YggdrasilⅡ ~ユグドラシルⅡ~ (名無しちゃん)
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◆prologue オワリカラハジマル

 DMMO-RPG『ユグドラシル〈Yggdrasil〉』

 

 かつて隆盛を誇ったゲームの終了の瞬間を玉座に腰かけてモモンガは待った。

 

 40名のギルドメンバー一人一人と過ごした日々は記憶の中に封じられてしまうだろう。

 

 モモンガは目を閉じる。絢爛豪華なナザリック地下大墳墓をまぶたの裏に焼きつけるように、しっかりと。

 

 …………おかしい。

 

 モモンガはそっと目を開ける。そこには変わらないナザリックの玉座の間だった。

 

 ……サーバーダウンが延期した?

 

 戸惑うモモンガを誰かが呼んだ。

 

「いやいや、参りましたよーモモンガさん。ログアウトした瞬間に寝落ちしたんですが、うっかりまたログインしちゃっていたみたいでして……」

 

「ヘロヘロさん!」

 

 玉座の間の扉を開けて入ってきた黒色のスライム──エルダー・ブラック・ウーズ──は頭をかいた。

 

 彼の名はヘロヘロ。モモンガがギルドマスターをするナザリック地下大墳墓を拠点に活動するギルド、アインズ・ウール・ゴウンの一員である。ユグドラシル最終日に久しぶりに顔を見せて、先程別れたばかりだった。

 

「……うーん。さっきからログアウトしようとしてるんですけど、バグっちゃっているみたいで……モモンガさんは如何です?」

 

「私の方も駄目ですね。というか、ユグドラシルがまだ終わっていないみたいですよ?」

 

「……あ、本当ですね。確か24:00にサーバーダウンの筈ですよね。うーん。もしかしてユグドラシルⅡが始まったとか……」

 

「……まさか。実際出来るんですか? そんな事」

 

「まあ、普通ならやらないですよね。そんな事したらバグだらけで大変な事に…………うわっ!鳥肌が立ちそうです。仕事がらトラウマもんですよ。……しかし……うーん。あの運営ならやるかも……いきなりβ版でテストプレイとかね。DMMO-RPGでやるのは犯罪行為ギリギリなんですけど」

 

 ふと、二人の会話に初めて聞く声が割り込んできた。

 

「……至高の御方がた、どうぞわたくしにご命令を……」

 

 しかしながら興奮したモモンガとヘロヘロは気付かない。

 

「……するとこれはユグドラシルⅡという訳ですね。GMコールは……うーん。駄目みたいですね。ああ、コマンド入力は異なりますがアイテムや魔法は使えるみたいですね」

 

「しばらくログアウトは出来ないみたいですから開き直ってユグドラシルⅡを楽しんじゃいますか。なんだか眠気も吹き飛んじゃいましたし」

 

「ヘロヘロさんもですか? 私もなんだか眠くなくなりましたよ。明日は四時起きだったんですが、これは事故みたいなものですから仕方ないですよね? ハハハハ……」

 

「──様。なんなりとご命令を」

 

 ようやくモモンガが声の主に振り返る。そこには守護者統括のNPC、アルベドが慈母のような笑みを称えてかしこまっていた。

 

「──え? えええ? ああ、う、うむ。そうだな。私はこれからヘロヘロさんと相談がある。とりあえずお前は待機、うん。待っていろ。後で指示を与える。……良いな?」

 

「──はっ」

 

 平伏するアルベドから目をそらすとモモンガはヘロヘロを誘った。

 

「……とりあえず円卓の間に場所を変えましょう。しばらくバグが続くかもしれませんし、対策を考えておかないと……」

 

 モモンガとヘロヘロは円卓の間へ移動した。

 

 

 

 

 円卓の間に着くなりヘロヘロが口を開いた。

 

「……モモンガさん、さっきのアレってどう思います?」

 

「さっきのアレ?」

 

 モモンガは首を傾げる。あまりにもいろんな事が起こりすぎていて混乱していた。

 

「NPCですよ。エヌ・ピー・シー」

 

「ああ、アルベド……確かに喋っていましたよね。そんなプログラムなかったですよね」

 

「いやいやいや。モモンガさん。アルベド、普通に会話したじゃないですか? それにあの反応……あんなのプログラム不可能ですって。あそこまで自然な動作や表情をさせる為にはかなり高度なAIが必要です。それも自ら考えたり学習する能力つきの、ね」

 

 モモンガは先程のアルベドのまるで生きているかのような仕草を思い出す。

 

「──あ!」

 

 モモンガは思わず小さく叫んだ。

 

「……そういえばヘロヘロさん。実はさっきアルベドの設定を閲覧していて……」

 

「なにかありましたか?」

 

「……その……ちょっとしたイタズラというか……なんというか……」

 

「何かあったんですね?」

 

「……いや、書き直したというか……その……ですね」

 

「モモンガさん。ズバッと言っちゃって下さい。こうなったら腹をくくりますって」

 

 モモンガの声は極端に小さくなる。ヘロヘロは危うく聞き逃す所だった。

 

「…………モモンガを愛している」

 

「──はあ?」

 

 円卓の間にヘロヘロの叫びが響き渡った。

 

 

「なぁんですぅってぇええ‼」

 

 

 

 

「──というわけで、まあ、ちょっとしたイタズラというか……気の迷いというか……」

 

 モモンガが恥ずかしそうに語った内容は、何気なく覗いてみたアルベドの設定にあった『ちなみにビッチである』を消して『モモンガを愛している』という一文を加えた、というものだった。

 

「……設定はいわゆるフレーバーテキストに過ぎませんから、やはりユグドラシルⅡになってNPCが進化したとみるべきですよね」

 

「……単なる備品ではなくなった、とかですかね。内政とか出来るようになっていたら便利ですね」

 

「良いですね。まずは以前のユグドラシルとの違いを確認する必要がありますね。NPCのプログラム用のツールとかデータクリスタルの仕様とかも確認しないと……」

 

「システム面はヘロヘロさんにお任せします。まずは階層守護者を集めてみますか。まさか反逆イベントとか無いですよね?」

 

 モモンガは少し不安になる。階層守護者に設定した五名、守護者統括のアルベド、他に二名のレベル百のNPCがナザリックにはいる。同じくプレイヤーのモモンガ、ヘロヘロもレベル百である。

 

「念のためにモモンガさんはギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持っていた方が良いですね。あれならなんとか出来ると思います」

 

「そうですね。万が一、がないとは言い切れないですからね。あの運営の事ですからユグドラシルⅡにはなにがあるかわかったものじゃないですから」

 

 モモンガは楽しそうに笑った。思い起こせば運営にはずいぶん振り回されてきたものだ。しかしながら今回のサプライズには感謝したいものだ、そうモモンガは思った。

 

「〈メッセージ〉」

 

 モモンガはこめかみを指で押え、アルベドをイメージする。

 

〈モモンガ様。なんなりと──〉

 

〈うむ。アルベドよ。階層守護者たちを集めて欲しい。そうだな、第六階層の闘技場が良い。……ああ、ヴィクティムとガルガンチュアは呼ばなくて良い。その代わりセバスと戦闘メイド(プレアデス)も呼んでおけ〉

 

〈はっ。モモンガ様。畏まりまして御座います〉

 

 モモンガはヘロヘロに振り返った。

 

「さて、まずは始めの一歩といきますか」

 

 

 

 

 それから数時間後、モモンガとヘロヘロはナザリック地下大墳墓第一階層を歩いていた。

 

「……それにしても……凄かったですね」

 

 ヘロヘロがため息をついた。

 

「……あれだけ忠誠心をあらわされると……正直、引いちゃいますよね」

 

 第六階層の闘技場に集められたNPC達はモモンガ達を前にすると全身全霊を込めて忠誠を誓うのだった。

 

「……以前とは随分と仕様が変わったものですね。まさかNPCを連れ出せるようになるとは……」

 

 以前のユグドラシルでは拠点NPCはあくまでも拠点防衛のみの存在だった。だから拠点の外に出すことは不可能だったのだ。

 

「……お陰で傭兵NPCを使わなくて済みますね」

 

 傭兵NPCは金貨などで召喚するNPCだ。用途に応じて選べるのだが、レベルが高いNPCはそれだけコストも高い。なかには召喚中にずっと金貨を消費するNPCもいる。

 

「……そういえばモモンガさんはやっぱり傭兵NPCを使っていたんですか? その……最近はあまりログインするメンバーがいなかったんですよね?」

 

 ヘロヘロは少しばかり遠慮がちに尋ねた。彼自身もリアルでの仕事が忙しくて何年もログインしていなかったからだ。

 

「……そうですね。まあ、ナザリックを維持するだけでしたから一人で行ける範囲でなんとかやっていましたよ。ミッションとかもたいしたものはここ数年ありませんでしたし。まさかユグドラシルⅡが始まるとは思いませんでしたが」

 

 モモンガは枯れた声で笑った。

 

「……モモンガさん。いや、ギルド長。ありがとうございました。そしてすみませんでした。モモンガさんのお陰でこうしてβ版のユグドラシルⅡを体験出来たのですよね。本当に感謝です」

 

 モモンガは軽く咳をした。

 

「……ま、まあ、そんな大袈裟な。……とはいえ、そろそろログアウト出来ないのはまずいんじゃないですか?」

 

「いやあ、なんだか段々ログアウト出来なくても良いような気がしてきちゃいましたよ。なんだか体調も凄く良いんですよね。なんか」

 

「ヘロヘロさんもですか? 私もなんだか調子が良いんですよね。まるで本物のアンデッドになった、とかだったりして。笑っちゃいますよね」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。やがて大きな門が目に入る。二人を招くように門がゆっくりと開いていき──

 

 

「うわぁ! 星空だ!」

 

 モモンガは感嘆する。リアルでの暗くどんよりとした空ではなく、透き通り星々がまたたく夜空が、そこには広がっていた。

 

「……まるで星に手が届きそうだ」

 

 モモンガは思わず手を空にのばす。

 

「……日本も昔はこんな夜空が見えたんですよね……」

 

 感慨深くヘロヘロは呟いた。

 

「いやあ、この夜空が見られただけでもユグドラシルⅡに来た価値がありますって。このままずっとログインしていたいな、なんちゃって」

 

 スライムの身体を波打たせながらヘロヘロがおどけてみせた。

 

「……おどろいたな。セバスの報告通り、沼がない。辺り一面草原だ……」

 

 第六階層でNPC達を集めた際に執事のセバスにその部下でもある戦闘メイド(プレアデス)の一人を付き添わせて地上の様子を見に行かせた。その時の報告では実感出来なかったが、こうして実際に目の当たりにしてみるとモモンガの心の奥に久しぶりに未知に対する好奇心といった感情が湧き上がってくるのだった。

 

 ──ユグドラシルⅡ……待っていろよ。堪能してやろうじゃないか。

 

 




モモンガ「いやあ、階層守護者達の忠誠の義、緊張しましたね、ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「まだ階層守護者達は人数が少ないから良いですよ、モモンガさん」

モモンガ「え? それはどういう意味ですか? ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「これからホムンクルスの一般メイド達の……時間がかかりますよ」

モモンガ「……うーん」


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◆act01 ギャクサツノムラ

「ふむ。ゴブリン、オーク、オーガか。低レベルモンスターはユグドラシルとあまり違いはなさそうですね」

 

 大森林を歩くモモンガは傍らのヘロヘロを振り返る。

 

「そうですね。なんだか始まりの街、にでも来てしまったような気がしちゃいます」

 

 ヘロヘロはそれでも楽しそうに空を見上げた。

 

「でも、悪くないですね。『ピクニック』している気分ですよ」

 

 ヘロヘロはプルンと身体をゆらす。

 

「……ぴくにっく、ですか……」

 

 モモンガは記憶の奥底を探る。確か環境汚染がまだ酷くない頃にはお弁当を持参して出掛ける『ピクニック』というレジャーがあったらしい。

 

「……仕事を忘れてこんなにノンビリ出来るなんて思わなかったです」

 

 ──ヘロヘロはシステムプログラマーの仕事をしていていつも仕事に追われていたらしい。会うたびに身体がボロボロだと愚痴をこぼしていたものだ。だから楽しそうにしているヘロヘロの姿にモモンガはつい、微笑ましくなる。

 

「……ヘロヘロ様。モモンガ様。この先に人間の集落があるみたいです」

 

 戦闘メイドの一人、ソリュシャンが足を止める。と、アルベドとコキュートスが武器を構えて前に出る。

 

「モモンガ様はこのアルベドが必ずお守りいたします」

 

「……ドウヤラ敵ニナリソウナモノハイナイヨウダガ……」

 

 コキュートスの呟きの通り、小さな村には死体が転がるばかりで生きているものは無かった。

 

「……うーん。文字が読めないな。……そうだ……」

 

 モモンガはアイテムボックスから片眼鏡を取り出す。様々な文字を解読する事が出来るマジックアイテムだ。

 

「……カルネ村。この村の名前のようだな。聞いた事がない地名だが……」

 

 ヘロヘロは死体の持ち物を調べる。

 

「まだ温かい。傷口は剣によるものかな? この村を襲ったヤツラはまだ近くにいるのかも……どうします?」

 

「これはイベントですね。やりましょう。せっかくですし。となると敵の所在地を──」

 

「モモンガ様。どうやらあそこで戦闘が行われているようです」

 

 ソリュシャンが片目を手で押さえながら方角を指さす。

 

「よし。久々に暴れましょうか」

 

 モモンガは楽しそうに笑った。

 

 

 

 スレイン法国 陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは戸惑いを隠せなかった。

 

 今回のターゲットであるリ・エスティーゼ王国の最強戦士であるガゼフ・ストロノーフを首尾よく討ち取ったと思ったら、異形なものたちが忽然と現れたからだ。

 

 スレイン法国でも精鋭が集められた六色聖典、なかでも後方撹乱や暗殺を得意とする陽光聖典は第三位階魔法を扱えるエリート部隊であり、隊長であるニグンにはその強さに絶対の自信があった。

 

 『神人』と呼ばれる人外のバケモノがいる漆黒聖典を除けば自らが率いる陽光聖典はスレイン法国最強の部隊だと自負していた。

 

 それなのに、である。

 

 リ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフにとどめをさした瞬間、ヤツラが現れた。

 

 輝くライトブルーの巨体に二本の剣を持った異形の怪物、禍々しいバルデッシュを担いだ漆黒のフルアーマーの女戦士。

 

「──ま、まて……」

 

 相手のまとう禍々しいオーラに魅せられるかのように隊員達は攻撃魔法を次々と唱える。狂ったように。

 

 〈ファイヤーボール〉が、〈ウインドカッター〉が、〈正義の鉄槌(アイアンハンマーオブジャスティス)〉が雨のように降り注ぐ。が──

全ての攻撃は相手に届くことなく消え失せるのだった。

 

「 ──ば、馬鹿な……そんな……ことが……」

 

 ニグンの咥内は乾き、喉がヒリヒリ痛くなる。

 

「…………魔神……か?」

 

 かつて神話の時代に現れ人類を滅ぼしかけたといわれる魔神、あるいは魔王……その圧倒的な存在にニグンは思わず硬直する。

 

 一瞬だった。水色が両手に持つ剣と漆黒の持つバルデッシュが同時に一閃した。

 

 陽光聖典隊員二十六名と召喚された天使十体は、ただそれだけで命を奪われた。

 

 残されたニグンは切り札をだす。

 

「……かくなる上は最上位天使を召喚する」

 

 ニグンはかつて魔神を倒したといわれる上位天使(ドミニオン)が封じられた水晶を掲げる。

 

 と、《神》が現れた。

 

「……アルベド。私を守れ。コキュートスは万が一に備えて下がれ。しかし、最上位天使か……勿体ないな。ヘロヘロさん、あれ、奪えます?」

 

「……あなた様は……スルシャーナ様……」

 

 ニグンの目が大きく開かれ、その顔が驚愕に包まれる。と、次の瞬間──ニグンの姿は闇に包まれた。

 

「……うーん。モモンガさん、マジックアイテムは溶かさないように注意したんですが、人間の方は跡形もなくなっちゃいました。これってイベントクリアになりますかね?」

 

「……どうでしょう? なんだかイベントの割にはなんだかガバガバな設定みたいですしね……それにしても──」

 

 モモンガは陽光聖典の死体を持ち上げる。

 

「──うわぁ……この死体、リアルすぎますよ。引いちゃいますね。ここまでリアルに再現しなくっても……ほら、この断面なんてまるで本物と区別つきませんって……」

 

 モモンガは肩をすくめてみせる。ヘロヘロはじっと死体を見つめながら言った。

 

「……モモンガさん、せっかくですからこの死体をナザリックに持って帰りません? なんかに使えるかもしれませんし……」

 

 モモンガは思案する。ユグドラシルではアンデッドを増やしたり、テイムしたモンスターの餌として住民のNPCを使用する事もあった。また、大量に殺戮する事でカルマ値をマイナスにして特殊な種族にクラスアップする事もあったから、ヘロヘロの意見に同意するのに問題は無かった。

 

「じゃ、とりあえず〈ゲート〉を開きますか。そうだ。数が多いからシャルティアも呼びましょう。……ああ、そうそう……」

 

 モモンガは平伏するアルベド、コキュートス、ソリュシャンにむかい、顔を上げさせると言った。

 

「うむ。アルベド、コキュートス、ソリュシャン。ご苦労だった。十分な戦果といえよう」

 

 

 

「間違いないのか? その……」

 

 スレイン法国最高執行機関の一員であり、六色聖典を束ねる立場でもあるレイモン・ザーグ・ローランサンは耳を疑った。

 

「間違いありません。土の巫女姫様がはっきりとご覧になっています」

 

 土の巫女姫は遠方の地を監視するため特殊なマジックアイテムにより魔法力を増幅させた存在だ。

 

「……で、ルーイン、いや、陽光聖典はスルシャーナ様と邂逅して……どうしたのだ? 神は……スルシャーナ様は私達をお導きになる筈だ」

 

 レイモンの言葉に部下は首を振る。

 

「…………どういう事だ?」

 

「……ニグン様はスルシャーナ様の逆鱗に触れ、従者様に滅されました」

 

「……なん……だ……と……」

 

 かつて実在したとされる闇と死を司る神──スルシャーナ。彼ら神々を信仰し、忠実なる僕であらんとする事がこのスレイン法国の存在理由である。

 

 それを神自らが否定された──それはあってはならない事だった。

 

「……この事は私から最高神官長様のお耳に入れる事としよう。……で、神々はその後どちらに向かわれたのだ? 神都か?」

 

「……わかりません。土の巫女姫様の話では何処かへ転移されたそうです」

 

 レイモンは落胆する。無理もない。スレイン法国はスルシャーナ神が他の神々によって消滅させられた後、いつか復活されると信じて今日まであり続けた国家であった。スルシャーナ神の光臨はまさに待ちに待った出来ごとなのだった。

 

「しかし……ルーインめ。余計な事を……」

 

 レイモンは亡き部下を苦々しく思うのだった。

 

 

 

 

「モモンガ様。お言いつけの通り、死体は全て第五階層の〈氷結地獄〉で氷漬けにしんしてありんす」

 

「うむ。ご苦労」

 

 玉座の間でシャルティアからの報告を受けたモモンガは頷く。

 

「そういえばシャルティア。貴女の所の恐怖公が新鮮な死体を欲しがっていたわね」

 

 アルベドの一言にシャルティアは顔をしかめる。

 

「……それはそうなんでありんすが……」

 

 恐怖公。ナザリック地下大墳墓第二階層の〈黒棺〉(ブラックカプセル)の領域守護者。その姿は──いわゆるゴキブリであった。 

 

「恐怖公といえば……るし☆ふぁーさん……あの人が一緒だったら大変でしたね」

 

 モモンガは思わず呟く。恐怖公を製作したのは彼だ。しかも何万匹もの眷族が蠢く中に落とされるトラップ〈黒棺〉はその悪質さからユグドラシルにおけるアインズ・ウール・ゴウンの悪名を確実なものにしたのだった。

 

「……いや、安心出来ませんって。るし☆ふぁーさんの事だから案外何処かにいるかも、です」

 

「……たしかに。どこかで魔王でもやっていたりしそうですね」

 

「魔王といえば……モモンガさん、やっぱりそっちの路線で行きます?」

 

「そうですね。まだプレイヤーの姿は見掛けませんが、どうせアインズ・ウール・ゴウンの悪評は知れ渡っているでしょうからね。むしろ期待に応えるべきだと」

 

「モモンガ様こそはこの世界を支配するのが相応しい御方ですわ。わたくしも全身全霊、お手伝いしましょう」

 

「……わた、わらわも全力投球でお手伝いしんす。全力投球?」

 

 シャルティアがあたふたする。

 

「シャルティアはやっぱりペロロンさんの娘ですよ。プログラムでここまでは再現出来ません。脱帽です」

 

 ヘロヘロがおどけてピョコンと頭を下げる。モモンガは仲間達との団らんに暖かな心地がするのだった。



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◆act02 ナンカノユメ

 ナザリック地下大墳墓 第九階層 モモンガの居室──

 

「モモンガさん、マッピングのスキルって持ってません? あれ無いと大変ですよ」

 

 漆黒のスライム──ヘロヘロが尋ねる。

 

「……あー……そういえばオートマッピング、あれって前は標準機能でしたよね。たしか隠し職業で取れるって話を聞いたことがありますが……まあ、標準機能でしたから……」

 

 死の超越者の姿のモモンガが答える。

 

 誰もが当たり前に所持している機能を改めて難しいジョブチェンジしてまで手に入れようとする人間は稀だ。

 

「……それにたしか、実際に手に入れたら標準機能のスキルと全く同じもの、だったらしいですよ」

 

「……あの運営ならやりそうですね」

 

 DMMO-RPG ユグドラシルというゲームの運営をしていたのはちょっとばかり、いや、かなりおかしな人達だった。クリスマスイブに単独で一定時間をログインしていると勝手にプレゼントされたクズアイテム──通称嫉妬マスク──が配られた翌年には今度は頭から小さなクリスマスツリーが生えるというイタズラが──当時、仕事でログイン出来なかったモモンガの前にお揃いのクリスマスツリーを頭から生やしたウルベルトさんとペロロンチーノの二人の姿に笑い死にしそうになった──そんな運営であったから、まさにナンデモアリ、なのだった。

 

「各自でマッピング出来ないのは本番では直されるのかな? それとも自作する?」

 

「どうですかね? まあ、情報に付加価値を付ける、という事かもしれませんね。未知を既知にするプロセスを大切にしたい、とか」

 

 モモンガの言葉にヘロヘロは頷く。

 

「それにしても──一週間経ちましたね。相変わらずログアウトもGMコールも出来ませんが……どうしたものか……」

 

 モモンガは肩を落とす。個人的にはリアルの世界に戻りたいとは大して思わないが、ヘロヘロは違うだろう。この中途半端な状態に内心穏やかではないかもしれない。が──ヘロヘロの口からは予想外の言葉が出てきた。

 

「モモンガさん。なんだかもうあの世界に戻りたくなくなっちゃいまして……ソリュシャンもそうですがホムンクルスのメイド達、私の娘達が可愛くてしょうがないんですよ。それにこっちじゃ身体の調子も良いですし。ログアウト出来なくて良いかな、なんて思ってみたりしなくもないんですよね」

 

「……ヘロヘロさん」

 

 モモンガはヘロヘロを見つめる。

 

「……しかし、ですよ? このゲーム中に我々の肉体はどうなります? やはり一度はログアウトしないと……」

 

 モモンガは今まであえて触れてこなかった話題を持ち出した。ゲームからログアウト出来ないという事は『そういう事』なのであるのだ。

 

「……モモンガさん、考えてみたんですが、それ、きっと『ナンカの夢』なんですよ。きっと」

 

 ──南柯之夢……ギルメンの一人、死獣天朱雀さんから聞いたことがある。たしかある若者が結婚して子供が産まれ、さらに年老いて亡くなる所で目を覚まし夢だと気付く。しかもほんのわずかな時間のうたた寝で見た夢だった、という話だったな、モモンガは教授の厳めしい姿を思い出していた。

 

「……つまり実際には一週間経っていないかも?」

 

 と、ヘロヘロが何故かどや顔になる。まあ、スライムだから正確にはそんな雰囲気に過ぎないのだが……

 

「それで今度はパーティーを男だけで編成してみては、と……」

 

 モモンガはその言葉の意味を瞬時に理解する。

 

「ヘロヘロさん。いよいよ本気を出すんですね……わかりました。やりましょう」

 

 モモンガとヘロヘロは硬く握手をする──といっても骨を粘体がすり抜けるだけだが……

 

 と、唐突に扉がノックされる。

 

「……モモンガ様。アルベドです。ご相談が御座います」

 

 

 

 

 アルベドはモモンガの部屋に入るとベッドに腰を降ろす。心なしか上気した表情のアルベドを見て、ヘロヘロは腰を上げる。

 

「……それじゃ、モモンガさん。私は部屋に戻りますんで──」

 

「──え?」

 

 さしものモモンガも事態を察して慌てる。そんなモモンガにアルベドが向き直り──

 

「モモンガ様。わたくしにモモンガ様を愛するようにお命じになった瞬間よりずっと今日という日を夢見てまいりました。今日こそはモモンガ様のお子をわたくしめにお授け下さいますよう──」

 

「──ちょっと待った……いやいや……これは……」

 

 動揺するモモンガにヘロヘロは親指を立てて「モモンガを愛してる、でしたね」とヒソヒソ声で言い残して出ていった。

 

「モモンガ様ぁ!」

 

 マジックキャスターであるモモンガはレベル百の戦士であるアルベドに簡単に押し倒されてしまうのだった。

 

 

 

「──あ……モモンガさん……お疲れ様です」

 

 第九階層の執務室に姿を現したモモンガは疲れた様子だった。

 

「……酷いじゃないですかヘロヘロさん。なんで居なくなっちゃうんですか? おかげで大変でしたよ……はぁ……」

 

 モモンガは深くため息をつく。そして両手をマジマジと見つめた。

 

「……しかし……なんというか……ユグドラシルⅡ恐るべし、ですね。以前だったら警告が出る十八禁行為もだいぶ緩和されたというか……なんか触感が柔らかくてリアルでしたよ」

 

「……マジっすか……うーん」

 

「……本当にヤバかったんですから。一線を越えちゃったらタブラさんに殺されますよ?」

 

 モモンガはギルメンの一人のタブラ・スマラグディナを思い出していた。凝り性で若干、偏執狂的な側面があって行動が読めない所があった。

 

「そういえばアルベドはタブラさんが作ったんでしたよね。ええっと全部で三人でしたっけ……アルスマグナがどうたらとか……」

 

 ヘロヘロはうろ覚えの記憶を探る。と、突然モモンガが大きな声を出した。

 

「問題があります! 大問題です! ヘロヘロさん。アルベドが私の部屋に住むと言い出したんですよ! マズイですよね? これ」

 

 守護者統括のアルベドはユグドラシルの頃は玉座の脇に配置されていた。だから独自に階層や部屋が与えられていない。それが仕様変更された現在いささか困った事になっているのである。

 

「……良いのではないですか? モモンガさんも悪い気がしないのであれば。……しかしNPCの新しい可能性ってやつですね。ペロロンチーノさんが聞いたら悔しがりますよ、絶対」

 

 さすがにモモンガはタブラさんに殺されたくはなかったのでアルベドには第九階層に用意されたギルドメンバー用の部屋の予備をあてがう事にしたのだった。

 

 

 

 

 数日後のナザリック地下大墳墓

第九階層のとあるバー──一人の階層守護者が酒を呷っていた。

 

 幼さと妖艶さをあわせ持つ銀髪の美少女──第一から第三階層の階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンである。

 

 マイコロイド種であるマスターのピッキーは彼女をいささかもて余していた。シャルティアはアンデッドであり、状態異常に完全耐性があるので本来ならば酒に酔う筈がない。それが現在たんなる酔っ払いと化していたのだった。

 

「──聞いているんでありん、かぁ? 本来ならモモンガ様の本妻はぁ、私ぃの筈なのぉにぃ………ヒック……ヒック……アルベドぉ! ……なんでアンタがぁ………ムムム……ちょっとぉ! ピッキー! 聞いてるのぉ? わた……わらわぁ……アルベドったら……くふふ。わたくしのお腹にはモモンガ様のお子が、だとぉ……しょんなんゆるしましぇん……ゆるしゃないでありんしゅ……」

 

 ピッキーはため息をついた。と、入り口に身体を向ける。

 

「いらっしゃいませエクレア様」

 

 入り口には部下に抱えられたイワトビペンギンによく似たエクレアが固まっていた。

 

「……いや、ピッキー……ちょっと用事を思い出した。悪いがまたにするよ」

 

 (エクレア)がそそくさと立ち去り、涎と涙の水溜まりに顔を埋めるシャルティアと二人っきりに戻されるとピッキーはより深いため息をつくのだった。




モモンガ「……ログアウト出来ずに一週間経っちゃいましたね、ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「やっぱりこれ、おかしいですよ、モモンガさん」

モモンガ「……もしかしたら……ユグドラシルⅡβ版じゃないのかもしれないですよ? ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「……それはもしかして……モモンガさん」

モモンガ「……β版じゃなくて本番が始まっていたのですよ。きっと」

ヘロヘロ「………………それは無いと思います」


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◆act03 アオイバラノサンゲ

 リ・エスティーゼ王国首都リ・エスティーゼ。やや南よりの中央に位置する王城一画、ヴァランシア宮殿──ヴァイセルフ王家の血をひく王族と側近のみの空間にやや場違いな冒険者の一団があった。いや、正確には一人を除き、と訂正すべきかもしれない。彼女──アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』リーダー、自身も貴族であるラキュース・デイル・アインドラを除いて、である。

 

 中でも異様な仮面で素顔の見えない小柄なマジックキャスター──イビルアイは──

 

「ラナー王女からの直々の依頼とはなんだかキナ臭いな。ラキュース、いくらお前が友人だからって私は手を貸すとは限らないからな」

 

「……ふっ。ちっせえな? イビルアイ。そんなんじゃいつまでたっても大きくなれねえぜ?」

 

 大柄な女戦士のガガーランはイビルアイの背中を遠慮なく叩く。その容赦ない攻撃にイビルアイは見えない口を歪ませる。

 

「……イビルアイ。少しは成長すべき」

 

「……無理。イビルアイは変わらない」

 

 二人の忍び──ティアとティナがさらにからかう。

 

「……イビルアイ、そして皆も聞いて。依頼内容は私も知らない。そして依頼を受けるか受けないかは各自で判断してちょうだい。良いわね?」

 

 ラキュースは最後に少しキツい言葉で締める。イビルアイが揶揄するキナ臭さ──それは王派閥と貴族派閥との争いであり、本来ならば冒険者は巻き込まれるべきではない──そんな事は理解している。しかしラキュースはラナーの願いを一人の友人として叶えてやろうと心に決めていた。

 

 やがて『蒼の薔薇』はラナー王女の居室の前に着く。ノックをするといつもよりひそめた声でラナーが入室を許可した。

 

 

 ラナー王女からの依頼 、それはリ・エスティーゼ王国戦士長 ガゼフ・ストローノフの捜索だった。

 

「──嘘だろ? あのガゼフともあろう猛者が行方不明だぁ?」

 

 ガガーランが思わず大きな声を上げる。無理もない。ガゼフは王国だけでなく近隣国を含めても最強の剣士である。ましてや過去に数回手合わせをしたガガーランにはその強さが実感できていたのだ。

 

「……法国……か?」

 

 イビルアイが小さく呟く。その呟きに皆、顔色を変える。

 

「……はっきりわかっているのはガゼフ様が部隊を率いて郊外の開拓村を巡回していた、という事ね。なんでも帝国の兵が村々を襲っていたそうよ」

 

「……いや、それは法国のやり口だろうよ。奴等は汚いからな」

 

 ガガーランは憎々しげに吐き出す。無理もない。かつて『蒼の薔薇』は法国の特殊部隊と一戦を交えた事がある。偶然からの遭遇戦だったが、ガガーランはその際に肩に深手を負っている。

 

「……とりあえず調査をしてみるわ。どれだけ出来るかはわからないけれど」

 

 依頼を引き受けるラキュースにラナー王女が頭を下げる。誰も口にしなかった紅茶はすっかり冷たくなっていた。

 

 

 

「……何だか妙に静かだな」

 

 開拓村のひとつ、カルネ村に到着した『蒼の薔薇』はそれぞれ馬を降りる。すぐさまティナ、ティアの二人が村の中を探る。

 

「……冒険者のパーティーが一組……たいして強くない」

 

「……村人はいないみたい。周辺にモンスターはいない。大丈夫」

 

 すぐ戻ってきた二人はそれぞれ報告をする。

 

「……とりあえずその冒険者の所に行ってみましょう。ティナとティアは先導して。イビルアイは念のため後方警戒をお願い」

 

 ラキュースはテキパキと指示を出し、『蒼の薔薇』は各自の役割をもって行動する。

 

 村の中程に来ると悲痛な呻き泣く声が聞こえてきた。

 

 村の反対側の外れに真新しい墓とおぼしき沢山の十字架──木の棒を組み合わせた粗末なものだったが──が並んでいた。

 

 嗚咽の主の若い男は一つの墓にすがりつき、身体を震わせていた。彼とは離れた場所に冒険者が四人、神妙そうに見守っていた。

 

「……お取り込みみたいな中、悪いんだが……話をしてもいいか?」

 

 あえて空気を読まない体を装ってガガーランが声をかける。

 

「……私はラキュース。私達『蒼の薔薇』は任務である人物を探しに来たのですけど、協力していただけないでしょうか?」

 

 ラキュースが出した『蒼の薔薇』の名前の効果はてきめんだった。

 

「……みっともない所をお見せして申し訳ありません。私はンフィーレアです。で、こちらは冒険者チーム『漆黒の剣』の皆さんです」

 

 若い男は立ちあがり挨拶を返す。紹介された『漆黒の剣』の四人は緊張したのか、直立不動で礼を返す。

 

 ンフィーレア達は周辺で薬草を採取するためにカルネ村にやって来たのだという。すると村の中は死体だらけの悲惨な状態となっていて、彼らは死体を埋葬してあげたのだという。

 

 ンフィーレアの悲しみの深さをみると大切な人を亡くしたのかもしれない。

 

「……大変でしたね。ちなみに村人の他に王国の兵士の遺体はありませんでしたか? 実は私達、王国戦士長のガゼフ様を探しているのですが」

 

 ンフィーレアの話では王国兵士の死体はいくつかあったが、ガゼフのものはなかったそうだ。ンフィーレア自身王都でガゼフを見たことがあるらしく、間違いは無さそうだった。

 

 『蒼の薔薇』は彼らに礼を言って別れると周辺の戦いの痕跡を探す。だが、手がかりになりそうなものは見つけられなかった。

 

 

 

 開拓村を取り巻く大森林──モンスターが多いその地を遠くに眺めなが仮面のマジックキャスター、イビルアイは忘れていた記憶を思い起こす。

 

(ザイトルクワエ……まだ封印されているんだったな……)

 

 今から三百年前にイビルアイは後に『十三英雄』といわれる仲間達と強大な樹木型のモンスター──ザイトルクワエ──と戦い、封印した。

 

 それから長い年月が過ぎ、現在の彼女はアンデッドである身分を隠し冒険者として『蒼の薔薇』の一員となっていた。

 

「うん? どうかしたかい? モンスターでもいるのかい?」

 

「…………いや。なんでもない。ちょっと思い出した事があってな」

 

 イビルアイは頭を振って歩きだす。ガガーランはやれやれといった様子で剣を肩に担ぐ。

 

「──ッ!」

 

 不意に『蒼の薔薇』全員に緊張が走る。ガガーランが前に出て戦鎚(ウォー・ピック)を構え、ティナとティアはそれぞれ両手に小刀を構えて姿勢を低くする。

 

「──こいつは……まさか──」

 

 トブの大森林から凄まじい叫び声を上げて二体の黒い巨体が現れた。

 

「──おいおい! マジかよ? こいつは確か──」

 

「デス・ナイトね。直接攻撃は大して効かないから魔法攻撃ね。イビルアイっ!」

 

「──まかせろ! 〈ファイヤーボール!〉」

 

 イビルアイがファイヤーボールを連発する。炎に包まれたデス・ナイトが膝をつく。

 

「──くっ!」「──あっ!」

 

 左右からそれぞれデス・ナイトを迎撃したティナとティアが同時にうずくまる。

 

「──ちょ、ちょっ……なんで……」

 

「……ボス! ヤバイ! 服が……」

 

 ラキュースの目の前にはただでさえ露出度の高い二人の服装がほぼ全裸の状態になっていた。

 

「──来るッ!」

 

 うずくまったままのデス・ナイトの後ろから異形のモンスターが現れる。光沢のある水色の巨体から伸びる四本の腕にはそれぞれ剣が握られている。

 

「──こいつはッ! 魔神ッ! まずいぞ」

 

「ああ。そうだな。コイツのヤバさは俺にもわかるぜ?」

 

 ラキュースを守るように前に出るイビルアイとガガーラン。だが、ラキュースは二人を押し退けるようにして敵の前に立ち剣を構える。

 

「──私はアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュース! 簡単に倒せるとは思わないで!」

 

 水色の巨体はジッと観察するかのような仕草の後で短く答えた。

 

「──参ル」

 

 ラキュースが背後に浮かべる多数の剣──フローティングソードで攻撃する。同時にガガーランが戦鎚を叩きつける。

 

 ──確かな手応えにガガーランがニヤリと笑う、が──

 

 彼らの攻撃はいとも容易く相手の四本の剣にいなされてしまう。

 

「……おいおい……ヤバイぜ? こいつはよぉおお!」

 

 ガガーランは後退して距離をとる。ラキュースが剣に魔力を込める。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)ぉおお!」

 

 ラキュースの持つ黒い剣が魔力を帯び、膨らみ、爆発する。迸る黒い輝きが敵にむかい──

 

「〈完全なる障壁〉」

 

 突然現れた魔法障壁が黒い輝きを包み込んで消滅する。

 

「──な!」

 

 思いがけない成りゆきに驚愕するラキュースの背後の空気が揺れ、『死』が姿を顕す。

 

「ラキュースぅうう!」

 

 イビルアイが叫ぶ。ラキュースは糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる。

 

「──キサマ! いったい何をしたッ!」

 

 イビルアイが双眼を赤く光らせながら杖を向ける。死の超越者(オーバーロード)はイビルアイを無視してラキュースの剣を持ち上げ眺める。

 

「うん? レジェンドクラスか? たいしたマジックアイテムでは無いがドロップアイテムの代わりに貰っておくとしよう」

 

「ラキュースから離れろぉおお!」

 

 イビルアイが〈水晶槍〉でモモンガを攻撃してくる。

 

「……うるさい子供だ」

 

 いつの間にか倒れているガガーランの傍らから漆黒の粘体が滲み出る。粘体は立ちあがり叫んだ。

 

「──その変な仮面のマジックキャスターは私に任せて下さい!」

 

 粘体は触手の様に身体の一部を伸ばしイビルアイに取り付く。じわじわと彼女の身体に漆黒の粘体が広がってゆく。

 

 やがてイビルアイは闇に包まれ意識を失っていった。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国は戦士長のガゼフに続きアダマンタイト級冒険者チームを失った。



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◆act04 シンニュウシャニハシヲ

 ナザリック地下大墳墓 第二階層 屍蝋玄室──のんびりと入浴しているシャルティアにシモベのヴァンパイア・ブライドからの〈メッセージ〉が届いた。

 

〈シャルティア様。侵入者です。如何致しましょうか?〉

 

 シャルティアはたちまち不機嫌になる。

 

〈──ああ? 如何致しましょうじゃねえだろ? さっさと排除しろよ? ……まあ、お前達じゃ相手にならないからとりあえず相手の人数と戦力を調べておけ。エルダーリッチとお前達で出来るだけ罠にはめて恐怖公の所に送ってやんなまし。存外ぷれいやーに効果ありんしょう。妾が第二階層で迎え撃つからPOPじゃないブギーマンやデスナイト、デスウォリアーを集めておきんなまし。高位アンデッドは第三階層で準備をさせておくでありんす〉

 

 シャルティアは風呂から上がると脇に控えるシモベ──寵愛を受けているヴァンパイア・ブライドだったが──に身体をふかせながら〈メッセージ〉を発動させる。相手は守護者統括のアルベドだ。

 

〈──わかったわ。とりあえずシャルティアに任せるわ。モモンガ様の留守はわたくし達で守らないと……しかし以前みたいに大勢のぷれいやーでなければ良いのだけれど。念のためにアウラとマーレにシモベを準備させておくわ〉

 

 シャルティアは深紅のフルアーマーに身を包み、ゴッズアイテムのスポイトランスを手にする。

 

〈──シャルティア様。侵入者は十名です。エルダーリッチの部隊で囲みながら転移罠に追い込んだ所、呆気なく黒棺(ブラックカプセル)へ送る事が出来ました。ちなみに相手はいずれも私共POPモンスターと同じくらいかちょと強い位のレベルのようです〉

 

 シャルティアは念のためにアルベドにそのまま伝えると、また入浴を再開するのだった。

 

 

 

 シャルティアからの報告を受けたアルベドは眉をひそめた。侵入者が弱すぎる、あまりにも弱すぎるのだ。もっとも以前にも『初心者』と呼ばれるぷれいやーのパーティーが迷い込んでくる事は皆無ではなかった。

 

 些細な事だ──と彼女は頭の隅に違和感を押しやる。今の彼女にとってモモンガ達が戻った時に成果を報告出来る喜びの方が重要だったからだ。

 

 

 

 

 

 バハルス帝国四騎士の一人、“重爆”レイナース・ロックブルズは逸る気持ちを押さえきれないでいた。

 

 

 

 先日、皇帝ジルクニフ・ファーロード・エル=ニクスの招集を受けた帝国四騎士──“雷光”、“激風”、“不動”、そして“重爆”レイナースは陪席していた帝国首席魔術師のフールーダ・パラダインから任務についての説明を受けた。リ・エスティーゼ王国の辺境に未発見の先史時代のものと思われる遺跡が発見され、その調査部隊を率いてもらいたい、というものだった。

 

 “雷光”バジウッドはあからさまに不満をぶつける。

 

「……陛下。そんな事はワーカーに任せれば良いと思いますぜ? そんな辛気臭い場所なんて俺はごめんですぜ」

 

 フールーダは黙ったまま長い髭をしごいている。

 

「……うん? 皆もバジウッドと同意見かね? それなら──」

 

「陛下。私にお任せ下さい。必ずや新しい発見を持って帰ります」

 

 

 レイナースはみずから立候補した。彼女は我知らず顔の半面を撫でる。そこにはかつてあるモンスターを退治した際に受けてしまった呪いが醜い痕を残していた。高位の神官にも解呪出来なかったこの呪いをとくマジックアイテムがもしかしたら未知の遺跡ならば見つけられるかもしれない、それがレイナースの本当の目的だった。

 

 

 

 遺跡の入り口には見事な彫刻が施された門があり、神代の紋章を象った金銀の糸で編まれた旗が掲げられている。レイナースは兵達を指揮して静かに降りていく。フールーダの高弟の魔術師、そして帝国軍の精鋭の兵士達だ。

 

「──ッ!」

 

 レイナースは思わず舌打ちをする。この地下大墳墓は無人では無かったらしい。

 

 彼女は兵士達に指示を出すと剣を構えた。

 

 

 

 

 

 レイナースは満身創痍だった。通常の墳墓なら主であろうエルダーリッチが群れを成して襲いかかってきた。雨のように降り注ぐファイヤーボールをかいくぐり、なんとかヤツラから逃げ出せたのは彼女一人だった。

 

 しかし、彼女は不敵に微笑む。これだけのモンスターが守っているのだ。きっと素晴らしい宝があるに違いない。きっと彼女が求めてきた全知全能の神の血と呼ばれる幻のポーションだって──

 

 レイナースは一見すると壁にしか見えない所に不自然な取っ手がついているのに気付く。

 

 間違いない。隠し部屋だ。彼女は静かに扉を開け──

 

 空間がゆがんだ。叫ぼうとしたが声が出せなかった。何か苦い刺々したモノが彼女の穴という穴を蹂躙していった。

 

 

 

 

 

 

 地下大墳墓の入り口を観察しながらフールーダ・パラダインは焦りを感じていた。トブの大森林の近くに突如として現れた謎の遺跡、そしてそこに出入りする強大な力を持つ何ものか……

 

 バハルス帝国の主席宮廷魔術師の立場を捨てても是非彼らとまみえたい、そんな思惑から皇帝ジルクニフに遺跡の調査を直訴した。だが、同行を名乗り出たのは四騎士の中でレイナースだけであった。四騎士中もっとも腕がたつ彼女ではあるが、いささかその真意が計り知れない点があり、その事はフールーダに一点の不安を残していた。

 

 そのレイナースに高弟と精鋭の兵士八名をつけ、先遣隊として探索に向かわせてから半日が過ぎた。

 

 ──人選を誤ったか?

 

 フールーダは顔をしかめる。

 

 この遺跡──地下大墳墓に何らかの巨大な魔力を持つ者が出入りしている事を事前に知っている人間は彼だけだった。

 

「……ふむ。やはりわし自ら行かねばならぬか……」

 

 フールーダは腰を上げると居残る高弟と兵士を集める。その数は六名で決して多くはない。だが、フールーダに不安は無かった。かつての十三英雄すらしのぐという自負がある『三重魔法詠唱者』に匹敵する程の魔術師の存在など考えられなかった。

 

 かくしてバハルス帝国が出した大墳墓捜索部隊は全員が地下に降りて行き、誰一人として戻らなかった。

 

 

 

 

「……ほう。珍しいな。侵入者か……」

 

 ナザリック地下大墳墓に戻ってきたモモンガは報告を受けて微妙な顔をする。

 

 ナザリック地下大墳墓は悪名高いギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点であり、かのギルド連合千五百の侵攻を撃退して以降は一度も侵入者は無かった。

 

「──で、何階層まで達したのか? 第六階層まで位なら良いが……」

 

「…………第二階層です」

 

「──へ?」

 

 モモンガは思わず気の抜けた声を上げる。

 

「……正確には第一階層で十六名、第二階層までたどり着いたのが一名、でございます。第二階層ではシャルティアが倒しました……が……」

 

 アルベドはなんだか奥歯にものがはさまったような言い方をした。

 

「……うん? なにかあったか?」

 

 モモンガはふと、悪い事態を思い描く。『血の狂乱』──シャルティアのハンディキャップがわりのスキルで、血を浴びすぎると制御不能となるものだ──でも発動させてしまったか?

 

「それがシャルティアの話では第一階層を突破してきたマジックキャスターはシャルティアを前にすると跪いて祈りを捧げ、あまつさえ足もとを舐めようとしてきたので即座に消滅させたそうです」

 

「……………」

 

「……えっ? シャルティアが足を舐めたのでなく相手が? ……」

 

 無言のモモンガの隣で小さな声でヘロヘロが呟いた。 




レイナース「フールーダ様。呆気なく消滅しちゃいましたね」

フールーダ「うむ。どうやらワシは知りすぎてしまったようじゃ」

レイナース「つまり秘密保持の為に殺された……と? ……え? もしかしたら私は巻添え……」

フールーダ「せっかくじゃ。その秘密とはな……」

レイナース「なんでしょう?」

フールーダ「この作品、今時点で作者は夢落ち──うげぇ!」

作者「…………危ない危ない」

レイナース「…………マジ?」


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◆act05 ネム・エモット

 全身に痺れるような怠さを感じながらガガーランは目覚めた。

 

 周囲を見回すがどうやら森の中のようだった。木々の枝を弦のようなもので縛り、あたかも巨大な天幕のようにした中にベッドのように藁が敷かれていた。

 

 ツンとする薬草の刺激臭に顔をしかめながら見やると、包帯まみれとなったティアとティナ、そして傍らで薬草を磨り潰している少女がいた。

 

「……ティア、……ティナ、……無事か……?」

 

 掠れる声でガガーランは問いかけるが答えはない。

 

「……おはようございます」

 

 少女が恐る恐る声をかけてくる。ガガーランは出来るだけやさしい声で尋ねた。

 

「……助けて、くれて、ありがとう。……ここは、どこだい?」

 

 少女は距離を保ったまま答えた。

 

「……賢王さまのお住まい、だよ」

 

 ガガーランはまだ少女が警戒している様子を見て、改めて名乗ることにする。

 

「……俺、私はガガーラン。そっちはティナとティア。王国の冒険者をしている。まずは私達を助けてくれてありがとう」

 

 ガガーランは藁の上に起き上がる。と、自分が裸なのにようやく気付く。

 

「……私はネム。ネム・エモット。カルネ村のエモット」

 

 ガガーランはトブの大森林に入る前に立ち寄った村を思い出す。真新しい墓標が立つ村……

 

「…………そうか……それは大変だったな」

 

 ガガーランの力ない呟きにネムの涙腺が決壊した。嗚咽はいつしか叫びにもにた泣き声にかわっていった。

 

「──ネム、どうしたでござるか? 怪我人に虐められたのではござらんな?」

 

 ノンビリとした口調とは裏腹に強大な獣が入ってくる。

 

「……け、賢王様……」

 

「……あんたが賢王様かい? 仲間と一緒にいろいろ助けてもらって感謝する」

 

 ガガーランは頭を下げる。

 

「……そっちの二人の具合はどうなんだい? かなりヤバそうにみえるが……」

 

 ガガーランの問いかけにネムが答える。

 

「……強力な酸で火傷みたいです。薬草を磨り潰して塗ったのでいくらか楽になると思います」

 

 見た目は七、八歳くらいの村の少女にしか見えないが、薬草について詳しいみたいだった。

 

 

 いろいろ話をしてわかったのは、この『森の賢王』はトブの大森林の一画を縄張りにしている魔獣で、たまたま森に逃げ込んだネムを保護したらしい。そしてそのネムが裸に剥かれて放置されていたガガーラン達三人を見つけ、賢王に頼んでここまで運んでくれたのだという。

 

 ──くっそッ! アイツラめ!

 

 ガガーランは心の中で悪態をつく。

 

 俺達を裸にひん剥きやがって! 追い剥ぎ野郎共めッ!

 

 一方でガクガクと震えが襲う。むりもなかった。あの異形の四体はいずれも破格の強さだった。水色の四本の剣を使う巨体、死そのものを具現化させたかのようなアンデッド、ティナとティアを一瞬で戦闘不能にした漆黒の粘体(スライム)、翼を持つ悪魔……いずれも神話の世界に出てくる魔神、いや、魔王に匹敵しそうだった。

 

「……死にそびれたな」

 

 ガガーランは小さく呟いた。彼女はまだ、そこにラキュースとイビルアイの姿がない事に気がついていなかった。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第十階層 モモンガの居室──

 

「いやいや、ヘロヘロさん。流石でしたよ。あの女盗賊が一瞬で裸になったのは実に見事でした」

 

「私もあそこまでいけるとは思いませんでしたよ。以前なら下着までで、それでも下手したら運営にアカウント停止させられましたからね。まさにアップグレード万歳、ユグドラシルⅡ万歳ですよ」

 

「かえすがえすもペロロンさんが居ないのが残念ですね。知ってます? ペロロンさんのゲイ・ボウの九連射という技」

 

「なんです?」

 

「ゲイ・ボウって昔の神話で十個昇った太陽を次々に射落として一つにした逸話からきているそうなんですが、ペロロンさんはその技を極めちゃいましてね」

 

「ふんふん」

 

「〈フライ〉で空を飛んでいる女性プレイヤーを九連射で攻撃して……装備をみんな消滅させちゃったんですよ」

 

「……うわ! 鬼畜ですねぇ」

 

「で、直ぐに運営にアカウント停止されてしまったと…………アバター消滅の時にVサインしていましたよ」

 

「ペロロンチーノさんらしいですね」

 

 ひとしきり笑いあった二人は真面目な顔になる。

 

「……しかし、どうしたものですかね? ナザリックにまさか侵入者が来るなんて」

 

「……新人プレイヤー? それともNPCでしょうか? ギルメンが少ないからまともに攻略しに来られたらやっかいですね」

 

「とはいって、アリアドネの問題があるから塞ぐわけにもいかないですしね……」

 

 アリアドネとは他のプレイヤーによる拠点攻略が可能にしなければならない、というルールを守らせる為のシステムである。

 

「と、なるとナザリック以外にも拠点を作っちゃいます? 手っ取り早く都市を攻略して……」

 

「いいですね。それ。それでいきましょう。……で、折角ですからちょっとやってみたい事が──」

 

 この晩の二人の会話から一つの国家が滅亡する事になろうとは誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 トブの大森林でティナ、ティアのリハビリも兼ねてモンスターを狩るガガーラン達。

 

「さすがだな。もうだいぶ復活したんじゃねえか?」

 

 ガガーランの言葉に二人は首をふる。

 

「……まだ足りない」「……せめてガガーランに勝てる位まで戻さないと」

 

 二人の悪口にガガーランは笑う。

 

「……言ってろよ。口だけは以前より達者じゃねえのかよ」

 

 ふっとガガーランの表情がかげる。

 

「……しかしよぉ、ラキュースとイビルアイ、どこにいっちまったんだろうな? アイツラに持ってかれちゃってないと良いけどよぉ」

 

 ネムと森の賢王の話では、ガガーラン達を保護した際に既に二人の姿は無かったそうだ。

 

「……とりあえず王都に戻り姫様に報告。で力を貸してもらう」

 

「そうだよな。それしかないよな」

 

 ラキュースの蘇生魔法、そしてイビルアイの高い戦闘力は王国としても失うわけにはいかない。きっと助けてくれる筈だ。

 

 

 

 

 翌朝、トブの大森林を後にする事を決めたガガーラン、ティナ、ティア、そしてネムの四人は森の賢王に別れを告げて王都リ・エスティーゼに向かった。

 

 

 途中でカルネ村に寄る。ネムの姉の墓標には花が植えられていて直ぐにわかった。兵士から妹を身をていして守った勇敢な姉(エンリ)の墓前にガガーラン達も冥福を祈るのだった。

 

 

 

 

 そしてようやくたどり着いた王都は──

 

 ロ・レンテ城もヴァランシア宮殿も影も形も消え失せ、かわりに禍々しい魔王の城がそびえ立っていた。




モモンガ「次回は『魔王城でおやすみ』」

ヘロヘロ「……違います」


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◆act06 ンフィーレアノサイナン

 カルネ村を後にしたンフィーレアと四人組の冒険者チーム『漆黒の剣』は馬車をゆっくり走らせる。

 

 誰もが無口で重い雰囲気だ。

 

「ンフィーレアさん、きっと素敵な出会いがまだありますって──」

 

「──馬鹿ッ!」

 

 場を和ませようとしたのか、軽口を叩いたルクレットをニニャが止める。日頃から温厚で大人しいニニャが大声を上げたことに『漆黒の剣』の他のメンバーは驚く。

 

 ンフィーレアは黙って馬車の奥に姿を消し、四人は気不味い雰囲気の中に取り残された。

 

 御手席の二人──じっと手綱を握るリーダーのペテルの傍らでダインが呟いた。

 

「……今のはルクレットの最悪な失言なのであるな」

 

 ルクレットも自身、失言だとはわかっていた。彼はうつむいて唇を噛んだ。

 

「──ッ! 何か来るッ!」

 

 ルクレットが顔を上げると同時にペテルが馬を止める。

 

「……不味いな。数が多い」

 

「ゴブリンか? 迎え撃つ?」

 

 ニニャが、ダインが馬車から降りて杖を構える。遅れてンフィーレアも降りてくる。

 

「見えた! ……不味いな。あの大きさは……」

 

「どうした?」

 

 馬車に登って様子を見ているルクレットにペテルが声をかける。

 

「……トロールだ。トロールが二匹やって来る。ゴブリンの群れを追っているみたいだ」

 

 リーダーのペテルの判断は早かった。鉄ランク冒険者に過ぎない彼らにとってトロールは手に余るモンスターだったからだ。

 

「──馬車を捨てて森の中に隠れてやり過ごそう。良いですね? バレアレさん?」

 

 彼の判断に依頼者であるンフィーレア・バレアレは頷いた。

 

 

 

「……どうやら気づかれなかったな」

 

 ペテルは汗を拭う。一堂はホッと安堵を浮かべる。残念ながら馬車は破壊されてしまったが、全員無事である。

 

「……なにかが来るぞ。でかいのが突進して来るッ! 近いッ!」

 

 レンジャーのルクレットが叫ぶ。途端に鋭い斬撃が彼らを襲う。

 

「──侵入者でござるな。ここはそれがしの縄張りにござる。命の奪い合いをするでござるよ」

 

 森の中から巨大な魔獣が現れた。

 

「──ニニャ、ダインは後衛、バレアレさんを守れ! ルクレット、左右からいくぞッ!」

 

 巨大な魔獣を相手に『漆黒の剣』は態勢を整える。しかしながら彼らの手に余る相手なのは明白だった。

 

「……………も、森の賢王……」

 

 戦闘は一方的な蹂躙だった。次々に『漆黒の剣』は倒されていった。

 

 ンフィーレアは魔法を撃ち続けながら、もはや生に対する未練は無かった。エンリがいなくなったこの世界になど──

 

「──いやぁ、ギリギリ間に合ったみたいかなー。なんて」

 

 ンフィーレアを襲った魔獣の尾が何ものかに弾かれる。

 

「カジっちゃんがせっかちなんで迎えがてら来てみれば、馬車は壊れて転がってるし……ちょっとばかりあせっちゃったー」

 

 フードつきのマントを脱ぎ、軽装のバンデッドアーマーに身を固めた女が一対のステイレットを構えて姿勢を低くする。

 

「……ふむふむ。よくわからないが、尋常に勝負でござる!」

 

 魔獣と女戦士との勝負は果てしなく続くかと思えた。女のステイレットが魔獣の脇にほんの一瞬だけ刺さった時、ステイレットから電撃が発生した。

 

「……これは……一旦引くでござる」

 

 致命傷ではなかったが、警戒した魔獣は逃げていった。

 

「……た……たすかった……」

 

 血まみれのニニャがかすれた声で呟いた。どうやら『漆黒の剣』のメンバーは皆息があるようだった。

 

「いやあ、本当にラッキーだったねー。もう少し遅かったらンフィーちゃん死んじゃってカジっちゃんの計画も台無しになっちゃったからねー。なんか王都でもなにかあったらしいから焦っていんのかなー」

 

 女はステイレットを(もてあそ)びながらニニャの側にやって来る。

 

「……ああ、そうそう。必要なのはンフィーちゃんだけだから、アナタタチには死んでもらうねー」

 

 口を三日月のように裂いて、女戦士(クレマンティーヌ)が嗤った。

 

 

 

 

 森の賢王は逃げていた。これまでトブの大森林で彼女は負けた事はなかった。

 

 今回の女戦士は強かった。少なくとも互角の強さだったと思う。

 

 森の賢王はふと、少女(ネム)を助けた時の事を思い出していた。

 

 

 

 あの日、いつものように侵入者だと思って飛び出すと傷だらけの少女が倒れていた。既に死んでいるのかと思ったが、まだ、かすかに息があった。

 

 何故、棲みかに連れ帰ったのか未だに理由がわからない。単なる気まぐれだなのだろうが、あまりにも非力な存在だったから何となく助ける気になったかもしれない。

 

 その結果、寝床に薬草の匂いが染み付いてしまったり、ネムに頼まれて倒れていたガガーラン達を助けたりという羽目になったが……

 

 人間という存在は訳がわからない。彼女は頭を振った。そして棲みかに戻るとしばらく出歩く事はなかった。森の賢王にとってそれが賢い選択であった。

 

 

 

「──クライムっ!」

 

 リ・エスティーゼ王国第二王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ヴァイセルフは寝台に起き上がる。ふと、見馴れない室内に一瞬混乱する。

 

 ──そうか。ここは……

 

 彼女は失なったものを惜しむかの様に自らの胸をかき抱く。

 

『ラナー様! お逃げ下さい!』

 

 ラナーにはクライムの最後の叫びがまだ残っている。

 

 突如として出現した巨大なモンスターは王城を破壊し街を焼いた。誰もがなすすべなく街と運命を共にした。

 

 国王ランポッサ三世と第三王女であるラナーがながらえたのは奇跡に近い。レエブン候の配下の元オリハルコン級冒険者達がいなければ死んでいたに違いなかった。

 

 ようやくの思いでエ・ランテルにたどり着くと街一番の黄金の輝き亭を接収して、身を落ち着けていたのだった。

 

 ラナーは壊れていた。ただの平民の、それも行き倒れた子供だった彼が逞しく成長して彼女の心を支えてきた。それが失われてしまったのだ。

 

 クライムを束縛しその純粋な瞳を自分に向けさせ続けたい、というささやかな願いは打ち砕かれてしまった。直接彼の死を見届けたわけではなかったが、ラナーは彼の死を確信していた。

 

「……ラナー……」

 

 ランポッサ三世は肩を落とす。第一王子のバルブロも、第二王子のザナックもきっと生きてはいまい。それだけの災いが王都を襲ったのだ。

 

「…………疲れた」

 

 ランポッサ三世は深々とソファーに身体を沈める。王都が破壊された事は彼がエ・ランテルに閉じ込められ、リ・エスティーゼ王国が分断された事に等しかった。

 

 後継たる王子の生存が疑わしい今、彼は希望を無くしていた。この難局を乗りきったとして一体なにになるというのだ?

 

「──陛下」

 

 扉がノックをされ、レエブン候が入ってくる。

 

 エリアス・ブラント・デイル・レエブン──王国随一の切れ者として貴族の中でも一目置かれる存在だ。

 

「……レエブン候……ガゼフは……?」

 

「申し訳ありません。いっこうに行方がわかりません。ラナー殿下からの要請で捜索に出た『蒼の薔薇』からも特に報告は無いようです。とはいえ王都があんな状態になっては……」

 

 ランポッサ三世は力なくため息をつく。

 

「……せめて装備だけでも与えてやれれば……」

 

 ガゼフは国王派閥の力を削ぐ目的で貴族派閥により、地方の開拓村の護衛任務に追いやられていたのであった。

 

 突然兵士が駆け込んでくる。

 

「──何事か?」

 

「大変です! 街の郊外に大量のアンデッドが発生したそうです!」

 

 

 

 エ・ランテル都市長パナソレイの自宅には冒険者組合長アインザック、魔術師協会長ラケシル、そしてランポッサ三世、レエブン候が集まっていた。

 

「アンデッドの軍勢はゾンビ、スケルトン 、さらには集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)も確認されております。その総数は数百もしくは千とも……」

 

 アインザックの報告に一同はどよめく。

 

「兵士に冒険者達を帯同させて当たれ。アンデッドについては冒険者の方が詳しいからな。教会にも指揮下に入ってもらう。一方で住民達を避難させろ。安全な場所は──」

 

 レエブン候にパナソレイが続ける。

 

「街の中央広場にある倉庫を開放しよう。あそこなら丈夫で安全だ」

 

「……では皆、頼む」

 

 国王が頭を下げ、各自はそれぞれ自らの役割を果たしに出ていった。

 

 

 

「やったねー。カジっちゃん。スッゴい数のアンデッドじゃん。で、もう私はいいかなー?」

 

 エ・ランテル郊外の墓地でクレマンティーヌが小躍りする。

 

「……ああ。もう充分だろう」

 

 アンデッドを彷彿させる男─カジットは黒い石を取りだし掲げる。

 

 エ・ランテルはやがて死の街と化し、溢れる死の力がここに集まるのだ──カジットは笑った。




カジット「死の螺旋なったな」

クレマンティーヌ「カジっちゃんおめー」

カジット「これで私もアンデッド」

クレマンティーヌ「げっ! 私もかい!」


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◆act07 モモ×ヘロ

「いやあ、なかなか迫力ありましたね。虹の暴王(イーリス・テュランノス・バシリウス)、王城を破壊する様は迫力がありましたね」

 

 リ・エスティーゼの中心に築かれた魔王城にモモンガの楽しそうな笑い声が響いた。

 

「まさに怪獣王の再現でしたね。あの冒険者の荷物にあった地図をもとに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で苦労して探した甲斐がありました。欲を言えば名古屋城か国会議事堂みたいな建物があれば完璧でしたが」

 

 ヘロヘロが笑う。新たなアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点にリ・エスティーゼ王国の首都が選ばれたのは単に『怪獣に壊される見映えの良い建物が有る』からだけだった。

 

「……しかし、拠点作成ツールやポイントが表示されないとは。仕様が変わりすぎですよ。全く運営は何をやっているんだか……」

 

 モモンガは頭を抱える。

 

「ギルド拠点は新しく作れない仕様とかですかね? それに我々以外のテストプレイヤーも見かけませんよね? ゲーム時間で一週間以上になりますけどイベントらしいイベント告知も無いですし。運営仕事しろよ、って感じです」

 

 ヘロヘロも文句を並べる。

 

「……未だにログアウト出来ないとか。事故ですよ。事故…………まあ、ユグドラシル始めた頃の『未知への冒険心』を思い出して楽しいは楽しいんですけど」

 

「なんかカンスト異業種の我々ってもしかしたら強くてニューゲーム状態だったりします?」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

「とりあえずNPCの配置をどうしますかね? こちらは捨て拠点としての活用とするとして……ナザリックのPOPモンスターだけってわけにいかないですよね」

 

「雑魚過ぎますからね。やはり傭兵モンスターを用意するしかないですよ。モモンガさん、冒険者が持っていた金貨はどうでしたか?」

 

「ナザリックの頃の新金貨より質が悪いですね。傭兵システムに適用出来るか微妙ですよ。試してみないと駄目ですね」

 

「それじゃあ一旦別れて作業します? モモンガさんは傭兵モンスターやシステム変更をナザリックで試してもらって、私がこっちの拠点整備するってことで。こっちにはソリュシャンとデミウルゴス、コキュートスを残してもらえればいざという時に安全に逃げられると思います」

 

「わかりました。では早速──」

 

 かくして二人はしばらく別れて作業する事になった。

 

 

 

 首都リ・エスティーゼの異様な佇まいに戦慄したガガーラン達は道を戻り、要塞都市エ・ランテルに向かった。途中で出会った王国避難民からラナー王女もエ・ランテルに向かったとの噂を聞いて道を急ぐ。

 

 彼女達が辿り着いたエ・ランテルは不気味な静けさに包まれていた。

 

「……なんだかよ、マズイとこに来ちまった気がするんだけどよお?」

 

 ガガーランが戦鎚を両手で構える。ティナとティアも殺気を発しながら得物を構える。

 

「……おいおいおい……マジかよ? どうなっているんだよ?」

 

 エ・ランテルはゾンビが徘徊する街になっていた。

 

 

 ナザリックに戻り、傭兵システムに新たに入手した金貨を試していたモモンガの元にデミウルゴスからの〈メッセージ〉が届く。普段とは異なり明らかに動揺している様子のデミウルゴスにモモンガは不安を大きくする。

 

〈デミウルゴスよ。いったい何があった?〉

 

〈……それが……ヘロヘロ様の身に……なんというか……その…………とある事態が起こりまして……〉

 

〈……ヘロヘロさんに?〉

 

〈……はい。……ヘロヘロ様に……〉

 

 デミウルゴスは逡巡しながらも意を決してモモンガに報告する。

 

〈…………ヘロヘロ様が卵をお産みになられまして……〉

 

〈────へ?〉

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓 第九階層のとあるBARの扉を開けて一人の守護者が入ってきた。

 

「──これはこれはアルベド様。ようこそお見え下さいました。本日はいかなるご用でしょう?」

 

 マスターの副料理長は姿勢をただす。ナザリックにおいてNPC間に尊卑は無い、とされてはいるが立場の差やレベルの差はいかんともしがたいものがあるのだった。

 

「……今夜はただの客に過ぎないわ。わたくしだって飲みたい時はあるのよ」

 

 そう言いながらスツールに腰を降ろす。カウンターには既に先客がいた。

 

「──ふっ。わたくしもこれと同じものを頂戴」

 

 アルベドは既に酔いつぶれている先客のグラスを指差す。

 

 

「お待たせ致しました。オリジナルカクテル『ナザリック』でございます」

 

 アルベドの前に置かれたカクテルは様々な色が層になっていた。どうやらナザリック地下大墳墓の各階層をイメージに作られたようだ。

 

「…………綺麗」

 

 アルベドはひと口飲むとホゥっと息をはいた。傍らで眠っているシャルティアを優しく眺めながら呟く。

 

「…………まさか貴女の気持ちがわかる日がくるなんて思いもしなかったわ」

 

 アルベドはふと真剣な面持ちになり、副料理長に顔を向ける。

 

「……ねえ、今からわたくしが呟く事は『聞かなかった事』にしていただけますかしら? よろしくて?」

 

 副料理長はブンブンと頷いてみせる。アルベドはうつむき両手で頭を抱えて小さな声で呟いた。

 

「…………こんな事が起こるなんて……まさかモモンガ様とヘロヘロ様の間にお子が産まれるなんて……至高のお方同士でそのような事が起こる可能性は思わなくもなかったけれど、同性でそんな事態が起きるとは……なにかの間違いとは思いたいけどあの卵の中には間違いなくアンデッドの反応が……嘘よ……いや、でも………」

 

 ナザリックの夜は更けていくのだった。




モモンガ「…………なんじゃこりゃあ! ……ふう沈静化してしまったか……いやいや、どういう事? ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「産まれてくる子供はきっと男ですよ。モモンガさん」

モモンガ「どうしてわかるんですか? ヘロヘロさん」

ヘロヘロ「これこそ『男の中の男』だからです。モモンガさん」

モモンガ「いやいやそれは無いですって。どうせ卵の形のウ●コですよ? ヘロヘロさん」

アルベド&シャルティア「悔しいがあきらめるしかないわ」ないでありんす」


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◆act08 オンセンタマゴ

 モモンガはリ・エスティーゼの魔王城に戻ってきた。

 

「ヘロヘロさん! 大丈夫ですかっ!」

 

 モモンガの心配をよそにヘロヘロはノンビリとくつろいでいた。

 

「ああ、モモンガさん。お疲れ様です。いやあ、ビックリしましたよ?」

 

 ヘロヘロはモモンガを隣の部屋に連れていく。元は賓客をもてなす部屋だったそこには巨体なベビーベッドが置かれ、オムツと帽子を付けられた卵型の物体が鎮座していた。

 

「──これは!? いったい……」

 

 モモンガは上位道具鑑定(オール・アプレイザル・ マジックアイテム)を唱える。

 

(うん? 鉱物……水晶みたいな鉱物みたいだな。それに……アンデッド! …………間違いない。この卵型の中にアンデッドがいるッ!)

 

 モモンガは動揺する。

 

 ──まさか、な。そもそもアンデッドが卵から産まれるなんて聞いた事が無いぞ。いや、鉱物だからそもそも卵じゃないよな? だけど運営ならやらかしそうなんだよな。これがイベント? イヤイヤイヤ。しかし、ヘロヘロさんもとんでもないものを産んでくれたな。うーん……

 

 黙り混むモモンガにヘロヘロが頭をかきながら弁明する。

 

「いやね、モモンガさん。ここの所なんだかお腹がゴロゴロしていたんですよ。で……トイレで踏ん張ってみたら…………出てきたんです。これが……」

 

「──えっ? それってウン──」

 

 モモンガはふと気付く。

 

「……えっと……ヘロヘロさん」

 

「なんでしょう?」

 

「……ヘロヘロさん、ユグドラシルでトイレなんてした事あります?」

 

「いや、ないですよ。そんなゲームの中でトイレなんていくわけないじゃないですか──あ!」

 

 ヘロヘロは驚愕する。

 

「いやいや凄いですよ! これって。本当に現実世界に近いじゃないですか! あり得ない位凄いな、これ。うーん。どうプログラミングしてるのか興味ありますよね」

 

「確かに凄いですね。ユグドラシルⅡ。それだけ大脳の視床下部に刺激を与えられているとか……どうします?ヘロヘロさん、戻ったら漏らしていたりしたら」

 

「それはマズイですよね。しまった。こんな事なら紙オムツを履いておくんだった」

 

 モモンガとヘロヘロは笑った。妙なテンションとなり笑い続けた。が、モモンガは急に感情が抑制されて舌打ちをする。

 

「──それにしてもこれ、どうします?」

 

 モモンガは卵型の物体を指差す。

 

「……うーん。どうしたら良いですかね?」

 

 ヘロヘロも頭をかかえる。

 

「……宝物殿、には置きたくないですよね……」

 

 モモンガは呟く。もしかしたら排せつ物かもしれないのだ。出来ればナザリックには置きたくない。

 

 と、ヘロヘロが閃く。

 

「モモンガさん、ソリュシャンですよ! 彼女もスライムなので彼女の身体の中で預かって貰えばよいですよ」

 

 かくして謎の卵型の物体はソリュシャンが体内に入れて保管する事になった。

 

 

 

「……悪いねー。ソリュシャン」

 

「いいえ。むしろ至高のお方のお役にたてて光栄です」

 

 ソリュシャン・イプシロン──戦闘メイド(プレアデス)の一人で金髪の美しい女性の姿からは想像出来ないが、その正体はスライムであり、人間などを体内にて溶かして補食する。また、体内にマジックアイテムなどを収容する事も出来、人間一人をまるまる呑み込んでも外見が変わらない。

 

 やがてモモンガ達はソリュシャンが預かった謎の卵型の物体の存在を忘れていった。

 

 

 

「モモンガさん。温泉ですよ! 温泉掘り当てませんか?」

 

 テンションを上げたヘロヘロがやってくる。

 

「温泉、良いですね。でも、ユグドラシルⅡでありますかね? だいぶというか、全く地形や世界が違うみたいですよ」

 

「モモンガさん。そこはあの運営ですよ? ユグドラシルⅡでもベースまで新しくせずに以前のヘルヘイムの表層だけ変えたんじゃないかって思うんですよ」

 

「……なるほど。よくシステムとかはそのままでキャラクターデザインだけ変えるような感じですね」

 

 モモンガはかつてユグドラシル以前にやっていたオンラインVMMO―RPGを思い出す。

 

「……そこでこれを使います」

 

 ヘロヘロはユグドラシルのヘルヘイム世界の地図を広げる。

 

「それってベルリバーさんの……」

 

 ベルリバーはギルドメンバーの一員で自然と孤独を愛する人物だった。

 

「そうです。で、この地図にはベルリバーさんが見つけた──」

 

 ヘロヘロが地図に書き込まれた記号を指し示す。

 

「──温泉マーク!?」

 

 更にヘロヘロは冒険者から手に入れた地図を重ねる。

 

「つまり私の考えが正しければこの辺りを掘ったら温泉が出るんじゃないかと思ったりするんですよ!」

 

「素晴らしいですよ! ヘロヘロさんッ! 早速行きましょう!」

 

 二人は早速ゲートを開き、出かけていった。

 

 

 

 数時間後、出かけた時とはうってかわって意気消沈した二人が戻ってきた。

 

「……出ませんでしたね。温泉……」

 

「……申し訳ないです。私の仮説が間違っていたみたいです」

 

 二人は肩を落とす。その様子にあわてたソリュシャンが提案する。

 

「……あのう……温泉は存じ上げませんが、第九階層のスパに行かれてはいかがでしょうか? ここしばらく至高のお方がたのご利用がないようですが……」

 

「──あ……そういえば……」

 

 モモンガは思い出す。確かにユグドラシルプレイ中には利用する事が少なかった。

 

「モモンガさん、行ってみましょうよ」

 

「……そうですね。行きましょうか」

 

 

 

 二人は第九階層のスパにやってきた。かけ流し風に数々の浴槽から溢れるお湯と湯気に感動する二人。

 

「そういえばギルメンの皆がそれぞれ工夫して作ったんだったな。……すごいな。本当にリアルの風呂みたいだな」

 

「……あれ? モモンガさん、どうしました?」

 

「……骨と骨とのすき間がうまく洗えないのでして……うーん」

 

 泡立てたスホンジを握りしめながら困惑するモモンガにヘロヘロが近付く。

 

「なんだ。そんな事でしたら……モモンガさんを私が洗いますよ」

 

 ヘロヘロの漆黒の粘体がモモンガの身体を包み込む。

 

「……おう……このピリピリとした絶妙な酸性具合い……実に気持ちいいですね。ヘロヘロさん」

 

「ここなんかどうです?」

 

「──うわっ! ちょ、ちょっとくすぐったいですって。ヘロヘロさん!」

 

 二人の身体が絡み合う。と、その時──

 

「失礼します。お背中をお流し──え?」

 

 湯文字を来たアルベドが扉を開け三つ指を揃え挨拶をしようとして、固まる。

 

「……違うぞ。違うんだアルベド──!!」

 

 モモンガの叫びが虚しく響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………そろそろ外の様子が知りたいがな……まだスライムの中だと不味いな)

 

 卵型の物体の中でイビルアイは考える。いきなり漆黒のスライムに取り込まれた彼女はとっさに強度がある水晶で壁を作り、溶解してしまうのを避ける事が出来た。

 

 ──しかし、間一髪だったな。

 

 所々火傷が残る白い肌が痛々しかった。スライムの攻撃時の酸により、仮面を含めた装備のほとんどを焼失していた彼女は全裸に近い有様だった。

 

 イビルアイは辛抱強く機会を待つ。タイミングを間違えたら今度は間違いなく彼女自身が消滅してしまうだろう。

 

 彼女は水晶の中で裸の身体をかき抱きながら瞳を閉じた。長い眠りにつくかのように。

 

 

 

 

 

 

 




ガガーラン「なんだい。水晶の卵の中身はおチビさんだったのか。水晶から産まれた水晶太郎だな」

イビルアイ「私は女だ!」

ティナ「……じゃあウン子」


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◆act09 オンセンヲモトメテ

 バハルス帝国帝都アーウィンタールの皇城の執務室では皇帝、ジルクニフが頭をかきむしっていた。

 

「…………いったい何が起きているというのだ? わからない。次に何が起こるかも予測不能だ……」

 

 自身の師でもあり側近中の側近である首席宮廷魔術師のフールーダが遺跡の調査に向かって消息が途絶えてからというもの、発生した様々な事態に彼は混乱していた。隣国のリ・エスティーゼ王国首都のレ・ロンテ城等の消滅──伝聞によれば巨大なモンスターが突如出現したらしい──その後魔王城の出現、さらには好機とみて密かにジルクニフが兵を進めたエ・ランテルでのアンデッドの大量発生──噂では住人の多くもゾンビと化してしまったらしい──

 

「……ん? なんだあれは…………」

 

 ジルクニフは眼下の広場に違和感を覚え、目を凝らす。広場の片隅になにか空間の歪みが生じていたのだった。その歪みから異形の何ものかが姿を現す。

 

「…………アンデッド! どうして帝都にアンデッドが現れるんだ?」

 

 

 

 

 〈ゲート〉から姿を見せたモモンガは周囲を見回す。頭には何故か黄色のヘルメットをかぶっている。

 

「ああ、良いんじゃないですか、ヘロヘロさん。この辺でやっちゃいましょう」

 

 〈ゲート〉からヘロヘロも姿を現す。やはり頭に黄色いヘルメットをかぶっていた。

 

「ここなら平らだし良さそうですね。地図だと……うーん。あの城がちょっと邪魔みたいですが、どうします? モモンガさん」

 

「……壊して更地にしちゃいましょうか? 〈メテオ〉でもやります?」

 

 モモンガは楽しそうに笑った。

 

「……うーん。まあ、城はよけて広場の真ん中にしますか。駄目だったら少し広ければ良いですし」

 

 ヘロヘロが再び〈ゲート〉の中に入り、今度は巨大なゴーレムに乗って現れる。このゴーレム──攻城城用兵器ガルガンチュアの頭にも黄色いヘルメットがかぶせてあった。

 

「ではいきますよ。ガルガンチュアドリルモード!」

 

 ヘロヘロが叫ぶとガルガンチュアの胸部が割れ、中からドリルが現れる。ドリルは広場の地面を削っていき、どんどん穴を開けていく。

 

 

 

「──これは、なにが──」

 

 広場の巨大ゴーレムによる激しい振動にジルクニフは思わず座り込む。

 

「陛下。大変です。広場で妙な奴等がやってきました! 陛下?」

 

 廊下をよろめきながら帝国四騎士のバジウッドがやってくる。

 

「わかっている。くそっ! じいがいればな。あいつらじいの不在を狙ったのか? 王国の次はわが帝国という訳だな……バジウッド、勝てるか? あの者たちに」

 

「冗談じゃないですよ、陛下。あんな化けもの相手にどうしろってんですか? 命がいくつあっても足りませんぜ?」

 

 バジウッドはブンブンと音がする位に首を振る。

 

「……あ、あれは……? ナザミか?」

 

 広場を見おろしたジルクニフが呟いた。ゴーレムが開けた穴の近くに両手に大盾を持った騎士が近づいていく。

 

 ──と、一段と大きな揺れが襲った。

 

「…………肝を潰したぞ。凄い揺れだったな…………うん? ナザミ……?」

 

 起き上がったジルクニフが広場に目を凝らすと騎士の姿は消えていた。

 

「…………ナザミ……?…………ナザミぃいいー!」

 

 

 

 

「……出ませんね。温泉……」

 

「……ここはハズレみたいですね。うーん……」

 

 広場一杯になった大穴を前にしてモモンガとヘロヘロは腕を組む。

 

「とりあえず次に行きますか」

 

「そうですね、モモンガさん」

 

 再び〈ゲート〉を発動してガルガンチュアと共に二人は姿を消していく。後には大穴が残されていた。

 

 

 

 

 スレイン法国最高神官長会議──人類の守護者を自認するスレイン法国の中枢を担う最高神官長らが一堂に会した会議は紛糾し続けた。

 

「──以上がこれまでに観測された『ぷれいやー』と思われる者達の行動です」

 

 一通りの説明を終えて土の神官長、レイモンが腰をおろす。

 

「……信じられん。本当に陽光聖典が全滅したのか? それにリ・エスティーゼを壊滅させたなど……いやいや、信じられん……」

 

 水の神官長、ジオディーヌ老は首を振る。無理もない。これ程の力を持つ存在など、真の竜王か神──かつて『ぷれいやー』と呼ばれた者達くらいしか考えられない。

 

「……私はかの者達を『ぷれいやー』と『従属神』だと確信しております。ただ、残念な事は…………」

 

 レイモンは言葉を飲み込む。──もしかしたら我々は神の怒りを買ってしまったかもしれない──これはスレイン法国の終焉を意味する事だったからだ。重い静けさが場を支配する。と、最高神官長が口を開く。

 

「なんとか謝罪出来ぬものかの? ……現在、リ・エスティーゼに居城をお造りになられておるのは我らが謝罪に行くのを待っているのではなかろうか?」

 

「……わかりません。ただ、何かしら敵意が無いことを示す行動は必要でしょうな」

 

 光の神官長が発言する。

 

「……『絶死絶命』なら、『絶死絶命』にアレらを持たせたら倒せるのではないか? いくら強いといっても真の竜王まではいくまい」

 

「……それは危険だ。仮に『ぷれいやー』を倒せたとしても評議国は黙っていまい。今度は評議国と闘わなくてはなるまい?」

 

 最高神官長が色をなす。『絶死絶命』──ハーフエルフである神人の番外席次に法国の至宝である装備をさせて戦いに参加させる事はいにしえに真の竜王達と交わした盟約に反する行為であった。よって、残存する竜王達の国家、アーグランド評議国がスレイン法国に敵対する事になるのは明白だった。

 

「結論は出たようだな。使者と護衛の人選はレイモンに任せる。出来るだけ少ない人数で行かせよ。陽光聖典の二の舞は御免だからな」

 

 

 

 トブの大森林を越えた先に広がる大きな沼地にリザードマンのグリーン・クロー族の集落があった。

 

 沼地の片隅には木の棒が等間隔に立っていて、その間には細い棒を大量に使って仕切られていた。その仕切りの中で元気そうに魚が飛びはねる。

 

 族長のシャースリューは尻尾をバタバタと振った。

 

「……兄者。まだ食うには早い。もっと大きくなったら食わせてやる。我慢してくれ」

 

「……勘違いするな。俺は別にそんなつもりはないぞ?」

 

 シャースリューは声をかけてきた弟──ザリュースを振り返る。ザリュースはシャースリューの胸元にはかつて追放された事を示す傷痕があった。そう、彼は『旅人』だった。

 

「……この『養殖』がうまくいけばかつてのように争わなくても食糧が十分に手に入るようになる」

 

 『旅人』としていろんな国を旅したザリュースはこの『小さな魚を育てて大きくする』アイデアを土産に戻ってきたのだった。

 

「──ん? な、なんだ?」

 

 湖の真ん中の空間に黒っぽい歪みが現れた。そこから何ものかが姿を現す。ザリュース達からは距離があるためハッキリとはわからないが──

 

「……なんかヤバイぞ、あれは……」

 

 ザリュースが身構える。

 

「……あのあたりはシャープエッジの集落があったあたりだが……」

 

 シャープエッジはかつてグリーン・クローと食糧を争い、滅ぼされた部族だった。わずかな生きのこりは他の部族をたよって逃げていった為現在は無人である。

 

「……なにか巨大なもの……明らかにヤバイ」

 

 巨大なゴーレムが現れ、大地が震えた。魚達は狂乱し、得たいのしれない恐怖がザリュース達を縛りつける。リザードマンの兄弟は謎の者達の姿が再び消えるまで動けなかった。

 

 

 

「……うーん。温泉、出ないっすね」

 

 ヘロヘロはガルガンチュアをナザリックに戻しながらため息をついた。

 

「……うーん。やっぱりマップも完全に変わったのですかね? 一からマッピングしないと駄目かな?」

 

「せめて正式にユグドラシルⅡのサービス開始したらやる気も出ますが、まだ明らかに不具合だらけですから先は長そうです」

 

「相変わらずログアウト出来ないですしね。GMコールも出来ない、運営もしかして潰れた、とか。ハハハハハ……ハハ……」

 

 二人はまだユグドラシルⅡの世界だと思い込んでいた。

 

 

 

 

 彼らが去った後には巨大な穴があった。

 

「……凄いな。……兄者、見てみろ。あそこになんか光っている場所があるぞ?」

 

 リザードマンの兄弟は大穴で幾つもの貴重な鉱石を発見したのだった。

 

 やがて富と食糧を牛耳る事になったグリーン・クローは他の部族を押えリザードマンの盟主として君臨するようになるが、これはまた別の話である。



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◆act10 モモンガハタベタイ

「そういえばモモンガさん。ドラゴンの霜降りステーキのプロヴァンス風、最高に美味しいですね」

 

 ヘロヘロはウットリとした面持ちで語る。

 

「……え? ああ。そ……そうかもしれませんね……」

 

 対するモモンガは気の無い様子だった。

 

「普通なら赤ワインで食べる所を日本酒を飲みながら食べると本当に最高のごちそうですよね」

 

「……ああ、そ……そうですか」

 

「──モモンガさん! なんか変じゃありません? さっきからおかしいですよ?」

 

 ヘロヘロは珍しく声を大きくする。

 

「……いや、だって……食べられないから。食べられないし何も飲めないから……」

 

「──え? マジで?」

 

 実はモモンガの身体は骨なので口にいれたものは全てすき間からこぼれ落ちてしまうのだった。

 

「す、すみませんでしたモモンガさん。きっとなんとかしてあげます」

 

「……ありがとう。ヘロヘロさん。でも、無理だとおもいますよ」

 

 改めて考えてみると、ユグドラシルⅡではアバターに行動の制限は感じなかった。いや、そもそも飲食をリアルのように楽しむ事は出来なかった。

 

「……ようするにDMMO-RPGで味を感じるという事は味覚情報を一旦信号化……いや、記号に置換する方が……」

 

 ヘロヘロは考え込んでしまいました。

 

「とりあえずいろいろ試してみましょう」

 

 ヘロヘロは明るく笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 二人は食堂の厨房にやって来た。テーブルには料理長選りすぐりの料理が並んでいる。

 

「まずは普通に食べてみて下さい。それから問題点を考えましょう」

 

 ヘロヘロに言われるままにモモンガは席につき、まずはスープをスプーンですくう。口の中に入れるが全て下顎から流れ落ちていく。まあ、骨だから当然だ。

 

 ヘロヘロはモモンガの両頬と顎の下部を支えるように自らの身体で塞ぐ。これで顎の部分からは漏れ出す事は無いだろう。

 

 モモンガはまたしてもスープをすくう。今度はモモンガの口内にスープがたまっていく。スープは更にたまっていき、今度は鼻腔と眼窩から流れ出す。

 

「……うーん……モモンガさん、スープの味はしますか?」

 

 モモンガはスープを滝のように流しながら首を振る。

 

 

 

 その後もステーキやパン、チョコレートにフルーツなど、様々な食事を試してみるが結果は全く同じだった。

 

「うーん……何処かに味覚を感じるセンサーがあると思うんですよね。

 

 疲れきった表情てヘロヘロが呟く。モモンガも同様に疲れきっていた。

 

「……モモンガさんは舌が無いので他の場所で味覚を感じるのかもしれませんね」

 

 ヘロヘロはニヤリと笑った。

 

「たとえばお尻──坐骨とか……」

 

 モモンガの脳裏にお尻で食事をする光景が浮かんだ。勿論モモンガの場合は坐骨か尾てい骨あたりになるのだろうが……

 

 モモンガは頭を振っておぞましい光景を振り払う。

 

「……実際には坐骨でもその一部を口内に移植してしまえば良いと思いますよ」

 

「──良くない!」

 

 疲れきった二人は諦める事にした。

 

 ──うまくいかないものだ。温泉掘りも失敗した。だが、モモンガは楽しかった。思えばユグドラシルを始めた当初はこんな感じだった。

 

「……でも、悪くないな」

 

 何気ないモモンガの呟きにヘロヘロと料理長がギョッとしたが、モモンガは気づかなかった。

 

 

 

「ようやくリ・エスティーゼか……いや、元リ・エスティーゼというべきか……」

 

 スレイン法国神官長のレイモンは目前にそびえ立つ異形の城を眺める。かつてリ・エスティーゼ王国の王都だった名残は見事に失われ、瓦礫が散見する荒野に黒い魔王城がそびえていた。

 

「まさに魔神、いや、魔王の所業じゃわい。長生きはするものではないわ」

 

 忌々しそうに吐き捨てるのはカイレといい、スレイン法国においては客人の立場である。この二名に護衛役の漆黒聖典隊長の『漆黒聖典』を加えた三名がリ・エスティーゼ王国を壊滅させた謎のぷれいやーと接触する為に選ばれたのだった。

 

「しかし、な……不安でしょうがないわい。どうせなら若い女子の方が良かったのではないか?」

 

 カイレの言葉にレイモンは苦笑する。

 

「──ッ! 臥せろッ!」

 

 今まで一言も喋らなかった『漆黒聖典』が槍を構えて叫ぶ。すぐに彼らは巨大な影の下になる。

 

「……まさか、真の竜王だと……」

 

 レイモンの声はかすれていた。その巨大なドラゴンは魔王城を見下ろすと空気を震わせる大音声で宣言した。

 

「この世界を乱すものよ! 我こそは真なる竜王『青空の竜王』ことスヴェリアー=マイロンシルクである。今こそ貴様たちを殲滅してくれよう。我が力の強大さに畏怖しながら消滅するがよい!」

 

 ドラゴンの翼が光に包まれていき、口から恐ろしいまでの魔力が込められたブレスが魔王城を襲った。

 

 

 

 

 

「いやあ、ラッキーでしたね。モモンガさん。まさかレイドボスがやって来るなんて。しかもドラゴンですよ? ドラゴン!」

 

「ドラゴンは使い道が沢山ありますからね。本当にありがたいですね」

 

 モモンガは極上のドラゴンロードのステーキに舌鼓をうつヘロヘロを羨ましそうに眺める。

 

「……モモンガさん。やっぱり口にお尻をつけますか?」

 

 モモンガはげんなりする。──いや、そもそもお尻で味覚を感じるなんてあるはずないじゃないですか……

 

 でも──万が一そんな事があれば考えてみなくもないかもしれない、そう思った。



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◆act11 シュゴシャタチノフアン

 ナザリック地下大墳墓第六階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)に主だった階層守護者が集まっていた。

 

「いささかこまった事態と言えますね。このままだと私達の存在意義が無くなってしまうかもしれません。これは実に由々しき事態といえます」

 

 デミウルゴスの言葉にアルベドも同意する。

 

「そうね。困ったものね。このままではあの頃と全く変わらないわね。わたくしは我慢できないわ」

 

「いったい二人は何を言っているんでありんす? 妾には全く見当がつかないでありんすが……」

 

 シャルティアの言葉に頷くアウラにも理解できていないようだった。

 

「……あなた達は先程の戦い、どう思ったかしら? 至高の御方がたのドラゴンロードを一方的に蹂躙してしまう素晴らしさ、をね」

 

 アルベドは情感が極まったかのように両腕を抱き締める。

 

「素晴らしい戦いでありんした。まっこと神話として末長く後の世に伝えるべきでありんしょう」

 

「あたしも興奮したなぁー。さすがはモモンガ様とヘロヘロ様だよね。しばらく夢に出てきそうな位凄かった」

 

「……ぼ、僕はやっぱりモモンガ様の超位階魔法が凄かったです。あれだけの膨大な魔力が、あの、凄かったと思います」

 

 シャルティア、アウラ、マーレが上気した顔で至高の御方がたを賞賛している一方でコキュートスは一言も発しない。

 

「コキュートス。君は先程から黙っているが、どう思ったかい?」

 

 デミウルゴスはコキュートスに話をむける。

 

「……ワタシハ恥ズカシイ。……何故至高ノ御方ガタノ隣デ共ニ戦ッテイルノデナクタダ戦イヲ眺メテイルノダロウカ、ト。……タダタダ、自ラノ不甲斐ナサヲ悔シク思ウノダ」

 

 デミウルゴスとアルベドはコキュートスに微笑んだ。

 

「そうなのよ。コキュートスはわかっていたようね。今のままではいけないのよ。今のままの私達では至高の御方がたに必要とされなくなるわ。いずれそう遅くない時期に、ね」

 

 アルベドの言葉にすぐさま反論があがる。

 

「それは不敬なのでは? 我々の忠誠はモモンガ様、ヘロヘロ様に捧げられております。たとえこの身が滅したとしてなにも問題はありますまい? 仮に必要とされなくなれば滅び去るのみ」

 

「……いいや。セバス。それでは駄目なのだよ? 我々は至高の御方がたに必要とされる為に生み出された存在なのだよ。だから必要とされる為に努力をしなくてはならないのだ」

 

「…………シカシ、我々ハドウシタラ良イノカ……ム、ムムム……」

 

 コキュートスのため息に一同は沈黙する。

 

 しばしの沈黙が続いた後、アルベドがゆっくりと口を開いた。

 

「さて、いよいよここからが本題なのだけれど──」

 

 

 

 

 レイモンらを失ったスレイン法国は混乱に陥っていた。

 

「『占星千里』はまだ目覚めないのか?」

 

 闇の神官長マクシミリアンの言葉に光の神官長イヴォンが黙って首を振る。リ・エスティーゼにレイモンらを派遣した際に漆黒聖典の『占星千里』に監視をさせていたのだが、竜王の出現という一言の後に突然部屋が爆発し、彼女も瀕死の重傷状態となってしまった。

 

「やはり、なんかしらかの魔法障壁が作動したと考えるべきじゃろうな……それでレイモンとは連絡つかないのか?」

 

「まさか、竜王に? しかし、魔法障壁はいったい何ものが?」

 

「……いくら真の竜王とて『漆黒聖典』もいたのだ。簡単にやられはしないはずだろう」

 

 ざわめきは大きくなる。今の段階では真の竜王らしき存在が現れたらしい事、『占星千里』を部屋ごと破壊させる魔法障壁が突然発動した事、リ・エスティーゼでレイモンらの消息が途絶えてしまった事などしかわかっていない。

 

「とりあえず帝国に働きかけてみるべきだろうな。とにかく情報が欲しいところだからな。かのパラダイン老の力も借りる必要があるだろう」

 

 最高神官長が結論を出す。

 

「竜王国からの要請は如何しますか?」

 

 竜王国は現在ビーストマンの襲撃を受け、スレイン法国は救援の要請を受けていた。いつもならば陽光聖典を派遣するのだが、陽光聖典は壊滅している。

 

「仕方ない。各聖典を引退した者達を召集して送れ。時間稼ぎ位は出来るだろう」

 

 

 

 かつて聖典にいた隊員の中で引退して一般人としての生活に戻った人間は少なくはない。竜王国にやって来たのはそんな彼等が集められた部隊で、総数は五十人程である。

 

 彼らには気負いが全くなかった。引退したとはいえいずれもミスリル級冒険者位の実力者であり、個々の戦闘力が強いビーストマンとはいえ脅威ではなかったからだ。

 

 丘から見下ろすと竜王国の王城を遠巻きにしているビーストマンの軍勢が見える。どうやら王城へ行くにはビーストマンをけちらかさないとならないようだった。

 

 隊長は突撃の号令をかける。五十騎の部隊は一斉にビーストマンにむかっていった。

 

 ──おかしい。隊長は違和感を感じる。ビーストマンの軍勢は既に崩壊していた。彼らが王城にいたのは攻めていたのではなく『恐怖』から逃げていたのだった。

 

 隊長の前でビーストマン達が割れ、『恐怖』が姿を現す。ただ、それだけで全てが死んでいく。『恐怖』とは『死』そのものだった。

 

 

「いやあ、楽しいですね、ヘロヘロさん。これだけ相手のレベルが低いと皆バタバタと死んでくれますよ」

 

 疾走するソウルイーターにまたがったモモンガは同じくソウルイーターに乗ったヘロヘロを振り返る。モモンガはスキル『死のオーラ』を仲間に被害が出ない程度で展開していた。その影響もあり、駆け抜けるだけでビーストマン達が死んでいくのだった。

 

「こちらも負けていられませんね」

 

 ヘロヘロも負けずとばかりに『毒の霧』を身にまとっていた。毒性をあまり強くするとソウルイーターが消滅してしまう為、なかなか調整が難しい。二人は楽しそうにスレイン法国の部隊の横を駆け抜いていった。後にはビーストマンの軍勢と法国の五十騎の死体だけが残された。

 

 

 

「リモートビューイングでイベント見つけられて良かったですね」

 

 王城を歩くモモンガは上機嫌だった。

 

「どうやらこの扉の中が玉座みたいですね」

 

 ヘロヘロが扉を開くと中で王冠を頭に乗せた少女と随臣、兵士らが倒れていた。少女の装いからみるとどうやら女王らしかった。

 

「……あ、『死のオーラ』切り忘れてました……」

 

「……私も毒の霧を出し続けていましたよ」

 

 二人はすぐにも切り替える。女王から良さそうなアイテムを奪うと宝物庫を探す。大したアイテムは見つからなかったが満足した二人はリ・エスティーゼに帰っていった。

 

 

 

 

 至高の御方に失望されないように階層守護者は何ができるか、という課題を持ち帰ってそれぞれの持ち場に戻っていく様を眺めながらデミウルゴスは小さく咳をした。

 

「……さて、守護者統括アルベド。私の推測が正しいならば貴女が残った理由は……最後までお残り頂いた至高の御方の為、についてですね」

 

 アルベドは金色の瞳を鋭くさせながらも、にこやかに笑う。

 

「さすがはデミウルゴス、というべきなのかしら? いったいいつから気がついていたのかしら?」

 

「……残念ながらほんの数日前から、です。なんとなく違和感はあったのでしたが……」

 

「……そう。わたくしは最初から気がついていたのだけれど…………ちょうど良いわ。デミウルゴスにも是非手を貸して頂きたいのだけれど。至高の御方がわたくし達をお見捨てにならない為に……」

 

「勿論ですよアルベド。これまでもそうしてきましたから」

 

 



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◆act12 ホシニネガイヲ

 モモンガとヘロヘロは度々階層守護者達の訪問を受けるようになった。

 

 アウラとマーレにねだられてトブの大森林に出かけた時にはレイドボスらしき魔樹と戦闘になり、レアアイテムの特殊な薬草を手に入れた。

 

 シャルティアに誘われてアンデッドのシモベを使ったボーリングもした。

 

 コキュートスとはかなりレベルが高い模擬戦をした。

 

 意外だったのはデミウルゴスで、彼は郊外に繁殖牧場を作っていた。そこでは亜人を中心に様々な種族の交配実験をしていて、実に興味深かった。

 

 回復魔法が使えるトーチャーに混ざって人間の女が一人いたが、なんでも彼女は甦生魔法も使えるので牧場の管理に置いているのだという。どこかであった気がしなくもないが、薄汚れて陰気な表情をしていてどうにも思い出せなかった。

 

 アルベドにはいきなり押し倒されそうになったが、かつて彼女の設定を書き替えてしまった故の行動だと思うと無下に出来なくて困る。NPC達とこうして過ごしているとかつてのアインズ・ウール・ゴウン全盛期の頃を思い出してしまう。

 

 ヘロヘロは笑いながら言った。皆モモンガさんが何処かへ行ってしまわないか不安なんだと思います、と。 

 

 だが、こんな楽しい日々にもとうとう終わりがやって来た。

 

 

 

 

 

 

 その日はいつもと変わらない一日になる筈だった。

 

 ナザリック地下大墳墓 宝物殿にヘロヘロと訪れていたモモンガは少なくともそう思っていた。

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウンワールド』ではいくつものワールドアイテムを所持していたのだが、その強力すぎるが故に今まで使用した事がないものもいくつかあり、一度試してみよう、という軽い気持ちから宝物殿にやって来たのだった。

 

 宝物殿の扉の前で突然ヘロヘロは立ち止まった。モモンガはふと、イヤな予感に襲われた。

 

 ヘロヘロはゆっくり振り返ると、ただ、モモンガの名前を呼んだ。

 

 モモンガはそれが何を意味するのかしばらくわからなかった。が、やがて、理解する事が出来た。

 

 ────ああ、そうだったのか……

 

 

 モモンガは一言、彼に伝える。『ありがとう』と。

 

 楽しかった日々は終わる。

 

 ────楽しかったな

 

 

 

 やがてモモンガの意識は闇に堕ちていった

 

 

 

 

 

 

 

◆Da capo

 

「──モモンガさん? ……ギルド長! ……」

 

 モモンガは目を開く。目の前にヘロヘロが心配そうに見つめていた。

 

 どうやらヘロヘロと話している内にウトウトしてしまったらしい。

 

 時間はたいして過ぎていなかったが、何だか長い夢を見ていたように頭が重かった。そんなモモンガの様子にヘロヘロは心配そうに声をかける。

 

「……モモンガさんもだいぶお疲れなんですね。すみません。最後なのにくだらない愚痴ばかり話をしちゃいまして……」

 

「ああ、すみません。ちょっと気が抜けちゃいまして……」

 

 モモンガは慌てて取り繕う。

 

「しかし、まだナザリックがこうして残っているとは思いませんでした。モモンガさんがギルド長だったからこうしてまた来る事が出来たんですね。本当に感謝です」

 

 ヘロヘロは円卓の間を見回して懐かしそうな顔をする。

 

(──良かったらこの後……)

 

「ユグドラシルⅡがあったらまたお会い出来ますね。きっと──」

 

(──良かったらこの後、最後までご一緒……)

 

「……そろそろ限界みたいです。名残り惜しいですが──」

 

「──良かったらこの後、最後までご一緒しませんか?」

 

「──え? ああ、えーと……そうですね。ユグドラシル最後ですもんね。ご一緒します」

 

 

 

 

 モモンガとヘロヘロは玉座の間でユグドラシル最後の刻を待つ。傍らには守護者統括アルベドが寄り添うように立っている。

 

 

 

 

 23:55:48……『ユグドラシル』サービス停止の刻がせまる。

 

「……いよいよ、ですね」

 

 ヘロヘロの緊張した声にモモンガは黙って頷く。

 

 ……23:59:58、59──

 

 ナザリック地下大墳墓が消失していく。数々のギルドメンバー達との思い出と共に。

 

 モモンガは満足していた。

 

 彼のささやかな願いは成就したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリックと共に消えていくアルベドは微笑んだ。彼女は全てを見ていた。ただ、玉座の間に立っていただけではあったが、金色の瞳が全てを見つめていた。一人玉座に座ったモモンガが最後に小さな指輪にたくしたささやかな願い──星に願いを──(I wish……)『ギルドメンバーとユグドラシルの最後の瞬間を過ごしたい』──彼女はその様子をじっと見まもっていた。

 

 そして指輪は奇跡を起こした。

 

 

 

 

 

 宝物殿でパンドラズアクターは静かに思い返す。モモンガが使用した流れ星の指輪(ウィッシュ・アポン・ア・スター)による超位魔法〈星に願いを〉が彼に新しい息吹きを与えたあの時の事を。同時に彼が何のためにモモンガに産み出されたのかを知り、何をすべきかを啓示された瞬間を。

 

 創造主(モモンガ)の願いを本当に叶える事は彼には出来ない。あくまでも渇きを一時的に満たすだけだ。だが、それこそが彼に課せられた役割だったのだろう。

 

 そう。渇きを満たされた主は真の願いを叶える力を得たのだった。

 

 パンドラズアクターにとっての素晴らしき時間──幾度も、何度となく繰り返してきたモモンガとの日々は終着する。モモンガの願いが実現したその瞬間に。

 

 

「……モモンガ様……」

 

 

 えも知れぬ高揚感と幸福の中で彼もまた、消失する。ナザリックと共に。彼の役割は終わったのだ。彼の身体の細胞の一つ一つが虚無に変わってゆく。大きな満足に包まれていく

 

 ──Es war ein gutes Leben,gutes Leben! …………Mein Herr──

 

 かすかな呟きが闇の中に堕ちていき、全て虚無になった

 

 

 

 

 

 

 

           fin




完結です


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