ありふれたハジメさんには親友達がいます (妖魔夜行@)
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第一話「ありふれた召喚」

 「書きたい」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!


「気持ちわりーんだよ!」

「白い髪とか変なのー!」

「お前化け物じゃん! 化け物はこっちに来んな!」

 

 少年たちは髪が白い少年を囲むようにして暴言を浴びせる。

 鉛筆は折られ、筆箱はボロボロ。机にはコレでもかというくらいの悪口が書かれており、ランドセルにまで書かれている。

 無邪気というのは恐ろしいもので、他人と違うものをやたらと羨み、恐れ、煙たがる。

 

「やめて……やめてよぉ……」

「化け物が泣いてんじゃねー!」

「消しゴムあてよーぜ! 顔に当てたら十点な!」

 

 白髪の少年は頭を抱えてしゃがみこみ、涙を流す。

 

「コラー!!! シュウをいじめるなー!!」

「シュウをいじめたら僕たちがゆるさないぞ!!!」

「げっ!? ひかりとなぐもだ!」

「にげろー!!」

 

 強気そうな黒髪の少女と反対に少し弱気そうな黒髪の少年がいじめっ子たちに向かって走っていくといじめっ子たちはたちまち逃げていく。

 

「うくっ……ひっく……」

「シュウ! 安心して! わたしたちが守ってあげるからね!」

「またさっきみたいにイジメられそうになったら僕たちに言ってね! すぐ駆けつけるから!」

「ぐすっ……ありがとう……くろの、はじめ」

 

 ピピピ、ピピピ、と目覚ましが鳴らす軽快な音で目が覚める。

 どうやら夢を見ていた様だ、とシュウは体を起こしながら考えた。

 

 彼の名前は澤田シュウ。生まれつき髪が白いことで昔いじめられてた。その時の夢を見たようだ。

 

「なっつかしいなぁ。カッコよかったな……あの時のハジメと黒乃」

 

 シュウはその時のことを思い出しているのか、何故かは分からないが恍惚とした表情を浮かべる。

 

 シュウが思い出に浸っていると突然ドアが乱暴に開けられる。

 何事か!? と顔を向けてみるとそこにいたのはシュウの思い出に登場していた黒髪の少女だ。幼い頃とは違い、身長が伸び、シュッとしたスレンダーな美少女がそこにいた。

 

「おはようシュウ。今日もカッコイイね」

「おはよう黒乃。お前もいつもと変わらず可愛いな」

 

 この美少女の名前は日狩黒乃。シュウの幼なじみの一人だ。

 こんなアホ丸出しのバカップルのような会話を繰り広げているが勘違いしないで欲しい。彼らは付き合ってなどおらず、これが彼らの平常運転なのだ。

 

「さっ、さっさと着替えなよ。はやくハジメも迎えに行かないといけないからね」

「分かってるよ。じゃあ着替えるから待っててくれ」

「うん。了解したよ」

「…………黒乃、着替えたいんだけど」

「着替えればいいじゃないか? 僕はここでシュウの着替える姿を見てるだけから着替えたらいいよ」

 

 首を傾げて当たり前のようにそんな事を言う黒乃にシュウはため息をつきながら黒乃に近づく。

 

「出てけ」

 

 首根っこを掴み部屋の外に放り投げると扉を閉めてついでに鍵も閉めてから着替えた。

 

 数分後、着替え終わりトレードマークのバンダナをつけたシュウが部屋から出てきた。

 黒乃は不満そうに唇を尖らせてシュウを迎える。

 

「別に追い出さなくてもいいじゃないか……全く……」

「年頃の女子高生が何を言ってるんだか……ほら、ハジメの家行くぞ。いってきまーす」

「お邪魔しましたー」

「はい、行ってらっしゃい。二人とも気をつけてねー」

 

 母親の声を聞き二人は家を出て目の前にあるハジメの家へ向かう。

 インターホンを高橋名人ばりに連打して黒乃がハジメを呼ぶ。

 

「ハージーメー、迎えに来たよー」

「あああ! はいはい! 今出るから!! 行ってきます!!」

「おはようハジメ。今日も変わらずキュートだね」

「おっすハジメ。今日もセンシティブしてんな」

「おはよう二人とも。キュートとセンシティブしてるについて小一時問い詰めたいけど我慢して別のことについて話すよ。黒乃、毎回毎回うちのインターホンを連打するのは止めてって言ったよね!?」

 

 インターホン16連打という小学生でもしない、むしろ小学生が引くレベルの嫌がらせを毎朝してくる黒乃にハジメはウンザリしながら声を大にして叫ぶ。

 

「まあまあ、細かいことは置いといて……早く学校に行こうよ。どうせ今日も徹夜だったんだろう? 早めに言ってホームルームまで寝てた方がいいんじゃないのかい?」

「確かに徹夜だったけどさぁ……はぁ、もういいよ。分かったよ」

「ドンマイ、ハジメ。元気出せって、厳選孵化用の6Vメタ○ンやるからさ」

「もう予備含めて三体いるよ……と言うかシュウ、いたんなら止めてよ……」

「ゴメンそれ無理。いくら俺でも黒乃の行動は止められない」

 

 シュウの言葉を聞いてガックリと肩を落としてハジメは落ち込む。そんなハジメを見て、シュウは無言で優しく背中を叩いた。

 そんなことは知らず、黒乃は呑気に鼻歌を歌いながら二人と並んで歩くのであった。

 

 始業チャイムが鳴る十分前にハジメたち一行は到着する。

 ハジメが教室の扉を開けるとクラスメイトから一斉に舌打ちや睨み、侮蔑の視線を受け取る。

 それを受け取ったハジメはまたウンザリと憂鬱な気持ちになる。近くにいた黒乃はムッ、と顔を顰め、シュウは顔を般若のように変貌させるが被害の張本人であるハジメが何も言わないので我慢する。

 

 しかし毎度のことながらハジメにちょっかいを掛けてくる者がいる。

 

「うわキモオタじゃん! 徹夜でエロゲとかしてんだろキッモ!」

「いや大介冴えてるわ〜。てかエロゲで徹夜とかマジキモイわ。流石キモオタだぜ」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒たち。空気を読まずに四バカのうちの二人がハジメに絡んできた。クラスメイトたちの視線は四バカに向かれ、皆は「おいバカ止めろ」と怖いもの知らずの四バカに視線を送る。

 声を掛けてきたのは檜山。毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは斎藤、近藤、中野の三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。

 

「あ゛? 何調子乗ってんの君たち。社会的に死にたいの?」

「それとも玉潰されて性別変えたいのか? それなら俺が手伝ってやるぞ」

「ふ、二人とも落ち着いて」

 

 黒乃とシュウの言葉に若干ビビりながらも再びハジメを煽る檜山たち四バカ。それは勇気でもなんでもなく、ただの馬鹿がするだけの無謀な行動だった。

 

 ハジメは確かにオタクだが、キモイと言われるほど見た目が悪いわけでもなく、言動が見苦しいわけでもない。むしろイケメン……ではないがお姉さん方が愛でたいと思うタイプの顔つきをしており、実際ハジメに好意を持っている人もいるくらいだ。

 だが、その好意を持っている彼女こそがこの現状をもたらす主な原因となっている。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメの下に歩み寄った。このクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外である。

 

 その彼女の名は白崎香織。学校で三大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 ……とまあギャルゲや少女漫画のヒロインのような美少女がハジメに好意を持っているという事に気に食わない者が多いわけで……こんな状況になっているのだ。

 

 ちなみにハジメの方は香織の世話焼きな気質が自分に働いているだけだと思っているので香織がハジメに好意を持っているなど微塵も思っていない。

 その事に気が付いているシュウと黒乃は「またか……」と同じタイミングでため息をつく。正直二人にとって香織はハジメに害をなす根源とも言える存在なのであまり関わりたく無いのだが彼女の人間性によって嫌うに嫌えない状態でいる。

 

 むしろ黒乃は香織と親しく、親友とも言える仲なので強く言えないのだ。そして本人は気づいていないが黒乃も香織と並ぶ程の美少女なので当然、黒乃と親しくしているハジメは嫉妬の視線を浴びている。

 

 一方シュウの方はというと相手が女子だろうが美少女だろうが黒乃の親友だろうが構わず口を開き、むしろ「美少女? なにそれ黒乃より可愛いの?」といった感じでズバズバと思ったことを口に出している。香織にはあまり効果が無いようだが。

 

 そんな二人の気持ちに気付かないハジメと香織は会話を続ける。香織の言葉に答える度に突き刺さる嫉妬と殺気を孕んだ視線に冷や汗を垂らしながらハジメは、二人に助けの視線を送る。それに気づいた二人は慣れたようにすぐさま行動に移る。

 

「はいはい、香織っち。あっちで僕とお話しましょーね。ハジメは疲れてるんだよ」

「そこの考える力が胸に吸い取られている女は任せたぞ黒乃。さ、ハジメ。席行こうぜ」

「う、うん。またね白崎さん」

 

 やっと解放されたと息を吐いて安心するのも束の間、後ろから声がかけられた。

 

「南雲君、黒乃、澤田君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、黒乃。また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織たちは優しいな」

「オッス澤田。南雲ぉ、お前も筋肉つけろ! 筋肉つけりゃ二人に世話焼かれなくて済むぜ」

 

 三大女神の最後の一人で香織と黒乃の親友でもある少女は八重樫雫。黒髪のポニーテールと切れ長の瞳が女生徒の人気を集めており、剣道に打ち込む姿に惚れた少女たちがファンクラブを結成するほどである。

 

 ハジメに呆れながらも香織と黒乃を褒めるイケメンの彼は天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人であり、老若男女問わず誠実に接する彼は誰からも好かれる存在だ。

 

 その光輝の親友である大柄な体型の男子生徒が坂上龍太郎。その肉体は制服の上からでもわかるほど立派な筋肉をしており、その上腕二頭筋はまるで広大な大地に隆起するセドナのレッドロックを思わせる。

 

 白崎香織、八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎。この四人が学校のスクールカーストの頂点に立つ者たちだ。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。まあ、自業自得とも言えるし……仕方ないよ」

「おはよう雫っち。……あとついでに脳筋ゴリラもおはよう。早速で悪いけど香織っちをよろしく頼むよ」

「おっす八重樫に坂上…………あとついでに天之川」

 

 ハジメ、黒乃、シュウの順番でそれぞれ挨拶をする。ハジメは三人に少しだけ苦手意識があるが、基本的に自分が悪いせいだと自覚しているので悪い態度は取らない。

 

 黒乃は雫とは親友だが光輝と龍太郎はただのクラスメイトだと認識しているのでいつもスルーしている。最も光輝に関しては勝手に名前を呼ばれているのでイラつくことが多いが。

 

 シュウに関しては雫の事を香織と光輝の保護者だと思っており、ちゃんと手綱を握っておいて欲しいと思っている。龍太郎とは格闘技繋がりで関わりがあり、よき友人と認識している。が、ただ一人光輝だけは彼自身の性格もあり煩わしいと思っている。

 

「南雲、それが分かっているなら直すべきじゃないか? 何時までも香織と黒乃の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織たちだって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 光輝のその言葉を聞いてシュウと黒乃の額に青筋が浮かぶ。

 そもそもハジメから香織に話しかけた訳でもないのに説教されなければいけないのか、百歩譲って香織が言うならまだしも何で何もしていないお前が言うんだとシュウと黒乃の怒りゲージが溜まっていく。

 そして黒乃は「お前に名前呼びを許した覚えはねーぞああん?」と光輝に向かってメンチをきる。

 それにいち早く気づいた雫が光輝と香織を回収して離れてくれた。ハジメはそのことに感謝して頭を下げたあと自分の席について夢の世界へと旅だった。

 

 二人はと言うと先程まで怒り心頭と言った様子だったのだが席につきハジメの寝顔を見たことにより速攻で鎮まったようだ。

 

 


 

 

「ハジメ、起きろハジメ。昼だぞ」

「う、うーん……」

 

 シュウの声によりハジメは夢の世界から覚醒の世界へと呼び起こされる。

 

「あれ……僕さっきまでドリームランドにいてでっかい蜘蛛に追いかけられてたはずじゃ……」

「SAN値削れてんじゃねーか。ほらよ、今日の授業のノート」

「あ、ありがとうシュウ。いつもゴメンね」

「謝るくらいなら起きてろ……とまでは言わんがせめて学校がある日の徹夜はやめとけ。お前が倒れるようなことがあったら俺も黒乃も悲しいからな」

「シュウ……」

「悲しすぎて徹夜の原因となったゲームを片っ端からBOOK・OFFに売っぱらちまうからな」

「台無しだよ!!」

 

 そんな茶番を繰り広げながらお互い昼飯を取り出し食べる。シュウの昼食はカロリ○メイト(チョコ)一箱に菓子パン五つ、それとエナジードリンクが一本ある。

 対するハジメの昼食はというと、十秒チャージで有名なウ○ダーinゼリーを一つ飲み干して終了。シュウに「おやすみ」と挨拶をするともう一眠りするために机に突っ伏そうとした。

 

「おいハジメ、いいのか?」

「え? 何が──あっ」

 

 気づいた時には遅かった、ニコニコと笑みを浮かべながら香織がハジメの元へ向かってきていた。だがしかし、ここで焦らないのがハジメクオリティ。

 もう一人の幼なじみにアイコンタクトを取って自分と香織の間に割って入ってもらう。

 

「南雲く──」

「おっと、香織っち。ここは通さないよ。ハジメの安眠の妨げになるからね……ここを通りたければ僕を倒してから──」

「珍しいね。教室にいるの。お弁当かな? よかったら一緒に食べてもいい?」

「スルー!?」

 

 我らが女神様は意に介さず難無くと黒乃を躱してハジメの席にやってきた。それにより不穏な空気が教室を満たし始める。ハジメは冷や汗を流しながら心の中で悲鳴を上げていた。

 

 そしてまるで自分などいないようにハジメにだけ視線を向けて話しかける香織を見て「あれ? 俺って存在してるよな?」とシュウは口に出して確認した。どうやらちゃん存在しているようでホッと一安心する。

 

「えっと……有難いんだけどシュウと一緒に食べてるし、それにシュウと黒乃に相談したいこともあったから」

「そうなの? でも南雲くん眠ろうとしてたよね?」

「えぇっとぉ……」

 

 冷や汗をダラダラと流しながらシュウに助けを求める。シュウはため息をつくと香織に話しかけた。

 

「ハジメが眠そうだったから黒乃が食い終わるまで寝てていいって俺が言ったんだよ。分かったら八重樫のところに帰れ。Go Home」

「むぅぅ……なんか澤田くんって私にだけ意地悪だよね?」

「そんなことねぇよ。天之川と同じように接してるだろ? さ、ハジメはこれから眠りにつくんだ、止めないでくれ……コイツが決めたことなんだからな……」

「ねぇ別に僕戦場に赴いて永遠の眠りにつくわけじゃないんだけど、その言い方ちょっと悪意含んでない、シュウ?」

 

 ハジメがシュウの悪意に気づいた時、まさかの光輝から救いの手がさし伸ばされる。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

「? 何で光輝くんの許可がいるの?」

「「ブフッ」」

 

 香織のまさかの返しに同じタイミングで吹いてしまうシュウと雫。光輝は困ったように香織にあれこれと話をしているがその間ハジメは現実逃避をしていた。

 

 もういっそのこと今流行りの異世界召喚でもしてくんないかなー。そう考えているとこじつけが出る出るわ。

 この四人はどう見ても召喚されて勇者として戦うパーティーでしょ、や。あーどっかの世界の神でも巫女でも姫でも王でも盾の悪魔でもスライムでも誰でもいいから召喚してくんないかなー、とかなんとか。もちろん声には出していない。

 

 ハジメがそう思った次の瞬間、光輝を中心に光り輝く幾何学模様の円が浮かび上がった。俗に言う魔法陣と呼ばれるものだ。

 突然のことで何も反応できないでいるハジメたちを無視してあっという間に教室全体に広がり、輝きを増していく。

 

 一番早く動いたのはシュウだった。

 

「ハジメ! 黒乃! 逃げ──」

 

「にげろ」、そう叫ぼうとしたが魔法陣の光が爆発したように光る方が早かった。

 

 光が収まった時には、その教室には誰一人いなかった。

 

 

 

 

 


 

 ハジメ「突然光に包まれた僕らが次に目を覚ましたのはあからさまに異世界だった! 

 そしてイシュタルとかいうお爺さんに話に流されるまま戦争に参加することに!? 

 ていうかシュウも黒乃も空気を乱さないで!! 胃が痛い!! 

 

 次回ありふれた親友、

『異世界召喚! サモン、ワールド、ウォーゲーム!』

 

 熱き闘志を、チャージ、イン!!」

 




 光輝の「俺が許さないよ」理論毎回笑われてるのでそろそろ笑わないでくれるキャラがいる作品が出て欲しい。まあ私は笑わせましたけど。


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第二話「異世界召喚」

転生タグとクロスオーバータグ付けたくない…。


 夢を見る。自分が見たことも無い人たちに囲まれている夢を。

 

 

 夢を見る。その周りの人間が自分に親身になっている夢を。

 

 

 夢を見る。仲間を守るために恐ろしい力を持つ相手に立ち向かう夢を。

 

 

 夢を見る。何度挫けても、何度ボロボロになっても、その度に立ち上がり前を向く夢を。

 

 

 夢を見る。祈るように拳を振るう夢を。

 

 

 夢を見る。幼い子供に銃をつきつけられる夢を。

 

 

 夢を見る。死ぬ気でやれば叶わない事などないという夢を。

 

 

 

 夢を、見る。

 

 

 

 夢を──

 

 


 

 

「シュウ! ねえシュウってば!!」

「っ! こ、ここは……?」

 

 目を開けるとそこは見知らぬ場所だった。聞きなれた幼なじみの声に呼ばれ、どうやら目を覚ましたらしい。

 

「分かんない……それより大丈夫? さっきまで魘されてたんだよ。悪夢でも見た?」

「いや、なんかよくわかんない夢を……見たことないはずなのに知っている……知っている……なんだっけ?」

「? まあ平気ならいいけど……それよりシュウ、ここってまさか……」

「というか黒乃は?」

「やあーお二人さんっ。さっきぶりだね。僕に会えなくて涙を流してなかったかい?」

「うん、いつも通りみたいだね。よかった」

 

 雰囲気に当てられてちょっとカッコよく話そうと思った矢先にシュウに出だしをくじかれて黒乃の追撃をくらいハジメは「ああ、もうなんかいいや」と適当に流すことにした。

 

「異世界召喚、だよな。ハジメの部屋にある小説でよく見る」

「あのスマ○太○とデ○マ○郎のアレ?」

「うん、その言い方は止めようか。かなり失礼だからね。あとアッチは転生の方が言葉のチョイス的には合ってるからね」

「ナニヤッテンダミカァ―!!」

「団長を混ぜないで。いや確かにアレも面白いけどさ」

 

 黒乃のボケに突っ込んで話が進まない事に頭を悩ましていると、いつの間にかシュウは周囲を見回しており、それが終わると真剣な表情で話し始めた。

 

「……どうやらドッキリとかの類じゃないようだな。なんかよく分かんないオッサンたちが大勢いるし」

「えっ? うわっ、ホントだ気持ちわる」

 

 緊張感などありもしない言葉で感想を言う黒乃。ハジメが黒乃の視線の先を見てみるとそこには、白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いて祈るような姿勢で跪いている者たちがいた。 少なくとも三十人以上はいるだろう。それを見たハジメは「確かに気持ち悪いなぁ」と黒乃の言葉に共感した。

 

「僕たちだけじゃないみたいだけど……クラスの皆は全員いるの?」

「教室にいたやつらは全員いるな……くそっ! 俺がもう少し早く気づいてれば……」

 

 地面を殴りつけて自分を責めるシュウをハジメと黒乃が止める。

 そうこうしていると跪いている者たちの中から一際位の高そうな老人が前に出てきた。

 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音でハジメたちに話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者 以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言ってイシュタルと名乗った老人は、微笑を見せた。

 

 


 

 

 ハジメたちは移動して、大広間のような場所へ連れていかれた。高そうな机が幾つも並び光輝を順にスクールカーストの高い方から上座に座って行く。

 だが「そんなの関係ねぇ!」とばかりに黒乃はシュウとハジメの手を引いて雫の隣に座った。雫、ハジメ、黒乃、シュウの順番で座る。香織は雫と龍太郎の間に座っており、ハジメの方をじーっと見つめていた。

 

 そして全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさんたちが入ってきた。こんな状況だと言うのに男子生徒たちは美人なメイドさんたちに目を奪われだらしなく鼻の下を伸ばしている。それを見て女子生徒たちは絶対零度の視線を男子生徒たちに送る。

 

 かく言うハジメも飲み物を入れに来たメイドさんに目を奪われそうになるが背筋に冷たい何かが刺さり、振り向いてみると光のない瞳をこちらに向けた香織が微笑んでいるのが見えたので、ハジメは震える体を抑えながら大人しく正面に向き直った。

 

 一方シュウはと言うとメイドさんを見て「比べるまでもなく黒乃の方が可愛いな」とめちゃくちゃメイドさんに失礼なことを考えていた。

 

「おおー! ハジメハジメ! メイドさんだよ! リアルメイドさんだよ!」

「ちょっと黒乃、静かにしなさい」

 

 メイドさんにはしゃいでいた黒乃を雫が窘めると黒乃は少し不満そうにしてたが「はーい」と言って静かになった。

 

 それからイシュタルによる長ったらしい話が始まるのだが要約すると、

 

 

【今まで戦争してた魔人たちが魔物使い始めてマジやばい】

 

【人間たち弱いから太刀打ちできない】

 

【そしたら神様が勇者呼べばおkって言ってきたからハジメたちを呼んだ】

 

【勝手に呼んだけど君たちには魔人族と戦ってもらうからよろしくたのむ】

 

 

 とのことである。

 

 これを聞いたシュウとハジメと黒乃の三人は呆れを通り越して自分たちを呼んだイシュタルたちを馬鹿なんじゃないのかと思った。そして場の空気に流されて戦争に参加しようとしている光輝たちをシュウと黒乃は冷たい目で見ていた。

 

 すると社会科担当教師の畑山愛子先生、通称愛ちゃん先生が立ち上がって抗議し始めた。

 

「この子たちを戦争の道具にさせるなんて私が許しません!! 早く私たちを返してください!!」

「うむぅ、お気持ちはお察ししますが現状、貴方たちの帰還は不可能なのです。先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな……貴方立ちが帰還出来るかどうかもエヒト様次第なのです」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を下ろすと今まで黙っていた生徒たちが一斉に騒ぎ出す。

 

「嘘やろ? 帰れないってなんやねん!」

「いやん! 何でもいいから私たちを帰してよ!」

「あ゛あ゛!? 戦争なんて冗談じゃねぇ! ざっけんなよ!」

「帰してくれよ……俺の家に帰してくれよォ!!」

「笹食ってる場合じゃねぇ!」

 

 周りがパニックになる中、シュウは極めて冷静だった。イシュタルが話す内容の節々から何となく帰れないことは察していたし、なによりハジメが貸してくれた小説の中でもこのような展開になる小説もあったので帰れなくて当然だろうと思っていた。むしろ何故逆に帰れると思ったのか、とパニックになる生徒たちを見て溜め息をついた。

 

 黒乃もシュウと同じくハジメに借りた小説のおかげで帰れないことは察していたので取り乱すことは無かった。が、幾ら大人びていても高校生。やはり家に帰れないという恐怖やこれから命の取り合いをするという恐怖があるらしく肩を震えさせてシュウの腕に抱きついた。

 

「シュウ、ごめんよ……僕は少し怖いよ……怖いよ……」

「……安心しろ。俺は黒乃とハジメを守るために今まで鍛えて来たんだからな。何があろうが守ってやる」

 

 シュウは黒乃の手を握りながら黒乃にだけ聞こえる声でそう言った。それを聞いた黒乃は震える声で小さく返事をした。

 

 未だパニックが収まらない中、光輝が突然テーブルを叩き、注目を集めてイシュタルと話し始めた。自分たちが魔人族を倒せばエヒト様とやらは帰してくれるのか、と光輝が聞くとイシュタルは魔人族を倒した救世主の頼みなら聞いてくれるだろうと答えた。

 

「ハジメ……どう思う?」

「うん……百パーセントじゃないけど八割くらいの可能性で嘘だろうね。 だいたい、僕たちを呼んだ神様がそんな融通の利く神ならまず僕たちの前に現れて説明とかしてくれるだろうしね」

「スマホの爺さんを見習えって欲しいよな、そのエヒトってやつも」

「その話はよそう。止めよう」 

 

 黒乃を挟んでイシュタルたちに聞こえないようシュウとハジメは話し合う。最初は真面目だったのだがシュウがネタを挟んできたのでハジメは話をやめた。

 

「うん、なら大丈夫だ。俺は戦うよ。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。俺はお前の背中を守るために鍛えていたんだ……俺もやるぜ?」

「龍太郎……!」

「それしか、ないのよね。気は向かないけど……アンタたち二人に任せ切りになるくらいなら私もやるわ」

「雫……!」

「え、えっと、雫ちゃんが、皆がやるなら私も頑張るよ!」

「香織……!」

 

 シュウとハジメが話を止めると、ちょうど光輝がカリスマを発揮させていつもの三人と一緒に戦う意志を見せていた。

 それを見てパニックになっていたクラスメイトたちは落ち着き、光輝たちがやるなら自分たちも! じゃあ俺も! 私も! と一斉に賛同し始めた。

 

 愛子先生はオロオロと「ダメですよ〜」と言っているのだが誰も耳を貸さない。場の雰囲気に流されて、酔っているのだ。

 

 そして、この空気を容赦なく切り裂く者たちがいた。

 

「盛り上がってる所悪いが……お前ら馬鹿だろ」

 

「君たちちゃんと今の状況を理解してるのかい?」

 

 シュウと黒乃だ。二人はクラスメイトたちを冷たい目で見ながら響く声で全員にそう言った。

 

「……どういうことだ? 澤田。俺たちをバカだなんて……皆で帰るために、力を合わせるために団結してるじゃないか。 それに黒乃、状況を理解したからこそ俺たちはイシュタルさんたちを助けることにしたんだぞ?」

「そこまで言うなら天之川、お前は人を殺せるんだな?」

「は?」

「人を殺せるんだな、と聞いているんだ。天之川だけじゃない、お前ら全員だ。お前らには人を殺す覚悟があるんだな? いざと言う時に出来るんだな?」

 

 そう、シュウたちは考えていたのだ……魔人族について。魔人、人という漢字が使われているのだ。多少違うところはあるかもしれないが見た目は殆ど自分たちと変わらない存在なのだろう。それを前にして光輝たちは果たして戦えるのか、否、それは無理だとシュウは判断した。

 

「今さっきまで俺たちはただの高校生だったんだ。そしてわけも分からない所へ突然呼び出されて、わけも分からん奴らと戦争するからそいつら殺してくれと頼まれる。それをお前らは疑いもせずに了承した。それは勿論、人を殺す覚悟があるからそう判断したんだな? 親や兄弟、恋人、友たちがいるかもしれない人を、殺すんだぜ……?」

「うっ……」

「まさかとは思うが……お前ら、敵はゲームなんかに出てくるモンスターとでも思ってたのか? あの爺さんは魔人族って言ったんだぜ……魔人……つまり人だ。敵も俺たちと同じ人なんだよ。しかも今まで殺人なんかしたこともないヤツらが殺すか殺されるかの戦場に赴くんだ。それ相応の覚悟があって、言ったんだよな?」

 

 シュウの言葉を聞いて先程まで盛り上がっていた光輝たちはお通夜みたいに静まり返った。

 そして畳み掛けるように黒乃が話し始める。

 

「凄いね君たちは、僕にはとても真似出来ないよ。出会って一時間も経たない老人の話を鵜呑みにして戦争に参加しようとするなんて、ね」

 

 その言葉に更に空気が重くなる。

 

「ねえ香織っち、雫っち。そこの頭が天之河な彼はともかく君たちは理解できないのかい?」

「……どういう……こと?」

「今そこの老人、えーっとイシュバールさんだっけ?」

「イシュタルだ黒乃」

「おおそうだったそうだった。そのイシュタルタルソースさんは君たちにこう言ったんだよ? 『君たちは自分たちより強い。だから自分たちの駒となって敵を殺せ』ってね。 凄いね、僕たちに出来ないことを平然とやってのける君たちに痺れも憧れもしないけど軽蔑するよ」

 

 トドメとばかりに黒乃の言葉が響く。

 

「え、なにこの空気。おっも、重すぎやしないかいちょっと」

「まあ十割俺たちのせいなんだけどな。でも間違ったことは言っていない。ハジメもそう思うだろ?」

「え? あ、うん。そうだね」

「はいハジメの言質いただきましたー」

「へっ……あっ」

 

 ここぞとばかりにクラスメイトの視線が、ついでにイシュタルたちの視線もハジメに突き刺さる。ハジメからは壊れた蛇口のように尋常ではない量の冷や汗が滝のように流れ出る。

 ああ。胃が痛い──ハジメが異世界に来て初めて味わった痛みであった。

 

 シュウと黒乃の忠告も虚しく、結局光輝たちは戦争に参加することを決めた。そして自分たちは参加すると言っていないのに何故か仲間のカウントに入れられたシュウと黒乃は額に青筋を浮かべながらニコニコしており、ハジメはそれを見てガクブルになっていた。

 

 シュウたちは今いる【神山】という場所にある教会からハイリヒ王国という国へ行くために下山した。

 その際にイシュタルが魔法を見せるとそれを初めて見た生徒たちはキャッキャッと騒ぎ出す。

 これから命懸けの日々になるかもしれないと言うのに呑気だなぁ、とシュウはクラスメイトたちを冷たく見ながらこれからの事を考えた。

 

 

 

 

 


 

 シュウ「異世界あるあるステータステンプレに乗っ取るようクラスメイトたちのステータスはチートそのものだったようだ。

 俺もチートのうちの一人だったけどハジメと黒乃の顔は青ざめていて……どうしたんだあいつら? まあ可愛いからいいか! 

 

 次回ありふれた親友、

『天職判明! チート、グレート、ステータス!』

 

 熱き闘志を、チャージ、イン!!」

 




 実際、あの場で光輝の「俺はやる、人々を救ってみせる!」の話を否定できる人間は殆どいないと思う。空気に飲まれてダチョウ倶楽部になるか怖いわー戦争怖いわーって感じでビビってるかのどっちかだと思うノーネ。だからこの作品の主人公サイドは異常者だってはっきりわかんだね(辛辣)
あと二次創作でも異世界ラノベ優秀すぎて草生える。


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第三話「天職判明」

 何だこの清水は…(魔改造は)やめろー!こんなの清水じゃない!



 王宮に着くと、すれ違うメイドさんや騎士っぽい人たちに畏敬の念を込めた視線で見られることが何度かあったり、この国の国王、王妃、王女、王子を紹介されその後に晩餐会が開かれた。晩餐会ではシュウたちのこれからの事が話され衣食住の提供と魔人族と戦うための座学と訓練について教えられた。

 晩餐会が終わると部屋に案内されるのだが、各自に一部屋与えられると聞いた時は生徒たちは全員が愕然としていた。シュウは明日の訓練も朝早いとの事でベッドに潜ると直ぐに眠りについた。

 

 


 

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、集まった生徒たちに横長の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒たちに、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 いわゆるゲームなどで言うステータスを見れるプレートらしく、身分証明書にもなるらしい。

 

「プレートに血を一滴垂らして『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示される。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「団長ー! 質問でーす。アーティファクトってなんですかー?」

「そうだな……アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通はアーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは身分証に便利だから一般市民にも流通している」

「なるほど……団長ありがと!」

「おうよ! それじゃあ所持者登録してみてくれ」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員たちにも普通に接するように忠告するくらいだ。

 その姿と態度に黒乃とシュウとハジメの三人は異世界に来て初めて好感が持てた。この人は信頼出来ると三人で共感しあったほどだ。

 実際、黒乃はもう懐き始めている。ただ「団長」と呼びたいだけなのかもしれないが。

 

 生徒たちはメルドの言葉に納得すると、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。シュウも同じように血を擦りつけ表を見る。

 

 

澤田シュウ 17歳 男 レベル:1

天職:炎闘士

筋力:80

体力:80

耐性:80

敏捷:80

魔力:50

魔耐:50

技能:超直感・炎属性適正・縮地・限界突破・復活・言語理解

 

 

 ステータスプレートにはこのように映し出されていた。「まるでゲームだな」とボヤキつつハジメと黒乃の方へ向かう。黒乃はステータスプレートを見ながら腕を組み首を傾げており、ハジメの方はプレートを見ながらニヤニヤとしていた。

 それほどステータスが良かったのだろうかとシウがハジメに聞こうとするとメルドから説明がなされた。

 

「全員見れたな? 説明するぞ。まず、最初に『レベル』があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。つまりレベルはその人間が到たちできる領域の現在値を示していると思ってくれ。まあ『レベル100』なんてそうそういないがな!」

 

 ガハハと豪快に笑いながらメルドは話を続ける。

 

「それとステータスは日々の鍛錬で当然上昇する。また詳しいことはわかっていないが魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。ああ、言い忘れていたが後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 メルドの話を聞く限りゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がるのでも、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということでもないらしく、地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

「次に『天職』ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。天職持ちは少ないんだが戦闘系天職と非戦系天職に分類されているが、生産職は持っている奴が多いな」

 

 シュウとハジメと黒乃は一斉にステータスを見る。シュウの天職欄には『炎闘士』と書かれている。字面から察するに戦闘職のようだが、シュウはどのような物なのか想像がつかないようだ。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体『レベル1』の平均は『10』くらいだな。まぁ、お前たちならその数倍から数十倍は高いだろうがな! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 なるほど、とシュウは頷く。どうやら自分のステータスはこの世界ではそこそこ高い部類に入るようだ。そしてハジメと黒乃はどうなのか、と二人の方を向いてみると二人は顔を顔を真っ青にして汗をダラダラと流していた。

 シュウはそんな二人のステータスが気になりプレートを覗き込んで見ると、

 

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 

 

日狩黒乃 17歳 女 レベル:1

天職:陰陽師

筋力:5

体力:5

耐性:5

敏捷:5

魔力:30

魔耐:30

技能:陰陽術・不吉・言語理解

 

 

 と、書かれてあった。なんともまあ……ハジメの方は見事な平均ステータスと非戦闘職の天職が刻まれていた。黒乃の方はハジメより酷いかもしれないステータスだった。なにより技能のところに見える『不吉』という言葉が一際目立っていた。勿論悪い意味で。

 

「「シュ〜ウ……」」

 

 二人揃って涙目でシュウに助けを求めるように名前を呼ぶ。シュウは意図を察し、一度目を瞑りフッと笑うと、いつも見せる笑顔を浮かべてハジメと黒乃にステータスプレートを渡した。

 ハジメと黒乃はそれを見て「やっぱり仲間だったか!」と嬉しそうに目を輝かせて顔を綻ばせたが、ステータスを見た瞬間、絶望のどん底に叩き落とされたような表情になった。

 

「ゴメンな、俺……格闘技やってたから」

「「う、う、裏切り者ー!! 」」

 

 二人の叫びは虚しく訓練場にこだまするだけだった。

 

 それからステータスをメルドに報告していくことになり、一番最初に報告しに行った光輝は天職『勇者』、ステータスはオール『100』、技能は十個以上というチートもチートのステータスだった。それを聞いたハジメと黒乃はSANチェックに失敗したのか光を失った瞳をシュウに向けながら乾いた笑みを零していた。

 そしてどうやらチートは光輝だけではないようで……他のクラスメイトたちは光輝に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも戦闘系天職ばかりなのだ。もうハジメと黒乃のライフはゼロである。

 そして順番はシュウに回ってきて、シュウはメルドにプレートを渡した。

 

「ほうほう。ステータスも充分高いな。だが炎闘士なんて天職は初めて見たな……技能の超直感や復活、炎属性というのもスマンがよく分からん。火属性はあるんだがなぁ……恐らくそれと似たような属性なんだろう。見たことも無い天職を持つなんてやはり俺たちとは違うな! 期待してるぞ!」

「まあ、メルド団長の期待には応えられるように頑張ります」

「おう! 頼んだぞ!」

 

 わざわざメルド団長の、と言ったのは国やイシュタルたちの期待には応えないということなのだろう。

 

「じゃあ、いってらしゃい。二人共」

「「うぅ……」」

 

 ハジメと黒乃は二人揃ってとぼとぼとメルドの元へ向かって行った。

 二人が来たのを見て、今まで規格外のステータスを確認してきたメルドのホクホクしていた表情が更に強くなる。それを見てハジメと黒乃は顔を歪ませる。

 

「どれどれ〜? ん?」

 

 あれ? と声を上ずらせる。そして目を擦り何度か瞬きをする。んん? と困惑した声を上げる。

 そして言いにくそうに頭を掻きながらハジメのステータスプレートを返す。

 

「あ〜……なんだ。錬成師っていうのは所謂鍛治職のことだ。鍛治する時に便利だが……」

「なんだぁ南雲、お前非戦系職かよ!」

「メルドさん、錬成師って珍しいんですかー?」

 

 檜山たちのハジメを煽る態度にメルドは一瞬眉をしかめるが直ぐに表情を戻し何事も無かったかのように説明する。

 

「いや、国お抱えの鍛冶師なら全員持っているな。そこまで珍しくもない天職だ」

「ぷっは! だっせぇー! どうやって戦うんだよそれで!」

「てか天職ショボイってことはステータスは高いんだろーな?」

 

 ハジメからステータスプレートをぶん取りステータスを覗く。そしてステータスを見たのだろう。檜山たちは馬鹿にするように下品な笑い声を上げる。実際に馬鹿にしているのだろう。自分たちのステータスの方が高いという優越感が彼らの自尊心を更に増長させた原因だろう。

 

「ギャハハハ!! なんだこれ! ただの雑魚じゃん!!」

「こんなんで魔物倒せんのかよ! お荷物じゃんだっせー!」

「いい加減にせんかお前ら! ハジメにステータスプレートを返さんか!!」

 

 余りにも幼稚な行動に見ていられなかったのかメルドが怒鳴り声を上げる。檜山たちは舌打ちをすると面倒くさそうにステータスプレートを投げ返した。

 一方それらの様子を黙って見ていた雫だったのだが、シュウと黒乃が大人しいのに違和感を感じチラリと目線を送ると……。

 

右ストレートでぶっ殺す……真っ直ぐ行ってぶっ殺す……右ストレートでぶっ殺す……真っ直ぐ行ってぶっ殺す……右ストレートでぶっ殺す……

刻んで殺す刺して殺す折って殺す呪って殺す恨んで殺す殺して殺す殺すから殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

 

 物凄い憎悪のオーラを纏ってブツブツと呪禁を呟いている。なんかあの周辺だけ空間が歪んでいる気がするのは雫の気の所為ではないだろう。

 ヤバい雰囲気に気づいたのかメルドが二人に視線を向けるとギョッとしてハジメのフォローに入る。

 

「ま、まあ非戦系の天職である錬成師なんだ。無理に前線に出てもらう必要は無い。だが最低限、自分の身を守れる程度には鍛えさせて貰うがな。それに皆の武器の整備や強化を迷宮内でしてくれる人材は貴重だ。恥じることは無い」

「はあ、ありがとうございます」

 

 急に捲し立てるように自分の良い点を上げてくれるメルドに困惑しながら後ろに下がる。メルドと雫が二人の方を見ると大分落ち着いたようで呪禁は収まっていた。まあまだ不機嫌ではあるようだが。

 ハジメが戻ってきたのを見て次に黒乃がメルドの元へ向かい、ステータスプレートを渡す。

 

 先程の修羅場に冷や汗を流したメルドだったが、気を取り直してステータスプレートを確認する。

 見慣れない天職に口角を上げるがステータスを見て上がった口角が直ぐに元に戻る。技能欄を見たのか眉も八の字になっていた。

 

「うーむ……陰陽師、というのは聞いたことがないな。ステータスを見るに後衛職であるのは分かるんだが……不気味なのは技能欄にあるこの技能だな」

 

 渋い顔をしながらステータスプレートを見つめていたが不安そうな黒乃の表情に気がついたのだろう。ニカッと豪快な笑みを浮かべ黒乃にステータスプレートを返す。

 

「しかし見たこともない天職を持つのは流石だ! きっとレベルを上げていけば強力な派生技能を覚え、この技能もお前の役に立つようになるはずだ!」

「……そうだね。そうなるよう頑張るよ、団長」

「おう! その意気だぞ!」

 

 メルドに励まされたおかげで後ろ向きだった考えが前を向く。

 

「ようし! 頑張るぞー!」

「一緒に頑張ろうね、黒乃」

「うん!」

 

 溌剌とした笑顔に見惚れたものは少なくない。そのうちの一人である少年が話しかけてきた。

 

「なあ南雲」

「清水くん? どうしたの?」

 

 そう言ってハジメに声をかけてきたのは清水幸利。ハジメと同じオタク趣味のクラスメイトでハジメの数少ない友人の1人でもある。

 

「いや天職が錬成師って聞こえたからさ」

「なんだい? 君もハジメを馬鹿にしに来たのかい……?」

 

 女子とは思えないほど低い声で唸り、睨みつける。これに清水は慌てて首を振り否定する。

 

「ちっ、違う違う!? 錬成師だからって武器だけを創るのが仕事じゃないだろ!? 土や壁を錬成して敵を封じ込む戦い方とか出来ないかなって思ったんだよ!!」

「封じ込む……ああ、そっか。そういう戦い方も確かに出来るね。ありがとう清水くん。戦略の幅が広がったよ!」

「いや……なんだ。さっきの檜山たちの言い草にムカついてさ。非戦系がなんだ! 俺も手伝うから見返してやろうぜ!」

 

 清水が拳を握りハジメに突き出す。ハジメは清水の意図を察して少し照れながらも自分の拳を軽くぶつけた。

 

 その光景を「うんうん」と頷きながらシュウは微笑んでいた。

 

 

 

 

 


 

 黒乃「不本意ながら魔人族と戦うことになった僕たちは戦い方を知るために訓練に参加することになった。

 シュウや筋肉が互いに競いあっている中、小悪党グループがこそこそ動いていた。一体何をするつもりなのかな? 

 

 次回ありふれた親友、

『差別的訓練! アングリー、バイオレンス、ジェノサイド!』

 

 熱き闘志をチャージイン。

 

 ……これ言わないとダメ?」

 




 綺麗な清水は二次創作八幡に通じるものがあると思います。つまり清水はSHIMIZUだったんだよ!
ΩΩΩ「な、なんだってー!?」
 ぶっちゃけうちの清水くんはオリキャラです。清水の皮を被ったオリキャラです。
オリキャラと化した清水くん。


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第四話「差別的訓練」

 坂上っていっつも同じセリフしか言わないし空気んにくじゃないですか?だから強化しました。筋肉 バカに。
 あと清水くんがイケメンなので注意してください。


「行くぜ坂上!!」

「来いや澤田ぁ!」

 

 炎を纏った拳と『金剛』によって強化された鈍色に光る拳が激突し、衝撃波が修練場に広がる。

 

「ちいっ!」

「ぐおぅ!」

 

 お互いの拳の威力に押されシュウも龍太郎も後ろに吹き飛ばされる。しかし直ぐに体勢を立て直しシュウはファイティングポーズを、龍太郎は空手の構えをとる。

 

「うおおおお!!!」

「うらぁあああ!!」

 

 上段の回し蹴りと右ストレートがぶつかり合いゴウッ! と修練場の空気を振動させる。数十秒蹴りと拳をぶつけたまま睨み合う。

 

「……やるな」

「お前こそ、また腕上げやがって」

 

 構えを解き息を吐く。あくまで力試しの組手だったようでお互いに良かったところや悪かったところを上げ合いあーだこーだ話している。

 そんな様子をハジメと黒乃は地面に座り込みながら遠巻きに見ていた。

 

「二人とも凄いね」

「脳筋ゴリラはいつもの事として……シュウまで脳筋に染まってきているのは如何なものかと僕は思うけどね」

 

 ただただ純粋に賞賛しているハジメとは対照的に黒乃は胡座をかいて頬杖をつきながらブスーっと不満を垂れている。

 そんな二人の元に異世界の服装に身を包んだ香織と雫がやってきた。香織は装飾が施された杖を片手に、雫はロングソードを腰に差している。

 服装も武器も全て国の宝物庫に保管されていた装備で生徒に配られた装備はどれも一級品の性能をしている。

 

「わあ〜龍太郎君も澤田君もどっちも凄いね! ね、南雲君!」

「え? ああ、うん。そうだね二人とも流石だよね」

「黒乃たちは何をしていたの?」

「観戦さ。僕たちよわよわステータス組は訓練しようにもやり方が分かんないからね」

 

 黒乃が話した通り、ハジメと黒乃は基本的に訓練にはあまり参加しない方針になっている。というのもハジメは非戦系職の錬成師。戦闘訓練よりも錬成を勉強した方が有意義なのは明らかだ。

 一方の黒乃はというと戦闘訓練はハジメより少なく、ひたすら図書館に籠ってありとあらゆる魔法に関する本を読んでいた。謎の技能である『不吉』もそうだが、『陰陽術』に関しても謎が多い。その謎を解くためにこの世界に知識を頭に叩き込んでいるのだ。

 

「そう言えば貴方の天職は【陰陽師】だったわね」

「あれ? 黒乃ちゃんの家って神社だったっけ?」

「いいや。普通の一般家庭。だから謎なんだよね」

 

 字面的にかの安倍晴明を彷彿とさせる天職だが未だに出来ることが分からないでいた。日本の図書館などになら陰陽術や陰陽師について記された本が何冊もあるのだろうが悲しいかな、ここは異世界。日本文化などあるはずが無かった。

 

「……まあ、そのうち出来ることが見つかるわよ。きっとそれは黒乃にしか出来ないはずよ」

「……そうだといいけどね」

 

 これっぽっちも期待していない黒乃の声色に雫は眉を潜ませた。

 

「ねえ、黒──」

「ぜあぁああ!!!」

「どりゃあああ!!!」

 

 黒乃を慰めようとした雫の声を、野太い二つの雄叫びが遮った。

 

 


 

 

「全員集合!! 本日の訓練はこれまで! では、解散!!」

 

 メルドの号令を受け生徒たちはそれぞれ訓練場から出ていく。ほとんど生徒が出ていく中、あるグループだけが残っていた。

 

「メルド団長! 何故南雲と黒乃を訓練に参加させないんですか!」

「だから何度も説明しただろ。ハジメの坊主は戦闘員よりも錬成師としてのレベルを上げるために王国専属の鍛冶師たちの元で錬成技術を上げてもらっている。黒乃の嬢ちゃんはステータス的にも後衛職だから肉体的な訓練よりも魔法訓練の方に力を入れてもらっているんだ」

「けど! 皆が訓練してる中別行動をしている二人に不満が募っているのは確かです! これじゃあチームワークが乱れます!」

「ううむ……確かに一理あるな。よし、折を見て訓練に参加するよう話してみるがあくまで本人たちに意思確認をするだけだ。無理強いはしないということを頭に入れておけよ」

「なっ、しかし!」

「光輝!! いい加減にしなさい!」

「っ雫…………分かりました。メルド団長、無理を言ってすみませんでした」

 

 まだ納得いっていない様子であった光輝だったが雫に諭され渋々引き下がった。なぜ自分の考えを理解してくれないのか、メルドには光輝の背中にそう書いてあるように見えた。

 

「待ちなさい光輝! ごめんなさいメルド団長、失礼します!」

「雫ちゃん! し、失礼します!」

 

 訓練場から出ていく光輝を追って雫が、その雫を追って香織が走り去って行った。まだ訓練場に残っているのはメルドと騎士団の団員三名、そして……。

 

「龍太郎、お前は行かなくていいのか?」

 

 光輝グループの一人、坂上龍太郎である。龍太郎は何故か光輝たちの後を追わずに訓練場に留まっていた。

 

「ん? ああ。光輝のことなら雫が上手くやってくれるから大丈夫ッスよ。それよりメルド団長、頼みがあるんスけど……」

「お前がか? なんだ、言ってみろ」

「アザっす……メルド団長! 俺に稽古をつけてくれ!」

「おいおい!? 何だ急に! 頭を上げろ龍太郎!」

 

 頭を下げて懇願する龍太郎にメルドの顔は驚愕に染まる。周りの団員たちも驚きの色を顔に出している。

 取り敢えず龍太郎の頭を上げさせて理由を聞く。龍太郎は頭を掻きながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「この前、澤田に言われたんスよ。『天之河を止められるのは八重樫でも白崎でもない、お前だ。だからアイツの暴走を止められるくらい強くなれよ』って」

「光輝を止める、だと? 一体どう言う意味だ?」

「光輝は昔っから正義感が強かったんスよ。だからよくトラブルに巻き込まれることが多かったッス。だから俺は光輝の背中を守るために鍛え始めたんスけど……」

「異世界に来て光輝の強さについていけるか心配になった、と」

「情けねぇ話っスけどそういうことっス。勇者になったアイツはいつか必ず壁にぶつかる。んで迷う時が来るはずだ。その時、もしアイツが間違った道を進もうとしたなら誰かが殴ってでも止めなきゃ行けない。その時に止められるのは澤田でも雫でも、香織でもない! 俺なんだ! でも、このまま訓練を続けてもアイツの、光輝の成長速度には敵わねぇ……!!」

 

 拳を握りしめ悔しがる龍太郎の肩にメルドは手を置く。ハッとなり龍太郎が顔を上げるとメルドは穏やかな顔で目を合わせて頷いた。

 

「龍太郎。お前の気持ちはよく分かった。そういうことなら俺たちに任せろ! 時間が許す限りお前を鍛え上げてやる!!」

「団長……皆……ありがとうございます!! 俺、ぜってー強くなってみせます!!」

 

 揺るがない決意を胸に刻んだ龍太郎を見て『こいつは強くなるな』と思ったメルドだったが、一つ気になることがあった。

 

(しかしなぜシュウはそんな話を龍太郎に話したんだ? いつか光輝が暴走すると確信している……? 確かに光輝は不安定なところがあるが……)

 

「メンタルケアに力を入れないとな……」

「ん? 何か言ったっスか?」

「む。いや、何でもない。さあ明日から早速特訓開始だ! 明日のためにも今日はしっかりと休め!」

「ウス!」

 

 龍太郎を見送った後、団員たちに集合をかけ生徒たちのメンタルケアを重要視するよう伝えた。世界を救う神の使徒とは言えまだ子供、モンスターは殺せても人は殺せないだろう。

 もしも生徒たちの一人が人を殺したら、または生徒たちから死者が出たら、戦いに恐怖を覚え剣を取れなくなるものは決して少なくないだろう。

 

「天災恐れて警めよ、か……用心するに越したことはない。明日から始めるぞ」

 

『天災恐れて警めよ』とは日本の諺でいう『備えあれば憂いなし』と言った意味である。雷や嵐のような天災はエヒト神が人類に与えし試練であり、いつ何時起こるか分からない。だからいつも警戒していても不足はないと言った意味合いがある。

 

 杞憂で済めばいいが、そうもいかないだろう。メルドの歴戦の戦士の勘がそう告げていた。

 

 


 

 

「ハジメー、どこだー?」

 

 訓練を終えたシュウはハジメを探しに廊下を歩いていた。もう夕食の時間となるのに未だに姿を見せないので探しに来たのだ。ハジメ以外にも檜山ら小悪党グループも見当たらないのでシュウの他に黒乃と光輝グループ四人が手分けをして探している。

 

「ハジメのやつ一体どこに……ん?」

 

 不快な感覚を察知し、それを感じる方向へ走り出す。この世界に来てから妙に感がよくなったと思う。『超直感』という技能がその答えなのだろうが気味の悪さは無く、むしろ懐かしさを感じる。

 

 直感に導かれるまま走っていると着いた先は訓練場だった。

 

「……てんじゃねぇよ!」

「……うぐっ!」

 

 中からハジメの声が聞こえる。同時に何かが爆ぜる音や人を殴る鈍い音も。

 

「まさか……!」

 

 訓練場に入るとそこでは檜山グループ四人がハジメをタコ殴りしている姿があった。ハジメの顔には殴られたような傷があり、服はところどころ焼け焦げた跡や切り裂かれた跡がある。

 

「ハジメェ!!!」

「げっ澤田!?」

 

 檜山グループの一人、中野がシュウを見て焦るがシュウは四人のことなど気にも止めずに一目散にハジメの元へ駆け寄る。

 

「おい! 大丈夫かハジメ!? 返事をしろ!!」

「あは、は……大丈夫だよシュウ……それより、清水くんの方が……」

「何?」

 

 ハジメが指を指した方に目を向けるとそこには壁によりかかってぐったりと気絶しているボロボロの清水がいた。

 

「僕を庇って……檜山くんたちに……!」

「……テメェら……覚悟は出来てんだろうなぁ……」

 

 額に血管が浮き出るほど激怒している。中野、近藤、齋藤はシュウの迫力に怯えているが檜山はハッと鼻で笑い冗談を言うような口調で話し始めた。

 

「おいおい澤田ァ、勘違いすんなよ。俺らはただ弱っちい南雲に稽古をつけてやってただけだぜ? なぁ?」

「そ、そうそう。むしろ俺らの優しさに感謝してほしいわー」

「つーか清水の奴もバカだよな、何が『南雲を殴るなら俺が容赦しない!』だよ! たかが『火球』と『風球』五、六発で気絶してやんだぜ?」

「マジダサかったぜ。オタクがイキリやがってよ。なんならお前も鍛えてやろうか澤田? なんつってなギャハハ!」

 

 シュウは四人を黙って見つめていた。睨むのではなくただただジッと、無機質な冷たい瞳で見つめていた。まるで道端に落ちているゴミを見るように……その目が気に食わなかったのか檜山は怒鳴り散らし短剣をかざしながら突っ込んできた。

 

「んだその目はぁあ!!!」

 

 振り下ろされたナイフを持つ手を振り払いガラ空きの腹部に蹴りを叩き込む。

 

「ごはぁっ!?」

 

 メキりと骨が軋む音が周りの人間に聞こえる程思い蹴りだった。檜山は壁まで吹き飛ばされ地面を転がる。中野たちは突然の事で一瞬反応出来ないでいたが直ぐに感情を怒りに染めてシュウに狙いを定める。

 

「この野郎! “ここに焼撃を望む”! 『火球』!」

「こっ、“ここに風撃を望む”! 『風球』!」

 

 燃え盛る火の玉と渦を巻く風の玉がシュウに向けて放たれる。シュウはそれを避けるでもなく逸らすでもなく、拳を振りかぶり撃ち抜いた。

 

「なっ!? ぐげぇ!!?」

「ウゴァア!!?」

 

 中野と齋藤がシュウの拳を顔面にくらい吹っ飛ばされる。ステータス上ではシュウもチート組と遜色ないので現在のシュウのパンチは鉄板を軽々とぶち抜ける威力だ。そんな威力の拳を顔全体で受け止めた二人の意識は簡単に刈り取られた。

 

 残った近藤だが──

 

「ひ、ひぃいいい!!! ゴフッ!?」

「ぐぎゃっ!?」

 

 シュウの飛び蹴りを胸部で受け止め三人と同じように吹っ飛ばされた。そして意識が回復した檜山に衝突し、仲良く意識を手放した。

 

「ふぅ……こいつらには後で制裁を加えるとして、ハジメ! 大──」

「な、何これ!? っ南雲くん! 大丈夫!?」

 

 声のした方を振り向けば現状を理解した香織と雫、把握しきれていない龍太郎、そして理解出来ていない光輝がいた。

 香織はハジメの傷を見て顔を青くする。それは雫も同じで忌々しげな視線を伸びている檜山たちに送る。

 

「すぐに治すね!」

「待って、清水くんも一緒に……僕を庇って怪我を……」

「分かったわ」

 

 雫はそう答えると壁に寄りかかるように気絶している清水の腕を自分の肩に回して持ち上げた。遠くで見ていた龍太郎がそれに気づき手伝いに駆け寄る。

 

「ありがとう龍太郎」

「いいってことよ。俺も何となく察したぜ」

「あら珍しい。でも光輝はそうはいかないみたいね」

 

 雫の言う通り、視線の先ではシュウに怒気を帯びた声で話しかけている光輝がいた。

 

「澤田! なんで檜山たちが倒れているんだ!? お前がやったのか!」

「うるさいのが来たな……まず理由を聞け」

「理由だと!? 理由があればクラスメイトを、仲間を傷つけていいと思うのか!?」

「ちょっと光輝、落ち着きなさい」

 

 抱えていた清水を下ろし香織に治癒を任せる。目に見える傷が癒されていくのにつれて息遣いも穏やかなものに変わる。

 一方光輝はと言うと雫に落ち着けと言われ自分の意見を否定されたと思い、更に語気を強める。

 

「落ち着けだと!? 落ち着いていられるか! 仲間を傷つけられたのに──」

「いいから落ち着けっての!」

「いてっ! 何するんだ龍太郎!」

 

 話を聞かない光輝に痺れを切らした龍太郎が光輝の頭を軽く叩く。光輝は突然叩かれて驚きシュウから目を離す。

 

「お前が雫の話を聞かないで暴走してるからだっつの。まずは深呼吸して澤田の話を聞いてやれよ」

「で、でも!」

「ほら光輝、深呼吸しなさい」

「わ、分かったよ……」

 

 龍太郎だけでなく雫からも諭された光輝は仕方なく深呼吸をする。狭まっていた視野が広がり思考がクリアになる。それを見てシュウは溜息を吐いた。

 

「やっと話を聞く状態になったか。坂上、この調子で頼むぜ」

「おうよ。で、何でアイツらは伸びてんだ? まあ南雲と清水が倒れてるから何となく分かるが……」

「どういうことだ?」

「それは僕が話すよ。ありがとう白崎さん」

 

 未だに理解していない光輝を見て治療をしてくれた香織にお礼を言ってハジメが話し始める。

 ハジメの話を要約すると、メルドの話を聞き訓練場で剣を振っていたハジメに檜山たちが絡みにやって来て「特訓をしてやる」と言ってきたらしい。

 

「なんだ特訓なら問題ないじゃないか」

「黙って聞く」

 

 光輝が口を挟むが、雫にピシャリと言われ今度こそ口を真一文字に閉じる。

 

 特訓といえば聞こえはいいが、実際はただのリンチだった。ハジメが特訓を断ると檜山たちは激高し、ハジメの身体に蹴りや拳を叩き込み、しまいには『風球』や『火球』などをぶつけてきた。たまたま通りかかった清水がハジメのことを庇ってくれたのだが多勢に無勢ということもあり、彼らは矛先を清水に変えて魔法で集中攻撃をした。それで清水は壁に激突し気を失ったのだ。

 その事についてハジメが怒ると檜山たちは逆ギレしてリンチがより一層激しくなった。

 

 そしてシュウがやって来てあとはご覧の有様だ、と話を締める。

 

「そんな……」

「これで分かっただろ? 清水が起きればこいつの証言もある。アイツらはハジメにリンチを加え、それを止めに来た清水にまで暴力を振るったんだ」

「クソみてぇな根性してんな」

「全くね」

 

 クラスの中でも上位の実力を持つ龍太郎と雫は不快さを隠そうともせずに吐き捨てる。

 雫は龍太郎のように気性が荒い訳では無く、むしろ物事を冷静に見てくれるハジメの数少ない良心の一人でもあるのだが、その雫が檜山たちを軽蔑しているのだ。檜山たちがどれくらい愚かな行動をとったのか見て取れる。

 

「うっ……な、南雲? 天之河たちまで……」

「清水くん! 大丈夫!? ゴメンね……僕のために君まで怪我を……」

「怪我……そうだ檜山たちの野郎! 南雲を四人で囲んでボコボコにしてたんだよ! って何でアイツらがボコボコになってんだ!?」

「俺がやった」

 

 怪我を治療されて意識が戻った清水がハジメの証言と同じような内容を話す。それを聞いてようやく光輝は納得した。

 清水はシュウに視線を向けると申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「悪い澤田……俺、結局南雲を助けられなかった……友達だっていうのにただ檜山たちに殴られて、それで……」

「そんなことないよ清水くん。清水くんが助けに来てくれて僕は凄い嬉しかったよ……ありがとう。それと、ごめん……僕のせいで君に怪我をさせて……」

「そんなこと別に気にしなくていいって。……あっちじゃお前のいじめをやめさせようとアイツらに立ち向かう勇気も無かったんだ……こっちの世界に来て力を貰って……これなら俺でも勇者になれると思ったのに……友たち一人助けられないただのモブさ」

「んな卑屈になるなよ。ありがとな清水、お前のおかげで奴らをぶん殴る口実ができた」

「澤田お前!」

「こっちは普段からハジメをバカにされて鬱憤が溜まってたんだ。殺さないだけマシに思え」

 

 シュウからお礼を言われたことに驚き目をぱちくりとさせる清水をよそに、シュウと光輝はまた言い合いを始めていた。

 このままでは収拾がつかないと思った雫が香織とハジメに仲裁を頼み、清水と共にこの件のことをメルドの元へ報告しに行った。

 

 後日、檜山ら小悪党グループの四人は厳重注意を受け監視がつくようになった。今後このようなことがあった場合は例え神の使徒でも牢屋行きになることを肝に銘じるように、とのこと。

 

 これで一先ず一件落着……と思いきや、一人の少女が目を暗く濁らせてシュウに詰め寄っていた。

 

「……ねえ、シュウ? 僕、ハジメの怪我について聞いていないんだけど?」

「……あは、は」

 

『やっべ忘れてた』。

 

 その日、一人の少年の悲鳴が訓練場に響き渡ったとかなんとか。

 

 

 

 

 


 

 香織「いよいよオルクス大迷宮に挑むことになった私たち、期待に胸躍らせる生徒が多い中、私の心は不安に渦巻いていた。

 ハジメくんが消えちゃうなんて、絶対にいや! 

 

 次回、ありふれた親友! 

『交差する思い! ソーリー、ウォーリー、ミスリード!』

 

 熱き闘志を、チャージイン!」

 




 光輝修正計画。


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第五話「交差する思い」

 前半は腐女子大歓喜、後半は謝れbotと化したハジメくん。


 ハジメたちがトータスに召喚されてから一ヶ月がすぎる頃、メルド率いる騎士団員複数名と共に【オルクス大迷宮】へ挑戦することになった。

 移動に一日費やし、日が暮れてしまったので冒険者たちのための宿場町【ホルアド】に泊まるようだ。

 

 オルクス大迷宮とは所謂ダンジョンで、階層はなんと百階層まであるらしい。下へ潜れば潜るほど魔物は強力になっていくので、今の光輝たちの実力では初日は二十階層辺りまで潜るのが妥当だろうと言われた。

 

 視点を戻し宿屋へ。

 

 王国のきらびやかな装飾が施されたベッドとは違いごく普通の宿屋のベッドは一般家庭で生まれ育ったハジメの精神を癒してくれた。それはどうやらシュウも同じようで、ベッドを見るやいなや倒れるようにダイブした。彼にしては珍しく無防備な姿に、ハジメはシュウに溜まった疲労の色を見て取った。

 

「ちょっとシュウ、大丈夫?」

「んあ? ああ……多分大丈夫だろ……お前こそ大丈夫かハジメ?」

「んー……黒乃の追求が激しかったからね」

 

 檜山たちから暴力を振るわれたことをメルドの口から聞いた黒乃は激怒した。何故ならハジメが暴行を受けていたその日は結局ハジメから話を聞くことも出来ず苦笑いで流されていたからだ。翌日真相を知った黒乃は檜山に飛び蹴りを決めたあとハジメに抱きついて過剰とも思えるスキンシップを行った。シュウも同様である。

 

 なお黒乃がハジメに抱きついている間、瞳からハイライトを消した少女がいるのを知っている人間は誰もいない。いないったらいないのだ。いたとしても決して口外する者はいないだろう。彼女と同室のポニーテールの少女の声が震えているのに気づいたものは少ない。

 

「それにしても、明日から実践か」

「怖いか?」

 

 揶揄うようにシュウが笑う。ハジメも笑い、首を横に振る。

 

「怖くないよ。だってシュウが守ってくれるんでしょ? 僕と黒乃のことをさ」

 

『だから怖くないよ』、と微笑む。ハジメの言葉にキョトンとしていたシュウだったが、照れくさそうに鼻を鳴らしハジメの頭を乱暴に撫でた。

 

「うわわ! もう何するんだよシュウ!」

「うるせっ。でも、まあ……任せとけ」

「……うん」

 

 ポスリ、とハジメがシュウの肩に頭を乗せて寄りかかる。既に眠気がピークにたちしていたのか、瞼が下がり呼吸も寝息に似たものに変わり始めていた。

 

 コンコン

 

「南雲くん、澤田くん、白崎です。今いいかな?」

「白崎? こんな時間に何の用だよ……おいハジメ、起きろ。ってうおぉ!?」

「んぁ……なにぃシュウぅうわっ!?」

 

 扉の向こうから香織の声が聞こえ恐らくハジメと話がしたいのだろうと思ったシュウは半分寝ていたハジメを揺すり起こそうとする。が、揺する力が強すぎてしまったようでハジメがバランスを崩しそれに釣られてシュウもバランスを狂わせる。

 

「えっと、入るね? お邪魔します。ハジメくんに話が、あって、来たん……だけど…………」

「いっつつ……」

「いてて……なにさシュウ……って白崎さん?」

「ええっと〜……お邪魔しました?」

 

 パタン

 

 静かに扉を閉められた。

 

「待て待て待て待て待て

「待って白崎さんこれは違うんだって」

 

 すぐに扉へ駆け寄り香織を捕まえる。ここで誤解をされたまま部屋に戻られたら明日の朝にはハジメとシュウはそういう(……)関係であるとありも無い噂を立てられてしまう。この誤解だけは絶対に解かなければ。いや本当に解かないと。

 

「え? でも澤田くんが南雲くんを押し倒してたし。別に男の子同士でもおかしいことはないと思うし……けど負けないよ澤田くん!」

「待て白崎お前は勘違いをしている」

「ホント違うから、誤解だから、お願いだから話を聞いて」

 

 ハジメとシュウの必死の説得により香織を何とか引き止めることに成功した。心做しか顔が赤いのは気の所為だろう。気の所為ったら気のせいだ。

 

「と、言うことなんだ……! 決して、決して僕とシュウがイチャついていたわけじゃないんだ!」

「誰かにこのこと話してみろ。テメェのその無駄にでけぇ乳もぎ取って魔物の餌にしてやるからな」

「ひぅ! い、言わないよぉ。それより南雲くんとお話がしたいんだけど、いいかな?」

 

 上目遣いで首を傾げる香織。普通の男子ならこの仕草でイチコロだろうが、ここに居るのはミスター朴念仁こと南雲ハジメと黒乃以外の異性に一ミリも興味を持たない澤田シュウだ。香織の色気は通用しない。

 

「うんいいよ。シュウもいいよね?」

「手短にな」

「ありがとう。あのね、南雲くん。南雲くんには明日の迷宮探索に来ないで欲しいの!」

 

 お願い! と頭を下げられるがハジメの顔に浮かぶのは困惑だ。シュウも『何言ってんだこいつ』という表情をしている。

 

「ええっと、それは僕が足でまといだからかな?」

「そうじゃなくて、違うの。さっき怖い夢を見たの……南雲くんが暗くて深い穴に落ちていく夢を……手を伸ばしても届かなくて、そして最後には姿も見えなくなって……」

「で、不安になってここに来た」

「うん……」

 

 明日初めての実戦ということで緊張してネガティブな夢を見てしまうのは仕方ないと思う。そこで自分ではなくハジメが出てくるあたりお察しだが。

 ハジメは少し考えたあと香りの元へ歩み寄り震えている香織の手を自分の両手で包み込んだ。

 

「白崎さん、大丈夫だよ。だって僕にはシュウがいるから。シュウが守ってくれるって約束したから、大丈夫だよ」

「でも……それでも、怖いよ……」

「うーん……それなら白崎さんも守ってくれないかな?」

「……え?」

「男の僕が後衛職の、しかも治癒師の白崎さんに頼むなんて情けないけどさ」

 

 苦笑しながら頭をかく。しかしその笑みは柔らかく、そして他者を安心させる笑みだった。

 ハジメの言葉に香織が強く否定する。

 

「そんなことないよ! だって私、南雲くんが強いこと知ってるもん!!」

「え?」

 

 香織の話によると中学二年生の頃、商店街を歩いていた香織はお婆さんと男の子を庇うように前に出て不良と口論している少年の姿が目に入った。

 周りの人は巻き込まれないように遠巻きに見つめているだけで、少年を助けようとする者は誰もいなかった。それは香織も同じで、仲裁に入ろうとする勇気は出なかった。

 

「確かにお兄さんの服を汚したのは悪いことですけど、その分のクリーニング代はお婆さんが出したんですよね? だったらそれでいいじゃないですか。こんな小さな男の子を泣かせるなんて酷いですよ」

「うっせぇなぁ……ガキは黙ってろ!!」

「うぐぁっ!?」

 

 遂に痺れを切らした不良の一人がハジメの腹部に蹴りを入れたのだ。ハジメが倒れるのを見て香織は小さく悲鳴を上げた。そして同時にこう思った。

 

『やっぱり関わらなくてよかった』、と。

 

 知らないフリをすれば自分は痛い思いをしなくて済む。

 自分は幼なじみみたいに強くないから助けられない。

 そんな理由をでっち上げて自分の考えを正当化させていた。

 

「さ〜て、おいババア! 財布出せやゴラァ!! テメェもだクソガキ!! 何時まで寝てんだオラ!!」

「ぐっ!?」

 

 不良たちは再びお婆さんから財布を取り上げようとし、それに加え地面に倒れているハジメの顔を踏みつけ蹴り飛ばした。

 

「もうやめてください! 財布は差し出しますので……!!」

「最初からそうすればいいんだよ! うっひょ〜結構入ってんじゃん! おい、飯行くぞ飯!」

「待て……!」

 

 お婆さんから財布を引ったくりこの場を去ろうとした不良の足をハジメが掴む。不良たちは苛立ち睨みつけ、怒鳴る。

 

「しつけぇんだ、よっ!!」

「うぐっ……!」

「いい加減にしろやクソガキ……俺ら暇じゃねんだよ。それともテメェも金を払う気になったのかぁ?」

「まれ……」

「あ?」

 

 顔を俯かせているせいでよく見えないが、ハジメが怒っていることを香織は感じ取った。昼の商店街だと言うのに辺りは静まり返り、ハジメの言動に注目している。

 

「お婆さんとこの子に、謝れ!!」

「ああ? 調子のんなやガキが!」

「うぐっ、謝れ!! 暴力で訴えるな! 謝って、お金を返せ!!」

「テメェ……死にてぇのか? おいお前ら、このガキ抑えろ。痛い目見してやる」

 

 不良の取り巻きがハジメを拘束する。しかしハジメの眼は怯えた様子を見せず、力強く不良を睨みつける。それが気に触ったのか不良たちは人通りのある商店街だと言うのに暴行を始める。

 香織は見ていられなかった。しかし足がすくみ逃げ出すことも出来なかった。

 

 不良がハジメの髪を掴み頭を持ち上げる。

 

「おい、今謝れば有り金全部吐き出すだけで許してやる」

「……」

「シカトしてんじゃねぇよ!」

「……絶対に、嫌だ! 謝れ!!」

 

 尚も睨みつけるのをやめず自分の考えも曲げないハジメに香織は畏怖の視線を向けていた。

 なんで、なんで、あんなに怖い目にあっても折れないのか。何故、身体は震えているのに声は震えていないのか。香織には不思議でならなかった。

 

 不良は言う通りにならないハジメにイラつき拳を振り上げた。

 

「ああそうかよ……じゃあ死んどけっぶあごぉ!?」

 

 振り上げた拳を降ろすことなく不良は吹っ飛んで行った。突然のことに取り巻きの不良も、周りの人間も唖然としている。ただ一人、ハジメだけは笑顔だった。

 

「なんでこんなことになってるのかは後で聞くとして……テメェら、覚悟はできてんだろぅなぁああ?」

「「「ひ、ひぃいいい!!!」」」

 

 表情を般若に変えたシュウが不良共を伸してその場は収まった。騒ぎを聞き付けた駐在さんに不良を引渡し、ハジメはお婆さんと男の子にお礼の言葉を受け取りシュウと共に帰って行った。

 

「あの時、南雲くんを見て凄いなぁって思ったんだ。暴力に対して暴力で解決するのは簡単だけど、それをせずに真っ直ぐ立ち向かえる人なんかそんなにいないもん。殴られても睨まれても南雲くん、ずっと『お婆さんと男の子に謝れ!』って自分の考えを曲げなかったでしょ? 私は怖くて震えてるだけだったのに……凄い強い人なんだなって……」

「そんなことないよ」

「いや、ハジメは強い。よく分かってるな白崎」

「シュウまで……あ、あっ、そうだお茶入れてくるね」

 

 二人から褒められ、ハジメは照れ臭さを誤魔化すように席を立った。

 ちらりとシュウと香織は視線を合わせてアイコンタクトで意思疎通する。

 

(……可愛いだろ?)

「……とっても!」

「声に出すなアホ……」

「え? 何が?」

「何でもねーよ。な?」

「ねー?」

「なんか仲良くなってるし……」

 

 この後軽く会話を交わした後、香織は自分の部屋へ帰って行った。ハジメを守ると約束して……。

 同時刻、廊下を歩いていた光輝はハジメとシュウの部屋の近くで様子を伺っていた檜山を見つけ話をしていた。

 

「檜山、南雲を虐めるのはもうやめるんだ」

「な、何言ってんだよ天之河……俺らはただ南雲に特訓を……」

 

 檜山の言い分はついこの間ハジメ本人から聞いた内容と同じだった。『檜山はこう言った言い訳をするだろう』、と。

 

「……四人で囲んでいたぶるのを特訓とは言わない。兎に角、もう南雲を虐めるな。俺たちは仲間なんだ、力を合わせてこの世界の人々を守らなきゃならないのに仲間同士で争ってどうする!」

 

 一瞬迷ったが、雫や龍太郎の言葉を思い出し心を鬼にして檜山を説得する。

 

「…………そうだな。天之河の言う通りだ」

「檜山! 分かってくれたか!」

「ああ……仲間同士だもんな」

「そうだ! 檜山が物分りのいいやつで助かったよ。じゃあ明日、お互いに頑張ろうな!」

 

 檜山は理解してくれた。やはり澤田たちは考えすぎだったんだ、こうやって真摯に話せば伝わるんだ。と光輝は檜山を説得できたことに顔を綻ばしながら自室へ戻って行った。

 

「……そうだ。仲間同士だもんな……仲間の不注意で死んだとしてもそれは故意じゃないもんな……ククク、ヒャハハハ……!」

 

 檜山が怪しい笑みを浮かべているのに気づかずに……。

 

 

 

 

 


 

 光輝「オルクス大迷宮を順調に探索していた俺たちは、20階層で転移トラップに巻き込まれ深部まで飛ばされてしまった! 

 そこに待ち構えていたのは巨大な魔物で……。

 くそっ! 負けてたまるか! 俺たちは世界を救うんだ!! 

 

 次回ありふれた親友、

『恐怖と裏切り! マジック、パニック、ペシミスティック!』

 

 熱き闘志を、チャァアアアジ! イン!!」

 




シュウ「NPCの勇者に説得頼みます」
KP「じゃあ勇者が卑山を説得できるかダイスふるね」

光輝『説得』ロール
技能値70
ダイス値00(ファンブル)

KP「ファンブルだね。卑山は表面上だけ聞いたフリをして復讐心を昂ぶらせたよ。勇者は説得出来たと思い込んで部屋へ戻っていったね」
シュウ「つっかえ」


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第六話「恐怖と裏切り」

 清水くんイケメン注意報発生!清水くんイケメン注意報発生!全読者は直ちに警戒されたし!!


 翌日、ハジメたちは【オルクス大迷宮】へ挑みにやって来ていた。

 一階層にあるドーム状の広間では戦闘音が鳴り響いている。

 

「“悪を砕く強き意志が、鉄となりて拳を纏う”!! 『鉄拳(てっけん)』!」

「“刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け”! 『光刃』!」

 

 龍太郎の鈍く鉄色に光る拳と光輝の光り輝く聖剣が灰色の体毛のマッチョネズミ、通称ラットマンに向けられる。

 一方は頭を粉砕され、もう一方は肩から腹にかけて袈裟斬りにされ絶命した。

 

「“抑する光の聖痕、虚より来りて災禍を封じよ”……『縛光刃』! 雫ちゃん!」

「ありがとう香織! “全てを切り裂く至上の一閃”! 『絶断』!」

 

 香織が杖から光で造られた十字架をラットマンに放つ。十字架がラットマンに触れると光がラットマンにまとわりつきその動きを止める。身動きの取れないラットマンを魔力で強化した刃で斬り裂く。

 

「おーおー流石トップクラス組の実力は抜きん出ているな。よし、光輝たちは下がれ! 次のパーティは前に出ろ!」

 

 各パーティが一周する頃には広間のラットマンは全滅していた。どうやら一階層の敵のレベルでは相手にならないようだ。

 

「どいつもこいつも凄まじいな。よし、これから二十階層を目標に潜っていくぞ! 道中仕掛けられているトラップに気をつけろよ! 中には致死性のものもあるからな!」

 

 致死性と聞いて先程までモンスターを倒してはしゃいでいた生徒たちの顔が強ばる。少し脅しすぎたかと肩を竦めながらフォローする。

 

「と言ってもそんな危険なトラップなんかそうそうないんだがな。それにトラップ対策にこのフェアスコープがある。こいつは魔力の流れを感知してトラップを発見することが出来るんだ。索敵範囲が狭いのがネックだが……まあ何かあった時のために俺たちがいるんだ。安心して探索しろ!」

 

 メルドの言葉を聞いて安心したようでホッと肩を撫で下ろす者が多かった。こういう所はまだまだ子供だな、そう思ったメルドだった。

 

 

 探索すること半日、一行は二十階層に辿り着いた。幾らステータスが高いとはいえ慣れない迷宮探索で疲労が溜まっているだろうと考えたメルドは休憩の合図を出した。

 

「ようし休憩! 警戒は俺たちがするからしっかりと休んでおけ!」

 

 号令を聞いてそれぞれ地面に腰を降ろす。ハジメと黒乃はへたり込むように座り、シュウは二人の近くに膝を立てて座った。肩で息をするのを見るに少なからず疲労が溜まっているのが分かる。

 

「おい二人とも、大丈夫か?」

「あはは……大丈夫大丈夫。流石にちょっと疲れたけどね」

「僕もー無理ぃ! シュウ膝枕!」

「はいはい」

 

 胡座に組み直したのを見て黒乃はシュウの膝に頭を乗せる。そのまま流れるように黒乃の頭を撫で初めるシュウ。ゴツゴツとした手だが大きく暖かいシュウの手は安心するみたいだ。瞼を閉じて「んふふ」と気持ちよさそうに声を漏らす。

 その様子を微笑ましそうに見守っていたハジメが何かを思い出したようにステータスプレートを取り出しシュウに見せる。

 

「見てみてシュウ。レベルが上がって派生技能も増えたんだ!」

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:24

体力:24

耐性:24

敏捷:24

魔力:24

魔耐:24

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査]・言語理解

 

 確かに錬成技能の派生が三つも増えている。それにレベルも上がっており、少しずつだがステータスも上昇している。ハジメが真面目に訓練に取り組んできた成果が現れた証拠だ。シュウは自分の事のように嬉しくなってハジメの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「やるじゃんかハジメ!」

「うわわっ! もうシュウったら……」

 

 恥ずかしそうにしているが撫でるのをやめろとは言わない。ハジメ自身も自分の努力が認められ褒められたことが嬉しいのだろう。顔が綻んでいる。

 

「そうだ。シュウのも見せてよ!」

「ほらよ」

 

澤田シュウ 17歳 男 レベル:10

天職:炎闘士

筋力:150

体力:150

耐性:150

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:超直感・炎属性適正[+魔力消費減少]・縮地・限界突破・復活・言語理解

 

 別段断る理由もないので素直に見せる。ステータスプレートを見るとハジメは自分のステータスとの差に打ちひしがれながら苦笑していた。

 

「うわぁ……やっぱりシュウは凄いなぁ……」

「そうでもねぇよ。ところで黒乃、お前はどうなんだ?」

「んー? ほーい」

 

 寝ていたように見えて話は聞いていた黒乃がポーチからステータスプレートを取り出しシュウに渡す。ハジメとシュウは渡されたステータスプレートを覗き込んだ。

 

日狩黒乃 17歳 女 レベル:7

天職:陰陽師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:70

魔耐:60

技能:陰陽術[+木属性]・不吉[+不運]・言語理解

 

 ステータスの上がり具合は魔力と魔耐だけならハジメより高いのだが、その他のステータスは非戦系職のハジメよりも低いものだった。それに加えて不吉の技能が派生しており、新たに不運が追加されている。

 

「おい黒乃、お前これ……」

「あーあー聞こえなーい。不運なんて見えなーいやーい」

「それで今日やたらヘイトが黒乃に向いてたんだね……」

 

 戦闘訓練の時、魔物たちは前衛で戦っているシュウよりも後衛の黒乃を狙うことが多かった。その時は珍しいこともあるものだと流していたが、まさか技能が原因だとは誰も思うまい。

 

「この陰陽術の『木属性』で敵を縛ってたんだね」

「うん。やっと戦えるようになって僕も嬉しかったよ、あ〜そこそこ、いい感じ」

「オッサンかよ……でもそういうとこも可愛いな。流石黒乃可愛い」

「おいおい事実だよ参ったね」

「謙遜しないんだね……まあいつもの事か」

 

 はたから見たらイチャついているようにしか見えないが、シュウと黒乃は付き合っていない。これはスキンシップなのだ。ハジメが『いつもの事』で流していることから日常生活でどれだけイチャついていたのかが分かる。

 

 周りからの視線が痛いのはハジメだけで、シュウと黒乃は意に介さなかった。

 

「よし休憩終了! 探索を再開するぞ!」

 

 メルドの号令で迷宮探索が再開された。

 

 探索を再開してからしばらく歩いていると、二十一階層に続く入口に辿り着いた。つまりは二十階層の終着点だ。今回の実験訓練ははここまで来たら終了するつもりだったのだが、メルドたち騎士団は戦闘態勢を取る。

 

「ボサっとするな! 戦闘準備! 魔物が擬態しているぞ!」

 

 メルドの言葉に驚き慌てながらも生徒たちは戦闘体勢に入る。

 その直後に壁が隆起しながら変色する。壁と同化していた体表は褐色の肌となり、二本足で立ち上がった。胸を叩きドラミングを始めたところから推測するにどうやらカメレオンのような擬態能力を持つゴリラ型の魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 豪腕に気をつけろ!」

 

 ロックマウントは説明するかのごとく巨大な腕を振り下ろしてきた。その腕を龍太郎とシュウが受け止める。

 

「オラァ!!」

「どっせい!!」

「いいぞシュウ! 龍太郎! 魔法組攻撃!」

 

 メルドの指示通り、後方で待機していた支援組が魔法を発動させる。ロックマウントの身体に炎がまとわりつき、断末魔を上げながら燃え尽きた。

 

「グガァアアア!!!」

 

 同胞を倒された恨みか、敵討ちか、巨大な岩石を香織たち後方支援組に投げつけてきた。

 迎え打とうとした香織たちが岩を凝視して悲鳴を上げる。投げられた岩だと思ってた塊はなんと丸まってロックマウントだったのだ。

 

「危ない香織! “万翔羽ばたき、天へと至れ”『天翔閃』!」

「グゴォアアアア!?」

「ウホォオオオ!!?」

 

 聖なる光を纏った聖剣からエネルギーが収束し斬撃として放たれる。天職『勇者』である光輝の攻撃は二十階層の敵相手でも一撃だった。

『天翔閃』はロックマウントを投げつけてきたもう一体のロックマウント諸共斬り裂くほどの威力が込められていた。香織を守るという意思がもたらした結果だろう。

 脅威が無くなったことを確認した光輝は怯えていた香織たちを安心させるために爽やかイケメンスマイルを浮かべて振り返る。

 

「これでもう大丈ブヘッ!?」

「馬鹿者!! こんな狭いところで使う威力の技じゃないだろうが! 気持ちはわからんでもないが、そのせいで崩落したらどうする!」

「す、すみません……」

 

 メルドが笑顔で歩み寄ってきたので褒めてくれるのかと思いきや拳骨を貰った光輝はバツが悪そうに謝る。

 そんな様子を見て香織たちが苦笑いしながらお礼を言いに来た。

 

「あはは……光輝くんありがとね……ってあれなんだろう? キラキラしてる……」

 

 先程の『天翔閃』で壁の一部が崩れたのだろう。青白い光を発している鉱石がまるで花のように生えていた。女子生徒たちはその美しさにうっとりと見惚れている。

 

「ほお。あれはグランツ鉱石だな。あれほどの大きさのものも珍しい」

「だんちょー、グランツ鉱石って?」

「うむ、特別な効果がある訳でもないがあの通り綺麗な鉱石なんでな。貴族のご令嬢にとても人気がある。求婚の際に選ばれることが多いらしいぞ」

「へぇ〜……確かに綺麗だもんね」

「うん。とっても素敵……」

 

 黒乃がメルドに説明を求め、その説明を聞いた香織は頬を紅潮させ更にうっとりとする。求婚というワードを聞いた瞬間、誰にも気づかれない程度にハジメに視線を送ったのだが彼は気づいていないようだった。もっとも、ハジメの隣にいるシュウと香織の隣にいる雫は気づいていたが。

 

「だったら俺らで回収しちまおうぜ!」

「あ、コラ馬鹿者! 安全確認もまだなんだぞ! 戻れ大介!!」

「ちっ、うっせーな。はいはーい。とったらすぐに戻りますよっ、と」

 

 メルドの注意も虚しく檜山はグランツ鉱石に手をかけてしまった。そしてフェアスコープで確認していた団員が青ざめた顔で声を荒らげる。

 

「団長! あれはトラップです!!」

「何っ!? 全員ここから──」

 

 メルドが言い切る前に部屋一帯に魔法陣が広がり魔力の光で満ちた。浮遊感を感じたのも束の間、ハジメたちは巨大な石造りの橋に転移した。十メートル程の横幅だが手すりや縁石もないので落ちたら奈落の底へ一直線だ。

 慌てふためく生徒たちをよそに、騎士団の団員たちの行動は冷静で迅速なものだった。

 

「落ち着けお前ら! アラン、カイルは周囲警戒! ベイルはコイツらを連れて脱出だ!」

「「「「了解!!」」」」

 

 メルドの声に正気を取り戻した生徒たちだったが、再び前方と後方に魔法陣が現れ輝きだしたのを見てパニックに陥る。後方、上層へ続く扉側の魔法陣からは大量の骸骨兵士たちが、前方、恐らく地下へ続く扉側の魔法陣からは優に十メートルを超える巨大な魔物が現れた。

 

「炎を放つ兜のような角に鋼鉄も切り裂けそうな鋭い爪を持つ四足歩行の魔物……まさか、まさか……ベヒモスなのか……!?」

「ベヒモス……? よく分からないけどかなり強そうな魔物だ……! メルドさん! 俺たちも戦います!!」

「馬鹿野郎! あいつが本当にベヒモスなら今のお前らでは敵わん相手だ!! かつて最強と言わしめた冒険者だって歯が立たなかったんだぞ!! いいから早くいけ! 私はお前たちを死なせる訳にはいかんのだ!!」

 

 メルドの剣幕に怯む光輝だったが光輝の正義感が『仲間を置いて逃げるなんて出来ない!』と叫んでいる。聖剣を構えメルドの横に並ぶ。

 

「逃げろと言っているんだ馬鹿野郎!!」

「メルドさんたちを置いて逃げるなんて出来ません!!」

「くっ、このわからず屋が! アラン、カイル、ベイル! ベヒモスの攻撃を防ぐぞ! 結界準備!!」

 

 押し問答をしているうちにベヒモスが咆哮を上げながら突進してした。このままでは騎士団だけでなく撤退しようとしている生徒たち全員が轢き殺されてしまうだろう。

 

「「「“全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず“『聖絶』!!!」」」

 

 一回しか使えない切り札だが、使えば一分間どんな攻撃も通さない絶対防御の障壁を展開する。それを三人分使ったのだ、ベヒモスの突進をなんとか防ぐことが出来た。しかし橋全体が石造りで出来ているのにも関わらず大きく揺れた。振動と衝撃に生徒たちから悲鳴が上がる。

 

 そんな生徒たちに骸骨兵士の魔物、『トラウムソルジャー』が襲いかかる。トラウムソルジャーは三十八階層の魔物なのだが生徒たちの実力でも充分倒せる相手だ。しかしパニック状態でまともに戦える精神じゃない今の彼らには『落ち着いて戦う』なんて出来るわけがない。

 

「ひいっ!? きゃっ──」

 

 我先にと逃げようとした生徒に突き飛ばされ女子生徒の一人がバランスを崩す。後ろは暗くそこが見えない奈落、『死』、頭の中にその文字が浮かんだ。

 

「う、おおおおお!! “掴め、見えざる手”! 『闇手(やみのて)』ぇ!!」

 

 黒く禍々しい四つの手が女子生徒の肩や腰、腕、足を掴み抱え術者の元へ引き寄せる。

 

「きゃあっ!」

「おっと、と。大丈夫か!?」

「う、うん。ありがとう清水」

 

『闇手』を使ったのは天職『闇術師』の清水だったようだ。本来なら相手を拘束する魔法なのだが、今回は落ちそうになった女子生徒を支えるために使用した。

 女子生徒は意外な相手に助けられ目を丸くして感謝の言葉を言うが、清水は焦った様子で辺りを見渡す。

 

「礼はいいから早くトラウムソルジャー(アイツら)を倒すぞ! まともに戦えるやつが少ねぇんだ!」

「わ、分かったわ!」

 

 女子生徒、園部優花はポーチからナイフを取り出して蠢いているトラウムソルジャーたちに向かって投擲した。

 

「ギガッ―」

「“薙ぎ払え、見えざる腕“『黒腕(くろかいな)』!」

「ゴガァ―」

「皆! 落ち着いて! この骸骨たちは私らでも勝てる相手だよ!!」

「ちっ! 火力が足りねぇ! 主力の大半がベヒモスの方に行ってるからだ!」

 

 園部の声に反応して落ち着きを取り戻す生徒もいたが、未だにパニックになっている生徒の方が多い。清水はこの場で何が足りてないのか分析し口に出すが、光輝たちに伝えに行く隙もなく歯がゆい思いをする。

 そんな清水の不安を砕くように三人の声が響いた。

 

「燃えろっ!!」

「『錬成』!」

「“木行よ、我に力を”! 『風角(かざつの)』!」

 

 トラウムソルジャーの一帯が炎に包まれて爆る。橋の脇にいた敵に対してはハジメの錬成によって足場を滑り台のように持ち上げられ奈落へ滑り落ちて行く。そして武器を振り下ろそうとした敵は風で貫かれ動きを止める。

 

「澤田! 南雲! 日狩! ってあれ?」

「清水くん! ここ任せるね!」

「お、おい! どこ行くんだ南雲! 澤田!」

 

 トラウムソルジャーをこのまま倒すのかと思いきやベヒモスの方は走り出した二人に戸惑う清水。珍しく真剣な顔で黒乃が説明する。

 

「君さっき自分で言ってたじゃないか。『火力が足りない』って。だから呼びに行ったのさ、とおぉっっっっっっっっても! 不本意だけど……この中で一番火力があるのはあのアホ勇者だからね」

「な、なるほど……」

「ま、ハジメに考えがあるみたいだしさ。信じてここをどうにかしてよう」

「……おう!」

 

 黒乃は風を操り、清水は闇を操り、トラウムソルジャーへ攻撃を再開した。

 ……胸のざわつきを気にしないよう無視しながら。

 

「大丈夫だよね、シュウ……ハジメ……」

 

 


 

 

 以前障壁に突進を続けるベヒモスを前にメルドは必死に光輝を説得していた。

 

「いい加減にしろ光輝! もう結界も持たん! 早く撤退しろ!!」

「嫌です! 自分たちだけ逃げるなんて出来ません!!」

「こんな時にわがままを言いおって……!」

 

 ベヒモスのような格上の魔物の攻撃をこのような限定された空間で回避するのは難しい。逃げ切るためにはタイミングを見図りながら障壁の展開を繰り返し押し出されるように脱出するのが最適な撤退方法だ。

 しかしそれはベテランの冒険者であるメルドたちであるから出来ることで、素人に毛が生えた程度の光輝たちではその判断は難しい。

 

 掻い摘んで説明したのだが光輝にとって『置いていく=見捨てる』という考えになるらしく、光輝はそれがどうしても許せないようだった。

 

「光輝! メルド団長の言う通りだ! 俺らが敵う相手じゃねぇ!!」

「そうよ! 私たちがここに居ても邪魔になるだけよ!」

「龍太郎……雫……お前たちはメルドさんたちを見捨てろって言うのか!?」

「雫ちゃん、光輝くん、龍太郎くん……落ち着いてよ!」

 

 いつベヒモスが障壁を破ってくるか分からないというのに口論をすることは異常だ。だからこそ雫たちは焦っているし、光輝も焦っている。

 

 そんな四人の前に二人の男子が飛び込んできた。

 

「南雲!? それに澤田まで!?」

「天之河くん! 早くこっちに戻って来るんだ!! リーダーがいなくてまともに戦えていない! 一撃で切り抜ける力が必要なんだ! それは君にしか出来ない!!」

「こういう時こそ勇者様の出番なんじゃないのか? それとも……足引っ張って迷惑かけんのが勇者の仕事なのか?」

「……ッ! そう、だな。すみませんメルド団長、先に撤退します!」

「やっとか、早くしろ! そろそろ崩壊するぞ!」

 

 メルドの言葉通り、結界のあちこちにヒビが入り込んでいた。それを見てようやく事の重大さが分かったのか光輝は顔を青ざめさせる。

 

「っ、行こう!」

「うん南雲くんも……南雲くん!?」

 

 光輝と龍太郎がトラウムソルジャーの軍勢の元へ駆け出したのと同時にハジメとシュウはベヒモスに向き直り対峙する。既に向こう側に行っている男子二人は気づいていないようだが、雫は視界の端に慌てる香織を捉え何事かと振り向いた。

 

「ちょっと! 何してるの二人とも!」

「そうだよ! 早く逃げないとメルド団長たちの邪魔になっちゃうよ!」

「アホが。どっちみち団長たちの障壁が砕けたら轢かれちまうだろうが。……ハジメに考えがある。 お前らは骸骨たちを倒してこい」

「安心してよ白崎さん。何かあってもシュウが助けてくれるから」

 

 口ではそう言っても怖いのだろう、体が震えている。当たり前だ。一流の冒険者であるメルドたちでさえ恐怖を感じているのだ、ついこの間までただの学生だったハジメが恐怖を感じないわけが無い。

 

「……出来るのか?」

「出来ます」

 

 メルドの問いに迷わず力強く答える。ハジメの目には『絶対にやり遂げてみせる』という強い意志とこんな状況だと言うのに『安心』の色がある。恐怖で体が震えているというのに、だ。

 

「安心してくれよメルド団長。何かあっても俺がハジメを助けるからよ」

「……そうか、なら。頼むぞ。本来守らなければならないお前らにこんなことを頼むなんて騎士失格なんだがな……」

「そんな事ないですよ。今まで守って貰ってたんですから……」

「そう言って貰えると助かる……じゃあ、合図を出したらスイッチしてくれ。いいな?」

 

 障壁はもってあと十秒といったところだろう。ハジメが深呼吸して緊張を解しているとシュウに背中をバシッと叩かれた。突然叩かれたことに驚くが、それがシュウなりの激励だと気づき笑みを浮かべる。

 

「よし、頼んだぞハジメ! “吹き散らせ”『風壁』! スイッチだ!!」

 

 障壁が砕け散った瞬間、ベヒモスが突貫してくるのだが、その勢いを風の壁を使い上手くいなした。そのままバックステップでその場を離脱する。

 

「『錬成』!!」

 

 岩盤が盛り上がりベヒモスを拘束しようとするがそれだけでは拘束が弱いのか簡単に振りほどかれてしまう。

 

「くっ……!」

「待ってろハジメ」

 

 シュウは跳躍してベヒモスの頭上に躍りでる。そして炎を足に纏わせ回転しながら踵落としをくらわせた。威力は凄まじく、ベヒモスの頭部を橋にめり込ませる程だった。

 

「グルガァアアアアア!!!」

「ハジメ! 今だ!」

「うん! 『錬成』!!」

 

 頭部が地面に埋まっているので先程とは違いガッチリと拘束することが出来た。ベヒモスは抜け出そうと足をジタバタさせてもがいているが、ちょっとやそっとでは抜け出せないようだ。

 

「これで……どうだ!!」

「よし、逃げるぞハジメ!」

「うん!」

 

 ダメ押しに四肢も地中に埋め込むように錬成して二人は上層へ上がる道へ走り出す。魔法陣からまだトラウムソルジャーが沸いているが、それもすぐに倒される。光輝たちが来たことでパニック状態を脱出したクラスメイトたちにとっては恐れる相手では無かった。

 メルドたち騎士団も辿り着いたようで光輝たちに指示を出している。

 

「お前らぁあ!! 走れぇええ!! ベヒモスが抜け出そうとしているぞ!」

「なっ!? 結構しっかりと拘束したよ!?」

「拘束しすぎたみたいだな。力任せに外そうとしてるからこのままだと橋が崩れるぞ」

 

 シュウの言葉通りベヒモスは拘束を抜け出そうと力任せに暴れている。その度に橋が悲鳴を上げて粉塵と瓦礫が舞う。

 

「魔法援護準備!! まだ撃つなよ! 拘束を逆に解いてしまう恐れが大きい! ベヒモスが迫って来た時に放つんだ! いいな!?」

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 返事とともに各自いつでも魔法を撃てるように準備する。誰もが緊張した顔つきをしている中、一人だけ仄暗い笑みを浮かべている者がいた……。

 

「クソが……!」

 

 


 

 

「ヤバいな……間に合わねぇぞこれじゃ」

「はあっ、はあっ、しゅ、シュウはっ、僕をっ、置いてっ!」

「逃げれるかよ! しっかり掴まってろハジメ!」

「うわわっ!」

 

 魔力を使い切り倦怠感が襲う中、全力疾走をしていたハジメは今にも倒れそうな様子だった。このままでは間に合わないと判断したシュウはハジメをお姫様抱っこで抱えて走ることにした。

 

「あ、ありがとうシュウ……っやばい! ベヒモスが!!」

「ちっ! 燃えてろ!!」

「グガァアアア!!」

 

 抱えられて余裕が出来たハジメが状況を報告する。ベヒモスは拘束を振り解き、抑え込められた怒りからか角を赤熱化させて突貫してきた。

 このままでは直撃する、そう思ったシュウは炎をクッションにすることで何とか突進を凌いだ。しかし──

 

「うわあああ!?」

「グハッ!」

 

 衝撃を全て殺す事は出来ず、抱えていたハジメ諸共吹き飛ばされる。メルドたちの元まであと100mといったところだ。ベヒモスはのそりと顔を上げて再び角を赤熱化させる。

 

「くそっ……あと少しだってのに……!」

「撃てえええええ!!!!」

 

 メルドの号令により色とりどりの様々な魔法がベヒモスに向けて放たれた。攻撃態勢に入っていたベヒモスは回避することも出来ず、それらの魔法を全て受け止める。

 

「グガァアア……!!」

「今のうちだ! 走れお前ら!!」

「立てるか、ハジメ?」

「な、なんとか……!」

 

 再びハジメと共にメルドたちの元へ走り出す。視線を向ければ第二射が放たれるところだった。

 瞬間、寒気が背筋を駆け抜ける。ここに来てから何度も感じたことのある、『超直感』が働いた証拠だ。

 

「……ッ!? 避けろハジメ!!」

 

 魔法の1つが方向を変えてハジメに降り注いだ。咄嗟のことで防御できなかったハジメは為す術なくそれを喰らってしまう。魔法の威力に押されハジメの体は奈落の方へ傾く。

 

「な、うわぁああ!!?」

「畜生っ!! ハジメぇえええ!!!」

 

 このままではハジメは橋から落ちてしまう。

 

(ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるな!!!)

 

 足に力を込め、飛び込む。

 

「うおおおおおお!!!」

 

 シュウの手は確かにハジメを掴んだ。

 

「がっ!?」

 

 掴んだ瞬間、熱と衝撃を受けシュウの体は押されるように奈落へ滑る。

 

(な、んだと……?)

「逃げろお前たち!!!」

 

 メルドの叫びも虚しく、ベヒモスが怯みから回復して赤熱化した角をシュウとハジメに向ける。

 あまりにも強力な一撃にシュウの意識はぐらつく。

 

「ハジメ、だけでも……!!」

 

 ハジメを抱きしめて受け止めるがメルドたちの元へ戻れるわけもなく、重力に従って奈落の底へ落ちていく。

 

「ハジメぇえええええ!!!! シュウぅうううううううう!!!!!」

 

 黒乃の悲痛な叫びを最後に、シュウの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 


 

 清水「奈落へと落ちてしまった南雲と澤田、しかしあれは檜山の悪意によるものだった。

 断罪するために檜山を尋問していると天之河が口を挟んで来やがった。

 お前のご都合主義はうんざりだぜくそったれ! 

 

 次回ありふれた親友、

『光輝の成長! ジャッジ、イメージ、チェンジング!』

 

 熱き闘志を、チャアアアジ、イン!」

 




 清水くんから溢れ出る誰だお前オーラ。次回も清水くんはイケメンです。
 オリジナル魔法とか技能とかはそのうちまとめて解説します。多分


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第七話「光輝の成長」

 清水くんイケメン警報発生!繰り返す!清水くんイケメン警報発生!読者は直ちに避難してください!

 ところでネット環境が悪いからか感想と評価が表示されないバグが起こってるんですよね、本来なら評価や感想が合わせて1103兆3543億件くらい届いてるはずなんですけどね……おかしいなあー?皆さんもう一度おくってみてくださいね。1103兆3543億件


 シュウとハジメ、そしてベヒモスが橋から落ちていくのを殆どの人間は見ているだけしか出来なかった。

 

「南雲! 澤田!」

「やめろ光輝! もう無理だ、間に合わん!」

「けどメルドさん!!」

 

 二人を助けに行こうと飛び出そうとしてた止められた光輝はメルドに食ってかかる。自分でも不可能な事に気づいているのだろう。悔しさが顔に滲み出ている。

 

「南雲くん!? 南雲くん!! 離して雫ちゃん!!」

「ダメよ香織!! あなたまで死んでしまう!」

「南雲くんは死んでない!? まだ助けられる!」

「くっ……! 香織、ごめんなさい!」

 

 雫に羽交い締めにされながらも前に進もうとする香織。これ以上力を込めれば香織の体が壊れてしまう。そう案じた雫は香織の首に手刀を落として意識を刈り取った。

 

「うっ! なぐも……くん……」

「香織……」

 

 気絶した香織を悲しげに見つめる。そんな雫の横を黒乃がするりと抜けていく。フラフラとした足取りは人目見て危ない精神状態だと分かる。

 

「黒乃!」

「……ハジメ、シュウ……ああああああああぁぁぁ!!!!」

「やべぇ……待ちやがれ日狩!」

「離せっ! 離せぇぇぇぇ!!! 僕はっ! 僕は二人を助けに行かないと行けないんだっ!! 離せ!!」

「くそっ! すまねぇ日狩!!」

「うぐッ!?」

 

 龍太郎は黒乃の無防備な腹に拳を入れて無理やり気絶させた。周りは龍太郎の行動に引いているが、そうでもしなければ黒乃は飛び降りかねなかったので仕方ない。

 

「檜山てめぇえええ!!」

「なっ、グバァッ!?」

 

 唐突に清水が檜山を殴り飛ばした。クラスメイトが落ちて呆然としていたように見えた檜山を殴った清水に対して近藤たちから非難の視線を向けられる。当然殴られた檜山も立ち上がり清水の胸ぐらを掴み声を荒らげた。

 

「テメェ……! いきなり何しやがる!!」

「それはこっちのセリフだクソ野郎!! なんで南雲たちに魔法をぶつけやがった!?」

「なっ!?」

「嘘だろ……!?」

 

 清水の言葉に生徒たちは『信じられない』と表情を変える。告発された檜山は先程までの強気な態度を一変させ口をどもらせ、しどろもどろになる。

 

「いや、それ、は……み、見間違いだろ!」

「一回目はそう思ったさ……! けど二回も撃てば分かるに決まってんだろ!!」

「み、みみミスったんだよ! 緊張してさ、魔法の操作をさ!」

「だったらなんで適正のある風属性の魔法を使わなかったんだよ! お前、使ってたの火属性の『火球』だったじゃねーか!」

「それ、それは……」

 

 清水の言葉が図星だったのか、檜山は視線をあっちこっちに彷徨わせながら黙る。生徒たちは自分たちの中から死者が出て、尚且つそれをした殺人犯がいることに恐怖した。

 

「お前ら! まだ魔法陣は機能しているんだ!! 大介への尋問は後にして、取り敢えずここを脱出するぞ!」

 

 メルドたち騎士団はトラウムソルジャーを薙ぎ倒しながら指示を飛ばす。ハッとした生徒たちは不安を抱きながらも上層へ向かい走り出した。

 

 なんとか迷宮入り口まで戻ってきた一行だったが全員疲労の色が濃く、その日は話し合いなどできる気力は無く雰囲気でもなかった。

 

 翌日になり冷静になった生徒たちは騎士団のメンツと顔を合わせて昨日の出来事をまとめていた。

 

「じゃあ幸利、大介がハジメとシュウを狙って魔法を撃ったと言っていたな? それは本当か?」

「ち、違ぇよ! 俺は──」

「今は幸利に聞いているんだ。弁解があるならまず話を聞いてからにしてもらおう……で、どうなんだ幸利?」

「はい。一発目の軌道は分かんないんで誤射でもまだ頷けるんですけど、二発目完全に当てにいってました」

「何故大介が魔法を当てたと分かった?」

「軌道が見えたからです。俺、敵の攻撃を見やすくするために『闇透(やみすかし)』使ってたんで」

 

『闇透』とは自身の視界を明るい状態と変わらないものにする魔法だ。副次効果で斬撃や魔法の軌跡を見やすくするという効果もある。

 それを聞いてメルドは「なるほどな」と納得した。

 

「だ、そうだが。何か言い分はあるか?」

「うっ、ああ……ち、違うんだ……」

「何が違うんだよ!!」

「清水、待ってくれ」

 

 檜山を問い詰める清水に光輝が待ったをかける。またいつもの悪意のない押し付け正義感かと思っていた清水だったが、光輝の真剣な表情を見て素直に引き下がった。

 

「檜山、一昨日の夜。君は俺と約束したはずだ。『もう南雲にちょっかいはかけず、仲間として助け合う』って……あの言葉は嘘だったのか……?」

「う、嘘じゃねぇよ……なあ天之河、信じてくれよ……確かに南雲と澤田に魔法を当てたのは悪かったけどよ。けど慌てて撃ったせいで狙いが定まらなかっただけなんだ! 信じてくれよ天之河!」

 

 雫は不快そうに顔を歪めた。光輝は『相手の方に原因があるからこの人は悪さをした』という性善説めいた考え方を持つ。これは光輝のクラスメイトなら誰もが知っている思考パターンで、檜山はそこを狙ったのだろう。まず光輝に謝れば自分を庇ってくれるはずだ、と。

 

「光輝」

「いや、いいんだ雫。分かってる」

 

 その事を指摘しようと声をかけたが、雫の予想と反し、光輝は冷静だった。檜山の目をじっと見つめ何かを考えるような素振りを見せて口を開いた。

 

「檜山、今の言葉に嘘偽りはないんだな?」

「あ、ああ! 嘘じゃねぇ!」

「そうか……確かにあの状況ならそうなっても仕方ない。南雲と澤田には悪いが、俺たちはいつまでも下を向いているわけにはいかない。二人の死を受け入れて前へ進むべきだ」

「光輝!!」

「……って、少し前の俺だったら言っていたはずだ」

「…………へ?」

 

 自分の思い通りに事が進んだと確信した檜山は浮かべていた笑みを固定させて間抜けな面になる。雫もいつもと変わっていないと思っていたので、こちらも呆けた顔になっている。

 

「悪いが檜山、今の君の言葉を俺は信じられない」

「なっ、なんでだよ!? 俺は!」

「君から南雲と澤田に対して心の底から申し訳ないっていう謝罪の気持ちが感じられない。自分の保身しか考えていない、そういう風に俺には見える……仲間を疑うのも、追い詰めるのも、あまりいい気分じゃないんだ。檜山、正直に言ってくれ。……君は、南雲と澤田にわざと魔法を当てたな?」

 

 光輝の声は確信めいた自信がある声色だった。もう言い逃れは出来ないと悟った檜山は諦めたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……最初は妬みからだったんだ。あんな、南雲みたいなパッとしないやつが白崎や日狩にチヤホヤされているのが気に入らなかった。手を出そうにも澤田がいるから出来なかった……けど、こっちの世界に来てからは自分がすげー強い人間になって、これなら白崎も……南雲なんかよりも俺の方がいいって気付くはずだって思って……でも違った。南雲は雑魚のくせに諦めねぇし、白崎も南雲から離れねぇし、澤田がもっと強くなったせいで手出し出来ねぇし……面白くないこと続きだった……あのリンチも、南雲が気に入らなくてやったんだ……丁度誰もいなかったからよ……」

 

 そこまで話すと両手を頭に抱えて俯いた。声は震えている。

 

「あの夜、天之河が俺に話しかけてきた時思ったんだ。あっちの世界じゃ殺すのは犯罪だが、こっちな事故で済ませられるって……そしたらベヒモスみたいな化け物がいる場所に飛ばされて、南雲と澤田は取り残された。チャンスだと思った……。今なら殺れるって……今を逃せばもう二度とチャンスは来ないって……」

 

 ガバりと顔を上げて声を荒らげた。必死の形相をしており、そうとう追い詰められているのが伺える。

 

「だから魔法を当てたんだよ!! 俺だってバレないように『火球』を使ってよぉ!! 一回で落とせると思ったら澤田が助けやがったからもう一回当てたんだ!! 仕方ねぇんだよ! こうしなきゃ白崎はずっと南雲のことを見続ける!! 俺の方を見ねぇんだからよぉ!!」

「……そんなことの為に、二人を殺したのか」

 

 光輝の握りしめる拳が震える。怒りを覚えているのだ。こんな自分勝手な理由でクラスメイトがクラスメイトを殺して、言い訳をしているのだから。

 

「檜山」

「なあ天之河……俺は悪くねぇんだよ……あいつが、アイツらが悪いんだ……俺は悪くねぇ!!」

「檜山!」

 

 パァン! 

 

 乾いた音が部屋中に響いた。光輝は振り抜いた平手を見つめながら叩かれて呆然としている檜山に諭すように声をかける。

 

「檜山……君がやった事は間違っているし、人としてやってはいけないことだ」

「あ、天之河……」

「……俺は南雲がお前らにリンチされたその夜に、聞いたんだ。アイツらに虐められて辛くないのかって」

 

 呆然としながらも檜山は清水に視線を向ける。それは光輝も他の生徒たちも同じで皆が清水に注目している。

 

「そしたらアイツこう言ったよ。『確かに辛いけど、でもこういう状況だし力を合わせなきゃいけないからさ。それに戦っていくうちにお互いに背中を任せれるくらい親しくなれるかもしれないでしょ? 日本に戻ったら漫画本とか貸してみようと思うんだ』ってな。笑いながら話してたよ」

「……嘘だろ? 俺は、気に入らないからって理由でアイツをいたぶってたんだぞ……?」

「嘘じゃねーよ。今は仲が悪くても、いつかは信頼し合える関係になれるって、本気で思ってたぜ……」

「……あ、……ああ、あああ!!!」

 

 自分がしでかした事の大きさに漸く気づいた檜山は涙を流しながら後悔する。もう謝ることも出来なければ、仲を深めて信頼し合えることも出来ない。今まで虐めていた自分に対してそこまで言ってくれた人間を殺したのだ。後悔や罪悪感が津波となって檜山の心に押し寄せる。

 

「……メルド団長。檜山はどうなるんですか……?」

「……神の使徒とはいえ仲間殺しは重罪だ。死ぬまで牢屋か、攻略の力になってもらうために奴隷となって探索に加わってもらうことになるかのどちらかだな」

「そう、ですか……」

 

 そう答えた光輝以外の生徒たちも黙る。部屋にいる人間は二十人を超えるというのに檜山の泣き声しか聞こえないほど静かだった。

 そんな中、清水が口を開いた。

 

「檜山……許されたいか?」

「…………ああ。いや……許されなくてもいい、けど……謝りたい……俺がやってきた馬鹿なことを、やらかしたことを全部、謝りたい……!」

「そうか……メルド団長、あそこから落ちて生き残る可能性ってありますか?」

「……いや、殆どないだろう」

「殆どってことはほんの少しは生きてる希望があるってことですよね」

 

 清水がそう言うと光輝や檜山を初めとする生徒たちの顔がハッとなる。メルドは清水が言いたいことを察していたようで表情は曇ったままだ。

 

「しかしな、希望的観測にすぎんぞ。ましてや二人揃ってとなるとな……」

「けど死んでると思って探索するよりは生きてると信じて探した方がいい!」

「ああ、清水の言う通りだ。俺は南雲も澤田も生きてると信じるぞ!」

「幸利……光輝……全く、お前らがそう言ってしまっては俺らが信じないわけないはいかないな。大介!」

「は、はい!」

 

 突然名前を呼ばれ慌てて返事をする。

 

「仲間に対して攻撃したということから本来はパーティーメンバーから外さなければならない。が! お前に二人を助けたいという意思があるのなら俺はお前をメンバーに残したままにする! どうなんだ!」

「……あります! もう馬鹿なことはやらねぇ……南雲と澤田に俺がやってきた馬鹿なことを謝りたい!」

「よし、わかった! 今回のことは厳重注意で済ませる! しかしお前がもう一度同じようなことを起こした場合は問答無用で牢屋へぶち込むからな! 肝に銘じておけ!!」

「分かりました!!」

 

 声を張って返事をしたあと、檜山は清水と光輝に向き直り頭を下げた。

 

「清水も天之河も悪かった……俺の謝罪なんか意味なんかないと思うけどよ……でも、すまなかった……!」

「……俺は謝られても許すつもりは無い。けど、謝罪を認められたいのならこれからの行動で示すんだな」

「俺も清水と同じだな。一度犯した罪は消えない。その罪を背負って戦っていくんだ」

「ああ……分かってる」

 

 その場はそれでお開きとなり、生徒たちのメンタルケアも含めて迷宮探索は十日間の間隔を開けることとなった。

 

 


 

 

 夜、光輝が自室で今まであったことを整理しているとドアがノックされた。

 

「光輝、私よ。入ってもいいかしら?」

「雫? どうぞ」

「お邪魔します。夜遅くにごめんなさいね」

「いいさ。何の用なんだ?」

 

 ネグリジェに上着といった無防備な雫の姿に内心ドキドキしながら平静を装って話を聞く。雫は部屋に備え付けられていた椅子に座ると光輝の目をジィっと見つめた。

 

「ど、どうしたんだ雫」

「……いえ、本物の光輝よね」

「当たり前だろ。いきなり何を言ってるんだ?」

 

 素っ頓狂なことを言い出した雫に困惑が隠しきれない。

 

「だって……いつものあなたなら檜山のことを庇ってたはずよ」

「ああ……そのことか……」

 

 話そうか話さまいか逡巡していたが『雫に隠し事をするわけにはいかない』と思い、話すことにした。

 

「実は、迷宮を探索する前日に澤田に呼び止められたんだ。『檜山と中村に注意しとけ』ってね」

「檜山と、恵理まで? どうしてまた……」

「うん。俺も最初は何故? って思って聞いたよ」

 

 正確には『仲間を疑うなんて信じられない!』と怒っていたのだが、そこは雫の預かり知らぬ話だ。

 

「澤田には『超直感』っていう技能があるらしいんだ」

「『超直感』……虫の知らせとか、第六感みたいなものなのかしら?」

「その解釈であってる。それが強化された感じの技能だってね。それで檜山と恵理を見た時にその『超直感』が反応したらしいんだ。具体的に説明するのは難しいんだけど、嫌な予感がするから注意しておけってね。だから俺はその日の夜、たまたま会った檜山に南雲に絡むのはやめろって注意したんだ」

「あの光輝が……!? 嘘でしょ!?」

「雫から見た俺は一体……」

 

 まるで幽霊でも見たような反応をする雫にげっそりとする。しかし一々反応していれば話が進まないので切り替えて話を進める。

 

「ま、まあ澤田に忠告されたのに檜山を止めきれなかったんだ。俺にも責任がある。現に南雲と澤田の二人は奈落へ落ちてしまった……」

「光輝……」

 

 あの時手を伸ばすことしか出来なかった己の掌を見つめ項垂れる。

 

「俺の目が間違っていたんだ。あの二人は誰よりも広い視野で戦況を把握していた。俺は自分のわがままで皆を殺しかけている間に……」

 

 開いていた掌を力強く握りしめる。

 

「だから強くなるんだ。南雲と、澤田を助けるためにも! この世界の人たちを守るためにも!!」

「……でも、道のりは険しいわよ」

 

 二人が落ちていったのは六十五階層の奈落。下へ降りて行けば何か見つかるかもしれないが、今の光輝たちでは太刀打ちできる場所ではない。

 それでもやるしかない。仲間を信じるために、仲間を見つけるために、やるしかないのだ。

 

「分かってるさ。けど、やってみせる……!」

「……私も手伝うわ。あんただけじゃ心配だからね」

「……ありがとう、雫」

 

 幼なじみの優しさに顔を綻ばす。と、雫が穏やかな笑みを曇らせたのを不思議そうに尋ねる。

 

「どうかしたか?」

「いえ、その……香織と黒乃には、どう説明するの?」

「ああ……そうだな……話すさ、嘘偽りなく」

「大丈夫かしら?」

「大丈夫さ。香織も黒乃も強い。きっと受け入れて前に進んでくれるはずさ……」

「そうだといいけど……」

 

 まだ眠り続けている親友たちの姿を思い浮かべる。やはり精神的ショックが大きかったようで香織も黒乃も迷宮で気を失ってから未だに目を覚まさない。

 無理もない……方や想い人を、方や家族同然の二人を失ったのだから。

 

「……ところで雫。香織は、香織は南雲のことを……」

「……好きなのか? でしょ。気づくのが遅いのよ。あの子、中学の頃から好きだったのよ」

「そ、そんな前からか……幼なじみの俺よりも、南雲をとったのか……」

「聞きたい? 香織がどうして南雲くんに惚れたか」

「……いや、言いさ。香織の目が覚めたら本人に直接聞くさ」

「…………本当に変わったわね、光輝。大人になったって言うか……」

「まるで母さんだな雫は。でもまあ、自分でもそう思うよ。多分……吹っ切れたんだと思う」

 

 そう言う光輝の横顔は憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。まるで我が子の成長を慈しむように雫は微笑んだ。

 

 

 

 

 


 

 雫「奈落に落ちた南雲くんと澤田くんは、そこで神結晶と呼ばれる奇跡の鉱石とありとあらゆる傷を治す神水を見つけた。

 魔物の肉を食べて生死の境をさ迷った果てに澤田くんは自分の本当の力の使い方を知ることになる。

 

 次回ありふれた親友、

『覚醒強化! エンハンス、デンジャラス、サバイバル!』

 

 熱き闘志を、チャージイン! 

 

 ……ってやっぱり恥ずかしいわよこれ!」

 




 檜山をどう修正するか、当初の予定からは外れたけどこんな感じになりましたね。光輝も同じくです。この光輝の正義感は異世界に来てから少し揺らぎ始めています。俺の考えは絶対間違ってない、ではなく俺の考えは間違ってないはずだ、考えてみよう。と考えるようになりました。故に出来たのが綺麗な光輝と檜山です。ちなみに近藤達は後日「俺らも見て見ぬふりは出来ねぇししたくねえ!」と言って檜山と共に浄罪のためハジメたちを探すことを決意しました。

清水くん?あれはもうオリキャラでしょ(適当)


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第八話「覚醒強化」

 今回BL要素あるからノンケの皆さんは注意ですよ。┌(┌^o^)┐の皆さんは歓喜ですよ。
 タグつけないとか……


 視界から光が消えていく。カメラがズームアウトするように暗闇しか見えなくなっていく。

 

「ハジメ! 絶対に離すなよ!!」

 

 シュウが僕を抱きしめる温もりだけを感じながら、奈落の底へ落ちていく。肌が焼け付くほど暑かったベヒモスの熱気が嘘のように冷えていく中、その温もりだけは暖かった。

 

「ヤバいっ! ハジメッ! 息止めろ!!」

 

 その温もりは突然かき消された。滝行のような勢いの水流がハジメとシュウを飲み込む。熱は消え体温が一気に下がっていくのが分かる。

 だがハジメは自分の体を抱きしめる感触が消えてないことに気づいた。シュウが抱きしめる力を緩めないのだ。シュウは何があってもハジメを離さない、安心したハジメの意識は徐々に薄れていった。

 

 

 頬に滴が当たる感触で目が覚める。気だるい身体を起き上がらせて周りを見渡す。全体的に暗いが視界が全く効かない訳ではない。

 

「……ここは、奈落の底か……? っそうだハジメ!!」

 

 決して離さないよう力いっぱい抱き留めていたハジメは少し離れたところに横たわっていた。すぐに駆け寄り声をかける。

 

「おいハジメ! ハジメ!! ……くそっ! 息してねぇ……!」

 

 水流に飲まれた時に水を飲んでしまったのだろう。ハジメは息をしていなかった。慌てて人工呼吸を行い蘇生を試みる。どうやら気を失ってからそんなに時間は経っていなかったようで、何事もなくハジメは目を覚ますことが出来た。

 

「げほっ、かほっ! ううっ……しゅ、シュウ……? 僕は……ここは……一体……? くしゅんっ!」

「それよりまず服を乾かさないとだな。風邪引いちまう……」

 

 炎魔法で火をつけて暖を取る。ハジメは落ちる前後の記憶が曖昧になっているようで混乱していた。シュウが話すと朧気に思い出してきたようで苦痛に顔を歪ます。

 

「ハジメ、大丈夫か?」

「う、うん……正直まだ混乱してるけどね……」

「誰が撃ったか、考えるまでもないな」

「……檜山だね」

 

 明らかな殺意。異世界に来てから何度も感じた視線。シュウの『超直感』と今までの行動から察するに犯人は檜山しかいない。シュウは激怒するでもなく、悲観するでもなく、『無』だった。まさに能面、そう呼ぶのに相応しい無表情だった。

 

「殺すか?」

「……いいや」

「生かしておくのか?」

「そういう話じゃないよ。まずはここから上に戻らないと……あっちの言い分も聞かなきゃいけないしね」

「……まあ、こっちが生き残らなきゃ意味ないしな。しゃあない、これからの行動方針を決めようぜ」

 

 足を投げ出しダラりと脱力する。奈落に落ちたというのに危機感が感じられないシュウにハジメは浮かび慣れた苦笑を見せる。

 

「そうだね。まず飲み水と食料の確保が最優先だと思う」

「水は最悪俺が沸騰させてハジメが錬成で濾過装置作ればいけるけど食いもんはなぁ……なんかあるか?」

「なーんにも。シュウは?」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 腰に着けていたハズのポーチはびしょびしょのボロボロになっていた。流水に打たれた時に駄目になったのだろう。携帯食、コンパス、包帯、全ての道具は使い物にならなくなっていた。

 

「……魔物って食えるんだっけ?」

「毒だよ。食べたら身体が爆発四散! 南無三! って感じでお陀仏らしいよ」

「さいですか」

「でも木の実とか魚とか、なんにも無かったら食べなくちゃいけないかもね」

「選択肢はほぼ無し、か。うっし服も乾いただろ。そろそろ探索しよう」

「そうだね。どこに危険が潜んでいるか分からないから注意しながら進もう」

 

 ハジメの言葉通り、奈落の魔物はまさに化け物揃いだった。電撃を帯びた狼の群れに、その狼を一対五という数の不利を無視して蹴り殺した白兎、そして──

 

「……んだ、この化け物は……!?」

「ぁ、あぁああぁ……!!」

 

 その兎すら食い物にする怪物、ベヒモスなどとは比べるのも烏滸がましいほど恐ろしい爪を持つ巨大な熊の魔物。放たれる殺意は鋭利な刃となってハジメとシュウの喉元に突きつけられていた。

 

「くっそ……!? ハジメ! 気をしっかり持て! 逃げるぞ!!」

「あ、ぁ、ぅ、うん……っ」

「っ! 悪いハジメッ!」

「え、ぐあっ!?」

 

 シュウはハジメに蹴りを入れた。突然蹴られ怒りよりも混乱が先に来る。が、すぐに理由がわかった。先程までハジメがいた地面にはまるでショベルカーで抉ったような傷跡がついていたからだ。もしシュウが反応していなかったらと思うとハジメの体温が一気に下がる。

 

「ハジメ!! 逃げろ!!」

「シュ、シュウっ……!?」

「俺はいいから行け!!」

 

 シュウの左足は酷い裂傷を負っていた。傷口からは血が止めどなく流れ出ておりこのままでは失血死しそうな量だ。

 

「その傷じゃ──」

「早く行け! どっちみち俺はこの足じゃ無理だ!!」

「くっ……! ごめん、シュウ!」

 

 ハジメの足音とともに気配が遠ざかる。安心したのも束の間、魔物が緩慢な動作で腕を振り下ろす。咄嗟に至近距離で炎を爆破させて無理矢理回避したが、ダメージが大きすぎる。もう一度は無理だろう。

 

「うおおお!? あっぶねぇなぁ!」

「グルルゥ……」

「クソが……掠っただけでコレかよ……!!」

 

 忌々しげに呟くシュウのその脇腹は足と同じように裂傷が出来ていた。回避しきれなかったようだが、足の傷よりは軽い傷だ。

 

「ハジメ……生きろよ……! ォォオオオオオ!!!」

「グルォオオオ!!」

 

 人と獣の雄叫びが交差した。

 

 


 

 

「はあっ……ぐっ……くそ……!」

「ガルルゥ……」

 

 数分後、血溜まりの中に沈むシュウの姿があった。身体中傷だらけで無事なところを探す方が難しい。四肢がくっついているだけ僥倖だ。

 魔物はまだ目に闘志を灯しているシュウを見て苛立ちを表すように吼え散らした。

 

「グガァアアア!!!」

「熊公が……!!」

「『錬成』!」

「グルゥウウ……!?」

 

 岩が腕の形に変化し魔物の身体を拘束する。

 

「シュウ! 大丈夫!?」

「ハジメ……逃げろって、言っただろ……」

「シュウを置いて逃げれないよ! 肩貸すから捕まって! 逃げ道を造ってきたから!」

「造ってきた? くっ!」

「グルオオオオ!!!」

 

 魔物は力任せに拘束を振りほどこうとしている。折角仕留めきれそうだった獲物をみすみす逃がすのだ。魔物からしたら大層な屈辱だろう。

 

「説明は後! いいから入って、っと! はい『錬成』!」

「おわぁ!?」

 

 魔物の視界から逃れて少し歩いた先に横穴がぽつんと空いており、ハジメはシュウと自身の身体をそこに押し込むと『錬成』で入口を塞いだ。

 中に潜っていくのと同時に入口の壁を更に厚くするのを忘れない。足を引きずりながら辿り着いた先には、青白い神秘的な光を中心に広い空間が出来ていた。

 

「こりゃあ一体……」

「これは『神結晶』っていう鉱石なんだ。鑑定してみたんだけど、悠久の時を経て大地の魔力が結晶化したものみたい。で、驚くのはここから! シュウ、この水を飲んでみて!」

「水って、この石から出ているのをか?」

「いいから早く!」

 

 言われるがままに水を掬い口をつける。するとボロボロだった肉体がみるみるうちに癒されていくでは無いか。驚きのあまり声を失うシュウを他所に、ハジメはテンションを上げて説明する。

 

「傷が……!?」

「凄いでしょ!? 神結晶から流れた流れた水は失った魔力を満たす効果とあらゆる傷を癒す効果があるみたいなんだ!」

「まるでエリクサーだな……」

「一応傷口にもかけておこう。染みるかもしれないけどちょっと我慢してね」

 

 そう言ってシュウの傷口に水をかけていく。傷はみるみるうちに塞がりそこに傷など無かったように元通りになった。余りの効力にシュウは空いた口が塞がらない。

 

「す、すげぇな……」

「この水、う〜んと神結晶から流れる水だから……『神水』とかかな? さっきは緊急事態だったからそのまま飲んじゃったけど、一先ず容器とか濾過装置とか作らないとね」

「錬成師様々だな」

「自分でもこんなに役に立つとは思わなかったよ」

 

 それからハジメたちは神結晶がある場所を拠点とし探索を始めた。そしたら出るわ出るわ錬成師にとっての鉱石()の山が。

 

 例えば『緑光石』、これは魔力を吸収する性質を持っており、魔力を溜め込むと淡い緑色の光を放つ。その状態で鉱石を砕くと溜めていた分の光を放出する。

 

 こちらは『燃焼石』、可燃性の鉱石で点火すると構成成分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。

 ただ密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する危険性があるので使用には注意が必要だ。

 

 最後に『タウル鉱石』。黒色の硬い鉱石で、十段階評価中硬度八の硬さを持つ鉱石だ。衝撃や熱に強いが冷気には弱く、冷やすことで脆くなり熱を加えると再び結合する性質を持つ。

 

 ハジメはこれらの鉱石を使って一体何を作るつもりなのか、少し考えればすぐ分かる。簡単な話、今のハジメたちには武器がない。ステータスの差を埋めるには圧倒的な強さの武器が必要になってくる。

 

「それで拳銃か……?」

「うん。と言ってもこのままじゃ火力が足りないと思うんだよね……」

「そんくらいの岩をぶち抜ければ十分だろ……」

 

 シュウの眼前にはシュウの背丈を超える大岩があった。中心には弾痕らしき跡があり、そこから外側に広がるように大きな亀裂が入っている。ほぼほぼ砕けていると言ってもいい。

 

「いやダメだよ。ここら辺の魔物には通用するかまだ分からない……せめてもっと大型の銃が使えればなぁ……」

「ロマン求めすぎだろ。肉体改造でもしなきゃ叶わない望みだな」

「いやでも理論上はどんな魔物にも通用するはずなんだよ!」

「なんの理論だよ──っと、敵さんのお出ましだ」

 

 そう言って立ち上がり構えを取るシュウ。二人の前には二尾の狼魔物が二体現れ敵意をあらわにする。それに気づいたハジメも銃を魔物に向け交戦状態に入る。

 

「二体か……一人一殺、いけるか?」

「任せてよ、勝てるさ……多分」

「気張れよハジメ!」

「シュウこそ!」

 

 互いに鼓舞し合いながら狼魔物に相対する。圧倒的なステータス差があるはずなのに不思議とシュウの心に恐れはなかった。

 

(なんだ……まるで心が凪いだように穏やかだ……不思議な感じだ……)

「ガルルル!!!」

「ふぅー……燃えろっ!」

 

 両手から火球を生み出し牽制のために狼魔物に放つ。

 

(分かる。アイツが次にどう避けるのか、どう動くのか。何故だろう……動きが読める! 分かるぞ!)

「グルルァア!!」

「オラァ!!」

「ギャウン!?」

 

 鋭い牙を立てようと飛びかかるがシュウはそれを予見してたかのごとく攻撃を躱し炎を纏った蹴りをくらわせる。怯んだ狼魔物に向かって数十発もの火球をぶつけ更に追撃を行う 。

 狼魔物の硬い表皮も超高温の炎を纏ったシュウの蹴りや拳を受け続けボロボロと崩れていく。そして表皮が薄くなった箇所に狙いを定め貫手を構える。

 

「これで、トドメだ!!」

「ギャウッ!? ルゥ……」

「ハジメの方は……!」

 

 パパパパッ、銃声が洞窟内に響く。同時に狼魔物の断末魔も聞こえた。

 

「ふぅ。あっ、シュウ! 凄いよこれ! 狼が二、三発で怯んだんだ!」

「ほんと凄いな……こんなスムーズに進むなんて……」

「僕も驚いたよ。さて、と」

 

 ハジメは銃をホルスターにしまいながら狼魔物の死体に目を向ける。

 何もわざわざ銃の試し打ちをするためだけに魔物と戦ったのではない。二人は生物として根本的な危機に陥っていたのだ。

 そう──

 

「肉だ!!」

「飯だ!!」

 

 空腹という名の危機に。

 

 


 

 

 魔物の肉を解体して焼く。あまりにも酷い匂いにハジメとシュウは二人揃って噎せる。

 

「ゲホッゲホッ!」

「おえぇ……でも食いたくねぇとか言ってられないからな。ハジメ、まず俺が食ってみる。ヤバそうだったら神水を渡してくれ」

「了解……」

 

 ハジメの瞳はシュウの身を案じるように揺れて潤んでいる。長い付き合いのシュウだからこそ気づいた、今のハジメは魔物を倒した高揚感から解放されシュウを失ってしまう不安が胸中を渦巻いていることに。

 シュウはハジメを安心させるために優しく抱きしめた。この程度のスキンシップは子供の頃から今に至るまでやり続けていたのでハジメが動揺することはない。

 

「大丈夫だハジメ。俺は死なない。ほら、技能欄にもあるだろ? 『復活』の技能が」

「シュウ……うん。信じるよ」

 

 おどけるようにステータスプレートに書いてある技能を見せる。『復活』がどのように作用する技能なのか分かっていないので死んでも生き返れる確証なんてない。それがハジメを励ます為の方便だと言うのはハジメ自身も理解していた。だからこそ、ハジメはそれ以上何も言わずシュウの背に腕を回した。

 

 抱擁を止めて魔物の肉を一口サイズに千切り、ごくりと喉を鳴らす。

 

「よし……じゃあ、いただきます」

 

 男は度胸。口の中に肉を放り込み咀嚼する。久しぶりに胃に食べ物が入ったせいか空腹が更に肉を求めるよう主張した。

 そして直ぐに異変は起こった。

 

「ガッ──ゲハッ!」

 

 血の塊を口から吐き出すと同時に、シュウの身体のあちこちがひび割れていくではないか。血管はこれでもかと言わんばかりに膨張し、中には破裂したところもあるのか皮膚がトマトのように赤く染っていく。

 ハジメは用意してた神水をシュウの体に振りかけ、尚且つ試験管容器に入れている神水をシュウの口元に当てた。

 

「ガ、、アアアぁ!!!!?」

「シュウ! 飲んで!! 早く!!」

 

 やはり経口摂取でないと内傷には効果が薄いのか、シュウは神水を掛けられても以前苦しんだままだった。

 口元に当てた神水も自力では飲めないようで痛みにのたうち回る。ハジメの判断は早かった。神水を自分の口に含ませシュウに口付けする。ようは口移しだ。

 緊急事態の時、負傷者が自力で水分を取れない場合は口移しで流し込むことが推奨されている。ハジメの行動は緊急意識にあった正しい行動だった。

 

「かはっ、う、ガァア!!!」

「なんで、治らないの……!?」

 

 神水を飲んだシュウの身体は崩壊を一旦止めた。しかし止まったのも束の間、再び身体が崩れていく。けれども神水の効力が身体を治し、また魔物の毒が暴れ狂う。

 無限ループだった。破壊され、治り、また破壊され、治る。カードゲームのループ証明より単純な繰り返し、単純だからこそ、それは地獄だった。

 

 言葉では言い表せないほどの激痛のせいで意識を失うことも出来ない。そんな中、人はどうなるのか。簡単な答えだ、狂ってしまう。正気を失い、自我を保つことさえ難しい。

 シュウの精神も例外ではなく、既に人の道からは半ばはみ出している状態だった。

 

 ハジメの声も届かなくなってきた所で、シュウは死を覚悟した。

 

「──」

 

 視界が白に染る。気がつくとシュウは何も無い空間にいた。

 見渡す限り白白白、シュウの体もそこにはなく、ただ意識だけがぼんやりと浮かんでいるようだった。

 

 突然白しかない空間に映像が映し出された。ハジメと黒乃が談笑している映像だ。視点の高さからして自分の記憶なのだろう。

 そこで理解した。『これが走馬灯か』、と。

 

 学校生活の思い出、子供時代の思い出、悲しいものや楽しいもの、全ての記憶が流れて行った。

 

 それで終わりだと思っていた。

 

 しかし映像は流れ続ける。

 

 見覚えのない男性、その手には銃を持っており自分に蹴りを入れてくる。

 

『なんだ?』

 

 親しい友人であり、家族でもある仲間たち。いつもいつも自分の無茶に付き合ってくれるかけがえのない絆の証。

 

『知っている……』

 

 強敵、自分の力が通用しない時が何度もあった。けれども諦めず、仲間に支えられながらその度に限界を超えて、死ぬ気で戦ってきた。

 

『俺は……覚えている……』

 

 大空。それは自分の力であり、自分の象徴でもある。

 

 ふと指先に熱を感じる。視線を向けてみれば見慣れたような見慣れないを指輪をつけていた。

 

「リング……? なんなんだ、この記憶は……」

「それは君の記憶だよ」

「っ誰だ!!」

 

 振り向くと見知らぬ男が立っていた。傲岸不遜な自分とは違い随分弱気そうだ。しかし、その目は違った。全てを見透かす力強い意志を灯した瞳、この男の前では嘘をついても無意味なのだろう。そんな確信がある。

 

「俺は君でもあり、君は俺でもある」

「どういう意味だ」

「君は前世って信じるかい?」

 

 そう言って人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「前世、だと? まさかさっきの映像が俺の前世だとでも言うのかよ」

「そうだよ。理解できないと思うけどね」

「当たり前だ。そんな簡単に理解出来るわけないだろ馬鹿かてめぇは」

「ちょっと今世の俺辛辣すぎない?」

 

 一応前世の自分だと言うのにシュウの辛辣な言い草に男は困惑を隠せないでいる。仕切り直すようにコホンと咳をして空気を戻す。

 

「今のままじゃ彼の力になれない。君も分かっているよね?」

「ちっ……そうだよ。あの狼魔物はどうにかなったが熊公相手じゃ分からねぇ……」

「死ぬ気で頑張ったって敵わないだろうね。今の君は『炎』の力を使いこなせていないからね」

「炎の力だと……?」

 

 どういう意味か測りかねていると男は自分のグローブに炎を灯した。炎はグローブだけでなく額にも灯っているが男は熱がることも慌てることも無く落ち着いていた。

 

「この炎は『死ぬ気の炎』。俺の武器であり、力であり、覚悟でもある」

「死ぬ気の……炎……」

「聞き覚えがあるはずだ。死ぬ気の力は覚悟の力。君の覚悟が、そのまま力となって炎になる」

「覚悟の力……」

「君は何のために力を求める?」

 

 朗らかな笑みを浮かべていた男だったはずなのに、今は鋭い眼差しでシュウを見つめていた。本当に同一人物なのか疑わしい。

 男の問いにシュウは考えた。頭に思い浮かぶのは大切な幼馴染たち(ハジメと黒乃)

 

「……俺はハジメと黒乃を守るために強くなったんだ! 何のために力を求める? はっ、決まってんだろ!」

 

 不敵な笑みを浮かべ親指を自身に向け宣言する。

 

「俺がアイツらを守るためだ!! 矛となり、盾となる。その覚悟はとっくの昔からできてらァ!!」

 

 幼い頃、シュウは虐められていた。生まれつき髪が白かったから、悪い目立ち方をしていたのだ。ただでさえ人は自分と違うものを、常軌を逸脱したものを恐れる。子供であったらなお顕著になることだろう。

 幼いシュウを守ってくれていたのは南雲ハジメと日狩黒乃だ。二人の背中に憧れたし、二人が困っていたら今度は自分が助けになりたいと思った。

 

 格闘技を教わることは決して楽しいことばかりではなかった。痛かったし辛かった。それでもシュウが格闘技を続けることが出来たのは二人を守るという強い意志が、覚悟があったからだ。

 それが澤田シュウという人間を構成する根幹であり、全てである。

 

 シュウの答えに納得したのか、男は炎を消して先程の朗らかな笑みに戻った。

 

「うん、そうだよね。君ならそう言うと思ったよ。じゃあ炎の使い方を教えようか」

 

 映像が再び流れる。同時に頭にひび割れるような痛みが走った。

 

「ぐっ、うがぁあああ!!!」

「頭で覚えてもらってから、体で覚えてもらう。例えここでの記憶が消えても身体に染み付くように」

「上ッ等……!!」

 

 痛む頭を抑えながら目の前の男を睨みつける。絶対にものにして見せるという気概を見せる獰猛な笑みをシュウは浮かべていた。

 

 


 

 

「──! シュウ!」

「は、じめ?」

 

 目を覚ますとハジメの顔がドアップで映る。泣き腫らしたのだろう、ハジメの目元は真っ赤だった。起き上がろうと身体を動かすが、身体に走る激痛で上手く動かすことが出来ない。

 

「良かった……本当に良かった……シュウが生きてて……本当に……」

「おいおい泣くなよハジメ……確かに死にかけたが生きてる」

 

 ハジメから神水を飲ませてもらいよろよろと身体を起こす。バキ、ボキ、ゴキ、と身体から骨が軋む音が鳴る。

 

 自分がどうなっていたのかハジメが説明してくれた。どうやら魔物の毒による破壊と神水による再生を繰り返していたのだが突然それらのループが収まり、橙色の炎に包まれたらしい。

 いきなりシュウの身体から炎が吹き出て驚いたハジメは神水をふりかけた。だが炎は消えずシュウの身体を包み込んだままだった。

 

 しかしここでハジメは気づく。そう、シュウは炎に包まれてから苦しんでいないのだ。炎がシュウを焼き尽くすような感じでもないので様子を見守ることにした。

 不安に押し潰れそうになりながらもシュウの手を握って名前を呼びかけていた。

 しばらくしてシュウの身体を纏っていた炎が収まり目を覚ましたという訳だ。

 

「成程な。ありがとな、ハジメ」

「あっ、えへへ……シュウが無事で良かったよ」

 

 ハジメの頭を撫でると花が咲くような笑みを見せる。同性であるシュウも思わず見惚れてしまうほどの笑みだ、ここに白崎香織がいたら鼻血ものだっただろう。

 

「ところでシュウ。身体に不調はない?」

「そこら中が痛いがそれ以外は特にないな……」 

「そうだ! ステータスプレートを見てみれば何か分かるかも!」

 

 そう言われてステータスプレートの存在を思い出した。取り出して確認してみる。

 

澤田シュウ 17歳 男 レベル:11

天職:炎闘士

筋力:300

体力:300

耐性:200

敏捷:300

魔力:200

魔耐:200

技能:超直感・炎属性適正[+性質変化柔炎][+魔力消費減少]・大空七属性適性[+調和]・魔力操作・縮地・限界突破・復活・言語理解

 

「なんだこれ……」

「ステータスが上がっている……!? それだけじゃない、技能も増えてる! まさか魔物を食べたから?」

「かもな……待てハジメ、その魔物の肉を置け」

「で、でも僕もこの肉を食べれば……シュウの役に……」

「馬鹿、俺が魔物の肉を食ってどうなったか見てなかったのか。確かに神水があればどうにかなるかもしれないが……」

「えい!」

「あ、こらバカ!? すぐに吐き出せ!!」

「いやふぁ!」

 

 ハジメはシュウが止める間も無く神水で流し込む。すぐに異変が起こり苦しみ始める。

 

ガアああ!!?」

「言わんこっちゃねぇ……! くそ、何か出来ることはないのか!」

 

 その時ふと思い出した、自分の技能欄に謎の技能が追加されているのを。

『大空七属性適性』の派生技能、『調和』……字面を見るに不安定な状態を整えることができるはずだ。

 痛みで白目を向きながら血を吐くハジメの身体を抱きしめて毛布を被るように炎を纏う。

 

「ぐ、が、ぁあ……」

「大丈夫だハジメ……大丈夫……」

「ああ、あ……」

 

 炎を纏ってもハジメは熱がる様子はなく、むしろ痛みが引いていくのか苦痛に歪んでいた顔が穏やかなものに変わっていく。痛みが激しいストレスになっていたのだろう、ハジメの髪の根元は白く染まっていた。

 撫で続けてどれくらい経ったのだろうか、ハジメがゆっくりと瞼を開けた。

 

「おはようハジメ」

「……うん、おはようシュウ」

 

 そうしてハジメは強さを手に入れた。

 親友(シュウ)と肩を並べられる強さを。

 

 

 

 

 


 

 龍太郎「人外の強さを手に入れた澤田と南雲。

 真のオルクス大迷宮を探索していく中で不思議な場所に辿り着いたみてぇだ。

 そこには少女が封印されていて、って全裸ァ!? 

 

 次回ありふれた親友、

『暗闇に浮かぶ月! シールド、グリード、ムーンナイト!』

 

 熱き闘志をチャァアアアアジ! インだオラァアア!!」

 




 シュウの前世とか全く掘り下げるつもりないんで忘れてもらって構わないです。ただ作者が死ぬ気の炎もったキャラクターを作りたかったけど上手い設定を考えられなかっただけですから。リボーン知らない人のための用語説明は挟むかもしれませんが前世がどーたらこーたらとか死ぬ気の炎がオルクスにもある!?なんてことは絶対にしません。というかしたくない。


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第九話「暗闇に浮かぶ月」

 そろそろストックが切れる。
 ストックが切れるとどうなるんだ?
 知らないのか?

 更新が止まる


「『纏雷』か」

「これで僕が思い描いてた機能が作れるよ」

 

 ハジメのステータスもシュウと同様に成長していた。それだけではなく技能まで追加されていた。ハジメはその技能に覚えがあり、狼魔物が使っていた雷の固有魔法だと考えた。

 

「シュウの調和の力があれば痛みを気にせずに魔物の肉を食べれるね」

「そうだな。じゃ、ここらの魔物狩りまくるか」

 

 その言葉通り二人は辺りの魔物を片っ端から狩って食いまくった。最初に食べた狼の魔物に加え足の筋肉が異様に発達した白兎の魔物、それとシュウを血たち磨にした凶悪な爪を持つ熊の魔物。

 

「二人がかりだと楽勝だったね」

「ハジメのドンナーのお陰でもあるな」

「えへへ……」

 

 ドンナーとはハジメが製作した銃を改造した大型リボルバーのことだ。電磁加速機能も搭載されており、端的に言うと小型のレールガンとなっている。火力は熊魔物の腕を一発で簡単に吹き飛ばせる程度と言えばどれくらいぶっ壊れた性能をしているか分かるだろう。

 

「んじゃ食料も飲水も確保したことだし」

「下の階層に降りていこうか」

 

 何故ハジメとシュウが下へ向かっているのかと言うと、この階層から上へ戻る入口が見つからなかったからだ。どれだけ探してもそれらしき場所は見つからなかった。マッピングも完璧に済ませてしまい、移動できるのは下層だけだった。

 恐らくここがスタート地点になることがイレギュラーなのだろう。当初ハジメたちが探索していたオルクス大迷宮の最初から百階層は入口に過ぎず、真の大迷宮はその先から始まるとハジメは考察した。進んでいけばいつかはゴールに辿り着くはずだし、強くなれるはずだ。

 一人だったら絶望していただろう。けれどもハジメは一人じゃない、シュウがいる。それだけでどんな敵が出てこようとも負ける気はしなかった。

 

 下へ下へと降りていく二人。道中強力な魔物が何体も現れたが、その度に蹴散らしながら進んで行った。勿論倒した魔物の肉は忘れずに確保した。中には口にするのも躊躇う姿をした魔物もいたが、そこは男子。男は度胸の精神を思い出しかぶりついた。

 ちなみに魔物と言っても動物のような魔物ばかりでなく、蛾や百足といった虫のような魔物や蛙のような爬虫類の魔物もいる。蛙はまだいいとして蛾や百足を食べるのには相当度胸がいるだろう。ハジメもシュウも男として一皮向けたはずだ、決してSAN値は削れていない。白目を向いているが削れていないったらいない。多分、恐らく、メイビー……。

 

 そんなゲテモノが続く二人に転機が訪れた。二人に襲いかかってきた木の魔物がいたのだが、その魔物はなんと身体に瑞々しい赤い果実を実らせていたのだ。

 シュウの『超直感』が訴える、『あの果実は美味しい』と。ハジメの直感が訴える、『あれ絶対美味いって』と。

 試しに木の魔物によじ登り一つもぎ取って齧ってみた。

 

 不味い魔物肉続きだった二人は思い出した。これが甘味か、と。それから二人はその魔物を狩って狩って狩り尽くした。シュウは炎魔法を封印してまで狩った。それ程二人は感動したのだろう、久方ぶりの甘味に、美味しさに。

 

 木の魔物がその階層から消え去ってやっと二人は迷宮探索を再開させた。

 

 探索を続けて二人は異様な空間に辿り着いた。下層へ降りる道は見つけていたのだが、その空間が気になって進めずにいた。

 脇道にあった空間には優に3mを超える大きな扉があった。しかもその扉は荘厳な装飾を施されており、殺伐としたこの大迷宮からしたら明らかにミスマッチしていた。

 

「んでもって壁に埋まってるでっけー彫刻か」

「如何にも、って感じだね」

 

 軽い感じで話すがハジメの表情は堅い。シュウも軽口を叩いてはいるがその顔は険しい。

 二人の言葉通り扉の横には今にも動き出しそうな巨人の彫刻が彫られていた。

 

「ま、動いたら動いたで倒せばいいだけだ。ハジメ、この扉開けれそうか?」

「うーんどうだろ。なんか見たことない魔法陣書かれてるし、それにこの窪み、明らかに鍵っぽいんだよね。しかも二つも」

「二つ、ね」

「横の彫像の数とぴったしなんだよね。多分この扉を弄ろうとすれば……」

 

 ハジメが扉に手を当てて錬成を開始した。するとバチッ、と赤い放電が走り、手が弾かれた。ハジメの手は放電のせいか煙が上がっている。して痛がる様子もなく神水を飲んで回復していると、横の彫像が咆哮を上げながら動き出した。

 

「オオオオオオオ!!!!」

「グォオオオオオ!!!」

 

 同化していた壁を砕きながら這い出て来る様はRPGめいている。体を覆っていた灰色の肌がバラバラと剥がれていき中から暗緑色の肌を覗かす。そして単眼をギョロりと覗かせハジメとシュウを睨みつけた。

 

「サイクロプスか」

「定番っちゃ定番だよね」

 

 一緒に埋められていたのだろうか、サイクロプスは自分の背丈と同じサイズの大剣を取り出した。もう片方も同じく大剣を取り出して二人を威圧する。

 この扉を守る門番なのだろう。そう考えれば『開きたければ我らを倒して見せよ』と言ってるようにも見える。

 

「燃えろ」

「ばきゅーん」

 

 サイクロプスたちの願いは叶わなかった。シュウの手から高速で放たれた炎弾とハジメのドンナーがサイクロプスたちの頭を撃ち抜いたのだ。二体の頭部は腐った果実を踏み潰したようにグチャりと飛び散り、巨体を地面に沈めた。

 

「手甲の調子はどう?」

「軽くて頑丈だし問題ないぜ。流石ハジメだ」

「でも素材と設備があればそんな急ごしらえの手甲じゃなくてもっといいのが作れるんだけどな……」

「これでも十分だよ。ありがとなハジメ」

 

 現在のシュウの装備はハジメお手製の手甲と臑当てだ。どちらもタウル鉱石を用いた頑丈な装備だった。熱にも強いのでシュウの戦い方と合っている。

 二人はサイクロプスの死体から魔石を取り出して扉の窪みに当てはめた。すると魔石を当てはめた箇所から扉全体にかけて赤黒い魔力光が迸る。何かが割れる音が響き光がおさまる。すると周りの壁が淡く発行し始め、辺りは光で満たされた。

 薄暗い迷宮を歩いていた二人にとってその光量は久々なもので、思わず目を顰めるほどだ。

 

「さっきの音、多分扉が開いた音だよな」

「そうだろうね」

「……」

「……」

 

 沈黙が流れる。好奇心には勝てなかったようで、二人は扉を開けた。仕方がない、だって男の子なんだもん。封印されし〜〜とか禁断の〜〜とかは大好きなのだ。

 

 扉を開きつつ警戒を忘れない。シュウには薄暗くてよく見えないが、ハジメには暗い場所も問題なく視力が効く『夜目』という技能がある。目を凝らしてじぃっと見てみる。

 部屋の中は歴史に疎いハジメでも一目見てわかるくらい立派な作りになっていた。大理石のような石造りで作られており、巨大な柱が奥へ向かって二列に並んでいる。沿うように視線を向けてみれば中央に立方体の巨大な石が置かれていた。鉱物鑑定を行うまでもなく分かる、傷一つ無く光沢を輝かせたそれはあからさまに特殊な鉱石で出来ていた。

 

 そして、その鉱石から何かが生えていた。

 

 ハンドジェスチャーでシュウにそのことを伝える。シュウは頷くと扉を固定するように動いた。

 すると生えている何かから声が発せられる。

 

「……だれ?」

「おわっ」

「女の子?」

 

 そう、長く話していないような掠れた声は確かに少女の声だった。部屋の外から差し込む光が生えていた何かを照らす。下半身は石に埋まっており、両腕も拘束されている。垂れ下がった金色の長髪から覗く紅き双眸は紅月を思わせる。やつれてはいるが元は美しい容姿だったことが見てわかる。

 

 ハジメの目と少女の赤い瞳が合う。

 

「えっ〜と、初めまして?」

「……初めまして」

 

 場違いな挨拶をしつつもハジメは警戒を解かない。女の子だと思って近づいたらバクン! なんてことも有り得る。すぐに逃走することも忘れずに会話を行う。

 

「君はなんでこんな所に?」

「……わた、わたし、裏切られた。先祖返りの吸血鬼で、その力を国のために使っていた……そしたらある日、家臣の皆が……おじ様が、お前は……お前は必要ないって……これからは、自分が王になるって……私は、それでもよかった……けど、私の力が危険だから、殺せないから、封印するって言われて……ここに……」

「それは、なんともまあ……」

「ハードな人生歩んでなぁおい」

 

 掠れた声で話された内容は昼ドラも真っ青なほど濃い内容だった。しかも所々気になるワードもあった。何よりもハジメの心を揺さぶったのは『裏切られた』という言葉。

 

「……ねぇシュウ」

「まだだ。まだ罠の可能性は拭いきれてねぇ」

「うん……分かってる……」

「嘘じゃ、ない……! お願い……たすけて……!」

「助けてか。お前のことを庇ってくれるやつはいなかったのか?」

 

 見極めるにはまだ情報が必要だ。ハジメは揺れているが、シュウは簡単に判断するわけにはいかないと考えて質問した。

 

「一人、いた。従姉妹の……妹みたいな子が…………けど、私を庇ったせいでおじ様たちに拘束された……私のせいで……」

 

 話しているうちに当時の状況を鮮明に思い出したのか、ポロポロと涙を流す少女。

 

「シュウ……」

「あー……そうだな。流石にここで『知らねぇよじゃあな』は可哀想すぎるな」

「じゃあ!」

「ああ。助けようぜ。つってもどう助けるのかはこれから考えねぇとだけどな」

 

 シュウも良心は残っていたようで、少女の悲痛な叫びに心を打たれた。ハジメはシュウが助けることを選択してくれたことが嬉しく、笑顔を綻ばせている。

 少女は二人の話を理解出来ていないのか目をぱちくりとさせている。そんな少女をよそにハジメは石を鉱物鑑定で調べていた。

 

「どうだハジメ」

「う〜ん……多分錬成を使えばいけそうだけど、正規の方法じゃないっぽいから凄い魔力が必要だと思う」

「……助けてくれるの?」

「あの話を聞いて助けないっていうのはね……」

「俺でも非人道的だってことが分かる」

 

 うんうんと頷くシュウの横であらかた調べ終わったハジメがシュウに石から離れるよう話す。

 

「じゃあ、やりますか。『錬成』!」

 

 魔物を食べて変色した紅色の魔力光が輝く。しかし石は魔力を流し込んでも思い通りに変形されず波打つだけで留まっている。

 

「うっ……! 抵抗が強くて魔力が……!」

「神水飲むか?」

「いいや、今の僕なら!!」

 

 以前のハジメなら触れることすら難しかっただろう。だが今のハジメは違う、ハジメは自身の持てる魔力を全てをつぎ込み錬成を行う。少女を拘束していた石はドロドロと融解していき、少女はその身体を顕にした。

 やせ細ってはいるがどこか神秘性を感じる身体、一糸まとわぬその裸体は思春期の男子たちの目にとっては猛毒だった。

 魔力枯渇の激しい倦怠感に襲われながらも神水を流し込む。身体中に魔力が満ちていくのがわかるのと同時に倦怠感が和らいでいく。一息吐いたハジメの元に少女が近寄り、震える手でハジメの手を握った。

 

「あり、がとう……本当に、ありがとう……!!」

「……どういたしまして」

 

 長い年月のせいで表情筋が上手く動かないのか、感謝を伝えるその顔は無表情だ。しかしその瞳からは溢れんばかりの想いが篭っていた。

 ハジメはそれがどうしようもなく嬉しくなり、握られている手に力を入れて握り返した。少女は嬉しさを表すようにはにかんだ。

 

「一件落着だな。とりあえず服着とけよ」

「あ」

「え……? っ!!」

 

 シュウが布切れを渡すと少女は自分の体に気づいたようで、奪い取るように布を受け取り身にまとった。

 

「……えっち」

「んな!?」

「ぷっくく……」

 

 感謝の言葉の次に来るのが『えっち』と来たもんだ。シュウは堪えきれず笑いを漏らし、ハジメに睨まれた。

 

「……名前、なに?」

 

 羞恥心が落ち着いたのか、自己紹介を求めてきた。こんな危険なダンジョンでお見合いのようなシチュエーションを体験することになるとは夢にも思わないだろう。事実ハジメは苦笑を浮かべている。

 

「僕は南雲ハジメ。こっちは」

「澤田シュウだ。お前は?」

「……名前、つけて欲しい。前の私は、もう死んだ……だから、名前をつけて欲しい」

「って言われてもねぇ……」

 

 新しい自分として、新しい人生を踏み出したいのだろう。少女の気持ちは分かるが名付け親になるのは責任重大だ。とんぬらとかゲレゲレとか適当な名前はつけれない。

 

「つけてやれよ。得意だろ、そういうの」

 

 ハジメの両親はそこそこ特殊で、父親はゲーム会社の社長、母親は売れっ子の少女漫画家の職についており、息子のハジメは修羅場のたびにお手伝いに呼び出されている。なんなら新キャラのキャラデザも任されたこともあるので適任といったら適任なのだ。

 

「うーん……急に言われてもなあ……」

「そんな難しく考えんなよ。この女の子を見て一番強い印象から連想すればいいだろ」

「じゃあそういうシュウはどうなのさ」

「フランシスコザビ……」

「おい」

 

 ネタに走ったシュウは置いといて真剣に考える。思えば一目見て綺麗だと思ったのは少女の紅い瞳だった。

 

「うん? でも型月か。確かに月っぽいし……紅月……いや、ルナ? ムーン? しっくり来るのは…………ユエ? うん、ユエ。これがいちばんいい。どうかな?」

「ユエ……それが私の名前?」

「気に入らなかったら別のを考えるけど」

「んーん。ユエ、ユエがいい」

「それはよかった」

 

 ユエ、ユエ、と刻み込むように自分の新たな名前を呟いている。その光景を微笑ましそうに見ていたハジメだったが、突然険しいものに変わる。それはシュウも同じで頭上を睨んでいた。

 

「ハジメ!?」

「分かってる!!」

「んうっ!?」

 

 シュウの言葉とともにハジメはユエを抱き寄せて縮地でその場を飛び退く。

 

「どーりでユエを助けても『超直感』が反応してたわけだぜ」

「それっぽい名前をつけるとしたら大サソリかな?」

 

 体長5mを超える巨体に二対の巨大なハサミ、蜘蛛を連想させるような八本の足を動かしている。二本の尻尾も持っており、先端には鋭い針、サソリから考えるに毒針だと思った方がよさそうだ。

 そして一番注目がいくのは背中に半ば同化するように背負っている氷のような水晶だ。あれだけ明らかに異質な雰囲気を発している。

 

「うそ……」

「どうしたのユエ?」

「あの水晶の中、わたし、知ってる」

「なんだ? 何がいるんだ?」

 

 ハジメが夜目を使いよく目を凝らしてみると、確かに水晶の中には何かが埋まっていた。じぃっと見つめてみるとぼんやりと何かの輪郭が見えるようになってきた。

 

「あれは……人?」

「あの子は、さっき話した……庇ってくれた妹みたいな子。まさか、封印されてるなんて……」

 

 ユエの顔は絶望に染まっていた。サソリから醸し出されるオーラと相まってユエは体を震わせていた。ユエの体に温もりが広がる。ハジメが抱きしめたのだ。ゆっくりと頭を撫でる手は優しく、こんな時だと言うのに安心するもので、動揺していたユエの心を落ち着かせるのには十分だった。

 

「大丈夫だよ、ユエ。僕たちが必ず助けるから」

「乗りかかった船ってやつだ。こうなったら最後まで戦ってやるぜ」

 

 グローブに炎を灯して構える。ハジメもユエを抱き寄せながらドンナーを取り出す。今まで戦ってきた魔物とは一線をきす強者の圧力がある。

 

「さあ、サソリ退治とお姫様の救出と行こうじゃねえか」

「ユエ、僕から離れないでね」

「ん!」

 

 背中にまわりハジメの首に手を回す。おんぶしながらの戦闘は初めてだがユエを守るためだ。それにユエに対してシンパシーを感じてしまったハジメにとっては、むしろ近くにいてくれた方が安心する。

 

「その前にこれ飲んどいてね」

「水?」

「傷が治って魔力が回復するから」

「ん」

 

 こくりこくりと試験管に入った神水を飲み干す。体に活力が湧いて驚いたのだろう、ユエは目を大きく見開いていた。

 シュウが先手を撃ち、戦闘が開始した。

 

「燃え尽きろ!!!」

「キシャアー!!」

 

 高熱の火球がサソリに直撃した。普通の魔物であれば問題なく溶解するくらい高温なのだがサソリの硬い外殻に阻まれダメージはさほど無いようだった。ハジメのドンナーから最大威力の弾丸がサソリの頭部に炸裂するが、火球と同じく大したダメージにはなってないようだ。

 

 ハジメの背中でユエが驚愕して息を飲んだことを感じる。ユエからしたら片手で持てるサイズの武器から閃光の速さで上級魔法並の威力で攻撃したのだ。そして魔法の気配が微かにした、しかし魔法陣も詠唱も必要としていない。つまりそれは自分と同じように直接魔力を操作できる術を持っているということだ。それはシュウも同じようで、ユエは不思議で仕方なかった。サソリよりも二人に、特にハジメに意識がいってしまうのは仕方がないだろう。

 

 そんなユエの心も露知らず、シュウは手から炎を噴射した推進力で、ハジメは空力で跳躍を繰り返してサソリを翻弄する。

 ハジメはドンナーを撃ちつつポーチから手榴弾を投げる。振り下ろされたサソリの鋏や尻尾は豪脚や風爪といった技能で叩き落とすが、決定打にはならない。

 それはシュウも同じで火球を連発するのだが全く効いてる様子を見せない。

 火球が当たった瞬間、背中の水晶体から冷気が広がりシュウの攻撃を無効化しているのだ。

 そのことに気づいたシュウは苦しげに唸りながら後ろに下がる。

 

「ちっ。冷気のせいで俺の攻撃が効きやしねぇ」

「先に水晶を破壊した方がいいね」

「待って! あの中には!」

「分かってる。ユエの妹がいるんだよね?」

「助けるさ」

 

 そう言うとシュウはグローブに灯していた炎を消して目を閉じた。瞑想、精神統一だ。

 心を落ち着かせる、それは明鏡止水の心、覚悟が雫となって波紋を穿つ。それは炎となって額に灯り、覚悟を顕す。

 

「シュ、シュウ! 頭から炎が!」

「燃えてる……? でも魔力を感じない……」

「大丈夫だ。この炎なら少女を傷つけずに水晶を溶かせる。だから、サソリの相手は頼んだぞ」

「……任せてよ!」

「シュウ、お願い……!」

「おうよ」

 

 グローブに炎が再点火、ロケットの如きスピードでサソリに肉薄する。そのままサソリの頭部を踏み台にして背中に埋まっている水晶まで近づいた。

 

「キシャアアア!!」

「させないよっ!」

 

 二尾の毒針をシュウに振り下ろそうとしたところをドンナーで撃ち抜かれる。弾丸は貫通しないが尻尾を弾くには十分な威力だった。

 水晶付近に辿り着いたシュウは手を当てて水晶に炎を灯す。その炎の色は額に灯っているソレと同じく混じり気のない純粋な橙色をしていた。

 

 炎は瞬く間に広がり水晶が霧散していく。数秒もしないうちに水晶の中にいた少女は解放され、シュウの腕の中に収まった。

 

「ぅ、ぁ……」

「息はしてるみたいだな。おっと」

 

 少女を抱えたままハジメたちの元へ戻る。特に外傷も見当たらず穏やかな呼吸をしているので問題は無さそうだが、念の為神水を口に流し込む。ついでとばかりに顔にも浴びせる。

 

「んく、ぷはあっ!? な、なにごと!?」

「……起こし方雑じゃない?」

「別にいいだろ、起きたんだから」

「レイシア!」

「わわっ、お姉様! え? お姉様!? ど、どういうことかしら!? 私はだって、お父様に襲われてるお姉様を助けようとして……殺されたはずじゃ……」

「話はあとでしてくれ。今は奴を倒す方が優先だ。しっかり掴まってろよ」

「へ? ちょ、貴方誰よもぎゃああ〜!!?」

 

 レイシア、そう呼ばれた少女を抱きしめているユエから無理やり引き剥がし背負う。そのまま高速で飛行し、サソリを惑わす。攻撃を避けようと旋回や急停止する度にレイシアが「うげぇ、もげぇ」と女子からぬ叫び声を上げる。

 

「ちょ──げぇ。まち──むぐぅ。やめ──くぎゅう。止まれって言ってんのかしら!!」

「ぐごっ! テメェいきなり何しやがる!」

 

 突然頭をおもいっきり殴られてはシュウも飛行をやめざるをえない。近くの足場に降り立ちレイシアを睨みつける。

 

「それはこっちのセリフかしら! 貴方は誰!? なんでお姉様がここに!? 私は何故生きているの!?」

「俺は澤田シュウ。お姉様は多分ユエのことだな? それは後で話す、三つ目は知らねぇよボケ」

「んなっ、な、な、無礼な! なんて言い草なのかしら!?」

「知らねぇつってんだろ。死にたくなきゃ振り落とされないようにしっかり掴まってろ」

「ふえ? ひ、ひぃっ!? 何よあの大サソリ!!」

 

 言い争っていて視界に入らなかったのかサソリに今気づいたレイシアは情けない悲鳴を上げてシュウの背中に隠れる。『怒ったりビビったり忙しいやつだな』と呆れたシュウだったが、『背中にいるなら丁度いいや』と自然な動作で背負い込む。

 

「……んえ?」

「舌噛むから口閉じてろよー」

「ちょま──」

「待たない」

「ひうっゆるし──」

 

「て」まで発することを許さずにシュウはグローブから炎を噴射させた。因みにここまでの間、ハジメはユエを背負ったまま一人でサソリを食い止めていた。ドンナーも手榴弾の効きも悪いので少し涙目になっていた。

 

「高速……Xカノン!!」

 

 先程まで放っていたただの火球とは違い、純度の高い橙色の炎が込められている。名前は勝手に口に出たが、何故かしっくりくるのでこのまま使っていこうと思う。

 やはりレイシアが封印されていた水晶が今まで熱を阻害していたようで、Xカノンが炸裂するとサソリの外殻はレンジでタマゴを温めたように弾け飛んだ。

 

「キシャアァアア!!?」

「凄い……貴方、何者なの?」

「さっき言っただろ、澤田シュウだ。ハジメー!」

「任せて! 体に穴が空いた今なら……! ちぇえええい!」

 

 直径8センチほどの手榴弾を投げつける。研ぎ澄まされたコントロールで吸い込まれるようにサソリの傷穴に入っていった。瞬間、爆発音と共に黒い泥を撒き散らした。黒い泥は大迷宮で手に入れたフラム鉱石という鉱石がタール状になったもので、これは摂氏3000℃の付着する炎を撒き散らす。

 体の中から焼かれる苦痛を味わうサソリは悲鳴に近い雄叫びを上げ、手当り次第ハサミを振り回して暴れる。

 

「やるじゃねぇか。流石ハジメ」

「な、なによあの武器は……あの子、大人しそうな顔して貴方より怖いかしら……」

「そうだな。けど厄介だなあのサソリ……硬いだけじゃなくタフだ。あと一押し、強力な一撃が欲しいんだがな」

「それなら、私に任せて欲しいのかしら! お姉様程じゃないけどそれなりに凄腕の術士なのよ、私!」

「え〜〜〜」

「なによその目はァ!? 信じてないわね!? 見てなさいよぉ〜!!」

 

 シュウに背中ではなく前に抱えるよう伝え、渋々お姫様抱っこに変える。めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたが。

 

 レイシアは先程神水を飲ませてかけたからか、完全とはいかずとも上級魔法を発動させるには十分な魔力が回復している。レイシアが両手を掲げると銀がかった青白い魔力光が暗闇に輝く。同時に莫大な魔力が吹き上がりレイシアを中心に風が巻き起こる。

 淡い青色の長髪が風に靡く、その風は凍てつく吹雪へと変貌し巨大な氷塊となる。

 

「こいつは……」

「ふっふーん。どうかしら? 凄いかしら? 天才かしら?」

「かしらかしらうっせーな、さっさと撃てよかしら女」

「むきー! 見てなさいよぉー!!! 『氷獄』! 凍てつくがいいかしら!!」

 

 レイシアが腕を振り下ろすと巨大な氷塊が嵐となって大サソリに襲いかかる。あの巨体を全て氷漬け、ではなくハサミ、足、尻尾を氷の柱に閉じ込めた。何故全身を凍らせなかったのか? その疑問は直ぐに解消された。

 震えるほどの冷気が消え、凄まじい熱気が辺りを支配する。目を向けてみれば青白い炎が巨大な球体となって大サソリの頭上に出来ていた。

 氷に拘束され身動きの取れない大サソリに炎が直撃する。青白い炎が閃光となり部屋を光で埋めつくした。

 

「グゥギィギャアアア!!!!?」

「くっ、こっちもすげぇな……!」

「ああん! 流石お姉様かしら!!」

「ユエかよ……まあ絞り込まれるのはユエだよな」

 

 やがて炎が収まると、そこには外殻の表面をドロドロに融解させた瀕死の大サソリが悶え苦しんでいた。

 急激な温度変化についていけなかったのだろう、レイシアが凍り付かせた大サソリの足、ハサミ、尻尾は炭化して崩れていた。

 地上に降りたシュウはレイシアを地面に放り投げ、ハジメと共に大サソリに近づく。

 

「トドメだ。Xカノン!」

「ふっ!」

 

 地面にひれ伏す大サソリの口内にドンナー数発と橙色の火球が撃ち込まれたのを最後に大サソリは動かなくなった。

 色々とあったがなんとか魔物は倒せたし、強力な仲間……? も増えた。色々と話すことはあるがまずは飯だな、と二人はお互いの腹を見つめあった。

 

 

 

 

 


 

 ハジメ「オルクス大迷宮の深部に封印されていたユエとレイシアを助けた僕たちは似たような境遇の二人に親近感を抱き、力を合わせながら最深部を目指していた。

 そして辿り着いた最深部の扉前で僕たちはラスボス戦前の最後の休息をとるのだった……。

 

 次回、ありふれた親友

『ボス前の休息、チャージ、パージ、ヒーリング』

 

 熱き闘志に、チャージ……イン」

 




 シュウの炎は基本的には魔力で発動させている魔法扱いですが、額に炎が灯った場合は死ぬ気の炎という扱いに変わります。魔法か特技かの違いですね。


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第十話「ボス前の休息」

 ストックが切れたので更新が止まります。十話分かきあげたらまた毎日(十日間)投稿に戻るので気長に待ってろください。

 ここだけの話、感想とか評価が増えると更新ペース上がるらしいっすよ(棒読み)


「ぐすっ……ひっく……ハジメも、シュウも、つらい……」

「どぅうわぁ〜ん! ハジメさんも鬼畜白髪も辛い目にあってたのかしら〜! 可哀想なのだわ〜!」

「次その名前で呼んだらその無駄になげえもみあげ引きちぎるからな」

「ぴうっ!?」

 

 ユエとレイシアが号泣しているのは、ハジメたちが奈落にいる理由を話したからだ。

 この世界の神に勝手に呼ばれ、戦争に巻き込まれた挙句、仲間に裏切られて奈落に落とされた。そして生きるために魔物の肉を食べるしか選択肢はなく、結果人の道からかなりはみ出てしまった。

 最初は掻い摘んで話そうとしていたが、ユエが「全部教えて欲しい」と頼んできたのでハジメが一から順に説明した。

 勿論ユエとレイシアの事情も聞いた。長くなるので大まかにまとめて話すと──

 

【ユエは先祖返りの吸血鬼らしく、十二歳の時に『魔力操作』や『自動再生』に目覚めてから歳を取らなくなった】

 

【力に目覚めてから僅か数年で吸血鬼族の王位についたユエを補佐していた叔父が、ある日突然その力や権威に目が眩み、周りを洗脳してユエを殺そうとした】

 

【不死身のユエを殺すことは叶わず、仕方なくあの地下に封じ込めることにした。レイシアは叔父の娘で、ユエを『お姉様』と慕うほど懐いていたのでユエを必死に守ったのだが、抵抗虚しく捕まり、同じく封印された】

 

 このような感じだ。レイシアは最初、自分は殺されたと言っていたがそれはどうやら仮死状態にされただけのようで、コールドスリープの状態であの水晶に閉じ込められていたらしい。

 

 ちなみにユエは全属性に適性があり、なおかつ無詠唱で魔法を発動できる。しかし魔法をイメージで補完するために魔法名を呟いてしまうらしい。この癖は魔法を使う者なら誰でも起こりえるものなので、色々規格外のユエもそこは例にもれなかったようだ。

『自動再生』に関しては魔力がある限りは何をされても死なないが、魔力が枯渇した状態で致命傷を貰えば死んでしまう。長い間封印されていたユエが、神水を飲まずにサソリから攻撃を受けていたら死んでいたかもしれないということだ。

 

 レイシアの場合は氷属性が一番適性があるようで、氷属性だけならユエをも凌ぐほどの実力らしい。シュウは疑っていたが。

 ユエのように『自動再生』のような不死性は持たないが、王族に近い血統を持つからか、『魔力操作』には目覚めており、コールドスリープで身体を仮死状態にしていたことで魔力も枯渇せず、消滅せずに済んだようだ。

 

 二人も中々ハードな人生を歩んでいるようで、ハジメとシュウは自分たちと同じシンパシーを感じた。

 

 ちなみに四人は今、大サソリを倒した部屋ではなく、手前のサイクロプスの死体がある部屋にいた。やはりと言うか、今まで自分たちが封印されていた部屋で休息を取るのは精神衛生上良くないようだ。

 

「それで、これからどうする? 俺たちは地上への出口を探してるんだけど、お前ら知ってたりしないか?」

「ずっと封印されてたから……ごめんなさい……」

「私もかしら……」

「使えねーかしらだな」

「私にだけ冷たくないかしら!?」

「じゃあどうすっかな。なんかいい案ないハジメ?」

「うーん……僕からはなんとも、情報が少なすぎるからね……」

 

 むきー! と怒るレイシアは無視して話を戻すシュウ。シンプルに酷い。

 考え込むハジメの服の袖をユエが小さく引っ張った。

 

「うん? どうしたのユエ?」

「この迷宮についてなら……少し知ってる。この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われている……」

「反逆者? 聞いたことがないな……話してもらえる?」

 

 こくり。頷き肯定の意志を見せる。気の所為かもしれないが、ハジメと話す時だけユエは声色が高くなる。加えて、話す時の仕草や動作は一々ハジメにスキンシップを通して行う。ユエは実年齢三百を超えるといっても見た目は美少女そのもの、ユエが何かする度にハジメは顔を赤くしてキョドる。

 女子の相手は香織や黒乃で慣れているかと思いきや、ユエから醸し出されるのは妖艶な大人の女性の雰囲気。子供のような見た目から繰り出される雰囲気は激しいギャップとなりハジメに襲いかかる。

 

 ハジメが照れて視線を逸らした時、ユエはニヤリとほくそ笑んだ。気の所為じゃなかった、あざとい。この吸血鬼あざとい。

 

「こほん。……反逆者は神代に神に挑んだ七人の眷属のこと。有用な説として、世界を滅ぼそうとしたと伝わってる……。神に負けた反逆者たちは世界の果てに逃げて、その身を隠した。それが後に七大迷宮と呼ばれたところ……ここ、【オルクス大迷宮】もそのひとつ。最深部には……反逆者が暮らしていた住処があるかもしれないと噂されていた」

「なるほど……てことはそこに辿り着けば地上に戻れかもしれないね。まさか迷宮を作った張本人がショートカットを作らないわけがない。一々下から上へ登るなんて非効率にも程がある。神代の魔法使いなら転移やら移動やらの魔法陣くらい使えてもおかしくないしね」

「迷宮を作っておいて転移魔法陣を用意するの忘れてたらそれはそれで傑作かしら」

「その場合俺らは地上へ戻れなくなるんだがな。ははは、笑えねぇ」

 

 談笑しながらこれからの方針を決めた。取り敢えずは四人で最深部を目指し、地上へ戻る道を探す。その後のことは……これから考えよう、そういうことになった。

 

 そして現在、ハジメたちは二百体近くの魔物に追われていた。

 

「なんなんだアイツらは! Xカノン!!」

「知らないよもう!」

「ん、洗脳されてるみたい。『緋槍』」

「頭のお花が怪しいかしら、『氷槍』」

 

 シュウは高熱の火球を、ハジメは二丁の銃を連射し、ユエは渦巻いた炎を槍のように投げつけ、レイシアは吹雪を槍の形に固めて投げつけ、それぞれが思い思い魔物に向かって放つ。

 

 ハジメの新たな武器、その名もシュラーク。ドンナーの対となるリボルバー式電磁加速銃だ。ユエを背負ったまま二丁拳銃など出来るのか? と思われそうだが、ハジメは魔物を食べたことでステータスが人間では到達できない境地まで上がっている。そのステータスならユエ一人背負いながら両手で銃を撃つことなど造作もないのだ。ユエ自身が力いっぱいハジメに抱きついていると言うこともあるが。

 一方シュウはと言うとハジメに合わせるために飛行はせず、片手でレイシアを抱え、空いた片手でXカノンを打っていた。

 

「魔物全部があの花を頭につけてて、他には見向きもせず迷いなく僕らを追いかけてきている。その事から導き出されるのは──」

「ん、洗脳支配。あの花が魔物に寄生して操っている」

「正解。ユエは賢いなぁ」

「ん、ふふ。じゃあ……頭……撫でて……?」

「今は無理かな。両手塞がってるし」

「……なんかあちらの空間だけ甘ったるいかしら……」

「ユエめ……俺のハジメとイチャイチャしやがって……!!」

「こっちはこっちで怖いのかしら……」

 

 魔物の大群に襲われているというのにこのイチャつきっぷり、大物である。しかも殲滅力に関してはユエがダントツだ。敵がでてきた瞬間、頭についてる花もお構い無しに魔法を放つ。見敵必殺はハジメの専売特許だったのだが、ユエにお株を奪われている気がする。

 

 どれくらい走っただろうか、痺れを切らしたシュウが魔物を操っている大元を探し始めた。そう、直感で。

 

「あっちだな。超直感が反応している」

「便利だよねそれ」

「自分でもそう思う。入口狭いな……ハジメ」

「分かってるよ」

 

 遠隔錬成を使い狭い抜け穴を人が通れるサイズまで広くする。勿論中に入ったあと魔物たちが入れないよう入口を塞ぐのも忘れない。

 道なりに進んでいくと大きな広間へ出た。奥に縦割れ耳が続いているのが見える。恐らく下層へ続く階段だろう。

 しかし四人は一向に進もうとしない。何故か、それはこの広間に出てから形容しがたい嫌な空気が漂っているからだ。『超直感』を持つシュウなど眼光だけで魔物を殺せそうな目付きをしている。

 

「気をつけろよお前ら。さっきから超直感がビンビン反応してやがる」

「『気配感知』には何も無いけど、確かに嫌な感じだね」

「ん……気持ち悪い。ハジメ、抱っこ」

「お姉様がどんどん壊れていくかしら……」

 

 何が起こるか分からないこんな場所でいつまでも背負っている訳にはいかないのでユエとレイシアは降りてもらっていた。先程魔物相手に無双を見せてしまったギャップを狙ってか、ユエがここぞとばかりにハジメに甘える。

 一方のレイシアはと言うと、クールで頼れる博識な姉貴分だったユエがデレデレになる姿はクる物があるのだろう、レイシアの瞳からハイライトが消えていた。

 

「ビビってても仕方ない。行くぞ」

 

 イチャつこうとするユエをジト目で睨み、シュウが先行しつつ前へ進む。全方位を警戒しながら歩いていたが、中央へ差し掛かった辺りでそれは起こった。

 警戒していた全方位から突然ピンポン玉サイズの緑色の玉が飛んできたのだ。その数は数えるのも億劫になるほどの多さだった。不意打ちまがいの攻撃だったが、四人の対応は早かった。

 

「錬成!」

「ん、『嵐帝』」

「『氷嵐』、かしら」

「Xカノン、拡散(ショット)!」

 

 互いの背後を守るように背中合わせになりそれぞれ技を放ち迎撃する。しかし如何せん量が多く、時間が経つにつれて捌ききれなくなってくる。埒が明かないと思ったハジメが錬成で四人を囲むよう壁を作った。威力は無いのか、緑の玉は壁にあたり霧散する。

 

「さて、この攻撃をしてきた本体がいるはずだよ。魔物を操ってたやつで間違いないだろうね。気配感知にも引っかからないし……シュウ、どこにいるか分からない?」

「玉の気配が強すぎて無理だ。小賢しい事考えるぜ。ユエ、お前ならわかったりしないか?」

「……」

 

 シュウの声に反応しないユエを不思議に思い、レイシアが呼びかけた。

 

「お姉様? どうしたのかしら?」

「……? ッ!? ダメだレイシア! ぐあっ!!?」

「きゃっ!? は、ハジメさん!? お姉様! 一体いきなり何を!!」

 

 ハジメはレイシアに向けて放たれた風の刃を自身の体で防いだ。流石はユエと言ったところだろうか、ステータス的に勇者でも傷をつけれるか分からないハジメの背中は庇った時の裂傷で血だらけになっていた。

 その傷をつけたユエはいつもの無表情を崩し、血の気が引いた顔面蒼白の悲痛な顔でハジメのことを見つめていた。頭からは魔物たちと同じように一輪の赤い薔薇が咲いている。

 

「いや……違う、ちがうのハジメ……わ、わたし……わたしは……」

「分かってる。大丈夫だよユエ、操られてるんだよね」

「花さえ散らせば問題ないわ──」

「対策もバッチリ、ってな。腹立つぜおい」

 

 痛みに顔を歪めながら神水を飲み、ハジメはなんでもないように話す。花を散らせば洗脳は解除されることを魔物の花を散らした時に気づいているのでレイシアは氷塊を撃とうと魔法を発動させる。その瞬間ユエの手がユエ自身の首元に当てられる。つまりは脅しだ。攻撃したらこいつを殺すという。

 ユエの魔法の才は全員が十分に理解しているつもりだ。いくら『自動再生』があろうとも上級、最上級レベルの魔法を喰らい塵にされても再生出来るかと言われるとそれは厳しい。

 

「逃げて……! みんな……」

 

 仲間を傷つける苦しみを味わい涙を流すユエの背後に植物と人間の女が融合したような魔物、RPG的に言うならばアルラウネと呼ばれる魔物が現れた。洗脳を扱う性格の悪さを表すように醜悪な顔をしており、見るものを不快にさせる汚らしい笑みをニタニタと浮かべている。

 

「うっわキッツ」

「こwれwはw酷wいw」

「心だけじゃなく顔まで不細工なのね」

 

 順にハジメ、シュウ、レイシアがそれぞれ思ったことを吐き出す。ハジメはシンプルに見るに堪えない顔していたアルラウネから目を逸らし、シュウは余りの酷さに腹を抱えて爆笑し、レイシアは想像を絶する醜さに、思わず「かしら」をつけ忘れる程辛辣な言葉を吐き捨てた。

 三者三葉それぞれの反応を受けたアルラウネは笑みを止めてその醜悪な顔を憤怒に染めた。

 

『こんな奴にユエを操られたのか』とイラついたハジメがアルラウネに銃を向けると、ユエがアルラウネの盾となるよう立ちはだかる。ハジメが舌打ちするのを見て、怒りからニチャついた笑みに表情を変えるアルラウネ。

 

「……ムカつくなぁ」

「同感かしら……」

 

 柔和な笑みを引っ込ませ途端に冷酷な表情になるハジメとレイシア。魔物であるアルラウネも恐怖を感じるのか、一瞬たじろいだように見えた。が、すぐに敵意を見せてあの緑の玉を打ち込む。

 恐らくあの玉はアルラウネの胞子を固めた神経毒の花粉の塊なのであろう。玉を薙ぎ払ったと思いきや目に見えない花粉が巻散らばりそれを摂取したユエは操られてしまった。

 胞子がハジメやレイシアに当たるが、花が一向に咲かないのを怪訝そうに見るアルラウネ。ハジメは『やっぱりね』と確信した。

 

 神経毒、毒なのだから技能の『毒耐性』で無効化にできるハジメには効果がない。レイシアは自身の身体から冷気を発することで花粉を凍結させ花を咲かせないようにしているのだ。結構な力技である。

 

 二人を操れず悔しがるアルラウネであったが、まだ胞子を喰らってないシュウを見て狙いを定める。

 胞子が飛んできているのにシュウは動かず、避けようともしない。ただ息を深く、深く、大きく吸っていた。

 

「すぅ〜…………GAOOOOOOOOOOO!!!!! 

 

 吼えた。

 

 百獣の王のライオンのように咆哮を上げたのだ。空気の振動が広間全体に伝わり周りの花粉を吹き飛ばす。アルラウネだけでなくハジメもレイシアもユエまでも全員が動けなくなっていた。

 

「Xカノン、猟犬(ハウンド)

 

 一つの熱の塊だった火球が八分割されユエを避けて背後のアルラウネに放たれた。呆然としていたアルラウネは火球が当たる直前でようやく我に返ったが時すでに遅く、火球はアルラウネを容赦なく燃やし尽くした。

 

 アルラウネが炭になったのと同時にユエの頭から花がポロリと落ちる。体の硬直が解けたユエが崩れ落ちるのをハジメが優しく受け止める。

 

「おっとと、大丈夫? ユエ」

「ん……ありがとう、ハジメ……レイシアとシュウも、ありがとう……」

「お姉様がご無事でなによりかしら!」

「ま、そういうことだな。まだ辛いところあるだろ、背負ってやれよハジメ」

「お姫様抱っこがいい……」

「元気じゃん……」

 

 と言いつつもお姉様だっこをするハジメにごお満悦なユエさんなのだった。

 

「んふふ……ちゅ〜もして?」

「調子にのらない」

「むぎゅ、ハジメのケチ……」

!!?!!!? 

「お、落ち着くのかしら! 怖いかしら……!」

 

 ユエさんがご機嫌なのだ、イチャイチャが加速するのは仕方ない。シュウの額がピキピキするのも仕方ない。

 

 それから迷宮攻略を進めていき、気がつけば終着点らしき階層まで辿り着いていた。恐らくこれが最後の戦いになるだろう、そう考えた四人は簡易拠点を作り装備の確認や道具の補充をしていた。

 

「戦力確認もしておくか。今現在、自分が何ができて何ができないのか」

「そうだね。僕とシュウはステータスプレートを見て確認するのがいいかも」

「確かにな。ほら」

 

澤田シュウ 17歳 男 レベル:82

天職:炎闘士

筋力:2480

体力:2500

耐性:2300

敏捷:2770

魔力:2150

魔耐:1920

技能:超直感・炎属性適正[+性質変化柔炎][+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・大空七属性適性[+調和]・魔力操作魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・縮地[+爆縮地][+重縮地]・限界突破・復活・言語理解

 

 魔物を食べていった結果、ステータスは人類を超越したものになっていた。対するハジメはと言うと……。

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:79

天職:錬成師

筋力:1850

体力:2180

耐性:2380

敏捷:2510

魔力:2360

魔耐:2220

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

 

 ハジメもハジメでステータスは人を遥かに超越したものになっていた……幼なじみ二人がいつの間にか化け物になっているのを黒乃が知ったらどうなるだろうか。発狂するだろうか、小説みたいで面白いとでも言うだろうか? 言うだろうなぁ……。嬉々として言うだろうなぁ……。

 

「僕は魔物の技能が増えているのにシュウは全然ないね……」

「『魔力操作』だけ追加されたな。あとはこの『大空七属性適正』か……でもこれは魔物から得たものじゃない。感覚だけど、多分そうだ」

「うーんもしかしたら、この『調和』が原因かもね。異物を受け付けない的な、いやでもそらならステータスが上がるのはおかしいし……」

「あー! 細かいことはめんどくさいし考えんのやめやめ!」

「そうだね。分からないことを考えていても時間の無駄だ。僕は錬成で臨機応変に対応かつドンナーやシュラークで援護射撃、ユエとレイシアは遠距離から強力な魔法を撃つ砲台係、シュウはユエとレイシアからヘイトを剥がすタンク役、一番危険な役なんだけど……」

「気にすんな。そもそも前衛張れるのが俺しかいないしな」

 

 確かにシュウは前衛だが、高速拳士(ラピッドファイター)タイプのシュウには守り向けの技能が無い。ヘイトは稼げるだろうが攻撃を受け続けられるかと言われると頷けない。

 確かに神水は万能な回復薬だが絶対ではない。神水で治せない攻撃をしてくる魔物だった場合、意味をなさなくなる。加えて、この場で回復魔法を使える者は誰もいない。ユエやレイシアはあくまで魔法アタッカーだ、勿論命の危機の時は回復優先だが、その分火力が減ってしまう。二人が回復に入るのは最終手段となる。

 

「シュウに当たる攻撃も……まとめて撃ち落とす……」

「あんたが死ぬ前に敵を凍りつかせてやるかしら。だから……その、うんと……」

「トイレならあっちでしろよ」

「違うかしら!!」

 

 モジモジしているのをトイレを我慢していると勘違いされた憤るレイシア。荒らげた息を整えて真剣な表情でシュウを見つめる。

 

「貴方は死なないわ、私が守るもの」

「……なんで知ってんだ?」

「……? どういうことかしら? と、とにかく! 安心するかしら! 私がいる限りは貴方は死ぬことはないのよ!」

「……そうか。じゃあ期待してるぜ、レイシア」

「ええ! 任せるかしら!! ……え? 待っていま名前で──」

「うっし、そろそろ行こうぜ」

「ちょ、ちょっと待つかしら! 今名前呼んだわよね? 呼んだわよね!?」

「うるせぇぞかしら女」

「もきぃいいー!!!」

 

 これからラスボス戦だと言うのに緊張感の欠けらも無い。だがこれはこれで自分たちらしいな、とハジメとユエは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 


 

 シュウ「いよいよオルクス大迷宮のラスボスに挑む俺たち。今までの魔物とは違いこいつは強い……! 死ぬ気でやらなきゃ勝てねぇぞ……!! 

 そういえばこういうボスって大体第二形態からが本番だよな……? 

 

 次回、ありふれた親友

『大迷宮の湖獣! ラース、カース、デストロイ!』

 

 熱き闘志に、チャアアアアジ! インッ!!」

 




 レイシアの当初の予定はユエと対象のつもりで銀髪ショート、そんで無口無表情盲目美少女だったんだけどなぁ……どうしてこうなった。


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第十一話「大迷宮の湖獣」

 待たせたなぁ……
 これから十日間毎日更新やで、みんな見てってな〜


 その階層は異様だった。まさにラスボスの部屋という言葉が似合う階層だった。

 

「これはこれは……奥に見える大きな扉、かな? あの向こうには……」

「反逆者の住処……多分」

「燃えてきたかしら!」

「どうせ門番がいるだろうけどな」

 

 警戒はしているが技能に今のところ反応はない。けれど本能は違う、何かがいる、出てくると警鐘を鳴らしているのだ。

 

 暫く歩いていると、巨大な魔法陣が空間に浮かび上がった。赤黒い光が脈打つように溢れ出る。それはハジメとシュウには見覚えがある光だった。

 

「またベヒモスか? あいつ程度なら……」

「いや……大きさからしてベヒモスじゃない! あれはもっと……」

 

 魔法陣から現れたのは優に三十メートルを超える巨体、六つの頭に繋がる首はひどく長い。六つの頭の色は異なるが、全てが鋭い牙を持っていた。

 名前をつけるならそう──

 

「湖獣……ヒュドラ……!!?」

「おいおいおい、パッと見で分かるぜ。こいつは強ぇってなあ!!」

「作戦通り動くよ! ユエ! レイシア! シュウ! 散って!!」

 

 ハジメの声と共に散開する三人。ユエは左、レイシアは右に移動して上級魔法を放つ。

 

「『緋槍』!」

「『氷牙』!」

 

 炎は渦巻き槍の形を成し、氷は龍の顎を象りそれぞれ赤頭と緑頭に向かい、二頭を吹き飛ばした。シュウもそれに続いて上空に飛び上がり青頭に向かって爆発力の高い火球を放った。

 

「Xカノン、爆散(ブラスト)!」

「よしっ! あいつら耐久力はあんまりない! それなら……!」

「クルゥゥァアアン!!!」

 

 突然白頭が咆哮を上げた。すると吹き飛ばしたはずの赤、青、緑、の頭が逆再生のように復活した。

 

「んなっ!? くっ!!」

 

 ハジメが白頭にドンナーとシュラークを向け発砲するが隣の黄頭が頭部を肥大化させて割り込んだ。他の頭であれば簡単に撃ち抜いたのだろうが、黄頭は淡く輝かせた頭部で弾丸を難なく防いでみせた。

 

「攻撃、回復、んで防御か。バランスいいなぁおい」

「防御を上回る攻撃を叩き込めばいい! 遠距離攻撃は僕が防ぐから三人は撃ちまくって!! 『錬、成』!!」

 

 ハジメが上手くヒュドラの攻撃を防ぎ、錬成の隙間からユエとレイシアが魔法を撃つ。シュウもヒュドラの背後に回って白頭を狙おうと火球を放つが他の頭が壁になるせいで上手く当たらない。

 

「くそがっ、この、猟犬(ハウンド)!!」

 

 壁になろうと青頭が割り込むが火球は青頭を避けて後ろの白頭に当たった。

 

「クルゥアア!!?」

「よし、今だ! ユエ! レイシア!」

 

 黄頭も魔法を受け続けて消耗している。ここがチャンスだ、そう思い二人に声をかけたのだが、反応は返ってこなかった。

 

「いやああぁああぁあ!!!!」

「きゃあああぁ!!!」

「なっ──ユエ!?」

「レイシア!? ちぃ、黙ってろ蛇頭共!! GAOOOOOO!!! 

 

 放心したように動かなくなるユエとレイシアに容赦なく炎の弾と風の刃、氷の槍が降り注がれる。それらを『縮地』、『空力』で飛び回り咆哮や火球、弾丸で撃ち落としながらハジメはユエ、シュウはレイシアを回収した。呼びかけても揺さぶっても反応がない二人、ここでハジメは一頭だけ攻撃に参加していない頭がいることに気付く。

 

「黒頭か!!」

 

 ドンナーとシュラークによる集中砲火、黒頭は簡単に吹き飛び、それと同時にユエとレイシアの意識が戻った。二人が糸の切れた人形のように倒れ込むところを受け止める。

 

「くっ、攻撃が激しい……! シュウ、錬成で壁や囮人形(デコイ)を作るから二手に別れよう! そっちはレイシアをお願い!」

「任せろ!」

 

 ハジメが地面に触れると隆起し、大小様々な壁とヒュドラの近くに無数の土人形が出てくる。ヒュドラが狙いのいくつかを人形に変えたことで攻撃の激しさが少しだけ和らいだ。

 

「ついでにこれも食らっといてよ!」

 

 そう言って放り投げたのは『閃光手榴弾』と『音響手榴弾』、どちらも鉱石や魔物の特殊な器官を加工してつ作り上げたハジメ自慢の一品だ。部屋を埋め尽くすほどの光量がヒュドラの視界を潰し、花火が爆発したような音がヒュドラの鱗を震わせる。視覚と聴覚を失ったヒュドラの攻撃精度は格段に下がることだろう。

 

「流石ハジメ。さてこっちは……しっかりしろかしら女」

「…………ぁ」

 

 徐々にレイシアの瞳にハイライトが戻ってくる。光が戻ったレイシアはシュウと目が合うと涙を溢れさせ抱きついた。体全体が震えている。寒さからではない、恐怖からだ。

 嗚咽を漏らしながら何度もシュウの胸板に顔を擦り付ける姿は普段のレイシアからは想像が出来ない姿だった。

 

「ひっく…………シュウぅ……」

「おいおい……どうしたレイシア」

「みんなが、お姉様も……ハジメさんも……シュウと……みん、みんな私のことを置いていって……それで、体が動かなくなって……」

「なるほどな。黒頭はデバフ要員ってことか、畜生が」

 

「シュウ……置いてかないで……!」

 

 潤んだ瞳の奥には恐怖や不安が見え隠れしていた。いつもの溌剌とした笑顔は潜まり、怯えきった小動物のようになっていた。シュウの服を掴みいやいやと首を振る。ショックがデカすぎたのだろう、精神が幼くなっている。

 

「レイシア」

「いやぁ! いや! 助けてシュウ! 置いてかないで! 置いてかないでよぉ……!!」

「レイシア」

 

 不安を払拭するためにレイシアを優しく抱きしめる。慰めるには時間が足りないし、生半可な言葉をつらつらとなぞるだけでは逆に傷を抉るだけだろう。

 ならどうするか、簡単だ。行動で示せばいい。生半可な気持ちがダメなら心の底から思っていることを言ってあげればいい。

 

「大丈夫だレイシア……俺はどこにもいかない。ずっとお前のそばにいる。だから、大丈夫だ」

「シュウ……本当に……? ずっと隣にいてくれる……?」

「ああ。だから、まずはアイツを倒すぞ。ほらハジメたち、も──」

 

 ハジメとユエを見て言葉を止めた、というか出なかった。何故なら二人が唇を合わせていたから、つまりキスをしていたからだ。

 

「んな、んなぁ!? はあ!? なにハジメとキスしちゃってるわけぇ!? はあ!? はああぁん!?」

「シュウ。台無しかしら……くすっ……」

「ぐんぬぬぬぬぬ……!」

「もう……ん……」

 

 触れるだけ、触れるだけの軽いものだったが、確かにキスだった。レイシアがシュウの唇に自分の唇を重ねたのだ。

 

「な、なっ、んなにしてんの!?」

「くすっ、うふふ。なによ案外初心なのね、シュウったら」

 

 容姿は確かに子供だ、だがその顔は、その妖艶な笑みは、その色気は──

 

「っ!!」

 

 シュウの顔を真っ赤に染めるには十分だった。

 口をパクパクと開閉させるシュウの腕に組み付き、耳元に口を近づけて囁いた。

 

「大好きよ、シュウ──さあ! お姉様とハジメさんばかりにカッコイイ思いはさせないかしら!!」

「……そうだな、レイシア。こっちはハジメと黒乃と一緒に故郷に帰らねえと行けねえんだから、さっさとあの蛇野郎を……なんだよ」

「……その時々出てくる黒乃って人の話、後で詳しく聞かせてもらうかしら。あと私とお姉様もシュウの故郷に行くかしら」

「好きなだけ聞かせてやるし、勝手に着いてこい。…………ずっと隣にいるんだろ」

「──うん!」

 

 


 

 

「くっ! ユエ! 黒頭に注意して!!」

「ん! 大丈夫! もう、効かない……!!」

 

 一度収まった不安が再び湧き上がってくる。しかしユエの心は挫けない。その不安に押し潰されそうになるたびに、先程のハジメからのキスを思い出し、体の芯が熱くなる。気持ちは高揚し、不安は霞となって消え失せる。

 

「『砲皇』! 『蒼天』! 『天灼』!」

 

 巨大な竜巻が真空の刃で赤頭の首を切り刻み、蒼炎の球体が緑頭を焼き尽くし、雷球が雷撃を生み出して青頭を吹き飛ばした。

 

「クル──」

「ユエの邪魔はさせないよ」

 

 回復しようとした白頭にハジメが銃口を向ける。が、その攻撃を黄頭が許さない。ハジメと白頭の間に入り込み、防御しようとする。

 

「おおっと、お前の相手は俺だ、よっ!」

「クルァン!!」

「そして黒頭! 貴方は氷漬けの刑かしら!! 『氷輪(ひょうりん)』! 『凍割(とうかつ)』!」

 

 黄頭にシュウが接近して炎を纏わせた蹴りをぶち込む。レイシアは黒頭の動きを円形の氷の枷で封じ込め、冷気で首全体を凍結させ、砕いた。

 

「燃え尽きろ! Xカノン、巨爆散(ヒュージブラスト)!」

「クルァ、ルァアア!!」

 

 タダの魔法なら防がれていただろう、だがシュウの炎は調和の炎。いかに魔法防御力が物理防御力が高くとも、調和の力によって周りの石壁と同化させられ石化してしまう。脆くなった防御には何の意味もない。黄頭は塵となって果てた。

 

「そして、君で最後だ」

 

 奈落に落ちたての頃、熊の魔物を食べたことで得た『風爪』という技能による攻撃。ハジメが腕を振るうと爪の形を象った斬撃が白頭の首を三枚におろした。

 

 首が全て無くなったヒュドラの体はグラりと倒れ、それを見てハジメはユエにサムズアップする。しかしヒュドラを倒したというのにシュウの『超直感』は警笛を鳴らしていた。

 そして、それは目を覚ます。

 

「ハジメェ!! 避けろぉお!!」

 

 余裕が無い、切羽詰まった声だった。あのシュウが焦っているのだ。何故? 振り向くと、ヒュドラの胴体部分から銀色の頭が生えていた。七つ目の首、鈍く光るのではなく暗月のように輝く銀の頭は暗闇に浮かぶ月のようだった。ユエと違うのは、ユエが神々しい紅月だとするのなら、ヒュドラは禍々しい暗月、不吉の象徴だ。

 そのヒュドラが鋭い眼光でユエを睨みつけていた。そして予備動作も無しに全てを滅ぼすような巨大な光線を放った。

 

「ユエ!」

「くそっ! 間に合うか……!!」

「シュウ!!」

「レイシア! 魔力枯渇中だろうが! お前は隠れてろ!」

「違う!! 八つ目が(・・・・)!!」

「何!?」

 

 銀頭に重なるように金の頭が現れた。赤い双眸はレイシアに向けられている。そして、銀頭と同様に極光を口内に溜めていた。

 

「マズイ!」

 

 掌から純度の濃い橙色の炎を噴射させレイシアの前に滑り込む。

 

「くっそ、

が ぁ あああAAAAAAAA!!!!! 

 

 調和作用を持つ咆哮を上げつつ手を前に突き出して極光に向かって炎を噴射させる。

 

「燃え、ろぉおおおおおお!!!!」

 

 極光と炎がぶつかり混じりあう。最大出力でも押し切れない程の威力、体全体から魔力を絞り出してもまだ足りない、燃やせ、命を燃やして生命エネルギーまで絞り出さなければこの攻撃には敵わない。

 シュウの額に炎が灯り、激しく燃える。

 

「ぉ、お、おおおおぉおおお!!! 死、ね、え、えええええ!!!」

 

 橙炎が極光を飲み込み飛沫となって弾け飛んだ。限界を超えた過剰な魔力放出に加え、生命力の魔力変換、シュウの身体は消耗でボロボロだった。

 

「ハッ……げほっ、がほっ……や、やった……!」

 

 カッ、と金色に光ったかと思うとシュウの身体は極光に飲み込まれた。

 

 


 

 

「けほっ、けほっ、ハジメ!」

 

 自分と極光をの間に割って入ったハジメの姿を見て焦燥に駆られた。全身から煙を上げているが、特に酷いのは左腕だ。恐らくもう使い物にならないだろう、医療に関して素人のユエでも分かるほど損傷していた。いや、むしろ損傷と呼ぶレベルではなかった。

 極光を凌ぐために『金剛』で肉体を強化しながら錬成で壁を作り続けていたのだ。左腕は炭化しており、肩までヒビが入り、左半身は焼け爛れ、顔半分は骨が露出している。脇腹や足も顔や腕に比べたらマシだが、それでも酷い有様だった。

 ユエは痛む体に鞭打ちハジメを抱えて柱の影に隠れる。銀頭と金頭は極光を圧縮した光弾をガトリング砲のように放ち続けている、柱は一分も持たないだろう。

 

 ありったけの神水をハジメの身体に浴びせ、自力で飲むのは厳しいと思い、口移しで神水を飲ませた。

 

「どうして!?」

 

 いつもなら直ぐに再生するはずの肉体は何かに阻害されているかのように遅かった。止血の効果はあったが、それでも完治には至らない。

 ユエはパニックに陥った。今までどんな傷でも神水を飲ませれば治っていたのに、と。

 ヒュドラの極光には肉体を溶かし続ける永続溶解という毒の効果が含まれている。神水の回復速度、効力はそれをも上回るが如何せん喰らった範囲が広すぎる。ハジメは魔物の血肉を取り込んだ強靭な肉体を持っているので時間をかければ治りそうであるが、それを待ってくれる敵ではない。

 ここももう持ちそうにない。ユエはハジメの手からこぼれ落ちたドンナーを広い立ち上がった。

 

「私が、助ける……!」

 

 神水は在庫切れ、魔力も最上級魔法一発分のみ、身体強化を施した吸血鬼の肉体と『自動再生』で乗り越えるしかない。迫り来る光弾を躱しながらヒュドラに立ち向かった。

 

 ユエがヒュドラの元へ駆け出す少し前、レイシアとシュウが隠れている柱の影では。

 

「起きなさいシュウ! シュウってばぁ!!」

 

 全身に酷い火傷を負ったシュウとその体に必死に神水をかけるレイシアの姿があった。骨が露出している箇所はハジメより多く、前述の通りヒュドラの極光には強力な溶解作用がある。

 ハジメと同じく魔物の血肉を取り込んでいるシュウの体だが、『調和』の力によってそれは限りなく人間に近い肉体となっている。ステータスは化物、しかし肉体は人間、なんともあやふやな存在だ。

 そのあやふやな部分が今回は命の危機を招く。

 

「神水が効かない……!? それじゃあ、このままじゃ……!」

 

 このままではシュウは間違いなく──

 

「死んじゃう」

 

 神水をかけ続けて、回復魔法をかけ続ければ可能性はあるかもしれない。が、神水はもう無くなり、回復魔法をかけ続ける程、レイシアの魔力は残っていない。

 しかしシュウを救う方法が無い訳では無い。ただこれはレイシアも試したことはないし、あくまで可能性に過ぎない。けれど、大切な人を助けれる可能性が1ミリでもあるのなら、それに掛けてみるしかない。

 

 レイシアはおもむろに指を噛み、噛み口から流れる赤い鮮血をシュウの口元に当てる。

 

「……『魂躰同化(こんたいどうか)』。対象は、シュウ」

 

 蒼い光が淡く輝きレイシアとシュウを包み込む。レイシアの体が氷のように透け始めたかと思うと砕け散り、霧になる。そして、シュウの体に溶け込んだ。

 

(シュウ……貴方は死なせない!)

 

 


 

 

 視界いっぱいに映る白の世界。ここは確か、自分の深層心理の世界だ。

 

「シュウ」

「レイシア……? なんでここに……」

「今、私は貴方と同化しているの。だから貴方の意識の中にも入り込めるし、貴方の身体を私の意思で動かすことも出来る」

 

 レイシアが腕を上げればつられて自分の腕も上がる。自分の体を操られているというのに不思議と嫌悪感はなかった。レイシアは真剣な表情でシュウに語りかける。

 

「現実の貴方の身体は、直ぐに治療しないとまずい状態だった。けど神水も無くて、回復魔法も使えない……貴方を治療する手段が無かったの……だから、私は『魂躰同化』を使って貴方の体と融合した」

「これは……レイシアの知識が、頭に……」

「同化しているからね、貴方の記憶も私は読み取れる。そして、貴方の身体の負傷している箇所を、私が補うことも出来る」

 

 シュウの手を取って自分の手と重ねる。俯くレイシアの表情は読めないが声が震えていることから察せる。

 

「……本当は使いたくなかった。戦えるようになったら、また貴方が傷ついてしまうから……でも、同時に貴方を生かすには、これしか手段がなかった……」

「レイシア……」

「だから、お願いシュウ。絶対に無茶をしないで……どうか、死なないで……!」

「……ああ、しねぇよ。というかお前も身体を動かせるんだろ? 無茶しそうになったらお前が止めてくれよ」

「元々の肉体の所有者は貴方だから、貴方が本気で拒めば私が操作することは出来なくなるわ……」

 

 元々『魂躰同化』は相手に乗り移り内部から敵を殺す技だ。ユエが吸血鬼の王なら、レイシアもまた王族に近い血縁の一人。この能力は吸血鬼族の中でもレイシアしか持っていない特別な能力であった。まさかこんな風に使うとはレイシア自身も思いもしなかったが。

 

「ふうん……まあさして関係ないな。要するに、死なないであの蛇をぶちのめせばいいんだろ?」

「そうだけど……言い方が野蛮ね」

「よせやい」

「褒めてないわよ。全くもう……」

 

 レイシアは困ったように笑い握っていた手を離しシュウに抱きついた。

 

「私も精一杯サポートするわ……だから……」

「俺は死なねぇよ。勿論ハジメもユエも、そんで……レイシアも、死なせねぇ」

 

 レイシアの身体がシュウの身体と混ざり合う。白い世界は水晶のような氷に覆い尽くされ、そして砕けた。

 

 


 

 

 目が覚めてまず最初に頭に思い浮かんだのは、そう──

 

「レイシア!」

(はいはい何かしら?)

「うおぁ!? 頭の中に直接声が!?」

(同化しているって言ったでしょ。今はお姉様が一人でヒュドラと戦っているからさあ、急ぐわよ!)

「ハジメは」

(ハジメさんなら大丈夫、もう少しで目が覚めるはずよ)

「……分かった」

 

 レイシアが言うのなら大丈夫なのだろう。信じよう。それよりも今はユエの方が危ない、まだ被弾はしていないとはいえ先程から光弾が掠めている。既のところで避けているとはあれではそのうちマトモに喰らってしまうだろう。

 と言っている間に光弾がユエの死角から撃ち込まれる。避けて前に進むのに必死なユエは気づいていない。

 

(お姉様! 危ない!)

「間に合、ぇえええ!?」

「んむぎゅ!?」

 

 ユエを助けるために掌から炎を噴射させた途端、物凄い速さでユエの元へすっ飛んで行った。シュウの超人的な反射神経によりなんとかキャッチすることが出来たが、もし少しでも位置がズレていたらとんでもない事になっていただろう。

 一体何が起こったのか、急激にかかったGと回る視界に頭がおかしくなりそうだったユエであったが、シュウを視界に捉えたことで持ち直す。

 

「シュウ! 無事で、良かった……!」

「レイシアのおかげだがな」

「その姿……そう……大体分かった」

 

 現在、シュウの体のあちこちは氷のような結晶で代用されており、短かった髪もバンダナからはみ出る程伸びてレイシアと同じ髪色になっていた。

 ユエはレイシアから『魂躰同化』について話を聞いたことがあるのでなんとなく今の状況も把握した。

 

「ユエ、俺たちがあの金頭を止める。だからお前はあの銀頭を殺ってくれ。なるべくサポートはするが……できるか?」

「……難しい、けど……やる……!」

「こらこら、ユエ一人でやろうとしないでよね」

 

 ドンナーを握りしめ、此方を睨みつけている銀頭をユエもまた睨み返す。すると、ドンナーを握るユエの手に自分の手を重ねるようにハジメが現れた。神水でなんとか持ち直したのだろうが、体はボロボロで、左眼は光を失っていた。

 

「ハジメ!! 大丈夫!?」

「なんとかね。おっと、錬成」

 

 ヒュドラの光弾を岩の壁が阻む。ポーチから今まで採取した鉱石を投げ入れているので少しは持つだろう。

 

「さて、ユエ。僕の血を吸うんだ」

「え……で、でも……ハジメ……ボロボロ。血を吸ったら……」

「大丈夫、僕は死なないよ。ユエの魔法が頼りなんだ。ユエ、お願い」

「……ん、分かった」

 

 ハジメの優しくも強い笑みに目を細め、首筋に噛み付く。ハジメの血液がユエの体に流れこみ、隅々まで行き渡る。傷が癒され、魔力が回復するのが感じ取れる。ハジメはぐらつく意識を根性で押さえつけユエを抱きしめる。

 

「ぷはぁ……ごちそうさま」

「うん、お粗末さま。じゃあ……あの蛇を倒そうか。シュウには金頭をお願いしたいんだけど……何その体と頭?」

「レイシアがボロボロの俺の体を守ってくれてるんだ。気にするな、あの金頭をぶっ殺すくらいは動ける」

「ならヨシ。色々聞くのはこの戦いが終わったあとにしようか。じゃあユエ、落ちないように僕にしっかりしがみついていてね」

「ん!」

 

 ユエを抱え上げて、ユエ自身もハジメの体にがっしりと抱きつく。と、錬成で作り出した壁に亀裂が入り始める。

 

「おっとと、もうヤバいね。それじゃいち、にの、さん。で飛び出すよ。いいね? いち、にの、さん!」

「ふっ!」

 

 壁が砕けると同時に三人は飛び出した。銀頭の方にハジメとユエが、 金頭の方にシュウが、それぞれの攻撃範囲が被らないように意識して正反対の位置にいる。

 ハジメたちの姿を視認した銀頭はまるで雨のように光弾を降らせる。一撃でも貰ったらアウトだろう。しかしハジメは焦らない。表情には余裕が見える。

 その理由がこれだ、死の淵をさまよった結果覚醒した『天歩』の最終派生技能『瞬光』。知覚機能を拡大し、合わせて『天歩』の各技能を格段に上昇させる。人間死にかけると走馬灯と呼ばれるものを見るが、その状態は五感が平常時の二百〜三百倍に跳ね上がると言われている。

 何としてもユエを、レイシアを、シュウと共に地上へ出る。その強い思いが影響したというのもあるだろう。

 

「遅いね」

「違う……ハジメが速い」

 

『縮地』で滑るように地を駆け飛び上がる。身本来動きの取れないはずの空中でも『空力』で縦横無尽に動き回り光弾を躱す。

 痺れを切らした銀頭が今までの量とは比べ物にならないほどの光弾を放つ。それは雨と言うよりは天に近かった。空が降ってくるというのにハジメは未だ焦らない。光弾の隙間を縫うようにドンナーから発砲された弾丸が天井を穿つ。少し遅れて橙色の炎弾も近い位置に穴を開けた。

 

「気づいてくれたんだね」

 

 移動速度、範囲ともに拡大した『空力』で飛び回りながらどんどん発砲する。撃ち尽くしたらリロードし、また天井に向けて発砲する。

 それを三度ほど繰り返した辺りで、それは起こった。爆発音と衝撃が部屋全体に響き、数秒の間を開けて天井が銀頭に向かって落ちてきた。

 

 もちろん避けることも出来ず銀頭に直径十メートル、重量数十トンの超特大の重しがのしかかる。合わせて落ちてきた瓦礫も忘れずに踏みつけて銀頭に落とす。あっという間に超質量の拘束具の完成だ。そしてこのチャンスを逃すわけには行かない、すかさずユエに指示を出す。

 

「ユエ、今だ!」

「ん、『蒼天』!!」

 

 青白い太陽のような火球が銀頭を押しつぶす。同時に鱗を融解させダメージを与えていく。重しにからだをおさえつけられ、その上から太陽に潰される。最早逃げ場ない。銀頭は断末魔を上げてその首を融解させた。

 

 同時に氷で体と首を拘束されていた金頭に向けて極太の橙炎が放たれる。

 

X・BURNER! 超爆発(ハイパーイクスプロージョン)!!! 

(いっけぇええええ!!!)

「グルルァアア──」

 

 迎え撃とうと極光を放った金頭だったが、その極光ごと金頭は橙炎に飲み込まれた。

 額の炎を消してシュウは膝を着く。流石に限界を超えすぎたようだ。ただでさえ瀕死だった身体が悲鳴をあげるように軋む。

 

「うぐっ……」

(シュウ!?)

 

 ハジメも銀頭、金頭、両方の消滅を確認し、感知系技能からもヒュドラの反応が消えてることからヒュドラの死を確認した。確認して気が緩んだのか、グラりと体制を崩して前のめりに倒れこんだ。

 

「ハジメ!?」

「もう……ゴールしても……いい、よね……」

 

 その言葉を最後にハジメとシュウの意識は途切れた。

 

 

 

 

 


 

 ユエ「激闘を制した私たち……でもハジメとシュウは重傷を負って生死をさ迷っていた……ハジメ、シュウ、死なないで……! 

 あなたが死んだらこの小説はどうなるの……!? 

 山場を乗り越えれば天国が待っている……はず。

 

 次回、ありふれた親友

『反逆者とは。リフレッシュ、リフレイン、リベレーション』

 

 熱き闘志に、チャージ…………んっ!」

 




 出た!レイシアさんのヒロインムーヴだ!(テテ-、テテ-、テ-テテテテテ-!)
 黒乃?知らない子ですね……
 あと金頭はオリジナルです。金頭って言いづらいんで金たまって読んでください。きんたま。


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第十二話「反逆者とは」

 今回ちょっと長いですよ。あと冒頭飛ばしてくれて構わないんで。読み飛ばして、どうぞ
 あとハジメくんはやはりヒロインです。


「おつかれ。段々上手くなってきたじゃんか、炎の使い方」

「当たり前だろ、俺だぞ」

「ええ……?」

 

 気がつくといつもの白い空間、またか、思わずため息をついてしまったシュウを責める者は誰もいない。

 

「いやため息て」

「今度はなんだよ」

「……まあいっか。さっきも言ったけどお疲れ様、今回は頑張った君にご褒美を上げに来たんだよ」

「きっしょ」

「あのさあ……」

 

 何故前世の自分に対してこうまで辛辣に当たれるのか、同族嫌悪を通り越して同人嫌悪に辿り着いている。今度は彼がため息をつく番だった。

 

「……はあ。はい、これ」

「なんだこれ? 弓?」

 

 渡されたのは骨を紡ぎ合わせて作ったような弓、境目には黒いリング状の物質で固定されており、持ち手も同じ素材で作られている。どこから取り出したのかは分からない。

 

「今度はそれを使えるようになってもらうよ」

「何でお前にそんなこと指図されなきゃ……」

「ハジメくん、守りたいんでしょ?」

「……あ?」

 

 シュウの睨みも涼やかに受け流しフッと笑ったあと目付きを鋭いものに変貌させる。

 

「守るためには力が必要だ。それともなんだ? 守りたいってのは嘘なのか?」

「……おもしれぇ、そのくだらねぇ挑発に乗ってやるよ……!!」

「どうせ目が覚めればまたここであった出来事は忘れる。前も言ったが、たとえ記憶が忘れても身体が覚えているように叩き込む」

「上等だ! 前はいいようにボコボコにされたが今回はそうはいかねぇからな!!」

「ああ。本気でかかってこい」

 

 額に橙色の炎を灯し、心の奥を見透かすような瞳でこちらを見詰められ、シュウも同じように額に炎を灯す。

 拳に炎を灯そうとして気づく、自分の炎の色が橙色ではなく赤色だったことに。

 首を傾げるシュウに目の前の彼はこう言った、

 

「言い忘れていたが、今回は肉弾戦禁止だ」

「は?」

「あと炎も大空の炎ではなく嵐の炎を使ってもらう」

「は??」

「最後に、武器は(それ)を使え」

「は???」

「構えろ、こっちから行くぞ」

「は????」

 

 

 

 

 

「は?????」

 

 

 

 

 


 

 

 柔らかい、心地よい感触が体を包み込んでいる。深海から水面に浮上するように段々と微睡んでいた意識が覚醒していく。

 

(この感触は……布団にベッド……? 迷宮にいたはずなのになんで…………なんか柔けぇな)

 

 ふかふかの布団とは違う柔らかく、そして暖かい感触が自身の体を覆っていることに気づき視線を布団に向ける。不自然に盛りあがっているソレは、呼吸に合わせて上下に動いていた。

 バッ、と布団を剥いで漸く分かった。暖かな感触の正体はレイシアだった。しかしその格好は素肌丸出しというなんとも扇情的な格好をしていた。

 

「んぅ〜……さむいぃ……」

「んな格好でくっつくな露出かしら女!」

「むぎぃい!? 痛い痛い痛い!!? 何事ぉー?!」

 

 寝ぼけて裸のままシュウに抱きついてくるレイシアの顔面を思い切り鷲掴みにする。寝起きの女子にアイアンクローをかける男、澤田シュウ。鬼畜である。

 突然の痛みに目を白黒させていたレイシアであったが、シュウを視界に捉えるとフリーズしたように動きを止めた。

 

「お、おいレイシア? やべえ強くやりすぎたか……?」

「しゅ」

「しゅ?」

「シュウ──!!!」

「のわぁっ!?」

 

 完全に意識を覚醒させたレイシアはシュウの胸元に飛び込んだ。いくら見た目が年下とはいえ裸の女子、黒乃以外に興味はなかったシュウでもこれには動揺してしまう。

 ひっぺ剥がそうかと思ったが自分の胸元に顔を埋めながら鼻を鳴らしているレイシアを見てバツの悪い顔になった。先程はアイアンクローをかました癖にこれは流石に邪魔できないらしい。鬼畜のシュウにもほんの少しだけ良心は残っていたようだ。

 

 暫く抱きつかせてされるがままにしていたシュウだったが、レイシアが落ち着いたのを見計らって話を聞くことにした。

 

「……心配した……魔物を倒した後、直ぐに倒れたから……シュウだけじゃなく、ハジメさんまで倒れて…………私もお姉様もどうしたらいいのかって……!」

「あ〜……なんだ、その…………すまん」

 

 ヒュドラを倒した後、二人揃って意識を失ってしまったハジメとシュウ。少しして奥の扉がひとりでに開いたのだそうだ。

 時間経過で少し回復したユエが扉の奥を確認したところ、中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があったというのだ。神水の効果で回復しているといってもハジメもシュウも重傷だ。ユエとレイシアは力を振り絞り二人を住居内に連れていくことにした。

 ハジメはユエが抱えて、シュウの方は『魂躰同化』が維持されていたのでレイシアが体の主導権を握り、動かして移動した。

 

 使いすぎからか最近めっきり出にくくなった神結晶から神水を絞り出してハジメとシュウに飲ませ続けた。自分たちも魔力が回復したら治癒魔法をかけたりとそういったことを何時間も繰り返してやっと二人の治癒力がヒュドラの極光の毒素を上回った。

 ようやく正念場を乗り越えたことで安心したのか、今までの疲れがドッと溢れてきた。このまま柔らかい布団の中で寝てしまいたかったがまだやることがある。

 

 ユエとレイシアはここを探索することにした。まだ魔物が現れる危険性もあるし、罠の可能性もある。安全マージンを取れるまで油断はできない。気張りながら探索した結果、ここは安全であるということがわかった。

 どうやらここは反逆者が住んでいたと思われる階層らしく、近くには住処らしきものもあったようだ。外には畑や滝、家畜小屋に岩壁を加工した建築物等など……このベッドルームといいなんとも豪華な作りになっている。

 建築物の中はあかない部屋も多く探索出来そうな箇所はあまり無かったが、三階だけは封印も鍵がかかってなかったようだ。調べるのは二人が起きてからということで落ち着いた。

 部屋のエントランスから医療セットを見つけ出し、ベッドルームに戻ってハジメとシュウを治療していく。シュウの体に包帯がグルグル巻かれているのはそれが理由だ。

 

 一気に話して疲れたようで、レイシアはふぅ、と息を吐いた。

 

「なるほどな……ありがとな、レイシア」

「ん……えへへ。もっと撫でるといいかしら」

「はいはい。ところでハジメとユエはどこ行ったんだ? 見当たらないが……」

 

 何だかんだ自分も甘くなったな、と思う。今までは黒乃以外の異性に魅力を感じることは無かったし、それはこれからもずっと変わらないと思っていた。

 しかしレイシアと出会い、助け合い、喧嘩して、彼女の図々しさや喧しさ、意地っ張りな外面で隠す寂しがりなところ……愛らしさを感じていた。まさか自分が黒乃以外の女子に、しかもレイシアに惚れるとは……吊り橋効果擬きはなんとも恐ろしいものだ。なんてふざけて考えみるがこれが吊り橋効果でないなんてことは当事者であるシュウが一番わかっている。

 

 不意に頬に手を当ててみると口角が上がっているのが分かる。無意識に感情が顔に出ていたようだった。頬を抑えて平常心平常心と心の中で唱えているシュウを知らずにレイシアがのほほんと答える。

 

「ハジメさんとお姉様なら外にいるはずよ。今頃お風呂にでも入ってるんじゃないかしら?」

「ハジメと風呂、だと……!? ん? ハジメはもう目が覚めたのか?」

「昨日ね。一応私とお姉様で貴方たちの体を拭いてあげたのだけどそれでも臭いはするし、気になるでしょ?」

「ああ、それでか……ん? まて、今俺たちの体を拭いたって言ったか?」

 

 ハジメとユエが一緒に風呂に入っていると聞いて様々なことがぶっ飛んだシュウ。本来なら『何故こんなところに風呂があるのか』、や『ハジメは無事なのか?』など色々と聞きたいことがあったのだろうに……こんな残念な男だっただろうか? 

 風呂の衝撃ですっぽ抜けそうになったが、レイシアたちが自分たちの身体を拭いたと聞いて目を見開く。そして今の自分の姿を確認する。

 

 そう、全裸だった。恐らくアダムの方がまだ着ている。

 

「痴女か……!?」

「痴っ!? 違うかしら!!? 発案はあくまでお姉様で私はベッドを汚すと悪いから拭いたのかしら!! 別にやましい気持ちなんてないかしら!!」

「でも俺のち〇こ見たんだろ?」

 

 どストレートである。身も蓋もない。

 

「……」

 

 耳まで真っ赤にして露骨に目を逸らす。口笛をふこうとするが吹けていない。掠れた音が響くだけである。

 

「目を逸らすな、おい。こら」

「…………お父様のしか見たこと無かったから、少し驚いたわ……」

「……むっつり痴女め」

「んなっ!?」

 

 痴女だけでなくむっつりの称号まで手に入れてしまったレイシア。恥辱に顔を染めているかと思いきやなにやら満更でも無さそうだ。これはむっつり。

 

「レイシア〜、シュウは起きた……ってシュウ!」

「おわっ、危ないだろハジメ」

 

 扉を開けて見慣れない服を着たハジメとユエが入ってきた。ユエに至ってはカッターシャツ一枚なので見慣れてたまるかという格好だが。

 

 ハジメはシュウを見るやいなや超速でシュウに飛びつく。美少年が背中に手を回し抱きついている光景はご腐人方からしたら宝石のような光景だろうが当の本人たちは真剣だ。ハジメはシュウの意識が回復したことを涙を流して喜んでいる。ハジメの後頭部に手を当てて落ち着くまで撫でてやることにした。

 数分たって落ち着いたのかハジメは照れ笑いを浮かべながらシュウから離れた。

 

「あはは……シュウごめんね、情けないよね」

「んなことねぇよ。俺の方が先に起きてたら同じことしてたに決まってる」

「そう、かな? そうだったら嬉しいな……」

「ん。シュウも無事でよかった」

「おうユエ。ハジメとの風呂は堪能してきたか?」

「ん……いいお湯だった。心做しか若返った気がする」

「そうかそうか。後で屋上来いよ、久しぶりに切れちまったよ……」

 

 とことこと歩いてハジメの腕に抱きつくユエにマウントを取られキレ散らかすシュウであったが、傍観していたレイシアがシュウの腕をちょい、ちょい、と叩く。

 

「なんだ?」

「そ、その……わ、私たちもお風呂に入りに行かないかしら……? ……だめ?」

 

 照れくさそうに、恥ずかしそうに、そしてこてりと小首を傾げ訪ねる姿にドキッとする。頭をガシガシとかいて大きく息を吐くとベッドから起き上がりレイシアを抱き上げる。

 

「きゃわっ! ちょちょっとシュウ!? 恥ずかしいかしら!!」

「今更だろ気にすんな」

「そうじゃなくて、お互いの格好よ!!」

 

 言われて自分の姿を見る。パンツすら履いていない全裸。対するレイシアも同じく全裸。

 

「まあこれから風呂入るんだしいいだろ」

「よくない!!! ちょ、ほんとにこの格好で行くの!? ねえってば!!」

「俺ら以外誰もいないならいいだろ。ハジメと俺はガキの頃一緒に風呂はいってたしな」

「謎理論やめなさい!!」

 

 レイシアの言葉を無視して全裸のまま風呂へ向かっていくシュウ。レイシアは抱き抱えられている分隠れているがシュウは両手を使っているので男の象徴を隠すことが出来ない。ハジメは顔を赤くして目を逸らしていたが、ユエは興味深そうにジィっと見つめていた。むっつり吸血姫め。吸血鬼は全員むっつりスケベなのだろうか。

 

 諦めたレイシアに風呂の場所へ案内されながら歩く。いくら人がいないからとはいえこんな解放的な場所を全裸で歩いていると性癖がねじ曲がりそうな気がしてならない。風呂が見えると早足で向かい、到着してすぐ飛び込んだ。

 

「おおあったけぇ」

「ぷはぁ! 乱暴なのよあなたは!」

 

 多少口論もあったが湯に浸かればなんとやら、風呂の温かさにまったりとする二人。迷宮内では体を拭く程度で済ませなければいけなかったので風呂に入るのは数ヶ月ぶりになる。まさに極楽といった様子だ。

 シュウから離れていたところで湯船に浸かっていたレイシアがスススと肩と肩が触れ合う距離まで近づいてくる。

 

「どうした?」

「……ようやく貴方とゆっくり出来るんだもの。こうして寄り添うくらいいいでしょ?」

「……かしら忘れてるぞ」

「あら、顔が赤いわよ。魅力的だったかしら?」

「抜かせ貧乳」

「むきぃー!!」

 

 ポカポカと殴りつけてくるが威力はさしてない。シュウは景色を見渡すよう顔を背けていたが、その頬はリンゴのように赤くなっていた。ツンデレめ。

 

 風呂を十分堪能したあと、二人はハジメが持ってきてくれた服に着替えて反逆者の住処と思わしき建築物に探索することにした。

 

 一階にはリビングらしき部屋に台所とトイレと言った裕福な家庭の部屋のような内装だった。しかし長い間放置されていたと思えないほど隅々まで手入れが行き渡っていたことに首を傾げる一行。二階には書斎や工房と思わしき部屋があったがどうやら扉に封印が掛けられているらしく、現状ではどうしようもできないようだった。

 

 そして三階、一つしかない部屋の扉を開けて四人は中に入る。そこには直径七、八メートルの大きさの魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。王国の図書館で魔法関係の本を読み漁ったハジメでも、古い魔法陣を知っているユエでさえも見たことも無い幾何学模様の魔法陣はとても細緻なものだった。

 

 しかし魔法陣よりも気になる存在がある。魔法陣の向こう側、そこには装飾が施された椅子に座ったまま朽ちている骸がいた。死亡してから長い時が経っているようで、死体は既に白骨化していた。高位の魔法使いが羽織るようなローブを纏っているその白骨化した死体は、椅子にもたれ掛かりながら俯いている。わざわざ魔法陣があるこの部屋で死を選んだのはなにか意味があるのか……。

 ハジメが思考しているとユエが袖を引っ張る。

 

「ハジメ……多分あの骸骨は、反逆者の一人」

「まあ、ですよねーって感じだな……」

「このままじっと待ってても何も起こらないと思うし、魔法陣に触れてみようか」

 

 そう言ってしゃがみ、ハジメが魔法陣に触れた瞬間、部屋が神秘的な光で満たされる。光収まるとそこには後ろの骸と同じローブを着た黒髪の青年が魔法陣の中央に立っていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

「オルクス大迷宮……そういうことかよ。おいオルクス、アンタは──」

「ああ質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられないんだ」

「何?」

「ホログロムみたいなものなのかもね」

 

 問い詰めるために近寄ろうとしたシュウだったが、幻影に行動を予測され疑問符を頭に浮かべる。それをハジメが冷静に補足した。

 オスカーは話を続ける。

 

「だがね、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

 オスカーから話される内容は四人全員が息を飲むものだった。ハジメたちがこの世界に呼び出された日に聞いた内容と全くの正反対の話、この世界の人間は神々の駒で戦争は遊戯に過ぎない。そんな狂った神々たちの目論見を阻止しようと立ち上がったのは神々直径の子孫たち。後に解放者と呼ばれる人間たちだった。

 オスカー・オルクスもその解放者の一人、その中でも先祖返りと呼ばれる凄まじい力を持った七人のうちの一人でもあった。

 

 紆余曲折ありながら神々がいる神域を探し当てた解放者たち、しかし狂った神々は解放者たちの狙いに気づき最悪な手段で心をへし折りに来る。人々を言葉巧みに操り、解放者たちは神敵であるの唆したのだ。解放者が反逆者と呼ばれることになった所以である。

 守るために得た力を守るべき人々にぶつける事も出来ず、次第に解放者の人数は減っていく。最後に残ったのは先祖返りの力を持つ七人のみだった。神々だけでなく世界を敵に回した彼等は自分たちでは神を討つことは不可能と悟り、世界の果てに迷宮を作り潜伏することにした。いつか自分たちの意志を継ぎ、神々を討ってくれる者が現れると信じて……。

 

 長い話を終えてオスカーは微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……」

「オスカーさんは悪い人では無さそうだね」

「少なくともこの世界の神よりはな」

 

 オスカーの言葉に嘘偽りないと思ったハジメと若干ツンデレっぽい口調でオスカーを認めるシュウ。

 

「君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい……話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを……」

「ぐっ!?」

 

 話を締めくくるとオスカーの姿は消える。同時に酷い頭痛に襲われるが、頭の中で魔法陣が刻まれるようなイメージが刷り込まれる。魔法陣の光が収まると額に手を当てていたハジメが大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……はあ〜……」

「大丈夫かハジメ?」

「うん。確かに頭は痛いけど成果が無かったわけじゃないよ」

「その心は?」

「神代魔法を手に入れたんだ。名前は生成魔法、鉱物に魔法を付加して特殊な性質を持った鉱物を作れるみたい。錬成師のためにある魔法だね」

「神代魔法ねぇ……俺たちも魔法陣に触れば覚えられるのか?」

「多分ね。ユエとレイシアも覚えてみたら? 試練がどうとか言ってたし僕が貰えたんだから多分皆も貰えるはずだよ」

「私、錬成使えない……」

「私もかしら……」

「貰っといて損はないだろ。神代魔法って言うくらいだしな」

 

 三人はそれぞれ魔法陣に触れて生成魔法を取得する。その度にオスカーが同じ話をするのだが……なんというか、哀れに思ったのはハジメだけではない気がする。

 

 全員が神代魔法を会得し、オスカーの亡骸を外へ連れ出し滝の近くに墓を立ててやった。理由としては『冷たくて気持ちがいいだろう』という適当な理由、心做しかオスカーの墓石が濡れているような気がしたが、恐らく滝の飛沫が当たったのだろう。多分。

 ハジメが石を錬成して造花を作って敷き詰めたところで本題に入る。

 

「さて、とんでもない話を聞いちゃったけど……どうする? オスカーさんには悪いけど、生憎僕はこれっぽっちも関わりたいとは思わないんだよね」

「まあ勝手に呼び出されて神の掌で踊らされるくらいならオスカーの意志を継いでやってもいいが……あくまで俺らの目的は元の世界へ帰ることだ。戦争どうのこうのはここの世界の住人たちで解決して欲しいってことだ。まあ帰るための手段を探しに地上へ行かないといけねぇんだけどな」

「僕とシュウはそんな感じだけど……ユエとレイシアはどうする?」

 

 正直こんな危険な世界とは今すぐおさらばしたいのがハジメの本音だ。この世界に来てからいい事などひとつも無かった。辛いし苦しいし最悪だった、それでも乗り越えてこれたのは一重にシュウと黒乃という親友達(存在)のおかげだった。そしてユエとレイシアという心を許し合える仲間が増え、今ハジメはこうして生きている。三人に感謝することはあってもこの世界に感謝することは無い、

 シュウはただただハジメと黒乃を無事に元の世界に返したい一心で生きている。勿論自分も帰りたいが最優先なのは二人の無事だ。二人に危害を加えるものは容赦はしないし、たとえ神が相手だろうが殺してみせる。最近その二人だけでなくもう二人優先される少女たちが増えたのだが、これは蛇足だろう。

 

 ハジメに問われ、二人は悩む素振りも見せずにユエはハジメに、レイシアはシュウに、それぞれ正面の相手に抱きつく。

 

「私たちの居場所はここ……」

「二人が行くところが私たちの行くところかしら」

 

 方や自分の国のために尽くした結果裏切られ、方やはそれを止めようとして同様に封印された。老いることも死ぬ事も出来ない肉体を持つユエにとっては、この世界は牢獄のようなものだった。それはレイシアも同じで、氷の結晶に閉ざされている間、時折意識が戻ることはあったがそれでも瞼ひとつ動かすことは出来なかった。声もあげることが出来ないこの世界に希望などない、そう思っていた。

 

 その二人の絶望を砕き、暗闇から助け出してくれたのがハジメとシュウだ。二人が自分たちの全てであり、生きる意味なのだ。

 

「そっか……二人が一緒なら心強いよ」

「まあハジメの隣はユエ、お前だけのものじゃないけどな」

「むっ……独占するつもりは無いけどさせるつもりも無い……」

「じゃあシュウの隣は私だけのものかしら?」

「レイシア、僕も独占するつもりは無いけどさ、させるつもりも無いよ?」

 

 ワイワイと談笑し合う様子は、第三者から見たらまるで家族のように映ることだろう。

 

 オスカーの墓石に風が吹き、かさりと造花を揺らした。

 

 


 

 

 オスカーの住処には工房に書斎と学べるものが多かった。そこでハジメたちは療養の意味も込めてここを拠点としてしばらくの間滞在することにした。

 そしてハジメたちがオスカーの拠点に滞在してから二ヶ月が経とうとしていた。

 

「ハジメ、どうだ? 腕の調子は」

「うん。だいぶ馴染んできたかな」

 

 そう言ってハジメは左腕の義手をぐるぐると回してみせる。ヒュドラの極光によりハジメの左腕と左眼は使い物にならなくなってしまい、どうしようかと困っていたところ、オスカーの工房で発見した。しかもこの義手、アーティファクトである。魔力操作によって本物の腕と変わらないよう動かすこともでき、なんと擬似的な神経機構のおかげでものを触った時の感触も再現される物凄い性能だ。

 ちなみに工房や書斎はオスカーの骸が身につけていた指輪を拝借したことで入れるようになった。シュウ曰く、「重要アイテムっぽいし貰っておこうぜ」とのこと。貰えるもんは全部貰っておこう精神、血も涙もない。

 

 左眼は神結晶に『先読』、『魔力感知』などの探知系技能を生成魔法で付与した義眼を作ることで事なきを得た。左眼も左腕も、ヒュドラの極光により欠損していたので神水でも治ることは無かったのだ。炭となった左腕を切り落とし、機能しなくなった左眼を抉り出すのは少し前のハジメの精神では出来なかっただろう。何だかんだ迷宮を乗り越えるうちに逞しくなっていたようだ。

 

「この眼はまだ慣れないけどね」

「暗闇なら光って便利なんだがベッドでまで光られると流石に困るからなぁ……」

「でも義手に眼帯ってちょっと、ほら、ね……?」

 

 そう、神結晶を使用していることにより常に左眼が青白く発光しているのだ。夜のトイレで出会ったりしたらチビってしまいそうな怖さがある。レイシアはチビった。

 落ち込むハジメをシュウが慰める。

 

「まあまあ、これで元通りって訳じゃねえけどかっこいいからいいじゃんか。俺は好きだぞ?」

「そ、そう?」

「おう」

「えへへ……」

(可愛い)

 

 頭を撫でると嬉しそうに微笑むハジメを見て和むシュウ。

 

「そういえば、すっかり黒髪にもどっちまったな」

「元々根元だけだったしね」

「んー……少し残念だな。お揃いみたいでちょっと嬉しかったんだが……」

「あ、そうだったの? それなら……」

 

 そう言ってハジメは指輪型アーティファクト、『宝物庫』から缶詰のような容器を取りだした。この宝物庫はオスカーが保管していた物でゲームなどでよくあるインベンドリ、道具袋のようなアーティファクトだ。中には今まで採取してきた鉱石やこの二ヶ月で作り上げた兵器やアーティファクトの数々が入っているのだが、容量にはまだまだ余裕がありそうだ。

 

 取りだした容器に指を入れすくい上げると、白く濁った液体が指先から垂れている。ハジメは白く汚れた指で前髪の一部をつまみ上げ塗り込むように何度も擦る。軽く擦った部分を水で長し、汚れた指を洗いシュウに見せる。

 

「どう? メッシュみたいな感じだけどこの部分はお揃いだよ!」

 

 ハジメの髪は一部分だけ白く染まっておりちょっとしたメッシュのようになっていた。今髪を染めるのに使った液体はオスカーの工房にあった塗料を薄くしたもので少量なら人体に害はない。シュウは一部分とはいえ、自分と同じ髪色に染めてくれたハジメに感激し抱きついた。

 

「可愛い愛してる!」(やっぱりハジメは最高だな!)

「うぇえ!?」

 

 二人がイチャついていると家の方からユエとレイシアが出てくるのが見えた。ユエは二人がイチャついているのを見てハジメを独占された事に怒りを覚え「むきー!」とプンスコし、レイシアは『またか』とため息をつく。

 

「シュウ……またハジメとイチャついている。何度も言うけど……ハジメは私の嫁」

「じゃあ、俺も何度も言うがハジメは俺の嫁だ」

「僕は女の子じゃないんだけどなぁ……」

「そもそもシュウのお嫁さんは私かしら」

 

 シュウとユエが言い争い、レイシアが的はずれな意見を言ってハジメが苦笑いを浮かべる。いつも通りの平和である。

 

 


 

 

 人口太陽が沈み夜が耽ける中、ハジメは工房にこもりある物を製作していた。

 

「よし……これを付ければ……完成っ! ふぅ〜……ようやく終わったぁ〜!」

 

 背もたれに寄りかかり足を投げ出す。相当集中力を使う作業だったようだ、ハジメは服の上からでもわかるくらい汗をかいていた。ベタつく肌に気づき顔をしかめる。

 

「お風呂行こっと……ユエたちを起こさないようにしないと……」

 

 毎回入浴する時、気がつけばユエがおり、結局毎日ユエと一緒に風呂に入ることになっていたハジメ。その度に毎回精を搾り取られる幸福な苦行を味わっていた。一昔前のハジメなら大層羨んでいたであろう状況だが、実際にヤられる側に回ると辛いものもあるのだとか本人談。贅沢な悩みである。

 ちなみにレイシアの方はそう積極的でもないらしく、三日に一回シュウに求める程度の頻度だ。ユエが大人の階段を登ったと聞き、自分も負けては居られないと奮起したレイシアがシュウを求め、意外なことにシュウもレイシアを受け入れた。表では『ハジメマジLOVE1000パーセント』などと謳っているが、何だかんだレイシアとそういう関係になってもいいと思っていたのだ。

 

 まあそういうこともありハジメは一人で入浴できる時には細心の注意を払っている。今も実際に寝室に行きユエたちが寝ているのを確認してから風呂場に向かった。

 

「ふうー……極楽極楽……ちょっとジジくさいな僕」

 

 伸びをしてみればボキ、ゴキ、と背中や肩から骨の音が鳴る。いくらステータスが化け物じみててもやはり机に向かい続けての徹夜は精神的にも肉体的にも辛いようだ。

 

「ええっと……兵器シリーズは一通り作り終えたし、移動用アーティファクトも作ったし、シュウの武器も作って、これで魔晶石シリーズも完成したから……うん。必要なものは全部作り終えたかな」

 

 移動用アーティファクトと言うのは『魔力駆動二輪車』と『魔力駆動四輪車』のことだ。簡単に言うと、魔力をガソリン代わりとして動かせるアメリカンタイプのバイクとハマータイプの車だ。

 魔晶石シリーズは神水が出なくなった神結晶を加工して魔力をストックできるアクセサリーのことだ。ユエやレイシアは最上級魔法などを使う場合が多く、魔力枯渇に陥りやすいのでこういった魔力を貯蔵しておけるものがあったら便利だろうと思い、ハジメが制作した。ちなみに後日これをユエに渡した時プロポーズと勘違いされたのは割愛させてもらう。

 

「やることも終わったし、傷もすっかり治ったし……そろそろここを出るか」

 

 ここはとても住みやすい。なんならここで一生暮らせる程だ。しかしそれではダメだ。元の世界に帰れないし、黒乃とも再会できない。

 

「早く会いに行かないと……黒乃が怖い」

 

 見える。瞳からハイライトを失った黒乃が幽鬼のようにユラユラと揺れながらこちらへ歩み寄ってくる姿が……。

 

「うん早く帰ろう」

 

 湯に使っているはずなのに震える体を無視して湯船から上がり脱衣所へ向かう。その時に気づいた。脱衣場の向こうに人影が見えることに。

 

「…………え?」

 

 シルエットから察するに背丈は小さく、体つきは女性、つまりは少女だ。シルエットの女性がガラガラと戸が引かれ姿を見せた。

 

「ハジメ……一人でお風呂なんて……めっ」

「ゆ、ユエ……なんで、寝てたはずじゃ……!」

「ん。吸血鬼の嗅覚、聴覚、舐めないで欲しい。でもハジメにならどこを舐められても構わない」

「おいコラ」

「ということで……」

 

 何がということでなのか、にじり寄ってくるユエ。冷や汗を流すハジメ。ここは風呂場である。

 

「ちょちょ! 待った、待った!!」

「ダーメ♡待たない……!」

「ひうっ、あ、アッ! ──」

 

 その後ハジメは美味しくいただかれました。

 

 


 

 

 そんなこともあり十日が過ぎた頃、ハジメたちは三階の魔法陣を起動させ、遂に地上へ出ようとしていた。

 神妙な顔持ちでハジメが話し始める。

 

「僕たちのこの力は地上では異端扱いされると思う。それに教会や国が兵器やアーティファクトを寄越せと奪いに来たり戦争に無理やり参加させられることになるかもしれない」

「誰が来ようと邪魔するならぶっ殺すまでだ」

「殺しちゃダメかしら。徹底的に痛めつけて二度と私たちに歯向かおうとしないようにした方がいいかしら」

「ん……同感」

「あのさぁ……」

 

 世界を敵に回すかもしれないというのに何とも頼もしい仲間たちだ。ハジメの苦笑いも呆れた物に変わっている。

 

「僕も皆を傷つけられて黙っていられるほど大人じゃないし、お人好しでもない。立ち塞がる相手は容赦はしない。僕たちは、皆で世界を超えて、帰るんだ」

「おう」

「ん」

「はい」

「ふふっ……じゃあ行こうか。オスカーさん、ありがとうございました!」

 

 今は亡きオスカーに礼を言ってハジメたちは魔法陣の光に包まれた。四人ならどんな困難も乗り越えられる、そう信じて……。

 

 

 

 

 


 

 メルド「ハジメのボウズたちがヒュドラに挑む少し前、同時刻、光輝たちの方では帝国からの使者が来るとの事で迷宮探索を中断して謁見することになった。

 勇者の実力を見せて欲しいと言われ光輝と使者の護衛が模擬戦をする事になったが、あの構え……どこか見覚えがあるような……

 

 次回、ありふれた親友

『光輝の受難! バトル、トラブル、アグレッシブ!』

 

 熱き闘志に、チャァアアジ! イン!」




 次回はハジメ達のステータスとかオリジナル魔法挟んで光輝sideかなぁ。


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第十三話「光輝の受難」

 いつの間にか消えてたベヒモス戦、完全に忘れてました。
 感想と評価増えまくってランキング乗ったりしないかな(ダイマ)


 ハジメたちがヒュドラとの激闘を制した辺りに時を戻す。勇者一行は迷宮攻略を中断してハイリヒ王国に戻っていた。

 

 ハジメとシュウの生死が不明になり、香織と黒乃はショックのあまり一時昏睡状態に陥った。だが目を覚まして、皆が二人が生きていることを信じて迷宮を攻略すると知り、檜山も反省して二人を救出した後に二人から直々に罰を受けると言われ、黒乃と香織はなんとか持ち直したのだ。黒乃は檜山にキツめのリバースブローを数十発ぶち込んだことでどうにか落ち着いた。

 

 そしてかつての悪夢、ベヒモスを討伐することに成功した勇者一行はそれより先の階層に進んでいた。

 

 マッピングが行われていない階層では、今まで通りの攻略速度で順調に進めることなど出来ない。魔物の強さも手強くなっており、疲労も蓄積されていく一方では迷宮探索もままならないと判断したメルドが、休養を取らせるべきだと判断したのだ。

 

 わざわざ王国まで戻っているのは、ヘルシャー帝国から勇者一行を確認するために使者が送られてくるからだ。何でもエヒト神から神託がなされてから勇者召喚に至るまでほとんど間がなかったようで、同盟国である帝国に知らせが届くのが遅れてしまったらしい。

 と言っても帝国は実力主義らしく強者にしか興味がなく、勇者だからといって人間族を指揮されても納得は出来なかったようで、今回人類史上最高記録である六十五層を突破したことで帝国側が興味を持ち、会いに来たと言うわけだ。

 

 馬車に揺られて王国に戻った光輝たちを出迎えたのは、十歳くらいの美少年。大きくなれば光輝のようなイケメンになるのだろう、しかし今は幼くやんちゃそうな雰囲気が強い。その美少年はランデル・S・B・ハイリヒ、ハイリヒ王国王子である。

 キョロキョロと勇者一行を見渡し目当ての香織を見つけると、ランデル殿下は駆け寄ってきた。ブンブンと元気よく振られる犬の尻尾を幻視する。

 

「香織! 待ちわびたぞ!」

「お久しぶりです、ランデル殿下」

 

 態度からわかるように、ランデル殿下は香織にホの字なのである。わざわざ他の生徒たちを無視して香織にだけ挨拶する態度で丸わかりだ。精一杯彼なりにアプローチをかけているのだが香織には少し年の離れた弟のようにしか見られていない。加えて香織の心は既にハジメという男に取られていることを知らないランデルはなんと不憫なことか。おいたわしや殿下……。

 

「香織。お前が迷宮に行っている間、余は気が気がでならんかった……香織にはもっと安全な仕事についてもらいたいのだ……そ、その、余の専属侍女とか」

「侍女ですか? でも私は治癒師なので……」

「な、なら医療院に入ればいい! 王宮からも近いし疲れたらこちらに来てお茶でも飲めばいい!」

「前線でなければ皆の治療が出来ませんから。お気持ちは嬉しいですが、ごめんなさい」

「うう……」

 

 香織の微笑みに顔を赤くさせ、同時にどうやっても香織の気持ちを動かすことが出来ないと悟り唸るランデル殿下。その様子を面白そうに眺めていた雫に光輝が話しかける。

 

「なあ雫、あれって……」

「しっ、面白いから静かにしてなさい。光輝の思った通りだから」

「面白いって……あのなぁ……」

 

 少し変わってしまった幼なじみに呆れた視線を向ける。光輝はベヒモスを倒した後、香織からハジメに対する好意の切っ掛けなどを教えて貰い自分の気持ちに折り合いをつけた。

 昔だったら素直に気持ちに向かうことは出来なかっただろうが、こちらの世界にやってきてからハジメとシュウの存在に色々と感化されたようで自分でも驚くくらいすんなりと納得することができた。

 他人の恋路に対してちょっかいをかけると酷い目にあうことを知ったので、ランデル殿下のやり取りもただ見守るだけにしている。

 

 未だに香織をどうにか王国に残せないか画策しているランデル殿下の後ろから、威厳ある涼やかな声が響いた。

 

「ランデル、いい加減にしなさい。香織が困っています」

「あ、姉上!? し、しかし……」

「しかしではありません。ただでさえ迷宮攻略で疲れている皆様を更に疲れさせる気ですか?」

「ううう……! 急用を思い出しました!!」

 

 ランデル殿下は逃げるように香織たちに背を向けて家臣と共に去っていた。そんな様子を見て溜息をつくこの美少女の名前は、リリアーナ・S・B・ハイリヒ。この国のお姫様である。

 リリアーナは十四歳という若さで国民からの多大な支持を得ている。金髪碧眼の美少女で性格は真面目で温和だが硬すぎず融通も利き、使用人たちとも気さくに接する人当たりの良さを持つ。

 光輝たちにも自分たちの世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感を抱いており、王女の立場としてだけでなく、リリアーナ個人としても心を開いている。 

 

 容姿も性格もリリアーナが光輝たち親しくなるのにそう時間はかからなかった。特に同年代の香織や雫などの女性陣との関係は非常に良好で、今では愛称で呼ばれたり、タメ口で言葉を交わす仲である。

 

「ごめんなさい香織、弟が失礼しました。皆様も、疲労が溜まっていらっしゃるだろうに拘束してしまい……」

「そんな謝らなくてもいいよリリィ。私は気にしていないし、殿下も殿下なりに気を使ってくれただけだよ」

 

 弟の恋心に気づかない鈍感な香織に苦笑するリリアーナ。こほんと息をつき、微笑む。その微笑みに男女問わずほとんどのクラスメイトが顔を赤くして魅了される。香織や雫、黒乃と言った美少女を見慣れている彼らでも、本物のお姫様の洗練された気品や優雅さには見惚れてしまうようだ。

 

「改めまして、皆様、おかえりなさいませ。無事の帰還、心から嬉しく思いますわ」

「ありがとうリリィ。君からそう思われているだけで迷宮攻略の疲れも吹っ飛ぶよ。俺も無事に戻ってこれて、リリィにまた会えて嬉しいよ」

「え、あ、その……そうですか? あ、ええっと……」

 

 王族ということもあり、国の貴族や帝国の使者等から下心が覗かれるお世辞混じりの賛辞を貰うことには慣れているリリアーナには他人がどういう目で自分を見ているのかを見抜く目が鍛えられている。だから光輝の言葉には下心の欠片も持ち合わせおらず、素で言っている事が分かってしまう。尚且つ光輝の整った容姿でこうも直球に言われてしまえば、王女である前に一人の乙女であるリリアーナもたじろぎ顔を赤くする。

 リリアーナがモジモジとしているのを不思議そうに見つめる光輝の背中に軽く叩かれる程度の衝撃を感じる。振り向くと笑っているのに笑っていない笑みを浮かべた中村恵里が立っていた。

 

「光輝くん。そういう言い方続けているといつか背中から刺されちゃうかもしれないよ」

「え、恵里。なんか怖いぞ……」

「何が?」

「いえ、何も……」

 

 落ち着いているはずなのに何処か恐ろしさを感じる声に何も言えなくなる光輝。

 光輝はシュウに言われたのに檜山を止められなかった自分を責め、今度こそは失敗しないようシュウが『注意しろ』と言っていたもう一人の恵里に対して注意するようになった。と言ってもあからさまに警戒するのでは相手も気分が悪くなるだろうと思い、迷宮攻略の休憩中に隣に座って談笑したり、怪我をしていないか、疲れていないか気遣ったり、髪型を変えればそれを褒めたりと傍から見れば付き合いたてのカップルのように光輝は恵里を構い続けた。

 

 そしてその結果──

 

「光輝くんが悪いんだからね……! ああやって僕をその気にさせて……! 誘惑してしたんだから……っ!!」

「え、恵里!? お、落ち着くんだ!! ちょ、待っ、アッ──ー!」

 

 迷宮内で出現した『発情させるフェロモンを放つ魔物』にフェロモンを浴びせられた恵里に光輝は食われてしまった。そう、性的な意味で。急におっぱじめた二人にメルドたちは慌てて状態異常回復魔法をかけようとしたが行為を邪魔されないために恵里は鈴を拉致して脅し、モザイク付き結界を張らせた。

 クラスメイトたちは同級生の生々しい喘ぎ声や水音を聞いて顔を真っ赤に染める者や、突然の行為に宇宙の真理にたどり着いた猫のようにフリーズする者、そして脅されてとは言え親友が友達を性的に食らう手伝いをしてしまい羞恥心と罪悪感から頭がパンクした谷口鈴に別れた。

 

 それから恵里は自身の好意を隠すことはせず、光輝に想いを伝えた。散々搾り取られたのだろう、ゲッソリとした顔で光輝は『責任は取る』と言った。

 

 リリアーナは二人の雰囲気が恋人のそれであることに気付き、頬を膨らませてむくれた顔で一行を促す。

 

「……兎に角、お疲れ様でした。お食事も、お清めの準備も出来ておりますので、どうぞお寛ぎ下さい。帝国の使者様が来られるのにも数日はかかりますので……お気にならさず」

 

 ニコッと、貼り付けたような笑みを光輝に向けて一言。

 

「光輝さんも、どうぞごゆっくりしてください」

「えっと、リリィ? なんか怒ってる?」

「何も怒ってなんかいませんよ。ええ全く、これっぽっちも、ええ」

「クスクス……自分が相手にされないからってそういう態度は王女様としてどうなのかなぁ、ねぇリリィ?」

 

 光輝の腕に絡み、『女』の笑みを浮かべた恵里に挑発気味にそう言われ、リリアーナの笑顔の仮面にヒビが入る。どこからか「カッチーン」と効果音が聞こえてきそうだ。

 

「……ええ、ええ、そうですね。はしたなかったですね、まあ? 周囲の目を気にもとめずに殿方の腕に抱きつくいやらしい女性には言われたく無かったですけどもね?」

「好きな人に、恋人同士がくっ付き合ってなにが悪いのかなぁ? そもそも、周囲の目を気にして野外セッ〇スが出来るかって話なんだよね」

「んなっ!? や、や、野外セッ──ハレンチですよ!? 光輝さん!!」

「お、俺!? いや、一応俺も被害者なんだけど!?」

「あんなにおっ勃てて被害者はダメじゃないかな光輝くん?」

「……ノーコメントで」

 

 光輝を挟んでリリアーナと恵里が言い争っている姿をクラスメイトたちは遠巻きに見ていた。代表して龍太郎が口を開く。

 

「なあ、あーいうのが痴話喧嘩って言うんだったか?」

「龍太郎くん、多分あれは修羅場の方が近いと思うよ」

 

 鈴が己を縛っていた枷から解放された親友を遠い目で見つめながら間違いを正す。

 

「……はあ、すみません。案内を頼んでも?」

「……あっ、ああ、はい。こちらです」

 

 溜息をつき、未だに言い争っている三人グループを放っておくことに決めた雫は近くにいたリリアーナの護衛の一人に案内を頼んだ。呆然としていた護衛も呼びかけられて、目を覚ましたように案内を始めた。

 

「ふ、二人ともその辺で……雫たちが移動を始めたから」

「「光輝くん/さんは黙っていて! /下さい!」」

「はい」

 

 結局、雫が様子を見に戻る一時間後までずっと修羅場っていたらしい。

 

 


 

 

 

 それから三日後、帝国の使者が見えたそうで光輝たちも対面することになった。

 すると会談中、帝国の使者が勇者の実力を測りたいと言い出し使者の護衛の一人と光輝が一対一で戦うことになってしまった。

 

 訓練場に移動し、刃引きされた大剣を持ち待機する護衛に目を向ける。平凡な容姿、特徴といった特徴がない男、一時間後には忘れていそうな見た目だ。しかし、その佇まいは強者のソレ(……)を表している。雫と龍太郎も気づいたのだろう、光輝に注意するよう声をかける。

 

「光輝、あの男……只者じゃないわ。油断しないで」

「雫の言う通りだ。アイツは強ぇぞ、気ぃ引き締めていけ!」

「ああ。分かっている」

 

 訓練場に足を踏み入れ、護衛と相対する。構えるわけでもなく、だらりと無造作に下げられた大剣。しかし少ないが死線を潜り抜けた光輝には分かった、この男、隙という隙が見当たらないのだ。無策で突っ込めば返り討ちに合うだろう、そんな予感がした。故に光輝が取った行動は『待機』、待ちの姿勢だった。

 

「……ほお。がむしゃらに突っ込んでこないのを見るに少しは死線ってもんを通ってきたようだな」

「あなたは油断すると痛い目を見る気がした。だから本気で行かせてもらいます」

「はっ、最初からこっちもそのつもりだ。手加減なんかするんじゃねぇぞ」

 

 平凡な見た目とは裏腹に男の口調は荒い。先に動いたのは男だった。大剣を引き摺りながら駆けた、と思いきや目の前で既に大剣を振り上げる態勢に入られていた。

 咄嗟に『縮地』を使い半歩下がると光輝の眼前を大剣が通過していき、空を斬る音と剣圧が風となって肌を撫ぜる。

 ステータスでは大きな差があるだろう、しかし目で追えなかった。今のは歩法、つまりは技術である。相当に洗練されたものだ、やはりこの護衛の男は只者では無い。

 

 男は鞭のようにしならせた剣撃を光輝に浴びせる。光輝は冷や汗を流しながらも、『先読』で剣筋を見極めて捌いているが、如何せん不規則で軌道が読みづらく、対処するのに精一杯で反撃に移れないでいた。

 勇者のステータスを持ってしても、剣技では敵わない。そう覚った光輝は、短い詠唱を呟いた。

 

「“(くるめ)く光よ”『眩光(げんこう)』!」

「ぬぅ!」

 

 模擬刀が閃光を放ち男の目を潰しにかかる。男はすぐに目を閉じようとしたが間に合わず唸る。数分の間は視覚を頼ることは難しいだろう。これを好機と思い、模擬刀を振りかぶり男の大剣の横っ面を叩く。が、驚くことに剣を引いて躱すと踏み込んで上段から大剣を振り下ろした。

 

「ちょこざいな!!」

「なっ!? 見えないはずじゃ!」

「んなもん『気配』と『敵意』で分かる!! お前の真っ直ぐすぎる剣なら尚更なぁ!」

「無茶苦茶だ……! ならっ!」

 

 目を瞑ったまま斬り合う男に畏怖の視線を向け、光輝は構えを変える。今までの構えが正統派と言うのならこの構えは邪道と言う感じのものだった。半身を捻りながらの突貫、姿勢を低くしているため相手は剣筋を下段か振り下ろしに固定される。

 男も急に動きが変わった光輝に驚くが、剣撃の勢いは衰えない。

 

「ここ、だぁ!!」

「むおおお!!?」

 

 右上段からの袈裟斬りと見せかけた左中段を狙い澄ました突きに反応しきれず、男は苦し紛れに大剣を振るう。しかし刺突から切り上げに移行した光輝の剣に大剣は弾き飛ばされ回転しながら数メートル先の地面に突き刺さった。

 

「……そこまでですな。この勝負、光輝殿の勝ちで宜しいですな? ガハルド殿」

「……ちっ、やっぱりバレてたか。食えない爺だぜ

「えっ?」

 

 イシュタルが右手を上げ光輝の勝ちを宣言すると、ガハルドと呼ばれた男が舌打ちをして周り聞こえない声量で忌々しげに呟く。近くにいた光輝には聞こえていたようで目を白黒させているが気にせずガバルドは光輝から離れて右耳につけていたイヤリングを取り外した。

 

 すると男に纏わりつくように靄に包み込まれ、体の輪郭がボヤけ始めた。靄が晴れると全くの別人、四十代位の銀髪碧眼の男が現れた。男の体は大柄な方ではないが、服の上からでも分かるくらいに筋肉がミッシリと詰まっている。

 それを見た龍太郎が思わず感嘆の声を上げた。

 

「おおっ! なんつー筋肉……!! あれはナイスマッスルを言わざるを得ないっ!!」

「突然どうしたの龍太郎くん!?」

 

 拳を握りしめ声高らかに叫ぶ龍太郎に隣にいた鈴がツッコミを入れる。しかし周囲の人間はそんなことを気にすることが出来ないほど喧騒に包まれ、ガハルドに注目していた。

 

「が、ガハルド皇帝陛下!?」

「え!? 皇帝陛下!?」

「いかにも、ヘルシャー帝国現皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーだ。宜しくな勇者殿」

「これは一体どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

 

 額に手を当てながら疲れたようにガハルドを睨みつけるエリヒド。その表情から察するにガハルドは似たようなことを何度もしてきたのだろうと伺える。そして睨みつけられたガハルドは物怖じもせずに飄々と話し始めた。

 

「これはこれはエリヒド殿、ろくな挨拶もせずに済まなかった。どうせなら自分で確認した方がいいだろうと思い、一芝居打たせてもらった次第よ。皇帝としても一人の武人としても試してみたかった相手でもあるが、今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

「……はあ。もういい」

 

 反省の色が見えないガハルドに溜息をついて被りを振るエリヒド、苦労しているのだろう。胃薬があったら渡してあげたいと雫は思った。

 ガハルドは光輝に向き直り先程の攻防を賛辞する。 

 

「それにしても勇者殿、最後の剣撃、あれは『幻撃』だろう? ハイリヒ王国騎士団団長メルドの太刀筋を錯覚したぞ。まさかメルド直伝か?」

「あ、はい。メルドさんから教えてもらいました」

「カーッ! あんの『曲者』、こんなステータスの暴力に小技なんか仕込みやがって!!」

「あの、『曲者』って言うのは?」

「あん? 知らねぇのか? 奴は派手な大技を好まず小技でちまちまと相手をいたぶって行くんだよ。だから『曲者』って言われてんだ。一体一で奴に勝てる人間は少ねぇだろうな、俺でも微妙だからな。是非帝国に欲しい人材だ」

 

 あの実力主義を謳う帝国の皇帝にここまでべた褒めされるメルドに尊敬の念が更に強くなった光輝だった。その場にいなかったメルドだが、後の訓練の時に問い詰められこう白状した。

 

「その名前はやめてくれ! 傭兵時代や騎士団に入隊したばかりの時期には生き残るのに必死で小技を多用してただけなんだ。今は騎士団の団長らしく一体一の時は正々堂々と戦っているだろう?」

 

 とのことらしい。魔物相手に正々堂々もクソもないが、人相手の正式な決闘の時などではやはり正々堂々とした剣技を好まれるようで、小技はあまり使わないようにしていたらしい。

 光輝たちには魔物、引いては魔人族との戦いのために自分が『曲者』と呼ばれてたことを隠して教えていたらしい。

 

 ガハルドは満足して用意された客室へ戻って行った。その後、夜の晩餐会で帝国は勇者一行を認めると言った旨の話をしたことで今回の訪問の目的はたち成された。なんとも嵐のような訪問であったが……。

 

 そして翌日、ガハルドが帝国へ帰る際、体裁のため光輝たち勇者一行も見送りに来ることになったのだが……その時にまた嵐が吹きすさんだ。

 馬車に乗り込もうとしたガハルドが雫と目が合ったようで動きを止める。

 

「中々収穫のあるいい訪問だった! では──む? そこの女、お前も勇者の仲間か?」

「え? え、ええ。そうですが……」

「名は?」

「八重樫雫です……どうかされましたか?」

「いや、ふむ……成程な」

 

 舐め回すと言うよりは見定めるように雫の体を頭頂部から爪先まで眺める。雫は明らかに品定めされていることにウンザリしながらも相手が皇帝陛下なので、無礼なことは言わずじっと口を噤む。

 そして眺めるのに満足したのかガハルドは口を開いた。

 

「おい雫」

「はい、何でしょうか?」

「俺の側室になれ」

「はあ…………はあ!? い、いきなり何言ってるんですか!?」

「冗談でも何でもねぇぞ。お前のその鍛えられ引き締まった体、そして幼い頃から剣を握ったことで出来たあろう掌、何よりもその容姿、俺の側室に相応しい。俺は雫という女に惚れた」

 

 恥ずかしげもなくペラペラと惚れた要素を挙げて求婚され、口をパクパクとさせて固まる雫。それから持ち直して懇切丁寧に断ったことで、その場はなんとか諦めて帰ってもらえることになった。しかしガハルドは「気長に待つ」と言い残して帝国へ帰って行った。

 

「嵐みたいな人だったな……」

「……最悪、もう完全に目ぇつけられてるじゃない……! 目立たないように黒乃の影に隠れていたって言うのに……!」

「雫っち? それは僕の影が薄いから目立たないって言いたいのかな? ねえ? どうなんだいおい? 何とか言えよこら?」

「く、黒乃……? 顔が怖いわよ……?」

 

 ハジメとシュウがパーティから居なくなったことで最近黒乃から覇気や存在感が薄くなった気がするのは雫の思い過ごしではない。今の黒乃はあのクラス一影が薄く、自動ドアも三回に一回は反応しない男、遠藤浩介に勝らぬとも劣らぬ影の薄さだった。

 

「出番を寄越せ!! 僕から僕っ子属性を奪うな!」

「急にこっちに飛び火が!?」

 

 怒りの矛先が自分に向いたことに驚く恵里。

 

「ちくしょう不幸だ!!」

 

 王国の正門の前で膝をつき叫ぶ美少女。『不吉』の派生技能、『不幸』が追加されていたせいかもしれない。

 

「お母さんあれー」

「しっ! 見ちゃ行けません」

 

 色々と残念なことになっていた黒乃であった。

 

 

 

 

 


 

 リリアーナ「オルクス大迷宮を抜けてライセン大峡谷に出たことに喜びを分かちあっている南雲さんたち。

 あの……一応そこ処刑場って呼ばれてるんですけど……。

 こほんっ! そんな辺鄙なところで魔物に追われる一人の兎人族がいて……? 

 

 次回、ありふれた親友

『シア登場! スピード、ラビット、キューピッド!』

 

 熱き闘志に、チャ〜ジ、イーン! 

 一度やって見たかったんですよ!」




 メルドさんはもっと強くていいと思う。
 黒乃はその…ごめんな……


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13話時点でのステータスとオリジナル魔法

 例によってステータスは適当です。若干高くしています。


南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:10500

体力:10800

耐性:12280

敏捷:11260

魔力:15900

魔耐:13470

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復[+魔素集束]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

 主人公。ハジメをヒロインにするためにTSさせる人もいるが私はしない。逆に聞くが……何故ヒロインが女の子じゃなければならないと思っている?一体いつから錯覚していた定期。

 髪の毛は一部だけ白く染まっている。反骨の赤メッシュの白メッシュバージョン。

 モデルは漫画版でどうぞ。

 

 

澤田シュウ 17歳 男 レベル:???

天職:炎闘士

筋力:14000

体力:13500

耐性:12300

敏捷:16070

魔力:9550

魔耐:9120

技能:超直感・炎属性適正[+性質変化柔炎][+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+性質変化剛炎]・大空七属性適性[+調和][+分解]・魔力操作魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+身体強化]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚]・限界突破・復活・言語理解

 

 主人公。ハジメ黒乃好き好きマン。最近そこにレイシアも追加された。作者がただリボーンに出てくる能力を持たせかっただけで転生者(本人は知らない)になってしまった男。単純に私の力不足ですどうもすみません。

 モデルはイナGO3の井吹宗正をイメージしていた。白髪と黒いバンダナがトレードマークなのだがバンダナなんてみんな忘れてるよねって話。実際作者も書いてる最中に思い出した。

 

 

日狩黒乃 17歳 女 レベル:48

天職:陰陽師

筋力:40

体力:40

耐性:40

敏捷:70

魔力:650

魔耐:650

技能:陰陽術[+木属性][+火属性][+魔力消費減少][+効果上昇]・不吉[+不運][+不幸]言語理解

 

 ハジメとシュウの幼馴染。黒髪のショートボブでゆるふわパーマをかけている。赤い瞳をしており、耳には金色の輪っかのピアスをしている。

 ハジメとシュウがいじめられてた時に人知れず情報操作をしていじめっ子全員を転校させた。ハジメ大好き、シュウはもっと大好き。身長151センチのBカップ。

 モデルはブラッキー。

 

火属性:陰陽術における火の力を使える。

 

 

レイシア 16歳 女 レベル:75

天職:氷術士

筋力:130

体力:150

耐性:140

敏捷:260

魔力:7860

魔耐:7620

技能:氷属性適正[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+永続発動][+同属性魔法吸収]・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成]・高速魔力回復[+気候補正]・魂体同化[+冷体化]・生成魔法

 

 ユエの従姉妹。丁度遊びに来てたその日にユエが封印され、それを阻止しようとしたら自分まで封印されてしまった。初めは鬼畜としか思っていなかったが、ところどころ垣間見える子供っぽさに惹かれシュウを落とした。落としたのだ。元々ユエと対象のキャラにするつもりで銀髪ショート百面相口八丁にしようと思っていたのにどうしてこうなった……。身長は148センチのAカップ。

 モデルはグレイシア。

 

 

ユエ 323歳 女 レベル:78

天職:神子

筋力:180

体力:370

耐性:80

敏捷:120

魔力:8840

魔耐:8530

技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法

 

 原作とほとんど変わらないので細かい説明はほんへ見て、どうぞ。

 ハジメは世界一愛している人で、レイシアは可愛い妹分と思っている。シュウも仲間として大切に思っているが同時に恋敵として火花を散らしている。ムッツリ吸血姫。

 モデルは小説版でも漫画版でもアニメ版でもお好きなのをどうぞ。

 

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:53

天職:勇者

筋力:650

体力:650

耐性:650

敏捷:650

魔力:600

魔耐:600

技能:全属性適正[+光属性効果上昇][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇]・全属性耐性[+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇]・複合魔法・剣術[+斬撃威力上昇]・剛力・縮地[+爆縮地]・先読[+投影]・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 原作から大幅に逸れているキャラの1人。通称汚さを知った綺麗な天之河。不可抗力とはいえ、恵里の責任をとることにした男。

 香織がハジメを好きになった経緯を教えて貰ったおかげで胸に引っかかるものはなくなった。

 悩み事といえばリリアーナからのアプローチが増えてきたことに頭を抱えている。大体その番恵里に絞られるからである。頑張れ。

 何気に苦労人ポジションである。うん、頑張れ。

 モデルは漫画版。アニメ版は声が良すぎて困る。というかアニメと原作でキャラデザ違いすぎーーー

 

 

白崎香織 17歳 女 レベル:52

天職:治癒師

筋力:230

体力:300

耐性:250

敏捷:230

魔力:700

魔耐:700

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇]・高速魔力回復・言語理解

 

 残念系ヒロインさん。元の世界でもハジメの恋愛対象に入っていなかったのでこの世界でも望みは薄いと思われる。でもめげない所はプラスだと思うよ!

 なおユエという絶対的ヒロインがいるので正妻にはなれない模様。

 疲労に効く『ハジメ制服』を持って今日も迷宮をもぐる彼女であった……。

 モデルは小説版でも漫画版でもアニメ版でもお好きなのをどうぞ。

 

 

八重樫雫 17歳 女 レベル:52

天職:剣士

筋力:400

体力:410

耐性:390

敏捷:800

魔力:240

魔耐:230

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚]・先読[+投影]・気配感知・隠業[+幻撃]・言語理解

 

 本作の苦労人ポジションの1人。しかし光輝が光輝(浄化)に進化したことで悩みの種がひとつ減った。最近笑顔が増えたらしい。よかったね。

 モデルは小説版でも漫画版でもアニメ版でもお好きな方で。

 

 

坂上龍太郎 17歳 男 レベル:52

天職:拳士

筋力:700

体力:700

耐性:650

敏捷:310

魔力:190

魔耐:190

技能:格闘術[+身体強化][+部分強化][+集中強化]・縮地[+爆縮地][+重縮地]・物理耐性[+金剛][+衝撃緩和]・全属性耐性[+物理耐性]・言語理解

 

 ゴリラ。ウホッ、ウホホ、ウホ?ウホッホ。ウホー、ウホウホ。はい。

 筋肉が素晴らしい格闘家です。今作では常識人ポジションに入っている。毎回損な役回りしか当てられないのでこの作品では良識派に回してあげた。

 シュウとは中学1年の頃大会の決勝で初会合。

 モデルは漫画版。

 

 

檜山大介 17歳 男 レベル:50

天職:軽戦士

筋力:350

体力:320

耐性:240

敏捷:770

魔力:350

魔耐:240

技能:短剣術[+斬撃速度上昇][+縮地][+軽量化]・全属性適正[+風属性効果上昇][+火属性効果上昇]・隠業・言語理解

 

軽量化・自身の重量を軽くすることが出来る。身軽になる。

 

 今作の誰だコイツ枠。いっつも酷い目にあってるので救済措置を上げたかった結果こうなった。ハジメとシュウを見つけて謝ったあと処罰を受ける覚悟をしており、真面目に迷宮を探索している。以前までの軽い態度はなりを潜め、今では率先して危険な役を請け負っている。誰だお前。

 モデルは漫画版。アニメ版召喚前とか結構仲良さそうに見えるし普通にイケメンで困る。

 

 

清水幸利 17歳 男 レベル:50

天職:闇術師

筋力:180

体力:200

耐性:180

敏捷:190

魔力:710

魔耐:650

技能:闇属性適正[+発動速度上昇][+効果上昇][+洗脳][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動]・言語理解

 

洗脳・文字通り魔物を洗脳できる。今は簡単な命令を覚えさせる程度。

 

 誰だコイツ枠2人目。清水くんは俺ガイルで言うHACHIMANと同じ扱いをしていいって死んだひーバッチャンが言ってた!(大嘘)

 清水くん別に改心したわけでもないのに良い人になってたりハジメの友達やら親友やらになってるのはテンポ良くするためだと思ってる。

 この作品ではハジメとシュウを見てて隠すのがバカバカしくなってきてオタク趣味を持ち込んだ。その際にハジメと親しくなった、という裏設定。

 モデルは漫画版。

 

 

オリジナル魔法

 

 

魔法名:『鉄拳』

初登場:第六話

使用者:坂上龍太郎

詠唱:“悪を砕く強き意志が、鉄となりて拳を纏う”

効果:拳(手から肘にかけてまでの前腕部)が強化される。鉄塊のような硬度になる。ラットマン程度なら腐ったトマトを握り潰すように容易く砕ける。格ゲーとは関係ない。

 

 

魔法名:『闇手』

初登場:第六話

使用者:清水幸利

詠唱:“掴め、見えざる手”

効果:魔力で操作できる手を出す。最大本数は八本で最高握力はリンゴを握りつぶせる程度。射程は10m前後。イメージはペテルギウス・ロマネコンティのやつ。

 

 

魔法名:『黒腕』

初登場:第六話

使用者:清水幸利

詠唱:“薙ぎ払え、見えざる腕“

効果:魔力で操作できる腕を出す。全力で殴ったら戦車を壊せる程度の威力を出せる。射程は5m前後。作者が本編で描写挟むの忘れたせいで読者の皆さんのイメージで補完してもらうことになった魔法。

 

 

魔法名:『闇透』

初登場:第六話

使用者:清水幸利

詠唱:“見透かせ、見えざる眼“

効果:自身の目に『夜目』効果を付与する魔法。「俺はこの時、この魔法を使っていたのさ!」と某遊戯王のように後出し宣言してましたが詠唱はちゃんと考えていました。

 

 

魔法名:『風角』

初登場:第六話

使用者:日狩黒乃

詠唱:“木行よ、我に力を“

効果:風をドリルのような形にして敵を貫く魔法。貫通力が高く、また効果範囲も黒乃の目が届く範囲なので使い勝手がいい。

 

 

魔法名:『氷獄』

初登場:第九話

使用者:レイシア

詠唱:““

効果:指定した効果範囲(最大100m)一帯の敵を凍りつかせる。

 

 

魔法名:『氷槍』

初登場:第十話

使用者:レイシア

詠唱:““

効果:吹雪が槍の形を成して敵を穿つ。槍が通った周りを凍らせながら突き進むので、直線放射型としては優秀。射程はそこそこ。

 

 

魔法名:『氷嵐』

初登場:第十話

使用者:レイシア

詠唱:““

効果:描写がなかったやつパート2。多分某鬼滅の刃の風の呼吸にある木枯らし颪に吹雪が追加された感じだと思われる。射程はちょっとそこそこ。

 

 

魔法名:『眩光』

初登場:第十三話

使用者:天之河光輝

詠唱:“眩く光よ“

効果:武器や指先から閃光を放ち目を潰す魔法。自分も目を閉じておかないといけないので使う時は注意。




なんか足りないヤツあったらいってください。


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第十四話「シア登場」

 感想ありがとう!評価ありがとう!ありがとうありがとう!(虚空へ叫び続ける作者)


 魔法陣の光が収まると空気が変わった。奈落のどこかどんよりとした空気とは違い、新鮮な涼やかな空気……ハジメが目を開けるとそこには、草木の緑と青い空が──

 

「見えない!?」

「洞窟だな」

「ん……隠し通路。秘密だから目につかない場所に隠すのは当然……」

「むしろ何でいきなり外に出ると思ったのかしら」

 

 反逆者の住処へ直通する道が隠されていないわけない。ユエとレイシアは当然のようにそう話す。ハジメとシュウは思っていたより浮かれていたらしく、それぞれ顔を赤くしたり頭をガリガリと掻きたりと照れ隠ししている。

 真っ暗で常人なら何も見えないだろうが、ハジメには『夜目』という技能もあれば『宝物庫』もある。宝物庫から緑鉱石のランプを取り出して灯りをつけ道なりに進んでいく。

 

「これは封印? ってあれ……勝手に開いた」

「オスカーの指輪が反応しているみたいだな。俺の『超直感』も収まった」

 

 シュウの言葉通り、封印もトラップも解除されたようで何事もなく外へ出ることが出来た。

 四人が待ち望んでいた外の景色。地上の人間にとっては地獄の、絶望の処刑場である【ライセン大峡谷】だが、四人にとっては天国だった。

 太陽から降り注がれる暖かな日差しに青々とした木々たちから香る緑の匂い、戻ってきた。これ程実感の湧く証拠は無かった。

 

「戻ってきた……やっと、地上へ戻ってこれたよぉ〜!!」

「おっしゃあ帰ってきたぞゴラァあああ!!!」

「んっ! 戻ってきた……!!!」

「待望の陽の光かしら! 太陽ってあったかーい!!!」

 

 ハジメはユエと抱き合いながら、シュウはレイシアと抱き合いながらそれぞれ思い思いの言葉を叫ぶ。

 ハジメの涙腺が緩み、涙がこぼれる。それはシュウも同じで、本心だろうが恥ずかしさを誤魔化すように誰よりも叫んでいる。

 いつも無表情なユエも三百年振りに浴びた日光に思わず頬が綻んでおり、レイシアは太陽顔負けの輝かしい笑みを浮かべている。

 

 そんな風には四人が喜びを分かちあっていると、その声を聞いてか魔物が次々と集まっており、笑いがおさまる頃にはすっかり囲まれていた。

 

「おいおい、折角俺らが久々に日の光を浴びて喜んでいるって言うのによぉ……燃やし尽くすぞこの野郎」

「待ってよシュウ。ここ【ライセン大峡谷】じゃ魔法は分解されてまともに使えないんだ」

 

 試しに火球を作ってみようとするが火は付かずにガスが漏れるように魔力だけが放出される。魔法使いにとってここは鬼門の場所なようだ。

 

「でも力押しでいける……」

「魔力効率は?」

「……十倍くらい?」

「それなら僕がやるよ。シュウもこの程度の魔物相手に魔法なんか必要ないでしょ? 肉体強化くらいで十分だよね」

「まあな。ん? 待てよ……」

 

 何かを考え始めたシュウ。周りは魔物でいっぱいであるが慌てず騒がず落ち着いて思考する。少しは焦って欲しいが如何せんステータス差というものは絶対的なもので、奈落の魔物と地上の魔物ではステータス差が激しすぎる。今のハジメとシュウにダメージを与えられる魔物はここにはいないだろう。実際、ハジメは魔物たちが散らない程度に『威圧』を発動させており、魔物たちは逃げたくでも逃げられない蛇に睨まれた蛙のようになっている。

 

 そして考えた結果、納得したのか手をポンと叩いた。

 目を閉じて心を落ち着かせる……するとシュウの額に橙色の炎が灯った。

 

「出た、炎モード」

「ちょっと試したくてな。よっ、と」

 

 掌に火球を生み出してそこら辺の魔物に投げつける。火球を喰らった魔物は断末魔を上げながら消し炭になった。

 

「やっぱりか……」

「えっと、どういうこと?」

「俺のこれは魔法じゃないんだよ。俺の体質的なやつなんだ、超能力みたいな感じのな。多分、魔力を通して魔法として使うパターンと体力を使って超能力のように使うパターンで分けられる」

「つまりさっきのは超能力として使っていたから魔力分解を気にせずに使えるってこと?」

「ああ。まあその分体力とか精神力を消費するから長時間の戦闘は厳しいがな」

 

 シュウが普段魔法として使っているのは『炎属性適正』やその派生技能の『性質変化柔炎』、『性質変化剛炎』だ。それに『大空七属性適正』の派生技能、『調和』を付与しているのだが、それらは魔力を消費して使っている。

 一方でシュウの体質として使う炎は、魔力ではなく体力や精神力に依存して扱うようだ。

 勿論出力的には両方を組み合わせて使った方が強いのだが、この程度の雑魚ならどちらか片方だけで十分なのだ。

 色々と説明したが、つまるところ『魔法が使えない場所でもシュウは炎を扱える』という事だ。

 

「額の炎は?」

「これは……これも俺の推測になるが、額に炎が灯っている時は体質として炎を扱う力を発動させているんだろう。感覚的にもそうだと思う」

「はあ〜……なるほどね。じゃあここは僕とシュウで蹴散らしていこうか」

「だな。二人はもしもの時に備えて待っててくれよ」

「……ん」

「不本意ながら分かったかしら……」

 

 話し合いが終わり、ハジメとシュウが威圧で動けなかった魔物たちに向き直る。満面の笑みを浮かべながらハジメはホルスターから二丁拳銃を抜きガンカタの構えを取り、シュウは両手のガントレットに炎を灯す。

 このガントレットはハジメ作の武器兼防具なのだが、兎に角物理耐久と耐熱性に特化させており、想定ではヒュドラの極光も耐える耐久性になっている。

 そして前腕部を覆うこのガントレットは鎧部分をスライドしてグローブに変形させることが出来るのだが、それはヒュドラクラスのボスを相手にする時の武装なので暫くは出番が無いだろう。

 

 そんなこんなで三分も掛からずに百体近くいた魔物を片付けたハジメとシュウだったが、あまりの手応えの無さに二人同時に首を傾げる。

 

「弱い……いやこの場合は奈落の魔物が強すぎたのかな……?」

「二人が化け物……」

「ユエさん酷い」

「でも事実かしら。それよりもこれからどうするのかしら? 断崖を登る? それとも砂漠横断?」

 

 トコトコと近寄ってきたユエとレイシアをそれぞれ抱きしめながらこれからの行動方針を決める。レイシアの言葉に首を振りながらハジメは提案する。

 

「折角七大迷宮があるって噂されているライセン大峡谷にいるんだ。樹海側なら街も近そうだし、そっち方面を探索しながら進もうよ」

「異議なーし」

「ん……私も」

「私も特に反対する理由はないかしら。それに峡谷を超えて砂漠横断は嫌かしら……」

 

 意見が纏まったので宝物庫から魔力駆動四輪、通称『アルファジェネラル』を取り出す。ちなみに命名はハジメである。

 車の免許は誰も持っていないがこの世界に車が無いので、必然的に知識があるシュウかハジメのどちらかが運転しなければならない。実際に運転してみた結果、シュウの方が上手かったので彼がハンドルを握ることになった。

 

 樹海という悪路の中の悪路を走れるのかという疑問だが参考にした車のタイプ上、ちょっとやそっとの悪路ではビクともしないようになっており、尚且つ車体底部の錬成機構のおかげで整地しながら進めるようになっているので振動に揺れることも無く快適だ。

 

 勿論魔物もこちらに気づき襲いかかろうとするが、相手が攻撃する前にハジメが正確に眉間を撃ち抜いているので先程からドシン、ドシンと魔物たちが倒れる音だけが響いている。

 暫く走り続けていると、魔物の唸り声が聞こえた。各探知系能力からも察せれるに、今までの魔物たちとは一線を画すようだ。それでも手応えは無さそうだが。

 

「少ししたら見えるだろうな。ハジメ」

「分かってる。見敵必殺、だね」

 

 アクセルを踏み込み加速させて突き出した崖を回り込む。向こう側には先程の唸り声の主であろう双頭のティラノサウルスモドキが見えた。先程ハジメが屠っていたのは頭が一つしか無かったので、この峡谷のボスなのかもしれない。

 

 しかし注目すべきはティラノではなく、その足元でぴょんぴょん跳ねているうさ耳の美少女だろう。ティラノから逃げているようで顔から汁という汁を出して必死の形相だ。そしてうさ耳美少女が跳ねるごとにその胸元の大きな二つの果実がたゆんたゆんと揺れる。その大きさに思わずハジメは目を奪われてしまうが膝に座るユエに太ももを抓られて呻き声をあげる。

 

 アルファを止めて怪訝そうな目でうさ耳少女を見つめるシュウ。

 

「なんだ、あれ?」

「本で見たことあるよ、確か名前は……兎人族、だったかな? 兎人族だけじゃなく亜人族は樹海が住処だって書いてあったけど……」

「確かここは昔処刑場だったはず……あの兎は悪兎かもしれない」

 

 困惑しているハジメにユエが聞いたことのある伝承を教える。処刑場という言葉を聞いて、ハジメとシュウのうさ耳少女を見る目がジト目になる。

 

「無視するか?」

「うーん……厄介事持ち込まれても困るけど見捨てるのも後味悪いよね」

「シュウ、ハジメさん。私は助けてあげたいかしら……」

「そらまたどうして?」

 

 後ろの席に乗っていたレイシアが体を乗り出して意見する。シュウに理由を聞かれ、少し悲しそうな顔をしながら答えた。

 

「……助けられるなら助けてあげたいの。ただの私のワガママなんだけど……だめ、かしら?」

 

 かつてユエを助けられる唯一の存在だったレイシアは、結局救うことが出来ず一緒に封印されてしまった。助けられるのに助けられない苦しみをこの中で一番知っているのは彼女だろう。

 それに加えて、上目遣いの涙目で懇願されたら頷くしかない。シュウはハジメに視線で『いいか?』と聞き、ハジメも『いいよ』と言わんばかりに頷く。

 一旦車から降りて額に炎を灯し、右腕を上げてティラノに狙いを定めて火球を放った。

 

「Xカノン、爆散(ブラスト)

「待ってシュウ、それだとあの娘も巻き込まれ──」

もぎゃあああああああ!!!!? 

 

 火球はティラノに吸い込まれるようにぶつかり、爆発した。その爆発に巻き込まれたうさ耳少女は余波でまるで戦隊モノの変身シーンのように吹き飛ばされた。

 女子とは思えない叫び声を上げ、ギャン泣きで手足をじたばたさせながらこちらに飛んできた少女をハジメが跳躍してキャッチする。

 

「よっと、大丈夫?」

「じぬがどおぼいばじだぁ〜」

「うんまず顔を拭こうか」

 

 涙に鼻水、ヨダレに汗と汚液セットの顔面を至近距離で見てしまったハジメは表情を固まらせ、宝物庫からタオルを取り出して少女の顔に押し当てた。

 

「ぷわっ、むう、ぬ、ぷはぁ! あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。助けたのは彼だけどね」

 

 そう言ってハジメが指差す方を向く。シュウの鋭い目付きと目が合ってしまい「ぴぃ!」と悲鳴をあげる。しかし命の恩人にこんな態度は失礼だと思い直したのか、ハジメに降ろして貰いシュウの近くに歩み寄った。

 

「そ、その。怖がってごめんなさい! あと助けてくれてありがとうございますです!!」

「助けることを提案したのはこいつだ。感謝するならこいつにしろ」

 

 隣にいたレイシアを引っ張り少女の前に突き出す。少女は慌ててレイシアにも頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございますぅ! 私、兎人族ハウリアのシアっていいます!」

「ハウリアのシアさんね、私はレイシアって言うの。ふふ、名前が似ていてなんだか親近感が湧くかしら」

「ほえ……レイシアさんって言うんですね。綺麗な髪の毛ですねぇ……私もハウリアの中じゃそこそこ綺麗な方だと自負しているんですけどこれは自信なくしますぅ……ってそうだ! すみません! 助けていただいた分際で厚かましいとは思いますが、話を聞いて頂けないでしょうか!?」

 

 二人の美少女が話している様子は絵になるが、何やらシアには事情がありそうだ。レイシアの意向もありハジメたちは話を聞くことにした。

 

 シアたちハウリアは仲間同士の絆が深い種族で、【ハルツィナ樹海】で集落を作りひっそりと暮らしていた。しかし兎人族は他の亜人族と比べて全体的にスペックが劣る。聴覚や隠密行動に優れているが、温厚で争いを嫌う性格のせいで戦闘で役立てることが出来ないでいるので他の亜人族から見下されているらしい。

 

 通常魔力を持たない亜人族だが、シアは何故か魔力を持っており、しかも直接魔力を操れ更には『未来視』という固有魔法まで使えるというではないか。そんなシアは亜人族から見て魔物と何ら変わりのない存在だった。本来なら魔力を持つ亜人族は処刑されてしまうのだが……そこは家族愛が深い兎人族、シアを見捨てることなど出来ず十六年間バレないように育てていた。

 

 しかもシアの髪色は青みがかった白髪という濃紺の髪がデフォルトのハウリア族からはかけ離れた髪色をしている。一目見れば「なんだそいつは!」と言われてしまうだろう。

 

 しかしある日、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】にシアの存在がバレてしまった。捕まればシアを隠していた一族諸共処刑されてしまう、それを恐れたハウリア族はフェアベルゲンに捕まえる前に樹海を出ることにしたのだ。

 だが樹海を出てすぐ巡回中だった帝国兵に見つかってしまい半数以上が捕らえられてしまった。全滅を避けるため、帝国兵が手出しを出来ないここライセン大峡谷へ逃げたハウリア族だったが入口は帝国兵に抑えられ、しかも魔物に襲われてしまい峡谷の奥へ追い込まれてしまった。

 

 一通り話し終えたシアはその顔を悲痛の表情で歪め大粒の涙をポロポロと零した。

 

「……自分がどれだけ都合のいいことを言っているかは分かっています……けど、ダイヘドアを一撃で倒した貴方たちなら、いえ貴方たちにしか頼れないんです!! お願いします!! 助けていただいたら皆さんが望むものを私の命を賭してでも手に入れて差し上げます! お金や武器が欲しければ国に忍び込んで盗みますし、あ、愛玩用奴隷が欲しければ私がなります! だから、だからどうかお父様を、ハウリアの皆を……!」

「もう大丈夫よ。だからそんな悲しい顔をしないで……」

「あ……うえ、うえええ〜ん! レイシアさぁ〜ん!」

 

 体を震えさせて土下座するシアの頭をふわりと抱きしめ撫でるレイシア。涙で服が汚れることも気にせずにシアが泣き止むまで抱きしめ続けた。

 

「シュウ、ハジメさん、お姉様」

「……しゃあねぇな」

「ここまで聞いたら流石に、ね」

「ん。シアは可哀想……私も賛成」

 

 シアの生い立ちを聞いて思うところがあったのか、レイシアに名前を呼ばれた三人は三者三様に答える。頭を掻きながらシアの元へ近付いたシュウが未だにレイシアの腕の中で鼻を鳴らすシアの尻に蹴りを入れた。

 

「おら、いつまでもべそかいてないで案内しやがれウサ公」

「キャンッ!? 女の子のおしりを蹴飛ばすなんて酷いですぅ!」

「……コイツうっせぇなあ」

「兎人族は耳がいいって言いましたよね!? 聞こえてますからね!?」

「コイツうっせぇなあ」

「あー! 隠すことすらしなくなりましたぁ!」

 

 さっきまで大泣きしていたのが嘘のようにギャーギャーと喚くシアと耳を塞いで「あーあーきこえなーい」と言い張るシュウ。レイシアに抱きしめられてたシアへの当てつけなのだが、それに気づいていたのは長年の付き合いのハジメだけだった。くやれやれと肩を竦めて二人の間に割って入る。

 

「こんなことしてないで、助けに行くなら早く行こう、ね?」

「わっかりましたぁ!」

「おいハジメに媚び売ってんじゃねぇよその耳引きちぎるぞクソ兎」

「ぴぅ!? なんでこの人私にこんな当たり強いんですかぁ!?」

「あはは……多分嫉妬、いやツンデレだから気にしなくていいと思うよ。ほらシュウは運転席に行く」

 

 ハジメに促され渋々運転席に乗り込むシュウ。全員がアルファに乗車したのを確認してアクセルを踏み、シアに方角を指示されながら車を走らせた。ハンドルを握りながら質問攻め似合うシュウは喧しい同行者が一人増えて内心ウンザリしていたた。

 

「うっせぇなあ」

「また言いましたぁ!?」

 

 

 

 

 


 

 シア「なんて凶暴な人なんでしょう! でも何だかんだ助けてくれましたしやっぱり優しい……? あっ! レイシアさんはとても優しいですぅ! 凄い可愛いですし、何よりもあの包容力! まるで母様みたい……ってああ次回予告!? 

 

 次回、ありふれた親友! 

『ハウリア族邂逅! キリング、ジャミング、ライジング!』

 

 熱き闘志に〜、チャージイン! ですぅ!」




キレ悪いかもしれませんが無理やりぶった切らないと15000超えちゃうの…許し亭許して


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第十五話「ハウリア族邂逅」

 そろそろ次回予告辛くなってきたゾ……


 アクセル全開で走らせているとシアのうさ耳がピクピクと揺れる。後部座席から身を乗り出して正面を指さした。

 

「近いです! みんなの悲鳴が、声が聞こえます……!!」

「シュウ」

「わぁってる、よっ!」

 

 ペダルは限界まで踏まれているのだが、この魔力駆動四輪『アルファジェネラル』は原動力を魔力としているので魔力を流せば流すほど更に加速する。ペダルはあくまで流している魔力量を調整するためのサブコントローラーのようなものなのだ。

 

 ぐん、と加速するとGに身体が押し潰されそうになるが、そう感じるのはこの中ではシアだけである。

 

 走り続けるとハジメたちの耳にもハウリア族の声が聞こえる距離になった。悲鳴と怒号、そして魔物の雄叫びが耳に届く。視界に四十人ほどの兎人族と体長四、五メートルくらいのワイバーンが数体飛び回っているのか見えた。

 

「は、ハイベリア!? マズイです! あのままじゃ皆が……!!」

「ハンドル握ったままじゃなあ……ハジメ、頼む」

「頼まれた」

 

 車窓から上半身を乗り出してドンナーとシュラークを構える。銃口の先には顎を大きく開け、子供を抱えているハウリア族の母子を喰らわんと襲いかかるワイバーン、もといハイベリアが一体。

 母親はもう駄目かと目を瞑り子供を守るように抱きしめる。周りのハウリア族も二人の家族が無惨に食い散らかされる様子がイメージされただろう。

 しかしそんなことを許すハジメではない。双銃から乾いた炸裂音と共に二つの紅い閃光が帯を引いてハイベリアの頭部と胴体を抉り穿つ。急降下していたはずが、突然の横からの衝撃にハイベリアは絶命したことにも気づかないまま峡谷の壁の染みとなった。

 

 仲間が動かぬ肉の塊となってしまい呆然とするハイベリアと何が起こったのか理解出来ずに立ち尽くすハウリア族。すると呆然と滞空していた二体のハイベリアが火に包まれてその体を燃えカスに変えた。

 それに続くようにハジメは車から飛び出して残りのハイベリアに弾丸を撃ち込む。一体は頭部を柘榴のように変えて、もう一体は双翼を撃ち抜かれバランスを崩して地面に落下する。銃撃だと言うのにその傷跡は巨人に引きちぎられてかのように荒々しい。

 

 ハイベリアが痛みでのたうち回り絶叫をあげる。その声で一時的に正気に戻ったハウリア族だったが、今まで生きてきた中で聞いたことの無い甲高い音を耳にして音の発生源に目を向けると、見たことも無い黒い乗り物がこちらに向かってくるではないか。しかもその乗り物に乗車している四人のうち、一人は物凄く見覚えのある少女……そう、シアだったのだ。

 シアはハウリアの皆に無事を知らせるために天窓から身を乗り出して手を大きくブンブンと振っていた。

 

「お父様〜! みんな〜! 助けを呼んできましたよお〜!! 今止まるので離れていてくださ〜い!」

「轢き殺されたくなけりゃどいてろ」

「ギュアアアアア!!!?」

「あ、やっべ。でも魔物だしセーフか」

 

 ハウリア族を轢かないようハンドルを回した先には翼を失いもがいていたハイベリアが。胴体を轢き潰した後で『やっちまった』と言った顔をするが魔物だったと気づき途端に顔を戻す。

 全てのハイベリアを殲滅したのを確認してシュウがハウリア族の近くにアルファを停める。アルファからシュウたちが降りて、その横にハジメも歩いてくる。

 

「シア! 無事だったのか! よかった……! 本当によかった……!! 朝起きたらお前の姿が見えなくて心配で心配で……」

「父様……ごめんなさい。私のせいでみんながこんな目に合ってると思うと、私はみんなと一緒にいていいのかって……」

「当たり前だろう。私たちは家族なんだ。助け合わないで何が家族だ! すまんな……お前がそこまで思い詰めてることに気づけなかった……シア、父を許しておくれ……!」

「父様……ふえええ……父様ぁ〜!」

 

 抱き合いながらおーいおいと泣くシアとその父親。よく見れば周りのハウリア族も全員涙を流している。

 情に深い種族だと聞いていたので再会を喜びあっているのはいいのだが、いくら家族とはいえうさ耳の美少女とうさ耳のオッサンが抱き合っているという絵面にハジメたちは困惑している。唯一レイシアだけは同じように涙を流して頷いていた。

 シアを抱きしめていた父親は互いの無事を喜んだ後、ハジメたちの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿と、シュウ殿で宜しいですかな? 私はシアの父親のカム、と言います。ハウリア族の族長をしております。この度はシアだけでなく我が一族の窮地を救って頂き、ありがとうございます。しかも脱出の助力まで貸して頂けるとは……この恩は決して忘れません。私たちに出来ることがあるかは分かりませんが、何としてでもこの恩は返させて頂きます!」

「こっちも成り行きで助けただけだから、あまり気にしないでいいですよ?」

 

 カムが頭を下げるとハウリア族も揃って頭を下げる。ハジメとしてはハイベリア如きに遅れをとるつまりは微塵も無かったし、シアのお願いと言うよりはレイシアからのお願いと言った意味合いが強い。なので過剰に感謝されても居心地が悪くなるだけなのだ。

 

「そうはいきません! 恩人に恩を返さないなどハウリア族の、いえ亜人族の名折れです!」

「なら樹海の案内でもしてもらおうぜ。亜人族じゃないと辿り着けないって言うくらいだしな。というか、亜人族って言うわりには簡単に俺らのことを信用すんだな。いいのか? シアから聞いた話じゃ人間族に結構強い恨み抱えてるんだろ?」

 

 そもそもハウリア族がライセン大峡谷まで追い詰められることになった原因はハジメたちと同じ人間族である帝国兵のせいだ。だと言うのにカムたちから嫌悪感と言った感情は全く感じられず頭を下げている。シュウが疑問に思うのも当然だろう。

 苦笑いしながらカムは答える。

 

「確かに大半の亜人族は人間族に対してい感情を抱いてませんが……我らはシアを、そして家族を貴方たちに救って頂いています。それにシアも皆さんを信頼している様子、ならば我らも信頼しなくてどうしますか」

「ん……お人好し」

「これは手厳しい……しかし、恩人を信じてそう呼ばれるなら我らはお人好しで結構」

「大丈夫ですよ父様! ハジメさんもユエさんも、レイシアさんもみーんな優しい人たちですから! あと多分シュウさんも……」

「おいウサ公、なんで俺だけ最後に付け足した、おいこら、ああ?」

「ぴぃ!? こ、この通りちょっと照れ屋な人なんですよ!」

「なんと、ハイベリアを一撃で焼き尽くす程の腕を持ちながら愛嬌も持ち合わせるとは。シュウ殿は愉快な人なのだな!」

 

「ハッハッハ」と笑い合うシアとカムを見てシュウの怒気が薄れていく。なんというか、これが煽っているのならキレるのだが、呆れたことに本気でそう思っているのだから口に出せない。色々言いたいことを飲み込んで深い溜息をつくシュウは随分珍しかった。

 

 


 

 

 それからハジメたちは四十人近いうさ耳の軍団を引き連れて峡谷の出口へ向かって歩いていた。途中シアたちを狙って魔物が何度も襲いかかってきたのだが、どの魔物もハウリア族に触れることすら出来ずにドンナーとシュラークの餌食になっていた。

 ライセン大峡谷の凶悪な魔物たちが見たことも無い武器で一瞬で屠られていく光景を見て唖然としながらも、それを容易く行うハジメに畏敬の視線を送る。

 その中でも年齢の低い少年少女らの瞳にはハジメがヒーローのように映っているのだろう、キラキラした瞳でハジメを見つめていた。憧れの視線を受けてムズ痒くなったハジメは手持ち無沙汰にドンナーを弄る。子供たちにはその姿さえも美化されて映るのだろう。瞳の彩度が増した気がした。

 

 そうこうしているうちにライセン大峡谷から脱出できる道へ辿りついた。と、ここでシアが顔を歪める。

 

「っ……」

「シア、どうしたのかしら?」

「み、『未来視』が発動して……」

「仮定した未来が視える固有魔法、だったかしら?」

 

 シアの固有魔法、『未来視』は任意で発動するパターンとシアが危険な状況に陥った状態などで発動するパターンに分けられる。

 任意で発動した場合は仮定した選択の結果としての未来が見えるという非常に強力な効果を発揮するのだが、これには多大な魔力を消費しなければならない。具体的には一度使うだけでシアの魔力はスッカラカンになる。自動で発動する場合は三分の一程度で住むのだがそれでも数回しか使えない貴重な能力だ。

 この能力があったからこそ今まで魔物から逃げ切れていたし、ハジメたちにも会えた。まあ友人の恋の行方が気になるという理由で貴重な一回を使ってしまい、その際で一族は樹海を出ることになったのだが。

 

 とはいえ効果は強力だ。今も殆ど確定事項の未来が見えたのだろう。レイシアが話を聞くと浮かない顔でハジメたちに話し始めた。

 

「この先に帝国兵がいます。そしてハジメさんたちが帝国兵と相対する未来が見えました……帝国兵から私たちを守るということは帝国を、並びに人間族に敵対するといつことになります……それでも、ハジメさんは私たちのことを助けてくれるのですか?」

 

 神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば、単なる意思確認だったことに拍子抜けするハジメ一行。ハジメは柔らかく微笑み震えるシアの手を取った。

 

「あのねシア。僕たちは君をひいては君たちハウリア族を助けて欲しいってお願いを了承したんだ。一度約束したことを反故するつもりもないし、人間族と敵対するからって見捨てるつもりも一切ないよ」

「で、ですが! 同族なんですよ……?」

「君たちが追い出された理由も同族のせいだよね?」

「それは……」

 

 それでも納得しきらないシアにハジメは柔らかい笑みから困ったような笑みに変えてシアの頭を撫でる。青みがかった美しい白髪がサラりと手に馴染む。

 

「大丈夫。僕らはシアたちのことを絶対に守るから」

「は、ハジメさぁん〜!!」

「というか僕らの武器とか装備品とか見てよ、こんなの人族の権力の強い連中やら教会やらに見つかったら絶対寄越せって言われるでしょ? 勿論僕らは渡すつもりなんか一切ないから、人族と敵対するなんて遅かれ早かれ変わらないんだよ」

「あっ……」

 

 ハジメが持つ驚異的な武装の数々を思い出す。確かに自分の立場ならそれらを惜しげも無くぽいっと渡せるわけもなく、相手もそれを黙って納得するなんて出来ないだろう。であれば武力という名の強硬手段を用いてハジメたちから武装やアーティファクト類を奪いに来るだろう。そうなればもう同族とは敵対したくないなんて言っていられない。

 

「だからシアが気に病む必要はないよ。でもこっちとしては無益な殺生を避けれるのなら避けたい。だから一応話し合いに応じるか試しては見るけど……その様子じゃ相手方、無理そうだね」

「えっ、いや、でも、み、未来は変わるかもしれないので!」

「うーん……まあ情状酌量の余地がありそうなら考えるけど。無さそうな気がするなぁ」

 

 なんせ樹海から逃げてきたハウリア族を奴隷として捕まえようとしてくる奴らだ。奴隷制度の存在しない日本という平和な国からやった来たハジメとシュウにとって確実に相慣れないのは火を見るよりも明らかである。

 

「ハジメ殿はお若いのにしっかりとした正義感をお持ちですな。その瞳に迷いもない」

「カム……分かるの?」

「ええ。これでも一応族長故、伊達に人を見る目は培っていませんよ。ですが助けて頂いた分、働きますので樹海の案内はお任せくだされ」

 

 同情からの下手な正義感ならカムも不信に思っただろう。しかしハジメの目はそんなことを一ミリも思わせないほど真っ直ぐな瞳をしていた。ハジメ自身も確かにハウリア族の境遇を哀れまなかったわけではないが、それ以上に一度『助ける』と約束したのだ。

 男として、人として一度約束したことを無かったことにするなど言語道断。両親にも約束はちゃんと守れるいい子になりなさいと常日頃から教えられていたので身に染み付いている。

 

 長い階段を上りきり、一行はライセン大峡谷から脱出した。そして、登りきった崖の上には三十人程の武装した帝国兵がいた。周りには大型の馬車が数台あり、野営した跡もある。ここからハウリア族が出てくることを狙って待ち構えていたのだろう。

 帝国兵はハジメたちを見て一瞬驚いた表情を見せるが、ハジメの隣にいるシアを視界に捉え、直ぐに表情を下卑た笑みに変える。

 

「小隊長、あの白髪の兎人族が隊長の欲しがってたやつですよねぇ」

「そうだな。死んでなかったとはラッキーだったな。年寄りは別に殺しても構わんがあの小娘は絶対に傷を付けるなよ」

「分かってますよ。それより小隊長、俺たちゃこんな何も無いところで三日間も待たされたんだ、女も多いみてぇだし少しくらい味見しても構いませんよね?」

「しょうがねぇな、全部はやめとけよ。二、三人程度で我慢しろ」

「さっすが小隊長だあ! 話がわかるぜ!!」

 

 帝国兵はハウリア族を獲物としてしか見てないようで、女性陣に舐め回すような視線を向けては舌なめずりをしている。そしてようやくハジメたちに気がついたのか声をかけてきた。

 

「ん? おいテメェらはナニモンだ? どう見ても兎人族じゃねぇよな?」

「ええそうですよ」

「じゃあ何で人間が兎人族と一緒にこんなとこにいやがんだ? ……ああ奴隷商人か。こんなとこまで追っかけて来るとはこら素晴らしい商売根性だこと。けどそいつらは俺たちのもんだ、痛い目に会いたくなきゃさっさと消えな」

「うーん……それがそうもいかないんですよね。僕らこの兎人族を助けるって約束したんで、痛い目見たくなければ国へ帰って下さい」

 

 普通の人間であれば物怖じするであろうに、ハジメはまるで近所のおばちゃんと世間話をするように会話をこなす。後ろのハウリア族など怯えて会話もまともに出来そうにないのに、だ。これには帝国兵の小隊長もハジメに違和感を覚えるがすぐ後ろにいるユエとレイシアの存在に気づくと再びニタニタといやらしい笑みを浮かべる。

 

「……なるほどな。別嬪の嬢ちゃんがいるから見栄張りたくなっちまったのか、男として気持ちは分からんでもないが見栄を張る相手を間違えたな。お前とそこの男をボコボコにして身動き取れないようにしたら目の前であの嬢ちゃんたちを犯してやるよ!」

「ええっと……僕も気が長い方じゃないんで……」

 

 ホルスターからドンナーを抜いて適当な岩に向けて放つ。炸裂音と共に五メートルはある巨大な岩が砕け散った。

 その様子を見て口をあんぐりと開ける小隊長。後ろに控えている帝国兵も全員唖然としている。

 

「……で、もう一度だけ言いますね? 国へ帰ってくれませんか?」

「な、なな……くっ、やっちまえテメェら!!」

「はあ……シア、子供たちには見えないようにしておいてね」

「殺していいか? 殺すよな? 殺すぜ?」

「うーん……まあ、ギルティでいいでしょ」

「よし殺す」

 

 ライセン大峡谷を出たことで魔法が使えるようなったことで、先程の小隊長の物言いに不快感を隠そうともしないユエとレイシアの両者がそれぞれ片手を上げようとするが、それをハジメとシュウが止める。自分たちに任せろと言う意味らしい。どうやらハジメもシュウも顔には出さないでいたが、自分の大切な人に下卑た目線を向けられて怒り心頭だったようだ。

 

「やれぇテメェら!! 半殺しにして押さえつゲエッ!!」

「ばいばい小隊長さん。一人じゃ寂しいと思うからお仲間さんもすぐに送ってあげるね」

「その汚ぇ目ん玉と口を焼いてから殺してやる。安心しろよ、殺す時は一瞬だ」

 

 小隊長の首から上が吹き飛び、虐殺が始まった。ハジメはドンナー・シュラークで帝国兵の頭を吹き飛ばしていき、シュウは器用に帝国兵の目と口を焼き潰してから首を蹴り飛ばす。

 突撃していたメンバーはいつの間にか頭部を失っており、魔法を放とうとした者たちは口を焼かれ次に目を焼かれ、気がつけば首の骨がへし折れていた。勢い余ってちぎれ飛ぶ者もいた。

 

 一分もしないうちに三十人いた帝国兵は残り一人となってしまった。残った帝国兵は先程までの獲物を『狩る側』だった表情をから一変、怯えきった『狩られる側』の顔になっていた。身体中を震えさせて情けなく地べたに蹲る。恐怖で失禁してしまったようで股間の部分だけ水に濡れていた。

 

「人間相手なら『纏雷』はいらないね。魔物の時も思ったけどあれオーバーキルだったよ」

「俺も魔法だけでいいな。それだけで十分だ。で、だ」

「ひ、ひぃいい!!? た、頼む! ころっ、こここここ殺さないでくれ!! たのむ! 金でも帝国の情報でもなんでもやる! だからっ!?」

「そうだなぁ……じゃあさ、他にも兎人族はいたよね? その人たちはどうしたの?」

 

 シアは百人はいたと言っていたがこの場にいるのは四十人程度、であれば帝国兵に捕まり奴隷なったはずだが……そんな大人数の兎人族を数日で移送しきれるはずがない。近くにいるなら助けれるが、既に移送済みならカムたちには悪いが諦める。

 

「は……話せば見逃してくれるのか?」

「おいおい。質問を質問で返してんじゃねぇよ。それを決められる立場でもねぇだろテメェはよぉ」

「ひいっ!? わ、分かった! 話すから!!? 捕まえた兎人族は多分もう移送済みだ! に、人数は絞ったから……」

 

 後半になるにつれて段々としりすぼみしていく男の声を聞いて、シアは口元を手で覆う。『人数を絞る』、つまりは売れそうな者だけ移送して、他の兎人族は皆殺しにしたということだ。カムたちも目を見開き悲痛そうな表情を浮かべる。

 

「下衆野郎共が……もっと苦しませるべきだったか?」

「……いいよ、もう死んでるんだから。じゃあ貴方もいきましょうか」

「ま、待ってくれ!! 何でも話す!? 許してくれ! 頼む!? 助けてくれよぉ!!?」

 

 銃口を突きつけられ、これから自分がどんな目にあうのか察した男は涙を流して命乞いする。が──

 

「……そう言った兎人族をあなたたちは助けましたか?」

「ひ──」

 

 乾いた銃声が答えだった。

 

 

 

 

 


 

 ユエ「忘れてはいけない、撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ……つまりはそういうこと。貴方たちも、それは理解してる……? 

 

 次回、ありふれた親友

『亜人族の敵意、ラース、マックス、フレグランス?』

 

 熱き闘志に、チャージ……イン……!」




 帝国兵は殺すかどうか迷いましたが逃がしそうにないなぁと思ったので殺しました。ごめんね


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第十六話「亜人族の敵意」

 よう……折り返しだぜ?気張れよ


 帝国兵だった死体から視線を外し、ドンナーをホルスターにしまってカムたちに向き直る。ハジメたちの圧倒的な強さは既に見ていたハズだったが、帝国兵相手でも容赦しないその()の強さに恐れ、畏れ、そして感嘆した。

 カムが一歩前に出て頭を下げる。

 

「ハジメ殿、シュウ殿、殺された者たちの無念を晴らして頂き、また私たちを守って頂き、ありがとうございます。一族を代表して深く感謝します」

「俺が言うのもなんだが、怖がらねぇんだな」

「……いえ、正直御二方の強さには内心恐れています。しかし【ライセン大峡谷】からここに戻ってくるまで、皆様には何度も助けて貰っています。感謝することはあれど、負の感情を向けるなど有り得ませぬ……お気になさられたのなら謝罪致しましょう」

 

 やはりハウリア族は苦手だ。こうもストレートに好意をぶつけられるのは慣れていない。そっぽを向いてぶっきらぼうに答えを返した。

 

「……分かった、分かったよ。別に謝罪なんざ欲しくねぇし」

「気にしないでちょうだいねカムさん。これはタダの照れ隠しなのかしら」

「おいレイシア」

「私は事実を言っただけかしら」

 

 ニヤニヤと揶揄う様な可愛らしい笑みを見ると毒気を抜かれる。しかし自分の本心を暴露されたことに対しての報復としてレイシアを抱きしめ、その唇を奪った。

 

「ん……!? んぅ……っぷは、もう! 人の目がある所でなんて恥ずかしいじゃない!」

「俺を辱めようとした罰だ」

 

 レイシアと恋人関係になってからシュウはどこか振り切れた様子になった。元からハジメや黒乃以外を気にしない我が道をゆくタイプだったのだが、それに磨きがかかったと言うか何と言うか……とまあそんな事もあり人目を憚らずイチャつくのに抵抗を感じなくなったのだ。

 ちなみにシアを連れて魔道駆動四輪『アルファジェネラル』を運転していた時もレイシアとイチャつくことがしばしばあった。

 

「あはは、ゴメンなさい。彼らちょっとバカップルなところがあって……」

「ん……私とハジメも負けてない。証拠に今からちゅ〜を……」

「僕は人並みに羞恥心があるからダメです」

「ハッハッハ! 我らも愛の種類は違えど愛を伝え合うのに抵抗はありませんのでな、どちらかと言うとシュウ殿やユエ殿の考えに賛成できますな!」

 

 こんな和気あいあいと話をしているが辺りには帝国兵の無惨な死体が転がっているままだ。勿論子供たちや女性陣は見えないように配慮しているが男性陣は顔が青い者も多い。誰も言い出さなかったのでシアが死体を片付けないか提案した。シュウは「魔物の餌にでもしたらどうだ?」と冗談半分で言っていたが衛生的な面も考えて、結局死体をまとめて塵も残らない火力で焼き尽くすことにした。死体を燃やしている時、シュウが残念そうにしていたのは何故だったのだろう……? 深く考えては行けない。

 

 このまま歩いて移動してたら日が暮れると判断したハジメが、三台の馬車から荷台の部分を外し、アルファで牽引出来るように錬成した。荷台部分にハウリア族を乗せて【ハルツィナ樹海】にある亜人の国フェアベルゲンへ向かい、アルファを走らせた。

 

 フェアベルゲンへ向かう道中、車内ではシアにハジメたちが何故ここにいるのか、どうして四人で行動しているのか理由を知りたいと言われこれまでの経緯を語った。自分と同じように魔力を直接操れる彼らに仲間意識を感じたのだろう、シアの生い立ちから考えるに無理もない。

 話を聞き終えたシアは周りのメンツがドン引きする勢いで号泣し始めた。

 

「どぅわああああ〜!! ひっく、ぐすっ、うえ、うぇえええ〜ん!!」

「そ、そんなに泣くほどかな?」

「逆に聞きまずげど、み、みなざんはどうじで平気なんれすかぁ〜! 皆ざんに比べだら、わ、わたじなんで恵まれずぎでばじだぁ〜!」

「ほらほら、そんな泣いてちゃ美人が台無しかしら……チーンしなさい、はい、チーン」

「チーン! ズビッ……ありがとうございますレイシアさん……」

 

 シアと出会ってからレイシアのママ化が進んできている気がする。封印されていた期間を含めばレイシアもユエも300を超えるおばあちゃんなワケだが……見た目は12歳ほどの美少女で、身長なども見た目相応だ。対してシアは16歳、体つきも何処がとは言わないが年相応以上にたわわに実っている。傍から見れば妹に甘える姉のように見えてしまう。

 

 そんな二人を見ながらハジメがぽつりと呟いた。

 

「そう言えば何も感じなかったな……」

「何がだ?」

 

 運転席に座るシュウが呟きを拾ったので答える。

 

「いやさ、さっき初めて人を殺したけど、嫌悪感も拒否感も何も感じないなって」

「相手が下衆だったからじゃないか?」

「うーん……それもあるだろうけど、一番は価値観の変化かな」

「ほう」

 

 横目で「続けて」と言われ、話を続ける。

 

「奈落にいた頃はシュウ以外全部敵だったからさ、敵は殺すっていう精神が染み付いているんだよね。僕にとってはあの帝国兵たちは人でおる前に『敵』なんだ。だから殺すのにも躊躇は無かったし、何よりユエやレイシアに欲望にまみれた感情を向けられたことで完全にキレてた。自分がこんなに怒りっぽくなってたとは思わなかったよ。それと……人を殺しても何とも思わないほど冷酷になってるなんてね……」

 

 奈落にいた魔物はハジメたちのことを見つけると例外なく問答無用で襲いかかってきた。そんな相手に情けを掛けていては自分が死んでしまう、そんな殺伐とした場所から生還したのだ。多少倫理観は歪むだろうし、魔物を食べた影響で肉体が変質している。肉体につられて精神も、考え方や価値観も変わってしまうはずだ。

 一応ハジメの中でも最低ラインとして殺すのは敵だけと決めている。その敵としての基準は『対話が出来ず、こちらに危害を加えようとしてきた相手』、『対話は出来るが、それでもこちらに危害を加えようとしてきた相手』としている。先程の帝国兵は後者に当たる。

『敵』として当てはまった相手だったから殺した、だとしても元の世界じゃ重罪だった殺人をしたのに全く動じない自分に虚しい気持ちになったのだ。

 

 悩むハジメに呆気からんとシュウが言い放つ。

 

「気にしなくていいだろ」

「へ?」

「やらなきゃこっちがやられてたんだ。ユエとレイシアを犯すって言われてからキレた? んなもん俺だってそうだわ。もうブチ切れすぎて血管破れそうだったわ」

「で、でも」

「じゃあ聞くがハジメ、お前はあの帝国兵の家族も殺すか?」

「え……」

「これから俺らの敵になった奴らに家族がいたらその家族も殺すのか? 違うだろ? お前は快楽殺人鬼になったんじゃないんだ」

「…………」

「ハジメ」

 

 シュウの話を聞いてもモヤモヤが晴れないハジメに凛とした声で名前を呼ぶ。

 顔は正面を向いたまま、しかし気持ちは自分の方に向けてくれていることにハジメは気付いた。

 

「ブレるな」

「っ!」

「一度お前が決めたことなんだろ? じゃあブレるな。迷うな。逃げるな。その考えを、信念を貫き通せ」

「シュウ…………うん、分かったよ。もう迷わない。僕は、僕を否定しないよ」

「それでこそ俺が好きなハジメだ」

「わっ、もう……ありがとう、シュウ……」

 

 左手でハジメの頭を撫でる。いきなり頭を撫でられて驚くが、それはいつもの事。無骨な掌はゴツゴツとしているがハジメにとってらそれすらも心地良く感じる。目を閉じて撫でられる感触を味わいながら、大事なことを気づかせてくれた大切な人(シュウ)に感謝を伝える。それに対してシュウは、微笑みで返した。

 

 そしてその光景を後部座席で見ていたシアは、有り得ないものを見る目でシュウとハジメを交互に見ていた。

 

「……なんですかアレ? え? ハジメさんの恋人はユエさんでシュウさんの恋人はレイシアさんですよね? 私の目には男性同士のお二人が恋人同士に見えて仕方ないんですけど」

「シュウとハジメはお互いが私たちより付き合いが長い相手になるから、誰よりも信頼出来て心を許せる関係なのかしら。正直嫉妬しちゃうかしら」

「ん。たまに本当に恋人同士みたいに見えて困る……でもシュウならハジメの恋人になっても許せる」

「それは私も同感かしら。ハジメさんならシュウの恋人になっても構わないかしら」

「いやお二人共お願いですからもう少し構ってください! 私だけ除け者なんていやですぅ!」

 

 ハジメとシュウの関係は親友を超えたものになりつつあるのは誰よりも二人が一番理解しているだろう。それでも一線を超えないのは互いにユエやレイシアと言った特別な人(恋人)がいるからだ。それでもユエとレイシアは構わないと思っているようだが……。

 

 一人だけ蚊帳の外にされているシアが半べそで叫んだのだが、その声は四人の誰にも届かなかったとか。哀れシア。

 

 雑談をしながら数時間、ようやくハルツィナ樹海と平原の境界に到着したハジメ一行はアルファや荷台を『宝物庫』に戻して鬱蒼とした森の中をハウリア族に先導される形で着いて行った。

 出発の際にハジメの『気配遮断』が兎人族の策定能力を持っても探知できないレベルでもう少し抑えて欲しいと言われたり、逆にシュウは気配を消せなすぎだからもう少し何とかして欲しいと懇願されたりと多少のトラブルはあったがどうにか出発することが出来た。

 道中魔物が襲いかかってくることもあったが、発砲音で亜人族に感知されることを嫌ったハジメが左腕の義手の機能を駆使して倒していた。

 手首の付け根から楔が付いたアンカーを射出して頭部を粉砕したり、掌から散弾銃のように放たれるニードルガンで撃退したりと派手な音を出さないよう暗殺者じみた攻撃を披露した。

 やはりどこの世界でも共通なのか、ハウリア族の少年たちはハジメの義手を見て目を輝かせていた。慣れない憧れの視線を受けて苦笑いするハジメであった。

 

 順調に進んでいたハズだったのだが、いつの間にか周りに多数の気配があることに気づく。カムも何かを掴んだのだろう、苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 ハジメたちも気配の対象に気付き、これから一悶着が起こることにウンザリする。

 

 視線の先には両刃の剣を片手にこちらを威圧する虎の亜人とその部下であろう亜人族が30人程いたからだ。虎の亜人はシアを視界にとらえ、殺気を滾らせて吠える。

 

「貴様ら……報告にあったハウリア族だな! 長年忌み子を隠し同胞を騙し続けた挙句、このフェアベルゲンに人間族を招き入れるとは、最早弁明など聞く必要も無い! 反逆罪だ!! 処刑──」

「少し静かにしなよ。それと……隠れている人たちも動かないでね」

 

 ハジメの言葉に憤っていた虎の亜人が口を開けたまま固まる。それは周りの部下たちも同じで皆一様に冷や汗を流して身体を硬直させていた。『一歩でも動けば殺される』、まるで喉元にナイフを突きつけられているような濃密な殺気に押さえつけられ、先程までの威勢はどこへ行ったのか、借りてきた猫のように大人しくなる。

 またここハルツィナ樹海は木々が鬱蒼としているだけでなく深い霧が漂っている。だというのにハジメは木の上で待機していた亜人の腹心に視線を送っていた。

 動いたら殺す、言外にそう言われているようにしか見えず、この亜人は木の上で震えてることしか出来なかった。

 

 魔力を直接放出して物理的な圧力をかける『威圧』を使いながら、処刑だなんだ言っていた隊長であろう亜人に話しかける。

 

「僕らはその気になれば5秒も掛からず貴方たちを殺すことができます。でもそれをしないのは何故か、それは()、貴方たちと敵対する意味が無いからです。……で、どうします?」

 

『今』を強調するのは『手を出してきたら反撃する』と言う意味だ。隊長格の亜人は恐慌に陥りそうな自分を必死に押さえつけ、震える声を必死に絞り出しハジメに問う。

 

「……な、何が目的だ……?」

「話が早くて助かります。僕たちはただ樹海の深部にある【大樹ウーア・アルト】の下へ行きたいだけです。そこに大迷宮があるかどうか、確認したいんですよ」

「……何を言っている? 迷宮なら、この樹海がそうだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮……それがこのハルツィナ樹海だ」

「それはおかしいです。ここが本当に大迷宮だとしたら、魔物が弱すぎる。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落の比較的上層にいた魔物くらいは強いはずです。けどここらの魔物は片手で事足りる程度しかいない……それに、大迷宮は『解放者』と呼ばれる人たちが残した試練なんです。亜人族が簡単に辿り着ける場所なら試練とは言えない」

 

 ハジメの言っていることを亜人は理解出来なかった。

 フェアベルゲンまで来たのに亜人族を奴隷とした捕まえに来たのではなくわざわざ大樹へ向かいたいと言うハジメに困惑が隠せないでいた。

 樹海の魔物が弱い? 馬鹿な、自分たちはフェアベルゲンの中ではそれなりに実力がある方だと自負しているが、それでも樹海の魔物は小隊でかからなければやられてしまう程手強いものしかいない。

 オルクス大迷宮の奈落? 解放者? そんな話、聞いたこともない。しかし、亜人はハジメが嘘をついているようには見えなかった。

 普段なら戯言と切り捨ててハジメたちを殺していただろうが、今この場において、圧倒的優位に立っているハジメが嘘をつく必要などない。

 

 国のことと仲間のこと、考えて考え抜いて亜人は口を開いた。

 

「……お前らが国や同法に危害を加えないと言うのなら、大樹の下へ行くくらい構わないと私は判断する。が、それは一警備隊長如きが判断していいものではない。よって本国に指示を仰ぎ、長老方から話を聞いてもらう。お前たちに本当に害意が無いのであれば、長老方を連れてくるまで我々とここで待機していて貰いたい……」

「うーん……ま、いっか。分かりました、それでいいですよ」

 

 随分と軽く了承されたが、その答えに深く息を吐く隊長。数分話しただけでこれだけ神経を使うことになるとは思いもしなかっただろう。隊長は声を張り上げて部下に指示を出す。

 

「聞こえていたなザム! 長老方に伝えてきてくれ!」

「了解!」

 

 ハジメが睨んでいた木々の辺りから声が聞こえ、気配が遠ざかっていく。それを確認したハジメが『威圧』を解くと虎の亜人たちは全員脱力したように跪き肩で息をする。

 そんな光景を見つつ、ハジメは警備隊長である彼を評価していた。

 聞けば樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると言うではないか。恨みもあるだろうし、本来ならハジメたちを処断したくて仕方ないはずだが、そうすれば間違いなく部下の命を失うと彼は確信していた。ハジメたちの意見を汲みつつ、自分たちの命を守るには、今の提案が最善だったのだ。

 恐怖でパニックになっても仕方がないこの状況でよく理性的な判断が下せたものだとハジメは感心していた。

 

 それから一時間くらいだろうか、イチャつきながら待っていると霧の奥から数人の亜人たちが現れた。注目すべきは中央にいる初老の男性だろう。雰囲気から話にでてきた『長老』だと見てわかる。年老いた細身の体だと言うのにその容姿は美しく威厳に満ち溢れており、蒼き瞳は知性を蓄えていた。視線は耳へ向かう。人よりも長い尖った耳、サブカルチャー的に言うならばそう、エルフ耳だ。王国の図書館で培った知識から種族を導き出す。

 

森人族(エルフ)のお爺さん、貴方が長老さんですか?」

「いかにも。私はアルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている者だ。お前さんの名は?」

「僕は南雲ハジメ。こっちの金髪娘はユエで青髪の方はレイシア。で、目つきの悪いバンダナが澤田シュウ。宜しくね、アルフレリックさん」

「貴様! 長老に対して何だその口の利き方は!!」

「よさんか、構わぬ」

 

 ハジメの言葉遣いにアルフレリックの護衛にあたっていた亜人が憤りを見せるが、それをアルフレリックは片手で制すると話を続けた。

 

「して、ナグモハジメよ。お前さんは『解放者』という言葉を何処で聞いた?」

「オルクス大迷宮の奈落の底にあったオスカー・オルクスの住処で、オスカーさんが残したメッセージから教えてもらったよ」

「ふむ……しかし奈落の底か、聞いたことがないな。証明出来るか?」

 

 アルフレリックは思考する。オスカー・オルクスという人物も『解放者』という言葉もフェアベルゲンでは長老と一部の側近しか知らぬ言葉だ。警備隊長が寄越した伝令からの報告ではハジメたちは大樹の下へ行きたいだけだと言っていた。実際にハジメが嘘をついているようには見えないし、むしろ嘘をつく必要などなく堂々としている。しかし周りに同胞がいる手前、人間族の言葉に素直に頷くことは出来ない。故にアルフレリックはハジメに証拠を提示するよう求めた。

 

「証明か……オスカーさんが付けてた指輪とかはどうかな? これなんですけど……」

 

 宝物庫から紋章が刻まれた指輪を取り出してアルフレリックに渡す。指輪を受け取り、その刻まれた紋章を見たアルフレリックの目が見開かれる。そして気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き、ハジメに指輪を返した。

 

「……どうやら本物のようだな。お前さんは大迷宮を攻略し、オスカー・オルクスの住処に辿り着いた解放者のようだ。掟に基づき、アルフレリックの名においてお前さん方の滞在を許そう」

「信じて貰えたようでなによりです。そうだ、ハウリア族のみんなもいいですかね? 一応僕たちの連れなんですけど」

「構わん」

 

 指輪を宝物庫にしまいながらハウリア族の同行も許してもらえるか聞くと、アルフルリックは当然のように肯定した。その言葉に周りの亜人族から抗議の声が上がる。中でも最初にハジメたちと相対した熊の亜人たちからの声が大きい。

 

「いいのですか長老!? 奴らは人間族、しかも裏切り者のハウリア族まで招き入れるなど!!」

「解放者である彼等は客人として扱わなければならん。それが長老の座についた者に伝えられる掟の一つなのだ」

 

 静かな声色だが言い知れぬ迫力を感じる。掟を厳守する長老にそう言われては亜人たちも黙るしかない。

 と、今まで黙っていたシュウが口を開いた。

 

「待てよ、俺たちは大樹に行きたいっつってんだろ。問題ないんだったらさっさと通せよ」

「む? いや、それは無理だ」

「はあ?」

「シュウ、霧が濃い樹海だけどその中でも大樹の周囲は特に霧が濃くて亜人族でも方角を見失うから、一定周期で霧が弱まる時になったら案内するってカムさんが言ってたでしょ? 峡谷を歩いている時に話してたかしら」

 

 困惑したように否定するアルフレリックに同じく困惑した視線を返すシュウだったが、レイシアに以前カムが説明してくれたことを教えられ記憶を探る。

 

「あ〜……んなこと言ってたような、言って無ったような……」

「言ってたかしら。もう、無駄に凄んでアルフレリックさんたちを威圧しちゃダメでしょっ! 謝るかしら」

「むう……その、悪かった」

「いや。分かってくれればそれでいい。にしても……シュウ、と言ったかな?」

「ああ、そうだが」

 

 アルフレリックはシュウを見定めてからレイシアに視線を移す。ひとしきり見てなにか理解したのか、くつくつと笑った。訝しげに思ったシュウが聞く。

 

「なんだよ?」

「いや、なに。その歳でもう尻に敷かれているとは……と思うと笑いが、な」

「んなっ──」

「あ〜……確かにシュウってレイシアに頭上がんないもんねー」

「ん。ベッドの上でも主導権を握らてることが多い……」

「確かに想像つきますねぇ。って、ちょっと待ってくださいユエさん。何でそんなことを知ってるんですか?」

 

 ハジメを皮切りに次々と思ってたことを言葉にする一行。プルプルと怒りに震えていたシュウだったが、そのシュウの腕にレイシアが抱きつくと怒りは収まり黙って彼女の頭を撫で始める。

 

 その光景を見て警備隊長であるギルは困惑していた。

 

(本当に先程まで威圧していた奴らと同一人物なのか?)

 

 と。

 

 残念ながら同一人物である。

 

 

 

 

 


 

 アルフレリック「なんともまあ騒がしい客人だ。解放者とは変わった者しかいないのだろうか……? まあ我らの国を世辞なしに褒めちぎったのは嬉しく思うがな。

 ……予想していたとはいえ、手を出すのが早すぎるぞ。

 

 次回、ありふれた親友

『話し合い、出来たらいいな。ディベート、デリート、アウトサイド』

 

 熱き闘志に、チャージ、イン。ほっほっほ」




 おねショタは正義なのになんであにロリは害悪みたいな言われ方をされなきゃいけないんだ……!おねショタのショタの方がキモガキとかどうみてもオッサンにしか見えないとか色々あるじゃないか……!!くそうくそう!


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第十七話「話し合い、出来たらいいな」

 残業続きなので初投稿です


 濃霧が充満する樹海を虎の亜人に先導されながら歩き続けること一時間半。一行はようやく亜人の国、【フェアベルゲン】へ辿り着いた。

 門をくぐり、巨大な木が立ち並ぶ光景に圧倒される。

 木の中をくり抜いて住居としているようで、木の幹に空いた窓からランプの光が溢れている。木のつるや枝を利用した天然の階段や、加工して作られたであろう木製の水車、そして樹と樹の間を縫うようにして設置された滑車のエレベーターなど、ファンタジーさながらの光景にハジメたちはぽかんと口を開いたまま見蕩れていた。

 

「ほっほっほ。どうやらフェアベルゲンを気に入ってくれたようで何よりだ」

 

 出会った当初は険しい顔付きだったアルフレリックの表情が緩んでいる。ハウリア族を始めとした他の亜人たちも誇らしげな表情をしている。

 そんな彼らの様子を見ながら、まずレイシアが口を開いた。

 

「ええ。本当に素敵かしら……こんなに綺麗な街並みを見れて感動してるわ」

「ん……同感。幻想的で、御伽噺の世界みたい……」

 

 やはり女性陣はこういった風景が胸にくるようで、うっとりとしていた。対する男性陣も二人の言葉に同意するように頷く。

 

「本当に綺麗ですね……思わず圧倒されちゃいましたよ。それに、空気も美味しい。自然の中だとやっぱり違うんだね……」

「まさに調和だな。自然と触れ合い、共存しているからこその美しさ……こりゃスゲェや」

 

 お世辞ではなく、本当に心の底から思っている言葉に亜人たちは笑顔を浮かべる者と照れてそっぽを向く者に別れる。だが共通して言えるのは、全員シッポや耳が嬉しそうに動いていることだ。

 

 ハジメたちは好奇や困惑、憎悪といった視線を浴びながらアルフレリックが用意したという場所へ向かった。

 

 


 

 

 お互いに向かい合いながらハジメたちとアルフレリックは話をしていた。内容は、オスカーが話していた解放者や神についての話と、ハジメとシュウが異世界から来た人間であり、元の世界に帰るために神代魔法を探しているといった話だ。

 アルフレリックはハジメたちの問いに、自分が分かることは答えるようにしていた。それが伝わる口伝であり、掟に繋がるからだ。

 

 七大迷宮のいずれかを攻略した者が現れたら敵対してはならない。そしてその者を気に入ったのなら、望む場所へ連れていくこと。この二つは長老たちに伝え継がれてきた口伝なのだとか。

 迷宮を攻略した者はそれだけの力を持っているため、争ってはこちらの国が滅びてしまう。【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者であるリューティリス・ハルツィナがそう語り継ぐようにこの地に住んでいた者たちに伝えたのだとか。それはフェアベルゲンという国が出来るよりずっと前の話だ。

 

 オスカーの指輪に刻まれていた紋章は、大樹の根元にある石碑に刻まれている紋章の一つと合致するらしい。だからこそ、ハジメたちを攻略者と認めたのだ。

 しかし、このことを知るのは長老たちなどの一部の者のみ。他の亜人たちは知りえぬ話であるため、今後の話をする必要があった。

 

 と、下の階が騒がしいことに気づく。現在ハジメたちは最上階で話し合いをしており、その下の階ではハウリア族が待機していた。だと言うのに明らかに争っている声が聞こえる。アルフレリックと共に階下へ降りると、そこには様々な亜人族がいた。

 大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフなどが剣呑な眼差しでハウリア族を睨みつけていた。

 カムがシアや仲間たちを庇うように一歩前へ出て対応しているが、その頬は赤い。既に殴られたあとなのだろう、同様にシアの頬も赤かった。他のハウリア族は部屋の隅に固まり、震えていた。

 

 その光景を見たアルフレリックが声をあげようとすると、それに被せるように熊の亜人が激情を抑えつけながらアルフレリックに話しかけた。

 

「アルフレリック……貴様、一体全体これはどういうことだ? 何故ここに人間族がいる。何故ここに兎人族がいる。返答によっては貴様を長老会議で処罰することになるぞ……!!」

「何を言っておる。私はただ口伝に従っただけだ。お前たちも長老の座に就く者なら従え」

「口伝だと!? そんなもの、建国以来一度も実行されたことなどない眉唾物の話ではないか!! こんな小僧が資格者などありえん!!」

「しかし事実だ。ジン、長老ともあろうものが掟を軽視するな」

 

 淡々としたアルフレリックの言葉にジンと呼ばれた熊の亜人がくってかかる。そしてギロリとハジメたちを睨みつけた。

 どうやらアルフレリックは口伝や掟などを重要視するタイプらしい。しかし長い時を生きてきた森人族の価値観と、他の亜人族の価値観が同じかといえば首を横に振るだろう。現に、ジンを初めとした他の亜人族の長老たちもいい顔はしていない。

 

「ならば、今この場で試させてもらう!!」

 

 そんなアルフレリックと何食わぬ顔で自分たちの国にいるハジメたちに怒りが限界にたちしたのか、ジンは咆哮を上げて突進して来た。

 あまりにも突発的な行動に流石のアルフレリックも想定してなかったようで目を見開く。瞬時に間合いを詰め、丸太のように太い腕がハジメに迫る。誰もが挽肉になるハジメを幻視しただろう。

 しかし、ハジメに危害を加える者を絶対に許さない男がここにいる。

 

 そう、シュウだ。

 

 ジンとハジメの間に割って入り、その豪腕を片手で受け止めた。

 

「何っ!?」

 

 熊人族は亜人の中でも特に耐久力と腕力に優れた種族で知られており、その豪腕は巨木を易々とへし折る程だ。その中でも長老の座に就くジンともなれば、腕力は他の熊人族と一線を画すだろう。しかし、シュウはその一撃を軽々と受け止めた。しかも片手でだ。その光景に周りの亜人たちは驚愕に目を開きポカンと間抜けに口を開くことしか出来ないでいた。

 

 まさか自分の一撃を受け止められるとは思っていなかったジンも動揺する。直ぐにシュウを威圧するように睨みつけ、腕を引き抜こうとする。が、まるで縫い付けられたようにピクリとも動かない、いや、動かせないでいた。

 

「な、何だと!? ぐううう! 離せぇッ!!?」

「ほらよ」

 

 パ、と態々手を大きく開いてこれみよがしに離してみせる。ジンは握りしめられた腕をまじまびと見たあと、信じられないものを見るように今しがた自分の拳を受け止めた男を見た。

 

 瞬間、灼熱が襲いかかる。

 

 体が焼け、体表が燃え、簡単に肉を溶かす。骨だけになったかと思えばその骨すら炭と化し、炭となった自分は燃えカスすら残せずに燃やし尽くされた。

 

「──かっ」

 

 肩を叩かれた衝撃で意識が戻る。どうやら今のはシュウから発せられた濃密な殺気からくるイメージだったらしい。そのことに気付くと、先程まで燃えるように熱かった体が急速に冷えていき、震えが止まらなくなる。まるで身一つで極寒の大地に投げ出されたようだ。ジンは守るように自分の身を抱きしめ膝を着き蹲る。

 

「ジン!? 貴様ぁ! ジンに何をしたっ!」

「何をした、だと?」

 

 ジンの親友である土人族の長老、グゼが駆け寄りシュウを睨みつける。がシュウは何処吹く風でその視線を受け止める。

 その態度に更にグゼの怒りを買い、彼は言葉を続けようとするが、シュウから放たれる威圧感に口を噤む。

 

「逆に聞くが、その熊野郎はハジメに何をしようとした? 殴りかかろうとしたよな?」

「ぐ、う……」

「別にお前らが人間族に恨みを持とうが殺意を持とうが知ったこっちゃないんだよ。俺たちはお前らに興味なんざないからな。けどよハジメたちに手を出すのは違うよな? だからさ……」

 

 ぐっとグゼと鼻先が触れ合いそうになるほど距離を縮め、瞳を覗き込む。光を消した瞳で、シュウは楔を打ち込むように言った。

 

「次ふざけた真似したら殺す」

 

 殺意が重しとなってグゼの体を押し潰す。グゼだけでなく、蹲っているジンや他の亜人族にまで降り掛かった。

 

「テメェだけじゃねえ、テメェの家族、友人、血縁、全員殺してやる。分かったら──」

「やり過ぎだし言い過ぎ。見なよ、全員気を失いかけてるじゃんか」

 

 段々とヒートアップしていくシュウだったが、頭をチョップされたことで正気に戻る。辺りを見回すと、白目を向いている者や口から泡を吐いて倒れている者などばかりだった。

 死屍累々とした光景を見て、シュウは困惑した。

 

「何でコイツら倒れてんだ?」

「貴方のせいかしら……」

 

 呆れたようにレイシアはツッコミをいれた。

 

 


 

 

 長老たちがまともに話せるように回復するまで一時間程かかった。目が覚めてシュウの顔を見た長老たちは一斉に体を震えさせ小さく悲鳴を上げたが、レイシアに手を繋がれ大人しくなっていると説明され落ち着きを取り戻すことができた。約二名程はそれでもビクついていたが。

 

 再び話し合いが始まる。ひと段落着いたあたりでアルフレリックが内容はまとめた。

『襲いかかろうとした無礼を許して欲しいこと』、『その為に叶えられる範囲の願いなら叶えること』、『ハウリア族の身柄引渡しについて』の三つだ。

 

 まず一つ目と二つ目についてはアルフレリックが頭を下げて懇願した。張本人であるジンも渋々ながら頭を下げた。

 

「我らフェアベルゲンの長老衆はお前さん方を口伝の資格者として認める。故に、お前さん方と敵対はしないというのが総意だ。それぞれ族長として、可能な限り末端の者にも手を出さないように伝える。だが、知っての通り亜人族は人間族を憎んでいる。血気盛んな……それこそ若い衆は我々の言葉を無視してしまうかもしれん……」

「その時は殺さないで欲しい、と。そう言いたいんですね?」

「ああ。無礼を許して欲しいなどと言った分際でこんなことを頼むのは……随分と都合のいいことを言っていると自分でも思っている。だが、どうか頼む。命までは取らないでやってくれ……」

「態度次第ですね。こっちを殺そうとしなんなら、殺されたって文句は言えないはずだ。それとも何か、亜人族の戦士ってのは自分にとって都合のいいことしか認めないのかな?」

「貴様っ!! 我々を愚弄する気か!?」

 

 飄々とした態度で煽るハジメにジンがテーブルをひっくり返す勢いで立ち上がり怒りを見せるが、それをアルフレリックが片手で制す。

 

「よさんかジン、元はと言えばお前さんが南雲ハジメに殴りかかったのが原因だろうが。長老会でもその短気は直せと何度も苦言したというのに……」

「ぐぬぅ……!」

 

 言い返せないようで、納得がいかないが引き下がり椅子に座り直す。どうやらジンは短気な性格なようで、それを矯正するよう散々注意されていたらしい。ツケが回ってきたとはこのことだろう。

 気を取り直してハジメが話を再開させる。

 

「えーっと、そもそもですね、何度も言いましたけど僕らは大樹の下へ行ければいいだけなんですよ。そこに行けるんだったらこれ以上この国に関わることもないですし関わろうとも思いません。でも殺意を向けられるなら話は変わる」

「……お前さんの言っていることはもっともだ。しかし、しこをどうにか頼めないだろうか」

「アルフレリック、長老がそう何度も頭を下げるな」

「ゼル、しかしな」

 

 ゼルと呼ばれた虎人族の長老が腕を組み悠々とした態度で口を挟む。態度から分かるが、その目にはどこか余裕がある。

 

「お前らが敵対した亜人族を殺すと言うのなら、こちらは大樹の下への案内を拒否させてもらおうか。口伝にも気に入らない相手を案内する必要は無いと言い伝えられているしな」

 

 その言葉にハジメは首を傾げる。そもそも自分たちはハウリア族に案内してもらう約束を交わしている。つまり他の亜人族の案内など必要ないのであって、ゼルの話はズレているのだ。その話はすでにしたはずだが何を言っているのだろうと困惑する。ニヤニヤと笑いながらゼルは話した。

 

「ハウリア族に案内してもらうなど考えぬ事だな。そいつらは忌み子を匿い育て続けてきた罪人だ。フェアベルゲンの掟に基づいて処刑する」

「そんな!? 私はどうなっても構いません! ですが家族だけは!!」

「長老会議で決まったことだ。これは覆らない」

「シア、いいんだ。我ら皆、覚悟は出来ている。私たちは家族を見捨ててまで生き延びようとは思わない。お前が気に病む必要は無いんだよ」

 

 カムの言葉に涙腺が決壊し涙が溢れるシア。ハウリア族は皆泣きながら抱き合っていた。家族愛が強すぎだゆえに家族が死んでしまう、なんとも皮肉な結末だ。

 

「というわけだ。これで貴様らが大樹の下へ辿り着く手段は消えたぞ? どうする?」

「……馬鹿なの?」

「な、何!?」

 

 言外にこちらの言う通りに従えと言ってくるゼルに、黙って話を聞いていたユエが無表情を崩し、呆れたように呟く。ユエの物言いに目を釣り上がらせるゼルと、その様子を思わず注視するシアを初めとしたハウリア族。

 ハジメもシュウもレイシアも、同じことを考えているのだろう。澄まし顔でユエの話に耳を傾ける。

 

「さっきからハジメは言っている……そっちの事情は関係ないって。それにシアたちは今、私たちの仲間……。仲間に手を出すなら、私たちも黙ってはいない」

「それと気になっていたのだけど、そもそも何で魔力を持った亜人をそこまで迫害するのかしら? 亜人族は仲間思いなんじゃなかったの?」

 

 幼い見た目から発せられる言葉は見た目以上の重みがある。長老たちはユエの言葉に思わず息を呑んだ。

 そしてレイシアが疑問に思っていたことを聞く。フェアベルゲンは様々な亜人族が集まって形成されている国だ。そこに種族の違いはあれど、亜人族としての絆は確かにあるはずだ。だと言うのに魔力を持つと言うだけで人族と同じ存在だと決めつけ迫害する。それが不思議で仕方がなかった。

 レイシアの問いに、狐人族のルアが狐耳をピコピコと動かしながら答える。

 

「確かに僕らは助け合いながら生きている。だけど忌み子は別なんだよねぇ。魔力を持つということは人族側に与して産まれてきたということ、そして強大な力を持つということになる。いつ我々に牙を剥くか分からないのなら、芽が出る前に摘んでしまった方がいい」

「今までもそうだ、例外なく忌み子には処罰を与えてきた。そしてこれからもそうだ」

 

 ルアの言葉に翼人族のマオが続く。そしてじろりとハウリア族に視線を向ける。

 話を聞いても考え込み唸るレイシアにマオが聞き返した。

 

「何がそんなに引っかかる? これは我らフェアベルゲンの掟であり決まりである。よってこやつらは処罰される。それでいいだろう?」

「……いや、よくないかしら。やっぱりおかしいもの」

「だから何がだ」

 

 認めないレイシアに苛立ち少し声を荒らげるマオ、そんな熱くなったマオの頭に冷水を浴びせるように話した。

 

「だって、それじゃあ貴方たち、やってる事は人族と一緒じゃない」

 

 その言葉を聞いた長老たち全員が言葉を失う。レイシアの言葉を理解するのに少し時間がかかったのだろう。数秒後、アルフレリックを除く長老たちが怒りに顔を歪ませてレイシアを睨みつけた。それもそうだろう。散々自分たちを虐げて、苦しめてきた人間と自分たちを同列だと言うのだ。亜人族であることに誇りを持つ彼らには最大級の侮辱の言葉だったのだろう。

 長老たちを代表してゼルが低く唸り、レイシアを問い詰める。

 

「貴様……それはどういう意味だ……? 侮辱と受け取りその喉笛を食いちぎるぞ……!!」

「どういう意味も何も、そのままの意味かしら。貴方たちがやってることは、人族が亜人族に対して『魔力を持たない劣等種』と言って迫害するのと変わらないかしら。現に貴方たちは同族に対して、『魔力を持つから人族と同じだ』と言って迫害してるじゃない」

「そ、それは……」

 

 レイシアの言葉に何も言い返せず、いきり立っていた長老たちは全員顔を俯かせる。ただ一人だけ落ち着いていたアルフレリックが溜息を吐きレイシアに頭を下げる。

 

「すまない。非礼をお詫びする。お前さんの言う通り、我らがやっていることは人族が亜人族に行うこととなんら変わりない……しかしな、魔力を持つ亜人というのはそれは珍しいのだ。人族がその事を嗅ぎつければフェアベルゲンに攻めてくるかもしれん……一を守り全を捨てるか、全を守り一を捨てるか、どちらを取るかと言われたら後者になるのだよ。それが掟なのだから……」

「……でも納得いかないわ。掟、掟、そんなに掟が好きなのかしら? ──貴方たち、見てて滑稽よ」

 

 氷のように冷たい瞳に射抜かれ、思わず呼吸を止めてしまう。まるで肺が凍りついたように苦しい。

 動揺する長老たちを無視してシュウが口を開いた。

 

「そもそも俺らもシアと同じように魔力を直接操れるからな。俺らを資格者として認めんならシアを見逃すくらい今更だろ」

 

 シュウは人差し指を立ててその先に炎を灯す。長老たちはその光景に目を見開き驚愕している。補足するように、ハジメもシュウに続いた。

 

「貴方たちの掟には資格者がどのような者であれ敵対するなって言われてるんですよね? 掟を絶対遵守するなら化け物であり忌み子である僕たちを見逃さなきゃいけないわけで」

 

「あ」、と。何かを思い出したようで声を上げる。

 

「そういえば、そこの熊さんが襲いかかってきたことを許してもらう代わりに『叶えられる範囲なら願いを聞く』って言ってましたよね? それなら今叶えてもらいます。シアたちハウリア族を許して下さい」

「なっ……お前さんは、何故そこまでする? 話を聞く限りハウリア族に恩があるわけでもない。ただ護衛を頼まれただけなのだろう? なのに何故そこまで肩入れする」

 

 信じられないと、心の底から困惑するアルフレリックにハジメは当たり前のように言った。

 

「約束したからです。僕たちは彼らを守り、助けると」

「それならもうたち成されているだろう? ライセン大峡谷からここまで、凶悪な魔物や帝国兵から守ってきたでは無いか?」

「いいや、それじゃダメです。そもそもここまで守ってきたのに結局殺されるとか……僕らは何のためにハウリア族を助けたのかって話になるでしょ?」

 

 命を捨てさせるために命を守ってきたなどどんな鬼畜シナリオだろうか。どこぞの虚の淵に佇むシナリオライターもそこまではしないだろう……しないよね? 

 

 ユエとレイシアに問い詰められ、シュウとハジメに反論を潰され、何も言い返すことが出来なくなったと悟ったアルフレリックはそれはもう深い溜息をついて半ばヤケクソ気味に言った。

 

「はああ〜…………南雲ハジメと一行は資格者であると認める。が、同時に南雲ハジメ、その一行、そしてハウリア族は忌み子であるシア・ハウリアを匿ったとしてフェアベルゲンへの立ち入りを禁止する。ハウリア族に関しては南雲ハジメの奴隷として捕まったことにして、死んだ者として扱う。以降、南雲ハジメたちに手を出した場合は全て自己責任として好きにして貰って構わない。……以上だが、他に何かあるか?」

 

 疲れきった眼差しから『もうこれ以上面倒事を起こさないでくれ』という気持ちが伝わってくる。ハジメは苦笑いしながら首を横に振った。

 

「ないですよ。何度も言ってるけど、僕らはただ大樹の下へ行きたいだけですからね。むしろ理性的な判断をしてくれて助かります」

「アルフレリック! 貴様、見逃すというのか!? コイツらを!!」

 

 アルフレリックが言っていることは完全に屁理屈だ。ジンが身を乗り出して抗議する。他の長老たちもギョッとした表情を向けている。

 

「力に屈して掟を破るなど、長老会の威信は地に落ちるぞ!! それでもいいのか!?」

「なら熊公、俺らを殺すか?」

 

 燃えたぎる声色とは他所に、横槍を入れた本人であるシュウの顔はクールだった。

 

「だったら俺は構わないぜ。最も、次は気絶だけじゃ済まないだろうがな」

「っそ、れ、は……」

「ジン。いい加減にしろ。すまない澤田シュウ、我らはお前さんらに敵対する意思はない。どうか許して欲しい」

「俺はハジメほど気は長くないんだ。──三度目はねぇぞ」

 

 ギロリ、とジンを睨みつける。眼力だけで魔物も殺せそうだ。

 先程のことを思い出したのだろう、ジンはガクガクと体を震わせて黙って席に戻った。

 また溜息をつき、アルフレリックがハジメに話しかける。

 

「何度もすまない。悪いのだが、早々に立ち去って欲しい。我々も口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいのだが……」

「いえ、そちらの心情も分かってるので。ほら、いつまでもボッーとしてないでいくよ、シア」

「ふえっ、わ、私たち……生きてていいんですか?」

「いまさっきそう言ってたでしょ?」

 

 未だにへたり込むシアに困った笑みを浮かべ頭を撫でる。トントン拍子で窮地を脱したこの状況が信じられないのだろう。カムたちも困惑した表情だ。一度決まったことは絶対に覆らない、それがフェアベルゲンの長老会議なのだ。その決定が覆ったことに脳がどう処理すればいいのか戸惑っているのだ。

 そんなシアを、レイシアが優しく抱きしめた。亡き母親に抱きしめられたことを思い出した彼女は、レイシアの胸に顔を埋め、噛み締めるように静かに泣いた。自分の服が涙で汚れることも気にせず、レイシアはただ黙って優しく抱きしめ続けた。

 

 シアたちは胸に刻みつけるだろう。ハジメたちという、救世主のことを。彼らに対する感謝の気持ちを。

 ハウリア族は、受けた恩は絶対に返す。それはもう相手が過剰とも思う程に。ハジメはそれをすぐに実感することになるのだが、今はまだ知らない。

 

 

 

 

 


 

 カム「一族を救っていただき、どうやって恩を返せばいいのか……え? 私たち自信が強くなってくれると嬉しい? 

 分かりました! このカム・ハウリア! 貴方の望みであればたとえ火の中水の中! 

 

 次回、ありふれた親友

『ハウリアの決意、レギオン、レジオン、レジスタンス!』

 

 熱き闘志に、チャージイン! ですぞ!」




 未完成で投稿してすまんこ……待って!今の無し!!スマン!!スマンなんだ!!!


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第十八話「ハウリアの決意」

【フェアベルゲン】から締め出されたハジメたちは大樹に近づけるところまで行けた場所を拠点として一息ついた。

 そして四十名程のハウリア族を見渡しこれからの方針を話した。

 

 というのも、これからハウリア族は自分たちの力だけでこの【ハルツィナ樹海】を生き抜いていかないといけない。ハジメたちの旅に参加するには人数が多すぎるし、何よりトラブルが絶えないだろう。いくらハジメでも面倒を見切れない。カムたちにもその事を話したが、彼らもそこまで面倒を見てもらうつもりは無かったらしく「私たちはここで暮らしていきます」、と言っていた。

 

 しかし戦闘面においてはからっきしのハウリア族、この樹海で生きていくには力が足りなすぎる。そこでハジメはハウリア族を鍛え上げることにした。どっちみち大樹の下へ行けるようになるまで十日間はあるのだ、だったら樹海で生きていける程度の強さになるまで強くしてあげる、それがハジメたちが出来る精一杯の優しさだ。

 

 ハウリア族は喜んで頷いた。力が無かったから家族を殺され、連れ去られてのだ。そんな無力な自分たちでも強くなれるというのなら、乗らない話はない。早速その日から訓練は開始された。

 

 そして現在──

 

「…………」

「あ、あのぉ……ハジメ殿?」

 

 ハウリア族は腕を組み仁王立ちするハジメの前で正座していた。心做しかうさ耳がビクついてきる。

 ハジメは震えるハウリア族を見下ろしながら低い声で話し始めた。

 

「…………虫や、草木が、野花が大事だって言うのは分かる。自然を愛する亜人族なら当然だろうしね……」

「は、はい」

「けどさあ、それは戦闘中にまで気にすることなのかなぁああ??」

 

 そう、このハウリア族は、戦闘中にも関わらず虫や花を踏まないように立ち回っていたのだ。やたらと無意味なタイミングで歩幅を変えたりジャンプをしたりとすることがあり、それが気になったハジメが聞いてみればこの始末、というわけだ。

 こちらは善意で、しかもハウリア族の熱意もあって鍛えているのにふざけているのか? と言いたくなるところではあるが、なんとこのハウリア族、大真面目であった。自然を愛するにしても愛しすぎでは無いかと思う。

 

 ハジメは溜息をついて頭をガシガシと掻いた。

 

「はあ……そんなんで身内同士の争いが起こった時どうしてたんだよ……いくら仲良くても喧嘩くらいするでしょ……」

「そういう時はですね、互いの尻尾のキューティクル具合で勝負をつけるのです! モフモフでつやつやな方が勝ち!」

 

 するといきなりカムと隣にいたオッサンが立ち上がりズボンを下げてケツを、もとい尻尾をハジメに向ける。

 突然の奇行にギョッと驚くハジメ。そんなハジメを後目に「キューティクル! キューティクル!」と言いながらケツを、もとい尻尾を突き出してくるカムたち。

 

「うわあああ!!!」

 

 地獄絵図である。

 

 


 

 

 シュウの一喝により落ち着きを取り戻したハジメはハウリア族に改めて自分たちが強くなることの意味を教えた。

 意味はただ一つ、『家族を守る』。ただそれだけだ。

 

「このままだと、貴方たちは強くなったとしてもいつか家族を殺します。その優しさでね」

 

 その言葉に顔を俯かせるハウリア族の面々。どうやらまだ分かっていないようだ。

 

「……分かった。これから五日間、貴方たちに武器と最低限の回復薬だけ与えて僕らはここから離れます。その間、生き残ることが出来たら貴方たちを鍛えることにしましょう」

「は……? は、ハジメ殿!? 冗談でしょう!?」

 

『宝物庫』から人数分のナイフと神水の出涸らしを更に薄めた『超劣化版神水』を五本取り出す。カムの言葉を聞いて、ハジメは目付きを鋭くして睨みつける。「ひっ」、と小さく悲鳴がチラホラと上がるが無視して話を続ける。

 

「貴方たちのその甘ったれた考えを矯正するのにはこれが一番手っ取り早い」

 

 そう言って一緒に『アルファジェネラル』を取り出して乗り込むハジメ。シュウたちも合わせるように乗り込み、それを確認したあとハジメはアクセルを踏む。

 

「あ、そうだ。監視はしているので、誰か一人でも死んだら(・・・・・・・・・・)その時点で救出に向かいますよ」

 

 慌ててカムが呼び止めようとするがその言葉は届かなかった。

 

 ハジメたちが去ってから呆然としていたハウリア族だったが、後方からバキバキと気を踏み鳴らす音が聞こえ慌てふためく。

 

「み! 皆! 一先ず武器を持ちましょう!!」

 

 シアの声にハッ、となり一斉にハジメが置いていったナイフを手に取る。音はどんどん近づいて来ており、やがて姿を現した。

 それはシアがハジメたちと出会う時に追われていた、双頭のティラノサウルス、ダイヘドアだった。

 

「「ギャオオオオオオオ!!!!」」

「だっ、ダイヘドアだあー!」

「何故こんな所に!? 逃げろ! 逃げるんだ!!」

 

 ダイヘドアは大峡谷に生息する魔物だ。ここハルツィナ樹海に居ていい魔物ではない。餌を目の前にしてずっとお預けをくらっていた犬のようにダラダラとヨダレを垂らすダイヘドアに、恐怖を持たない者はいなかった。

 幸いハウリア族は隠密に長けているので、その場はなんとか逃げ出すことが出来た。

 

 ……が、この状況が三日も続くとハウリア族の精神は大峡谷にいた時と同じようになってしまう。特に子供たちはその兆候が顕著だ。恐怖心から震えが止まらない子や多弁症になる子、気絶してまう子まで出てきた。

 

 そんな中、一人だけ正気を保っていた少年がいた。その子の名前はパル、ハジメに懐いていた子供たちの中でも特に羨望の眼差しが強かった最年長の少年だ。

 パル少年の頭の中では、ハジメの言葉が何度も繰り返し再生されていた。

 

「……お母さん」

「なぁに、パル」

 

 最愛の母の手を握り振り絞るように声を出す。

 

「……僕、死ぬよ」

「……え? あ、な、何言ってるの!?」

 

 母親の声にハウリア族全員が視線を向ける。母親はパルの肩を掴みガクガク前後に揺さぶっていた。

 

「馬鹿なこと言わないで!? 貴方まで死んじゃったら、私はどうすればいいの!?」

 

 最愛の夫は自分たちを逃がすために捕まり、殺された。この子だけはどうにか守らねば、そう思っていたはずなのに息子は『自分が死ぬ』、と言う。気でも狂ったのか、そうとしか考えられない。様子がおかしいことに気づいた大人たちが割って入り、パルに言葉の真意を聞くことにした。

 

「パル……どうしてそんなことを言ったんだ?」

「……だって、ハジメ兄ちゃんは僕たちの中から誰か一人でも死んだら助けてくれるって言ってたから。僕はみんなよりお兄ちゃんだから……僕が死んでみんなとお母さんが助かるなら、僕が……」

 

 パン!と乾いた平手打ちが樹海に響いた。母親が怒りに息を震わせながら右手を振り抜いているのを見て、パルは自分が叩かれたことを理解する。叩かれた頬が熱を持ち始め、じんわり痛みを感じる。

 パルが呆然としていると、母親は息を荒らげて怒鳴った。

 

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ!! パルが死ぬくらいなら私が死ぬわ!!」

 

 大粒の涙が零れる。悲しみからではない、怒りから溢れる涙だ。自分の子供にそんなことを言わせてしまったという自分に対しての怒りで涙を流しているのだ。

 パルを抱きしめて嗚咽を漏らし、つっかえながら母親は謝った。

 

「ごめんね……! あなたにそんなことを言わせてしまって……ごめんね……!」

「おかあ、さん……」

「あなたは死ななくていいの。あなただけじゃない、みんな死ぬ必要なんてないの……あと二日生き延びればいいのだから……何も心配しなくていいわ……!」

「おかあさん……お母さん……! お母さん……!! ごめんなさい……!!」

 

 お互いに涙を流しながら謝り合う親子を見て、カムは自分の無力さを嘆き、そして弱さを憤った。

 

(なんと情けない……!! 母親と子供を泣かせて、あまつさえ子供にあんなことを言わせて……何が族長だ! 何が大人だ!!)

 

 自然とナイフを握りしめる手が強くなり、手のひらの皮が裂けて血が流れる。

 

「父様! 手から血がっ!?」

「……いいんだシア。聞いてくれみんな!」

 

 手当しようとするシアを制してハウリア族に声をかける。何事だ、と皆カムの言葉に耳を傾けている。

 カムは大きく深呼吸した後、話し始めた。

 

「パルに……子供にあんなことを言わせてしまって、私の心はもう張り裂けそうなくらい痛む……! 子供を殺して助かりたいか皆……? いいわけないだろう!! 我々大人がやらなくてどうする!?」

 

 普段の温厚な姿からは想像も出来ぬ程の怒声、それは周りに向けてという意味だけでなく、自分に向けて言っているようだった。

 カムの言葉に感化され、一人、また一人と武器を持って立ち上がる。その目は恐怖に怯える者の目ではなく、恐怖に立ち向かう者の目をしていた。

 

「ギャオオオオ!!!」

 

 そしてタイミングがいいのか悪いのか、ダイヘドアが姿を現した。咆哮に体を竦ませるが先程の言葉を思い出し、自らを鼓舞する。

 

「一箇所に固まるな! 散開するんだ!! 戦えない者は子供を連れて下がっていなさい!!」

 

 カムの指示は的確なものだった。そしてそれを即行動に移せるハウリア族も凄まじい。

 二十人程のハウリア族が四人一組で別れ、ダイヘドアを囲む。

 ダイヘドアは困惑していた。無理もない、獲物だと思っていた相手が、突然『敵』に豹変したのだ。二つの頭は忙しなくキョロキョロと動いている。

 そしてカムがダイヘドアの体を注視すると、右の横腹の方に火傷痕があるのが見えた。

 

「右側から攻めるんだ!! かかれぇー!!!」

 

 カムの号令により、ハウリア族が飛びかかった。

 

 


 

 

 アルファを走らせながらミラーに映るレイシアが浮かない顔をしているのに気づき、声をかける。

 

「不安か、レイシア」

「ええ……ねえシュウ、今からでもみんなの所に……」

「ダメだよ」

 

 平坦な声、しかし明確な拒否の言葉にレイシアは悲痛そうに顔を俯かせる。なにもハジメは意地悪でハウリア族を置いていったのではない。人というのは窮地に追い詰められると本来の実力以上の力を引き出すことが出来る。所謂『火事場の馬鹿力』、というやつだ。

 ハジメはそれを狙ったのだ。平和な暮らしを送ってきたハウリア族を『戦士』にするのに一番手っ取り早いのがこの方法だった。実際に、程度の差はあれどハジメとシュウも似たような経験を経て強さを手に入れている。

 

 一人でも死んだら助けに行く、というのもやる気……もしくは戦う意志を引き出させるためだ。これにより、家族を大事に思うハウリア族はいやでも戦うことになる。

 

 それが分かっているからこそ、レイシアの顔は悲しさで溢れているのだ。

 そんなレイシアの頭を抱き寄せて優しく撫で、ユエは自身の胸に顔を埋めさせる。今はユエの優しさに甘えることにしたようだ。

 

「せめてダイヘドアくらいは倒せるようになってもらわないとね。そのためにわざわざシュウに連れてきてもらったんだし」

「いきなり峡谷戻ってダイヘドアぶっ飛ばしてくれって言われた時は流石にフリーズしたけどな」

 

 そう、樹海にいるはずのないダイヘドアが何故居たのかというのもハジメが仕組んだものだった。

 シュウに峡谷まで行ってもらい、ダイヘドアを気絶させて運んで貰ったのだ。シュウはこの中で唯一飛行能力を持っているので敵に見つかる恐れがないことと、一人で行動できるのであればパーティの中で一番速い。実際、樹海から峡谷まで行き戻ってくるのに15分もかかっていない。どれだけの速さだったのか、マッハを超えてそうだ。

 ともかく、これからこの樹海で生きるには最低でもダイヘドアクラスを討伐できるようにならなければ無理だろうとハジメは判断した。

 

「まあ五日なんてすぐさ。彼らを信じよう」

 

 そして五日後、ハジメたちがハウリア族の元へ戻るとそこには……。

 

「ハジメ殿! ご無沙汰しております!」

「か、カムさん……なのかな……?」

「ええ! カムです! 魔物と戦い続けていたらいつの間にかこんなに鍛え上げられたようでしてな! ハッハッハ!」

「おおう……」

 

 マッチョになったハウリア族がいた。

 

 男性陣は腹筋が見事に六つに割れており、はち切れんばかりの大胸筋を惜しげも無く晒している。繋がる上腕二頭筋も見事なものでその太さからは雄々しさも感じられまるで大樹の幹のようだった。

 女性陣は男性ほどムキムキではないが、それでも鍛えられているのが見てわかる。

 

 予想以上の成長を遂げたハウリア族の変貌に驚いているとカムがハジメの前に立ち、頭を下げた。

 

「私たちがここまで強くなれたのもハジメ殿のおかげです。ありがとうございました……」

「いや、いやいや。勘違いしないで下さい。僕はきっかけを与えただけであって、貴方たちが強くなったのは貴方たちの力です。それは誇っていい」

 

 見たところ、全員無事のようだ。つまり誰も死なせなかったのだ。あの弱小と呼ばれたハウリア族が子供を守り抜いたのだ。これを誇らずに何を誇るというのか。

 素直に褒められたことに驚いたのか、カムは目を点にしたあと気の抜けた笑いを上げた。

 

「ははは……私たちが強くなれたのは子供たちのおかげですよ」

「子供たちの?」

 

 どういう事だ? と首を傾げるハジメにカムは肯定する。

 

「ええ。私たちは三日間、魔物から逃げることしか出来ませんでした……日が経つにつれ峡谷の時のように精神を病むものも増えてきて、それは子供も例外ではありませんでした……そんな中、パルがこんなことを言ったのです、『僕が死ぬ』と」

「……パルが、ね」

 

 誰か一人でも死ねば助けに行く、死に方に指定は無いので、自殺でも構わないのだ。つまりは家族のために自刃する者も出てくるかもしれない。ハジメ自身もその可能性に気づいていたが、あえて止めなかった。恐怖に怯え、立ち向かう者と逃げる者、選別するには手っ取り早いからだ。

 まさか子供が言い出すとは流石のハジメも想定していなかったが。

 

「それで私たちは目が覚めました。子供にそんなことを言わせてしまうほど追い詰めていたことに……子供を守らずして何が大人か、ハジメ殿。私たちが強くなれたのは、子供たちのおかげなのです」

「……なるほど。でも、五日間生き抜くことは出来たし……残り五日、僕らが更に鍛えます」

「そのことなのですがハジメ殿、一つお願いがありまして……」

「なんですか?」

 

 肯定の言葉が返ってくると思っていたハジメは肩透かしをくらう。カムは言っていいものか悪いものか逡巡していたが、意を決したのか大きく深呼吸してハジメと目を合わせた。

 

「子供たちの訓練は、私たちより軽いものにして欲しいのです」

「……理由を聞いても?」

「はい。と言っても深い意味はありません。子供たちが戦うのはまだ早すぎる、それに子供たちが戦わなくても済むよう、その分私たち大人が強くなればいいだけの話です」

「うーん……そうですね、でも最低限自分の身を守れる程度には鍛えさせてもらいますよ?」

「それは勿論分かっております」

 

 理解して貰えたことに安堵し、ホッと息を吐くカム。よく見れば周りのハウリア族も似たような顔をしている。

 

(これくらい普通に許すんだけどなぁ……)

 

 いつの間にか周りから鬼畜と認識されていたハジメは、ちょっぴり泣いた。

 

 

 

 

 


 

 ハジメ「困難を乗り越えたハウリア族、よし、これから訓練を始めようか。なに、安心していいよ。かるーく相手するだけだからね……そう、かるーくね……

 

 次回、ありふれた親友

『地獄訓練! メルヘン、ヘルヘン、エンプレス!』

 

 熱き闘志に、チャージイン!!」



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第十九話「地獄訓練」

 こうしたらいいみたいな指摘も貰えると助かるんで(建前)、感想下さい(本音)


「オラオラオラァ!! ガキ一人にいいようにやられて悔しくねぇのか!?」

「ぐっ! うおおおおぉぉぉおおおお!!?」

 

 霧が立ち篭める樹海の東側では、早朝から野太い声と数人の叫び声がこだましていた。

 

「根性見せてみろやぁ!!」

「ひぃっ!?」

「怯むなぁ!! フェイントに気をつけるんだ! うおりゃあー!」

「声が小せぇんだよ!! んな声じゃ蚊も殺せねぇぞ!!」

「ひでぶっ!?」

 

 ハウリア族数人を相手取り立ち回っているのはシュウだ。これは戦闘訓練、シュウを相手に模擬戦をしているのだ。勿論シュウは魔力を使わず身体能力と武術だけで戦っている。対してハウリア族はハジメが用意した模擬刀でシュウに立ち向かう。

 最初は武術を学ばせようか考えたが、たった五日で教えられることなどたかが知れているし、シュウは人に武術を教えられるほど器用ではない。そういう事で実戦形式に似せた戦闘訓練を行っているのだ。

 一応ハウリア族にも勝利条件があり、シュウに一撃でも入れれば勝ちなのだが……。

 

「「「うおおおおお!!!」」」

「後ろ取れてんのに叫ぶやつがあるかダァホ共がああ!!!」

「「「ええええええ!!?」」」

 

 シュウという男は理不尽の塊である。

 

 一撃当てるのも難しい。

 

 ハウリア族の明日はどっちだ! 

 

 


 

 

 次に悲鳴が聞こえるのは樹海の西側、そこの区域はまるで真冬の雪山のように寒かった。

 

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い…………」

「うふふふ……あたたか〜い……お花畑が見えるわ〜……うふふふ〜……」

(寝たらダメだ死ぬぞ起きろ!)

「zZZ……」

 

 そのには身体を凍りつかせて雪に埋もれるハウリア族の姿があった。

 この訓練は忍耐力を鍛える訓練、この世で肉体に一番負荷がかかるのは痛みでも熱さでもなく冷たさなのだ。冷気というものは弱いときは『冷たい』で済むのだが、それが酷くなっていくにつれて『痛い』、『辛い』、『眠い』と変化していく。一度で二度も三度も苦しみを味わえるということでレイシアは忍耐訓練の担当となった。

 流石レイシアと言うべきか、冷気をギリギリ死なない辺りで調節しておりハウリア族は生死の境を彷徨う臨死体験をする程度ですんでいるのだ。

 

「眠くなった人は手をあげるかしら〜、氷柱を当てて起こすから〜!」

 

 勿論レイシアの言葉に反応する者はいない。いたとしで手を上げれるはずがない。体が動かないのだから。

 

「誰も手をあげない……ならまだまだ大丈夫そうかしら!」

 

 レイシアはどうやらハウリア族を殺しにかかるようだ。頑張れ、ハウリア族。

 

 


 

 

 そして視点は変わり樹海の南側では、ハジメが銃を連射していた。戦闘、耐久ときたら次に来るのは『回避』の訓練である。訓練の内容はこれまた単純、雨のように降り注がれる弾丸を避けるだけだ。ちなみに弾の素材はゴムなので殺傷性は無い。当たっても少し痛い(三メートル程の大きさの岩に亀裂が入る)程度だ。

 

「避けないと痛いよー」

 

 既に30分程連射しているのだがハジメは撃ち始めてから一切リロードをしていない。なのに弾切れを起こす気配は全くない。

 その理由は『宝物庫』と『瞬光』にある。宝物庫から弾を取り出し、瞬光で転送する弾の位置を調節する。簡単に言うと、弾倉に直接弾丸を転送するノーモーションリロードをハジメは会得していたのだ。

 戦闘中はタイミングならなんやらがもっとシビアになるのだが、今は訓練、ハジメは一歩動いていないどころか腕すらほとんどブレないので楽々とノーモーションリロードしている。

 

 そんなことを知らないハウリア族にとって、銃という武器は弾を無限に撃ち続ける最強のアーティファクトに見えるだろう。実際は宝物庫に貯蔵してある弾丸が消費されているので無限では無い。だがハウリア族がそれを知ることはない。

 

「ほらほら、動かないと痛いよー」

 

 気絶したハウリア族にも気付けの一発として銃弾を撃ち込んでいる。これが俗に言う死体蹴りである。

 銃撃で気絶したのに銃撃で起こされるハウリア族、どちらにしろ痛みを伴うという鬼畜仕様だ。

 ドンマイ! ハウリア族! 

 

 


 

 

 最後に樹海の北側、こちらではハウリア族の集団はおらず、代わりにユエとシアが睨み合っていた。

 周りは炭と化した木々や岩、隕石でも降ってきたのかと錯覚してしまうクレーター。この光景が半径一キロ程の範囲で見られた。

 何も環境破壊をして気持ちよくなりたいわけではなく、これはシアが個人でユエに鍛えて欲しいとお願いしたからだ。

 

 理由を聞いてみると、ハウリア族を守るため、だそうだ。

 たとえハウリア族が独立しても自分が残っていればトラブルに巻き込まれる危険性は高いままだ。それはハジメたちに着いてきても変わらないのだが、どっちみちトラブルに巻き込まれるのなら、巻き込まれても対処出来る方について行けばいい。

 そう言った考えから旅に着いて行きたいと懇願してきた。しかしそれをユエは一刀両断した。

 

 まず第一に、この旅はハジメたちが元の世界に戻るための旅であるため、シアが着いてきても結局は別れることになるのだ。

 

 次に、危険が伴うから。元の世界に戻るためにハジメたちは神代魔法を手に入れようと大迷宮を巡る。シアが挑むにはまだ実力が足りていない。

 

 最後に、シアがハジメに惚れているという理由で着いて来ようとしているから。これはユエの勘だったのだが……。

 

「な、なんで分かったんですかぁー!?」

「ん。女の勘……シア、ぽっと出の女にハジメは渡さない……! 諦めること……!」

「いーやーでーすー!! 不肖シア・ハウリア! 心から惚れた男の人はしがみついてでも離れるなと母様から教わりました!! なので誰になんと言われようと絶対に諦めません!」

「シアのお母さんの教えは素晴らしいと思うけど……それとこれとは別! どうしても着いてきたければ……私に一撃でも当ててみること……!」

「上ッ等ですぅ! 一撃でも二撃でも何撃でも当ててやるですよぉ!!」

 

 ついついノリで「一撃でも当てたら着いてきていい」と言ってしまったことに現在進行形で後悔しているユエ。シアは日が経つ事にどんどん腕を上げてきている。このままでは言葉通り、一撃貰ってしまいかねない。

 

(シュウだけでも大変なのに……これ以上ライバルを増やしてたまるか……!)

 

 それはもう切実だった。最近、ユエが見てないところでハジメとシュウはイチャついていることが多い。実際はそんな事ないのだが、ユエから見ればイチャついているようにしか見えない。これ以上ハジメに攻略対象を増やさせないためにも、ここでシアを食い止めなければならないのだ。あとどこかの残念系ヒロインは一生残念になっていればいいと思う、ユエはそう思っていた。

 その思念を感じ取ったのか、どこかの迷宮で般若のオーラを纏った治癒師がいたとかいないとか。

 

「いい加減ぶち当たってくださいよ〜!!」

「ん、そう簡単には行かない」

 

 シアはその細腕からは考えられない力で大木をへし折りユエに投げつける。ユエは炎で大木を焼き払うがその隙に跳躍、どこぞのダークなソウルの世界の処刑人が持つような大きさの大槌を振りかぶった。

 

「どぉおおおおりゃあああああ!!!!」

「っ、『氷牙』!」

 

 牙を象った氷が形成されシアの柔肌を食い破らんと襲いかかる。が──

 

「しゃらくせぇえええええ!! ですぅ!!!」

 

 ハンマーを振り下ろすことで氷を粉砕する。それだけに留まらず、回転を加えて破壊力を加算。竜巻を纏ったかのような大槌がうねりを上げてユエに振り下ろされる。

 

「──『風壁』、『雷壁』」

 

 ユエとシアの間に風と雷の障壁が展開される。大槌と接触すると岩盤を巨大なドリルで切削するような轟音が響き続け、同時に風雷が火花となって弾かれていた。

 せめぎあい、せめぎあい、徐々に押し込まれていく大槌に流石のユエも冷や汗を流す。

 シアは勝利を確信したのか、自信満々に笑みを浮かべて言い放った。

 

「これで私の勝ちですぅぅぅうう!!!」

「……『風刃』」

「ギャピィ!?」

 

 ドヤ顔が気に食わなかったのか、少し顔を顰めながら手を横に振ると風の刃がシアの脇腹を斬り裂いた。しかし身体強化しているシアの前ではダメージはそれなりに抑えられている。と言っても鞭で打たれるくらいの痛みはあるが。

 

「『氷蛇』、『炎虎』」

「ちょ、ちょっとま──」

「ん、トドメ。『雷牢』」

「あばばばばばばッ!?」

 

 氷の蛇がシアの足に絡みつくと、瞬く間に細足を凍りつかせる。回転が急に止まり不安定な体制になった大槌は炎の虎が弾き飛ばし、シアの上半身は熱に包まれた。

 更に追い打ちとばかりにシアを中心とした半径一メートル程の空間に電流が走り、鳥籠の形を成す。電流は実体を持っており、触れる度にビッタンビッタンと身体を跳ねさせる。

 

「調子に乗るのは百年早い……」

「うぎぎ……ま、まだ……です……よぉ……!!」

「シア……負けを認めないのは美しくない」

「違い、ます」

 

 ニヤリ、シアは不敵に笑う。電流で身体をビクビクさせているのを見なければ格好良く映るだろう。怪訝そうな瞳を向けるユエに答えるように上を指した。

 

「……? ……っ!?」

「もう遅いですぅ!!」

 

 ユエの頭上に、先程炎虎が弾き飛ばした大槌が降ってきた。

 弾き飛ばされたように見せかけて、わざと上空へ投げたのだ。ユエが油断するまで待ち、タイミングを見計らって『魔力操作』の派生技能、『遠隔操作』で大槌を降らした。

 身体強化しか出来ないと思い込んでいたユエは無表情を崩し驚愕に染める。

 

 隕石が落下したような衝撃と轟音が辺りに響いた。

 

 


 

 

「……無茶をする」

 

 大槌が降り注いだあと、ユエは自身を中心に風の障壁を展開させることで衝撃と飛んでくる岩の破片を防いだ。が、不意打ち気味の攻撃だったため、防ぎきれなかった箇所も存在する。

 脚に付いた細かな傷を『自動再生』で治癒しながらシアの無鉄砲さを指摘した。

 

「しなきゃ勝てませんでしたから。というかユエさん、出力強すぎません? まだ身体が痺れてるんですけど……」

「ん、八割」

「ほぼ本気じゃないですかぁ!」

 

 八割出力の電撃を食らっても『痺れる』程度で済んでいるシアに内心舌を巻いている。しかもこれでまだ発展途上だという。

 

(やっぱりシアも化け物……)

 

「ぴえんぴえん」と嘘くさい泣き方をする目の前のうさ耳少女を見つめる。視線に気づいたシアが小首を傾げ「ほえ?」と言った。あざとい。

 

「……あざと兎、略してあざ()。旅についてくることは許してもハジメに擦り寄ることは許さない」

「あざと、ってそんなこと言ったらユエさんの方があざといじゃないですかぁ!」

「アピールに余念はない。ぽっと出の女に愛した人を取られること程惨めなことはない……」

 

 

 ──

 

「うぐはぁっ!?」

「ひでぶっ!?」

「香織!? 黒乃!? どうしたの二人共! 急に喀血なんかして!!」

「な、なんか……凄く胸に突き刺さる言葉が……ハジメくんの制服で回復しないと……」

「ぼ、僕が何をしたって言うのさ……シュウの制服で回復しなきゃ」

「なあ龍太郎、覚えてるか? あれは確か小学二年生くらいの……」

「光輝、辛いのはわかるが現実逃避はあとでもっと辛くなるからやめとけ……」

 

 

 ────

 

 

 どこかで二人の少女が苦しんでいる光景が見えた気がした。

 

 それは置いておいて、条件を満たしたシアの同行を許したユエはその事を報告するためにハジメたちの元へ向かっていた。

 

「あ、ユエにシア」

「どうだったんだ……ってその様子じゃシアが勝ったみたいだな」

 

 駆け寄ってくるユエに気づいたハジメは両手を広げて受け止める。それを羨ましそうな目で見ながらユエの表情を確認して納得するシュウ。

 

「お姉様に勝ったの? シアは凄いかしら!」

「レイシアさ〜ん! やっぱり私の癒しはレイシアさんだけですぅ〜!」

「シュウ、顔、顔」

 

 レイシアに褒められて抱きしめられて撫でられるというハッピーセットを貰ったシアを物凄い形相で睨みつけるシュウ。思わずハジメがツッコムが、シュウは器用に顔半分を普通に、もう半分を般若に変えるというテクニックを披露していた。

 

「ハジメ殿、よろしいでしょうおっ!?」

「ああ、気にしないでカムさん。何かな?」

「え、ええ。隠密訓練をしていた際に完全武装した熊人族の集団を見つけまして……恐らく襲撃部隊だと思われるのですが、如何しましょうか?」

「お互い不干渉で行こうって言ったんだけどね……目的地の目の前で殺そうって魂胆かな?」

「殺すか?」

「悩みどころだね」

 

 笑みを浮かべているハジメだが、目は笑っていない。シュウの言葉に乗ろうとしているのが証拠である。

 二人の話にカムが割って入る。

 

「そこでお願いがあるのですが、我々に任せていただけないでしょうか?」

「ふーん……それはなぜ?」

「ハッ、我らハウリア族は皆様に鍛え上げられました。この力が亜人族最強種と呼ばれた熊人族にどこまで通用するのか知りたいのです。それになにより……」

 

 ギロリと瞳を釣り上げて低い声で話す。

 

「我々は弱くないということを教えてやりたいのです」

「へぇ……」

 

 カムから目を離してみれば、子供たちを除いた他のハウリア族も全員同じような目をしていた。

 

「……いいんじゃないですか? でも、やるからには二度と反抗する気が起きないくらい、完膚無きまで叩き潰してくださいね」

「勿論です」

 

 カムが頷くと控えているハウリア族も頷く。

 

 それから少しした後、樹海に野太い悲鳴がコダマした。

 

 

 

 

 


 

 シア「ハジメさんたちの訓練によって圧倒的な力を身につけた私たち! ユエさんに比べたら熊人族なんて虫さん以下ですう!! 

 そしていよいよ旅立ちの時、踏ん切りをつけなくちゃいけませんね……

 

 次回、ありふれた親友

『ハウリアとの別れ! ベイビー、バイビー、リターンミー!』

 

 熱き闘志に、チャージ! イン! ですぅ!」




 次回は短いです


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第二十話「ハウリアとの別れ」

UA15000突破!めだてい!


 樹海の深部、大樹付近では獣のような悲鳴が響いていた。

 

 熊人族最大の一族であるバントン族、その次期族長と言われているレギン・バントンは自分の目を疑った。なんせ亜人族最弱と言われていたハウリア族に一方的にやられているからだ。

 何故こんなことになったのか、レギンはここに至るまでの経緯を思い返す。

 

 事の発端は族長であるジン・バントンが人族の子供に負けたという凶報から始まった。

 初めは何かの間違いだと思っていた、しかし長老たちから話されるのは「南雲ハジメ一行とハウリア族には手だし無用」との言葉。これにレギンを含む若い衆は憤りを覚えずにはいられなかった。

 狂信にも近いほど敬愛していたジンの恨みを晴らすべく、五十人ほどの熊人族が集まった。

 

 ハジメたちが大樹の下へ行くことを目的としているのは既に割れている。ならば目的を目の前にしてその体を八つ裂きにしてくれる、とギレンら熊人族は意気込んでいた。

 

 が、蓋を開けてみればこの結果である。

 

 奇襲をかけようとしたはずが逆に奇襲をかけられてしまう始末、為す術なく蹂躙されてしまった。

 

 そして、ギレンの眼前にはナイフの切っ先が突きつけられ、見上げればハウリア族の族長がこちらを睨み、見下ろしていた。

 

「……フェアベルゲンの誓約があったはずだが? これは……誓約を破ったと思って構わないな?」

「ちがう! これは我らの独断だ! フェアベルゲンは関係ない!」

「阿呆が。それはフェアベルゲンが決めた誓約を破って独断で我らを襲ったと言っているではないか」

「ぬぐっ!」

 

 話せば話すほど墓穴を掘ることに気付き口を噤む。チラ、と辺りを見渡す。誰一人として死人はいないが、気絶していたり健を切られていたりと動けない者しかおらず、全員戦闘不能の状態だ。

 

「どう? 負けるはずがないと思っていた相手にやられるのは、中々いい気分でしょ?」

 

 霧の奥からハジメが現れ、次いでシュウたちも姿を見せる。四人はつまらないものを見るようにレギンを見下ろす。

 

「貴様はっ! そうか……貴様らの仕業か……!」

「やめてよその言い方、まるで僕らが先に仕掛けようとしたみたいな言い方じゃんか。責任転嫁はよしてよ」

「だがハウリアの異常な強さ、貴様の仕業だろう!!」

「確かに手伝いはしたけど……彼らがここまで強くなれたのは彼ら自身の力だよ。彼らが諦めなかった結果、こうなったんだ」

「なあどんな気持ちだ? 虐げる側だったはずがいつの間にか立場が逆転してるってのはどんな気持ちなんだ? なあ? なあ?」

「シュウ、顔が下種いかしら……」

 

 NDK? NDK? と煽り散らすシュウの顔は右目を細め、左目を見開き、鼻と鼻がくっつきそうな距離でニタニタと笑っている。これは腹立つ。格ゲーでハジメをハメ殺した時も同じ顔をしていた。その事を思い出し少しイラついたハジメはシュウの頭を軽く叩く。

 

「いて」

「馬鹿なことしてないでほら、行くよ。ああそうだ」

 

 ハウリア族に案内をするよう目配せし、前に進めさせる。そしてわざとらしく、今思い出した風にレギンの耳元に口を近づけ一言。

 

「君らをここで殺さない代わりに、貸一つ。長老たちに伝えてね」

「なっ!?」

「本来なら皆殺しのところを誰一人として殺さないであげたんだ。貸一つで済んで儲けもんと思うべきじゃないかな?」

 

 その貸一つがどれだけ重いものなのか分からないレギンではない。フェアベルゲン側から一方的に絶縁する形となったのに追っかけられて襲撃をくらいそうになったのだ、この『貸し』はとんでもなく重い。

 表情を歪め、冷や汗を垂らしながらゆっくりと頷いた。

 

「うん、じゃあちゃんと伝えてね。もし次会った時に忘れてたりしたら……」

 

 ホルダーから素早い動作で二丁の拳銃を抜き引き金を引く。弾丸はレギンの耳を掠めて地面を穿った。

 

「その時がフェアベルゲンの最後だと思うんだね」

 

 絶対零度の言葉に、ただただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 ー

 

 

 霧の中へ去って行くレギンたちを見送り伸びをするハジメの服の裾をユエが掴む。

 

「どうしたのユエ?」

「返してよかったの?」

 

 こてり、首を傾げる。いちいち動きがあざといなと思いつつ胸のトキメキは隠せない。咳払いをして甘酸っぱい雰囲気を霧散させる。

 

「こほんっ、いいんだよ。下手に殺しても面倒なだけだしね。それに……カムさんたちが不殺にしたんだ。僕らがその気持ちを踏みにじるなんて出来るわけないでしょ」

「ん……えらいえらい」

「また子供扱いして」

 

 しかし撫でる手を拒んだりはしないあたり満更でもないようだ。嫉妬したシュウがどうにかユエを引き剥がそうとるがこの吸血鬼、ハジメ関連になると筋力のステータスがシュウを超える。愛の力は偉大なり。

 

 馬鹿なことをしているうちに一行は大樹の麓に辿り着いた。しかし、そこにはフェアベルゲンで見たような立派な樹の姿はなく、枯れ果てた大樹だけがあった。

 

「なんだこりゃ……」

 

 想像していた図とかけ離れた大樹を見て口をあんぐりと開けるシュウ。他の三人も似たりよったりな顔をしていた。大樹についてハジメたちよりは詳しいカムが補足に入る。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし枯れたまま変化なく、ずっとあるのでいつしか神聖視されるようになりました。言うなれば観光名所のようなものですね」

「観光名所ねぇ。ん? これは……」

「オルクスの扉と同じ文様だね」

 

 説明を聞きながら大樹の根元に歩み寄ると、オルクスの部屋の扉に刻まれていた文様と同じものが刻まれた石版があった。よく見てみると何かを当てはめるような窪みがある。

 

「もしかして……ハジメさん。オスカーさんの指輪を入れるんじゃないかしら?」

「うん、丁度試そうと思ってたところ」

 

 窪みに指輪がカチリ、とレイシアとハジメの予想通りハマった。すると石版が淡く輝き出すではないか。光量はどんどん強くなっていき、石版を包み込むとやがて収まっていく。

 

「一体なんなんだ……」

「ん……文字?」

 

 光が収まると、石版には先程まで無かった文字が浮かび上がっていた。

 

「『四つの証、再生の力、紡がれた絆の道標、全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』……これは、あれだね」

「最終ダンジョンに挑戦するにはまだバッジが足りないってか、よく出来てるぜホント」

「しょうがないよ。他の迷宮から攻略していこう」

 

 様々なトラブルを乗り越えてようやっとここまでやって来たと言うのに門前払いを食らう羽目になってしまうとは、気落ちするのも無理はない。

 

 ハウリア族に視線を向ける。話を聞いていたのだろう。ハジメたちが樹海から去ることに思うところがあるようだ。

 

「今言ったけど、僕たちは他の大迷宮から攻略することにします。貴方たちは僕らを大樹の下まで案内する約束は果たし、僕らは貴方たちを守るという約束を果たした。今のハウリア族ならフェアベルゲンの庇護が無くてもこの樹海で生き抜いていけるはずです」

「あの……ハジメさん……」

 

 家族と別れてハジメたちの旅に同行することを、シアはまだ話していなかった。ハジメは頷き目線で促す。『別れの挨拶をするなら今のうちだよ』、と言わんばかりに。

 

 ハジメに後押しされて決心がついたようで、シアは一歩前に出た。

 

「父様、私は、ハジメさんの旅について行こうと思います」

「……本気なのか?」

「本気です」

 

 前までのシアだったら不安に揺れ動いていただろう。しかし、今のシアは違う。迫り来る理不尽や困難を乗り越えて生き延びたシアの瞳は強く、そして自信に満ち溢れていた。

 その瞳を見て満足したのだろう。カムは朗らかな笑みを浮かべて「うんうん」と頷き、シアの頭を優しく撫でた。

 

「大きくなったな、シア……私はシアが成長して嬉しく思うよ……ちょっぴり寂しくもあるがな」

「父様……どうざばぁ〜〜!!!」

 

 抑えていた涙腺が崩壊し、滝のように涙が零れる。16年間、忌み子だと分かった上でシアの事を育て上げてくれたこと、忌み子だとバレて里を追われても一族全員で逃げてくれたこと、忌み子の自分を愛してくれたこと、感謝してもしきれない。

 最愛の家族と別れ旅に出ることが、寂しいわけが無い。旅の途中で思い出すこともあるだろう。いつまでも甘えてはいられない。

 

 

 けど、

 

 

 今だけは、甘えてもいいだろう。

 

 

 ー

 

 

「ハジメ殿、私からも一つお願いがあるのですが……」

「なんですか?」

 

 シアと抱擁を交わしたあと、カムはハジメに向き直り口を開いた。

 

「次に樹海に来た時、私たちを貴方の部下として使って貰えないでしょうか?」

「部下? 約束の対価ならもう貰ってるけど?」

 

 ハジメの言葉に首を横に振り否定する。

 

「いえ、あれしきのことで恩を返せたとは思っておりません。私たちはそれなりに強くなりました。そこで話し合った結果、貴方の部下として使ってもらうことが恩返しに繋がると考えました」

「いいんじゃねーの? 戦力増えて悪いことじゃねーだろ」

「いやまあカムさんたちがいいならいいんだけどさ……でも意外だね、『私たちも旅に同行させて下さい!』とか言うと思ってたよ」

「ご冗談を、私たちが旅に同行するにはまだまだ実力が足りておりません。それにこんな大集団で街へ向かうことなど出来ませんしな」

 

 カムたちは強くなった。が、それはあくまで亜人族の中で、と言った意味だ。解放者が残した大迷宮に挑むにはまだまだ力不足である。その事が分かっているからこそ、カムたちはこの樹海で自らを鍛えることに決めたのだ。

 

「そういうことなら、次会う時を楽しみにしてようかな」

「ええ。ハウリア族一同、精一杯鍛錬を積んで起きます」

 

 固い握手を交わし、ハウリア族に見守られながらハジメたちは【ハルツィナ樹海】を後にした。

 

 

 ー

 

 

 ハウリア族と別れ、【ライセン大峡谷】を目指すハジメたち。車内ではシアが自分の首に付けられた首輪に不平不満を漏らしていた。ハジメは苦笑してシアを宥める。

 

「我慢してよシア。シアみたいに可愛い子が奴隷じゃないと知られたら必ず面倒なことになるからさ、その予防処置として、ね?」

「……ハジメさんは卑怯ですぅ」

「ん。同感」

「えぇー……」

 

 惚れた弱みと言うやつだろう。想い人から笑顔でお願いされては文句を云う訳にはいかない。『可愛い』と言われたことに頬が緩みそうになる一方、納得していても奴隷扱いを受けるのに抵抗があるシアは喜び半分哀しみ半分と百面相していた。

 ユエも心当たりがあるのだろう。しみじみと頷いている。

 

「にしてもまともなメシっていつぶりだ? このさいお茶漬けでも涙が出るくらい嬉しいぜ。ただ金がないってのがなぁ……」

「ブルックっていう街にいくのだったかしら? 魔物を解体した素材もあることだし、お金には困らなそうかしら」

「冒険者ギルド……異世界あるあるだね」

 

 ブルックの街はライセン大峡谷に近いということで王都やホルアド程では無いがそれなりに栄えていると聞いた。ギルドに行くのなら折角だし冒険者にもなってみたい、そう考えていたハジメだった。

 

「……このメンツでギルドに行っても大丈夫なのかしら……?」

「なんか言ったかレイシア?」

 

 ボソリと呟くレイシアの言葉にシュウが反応したが、レイシアは曖昧に笑って誤魔化した。

 

「なんでもないかしら。多分大丈夫よね……」

 

 それはフラグだぞ、レイシア。

 

 

 

 

 

 


 

 ハジメ「シアを仲間に迎え入れて、ついに来たぞ冒険者ギルド。……ってちょっと待って?またトラブルなの?僕ら迷宮に挑む準備しに来ただけなんだけど?

 

 次回ありふれた親友

『おいでませブルックの町! ダーク、パーク、バークアウト!』

 

 熱き闘志に、チャージイン!」




 また来年


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第二十一話「おいでませブルックの町」

 新年明けましておめでとうございます!(激遅)


 樹海からどれだけ車を走らせただろうか、目を凝らすと街が見えた。あちらからは視認できない距離だろう。トラブルを避けるために降車して『宝物庫』に車を仕舞い、そこからは歩いて向かうことにした。

 魔物の侵入を防ぐための門の隣に、小さな詰所がある。そこから冒険者のような風貌をした門番らしき男が出てきた。

 

「止まってくれ。街に来た目的と、ステータスプレートを」

 

 門番としての定型文、言い慣れていそうだ。ハジメたちは素直にステータスプレートを渡す。勿論ステータスや技能は隠蔽済みだ。無用なトラブルは起こさないよう徹底している。

 

「そちらの嬢ちゃんたちのは?」

「少し前に魔物の襲撃にあってしまって……その時に紛失してしまったんですよ。後ろの兎人族は……分かりますよね?」

 

 ユエ、レイシアに視線を向けて顔を赤くしたあと、後ろに控えているシアにも目を向ける。兎人族にしては珍しい青みがかった銀髪、そしてお姫様顔負けの容姿、騎士団顔負けの筋骨隆々とした肉体、見事なポージング、そこから導き出される答えは──

 

「うん、護衛か。通ってよし!」

 

 門番の思考回路はショートしてしまったようだ。

 

 


 

 

 あのあと正気に戻った門番から魔物の素材を換金できる冒険者ギルドの場所を聞き、一行はそこを目指して歩いていた。 街はホルアドのように露店が大勢並んでおり、活気溢れる声が飛んでいる。

 しかし、やはりと言うべきか、すれ違う人の視線はユエやレイシア、シアと言った女性陣に集まり二度見、三度見されることもしばしばあった。 次にくるのは嫉妬の視線、美女に囲まれているハジメとシュウに向けられているものだ。二人は何処吹く風と流しているので、それも相まって視線はどんどん剣呑なものに変わっていく。

 ユエとレイシアが見せつけるように腕を組んでいるのが原因でもあるのだが。

 

 視線を纏ったまま歩き続けているとギルドに到着した。想像していた荒くれ者の住処とは違い、清潔感のある市役所のような場所だったことにハジメは驚いていた。

 食事スペースはあるようだが、誰も酒は飲んでいない。飲みたければ酒場へいけということだろう。

 ハジメたちがギルドに入ると一斉に視線が向けられる。ここに来るまでの道中に感じていたものとは違い、好奇心や興味といった種類のものが多かった。

 

 カウンターまで向かいハジメが受付嬢のオバチャンに話しかける。

 

「冒険者ギルド、ブルック支部へようこそ。今日は何の用だい、色男」

「色男って……素材を換金したいんですけど」

「買取だね? ならステータスプレートを見せておくれ」

「あ? 買取にステータスプレートが必要なのか?」

 

 シュウの言葉にオバチャンは「うん?」と言った表情をして首を傾げる。

 

「アンタら冒険者じゃないのかい? 冒険者と確認出来れば一割増で売れるんだよ」

「へえ。そりゃ凄いな」

「他にもギルドと連携してる宿屋やら食事処の割引もあるからね、登録しといた方が得だよ。登録料として千ルタ必要だけどね」

「うーん……今持ち合わせが少しもなくてですね。買取金額から引いて貰えませんか?」

「なんだいこんな可愛い子三人も侍らせといて、ちゃんと上乗せしといてあげるから不自由にさせんじゃないよ」

 

 オバチャンのかっこよさに思わず見惚れてしまう。これが大人の余裕というものか、ハジメは間違った知識をひとつ覚えた。

 ステータスプレートを差し出してすこし待つ。

 

 女性陣のステータスプレートを発行することも考えたが、三人ともハジメやシュウに劣らず化け物じみたステータスのはずなので、そんなものを作ってしまえば面倒なことになってしまうだろう。シュウの『超直感』もそう反応している。

 

 戻ってきたステータスプレートを見てみると、天職の隣に職業欄として冒険者が追加されていた。今はまだルーキーの色である青色の点が施されているが、依頼をこなしギルドからの評価を上げていけば赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と色が変わっていく。これはこの世界の通貨であるルタの色と一緒で、今のハジメとシュウには一ルタの価値しかないと言われているようなものだ。天職を持たない冒険者が上がれる限界は黒らしく、上位四桁に入ることから天職ありで金ランクに上がったものよりも賞賛を受けるらしい。それほど冒険者にとって色は重要なのだ。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ。さて、買取だったね。あたしは査定資格を持ってるからここで構わないよ。素材を見せておくれ」

「オバチャンすげぇな……」

「こらシュウ。すみません、お願いします」

 

 シュウの言葉に気にした様子は見せず、寧ろ溌剌とした笑みを浮かべる。なんでも「男はそれくらい正直な方がいい」とのことらしい。ユエたちだけではなく、後ろの受付女性陣や女性冒険者たちが深く頷いていたことを見るにどうやらその通りなのだろう。

 ハジメは軽く謝罪した後、予め宝物庫から出しておいた素材が入ったバッグから魔物の爪や牙、皮、魔石といった素材をカウンターに置く。

 その素材を見てオバチャンの顔付きが険しいものに変わっていく。

 

「これは、樹海の魔物かい。凄いのを持ってきたね……でもここでいいのかい? 中央ならもっと高く売れるよ?」

「構いません」

 

 買取査定額はキリよく六十万ルタ。中々の大金だ、なんでも樹海の魔物は珍しく良質なものが多いらしく、ここらではとても貴重なものなのだとか。

 

 そのあと天職が『書士』だというオバチャンから精巧な地図を貰いオバチャンの有能さに戦慄しながらハジメたちはギルドを後にした。

 

 地図に書いてある『マサカの宿』という料理が上手く、防犯付き風呂付きと文句のない宿屋に宿泊することにした。ちなみに風呂が決め手である。

 

 宿屋に入ると、本日三度目の視線による集中砲火を受ける。そろそろウンザリしてきた。

 それらをスルーしてカウンターに向かい、十五歳ほどの受付嬢に声をかける。

 

「この地図を見て来たんですけど、一泊お風呂付き、食事付きでお願いします」

「かしこまりました! お風呂は十五分百ルタとなっています! この時間帯が空いてますけど、どうしましょう?」

「どれくらいにする?」

「一時間半とかでいいんじゃねえか?」

「えっ!? そ、そんなに!? あっ、えっと、お部屋はどうされますか?」

 

 こちらの世界の住人にとっては長く風呂に入ることは珍しいのだろう。しかし日本人である二人にとってこれだけは譲れない。

 

「二人部屋ひとつと三人部屋ひとつでいいかな?」

「ん。私とハジメ、その他三人」

「ちょっと待ってエロ吸血鬼。俺とハジメ、その他三人に決まってるだろ?」

「いや、私とシュウ。その他三人かしら」

「えー! 私とハジメさん、その他三人に決まってるですぅ!」

 

 ザワり、今まで様子を伺っていた食事スペースから声が上がる。そして視線の種類が嫉妬、怒り、殺意といった視線へと変質した。

 

 ハジメはこうなることが大体予想出来ていたからパパパッと済ませようとしたのだが、結局回避することが出来ず頭を抱える。

 

「……五人部屋ってありますか?」

「一体どういう関係なの……!? あっはい、ありますよ!」

「じゃあもうそこで、ほら馬鹿やってないで行くよ!」

 

 いつのまにか『誰がハジメと寝れるかジャンケン選手権』が始まっていたので容赦なくゴム弾を打ち込んで四人を引きづりながら案内された部屋へ向かった。

 部屋に入り鍵を閉める。四人をベッドに投げ捨てたあと、ハジメも寝転がり意識を手放した。

 

 夕食の時間になり起こされ、食事スペースに行くとチェックインの時にいた客がまだいた事や、少女の視線がなんというか思春期特有のものに変わっていたりと思わず引きつった笑みを浮かべてしまったハジメは悪くない。

 

 


 

 

 食事を済ませたハジメたちは男子と女子で別れてそれぞれ行動することになった。ハジメとシュウはお互いの武器の新調、整備などで、ユエ、レイシア、シアは少女らしく可愛い服を見繕いたいとのことだそうだ。

 

 二人に送り出されて街をぶらぶら歩く三人。男性陣がいないことも相まってか邪な視線を感じる。

 

「地図によるとこの辺りみたいかしら」

「楽しみですぅ! それにしてもキャサリンさんってすごい女の人ですね! 受付に査定、加えてこんな立派な地図まで作れるんですもん!」

「ん、人は見かけによらない」

 

 店に到着し、店内を物色する。流石はキャサリンがおすすめする店だ。品揃えも品質よく、機能的なものばかり置いてある。もちろん見た目も忘れないという良店の中の良店だった。

 

「あらあ〜! いらっしゃあ〜い♡ウフッ、可愛い子たちねぇ〜ん! 来てくれて嬉しいわぁ〜、お姉さん、いっぱいサービスして、あ・げ・る♡」

 

 ただ一つ、化け物がいることを除けば。

 

 その肉体はマッスルモードのシアにも劣らず、いや寧ろ勝るほどの筋肉を有しており某世紀末漫画のように濃い劇画調の顔、そして功夫の心得を持っていそうな超人のような髪型をしている。クネクネと体を拗らす動きがなんともおぞましい。

 

「ひ、人は見かけによらない……」

「で、ですぅ……」

「か、かしら……」

 

 ユエは先程自身が呟いていた言葉を再度唱え、言葉の意味を思い出す。そう、人は見かけでは無いのだ。大事なのは中身、例えガワが化け物でも中身が善良な市民ならば問題ない。

 

「あらあ? どうしたの急に固まって、も・し・か・し・て……アタシの美しさに見惚れちゃったかしら♡」

 

 耐えきれなかった。神話生物も裸足で逃げ出すほどの不気味さ、ジョークを話す顔も恐怖でしか無かった。ハートマークがつくことでさらにおぞましさは加速する。オーバーキルである。

 

 くらりと目眩がして思わず額に手を当てる。シアは地面にへたり込み白目を向いており、レイシアはここにいないはずのイマジナリーシュウを生み出して会話していた。重症だ。

 

 結局、三人は化け物改めクリスタベル店長に服を見繕って貰い店を後にした。以前から着用していた服も似合っていたが、流石は美少女。今着ているファンシーガーリーな服装も似合っている。

 クリスタベルはそんな三人の姿を見て満足したのか愛嬌のある笑顔を浮かべて「またいらっしゃあ〜い」と手を振って見送ってくれた。

 

「いやあ〜……いい人でしたね、クリスタベルさん。怖かったけど」

「ん……いい人だった。怖かったけど」

「かしら。怖かったけど」

 

 本人が聞いていたらまたSAN値直葬しそうな形相に変貌してしまいそうだが、もうクリスタベルには聞こえない距離まで移動していたので助かった。

 

 次は道具屋を回ろうと話している最中、冒険者らしき男たちがユエらをぐるりと取り囲んだ。パッと見でも三十人程はいる。

 白昼堂々と人攫いでもするつもりか、そう考えたユエとレイシアはすぐさま戦闘に入れるよう臨戦態勢に入る。二人を見てシアも気付いたようで、いつでも飛び出せるように『身体強化』を発動させる。

 

 だが男たちがとった行動はユエの予想を外れ、対話だった。

 

「ユエちゃんとレイシアちゃん、それにシアちゃんで合ってるよな?」

「……? ……合ってる」

「なんの用かしら?」

 

 てっきり戦いを挑まれることになると思っていた三人は敵意を感じない男たちの様子を見て訝しげな視線を送る。よく見てみれば冒険者だけでなく、エプロンを付けたそこらの店の店員らしき者たちもいた。

 

 話しかけてきた男が周りの男たちに視線を送ると、それぞれ深く頷き覚悟を決めた顔つきで一歩前に出た。

 

「「「「「ユエちゃん!!!!! 俺の恋人になってくれ!!!!!」」」」」

 

「「「「「レイシアちゃん!!! 俺の女になってくれ!!!!!」」」」」

 

「「「「「シアちゃん!!!!! 俺の奴隷になってくれ!!!!!」」」」」

 

 三人は気づいていないが、ここにいる大半の者がマサカの宿の宿泊客だ。

 つまりはそう、一目惚れである。だとしてもいきなり大勢で囲って告白というのはどうなのだろうか、状況を理解した三人の目は冷たいものに変わった。

 

「……ユエさん、レイシアさん。私お腹が空きました〜」

「あら、道具屋はいいのかしら?」

「キャサリンの地図を見る限り、もう少し歩けば着く……店内を少し見てから、ご飯にする?」

「そうですね、そうしましょう」

 

 触らぬ馬鹿に祟りなし、三人がとった行動は無視だった。当然といっちゃ当然である。

 しかし男たちにとっては決死の告白、塩対応どころか対応すらされないなんてあんまりだ。

 

「ま、待ってくれ! せめて! せめて返事だけでも!!」

「断るに決まってる」

「ありえないかしら」

「逆になんであれでOKを貰えると思ったんですか」

「うぐぅ……!」

 

 当たり前だ。シアの言葉通り、なんであれで成功すると思ったのか、甚だ疑問である。

 膝を着く者、項垂れる者、反応は様々であったがそんな者たちの中でも諦めきれない男がいた。ギラりと目を光らせ三人に飛びかかった。

 

「だったら、力づくで俺のもんにしてやる!!!」

「シア」

「はいですぅ!」

 

 ユエに答えてシアが一歩前に出る。そして、筋肉形態(トゥルーフォーム)を解放した。

 単眼の巨人(サイクロプス)顔負けの筋骨隆々の肉体、その肩は山岳のように大きく、また隆起していた。

 いきなり美少女がマッチョに変貌したことに脳がフリーズする男たち、飛びかかってきた男はその体を片手で受け止められ先程までシアたちがいた店の前に投げられる。

 

「ぐっはぁ!?」

「あらあらぁ〜ん? 一体何かしら〜?」

「クリスタベルさあーん!! その人とここにいる男の人たちが私たちを襲おうとしてきたんですぅ!!」

「その声はシアちゃん……なんですって?」

 

 痛みとシアの姿で混乱していた男の眼前に化け物基クリスタベルの顔面がドアップで映し出される。クリスタベルは乙女の味方、乙女に仇なす者には容赦はしない。

 

今の話はホントかゴラァ!!!

「ひぃいいいい!!!?? ばっ、化け物ぉぉぉおお!!!!!?」

「だぁ〜れがニャルラトホテプも関わろうと思わない化け物だゴラァあああ!!!!

 

 どこから取り出したのか、麻縄で男の手足を器用に縛っていくクリスタベル。助けを求めていた口に猿轡をされた男は店の奥へズルズルと引きずられて行った。

 

 その光景を見ていた周囲の男たちは顔を真っ青に染めて膝を震えさせる。中には余りの恐ろしさに腰が抜けた者まで出る始末だ。

 

 店の奥からクリスタベルが出てきた。男たちから悲鳴が上がる。

 

「シアちゃん、ユエちゃん、レイシアちゃん。ここにいる全員が貴女たちを襲おうとしたの?」

「う〜んと、奥にいる人たちは違いますね」

「ん……そこからそこまで」

 

 人差し指で十人前後の男を指していく。男たちにとっては死刑宣告のように感じたことだろう。話を聞いたクリスタベルは舌をペロリと出して舐め回すように男たちの体を見定める。

 

「……そろそろ店舗を増やしたかったのよねぇ〜。それに合わせて従業員も増やしたかったから……丁度いいわね♡」

「「「「「ひ、ひぃいいいい!!!!!」」」」」

「クリスタベルさん、あとは任せてもいいのかしら?」

「ええ♡ここはお姉さんに任せて、お嬢ちゃんたちはショッピングを楽しんでいらっしゃい♡」

「ありがとうございますクリスタベルさん! 今度私の好きな人と一緒にお店に行きますね!」

「ん!? ハジメと買い物に行くのは私が先……!」

「私はシュウと行くかしら! またね、クリスタベルさん!」

 

 キャーキャーと言い争いながら三人が去って行く様子を微笑ましそうに見つめ、クリスタベルは男たちに向き直る。

 

「さ♡て♡と♡、アンタたちはこっちよ!!!

「助けてお母ちゃん!!」

「魔王が、魔王がすぐそこに!!」

「死にたくない!! じにだぐだいっ!!」

 

 想いを寄せてた女の子たちに好きな男がいることが発覚し、精神的にダウンしていたところにボディーブローをくらい肉体的にもダウンしてしまう男たち。

 

 数日後、クリスタベルの店は二号店と三号店を出したようでどちらも売れ行きは上々らしい。一つ特徴をあげるとするならば、店員の見た目がクリスタベルのような漢女(おとめ)であるといったところだろう。

 

 


 

 

「どうかなシュウ」

「ああ、悪くない」

 

 そう話すシュウの足には臑当てが着けられており、デザインは籠手と似た黒いシンプルなものとなっている。一つ違うとすれば籠手のように変形は出来ないことだろう。

 

「弓の方はどう?」

「こればっかしは実際に射ってみないと分からないな」

「ですよね。と言うかシュウ、弓なんて使えたんだね。いきなり弓作ってくれなんて言われたから驚いたよ」

 

 ハジメが作業台に使っていた机の上にはダイナマイトのような形をした円柱状の物体が置いてある。臑当て同様、これもハジメが製作したものだ。今は待機状態だが、魔力を流せば弓に変形する。

 

「んー、何となく使える気がしたんだよな。特に深い意味はない」

「ふぅん。ま、何にせよ一先ずはこれで完成かな。んー! 疲れた!」

「お疲れ様ハジメ。アイツらが帰ってくるまでまだ時間あるだろうし、風呂でも入るか? 今なら空いてるだろ」

 

 と、シュウが入浴を進めた直後、勢いよく扉が開かれた。

 

開けろ! ユエユエ市警だ!

「ユエ!?」

「お姉様〜、一体どうしたのかしら〜? 急に走りだしたりして……」

「ん、女の勘。嫌な予感がした。どうやらあたり……」

「なんか俺の超直感に似てきてないか……お前の勘」

 

 ちぇっ、と残念そうに舌打ちすればシュウはベッドに座り込む。その横にレイシアが座れば二人は自然と肩を寄せ合いイチャつき始めた。

 

「その服買ってきたのか? 似合ってるな」

「可愛いかしら?」

「ああ、すっげぇ可愛い」

「んふふ〜♪」

 

 花の咲くような満面の笑み。先程の男たちが見れば鼻血ものだろう。それを羨ましそうに見ていたユエがハジメに擦り寄る。

 

「ハジメ、私も買ってきた……似合う?」

「ああ、うん。似合ってるよ、可愛いね」

「ん……」

 

 頭を撫でられてご満悦なユエさん。するりとハジメの腰に手を回す。ムッツリである。

 

「ハジメさ〜ん! 私は! 私はどうですか〜?」

「シアも可愛いと思うよ」

「はうう! 嬉しいですぅ!」

 

 感激ですぅ! と抱きつきハジメの頬と自分の頬を擦り合わせる。いつもならユエが許さないのだが、今のユエはシア如きに構っている暇などないのだ。酷い。

 されるがままになっていたハジメだったが、弓の隣に置いてある側面に取っ手の付いた円柱状の物体をシアに渡す。シアは頭上に疑問符を浮かべていたが、渡されたモノの重さに驚く。

 

「こっ、これなんですか? 少し重たいんですけど……」

「魔力を流してみて」

「えっと……こう、ですか?」

 

 カション、カションと言いながら円柱状の物体は槌に変形した。しかもシアが以前まで使っていた槌より二回りも大きい。驚くシアを他所にハジメはつらつらと説明を始める。

 

「これはドリュッケン、シア専用の武器だよ。いつまでも急ごしらえの武器じゃ大迷宮なんか挑めないからね、変形ギミックだけじゃなく他にも機能を色々詰め込んでるよ。今はこれが限界だけど……僕の腕が上がり次第これからも改良を続けていくつもりだから、簡単に死なないでね?」

「ん。死にそうになる前に助ける」

「勝手に死んだらぶっ殺すからな」

「言ってること無茶苦茶かしら……シア、照れ隠しだから気にしないでね?」

「ふふふっ、分かってますよ!」

 

 ドリュッケンを後ろ手に持ちくるりと回る。

 

「不肖シア! 皆さんのお役に立てるよう、頑張ります!」

 

 ニパッ、と快活な笑みを浮かべて宣言した。

 

 いよいよ明日、ライセン大迷宮へ挑む。

 

 

 

 

 


 

 シュウ「ついに挑むことになった【ライセン大峡谷】の大迷宮。どんな強敵が待っているのやらと思っていたのに出てくるのは陰湿な罠に罠に罠!俺らのコンビネーションで軽く捻ってやる!

 

 次回!ありふれた親友!

『腹立たしい迷宮攻略! レディ、バディ、セキュリティ!』

 

 熱き闘志に、チャージ、イン!!」



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第二十二話「腹立たしい迷宮攻略」

 装備も食料も揃えたハジメたち一行は大迷宮を攻略するために【ライセン大峡谷】 を駆け回っていた。そして大迷宮を探すこと丸一日、ついにそれらしき場所を発見した。

 

 発見したのだが……

 

「…………ハジメ」

「……うん、分かってる。シュウが言いたいこと全部分かるよ」

 

 五人の視線の先には壁を直接削り作られた看板があった。そこには──

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

 と、殺伐とした大迷宮には似合わない女性特有の可愛らしい丸っこい字で書かれていた。

 

「ミレディ……ということは、本物?」

「それにしても無駄に装飾がこってるかしら。暇だったのかしら?」

「ほえ〜、大迷宮ってみんなこんな感じなんですかね?」

 

 初めて訪れる大迷宮がこれでシアがのほほんと疑問を口に出すが、四人は同じタイミングで首を横に振り否定した。まるで打ち合わせでもしてたように完璧だった。それほど【オルクス大迷宮】は厳しかったということだろう。

 

 こんな発見の仕方、誰が想像出来ようか。オルクス大迷宮で感じた緊張感との余りの差にハジメのテンションはダダ下がりだ。気まずい沈黙の中、ハジメが口を開く。

 

「……えっと、じゃあ、その……行こうか」

「お、おう」

 

 こうして迷宮攻略は静かに始まった。

 

 


 

 

 谷底より遥かに強力な魔力分解作用が働いているここ【ライセン大迷宮】では魔法が扱えない。魔法のエキスパートであるユエとレイシアであっても上級以上の魔法は発動できず、中級以下でも射程、威力共に著しく低下している。

 また、魔力を貯蔵しておける魔晶石の減りもバカには出来ない。魔法を使う時は考えて使わなければ直ぐに魔力切れで倒れてしまうだろう。

 

 分解作用に苦しめられているのはユエとレイシアだけではない。

 

「ちっ」

「うーん……」

 

 自身の掌の上で燃える炎を見て忌々しげに舌打ちするシュウと、両手に持つドンナー・シュラークの赤いスパークを物足りなさそうに見つめるハジメ。

 

 シュウは自身の炎魔法を封じられているせいで体力、気力を消費する『死ぬ気の炎』を使うことを強いられている。まだまだ余力は有るが、シュウが完全に『死ぬ気の炎』を制御しきれていないこともあり、ペース配分を間違えればお陀仏なので慎重にならざるを得ない。

 またハジメも銃火器類に必須な『纏雷』を初めとした体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法も制限をかけられている状態だ。

 

 よってこの場で何も影響を受けないのはシアただ一人となる。

 シアだけがこの迷宮で全力を出せる。だから君を頼りにしてるよ、とハジメが伝えたところ。

 

「まっかせてください! ハジメさんのお役に立てるよう! 気合い!! 入れて!! 行きます!!」

「なんでそのネタ知ってんだよ……」

「ほえ?」

 

【オルクス大迷宮】とは違い、階段や扉が多いこの迷宮はある意味迷宮らしいと言える場所だ。なにも目印がなければすぐに迷ってしまうだろう。

 マーキングとして壁に傷跡を付けてマッピングも細かくすることにした。

 発光する壁を物珍しげに見ながら歩いているとハジメの足元から『ガコン』、と何かが外れる音がした。

 

「え?」

 

 すると壁から丸のこのような刃が飛び出てきたかと思えば、高速回転し始めたでは無いか。刃がその場で留まる訳もなく、こちらへ迫ってきた。

 

「──回避っ!!」

「うおおおっ!?」

 

 マトリックスばりに体を逸らして避けるハジメと地べたに伏せて回避するユエとシア、後方にいたレイシアとシュウも同じように回避する。

 

 通り過ぎって行った刃を見て冷や汗を流しながら話す。

 

「完全な物理トラップ……これじゃ魔眼石でも感知できないね」

「俺の『超直感』が反応してたのはこれだったのか……ハジメ、俺が戦闘を歩く。この調子じゃ魔法トラップの類は少ないだろ」

 

 ハジメがトラップに引っかかってしまったのは魔眼石を過信していたからだ。魔眼石ならば魔法トラップを見極められる、【オルクス大迷宮】では魔法トラップが主だったこともあり、トラップはないと思い込んでいたのだ。

 

「し、死ぬかと思いました〜……けど、ハジメさんとシュウさんならあのくらい受け止められたんじゃないですか?」

「うーん……そうもいかないんだよね。今の僕は『金剛』が使えないし、シュウも『身体強化』だけじゃ受け止めきれないだろうし」

「よしんば受け止められたとしてもそのまま勢いに押されて吹っ飛ばされるのがオチだろうな」

「しょ、しょんなあ〜……」

 

 しょんぼりとうさ耳をへたらせるシア。ハジメは困ったように笑いながらシアの頭に手を当てる。

 

「さっきも言ったけど、この大迷宮じゃ『身体強化』特化のシアが一番頼りになるんだ。勿論僕達も頑張るけどここぞと言う時は頼んだよ、シア」

「頼り……私が……はい!! 頑張りますぅ!」

 

 頭を撫でられ頼りにしてると言われテンションが上がったようで、シアのうさ耳は絶好調と言わんばかりにピコピコと揺れている。

 

 その後ろでユエはジト目を向けていたとか。後にレイシアが苦笑しながら教えてくれた。

 

 


 

 

 あれから暫く進んだが、未だに魔物は出てこない。代わりにトラップと思わしきものは幾つか見つかった。

 先頭を歩いていたシュウが足を止める。

 

「どうしたのかしら?」

「……この先、嫌な予感しかしねぇ」

「……どういうこと?」

「『超直感』が足場全面に反応してんだよ。なんだこれ」

 

 今まではトラップがあるで『あろう』場所に反応していたのだが、今は足の踏み場がない程反応しているようだ。恐る恐るシュウが足を踏み出してみれば『ガコン』と聞き覚えのある音が響く。

 

「……どうやらミレディとかいう野郎はとんでもなく性格が悪いらしいな」

 

 ゴゴゴゴと地鳴りのような音が鳴ったあと、階段が引っ込みスロープになった。かなり傾斜のキツい段差だったのでまともに立っていることは出来ず全員地面に手をついてしまう。

 が、それすらも許されなかった。地面には無数の小さな穴が空いており、そこからタールのような滑りやすい液体が流れていたのだ。

 

「こっの!」

「分解作用のせいで上手く錬成できない……! シュウ! 炎使わないでね!」

「使わねぇよこんちくしょう!!」

 

 滑り台のようにスロープを下っていく一行。シュウはレイシアを抱きかかえ、ハジメはユエとシアを抱きかかえて出口らしき穴を睨みつける。

 

「しっかり掴まってろよレイシア!」

「ユエ! シア! 離さないでね!!」

 

 空中へ投げ出されたハジメたち、ハジメは『瞬光』を発動させ知覚能力を極限まで引き上げる。スローになった世界で逃げ場を探すと横穴が空いていることに気づいた。

 義手に魔力を流し、掌からアンカーを射出して天井に突き立てる。そのままターザンの要領で横穴へ体を投げ込んだ。

 

「うっ!」

「むぅ!」

「ぴょえっ!!」

 

 地面に体を打ち付けたことで三者三葉に呻き声を上げる。

 

「どおおおらあ!!」

「きゃんっ!」

 

 少し遅れてレイシアを抱えたシュウが横穴へ飛び込んできた。ふわりと冷風が肌を撫ぜる。どうやら氷を足場にして飛んだようだ。

 

「お前ら、早く行くぞ」

「さあ立つかしら進むかしら」

「ど、どうしたの二人とも?」

 

 レイシアの顔は真っ青でシュウはイラついている。レイシアが女性陣の腕を引っ張って進み始めたのを見て、シュウがハジメにしか聞こえないよう耳打ちした。

 

「さっき下をちらっと見たんだが、麻痺性の毒を持ったサソリが床一面にびっしりと敷き詰められていた。滅茶苦茶気持ち悪かった」

「あ、ああ……それでレイシアは顔色を悪くしてたんだね……」

「レイシアにあんな思いさせやがって……この迷宮作ったやつは絶対殺す」

「もう死んでるでしょ……成程、怒ってた理由はそれか」

 

 額に灯っている橙色の炎が怒りを表すように荒ぶっている。明鏡止水の心とは何処に。

 

 その後も天井が落ちてきたり大玉が転がってきたりと様々なトラップが襲いかかってきたが、質量で攻めてくるタイプは化け物ステータスの男二人がいるので何とか対処が出来ていた。しかし迷宮が常に変化していてスタート地点に戻されるというトラップには全員額に青筋を浮かべるほど怒っていた。

 

 しかもトラップを凌いだ先には必ずあの石碑があり、そこには丸文字でウザイ文章が書かれていた。

 

 

『え!? あれくらいで疲れてんの!?』

 

 

『ぷぷぷ〜焦ってんの〜、だっさー!』

 

 

『(^Д^)m9』

 

 

 このしつこさには流石のハジメもイラつきを見せるようになってきたが、流石はゲーム開発者の息子。この程度のイラつき、バグ修正に比べれば軽い軽い。

 シュウは額の炎の出力を上げることで無理やり冷静になっていた。それは冷静と言えるのだろうか? 

 

 進み続けること数時間、五人はいかにもボス前らしき部屋に辿り着いた。目を凝らしてみると、奥には祭壇らしき囲いとその後ろには荘厳な大扉が佇んでいた。しかし部屋の両脇にはずらりと五十を超える数の騎士甲冑に身を包んだゴーレムが並んでいる。ゲンナリとした顔でハジメはため息をついた。

 

「絶対動くやつじゃんこれ」

「先に燃やしとくか?」

「いや……これだけの数だし、まともに相手して消耗するのも頂けない。それに魔眼石で見る限り、ゴーレムの核らしき部分も見当たらないし……大丈夫でしょ、多分」

 

 ゴーレムは体内に動力源となる核を持っているとオスカーの手記にも書いてあった。しかしここにいるゴーレムたちからは核の反応が見えない。

 

「……さっさと通り抜けて、扉の中に入るのが吉」

 

 いつもの無表情でハジメに告げるユエ。そうだね、と頷き五人は通路の中央を走り出した。

 

 中間あたりまで来たところで、最早聞きなれた『ガコン!』という音が部屋全体から聞こえた。同時にゴーレム騎士たちの目に光が灯り、それぞれ武器を構えてハジメたちを取り囲む。

 

「おいおい、核はないはずじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけど……ん? 『感応石』……成程。誰かさんがこのゴーレムを操ってるみたいだね。こいつらは無視して扉の方へ行った方が良さそうだ」

 

 ホルスターから二丁のレールガンを抜き戦闘態勢に入りながらハジメは話す。『鉱物系鑑定』でゴーレムの体を見た時に『感応石』という見なれない鉱石を見つけたのだ。要は『感応石』を組み込んだ物質は遠隔操作が可能になるらしい。

 

 ゴーレムの攻撃を捌きながらなんとか扉の前までやってきた。

 

「ユエ、どう? 開けそう?」

「……だめ、封印がかけられている」

「任せても?」

「……ん。三分で終わらせる」

「流石、愛してるよユエ!」

「んっ!」

 

 ハジメから愛の言葉を貰ったユエは元気百倍と言わんばかりに表情を輝かせて封印に向き合った。

 

「ハジメさん、私は私は?」

「ゴーレム倒し続けてくれたら愛してる」

「まっかせてください! 不肖シア! ハジメさんの為なら火の中水の中ゴーレムの中! どこへだって行きますよ〜!!」

 

『うっさうさにしてやんよ〜!』とドリュッケンを振り回しながらゴーレム群の中へ突っ込んでいくシア。その様子を羨ましそうに見ていたレイシアがシュウの腕を引っ張る。

 

「……シュウ、私も」

「ダメだ」

 

 ピシャリと言われレイシアは悲観した表情に変わる。ため息をつき、まるで我が子を諭す様に語りかける。

 チラリとハジメが二人を見るが、長くなりそうだと判断したのだろう。『やれやれ』と苦笑するとゴーレムに囲まれてあたふたしているシアの元へ駆けて行った。

 

「いいか、レイシア。お前とユエはこの大迷宮と相性が悪い。だからギリギリまでサポートに留まってもらうって言っただろ?」

「でも……『魂躰同化』なら……」

「バカ、あれこそ切り札だろ。こんな所でおいそれと使っていいもんじゃない」

 

『魂躰同化』は確かに強力だが、ここでは攻撃を仕掛けるだけで凄まじい魔力を消費することになるだろう。二人分の魔力を使えるといえば聞こえはいいが、その魔力を消費する身体はひとつしかない。つまりはシュウの身体に負担がかかるのだ。

【オルクス大迷宮】の時のヒュドラのようなボスがいると仮定した場合、タンク兼アタッカーのシュウが戦えないのはかなりの痛手になる。

 心苦しいが、レイシアには今は大人しくして貰うほかないのだ。

 

 シュウに諭されて「うぅ〜!」と頭を抱えたレイシアだったが、納得したのか頷いてシュウの背中を押した。

 

「負けないでねシュウ!」

「当たり前だ。カッコ悪いとこ見せられないからな」

 

 そう言ってレイシアに微笑んだ後、ゴーレムに視線を移し掌に炎を灯して噴射する。高速でゴーレムとの距離を詰めると脚甲に炎を纏わせた蹴りをゴーレムの胴体に叩き込んだ。

 高熱により融解した鎧は赤黒く変色して飛沫となって散りばめられた。しかしそれでも再生するらしく、逆再生の動画のように飛び散った鎧の破片がゴーレムの元へ集まっていく。

 既にハジメとシアが壊したであろう残骸も集まり、残骸はひとつの巨大なゴーレムとなった。恐らくシュウの炎を纏った蹴りや拳を警戒しての合体だろう。優に五メートルを超える巨体がその背丈すらも追い越す大きさの槍を手に持っている。

 

「試してみるか」

 

 巨大ゴーレムを見ても動じるどころか大胆不敵な笑みを浮かべるシュウ。

 両手をクロスさせて目を閉じると額の炎が燃え上がる。身体を引いてゆっくりと左手を後ろに、右手を前に突き出す。

 

 ボウッ、と左手から橙色の炎が噴射される。その出力は飛行する時の比ではなくロケットのように大きかった。

 

 ゴウッ、と今度は右手に橙色の炎が溢れ出すように灯り、輪を描く。左手の炎とは違い、純度が高く赤色が強い炎だ。

 

「!!」

 

 撃たせてはいけない、そう判断したのだろう。巨大ゴーレムが槍を上段に構え、シュウ目掛けて振り下ろした。

 振り下ろされる風圧で周りのゴーレムのボディがひしゃげる。ハジメとシアも動きを止めるほどだ。高層ビルが降ってくるような圧力がシュウに襲いかかる。

 

「Xバーナー!!」

 

 シュウが叫ぶと同時に、炎が放たれた。

 熱、マグマすら凌駕する炎の塊と槍が触れる。

 

 でろりと穂先が溶けたかと思うとあっという間に巨大ゴーレムの身体は炎に飲み込まれる。

 

 燃焼し融解し蒸発し──炎が収まった後には塵一つ残っていなかった。

 

「……ふう」

 

 ゴーレムが燃やし尽くされたことを確認し、左手の炎を消す。『上手くいった』、シュウの胸中は興奮よりも安堵の方が勝っていた。

 シュウはまだXバーナーの出力を制御しきれておらず、先程も全力の七割と言ったくらいしか出せていなかった。

 そもそもXバーナー自体発射段階に入れてもそれを放つことは出来なかったので、ヒュドラ戦と今の戦闘を合わせてまだ二回しか撃ったことがない。加えて魔力が使えないこの大迷宮、ぶっつけ本番のような形になってしまったが上手くいってよかったと胸を撫で下ろした。

 

 すると背後から扉が開く音が聞こえた。振り返って見てみればユエがサムズアップしており、レイシアは嬉しそうに手を振っている。どうやら予想よりも早く封印を解いてくれたようだ。

 

「さぁて、奥で待ってるのはどんな化け物なのか」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべながら二人の元へ急いだ。

 

 そして現在。

 

「ハジメさん」

「なんだいシア?」

「私、すごく見覚えがあるんですけど……」

「奇遇だね、僕もだよ……」

 

 二人の言う通り、自分たちの記憶が正しければここは迷宮の入口にあった最初の部屋だ。ユエとレイシアは困惑しており、シュウは自分の嫌な予感が外れていてくれと願っていた。

 そして見計らったかのように部屋の中央から石版がニュっと出てくる。

 めちゃくちゃ嫌そうな顔でハジメが石版を覗き込んだ。

 

『ねぇ今どんな気持ち?』

 

『苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時ってどんな気持ち?』

 

『ねぇねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、お姉さんに教えて見なさいよ』

 

 皆にムカつく文字を見せないようにハジメが文章を読み上げているのだが、読み進むにつれてヒクッ、ヒクッと頬が引き攣っている。女性陣は能面のように表情を無くし、シュウは立派に仕事を果たした『超直感』を恨んだ。

 

『あっ、そうそう。言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します♪』

 

『いつでも新鮮な気持ちで私の迷宮を楽しんでもらおうという心優しい美少女ミレディちゃんの心遣いです♪』

 

『嬉しい? 嬉しいよね? あーもう嬉し涙でいっぱいだね! え!? お礼なんていいよぉ! 私が好きでやってるだけだからぁ!』

 

『そ・れ・と〜……ちなみになんだけど、迷宮は常に変化するのでマッピングは無駄です』

 

『ん? んんん? え? もしかして、もしかしてなんだけど、ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 四苦八苦しながら作っちゃった? 残念! 無意味です!! (^Д^)m9プギャー!!』

 

 読み切った後、ハジメは深く息を吸ってゆっくりと吐き、清々しい笑みを浮かべ──石版を握り潰した。

 

「……ミレディ・ライセンは解放者云々関係なしに人類の敵でいいね?」

 

「「「「異議なし」」」」

 

 10日後に死ぬミレディ・ライセン、始まります。

 

 

 

 

 


 

 黒乃「フロムゲーかと思うくらいに難易度の高い迷宮を駆け抜けていくシュウたち、そしてやっと諸悪の根源であるミレディの元へ辿り着いた……って、え?本人?なんで生きてるんだい?

 

 次回、ありふれた親友。

 

『ミレディ・ライセン! ノーデス、ゴーレム、クルーエル!』

 

 熱き闘志に、チャージイン!」



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第二十三話「ミレディ・ライセン」

【ライセン大迷宮】に潜ってから丁度十日目、ハジメたちは騎士甲冑に身を包んだゴーレムに追われながら通路を走り抜けていた。それだけな何も変わったところはないのだが、このゴーレムたちはなんと、壁や天井を走りながら追いかけてきているのだ。まるで重力など知らんとばかりに全力疾走している。

 

 かと思えばそれはゴーレムだけではなくハジメたちが走っている通路も同じだった。所々足場が崩れておりブロック状の足場になっているのだが、どれもこれも宙に浮いているのだ。自分たちの常識が崩れていくのがなんとなく分かる。

 

 突然必死に足を回していたシアが踏み出した左足が空を切る。足場が音もなく移動したのだ。『未来視』が発動するのが遅かったのか、それとも単純に対応が遅れてしまったのか、バランスを崩してしまったシアは手をワタワタとさせて空中へ身を投げ出す。

 

「ぴえええええ〜!!?」

「シア!」

「きゃふんっ! た、助かりました〜。ありがとうございますハジメさん!」

「礼はいいから、走るよ! もうすぐで終点だ!」

 

 咄嗟にハジメが『空力』を使い空中に足場を作ってシアの身体を抱きとめたことで難を逃れた。

 

 ハジメの言う通り、目と鼻の先に出口らしき扉が見える。先頭を走っていたシュウが勢いよく扉を殴りつけると扉はクッキーのように簡単に砕け散った。

 

「っ!? 全員飛べえええぇ!!!」

 

 突然シュウが叫んだ。何故そう言ったのか、直ぐに理解した。

 ハジメたちが入ったこの空間は道が無く、踏み出した瞬間真っ逆さまに落ちてしまうようになっていた。しかし五メートル程前に空中に浮いた足場が見える。

 シュウの言葉を聞いた四人は『身体強化』を最大限に発動せて必死に飛んだ、否、跳んだ。

 

『身体強化』が得意なシアは問題なさそうだが 、そこまで得意ではないユエとレイシアは飛距離が足りておらず、このままでは落ちてしまいそうだ。

 

「くっ、おおお!!!」

 

 それを見たハジメが二人の手を掴み、『空力』を発動させて何とか足場に辿り着いた。

 無事足場に降りたてて安堵したのもつかの間、ハジメたちを追いかけていたゴーレム騎士たちが今しがた通ってきた扉をくぐってぞろぞろと現れたではないか。足場同様重力を無視してハジメらを取り囲む。

 包囲されたことを知り、この空間を見回してようやく気がついた。

 

 五人の目の前にいる二十メートルを軽々と超える巨大なゴーレムがいることに。

 

「おい、おいおいおい」

「これは……流石に驚いたね」

 

 ゴーレム騎士のように甲冑に身を包んでおり、眼光をギラりと光らせる。右手は熱されているのか赤熱化しており、左手には直接鎖が巻きついた状態のモーニングスターが括り付けられている。

 なんと言っても凄まじいのは放たれる圧力(プレッシャー)だ。体感ではヒュドラすら凌駕する威圧感にハジメもシュウも冷や汗を流す。

 

 よく見てみればこの空間は球体上になっているようだ。ゴーレム騎士たちの方位が上下に円を描くような形になっている。しかしかなり広く作られているようで、目を凝らしても先が見えない。つまりはゴーレムたちは距離を気にしないでハジメたちをタコ殴りすることが出来るということだ。

 

 ピリピリとした緊張感が場を支配する中、一番最初に口を開いたのはハジメでもシュウでもなく、目の前のゴーレムだった。

 

「やっほ~! はっじめまして~!! みんな大好き♡ミレディ・ライセンだよぉ~」

「……は?」

 

 底冷えする声は誰が出したのか、全員だったかもしれない。あんまりの反応にゴーレムは「えぇ……?」とドン引きしている。その様子を見てドン引きしたいのはこっちの方だとハジメは脳内で独り言ちる。

 凶悪な装備に全身甲冑、そしてその威圧感、RPGよろしく堅苦しい話し方をするのかと思っていたのに口を開けば随分と軽い口調。イメージぶち壊しである。

 

「ミレディ・ライセンって言ったかしら?」

「うんそ〜だよ〜。私が天才美少女魔法使い、ミレディちゃんだよー!」

「いやどう見てもゴーレムですよね?」

 

 思わずシアがツッコミを入れればミレディと名乗るゴーレムはやれやれと肩をすくめる。妙に人間くさい動きにイラッとするがドリュッケンを構える程度で抑える。シアに変わってハジメが話を継ぐことにした。

 

「えっと、オスカー・オルクスの手記には人間の女性として書かれていたんですけど……長い年月が経っているから魂をゴーレムの肉体に移し替えた、とかかな? 神代魔法ならそう言ったものもあるんじゃないかな」

「おお、いい線いってるよキミ! ……ん? ちょっと待って、今オスカー・オルクスの手記って言った?」

「え? はい、言いましたけど……」

「じゃあ君たちはオーちゃんの大迷宮を攻略してきたんだ。てことはもう結構攻略してるってことかな? ここは五つ目? 六つ目?」

「いえここが二つ目ですけど」

「うええ!?」

 

 首の駆動部をギュルリンと回して驚きのリアクションを取る。ゴーレムの癖に先程からリアクションが激しく人間くさい。ハジメが言った予想はほぼほぼ合っていると言っていいだろう。

 今まで黙って話を聞いていたシュウだったが、痺れを切らしたのか苛立った声てミレディに話しかけた。

 

「何がそんなにおかしいんだよ。お前のその身体や性格よりおかしい事なんて存在しねぇだろ。いいから早く神代魔法の在処を教えやがれ」

「え何この子。久々に人と話して内心ウッキウキだったテンションが急速に冷えていくんですけど。まあミレディちゃんは大人だからちゃんと答えて上げますけどね〜」

 

 イラッ、とシュウの額に青筋が入る。

 

「い〜い〜? 【オルクス大迷宮】って言うのはね、七つある大迷宮のうちでも終盤の方に攻略されるのを想定した迷宮なの。上層はタダのフェイクで下層からが真の大迷宮、出てくる魔物もトラップも他の大迷宮とはひと回りもふた周りも違うんだから。ホント、たった五人で良く攻略できたね。それとも誰か死んじゃった?」

「いやあの時はまだシアがいなかったから四人でしたよ」

「四人!? しかも犠牲者無し!?」

 

 ミレディが『嘘でしょ……ラストダンジョンにするつもりで殺意満々トラップマシマシにしてたのに……』などと呟いているが【オルクス大迷宮】を攻略した四人は『だろうな』という感想しか思い浮かばなかった。ハジメもシュウもユエもレイシアも、規格外のステータスだったがそれでも苦戦を強いられた。だとしてもウザさでは【ライセン大迷宮】の方が勝るが。

 落ち着きを取り戻したミレディが汗を拭う仕草をしてハジメたちに視線を移す。

 

「ま、まあ君たちがそれなりに強いのは分かったよ。それじゃあ今度はこっちが質問するね」

 

 今までふざけていた雰囲気が一瞬にしてピリピリとしたものに変わる。──もしかしたら、本来の彼女はこちらなのかもしれない。『解放者』である彼女はここに辿り着いた者にこの世界の真実を伝えなければならない。彼女らが存命してい時代から今までずっと待っていたと考えると、ある意味拷問よりも酷なのではないだろうか。

 レイシアはその事に気づいたのだろう。険しい顔をしたあと、悲しそうに瞳を揺らす。ハジメたちもミレディの雰囲気を感じ、表情を険しくした。

 

「あはは、そんな警戒しなくてもいいよ。私はただこれを教えて欲しいだけなの。──君たちは、神代魔法を得て何をするつもり?」

 

 口調は変わっていないが声色は真剣そのものだ。シアはミレディの発言に気圧されて思わず一歩後ろに下がってしまう。そんなシアを庇うようにハジメが前へ出て答えた。

 

「……僕たちはただ元いた世界に戻りたいだけだ。世界を超えて転移できる神代魔法を手に入れるのが僕たちの最終目標であって……悪いけど、あなた達に変わってこの世界の狂った神様とやらを倒す義理はない」

「まあ俺たちの前に立ちはだかるんだったら、たとえ神であろうがなんだろうがぶっ倒すだけだ」

「ふぅん……」

 

 ミレディはジィっとハジメとシュウを見つめた後、納得したのかゆっくりと頷いた。

 いい加減痺れを切らしたシュウがミレディを睨みつける。一方のミレディは真剣な雰囲気を霧散させて元のおちゃらけた空気に変わる。

 

「さあ話は終わりだ。ミレディ・ライセン、お前の神代魔法はなんだ? 転移系じゃないなら興味ねぇんだが」

「ふっふっふーん。それはね〜……教えてあーげないっ!」

「じゃあ死ね」

 

 辛辣な言葉と共にシュウの右手から火球が放たれる。ノーモーションの不意打ち、図体のでかいゴーレムが躱せるわけもなく直撃した。

 爆煙がミレディを包み込み、姿を隠す。

 

「ん、先手必勝。『破断・斬』」

「ああ〜もう! こうなったらしょうがないかしら! 『氷牙・貫』!」

 

 シュウの攻撃に便乗するように今まで静観を決めていたユエとレイシアがそれぞれ魔法を繰り出す。強力な魔力分解作用が働いているこの大迷宮では、中級魔法を使うだけでも多大な魔力を消費し射程と威力を減少させるのだが、ハジメが制作したアーティファクトを介すことでその効力を半減させている。

 このアーティファクトの名前は『マジック・サポーター』。待機状態は腕輪の形になっているが、魔力を流すことで剣、槍、槌の形状に変形出来る。ユエは剣に、レイシアは槍に変形させて攻撃したのだ。

 

「やりました!?」

「いや、あんな程度でやられるはずないでしょ、っと」

 

『宝物庫』からミサイル&ロケットランチャーの『オルカン』を取り出す。持ち手のトリガーを引くと蓋が開き、装填された六つのミサイルが発射される。尾を引きながら依然煙に隠れるミレディに当たった。

 

「も〜いったいなあ〜!! とでも言うと思った?」

 

 煙をなぎ払い姿を現したミレディ。先程の攻撃は両腕で防いだのだろう、赤熱化していた右腕は肘から先が無く、左腕は半壊しており辛うじて繋がっていると言った状態だ。

 ミレディは近くに浮いていたブロックを握り潰すとそれを右腕に押し当てた。

 

「錬成機能付きか……」

「オーちゃんの迷宮を攻略したなら分かるよね? これもオーちゃん印の錬成修復機能だよーん!」

 

 そう言っている間に右腕はすっかりと元通りになっており、同じように左腕も修復が進んでいた。ミレディは大きく両手を広げ、凄みのある声でハジメたちを威圧する。

 

「さあ、力を示しなさい」

「言われなくても、やってやるよ!!」

 

 額に炎を灯し、ミレディを睨みつける。ニヤリと、ゴーレムであるミレディが笑ったように幻視する。

 

「っ躱せぇ!」

 

 シュウが叫ぶと同時にミレディが装備しているモーニングスターが飛んできた。ミレディは何も動いていない。重力を無視して弾丸のように飛んできたのだ。

 

 持ち前の『超直感』で攻撃に反応することが出来たが、ノーモーションの攻撃は想像以上に厄介だ。加えて周りには総勢五十のゴーレムがいる。

 

「ハジメ!」

「わかってる!」

 

 シュウがハジメに視線を向けると、既にハジメは行動に移していた。

『宝物庫』からガトリング砲『メツェライ』を取り出し六砲身のバレルを回転させる。毎分一万二千発の弾丸を放つこの兵器は殲滅を目的としており、まさに今の状況にうってつけだった。

 ユエとレイシアも弾幕に加わり、ハジメの弾幕から逃れたゴーレムたちを両断していく。そのゴーレムの残骸や弾丸の光に紛れながら『身体強化』で最大限まで強化したシュウがとシアがミレディの死角に忍び寄る。

 

「ちょっ! 何それ!? そんなの見たことないんですけどぉ!? ──おっとぉ! 見え見えだよ!」

「チッ」

 

 ミレディの背後から飛び出したシュウが橙色の炎を纏った蹴りを打ち込もうとするが、ミレディはそれを予見していたようで二人の間に障壁となるようにブロックが滑り込んできたことで防がれる。

 

「織り込み済みだ、シア!」

「ハイですぅ!!」

 

 ドリュッケンを大きく振りかぶったシアが姿を現し、ミレディの頭上にそれを振り下ろす。

 

「む、だ、だ、よ〜ん!!」

「ぎゃぴぃ!?」

「シア! ちいっ!!」

 

 シアの一撃を軽々と受け止めたミレディが勢いそのままにシアを投げ飛ばした。思わず意識を逸らしてしまったシュウに向けて無数のブロックが殺到する。

 

「Xカノン! 『爆散(ブラスト)』!」

 

 火球がブロックにぶつかり爆煙が巻き上がるが、相殺するには至らなかった。壊しきれなかったブロックがシュウを押し潰そうと雪崩のように降り注ぐ。

 

「クソっ!!」

 

 掌から炎を噴射しその場を離れる、が──

 

「何!?」

 

 ブロックは先程までシュウがいた足場に激突せず、直角に折り曲がってシュウを追跡してきた。

 今の光景を見たハジメは違和感を覚えていた。

 

「おかしい……シュウの『調和』の能力があればあの程度簡単に壊せるはずなのに……」

 

 メツェライでゴーレムを掃射しながら考える。ちなみにその殲滅力を見て内心ミレディが焦っていることには気づいていない。

 

『鉱物系鑑定』でブロック、ゴーレム、ミレディ、部屋全体に範囲を広げて鑑定を開始する。

 

「これは……そうか、そういうことか。シュウ! こいつらに『調和』の能力は効かない!! この空間に存在する鉱石全部、硬度八以上の鉱石なんだ!」

 

 硬度八以上、つまりは『タウル鉱石』や『アザンチウム鉱石』と言った屈指の硬度を誇る鉱石しか使われていない。タウル鉱石もアザンチウム鉱石もハジメの造る武装やアーティファクトにも使われている鉱石だ。

 アザンチウムは世界最高硬度を誇っており、薄くコーティングするだけでもドンナーの最大出力を防ぎ切る。

 

 では何故『調和』が効かないのか、それは能力の説明から入らなければならない。

 

 そもそも『調和』の仕組みは『調和』を受けた相手を周りの性質と同調させるものだ。攻撃する時は相手を石や土などといった脆い性質の物質に同調させ、防御する時は空気などと同調させてかき消しているのだ。

 

 この空間では硬度が高い鉱石しか無く、種類も少ない。故に同調しようにも変化が起こりにくくなっている。

 

「あらら〜、バレちった☆でもだから何? 君たちじゃ私の装甲を完全に破ることは出来ないよ〜ん! ぷぎゃあああ!」

「イラッ」

「本当に人の神経を逆撫でするのが上手いかしら……!」

 

 迫り来るブロックを捌きながらユエとレイシアが怒りを顕にする。

 

 そこから少し離れた位置で、シュウが縦横無尽に飛び回っていた。先程のハジメの言葉はしっかりと届いており、この状況をどう打開するかも考えていた。

 

「……仕方ない、か」

 

 ジワジワと距離を詰められるだけでなく、周りのブロックやゴーレムも集まり始めている。このままでは体力と気力を無駄に消耗してしまうだけだと判断したシュウは近くの足場に立ち止まり、敵を見据えた。

 

「ミレディ、貴様に見せてやる。嵐の、『分解』の力をな」

 

 突如、シュウが額と拳に灯していた炎の色が鮮やかな橙色から荒々しい濃黒の赤色に変わる。同時にシュウは両手のガントレットのパーツをを取り外し、砲身のように変形させ右腕に装着する。変形が完了したことを知らせる様に熱風が荒ぶりシュウの髪を靡かせた。

 掌を包む砲口を絞り、炎を収束させる。

 

「果てろ!! 『赤炎の矢(フレイムアロー)』!!!」

 

 狙いを定め、収束された炎が解き放たれた。

 

 朱色の尾を引いた赤黒い火焔が螺旋を描きながブロックとゴーレム騎士を飲み込む。轟々と燃え盛る炎は飲み込んだ全てを焼き尽くすまで収まらない。

 

「熱っ! なっ、何この火力……!!」

 

 ゴーレムのボディであるミレディでさえ余りの熱量に思わず顔部分を腕で覆ってしまう程だ。

 

 漸く炎が収まった後にはゴーレムもブロックも何も残っていなかった。ここが草原だったら焼け野原を通り越し、荒野に変わり果てていただろう。

 

 圧倒され怯んでいるミレディを指さして、吼えるように言い放った。

 

「ミレディ・ライセン!! 俺たちは、貴様を、死ぬ気で果たす!!」

「……やってみなよ。ここからは、私も本気で行くからね」

 

 ゆらりとゴーレムの巨体が不気味に動く。

 

 本当の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 


 

 ミレディ「はいはーい!清く正しいミレディちゃんでーす☆いやーこの子達おっそろしく強いね〜。まあミレディちゃんには及ばないんですけど〜……って、待って!?その炎なに!?うぎゃー!?

 

 じっ、次回、ありふれた親友!

 

『ミレディ・激戦! クロス、フィアス、ロワイヤル!』

 

 熱き闘志に、チャージイン!燃やさないでー!」



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第二十四話「ミレディ・激戦」

 天を衝く様な爆撃音が鳴り響く。

 

「やぁあああああ!!!!」

 

 渾身の力で振り抜いたドリュッケンがゴーレム数体を纏めて砕き飛ばす。しかし肝心のミレディにはあと一歩届かず灼熱の右腕で殴りつけられ吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛ばされた先には武器を構えた無数のゴーレムが待ち構えていた。

 

「ぴゃああ!?」

 

 咄嗟に近くにあったブロックを蹴り方向転換したことで難を逃れた。シアのしぶとさに内心舌打ちをするミレディだが、そんな彼女の頭上から赤黒い焔が滝のように降り注ぐ。

 ミレディは右手を構え自分を睨みつけるシュウを睨み返し、モーニングスターを振り回した。

 

「くううっ! うっざいなぁ〜もうっ!!」

「喧しい!!! 散々ウザイことしてきた奴が何言ってんだクソアマ! お前の相手はこの俺だ!!」

「っ〜! 執拗い男は嫌われるよ!」

「生憎だが惚れあった女がもういンだよ!!」

 

 重力に逆らった不規則な動きをする鉄球を躱しながら隙を探し、『炎の矢(フレイムアロー)』を放つ。死ぬ気の炎に加え『分解』という強力な能力によって強化された炎はたとえアザンチウムであろうが焼き焦がす。

 

 確かにあの炎は凶悪だが、それ以上にミレディは自身に対するシュウの執着心の強さに恐れを抱いていた。『何がなんでも倒してみせる』、そう言った気概が見て取れる。

 

 と、考えていたからか、それを隙と見たシュウがギラりと砲口から火を覗かせる。

 

「果てろ! 『炎の矢』!!」

「こんのっ、いつまでも調子に乗らないでよ! 『極大・蒼天槍』!!」

 

 ミレディがそう叫ぶと、青白い炎が槍状に形成される。これはユエが良く使う炎属性最上級の魔法『蒼天』、実に三発分の威力を持つ魔法だ。強大な威力に骨すら焼き溶かしそうな熱量、ユエでさえも使えるかどうか怪しいだろう。その証拠に、遠くから様子を伺っていたユエも目を見開いている。

 初めて見る魔法にシュウは怯みつつも直ぐに持ち直し、目付きを鋭くした。

 

 灼熱と灼熱がぶつかり合い辺りの空気が一瞬で沸騰したかの様に熱っされる。

 

「くっ、おおおおおおぉ!!!!」

 

 威力、出力だけみれば当然有利なのはミレディだ。彼女は長年蓄えてきた途方もない魔力と、培ってきた魔導の才、そして先祖返りというまさに魔法使いの王とも言える実力がある。

 一方シュウは常人と比べれば此方も枠外に飛び出ている存在だが、如何せん魔力量と魔法に対する知識量の差が激しい。

 しかしシュウには勝るものがある。それは死ぬ気の炎の原動力ともなる『覚悟』、所謂気力だ。ハジメが、レイシアが、ユエが、シアがいる限り、自分は負ける訳には、倒れる訳にはいかない。そう言った覚悟が炎となって絞り出される。

 更に今シュウが纏っている炎は『分解』の力を持つ。同属性のせめぎあいの場合、一方的に相手を焼き尽くすことが出来る最強の矛になるのだ。

 

「果てろぉおおおお!!!」

「嘘っ!? まだ上がるの!!?」

 

 獄炎が蒼炎を飲み込みミレディの身体を包む。直撃した。

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 肩で息をしているのを見るに、想像以上に炎を使ってしまったらしい。気力、体力ともに尽きかけており、滝のように流れる汗も拭う気が起きない。

 

 動くなと願うが、その願いも虚しく、白煙の中でゆらりと影が動いた。

 

「すこ〜しビックリしたよ」

 

 自身と炎の間に滑り込ませたであろうブロックが炭化して崩れ落ちている。ただそれでも完全には防ぎきれなかったようで、胸部装甲が融解しており、沸騰して気泡が出たアザンチウムの装甲が覗いていた。

 

「もう少しだったね。じゃあバイバイ、『極大・天雷槍』」

 

 バチバチと雷が爆ぜる。先程同様、エネルギーが槍状に形を成していた。

 これは雷属性最上級魔法の『天灼』三発分をひとつに纏めて練り上げた魔法で、『極大・蒼天槍』と同等の威力を持つ。

 

「……畜生が」

 

 忌々しげに吐き捨てるシュウに向けて、怒槌()が落とされた。

 防御する力もなく、跪き項垂れるシュウに防ぐ手段は──ない。

 

「ハジメ……すまん──」

 

 雷光が視界を埋め尽くす。もう終わりだ、そう思っていた。

 が、いつまで経っても衝撃が来ない。

 

 

 

 

 

「なにを……!!」

 

 

 

 

 

 聞きなれた声、顔を上げてみるとそこには──

 

 

 

 

 

「なにを勝手に、

諦めてんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 大盾を広げ、雷槍を防ぐハジメが立っていた。

 

 


 

 

「ぐぐぅううううう!!!」

 

 重く、激しい攻撃にハジメの身体が悲鳴をあげる。右手の義手を大盾に連結(ドッキング)し、魔力効率もお構い無しに『金剛』を発動させ防御力を底上げしているが、勢いは殺しきれず徐々に押されている。

 本来なら大盾に備わっている錬成機能により傷を負っても即座に修復されるのだが、魔力消費が激しいここでは微々たるものになっている。

 

 蛇口を前回にした様にガリガリと削れる魔力、耐えきれるかどうか分からない威力、ただただ焦燥が募っていた。

 そのハジメの焦りが見えたのか、後ろからシュウが掠れた声を掛けてきた。

 

「逃げろハジメ。いくらお前でも……」

「うるさいっ! 動けないなら黙って回復に務めてて!!」

「だが……」

「だがもしかしもない!! あーもうっ! 気が散るから黙っててよ!」

 

 弱気な発言をするシュウに苛立ちを隠さないハジメ。そこに更に声が付け足される。

 

「ハジメさんの言う通りかしら! 『絶氷盾・衝』!!」

「レイシア!? お前まで!」

 

 レイシアが駆けつけ、大盾に槌を打ち付けて白銀の氷盾を展開させた。レイシアは正面を向いたまま声を荒らげた。

 

「なに珍しく弱気になってんのかしら!! シュウはシュウらしく強気にどーんと構えてればいいかしら!!」

「レイシア、ゴーレム騎士たちの相手は大丈夫なの!」

「そっちは大丈夫かしら! 元々ハジメさんが大半を減らしてくれていたし、あの程度の数ならお姉様とシアだけでも充分かしら!!」

 

 レイシアが来てくれたことで多少負担が軽くなったようでお互いの状況を把握することが出来た。

 

「レイシア、このままじゃジリ貧だ! だから!」

「ええ! 分かってるかしら! いっせーのーで、でやるかしら!」

 

 お互い何をやろうとしてるのか話さなくても意思疎通が出来ている。二人の信頼関係はいつの間にか、かなり硬い絆を深めていたようだ。

 タイミングを見計らい、呼吸を合わせる。

 

「オーケー! 行くよ! いっせ──」

「のー、で!!」

 

 ハジメは連結していた義手を解除して、大盾に拳を打ち付ける。『身体強化』に『豪腕』を重ねた『振動破砕』、その一撃を大盾越しに雷槍へぶつけた。

 一方のレイシアも同じように槌を大盾に打ち付けて『氷牙・衝』を雷槍に放つ。

 二つの異なる衝撃を受けた雷槍は槍の形状を崩しスパークする。その隙を逃さずハジメはレイシアとシュウを抱えて別の足場に飛び退いた。

 

「はあー……はあー……」

「大丈夫ハジメさん!?」

 

 魔力枯渇により激しい頭痛に襲われ、玉のような汗が顎から滴り落ちる。どうやら予想以上に魔力を使いすぎてしまったようだ。疲労困憊、とまでは行かないが暫くは頭痛に苛まれるだろう。

 

「どうってことないさ。このバカを助けるためならね」

「どうしてそこまで……」

「どうして、だと!? シュウがそれを言うのか!!」

 

 頭痛も無視してシュウの胸ぐらを掴む。いつも温和なハジメからは想像出来ない剣幕だ。これにはシュウも面食らって口を噤む。

 

「言ったよね! みんなで帰るって!! その『みんな』に、お前は入ってないのかよ!!」

「ハジメ……」

 

 何故忘れていたのだろう。確かに自分はハジメと黒乃を故郷に連れて帰ると誓った筈だ、それを思い出した瞬間、シュウの瞳に力が戻る。

 

「すまん、ハジメ。もう間違わねぇ」

「そうだよ、その目だ。シュウにはその目が似合ってる」

 

 険しい表情から一転、見慣れた穏やかな笑みを浮かべるハジメに釣られてシュウも表情が和らぐ。

 

「ハジメ」

「うん? なに」

「俺を殴ってく──ごホッ!?」

 

 先程見た、『振動破砕』の拳がシュウの腹に突き刺さる。苦痛に顔を歪め、体をくの字に折りその場に跪いた。

 容赦ない、躊躇ない一撃に見守っていたレイシアも思わず頬を引き攣らせる。

 

「僕を置いて勝手に死のうとしたバカにはこれくらいが丁度いいでしょ」

「ゲホッ! ゴホッ! へ、へへ……流石ハジメ……そこにシビれる憧れる、ってな。そういうところも好きだぜ」

「……ばーか」

「よっし、根性注入気合満タン!!」

 

 赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くハジメと額に炎を灯しニカッと牙を見せ笑うシュウ。その様子を見守っていたレイシアは安心したように微笑む。

 

「あー、もう終わったー? 甘酸っぱい青春劇を見せてくれてどーもありがとうございますぅ」

 

 今までのやり取りを見ていたミレディがわざとらしく息を吐き口を開いた。

 

「わざわざ待っててくれたの?」

「お前本当にミレディか?」

「何こいつらすっごいムカつく〜」

 

 生身だったら確実に青筋が出ているだろう。しかし大人の女性のミレディはする意味があるのか分からない深呼吸をして心を落ち着かせ、話し始める。

 

「さっきの攻撃、よく凌いだね。でも大丈夫? 白髪の君も錬成師の君もどっちもボロボロじゃない。魔力もない、武器も通用しない、勝ち目がない、諦めたりとかしないわけ?」

「ねぇよ。ハジメに根性入れて貰ったんだ。今度こそ、死ぬ気でテメェをぶっ倒す!」

「僕もシュウと同じ気持ち。ていうかさ、余裕ぶってるように見せてるだけでホントは焦ってるでしょ」

 

 拳を手のひらに打ち付けて音を鳴らすシュウ。ハジメも同意するように頷きシュウの横に並んだ。

 一方ミレディはハジメに自分の図星を突かれ激しく動揺していた。

 

「そ、そっそそんなことないしぃ〜!? 別に炎なんか怖くないもんねー!! むしろかかって来いって感じぃ!」

「ならお望み通りくらわしてやんよ! 果てろ!!」

「うそうそ! やっぱ無理ぃー!!」

 

 シュウの右腕から赤黒い炎が放たれる。ミレディは焦ったように炎と雷を生み出し壁とすることで防いだ。

 

「ハジメさーん! ゴーレム騎士たちはあらかた倒し尽くしましたよお〜!!」

「ん、あれなら暫くは再生できないはず」

「うっそあの数を!? というか、えっ!? 本当に再生できないんですけど!!」

 

 此方に向かいながら報告するシアとユエ。ミレディの反応を見るに奴の戦力にかなりの大打撃を与えられたようだ。

 ニヤリと口角を上げ、獲物を見るような目をハジメは向ける。

 

「行くよ、ミレディを囲んで総攻撃(リンチ)だぁー!!」

「応っ!」

「やったるかしら!」

「やってやるですよぉ〜!」

「今まで空気だった分、弾ける……!」

 

 ハジメの声に、思い思いに答える四人。一人悲しい本音が出ている者もいるが、そこは気にしないでおこう。

 

 ハジメとシアが『身体強化』の出力を上げて縦横無尽に足場を飛び回る。どちらも無視できない力を持つ相手だ、ミレディは気が抜けないだろう。その集中を削ぐようにユエとレイシアが遠距離からチクチクと魔法を撃つ。

 

「くうう、鬱陶しいなぁもう!! っとお!?」

「外したか、ならもう一発だ! 『炎の矢』!!」

 

 そして忘れては行けないのがシュウの存在だ。一発一発が『分解』という凶悪な効果を持つ強力な砲撃に当たる訳にはいかない。ハジメとシアに牽制され、ユエとレイシアに動きを阻害されながらも砲撃を躱すミレディは流石と言わざるをえないだろう。

 

「いい加減に、しなよっ!! 『轟天・石嵐礫』!!」

 

 周りに浮遊していたブロックやゴーレムの残骸が砲弾となって四方八方に発射される。一つ一つに高密度な魔力が練り込まれているので掠る程度でも致命傷になりかねない。それぞれ妨害、錯乱、攻撃を止めて回避、防御行動に専念する。

 

「ふっ!」

 

 迫り来る砲弾に銃弾を放ち撃ち落としながら回避するハジメ。十の質量に対して一で対処できるのは流石と言うべきだろう。

 

「ひいっ! ほわあぁ〜!?」

 

 そんなハジメとは対照的にシアはぴょんこ、ぴょんこ、とバッタのように足場と足場を行ったり来たり跳ね回り器用に避けている。

 

「『雷壁』、『風壁』」

 

 一番の年長者であるユエは落ち着いた様子で砲弾を捌いていた。右手に雷の障壁を、左手に風の障壁を展開することで雷で砕いた砲弾を風で吹き流すという繊細な魔力操作が出来るからこその防御を取っていた。

 

「っ! この威力、流石と言うべきかしら……!」

 

 そう言いながら最小限の動きで避けるレイシア。ハジメほどではないが、彼女も多大な魔力を消費してしまっている。こんな状態ではユエのように魔法を使って砲弾を捌くことは出来ない。よってレイシアは『身体強化』と吸血鬼という種族の特性によって常人より鋭くなっている五感で砲弾を避けねばならない。

 

「果てろぉおお!!」

 

 シュウは飛んでくる砲弾を燃やし尽くすことで対処している。まさに力技だ。

 しかし息を吹き返したとはいえボロボロの体の何処にまだそんな力が残っているのか、何度地に伏しても立ち上がってくるその姿は相手をしているミレディからしたら恐怖モノだろう。

 

「……今のも凌ぐんだ。やるね」

 

 癪に障る甲高い声ではなく、冷たく平坦な声。しかし声色に反して含まれる感情は『期待』と『喜悦』。正反対のモノだった。

 

「お姉さんもそろそろ魔力が底につきそうだから、次が最後の攻撃にするよ。この攻撃を耐えて見せたら迷宮を攻略したと見て攻略の証と神代魔法を授けるよ」

「随分と自信があるんだな」

「当たり前でしょ? 私はあの時代最強の魔法使いだったんだから」

 

「さあ」、と続けてミレディが上空を指さす。同時にユエとレイシアが目を見開いて上空を見上げた。

 

「な、なにこの魔力密度……! こんなの、こんなのまるで──」

「星……!!」

 

 遅れてハジメたちも視線を向ける。そこには先程受けた魔法よりも高威力、かつ高密度な魔法が所狭しと並んでいた。

 

「こ、れは……」

「おいおいおい、流石にやべーぞ」

「ダメです……避けきれる未来が見えません!!」

 

 シアが悲痛な叫びを上げる。『未来視』を持つ彼女が言い切ったのだ、生存は絶望的と言えるだろう。

 

 だが──

 

「それがどうした」

 

 シュウ()は不敵に笑う。

 

「この程度の理不尽、こちとら乗り越えてきてんだよ!」

「その通り」

 

 隣に並び立つハジメも同じように口角を上げる。その顔は絶望とは程遠い自信に満ち溢れた顔だった。

 

「僕らはどんな障害が待ち受けていようとも突き進む。絶望なんか、蹴散らしてあげるよ」

「ふぅん。かっこいいこと言うねぇ男の子たちは。じゃ、これをくらって無事だったらもう一度聞かせてね」

 

 ゆっくりと指を下ろし、ハジメに向ける。

 

「『全天・星落とし』」

 

 それを合図に、()降っ(落ち)てきた。

 

 

 

 

 


 

 ハジメ「やっぱり解放者ってのは頭のネジが吹っ飛んでるくらい強いんだね。オスカーの大迷宮もぶっ飛んでたし……でも、負けるつもりは毛頭無いからね!

 

 次回、ありふれた親友! 

『ミレディ・決着! エンド、アベント、セツルメント!』

 

 熱き闘志にチャージイン!!」



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第二十五話「ミレディ、決着」

 灼熱が、雷撃が、極光が、星となって降り注ぐ。星から見れば逃げ惑うハジメたちなど虫よりもちっぽけな存在に映るだろう。

 

「ユエ、シア! しっかり捕まって! シアは『未来視』で回避のサポート!」

「ん!」

「は、はいですぅ!」

 

 ユエとシアを両手で抱えて落ちてくる魔法群を躱すようだ。しかし両手が塞がっているため魔法を撃ち落とすことは出来ない。最も、魔力を制限されたこの状態では相殺することは不可能に近いだろうが。

 

「レイシア、同化しろ! 少しでも被弾の可能性を減らすんだ!!」

「わ、分かったかしら! 『魂躰同化』、発動! 対象は、シュウ!」

 

 焦った声でレイシアが魔法を唱えると、彼女の体は氷のように透き通り霧状となってシュウに纏わる。

 

 灰のように白いシュウの髪は蒼く染めあげられ、伸びた髪がバンダナから零れる。同じように瞳も蒼く変色し、傷だらけの身体には氷が水晶となって覆われる。

 

「行くよ! シュウも気をつけて!」

「お前らもな!」

 

 ひとつに固まるより別れた方が生存率も上がる。この場合は機動力があるもの限定だが。

 

「ふっ!」

 

 シュウと別れたハジメは瞳を紅く光らせる。

 極限まで知覚能力を引き上げる『瞬光』、そしてその限界を超える『限界突破』、どちらの魔法もこの空間では一瞬発動させるだけでかなりの魔力を消費する。しかし消費した分をユエが回復薬や自身の魔力で保管してくれることで補っている。

 

「次は左ですぅ!」

 

 シアの『未来視』による予測回避、しかしそれも限界がある。故にシアには『予めルートを知っていなければ躱せない時にだけ未来を見ろ』と伝えていた。

 鍛えられたとは言え、彼女の魔力総量はそう多くない。しかも迷宮攻略、ミレディとの戦闘と、かなり消耗している状態だ。使えてあと一回と言ったところだろう。

 

 視点を変えてシュウとレイシアに移す。

 

(三歩後ろに下がってシュウ!)

「くっ! 次はこっちか!?」

(反転して上の足場かしら!)

 

 シュウは他角度を見渡せるレイシアの指示と持ち前の『超直感』で魔法群から逃れていた。炎も赤黒い『嵐』の炎から橙色に燃える『大空』の炎に変え、機動力を上げていることも大きい。

 

「よし、この調子なら!」

(っ!? だめっ! 避けてぇえ!!!)

「曲がっ──」

 

 紙一重で躱したはずの熱球が折れ曲がり、シュウの身体を撃ち抜く。『魂躰同化』でステータスは上がっているが、それでもシュウは体をくの字に曲げ苦痛に顔を歪める。

 動きが止まったシュウに、追い討ち度ばかりに凶星が降り注ぐ。外から見れば美しい流星群のように見えただろう。

 本人たちにとっては天災に等しいが。

 

「シュウ!? くっ、当たるか!」

「っ! だめっ、後ろですぅ!!?」

 

 シアが悲痛な叫びを上げる。ハジメが躱したと思っていた凶星が動きを止め、新たに迫っていた凶星のルートを無理やり変更させたのだ。『未来視』で予測していた未来が変動したことでシアの身に危険が迫った時に発動する『天啓視』が発動した。しかし、それはほぼ意味なさなかった。

 凶星がハジメに着弾し、爆炎が一面を覆い尽くす。

 

 

 

「あらら……ちょっとやりすぎたかな? でもこれくらいで倒れるようじゃあのクソ神には勝てないしな〜」

 

 ミレディはそう言って爆炎を振り払おうと右手を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時──

 

 

 

 

 

「凍てつけ、『氷河樹(ひょうがき)』!!」

 

 

 

 

 

「んなあっ!?」

 

 可愛らしい声、聞き覚えのあるものだった。その声が耳に入ると同時にゴーレムの身体が氷漬けにされる。辛うじて動く首を可動域最大まで動かして声の方を見れば、そこには身体の端から霧のように溶けているレイシアが、苦しげな表情で右腕を掲げていた。そのレイシアを支えるようにユエが寄り添い、自身の体を赤い霧に変換させレイシアに分け与えている。

 

「これは、上級魔法!? なんで使えるの!? そもそもどうやって今のを防いだの!!?」

「ようやく余裕が消えたね」

 

 ぐるりと首を戻せば義手に二メートル半程の大筒型アーティファクトを取り付けたボロボロのハジメがミレディを睥睨していた。

 大筒の中には漆黒の杭が装填されている。魔力を流すと甲高い金属音とともに赤いスパークが飛び散り、中の杭が高速回転し始める。

 ハジメが錬成の派生技能、『圧縮錬成』を用いて質量四トンにも及ぶ鉱石郡を直径二十センチ、長さ一・二メートルの杭に圧縮し、アザンチウムでコーティングした破壊力抜群の兵器だ。しかも、贅沢に先端部分を丸ごとアザンチウムで構成しているので例え相手がアザンチウムでコーティングされていようが、打ち勝つことが出来る。

 

 六つのアームがミレディを挟み込み、杭を固定する。察しのいい者ならこの武器がどういった攻撃をしてくるのか分かるはずだ。ミレディもゴーレムでなければ確実に頬が引き攣っていただろう。

 

「喰らいなよ、パイルバンカー……発射(ファイア)!!

 

 大砲などとは比にならない爆発音が大筒の上部分から響く。原理としてはドンナーと同じだが、込められている量が違う。圧縮した燃焼石粉を着火させその爆破による推進力を電磁加速で強化する。

 パイルバンカーは容赦なくミレディのボディに突き刺さり、アザンチウムの装甲には一瞬で亀裂が生じた。

 

 

 

 

 

「──あっぶなかった……!!」

「くっ!」

 

 それでもミレディのヘッドから光は消えていない。魔力分解作用により、『纏雷』の出力が上がらず、電磁加速が足りなかったのだ。加えてミレディが咄嗟の判断で錬成機能を使い装甲部分に密度を集中させたのだ。

 しかし全く効いていないわけではなく、核まであともう少しというところで杭は止まっている。

 

「残念だったね、こんな氷すぐに壊して──」

「シア!」

「はいですぅ!」

 

 ミレディの言葉を遮りハジメは杭を残してパイルバンカーを『宝物庫』にしまい、その場から飛び退く。先程までハジメの陰に隠れて見えていなかったが、ドリュッケンを大きく振りかぶったシアが上空の足場から降りて来ていた。

 

「なっ!? くぅ〜、まだまだ〜!!」

 

 周りに浮遊しているブロックを可能な限り操り、シアと自身の間に滑り込ませる。これでドリュッケンの威力を少しでも軽減させようという考えだ。

 

 この調子ならブロックが到着する方が早い、そう確信し、ミレディがシアの攻撃を防いだあとのプランを練ろうとした。

 

 

 

 

 

「『赤竜巻の矢(トルネード・フレイムアロー)』!!!」

 

 

 

 

 

 ブロックを追従するように、横から飛んできた巨大な炎が操作していた全てのブロックをかき消した。

 

「んななあ!!?」

 

 視線を向ければそこには無骨なデザインの黒い弓を構えるシュウの姿が。限界を超えて力を振り絞った最後の一撃だったのだろう。糸が切れたように体が崩れ、ガクリと膝を着く。

 

「お膳立ては済んだぞ……ぶちかませぇ!

シアァアアア!!!!

 

 シュウの声に応え、突き立てられている杭目掛けてドリュッケンを振り下ろす。

 

「やぁああああああああ!!!!!」

 

 ドリュッケンに叩かれた杭がミレディのボディを突き進み、核を貫いた。

 

 


 

 

 粉塵が立ちこめる中、ドリュッケンを杖代わりにヨロヨロと立ち上がるシアの姿があった。『身体強化』の出力を最大にして叩きつけた渾身の一撃、肩で息をしながら必死にミレディが再起不能になっていることを願う。

 近くまで歩み寄ってみれば、ミレディが仰向けに倒れて胸部装甲に漆黒の杭が突き立てられている姿が目に映った。

 

「や……やった……? 私が、倒した……?」

 

 安心したら腰が抜けたようで、ストンと地面に座り込む。呆然としているシアの肩に手が置かれ、優しい声色が掛けられた。

 

「そうだよ。シアが倒したんだ」

「ハジメ、さん」

 

 振り返れば穏やかな笑みを浮かべる自分の想い人が、ハジメがそこにいた。肩に乗せられた手に自分の手を重ねる。暖かい、生きている、そう思うと今まで考えないようにしていた感情が、シアの心から溢れてきた。

 

「ハジメさん、私、頑張りました」

「うん」

 

 優しい声で相槌を打ってくれる。その声を聞くと何を言っても許してくれそうで、受け入れてくれそうで、シアの心境が吐露される。

 

「皆さんのお役に立てるよう、精一杯、精一杯頑張りました……」

「うん」

 

 ギュッ、とドリュッケンを握りしめる手に力が入る。

 

「ゴーレムの騎士に斬られそうになったり、ブロックに潰されそうになったり、されかけたり……痛かったです」

「うん」

 

 猛スピードで向かってくる浮遊ブロックに、自分の背丈より大きな剣を振り下ろすゴーレム。恐怖を思い出し、体が震え始める。

 

「……シュウさんに魔法が当たりそうになった時、怖くなりました。けど、一度考えると動けなくなりそうだから、必死に考えないようにしてました」

「うん」

 

 勝てない敵などいないと、神様でも倒せるんじゃないかと思っていたあのシュウがボロボロになって、諦めていた。シアの中で自分が思い描いていた『最強』が、死ぬ姿を幻視して、背筋に寒気が走った。

 

「い、ぃいわが、っ岩が飛んできた時、死ぬかと思いました……頬を掠めてっ、しんっ心臓が、音がやけに早く聞こえて……!」

「うん」

 

 ミレディが放った魔法、一歩間違えればシアの身体はぐちゃぐちゃに潰れていた。

 シアの声に嗚咽が混じり、目じりに涙が溜まる。

 

「あの攻撃だって、よけれる未来が見えなくてぇ! わたっ、わっわたしもハジメさんも、死んじゃうって、怖くて、怖くてっ……!!」

「……うん」

 

 一撃でも当たればどうなるか分からない、加えて未来もマイナスなイメージしか見えない。その時のシアの内心は絶望一色だった。寒くもないのに身体が震え、歯がガチガチと鳴る。

 

「でも何とかしなきゃって! そう思ったら、咄嗟に……頭の中に未来が見えて、それでっ」

 

 震えるシアの身体をハジメがそっと抱きしめる。

 

「シア、ありがとう」

「…………ほえ?」

 

 ゆっくりと髪を梳くように頭を撫でる。その際にハジメの指がシアのうさ耳に触れ、ピクリとうさ耳が揺れた。

 

「シアがいてくれなきゃ、この戦いは勝てなかった。僕は、いや僕らは皆、シアに感謝してるんだよ」

「ハジメ、さん……」

 

 シアと目を合わせて、語りかける。

 

「この迷宮に入ってから、シアは一度も弱音を吐かなかったよね。未来が見えなくても、生き延びること可能性を探し続けてくれた。だからあの魔法を躱して、ミレディに攻撃を届かせることが出来たんだ」

 

 最後の一撃だって僕じゃ足りなかったしね、と苦笑して付け足す。

 

「シアが諦めなかったから、僕達は勝てたんだ。そんな俯いてないで、胸を張ってよ」

「ハジメ、さん……ハジメさん……」

「うん、いいよ」

「ぅ、うえ、わああああん!!!」

 

 ハジメが抱きとめていた手を離し、「おいで」と手を広げる。緊張の糸が完全に切れたのか、ハジメの胸元に顔を埋めて腰に手を回すと、ダムが決壊したようにシアの瞳から涙が零れる。

 服が濡れることも気にせず、ハジメはシアの頭を撫でたり、背中を一定の拍子で摩ったりと落ち着かせるようにしていた。

 

 それを暫く続けているとシアは泣きやみ、多少名残惜しそうにハジメの胸元から顔を離す。ズビビっと鼻をすすり、涙を拭うと真剣な表情をしてハジメに向き直った。

 

「ハジメさん、私……ハジメさんが大好きです!」

 

 晴れ晴れとした笑顔で自分の想いを告げた。

 

 


 

 

 常日頃からハジメに自身の好意を伝えているシアだが、ハジメはやんわりと断り続けていた。

 自分にはユエがいるから、と。しかしそのユエも最近はシアのことを妹のように可愛がっている。出会った当初のユエはシアのことを『自分の愛している男を盗ろうとする泥棒兎』、と思っていたのが嘘みたいだ。

 

 シアは努力家で、献身的な女性だ。容姿も整っているし、スタイルも抜群。文句のつけ所がない。ユエも『シアならいい』と認める程だ。

 それでもハジメは首を縦には振らなかった。恐らく、心の底ではシアのことを信頼しきれていなかったのだろう。自分でも分からない、深層意識の中で。

 

 しかしそれも今ではすっかり氷解している。

 

 いつも元気いっぱいで、照れ屋で、少しおっちょこちょいで、純情で、でもたまに大胆で、可愛らしいこの娘が、シアが──

 

「うん、僕もシアが大好きだよ」

 

 一度認めてしまえば驚くほどすんなりと理解出来た。なんだ、気づかないうちに自分はシアに惹かれていたんだ、と。

 心の奥底でシアを信頼しきれていなかったのに、それでも惹かれていた自分がいたのだ。都合のいい自分にくつくつと笑いが零れる。

 

 期待してなかったワケじゃない。元々ハジメはオタク趣味の健全な男子高校生で、異世界に行って無双したい、なんて妄想もしたことがある。

 

 けど此方に来て、蓋を開けてみれば自分は落ちこぼれで足を引っ張る存在。クラスメイトには裏切られ、右眼と右腕を失った。

 

 だがそれと引き換えにハジメはユエというパートナーができた。

 シュウとの絆は更に深くなった。

 レイシアという可愛らしい妹のような存在ができた。

 そして、シアの好意を受け取った。

 

 今までシアの告白を受け取らなかったのはユエに対する罪悪感の意味が強かった。察しのいいユエのことだ、勿論ハジメのそんな考えなど分かっているのだろう。

 だけど彼女は何も言わなかった。ハジメの好きなようにしたらいい、自分はそれを受け入れる、と。

 

 ユエは自分がハジメに『シアを受け入れて』と言えばハジメが受け入れることを理解していたのだろう。だからあえて何も言わなかったのだ。

 口ではシアを否定していても、本心は受け入れて欲しいと思っていた。

 ユエにとって、ハジメは大切な恋人で、シアも同じくらい大切な存在だ。当然それはシュウとレイシアも一緒だ。

 

 ユエはハジメに考え抜いて、悩み抜いた先で結論を出して欲しかったのだ。

 ようやくそれに気づいたハジメは自分の鈍感っぷりに呆れてため息を吐く。

 

 今まで見守っていてくれていたであろう三人が近づいてくるのに気付き、シアの手を引きながら立ち上がった。

 

 ぽかんとしていたシアだったが、ハジメに起こされたことでフリーズした脳が再び動き始めたのだろう。みるみる顔が真っ赤になり、喜色に染まる。

 

 その後、シアが勢いよく抱きついたせいでハジメを押し倒すような形になってしまうのだが、五人を包む空気は暖かく、柔らかいものだったのは誰が見ても分かるはずだ。

 シアの頬は林檎のように熟れていた。

 

 

 

 

 


 

 ユエ「ミレディ・ライセンは勇敢で、優秀で、有能で、勇者だった。それは私たちが保証する……それはそれとして、シアと私でシュウの魔の手からハジメを守る……!!

 

 次回、ありふれた親友

『ライセン大迷宮、攻略! クリア、ウォリアー、エコラリア!』

 

 熱き闘志に、チャージ……イン」



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第二十六話「ライセン大迷宮、攻略」

「あの〜いい雰囲気のところ悪いんだけど、そろそろいいかな?」

 

 確実にトドメをさしたはずのミレディが話しかけてきたことに驚き、全員戦闘態勢に入る。

 しかしミレディは抵抗する気はないらしく、慌てて戦闘の意思が無いことを伝える。

 

「ちゃんと核も壊されてるよ〜。残存している魔力で何とか意識を保ってるんだって〜。伝えなきゃいけないことがあるからね」

「なにを? 負け惜しみ?」

「……中々言うね、キミ」

 

 温厚なハジメがここまで言うとは、やはりストレスが溜まっていたのだろう。辛辣に吐き捨てるハジメの顔は能面のように無表情だった。

 

「神様殺せって話しなら願い下げだ」

「言わない言わない……けど、忠告は言わせてもらうね。君たちが神代魔法を手に入れるために旅を続けるのなら、確実にあのクソ神に目をつけられる」

「断言するほどなのかしら」

「うん。だって君たち、あの頃の私たちにそっくりだもん」

 

 懐かしむように瞳の光が細まる。親が子を慈しむような視線を向けられてむず痒くなったハジメが質問を投げかけた。

 

「旅を続けるにあたって困ることがひとつ、迷宮の場所が分からないんだよね。【オルクス大迷宮】と【ライセン大迷宮(ここ)】は辛うじて伝承が残ってたけど、他の迷宮に関してはこれっぽちも残ってなかったんだ」

「……そっかぁ。記録が無くなるくらい、長い時間が経ってたんだねぇ。ん……っかぁ……」

 

 残存魔力が切れかかっているのか、ミレディの声にノイズが混じり途切れ途切れになっていく。心做しか瞳の光も弱まっているように見える。

 同じように長い時を過ごしたユエはミレディの声が感傷的な響きを含んでいることに気づく。肉体を移し替えて不老不死になってまで叶えたかった使命が、願いが、彼女にはあったのだろう。

 

 ミレディはぽつりぽつりと力ない声で残りの七大迷宮の居場所を話し始める。

 

 全てを伝え終わったミレディはまるでやり残したことは無い、と満足したように息を吐く。

 

「なんか、最初と雰囲気がまるで違いますね」

「あはは……ごめんね、でも、あのクソ野郎は私以上にムクソ悪いことをしてくるからさ……これくらいで、へこたれて欲しくなくて……」

「ミレディ以上……考えたくない」

「あはっ、随ブと……嫌われ、ちゃったな……」

 

 いつの間にかゴーレムのボディが淡く輝き始めていた。ハジメは線香花火のような儚さを感じた。

 

「おっとと、そろそろ時間みたい……最後まあいつに一発かませなかったなあ……くくす……ダサいなぁ、わたし……」

 

 自分の死期を悟ったのか、自嘲気味に呟くミレディ。そんなミレディの傍にユエが近づき、ミレディの頭部を優しく撫でる。

 

「お疲れ様。ミレディ・ライセン、私はあなたのことを決して忘れない……誇り高き戦士だった」

「……っこう、嬉しいこと、言ってくれるじゃん。こもの癖に」

「む、私は子供じゃない」

「あはは、それはごめん

 

 

 ユエの行動に驚くが、ほんわりと柔らかな息遣いが聞こえた。

 

「──ありがとね」

 

 ボディが砂状に崩壊していき、青白い光が天に昇る。

 

「君らのこれからが……自由な意志の下に、あらんことを……」

 

 オスカーと同じ言葉を残してミレディの瞳から光が消えた。

 

「……いっちゃった」

「性格に難はあるけど、それも一生懸命なだけだったのかもしれないかしら……」

「ミレディさん、立派でした。私も忘れません……」

 

 しんみりとした雰囲気で言葉を交わす女性陣。対して男性陣も思うところがあるのか、どこか哀しげな空気が漂っている。あのシュウでさえ何も言わないのだから。

 と、奥の壁の一部が発光し、浮遊ブロックが五人の元へやってきた。

 

「行こう」

 

 ハジメに促されブロックに全員が乗り込む。するとブロックが移動を始め、光る壁の元へ戻っていく。

 何事もなく辿り着き、目の前に通路が現れる。恐らくオスカー同様、ミレディの住処に続いているのだろう。

 ブロックから降りて白い通路を歩いていくと、突き当たりに差しかかるが、到着を見越したように壁がスライドした。

 

「わわっ! 壁が勝手に動きましたよ!」

 

 シアが驚くが先頭を歩いてたシュウが構わずに扉の中へ入る。

 

「やっほー! さっきぶり! ミレディ・ライセンちゃんどぇーす!!」

 

 ニコニコフェイスのミレディゴーレムがいた。小さな体でぴょこぴょこと動き回るミレディは何も知らない人間から見れば可愛らしく見えるかも知れないが、ミレディのウザさが身に染み付いているハジメたちにとっては苛立ちを募らせるだけだった。

 

 今まで黙っていたシュウがツカツカとミレディの元まで近寄り、ニコニコフェイスにアイアンクローをキメた。

 

「あガガガガが!!?」

「俺の『超直感』が反応してたのはこういうことか……おいテメェ、なぜ生きている。とっとと死ね」

「し、辛辣ゥ! やめて! このボディ貧弱だから!! ほんとっ! 待って!!? メキメキ言ってるからあー!」

 

 空中でじたばたと暴れるミレディを心底不快だと言わんばかりに投げ捨てる。舌打ちのおまけ付きだ。

 

「ひ、ひど……」

「黙れ、それより俺ばかり注目してていいのか?」

「え?」

 

 シュウがちょいちょいとミレディの後方を指さす。ミレディが振り向く前に両肩に華奢な手が置かれた。しかしその力は強く、ミレディボディがギシギシと悲鳴をあげている。しかも耳元のすぐ側で「ふしゅー……ふしゅー……」と獣のような息遣いも聞こえるではないか。ミレディが人の身だったら涙目で歯がガチガチ震えていただろう。

 

「た、助けてくれたりとか〜」

「あるわけないでしょ」

「死ね」

「ひゃあああああ〜〜!!!!?」

 

 先程までの感動を台無しにされた三人の乙女の恨みをその身で味わうことになったミレディであった。

 

 


 

 

「すみませんでした……」

 

 説教、もとい躾をされること丸一日、ミレディは地べたに正座して深深と頭を下げた。土下座スタイルだ。

 

「本当に反省してるの?」

「反省してます……」

「嘘だったらまた凍らせるだけかしら」

「ひっ! やめて! やだ!! 体動かなくなるのやだ!!」

 

 解放者の威厳はどこへ行ったのか、レイシアに怯えジリジリと後ろに下がる姿はなんとも情けない。

 というのもレイシアが行った折檻が原因だ。身体を凍らせるという単純なものだけども内容に問題がある。ジワジワと関節駆動部を凍らせて体の端から動かせなくなるという、シンプルに怖いものだった。

 しかも動けない間、両サイドでは修羅とかしたシアとユエが延々と怨嗟を呟き続けていた。丸一日だ。頭もおかしくなる。

 

「凄まじいね……」

「おーこわ。くわばらくわばら」

 

 女性の恨みは何とも恐ろしいものだ。それを目の当たりにした二人はパートナーの変貌ぶりにも驚き、そして同時に誓った。『決して怒らせないようにしよう』、と。

 と言ってもミレディが拷問、もといお仕置を受けている間、何もしていなかった訳では無い。

 

 ミレディの宝物庫を探し出し、保管していたありったけの鉱石類をネコババした。そしてその鉱石を使い装備を強化していた。

『感応石』を加工してシュウの武装に音声認識で変形できる機能を追加した。これにより籠手から大砲に変形させる速度が向上した。

 それだけでは無い。ミレディ戦で最後に使っていた弓を籠手に取り込むことが出来た。これにより、いちいち装備を切り替えなくても籠手を装着していれば状況に応じて武装を切り替えることができるようになった。

 

「流石ハジメ、さすハジ」

「照れるね」

 

 そう言いながらも、その顔はどこか得意げだ。錬成師としての技術が向上していることを実感している。

 武器やアーティファクトのメンテナスの度に決して少なくない鉱石を消費する。まだまだ貯蓄はあるが、それでも減っていっているのは確かだ。その消費していた分を軽々と補完できる程の量を手に入れたことも相まって上機嫌なのだ。

 

「さて、と。止めに行こうか」

「もうちょいやらせとけよ」

「駄目だよ。そろそろ神代魔法を貰わないと」

「でもいいとこだぜ」

 

 ん、と親指を向けた先には吊し上げにされ火で炙られているミレディとそのミレディを囲んで謎の舞を踊っている女性陣がいた。

 

「ホントに何やってンの!?」

 

 急いで止めに入るとミレディに泣きながら感謝された。流石にハジメも同情した。

 

 気を取り直してミレディから神代魔法を貰う。五人全員が展開された魔法陣の上に乗ると淡い光に包まれる。

 

「ん、やっぱり重力魔法だった」

「これでブロックとゴーレムを動かしてたのか」

 

 オルクスの時のような強烈な頭痛は無く、ほんの少し頭がピリッとするような痛みだけだった。それでも初めての体験だったシアは呻いていたが。心配してハジメが声をかけたが「女の子なのでこの程度の痛み慣れっこです!」と言われた。女の子は不思議だ。

 

「ユーちゃんとシューくんは適正ばっちりだね。レーちゃんも中々の適正だよー! シーちゃんとハーくんはビックリするくらいに適正ないね!」

「まあそれはそうだよね」

「私とハジメさんは特化してますもんね〜」

 

 いつの間にかあだ名で呼ぶくらいに親しく思われていたことに驚くハジメ。つい先程まで魔女狩りのような扱いを受けていたというのに何故なのか、これも女の子だからと言われれば納得出来るのだから不思議だ。

 

「……ユエは分かるけど、俺は何でだ?」

「さあ?」

「『さあ?』ってお前」

「私にも分かんないことだってあるもんっ! 適正なんて人によってマチマチだよ! ひとつも持てない凡人もいれば複数持つ天才もいる!」

「じゃあやっぱりお姉様は天才ってことかしら!」

「ぶい」

 

 レイシアに持て囃されドヤァとVサインを見せるユエ。無表情なのにドヤ顔に見えるのは何故なのだろう。一般人から見れば十分レイシアも天才……というか化け物の類に入るのだが、それは置いておこう。

 

「神代魔法も手に入れたし、鉱石も補充出来たし、そろそろ行こうか」

やっと行ってくれる……ん? ちょっと待って、今なんて言った? 『鉱石も補充出来た』って言った?」

「うん。じゃあミレディ、ばいばい」

 

 すたこらと逃げるように大迷宮から出ていくハジメ、それに続いて四人も若干早足で出て行った。

 

「ほぎゃあああ!!? 貴重な鉱石類が根こそぎ奪われてるぅううううー!!?」

 

 ミレディの悲痛な叫び声が【ライセン大迷宮】にコダマした。

 

 ハジメたちの旅は、まだまだ続く! 

 

「迷宮修復作業が長引くうううー!!!」

 

 

 

 

 


 

 清水「うへぇ……大迷宮ってのはどこも恐ろしいとこなんだな。っと、それはともかく俺たちもそろそろ動くことにしたぜ。こっちの迷宮は天之河たちが受け持ってくれるらしいしな。しっかしホント変わったな、アイツら。

 

 次回、ありふれた親友!

『愛ちゃん親衛隊! ラブリー、アグリー、テンポラリー!』

 

 熱き闘志に、チャージ、イン!」



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第二十七話「愛ちゃん親衛隊」

久々に他者視点です。愛ちゃん親衛隊!出動!


 南雲ハジメと澤田シュウが生死不明という凶報を耳にして、社会科担当教師、畑山愛子は泡を吹いて倒れた。

 

 高校生の生徒たちより若く見えるが、こう見えても二十五歳、とっくに成人済みだ。

 彼女は子供扱いされるのを嫌い、精一杯大人に見えるよう振舞ってきた。しかしそれは空回りしてばかりだった。生徒たちからは慕われているが、友達や姉、あるいは妹という目線でしか見られていなかった。

 それを不満に思いながらも愛子は教師として生徒たちに親身になり続けた。その結果『愛ちゃん親衛隊』などという組織が出来上がってしまったのは割愛しよう。

 

 クラスメイトが行方不明、生存は絶望的、しかも犯行に及んだのは同じクラスメイトだというでは無いか。

 愛子は考えた。どうすれば生徒たちの心の傷を癒せるのか、どうすれば生徒たちに戦いを辞めさせることが出来るのか。

 

 一週間経っても何も思いつかなかった。

 

 愛子が部屋から出れば、生徒たちは報道陣のように愛子を取り囲んだ。彼らも愛子が心配で仕方がなかったのだ。

 

 愛子は驚いた。生徒たちは既に立ち直っていたのだ。友を許し、友を助けるために、前を向いていた。蓋を開けてみれば、傷ついたままだったのは自分だけだと知り、失意の底に沈みかけた。

 

 塞ぎ込み部屋に篭もる毎日、誰が訪ねてきても愛子は返事を返そうとしなかった。

 そんな中、根気よく通い続けた生徒たちがいた。

 

「愛子先生、ご飯持ってきましたよ〜」

「……園部さん」

 

 ショートヘアをライトブラウンに染めた少女、園部優花だった。少し勝気な性格も相まって不良っぽい見た目だが根は真面目な子だ。愛子もそれを理解している。

 彼女は地球では愛ちゃん親衛隊の一人だった。しかしこの世界に来て、唯一の大人である愛子の頼もしさと脆さに気づいた。

 訓練が辛い時、愛子に愚痴を聞いてもらうのが日課だった。彼女は嫌な顔せず褒めてくれるし、心配してくれる。優花は愛子に甘え続けてしまった。

 その結果がこれだ。愛子が倒れた時、優花は後悔した。自分のせいで、自分が甘え続けたから、と。

 

「また寝てないんですか? ちゃんと寝なきゃダメですよ愛子先生」

「……寝れませんよ」

 

 優花は愛子のことを『愛ちゃん』と呼ぶことはなくなった。愛子先生、そう呼ぶ彼女の声には後悔の念が含まれている。

 

「……そんなに気に病むことないですよ。愛子先生は悪くないんですから」

「…………気に病みますよ」

 

 ふっ、と自嘲気味に呟く。その顔に愛らしい面影は残っていない。

 

「生徒が死地へ向かっている中、私は一人安全なところでぬくぬくと過ごして……南雲君と澤田君が行方不明になったことだって、受け止めきれなくて……」

 

 体が震える。寒さではなく、恐怖から。

 

「大丈夫だよ」

 

 ふわりと愛子の体を優花が包み込んだ。

 

「愛子先生は悪くないよ。それに二人だってきっと生きてる。みんなだってそう信じて迷宮を攻略してるんだから」

「園部さん……」

 

 震えが収まるまで優花は愛子を抱きしめ続けていた。

 

 


 

 

「ふう……」

「よお」

 

 愛子の部屋から出て話しかけてきたのは陰気そうな少年、清水利幸だった。手には二本の水筒を持っていた。

 

「ほらよ」

「ありがと」

 

 一本投げ渡されたものを受け取り、早速口をつける。乾いた喉に水が流し込まれ潤いを与える。

 

「ぷはぁ……はあー」

「大変そうだな」

「そう思うなら……いや何でもないわ」

「代わらねぇぞ俺は。愛子先生には悪いけどな」

「いーのよ。私から頼んだんだから」

「優しいな」

「……偽善者なだけよ」

 

 そっぽを向いて突っぱねるが、その耳は赤い。ニヤリと清水の顔にあくどい笑みが浮かぶが以前からかいすぎた結果鉄拳を顔面で受け止めた経験があるので笑みを浮かべるだけで留めた。

 

「そうだ、そろそろ行けそうだぜ。例の件」

「ホントっ!?」

「あ、おっ、おう」

「はっ、ちょっと離れてよ!」

「んな゛!? お前から近づいて来たんだろ!」

 

 興奮のあまり思わず詰め寄ってしまい清水との距離が鼻先数センチ程まで近づく。慌てて距離をとるが水を飲んだばかりだというのに二人の頬は赤く火照ったままだ。

 

「……ご、ごめん」

「お、おう」

 

 気まずい沈黙が流れる。目を合わせずよそよそしい態度は付き合いたてのカップルのようだ。

 そしてその二人のことを見つめる影が五つ。

 

「おいおい、なんだアイツら」

「くそう清水の野郎! イチャイチャしやがって!」

「バカ、あんまり大きな声出すなって!」

 

 羨ましそうな目で見つめるツーブロック少年が玉井淳史。その隣で嫉妬しているくせ毛の少年が相川昇。相川を咎めているセンター分けが仁村明人だ。

 

「男の嫉妬は醜いわよ」

「そうそう。優花も幸せそうだし〜、私としてはくっついてくれた方が嬉しいんだけどね」

 

 そんな男子たちに呆れた視線を向けているのはライトブラウンの髪をサイドアップにしている宮崎奈々。微笑ましそうに二人の様子を見守っていたのはツインテールの少女、菅原妙子だ。

 

「あっ! みんな何見てんの!?」

「多いなおい!」

「げ、見つかった!」

「逃げろ逃げろ!!」

 

 ドタバタと廊下を逃げ回る少年少女らの顔にはマイナスの感情は乗っていなかった。

 

 日付が変わって三日後。愛子の部屋に優香一行が押し入って来た。突然の来訪に目をぱちくりとさせ驚く愛子。そんな愛子の手を取り、優香が言った。

 

「愛子先生! 旅に出ますよ!」

「……ほえ?」

 

 そう言われるやいなや、生徒たちはぽかんとしている愛子をよそにせっせと準備を進めていく。準備というのは主に愛子に対するもので、自分たちの着替えや食料などは既に済ませていたようだ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 一体どうしたんですか!?」

「愛子先生がいつまでもウジウジしてっから、園部が愛子先生を立ち直らすための計画を練ってたんですよ」

「計画……? どういうことですか清水くん」

 

 混乱している愛子に清水が説明をすることになった。なおその間にも他の生徒たちが準備を進めているのは変わらない。

 

 清水の話を聞くと、優香が落ち込んでいる愛子の気を紛らわすために旅行に行けば気分転換になるのでは、と考えたそうだ。

 

 ただこのご時世、旅行に行きたいと言うだけで行かさせるほど王国や教会は甘くない。どうすればいいか悩みに悩み、そして思いついた。農地調査という体ならどうだろうか、と。

 

 そこからは早かった。愛子は生徒たちが迷宮に籠っている間、何もしていなかったわけではない。愛子の天職は【作農師】、その能力の希少性から王国でも屈指の実力を持つ騎士に護衛されながら、国に指定された荒れ果てた農地の改善及び開拓を行っていた。

 

 要はその仕事の延長だ。各地の農地を調査するためなら生徒たちも護衛に着くことが出来るので愛子とコミュニケーションを図ることも出来る。

 

 勿論王国や教会の重鎮たちは渋った。何せ強力な使徒たちが迷宮攻略から離れるのだから、その分攻略速度は落ちるだろうと危惧していたのだ。優香たちが誠心誠意頼み込んでも重鎮らは中々首を縦に振らない。このままでは有耶無耶にされてしまう、そう焦っていた優香に思わぬ人物から加勢が入る。

 

 光輝と檜山だ。二人は優香たちがパーティを抜ける分、自分たちが頑張ると重鎮たちに訴えかけたのだ。勇者に頭を下げられては重鎮たちも頷かないわけにはいかず、渋々と優香たちの頼みを了承した。

 

 優香が二人に礼を言いに行き、何故賛成してくれたのか聞いてみた。

 

「元々は俺が無責任に戦争するって言ったのが原因だしさ、贖罪みたいなものだよ」

「俺も天之河と同じだ。お前らの分まで戦うからよ、お前らは先生を助けてやってくれよな」

 

 とのこと。光輝は光輝なりに、檜山は檜山なりに負い目があったようだ。

 

 そんなこんなで今に至り、愛子たちは無事旅に出ることができた。

 しかし誤算が一つ、愛子の護衛に着いていた騎士も旅に着いてくることになったのだ。優香たちは自分たちだけで大丈夫と言ったがこれには教会側が断固として拒否した。

 神の使徒である愛子と生徒たちに何かあれば王国、ひいては教会の威信に関わるとのことらしい。これには監視の意味もあるのだが生徒たちにはそこまで分からない。

 

 四人の騎士を同行することになったが、それでも旅に出れることは変わらない。気持ちを切り替えて優香はこれから始まる旅に対する期待に胸をふくらませた。どうか愛子先生の心の傷を癒せますように、と。

 

 なお、これは蛇足なのだが、護衛に着いた騎士は神殿騎士と呼ばれる騎士の中でも高位に位置する者たちで確かに実力はあるのだが考え方に難があった。

 それは亜人に対する偏見と差別だ。王国の人間、特に聖教教会の人間は魔力を持たない亜人を神に嫌われた人種として忌み嫌っている。

 

 会話の流れで亜人の話が出てきた時はそれはもう親の仇かと言うくらいに罵っていた。容姿が整っていることも相まってそれっぽく見えてしまうのがなんとも言えない。

 勿論愛子はこれに異を唱えた。亜人だろうが同じ人間、差別していい道理はないと。

 

 騎士たちは愛子の護衛を通して愛子の無償の優しさや内に秘める儚さや危うさを感じ取った。気になり話しかけて見ればどうだろうか、元々ハニートラップ要員でもあった自分たちが逆に愛子に絆されていた。

 

 騎士というものは常に危険と隣り合わせ、神殿騎士ともなれば任務は通常よりも危険度は高くなる。故に彼らの心がすり減るのは仕方がない事であった。

 その心を癒したのが愛子だった。親身になり、否定せず、自分も辛いであろうに真剣に悩み聞いてくれる。

 彼らの気持ちが愛子に堕ちるのは早かった。彼らは最早愛情を超え狂信に近い想いで愛子の護衛をしている。

 

 とまあそんな彼らには愛子が亜人を擁護するのがどうしても許せなかったのだろう。どれだけ亜人という存在が醜く恐ろしい生き物なのか自分たちの持ちうる語彙力総動員で説明した。

 彼らの中での亜人は教会によって歪められた知識しか持たず信ぴょう性など皆無なのだが、彼ら自身はそれを知らない。

 

 どうしたものかとオロオロする愛子と騎士の間に割り込んだのは以外にも清水だった。

 

「お前らそこに並べ! 俺が獣っ娘の素晴らしさを教えてやる!!」

 

 オタクであった清水は亜人、所謂獣人に対して夢を持っていた。ファンタジーの世界に入り込んだから一度は目にしたい存在だ。そんな自分の憧れの存在を貶されて落ち着いていられるほど冷めた人間ではない。

 清水は騎士たちに懇切丁寧に、それはもう丁寧に亜人の、というよりは獣フェチの素晴らしさを語った。その熱量に男子は引き、女子も引き、先生も引き、騎士も引いた。

 しかし神殿騎士の中でリーダーを務める彼、デビットはその話を真剣に聞いていた。

 

「成程……つまりケモ耳は性感帯でもあると?」

「そのとおり! しかしな、その限りじゃないんだよ。先天性で性感帯であるケモ耳と開発して後天的に性感帯にするケモ耳があるんだ。ちなみにだけどな、ケモ耳だけじゃなく尻尾というのもまたいい。なんせ尻尾なんてシリに直接着いてるんだ、感度だって耳より高いはずだ。つまり……」

「つまり、性感帯枠が一つ増えるのか!?」

「Exactly!!」

「いぐ……? まあ、理解した。亜人は忌むべき種族ではなく、愛でるべき種族だったのだな!」

「その通りだ! なんだよ話せば分かるじゃねえかデビットさん」

「デビットでいい、清水殿」

「なら俺も幸利でいいぜ。改めて宜しくなデビット!」

「こちらこそユキトシ! 部下には私から獣っ娘の素晴らしさを教えておこう!」

 

 固い握手を交わしたあと、デビットは満面の笑みを浮かべてそう言った。部下たちの表情は固まった。

 

 奇妙な友情が芽生えた中、旅は続く。目的地である湖畔の町、ウルまでもう少しだ。

 

「そもそもケモ耳の起源って言うのはなあ……」

「清水しつこい! キモイ!」

 

 もう少しの辛抱である。頑張れ優香。

 

 

 

 

 


 

 愛子「はぁ……生徒たちに心配されるなんてダメダメ教師ですね……。いけないいけない、気をしっかり持たなきゃ、私はあの子たちの教師なんだから!南雲くんたちは……なんかかっこいい名前がついたみたいですね!

 

 次回、ありふれた親友!

『やかましい二つ名! ネーム、ハーレム、ビューティフル!』

 

 熱き闘志に〜、チャージ、イン!ですよ!」



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第二十八話「二つ名はやかましい」

例の通り最初の会話はスキップして構いませんよ。あと後半ルビとフォントが喧しいです。
ちゅーいしてください


「やあ」

「……またここかよ」

 

 最早見慣れてしまった白い空間、そして前に佇むは前世の自分。溜息をつきながら半眼で男を睨みつけた。

 

「そう言わないでよ。君がまた試練を乗り越えたからさ、新しい力を分けに来たんだよ」

「新しい力、ね……そうだ、聞きたいことがあるんだけどよ」

「君が? 珍しいね」

 

 男は驚いたように自分を見つめる。前世と今世の自分自身だというのに何とも奇妙な感じだが、言いたいことを飲み込んで疑問だったことを聞く。

 

「重力魔法の適性が高かったのは前世の影響か?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりか……なんとなく察しは着いてたけどよ」

「有効活用しなよ、強い力だからさ。炎として使えないのは残念だけどね」

「炎として? ……ああ、そうか。重力ってアイツの力か」

 

 無理やり刷り込まれた記憶を思い出し納得する。かつての強敵で親友だった彼の力は『大地の炎』、重力を思うがままに出来る力だったな、と。

 

「で、次はなにくれんだよ。はよ寄越せ」

「はいはい。じゃ、これどうぞ」

 

 慣れてきたのだろうか、以前のように一々肩を落とすリアクションをしなくなった。自分が自分に対して吐く暴言に慣れるのはどうなのかと自問自答するが、考えていても埒が明かないことに気づき吐きそうになった溜息を飲み込んだ。

 ガシャン、と音を鳴らして手渡されたものを見る。鞘に収まった、男の子なら一度は憧れる武器。

 

「……刀、てことは」

「そう、雨の炎だ」

 

 いつの間に灯していたのか、既に額には炎が燃え盛っていた。以前と同じ、体で覚えろということなのだろう。目を閉じ意識を集中させ同じように炎を灯す。但しその色は雨のように青い。

 

「さあ、かかってこい」

「言われなくても」

 

 拳と刃がぶつかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 冒険者ギルド、ブルック支部は冒険者で今日も賑わっていた。ある者たちは食事をとり、ある者たちはクエストの段取りを組み立てていたりと思い思いに過ごしていた。

 カラン、カラン、と扉を開けた時のベルが鳴る。一斉に視線が向けられ、釘告げにされた。

 

「おっ、飯食ってる。いいなー」

「そう言えば朝ごはんまだだったもんね。後で何か食べに行こうか」

 

 シュウとハジメだった。ここにいる冒険者全員、戦ったことがある。と言っても一方的な蹂躙だったが。

 原因はユエたち絡みだ。何度断っても言い寄ってくる男たちにウンザリしたユエが「ハジメかシュウに勝てたら考えてあげる」などと言った結果、露店を冷やかしていた二人に襲いかかったのだ。結果はお察しで、冒険者が気絶するまで一秒もかからなかった。

 とまあそんなことが合ったからかハジメたちに因縁を吹っ掛けて来る者はここにはおらず、スススと視線を逸らす者が大半だった。

 

 ではそれでも釘告げにされている者もいる。それは懲りずにハジメたちにちょっかいをかけボコボコにされてしまい、いつしかその痛みを快感に変えてしまった者たちだった。屈強な男のドMとか誰得だ。

 そういう輩は無視するに限るので二人は視界に入れないようにしているが彼らにとっては無視すら快感に変えてしまえるらしい。怖い。

 

 気色の悪い視線を纏いながらもカウンターに向かうと凄腕のおばちゃん、キャサリンが恰幅のいい笑顔で出迎えてくれた。

 

「あら今日は二人なんだね、どうだい? そろそろパーティ名を決める気になったかい?」

「前決めましたよ?」

「『ああああ』は流石にどうかと思うよ」

「だから『ハジメと愉快な仲間たち〜永遠の愛を誓った恋人〜✝︎ETERNAL LOVE✝︎』って言っただろ?」

「それもどうかと思うよ」

 

 キャサリンはため息を着く。そうこの男たち、頑なにパーティ名を決めたがらないのだ。候補を上げたとしても先程のようにふざけたものしか言わない。

 

「いい加減決めなよ、今日は決めるまで帰さないよ」

「いやあだって……」

「固定名を覚えられたらたまったもんじゃないだろ」

「トラブルに巻き込まれる気満々じゃないか」

「トラブルがあっちから来るんだから仕方ないだろ」

 

 誠に遺憾である、と言わんばかりにシュウが言い放つが、ハジメたちがトラブルに巻き込まれることが多いのは周知の事実なのでキャサリンも苦笑を浮かべるしかない。

 

「というかアイツらどうにかしろよ。この街は頭のおかしい住人しかいないのか?」

「ユエとレイシアとシアに言いより続ける男と女たち……僕とシュウに戦いという名の暴力を嬉々として受け続ける変態……あと宿屋のお嬢さん。なんだろう、両手じゃ足りないってヤバいですよね?」

「そりゃあまあ……活気があっていいじゃないか」

 

 住人の奇行は勿論ギルドにも届いている、それもキャサリンが目を逸らす程だ。ちなみに宿屋のお嬢さんとはマサカの宿の受付少女のことだ。ハジメたちでよからぬ妄想をしていたあの少女はその妄想が現実であるか確かめるために、屋根からロープ伝いに部屋を覗こうとしたり、風呂場に潜水して忍び込んだりと何がそこまであの少女を駆り立てるのか分からないほどアクティブだった。

 

「嫌すぎるだろあんな活気……」

「そのマップに追加しておいて下さいよ」

「……考えておくよ」

「目を逸らすなおい」

 

 どうやら凄腕のキャサリンでも手に負えないことはあるらしい。シュウとハジメの視線に耐えきれず目を逸らしてしまった。

 キャサリンを責めるのも筋違いなのでハジメは話を変えることにした。

 

「そうだ、僕たちそろそろこの町を出ようと思っててフューレンに行こうと思ってるんですよ。何かいい依頼って無いですか?」

「ほう、フューレンかい。それなら今朝入ってきた依頼で丁度いいのがあるよ」

 

【中立商業都市フューレン】。ハジメたちが目指す七大迷宮のひとつ、【グリューエン大火山】の途中にある都市だ。

 キャサリンが手渡してくれた依頼書を見る。どうやら商隊の護衛依頼らしく、十五人程の護衛を求めている。この護衛とは冒険者のことを表すので、冒険者登録していないユエたちは人数に含まれない。

 

「おお、これ丁度いいじゃんか。これにしよーぜ」

「そうだね。ユエたちにも『良さそうなのがあったら受けといて』って言われてるし……キャサリンさん、僕たちこの依頼を受けます」

「あいよ。先方にはこっちから伝えおくよ」

「ありがとうございます」

「それにしても……アンタたちがこの町を去るとなると、少し寂しくなるね」

 

 そう言って哀愁を帯びた笑みを見せるキャサリン。しかしフッ、と笑い首を横に振る。

 

「なんてね、冒険者は旅してなんぼ。めいいっぱい冒険してきな」

「……はい!」

「おう!」

 

 キャサリンからの激励を貰いハジメとシュウは拳を掲げる。二人はそのまま背を向けてギルドの入口へ向かう。その姿を見て嬉しそうに笑うキャサリン、と何かを思い出したのか二人を呼び止めた。

 

「あ、ちょっと待ちなアンタたち!」

 

 不思議そうに振り向く二人にキャサリンは一枚の紙を見せた。

 

「パーティ名が決まってないよ!!」

「お邪魔しました!!」

「俺たちの冒険はここからだ!!」

「待ちなコラ!! 逃げるんなら勝手に決めちまうからね!!」

 

 そう言われては戻るしかない、渋々受付まで戻るハジメとシュウなのであった。

 

 


 

 

「やっと終わったあ〜……」

「まさかパーティ名を決めるだけで半日使うとは……」

 

 あーでもないこーでもないとしているうちにどんどんと時間は過ぎていき、結局キャサリンが無難な名前に決めてくれた。

 

「『ルール・ブレイカーズ』……ちょっと厨二臭いけどカッコイイよね」

ちょっと……? まっ、まあなんというか、名は体を表すを明言したパーティ名だな」

 

 常識(ルール)を壊す者達(ブレイカーズ)。文字通り人間の常識をぶち壊したハジメたちにピッタリの名前だ。素性は話していないはずなのに全て見抜かれている気がする。本当にキャサリンは何者なのだろうか。彼女の方が受付嬢という常識を壊している気がする。

 正直かなり厨二臭いとは思うシュウだったが、ハジメが「ちょっと」と思っているなら指摘しない方がいいだろう。シュウは空気が読める*1男なので、何も言わない。

 

「んでこれ……貰ったはいいけど何なんだろうな。マジであのオバチャン何者なんだろうな」

「紹介状って言ってたよね。困ったら出せって……どれだけ権力あるんだろ」

 

 パーティ名を決めてようやく帰れると思った二人にキャサリンが渡してくれたのは紹介状。キャサリン曰く──

 

「アンタたちは何かとトラブルに巻き込まれることが多いからね。困った時は偉い人にこれを見せるといいよ。なぁに、オバチャンからの選別さ」

 

 とのこと。手紙ひとつでお偉いさんが納得するとは彼女は本当に何者なのか。色々と疑問が募るが折角好意でくれたものなのだから余計な詮索はせずに有難く受け取っておくことにした。

 

「『いい女には秘密が付き物さ』、だってよ」

「漫画のキャラクターみたいだよね。母さんが見たら喜びそう」

 

 昔はすれ違う男皆が惚れてしまうほどの絶世の美女だった。確かに在り来りな設定ではあるが、あながち冗談に聞こえないところが怖い。

 

「……考えるの、やめよっか」

「そう、だな」

 

 時には深入りしないことも大切。またひとつ二人は賢くなった。

 

 


 

 

 宿屋に戻り、女性陣に明日旅立つことと依頼のことを説明し、風呂を覗かれたり情事を覗かれかけたりと色んなことがあったが、翌日。ハジメたちは集合場所である街の正門へやってきた。

 

「お、おい! アレって壊し屋(デュエル・クラッシャー)じゃねぇか!?」

「嘘だろ!? 最後のパーティって白髪の狂狼(ホワイトウルフ)がいるパーティなのかよ!?」

「だが待て! あの二人が居るってことはそう! 月夜に佇む妖艶な小悪魔(☪︎センシティブ・デビル♆)ことユエちゃん、雪原に舞い降りた青髪天使(セラフィック・スノーエンジェル໒꒱)ことレイシアちゃん、そして完全無欠の筋肉少女(ᕙパーフェクトプロポーションᕗ)シアちゃんがいるってことだ!!」

「待て待て待てなんだその二つ名は!?」

「というか何そのルビ!? バランス悪すぎるでしょ! 中学生が考えたの!?いや中学生でも考えないよ!」

 

 自分たちが現れた途端指をさされよく分からない異名を言われる。なんとも厨二チックな二つ名を付けられてしまったハジメとシュウはヒクヒクと頬を引き攣らせている。ユエは満更でも無さそうだが、レイシアは恥ずかしそうだ。シアは首を傾げている。

 

「おい、今後一切その名前を口にするなよ。いいか、絶対だぞ」

「そ、そんな事言われてもブルックの人間は全員知っているぜ?」

「うっそだろ」

 

 衝撃の事実が発覚しシュウは天を仰いだ。これから自分は白髪の狂狼(ホワイトウルフ)という名前と付き合っていかなければならないのか、と白目を向いた。

 

 クラスメイトの奴らに絶対に知られてはいけない。ハジメも同じことを考えていたのだろう。決意した瞳で見つめ合い、頷きあった。

 そんな茶番を行っていると商隊のまとめ役らしき小太りの男が声をかけてきた。

 

「君たちが最後の冒険者のようですね。依頼書を見せてくれませんか」

「ああ、はい」

 

 懐から取り出した依頼書を渡す。男は目を通して内容を確認すると納得したように頷いた。

 

「ふむ、確かに護衛のようだ。私はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君たちの実力がランクに不釣り合いだと言うことはキャサリンさんから聞いていましてね。頼りにしているよ」

「もっとユンケル……?」

「大丈夫ですか? 余り栄養ドリンクに頼りすぎると体調崩しちゃうんで気をつけてくださいね」

「栄養ドリンク……? それが何かは分からないが、これでも商隊のリーダーを務めてそれなりに経つのでね。大変だが慣れたものですよ」

 

 ところで、とモットーが話を区切り値踏みするような視線をシアに向ける。

 

「そこの兎人族……売る気はないですか? それなりに値段は付けさせてもらいますが……」

 

 通常の兎人族とは違い青みがかった白髪、それに加えてシアはかなりの美少女だ。一般的な認識として樹海の外にいる兎人族は奴隷であり、珍しい奴隷がいれば交渉を持ちかけるのは商人として当たり前のことなのだ。ハジメたち現代人の認識でいえば色違いのポケ〇ンを交換しようと言われているような感覚だ。シアは色違いのポケ〇ンと同じ扱いなのか……と思うと悲しくなるハジメであった。

 

 そんな気持ちを切り変えて、シアを庇うようにモットーの前に立つ。

 

「悪いけど、誰にも渡すつもりはないです。彼女は僕の大切な恋人なので」

「なるほど、恋人でしたか……どうしてもですか?」

「はい。例え、神が欲しても……僕は彼女を手放すつもりは一切ない」

「ハジメさん……!」

「…………そこまでとは、分かりました。ここは引き下がりましょう。ですがもし気が変わったら我がユンケル商会に是非いらしてくださいね」

 

 この世界では国よりも教会の方が権力が強い。それだけこの世界の神が信行されているということだ。その神に対して喧嘩を売るような発言をするのは殆ど黒に近いグレーゾーンの行為だ。下手をすれば聖教教会に目をつけられない発言、それでも構わないくらいの覚悟がハジメにはある。

 その事を悟ったモットーは名残惜しそうに被りを振り商隊へ戻って行った。

 

「ハジメさん、かっこよかったですぅ……!」

「ん、惚れ直した」

「流石ハジメ。さすハジ。抱かせろ」

「シュウ?」

「抱かせてください」

「そうじゃないかしら……」

 

 シアとユエはハジメの男前な行動と発言に惚れ直し、シュウは「まあ俺のハジメならこれくらいは当然だ」とばからに胸を張り妙なことを口走っていた。レイシアは恋人である自分を差し置いてその発言はどうなのかとシュウの太ももを抓るが、シュウが発言を訂正するのではなく言い方を丁寧にしたことにため息をついた。苦労人である。

 

「若いっていいわね……私にもあんな頃があったわ」

「あそこまで堂々とした啖呵をきるとはなぁ。若いのにやるじゃねえか」

 

 同じように護衛を務める冒険者たちがハジメを見てそれぞれ思ったことを述べている。女性の冒険者はシアを通して、若かりし頃の自身を見つめているようだ。男性の冒険者はハジメを通して冒険者になったばかりの無鉄砲に突き進んでいた頃を思いだしているのだろう。どちらも優しげな視線を送っていた。

 

 まだ出発する前だと言うのに何故騒ぎは起こってしまうのか、自分の印象を薄くするアーティファクトでも作るべきかと本気で悩むハジメだった。

 

 

 

 

 


 

 園部「かっこいいセリフを吐いてフリューレンへと向かった南雲たち、途中魔物や山賊に襲われたり……なんてことは無く無事フリューレンに着いたみたい。道中トラブル無くて良かったじゃない。……ああ、街の中では起きるのね。

 

 次回、ありふれた親友!

『フリューレン! トラブル、テリブル、スクランブル!』

 

 熱き闘志に、チャージインッ!」

*1
ハジメ調べ



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第二十九話「到着、フューレン」

 ブルックからフューレンまでの移動距離は馬車で約六日。魔物が少ない日の出前に出発し、魔物が活性化する日の入り前には野営の準備を行う。これを繰り返すのも、もう三日目になる。

 

 冒険者たちはそれぞれパーティごとに別れ、互いの持ち場につき周囲を警戒しながら食事をとる。こういった護衛以来は日数をまたぐことが多いので基本的に食事は乾パンや干し肉といった日持ちするものが多い。その食事代も自腹なので少しでも安く済む携帯食料品を持ち込んでいるパーティが殆どだ。

 

 殆どということはそれに当てはまらないパーティもいるということだ。そう、我らがハジメパーティ……またの名を『ルール・ブレイカーズ』である。

 

「出来ましたよ〜。今日はシチューにしてみました!」

「おおー! 美味しそう!」

「お代わり分も十分だな!」

「下ごしらえは私も手伝ったのかしら!」

「味付けは私……!」

 

 彼らは周りがパサついた固い肉やパンを齧っている横で出来たてほやほやのシチューを器に盛り付けている。

 流石と言うべきか、女子力が高いシアは料理上手で彼女が旅に着いてくるようなってからはずっと料理当番を担当している。というのもシア以外にまともに料理できる人間が居ないのだ。

 

 ハジメは出来なくはないが所謂男料理というもので、調味料や食材の切り方が大雑把なのだ。しかしシュウ曰く、「それでも偶に食べたくなってしまう中毒性がある」とのこと。

 

 シュウは見た目通り出来ない。シュウの調理方法の辞書には『焼く』という言葉しか書かれていないらしい。味付けは『塩』オンリー。焼き鳥屋もビックリだ。

 

 ユエは王族らしく料理などしたことはない。包丁の持ち方すらおかしかった。だがハジメという恋人が出来てからは『好きな人のために料理が出来るようになりたい』と思い、シアに料理の先生を頼んだ。現在は飾り切りに挑戦中だ。

 

 レイシアもユエと同じように料理をしたことがなかった。けれど知識だけはあったのでシアの指導の元、料理の勉強をしている。勉強の成果もあり、今では簡単な料理なら一人でも作れるようになった。

 

 とまあ女性陣は成長してきているがそれでも幼い頃から料理を嗜んでいたシアにはまだまだ敵わない。ハジメたちの胃袋はすっかりシアに掴まれている。

 

「おい見ろよ……今日はシチューだってよ」

「うわぁ〜美味そう〜。なあなあ、お前も作ってくれよ」

「馬鹿言わないでよ。私だって作って欲しいくらいなんだから」

 

 周りの冒険者たちはシアの料理を羨ましそうに見つめる。シアはその視線を受けて気まずそうに眉を八の字にしている。

 

「あの〜ハジメさん。料理も結構な量作りましたし、他の冒険者の皆さんに分けて上げてもいいですか?」

「うん? あ〜……流石に気になる?」

「はいぃ……だってもう三日目ですよ? 毎回毎回あの視線を向けられると流石に心苦しいですぅ」

 

 ウサ耳をしょんぼりとさせて目を伏せる。ハジメはシアの優しさに思わず緩んだ頬を抑えて頷いた。

 

「まあいいんじゃないかな。一応同じ依頼を受けた仲間同士だし。皆もいいかな?」

「てっきり俺のお代わり分かと思ってたんだが……お前らがいいならいいぜ」

「いいんじゃないかしら。そもそも私たちだけじゃ食べきれないかしら」

「ん。私もそんなに食べれない」

「皆さん……! ありがとうございますぅ!」

 

「早速渡してきますぅ!」と言い鍋を持って意気揚々と他のパーティの所へ向かって行った。野太い歓喜の声をBGMにハジメたちは食事を続けた。

 

 


 

 

 それから魔物の大群が攻めてくる……なんてことは起こらず、たまに数匹の魔物を蹴散らしたくらいで商隊は無事フューレンに辿り着いた。

 何も無くて拍子抜けだったが、何も無い方がいいことだと言うことを思い出しハジメは苦笑をこぼす。トラブルに巻き込まれ過ぎたからか、いつの間にか平穏という言葉を忘れていたようだ。

 そんなハジメの元にモットーがやってきた。

 

「はあ、モットーさん。何度言われてもシアは渡しませんよ」

「おや、まだ何も言っておりませんが?」

「口調口調、商人としての素が出てますよ。あと目」

「おやおや。長年染み付いた習慣というものは中々取れないものですな」

 

 ほっほっほと笑っているが、この男、護衛以来の道中でことある事にシアを売ってくれないかと交渉していたのだ。回数を重ねる毎にハジメもうんざりして来て対応が適当になっていたのだが、これが最後のチャンスということで今回はかなり執拗い。

 

「単刀直入に言いましょう。貴方の所有するその『宝物庫』のアーティファクト、そして兎人族の少女……是非売っては貰えないでしょうか? 一生遊んで暮らせる金額を支払いしましょう」

「何度言われても答えは変わりません。いくら積まれようが釣り合いなんか取れるわけないでしょう?」

「ですがそれだけの希少価値を持つアーティファクトに兎人族、フューレンに入ればトラブルに付き纏われるでしょう。しかも貴方は隠すつもりが全くない。トラブルに巻き込まれるのは嫌でしょう?」

「確かに面倒ですけど多少のトラブルはブルックの街で慣れているんですよ」

 

 会話をしているうちにモットーの目が怪しく輝き始めた。商人としてプライドが疼くのだろう。その目には『殺してでも奪い取る』といった感情がありありと浮かんでいた。

 

「……今ここで手放しておかないと彼女たちにも危険が及ぶかも知れませんよ? なっ──」

「へぇ。それってつまり、『渡さなきゃ殺す』って言いたいの?」

 

 ハジメの顔から人当たりのいい朗らかな笑みは消えており、表情筋がピクリとも動かない能面のような表情になっていた。絶対零度の視線と押し潰されるプレッシャーに晒されたモットーは膝を着く。口の中が乾き、喉から発せられるのは辛うじて絞り出された呻き声だけだ。

 そんなモットーに目を合わせ、ハジメは言葉を続ける。

 

「ねえ、どうなのさ」

 

 眼帯で隠されたはずの瞳が妖しく輝く。震える体を必死に抑えてバラバラになった言葉をパズルのように繋げていく。

 

「ぐっ……わ、私はただ……そういったことが、起こる可能性が……高いと、ここは……裏組織が……くっ……多く、存在しているので……」

「ふぅん。まあ、いっか。今回だけは見逃して上げます。ただ……次はありませんよ」

「ふう……勿論です。いやはや私も耄碌したものです。欲に目が眩んで手を出してはいけない深淵を掴もうとしてしまうとは……」

「商人なら分からなくもねぇけどな。相手が悪かったな、ちなみに俺も半ギレしてるぞ」

「……本当に耄碌したようだ」

 

 先程から妙に静かだと思っていたらどうやら怒りが一周して悟りの境地に至ったようだ。その顔は般若を超えて阿修羅が如し。左は憤怒、右は悲観、真ん中は無表情と最早化け物である。そう言えばステータスは化け物だった。

 滝のように流れていた冷や汗を拭い、モットーはヨロヨロと立ち上がった。

 シュウの言う通り、『宝物庫』もシアも商人なら喉から手が出るほど欲しい存在だろう。それにモットーは優秀な商人、夢物語だと思っていたお宝が目の前にあれば我を失ってしまうのも仕方がない。だからといって恋人に手を出されてはたまったものではないのだが。

 

「今回は無様なところを見せてしまいましたが、我がユンケル商会は回復薬から煌びやかなドレスまで幅広く取り扱っております。ご利用の際は是非、我が商会をご贔屓に。勉強させて頂きますよ」

「……商売根性が逞しい」

「商人ですから」

 

 ユエの呟きにも堂々と胸を張って答えるモットー。ハジメたちに頭を下げてから商隊と共に街の中へ入って行った。モットーが街に入ってすぐ店を構えている店主らしき人間に取り囲まれた。どうやら敬われている様子だ。

 

「……もしかしなくても、かなり有名な人だったんですかね?」

「しっ! 思ってても言わない方がいいかしら!」

 

 まだ街に入ったばかりだというのにトラブルに巻き込まれる気しかしないのは、ハジメの気のせいでは無いだろう。深く、それはもう深くため息をついた。

 

 


 

 

 早速フューレンの冒険者ギルドに赴き、嫉妬の視線を受け流しながらリシーという女性の話を聞く。何も口説いている訳では無い。彼女はギルドで働く『案内人』という職に着いているのだ。街の詳しい情報を教えてくれる彼女の存在は充分代金を支払う価値がある。ハジメたちはリシーと共に昼食を摂りながら話を聞いていた。

 観光に来たのなら観光区に、住居を求めてきたのなら中央区に、武器や防具が欲しいなら職人区に、雑貨や情報品などを補充したいのなら商業区に、と大分噛み砕いて言葉にしたがこの程度ではリシーが話した内容の一割にも満たしてない。それくらい彼女は話し上手で説明上手なのだ。

 

「──と、言ったかんじですわ。あとは宿ですが、これは観光区の宿をオススメしますわ。観光客を客層としているのでお客様の幅広い要望に応えられます。中央区にも無くはないのですが、どちらかと言うとあそこは仮眠を目的とした宿が多いので」

「なるほど。じゃあ観光区で決めよっか」

「要望があれば言ってください。その要望にあった宿をリストアップしますので」

「俺は飯が美味いとこがいいな」

 

 背もたれに身体を預けているシュウが昼食を平らげてそう話す。ウンウンと頷きながらリシーは頭の中で宿を絞る。ただ流石に食事の評判だけでは数は減らない。

 

「他にはありますか?」

「お風呂は外せないよね」

 

 ハジメの意見を聞いてさらに絞り込む。あとひと押しでピッタリの宿をオススメ出来るだろう。

 

「ふむふむ……他にはありませんか?」

「ん……防音性が高い宿がいい」

「あとは大部屋がいいですぅ!」

「それならお風呂も混浴できる所がいいかしら」

「なるほどなるほど。防音に大部屋に混浴…………えっ? へっ!?」

 

 急に増えた検索ワード、その意味を理解してリシーの顔は沸騰したかのように熱くなる。この五人はそういう(……)中なのかと思うと下世話な想像が頭の中を支配してしまい先程までピックアップされていた宿屋の情報が霧散する。

 盗み聞きしながら食事をしていた周りの男たちの視線が嫉妬により凶悪になる。その類の視線すっかり慣れてしまったハジメとシュウは呑気に食後のコーヒーを飲んでいる。と、嫉妬と殺意ばかりの視線に一際不快な気持ち悪い視線が混じったことに気づく。

 

「うげっ! 豚男爵!」

「キャラ崩れてますよ、リシーさん」

 

 営業スマイルが消え去ったリシーの視線の先を見れば肥えた肉体、脂ぎって汗ばんだ肌、無駄に高そうな服に身を包んだ男がいた。デブ、チビ、ブスと不快要素スリーアウトだ。本人はそう思っていないのだろう、自信満々にハジメたち、いやユエとシア、そしてレイシアの元へ真っ直ぐ向かってくる。

 

「ふひっ、おっ、おい小僧ども。100万ルタやる、ふっ、その兎を寄越せ。女たちは、私の妾にしてやる。いひっ、一緒にこい」

 

 この男の脳内では既にユエとレイシアは自分のものになっているらしい。妙に高い不快な声で鳴きながら汗ばんだ手をユエとレイシアに伸ばす。

 直後、男は情けない悲鳴を上げながら後方に倒れ、必死に後ずさりしてユエたちから距離を取り始めた。周りで様子を伺っていた冒険者たちも椅子からひっくり返ったり持っていたスプーンを落としたりと怯えた反応を見せる。

 

「ひっ、ひぃ、ひぃいいいいい!!!!」

 

 何が何だか分からないリシーは男と冒険者に視線をいったりきたりさせている。当然だ。彼女からすれば不快極まりない言葉を吐いていた男が急に悲鳴をあげ逃げ始めたのだから。しかも股間にシミを作るアンハッピーセット付きだ。

 

 何故こうなったかと言うと答えは簡単、ハジメとシュウが殺気をぶつけたのだ。それも気を失うかどうかの絶妙なラインで、ついでとばかりに嫉妬の視線を送っていた冒険者にも少し軽め*1の殺気を当ててやった。

 

「……リシーさん、ありがとうございました。これ食事代とお詫びのチップです」

「え? あ、はい。え? いいんですか?」

「いーよ。じゃあな姉ちゃん。ほら、さっさと行くぞレイシア」

「はいはい」

 

 未だに狼狽えているリシーに食事代とトラブルに巻き込んでしまった詫びとしてチップを払い席を立つ。シュウはレイシアの肩を寄せて、ハジメはユエとシアの手を握ってギルドの入口へ向かう。

 と、悲鳴をあげ後ずさりして小便を漏らすという無様欲張り三点セットをキメていた男が未だ震える声を精一杯張り上げる。

 

「れ、れれれレガニドォ!! そのガキを殺せぇ!! かっ、金ならいくらでもやる!! だから早く殺せぇぇぇ!!!」

「……だ、そうだ。悪いな坊主ら。俺の金のためにちぃっとばかしお眠りしててくれや。なぁに殺しはしねぇよ。まあ嬢ちゃん方は……悪いが諦めてくれ」

 

 男に名前を叫ばれハジメたちの前に立ちはだかるレガニドという男。ハジメとシュウをただの子供だと思っているのだろう。確定された報酬に顔がニヤケている。

 

「レガニドって黒の『暴風』だろ? なんだってあんな奴の護衛なんかしてんだよ」

「金払いがいいからだろ。『金好き』のレガニドだしな」

 

 どうやらレガニドは上から三番目のランクに位置する冒険者らしく、二つ名があることを見るに実力もそれなりにあるらしい。だからといってハジメたちの敵ではないのだが。

 ため息をつき、ハジメが物理的対応をしようと一歩前に出た。だがそれをユエが制し、逆にハジメの前に出る。

 

「どうしたの?」

「……守られてばかりの女だと思われたくない」

 

 その顔は無表情だがハジメには分かる。ユエが少し、いやかなり怒っている。

 ハジメとシュウの実力を下に見られたこと、そしてハジメと自分の仲を引き裂こうとしたこと、他にも気色悪い視線や言動とまだまだ上げたりないが、兎に角ユエの怒りは頂点に達していた。

 

「……万死に値する」

「私もやるかしら」

 

 レイシアがユエの横に並ぶ。彼女もユエと同じように憤っていた。憤怒が冷気となってレイシアの身体から漏れている。ギルド内が急に冷えたことに冒険者たちは困惑していた。

 

「もちろん私もやるですよぉ!」

 

 普段温厚なシアも出張ってきた。強くなったとはいえあまり争いごとには乗り気じゃないシアがこうして出てくるのは少し珍しい。しかしそれくらい想われているのかと思うと同時に嬉しくなる。ハジメの頬が緩んだ。

 レガニドは自身の前に立つユエたちを見て爆笑する。

 

「おいおい! 嬢ちゃんたち、なんの真似だ? 相手って言うのは夜の相手のことかい?」

「……黙れ」

「怖いねぇ。可愛い顔が台無しじゃ──」

 

 言葉を続けることが出来なかった。何故ならレガニドの股間を掠めるように『風球』が飛んできたからだ。もう少し上だったら男としての象徴が潰され再起不能となっていただろう。たらりと汗を流し黙り込むが、脳内ではユエが今どうやって魔法を唱えたのかを必死に考えている。どれだけ考えても分からないが、一つだけ分かることがあった。それはユエの実力が高いということだ。

 腰に差していた長剣を抜き、構える。

 

「坊ちゃん、悪いが傷のひとつやふたつは勘弁してくれ」

「剣を抜いたのは評価するかしら。それでも敵わないでしょうけど」

「へっ、抜かせ!」

 

 一歩踏み出し跳躍する。レガニドはユエに狙いをつけたようだ。この中で一番実力のある者から倒していこうということなのだろう。ユエが魔法を使ったことから接近戦は不得意だという予想も付け加えられる。

 

「峰打ちだ、勘弁しな!!」

「──狙いはいいですけど、相手が悪かったですね」

「なっ!?」

 

 振り下ろした長剣をいとも簡単に素手で受け止められ、目を剥く。シアはそのまま長剣を握り潰すとレガニドの腹に蹴りを入れた。

 

「かっ──がはあっ!?」

 

 受身を取る暇もなく壁に打ち付けられる。かなり手加減されたのだろう、今のシアの蹴りは、いや蹴りとは言えない。今のはただ足で押し出しただけだった。

 本気で蹴られていたらどうなっていたのか、痛む体を根性で抑え、黒の冒険者としての意地で起き上がる。

 

「“ 獲物を狙う氷の蛇が、愚者の喉元を食いちぎる”『氷蛇(ひょうじゃ)』」

「ぐおおお!!?」

 

 周りの目がある以上、詠唱をしないわけにはいかない。適当に思い浮かんだフレーズを唱えた。蛇を模した氷がレガニドの体にまとわりつき身動きが出来ないよう凍りつく。

 

「……“風に抱かれた人形は、為す術なく弄ばれる”『風舞(かざまい)』」

 

 凍りついたレガニドの周囲を風が取り囲み檻を作る。『風舞』ほ全方向から『風爆*2』を飛ばしタコ殴りにする魔法だ。身動きがとれないレガニドは為す術なく攻撃を受け続け、風が収まる頃には白目を剥いて意識を失った。

 

 執拗に股間を狙われたのだろう、何故かそこの部分だけ一際ボロボロになっている。風で見えなかった分、恐怖感が増している。

 止めに入ろうとしていたギルド職員も傍観していた冒険者も全員が硬直している中、ハジメが口を開いた。

 

「……あーっと、シュウ。どうする?」

 

 視線が向かう先は先程喚き散らしていた太った男。その視線に気づいた男が悲鳴を漏らす。

 

「うん? ああ、あいつか。殺すか」

 

 まるで『ああ、あのゴミ? 捨てとくよ』みたいなノリで殺害発言をカマすシュウに全員が『うっそだろお前!?』と言った視線を送る。

 カツカツと足音を響かせて男の元へ歩く。

 

「ひっ、ひぃいいい!! やめ、やめろ!! わっ、わたっ、わたしは! 誇り高きミン男爵家のプーム・ミンだぞ!」

「だからどうした。つーか……ムー〇ンに謝れ豚野郎があああ!!!!!」

「ぎゃあああああああああ!!!!???」

「沸点そこ?」

 

 炎を纏った蹴りがプームの腹に突き刺さった。服が焼け焦げこんがりときつね色に焼きあがった三段腹が顕になった。

 本当はレイシアとユエ、シアのために怒っているのだが照れ隠しで怒りの方向を変えていることをハジメは知っている。そう、ハジメは気づいているのだ。ちなみにレイシアもユエもシアも全員気づいているので皆ホッコリとした笑顔を浮かべている。周りの人間の顔は青ざめているが。

 息も絶え絶えになったプームの目線に合わせるようにプームの顔を覗き込む。

 

「ひぃ……ひぃ……! ひぃい!?」

「あのさぁ、僕も気が長い方じゃ無くてさ。こういうことをさ、何度もやられると流石にウザいんだよね」

「ピギャア!!?」

 

 顔面を踏みつけ床に押し付ける。ミシミシと万力のように締め付けられプームの口から悲鳴らしき呻き声が上がる。

 

「だからさ、今のうちに釘刺しとくね。その少ない脳みそによーく刻みつけるんだよ? ──金輪際、二度と僕らに関わるな。直接的でも間接的でも、お前が関わってたことが発覚したら、殺す」

「プギュアアアアア!!!!??」

 

 靴の底にスパイクを錬成して再度踏み付けるとびっくりチキンのような叫び声を上げた。やることがえげつなさすぎて周りの人間はドン引きしている。ついでにその光景を見て「ははは、おもしれ。文字通り釘刺してんじゃん」と笑っているシュウもドン引きされている。

 

「さあて、帰るか!」

「そうだね!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 事情聴取にご協力お願いします!」

「あ?」

 

 帰るか、のルビに『ズラかるか』が着いているように聴こえたのは多分気の所為だと思いたい。我に返ったギルド職員数人が慌てて呼び止めに来たのだがシュウが人睨みすると全員ビクリと体を揺らす。

 

「事情聴取だぁ? 先に難癖つけてきたのはあっちだろ? なのに──」

「なんですかこの騒ぎは」

「ドット秘書長! 良かった! 実は──」

 

 どうやらまだまだ拘束されるようだ。結局トラブルに巻き込まれてしまい、同時にため息をつくシュウとハジメだった。

*1
シュウ調べ

*2
風の砲弾を飛ばす魔法



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