第三者に目撃され変な噂がたつ。」で書きました。

 あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=267633&uid=271887

English version here: https://archiveofourown.org/works/27758683


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すれ違い(コズワースx女性主人公)

「奥様~!」

 

 軽やかな男の声が、昼下がりのサンクチュアリに響いた。ひび割れたコンクリートの道を銀色の塊がふわふわと浮かんでやってきた。その塊は、外壁の修理をしている俺たちの横を通り過ぎ、庇の下のクッキング・ステーションで何かの料理に夢中になっているヴォルト・スーツの女の後ろで止まった。

 

「奥様。ドッグミートのレッドロケットまでの散歩に付き合ってきました。住居の掃除、洗濯物の取り込み、それからサンクチュアリ周辺の敵性生物の排除も完了しています」

 

 ヴォルト・スーツの女――我らが将軍が振り返った。

 

「ありがとう、コズワース! 疲れたでしょう。今日はもう家に帰って休んでもいいわよ」

 

 銀色の塊、コズワースは、その場で得意げに浮かび上がった。

 

「とんでもない。奥様、私は執事ロボットなのですよ。まだレッドロケットとサンクチュアリの間を百往復はできます」

 

 将軍は少し意地悪く微笑んだ。

 

「あら。すっかりガタが来てるって、こないだニックに愚痴ってなかった?」

 

「単なる世間話のネタです、奥様。まだ老人扱いしないでください!」

 

 コズワースはひょうきんな声色で言い、背中の排気口からわざとらしく蒸気を出して見せた。

 

 将軍は溌剌とした笑い声を上げた。

 

「ふふっ、頼もしいのね。それじゃ、パワーアーマーの整備をしてくれない? 五号機の調子が悪いの」

 

「承知しました!」

 

 コズワースは元気よく返事をした。が、なぜかその場から動こうとしなかった。

 

 当然、将軍は不思議そうに聞いた。

 

「どうしたの、コズワース?」

 

「ええっと、そのう。僭越ながら、頑張ったご褒美が欲しいな~、なんて……」

 

 将軍は一瞬きょとんとした。それから、俺たち相手にはついぞ見せたことのない、良いも悪いも全てを受け容れて包み込んでくれそうな、柔和な笑みを広げた。

 

「仕方のない子ねえ。ほら、いらっしゃい」

 

 彼女はコズワースに向かって両腕を差し出した。コズワースが高度をやや下げてその中におずおずと収まると、彼女はコズワースを抱きしめた。

 

「えへへ。奥様、温かいです」

 

 これまた俺たち相手なら脅されても絶対に出さないであろうコズワースの甘え声に将軍はとろけ落ちそうな勢いで頬を緩め、三つ目の一つに視線を注ぎながら、彼の後ろに回した手で慈しむように丸い背中をさすった。

 

「いい子ね、コズワース。あなたとこうしてるとほっとする。……変な話だけど、わたしね、最近あなたのこと、まるで本当の――」

 

 将軍は口をつぐみ、目を潤ませた。一つ残らず彼女の方を向いていたコズワースの三つ目がぎょっとしたように伸び上がって、すぐに落ち着いた。二人はしばらくそのままの姿勢でいた。コズワースの左右のアームが、そわそわと落ち着きなく動いていた。どうやら彼は将軍の腰にアームを回そうか回すまいかと悩んでいるようだった。アームの先のハサミが将軍の腰に触れるか触れないかのところで、彼らの後ろで放置されていた料理鍋がばちばちと音を立てた。何かの焦げた匂いが漂ってきた。

 

 途端に、将軍の方がパッとコズワースを離した。

 

「いけない。植物デンプンが焦げてる」

 

 料理鍋から赤い炎が立ち上り始めていた。

 

 コズワースは取り残されたアームを引っ込め、ボディの下からにょきっと給水ホースを繰り出した。

 

「これは大変! 消火しましょう」

 

 やいのやいのと騒ぎながら小火を消している二人の様子を、俺と一緒に家の壁をトンカンやっていたプレストン・ガービーが眺めながら、ほんわかした笑顔で俺に言った。

 

「いやあ、お似合いだなあ。まるで本当の親子みたいだよな、あの二人」

 

 俺は苦笑した。

 

「んー、そうかぁ? 俺には絶望的にすれ違ってるように見えるけど」

 

 俺は役割柄、将軍の傍にいることが多く、もう何度となく二人のあのやり取りを見ている、というか、見せつけられている。将軍の方では確かにコズワースを息子同然に思ってるんだろう。だが、何度も見てれば嫌でも分かる、コズワースの方は……。

 

「ありゃあ、どう転んでも楽じゃなさそうだ」

 

 俺の呟きに、プレストンはいかにも訳知り顔で頷いた。

 

「ああ、人間とロボットが親子みたいに振る舞うなんて、常人には受け入れがたいかもな。でも俺は全力で応援するぞ。将軍のやることに間違いはない」

 

 例え俺と同じように将軍の傍にいても、プレストンは全く何も気づかないだろう。それがこいつのいいところであり、悪いところでもある。鈍感すぎて二人の間に変なタイミングで割り込まないよう、俺が見張っておいてやらねばなるまい。

 

 俺は心の中でそう独りごちて、家の壁をトンカンやる作業に戻った。将軍は焦がしてしまった鍋をコズワースと一緒に川へ洗いに行くらしい。庇の下から晴天のもとに出た、寄り添い合う二人の後ろ姿が、日の光のおかげできらきらと輝いて見えた。

 

 

 

-了-

 

 

 




 あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
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家出(コズワースx女性主人公)

 管理者ホワイトは、目の前の相手の言動にうんざりしていた。それでも、一応敵ではないので火炎放射で葬り去るわけにもいかず、投げやりになだめた。

 

「まあまあ、そうカッカしなくてもいいじゃない。フュージョン・コアが熱暴走するわよ」

 

 相手は三本のアームをめったやたらに振り回して、人間と寸分違わない豊かな感情のこもった機械音声を張り上げた。

 

「これが怒らずにいられますか! 私はですね、ミス・ホワイト、奥様を本当に尊敬しているのです。奥様はコモンウェルスに平和をもたらすために日夜奔走されています。ご多忙ゆえサンクチュアリには滅多に戻られませんが、お帰りになると必ず私や住民の方々を丁寧に労ってくださっていました。それなのに、ああ、それなのに!」

 

 暮れなずむグレイガーデンの温室で働くホワイトの前に、グレイガーデンの所属ではないこのミスター・ハンディーが現れたのは、つい十分ほど前のことだった。彼は現れた時からずっと、機体を興奮気味に上下へ浮遊させて、三本のアームを苛立たしげにゆらゆら動かしていた。

 

「私が一昨日、何を見たと思いますか? 素性も知れない若い男を新しい住民だと言ってサンクチュアリに連れてきて、私の目の前でいきなりキスをしたんですよ!」

 

「あら、そうなの。彼女だってまだ若いんだから、そういうこともあるんじゃないの」

 

 ホワイトはおざなりな返事をして目の前のプランターの剪定作業を再開した。怒れるハンディーは彼女の態度が癪に障ったようで、喚いていると言っていい調子で機械音声の音量を上げた。

 

「奥様が多量のアルコールをお召しになっていたことは、覚束ない足取りと呼気のアルコール濃度から明白でした。しかし、奥様には旦那様という方がいらっしゃるのです。あのような暴挙がまかり通ってよいものでしょうか? いいえ! 有り得ません!」

 

「旦那さんは亡くなったって聞いたけど?」

 

 ホワイトは、渦中の人物が初めてグレイガーデンを訪れた時にぽろりとこぼした一言を思い出して言った。その時は確か、このハンディーを連れていた。

 

 ハンディーががくんと高度を下げた。彼はいくぶん声のトーンを落とした。

 

「それは、事実です。しかし、旦那様が亡くなってから一年も経っていません。未だ見つかっていないショーン坊ちゃんのお気持ちを思っても、やりきれないのです」

 

「あなた、考え方が古いわねえ。明日生きてるかも分からない状況で、自分を支えてくれる新しいパートナーを探すのがそんなにおかしいこと? 第一、今日日、キス程度じゃなんにも決まらないでしょうに」

 

 ホワイトは、眼前の若々しく初心なハンディー――と言っても実際は彼女と実稼働時間はそう変わらないのだが――に言い聞かせた。当然のことながら、彼女自身にそのような経験は全くなかったが、元から記憶装置にインストールされていた知識と、グレイガーデン周辺に前時代の人々が遺していった膨大な量の書籍に記載されていた知識とを組み合わせることで、人間の感情の機微をある程度は理解していた。

 

「いえ……おかしくは、ありません。奥様がそれで安心できるのであれば致し方……い、いや、しかし! もし万が一奥様があの男と結婚でもしてしまったら、ショーン坊ちゃんが悲しみます!」

 

「赤ん坊は誰が父親になろうと気にしないわよ。もちろん、まともな男だったらの話だけど。彼女はそんなに男を見る目がないの?」

 

 自分の幼い息子を探している、という話も、彼女が二度目にこの農園を訪れたときに聞かされていた。その時は彼女一人で、かのアメリカ軍の最終兵器、パワーアーマーを装備していて、ホワイトの命とも言える水源を荒らしていたスーパーミュータントを颯爽と殲滅して戻ってきたところだった。

 

 ホワイトの問いに、ハンディーは排気孔から蒸気を吹き出した。

 

「いいえ、決して! 奥様は一点の曇りもない鋭い観察眼と判断力をお持ちです。一昨日はアルコールの過剰摂取で一時的にそれらの能力が低下していたのです。アルコールが抜ければ元の奥様に戻ります」

 

「じゃあ、何も心配することないじゃない。まともに戻った彼女がその男と交際しようと結婚しようと、あなたが怒ることじゃないでしょう」

 

 ハンディーは蒸気をまき散らすのとアームを苛々と動かすのを止め、急に静かになった。ホワイトは、これ幸いと思い、プランターの剪定作業に本格的に集中し始めた。彼女の三つ目の一つは念のため、彼女にボディの背部を向けて、ふらふらと温室の外へ向かうハンディーの姿を追った。

 

「ええ、そうです。その通りです、ミス・ホワイト。私はいったい何に怒っていたのでしょう。どうして怒る権利があると思ったのでしょう。ハハハ。ハハハハハ……」

 

 気の抜けたような笑い声を上げながら、古ぼけたハンディーは温室の傍らに広がるマットフルーツ園の外周をぐるりと回って見えなくなった。間もなく、マットフルーツ園の向こう側にいる管理者グリーンの陽気な大声が聞こえてきた。

 

「おや、ミスター・コズワース! ホワイトとのご歓談はお済みで? え? ここでしばらく働きたい? ええ、大歓迎ですよ~! 私どもの農場は慢性的な人手不足ですからね。どんな仕事をお望みですか? あなたでしたらサンクチュアリとの連絡係がぴったり……え、やりたくない? はあ、了解しました! それでは、あちらの休耕地の整備をお願いします~!」

 

 傷だらけの銀色のボディが、すいっと農園の外れへ向かっていくのが見えた。

 

 コズワースはなぜ、主人が少し羽目を外した程度で激怒し、彼女を放り出してこんなところまでやってきて、ホワイトに認識の誤りを正されてなおここに居座ろうとしているのか。ホワイトには、自分と同程度かそれ以上の高い知能を与えられ、いかなる状況の変化にもそつなく対応できるであろう彼のそんな言動が、どうにも理解しがたかった。

 

 

================================

 

 

 コズワースが農園にやってきてから数日後の昼過ぎ。ホワイトの赤外線センサは、二体の生物がグレイガーデンに接近しつつあるのを検知した。一体はワイルド・モングレルくらい、もう一体は人間くらいの大きさだ。二つの熱の塊の間隔から考えると、各々で行動しているのではなく、連れ立っているものと推測された。

 

 ホワイトと同等の能力を持つグリーンもその接近を検知し、農園の周りに張り巡らされた電流の流れるフェンスの際にふわふわと飛んでいった。やがて、二体の生物の姿が視認できるようになった。それはヴォルト・スーツを着た女と、今時珍しいジャーマンシェパードだった。

 

「おやおや、ご無沙汰しております、将軍! そちらのワンちゃんにはお初にお目にかかります。ドッグミートちゃんですか。ははあ、勇ましいお名前ですね~! さ、どうぞ、お入りくださいませ~」

 

 どことなくズレたお世辞を言いながら、グリーンは有刺鉄線の電流のスイッチを切り、フェンスの中ほどの扉を開けた。ドッグミートが先んじて敷地内に入ってきて、尻尾を振りながら一生懸命鼻をひくつかせていたが、後からやってきた将軍の足元に駆け寄り、くーんと心細そうに鳴いた。将軍はしゃがんでドッグミートと目の高さを合わせ、健康的な黒茶色の毛が生え揃いつやつやしている頭を撫でた。

 

「そう。これ以上は無理なのね。大丈夫よ、ありがとう、ドッグミート」

 

 彼女は立ち上がり、グリーンに向き直った。わざわざ高精度カメラに切り替えなくても、ホワイトには彼女がかなり憔悴していると判断できた。

 

「グリーン。コズワースはここに来てない? 何日か前にいなくなっちゃったの」

 

 グリーンはくるりとボディを回転させた。

 

「ええ、いらっしゃってますよ~! 今はあちらのニンジン畑の収穫を……あれれ?」

 

 グリーンがハサミで示した先にいたのは別の個体だけだった。ホワイトは、将軍が有刺鉄線の外に姿を現した瞬間、コズワースがマットフルーツ園の中へ逃げるように移動するのを目撃していた。

 

 将軍は、グリーンの最初の一言にぱっと顔を輝かせ、ニンジン畑の個体に目を凝らし、即座に表情を曇らせた。

 

「あの子はコズワースじゃない。コズワースはどこ?」

 

「おや~、おかしいなあ。つい先ほどまであちらにいらしたんですよ。おやおや~?」

 

 グリーンはコズワースを探すために、見当違いの方向へ呑気に飛んでいった。将軍はマットフルーツ園に思い詰めた表情で歩み寄った。そこでは数体のハンディーが黙々と枝葉を剪定していた。コズワースはその中に、さもグレイガーデンで働く標準的なハンディーであるかのような素振りで紛れていた。

 

 将軍は早足でマットフルーツの間を歩き、ハンディーを一体一体注意深く眺めていった。コズワースに目を留めた瞬間、彼女の全身に緊張が走った。

 

「コズワース」

 

 コズワースは、ホワイトがぎりぎり認識できる程度の短い間、動作を停止し、すぐに何事もなかったかのように再開した。恐らく将軍にはなんの反応もなかったように見えただろう。

 

「あなた、コズワースでしょう。あなたのどこにどんな傷がついてるか、わたし、一つ残らず覚えてるのよ。ねえ、無視しないで。こっちを向いて、コズワース」

 

 長時間にわたって適切な水分を取らなかったものと予想される乾いた声が、うねって、かすれた。将軍の目に涙が浮かんでいた。コズワースは、今度は誰が見てもそれと分かるくらい明らかに動きを止めた。彼はのろのろと振り返った。

 

「奥様」

 

「コズワース! 良かった……!」

 

 将軍がコズワースに抱きついた。コズワースのボディも三つ目もアームも何もかもが、凍りついたように固まった。彼の噴射装置から噴き出している炎だけが刻々と形を変えていた。

 

 二分と少しの間、彼らはずっとそうしていた。将軍がコズワースを抱擁から解放すると、彼は離れるのを躊躇うように彼女にボディを寄せたが、それはやはりホワイトが認識できるかできないか程度の間のことだった。

 

「コズワース。どうして勝手に出ていったの? わたし、心配で、本当に心配で……ここ何日か飲まず食わずであなたを捜してたのよ」

 

 コズワースはおどおどと三つ目を動かした。

 

「奥様。私、ついカッとなってしまって、何も考えられなかったのです。申し訳ございません。奥様、ああ、おやつれになって」

 

 コズワースが伸ばしたアームを将軍はひょいと掴んで自分の方に引き寄せた。

 

「あ、奥様、何をなさるんです」

 

「カッとなったって、どうして? わたしが何か悪いことをしたってこと? 身に覚えがないの。もっと具体的に言って」

 

 コズワースは、ぎゅるぎゅるとあからさまな音を立てて三つ目のシャッターを拡げた。排気孔から蒸気を吹き出し、アームを掴む将軍の腕を振りほどいた。

 

「あの男です。貴女は私の目の前であの若い男とキスしたでしょう。私は……っ、貴女が旦那様とショーン坊ちゃんに対して不誠実だと思ったのです!」

 

 ホワイトに完全に論破されたはずの理屈を、彼はなぜか繰り返した。将軍は一瞬、何を言っているのか分からないとでも言いたげに眉をしかめた。それから、はっと口に手を当てた。

 

「あれは、その。ただのはずみだったんだけど……」

 

 コズワースはボディを不機嫌そうに浮かび上がらせた。

 

「ええ、分かっております、分かっておりますとも。あれは泥酔して判断力を失われた末の事故。奥様は大切なご家族を裏切られる方ではない。旦那様以外の方にお心を預けることは有り得ない。そうですよね?」

 

 将軍は、彼のとげとげしい言葉を受け止めるにつれ、口に当てていた手を鎖骨のあたりまで降ろし、ヴォルト・スーツに爪を立てた。頬が紅潮して、唇の端が強張っていた。

 

「コズワース。それは違う」

 

 コズワースのボディの中から、ヒステリーに陥ったような電子音が響いた。ミスター・ハンディーのボディの中から聞こえる電子音は彼らの本来の言葉、人間が理解できる形に翻訳する前の言わばミスター・ハンディー語とでも呼ぶべき代物で、コズワースが今発しているものは、ホワイトの分析によると絶望と深い怒りを意味していた。

 

 将軍はかすかな恐怖の色をやつれた顔に浮かべたが、後ずさることはなく、むしろ若干前のめりになってコズワースの目の一つを覗き込んだ。

 

「わたしは今でもネイトとショーンを愛してる。あの二人の代わりはどこにもいない。でも、わたしはもう前に進みたいと思ってる。わたしの気持ちを、あなたに認めてもらいたい。受け入れなくていい、いくらでも罵ってくれていい、なんだったら縁を切ってくれてもいいから。ただ、認めてもらいたいの」

 

 コズワースのヒステリーじみた電子音は、途切れ途切れになっていき、しばらくして消えた。コズワースはボディの高度を下げ、三つ目も引っ込み気味にして、将軍を下から見上げた。彼のスピーカーから流れ出した声はひどく落ち込んでいた。

 

「奥様。承知しました。重ね重ね、無礼を働きまして申し訳ございませんでした。私は貴女のお気持ちを尊重します。罵るとか、縁を切るだなんて、そんなことは致しませんよ、ええ、決して! 貴女が幸せになれると確信しているなら、あの男を、私は……、貴女の伴侶として認めます」

 

 最後の方は涙声が絡んで、集音マイクの精度を最大限まで上げても温室越しのホワイトにはかなり聞き取りづらかった。

 

 将軍はほっと息を吐いて、微笑んだ。安心したような、それでいて少し困ったような笑顔だった。

 

「ありがとう。でも、今のはわたしの伝え方がすごく下手だったんだけど、彼とキスしたのは本当に事故だったのよ。彼のことはなんとも思ってないの。その、そうじゃなくてね、コズワース。わたしは……」

 

 彼女がコズワースのボディに唇を寄せて囁いた一言は、さしものホワイトにも聞き取ることができなかった。

 

 その直後、コズワースが、故障でもしたかと思うような勢いでぷしゅーと蒸気を吹き、噴射装置の誤作動を起こして背後のマットフルーツの茂みに突っ込んだ。噴射装置の炎がマットフルーツに燃え移った。炎はマットフルーツからマットフルーツへと飛び火し、マットフルーツ園全体が炎に包まれた。作業していたハンディーたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「将軍~! ミスター・コズワースは、って、え、何が起きているんですか、これ!?」

 

 農園の端から端まで探し回っていたグリーンがようやく戻ってきて、素っ頓狂な声を上げた。将軍は、かろうじて噴射装置は復活した様子のコズワースのアームを引いて、炎のただ中から脱出してきた。

 

「グリーン! どうしよう、コズワースが壊れちゃった……!」

 

 将軍は小さな子供のように泣きじゃくっていた。コズワースはそんな将軍に寄り添い、甲高い電子音を発していた。温室から飛び出したホワイトは、その電子音の半分ほどは、あけっぴろげな喜びを表していると既に理解していた。それ以外の意味は、よく分からない。分からないが、今までのコズワースの不可解な言動と繋がっているような気がした。

 

「ええっと~、とりあえず壊れてはいないと思うので、消火活動を優先しま~す!」

 

 同じく喜びの意味だけは読み取ったグリーンは無慈悲にもそう宣言して、逃げ回っているハンディーたちと、ついでにドッグミートを呼び寄せ、点呼を取り、全員が無事であることを確認すると、てきぱきと指示を出し始めた。

 

「ホワイト。本当に大丈夫なの?」

 

 将軍が、グリーンの代わりに彼らの傍に浮かんだホワイトに縋るような目を向けた。ホワイトは彼女を安心させるために穏やかに言った。

 

「ええ。大丈夫よ。そのうちあなたにも分かる言葉で話すようになるわ。彼、とっても嬉しいのよ、あなたと一緒にいられるのが」

 

 将軍の不安そうな表情は払拭できなかったが、彼女の頬に赤みが差した。それは、彼らの眼前で燃え上がる炎の光を反射しているわけではなさそうだった。

 

 

 

-了-

 

 

 




 あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
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