勇者になったが魔王殺したくないし逃げる事を決意した話 (ああ)
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1話 勇者になれば魔王討伐

 拝啓、お父さん、お母さん。

 雪が解け春の息吹を感じつつある昨今、いかがお過ごしでしょうか。前世では暴走プリウスに轢かれてズタズタになった俺ですが、唐突ですが転生して未だに何とか生きています。

 

 この世界は日本の現代文明を享受していた俺からすれば少々過酷な物でしたが、今のところ意外に何とかやっています。神様的なものは俺の目の前に現れず、生まれ付いた環境はあまり良くありませんでしたが、それでも幸いなことに才能には困らず冒険者として順風満帆な日々を送っています。

 

 ただ一つ問題があって、何故か俺は勇者に指名されてしまいました。王国の招集を受けて、今すぐにでも宿屋を発たなければなりません。勇者はこの国では確かに栄光の地位ですが、魔王を倒す役目があります。そして実のところ俺は実質的な魔王と同居しています。ははっ。笑えねえ。何で俺なんだ畜生。

 ともかく俺は魔王を殺したくありません。

 

 助けてください神様仏様その他諸々の神聖な方々。出来れば、勇者なんて役目は俺以外の誰かに与えてしまって、俺を早く隠居させて下さい。敬具。

 

 PS.コロンへ

 多分直ぐ失踪すると思うからまだそこに居てくれ。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 俺が転生を果たしたのは18年も前のことだ。

 気付けば身体が小さくて、言葉も良く分からない。教会っぽい場所で周りに沢山子供がいて、その雰囲気からここが孤児院と理解した。それと同時に俺を生んだ今世の両親は俺を捨てたというのも。

 

 俺の前世は特段、何の特徴も無い男だった。平凡より少し上の成績を取って、そこそこの進学をして、そこそこの就職をして、社会人四年目の秋に交通事故で死亡。恋人はいなかったが、両親共に残してきてしまったからその点に関しては前世に後ろ髪を引かれる思いがあったのだが、死者に口無しとはこの事なのだろう。死んでしまった以上は何も出来る事も無いし、健康に寿命まで生きれることを祈るばかりだ。

 

 で、今世の話をしよう。

 俺は転生したことを悟ると、まずは孤児院から自立できるように金策を模索した。まがりなりにも前世では社会人だったし大丈夫だろ、と余裕に構えていた俺だったがそんな人生経験は異世界では通用しない。俺のように立場も金もない人間は冒険者か肉体労働者しか選択肢が無かったのだ。ましてや当時の俺は子供、土木資材なんて重い物を運べるはずもなく自然と冒険者しか職の選択肢がなく、苦い思いをしたのは今でも覚えている。

 

 冒険者という職業になるのは簡単だった。登録料を支払うことも無く、簡易な契約を交わして華々しく異世界冒険者デビューである。前世の派遣契約と似たような感じだった。これが英雄譚なればバコバコと敵をなぎ倒して湯のように金を稼ぎSSSランクハーレムウハウハ冒険者の完成だったのだが、現実はそう上手くいかない。

 

 魔物討伐料金表を見て愕然とした。スライム1匹、1ルマンド。ゴブリン1匹、3ルマンド。手馴れの冒険者でも苦戦するワイバーンでも1匹で10ルマンド。因みに孤児院での生活から凡そ1ルマンド=日本の通貨で言う10円程という知見は既に得ていた。一か月の生活費用として大体8000ルマンドくらい必要なのだが、そのためにワイバーン800匹を倒すのは現実的じゃない。そもそもたった10円や30円のために命を張るなんて馬鹿げてる。

 そこまで考えて俺は気付いたのだ。冒険者という職業は、実力主義だから子供でもなれる訳じゃない。割に合わず、人気が無くて人手不足だから誰でもなれるのだ。

 

 だが身寄りのない10歳の男でしかない俺にこれ以外の仕事は望めなかった。伝手も無いし、高くも望めない。

 

 当然討伐系の依頼など熟せるはずもないので、最初の数年は指定された食材や薬草を採集して得た僅かばかりの金銭を貯金して、それで装備を整えた。12歳になってからは一応我流で剣の修行をしつつも相変わらず採集を続けて、弱い魔物も倒せるようになった。それでも生計を立てるには十分じゃない。月当たりに必要な生活費の半分くらいしか稼げないのだ。孤児院は15歳の子供までは受け入れるが、それ以上になったら奴隷として売られるか出ていくしかない。そのまま餓死するくらいなら奴隷になった方が確実に生きれるので売るべき、というのがこの社会の孤児院の常識だった。現代日本を生きた俺からすれば受け入れがたい思想だが、ともかくとして早く独立できるくらいの資金力を得る必要がある。

 

 採取系の依頼と言えどランクはあった。例えばその辺に生えている薬草は安値でしか売れないが、危険な魔物が徘徊する山脈の奥地とかでしか手に入れない激レアなものなら必然的に値段も上がる。つまり稼げる。その時の俺は冒険者という職業の可能性をそこに賭けるしかなく、よって一般的な冒険者からすれば死地としか言えないような場所でも俺は行くしかなかった。

 

 例えば強い魔物が闊歩する鬱蒼とした密林。ドラゴンが住まう谷の奥地。魔物は少ないが単純に標高が高く常に雪が大地を覆う高山。どこもかしこも一等の危険地帯ばかりだ。

 

 まあ結果から言ってしまえばその方針は成功した。淡々と言えば容易だったように聞こえる試みだが、死んだと思ったことは何回もある。異世界といえば、みたいな赤い鱗の素敵なドラゴンに炎で焼かれたり、或いは高山に昇って普通に天候に恵まれずに何日も洞窟でやり過ごしてる内に死にかけたりと半端ではない苦痛と絶望に揉まれたわけで、それでも生きてる。14歳も半ばになった頃には普通に生活しても赤字にならない程度の資金力も得た。

 

「あのー。私、夕飯を熱望しています。早くしてください」

 

「うるさいよ。俺は帰ってきて疲れてんの。アイムタイアードなの。ゆっくりとさせてくれ」

 

 その過程で俺は魔王の娘を拾ったりもした。良く分からないと思うが、その気持ちは俺も同じだ。

 クソ生意気なことを良く宣う銀髪ロリの名前はコロン。曰く、魔王に捨てられたらしい。身に宿った魔力量が殆どなく実力主義の魔国では存在価値を認められず、大きくなったのを機に放逐されたらしい。

 

「意味不明なこと言う暇があるなら手を動かしてください手を。私のお腹は止まってくれませんよ」

 

「てか料理くらいコロンがやってよ。俺、一応今日も依頼で野山を駆け巡ったんだからね?」

 

「とても牧歌的ですね。分かりました、非常に待ち遠しいことこの上ないですが出来るまで待つことにします」

 

 備考、コロンは我が家のニートである。もはや俺が飼っていると言っても過言ではない……けどそれを言うと何だか前世の鬼畜エロゲーを思い出すので本能的に自重した。

 いつもベッドで寝転んで王立図書館で借りた本をゴロゴロと読んでいるコロンからは魔王の親族らしさなど全く感じられない、というか普通にクソガキだと思う。家事も仕事もしない、ほぼ穀潰しだ。無駄に整った容姿が無ければ本当にコロンが魔王の娘なのかと疑っていたかもしれない。いや、今でも疑わしいところではあるけど。

 

 孤児院を出た俺は安宿を借りてコロンと暮らしつつ、日々危険に身を投じ続けた。前世で培った文系学問の知識は異世界の前では直接的に通用せず、文字だって辛うじて読める程度にしか俺は知らない。資金が余っていれば商人として生きていけるかもしれないが、相変わらず冒険者という職業で得られる金銭は少ない。更にコロンという扶養が増えたこともあって、生活が軌道に乗ったと言ってもゆとりもほぼなく結局やることは変わらない。採取系の依頼をバリバリ熟すしかなかったのだ。

 

 そうしている内に2年半が過ぎて、コロンの祖国である魔国で動きがあった。何と魔王、コロンの父親が死んだらしい。コロンに聞いてみると「多分病気じゃないでしょうか? 喀血しているのも見たことありますし、我が父ながら胸がスカッとしました。良い知らせです」と無表情ながら晴れ晴れと言っていた。まあ捨てられた恨みがあったんだろうなと思う。センシティブな事情だったからそれ以上は俺も触れなかったが。

 

 しかし、物事はそう単純に進まなかった。

 

 どうやら魔国が次期魔王としてコロンのことを探しているらしい、というニュースは各地を飛び回る冒険者の俺の耳にすぐさま入ってきた。興味なかったけど魔王というのは世襲君主制のようだ。実力主義の癖に意外なことに。

 コロンが既に人間のテリトリーで暮らしている事は魔国も承知していたらしく、魔王が死んでからは王国と魔国の国境がより危険地帯と化すようになっていた。魔国がコロンを探して攻勢を強めているのだ。

 

「でも何で魔国は追い出したコロンを魔王に仕立てようとしてるんだろう? 世襲制ならそんなことしないよね」

 

「分かりませんが、多分、宰相の仕業でしょう。父は実力主義を唱える強硬派でしたが、あの人は昔から私の事を庇ってくれることも多かったです。私が魔国から追い出されたのも宰相が前線の様子を見に行っている時でしたから」

 

「なるほどね……。で、話は変わるけどどうする? 魔王になるってんなら魔国まで送り届けるけど」

 

「帰りたくないです。私、もう貴方の隣で骨を埋める決意をしていますので」

 

「うーん、ちょっと重いなぁ」

 

 コロンが望むなら、とも思ったがどうやら彼女自身は俺の家でニートを続ける意思が固いらしい。ついでとばかりにメンヘラともヤンデレとも言える台詞まで頂いてしまった。もしかして俺の人生、もう墓場に入ってる? いやいやまさかな。

 

 コロンに魔王になる気が無いのなら魔国の斥候に見つかる訳にも行かない。俺たちは一番の安置であるこの国の王都、ユグラルへと避難。収入も減ったが今までの分を切り崩せば質素に一年は暮らせる算段だった。

 

 そして半年後。

 何故か俺は国から勇者として召集を受けていた。長い長いプロローグの終わりである。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 ユグラル王城。

 古代に作られた国の牙城なのだが、その外観は最近作られた物みたいに白く、そしてデカい。外観としては正確には違うのだが前世で言うところのゴシック様式に近い。いくつもある尖塔アーチは空を穿つように鋭く聳え、外壁を支える特徴的な飛梁は見事なものである。もし地球上に存在していれば確実に世界遺産登録でもされていたはずだ。

 

 王城の正門で俺は兵士から危険物を所持していないかのチェックを受けるとそのままダイレクトに城の中へと案内された。どうやら既に俺が勇者であることは一兵士にも知れ渡っているらしい。厄介な。

 豪華な庭を縦断し、正面のこれまた大きなドアを潜った先の場所は玄関ホールというべきか、非常に広々とした空間だった。その場所の天井はかなり高い上に半円状で、矢鱈と西洋風だなと思いつつも無言で兵士の後をついて行く。

 

 通路を進み、階段を上って二階突き当たりの部屋で兵士はここが俺の待機部屋だと告げる。この後は王と謁見するのだが、それまでは部屋の中で自由にしていて良いらしい。正直小市民な俺はもう帰りたくなっているのだが、ともかく、去っていく兵士を尻目に俺はドアを開け室内へと入った。

 

 何故か、入ってすぐに中から声が聞こえた。女の声だ。

 

「あ、貴方が今代の勇者様ですか?」

 

 誰だろうと思いながら顔を音の聞こえた方へと向ける。

 その整った相貌を見てすぐに分かる。彼女は第一王女だ。

 

 シンシア・ユグラル。確か、今年で16歳の少女だと思う。王家を象徴するかのように輝く金色の長い髪は腰ほどまでに伸び、下がった眉と微熱を伴った微笑みは慈愛に満ちていて、もし俺が転生直後にこの少女のことを見ていたら天使か女神と思っていただろう。或いは惚れていたかもしれない。コロンがいなかったら俺、この王女様とのボーイミーツガールとか想像してたんだろうなぁ。魔王さまさまである、アイツ魔王じゃないけど。

 シンシアは依然として聖母みたいにこちらへと微笑みかけていたので俺は、ふう、と嘆息した。

 

「まあ、そうみたい。……実感とか、全く無いんだけどね」

 

 と薄く笑ってみせる。本当に実感なんて無いし、何なら未だに勇者である自覚も無いからこれは本当のことだ。

 

 それで、何故彼女はここにいるんだろうか。

 

 シンシア・ユグラルといえば、第一王女という立場とは反対に世間には殆ど出てこない王族の一人である。俺もこの前の建国祭のパレードで見なかったら絶対に分からなかった自信がある。レアキャラだ。はぐれスライムくらいの存在と捉えて良い。そんな彼女がここにいる理由……前世のラノベだったら「実は昔助けてもらったんです好きです付き合って下さい!」みたいな展開があったりするんだろうけど……いやごめん。無いな。それは無い。俺はもう精神年齢的には中二病ではないのだ。

 

 気を取り直して聞いてみる事にする。

 

「ええと、シンシア・ユグラルだよね。何でこの部屋に?」

 

「ご存知でしたか……私のこと」

 

「そりゃまあ、住んでいる国の王族だし。でも好きな料理とか嫌いな色とか好みのタイプとかは知らないよ? 俺は心理カウンセラーじゃないからね」

 

「心理かうんせらぁ? 存じ上げませんが……でもそれはとても素晴らしい祝福であると思います」

 

「祝福?」

 

「これから知っていけば良いのです」

 

 心底嬉しそうに、暖かい笑みを湛えながらシンシアは言う。純粋に俺は彼女が言っていることが分からなかったので視線をその気品に満ち溢れた顔へと向けた。

 シンシアは謳うように、金管楽器を思わせる魅惑が迸る声で言った。

 

「私、貴方に惚れました。つきましては婚約と王座を念頭に私のフィアンセになってください」

 

「……はっ?」

 

 俺は呆気に取られて、それまで考えていた事が全て爆風で消し去られる。

 ……え?

 待て待て、俺、もしかして告られた? いやいや……何で?

 

「ええと……いつか何処かでお会いしたことありましたっけ俺たち」

 

「今日この場がその日になります」

 

 咄嗟に出た言葉はシンシアによって迂遠に否定された。

 

「じゃあもしかして、この部屋に最初からいたのも俺に告白するためで」

 

「へ? 違いますよ? お、じゃなくてこの度の勇者様の顔を見ておきたかったのです」

 

 お、ってなんだよ。何言いかけた今。

 益々訳が分からない。この王女、言動が少し怪しすぎないか。魔国のスパイとも思えてしまうまである。

 憮然として脳内は未だに回らないが、それでも俺は降ってきたこの隕石のようなインパクト(王族からの告白)に対処せねばいけない。……何だか真剣に考えてると段々馬鹿みたいに思えてきた。茶化して終わらせたいことこの上無いが、生憎社会的な立場が俺と彼女では全く違う。取り敢えず気分を害さず、刺激を与えず、丁重にお引き取り願おう。

 ……冷静にそう思ったものの、抑えきれぬ好奇心から別の話をしてしまう。

 

「じゃあ聞くけど俺の何が好きなのさ」

 

「そうですね、顔とか雰囲気とか。一目で分かります、貴方は私の伴侶です!」

 

「無いでしょ」

 

 思わず一閃してしまった。面食いか? 俺ってそんなイケメンなのか……いや危ない。マジで勘違いする3秒前になるので本気で止めてください。

 

 とか何とか考えていると、廊下からドタドタと猪みたいに走る音が聞こえてきて、それから中途半端に開けっ放しだった扉を壁に打ち付けるように誰かが電光石火で入室してきた。

 

 それは淡い、氷のような青色の髪をした女だった。歳は俺より少し上だろう、目の前のユグラルと違って雰囲気こそ市位の女に見えるが、それでもリスかハムスターみたいに愛嬌のある顔はこの王城の中でも見劣りしない。視線を僅かに落とすと俺は彼女が金色の紋章の入った白い礼装のようなジャケットを着ているので、多分王国騎士団の一員なのだろうと思う。それも王族の護衛を任されるような、実力的にも性格的にも申し分無い人間だと。

 

 相当慌てていたのか、その女は中にシンシアの姿を見つけて「あー!」と指差し、その次に視線をスライドさせて俺のことを見つけると更に目を丸くした。

 

「姫様ー! とお客様……というか勇者さん!? 何してるんですか姫様!?」

 

「あらあら。ノース、そんなに慌ててどうしたのですか? 廊下は走っちゃダメですよ?」

 

「あ、ごめんなさい……じゃないですから! ここで何をしていたんですか姫様!」

 

「私は勇者様に愛を告白していただけですよ? 何も騒ぐことではありません」

 

「やっぱりじゃないですかー! 騒ぎますよええ! それは国中やんややんやで御座いますよええ!」

 

 恬淡と無邪気な目で答えるシンシアに、ノースと呼ばれた女は憤慨した。当然だった。一国の姫がそう簡単に婚約を結んじゃダメだろ普通。

 

 というか、やっぱりって言ったか?

 そんな言葉が出てくるあたり、今現れた少女はこの事態を予想していたのかもしれない。つまり普段から王女はこんな感じと……。

 

 思わず俺は彼女のことを憐憫の目で見てしまう。

 

「大変だね、君も」

 

「あはは……迷惑かけてしまったみたいですいません勇者さん。初めまして、私は姫様の護衛を務めてるノースと言います」

 

「丁寧にありがとう。ところで何で俺って告白されたのか分かったりする?」

 

「あーやっぱりそれ聞いちゃいますよね。これは外にはナイショにして下さいね勇者さん。このお姫様、困ったことに異性に対する免疫が無くてとても惚れっぽいんですよ。それこそ幼い頃に兄弟全員に告白したり周りの側近にも告白して全て玉砕する程度には」

 

「それはもう免疫が無いってレベルじゃない気もするけど」

 

「惚れっぽい癖に恋が多いんですよ姫様は。まあ私たちが可能な限り異性から遠ざけてるのも原因なんですけどね……近づけたらこういうことになるので。なので申し訳ないんですけど今の、無かったことにして下さい」

 

「あ、ああ」

 

 なるほど……異性と接触させたらこうやって愛を囁き、させなかったらそれはそれで異性との経験値が稼げずよりエグイ拗らせ方をすると。まさに愛のデフレスパイラル。いや、他人事なら立て板に水の如くからかいまくるけど実際にその対象となると勘弁してくれ以外の感情が出てこない。

 それを聞けばシンシアが俺の部屋にいたのも、きっと物珍しい異性と会いたくて待っていたのだと思える。何というか、純粋に王族の行く末が心配だ。

 

「それでは後ほど。ほら、姫様行きましょう!」

 

「私、まだ返事を頂けておりませ」

 

「今のは無かったことになったので行きますよ! はい、失礼しました!」

 

 騒ぐ王女の後ろ首を引っ掴みながらノースは部屋から出て行った。俺はこの国の未来を割と真剣に憂いた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 勇者と呼ばれる存在は常に世界に存在する訳ではない。王女が女神から神託を受けた際のみ、勇者という存在は現れる……らしい。冒険者としてソロで活動していた俺は良く分からないが、勇者という存在はどうにもファンタジー小説みたいに都合の良い存在ではないようだった。世代に二人いることもあれば、100年に一度しか現れないこともある。ただ確実なのは、人類の危機に瀕した時には必ず歴代の王女は女神から神託を授けられたらしい。何かの作為すら感じる話だ。

 

 王都の会談では俺の今後について説明された。王国は民衆には秘密裏に俺へと聖剣を貸し出して、次期魔王を討伐させるつもりのようだった。正確には次期魔王候補だが、それさえ殺せれば魔王軍内で魔王の即位を願う急進派の幹部の勢力を挫き、そこから魔国の勢力を崩す隙が作れると読んでいるのだ。

 当然俺には拒否権は無い。笑って引き受けた。金は融通してくれるし、討伐後は身分も相応に与えてくれるとのことだった。待遇には何の不満も無い。誰でも引き受けるだろう。

 

 王との謁見が終わり、勇者というレッテルを張られ聖剣を強制レンタルさせられてしまった俺は広間に通された。

 当然というべきか、ファンタジー小説で見た展開だと言うべきか、通例として勇者はパーティーを組んでこの状況の打開を図る。勇者は一人でも強力だが、一人で出来ないことも世の中には多いのだ。

 

 そのパーティーメンバーを既に王国は集めていたらしい。王の側近の人に「それではこれより親睦を兼ねたパーティーが内々に行われるので参加お願いします」と言われ案内された広間には俺の他に4人の姿がある。そこには先程会ったシンシアとノースも中央のテーブルを挟んで向き合うように座っていた。聖女が勇者パーティーで、前線も前線に立つとか有り得ない気がするが……まあなんかあるんだろう。こう、聖なるバリアとか聖なるフォース的な。我ながら適当過ぎる。

 他の2人も離れた場所で座っていて、まだ見たことのない人影だったので俺は思わずそちらに注視した。

 

 片方は如何にも魔法使いといった風貌のロリっ子だった。黒いとんがり帽子からはみ出た赤く長い髪はうねうねと緩いカーブを描きながら腰まで伸び、ぶかぶかなローブかすっぽりと身体を覆う。肌は不健康なまでに白く、長い間外に出たがらないインドアな人種であることが伺える。前世は俺も同類だったから軽くシンパシーすらある。

 もう片方は完全に武人だ。黒い髪に黒い目と日本なら良く見た容姿だが、鍛え方が半端ない。岩のような肉体に、眉間に刻まれた深い皺。両腕は丸太のように太く、歯に物着せずに言えば筋肉お化けだ。絶対にコイツとだけは無手の喧嘩をしたくない。

 

 俺が部屋に入ってきたのに物音で気付いたのか、こちらへと目線が集まる。一番最初に口を開いたのはシンシアだった。

 

「勇者様。告白の返事、いかがでしょうか」

 

 相変わらずのようで何よりだ。これ俺、返事した方が良いのか……? ノースは無かったことにしろ、と言っていたが。

 割と真面目に考えているとノースが手を鳴らした。いきなり変な事を言うシンシアが作った空気を変えるつもりらしい。

 

「姫様は少し黙ってくださいね……はい! 勇者さんも来ましたので今から第一回、魔王討伐遠征パーティー懇親会、始めます! 司会は他の人達が問題児過ぎて出来ないと押し付けられた哀れなノース・ワドルビーが努めます!」

 

 ノースは立ち上がるとそんなことを言う。てか何だその新入生歓迎会みたいなノリ。一応生き死にが関わる事なのにそんなライトなテンションで良いのか、と他のメンバーを見てみるとやはり白けている。特にあの魔女っ子みたいなとんがり帽子を被った赤髪のちっこい女の子なんて、無駄なことしてるなー、って目の色をして鼻で笑ってるし。

 

「何をするんだ、こんな場所に集められてよ。さっさと終わらせて俺は剣の鍛錬でもしてたいんだが」

 

「同感です……。シャンナも帰って部屋に籠りたいです……だるっ」

 

 早速声を上げたのは無骨な剣みたいに表情が乏しい、ガタイがしっかりした男だった。見た目と違い乱暴な言葉遣いをするが、若干気怠そうに身動ぎして動いた肉体は相変わらず筋肉隆々としてる……なあ、アレ。どれだけライザップすれば辿り着く領域なんだよ。ちょっと俺にも教えてくれ、俺もモテボディーになりたい。

 更に魔女っ子も続いて同意して、夏場にクーラーの加減を間違えてしまった室内みたく、ものの見事に場の空気が冷えこんで行く様子を見せる。ノースは憤慨するように声を大きくした。

 

「お二方ー! やる気出してください! 私たちはこれから魔王を殺すまで寄り添う同じパーティーの仲間ですよ!」

 

「ってもな。魔王は魔王でも次期魔王ってやつだろ? しかも故郷の魔国ではなくこの国にいるって情報もある。つまり隠れ住んでるって訳だ。どうも格下な気がしてならねえ、やる気しねえ。適当に騎士団の下っ端に任せれば終わりじゃね。てことで俺、帰るわ」

 

「待てーです! 本当に待ってください! カナイ様に言いつけますよ!」

 

「チッ……早く終わらせろよ」

 

「それと、せめて自己紹介くらいしたらどうなんですか? 勇者さんは貴方のこと知らないんですからね!」

 

 心底億劫な表情で男は溜息を吐いた。かなりやる気がないみたいだがそれでもカナイ様という人物の名前を出した途端直ぐに反抗を諦めたようだ。

 

「うるせぇ奴だなホント。んで、テメエが勇者か……まあ及第点少し下だな。俺はバルカー、家名はねえ。そんだけだ、後は勝手にやってろ」

 

「う、うん、よろしく」

 

 再度舌打ちを小さく鳴らすとバルカーは足を尊大に組み直してそのまま頬杖を突いた。どう考えてもこの空気、懇親会とか親睦会とかで流れちゃいけないタイプのものなんだけど……まあ、気にしちゃいけないのかもしれない。

 

「はいはーい! じゃあ次はシャンナさんの番です! どぞどぞ!」

 

「……シャンナは、シャンナ・ミルリルです。王様に言われたから……権力に屈して今ここにいます……終わり。はぁ」

 

「皆さんもっと仲良く出来ないんですかね!? この王国にはもっとマトモな人材が沢山いたと記憶しているのですが!?」

 

 シャンナと自分を名乗った少女は十分な距離を取って座るバルカーと同じように興味なさげにこちらを一瞥すると、そのまま目を閉じた。どうやら寝る算段のようだった。自分は休息を取るから話しかけるなという態度がアリアリと出ている。この国、思っていたよりも余程深刻な人材不足に陥っていると見受けた。

 

「心外ですね。私は勇者様と個人的にもっと仲良くしたいと考えておりますよノース?」

 

「姫様は程度が過ぎますので少しお黙り下さいますか!?」

 

 シンシアに対して辛辣に言い返したノースに俺も微苦笑を浮かべざる負えない。程度の差があり過ぎる。絶対このパーティー、機能しない予感しかない。

 

「はぁー……ったく何ですかコイツラ。あ、勇者さんも自己紹介してもらっても良いですか?」

 

 疲れ果てたサラリーマンみたいな陰気な目をし始めて本音が出ちゃっているノースに、反射的に頷く。どうせノースとシンシア以外聞いていないだろうが、社交辞令的にやっておくべきだろう。冒険者だって人間社会、人脈形成の重要性について今更説かれる必要もない。

 

「あ……うん。良いよ。俺はソウ・イチハラ。宜しく」

 

「はい皆さん拍手ー! わー知ってましたー。見事に予想通り姫様以外誰もパチパチしませんよねーあはははは」

 

 空笑いが無駄に大きな広間に虚しく響く。このパーティーに友好的な人間はシンシアを除けばノースしかいないようだった。

 

「あははは……はぁー、全く何ですかこの人達ー。勇者さんは全然口開かないですし、姫様は変わらずですし、ミルリルさんは帰りたがってるし、筋肉男に関しては空気悪くするだけして子供みたいに自分知らないもん! って感じでそっぽ向いてますし」

 

「……身体もちっけえ女如きが俺に口先で喧嘩売ってきてんじゃねえよ、耳障りだ」

 

「は? お前ぶっ飛ばして誰にその態度取っているか分からせてあげましょうか?」

 

 あ、この人切れたな。

 そう思った瞬間、鋭くノースのことをバルカーが睨んだ。それまで興味なさげにそっぽを向いていたバルカーだったが、その言葉を聞いた途端にノースへと視線を振ったのだ。

 

「ああ? お前、誰をぶっ飛ばすって? 俺をぶっ飛ばす、という意味で言ったんならその意味身を以って理解させてやろうか?」

 

「粋がった野良犬上がりの筋肉袋が良くバウバウ吠えますね。実力は程々にあるようですけどその程度で思い上がるとは。雑魚が溜まった世界で一番になれても器量がそれでは国でも二流……失礼、それ未満の下流戦士でしかないですね」

 

 何というかその、やっぱ溜まっていたのだろうか、ストレスとか何とかが。それこそ枷がはじけ飛んだかの如くノースは冷徹な口調に代わってしまった。本当に勇者パーティーってこんな感じで良いのだろうか。前世でアイドルグループがこういう喧嘩をすればすぐに不仲説とか適当言ってメディアが盛り立ててたが、最早そういうレベルの話でもなくガチだろうこれは。

 

 早速バチバチに戦闘を始めそうな二人から俺は距離を取る。非常に巻き込まれたくない。俺を習ってかシンシアと、先程までのは転寝だったのかシャンナもそそくさと部屋の隅へと逃げる。どう考えてもそこには勇者と呼ばれる人間とその仲間たちの面影はなく、代わりにあったのは一般人と鬱憤晴らしにチンピラに絡むヤバい女騎士の光景だった。

 ガンを付け合う二人を見て、ポツリとシャンナが溢す。

 

「……これですから武力しか持ってない野蛮な人々は。短気は難儀……です。……アホ共がよ」

 

 うわっ、ド直球の悪態……見た目って本当によらないな。こんな幼い少女なのに出てくる言葉が一々辛辣すぎる。

 剣吞とした空気に居ても立っても居られず、ついつい俺は話を振ることにした。

 

「あー、シャンナって騎士団なんだっけ?」

 

「シャンナは……その……違います。宮廷魔法団です……あんな奴らと同じにしないで下さい。闘争本能丸出しの獣たちと一緒にされるのは……とっても……生理的に無理です」

 

「そ、そうなんだ」

 

 全く話を変えられなかった。俺に出来る事はもうないな、うん。勇者パーティーの未来は暗い。

 一分ほどジリジリと相対するノースとバルカーを眺めていると、シンシアが堪えきれなくなったように二人の間に割り込んだ。

 

「お二方、ここでは鞘を納めてくださいませんか?」

 

「姫様? そこを退いて下さいよー今からそいつに身の程を分からせるんです」

 

「ああ? 幾ら姫の前だからってカッコ付けてっと恥掻くぞ」

 

 仮にも仕える主相手だというのにシンシアの言葉は何故か全く効果が無い。鎖の切れた番犬のように口火を切ったノースとその喧嘩を割り増しで購入したバルカーには全然響かない様子。

 その二人に痺れを切らしたシンシアは、眉を顰めた。

 

「お黙り下さい! ここをどこだと考えているのですか! 神聖なる王城です、そのような言動が適切であると本当に思っていらっしゃるのでしょうか!」

 

 飼い犬を一喝。

 その表現が全く正しかった。はっ、とノースは正気を取り戻した様な表情に戻り、バルカーは小さく舌を鳴らした。

 

「すみません姫様……私が未熟でした……」

 

「分かれば良いのです。バルカーも宜しいですね?」

 

「……俺は喧嘩を売られただけだ。歯向かう気もねえ、俺は姫には従う」

 

 シンシアは幾らか落ち着きを得た二人に頷くと「では、席に着きましょう」と促す。

 俺はシンシアのことを無意識に見縊っていたかもしれない。いやまあ、初対面で告白してくる暴走特急っぷりしか知らなかったのもあるが、彼女は間違いなく王族の娘だ。気品さだけではなく度量もある、それが分かった。とても面倒なことに。

 

 ───さて、いつここから逃げ出そうか。

 その実、俺は全くこの面子に興味はない。精々どのくらい実力があって、タイマンになったら俺でも逃走出来るか? という計算的な思考を除いては別のことを考えていた。ここに招かれてからと言うものの、ずっと俺の脳内は既に勇者パーティーなるものからどう離反するかで頭が一杯だったのである。

 

 はぁ、早く辞職してえな……。

 

 俺の心中の呟きは誰にも悟られることなく頭の中で溶けて消えた。

 

 




良ければ感想下さい


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2話 勇者になればメタ対策

タイトル変えたいけど思いつかないシンドローム


 コロンの話をしようと思う。次期魔王と目されてしまった哀れな少女の話だ。

 

 俺が彼女と出会ったのは3年以上前のことで、場所は誰もが近寄ることは無い魔国と王国の境目にある森林。その場所はギルドではアンタッチャブルな場所としてリストアップされるほどに危険地帯だった。故に死の森、なんて安直かつ大逸れた名前までついてるのだからもう両手を上げるしかない。ここに入った人間は9割9分帰ってこないらしい。

 

 そんな森で彼女は行き倒れていた。偶然か必然か、当時金銭目的で採取依頼を請け負っていた俺はコロンと出会ったのだ。

 俺は彼女の尖った鋭利な耳を見て一目で人間ではなく魔族であることを理解し、すぐに剣を抜き、大上段に構えたまま静止した。別に倫理観から殺人はダメだと脳内でアラートが鳴った訳ではなく、その当時の俺は迷っていたのだ。

 

 俺には二つの選択肢があった。このまま見捨てるか、助けてみるか。この世界の常識を鑑みれば前者が絶対的に正しい。疑問の余地すらない。魔国とは長く戦争状態で、人間である俺がそんな敵国の人間を生かす必要は無い。寧ろ殺して首を持って帰ればネームドではなくともギルドから懸賞金くらいは貰えるだろう。助ければそれこそ逆に、俺は人類への背信行為をしてしまったことになる。

 だが、正直そんなことは二の次。人外とは言え小さな少女を前に剣を構えた俺にとって箸にも棒にも掛からぬ事情だった。

 

 そして結局は助けることにした。メリットデメリットではなく、俺がしたいように。なるようになると考えて。

 

 彼女はコロンと名乗り、俺の採取に同行した。……明らかさまにコロンなんて偽名だと思っているが更に一年後に「あ、実は私魔王の娘なので配慮の方宜しくお願い致します」と自身のとんでもない立場を暴露した後も名前については一切名乗ろうとしない。恐らく、名前について良い思い出が無いのだろう。

 

 コロンは魔法が使えた。ただ、魔族は基本的に大規模に影響を及ぼすような派手な魔法を好むのに対してコロンのそれは非常に地味だった。的確に魔物の四本の足と接している地面を泥にしたり、フラッシュを起こして魔物の目を欺いたり、果ては夜に勝手に抜いた俺の剣を地面に突き差すと炎を灯して松明にしたりした。有能には間違いないが、その全てが逃走や便利なアウトドアグッズみたいに使っているせいで不思議とこう、威厳が無い。親近感の塊と言うべきか。これも後から分かったことだが、魔力が無いからこうやって技術と発想でどうにかしようとしてきたらしい。それも全ては魔王である父から認められるため。……その思いは遂には報われなかったが。

 

 コロンのおかげで死の森の依頼を何とか完遂することが出来た俺に、コロンは能面を被ったような、しかしそれでも声音が糸を張ったような、まるで内心を悟れない面持ちでこんなことを言ってきた。

 

「あの、私は宛もお金も無いです。あるのはこの美の身体しかないですしそれを担保にするのは非常に嫌なので何も与えられるものは無いんですけど居候しても良いですか?」

 

「担保に出来ると自負するくらいには容姿に自信あるんだね……いやまあ、でもそのままの姿だとバレるんじゃ。魔族の特徴を見られたら確実に排斥されるよ」

 

「安心してください。私は魔法に関しては器用貧乏なんです」

 

 そう言ってコロンは何かしら口遊み、魔法を使って耳を丸めた。門外漢の俺には詳しいことは分からないが、魔法で上手く耳の見え方を変えたようだ。確かに魔族は耳さえ丸めてしまえば見た目だけなら人間と見分けが付かない。しかし魔法使いならば相手の魔力量を見抜いてしまう。魔族は魔力量が人間と比べても桁外れなのだ。

 

 ただ、その面から言えばコロンは一切心配する必要がない。何せ魔族でも落ちこぼれだったコロンの魔力量は、人間の魔法使い基準でも平均程度しかないのだ。つまり、姿を現さない限りは魔族とバレる心配はない。

 

 論理的には多分、完璧だった。

 

「これなら大丈夫ですよね。ではこれからお世話になります」

 

「いやいやいや、ちょっと……俺宿屋に一人暮らしなんだけど」

 

「お世話になります」

 

「ええー。……まあそれでいいなら良いけどさ」

 

 と、投げやりな返答を以って回想終了。我ながらかなり流されてコロンはウチに住む流れになったのだ。

 

 それから3年間、仕事以外では山無く谷無く普通に生きてきた訳だが、それでもそんだけ一緒の釜の飯を食っていたら情も湧く。何なら未だにベッドは一緒のところで寝てる分、2割増しくらいで情は湧いてしまっている。

 

 コロンは弱い。いや、正確には普通の村人よりは実力主義の魔国で育っている分、よっぽど戦えるがそれでも弱い。もし魔族と人間の戦争の最前線に立ったらすぐに死んでしまう命だろう。この前死んでしまった父親と比較すれば、1000倍はコロンの方が弱いはずだ。寝顔を見ていると彼女が本当にただの人間にしか見えない。恋愛感情は無いが、気付いた時には愛おしさすら胸の内に抱いてしまっていた始末で、自分でも自覚した時に驚き半分、納得半分だった。

 

 で。

 それを勇者になったから殺せ、なんていうのは土台無理な話である。てこの原理で地球は動かせないし、ライターで海を蒸発させることもできない。既に家族と表現しても過言ではない関係性が出来てしまっている同居人を殺害するのも、前二つと同じように俺には不可能な話だ。

 

 だからこそ、勇者なんて真っ平御免だ。お前今日から勇者な、後お前の母ちゃん魔王で人類悪だからしっかり殺せよ、と言われて従う人間だって居ないだろう。

 

 よって勇者なんて役目、投げ捨てよう。俺の社会的立場が木っ端微塵なろうとも、ギルドからの仕事の斡旋が失せようとも、俺はこの人生で初めて得たこの生き方を貫き通す。二度目の異世界での人生で、俺の矜持が試されているのだ。

 

 俺は、勇者を辞める。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 

 なんて固く決意表明したところで現実はそう上手くは行かない。勇者は辞められる職業ではなく、偉い人間が身勝手に権力を振り翳して任命する名誉職だからだ。そう簡単に辞職届を提出することは出来ない……もしここが前世なら退職代行とか利用して無理矢理バックレてたんだけどな。

 

 実質公的に、角の立たないように勇者を辞めるには魔王を殺すしか手段がない。契約を履行すれば職務からも解き放たれるはずだからだ。だがそれじゃ本末転倒、守りたいものを手に掛けてどうするという話で。

 なので、勝手に辞める(失踪する)ことを前提に計画を練るのは自然の理だった。

 

「勇者様、ぼーっとなされてますね……どうされましたか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 懇親会とは名だけの不毛な集まりが終わり、俺は私室に案内された。ユグラル王城の一室を出立の日まで貸し与えてくれるそうで、宿屋に私物を大量に残しているとはいえ取り敢えず今夜からは基本的にこの部屋で過ごせとのことだった。

 にしても無駄に広い。ただの客間の癖して、前世を含めてもここまで広い部屋で寝泊まりした記憶が無いほどにである。流石は王城と言うべきか、調度品も金銀と煌々しく光っている訳ではないがどれも品が良く、何気なく置かれたタオルさえも肌に当てたら摩擦感が殆ど無くてつい唸ってしまうほど高級な物であることが分かってしまう。さながらテレビの旅番組で見たホテルのスイートルームみたいだ。

 

 嘗てないほど豪華絢爛な部屋に否が応でもテンションが上がって更に探索をしてみたい衝動に駆られるが、しかしそれ以上に俺には目の前にいる少女の方に意識が向いた。

 

「……あの、何でいるの?」

 

「はい? 何がですか?」

 

「俺、寝るんだけど」

 

「それはそれは……おやすみなさい?」

 

「首を傾げられても困るかな。正味出てって欲しいんだけど」

 

「なるほど……ではまた朝お伺いいたしますね」

 

 名残惜しそうに華麗な一礼をすると、シンシアは部屋から出て行った。本当に何だったんだろうか。理由の無い好意って正直、ちょっと怖い。モーニングコールする気満々なのも怖い。メイドかな?

 

 シンシアがいなくなったのを確認すると、俺は据え付けられた大きめの窓へ近寄る。ガチャンと窓の施錠を外すと王城の外にある庭が良く見える。ここから抜け出すことは可能そうだが、ただ問題は二つ。見張りの兵が想定以上に多いこと。更に3階部分の客間のため、普通なら降りるのは不可能だ。

 

 だがそこは冒険者として腕を鳴らした俺なら朝飯前だ。このくらい出来なかったら確実に依頼の最中で死んでいた。これは俺が例外と言う訳ではない。冒険者というのは基本的に腕っぷしが強いわけではなく、隠密に長けた人間の方が多かったりするのだ。証明は出来ないが、恐らくは魔物を倒しても大した報酬を得られないことが起因しているのだろう。俺と同じように採取依頼を熟して生計を立てる冒険者は多い。

 

 窓から飛び出して、夜闇の庭の物陰に着地する。誰も居ないことを確認して、外壁を登って俺は王城を脱出した。

 

 王城から歩いて20分ほどの、王都の外れに俺の根城とする宿屋はある。一ヶ月で1.2万ルマンドと元々拠点にしていた町の宿屋よりは高いのだが、それでも場所が裏通りな上に作りもあまり良くないことから値段は控え目だ。

 

「遅いお帰りだなソウ」

「色々多忙だからさ、俺」

 

 中に入れば店主が眠そうな眼を隠さずに俺へと言葉を投げかける。俺が勇者であるという事情は誰にも話せないので適当に返すと、興味無さそうに鼻を鳴らしてルームキーを投げ渡すと店主は手に持っていた酒を退屈そうに煽った。

 

 二階に昇って一番奥、それが俺の取った部屋だった。特に選んだわけではないし、床の軋む廊下を長く進むのは億劫でしかないが、他の部屋と比較してちょっぴり広い割に同じ値段で宿泊しているのを考えればお買い得だと言える。

 

 既に夜も更けている。地球で言えば夜7時、この世界風に言えば風の刻。コロンに気遣ってノックをすると、数秒してガチャリと扉が開いた。

 

「お帰りなさいソウ、遅かったですね」

 

 出迎えたコロンは長い銀髪を紐で一本に縛り上げた寝間着姿で、本を脇に挟んでいた。人間ではなく魔族ということもあってまだまだ睡魔に襲われていないようだ。魔族は人間の三倍ほどの体力があるとコロンも言っていたからなぁ……魔力量も桁違いなのに身体能力でもこの種族差、もしこの世界がMMORPGならば確実に運営へのクレームものである。寧ろ良く人間って魔族と戦争出来るなと感心してしまう。

 

 中に入ると朝に俺が出て行った時と変わらず家具の少ない部屋である。宿に元々ある寝台にソファー、テーブルなどの家具を除けば服や必需品くらいしかない。本だけは多少あるがその6割は王立図書館で借りたものなので、私物として持っているものは実質10冊程度しかない。それだって飽きたらコロンが古本屋で売って新しい本を買ってしまうので見慣れたタイトルの本5冊もなかった。

 

 俺は備え付けのポッドでお茶を淹れ始めるコロンを横目にベッドに座って装備を点検していると、コロンは俺へ液体の入ったカップを差し出した。

 

「飲んでください、宿屋の前に生えていた雑草で作ったハーブティーです」

「それ言われて飲む人、いないと思うよ」

「安心して下さい。魔法で成分を弄って良い香りが立つようにしたのでかなり美味しいと思います」

「思いますって……それ自分で飲んだ?」

「飲みましたよ? まずまずの不味さでした。でもそれは魔国で裕福に暮らしていた頃に潤沢に高級茶葉を使ったお茶を飲んでいて舌が肥えた私が言うのであって、貧乏舌のソウなら午後の余韻に浸れるという自負があります」

 

 いや舐めすぎだろ……。この世界より発展した食文化の中で生きてきた前世があるから、どれだけ俺が孤児院出身の貧乏上がりだとしても味覚に関してはそこまでイカれてない自信がある。感謝しろ? 俺が今日会ったバルカーみたいなならず者ならここで殴り合いになってるからな?

 まあ、こういう人を食ったような発言を真に受けて憤慨するようだったら今頃俺はコロンと袂を分かれてるし、今更気にする必要も無く俺は受け流して口に含んでみる。

 

「……フルーティーだけど、雑草だね」

「ふるーてぃーですか、意外に分かってますねソウ。私と同じ感想を抱くとは……やはり明白にこの魔法には改良の余地が残っていますね」

 

 俺の感想に頷くコロン。と言うか暇に託けて何してるんだ……前も変な人工肉とか作ってたけど、いよいよ凝り始めて変な方向に行き始めたな。まあ良いけど。

 

 コロンは考えるようにメモを取ると、そのまま今メモを残した紙をテーブルに投げ飛ばした。テーブルまで3メートル、紙ペラ一枚は物理法則に従って落下しそうなものだがそこは魔族。無駄に魔法で浮かんだ紙はゆっくりと水平に飛び、ひらひらと下降するとテーブルの端っこに着陸した。

 その様を見ているとコロンは俺の服を引っ張ってきた。視線を動かすと、真面目な雰囲気で口を結んだコロンが視界に入った。冗談交じりの挨拶はこれくらいでというサインだろう。コホン、と息をついた。

 

「それでどうでしたか、王城は」

「観光名所ってような場所じゃなかったな。国の中枢ってことだけはある。ただ……俺みたいな冒険者に夜間抜け出されるのはどうかと思うけどね」

 

 ザルとは言わないが、熟練のシーフとかならば上手くいけば忍び込むことも出来そうだ。

 

「まあ今は戦争状態ですから仕方がないのでしょう。それにまさか勇者が内から抜け出すなんて想定もしていないでしょうし、所詮はこんなものだと思いますよ」

「そうかなあ」

「これからどうします? 勇者になってしまったんですよね、ソウは」

 

 コロンの表情はあまり良くない。何も感じてないような表情を続けながらもツンと唇を尖らせているのは不安だからだ。この先、俺もコロンも、時代の奔流に飲み込まれていくのは避けられない。

 

「計画は無いけど……取り敢えず、あと数日は王都にいるからそれまでは現状維持かな」

「ですがその後は王都を出るんですよね?」

「うん。俺たちが半年前まで拠点していた町に行くらしい」

「シルベアですか……」

 

 感慨深そうに呟いた。シルベアは魔国との境界線近くにある街で、危険地帯故に一般人がいけない場所も多く、高値で売れる素材も良く手に入った。そこでは数年生きてきたからコロンも俺も思い出深い。

 

「だから、その前に遁走しようと思う。お金があまり無いから、今すぐは無理だけど」

「なるほどです。勇者の役目を放棄するのですか。死んでしまうとは情けない、でしたっけ」

「それは違うやつ」

 

 何時だかに俺がジョーク交じりに言った言葉を覚えていたのか、前世のRPGゲームのセリフを無表情で言い放つコロンに苦笑が漏れ出た。

 

「この国はコロンを殺そうとしているんだ。次期魔王として、魔国の首領になって戦争が激化するのを恐れてるし、勇者に殺させれば魔国に侵攻できるとさえ思ってる。勇者なんて戦争の道具なんだよ、ここじゃ。俺はさ、コロンを殺したくない。だけどこの国で生きる限り、勇者という立場は絶対に着いてくる。だから逃げるしかないよ、逃げて別の国に行くしかない」

「私もソウに殺されたくないです……いえ、訂正しましょう。私のことを殺したくないソウに殺されたくはありません」

「また複雑な言い回しだね……」

「でも本音です」

 

 ヴァイオレットカラーの瞳が俺の目を貫いた。コロンは結構シャイな方で、自分の正直な気持ちを吐露することは少ない。そんなコロンが俺と目を合わせてくるなんて、相当にその心は決まっているのだろう。俺の中でコロンの存在が大きいように、コロンの中でも俺の存在は大きいらしい。両想いだ。これが殺す殺さないの話じゃなかったらもっと嬉しかったが。

 

「なので、逃げるのには同意です。私は捨てられた身です。魔国には未練もありませんし、今更魔王になるなんて面倒なことこの上ないです」

「そっか。なら頑張らないとね」

「……そうですね。今度こそ隠居しましょう」

「ふと思ったんだけど、魔王が勇者と隠居したがってるなんて魔国に漏れたら凄いことになりそうだなぁ」

「他人事みたいに言いますけどソウの望みでもあるんですからね。私の願いはソウの願いです。……でも、上手く行くんでしょうか?」

 

 コロンの瞳が揺れる。縋り寄るように俺の腕が優しく掴まれた。

 

「上手くいくさ。きっとね」

 

 何も根拠が無かったが、俺はそう言って慰めた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 深夜の内に城内へと戻り、翌朝、俺は早いうちに宛がわれた部屋を出て散歩をすることにした。理由は簡単で、シンシアと会いたくなかったからだ。理由の無い好意をぶつけられるのは俺としても対応にあぐねる所がある。モテてるなら何でもオッケーです! とか考えられる思考回路だったら王女のモーニングコールを待つんだろうが、少なくとも俺はそんな愉快な脳味噌を持っていない。話すことも無いので部屋を抜け出すのは必然だった。

 

 昨日は歩かなかった方向の廊下へと行ってみることにした。すれ違いざまに警邏中の兵士に出会って挨拶を交わす。俺が勇者であることは内密事項のはずだが、王城の兵士には周知させているらしい。考えても見ればそれもそうか、もし俺の立場を明かさなかったなら何で俺はここにいるんだと兵士も下人も不思議がる上に不審者と誤認されてしまうかもしれない。だがそれでも勇者が俺であるという事実を知るものが増えれば俺の社会的立場も窮屈になってしまうから、少し考え物だ。

 

 廊下は外に続いていた。空を見上げれば、時間帯的に当然なのだが光はまだ薄暗く、仄かに太陽の光が地面を照らしている。

 最初、俺はその場所が中庭かと思ったのだが、瞬きを二回してそれが間違いであることに気付いた。中庭じゃない。これは修練場だ。中央には均等に切られた石が等間隔に埋められ床となっており、脇には屋根が付いた武器を立てかける棚と、槍や剣などの武器が立てかけられている。流石に刃引きはしているようだが、扱える人間が振るってそれに当たったらまあ骨折くらいの覚悟は必要だろう。

 

 そして修練場の中央に人影がある。ひゅん、という風を絶つ音と共に荒い息遣いを発していたのは昨日会ってチンピラの様相しか見て取れなかったバルカーだった。やって来た俺には目もくれず、只管に両手剣の素振りを続けている。俺は少しの間鑑賞に回ることをした。

 意外なことにバルカーの剣は型に沿った、所謂儀礼県にも似た綺麗な軌跡を描いていた。ノースはブチ切れた時に野良犬上がりと称していたが、剣筋だけ見れば全くの正反対。寧ろ愚直に型を繰り返して得た、努力の剣に見える。

 

「……ああ、誰だ?」

 

 素振りを一旦休憩にしようと思ったのだろう、バルカーは一息吐くと漸く俺に気付いたみたいで鋭い視線を此方へと振ってきた。俺は反射的に笑顔で手を振る。

 

「ごめん、覗き見る気は無かったんだけど。散歩の途中でね。気を悪くしたら謝るよ」

「……お前、勇者か。別に鍛錬の邪魔をしなきゃどうでも良いが……良い機会だ。一本やってけよ」

 

 そう言ってバルカーは剣をこちらへと向けた。その好戦的な瞳に、俺はどうにも模擬戦を挑まれているらしい。

 

「いいの? 俺はここの部外者なのに、ここの設備使っちゃって」

「気にすんなよ、んなこと。てかお前は勇者だろうが、どう考えても関係者だろうが。頭悪いなお前」

「ははは……」

 

 ムッと来たが無視する。こんな挑発染みた言葉に一々反応するようじゃコロンとの共同生活なんてとても送れないのだ。

 

「やるかやらねえか、どっちだ」

「いいよ、やろう」

「いいね俺好みの回答だ」

 

 正直俺はそこまで剣に自信はないから乗り気ではないが、それでも国が選んだバルカーという人物の力量を知れるチャンスだ。乗って損はない。

 

 武器を吟味して、特に迷うことなく直剣を選ぶ。刃が潰されたことを除いて何の変哲もないただの訓練用の剣だ。

 

「片手剣……盾は使わねえのか」

「冒険者になるとき、俺が買える一番安いのって片手剣くらいだったんだよね。それ以来これ一本だよ」

「なるほどな。じゃあ……やるぜ!」

 

 会話が続いていると思ったら、バルカーは唐突に左足に力を込め、此方へと駆け出してきた。距離が縮まる。咄嗟に俺は剣を合わせて金属同士が鈍く響く音が手元で鳴る。……重すぎるだろ、コイツの剣ッ!!

 

「試合開始の合図くらいしたらどうなのかな?」

「実践にそんなもんねえだろ?」

「それは道理だね。でも野蛮すぎる」

「関係ねえな、こんなんで死んじまったらそれこそ勇者の器ではねえだろ」

 

 両手で刃を振るい、何とか俺は距離を空けた。

 自然と睨み合う形となる。……バルカーは手加減無しで来ている、これは俺も油断していたら大怪我を免れないだろう。

 

 今度は俺から仕掛けることにする。

 やることと言えば単純。大上段に構え、左足を前にする。足と足の間隔は一足半分。

 

「エエェェェイ!!」

 

 雄たけびを上げながらそのまま駆け出し、斬る!

 大上段から振り下ろされた剣に、バルカーは動揺はしたものの冷静に身を翻した。

 

 示現流。前世で薩摩藩が使ってたとされる二の太刀要らずで有名な流派だ。この世界で何も分からずにただ金銭の為に剣を握った俺が、強くなるために朧げな知識で頼ったのがそれだった。

 無論、アニメの主人公みたく道場で習っていたわけではない。学生の頃にテレビやネットで見た断片的な知識から俺は編み出し、練習を重ね、何年か掛けてある程度実戦でも使えるレベルまで持って行ったのだ。それでも本職からすればきっと杜撰なものだろう。

 

「んだそれ、見たことのねえ型だな」

「まあ、我流ってやつだよ」

「我流、ねえ!」

 

 振り終えた俺にバルカーはタイミング良く蹴りを入れてくる。典型的なヤクザキックだ。無理矢理両腕を動かして剣で防御すると、ガキン、と鉄と鉄とぶつかる音が響く。……この男、靴の底に金属を仕込んでるな。

 

「……バルカー、君は騎士じゃないのか? 騎士でそれは無いだろう」

「違うね。俺はあんなお利巧モンじゃねえよ。ただの剣使い(ソードマン)だ」

剣使い(ソードマン)?」

「騎士になる前に、実力が不足している人間を剣使いとして国は雇ってんだ。そこで鍛えて実力さえ足りれば騎士になれる。俺は別に実力が足りねえわけじゃねえが、騎士なんざ怠いもんになりたくねえから剣使いのままでこうして雇われてるってこった」

「なるほど……でも給金とか騎士より下なんだろ?」

「義務と責任、加えて借り物の誇りなんざ願い下げだ。要らねえんだよ、俺の人生にはそう言うの」

 

 まるで社会不適合者の発言だが、理解はできる。きっとフリーターみたいなもんだ。大きな責任を背負わず、渡り鳥みたいに気軽に世界を生きていきたいとバルカーは考えているのだろう。適当だが。

 

「でもじゃあ、何でシンシアに従ってるんだ?」

「それは……俺の刃に聞けや!」

 

 バルカーは手早く両手剣を自分の右手側に床と水平に構えた。すると両足で地面を蹴り飛ばし、俺の眼前に現れ……!?

 

 気付いた時には物凄い風圧と共に、俺の胴体にバルカーの両手剣の刃が当たっていた。……ヤバいな、全く見えなかった。

 推測だがバルカーは走り出す瞬間、身を屈めたのだろう。低姿勢になったせいで俺の視界から一瞬外れ、その間に鍛えられた物凄い剛腕で剣を振り抜いたのだ。寸止めするその力量も込みで、この男、強い!

 

 バルカーはデカい剣を下すと、失望の眼差しで俺を見た。

 

「……落第だな。勇者って肩書にしちゃあ口ほどにもねえ。良いとこ、騎士団で言うとこ中の上ってとこか。そんなんで戦えんのか?」

「はは……俺は本来採取専門の冒険者だからね。剣は本職じゃないんだ」

「これで勇者とは情けねえ……興が削がれた。帰るわ。つまんねえな、ったくよ」

 

 バルカーは俺に背を向けると、剣を棚に立てかけ、そのまま王城へと姿を消した。

 それを見届けながら俺は先程の模擬戦を分析する。

 バルカーは俺のことを騎士団で中の上と言ったが、それを圧倒したバルカー自身はかなりの実力者だった。それこそ今まで見た剣士の中でも一位を争うほどの使い手だ。敵としたら非常に厄介だろう……なるほど、確かに実力的には勇者のメンバーとして申し分ない。少なくとも俺が真っ向から戦って勝つ確率は0%に近い。

 

 こうも真正面から挑んで強力な戦力と言うのは非常に厄介だ。単純に戦力の無効化が難しい。

 方法と言えば……俺一人なら搦め手を使うしかないだろう。タイマンならそれで五分五分まで持ってけるはずだ。だがもし、同じく前衛職だろうノースと組まれたり、魔法職であるシャンナとペアで来られてしまえば勝機は薄いというしか無い。

 

 空が明るく大地を照らすまで、俺は王城の周辺を散歩しながらバルカー対策を考えた。

 

 




自分で読み返して不思議な気持ちになってる、ファンタジーってこんな感じで大丈夫なんでしょうか……


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