IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣 (刀馬鹿)
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打鉄
入学


IS
正式名称〈インフィニット・ストラトス〉。
現代兵器が全く刃が立たなかった最強の武器にして兵器。
その強さは圧倒的だった。
自由に空を掛け、音速で空を舞い、そして縦横無尽に目標を無効化する……。

このISの登場により世界は激震した。
現代兵器を凌駕するその圧倒的な兵器は、女性にしか扱うことができず、女尊男卑という構図があっという間に成立してしまった。
そんな兵器を、とある事件で仕えるようになってしまった男、門国護がIS学園に入学する……。そんなお話。
一夏ハーレム、五人のヒロインは今作ではヒロインではありません。
更新はものすごく遅いです。


俺の名前は門国 護(かどくに まもる)

剣術道場の子供として生を受けた。

剣術だけじゃなくて護身術とか、空手とか、柔術とかも教えている道場なのだが……俺はその全てをたたき込まれた。

 

俺の父、門国 守正(かどくに もりまさ)は、誰かのために何かをするのを生き甲斐としていた男だった。

父は数年前に他界したが、その最後も立派だった。

父は見知らぬ誰かを生命の危機から庇うために命を落としたのだ。

俺はその時現場にいて、父の最後を看取った。

普通ならばトラウマになったりだとか、心の傷になってしまったりするのかもしれない。

 

だけど俺は違った。

 

見知らぬ誰かのために命を投げ出した父の背中が余りにも大きくて、そして救ったあの時の父の誇らしい表情が目に焼き付いて……。

俺もこの人の息子として誰かを守れるような人間に成りたいと思った。

 

だから俺は修行に励み力を磨いた。

いつか誰かを守れるように。

そうして俺が修行をしていると、世界にとんでもない兵器が登場したのだ。

 

IS。

 

正式名称インフィニットストラトス。

現代兵器が全く刃が立たなかった最強の武器。

その強さはまさに圧倒的だった。

自由に空を掛け、亜音速で空を舞い、そして縦横無尽に踊り目標を無効化する。

 

このISの登場により世界は激震した。

現代兵器を遙かに上回るその圧倒的な性能。

しかもこのスーツは女性にしか扱う事が出来ず、女尊男碑という構図があっという間に成り立ってしまった。

 

だがそんな事は関係ない。

それでも何かが出来ると思い、俺は自衛隊へと入隊した。

父が死んで母親もつらそうにしていたのでせめて金銭面だけでも楽をさせて上げたいと思ったからだ。

そして入隊し、訓練を受けて海外の紛争地域の鎮圧に向かった。

そしてその時に、俺の運命の歯車は回り出したのだった……。

 

「今日から特別にこのIS学園に編入される事になった門国護だ。自衛隊出身でみんなよりも少し年上だが……まぁ仲良くするように。門国、自己紹介を」

「はっ。織斑先生」

 

俺は織斑先生に促されて、教壇の一歩前へと躍り出た。

そしてそのクラスの人々の顔を見て若干ひるんでしまったが、それを表に出さずに声を上げた。

 

「今日よりこの、IS学園一年一組に編入する事に相成りました、門国護と申します。どうぞよろしくお願いします」

 

その言葉を言い終えると俺は頭を下げた。

話が事前に伝わっていると聞いていたが、それでもそのクラスのみんなは驚きを隠す事は出来なかったようだった。

 

それもそうだろう……

 

何せ俺の歳は今年で二十歳……つまり、今年で十六歳になるこの教室にいる人たちよりも四つも年上。

それに何より……。

 

俺は男だからな

 

そう俺はこの女性にしか使えないはずの武器ISを唯一使うことのできる男、織斑一夏君に次ぐ二人目のIS使用可能な男……それが俺だったのだ……。

 




何度でも書かせていただきます

ガノトウ=刀馬鹿

だからね!?

マジで盗作じゃないから!



っていうかガノトウ消した時に後書き保存するの忘れちまった・・・・・
感想とかは保存したのに・・・・・・
どうしてこう間抜けなのか・・・・・・


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女子校に男が二人

今だからわかるあの運命の日。

俺は兵士として一般兵装の点検、整備を行っているときだった。

ゲリラの奇襲を受けたのは。

 

ドンッ!

 

ちょうどISでの現地訓練を終えた後でほとんどのIS操縦士が休憩に入っているときだった。

その時の奇襲で、兵士が何名かやられてしまい、基地が混乱状態に陥った。

そしてその奇襲で俺の友人達も何人かが負傷した。

その時、俺の中で何かが切れた。

 

そしてその俺の怒りに導かれるように、とある兵器が俺の目の前に降ってきたのだ。

IS第二世代型、名を|打鉄(うちがね)。

日本のIS量産型として自衛隊にも何基か配備されているその一機が爆発の衝撃で俺の前へと姿を現したのだ。

俺は女性にしか使えない事がわかっているにも関わらず、そのISに手を触れてがむしゃらに叫んだのだ。

 

動け! ……と

 

その思いが通じたのかどうかはわからない。

その打鉄は起動し、俺はそれを身に纏って辛くも敵を撤退させた。

 

そこで漫画よろしく隠された才能などで俺が圧倒的な力を持っていればよかったのだが……それは空想上の話。

俺が出来た事と言えば、打鉄に装備されている刀型近接ブレードを振り回して敵の攻撃が基地に直撃しないようにしていただけだ。

そして敵は何故か撤退した。

俺が男だと気づいて動揺したのかもしれない。

 

そんなことがあり、俺は政府からの直接の辞令により、ここIS学園へと入学し自衛隊隊員として、世界に男が扱うISのデータを造る事を任命させられたのだった。

 

つい数ヶ月前に、世界で唯一ISを動かせる男という青年、織斑一夏君が現れた後という事もあり、この辺はスムーズに事が進んだ。

そしてこうして俺は学園の教壇に起立していた。

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

当然と言うべきか、微妙な反応が返ってきた。

それはそうだろう。

ISを使える男とだけ聞けば気楽に騒げただろうが、相手であるこの俺はここにいる青年達よりも年上なのだ。

今年成人するのでもう大人と言ってもいい。

どう反応していいのかわからない気持ち、理解できなくもない。

俺自身も、この状況、この立場……どうしていいのか全く分からないのだから。

 

「と、とりあえず門国く……さん、あの空いている席へ。授業を始めますので」

「はっ、了解いたしました」

 

敬礼しそうになる右腕をどうにかこらえ、俺は眼鏡を掛けた背の低い女性、山田先生が指さした席へと向かう。

 

「「「「「「「………」」」」」」

 

しかしその間も反応は無言。

特に女性達が移動しているわけでもないが、まるで海を割ったというモーゼの気分だった。

 

……きついな

 

それが素直な感想だ。

クラスの中だけでなく学校で俺ともう一人をのぞいて他はすべて女子生徒。

よくぞこの空間で三ヶ月も生活していたと、織斑一夏くんの事を尊敬してしまう。

 

政府の好意か、はたまた学園側からの好意かはわからないが、俺は世界で唯一ISを動かせる男だった男、織斑一夏くんと同じクラスへと編入する事になった。

何でも学園の生徒からは男が入ると聞いて、このクラスばかりひいきされていると批判もあったらしいが、如何せん男は男で組んだ方がいろいろと効率もいいので、このクラスへと編入させてもらったのだった。

最初こそ別にいいと思ったが、やはり直接体験してみないとわからない事が多いのがこの世の中だ。

もしもクラスに男が俺一人……かと思うと寒気がしてしまう。

 

そんな事を考えながら俺は無言で席へと歩き、イスを引いて座った。

ちなみに俺の席は窓側の一番後ろの席だ。

 

「どうぞ、よろしくお願いします」

「よ、よろしく……です」

 

礼儀として隣の女生徒に挨拶をするのだが……年上という事もあって対応しづらそうにしていた。

ぎこちない笑みを返されてしまう。

 

しょうがない事だが……

 

「よし、それでは授業を開始する。山田先生、お願いします」

「は、はい」

 

教壇で俺が席に着いた事を確認すると、織斑先生と山田先生がそんなやりとりを繰り広げていた。

そんなやりとりをみつつ、俺は最初の授業の教科書、ノートを取り出すのだが……。

 

………………全くわからん

 

授業に全くついていく事が出来なかった。

いや、全くではない。

頭に関して言えば俺は結構いい部類に入る。

しかしそれはあくまで普通の勉強に関してはだ。

最低限の知識は整備も行うことがあったのである程度は知っているが、それはあくまで|整備(・・)すること、すなわち|使用者(・・・)ではなく|整備点検(・・・・)する側の知識だけだ。

そして今の授業はISの操縦することに関する授業だったりする……。

 

何度見ても厚さがおかしい

 

ISの授業だからか、その教科書の厚さは軽い辞書並の厚さを誇っていた。

鈍器になりそうなサイズだ。

 

季節は夏手前。

すでに入学して二ヶ月近い日数が経過している。

普通の科目に関しては俺は全く問題ないのだが、如何せんISの授業は理解できなかった。

基礎知識を身につけたとはいえわからない事が多い。

 

「門国」

「はっ、織斑先生」

「やはりわからないか?」

「……申し訳ありません」

 

謝る必要はない、と言ってくれるがそれに甘えてはいけないだろう。

俺はわからなくても必死にノートをとり続けて、その時間を終えるのだった。

 

 

 

つ、疲れる……

 

二人目の男のIS操縦者。

とにもかくにも珍しいというのが俺に対する認識だ。

一時間目の休み時間はクラスの人からは遠目に見られるだけでなくひそひそと内緒話をされたり、廊下にはあふれんばかりの他クラス女子。

それだけでなく、他学年の女子生徒が群がって俺を見つめていた。

この重圧たるや……ある意味で拷問の方がましであった。

 

「あの……ちょっといいですか?」

「はっ」

 

そうして現実逃避に寝たふりを決め込んでいた俺だったが、声を掛けられてすぐに返事をして姿勢を正した。

寝たふりをしていたのがバレバレだが、そんな事を気にしている場合でもない。

俺は声を掛けてきてくれた人へと目をやると……。

 

「お、織斑一夏くん……」

「どうもです」

 

編入生、しかも年上であるにも関わらず気さくに声を掛けてきてくれたのはこのクラス……学校で俺以外の唯一の男子生徒、織斑一夏君だった。

 

「どうも初めまして、織斑一夏です。同じ男同士、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

 

差し出された手を俺は両手でしっかりと握った。

織斑教官の言っていた通り、好感のもてる青年だった。

やはりこのような極限状況では仲間を求めてしまう物なのだろう。

しかしその俺の希望は一瞬で砕かれた。

 

「一夏」

「ん? なんだよ箒……っていって!」

 

織斑君の後ろに現れた女性に織斑君ははたかれて悲鳴を上げる。

そのやりとりには誰も異論を上げない。

日常茶飯事とも言える出来事なのかもしれない。

 

「一夏、年上の人に余りなれなれしくするな。失礼だろう」

「いや、そうかもしれないけど箒。俺と同じ境遇の人がここにやってきたんだから挨拶くらいしても……」

 

どうやら仲がよろしい様子。

二人のやりとりをぼんやりと眺めていたのだが……。

 

「その優しさは買おう。だがもう少し警戒心を持て」

「いやラウラ。警戒心は持たなくてもいいと僕は思うよ」

「けれどシャルロットさん。ラウラさんの言う事も一理ありましてよ」

 

あら不思議。

あっという間に多国籍で美人な女の子達が織斑君の周りに群がってくる。

しかもその表情と態度から察するに……全員が友達以上の好意を抱いているように見える。

 

……いるもんなんだな。ハーレム野郎って

 

俺の事をそっちのけで漫才をしているこの五人の事を俺はぼ~と眺めた。

止めたらとばっちりを食らいそうだったからだ。

そしてその休み時間はそれだけで終わった。

 

 

 

それからは普通の授業が続き、昼休み。

頭がパンクしそうになって半ば死に体の俺は、織斑君に案内されて学食へと足を運んでいた。

そして先ほどの多国籍一夏軍団も一緒だ。

さらに二組から新たに一人のかわいい女の子を迎え、一夏ハーレムは全員で五人のメンバーがいるようだった。

ちなみに誰しもが好意を抱いているのは見え見えなのだが、織斑君は気づいていないようである。

 

……も、物語の主人公みたいなやつだな

 

イケメンで優しくて朴念仁で鈍感でハーレム。

ラブコメディ物の物語が書けそうな軍団だ。

きっとハチャメチャな物語になるに違いない。

もしも文庫化したら40万部位は楽にいきそうだ。

 

「それにしても一夏以外にISを動かせる男がいるなんてね~。残念だったね一夏。人気減っちゃうかもよ?」

「人気? 何言ってんだ鈴? ただ俺を珍しがっているだけで人気がある訳じゃないだろ?」

「……一夏さん、それ本気で言ってますの?」

 

金髪お嬢様、俺も同意だ。

こいつ本気でそんな事言っているのか?

 

「そ、それにしてもどういった経緯でこのIS学園に来られたんですか? あ、機密事項とかでしたらおっしゃってくださらなくてもいいですけど……」

 

話の流れを曲げるためか、金髪ショートカットのボーイッシュに見えなくもない女の子が俺に質問を投げかけてきる。

俺はこの一夏ハーレム軍団の様子を一人、黙々と食事をしながら眺めていたのを気に掛けてわざわざ声を掛けてきてくれた。

俺はいったん口の中の物を租借して飲み込むと、その質問に応えた。

 

「自衛隊として仕事をしている最中にISに触れたら起動してしまい……データは多い方がいいという事でこの学園に来る事になりました」

「そ、そうなんですか……」

 

会話終了。

相手は俺が年上という事で対応しにくいのは当然として、俺としてもこういった女の子と会話する機会があまりなかった物で無駄に緊張してしまう。

せっかく気を遣ってくれたというのに……。

 

織斑君すげぇ……

 

まさにこういうのを主人公というのだろうな。

俺にはこんな状況でこんな恋愛感情レベルで好かれるような態度をとれるなんて出来ない。

 

い、胃が逝かれそうだ…… ←注・誤字じゃない

 

初日にして俺はもう神経が狂いそうな状況だった。

マジで織斑君を尊敬してしまう。

 

「大丈夫ですか門国さん?」

「あ、あぁ、ありがとう織斑君」

「やっぱりきついですよねこの状況。すぐにとは言えませんけど、慣れたらそうでもありませんよ?」

 

 

それはお前が特殊なだけだ!

 

 

声を大にして言いたかったが、俺にはそれを言う事が出来なかった。

 

 

 




…………後書きなんて書いてたっけ?


2013/5/13追記
久遠寺様より本文の「w」の報告を受けて消させていただきました
本文には書いていないつもりでしたが、つい書いてしまったようです

久遠寺様 どうもありがとうございました!


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俺という存在

「ではこれより、ISを用いての訓練を行う。訓練といえど真剣に取り組むように!」

 

午後。グラウンドにて、ISの訓練を行う授業が開始された。

お題は純粋に実機を使用して慣れろという……あまりにも投げやり感あふれる授業内容だ。

 

スパーン!

 

「投げやりな物か。習うより慣れろと言うだろう」

 

考えていることわかるのか、織斑教官に問答無用で出席簿アタックをされた。

音が派手で結構痛い。

 

「失礼いたしました。織斑教官」

 

スパーン!

 

「教官ではない。織斑先生だ」

「失礼いたしました!」

 

直立不動の体制になりつつ俺は思わず敬礼をしてしまった。

相も変わらず(・・・・・・)この人は恐ろしい。

 

「ところで門国。お前にこれを渡しておこう」

 

そうして織斑先生が渡してきたのは黒い円形の金属板……ぱっと見、刀の鍔に見えるようなものだった。

 

「これは?」

「お前専用のISだ。お前はそれを使って訓練を行え」

 

その言葉に周りが騒然とする。

それはそうだろう。

ISの専用機というのは国やIS開発企業に正式に所属した場合に与えられるものだ。

確かに俺は自衛隊隊員なので国に所属していないとも言えないが、専用機を託されるほどの腕前を有しているはずがない。

 

「専用といってもたいしたことではない。学園の打鉄をお前専用として使用させるだけの話だ」

「? といいますと?」

「本来ならば専用機を開発してもいいんだが……如何せんISのコアは数が限られている。その少ないコアを使って、すでに特例中の特例として織斑に専用機が回されている」

 

そうISのコアは篠ノ之束(しのののたばね)博士という大天才によって造られた物で、現在そのISのコアは全世界で467個しか存在しない。

篠ノ之束博士はこれ以上コアを制作する事を拒否しており、この限られた数を全世界の国家、そして企業が分散して使用している。

つまりそんなに簡単に専用機は得られる物ではないのだ。

専用機持ちというのはそれこそエリート中のエリートと言える。

 

「それに貴様の存在によって男にもISを使える可能性が出てきたと、学者達はこぞって口にしている。政府、それに世界各国から見てもお前の存在というのはお前が思っている以上に重要視されている」

 

え? まじっすか?

 

予想外のその見解に、俺は驚きを隠せなかった。

 

「そこで政府は後に他の男がISを起動できた事を想定して、お前には量産型機を使用させて誰にでも転用可能なデータの収集を行って欲しいそうだ。要するにお前は専属搭乗士だと認識すればいい」

 

なるほど……

 

それは理にかなった理由だ。

つまり俺が一般機による普遍的なデータ収集要員で、織斑君は専用機としての特殊データ収集要員、と分類されるのだろう。

俺は織斑先生の丁寧な説明に心の中でお礼を言いつつ、姿勢を正して正式にその打鉄を受け取った。

 

「了解いたしました。これより門国護、この打鉄を用いて訓練をさせていただきます」

「うむ。後、お前は授業は最低限出席して出来うる限りデータ収集を行え」

 

ん? まだあるの?

 

「お前はすでに高校卒業レベルの学力は身につけているからな。復習も大事だがそれはお前が個人で行うだろう。だから政府は時間を無駄にしないためにも最低限の授業日数以外は訓練を行わせて欲しいとのお達しだ。ここまで回りくどいことをしないといけないのは……わかるだろう?」

 

織斑教官の言葉に、俺は静かに首肯した。

 

何故、俺がわざわざ好高校相当レベルの学校に入学させられたのか?

答えは簡単だ。

 

男である俺のISデータを全世界で共有するためには、どこの国家にも属さず、干渉することができないこのIS学園がうってつけだったからだ。

公然とデータを取るには世界でここしか場所がないのだ。

どこかの国に属すればそれだけで、その国家がある意味で貴重な男のデータを独占することができるからだ。

それをされては困るということで、国連が決定し俺は今ここにいる。

俺はすでに高校卒業レベルの学力は身につけているので普通の勉強をしなくても問題はないのだが、しかしさすがに国連、そして国の命令には逆らうこともできず……逆らう気もなかったが……俺はこの学校へとやってきたのだ。

しかしいくらなんでも……。

 

ここまで特別扱いするのはまずいのでは?

 

あまりにも俺に助力を行いすぎな気がする。

授業免除に訓練機とはいえ専用機が使用可能。

 

反感を買いそうだな

 

その証拠に周りの女子の目線がきつくなっている気がする。

おそらく気のせいではないだろう。

しかしその次の台詞で、俺は完全にほぼ全ての学生を敵に回す事になる。

 

「なおその間、私が貴様を指導する事になった」

 

そう、この織斑教官の言葉によって……って今何て言いました!!??

 

「え!?」

「「「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」」」」」」」

 

グラウンドに俺だけでなくクラスメイト全員から驚愕の声が上がる。

 

せ、青天の霹靂にもほどがあります織斑教官!!!!!

 




思い出せるわけもなく……


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我が剣、その名は……

「じょ、冗談……ですよね?」

「ほう、門国。おまえは私が冗談を言うような人間だと思っていたのか?」

「い……いえ全く」

 

つまり本当に俺は織斑教官の鬼のような訓練を受けなければいけないのだろう……。

蘇る自衛隊での特別教科訓練……。

しかも今回はそれのISヴゥワァージョン。

より恐ろしい訓練に違いない。

 

あ~退学しようかしら……

 

そんなこと出来るわけがないんだけど……思わず本気で考えてしまう。

 

「何を呆けている。専用機組はさっさとISを装着して、訓練を行え。グループは以前分けたときと同じグループでだ。門国は……織斑の班に入れ」

「はっ。了解いたしました」

 

男がいるという事で気を使ってくれたのか、織斑教官は一夏君と同じ班に俺を入れてくれる。

しかし、量産型とはいえ専用機をもらい、挙げ句の果てに織斑教官とのマンツーマン特訓(地獄)と来てはさすがにいい感情は湧かないらしい。

女子生徒からの視線が痛い。

だけどもまだ測り切れていないからか、露骨に邪険にする事も出来ないようで、すごくぎくしゃくした雰囲気になってしまう。

 

「えっと……とりあえず順番に訓練機に搭乗して、前と同じように搭乗、歩行、そして飛行訓練をやっていこう」

 

さすがに気づいたらしく織斑君も苦笑いしながらそう述べてくる。

女子達も俺の事は気にせずに練習する事にしたようだ。

 

イケメン恐るべし

 

そんなくだらない感想は置いておくとして……。

他のグループも訓練機に搭乗して訓練を開始し始めた。

俺も遊んでいる訳にもいかないし、早速先ほど渡された俺専用になったIS、打鉄を起動する事にした。

 

……名前でも決めるか

 

俺はそんな事を考え始めた。

貸し出し品と言ってもいいISに名前を勝手につけるのもあれかもしれないが、少なくとも当分は俺専用機なのだ。

愛称の一つくらいあっても罰は当たらないだろう。

 

…………守鉄(もりがね)ってのはどうかな?

 

俺の信念、打鉄の名前を一次ずつ取った名前。

適当というかだいぶ簡単に考えてみたが、気に入ったのでこれからはこのISを勝手に守鉄と呼ぶ事にしよう。

 

よろしくな、守鉄

 

呼ぶと言っても心の中だけだが。

勝手に名前をつけて怒られてもかなわないし。

 

スパーン

 

「何をぼさっとしている。ここが戦場なら今のでお前は死亡だぞ?」

「申し訳ありませんでした織斑先生」

「時間は限られているんだ、さっさと訓練を行え。歩行は……お前は問題ないだろうからすぐに飛行に移れ」

「はっ!」

 

俺は返事をするとすぐさま守鉄を展開する。

いや正確にはしようとした。

 

む、むずかしい……

 

あの時のように展開しようとするのだがうまくいかず、だいぶ展開に時間がかかってしまった。

しかしどうにか展開出来て俺は思わず安堵の吐息を漏らす。

 

展開しなかったらどうしようかと思ったよ

 

これでもしもISが展開しなかったら俺はただの笑いものである。

せっかく転入手続きに奔走してくれた上官や国の方々に顔向けができないところだった。

 

「遅いぞ。不慣れとはいえもっと速く展開できるようにしろ」

「はっ。了解しました」

「よし。では飛べ!」

 

織斑教官の言葉通り、俺は空を飛ぼうとした。

しかし……。

 

「う……うぉぉぉ?」

 

フラフラフラ

 

正直全くうまく飛べない。

というよりも飛べていない。

地面から数メートル上の地点で危なげにふらふらしながら滞空している。

 

「どうした? 飛ぶどころか滞空しかしていないぞ?」

「す、すいません」

 

どうにかして他の人がしているように空へと舞い上がろうとするのだが、如何せんうまくいかない。

 

「謝る暇があるならさっさと慣れろ」

 

ごもってもな意見をいただくが、どうにもうまくいかない。

出力が安定しないのか、それとも俺が単にうまくできていないのか。

モニターから見える守鉄のステータスに異常は見られないのでおそらく後者だろう。

 

くそ。うまくできない

 

というかまずこの生身に近い(感覚的に)状況での飛行というのがうまくイメージできない。

人は空を飛べないのに、道具を使っているとはいえ、こんな限りなく自分の体に近い状態で飛行する事になるとは……。

その不安定かつ空を飛ぶという事に対する否定的感覚がいけないのかもしれない。

 

「はぁ!」

 

俺は呼気を一息吐くと、気合いを込めて出力を上げて上空へと舞い上がった。

……正確には回り上がった……だろうか?

 

グルグルグルグル

 

「う、うわゎゎゎ」

 

ヒュルルルルル

ドーン

 

結局俺は回転しながら上昇し、そして回転しながら地面に落ちた。

守鉄の絶対防御が働いてくれたおかげで俺は無傷だが……あまりにも情けないに飛行だっただろう。

 

ちなみに絶対防御とはISに備わっている能力で、操縦者が絶対に死なないようにするためのシールドだ。

シールドエネルギーというISのエネルギーを用いて使用されるものであり……まぁ要するに死なないための安全装置だ。

しかしこの機能はISのエネルギーを大幅に持っていくので戦闘中は注意しなければならない。

 

「ぷっ、何あれ?」

「いくらなんでもあれはちょっと」

「自衛隊出身だって聞いたから強いのかと思ったけど……そうでもない?」

 

女子高生の遠慮のない罵倒が、俺の耳に入ってくる。

彼女たちは内緒話のつもりだろうが、ISを着ているせいでばっちり聞こえていたりする。

 

な、情けない

 

言い返すつもりはないが、確かにその通りなので俺は心の中で落ち込んでしまう。

 

あの時は無我夢中で操縦していただけなのでどうやって動かしたのかも覚えていないくらいだし……。

そうして落ち込んでいると、そばにいる織斑教官がため息を漏らした。

 

「やれやれ。どうやらこれからのお前の訓練には苦労させられそうだな」

 

キーンコーンカーンコーン

 

そんな言葉を織斑教官の言葉とほぼ同時に、授業終了のチャイムが鳴り響く。

 

どうでもいい事なんだけど、この特殊な学校でも、チャイムって普通なんだな……

 

 




護のだめっぷり再来wwww


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友人

キーンコーンカーンコーン

 

授業終了のチャイムが鳴りやむ。

それは俺にとっては地獄の特訓のゴングに等しいものであった。

 

「よし、これにて実機訓練を終了する。各員、速やかに除装し、着替えて教室に戻れ」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

織斑先生の号令の下、生徒達がちりぢりになって行く。

ピットに行く者、ISを片付ける者、グラウンド整備の者と様々だ。

グラウンド整備は無論専用機組も行っている。

専用機といえどひいきはしない。

 

さすがは教官。鬼……

 

スパーン!

 

「今失礼な事を考えただろう?」

「滅相もございません。教官」

 

パーン!

 

「織斑先生だ」

「申し訳ありません! 織斑先生!」

 

癖でどうしても教官と言ってしまう。

癖というよりも恐怖の刷り込みの方が多いかもしれないが。

 

「では織斑先生。私も教室に戻りますので失礼します」

「何を言っている。おまえはこのまま訓練だ」

 

ぐ、やっぱり逃げられない!!

 

「……い、いえ織斑先生。自分も授業に……」

「なんだ門国。おまえは先ほどの私の話を聞いていなかったのか?」

 

おぉ教官の後ろに般若が、般若がぁぁぁぁぁぁぁ

 

スパーン!

 

「誰が般若だ」

「申し訳ありません」

 

そしてそのまま俺は織斑教官によるありがたい死の特訓を覚悟する。

 

午後。

グラウンドで俺の悲鳴が木霊したがそれはまったく、これっぽっちも関係のないことである。

 

 

 

いたたた。さすが教官……

 

午後の授業も終わり、放課後間近になって俺はようやく解放された。

さすがに初日と言うこともあり、放課後は自由にしていいらしい。

日頃鍛えていたから特に問題はなかったがそれでも疲れるものは疲れるのである。

 

俺は気怠げな体に鞭打って帰りのHRに参加するために、教室へと戻ろうとしたのだが……。

 

すげ~視線を感じる

 

そう。

速いところはもうすでにHRを終えているのだ。

視線の重圧から言ってすでに俺の噂は行き渡っているようである。

さすが噂大好き花の女子高生……情報伝達が速い。

居心地も悪いので俺はさっさと自分の教室に戻った。

 

「すいません遅れました」

「遅い。もっと迅速に行動しろ」

 

そこには黒いスーツをばっちりと着こなした織斑教官の姿があった。

 

あれ~教官。俺の方が先に教室向かったのに何故……さすが人外、織斑千……

 

ガンッ!

 

「くだらないことを考えてないでさっさと席に着け」

「……はい」

 

ありがたい拳骨を食らって、俺は迅速にすごすごと席に座る。

その様はさながらご主人様に叱られた犬のように惨めな様相を呈していただろう。

 

「え、えっと~…とりあえず今日報告することはありません。皆さん気をつけて帰って明日も元気に勉強しましょうね」

 

山田先生がほにゃんと、かわいらしい笑顔を振りまきながらそう告げてくる。

いや、若干引きつって見えるのは気のせいではないだろう。

 

ふむ。これで今日の学校は終わりか……

 

ISの学校なのだから授業、訓練時間とやることがてんこ盛りと思っていたのだが……。

やはりそこは学生なのだろう。

 

「ハヅキ社製のスーツのがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じがしない?」

「そのデザインがいいの!」

 

何となく聞こえてしまった放課後の会話。

別にバカにするつもりはないが、やはり会話を聞いている限りでは「軽い」と感じられてしまう。

戦場では考えられないような空気だ。

やはりISの学校とはいえ学校なのだろう。

この子達はまだ学生だ。

青春真っ盛りなのだから青春を謳歌させた方がいい。

 

 

 

とは思うが……しかし……

 

 

 

ちなみに余談だが、俺のISスーツは織斑君のスーツ同様、イングリッド社製の特注品……政府関係者から聞いただけなので真偽のほどは不明……らしい。

 

「門国さん?」

 

そうして考えていると、誰かが声を掛けてきた。

うつむけていた顔を上げるとそこにいたのは織斑一夏くんだった。

 

「この後何か用事とかあります? 無いんでしたらこのまま部屋に案内しようと思うのですけど」

「あ、ありがとう」

 

確かに男である織斑一夏君と寮で同室になる場合は男である俺以外にいないだろう。

俺は部屋案内をしてくれるという織斑一夏君の好意に甘えることにした。

 

 

 

トテトテトテ

ゾロゾロゾロ

トテトテトテ

ゾロゾロゾロ

 

「しかし……すごい状況だな」

「うん? 何がですか? あぁ、他に俺たち以外に男子がいないから珍しがっているんですよ。俺も最初は珍獣扱いでしたよ?」

「まぁ……そうかもしれないけども」

 

俺はそう一夏君に返す。

彼の意見は半分位しかこの状況を言い当てていなかった。

確かに、後ろに着いてきている女の子達のことも気になっているが、それ以上に俺が気まずいと思っているのは【一夏ハーレム】に『男』という理由だけで入り込んでしまったために他の子達が非常に気まずそうにしているからだ。

 

「「「「「……」」」」」

 

会話に入り込めないために、一夏ハーレムの多国籍軍団の子達は何も話してこない。

その代わり心なしか俺に対する目線がきつい。

ポニーは若干の嫉妬、金髪ロングは明らかな悔しさと嫉妬、洗濯板ツインテは目をつり上げながらの殺気、ボーイッシュな短い金髪はこの状況に戸惑いつつも、やはり俺に対していい感情は抱いておらず、最後の一人の銀髪ちびっ子はジと眼で俺を見つめている。

そしてそんな息苦しいとも言える雰囲気であるにも関わらず、渦中の人物である織斑一夏君は本当に気づいていないらしく呑気に、そして純粋に仲間が出来たことが嬉しいらしく俺に嬉々として話し掛けてきている。

 

「でも本当に助かりました。俺以外にもようやく男が入ってきてくれて」

「まぁ……確かにこの状況で男一人ってのはきついだろうけど」

 

だが、多分まだ君のほうが楽だぞ。

少なくとも君はここまで女子の怨念こもった目線を向けられたことはあるまい。

いや仮にあったとしても気づいていないかもしれない。

 

それに欠点もないだろうしな……

 

俺のように――――はないだろう。

 

鈍感にもほどがある……

 

周りが女の子しかいないというこの状況でも今までやってきたのはこの鈍感さが大きく作用しているに違いない。

 

 

 

そんなことを思いつつ、寮について俺は真っ先に部屋へと案内してもらった。

部屋さえわかれば後は自分で探検できる……変な意味はない……からだ。

というかまずはこの状況をどうにかしたい、脱したい。

具体的にはこの多国籍ハーレムの重圧から解放されたい。

 

「ここが俺たちの部屋ですね」

 

寮のとある一室に案内をされて俺はすぐさまドアを開けて部屋へと入った。

さすがに部屋の中まで入ってくる気は無いらしい。

ようやく女子の視線による重圧から解放された。

 

「ぐあ。きついな」

 

俺はすぐさまイスにドカッと腰を落とす。

視線による重圧があまりにも重かった。

物理的に感じるほどの視線だった。

特に織斑教官の特別授業が全校に知れ渡った放課後。

 

「やっぱりきついですよね。俺も慣れるまでは苦労しました」

「そうだろうね」

 

男二人になってようやく少し気が楽になった。

俺はとりあえず制服の上着を脱ぎ、玄関に置かれている段ボール箱を二箱、俺が使うと思われるベッドのそばへと運んだ。

 

窓際か……。ちょっと困るが……まぁいいだろう

 

窓際に面した方のベッドはすでに織斑君が使っているらしく、使用されている感があった。

任務の都合上、できれば窓際がよかったのだがそこまで神経質になる必要性はないだろう。

 

スペックを見る限り、防弾性だしな……

 

「それ、門国さんの荷物ですか?」

「あぁそうだよ。それと織斑君」

「はい?」

「確かに俺は年上かもしれないが、ここではそう言った事はなしにしてくれないか? 敬語を使われるのは余り慣れていないし」

「え、でも……」

「気にしなくていいよ」

 

ずっと気になっていた事だが、やはり敬語はちょっと嫌だった。

まぁ彼からしたら年上の俺にタメ語というのは少々やりにくいかもしれないが。

 

「えっと……わかった。門国さん」

「名前も呼び捨ててでかまわないよ」

「え、マジですか? ……わかったよ門国」

 

若干ぎこちない口調ではあったが、俺の望み通り織斑君は俺の望みを叶えてくれた。

 

「織斑教官が言っていた通り、君は優しいな」

「千冬姉が? ……そういえば結構親しそうにしてま……してたけど、千冬姉とはどういう関係なんだ? しかも教官って?」

 

さすがに実の姉の事になると態度が変わった。

どうやら姉弟共に仲がよく、相手の事を大切に思っているみたいだ。

 

「別にたいした事じゃないよ。俺が自衛隊にいたときに織斑教官が自衛隊の臨時顧問として来たときに知り合っただけだから」

「臨時顧問? 千冬姉、自衛隊にも行ってたのか?」

「あぁ。聞いてないのか? ドイツの臨時教官をしたからその流れで本当に一時だけ自衛隊に来てね」

 

俺の言葉に織斑君は首を振った。

どうやら本当に知らないらしい。

まぁ知り合ったといってもその時の織斑教官のIS整備をしていた俺に興味を持たれてしまって(・・・・・・・・)、もしくは目をつけられて、自分の訓練に俺を利用していただけだったのだが……。

しかもなんか知らないがその時織斑教官が使っていたのISの整備を俺が何故かやることになったのだ。

それから俺は織斑教官の下っ端になった。

食事時によく弟の話をしていたのを思い出す。

 

「ところで俺はもう晩飯を食いに行こうかと思うんだけど、織斑君はどうする?」

「え? もう行くの?」

「あぁ。今なら時間的に早いから人も少ないだろうし」

 

食事の時もあの視線にさらされたら俺は本当に胃を痛めてしまう。

ならばさっさと食べて部屋に引きこもった方が安全だ。

 

「さすがに早いから俺はまだいいや」

「そうか。わかった」

 

そう返してくれるが実はほっとしていたりする。

織斑君には悪いが織斑君と一緒に食事に行くのもあまり歓迎したくなかったからだ。

別に織斑君自身が嫌いではなく、一夏ハーレム軍団が間違いなくついてくる、と思ったからだ。

 

さすがにいわれなく敵視されるのはごめん被りたいしな

 

一緒に食事に行こうものなら間違いなく敵視されそうだ。

俺は内心ほっとしつつ、そのままドアに向かった。

 

「あ、門国」

「ん?」

 

そうして靴を履いていると、後ろから声が掛けられた。

 

「どうした?」

「俺も君付けじゃなくて呼び捨てにしてくれよ。出来れば下の名前で」

「え? マヂで?」

 

一瞬拒否しそうになり、言葉が出そうになったのを飲み込んだ。

確かに人に呼び捨てを強要しておいて、自分だけ君付けはよくなかったかもしれない。

俺は立ち上がって後ろを振り向いてこういった。

 

「わかったよ一夏。なら俺の事も護って呼んでくれ」

「わかった。これからよろしくな、護」

「こちらこそ」

 

そう言って俺たちは互いに笑みを交わした。

 

どうやらうまくやっていけそうだな……

 

若干不安だったのだが、どうにかやっていけそうである。

そうして一日にしてどうにか同じ境遇の織斑君……ではなく一夏と親しくなった俺であった。

 

 

 

 




ルビを直したつもりが治っていなかった……

今度は大丈夫だと信じたい……


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護の信念

ね、眠い

 

眠気に瞼が重くなるIS学園編入にし初めての朝。

上瞼と下瞼の交際を必死に妨害しつつ、俺は食堂へと足を運んでいた。

朝飯を食わないという選択肢はあり得ないのだが、今日ばかりは飯すら食わずに数分でいいから寝ていたい気分だ。

しかし頭が栄養を欲している以上、食わないわけにも行かないので三大欲求の食欲を優先する。

 

頭と体を朝からフル回転~

 

脳内でくだらない歌を考えつつ、俺は本日の朝飯、ニラレバ炒め定食大盛りを受け取る。

若干ふらつきながらテーブルへとついて、手を合わせて食物と食堂のおばちゃんに感謝しつつ俺はゆっくりとご飯を咀嚼し飲み込んでいく。

 

昨日も思ったけど、ここの飯うますぎないか?

 

海原○山もうなること請け合いの味だろう。

この米の輝き具合から竈で炊いているに違いない。

 

「お~い、護」

 

そうして船を漕ぎながら食事をしていたら後ろから声を掛けられた。

声からして誰かわかっていた俺は、振り返りながら返事をする。

 

「……おはよう、一夏」

 

だがしかし頭が回らない俺は、覇気のない声しか返せなかった。

 

「ど、どうした? なんか死にそうだけど」

「気にするな。慣れない環境で寝れなかっただけだ」

 

心配してくれる一夏に手を挙げて反応しつつ、隣の席に座った一夏と一緒に朝食を食べ始めた。

 

 

 

なんか辛そうだけど大丈夫か?

 

朝起きたら既に護が出た後だったので、普段よりも早かったのだけれど、急いで着替えて食堂に来たんだけど……。

 

な、なんか眠そうだな

 

俺が寝た後も何か作業を行っていたみたいだけど、何をしていたんだか。

 

「織斑君おはよ! 隣いいかな?」

「お、おはよー。いいぜ空いてるし」

 

隣の席に食事を乗せたトレイを持ったクラスメイトの……やばい名前忘れた。

 

「一人なんて珍しいね? いつも一緒にいる専用機のみんなはどうしたの?」

「え? いや最初は待とうと思っていたんだけど、護が先に行ってたから俺も追いかけてきたんだ」

 

俺の隣に護がいるにもかかわらず、まるで護がいないかのように話しかけてくる。

 

なんか妙な雰囲気だな

 

俺は何となくだがこのテーブルに漂う微妙な空気を感じ取っていた。

みんなが散々俺のことを鈍いだの鈍感だの言うけど、別に普通だと思うけどな?

 

「なぁ護? 昨日聞けなかったんだけど護って何で自衛隊にいたんだ? 護の歳だったら大学にだって行けただろ?」

 

不穏な空気を変えるために、俺は昨日聞きそびれていた事を聞いてみた。

 

「うん? 俺が自衛隊にいた理由?」

 

すると眠そうにしつつも、護が反応した。

よほど眠いのか眼が半開きになっている気がしないでもないのは気のせいではないだろう。

 

「大した理由じゃないよ。俺はただ誰かを守れたらいいなと思って、入隊しただけだよ」

 

大した理由じゃないといいつつも、その顔には万感の思いがにじみ出ていた。

きっと護にとって大切な思いなんだと思った。

 

だけど……

 

「ぷ、何それ」

「守るって言ったってISもろくに動かせないのに?」

「そもそもIS動かせなかったのに自衛隊いったって意味無くない?」

「今の世の中女性の方が強いんだよ? 男の人が強かったのなんて十年前以上の話だよ?」

 

その護の台詞に周りの女子は大笑いしだした。

確かにISは女性にしか動かせないために女尊男碑という構図ができあがってしまったけど……。

それにしたって人の思いを踏みにじっていい理由にはならない。

そうして笑われているにも関わらず、護は何も言い返さない。

それどころかそれがもう普通だと思っているのか、悔しそうにすらしていなかった。

 

自分の思いが踏みにじられたのにそんなのでいいのかよ!

 

「みんな笑う事……」

 

 

「何がおかしい!!!」

 

 

俺が叫ぼうとしたその数瞬前に、食堂全てを振るわすような怒声が鳴り響いた。

誰もが驚いて声のした方へと顔を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちしている、千冬姉の姿がそこにあった。

 

「門国の守りたいというその思いの何がおかしいんだ?」

 

周りを、見渡しながら千冬姉が声を張り上げる。

その顔には今まで授業などで、見せたことのない本当に怒っている表情が刻まれていた。

肉親である俺でさえ普段見せないその怒りの表情に恐怖を覚えてしまう。

 

「おい、沢村」

「は、はい」

 

千冬姉が本気で切れたのは、この学校でも初めてなのか誰もが固唾をのんでいて、そして俺の隣に座った、沢村さんが……そうそう、沢村さんだった……が千冬姉に呼ばれて恐怖していた。

 

「確かにISは事実上、女にしか使えない代物だが……その整備や開発は誰が行っているんだ?」

「え、そ、それは整備する人や……開発者の人が……」

 

さすがに千冬姉が本気で怒っている事に気づいているのか、沢村さんも随分と緊張および恐怖を覚えている。

かくいう俺も、ここまで怒った千冬姉を見るのは久しぶりだった。

 

「そうだ。ISの整備や開発はそれに特化した人間が行う。それの内に男がいないとでも?」

「そ、それは……」

「そして自衛隊で仕事をしているのはISを操縦する操縦者だけじゃない。他にも航空機、戦車、歩兵などの仕事もある」

「は……はぃ」

 

うわ、千冬姉に睨まれすぎて沢村さん痙攣を起こしそうになってるよ……

 

「それら全てをIS操縦者がやるというのか?」

「そ、そんなことは……」

 

「貴様ら小娘は勘違いしているようだから私から一言言っておいてやろう」

 

いったん沢村さんから視線を外し、千冬姉は食堂をいったん全て見渡す。

そして息を吸い込んで間を開けると、こう言い放った。

 

 

 

「確かにISは女にしか使えず、その女の中でも適正のない者ある者がいる。貴様らは適正が高い、ないし適正のあった者達ばかりだ」

 

 

 

そう、ISの適正低い場合女の人でも動かせない人は普通にいる。

この学園は適正のある者、もしくは適正値が高い人しかいないから女の人全てが使えるような錯覚に陥ってしまうけれども……。

 

 

 

「ISを使える事は確かに特別ではある。だが、特別なだけであって、お前らが選ばれた人間であるという事は決してない」

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 

「訓練課程の卵から孵ってもいない貴様らが人の思いを侮蔑し、否定する権利はどこにもない! ましてやこいつは自衛隊で海外に出て仕事をしていたのだ。いまだ戦場に出た事もない貴様らが笑うなど、愚の骨頂だぞ。以後慎め」

 

 

 

再度回りを見渡して、千冬姉は食堂に集まった生徒達を睨みつけた。

当然異を唱える人間は誰もいなかった。

 

「門国」

「はっ」

「話がある。食事が済み次第、職員室にこい」

「了解いたしました」

 

そう言い放つと、千冬姉はさっさと食堂を出て行こうとする。

その背中はとても凛々しくて、しゃんとしていて……本当にかっこよかった。

 

「あぁ、それと」

 

そうして食堂を一歩出る手前で千冬姉は足を止めて振り返り、食堂の上の方にある時計を指さし……ってげっ!?

 

「いつまでのんびり食べているんだ? もうすぐHRが始まるぞ?」

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

そう、千冬姉の言うとおり、時計はすでにHR開始十分前を指していた。

 

「や、やっべ!!」

「んじゃ一夏。俺ちょっと織斑先生の所行ってくるな」

 

そう言って俺の隣の席に座っていた護が席を立つ。

 

うぉい!? あの状況下でも食事を続けていたのかよ!?

 

「や、やばいよ急がないと!?」

「千冬様に殺される!?」

「でも……かっこよかったね」

「……叱られて欲しいな」

「……あんたそれ絶対に危ない方の意味で言ってるでしょ?」

 

回りの女子達も忙しなく食事を再開し始める。

 

って俺も解説してる場合じゃない!

 

俺は朝食の鮭定食を大急ぎで掻き込み始めた。

 

 

 

「お前は相変わらずだな門国」

「はっ。申し訳ありません」

「謝る必要はないが……もう少し自分の実力を信じたらどうなんだ? ……まぁいい。説教のために呼び出した訳じゃない」

 

職員室に向かった俺はその途中で教官に拉致されて、教職員以外使用不可能なエレベーターへと乗っていた。

そして鍵を使って階層ボタンの下の、普段は隠されている中に手を突っ込み何かしら操作をしだすと、上の表示板には記載されていない地下へと下り始めた。

 

「わかっているとは思うが、ここの事は他言無用だぞ?」

「もちろんであります。教官」

「織斑先生と呼べ」

「申し訳ありません」

 

半ば恒例となってしまったやりとりだが、今回は出席簿アタックが飛んでこなかった。

得物を持っていないという理由もあるだろうが、今は教官の雰囲気が柔らかくなっていた。

きっと仕事の時とは違う精神に……家族を気遣う姉としての織斑千冬になったのだろう。

 

「ここだ。物に勝手に触るなよ」

 

ドアが開き、外へと踏み出すとそこは薄暗い空間で、部屋の中央部に何か……ちょうどISを横たえさせる事の出来る大きさのベッドがあった。

しかしその上には何も乗っておらず、教官もそこが目的ではないのか、そのすぐそばにあるコンソールへと向かい、キーをたたき出した。

 

ブゥン

 

「……これは?」

 

空中の立体投影ディスプレイに映し出されたのは、巨大な腕を持つ、謎のISだ。

普通では考えられないような巨体で、全身にスラスターを装備し、頭部には剥き出しのセンサーレンズ、極めつけが巨大な腕に装備された何かしらの砲口が四門搭載されていた。

 

「これは五月中頃に行われたクラス対抗戦に乱入してきた謎のISだ。全身を装甲で固めており、無人機。そして何よりの特徴は未登録のコアを使用されていた事だ」

 

映し出された漆黒のISについて、教官が口頭説明をしてくれるが、俺はその台詞に思わず眉をひそめてしまった。

 

「未登録のコアに無人機? 教官、ISは人間が装着しなければ動かないはずですが……」

「その通りだ。その気怠げな態度はやはりそう言う事か?」

「い、いえ……なんのことだか」

「ふん。まぁいい。熱心なのもいいが、倒れるなよ」

 

み、みぬかれとる……本当にこの人、人間か?

 

俺が今日どうしてものすごく眠いのかというと簡単だ。

寝ていないからだ。

整備の方の知識はあるがいかんせん操縦者としての知能が皆無といっていいほどないのだ。

二ヶ月ほどたっているためにだいぶ差が開いてしまっているがそんなことは関係がない。

その差をどうにかして埋めなければ俺がここに来た意味がない。

誰かを守るという俺の信念を執行することは出来ないが、それでも任務として、仕事としてきている以上遊んでいるわけにもいかない。

だから俺は一睡もせずに基本的知識以外にも、操縦者として必要な方の知識も頭に叩き込んだのだ。

 

洞察力ありすぎです……

 

俺が教官の相変わらずの恐ろしさを確認している間も、教官の説明は続く。

 

「そして乱入してきた試合は……織斑一夏と凰鈴音の試合だ」

「……データ収集でしょうか?」

「おそらくな」

 

一夏の試合に乱入してきた謎の無人機。

ある意味での治外法権区ともいえるこのIS学園にこんな事をしてくるのだから目的がないわけがない。

そして世界でも珍しい男のIS操縦者の試合へ乱入。

子供が考えても目的がなんなのかわかる。

 

「この時は無人機故の応用力のなさ、そして二人の連携でかろうじて事なきを得たが……代表候補生とはいえまだ実戦を知らない小娘どもがそう何度も無事に切り抜けているとは思えない」

「はっ」

 

今言っている教官の言葉に嘘はないのだろうが、本音が別にある事など考えるまでもなかった。

 

「私は教師だ。特定の生徒にそこまで肩入れするわけにはいかん。貴様はある意味で特別だがな。光栄に思え」

「恐縮であります、教官」

 

どうやら特別扱いしていること自体は自覚があったようだ。

まぁ教官も上からの命令で行っているのだろうが。

 

「そこで入学してきたのが貴様だ」

「……つまり友人としての立場を利用し、一夏君の護衛を行えと?」

「……そうだ」

 

お、肯定した

 

てっきり否定してくると思ったのだが、さすがにこの状況下では素直に家族の事を心配している姉の織斑教官だった。

 

「ご安心ください織斑教官。私の上からも同様の指示が出されておりますので」

「まぁそうだろうな」

 

世界でも超稀少価値あふれる男の操縦者。

もしもそれを独占できるのならば……そう考える輩は絶対にいるだろう。

そのためならばISの一機や二機、失っても目的の品が手に入ればおつりがでるのだ。

しかしそのISその物も貴重な代物だ。

そんな物を使い捨て覚悟で使用するという事は、相手はそれなりの規模を誇る裏組織になる。

いくらIS操縦者を育てている学園と行ってもまだ学生達だ。

もちろん教師陣は腕利きの操縦者ばかりだが、当然その教師陣も女性。

生徒とはいえ、体はすでに大人になりつつある男の事を四六時中見張っているわけにも行かないだろう。

ましてや教師が一日中張り付くと、いろいろと問題になりかねない。

ならば年上とはいえ生徒という肩書きを持つ俺が、友人として一夏のそばにいればそれだけで護衛の役割を果たす事が出来るのだ。

国からそんな命令を受けていたのだ。

 

まぁ無論、そのために一夏と友達になったわけじゃないけど

 

世界中で二人だけの男のIS操縦者。

仮に任務などがなくても、反りさえ合えば友人になるのは必然だろう。

何せ全校生徒が自分たち以外女の子なのだから……。

それにそんなのを抜きにしても一夏は好感の持てる男だった。

 

まぁあのモテ具合は腹が立つけど

 

これはまぁ……いろいろとしょうがない感情だろう。

 

「なかなかに不出来な弟なんだが……まぁあんなのでも私の唯一の家族だからな。よろしく頼む」

 

恥ずかしいからか、普段ならば『目を見て話せ』としかるはずの教官が、珍しく人の顔も見ずに話を続けて締めくくった。

そんな素直じゃない教官に苦笑しつつ、俺は自衛隊式に敬礼を行った。

 

「お任せください、教官!」

 

 




人を護るということ・・・・・・

時と場合にもよるかもしれない

だがそれは護るべき対象を自己よりも優先するというある種歪んだ行為で・・・・・・



それを目指す……目指し続けている護という青年は……





どこかいびつだった……


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インタビュー

あの朝の、織斑教官から一夏の護衛を依頼されてから一日経った。

護衛を依頼されたと言っても別に本格的に命を狙われているわけでもないので四六時中一夏を見張るわけではない。

ここIS学園は科学の粋を極めたと言っても過言でないほどに設備が充実している。

無論防犯の方面も抜かりはない。

まぁだからといって気を抜いていいわけではないが、そこまで神経質になる必要性はない。

だから普段通りに……といってもまだ普段通りと言うほど一夏と知り合ってから日数が経過していないので普段通りというのもあれなのだが、まぁその辺は気にしない方向で。

とりあえず普通に過ごして一夏と普通に接していれば十分に護衛となる。

……だが……今は一夏の事を気にしているほど俺の神経に余裕はなかった。

 

「昨日の食堂での話本当?」

「本当なんだって。千冬様が、あの門国さんの事を笑ってたみんなを叱責したんだって」

「千冬様と門国さんってどういう関係なの?」

「大きい声じゃいえないし、これは極秘情報なんだけど……自衛隊で千冬様と親しかったって」

「え!? それって男女の仲的な意味で!?」

「そこまではわからないけど……」

 

………………なんだこのウーパールーパー並の扱いは……

 

朝のHR前の登校時間。

俺は水銀のように重い溜め息を窓ガラスの方へ顔を向けながら見られないようにひっそりと吐き出した。

さすが人望厚く、そして憧れにして崇拝の対象である織斑教官である。

昨日の朝の出来事が一日足らずで学校中を駆けめぐったようだ。

 

好奇の視線が初日よりもすごい……

 

教官との関係を噂されまくってものすごい事になっている。

好奇、邪推、怨念、殺気、嫉妬という類の感情が込められた視線が飛んでくる飛んでくる。

 

どんな虐めだといいたい気分だ。

 

「おはよ~」

 

そうして暗い気分を表に出さないようにしながら空を眺めていると、教室の前のドアから俺以外の男である、一夏が登校してきた。

相変わらず遅刻する気配もなく、慌てた様子もない。

この年頃の未熟な子供としては随分と早熟だ。

お姉さんの教育のたまものといったところだろう。

 

「あ、織斑君、おはよ!」

「ね~ね~織斑君! 昨日の千冬様の話って本当?」

「え、昨日のって食堂で激怒した事? あぁ本当だよ」

「マジ!? 門国さんと千冬様ってどういう関係か知ってる?」

「いや、俺も自衛隊で知り合ったって位しか知らないけど……」

 

さっそく群がる女性陣。

多少とはいえ目線の数が減ったために重圧が軽くなって俺はほっと一息をつく。

 

「護、おはよ」

「おう一夏……」

 

しかしそれも一夏が俺に声を変えてきた事で終わりを告げた。

いや一夏は純粋に挨拶しに来てくれたんだろうからそれを嫌ではないが。

 

きついものはきつい

 

が、先ほどと違って一夏にも視線が行っているのでそこまできついものではなかった。

 

「護登校するの早いな。俺が起きたときにはもういなかったよな?」

「朝練をするために俺は早起きするからな。それが終わってから部屋で何かすると音がするかもしれないし、起こすと一夏に悪いだろう?」

「別に構わないのに」

「性分なんだ。悪いな」

 

朝練のために早起きして俺は修行を毎日行っている。

とりあえずランニングを十キロほど行い体力の増強を図り、次に木刀で素振りを二百回ほど、そして身についている技術の再確認を行う。

昨日はISの勉強で行う事が出来なかったが、本日より再び修行を始めた。

 

まぁその理由も半分くらいしか正解でしかないのだが……

 

もちろん一夏を起こさないためにさっさと部屋を出ているというのは本当だが、それ以上に早く部屋を出る理由としているのは、一夏ハーレム軍団の急襲に備えてだ。

朝飯の時間も会いに来たいと思うのは乙女、というか思い人を持っているのならば当然の感情といえる。

その場に居合わせていたら必然的に俺もセットになってしまいかねない。

特に一夏は女の子達の恋心に全く気づいていない。

何の躊躇もなく「護も一緒に行こうぜ?」と言いそうだ。

 

それで睨まれてもかなわないしな……

 

女の子達のためを思って気を使っているが、それ以上にもう一つ明確な理由がある。

 

「一夏さん。本日の放課後にまた一緒に訓練をしませんか? 私が直々に教えて差し上げますわ!」

「何をいうセシリア。一夏は私と放課後訓練を行うんだぞ?」

「ラウラ、それにセシリアも。一夏の訓練はみんなで行う約束だよ?」

「そうだぞ。あまり約束を逸脱した行為をするな」

 

順に金髪ロング、銀髪眼帯ちびっ子、短め金髪、大和撫子ポニーの子達が口にする。

さて、前述した理由だが、この子達の一夏を巡った争いに巻き込まれたくないからだ。

この子達、罰則喰らうのも構わず激情に任せてIS展開してまで一夏をフルボッコにしている。

よくぞあれで生きているものだ。

 

いい意味でも悪い意味でも主人公だな

 

比率で言えば、巻き込まれたくないが六割、一夏に悪いが二割、女の子達に気を使ってで二割、と言ったところだろうか?

 

しかし……何というか……

 

部分展開に関して何も思っていないのが……俺は気になった。

 

「なぁ護? 午後って予定空いてるか?」

 

後ろである種の冷戦が繰り広げられているのも構わずに、一夏が呑気に俺にそんなタイムリーな話題を振ってくる。

 

「ないなら護も一緒に訓練しようぜ?」

「後ろに立派な教官が一杯いるだろ?」

「いや、そうなんだけど……単に男一人だけだと寂しいしさ」

 

さすがに一夏本人が訓練を望み、しかも寂しいと言われては後ろの女の子達も何か言おうとはしなかった。

最初こそ後ろの女の子達に遠慮して辞退しようと思ったが、確かに男一人だときついと思い、俺は首肯した。

 

「俺下手だからさ。よろしく頼むよ先輩」

「俺だってそんなにうまくないぜ護? それに年上から先輩って言われるのはなんかむずがゆいからやめてくれ」

「冗談だよ」

 

正直、不安だらけだったが俺としても訓練はしなければならないし、ありがたいことなので俺は放課後の予定を訓練に変更した。

 

変更したと言っても、単に勉強が訓練になっただけだが……

 

「ほら席に着け。HRを始めるぞ」

 

脳内で本日の予定を上書きしていると、前の扉から我らが教官、織斑教官が入ってきた。

 

しかし訓練かぁ……

 

一夏と、一夏ハーレム軍団と一緒の訓練。

より敵視されてしまいそうで怖いがやるしかないだろう。

 

とりあえず様々な覚悟を決めた。

しかし真残念ながら俺は午後の訓練に参加する事は出来なかった。

 

 

 

「本日もお疲れ様でした。もうすぐ選抜者のクラス対抗戦がありますので、皆さん訓練をしっかり行ってくださいね」

 

とりあえず三日目の授業と教官との地獄訓練を終え、放課後となり、山田先生の言葉で学校が終わりを告げた。

 

……本日も疲れた

 

終わった瞬間に俺は机に突っ伏した。

授業もそうだが、教官との訓練で一気に力尽きた。

まぁハードな理由の一つに俺が未だにまともに動かせない事が含まれているのだろうが……。

 

「お~い護。大丈夫か?」

「あぁ、疲れてはいるが問題はない」

 

終わると真っ先に俺の所に来た一夏。

ありがたいが、他の女子の視線が怖い。

ちょ~怖い。

 

「朝の話だけど……いけるか?」

「あぁ大丈夫だ。どこで訓練するんだ?」

「今日は第二アリーナで訓練可能だ」

 

数あるアリーナで本日一年が使用可能なのは第二アリーナらしい。

というかアリーナ何個あるんだこの学園。

恐ろしく馬鹿でかい学園だ……。

 

「行こうぜ護」

「おう、今日はよろしくな、一夏」

「だから俺もうまくないって」

「邪魔をして申し訳ないが、俺も混ぜていただきます」

 

俺は左手の甲を覆っている、まるで手甲グローブのような待機状態のIS、守鉄に触れながら席を立ち、一夏の後ろにいる女の子達にお辞儀をした。

ちなみに守鉄は、最初の待機状態である……ぱっと見て黒い鍔のように見える待機状態から、身体に装着できる手甲グローブへと待機状態を変化させていた。

邪魔をしているのは間違いないし、好きな人との大切な時間さえも邪魔しているのは心苦しかったが、一夏の頼みもあるし、俺も訓練を行った方がいいので悪いとは思ったが……。

 

「じゃ、邪魔だなんてそんな事無いですよ」

「その通りです。門国さん。あまり自分を邪魔者扱いなさらないでください」

「箒さんの言うとおりですわ」

「私は初心者だからと言って優しくないぞ」

 

あれ? そこまで邪険にされない?

 

一夏の手前そう言うのは予想済みだったが、四人とも俺の事を邪魔だと思っていないみたいだった。

別に彼女たちの性格が悪いと言っているわけではない。

誰でも好きな人との時間を邪魔されたら嫌なものだからしょうがないし、俺としてもそんな事はしたくなかったが。

 

いい子達だな

 

素直にそう思い、四人のイメージを上書きしつつ、俺は一夏軍団と一緒に教室から出ようとした。

が、その歩みはすぐに止められた。

 

「はいは~い! 新聞部で~す! 今、いろいろとすごい噂の一年生、門国護さんはいますか~?」

 

随分と大きな声を張り上げながら、女の子が教室へと、ちょうど俺と一夏軍団がでようとしていたドアから入ってきたので一瞬で見つかった。

 

「お、まだ教室にいたよかった。こんにちは、織斑君、門国さん」

「こ、こんにちは」

 

一夏と親しげに挨拶を交わす新聞部部員さん。

新聞部、という事はすでに一夏にはインタビューを行ったという事なのだろう。

 

まぁ当然か……

 

世界でも一人しかいなかったIS操縦者。

マスコミが食いつかないわけもないし、それは学校の部活動でも一緒だろう。

 

「はいはい、門国さん! いくつか質問をしたいのですがよろしいですか?」

「まぁ……答えられる事ならば」

 

一応疑問系で聞いてきていたが、その目には『話すまで逃がさない!』と言った感情が映し出されていたので俺はすぐさま逃亡、という選択肢を外した。

 

「一夏、時間かかるかもしれないから先に行っててくれ」

「え、でも……」

「織斑君もいてよ。最後に男二人で写真取りたいし」

 

その言葉に、一夏はあっさりと従ってしまった。

いや、従っただけでなく一夏も知りたいのかもしれない。

別に聞いてくれればいくらでも教えるのだが……。

 

まぁ聞きづらいか……

 

インタビューされるのは余り歓迎したくない出来事だが、この類の連中はさっさと答えてつけ回されないようにした方が無難だ。

長くなりそうなので俺はとりあえず、新聞部の女の子に断りを入れて、俺は自席へと座った。

 

「ではではまず誰もが聞きたい最初の質問! 門国さん! 織斑先生とはどういう関係ですか!?」

 

フレームのない眼鏡を掛けた新聞部の子、名乗った名前は黛薫子さんはボイスレコーダーを作動させて、メモ帳片手にそんな質問を投げかけてくる。

さすが新聞部。

誰もが気になる質問だが、ちょっと聞きにくい質問を真っ先に質問してきた。

新聞部の子が言っていたとおり、みんな気になっていたのか、その言葉が発せられた瞬間にその場に居合わせた全員が一様にしてこちらに注目し始めた。

 

うわ~……目が爛々としてるよ、怖っ

 

ものすごい眼光でこちらを見つめてくるので恐怖以外の何物でもない。

特に一夏は、露骨に態度に出ていないがやはり一番聞きたそうにしていた。

まぁ別に答えられない事でもないので内心びくつきながら俺は答えた。

 

「自衛隊で仕事をしているときに、織斑先生が教官として招かれ、それで知り合っただけですが……」

「それだけですか? 昨日の朝の食堂での話がありますので、なにか特別な関係にあると勘ぐってしまいますよ?」

 

あぁそれできたのか……

 

そう言えば昨日織斑教官がわざわざ食堂で叱ってくれたばかりだ。

だからクラスに残った女子も真剣に聞き耳を立てている訳か……。

 

「別にたいした理由はないと思います。教官はああいった人を侮辱する行為が嫌いなだけですからそれだけかと」

「でもそれにしては真剣に怒っていたし、しかもその後に当の織斑先生に呼び出されて一時間目の授業、二人して顔を出さなかったとか?」

 

すげぇ。一年のクラスの事になのに何故そこまで細かく知っている?

 

純粋にその情報収集能力に感心してしまう。

だが聞いてくる事は邪推って言うか、余計なお世話というか……。

 

いや別に深い仲でも何でもないけどさ

 

「昨日の朝呼び出されたのは単に織斑教官の手伝いをしていただけで特に何もしていません。あなたも教官の厳格さはご存じでしょう?」

「う、確かにそうですけど」

 

さすが教官。

厳格さが他学年にも知られているとは。

 

っていうか露骨に顔を赤らめているやつが結構いるが何を想像していた何を?

 

多感な年頃なのでわからんでも無いが、少しは自重して欲しい。

一夏はそこまで想像していなかったみたいだが、少しほっとしていた。

家族の事を気に掛けていたのだろう。

 

「他にはありますか? 無いのでしたら放課後の訓練を行い……」

「まっさかぁ!! 聞きたい事なら山ほどありますよ! それを聞くまで逃がしません!!!」

 

会話の区切りを利用して逃げようとしたが逃げられそうになかった。

 

 

 

……予想外にも、そのインタビューが終わったのは夕方だった……。

約二時間、暴走しがちな乙女達の感性に若干呆れながら俺は寮へと帰宅したのだった……。

しかも後日俺と一夏の写真が高値で取引されていて、それの鎮圧に教官が出動してストレスが溜まり、それをISの訓練でストレスのはけ口にされてえらい目にあった……。

 



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織斑千冬

「これにて本日の訓練を終了する」

「……ありがとう……ございました」

 

午後。

いつものようにISの授業がない日は決まってアリーナでの教え子である、門国護とのマンツーマンでの強化訓練があり、そして本日も滞ることなく無事に終わった。

最初こそ、機動や操縦に若干の不安定さや危なっかしさがあったが、挙動も安定し、ましにはなっていた。

さすがあの人(・・・)の甥だけはある。

 

「だいぶ慣れてきたようだな、門国」

「こ、光栄であります教官」

「織斑先生と呼べ」

「失礼いたしました、先生」

 

息絶え絶えといった具合に門国がそう返したきた。

本人曰く、ISでの空中機動が若干苦手なようだった。

腕前がへたとかそう言う意味ではなく、純粋に苦手なようだ。

幼少からの訓練の賜物でこいつの格闘技等の腕は一流なのだが……それ故の弊害として、地に足がつかない状況というのが気持ち悪いようだ。

まぁそれもだいぶこなしつつ、しかも独自の方法で解決しているみたいだから問題ないようだが……。

 

「よく休んで疲れを体に残さないようにな。明日の訓練も優しくするつもりはないぞ?」

「もちろんです、織斑先生。本日もご指導、ありがとうございました」

 

ISを待機モードにしてISスーツをまとった姿になった門国は、自衛隊式に敬礼を行うと、若干体を引きずりながら、ピットへと歩いていった。

 

やれやれ……何度注意しても教官と敬礼が直らないな

 

自衛隊に臨時顧問として訪れたときの呼称、教官。

そしてその時の習わしとして、訓練の始めや終わりに敬礼をすること。

何度も直せと言っているのだが、体に染みついているのか直る気配が無かった。

 

まぁ別に構わんのだがな……

 

あくまで今の状況ではだが……。

本日は普通科目が多い日であり、門国は今日のほとんどをアリーナでのIS訓練を行っていた。

世界で正式に二人目の、男性のIS操縦者としてここに来た門国。

まさか以前の自衛隊での臨時顧問をしていたときに子飼いにした教え子が、この学園で再び教え子になろうとは思わなかった。

 

世の中わからないものだな

 

女性用更衣室でジャージから普段着であるスーツに着替えながら私は思わず苦笑した。

非常に残念な事に、未だに門国と真剣勝負が出来ていないのが口惜しいが……まぁ以前とは状況が全く違うのでしょうがない事だろう。

 

まぁ可能なら……再びあいつと本気で戦ってみたいがな

 

「すいません遅れました」

「遅いぞ。もっと迅速に行動しろ。この前も言ったばかりだろう」

 

そうして考え事をしていると後ろのドアからあの馬鹿者が教室へと入ってきた。

女の私よりも着替えが遅いとは……全く。

そしてさすがに学習しているのか、失礼な事を考えもせずに即座に席へと移動した。

 

不出来な弟よりはまだ学習能力があるか……

 

「……あの千冬ね……織斑先生? どうかしましたか?」

「……何でもない」

 

何となくその不出来な弟を凝視してしまった。

私もまだまだという事か……。

 

「えっと、それでは今日はこれでおしまいです。明日も元気に登校してきてくださいね」

 

そうしているとうまい具合に山田先生が号令を行ってくれた。

その言葉を聞いて私と山田先生が教室を出ると途端にクラスが賑やかになった。

 

全く……呆れるくらいに元気だな

 

十代の女子の特権とでも言うのだろうか。

本当にどうして私のクラスは馬鹿者が多いのか?

 

「織斑先生、本日もお疲れ様でした」

「山田君こそ。午後の授業、押しつけてすまなかった」

「いえいえそんなことは。門国さんの訓練はどうでした?」

「最初に比べればいいが、まだまだだ。まだ自衛隊に所属していた時の方が強いと言えば強かったな」

 

最初こそ、IS展開も不安定で遅く、しかも飛行動作や格闘も不出来だったが、今ではそこそこの腕前になっている。

元々の土台は出来ているので後は新たな得物であるISを使えるようになれば問題はないのだ。

 

「自衛隊の時……ですか? それにしてもどうして織斑先生はあそこまで門国さんの事を気に掛けるんですか?」

 

私にそう問いかけてくる山田君の顔はまるでクラスにいる十代の女子と同じ顔をしていた。

男性との交際経験がないと言っていたがどうやら本当のようだ……。

 

「気に掛けているわけではないだが……まぁ自衛隊でのお気に入りとはいえるな」

「お気に入りですか? そ、それって!」

「山田君。残念だが君が考えているような男女の間のお気に入りではない」

 

山田君が口にする前に先制した。

 

「別にたいした理由じゃない。自衛隊にいたときに、あいつと模擬戦闘をする機会があってね」

「模擬戦……ですか? それは何の?」

「総合格闘訓練だ」

 

自衛隊での臨時顧問の時に行った、総合格闘訓練。

一本、もしくは致命打、有効打を取った方の勝利という訓練。

臨時顧問として、私は自衛隊のIS操縦者と訓練を行った後に余興としてあの人の甥の門国と試合を行ったのだが……。

 

「そうなんですか。それで結果は? 織斑先生の圧勝ですか?」

「いいや、勝っていない」

「え?」

「それが私があいつを気に入っている理由でね」

 

二人で会話をしながら歩いていると、聞き耳を立てているやつがいる事に気がついた。

本人としてはうまく隠れているようだが、興奮している感じの感情がにじみ出ている。

おそらく女子生徒だろう。

 

……これはいい機会か?

 

IS学園に入学してからというもの、あいつは年上であることと、ここが事実上の女子校という事で随分と縮こまって生活を行っている。

他の同性である一夏には常に女子が群がっていて、あいつはそれに気を使ってかほとんど一人で行動していた。

 

ここであいつのおもしろさを助長してやるのも教師のつとめだろうか?

 

こう考えてみるが、こう会話すれば、あいつと再び試合が出来るかもしれないという自身の欲求も含まれている事を私は否定しきれないだろう。

 

まぁいい

 

どうなるか不明だが、ここで会話を切るのも不自然なので私は、少々言い方を変えて、自衛隊での総合格闘訓練の結末を口にした。

 

 

「あいつは私が自衛隊での総合格闘訓練で唯一勝てなかった男だからな」

 




この人って本当にかっこいいよね!



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一週間

早いもので俺がこのIS学園に編入して一週間くらいが経過した。

女子の好奇と嫉妬ともいえる目線にさらされ続け、一夏と親しくなったこともあり、ハーレム軍団からは目の敵にされ、新聞部のインタビュー。

そして忘れちゃいけない織斑教官との個人訓練。

 

たった一週間しか通っていないというのに随分とハードであった……

 

もうすでに七月も間近となっていて、季節は夏。

日々気温が上昇していき、日差しも強くなっていく。

そうして季節が移ろいゆく中、俺はどうにかここの生活に慣れ始めていた。

最初こそ女子の重圧に押しつぶされそうだったが、今はさすがに若干……あくまで若干である……慣れた。

一夏ともうまく友人関係を続ける事が出来、そして一夏ハーレム軍団もさすがに少ない男友達を邪険に扱うのは憚られたのか、最初よりは態度が柔らかくなった。

しかしこれも若干であり、やはりあまりにも長時間つるんでいると睨まれるのでそこら辺は要注意だ。

 

最初こそ男として少し騒がれていた俺だが、今では少し落ち着いていた。

一夏君ほど接しやい性格でもないし、俺自身そこまでおしゃべりが得意な方ではない。

何より女子(・・)との会話がとことん苦手なので女子からしても俺とのコミュニケーションはしづらいみたいだ。

ので基本俺は一夏以外とはあまり絡む事がなかった。

 

まぁ年上だからなぁ

 

あちらとしても年上の人間がクラスメイトというのはやりにくいのだろう。

しかも俺はそれだけでなく訓練機の専用化、そしてみんなが憧れるお姉様、織斑千冬教官との個人訓練まで行っているのでいい気分には慣れないだろう。

その特訓を受けていても対して腕前が上がっていないのでさらに嫉妬と侮蔑に拍車を掛けている気がする。

個人的にそう言った類の感情を向けられているのは慣れているのでどうでもいいのだが。

 

 

 

本当の憎悪は……無理だが……

 

 

 

だが怖いので俺はもっぱら朝早くに起床し、ランニングや修行などを行って、早めに朝食を食べて、逃げるように教室へと向かう……というのが朝の過ごし方となっていた。

まぁ別に一人でいるのは慣れているので、俺はぼけ~と空を眺めるのが朝のHRが始まる前の日課となっている。

 

「皆さん、おはようございます」

「あ、ヤマピーおはよー!」

「ヤマヤマおっはー!」

「や、ヤマピー? ヤマヤマ? もう! 私の名前は山田です!」

 

朝から山田先生と女子生徒のまさに女子高生的な会話からHRが始まった。

親しみやすく、かわいいらしい山田先生は生徒からとても好かれているようだ。

 

「諸君、おはよう」

 

「「「「「お、おはようございます!」」」」」

 

そこに織斑教官が入ってくると弛緩ないし朗らかだった空気が一瞬で引き締まる。

さすが織斑教官……恐るべし鬼軍曹っぷりだ。

 

「門国」

「はっ!」

「……午後の訓練はかくごしておけ」

 

えぇぇぇぇぇぇぇ!! マジデ!?

 

どうやら今日も俺の午後は死に目にあうようだ……。

俺は思わずがっくりと肩を落とす。

そうしてHRが過ぎていき、今日の午前の授業は全てISに関する授業なので俺は机からノートと教科書を取り出し、勉強に励む。

 

まぁどうにかギリギリついて行けているレベルなんだけどね……

 

どうにか脳内がオーバーヒートしそうになりながら授業を終えた。

 

 

 

「クラス対抗戦?」

「そう。月末にあるんだ」

 

昼休み。

俺はいつものように一夏とハーレム軍団と一緒に食堂へと来ていた。

そして食事をしていた時に一夏がそんな事を言ったのだ。

 

「五月にクラス対抗があったんじゃないのか?」

 

俺は疑問に思った事を口にした。

五月末にクラス対抗戦。

この時に一夏とツインテール中国娘の試合に無人機が乱入。

そして六月中旬一歩手前にタッグ戦になった学年別トーナメント。

このときに一夏と金髪セミロングの僕っ子がタッグを組んで出場。

そして今月月末である六月末に再びクラス対抗戦。

いくら何でも積み込みすぎな気がする……。

 

「あれはクラス代表の生徒が戦うんだけど、今回は違ってクラスのIS操縦優秀者数名が選ばれてその子達が戦うんだ」

「ちなみに代表候補生とか専用機持ちは除外される仕組みです。前回の個別トーナメントがタッグ戦になってしまって個人戦を行っていないかららしいです」

「ほぉ~」

 

一夏の説明に、短めの金髪の女の子、シャルロットさんが補足説明してくれた。

この子は他の子達と比べると比較的……あくまで比較的だ……に普通に接してくれる数少ない女の子であった。

だからこの子はまだ普通にしゃべれるようになった。

 

「簡単に言いますと、クラスにいる優秀な人を選別するための模擬戦ですわね」

 

シャルロットさんの説明をさらに補足してくれたのは金髪ロングのセシリアさんだった。

この子は露骨に俺に対して嫉妬……一夏と一緒にいるため……の感情をぶつけてくるので苦手だ。

 

「なるほどね」

「だが、一夏。最後に目玉としてクラス代表のクラス対抗が行われる事を忘れているわけではないだろうな?」

「忘れてないよ箒。俺だって一応結構な訓練したから自信あるんだぜ?」

「あら? 強気じゃない一夏? また一夏と当たったら面白いのになぁ。今度こそ、私の甲龍でギッタギタにしてあげるわ」

「ほう? 強気だな鈴? 私の嫁で直々に私が鍛えている一夏に勝てると思っているのか?」

 

ツインテールの中国娘の鈴に銀髪ちび娘のラウラが突っかかった。

 

嫁ってどういう事だ? 普通婿じゃないのか?

 

まぁそこらは正直どうでもいい話だろう。

俺が声を大にして言いたいのはどうしてここまで露骨ともいえるアプローチに一夏が気づかないのかって事だ。

朴念仁で鈍感にもほどがある気がする。

 

「ちょっと? いつから一夏があんたの嫁になったのよ?」

「いつからも何からも最初からだ。こいつは私の嫁だ」

「それは聞き捨てなりませんわねラウラさん? 一夏さんにふさわしいのはこの私ですわ!」

「何を馬鹿な事を。一夏のパートナーは私をのぞいて他にいるまい」

「パートナーって事だったら僕の方が一枚上手だと思うな。一応リーグマッチでは一緒に戦ったんだし」

 

おぉ、女子の女子による女子のための戦が火花を散らしながら訪れた。

こうなると闘争になるのは時間の問題なので俺は意地汚くならないように注意しつつ、かつ迅速に食事を口の中に納めていく。

 

「うん? みんなどうしたんだ? 食事は楽しく食べようぜ?」

 

あ、爆弾投下……

 

明らかに今までの会話を聞いていなかった発言だ。

間に合ったようで、俺はこの言葉が言い終わる前にどうにか食事を終えてそっと静かに席を立っていた。

 

3、2、1……

 

「「「「「そもそも一夏が!」」」」」

 

敬称は人それぞれだが、五人はそんな言葉を吐きながら日頃の鬱憤(一夏の鈍感っぷり)をはらしていく。

ちなみに俺はその五人が切れる前に席から立っていたので鼓膜が壊れずにすんだ。

 

「ま、護!?」

 

そんな中唯一の同姓で仲間である俺に一夏は懇願の目を向けてくるが……俺の反応は少し離れたところから手を胸の前で合わせて……。

 

……南無

 

と黙祷を捧げるだけだった。

 

巻き込まれたくないし、恨まれたくないし……さらに言えばもてる男に手をさしのべるほど私は博愛主義者ではないのだよ……一夏君

 

無駄に変なキャラになっている気がするがそこらはどうでもいい。

黙礼が終わると俺は攻撃されている一夏を置いたまま、食堂を出て行く。

 

しかし……クラス対抗に代表者の対戦もありか……

 

俺は先ほどの会話で聞いた数週間後のクラス対抗の方に意識が向いていた。

専用機持ちが除外されるのならば俺にも出番はないだろう。

それに俺の出番などどうでもいい話だ。

クラス対抗戦として一夏がでるのならば、謎の組織がまた何かしてくる可能性がある。

 

……この程度の事は教官も承知のはずだから会場の警備体制と、選手個人の警護も問題ないはず……

 

「本当なの? 門国さんの噂って?」

「みたいだよ。何でも一年一組の子が千冬様と山田先生が話しているのを聞いたみたい」

「千冬様のクラスの? じゃあ本当に?」

 

そうして考え事をしながら歩いていると、俺の事を遠巻きに見ている女子が、俺の方を見てひそひそと何かを話していた。

 

? なんだ?

 

若干の距離があるので会話の内容が聞き取れないが、俺が女子達の方を見ると、慌ててどこかに逃げていってしまった。

 

……何かしたか俺?

 

特に怪しい行動もしていないのに悲鳴を上げながら逃げられて若干心が傷ついた。

 

まぁいい。今はそんな事もよりも……

 

敵の襲撃があるかもしれないクラス対抗戦。

学園側としても警戒はするだろうが、それだけでは不足するかもしれない。

相手だって再び行動を起こすならばそれなりに考えるだろう。

 

いかにして動いて一夏を守るべきなのか? 軍人としての俺が為すべき行動は……

 

ぶつぶつとあ~でもないこ~でもないと考えながら俺は歩く。

 

 

 

ちなみに余談だが……

 

 

 

 

 

 

 

余りにも熟考しすぎて、午後の訓練に遅刻して、教官の特訓で死にそうになったのはまた別の話であった……。

 




あ~どうしたものか……


今書いてる話がやはりあれすぎたから書き直さないといけないかも……


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模擬戦

「さ~て、準備はよろしくって?」

 

ものすごく元気に……かつやる気溢れる声が俺の耳朶を打ってくる。

 

場所、第一アリーナ。

時間、放課後。

そして眼前に専用機IS、ブルーティアーズを展開した金髪ロング娘。

その金髪ロング娘に相対するのは、疑問符を頭に浮かべながら、一応念のためにISの打鉄である守鉄を装着している俺。

 

何故か俺は金髪ロングこと、イギリス代表候補生セシリアの駆るIS、ブルーティアーズと第一アリーナ中央で対峙していた。

 

「…………一夏?」

『どうした? 護?』

 

俺は俺が身に纏っているIS、打鉄である守鉄……勝手に命名……に装備されている通信機で、現在ピットにいるであろう、友人織斑一夏に通信を行った。

 

「……激しくこの状況に対する説明をして欲しいのだが……」

『いやぁ……何でか知らないけど護の実力を見たくなったらしくって』

 

まぁこの高飛車とも言えるこのお嬢様ならそう言いそうな気がしないでもない。

だが……俺が言いたいのはそんなことではないのだよ一夏……。

 

何故止めなかった!?

 

「どうして止めてくれなかったんだ?」

『う~ん止めたんだけど……俺も千冬姉が唯一勝てなかったって噂の男の実力が見てみたくって』

 

あぁそう言うこ……ん? 今なんて言った?

 

一夏自身も見たかったというならば優しい一夏が止めなかった理由がわからないでもない。

まぁそこに関しては譲歩しよう。

だが……。

 

「一夏? 今なんて言った?」

『え? 実力が見てみたかった?』

「その前だ」

『千冬姉が唯一勝てなかったって噂の男?』

「そうそれ!! それはどういう意味だ!?」

 

一夏の謎の発言に俺は動揺を隠しきれない、というかものすごく動揺した。

 

織斑教官が唯一勝てなかった……男!? 噂!? それはどういう冗談だ!?

 

『え? 護知らないのか? ここ最近では結構有名な噂話だぜ?』

「噂話なんてする相手なんぞ俺にはいない」

 

ものすごく寂しい子みたいな発言だが事実である。

このIS学園で俺が会話をするのは一夏くらいのものだ。

そしてその一夏は噂話を進んでするような男ではない。

さらに極めつけ、俺には他の女子と噂話で盛り上がるほど仲良くなっていないし、女子と楽しくおしゃべりを出来るほど器用でもない。

 

『何でもウチのクラスの子が、廊下で山田先生と千冬姉が二人で話していた会話で、そんな事を漏らしていたのを聞いたらしいぞ?』

「二人で会話? クラスの女子が聞いただぁ?」

『あいつは私が自衛隊での総合格闘訓練で唯一勝てなかった男だ。って言ってたって』

 

……そういうことかぁ

 

それを聞いて俺はある程度合点がいった。

まぁその理由と目的はわからないが……。

 

何が狙いですか? 教官……

 

あのIS世界大会『モンド・グロッソ』で二連覇間違いなしといわれた強者であり猛者、織斑千冬がいくらある程度の軍事訓練を受けているとはいえ、二十歳にも満たない女子高生の浮ついた……悪意はない……気配を見逃すわけがない。

つまり教官は女子生徒が盗み聞きしているのを知っていたにも関わらずそんな誤解を招くような言葉を口にしたのだ。

 

……理由は全く持ってわからないけど

 

ちなみに教官の言っている言葉に嘘はない。

自衛隊での総合格闘訓練での模擬戦闘で、確かに俺は教官に一度も負けなかった。

 

そう……負け()、しなかったんだよ

 

ここで重要なのは負けなかったという事だ。

俺は家柄の都合上、かなりの自衛訓練を行っている。

剣道、柔術、合気道、空手……といった格闘技の防衛の技量に関しては自分でもかなりの自信を持っている。

しかし攻めはからっきしだめである。

これに関しては俺の性格と血が由来しているので頑張っているがそう簡単に解決できる問題でない。

話が若干それたがその自衛技術のおかげで、俺は織斑教官に負けなかっただけで一勝もしていない。

何試合したのか忘れたが、どの試合もどちらも一本、もしくは有効打を与える事が出来ずに全ての試合が引き分けで終わったのだ。

普通なら判定に勝負が持ち込まれるのだろうが、勝負形式が総合格闘訓練という事で判定という形式は取られなかったのである。

そしてもしも試合判定があったのならば俺は確実に教官に負けている。

 

上記の通り、俺は確かに織斑教官に負けてないが勝った事もないのだ。

もう一度言おう。

 

 

 

勝った事など一度もない!

 

↑大事だから二回言った

 

 

 

うわぁ……帰りてぇ~

 

一夏に誘われるままにアリーナに来たのは失敗だった。

が、今更悔やんでも後の祭りだ……。

腹を括ってやるしかない……のだが……。

 

「門国VSセシリアのトトカルチョはこっちだよ~。一口百円から」

「オッズはどのくらい?」

「セシリアが十倍以上の差をつけてリード」

「あ、やっぱり?」

「最初の授業のISの操縦技術を見れば当然の結果でしょう?」

 

おい、聞こえているぞそこの違法女子生徒……

 

ISのセンサーを使えば遙か遠くの観客席の声など丸聞こえだ。

まぁ事実俺はあまりISの操縦がうまくもないのでそれも当然だが……。

 

っていうかトトカルチョって……賭博じゃないか? そんなことして後で教官に殺されるんじゃないか?

 

ちなみにトトカルチョはイタリア語でトトが「賭博」カルチョが「サッカー」。

つまりトトカルチョは本来サッカー賭博のことを言うのだが……まぁどうでもいい話。

 

別に賭博もオッズも俺には関係ないので、仕方なく前方のセシリアに注意を向ける。

 

「試合拒否ってのは出来ないのか?」

「あら? ここまで来て尻尾巻いて逃げるのかしら?」

「別に俺が望んでここに来たわけではないしな」

 

そうやる気なさそうに言うが、眼前の敵はやる気満々のようだ。

試合開始のブザーが鳴ってすらいないのに、早速己の自慢の武器、六七口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』を展開していた。

 

意地でも戦うつもりか?

 

どうして戦いたいのか俺は理解に苦しむ。

そういや一夏の話ではこの金髪ロング娘は、最初の頃は今よりもさらに高飛車で、一夏に突っかかっていたらしい。

男と言うだけでクラス代表になられたら、代表候補生として一年間屈辱を味わうとかどうとか……。

 

プライドが高いのは何となくわかるが、それがどうして俺と戦う事になるんだ?

 

十代の乙女の心の内などわかるはずもない俺には、頭に?マークを浮かべる事しかできなかった。

だから恥も外聞もなく、相手に尋ねることにした。

 

聞くときは一時の恥、聞かぬは一生恥……ってね

 

別に聞かなくても一生の恥になんぞなるわけもないが……まぁ気にしない。

 

「質問なんだが何で俺なんかと試合がしたくなったんだ?」

「織斑先生に直々に鍛えられているあなたの実力が見たくなったから……では足りないかしら?」

「足りなくはないが……あまり説得力はないな」

「そうですわね。私としてもその理由だけではないのですから」

「? というと?」

「一夏さん以外の男がどれほどの実力を有しているのか見たかったからですわ! それに……あなたが来てから一夏さんがあまり構ってくれませんし……ここで私がいかにすごいかを再確認させませんと……せっかくじゃんけんに勝ったのですからチャンスは有効に利用させていただきますわ」

 

途中からかなりぼそっと言っていたが、聞き逃す事なくそれは俺の耳に届いていた。

 

あぁ……そう言う事ね

 

俺という男という同性の友人が出来てしまったのだから、俺と一夏はよくつるんでいた。

そらこの女だらけの高校で男が二人でしかも気があったのだから、友人二人でつるんでいても不思議ではないだろう。

だがそれが我慢できなかったのが、専用機で接点が多かった彼女たちこと一夏ハーレム軍団のメンバーだろう。

ただ同姓というだけで無条件で一夏と自然につるむ事が出来るのだ。

鈍感朴念仁の一夏と異性である彼女たちが二人きり、もしくは一緒に行動するには結構な労力がいったのだろう。

俺としてはなるたけハーレム軍団の邪魔をしないように、放課後は自習室で勉強をしてできうる限り部屋にいないようにしたり、ハーレム軍団といるときはなるべく会話に参加しないように気をつけていたつもりだったのだが……どうやらまだ配慮が足りなかったようだ。

 

まぁ配慮だけでなく、俺があまり女性に強くないってのも大きな理由の一つだけど……

 

博愛主義者ではないので当然自分の理由によるところが大きいが……。

まぁ結果としてあまり意味をなしていなかったのだから今後はより一層注意が必要だろう。

じゃんけんで勝利となると他のメンバーも同じ気持ちを抱いていたらしい……。

 

反省しないとな……

 

人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死ねばいい

 

ちなみにこの言葉、他にも「人の恋路を邪魔するやつは犬に食われて死ねばいい」という別のパターンもあるらしい。

もともとの出典はなんかの小説らしいが……間違えてたらごめんよ。

 

「と、とにかく! あなたは私と全力で勝負すればいいのです!」

 

聞こえているのがばれたわけでもないだろうが、急に恥ずかしくなったのか金髪ロング娘が大声を出す。

個人的には不服だが、まぁある程度納得の出来る理由だったので、付き合うのもやぶさかではないだろう。

 

あくまでも……ある程度だがな……

 

心の底から湧き上がる感情を殺し、俺は打鉄に装備されている刀型近接ブレードを展開し、左腰の鞘から一息に抜き払った。

さすがにこれを見て、金髪ロング娘も俺がやる気になったのがわかったのだろう。

先ほどまで構えていなかった得物スターライトmkⅢを油断無く構えた。

 

「試合形式は?」

「通常通り、シールドエネルギーを0にした方が勝者、ですわ」

 

通常、といわれても俺はそこまでISに精通しているわけではないのだが……まぁそれを言うのは野暮ってものだろう。

それに単純明快なルールで実にありがたい。

俺は正眼に構えている近接ブレードを握る手に適度な力を加える。

相手が射撃型、というのが少々ネックだが、どうにか出来ないわけでもない。

 

そして何よりも……

 

先ほど金髪ロングはこう言った。

 

『織斑先生に直々に鍛えられているあなたの実力が見たくなったから』

 

……と。

つまりこの戦いで惨めに敗北すれば俺は織斑教官の顔に泥を塗る事になる。

俺自身が罵倒されるのならば、どんな罵詈雑言にも耐えよう。

 

……だが

 

俺ではない、他の……自分にとって大切な人が傷つくというのならばそれは全力で阻止しなければならない。

 

教官の名誉を護る(・・)ために……

 

ビー!

 

そうしていると、試合開始のブザーがアリーナに響き渡った。

俺は短く呼気を吐き捨てると、全身に力を込める。

 

門国護……参ります

 




ラノベ二十冊くらい積んでるんですけど・・・・・・


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VSセシリア

ピュン! ピュン!

 

セシリアが出て行ったピットの映像投射機から聞こえるセシリアの、ブルーティアーズの名前の由来になった自立機動兵器ブルーティアーズの銃口からいくつものレーザーが発射される。

俺が初めてISで戦闘したときのセシリアのビットによる攻撃の対策、反応が一番遠い角度を狙ってくるという弱点。

それが悔しかったのかそれをセシリアは完璧に克服しており、ビットの動きが以前よりもかなり精錬されていた。

以前よりも格段に腕が上がった。

であるにも関わらず、セシリアの攻撃は全く当たることなく、全て躱されていた。

 

「……すげぇ」

 

俺は思わず感嘆の溜め息と共にそんな言葉を漏らしていた。

護は宙に浮きながらも、まるでその足が見えない地面をしっかりと踏みしめているかのように動いていた。

動き方としては剣道の足運びが主体のようだが、それだけでなく他にも何か特殊な歩法を用いているような動きをしていた。

それが見事にセシリアの四機のブルーティアーズの攻撃を避けている。

戦闘開始からすでに五分。

五分とだけ聞けば短い時間だが、それが真剣勝負での経過時間であるならばそれは長時間といえなくもない。

そしてその長時間の間、護は未だに一撃も攻撃を食らっていなかった。

 

「……すさまじい腕だな。立ち振る舞いから出来る人だとは思っていたが……」

 

剣道の足運びがベースなので、そのすごさが一番わかっているのは俺と箒だった。

特に箒は中学での剣道全国大会覇者なので俺よりも護の技量がわかっているみたいだ。

食い入るようにして映像を見つめている。

 

「本当にすごいね。ビット四機、そしてセシリア自身の攻撃、計五つを全部紙一重で避けてる」

「特筆すべき点は門国が三次元機動じゃなく、二次元機動で攻撃を躱している点だ」

「そうね。あんな動きで三次元機動の攻撃を全て避けるなんて……私には無理かも」

 

シャルもラウラも鈴も、俺や箒と同じように画面に食いついている。

三次元機動っていうのは要するに立体的に動く事が出来る機動だ。

これに対して二次元機動は面的に動く機動の事。

一言で言えば三次元が飛行機の動き、二次元が車の動きというのがわかりやすいかもしれない。

三次元による立体機動、つまり上昇、下降が出来ない分、機動はかなり限定された動きになる。

しかしその二次元機動で、護は全ての攻撃を躱している。

セシリアの攻撃が多数であり、しかも三次元機動をしているにも関わらず。

しかも全てを見透かしたかのように紙一重で避けている。

これは無駄な動きを減らすためなのだろうが、それにしたって正確に躱しすぎだ。

確かにISの機能のおかげで自分の周りが三百六十度全方位が『見える』が、どうしたって生身の感覚に頼ってしまうのが人間だというもの。

なのに護はほぼ完璧に周囲の様子を把握していた。

背後からのレーザーも顔を後ろに向けるそぶりすら見せない。

レーザーと護との間には文字通り髪の毛一本分ほどの隙間しかないかもしれない。

 

「でも……なんで一度も攻撃しようとしないわけ?」

 

皆画面に注目している中、鈴が心底不思議そうにそんな言葉を口にした。

そう、鈴の言うとおり護は戦闘が開始してからの五分間、一度も攻撃しようという素振りを見せなかった。

 

いや、それどころか……

 

「接近すらしようとしていない……何を考えているんだ、あの男?」

 

同じ軍人として思うところがラウラにはあるのかもしれない。

その顔には若干怒りの感情が含まれていた。

そう、何故か接近すら試みず、ただただ、戦闘開始からその場で足運びのような動き方で攻撃を避けているだけだった。

確かに打鉄には刀型近接ブレードが基本装備として装備しているが……打鉄は俺のと違って拡張領域(バススロット)があるはずだから、他にも装備を量子変換(インストール)できるはずだ。

 

もしかして後付装備(イコライザ)が追加されていない?

 

拡張領域(バススロット)とは、ISに後付装備(イコライザ)を取り付けるための記憶領域といった感じの物で、この拡張領域(バススロット)に武器を量子変換(インストール)すれば様々な兵装を追加することが出来る。

俺のISの白式にはその拡張領域(バススロット)がない、というよりもすでに埋まっている。

埋まっているのは俺の白式には第一形態としては異例の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が発現しているからだ。

唯一仕様(ワンオフ)特殊才能(アビリティー)単一仕様能力(ワンオフアビリティー)

文字通り特殊な機能で俺のISだと零落白夜がそれに当たる。

零落白夜は自身のシールドエネルギーさえも使用して、バリア無効化攻撃で直接本体を攻撃する事の出来る超攻撃特化型。

しかし零落白夜自体がエネルギーをものすごく使用するのに、シールドエネルギーまで使うのだから文字通り一撃必殺を心がけて運用しないといけない。

 

話がそれたが、ともかく護の打鉄には単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が無いはずなのだから拡張領域(バスストッロ)があるはずなのに……。

この時点で未だに攻撃しないのだからほぼ間違いなく量子変換(インストール)していないんだろう。

ならば唯一の武器であるブレードで攻撃しなければいけないのだから接敵しないといけない。

俺の白式、鈴の甲龍といった接近戦特化型との試合であれば、俺らが接近戦を仕掛けたときにカウンターなどの攻撃、後の先を制する戦い方が出来なくもないが……。

しかし相手は中距離戦闘型のセシリアのブルーティアーズだ。

自分から近寄って攻撃する事などほとんど……いや、ないと言ってもいいくらいだ。

それは護もわかっているはずなのに……。

 

『ちょっとあなた!!』

 

さすがにセシリアも疑問に感じていたのか、攻撃の手を一旦停止して、大声を上げた。

 

『先ほどからちっとも攻撃してきませんけど、やる気があるのですか!? それとも私を侮辱してますの!?』

『……』

 

しかしそのセシリアの激昂にも護は完全に無言。

いや、ひょっとしたら聞いてすらいないのかもしれない。

明らかに攻撃を中止したセシリアに対して、一切意識を切らしていない。

 

何を考えているんだ、護?

 

そう思うが俺には何も出来ない、何も聞く事が出来ない。

ただ、俺はみんなと一緒に試合の成り行きを見守るしかなった。

 

 

 

何なんですの!? この人は……

 

私は相手の意味不明な行動にいらつきながらスターライトmkⅢのグリップを握りしめる。

目の前の相手、門国護のISは、私の五つの銃口から放たれる攻撃を全て躱していた。

それも恐ろしい事に二次元機動だけで……。

悔しいけれど、それだけで彼は私よりも機動に関しては上手である事を認めなければならない。

相手の門国護はマニュアル機体制御を完全に物にしている。

本来はオートで制御されている機体を自身で完全にマニュアルでの制御を行うのは、機体制御に攻撃や回避といって複数の事を同時に並行で処理しなければならないのでその分扱いが難しい。

それをわずか一週間足らずでその動きを完全に相手はマスターしていた。

いくら織斑先生の猛特訓があるといってもこの成長速度は異常だ。

それに私の攻撃が一撃たりとも命中していない事が、さらに私の心に焦りと、苛立ちを募らせていく。

しかもこの方……。

 

戦闘が始まってから全く攻撃の素振りを見せない

 

私のISであるブルーティアーズは中距離射撃型。

対して彼のISはガード型の接近戦仕様のIS。

まだ断言は出来ないけれどこの五分間で全く後付装備(イコライザ)を展開しないところを見ると基本装備のブレード以外に武装が無いはず。

なら接近してくるしか方法が無いというのに、この方……その素振りすら見せない。

 

本当に侮辱しているのかしら!?

 

対峙している相手の目を見れば侮辱などをしていない事はわかるのですけれど、さすがにここまで何もしてこないと邪推するのも無理からぬ事……。

だけど……それだけじゃないことはその目を見ればわかった……。

 

 

 

……すごい睨んでますわね

 

 

 

まるで仇を見るかのようなその憎悪と恐怖(・・)が見え隠れするその目が、決して私を侮っていることではないということを物語っている。

だけれども、こうも攻撃してこないと、どうもいらだちが募ってしまう。

 

なら攻撃をしなければいけない状況にして差し上げますわ!!!

 

私は警戒のために機動用に回していた腰に接続されているミサイルビットも攻撃に使用した。

 

二発のミサイルを先に発射し、動きを限定もしくは封じ、四機のビットで足止め、そして最後にスターライトmkⅢでの射撃で被弾させる。

この波状攻撃ならば相手も何かしらのアクションを行うはず。

 

「そろそろ、私とブルーティアーズの円舞曲(ワルツ)で踊っていただきますわよ!!!!」

 

その言葉と共に私はさきほど考えた攻撃を行う。

ミサイルビットを稼働させてミサイルを発射した。

それを避けるために試合開始から見せている、独特な機動で相手が避けるのを見計らい、レーザーによる牽制、足止めを行う。

そのはずだったのだけれど……。

 

「であっ!」

 

ミサイルが接近した瞬間に相手の纏う雰囲気が変わり、そんな呼気と共に相手がミサイルをブレードで真っ二つに切断した。

 

躱さない!? けれど!!!!

 

てっきり躱すかと思っていた私としては一瞬驚いてしまうけどそれも一瞬。

すぐに意識を集中してビットに射撃を命じた。

 

技後硬直で動けないはず!

 

武器を振るった直後というのはどうしたって体が固まり、動きが止まってしまう。

そのはずだった。

 

フォン

 

え?

 

そこで相手の機動に異変が生じた。

武器を振るった姿勢のまま、彼はなんと見えない地面を軸にして百八十度反転し、逆さまになってレーザーを回避したのだ。

 

ここに来て機動を変更した!?

 

先ほどとは比較にならない驚愕が私を襲ったけれど、相手は逆さまをやめて再び最初の位置に静止した。

回避のために三次元機動行った事に、戸惑いが生まれてしまう。

しかしその私の致命的ともいえる隙でさえも、相手は攻撃してこず、沈黙を保っていた。

 

この方……いったい……

 

「何をしている代表候補生。はやく撃墜しろ」

「え?」

 

突然の通信に私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

通信してきたのはアリーナの観戦席に現れた織斑先生だった。

 

「敵が攻撃してこないのならばさっさと撃墜しろ」

「で、でも織斑先生」

「でもではない。これがもしも実戦(・・・・・)だったならば増援(・・)がくる可能性だってあり得るのだぞ?」

「そ、それはそうですが……これはあくまで試合……」

「確かに試合だが、その考えが染みついてしまっては柔軟に考える事が出来なくなる。実戦では全てが未知数だ。相手が不可思議な動きをしていると言うだけで足踏みをしているようだと先が思いやられるぞ」

 

カチン

 

さすがの物言いに、私も少しいらだってしまう。

でも言っている事はもっともなので、私はすぐさま武器を握り直すと先ほどとは違う攻撃を仕掛けた。

それに織斑先生で思い出しましたが一夏さんに私のすごさを再確認させる大事な試合。

 

そうでしたわね、相手が誰であっても全力でたたきつぶすのみ!!

 

今度こそ私は全力を持って相手、門国さんを潰しにかかった。

 

 

 

 

 

 

後日、学園にこんな見出しの新聞がまき散らされる事になる。

 

噂の年上転校生、門国護VSイギリス代表候補生、セシリア・オルコット

 

試合時間約七分。

勝者、セシリア・オルコット……

 

 




一度も攻撃しようとしなかった、転校生門国の真意とは!?


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クラス対抗戦

『さぁ! やってまいりましたクラス対抗戦!』

 

そんなマイク越しの声がIS用のアリーナに響き渡る。

ある種の治外法権下になっているこのIS学園も、今日ばかりは外来の客人を多く招いており、そして生徒達も自分のクラスの子達を応援するのに必死だった。

 

『一ヶ月前のクラス対抗とは違い、今回はクラスのIS操縦成績優秀者二名がそれぞれのクラスの名誉のために必死になって戦います!』

 

それにしても随分と乗りのいい女の子である。

俺にインタビューしてきたときも結構なハイテンションだったが今はそれ以上だ。

 

まぁ今日はお祭りみたいなものだしな……

 

『司会はこの私、何故か抜擢された新聞部副部長の黛薫子がお送りさせていただきま~す! っていうか本当に何で新聞部の私が?』

 

確かに。

この場合生徒会とかそう言った偉い人間か、もしくは放送部とかそう言った類の人間だろうに……。

 

まぁ正直どうでもいい話なのだが

 

「しかし相変わらずすごいなこの状況。IS関係者のお偉いさんが大量に来てるぜ?」

「それはそうでしょうよ。前回の代表者とは違い、今回はそれ以外の成績優秀者の今後を決める重要な場なのよ? そらお国の人も企業関係者もなんとしても多くの優秀者を手に入れようと躍起にもなるわよ」

 

随分と丁寧にツインテールの中国娘が隣の一夏に説明している。

クラス対抗にでる子達もそうだが、企業や国の人間も必死になるだろう。

 

現行兵器を全て無に帰した道具、IS。

表向きは自国防衛用の拠点用兵器だが、そんなもの建前にしか過ぎない事は誰もがわかっている事だ。

この兵器を扱える人間が多ければ多いほど……ひどい言い方になるが換えが出来るのだ。

限られた数しかないISとはいえ、それでも操縦する人間がいなければ話にならない。

多くいて困る事はないだろう。

 

「関係者もそうだけどやっぱり本人達が一番緊張してるんじゃないかな? こうした大きな場に出るのは初めてだろうし……」

「確かにそうかもしれませんがIS操縦者ともなればこれくらいの緊張など何とも思わないようにならないと、後々になって自分が困ってしまいますわ」

 

金髪コンビが自分の考えを口にする。

ツインテール、金髪コンビ、そして銀髪ちびっ子に、大和撫子の剣道娘を加えた五人が、俺の友人、織斑一夏にいつもくっついている女の子達だ。

 

「セシリアの言うとおりなのかもしれないけど、やっぱりこんな状況は緊張するって。クラスの子が出番になったら応援しないとな。な、護?」

 

そこで俺に話を振らないでくれよ……

 

本人としては仲間はずれになってしまっている俺を気遣ってくれたのか……単に俺に話しかけただけなのか……まぁ半々だろう。

案の定、五人の女の子達の目線による攻撃を俺は受ける。

すでに一ヶ月近くこの環境で生活しているので若干慣れはしたが、やはりきついものはきつかった。

特に金髪ロング娘のセシリア。

先日の勝負のことがいまだに納得できていないのか、目には呪詛にも似た何かが込められており、その目で俺を睨んでくる。

 

まだ引きずっているのか?

 

俺が負けたのは事実だし、俺が本気で戦っていたのは本当なんだが……本人が納得していなのであればしょうがないだろう。

納得してくれるまで気長に待とう。

 

「俺から言わせたらどっちの意見も真実だって事ぐらいしか言えないよ」

 

俺はセシリアの目から意識をそらしつつ、わざと大げさに肩をすくめてそう返した。

こんな状況で緊張するのも、このくらいの緊張なぞ平気にならなければいけない。

どちらもその通りなので俺はどちらの意見にも賛同しなかった。

 

「なんだよノリが悪いなぁ。せっかくのお祭りなんだし、楽しもうぜ」

「言っていることはもっともだが、自分の意見というのがないのか? 貴様は」

 

一夏に続いて口を開いたのは、銀髪眼帯ちび娘のラウラ・ボーデヴィッヒだった。

これは一夏に聞いた話だが、先日の試合でもっとも俺に対して激怒していたのはこの銀髪眼帯ちび娘のラウラさんらしい。

何でも一度も攻撃しようとしなかったことがよほど頭にきたらしい。

あの日以来、俺の事がよほど気に入らないらしく、ほとんど話す事もなく、話しても今のようにすごく好戦的な事しか言ってこない。

他の子達もある程度銀髪ちび娘と同感らしく、目線が結構きつかったりする。

 

「まぁ確かにその通りなのだが……」

 

自衛隊と違い、ある意味で本物の軍人である少女に睨まれたら普通に怖い。

しかもこの場にいる人間で仲間なのは一夏くらいだ。

それらがあるために、俺としてはそこまで楽しめないのが本心だった。

 

気、気が重すぎる……

 

正直今すぐ寮に帰って寝ていたいぐらいだがそういうわけにも行かなかった。

 

二ヶ月前の五月に行われたクラス対抗に乱入してきた謎の無人機IS。

俺が実際に見る事はかなわなかったが、教官が特別に俺に見せてくれたあの無人機。

今回も同じように襲撃してくる可能性がある以上、ある程度の危機意識を持ち得ていないと危ない。

前回と違い、アリーナにはすでに三年の精鋭による何機かのISがすでにスタンバイしており、また校内の警備体制も万全で、教師と今日のために呼んだ警備員が巡回している。

一応警戒体制としてはまぁ順当というよりも結構な厳戒態勢だ。

 

だが安心してはいけないだろう……

 

それが俺の偽れざる気持ちだ。

だからこうして普段ならば一夏ハーレム軍団の重圧に耐えきれずに逃げるところを必死に耐えて、こうしてピットで一緒にいるのだから。

 

まぁ正式な専用機持ち五人相手に突っかかってくる相手はそういないだろうが……

 

一夏の白式、金髪ロングのBT(ブルーティアーズ)、ツインテールの甲龍、金髪セミロングのリヴァイブ、銀髪ちびっ娘のシュヴァルツェア・レーゲン。

唯一撫子ポニーだけが専用機を持っていないのでISの戦闘能力としては換算できないが、足運びや一夏の会話から推察するに、彼女は相当できる人間だ。

剣道の全国大会覇者であれば対人戦闘でもそこそこの役には立つだろう。

 

……狙っていないのだろうがすごい軍勢だな

 

織斑一夏と言う人間を核に、世にも恐ろしい軍隊が出来ているのが純粋にすごいと思った。

 

 

 

『さ~て、成績優秀者のクラス対抗も終わり、午後の部はクラス代表者のクラス対抗へと移行します! 皆さん、お昼ご飯をしっかり食べて午後の試合に集中しましょう』

 

作者の都合であっさりと終わる午前の部である成績優秀者でのクラス対抗。

ウチのクラスは三位だった。

さすがに代表候補生が数名いるだけあってその成績はなかなかのものだった。

 

「やった!! これで織斑君とデートしてもらえる!」

「え!? うっそ何それ!? 聞いてないよ!?」

「上位三位までに入れば、織斑君とデート権を与えられるのだ!」

「え~! ずるい!」

 

……どうやら純粋に頑張っていたのではなく、景品(一夏とデート)という景品があったみたいだ。

 

やれやれ……学校とはいえあまりにも弛緩しているなぁ……

 

前にも思った事だが如何せんここは空気が緩い。

まぁ青春真っ盛りの女子ばかりだから当然だし、しかもここは事実上日本だ。

日本は基本的に平和な国なので仕方のない側面もあるだろう。

 

まぁそれらの人民を守るのが……(自衛隊)の役割な訳ですが……

 

トイレに行くと言ってピットの一夏達から抜け出てきた俺は、自室へと急ぐ。

今日はクラス対抗の応援のために、ほとんどの人間が出払っているために、寮はとても静かだった。

 

何とかして隠し通していたがその甲斐はあったかな?

 

俺は自室へと入ると、机の引き出しの奥の方にしまわれている、秘密兵器を取り出した。

 

自衛隊で支給されたグロック26。

小型サイズでありながらメインウェポンとしても十分に通用する威力を有している。

そして超小型録音機と同じく小型ビデオカメラだ。

小型録音機は消しゴムほどの大きさしかなく、ビデオカメラの方は眼鏡に仕込めるほどの小型サイズだ。

 

俺は眼鏡を装備していないのでシャツの襟にどうにかして隠し、ばれないように撮影が出来るような状態へとする。

録音機は胸ポケットの中に入れる。

拳銃はアンクルホルスター……ズボンの袖付近に装備するためのホルスター。ズボンの袖をまくると拳銃が見える……に入れる事で比較的に目立たないようにする。

 

今が夏でなく、上着を着る季節だったらショルダーホルスターでグロック17Lを装備できたのだが……

 

総弾数、威力共に高いいつもの愛用拳銃を装備できないのが若干怖いが、まぁそこらは我慢するしかないだろう。

念のために小型のナイフをポケットの中に忍ばせておいて、武器の装備は終わった。

 

では行くとしようか……

 

装備を全身に装備して、俺は軍人たる俺へと変貌する。

寮に人が残っていなかったのは幸いだった。

軍人モードになっている俺の姿を余り見られたくないからだ。

 

目指すは……学園のモニュメント

 

俺が向かう先はIS学園の……モニュメントなのかどうかは謎だが……ともかく学園の一番高いところに位置する塔のようなところだ。

モニュメントというだけあってたいした機能や設備があるわけではないが……ここで重要なのはそこが学園でもっとも高い位置(・・・・)に位置しているという事だ。

 

俺ならば……あそこに張り込むだろう

 

もしも……仮にだが、もしも今回も前回同様に謎の組織の襲撃があるとするならば、前回とは違い少しは作戦を見直してくるはずだ。

前回の襲撃は無人機のISの特攻で終わったらしいが、今回も同じ事をして貴重なコアを失うようなバカはしないだろう。

ならば今回は有人機の使用か、もしくは無人機を囮にして別の部隊での記録収集を行うだろうと俺は睨んだのだ。

 

そしてこの学園を見渡せる位置はあのモニュメントのみ

 

モニュメントとはいえ、一応清掃や航空障害灯取り替えのための小型の部屋とそこに行くための通路があるので人が忍び込む事も可能なのだ。

アリーナは人で一杯だし、仮に襲撃が起きた場合観戦室はシャッターで覆われて撮影は不可能。

校内は警備員の巡回で変な機材を持っていれば連行されてしまう。

そこでモニュメントならば基本的に人が来ない上に、有人による記録収集ならば、そこがある意味で適している位置にある。

これから代表者によるクラス対抗が行われるのならば、いる可能性は高い。

 

一夏の警護はハーレム軍団に任せればいい

 

ハーレム軍団も今回のクラス対抗戦で何かが起きてもいいように常に一夏のそばにいた。

さすが現役軍人の銀髪ちびっ娘がいるだけある。

ので俺は一夏の護衛を放棄して敵の足取りを掴むための行動を起こそうと部屋を出てモニュメントへと向かおうと歩き出したその時だった。

 

ザワッ!

 

後ろから猛烈な殺意と共に、それを乗せた何かが俺の背中に迫ってきたのは。

 

チィッ!

 

反転し、後ろから伸びてきた殺気を乗せた手を掴もうとするが、手を払われた。

 

!? 出来る!?

 

俺の拘束から逃れられるとは……。

何度か互いに手を掴もうとして払い、また、敵の攻撃の足による攻撃等も避け、払って、俺は距離を取った。

 

「あらら。残念」

 

ちっとも残念そうに思えない言葉が俺の耳に届いた。

 

「怪しい人間が寮内をうろついていたから捕らえてあげようと思ったのに簡単には捕まえられそうにないか……」

 

他の子よりも落ち着いた声。

言葉に端々に楽しさがにじみ出ており、今にも笑いそうなほど陽気に満ちている。

まるで悪戯をしている子供のようだ。

その子供は手に持っている扇子をパンッ! と澄んだ綺麗な音を響かせながら開くと、扇子には『痴漢撃退!』と偉く達筆に書かれていた。

 

俺がいつ痴漢になった?

 

リボンの色は二年生。

余裕ある態度、人を落ち着かせるような雰囲気を全身から醸しだし、顔は笑みを浮かべているが、それには若干の造られた観があった。

無論若干であって普通の人ならば気づけないだろう。

だが、そう言った彼女の容姿は俺にとってはどうでもよかった。

 

「お久しぶりね、門国さん」

 

満面の笑みで俺にそう言ってくる女の子。

その子は決して表に出る事はない、対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主……。

 

 

「更識楯無……」

 




メインヒロイン登場~

がんばれ! おにいちゃんっ娘!


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敵組織

「更識楯無……」

 

殺気を感じて振り向いたその先には、扇子を広げて優雅に佇む、知り合いの女性がそこにいた。

 

「え~呼び捨て? お姉さんちょっとショック」

 

からからと笑いながらそんな事を目の前の女子は言ってくる。

先ほど開いた扇子で口元を隠しているので表情がよく読めないが、笑っている事だけは確かだろう。

 

「……名家とも言える更識家の今代当主が、没落した門国に何のようだ?」

「あらら警戒してる? 以前みたいに幼名で呼んでくれるとお姉さん嬉しいな」

 

名家として発展する、更識。

それに対し、父が死に没落の一途をたどる門国。

裏の組織の一つとして活動していた頃に知り合った年下の女の子だ。

父が死ぬ前、つまりまだそこそこの力を持っていた頃はまだ会う機会も多少はあったが、それでも父が死に、裏の組織として機能しなくなってしまってからは会っていなかった。

別に没落する事自体、俺自身は何とも思っていなかった。

普通の生活は出来ているのだし、それに使いこなせない(権力)など持っていたところで無駄な事だ。

 

「抜かせ。幼名で呼んでいた頃は遙か昔の話だろう」

「遙か昔って……たった十年くらい前じゃない。寂しいなぁ……」

「……ならもう少し寂しそうにしたらどうだ?」

 

寂しいと言っておきながらその態度に寂しさなど微塵も見られない。

まぁ対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主ならば感情を隠すなど朝飯前だろう。

 

「俺がここにいる理由は知っているだろう? お前がいると知らなかったから情報操作も何もしていないしな」

 

まぁ仮に知っていたとしても情報操作など何もしなかっただろう。

したところで何の意味もない。

それになりより面倒くさい。

 

「あれ? 私がいるって知ってて来てくれたんじゃないの?」

「……あまり冗談ばかり言っていると怒るぞ?」

「本気で言ってるのに~」

 

先ほど同様、笑いながらそう話してくる。

感情を読ませないためか、自然に笑っているようにみえるが、実際は違う。

昔の笑顔を知っているのならばそれが貼り付けられた笑顔だというのがわかる。

 

だが知らなかったら見分けがつかないな。さすがこの年で当主になるだけはある

 

その仕草や振る舞いが一般レベル以上の領域に達しているのに素直に感心してしまう。

 

「まぁ半分は冗談として……」

 

……もう半分は何だよ?

 

「一応生徒会長として言わせてもらうんだけど、門国さん? あんまり危ない物装備して寮内をうろついて欲しくないんだけど?」

 

そう言って開いた扇子で俺の足下を差す。

若干服が起伏しているのは確かだが、それでも人間というのは顔付近を注視して生きる生物だ。

足首に装備されている装備を一瞬で見抜くのは観察眼がある証拠だ。

 

ほう、服の起伏だけで俺が装備しているのを見抜いたか。っていうか生徒会長なのか?

 

意外なその立場に若干面を喰らってしまうが、だがしかしそれで時間を使っている場合でもない。

俺は気を引き締めると更識に向かってこう言った。

 

「気づいていないわけではあるまい? この雰囲気に」

 

さすがにこの台詞で相手もからかうのをやめて笑みを引っ込めて真剣な表情になる。

 

「どう動くつもり?」

「敵の狙いは間違いなく一夏のデータだ。そして俺の勘だが、今回は無人機以外にも、人員も動員しての作戦を決行するだろう。俺はその人員が隠れているであろう場所に向かい制圧を行う」

 

前回の無人機での失敗から敵としても同じ轍を踏みたいとは思わないだろう。

ならば人を使うのだが妥当といえる。

 

「……信じていいの?」

「仕事で来ているから安し……」

 

ズズン

 

そうして廊下でにらみ合っていると、大きな音と共に振動が寮の廊下を伝い、俺たちに届く。

その瞬間に走り出していた。

 

「予想よりも早い」

「やるね、敵も。この警備体制のIS学園に本当に襲撃してくるなんて」

 

そう言いながら手元に立体ディスプレイを展開し、情報を把握しながら俺に併走してくる。

どうやら大分手練を積んできたようだ。

 

やるな……

 

素直に更識に感心してしまう。

幼少の頃からずば抜けていたが、今でもそれは健在なようだ。

 

……感心している場合でもないか

 

いったん目をつぶって俺は意識を切り替えた。

更識の言うとおり、前回の襲撃を考慮し備えていたこの学園に襲撃を再び仕掛けられるとは……。

相手も相当な規模の組織なのは間違いないだろう。

 

「では先ほど言ったように俺は敵が潜んでいるであろう場所へと向かう」

「わかったわ。私は生徒会と生徒の指揮に当たるわ」

 

二人で併走しながら会議を終える。

そうしてちょうどアリーナと俺の目的地への分かれ道へとさしかかり、それぞれ別々の道へと進む。

 

「……また後で会いましょ」

 

その時、更識が何の偽りもない、本心をぼそりと呟いた。

俺は走りながら咄嗟に振り向いてしまうが、その時にはすでに更識は曲がっており、真意を問いただす事は出来ない距離へと遠ざかっていた。

 

「……気が向いたらな」

 

届かないとわかりきっていたがそれでも俺は礼儀として返事をする。

意識を切り替えると、俺は前を見据えて足音をほとんど立てずに先へと急いだ。

 

 

 

面倒な任務だ

 

私は装内心で愚痴りながら隠し持っていたISに使われているセンサーカメラを起動させる。

昔からアナログな物ほど複製が困難で証拠も残りにくいが、その分足をつけられやすい。

それに今回撮影するのはISだ。

普通のカメラでは撮影する事すら出来ないだろう。

だからこうして面倒だがIS企業の渉外として今日忍び込んだのだ。

 

お~だいぶ混乱しているな

 

私はここからカメラ越しに見える、アリーナの様子を見てそう内心呟いた。

騒ぎが起きて我先にと逃げ出す政府関係者に企業関係者。

そして平和にどっぷりと浸かっていて、悲鳴を上げるくそガキども。

どれも見ても反吐がでるほどに腹が立つ。

 

……くずどもが

 

心で罵倒しながら私はカメラをアリーナ中央、今回の目標である織斑一夏のISへと向ける。

とその時、違和感を覚えた。

 

……五機?

 

今回の目標である織斑一夏と親しいのは全部で六人。

織斑一夏の白式、イギリス代表候補生BT(ブルーティアーズ)、中国代表候補生の甲龍、フランス代表候補生のリヴァイブ、ドイツ代表候補生のシュヴァルツェア・レーゲン。

日本の女は専用機を持っていないので除外。

最後に最近転校してきて自衛隊に所属している……

 

「動くな」

 

チャキ

 

安全装置(セーフティー)が解除される音が後ろで響く。

耳に聞こえたその音は、間違いなく本物であった。

 

「両手を挙げてゆっくりと振り向け。変な挙動をすれば警告なしで発砲するぞ?」

 

言われたとおりに私はゆっくりと両手を挙げて後ろを振り向いた。

そこにはナイフを左手で逆手に握り、それを前に突き出して左手首で拳銃の銃床を固定してこちらを睨みつけている男がいた。

 

「門国護」

 

 

 

まさか本当にいるとはな……

 

残念なことに俺の勘が的中して心の中で溜息を漏らす。

無論いることを想定して動いていたのでいるのは構わないし、逆に予想とは違う場所で活動された方が厄介なのだが……いない方がいいことに代わりはない。

 

一夏の方は?

 

それとなく気づかれないようにアリーナの方へ眼を向けると、どうやらこの前教官に見せていただいた敵無人機のISが複数体、アリーナのシールドを突き破って侵入したようだ。

だが一夏を初めハーレム軍団に、教師陣の防衛部隊も出陣しているのでそこまで大事にはなりそうにない。

そのことに安堵しつつ、俺は眼前の敵を見据える。

教官と同じようにスーツを着用しており、擬態用の名札には企業の名前と偽名が記されていた。

 

「予想外だ。まさか織斑のガキの護衛を放りだし……」

 

パン

 

「余計なことは話さなくていい」

 

余裕たっぷりに話しかけてくる相手の出鼻をくじくため、俺はあえて高圧的に威嚇射撃を敢行した。

相手はその俺の動作に驚いているのか、最初はきょとんとしていたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。

 

「意外だな? 専守防衛の自衛隊が随分と過激なことを」

「今は一時的に自衛隊に所属していない。おとなしく投降しろ」

 

狙いを定め直して、威嚇を行いゆっくりと近寄っていく。

しかしそれでも相手は余裕ある態度を崩さなかった。

 

「そっちがその気ならこっちも存分に……殺せるってもんだ!」

 

ゾクッ

 

その声と共に、俺は左の方から何かを感じて咄嗟に膝を折って故意に態勢を崩した。

 

ピュン!

 

レーザー兵器!?

 

一瞬前まで俺の頭があった場所に、蒼いレーザーが飛来し、モニュメントを穿った。

後方支援(バックアップ)があることは予想していたがそれがまさかISで、しかも一切のためらいも躊躇もせずに殺してきたことに少し呆気に取られた。

しかも崩すときに咄嗟に殺気を感じた方へ視線を投じたが、少なくとも俺の普通の視力では特に変な物は見あたらなかった。

となると遠距離からの攻撃という可能性が高い。

光学迷彩を使用してすぐ傍にいるのかもしれないが、それならば直接援護に来るはずだし、光学迷彩はエネルギーを消耗しやすいので長時間使用することも出来ない。

 

「はっ!? よく避けたな! ならこれはどうだ!?」

 

態勢を崩している俺の耳にそんな言葉と共に、相手の右手が発光し、装甲で覆われたのが見えた。

 

ISの部分展開!?

 

展開と同時に何かを投げる動作を見せた相手の弾道を予測し、咄嗟に回避したつもりだったのだが、それは予想外にも鞭のようにしなり、俺の体に巻き付き……。

 

バババババ

 

「っが!?」

「どうだ? 電気ショックの味は!!」

 

巻き付いたと同時にそれは放電し、俺の体を痛めつける。

しかもこの攻撃、俺が所持しているカメラや録音機を破壊することもかねた攻撃だ。

出力が弱めなのは……おそらくほとんど部分展開をしていない影響だろう。

 

「あばよ!」

 

糸を切り捨てて、女はそのままモニュメントから飛び降りて逃げだそうとする。

だがそのまま逃がすつもりなど俺にも毛頭無い!

 

「させるか!」

 

俺は飛びそうになる意識を必死につなぎ止めて、どうにか右腕を巻き付かれた糸から抜き出し、グロック26を連続で発砲した。

 

パンパン! バキャ!

 

「何!?」

 

どうにかして飛び終える前に敵が持っていた記録装置を破壊することに成功した。

敵がISを所持していることを確認できた時点で殺すことはないとわかったので、どうにか冷静に攻撃することが出来た。

 

「ちっ!」

 

多少驚きつつもすぐに動揺を抑えて、敵は空へと舞い降りてISを展開して一瞬光ると、すぐに姿を消してしまった。

恐らく光学迷彩を使用したのだろう。

これでは肉眼では絶対に見ることは出来ない。

 

他に敵は?

 

モニュメントの足場に体を伏せながら、俺はしばらくの間身を隠して、周囲を警戒する。

が、特に何も起きなかったことから、俺はゆっくりと立ち上がって、下のアリーナの様子をうかがった。

どうやら撤退命令が出たらしく、先ほど俺の頭を射撃したレーザーと同じと思われる攻撃が、遠距離から飛来し無人機の撤退を援護していた。

ここから見える限りでは一夏達のISにも被弾し損傷した箇所は見られず、それを装着してる本人達も無事だ。

それを確認して俺はようやく張り詰めていた糸をほぐした。

 

危なかった……

 

まさかあそこまで容赦なく殺しにかかってくるとは思わなかった。

咄嗟に避けられたからよかったものの、敵に奪われることを想定して守鉄は自室に保管してきたので、仮に当たっていたら俺の頭は綺麗に灼き穿たれてお陀仏していたところだった。

 

寿命が縮んだな……

 

俺は薬室に送り込まれている弾薬を静かに抜き、弾倉も外して安全装置を施錠した。

今回の戦闘ではどちらも損も得もしない、痛み分けになっただろう。

唯一の気がかりの遠距離射撃型のISも、アリーナにはシールド張り巡らされてるので、そう簡単にそれの内部を撮影することは出来ないので、まぁ気に病むことはないだろう。

 

「動かないでください!」

 

そうして俺がとりあえず生きていることを実感しながら分析していると、複数のISが俺のいるモニュメントへと飛来してきて、銃を一斉に構えた。

当然やり合うつもりは無いので、俺はすぐに拳銃をトリガーガードに人差し指を通して宙に浮かすと両手を挙げた。

量産型ISのラファールに搭乗し、俺に銃を向けてきているうちの一人はなんと山田先生だった。

いつものほわほやな雰囲気は微塵もなく、厳しい表情で俺に狙いを定めている。

 

「こんなところで一体何を……って門国さん!?」

「お疲れ様です、山田先生」

 

俺のことを認識すると、山田先生の凛々しいとも言える雰囲気が霧散し、いつもの優しい山田先生になってしまう。

周りの生徒達も俺の顔は知っていたようで戸惑っている様子だった。

 

凛々しい山田先生もかっこいいが、やはり山田先生は柔らかい雰囲気の方が合っているな……

 

「ど、どうしてこんな所に?」

「拘束し、尋問していただいても構いません。抵抗はしません。なので出来れば銃をおろしていただけないでしょうか?」

「あっ!! すみません」

 

俺の言葉でようやく俺に向けられたままだったIS装備の五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』をおろしてくれた。

生徒も同じ装備を使用して俺に照準を向けていたので生きた心地がしなかった。

 

あ~怖かった

 

「そ、それでは……心苦しいですけど拘束させていただきます」

 

こほんと、咳払いをしてから生徒達に指揮をする。

生徒の一人が装備を全て差し出して欲しいと言われ、俺はそれに素直に従って、全ての装備を手渡した。

そしてその後、俺は山田先生を先頭に、二機のISに尋問室へと運ばれた。

 

 

 

「つまり、午後の部が始まる前に寮へと戻った貴様は、自衛隊で支給されていた装備を取りに行き、敵が潜んでいるであろう場所へ赴き敵を発見。拘束しようとしたが敵の援護でそれは不可能になり、逃してしまったと」

 

学園にある灰色で統一された部屋で俺は、イスに腰掛けてその向かい側に教官が、そして出入り口に山田先生が控えている状態で、尋問を受けていた。

 

「はっ。その通りです。残念ながら敵の攻撃によって、カメラと録音機が破壊されてしまい、決定的に身を潔白する物はありませんが、敵が襲撃を仕掛けたその時、生徒会長である更識楯無と寮の廊下でいましたので彼女が一応私の無実を証明してくれるかと」

「安心しろ。別に貴様自体は疑っていない」

「恐縮です」

「貴様自体は嫌疑していないが……貴様が装備していた武器、あれに関してはさすがに見過ごせんぞ?」

「申し訳ありません」

 

疑われてはいないようだが、俺は主に装備の件でもの凄く怒られてしまった。

別に没収といった罰則はないみたいだが。

だが保管は厳重にするようにと、釘は刺された。

 

「しかし敵を撮影したカメラが破壊されたのは痛いな」

「そうですね。結局何の手がかりも掴むことが出来ませんでしたし」

 

俺の所持品のカメラと録音機を見ながら、教官と山田先生が共に深い溜息を吐いた。

先生方の方でも動いていたらしいが、あいにく相手の尻尾すら掴むことが出来なかったらしい。

 

「まぁいい。過ぎたことだ。無事で何よりだったが、今後独断行動を控えるように」

「はっ。ところで織斑先生? 他に被害は? それと一夏は?」

「安心しろ。被害といえばシールドが破壊されて、貴様がいたモニュメントが若干破損したくらいだ」

 

どうやら本当に痛み分けのようだ。

その後俺は退室を言い渡され、ドアを開けてくれた山田先生も礼を言って、尋問室を後にした。

こうして二回目のクラス対抗戦は、波乱に満ちたまま終えたのであった。

 

 

 

「結局、相手は一体何がしたいんでしょうか?」

 

私は、門国さんが尋問室を出て、しばらくした後ドアを閉めて、イスに腰掛けている織斑先生へと声を掛けてみた。

 

「わからんよ。一夏のデータが欲しいのはわかったが、それを何に利用するのか……」

 

実際わからないことだらけだった。

ISを無人機仕様に変える技術力。

そしてそれらを用いての学園の襲撃。

何を目的としているのか全くわからなかった。

 

「ところで山田君?」

「はい?」

「あいつが装備していた物品はこれで全部か?」

 

織斑先生が机に置かれている、門国さんから預かっている装備品の品を指さしながらそう口にした。

 

「えぇ。私が見つけたときも何かを隠しているような怪しい素振りは見られませんでしたし、多分それで全部かと……」

「……あの馬鹿者が」

 

織斑先生が怒りながら小さくそうつぶやいていた。

でも何のことだかわからない私には、どうして織斑先生が怒り出したのか不思議だった。

 

「ど、どうしたんですか? 織斑先生?」

「いや……あのバカにあきれ果てているだけだ」

「??」

「あいつのISがここにない。つまりあいつはISを装備しないで独断行動を行ったと言うことだ……」

 

頭に?マークを浮かべている私に、織斑先生はそう教えてくれた。

 

えっと……門国さんのISの待機状態は確か手甲グローブでしたよね?

 

門国さんが専用機として使用しているIS打鉄の待機状態は手の甲を覆うようなグローブ。

でも彼が差し出した装備品の中には確かにそれが無い。

ということはその独断行動の時に外していたと言うことで……

 

……あっ!?

 

そこでようやく私は気づいた。

つまり彼はISによる襲撃の対策行動を、ISなし(・・・・)で対応に当たったと言うことで……。

 

「これは灸を据える必要があるなあの大馬鹿物には……」

 

苛立ちながら織斑先生が立ち上がると、私の方に見向きもしないで尋問室を出て行ってしまう。

 

「ま、待ってください」

 

織斑先生の怒りに恐怖しつつ私もその後を追うのだった。

 

 

 




ちなみに、自衛隊で採用されている拳銃は本来

9mm拳銃(9ミリけんじゅう)

というもので一個人の自衛官がグロック系列の拳銃をもてるのかどうかと言われたら・・・・・・おそらく無理かと思いますwww

けどグロック系列が好きなもので・・・・・・
そこらはつっこまないでくれるとうれしいですw


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ストーカー疑惑

「んしょ……重い」

 

放課後。

私は溜まった書類の整備を行ってそれが終わり、古い書類を職員室から少し遠くの方にある、書類保管庫に運んでいた。

体の前で抱えた書類は膨大な量で、正直私の力ではつらい分量だったのだけれど、他の先生も仕事をしているのに手伝ってもらうのは心苦しかったので一人で運ぶ事にしたのだけれど。

元々あまり力のない私にはやっぱり荷が重かったみたいで、ふらふらと安定しない持ち方をしてしまっていた。

それでも頑張って私は書類保管庫へと向かっていく。

 

その時、私は眼前の荷物に気を取られて気づかなかった。

私のすぐ後ろに、ぴったりとつかず離れずについてきている人がいる事に……。

 

 

 

私、新聞部黛薫子は、生徒のみんなに新鮮なニュースをお届けするのを生き甲斐としている。

将来はISを用いての報道活動をしてみたいと夢見ているため、日夜情報収集を欠かさない。

そしてそんな中、私は余りにも驚くべき情報(うわさ)を入手し、その人たちと秘密裏に接触し、独自に情報を入手する事に成功した。

 

 

証言1 

なんか遠くて見えにくかったんですけど……少し遠くから本当につかず離れずでヤマピーの後をつけてました。

 

証言2 

そうそう。しかもヤマヤマ結構な荷物持っててつらそうだったのに持ってあげようともしてなかったよ。あれ絶対ストーカー行為だって!

 

証言3 

山田先生が資料室に入って、そのまま通り過ぎるのかと思ったけど、あの人少し先の廊下で待機してて、ヤマピーがまた外に出たらまた後をつけてて……

 

証言4 

うん、私も見た。しかも歩き方がなんていうの……足音なんてほとんどしなかったし、ヤマチャン全然気づいてなかった。あれはもう間違いなくプロだよ。ストーカーの

 

 

驚くべき証言が、情報提供者から寄せられてくる。

これはもはやストーカーは確定なのか!?

しかしこんな噂はまだ序の口だった。

次の証言でもはや確定してしまったと言っても過言ではないくらいに決定的な情報を私は入手した。

 

 

証言5 

私、その日別棟の上の階に用があって、階段を下っていたの。そうしたら山田先生の悲鳴が聞こえて、それから大きな音がしたから慌てて階段を下ったんだけど……そこには……階段の途中で……後ろから……

 

 

 

ピピピピ

 

う、うぅん……

 

起きる時間を告げる目覚ましが、部屋に鳴り響いて俺は眠気をどうにか吹き飛ばして、もそもそと動いて目覚ましを止めた。

 

「ふわぁ~~~あ。もう朝かぁ……」

 

誰もいない部屋で、俺は背伸びをして眠気を覚ます。

いつものように護は先に行ったみたいで、すでにベッドはもぬけの殻だった。

 

すごいな……護は

 

確かに俺よりも年上だけど、俺よりもずっと体力があるし毎日の朝の修行もこなして、しかも俺たちが普通の勉強をしているときは千冬姉の特訓。

はっきりってどうしてそこまで体が持つのか不思議でしょうがない。

 

俺も見習わないとな

 

とりあえず俺は寝間着から制服に着替える。

いつも通りの時間に起きたので慌てるような時間でも無いんだけれど、それでものんびりしているほど時間はない。

 

コンコン

 

「一夏? 起きているか?」

「お、箒か? 入っていいぜ」

 

ガチャ

 

俺の声に反応して入ってきたのは俺のファースト幼なじみ、篠ノ之箒だった。

今時の子にしては珍しく髪の色を全く染めていない黒髪を後ろで一つに束ねて姿勢もピンとしていた。

 

どうでもいいけど……髪の毛束ねてるのが箒で、束さんは全く束ねてないよな……

 

箒のトレードマークとも言えるその黒髪を頭の高い位置で束ねたポニーテール。

それに対して、束さんは髪型には無頓着(髪型だけじゃなく服装とかそう言うのほとんど気にしないひとだけど)でのばし放題のストレート。

うむ、これは改名をした方がいいかもしれない。

それなら髪型だけで見分ける事が出来る。

 

束さんが束ねて、箒は束ねない。うん、これで万事かいけ……

 

ボッ!!!

 

うぉっ!?

 

考え事をしていたら、問答無用の容赦なしで箒が突然俺に手刀を突き出してきた。

俺はそれをどうにかして回避する。

 

「な、なんだよ箒」

「いま、失礼な事を考えていただろう?」

 

うげッ!? なんでわかる!?

 

千冬姉もそうだけど、どうして俺の考える事がわかるんだ?

みんなしてエスパーにでもなったのか?

 

いやここは逆説的に俺がサトラレに……

 

スパン!

 

「馬鹿な事考えてないでさっさと食事に行くぞ」

「……はい」

 

箒の張り手を喰らって、俺はすごすごと部屋を出て食堂へと向かう。

それにしてもどうして俺の考える事はばれるんだろうか?

 

「一夏、おはよ」

「遅いぞ一夏」

「お、シャルにラウラ。お早う。早い……ってラウラ」

 

食堂へと向かうとすでにシャルとラウラがテーブルに座って食事をしていた。

それはいい。

朝食を食べないのはよくない。

朝飯は重要な食事といえる。

朝飯を食べなければ頭が起きないし体も活動を始めない。

だからご飯を食べるのはとてもいい事なんだけど……。

 

「朝からステーキ?」

「ん? 何だ一夏? 何か問題でもあるか? 朝に一番食べる方が体の稼働効率がいいんだぞ? それにこれを教えてくれたのはお前だろう?」

「いや、それは知ってるし、俺が教えたのも事実だけどさ……。もたれないのか?」

「一夏もそう思う? 僕も結構心配なんだけど……」

「問題ない。食事できるという事自体がありがたい話なんだぞ?」

 

その通りだ。

ラウラいい事言うな。

 

「一夏! 早く食べないと遅刻するぞ!」

「お、おぉ? そうだな」

 

何でか知らないが、怒り出した箒に賛同しつつ、俺は話の流れからラウラの隣に座り、朝飯のとろろ定食を口にする。

 

「号外! 号外!!!」

 

そうして朝飯を食して、トレーを下げた後に出口へと向かうと、なんかえらく興奮した口調で大声を上げて紙をばらまいている女子がいた。

 

「号外?」

「何だろうね?」

「騒々しいな」

「……何を配っているんだあれは?」

 

口々にそう自分の思った事を口にする。

少し距離があるためにばらまいている物の内容は見えないが、それを拾った女子生徒は驚愕の声を上げている。

 

何なんだろう?

 

「一夏さん!」

「ちょっと一夏!!!」

 

そうしていると、紙が舞っている辺りから、セシリアと鈴が俺に向かって走ってきた。

その手には拾ったと思われる紙が握られていた。

 

「ちょっと一夏!? これって本当!?」

「とんでもない事になってますわよ!?」

「な、何だよ二人とも? そんなにすごい事でも書いてあったのか?」

 

二人のあまりの慌てっぷりに俺は戸惑いを隠せない。

そして俺の言葉で二人はまだ俺が紙を読んでいない事を把握したのか、手に持った紙を広げて俺の眼前につきだした。

 

……近すぎて読めない

 

興奮の余り本当に目の前に差出されるから読めなかったので、俺は少し距離を離して紙面を見つめてみる。

すると、そこには大きな写真が二枚印刷……って!?

 

 

 

はぁ~……平和だ……

 

先日のクラス対抗戦が行われて数日過ぎた。

さすがにイベントがない日まで敵も行動を起こす事が出来ないのか、とても平和に俺は過ごしていた。

とりあえず朝練を終えていつも通りほとんど一番で朝食を済ますと、俺は教室に来てのんびりと空を眺めていた。

が、疲れが溜まっていたのか、うつらうつらと、船をこぎながらだが……。

 

そのため、いつも以上にクラスの女子からの視線がきつい事に俺は全く気付かなかった……。

 

「護!?」

 

バンッ!

 

っと、教室のドアを荒々しく開けて、一夏が俺の名前を叫びながら入ってきた。

しかし、先ほど同様、俺は半ば眠っているので反応を返す事もなく、まどろみの中にいた。

 

「おい護!? 寝てる場合じゃない!! 起きろ!!」

 

ガクガクガクガク

 

「おぉぉぉぉぉ?」

 

突然頭が前後に揺さぶられて、若干目眩を起こしてしまう俺。

しかしそんな俺の事など一切お構いなしで一夏が俺に言葉を投げかけてくる。

 

「これはどういうことだ!?」

「これ……って…………どれ?」

「これだよ!!!!」

 

そう言って一夏が俺の眼前に突き出したのは一枚の紙だった。

そしてそこには……。

 

「『年上転校生門国護。山田先生ストーカー疑惑!?』 …………何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

あまりにも驚愕的なその見出しに俺は思わず悲鳴にも似た怒号を上げてしまい、一夏から新聞をひったくって見つめる。

 

紙面には大きく二つの写真が掲載されており、一つは山田先生と思しき女性が両手で何かを運んでいるその後ろを、俺らしき男が後ろからついて行っている写真。

そしてもう一枚は、山田先生と思しき女性を、俺らしき男が、階段の途中で後ろから抱きしめているかのような状況を、上から撮影された写真だった。

 

 



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真相

そろそろ臨海学校の時期で、私は現地視察に行く事になっているから仕事をある程度片付けていかないといけない。

 

だからこうして書類を運んでぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 

そうして下っていた階段を踏み外してしまって、そのまま転がり落ちそうに……。

 

ぱしっ

 

……え?

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

「…………何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

ようやく意識が覚醒した護悲鳴を上げて、俺から新聞をひったくって凝視し始めた。

本人もどうやらこの新聞を見ていなかったようで、その反応は今まであまり驚く事の無かった護の初めての大声を上げた瞬間だった。

 

まぁ無理もないかぁ……

 

初めて大きく感情を動かした護だったけど、それも無理からぬ事だろう。

紙面には大きく二つの写真が掲載されており、一つは山田先生と思しき女性が両手で何かを運んでいるその後ろを、護らしき男が後ろからついて行っている写真。

そしてもう一枚は、山田先生と思しき女性を、護らしき男が、階段の途中で後ろから抱きしめているかのような状況を、上から撮影された写真だった。

 

っていうか制服を着た男子って俺と護しかいないんだけど……

 

この写真だけでは時間帯はわからないが、生徒が自由に動ける時間なんて放課後以外あり得ない。

そして放課後、俺は基本的にアリーナで訓練だ。

ここ最近は毎日で、しかも他の女子も俺が訓練を行っている事を知っているので必然的に護がこの写真の人物という事になるんだけど……。

 

「どういう事!? あんた、事としだいによっちゃただじゃすまさないわよ!?」

「あなた、山田先生に何をしましたの!?」

「まさかここまで性根が腐っているとは思わなかったぞ……それでも貴様軍人か?」

「ちょ、ちょっとみんな。落ち着いて。何もこの新聞が事実って訳じゃ……」

「だがこの学校に一夏以外の男は門国さんだけだ。そしてこの写真はどう見ても一夏には見えない」

 

口々にみんなが好き勝手な事を言う。

そして先ほどまで行く末を見守っていた他の子達まで口々に護を罵倒し始めた。

 

「まさかストーカーだったんて」

「女の敵!」

「セクハラするなんて最ッ低!」

「許せないわ!」

 

もはやクラスどころか学校全てを見渡しても護の味方はほとんどいない、とでも言うようにクラスの外で様子を見ていた他のクラスの女子達からも罵倒が飛んでくる。

俺はそんな女子の大声に顔をしかめつつ、護のそばに寄った。

 

「おい、護。これ、本当はお前じゃないんだろ? それにこの証言だって……」

 

俺はそう言って新聞の下の方の記事にあるいくつかの証言を指さす。

写真だけ見れば確かに護なのだが、俺が気になったのは下の方にある証言だった。

 

『そうそう。しかもヤマヤマ結構な荷物持っててつらそうだったのに持ってあげようともしてなかったよ。あれ絶対ストーカー行為だって』

 

優しい性格の護が、山田先生が大変そうに荷物を運んでいるのにその背後でただ見ているだけなんて俺には想像も出来ないからだ。

だけど、護はそれさえも反応せずにただ呆然としながら、食い入るように新聞を見つめていた。

けどすぐに新聞をたたむと、顔に手を当ててこう呟いた。

 

「……あぁ……そっかぁ…………確かにストーカーと思われても仕方がないかもしれない……そんなつもりは全く無かったんだけど……」

 

……えっ?

 

最後の方は聞こえなかったけど……俺はその半ば諦めてしまったかのようなその態度が気になった。

 

「何を騒いでいる騒々しい」

 

そうしていると、もうHRの時間になったのか、担任であり俺の姉である千冬姉が教室へと入ってきた。

そしてその瞬間に鈴は直ぐに教室から出て行った。

相変わらず千冬姉のことが苦手みたいだ。

まぁ単に始業前だから逃げただけかもしれないけど。

 

「千冬様! これを見てください!」

「うん? なんだこれは?」

「見ればわかります!」

 

普段ならば蜘蛛の子散らすように、自分の席へと急ぐみんなだったのだけれど、さすがに事が事だけに千冬姉に女子の一人が新聞を見せていた。

さすがに千冬姉も普段とは違う喧噪から何かあったのかと思ったのか、新聞を手に取るとその紙面を凝視した。

しかし目を細めて少し見ただけで、すぐに盛大に溜息を吐いた。

 

「くだらない憶測で騒ぐんじゃない。この件に関しては保留にしろ。これだけでは証拠になり得ない」

「でも千冬様! この学校にこのIS学園の制服を着ている男子学生は織斑君と門国さんだけです!」

「そしてこの写真に写っている学生は織斑君には見えません!」

「しかもこの写真、後ろから抱きしめているようにしか見えません!」

 

いつもなら千冬姉の一声ですぐに収まるのだけれど、それでもさすがにストーカーかもしれないという……自身にも危険が及ぶかもしれないと言うことでみんな収まらなかった。

そんなみんなに顔をしかめつつも、千冬姉ももっともだと思ったのか、やれやれとつぶやいてこういった。

 

「わかったわかった。門国」

「はっ」

 

全てを諦めたかのように、自分の席で甘んじて罵倒を受け入れていた護は、千冬姉の言葉に即応し、すぐに起立した。

 

「さすがに写真という物的証拠がある以上、教師として事情聴取をせねばならない。授業が終わり次第、放課後職員室まで来い」

「はっ。放課後職員室に出頭させていただきます」

「うむ。というわけだ。少なくとも、放課後の事情聴取が終えるまで、この件に関して憶測、口を開くことは一切認めない。わかったか?」

「けど千冬様!」

「何だ? 写真だけで全てを決めつけるのは早計という物だぞ?」

「早計だなんて、こんなに決定的な写真なんですよ?」

「だからそれも含めて聴取するから……とりあえず席に着け。このままでは何も始められん」

 

渋っていたけれど、確かにこのままだと何も始まらないし、みんなも写真だけで決めつけるのは早いと思ったのだろう。

渋々とみんな席へと向かった。

 

「おい護。後で詳しく事情を説明してくれよ?」

「……出来たらな」

 

まるで全てを出し尽くした抜け殻のように、護が随分と覇気のない声で返事をしてくれる。

俺としては護がストーカーをしたなんて全く信じていないんだけど……。

 

「さて、若干遅れてしまったが、HRを始めるぞ。今日は平常授業の日だったな。もうすぐ期末テストだ。貴様らもIS学園生とはいえお前達は高校生だ。赤点など取るんじゃないぞ」

 

そう授業自体は少ないが、一般教科も当然IS学園でも履修するし、中間テストはないが期末テストはある。

ここで赤点を取れば夏休みの連休が削られてしまうので何が何でも避けたいところだ。

 

「また来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などしてくれるなよ? 三日間だけだが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」

 

そう。七月始めの公害実習、すなわち臨海学校がもう近づいていた。

三日間の内初日は丸々自由時間。

()学校なので当然そこは海。

花の女子高生の女子達はみんなテンションがあがりっぱなしだった。

 

「ではHRを終える。各人しっかりと勉学に励むように」

「あの織斑先生。今日は山田先生お休みですか?」

 

確かにいつもなら千冬姉と一緒に教室へと入ってくる山田先生の姿が見えなかった。

その台詞で、何名かが護の方へと視線を投じるのが何となく雰囲気で理解できた。

 

「山田先生は校外実習の現場視察に行っているので今日は不在だ。まぁ放課後辺りには帰ってくるだろうが。そのため山田先生の仕事は私が代わりに担当する」

「ええ!? 山ちゃん一足先に海に行っているんですか? いいな~」

 

女子達が口々にそう言うが、俺は今そんなことを考えている余裕はあまりなかった。

護のことが気になって仕方がなかったからだ。

 

「いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」

 

そしてそのまま授業へと入った。

仕方なく俺は思考を一旦切り替えて、授業に集中することにした。

けど、あまりにもぎすぎすした雰囲気での授業は胃に穴が空きそうなほど辛い授業だった。

 

俺はまだいいけど護は……

 

ちらっと護の様子を見てみるが、意外なことに、外見上だけは普段通りだった。

けどやはり辛いようで、黒板以外何も見ようとしていなかった。

 

 

 

……………死ぬかもしれない……

 

それが俺の素直な感想だった。

普段から注目されていたために、ある程度は女子の視線という物にも慣れた。

だが、今日のは格別にきつい目線を食らわされているのである。

 

しかも休み時間ごとずっと……

 

もう完全にストーカーとなってしまっているのか、俺の周りには人っ子一人おらず、まるで犯罪者を見るような目つきでもう『てめぇ殺すぞこら?』みたいな感じに睨みつけられている。

しかも間が悪いというのか、今日は座学の多い日だったから教室にいざるを得ず、俺は死に目に会っていた。

唯一の仲間である一夏もハーレム軍団に止められて俺に近づけないようだった。

 

こう憎しみを込められた視線を向けられ続けてしまうと……俺としてもさすがにきつい。

 

 

 

あの視線を……思い出してしまう……

 

 

 

無味乾燥。

その奥には確かな憎悪が宿ったあの視線に。

だがあれと違うことはわかりきっている。

俺の恐怖がそう錯覚しているだけだ。

 

耐えるしかない……

 

だがそろそろ耐えるのも限界が近い。

教官がこの件を口にする事を禁ずる、とは言ってくださったもののさすがにストーカーという犯罪行為の嫌疑をしないわけがない。

案の定今も俺は女子からのきつい視線に晒されている。

出歩いても学校には女子しかおらず、しかもすでに学校中に知れ渡っているようで、出歩いても俺は女の敵として睨みつけられる。

そのためトイレにも行けず……俺は朝のHRから一歩も外に出ていなかった。

当然この状態だと飯が喉も通らないので、俺は昼寝をして昼休みを過ごした。

 

どうしてこんな時に限ってISの実習が無いのやら……

 

間が悪いにもほどがある。

だが、もう後は教官が来て帰りのHRをすればとりあえず今日は終わりだ。

先の事を考えるとまさにお先真っ暗だが、それでもとりあえず今はここから抜け出したかった。

 

「ではこれで本日は終わりだ。放課後何をするのも自由だが……帰寮時間は守るように。それと門国」

「はっ」

「今朝言った事情聴取を行う。ついてこい」

 

HRが終わると同時に俺は教官に呼び出されて、共に教室を出て行く。

そうしてしばらく歩くと、先日お世話になったばかりの尋問室へと入っていった。

あまりお世話になりたくない部屋だけどね……

 

「さて……この写真なのだが……何か釈明することはあるか?」

 

もう心底呆れています、とでも思っている……実際思ってるだろうが……かのように、教官は呆れながら俺に今朝の新聞を机に投げ出してそう口にする。

 

「……ただの言い訳になるかもしれませんが」

「構わん。いいから話せ」

 

 

 

「ただいま戻りました」

私は七月頭の校外実施演習の視察を終えて、職員室へと戻り織斑先生の所に書類を提出しに言った。

その時織斑先生はちょうど自分の席で新聞のような物を読みふけっているところだった。

 

「全く……相変わらずあの男は……」

「あの……織斑先生?」

「ん? あぁ山田君。現地視察から帰ってきていたのか?」

「はい、今し方。ところで何を見ていらっしゃるのですか?」

「ん? これか?」

 

織斑先生は苦笑しながら、机の上に見つめていた新聞のような物を広げ……って!?

 

「な、何ですかこれ!?」

 

私は思わずもの凄い大声を出して、新聞を手に取った。

そこには私の後をつけてきている男性の姿と、先日の門国さんとの一件の写真が克明に印刷されていたのだから。

 

「今日学校中に出回った新聞部が作成した新聞だ」

「み、見たらわかりますよ! なんでこんな写真が!?」

「落ち着け」

 

織斑先生は、私を隣の席のイスに無理矢理座らせて強引に落ち着かせてくれた。

私もそれで注目されていることがわかって、とりあえず気分を落ち着けた。

 

「どうやら新聞部ではない一般生徒が撮影した写真を新聞部が入手して作成したらしい。一応あいつには事情聴取を行ったが……別にセクハラされた訳でも、ストーカーされていたわけでもないんだろう?」

 

織斑先生は苦笑しながら、私にそう問いかけてくる。

確かにその写真だけ見れば、門国さんが私のことを後ろから抱きついたように見える。

けど……。

 

「えぇ。上の写真はわかりませんけど、下の写真は私が階段から落ちそうになっているところを助けてもらった写真で……」

 

手に持った荷物でバランスを崩した私は、階段から転げ落ちそうになっていたのだけれど、それを防いでくれたのは後ろから抱き留めてくれた門国さんだった。

彼のおかげで私は負傷することはなかった。

 

「そんなことだろうと思ったよ。あいつが後ろから女を抱きしめて襲うなんていう度胸はないからな」

 

クククと実に愉快そうに織斑先生が笑う。

けど私としては二枚目の抱き留めている写真はともかくともかく、一枚目の後ろからついてきている写真が気になった。

 

「けど、こんな風に後ろからつけてきているなんて想像できませんでした。てっきり偶然通りかかった物かと……」

 

ちょっとした身の危険を救ってくれた門国さん。

彼が善意で私を救ってくれたのは疑いようもない事実なんだけど……。

 

「うん? あぁ一枚目の写真が気になっているのか? 安心しろ。確かに後をつけ回しているのは事実だが……別にストーカー行為をしているわけではない」

「え?」

「この写真だけでは断言できないが……おそらく山田先生と門国の距離は、門国が全力を出せば山田先生の身に何か起こった場合に怪我をさせずに対応できる距離なんだ」

 

例えばバランスを崩してこけそうになったり……と、さらに織斑先生が注釈してくれる。

 

「え? でも……」

「疑いたくなる気持ちもわからんでも無いが、この写真で注目すべきなのは山田先生の肩から何かが突き出している部分だ」

 

そう言って織斑先生は、背を向けて写っている私の肩辺りを指さした。

確かにこのとき私は資料を運んでいた。

 

「私があいつがそういうつもりでつけているんではないと思ったのはこれがあったからなんだ?」

「? どういう事ですか?」

 

全く意味のわからない私は再度織斑先生に問いかけてみると、さもしょうがないことを教えていると言った苦笑をしながらさらに説明してくれる。

 

「このとき山田先生が運んでいた物は楽に運べたか?」

「? いえ。少し無理をして持って行っていたのであまり余裕はありませんでした」

「あいつは武道に精通しているからな。特に観察力がずば抜けている。相手の重心が今どんな状態かもすぐに見抜いてしまう」

「? 見抜けるとどうなるんですか?」

「重心がぐらつけばすぐにあいつにはわかるということさ」

「???」

 

それだけ説明してくれてもわからない私は思わず首をかしげてしまう。

そんな私に溜め息を吐きつつ、織斑先生はさらに説明してくれた。

 

「つまりあいつは、危なっかしく資料を運んでいる山田先生を心配して、いつでも助けられるように君のことを見守っていた、ということなのさ」

 

え?

 

その言葉で私は思わずきょとんとしてしまう。

そんな私の表情が面白かったのか、織斑先生は大笑いし始めた。

 

「か、仮にそうだとしてもそれなら手伝ってくれたらよかったんじゃ?」

「それができないのがあいつの不器用な所なんだよ」

 

一頻り笑い終えると、織斑先生はさらに説明を続けてくれる。

 

「山田君はこの資料を自分で運ぶと決めたのだろう?」

「はい」

「あいつはその意志を尊重したんだよ」

「……え?」

 

私が無理して運ぶ意志を尊重?

 

「つまり、門国は危なっかしく資料を運んでいる山田先生を見つけたんだが、必死に山田先生が運ぶのを見てとりあえずその意志を尊重して見守ることにした。それでいつでも対応できるようにして後をつけていた。そして階段でこけそうになった山田先生を後ろから助けた……ということだ」

 

だからストーカー行為をしていたわけではないんだよ、と織斑先生はそう締めくくった。

 

それってつまり……

 

私がこうしよう! と自分で決めたというのを考慮したけど、それでもいつでも対応できるように、私の後を見守るようにつけて、そして実際に私が危ない目にあったあの時、門国さんは助けてくれた……ってことですか?

 

「とりあえず今学校中の容疑者となっているため寮に返すわけにもいかん。あいつは特別教育室で寝泊まりさせている。だから明日にでも今言ったことをHRでみんなに説明してやってくれ。でないとあいつが浮かばれん」

 

私のためを思って行動してくれた門国さんが容疑者になっているのは確かに不憫というか辛い思いをさせてしまった。

特に今日は出張があって、私が釈明することも出来なかったので、相当辛い思いをさせただろう。

だから私は織斑先生に、こう返したのだった。

 

「わかりました!」

 




当たり前かもしれませんが・・・・・・

痴漢行為は絶対に許してはいけない行為だと思います!!!!


とただそれだけwwっw


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買い物

「なぁ? 護? 明日って暇か?」

「なんだ藪から棒に……」

 

夜。

風呂……っていうか俺らはシャワー……から上がった一夏が、服に着替えてから突然そんな事を言い出した。

机の上で自分の愛機のIS、守鉄のステータス画面を見ていた俺は、いったんその画面を閉じると、ベッドに腰掛けてぬれた頭を拭いている一夏へと向き直った。

 

「いや明日休日だろ? それでもうすぐ臨海学校だろ?」

「あぁ……そういえばそんなのあったね」

「あったねって……忘れてたのか?」

「忘れてたって言うか……考えたくなかったって言うか……」

 

不思議そうにする一夏に、俺は曖昧な言葉で返事をする。

正直考えたくないイベントだ。

何せ女子だらけの臨海学校なのだから。

まぁでも行かざるを得ないので覚悟は日々決めているが……。

 

「んで? 臨海学校がなんだ?」

「ん? いや、臨海学校がどうとかじゃなくって、海に行くから新しい水着を買いに行くんだけど、一緒に行かないか?」

 

あぁ水着か……

 

確かに水着は必要だろう。

初日は自由時間らしく海のそばの旅館らしいので当然泳ごうとする人間は多いだろう。

しかもうら若き乙女達ならばなおさらだ。

この会話だけ……というか相手が一夏でなければ俺は二つ返事で了承しただろう。

別に一夏と行くのが嫌なわけではない。

しかしここで忘れてはいけないのが、この話題を振ってきたのが一夏だと言う事だ……。

 

「…………それお前だけか?」

「? お前だけって?」

「つまり俺とお前だけで行くのか?」

「いや、シャルも一緒だけど?」

 

……………………やっぱり……

 

余りにも予想内の事で、俺は心で深い深い溜め息を吐いた。

 

鈍いって言うかもしかして狙ってるのか?

 

まぁ一夏の性格上ないだろうが、それにしたってひどい物である。

どう約束をこぎ着けたのか知らないし、もしくは鈍感朴念仁の一夏が誤解させるような事を言ったのか謎だが……まぁともかく相手であるシャルロットは間違いなく二人でのデートだと認識しているはずだ。

二重(ダブル)トラップで他にも女子がいない可能性もなくはないが……であればある意味で何も考えていない一夏の事なので素直にそういうだろう。

つまりデートかどうかはおいておくとして、二人きりでのお出かけのはずだ。

 

そんなところにほいほいついてってみろ?

 

一夏ハーレムの中ではまだまだ温厚で、そこまで俺にきつく当たってこない金髪ボーイッシュな彼女でも、きっと俺に呪詛を吐くに違いない。

 

「あ~すまない。明日はちょっと用事があってさ」

「え? そうなのか?」

「あぁ、別に外せない用事でもないんだが、明日行けるなら行っておきたい」

 

おそらく街に出かけるのだろうし、俺も街に用事があるので一緒に行ってもいいのだが……それだと余りにも彼女がかわいそうだろう。

 

「そうかわかった」

 

少々残念そうにしていたが、それでも素直に引き下がってくれた。

用事を詮索されていたらえらい目にあったかもしれない。

一夏がそんな性格でないとわかっていても少しほっとしてしまう。

 

危なく女難の目に遭うところであった……しかし……

 

明日一夏が街に出かけるというならば時間をずらしてでないといけないだろう。

何せこの子はある意味でひどい男だから、俺を見つけたら一緒に行こうと言い出しかねない。

 

シャルロットと一緒という事はおそらく昼前から行くかな?

 

少なくとも昼くらいにはでるだろう。

ならばいっそ朝から出かけるのが得策だ。

別に俺としても昼からでもよかったが、まぁ早く行っても問題はない。

俺は明日の予定を繰り上げて朝早くから出かける事にした。

 

 

 

「うん。よい天気だ」

 

次の日。

俺は予定通り結構早めの時間に街へと繰り出そうと、正門をでた。

この時間だと目的の店は早くてやっていないが、まぁ本屋なんかで時間を潰してもいいし、それに他にも回りたいところもあったのでちょいどいい。

 

お気に入りの物が入ったって聞いたからな。あれこれ予定を考えながら行くのも悪くない

 

休日の楽しみの物体がもうそろそろ切れそうになっていたところに電話が入ってきたのは運命だろう。

別に運命でも何でもないのだが、それでもそう思えてしまうくらいにうきうきしていた。

そのまま俺は電車へと乗り込み、街と呼ばれる駅前の『レゾナンス』へと向かった。

 

 

 

「絶好のお買い物日和ですね!」

「あぁ、うんざりするくらいにいい天気だ」

 

駅へと降り立った私は夏の日差しに目を細めながら、そう言うとうきうき気分の私とは正反対に、本当にうんざりとした口調の織斑先生がそう返してくれた。

確かに暑いのだけれど、せっかくの買い物だからもっと織斑先生にも楽しんで欲しい。

というよりも今回の買い物が余り気乗りしていないのかもしれない。

 

「もう、織斑先生。せっかくの買い物なんですから楽しみましょうよ」

「まぁ確かに……それもそうだが……わざわざ新しい水着なんぞ買わなくても……」

「せっかくなんですから買いましょうよ」

「せっかくというのもな。毎年行く物だからな。それに今年は馬鹿者が二人もいるのだから手間がかかって泳ぐどころではないかもしれないぞ?」

 

うっ……確かにそうかもしれませんね

 

織斑先生のその台詞に、言葉でこそ賛同しない私だったけれど、心の中でその二人の事を想像して納得してしまった。

世界で初めてISを起動させた男、織斑一夏君。

織斑先生の実弟で女子校とも言えるIS学園に入学してとても人気のある子。

もう一人は、二人目のIS適応者、自衛隊陸軍所属の門国護さん。

自衛隊での作戦行動中に偶然ISの起動に成功して、学園に転入してきた学生達にとっては年上の、私たち教師から見たら本当に少しだけ年下の学生さん。

 

そして、先日私を助けてくれた時の写真を隠し撮りされてて、ストーカー容疑が掛けられてしまった人……

 

程度や方向性は違うかもしれないけれど、二人とも女子校と行っても問題ないIS学園の数少ない男性だから、織斑先生の言うとおり騒ぎでいろいろと大変な事になるかもしれない。

 

「そ、そうかもしれませんけど、でも二人とも部屋割りに関しては知恵をみんなで絞ったから大丈夫ですよ!」

「……だといいがな」

 

私は意気込みながら元気づけるように織斑先生にそう言うのだけれど……。

織斑先生は余りそうは思えないみたいだった。

 

でもその予想は早くも当たる事になって……。

 

「え?」

「えっ?」

「ええっ?」

 

入ろうとしていた試着室の隣の試着室のカーテンが開いて、中に入っていたのは、織斑君と、シャルロットさんが入っていて!?

 

「何をしている、バカ者が……」

私は余りにも驚いてしまって声も出せなかったのだけれど……こんな状況でも織斑先生は冷静で……。

 

「な、何をしているんですか!?」

 

私は軽くパニックになって悲鳴にも似た声を上げてしまった。

 

 

 

はぁ、ちょっとびっくりしちゃいました

 

とりあえずシャルロットさんと一夏君をお説教した後に、私はシャルロットさんとセシリアさん、鈴さんをつれて別の場所へと移動した。

せっかく会ったのですからたまには姉弟水入らずに買い物をした方がいいと思ったからだ。

 

楽しんでいるといいですね。二人とも

 

結構無理矢理だったし、お節介だったかもしれないけど二人きりにしてよかったと私は思う。

普段は自分にも、肉親である弟の織斑君にも厳しい織斑先生だけど、休日くらいは二人で仲良く姉弟として買い物で楽しい時間を過ごして欲しい。

シャルロットさん達も、私のしたい事がわかったのかすぐに協力してくれた。

皆さんは他に買い物があるという事で分かれるととりあえず私は一人で他の買い物をしていた。

そうして買い物をしていると、ふと見知った顔を見つけてしまった。

 

「……あれって門国さん?」

 

黒いジーパンに黒いシャツを着た門国さんが、購入したであろう品物を手に提げて歩いていた。

 

う~ん。ちょっと話しかけにくいかなぁ……

 

話しかけようとしたけど思わず止まってしまった。

何せ門国さんは私を階段から転げ落ちるのを助けてもらったのに、それが写真に撮られていてストーカーの嫌疑を掛けられてしまったのだから。

しかもその日、ちょうど私は公害実習の下見で学園にいなかったので本当にすごい事になっていたみたい。

 

う~ん……でもきちんとお礼した方がいいよね?

 

もちろん、帰ってきて織斑先生に事情を聞いてすぐにお礼は言いに言ったのだけれど……。

それでも言葉だけではあれなので何かプレゼントしてあげてもいいかもしれません。

 

「門国さん」

 

そう思った私は思いきって話しかけてみることにした。

 

 

 

「門国さん」

 

ほくほくとした気分で欲しかった買い物を終えて他の場所に行こうとしていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、俺は振り返った。

するとそこには、いくつかの買い物袋を下げて俺に歩み寄ってきている山田先生がいた。

 

「山田先生? こんにちは。お疲れ様です」

「はい、こんにちは。お買い物ですか?」

「はい。ちょっと個人的な買い物を。山田先生は?」

「臨海学校のための買い物です。それと今日は休日ですので無理に先生って呼ばなくてもいいですよ」

 

あ~そう言えばもうすぐだっけ……

 

欲しい物が買えた嬉しさですっかり頭から抜けていたが、もうすぐ俺にとっては死の臨海学校が迫ってきているのだ。

初日の自由行動をどう過ごすのかが課題となるだろう。

二日目以降は実習らしいのでそれに従って動けばいいから何も考えなくていいが。

 

「……あの、門国さん」

「はっ。何か?」

 

そうして俺が暗い気持ちで臨海学校の事を考えていると、若干うつむきながら山田先生が話しかけてくる。

返事をしたが、言いにくいのか切り出してこない。

 

「……あの、いかがなさいました?」

「え? えっとですね……」

 

いつまでたっても話そうとしないので、こちらから促してみるのだが……それでも話そうとしなかった。

別に急ぎの用があるわけでもないので、時間を気にする必要はないのだが、しかしここはデパートというか店の中なので、通路に立ちつくしているのは邪魔でしかない。

しかしなんか真剣なので『とりあえず場所移しませんか?』とも言いにくい。

 

ドンッ

 

「ごめんなさい」

 

しかしそれも山田先生に誰かがぶつかってしまったことで終わりを告げた。

随分とばかでかい紙袋を提げた女性が山田先生にぶつかってしまって、先生がバランスを崩してしまう。

通路に突っ立っていたのは俺らが悪いので何とも言えないが、それにしたって一言ですましてそのまま立ち去ってしまうのは純粋に驚いてしまう。

そんなことを考えつつ、俺は咄嗟に倒れそうになった山田先生を支えた。

 

※ちなみに、漫画やゲームでもないのでポロリや、タッチイベントはなかった

 

一瞬本能的に離してしまいそうになる手を必死に自制して、俺は山田先生の肩に手を添える。

 

「大丈夫ですか?」

「す、すみません」

 

俺の腕を支えにしてどうにかこけずにすんだが、ここにいるとまたぶつかりそうなので、俺はそのまま端の方へとうまく誘導し、移動する。

その瞬間に不自然にならない程度に、手を肩から離して数歩後ろへと下がり、距離を置いた。

 

嫌いなわけではないが……女性が苦手である俺にはこの至近距離はきつい物だった。

 

「これで二度目ですね」

「? 何がですか?」

「いえ、こけそうになって助けていただいたのは……」

 

若干頬を紅くしながら……何でか知らないが……そんな事を言われて俺は焦った。

そう、先日俺は新聞部の新聞で四面楚歌と言うのをリアルに体験したばかりなのだ。

次の日にどうにか山田先生と教官の説得のおかげで九死に一生を得たが、それでもまだ俺の事をそういうストーカーだと疑う人は大勢いる。

まぁ疑われるような写真を撮られた俺が未熟なので仕方がない。

 

あの時体質が発動しなかったのは……修練のたまものと言うべきか……

 

「その、先日は大変失礼な事をして申し訳ありませんでした」

 

女性としてあのように取りざたされるのは、学校の新聞という限られたコミュニティの中とはいえ、気持ちのいい物ではないだろう。

もちろん俺としては、全くそういった邪な感情を起因として後をつけていたわけではないのだが、それでももしも仮にあの新聞を警察に突き出されたら、俺は間違いなく「警察署にご同行願います」だ。

それほどまでに男女の力のバランスは崩れ去っていた。

女性にしか使えない最強兵器IS。

そのIS登場による世界的男女間の落差、っていうか性別による格差社会……の弊害といえるかもしれない。

別に今の女尊男碑の世を妬むわけでも憎むわけでもない……思うところはあるが……が、それでも今の世の中がそうなってしまっている以上、そこに腹を立てても仕方がない。

 

「え? いえ、門国さんが謝る必要なんて全くありませんよ! むしろ助けていただいたのはこちらですし」

「確かにそうかもしれませんが、あのように後をつけたのは事実ですし……それに新聞に取りざたされてしまって誠に申し訳ありませんでした」

「いえいえ。写真を見たときはちょっと驚いちゃいましたけど、でも織斑先生に話を聞いたら全然納得できる行為でしたし……こちらこそごめんなさい。あの日に出張が入ってしまって一日つらい思いをさせてしまって……」

「いえ、山田先生が受けた苦痛に比べれば自分の状況など」

「でも――」

「いえ――」

「店の廊下で何を互いに頭を下げ合っているんだ二人は」

 

そうしてまさにその通りで二人で頭を下げ合っていると溜め息混じりの声が俺の耳に響いた。

山田先生と同時に二人でそちらに振り向くと、そこには一つの買い物袋を大事そうに下げた織斑教官の姿がそこにあった。

 

「織斑先生。お疲れ様です」

「お前も買い物か門国? あと別に教官でも構わん」

「え? え、えぇ、まぁ」

 

確かに休日だが、それをのぞいてもなんか態度が柔らかいというか、嬉しそうに見えるのだが。

 

「あ、織斑先生。織斑君……一夏君と一緒に水着は買えました?」

「山田先生……」

 

あ~そう言う事……

 

なるほど大好きな一夏と買い物が出来たのだから機嫌がよかったのだろう。

教官も実に年相応を言うか、かわいらしい一面って言うか感情を……。

 

スパーン

 

「失礼な事を考えただろう?」

「いえ、そんな。教官が実にかわ……」

 

思わず口を滑らしてしまいそうになった俺は、何とか止めるが……手遅れだった。

叩かれてそのままで顔を上げてないが……鬼がでて頭上にいる気がする……。

 

バシン

 

「余り無礼な事を考えると、頭を吹き飛ばすぞ」

「……もう吹き飛んでます」

 

さらにもう一撃喰らって俺は記憶が吹き飛ばされそうだ。

まぁこれ以上考えて俺の脳細胞が死滅しても死活問題なので、俺はすぐに思考を放棄した。

 

「ところで貴様何を買ったんだ?」

「……」

 

しまった……

 

山田先生に出会って、この間のストーカー事件の事で頭がいっぱいになってしまって荷物を隠すのを忘れてしまった。

山田先生は気づかなかったようだが、あいにく教官の目は見逃さなかったようだ。

 

「……いえ、まぁ趣味の買い物をしただけで…………お見せするほどのものでも」

「まぁそう言わずに見せてみろ」

 

しまった!?

 

動揺して先手を打たれてしまった。

買い物袋を取られて中身を……。

 

「ほう。ポールジローか。しかも五十年物。確実にこれだけで万単位は行くな」

「ポールジローって……お酒じゃないですか!?」

 

見つかってしまった……

 

俺はまさに天を仰ぎたい気持ちになった。

俺の趣味の一つは酒を飲む事だ。

しかも度数の高いのを舐めるようにじっくりと味わって飲むのが俺的な酒の飲み方だ。

幸い、自衛隊の仕事の一環としてIS学園にいるので、給料は入ってきている……若干減ったが……ので金には困っていなかった。

しかし俺の年齢は、今年で成人するので飲めなくはないが俺はまだ一応二十歳未満。

お酒は引っかかる年齢である。

別に普段ならそんな事気にしないのだが、教官に見つかってしまった。

しかも山田先生もセットだ。

怒濤の勢いで怒られそうだ。

 

「ふむ。本来ならば寮に酒類を持ち込むのは固く禁じているのだが……まぁ貴様だからいいだろう」

「え!? いいんですか?」

 

しかし意外な事にあっさりと許可が出た。

規律に厳しい教官の言葉とは思えず、俺だけでなく山田先生も呆気にとられている。

 

「貴様にとってはきつい状況だろうからな。違法でもないのでまぁいいだろう。だが、お前以外が飲むのは許さんぞ?」

「はっ、了解いたしました。恐縮です」

 

俺の弱点がわかっているのでそこらも加味してくれたみたいだ。

厳しいだけでなくきちんとこうして飴を持ち合わせているのだから、さすが教官といえるかもしれない。

俺はそのことにほっとしたのだが……どうやらこれは罠だったようだ。

 

「それと同じ物はまだ売っていたか?」

「はい。同じとは言いませんが似たような物は」

「ならもう少し買っていこう。お前のおごりでな」

 

……マジデ?

 

「大真面目だ。臨海学校に持って行け。私も飲む」

「……リョウカイイタシマシタ」

 

これを断ると没収&飲酒禁止という言葉が待っている……つまりは脅迫……ので断る事も出来ず、俺はがっくりとうなだれるしかなかった。

そんな俺に同情してか、山田先生が苦笑いしながら乾いた笑い声を上げていた。

 

「……やっぱり織斑先生って門国さんの事……」

「……山田君?」

「は、はい!」

 

ぼそりと呟いた山田先生の言葉は、俺にも聞こえてきていて、それは間違いなく教官の機嫌を損ねる言葉であって……。

身内にも自分にも厳しい教官は、家族ネタでからかわれたりするとものすごく怖い。

 

「君の水着はまだ買っていないだろう?」

「え? はい、まだですけど……」

「ならばこいつに選ばせるのはどうだ?」

 

……何を言ってらっしゃるのでしょうこの方は…………

 

額に若干の青筋を立てながら、教官が山田先生に向かってそんな事をおっしゃり始めた。

山田先生に対する報復というか仕返しなのだろうが……何故そこで俺も巻き込まれているのでしょうか?

 

「え!? えぇ!?」

 

さすがにこの状況は予想していなかったらしく、山田先生が驚きに声を上げていた。

それはそうだろう。

俺も叫びたいくらいだ。

でも教官が怒っているのが何となくわかったので俺は何も言わない、言えない。

 

触らぬ神に祟りなし

 

「そ、そんな! いいですよ」

「何、私は一夏に選んでもらったのだから、君も選んでもらうといい」

 

そうして有無を言わさず教官は、山田先生の首根っこを掴んでそのまま水着売り場へと向かう。

その際に俺の事を睨みつけてきたので、その目の意味を理解している俺は、何も言わずその後についていった。

 

 

 

結局、何でか山田先生の水着を選ばされて観衆に羞恥をさらし、酒を余分に買わされて……と、結局一夏と行かなくても女難な目にあった俺の休日であった……。

 




ビールがうまいと思う俺はもう年でしょうか?


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臨海学校 初日昼

「海っ! 見えた!」

「海だー!!!!」

 

トンネルを抜けたその先から見える景色、海を目にしてクラスの女子が声を上げる。

臨海学校初日。

曇ることも、雨が降ることもなく……っていうか雲ひとつない青空で、まさに快晴。

風もそこまで強く吹いていないので波も荒れておらず、絶好の行楽……っていうか海水浴日和。

陽光を反射する青い水面は穏やかで、窓から入り込んでくる海独特の潮風が鼻孔をくすぐり心地よさを…………与えてはくれなかった。

 

少なくとも俺には……

 

俺、門国護は窓越しに見えるその海を見ながら、深い深い……それはもうマリアナ海溝並に深い溜め息を吐いた……。

確かに俺は女性が苦手だ。

そして俺が編入したのは女性にしか扱えない特殊マルチフォーマルスーツISの育成学園。

どうしてか男であるにも関わらず動かせてしまった俺は、その女子校といっても差し支えないその学園へと編入した。

 

それはいい!

 

しつこいようだが俺は女性が苦手だ。

恐れていると言っていい。

少なくとも得意ではない。

しかも俺の年齢は今年で二十歳。

この学園は一応高校なのでクラスメイトは全員年下だ。

互いに接しにくく距離も掴みにくいので俺はある意味で浮いていた。

 

それもいい!!!!

 

問題は俺が置かれた今の状況だよ……

 

俺は先日……副担任である山田真耶という教師であり女性に、ストーカーとしたという嫌疑を掛けられて文字通りの四面楚歌、女の敵として認識されてしまった。

もちろんそんな事はしておらず、俺が単に書類を危なっかしげに運ぶ山田先生を後ろから見守っていただけなのだが……まぁ後ろから気配を消してついて行く様はストーカーにしか見えず……。

そんなわけで俺はその日よりストーカーとなってしまい、次の日に山田先生が誤解だと釈明してくれたのだが、未だに女子からの疑いは消えず、冗談抜きで全女子から敵視されていた。

一応全ての女子がそうと言うわけではないが、それでも大半の女子は未だに俺の事を疑っている。

 

父上……マジデシヌカモ

 

胃に穴が空きそうだ。

だから俺は学園を出発して以来、一言も口をきかずに、じっとイスに座っていた。

寝ているとそれはそれでなんかあらぬ疑いを掛けられそうで怖いのでおちおち寝てもいられない。

 

「なぁ、護。海が見えたぜ。やっぱり海を見るとテンション上がるな!」

「……そうだな」

 

俺の隣の席に座っているもう一人の男のIS適合者、織斑一夏に適当に相槌を打つ。

こいつは、鈍感朴念仁で天然で女たらしと言えなくもないイケメンで、好意に気づかないということさえのぞけば爽やかな青年なので人気も高い。

特に幼なじみ二人と代表候補生三人……幼なじみの内一人は代表候補生なので一夏をすいている代表候補生は計四人……から。

この五人は確実に一夏に惚れている……経緯はよく知らないが……のだが、こいつはそれに一ミリたりとも気づいていない。

あからさますぎる子もいるのだがそれでも気づかない。

時々わざとやっているのではないかと思えるほどだった。

 

まぁそんな嫌味な性格じゃないけど……

 

「それにしても護、学園でてから一言もしゃべらずに黙って外ばっかり見てるけど大丈夫か? 具合とか悪いのか?」

「いや、ありがとう。そう言う訳じゃない」

 

今もこうして隣の席に座っている俺の事を気に掛けてくれる。

本来ならば、気になるあの子の織斑一夏の隣の席を占領せずに、俺は一人で座って他の子のアピールを手伝うべきなのだが、今の俺にはそれをする余裕はなかった。

何せ一人で座ってても何か疑いをかけられそうで怖いので、一夏フィルターで防御してもらっているのだ。

 

「ふん。軍人のくせに乗り物酔いか? そこまで貴様は脆弱なのか?」

 

グサリと……まるで言葉のナイフで俺を貫き刺すかのように言葉を放ったのは、俺と一夏の後ろの席に座っている銀髪ちびっ子のラウラ・ボーデヴィッヒだ。

代表候補生の一人で一夏を嫁と公言する一夏ハーレム軍団の一員。

先日のストーカー事件より前の、同じく一夏ハーレム軍団一員、金髪ロング娘のセシリアオ・オルコット《こいつも代表候補生》とのISの模擬戦での戦闘で、俺が一度も攻撃を仕掛けなかった事が軍人として許せなかったらしく、その怒りは未だに鎮火しておらず、相変わらず俺に敵意を向けてくる。

ストーカー事件もあって、それはさらに加速中。

要注意人物。

 

「もうラウラ。それはちょっと失礼だよ?」

 

そしてそのラウラの隣に座るのは、これまた一夏ハーレム軍団一員、そしてまたまた代表候補生のシャルロット・デュノアだ。

一応、一夏ハーレムの中で唯一俺の事を敵視していない人物で、この子とはまだ比較的に話せる。

といっても先日のストーカー事件以来、友人の銀髪娘がシャルロットを俺に近づけようとしないので、会話はほとんどしていない。

 

「でもラウラさんの言う事ももっともですわ。この程度で乗り物酔いをしているようでは、IS操縦者としての資質を疑ってしまいますわ」

 

通路を挟んで反対側、一夏ハーレム一員先ほど述べた模擬戦相手の金髪ロングがラウラに続く。

模擬戦で攻撃をしてこなかったことに怒り心頭らしく、この子は本当に呪詛にも似た何かを混ぜながら俺に敵意を向けてくる。

 

「……」

 

そして最後、無言で俺を睨みつけているのは唯一代表候補生じゃない撫子ポニーの篠ノ之箒。

剣道の中学全国大会優勝者。

IS開発者である篠ノ之束博士の実妹。

この子も、ストーカー事件以来、俺の事を疑いの眼差しで見つめるようになった。

一夏ハーレム軍団はもう一人いるのだが、このクラスではないので今この場にはいない。

っていうかいたら俺は間違いなく死んでる。

 

……もう嫌…………

 

言い返すと、それだけで人を殺せそうな目つきで睨まれるので俺は黙ってイスに縮こまる。

まぁ実際ストーカーに見えていた訳なので何も言い返せないし、それに資料運びを手伝わなかった事も事実なので冗談抜きで何も言い返せなかったりする。

 

「おい、みんな。いい加減そのストーカー嫌疑をやめてやってくれよ」

「しかしだな一夏。仮にそう言う目的でなかったとしてもこいつが山田先生を手助けしなかったのは事実なのだぞ?」

「そうですわ。それに私、まだあの勝負には納得していません」

「第一にして覇気が感じられない。本当に教官の教えを受けているのか?」

「いや……箒やセシリアの言うとおりかもしれないけど……」

「大体にしてお前は人の事を言っていられる状況なのか?」

「この臨海学校ではみっちりと夫の私が教育してやろう」

「へ? いつの間にか矛先が……」

 

口々に俺のことをなじる女性陣。

言っている事も一理あるので、一夏としても言い返せず、しかも何故か対象が自分へと変わって大わらわだ。

ようやく解放されたと思ったが、ハーレム軍団の会話は聞こえていたみたいで、他からの目線の重圧を感じる。

 

「そ、それにしても楽しみだよな海。快晴だから気持ちいいだろうな」

 

話題の転回をはかった一夏の爆弾発言。

その一言で、バスの雰囲気というか、空気が一変した。

ある物は誇らしげに胸を張り、あるものは先ほどまでの好戦的な気配はどこへやら、急に借りてきた猫のように静まりかえり、顔を赤らめる。

他も反応は様々だが、皆一様に気合いを入れていた。

 

「な、何だ? みんな海楽しみじゃないのか?」

 

気付け……一夏……

 

明らかにお前の事を意識しているにも関わらず、当の本人は全く気づかない。

本当にこいつの事を好いている女子達を同情してしまいそうになる。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

織斑教官の言葉で、今までバカ騒ぎしていた全員がさっとそれに従った。

さすが教官。

 

あぁ……到着してしまうのね……

 

目的地に向かって走行しているのだから到着しないわけがないのだが、それでも着いて欲しくなかった。

しかしそんな俺の願いむなしく、今回の臨海学校の宿泊先の旅館へと到着するのだった。

 

 

 

「それではここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくおねがいしま~す」」」

 

教官の言葉の後に、全員が一斉に挨拶を行った。

この旅館には毎年お世話になっているらしい。

玄関前で出迎えてくれた、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。

 

「はいこちらこそ。今年も元気があってよろしいですね」

 

年は……三十代前半ぐらいだろうか?

落ち着いた雰囲気でまさに歴戦の勇士っていうか女将の仕草が板についている。

 

「あら、こちらが噂の?」

 

教官の後ろにいる俺ら二人組の男に目を向けた女将が教官にそう尋ねた。

 

「ええ。今年は男が二名いて浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ。いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けます。けど……もう一人の方は大丈夫ですか? 若干お疲れのようですが?」

 

……言わなくてもわかるだろうが前者が一夏で後者が俺の事を指している。

 

「感じがするだけです。それにもう一人の方も問題はございません。ほら、挨拶をしろ」

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「門国護であります。本日よりお世話になります」

「うふふ、ご丁寧にどうも」

 

そういって女将さんが丁寧にお辞儀をする。

俺と一夏はそれに返礼するように、頭を下げた。

 

「それじゃあみなさん。お部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますからそちらをご利用なさってください。場所がわからなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 

女子一同、はーいと、実に元気よく返事をしてすぐさま旅館へと突入した。

目前の海に今は心を捕らえられているのだろう。

初日は自由行動だし、テンションが上がってしまうのは致し方ないだろう。

 

「ね、ね、ねー。おりむ~」

 

最後に入ろうと、ぼけっと様子を眺めているといつも一夏がのほほんさんと呼んでいる少女が一夏に話しかけていた。

一夏の命名通り、実にゆっくりとした動きだ。

 

「おりむーって部屋どこ? 一覧に書いてなかったー」

「いや俺も知らないんだよ。多分護と一緒なんだろうけど」

「まぁそれはそうだろうね~。わかったら教えてね~」

 

そう言うと再びのんびりした動きで旅館へと入って……あ、つまずいた……

 

「織斑、それに門国。貴様らの部屋はこっちだ。ついてこい」

 

二人でぼけっとしていると、教官から呼ばれ、俺らは荷物を抱えて教官後へとついて行く。

 

「えーっと織斑先生。俺達の部屋ってどこになるんでしょうか?」

「黙ってついてこい」

 

お、いきなり言語封印。

さすが教官。

最愛の弟でも容赦ない。

 

「門国。吊すぞ?」

「……申し訳ありませんでした」

 

考えを読まれた俺は素直に謝っておく。

 

本当に大好きだろうに……

 

これ以上考えると攻撃されそうなので俺はいったん思考を停止して旅館を見渡した。

どうやら結構な歴史を誇り、かつ設備も充実した旅館のようだ。

そうして旅館を観察しながら歩いていると、教員エリアと指定されている区域へと入り、その教員エリアの際奥である一番端の部屋の前で立ち止まった。 

 

「ここだ」

「え? ここって……」

 

一夏もここが教員エリアであるとわかっていたようだ。

不思議そうにしている。

しかもそのドアにはでかでかと、『教員室』と書かれた紙が貼ってある。

 

「普通に部屋にあてがおうという意見もあったんだが、そうなると貴様らの部屋がすし詰め状態になるのは目に見えるからな。教員室の一番奥ならば女子もおいそれとは近づかないだろう」

「そりゃまぁ……そうだろうけど」

 

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

しかも一夏は気づいていないみたいだが、唯一の俺らの部屋の隣であるドアにも紙が貼られており、そこには「教員室」の他にも「織斑 山田」とその部屋をあてがわれた先生の名前が書かれていた。

俺らの部屋の隣が教官の部屋ならば騒げばすぐに飛んでこれるというわけだ……。

 

恐ろしくて涙がでるね……

 

そうして許可をもらい部屋へと入る。

二人部屋にも関わらず広々とした間取りで、外側の壁が一面窓。

そこから海が見渡せるようになっている。

それ以外にもトイレ、バスはセパレート。

しかも洗面所も専用の個室だ。

 

「貴様らも大浴場は使えるが、男の貴様らは時間交代制だ。一部の時間しか使えないから注意しろ」

「わかりました」

「はっ」

「さて、今日は自由日だ。荷物も置いた事だし好きにしろ」

 

そう言うとさっさと部屋を出て行ってしまう。

教師という事でいろいろと連絡や確認の仕事があるのだろう。

とりあえず、女子からの重圧から解放された俺は畳の上にどっかりと腰を下ろした。

 

……疲れた

 

今回ほど疲れたバス移動は、俺の人生に無かった。

はっきり言って途中で飛び降りたくなったくらいだ。

もしくはいっそのこと走ってここまで来たかったくらいだ。

 

訓練にもなって一石二鳥……

 

「大丈夫か? 気分悪いようなら寝ていたほうがいいんじゃないか? せっかくの海だけど、無理して溺れてもあれだし」

「いや、疲れただけで具合が悪いわけではない。一夏の言うとおりせっかくの海なんだしな。まぁちょっとトイレに行くけど」

「……吐くのか? 本当に大丈夫かよ?」

「いや吐くわけじゃないから」

 

心配性というか、純粋に心配してくれる友人に苦笑しつつ俺は先に海へ行くように促した。

俺といては一夏も楽しめないだろうから少し時間をおいて行くべきだろう。

まぁ純粋に休憩したかったのも事実だが。

 

だけど部屋に閉じこもったままってのもな

 

正直冗談抜きで部屋に閉じこもっていたいがそう言うわけにも行かない。

俺は未だにストーカー嫌疑、つまりは変態のレッテルを貼られた男。

そんな男が部屋にこもっていたなんて……誰が信じるだろうか?

空き巣を働いているといわれそうだ。

普通ならばそんなこと証拠がないと犯人と断定されないが今の世の中女尊男碑である。

街中で女性が男の手を持って、「この人に痴漢されました」と言われたらそれだけで死亡が確定するような世の中だ。

しかもここにいるのは将来のエリート達であるIS学園の女子生徒。

一学年全員が束になってかかれば俺など紙くずに等しい。

ならば針のむしろに座るのを覚悟して、いっそ堂々と海に行って昼寝をしようと思ったのだ。

女子の監視下にいれば少なくともその間のアリバイは白になる。

女子達もさすがに自分たちの見える位置で寝ていれば俺が何かをした、など言えないだろう。

無論何かをするつもりはさらさらないが、少女達の精神衛生を鑑みればそうした方が得策である。

録音機やカメラを所持する事も考えたのだが、それを持っていると逆にどうしてそんなのを持ってきたのか? と言われたらそこから斬りこまれて敗北する。

 

うぅ……気が重い……

 

海に行かないといけない。

それはわかっている……わかってはいるのだ。

 

だけど……外にいる女子って全員水着だろ?

 

女性が苦手な俺にとって下着に等しい水着姿など毒でしかない。

俺から言わせれば、下着をみられて悲鳴を上げる女性が、どうして隠している面積がほぼ一緒、ないしそれよりも少ない水着姿で、ああも堂々としていられるのがわからないし、信じられない。

 

あまり女性と接してこなかったからなぁ……

 

そもそも俺が何故に女性が苦手かというと、単にあまり女性と接したことがないからだ。

家の修行で忙しく学校にもあまり行かず、そしてそのまま自衛隊。

高校も近くの男子校に通ったし。

しかも唯一の女性とも言える母は、余り体が強くないために臥せってばかりで。

いつも寝室で寝ている母を振り回すわけにも行かないので、俺は母とも触れ合った事がほとんどない。

母の看病をしてくれるお付きの女中さんがいるが、その人は接触する機会はあったのだが………。

家庭でも、外でも女性と触れ合った事はほとんど無かった。

だから苦手になってしまったのかもしれない。

誰かを助けるとき……山田先生が階段から転げ落ちそうになったときとかに咄嗟に触れてしまったりするが、そう言った非常事態の時は何とか耐えられるのだが……。

そしてあまり強気な性格じゃないので、今のこの女尊男碑の世界では結構つらいものがあるのだ。

 

だが行かないと結局俺は破滅する……

 

行くも地獄引くも地獄。

冗談抜きで死にそうです。

 

まぁ……行くけどね

 

とりあえず少し休憩して若干の回復を終えた俺は、着替えとタオルを持って着替えの出来る別棟へと重い足を引きずって向かった。

 

 

 

そうしてやってきた大海原!

一夏の気を引くために自前のきわどい水着の年頃の乙女達が、開放的な気分になって砂浜を走り、海ではしゃぐ!

その情景!

普通の男ならば垂涎物だろうが、苦手な俺にとってここは魔窟でしかない!

 

うぉぉぉぉ!!! ……………………帰りてぇ……

 

今も出来うる限り乙女の柔肌を見ないように日陰へと移動して、俺はビニールシートを敷く。

そうしている間も俺に重圧の根源たる厳しい視線が突き刺さりまくっていた。

ある程度覚悟を決めてきていたのでまだ耐えられたが。

ちなみに俺は普通の海パンに、夏用の薄手のパーカーを羽織った格好をしている。

上半身は古傷なんかがあるのであまり綺麗な体をしていないのだ。

 

あぁ……私は貝になりたい……

 

げっそりとしつつ俺は敷いたビニールシートに横になり、目隠しにタオルを顔にかぶせて眠りにつく。

最初はサングラスにしようかとも思ったのだが、そうすると俺が何を見ているのかわからないので、逆に疑われそうなので絶対に視認不可能なタオルで目を覆い隠す。

 

……あっち~~~~~~~

 

日陰とはいえ気温が高いので、日が照っていない場所でも砂は十分な熱気を含んでいた。

さすが地球温暖化。

南極北極の氷が溶けていっているのもこれならば納得いくという物だ。

 

「おい護?」

「…………」

 

声からして間違いなく一夏。

どうやらわざわざ海に来たにも関わらず、日陰で寝っ転がる根暗な俺の事を遊びに誘いに来てくれたようだ。

だが俺は起きるわけには行かんのだ!!!

ここで起きれば俺はその時点で死が確定する!

だから俺はもういかにも寝てますと行った寝息を立てる。

 

「織斑君! 逃げてないで私たちにもサンオイル塗って!」

「ね~ね~織斑君さっきの約束のビーチバレーしよ!」

「え、いや俺は……」

 

しかしすぐに得物を見つけた狩人達……一夏との進展を狙う女子……が、すぐさま群がって一夏の抵抗もむなしく、あっという間にまた浜辺へと連れ去られていった

さすがIS学園に入学した強者な女性達だ。

男の抵抗など乙女の純情の前には何の役にも立たなかった。

 

すまない一夏。でも俺の事を気に掛けてくれてありがとう

 

声を出すわけにはいかないので、俺は女子の敵と化している俺にわざわざ声を掛けてくれた友に心の中で激しく感謝したのだった。

 

……本当に眠くなってきたな

 

とりあえずこれで確実に誰も俺に話しかけてこない状況へとなったので、とりあえず一安心していると重圧で削られた精神力もあり、眠気が俺を襲ってきた。

疲れていたので、俺はその眠気に逆らわず真夏の炎天下の浜辺で昼寝をした。

 

いや正確にはしようとした、だろうか……

 

「門国さん?」

 

意識が沈んでいく中、自分の耳に聞こえた、今の俺に声を掛けてくる意外性に驚き、俺の意識は覚醒していく。

半分寝ていたから断言は出来ないが、それでも今の声は一夏ではない。

それに一夏ならば下の名前で呼ぶはずだ。

 

……誰だ?

 

今のこの俺……ストーカー疑惑、海に来て浜辺で昼寝を刊行する男……に話しかけてくるのは誰だろうと、興味本位で意識を覚醒させたのは……失敗だったと、後に知る。

 



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臨海学校 初日ビーチバレー

「あ、起きました?」

「……山田先生でしたか」

 

タオルを取って、夏のまぶしい陽光に照らされて俺の目の前にいたのは、山田先生だった。

当然のごとく水着である。

その水着は先日俺が選んだ……っていうか選ばされた……物であった。

 

ちなみに、先日の水着選びではものすごくひどい目にあった。

まず、女性が苦手な俺が水着売り場に女性と供に行くというそのいぢめが一つ。

そして何故か知らないが、教官に山田先生の水着選びを強制的にさせられた。

そこで問題だったのが、女性が苦手な俺にとって、女性の体というものはあまりにも謎が多すぎるということだった。

もしくは女性の服の謎が多すぎるでもいい。

 

あそこまで難航するとは……

 

正直な話……山田先生の胸が核兵器すぎる。

その……大きすぎるらしく、選べる水着が少ないらしい。

俺はそこらへんのことがよくわからないので、自分なりに山田先生に似合いそうな色やデザインだけで水着を選んで……選ばされた……みたのだが、それらはどうも胸がきついらしく、とことん駄目で……。

でも山田先生もせっかく選んでくれた、という山田先生からの優しさからなのか……選んだ水着を駄目もとで試着してくれるし……。

そしてそのいくつかは試着室のカーテン開けて、わざわざ見せてくださるものだから俺はその都度卒倒しかけた。

 

……はみ出てるんだもん………胸が少し

 

しかも女性二人を侍らせて、一人の気弱そうな女性をいぢめている構図に見えたらしく、周りの目線がもう痛いこと痛いこと……。

正直死ぬかと思った。

ちなみに黄色っぽい水着で結び目のあるタイプの水着を山田先生はお買いになられた。

 

え? 水着の名称? 知らんがな……ビキニって事くらいしか

 

「何をしているんですか?」

 

どうやら一夏同様、わざわざ海に来てまで昼寝をしている俺を見て声を掛けてくれたみたいだ。

俺はぼんやりと顔に掛けたタオルを取っ払いながら返事をする。

 

「見ての通り、昼ネっ!?」

「? お昼寝ですか?」

 

俺が奇声を上げるのを、山田先生が不思議そうにする。

だが、俺はそんな場合ではなかった。

何故か?

俺は海に足を向けて寝ており、その足下辺りに山田先生が立っている。

そしてその山田先生は前屈みになって俺を見下ろしている。

 

つまりたれるって言うか……下になって揺れている胸が目の前に飛び込んできたわけで……

 

ワンピースタイプは胸がきつくて没。

そのためビキニになったために、恥ずかしがり屋な山田先生だと隠せるならば隠した方がいいと勝手に思って、パレオがあるタイプを選択させていただいたために、足が隠れて上半身が偉く目立つ。

 

よもや数日前の自分に窮地に追い込まれようとは……不覚!!!

 

「どうしたんですか? 門国さん?」

「あ、いえ。失礼いたしました」

 

とりあえず俺は陽光に照らせされて顔をしかめた、という風に装って視線をそらした。

まぁわかる人にはわかるかもしれないが、それでも目の前の人に気づかれなければひとまずどうでもいい。

 

「ところで山田先生? いったいどうなさったのですか?」

「どうなさったって……それはこちらの台詞ですよ門国さん。せっかくの海なのに、どうしてこんなところで何もせずに寝てるんですか?」

 

俺に声を掛けてくれたのはやはり予想通り寝ている俺の事を気に掛けてくださったみたいだった。

 

「いや、ちょっと疲れていますので寝て体力でも回復しようかと」

「ならどうしてお部屋で寝ないんですか? お部屋の方が布団もあるし、冷房もあるから寝やすいはずですよね?」

 

……す、全て返された…………

 

見事なカウンターで俺の言い訳は全て返されてしまった。

しかも言っている事が的確すぎてこれ以上何も言えなくなってしまう。

 

「……ストーカーの件でこんな事をしているんですか?」

「!? い、いえ」

 

行動の原因すらも言い当てられてしまった。

確かに俺がここで寝ているのはストーカー事件で嫌疑のためだ。

部屋で寝ていても疑われそうだったので、いっそ皆の目が行き届く場所で行動を、というかいればいいと思ったからだ。

しかし、それをストーカー被害者とされた山田先生に気づかれてしまうとは……。

 

不覚……

 

「もう、やっぱり」

 

一応否定したのだが、俺が気まずそうに黙ってしまった事でばれてしまったらしい。

それとも表情にでてしまっていたのかもしれない。

山田先生が腰に手を当てながら溜め息を吐く。

 

「あんまり気にしていると本当に疑われてしまいますよ? もっと堂々としていないと」

「そうかもしれませんが、如何せん自分は女性が苦手でして……」

「だからって気を遣いすぎです。もう少し肩の力を抜いてください」

 

そう言われてもつらいものはつらいのだが……しかし言っている事ももっともなので何も言い返せない。

つくづく押しっていうか攻める事が弱い俺らしい。

 

「ところで、今からビーチバレーするんですけど一緒にどうですか?」

「……へ?」

 

急な話題転換もそうだが、それ以上にその言葉の内容に、俺は驚愕せざるを得なかった。

 

何その死刑宣告?

 

「ほら! 早く立ってください!」

 

そうして俺が呆気にというか……呆けていると、山田先生が俺の手を掴んで波打ち際近くに築かれたビーチバレーのコートへと連れて行こうとする。

 

っていうか何故旅館にバレーコートを築けるような設備が!?

 

手を捕まれたことで、ものすごい恐怖が俺の体を襲ったが……山田先生にそんな意図がないとわかっていたのか、それとも山田先生の優しさからか、何とか耐えられた。

 

「さっきも言いましたけど、あんまり縮こまっていると本当に犯人にされちゃいますよ?」

「そ、そぅかもしれませんが……」

 

声が上ずっているかもしれない……

 

山田先生の手が、あまりにも柔らかくて……俺の胸は驚きと戸惑いで渦巻いていた。

女性に手を握られるなんてこと、今までほとんど経験したことがなかったからだ。

 

「だから私と一緒にビーチバレーをしましょう。被害者と思われている私が率先して門国さんを遊びに誘えば、少しはみんなの誤解が解けるかもしれません」

 

!? そこまで考えてくださっていたとは……

 

そこまで計算しての行動であったとは……正直自分が恥ずかしいものに思えた。

確かに、加害者と目されている俺と、被害者となっている山田先生が一緒に何かしていれば多少は誤解を解けるかもしれない。

もしも俺が主導権を握っていたら弱みを握られて脅迫されていると思われる可能性も上がりそうだが、それでもその逆ならばそう考えられる事も……。

 

いや、それさえも命令と思われたらアウトか……

 

まぁ、もうそこまで考えると完全に可能性の話になってしまうので省くとしよう。

俺は引っ張られるままにコートへと向かうと、そこにはなんと、教官と一夏、金髪ボーイッシュと銀髪ちびっ子がいた。

だが、そのちびっ子……妙に顔がにやついているというか……は、嬉しそうに頬を上気させている。

何かいい事でもあったのだろうか?

ちなみに他にも周りに多量の女子がいるが、そこらは割愛する!

 

「来たか門国」

「教官? これはいったい」

「勝負する事になった。貴様も入れ」

「俺と千冬姉のチームでビーチバレーの勝負しようと思ったんだけど、人数が足りないし、男が二人いるんだから護を千冬姉のチームに入れたらバランスも良くなるだろ?」

 

教官の言葉に、一夏が補足説明をしてくれる。

 

つまり、一夏とそのハーレム軍団二人 VS 教官、山田先生、俺 という構図か?

 

確かに片方のみに男がいるのは余り公平とは言えないだろう。

しかも単純な性別だけを考慮した構成ではなく、それぞれにチームに軍人も一人ずつ入っている。

そこまで戦力差はないだろう。

 

「む! 教官のチームにあいつが入ってきたか!! 一夏、シャルロット! これは絶対に負けられないぞ!」

「あ、復活した」

「あぁ! そうだな!」

 

急に通常運転に戻った銀髪ちびっ子娘に、一夏と金髪ボーイッシュがそれぞれの反応を返す。

俺はそんな様子を乾いた笑い声を上げながら見つめる。

相も変わらず嫌われたものである。

 

「もう少しお前は自信というものを持て。隅に縮こまるとは情けない」

 

そうしてネットを挟んだ対面のコートを見つめていると、後ろから教官がありがたいお言葉を言ってくださる。

その通りなので、何も言い返せないが、しかしそれでも俺にとって女子というものは恐ろしいのである。

 

「しかし教官。そう簡単に割り切れたら苦労しません」

「まぁそうかもしれないが……っていうか貴様、どこを見ている」

 

教官の台詞だが……俺は決して教官の見目麗しいと思われる(・・・・)肢体を凝視しているわけではない。

 

「どこって……空ですけど?」

「……まだお前はあの病気が治ってないのか?」

「治っていたら苦労しません」

 

俺は限りなく教官の肢体を見ないように頭よりも若干上の方、遙か遠くの空を見つめながらそう答えた。

そう、俺は女性が苦手だけでなく、ちょっと困った病気というか……体質の持ち主であった。

だから女子の水着姿なんぞ見えるわけもない。

山田先生のは不意打ちだったが、逆にその不意打ちだったためにどうにか無事だったが……。

 

「じゃあ、始めようぜ!」

「良かろう。全力でかかってこい」

 

そうしている内に何故か本当に始まってしまった。

代役を探そうにも、男がそれぞれのチームに必要、といわれては他に男子がいない以上、俺が逃げるわけにも行かず、俺は覚悟を決めてビーチバレーに集中する。

 

っていうかボールの行方にのみ集中する……

 

他はピントをぼかす事で極力見ないようにする。

三人なのでネット前の前衛、中衛、後衛と自然となる。

教官は守備が得意と知っている俺の事を何も言わずに前衛へと回してくれた。

中衛が攻めの要となるので、教官が位置し、後衛は山田先生が守備をつとめる。

対して、一夏のチームは一夏と金髪ボーイッシュのシャルロットが前衛と中衛を交互に行って背の高さと攻撃力の両方を補っている。

競技の都合上、背の低い銀髪ちびっ子は後衛となっている。

 

「では行くぞ」

 

まずは教官のジャンピングサーブから入り、試合が開始された。

強烈とも言える教官のサーブを、絶妙な高さと位置と角度で銀髪ちびっ子が上げる。

それを金髪ボーイッシュのシャルロットが絶妙な位置へとパスを上げる。

俺はそこから打たれるであろうアタックの位置へと周り、一夏を待ちかまえる。

 

「行くぜ護!」

「応よ」

 

純粋に勝負を楽しむ一夏の強気な声が、俺の目の前から上げられる。

俺はそれに冷静に返し、一夏のアタックをガードする。

そしてそれは俺のガードをぶち抜くことなく、相手のコートへと沈もうとするが……。

 

「任せて!」

 

それを予見してか、なんと金髪ボーイッシュのシャルロットが、飛び込んで拾い上げる。

そのボールを銀髪ちびっ子が一夏につなぎ、再度一夏が攻撃を仕掛ける!

かと思ったが、それはフェイントでうまく人がいない場所へと落とす。

 

「させません!」

 

が、そこはさすが元IS代表候補生。

後衛の山田先生が不安なくそれを上げると、俺にパスを回してくれる。

俺は教官に目配せをして、ちらっと目線だけで上げる場所を示す。

するとさすがは教官。

俺の意図をすぐに察してくれて、フェイントを織り交ぜながらジャンプをして、一夏が見事にそれに引っかかったために、ガードなしのがら空きのコートへとボールが突き刺さる。

 

「「「おぉ! さすが千冬様!」」」

 

点が決まって騒ぐ周りの女子達。

そして点が決められた事で悔しそうにする一夏。

銀髪ボーイッシュと銀髪ちびっ子も同様だった。

 

「ふむ。さすがだな門国」

「いえいえ。教官ほどではございません」

「すごいですね二人とも。息ぴったりです」

 

純粋に点が入った事が嬉しいのか、山田先生が嬉しそうにはしゃいでいた。

息がぴったりというか、なんて言うかビーチバレーなのにここまでガチでやるのもどうかと思うのだが……教官もそれに乗ってくれたので問題ないだろう息がぴったりというか、なんて言うかビーチバレーなのにここまでガチでやるのもどうかと思うのだが……教官もそれに乗ってくれたので問題ないだろう。

 

「すげぇな護! なら俺らも本気出して行くぜ!」

「いや、俺じゃなくて教官がすごいのよ」

 

俺は何故か俺に向けて発言してくる一夏に首を振るが、何でか全くそれをくみ取ってくれない友達が無駄に闘志を燃やしている。

そしてその無駄に男っぽいのが良かったのか、場がかなり盛り上がっていく。

 

そうしてもうお遊びになっていない本格的とも言って言いビーチバレーが続く。

しかも選手全員が軍事訓練も行っている人間なので、無駄にスタミナがあるために続く続く。

 

が……それは余りにもあっけなく、そして俺にとって最悪な形で幕を閉じる。

 

それは、しばらく膠着状態が続き、山田先生がスパイクを打つ状況に陥った時だった。

 

「行きますよ! えいっ!」

 

教官が上げた上げたボールを山田先生が飛び、敵コートへとたたき込まんと腕を振り上げて……。

 

ブン! スカッ

 

と思いっきり空中でボールを外したのだ。

 

「あれ?」

 

ボールを外してしまった事に驚く山田先生だったが、全力で打つ事のみ(・・)に集中していたらしく、思いっきりバランスが崩れている。

それはボールを外した事もあってそれがさらに加速されており……。

 

「危ない!」

 

地面に落ちそうになった山田先生を俺は咄嗟に、受け止めようと手を出す……。

が……

 

 

 

「危ない!」

 

そう叫んで、バランスを崩した山本先生へと護が走り寄る。

結構な時間ビーチバレーをしたにも関わらず、その動きに遅滞はなくいつも通りというよりも普段以上に動けていた。

そしてそれは危なげなく間に合い、山田先生の体を支えるのだが……。

 

フニョン

 

「!?」

「きゃっ」

「あ」

「あ」

「あ」

「「「あ!?」」」

 

その手を伸ばした護の手は、あろう事か山田先生のもっとも女性的と言える部位を掴んでしまい……、俺が、シャルが、ラウラが……そして周りの女子がそれを見て思わず、といったように声を上げる。

そしてその中で唯一千冬姉だけが、心底呆れた表情をして、溜め息を吐いていた。

護の手のおかげで山田先生はこける事もなく普通に着地したのだが、着地したその瞬間に互いにまるで磁石が反発するかのようにバッ! と音がするんじゃないかと言うほどに激しく動いていた。

 

「あ、あのその……門国さん。そ、その……ありがとうございます」

 

一応助けてもらったお礼を言う山田先生だったが……。

 

 

 

ブバッ

 

 

 

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「「「えぇ!?」」」

 

山田先生も俺もシャルもラウラも、そして周りの女子も先ほどとは違った意味の声を上げる。

なぜなら、擬音が聞こえた……といっても不思議じゃないほどに……山田先生から離れた護は……盛大に鼻血を吹き出させていたからだ。

 

「も……申し訳ありません、山田先生」

 

鼻が血で詰まっているからか、その声はとても鼻声で……。

しかも出血に気がついてそれを気にしたのか、鼻と口元を手で押さえるのでなお聞き取りにくい。

 

っていうか大丈夫なのか!?

 

明らかに普通じゃない出血量だ。

しかも鼻血だけでなく、顔も真っ赤になっている。

さらには血が上って回っているのか、足取りが若干っていうか普通に覚束なくなっている。

はっきり言って危ない状態だ。

 

「本当に、申し訳ありません。決してそんなつもりでは……」

「そ、それは疑ってませんけど……それよりも! 門国さん大丈夫ですか!?」

 

突然の鼻血に誰もが呆気にとられるが、それでも山田先生に謝る護。

そしてその謝罪に対してどうにか……どう対応したらいいのか戸惑う山田先生。

だがすぐに心配そうに護に駆け寄って護の肩を支えようとするのだが、それが間に合わずに、護はバランスを崩してうつぶせに倒れてぴくりとも動かなくなった……。

 

「はぁ~~~~。やれやれ。こいつは全く」

 

誰もが呆気にとられて呆然とする中、千冬姉だけがこの状況を理解しているみたいで、溜め息を漏らしていた……。

 

 

 

その後俺と千冬姉が気絶した護を部屋へと運び、俺が着替えさせて布団へと寝かせた。

その間はさすがにみんなも心配そうというかぼ~ぜんと護を見届けるしか無く……。

 

こうして、護が山田先生の胸を誤って掴んでしまって、それによって護が気絶して……それが事実上の自由時間である初日の昼間の出来事だった。

 



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臨海学校 初日夜

臨海学校初日。

時刻はすでに夜の八時。

大広間三つを繋げた大宴会場で、夕食を取り終えてそしてその後に風呂に入り終えた俺は、ゆっくりと自室へと向かって歩いているところだった。

夕食のメニューは刺身、小鍋、山菜の和え物、赤だし味噌汁にお新香。

どれも新鮮な物ばかりで思わず舌鼓を打ってしまいそうになるほどうまかった。

俺はただひたすらに、五感の内の一つである味覚のみを鋭敏にし、聴覚と視力などを最小限に絞り、端の方で食事を終えた。

 

何故かというと、俺はまだストーカーモドキであるからだ……

 

先日のストーカー事件のせいでろくに動く事も出来はしない。

さっさと食事を終えて部屋に帰りたかったのだが……余り早すぎても何かしていると疑われそうで仕方なく俺は端の方で静かに食事をしていた。

 

しかも昼間に……あんなことが起こってしまっては……

 

自由時間である昼間。

ストーカー事件で女子生徒に嫌悪されている俺は、あえて敵の陣地に乗り込んでその間の身の潔白を証明する作戦に出たのだが、それを気に掛けてくださった山田先生が俺に声を掛けてくれてビーチバレーをするハメになったのだが……。

その後にバランスを崩してこけそうになった山田先生を助けようとしたら……。

 

誤って……胸を掴んでしまうとは……

 

そう、誤ってその時にもっとも女性を象徴しうると言ってもいい胸を掴んでしまって……。

そして俺はそれで血が上ってしまって卒倒した。

 

……気がついたら部屋で、食事の時間になって一夏が起こしてくれたが……

 

俺が卒倒した後に……どのような事が起こったのかなど想像もしたくない……。

幸いと言うべきか、教職員は別室にて食事を行っているらしく、山田先生の姿が見えなかったのが救いだった。

もしもいたら……おそらく俺はまた卒倒しているだろう。

 

……気が滅入る

 

まぁそんな事が起きたものだから、俺のストーカー疑惑が加速した事は考えるまでもないだろう。

そのために俺は五感の味覚と嗅覚以外のほとんどをシャットダウンしてどうにか食事を行っていた。

 

その間周りがどんな会話をしたのかわからない。

だがとりあえず一夏関係で騒いでいたのは確かだろう。

その様子を見ていないが教官がわざわざ別室から叱りに来たぐらいだ。

おそらく最愛の弟がらみだろう。

 

素直じゃないなぁ、教官も

 

食事を終えて、湯で暖まった体を潮風で冷ましつつ、俺はゆっくりと帰還していた。

一夏はどうやら用事があるらしく先に上がってしまったので、海を一望できる露天風呂を満喫できて幸せだった。

 

「あれ護? 今上がったのか?」

「ん? 一夏?」

 

そうしてのんびりと廊下の窓から見える夜の海を眺めながら歩いていると、前の方から一夏が歩いてきているところだった。

しかも行き先からいってどうも再び風呂に入る様子だ。

 

「どうしたんだ? もう一度風呂に行くのか?」

「あぁ。千冬姉とセシリアにマッサージしてたら汗かいちゃってさ。千冬姉に汗臭いから風呂入ってこいって言われて」

 

マッサージも出来るのかこの子?

 

炊事家事万能にマッサージ付き。

イケメンで万能とは。

これで本当に少しでも女心を理解できれば完璧だろうに。

 

「? どうしたんだ黙って?」

「いや、何でもないさ。俺は部屋に戻っているぞ?」

「わかった、後でな」

 

そうして廊下で別れる。

一夏がいないというのならば部屋に一人でいる事になるが、まぁ少なくとも海や食事の時のように疑いの眼差しを向けられる事はないだろう。

もう女子達は各々の部屋に戻っている。

ようやく安堵出来ると思いながら意気揚々と部屋へと入ったのだが……。

 

「ようやく戻ってきたか」

「「「「「えっ?」」」」」

「……はい?」

 

俺と一夏の部屋としてあてがわれた教員エリアの最奥には、何故か知らないが一夏ハーレムが全員集合していた。

 

「……何故ここに皆さんが?」

 

余りにも理解しがたいこの状況に俺は聞かずにはいられなかった。

教官と金髪ロングがいる事はわかってはいたが……。

だが、教官がニヤニヤ笑っているところを見ると間違いなく元凶ないし犯人は教官だろう。

 

「別に。一夏にマッサージをさせていたら聞き耳を立てている小娘どもがいたからな。招き入れて説教していただけだ」

「ビール片手に……ですか?」

 

俺は教官が片手に持っている星のマークがきらりと光る缶に、目を向けつつそう問うてみたけれど……。

 

「ビール? 何を言う。これは泡の出る飲み物だ」

 

あっさりとそれを否定して、缶の中身を呷った。

規則と規律に厳しく正しく、厳戒態勢の教官にしては珍しい。

しかも手回しがいいというのか、前面居座る女子五人の手にはそれぞれ冷蔵庫に入っていたであろうジュースが封を開けた状態で手にしていた。

おそらく口封じだろう。

 

でも何でここで飲み物を……? あぁ。そう言う事か

 

そこで俺は五人の女子が見慣れた女子である事に気づいて、思わず口を開いた。

 

「弟はお前らにはやらん、とでもいったんですか?」

「「「「「~~~~~っ!!!」」」」」

 

どうやら大正解らしい。

その場にいる全員が顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

その様子を見て、教官が大爆笑した。

 

「くくくくく。お前らの気持ちはどうやら丸わかりらしいな。まぁこいつにわかったところで何の得にもならないだろうが」

 

教官のその口調は実に「面白いおもちゃを見て楽しむ人」でしかなく、随分と愉快そうにしている。

恥ずかしかったらしく五人全員から睨まれたのだが、頬を真っ赤にしているその目線は、ちっとも怖くなかった。

 

まぁ女性ばかりのこの空間は恐ろしいが……

 

というか本音を言うと今すぐに出て行ってほしい。

 

「まぁいい。私からは以上だ。せいぜい頑張るんだな。さぁ部屋に戻れ。今度は門国と話がある」

 

……話って何ですか!?

 

突然の事で俺は思わず固まってしまう。

だけど、教官が手にした缶を軽く振ったのを見て、その内容がわかった。

 

あぁ、本当にやるんですか?

 

前回の買い物の時に買わされた酒類。

一応と思い持ってきたが、どうやら正解だったようだ。

 

っていうか仕事は?

 

「この男と二人になるというのですか!?」

 

教官の本日のお仕事は終了したのか心配していると、泡食ったように銀髪ちびっ子娘が大声を張り上げていた。

 

「? 何か問題でもあるか? ここからは大人の時間だ」

「こんな男と二人きりでいるなど……私は反対です!」

「何をそんなに……あぁ。お前まだ門国がストーカーだと疑っているのか?」

 

銀髪娘の剣幕に、教官はその剣幕の原因を言い当てて見せた。

まぁこの銀髪ちびっ子に至ってはそれだけでなく先日の金髪カール娘との試合も、俺を嫌う原因となっているが……。

 

「疑うも何もそれ以外にも、この男にはまるで覇気が感じられません。教官自らが指導しているにも関わらず、その成果がまるで見られない!」

 

うわぁ~~~~~その通りだから何も言い返せない……

 

事実俺のISの技量は結局ほとんど向上していない。

まぁ普通に動かせるようになってはいるがそれでも他の子の成長速度と比べるとだめな子である。

 

「意識が甘く、軍人とも思えないその軟弱な姿。そして先日の山田先生のストーカー事件。さらには昼間の件も! こんな程度の低い男を何故教官がそこまで――」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「っ!?」

 

銀髪娘の声を遮り、教官の怒号が部屋内部に響き渡る。

その声に、そしてその総身から溢れる怒気に、その場にいる誰もが言葉を発する事が出来なかった。

 

「貴様はどうしてそう選民思想が抜けないのだ? 前にも言ったはずだぞ? 選ばれた人間気取りでいるなと」

「そ、それは……」

「もっと視野を広く持て。一つの事実だけが全てだと考えるな。そうでなければ単一思考になってしまうぞ。いいからもう出て行け」

「っ!?」

 

追い払われるようなその言葉に、ラウラが息をのむ。

この子の教官に対する崇拝っぷりは端から見ててわかるくらいだから、ショックだったのだろう。

挨拶もせずに立ち上がり、部屋の入り口で佇む俺を睨みつけて、荒々しく部屋を出て行ってしまった。

その目に、悔し涙を浮かべながら……。

 

「待って! ラウラ!」

 

同室の子である金髪ボーイッシュのシャルロットが銀髪娘の後を追い、それについていくように他の子達も部屋を出て行った。

後には妙に静まりかえった俺と教官だけが残された。

 

「やれやれ。少し言い過ぎたか?」

「やれやれ……は俺の台詞ですよ教官。これ以上あの銀髪の子の神経を逆なでしないでください」

 

溜め息混じりに苦笑いする教官を見て、俺はがっくりと肩を落とした。

先ほどの涙と睨み方。

間違いなく俺が悪者になっている。

まぁ彼女からしたら愛しの教官に寵愛を受けている風に見えるのかもしれない。

 

「しかしまぁ……貴様も自業自得とはいえ、苦労するなぁ」

「……それをあなたが言いますか教官? 今の一件は間違いなく教官にも責任がありますよ?」

「ほう? そもそもストーカーに間違われるような事をしたのは貴様だぞ? それに昼間の件もあるしな」

 

ぐっ! 痛いところを……

 

それを言われたら何も言えず、俺は再び肩を落とす。

それ楽しげに見ながら、教官は自分の前の床を手で叩き俺に座れと促した。

それに従い、旅行バッグからタオルで厳重に防御しておいた酒を持って教官の前へと座る。

ちなみにグラスも持ってきていたりする。

 

「しかしまぁ……ストーカー事件の時に思ったが、相変わらず不器用な生き方をしているな貴様も」

「……そうですね。否定できません」

 

教官のその言葉に、俺は苦笑せざるを得なかった。

持ってきたグラスを教官に手渡し、そのまま静かにブランデーを注ぐ。

そしてそのお返しなのか、教官がもう一つのグラスに俺の分を注いでくれたので俺はそれに礼を言って受け取った。

 

「確かに年上で肩身も狭いだろうが、もっと少し堂々としていろ。海に来てまで昼寝する必要はあるまい? いくら女子達を安心させるとはいえ。せめて一泳ぎすればよかっただろう?」

「……そうかもしれませんが、まぁやはりあの重圧の中で泳ぐのはちょっと」

「やれやれだな」

 

心底呆れた、とでも言いたげだった。

俺としてもそう思うので苦笑いするしかない。

 

「まぁ、あまり時間もないがのんびりするとしよう」

 

溜め息を吐きつつ、苦笑しながらそういう教官にはちょっとどんよりとした空気が漂っていた。

確かに、若さ溢れる年頃の乙女達の就寝見回りは熾烈を極めるのだろう。

 

「お仕事お疲れ様です」

「あぁ、全くだ。若い女子のバカどもを手なずけるのは実に面倒だ」

「あの~織斑先生? いらっしゃいますか?」

 

そうして乾杯をすると、遠慮がちに部屋をノックしながら誰かがそう言ってきた。

口調と声がどう考えても山田先生だ。

おそらく自分たちの部屋にいなかったから隣の部屋であり、一夏の部屋でもあるここにいると思って来たのだろう。

 

……うわっ顔合わせづらい

 

昼間の……胸をわしづかみにしてしまったことがあって、今顔を合わせたら俺はどうなるかわかったものではない。

 

「あぁ山田君か。入ってきてくれ」

「? はい失礼します」

「え、ちょっと教官!?」

 

一夏がいると思ったのか、遠慮がちに山田先生が部屋へと入ってくる。

 

っていうかわかっているはずなのにあなたどうして山田先生を招き入れてるんですか!?

 

しかもここは一応俺と一夏の部屋なのだが……。

そうして俺が戸惑っていると、無情にも部屋のドアが開き入ってきたのは、胸のサイズ故に窮屈そうに浴衣を着ている山田先生だった。

 

「って!? 門国さん!? ど、どうしてここに!?」

「どうしても何も、ここはこいつの部屋だぞ山田君」

「……お疲れ様です」

 

ニヤニヤ笑って楽しんでいる教官に心の中でため息をつきつつ、俺は極力山田先生を見ないようにして返事をする。

顔を見ていないので何とも言えないが、その声色や声の響き方から判断するに、山田先生も平静ではないようだ。

 

……まぁそうだろうけど…………

 

故意ではないとはいえ、彼氏でもない男に胸を鷲掴みされて普通でいられるような性格ではないだろう。

しかも聞いたところによると山田先生は今のところ男性経験……というか男と付き合ったこともないらしい。

この性格……っていうか容姿とか顔とかで、よくぞ今までだれも男が声をかけなかったものである。

 

「あ、そ、そういえばそうでしたね。って! それよりも織斑先生! もう見回りの時間ですよ!」

「何だもうそんな時間か? 他の先生方は?」

「え? まだ見回りをしてませんけど……」

「ならいいじゃないか。とりあえずこれを飲んでからで」

 

結局……飲むことは飲むんですね……

 

まぁ俺も飲酒は趣味のひとつなので人のことを言えた義理ではないのだが……しかし仕事中に飲むのはどうだろうなぁ、と思う俺だった。

まぁそれでも飲みたいときに飲めないというのは確かに辛いものがあるし、それに完全に仕事をほっぽらかすような人ではない。

 

「で、ですが織斑先生!」

「まぁそう堅い事を言うな山田君。ちゃんと仕事はする。お、そうだ」

 

なんか悪巧みでも考えましたか?

 

何でかまるで新たなおもちゃを見つけた人の悪い笑み、っていうかいたずらっ子の笑みを浮かべる教官に俺は薄ら寒い予感を抱かずにはいられなかった。

そし、それは違えることなく的中した……。

 

「山田君。君も一杯どうだ?」

「な!? 何を言ってるんですか!?」

「別に酔いつぶれるほど飲めと言ってるんじゃない。ただ一杯一緒にどうだ、と言っているだけだ」

 

いや、結局言ってる事は変わってないですからね?

 

「……わかりました」

 

どうやら飲まないと仕事をしてくれないと悟ったのか、渋々と、そして憮然としながら山田先生が部屋へと足を踏み入れて、少し離れて俺の横に座った。

その様子をニヤニヤと、笑いながら教官は見届けて、部屋に備え付けであった湯飲みを持たせて、目一杯ブランデーを注ぐ。

 

「では、昼間のビーチバレーの健闘に乾杯」

「「ぶっ!?」」

 

教官の意外な口撃に、俺と山田先生は思わず吹き出しそうになってしまった。

まぁまだ口に何も含んでいなかったので汚いものをぶちまけなくてすんだが。

 

「えほっ、けほっ。お、織斑先生!」

 

やはりというべきか、一番のダメージを負ったのは山田先生だった。

そして事件を思い出してしまった俺も、酒を入れてないにも関わらず頬が上気しているのがわかる。

そんな俺たちを教官は面白そうに笑いながら見つめていた。

 

「ん? 何か間違っていたか?」

「間違っていたか? って、そう言う事じゃなくてですね!」

「門国も黙ってないで何か言ったらどうだ? 感想とか」

「織斑先生!!」

「わかったわかった。私が悪かった」

 

すでに少し酔っているのか知らないが、両手を芝居のように挙げながら降参の意図を示す。

だけどそれでも山田先生はご機嫌斜めらしく、かわいらしく頬をふくらませていた。

 

「しかし、まさか本当に体質が治っていないとは思わなかったぞ門国」

「……そう簡単に治す事は出来ませんよ」

「体質……ですか?」

「えぇ。まぁ。余り女性と接した事がなかったためか、女性が得意でなく……。特に……女性と触れあうのも苦手でして……」

 

昼間のように、……余りにも直接的に触れたりするとああなったりする。

が、今回は間違いなく過去最高の出血量だろう。

鷲掴みしたのは……初めてだし。

 

体の拒否反応……なんだろうな。もしくは予防線か……

 

「こいつは自衛隊時代からそうでな。間違って女の入浴姿とか見た場合の処理も大変だった」

「誤解招く言い方やめてください。確かに見ましたがあれは教官が入浴時間を間違えたせいですよ?」

 

ちなみに、この体質を何故教官がしているのかというと、入浴の交代時間を教官が間違えてしまい、俺が一人で入っていた風呂に教官が誤って入ってきた事があり……その時も俺はぶっ倒れた。

 

「そうだったんですか」

「とはいえ……昼間に私がした事はとてもではないですが、許される事でもありません」

 

俺は確かに山田先生を護る、というか怪我させないために咄嗟に手を差し伸べたのは事実だが、それでも俺が事故とはいえ触れてしまった事は、褒められた事ではない。

俺は一度正座をして山田先生に向き直ると、深々と土下座をした。

 

「本当に、申し訳ありませんでした」

「そ、そんな! 頭を上げてください門国さん。あれがわざとだったなんて、私は全く思ってませんから。それに、事故ですし」

「ですが」

「そこらでやめろ門国。また前の店の時のように互いに頭を下げ合う状態になるだけだ」

 

俺が山田先生の言に返そうと思ったら、教官が先に俺の言葉を封じてしまった。

そしてその教官の台詞で、水着選びの事を思い出したのか、山田先生が何も言ってこなくなった。

顔を上げていないので何とも言えないが、おそらく顔を真っ赤にして恥ずかしがっているに違いない。

 

「別にそこまで気にしなくていい門国。お前も山田先生も、互いに異性の経験が無いのだ。むしろお前が揉んでやらなければ当分揉むやつがいなかったんだから、ちょうど良かったじゃないか」

「「ぶっ!?」」

 

余りにも……あれな教官の発言に、再度俺と山田先生がむせる。

もうすでに酔っているのかわからないが、だんだん言っている事が過激になっている気がする……。

 

「もう! 織斑先生!」

「何だ? 男性との交際関係がないのは事実だろう?」

「そうですけど……もう少し言い方を考えてください」

「……本当に申し訳ありませんでした」

「何で門国さんが謝るんですか!?」

「いえ……その……まだやはり罪の念が……」

「もう!! 気にしなくていいです! ちょうどお酒があるんですから、これで互いに流しましょう!」

 

顔を上げると、そこには顔を真っ赤にした山田先生が湯飲みを俺の方に突き出しており……。

俺としては流してはまずいと思ったのだが、しかしここで会話の流れを断ち切っておかないと、またぞろ教官が何を言い出すのかわからないので、俺は山田先生の優しさに心の中で謝りながら、自身が持っているグラスを軽く打ち付けた。

 

「ふむ、では改めて」

「「「乾杯」」」

 

教官はグラスの半分ほど、俺は舐めるように飲むために口を湿らす程度。

そしてここで驚いたのは、なんと山田先生が一気に杯を呷った事だった。

 

「おぉ? すごいな山田君」

「いやすごいって……ポールジローの濃度は……50度近くですよ……」

 

山田先生がどれほどお酒に強いか知らないが、それでも50度近い酒の一気飲みは純粋に危ない……。

飲み終えると同時に、山田先生が顔をうつむける。

俺は内心ビクビクしながら見守っていると、ガバッと顔を上げた。

 

「おいしいですね。これ」

「え……えぇ、まぁ。そこそこいいお酒ですし」

「もう一杯いただいてもいいですか?」

「構わんぞ。もっとやれ山田君」

 

……何を考えているんですか? 教官?

 

止めように止める前にすでに山田先生の湯飲みには酒が注がれた後で……。

それからしばらくその状態が続くと……。

 

「それでね。私はみんなにいったんです……。門国さんはストーカーじゃないって。そしたら皆さん、『脅されてるの?』って本気で心配してくれて……そんなに頼りなく見えてるんでしょうか私……」

「……はぁ」

 

約十分後。

見事にできあがってしまった山田先生。

何でか知らないが、愚痴を言い始めてしまって……しかも焚きつけたっていうか元凶とも言える教官が……。

 

「見回りに行ってくる。山田君の事は任せる」

「いや任せるって教官!? 山田先生も仕事があるんじゃないんですか!?」

「私がごまかしておく。お前は山田君の事を頼んだぞ」

 

と、先ほど出て行ってしまった……。

 

どうすればいいのですか教官!?

 

「何とかしようと頑張ったんですけど……どうにも出来なくて……私はやっぱりだめな先生です!!」

「いえ、決してそのような事は……って、あぁもうこれ以上お飲みにならない方が……」

 

しかし俺の制止もむなしく山田先生はさらにっていかもはやラッパ飲みで飲み始めている。

しかも酔ったせいで自分の状況……状態が掴めていないらしく、服装も格好も気にせずに飲んでいる。

そのおかげで見えそうになるので、俺はすぐさまピントをぼやかした上に、顔以外に見ないようにした。

 

「ともかくもうこれ以上飲んではいけません」

「何でですか~……おいしいのに」

「だめです。もう、とりあえず落ち着いてくださ!?」

「うふふ~。暖かい……」

 

何とか酒瓶を奪取できたのだが、なんとその隙を突いて山田先生が撓垂れかかってきた。

そうなると俺の体に女性的部分が当たるわけで……。

 

ギャァァァァァァァァァァ!!!!

 

一瞬……心の奥底に、恐怖が宿ったが、かといってそれで振り払うわけにも行かなかった。

 

「門国さんは私の事どう思っているんですか?」

「ど……どう……どうって、立派な先生であると思っております!!!」

「……本当ですか?」

「本当です。とりあえず横になられた方が……」

「う~。そうします」

 

何でか知らないが俺の言う事に素直に従ってくれた山田先生だったが、するとどういう訳か、あぐらを掻いて座っている俺の足を枕にして横になってしまった。

 

「……は?」

「スゥ~、スゥ~」

 

それを止める事も出来ず、しかも横になった瞬間に冗談抜きで寝てしまった。

しかも何でか知らないが、俺の足を片手で握りしめているために動く事も出来ない。

 

……なにこれ?

 

思わず思考が停止してしまいそうだが……ここで停止してしまってはまずい。

とりあえず俺は動ける範囲で、証拠隠滅(酒)を行う。

幸いにして開けた酒瓶は一本のみでそれはすでに空。

グラスも手の届く範囲においてあったので、それらも回収してひとまず鞄の中に入れて隠す。

窓を開けていたのは運が良かったと言える。

そのうち臭いもどうにかなるだろう。

そして最後に、俺は予備のバスタオルで山田先生のはだけた浴衣を隠し、漸くひとまず一息を着く事が可能となった。

 

が……

 

「……どうすればいいの?」

 

ガチャ

 

その俺に答えるように、部屋のドアが開いた音が響く……。

 

誰が入ってきたかわからないが、この状態はいろいろとまずい!?

 

再び変態扱いされてしまう!

が、動きを止められてしまっている俺には……入ってきた人物を止める手段を持ち得てはいなかった。

 



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臨海学校 二日目

合宿二日目。

本日は午前から夜まで丸一日ISの各種装備の試験運用とデータ収集を行う。

特に、仮の専用機持ちである俺と違い、本当の専用機持ちの一夏、金髪ロング、ツインテール、金髪ボーイッシュ、銀髪ちび娘の五名は、代表候補生であり、その専用機のために開発された大量の武装を待っているのだから苦労しそうである。

ちなみに俺の本日のメニューは二つ目(・・・)の武装の装備とそれを用いての実戦運用を想定しての稼働試験である。

ちなみに全員がISを装着しての試験運用なので当然全員すでにISスーツ着用済み。

そして専用機持ちはいつでもISを展開出来るように装着済みだ。

俺も手甲グローブが待機状態の守鉄を装着している。

 

「皆さん今日は昨日と違って実戦運用を想定した稼働試験です。気を抜かないでくださいね!」

 

と、副担任である山田先生のお言葉。

ちなみに、昨夜俺の部屋で寝てしまった山田先生は、その直後に部屋へと戻ってきた一夏と供にどうにか部屋へと運んで事なきを得た。

教員区域の最奥だったために人目に見られる事もなく、俺は無事に寝る事が出来たのだった。

一夏も最初は騒いだが、それでもすぐに俺の言う事を信じてくれて、特に問題は起こっていなかった。

 

まぁ運び方がえっらいひどい運び方したけどね……

 

俺が女性が苦手なために、布団に寝かせた山田先生を、俺と一夏が布団の四方を持って、そのまま運ぶという……割と危ない運び方をしたのだ。

幸い無事に《いろんな意味で》運ぶ事が出来たが……。

ちなみに夕食同様、職員とは食事をする場所が違うので、俺は今日山田先生とは会話をしていない。

むしろしない方が今は都合がいいのでちょうどいい。

 

今のところ異常はないか……

 

そう今日の予定を考えながら、俺は周囲の警戒を行っていた。

今のところこういったイベントに限って、一夏を狙う謎の組織が行動を仕掛けてくる。

臨海学校という、野外での活動のために学園側も万全の用意をしているだろうが、用心に超した事はないだろう。

 

「ようやく全員揃ったか。……おい遅刻者」

「は、はいっ」

 

教官に呼ばれて前に出たのはなんと俺と同じ軍人である、銀髪ちびっ子のラウラであった。

何でか遅刻したのかは謎だが、五分遅刻してやってきたのである。

 

「そうだな……ISのコアネットワークについて説明してみろ」

「は、はい。ISのコアネットワークは……」

 

その後少々長めの説明が続き、教官もその説明に満足して遅刻の件はそれで許された。

許しを得て、息を吐く銀髪ちびっ子。

胸をなで下ろしているのは間違いなく教官の恐怖を知っているのだろう。

俺もそれを知っているので、妙な親近感が沸いてしまった。

 

まぁ……嫌われているが

 

「さて、これで各班ごとに振り分けられた装備の試験を行え。専用気持ちは専用パーツテストだ。全員迅速に行え」

 

その教官の言葉に一同が返事をしてそれぞれの故魚津に移る。

ちなみに今はIS試験用のビーチにおり、四方を切り立った崖に囲まれている。

ここにボートで搬入された新型装備のテストが今回の合宿の目的である。

 

「篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

「はい」

 

そうして全員が動いている中、教官が一夏ハーレムの一人、撫子ポニーの篠ノ之箒を呼び止める。

 

「お前には今日から専用……」

「ちーちゃ~~~~~~~~~~~~~ん!」

 

教官の言葉を遮って、砂塵を上げながら謎の人影が走ってくる。

俺は念のために、すぐに一夏をかばえるようにさりげなく一夏の背後へと移動する。

ここは普通に一般人立ち入り禁止区域だ。

それをここまで易々と抜けてくるとは……。

 

だけどここまで姿をさらしたら意味が無いのでは?

 

俺は走り寄ってくる人物の行動が読めず首をかしげてしまう。

が俺の思案も、行動もそれは無駄に終わった。

 

「……束」

 

ぼそりと、うんざりしながら教官がそう呟く。

どうやらあの走り寄ってきている人物は教官の知り合いのようだ。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さぁ、ハグハグしよう! アイを確かめ――ぶへっ!」

 

飛びかかってきた謎の人物を、教官が無言のアイアンクロー。

さすが教官、一切の手加減抜き。

 

「うるさいぞ束」

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないなぁ」

 

しばしつかまっていたが、それでもすぐに教官の腕からその人はのがれた。

 

おぉ!? この人教官のアイアンクローから抜け出した!?

 

身のこなしが完全に素人なのに、教官の拘束から抜け出すとは……教官の癖などを熟知していると言うことだろうか?

俺が呆然としていると、拘束から抜け出したその束と言う人は今度は撫子ポニーへと向き直った。

 

「やあ!」

「……どうも」

 

撫子ポニーとも知り合い?

 

本当に誰なのだろうかこの人物。

どこかで見た記憶がある気もするのだが……。

 

「おい束。自己紹介ぐらいしろ。うちの生徒達が困っている」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の篠ノ之束さんだよ、はろー! 終わり」

 

……は? 篠ノ之束……ってIS開発者の束博士か!?

 

その言葉で漸く俺の謎は全て氷解した。

見覚えもあり、ただ者でもないはずである。

なぜなら篠ノ之束という人物は、ISを開発した天才科学者の束博士なのだから……。

 

 

 

しばらく二人で漫才をしていると、その後になんと束博士はとんでもない者を召還したのだ。

 

「それで頼んでおいたものは……?」

「うっふっふ。それはすでに準備済みだよ。さぁ大空をご覧あれ!」

 

そう叫ぶと砂浜に金属の塊が落下したのだ。

そしてそれは一部の壁が倒れると、中からとんでもないものが出てきたのだ。

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製だよ」

 

真紅の装甲にその身を包んでいる機体。

束博士いわく、現行ISを上回る性能を持つらしい。

 

……夢か?

 

思わず俺は天を仰いでしまった。

全世界が探している天才科学者が目の前にいて、しかもその人が謎のISを妹のためだけに持参して来たのだ。

 

これは……俺はどうすればいい?

 

普通ならば上司に報告すべきなのだろうが……俺の今の立場は一介の学生に過ぎない。

一応仕事としてここ、IS学園に来ているために給料はもらっているがそれでも俺は学生だ。

報告はした方がいいだろうが、それでもこの場で拘束はしなくてもいいだろう。

というよりもその程度で捕まっているのならばこの人はとっくに行方不明者ではなくなっているだろう。

そうこうしている内にフィッティングも終了したらしく、次は一夏のISを展開させて、そのデータを見ている。

世界でも二人しかいない男のISのデータは天才科学者の束博士でも気になるものがあるのだろう。

 

「さて、いっくんはこれでいいとして……」

 

なんか一夏の白式を燕尾服に改造したりとか、女の子の姿に変えるとか、なんか変な事をいてからかうのに満足したのか、ディスプレイを閉じると、途端に雰囲気が変化し、俺へと接近してくる。

 

「君が……二人目の男のIS操縦者?」

「は、はい。門国護と申します」

 

今までの陽気な雰囲気から180度変わったその態度に戸惑いつつも、俺は気を付け、をしながら返事をする。

そして、そんな俺を束博士はじろじろと鋭く冷たい目つきで見つめていた。

 

「どうして君みたいな人間がISを使えるんだろうね? いっくんみたいに手を加えた訳じゃないのに……。とりあえず展開して」

「はっ」

 

……手を加えた?

 

束博士の冷たい目線に若干の恐怖を覚えつつ、俺は博士が口にしたその言葉が気になってしまった。

が、とりあえず俺は守鉄を展開する。

何故か逆らう事が出来なかった。

 

「えい」

 

そうして有無を言わさずに博士は守鉄にコードを差し込んだ。

すると一夏と同様、複数のディスプレイが空中へと浮かび上がる。

 

「……いっくんとも違う別のパターンのフラグメントマップ……。本当にどうして動くんだろうね」

 

それは是非とも俺が知りたいです

 

不思議そうにディスプレイを見つめる博士を、俺は内心怯えながら見つめていた。

しかしそれ以降も何かぶつぶつと言いながら博士は俺の事を睨みつけている。

 

「ん~……わからないなぁ。確かに自己進化するように設定したんだけど……」

「あの……博士?」

「うん。私にもさっぱりだね。でも不思議だから調べよう」

 

そんな言葉を言いながら途端に陽気になった博士。

しかし……その目は全く笑っていなかった。

 

「よし、君をナノ単位まで分解しよう! そうしよう! そうすればきっと謎が解明……」

「いいわけあるか!」

 

ガンッ!

 

両手をワキワキさせながら、俺ににじり寄ってきた博士を、教官は問答無用で頭をぶん殴った。

 

「い、いたいよちーちゃん!」

「あー、ごほんごほん」

 

そうして再び教官達が漫才をしていると、パーソなライズを終えた妹の撫子ポニーがわざとらしく咳払いをする。

そうして博士が妹の専用ISの説明を行って、それを撫子ポニーがテストして、軽く性能を垣間見たのだが……。

 

…………なんじゃありゃ?

 

はっきり言ってあり得ないくらいに性能がいい。

確かに博士の言うとおり間違いなく最強のISだろう。

スピード、パワー、攻撃方法、旋回性能……。

ありとあらゆる面で間違いなく最強だ。

 

「たっ、た、大変です! 織斑先生!」

 

そうしていると、山田先生が慌てながら教官へと近づいていく。

山田先生がいつも以上に慌てており、その様子は尋常じゃない。

俺は先ほど同様、静かに一夏のそばへと寄っておく。

 

……何かあったか?

 

「どうした?」

「こ、これを!」

 

山田先生が手にしていた小型端末を見て、教官の表情が曇った。

 

「特務任務レベルA、現時刻より対策を始められたし」

「ハワイ沖で試験稼働していた……」

「しっ。機密事項を口にするな」

「す、すみません」

 

教官と山田先生が小さな声でやりとりを行っている。

しかも数人の視線に気づいてか、会話ではなくなんと手話でやりとりを始めた。

 

……まぁ俺はわかるんだけが

 

どうやら自衛隊でも採用されている軍用手話とほとんど同じようだ。

本来は見てはいけないのだが、俺は興味に打ち勝つ事が出来ず、さりげなくその手話を見つめる。

 

アメリカ・イスラエル共同開発第三世代IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走?

 

どうやらただならぬ事態のようだ。

軍用ISが暴走とは……穏やかではない。

 

「全員注目! 現時刻よりIS学園教員は特殊任務に入る。テスト中止、各班はISを片付けて旅館へと戻れ。連絡あるまで自室内待機。以上だ!」

「ちゅ、中止? 特殊任務って……」

「状況が全然わからないんですけど」

 

突然であり、そして不測の事態に女子一同が騒がしくなる。

不慣れとはいえ、一応の軍事訓練を行っているはずなのに……少々情けない。

 

「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外へ出た者は身柄を拘束する! いいな」

「「「は、はい!」」」

 

その言葉に漸く全員が慌てて動き出す。

装備の解除、ISの機動終了に片付け、をあわただしく行っている。

俺もそれに合わせて自身のISの展開をやめて待機状態に移行し、片付けを行おうとした……。

 

「専用機持ちは全員集合! 織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、(ファン)! それと篠ノ之と門国」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

え? 俺も?

 

「貴様もだ門国! さっさと来い!」

「了解!」

 

確かに学園のISの打鉄とはいえ専用機持ちに代わりはないのだが……まさか俺も呼ばれるとは思わなかったので少々驚いてしまった。

が、すぐに意識を切り替えると、教官と山田先生の後へと続いていった。

 

 

 

「では状況を説明する」

 

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間で、俺を合わせた専用機持ち全員と教師陣が集合していた。

照明を落とした薄暗い室内には、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

何でも二時間前にハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発第三世代ISの『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走したらしい。

 

なるほど……

 

その状況で専用機持ちが集まった理由はただ一つ、それを俺たち専用機持ちに対処させるという事なのだろう。

 

「教員は学園の訓練機を用いて空域と海域の閉鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

やはりか

 

「それでは作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」

「目標ISの詳細スペックデータを要求します」

「良かろう。だがこれは二カ国の重要軍事機密だ。口外はするな」

「了解しました」

 

教官の言葉に一夏と撫子ポニーを除く全員が首肯した。

おそらく二人はこういった場面に遭遇した事がないのだろう。

それはそうだ。

代表候補生四人、IS学園の教師陣は元代表か元代表候補生。

そして俺は軍人。

だが、二人だけは一応一般人に入る。

 

まぁ男のIS操者と、束博士の身内って時点で一般とは言い難いかもしれないが……

 

「広域殲滅の特殊射撃型……私のISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「攻撃と機動を特化させた機体。しかもスペック上ではあたしの甲龍を上回ってる」

「特殊武装がくせ者って感じだね。本国からリヴァイブ用の防御パッケージが来てるけど……」

 

次々に敵機ISの問題点や、気になった点を列挙していく。

その表情は皆真剣で、さすが代表候補生と言えた。

 

「しかし唯一の利点は試験運用という事で接近戦武装を搭載していない事だ。ナイフすら積んでいない」

 

確かに……

 

どうやらとりあえず射撃兵装のテストを行おうとしていたらしく、スペックデータには格闘装備が一切表示されていなかった。

隠蔽されている可能性も無くはないが、試験のスタッフから直接送られてきたデータだ。

最大の特徴である翼とも言える巨大な特殊武装のデータが載っているのに、格闘データが載っていないのはおかしい。

 

「教官。偵察は行えないのですか?」

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速450キロを超えるとある。アプローチはおそらく一回が限界だろう」

「と、なると……一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たる事に」

 

その山田先生の声に、全員が一夏の方へと目を向けた。

 

「え?」

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

「ただ問題は……」

「どうやって運ぶかだね。エネルギーは全部零落白夜で使わないといけないし」

「しかも目標に追いつける速度で無ければ……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

 

「「「「当然」」」」

「……まぁ一夏しかいないだろう」

 

代表候補生の声が見事に重なり、続いて俺の声が静かな室内に響き渡る。

 

「織斑。これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

「やります! 俺がやって見せます!」

 

教官の言葉に、一夏が力強くそう返した。

ムキになったのではなく、たった一言だけで覚悟を据えた男の表情をしていた。

そこら辺は純粋に一夏のすごいところである。

 

「さて、どうやって織斑を運ぶ……」

「ちーちゃん! 私にいい考えがあるよ!」

 

教官が次の問題に移ろうとしたそのとき、いきなり真剣な雰囲気をぶちこわす、底抜けに明るい声が室内を駆けめぐった。

発生源はなんと天井からで、部屋のど真ん中の天井から束博士が首を覗かせていた。

 

「とう★」

 

くるりと、空中で見事に一回転しながら着地した博士。

教官のアイアンクローを外した事と言い、この人も大概に人外だ。

 

「ここは断然! 紅椿の出番だよ!」

「なに?」

「紅椿はパッケージなしでも超高速機動が可能なのだ!」

 

紅椿のスペックデータを中央の空中投影ディスプレイに移しながら、陽気に話す束博士。

ちなみにパッケージとは、ISの換装装備の事であり、武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式の事を指し、その種類は豊富で多岐にわたる。

中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』と言うのも存在しているらしい。

 

っていうかパッケージなしで超高速機動が可能? なんだそれ?

 

そうして俺が疑問に思っていると、それに答えるように中央のディスプレイに紅椿のスペックデータが表示される。

しかも説明を聞いていると、この紅椿とやらは第四世代のISらしい。

第一世代は『ISの実用化』を目指し、第二世代は後付武装による多様化、第三世代は『操縦者のイメージインターフェイスを利用した特殊兵器の実装』であり、その上を行く第四世代は『パッケージ換装を必要としない万能機』……らしい。

何故らしいのかと言うと、第四世代なんぞ机上の空論でしかないからだ。

各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材を全てつぎ込んで開発を行っているのは第三世代。

しかも第三世代の一号機が完成したばかりの段階と言っていい。

しかしそれを全てぶち抜いて、束博士はもう第四世代を開発、完成させたという……。

展開装甲という機構を搭載し、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能の万能機。

間違いなく最強の機体である。

 

……本当に化け物なんだなこの人

 

ちなみに、一夏の白式にもその展開装甲の試作型が採用されているらしく、一夏の白式も第四世代のようなものらしい……。

 

「それにしてもあれだね~。海で暴走って言うと十年前の白騎士事件を思い出すね~」

 

にこにことした表情で語り出す束博士の横で、教官が『しまった』という表情をしていた。

『白騎士事件』

 

世に初めてISが姿を現した事件であり、それは圧倒的だった。

何せ何故か知らないが、ハッキングによって日本に向けて発射された2341発のミサイルをその事件で突如として現れた白銀の装甲を纏ったIS、俗称白騎士が全て吹き飛ばしたのだから。

約半数を実体剣でぶった切り、残りの半数を当時試作品だった荷電粒子砲を召喚して蒸発させたのだ。

その謎のISを見て当然各国が躍起になって捕獲しようとしたが、全てのアプローチは無意味であり、その全てがことごとく撃破された。

しかも誰一人として死者を出さずに……。

ミサイル2341発、戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星を8基撃破および無力化した『究極の機動兵器』としてISは一夜にして世界中の人々の知るところになったのだった。

 

 

 

 

 

 

そして……俺が絶望した日でもあった……

 

 

 

 

 

 

「むふふ~それにしても白騎士って誰だったんだろうね~ちーちゃん?」

「しらん」

「うむん。私の予想ではバスト88センチの――」

 

ガンッ!

 

教官による情報端末攻撃。

容赦なさ過ぎです教官……。

 

「話を戻すぞ。束、紅椿の調整時間は?」

「七分あれば余裕だね★」

「よしでは本作戦は織斑、篠ノ之の両名による目標の追跡および撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員直ちに準備にかかれ」

 

 

 

こうして各々がそれぞれに準備を行い、それから約30分後……『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の無力化作戦が始まったのだった。

 

 

 



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作戦開始

アメリカ・イスラエル合同開発軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が暴走。

それに対処するために、偶然目標ISへとアプローチ可能な距離にいた、我らIS学園の専用機持ちがそれに対処する事を命ぜられ、その作戦に一撃必殺の攻撃力を持った一夏の白式、そして今回の作戦に当たる一時間ほど前にIS開発者の束博士から最強とも言えるISを受け取った妹の撫子ポニーの篠ノ之箒が、一夏を戦場まで運ぶ役目を担い、二名の共同作戦が決行された。

 

十一時四十二分。

二人がこの旅館より二キロ離れた空域で戦闘を行った。

が、結果として作戦は失敗に終わった。

IS学園の教師によって空域および海域が閉鎖されていたのだが、そこに密漁船が通りかかってしまい、それを守った一夏がエネルギー切れを起こし、さらに敵の攻撃から撫子ポニーを庇ったために傷を負って帰ってきたのだった。

結構な深い傷を負っていたが幸い命に別条はなかったが、それでも現在時刻十六時前。

三時間以上も一夏は目覚めないままだった。

そしてその傍らには幼なじみで作戦に同行した撫子ポニーの箒が、力なくうなだれて控えていた。

 

失敗ね……

 

作戦の細かいところはそこまでわからなかったが、相手の性能が予想以上の事に戸惑ってしまったのかもしれない。

しかし、それ以上に撫子ポニーは浮かれていた。

専用ISを手にしたからか……いやそれは手段であって目的ではない。

おそらくライバル達の中で唯一専用機を所持していない事に不安があったのだろう。

そしてそれを危惧してあまり仲が良いとも言えない姉に頼み、自分の専用機をもらった。

 

かわいらしいな

 

好きな人と並び立つために必死になったのがよくわかる。

だが、その好きな人である一夏は今怪我を負って意識不明。

同行した事で自分のせいだと攻めているのかもしれない。

趣味が悪いかもしれないが、一応一夏の護衛をかねている俺が余り遠くに行くわけにも行かないので、俺は部屋の外で待機していた。

すると一夏ハーレム軍団一員のツインテールのまな板娘がやってきて、荒々しく襖を開く。

 

パンッ!

 

なかなか大きな音に、中にいた人間……撫子ポニーが驚いていそうだ。

 

「あー、あー、わかりやすいわねぇ。一夏がこうなったのってあんたのせいなんでしょ?」

 

遠慮無く入っていったまな板ツインテが、ぶっきらぼうにそう言い放つ。

だがそれでも撫子ポニーは答えなかった。

 

「で、落ち込んでますって? っざけんじゃないわよ!」

 

不機嫌な雰囲気から一変し、烈火のごとく怒りを露わにしたツインテールのまな板娘。

中の様子は見ていないのでわからないが乱暴な事をしていないといいが……。

 

いや、ツインテールのまな板娘の性格からしたら……平手くらいはするか?

 

「遣るべき事があるでしょうが! 今戦わなくてどうすんのよ!」

「わ、私は……、もうISは……使わない」

「ッ――!!」

 

バシン!

 

あ、やっぱり……

 

タイミングって言うか時間こそ違うがやはり乱暴してしまったか。

まぁでも気持ちはわからないでもない。

 

「甘ったれてんじゃないわよ! 専用機持ちっつーのはね、そんなわがままが許されるような立場じゃないのよ! それともあんたは、戦うべき時に戦えない臆病者なの?」

 

やったことも言っている事も辛辣だが、その通りだった。

IS《武器》という物を手にしたにも関わらず、その武器に対する気構えや、覚悟が全く見受けられなかった。

剣道を長年行い、しかも真剣の稽古を行っているにも関わらず、そこら辺の事を忘れてしまっているのはさすがにいかがな物か?

 

まぁ、幼なじみで好きな人が自分のせいで怪我したんだから、平静でいられるわけもないか……

 

だが、忘れていただけだったみたいだ。

 

「どうしろと言うんだ! もう敵の居所もわからない! 戦えるなら、私だって戦う!」

 

さすがにああまで言われては撫子ポニーの心も動いたのか、激しく反論し出した。

先ほどの震えた声とは違い、その声には覇気が込められていた。

 

「やっとやる気になったわね。あーあ、めんどくさかった」

「な、何?」

「場所ならわかるわ、今ラウラが調べて――」

 

ツインテまな板娘がそう言うとほぼ同じタイミングで、銀髪ちびっ子が俺の前を通り過ぎて室内へと入っていく。

もちろんその時、俺を睨みつけていくのを忘れなかった。

 

「でたぞ。ここから三十キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は搭載されていないようだ。衛星による目視で確認した」

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

「ふん……。お前の方はどうなんだ?」

「準備なら出来てるわ。甲龍の攻撃特化パッケージはすでにインストール済み。シャルロットとセシリアはどうなの?」

「あぁ、それなら」

 

そして再び狙ったかのようなタイミングで残りの一夏ハーレム軍団が現れ、二人とも俺の前を通り過ぎて室内へと入っていく。

 

……マジで狙っているのか?

 

まぁそこまで暇では無いだろうが、余りにもタイミングが良すぎるのでそうくだらない事を勘ぐってしまう。

 

「たった今完了しましたわ」

「準備オッケーだよ。いつでもいける」

 

奇しくも図らずして専用機持ちが全員この場に集合した。

 

「で、あんたはどうするの?」

「私……私は……戦う! 戦って勝つ! 今度こそ負けはしない!」

「決まりね」

 

どうやら彼女たちは戦う事を選んだようだ。

一応待機命令を出されているのだが……それを無視してでも敵を取ろうとするとは……。

 

愛されているな一夏……

 

今は深く眠っている友人へとちらりと目線をやる。

だがそこにはやはり、さきほどから変わらず眠っている友人がいるだけだった。

 

「おい貴様」

「!?」

 

そうして一夏を見ていると、すぐそばにあの銀髪ちびっ子がやってきて俺に声を掛けてきた。

俺を毛嫌いしている銀髪ちびっ子がまさか俺に声を掛けてくるとは思っても見なかったので、俺は少々驚いてしまった。

 

「……何でしょう?」

「これから作戦会議を行う。貴様も来い」

 

 

 

「これから作戦会議を行う。貴様も来い」

 

苦々しい想いを飲み込んで、私は眼前の相手にそう告げた。

 

門国護……

 

教官の教えを受けながら、全くISの技術向上が見られないが私にとって憎むべき男。

しかもそれだけでなくストーカーと疑われるような軟派な行動もする人物。

しかしそんな人物を、何故か教官は気に掛けていて……。

覇気も感じられず、軍人としての資質まで疑ってしまうほどの人物。

正直そのほとんどが私にとっては気に入らなかった。

 

だが今は……

 

軍用ISを相手にするのだから少しでも戦力が欲しい。

だがかといって一般生徒を危険な目に遭わすわけにも行かない。

だが、この男は曲がりなりにも軍人であり、しかも専用機も所持しているので即戦力になりうる存在だ。

役に立つかどうかは謎だが、それでもいないよりは遙かにましだろう。

 

だが……

 

「……申し訳ありませんが、それには承伏しかねます」

「……なんだと?」

 

門国から帰ってきた返事はこの場にいる誰もが予想しなかった言葉だった。

 

「……気のせいか? 承伏しないと聞こえたのだが」

「聞こえませんでしたか? 私は作戦会議には参加しないと言ったのです」

「ど、どうしてですか!?」

 

その言葉に、シャルロットが詰め寄って問いかける。

その顔には驚きの表情が刻まれていた。

 

「どうしても何も……待機を命ぜられておりますので」

「待機って……あんた、たったそれだけの理由で一夏の弔い合戦に参加しないって言うの!?」

 

真っ先に言葉を返したのは、鈴だった。

好戦的とも言える鈴の性格から考えれば不思議ではない。

 

「……何か問題でも?」

 

だが……今の私にそんな事を考える余裕はなかった。

 

 

この男!!!

 

「あなた、友人である一夏さんがこんな怪我を負って何とも思っていませんの!?」

「思う事はあるし、心配ではありますが……それが独断行動をする理由にはならない。俺は教官に直々に独断行動を禁止されているからなおさら動く事は出来ません」

「!? あなた!? 自分の意志という物がありませんの!!!」

「意志ならありますよ。独断行動をしないという意志は」

「なっ! ……言葉遊びを!!! 見損ないましたわ!!!」

「もういい」

 

まだ続きそうだったこの不毛な会話を、私は静かに、だけど殺気も込めて終わらせた。

他のみんなはまだ何か言いたそうにしていたが、それでもこんなことをしている時間はない。

 

「確かに貴様のことは好きではなかった。だが、それでも友人のことでさえも心の動かない貴様には、失望した」

「……」

 

そう言って部屋を出ていくわたしに、皆が付いてくる。

だが、門国だけは何も言わずにその場にただ立ちつくしているだけだった。

 

 

 

海上三百メートル。

そこで制止していた『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は、まるで胎児のような格好で、うずくまっていた。

そこから五キロ離れた地点より、私は砲撃を行い戦闘が開始された。

シュヴァルツェア・レーゲンの砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した姿で、左右に八十口径レールカノン『ブリッツ』一門ずつ、そして四枚の物理シールドが左右と正面を守っていた。

 

『独断行動』

 

確かに、あの男の言っていたとおり、これは待機を命じられた私たちが起こした独断行動だ。

他の者達はまだ代表候補生であるだけまだましかもしれない。

だが、軍人である私とあの男からすれば命令は絶対でなければならない。

それはそうだろう。

部下が命令を守らなければ軍が浮つき、乱れてしまう。

本来ならば私が今行っている行動の方がおかしいのだ。

 

だが……

 

それでも友人として……好きな人を傷つけられて黙っているほど私は利口ではない。

それはあの男も一緒であると思っていた。

だけどそれは私の見込み違いだった。

別にあの男がこの作戦に参戦しなかった事に憤っているわけではない。

先ほど言ったように、独断行動を行っている私の方が褒められた物ではないのだ。

だが私が怒っているのは、あの男が作戦を行うといい、そしてセシリアや鈴などに言われても……何の感情も込められていない平静な声で返事をしたのが許せなかったのだ。

 

敵機接近まで……三千! くっ! 予想よりも速い!

 

砲戦仕様に変更し、遠距離攻撃力は向上したがその分機動力が犠牲になってしまっている。

接敵されて避けられない攻撃を繰り出されて若干焦ってしまう私だったが……。

 

「セシリア!」

 

私にのばされた腕が上空から垂直に降下してきた機体によって弾かれる。

蒼一色の機体、BT(ブルーティアーズ)によるステルスモードからの強襲だ。

ビットは全て腰部に接続されてブースターとして機能しており、されに右手には大型レーザーライフル『スターダストシューター』はその全長が二メートル以上もあり、ビットを機動に回している分の火力を補っていた。

他にも、物理シールドとエネルギーシールドの両方を備えた『ガーデンカーテン』を装備したシャルロットのリヴァイブ、攻撃特化パッケージ『崩山』を装備した鈴の甲龍、そして最後に、第四世代という破格の性能の箒の紅椿。

計五機のそれぞれの連携と波状攻撃で、どうにか敵を追い詰めていき……。

 

「たあああああ!!!」

 

とどめとして、武器を掴まれて窮地に陥っていた箒が、つま先の展開装甲を展開させてエネルギーのサーベルを繰り出して、敵の両翼を根本から切断し、崩れるように敵機は海へと堕ちていった。

 

「無事か!?」

「私は大丈夫だ。それよりも福音は……」

 

どうやら本当に無事なようだ。

その事に内心安堵しながら私は目標が堕ちた地点へと目を向ける。

するとそこに強烈な光の珠が浮かび上がってきていた。

 

「これは!? いったい何が……」

「!? まずい! これは『第二形態移行』(セカンド・シフト)だ!」

 

第二形態移行。

文字通り、ISが形態を変更させることである。

私がそう叫ぶと、それに呼応したかのように福音が自らを抱くようにうずくまっていた顔を上げた。

無機質なバイザーに覆われた顔からは何の表情も読み取れないが、そこには確かな敵意が会った。

 

『キアアアアアアアアア!!!』

「なにっ!?」

 

獣の咆吼のような声を発すると、瞬時に私に接近し、私の足を掴み、切断された頭部からゆっくりと、まるで蝶が孵化するかのように、エネルギーの翼が生えた。

 

「ラウラを離せ!」

「よせ! にげろ! こいつは……」

 

私の言葉は最後まで続かず、眩い光を放つエネルギーの翼に抱かれた。

抱かれた刹那、エネルギーの弾雨を零距離でくらい、私は全身をずたずたにされて海へと堕ちていく。

そして私を助けようとシャルロットも、敵のエネルギーの弾雨を浴びて、吹き飛ばされた。

シャルロットだけではない。

他の仲間達、箒、セシリア、鈴までもが敵の異常と言える攻撃にダメージを与えられて、満身創痍となってしまった。

 

まずい……今攻撃をされたらやられる!!!

 

ほとんどの機体がもうぼろぼろだ。

今攻撃を受けては最悪ISが強制解除されてしまえば、何の装備もないまま海へと堕ちてしまう。

 

「……」

 

攻撃してこない?

 

だが意外な事に、敵機は私たちをそれぞれ観察するだけで何も仕掛けてこなかった。

 

観察? ……何かを探して……まさか!?

 

敵機が何かを探している事に気づいて、私は敵が何を探しているのかわかってしまった。

そしてそれは違えることなく的中し、敵機は私たちがやってきた方向へと顔を向けてしまう。

 

「? どこ見て……ってまさか!!!」

 

みんなも敵が何を目的にしているのか気づいたようだ。

そう、敵はおそらく昼間に戦闘した一夏の事を探しているに違いない。

何故かそんな予感がしたのだ。

そしてそれを証明するかのように、敵機が私たちが来た方……旅館へと向かおうとする。

 

「まずいよ!! 敵が一夏の方へと向ってる!」

「で、ですが私たちは誰も満足に戦える状態では!?」

「でも行かないと……止めないと一夏が!?」

「くっ! 私の機体は……私が望んだ力は……」

 

敵の行動をどうにか止めようとするが、だが誰もが何もすることは出来なかった。

 

このまま指をくわえてみているしかないのか!?

 

遠くへと飛び去って行く敵機を見つめて、それしか今の私たちには出来なかった。

そう諦めかけたその時だった……。

 

「っらぁぁ!」

 

そんな叫びをISのセンサーが捉えたのは……。

 

「!?」

 

突然下の孤島から上がってきた攻撃に、敵が前進をやめて飛来してきた新たなISに注意を向ける。

 

その装甲は黒く塗られた色をしており、腰を覆う大きめな装甲と、肩の大きめな装甲と相まって、まるで日本の甲冑のようなデザインをしている。

夕焼けに染まったこの空に浮かぶ、黒いIS。

白銀の装甲を纏い、さらに青白く光り輝く翼を展開した……まるで天使のような美しいとも言えなくもない敵ISとは対照的な、色と無骨とも言えるデザイン。

 

「なっ!?」

「うそっ!?」

「あの方は!?」

「……来たというのか……」

 

私を除いて、誰もが驚きの声を上げている。

私も声を上げていないだけで驚いていないわけではなかった。

 

「…………門国護」

 

まるで呪詛を吐くかのように低い声で、私は日本が開発した第二世代のガード型IS、打鉄を装備した男の名前を呟くのだった。

 

 

 

「っらぁぁ!」

 

自分の口から出たとは思えないほど、随分と気合いの入った声が俺の……自分の耳を打った。

日本生産の第二世代ガード型IS打鉄こと『守鉄』を身に纏った俺が、今眼前の第三世代軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の行く手に立ちふさがっていた。

相手もどうやら突然の乱入者に戸惑っているのか、俺を観察するかのような仕草を見せている。

 

……第二形態移行(セカンド・シフト)でも行ったのか?

 

昼間にデータを見たときとは、余りにも姿が変わっている。

攻撃用兵器であり、翼でもある対の銀の翼が無くなっている代わりに、その根本から青白く光り輝くエネルギーの翼が放出されている。

しかも装甲も所々が剥がれており、そこから小型のエネルギーの翼が生えている。

はっきり言って第一形態とは別物になったといっても言い。

詳細がわからないが、少なくとも攻撃力が下がっている事はないだろう。

 

はっきり言って勝機はない……

 

情けないと思えなくもないが、それが俺の正直な感想だった。

だがそれも当然といえる。

何せ完全なる専用機であり、自分用にカスタマイズされた代表候補生四人と、事実上の最強のISを装備した撫子ポニーの計五人が総攻撃してもこいつを倒す事は出来なかったのだ。

それに対し専属搭乗員と言えば聞こえはいいが、俺のISの守鉄はデータ収集を目的としたただのデータ取り用の機体であり、俺はそのための操縦者。

特に追加武装を装備しておらず、基本装備の刀型近接ブレードのみ。

また俺自身も攻撃するのが得意ではない。

正直、これで勝てる要素を見つける方が難しい。

 

だが……俺は勝てなくてもいいんだ……

 

そう、俺が勝たなくてもいいのだ……。

時間さえ稼ぐ事が出来れば、後は援軍(・・)が引き継いでくれる。

 

そうなんだよな……守鉄

 

俺は、自分の相棒にそう呟く。

援軍。

どこの誰が来るのかわからないし、いつ来るかもわからない。

そもそも援軍が来るかどうかも疑わしい状況だ。

だが、守鉄が教えてくれるのだ……。

 

援軍は……必ず来る……と

 

どうして守鉄が俺にそう問いかけてくるのか? そもそも援軍って誰だ? とかいろいろ聞きたい事も知りたい事もあるが、今はそんな事どうでもいい!

ならば俺はそれまで耐えればいい!

 

「ここから先は、一歩もとおさん!」

 

刀型近接ブレードを展開しながら俺はそう力の限り叫んだ。

 

 




がんばれ護!


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守るための鉄の剣

 

 

 

 

この言葉を目にして、あなたはどんな事を連想するだろうか?

門。

家の入り口や、部屋への入り口、などといった敷地と外部を区切る塀や垣に通行のために開けられた出入口のこと、外構の一種。

門という漢字は本来、門柱と両開きの門扉を描いた象形文字であるが、次第に門扉を持たないものであっても、境界の境に建てられた出入り口であれば「門」というようになったと考えられる。

外界と内部を隔てる物。

今でこそ門はその程度の役割でしかない。

 

だが、もしもこの門……これが仮に城や砦と言った防衛施設の門であると仮定したらどうなるだろう?

 

家人を迎え入れるためにそれは開閉する事が出来、そして敵の攻撃があった場合、それは固く閉じられ家人の命と財産を守る。

古来より攻城を行う場合、攻める側はいかにして中へ入るか? そして守る側はいかにして敵を内部に敵を入れないかが勝負の分かれ目といえる。

そしてどちらももっとも注目するのが門だ。

ここを破れば、壁にはしごを掛けるよりも容易に内部へ侵入する事が出来、そしてここを守り抜けばより安全に籠城する事が出来る施設……。

 

()

 

まだ県境が国境として捉えられ、日本という国家が存在しなかった戦国時代。

それよりも昔より存在し、國を守る門……すなわち守護者として栄え発展してきた一家である。

そしてそれは時代と供に名の一部を改めて、今のこの時代にも……生きながらえていた。

 

殿(しんがり)をつとめ、防衛戦で力を発揮し、主君を守り、家人を守ってきた……一族が……。

 

 

 

「…………門国護」

 

私は忌々しい男の名前をそう口にした。

独断行動を行わないと言っていたにもかからず、あの男はやってきた。

 

元々来るつもりだったのか? それとも教官に許可をいただいたのか?

 

だがどちらにしても何故あの男が今になって現れたのか?

それはこの状況を鑑みれば考えるまでもなかった。

 

「まさか、来るとは思わなかったわ」

 

どうやら鈴も私と同じ心境のようだ。

痛む体を引きずるようにして私のそばへとやってくる。

 

「けどどうして? どうして僕たちと一緒に来なかったの?」

 

シャルロットが不思議そうにそう言ってくる。

おそらくシャルロットは気づいていない。

基本装備を減らしてまで拡張領域(バススロット)を増やしている彼女が一番気づきにくいかもしれない。

 

「おそらくやつには、今装備している近接ブレード以外の武装が無い」

「え?」

「そ、それは本当ですの?」

「おそらく……だが。下からの強襲時に、遠距離武器を使用できるのならば使用していたはずだ。やつも軍人だ。それぐらいの事は出来るはず」

「で、ではどうして遠距離装備を追加しないのですか? 打鉄には一夏さんの白式と違って拡張領域(バススロット)があって然るべき……」

 

セシリアの言う事はもっともだ。

一夏のある意味特殊なISである白式とは違い、あの男が使用しているISは量産型の打鉄だ。

拡張領域(バススロット)があるはずなのだが、しかし今も広域殲滅の特殊射撃型の軍用ISに対して、近接ブレードを展開しそれで攻撃を防いでいるところを見ると、遠距離武器はないと考えても言い。

 

「それはわからない。だが、遠距離武器のないあの男が来たところで邪魔でしかない。やつもそう考えたからこそ、私たちと一緒に戦う事は避けたのだろう……。そしておそらくそれだけでなく……」

「もしもの時のために後ろで控えていた……という事だろうな」

「……そう言う事だろう」

 

吹き飛ばされて安否を気になっていた箒が、私たちの元へと来ながら私の説明の続きを口にした。

そう……おそらく間違いなく、やつはもしもの時のための後方援護(バックアップ)として私たちの後ろに控えていたに違いない。

 

こうして……敵が一夏を標的にしたときのために!!

 

その事実に、私は手が白くなるほどに、手に力を入れて握りしめた。

もしもの時のための後方援護。

これがどれほど重要かなど考えるまでもない。

もしも……もしも仮に門国がいなかったらとなると、一夏がいる旅館まであの敵ISをみすみす行かせていた事になる。

無論教官達もそんな事をさせることはないし、何かしらの行動を起こしただろうが、それでもそれの前にさらに一つの()が出来た事に代わりはない。

 

……憎らしい

 

あの男が……。

軍人としては私よりも遙かに下に位置するはずなのに、どうしてやつは私よりも……。

 

「!? ちょっと待って! あいつ何を……」

 

一人で心の中で問答していると、鈴の悲鳴にも似た声が私の思考を遮った。

他のみんなも一様に驚いている。

気になって私もあいつがいる方へと視線を向けた……するとそこには。

 

「なっ!?」

 

武器をしまって空に佇む門国の姿がそこにあった。

 

 

 

くっ! きつい!

 

敵が中距離よりばらまいてきた、エネルギー弾を近接ブレードで致命傷、つまりはISの絶対防御が発動してしまうような攻撃だけを、剣ではじき飛ばしてどうにか時間を稼いでいた。

絶対防御とは、操縦者が死なないようにISに備わっている能力であり、あらゆる攻撃を受け止めるが、これはシールドエネルギーを極端に消耗してしまう。

これを発動してしまうと、俺の目的である時間稼ぎをするという目的が果たせなくなってしまう。

 

だが……得物が一つでは限界が!

 

そう、俺はそうして何とか近接ブレードで敵の攻撃をどうにか防ぎ、そして接近してのまるで翼で抱きしめるかのような零距離攻撃を、察知してはどうにか回避して、といった行動を繰り返していたが、しかしそれもそろそろ限界が近い。

零距離攻撃を躱すために、どうしても距離を開けるしか無く、そしてそのたびに敵は旅館へと……一夏がいる旅館へと近づいてしまっている。

 

…………未だ絶賛机上の空論だが……

 

これ以上下がるわけにはいかない。

テストさえも行っていないぶっつけ本番だが、腹を据えてやるしかないだろう……。

俺は展開していた近接ブレードをしまうと、守鉄のステータス画面を呼び出した。

 

一撃でも食らえば死が待つが……

 

だがそれは真剣勝負では当然の事。

IS《真剣》を用いた勝負とはいえそれは同じ!

俺は覚悟を決めると、守鉄に命ずる。

 

「シールドエネルギー展開率変更! 両手首より先、手の甲と手の平のみにシールドエネルギーを積層状に展開! また『絶対防御』の仕様を変更! 『絶対防御』発動条件を、操縦者の任意に設定!」

 

ピッ

 

操縦者を守るために全身を覆うように張り巡らされているシールドエネルギーを、手首から先の、手の平と手の甲のみに一極集中して展開する。

またその一極集中も、一枚一枚を高出力のエネルギーを高圧縮し、果てしなく堅固な一枚の装甲を作り上げ、それを積層する。

本来ならば絶対に出来ないはずのシールドエネルギー展開変更。

だが、俺の意志に答えるように、愛機である守鉄はそれを迷い無く実行してくれた。

 

 

守ってみせる……俺の友人を……

 

ただ、友を救うために、守るために戦う……

 

それだけで! この命掛ける価値がある!!!!

 

 

 

キィィィィィィィ

 

 

 

その想いに、願いに応えるように、守鉄から黄金の粒子があふれ出した。

 

「……これは?」

 

温かく、優しい光。

それに戸惑いつつも、俺の目の前に一つのディスプレイが展開し、俺にそれが何なのか教えてくれた。

 

前羽命守(まえばめいしゅ)』発動

 

前羽……だと……?

 

それは俺がもっとも得意とする空手の構えの名前……。

 

「くっ……くっくっくっくっく」

 

黄金に光り輝く粒子が収まっていくのを見ながら、俺は嬉しくてつい笑いがこみ上げてしまった。

 

俺は世界で最高の相棒に巡り会えたようだ……

 

空手の神髄は防御。

攻撃的なイメージのある空手だが、あくまで自衛のための技術であり「空手に先手無し」と言われるほどの武道である。

そして前羽とは、鉄壁の防御とされる空手の構え、『前羽の構え』。

その名とともに刻まれた命を守るという言葉……。

 

得物(守鉄)はきちんと俺のするべき事を理解している。

 

空手はもともと日本刀を持った武士と素手で渡り合うために開発された武術……。

それすなわち!

 

「得物は違えど命を絶つ武器を相手に、立ち向かうにこの技以上にふさわしい物はない!」

 

俺は光り輝く両手を前へと突き出し、構えた。

 

「……来い。貴様の光弾……命をかけて弾いて見せよう!」

 

 

 

「!? 何考えてますのあの方!?」

「シールドエネルギーを両手の先だけに集中してる。あれだともしも敵の攻撃が体にかすりでもしたら……大けがなんて言葉じゃすまされないよ!?」

「正気なの!? それともあの男狂ったの!?」

 

シャルロットもセシリアも鈴も、そして私も箒も、少し先でとんでもない事を行う男、門国護の余りにもあり得ない行動に、皆が口々にそう言っていた。

シールドエネルギーの展開変更。

本来ならばISによって堅固にブロックされているために、そんな事は絶対に出来ないはずなのだが、まるであの男のISが率先して行っているかのように思えてならないほどに、その流れは自然だった。

 

「ちょっとあんた! 死ぬつもり!?」

「馬鹿な事はおやめになりなさい!」

「門国さん! 下手したら死んでしまいます! すぐに解除を!」

 

皆通信でそう門国に伝えようとするが、すでに意識が戦闘へと集中しているのか、門国は何の返事もよこさない。

そして……。

 

攻撃を開始した!?

 

結局門国の暴挙とも言える行動を止める事も出来ず、戦端が開始されてしまった。

エネルギー翼から放たれた光弾が、シールドエネルギーを纏っていないやつの体に迫った……その時だった。

 

ババババババ!

 

やつが眼前に差し出した手がぶれると同時に、やつに当たろうとしていた光の弾が全て弾かれていた。

 

「なっ!? 防御しただと!?」

 

驚くべき事に、門国の両手によってあの男に当たる全ての攻撃が弾かれていた。

敵機もさすがに攻撃が弾かれるのは予想外だったのか、いったん距離を離して様子を見ている。

 

「弾いた? どうやって?」

「近接ブレード以外に武装は無かったはずじゃ……」

「おそらく……一極化したシールドエネルギーのおかげだろう……」

 

そう、おそらく門国はシールドエネルギーを展開した手首から上の部分、すなわち手の平と手の甲で、攻撃を受け流すもしくは弾いたに違いない。

いくらハイパーセンサーによる補助があるとはいえ、高速で接近するエネルギー弾を自分に命中する物のみ弾いて回避するとは……。

 

「か、仮にそうだとしてもどうしてシールドエネルギーが減っていないの? 弾いたのなら少しは減らないとおかしいはずなのに……」

「それはおそらく、一極集中している恩恵だ。鉄板の厚さと同じで、薄い鉄板ならば簡単に破壊できてダメージを負うが、厚い鉄板ならば表面が傷つく程度でダメージは負わない」

「つまりそれだけエネルギーを集中させてるって事!? 本当に何考えてるのあいつ!?」

 

余りにも命知らず、あまりにも無謀な行動。

だが……やつがしているのはそれだけだった。

 

また攻撃しないつもりなのか!?

 

あの時……セシリアとの模擬戦で結局あの男は一回たりとも攻撃を行おうとしなかった。

あの時教官は仰った。

 

これがもしも実戦(・・・・・)だったならば増援(・・)がくる可能性だってあり得るのだぞ?

 

と。

確かに実戦ならば増援が来る可能性も無くもない。

今こうして私たちが戦闘を行っている事は教官達だって気づいているはず。

だから教官達が来ないとは言い切れない。

だけど……。

 

貴様は最初からそれが狙いだったのか!?

 

時間を稼ぎ、教官……つまりは上に全てを任せる算段だったというのか!?

貴様は……そこまで性根が腐っているのか!?

 

「―――!!!」

 

そうして私が呪詛にも似た気持ちで様子を見守っていると、膠着状態が続くのを嫌ったのか、敵が門国へと急接近していく。

 

「あれは!?」

「零距離攻撃を仕掛けるつもりだわ!」

 

 

 

ガガガガガガガガガ!!!

 

自身へと迫ってくる、掠りでもすればそれだけであの世へと連れて行かれそうなその攻撃を、俺は両手で全てを受けて、流し、逸らしていく。

ハイパーセンサーのおかげで高速で飛来するエネルギー弾をどうにか知覚し、対処する事が出来る……が……。

 

きつい……

 

ハイパーセンサーのおかげで知覚でき、そしてISのおかげで敵のスピードにどうにか着いていくことが出来るが、それを操っているのはあくまで人間だ。

そして人間である俺は、普通ならば高速で飛来するエネルギー弾を知覚するほど超感覚を持っているわけではない普通の人間。

確かに修行によって多少なりとも能力の底上げはされているがそれでも限界がある。

いくらドーピング(IS)で強化されても、それに生身の人間が耐えられるわけがない。

ならば大きく旋回機動を行って回避行動を行えばいいという話なのだが……あまり縦横無尽に飛びすぎると気分が悪くなってくるのだ……。

 

だが……平静を装わねば……

 

しかしそれでもまだ時間を稼ぐ必要がある。

敵に俺の限界が近いと知られては全てが台無しになってしまう。

 

まだだ……まだ持たせろ!

 

ただ、防ぐ事を……時間を稼ぐ事だけを考えて、最初から最後まで同じ動きを心がけて俺は両手を使って、光弾を防ぐ。

正直……今すぐぶっ倒れたい気分だが、そう言うわけにも行かない。

 

「―――!!!」

 

そして、この膠着状態に痺れをきらしたのか、敵が急接近を試みて俺へと抱きついての零距離砲撃を刊行しようとする。

 

……やるしかない!

 

俺は覚悟を決めると、小さく息を吸ってあえて敵の懐へと自ら入っていた。

 

「―――!!??」

「「「「「なっ!?」」」」」

 

敵機だけでなく、ハーレム軍団さえも俺が攻勢に出た事に驚いていたようだが、今の俺にとってそんな事など瑣末ごとでしかない。

意識を集中し、敵の心臓部へと左手を添えて、右手を後ろに振りかぶる。

 

「はぁっ!!!!」

 

そして敵の攻撃が開始されるその前に、俺は振りかぶった右手を握りしめて、敵の心臓へと添えた左手へとたたき込もうとした。

が、その前に危機を感じ取ったのか敵が俺への攻撃を中断して、後方へと下がっていった。

 

気づかれたか……

 

攻撃を回避された俺は再び両手を眼前へと突き出しながら、再度『前羽命守』の構えを取った。

俺が行おうとした攻撃は、鎧を着た武者の心臓を止めるという、特殊な掌打法だ。

暴走しているという事は、ISが独自に活動を行っている可能性が高いが、中の人間が仮死状態になってしまってはさすがに暴走を続ける事はかなわないはずだ。

そこまで読んで回避したのかは謎だが、それでも本能的に危機を感じ取ったのだろう。

 

まぁ……するつもりは無かったんだけどね……

 

気迫を出すために、本当に当てるつもりで攻撃したが、正直成功するとは思っていなかった。

曲がりなりにも最強の兵器と言われるISである。

それをいくら同じISで行った攻撃とはいえ通用するとは思っていなかったからだ。

 

せめて体の一部でも露出していれば話は別だったのだが……

 

だが、これで敵はうかつに零距離攻撃を行う事は出来なくなったはずだ。

俺としてはもっとも恐ろしいのは接近されての零距離攻撃だ。

包まれたが最後、俺の残り少ないエネルギーを全て持って行かれるに違いない。

だが、零距離というだけあってその攻撃は接近しなければ行えない。

そして近づけば俺の攻撃を喰らう可能性がある。

互いに決め手の掻いたままの膠着状態へと陥った。

だが、俺としては都合がいい。

 

……このまま時間稼ぎをするしかない。

 

俺も、敵も……そして一夏ハーレム軍団も何も声を出さないまま、ただ夏の夜風に雲がゆったりと流れていくだけの、静かな時間。

しかしそれは……。

 

『門国さん!』

「!?」

 

意外な人物の声で断ち切られる事になった。

 

山田先生!

 

『門国さん!! 馬鹿な事はやめて今すぐにシールドエネルギーを元に――』

「―――!!」

 

旅館の方向から通信が入り、少し離れた旅館へと目を向けるとそこには、外で通信用のヘッドセットを握りしめて、通信を行っている山田先生の姿があった。

そして、それは敵も捉えており、すぐさま移動を開始していた。

 

「くっ!? 待て!!!」

 

何故敵が山田先生に向かっていったか謎だが、それでもそれを見ているわけにはいかない。

そして敵は一キロほど離れた距離で停止して、射撃体勢に入り……。

 

間に合え!!!!!

 

俺は残り少ないエネルギーを使用して、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)』は、後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に一度取り込んで圧縮し放出する事によって超加速を得る技術である。

それによってどうにか攻撃と山田先生の間へと割り込んだ俺は、すぐに『前羽命守』を発動させてエネルギー弾を弾こうとした。

が……。

 

ボボボボボ!

 

何!?

 

俺へと触れる数舜まえに、その攻撃は爆発を起こした。

どうやら俺に弾かれるのに対抗して、俺が触れるまえに爆発するような攻撃を行っていたようだ。

 

絶対防御、急所のみに展開!!!

 

キィィィィ!

 

俺の思念に呼応して、爆発に包まれる刹那に、守鉄が俺の意志に答えてくれて、急所――頭、胴体の一部と装甲で覆われていない箇所――といった場所のみにシールドエネルギーを展開し、俺の体を守ってくれた。

 

ボボボボ!

 

「っがぁぁぁぁぁ!!」

 

だが、一部の箇所はそのままなので、俺の肌を敵の攻撃は容赦なく焼き尽くしていく。

肩と腰部の装甲はそのほとんどが破壊され、機体維持警告域(レッドゾーン)へと達してしまう。

だが、幸い爆発するような攻撃だったので、そこまでの威力はないのか肌が焼かれたが、焼けただれるほどの外傷はなかった。

だが……。

 

ボッ!

 

何!?

 

燃えさかる炎をかき分けて、敵は俺へと急接近を行ってきていた。

何故かその動きだけ、余りにも機械的で……同じ敵の動きとは思えないほどに直情的だった。

そして、その手には展開したと思われるナイフが握られており……。

 

バカなっ!?

 

一夏と撫子ポニーの作戦が行われるまえでの作戦会議で見た、敵機の詳細データには格闘武装装備などどこにも列記されていなかったはずだ。

 

『しかし唯一の利点は試験運用という事で接近戦武装を搭載していない事だ。ナイフすら積んでいない』

 

軍人である銀髪ちびっ子もそう言っていたはずだから俺の勘違いではないはず。

 

いや、今はそんな事どうでも言い!

 

戸惑いはあったが、俺はすぐさま動揺を抑えて意識を切り替えると、瞬時に状況を確認した。

今は海上上空数百メートル。

シールドエネルギー残量残りわずか。

機体がこれ以上ダメージを負えば操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと突入し、ISが強制解除される可能性もある。

そうなれば時間を稼ぐ事も出来ず、さらに生身の状態で海へとたたき落とされる事になる。

であれば、選択肢はただ一つ……。

 

「絶対防御発動不許可!!」

 

操縦者の危機を感じ取って、守鉄が絶対防御を発動させようとしたのを、俺は強制的に解除させた。

そして体を大の字に開き、ある程度位置を調整、腹部へと刺さるようにする。

その刹那、俺の腹部に灼熱が走った。

 

ズリュ!

 

「ぐっ!?」

 

体内へと異物が強制的に侵入してきた感覚と痛みが走り、一瞬意識が飛びそうになった。

だが、ここで意識を失えば絶対防御を発動させていたのと同じで海へと堕ちていくだけだ。

俺は歯を食いしばって痛みに耐えると、広げていた手で敵の肩を力の限り握りしめた。

 

ガシッ!

 

「―――!!??」

「まぁあと少し待て……」

 

俺はあえて、ISスーツで守られているだけの腹部に刺さるように、空中で位置を調整した。

それによって敵は俺と完全に密着している状態だ。

この状況ならば零距離攻撃を行うにも若干のためらいが生まれる。

 

若干でいい……

 

守鉄が教えてくれる…… もうすぐだと……

 

5……

 

まだだ……あと少し……

 

敵がナイフを回転させてさらなる傷を俺に負わせる。

激痛に思わず手を離しそうになってしまうが……、俺は絶対に敵の肩から手を離さない。

 

4……

 

「……ぐっ、いつまで寝ていやがる!!!!」

 

その激痛に耐えながら、俺は通信をオープンチャンネルにして、力の限り声を張り上げる。

俺の友に……未だ眠っている寝坊助へと届くように……。

 

3……

 

「悪いが俺はここまでだ……後は……ごふっ!!! て……てめえで何とかして見せろ!」

 

2……

 

「主役はお前だろ!!!!」

 

1……

 

 

 

「一夏ぁぁあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

ドォン!!!!!

 

俺の叫びに答えるように、旅館の一部の屋根を突き破り、そこから光と見紛うほどの速度で俺のそばへとやってくる光り輝く純白のIS。

 

「―――!!??」

 

その接近を危機と感じた敵機は、最後の力を振り絞った俺の拘束から抜け出し、距離を取った。

 

ブォン!

 

一瞬前まで敵がいた位置を、凄まじい威力を秘めた何かが通り抜けていく。

そしてそれは俺を庇うように止まると、頼もしい背中を見せてこう叫んだ。

 

 

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 

 

まごう事なき頼りがいのある背中……。

俺の友である、織斑一夏の声だった……。

 



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終幕

「なっ!? 何をしているんですか門国さん!?」

「どうした?」

「お、織斑先生……門国さんがシールドエネルギーの展開を変更しています」

「なんだと!?」

 

私は目の前の机に表示されている、あまりにも信じがたいデータを織斑先生に見てもらう。

門国さんがやったのは、体中を包む膜のように展開されているシールドエネルギーの展開の仕方を強制的に変更するという、命知らずな行動だった。

しかもそれによって第一形態ではあり得ないと言ってもいい単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が発動していた。

 

『前羽命守』と言う名の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が。

 

「何を考えているんだあのバカは!?」

「門国さん! 聞こえますか門国さん!」

 

私は必死になって呼びかけてみるけれど、ISが私の通信を受け取ってくれず、門国さんに通信が届いていなかった。

 

「無駄だ。山田君」

「どうしてですか!?」

「今、やつは目の前のことしか考えていない。おそらく通信が聞こえていたとしてもあいつが今の行動をやめる事はない」

「で、ですがもしも敵の攻撃が掠りでもしたら……」

 

シールドエネルギーなしでISの攻撃をまともに受けられるはずがない。

下手をすれば命を落とす事だって……。

 

「!!! 失礼します!」

 

私は学園の規則を破る覚悟で、ヘッドセットを手に部屋を飛び出した。

 

ここからだめで、外に出て言えばもしかしたら!!!

 

その思いで飛び出すのだけれど……結局は門国さんを窮地に追いやってしまった。

 

 

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 

そう言って俺は腹部に傷を負っている護を庇うように、護の前で止まった。

腹部だけでなく、所々にひどい火傷の後があり、満身創痍だった。

 

「起きたか……一夏……」

「あぁ、だいじょ―――」

「俺の事はいい。速く敵を倒せ」

 

気を失うほどの激痛が護の体を駆けめぐっているだろうに、護はそんな素振りを全く見せず、俺に先へ行くように促してくる。

 

「だ、だけど……」

「お前の大事な友人達もほとんどがもうぼろぼろだ。俺はいったん撤退するから向こう……彼女たちの元へと行って安心……させてやれ」

「……わかった! すまない護!」

 

 

 

苦渋の決断だったのか、渋面のまま一夏は己のISを走らせて、一夏ハーレム軍団の元へと向かっていく。

そして、そのまま戦端が開かれた。

 

……まずい

 

しかし今の俺にその事を気に掛けている余裕はなかった。

腹部に刺し傷、体の各部に重度の火傷。

はっきり言って結構な重傷だ。

 

『門国さん! 無事ですか!?』

「無事でしたか……山田先生」

『私の事なんてどうでもいいです! 速くこちらへ』

 

通信越しに慌てる山田先生の声がひどく遠く聞こえる。

どうやら冗談抜きでまずい状態なのかもしれない。

だがこのまま気を失えば海へと真っ逆さまだ。

そうすれば確実に死ぬ。

だから俺は最後の力を振り絞って、何とか旅館の中庭へと守鉄を着地させた。

そして地面へと着地した瞬間に、守鉄が限界を迎えて強制解除されて、待機状態の手甲グローブへと変化した。

どうやら限界を超えてまで活動を行い、俺の命を守ってくれたようだ。

ステータス画面を見ると、守鉄のダメージレベルはCを越えていた。

ほとんどの装甲を失い、ほぼコアだけの存在となってしまったといっても過言ではない。

であるにも関わらず、守鉄は俺を海に落とさないために無理をしてくれたのだ。

 

やるべきことを行うときに背中を押してくれて……そして俺の願いを叶え、こうして命を守ってくれた……

 

ありがとう……守鉄……

 

「門国さん! しっかりしてください!」

 

俺が心の中で守鉄にお礼を言っていると、いつの間にか山田先生が俺の目の前にいた。

というか俺はいつの間にか仰向けに寝ており、山田先生が俺の顔をのぞき込んでいた。

 

っていうか寝かされたのまるで気づかなかった……

 

本格的にまずいかもしれない。

 

「門国さん! しっかりして……私が……馬鹿なことしたから」

 

ポタ

 

へ……?

 

うつむけた山田先生から涙が垂れてきて、俺の手をぬらした。

感覚どころか、今自分がどうなっているかもわからないほど危うい状態で、何故かその涙の感触だけははっきりと知覚できた。

 

「き、気にしないで……ください」

「気にします! 私が外に出てこなければ……」

「落ち着け、山田君」

 

そうして二人で話していると、俺たちの元へ教官がやってきた。

その顔には厳しい表情が浮かんでいて、恐怖してしまう。

 

「申しわ……け、ありませ……、教官…。どくだ…んこう…どうを」

「しゃべるな」

 

教官は問答無用で俺を黙らせると、俺の腹の傷の具合を調べる。

が、その険しい表情が無くならないところを見ると、あまり芳しいとは言えないのかもしれない。

 

「……門国。はっきり言ってまずい容態だ……だが……」

「わかって……います」

 

俺は教官が言いづらそうにしている事を先回りして返答した。

おそらく救急車は呼べないと言っているのだろう。

何せ今は作戦行動中だ。

学園とはいえIS学園は準軍隊と言っても過言ではない。

そんな軍隊と言える学園が活動を行っている場に、一般人を呼べるわけがない。

命に別条がないとはいえ、一夏の時も教員による治療が行われただけで終わったのはそういう理由があるからだ。

そしてそれは俺も例外ではない。

 

「で、ですが織斑先生! このままでは……門国さんは!?」

「確かに余り良くないが……かといって規則を破る事は出来ん」

「ですが……!?」

 

さらに教官へと詰め寄ろうとした山田先生の腕を、俺は血で赤く染まった手で触って止めた。

教官だって辛いに決まっている。

それなのに教官を詰め寄るのはおかしい。

そんな事は山田先生もわかっているだろうが、それでも気が動転しているのかもしれない。

 

「いい……です。俺、は……自衛…官……です…から」

「!?」

 

そう、俺はれっきとした自衛隊の人間だ。

その人間が国民を……人民を救うことなど当然の事でしかないのだ。

絶句した山田先生に微笑みかけて、俺は教官へと視線を向けた。

 

「……死ぬなよ」

「……りょう……か…い」

 

その言葉を最後に、俺の意識は闇へと飲まれていった……。

 

 

 

これは後日に聞いた話だが、俺とバトンタッチした一夏は何故か第二形態へと移行した専用機のIS、白式第二形態で辛くも軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の機能停止に成功し、無事に作戦を成功させたらしい。

そしてすぐさま病院へと搬送された俺は峠を越し、彼岸の向こう側へと渡る事はなかった。

 

 

 

どうやら死ぬ事はなさそうだな……

 

臨海学校が終え、学園へと帰ってすぐに私は門国が搬送された病院へと足を運んでいた。

手術の結果はすでに連絡されており、峠を越したという事も知っていたが、さすがにあのバカ者の顔を見るまでは安心できなかった。

個室のベッドで静かに横たわるその顔に苦悶の色はなく、穏やかに眠ったその表情を見て、私はほっと息を吐いた。

 

「門国さん……」

 

責任を感じてか、山田君はほっと安堵しながらも傍らのイスに腰掛けたまま、じっと門国の様子を見つめていた。

その様子に苦笑しながら、私は一度病室を出ると、通話可能エリアへと向かい携帯の電源を入れて、とある番号を呼び出した。

 

プルルルルル

 

ガチャ

『もしも~し、ちーちゃん? どうしたの?』

「束……」

 

私は古くからの友人であり悪友、篠ノ之束の声を聞いて脱力してしまう。

余りにも普段通りなことに……若干の憤りを感じながら、だが。

 

『いやぁそれにしても白式には驚いたよ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて』

「まるで白騎士のようだな。コアナンバー001にして初の実戦投入機、お前が審決を注いだ一番目の機体にな」

『うふふ、懐かしいね』

 

電話口から聞こえてくる束は普段通りの陽気な声だ。

昔からこいつにとっては私と一夏、そして妹の篠ノ之箒以外どうでもいいと言った嫌いがあった。

それをどうにか私が矯正させたのだが……今回はそれではだめだったようだ。

 

「いくつか例え話がしたい」

『およよ? ちーちゃんが? 珍しいね』

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件……」

 

束は答えない。

だが、私は構わずに話を続ける。

 

「暴走事件に際して新型の高性能機を作戦に加える。それによって妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」

『へぇ。不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才がいるものだね』

「あぁ。すごい天才がいた物だ。かつて十二カ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな……」

 

そう、束は間違いなく天才だ。

だからこそISを独力で開発し、そして今も改良を行っている。

だから……。

 

「さらには、その暴走したISに本来ならば搭載されていないはずの格闘装備をインストールさせる事も、その天才にとっては三時のおやつ前、と冗談を言えるほどに簡単な事だ……」

『……』

 

これにも束は答えなかった。

そして先ほどとは違い、その沈黙は回答を意味する物であり……。

 

「……束」

『……なにかなちーちゃん?』

 

「あいつは……門国護は私にとってお気に入りであり、一夏にとっても大事な友人だ。そして門国は人間だ。以後こういう行動はやめてもらいたいな……」

『……………ねぇ……ちーちゃん』

「……なんだ?」

 

質問に答えずに束が話しかけてくる。

その声はいつものような陽気な感じのしない物で……私は回答を求めずにその問いに返事をしていた。

 

『今の世界は楽しい?』

「そこそこにな」

『そう……。――――――』 

 

束はなにかを呟いて通話を切った。

いつも私が先に切るというのを待つ束にしては珍しい事であった。

 

これであいつの事を興味対象外と認識してくれればいいのだが……

 

どうして束が門国を狙ったのかはわからない。

そもそもどうして殺そうとしたのかも謎だ。

他の事に興味を抱いてくれればあいつも安泰なのだが……。

私は息を吐き出して、後頭部を背後の壁へと押しつけるようにして壁に寄りかかる。

吐いた溜め息は、病院内を流れる風にすぐにかき消されていった。

 

 

 

「護!!!」

 

ここが病院であり、病室であるにもかかわらず、感情が抑えきれなかったのか若干荒々しくドアを開けて、一夏が俺の病室へと入ってきた。

 

「ここは病室だぞ?」

「あ、すまん」

「まぁ俺は別にいいけどな。看護婦さんに怒られるぞ」

 

冗談混じりにそう言って、俺はわざわざ見舞いに来てくれた友人、一夏を歓迎した。

 

「体の調子はどうだ?」

「まぁまだ腹の傷が完全にふさがっていないが……夏休み中盤くらいには完治しそうだ」

「……長いな」

「まぁしょうがない。腹に風穴が空いたんだからな」

 

そう言って俺は怪我を負った腹部を軽くさすって見せた。

服の上からでは全くわからないが、それでもほとんどふさがっている。

先日の事件から数日。

最初こそ意識不明にまで陥ったがどうにか生きながらえていた。

ちなみに面会謝絶だったために一部の人(・・・・)以外の面会は今回が初めてだった。

 

「今はどちらかというと毎日が暇でしょうがなくてな。そっちの方がよほど問題だ」

「俺が毎日きて話し相手になるさ」

「馬鹿野郎。病室で男と二人になってもむさいだけだって。高校一年の夏休みは一度きりなんだからしっかり遊べ。ちょうど遊び相手がいるだろう……後ろに……」

 

俺は視線を一夏から、病室のドアの方へと向ける。

するとドアが若干だけ開いており、その隙間から何人かの視線を感じたのだ。

来た人物が一夏である事を考えれば一夏ハーレム軍団だろう。

だが、何故病室に入ろうとしないのか?

 

「あ、そうだ。俺だけじゃなくてみんなもきてくれたんだぜ? っていうか何で誰も入ろうとしないんだ? 箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラ」

 

ビク×5

 

五者ともそれぞれビクッと反応してそのままだったが、やがて観念したのか憮然とした表情をしながら病室へと入ってくる。

 

「……こんにちは」

「ふ、ふん! 今入ろうとしていた所よ」

「しょ、庶民の病院という物がどんなところか観察していたのですわ!」

「お、お邪魔しますね……門国さん……」

「し、失礼するぞ……」

「……………いらっしゃい」

 

五者五様な反応をしながら五人の美少女達が俺の病室へと入ってくる。

黒髪ポニーテールの大和撫子、篠ノ之箒。

ツインテールでまな板娘、凰鈴音。

金髪ロングのお嬢様、セシリア・オルコット。

金髪ボーイッシュ、シャルロット・デュノア。

銀髪ちびっ子の軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

こうして改めて見てみると……相変わらずものすごい美少女達だよなぁ……

 

レベルの高さに改めてびっくりしてしまう。

街を歩けば十人中十人、誰もが振り返りそうな容姿をしている。

 

で、そんな美少女達の心を掴んで離さないのが、友人のイケメン野郎織斑一夏……

 

これほどの美少女達に猛烈とも言えるアピールをされているのに全く気づかない鈍感朴念仁。

もしも友人でなければぶん殴っているかもしれない。

 

「おい、みんな。まず護に言う事があるだろう?」

「「「「「うっ」」」」」

 

……言う事?

 

一夏にそう言われて全員がうめき声を上げる。

何を言われるかわかったもんじゃない俺としては戦々恐々とするしかない。

だが、一夏がわざわざこうして促すという事は俺にとってまずい事ではないのかもしれない。

 

「……そのですね……」

「な、なんていうかぁ……」

「そ、そうですわね……」

「えっと、その……」

「………つまりだ」

 

「……はい?」

 

「「「「「今までごめんなさい!」」」」」

 

 

「………………………はいぃ?」

 

 

何故か全員に一斉に頭を下げられて、俺は戸惑う事しかできなかった。

 

「今までその……疑っていてすみませんでした」

「わ、悪かったわよ……。ごめんなさい」

「も、申し訳ありませんでしたわ」

「門国さん。本当にごめんなさい」

「…………………わるかった」

 

「………………………………はぁ。別にいいですけど……」

 

俺としてはまず、どうして俺に謝罪する事にしたっていうか、その経緯が気になるのだが……。

その後一夏に話を聞いてみると、一夏を守るために独断行動を行った事、そして山田先生を守るために命をかけた事で見直されたらしい。

一夏にはその件で随分と礼を言われた。

だが、一夏を含めた全員に、防衛するときに使用した『前羽命守』に関しては怒られた。

いくら何でも命知らずな事をしすぎたらしい。

まぁ確かに死んでもおかしくないような行動ではあったのだが……。

 

「門国」

「? 何でしょう?」

 

みんなで楽しく話をしているそんな中で、何故か病室に入ってからほとんど口をきかなかった、銀髪ちびっ子のラウラが俺にものすごい目つきで睨みつけながら、俺に声を掛けてきた。

横の方でいつものように一夏の朴念仁が発動してそれに対してハーレム軍団が攻撃を行っているのだが、俺とラウラの場だけが異様に冷たいというか緊迫していた。

横はラブコメでこっちは修羅場《愛の要素一切なし》。

なんか罰ゲームみたいだ……。

 

「聞きたい事がある」

「はぁ?」

 

 

 

「臨海学校の時、貴様は確かに独断行動をしないと言ったにも関わらず、やってきたな。あれはどういう事だ?」

 

私は先日から気になっていた事を思いきって本人に聞いてみる事にした。

独断行動と言い、自分の意志で教官の命令を遵守すると言ったにも関わらず、この男はその後に『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の防衛戦に加わったのだ。

それが不思議でならなかった。

最初から私たちの後方援護のためにいたのかもしれないが、それでも不思議だった。

 

「……どういう事って…………それはまぁ……やはり友人を傷つけられ―――」

「門国」

 

この期に及んでもごまかそうとする門国に、私は言葉をきつめにして再度問いかけた。

私の本気がわかったのか、門国は苦い顔をしながら溜め息を吐くと、私の目を真っ直ぐに、そしてなによりも真剣に受け止めてこう言った。

 

「確かに独断行動は褒められて物ではありませんが、それでも……それ以上に、俺がやらなければならない事だと思ったから行動したまでです」

「……なら何故私たちと一緒に作戦を行わなかったんだ?」

「私は幼少時より武道をたしなんでまして、しかもそれが防衛に関するばかりで攻めが得意ではありません」

 

攻めが苦手?

 

その言葉に、私はセシリアと門国の模擬戦の事を思い出していた。

あの時、攻めが苦手という門国の言葉通り、門国は一度もセシリアに攻撃を行おうとしなかった。

突然話とは別のことを語りだしたことに首をかしげそうになったがそれでも遮るのがはばかられて私は黙って話を聞いた。

 

「そして父は、人を守って私の前で死にました」

「? 人を守って?」

「はい。それから私も父のように……誰かを守りたいと思うようになり、自衛隊へと入隊し……ひょんなことからISを動かせてしまったわけです」

 

苦笑しながら、そして遠くを見つめるような目をしながら、門国が昔を思い出すようにそう語る。

何故か……その横顔がとても美しい物に見えてならなかった。

 

「自衛隊に入ったのはあくまで自分の信念を履行する手段の一つでしかありません。だからあの行動は自衛官としての門国ではなく、門国護個人として行動を行った結果です」

「個人で……?」

「はい」

 

再度私の目を見つめて話すその表情は真剣そのものであり……凛々しく見えた。

 

「頼まれもしないのにか? 一夏は……おそらくお前がこんな怪我をしてまで庇って欲しいなど思っていないはずだぞ?」

 

そう、一夏は優しいから。

誰にでも優しいから……門国にも怪我を負ってまで自分を守って欲しいなんて思っていないはずだ。

それは同性であり、それに仲がいい友人として門国もわかっているはずなのに……。

 

「? 何を馬鹿な事を」

「何?」

 

私のその言葉に最初こそきょとんとしていたのだが、直ぐに私の言葉に笑みを浮かべてそう言ってきた。

その事にむっとしてしまう私だったが、門国のその笑みが……余りにも優しくて……綺麗だったのもだから何も言えなくなってしまった。

 

 

 

「頼まれてから動いたのでは遅すぎる。それに……俺以外に誰がやるんだ?」

 

 

 

!?

 

普段、年下である私たちにも敬語を使う門国が、珍しく素の口調で語りかけてきた。

そしてその事以上に、その言葉は確かな意志と力が込められていて……。

私は自分の目が節穴だったことを悟ってしまった。

そしてこの言葉が、ただ一夏を守るという一人のためだけに向けられた言葉ではなく……自分が出来る限り……いや限界さえも超えて誰かを守ってみせると言葉が……態度が……表情が語っていた。

 

……負けたか

 

私はこの男に、信念を持っていることと、覚悟という面で負けていることを悟った。

私は試験管から生まれた人間で、生まれたときから軍にいた。

だから私が軍にいたのは必然であり当然とも言えた。

だけどこいつは違う。

自分の信念を貫くための手段として自衛隊へと入った。

別に自分が軍にいたこと……居続けたことに自分の意思がなかったとは言わない。

だけど、この男の意志や覚悟を……越えられるような物を持って軍にいたかどうか問われると……応えることができないかもしれない。

 

『もっと視野を広く持て。一つの事実だけが全てだと考えるな。そうでなければ単一思考になってしまうぞ』

 

その通りですね……教官

 

臨海学校で教官から言われた言葉が脳裏をよぎる。

あのとき私は、それを受け止めることができなかったけど……。

 

今なら素直に受けとめられる

 

こいつが……ただ守ることに対して懸命に行動をしていることを知ったから。

 

だけど……

 

だが、かといってこいつのことを完全に認めたわけじゃない。

こいつには信念や、覚悟……信念を貫き通す覚悟といったことでは負けているかもしれない。

 

だけど私にだって負けないと思えるものがある!

 

軍人としての技量。

ISの操縦技術。

そして……。

そこで、私はそれとなく……私の嫁、一夏のことを見つめる。

 

 

一夏のためなら私はなんでもできるという私なりの覚悟がある!

 

この男……門国とは違い、究極の一を私は持っている!

 

こいつが量で来るならば、私は絶対的な質を持って立ち向かって見せる!

 

 

誰に言うのでもなく、私は胸の内で密かにこの男のことを私の好敵手として認めて、認識を改めたのだった。

 

 

 

それから一時間ほど、一夏とそのハーレム軍団と話をして、彼らは帰寮時間があるからと、IS学園へと帰って行った。

看護婦さんが飛んでくるのではないかとヒヤヒヤするほどバカ騒ぎをしてしまったが、それでもこの一時間は、楽しい物であった。

途中で銀髪ちびっ子がものすごく真剣な表情で質問してきたのでそれが少々疲れたというか……怖かったというか……。

俺はゆっくりとベッドから立ち上がって、窓際へと歩き、赤く染まった夕焼け空を眺めた。

 

まぁ一番面白かったのは一夏が壊した旅館の事だったが……

 

一夏が俺を助けるために部屋から直接ISで出撃したために、治療室の屋根が破壊されてしまったためにその事で教官から大目玉を食らったらしい。

旅館の人はさすが毎年IS学園に臨海学校宿泊施設として利用されているために、慣れた物だったらしく、からからと笑ってすませたらしいが。

 

っていうかそれだと毎年旅館の一部が壊れるような事をしてるって事なのか?

 

………考えなかった事にしよう。

………………まぁ途中、いつものように一夏の鈍感朴念仁が発動して、病室が半壊するような危機になったのは肝を冷やしたが……。

それでもこんなにバカ騒ぎしたのは久しぶりだった。

少なくとも俺がIS学園へと編入してからは無かった事だった。

 

…………よく考えればISを動かしてもう早一ヶ月以上か

 

自衛隊での作戦行動中に偶然動かせてしまった事でIS学園へと編入する事になり、そこからがいろいろと大変だった。

 

男のIS操縦のデータ収集ならびに、世界でも希少なISを使うことのできる男である、織斑一夏の護衛を行うためにIS学園へと編入した……。

女性だらけっていうか99.9%は女子の学園へ編入して、そこに勤めていた教官と再会を果たして個人的に特訓を行ってもらい……、イベントではことごとくなんかの妨害や騒動が起きて大変だったし、なぜか昔の知り合いの更識に再会し、そして女性関係でえらい目にあったり……。

 

主にストーカー嫌疑が……だが……

 

そして最後に臨海学校。

軍用IS暴走事件に対応し友人が負傷。

それの敵討ちに向かったハーレム軍団の後をつけて、敵が抜けたところをフォロー。

そして敗北。

 

まぁ……信念を貫き通せたからよしとしよう

 

他にもいろいろと大変だったが……まぁ過ぎた事なのでいいとしよう。

入院している以上、俺は学園に行く事が出来ないので、このまま夏休みへと突入する事になる。

 

っていうか夏休みって俺にもあるんだな……

 

てっきり自衛隊への帰投命令が下されると思っていたのだが、IS学園生徒である内は学生扱いをしてくれるらしい。

つまりは夏休みを謳歌する事が出来るみたいだ。

 

っていっても半分ほどベッドでの生活になるがね……

 

夏休みは一夏は家に帰ると言っていたがそんなに遠くでもないので護衛に支障はないだろう。

アパートを借りようかとも思ったが、そこまでの必要はないと教官に言われたので俺も夏休みの間は普通に生活をしていいらしい。

 

まぁでもとりあえず……怪我を直してからだな

 

まだふさがりきってない腹の傷をなでながら、俺はベッドへと潜り込んでゆっくりと目を閉じた。

 

結局敗北し、腹に風穴を開けたが……俺は父のように誰かを守る事が出来たのだろうか……

 

父の死に顔。

今際の際とは思えないほどにすがすがしい表情をしていた。

 

あの死に様の様に……俺も逝けるだろうか……

 

 

父のように……胸を張って逝く事が……

 

 

 

 

 

 

そのとき、私のことを誇りに思っていただけますでしょうか? ……父上

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「門国さん?」

 

学園で今日の仕事を大急ぎで終わらせた私は、門国さんが入院している病院へと足を運んでいた。

あの日……臨海学校の二日目から今日まで、出来る限りお見舞いに来ていた。

確かに門国さんは自衛官なので国民を守る義務があるのかもしれないけど……それでも、門国さんが入院した傷の原因は間違いなく私も関わってしまっている。

あんまり気にするのは良くないし、門国さんも気にしないでと言ってくれているけど……それでも気にせずにはいられなかった。

だからこうしてお見舞いに来ているのだけれど……。

 

反応がない?

 

いつもならば直ぐに返事をしてくれるのだけれど、今日はそれがなかった。

どこかに出かけているのかもしれない。

面会時間終了がもう迫っているので、あえないけれどそれでもお見舞いの品である本を何冊か持ってきたので、それだけでも置いていこうと思ったので悪いとは思ったのだけれど、私は思いきって病室へと足を踏み入れた。

すると何故返事がなかったのか、理由がわかった。

 

「……寝てる」

 

そう、部屋の主である門国さんは、ベッドに横たわって静かに寝息を立てていた。

人の寝顔を見るのはあまり言い趣味とは言えない。

 

けど……本を置いていかないといけないし……

 

何故か動機が収まらないというか……胸が何故か高まっているのだけれど……何でかそれに言い訳がましいことを思いつつ、私は室内へと入ってい、ベッドのそばのイスへと腰掛けた。

時刻はすでに夕暮れ時。

室内は照明がついていないために部屋は夕焼けで真っ赤に染まっていた。

もちろん……門国さんの寝顔も。

 

……か、かわいい寝顔ですね

 

そう、意外と言うべきなのか……門国さんの寝顔をとてもかわいらしいって言うか……物静かに眠るその表情は何故かとても愛くるしく感じる物だった。

私は小学校を除いて、中学は女子中学校、高校はIS学園へと入学したので、男性と触れ合ったことがほとんどない。

織斑君がある意味での初めての異性といってもいいのかもしれない。

けど彼はまだ高校生。

確かに身体は成長してきて大人になりつつあるけど、それでもまだ子供のようなものだ。

 

でも……門国さんは…………

 

目の前で眠る男性の門国さんは、織斑君よりもさらに特殊なケースでIS学園へと編入してきた人。

他の生徒のみんなと違って年が20歳。

その年齢差からか、生徒というよりも弟とか……より身近な異性に思えてしまう。

 

……助けられてばかりだけど

 

資料を運んでいてこけそうになったとき、臨海学校でのビーチバレーでこけそうになったとき、臨海学校の夜で酔いつぶれてしまった時……。

 

み、三つ目のことはかんがえたくないよぉ……

 

そして……ISに攻撃されたのを庇ってくれたとき……。

 

その事を思うと胸が締め付けられる思いだった。

私は悪いと思いつつも、門国さんの掛け布団を一部のけると、門国さんの右手に触れた。

 

火傷の痕……

 

そう、その右手には軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の攻撃で灼かれた火傷の痕が残っていた。

最新医療で治療を行ったのでほとんど残っていなかったけど、それでも完全に消す事は出来なかったので、痛々しい傷跡が腕に刻まれていた。

腕だけじゃない。

体のあちこちに同じような火傷の後、そして何よりもおなかのナイフの刺し傷……。

 

生徒に助けてもらうなんて……

 

情けない気持ちで一杯だった。

でもそれ以上に……

 

門国さんが私を救ってくれた事が……嬉しかった……

 

教師として不謹慎かもしれない。

確かに年が近いのであまり生徒と言う感じはしないけど、それでも生徒である事に代わりはない、門国さんに救ってくれた事が……嬉しいなんて。

 

な、何だろう……この気持ち……

 

とても……胸が熱かった……

 

胸だけでなく頬も熱くて……

 

れ、冷房が効いていないのかもしれない……。

けどそんな事ない。

夏なので肌寒くならない程度に冷房はきちんと効いている。

暑いと感じるのは……私がそう感じるからで。

そうして自分の体の熱さに意識を取られていると、ふと、門国さんの……唇に何故か目がいってしまった。

 

トクン

 

胸の奥で心臓の鼓動が早鐘のように鳴っているのがわかる。

夕方で静かな時間のためか、外の音よりも自分の心臓の音のほうがよっぽど大きくはっきりと聞こえたし、感じることができた。

耳どころか顔も首さえも赤くなっている気がする。

 

……門国さん…………

 

どうしてかはわからない。

けど私はまるで吸い寄せられるようにして門国さんの顔へと、自分の顔を近づけていく。

そして……

 

チュ

 

 

 

………………………………………………………………………おでこにキスしちゃった……

 

 

 

 

何となく憧れていた事ではあった。

好きな人とのキスって言うのを。

けど寝ている人の唇を奪うのはやっぱり良くないし……。

 

そ、その……するならやっぱり門国さんから……

 

何となくそんな事を想像してしまう。

二人で見つめ合って。

そして好きな人と抱きしめたって……

それから…………その…………接吻というのを……。

 

な、なにを想像しているんでしょうね!? 私!?

 

「こ、これはお礼です!!!」

 

急に恥ずかしくなってしまった私は、言い訳がましくそんな事を言うと……逃げるように病室を出て行ったのだった。

 

 

 

「おぉ~。やまぴ~だいた~ん」

 

私はとある場所からとある場所を見る事の出来る位置で、そのとある場所の中で起こった出来事を見て驚愕していた。

 

「すごいね~。わたしには~できないなぁ~」

 

突発的に見えなくもなかったけど、それでも実行に移せた事をここは褒めるべきなのかなぁ?

 

「ともかく、これは報告しないと~いけないかなぁ~?」

 

とある場所からとある人物が逃げるように出て行くのを見ながら、私は携帯を開いたのだった。

 




次の話で第一部終了です


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夏休み

「今日私用で出かけていて、帰ったら家に女子達がいてな」

「はい」

 

女子って言うと一夏ハーレムの連中かな?

 

「私としては、別に弟に女が出来る事は歓迎すべき事だと思っている」

「はぁ……」

 

スパパパパパン!

 

「臨海学校の時、貴様が戻ってくる前にいつもの面々が貴様の部屋にいた事を覚えているか?」

「えぇ、覚えていますとも」

 

帰ったらハーレム軍団が勢揃いしててびっくりしたよ……

 

「あの時少し私は余計な事を言ってしまってな」

「弟はやらんといったことですか?」

 

ヒュッ! スパン! パパン!

 

「……あぁ」

「それで? それがどうなさったんですか? もしくはどうなったんですか?」

 

ダン! スパン!

 

「いや、その……違うんだ。別にあいつがどうとかそう言うのではなくてだな。なんというか……弟は姉の物だろう?」

「いやそう言われましても……自分一人っ子ですので」

 

パン! ヒュン! スパン!

 

「と、とにかくだ、私は何もおかしな意味で言ったわけではないのだが……どうも女子連中が私をライバル視したせいで動きづらくなってしまってな」

「なるほど……。ですが教官は一夏が女子とっていうか異性と付き合う事に反対をしているわけではないんですよね?」

「あぁ」

 

ゴッ! パン!

 

「だったら別にいいんじゃないですか?」

「いや、よくない」

 

えぇ~~

 

「よくない、というか変な女に引っかかりはしないかが心配だ。あいつ、女を見る目がかなり無いからな」

 

女を見る目よりも、人の心情《恋愛面》をもう少し理解できれば万事解決のような……

 

「……つまりは心配なんですか?」

「いや心配ではない。あいつの人生だ。好きにすればいい」

 

えぇぇぇ~~~~

 

ヒュボッ! バシッ!

 

「では何が不満なのですか? 教官が認めた女でないといけないとか?」

「それも微妙に違うのだが……どういえばいいのか自分でもよくわからん」

「そうですか……」

 

どうやら嫉妬にも似た何かなのかもしれない。

姉弟のいない俺にとっては正直わからない感情なのでアドバイスのしようもないが……。

 

「ところで教官?」

 

ダン! ガッ!

 

「何だ門国?」

 

 

 

「どうしてそんな愚痴をわざわざ自分の家の道場にきて、自分と模擬戦をしながらお話なさるのでしょうか?」

 

 

 

そう、何でか知らないが……自分こと門国護は、家の道場で教官と向き合って模擬戦を行っていた。

突然電話が来て俺の所在を確認し、家にいると答えたら突然俺の家へとやってきて……。

 

「模擬戦をする。付き合ってくれ」

 

である。

先ほどから会話の合間に発生していたのは、教官が俺を掴もうとするのを俺が手で払ったり、正拳突きを放ってくるのを受け止めたりしていたときに発生した音である。

 

「いや、別にバーに行ってもよかったんだが……そう言えばお前の家がそんなに遠くにない事を思い出してな。足を運んでみたというわけだ」

「いや、運んでみた……といわれましてもですね……」

 

大したことはないだろう? とでも言うようにしれっとそう仰る教官に俺は溜め息を吐いてしまった。

まぁ確かに来られても特に問題なかったし、こうして模擬戦を行うのはやぶさかではないのだが……。

 

「自衛隊で行った決着をつけたくなってな……」

「まぁ、私としては別に構わないのですが……どうして山田先生までいらっしゃるのですか?」

 

そう、俺が不思議でならなかったのは、どうしてか山田先生まで教官と一緒に俺の家まで来たという事であり、しかもなんか教官同様模擬戦を行うつもりなのか、道場にあった貸し出し用の道着を教官と同じように着込んで、道場の端の方で正座して俺と教官の模擬戦を眺めているのだ。

はっきり言って不可解すぎる。

 

「えっと、私も織斑先生に付き合え、って言われて着いてきただけでして……」

「何だ門国? 山田先生を連れてくるのに何か問題でもあったか?」

「いえ、そう言う事を言っているのではなくてですね……」

「ならいいだろう?」

「…………まぁ構いませんけど」

 

確かに問題はないので、俺はがっくりとうなだれるしかなかった。

 

問題はないが……

 

今の会話で試合が少し途切れたので、何気なく山田先生に顔を向けてみるのだが……。

 

「ッ!?!?!?」

 

バッ!

 

……何故そんなに勢いよく顔を逸らす?

 

何故か知らないが山田先生が俺と顔を合わせようとしないのは謎だった。

不思議に思いつつも、それからしばし教官と模擬戦を行ったが結局自衛隊の時と同様、どちらも有効打を与える事もなく最初に決めていた制限時間となってしまい、道場中央でお互いに礼をして試合は終了となった。

 

「くっ、また貴様に勝てなかったか……」

「いえ、さすが教官です。自分としても防ぐだけが精一杯でした」

「謙遜を。結局勝てなかった事に代わりはないだろう? それも病み上がりの貴様に」

 

互いに互いの健闘をたたえながら、手持ちのタオルで汗を拭いた。

そんな様子を、山田先生はぽかんと眺めていた。

 

「す、すごいです門国さん! 織斑先生の攻撃をほとんど完全に防御するなんて!」

「え、いや……あ、ありがとうございます」

 

先ほどまでの挙動不審? はどこへやら。

どうやら感動したらしく、ものすごく俺へと詰め寄ってきて俺の事を褒めてくださった。

年上の方にここまでストレートに……それも女性に褒められた事はあまりないのでものすごく照れくさい。

 

「こいつの自衛技術は間違いなく一級品だからな。山田君も試合をさせてもらうといい」

「は、はい! 門国さん! お願いしていいですか!!!???」

「ど、どうぞ」

 

いつもの少し気弱そうな山田先生はどこへやら。

何故か知らないが山田先生の後ろに熱血の炎が見える……。

そして試合が始まろうとしたのだが、その前に教官が山田先生を手招きして、二人で内緒話を始めた。

 

「いいか。ここらであいつに山田君が出来るところを見せておけばあいつとしても異性として見るかもしれないぞ?」

「なっ!? 何を言ってるんですか!? 織斑先生!?」

「そう焦るな。見ていたぞ……この前病室で」

「どっ!? どうし!?!!?!?!?」

「くっくっく。君も大胆だな」

 

……何の話をしているんだろう?

 

小さすぎる声で、しかも読唇術対策として完全に背を向けて話している物だから、会話なんぞ全く聞き取る事が出来なかった。

そして何でか知らないが、教官が何かを言うたびに、山田先生の顔と首が赤くなっていった。

 

「よし! ではいってこい!」

「は、はぃぃぃぃ」

 

ボン! と音が出そうなほどに顔が赤い……。

このまま試合を始めて大丈夫なのだろうか?

 

「で、では! 行きます!」

 

だがそこらはさすがIS学園の先生になるだけあって、意識の切り替えは素早かった。

安全対策のために外した眼鏡のない、素顔の山田先生と言うのは……何というか本当に年下と思えてしまうほどに童顔で、かわいらしい素顔をしていた。

開始の合図とともにその童顔を引き締めて、しっかりと狙いを定めて、俺の右顎辺りを狙った正拳突きを繰り出してくるが……。

 

虚が全くない……素直すぎる攻撃だな

 

「虚」とは要するにフェイントの事である。

山田先生の性格柄か、その攻撃は全くの「実」しかなく、あまりにも簡単に攻撃場所が予測でき………………。

 

「やっちゃえ! 山田先生!」

 

何ッ!?

 

全く予想していなかったその言葉……その声に俺は気を取られて固まってしまい……。

 

ガスッ!

 

「あ」

「はぁ……やれやれ」

「あ~あ。くらっちゃった」

 

いや喰らっちゃった……じゃない!!!

 

見事に顎へと入ったためにその攻撃で脳が揺さぶられて一瞬意識が飛びそうになったが……俺はそれを根性でどうにか強引につなぎ止めた。

 

「だ、大丈夫ですか門国さん!? お、織斑先生の攻撃を全て防いでいたから当たると思っていなくて……」

「だ、大丈夫ですが……ちょっとお待ちください」

 

俺は試合をそっちのけで俺の事を心配してくださる山田先生に例を言うと、先ほどの声を上げた第三(・・)の来客へと詰め寄った。

 

「お前が何でここにいる!? 更識楯無!!!???」

「あはっ。お久しぶり門国さん」

 

そう、道場の入り口付近に、ひらひらと手を振りながら、教官たち同じように道着を着込んでいる更識家今大当主、更識楯無の姿があったのだ。

 

「どこから入ってきたんだお前は!?」

「どこって……すぐそばの入り口からだけど?」

「いや……そう言う事を言っているじゃなくてだな……」

「それにきちんとおばさまの許可はいただいてるよ?」

「そうよ護……」

 

更識に詰め寄っていると、入り口から和服姿の小柄な女性が入ってきた。

その姿を見間違えるはずもなく、そこにいたのは……。

 

「母上! 何故ここに!?」

 

門国楓。

病弱なために余り外を出歩く事が出来ず、臥せってばかりの俺の母だった。

 

「何故って……家の中を歩くのに理由がいるかしら?」

「いえ、そうではなく。あまりここは綺麗ではありません。お戻りになられた方が」

「そうかもしれませんけど……母として、家人として、お客様をお迎えしないのは失礼でしょう?」

 

そう言って一度正座をすると、深々と頭を下げる。

 

「門国護の母、門国楓でございます。皆様、今日はよくぞ我が家においでくださいました」

「これはご丁寧に。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。IS学園一年一組担任、織斑千冬と申します」

「は、初めまして! 同じくIS学園一年一組の副担任をやらせてもらっています、山田真耶です」

「更識楯無です。お久しぶりですおばさま」

 

すると俺以外の人間、教官に山田先生、そして更識も母上にならって正座をし、深々と頭を下げた。

 

「門国。家の方がいらっしゃるのならば言ってくれ。ご挨拶が遅れてしまったではないか」

「も、申し訳ありません教官」

「うふふ、お気になさらずに。コホッコホッ」

 

道場に来て数分と経っていないにも関わらず、もう咳をし出す。

清潔になるように心がけているが、それでも道場で動き回る関係上、ホコリが立ってしまう。

 

「は、母上。先ほども申しましたが、ここは空気が余り綺麗ではありません。お戻りになられた方が」

「えぇ。わかっています。けどね。もう少しでいいから見ていたいの。ここの道場で護以外の声を聞くのは、久しぶりだったから……嬉しくて……」

「……母上」

 

母上がそう言って寂しそうに微笑む。

確かに、ここの道場でこうして俺以外の人間がいる事は久しぶりだった。

父が死に、護身術を教える者がいなくなってしまったために門下生はいなくなってしまい、俺自身も、自衛隊に入隊してしまってここの道場は久しく使われていなかった。

幸い母の新しい女中が掃除を怠ってはいなかったみたいで、清潔ではあったのだが。

 

「もう少しでいいから……ね?」

「ですが……」

「もう、心配性だなぁ門国さんは。大丈夫。私がそばで様子を見ているから」

「更識……」

「また名前……っていうか幼名で呼んでくれないの?」

「たわけ。お前はもう襲名して楯無が本名だろう?」

 

確かに、昔は更識の事を幼名で呼んではいた。

だがそれは本当に十年以上前の事であり、今となっては遠い過去でしかない。

 

「あら、りっちゃん。護はりっちゃんの事、名字で呼んでいるの?」

「そうなんですよ、おばさま。私としては昔みたいに幼名で呼んで欲しいんですけど」

 

何でか知らないが、俺が悪者扱いだ。

そう言えばこの二人、昔から馬が合うのか結構仲が良かった。

 

といっても、数えるほどしか会話をしていないが……

 

「もう、護。だめでしょう? 女の子のお願いは聞いてあげなくちゃ……」

「いや、そうかもしれませんけども……っていうか母上。一応この更識楯無は我が家と違って名家の当主となるのでその呼び方は少し……」

「あら、問題があったかしら? りっちゃんはどう呼んで欲しい?」

「もちろん今まで通り、りっちゃんでお願いします。おばさま」

「ほらりっちゃんもそう言ってくれてるわよ」

「…………そうかもしれませんが」

 

だめだ……。

何でか知らんがこの二人、打ち合わせでもしていたのか息ぴったりだ……。

俺が太刀打ちできるような相手ではない。

 

「それに門国さん? 今のあなたの言葉通りで言うなら、私が幼名で呼んで欲しいって言ってるんだからそれは名家の当主の命令ってことになるんだけどな?」

「………………おまえ……」

「まぁ私としては当主である私からのそんな命令でなく、私個人のお兄ちゃんとして幼名で呼んで欲しいんだけどな~?」

 

かわいらしさをアピールするためか、小首をかしげてしかも上目遣いで俺にそう訴えかけてくる。

しかも何でか知らないが涙目だ……。

 

だが……これはおそらく演技……

 

決して表に出る事はない、対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主なのだから、その程度の事など朝飯前だろう。

だが、実際ここで呼んでおかないと、このままの雰囲気で試合をさせられそうだ。

仕方なく俺は内心で溜め息を吐きながら更識の幼名を呼んだ。

 

六花(りっか)……」

「なぁに? お兄ちゃん♪」

 

渋々と俺が幼名……雪の別名である名をそう呼ぶと、満面の笑みで更識……六花はそう答えた。

その様子を隣に座った母はクスクスと、楽しそうに笑ってみていた。

 

 

 

「ごめんなさいね。およびだてしてしまって」

「いえ、そのような事はありません」

「こ、こちらこそお招きいただきましてありがとうございます!」

 

私は、カチコチになりながら机を挟んで対面に座る、門国さんのお母さん、門国楓さんにそう返す。

そんな私を、門国さんのお母様さん―――楓さんはおかしそうに見ていた。

 

「うふふ。お招きだなんて……ただお茶を一杯召し上がっていただくだけなのですから、そんなに堅くならないでください、山田先生」

 

柔和に微笑みながら、お茶を入れているその姿はとても優しくて綺麗で……。

思わず同性の私でさえ見惚れてしまうようなほど動作が綺麗だった。

 

「は、はい!」

「前と変わらずご壮健のようで安心しましたおばさま」

「うふふ、ありがとうりっちゃん。遅れてしまったけど、当主襲名おめでとう」

「ありがとうございます」

 

私たちにとって突然の闖入者と言える更識楯無さん。

IS学園の生徒会長である彼女と、門国さんに面識があるなんて私は思いもしなかったのでびっくりしてしまった。

 

「それで楓さん。私たちにお話というのは……?」

 

織斑先生が代表して、私たちがこうして呼ばれた理由を聞いてくれる。

わざわざ門国さんを買い出しと言って外へと出すくらいだからよほどの話があるのかもしれない。

 

「私の息子護の事なのですが……」

 

急須から中身のお茶を、湯飲みに注ぎながらそう言ってくる。

 

「その……息子は……護は、IS学園でうまくやっているでしょうか?」

「うまく……といいますと?」

「あの子は……私の体が弱かったばかりに、全く母親らしい事をしてあげられず……そのためにほとんど女性と触れ合った事すらなくて……女性を苦手というか私のイメージが強いのか余り触れてはいけないものと認識しているみたいで……」

 

お茶を入れ終えて、私たちにお茶を差し出しながら話すその顔は、寂しそうに微笑んでいた。

その顔にははっきりと後悔と悔しさがにじみ出ていて……。

 

だからあんなに門国さんは縮こまっている?

 

その話を聞いて私は、普段IS学園での門国さんの姿を想像してみた。

織斑君……一夏君以外とはほとんど話さず、なるべく他の生徒……女子たち……の邪魔にならないように目立たないように行動したり、私のストーカー事件の容疑者としてみんなに罵倒を浴びせられても反論一つせず……。

 

「……正直うまく立ち回っているかと、問われれば……あまりうまく遣っているとは言えません」

 

織斑先生!?

 

そこまではっきりと言ってしまっていいんでしょうか?

女子校へと編入したと言っても過言でない門国さんの事を心配するお母さんにそんな事を言ってしまって……。

 

「やはり……」

「ですが……」

「?」

 

「確かにうまく立ち回れているとは言えないでしょう。ですが、それであいつは自分が決めた信念のために学園にて日々修練をして自分を磨いております。また、ご存じかもしれませんが、IS学園には他にも男子生徒が一人おりまして……」

「確か……織斑一夏君という子でしたか? え? 織斑? もしかして織斑先生の?」

「はい、実弟です」

 

語る織斑先生の顔には微少が浮かんでいて……それが門国さんのお母さんを安心させるためなのか、それとも門国さんの事を話しているから溢れでた笑みなのか、私には判別できなかった。

 

「先日も、門国に私の弟の命を救っていただきまして……。本当に感謝しております」

 

そう言って織斑先生は深々と頭を下げた。

それに勇気づけられて、私も……。

 

「わ、私も門国さんにはいろいろとお世話になっています。階段から落ちそうになったとき助けていただいたり、怪我をしそうになったときも庇ってくださったり……それに織斑先生の弟さん、一夏君同様、私も門国さんに命を救っていただきました。本当に感謝しております」

 

緊張しながら一息にそう言うと、私も織斑先生と同じように頭を下げた。

 

「……そうですか……あの子が」

「はい」

 

そう返事をすると供に、織斑先生が顔を上げて楓さんの顔を、真っ直ぐに見つめた。

 

「確かにうまく立ち回れていません。ですが、あいつ……護さんは、人として大事な物をきちんと持っています。いろいろと誤解を受けやすい行動をしているかもしれませんが、それでも護さんはきちんとした人間で好感が持てます。どうかご安心ください」

 

目を見つめてそう言う織斑先生の顔には、はっきりとした笑みが浮かんでいて……。

それを見てようやく楓さんも安心できたのか、ほっと安堵の溜め息を吐いていた。

 

「ありがとうございます織斑先生。あなたのような方に担任になっていただいて本当に親として、感謝しても仕切れません」

「そんなことは決して……」

「どうか息子を……護をお願いいたします」

 

「はい」

「お任せください!」

「お任せくださいおばさま」

 

私と織斑先生、そして更識さんが同時に返事をする。

その返事を聞いて少しは気が楽になったのか、楓さんは穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

う~ん。お兄ちゃんが変わらず不器用だったから安心してたんだけど、ちょっと油断してたかな?

 

私は横にいる一年一組の副担任、山田先生の横顔を盗み見つつ、複雑な思いを抱いていた。

相変わらずの不器用さで女子の敵と認識されていたから大丈夫だと思っていたのだけれど、どうやら山田先生はお兄ちゃんの魅力に気づいてしまったみたい。

しかもそれだけじゃなく、寝ているお兄ちゃんを襲ったみたいだし……。

 

そろそろ、動こうかな?

 

本音ちゃんに逐一報告はしてもらっていたけど、うかうかしれられないかもしれない。

そう結論づけてどう動くかをある程度考える。

そうしていくつかの選択肢に絞り終えると、私はおばさまに入れてもらったお茶をゆっくりと飲み干しておばさまに微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、おばさま。そろそろ私も、お兄ちゃんのために動こうと思いますので」

「あら、りっちゃん。何するつもり?」

 

そんなに言うほど会う機会もなく、そしてもう十年近く会っていないにも関わらずおばさまは私の事を覚えていてくださった。

そして以前どおりに接してくれた。

それが純粋に嬉しかったし、それに私としてもいろいろな意味で大事な人を、完全にほっぽっておくつもりはなかった。

おばさまに笑みで返しつつ、私はポケットから扇子を取り出して広げてみせる。

 

『我に策あり』

 

と達筆で描いた私のお気に入りの扇子だ。

 

「うふふ。面白い事ですよ♪」

 

 

 

 







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RR
二学期


明日から新学期か……

 

期間の半分ほどを病院のベッドで過ごした夏休みも終わり、再び俺にとって地獄とも言える学生生活が始まるのかと思うと溜息しか出てこない。

 

俺こと……門国護は、世界で二人目のISを動かせてしまった男である。

本来ならば女性にしか使えないはずのISを動かせてしまったために、自衛隊を一時抜けてまで、俺は世界で唯一のISの教育機関、IS学園へと編入した。

そこまでならばよかったのだが、俺の年齢は二十歳。

対して、ここIS学園は高校なので他の子達は16~18歳までとなっているために全員が俺より年下。

ということにより、女性を苦手としている俺と、年上で自衛隊出身と言うことで、どう接触したらいいかわからないという、互いにあまり交友することがなく、さらには俺はとある事でストーカーの容疑者となってしまって、ほとんどの人間から敵視されてしまっている。

一応誤解というかストーカーでないことは事実なのだが、それでも他にも色々とやってしまったために俺はまぁ学園で微妙な立場となってしまっている。

そして、その微妙な立場となっている学園が再び始まるのだから気が滅入るのも無理はないと言わせて欲しい。

 

気が重い……

 

夏休みは実家に帰省していたのでこちらの環境よりは楽だったのだが、再びあの重圧の中へ行くと思うと本当に気分が沈んでしまう。

だが、ISを男が動かしてしまったという事実があるために、俺は否が応でもIS学園に行くしかないのだが……。

 

そう言えば守鉄はどうなっているのか……?

 

俺の専属機体、第二世代ガード型IS打鉄。

相棒とも言えるISは先日の臨海学校での特別任務の折に半壊してしまっている。

ダメージレベルがCを超えていたので修理に回されて、夏休みの間は俺の手元になかった。

メールなどで一夏と話をしたが、一夏はデータ取りで夏休みが結構潰されたらしい。

そう考えると守鉄が修理に回されたのは、教官の優しさというか配慮かもしれない。

夏休み親孝行が出来るように。

 

まぁ直接聞いても応えてくれないだろうが……

 

守鉄のことを考えて、俺は何となく左手の甲を見つめてみる。

守鉄の待機状態は手甲グローブ。

左手の手の甲に何もないというのが結構違和感を覚えてしまう。

それだけ俺が守鉄を相棒として思っていたと言うことなのだろう。

そんなことを考えながら学園の正門をくぐる。

 

そう言えば学園に登校し次第、教官の所に出頭するように言われていたな……

 

先日教官が来訪し、模擬戦を行った日の帰り道で言われたのだ。

 

「新学期が始まる前にとりあえず私の所にこい」

 

と言われたのだ。

何の用事かわからないが、行かないとまずいのは考えるまでもないだろう。

荷物も対した量はなかったので、俺はそのまま教官を捜してとりあえず職員室へと向かうことにした。

 

「失礼します」

 

ノックを行ってから俺は引き戸を開けて職員室へと入る。

そしてとりあえず目と顔を動かして探してみるのだが、どうやらいないみたいだ。

 

「? 門国さん?」

 

そうしていないので別の場所へと向かおうと思った時に、後ろ……つまり職員室の外から俺を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを振り向いてみる。

声からして気づいていたが、そこにいたのは予想を裏切ることなく山田先生がいた。

山田真耶先生。

身長低めで童顔、胸が大きな俺が所属する一年一組副担の先生。

先日、この山田先生が書類を危なっかしく運んでいるのを見て、見守るという形で後ろかからつけていったらそれをストーカーを見られてしまい、迷惑を掛けた方。

さらには臨海学校で事故とはいえ……セクハラをしてしまった方である……。

普段はほんわりポヤポヤな雰囲気の優しい先生だが、元IS代表候補生という事もあり、ISの腕前は一級品である。

 

「山田先生。お疲れ様です」

「ありがとうございます。どうしたんですか?」

「いえ……織斑先生を捜しておりまして」

「織斑先生ですか? 織斑先生でしたら……」

「来たか門国」

 

どうやらすぐ後ろにいらっしゃったようで。

山田先生の後ろから少し遅れて、教官こと織斑千冬先生がやってきた。

一年一組担任、織斑千冬。

ISの元日本代表で、第一回IS世界大会優勝者。

生粋の強者にして猛者である人。

ドイツ軍で教官を行った後、日本でも教官としてご指導なさってくださったときに、自衛隊に所属していた俺と知り合う事になったお方である。

 

ちなみに弟の一夏の事をすごく大切にしているのが傍目から見てもよくわかる

 

「……何か不快な波動を感じるのだが」

 

俺がそれとなく教官のプロフィールを思い描いていると、深く低い声が俺の耳に入ってきた。

そちらの方に視線を向けると得物《資料の束》を上へと振り上げて構えている教官の姿が視界一杯に写った。

 

「……え~これはその」

「言い訳無用だ」

 

ドパン!

 

結構な紙の束だったので重量がありとても頭に響く一撃だった。

 

「とりあえず通行の邪魔になるからさっさと入れ」

 

うずくまって頭を抑えて痛みに耐えていると、実に容赦のないお言葉が耳に入ってくる。

相変わらずこの人は容赦がない……。

頭をさすりつつ俺は教官の後に続いて職員室へと入っていく。

教官は自分の執務机のイスに腰掛けた後に、机の引き出しから俺にとって見慣れた物をとりだした。

黒色の手甲グローブの待機状態の俺専属機体、守鉄だった。

 

「修理が終わったからな。返却しておくぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

確かに普通に考えれば、新学期が始まる前に俺を呼び出す理由など、守鉄の返却以外にないだろう。

そこに至らなかった自分の馬鹿さ加減にちょっと呆れがでてしまう。

まぁそこらは表に出さず、俺は約二ヶ月ぶりの相棒をいつもの通り左手の手甲へと装着する。

 

やっぱりあるとしっくりするな

 

左手の安定感というか……違和感のなさに少し自分でも苦笑してしまった。

そして俺はさっそく経過というか、修理状況でどのようになったか確かめるために、守鉄のステータス画面を呼び出してみた。

……が。

 

「……ラファール・リヴァイヴ?」

 

何故か知らないが、守鉄の正式名称が『打鉄』から『ラファール・リヴァイヴ』となっていた…………。

第二世代開発最高期の機体、ラファール・リヴァイブ。

スペックは第三世代の初期型にも劣らないもので安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体だ。

打鉄だった守鉄が、ラファールになってしまって正直びっくりだ……。

 

言うのが遅れたが『守鉄』というのは俺が勝手に命名したISの名前である……

 

「そうだ。外部装甲のほとんどが壊れていてほとんどコアだけの状態だったからな。修理するよりも、いっそのことパーツを全換装してしまおうということになってな」

「はぁ……。で、ですが教官。新しい装甲になってしまってはまた慣らしというか装甲とコアをなじませないといけないのでは?」

 

そう。

ISは確かに機械だがコアがある意味で生きていると言ってもいい。

コアが心臓であり、装甲は肉にあたる。

取り替えればすぐにまた活動できるというわけではないのだ。

 

「まぁそうなるが……。いい加減貴様が銃器を扱ったときのデータが欲しいと催促されてな。そうなるとラファールの方がいいという結論に至った」

「…………本当ですか?」

「嘘を言ってどうする。そう言うわけだから上の命令もあり、貴様のISの装甲を勝手に変更させてもらった」

「なるほど……」

 

元々、俺の専用機というわけではないので文句を言う筋合いは俺にはないだろう。

世界に二人しかいない男のIS操縦者。

俺がこの守鉄を使わせてもらっているのはその希少さからであって、もしも普遍的に男もISを使用できるようになったら俺なんぞすぐにお払い箱だ。

 

「だがまぁ事前連絡してやれなかったのはすまなかった」

「いえ。教官が謝られる事など決してございません」

「そう言ってくれると助かる。まぁ打鉄の武装が無事だったから、少しでも慣れた得物をと思って打鉄の近接ブレードはインストールしておいた。後は基本装備の五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』と、IS用の拳銃がすでに装備されている。また、一般機と差別化するという意味合いが強くなったために、本来のネイビーカラーから、貴様のは打鉄と同様の黒色が主体のカラーリングに変更されている」

 

主な変更点を、教官直々に教えていただいた。

ざっとステータス画面を見ると、確かに教官の言うとおりの変更が為されている。

また、単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の項目の中に、『前羽命守(まえばめいしゅ)』の名前が表記されているが、何故かその項目を調べようとするとエラーが表示された。

 

「あぁ、貴様の余りにも無謀な単一仕様能力(ワンオフアビリティー)ならば、国際IS機関での審議の結果、封印されることが決定した」

「……何故です?」

「何故も何も、あそこまで捨て身な単一仕様能力(ワンオフアビリティー)など使わせようなど誰も思わん。防御に関して鉄壁とも言えるISの看板を汚しかねない行為でもある上に、貴重なモルモットが死ぬかもしれないからな」

 

…………モルモットですか?

 

教官の物言いに顔が引きつく俺だったが、だがそれが事実だろうということが分かるので笑うしかなかった。

一夏の場合は完全な専用機だが、俺は換えのきく一般機によるデータ収集が目的だ。

また元々軍隊に所属していた俺は一般人とは言い難いので、一夏よりはよほど自由に扱う事が出来るのだろう。

そんな使い勝手のいい駒に死なれるのは確かに損害といえば損害なのかもしれない。

 

一夏は教官の弟というのもあるからな……

 

また臨海学校での教官と束博士との関係を鑑みるに、余り変な事をすると二人の逆鱗に触れかねない。

教官も恐ろしいが、束博士はより危ないだろう。

その科学力に物を言わせて何をするかわかったものじゃない。

 

「そうですよ門国さん。あの単一仕様能力(ワンオフアビリティー)に関してはいくら何でも無茶苦茶すぎます。今後絶対に使用しないでくださいね」

 

今まで黙って話を聞いていた山田先生からも注意されてしまった。

しかも山田先生の声にはいつも以上に感情がこもっている。

臨海学校で、暴走した軍事IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』との戦闘の際に、山田先生が外に出てしまってそれを発見し、敵機が攻撃したので俺が庇いに言ったらそれは罠だった。

それに気づかず罠にはまって攻撃をまともに食らってしまい、結構な重傷を負ったのだが……

 

山田先生のせいではないというのに

 

まだ気にしておられるのかもしれない。

 

「といっても、どれだけ初期化しようとしても初期化されずに封印する事しかできなかったのだが。しかも貴様いつISに名前をつけた? 守鉄と言う名前も、消去処理および初期化を一切受け付けなかったぞ?」

 

……あれ? 直に呼んだ事なんてないはずなのに……

 

確かに勝手に命名したのは事実だが、それにしたってまさか守鉄自身も、俺が心の中で呼んでいるだけの名前である守鉄を、自分の名前と認識してしまうとは……。

 

「も、申し訳ありません」

「別に構わんが……あまり変な癖をつけてくれるなよ?」

「肝に銘じておきます……」

 

他に特に言われる事もなく、俺は守鉄を受け取ると職員室を出て寮の自分の部屋へと向かった。

一夏は今日昼間、出かけているらしいので一人という事になる。

 

久しぶりに会いたかったのだが、まぁいいか

 

どうせ明日から新学期なのだ。

しかも寮生活で同じ部屋なので毎日顔を合わす事になる。

夏休みは結局ほとんど会う事もなかった。

ISが第二形態に移行した事によりデータ収集やらいろいろやることがてんこ盛りだったようだ。

織斑一夏。

世界で初めての男性のIS操車者であり、織斑教官の実弟。

爽やか好青年のイケメン高校生で、学園中の女子生徒からモテモテの俺の友人である。

そして彼にとって親しみ深い五人の女子生徒達の露骨にして本気の恋心に、全く気づかない鈍感朴念仁である。

夏休み中に一夏が電話で、俺を一夏の家へと誘ってくれた事があったが、俺は背後に聞こえる女性の声×5に気づいて丁重にお断りした。

 

あの子はもう少し恋心に気づいてあげればいい物を……

 

恋愛の事を全く理解していない。

というか最近一夏の事が本気で心配になってきた。

思春期真っ盛りと言っても過言でない年で、どうしてあそこまで恋愛感情というか……もう少し青年らしい感情がないのか……。

この年にして達観しすぎているというか……枯れているというか……。

 

まぁそれも時間の問題かもしれないか……

 

一夏ハーレムの五人の少女を思い出してみる。

幼なじみにしてボンキュボンの撫子ポニーの篠ノ之箒。

同じく幼なじみにして中国代表候補生、ツインテールでまな板娘、凰鈴音。

イギリス代表候補生、金髪ロングでカールなスレンダーのお嬢様、セシリア・オルコット。

フランス代表候補生、金髪ボーイッシュ、均整のとれた体のシャルロット・デュノア。

ドイツ代表候補生、銀髪ちびっ子で小動物的なラウラ・ボーデヴィッヒ。

以上五名。

特徴は誰もがそれぞれちがった方向の美人であるという事だろう。

街に出れば十人中十人が振り返る事間違いなしの掛け値なしの美少女達。

さすがに彼女たちが強硬手段の※※※※(自主規制)にでればさすがの鈍感朴念仁でも気づくって言うか襲うだろう。

 

……すさまじいな

 

あそこまで人に好かれるというのもすごい物である。

イケメンで性格もいいのだからそれも当然かもしれないが。

 

まぁなりたいとは思わないが……

 

女性にすかれた自分を想像し、ぞっとした。

俺には恐ろしい対象である女性にああまで迫られたら……俺はどうにかなるかもしれない。

そんな事を考えながら俺は、寮における自室の部屋のドアの鍵を開けて部屋へ入ろうとした。

 

「お帰りなさい。私とご飯? 私とお風呂? それとも私とベッド♪?」

 

バタン

 

開けて約数秒。

俺はすぐさまドアを閉めるといったん目を閉じた。

 

一瞬……きっっっっっっっみょうな物体が写った気がしたのだが気のせいだろうか……

 

疲れているのかもしれない。

もしくは気づかぬうちに夏の熱さに負けて脳がやられていたか……。

とりあえず俺は念のために俺が今ドアを開けた部屋番号を確認するが……たった今自分で解錠して部屋を開けたのだから間違いなく自分の部屋だろう。

 

……

 

ガチャ

 

「お帰り、お兄ちゃん。私がする? お兄ちゃんがする? もしくは……一緒にする?」

「……何をだ?」

「いやん、お兄ちゃんのエッチ。69と書いてシッ―――」

「言わんでいい!」

 

余りにも直接的な事を言おうとした、目の前の恥知らずな女の声を俺は大声で上書きした。

どうやら白昼夢でも幻でもない……いや現実味のある非現実という意味ではあっているかもしれない……らしい。

俺と一夏の部屋で待ちかまえていたのは、裸エプロンっぽい格好をしている更識楯無だった。

更識楯無。

対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主を襲名した人物。

まだ俺の家、門国が裏の組織として活動していた頃、幼少時に知り合った少女である。

ちなみにIS学園の生徒会長らしい。

 

「ここで何をしている? どうして、というかどうやって部屋の中に入った?」

「一度にいくつも女性に質問するのは感心しないなぁ」

「不法侵入者に女性もくそもあるか……」

 

とりあえず俺は他の女子に見られるとまずいので、中にはいるとドアを閉めた。

こいつの性格からしてこの格好は明らかにフェイクである事が予想される。

何をしたいのかは謎だが、俺はげんなりしつつ靴を脱いだ。

 

「いやん、お兄ちゃん。ドアを閉めてどうするつもり?」

「……何もせん。いいからとりあえず服を着ろ。水着じゃなくきちんとした格好をしてないと体を冷やすぞ」

 

なるべく更敷のほうを見ないようにそう言った。

こいつとは幼少時よりあっていたのでまだなれているが、それでも目に毒なことに代わりはなかった。

ちなみに何故わかったかというと、若干……本当に若干だが……下の衣服のラインがでていたからと言う単純な理由だ。

 

「あら? ばれちゃった?」

「わからいでか、この悪戯娘め……」

「つまんないなぁ~。興奮した?」

「妹みたいな女に欲情するほど未熟でも無し」

 

くだらない事を聞いてくる更識に俺はぶっきらぼうにそう返す。

知り合った当時の年齢は俺が七歳で、更識は四歳であった。

俺になついて後ろに付いてきていた更識は、俺にとって妹のような存在である。

確かにあれから随分と経ち、幼さは無くなって随分と美人になったが、それでも妹のような存在である事に代わりはない。

俺は更識を素通りすると、衣服などの生活用品を入れてあるボストンバッグを自分のベッドの横へと置いて、とりあえずイスに腰掛けた。

 

「っていうか何故今日俺が寮に帰ってくる事を知っていたんだ更識?」

「……」

「? 答えろ」

「名前で呼ばない人には教えてあげない」

「? 名前って……更識も名前だろう?」

「もう。わかってないなぁお兄ちゃんは。二人きりの時は幼名で呼んでよ」

「何故だ?」

「何でも」

 

何でか知らないが幼名で呼んで欲しいらしい。

二人きりの時といっているが、そもそも前回呼んだときは二人きりではなかったというのに……。

いろいろ疑問点は会ったが、拗ねた子供のようにツーンと横を向いたまま何の反応も返そうともせず、しかも服を着替える素振りも見せないので、幼名で呼ばないと本当に何もしそうにない。

俺は心の中で盛大に溜め息を吐くと、仕方なく更識の幼名を呼んだ。

 

「六花……」

「お帰り、お兄ちゃん♪」

「……ただいま」

 

裏表の無い笑みでそう言われると、さすがに邪険にする事が出来ず、俺は素直に返事をした。

何をしたいのか甚だ不明だが……。

 

「それで何のようだ?」

「? ん? ただ会いに来ただけだけど?」

「……たわけ。お前がそんなに暇なわけ無いだろう」

「え~。私だって一応花の女子高生だよ?」

「年だけ見ればな」

「……その言い方はさすがにちょっと傷つくんだけど」

 

まぁ確かに少々言い方がひどかったかもしれないが、いつまでもふざけてばかりいる相手にはちょうどいいだろう。

俺は何も言わずに何の感情も込めていない無表情で、更識……六花を見つめる。

するとさすがに観念したのか、六花は苦笑いして次いで溜め息を吐いた。

 

「お兄ちゃんのISを見に来たの」

「俺のISを?」

「そう。ちょっと貸して」

 

一応笑顔だが……何故かその笑みには凄みがあり、何か逆らえないようなオーラがあった。

最初こそ訝しんだが、生徒会長の肩書きを持つ六花が変な事はしないだろうと思い、俺は素直に手甲グローブの守鉄を手渡す。

礼を言いながら受け取った六花は、早速守鉄のステータス画面をチェックしだした。

 

「打鉄からラファールに変更したんだ」

「みたいだ」

「えっと……あ、あった。これが問題になった単一仕様能力(ワンオフアビリティー)だね」

「……ちょっと待て。何故それが問題になったと知っている? しかもさっきの質問にも答えてないぞ?」

「生徒会長権限」

 

にんまりと、実にいい笑顔をしながらVサインをしてくる六花。

生徒会長にそこまでの権限があるか! といいたくなったがここはIS学園だ。

日本でここほど特殊な学園はありはしないだろう。

それにそんな権限がなかったとしても、こいつならその程度の事たやすく突破するだろう。

呆れながら六花の様子を見ていると、なんかどんどん眉間に皺が寄っていくというか、無表情になっていくのだが……。

 

「……お兄ちゃん?」

「なんだ?」

 

今までの陽気な振る舞いのない、真剣な六花の声に俺は少し気圧されつつも普通に返事をする。

表情は笑顔であるはずなのに何故か無駄に迫力がある。

 

「この単一仕様能力(ワンオフアビリティー)、もう使わないで……」

「……何故だ?」

「だって、いくら何でも無謀すぎだよ? シールドエネルギーを一極化させるなんて……。もしもISの攻撃が掠りでもしたら……」

「……まぁ装備にもよるだろうが……無事では済まされないだろうな」

 

前回の特務任務で発動した俺の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)

俺のというよりも、守鉄が発動してくれたといった方がいいかもしれないが。

 

前羽命守(まえばめいしゅ)』。

空手の構えの一つ、前羽の構えの名前を冠した単一仕様能力(ワンオフアビリティー)

正直それだけではよくわからない単一仕様能力(ワンオフアビリティー)だが、それでもあの時守鉄が教えてくれたのだ。

 

この能力は、シールドエネルギーの展開を自在に変化させる能力である……と

 

俺が防御する事ばかり考えていたから守鉄がそれに応えてくれたのかもしれない。

得意とする防御の構えの名前から名前をとってまで。

任務中も思ったが、随分と気のいい相棒である。

 

「お兄ちゃん? 思案にふけってないで私の質問に答えてくれるかな?」

 

専属IS、守鉄の事を考えていると、何でか知らないがかなり不機嫌な六花が、先ほどよりもさらに威圧感を込めながらそう言って来る。

正直、六花の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)を使わないで欲しい願いなど、耳を貸す理由は無いのだが……その表情から何の策略も含まれていない、純粋に()として俺を心配している事が読み取れたので、俺は仕方なく渋々と頷いた。

 

 

 

「それじゃ、織斑一夏君が帰ってくる前に帰るよ」

「来るのは構わないがもう二度と不法侵入はするな」

「私とお兄ちゃんの仲なのに? 鍵も持ってるのに?」

「……たわけ。っていうか鍵を勝手に複製するな!!」

 

結局あれから三十分ほど居座り、昔話に花を咲かせた……というかおもしろおかしく、わざとらしく変な言い回しをするこの娘との会話は正直疲れた。

今後の対策を何か考えた方がいいかもしれない。

 

「……お願い聞いてくれてありがとうね」

「……あぁ」

 

お願い……おそらく守鉄の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)を今度使用しないと言ってきた事だろう。

正直どこまで守れるか謎だが……それでもこうして更識楯無としてではなく、六花としてお願いしてきた以上ある程度守ってやらねばならんだろう。

 

これでも一応兄貴分みたいなものだからな……

 

幼少時に知り合った女の子で、妹と思えるのはこいつとその妹くらいのものだ。

だからまだ他の女性と比べれば普通に接する事が出来る。

 

「んじゃお願い聞いてくれたお礼に私がいいことしてあげるね★」

「………………いらん」

「遠慮しないでよお兄ちゃん♪」

 

そう言って満面の笑みで笑いかけてくるが……その笑みはにんまりとした実に悪戯っ子が浮かべそうな笑みであった。

それに声もどこかおかしさをこらえているような感じがする。

 

「何するつもりだ?」

「うふふ。いい事だよ?」

「主語を言え主語を! お前に取っていいことって意味だろ!? しかも疑問形!?」

「う~んどうだろうなぁ? でもお兄ちゃんにとっても悪い事じゃないよ? それじゃね」

 

そう言うと俺の追求を逃れるように颯爽と逃走していった。

その速さたるや……さすが対暗部の当主。

 

……………………嫌な予感しかしない……

 

何をするのか謎だが……とりあえず六花の言葉の、俺にとっても悪い事ではないという言葉を信じるしかないだろう……。

俺は無邪気とも言える妹の笑顔とその悪戯を思いついた子供のような笑みに溜め息を吐きながら、部屋へと入っていった。

 




第二部開幕


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文化祭準備

新学期。

ついに始まってしまったまた女の園での学校生活が始まる。

諸事情であまり女性が得意でない俺にとって地獄以外の何ものでもない。

だがこの学園に年上である俺が編入したのは自衛隊というか国家からの命令でもあるので逆らう事も出来ず……まぁ逆らうつもりもないが……とにかく、そう言う事でまたこの場所で頑張っていかねばならんのだ。

 

……空が綺麗だなぁ…………

 

九月の残暑、というか夏の名残と言うべきか、この季節は他の季節と比べて空の青さがよりいっそう際だっている気がしてならない。

それはきっと太陽の熱というか気温が高いからなのだろうなと勝手に解釈してしまう。

ぼけっとくっだらないことを考えていると、段々と他の生徒《女子》達が徐々に登校し始めてきた。

 

…………また始まるのかぁ……

 

女子の声が教室に満ちてきて、俺は心の中で溜息を吐いていた。

山田先生のストーカーの事件によって、女子の敵と認識されたために一学期は随分とひどい目に合っていた物だった。

それがまた始まるのだろうなぁ………………。

 

「門国さん」

「はっ」

 

今日からのことを思い描いて暗くなっていると、真横から声がかかったので俺は瞬時に振り向きつつ返事をした。

誰が声を掛けてきたのかは謎だが……声に覚えがあったのでおそらくクラスの人間だろう。

 

「何か?」

「いやただ挨拶しようと思って。お早う門国さん」

「????? お、おはようございます」

 

??????????????挨拶するだけ???????????????

 

たったそれだけの事だが……俺の立場を考えるとそれは異常事態とも言えた。

 

一学期の六月後半。

俺はこのクラスの副担任事山田真耶先生にストーカーをしたと嫌疑を掛けられて以来、女の敵として認識されていた。

そのために女子が俺に声を掛けることなんぞ無かったのだが……。

あまりにも予想していなかった事態に俺は戸惑う事しかできない。

しかも何故か知らないが、俺に声を掛けてきた女子生徒は、その後ろに控えていた他の女子を何か話していて、時折ちらちらと俺の事を盗み見ている。

その視線も、余り敵意というか悪意を感じず……正直何が起こっているのか全くわからない。

 

…………一体何が?

 

「おはよう護」

 

不思議な現象に頭をひねっていると、一夏が俺の目の前に来て朝の挨拶を交わしてきた。

俺はそれに返事を返しつつ、一夏に質問をしてみた。

 

「一夏……」

「? どうした?」

「……俺なんかしたか?」

「? どういうことだ?」

 

よく意味がわかってないらしい。

まぁ確かに質問の仕方がよくなかったかもしれない。

それだけ俺も焦っているというかてんぱっているということだろう。

 

「いや……なんか女子が俺に声を掛けてきてな」

「? それがどうかしたのか?」

「いや確かにそれが普通の男子だったならばそうだけどな。ストーカー事件の容疑者となった俺にだぞ?」

「あ~~~そういうことか。よかったじゃないか! みんなようやく誤解だってわかってくれたって事じゃないか!」

「……いやそうなのかもしれないけど…………」

 

俺としてはその過程が知りたいのだが……。

 

 

 

俺の謎は結局答えを見つけることが出来ず、その後二学期の学園祭について話があると言うことで俺たちは講堂へと移動していた。

学園祭。

学校行事でも人気の行事の一つだろう。

その学園祭に関する連絡事項があるらしく、わざわざ全校集会を行うことになった。

だがある意味でそれどこれでない俺にとって、そんなことなどどうでもいい。

 

っていうか純粋に四方六方八方……360度周り全てが女子っていうこの状況どうにかしてくれ!!!

 

まぁ一応すぐそばに一夏がいるのが幸いだろうか?

織斑で「お」で、門国で「か」なので出席番号が近いので、必然的に俺たちは出生番号順で並ぶと近い位置にいる。

がその一夏も周り全てが女子という状況で少々居づらそうにしている。

 

俺は冗談抜きで、それこそ裸足で逃げ出したくなるほど、恐ろしかった……

 

「やぁみんな。おはよう」

 

そうして始まった全校集会で、俺は見知った顔が壇上へと昇っていくのを下から見ていた。

 

「さてさて、今年は色々と忙しくって挨拶がまだだったよね? 私の名前は更敷楯無。君たち生徒の長よ。よろしくね~」

 

…………本当に生徒会長だったんだな

 

にっこりとほほえみを浮かべていう生徒会長という肩書きを持つ、妹のような存在の更識楯無。

どうやらなかなかの人気者らしくそこかしこから黄色い声が聞こえてきた。

それに笑顔と手振りで答えつつ、更識は声を張り上げた。

 

「もうすぐ学園祭だけど、今回は特別ルールを導入! その内容は各部対抗織斑一夏争奪戦!」

 

その更識の言葉と主にディスプレイにでかでかと一夏の写真が投影される。

 

「え」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!??」」」

 

そしてそのあまりにもサプライズな内容に一夏だけでなく、全校集会に集まった女子生徒全員の驚愕の声が響き渡る。

何となく予想できていたので耳栓をして、その大音量から俺は鼓膜を守る。

 

「学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出してそれに対して投票を行い、上位組は部費に特別助成金がでる仕組みだったのだけど、今回はそれだけではつまらない! と思って……」

 

無駄に間を作って会場を期待させる更識。

実に芝居がかっているというか……遊んでいるというか……。

 

「織斑一夏を一位の部活動に強制入部させます!」

「うおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

みんなのアイドル? 織斑一夏を自分たち(部活)で保有出来るとあって会場は大喝采&大興奮の渦に包まれた。

 

「さ、さすが会長!」

「やってやる! やってやるわぁぁぁぁ!」

 

ちなみに、当の一夏はというと予想通りというか、やはり許可を取っていなかったみたいで呆然としていた。

そんな一夏に俺は合掌するしかなかった。

が、直ぐに人ごとではなくなった。

 

「あ、あともう一人の男子生徒、門国護は生徒会に入れて雑務にするからよろしくね♪」

「……は?」

 

突然火の粉が降りかかってきた俺は思わずそんな驚愕の声を上げてしまっていた。

そんな俺に気づいたのか、壇上にいる更識がこちらを見つめて……。

 

「あはっ★」

 

なんか笑顔でウィンクしてきた。

一夏のときと違って俺の名前が出ても女子の反応はほとんどなかった。

 

が、一部で反対の声が上がったが……誰だろうね?

 

それを不思議に思いつつ、その笑みに何かの意味があると考えて、俺は不意に先日の事を思い出した。

先日……夏休み終了日に寮の部屋へと勝手に侵入していた更識。

その帰り際の言葉……。

 

『んじゃお願い聞いてくれたお礼に私がいいことしてあげるね★』

 

と言っていた事を思い出したのだ。

 

いい事って……生徒会に入る事?

 

いまいちその利点のわからない俺は頭にハテナマークを浮かべる事しかできなかった。

 

 

 

その後、教室にて放課後の特別HR。

学園祭での我がクラスの出し物を決めるために随分と盛り上がっていた。

しかしその内容というか……出し物が……。

 

『織斑一夏とツイッター』『織斑一夏とポッキーゲーム』『織斑一夏と王様ゲーム』

 

………難儀なHRだなぁ……一夏

 

「却下」

 

クラス委員だったらしい一夏が、クラスの壇上に立ち当然のごとく却下した。

まぁ本人からしたら溜息しか出てこないだろう。

これではまるで動物園のパンダだ……。

そしてその一夏の言葉に、全女子が大音量の声でブーイング。

先ほどの全校集会同様、俺は耳をふさいだ。

 

「あ、あほか!? 誰が嬉しいんだ!?」

「私は嬉しいね! 断言する!」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

……そんな義務が合ったんだな……イケメンも苦労するなぁ

 

「そんな義務はない!」

「え~ノリが悪いなぁ」

「ともかく駄目! 他に意見は!?」

「はいはい! それが駄目なら私に案があります!」

「はい田村さん!」

 

女子の怒涛の反対意見に助けを求めていた一夏は、手を挙げた俺の隣の席の女子生徒である、田村さんへと指さして発言を促す。

 

しかし……その発言は余りにも予想外だった……

 

 

「織斑君と門国さん、IS学園(ダブル)ホストクラブ!」

 

 

「……」

「……」

「「「……」」」

 

あまりにも予想外の一言に、学園でたった二人の男である、俺と一夏は固まった。

それだけでなく女子達も一斉に固まったのだが……。

 

「「「それだ!」」」

 

なにっ!?

 

何故か一瞬固まった後一斉に賛同の胃を示す女子生徒達。

その意外な意見と、それを肯定した女子生徒達に俺たち男二人はびっくりして声も出なかった。

 

「ちょ、ちょっと待て!? さっきの意見よりもおかしくなってないか!?」

 

壇上できゃいきゃい言ってる女子生徒達に負けないように、っていうか声が届くように大声で叫ぶ一夏。

 

奇遇だな一夏……俺も同意見だ……

 

「織斑君と門国さんがホスト! それの何がおかしいの!?」

「先輩だってうるさいんだから、誰もが楽しめる企画じゃないと!」

「織斑一夏と門国護は共有財産だ!」

 

……俺も?

 

一夏はわかるが……ストーカーで睨まれていた俺が何故こうなっている?

不思議でしょうがないが、なんかこの場の空気に飲まれて声を上げる事すら出来ない。

 

「や、山田先生も! 黙ってないで何とか言ってください!」

「え? 先生がですか?」

 

ずっとクラスの意見を聞いているだけで、何の注意もしようとしなかった山田先生に、一夏が援護を頼む。

その余りにも意外っていう顔はしないほうがいいのではないでしょうか?

ちなみに担任であるはずの教官は、さっさと職務放棄してどこかへ行った。

おそらく職員室で書類仕事でも行うのだろう。

 

「えっと……せ、先生もホストクラブがいいかなぁ……」

 

頬を赤らめながら俺と一夏を交互に見る副担任。

見事に地雷だな……しかも不発弾。

 

っていうか否定するどころか肯定してどうするんですか……

 

若干顔が引きつりながら山田先生を見つめていると、俺の視線に気づいた山田先生と目が合って、その瞬間……

 

バッ!

 

ものすごく勢いよく俺との目線をそらした。

昨日のIS受け渡しの時はまだ普通だったというのに……。

 

何かしたか俺??

 

クラスの女子の変貌差も相まって俺は本当に不思議でならなかった。

 

「あ~もう! と、とにかくもっと普通の意見をだな!」

「メイド喫茶はどうだ?」

 

そうして一夏が半ば自棄になりながら叫ぶと、この大音量の中でもよく通るすんだ声が場の空気を止めた。

 

メイド喫茶?

 

メイド喫茶とは、コスプレ系飲食店の一種であり、主に日本に存在する。店舗内では、メイド服姿のウェイトレスが個人宅の使用人のように振舞い、客はその主人としての待遇を受ける店のこと……らしい。

なぜらしいのかというと俺は行ったことがないからだ。

そのメイド喫茶の意見を出したのは何と意外や意外、銀髪ちびっ子の軍人娘で壱課ハーレム軍団一員のラウラ・ボーデヴィッヒだった。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

銀髪で右目を眼帯で覆っているドイツ軍特殊部隊所属の生粋の軍人。

軍人であるために戦闘で並々ならぬ力を発し、一年でトップクラスの腕前を有している。

ちなみに以前に、他の一夏ハーレム軍団の一員である金髪ロングカール娘のセシリア・オルコットとの模擬戦で、俺が一度も攻撃しなかったことで随分と嫌われている。

冷徹怜悧とも言える性格の銀髪ちびっ子がいうものだからクラス全員がぽかんとしている。

 

「客受けはいいだろう? 飲食店では経費の回収が行える。招待券で外部からの客人も受け入れるのだ。それなら休憩所としての需要があるはずだ」

 

いつも通りの感情があまり表れていない淡々としている口調ではったが、あまりにも本人の性格に合わない意見に、誰もがそれを理解するのに多少の時間を要した。

 

「え、え~っと……みんなはどう思う?」

 

クラス委員としてとりあえず多数決をとることにしたのか、一夏が若干驚きつつも皆に質問をしている。

 

「あ、だったら一夏が執事ってのはどうかな?」

「え?」

 

一夏の言葉に回復したのかそう言ったのは金髪ボーイッシュ、これまた一夏ハーレム軍団のシャルロット・デュノアだった。

シャルロット・デュノア。

短めの髪をしており、また長い髪は後ろで一つに束ねている。

中世的なその顔だちは美少年とも美少女とも思える容姿をしている。

この子はまだ俺と普通に接してくれるので一夏ハーレム軍団の中では普通に会話することができた。

そのシャルロットがとんでもない意見を出してくる。

一夏を執事にするようだ。

そしてその提案を他の女子が逃すはずもなく……。

 

「織村君が……執事!?」

「いい! それすっごくいいよ!」

「メイド服とか執事とかの衣装どうする!? 私演劇部衣装係だから縫えるけど!」

 

途端に先ほどの数倍以上の喧噪がクラスを包む。

先ほどと違って方向性がある程度固まってしまったために、女子達に団結力が出来てしまったので先ほどの数倍以上の喧噪となってしまっている。

そしてその渦中の人物とも言える一夏は顔に手を当てて天を仰いでいた。

どうやら経験上からもう止められない事を理解しているのだろう。

 

哀れ一夏よ……。っていうかその場合だと執事喫茶だっけ? ってのになるんじゃないのか?

 

「何を呑気に考え事をしている。お前も執事になるんだぞ門国」

 

対岸の火事の出来事だと思って、俺は普通にぼんやりと適当な事を考えていると、なんと意外や意外。

人ごとではなかったようだ。

 

っていうか今なんて言いましたこの銀髪ちびっ子

 

「はい?」

「はい? ではない。数少ない男の一夏がやるのだから貴様も執事をするのは当然だろう」

「一夏だけじゃなく、門国さんも似合いそうですもんね」

 

銀髪ちびっ子に続き、金髪ボーイッシュのシャルロットさんまで寝言を仰っているのですが……

 

「冗談ですよね?」

「冗談なものか。貴様もクラスの一員なのだ。行事には参加しろ」

「そうですよ。せっかくのお祭りなんですし」

「賛成!」

「二人とも正装とか似合いそうだもんね!」

「これはもう一位いただきだね!」

 

ラウラとシャルロットの台詞に女子達が次々に賛同し出す。

その様子を見て二人は満足したのか、二人でいろいろと打ち合わせをし出した。

が俺はそれどころではない。

 

…………どういうこと?

 

クラスの一員と銀髪ちびっ子は言った。

つまり少なくともこの俺を嫌っている銀髪ちびっ子は俺の事をある程度認めているというか……少なくとも敵視はしていないわけで……。

確かに先日ハーレム軍団全員が謝罪をしてきたが、それにしたってここまで露骨に変わる物だろうか?

 

いや銀髪ちびっ子とシャルロットはまだいい……

 

それ以上に不思議なのは、他のクラスの女子達が、反対意見を何も言ってこない。

それどころか、ラウラの台詞に賛同していたし、もうすでに俺も執事をすることが彼女たちの中でも決まっているらしく、なんかノートを広げて無駄にこった執事服のデザインを行っている子がいる。

それも当然というべきなのか……二人分だ……。

 

……………………い、いったい何が……

 

何が起こっているのか皆目見当が着かない。

しかしそんな俺と半ば放心している一夏をおいて、着々と状況は進行していき……。

 

 

 

その後、一夏が教官にクラスの出し物が、『メイド喫茶「男は執事!」(仮)』に決まった事を報告を言いに行き……………………。

 

こうして俺の疑問は解消されないまま、我が一年一組の学園祭での出し物は

『メイド喫茶「男は執事!」(仮)』

となったのだった。

 



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男VS男

『さて二人とも。準備はいいかな?』

「はい。俺は大丈夫です」

「俺が全く大丈夫じゃない!」

『何が? 門国さん?』

「何が? じゃない! どういう状況だこれは!?」

 

悲鳴にも似た俺の声が、ここアリーナ(・・・・)の空間を木霊する。

 

場所はアリーナ、時間は放課後。

そして眼前には白式第二形態を展開し、それを纏った俺の友人織斑一夏。

その一夏に相対するのは激しく疑問符を浮かべながら、前回の事件『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』でほぼ全損した打鉄のパーツを全換装し、ラファール・リヴァイブへとなった我がIS、守鉄を装備している俺、門国護。

そしてその俺たちに同時にピットで通信をする更敷。

 

何故か俺は友人一夏の乗る白式第二形態と第一アリーナ中央で対峙していた。

 

あれ……なんかデジャブ?

 

『どういう状況って……こういう状況?』

「言葉遊びも大概にしろ」

 

俺の疑問に答えてあげましたよ? って空中投影ディスプレイ越しにニヤニヤ笑いながら言ってくる更識に俺は軽く睨みながらそう言うが、その飄々とした態度で軽く受け流してしまう。

 

「本当にどういうことだこれは?」

『単純明快だよ門国さん。二人で模擬戦を行ってもらおうと思って』

「いやだからどうしてそう言う状況になったのか説明をだな……」

 

いっこうに事情を説明しようとしない更識に若干イライラしながら俺はそう言う。

一夏が教官にクラスの出し物を報告しに行き、そうして帰ってきたと思ったらなんと更識までセットでクラスへとやってきたのだ。

そしてそのまま一緒に来てくれと言われてついて行ってみると、目指していた場所はアリーナ。

そしてそのままISの展開をさせられて……今に至る。

 

っていうかついてきてって言われた時点で気付くべきだった……

 

こいつが絡むと本当にろくなことがない。

今後気をつけよう。

 

「俺が言ったんだ護」

「一夏が?」

 

更識に向かって問うたのだが、意外な事に返事が返ってきたのは一夏からだった。

しかもなんか申し訳なさそうにしている。

 

「なんか職員室前で待ち伏せされてて、その後生徒会室に連行されて」

「ほうほう」

「全校集会のことを聞くと、部活動からの苦情の対処らしく」

「部活動からの苦情?」

 

その言葉に俺は何となく状況がわかった。

生徒だから部活にはいる事は十分に可能なはずだ。

それが男といえども……。

そして部活動に入部すればその部活で一夏を独占できるという事になるのだ。

そうなればどこでも欲しいと言ってくるのはもはや必然だろう。

 

苦労するな……

 

となると本日の全校集会での一夏に相談なしの強硬策の、一夏強制入部はそういう事情を考慮してのことなのだろう。

考えているな。

 

いや……7:3位の割合で面白いからっていう理由が入っていそうだ……

 

もちろん三割が真面目に考えたほうである。

 

「勝手に決めたお詫びに俺のISの指導をしてくれるらしいんだけど、理由を聞いたら俺が弱いからだって」

「ふむ」

「それで試合をする? って言われたから負けたら従いますって言ったら……なぜかこんなことに」

 

結局お前かい!?

 

やはり元凶はこの女だったようだ。

それに気づいた俺は先ほどよりもさらに睨みをきかせて睨みつけるが、それも軽く流されてしまった。

 

はぁ~全く……

 

俺は溜め息を吐く事しかできない。

この状況……何でか知らないが、アリーナの観客席は、全て埋め尽くされており、それにとどまらず立ち見の子もいるみたいで……。

しかも映像部って言うかなんて言うか……ISを撮影するのに特化した特殊カメラまで導入されていて、俺たちの試合開始を待ち望んでいた。

さらに教師もまでいるのは……何故?

 

『にぶいなぁ門国さん。世紀の対決だからだよ』

「世紀の対決?」

 

周りを見ている俺の疑問を察したのか、通信越しに更識がそう言ってくる。

そこまで言われて俺は気がついた。

 

そうか……「男」VS「男」のISの試合……か……

 

IS登場より早十年。

その間男の操縦者は一人たりとも生まれてこなかった。

それを崩したのが一夏と俺。

この世に二人しかいない男のIS操者。

そしてその二人の対決なのだから周りが放って置くわけがない。

 

でも決まったの放課後だぞ? 何故ここまでの人数が……

 

『ちなみに、対決の情報は私が流しました♪』

 

 

 

「やっぱりお前かい!!!!」

 

 

 

扇子を開きながら呑気に宣う妹分に、俺は悲鳴とも怒りの声とも区別のつきにくい咆吼を上げる。

開いた扇子には、『諸行無常』と書かれていて……何というか言い返すのもあほらしくなってしまう。

しかしここまで来たら逃げる事も出来ないだろう。

俺は最終調整というか状態を確認をするために、守鉄のステータス画面を呼び出して、異常がないかの確認を行った。

 

各部動力計異常なし……装甲等に異常も見られない。PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)もOK

 

PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)とは、ISの基本システムであり、これでISは浮遊・加減速などを行うことができる。

ISの強さの一つと言うべき機構だろう。

ざっと確認を行うと最後に俺は、自分のISの名称欄を見つめた。

 

俺の信念と打鉄から一文字ずつ取って、『守鉄』……

 

守るという俺の信念。

そして打鉄という名称。

そこから取ったのが守鉄となったのだが……果たして今の守鉄は守鉄と言うべきなのだろうか?

 

ラファール・リヴァイブになったしなぁ……

 

打鉄の痕跡が近接ブレードしかないが、打鉄の名残がある以上間違いではないのだが……。

 

ラファールからも取らないと不公平?

 

実にくだらない考えが頭に浮かぶ。

だけど名前というのは重要な意味を持つと考えている俺にとって、名称一つと笑ってすませられるような事柄ではないのだ。

 

しかし守鉄は外せないとして……ラファールって横文字だよな?

 

守鉄ラファール? 守鉄リヴァイブ?

……うん、びっくりするほど似合わないというか、自分のあほさ加減に呆れが来る。

ラファールはフランス語で『突風』『疾風』を意味するもので、リヴァイブが英語で『生き返る』『蘇る』といった再生などの意味で……。

 

あれ? フランス語と英語の混合? 面白いな……

 

意味を考えてみて意外な事に気がついた。

二カ国語を使用しての名称だったとは……。

自衛隊時代、死ぬほどこの機体にふれていたというのに全く気づかなかった自分に軽く絶望した……。

 

和訳してつけると……守鉄再風? ………………意味がわからん

 

名前一つでここまで考えるのもあほらしい気がしないでもないが……。

打鉄からラファールに再生したからリヴァイブでもあながち間違いではないけれども、何か違う気がする。

そこで俺はふと、頭文字が両方ともRである事に気がついた。

 

両方ともRだからそれを使って……守鉄RR(もりがねダブルアール)? いやここはあえて守鉄R2(もりがねアールツー)とでも言おうか?

 

先ほど考えた者よりは悪くない気がした。

少なくとも咄嗟に考えたにしてもいい感じがするし、しっくりする。

 

よし、では……

 

 

 

[情報更新 名称を『守鉄』から『守鉄R2(もりがねアールツー)』に変更……]

 

 

 

んぉ?

 

俺が決定事項として心の中で決める前に、守鉄が反応した。

びっくりした事に再び勝手に名称を変更してくれた。

口に出していないというのに俺の考えている事が守鉄はわかるみたいだ……。

 

っていうか封印および初期化は受け付けないのに俺の思考には反応するのか?

 

色々と聞きたいことはあったが、聞く相手もいないし……どうしようもない上に問題視する事柄でもないので、放置することにした。

……投げ出したわけではない。

 

読心術っていうか若干怖いが……まぁいいか……改めてよろしくな守鉄R2(もりがねアールツー)!!!

 

 

 

『ま、ともかく。一夏君は門国さんと試合をしてみて』

「別にいいですけど……何で相手が護になるんですか?」

 

俺は素直に疑問をぶつけてみた。

この類の人は変に言い回さずストレートに言った方がいいからだ。

 

っていうかそもそもどうしてこうなったんだ?

 

俺は単に職員室の外で待ちかまえていた、この生徒会長更識楯無さんの異常性というか、強さを見せつけられて……。

それから生徒会室に強制連行。

部活動から俺が入部しない事で苦情が寄せられていてそれに対処するために、あの案……学園祭の投票決戦になったらしい。

その代わり生徒会長が特訓してくれると言ってくれて断ろうとしたら……

 

何でかこうなったんだよな……

 

『だって私は最強だから勝負にならないし』

「……やってみないとわからないじゃないですか」

『あは、ムキになってる。かわいい』

「からかわないでください!」

 

いつまで言っても、どこまでいってもふざけてばかりいるこの人は本当につかみ所がない。

 

『自分が門国さんより強いと思ってるでしょ?』

「!?」

 

その会長の言葉に俺は一瞬だが、言葉を詰まらせた。

確かに俺は少なくとも護よりは自分が強いと思っていた。

セシリアとの試合。

あの時の動きは確かに驚異的だったけど、でもそれでも終始結局攻撃を行わなかった護が強いとはどうしても思えなかったからだ。

確かに普段の立ち居振る舞いも隙がない。

徒手格闘術だと勝てそうにないとは思う。

それに手を出さなかったのはおそらく後の先を主体にした戦闘法身につけているからだと思ったからだ。

だけど、それらを全てひっくるめてもISならば俺に分があると思ったのだ。

気分が悪くなると言って基本的に宙を飛び回らない護の機動は二次元機動が主だから、それだけでだいぶ行動が制限される。

 

『まぁ試合してみて。多分今の君だと一撃で負けるよ』

「一撃で……ですか?」

 

その台詞、俺が護に負けるということよりも、俺はその「一撃」ということに眉をしかめた。

ことISの戦闘において一撃必殺という言葉はほとんど存在しない。

現代兵器をすべて圧倒した、最強の存在であるIS。

そのISの兵器の中でも最強クラスの装備である荷電粒子砲の威力にさえ、ISは耐えられるのだ。

それだけISの防御力というのは飛び抜けている。

 

例外は……

 

俺のISに搭載されている、文字通り一撃必倒の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)、零落白夜位だと思う。

これは自身のシールドエネルギーさえも攻撃に転化して使用される攻撃で、特徴は相手のシールドバリアを切り裂いて直接相手にダメージを与える事が出来る攻撃方法だ。

これならば一撃必殺もあり得るのだけど……。

 

けど護の機体は……ラファール・リヴァイブ……だよな?

 

第二世代後期に開発されたIS。

豊富なカスタムパーツが特徴だが、会長が言うような一撃必殺の武器は開発されていない。

一撃必殺とは言い切れないが、灰色の鱗殻(グレー・スケール)がラファールの最強武器の候補に挙げ上げられるだろう。

物理シールドの裏に装備されている69口径のパイルバンカー。

第二世代では最高クラスの攻撃力を有しているけど……。

 

一撃必殺では……ないよな?

 

実際にシャルがラウラに使用した事があったけど……シールドエネルギーを大幅に削っただけで、しかも一撃ではなく複数回の攻撃を行っても、とどめを刺すまでには至らなかった。

そもそも護がそれを後付装備(イコライザ)として量子変換(インストール)しているかどうかといえば……

 

おそらく、していないはず

 

『あ、深く考えてる。大丈夫だよ。どうせ門国さんが勝つから』

 

この言葉には、安易な挑発とわかっていても、ついついむっとしてしまう。

 

「何を勝手な事を言っているんだお前は?」

『え? でも本当の事でしょう?』

「無理難題をいうな……」

『え~。出来るでしょう?』

 

っていうかさっきから随分親しげに話して……そう言えば護が俺以外に素の話し方をしてるのって初めて見るな……

 

護が俺以外……つまり女子と普通に話している事に驚いてしまう。

俺たちよりも四つも年上なのに基本的に敬語を使って話す護が……。

 

『まぁともかく試合開始~』

「あ、おい」

 

ビー

 

護の反対意見を封じるためか、実にいい加減に試合開始のブザーが鳴らされた。

俺たちだけでなく、IS学園の男二人……世界で最初の男VS男の試合とあって、観客席は満員で、その人たちもその試合の開始の仕方に呆然としていた。

 

っていうか普通に考えて世紀の対決じゃないか?

 

何も俺自身が強いと言っているんじゃなくて、さっきも言ったが、男VS男、というのはISの歴史上において世界初なのだから……。

 

「やれやれ。まぁともかくやるか」

「あ、あぁそうだな」

「よろしくな、一夏」

「お、おう」

 

 

 

「わが名は門国護! モテ男(ブリ○ニア)に対する……反逆者である!!!!」

 

 

 

「……どうした突然奇妙なこと言い出して………」

「いや、なんか言わなきゃいけない気がして……」

 

軽く試合前に互いに挨拶を交わすと、俺たちは直ぐに戦闘態勢に入った。

俺はまだ展開していなかった武器、雪片弐型を展開して右手で持ち、さらに左手に装備されている雪羅を油断無く構えた。

第二形態に移行して顕現したこの武器は、状況に応じていくつかのタイプへと切り替えられる武器で、射撃用に荷電粒子砲、格闘用にブレードと零落白夜のエネルギー爪、防御用として零落白夜のバリアシールドを展開可能。

だがシールドエネルギーをさらに消費するようになり、スラスター増設によるエネルギー消費も加わったため一層効率の良い運用を心掛けなくてはならなくなった。

さらに背部ウイングスラスターも大型化になったためにエネルギーを大幅に使用するようになってしまった。

利点としては瞬時加速のチャージ時間の減少、最大速度の速度が上がったが如何せん大飯ぐらいにもほどがある。

 

だが、短期決戦を心がければ!

 

ならば一気に決着をつけてしまえばいい。

そう思ったのだけれど……。

 

 

………………武器を展開しない!?

 

 

そう。

俺の対戦相手である護は、俺が武器を展開し構えているにも関わらず、一向に武器を展開しようとしていなかった。

しかしかといって戦う気がないわけでもなく、構えを取ってはいるが……。

 

無手?

 

無手とは、文字通り手に何も持たない事であり徒手格闘術の事をいう。

 

そういえばみんなが臨海学校での事件のときに護が、無手で『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に挑んでいたって言ってたっけ?

 

臨海学校での特殊任務で俺の事を守ってくれた護。

あの異常ともいえるIS相手に、無手で挑んだその精神。

 

……つ、強い

 

普通に高度十メートル近い地点で宙にいる俺と違い、護は地面すれすれに浮かんでいてじっとこちらを凝視していた。

その構えと姿勢からは、一分の隙も見つからず……しかもその身から溢れる気迫は息をのむほどの物であり……。

 

う、動けない……

 

俺の白式はほぼ完全な接近戦仕様。

唯一の遠距離武器として、雪羅の荷電粒子砲があるがこれは単発兵器だ。

セシリアのビットを完璧に避けていた護に、そう簡単に命中するとは思えない。

それに対して、護のラファールは遠距離型だが、本人が銃器の類を嫌っているのか、それとも単に使い慣れていないからか、装備されているはずの武装を展開する様子もなく。

一瞬瞬時加速(イグニッション・ブースト)で翻弄して隙を無理矢理作ろうとも思ったが、それでも護が全く持って動こうとしない、完全な後の先を狙っての戦闘ならば、とてもではないがそう簡単に隙を作れるとは思えない。

 

世紀の対決、男VS男に沸き立つアリーナの観客席とは裏腹に……、アリーナ中央に佇む俺たちは微動だにせず、ただ相手をにらみ据えているだけだった。

 

 

 

「互いに動きませんわね……」

 

二人の試合……お兄ちゃんと織斑君の試合を、私と同じようにピットで空中投影ディスプレイに写る二人の様子を見ながら、いつも織斑君の周りにいる女の子の一人、セシリアちゃんがそう口にする。

今ピットには私の他に、篠ノ之箒ちゃん、凰鈴音ちゃん、セシリア・オルコットちゃん、シャルロット・デュノアちゃん、ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんがいた。

その子、セシリアちゃんの言うとおりで、二人、お兄ちゃんと織斑君はアリーナ中央でにらみ合っているだけで、試合開始の合図のブザーが鳴ってからほとんど動いていなかった。

お兄ちゃんはいつもの通り後の先の構え。

外に出さないように注意しながらも、内心少し焦りつつディスプレイを見てみるけど、お兄ちゃんのISの単一仕様能力(ワンオフアビリティー)はきちんと封印されていた。

 

「あれは……」

「もう、始まっている……」

 

この中である意味で一番戦闘に精通している二人、ラウラちゃんと箒ちゃんがそう言う。

ラウラちゃんは軍隊での戦闘訓練経験、そして箒ちゃんはあの場の雰囲気を察しての言葉。

 

特に箒ちゃんは真剣での訓練も行っているからね

 

あの場、つまりは試合会場でにらみ合う二人、それはまさしく昔の武士同士の真剣による勝負に似ている様な物だった。

ひたすらに敵の隙を探し、その隙目掛けて刀を振り下ろす……無骨とも言える斬り合いに。

それ故に今の二人の状況を察せられたのかもしれない。

 

どっちも動けないね

 

お兄ちゃんの戦闘方法は後の先、つまりはカウンターを主体にした戦い。

それに対して織斑君の武装はほぼ完璧な接近戦武装。

何の武器も持たないお兄ちゃんを見れば嫌でもわかる。

格闘術を用いて戦うのがお兄ちゃんのスタイルなのだ。

そんなお兄ちゃんに対して接近しての攻撃など愚の骨頂と言ってもいいかもしれない。

おそらく織斑君も知っているはずだ。

自分の姉、織斑千冬がかつて自衛隊での総合格闘訓練で、お兄ちゃんに勝てなかったという噂を。

真相としては攻める事をほとんどしないお兄ちゃんは防御しか行わず、その防御を織斑先生が突破できなかったという事なのだ。

 

IS世界大会モンドグロッソ。

 

 

 

その大会を剣一本(・・・)で制覇を果たした、あのブリュンヒルデの織斑千冬が……。

 

 

 

いや……しない(・・・)んじゃなくて出来なかった(・・・・・・)だけか……

 

いくらお兄ちゃんでも織斑先生が相手では防御をするだけで手一杯だったんだろう。

故に勝負は付かなかった。

おそらく、今の私が本気で戦っても、お兄ちゃんの防御を突破する事は出来ないだろう。

それが対峙している織斑君は肌で感じ取っている。

後の先を主体のお兄ちゃんと、格闘戦の織斑君。

互いに動く事の出来ないこの状況はある意味で当然といえた。

それは観客席の子達もわかっているのだろうけど、それでも男VS男という世紀の対決に沸き立っているのかざわめきが広がっている。

 

「!? 動いたわ!」

「一夏、どうするつもりなんだろう?」

 

鈴音ちゃんとシャルロットちゃんが声を上げる。

動いた方は……考えるまでもなく織斑君だった。

 

 

 

俺も護も、先ほどから相手を睨むつけたまま全く動いていなかった。

話を聞いた限りでは護から攻撃してくる事はほぼ無いと言っていい。

かといって俺から攻撃しに行くのでは、口を開いた虎の元へと向かうようなもの。

だけど、この膠着状態で精神がすり減っていく。

護が攻めてこないとわかっているにも関わらず。

それほど戦闘開始から護から放たれる、裂帛の気配は凄まじい物があった。

このまま続けていてもじり貧で消耗するだけだ。

だけどかといって先ほど考えた瞬時加速(イグニッション・ブースト)で翻弄して隙を無理矢理作るのも現実的ではない。

ただでさえエネルギーの無駄遣いを避けたいのだ。

だから俺は……。

 

接近してからの荷電粒子砲で目くらましをして、そこから零落白夜で仕留める!

 

短期決戦となるとこれ以外にあまり良案が思い浮かばない。

荷電粒子砲で仕留める事も考えたけど、一撃必殺の事を考えると、零落白夜の方が確実だ。

 

行くぞ! 護!

 

俺は固まっていた体に力を込めると、護に向かって飛んだ。

俺の動きに観客席の女子達が沸き立つが、今の俺にはそんな事など瑣末ごとでしかない。

自分に向かってくる俺に対して、護は開始から全く変わらない構えを維持し続けた。

その護に向かって、俺は雪羅を荷電粒子砲に変化させて、出力を最大にして放った。

そしてそれは当然のように護が避ける。

セシリアのビットの波状攻撃を全て躱したのだから、それは当然とも言える。

だけど俺の本命は……。

避けた荷電粒子が地面へと接触し、軽い爆発のような物が起き、辺りに土埃が舞い上がった。

このアリーナの地面は舗装されていないので、土の地面が剥き出し……それでも整備はされているので綺麗だけど……になっている。

そしてそれを見届ける前に、俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で護の後ろへと回り込んだ。

地面に着地する寸前にスラスターをふかして地面との激突を避けて、俺は右手を大きく振り上げて、振り向きながら振り上げた雪片弐型を振り下ろした。

 

!? 読んでいる!?

 

しかし雪片を振り下ろした瞬間には、舞い上がる土埃など一切気にもとめずに、こちらを振り向こうとしている護がいた。

だけど、俺が剣を振り下ろす方が速いと見て、俺は力の限り零落白夜を発動させた雪片を袈裟斬りに振り下ろす。

その時、護が構えを変えて奇妙な構えを取った。

両手でまるで見えない目の前の壁を押しているように前に突き出した構えから、左手を後ろに引き、右手を拳は開いたままに、内側にねじりきった手を刃の側面に入れてきてそれをねじり上げた。

 

ギュル

 

なっ!?

 

たったそれだけの事で俺の雪片は回避された。

正直何が起こったのかわかりはしない。

しかしこれは間違いなく、格闘術の一つ。

しかもこれは古式……。

 

トン

 

先ほどの要領で躱した護はそのまま俺の顔の顎に、不気味なほど静かに護が手を添えて……。

 

まずっ!?

 

そう思ったときにはもう遅かった。

 

「はっ!!」

 

短い呼気と供に、護がそんな声を上げると地面に足が着いていないにも関わらず、ISのPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を利用して、地面に足をつけているように、足、腰、体、肩、肘、腕を回し、その力の全てを俺の顔に添えた手のひらへと伝わり……俺の顎へと……。

 

ブオン!

 

「かはっ!?」

 

そう考えていていると直ぐにその考え事をしている脳へと凄まじい衝撃が来た。

俺が攻撃を行ってから数秒と経っていないはずだ。

そのたった数秒で勝負は決した。

衝撃が来た瞬間に俺の意識は闇へとのまれていて……。

だけど倒れる寸前に俺の事を手で受け止めてくれている護がそこにいた……。

体から俺のIS、白式が解除されるのが、体が軽くなった事でわかった。

 

『はい、試合終了~。お疲れ様~』

 

くすっ、と楽しそうに笑いながら言う声が耳に響いた気がする。

 

 

 

男VS男という世紀の対決は、あまりにもあっけなく、そしてあっという間の一瞬の攻防で決着がついた。

正直、二人で睨みあっていた時間のほうがはるかに長いはずだ。

そのためか、誰もが呆然としており歓声も怒号も悲鳴も上がる事が無く……妙に静まりかえっていた。

 

勝者は……門国護。

 




一撃必倒!



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六花の心

「説明を要求する」

「? 何の?」

「今朝、全校集会で言っていた俺を生徒会に入れる事についてだ!! 他にももろもろ!!!」

 

思わず声を荒げる俺だが、目の前にいる更識は平然としており、いつも通りの悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

場所生徒会室。

時間は放課後の一夏との決闘後。

 

なんでか知らないが、放課後に一夏が、文化祭での出し物の提案書を教官に提出しに行って、帰ってきたと思ったらこの、俺の目の前にいる女の子、更敷楯無に連れられて帰ってきたと思ったらそのままアリーナに直行。

そして試合を終えて、今俺はこうしてここにいた。

ちなみに対戦相手である一夏は、意識を失ったために現在は保健室にいる。

 

「全校集会でいったことって……そのままだよ? 生徒会の雑務として入っていただきます」

「だから理由をだな……」

「織斑君との会話を聞いてたでしょ? それならすでに門国さんはわかってると思ったんだけど……」

「ぐっ」

 

確かに、すでに事情が半ばわかっていた俺は口を紡ぐことしかできなかった。

一夏もそうだが、なぜ俺を生徒会に入れようとするのかというと、試合前に更敷と一夏が話していた内容の『部活動から苦情の対処』が全てを物語っていた。

 

生徒である一夏がいつまでたっても部活に入ろうとしない。

一夏としては、ISの訓練もあるし、部活の全てが女子のみの構成となっているので、どこにも入ることができないのだろう。

だが、一夏ではなく、女子たちの視点で考えれば、自分たちの部活に入ってくれれば、アイドルとも言える一夏を部活で独占することができるのだ。

そうなればどこの部も自分の部活動に入ってほしいと思うのは必然だろう。

それに対処したのが、一夏強制入部の話なのだろう。

純粋なる勝負での決着ならば、少なくとも今以上に苦情が来ることはないだろうから。

そして……。

 

「そしてその案を採用すると、もう一人の男である、門国さんを放置しているのもおかしいからついでに門国さんは生徒会に入れる事にしました」

「……人の心を読むな」

「あはっ。だってわかりやすい表情してるんだもん」

 

からからと笑いながら、更識は口元を扇子で隠した。

扇子から除いているその目は、なんか他にも怪しい事を考えてる目をしていて……。

 

「……何を企んでいる?」

「ん? 大丈夫だよ? 門国さんに直接被害はないし」

「直接ってどういう意味だ!? 何を企んでいる?」

「失礼だなぁ……私はそんなに信用ない?」

「……お前のその悪戯精神に関してだけはな」

 

ここでどんなに言葉で詰め寄っても、こいつはさらりとかわすのだろう。

それに今から行動を起こすとなると、一番仕掛けを施しやすいのは間違いなく文化祭でだ。

そうなると、文化祭に罠(企み)があるとわかっていればそう怖いものでもない。

 

「失礼な事考えてない?」

「……いや」

「もう、失礼だなぁ。一応女の子が苦手な門国さんの事()ちゃんと考慮して考えたアイディアなんだよ?」

「? どういう事だ?」

「もしも部活に入ってって言われたら……どこに行くの?」

 

う゛っ……

 

その更識の言葉に、俺は固まった……。

 

そうか、そう言う事もあり得なくもないのか……

 

今まで全く考えに入れていなかったが、俺が部活に誘われる可能性もありえなくはないのだ。

まぁ可能性としては限りなく低いだろうがそれでもありえないとは言い切れない。

そしてもしもその状況に陥ったら……、俺は教官に戦いを挑んで果てる事になってでもこの学園を退学するように行動を起こすかもしれない。

 

「……理解できた?」

「アリガトウゴザイマス」

 

実ににこやかに、もう能面のように怖い笑みですごんでくる妹のような存在に、俺は渋々頭を下げた。

やり口が強引だし、事前に話してはくれなかったが、こいつは俺のためにちゃんと行動を起こしてくれたのだ。

 

……それは素直に感謝しないといけないな

 

しかし恥ずかしいので面と向かって言う勇気もなかった。

 

「それに関しては理解した」

「それ?」

「俺を生徒会に入れるという事に関してはだ」

「? 他には?」

「何故俺が放課後に一夏と決闘をするような状況にしたんだ?」

 

そう、それが不思議だった。

どうしてわざわざ俺と一夏を戦わせるような事をしたのか?

さらにはその内容というか、決闘を行うという事を何故リークしたのか?

いやリークなんて大層なものでもないが、それでもなぜわざわざ観客を呼び集めたのか?

 

「それなら簡単だよ。門国さんの実力を示しておこうと思って」

「? 俺の実力を?」

「うんそう。後は打鉄からラファールに変わっていたから少しでも実戦経験を積ませた方がいいと思ったからね」

「……装甲が変わったばかりでまだなじんでいない俺にか?」

 

その心遣いはありがたかったが、それでも守鉄は装甲が変わったばかりで、しかもその変わってからの初運転だったのだ。

慣熟訓練も全く行っていないのに、奇跡的に何の問題も起きなかったが、それでもどんな齟齬が生じてもおかしくはなかった。

 

「そこら辺は門国さんがどうとでもすると思って」

「おいおいおいおい。その程度の理由かよ……」

「だって信じてるもの」

「……何をだ?」

 

そこだけはまじめな表情で言った更識の変貌ぶりに少し意表を喰らって、俺は一瞬口ごもった。

そんな俺に……。

 

 

 

「お兄ちゃんが、誰にも負けないって……」

 

 

 

そんな言葉が……帰ってきた。

 

「……」

 

それに対して俺は何も言えなかった。

先ほどまでのふざけた感じは一切なかった。

だがそれは一瞬でなりを潜めて、笑顔になると……。

 

 

「それにしても見事だったね。さすが守る事に特化した家系で戦国さえも生き抜いた門国家。古式空手の白刃流し(しらはながし)骨法(こっぽう)掌法(しょうほう)徹し(とおし)の連続攻撃」

 

 

…………ほう……

 

再度の切り替わり方に驚きつつも、俺はあの土埃の舞う中での攻防を完璧に見抜いた、目の前の女の子に感心した。

さすが対暗部用暗部という裏の実行部隊の家の当主を襲名した人物。

生半可な実力ではないという事だろう。

 

「本来は……戦国時代なんかでは『徹し』ではなく、白刃流しから逆手に持った鎧通し(よろいどおし)を使って、頸動脈を切り裂いての一撃必殺の連係攻撃だがな」

 

古式空手の白刃流し。

これは要するに、攻防一体の技で、手を内側にねじりきってそれを回転させて腕を外側、つまりは普段の腕の状態に戻す事で敵が振り下ろしてきた白刃、つまりは剣などの武器を流し、そのまま勢いを乗せて拳で相手を殴るというものである。

空手は素手で真剣を持った相手を相手にする武術。

要するに刀を相手に、「払って」「拳で突く」では遅いので、腕一本でその二つを同時に行うという技だ。

一撃必殺の武士の剣術に素手で挑んだ、古式空手の神髄の技の一つである。

 

次に俺が一夏を一撃で昏倒させた技『徹し』

これは骨法と呼ばれる武術の技で、相撲や忍術と同じ源流を持つと言われており、日本最古の拳法とも言われている(諸説あり)。

骨法の骨とは物事の本質を意味し、古来日本の考え方、物事の(しん)の事を(コツ)と呼んでいた。

今でこそ『コツ』というとちょっとした小手先のテクニックと解釈されがちだが、古来日本ではそう呼んでいた。

その骨の集合体であるのが骨法と言う武術。

そしてその武術の技の一つ『徹し』は簡単な話で、一夏の顎に添えた手に、自分の全ての力を乗せてそれを突き込んだ技だ。

これは脳を揺さぶる特殊な掌法だ。

つまり俺はISを行動不能にしたのではなく、それを操る操者の意識を刈り取ったのだ。

いくらISといえども、操縦者が昏倒してしまっては何も出来ない。

まぁ要するに裏技を使ったとも言えるのだ。

 

戦国時代。

守るといっても何もそれが攻撃をしないという事では無いのだ。

味方を守るには追っ手を倒さなければいけない。

かといって長い時間を掛けるわけにはいかない。

だから先ほど言った連続攻撃での一撃必殺で、俺の先祖は追っ手を何人も葬って、主君を守ってきたのだ。

 

ふたを開けてみればその程度なのだ。

正直訓練さえ積めば誰でも出来る。

 

「謙遜だなぁ……。ISの速度で動いた敵をきちんと捕らえて、しかもその速度で振り下ろされた武器を、徒手格闘術で捌くなんてこと、私にだって出来ないよ?」

「それこそ謙遜だろう? 生徒会長。学園最強なんだろう?」

「そうだけどね。会長にも苦手な事はあるんです。他にもきちんと移動してたよね?」

「……そこまで見ていたとはな」

 

先ほど以上に、俺は感心した。

そう、上記の攻撃はあくまで攻撃してきた相手の武器が実体(・・)剣ではの話だ。

物質としてあるのならば、それを腕で払う事も出来るが、一夏の零落白夜は残念な事にエネルギー兵器だ。

物質ではないので腕を使って払う事は出来ない。

なので俺は、宙に浮いているというISの利点を使用し、触れ合う腕と剣の交差点を軸にして、若干横にスライドしたのだ。

つまり、俺は白刃流しで攻撃を避けたと見せかけて、実はきちんと機動による回避行動を行っているのだ。

腕は意外性による目くらましが目的である。

 

それを余すことなく見抜いた事を改めて感心した。

からからと笑い口元を扇子で隠したその表情からは、よく読み取れないが、それでもこいつなら軽くやってのけそうだ。

 

「だがおそらくこの攻撃はもう通用しないだろう」

 

今回この『徹し』が何故通用したのかというと、単純に徒手格闘術に関する知識をISが所有していなかったからだ。

普通に考えて、というか今まで徒手格闘術でISを操った者はいない。

その弊害で、白式は俺の『徹し』を脅威と認識する事が出来なかったのだ。

だが、俺の徒手格闘術が操者を一撃で昏倒させる事が可能である、と言うデータが今回出来てしまった。

ISは常に『コア・ネットワーク』という特殊な情報網でつながっている。

元々宇宙用に開発されたISには互いの一を恒星間距離においても正確に把握する必要があったからだ。

そしてこの機能は相互位置確認以外にも、情報共有のためのシステムでもある。

そしてその情報共有が行われているISに、俺は『徹し』で一夏を昏倒させたのだ。

おそらく情報共有が行われて、徒手格闘術でもIS(自分たち)を倒す事が可能であると学習したのだ。

『徹し』を確実に決めるためにはまず相手の顎に手を添える必要性がある。

つまり手を添えた=『徹し』という可能性は極めて高い。

今後は手を添えたらIS自身が何らかの対策を行う事になるだろう。

 

「っていうか話を逸らすな。どうして俺の実力を見せる必要があった?」

 

そこまでいって、そしてだいぶ思考を巡らせて漸く俺は話が逸らされている事に気がついた。

だがそれでも更識の態度に変化はなかった。

 

「うふふ、内緒」

「あのなぁ……」

「門国さんが正式に生徒会に入ったら教えてあげる♪」

 

妙に芝居がかったウィンクと供に、そんな事言ってこの会話を終了させた。

さらに問い詰めようとしたのだが、それでも更識はのらりくらりと会話を躱していき……、最後というか切り札で、更識は仕事があるといい、俺は生徒会室から文字通り追い出された。

 

結局聞き出せなかったか……

 

格闘術に長けていても、尋問や駆け引きが余り得意でない俺には、対暗部用暗部の長の更識に口で勝てるわけがなかった。

若干口惜しい気分だったが、それでも俺の事を思って行動を起こしてくれたのも事実なので、一応礼儀として、ドアの前で軽く頭を下げて、俺は一夏のいる保健室へと足を運んだ。

 

 

 

何とかなったね

 

私はお兄ちゃんが去ったことを気配で確認すると、一人になった生徒会室で深いため息をついた。

何故織村君とお兄ちゃんと試合をさせたのかというと、お兄ちゃんの実力をみんなにしってもらうためだった。

最初の実習で余りにもへたくそな操縦をしてしまいそれが定着していたお兄ちゃんの評価をどうにかして上げなければいけなかったからだ。

 

学生だけでなく……外の連中に対しても牽制になるからね

 

織村君もそうだけど、お兄ちゃん自身も貴重な存在なのだ。

世界でたった二人の男のIS繰者。

だけど今までのお兄ちゃんは弱者という事で認識されている。

だからここで、そう簡単には捕獲する事が出来ないという事を、世に知らしめておく必要性があったのだ。

そうすればそう簡単には、お兄ちゃんに手を出そうとは思わないだろう。

 

……それにしても、私だけ敬語を使わないんだよね……おにいちゃん

 

夏休み最終日と、先ほどの会話。

他の子は敬語を使い、私だけは素の口調。

織村君は男の友人だから当然だけど、この敬語を使わないというのは少々悲しい事実だった。

本当にいつまでたっても、妹としてしか見てくれないお兄ちゃんには呆れが出てしまう。

他の子と違って敬語を使わずに自然体で話すのは……お兄ちゃんが私のことを『女』として見てくれていないからだと思うと……暗い気分になってしまう。

 

でもそれだけ心許せる相手ってことなんだろうけど……

 

それだけ他の子よりはリードしているのだろうけど。

それでも私の心は複雑だった。

 

「たっだいま~」

 

私がそうして悶々としていると、先ほどお兄ちゃんが出て行った扉から、本音が生徒会室へと入ってくる。

ダボダボの制服で袖の裾がだいぶ余っているいつもの服装。

 

布仏本音(のほとけほんね)

私の幼馴染の一人で生徒会書記。

また更識家の使用人の家系で、お兄ちゃんと同じクラス。

 

「お疲れ様。集めてきてくれた?」

「うん~。集めてきたよ。えっとね~」

 

そう問うと、本音は私が依頼した調べ物の報告を上げてくれる。

本音に調べてもらったのは、お兄ちゃんこと、門国護のことだった。

 

「えっとね~、やっぱり~、臨海学校からっていうかー、その日から門国さんの評価はだいぶ上がってます~」

 

……やっぱりね

 

予想通りの報告に私は少し複雑な気分だった。

本音の報告は予想通りで、お兄ちゃんこと門国護の評価は上昇傾向にあった。

年上ということ、そして本人が女性との人付き合いが苦手ということで、友好な関係を築くこともできない。

そして会話をすることもないので、どんな人間かも掴めるわけがない。

そんなときに起こったのが、山田先生に対するストーカー事件である。

そのために、一気に奈落の底へと落ちて行ったお兄ちゃんの株価。

だけど、私はあえてこの時この事件に介入しようとは思わなかった。

 

……底辺まで落ちたのなら後は上がるだけだし。それに……お兄ちゃんの魅力に気付きにくいからね

 

そう。

評価が最低まで行ったらそれ以上下がることはない。

そしてさらにストーカー事件の容疑者ならば、誰もお兄ちゃんに異性として目を向けることがないと思ったからだ。

 

「おもに~おりむ~とでっちゅ~とらう~VS千冬せんせ~とやまやませんせ~と門国さんが、臨海学校でびーちばれ~を行って、その時に誤ってやまやまの胸を掴んじゃって~」

 

……おにいちゃん………

 

すでに報告を聞いているので知っているけど……再び聞いても呆れてしまうような事をしている。

 

「そのとき~、盛大に鼻血を吹いて~みんながあれ? って思ったみたいー」

 

胸を鷲掴みしてしまったとはいえ、水着越しに掴んで鼻血を盛大に吹いて、あまつさえ失神してしまったことによって、さすがにおかしいと思ったみたいだった。

いまどき青少年でも鼻血を吹きそうにないことをして、今年で成人を迎える……先生よりも身近な大人の男が盛大に鼻血を吹いて卒倒したのだ。

その事でおかしいのではないのかとみんなも思ったみたいだ。

そしてまた、ストーカー事件や臨海学校で、一切のいいわけをしなかったのが好印象に受け取られていた。

 

「あと~、おりむーのために身体を張っていることをみんなみちゃって~」

 

臨海学校での『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』暴走事件。

その時一般生徒は室内待機となっていたが、それでも何かが起こっていることは誰もがいやでもわかる。

そして、織斑君が復活した時に部屋の屋根を突き破った。

その時の轟音と震動は、当然室内待機している生徒たちにもわかることで……。

でも誰も外に出ることはなかった。

室内待機を命令されているから出ることはできない。

だけど白銀の光を帯びて飛んでいく織斑君のことを、部屋の窓から見た子は大勢いた。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が旅館に近づいていたことで豆粒とはいえ、肉眼で視認できる距離に近寄られてしまったのだ。

 

「最後に~、腹部を真っ赤に染めて帰ってきている~門国さんの姿を少数とはいえ~みた子がいるみたいです~」

 

そう、それが決め手となったのだ。

室内待機とはいえ、織斑君が怪我を負ったこと位は誰もが知っていた。

そしてその織斑君を守るために専用機組が出陣したことも知っていて。

そんな情報が飛び交っている中、轟音がなって織斑君が飛び出していき、そしてそれに入れ替わるように怪我を負って腹部を真っ赤にしてふらふらと帰ってきているお兄ちゃんの姿を目撃した。

おまけに空で二人が会話を行っているのを見た子がいた。

一切の言い訳をしない。

鼻血を吹いて失神。

さすがにこれだけの証拠があっては誰もお兄ちゃんのことをストーカーと思えなくなってしまったみたい。

さらに命をかけてまで何かを行っている事がそれを加速させて……。

また、必要以上に話さない……実際は女の子との会話が苦手なだけ……寡黙な雰囲気を醸し出すお兄ちゃんが魅力的に見えたみたいだ。

けど……。

 

でもそれはあくまでまだ一年生だけ

 

そう。

これだけの話があっても自分が実際に見なければ信じれらないのが人間っていう生き物。

一年生はある程度誤解を解いていたみたいだけど、上級生、つまりは二年、三年はまだお兄ちゃんがストーカーであると思っていた。

それが崩れる前に、私はお兄ちゃんを生徒会……つまりは手元に置くために、織斑君の強制入部法案を出したのだ。

 

まぁそれだけじゃないけどね♪

 

多くの人が望む(一夏)で、少数しか望んでいない獲物(お兄ちゃん)を手に入れる。

さらに私が考えているあの策を行えば……。

 

「あ~、かいちょう~、なんか悪い事考えてる~?」

 

その言葉に、私は自分の感情が表情にでているのがわかって一旦顔を引き締めた。

でも先の事……学園祭で私がしようとしている事を思うと、どうしても頬がゆるんでしまう。

 

「なにするの~?」

 

報告も終わり、いつも本音が座る席に座りながら、私にそう問うてくる。

私はそれに扇子を開いて答えた。

 

『妙趣』

 

優れた趣という言葉を書いたその扇子を、私は口元に持って行ってクスクスと笑う。

 

「うふふ。面白い事よ♪」

 



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特訓

ご感想にて、すげ~的確な指摘と批判を受けて

停止しようかな?

と思ったのですが、ここまで書いたし、なんだかんだで最後まで書きたいし、何人かお読みくださっている人にみていただければいいや!

という後ろ向きな者にもほどがあるスタンスで書いていきますが、それでもよければお読みください




「ねぇ!! 放課後の試合見た!?」

「見た見た! すごかったね……門国さん」

「最初は飛ぶ事すら出来ないくらいに下手だったのに……。やっぱり千冬様の特訓のおかげなのかな?」

「それもあるだろうけど、でもそれ以上にすごいのは一撃で織斑君を倒した事でしょ!?」

 

い、居づらい……

 

徐々に登校してくる女子生徒の声をBGMに、俺は普段とは違い寝たふりをしてHRを待っていた。

だが体に突き刺さる女子の好奇の目で若干落ち着かなかった。

昨日の一夏との試合。

古式空手と骨法の連携技による『徹し』で一夏を一撃で昏倒させて勝利してしまったおかげで、俺は今注目の的となってしまっていた。

昨日の試合はISが登場して以来の世紀の対決、男性同士の戦いとあって、学園中の生徒や教師が見守る中での試合だったのだ。

誰もが試合結果を知っている。

そのために今までストーカーとして注目されていたのが、「ISを一撃で無力化した男」という名目で再度注目を浴びる事になった。

 

まぁストーカーで目の敵にされるよりはましだが……

 

だがそれでもこれだけ注目されるとさすがに辛い。

そのために普段ならば空をぼけっと眺めているだけなのに、今日は寝たふりで話しかけづらい雰囲気を作っているのだ。

 

「護?」

 

だがそれも打ち砕かれる。

声と呼称からいって間違いなく一夏だろう。

 

「……なんだ? 一夏」

 

正直無視したい気持ちで一杯だったが、それでもシカトする勇気もなかったので俺は素直に返事をして起き上がった。

 

「珍しいな。護が寝ているなんて」

「……まぁな。それでどうしたんだ?」

「いや、どうしたって言うか……お願いがあるんだけど……」

「お願い?」

 

一夏にしては珍しく、俺に対してお願いというほど何かを頼んでくるのは珍しい。

俺は思わず聞き返してしまい、それに対して一夏は頷きつつこういった。

 

「あぁ。もしよかったら放課後の特訓、護も来てくれないか?」

「放課後の特訓?」

「ほら、昨日の夜に生徒会長が……」

「あぁ……」

 

俺はさも、『思い出したくない』と如実にわかるように顔をしかめた。

これは演技ではなく本音だ。

 

 

 

~昨夜~

 

コンコン

 

「? は~い」

 

俺はノックの音に気づいて声を上げてドアへと向かった。

ここで生活して結構立つが、俺がいる時間、すなわち早めの夕食……PM6時に食事をする……が終わっての勉強時間に来る人間は大体わかっていた。

俺が飯を食い終わり休憩してからの勉強時間は大体7時頃だ。

ちょうど飯の時間のために一夏ハーレムの連中が一夏をよく食事に誘いに来るのだ。

だから俺は今回のもそうだろうと思いドアを開ける。

ちなみに当の本人、一夏は夕方頃に目を覚まして、今食事に行っていた。

男VS男の試合で、昏倒した……っていうか俺がさせた……のだが特に異常はなかった。

そもそもノックしかしてこない事に疑問を抱かなかった事を……さらに言えばのぞき窓で相手を見るべきだったと……俺はその後激しく後悔した。

 

ガチャ

 

「こんばんは♪ お兄ちゃん♪」

「……更識」

「幼名で呼んで、って前に言ったでしょ? 入れてもらっていい?」

「……すでにドアの間に足を入れている人間の言う事ではないな」

 

ドアを閉めようとすると更識の足が引っかかり閉じられない状況……つまり最初から部屋に入る気満々なのだ。

何を言っても無駄だと悟った俺は、溜め息を吐きながら仕方なくドアを全開にして更識を部屋へと迎え入れた。

そして入って真っ先に我が物顔で俺のベッドへと腰掛ける……。

 

「いやぁ夜に男の人と部屋で二人きりって言うのは結構どきどきするね?」

「なら疑問系にするな」

 

大体にしてニマニマしながらそう言ってきても何の意味もないだろうに。

 

「興奮した?」

「誰がするか」

 

相手するのもあほらしくなった俺は、更識を放っておいて先ほどから行っている勉強を再開するためにイスへと座り、机に向かった。

だが、こいつが来た時点で勉強など出来るはずもないのだ。

 

「恋文でも書いてるの?」

「言い回しが古いな……。ISの勉強だ」

 

座ったばかりのベッドから立ち上がって、俺のそばへとやってきて後ろからのぞき込んできながらそう言う。

俺はそれを気にせず黙々とシャーペンを走らせる。

 

「それって整備課の教科書だよね?」

「あぁそうだ」

「編入するの?」

 

俺が今いるのはISを操縦する、つまりは操者の学科であり、他にも整備課、開発課がある。

整備課は文字通りISの整備を行う課。

開発課はISの武器等を開発する課である。

そして俺が今見ているのは操縦課ではなく整備課の教科書だ。

 

「いや……それはおそらく無理だろうが、興味がわいてな」

「ふぅん」

 

転属願いは確実に無理だろう。

俺は世界でも希少ともいえる男のIS操者なのだ。

データが欲しいためにこの学園へと編入したのに、そこから転属するなど無理に決まっている。

 

まぁ別にいいのだが……

 

「編入したいなら、生徒会長として私が人肌脱ごうか?」

 

ふにょん

 

背中を向けているためにわからないが、いかにも悪戯娘の笑みを浮かべながら俺にそれ(・・)を押しつけているのが、見ていなくてもわかった。

女子にしかない最強とも言える兵器だろう。

仮に他の女性、もしも山田先生にでも同じ事をされたら……あの人の性格上あり得ないだろうが……卒倒しているだろうが、相手が妹の更識では何の効果もなかった。

 

「男を勘違いさせるような行動は控えた方がいいぞ」

「……勘違いしないの?」

「するか。というかお前相手じゃ何とも思わん」

 

裏の名家の跡取りで幼少時より聡明とも言えた更識だったが、それでも玉に年相応にこけて怪我したのを治療したり、修行で泣いたりしていたのをあやした事のある俺だ。

冗談抜きでこいつ相手では、特に何とも思わない。

 

「……色仕掛けもだめか」

「? なんか言ったか?」

「何でもないよ」

「ただいま~」

 

そうしていると、部屋のドアが開き一夏が帰ってきた。

衣服に乱れや汚れがないところを見るとどうやら今日は平和に食事を終えたようだ。

一夏ハーレム軍団が暴走するとISを部分展開してまで一夏をぶっ飛ばそうとするから、もしもそういう事態になったら一夏の格好が大変な事になっているのだが……。

 

「お帰りなさい~」

 

一夏が帰ってきた瞬間に、俺から離れて更識は玄関の方へと向かう。

俺に対して悪戯できないと踏んで、直ぐに対象を変えたのだろう。

 

「なっ!? 何でここに!?」

 

そんな風に驚いては、相手の思うつぼだぞ……一夏……

 

まぁまだ付き合いの短い一夏に、この悪戯娘の正しい対応を要求するのは無理か……。

 

「何でって? 君に用事があったからだよ。織斑君」

「俺に……ですか?」

「そう。門国さんに負けたんだから私と一緒に特訓する約束でしょ?」

「……そうでしたね」

 

忘れていたのか、忘れていたかったのか……おそらく後者……一夏がうなった。

一夏は玄関で盛大に溜め息を吐いていた。

放課後いつものハーレム軍団にコーチをしてもらっている一夏としては、死活問題なのだろう。

何せ新しいコーチが自分たちの与り知らぬところで増えたのだ。

今から明日の事を考えて憂鬱になったのだろう。

 

哀れな……

 

「本当なら今日からやるつもりだったのに、織斑君がいつまで経っても起きないから」

「すいません」

 

もはやどうにも出来ない事をこの短期間でもう理解したのか、一夏は特に逆らうことなく従順としていた。

まぁ負けたら言う事を聞くと言っていたのだからそれに不満を言ってしまっては男が廃ると思ったのだろう。

 

「それじゃ、明日から早速特訓ね。君と仲良しの女の子にはちゃんと説明しておくように」

 

それがもっとも大変なんだけどな……

 

そう言い残すと、更識は面白おかしそうにからからと笑いながら、部屋を出ていった。

残された一夏は、最後の台詞……ハーレム軍団にどうやって説明した物かと、一晩中頭を悩ませる事になったのだった。

 

 

 

~現在~

 

昨夜の回想を終えて、俺はげんなりした。

特に昨日は疲れる事はなかったが、それでもあいつが絡むとろくな事がないのはもう統計的にわかっている事なのだ。

そして案の定、面倒な事になっている。

 

「頼む! 護も俺の特訓付き合ってくれ!!!」

 

パンッ!

 

もはや恥も外聞もなく、両手を合わせて拝んでまで……一夏が俺に懇願して来た。

本来ならばただのIS特訓のはずなのだが、そこに更識楯無というパーツが組み込まれただけで、場をしっちゃかめっちゃかかき回すのが一夏でも容易に想像できるのだろう。

だからそれのストッパーとして俺を指名してきた……そこまで考えているか不明だが……ということだろう。

 

頼ってくれるのはありがたいが……あれ(・・)を止めるのは俺でも難しいぞ……

 

自由奔放とも言える悪戯娘。

裏の組織の名家の当主として身につけた能力をフルに使い……それだけでなく女という武器も使ってこちらを攻撃(悪戯)してくるのだから質が悪い。

本当ならば嫌だが……俺も守鉄がラファール・リヴァイブと装甲を変えて守鉄R2となったために、再度機体と体をなじませなければならない。

しかも一夏ハーレム軍団には、ラファール・リヴァイブを開発した会社の娘である、シャルロット・デュノアがいる。

彼女の専用機はラファール・リヴァイブを彼女用にカスタム化された物だが、それでも元はラファール・リヴァイブと同じ機体だ。

何かしら得る物があるかもしれない。

 

まぁそれに友人を放って置くわけにも行かないしな……

 

仮にそう言ったメリットが無いにしても、友人の頼みを断るわけにはいかないだろう。

それに確かにあいつのストッパー役は必要だ。

 

「わかった。俺も付き合うよ」

「本当か!? すまん恩に着る!!!!」

 

朝から騒がしくも暑苦しい……男同士の友情を確かめ合う俺と一夏。

 

「騒ぐなバカ者供。もうHRが始まる時間だぞ」

 

スパパーン

 

ちなみにそれを行っているのがHR直前だったので……俺たち二人は仲良く教官による出席簿アタックの餌食となった。

 

 

 

「どういう事だ一夏!?」

「どういう事ですの!?」

「一夏! あんた、いったいどういう事よ!? 説明しなさいよ!!!」

「一夏!? いったいどういう事なの!?」

「これはいったいどういう事だ!?」

 

放課後の第一アリーナ。

予想通りと言うべきか……五人の一夏ハーレム軍団が突然の新任教官、生徒会長の更識楯無の姿を、遅れてやってきた一夏の後ろに発見し、さらにはその楯無が……。

 

「今日から私も織斑君の指導を行う事になったから……よろしくね♪」

 

と、ウィンクしながら言うのだから彼女たちにとっては青天の霹靂だろう。

ちなみにその隣には俺もいたのだが、一夏と同性と言う事で危険はないと見なされたのか、はたまたどうでもいいのか、俺の存在は特に何も言われなかった。

 

「いや、これはその……昨日の勝負の結果であってだな!」

「「「「「昨日の?」」」」」

 

一夏の言葉に、揃って全員が綺麗にハモって声を上げて……次に俺を見た。

さすがに彼女たちも昨日の試合は見ていたのか、その勝負の行方も知っているのだろう。

だがその勝負の結果が、どうして新しい女の新任教官となるのかまではわからないらしい。

 

というか一夏……気持ちはわかるけど説明しておけよ

 

こちらを若干睨んでくるハーレム軍団の目線に内心びくつきながら、俺が説明しようと口を開こうとしたが……。

 

「昨日の勝負は私がセッティングしてね」

「生徒会長が……ですか?」

「部活動強制入部のお詫びにおねーさんが、弱すぎる君のISの指導をして上げるって言ったのに断られちゃったから、門国さんに叩き潰されたら少しは自覚するかなって思って」

 

そう言いながらこいつのお気に入りの扇子を取り出してパン! と小気味いい音を響かせながら開いた。

それで多少の事情はわかったようだが、それでも納得は出来ていないようだった。

だが、一夏本人がそう言っている以上、信じるしかないのだろう。

納得はしていなかったが……その後に一夏が何とか説得をした。

ちなみに本日の達筆は『一撃必殺』だった。

 

「そうだ! 貴様、昨日私の嫁に行ったあの攻撃は何だ!? 軍隊格闘(マーシャルアーツ)では無いみたいだが……」

 

更識の扇子を見て思い出したらしく、銀髪ちびっ子が俺へと詰め寄ってくる。

だが、それを更識は開いた扇子を俺と銀髪ちびっ子の間に入れて、遮った。

 

「はいはい。疑問に思うのはわかるけど時間がもったいないからそれに関しては後にしてね。まずはそうだね……経験者のまねごとから始めよう。セシリアちゃんとシャルロットちゃん『シューター・フロー』で円上制御飛翔(サークル・ロンド)をやって見せて」

「え? 私たちがですか? しかもそれ……射撃型の戦闘動作ですよ?」

「やれと言われたらやりますが……一夏さんのお役に立ちますの?」

 

確かに円上制御飛翔(サークル・ロンド)は射撃型の戦闘方法だ。

射撃武器をほとんど持たない一夏にとっては無用の長物といってもいいかもしれない。

だが、おそらくこのひねくれ者の更識がわざわざ見せようとするのだから、それだけが狙いではないはずだ。

 

「第二形態で遠距離武器が追加されたからか?」

 

俺の昨日の戦闘方法を聞き出すという事を邪魔されたからか、銀髪ちびっ子が憮然としながらそう更識に問うた。

 

「うんそれもある。けどそれ以上に一夏君には課題があるからね」

「俺に課題……ですか?」

「そ。まぁでも実際に見た方が速いでしょ。二人とも準備は出来た?」

『はい。出来ました』

『行きますわよ、シャルロットさん』

 

アリーナ中央で自身のISを展開した二人が、更識に返事をして動き出した。

動きは互いに右方向へ互いに砲口を向けあったまま、円軌道を描いていく。

徐々に加速を行い……そして射撃を開始した。

円運動を続けつつ、不規則な加速で射撃を回避、それと同時に身近らも射撃を行いながら、減速することなく円軌道を続けている。

 

「……これは」

 

二人の動きに一夏が簡単の言葉を漏らした。

どうやら二人のすごさがわかったようだ。

 

「そう。君の課題って言うのは射撃の方じゃなくて、高度なマニュアル機体制御だよ。経験値も重要だけど、そう言った高度なマニュアル制御が必要なんだよ」

 

それに対して、更識が一夏に、一夏に取って何が必要かを、二人の動きを追いながらレクチャーしていく。

 

……予想に反して結構スムーズにっていうか……真面目に教官しているな更識。俺必要なかったなんじゃないか?

 

「門国。先ほどの話だが……」

「ん?」

 

置いてけぼりを喰らってしまった……俺と銀髪ちびっ子と撫子ポニーの三人。

その内の銀髪ちびっ子が、俺に対して先ほどしようとしていた質問を再度投げかけてきた。

今度はもう邪魔されたくないという気迫というか……なんか先ほどよりも若干不機嫌になっている。

 

「あれはどういった技術なのだ? 格闘術の一種なのだろうが、それでも一撃でISを装備した人間を昏倒させるというのは……」

「あれはですね……」

「古式空手の白刃流しですよね? 一撃で昏倒させたのは……流派まではわかりませんが、掌打の一種ですか?」

 

ほぉ。さすが……

 

銀髪ちびっ子の疑問に、撫子ポニーがそう言ってくる。

再度邪魔された事に腹を立てるかと思ったが、それ以上に撫子ポニーが知っていた事が純粋に驚きだったらしく、銀髪ちびっ子が詰め寄った。

 

「白刃流し?」

「えぇ。まぁ。簡単に説明しますと……いや実演した方が速いか。篠ノ之さん。解説を交えて実践しようと思いますので、お手伝い願えますか?」

「はい」

 

真剣でも稽古を行っているほどの腕前を持つ篠ノ之さんに手伝いをお願いして、俺は銀髪ちびっ子のラウラさんに、昨日の試合で一夏に行った一連の攻撃を再現する。

 

「つまりは一夏を気絶させて勝利したという事なのか?」

「はい。コアネットワークがある以上、おそらく同じ攻撃は通用しないでしょうが……」

「そうかもしれませんが……凄まじい腕をお持ちだったんですね門国さん。足運びや立ち振る舞いから相当出来るとお見受けしてましたが、それでもIS相手に素手のみで勝利するなんて……」

 

同じ武芸者の視点からか……撫子ポニーから惜しみない賞賛が送られてくる。

正直むずがゆくてしょうがない。

 

そんなこんなで……特に何事もなく真面目に訓練が終わった。

更衣室で一夏と着替えて更衣室から出ると、そこにはハーレム軍団と更識がいて……。

そのまま食事へと行く運びとなる。

一夏はいつものようにハーレム軍団にもみくちゃにされながら……だが……。

 

「今日はお疲れ様、門国さん」

 

そうしてそんな六人の微笑ましい光景を後ろで眺めていると、横に並んでいた更識がそう声を掛けてきた。

俺は一夏の無事を祈りながら更識へと目を向ける。

 

「まぁ俺はたいしたことはしていない。篠ノ之さんとちょっとした模擬戦を行っていただけだからな」

 

7人の中でもっとも経験値が低い……機体の慣熟訓練的な意味で……俺たちは軽く模擬戦を行って今日の訓練を終わらせたのだ。

その様子をたまに更識が眺めていたのはわかっていた。

 

「それにしてもどういう事だ? 一夏の訓練をするだなんて? 何か企んでいるのか?」

「う~ん。本当はいけないんだけど……門国さんならいいか。裏の事情だけど……以前に学校を襲ってきた謎の組織覚えてる?」

「あぁ」

 

声を潜めながら、かつ自然体で俺たちはひっそりと会話をする。

以前に学校を襲った組織というのはおそらく俺がモニュメントで発砲したときの事件だろう。

 

「あの時の組織が近々動くかもしれないって情報が入ってね。おそらく狙いは織斑君。護衛はもちろんするけど、彼本人にも強くなってもらおうと思ってね」

「……なるほど」

 

それだけで大体の事情はわかった。

ならばこれ以上聞く事はないだろう。

そう思って俺は露骨に話題を変える事にした。

 

「それにしても指導者として随分と様になっていたな」

「そう? 門国さんにそう言ってもらえると嬉しいな♪」

「俺はそんなに指導はうまくないぞ?」

「どの口が言うのかな? 私に何度も格闘術の指導してくれたじゃない」

「……あれは遙か昔の事だろう?」

 

食堂に着いて、二人とも同じメニューの日替わり定食を注文し……本日は肉じゃが定食……、そのまま会話の流れで隣の席に座り、昔話に花が咲いた。

そんな俺たちを、一夏とハーレム軍団が不思議そうに眺めていた。

 

「? どうした一夏? 食べないのか?」

「いや……どうしたっていうか……昨日から思っていたんだけど……二人って知り合いなのか?」

 

あぁ、そう言えば説明してなかったっけ?

 

昨日も今日も、特に説明していない事を思い出して俺はその一夏の疑問に答えようとした。

しかしその前に更識の目が光った。

もちろん本当に光ったわけではない。

ただ悪戯魂に火がついたというか光ったというか……それがわかった。

 

まずい!?

 

しかし俺が反応する前にすでに更識は反応を……箸を置いて何故か隣にいる俺の腕に体全体で抱きついてきて……。

 

 

 

「知り合いじゃなくて婚約者だよ♪★」

 

 

 

と、とんでもない事を言いやがった!?

 

 

「え?」

「「「「「え?」」」」」

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

うおっ!?

 

何故か一夏とそのハーレム軍団だけでなく、周りの女子生徒達も驚愕の声を上げて……。

 

 

訓練で特に何もしなかった鬱憤を晴らして嬉しいのか……俺を見上げてくるその更識は頬を赤らめて満面の笑みを浮かべていた……。

 

 




がんばる・・・・・・・


おらぁがんばるだよ・・・・・・・


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衣装合わせ

「知り合いじゃなくて婚約者だよ♪★」

「え?」

「「「「「え?」」」」」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

その言葉に、一夏たちだけでなく食堂にいた他の女子達も驚きの声を上げた。

俺は最後の最後で詰めを見誤った己の不覚さを……激しく呪った。

 

 

 

翌日

 

「聞いた!? あの話!」

「聞いたよもちろん! 門国さんと生徒会長が婚約者だって話でしょ!?」

「そんな!? 私たちのお姉様が!!!」

「確かにそうだけど……でもなんか二人ってただならぬ関係っぽいよね?」

「だね。門国さんが織斑君以外で、普通に話してるところ初めて見たし」

「生徒会長もなんかすごくなついてるって言うか……甘えてる感じするし」

 

………………い、いづらい……

 

噂は千里を走ると言うが……翌日の朝には、昨夜の更識の婚約者発言は学校中の噂となっていた。

そして当事者の一人である俺は注目されるのは至極当然の話で……。

しかし話が話だからか……俺に問いかけようとする子は少なかった。

 

……困った子だ

 

俺は昨夜に婚約者と公言した、更識に対して心の中で溜め息を吐いた。

ちなみに、更識……六花が言った事に嘘はない。

確かに俺、門国護と、更識六花(・・)との間で婚約が交わされた事は嘘ではない。

しかしその正体は、酒の席で互いの父親が酔っぱらって呑んでいたときに冗談で言い出した事であり、正式な婚約ではない。

しかもその後、俺の父が死んだ事によって完璧に白紙になったといってもいいはずなのだが……。

 

何故今更そんな事を?

 

と少し不思議に思ったが、それでも相手が更識だと言う事で直ぐに結論が出た。

 

場を面白おかしくしたかったから……だろうな

 

ほぼこれで間違いないだろう。

元凶である更識は、あの後も手を離そうともせず俺の腕に抱きついて……食事が終わったらさすがに離してくれたが……いた。

その時場が……というか辺り一帯が大騒ぎになっていたので、なんか奇妙な恐怖を感じたので、俺はその場で声を上げる事もせず、また訂正もせずに部屋に帰還した。

今の状況を鑑みれば……言った方が良かったのかもしれないが、しかしあの時は真面目に女子達が異様なほど興奮していたので、声を上げる事が出来なかったのだ……。

 

女って……怖い……

 

とそんな益体もない事を思っていると……。

 

「おはよう~」

「あ、織斑君おはよ!」

「ね~ね~。会長と門国さんの婚約話って本当なの?」

「え? いやどうだろう? 昨日部屋に戻ってたらもう護寝てたから、聞くに聞けなくってさ」

 

教室の前のドアを開けて、一夏が登校してきた。

そして俺と同性の友人、またルームメイトという事でさっそく女子達が一夏の元へと群がっていく。

さすがに慣れているのか、特に慌てずに冷静に応えている。

 

……さすが一夏。順応性は伊達じゃないな!

 

いつもなら俺にも挨拶をしに来てくれるのだが、今日は気を遣っているのか、俺に声を掛けてこなかった。

 

「何を騒いでいる! もうHRが始まる時間だ! 席に着け!」

 

そうして女子達が俺の噂でキャーキャー言っていると、我らが教官、織斑千冬様がクラスへと入ってくる。

そしてその瞬間には皆が一斉にさっと、自席へと向かっていた。

 

「まったく……おい門国」

「はっ!」

 

普段ならば直ぐにHRに入るというのに、今朝に限って俺に声を掛けてくる教官。

俺は即応し、つい癖で敬礼をしながら立ち上がった。

 

「まったく。職員室でも貴様の噂で持ちきりだぞ。少しは自重してくれ。こうしてバカ共を手なずけるのも大変なのだぞ?」

「はっ! 申し訳ありません!」

 

職員室でもっすか!?

 

その事実に思わず膝から崩れ落ちそうになるのを、俺はどうにかこらえた。

そして直ぐに教官に着席を促されて……そのまま俺は頭を抱えた。

 

む、無駄に話が広がっている……

 

噂千里を走る。

というか距離は短いのでその分恐ろしいほどの速度で話が出回っている気がする。

光速のような速さである。

 

……どうしたものか

 

ここまで広がってしまったこの話を、どうやって収集つけるべきか……朝のHRはそればかり考えていて、ちっとも頭に入ってこなかった。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「む、これで午前の授業は終わりか。昼はきちんと食べて頭に栄養を回しておくように。では午前の授業を終える」

 

無事に午前の授業が終了し、教官が持っていた教科書類をまとめて、教室から出て言った。

その瞬間に……目線が俺に集中した……。

錯覚であってほしかったが……なんか女子たちの目が爛々と輝いて見えるのは……。

 

俺の気のせいではないと思う……

 

「「「門国さん!!!!」」」

「はい!?」

 

予想通りというのか……教官の姿が見えなくなった瞬間に、教室中の女子達が一斉に動き出し、俺の方へと向かってくる。

大半の女子が好奇心というか……そういう感情なのだが……一部目が血走っている気がするのは俺の気のせいだろうか?

 

「お昼一緒に行かない!」

「織斑君も一緒に行くから! 怖くないよ!」

「!? 俺もかよ!?」

 

何故かとばっちりというか飛び火した一夏が悲鳴を上げた。

どうやら一夏も聞いていなかったようだ。

そしてその反応を女子達が不満げに反応した。

 

「たまには私たちとも一緒に行こうよ!」

「そうだそうだ! 専用機持ち組で固まられたら入りにくいじゃない!」

 

そんな感じで、普段ご一緒しない女子達が異様な連係プレーを発揮して……。

一夏の方もあっという間に囲まれて……俺もあわせて仲良く食堂まで連行されそうになったその時……。

 

「お邪魔します」

 

そう言って優雅というか……静かに入ってきたのは、更識だった。

その手には、なにやら重箱五段が入っていそうな包みを持っており……しかもそれが両手に一つずつで×2。

 

「たまには教室で食べましょ。きっと楽しいわよ。それに特別メニュー作ってきたから」

 

突然闖入してきた生徒会長に呆気にとられていると、それには目もくれずに更識はてきぱきとイスと机を用意した。

俺と一夏だけでなく、他の女子達にも声を掛けてあっという間に二桁近い人数が集まり、イスに腰掛けた。

 

「いったいどうしたんだ?」

 

突然、何の前触れも為しにやってきて俺も当然驚いているので、更識に声を掛けてみる。

 

「ん? お弁当作ったから。二人のために特別に」

「二人……ですか?」

「そうだよ織斑君。まぁ他の子達も食べて欲しかったから多めに作ったんだけど」

 

そう言いながら包みの中に入っていた皿は箸を並べて、その重箱の蓋を開けると……。

 

「うわ、超豪華……」

 

誰かが思わずといった感じにそう呟いていた。

そう、中身は伊勢エビ、ホタテ、なんか高そうな牛のたたき、鶏肉とゴボウとにんじんの和え物といった……見るからにそこらのスーパーではお目にかかれないような、最高級の素材を使っているのが見るだけでわかった。

 

「これ、どうやって作ったんですか?」

「ん? 早起きしてよ?」

「いや、そう言う意味じゃなくて」

 

女子の疑問に答えるが、その言葉は女子の期待していた返事ではなかった。

こいつは昔から何でも……大概の事は努力すればどうにか出来る何でも出来る天才の人間だ。

そのために他の人間も頑張れば出来ると思っている節が無くもない。

まぁ実際、こいつは努力の人間なので、出来ても不思議ではないが……。

 

「門国さん」

「……あ?」

「はい、あーん♪」

 

腕を組んで昔の事を反芻していると、更識が声を掛けてきてそれに反応すると、開かれていた口に料理を入れられた。

それはレンコンで牛の挽肉を挟んで焼いた料理で……しっかりと味付けされた牛肉に、レンコンの、サクサクっとした食感が舌に楽しい一品だった。

 

「どう? おいしい?」

「ふむ。……料理うまくなったな」

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」」」」」

 

「うぉっ」

 

突然の怒号に、俺は思わず身体をびくつかせてしまった。

 

「う、噂は本当だった!?」

「門国さんと会長は……本当に婚約者!?」

「死んだ! 私たちの希望という名の神は死んだ!?」

「会長ずるい! 完璧超人で美人でしかも彼氏を飛び越して婚約者持ちなんてずるい!」

「天は二物を与えずなんて、所詮は持たない物の言い訳なの!?」

「うふふ。そんなことないわよ。まぁでも婚約者として、女を磨かないとね☆」

 

そう言って嬉しそうにほほ笑む更敷。

それを周りの女子が羨望のまなざしで見つめていた。

 

おいおい、すごい話になってるぞ

 

あまりに話が飛躍しすぎていて、俺はもう頭を抱えるしかない。

先ほどは突然すぎて思わず料理の感想を言ってしまったが、それも良くなかったかもしれない。

 

やれやれ……さすがにここらで本当の事を言った方がいいだろう。

 

そう思い、婚約者の話は誤解なのだと……そう口を開こうとしたその瞬間……。

 

「ところで……そう言えばこのクラスの文化祭の出し物って……執事喫茶だったよね?」

 

まるで俺が口を開くタイミングを、そして俺が何を言おうとしているのか完全に読んでいたかのように……更識が口を開いた。

そしてその話題は女子達が目下相当楽しみにしているイベントであり……話題を変えているのが丸わかりだったが、それに女子たちは喰いついた。

 

「そう! そうなのですよ! 一夏君と門国さんのダブル執事喫茶!」

「私他のクラスの友達にこのこと話したら心底悔しそうにしていました! もう、ほんと~~~~~に楽しみなんですよ!」

「うふふ。言い着眼点してるね。誰の発想?」

「はい! 私です!」

 

そう言ってビシッ! と右手を勢いよく挙げる、俺の隣の席の田村さん。

ものすごくうきうきしていて……随分と楽しみにしている事が伺えた。

 

「ナイスだね田村さん。おねえさんが褒めて上げよう♪」

「あ、ありがとうございます!」

 

内ポケットから取り出した扇子をパッと開いて、更識が楽しそうにそう口にし、その冗談に乗って田村さんがへんてこな敬礼をしながらそれに応える。

ちなみに本日の達筆は『愉快痛快』だった。

 

……何種類あるんだ?

 

「衣装とか決まってるの?」

「もうばっちりです! 演劇部の子が昨晩必死に縫ってくれたのでもう執事服だけはできあがっているんです!」

 

そう言う田村さんが、朝から休み時間はほとんど机に突っ伏して寝ている、演劇部の子の方に目を向ける。

その視線に気づいてか、演劇部の……だれさんだったか覚えてない……人が、机に突っ伏しながらも右手を上げてビシッ! と華麗にサムズアップをして応えていた。

 

……タイミングを逸した

 

そんな風にキャイキャイと、女子達がものすごい勢いで盛り上がるものだから、俺は婚約者発言を撤回できる雰囲気ではなくなってしまった。

 

……逸したのではなく外されたのか?

 

クラスの女子と楽しそうにおしゃべりをする更識へと、俺はさりげなく目を向ける。

その横顔は、いつものように笑顔を浮かべていて……残念ながらその内面を読み取る事は出来なかった。

 

……俺のためにか?

 

婚約者という事を公言しておけば、あまり女子達が近寄ってこなくなるという事を見越しての行動なのだろうか?

生徒会に入る以外にも何かしらしてくれるつもりだったのかは謎だが……あり得なくもな……

 

「ちなみに、衣装合わせってするの?」

「はい! 本日の六時間目のLHR(ロングホームルーム)で行う予定です!」

「その時新聞部の薫子ちゃん呼んでいい? こう……ゴニョゴニョゴニョとかどう?」

「か!? 会長!? もう最高のシチュエーションですね! て、天才だ!」

「他にも、ゴニョゴニョゴニョ……とか」

「「「「キャァァァァァ!」」」」

 

……あり得なくもない……………………かな?

 

女子達の反応を鑑みるに、ろくでもない事を言っている事だけは確かだろう。

しかもさすが更識。

俺がある程度の読唇術と、聴覚が強化されているとわかっているので、俺に極力聞かれないように、体ごと俺に背を向けて話している。

そんな状況で話をしているのに、聞くわけにもいかず……俺は女子達の黄色い声を聞きながら茶をすする。

 

「…………すごい事になってるな、護」

「……奇遇だな。俺もそう思っている」

 

もはや蚊帳の外と言っても過言でない子の状況で……俺たち二人は、子の後に控えたLHRで何をさせられるのか……想像する事しかできなかった。

 

 

 

「ではこの時間は文化祭の話し合いの時間とする。すまない山田君。この後来客を出迎えなければいけないのでこの時間は任せたぞ」

「はいわかっています。お任せ下さい!」

 

六時間目の始め、そう言って山田先生に全てを託して、織斑教官は教室から出て行った。

そしてその瞬間に……女子達が狩人へと変身した!

 

「「「「「織斑君! 門国さん!」」」」」

「「は、はい!」」

 

一部を除くクラス全員の女子達に詰め寄られて、俺たち男二人組は直立不動で返事をする。

あまりにも禍々しいオーラを全身に漂わせ、一部は目が血走っている女子達もいるから抵抗なんぞ出来ようもなかった。

 

「「「「衣装が出来たので試着して!」」」」

「イエッサー!」

「イエスマム!」

 

男二人それぞれに返事をして……いつの間にか用意されていた携帯用試着室? 男二人で入っていった。

何故試着室が用意されたのかというと……。

 

「「「「は、恥ずかしいし……やっぱりサプライズ的に見たいし!」」」」

 

らしい……わ、わけがわからん

 

「なんかすごい事になってるなぁ……」

「あぁそうだな……。っていうかなぜわざわざ教室でこんな物用意してまで着替えるんだろうな? 更衣室で良くないか? しかもカーテンまで閉めてるし……」

「俺もわからないが……女子っていう生き物が何を考えているのか、俺にはよくわからんよ」

「……そうだな」

「……お前はもう少しわかるように努力した方がいいぞ?」

「? なんでだ?」

「……夜道に気をつけてな。後ろから誰かに刺されないように」

「???」

 

 

更衣室でむさ苦しくも、男二人で入った俺と一夏は、ぼそぼそと、外の女子に聞こえないように小声で話していた。

すると何故か……

 

ガタン!

 

「アミ! しっかりして! まだ倒れてはだめ!」

「だ、だめだわ。二人で更衣室に入って小声で会話なんて……も、妄想するしかないじゃない!」

「は~、は~、は~、は~(シャカシャカシャカシャカ!!!!! カキカキカキカキ!)」

「な、なんて言うペン速度! さすが漫研の期待の星!」

「新刊でたらまた買うからよろしくね! 今回はどっちが受け!?」

「……門国さんのへたれ受け」

「あ、あえてへたれ!? だがそこがいい!」

「も、もう皆さん! この時間は一応授業ですよ! あんまり騒がないで下さい!」

 

ガラッ!

 

「毎度ありがとうございます! 新聞部の黛薫子で~す! 織斑君と門国さんの執事姿の撮影に来ました!」

 

…………………………外の会話が純粋に怖いです……何を言っているのでしょうか……

 

男二人でげんなりとしながら……俺と一夏は執事服へと着替える。

途中慣れない衣装に四苦八苦しながらも、何とか着終え、最後にネクタイを絞めようとした。

 

「出来たかな?」

 

俺がネクタイを締め終える前に、一夏が着替え終えてそんな声を上げた……。

その瞬間……

 

ピタッ バババババ! スチャスチャスチャ ゴソゴソゴソゴソガチャン!

 

「「「「………………」」」」

 

女子達の喧噪が一瞬でやみ……なんか凄まじい音が教室に響いた。

 

というよりも、最後の異様な音……何を構えた? 何を?

 

「「…………」」

 

一瞬で静まりかえり、あげく待ちかまえられて、男二人は固まった。

しかし外の空気が脱走する事を許してくれるオーラではなく……。

 

「……さきでてるな」

「あぁ。わかっ……」

 

わかったと言い終える前に、一夏が自分で絞めた紐ネクタイが間違った結び方をされている事に気づく。

しかしそれを訂正し終える前に、一夏は先に更衣室から出て行き……

 

「こんな感じだけど……大丈夫なのか?」

 

「「「「キャァァァァァ!!!!!」」」」

 

「うおっ!」

 

予想された女子達からの黄色い声に、俺は耳を塞いだ。

 

「お、おぉぉぉぉお、おり、おりむ……」

「しっかりして! ろれつが回ってないわよ!」

「いい! 織斑君の執事姿すっごい、いいよ!」

 

バシャバシャバシャバシャ! ピロリロピロリンピロポロリン

 

黄色い声が聞こえた後、直ぐ様に凄まじいまでのフラッシュと供に、カメラのシャッター音が一斉に鳴り響いた。

カーテン越しでさえの光景を容易に想像できて、俺は心の中で溜め息を吐く事しかできなかった。

俺はネクタイを結び、終えてスーツに異常がないかを確認し、外に出た。

 

シャッ!

 

「お! もう一人の執事! 門国さんとう……じょ……」

 

女子の一人、以前クラス対抗戦で司会を担当した黛薫子さんがそう口にするが……それが徐々にしぼんでいき、そして動きを止めた……。

 

「「「「「………………」」」」」

 

む、無反応? なにか盛大に着方を間違えたか?

 

以前にもきたことがあるから問題がないはずなのだが。

一夏の時と違って、何の反応もしない事に俺は頭でハテナマークを浮かべる事しかできない。

 

「お、護かっこいいな。俺のはなんかいかにも執事っぽい感じの服だけど、護のやつみたく普通のスーツっぽく見えるのもいいな」

 

一夏が空気を読まず、俺の姿を見てそう口にした。

ちなみに余談だが、俺の服装は普通のスーツのような執事服で、一夏のはまさに執事服という燕尾服仕様である。

 

「そうか? よくわからないが……あ、一夏ちょっとこい」

「? どうした?」

 

何故か静まりかえった教室で、俺はその事を疑問に思いつつも、先に先ほどの問題点を解決する事を優先した。

一夏を手招きして、紐ネクタイをきちんとした結び方に直して上げる。

 

「まったく、子供じゃないんだからきちんと服を着ろ」

「わ、悪い……結び方がわからなくって」

 

手招きして俺が一夏のネクタイをきちんとした結びに治す。

その瞬間……。

 

カシャ

 

一枚のフラッシュがたかれ……俺と一夏を一瞬まぶしく照らした……。

 

バッ!

 

そのフラッシュに、一同の視線が集中した……。

その先にいたのは……

 

「ふ………………ふふふふふふふふふふふ」

 

手にしたそれはもうごっつい一眼レフ……推定値段……十万以上を構えている、黛薫子さんの姿が……。

 

「撮った…………撮ったわ! 私は撮ったわ!!!!」

 

そして、そのカメラを高々と掲げ……高らかにそう宣言した。

 

「「「「「「ナニィィィィ!!!!????」」」」」」

 

そしてその一言に、クラスの女子が一斉に反応した。

 

「ほ、本当に撮れたんですか!?」

「新聞部でも指折りの私の撮影スキルを舐めないで欲しいわね!」

「そ、そのカメラデジカメですか!? で、データを!?」

「残念! 今回はたっちゃん……生徒会長の依頼でフィルムカメラだから、この一眼レフはフィルムカメラよ!」

「焼き増しを!!!!! 焼き増ししてください!!!!!」

 

ただ一人……俺たちの何かを撮れたという少女……黛薫子を中心にして、周りの女子達が、ものすごい勢いで騒ぎ出した……。

どんな事が起こっているのかわからないが……とりあえずデットヒートしているのだけは理解できた。

 

「護……」

「何だ一夏……」

 

そんな中置いてけぼりの俺と一夏。

黄色い声が木霊するこの教室で……何故か互いのか細いとも言える声ははっきりと聞く事ができた。

 

「……俺、やっぱり女の子を理解するのってきっついわ」

「…………そうだな……前言を撤回する」

 

半ば途方に暮れながら、俺はそう返した。

 

ちなみに、着替えようとしたらそれをクラス一丸になって拒否され、挙げ句の果てに様々なポーズを撮られ、さらにはいくつかの女子からのリクエストで、何故か俺と一夏が抱き合っているような写真まで撮影が行われた。

しかも黛さんが持ってきていた簡易撮影用機材を用いての本格作業でだ……。

そしてそれを止めるはずの山田先生は……。

 

「そ、その…………先生も写真の焼き回しをお願いしたいんですけど……」

「わかってます! 山田先生! もう最高画質、そして最高の物をお届けする事をお約束します!」

 

興奮冷めやらぬ…………というかさらにヒートアップしていく黛さんにクラスの女子達。

その黛さんに唯一の援軍であるはずの山田先生は何故か終始、頬を赤らめながら俺たちを見つめていて……一向に止める気配が無い。

俺と一夏は最後の望みとして、一夏ハーレム軍団の四人にアイコンタクトを送るのだが……。

 

「……ば、ばかばかしいな! 男がこのような格好をするなど!」

「でも篠ノ之さん。そう言う割には目を離さないし、とめないよね?」

「そ……それは……い、一夏が変な事をしないように見張っているだけで!!」

「そ、そうですわ! 私たちは一夏さんと門国さんの言動を見張っているのです! と、ところで話は変わりますけど……写真の焼き増し私にもお願いしたいのですけど……」

「あ! ずるいよセシリア! そ、その……僕の分もお願いしたいなぁ……」

「嫁の写真を撮るなら私に許可を取って欲しかったが……まぁ許そう。そ、その代わり……わ、私のも頼む……」

「…………私も、お願いします」

「あっはっは。みんな素直だね! 了解! 期待してて!」

 

だめだこいつら! 速く何とかしないと!!!!!

 

唯一と思われた援軍も、すでに買収されていた……。

断ろうにも全員の目が血走っており、しかもドアと窓、それぞれにすでに門番がいて逃げ出せるような雰囲気でもなく……。

 

「ちなみに門国さん」

「はい?」

 

男二人で頭を痛めていると、他の興奮しまくっている女子を置いておいて、黛薫子さんが俺に話しかけてきた。

そしてポケットから何か紙のような物を渡してくる。

 

「これは?」

「たっちゃんから門国さんに渡してって言われたもの」

 

笑顔でそんな不吉な言葉と供に、呪われた札を手渡される。

俺はそれをおそるおそる開く。

するとそこには……

 

 

『本日放課後、生徒会室に来るように。雑務をこなしていただきます

生徒会長 更識楯無

 

 

P.S. 自己紹介考えておいてね♪ 後、来なかった場合……私が泣いちゃうぞ☆』

 

 

と、生徒会出頭命令が記されていた。

 

ジーザス……

 

不吉な事しか書かれていない、その内容に俺は頭を抱えた。

 

自己紹介とか……何させるつもりだよ。しかも泣くとか……

 

もうその二つだけでどうなるかわかったものじゃない。

しかも目の前の魑魅魍魎というか……地獄絵図。

 

もう……いや……

 

………………そしてこの日、最終防波堤の教官もいなかったために、この苦痛にも似た時間は六時間目一杯まで繰り広げられる。

さらに余談だが……後日、この写真を巡ってオークションが開かれ……法外とも言える値段で取引されていた現場を、悪鬼となった教官が押さえて一悶着あった……とかなかったとか……。

しかしこれは現時点ではまだ先の話であり、俺と一夏は知る由もなかった。

 

 

 

そろそろ六時間目が終わる頃か……

 

私は来賓を出迎えるためにLHRを抜けだし、応接の準備を整えて、来賓用の出入り口当辺りで待機していた。

本日六時限始め辺りに来るはずだった来賓が未だに来ていなかった。

少し前に遅れるという連絡があり、そろそろ来る事合いだった。

そう思っていると、来賓用の門に黒塗りの車がやってきて、警備員の詰め所に何かを着き出していた。

おそらく来賓の証明書だろう。

それを見せ終えて、こちらにやってくる黒塗りの車。

私はそれが門に来たときから姿勢正しく起立しており、そしてそれがその私の目の前に止まった。

 

ガチャ

 

後部座席から音を立ててドアが開かれ、中の人物が日の下に出てくる。

私はその人物を見つめ、口を開いた。

 

「お待ちしておりました」

「織斑先生。わざわざの出迎え、誠に恐縮です……」

 

私の挨拶に、丁寧に感じる仕草で、その人物は頭を下げた。

白髪の入り交じった髪。

顔は不作法や不快感を与えない程度に整えられているが……そのほとんどが素の顔だというのがわかるほどに年月の流れを色濃く映し出していた。

しかしそれとは裏腹に、その体躯とその身を纏う雰囲気は以前見たときから全く衰えていなかった。

 

「……お久しぶりです、武皇(たけのう)陸将」

「それは私も同じですよ。織斑先生。お元気そうで何よりです」

 

現在の自衛隊……陸、海、空の全てを、事実上束ねているその人は、私にそう気さくに笑いかけてくれた。

 



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生徒会

「は~い、みんな注目~」

「……」

「はい、は~い♪」

 

放課後。

文化祭の衣装合わせもすんだ俺は……げんなりとしつつも、行かないとどうなるかわかったものではないので、俺は渋々と、生徒会長である、更識楯無の指示に従い、生徒会室へとやってきた。

すると、部屋の外で待ちかまえていた更識に手を取られ、ノックもなしに部屋へと入った。

そこには二人の女子がおり、一人は眼鏡を掛けた女性、一人は俺と同じくラスの、布仏 本音だった。

 

っていうか生徒会に所属していたのか?

 

「知っているかと思うけど、一応念のために。生徒会の雑務に任命した門国護さんね。これからばりばり働いてもらうから、みんなじゃんじゃん仕事振って上げてね♪ はい門国さん、挨拶!」

 

む、無茶振り……

 

気構えを造る前に連行されて、自己紹介を強いられる情けない男。

今の俺を見たらまさにそんな感じだろう……。

 

「……生徒会、雑務に任命されました、門国護と申します。どうぞよろしくお願いします」

 

ちなみにあのげんなりするような六時限目があって、その余韻というべきか……まぁ興奮冷めやらず……更には他のクラスの女子生徒たちも乱入してきて教室は大混乱に陥った。

俺は一夏に女生徒が集中したために、どうにか逃げ出せた。

 

『ま、護! たす……っ!?』

 

……すまない一夏

 

置いてきた戦友の無事を祈る事しかできない自分が口惜しかった……。

しかし感傷に浸っている場合でもなかった。

 

「いた! 門国さんよ!」

「者ども出会え出会え!」

「ブラボー2から各員。ポイントα3-2-4にて捕獲対象Bを発見。至急増援を求む」

『ブラボーリーダー了解。そのまま追尾し、可能ならば捕獲せよ』

「ラジャーザット」

 

な、なんという統率のとれた行動!? て、手強い!

 

びっくりするほど組織的、かつ協力しながら襲ってくる物だから逃げるのにも一苦労だった。

こんな感じで俺も捕獲対象だったので、教室から離脱しても全力で逃げるハメになったのだが……。

まぁそんなわけで、全力疾走して逃げてきて、どうにか撒いて一安心し、生徒会室に向かっていくと、外に更識が待ちかまえており……結果として自己紹介なんぞ考えている暇がなかったので実に普通な自己紹介となってしまった。

 

「……」

「お~。門国さんだ~。よろしくね~」

「普通すぎ! つまんないなぁ~。お兄ちゃん」

 

……ピク

 

 

「おにいちゃん? 何で門国さんが、会長のお兄ちゃんなの~?」

「いや、更識。そんなこと言われてもだな……」

 

…ピク

 

「幼名」

「え?」

「幼名で呼んでっていつも言ってるでしょ?」

 

ピクピクピクピク

 

「そ、それって二人きりの時とか言ってなかったか?」

 

ピクピクピクピクピクピクピク!!!!!

 

「幼名? 会長の幼名ってどんなの~?」

「うふふ。ひ・み・つ♪」

「え~おしえてよ~、会長~」

「だ・め♪」

「ぶ~。いいもん。なら門国さんに聞く~。門国さん教えて~」

「え、あ~~~」

 

イライライライライライラ

 

「えっとだな……」

 

イライライライライライライライライライライライラ

 

何だろう。俺が何かしら行動を起こしたり、更識が俺に対して何かをするたびに、眼鏡をつけた、女性の雰囲気が険悪になっていくのだが……

 

俺はそれとなく、俺が部屋に入ってから一言も発せず、黙々と書類仕事を行っている眼鏡の女性へと目を向けた。

眼鏡に三つ編み、制服もきっちりと着こなしており、良家のお嬢様に見えなくもない美人系の顔立ちをしている。

が、その身に纏った雰囲気が全てを台無しにしている。

この部屋に入ったときも俺を見ようとするどころか、顔も上げずに書類仕事を行っていた。

まるで俺の事などいないとでも言うかのように。

だが、更識や布仏さんと会話をして、俺や更識がらみの話になると、こらえ切れていないのか、反応をする。

特に俺の時は顕著に反応していらっしゃる。

 

……なんだろうな?

 

しかし心当たりがないのでどうしようもない。

この目線は……すごくあの人を思い起こさせるのでかなり怖い……。

だがあの人とはある意味で決定的に違うのでまだ大丈夫だが……俺は必死になって自分を抑えていた。

 

「まぁまぁ。私の幼名はまた今度にして。まずは二人とも自己紹介して」

「は~い。私は布仏本音だよ~。同じクラスだからお互い知ってるよね~?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

顔ぐらいしか知らなかったが……。あ~でも一夏がのほほんさんって呼んでたからどっちかっていうとそっちの方がしっくり来るな……

 

どういう経緯でこのあだ名をつけたかは知らないが……まぁぴったりなニックネームだ。

ほや~んっていうか……まぁそんな感じのする子だからつけたのだろう。

友人のネーミングセンスに心の中でうんうん、と頷く。

そして布仏本音さんの自己紹介が終わると……生徒会長の更識は知っているから自己紹介の必要はない。

そうなると必然的に残った一人……未だに黙々と一人で書類仕事を行っている彼女へと目が行くのだが……。

 

「………布仏虚。三年生」

 

……終わりかな?

 

実に端的な自己紹介である。

というかこの子完全に俺の事歓迎していないな。

特に何かをした覚えはないのだが……。

それともストーカー事件の容疑者として警戒しているのか?

だがそれだけではない気がする……。

 

「ちなみに~、私のお姉ちゃんです~」

「姉妹なのですか?」

「そうだよ~」

 

黙ってしまった布仏虚……お姉さんの自己紹介に補足説明をする布仏本音さん。

確かに名字が一緒である。

珍しい名字だし姉妹なのだろうが……顔というか外見的特徴はともかく、性格が余りにも正反対すぎる気がする。

まぁ姉妹だからと言って似る物ではないが。

その妹の説明にも反応せず、黙々と作業を続ける。

 

「は~い。最後は私ね」

「いらん」

 

イライライライライライライライライライライライライライライライライライラ

 

「え~どうして~? 私の事知りたくないの?」

「別に今更知りたいとは思わないな」

「……スリーサイズとか興味ないの?」

「お~。会長だいた~ん」

「知りたくもない」

 

バキッ!!!

 

俺が素っ気なくそう答えると、ついに堪忍袋の緒が切れた! というようなタイミングで、今まで書類仕事を行っていた、布仏虚さんが使っていたペンが折れた。

おそるおそる顔を見てみると……キッ! と一瞬俺を睨み、直ぐに更識へと目を向けた。

 

「会長? あまり遊んでいる余裕はないんですよ。直ぐに仕事に取りかかってください」

「え? でもほとんど仕事終わってるよ?」

「いいから! お仕事をなさってくださいお嬢様!」

「? お嬢様?」

 

怒り心頭! という感じにしゃべった布仏虚さんの最後の台詞が気になって思わず口にしてしまった。

すると、失言だと思ったのかはっと口を閉ざし、黙々と仕事を再開した。

そんな布仏虚さんを見てクスクスと笑いつつ、俺に補足説明をしてくれた。

 

「布仏姉妹は、私と簪ちゃんの付き人をやってるのよ。幼少時はまだいなかったから今回が初顔合わせでしょ? 早く互いに覚えてね」

「さすが名家の更識だな。って今簪ちゃんって言ったか?」

「……え。うん」

 

? なんか反応が変だな

 

更識の反応が気になったが、それ以上に俺は話題の人物の方へと思考が動いていた。

更識簪。

更識の一つ下の妹であり、俺から見たら三つ年下の妹のような存在だ。

幼少期にあったこともあるが、その時彼女は四つだったので、俺のことは覚えていないかもしれないが。

お姉ちゃんっこで、よく更識にくっついてきていた可愛らしい子だった。

 

「簪ちゃんもIS学園に来ているのか?」

「そうだよ~。本当は私、簪お嬢様の付き人なんだ~」

「そうなのですか」

 

反応が鈍くなった更識の代わりに、のほほんさんが応えた。

更識の反応、そしてのほほんさんが応えたことから、聞かれたくないことだと思った俺は、その話題を続けることをやめた。

 

「っていうか、簪ちゃんのことは名前で呼ぶのにどうして私のことは幼名で読んでくれないの?」

「だから前にも言ったが、お前は裏の名家の当主なんだぞ? 俺とは立場が違う。それをいくら昔親しかったとはいえ幼名で呼ぶのはおかしいだろう? さらに言えばお前は正式に襲名して楯無が本名だろう?」

 

今まで成り行きで何度か呼んでしまったが、家の当主として正式に襲名した目の前の女の子は、間違いなく名家といわれる家の主人なのだ。

誇っていいはずのその名前を、何故か呼ばれたくないというのが俺には不思議だった。

 

「そうですよお嬢様」

 

ん?

 

そうして更識の説得に乗り出すと、意外なところから援軍が出た。

なんと先ほどまで一心不乱で書類仕事を行っていた布仏虚さんが、手を止めて更識へと声を掛けていた。

 

「昔は立場が対等だったかもしれませんが、門国家はもう既に没落したい家なのです。そんな人にお嬢様が声をおかけする必要なんてありません」

 

棘があるなぁ

 

そう力説する布仏虚さんの言葉には言い方もそうだが、言葉の端々に棘が含まれていた。

その通りなので別段腹も立たないが。

 

「え~そうかなぁ。というか虚ちゃん? 今の言い方はお姉さん感心しないよ?」

 

そう言う更識が扇子を取り出して顔の半分を隠した。

それと共にちょっと威嚇を込めて布仏虚さんを睨み据えている。

 

……いつもよりも迫力があるな

 

そう、表情こそ普段とそこまで変化がないが、本気で怒っているのがすぐにわかる。

それをこの人もわかったのか、すぐに言葉を改めた。

 

「……そうですね。言い方に問題が合ったことは申し訳なかったと思います。ですがお嬢様、私は意見を変えるつもりはありません。更識家の当主であり、ロシア代表候補、そしてIS学園生徒会長としてもう少し自覚をお持ちになってください」

「は~い。わかりました。でも虚ちゃんも人のこと言えないよ? 呼・び・方♪」

「……失礼いたしました会長」

「ロシア代表候補? 更識、ロシアの代表候補だったのか?」

 

俺は布仏虚さんが言った言葉、ロシア代表候補という単語に驚きを隠せなかった。

説明しなくてもわかるかもしれないが、ISの代表にはそれぞれ三つのランクがある。

まず最初が代表候補生、次に代表候補、そして最後に代表となる。

代表候補生は候補のさらに候補という立場であり、エリートに代わりはないがその中で一番の下っ端なエリートといえる。

それに対して候補生はその上であり、既にひよこの段階を卒業していると言える。

世界各国はISはあくまで防衛用の手段と公表しているが、そんなこと誰も本気で言っていない。

戦争が起これば間違いなく戦場へと駆り出される。

候補生ともなると即戦場へといけるほどの戦力になる……。

 

 

 

それをどこまでここの生徒達は理解しているのだろうか……

 

 

 

文字通り手を伸ばせば国の代表……もしくは防衛戦力になれるほどの腕前を有していることになる。

国の代表……しかもISの代表だ。

世界でも数百程度しかないその中に選ばれるというのだから相当腕前がいいという事になる。

学園最強という肩書きはあながち嘘ではないようである。

 

「そんなことも知らないのですか? 全くこれだから男と言うだけでこの学園に来た人というのは……お嬢……会長がどれほどすごい存在かも知らないなんて」

 

俺が一人頷いていると、そんな俺の鞭を咎めるような視線が、布仏虚さんから向けられてくる。

実際その通りなので俺は何も言い返せず、ただ黙っていることしかできなかった。

そうして黙っていると、布仏虚さんがどう思ったのかは謎だが、さらに補足説明をしてくれて、さらに更識の美談も聞かせてくれた。

まぁそれを聞いた限りでは……女に生まれなくてよかったと思った。

別に女性差別しているわけではない。

ただ、もしも更識と同じ性別だった場合、俺もこの学園に普通に入学していた可能性が会ったからだ。

そう考えると背中に悪寒が走りそうだった。

 

それにしても嬉しそうに話すね

 

黙って布仏虚さんの話を聞きながら、俺はそう思った。

彼女、布仏虚さんの話し方が「私の自慢のお嬢様」というのが態度や表情だけでなく、言葉の端々にまで満ちていたのだ。

よほど更識のことが大事のようだ。

 

これで理解できた……

 

この人が俺に憎悪にも似た気持ちを向けてくるのは、私の大事なお嬢様になれなれしくするな!ということなんだろう。

 

「それにして……いつも不思議に思いますけど、どうして男のあなたにISが使えるのでしょうね? ……いっそ解剖実験でもすればいいのに」

 

怖いこというなぁ……

 

ぼそっと言った最後の言葉……本人は聞かれていないつもりなのかもしれないが、身体能力を鍛えた俺の耳には聞こえていた。

人体実験はごめんだが……俺自身もそれは疑問だった。

 

しかし……不思議だ……

 

生徒会室へと来て、布仏虚さんに改めて話を聞いて、俺は疑問を深めた。

仮に俺と一夏の性別が女だった場合、ISの繰者に選ばれる確率は低いだろう。

一夏はともかく俺は恐らく無い。

世界でも数百しかないIS。

絶対数が圧倒的に少ないISというのはそれだけ貴重なのだ。

一夏は素質があるので選定に引っかかりそうだが、俺は恐らく無い。

自分の血、さらには性格が災いし恐らく選定基準を満たさないはずだ。

だが俺は男としてISが使えると言うだけで、ここIS学園へと入学していた。

本来、女性にしか使えないはずのそれ……ISを偶然使ってしまった俺と一夏。

何か意味があるのかもしれないが……今の俺にはわからなかった。

 

「虚ちゃん。そう言わないの。お兄ちゃんだって突然の出来事で気構えなくこの学園に来たんだから」

「ですが会長。こんなこと一般常識ですよ? それすらも知らないなんて」

「え~。でも私もよく知らなかったよ~? てへへ」

 

俺の隣でふんふん、と頷きながら聞いていたのほほんさんが、だぼだぼに余った袖を振り回しながらそう答えていた。

それに対して、姉である布仏虚さんは、無言でのほほんさんに歩み寄ると、ガンッ! と頭に拳骨をお見舞いしていた。

 

「うえぇぇ~いたい~」

「あんまり他の家人に我が家の恥をさらさないように」

「う~いつもよりもいたい~。おね~ちゃんの鬼~」

「……まだ足りない?」

「うそうそ~。うそです~。ごめんなさい~」

 

瞬時に俺を楯にして俺の後ろに隠れながら謝るのほほんさん。

あの申し訳ないんですが、お姉さんの表情がもの凄いことになっているので出来ればそう言った行動は控えていただきたいのですが……。

 

「はいはい。じゃれ合うのはそこまでにして、仕事に移りましょ。文化祭もそろそろだし、あまりのんびりしてられないでしょ?」

 

締めくくるように、更識が大仰に手を鳴らして自分へと意識を向けさせた。

そしてそう言われて誰も反抗する物もおらず、それぞれが所定の位置らしいイスへと腰掛けると、そのまま作業を始めた。

 

なんかよくわからんが、まとまったのか?

 

初対面であることは更識の言葉で確認できたのだが、しかしだからこそなおさらこの布仏虚さんの不機嫌な理由がわからなかった。

初対面だから何かをしたわけでもないし、ストーカーとして疑っている様子も見られない。

ならこの人を不機嫌にさせている原因は何なのか?

まとまっていないような気がしたが……それを蒸し返すとまたぞろ心臓に悪いことになりそうなので俺はそこですぱっと意識を切り替えて、雑務としての責務を全うすることにした。

 

「俺は何をすればいいでしょうか?」

 

が、きたばかりで何をすればいいのかわからないので、俺は情けないながらも仕事をもらいに行った。

文化祭関係の仕事というのは当然わかっているのだが……それだけではどうしていいのかわからない。

 

「いきなり敬語?」

「この部屋の長は間違いなくお前だろう? そうした方が締まると思ってな」

 

上の立場の者が下の立場の者になれなれしく話しかけることは褒められた行為ではない。

それもプライベートなどならばまだしも、公務……というよりも仕事中にすることではない。

普段ならともかく、生徒会室で仕事をしているときはきちんとしなければいけないだろう。

 

「そんなの気にしなくていいよ。私とお兄ちゃんの仲じゃない?」

「いや……そうはいうがな」

 

そう言ってくれるのは嬉しいのだが……いかんせん後ろからもの凄い殺気を飛ばしてくる人がいるので恐ろしくて仕方がない。

殺気の量が半端無い。

あれなら目線だけで人を殺せる。

 

俺がそう内心思っていると、更識はやれやれ、と言ったように溜息を吐くと、俺の後ろの方へと向けていた目をこちらに向けるとこう言ってきた。

 

「そうだね……とりあえずお兄ちゃんには外に出てもらって、第二報告書を各クラブから回収してきてもらっていいかな?」

 

はいリスト、とそう紙媒体の冊子を渡された。

それを開いてみると、結構な数の部活が羅列されており、短時間では解決できないことがわかった。

 

「道案内が必要よね? 本音ちゃん。悪いんだけど門国さんと一緒に行ってもらっていい?」

「は~い、りょ~かいです~」

 

イスに腰掛けて、机に向かって何かパズルのようなものをしていたのほほんさんが立ち上がって元気よくそう応えた。

 

「んじゃ~さっそくいこ~そうしよう~」

「よろしくお願いします」

「二人ともよろしくね~」

 

余った袖をぶんぶんと振り回しながら、俺はそれに引きずられるように生徒会室を後にした……。

 

 

 

 

 

 

さてと、とりあえず人払いは出来たから……後は虚ちゃんのケアね

 

ドアを出て行ってしばらくし、二人の気配が完全に遠のいた後に、私は未だに、名前の通りの仏頂面で、一心不乱に仕事をしている虚ちゃんへと目をやった。

 

「ね~虚ちゃん」

「……なんですか? 会長」

「やん。二人きりなんだからそんな他人行儀じゃなくお嬢様って呼んでもいいのよ? それとも……たっちゃんでもいいよ♪」

「何ですかお嬢様?」

 

私のお願いに応えてくれたけど、その顔はこちらを向かずに作業の手を止めていない手元へと落ちている。

私は虚ちゃんのその作業している手に右手をそっと添えた……。

 

「あ……」

 

それに虚ちゃんがほんのりと顔を赤くして私を見上げてくる。

そんな初心で可愛らしい虚ちゃんに、私は静かに顔を近づけた。

 

「何を怒ってるの?」

「……お、怒ってなんか……いません」

 

近づいてくる私の顔を避けようと、首を逸らす。

でもはねのけないことから本気で嫌がっていないことだけはよくわかった。

そんなかわいい虚ちゃんに、私はさらに顔を近づけていく。

 

「嘘つき。怒ってるくせに……そんなに門国さんが嫌い?」

「……怒ってなんていませんし、それにあの人の事なんてどうで……ひゃっ!?」

 

どうでもいい、そう答えようとしていた虚ちゃんの首筋に、近づけていた口から静かに息を吹きかけてその先の言葉を封じた。

自分にとって大事な人を、別の大事な人が陰口を言うのはききたくないから。

 

虚ちゃんは首が弱点なんだよね~♪

 

「ふふふ。かわいい声♪」

「や、やめてくださいお嬢様」

「様なんてやめてよ。いつもどおりたっちゃんでお願い☆」

 

そうやって虚ちゃんをいぢりながら、私は虚ちゃんが座っている隣の席のイスを机から引き出した。

そうして、虚ちゃんが倒れ込める場所を確保しておき……まだ使っていなかった左手を、虚ちゃんの秘部へと誘っていく……。

 

「きゃっ!? お、お嬢様、やめてください!」

「だから呼・び・方。いつも通り呼んでくれないとやめないよ? それに……本当にやめていいの?」

 

ゆっくりと、語りかけるように私は虚ちゃんへとそう聞く。

その時は虚ちゃんの動きを封じている右手も、秘部へと誘ったその左手も、一切の力も入れず、そのままにしておいた。

全く力を入れていないので、誰でも払いのけることが可能だ。

だけど……

 

「……ここでは……その」

「うん? 何か言った?」

 

言っていることは聞こえた……仮に聞こえなかったとしても、何を言っているのかわかっていたのだけれど……けど、私はあえて虚ちゃんに問いかけた。

虚ちゃんも恥ずかしいのか、それ以上言わずに……ちょっとした悔しさをにじませた目で、私を見つめてくるだけだった。

そんないつもの素直になれない……かわいい虚ちゃんを見てしまって、私はいつものように虚ちゃんの顔に手を添えた。

 

「私も……お嫁さんが欲しいな♪」

「? ど、どういう意味ですか? 会長はその、いつもあの人のお嫁さんになりたいって……子供の頃から言ってたじゃないですか」

 

お嫁さんという単語で、お兄ちゃんの事を思い出した虚ちゃんがあからさまに機嫌を悪くして、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

確かに昔から、私はお兄ちゃんのお嫁さんになりたいといっていた。

当時の門国家の当主、お兄ちゃんのお父さんが亡くなって力を失ってしまった後もそう言っていた事もあって、虚ちゃんも悔しいながらお兄ちゃんの事は認めているというか……ある程度は受け入れているのだ。

だけどそれでも抑えきれなくて、ああいった態度を取ってしまったんだと思う。

それがわかって、さらに今、拗ねているその表情と態度が……もはや私の精神のリミッターを完全に破壊した。

 

「確かに、私はお兄ちゃんの……護さんのお嫁さんになりたいよ? で・も、それとこの話は別♪」

「???」

 

言っている意味がわからないのか、恥ずかしげにしながらも、私の方へと目を向けてくれる。

そんな虚ちゃん……私の大切な友達であり、お嫁さん候補の虚ちゃんに微笑みかけた。

ちなみに旦那さん候補とお嫁さん候補は、それぞれ一人しかいないけど。

 

 

「わ・た・し・の……お嫁さんが欲しいの♪ たとえば……私の事を大好きでいてくれて、私が私の未来の旦那様の事を話していると拗ねてしまう位に、私の事を大切に思ってくれている……そんなお嫁さんが」

「~~~っ!?」

「うふふ♪」

 

私の言葉で真っ赤になってしまった虚ちゃんの肩に手を添えて、私は静かに先ほど引いていた虚ちゃんの隣の席に、虚ちゃんを横たえらせた。

しっかりと抵抗できないよう……けど力は入れずに、虚ちゃんの手に私の手を添えて……。

ここの生徒会室の椅子はクッション素材を使用しており、さらに言えば椅子がへこんだりしないので、二つつなげれば何の苦もなく寝っ転がることができる。

 

「お、お嬢様!? お、お戯れが過ぎます! し、神聖な生徒会室で……」

「その神聖な生徒会の長は私。そしてこれからやろうとしているのは……別に邪な事じゃないでしょう?」

「公序良俗を考えてください!

「え~? 本当にやめて……いいの? 私はもう我慢できないんだけど♪」

「で、ですが誰かに聞かれたら……」

「大丈夫。この部屋は完全防音、窓ガラスは磨りガラスで防弾仕様。壁にも分厚い鉄板入り。それに何より……私がいる生徒会室に盗聴や盗撮の類が出来るわけ無いじゃない?」

「で……ですが…………ほ、ほかにも!?」

「もう終わり?」

「~~っ!?」

 

「なら……もういいよね?」

 

 

 

「ま、まって下さいお嬢様!?」

 

 

 

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

※自主規制 見せられないよ(書けないよ)

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

俺は更識に指示された、第二報告書を回収し終え、生徒会室へと戻ってきた。

のほほんさんは、購買にジュースを買いに行ったので一人で帰ってきた。

 

のだが……

 

 

「ふんふん♪ ふふ~ん♪」

「~~~~っ!!!」

 

……………………えっと?

 

室内に入ってみればそこには……大丈夫? と思わず声を掛けてしまいたくなるほど、顔と首、耳などを真っ赤にして、何故か体を守るように両手で抱きしめている布仏虚さんと、普段以上に超が付くほど上機嫌……なんか心なしか頬って言うか顔がつやつやしている気がするのは俺の気のせいか?……な更識がいた。

さらにいえば……なんかすんごい甘ったるい空気が場を満たしていた。

 

「……何があった?」

 

余りにもその異質な空間に、俺は疑問を思わずそのまま口に出してしまった。

それに対して、更識が上機嫌な顔をこちらに向けるが……その前にバッ! と音がするんじゃないかと言うほどの速度で、顔を真っ赤にしたままの布仏虚さんが、俺の方を向いてきた……。

 

「あなたのせいですよ!!!!!」

「あれ? そんなにいやだった虚ちゃん? あんなにかわいく……」

「ちょ!? 会長!!!! 何を言うんですか!!!!」

「え? さっきの虚ちゃんのかわいい姿を……」

「そ、そんなことありません!」

「ね~お兄ちゃん? みてほしい動画があるんだけどみる?」

「!? 盗撮はあり得ないって!?」

「ん? 私が見たかったから自分で撮影したんだから盗んで撮影してないでしょ♪?」

「な……ななななな!?」

「ね~お兄ちゃん? み・た・い?」

「馬鹿な事言わないでください! そんな物を人に見せるなんて!!」

「え~? 虚ちゃんのかわいい乱……」

「余計な事なんて言わなくていいんです! 速く仕事に戻ってください!」

「え~。さっきまであんなに愛し……」

「会長!」

「は~い♪ もう、私の未来のお嫁さんはかわいいんだから☆」

「~~~っ!!!???」

「それじゃちょっと書類出してくるから留守番よろしくね~」

 

………………

 

もう何がなにやら全くわからない。

とにかくもう聞くのが危険だとわかった俺は……何も声を上げず、端の方でおとなしく座って、回収してきた第二報告書に目を通し、まとめの活動を始めたのだった……。

 

 

 

「どうですか? 最近のあいつの様子は?」

 

来賓用の部屋へと将軍を招き入れ、お茶を出して二人で対面し、開口一番に武皇将軍がそう質問してくる。

護衛のSPは、部屋へと入ってきていないために、部屋には現在、私と将軍しかいない。

部下の目を……人の目を憚る事が無くなったので、もっとも聞きたかったであろう事を、将軍は言ってきた。

将軍が「あいつ」と親しげに呼ぶのは、目下、IS学園の問題児ともいえる二人の男の片割れだった。

 

「特に問題なく過ごしております。まぁ……少々誤解も受けていましたが」

「誤解であるならいいですよ。あいつが元気でやっているのならば。……()のISのほうは?」

 

しかし身内の話だけで終わらないところは、さすが将軍だった。

まぁ、目下問題の人物と問題のISの組み合わせなのだから自然な流れではあるが……。

 

「問題なく稼働しています。あいつ専用(・・)にしたために、他の人間に使わせていないので何とも言えませんが……。少なくともあいつがあのISを、あの問題のあったコアを使って……使えている事は確かです」

「ならばよかった。あいつが使えなくなっていたら、私が今日ここに来た意味もなくなりますからね」

「こちらから以前お渡ししたISのほうは?」

「何の問題もなく稼働しています。……あいつが何かしたのでしょうかね?」

「……私には何とも」

 

それに関しては私も全くわかっていなかった。

確かに私は問題のあった友人のおかげで他の人間よりもISの知識は豊富だが……こんな事聞いた事もなかった。

 

「IS自身が……操縦者を拒絶するなど他に聞いた事が無いですからね」

「……えぇ」

「……博士には?」

「一応聞いてみたのですが……何故かあれはあいつを目の敵にしていまして。話もろくに聞きませんでした」

「? 何故ですか?」

「………………私には何とも」

 

あれ、篠ノ之束にも電話で聞いてみたのだが……あいつめ、人の話を全く聞こうとしなかった。

 

「つまり進展はなしですか……」

「そうなりますね」

 

私の結論を聞いて、将軍は一つ息を吐く。

そしてそれで気分を入れ替えたのか。にっこりと私に微笑んでくれた。

 

「まぁあまりにも奇怪な出来事ですしね。焦らずにやっていきましょう」

 

イスに深く腰かけ直しながら、武皇将軍が苦笑混じりにそう言ってくる。

私もそれに頷いた。

 

コンコン

 

それを見計らっていたかのように、ちょうど会話がとぎれたそのタイミングで、ノックがされた。

入室を促すと、そこにはこの学園の生徒会長である更識楯無がいた。

 

 

「会議中に失礼します。IS学園生徒会長、更敷楯無です。自衛隊の陸将さんにひとことご挨拶をと思って、参上させていただきました」

「これはご丁寧に。自衛隊将軍、武皇と申します」

「……更敷、勝手に教職員の極秘ファイルを覗くな」

「何の話でしょう?」

「しらばっくれるな」

 

私は、白を切る更敷にこれ見よがしに溜め息を吐いた。

今回の武皇将軍の来訪はごく一部の人間しか知らない。

山田君も、来賓が来ると知っているだけなのだ。

ならばあまり褒められない手段で情報を入手した事になる。

 

「まぁ確かにちょっと覗かせてもらいましたけど、裏を取ったのは家の情報ですから」

「……わかった。今回は許しておこう」

「ありがとうございます」

 

そうして私たちがやりとりをしていると、厳しく引き締まっていた将軍の頬がゆるみ……苦笑を浮かべた。

 

「くはははは。相変わらずだな、楯無ちゃん」

「おじさんこそ、相変わらずのご壮健ぶりで安心しました」

 

まるで「堅苦しい挨拶はここまで」とでも言うように、ものすごく親しげに会話を始めた。

 

まぁ両家とも裏の名家だから知り合いでも不思議ではないが

 

しかも武皇将軍はあいつの叔父だ。

更識と面識があっても何ら不思議はなかった。

 

「楯無ちゃんから見てあいつはどう?」

「不器用ですけどきちんと生活していますよ。ISもきちんと使えています」

「そうか……」

 

その報告を聞いて、武皇将軍は安堵の溜め息を吐く。

しかし、それだけで更識は終わらなかった。

 

「おじさん」

「……なんだ?」

 

更識の声色が変わった。

それを敏感に察し、逃げられないと思ったのか……武皇将軍も態度を改めた。

 

「一つ質問していいですか?」

「……あぁ」

 

 

 

 

「お兄ちゃんのIS。元は自衛隊の専用機だったって言うのは……本当ですか?」

 

 

 

 

 




いかがでしたか!? 二回連続で結構危ない感じのお話でしたが!?

「おい」

私変態だから百合物も結構好きなんですよ……まぁ二次元だけの話ですがね。三次元の百合もいいのかもしれませんが……私にはよくわからんっす。男だしね

あ、ちなみに私は当然のようにノーマルですので

「おい!」

さて次回はついに文化祭と相成ります! 山田先生に動いてもらいます!
おっぱいおっぱい! あの乳はマヂで反則ですよね!!!

「おい! 話を聞いてくれ!?」

え~。……何かね五反田弾君?

「原作だと虚さんの相手って俺だよね? 俺だよね!? 俺……文化祭でちゃんと出番あって、虚さんといい感じになるよね?」

……さぁ? ←ニヤニヤ笑いながらw

「!?」

だって……まぁまだ原作がそこまで進んでないからわからないけど……必要なくね? っていうか作者的には二人の恋の始まり方があまりにも不自然というか……

「で、でも……一目惚れってあるでしょ!?」

う~んかもしれないけど……ごめん、作者の頭の中ではそれは無理だわw

「……!!!」 ←涙流して逃亡


まぁそんな訳でして……虚ちゃんの相手はまさかの会長となりますw
だって……腐った目をしている作者の目では二人の関係が……こうしか見えなかったんだもん! っていうか護を絡ませて妄想してたらこうなったw

第二の男護登場→その護に立花(更敷楯無)がべたぼれ→何かこう……絡みが足りない(いやらしい意味でなく)→誰と絡ませるか?→護の性格上誰かを巻き込むのは不可→なら立花は?→うってつけ(布仏虚)がいるじゃん!!!!

以上です! ←世界で一つだけの学園で、世界で一人だけの男の操者がいった感じに!

それでもよろしければ今後ともお読みいただけると嬉しいです!

次回は文化祭~
護の「○○最強説」がかいま見える!

こうご期待!?

※ 後書き長くて申し訳ない……



ハーメルンにて追記
まぁ確かに一目惚れってあるのかもしれないけど・・・・・・それでもなぁ・・・・・・
と、彼女いない歴=年齢の作者が悔しがりながら言ってみるwww


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文化祭

う~~~~~~長い~~~~~~

 

私は人で出来た列……行列に並びながら、心の中でそう唸っていた。

わかりきっていた事ではある。

今年入学してきた、世界でも珍しい男のIS装者の織斑一夏君。

彼が執事をするなんて話を後輩から聞いてやってきたのだけれど……みんな同じ事を考えていたので、長い行列が出来てしまっている。

もう一時間ほど並んだだろうか。

 

長い~~~~

 

一時間なんて、遊園地では当たり前だし、それに今日はお祭りなのだ。

わがままを言ってみんなの楽しみに水を差すなんて事はしないけど、ただでさえ少ない時間がこうして削られていくのでどうしても焦ってしまう。

 

1、2、3、4……まだ一杯いる

 

人数を数えて、数えるのが面倒になったのでやめた。

それほどまでに織斑君は人気なのだ。

それもわかっていた。

私も織斑君の事はかわいいし、かっこいいと思っていた。

後輩から隠し撮りの写真をもらった位で、他のみんなには内緒で財布の隠しポケットに常時忍ばせるほどなのだ。

だからなおさらこの待つだけの時間が口惜しかった。

そう思いながら私がいらいらしていると……

 

「失礼いたします」

「えっ?」

 

ふわっと……まるで柔らかい風が私の顔のそばで吹いて、そちらの方を向くと、黒いスーツでビシッと決め、真っ黒な髪をオールバックで整えている男性が、手に紙コップを持って立っていた。

先ほど吹いたと思った風は、その紙コップを差し出したときに起こった風なのだと気づく。

差し出されたそれを、私は思わずといった感じに受け取ってしまった。

 

「お待たせして申し訳ありません、お嬢様」

「……え、いえ……別に」

 

嫌味が全くしない程に、恭しく男性が私に頭を下げるので、私はしどろもどろと要領を得ない返事をしてしまう。

そうして頭を上げた男の人を、私はじっくりと観察した。

私よりも身長が高く、その佇まいには落ち着きがあり、目にした人を安心させるような、そんな頼りがいがあるという感じの雰囲気がある。

黒いスーツが見事に決まっており、その柔和な笑顔が、私の心をなだめてくれた。

 

「本日のご来店は、織斑一夏をご指名でよろしいでしょうか?」

「は、はい」

「お待たせして申し訳ありません、なにぶん、大勢のお客様が織斑一夏を指名しておりまして……もう少々お待ち下さい」

「は、はい、わかりました」

「そちらの紅茶は当店からの心ばかりのお詫びの気持です。よろしければ、お飲み下さい。では……失礼いたします」

 

そう言って男の人は再び頭を下げると、他の順番待ちの人の所に行き、同じように紅茶を渡して、お詫びをしていた。

 

あの人って……門国護……さんだったよね?

 

私はたった今紅茶をくれたそのスーツの男の人、門国護の後ろ姿を見つめていた。

織斑君に遅れる事約二ヶ月、自衛隊に所属していた人が偶然ISを動かしたという事がニュースで話題を呼んだ。

何せ世界で二人目の男のIS操者なのだから。

だけどその門国護は、入学早々、ストーカー事件の容疑者となり、私もその記事を信じていた人間だったのだけれど……。

 

……そんな感じがしない?

 

何というか……その仕草には全くいやらしい感情がでていなかった。

私はそれなりに自分のスタイルに自信を持っている。

そうなると街中で歩いていると、男の人の不躾な目線を感じたりするのだけれど、今私を見ていた、さらには他の子に話しかけている門国護さんには全くそう言った物が含まれていなかった。

他の子も私と同じように思っているのか、呆気にとられたように彼の事を見つめていた。

 

ストーカーって噂だったけど……?

 

確かに被害者の山田先生がストーカーじゃないと言っていたけれど……後ろから抱きしめている写真を見ていたせいで、私は信じていなかった……。

 

たった今本人を目にするまでは……

 

 

 

……かっこいい

 

 

 

自衛隊に所属し、数年の実務と経験を持っていて年上である門国さんには、織斑君と違って、まさに大人の魅力という物が備わっていて……。

私はそれとなく、廊下と教室を行き来する門国さんの事を目で追っていた。

 

 

 

 

 

 

時が経つのは速い物で、やってきました文化祭。

一般公開はされてない関係上、派手な……派手すぎる演出はそこまで無いものの、年に一度のお祭りという事、さらに噂のイケメン、織斑一夏の争奪戦も含まれているとあって、なんか学校全体に異様なオーラが漂っていた……。

具体的には……

 

「一組で織斑君が執事になって……ご奉仕してくれる!?」

「燕尾服で……や、やばい位にかっこいいって話よ!?」

「さらにゲームで勝てば写真を撮ってもらえる! ツーショットで!」

「あぁ!? 神様はどうしてこう私に苦難を与えるのよ!!! 何でよりによってこんな大事な日に、店番なのぉぉぉぉぉ!!!???」

 

……という感じである。

まぁそんな訳で我がクラス、一年一組は朝から大盛況であり、上記の事から長い行列が出来るほどであった。

 

「一夏! 七番テーブルがお前を呼んでいるぞ! 速くいけ!」

「おう! これ持って行ったら行くよ、ラウラ」

「一夏! 一番テーブルさんが一夏を指名してるよ! 早く行って!」

「お、おう! わかったシャル!」

「一夏さん! こちらの二番テーブルもですわ!」

「わ、わかった!」

「おい一夏! 五番テーブルから苦情が来たぞ! もたもたしてないでさっさと行け!」

「いや箒? 俺の体は一つなんだけど……」

 

一夏は燕尾服で執事として奉仕。

他の接客は、いつもの織斑ハーレム軍団、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒがなんと……メイドとしてウェイトレスをしていた。

ウェイトレスをするのが意外とは言わないが……篠ノ之箒さんなんかがよくぞメイドのウェイトレスを承諾した物だと思った。

まぁそれでも……一夏が指名されるたびに不機嫌になっているのが目に見えているのだが……。

それだけでなく、この店にくる客全員を一夏が捌いていると言っても過言ではないので……今の彼はまさに修羅場であった。

 

お疲れ様だな……一夏

 

まぁ~アイドルといっても過言じゃない一夏が執事服でご奉仕といったら飛びついてくるに決まっている。

そんな一夏を横目に見つつ、俺はさらに接客をこなしていた。

 

「お待たせいたしました。紅茶とケーキのセット、二つになります」

「は、はい」

「アリガトウゴザイマス」

 

俺は先ほど酔狂な事に、一夏ではなく俺に注文してきた一年(・・)女子のオーダーを運んでいた。

 

なんかカチンコチンに緊張しているが……何故? 片方の子なんて、なんか発音が明らかに変なんだが?

 

まぁそれを言い出したらそもそも何故、俺に注文をしてきたのか不思議に思うのだが。

色々と疑問に思いつつも、俺はそれを態度に出さずに執事としてしっかりと仕事をこなす。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければこちらで入れさせていただきます」

「「は、はい! よろしくお願いします!」」

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

 

綺麗にハモっている二人の女子に驚きつつ、それを表に出さないで俺は紅茶に砂糖とミルクを、静かにカップに入れる。

その間、一心に俺の方を見つめる女子二人。

 

……変なことしたか?

 

何度か任務で、SPのまがい物みたいな事をした際に、こういった事はたたき込まれているので問題はないと思うのだが……。

 

「それでは、失礼いたします。また何かありましたら、何なりとお申し付け下さいませ。お嬢様」

 

そう言って俺は恭しくお辞儀をし、席を離れて裏方へと回った。

 

「何かする事はありますか?」

「あ~! いいところに来てくれました門国さん! 申し訳ないんだけどもう一回外のお客さんにサービスして上げてきて! このままだと暴動が起こりそうで怖い!」

「了解しました」

 

裏に入ってそう指示を出してくれたのは隣の席の田村さんだった。

発案者ということで彼女は店の責任者という立場になっている。

 

「護、お疲れ」

 

紅茶を持って外へ出ようとした俺に、同じく裏に入ってきた一夏がそう声を掛けてきた。

手にはいま下げてきた食器を手にしている。

 

「お前が一番大変だろう一夏?」

「まぁ大変だけどさ。それにしても護、普段と違って女子と普通に接してるな? それに奉仕って言うか仕草も様になっているし……」

「制服を着ているからだろう。仕草がまともなのは執事モドキの任務があって、その時にたたき込まれただけだ」

 

没落したとはいえ、まだ一応貴族のような感覚がある……俺にはないが……ということで、高貴な人を相手にするのはもっぱら俺だった。

その際に粗相のないように、こうして給仕のことをたたき込まれたのだ。

 

「そんな任務もあるのか? っていうか制服?」

「正装というか……自衛隊ならば自衛隊服があるし、飲食店ならウェイターの服装とかがある。そう言った制服を着ていると気持ちが引き締まるからな。女性でも一応普通に接する事が出来る。それに救助活動も行う人間が、怪我人を相手に女性という事で慌てていたらどうしようもないだろう?」

 

自衛隊服、道着、スーツ、作業着等々、そう言った制服を着ているときはそれに気持がシフトするのでそこまで気が動転しない……学生服は除く……のだ。

救助活動も行う人間が、女性とはいえ怪我人に触れられないでは話にならない。

そう言った事あるので、オフでなければ俺はある程度ならばそういった事を抑制できる。

今回もスーツを着ていて執事になりきっているので、あまり気にせずに活動ができた。

 

「ふ~ん。そう言うもんか?」

「そういうものなんだよ。単純だよな我ながら」

「こら~! 油売ってないで仕事して!」

「そんな暇はないよ!」

 

男二人で談笑していると、怒られてしまった。

俺らは慌ててそれぞれの仕事へと戻った。

一夏は店の中の客の奉仕、俺は廊下の一夏待ちのお客様に対する奉仕と……男が二人と会って物珍しいのか、俺ら二人は結構忙しかった。

一通り廊下の客の相手をして、教室へと戻ってくると……。

 

「皆さん! お疲れ様です!」

「あ! ヤマチャン! やっほ~!」

「どうしたんですか? 見回り?」

「はい。見回りついでに自分のクラスのを見に来ました! 調子はどうですか?」

「もう、絶好調!」

「これは一位間違いなしだよ!」

 

山田先生が来たのか?

 

裏で仕事をしていると、店が騒がしくなって、そちらの方に目を向けると、そこには山田先生がいた。

普段通り柔和な顔をしていて、女子に囲まれていた。

相変わらず生徒と仲が……

 

「で、ヤマピー? 本音は……どっち?」

「……っ!? な、何がですか?」

「あ、今一瞬息を呑んだよ! これは何かあるね!」

「はくじょーするんだヤママヤン!」

「え、ちょ、皆さん!」

 

……慕われているようで何よりです

 

生徒に囲まれて……楽しそうにしている山田先生に心の中で合掌した。

そうしていると田村さんが出動し、山田先生に群がっていた女子達を仕事に戻した。

囲まれている間に何かされたのか……山田先生の顔がほんのり赤い。

俺はそんな山田先生に内心苦笑しつつ、ねぎらいの意味も込めて、紅茶を持って向かった。

 

「お疲れ様です、山田先生」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、山田先生」

 

そう言って私に近寄ってきたのは、まごう事なき……先日の衣装合わせで思わず見とれてしまった、スーツ姿の門国さん、その人だった。

 

「か、門国さん!?」

 

しかも先日と違い、今日はワックスか何かで髪型がオールバックになっていて、雰囲気も違うし……すごく……かっこいい。

 

「見回りご苦労様です。よろしければ紅茶を飲んでいかれませんか?」

 

そう言って私に、空いた席を勧めてきてくれる。

本当だったら断って、仕事をしないといけないのだけれど……。

 

「あ、ありがとうございます」

 

いつもと違う雰囲気の門国さんからの申し出を断れず……私は門国さんがわざわざ引いてくれたイスに腰掛けた。

その私の目の前で、門国さんがお茶を注いでくれる。

といっても安物の紅茶でしかないのだけれど……。

 

それでも……いいですけど

 

別にそこまで銘柄にこだわっているわけではないので、私はそんな事を気にせず、門国さんが出してくれた紅茶を口にする。

すると……とてもほっとするというか……心が安らかになる味が口に広がった。

 

「……おいしい」

 

私は思わず、半ば呆然としながらその紅茶を味わった。

朝から仕事で走り回っていたので、今日初めて心からやすらげていた。

 

「それはよかった」

 

そう言ってにっこりと門国さんが笑った。

それが普段とは違って、余りにも自然に……今まで見た事もないようなとびきりの笑顔だったので、私は思わず面食らってしまった。

 

そう言えば……いつもよりも態度が柔らかい?

 

別に普段が硬いと思っているわけじゃない。

ただいつもと違ってすごく普通に接してくれているので驚いてしまった。

 

「何か……いつもと雰囲気が違いませんか?」

「そう思います? 一夏にも言われましたよ」

「一夏君もですか?」

「えぇ。まぁ種明かしをしますと……制服とかそう言った物を着ると気が引き締まるので、女性ともある程度ならば問題なく接する事が出来ます。自衛隊で仕事をしていたときも女性の救助とかありましたからね」

 

あ、そうか

 

門国さんのその言葉に、私は納得した。

こうして学園にいると門国さんがどういった人間か忘れてしまいがちだけど、門国さんはれっきとした自衛官なのだ。

ならば救助活動なんかを行っていても全く不思議じゃない。

確かに自衛隊の軍服なんかを着ていると、嫌でも自分がそう言う立場の人間だという事がわかる。

それと同じ事だと言っていた。

 

……かっこいい

 

だから……なのかな?

普段よりも普通に見えるって言うか……より格好良く見えた。

普段自分が接する年齢の高校生達。

その彼女たちよりも人生を歩んできている……さらには軍隊という厳しい場所で生活してきた門国さん。

それ故の他の子達とは違う、落ち着きとすごく決まっているそのスーツと仕草から、目が離せなかった。

 

ドクン ドクン

 

自然と心臓が高鳴り、頬も上気しているのがわかる。

周りの音も聞こえなくなってきて……本当は文化祭の仕事で忙しいはずの門国さんも、何故か私にいろいろとしてくれて……すごく嬉しかった。

けど……

 

すでに婚約者が……いるんですよね

 

更敷楯無さん。

この学園の生徒会長で、裏の名家の一つ。

元裏の名家であった門国さんとは旧知の仲。

更識さんは門国さんに甘えて、門国さんが普通の態度で接する事の出来る唯一の女の子。

 

……勝ち目なんて無いですよ

 

思わず溜息を吐いてしまう。

そんな私を……。

 

「……どうしました山田先生?」

 

執事口調とは違った、普段通りの門国さんの声音。

執事としてでなく、門国護として、門国さんが心配してくれた。

その優しさが嬉しくて……苦しくて、私は思わずいってしまった。

 

「こ、婚約者」

「?」

「こ、婚約者って言う話は本当なんですか?」

 

自らを苦しめるとわかっても……私は聞かずにはいられなかった。

これでもし……本当だと……肯定されてしまったら……。

そう思うと怖いけれど、それでも私は聞きたかった。

 

 

 

負けたくないから……

 

 

 

「あ~本当に職員室にも出回ってるんですね。そのデマ」

「……え?」

 

デマ?

 

「もう完璧に完全に誤解を解くタイミングを逃してしまったので放置しているのですが、その話はデマ……とは言い切れないですが、嘘です」

「……言い切れないってどういう事ですか?」

「確かにそう言った話を互いの父親が言った事は事実ですが、飲み会の席での冗談に近い話で、しかも私の父親が死んだので事実上なかったことになっているんです」

「ほ、本当ですか?」

「嘘を言ってどうするんですか」

 

苦笑しながら門国さんがそう笑ってくれて……。

私は自分の頬が赤くなって……喜色満面の笑みになってしまった。

思わず飛び上がりそうになってしまう。

 

「……山田先生。そろそろお仕事の戻られた方が?」

「あっ!? そ、そうですね!!!」

 

でも私は先生で今はまだ仕事中。

少しとはいえ休憩できたけれど……出来ればもっとこうしていたかった。

 

けど私は先生ですからね

 

本当に、すごく残念で仕方がなかったけど、私は門国さんに退室の旨を伝えて席を立つ。

それに一番知りたかった……本当に嬉しい事がわかったのだからこれ以上望むのは贅沢だと思う。

だから私は急いで席を立った。

いや正確には立とうとした。

 

ガタッ

 

「きゃっ」

 

少々慌てていた事もあってか、私はイスに躓いて思わずバランスを崩してしまう。

そんな私を……。

 

ボフッ

 

「大丈夫ですか? お嬢様」

 

執事になりきった……もはや執事その物と行ってもいいほどの自然体で、門国さんが私の事を受け止めてくれた。

普段なら、赤面していそうなほどの密着なのに、門国さんは編然としていて……。

それに対して私は門国さんの胸に顔を埋めてしまっているような状態なので……顔どころか体全体が熱くなってしまっていた。

そしてその慌てた私を、全くの自然体で門国さんが立たせてくれて……。

普段なら大あわてになっているはずの門国さんが、こうして私の事を普通に支えてくれる事に……顔が真っ赤になったのがわかる。

そしてそのまま思わず私は上を見てしまう。

 

「? どうしました?」

「あ……ぅ……」

 

見上げた先には、凛々しいと行ってもいいほどの表情をして、私を心配そうに見つめている門国さんがいて……。

思わず普段見えないその門国さんの顔をみつめてしまう。

そうしていると……。

 

「はい、そこまで」

 

その声と供に、私の顔と門国さんを隔てるように、私の視界に紙のような物が差し込まれた。

近すぎてピントが合わなくてよく見えないけど、シルエットで何かがわかった。

扇状に広がった扇子だ。

 

「山田先生。急ぎすぎても危ないですし、ゆっくりと立ち上がってお仕事に戻って下さいね?」

「は、はい」

 

そう言って、不気味なほど綺麗な笑顔で、私が立つのを手伝ってくれたのは……生地会長の更識楯無さんだった。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」

「ならよかった」

「……更識」

「何? お兄ちゃん?」

「なんだその格好は?」

 

突然闖入してきたのはこの際どうでもいい。

更識のことを考えれば闖入潜入侵入乱入……そんな事など容易だろう。

だが……

 

何故ウチのクラスのメイド服を着用しているんだ?

 

それが不思議でならない。

いやまぁそれも言ってしまえば「更識だから……」で片付いてしまうのだが……。

 

「失礼な事考えてない?」

「いや。そんな事は考えていないぞ」

「ふ~ん」

 

俺に詰め寄ってくる更識に呆れながら俺はさらっと更識の姿を見てみる。

まぁ顔立ちは間違いなく美人の部類なので似合っている事は似合っている。

だが、この不遜というか……自身たっぷりなメイドはいないような気がしないでもない。

 

「それよりも山田先生。そろそろ見回りに戻らないといけないんじゃないですか?」

 

俺との会話をさっさと切り上げて、更識がまるで急かすように山田先生にそう言う。

普段ならば余りにも急かすようなその言葉に、少し言葉を挟む俺だったが……冷静に分析したい事もあったので、俺は何も言わなかった。

 

それに助かったのも事実だしな……

 

いくら制服を着て……鎧をまとっている……とはいえ、それでも限界がある。

実際、あと少しでも更識の介入が遅かったら、下手をすれば突き飛ばしてしまっていたかもしれない。

 

 

 

女性に……ふれるのが怖くて……

 

 

 

「あ、そ、そうですね」

 

それを聞いて山田先生も慌てた様子で……恥ずかしさも合ったのだろうが……俺から大急ぎで離れて教室から出て行ってしまった。

出て行ったときの山田先生の顔が真っ赤だったのは俺の見間違いではないだろう。

 

そして……その顔が喜びに満ちあふれていたのも……。

 

………………そう言う事なの……か?

 

先ほどの質問、その時の山田先生の気の沈み方、そしてそれを答えた時の山田先生の反応。

そして俺に向けてきたその表情が、どうしても今の自分の考えが妥当だと……思えてしまう。

 

「? どうしたのお兄ちゃん? 黙って」

「いや……ちょっと考え事をな……」

「…………それは私の格好のことを言う前に考える事なの?」

「ん?」

 

先ほど更識の格好に関しては言ったはずなのだが……そう言う事ではないのだろうか?

 

そう思って改めてみてみると、更識の来ているメイド服は確かにクラスの物だったが、所々が違っていた。

ベースは間違いなくクラスのメイド服だが……所々に更識なりのアクセントを加えたようでクラスのメイド服を着たものよりもさらに更識に似合っていた。

そのアクセントも多少しかないはずなのにまるで『メイド服に似せた別の服』と思えてしまう。

まぁ更識という素材が言い女の子が着ているのが大きいのだろうが。

 

「うまい具合にメイド服を改造したな。しかも不自然さが無い」

「……わざと言ってる?」

 

………………あぁそう言う事か

 

確かに失念していた。

メイド服で登場したというのに驚き、さらに自意識過剰とも取れる推理を行っていたので、すっかり忘れていた。

俺は一度咳払いをして再度更識へと目を向ける。

 

「よく似合ってるぞ」

「うふ♪ そうかな?」

「あぁ。あんまりメイドって感じがしないな」

「褒めてるの?」

「お前らしいと言ってるんだ」

 

この言葉に嘘はなかった。

生来の性格から言って更識がメイドというのは余りにも似合わない。

生徒会長という役柄状もあるだろうが、こいつは自ら動くないし、人を引っ張っていくタイプの人間だ。

偏見かもしれないが、人からの命令を受けて働くメイドというのは、更識には似合わない。

 

「でも……私」

「ん?」

「お兄ちゃんのメイドさんにならなってもいいかな?♪」

「……また冗談を」

「む~。本気で言ってるのに」

 

冗談にしか聞こえず、さらにうすら怖い事を言う更識に俺は苦笑を禁じ得なかった。

こいつがメイドになろうものなら、何もかも振り回されそうな気がしてならない……。

いつの間にか主従の立場が逆転していそうだ……。

 

そんな状況はごめんだ……

 

そしてそんな状況でもなんだかんだで許容してしまいそうな自分がいた……。

 

「それで、何を考えていたの?」

「…………普通聞くか?」

「だって、小難しそうに考えてたんだもん。悩み事?」

「…………いや」

 

この考えを悩み事、というのは失礼に値する事はわかっていた。

だがそれでも、俺にはどうしたらいいかわからなかった。

 

 

 

女性という物が、どういった存在なのか……わからないから……

 

 

 

だからだろうか……普段ならば絶対に相談しそうにない事を、更識に言ってしまったのは。

 

「……山田先生のあの仕草は……。その自意識過剰かもしれないが……俺の事を特別な目で見ていると思っても……いいのだろうか?」

「…………」

 

そうとしか思えない……とまでは言わないが……確信に近い気がした。

婚約者の事を確認してきたときのあの悲しそうな表情も、それがデマだと知ったときのあの嬉しそうな表情。

それもただ嬉しそうと言うだけでなく、とびきりの笑顔で……

 

そして……

 

腕の中で真っ赤になったけど、隠しているつもりだったのかもしれないが……喜んでいた。

普段というか山田先生の性格上、男性の腕の中に入ってしまったら慌てて離れていきそうな物……実際、以前に階段で転げ落ちそうになった山田先生を救助して、驚いてから冷静に戻った山田先生は大あわてで俺から離れた……だが。

 

それをいうなら俺も突き飛ばしそうになるのを必死にこらえていたんだがな……

 

まぁその後大あわてで離れてしまった反動で、滑って転びそうになったが……。

 

「これを聞くのはなんかもしれないが……どうおも――ってなんだその表情は?」

「……別に」

 

一人であ~でもないこ~でもないと考えて更識の方を見てみると……なんかものすごく憮然とした表情をしている更識がいた。

 

「……私のは気づかないのに」

「? 何か言ったか?」

「何でもないよ」

 

? 何なんだ?

 

「ところでお兄ちゃん。お願いがあるんだけど……いいよね?」

 

その言葉は疑問系で合ったにも関わらず、凄まじいほどの威圧感を伴っており……更識の願いを聞き入れる事しかできないと思ってしまうほどに……強制力の籠もった言葉だった。

 

「……なんだ?」

 

だから俺は、更識の言葉に逆らわずに更識の指示を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

はぁ~。嫌になっちゃうなぁもう

 

私のお願いを聞いて、お兄ちゃんが私の指示に従って、移動を開始した。

その間のお兄ちゃんのお仕事は私が受け持つのだけれど……表では笑顔を振る舞いつつ、私は心の中で溜め息を吐いていた。

 

ある程度はわかってたし、おじさまの話で少しは事情もわかったけど……こうも予想通りになるなんてね

 

さっきのお兄ちゃんの発言を思い出し、私は心の底から溜め息を吐いた。

お兄ちゃんは確かに女心をそこまで理解している訳じゃないし、女の子の事をあまりわかっていないけどもバカじゃない。

あそこまで露骨な行為を向けられて気づかないほど、鈍感でもない。

まぁその好きという行為がどれほど純粋かにもよるかもしれないけども。

 

好意(・・)は気づく……ねぇ

 

思わず私は苦笑してしまう。

それをうっかり表に出してしまって、私が接客していた子達が?マークを浮かべてしまうけど、私は何でもないといってその子達の元を離れた。

突然の出入りでクラスの子達が驚いていたけど、それでも人手不足から歓迎されていた。そうして仕事をしつつ、お兄ちゃんの困った欠点について考えてる。

 

 

 

あいつは……愛情というのを知らないんだ

 

 

 

あの日のおじさんの言葉。

確かにその言葉とお兄ちゃんの生い立ちを鑑みればわからないでもなかった。

父親は早くに死んでしまい、母親は病弱でろくに子育てが出来ない。

お兄ちゃんの子育てをしたのは母親……おじさんの妹であるおばさまの付き人がしたのだけれど、その人はあくまでも武皇家の従者だったという事……。

 

 

 

そして従者という以上に……おばさまのことを愛していた人間だった……

 

 

 

そう考えると……お兄ちゃんも不憫だね……

 

愛を知らぬが故に、それに気づかない、気づけない……。

そんな欠点を抱えて出来てしまった一人の青年。

 

 

 

だから私の愛情には気づかない……

 

 

 

ものすごく複雑な気分だったけど……私のこの気持ちが「恋」ではなく「愛」だとわかって、私は不謹慎というか……複雑ながらも嬉しかった。

 

さて……お兄ちゃんも配置についたみたいだし、私もそろそろ行動しようかな

 

配置についたというメールが来たので、私も行動を……織斑君を拉致する。

 

「お・り・む・ら・く~ん!」

 

 

 

 



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演劇

生徒会出し物

場所 第四アリーナ

観客参加型演劇

演目「シンデレラ」

 

「という訳なの」

「何がというわけなの、ですかぁ!」

 

目の前でそう言ってくる先輩……更識先輩に俺は抗議の悲鳴を上げる。

が、すでにこの第四アリーナ更衣室で、ISスーツではなく舞台の衣装である、童話の王子様が着ているような服装に着替えさせられた時点で無駄なあがきでしかない。

普段なら止めてくれるみんなも、何故かドレスが着れるという言葉につられて別の更衣室で着替え中である。

 

なんでいつもこんな……

 

「ま~ま~。そういきり立たないで。とりあえずはいこれ」

「……なんですかこれ」

「何って……王冠?」

「そんなの見ればわかりますよ! っていうか最後疑問系でしたけど王冠ですよね!?」

「うん多分」

 

たぶんって何!?

 

そう叫びたかったけど、叫んだところで意味はないので俺は仕方なくそれを受け取った。

 

「嬉しそうじゃないわね。シンデレラの方が良かった?」

「いやですよ!」

 

この人は……全く……。

 

「さて、そろそろ始まるから舞台袖に移動してね」

 

笑顔でそう言いながら、俺の背中をぐいぐいと押してくる。

しかしこのまま舞台に出ても何をしていいのかわからないので俺は必死に抵抗する。

 

「ちょ、ちょっと! 脚本とか台本とか何も知らないんですけど!?」

「大丈夫大丈夫。基本的にこっちからナレーションでアナウンスするから。その通りにお話進めてね。あ、台詞はアドリブでよろしく♪」

 

笑顔でそう言われ、もう溜息しか出てこない。

まぁ取って食われる訳じゃないだろうから、そういう意味では安心しているのだが……。

 

……喰われないよね?

 

だが完璧に安心できないのが……会長らしいと言えば会長らしかった。

 

「失礼なこと考えているでしょ?」

「そんなこと無いですよ!」

 

正確に心を読まれて、慌てて否定するが……信じてもらえたかどうか。

 

「はい! とりあえず行ってみよう!」

「……はい」

 

もはや逆らってもどうしようもないので……俺は素直にうなずいて……舞台裏へと移動した。

 

 

 

……始まったか

 

俺は携帯端末に送られてくる、一夏が出ている舞台……生徒会主催、「灰被り姫(シンデレラ)」……という名の一夏争奪合戦を見ていた。

 

えげつないな……って飛刀とかスナイパーライフル使うとか容赦ないな……

 

一夏を追い詰めるために、参加した女子達が使用する武器を見て……俺は同情と供に、乙女の本気というか……恐ろしい執念を見て驚きしか出てこない。

 

 

 

絶句といっても……いいかもしれない……

 

 

 

敵が行動を起こしやすくするために、生徒会、というか更識が立案したこの企画。

それは一夏と同じ部屋……正しく言えば俺もいるが……その部屋に入居できるという餌を使用しての劇だった。

景品が景品だからか、参加する乙女達が後を絶たず、さらに武装もある程度は許可されているので、もう……なかば戦場と化している。

さらにこの演劇には仕掛けがあり、一夏に関する問題も同時に解決するためでもあるらしい。

一石二鳥の作戦と言うことだ。

 

やることにそつがないな……。いや抜け目がないというべきか……

 

俺は更識の指示で、敵が使用すると思われる逃走ルートに先回りして、こうして待機していた。

状況を知るために、こうして端末でリアルタイムの映像を眺めているのだが……。

 

……悲惨すぎる

 

ちょうど今、一夏が王冠を一夏軍団の一員、金髪ボーイッシュことシャルロットさんに渡そうとしたら体中に電撃を流されて全身を痺れさせていた。

しかも結構な出力なのか、衣服が所々焦げている……。

ちなみに、一夏と同じ部屋になるためには、一夏が今頭に乗せている王冠をゲットしなければならない。

 

……本当に取られないんだろうな?

 

一夏の部屋に女子が流れ込んでくると言うことは……俺もその部屋で生活しているわけで……。

更識は絶対に取られないように細工をしているし、また最悪自分が入手すると豪語していたが……こう数が多いと不安になってくる。

もしくは俺がどこかの部屋に追い出されるのかもしれない。

 

その場合は……可能であれば一人部屋がいいが……。というか一夏すごいな……

 

相当の数の女子が参加していて、しかもその女子は全員IS学園で軍事訓練も行っている人間で……当然全員それなりの身体能力を有している。

であるにも関わらず、一夏は今のところ掴まる様子がない。

一夏本人も訓練を受けていて、さらに男であるということを考慮に入れてもなかなかのハイスペックだった。

とそうしていると再び一夏軍団の一員の二人が、一夏へと文字通りそのままの意味で攻撃(アタック)を仕掛けている。

片方は銀髪ちびっ子のラウラ。

タクティカルナイフを両手に装備して、一夏へと攻撃を仕掛ける。

だが一夏も早々簡単にはやられず、さすが剣道をしていただけ合って間合いのはかり方はなかなかのもので、そう簡単には負けそうにない。

だが、その剣道で腕を確実に上回っている存在が……一夏へと襲いかかる。

中学剣道全国大会覇者……撫子ポニーの篠ノ之箒……。

得物はもちろん日本刀。

何というか、ドレスに刀とか……何を狙っているのかと言いたい気分だ。

そう思っていると、撫子ポニーは一夏へと斬りかかって……。

 

……いや本気で斬りにいってないか?

 

凄まじい勢いで振り下ろされる刀。

もはや一夏を殺しにかかっているのではないかと思わず本気でそう思ってしまうほどの斬撃だった。

辛くも避けた一夏はさらに逃げ回る……。

 

 

 

何というか……軽いなぁ……

 

 

 

刀の扱いが……。

 

 

 

そしてここで、ついに敵が動いた。

 

 

 

……ん? この顔は

 

俺は一夏を連れ去っていくドレスを着ていない女の顔に、見覚えがあった。

 

……以前の襲撃の時に俺が捕らえ損ねた女か

 

その顔は以前クラス対抗で一夏の事を撮影しようとしていた敵と同じ顔だった。

どうやら今回動いたのもまた同じ組織のようだった。

すでに面が割れている人間を再び送り込んでくると言うのは……正直予想外だった。

 

いや逆にか?

 

すでに顔がわかっている相手だから逆に行動を起こした時に発見しやすいからあえて懐に飛び込ませたのか? もしくは純粋に見逃したのか? それとも……

 

改竄されたか?

 

データを改竄されて、警告などが出ないようにされたのか。

様々な憶測が俺の脳裏をよぎるが……今は詮無きことだった。

 

『お兄ちゃん』

「更識か?」

 

そうして俺が考え事をしていると、通信が来る。

俺は直ぐに思考を切り替えてその通信へと反応する。

 

『うんそうだよ。わかっていると思うけど敵が行動を開始したから準備をお願い』

「了解した……。待機からいつでも出撃が出来――」

 

出来るようにしておく。

そう返そうとした俺の背筋に……悪寒が走った。

その瞬間には俺はすでに回避行動を行っていた。

 

ピュン!

 

大気の灼ける音が俺の耳に届き……手にしていた通信をかねていた携帯端末を貫き……それをスクラップへと変化させる。

だがそれに気を取られているわけにも行かない。

俺はすぐさま俺の専属IS、ラファール・リヴァイブである守鉄を展開し、辺りを見渡す。

 

……目に見える範囲ではいないか

 

守鉄のセンサーをフル稼働させるが、少なくとも至近距離には敵の存在は発見されなかった。

だが相手はだれかわかりきっていた……。

一夏と今いるであろう人物……前回もあの女が俺に掴まりそうになったときに俺へと向けて発射されたレーザー兵器。

今回俺を狙った攻撃もレーザー兵器だった。

 

それに何より容赦なく急所を……殺しに来た攻撃……

 

となると自ずと答えはわかる。

 

……この間俺を攻撃した。狙撃のISか

 

そして程なくして……その答えが出た。

 

スゥ

 

電子迷彩を解除し、敵の機体が顕わとなった……。

濃い群青の機体色が目を引く。

バイザータイプというか……顔も完全に隠れるタイプなのでその下に隠れた表情をうかがい知ることは出来ない。

 

見た目が完全にブルーティアーズだな……

 

完全に一致しているわけではないが、類似点が非常に多い。

手にした武装も。

その特殊な武器とも言える、ビットも。

仮に金髪ロングの娘のISの姉妹機ないし後継機だとしたら、金髪ロング娘のISのデータを使用している可能性が非常に高いので、より改良されている可能性があり、それは見た目に顕著に表れていた。

 

……強奪でもされたのか?

 

ニュースなどでイギリスから専用機ないし第三世代機が強奪されたというのは報道されていないが……。

といっても国家機密レベルの物体を強奪されてそれを馬鹿正直に報道するような国はないだろうが。

俺は静かに両手を前に突き出して構えながら思案していると……相手が笑った。

 

ニタァ

 

と実にいやらしく。

その瞬間に背筋に悪寒が走る……。

そして再び空気の灼ける音を耳が捉える。

それを感じたときにはすでに俺は動いていた。

 

ピュン

 

ついさっきまで俺がいたその場所に、熱線が走った。

その方向へと意識を向けると、発射の熱で電磁迷彩が歪んでいた、砲台……ビットの姿があった。

しかし敵の体にはビットは四機装備されたままだ。

となると俺と接触する前に機体から切り離していたと言うことなのか……。

奇襲が通じないと見たのか、敵がビットを己の機体に呼び戻す。

 

……数は、六か

 

これだけで確実にブルーティアーズよりも高性能であることがはっきりとわかる。

そして、眼前の敵の雰囲気から、生半可な相手ではないということは十二分伝わってきている。

 

ガチャン

 

ビットを装着し、長大なライフルを構える敵。

俺はそれを確認して再度構えを取った。

 

 

 

 

 

 

!? 通信が!?

 

外で待機してもらっているお兄ちゃんとの通信が途絶えた。

ブツッと、千切れるように通信が途絶えたことから、お兄ちゃんに不意の事態が起こったと見て間違いない。

 

……一体何が?

 

今すぐ救援に駆けつけたい……。

だけどそれをすることは絶対に出来なくて……。

今こうして思案しながらも、私は織斑君がいる場所……更衣室へと向かっている。

どんな状況になっているのかは、すでに設置したカメラとマイクで確認済みだ。

 

ISの強制解除? また厄介な物を……

 

コアネットワークがあるため、そこまで効率のいい物であるとは思わない。

だけど何でも最初にそれをするというのはそれ相応に効果的なのだ。

初めて実現と、二番目に実現では、雲泥の差がある。

それにコアネットワークといっても万能じゃない。

強制解除を行ったISと全く接点のないISにそれを使用すればいいだけの話だ。

もしくはIS自身が対策を行ってコアネットワークにそれを報告する前に使用してもいい。

いずれにしても織斑君のISが奪われてしまった以上、優先度は確実に織斑君の方が上だ。

 

……信じてるよ。お兄ちゃん

 

信じている。

その都合がいいとも取れるその言葉で、自分にとって大切な人のことを見捨てなくてはならない己の未熟さが、歯がゆかった。

 

 

 

 

 

……始まったか

 

私は職員室で秘密裏に、それが始まったことを空気で感じ取った。

少し距離が離れるが、明らかに今の学園祭によるお祭りムードとは一転した、鋭く張り詰めた糸のような物を感じたのだ。

そしてそのすぐ後に、手元の携帯端末が鳴り響く。

 

『織斑先生! 今――』

「わかっている。教職員各員は第二種警戒態勢。ISを直ぐにでも発動できるようにセッティングしておき、生徒の護衛と、可能ならば敵の補足、捕縛を行うように指示を出す。……山田君は裏口に向かってくれ」

『裏口……ですか?』

 

会議で決まった持ち場と違う場所を指示されて、山田先生が戸惑いながら返事をする。

説明する時間も惜しかったので、山田先生には申し訳なかったが、簡潔に説明した。

 

「あのバカが向かった先だ。見に行ってくれ」

『!? わかりました!』

 

直ぐに通話を切ると、私は矢継ぎ早に指示を出す。

弟のことを心配したが……更識が動くことはすでに決まっていたので心配はしていなかった。

 

……いや心配ではあるか

 

実に手のかかる弟である。

だが、それでも……。

 

私にとっては大切な……

 

家族だった。

 

 

 

 

 

 

……所詮この程度か?

 

私は眼前で戦う相手……ラファール・リヴァイブを身に纏った男の動きを見て、そう結論づけた。

殺気をほぼ完全に消した私の射撃を三度も避けた。

とくについさっきの射撃……姿を表してからのビットによる攻撃はほぼ完璧だった。

だがそれを完全に察知して避けた。

三度も続けばもはや偶然と言うことはあり得ない。

今も私の攻撃……ビットと私自身が持つライフル、スターブレイカーでの同時攻撃を、空中に浮いての二次元軌道という……あまり意味のない軌道で完璧に躱していた。

無論私も本気を出しているわけではない。

だがそれでもこの男の二次元軌道は異常だった……。

だが攻撃してこない以上、私が負けるはずもなかった。

 

ねえさんが突破出来なかったというのは本当みたいだが……それだけだな……

 

世界大会を制覇した織斑千冬が自衛隊での格闘訓練で、ただ一人勝利出来なかった男。

確かにそれなりの力を持っているようだが……。

本当にそれだけだ。

ならさっさと終わらせてしまおう。

 

姉さんの顔に泥を塗ったことを……地獄で悔いるがいい!

 

スターブレイカーの出力を最大にし、構えようとしたそのときだった。

 

「……埒が明かないか」

 

ぼそりとそう呟いて、相手が動きを止めたのだ。

ビットの絶え間ない攻撃の僅かな間隙に。

その事に驚いて私は一瞬だけ油断した。

 

そう一瞬だ。

 

一秒にも満たない僅かなその時間をもって……

 

相手が変わった。

 

 

 

 

 

 

ドンッ

 

「なっ!?」

 

敵の不快な蜘蛛型のISを吹き飛ばして、私はゆっくりと更衣室へと降り立った。

蜘蛛の足を背中からはやしている、敵のIS。

はっきり言って醜悪とも取れる姿だった。

 

まぁ機能性というか、機能面で見れば有能だけどね

 

腕もあるので同時に十の攻撃を行うことが出来る。

しかも脚にはそれぞれに砲門が装備されている。

その十の攻撃を、私は徐々に下がりつつ捌いていた。

自身のIS、『ミステリアス・レイディ』のランスと水のマントで防いでいる。

だけどそれをみて、私はまだまだお兄ちゃんの力量に至っていないことが自分でよくわかった。

 

お兄ちゃんならきっと……両手だけで捌いてる……

 

防御すること限定で考えれば、間違いなくお兄ちゃんはあの若さではトップクラスの腕前を有している。

だから大丈夫だって信じたいんだけど……。

 

心配だよね……

 

「どうした!? 押される一方で!? IS学園の長とか言っておきながらその程度か!?」

 

私が自分の未熟さと、お兄ちゃんのことを考えていると、突っ込んできているだけの敵が、やかましくも私にそう挑発してくる。

その表情は、余りにも醜悪な醜い笑みが刻まれていて……。

腕前はそこそこ。

しかもISも多機能というか様々な機能を有しているし、機動性もある。

優秀なのだけど……

 

私好みじゃないわね

 

「更識さん!」

 

織斑君が心配して私に声を掛けてくる。

そんな織斑君に向かって、私は振り向いて笑顔を向けた。

 

「大丈夫よ織斑君」

「よそ見かよ!!!!」

 

敵が脚の半分を格闘に回して猛攻を仕掛けてくる。

私はそれを冷静に捌く。

 

「織斑君は休んでて。ここはおねーさんにまかせて。知っている? この学園の生徒会長というのは最強の称号だということを」

 

後半の言葉は相手にも意識して聞かせた。

だけど相手はそれを一蹴して、さらに突っ込んでくる。

その仕草は本当に呆れるくらいに……。

 

「戦闘中に考え事とは余裕だなぁ!?」

「私はあなたと違って常に思考しているの。猪突猛進なお馬鹿さんと違ってね」

「誰がバカだって!?」

「違って? 猪さん? 何せこの部屋の暑さにも気づかないんだもの」

「暑さ? 何言って……!?」

 

私の言葉で、相手はようやくこの状況に気づいたようだった。

 

部屋一面に漂う、霧に。

 

半ば呆然とする相手に、私はそれとなく生身の織斑君を背後に隠しつつ、距離を取った。

 

「その顔が見たかったの。己の失策を知った、その顔をね」

「て、てめぇ」

「ミステリアス・レイディ……『霧纏の淑女』を意味するこの機体は、水を自在に操るの。エネルギーを伝達するナノマシンによってね」

「し、しまっ!?」

 

パチン

 

私が指を鳴らすと、敵の体が爆発に飲み込まれる。

ISから伝達されたエネルギーを霧に構成するナノマシンが一斉に熱に転換し、対象物を爆破する能力『清き熱情(クリア・パッション)』。

限定空間でしか効果は望めないけど、全ての行動と同時に使用できるこの技は、非常に有効な武器の一つだった。

背後の織斑君が無事であることを確認しつつ、私はさらに言葉を続けた。

 

「ただ攻めることしかしないような人には熱かったかしら? でもこの程度ではまだ生ぬるいわよ?」

「さ、更識……さん」

 

背後の織斑君の声が震えている。

怒気を発している私の雰囲気に気圧されたのかもしれない。

だけど今の私にそれはどうでも良かった。

以前の襲撃で、お兄ちゃんを危ない目に遭わせ、あげく今回もお兄ちゃんを苦しめようとしている相手を、そう簡単に許すつもりはなかった。

 

「二度と織斑君やお兄ちゃんに手を出すことを考えないようにして上げるわ」

 

威圧を込めて、私はそう口にした。

 

 

 

この時、私は少なくとも冷静ではなかった。

お兄ちゃんと織斑君の安全を確保しようと、ある程度痛めつけることを選んでしまったのだ。

痛めつけると行っても殺すつもりはないし、あまりひどいことをするつもりはない。

だけど、それでも少しは痛めつけないと意味がなさそうだったから……。

二人の安全を確保し……これ以上お兄ちゃんに傷を造らせないために。

だけどこの選択のせいで……さっさとこの時織斑君のISを回収しておくべきだったと……私は後に非常に後悔することになってしまう……。

 

 

 

その威圧におそれをなしたのか、相手が装甲の一部を引きちぎって放り投げて爆破して、撤退した。

 

織斑君の『白式』のISコアを持ったまま。

 

「!? 待ちやがれ!!!!」

「はいストップ」

 

無謀にも、敵が逃げたことに気づいた織斑君が敵を追いかけようとしたので、私は忍ばせておいて扇子を取り出してそれで織斑君の進路を塞いだ。

 

「!? 更識さん!!!!」

「行ってどうするの? ISもなしでISの相手をするつもり?」

「!? だけど!!!!」

「少し落ち着いて。よく考えて? 私たちには何がいるかしら?」

「? 何って……」

「うふふ。答えは簡単よ」

 

突然の事と、自分のISを奪われてしまった事から焦っている織斑君は直ぐに答えることは出来なかった。

そんな織斑君に微笑しつつ、私は答えを行った(・・・)

 

パンッ!

 

小気味いい音を立てながら、自慢の扇子を開く。

その扇には『仲間』と描かれている。

 

「仲間がいるでしょ♪」

 

 

 

「ったく。なんなんだ!?」

 

私は辛うじて逃げ出すことが出来たことに安堵し、そして安堵してしまった自身に腹を立てて、怒鳴っていた。

完全に敗北してしまった。

敵の裏の手を読むことも出来ず、いいようにあしらわれてしまった。

あんなくそ学園にいるくそガキに……。

だが試合には負けたが勝負には勝ったのだ。

 

……世界でも珍しい男のIS専用機を……手に入れたのだ

 

とりあえず目的を達したことで何とか溜飲を下げた。

 

「ようやくガキくせえ空間から抜け出せた」

 

私はクソガキの巣窟といえたIS学園から脱出して胸の内に溜まっていた鬱憤が、少しでも消えるように、言葉を吐き捨てた。

兵器であるISをファッション感覚で遊んでいる、あの空間は私から言わせれば腐っていた。

可能ならば今すぐにでも核ミサイルをぶっ放したいくらいだ。

だがとりあえず任務は達した。

くそうざいことに生徒会長のくされガキから逃げるときに、アラクネを一部切り離しての自爆で逃げ出したために、手負いだが……。

 

まぁいい。目的の品は手には入った

 

手に持つそれを、見る。

世界でも希少な、男のIS操者、織斑一夏の専用機を。

 

逃げるときのあのくそガキの絶望に染まった顔。思い出しただけでもゾクゾクす――

 

その時、アラクネのセンサーが、私を追撃している機影を捉えた。

すぐに意識を変えるとその相手を視認する。

 

データ照合……ラファール・リヴァイブ。だが機体色が……

 

機体色が違う。

そこまで考えて一つの事実に行き当たる。

学園を監視している時に見た、もう一人の男が駆る、漆黒のラファール・リヴァイブ。

負ってくる敵機と同じカラーリングと機体。

そして顔を見ると、そこには以前私を追いつめようとした顔があった……。

 

もう一人の男のIS操縦者、門国護!!!!

 

足止めに失敗したのか?

 

手筈ではあのいけ好かない奴が、こいつを足止めするはずだが……。

だが特に連絡もない。

足止めすらもしなかったのだろうか? と考えたその時すぐにそれを見つけた。

 

肩の装甲と足の装甲が一部破損し、さらには所々、機体にダメージを負っている。

さらに一部の装甲が赤く染まっている。

多くはないが、決して少なくない量の出血をしている。

 

恨みある男。

現在、世界に二人しかいない男のIS操縦者。

手負い。

さらに私の手元には剥離機(リムーバー)が存在している。

互いに手負いだが、ISだけでなくさらに体も負傷している相手の方が、より深いダメージを負っている。

それに何より……専守防衛というぬるいことをいうような組織の傀儡になんぞに……

 

「負けるわけがないよなぁ!」

 

挑発気味に、私は前に進みながら後ろ向きに振り返り、アラクネの武装を展開した。

いや正確にはしようとした。

だが私は出来なかった。

何故か?

振り返ったその後ろ……目と鼻の先に近接ブレードを振りかぶった敵の姿が目に写ったからだ。

 

「なっ!?」

「ずぁっ!」

 

確かに一瞬前まで私の遙か後方にいた敵が、私の真後ろに移動していたその事実に、一瞬体が硬直しそうになる。

だがそれでも敵がその総身から凄まじい殺気を噴出させながらブレードを振り下ろしてきたので、体が反射的に動いていた。

辛くもそれを横に軌道を変更することで避ける。

 

なんだ今のは!?

 

余りにもあり得ない先ほどの状況に私は内心で驚愕していた。

確かに私が振り返る一瞬前までは敵は私の少し後ろにいたのだ。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用すれば確かに真後ろにはこれただろう。

だがそれにしてもそんな気配を全く見せなかったのだ。

気づいたら後ろにいた。

そんな感じだった。

まるで私の真後ろに、瞬間移動したかのように……。

 

「おぉぉぉ!」

 

敵の怒声が私の鼓膜を振るわせる。

それに意識を取り戻して再度敵へと目を向けた。

そしてその瞬間には敵は私の上で剣を振り下ろした後だった……。

 

「ひっ!?」

 

それも何とか避けた。

瞬間移動と見紛うほどの速度で接近し、さらにはその身から放たれる気配が尋常じゃなかったために、私の口から悲鳴にも似た何かがあふれ出てしまった。

それを聞いた瞬間に、私は自身に憤った。

 

男に恐れを抱くだと!?

 

「ふざけるな!!!!」

 

私はアラクネの脚の武器を展開し、敵へと向けて一斉に砲門を発射した。

だがそれにすらも構わず……砲門の中突進してきて……。

訓練で見たその動きとは余りにもかけ離れたその行動……。

一切の防御を行わず、さらには頑なに行おうとしていなかった三次元軌道を行っている事……それは驚くには十分だった。

そしてその驚きが今度こそ致命的な隙を生じさせた。

 

ブォン!

 

振り抜かれる、敵のブレード。

そして振り抜かれたことによって、私のアラクネの手が、手首から先が斬られてしまった。

 

 

 

持っていたISのコアと一緒に、宙を飛んだ……

 

 

 

「しまっ!?」

 

気づいたときには遅かった。

敵はブレードを投げ捨ててそのコアを……『白式』のコアを大事そうに宙で掴み取った。

それに一瞬気を取られた私だったが、しかしまだチャンスはあった。

何せ敵は今体勢を崩している。

さらには腕を破壊されたとはいえ……。

 

こっちにはまだまだ剥離剤(リムーバー)があるんだからな!

 

直ぐに剥離剤(リムーバー)を展開。

敵へと向けて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行って接敵し、それを宙で逆さまになっている敵の胸部へと取り付けた。

 

もらった!

 

取り付けに問題はなかった。

これは確実だ。

ラファール・リヴァイブを強制解除された生身の相手を、半壊しているとはいえISで相手するのは容易だ。

そのため、二つの男のコアが労せずして手に入る……はずだった。

勝ったと思った私の目に飛び込んできたのは……

 

 

 

敵が……門国護が握りしめた『白式』のISコアと、敵のラファール・リヴァイブのコアがまるで共鳴しているかのように、淡く発光し、点滅している光景だった。

 

 

 

バチッ!

 

剥離剤(リムーバー)から発せられた電流が敵の体を灼いた。

それと同時に、私の手中に二つのコアが握られる……。

そう思っていた。

 

だが……

 

 

 

「以前と同じ電撃攻撃か?」

 

 

 

はっきりとしたその声の方へと振り向くと……私を凄まじく睨みつけている、未だにISを……ラファール・リヴァイブを……纏ったままの男がいた。

 

「なっ!?」

「そんな物……」

「バカ――」

 

 

 

「効かん!!!!」

 

 

 

凄まじい空気の唸り声を上げて、敵の拳が私へと放たれた。

それを装甲部とはいえもろに受けてしまい、衝撃が私の体を叩いた。

さらにそれで吹き飛ばされていると、敵がさらに何か武器を展開しようとしていて……。

 

冗談じゃねぇ!!!!

 

あまりにも不確定要素が多すぎる敵に、私は心の中で呪詛を吐いた。

剥離剤(リムーバー)は確かにIS自身に耐性を造らせてしまう。

だがそれはあくまでも剥離剤(リムーバー)を使用されたISのみである。

そのISがコアネットワークに情報を流し、そのISに近しいISが情報を共有することは可能だが……。

だがそのデータは瞬時に送れる物ではないのだ。

そしてそれをコアネットワーク上のデータを解析し、それを自分の物にするのも時間がかかるはずだ。

 

そうであるはずにも関わらず効果がなかったのだ。

 

 

もう一人の男、門国護が駆るISには……

 

 

何なんだ!? てめぇはよぉ!!!!

 

効かなかった剥離剤(リムーバー)を敵へと投げ捨てて、私はもはやぼろぼろで使い物にならなくなってしまったアラクネを解除し、コアを抜き取った後。敵へと向かって突進させた。

そしてタイマーした時間に爆発する。

それを見届けずに私は走った。

 

不気味な敵から……少しでも離れられるように……。

 

 

 

その後、生身で逃走していた敵を、ラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットが追撃を行うも、護を足止めしていたBT兵器搭載のIS二号機、サイレント・ゼフィルスの奇襲により捕獲することは出来なかった。

こうして、敵……亡国企業のIS学園第二襲撃は、辛くも引き分けに終わった……。

 

 

 

 

 

 

「ふ~んあの男のISに剥離剤(リムーバー)が効かなかったんだ」

 

薄暗い部屋の中で、手元にある空中投影型のディスプレイに映し出されている映像を見ながら、束はそう口にした。

束にとってISは子供同然である。

そのため、自分が製造したコアの状況を知ることなど造作もないことであり、またそれが見聞きした映像や音も、この場にいるだけで見ることが可能だった。

そのため、未だ表沙汰になっていない、二度目のIS学園襲撃事件も、ほぼリアルタイムで知っていた。

 

否、襲撃事件が起こる前から知っていた。

それが起こると言うことを……。

ISの状態を知ることの出来る束に取って、ISを使用したその時点で、どこで何を行っているのかわかってしまうのだ。

だから作戦が今日行われることも、学園側がどういった対応をするかも瞬時に知ることが出来た。

仮にその機能が無くても、束ならばハッキングで大体の情報は仕入れることが出来てしまう。

無論ISのデータもだ。

全てを知ることは出来ないが、それでもおおよそのことを掴むことは出来る。

自己進化するように設定したために束でさえ掴めない、もしくは知らない事はあっても『わからない』という事はほとんどあり得ないと言ってもいい。

 

 

 

だが、今そのあり得ない現象が……あの男……一夏ともう一人……世界で二人しかいないISを動かす事の出来る男が引き起こしていた。

 

 

 

自衛隊陸軍所属……門国護が……。

 

 

 

 

「……さすがにちょっと気になるな。この人」

 

 

 

 

 

 

 




ピンポンパンポーン

ネタですネタ。
本編とはこれっぽっちも関係がありません。
作者がくだらないことに気づいてくだらないことを妄想して書いただけです。
読む読まないはお任せしますw




敵が……姉さんに泥を塗った男が動きを止めたその瞬間、私は己の武器、銃杖を構えた。



BGM
~我が心明鏡止水されどこの掌は烈火の如く~

※ゴッ○ガンダムのテーマ曲



「受けてみるがいい。サイレントゼフィルスのバリエーション!」

上に掲げた得物に大気のエネルギーが収束していく。敵がそれを見て回避行動を取ろうとしたが、一足遅かった。

「こ、これはビットの電磁波を利用した拘束(バインド)!?」

ビットによる四肢の拘束。
それによって敵は宙に固定された。
それを舌なめずりしながら見下ろし、私は銃杖を振り下ろした。



「これが私の全力全壊!!!! スターラ○トブレイカー!!」



ほぼ全てのエネルギーを収束したその淡いピンクの光線が敵へと迫る。



「それ番組違――!!??」



ボシュウ!!



ああああああああああああああああああああああああ!!



~オータム~
「な、なんつーバカエネルギー」

~スコール~
「死んだわね。あれ」






ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



「……ながくね?」

【ふははははは!! 泣け!! 喚け!! そして死ね!!!!】

……時々、銃杖(サイレントゼフィルス)が暴走する

まぁ、止めるつもりもないが

「あはははははははは!!」

【あひゃひゃひゃひゃ!!】






「あぁ!! マヤさんが!」

「マヤマヤされてる!」

「なんでこんな役なんですかぁ!? 私この作品だとヒロインですよぉ!?」



マヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤ


「って!? ちょっ!? どこ触っひゃん!? も、揉まないでくださいよぉー!!」


マヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤマヤ


「も、もうだめです……」


ガクッ


「マヤさん~!」







「あはは、ほんとだ! その気になれば痛みなぞ完全に消せるんだな!」

「流石だ箒! 得物もそうだがキャラもなかなかに合って……って何故剣を俺に向ける?」

「一夏ぁ!!」



ぎゃああああああああぁ!!



「箒。一人ぼっちは寂しいのだろう。いいだろう。一緒にいてやろう。光栄に思うがいい」



「まどか……ハァハァ」

「ちょっシャルロット?」

「だって、黒髪ロングの子がやりたかったんだもん! そしたらこんな変態みたいなキャラで」

「あードンマイ」

「鈴だってツインテールってだけでその役になっただけでしょ?」

「言わないで、悲しくなるから」



「絶対に下手打ったりしないな」

「は、はい……」

「誰かの嘘に踊らされていないな」

「は、はい、もちろんです」

「よし……ならば行け――って何で私が母親役なんだ!!!!」

「ひぃぃぃ!? 千冬さんごめんなさい!!!!」



「俺がこんな見た目可愛いの演じ……あーわかったよ。あまたの世界の運命を束ね、因果の特異点となった君ならどんな途方もない願いでも叶えられるだろう」

「ほ、本当……?」

「さぁ、鹿目鈴。その魂を代価にして君は何を願う?」

「な、なら、私の願いは……一夏のお嫁さ――」

「「「「ちょっと待てーーー!!!!」」」」

「セリフが違うぞ! 鈴!」

「うるさいわね! いいじゃない別に! 私の願い事叶えてくれるなら他の魔法少女なんて知ったことじゃないわよ!」

「そんなこと許さんぞ! ちゃんと演じろ!」

「そうだよ! 僕だってあんなひどい役演じたのに!! そもそもあの演じ方、本編じゃなくて同人的な感じじゃない!」

「演じる役があるだけまだましですわ! 私なんて、語呂が悪いというだけでお払い箱ですわよ!? 金髪でカールしてて得物も長銃(ライフル)だというのに!?」

「演じなくてよかったと思いますよ、オルコットさん。マヤマヤ言われながら食べられるだけですし……。それにも……揉まれちゃいましたし。もうお嫁さんに行けません」






「やれやれ。訳がわからないよ人間(おんな)って」






ブチッ×5



「「「「「お前がいうなぁ! 一夏!!」」」」」



ぎゃあああああああああ!!









魔法少女リリカル マドカ☆まぎか!



放映日未定!

執筆もしないよ☆






~生徒会室~

「はぁ~平和ね。虚ちゃん」

「そうですね。お嬢様」

「お~。平和が一番だよ~」

ズズズズ

↑お茶をすする音






~ガノトウ in 刀馬鹿~

ノリだノリ
キャラが崩壊してるが、文句や誹謗中傷は受けつけないぜ♪




こっちが本当~ じかいよこく~~~




あ~久しぶりに書いたよ~
うまく書けているといいのですが……。
予告しておきますと、六巻での出来事、『キャノンボール・ファスト』の話はカットします!
といってもその大会だけを削除するので会ってそこに至るまでのプロセスである、シャルと一夏の買い物なんかのエピソードは書きます。

っていうか、シャルと一夏のデートの裏側! が書きたくてしょうがない!!!!!

会長! 会長!!!

おっぱい! おっぱ……失礼 マ・ヤ・タ・ン! マ・ヤ・タ・ン!!!!

あ~マヤマヤし――ゲフンゲフン!

他にも一夏ハーレム軍団と護とのやりとりなんかも書く予定です~
更新速度は遅いですが、暇な時間にでもチェックしていただけると嬉しいです!




ハーメルンにて


たとえ……感想で心がえぐれようとも、執筆だけは、必ず終わらせて……見せます……

きっとね……

きっと……



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デート?

「……疲れた」

 

放課後。

訓練後の仕事(・・)も終え、俺は夕食をさっさと済ませた後に始末書作成を行っていた。

 

先日の、亡国企業『ファントム・タスク』とかいう組織がIS学園を……さらに正しく言えば一夏を襲撃したときの行動の報告とそれに関する始末書だ。

独断行動を行った事と、一夏のISを奪い返したとはいえ手傷を負ったこと、自身のISに無理をさせたことが問題となってしまった。

そのため大量の始末書作成を命じられてしまった。

 

まぁ……慣れてなくはないのだが

 

これが初めてというわけではないので、詰まってしまうことはない。

 

まぁ量が量なので面倒なことに代わりはないし……はかどるわけもないが……

 

一夏のISも奪い返すことが出来たので事実上の損害はほぼない。

戦闘によって一部施設が損壊してしまったのだが、それは仕方がないことだろう。

一機だけで全ての現代兵器を無力化したその兵器IS。

それがぶつかりあったのだから、むしろ一部損壊程度で済んだことの方が驚きだった。

 

さすがというべきか……

 

更衣室での戦闘で、更衣室だけしか損害を出させなかった、生徒会長更識楯無。

妹分の存在の技量に俺は感心していた。

といっても本人に直接言うつもりはないが。

調子に乗り――

 

カチャカチャ ガチャ

 

「たのも~」

「……せめてノックはしろ」

「え~。いいじゃない別に。私もこの部屋の住人よ?」

「いや合い鍵持ってるだけだろう」

 

俺はノックもせずに普通に……ピッキングとかではなく……部屋の鍵を開けて入ってきた人間に溜め息を吐いた。

IS学園生徒会長、更識楯無。

最強の称号たる「生徒会長」の肩書きを持つ、裏の名家の人間、更識家の当主。

成績優秀で当然スポーツも万能。

さらに庶務や事務仕事も普通に出来るので優秀なんて言葉では収まらないのだが……。

 

「いいじゃない。私とお兄ちゃんの仲なんだし。それにこの鍵を入手したのは私だよ?」

 

厄介な物を……

 

からからと笑いながら、戦利品であるこの部屋の鍵につけたキーホルダーに指を通して、回しながらそんなことを宣ってくる……。

更識がこの部屋……俺と一夏の部屋の鍵を持っているのは理由があった。

前回の文化祭での生徒会の出し物、観客参加型の劇「シンデレラ」……賞品は一夏と同室になれる権利……のシステムが「参加するには生徒会に投票すること」という、半ば詐欺のようなシステムで、そのため当然文化祭の出し物の一位は生徒会になった。

最初こそブーイングが起こった物だったが、これは一夏を生徒会に強制的に入れるための措置で、生徒会に入れることによってどこの部活にでもマネージャーやら雑務係として派遣することが出来るというメリットがあった。

一部の部活で独占されないための措置だ。

一夏には一応副生徒会長という肩書きがあるが、これは文字通りただの肩書きである。

実際問題、雑務として入った俺すらも必要がないほどに現生徒会のメンバーは優秀なのだ。

つまり生徒会に入ったのは本当に一夏を派遣させるだけと断言してもいいのだ。

今日早速抽選会を行って、今はどこの部活から行くかを調整中らしい。

ちなみに俺は、雑用とはいえ正式に生徒会に所属しているのでこの部活雑用派遣任務はないらしい。

これを見越しての生徒会雑用係の人選だったようだ。

女性が苦手な俺が、精神的に疲労しないようにと、一夏とは違い正式に生徒会に入れることによってそれを阻止するための半ば強制的な生徒会人事。

そのための一夏争奪のシンデレラであり、派遣要員らしかった。

んで、そのシンデレラで更識が王冠……一夏と同室になれるための物体……を入手したのでこの部屋の鍵を手にする権利を得たのだ。

同室になるとさすがに生徒からブーイングがくるし、二人いる男がばらばらになると面倒なので、結局部屋自体は男二人での部屋のままだ。

ここまで色々と考えてくれていた妹分に俺は心の底から感謝していた……のだが……

 

「とうっ☆」

 

ボフッ

 

「あ~。疲れたよ~。お兄ちゃんマッサージして~」

「……断る」

 

自由奔放すぎる……

 

せっかくの景品、ということで結構な頻度で更識は俺と一夏の部屋にやってきていた。

大体今ぐらい……一夏が飯に行っている時間にだ。

人の部屋に勝手に入ってきて人のベッドに無断で寝っ転がり……あげく無防備にも背中を見せてマッサージを要求してくる。

しかも足をパタパタする物だから……下着が見えている。

 

「もう少し男の前で見せる格好というのを気にしろ。若い男がいる部屋にそんな格好でくるんじゃない」

「そんな格好って? どんな格好?」

「そんな丈の短いスカートでくるな」

「……見えた?」

 

若干顔を赤らめながらわかりきったことを言ってくる。

俺は心の中で溜め息を吐きつつ、さらに言葉を続けた。

 

「だから言ってるんだ。嫁入り前の女が軽々しく男に下着を見せるな」

「問題です。私の下着の色は?」

「桃色だ」

「いやんえっちぃ♪」

「……はぁ」

「……いや、さすがに本気で溜め息吐かれると傷つくんだけど」

「ふざけてばかりいるからだ」

 

俺はそんな更識を放っておいて、さらに始末書を書きあげる。

とりあえず形になったので気分を変えようと風呂にはいることにする。

着替えを取り、脱衣所へときて制服を脱ぎ捨てて、ズボンだけになる。

 

……さすが最先端医療技術。母上を救った(・・・)だけのことはあるな

 

上半身にある傷跡を鏡で確認しても、うっすらと痕が残っている程度だった。

今回の傷と、以前からあった無数の古傷が刻まれている。

 

あまり人に見せられる体ではないな

 

己の体を、治療を終えて改めてみてみると、本当に古傷だらけである。

この傷が懐かしくもあり、同時に寂しくもあった。

そんなことを考えながらズボンも脱ごうとした矢先に……。

 

「……何でわざわざ洗面所で着替えるの?」

 

一応女である更識に気を使って脱衣所で着替えたのだが。

何でかついてきた。

 

「一応女だろう? 配慮しただけだが?」

「もう。そんなこと気にしなくていいのに」

 

鏡越しに更識の顔を見ながら俺は溜め息を吐いた。

更識も鏡越しに俺を見て、苦笑していた。

そして……ほとんど癒えた傷に、そっと触れる。

 

「……傷。大丈夫?」

「かすり傷だ。心配することはない」

「……IS相手に特攻する馬鹿なお兄ちゃんだもん。心配するよ」

 

 

 

先日の学園襲撃の時、お兄ちゃんに防衛を手伝ってもらった。

ただ私の考えが甘く、お兄ちゃんが怪我を負ってしまった。

生徒会長として防衛を行ったので、私にも報告が届いたのだけれど……お兄ちゃんの行動が余りにも異常だった。

 

ISの防御に全てを任せての……特攻……

 

およそお兄ちゃんらしからぬ事だった。

織斑先生の攻撃すらも完全に防御することが出来るお兄ちゃんが、その凄まじい技量全てをかなぐり捨てての特攻。

それによってお兄ちゃんは何とか敵……イギリスの強奪されたIS、サイレント・ゼフィルスに打ち勝ち、そして織斑君のISを奪った、私と戦ったあの女からISを奪い返すことに成功したのだ。

 

……傷を負ってまで

 

ほとんどISの防御に任せての特攻だ。

どこかに不具合が起きない方がおかしい。

がむしゃらと言っていいほどの特攻を行うためにかなり無茶なIS機動を行っていた。

しかもその無茶苦茶な機動を行うために、瞬時にシールドエネルギー分配をIS()が変更したらしく、そのほとんどを瞬時加速(イグニッション・ブースト)に回していたために、最低限しか防御にエネルギーをまわしていなかった。

そのために、シールドエネルギーを貫通した攻撃でお兄ちゃんが深くはないけど、軽視もできない怪我を負ってしまって……。

怪我自体はほとんど最先端の治療で治っているけど……痛々しい傷跡が新しくできてしまった。

訓練による古傷と……お兄ちゃんがここに来ることになる原因になった、あの海外での戦闘行為の古傷、そして今回の傷跡……。

 

たくましくも、古傷だらけのその背中に手を添えて、次におでこを乗せた……。

 

 

 

「……無茶しないで」

 

 

 

普段とは違う、私の本気の言葉……。

ううん、いつだって本気だ。

私のお兄ちゃんに対する思いは……。

 

お兄ちゃんに対しては……私はいつだって本気だから……

 

だからいつもよりも、より気持ちを込めて、言葉を紡ぐ。

これ以上傷ついて欲しくないから……これ以上傷を負って欲しくないから……。

だから無茶をしないで欲しいと……そう願う。

矛盾しているかもしれない。

自分でお兄ちゃんを戦場に引っ張ったというのに……。

だけど、本当に頼れるお兄ちゃんだから頼ってしまう……頼りたくなってしまう。

 

「……あぁ。善処しよう」

 

さすがに私の本気を雰囲気で察したのか……お兄ちゃんがそう返してくれて。

それが嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

私は当主になっても、この歳になってもまだ……お兄ちゃんにもらってばかりで……

 

小さい頃から私のことをよく見てくれていたお兄ちゃん。

色んな事を教えてくれて、見守ってくれて……様々な物をもらってきた。

そして今も、お兄ちゃんに甘えて……私は安心と信頼という本当に大切な物をもらっていて……。

 

悔しいなぁ……

 

まだこの目の前の人に追いつけないことが……。

まだ与えられているだけの自分が……。

 

けど次の台詞でそれも軽くなると言うか……

 

「妹の頼みだしな」

 

……結局はそこに行くのね

 

嬉しくもあり、複雑でもあるその言葉……。

私は鏡越しに抗議の目をお兄ちゃんへと向けると、お兄ちゃんは苦笑していた。

本当に、優しい笑顔をしていて……。

その笑顔を見ていると、毒気が抜けてしまった。

私はそんなお兄ちゃんに苦笑しながらそっと……その大きくて頼りがいのある、優しい背中から体を離した。

名残惜しかったけど……でもこれ以上はまだだめだから……。

まだお兄ちゃんが私のことをそういう風に見てくれていないから……。

 

でもいつかきっと……

 

もらうだけじゃなくて……きっと私からも何かを上げられるようになってみせるから……。

必ずそういう風に……一人の女として見てもらえるように、なってやるんだからね……。

だから……。

 

覚悟しててね、お兄ちゃん♪

 

 

 

俺が風呂から上がると、既に更敷は帰った後で部屋に気配はなかった。

変わりに同居人の一夏、それとは別に二人の気配がある。

とりあえず洗面所で寝間着に着替えてから部屋に入ると、一夏ハーレム軍団のまな板娘の凰鈴音と金髪ボーイッシュのシャルロット・デュノアが一夏のベッドでなんか戯れていた。

 

「お、護。ただいま」

「こ、こんばんは」

「……門国さん。お邪魔してます」

「何をしてるんだ?」

 

なんかまな板娘が上機嫌で金髪ボーイッシュが不機嫌なんだが……

 

その二人の態度がよくわかってないのか、一夏がきょとんとしている。

もうこの時点で一夏の鈍感が何かをやらかしたのは目に見えていた。

 

「そうだ。護も買い物行かないか?」

「「え?」」

 

一夏の発言に、二人が驚く。

もう嫌な予感しかしないが、返さないわけにもいかないので、俺はその内容を聞いてみた。

 

「……何の買い物だ?」

「シャルが俺の誕生日プレゼント買ってくれるみたいなんだ。だから買い物行こうって話になって」

 

プレゼントね。青春だな……って……誕生日?

 

「誕生日プレゼントだと? 一夏、誕生日近いのか?」

「あぁ、今月末の二十九日だ」

「……なるほど」

 

確かにそれなら週末買い物に行くのも悪くはない。

ハーレム軍団の二人は、一夏の提案に微妙な表情を示していたが、俺は二人に一夏に気づかれないように一夏から見えない位置で手話のサインを送った。

 

『途中で消える』

 

そのサインを見て二人が一瞬喜び、すぐに表情を曇らせた。

 

気にしなくていいのにな……

 

俺が気を使ったのを気にしているようだった。

ならば最初からいかないという選択肢もあったのだが、今月末にはIS学園の行事がある。

そしてその行事のために生徒会はそろそろ本格的な裏方作業に入る。

雑務である俺も例外ではない。

そのため自由に使える週末はもうそんなに多くはない。

ならば買いに行けるときに行って買うのが得策だろう。

 

「待ち合わせは……駅前のモニュメントに十時でみんな大丈夫か?」

「問題ないわよ」

「うん。大丈夫だよ」

「大丈夫だ。問題ない」

 

とりあえず終末の予定が決まった。

その日も色々と波乱が起こりそうだが……その前に抜け出せばいいだろう。

気を遣ったので会って、決して騒動に巻き込まれたくないからではない……。

少女たちの乙女の戦は、堕天使たちと闘う戦よりもよほど恐ろしい。

主人公でもない俺は一夏と違って神様のお告げなんてないから巻き込まれたら死ぬこと請け合いだ。

 

俺がそうして一人で内心言い訳をしていると……。

 

「シャル」

「……何?」

 

プニ

 

「…………」

「…………」

「あ~……」

 

突然一夏が金髪ボーイッシュの頬をプニプニとし出した。

何がしたい……したかったのかは謎だが、あえて言おう。

 

バカか?

 

俺と同意見なのかツインテールのまな板娘の鈴音さんも腕を広げていた。

 

そして案の定……

 

「一夏のバカ!!!!」

 

と、顔を真っ赤にしながら出て行ってしまった。

顔を羞恥で赤くしていたには単に照れただけだろう。

 

「一夏、あんたってさぁ……」

「……皆まで言うな」

 

「「バカだな」」

 

「ちょ、護まで!?」

「いや、俺も素直にそう思ったから」

 

自分の行った事の何に、シャルロットさんが怒ったのか原因がわかっていない一夏は一晩中、金髪ボーイッシュが突然出て行った事に首を傾げていた。

 

 

 

さて……買い物に行くことに相成ったが……

 

よくよく考えたら……苦手な女性と一緒に買い物に行くことになったと……後っていうか夜になって気がついた俺だった。

 

……どうした物か

 

基本、あの二人だから俺のことはほとんどそっちのけで一夏と接するのは間違いない。

別にそれは悪い事じゃないし、俺としても助かるのだが……だからといって俺が女性と一緒に買い物に行くという事実に代わりはない。

さっさと抜け出すことも考えたが、しかし余りにも速く抜け出すのは不自然だ。

護衛に関しては、国家代表候補が二人もいる以上、そうそう簡単にはやばいことが起きるとは思えない。

仮に起こったとしてもISがあるので、よほどの事じゃない限り緊急事態にまで事が発展する可能性は低いだろう。

 

……先日の連中の目的は一夏のISコアか

 

やはり男が使うISというのは希少価値があるのだろう。

ましてや一夏のIS『白式』は、束博士も一枚噛んでいる、裏の組織だけじゃなく国家でさえも喉から手が出るほど欲しい物体だろう。

IS学園に在籍しているために今は余り表だって行動を開始していない国々だが、果たして卒業が差し迫ってきたらどうなるか……。

 

……軽く面倒なことになりそうだな

 

世界を震撼させたISがらみだけ会ってそう簡単に終わる話でもないだろう。

厄介な話である。

 

……IS……か

 

明日の準備を整えつつ、俺は自信の左手の甲にある、己のISに触れた。

更識と一夏に話を聞き、どうしてISを奪取されたのかを知った俺は、自身のISの特異性というか……異常なことを知った。

敵が俺の胸に取り付けた電撃装置は、実はISを強制的に解除させる剥離剤(リムーバー)という物で、これを使われて一夏は『白式』を奪取されたらしい。

そしてその剥離剤(リムーバー)を俺も確かに使用されたはずなのだ。

だが俺の専属IS……『守鉄R2』は強制解除されることなく、俺を守ってくれた。

耐性がついた一夏のIS『白式』ならばもう二度と通じないのは確実なのだが、まだ喰らっていない俺の専属IS『守鉄R2』に効果がなかったのはおかしいはずなのだ。

 

守鉄……。お前が何かしてくれたのか?

 

そう心で思い、問いかけてみたところで答えが返ってくるわけがない。

自身を守ってくれた、俺の背中を押してくれたこいつを信用しない理由はないが……何故剥離剤(リムーバー)を防げたのか? それはどうしても気になってしまう。

だが当然、それがわかるわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

母を救い……俺の思いを妨げ……

 

 

 

 

 

 

だがそれでも俺を守ってくれたこの存在に……俺は……

 

 

 

 

 

 

髪、変じゃないかな? もう一回確認しておこう

 

速くもやってきた週末。

僕はもう何度目になるかわからない前髪のチェックを行う。

時刻は待ち合わせの少し前。

もうすぐ一夏……好きな人がくる、ということで嬉しさと同時に緊張が僕の体にあった。

 

なんか決まらないなぁ……

 

取り出した手鏡に写った自分を見つめる。

今日は念入りにセットしてきたはずなのに、一向に決まる気配がなかった。

ちなみに今手にしている鏡は二つ折りの輪島塗で先日インターネットで直感で購入したお気に入りの物だった。

 

ふぅ……ちょっと気合い入れすぎたかな? リラックスして待ってよう

 

にこっと笑顔の練習をしてみる。

いつも通りの自分に戻れるように努力してみるのだけれど、緊張でやはりそれどころではなかった。

そしてそんな僕に近寄ってくる……二人の男がいた。

 

「カ~ノジョ♪?」

「ひょっとして一人? 暇なら俺らとどっかに行かない?」

 

……面倒なのがきたなぁ

 

僕は寄ってきた二人組の男に内心で深い溜め息を吐いた。

いかにも遊び人といった感じの男二人で、ちっとも好みじゃない。

 

……一夏みたいに頼れそうな人でもなさそうだし

 

しかも線が細い。

明らかにスポーツなどをしていない体躯をしている。

 

「約束がありますから」

 

でも一応年上みたいだったから、僕は普通に返事をする。

だけどこの類の人は簡単に諦めてはくれなかった。

 

「えー? いいじゃんいいじゃん! 遊びに行こう!」

「車もあるからさ。好きなところに連れて行って上げるよ? フランス車のいいところ教えて上げるからさ」

 

……フランスかぁ

 

今はあまり聞きたくない……意識したくない単語だった。

自分の母国だけど……それ以上に思うところがあるから……。

 

「日本の行動で燃費の悪いフランス車ですか? ふぅん」

 

拒絶の意味も込めて、僕は作り笑顔で二人に返事をする。

一瞬たじろぐ二人だけど、それでも遊び人としての性なのか……何故か脈ありに感じたらしい一人が僕の肩に手を置こうとして……。

 

横合いから飛んできた誰かに吹き飛ばされた。

 

「俺の連れに何してんだ?」

「一夏っ!」

 

颯爽と現れた一夏が、僕に触ろうとしていた相手をパンチで吹き飛ばして助けてくれた!

それがすごく嬉しかった。

しかもその台詞が……俺の連れ……って。

 

な、なんか特別な関係みたい

 

「な、なにしやがんだてめぇ!」

 

相方が吹っ飛ばされたもう一人の男の人が、一夏に殴りかかろうとする。

体勢を立て直しきっていない一夏はそれを防ごうとするのだけれど間に合いそうになくって……。

だけどその一夏の前に現れた人物がそのパンチを受け止めて、さらに何か格闘術を用いて相手を投げ飛ばしていた。

といっても別段危ないとばし方をしていないので、相手もけがはないみたい。

 

「突っ込むのまではいいんだがツメが甘いぞ? もう少し状況判断力を磨け」

「わ、悪い護。助かった」

「別に大したことじゃない」

 

す、すごい

 

後からやってきた門国さんは相手を一瞬でいなして無力化してしまった。

荒々しく登場して、僕を助けてくれた一夏が剛なら、門国さんは柔だった。

 

か、かっこいい……

 

僕を助けてくれた二人は格好良くて、それに二人が信頼し合っているのがすごく格好良かった。

 

 

 

「わりぃ! 遅くなってしまって!」

 

そう言って一夏が大きな音を立てて、シャルロットさんに手を合わせた。

それを向けられた当の本人は、きょとんとしている。

ちなみに男二人組は女性を強引に連れ出そうとしたとして、警察に補導された。

 

「う、ううん。だってまだ待ち合わせ時間前だし。……その助けてくれてありがとう」

「そんなの当たり前だろ?」

「門国さんもありがとうございます」

「いえ、礼には及びません」

 

俺にも礼を言ってくれたシャルロットさんに対して、俺は首を振って答えた。

 

「ところで鈴は? 一夏達と一緒じゃないの?」

「あれ? シャルと一緒だと思ったんだけど。俺たちは二人で来たんだけど。護知ってるか?」

「朝から一緒にいただろう? 俺は知らないぞ?」

 

もう一人の参加者、ツインテールまな板娘の凰鈴音がきていないことに気づく。

てっきり金髪ボーイッシュときているのかと思ったのだが……。

 

「おっかしいなそろそろ待ち合わせ時間だぞ? 鈴は遅刻してくるような奴じゃないのに」

 

そう言いながら、一夏が己の携帯を取り出し、連絡がないかをチェックする。

金髪ボーイッシュのシャルロットさんが心配そうに一夏の行動を見ていた。

 

……流れ的にあれだよな?

 

何となく先の展開を予想した俺は、いつでも行動が出来るように、二人から不自然にならない程度に距離を離す。

さらに己の携帯を開き、マナーモードをオフ。

ボリュームを最大にし、さらに通話の音声も最大音量にした。

いつでも通話が出来るようにしておく。

 

そして……

 

「あ、なるほど」

「どうしたの? 鈴から連絡あった?」

「急用らしい。来ないみたいだな」

 

 

 

ほら来た!!

 

 

 

一夏がそのセリフを言っている最中……急用と言い切る前に俺は既に選択していた人物に通話した。

 

 

 

ヴーヴー

 

「ん?」

 

生徒会室で作業をしていた私は、スカートのポケットに入れている携帯が震えたのに気がついて作業を中断した。

しかし、携帯は本当に一瞬震えただけですぐに静止した。

 

? 誰?

 

一瞬だけ通話するイタズラ……ワン切りとかいうのかと思った私だけど、この携帯は更敷当主としての携帯なのでその可能性は低い。

皆無といってもいいかもしれない。

その消去法で照らし合わせて考えたら、直ぐに相手がわかった。

幸いに作業に集中していた虚ちゃんには聞こえていなかったみたいで、私は心の中で謝罪して虚ちゃんに言った。

 

「職員室に提出する書類って、もう出来てたっけ?」

「はい既に出来ています」

 

流石私のお嫁さんの虚ちゃん。

仕事が出来て可愛い子。

 

「それじゃこの書類と一緒に職員室に提出してきてもらっていい?」

 

まだ提出期限には余裕があるのだけれど、出しておいても別に問題のない書類を虚ちゃんに提出してきてもらう。

仕草に不自然さはなかったので虚ちゃんは何の疑いもなく書類を提出しにいった。

再び虚ちゃんに詫びて、私は携帯を取り出した。すると案の定、かけてきた人はお兄ちゃんの門国護だった。

 

「ひょっとしてかどくにさん~?」

 

ポヘポヘと、のんびりしていた本音ちゃんが、正確に電話してきた相手を言い当てた。

露骨すぎたのかもしれない。

本音には嘘をつく理由はなかったので私は素直に頷いた。

 

「虚ちゃんには内緒ね」

「はーい♪」

「いい子ね☆」

 

素直に協力してくれる本音ちゃんに笑顔を向ける。

そして私は色々とどきどきしつつ、お兄ちゃんに通話した。

 

プルルルルルルルル ガチャ

 

長くもなければ短くもない時間でお兄ちゃんが出た。

 

「あ、もしもしお兄ち――」

『更敷か? どうした?』

 

私の台詞を覆うようにお兄ちゃんが言葉を発した。

しかも返ってきた言葉の整合性がなく、その声の大きさは……まるで誰かに聞かせるようなもので……私はとりあえずお兄ちゃんの出方を待った。

 

『何? 生徒会の雑務だと?』

『護? 更敷先輩からか?』

『何かあったんですか?』

 

今の声は織斑君とシャルロットちゃんだね

 

お兄ちゃん以外の声を電話から聞き取って、私はすぐに状況を判断した。

 

「そうなのお兄ちゃん。申し訳ないんだけど、今すぐ生徒会室にきてもらえる? あ、お兄ちゃんだけでいいから」

 

少し大きめの声で発言し、お兄ちゃんのそばにいるであろう織斑君とシャルロットちゃんにも聞こえるように返事をする。

 

『了解。すぐに行く』

 

プッ ツー、ツー

 

その言葉を最後にお兄ちゃんが通話を切った。

私は携帯を一旦閉じた。

 

「何だったの?」

 

そばにいる本音ちゃんが不思議そうにしている。

私はその本音ちゃんにため息を吐きながら返した。

 

「どうやら利用されたみたいね」

 

 

 

パタン

 

「更敷から呼び出しだ。すまない俺も駄目みたいだ」

 

貧乏でバトラーな人の知識を使用してのこの作戦は、妹分の更識がうまく空気を読んでくれたために、成功した。

 

ありがとうございます! 天然ジゴロのハーマイオニー!!!!

 

俺を救ってくれた疾風さんと更識に、心から感謝した。

更識には後々お礼をしないといけないだろう。

とりあえず三人で買い物を始めてから後々姿を消すことも考えたが、一夏が探しに来る可能性が高いし、シャルロットさんも探してくれるだろう。

そうなると俺を捜すという行為でロスタイムが出来てしまう上に、せっかくの二人きりの時間を、俺を捜すという行為で終わらせてしまう可能性が高い。

 

一夏の長所でもあり、欠点でもあるな……

 

ならば最初からいなくなったほうが得策だ。

しかもある程度しょうがない形で。

 

「生徒会か。俺もいったほうがいいか?」

「いや、その必要はないみたいだな。だから一夏はいいよ」

 

二人とも残念そうに顔を曇らせてしまう。

 

「安心しろ。誕生日プレゼントはちゃんと買っておくから」

「いや、そんなことどうでも……!!」

「冗談だ」

 

からからと笑いながらそう言うと、一瞬一夏がきょとんとする。

が、すぐにからかわれたことを理解し苦笑した。

 

「やられた」

 

そんな一夏に笑みを向けて、俺は駅のホームへと向かう。

そして金髪ボーイッシュのシャルロットさんにすれ違いながら小声でこう言った。

 

「頑張って」

「っ!?」

 

俺の言葉は狙い通りシャルロットさんにしか聞こえておらず、突然顔を赤くしたシャルロットさんに一夏は首を傾げていた。

そんな初な……乙女な彼女の反応を微笑ましく思いつつ、俺は二人から見えない位置に来た瞬間に携帯を取り出す。

するとまるでどこかで見ているかのような見事なタイミングで電話が鳴った。

そしてその相手は案の定、更敷だった。

 

「もしも……」

『私を出しに使ったね』

 

さすが更敷。

まぁ先ほど空気を読んだ時点でそんなこと分かり切っているのだが。

 

「あぁその通りだ。一夏とシャルロットさんと鈴音さんと一夏の誕生日プレゼントを買いに着たのだが、鈴音さんが来れなくなってな。だから抜け出した。馬に蹴られたくはないからな」

 

俺は簡潔に更敷に事情を説明する。

傍から見たらすぐにわかるくらいに、露骨に一夏のことを好いている子とその一夏の間に入る勇気はない。

 

『だからって私をうまく利用しないでよ』

「悪いと思っている。だが頼れるのが更敷、お前くらいしか……」

『……幼名』

「何?」

『幼名で呼んで』

 

 

一瞬頭に?マークが浮かんだが、俺はすぐに思考を切り替えて、要望に答えた。

 

「六花しか頼れるやつがいなかったから」

『……それは嬉しいけどさぁ~』

「ならどうしたら許してくれる?」

 

ダシに使ったのは確かなので、俺は素直に相手の要望を聞くことにした。

 

『……買い物に行ってるってことは今学園の外だよね?』

「? そうだが?」

『なら今から行くから私の買い物に付き合って』

「そんなんでいいのか?」

『十分だよ』

 

実に安い要求である。

何かを俺に買わせる腹積もりかもしれないが、相手が更敷だ。

こいつはあまりにも法外な物を買わせようとはしないはずである。

 

いや、俺としてはそれで助かるが

 

とりあえず今から更敷が来ることになったので、俺は近くの茶店で待機することになった。

 

 

 

……だしに使われたけど思わぬイベントに発展しちゃったわね。棚からぼた餅~

 

私はにやけそうになってしまう表情を必死に制御した。

今回は本気で感情制御をしたから本音も気づいていないみたいだった。

 

「それじゃ、ちょっと私出かけて来るわね」

「は~い」

 

本音にそう告げて、私は虚ちゃんが帰ってくる前にそそくさと生徒会室を出る。

そして大急ぎで準備をして、私は学園を出た……のだけれど……

 

ただ買い物に行くだけじゃさすがに虚ちゃんに悪いかぁ~

 

私のわがままで仕事を抜け出すのだから最低限、仕事としての用事で抜け出すことにする。

それに、ただリードするだけではつまらない。

 

恋は障害が多いほど燃えるわよね~

 

まだ私は相手のこと、そして相手に対してお兄ちゃんがどう認識しているのかわからない。

戦をするのならば情報は多すぎて困ることはない。

なので、以前話に上がっていた次の学園行事のためのスポンサーさんに挨拶に行く仕事を平行して行うことにした。

 

そうと決まればさっそく電話~♪

 

私はウキウキしつつ、かつ若干の緊張を味わいながら、職員室(・・・)に電話をかけた。

 

 

 

 




作者的書きたかった話上位~~~

シャルロットを応援するために貧乏執事の知恵を借りて護さんが離脱するというこの話が書きたかったんですよね~
次回は六花と……マヤマヤさん二人を侍らせてのデートだ!!!!!!


ハーメルンにて追記
私明日(10/4)からゾンビ狩りにいそしみますので連休明けまでは続きをあげられません
感想はできうる限り読ませていただくようにしますが遅れるかもしれませんのでそこんとこよろしく!!!!


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両手に花

「では本日はこれで。突然おじゃましてすいませんでした」

「いやぁ。お気になさらずに。IS学園のおかげでこの街もすごく活気になりましたので。学園側から直々に会議を申しつけてくれて、しかも元世界チャンピオンである織斑千冬さんに来ていただけるなど、オーナーとして栄誉極まりないです」

「はぁ……どうも」

 

…………どうしてこうなった?

 

俺はIS学園にほど近い街、駅前の『レゾナンス』のオーナーの部屋にいた。

ちなみにこの場には俺以外にオーナー、織斑教官、山田先生、そして更識がいた。

 

えっと……俺は……とりあえず更識を待っていて……

 

一夏とシャルロットさん、そして鈴音さんと買い物に来た俺だったのだが、鈴音さんが急用にてこれなくなったために、三人で回ることになりそうになった。

四人ならばまだしも、三人……俺と一夏とシャルロットさんと買い物なんて冗談ではなかった。

一夏の事を好いているシャルロットさんの邪魔をする気はない、そして悪趣味もしていない。

だから俺は妹分の更識に連絡を取り、うまく口を合わせてもらって生徒会の仕事が入った事にして抜け出した……まではよかった。

更識が街に出てくることになって、俺はその更識を待っていると、何故か更識だけでなく、教官と山田先生まできたのだ。

しかもただ来ただけでなく、後日開催されるISの大会当日に混雑が予想されるこの街の、警備や誘導といった当日の会議が開催された。

教官や山田先生、そして生徒会長の更識がいるのはわかるのだが、ただの雑用でしかない俺が果たして必要なのだろうか? と思わなくもないが、すでに連れてこられた以上抵抗のしようがない。

俺は仕方なく俺にも意見を求められるので、それを自衛官として無難に受け答えし、会議を進め……今終わったところだった。

 

「では本日はこれにて失礼いたします。当日もどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

そう言って、レゾンナンスから退出した俺たち。

建物からしばし離れた瞬間に、俺は更識に詰め寄った。

 

「……どういう意図があったんだ?」

 

突然のことで頭が回らなかったが……今になってようやく動いた自身の対処能力のなさを恨めしく思いつつ、俺は更識へと問い詰める。

 

「別に大した意図はないよ? どうせ外に出るなら外での仕事も終わらせようと思って」

「それが今回の会議と言うことか?」

「そういうこと♪」

 

それは確かにその通りだった。

外に出るならば確かに他の仕事も併用した方が効率はいい。

特に学園の外に出るのならば、休日が望ましいことは事実だ。

平日では基本的に放課後になり、放課後は基本的に15時以降だ。

先方の予定が会えばそれで問題はないが、選択肢が多いに越したことはないだろう。

 

「だったらもっと事前に連絡してくれ。私たちにだって予定はあるんだぞ?」

「う……それは本当にすいませんでした」

 

あ、結構急遽な事だったのね

 

教官が更識に怨めがましい目線と声を上げると、素直に更識が謝罪を入れていた。

どうやら教官達……つまり先生方も、予定外なことだったようだ。

 

「ま、まぁまぁ織斑先生。確かに急なことでしたけど、別に今日の仕事は急いでいる物ではありませんでしたし、今の会議だってやらないといけないことだったんですから」

 

一応必要だったこととはいえ急に決まってしまったこの会議に対して更識に苦情を言う教官。

そしてそれをフォローする山田先生。

 

……接しにくいな

 

先日の文化祭よりまだそんなに日が経っていない。

その文化祭で知った……俺の予想ではだが……、山田先生の俺に対する接し方というか……その気持ち。

俺の推理があっているとは限らないし、かなり自意識過剰な考えだが……山田先生の男性に余り慣れていないという事を差し引いても、山田先生が俺に何か特別な感情を抱いているのは、あっていると思う。

更識が婚約者でないと知ったときの喜びよう。

そしてこけそうになった所を助けた俺から、離れようとしなかったその仕草……。

文化祭の日に、亡国企業とか言う所から襲撃があってその事に関して余り深く考えている時間がなかったために……今どう接していいのかわからない。

そうしていると、俺の方へと山田先生が向き直った。

気づかぬうちに注視していたらしい。

 

「あ、あの……門国さん? 何かようですか?」

「!? え、いえ。その……何でもないです」

「そ、そうですか」

 

俺の返答に残念そうにする山田先生。

それがわかりながらも、如何せんどう接していいのかわからない。

 

……ど、どうすれば!?

 

 

 

 

 

 

「で、実際何が目的なんだ?」

 

お兄ちゃんと山田先生が、私たちの前方でまるで初な乙女のようにぎくしゃくとしているその後方で、私は織斑先生に詰問されていた。

織斑先生に隠す必要性もなく、また隠し通せるとは思っていないので、私は素直に考えを口にした。

 

「お兄ちゃんが山田先生に対してどう思っているのか知りたくって無茶な事をお願いしました」

 

そう、今回私が山田先生と織斑先生をお呼び立てしたのはそれが大きな原因だった。

山田先生がお兄ちゃんにそう言った感情を抱いているのはなんとなくわかっていた。

だけどそれに大してお兄ちゃんがどう思っているのかまではまだ分かっていなかったのだ。

だからこそ今回私は半ば無理やりとも言える方法で、山田先生とお兄ちゃんが共に行動する状況を作り出したのだ。

無論二人きりにすると何が起こるのか分からないので私も同行する形でだ。

そうすればお兄ちゃんと山田先生の観察もできるし、過度な状況になることを防ぐことができる。

更に私もお兄ちゃんにアピールできるので、一石三鳥と言える。

 

一度にいくつもの結果を残すのは効率的だよね~

 

「……まぁ確かに無茶な事ではあったが。しかし、いいのか?」

「? 何がですか?」

「いや、私たちを誘わなければあいつと二人きりで出かけられたんじゃないのか?」

 

あぁそういうこと

 

わざわざ心配そうに言ってくれた織斑先生に私は内心で感謝した。

織斑先生も、憎からず思っているであろうお兄ちゃん。

なんで織斑先生が山田先生をお兄ちゃんとカップルにさせようとしているのか、私にはわからないけど、それでも私はそれを妨害する気はなかった。

 

別に私はオンリーワンじゃなくてもいいしね

 

お兄ちゃんが幸せであるならば私はそれで言いのだ。

もちろん私のことを女として()して欲しいし、私もお兄ちゃんを()したい。

けどだからって何も私だけを愛する必要性はないのだ。

 

「別に問題ありませんよ」

「……ほぉ。何故だ?」

 

私が不適に笑いながら織斑先生にそういうと、私の内心をある程度読み取ったのか、織斑先生が不適に笑った。

そんな織斑先生に、私は振り向きつつ、こういった。

 

「恋は障害が多いほど燃えるんですよ? それに、私、負けるつもりはないですし、この程度でお兄ちゃんとの絆がどうにかなるなんて思ってないですから♪」

 

ナンバーワンの座は……譲るつもりはないけどね♪

 

その私の言葉で、どこまで私の内心を察したのかはわからないけど……織斑先生は苦笑していた。

 

 

 

 

 

 

「では済まないが私はこれから会議があるため学園に戻るぞ」

 

「はい!」

「了解です☆」

「はっ。了解いたしました」

 

学園に戻る教官に、三者三様の言葉を返し、俺と更識そして……山田先生は教官を見送った。

時刻はまだ昼前だ。

今から学園に戻ると言うことはおそらくお昼の後の午後から会議が始まるのだろう。

俺は山田先生に視線を向ける。

俺が顔を向けたことで、山田先生がビクッと身構える。

それを見て俺は何となく小動物が怯えているのを連想してしまい、心の中で苦笑した。

 

少し肩の力を抜くか

 

「山田先生はお戻りにならなくても大丈夫なのですか? 自分と更敷の買い物に無理して付き合っていただく必要はないですよ?」

 

なるべく優しく、そして山田先生が邪魔ではないと伝わるように言葉を選ぶ。

その意図を察してくれたのか、山田先生は若干慌てながら言葉を返した。

 

「だ、大丈夫です! 今日は一応オフですし、急ぎの仕事だってありません!」

 

勢いよく返事をして、その勢いのままに俺へと接近してくる。

そんなもんだから顔が目と鼻の先に……。

 

「や、山田先生?」

「あ、す、すいません!」

 

そう言って大急ぎで俺から離れていく山田先生。

その顔が真っ赤になっているのは俺の気のせいではないと思う。

 

「……とりあえず時間も時間ですし、ご飯でも食べにいきません?」

 

この場の空気を変えるためか、少々大きな声で、更敷がそう提案してくる。

渡りに船だったので提案に乗ろうとした俺だったのだが……。

 

「……更敷?」

「なあに? お兄ちゃん?」

「なんか不機嫌じゃないか?」

 

声は普段通りだし、表情だって笑顔なのだが……身にまとっている雰囲気というか威圧感からいってオーラだろうか? が、明らかに普段通りではない。

 

「別に私はいつも通りだよ?」

「しかし……」

「それよりお腹空いたしご飯にいこうよ♪」

 

ガシッ

 

「お、おい」

 

そう言いながら更敷が俺の腕に抱きついてくる。

そうなると当然……そこそこ、いや大分?…… 大きな更敷の胸が腕に当たる。

 

「……だからお前は。嫁入り前の女がこんな軽薄な行動を」

「前も思ったけど、その考え方古いよ? 仲のいい男女が腕を組むなんて今じゃ普通だよ? 折角のオフなんだから楽しまないと。ね、山田先生?♪」

「え?」

 

自分に話題が振られると思っていなかったのか、山田先生が素っ頓狂な声を上げて、更敷へと視線を投じて一瞬固まった。

 

ん? なんだ?

 

なんだかわからないが山田先生が一瞬固まり、すぐにむっとした顔になった。

むっ、と言っても端から見たらわからない程度だ。

表情というより、雰囲気がむっとしている感じだった。

山田先生の視線の先、更敷の顔へと俺も目を向けるが、頬を若干赤くしながら笑っている。

何かしたのかわからないが、更敷がそこまで失礼なことをするとは思えないのだが。

そう考えていると、すぐに俺の腕から体を離し、次いで俺の手を握って先に進む。

 

「お、おい」

「時は金なり。時間は有効に使いましょう」

「その通りだが」

「ちなみにお兄ちゃんの奢りね♪」

「……了解」

 

出しに使った手前、あまり強くでられない。

まぁたかだか三人程度の食事代なぞたかが知れている。

 

「山田先生もいきましょう! お兄ちゃんの奢りですよ!」

「い、行きます!」

 

何故にそんなに気合いが入っている?

 

更敷に促され、山田先生が力強く返事をして、更敷とは逆の方……つまり俺を挟む形で並んだ。

その背中には異様な気迫が……。

 

「……負けませんよ」

「望むところです♪」

 

……何を?

 

二人の会話がわからない。

が、何故か聞くのは憚られて、俺はまるで二人に連行される宇宙人のように引きずられていった。

 

 

 

レゾナンスのイタリア料理屋で昼食を済ませ、俺、更敷、山田先生は色々な物を見て回っていた。

その際、更敷が先ほどの出しに使った代償として、そんなに高くないが決して安くはない、腕時計を俺に買わせた。

給料を貰っているし、普段から世話になっているのも確かなので別に構わなかったが。

それに……

 

「ありがとう、お兄ちゃん……。大切にするね♪」

 

買った物が入っている袋を胸で大事そうに抱えながら笑顔で言われたら、その程度安い物だろう。

そして更敷にプレゼントをしたことで、俺は一夏の誕生日プレゼントのことを思い出した。

 

……そう言えば何を買おうか?

 

はっきり言って何も考えていない。

別に男友達なので何を送っても構わない……少なくとも女性にプレゼントを贈る時ほど気を遣わなくてもいいだろう……だろうが。

 

どこかにいい店はない物だろうか?

 

「どうしたんですか? 何か捜し物ですか?」

 

俺が辺りを見渡しているのを見て、山田先生が俺に親切にもそう話しかけてくれる。

 

「いえ。実は一夏の誕生日が近い物でして。友人として何を買えばいいのか悩んでまして……」

「織斑君の誕生日近いんですか?」

「えぇ。今月末の27日です」

「大会の三日後ですか」

 

大会……、学年合同タッグマッチのことである。

 

学年合同タッグマッチ

文字通り学年の枠を越えた二人一組のパートナー同士の対決である。

各専用機持ちの実力向上を考えての大会である。

先日も襲撃を受けたため、それを配慮してのタッグマッチ形式になった。

というのも理由の一端だが、やはり連携力というのはどこにいても欠かせない要素であるのでそれをはぐくむという意味合いももちろんある。

 

……一夏誰と組むんだろうな

 

専用機持ち同士のタッグマッチなので、当然専用機同士が組むことになり……当然一夏も参戦することになるだろう。

が、そうなるとそれぞれ専用機を持っている一夏ハーレム軍団が黙っていないだろう。

またぞろハーレム軍団の争いになりそうだ。

 

……巻き込まれないようにしないとな。……そういえば

 

そこまで思考がいってから、俺は身近にいる専用機持ち更識へと目を向ける。

当然更識もタッグマッチに参戦することになるだろうが、誰と組むのだろうか?

 

「……タッグマッチかぁ」

 

その更識は、何かぶつぶつと呟きながら思案に躍起になっていた。

それがもしも動きを止めている状況……イスに座っているとかならば問題ないのだが今は歩いている状況だ。

もしも誰かにぶつかったりしたら……

 

ドンッ

 

「きゃっ!?」

 

やれやれ

 

案の定、人とぶつかり体勢を崩している。

裏の名家の当主として相当な力量を有している更識らしくなかった。

が、とりあえず今はどうでもいいので俺はその更識を抱き留める。

 

ポン

 

「お、お兄ちゃん!?」

「大丈夫か?」

 

倒れかけたのを助けたからか、更識が珍しく動揺している。

すっぽりと俺の腕の中で収まった更敷。

顔を赤らめて縮こまってしまっていた。

 

……珍しいな

 

武芸者と言ってもいいほどの腕を有している更敷が、ここまで無防備になっているのは珍しかった。

更にここまで感情を発露させるのも珍しい。

基本的に感情なんかは表に出さないようにしているというのに。

 

「立てるか?」

「あ、うん! ごめんね」

 

……どうしたんだ?

 

いつもなら何かからかってきそうだというのに。

何もせずに離れるというのは実に珍しいことだった。

が、俺も少々他の事を考えていたために余りその事を深く考えられなかった。

 

何というか……女らしくなったなぁ

 

幼少時に会った更識楯無。

当時は六花という名だったが……家を継いで楯無と名を改めた更識。

再会しても、幼少時のイメージが強すぎて余り女と見ていなかったのだが……今抱き留めたことで改めて認識した。

 

成長したんだな……

 

抱き留めた服越しに感じた、更識の体。

無駄なく鍛えられつつも、筋肉で強ばらず、何というか……女性独特の柔らかさというか、男の俺とは全く違った感触だった。

しかも体重が軽かった。

更識のことだから無駄なダイエットなどはしてないだろうが、それでも軽く感じられた。

当たり前なのだが、成長していることを今ようやく認識した。

 

 

 

更識……六花も、女になっているのだと

 

 

 

まぁだからといってこいつを女とは感じないのだが

 

幼少時のイメージが強すぎるために、今改めて認識した女だという考えも薄れてしまう。

 

 

 

本当はそれだけでは……なかった(・・・・)のだが……

 

 

 

「ごめんね。ちょっと考え事してて」

「お前があそこまで呆けるのは珍しいな。何を考えていたんだ?」

「えっと……せ、整備のこととか?」

 

……言いにくい事みたいだな

 

言い淀み、明らかに考えていたこととは別のことをしゃべった更識を見て、俺は直ぐに話題を変える……というかその話題に乗ることにした。

別に無理して聞く必要性はない。

 

「整備か……数ヶ月前まで自衛隊でISを整備していたのが遠く感じるな」

「ISの整備? 門国さん、整備も出来るんですか?」

 

山田先生も雰囲気を察してか、俺の話題を繋げてくれた。

俺はそんな山田先生に感謝しつつ、さらに言葉を続ける。

 

「えぇ。も、というかもっぱら私は整備をしていました。整備兵でしたから」

「そうなんですか?」

「はい。一般兵装はもちろんISの整備も任されていましたので、最低限の知識はあります」

「謙遜だなぁ、お兄ちゃんは。部隊内じゃ一番の整備だったんでしょ? もっと誇ろうよ」

 

ようやく調子を取り戻したのか、更識がニマニマしながら俺にそう言ってくる。

その事に多少安堵しつつ、俺はその言葉に呆れながら言葉を返す。

 

「一番かどうかは知らないが確かに信頼されていたが……どうしてそれをお前が知ってるんだ?」

「私の所にもそう言った情報は入ってくるんだよ? 何せ私は当主ですから」

 

答えを言っているようで答えを言っていない更識。

確かにこいつの力を使えば、俺が整備を行っていたことを知ることなど造作もないだろうが。

 

「でもさ……」

「ん?」

「整備の腕はすごいのかもしれないけど、もう少し自分の体をいたわってよ。まだ完治してないのに、放課後とか自分のISの整備してたでしょ?」

 

 

 

素直な思いを言う。

怪我がまだ治りきっていないのに、無理をしてまで整備を行っていることを、私は知っていた。

するとお兄ちゃんは少し驚いて……そして直ぐにやれやれっていうか、仕方ないな、みたいな顔をして私の方へと顔を向ける。

 

「やれやれ。どうして知ったのやら……まぁいいか。整備をするのは当然だろう」

「そうかもしれないけど……」

「訓練後は単純な整備しか行っていない。それこそ誰にでも出来るレベルの簡単な整備だ。自分の得物の整備も出来ない人間に、得物を使う資格はない」

 

厳しいとも取れる、お兄ちゃんの意見と確固たる意志が籠もった言葉を放つ。

 

「でもそうすると織斑君もそうならない? あの子まだ整備室知らないかもしれないよ?」

「そうだな……。そう言う意味ではあいつはだめだと思う。確かにISには自動調整機能や、自動整備機能も付いているが、本当の意味で得物と一体化するには少しでも自分でいじらないといけないからな」

「……厳しいね」

「当然のことだろう? 俺たちは遊びでISという兵器(・・)を使用しているわけではない。操作ミス、整備ミスというくだらない言い訳をしていい立場ではない。ましてや軽々しくアレを使うなど……本来ならばあってはならないことだ」

 

さすがお兄ちゃん。整備士だっただけあって意見も厳しいね

 

確かにお兄ちゃんの言うことはもっともだった。

何せISというのは現行兵器を全て無力化した存在。

ほぼ生身に近い形で、威力で戦車の主砲を凌駕し、速度で戦闘機を超越し、防御で多重複合装甲すらも越境した。

間違いなく史上最強の兵器であり、武器なのだ。

だけどそれだけすごい物だと、それ相応に複雑、多様化している。

お兄ちゃんは単純な、簡単な整備と言っていたけど、それだって戦車や戦闘機なんかを整備している整備士では手も足も出ないほど高度な知識と腕を要求される。

だからこそ高校と同じ位置づけにあるIS学園にも整備課という課がある位なのだから。

 

まぁでも確かにその通りだけど

 

確かに整備課は存在するけど、それに甘えていい訳ではない。

整備は勉強さえすれば誰にでも出来る物だってもちろんあるのだ。

仮に整備出来なくても掃除というか……汚れをふくこと自体は誰にだってできる。

人馬一体という言葉があるけど、お兄ちゃんは地でそれをいきそうな勢いで整備を行っているのだ。

おそらく、学園内では一部の人間を除いてお兄ちゃんと同等の整備が出来る子はいないはず。

 

「だからそう言う意味で俺は学園が苦手とも言える。確かにまだ学生なのだが……それにしたって兵器を扱っているという自覚が希薄すぎる。そこらをもっとどうにかしないといけないと思うが、それでも学生は学生らしくていいと思ってもいて……そこら辺の線引きが難しいな」

「……ごめんなさい」

 

そんなお兄ちゃんの意見は、学園を運営している側の人間である教師……つまり山田先生にとっては痛い言葉でしかなかった。

隣りで聞いていた山田先生はお兄ちゃんの言葉に傷ついてがっくりと肩を落としている。

それを見てお兄ちゃんが慌てた。

 

「え、いえ! 決して山田先生が悪いと言っているわけではありません。あくまでも学園全体の問題であると思っておりまして!」

「でも、その学園を運営しているのは私たちで……。本当にごめんなさい」

「え、えっとその……さ、更識!?」

 

あわてふためくお兄ちゃんが私にヘルプを頼んできたけど、すでに私は少し遠くへと離れていた。

そして頭上のプレート……トイレの案内板を指さしてにこやかに笑う。

 

裏切り者!!!!

 

といっているのが表情で感じ取れたけど、無情にも私はその場から離れ、雑踏へと紛れる。

これで当初の予定を果たすことが出来た。

 

観察観察~♪

 

二人きりにするのに少々不安は残るけど……微妙な空気にしてから離脱したので大丈夫だろうと、私はそう自分を納得させた。

でもとりあえず離れておかないと気づかれてしまいそうだったし、また嘘はよくないので、私はそのまま早足でトイレへと向かった。

 

 

 

「失礼しました門国さん。その……お見苦しいところを」

「いえ、こちらこそ。失礼なことを言って申し訳ありませんでした」

 

更識が無情にも離脱してから、俺の拙い言葉でどうにか山田先生に復活してもらった。

端から見たらどういう絵図だったかは……考えたくない。

更敷がトイレに行った以上、あまりここから離れるわけにもいかないので、手近の店を物色する。

そこで先ほど更敷に腕時計を買ってあげたことを思い出した。

 

なのに一緒に行動している山田先生に何もないというのは……あまりよくないよな?

 

こういった経験は皆無だが、さすがにそれぐらいのことはわかる。

教師に生徒が個人的に贈り物を送るのは、あまり褒められたことでもないかもしれないが、そこは割り切っておくことにする。

が……

 

な、なんて話しかければいいんだ?

 

妙齢の女性と二人きり、という状況が俺の心を波立たせる。

別にこれが初めてというわけではない。

今まで部屋に女性と二人だけ、という状況もあった。

主に整備室でIS操者と打ち合わせないし会議で、だが。

色気の欠片もない。

さらにいえばそれはあくまでも会議であって、決してこういうプライベートな時間ではなかった。

だからそれらの経験はほとんど意味はなく、どうすればいいのか全く持ってわからない。

が、話しかけないとこのまま互いに話さない、気まずい空間になるのが目に見えていたので、勇気を振り絞って俺は話しかけることにした。

 

「山田先生」

「は、はい!?」

 

突然話しかけられて、山田先生が慌てながら返事をくれる。

が、かなり勢いよく振り返ったものだから足が絡まってしまい、転びそうになった。

なんとなく予見していたので、俺は慌てることなく山田先生の肩を抱き留めた。

そしてすぐに姿勢を直して離れる。

 

「失礼しました」

「こ、こちらこそごめんなさい!」

 

以前にもこんな事があった気がしたが、その時よりも緊張してしまう。

あの時はまだ山田先生を女として極力意識しないようにしていたのだが、山田先生が抱いているかもしれない感情に気づいてしまった今となってはだめだった。

 

……思春期の少年か俺は

 

何というか……余りにも女性との接し方を知らない自分が悲しかった。

 

「な、何を見てらっしゃったのですか?」

 

さらに気まずくなってしまった空気を払拭しようと俺はすぐに山田先生へと話しかける。

声が若干裏返りそうになっていたが、山田先生も慌てていたのか、特に何も言わなかった。

 

「へ? えっと、あれを見ていました」

 

そう言って山田先生が指差したのは一軒のぬいぐるみ屋だった。

 

「ぬいぐるみ?」

「はい。このクマさんがかわいいなって。えっと、ヘチャクマ?」

 

どうやら山田先生も初見のキャラクターだったようだ。

抱きかかえるくらいのサイズの大きさのそのぬいぐるみは、童顔で身長が低く見えてしまう……もっといえば年下に思えてしまう……山田先生が持っていると、なんかすごい和んだ。

自然と柔らかな表情になってしまう。

 

「買いましょうか? そのぬいぐるみ」

 

 

 

「え?」

 

門国さんのその申し出に、私は思わずきょとんとしてしまう。

そうしてわたしが呆けていると、門国さんは私が持っているのとは別のぬいぐるみを手にとり、値段を調べていた。

 

「……五桁か。まぁ結構でかいしな」

 

とか独りで呟きながら勝手に決めてレジへと向かっていく。

 

「ち、ちょっと待ってください!」

 

そんな門国さんを私は大急ぎで止めた。

 

「ど、どうして門国さんがそんなことをするんですか!?」

「なんだかんだで、ストーカー事件のお詫びとか何もしていませんでしたし、それに自分が入院していたときも、何度もお見舞いにきてくださったじゃないですか。そのお礼です」

「で、でも!?」

 

確かに門国さんの言うとおり、入院中とかにお見舞いはよく行ったけど、それはあくまでも私を庇って怪我を負ってくれた門国さんに対する私からのお礼であって……。

ストーカー事件はむしろは私が迷惑をかけてしまったし。

それなのにその行為のお礼をされてしまっては、あべこべっていうか……本末転倒で。

っていうか病院……

 

その時……私の脳裏にあの時の記憶が……おでこにキスをしたことがよぎった……

 

!?!?!?!?!!?!?

 

「別に深く考えくていいですよ。確かに山田先生としてはそうかもしれませんが自分は嬉しかっ……どうしたんですか?」

 

突然離れて慌てだした私に、門国さんが頭に?マークを浮かべる。

だけど私はそれどころではなかった。

 

思い出さないようにしていたのに!!!!

 

完全に自爆だった。

あの時の行動は今をもってしても、なんであんなことをしたのかわからない。

魔が差したというのかもしれないけど……それだけであんなことをしてしまったのは初めてだった。

 

まぁ……男性とこんなに親しくしたのは初めてだけど

 

私は目の前の人物に視線を向ける。

門国護。

自衛隊に所属し、年齢も二十歳と……最初こそもっとも身近な男性と言えた、織斑一夏君よりも年齢的により身近になってしまった存在だった。

 

年齢の為か……生徒と見ることも出来なくて

 

年齢だけじゃなく他にも何度も助けてもらったりしてしまって、気になる存在になってしまって。

だから今日こうして門国さんと一緒に買い物に出かけられたのは喜ばしいことなんだけど……。

 

だからって物を買ってもらうのは違う気がする!

 

ということで必死に止めようとするんだけど……。

 

「門国さん。本当にお礼なんていいですから。そもそも私の命を助けてくれたお礼なのに、そのお礼をされたら私の立つ瀬がありません!」

「ですが……それだと自分の気が済まないのですが……」

「いいですから! とりあえず戻しましょう!」

 

このままだとこのぬいぐるみをそのままレジへと持って行きそうだったので、私はぬいぐるみの足を持ってどうにか門国さんの動きを止めた。

だけど門国さんもぬいぐるみを離そうとしない。

 

「いえ、ですが……」

「ほんとうに……い・い・で・す」

 

ミチミチミチ

 

二人して意地になってぬいぐるみを引っ張り合う。

そのためにぬいぐるみからあまり穏やかじゃない音が響いていたのだけれど……半ば興奮していた私たちにはそれに気づかずに……。

 

ブチッ

 

「「あっ」」

 

見事に私が掴んでいたぬいぐるみの右腕の付け根辺りが破けてしまった。

予想していなかったこの状況に……二人して固まる。

 

「……あの、お客様? その……そう言った行為は困るのですが」

 

当然お店が黙っているわけもなく、一人の女性の店員さんが私たちに近寄ってくる。

その顔は一応体裁として笑顔を保っていたけど……その顔は若干歪んでいて……。

 

「す、すすすすすいません!」

「も、申し訳ありません。きちんと弁償させていただきます!」

 

私たちは二人して慌てながら店員さんに頭を下げたのだった。

 

 

 

ふむ、なるほど。お兄ちゃんとしてはほっとけない感じの人になっているのかな?

 

少し離れた場所から……具体的には建物の二階の吹き抜けから、一階のぬいぐるみ売り場にいるお兄ちゃんと山田先生を観察しながら、私はそう内心で呟いた。

お兄ちゃんは女性を苦手なのは間違いなく、当然それは山田先生も同じはずなのだけれど、それ以上に庇護欲を感じさせられてしまっているようだった。

何度も救っている内に年下……というか妹みたいに思っているのかな?……に見えてしまったのか、緊張はしているみたいだけど、会話が成立していた。

 

まぁそれでも体が接触していないっていうのが大きいんだろうけど

 

確かに山田先生は見た目っていうかその童顔のせいで年下に見えてしまうかもしれないけど、体つきは間違いなく女らしい。

いやらしい目線を向けているっていうことはお兄ちゃんに限ってあり得ないだろうけど……間違いなくお兄ちゃんからしたらもっとも意識している()かもしれない。

結局破れてしまった物をお兄ちゃんが購入することで目処が付いたようだった。

だけど別に問題はない。

最低限の家事スキルを持っているお兄ちゃんなら、ぬいぐるみを縫いつけることくらいは簡単だろう。

破けてしまったと言ってもそこまでひどい訳じゃなさそうだし。

店員さんも気を遣ったのか、ラッピングをして肩の破れが見えないように包装していた。

それを山田先生は胸に抱きかかえながら大事そうに抱えていた。

その顔には恥ずかしそうにしながらも、しっかりと笑顔が刻まれていて……。

 

これはちょっとまずいかも……

 

情報を入手することには成功したけど……どうやらうかうかしているわけにはいかないようだ。

だけど負けるつもりはさらさらない。

山田先生が女としてお兄ちゃんに迫るならば私は女で、妹として迫ればいいのだ。

 

妹ってのがちょっと悔しいけど……それでもそれで負けたら悔しいからね

 

敵の戦力を改めて分析した私は、今後どうやってお兄ちゃんを攻めていこうか、対策を考えながら、二人の元へと向かった。

 

 

 

 




ぬいぐるみにしたけど……どうでした?
いやね。貴金属類でもいいかなと思ったんですけど……な~んかただの知り合いって言うか、教師に送るのはあまりにも「重い」かな? とおもって却下して、鉢植えとかいいかなと思ったけど「安すぎる」し、じゃあ何が言いかね? と思っていたらなんかふっと、手足を前に突き出した決行ででかい……女性の上半身を隠せるくらいの……クマのぬいぐるみを両手で抱きかかえている山田先生の構図が頭に浮かびまして……
だってなんかすごく……かわいく思えたから……あとなんて言うの? こう……横から見るとぬいぐるみで胸が溢れているっていうか潰れているのを想ぞゲフンゲフン

まぁそんなわけで、シャルロットと蘭の両手に花状態での買い物の最中、護さんも両手に花でキャッキャウフフしてましたよな、話と相成りました。
展開速いかもしれないけど次は原作七巻へと突入します~

もっとも書きたい話が目前だぁ~

こうご期待!


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頼まれごと×3

「なぁ、護」

「何だ?」

 

更識、そして山田先生との買い物を終えて帰ってきた俺は、早速ぬいぐるみの縫いつけを行い、その後夕食を早々と済ませて自室に引きこもり、一夏が夕食に行っている間に友人に頼み事(・・・)のメールを送り、それを終えて自身のIS、守鉄のステータス画面を見つめていると、シャワーから上がった一夏が俺へと声を掛けてくる。

俺はステータス画面を閉じると一夏へと振り返った。

 

「護って……進路どうするんだ?」

「……いきなりだな」

 

進路、進む道、将来の自画像。

言い方は様々だが……まぁ自分がどんな仕事に就くか、でもいいだろう。

そんなことを突然聞いてきた一夏に、俺は思わず顔をしかめてしまう。

 

「いや、今日買い物している最中にシャルの立場とか聞いてさ。ちょっと気になって」

「シャルロットさんの立場の話というと、代表候補生の話か?」

 

俺の言葉に一夏が頷く。

何でもシャルロットさんが誕生日プレゼントに腕時計を買ってくれたらしく、その時給料の話になったらしい。

代表候補生は一応公務員のような立場なので給料が支給される。

その話から候補生の話へと発展し、将来自分がどうするかをちょっと考えたらしい。

まだ一夏は俺と違って純粋な高校生、しかも一年生なのでそこまで考えなくてもいいのかもしれないが……一夏の特殊な立場を鑑みればそうも言ってられないのかもしれない。

 

世界で二人しかいない男のIS操者の片割れだしな

 

何でも国際IS機関での審議が長引いているので自分でもどう対処すべきか測りかねているようだ。

 

まぁ一夏のISは本人と相まって特殊だからな

 

IS開発者の篠ノ之束博士のお手製のISだ。

審議が長引くのも無理はないだろう。

 

「だから一応参考って事で……聞かせてくれると嬉しいんだけど」

 

聞くことに引け目を感じているのか、言葉にあまり力がなかった。

だがそれでもある意味で先行き不安なので身近な人間の意見を聞いてみたくなったのだろう。

 

「別に構わん。俺としては自衛隊に戻りたいのだが……まぁ一夏と同じでそう簡単に戻れそうにないんだよな。元々自衛隊に所属していたから不可能じゃないんだが……やはりデータが欲しいらしくて」

「あ~。やっぱり護もそうなのか?」

「幸か不幸か、俺も一夏と同じで稀少な存在なのだろう……世間から見ればだが……。自衛隊に戻るとなると事実上日本が男の操者一人を独占する形になるからな。日本としても大声では言えないが余り好ましくないのだろう」

 

元々自衛隊の人間なので戻るのは簡単だ。

だが方法が簡単でも、状況がそれを許さないのであれば……正直難しくなってしまう。

ISそのものにそこまで特殊性……単一仕様能力(ワンオフアビリティー)はあくまでも能力である……がないため、一夏の白式ほど話はこじれないが、こじれることに代わりはなかった。

 

「俺の希望は自衛隊に戻ることだが、政府というか世界各国としては、世界中を回ってISのデータを収集するための操者……身も蓋もない言い方をすると実験体(モルモット)になってくれると一番いいみたいだが」

「……実験体(モルモット)って自分で言うなよ」

「取り繕ったところでやっていることはそれに代わりはない」

 

これが世界各国の間で導かれた案の一つ。

期間を決めてその間、俺にISに乗せてのデータ収集を行う世界的人材派遣人員となることが、もっとも国家間に軋轢を生まなくて済むらしい。

またデータも取れるのである種で貴重な存在となりうるみたいだった。

 

「そしてもう一つ。これは教官から提示された案なのだが……」

「? 千冬姉から?」

「あぁ、実は―――」

 

 

 

~先日~

 

「IS学園の教師……ですか?」

「あぁ。どうだ?」

「いえ……どうだと言われましても……。いきなりすぎて何とも」

 

特訓中に突然突拍子もないことを言い出した教官に、俺は思わず面食らってしまった。

訓練が一段落し、しばしの小休止になったときに言われても、疲れている頭では余り考えることが出来なかった。

だが内容が内容なので、人に聞かせるわけにも行かないのだろう。

だからこそ二人に容易になれる訓練時間を選んだのだろう。

 

「貴様はある意味で一夏よりも特殊……というか厄介な立場の存在だ。自衛隊に所属しているのがある意味でネックとなっている。先ほど話した実験体になることが一番平和的なのだが……お前が耐えきれるとも思えん」

「……同感です」

 

我が事ながら情けないが、そんな生活……ISの研究と言うことで女性が少なからずいる環境下に、しかも世界中の研究機関に赴いていては俺の精神がすり切れるのは目に見えている。

 

「それに貴様のお母上のこともある以上、余り長い間日本を離れるのは避けたいだろう」

「……その通りです」

「そこで、貴様にはIS学園の教師……整備課の教師になるのはどうだ? まぁ研究所に行くよりも女だらけの職場となるが……日本を離れなくていいというのは貴様にとってもいいことだと思う。またここならば世界中にデータを開示することが出来るので、先ほど言った問題も解決することが出来る」

「……確かにある意味で理想的ですね」

 

女性だらけという点を除けば……

 

世界各国を飛び回らなくて言い分、肉体的な負担は少ないかもしれないが、女性だらけという点では上回っていることは間違いないので、どちらがいいのかははっきりとしない。

 

「教職の科目を履修しなければならないが……貴様ならば頭脳に問題はないのだから期間さえクリアすれば簡単のはずだ。また貴様の自衛技術や整備技術など……学園側としては貴様が教員になってくれれば、得体の知れない人間を雇うよりも遙かに安価でいい買い物になる。それに貴様ならば、生徒に対して不祥事を起こすこともあるまい」

「はい。する気は全くおきませんね」

 

最後の台詞には俺は力強く断言した。

劣情を催して、欲求不満で生徒に手を出す、といって事はほぼありえないだろう。

女性に触れただけで卒倒するようなへたれな俺が、そんなことを出来るとは思えないし、する気もない。

 

「まぁ話が急すぎるし、まだ先の話だ。とりあえず頭に入れておいてくれ」

「はっ」

「よし、では訓練を再開する」

 

 

 

~現在~

 

「ってなわけだ」

「へぇ~」

 

俺は護の話を聞いてしきりに頷いていた。

確かに仮にIS学園の教師になるのならば、確かにそこまで表だって問題が起こることはないだろう。

元々データ取りのためにこのIS学園に入学したのだから、各国も文句は言いにくいだろう。

実際データは提供するのだから、独占は出来ないけど、データを得られることに代わりはないのだから。

 

「だが……正直教師になるのは気が引けるというか……」

「あ~。護女性が苦手だもんな」

「あぁ。とてもではないが……この女性だらけの学園で、苦手な女性に物事を教えるという……自分の姿が想像出来ん……」

 

ア~わかる気がする

 

その護の言葉に俺は頷くしかなかった。

俺は教師になるつもりはないけど……仮に教師になっても、なんか生徒の女子にしっちゃかめっちゃか振り回される気がしてならない。

 

「教師か~。いいんじゃない? お兄ちゃんなら似合いそうだし」

「「へ?」」

 

二人して間抜けな声を上げる。

第三者の声がした方へと目を向けると、制服姿の更識先輩が、こっちに向かってきていた。

 

「は~い。お兄ちゃん、織斑君こんばんは」

「こ、こんばんは」

「気配を消して侵入するな。……前にも言ったが余り男の部屋に出入りするなと」

 

護が更識先輩にいつものように小言というか、注意していたけど《ちなみに俺も同意だ》そんなことなどどこ吹く風、といつものように居座る更識先輩に半ば諦めたようだった。

護に若干に睨みつけられながら、更識先輩が護のベッドへと腰掛ける。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

「うん、えっとその……織斑君にお願いがあって……」

「俺にですか?」

「……うん」

 

更識先輩にしては歯切れの悪い口調で、頷いた。

しかもこの部屋にきた原因が護じゃなくて俺にあるのも珍しかった。

護と顔を見合わせるけどわかるはずもなく、二人して更識先輩の言葉の続きを待つ。

二人の男の視線に晒されて、若干居心地悪そうにしていたけど、直ぐに決意を固めたのか……

 

パンッ!

 

と、突然乾いた音と立てて手を合わせて、いきなり拝まれた。

 

「え、えっと?」

「妹をお願いします!」

「はい!?」

 

突然の言葉に何がなにやらわからず、俺はもちろん護も不思議そうにしていた。

 

 

 

「妹さん……ですか? 俺と同学年の」

「うんそう。名前は更識簪。あ、これ写真ね」

 

一夏へと見せる携帯画面を俺も一夏の後ろから覗き込んだ。

眼鏡を掛けた顔で姉である更識と同じセミロングの髪型をしているが、癖毛が内側を向いているのが違いといえば違いだった。

まぁそれと雰囲気も活発と言える更識に比べればどことなく陰りを感じる。

 

ほぉ。簪ちゃんも結構変わったな

 

幼少時の簪ちゃんと、携帯の画面に映っている姿は当然のごとく、全然違ったものだった。

だがそれでも雰囲気はどことなく似ているのだが……以前よりもとげとげしさが感じられる。

 

というか人を寄せ付けない感じだな

 

「あのね……その……私が言ったって絶対に言わないで欲しいんだけど……」

「はぁ……」

 

あまりにも普段の活発さというか……傍若無人とも言える態度とは180℃回転しているその態度に一夏が面を喰らっていた。

 

「妹ってその……ネガティブって言うか……その……ね……」

 

必死に言葉を選ぼうと考えているみたいだが……

 

「その……暗いのよ」

 

結局ばっさりとストレートに言った。

そしてその台詞に俺は若干の違和感を覚える。

 

暗いだと? 簪ちゃんが?

 

幼少時、更識の後ろにチョコチョコとついて回っていた簪ちゃんは、俺なんかが武道のことなんかで更識に教えていて俺が注意したりすると「おねぇちゃんをいぢめるな!」と言って俺に怒っていた感じの子だったのだが……。

しかしその当時の簪ちゃんは四歳だったので、あまり当てにはならないのだろう。

 

十年以上経っているしな

 

「そ、そうですか」

 

一夏もどう反応していいのかわからず、戸惑っている。

更識の感じが余りにもいつもと違うから戸惑っているのだろう。

 

「でも実力はあるの。あの子専用機持ちで日本の代表候補なんだけど……専用機がなくって」

「はい?」

 

専用機がない専用機持ち……意味がわからないな

 

「はい? って……織斑君のせいなのよ?」

「へ!?」

 

自分が原因と言われて驚く一夏だが、俺は何となくその原因としているところの理由がわかった。

 

日本(・・)の代表候補だとすれば……

 

「簪ちゃんの専用機の開発は倉持技研が行っていたんだけど」

「白式と同じところですか……」

「そう。白式に人員を全員回しているからいまだに完成してないの」

「な、なるほど」

 

予想通りだったようだ。

倉持技研というところだけが日本の専用機開発を行っているわけではないが、日本で開発するのは間違いない。

そうなると同じ国で開発された一夏に原因があっても不思議ではない。

 

「だから織斑君のせいなんだよ? わかる?」

「す、すみません」

 

別に謝らんでも

 

確かにある意味で一夏に原因があるように見えるが、どちらかというと白式開発を行っている倉持技研が一番の原因なのだから。

だがそれでも謝ってしまうのが一夏のいいところなのかもしれないが。

 

「それで妹を頼むって言うのはどういう……」

「あのね、今度各専用機持ちのレベルアップを図るために全学年合同タッグマッチって言うのが開催されるの」

「そうなんですか」

「お願い! そこで簪ちゃんと組んで上げて!」

 

珍しく下手に出ている更識。

拝まれた一夏は慌てていた。

 

「えっと……出来たら護とがいいんですが。何も考えなくて済むし」

 

更識の頼み事に戸惑いつつも、しかし俺とのタッグを望む一夏を非情……とは言えないだろう。

タッグマッチとなるとハーレム軍団が黙っていないから何かが起きるのは間違いない。

その点、俺と組めば誰もが納得するかもしれないからだ。

男と男ということでライバルにリードされることもない。

が……

 

「あ、残念だけどお兄ちゃんはタッグマッチから除外されてるの」

「え? 何でですか?」

「だってお兄ちゃんはあくまでも専属(・・)繰者であって専用機って訳じゃないから。それに他の子と違って特殊な装備を積んでないからその必要性も薄いし、他に仕事もあるから」

 

更識の言うとおりで、俺はあくまでも機体の専属操縦者であって、俺の専用機という訳ではないのだ。

機体だってパーツを換装したとはいえ量産型であるラファールリヴァイブだ。

タッグマッチに出場できないこと、その日に仕事があることはすでに通達されている。

確認の眼差しを向けてくる一夏に、俺ははっきりと頷いていた。

 

「そ、そうですか」

 

ちょっと残念そうにする一夏。

まぁ安全パイがなくなって、容易に想像できる阿鼻叫喚の状況を思って身震いしているのだろう。

が、更識があまりにもいつもと違うために、断るつもりはなかったようだった。

 

「わかりました。その更識先輩の妹さんと組ませてもらいます」

「え、うん……。いいの? だったら極力私の名前は出さないでね」

 

俺も見たことがないほどに、更識が異様なほどしおらしくなっている。

よほど簪ちゃんのことが大切なのだろう。

だが、その態度が余計に以前から思っていた俺の疑念に対して、信憑性を増していた。

 

なんかあったんだろうな

 

おそらく姉妹仲がそこまで良くないのだろう。

一夏もそれを感じたらしく……

 

「簪さんには俺から誘いますけど……あの、仲良くないんですか?」

「う……」

 

一夏の台詞で更識がしょんぼりとうなだれる。

それで俺も一夏も確信に至った。

 

何とかしてやれればいいが……

 

昔お姉ちゃん子だった簪ちゃんと仲が悪いのは俺から見ても心苦しい。

この態度を見る限り更識も仲直りしたいと思っているのは間違いないから、何とかして上げたいと思う。

 

「ならなるべく自然を装って接触しますね」

「ありがとう。それであの子ちょっと気むずかしいところがあるから気をつけてね。それと……お兄ちゃん」

「ん?」

 

一人色々と思案していると、俺に話の矛先を向けてきた。

俺はそれに反応すると、更識がさらに申し訳なさそうにして、手を合わせてお願いしてくる。

 

「お兄ちゃんにはその……整備士として簪ちゃんのフォローをお願いしたいの」

「整備士として?」

 

更識が俺に頼み事をしてくるのは別に珍しくなかったが、その内容が珍しかったので俺は一瞬きょとんとしてしまう。

 

「簪ちゃんはその……私に対抗して自分で機体を組上げようとしているの」

「機体を自分で? すごいな」

 

それは二人に対して賞賛だった。

一人でくみ上げたことのある更識と、対抗してとはいえくみ上げようとしている簪ちゃんに。

一夏もそのすごさがわかっているのか呆気にとられている。

 

うん? 対抗して?

 

その言葉に引っかかりを覚えたが……更識の話が続いていたので俺はとりあえず話を聞くことにした。

 

「私のは七割方完成していたし、薫子ちゃんに意見もらったり、虚ちゃんにも手伝ってもらったからってのもあるんだけど」

「え? あの二人って整備課なんですか?」

「そうよ、三年主席と二年のエース」

 

一夏が疑問に感じたことを口にする。

そして意外なその実力に呆けていた。

無論それは俺も同様だった。

 

「なのにあの子、本当に一人で組上げようとしてて……。幸いなことにあの子の機体は打鉄の後継機の打鉄弐式で、ラファールリヴァイブの汎用性を参考にしてるの」

 

あ、なるほど

 

それを聞いて俺は合点がいった。

確かにそれなら俺の知識と腕で力を貸すことが出来るだろう。

自衛隊で主に使用されていたISは打鉄とラファールリヴァイブだ。

それらの整備に関しては俺自身も多少の自信がある。

 

まぁ仮に自信がなかったとしてもどうにかするが……

 

こんなにもしおらしくしながら、人を引っ張っていくタイプで、自ら先陣を切る更識が頭を下げてまで人に頼み事をしているのだ。

大切な妹の頼みを無下にするつもりはさらさら無かった。

 

「わかった。俺の出来る範囲でフォローしよう」

「ありがとう」

 

断られると思っていたのか、不安に満ちていた表情に、安堵の感情が浮かぶ。

それを見て俺はさらに、頼み事ではない方の決意を固めた。

 

何とかして上げたいな……

 

妹のような存在がいると言っても、血の繋がっていない更識では、真の妹にはなり得ない。

本当の姉妹がいない俺としては真に更識の悩みを解決できるかわからないが……それでもこの大切な妹のために、何とかして仲直りさせようと、俺は誓った。

 

 

 

「織斑君、篠ノ之さん、門国さん」

 

二時間目の休み時間。

何とか授業について行けていることに安堵しつつ、俺が背伸びをしているときにやってきたのは、二年生の黛薫子先輩だった。

後ろには俺の席に来る前に連れてきたのか、箒と護がいた。

 

「どうしたんですか?」

「いやーちょっとお三方にお願いがありまして」

「お願い? ですか?」

 

突然の申し込みで箒も驚いているようだった。

護も同意見なのか、直立不動に起立しながら不思議そうな顔をしている。

 

「うん。私の姉って出版社で働いているんだけど、専用機持ちとして織斑君と篠ノ之さんを、男でIS学園に入学したって言うことで織斑君と門国さんにインタビューをしたいんだって。あ、ちなみにこれが雑誌ね」

 

そう言って差し出されたのはティーンエイジャー向けの雑誌だった。

しかし雑誌を差し出されても、それがどうしてISと繋がるのかわからない。

 

「えっと、雑誌とISって関係なくないですか?」

「アレ? もしかして、知らないの? こういう事ってみんな初めて?」

 

先輩の言葉に俺と箒は曖昧に言葉を返す。

が、護は多少知っているのか、特に表情に変化はなかった。

 

「専用機持ちって普通は国家代表とか候補生のどちらかだから、タレントみたいなこともするの。国家公認アイドルって感じだね。モデルって言った方が正しいかな?」

「そ、そうなのか護?」

「あぁ。自衛隊でも一人くらいしていた人がいたな」

 

へ~。本当に色んな事するんだな

 

十代のくせにとことん知らない俺だった。

がそれは箒もそうらしく、しきりに頷いていた。

 

そう言えばセシリアがイギリスでモデルしてたって前に言ってたな

 

そこで俺は以前写真を見せてもらったことを思い出した。

その写真は見事にドレスを着こなしたセシリアの写真で、強く残っている。

 

「出来たら受けてほしいんだけど……」

「その……専用機を持っていない自分もですか?」

 

今まで沈黙を破っていた護が疑問を放つ。

確かに護には専用機がないのだけれど……。

 

「確かに専用機はないですけど、門国さんは話題性満載なんですよ! 姉が是非ともつれてきて欲しいって言ってたんですよ。読者アンケートでもすごいらしいですよ? 男二人の事をもっと見てみたいって」

「そ、そうなのですか?」

「はい」

 

うわ、男二人って事は俺もか?

 

キーンコーンカ-ンコーン

 

そうして俺が内心で唸っていると、休み時間終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「織斑君、今日は剣道部貸し出しよね? 放課後に剣道部行くからよろしくね。出来たら門国さんも一緒に剣道部へきて下さいね! では!」

 

颯爽と立ち去る先輩。

まぁこのクラスの担任を考えるとそれは間違いなく賢い選択なのだけど……。

 

「……俺も行かないとだめか」

 

眠たげな表情のまま、護がげんなりとする。

女性だらけの空間に行くことを危惧しているのだろう。

だが、話が中途半端に終わってしまった以上逝くしかないと思っているのか、護がため息をついた。

そしてそれとほぼ同時にあくびをかみ殺していた。

 

「眠そうだな、護。昨日も俺が寝た後、何かしてたのか?」

「ん? あぁ。友人というか先輩に頼み事のメールと、ちょっと調べ物をな」

「ふ~ん。あまり無理するなよ?」

「あぁ。ありがとうよ」

 

護がすることなら、問題ないだろう。

護の場合はやっていることよりも、それで無茶をしないかということが心配だからだ。

そして俺たちはそれぞれ席へと戻る。

 

「席に着け。授業を始めるぞ」

 

それとほぼ同時に千冬姉が教室へと入ってくる。

どうやら今日は出席簿アタックの餌食になることはなかったようだった。

 

 

 

「タオルどうぞ」

「きゃー! 本物の織斑君だ!」

「こっちにもタオルちょうだい!」

「ねぇねぇ。私疲れてるんだけど……マッサージしてくれない?」

「そう言うサービスはしておりません!」

「ちぇ、織斑君のいけず~」

 

つ、疲れる

 

放課後、武道館で俺は練習を終えたばかりの剣道部員ひとりひとりにタオルを配っていた。

黛先輩の言うとおり、真疲れる事ながら、今日は生徒会の『織斑一夏の部活動貸し出しの日』である。

 

「ほい、箒も」

「……すまん」

 

面を外した箒にタオルを渡すが……何故か憮然としていた。

というか機嫌が悪そうだった。

練習している間はそこまででもなかったというのに……練習時間が終わって俺がタオルとかを配り始めたくらいからだろうか?

 

「何怒ってるんだ?」

「……怒っていない」

「いや怒ってるだろ?」

「怒ってなどいない!」

 

何故か激昂して俺に竹刀を振るってく……って、あぶねぇ!

 

ブン! と唸りを上げて迫ってくる竹刀を辛うじて避ける。

が、それでバランスを崩してしまって俺はこけた。

その俺に箒の竹刀がぁぁぁぁ!?

 

「チェストー!」

「うわぁぁぁ!」

 

パシン! 

 

パシャ←極小さい音

 

力一杯振り下ろしたにしては、軽い音がした……って痛くない?

 

「防具を着けていない人間に竹刀を振るうのは……あまり褒められたことではありませんよ」

 

え?

 

こけている俺の上のほうから声が聞こえてくる。

痛みにこらえて目を閉じていた俺を庇うように、護がいた。

振りかぶっていた竹刀を素手で掴み取っている。

箒としては全力だったのか、それを止められて驚いていた。

 

「た、助かった護」

「別に大したことじゃない」

 

そう言いながら護が俺を助け起こしてくれて……

 

パシャ

 

その時、シャッター音が聞こえた。

そちらへと目を向けると、そこにはカメラを構えた黛先輩がいた。

 

「いや~。門国さんって本当に飽きさせない被写体だなぁ」

 

と、笑っていた。

どうやら何枚か写真に撮られてしまったようだった。

そして何故か周りの人たちも騒ぎ立てていなかった。

 

というか……なんか目が変な色に染まっているような……

 

隣の女子なんかとひそひそと話をしている。

その目が、っていうか雰囲気が異様なオーラを纏っていて……。

 

「や~や~門国さんに織斑君。さっきのお話の続きなんですが」

「はぁ。あの話ですか……」

 

周りの反応が気になったけど、話しかけてきた先輩を放置することも出来ない。

だけど俺と護は、黛先輩の言葉に余りいい反応ではできなかった。

動物園のパンダみたいな扱いをされるのは何度か経験があるが、だからといって進んでなりたいとは思わないのは当然のことだろう。

 

箒はどうするんだろうな?

 

俺と護は不承不承ではあるが、受ける方向でいるつもりだが、箒が嫌がるのならば考え直さないといけないだろう。

そうして箒の方へと目を向けたのだけど……。

 

「……」

「箒?」

 

何故か呆然として固まっている箒がいた。

俺が心配になって箒の肩を掴んで振り向かせる。

 

「箒? どうしたんだ?」

「!? 一夏! 脅かすな」

「いや、脅かすなって……。どうしたんだ? ぼけっとして」

「な、なんでもない!」

 

そう言ってふいっと顔を背けてしまう。

その反応に訝しむ俺だったが、わからないので無理に聞こうとはしなかった。

 

「そんな嫌そうな顔しないでよ。別にちゃんとお礼だってするし」

「お礼……ですか?」

「そう、これ!」

 

と言って黛先輩が取り出したのは一冊のパンフレットだった。

それを俺に渡してくるので、俺は広げてみるのだけれど……。

 

うわ、なんだこれ?

 

広げてみたパンフレットは、テレビでしか見たことがないような超が付くほど豪華なホテルのパンフレットで……とてもじゃないけど一般民がいけるようなホテルではなかった。

 

「そのパンフレットのホテルの豪華一流ディナー招待券よ! もちろんペアで!」

「ペアですか? 俺と箒はともかく、護は?」

「そこらへんはぬかりないよ~。門国さんにはチケット二枚差し上げますので誰か誘って下さい」

「はぁ……」

 

そう言って念を押されるけど、護としては不本意なのは変わらないようだった。

まぁ俺も報酬があるとはいえ決して歓迎しているわけではない。

それに……

 

多分箒が嫌がるだろうしな

 

報酬があるとはいえ箒はこういったこと嫌いなはずだからきっとだめ……

 

「受けましょう」

「え?」

 

意外な箒の反応に、俺は驚きを隠せなかった。

それは黛先輩も同じようで呆気にとられている。

 

「え、本当に? 篠ノ之のさんこういうの嫌だと思ってはいたんだけど……」

「何事も経験ですから」

 

え? え?

 

「あの……箒さん?」

「何だ?」

「本当は嫌なんじゃないのか?」

「……別に構わん」

 

普段の箒なら絶対に断りそうな頼み事なのに、一言返事で受けるといったのは意外だった。

そして当然、箒が受けると言った以上断ることも出来そうになく。

 

「で? 男二人はどうするの?」

 

それを黛先輩もわかっているのだろう。

実に嫌らしくニヤニヤと笑いながら俺と護に発言を促してくる。

そしてそれに対して男二人は……

 

「受けます」

「受けさせていただきます」

「は~い。ありがと~」

 

断ることも出来ず、俺と護は頷いた。

 

「それじゃ申し訳ないけど、明後日の日曜日に取材だからこの住所に、お昼の二時までに行ってね」

「はい」

「わかりました」

「了解です」

 

携帯に送られた所在地が書かれているメールを見て、三者三様の言葉を返す。

それに満足して黛先輩は帰っていった。

帰り際に

 

「現像~現像~♪ いくらになるかな~」

 

という言葉が聞こえた気がしたけど……聞かなかったことにしよう。

 

それにしても日曜日か……

 

更識先輩に頼まれていた事と黛先輩から頼まれた用事。

生半可で終わりそうにない用事が二つもあるので、忙しい週末になりそうだった。

 

「あの……門国さん」

「はい?」

 

そうして俺が一人週末のことで悩んでいると……珍しくせっぱ詰まったような表情の箒が、護に話しかけていた。

箒が護に話しかけることは別段珍しいことでもないのだけれど、その切迫具合がただ声を掛けただけじゃないことを雄弁に語っていて……。

護もそれを感じ取っているのか、はたまた条件反射か……直立不動で今にも敬礼しそうなほどに起立して、言葉を待っている。

 

「その……お願いがあるのですが」

「お願い……ですか?」

 

「はい……私と……」

 

 

それは……俺にとっても、護にとっても予想外な頼み事だった……。

 

 

 

 




頼まれ事が終了だぜい!
いやぁ~護を絡ませながら遣るのが結構難しいね~
結構無理矢理感がある気がしないでもないですがいかがだったでしょうか?
次回は簪が登場です~
あ~楽しみだw


こうご期待!







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簪援護作戦開始

「何? 放課後の使用許可だと? しかも明日?」

「はい……。お願いできませんか?」

「使うこと自体は可能だが……どうするんだ?」

 

放課後、武道場より抜けた俺は教官を捜して職員室に赴き、篠ノ之さんの頼み事の使用許可をもらっていた。

当然何に使うのかを聞いてくる。

それに対してやましいことは一切無いので、俺は教官に素直に答えた。

 

「篠ノ之さんに勝負を挑まれまして」

「勝負? この書類に書かれた物体を使ってか?」

「はい」

 

使う物が特殊だったために、どうしても正式に使用許可がいるので、俺は貸し出し申請用紙に必要事項を記入し、教官へと渡していた。

受け取ったその書面をじっくりと見て……ふと教官が何か考え込んだ。

 

「……篠ノ之とお前の勝負か?」

「はい。そうなります……」

「ふむ……」

 

……何か嫌な予感がするんだが

 

教官が何か思案しているその姿が、何故か俺の第六感を刺激している。

だが、何を考えているのかわからない以上、俺は黙っているしかなく……。

 

「わかった。申請しておこう。使用を許可する」

「はっ」

「が、さすがに明日の使用許可は難しいので来週にしてくれ」

「了解です」

「それとお前と篠ノ之だけではなく、他の連中もさせるぞ? いいな?」

「……何をさせるのでしょうか?」

 

それを聞いては決定的になってしまう。

教官の考えていることが確定になってしまう。

だがそれでも気になるというか……恐ろしいことは先に知っていた方が心構えが出来るので、俺は嫌ではあったが、教官の考えを伺った。

 

「決まっている。貴様と勝負するのをだ」

 

やっぱり……

 

予想通りでした。

教官は判子を机の引き出しから取り出し、受理の所の捺印に判子を押す。

そしてそれを下の切り取り線を切り取り、上半分の生徒が持つべき方を俺へと差し出してきた。

 

「貴様の自衛技術は間違いなくトップクラスだ。生身での戦闘をさせることは間違いなく接近戦タイプのISを使用する人間に取ってプラスになる。だからこれはお前の責務だ。わかったな」

「……イエスマム」

 

嫌々ながら、俺は素直に頷いた。

それを見て何が楽しいのか、教官は直ぐにパソコンへと向き直り、何か作業を開始する。

それが間違いなく俺にとって都合の悪い物なのは間違いなかったが……頼まれてしまった以上断ることは不可能だろう。

しかも不承不承とはいえ、申請したのは俺なのだ。

 

……なんか大事になったなぁ

 

数十分前に篠ノ之さんに頼まれたときはここまで大事になるとは予想すらもしていなかった。

俺はうなだれながら静かに職員室から出て行った。

 

 

 

さて……昼か

 

なんでか部屋で頭を抱えていた護を心配しつつも……とりあえず次の日を迎えて午前の授業は終わり現在はお昼。

昼休みを告げるチャイムを聞き、俺は席を立った。

 

「一夏。食堂いこ」

 

いつもの優しい笑顔絵で話しかけてきたシャルに申し訳なく思いつつ、俺は手を合わせた。

 

「シャル悪い。今日はちょっと用事があるんだ」

 

そう言って俺は教室を出る。

更識先輩情報では簪さんの教室は四組で、お昼ご飯は教室でパンを食べるのが普通らしい。

 

俺も今日はパンを買ってきたし、スムーズに話が進むといいけど……

 

四組に向かいながら俺はそう内心で祈った。

 

全学年合同タッグマッチの話は今朝のSHRで説明された。

そのためさっさとでないと、他の専用機持ちと組む話になってしまうかもしれない。

そう内心焦りながら、俺は四組へと一人で急ぐ。

ちなみに、整備に関してフォローを頼まれていた護はきていない。

護には何とかタッグを組んだ後に助力を頼む事になっている。

そうしないと何で機体をくみ上げているのを知っていたのか、そしてそれを手伝うために護にきてもらうことになっているのか説明が付かないからだ。

四組まですぐのところを、俺はわざわざ遠回り……一度一階に下りてから別の階段で二階へと上がった……して、何とか誰とも会わずに四組の教室へとたどり着いた俺はさっそく簪三を探そうとしたのだけれど……。

 

「うわ!? 一組の織斑君!?」

「え? うそうそどうしたの?」

「よ、四組に何かご用でしょうか?」

 

何故かわーと人が集まってくる。

 

男って言う生き物がそんなに珍しい……んだろうな。ここほとんど女子校だし

 

「えっと、更識さんっている?」

「「「え……?」」」

 

俺の言葉に女子一同の声がハモった。

 

「更識さんって……」

「あの?」

 

皆が更識さんの方へと目線を向ける。

クラスの一番後ろの窓際の席、そこに更識先輩に見せてもらった写真と同じ少女がいた。

購買のパンを脇に避けて、空中投影ディスプレイを凝視しながらその手はひたすらキーボードを叩いていた。

 

「ちょっとごめんね」

 

俺はそう言って、群衆から抜け出して簪さんの席へと向かう。

 

「えっと……イス借りていいかな?」

 

適当に近くの女子に頼んでイスを調達して、断りもなく簪さんの正面に座る。

そしてとりあえずということで、俺は自己紹介を行った。

 

「初めまして、織斑一夏です」

 

カタカタカタと、定期的に叩かれていたキーボードの音が止まり、ちらりと俺へと目線を上げる。

だけどそれは一瞬で直ぐに作業へと戻っていた。

 

「知ってる」

 

反応してくれたけど、なんか明らかに声に嫌悪感が込められていた。

心当たりを先日更識先輩聞いていたので、何とかそれに触れずに済む。

 

「私は、あなたを殴る権利があるけど……バカみたいだからやらない。……それで用件は?」

 

もう邪魔だからさっさと消えて欲しい、というのを言外に伝えるためか、その声には明らかに負のオーラが漂っている……だけでなく、さらには目線にも明らかに負の感情が込められている。

 

うぅ……言いづらいなぁ

 

だけど頼まれた以上言わないわけにも行かないので、俺は用件を言う。

 

「おぉ。そうだった。今度のタッグマッチ、俺と組んでくれないか?」

「イヤ」

 

わ~即答だぁ~。だ、だが諦めないぞ!

 

「そんなこと言わずに頼む!」

「イヤよ。それにあなた、組む相手……困ってないし……」

「あ~いや……その……」

 

いい理由が思いつかない。

まさか更敷先輩に頼まれたからだなんて言えるわけもない。

 

「見つけたわよ一夏! あんた四組で何してんのよ!」

 

と、そうしていると何故か鈴が四組に乱入してきた。

そしていち早く俺を見つけると、問答無用で……

 

ガシッ

 

と俺は制服の襟を掴まれる。

それで息が詰まったのだが……その程度で鈴の行動は収まらなかった。

 

「ちょっと来て」

「じゃ、じゃあ更識さん。また」

「……」

 

簪さんは俺に返事をすることもなく、パンの包装を開けて食事を開始していた。

一筋縄でいかないことを確認して、俺は内心で溜め息を吐くのだった。

 

 

 

やれやれ。これは一筋縄ではいかなそうだな

 

俺は遠目で一夏がハーレム軍団の一員、凰鈴音さんに連れて行かれるのを見て、苦笑した。

タッグマッチのことは今朝のSHRで説明された。

その時、俺はそのタッグマッチから除外されることも説明された。

他のクラスでも同様に同じ事をアナウンスされているはずなので、俺に声を掛けてくる人はいないだろう《仮に除外されなくても俺は声を掛けられないだろうが》。

つまりこれによって一夏を誘うという活動が活発になると言うことである。

そして予想通り、掴まっていた。

 

交渉は……うまくいってないだろうな

 

直感的にそう思った。

口べた……とは言わないが、一夏は余り交渉事が得意ではないと、普段の言動から考えられる。

それに簪ちゃんもあの写真を見る限りでは一筋縄ではいかなそうである。

 

何があったのかは知らないが……あまりいいとは言えないよな

 

あの己を貫くというか……自由奔放、天上天下唯我独尊……は言い過ぎかもしれないが、それでもあれだけ自信に満ちあふれた更識が、妹の事で人に頼み事をする位なのだ。

普段の更識ならば自分で何とかしようとするのだろう。

よほど大事にしているのがわかる。

 

やれやれ、フォローでもしておくか

 

女性が苦手な俺としては、あまり別の教室に行きたくはないのだが。

だが妹……のような存在のために俺は頑張ることにした。

というわけでやってきました四組……だが……。

 

「あ、か、門国さん!?」

「え? 織斑君に続いてもう一人の男が!?」

「あ、う~~~!!!!」

「ちょ、ちょっと。門国さん見て固まったらさすがに失礼でしょ!」

 

……なんかよくわからん状況に

 

俺が教室のドアを開けて入った瞬間に、すごい状況になってしまった。

何人かの女子が顔を赤くしながら俺を見て固まっている。

突然来て驚かれてしまったのかもしれない。

 

が、俺も人のことを余り気にしている場合ではないが

 

俺としても余りにも見知らぬ女性の所に来るのは正直避けたかった。

が、更識のために俺はとりあえず行動する。

そして、そんな俺を見て、簪ちゃんが瞠目していた。

そして直ぐに俺から目を離す。

 

まるで嫌いな相手を見たくないとでも言うように

 

相手がどこにいるのかわかった以上、今すぐに向かっても構わないのだが……簪ちゃんの写真を見せてくれたのは更識《ややこしいな》だ。

十年以上であっていないのに一直線で向かっていくのはいくら幼少時あっていたとはいえおかしい物がある。

というわけで俺は手近な女子に聞いてみることにした。

 

「すいません」

「は! はい!?」

 

何故そこまで驚く?

 

そこまで威圧的に話した覚えはないというのに。

疑問に思うが、それを考えるほど俺も余裕がないのでさっさと用件を済ませることにする。

 

「更識簪さんの席はどちらでしょうか?」

「え? えっと……あの席に座っているのが更識さんですけど」

「感謝します」

 

俺は教えてくれた女子に軽く一礼すると、すぐに簪ちゃんの席へと向かった。

周りが何か口々に何かを言っているが……それは全て無視をする。

 

「更識簪……さん。こんにちは」

 

どう話しかけていいのかわからなかったが、しかし何も話さずに人の前に立って黙っているわけにもいかない。

前の席などを借りることも考えたが、人の席を、それも女子の席を借りるなんて言う度胸は俺にはなかった。

そんなことを考えていると、簪ちゃんが俺へと顔をあげて……すぐにうつむいた。

 

「……お久しぶりです」

 

ぼそりとそう言って、すぐに食事を再開する。

 

「こちらこそお久しぶりです。お元気でしたか?」

 

簪ちゃんは昔俺のことを敵視していたので、あまり仲良くなることができず、またあまり話す機会がなかった。

そのため更敷と違ってあまりフランクというか、普通に話すことが出来ない俺だった。

 

「……はい。どうして突然来たんですか?」

 

どうやらあまり話したくないようだった。

さっさと用件を話して切り上げてほしいというのが言葉の端々に出ていた。

何故そう思われているのかは謎だが、昔から俺のことを快く思っていないことは知っていたので、俺も特に気落ちすることもなく、普通に話をする。

 

「いえ、一夏が更識さんのところに行くと言っていたので、自分も挨拶に行こうと思いまして」

「……敬語」

「はい?」

「敬語じゃなくていいですよ。昔からの知り合いなんですし」

 

おぉ、知り合い程度には思ってくれているのか

 

姉に武道の指導をし、互いに稽古の相手として日々組み手を行っていた俺を敵視していたのだが……どうやら知り合いとは思ってくれているらしい。

そう内心で安堵しつつも、更識ほど親しくなかったし、あまり接する機会もなかったために余り妹と思えないので……結局敬語でしか話せそうになかったりする。

 

「ありがとうございます。が、これは癖のような物でして……。その、気にしないで下さると嬉しいです」

「……」

 

そう話すと何故か露骨に怒気を放ってくる。

感情制御をしているのかどうかは謎だが、その怒気は偽りでも何でもなく、本心のようだった。

 

「あ、あの……何か気に障ることでも?」

 

突然怒らせてしまったことに焦りつつ、俺は何故怒ったのを聞いてみたのだが……。

 

「……お姉ちゃんとは……普通に話すのに……。私よりも……お姉ちゃんと仲……いいくせに……」

 

うん?

 

ぼそりと……それこそ本当に小声で話した簪ちゃんだったが、しかしその声はばっちりと俺の耳に入っていた。

多少だが、耳を良くするための修練をしている俺にとって、声に出せる程度の声だと耳に入れることが出来るのだ。

そしてその耳に入った内容は……

 

やはり……な……

 

「……食事の邪魔ですから、帰って下さい」

 

今度ははっきりと、拒絶の言葉を口にされた。

少々棘のある言い方だったが、十分すぎる収穫を得た俺としてはその程度では何とも思わなかった。

 

「はっ。食事中に失礼しました。これにて失礼します」

 

顔を背けて食事をする簪ちゃんに頭を軽く下げて、俺は四組の教室を退室した。

 

……希望はあるな。まぁ半ば予想通りだったが

 

今の台詞を鑑みるに、内心では更識と仲直りしたいと思っているのは明白だった。

俺がうまく立ち直れるとは思えないが……だがそれでも二人のために何かをして上げたかった。

 

俺には家族という物がよくわからないが……それでも……

 

姉妹が仲良くないのは良くないことぐらいはさすがにわかる。

教官と一夏の兄弟仲を見ていれば自然とそう思えてくる。

四組から自分の教室へと戻りながら、俺はどう動くべきか必死に頭を動かしていた。

 

「あ……」

「……うん?」

 

そうして一組へと向かって歩いていると、途中で一夏ハーレム軍団一員、撫子ポニーの篠ノ之さんと出くわした。

 

「こ、こんにちは」

「ど、どうもです」

 

挨拶をしてきてくれた撫子ポニーに言葉を返すが、何故か気まずい雰囲気になってしまった。

俺が別にかしこまる理由はないのだが、何故か萎縮している撫子ポニーを見ているとこちらも接しにくかった。

 

「その……昨日のお話なのですが」

 

そうして無言で直立していると、撫子ポニーが気まずそうに言葉を発する。

 

あぁ、なるほど

 

その内容で俺は何故撫子ポニーが萎縮、というか話しにくそうにしているのかわかった。

昨日の頼んできたことの結果を知りたかったのだろう。

まだ言っていなかった事を思い出して、俺はすぐに言葉を放った。

 

「使用許可を頂くことは出来ました。が、なにぶん急な物で……来週にしてくれとのことです」

「そ、そうですか」

「あと、何故か知りませんが自分と篠ノ之さんだけで終わりそうにないです」

「? どういう事ですか?」

「自分もよくはわかりません。ただ、教官が自分を相手にべつのやつとも対戦させると仰りまして」

「……はぁ」

 

よくわかっていないのか、篠ノ之さんが頭に?マークを浮かべている。

まぁそれも当然だろう。

なぜならば……

 

俺自身よく理解していないのだから……

 

……何をさせるのか実に気になるところであるが聞いても教えてくれない可能性が高いし、それになにより教官の中では俺と学生達を対戦させるのは決定事項だろう。

何が起こるのかはわからないが、まぁすでに何かが起こるとわかっているのならば対処もできる。

 

……対処というか……心構えを造っておくぐらいしか俺には出来ないが

 

といってもおそらく格闘技での対戦だろうから、別に問題はないだろう。

問題は他の奴ともやらせるといっていた、「他の奴」が果たしてどれほどの規模になるかと言うことだろう。

 

「とりあえず後日また教官から連絡があると思いますので」

「わ、わかりました」

「では、失礼します」

 

とりあえず挨拶を告げて、俺は教室へと戻る。

まだ昼休みの時間は半分ほど残っているので、俺は先に買っておいた購買のパンを自分の席で食す。

来週行うことになってしまった、試合に対して色々と考えを巡らせていると……。

 

「失礼します」

 

と静かながらも妙に通る声を出しながら、更識が我が一組の教室へと入ってきた。

 

「あ、会長。こんにちは~」

「はいこんにちは☆」

 

勝手知ったる他人の教室……いつの間にか教室の女子とも仲良くなっている更識は気軽に挨拶を交わしながらまっすぐに俺の席へと向かってきた。

 

「こんにちはお兄ちゃん。お昼一緒にいい?」

 

と言いながら購買で買ったパンを掲げながら俺の正面の席に腰掛けた。

そして疑問系で俺と一緒に昼を食べていいか聞いておきながら許可もなくパンの封を開けている。

 

「聞いておきながら既に一緒に食うことを決めているのならば聞くなよ」

 

そんな更識に呆れながら俺は机を半分ほど更識へと譲る。

それを見て嬉々としながら更識がパンを頬張った。

 

「うんおいしい♪」

「まずは頂きますと言いなさい。頂きます」

「頂きます」

 

食物と作ってくれた人への感謝もせずに食事を始めた更識に呆れつつ、俺は率先して手を合わせて食事を始める。

それを見て慌てて更識もあいさつをする。

 

「それで一体何のようだ?」

「? 何のようって……用がないと来ちゃ駄目?」

「駄目とは言わないが……そんなに暇じゃないだろう? 生徒会の仕事も結構押していると思ったが」

 

世界に一つだけのIS学園。

その学園の生徒会長である更識は普通の学園の生徒会長よりも遙かに多忙だ。

俺も雑務を手伝っているが……更識の仕事量は俺の比じゃないだろう。

 

「う~んまぁその通りなんだけど……それでも今年はお兄ちゃんもいるしそこまで……って感じかな? それにお昼くらいゆっくりしたいし。三大欲求は満たそうよ」

 

なかなかすごいことを言い出した更識の言葉に、近くにいた女子が一瞬吹き出しそうになり、気管にでも食物が入ったのか何人かは咳き込んでいた。

 

「お前は……。嫁入り前の女がそんな台詞を」

「いいでしょ~。言っていることは間違ってないんだし。それともお兄ちゃんには欲求ないの~♪」

 

ニヤニヤと笑いながら俺へと問い詰めてくる妹分。

 

いかん、話が変な方向に……

 

あまり飯時……というか大勢がいるところで話す話題でもないので話題転換を図ろうとする……のだがそれも相手に封じられてしまう。

 

「ま、まさかお兄ちゃんって……男色家?」

「ブッ!?」

 

思わず吹き出しそうになってしまった物を何とか口内で抑える。

がその代償として気管に入ってしまい……思いっきり咳き込んだ。

そして咳き込んでいる間……

 

「……男色家だったの?」

「だからこんなに女がいるのに、嫌らしい目線を全く出さなかった?」

「女性が苦手だから男に走ったのかしら?」

「……でも門国さんなら顔もいいし……問題ないと思うんだけど」

「……同意するわ」

「ってことは……夜な夜な一夏君と……!?」

「「「「っ!?」」」」

 

何を言っているんだよ!?

 

周りの女子たちがなんか好き勝手に言っている。

というか、最後の方の言葉はちょっとまずい気がするのだが……。

思わず突っ込みたかったが、いかんせん咳き込んでいてそれどころではなかった。

 

「あんなにアプローチしても反応しなかったし」

「……ゴホッ。お前相手じゃ何も感じないわ」

「なら他の人は? 例えば田村さんとか?」

「え!?」

 

いきなり名指しされた田村さんが、驚愕して声を上げた。

そしてなぜかちらちらと……俺の方を盗み見ている。

 

……どう答えろと?

 

何を言っても墓穴のような気がしたが……だが黙っていてもまずそうだったので、俺はその質問に返答する。

 

「田村さんは俺の隣の席の方で、よくしてもらっている」

「そういうことじゃないよお兄ちゃん。女性として見てどうって話なんだよ?」

「……済まないがそう言うのは」

 

「それとも……イ○ポ?」

 

「………………は?」

 

「「「「!?」」」」

 

余りにもあれな発言に、俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

そして更識のあまりにも……下世話な発言はクラスを震撼させた。

 

「……イ○ポって……あのイ○ポだよね?」

「本当に?」

「……これはさすがに、あまり聞いてはいけない気が」

 

「…………うぉい……更識……」

 

さすがにこの言葉は聞き捨てならないというか……お昼時の教室で言う言葉ではない。

それを込めて睨みつけるがその先にあったのは、何を考えているのかわからないいつもの笑顔の更識だった。

 

「だって……あんまりにもお兄ちゃんが女の()に興味がなさそうだから」

 

そしてそれでもなお言いつのるその言葉……。

俺は相手にするのもバカらしくなったので、席を立った。

 

「あ、待ってお兄ちゃん」

 

だが敵も易々と逃がすつもりはないようだった。

その言葉に怒りを一瞬叩きつけそうになってしまったが、一旦呼吸をして怒気を吐き出す。

 

「……確かに女の子に余り興味はない」

 

俺のその言葉に教室がざわついた。

やっぱり、だとか、本当にリアルBL……、とか……聞き捨てならない単語が飛び交っているが……俺はそれを全て黙殺した。

 

「ただ……」

「ただ……?」

 

しかし更識だけは、俺の言葉をきちんと聞いていた。

まぁこいつは俺の家庭の事情も理解しているからそれも当然かもしれないが。

その更識に、そして教室の子達にも聞こえるように、俺は言葉を放った。

 

「わからないだけだ……俺には……」

 

女という……存在が……

 

 

 

……やっぱりそうなんだね。お兄ちゃん

 

私は少し怒り気味に席を立ち、そしてぼそりと……言葉を残してお兄ちゃんはそのままどこかへと行ってしまう。

 

……まぁお昼休みの時間も少ないから、おそらくトイレだろうけど

 

教室の時計を見てみると、お昼時間はもうそれほど残っていなかった。

そんな中でこのIS学園でお兄ちゃんが行く場所なんて限られている。

 

……悪いことしちゃったね

 

先日の買い物にて、ちょっと焦ってしまったのかもしれない。

情報収集のためにここまで来たのだけれど……拙速過ぎた。

 

巧遅拙速とは言うけど……失敗したなぁ

 

速すぎたというか……あまりに急ぎすぎたと言うべきか……。

ともかく今回のアプローチは完全に失敗だった。

お兄ちゃんの評判を無駄に下げてしまった。

といっても女の子達的にはおいしい話題の種だし、そこまで危ない訳じゃないからいいけど。

 

イ○ポはまずかったかな……

 

まぁそれも深刻な問題じゃない。

というかお兄ちゃんが女の子とそういった関係になるのははっきり言ってあり得ないので全く問題にならなかった。

 

……女の()はだけど

 

情報を入手することは出来たけど、あまりお兄ちゃんの気分を害してしまった。

これでは本末転倒だった。

 

疲れてるね。私も

 

私はそんなことを考えながら席を立った。

隣の席の田村さんに詫びながら。

田村さんは気にしていないみたい……というか話題に挙げられて嬉しかったみたいだった。

その時、頬が若干赤くなって乙女の顔をしていたのを、私は見逃さなかった。

 

むぅ……ここにも敵が……

 

山田先生以外の敵を見つけて、私は警戒するべき相手の脳内メモ帳に、新しい人物を記入しておいた。

そんなことをしながら私は廊下を歩いていく。

自分の教室へ帰る途中、色んな子が私に声を掛けてくれる。

それに返答しながら、私は先ほどの失敗について考えていた。

 

確かに……疲れてはいるんだけど……

 

お兄ちゃんの言うとおり疲れているのかもしれない。

生徒会の仕事は確かに山積みで……大詰めだった。

近々タッグマッチが開かれる以上、あまり悠長なことはしていられない。

当日の準備だけでなく事前準備だってあるのだ。

また警備だって考えなければいけない。

 

……警備か

 

警備……。

教師はもちろんのこと警備には学生の精鋭達だって参加する。

そしてその中には……お兄ちゃんの名前も含まれていて。

 

……何も起こらないといいけど

 

それだけが心配だった。

だけど今までの経緯を考えてみても何も起こらないというのはあり得ない。

だから……私が願うのはたった一つだった……。

 

どうか、みんなが……お兄ちゃんが怪我をしないで無事に終われますように

 

ただそれだけを……祈っていたのだ……

 

なのに……

 

 

 

それは私にとって……儚い願いとなってしまう……

 

 

 

「すまん! ふたりとも本当にごめん!」

 

パンッと、小気味いい音が俺の部屋……正しくは俺と一夏の部屋に響いた。

一夏がタッグを組もうとやってきた二人、一夏ハーレム軍団の大和撫子ポニーテールとお嬢様金髪カールに対して手を合わせて謝っている。

 

たいへんだね~

 

ちなみに今の時間は放課後で、放課後恒例の特訓後である。

着替えを済ませ、夕食には少々速い時間になった午後六時。

俺はいつも早めなのでそろそろ食事に行く時間だったが……出入り口でやりとりを行っているので出るに出られなかった。

 

予想通り……一夏も大変だな……

 

予想通りというか……誰もが予想して然るべき状況……すなわち一夏のパートナー争奪戦が開幕されていた。

お昼休みも中国ツインテールのまな板娘に拉致されていたらしい。

 

まぁ本人が色恋に少し意識を傾ければそれで解決……しないか

 

今のところ有力株は五人のハーレム軍団だろう。

大和撫子ポニーテールの篠ノ之箒、中国ツインテールまな板娘の凰鈴音、イギリス金髪カールお嬢様、セシリア・オルコット、フランス金髪ボーイッシュ、シャルロット・デュノア、ドイツ銀髪ちびっ子、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

仮に色恋沙汰に敏感になった場合……一夏は誰を選ぶのだろうか?

 

恋……ね

 

と、内心で偉そうに言っていても、実は俺も色恋沙汰は全くわからない。

 

もっといえば……俺は人をあ……

 

「どういうことだ一夏!」

「どういう……事ですの!」

 

そしてその一夏に二人揃って激昂し……その怒りにまかせてISを召喚しようとしていた。

 

「……あ」

 

が……片方は俺の存在に気づき、手を止めた。

そちらへと目を向けると大和撫子ポニーテール、篠ノ之箒さんが気まずそうに俺を見ていた。

 

そんな目でみられ……

 

めしっ……

 

めし?

 

バキャァァァ!

 

謎の音に訝しんでいると、ドアがものすごい勢いで吹っ飛んできて……そのまま大和撫子ポニーテールと金髪カールに命中した。

ちなみに俺の方にも飛んできたが、俺はそれを右手で難なくキャッチする。

 

「おい、バカ共。部分展開とはいえ、ISの無断使用には変わりないぞ……とまだ召喚までは至ってなかったか。速すぎたな」

 

いや、召喚させちゃまずいでしょ、教官

 

「まぁ未遂とはいえ違反に代わりはない。篠ノ之、オルコット両名は今すぐグラウンドを十周してこい」

「「えっ!?」」

 

うわ、きび……

 

「なんだその不服そうな顔は? ……そうだな、そんなにISが好きなら望み通り装着させてやろう。IS装着したまま十周してこい。当たり前だが、PIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)はもちろん、補助動力も入れることを禁ずる」

「「いっ!?」」

 

うわ~……

 

聞いているだけで身震いしてしまいそうな罰則だった。

一番近いというか身近な例は……スキー靴を履いてグラウンド十周だろうか?

重し……動力なしのIS……付きなので当然それ以上に辛いが……。

 

「さっさといけ」

「「は、はい!」」

 

びしっ背筋を伸ばし、二人が部屋の外へと出て行く。

その時、ポニーテールが俺へと一瞬視線を投じていた。

 

……気にしているのかね?

 

その視線の真の意味は俺には理解しかねるが……まぁ、それも不本意ながら後日わかるだろう。

 

「おい織斑」

「は、はい?」

「騒動の発端としての自覚を持て。もう少しどうにかしろ」

「は、はい……」

「……それからドアの修理申請を出しに来い」

 

それだけ言って教官は立ち去っていった。

言われた当の本人は呆然としている。

ちなみに、すでに申請用紙に俺は記入事項を記入していた。

 

それを持って、今日の波乱はとりあえず終了したのだった……。

 

 

 

 

 

 




はい一応こんな感じで護さんは絡んでいきますよ~

簪ちゃん……扱いが難しいな……
そこらを頑張っていきたいです!
あと六花がどんどん下ネタキャラに……。
いや……六花のことは大好きなんだけど……う、動かしにくい!?

が、頑張ります!

とりあえず次回は雑誌のインタビューへとむかいまっす!


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インタビュー

「おーい、待てよ箒!」

 

日曜日。

幸いと言うべきか、天気に恵まれて俺と箒は一緒に黛先輩に頼まれた雑誌の取材のために、先輩から受け取った住所の場所へと向かっているのだが……何故か無駄に速く歩く箒に俺は置いていかれていた。

「待ってって。どうしてそんなに速く歩くんだよ」

「うるさい! 私は一人で歩きたいんだ!」

「何でだよ? 今日の取材は一緒に受けるんだから一緒に行ったっていいじゃないか」

「……それなら門国さんにもそう言え」

 

何故そこで護のことが出てくるんだ?

 

ちなみに、一緒に取材を受けるはずの護は先に済ませておきたい用事があるとかで、俺たちよりもかなり速く学園を出ていて別行動だった。

本人曰く、取材には間に合うようにするとは行っていたが。

 

っていうか……なんか護に対する箒の態度が変だよな?

 

そんな気がする。

なんか少し前から態度が硬いというか、なんか箒が護に対して思うことが在るような……そんな感じだ。

何があったのかは知らないが、俺としてはIS学園で唯一同姓の友人、護と、幼なじみの箒には仲良くやって欲しいのだけれど……。

 

まぁ、まだそこまで険悪じゃないし、いいか……

 

どういったのが原因でこんな微妙な態度をしているのかわからないが、まだそこまで緊急を要する事態まで発展していなさそうなので、俺はとりあえずこの箒の態度に関しては静観することにした。

 

別に仲が悪いって訳じゃないしな

 

訓練だって普通に一緒に行っているのだから憎み合っている訳ではないはずだ。

そんな箒を改めて観察してみる。

日曜日のために制服を着る必要性はないので、当然俺と箒は私服だ。

その箒の格好が……

 

かわいいの着てるなぁ……

 

「箒、その服……いいな」

「ほ、本当か!?」

「嘘いってどうするんだよ。似合ってる。その胸元のフリル……かな? いいな」

 

ちなみに今の箒は黒のミニスカートに白ブラウス。アウターに薄手の秋物のバーカーコート。

色合いは明るい蒲公英を連想させる、目に優しい色だ。

 

「そ、そうか。これは私も気に入っている」

「いやー、箒って昔は剣道着の印象しか亡かったけど女の子っぽくなったなぁ」

「……お、お前に褒められても嬉しくないな!」

 

そう言いながらそっぽ向かれてしまった。

褒めたのに……。

 

「とにかく、待ち合わせの時間までまだあるんだし急ぐ理由もないだろう? ゆっくり行こうぜ?」

「あ、あぁ」

 

やっと普通の速度に落としてくれた箒と一緒に歩く。

その間……何故か無言でちらちらとこちらを伺ってくるんだけど……。

 

「箒?」

「な、何だ?」

「いや何だって……何でそんなにちらちら見てるんだ?」

「な、何でもない」

 

? 変な奴だな?

 

「……お、お前の服装もか、かっこいいぞ」

「? なんか言った?」

「……何も言っていない」

 

何で睨む?

 

突然黙ってこちらをちらちら伺ったり、急に起こったり忙しい箒だった。

俺にはよくわからないが……まぁいいや。

 

「それにしても寒いな。喫茶店あるから少し暖まっていくか?」

「……そんなに時間に余裕はないだろう?」

「それもそうだな。悪い」

「……手を」

「? へ?」

「さ、寒いのなら! 手をつなげばだろう!」

「あ、それいいな。そうしよう」

 

きゅっ

 

「!?!?!?!」

 

俺は箒の提案に賛同して、地下鉄の改札口へと向かう。

 

「あ……ぅ……」

 

それから編集部に到着するまで、箒はずっと無言だった。

 

 

 

「お~い。護~」

「……よう一夏」

 

俺は指定された住所……ビルの入り口の前で俺と同じく取材を受ける人物を待っていて……片方の男、俺の友人の一夏が俺に声を張り上げながら手を振ってくる。

俺はそれに応えつつ、二人が手をつないでいるのをそれとなく観察していた。

 

あ~女の人と手をつないでも何も感じてないのが丸わかりだな。その割には大和撫子ポニーテールが……あ、そういうことか

 

手を握っても全く照れてもいない一夏に、何か怒っても良さそうな撫子ポニーは、一夏とは正反対で相当恥ずかしく……そしてそれ以上に嬉しいのか遠目から見てもわかるほどに顔を真っ赤にしていた。

どうやら羞恥やら歓喜やらが怒りを完全に上回っているというか……怒ってもいないようだった。

 

「待ったか?」

「待ち合わせの時間にはまだ速いから問題はない。今日はまぁ……お互い頑張ろう」

「……そうだな」

 

俺と一夏はこれからパンダにされることがわかりきっているので……二人揃って溜め息を吐いた。

別に取って食われはしないだろうが……それでも何かすごいことになりそうでめんどくさいことに変わりはなかった。

ここまで来た以上逃げるつもりはないが。

 

「では行くか」

「そうだな。もうそんなに時間もないし……。箒もいいか?」

「……あ、う、うむ! 行こう!」

 

一夏の言葉で再起動し、ようやく俺がいることを認識したのか撫子ポニーがパッと一夏から離れた。

もちろん繋いでいた手も一緒に。

そしてそのまま先陣切ってビルの中へと突入していった。

 

「……どうしたんだあいつ?」

「……さぁ? とりあえず俺たちも行こうか」

「そうだな」

 

恥ずかしさで先に行った撫子ポニーに首を捻っている一夏に内心で呆れつつ、俺は一夏に先を促した。

それに同意して……俺たちは取材へと突入したのだが……

 

「どうも! 私は雑誌「インフィニット・ストライプス」の副編集長をやっている黛渚子よ。今日はわざわざ来てくれてありがとう。よろしくね」

「あ、どうも。織斑一夏です」

「篠ノ之箒です」

「門国護です」

 

取材のために通された部屋は結構広く、ばりばりの会議室……のような部屋ではなく、なんかカジュアルというか……あまり仕事場の雰囲気ではなかった。

 

「それじゃまず、インタビューから始めさせてね~。その後で写真撮影に行きます」

 

そう言いながら、ペン型のレコーダーを起動させていた。

服装はツートーンチェックのスーツとタイトスカート、雰囲気からして結構やり手に感じる雰囲気を醸し出している。

 

「それじゃまず織斑一夏君! 女子校に入学した感想は!」

「……いきなりそれですか」

 

……同意

 

聞きにくいこともばっさり聞いてきたこの目の前でテンションが上がっている女性……黛渚子さんは……間違いなくあの新聞部の黛さんの姉だと納得した俺だった。

 

「だって、気になるでしょ? あのIS学園に入学した男の子よ? 読者アンケートでもすごいんだから。だからこうして来てもらったわけで。で? 感想は?」

「えっと……使えるトイレが少なくて困ります」

 

……さすがだ一夏

 

その言葉には全くもって同意だったが……眼前の人が求めているような回答ではなかっただろう。

が、黛渚子さんは一瞬だけぽかんとした後、爆笑した。

 

「あは、あははっはは! 妹の言っていたこと本当だったのね! 異性に興味のないハーレムキングって」

「は、ハーレムキング……」

 

その通りだな

 

自覚はないが、端から見たらそれにしか見えない。

俺は別に興味ないが……もしも仮にIS学園に他に男子生徒がいた場合、もてすぎてやっかまれること請け合いだろう。

 

「さて、それじゃもう一人の男の門国さんは? 入学してどう?」

 

ふむ、なんて答えたものか?

 

一瞬そう考えてみるが、しかしわかりそうになかったので俺は一夏と同じように、自分の思いを口にした。

 

「大浴場……というか湯船に浸かることが出来なくて困ります。自分、風呂が好きなのですが」

「あ、わかるぞ護。俺もだ」

 

一夏が同意を示し、俺はそれに対して右手を差し出した。

そしてそれを同じく右手を出して握る一夏。

激しく無駄な事で、友情を再確認した俺たちだった。

 

「あはは、仲がいいのね。門国さんは女性が苦手だって聞いたんですけど」

「その通りです。母が病弱だったために余り異性と触れ合う機会がなかったので」

「なるほど。後は自衛技術とかもすごいんですよね? 織斑君とISで勝負して勝ったとか?」

「まぁ一応勝ちましたが……次はどうなるかわからないですね」

「う~ん、聞きたいことが山ほどあるなぁ。時間足りるかしら? まぁそれはそれとして、篠ノ之さんに質問ね」

「は、はい」

「お姉さんの話を……」

 

その内容にがたっと音を立てて立ち上がる撫子ポニー。

篠ノ之姉妹も相変わらずあまり仲がよろしくないようだった。

 

「ディナー券、いらないの?」

 

その言葉に、篠ノ之さんが挙げていた腰を下ろす。

どうやらよほど欲しいようだ。

 

「いい子ね。それで、専用機をもらった感想は? どこかの国家代表候補生になるつもりはあるの?」

「紅椿は……感謝しています。今のところ代表候補生に興味はありません」

 

……撫子ポニーはそうだろうが……国が放っておくだろうか?

 

篠ノ之束博士が自ら作り上げたIS紅椿。

各国が心血を注いで必死になって作り上げている最先端技術の結晶でも第三世代がようやくロールアウトしたばかりという状況下で、それを跳び越えての第四世代のISだ。

世界でたった一つの第四世代。

本人が望む、望まないに関わらず、卒業が迫ったら……えらい騒ぎになるだろう。

二年以内に各国が第四世代を開発するというのは……まぁ無理だろう。

となると最先端技術を越えたもはや未来技術といっても差し支えないその技術……誰もが欲するだろう。

 

……願わくば、皆が笑顔でいられますように

 

別に博愛主義者になったつもりはないが、それでも前途ある若者達が少しでも己が望む未来へと向かって欲しいと……俺は内心で祈った。

 

「なるほどね~。ちなみにこの三人で誰が一番強いの?」

「私です!」

「そうなの?」

「ええ……まぁ」

「そうですね。篠ノ之さんがもっとも勝率が高いです」

 

一夏と撫子ポニーの勝率は僅かに撫子ポニーが、俺との勝率も篠ノ之さんが上回っている。

絢爛舞踏という……事実上エネルギーを無限に供給できる機体が相手では、いくら防御しても敵のエネルギーがつきないのだから、こちらが致命打を負わなくても最終的にこちらのエネルギーが底を突く。

一本を取られたことはないが、今のところ俺が篠ノ之さんに勝てる見込みはあまりない。

 

「男二人も揃ってそれはまずいでしょ~。女の子くらい守れないと。ヒーローになれないわよ?」

「別にヒーローにならなくても」

「ただの一兵士に過ぎない自分には荷が重すぎます」

「あ、そう言えば自衛隊に所属してたんだよね? 所属は?」

「陸軍のISの整備兵です。これ以上はあまり聞かないでいただけると……」

「軍紀に触れるのかな? OKOK」

 

その通りであまり突っ込んだことを聞かれても困るので俺は先に通達しておいた。

それに同意してくれて助かった。

 

「う~んまぁ大体みんなの人となりはわかったわ。ではここで、こう……熱い台詞っていうか自分が頑張ろうとしていることをいってみようか? じゃぁまず織斑君」

「え、えっと……」

 

ちらりと一夏が俺と撫子ポニーを見る。

そして、恥ずかしげに少し唸った後、覚悟を決めたのか一夏が吼えた。

 

「仲間は俺が守る!」

「イエス! いいね~そういうの。ではそれに続いて門国さん」

 

俺もか……

 

まぁ流れ的にそうなるのは予想済みだった。

ので……仕方がない。

 

「……門となり、我が身を持って盾となりましょう」

「おぉ~いいね~いいね~。箒ちゃんは……女の子だから守ってもらおうか」

「は……はい」

 

話しかけられた撫子ポニーは恥ずかしそうに俯いていた。

一夏が吼える前にちらりと撫子ポニーに目を向けたのが原因だろう。

そう言うのを天然でやるからこそ一夏のようだった。

 

「そう言えば男性二人は生徒会に所属してるんだっけ? 楯無ちゃんイカすでしょ?」

 

いやな予感がするなぁ……

 

「すごいとは思いますけど……人を余りからかうのをやめてくれると……」

「あいつはもう少し……落ち着くというか……悪戯気質をどうにかしてくれると嬉しいのだが……」

「あいつ……? あ、そう言えば! 門国さん楯無ちゃんと婚約者なんだって!?」

 

黛さんから聞き及んでいたか……

 

更識の話が上がった時点でこの話題が上がるような気はしていたが……。

話題に上がってしまった以上仕方がない。

それにある意味で好都合だ。

 

「確かにそう言う話もありましたが、それはあくまでも昔の話です」

「そうなの?」

 

期待はずれ……というかいいネタになると思っていた話が違うと知って露骨に落胆していた。

が、本当のことなので俺はそのまま話を続けた。

 

「そうです。確かに幼少時はそんな話もありましたが、しかしそれはもうずいぶん前に白紙になりました。これは両家供に正式な認識です」

「へ~。残念だな。いいネタになると思ったのに~。なら次いってみよう! 織斑君、織斑一夏貸し出し任務はどう? 女の子がスポーツで汗を流す姿にドキッとしないの?」

「しません!」

「本当につまらないわね。もう少しネタないの?」

 

「「ありません!」」

 

これ以上遊ばれてはたまらないので俺と一夏が同時に吼えた。

さすがにやり過ぎたと思ったのか、手を合わせて謝罪をしてくれた。

それからは普通につつがなく取材をし、そしてその後に写真撮影を行った。

当然というべきか……そこでも随分とネタにされたのだが……余り思い出したくもないので割愛する。

 

 

 

取材が終わった後時間も時間だったので、一夏が食事に行こうと俺を誘ってくれたのだが……俺はそれを丁重に断った。

 

女が隣りにいるんだから二人きりで行ってこい!

 

と声を大にしていいそうになった。

一夏は残念そうにしていたが、その横で嬉しそうにしている撫子ポニーを見れば……俺の選択が間違っていないことなど一目瞭然だった。

 

まぁ~あの唐変木の一夏がどの店に行くのかが問題だが……

 

まぁここから先は一夏次第だ。

俺はとりあえず一人で一夏達とは別方向へと向かった。

時間は午後七時。

夕食時にはちょうどいい時間だろう。

 

夕食を食べていくかぁ……

 

たまには外食をしても罰は当たらないだろう。

財布の中身を確認して俺はその辺の店に適当に入り夕食をすましたのだ。

そして学園へと帰還する。

 

ざわざわ

 

ん? 寮の掲示板広場が騒がしいな

 

一年生寮へと帰ってきて、自室へと向かっていると吹き抜けになっている、寮の掲示板広場が騒がしいことに気がついた。

数多くの女子が掲示板の前に群がっている。

気にはなったが……

 

あの数の女性の中に突っ込むとか……俺には無理だ

 

と言うことで気になりつつも俺は自室へと戻る。

まだ一夏は帰ってきていなかった。

どこへ行ったかは知らないが、帰寮時間に間に合うことを祈っておこう。

そして服を脱いで一日の汗を流した。

インタビューでも言ったが、本当に湯船に浸かれないのが残念である。

 

まぁたった二人の男のために大浴場開放するのも大変だしな

 

湯船に浸かりたいのは山々だが、仕方がないことだろう。

それで教師陣の仕事を増やすのは本意ではない。

 

ただでさえ教官も山田先生も急がしそうだし

 

世界に一つだけしかない学園、IS学園。

ただ生徒に物事を教えるだけでは……済まないだろう。

世界各国より選りすぐりの女性がやってくるのだ。

そしてそれは多分に政治的意味も含まれている。

そう考えると……この学園の教師というのは激務という単語では済ませられないかもしれない。

 

……教師か

 

将来の道……仕事に就く。

就職はすでにしていた俺なのだが……その仕事には戻れる可能性は低い。

 

ならば俺は……何になると言うのだろう

 

モルモットは……イヤだしな

 

考えてもわからない。

だがあまり猶予はない。

一年、二年という長くもなければ決して短いとも言えないし……それにそれほどの時間があるとは……何故か思えなかった。

 

ピピ

 

ん?

 

そうして一人で俺がどうすべきかを考えていると不意に、机と一体化している自分用のPCがメールが届いたことを知らせてくれた。

一度考え事をやめて俺はその新たに来たメールを確認した。

届いたのは、先日友人と呼ばせていただいている先輩に頼んだ事に関する返答だった。

 

……了解、か。ありがたい

 

どうやら友人は俺の願い事を聞いてくれるようだった。

交換条件として……「IS学園で知り合った俺の彼女を連れてこい」とか書いてあったが……俺は無理だと返事をする。

俺が女性が苦手なのを知っているので、からかっているのだろう。

その友人に苦笑しつつ、俺は返事を書いた。

 

「こんばんは」

「……お前か」

「お前って……女の子捕まえてお前、はないんじゃない?」

「なら言い換えよう。更識か」

「それもそれでなぁ。二人の時は幼名で呼んでよっていつも言ってるよね?」

 

そう言って苦笑しながら、俺の部屋へと入ってきたのは生徒会長の更識だった。

未だにこの部屋の鍵は返却するつもりはないらしい。

 

まったくこいつは……

 

「今日、薫子ちゃんのお姉ちゃんの取材受けてきたんでしょ? どうだった?」

「どうもこうもない。取材を受けて写真撮影をしただけだ」

「その雑誌っていつ発売するの?」

「……聞いていない」

「な~んだ。じゃあしょうがない。織斑君にきこっと」

 

何しに来たんだ?

 

いつものように勝手に人のベッドにへと向かい、さも当然のように寝っ転がる更識。

そんな更識に呆れるが、何を言っても結局聞かないであろう事は既にわかりきっているので、俺はとりあえず何も言わずに俺はメール内容を確認し、返事を書き出す。

 

「誰とメールしてるの?」

「友人だ」

 

さすがに人のメールを勝手に覗くような無礼なことはしないつもりらしい。

いつものように人のベッドに勝手に寝っ転がりつつ、更識は俺の方へと視線を向けているのを感じた。

俺はそれに適当に答えつつ、返事を書いていたのだが……。

 

「……女の人?」

「……あぁ?」

 

更識の問いかけで指の動きが止まった。

 

「……なんだ突然?」

「メールの相手は誰なのかなって思ってね」

「……別に誰でもよくないか?」

「……よくないよ」

 

……何でだ?

 

突然の問いかけはさっぱり意味がわからなかった。

一旦返事を書くのを中止して、俺は更識へと向き直った。

 

「何がよくないんだ?」

「……お兄ちゃんの朴念仁っぷりが」

 

俺が朴念仁なのが悪い? そもそも俺は朴念仁って認識なのか?

 

更識にとって俺は分からず屋という認識らしいが……何でだろうか?

むすっとしている更識を見ていると何故か俺が悪いことをしている気がしてくるのだが……。

ふくれっ面になった更識を見て、俺は仕方なく……メールのやりとりをしている相手を教えた。

何故……仕方なく「教えて上げないといけない」と、そう思ったのかはわからないが。

 

「……まぁいい。用事を頼んでいるだけだ。自衛隊に所属していた頃の整備仲間だ」

「整備仲間? ってことは……女?」

「何故女であることが前提なんだ? 男だよ。俺よりだいぶ年上の整備士で、もともと戦闘機の整備士だったんだが、ISが登場して真っ先にISの整備兵として志願したらしい。俺が尊敬する人の一人だ」

 

熟練や一流というのはまさしくあの人のためにある言葉だろう。

戦闘機のみならず、まだ登場してよりそれほどの時間が経っていないISの整備に関しても一流なのだ。

しかも機動音や飛行の様子を見ただけで何が悪いのか? どこがおかしいのを瞬時に判断するのだ。

俺がまだ二十歳前のガキであるにもかかわらず、後輩と言うことでこの人にかなり整備の技術を学ばせてもらった。

大切な友人であり、先輩であり……大恩人だった。

相手も俺のことを気に入ってくれているらしく、友人と思ってくれている。

 

「なぁんだ。つまんないの」

「教えたのにつまらないとか……失礼な奴だな」

 

そう言いつつも更識は嬉しそうに笑っていた。

何が嬉しいのかはわからないが、とにかく機嫌が良くなったようだった。

だがしかし……次の台詞で今度は俺が不機嫌……というかとんでもない事態に陥っているのを知るのだった。

 

「でもま、今度お兄ちゃんと勝負できるからいっか」

「……はい?」

「お兄ちゃんと勝負なんて久しぶりだよね。私の今の実力……見せて上げるね」

「ちょっと待って……。何を言っているんだ?」

 

何か穏やかじゃない言葉を話している妹分へと俺は疑問の声を上げる。

すると更識は不思議そうに……それこそ本当に自然に……首を傾げいていた。

 

「何って……もしかしてお兄ちゃん、知らないの?」

「何を……」

「ただいま~」

 

そうしているとドアが開き、俺の同居人、一夏が帰ってきた。

当然ながら服装に変わりはないのだが……。

 

「その顔どうした?」

 

左の頬が赤黒く変色していた。

見た目的に……殴られたような後だった。

 

「え? いやこれは……友達のじいちゃんに殴られてさ。なんか孫を泣かすんじゃねぇ! とか言われて……。確かに蘭が泣いたのは事実なんだけど……何で泣いたんだろうな?」

「……そ~だな」

 

本当にわかっていない一夏が不思議そうにしているが、俺はそれに対して適当に言葉を返した。

どういう状況で友人の祖父に会ったのかは謎だが……「蘭」というのは人物名で、そしてその名前から察して女だろう。

それでもう答えはわかったも同然だった。

 

……相変わらずだな一夏

 

自覚がないのだから直しようがないのだろうが。

とりあえず痛そうに膨れあがっている頬を冷やそうと氷水を用意しようとした……。

 

「っていうか護。来週なんか試合するんだってな」

 

備え付けの冷蔵庫を開けた瞬間に、一夏がそんなことを言い出した。

 

「……試合……だと?」

 

そしてその試合というのは全く知らないことで……。

否、正しく言えば知ってはいた……。

 

「? 知らないのか? 寮の掲示板に張り出されてるぞ? 護との真剣勝負申込者募集って……」

「なんだと!?」

 

俺は思わず、手にしていた氷をこぼしてしまった。

俺の大声に驚いたのかどうかは謎だが……一夏が不思議そうに言葉を続けた。

 

「来週の土曜に試合日程を組まれてたぞ? 格闘特化型のISを用いるのは出来うる限り参加すること、そして参加しなくても見学には極力来るようにって」

「織斑教官~~!?」

 

俺は思わずこの話の立案者、元凶、犯人である織斑千冬教官に向かって思わず吼えた。

ここまで、話が大事になると……誰が予想しただろうか?

 

「やっぱり知らなかったんだ。ちなみにエントリーしてきたよ~。私が言ってたのはそれ」

「……なんと言うことだ」

「……すまん俺もだ」

「一夏もか?」

「あぁ……というか千冬姉に勝手にエントリーされてた」

「……なるほど」

 

一夏も災難である。

まぁ……格闘特化型ISといえば一夏の白式……といってもいいほどに格闘に特化しているので、教官が勝手に申し込んでおいたのは無理からぬ事だろう。

 

しかし……どうしたものか……

 

と考えてみるが……どうにか出来るわけがない。

ここまで 話が大きくなってしまっては……今更どうこうできないだろう。

それに撫子ポニーの篠ノ之箒さんとの勝負がある。

彼女は確実にエントリーするだろうか、逃げるわけにも行かない。

 

……腹を括るしかないのか

 

逃げることが出来ないとわかって……俺は深く溜め息を吐くことしかできなかった。

 

 

 

 




箒から頼まれたことは護との試合だったのだ!
何の試合かはお楽しみw
他の連中も戦いますが……まぁほとんど描写はないかな~
この試合の最大の目的は別にありますのでw
まぁまだ先ですけどw
ご意見ご感想、お待ちしてます。


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陥落

更識の頼み事より、はや一週間が経過した。

その一週間一夏も奔走したのだが、残念ながらまだパートナーを組む話どころか、まともに会話することすらも出来ないらしい。

何が簪ちゃんをあそこまで頑なにさせているのかは謎だが……ともかく更識から頼まれた事を一夏が必死に頑張っているのは間違いなかった。

 

手助けしたいが……

 

俺のことも嫌っている様子なので俺が言っても逆効果になりかねない。

また、俺自身も女の子は得意じゃない。

更識は別だが……。

 

「どうしたもんか……」

 

思わず口から心情が言葉に出てしまった。

俺は今日もいつものように整備室に籠もって守鉄の整備を行っていた。

ちなみにIS学園には整備室が全部で五つあり、俺が今いるのは第四整備室だった。

ここは教室棟、そしてアリーナなどの実際にISを動かせるような所から最も遠いので余り利用者がいない。

利用者の少ない中、端の方で作業していればあまり目立たない。

実際今数人の女子が整備を行っているが、誰も俺のことを気にとめていなかった。

別に自分が目を引くなどと自意識過剰なことは言わないが、男がいるというのに、整備課に所属しているであろう彼女たちは真剣に作業していた。

卵とはいえ、必死に努力しているのが伺えた。

まぁタッグマッチも近いのでそんなことを言っている場合ではないのだろう。

 

すばらしいな

 

俺はそう思いつつ、展開し、装着解除している守鉄の装甲を布で拭いていた。

最近は放課後に行っていた一夏達と行う訓練も行わなくなってきている。

一夏が簪ちゃんと組むに至って、一夏ハーレム軍団が一斉にヤキモチを焼いてとんでもないことになっているのだ。

誰もが一夏を殺すのではないか? と言うほどに個人訓練にいそしんでいる。

一夏は相変わらず大変そうだった。

 

さてと整備は大体終わったのだが……どうもしっくり来ないんだよな?

 

自分で言うのも何だが整備の腕には自信があり、整備不良とは思えない。

だが今日の訓練時間に、守鉄を装着していると違和感を覚えたのだ。

それもあって今日はかなり念入りに整備したのだ。

 

う~ん。だめだ、違和感がぬぐえない

 

一通り整備が終わったことで再度守鉄を装着するのだが……違和感がぬぐえなかった。

整備に問題はなく、中を見ても特に壊れた箇所や、パーツが摩耗している感じも見られなかった。

となると、守鉄ではなく俺に問題があるということなのだろう。

 

「機体に問題がないならお兄ちゃん自身に問題があるんでしょ?」

「あ?」

 

突然の声に俺は思わず間抜けな声を上げていた。

そちらの方へと目を向けると、更識が笑いながら扇子を持って立っていた。

その顔には笑みを浮かべていて、楽しそうにしていた。

 

「更識か? どうした?」

「いやぁ~。お兄ちゃんの様子を見に来てさ」

 

何が楽しいのかはわからないが、更識は楽しそうに扇子を開いた。

久しぶりに見た扇子には、「健康第一」と書かれていた。

 

「ISに問題ないなら問題があるのはお兄ちゃんだよ!」

「……その言い方はなんかイヤだな」

 

俺に問題があるって……いや問題だらけだが……

 

「まぁまぁ。ISに問題はないんでしょ?」

「……そうだが」

「ならお兄ちゃんの体を調べてみようよ」

「あぁそう言うこと……ってお前なんだその手は」

 

体を調べるのは賛成だったが……そう言っている更識の仕草が変だった。

仕草というか……手……手つきの動きが怪しい。

両手を前へと突き出して、左右の指先をワキワキとさせている。

何というか……見えない眼前の物体を揉んでいるような仕草だ。

 

「……大丈夫痛くしないから」

「……何なんだそれは?」

 

手をワキワキとしながらにじり寄ってきている更識に半ば呆れつつ、俺は守鉄を解除し、ISスーツ姿になった。

ちなみに整備室は原則ISスーツでなければいけない。

だから俺もスーツを着用しているのは当然だった。

 

「とう!」

 

とか言いながら俺に向かって突進してきた。

俺はそれを回避する。

欲望向きだしのように突進してきた更識を投げる。

何というか……熟練者らしくない素人丸出しの動きだった。

空中に投げ飛ばされた更識はそれを物ともせずに普通に着地していた。

 

「一体何がしたいんだ?」

「ちっ、つまんない。まぁ悪ふざけはここまでにして。検査室に行こ♪」

「検査室だと?」

 

検査室とはフィジカル・データを取るための施設である。

簡単に言えば……まぁ身体データを取るための場所だ。

無論IS学園の施設なのでISのデータを取るのに特化している。

 

「ISに問題がないならお兄ちゃん自身に問題があるって事でしょ? だったら身体データを取ってそれに合わせてみたら?」

「一理あるな」

「お兄ちゃん、ISの整備はばっちりだけど……自分の事はとことんだめだね」

「……やかましいわ」

 

その台詞には若干の悲しみが含まれていて……俺は強く返すことが出来なかった。

 

「とにかく、いこ? ちょうどISスーツ着てるから検査には好都合だし。箒ちゃんもこの前したんだよ?」

「箒? 篠ノ之さんか? そう言えば篠ノ之さんとタッグを組んだと言っていたな」

 

この前撫子ポニーとタッグを組んだと言っていたのを俺は思い出していた。

何で更識が撫子ポニーと組んだのかはわからないが……こいつのことだから何か考えてのことだろう。

 

「まぁね。とにかくいこ? ISの自動調整機能が働いているはずなのに違和感があるのはおかしいんだから、調べないと。思わぬ事故になりかねないよ?」

「……それもそうだな」

 

更識に言うとおりだったので、俺は素直に頷いた。

そしてISスーツの、まま検査室へと向かう。

 

「オープンゲット!」

 

検査室の開閉パネルに触れながら、何か死ぬほどくだらないことを言っている。

圧縮空気の抜ける音が響き、ドアが斜めに開く。

 

「それじゃ……ぬいでもらおっかな?」

「何故脱ぐ必要性がある? ISスーツで検査できるだろうが」

「ちぇ、ばれた」

 

コンソールを呼び出しながら、更識はそうやって笑う。

何が楽しいのかわからないが、鼻歌を歌いながら操作を行う。

 

「よし準備完了。お兄ちゃん、準備して~」

「あぁ」

 

俺は更識の言葉に従い、スキャンフィールドに立つ。

そして立つと足下からリング状のスキャナーが垂直に浮き、俺の全身を緑のレーザーが通り過ぎていく。

 

「……こ、これは!?」

「どうした?」

 

更識が驚愕の声を上げるが……その言葉にからかいというか悪戯心の響きがあったので、俺は呆れつつ声を掛ける。

 

「……お兄ちゃんの……って……大きいんだね」

「……おいちょっと待てや」

 

その言葉に俺は寒気が走った。

追求しようとしたのだが……r自分で言ってて恥ずかしかったのか、更識がそれはもう顔を真っ赤にさせていたので、俺は仕方なく攻撃をするのを中止した。

 

「恥ずかしいなら馬鹿なことを言うな」

「……ごめん」

 

さすがに更識も自分で馬鹿なことを言ったと思ったのか……反省しているようだった。

検査自体は二分という……あり得ないほどの短時間で終了する。

そしてそのデータを見た瞬間、更識が驚愕したのを、俺は見逃さなかった。

 

……なんだ?

 

「それじゃ守鉄にデータを送っておくね。調整は……自分で出来るよね?」

 

だが更識が直ぐに立て直し、俺にデータを送ると言ってくると、あまり深く追求する気になれなかった。

気にはなったが、本当にまずいことならば言ってくると思い、俺は気づかなかったふりをする。

 

「あぁ。そこら辺は問題ない」

「さすがだね♪」

「あまり長くなかったとはいえそれなりの期間整備兵として仕事をしていたんだ。これくらいどうって事はない」

 

実際かなりの訓練も行っているのでその程度朝飯前だ。

しかも守鉄はラファールリヴァイブだからなおさらだった。

 

「助言と協力感謝する。戻ってもう一度整備をしてくる」

「わかった。怪我しないようにね?」

「了解」

 

俺は更識にそう言いながら検査室を後にした。

 

 

 

「……」

 

お兄ちゃんを見送った後、私は数枚のディスプレイを表示し、データを見つめていた。

今さっき取ったばかりのお兄ちゃんの身体データだった。

 

一体……これは

 

表示されたデータ。

身体能力や、ISの適性などが表示されている。

身体能力は箒ちゃん同様……それ以上の数値が示されていた。

そこまでは箒ちゃんと一緒だった。

箒ちゃんも自己鍛錬を行っているので、身体能力は私よりも年下だというのに高い数値を出している。

そしてIS適性。

箒ちゃんは入学当初「C」だった数値が先日取ったデータでは「S」になっていたのだ。

それはいい。

まだ憶測の域を出ないけど、何となくわかっている。

だけど……お兄ちゃんのデータには問題があった……。

 

適性……「D」

 

お兄ちゃんとISの適正値は最低ランクの次に下の「D」だった。

これではISを動かすどころか、起動させるのがやっとのはず……。

なのにお兄ちゃんがISを起動させ、しかも今では己の体と同じように動かしている。

 

そう言えば最初の授業で……運転に慣れていなかったって言うけど……

 

最初このIS学園で行った飛行訓練で、まともに飛ぶことすら出来なかったという。

それはこの適性値の低さを物語っているのかもしれない。

 

じゃあ……入学当時の記録は?

 

適性値は訓練によって多少の底上げをすることは出来る。

ならばもしも入学する時に取った値よりも今の評価が上なら……まだ希望があった。

だからその入学の時のデータを閲覧しようとするのだけれど……。

 

『Not Found』

 

データが……ない?

 

生徒会長の権限で、生徒の記録は閲覧することは可能のはずなのに……お兄ちゃんのデータは何故かなかった。

意図的に隠したのか……消したのか……。

 

……嫌な予感がする

 

適性値の低さ……。

これが何を意味するのかはわからないけど……私には何故か不吉に思えて仕方がなかった。

 

 

 

「で? 調子はどうだ?」

「相変わらずだめだ。何とかしたいんだけど……あまり日数もないし」

「だなぁ」

 

互いに夕食を済ませた夜。

俺は簪ちゃんとのコンビを組もうと奔走している一夏をねぎらっていた。

と言っても別段何かをするわけでもなく、話を聞くだけだが。

 

援護できないのが、悲しいな

 

俺の役目はIS整備技術を使用してのIS制作のバックアップだ。

一夏が簪ちゃんとタッグを組まない限り、俺の出番はなかった。

 

「まぁそれでも何とかご飯を一緒に食べる位の仲には……なったはずだ」

 

自信なさげだな

 

今日の昼休みに、一夏が簪ちゃんを抱きかかえて食堂まで連れて行ったという噂で持ちきりだったが……、どうやら本当のようだった。

だが自信なさげなところを見ると、仲良く談笑しながらご飯を食べることは出来なかったのだろう。

やはり簪ちゃんの攻略はまだ難しいのだろう。

 

「とりあえず頑張ってくれ。俺としても簪ちゃんを手伝って上げたい」

「会長の妹だからやっぱり昔のことも知ってるのか?」

「あぁ」

 

一夏の言葉で思い出す……まだ父が生きていた頃に訪れた更識の家。

そこで出会った二人の少女。

昔はあんなにも仲が良かったというのに……。

 

「助けて上げたいんだよ……二人を……」

 

何が原因で二人が不仲になったのかはわからない。

だけど……家族がいるのにふれあえない……わかり合えないのは悲しいことだから……。

会話することもせず、顔を合わせることもない……。

互いにまだ生きていると言うのに……。

 

家族であるはずなのに……家族でない……。

 

あれほど仲の良かった姉妹が……それでいいはずがない……

 

 

 

「俺と……――じゃないんだから……」

 

 

 

「? 何か言ったか護?」

「あ……いや何でもない」

 

口から出ていた思い。

あの時……父が行った行為は……

 

 

 

一体……どんな思いで行ったのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「え~ISでも格闘を行うのは有効な攻撃手段の一つである。格闘において重要なのは、「お重さ」、「速さ」、「流れ」などであり……」

 

五時限目の授業で、私……更識簪は、最後列でぼ~っとしていた。

今行っている授業はすでに頭に入っているのでそこまで真剣に聞いていなくても問題はない。

……脳内に入っていて真剣になる必要性がないからこそ……別のことに意識が傾いてしまう。

 

織斑一夏……かぁ……

 

突然男のIS操縦者として出てきて、専用機を用意された状態でIS学園へと入学してきた転入生。

そしてその専用機を開発していたのが、私の専用機の開発も行っていた倉持技研で……未だに私の専用機は完成していない。

だからこそ、ぽっと出で出てきて、私を追い詰めた彼を憎んでいた。

けど……

 

悪い人じゃ……ないんだよね……

 

何故か後日行われるタッグマッチのタッグを組んで欲しいと言われて、それからずっとつきまとわれている。

言い方はひどいかもしれないけど、実際そうなので気にしない。

今日も食堂で二人で昼食を取ったりもした。

その時、恥ずかしさを隠すために、彼のご飯に大量の七味唐辛子を掛けたのに……彼は文句を言ったけど、そこまで怒っていなかった。

そして……そんな風に行動した自分に、自分自身がびっくりしていた。

 

私……どうしたいんだろう?

 

正直言ってわからない。

織斑君のことも……自分自身のことも。

 

こんな事は初めてで……全然……わかんない

 

そして不意に、織斑君の笑顔を思い出してしまう。

私は思わず変な声を出しそうになって必死になって自制した。

 

「? お~い、簪?」

 

どう知ればいいのかな?

 

「……何を?」

 

わかんない……。私がどうしたいのか……

 

「……」

 

私は……織斑君と……タッグを組みたいの?

 

「……わからないならやってみようぜ?」

 

……確かにやってみればいいかもしれない。けど……

 

「わかんないままにしておくのも良くないと思うぜ? 物は試しだ。タッグ、組もうぜ、簪さん!」

 

「……やってみようかな」

 

何故か……そんな一言がぼそりと……私の口から出ていた。

その瞬間……

 

「よっしゃ!!!!」

 

……え?

 

そこでようやく私は意識が浮上した……というかどういう状況下を認識した。

まだ夕焼けにはなってないけど、もうそろそろ日が傾き始める時間だった。

そしてその私の目の前で……ガッツポーズをしている……織斑君の姿が……。

 

…………え!? な、なに!?

 

「今やるって言ったよな! よっし! それじゃあ急いで職員室行くぞ! タッグマッチのパートナー申請だ!」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

織斑君に手を引かれるままに、私は教室を後にした。

そしてようやく気づく。

五時限目が終わったことにも気づかず、ぼ~っと考え事をしていると。いつものように織斑君がやってきて、私に話しかけてきたって事に……。

そしてそれに返答してしまっていたのだ。

 

やってしまった!?

 

そうは思うのだけれど、自分の手を引く織斑君の手の大きさと暖かさに何が何だかわからなくなってしまって……私は為すがままにパートナー申請の用紙にサインをしていたのだった。

 

「よし! それじゃ早速訓練しようぜ……っと、まずは機体調整しに行こうか? 俺の白式もそろそろみたいからさ」

「う、うん」

 

そのまま整備室へと行く羽目になってしまう。

けど……男子更衣室へと向かっていく織斑君の背中を見ていると……何故だろう?

あまり悪い気がしない……それどころか、何故か胸の鼓動が高鳴っていた。

 

 

 

『作戦成功! いつでも動けるように準備しておいてくれ!』

 

でかした一夏!

 

俺は第一アリーナで、更識、撫子ポニーと訓練を行っていると、携帯に届けられた一通のメールを守鉄が受信し、それをみて心の中でガッツポーズをしていた。

どうやら簪ちゃんとタッグを組むことに成功したようだった。

これでようやく動く事が出来そうだった。

作戦の手はずとしてはまず真っ先に整備室にてISの整備および調節を手伝う手はずとなっている。

まだ帰寮時間までは十分にあるので、二人はこのまま整備室へと向かうことになるだろう。

ならば俺に招集が掛けられるのも十分にあり得る。

そう判断すると、撫子ポニーと訓練を行っている更識へと向けるが……。

 

「反応速度が遅いよ~。それじゃ散弾タイプの攻撃は全部回避できないよ」

「は、はい!」

 

ものごっつ真面目に訓練している二人を見ていると、声を掛けられるのはためらわれてしまった。

また、更識は簪ちゃんのことを心底心配しているので、その事を話すと集中力が途切れてしまうかもしれない。

だから俺は更識のIS、ミステリアス・レイディにメッセージを残し、アリーナを後にした。

そして守鉄を除装し、軽く汗を流していると通信があった。

 

『護、済まないんだけど整備で手伝って欲しいことがあるから今すぐ第二整備室に来てくれないか?』

 

出番か……

 

俺はすぐさまそのメールに返事を送ると、第二整備室へと足を運んだ。

そして第二整備室へと入ると、すでに簪ちゃんは打鉄弐式を呼び出していた。

打鉄の発展型後継機と言う話だったが、だいぶフォルムは変わっているようだった。

スカートアーマーは機動性重視の独立型、碗部装甲もよりスマートになっており、肩部ユニットもシールドではなくブースターが搭載されている。

どうやら防御型の一式とは違い、弐式は機動性に特化したISのようだった。

そしてその周りにいる一夏と……女子の方々。

まず簪ちゃん、そして布仏本音さん……。

この子が来るのはすでに更識より通達済みであったが……やはり女性が苦手な俺にとっては辛い。

しかも整備室は原則ISスーツ着用のため……体のラインが剥き出しでより目に毒だった。

 

「お、護。きてくれたか」

 

二人だけじゃなく、周りも水着みたいな格好をしている女子だらけの空間というのに、一夏は平然としていた。

たまに本気でこいつのこの大胆不敵さというか……鈍感さを羨ましいと思う。

 

「あぁ。友人の頼みだしな」

 

俺と一夏は大根演技にならないように留意しながら言葉を発した。

俺が手伝うことはとっくの昔に決まっていたが、それでも簪ちゃんに知らせるわけにはいかなかったからだ。

そして簪ちゃんもそれどころじゃないのか、俺と一夏の掛け合い事態にはあまり注目していなかった。

 

「……こ、こんにちは」

「門国さんこんにちは~。放課後振りですねー」

「ど、どうも」

 

俺に対して複雑な感情のこもった表情をしながらも、簪ちゃんが挨拶をしてくれる。

のほほんさんに関しては、生徒会と言うことでそこそこ話せるようにはなったが……やはりちょっと怖いというか……何というか。

 

「お疲れ様です。それで……手伝ってくれとのことでしたが、どういったことを? それとこの打鉄に酷似しているISは?」

 

さらりと、全く知らないような口調で愛用の工具箱を置きながら、俺は簪ちゃんに質問した。

すでにどんな機体か知っているが、本来ならば知らないはずなのでこの質問をしないわけにはいかない。

 

「え、えっと……この子は打鉄弐式で、私の専用機です」

「打鉄弐式? となると打鉄の後継機ですか? それにしては随分と形状が……」

「一式と違って、弐式はラファールリヴァイブの汎用性を参考にした、機動特化型の機体です。お、織斑君が、その二つの機体の整備なら……門国さんが得意だって言うから来てもらいました」

 

……織斑君って言うときなんか顔赤らめてなかった?

 

どうやらこの天然ジゴロの俺の友人はまた一人、ハーレム軍団の団員を追加したみたいだった。

何というか……ここまで女を引きつけると魅力と言うよりも魔力や呪いの類じゃなかろうか?

 

まぁいい

 

「この前部屋で言ってたろ? 自衛隊でISの整備兵やってたって。自衛隊って主に打鉄とラファール使用してるとも言ってたから、護なら力になってくれるんじゃないかと思って」

「なるほどな。……見てもよろしいですか?」

「は、はい、お願いします」

 

簪ちゃんに許可をもらい、俺は工具箱からいくつかの工具を取り出した。

そして眼球保護用のゴーグルを着用する。

 

いくら打鉄の後継機、ラファールの汎用性を参考にしているとはいえ、ここまで別の形になっているISの整備は不安だが……まぁ何とかしよう

 

妹に頼まれた事をようやく果たせると思い、そして何より簪ちゃんのために、俺はすぐさま整備に取りかかった。

 

 

 

「……す、すげぇ」

 

俺は思わず口から胸の内の言葉をこぼしてしまっていた。

俺の目の前で護があらゆる工具を用いて高速に……簪のIS打鉄弐式の整備を行っているのを見ていた。

その手先の動きは……まさに職人の腕だった。

 

「装甲の様子はこんな物か……。ブースターの出力と機体の重さ、簪さんの身体データを元にすると……とりあえず出力調整はこんな物。特製は機動性だから少し高めに設定して……」

 

自分の手に触れるパーツと、空中投影ディスプレイに表示されたデータを見ながら、目にもとまらぬ速さで整備を行っている。

その姿を簪、整備課ののほほんさんも呆気にとられながら見つめていて……それどころかいま整備室にいる全ての人間が護の整備の様子を見つめていた。

それほどまでに……その整備の速度も、緻密な技量も圧倒的だったからだ。

 

「装甲が打鉄と違って全体的に薄めで……大体こんな物か」

 

ほとんど遅滞もせず、そして不安を一切感じさせずに、護が手を止めて機体の整備をやめた。

開いていた装甲を閉じて、念入りに装甲が閉まっているかを確認している。

 

「よし。こんな物だろう……って何だ一夏? ぼけっとして?」

 

ようやく俺たちの……周りの様子に気づいた護が俺に声を掛けてくる。

だけど直ぐに返事をすることは……誰にも出来なかった。

 

「何だ呆け……って何?」

 

俺が呆気にとられているのを見て、周りにも目を向けた護が、ようやく自分が整備室全ての人間に注目されていた自分に気がついた。

女性が苦手な護が、整備室中の女子に注目されて驚いていた。

そして直ぐに俺へと近づいてきた。

 

「な、なんだこれ? どういう事だ?」

 

ひそひそと、場の雰囲気に呑まれてしまっている護が俺に説明を要求してくる。

それに返答しようと俺が声を出す前に……意外な人物から声が上がった。

 

「す、すっご~~~い!」

 

「へ?」

「へ?」

「……はい?」

 

突然声が上がったその方向へと目線を向けると……そこにはだぼだぼの裾をぶんぶんとからは考えられない速度で……それでも遅かったが……振り回しているのほほんさんがいた。

 

「の、のほほんさん?」

「ほ、本音?」

 

そんな普段とは違って興奮気味ののほほんさんに、俺だけでなく護と簪も驚いているみたいだった。

しかしそんな周りの事など気にせずに、のほほんさんは普段の三倍以上の速度で詰め寄り……それでも遅い……興奮気味に声を上げる。

 

「門国さんって整備本当にすごかったんですねー! まさかあんな速度と精度で整備を行えるなんて思っても見ませんでしたー!」

「え、えっと……はぁ……」

 

にじり寄ってくるのほほんさんから徐々に徐々に逃げるように……腰が引けている護。

しかしその分のほほんさんもにじり寄っているので……二人がだんだんと遠くへと向かってしまう。

ぼ~としていた俺たちだったが、このままだと護が遠くに行ってしまいそうだったので、すぐさま行動した。

 

「本音、落ち着いて」

「あぅ」

 

簪に襟元を掴まれてしまったのほほんさんが苦しそうにしていたが、それで正気に戻ったみたいだった。

ちょっと苦笑しながら護に頭を下げた。

 

「興奮しちゃいました~。ごめんなさい」

「あ、いえ別に……」

 

謝罪された護は困惑していた。

まぁ普段と違った動きをされて戸惑ったのと、今の状況がよくわかっていないのだろう。

 

「しっかしすごいな護。のほほんさんほどじゃないけど……俺もびっくりしたぜ? なんだあの速度?」

「そうか? 別にあれくらいどうと言うことはないだろう?」

 

その台詞に、こちらの話に注目していた整備課の生徒達が、一斉に驚きの声を上げた。

それがまた結構な数の人がいたので……護がさらに腰を引かす。

 

「……普通じゃないですよ。今の整備」

 

簪も整備課ほどじゃないにしろ、護の言葉に驚きを隠せないのだろう。

そんな言葉を漏らしていた。

 

「はぁ。ですがまぁ……一応自衛隊で相応の訓練と整備を行っていたので……。どちらかというとその時俺に整備の技術を教えて下さったあの人の方がすごいかと」

 

先輩かな?

 

確かにこれほどの整備技術を独学で身につけた……ということはあり得ないだろう。

だがそれにしたってこれはいくら何でも常軌を逸していた。

俺だけならともかく……普段あれほどのほほんとしているのほほんさんや、周りの整備課の人たちが驚愕しているのだから。

だけどそれを本人はすごくないと言い張っていて……。

 

「それにしたってすごいですよ~。私にはまねできないな~」

「そうでしょうか? 今のは特別すごいことはしていないので」

「でも、今の速度ってそんな簡単に身につけられるのか?」

「まぁ~訓練が半端なかったからな」

 

腕組みをしながら護が考え込むと……途端に顔色を悪くした。

と言うか、あまり思い出したくないのかもしれない。

 

「そ、それよりも、とりあえず整備を終えたので確認をお願いします」

「あ、はい」

 

護の整備技術に驚いてしまったけど、もうタッグマッチまで時間が無いんだ。

護の一言で俺たちだけでなく、周りの人たちも思い出したようでまた整備室が騒がしくなる。

そしてとりあえず駆動系に異常が無かったので、俺たちは外のアリーナへと向かったのだった。

 

 

 

「ありがとうございました!」

「やーねぇ。別にそこまで堅苦しくしなくても」

 

本日も一緒に訓練を行った箒ちゃんが、訓練終了と同時に剣道と同じようにしっかりとしたお礼を私にしてきた。

 

別にタッグマッチのパートナーなんだからそこまでしなくても

 

「いえ、礼を欠いては剣士とは言えません」

「剣士……」

 

きりっと凜とした表情で真面目に言う箒ちゃんに、私は苦笑せざるを得なかった。

 

まぁそれがこの子のいい所なんだろうけど……

 

「とりあえず汗かいちゃったし、シャワーにいこっか?」

「え、でも私は……」

「いいから……いこ♪」

 

そう言いながら私は箒ちゃんの手を取り、半ば無理矢理にシャワー室へと連行していく。

その時、箒ちゃんの顔が一瞬沈んでしまったのを、私は見逃さなかった。

そして手を引いている私のことをちらっと見てくるその仕草は……私じゃない誰かを見ている気がして……。

 

そう言えば箒ちゃんも姉妹仲が良くないんだっけ?

 

お兄ちゃんからそんな話を聞いたのを私は思い出していた。

そんなことを思いつつ、私は箒ちゃんを連れてシャワー室へと入る。

 

「到着♪」

「む、無理矢理すぎですよ」

「いいじゃない別に? せっかく仲良くなったんだから裸の付き合いしましょうよ?」

「え、遠慮します」

「箒ちゃんのケチ~」

 

そんなことを話ながらスーツを脱ぎ捨てて、互いにシャワーを浴びる。

 

「いい気持ち」

「……」

 

シャワーを浴びても、箒ちゃんは沈んだままだった。

簪ちゃんとの関係が悪化しているからか……私は放っておくことが出来なくて。

 

「箒ちゃんって……束博士の事、敬遠してる?」

「……」

 

突然ナイーブな話題を振っちゃったけど……特に拒絶の意識は感じられなかった。

なので私はさらに話を続けようとした……。

 

「……嫌いなわけではないんです」

「……そうなの」

 

だけど言葉を発する前に箒ちゃんに遮られてしまった。

箒ちゃんの言葉が必死だったから……私はとりあえず聞き役に徹した。

 

「嫌いじゃないんです。専用機だって……私のわがままでしかなかったのに用意してくれて……感謝だってしてます……けど……」

「……うん」

 

私としても、姉妹のいる身だから人ごとじゃなかったから……真剣に言葉に耳を傾けた。

箒ちゃんが少しでも……軽くなるように。

 

「わからないんです……」

「わからない?」

 

その言葉は……意外でも何でもなくって……。

私も一緒だったから……。

 

「姉が何を考えているのかわからなくって……だから……」

「怖い……のかな?」

「……」

 

その沈黙はほとんど答えで……。

仕切りパネルから見える、箒ちゃんの顔は苦渋で歪んでいた。

それを少しでも軽くして上げたかった……。

私にも希望があるって……簪ちゃんと仲直りできるって……思いたかったからこその行為だったかもしれない。

けど……言葉を発せずにはいられなかった。

妹を持つ……姉として……。

 

「わからないのは怖い……ね。でも私だって怖いのよ?」

「……え?」

 

私の言葉が意外だったのか……箒ちゃんが弾かれるように私へと視線を投じてきて……。

そんな箒ちゃんに微笑みながら、私は言葉を続けた。

 

「私も、妹が何を考えているのかわからないの。だから……私も怖いの。きっとあなたのお姉さんもそうだと思うわ」

「……」

 

いつからだろう。

簪ちゃんとほとんど顔もあわさず、言葉も交わさなくなったのは。

きっと……当主に任命されたのがきっかけだったと思う。

あの時私は責務で忙しくてそんなことを考えている暇もなかった。

気がついたら簪ちゃんとの仲は……。

だから私もわからない。

簪ちゃんが何を考えているのか……。

 

でも……それでも……家族だから……姉妹だから……

 

確かにわからない。

わからないから怖いし、わかろうとするには勇気がいる。

自分が傷ついてしまうかもしれない、相手が傷ついてしまうかもしれないと思うと、足がすくんでしまう。

だけど……

 

「でもね、大丈夫」

「な……何がですか?」

 

私に縋ってくるような目をしている箒ちゃんのその顔は本当にわからないことが怖いと思っている感じだった。

それを少しでも和らげるように……私の思いが少しでも軽くなるって信じて……私は言葉を発した。

 

「きっと、あなたのお姉さんはあなたを大切に思ってくれているから……。だって……」

 

私だって……そうなんだから……

 

簪ちゃんが大切だ。

わからなくても……怖くても……。

大事な家族で、大事な、大事な……妹だから……。

 

「だから……怖がらないで……」

 

箒ちゃんを勇気づけるように、優しく告げる。

直ぐに返事はしてくれなかったし、これだけで抱えた問題が解決するほど甘くはないだろうけど……それでもきっと、前に進んでくれるって信じて……。

 

私は箒ちゃんに笑いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




タッグマッチまでが遠いぜ……
がんばりまっす!



しかし休日もなんだかんだで忙しいな
掃除とかで


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それぞれの思い

翌日、俺と一夏、簪ちゃんにのほほんさんは昨日に引き続いて整備室に打鉄弐式の調整を行っていたのだが……ここで問題が起きた。

 

「出力とかは安定するけど……なんかしっくりこない」

「う~ん。一応簪さんにあわせたカスタムをしているんですが……俺では力不足なようですね」

 

そう、ここに来て機体調整がうまくいってないのだ。

俺は打鉄とラファールリヴァイブならばそこそこの整備の腕を持っている自信があるのだが、如何せんそれの発展型である弐式の整備……というか開発(・・)整備は俺には荷が重すぎた。

どうしても基本的なチューンしか施せず、あまり効果がない。

ので……。

 

「……援軍を呼ぼう!」

 

という一夏の言葉で……

 

「黛先輩! 来てくれてありがとうございます!」

「織斑君がどうしてもって言うから来て上げたわよ~。言っておくけど、高いわよ?」

「うっ!?」

「何にしようかな~? デート? それともマッサージかな?」

「か、勘弁して下さい」

 

更識より聞いていた、二年の整備課のエース、黛薫子さんにこうして来てもらったのだった。

 

「ご足労頂き、感謝いたします」

「いえいえ。織斑君と門国さんの男コンビからの頼みじゃ断らないですよ~。もちろんお礼はしてもらいますけど」

「はい……可能な限りお答えします」

 

どんなことをさせられるのかわからないので正直怖くはあったが、そうも言ってられないので、俺は覚悟を決めておいた。

そして他にも幾人かの整備課の人間を呼び、打鉄弐式のさらなる改良が始まった。

 

「織斑君! ケーブル持ってきて! 全部!」

「こっち特大レンチに高周波カッター!」

「このシステムはどうしますか?」

「う~ん……とりあえずスタンダードに設定して下さい。こちらもそれで考えて調整します。門国さんは今調整したブースターの内部チェックをお願いします」

「了解しました」

「織斑く~ん、ディスプレイ足りないから調達してきて!」

「は、はいぃぃぃぃ!!!!」

 

俺はまだ整備自体はし慣れているのである程度楽だったが、一夏が死ぬほどこき使われていた。

手伝って上げたかったが、こちらも精神的にも肉体的にもそれどころではないので無理だった。

ハードウェアは各部ブースター、スラスター、武器、内臓火器と言った要素を行い、データチェック、必要によってはパーツの新造、それらの試験稼働などやることは多岐にわたった。

ソフトウェアについても問題が山積みで、打鉄の流用だけでは出来ないところは簪ちゃんが高速でキーボードを叩いて処理していた。

しかもその処理の仕方が、ボイスコントロールにアイコントロール、ボディジェスチャー、挙げ句の果てには両手両足の指の上下の運動で、空間投影キーボードを叩いていた。

上下の動きで行うので計八枚のキーボードを使用していた。

ソフトウェア開発だけでも普通ではないのに、それを行うためのデバイス操作も異常と言っていい。

 

簪ちゃんも十分に化け物なんだな……

 

そのあまりの圧倒的光景に一夏が見惚れて……

 

「きれいだな」

 

と言っていたがそれは幸か不幸か、集中していた簪ちゃんの耳には入らなかった。

 

 

 

「ふむ、こんなものでしょうか?」

「そうですね~。基本部分は出来たし問題ないと思うんですけど……更識さん、機体の動作に違和感は?」

「だ、大丈夫です」

 

ふむ、どうやら大丈夫みたいだな

 

無理をして嘘を言っている感じもしないので本当に問題なさそうだった。

 

黛さん達との共同作業を行い初めて早数日。

何とか大会数日前に機体を仕上げる事が出来た。

まだ土日があるとはいえ余り時間はないので急ピッチで進めたので不安なところもあったが、命を預けるものなので真剣に取り組んだので効果は合ったようだった。

だが残念ながら……。

 

「結局火器管制のマルチロックは諦めたの?」

「はい……通常のを使います」

 

しかし残念なことに、打鉄弐式のマルチロックオンシステムは完成しなかった。

内臓火器っbに高性能誘導ミサイルが搭載されていて、計六基になるそれらが一度に八発の高性能小型ミサイルを備えている。

最大で同時に四十八発の一斉射撃を行えるのだが、四十八基を全て独立で稼働させるというシステムが完成していないので、本来の性能に到達していない。

だがそれでも基本部分が完成したので、後は室内でもシステムを構築できるので諦めるにはまだ早い。

そう考えていたら、簪ちゃんが俺たちをちらりと密かに見たのに俺は気づいた。

そして最終的に一夏へと視線が固定されて……その眼差しが何となく乙女の色を出しているのに気づいた。

 

さすがと言うべきか……

 

どうやら完璧に惚れてしまったらしい。

まぁ確かに頑なに断り続けていたのを、半ば無理矢理に近いとはいえ何度もアプローチしてタッグを組み、あれだけ完成しなかった機体が人の手を借りたとはいえ完成したのだから、それの原因である一夏に惚れてしまうのも無理からぬ事なのだろう。

そしてそれに気づいたのは俺だけではなかったらしく……。

 

「よし、じゃ、これで解散しよっか!!!」

「ん? 薫子? まだ機材片付けが終わっていないよ?」

「いいのいいの。織斑君にやってもらうから!」

「えぇ!? いや、別にいいですけど。護、よければてつ……」

「あ~門国さんはだめ。私たちにこれから話を聞かせてもらうから!」

「話……ですか?」

「整備のコツとか教えて下さいよ。初日すごかったって聞いたんですから!」

 

……逃げられそうにないな

 

個人的には明日に控えた……控えてしまった試合について思案したかったのだが仕方なく俺はそのまま連行されていった。

そして消灯時間ぎりぎりまで、俺は様々な物をおごらされた上で根掘り葉掘り色んな事を聞かれて……精神を摩耗させるのだった。

 

 

 

「はい、はい……そうですが……。それで……いいのでしょうか?」

 

? 今の声って……?

 

お兄ちゃんが夕食を終えて一人でいる、いつもの時間。

私はいつものように、お兄ちゃんの部屋へと襲撃をしに来たのだけど……ドアを開けたその隙間から、お兄ちゃんの言葉が耳に入ってきた。

迷いの感情がにじみ出ていたそれを聞いて、私は思わずドアを開ける手を止めてしまった。

お兄ちゃんは多分気づいているだろうけど、それでも止まらずにはいられなかった。

 

「……それが正しいのでしょうか?」

 

だれと話しているの?

 

興味を引かれた私は、少し話を聞いてみることにした。

もちろん……調べようと思えば直ぐに調べることは出来た。

家の力を使わなくても、身につけた力と技術で私はそれを行える。

だけど……それじゃだめだってわかってるから。

 

「……はい、了解しました。夜分遅くに失礼しました」

 

あれ? もう終わり?

 

「おい、更識。入るなら入ってこい」

 

……やっぱりばれてた

 

まぁお兄ちゃんなら絶対にわかっていると思ってたけど……盗み聞きしていたのは間違いないので私は少し決まり悪そうに部屋へと入った。

イスに座って開いていた画面を消して、お兄ちゃんが私へと向き直った。

 

「盗み聞きは感心しないぞ?」

「……ごめんなさい」

 

チロッと舌を出しながら謝ると、お兄ちゃんは渋い表情で息を吐いた。

そして苦笑しつつ私にベッドの端に座るようにすすめてくれる。

 

「まぁいい。座れ」

「あれ? 今日は追い出さないの?」

「追い出した程度で素直に帰るのなら考えるが?」

 

今度は嘆息しながらそんなことを言われて、私は少し不機嫌になってしまう。

それが態度に出たのか、お兄ちゃんが笑った。

けど特に何も言わずに、お兄ちゃんは私に背を向けて、机に向かって何かを思案し始めた。

最初は少しぞんざいに扱われたことに大して少し腹が立ったので悪戯しようと近寄って……その横顔を見て私は直ぐにそんなくだらないことを考えるのをやめた。

その表情が……余りにも真剣だったから……。

 

また……何かするつもりなんだ……

 

それを見て、何かをしようとしているのが分かってしまう。

きっと……今でも悩んでいるんだと思う。

そうでなければ……こんな思い詰めた表情をするわけがない。

 

それが……果たして何を意味するのかわからないけど……

 

 

 

また……傷つくんだろうな……

 

 

 

この人はどうして……自分が傷つくのを顧みずに、人のために頑張るのか?

わかってる……それが、お兄ちゃんの、お兄ちゃんたる所以なんだって。

でも……それでお兄ちゃんが傷ついてしまうのが、私は悲しかった。

それを少しでもわかって上げたくて……少しでも軽くなるように、後ろからその背中を……。

 

「……更識」

 

けど、それすらも、お兄ちゃんは拒否した……。

その声に、私の足は止まる。

けど……それでもお兄ちゃんはこちらを振り向かなかった。

 

 

 

 

 

 

「……お前にとって……ISとは何だ?」

 

 

 

 

 

 

……あぁ、そう言うことね

 

その言葉で……お兄ちゃんが何をしようとしているのかわかってしまった。

この人は……本当にバカだ。

でも……そんなこの人が好きだから、私は素直に答えた。

 

「……大事なパートナーで、兵器だよ。それもとびっきりの」

「……そうだよな。それでいいんだ」

 

きっと試合の日に、お兄ちゃんは誰もが目を背けている……この学園にいる全員が希薄になっている事柄を口にするんだろう。

それが正しいかどうかは私にもわからない。

けど……私はそれでもお兄ちゃんの背中を押そう。

 

 

 

この人が私を頼ってくれることなんて……滅多にないのだから……。

 

 

 

「お兄ちゃんが何をしようとしてるのか私にはわかるけど、それが正しいのかはわからない。けど……私はお兄ちゃんの味方だよ?」

 

とびきりの笑顔で、私はそう言った。

それを見て、お兄ちゃんが何を感じて、何を決意したのかはわからない。

だけどそれでも私はお兄ちゃんを信じるだろう。

 

好きな人って事もあるけど、それよりも私にとってお兄ちゃんとは……

 

 

 

 

 

 

最も信頼に値する人物の、一人なのだから……

 

 

 

 

 

 

「護? お~い護?」

「……」

 

? 返事がない?

 

夕食から部屋に戻ってきて、差し入れにと思って買ってきたジュースを渡そうと思いつつ、部屋に入って護がいるかどうかを確認したのだけど、返事がなかった。

それに訝しみながら部屋へと入ると、そこに……

 

……何やってんだ?

 

自分のベッドの上で、何故か座禅を組んで瞑想している護がいた。

てっきりいると思っていた更識先輩の姿もない。

かなり集中しているのか……俺が帰ってきたことにも気づいていない。

邪魔をするのもまずいと思って、俺はとりあえず買ってきたジュースを机に置いた。

 

トン

 

そんな音が、ジュースを置いた机から響く。

 

「……帰ったのか」

 

すると、それで瞑想状態から覚めたのか、護が声を掛けてくる。

それに内心驚きつつ、俺は言葉を返した。

 

「あ、あぁ。ジュース買ってきたんだけど飲むか?」

「……頂こう」

 

机に置いていたジュースを取っ手、護に放り投げる。

護はそれを見もしないで、普通にキャッチした。

それに驚いているんだけど……そんな俺のことは気にせずに、護はジュースの封を開けて中身を飲んでいた。

俺も自分の分のジュースを開ける。

 

「……一夏」

「ん? 何だ護?」

 

ジュースを一口飲んで、また瞑想を始めたかのように押し黙ってしまった護を何となく見つめていたら、声を掛けられた。

その声が真剣な感じがしたので、俺は座り直して護の言葉を待った。

 

「……お前にとってISとは何だ?」

「? 何だいきなり?」

 

あまりにも突然すぎるのその質問に俺は思わず聞き返してしまった。

けど護が真剣に俺に聞いてきているのはわかっていたので、俺も真剣に考えて……こう答えた。

 

 

 

「俺の大事な仲間を守るための大事な相棒だ」

 

 

 

これ以外に、俺が答えられる答えはなかった。

俺にとって大事な人を……仲間を……守るために使用する俺の剣。

箒を、セシリアを、鈴を、シャルを、ラウラを、簪を……他にもいる俺にとって多くの大切な人を……。

 

そして……護を……。

 

俺にとって大切な人たちを守るための力。

この力があるから、俺はがむしゃらに前に進めている。

俺でも守ることが出来るって……思えるから。

 

 

 

……護みたいに、俺もなりたい

 

 

 

俺のために命までも投げ出して戦ってくれたこの大切な年上の友人を……俺は密かに尊敬していた。

その覚悟も当然として、あの腕前は一朝一夕でなれる腕前ではない。

 

千冬姉が勝てないとか……どれだけの腕前になれれば可能なんだよ?

 

俺が最強だと信じて疑わず、誰もが認める強者であるあの千冬姉が一度も模擬戦で勝利していないというその事実が、俺にとっては衝撃的だった。

いくら束さんと知己であり、他よりもISの知識が豊富だったとはいえ、それだけでISの世界大会を制覇できるわけがない。

ISだけじゃない、生身でも千冬ねえは最強クラスなんだ。

それはラウラの攻撃を、同じISの武器を使ったとはいえ、生身で受け止めることで証明している。

 

その千冬姉も認める腕の護を……同じ男として憧れないわけがなかった。

 

「まぁ……そうだろうな。お前に関しては余り心配していなかったが……」

「? それは褒めてるのか?」

「あぁ。絶賛だよ」

 

? よく意味がわからないな?

 

でも確かに嫌みには聞こえなかった。

そんな意図はないのは間違いないんだろう。

 

「俺は学生は学生らしければいいと思っていた。だが……それでもあの時の経験を少しでも役に立てたいと思った」

「あの時って?」

「俺が初めてISを動かしたときのことだ」

 

初めて護がISを動かしたとき。

それはつまり海外派兵で出兵し、テロリストの襲撃を受けたときのことで……。

それを役立てるというのは……一体どういう事なんだろう?

 

 

 

「間違いなく、俺は皆に嫌われるような事を口にするだろう。学生なのだから学生らしくしていていいとも思っていた。だが……それでも、俺はあれを経験した人間として、言っておきたい」

 

 

 

ある種の決意をにじませて、護がそんなことを口にする。

何を言うのかはわからない。

けどそれでも、護が……あらゆる意味で俺たちよりも大人の護が何かをしようとしているのだから、それはきっと俺たちにとってプラスになることなんだと思う。

 

 

 

この日はこれ以上会話はなかった。

護がじっと静かに瞑想を続けていて……話しかけられる雰囲気ではなかったから。

これは瞑想だけじゃなく、きっと心身ともに戦闘態勢に移行させているのだと、何となくわかった。

護からあふれ出すその気迫と雰囲気が、強烈だった。

 

何をするのかわからないけど……無理しないといいけどな……

 

それが心配だったが……護だから大丈夫だろう。

 

 

 

そして……その日がやってきた……

 

 

 

 

 




どうもあけまして~


たぶんですね、次の模擬戦の話はよくて賛否両論、悪くてフルボッコの話になると思いますので、その部分だけ一気にあげちゃいますね~
いつだかはわからないけど……

初期設定はもうちょっと固めないとだめだね……



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模擬戦

待ってた方も、待っていなかった方もお久しぶりです~
いやね~先月仕事でミスしまくって怒られて凹んでたもので書く気力がwww

それで復活したら書いてはいたんだけどいつあげようか悩んでいたら三月半ばまで時間がたっていました~


んで、だいぶ方向性が変な咆哮に走る感じというか……
否意見が増えそうで怖いけど、もう終了間近まで書いちゃったんであげますね~

楽しんでいただければ幸いです



「ではこれより……門国護との戦闘訓練を行う。訓練だからと言って手を抜くな。これは接近戦を行う者に取っては非情に貴重な訓練だ。ないがしろにせず、きちんと己の物にしろ」

「「「「はい!」」」」

 

……結構いるな

 

ついにやってきてしまった、集団で俺をボコる……もとい模擬戦の日がやってきた。

ここはIS学園の道場。

すでに皆、道着に着替えており戦闘準備は万全である。

当然俺も道着だったりする。

左手の甲をカバーするかのような待機状態の守鉄も本日は外している。

それと同様で俺以外にも、身体の動きを阻害するかのような箇所に装備されている待機状態のISは外されていた。

一夏や撫子ポニーなんかのISがそれに当たる。

集まったのは……十数人の女子生徒と一夏。

元々この状況を作るきっかけとなった撫子ポニーは当然として、更識もいた。

 

まぁ申し込んだって言ってたもんな……

 

他には審判役なのだろう、織斑教官と山田先生がいる。

またこの本日の試合は全て録画されているらしく、リアルタイムで放送もされているらしい。

 

……好都合だ

 

本日、俺がやろうとしていることを考えれば、録画とリアルタイム放送というのは都合が良かった。

 

……俺がアクシデントで倒れたりしなければ……だが

 

女性に弱い……俺の性質。

 

 

 

性質じゃなくて……恐怖か……

 

 

 

以前……臨海学校でぶっ倒れたことのような無様な事は許されない。

そうならないように注意すべきだろう。

俺がそんな馬鹿なことを考えている状況でも、教官の言葉は続いていた。

 

「多対一でも構わないが、まずは一対一で戦うのがいいだろう。ISとは違う生身での戦闘では、まだ貴様らの腕ではこいつを倒すことは出来ない。殺すつもりでかかれ」

「「「「「はい!」」」」」

 

多対一でもいいって……というか殺すつもりって……教官……

 

軽く俺の人権というのが捨てられている会話をしていた。

さらに言えばそれを聞いてはっきりと、それはもう力強く頷く生徒達もどうなんだ?

俺と同意見なのか、俺以外の唯一の男性参加者である一夏も苦笑いをしていた。

 

まぁ実際……俺を倒せる可能性があるのは更識くらいだろうな……

 

無論この場にいる人間全員という条件が付けば、1から2に数が増えるわけだが……それはさすがにないだろうと信じておくことにした。

更識楯無。

裏の名家の跡取り娘であり、俺と幼少時より付き合いがあった人間。

裏の名家の頭首になるために相当修練を積んだのだろう。

「守る」ということのみを特化して技を磨いてきた俺でも倒される可能性がありそうだ。

油断できる相手ではない。

生身の組み手を行っていないので確かなことは言えないが……楽勝と言うことだけは確実にない。

 

さらに言えば疲弊もするしな……

 

何試合することになるかわからないが、それでも少ない事はなさそうである。

 

多対一までやるとか言い出しているし……

 

一対一なら直ぐに終わったが、パターンが複雑化する多対一まで含まれてしまってはどう考えても時間がかかる。

さらに言えば今日は休日である。

しかも休日の正午。

 

夕方までかなりの時間があるわけだ……

 

「ではこれよりくじ引きを行う。それぞれくじを引いてしばし待て」

 

俺がそうして状況を確認していると教官の無慈悲というか……開戦の合図に等しい言葉が発せられる。

それを聞き……俺は意識を戦闘態勢へと移行させる。

と言ってもすでに昨夜行っているので、一瞬で完了する。

 

……参ろうか

 

「門国……」

そんな俺へと声をかけてくる教官。

俺は静かに目を開けて、教官へと向き直った。

 

「……何をするつもりだ?」

「何を? とは?」

「しらばっくれるな。それほどの戦闘態勢は、私との試合でも見せたことがなかっただろう? 何をするんだ?」

 

さすがは教官。見抜かれておりましたか……

 

まぁ誰もが認める強者の織斑千冬が気づかないわけはないだろうとはわかっていたことだが……。

俺は静かに呼吸を繰り返し、戦闘態勢を……それこそ今すぐに教官と模擬戦を行うほどの気迫を持って、言葉を紡いだ。

 

「あの日……俺が初めてISを動かしたあの日の事件に遭遇した者として、この学園にいる人たちに俺の考えを伝えるつもりです」

「……」

 

それでわかったのだろう、教官は露骨に渋い顔をしていた。

しかし俺の態度を見ていてすでに無駄だと悟ったのか……直ぐに溜め息を吐いた。

 

「貴様は……どうしてそう自分を痛めつけるのが好きなんだ?」

「痛めつけているわけではありませんが……ただ私は……」

「そう言う意図がなくても結果がそうだというのなら一緒だろうが」

 

どうやら本気で呆れているのか再度溜め息を吐かれてしまった。

だがそれでも、俺の決意は変わらなかった。

あれを見た人間として……俺がやらなければいけないことだ。

 

おそらく反感は避けられないだろう。だがそれでも……俺は……

 

言わねばならない。

自衛隊として、整備兵として……そしてあの日の地獄を見た人間として……。

俺の覚悟のようなものを感じ取ったのか……教官は再度溜め息を吐いた。

 

「まぁ止めはしないが……死ぬなよ?」

「……そのお言葉は……その……何とかならんのですか?」

 

そんなに俺が死んでしまうと思っているのかこの人は?

 

いやそんな意図はないとわかっているのだが……それでもこう立て続けに「死ぬ」という単語を聞かされては少し怖いというか……。

 

まぁあまり死ぬことに恐怖はないのだがな……

 

それは別にいいだろう。

ともかく集中することにする。

 

……そろそろか。参ろう

 

俺の想いを言うために……。

 

ちなみに山田先生はくじ引きを引かせているために、十数人の生徒にもみくちゃにされていた。

 

「み、みなさん! 落ち着いて下さい! 別に逃げたりしませんからぁ~!!??」

 

……お疲れ様です

 

相も変わらず受難が多いようである。

 

 

 

 

 

 

それは直ぐに訪れた……。

 

……すげぇ

 

圧倒的なまでの……力量差。

すでにいくつかの試合を終えたが……護に一撃を入れることも出来ず、ただ全ての攻撃を防がれて、しばらくしてのカウンターを食らって、対戦相手は敗北していた。

千冬姉から言われているのか、それとも護の意志なのかはわからないけど、護は直ぐに倒さないで必ず数分間戦闘をしている。

その数分間、ひたすらに護の相手は攻撃しているのだけど……掠りもしなかった。

武器も使用可だから使用している人もいるけど……それでも結果は同じだった。

 

……すげぇなんてもんじゃないな

 

全ての攻撃を予見しているように、紙一重で躱したり、あるいは手で受け流していた。

その時の動作が、すごく流麗だった。

ちなみに俺も戦ったけど敗北した。

前回とは違って普通に一本取られて敗北したので意識は失っていない。

他の子達も同様で、意識を失った子は今のところいなかった。

 

勝てる奴は……いないだろうな

 

千冬姉すらも倒せなかった相手だ。

その千冬姉に指一本も触れられない俺たちが勝てるわけがない。

 

可能性があるとしたら……箒とか更識先輩とか?

 

護ほどの訓練を行った奴はこの中にはあまりいないだろう。

それこそほんの一握り……軍人であるラウラや箒、そして更識先輩くらいのはずだ。

でもそのラウラも……見事に敗北していた。

軍隊格闘はかなりの腕前なのは見てわかったけど、それでも護に全て防がれていた。

今はとても悔しそうにしながら、睨みつけるようにして試合を見つめている。

 

そして……今行われていた試合も終わった。

 

もちろん結果は護の勝利だ。

一度も危なげな目に遭わず、護は相手に綺麗に一本を取った。

 

まぁ護の性格上、基本的に当て身というか……打撃形で一本取っているのが護らしいな……

 

柔術も使えるみたいな事を言っていたから寝技ももちろん使えるのだろうけど……まぁ俺も相手が女の人だとそんなことは出来ないけど。

それにそんな必要性はないのだろう。

どの試合も危なげなく終えているのだから。

そうして俺が物思いにふけっていると、試合後の礼も終わっていた。

 

「次は誰だ?」

 

審判役である千冬姉が次の対戦相手を呼んでいた。

審判である千冬姉も、護の一挙手一投足を見逃さないように鋭い目を向けて見ていた。

まるで自分が護と戦っているかのように……。

 

千冬姉がそこまで意識する相手か……

 

俺が知る限りでは最強の実力を有している千冬姉がそれほどまでに注目しているのが……少し悔しかった。

今更ながらに最初の頃、護を敵視していたラウラの気持ちがわかった気がする。

 

「私です……」

 

重々しい声と供に俺の隣から声が上がった。

俺の隣りに座っていたのは……。

 

「……篠ノ之か」

 

箒だった。

格好もみんなとは違って貸し出しの道着ではなく、自前の剣道着だ。

いつも以上に鋭い目をしている。

手にしているのは……って!?

 

「ほ、箒!? その手にしている得物は何だ!?」

 

あまりにも異質な箒の得物に、俺は思わず大声を上げて箒に詰め寄った。

濃い紫の紐の巻かれた柄。

鞘は真っ黒だが、上品に模様付けがされていて、余り暗いというイメージを湧かせさせない。

長さは大体竹刀と同じ長さで、僅かに湾曲している。

これはつまり……

 

 

 

「刃引きした真剣だ」

 

 

 

いや真剣って……こともなげに言うなよ!?

 

予想通りではあったけど、当たって欲しくなかった予想である。

さすがに真剣は予想外だったのか、周りの人も驚いていた。

確かに武器の使用は可だったけど、あくまでもそれは木刀や訓練用の竹刀と言った、非殺傷性の物だったのだけど……。

 

「まさかそれで護と試合をするつもりか!? 落ち着け箒! いくら何でも真剣はまずいだろう!?」

 

刃引きしてあるとはいえ、真剣に変わりないそれでやるのは、いくら何でもまずい。

それだけではなくその総身から溢れる気迫も……俺と普段特訓するときよりも遙かに強烈だった。

その気迫に気圧されながらも、俺は何とか箒を止める。

だけど……

 

「黙れ織斑」

「だけど千冬姉!?」

「織斑先生だ」

 

スパン!

 

俺に黙れと言ってきた千冬姉に問答無用で黙らされた。

そしてそこで気づいた。

 

そう言えば千冬姉が何も言ってない?

 

真剣を携えている箒に対して、千冬姉が何も言っていないことに俺はようやく気がついた。

もしも禁止だったなら、直ぐに言いそうだというのに。

いくら刃引きしてあるとはいえ、だめならだめと……。

 

ん? 刃引き?

 

「それは学園の物だ。そもそもにして篠ノ之は真剣での試合を望んでいたのだ。元々篠ノ之と門国の決闘に割り込んだ形で今日のこの時間があるのだ。別に刀を使うことに問題はない」

 

そう言えば護に試合を挑んでいたっけ?

 

千冬姉の言葉で、俺は数日前に箒が護に試合を申し込んでいたことを思い出した。

 

「私としてはお前はもう少し後でやって欲しかったんだがな。まぁくじ引きだから仕方がないのだが……」

 

確かに……箒は刀の扱いすごいしな……

 

ぶたれた箇所を撫でながら、俺は改めて試合へと臨む箒へと目を向ける。

中学の剣道全国大会優勝者。

しかも早朝の訓練を今も欠かさず行っている。

それだけに飽きたらず、最近はついに真剣での訓練も行っているから……相当強いはずだ。

 

だけど何というか……

 

 

 

何でそんなにピリピリしてるんだ?

 

 

 

それが少し気になった。

だけど、止めることは当然出来ず、二人が道場の中心へ進み……互いに礼を捧げた。

 

そして……

 

 

 

「はじめ!」

 

 

 

千冬姉の開始の合図が放たれて……一瞬にして会場に凄まじいほどの圧力がかかった。

これは二人の気迫と気迫のぶつかり合い。

凄まじいまでのその圧力は……意外な事にも護からも発せられていた。

 

……護?

 

普段は……それこそ今までの試合中ですらも気迫を出していなかった護が何で箒に限って? と思ったけど、理由は直ぐにわかった。

 

真剣だから?

 

さすがの護も、真剣相手では本気にならざるを得ないのだと、俺はそう思った。

だけど直ぐに、それは見当違いだったと……知ることになる。

 

 

 

……隙がない

 

わかってはいたことだった。

相手が生半可な相手ではないということなど。

門国護。

自衛隊に所属していた人間。

自衛の格闘術を極めた人物であり、それを応用したカウンター攻撃でISでの勝負で一夏を一撃で倒した男。

あの織斑先生ですらも勝利したことがないという男に……私が勝てるなんて思い上がっていない。

だけどそれでも……この人と戦うことで何か掴めることがあるのではないかと思って試合をお願いしたのだ。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

今、この空間は奇妙に静まりかえっていた。

試合が始まったというのに……物音一つせず、呼吸の音すらも聞こえてきそうな程静かだった。

 

「……」

 

だがこうしてにらみ合っているのは私の本意ではない。

門国さんのスタイルがカウンターということは、あちらから仕掛けてくることはない。

故に当然のように……。

 

「……はっ!」

 

私から仕掛けた。

手にした刀の重みを感じながら……私は正眼に構えていた刀を一気に振り下ろした。

刀の長さの分、間合いが有利な私。

刀の長さと重さ、その二つを合わせ振り下ろした。

 

空気を切り裂く音が響く……。

 

だがそれ以外に音はほとんどしなかった。

突き出した右腕で側面を払われてそれで終わりだった。

勢いよく突っ込み、そのまま立ち位置が入れ替わる。

勢いが収まり、直ぐに振り返るのだけれど……すでに門国さんは振り向いていた。

まるでずっとその姿勢のままにいたかのように。

もしもその気があるのならば、私が振り返ったその瞬間に攻撃をされていただろう。

 

……ここまで実力差が?

 

全く気配も動きも感じさせず、音すらも立てずに振り返るその実力に嫉妬してしまいそうだった。

それからも幾度も攻撃を仕掛けるが、他のみんなと同じで掠りもしなかった。

そしてしばらくしてそうして攻防を繰り広げていたのだが……やがてそれもとまった。

再び沈黙するかと思ったのだけど……。

 

 

 

「……激しく勝手なことですが」

 

 

 

「?」

 

今まで……それこそ試合が始まってからもほとんど口を開いていなかった門国さんが、言葉を紡いだ。

それに耳を傾けつつも、私は相手の隙を探していた。

卑怯と感じられるかもしれないが、これは文字通りの真剣勝負なのだ。

その時に言葉を放つなど……相手が間抜けでしかない。

何より私が持っているのは、刃引きしてあるとはいえ、人を殺すことが容易に可能な真剣なのだ。

それを前にして話すというのは、自信の表れなのか?

そう思った。

だけど……次の言葉で全てが吹き飛んでしまった。

 

 

 

「……あなたには失望しました。篠ノ之箒さん」

 

 

 

「なっ!?」

「「「!?」」」

 

私だけではない、周りにいる全ての人間が驚いた。

おそらく画面越しに試合を見ている人たちも同様のはずだ。

その侮蔑とも取れる言葉に頭が一瞬真っ白になったが……直ぐに冷静さを取り戻す。

そして再度剣を構える……が……。

 

それを遮るように……再度言葉が紡がれる……。

 

 

 

「いや正しく言えばこの学園の生徒達にでしょうか? 自分たちが扱っている物が、どれほど危険かと言うことを全く実感していない、そのぬるさに……」

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

間違いなく……学園全体が震えた。

正しく言えば……学園にいる生徒全員がだろう。

それを知ってか知らずか……門国さんは言葉を続ける。

 

「最初は学生だから……青年だからいいと思っていました。ですが……それを差し引いてもひどいと思って、諫言ということで、私の思いを言わせていただく」

 

それには凄まじいほどの重さがあった。

おそらく、相当の覚悟を伴って言葉を紡いでいるのだろう。

先の言葉とその覚悟が……私から動きというのを完全に奪っていた。

 

 

 

 

 

 

「IS。それがどれほど恐ろしものかと言うことを、あなた方は知ってるはずだ。なのに……そのはずだというのに、それをまるで玩具のように扱っている! 俺はそれが我慢ならない!」

 

それが……俺が感じた思いだった。

 

IS。

現実では考えられないようなその力は、望もうと、望むまいと……あらゆる人間の人生を狂わせた。

特に兵器関連、もしくは防衛などを行う軍人などがそうだろう。

たった一機……そうたったの一機だ。

人型の兵器。

 

IS。

 

それは文字通り……全てを蹂躙した。

 

銃弾を、ミサイルを、戦車を、戦闘機を、戦艦を……それに連なる全ての人間達を……。

 

人型の……それこそほとんど人間と大差のないサイズのそれが、現行兵器全てを無力化したのだ。

 

それがどれほど恐ろしいことか、俺はそれに連なる者として……よく知っていた。

 

自衛技術を徹底的に磨き上げてきた。

 

この技術において、俺は相当の自信と自負を持っていた。

 

だがそれがどうした?

 

例えどんな技術、技量があろうとも、そんなもの、銃弾やミサイルなどの前では無力に等しい。

 

俺は訓練と己の直感のおかげで弾道を見切ることは出来る。

 

しかし見切ることが出来るのと、躱すことが出来るのとでは話が別なのだ。

 

拳銃、アサルトライフル程度ならば躱すのは可能だ。

 

だが、それも数が増えれば……それこそ十数人に同時に撃たれたり、ガトリングガンでも持ち出してくれば話は変わる。

 

もしくはそんな面倒なことをせず、ミサイルの一発でも撃ち込まれればそれで終わりだ。

 

だがそれは当たり前のことだ。

 

だからこそ受け入れたし、それでもなんとかなるように訓練を行ってきた。

 

 

 

だが……そんなことではどうしようもないほどの存在が登場したのだ。

 

 

 

それが……IS。

 

 

 

正式名称インフィニット・ストラトス。

 

 

 

空を駆け回る、その名の通りに「無限に空を翔る」その存在は……それよりも価値の低い存在全てを、地のどん底に突き落とした。

 

空を音速で飛び回る戦闘機を……それすらも破壊し落とすミサイルを……。

 

全て突き落とした。

 

無用の長物……という名の下に……。

 

その存在の登場で、全てが終わった。

 

軍人も……兵器開発者も……。

 

それは喜ばしいことなのかもしれない。

 

人を効率よく殺すための武器を開発する人間。

 

そしてそれを遺憾なく使用し、人を物を壊す存在の軍人。

 

それが無用だという世界があるのならば……どんなにいいだろうか?

 

だが、それはあくまでも第三者の視点だ。

 

軍人達は……兵器の開発者は……存在を否定されたのだ。

 

軍人、兵器の開発者には少なからず人を殺すことに快楽を覚えていた人間もいるかもしれない。

 

例えそれが明確に自覚しなかったとしてもだ。

 

だが……全ての軍人と開発者がそうであったわけがない。

 

祖国を、大切な人を守りたいと思ってその道に進んだ人間はいるはずだ。

 

その思いを否定されたのだ。

 

さらにISは女性にしか使えないことが、それに拍車を掛けた。

 

女尊男卑という言葉も生まれ、名実共に……必要がなくなってしまったのだ。

 

別に女尊男卑の事がどうこうというわけではない。

 

昔は男尊女卑と言われていて、女性が虐げられてきたのだ。

 

立場が逆になった程度で、わめき立てるほどバカではない。

 

それも時流なのだろう。

 

だが、ただ時流と……たったその一言で全てを否定されたことだけは許せなかった。

 

ISが登場したと言っても数は少ない。

 

故にまだ軍人は存在はしている。

 

半ば厄介者の認識で……。

 

IS相手では話にもならない戦闘機に金を掛ける必要があるのか?

 

兵士を雇う必要があるのか?

 

そう言われるのだけは……許せなかった。

 

だがそれを言葉にする権利も……権限も……尊厳すらも……全てを奪われてた「軍人(おれ)」には……何もすることが出来なかった。

 

まさかこれほどまでに自分が無力だったとは……自衛隊に入る前までは考えてすらもいなかった。

 

ただ自分に何かが出来ると思って入隊した。

 

だけど……それでも無力だった。

 

 

 

そう……あの時だって……

 

 

 

「あの日……自分が初めてISを動かしたあの日……。その日の地獄を知る人はほとんどいないでしょう……」

 

「……地獄?」

 

「今回……自分がこの試合を望んだ理由はそれを伝えるためです……」

 

 

 

 

 

 

あの日の……地獄……か……

 

何となくわかっていたけど、お兄ちゃんが何をしようとしていたのかを今明確に知って、私は心の中で溜め息を吐いた。

 

どうして……そんなに自分が傷つくのをいとわないの?

 

確かに有効だろう。

この学園の人間達はまだ大半が学生だ。

現場の現状を知る人間はほとんどいない。

おそらく軍に所属しているラウラちゃんも、現場の状況は……最前線の歩兵(・・)の状況はわからないだろう。

専用機を与えられている彼女には……。

 

「海外派兵でゲリラに襲われたとき……俺の同僚が怪我を負いました……」

 

海外派兵は当然ISを操縦する以外の人間も同行していた。

ISの整備兵、歩兵に戦車兵、戦闘ヘリ乗りなんかもいたはずだ。

それらの誰が怪我をしたのかまでは、私も知らなかった。

 

「ISの実地訓練が終えた後でした。その隙を襲われたのです」

 

実地訓練からしばらく後。

それは起こった。

ゲリラによる急襲。

それがお兄ちゃん達を襲ったのだ。

 

「自衛隊は腐っても軍隊だ。急襲されたからと言って直ぐに瓦解するほど柔ではない……だけど……爆発の余波を受けて同僚は……足が吹き飛びました」

 

その言葉に……誰もが衝撃を走らせる。

それが皮肉に感じたのかもしれない。

お兄ちゃんがギリッと、強くそれを噛みしめていた。

 

世界で二人目のIS操者の登場で……ほとんど報道されなかった出来事……

 

自衛隊隊員が怪我をしたという報道はあった物の、それはその事実の前ではおまけ程度にすらもならなかったのだ。

 

「今もそいつは元気に生きていますし、義手義足がISの技術のおかげで発展したこともあり、以前と変わらぬ生活を送っていますが……そいつの足が、血の通らぬ物であることに代わりはない」

 

ISの技術は世界的な技術の発展をもたらした。

兵器関係だけに関わらず、医療関係も同様だった。

おそらく……それも絡んでいるんだろう。

 

お兄ちゃんの、お母さんの事もあるしね……

 

何があったのかはわからない。

想像でしかないけど……生身で銃弾が飛び交う場所にいたはずだ。

 

ISという絶対的な護りのない状況で……

 

私も訓練を受けているからきっと動くことは出来るし、よほどのヘマをしない限りは死ぬことはないだろう。

だけど、その状況下に進んでいきたいなんて思わない。

そもそもにしてその状況ならば、自分のISを起動させても国際問題でさばかれはしないだろう。

 

あくまでも……(わたし)はだけど……

 

だけど、その時のお兄ちゃんは当然のように生身だ。

そして目の前に存在する……片足が吹き飛ばされてしまった友人。

その時のお兄ちゃんの心境は、想像することも出来ない。

少しでも運が悪かったら死んでいたのだ。

まさに生と死の境界線にいたのだ。

もちろんお兄ちゃんに限った話じゃないけど……歩兵はそれこそ絶望のどん底と言ってもいい状況下に立たされたのかもしれない。

目の前に……それこそ中の細部までも知り尽くしているISがそばにあるのに、男と言うだけで使えない……。

 

それは……どれほどの恐怖と絶望を伴ったのだろう?

 

「そんなやつらを追い払ったのが……何故かISの稼働に成功した自分でした」

 

だけどそのISは女性にしか反応しないはずのそれを破り……お兄ちゃんに力を与えた。

それは……そのISは、それ以来お兄ちゃん以外に反応しなくなることになるISだった。

 

 

 

「同僚の……友人の足を吹き飛ばしたそいつらは……自分の操るISを恐れて撤退していきました。奇襲は成功し、私たちは混乱していた……圧倒的に自分たちが有利だったにもかかわらず、ISが起動した、たったそれだけの事で敵は撤退していったんだ!」

 

 

 

その言葉は苦痛が満ちていた。

もしも敵の奇襲に気づいていれば?

門としての役割を意識してきたお兄ちゃんとしては、それはひどく悲しかったのだろう。

 

そして……同時に絶望したのだ。

 

 

 

それすらも呑み込んでしまった……圧倒的なまでのISの強さに……。

 

 

 

「銃弾も、ミサイルも……2341という圧倒的で絶大な威力と数の暴力を伴ったミサイルですらも、ISの前では無力なんだ! それほどまでに……強大で兇悪な力を有しているのがISなんだ!」

 

 

 

悲痛……それほどまでに痛々しい吐露だった。

 

自分の無力さを……本当に哀しんでいる、そんな叫び声だった。

 

 

 

「それを扱う人間としてここに……IS学園にいるはずなのに、あなたたちはまるでファッションのように、玩具のようにISを扱っている! 人を殺すなんて生やさしい物じゃない! 街を! 国を! 滅ぼすどころか呑み干すかのように蹂躙する力を持ったそれを!」

 

 

 

きっと、お兄ちゃんはISが嫌いなんだと思う。

 

自分の力を否定されたと思っているのかもしれない。

 

例えそれが無意識であったとしても……無自覚だったとしてもきっとそうだと思った。

 

そうでなければ……

 

 

 

こんなにも悲しみに満ちた声を……悲鳴を……上げられるわけがない。

 

 

 

「それだけじゃない! IS操縦者として、一般の人よりも遙かに重い責任と自覚を持っていなければいけないはずの専用機持ちすらも……自分の私利私欲を優先してISを扱う!」

 

 

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

あ~……それを言うのね……

 

だから箒ちゃんの時に、殺意にも似た気迫を出してたのだ。

お兄ちゃんが最も憤っていたのは……IS専用機持ち……つまりは織斑君を好いている五人の子達なのだ。

確かにあの子達はよく織斑君の制裁のために、ISを展開していた。

 

おそらくそれが……我慢できなかったのだろう。

 

 

 

「俺にはその気持ちはわからない! だけど……それでも……その行為が……ISを、命を踏みにじっているようで……俺は」

 

 

 

きっとおばさんの事を思ってるんだろうね……

 

お兄ちゃんのお母さん……門国楓さんは、身体の弱い人だった。

 

 

 

体をこわしてしまった人だった……。

 

 

 

それこそ……ISが登場するまではほとんど寝たきりだった程に……。

 

埃にも敏感で、埃が舞い上がれば咳が止まらなくなる。

そうして呼吸困難を起こしてしまう。

それほど身体が弱い人だった。

だから……お兄ちゃんはほとんど「母親」というものに触れたことがなかった。

 

それに……従者さんもいたから……

 

そのために……お兄ちゃんは女性が苦手に……触れてはいけない存在だと思ってしまったのだろう。

それに家が守る者として発展してきた家系で……さらにその思いが……人を守るということ、そして命の大切さを、人一倍に強く感じているのだろう。

そして……それすらも壊したのがISだったのだ。

ISの登場で発達した医療技術。

それによって起き上がることが出来るようになったおばさま。

それが悪い事なんて思っていないだろうし、お兄ちゃんとしても喜ばしいと思う。

 

だけど……どう接していいのかわからないのに、急に「母親」という者が出来て、戸惑ってしまったのだろう……

 

自分のことを生んでくれたと言うことは知っていた。

だけど、それ以外に何もされたことが……母親らしいことを何もされてこなかった。

おばさまとしてはすることが出来なかったのだ。

「女性」という存在すらも未知の存在だというのに、「母親」という存在はもっとわからなかったのだろう。

 

 

 

それがお兄ちゃんが抱えた……抱えてしまった想いだった……

 

 

 

「最初は思春期……それこそ学生であるからいいと思っていた。だが……あの事件を経験した人間として、俺は言わなければならないと思い……言わせてもらった」

 

 

 

「「「「「「……」」」」」」

 

その言葉に、答える者は誰もいない。

箒ちゃんは当然として、他の子達も、織斑君も……そして二人の先生達も……。

おそらくこの場にいない、映像を見ている他の生徒達も同様だろう。

だけどそれでもお兄ちゃんの口撃(・・)は止まらなかった……。

 

「そう言う意味で……篠ノ之さん。あなたには期待していたのです」

「……期待?」

「激しく勝手なことですが……あなたは剣道をやっていた。中学の全国大会で優勝するほどの腕前とお聞きしました。だからこそ……わかっていると思っていたんです」

 

……お兄ちゃん。これ以上言っても、だれも救われないよ

 

そう思っても、私はお兄ちゃんを止めることはしなかった。

お兄ちゃんの言うことも一理あると思ったから。

ISを軽々しく扱う子が多すぎること……といっても気軽に使えるのは専用機持ちくらいだけど……それでもいいことではないから。

学園という閉鎖空間だからこそ処罰程度で済んでいるけど……もしも外で展開しようものなら完全なる国際犯罪になるのだ。

それを、頭ではわかっていても理解している子が少ないから。

 

「だが違った。あなたも同じだった。人を竹刀で斬りかかる。それがどんな意味だか、あなたは本当はわかっているはずだ。だけど……あなたはそれを守らなかった」

「……竹刀」

「そう。竹刀。アレは剣道家にとっては真剣その物のはずです。剣道を始めるときに誰もが教わるはずです。竹刀の剣先を地面に突き立てるなと言うことを……。それがどういう意味だか……わかっているはずですよね?」

「……真剣を地面に突き立てるということは、刀を傷つける事だから、です」

 

抜き身の刀を地面に突き立てたならば土や石にぶつかって剣先が欠けてしまう。

真剣と同じ扱いの竹刀もそれと同じ事を……地面に剣の先を突き立てるのは、許されることではないのだ。

 

それはつまり、竹刀は真剣と同等の扱いであると言うことで……

 

「だが、いくら一夏に制裁を加えるためとはいえ、あなたはそれを守らなかった。剣道家として相当の実力を持ったあなたがそれを行えば……怪我をするかもしれない、最悪死んでしまうかもしれない。仮にそうでなかったとしても、真剣を人に振るうなど……あっていいことではない!」

「で、でもそれは……本気では……」

「ではあなたは遊びと言って、銃口を人に向けるのですか!? もしくはISの……あなたの最強クラスの強さを持っている、第四世代のISの刀を相手に向けるのですか!?」

「……!?」

「俺には人を好きになると言うことがどういうものだかわからない。言う資格がないのかもしれない。だけど……あの絶望的な真実を知るものとして、俺は誰に罵られようとも……これだけは言わせてもらう!」

 

この場にいる全員に、そしてこの場にいない子達にも訴えかけるように、お兄ちゃんは声を大にして……その言葉を口にした。

 

 

 

「ISがどれほど危険な物なのか……もう一度考えて欲しいのです。命を簡単に消せる存在を扱っていると言うことを、もう一度認識してください。あなた方は……やろうと思えば虐殺すらも可能な立ち位置にいる人間なんですよ?」

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

虐殺。

実際にそれを目にしたことも体験したこともある人間はこの場にはいないはず。

だけどお兄ちゃんの生々しい体験の話と、悲鳴にも似たお兄ちゃんの言葉を聞いて……その言葉に反論できる人間など……

 

 

 

この場にはいなかった……。

 

 

 

 




すんげ~重々しい話になっちゃったw
もう少しプロットは詰めるべきだね~
R?MHでも学んだはずなのに……どうしてこうなったorz
後編に続くw




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護の傷

 

静まりかえってしまった……

 

それがいいことなのかどうかはわからないが、それでも俺は自分がすべきと思ったことを遂行した。

間違っていたかもしれないし、他に言い方が……伝え方があったかもしれない。

だがそれでも俺は自分の考えを押し通した。

あの時の友人の血の生暖かさは、いまでもはっきりと手に残っていた。

体力がすごくあって、でもそれをうまく活用できてなくて……それでもそいつがいると部隊内で自然と笑いがこみ上げてくるような、そんな存在だった。

そいつから足という物を奪った連中を怨むべきなのだろう。

 

だが……それでも俺は……

 

「どうする篠ノ之? 続けるか?」

 

すっかりと戦意を喪失し、それどころか自分の行いを否定されて茫然自失としている撫子ポニーに教官が話しかける。

それを聞いて刀を構えるが……そこには当然のように、先ほどまでの気迫はなかった。

 

……悪いことをしたな

 

確かにいらだっていたのは事実だった。

竹刀を、木刀を制裁のために使うことを。

だがそれでもここまで落ち込まれてしまうと……自分が正しいことをしたのかどうかわからなくなってしまう。

 

 

 

「正しいかどうかはわからないけど……正論だよ?」

 

 

 

その俺の自問自答に答えるような声が上がる。

そちらへと目を向ける。

声ですでにわかっていたが……その言葉を発したのは更識だった。

 

 

 

「確かにお兄ちゃんの言うとおりだと思うよ? 専用機持ちだっていうのに、ISを軽々しく扱いすぎているのは事実かも知れない」

 

 

 

その言葉を聞き、専用機持ち達が気まずそうな表情をする。

俺は実際に目の当たりにしていないが……しそうにはなったが……それでも一夏を制裁するときに何度か部分展開を行っていたらしい。

 

……ある意味で羨ましいがな

 

人を……異性を好きになると言うこと。

それが俺にはわからない。

俺の場合は……女性になるから……。

 

色んな面を……知っているから……

 

 

 

「でもね……」

 

 

 

そこで言葉を中断させずに、更識は言葉を続けた……。

 

 

 

 

 

 

その時の更識の目は……ひどく悲しそうにしていた……。

 

 

 

 

 

 

それが俺には……よくわからなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに見つめてくるその瞳。

その瞳の奥に疑問の感情が渦巻いているのがわかった。

ずっと……お兄ちゃんのことを考えてきたから、それくらいのことは直ぐにわかった。

そして、何に対して疑問を感じているのか……考えるまでもなかった。

 

世話の焼ける人だね……

 

確かにお兄ちゃんの言うことは正論だろう。

確かに部分展開とはいえ、ISの無断使用などは国際法違反になる。

そしてISが人どころか国すらも滅ぼすことが可能な力を秘めていることは事実だった。

 

それを軽々しく扱っているのかもしれない……。

 

だけど……その事実を……起こった結果だけを見ていて、その内面を……それを起こした原因と想いを……お兄ちゃんは全くわかっていなかった。

 

 

 

「けどね、お兄ちゃん……。それほどまでに心動かされる事なんだよ……。誰かに恋をするって言うことは」

 

 

 

嫉妬。

それは確かに醜悪とも取れる感情なのかもしれない。

だけど、それが起因しているその感情まで、否定する事なんて出来るわけがなかった。

人を好きになると言うことを……それを否定することが出来る人なんて……いるわけがない。

 

……わからないってわかってる……けどね、お兄ちゃん

 

お兄ちゃんの事情を鑑みれば確かにわからないでもない。

あの時は私も小さかったから仕方がなかったなんて……言いたくはない。

けどどちらにしろ私はお兄ちゃんを救うことが出来なかった。

それどころかお兄ちゃんの状況を知ることすらもしなかった。

その気になれば調べることも出来たというのに……。

 

だからこれは私にも責任の一端がある……

 

 

 

だから……気づかせて上げたい。

 

 

 

恋を知ってもらって、気づいてくれたら……そう言う打算なのかもしれない。

 

それでもいい。

 

例えそうだったとしても知って欲しい……。

 

人を好きになると言うことを……。

 

 

 

私がお兄ちゃんに対して思っている……この想いを……好きって気持ちを……

 

 

 

乙女チックなことを言っているのかもしれない。

ただ、この気持ちを知らないままにいたら、お兄ちゃんはきっととんでもないことになってしまうから。

そんな予感がしているから。

 

 

 

昨夜お兄ちゃんの味方だって……言ったばかりだけど……

 

 

 

だけど、これに……この言葉に、味方すると言うことは私自身の気持ちを裏切ってしまうことだから……。

 

それにこのままでいいわけがない……。

 

そうならないためにも……私は……。

 

 

 

 

 

 

ここで……止めて上げる……

 

 

 

 

 

 

「生徒の長として……そしてこの子達の気持ちの代表として……。門国護。あなたに決闘を申し込みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉は……普段の巫山戯た感情を一切含まない……真摯な物だった。

どうしてこいつが、これほどまでに彼女たちを擁護するのかは知らない。

だがそれはもはやどうでもいいことだ。

この勝負は……もはや俺と更識個人だけの物ではなくなってしまった。

 

 

 

これは……俺の思いと、更識と一夏の五人組との勝負だ……

 

 

 

ならば……例え相手が誰であろうと……負けるわけにはいかない。

俺は小さく頷いた。

 

「というわけなので、私の番でいいですよね?」

「まぁこの状況では仕方がなかろう。存分にやるといい」

 

もっと後方の番だったのか、一応更識が教官に確認を取っている。

教官に話しかけているときはいつもの更識だった。

だが……会話が終わり、試合の場へと足を運ぶと、目が変わった。

今まで……俺がIS学園に来て以来、俺は見たことがない真剣な瞳だった。

 

「思えば、お前とこうして格闘の試合を行うのは久しぶりだな……」

「……そうだね。随分昔の事だね」

 

互いに思い出す……幼少時の記憶。

まだ父が生きていた頃、更識の家に行ったのが、こいつとの出会いだった。

物心ついたときより磨いてきたこの自衛術。

そして、俺が発した言葉のためにも……。

 

 

 

負けるわけにはいかない!

 

 

 

静かに……構える。

いつものように空手の前羽の構え。

対して、更識は飛び込むような構えをとる。

まさに対照的な構えだった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 

場が静まりかえる。

だがこれはあくまでも、爆発する前に起こる、タメの静寂。

火山が噴火する前の……危険にして最悪な沈黙……。

 

 

 

そして……それを……

 

 

 

 

 

 

「……はじめ!」

 

 

 

 

 

 

教官の合図が、破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……すごい

 

私は、門国さんと更識さんの試合を、ただ静かに見つめていた。

門国さんを対象とした、格闘の練習試合。

もう始まってからだいぶ時間が経つというのに、門国さんは息一つ切らしていなかった。

それだけじゃなく、今まで見せたこともないような気迫を放ち、更識さんの攻撃を捌いていた。

 

……うぅん。一度だけ見せたくれたことがある

 

臨海学校の時の事件で、私が暴走したISに攻撃されそうになったとき。

遠目だったけど……あの時の門国さんは鬼気迫る物があった。

先ほどの悲鳴にも似た本心の吐露で、気が昂ぶっているのかもしれない。

その高ぶりが、今まで見たこともないほどに、門国さんの技の切れを最高までに高めていた。

きっと私だったら一撃で倒されていると思う。

その門国さんのカウンターすらも躱して、更識さんが猛攻を仕掛けていた。

笑顔を絶やさないで、何でも飄々と器用にこなしている、普段の更識さんの姿からは想像も出来ないほどに……苛烈だった。

 

 

 

達人同士の格闘という物はこれほどにレベルの違いがあるのだと……思わせるものだった。

 

 

 

けど……それなのに、何で……

 

それほどまでにすごい試合だったけど、私は試合に見とれていたけど、とても興奮できるような……高揚できるような物じゃなかった。

 

何で……

 

二人の技量は、それこそ一線を画した物だというのはこの場にいる誰もがわかっていること。

誰もが真剣に見つめていた。

だけど、私と同じで誰も興奮している人はいなかった。

だって……。

 

 

 

どうして……こんなに痛々しいの?

 

 

 

見ていて……何故かとても切ない気持ちになってしまった。

とても痛々しい……それこそ互いに互いを慈しんでいるのに、殴り合っているかのように……。

二人とも、まるで泣きながら試合を行っているようで……。

 

とても痛々しかった。

 

 

 

だけど、それがどうしてなのか……私にはわからなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……強いな

 

更識との試合開始から十数のカウンターを放ったが……そのことごとくを躱され、あるいは止められていた。

成長していたこと自体はISでの戦闘訓練でわかっていたが……格闘術も相応以上に上がっているとはとても思わなかった。

 

 

 

これが……今の更識六花。

 

 

 

 

 

 

いや……更識楯無……か……

 

 

 

 

 

 

護身術の出稽古に連れて行かれたのが出会いだっただろう。

年も近いと言うことで、俺は兄弟子のような立場になって、こいつと訓練を行っていた。

それからだんだんと仲良くなった……。

 

最初は……そんなにでもなかったんだよな……

 

最初は訝しげな目で見られた物だ。

それはそうだろう。

いきなり自分の家に他人がやってきたらいい気はしない。

まぁそこらを表にはだしていなかったが……。

 

正直……俺も覚えてはいないが……

 

当時はまだましだったかもしれないが……それでも片鱗はすでにあっただろう。

女性が苦手という劣等感(コンプレックス)は……。

 

……今はいい

 

俺の女性恐怖症は今は詮無きこと。

「護る」という俺の信念を貫き通すために……俺は……。

 

 

 

負けん……

 

 

 

 

 

 

負けるわけには……いかない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まずいわね

 

全力を持って攻撃を行っているのに……その全てを流されていた。

今の私なら一矢報いるくらいは出来ると思っていたのに……全く出来そうになかった。

 

……強すぎだよ、お兄ちゃん

 

眼前の相手……門国護は間違いなく強者だった。

確かに攻撃はほとんどカウンターのみで、自ら攻めてくることはない。

だけど、それでも長い時間、多くの相手と格闘試合をした後で、未だこれだけの実力が出せるのだから……弱いわけがない。

 

疲労の色も全く見せないしね……

 

だけど……それ以上に……いや異常と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

その目は……今自分がどんな表情をしてるか……わかってる? お兄ちゃん?

 

 

 

お兄ちゃんの表情が強ばっていた……。

そのこわばり方が、獣じみたこわばり方で……。

 

そして……どこか歪んだ硝子を連想させた。

 

 

 

そんなに怖いの? 女の人が…………自分の弱さが

 

 

 

これほどの強さが……必死になって自分を護ろうとしているように見えて……。

まるで怯えた子供のようだった……。

わかっていた。

わかっていたけど……私には何も出来てない。

こんなにも好きなのに……。

 

 

 

こんなにも……愛おしい(・・・・)と思っているのに……

 

 

 

私はお兄ちゃんに何も出来てない。

何もして上げられていない。

 

だから……今こそ……

 

 

 

 

 

 

止めて上げる!

 

 

 

 

 

 

それがいけなかったのかもしれない。

 

攻めてこなかったお兄ちゃんが……ここに来て自ら動いた。

 

 

 

っ!?

 

 

 

「っぁ!」

 

 

 

鋭い呼気と供に……突き出される拳。

 

その顔には……鬼気迫る表情が刻まれていて……

 

 

 

 

 

 

本当に……この人は……

 

 

 

 

 

 

私はそれを受け止めることが出来ず……意識を失った。

 

 

 

 

 

 

もしも過去に戻れたら……私はこの時間に戻るかもしれない。

 

たらればの話なんて何の意味もないってわかってる。

 

けど、もしここで……止めることが出来たら……。

 

もう少し自分のことを……他のことを見てくれる事を知ってくれていたら……。

 

 

 

 

 

 

私はお兄ちゃんの手の温もりを失わずに済んだかもしれないのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き出したその拳。

それはゆったりと動き……更識の顎へと当たり……意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

それに気づいたときには遅かった

 

 

 

 

 

 

―――――る

 

 

 

 

 

 

だが振り抜いた拳は当然のように止まってはくれなくて……

 

 

 

 

 

 

――――もる

 

 

 

 

 

 

更識が避けなかったことが不思議だった……

 

 

 

 

 

 

――護

 

 

 

 

 

 

だがそれを考えている余裕は俺にはなかった……

 

 

 

 

 

 

いいか? 「人を守る」ということはな――――

 

 

 

 

 

 

!?

 

 

 

 

 

 

突き出した拳を振り抜き、更識の意識を刈り取ったその手応えと同時に……父の言葉と、己の誓いを思い出していた……

 

 

 

 

 

 

俺は……な、何を……?

 

 

 

 

 

 

振り抜いた拳が細かく震えていた。

それを抑えつけるために手首を握りしめる。

だけどその抑えつけた手も震えていて……ほとんど意味がなかった。

 

 

 

俺は……

 

 

 

自分の想いを守るどころか……自分で自分を……

 

 

 

 

 

 

「……勝負あり」

 

 

 

 

 

 

教官の声で我に返り、俺は自分の手を見ていた視線を上げる。

少し先の床で……意識を失って倒れている更識が……。

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!?」

 

 

 

 

 

 

俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

? 門国さん?

 

更識さんの顎に一撃を与えた門国さんが、ひどく驚いた表情をしていた。

驚くと言うよりも絶望しているような、そんな表情を。

 

 

 

「今日はこれまでにしよう。双方供に、もう試合を出来る状況じゃない」

 

 

 

そんな門国さんを察してか、織斑先生が本日の練習試合の終了を告げる。

それを聞いた瞬間に、門国さんは駆け出していた。

まるで恐ろしい物から逃げ出すように。

けどそれに気づいた人はほとんどいなかった。

ほとんどの人が、門国さんに倒された更識さんへと向かっていたから。

更識さんも心配だったけど、倒れ方も問題なさそうだったし、それに障害が残るような攻撃を門国さんがするとは思えない。

だから、私は門国さんの後を追った。

門国さんの足取りが若干危なしくって……けどそのおかげと言うべきなのか……いつもよりも遅い速度になっていて。

そして門国さんは屋上へと上って……遠くの空を見つめていた。

それが余りにも危なっかしくて……その横顔が本当に、失意の感情で溢れていて……。

思わず私は門国さんに声を掛けていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか? こんなところに一人できて」

 

夕日が沈んでいく、黄昏のその時間。

屋上へと来た俺の腕を掴まれ声がかけられた。

声で分かっていたことだったが、それでも俺は後ろへと振り返る。

そこにいたのは当然、思った通りの人で……。

 

「山田先生……」

 

副担任の、山田先生だった。

俺をよく気に掛けてくれている人。

俺の自意識過剰な考えかもしれないが……俺に好意を抱いてくれている。

 

……だけど

 

俺はそれでも怖かった。

女性という存在が……。

咄嗟に払いのけようとして……先ほどの更識の姿が思考を横切った。

 

「!?」

 

故に振り払うことも出来ず、俺はただ無気力に手を払った。

だけど……それでも山田先生は俺の手を手放さなかった。

 

「……離して下さい」

「……離しません」

 

女性に触れられているというのに……何故か余り緊張しなかった。

というよりも緊張することすらも出来ないほどに己に絶望していたのだ。

何故か思い出された父の言葉。

 

そして幼少時にそれを聞き、己が自分に誓ったそれを破ってしまった。

 

いつから忘れていたのだろう?

 

父が死んでしまってからだろうか?

 

母の病気が治ってからだろうか?

 

それとも自分が自衛隊に入ってしまった時だろうか……?

 

 

 

ISを……守鉄を動かしてからだろうか……?

 

 

 

わからないが……それでも俺が忘れていたことに代わりはない。

 

 

 

誓いを忘れていたと言うことと、気を失った更識のその姿が……母の姿に似ていて……気が弱ったのかもしれない。

 

 

 

だからなのか?

 

 

 

それとも……このときにはすでに意識していたのかもしれない。

 

 

 

「……とりあえず、座りませんか? そこのベンチにでも。それで話してみて下さい。何せ私は門国さんの先生ですよ?」

 

 

 

狙っているのかいないのか……それともわざとおどけて見せてくれたのか……胸を張って笑顔でそう言ってくれた山田先生があまりにもまぶしくて、俺はベンチへと並んで座って話していた。

 

 

 

俺がどうして……こんなにも女性が苦手なのかと言うことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅん……」

 

うっすらと感覚が戻ってきて……目を覚ましたらそこは見知らぬ天井だった。

見知らぬと言うよりも、余り意識を傾けていないから知らないわけではないのだけれど……初めてベッドに横になってみたその天井は、ひどく無機質だった。

 

「私……」

「目が覚めました? お嬢様」

 

横になっていた私のそばに、心配そうな表情をしている虚ちゃんがいた。

 

「道場からの報告で飛んできました。すでに先生に見てもらって異常はないとのことでしたけど、どこかに違和感はありませんか?」

「……道場?」

 

その虚ちゃんの言葉で、私は先ほどの……崩れ落ちていく意識の中で見た、お兄ちゃんの表情を思い出した。

 

「!? お兄ちゃんは!?」

「……あの人なら山田先生と一緒に屋上にいます」

「……そう」

 

虚ちゃんからのその言葉を聞いて、私は起こしていた体を再度ベッドへとよこたえた。

私たちの気持ちの代表として戦ったにもかかわらず負けてしまったこと。

それにお兄ちゃんにあんな表情をさせてしまったことが……悔しく、そして悲しかった。

 

何より……山田先生に抜かれそうで怖いような……

 

今すぐその場に駆け込みたい気がするけど……けどそれでも、その場に行く勇気はなかった。

 

あんな表情させちゃった私が行ったら……まずいと思うし……

 

何であんな表情をしたのかは……何となく想像できる。

お兄ちゃんの過去を知ってれば……簡単だった。

 

愛を知らない……か……

 

おじさんの……武皇将軍の言葉を思い出す。

愛。

それが何を意味しているのかは難しいかもしれないけど……お兄ちゃんがそれを知らないのは間違いなかった。

 

 

 

お兄ちゃんこと……門国護。

門国家の長男として生まれたお兄ちゃん。

けどそんな彼の誕生を誰もが祝福した訳じゃなかった。

門国護の母……門国楓。

旧姓を武皇といい……自衛隊の将軍である武皇将軍の妹さんだった……。

武皇将軍の妹さんとの結婚は、当時としても身分差のある結婚だった。

でも二人は互いを大切に思っていたから、それはさほど問題じゃなかった。

問題は……おばさまの体と、おばさまの付き人だった……。

お兄ちゃんのお父さんと……おじさまと、お母さんであるおばさまは、無事にお兄ちゃんを出産したのだけど……それによっておばさまは弱かった体をさらに壊してしまった。

それ以来に寝たきりになってしまったため、世話をするのはおばさまの付き人だった。

 

……けど

 

その付き人の人が……少々問題があった。

この人は門国家を嫌っていた。

身分の低い門国家と、自分にとって大事な存在だったおばさまとの結婚を最後まで反対していた人だった。

だからだろう。

お兄ちゃんが生まれたことで体を壊して寝たきりになってしまったおばさまの事の恨みが、お兄ちゃんとおじさまへと向けられた。

きちんと育児自体はしていた。

だからこそお兄ちゃんも生きている。

 

 

 

ただ食事を与えるだけを育児と言えるのなら……だけど……

 

 

 

終始無言。

お兄ちゃんに話しかけることもなく、それどころか目を合わせようともしない。

ただ食事を与えて、身の回りの世話をぞんざいにするだけだった。

おじさまも、強く言えなかったのだろう。

彼自身も育児はしたけど……その立場の都合上、そこまでお兄ちゃんに構って上げることが出来なかった。

没落寸前の「門国」を必至に切り盛りしていたから。

こうしてお兄ちゃんは、全く女性と触れずに日々を過ごしていた。

それこそ会話すらもしていなかっただろう。

お母さんと会えるのは、一ヶ月に数分程度。

それすらも困難なことが多い。

 

あなたが生まれてしまったからお嬢様は臥せって仕舞われた……

 

付き人の人が幼いお兄ちゃんに向けて憎しみを込めながらそう言ったらしい。

その言葉でお兄ちゃんはある意味で壊れてしまったのかもしれない。

それがばれて、その人はおばさまの付き人を強制的にやめさせられて今は別の人が付き人をしている。

 

 

 

その時には、もう……お兄ちゃんには恐怖が宿っていたけど……

 

 

 

だけどそれでもお兄ちゃんはがんばれた。

お父さんとの修行の時間だけが、当時のお兄ちゃんの生き甲斐だったかもしれない。

父ではなく、師として接してくるおじさまはすごく厳しかったことを覚えている。

だけどそれでもお兄ちゃんはおじさまの……お父さんの期待に応えようと必至になってがんばっていた。

そんな息子が誇らしかったのだろう。

おじさまも修行中に笑みをこぼしていた。

父としてではなく師としてだけど、そこには確かに愛情があった。

 

 

 

だけど……それもあの日の事件で壊れてしまう……

 

 

 

私の家に出稽古に来たその帰り道。

暴走車によっておじさまは死んでしまった。

たまたま事故に遭いかけて死にそうになっていた見ず知らずの子供を庇って。

その時、お兄ちゃんも危機に瀕していたにもかかわらず……。

実際お兄ちゃんはその時の事故で怪我を負ってしまった。

奇跡的に骨を折る程度で済んだ。

その怪我に注意を向けすぎて……誰も心の傷に気づいて上げられなかった……。

 

 

 

その時の状況を鑑みれば……確かにお兄ちゃんよりもその子の方が危なかったのかもしれない……

 

 

 

実際、過去の事故の状況を調べてみれば直ぐにわかる。

おじさまが命を投げ出してでもしなければその子は死んでいた。

だけど、その時お兄ちゃんも危機に陥っていたのだ。

 

 

 

その時のことは怖くて聞いていないけど……

 

 

 

お兄ちゃんはこう思ったんだと思う……。

 

 

 

 

 

 

俺は、いらない子だったのか?

 

 

 

 

 

 

って。

身分違いの結婚、そして子供を産ませてしまったために名家のお嬢様を臥せってしまうほどに体を壊させてしまった負い目。

それらを感じていたおじさまは余りお兄ちゃんを息子としてかわいがって上げられなかった。

それでも修行の時間は父として、師として、真剣に教えていた。

だけど……最後の最後の時まで、師である必要は無かったのかもしれない……。

 

息子の危機でさえも、「父」としてではなく「師」として行動した……

 

弱者を守る者としては正しい選択だった。

だけど「父親」としては最悪の選択だったのだ。

確かにお兄ちゃんは死ぬようなことは無かっただろうし、おじさまが庇わなければその子は死んでいた。

だけど幼かったお兄ちゃんに、それを察してくれと言うのは無理な話だった。

 

 

 

自分はただ後継者としてしか見られていなかったと思ってしまったお兄ちゃんは、その時完璧に壊れてしまったのだ。

 

 

 

それに追い打ちをかけたのが……ISだった。

 

 

 

それの登場で技術は飛躍的な進歩を遂げて、おばさまも歩ける程度には回復した……してしまったのだ。

今まで子供を大事に出来なかった負い目として、おばさまはお兄ちゃんに色んな事をして上げようとした。

だけど、お兄ちゃんはほとんど人を信じられなくなっていたから……だからあんなにもぎくしゃくしてしまうのだ。

女性とは弱く儚く、そして恐ろしい物。

そう言う認識が、心の奥底に傷としてあるから、あんなにも女性を拒絶する。

そしてそのISの登場で、女性が幅をきかせる世界となった。

それに……自分の「守る」という思いを、木っ端微塵に打ち砕いてしまったのだ。

 

幼かった私には……何もして上げられなかった……。

 

お兄ちゃんのお見舞いにだって行った。

だけど……私は気づいて上げられなかった。

幼いとはいえ私も「女」だったから……お兄ちゃんは必至に隠していたのかもしれない。

幼かったとはいえ……それを見抜かなかった私は……。

 

 

 

どうしようもなく、愚か者だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンチに座って、門国さんの話を聞いた。

聞き終えた。

それを聞いて……私はほとんど何も言えなかった。

話をする門国さんの表情が……あまりにも痛々しくて……。

 

「……わかっている。わかっているんです。母は俺を大事に思ってくれていますし、父は俺を見捨てたんじゃなくて、実に正しい選択をしたって……。だけど……|俺は一体何なんだ〈・・・・・・・・〉……?」

 

ほとんど焦点の定まっていないその瞳には……全く力がなかった。

先ほどまで、確かな技量でほとんど攻撃を受けずにIS学園の生徒達を圧倒した武道家は見る影もなかった。

 

ううん……それは違う……

 

今私の隣で顔をうつむけているのは「門国護」ではない……「護」という一人の青年なのだ。

武道という鎧を脱いだ……一人のか弱い青年なんだ。

そして今の話を聞いて何となくわかった……。

 

 

 

この人は……

 

 

 

「愛」と言う物を知らないんだと思う……

 

 

 

愛という大層な物じゃないかもしれない。

だけど、当たり前のように両親から「親」としての愛情を受けずに育ってしまったこの人は歪んでしまったのだ。

最後の最後まで師として行動したお父様。

それは立派なのかもしれないけど……門国さんには非常に申し訳ないけど……許せなかった。

 

自分の息子なんだから、もっと堂々と父親として接して上げていれば……

 

難しかったのかもしれない。

身分違いの結婚をしているのだから。

私のお父さんとお母さんは普通の一般市民だったから。

だから私には身分が高い人たちの事はわからないけど……でも……。

 

自分の子供なんだから……もっと大切にして上げて……

 

そう思ってしまう。

自分の息子を、息子として接して上げなかった。

けどそれ以上に許せないのが付き人の人だった。

 

小さな子供に向かって……そんなことを言うなんて!!!!

 

確かに憎かったのかもしれない。

私だって大切な人が傷つけたり、傷つけられたら憤ってしまう。

だけどそれでも……幼い子供に向かってそんなことは言えない。

しかもその子が何も悪いことをしてないというのに……。

 

……だからそんなに女性が怖いんですね

 

「誓いを破ってしまった……俺は……」

 

か細いその声は、小さすぎて聞こえなかったけど……、震えていたことはわかった。

目の前で……体の震えに気づかないほどに怯えているこの人を前にしたら、そんなことなんてどうでもよかった。

自然と体が動いていた……。

何も考えず、ただ何かして上げたかった。

苦しみはわかって上げられない。

ただの押しつけかもしれない。

だけど、幼子のように震えている門国さんを……放っておけなかった。

俯いていた頭に優しく手を添える。

それに怯えて、私に顔を向けてきた門国さんが少しでも安心できるように、私は笑顔作って……

 

 

 

ギュッ

 

 

 

門国さんの頭を、抱きしめて上げた。

体質のことがあったから少しためらったのだけど……こうするのが正しいと思った。

 

 

 

「!? や、山田先生!?」

 

それで慌てて私から離れようとする門国さんだった。

だけど直ぐにそれが収まった。

きっと……私が女の人だから力づくで離れられないと思ってしまったんだと思う。

だから……私は門国さんの頭を抱きながら、その頭を優しく撫でた。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

一瞬びくりと……震えてしまっていた。

だけど、それでも離れず逃げようとはしなかった。

逃げられなかったのかもしれない。

無理矢理逃げたら危ないから。

「女」の人と、傷つけてしまうかもしれないから。

 

 

だから私はこういった……。

 

 

 

「大丈夫……」

 

 

 

「……ぇ?」

 

 

 

余りにも意外そうな門国さんの声。

見上げようとしたけど、私はそれを優しく抱き留めて止めた。

少しでも……安心させて上げたくて。

 

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

 

「な……何が……」

 

 

 

 

 

 

「女性はそんなに弱くないですし、門国さんだってそんなに弱くないです。だけど、辛かったら泣いていいんです。少しはわがまま言ったっていいんです。あなたはまだ……子供なんですから」

 

 

 

 

 

 

年齢だけを見れば門国さんはもう成人しているから立派な大人かもしれない。

だけど……心はまだ子供のままだから……。

だからその心が少しでも安らぐように、私は抱きしめたまま、優しく門国さんの頭を撫で続けた。

それが良かったのかわからない。

だけど、弱々しい力だったけど……門国さんが震えながら私の服を掴んで……握りしめていた。

まるで怯える子供が、母親に甘えるかのように……。

私はそれを拒絶しなかった。

今だってすごく恥ずかしかったし、普段の私からは考えられない行動だと思う。

だけど今拒絶してしまったら、この人はもう戻れないとわかっていたから……。

私は門国さんの行動を受け止めた。

 

 

 

「……母さん」

 

 

 

震える声で、門国さんがそう言った。

私はお母さんじゃないけど……だけど拒絶だけはしたくなかったから……。

私はただただ、優しく門国さんの頭を抱き留めながら、頭を撫でていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門国さんとの試合を終えて、私はうちひしがれた気分で、私は熱いシャワーを浴びていた。

試合運びに、試合結果……それらも十分に私の自信を打ち砕いたが、それ以上に私を絶望たらしめたのは門国さんの言葉だった。

 

 

 

『……あなたには失望しました。篠ノ之箒さん』

 

 

 

失望したというその言葉。

それだけを聞けばただ憤るだけで良かった。

だけど、それだけじゃなかったのだ……。

 

 

 

ISを玩具扱い……

 

 

 

言っている本人でさえも悲鳴を上げているように言っていたその言葉。

圧倒的存在であり兵器であるISを余りにも気軽に扱っている事への怒り。

国さえも滅ぼし飲み込むことの出来る力を、私利私欲に使っていること……。

それに反論することは……出来なかった。

 

 

 

私は……一夏に少しでも近づきたくて、これを受け取ったから……

 

 

 

手首に巻かれている私のIS「紅椿」。

IS開発者である私の姉、篠ノ之束から受け取ったもの。

私はこれを受け取り、今日に至るまで装備しても、それを深く意識していなかった。

 

そして私に個人に対していった言葉……。

 

刀を相手に向ける……

 

その事を再確認させられた。

真剣の稽古まで行っているというのに……私はいつからこんなにも軽い扱いをするようになってしまったのだろう。

 

何も……言い返せなかった。

 

竹刀は真剣と同等の物である。

これは門国さんの言うとおり、誰もがならうことだった。

だというのに私は……それを一夏の制裁に使っていた。

 

私は……今度こそ強くなったのではなかったのか……?

 

臨海学校で、一夏と供に事件を解決した。

他のみんなの協力があってこそだってわかっている。

だけど……それでも確かな手応えを感じていたのに。

 

 

 

私は……また……

 

 

 

思わず感情的になって、思いっきり壁を右手で殴った。

だけど、それは当然のようにいたくて……だけどそれでも私の心はそれ以上に痛かった。

 

 

 

「お、ようやく出てきたな」

「……一夏」

 

痛みで少しだけ気分が晴れた私は、着替えて外へと出ると、一夏が待ち伏せていた。

本当なら嬉しいけど……今はそれを喜ぶ気になれなかった。

 

「何だ、暗い顔して。護に言われたこと気にしてんのか?」

「!?」

 

普段は鈍感なくせに、こういうときは鋭い。

小さい頃からそうだった。

このバカな幼なじみは……。

 

それに縋りたかったのか?

 

それはわからないけど……少しだけ参っているのは事実だった。

 

「……一夏」

「? 何だ箒?」

 

立ち止まって俯きながら……私は一夏に話しかけた。

顔を見ることが出来なかったから。

 

「私……私は……」

「わかってるよ箒」

「……え?」

 

私自身、形に出来ていない思いを口にしようとしたときに、先手を打たれて驚いた。

その驚きに抗えず、顔を上げるとそこに……一夏の笑顔が会った。

 

 

 

「箒は竹刀を……刀を、軽々しく扱わない奴だってのは、俺がよく知ってるから。だから大丈夫だ」

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

もっとも言ってほしかった言葉を、もっとも言ってほしい人物が……一夏に言ってくれて、私は思わず涙がこぼれそうになってしまった。

しかしその瞬間。

 

 

 

「はいそこまで!」

 

 

 

という声とともに、私の背中に衝撃が走り前へと吹き飛ばされた。

 

 

 

「!?」

「箒!? というか鈴!? さすがに跳び蹴りはまずいだろう!?」

「大丈夫でしょ? あの男とあれだけやり合ってたんだからこんなんで参る分けないじゃない」

 

私が吹き飛ばされたその後方で、そんな会話が繰り広げられている。

当然のようにその会話が耳に入ってくるので……私は、誰が私に何をしたのか当然のようにわかっていた。

 

「鈴! お前は!」

「負けてショックなのはわかるけど、それで抜け駆けするのは許さないわよ」

「そうだぞ箒。負けて悔しいのは私も同じだ」

 

すると、ぞろぞろと、ラウラ、シャル、セシリアまでやってきて……、あっという間に二人きりの時間は終わってしまった。

 

「それにしてもすごかったね。僕も戦ってみたかったなぁ……。あまりマーシャルアーツに自信はないんだけど……」

「私も、格闘技には自信がありませんわ。一応成り行きで参加してしまいましたけど」

「私は相当の自信が会ったのだが……あいつの防壁を突破できない用では教官は遙か先にいるということだな……」

 

口々に自分の言いたいことを言う。

少しいらついてしまうが、それでも気分が紛れたのは間違いなかった。

そこで私は気づいた。

 

……気を遣ってくれたのか?

 

ここにいたこと、そして鈴があまりにもタイミングよく攻撃してきたこと。

憶測でしかないけど……少し気遣ってくれたのかもしれない。

 

「負けっ放しじゃすまさないわよ! いつかあいつをぎゃふんと言わせてやるんだからね! 格闘技じゃだめでも、ISなら私たちに分があるわ。確かに少し乱用しすぎだったかもしれないけど……それだけじゃないことを見せつけてやるわよ!」

「いいこと言いますわね鈴さん。前回は不覚をとりましたが、次こそこてんぱんにしてさしあげますわ」

「僕も一度戦ってみたいなぁ。僕の技術がどこまで通じるのか試してみたいしね」

「その程度の意識でどうするのだシャルロット。ぶちのめすくらいの意気込みで行かなければあいつには勝てないぞ!」

「俺も少しがんばってみるかなぁ……。ラウラの言うとおり、護を倒せないようじゃ、千冬姉には絶対に勝てないしな!」

 

それぞれの意気込みを述べて、皆が笑っていた。

ある意味で打ちのめされたと言ってもいい状況だというのに……。

それを見て、私も力を込めていなかった、手に力を込めた。

 

「私も……負けるわけにも行かない」

 

しかし、見事に敗北してしまった身としては、そこまで大きく言うことはかなわなかった。

だけど……

 

 

 

小さくともその灯火の熱は、誰よりも熱いと……私は信じていた……

 

 

 

 



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終わりの始まり

「う……」

 

ゆっくりと意識が浮上していく。

いつ寝たのかわからないが……どうやら目を覚まそうとしているらしい。

しかしそれを拒んでしまう自分がいた。

 

……すごく、気分がいい

 

これ以上ないほどに、心地よいまどろみだった。

そのまどろみがものすごく甘美なもので……俺はそれをずっと感じていたいとおもった。

こんなことは、少なくとも自分が知る限りでは初めてだった。

訓練を行っていたので、寝起きはかなりいい。

いつもの目覚める時間には自然と目を覚ますのだが……今回に限ってはなぜか、これをいつまでも享受していたかった。

 

なぜだ?

 

こんな気分になるのも、そして何よりもこんな気持ちに陥ったのは……おそらく人生で始めてではないだろうか?

 

そもそもにして俺はいつ寝たんだ?

 

寝た記憶がない……。

正しく言えばいつものように寝た記憶がないのだ。

放課後があり、夕食を食べ、入浴して、そして報告書を書き上げて、ちょっとした訓練をして寝る……というのが俺の日課なのだが……。

そしてその回答が……俺のすぐ上からもたらされることになる。

 

 

 

「あ、起きました?」

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………はい?」

 

 

 

 

 

 

真上……それもほとんど距離がない位に間近で声がした。

それに驚きつつも俺はまぶたを開くとそこに……。

 

 

 

「まさか一時間近くも眠ってしまうなんて、私も予想できませんでした」

 

 

 

満面の笑みを受かべている人がいた。

 

身長はやや低めであり、彼女自身よりも年下の生徒達とほとんど大差がない。

 

おっちょこちょいというか、頼りげないというか……思わず守ってあげたくなるような感じをしている。

 

服のサイズも合っていないのか、だぼっとしており、それがますます本人を小さく見せている。

 

だがその胸囲は驚異的なことは俺だけでなく、誰もが一目見ればわかることだ。

 

さらに言えばすごい童顔であり……すごいアンバランスな感じである。

 

やや大きめの黒縁眼鏡の先にある笑顔がものすごくかわいらしいことを俺は知っていた。

 

 

 

長々と口上というか……その人に対する俺が抱いている感想というか感情などを述べたが……

 

 

 

ようするに……俺は誰かに膝枕をしてもらった状態で寝っ転がっていて……

 

 

 

 

 

 

そしておそらく膝枕をしているのが目の前の人物であることは想像に難くない……

 

 

 

 

 

 

そんな状況で俺の目に映るのは……山田先生であって……。

 

 

 

 

 

 

「……うぁ?」

 

 

 

 

 

 

ちなみに上記の思考に要した時間は一瞬の時間である。

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃhp;dふぁs:¥f、1.・zxqぇfwl;y・cおkm!?!?!?!?」

 

 

 

何だか全く聞き取れない声を発しながら……門国さんがものすごい勢いで転げ落ちて、その回転のままに屋上の柵のところまで転がっていった。

 

ってはや!?

 

恐ろしいほどの速度で転がっていって、柵にぶつかりつつもその勢いのままに立ち上がっていた。

そのまま柵から下へと落下してしまうんじゃないほどの音が鳴っていた。

 

「だ、大丈夫で……」

「……え、え? こ、これはいったいどういう……」

 

? 記憶が混乱してる?

 

何が何だかわかっていないかのように、目を白黒させていた。

基本的に冷静というか……自分をぶらさない門国さんがあわてているのがすごく印象的だった。

 

というよりも……すこしかわいい?

 

「えっと……覚えてませんか?」

「……………………何をでしょう?」

「試合の後……屋上にきて門国さんのお話を聞かせてもらってそれで……」

 

そういえば……私こんなに年の近い男性と二人きりの状況って、初めてもかもしれない

 

そこでふとこんな思考が頭をよぎったけど……そこで取り乱すわけにはいかなかった。

このまま放っておいたら、門国さんが柵から先へと落っこちちゃいそうだったから……。

 

「その……私が抱きしめたら門国さんが寝ちゃって、それで起きるまでそばにいたんですけど……」

 

抱きしめて少ししたら、門国さんはいつの間にか眠ってしまっていた。

起こすには忍びなかったので、私は門国さんに膝枕をしてあげると、すごく安心したような表情で、門国さんは眠っていた。

そのあまりにも無防備な表情をしたこと、そして私が門国さんを安心させてあげられたことが……すごくうれしかった。

そうして、私が密かにそんなことを思っていると……私の言葉で先ほどまでの状況を思い出したのか、門国さんが絶句したその瞬間……

 

 

 

ボンッ!?

 

 

 

音が鳴ったんじゃないかと錯覚するほどに、門国さんが顔を上気させて真っ赤になった。

それがあまりにもうぶな少年に見えてしまって……それになによりも、素な門国さんで……私はそれがすごくうれしかった。

学園にきてからはほとんど苦手な女性ばかりで、ほとんど「自分」というものを出していなかったから……。

それは家でさえも一緒で……。

 

 

 

もしかしたらこのとき初めて、私は「護」さんの本当の姿を……見たのかもしれない。

 

 

 

「……う、うぅ…………」

 

 

 

そしてその当の本人は……。

 

 

 

 

 

 

「し――――」

「し?」

 

 

 

 

 

 

「失礼いたします!!!!!」

 

 

 

 

 

 

敬礼みたいなものをした後に……門国さんはそれはもう高速で走り抜けていった。

いつもはびしっとしてて私よりも年上に見えてしまうのに……今はまるで恥ずかしくて逃亡した少年のようで。

このあまりにもすごいギャップに……私は不謹慎にも、門国さんのことがすごくかわいいと思えてしまった。

 

喜んでばかりも……いられないけど……

 

門国さんの女性が苦手という体質。

何か理由があるとは思っていたけど、まさかこんなにも深い理由があるとは思っていなかった。

それも家庭の問題という……教師だけではとても出はないけど深く入り込むことはできない問題だ。

 

けど……

 

それでも少しでも軽くしてあげたい。

もっと門国さんに……自然体でいてほしいから……。

 

 

 

もっと……近づきたいって思いも確かにある……

 

 

 

けど何よりも……

 

 

 

 

 

 

「私は先生ですから!」

 

 

 

 

 

 

生徒のことを放っておくなんてことはしたくないから……。

 

だからできることでいいから……私はがんばっていこうって……。

 

 

 

 

 

 

そう決めたんだけど……

 

 

 

 

 

 

私は結局……何の役にも立てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬほど恥ずかしい……それこそ死ねるのならば今すぐ自殺したいほどに……ことがあってから早数日。

その日以来、山田先生とほとんどまともに接することができなかった。

 

か、顔を直視できない……

 

基本的に山田先生とは接しないように行動した。

何を言えばいいのかわからないし、どうすればいいのかもわからないからだ。

そしてそのままタッグマッチの大会当日へと相成った。

自衛官モードで対応しようとしてもどうしてもあのときのことが頭に浮かんでしまって……。

とてもではないが、まともに話すことすらもかなわなかった。

 

だが今日はアリーナにて一夏の警護だ。おそらく早々あうことはあるまい……

 

と思っていた。

そんな俺に、本日教官がいぢめのようなプレゼントをくれた。

 

 

 

~回想~

 

「本日はついにタッグマッチ本番となる。今まで下準備をきちんと行ってきたが、どれだけやっていようとも本番で何かが起きないとは限らない。全員、全力を持って任務に当たるように」

「「「「はい!」」」」」

 

午前六時。

直前の全体会議と言うことで、教員全員《+俺》が勢揃いした状況である。

皆それぞれに真剣な表情であり、この日のために準備を必死になって行っていたことが伺えた。

 

俺も一応そこそこ仕事はしていたしな

 

生徒会役員の下っ端なのでたいしたことはしていない。

それこそ更識の十分の一も仕事をしていないだろう。

 

……更識

 

俺が気絶させたが幸いにして特に異常は見あたらなかったようだった。

だがそれでも俺が更識を気絶させたのは……誓いを破ったことは事実で……

 

「考え事をしてブリーフィングを聞かないなど、軍人失格だぞ」

 

ゴガッ!

 

普段以上にすさまじい衝撃が俺の脳天を打ち砕いた。

あまりの痛さに思考が停止して、その場に俺はうずくまる。

 

「先日からその様子だな? いい加減思考を切り替えろ」

「す、すいません教官」

「織斑先生だ」

「はい、織斑先生」

 

何とか復帰して俺は立ち上がると、目の前の教官に視線を向ける。

一瞬だが……教官が厳しい表情から何か別の表情をした気がしたが、それを聞く前に教官が口を開く。

 

「本日の護衛行動だが、当然のように織斑の護衛を担当してもらう」

「はっ!」

 

本日はついに開催されるタッグマッチ本番とあって、教官もかなり気合いを入れているようだった。

この行事のリーダー的な立場のようなのでそれも当然かもしれないが。

しかし次の言葉で俺の思考は一瞬停止することになる。

 

 

 

「それと貴様だけでは不安なので、一夏の護衛には山田先生にも担当してもらう」

 

 

 

「……はっ?」

 

思わず素の言葉が出てしまった気がするが……それもすぐに先日の記憶が脳裏によぎって、俺は一瞬にして体が熱くなった。

 

「どうも先日から貴様の様子がおかしい。それに今回はタッグマッチだからな。護衛もタッグで組んで損はない」

「し、しかし……」

「基本的に軍事行動を行うときは二人一組(ツーマンセル)のはずだ。それにお前が護衛を行うのは一夏だ。きっと何かを起こすことになるだろう」

 

呆れ半分、心配半分といった感じに、教官はため息をついていた。

しかし俺はそれどころではなく……

 

「し、しかし!?」

「これは元教官としての命令だ。またこれは極秘だが、ある程度の命令ならば私が出してもいいという権限を、武皇将軍からいただいている」

「将軍からですか?」

「そうだ。故にこれは私と武皇将軍からの命令だと思ってくれてかまわない」

「はっ!」

 

さすがにそこまで言われては俺も断ることはできない。

それに今日の俺は自衛官としての立場であることを忘れていた。

いくらあまりにも想定外なことが起こったからと言ってこの体たらくでは……お笑いぐさだった。

意識的に意識を切り替えて、俺は教官へと再度目を向ける。

 

「申し訳ありません。少々腑抜けておりました」

「貴様は少し腑抜けている位がちょうどいいのだが……まぁいい。山田先生との護衛よろしく頼むぞ」

「はっ!」

 

 

 

~終了~

 

ということがあったのである。

まさか山田先生と護衛の任につくことになるとは思わなかったが、それでもISを……守鉄装着すれば自然と意識がシフトするだろう。

 

……守鉄……か

 

IS(インフィニット・ストラトス)の第二世代機であるラファールリヴァイブの装甲をまとった、俺の専属IS。

パワードスーツという割には、スーツという感じがあまりしない、この兵器。

 

手足伸びるしな……

 

なぜ女性しか動かせないこの兵器を、俺が使えるのかは未だに謎だが……これはいったい……。

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 

そうして俺がぶつぶつと考え事をしていると、更識が俺の眼前へと躍り出た。

 

 

 

 

 

 

「織斑先生、私も護衛って……どういうことですか?」

 

今朝方通告された本日受け持つ私の仕事のことで、私は織斑先生に詰め寄っていた。

最初は対策本部で、各所に指示を出す織斑先生の副官的な立場だったのに、突然の変更に、私は思わず面を食らってしまった。

さらに、門国さんと一緒の護衛と言うことも、その驚きに拍車をかけていた。

命令と言うことで拒否は当然のようにできないし……する気もないですけど……すでに私はISスーツに着替えているけど……。

 

どうでもいいですけど……特注でも胸がきつく感じちゃうなぁ……

 

「そのままの意味だ。山田先生にも護衛をしてほしい」

「人手がそんなにないにもかかわらずですか?」

「そうだ……」

 

そんなに織斑君が大事なんですね……兄弟っていいものなんで―――

 

「何を想像しているのか丸わかりだぞ」

 

ガンッ!

 

「っ~!?」

 

相変わらず弟の織斑君が大事なのに、それ関係で何かを思われるのが好ましくないみたい。

けど次の言葉で、私は織斑先生が織斑君のために私を護衛に回したのではないことを知る。

 

 

 

「ちなみに山田先生の護衛対象は、門国護だ」

 

 

 

「……えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

「何ぶつぶつ言いながら歩いてるの? 危ないよ?」

「あ……すまない」

 

そうして肩を落とすお兄ちゃん。

予想していたことだし、だからこそこうしてお兄ちゃんの元にきたんだけど……

 

「もう。人の顔見ていきなり落ち込まないでよ」

「す、すまん」

「まぁいいけどね。何となくわかってたし」

 

そうして私は苦笑した。

きっと落ち込んでいると思ったから。

 

まぁほかにも理由はあるんだけど……

 

「生徒会長がこんなところで油売ってる暇があるのか?」

 

半分逃げるように、だけど半分は私をねぎらっての言葉で……。

顔を合わせにくそうにしているけど、でもそれ以上に私のことを心配してくれているのがよくわかった。

それが……自分のこと以上に人のことを気にかけているから……。

心配で……。

 

「お願いがあってきたの」

「お願い?」

「うん。約束してほしいことがあるの」

「聞くだけ聞いておこうか?」

 

いつまで経っても妹としてだけど、だけどそれでも昔よりはきっと意識してくれているんだと思う。

けど、私のそんな個人的な感情ではなく……更識家の当主としての私は、今日何かが起こると予感していた。

 

 

 

最上級に悪い予感が……

 

 

 

それこそ……お兄ちゃんがいなくなってしまうんじゃないかって言うほどに。

それほどの不吉な予感が……私を襲っていた。

何かが起こるのは間違いない。

けどそれはあくまでも織斑君に関することで……決してお兄ちゃんに関することではないはずだと思う。

 

織斑君には悪いけど……やっぱり私にとってお兄ちゃんは大切な存在だから

 

むろん織斑君を見捨てるつもりなんてさらさらない。

そのために抽選で意図的に私と箒ちゃんの相手に、織斑君と簪ちゃんを選んだのだから。

これにお兄ちゃんが加わればそう簡単に最悪な事態に陥るはずはないはず……。

 

……山田先生もいるし

 

すでに先日から通告をもらっている。

山田先生がお兄ちゃんの護衛を担当するって。

山田先生は代表候補生にもなった折り紙付きの実力者だ。

普段は結構抜けているって言うか……ミスをしてしまうこともあるけど、それでもあの人の実力は十分に戦力になる。

だというのに……私のこのいやな予感は全く払拭されなくて……。

 

だから……無駄だってわかっていたけど、言わずにはいられなかった……

 

 

 

「今日は……無茶しないで……」

 

 

 

それでもこの人は無茶をするだろう。

自分よりも、他者を大事にする人だから……。

それで自分がどれだけ傷つこうと……この人は……

 

 

 

お兄ちゃんは……

 

 

 

「……それは状況次第だな」

 

 

 

思っていたとおりの言葉が返ってきて、私は思わず心の底から溜息をついてしまった。

それを見てお兄ちゃんが顔をしかめていた。

 

顔をしかめたいのは私の方なのにな……

 

「無茶をしないですむ状況ならいいんだがな。一夏がらみだからそれは無理だろう。無茶を、無理をしないといけない状況で、力の限りを尽くさないわけにはいかない」

「そうかもしれないけど……」

 

これ以上言葉を重ねても無駄だと思った私は、仕方なく戦法を変えることにした。

というよりも最初からこっちにしておけばよかったかもしれない。

 

「あ~あ。あんなことされたのに私のお願い聞いてくれないんだ」

 

その言葉でお兄ちゃんの顔がものすごくこわばった。

何となくわかっていたけど、これはある意味で禁句なのかもしれない。 

きっと女の人を傷つけたことを危惧しているから。

確かに気を失ってしまったかもしれないけど、それでも私は全く問題ないから。

だから、少しでも軽くしてあげたくて、私はいつものように軽い口調で、言葉を重ねる。

 

「嫁入り前なのに~。もらい手ができなかったらどうしてくれるの?」

「名家で十二分に美人なお前だ。問題あるまい」

 

美人……?

 

まさかお兄ちゃんにそんな言葉を言われるとは思ってなくて……普段なら赤くなってしまうところだけど……。

それを押して、私はさらに口を開いた。

 

「そうかな~。私傷物にされちゃったし~。お兄ちゃんに責任とってもらおっかな~」

「傷物ってお前……」

「傷物にしたんだから、責任とって……」

 

 

 

この一言を言うのは勇気がいった……

 

だけど……

 

それでも伝えたくて……

 

 

 

私は口を開いた……

 

 

 

 

 

 

「私をお嫁さんにしてくれる?」

 

 

 

 

 

 

「門国さんの……護衛ですか?」

「そうだ。山田先生が護衛するのは一夏ではない、門国だ」

 

予想外の出来事、予想外の任務の内容に、私は一瞬止まってしまう。

その間にも織斑先生の言葉は続いていた。

 

「今回も間違いなく何かが起こるだろう。これはもう悲しいことに間違いないと言ってもいい。しかし……それが果たして誰に向いたものなのか……」

「……誰に?」

「そうだ。喜ぶべきか、悲しむべきか……この学園には世界中どこを探してもほかにない標的が二人もいる。最初の男性でのIS適合者、織斑一夏と……」

「二人目の適合者……門国護さん」

 

織斑先生の言葉の先を口にする。

それに織斑先生ははっきりとうなずいた。

 

「世界各国に、きちんと二人のデータは公表しているが、山田先生も知っての通り、全部をさらしているわけではない」

「……はい」

 

織斑君はそこまで問題はない。

だけど……門国さんのデータ。

これはほとんどが改ざんされたものを公開している。

二人の適合者によって、男性にもISを使用することができるのではないか? という理論が今結構熱い議論となっている。

だけどそれを完全に否定しかねないデータが門国さんの適性データだった。

 

適性「D」

 

これはISを稼働させることが可能というだけで、装着してもほとんどろくに動くことができない。

なのに、門国さんは候補生すらも抜き去るほどの適性と、操作技術を有していた。

それどころか単一能力(ワンオフ・アビリティー)までも使用できてしまっていた。

何度も議論を交わしたのだけど……全くわからなかった。

 

「どうもいやな予感がする。そしてあいつはどうも危なっかしくてかなわん」

「……はい」

 

先日見た、門国さんの過去。

そしてそれが起因で起こる……門国さんの異様な戦闘。

以前はすごいと思っていたけど……彼の過去を見てわかった。

 

あの戦闘方法は、危ない……

 

というよりも彼自身が非常に不安定だから……。

だから危なっかしくって……。

 

それを織斑先生も知ってるのかな?

 

人手が何も関わらず、こうして私を護衛へと回すことが、それを裏付けている気がした。

 

 

 

織斑先生も門国さんのことが……

 

 

 

「考えていることが丸わかりだ」

 

ガンッ!

 

再度げんこつが落ちてきて、私は再び苦悶した。

さすがに織斑先生も、門国さんに続いて何度も殴っているからか、右手を見ながら顔をしかめていた。

 

「全く。右手が痛くなってきたじゃないか」

「……織斑先生、私の頭はそれ以上に痛いです」

「自業自得だろう」

 

右手から痛みを追い出すかのように、手を振りながら織斑先生は呆れ気味にそう答えてくれた。

 

 

 

そうかもしれませんけど……い、痛い……

 

 

 

「別に普通だ。世話の焼ける生徒でしかない。それに私のような引っ張っていくタイプはあいつにはあわん」

 

……そう……かな?

 

よく一緒にいる……婚約者と公言してはばからない更識さんと門国さんのやりとりを見ているとそんな感じはあまりしない。

むしろあまり自分の意見を言わない門国さんにはいい気がする。

 

しかし次の台詞で、私は織斑先生からすさまじい反撃をもらうことになった。

 

 

 

「そうだな……山田先生みたいに、包み込んでやれるような優しさを持った人間なら、話は別だろうが」

 

 

 

 

 

 

「……へっ!?」

 

 

 

 

 

 

先日の屋上の出来事を、まるで見たきたかのようなその台詞に……私の思考は停止してしまって……っていうか!?

 

 

 

何でまるで見てきたかのように!?

 

 

 

「見てきたかのようにじゃない。見ていたんだよ」

 

 

 

心を読まれたって、ぇぇぇぇぇ!?

 

 

 

軽くパニック状態になってしまう。

きっと今の私の表情は、羞恥で真っ赤になっている。

だって……こんなにもほほが熱いから……。

そんな私を見て、織斑先生がニヤニヤしながら詰め寄ってきて……。

 

 

 

「どうだった? あいつの寝顔を見て? 少しは年上らしい行動ができたじゃないか?」

「ど、どうして知って!? っていうかどこで見てたんですか!?」

「まぁそこらは気にするな」

「気にしますよ!?」

 

冗談交じりにそう会話をして、私は何とか織斑先生の口撃を交わすけど……ほとんど回り込まれて撃退された。

そんな私の反応をひとしきりに楽しんだのか、織斑先生が苦笑して一つ息を吐いた。

 

 

 

「私としても……少し心配だったからな。山田先生のせいだとは言わないが、それでも先日の事件のせいで、門国が安定していない可能性もぬぐえない。格闘試合のことも含めてだが。故に山田先生に護衛を依頼した」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

「だから、あいつを守ってやってくれ。元教官としての私からの願いでもある。ふがいない教え子をよろしく頼んだぞ」

 

 

 

そういう織斑先生の顔には慈愛に満ちていて……すごくかっこよかった。

そして、そんな信頼をされているのが……うれしかった。

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

なぜ……こんなことを言ったのか?

 

それはどうしてなのかわからない。

 

不安に感じていたからなのか……。

 

それともこれを言っておかないと……もう二度とお兄ちゃんをあえないことを予見していたのかもしれない。

 

 

 

「お前……嫁入り前の娘が、軽々しくそういうことは言うものじゃないぞ……」

 

 

 

私の言った言葉でさらにお兄ちゃんが顔をこわばらせた。

うぅん。

きっとそんなに表情に変化はないと思う。

だけど……私にはわかったから。

正直、あまり良好な関係ではなかったおじさまとおばさまのことを考えているのかもしれない。

そしてそれは私とお兄ちゃんにもいえることで……。

 

 

 

身分が……違いすぎるかもしれない……

 

 

 

でも……そんなことは関係ない。

私のお兄ちゃんに対する気持ちは……。

 

 

 

この人は本当に……世話が焼けるなぁ……

 

 

 

 

 

 

「本気だよ……私のこの言葉は……。更識楯無として、そして更識六花として……」

 

 

 

 

 

 

当主になったから好きになった訳じゃない……

 

私がお兄ちゃんのことを好きになったのは……楯無の時じゃなくて六花の時だから……

 

でもだからといって楯無としては嫌いって訳じゃない……

 

どっちの私も、お兄ちゃんのことが大好きだから……

 

 

 

 

 

 

「楯無としての、六花としての……私の、お兄ちゃんに対する気持ちだよ……」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

まだ何も言えないのはわかっているから……だから今回はこれで終わりにしよう。

 

そうじゃなきゃ、お兄ちゃんはきっと……つぶれてしまうから。

 

少しずつ、少しずつ直してあげたい……。

 

 

 

私の大事な人を……。

 

 

 

 

 

 

「嫁入り前の女の子を傷物にしたんだから……覚悟してね、お兄ちゃん♪」

 

 

 

 

 

 

そう言って、私は返事を聞くこともなく、お兄ちゃんに別れを告げて、持ち場へと向かっていく。

 

 

 

試合もそうだけど……この不安にも打ち勝ってみせる……

 

 

 

きっと……

 

 

 

 

 

 

 

……行った……か

 

返事も聞かずに……いや、これはきっと俺を気遣ってくれたのだろう……更識が持ち場へと向かっていた。

実際タッグマッチ開催までまもなくとなっており、今こうしてぼけっと廊下に突っ立ているほど暇ではない。

まだ守鉄の最終チェックや、武装の確認も行えていないのだ。

 

だが……それをする気にはなれなかった……

 

 

 

本気……か……

 

 

 

そういった時の更識の表情に嘘はなかった。

そしてその言葉にも。

だからおそらく、あの言葉は本心なのだろう。

 

しかも幼名まで言っていた……

 

どうにも考えられないことだった。

今まではそうじゃないと思っていたが、そうじゃなかったようだ。

これで気づかないほど……俺も馬鹿ではない。

 

 

 

だけど……

 

 

 

それでどうこうすることは……俺にはできなかった。

できるわけが……ない。

女性のことを……おそれている俺には……。

 

表に出ている訳じゃないが……それでも俺が女性がだめなことに代わりはない……

 

幼少時、俺の世話をしてくれていたあの人が今どうなったかは知らない。

だがそれでも、俺が生まれた性で母上の体が弱くなってしまったのは事実で。

それによって、ぎりぎりのバランスで保たれていた父上と母上の間に溝ができてしまったのも……事実で。

 

 

 

母を知らず

 

 

 

父を知らない

 

 

 

自分のせいで……二人の関係が壊れてしまったから……

 

 

 

そんな俺が、どうして女性という物を知っているのか……。

知っているはずがない。

 

もっと言えば……恋も愛も、訳がわからなかった……。

 

 

 

 

 

それに、俺には……門国護(・・・)には荷が重すぎる……

 

 

 

 

 

 

門国という……没落寸前ではなく、没落してしまった存在と、未だに存在ずる名家では……

 

あまりにも立場が違いすぎる……

 

 

 

「門国さん?」

 

 

 

そう考えていたからか、俺は背後の気配に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか? 廊下でたたずんで?」

 

私はそれこそ普通に声をかけたんだけど……私の声を聞いた瞬間に門国さんは……

 

 

 

ビクッ!

 

 

 

と体を震わせて……

 

 

 

ヒュパッ!

 

 

 

と擬音がつきそうなくらいに素早く動いて私から距離を離した。

 

 

 

……ここまで驚かれるとちょっと傷つくなぁ

 

 

 

まぁ門国さんだから、ある意味しょうがないのかもしれないけど。

あんなことがあった後だったし。

 

……私が意識しちゃだめだよね

 

年上として、そして門国さんの護衛として、今日は私がしっかりするって決めたから。

いつも守られてばかりだった私が、こうして秘密裏にとはいえ、門国さんを守ることができるのがうれしかった。

 

「……失礼いたしました。山田先生。少し考え事をしておりまして」

 

距離はそのままに、それにまるで上官と接するかのような口調で、門国さんが私に返事をしてくる。

格好はまだ制服のままだったけど、ひょっとしたら制服による意識転換を行っているのかもしれない。

 

制服って言えば……私はもうISスーツ姿で……

 

ビキニみたいな格好なので……ちょっと恥ずかしかった。

それがわかっているのかいないのか、門国さんも決して私の顔から目をそらさないようにして、極力視界に納めないようにしている感じだった。

無理に意識させる理由もないし、私も恥ずかしいのでそのことにはふれずに、私は言葉を発する。

 

「もうそろそろ開幕式が始まります。前回のハッキングを考慮して、私たちは試合開始前から織斑君が試合を行う第四アリーナ内部に先にピットインしておきます。だからすぐにISスーツに着替えてきてください。集合は第四アリーナのピットです」

「はっ! 了解いたしました」

 

姿勢を正し、さらには敬礼まで行って駆け足で更衣室へと向かっていった。

 

 

 

その後ろ姿が……すごくかすんで見えてしまって……

 

 

 

なぜかそれが……その後ろ姿が、すごく頭に残っていた。

 

 

 

 

 




さてさて……後五話くらいストックがあるので、近々あげますね~


賛否の感想、お待ちしており……ます……


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タッグマッチ開幕

『行くぞ簪! 準備はいいか?』

『う、うん。大丈夫』

『あっちは準備万端みたいよ? 箒ちゃんもいけるわよね?』

『はい、問題ありません』

 

……白熱しているなぁ

 

タッグマッチ当日の第四アリーナ。

そして一回戦が始まる直前だ。

当事者だけでなく、観客達も白熱するのは当然のように当然だが……それを差し引いても俺が警護を務めることになった、第四アリーナの「更識、篠ノ之タッグ」VS「一夏、簪ちゃん」当事者達はより白熱しているように思える。

 

まぁそれぞれ思惑があるのだからしょうがないかもしれないが……

 

簪ちゃんが更識を……楯無を超えようとし、更識はその簪ちゃんと仲直りしたいがために、今日の日まで手を打ってきた。

一夏は持ち前のその優しさから簪ちゃんをフォローする。

撫子ポニーは、一夏の気を引こうとしているのだろう。

だが先日までと違って身にまとっている覇気がまるで違った。

 

……なにかをつかんだのか?

 

自分なりに答えを得たのかはわからない。

だがその気迫の原因が、どうか変な方向へと行かないことを俺は祈った。

 

まぁあまり人のことを考えている余裕は俺にはないのだが……

 

撫子ポニーから視線を外し、俺は更識へと視線を投じた。

 

……何かをねらった訳ではないのだろうな

 

さすがにそれはないだろう。

あのときのあいつの表情は真剣そのものだったから。

だが、だからこそ……俺はそれを受け止めることができなかった。

あいつがどういった思いでそれを言葉にしたのかはわからない。

はっきり言ってしまえば、わかるわけがなかった。

 

俺がわかるわけがないのだ……

 

「門国さん?」

 

押し黙ってしまった俺を心配してか、すぐそばに居る山田先生から声をかけられた。

それで俺はいろんな意味で思考を停止せざるを得なかった。

一つは、その声が通信によって届いたために、今俺はISという兵器を身につけていると言うことを再認識させられた。

次に、声をかけてきたのが山田先生であったために……

 

 

 

……今思い出してどうする

 

 

 

先日の屋上での件を思い出してしまった。

特に後者によって強烈に思考が停止させられるのだが、いつまでも停止しているわけにはいかないので、俺はすぐに山田先生へと返事をする。

 

「はっ、なにか?」

「いえ、固まっていたので……大丈夫ですか?」

「はっ! 申し訳ありません」

 

極力通信ウィンドウは見ないようにして、俺は通話を終える。

 

……どんな顔をすればいいのかわからん

 

先日の一件以来、どうにも山田先生とうまく接触できない。

あれほどの恥辱を見られてしまうとは……正直一生の不覚と言っても過言ではない。

だが今はそんな場合ではない。

ここはアリーナ内部であり、今まさに試合が始まろうとしているのだ。

そしてここは一夏がいる試合会場。

四月からの確率から鑑みて……

 

絶対に何かが起こる……

 

と考えて差し支えないだろう。

だからこそ、俺と山田先生がこうして試合会場にいくら同じISとはいえ、護衛という形で存在しているのだから。

 

ISか……

 

俺は自身が身につけているIS、守鉄R2をまとっている右腕を見つめた。

女性にしか使えないはずのマルチパワードスーツ。

それをひょんなことから使えてしまってから早数ヶ月。

こうして俺は自分の(かたき)ともいえた存在を身につけている。

 

先日の試合にて吐露した自分の思い。

 

あれは紛れもなく本心だった。

 

 

 

そしてだからこそ不思議だった……

 

 

 

ここまで存在を嫌っている俺に……どうして守鉄が使えるんだ?

 

 

 

男である上に、ISそのものを嫌っている、憎んでいる……。

そういっても過言でない俺がどうして守鉄を使用できるのか?

それが不思議でならなかった。

 

そんな俺の思考を遮るかのように……

 

 

 

守鉄のレーダーが、複数の不審な飛行物体をとらえていた……。

 

 

 

 

 

 

ズドォォォン!!!!

 

 

 

そんな轟音が鳴り響いて、各アリーナに鉄の敵機が舞い降りた。

数は六機。

以前一夏と鈴との試合に襲撃してきた機体の発展機。

名称を「ゴーレムⅢ」といった。

鉄の巨人と言うべきシルエットをしていた「ゴーレムⅠ」に対して、|五〈・〉機の機体は鋼の乙女と称していい姿をしていた。

装甲はより精緻に設計されており、それがより女性らしいラインを醸し出している。

バイザー型のラインアイを搭載している頭部には、巻き角のようなハイパーセンサーが搭載されている。

両腕はそれぞれが格闘、射撃と明確に位置づけされているのは、それぞれの腕を見れば一目瞭然だった。

右腕は肘より先がブレードとなっており、左腕は前回ほど大きくない物の、右腕よりも一回りは大きな超高密度圧縮の熱線を放つ砲口が複数備え付けられていた。

 

「このぉぉぉぉ!!!!」

 

ブォン!

 

唸りを上げる双天牙月の一撃を回避する鋼の乙女。

それに追随し、鈴は蹴りで動きを停止させると同時に、衝撃砲「龍咆」が火を吹いた。

先日の襲撃事件と同様の相手だとわかっているのか、まるでそのときの仕返しといわんばかりに興奮し、奮闘する鈴だったが……物言わぬ相手は、当然のように何も言わなかった。

 

「喰らいなさいよ!」

 

連続の龍砲の射撃。

それは敵に相当のダメージを与えることが可能な攻撃だった。

だが敵は自分の周りに浮遊する球状の物体が円を描いて並び、そこから強力なエネルギーシールドを展開し、攻撃を完璧に防いだ。

 

「!? こいつ、以前とは違って防御型だっての!?」

「鈴さん下がって!」

 

その声に逆らわずに、鈴は身を伏せた。

その上を飛翔したのはBT(ブルー・ティアーズ)を身にまとったセシリアだった。

手にした得物のスターライトMK-Ⅲを連射したが、それらはすべて敵のシールドに防がれた。

 

「堅いシールドですわね!? でも……」

 

高速で敵機を周回しながらの連続射撃。

だがBT(ブルー・ティアーズ)の射撃武器だけはそれだけではない。

六機のビットを敵機へと躍り込ませて、セシリアはそれを斉射した。

だがそれを、敵機は空中で踊るようにして身をくねらせて回避した。

その動きは当然のように人間の動きではなかった。

 

「なっ!?」

 

無人機だからこそ出来る、人体の構造を無視した体の動かしかた、そして機動。

知能も当然のように高性能のなのか、完璧ともいえるそのスラスターの制御で、敵機は完全にセシリアの攻撃をかわしていた。

 

「な、なんて機体。防御力に機動力が桁外れですわ! それに……」

 

防御と機動が問題ないのならば次は当然のように攻撃ということになる。

そしてそれを推論する前に自ら証明しようとでも言うのか、セシリアと鈴、二人に向けてゴーレムⅢがその巨大な砲口の吐いた左腕を突き出した。

 

「攻撃力もありそうよね……」

 

ゴワッ!

 

爆音が、アリーナの空間を揺るがした……。

 

 

 

 

 

 

「こいつらはいったい!?」

 

突如として乱入してきたゴーレムⅢにいらだちめいた言葉をはきつつも、軍人であるラウラは動揺することなく、相手への対処を行っていた。

奇襲されたが、そこは腐っても現役の軍人たるラウラが、それに対処するのは造作もないことだった。

単機できた相手へと己の愛機シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されたレールカノンを発射する。

だが敵はそれをその無人機特有のあり得ない動きで回避する。

 

「なにっ!?」

 

射撃を回避されて驚くラウラの元に敵機が急接近し、その右腕の剣を振るおうとするが……。

 

「ラウラっ!」

 

名前を呼んだと同時に、指示を込めたその声を聞いて、ラウラはその指示に違わぬ行動を……左へと体を動かした。

直前までラウラの体があったところより飛来した五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』の銃弾がゴーレムⅢへと飛来した。

それを急制動で上空へと回避すると同時に、右腕を引っ込めて左腕を突き出していた。

それを見たシャルロットは、本能的に得意の「高速切替(ラピッド・スイッチ)」で、物理シールドを三枚呼び出していた。

それを焼き貫いた、熱線がシャルロットの右腕を焼いた。

 

「っ!」

「シャルロット!?」

「大丈夫……少しかすっただけ」

 

その苦痛にゆがんだ友の表情が、ラウラの中の怒りを爆発させた。

左目の眼帯をむしり、そのオッドアイを出現させてそれを解放した。

反射速度を数倍に跳ね上げる補助ハイパーセンサー「ヴォーダン・オージェ」は、AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を敵へと使用した。

それと同時に呼び出した大口径のハンドキャノンを右腕に装備し、それを信じられないような速度で連射する。

それがぶつかり合うことで相当の衝撃が起こり、

 

「あぁぁぁぁ!」

「だめラウラ! さが――」

 

相手に不吉な予感を覚えたシャルロットがラウラを止めようとするが、その前に敵が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近していた。

 

「なっ!? この速さは」

 

速すぎる。

そう言葉を口にする前に、ラウラの体をブレードが引き裂いていた。

 

「ラウラッ!?」

 

 

 

 

 

 

こうして各所にて鉄の乙女のゴーレムⅢが次々にISへと襲いかかっていた。

 

だがしかし、護と一夏の居るアリーナだけは、未だ現在戦闘音がしていなかった。

 

それだけではなく、一機だけほかの機体と全くシルエットの違う機体が、第四アリーナに存在していた。

 

 

 

 

 

 

……こいつらはいったい?

 

突如として舞い降りてきた招かれざる客人。

あまりにも生気の感じさせないその動きは、それらが無人機であることを物語っていた。

だが出現した三体の機体の内の一体。

それがあまりにも異様な雰囲気を醸し出している。

 

……前回の機体の改良(・・)機体か?

 

以前教官に見せてもらった一夏とツインテールのまな板娘こと凰鈴音の試合に乱入したという、巨躯のIS。

それをさらに巨大化したような機体だった。

 

巨大な四肢を装備している、そういってもよかったその機体の体躯部分……つまりは胴体と頭……も巨大化しており、純粋に大きな機体になっている。

むろん巨大化しただけではなく、腹部に巨大な……それこそ腹部の七割近い大きさの口径となる砲門を装備し、頭部にも小型の銃口が見つけられるので、仮に鈍重だったとしてもそれを補うほどの高火力であることは易々と想像できる。

特に近接武器が見あたらなかったが、その巨大な腕を使用すればそれで十分事足りるだろう。

 

こいつのほかに、女性型の機体の計三機か……

 

それとは対照的なシルエットの機体が横におり、合計で三機が俺たちがいるアリーナへと突入してきていた。

 

「織斑先生! 聞こえますか織斑先生!」

 

隣に居る山田先生が必死になって上官であり、突発的な緊急事態の総責任者である教官へとコンタクトをとろうと通信を行っているが……つながる気配はなかった。

 

ぼうが――

 

『妨害電波は、当然のように発しているみたいだね』

 

俺の思考に被さるように、簪が周囲に通信を行う。

さすがにこれだけ大事の自体を行っているのだ。

その程度の工作は行っていない方がおかしい。

ほかにも観客席などの扉がロックされているのか、観客達は脱出したくても出来ない状況になっているようだ。

 

「山田先生。おそらく通信は無駄です。それよりも六機で連携してこのISに対処しましょう」

「は、はい!」

 

戦闘体制(軍人)へと移行した俺は山田先生のカバーを行いつつ、通信をいったん終わらせる。

更識はすでに敵へと意識を向けながら、下級生達へと矢継ぎ早に指示を出していた。

 

『織斑君に箒ちゃん。この三機がどんな性能かわからないけどあなたたち二人が最大の攻撃能力を持っているから、エネルギー分配には気をつけて。特に箒ちゃん、単一能力を過信しすぎると危ないからそこは留意して! 単一能力は確かに強力だけど、それに頼り切らないこと!』

『『はい!』』

『……簪ちゃんは二人のフォローをしつつ遠距離攻撃』

『……はい』

 

裏の名家の当主として……そういうかのように、更識から簪ちゃんへと発せられた声はとても事務的な声色だった。

それを感じ取ったのか、簪ちゃんの返答もそれに近かった。

互いに確執があると言ってもいいが、今の状況下でそんなことは言ってられない。

それは俺も同じこと。

二人の間を何とかしたいということをひとまず封印し、敵を観察しようとしたが……

 

ボッ!

 

当然と言うべきか、敵が行動を開始する。

互いに装備されたその腕からレーザーを吐き出して、俺たち全員に銃火の雨を降らせた。

 

考えをまとめる暇は与えてくれないか!?

 

奇襲を仕掛けてきたのならば先手必勝は当たり前と言っていい。

むしろ奇襲と同時に仕掛けてこなかったことの方がおかしいと言っていい。

そうなると考えられるのは……殲滅ないし殺害(・・)が目的ではなく、データの収集となる可能性(・・・)が高い。

それを持ち帰らせて何がおこるかわからない以上、こいつらはここで葬り去るのが無難である。

 

『散開と同時に各自兵装使用を開始! 織斑君と箒ちゃんは敵へと突貫して近接攻撃! ほかは各自二人のバックアップ!』

『『『『『了解!』』』』』

 

生徒会長としてなのかわからないが、更識が指揮官となって敵機への攻撃を指示する。

それに反論する者はおらず、それぞれがそれぞれの装備を呼び出して攻撃を開始する。

俺も守鉄R2に後付装備された五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』を呼び出して構えた。

 

格闘の方が得意だが、銃器が使えないわけではない!

 

腐っても俺は自衛官。

その職務上、ISの整備兵として日々仕事をしていたが、最低限の訓練は行っている。

といってもそれは当然生身で、人間用のライフルであるので不安はあったがそうも言ってられない。

初めてISで銃器を使用するのがこんな状況になるとは思わなかったが、そんなことは関係なかった。

 

ボボボボボ!

 

引き金を引いた瞬間に、今まで感じたこともないような恐ろしい(・・・・)反動が俺の体を襲った。

それを……その恐怖を……うまく体で吸収し、俺は女性型のISへと射撃を見舞う。

だがそれをただ突っ立って喰らうようなことは、相手もしない。

 

フワッ

 

そんな感じに、女性型のISは、信じられないような軌道を描きながら、宙へと浮かび上がり各々が行った攻撃を回避した。

大型の方も、その巨躯に見合わぬような機動性とホバー移動で、攻撃を回避する。

だがそれだけでこちらも攻撃の手をゆるめるような愚か者はいない。

一夏と撫子ポニーは長年剣道の経験者であり、実際に実戦も経験している。

更識は代表候補になるほどの実力者だし、山田先生もそれは同様だ。

唯一簪ちゃんが心配だったが……。

 

「……ふっ!」

 

恐怖を必死に押し殺しながらも、攻撃を行っている今の様子を見れば、そこまでの心配はない。

 

といっても……追い込まれた場合はどうなるかわからないが……

 

余裕がある、といえば語弊があるが、少なくとも追い込まれては居ないこの状況。

果たして追い込まれてしまった場合……命の危機に瀕した場合……平静でいられるかどうかはわからない。

 

護衛対象が二名か……

 

一夏に簪ちゃん。

俺一人では決してどうにも出来ない状況だろうが、6人いればどうにか出来る。

 

……してみせる!!!

 

その意気込みとともに、戦闘が開始される。

まず俺たちは瞬時に話し合い、戦力をちょうど二つへと分断した。

一夏と簪ちゃんに篠ノ之さん。

山田先生と簪と俺。

一夏班が鋼の乙女巨躯のゴーレムを相手し、俺たちが、巨躯のISの相手をした。

手強そうという意味では、鋼の乙女という感じの機体がそういえたが、それでも巨躯のゴーレムは巨大故により強大だと判断し、さきに鉄の乙女を撃破することにしたのだ。

一夏には極力零落白夜を使用しないように念を押しておいた。

ちなみに一時的に巨躯の方をゴーレム、鋼の乙女をフレイヤ1、2と仮称した。

 

『この機動性は……やっかいだね!』

「同意だ!」

『でもだいたいパターンが読めてきました!』

 

さすがというべきなのか……山田先生は敵の機動性をある程度見破っているようだった。

普段のぽわぽわな雰囲気はどこに行っているのか、きりっと表情を引き締めて、トリガーを引いていた。

 

腐ってもIS学園の教師ということだ!

 

それに感心しつつ、俺はさらにレッドバレットの引き金を引く。

ビットから放出される透明なシールドの出力は相当であり、IS用のアサルトライフルのレッドバレットでも大して効果があるように見えなかったが、エネルギーが有限である以上、無駄なことにはならない。

だが、俺はあまり効果を上げていなかった。

 

当たらない!

 

銃器の扱い自体は得意といわないまでも最低限の腕を有していたのだが……ISの銃器を一度も使っていないのが災いしていた。

 

速すぎる!

 

いくらISを装着しているとはいえ、それを使っているのは生身の人間()なので、慣熟という物が必要だ。

それを全くしていない俺は、はっきり言ってたいした役にやっていない。

山田先生は相手の機動を読んでいることも相まってかほとんど当てており、更識は俺と山田先生の銃撃を正確に予測し、それをよけながら相手へとミステリアス・レイディのランスで敵へと攻撃を加えている。

だが敵はその三つの攻撃……俺の攻撃はそこまでだが……を、人間には決して出来ないような機動ですべてを躱していた。

 

 

 

そこへと響く……一夏の悲鳴

 

 

 

「ガァァァッァア!?」

 

 

 

巨躯のISより繰り出された打撃をもろに受けたのか、一夏が後方へと吹っ飛んでいった。

だが驚くべきはそこではなく、一夏がかなりのダメージを被っていることだった。

 

ISを装着していてあのダメージはどういうことだ!?

 

絶対防御という究極といって差し支えないほどの防御力を有しているISを装着しながらあの痛がり方は異様だ。

そう思っていると当の本人からその事実を教えられた。

 

『みんな、気を……つけろ! こいつ、シールドエネルギーを阻害する能力がある!』

『『『『『『!?』』』』』』

 

シールドエネルギーの阻害。

それはあまりにも危険な能力だ。

 

ISの攻撃を生身で受けてしまう可能性があると言うことか!?

 

ISのアーマーは堅固だが、それを体全体に装着しているわけではない。

機動性や動きやすさを考えて要所要所に装甲は展開される。

それでもISが絶対の地位を有しているのはその機動力と攻撃力のほかに、防御力が秀でているからだ。

荷電粒子砲の一撃すらも耐え切れてしまう堅固なその防御力は主に見えない壁のような(・・・・・・・・)防御壁を展開していることで成り立っている。

それを阻害されてしまえば、いかなISといえどもただではすまない。

 

否……正しく言えばそれを装着した人間が……

 

アーマーは堅固でも、それをまとっているのはあくまでも人間だ。

人一人を殺すのにたいした物が亡くてもことが足りる。

生身で人を殺すことだって簡単なのだ。

ならば無人機(・・・)とはいえ、出力そのものがISである敵の攻撃をもらえばただではすまない。

 

どうする!?

 

攻撃に当たらなければいいと簡単にいえるかもしれないが、それが出来れば苦労はしない。

敵の攻撃に今のところミサイルといった追尾するような武器がないのは幸いだが、それでも元々が超速度を有したISだ。

普通の攻撃もかなりの速度を有しているのだ。

 

『そ、そんな……』

 

その事実に一番衝撃を受けていたのは、やはりというべきなのか簪ちゃんだった。

更識と山田先生は代表候補であり、どちらも覚悟という物がすでにできあがっている。

一夏や篠ノ之は一般学生だが、二人には実戦の経験がある。

だが、彼女だけは唯一実戦を経験していない。

戦闘に対する覚悟は備わっていなくても不思議はない。

それに、強がっていても簪ちゃんはあまり気が強い方ではない。

そんな彼女がこの事実に耐えられるわけがない!

そしてそれを明確に察したのか、フレイヤが簪ちゃんへと砲口を向ける。

 

『簪! 動け!』

 

一夏が体を起こしながら懸命に声を張り上げるが、その程度で動けたら苦労はしない。

その姿を見た瞬間に……俺は動いていた。

 

させん!

 

己の体に宿った恐怖を押さえつけ、感情の手綱を必死になってたぐり寄せて、俺は簪ちゃんの前へと躍り出た。

 

『おにいちゃん!?』

『門国さん!?』

 

シールドエネルギーが満足に展開できないこの状況下で、放火に身をさらしたことで更識が声を上げた。

山田先生も同様に声を上げている。

だがそれでも、俺は簪ちゃんを捨て置くわけにはいかなかった。

 

うまく前腕部分に当てれば!

 

アーマーが強固な前腕部分でそれを受け止めようとする。

そして敵から放たれる、極熱の光。

どうなるかわからなかったが、それでも俺はいつものように構えてそれを迎撃する。

すると……

 

 

 

!!!!

 

 

 

!?

 

なんと敵のレーザーは俺の迎撃によって完全にはじかれていた。

当然のことだが、いくらISのアーマーとて、ここまで強固ではない。

対人、対戦車程度の攻撃ならばそれこそ問題なくはじけるだろうが、いま被弾したのはIS用に作られたレーザーだ。

それをはじくと言うことは普通ではあり得ない。

 

これは……

 

そんな疑問が脳裏をよぎったとき……回答が守鉄より示された。

 

 

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、前羽命守発動]

 

 

 

前羽命守? 守鉄の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は確か封印されたはず……

 

臨海学校の『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』事件にて発動した、シールドエネルギーの積層展開。

これによってISの究極の防御がさらに強固へとなった能力だったが、体全身に展開しているシールドエネルギーを前腕部のみに展開するというあまりにも無謀な能力だったために、国際IS機関において封印処理が施されたはずなのだが……

 

 

 

いや、今はそんなことなどどうでもいい!

 

 

 

どうやら敵の阻害能力はあくまでも普通のシールドエネルギーの妨害のみで、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)には通用しないみたいだ。

この状況下にて……敵の攻撃が防げるというのは非常にありがたい。

おそらくだが、この場にてシールドエネルギーを無事展開できるのは俺のみだ。

ならば、俺が皆を護ればいい……。

 

俺にとって……これほどふさわしい役回りは存在しない!!!!

 

一夏。

篠ノ之さん。

簪ちゃん。

山田先生。

 

 

そして……俺が俺自身に誓いを立てた更識……。

 

 

 

この五人を……護ってみせる!!!!

 

 

 

 

 

 

己が信念と誇りに掛けて!!!!

 

 

 

 

 

 

あれは!?

 

敵から放たれたレーザーが簪ちゃんへと当たる直前に、簪ちゃんの前へと躍り出たお兄ちゃんが、敵の攻撃を物の見事にはじいていた。

敵にはシールドエネルギーを阻害する装置があると、織斑君が言っていた。

織斑君の白式だけがその妨害を受けているとは思えない。

そうなるとお兄ちゃんが敵の攻撃を防げたのは……

 

単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)!? でもあれは……

 

お兄ちゃんのあまりにも無謀な単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)

それは臨海学校の時に発動し、そしてその後初期化を受け付けなくて、封印処理を施されたはず。

なのにそれが発動していた。

 

『無事か!? 護!』

『あぁ、大事ない。簪ちゃんは大丈夫か?』

『は、はい……』

 

そう話している時も、敵は再度レーザーを使用するが、それもお兄ちゃんがはじき落とした。

それが意外だったのか、敵がわずかにも動揺したような気配を見せる。

 

『けど、護。どうして……』

『封印処理を施したはずなのに……どうして!?』

 

山田先生も、私と同様に驚きの声を上げている。

私は家の力を使って調べたから知っているけど、織斑君と箒ちゃん、簪ちゃんは知らないために、純粋に敵の攻撃を防いで驚いているみたいだった。

だけど私はそれどころじゃなかった。

 

このままじゃ!?

 

敵の妨害によってシールドエネルギーが正常に作動しないこの状況下で、お兄ちゃんだけは単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)のおかげで唯一敵の攻撃を防御できる。

けどそれは綱渡りといえるほど危うい物で……。

無理をしないでって言った。

けどこの状況下でお兄ちゃんは絶対に……

 

「おにい――」

『どうやら、俺の単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)なら敵の妨害は関係がないようだ』

 

私の言葉を遮るように、お兄ちゃんが口を紡ぐ。

そこから次に出てくる言葉は……考えるまでもなくって……。

 

 

 

『敵の攻撃は俺が防ぐ! 一夏、お前はその力のすべてを剣に注いで単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)の零落白夜で敵を倒せ!』

 

 

 

『だ、だけど!?』

 

箒ちゃん達からその単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)の能力を伝え聞いているのか、織斑君がお兄ちゃんの決断を渋っていた。

だけどお兄ちゃんはそれを一喝する。

 

『さっさと倒さねばどうなるかわからない! 仲間の死が見たいのか!?』

『!?』

 

死人が出るかもしれない。

確かにシールドエネルギーを妨害されてしまうというのは脅威だ。

完全に妨害されているわけではない見たいけど、高出力の攻撃が喰らってしまった場合はどうなるかわからない。

それは敵の攻撃を喰らった織斑君が一番わかっていた。

 

『臆するな! 敵の攻撃はすべて俺が防ぐ! だから一夏! お前は俺と己の剣となって敵を討て!』

『……わかった!』

 

お兄ちゃんの言葉に深くうなずく織斑君。

そのとき……ちらりとお兄ちゃんが私の方を向いたのがわかった。

そして何を言っているのかも……。

 

 

 

……すまない

 

 

 

何を謝っているのかわかった。

だけどそれを責めたくても……責められなかった。

だって……それが一番正しい選択だから。

 

この状況では……!!!!

 

ギリッと歯を食いしばる。

最大の攻撃をもって数を減らすというのは、戦闘では当然だといっていい。

特に今の状況ならなおさらだ。

防御を防がれてしまっては、どうしても回避を優先せざるを得ない。

そうなると攻撃がどうしても薄くなってしまう。

けどそれは相手にとっては思うつぼで……。

時間を稼いで援軍を期待するのも……却下だった。

いつくるかわからないし、長時間の戦闘ともなると集中力が続かないかもしれない。

そのときに敵の攻撃が直撃してしまうと……。

 

……どうしてこんな!?

 

私個人としては無理をしてほしくない。

だけど、生徒会長としてはそれを言うわけにはいかなくって……。

 

シールドエネルギーさえ展開できれば圧倒的に有利な状況だというのに……

 

たったその一つの事実で、私は歯がみするほどの悔しさをかみしめた……

 

 

 

 

 




敵の攻撃は俺が防ぐ! 一夏、お前はその力のすべてを剣に注いで単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)の零落白夜で敵を倒せ!

↓Before

俺がお前の楯となる! 一夏、お前は俺の剣となって敵を倒せ!


↑完全に闇のイージスだよwww


はいどうも~刀馬鹿であります~
いやぁ休日って良いね~
朝寝坊は最高だわ……
だが本棚をどうにかしないといけないんだよね~
主にもう本つ~か漫画とラノベの置き場所がないんだよ~汗汗
部屋に置き場所もないし……
ロフトベッドをどうするか検討中……

もしもお使いの方は使い心地を教えてくれたらうれしいです……
主に寝っ転がったときの天井までの高さとか、背丈にもよるだろうけど起き上がっても頭打たないとか……
あ、あとぎしぎしいう言わないとか!

よろしくお願いします!



ちなみに一応来週にもあげる予定です
月夜~は……ごめん、もうちょっとまって!!!


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戦闘

『お兄ちゃんと織斑君がタッグを組んで敵フレイヤタイプ1に攻撃を敢行。その間残った四人は残り二機の足止めを行います。ただし回避が最優先。無理だけは絶対にしないこと』

 

更識のこの言葉を元に、俺たちは行動を開始する。

まずおれと一夏が並んで敵フレイヤ型1へと攻撃を行う。

シールドエネルギーの積層展開を、以前と同じように手首から先に展開しているので、レッドバレットは一度しまっている。

 

「行くぞ一夏!」

「あぁ!」

 

縦列に並び、俺と一夏はフレイヤタイプ1へと突進する。

それを見て、敵は後退しながら左腕に搭載されているレーザーを連発で放ってくる。

俺はそれをことごとく、前羽命手の積層展開ではじいた。

そして敵へと接敵し、俺はブレードを展開し振り上げた。

 

「おぉぉぉぉぉ!!!!」

 

振り下ろされたそのブレードを、敵がその広大なエネルギーシールドにて防御する。

しかしそれは問題ではない。

こちらの本命は……

 

「一夏!」

「おう!」

 

俺の後ろより一夏が敵へと斬りかかる。

すでに展開装甲によって発動している零落白夜が敵へと迫るが……

 

フワッ

 

それを敵は、人間では不可能な機動で回避する。

無人機ということはわかっているのだが、そのあまりにも人間離れした機動は気持ち悪いほどにすごかった。

だがそれに見とれているわけにも行かない。

敵がよけつつも、こちらに銃口を向けてきている。

 

「くっ!」

 

瞬時に一夏の前に躍り出て、俺は敵の攻撃をはじいた。

 

「すまない護」

「大丈夫だ。だが……」

 

速攻で片付けなければいけないと状況下の焦りが、こちらに余裕をなくさせる。

加えて言えば、俺はあまり三次元機動が得意ではない。

長期戦は出来ない。

しかし強敵相手に速攻というのは難しい。

 

どうする!?

 

 

 

 

 

 

まずいね……

 

わかっていたことだけど、相手があまりにも強い。

どこの誰が設計したのか知らないけど、この機体は相当に強い。

仮にこちらがシールドエネルギーの妨害を受けていなかったとしても、早々簡単には勝てない相手だというのは、機動を見ていればよくわかる。

 

『くっ! 一夏、まだ終わらないのか!?』

『わかってる! だけど箒、こいつ動きが……』

 

ゴーレム型の攻撃は、ほとんど動かずにその圧倒的な火力を持ってこちらへと攻撃を仕掛けてきている。

あまりに膨大な数の攻撃に、こちらは攻撃よりも回避に専念せざるを得なくて……。

一発でももらうわけにも行かないこの状況が、私たちを追い詰めていた。

もう一機のフレイヤ2には簪ちゃんと山田先生が対処しているけど、簪ちゃんがまだ恐怖がぬぐえていないのか、ほとんどダメージを与えていなかった。

 

長引けばそれだけ不利になってしまう……

 

この場には、私にとって大切な存在が二人もいる。

とくに一人の方は自分のことを全く顧みない人だから……。

お兄ちゃんの技量は信じているけど……でも、三次元機動を行っている以上、いつもより消耗は激しいはず。

 

「箒ちゃん……。お願いがあるの……」

『え?』

 

互いに敵の攻撃をよけながら、私は箒ちゃんに話しかけた。

命令ではなくお願いを言ったことで、驚いているのかもしれない。

箒ちゃんの驚く顔が横目に見えた。

 

「敵を壁際まで追い詰めて、体制を何とかして崩して。その瞬間に……切り札を使って一撃でしとめるわ」

 

それはミステリアス・レイディの奥の手。

これを使えば私もただじゃすまない。

だけど、そうでもしないとお兄ちゃんがまた無茶をしてしまう。

今でも十分無茶をしている。

でも……嫌な予感がしてしょうがないのだ。

今朝からずっと……。

 

 

 

だから……私が守らないと……

 

 

 

 

 

 

自分のことを全く考えないあの人を……。

 

 

 

 

 

 

「出来る?」

『……何とかしてみます!』

 

キッと目を細めて、箒ちゃんが敵へと突貫する。

それに追随し、私は敵の攻撃を封じるために蒼流旋に装備されているガトリングで敵を攻撃する。

 

ガガガガ!

 

ガトリングから放たれた弾丸すべてがその広大なシールドによってはじかれる。

これで敵が倒せるなんて思っていない。

一瞬でも敵の攻撃を阻害できれば……。

そしてその隙を……箒ちゃんが見逃すわけもない。

 

『はぁぁぁぁぁ!!!!』

 

裂帛の気合いとともに、手にした二刀のブレードを敵へとたたきつける。

展開装甲すら用いたその強烈な一撃は、無人機の相手を吹き飛ばすには十分な威力を秘めていた。

そしてその体制を崩した相手を逃すわけにはいかないので、私はすぐさまに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で、相手へと近寄り、蒼流旋を相手へと突き刺した。

 

……堅い!

 

敵の装甲は思ったよりも堅いのか、ナノマシンの力を用いて旋回している蒼流旋の一撃はほとんど刺さっていない。

そして突き刺した蒼流旋を抜こうともがく敵に対抗して、抜かせまいと私は力を入れる。

このままではせっかくのチャンスが無駄になってしまう。

だから私は早急に手を打った。

 

「箒ちゃん! 私の体を後ろから押して!」

「えっ!? は、はい!」

 

箒ちゃんにお願いをして私ごと敵を壁へとたたきつけようとする。

その私たちの動きは、もう一体のフレイヤタイプが襲いかかってくるけど……。

 

「行かさない!」

 

山田先生がレッドバレットを使用して、敵を遠ざけてくれる。

簪ちゃんも、少し恐れながらも、敵へと攻撃を仕掛けて牽制してくれている。

 

……あ~あ。どうしてこうなっちゃうかなぁ

 

正直……無事に終わると思っていなかった。

きっとまたどっかの誰かさんが、織斑君を狙ってやってくるって。

それは裏の情報でもわかっていたことだし、仮にそれがなくても安易に予想できた。

だけど……それでも私は普通に一回戦をしたかったのだ……。

 

 

 

簪ちゃんとの……一回戦を……

 

 

 

手遅れではないけれど……でも言葉で語って終わるほど簡単ではなくなっていて……

 

だからこの戦いで……互いに本気になって戦えば……

 

何かが変わると思った……

 

 

 

うぅん……。仮に変わらなかったとしても、絶対に何とかした……

 

 

 

けど現実はこんな状況で……

 

それどころか山田先生までいる始末……

 

ここで抜けてしまったら、きっとお兄ちゃんは傷つくし、差をつけられてしまうかもしれない……

 

だけど……これ以上お兄ちゃんにひどい目に遭ってほしくないから……

 

簪ちゃんを……速くこの恐怖から解放してあげたいから……

 

 

 

だから……

 

 

 

 

 

 

私は!!!!

 

 

 

 

 

 

行くよ……ミステリアス・レイディ!

 

 

 

 

 

 

自分の相棒へと……そう呼びかけるとともに、私は覚悟を決める。

 

 

 

「ミステリアス・レイディの最大火力……受けてみるといいわ……」

 

 

 

その言葉とともに、体を覆うように展開していた水がすべてが、蒼流旋へと集まっていく。

 

防御用に装甲表面を覆っているアクア・ナノマシンを一点へと集中して放つ……一撃必殺の大技……。

 

不吉な気配を感じてか、敵が大型のブレードで私を斬りつけて、何とか逃げようと試みるけど……私は意地でも相手を逃がさなかった。

 

「箒ちゃん、離れて……巻き込まれるわ」

「え?」

 

私を手伝ってくれた箒ちゃんが傷つかないように、虚を突いた瞬間に私はさらなる加速で箒ちゃんから離れる。

 

この子も妹みたいな物だから……

 

私と同じ悩みを持つこの子を守りたくて……

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で敵を壁へとたたきつけた。

 

 

 

そしてその瞬間に……引き金を引いた……

 

 

 

 

 

 

【ミストルテインの槍】発動……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!!!!!!

 

 

 

轟音がアリーナを駆け抜けて……

 

いけないと思いつつも……私はそちらへと目を向けて……

 

 

 

目を疑った……

 

 

 

……ぇ?

 

 

 

ゆっくりと……ゆっくりと……

 

それはまるで、スローモーションのように流れていて……

 

だからなのか……

 

それとも違うのかわからない……

 

 

 

……な……んで?

 

 

 

見覚えのある水色の装甲……

 

それは誰よりも嫌いな人が身にまとっていた物で……

 

そしてそれが見間違いでないことが……その後に続く動く物が証明してくれた……

 

ゆっくりと……

 

ゆったりと……

 

 

 

それが……

 

 

 

倒れていった……

 

水色とは違う、赤い何かを……

 

まき散らしながら……

 

 

 

……お姉ちゃん?

 

 

 

地面へと倒れたその人は……ぴくりとも動かなくて……

 

いつもの笑顔は浮かべていなくて……

 

その笑顔が嫌いだった……

 

何でも出来るお姉ちゃんの自信に満ちあふれたその笑みが……

 

だから、その笑みを浮かべてないことは……嬉しいことのはずなのに……

 

なのに……

 

どうして……

 

 

 

こんなにも……心をかきむしるんだろう……?

 

 

 

ぐにゃりと……視界がゆがんで見えた……

 

 

 

……どうして?

 

 

 

大嫌いだけれど……誰よりも尊敬してて……

 

私と違って何でも出来て……

 

私と違って優秀で……

 

私と違ってかっこよくて……

 

それなのに……

 

 

 

嘘……だよね?

 

 

 

口元に手を当てて、吐き気をこらえた……

 

恐怖はいつの間にか吹き飛んでいて……

 

そして私はそれを見た……

 

 

 

無人機故の無機質で無感情なそのフォルム。

 

 

 

華奢に見えるその体躯からあり得ないほどの力を出していて……

 

その体には異質な巨大な腕が……それとは反比例するかのように鋭い刃を持った腕が……

 

 

 

その存在すべてが……

 

 

 

 

 

 

■い!!!!

 

 

 

 

 

 

そう認識した瞬間に……私は相手へと突進していた。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

自分が出した物とは思えないほどの声量が、ほとばしった。

スラスターを最大出力で展開し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で相手へと詰め寄る。

ない交ぜになってしまった……胸の内に宿ったそれを乗せて、薙刀をたたきつける!

 

!!!!

 

だけどそれは敵によってあっさりと破壊されて……だけどそれで止まらなかった……。

 

「わぁぁぁぁっぁ!!!!」

 

何かをはき出すかのように……私はさらに荷電粒子砲を構えて、それをむちゃくちゃに打ち込んでいた。

たまらず相手が後退するのを追いかけて、それでも荷電粒子砲を連発した。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

何が何だかわからなかった。

見た物があまりにも信じられなかったから。

だからこれは夢……。

きっと夢で……。

だってそうじゃないとお姉ちゃんが……。

 

カチリ

 

そうして意識が暴走していた私を我に帰させる感触が、指先へと帰ってきた。

それは、荷電粒子砲の引き金で……。

 

……え?

 

何度引いても、それはむなしい感触を返してくるだけで……。

その感触が……これが夢ではないといっていた。

そして私へと迫る……敵のブレード……。

 

……ぁ

 

それを見ても、何とも思えなかった。

あまりにも無感情に襲ってくるそれを、認識できていなかった。

 

『やらせません!!!!』

 

そんな私を守るために、山田先生が、レッドバレットで敵を足止めしてくれる。

その足止めによって生まれた一瞬の時間を……白い騎士が飛来した。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

 

敵の背後から織斑君が、その剣をたたきつけた。

単一使用能力(ワンオフ・アビルティー)の零落白夜の渾身の一撃を食らってか、敵はそのまま吹き飛ばされてぴくりとも動かなくなった。

 

 

 

 

「大丈夫か簪!」

 

あまりにも無謀につっこんでいった簪を何とか救えることが出来て、俺は胸をなで下ろしていた。

荷電粒子砲のエネルギーが切れたことで冷静になったのか、

 

「あ、うん……。ありがとう」

「箒! 更識先輩は!?」

『……大丈夫だ。意識はないが命に別状はないみたいだ!』

 

倒れた更識先輩を介抱していた箒からのその言葉に、俺たちはほっとした。

けど……

 

『なるほど……それは好都合だ』

 

その言葉に驚いて、声の主の方を見る……。

けどそれは、この場において誰もが予想だにもしなかったやつで……。

 

「護!? お前……」

 

そう……そんな絶対に言うはずがないと思っていた護だったのだ。

 

『更識のおかげで敵が一体減り、そして今の一夏の攻撃で残りは一体。それに対してこちらは五人。十二分に勝機はある』

『『『『!?!?』』』』

『貴様、本気で言っているのか!?』

 

そばで看病した箒が激昂した。

だけどそれに対しても護は冷静だった。

 

『命に別状がないのならば、むしろ喜ぶべきだ。敵は一夏が狙いである可能性が高い。ならば行動不能になった人間を、敵は狙わないだろう。むしろ安全だ』

『……!!!!』

 

今の言葉に、簪が憎悪の目線を護へと向ける。

それを止めないといけないのだけど……俺にはあまりにも意外でびっくりだった。

 

……どうしたんだ護!?

 

許嫁って話もあるほどに親しい間柄の更識先輩に対して、どうしてそこまで冷たく出来るのか……。

普段だって、二人はとても固い絆で結ばれているように、仲がいいのに……。

 

 

 

『みなさん、落ち着いてください』

 

 

 

そんな不穏な空気を、一蹴する凜とした声が響く。

普段の言動……というか、おっとりした雰囲気が完全に吹き飛んでいる山田先生だった。

以前、セシリアと鈴と模擬戦を行ったときよりも、さらに冷静で真剣だった。

 

『門国さんの言うとおり……とまではいいませんが、こちらが有利なことに代わりはありません。すぐに残った一体を倒して、更識さんを医務室へと運ぶのを優先してください』

 

その言葉に、俺たちははっとした。

今は敵の妨害でアリーナの外へと出ることは出来ない。

早めに終わらせればそれだけ早く治療ができる。

 

……それがわかってたから冷静だったのか?

 

護の真意はわからないけど、でも山田先生の言うとおりだったから……。

 

『フォーメーションは先ほど同様で……門国さんの後ろに織斑君。私たち三人はそれのフォーローを。更識簪さんは、確かミサイルを積んでましたよね? それで牽制を。みんな決して無茶だけはしないでください!』

『『『『了解!』』』』

 

その言葉で俺たちは再び行動を開始する。

一国も速く更識先輩を救うために……。

 

行くぜ! 白式!!!!

 

 

 

 

 

 

……本当は一番心配なのに、無理をしてるんですね

 

私の指示に従ってそれぞれが動く中で、ちらりと私はそれとなく門国さんへと視線を投じる。

冷徹に、そして冷静に任務を全うしようとしている姿が……痛々しかった。

それに……右手を強く握りしめているのがわかったから。

確かに、ISで確認した限りでは命に別状はないと思う。

 

だけどそれだけで……ここまで冷徹になれるのだろうか?

 

不思議に思った私は、敵が攻撃してこないことをいいことに、門国さんを見た。

 

『かど……』

 

そのとき……少しだけ唇がうごいているのが見えた。

それは残念ながらわからなかったけど……けど、悲しみに耐えていることだけはよくわかったから……。

それだけではなく、先ほどの爆発を鑑みれば更識さんの体もあまりよい状態とはいえないはず。

一刻も早く敵を倒さなければいけない。

教師として……

 

そして一人の人間として……

 

『無茶をする可能性がある』

 

その織斑先生の言葉は、悲しいことに現実へとなってしまった。

この状況では、門国さんが無理をしてしまう可能性が非常に高い。

それこそ自分の体が傷つくのをいとわずに、何とか事態を収拾しようとするかもしれない。

 

……そんなことさせない!

 

それを防ぐために私は今ここにいる。

この人に対する想いがどういった物なんかまだ私にも明確には掴めていない。

だけど、幾度もお世話になったこの人のことが心配だし、すごく気になっている……。

 

 

 

恋をしている……そう言っていいと思う……

 

 

 

今まで女子校育ちで男の人とほとんどふれあったことがなかったって言うのも大きいと思う。

だけど、それだけじゃないっていえるから……。

 

言ってみたい……

 

言ってあげたい……

 

 

 

私のこの気持ちを……

 

 

 

どんな反応が返ってくるのかわからない……

 

ひょっとしたら嫌われてしまうかもしれない……

 

それ以前に……ふれることすらも出来ないかもしれない……

 

 

 

あんな辛い記憶を背負っていたなんて……

 

 

 

『兵器を扱っている自覚が希薄すぎる……』

 

 

 

以前門国さんが言っていた言葉……

 

命という物がどれだけもろいのかということを知っているからそんな言葉が出たんだと思う……

 

そしてそれによって苦しめられてきた人……

 

その傷を埋めてあげることが……癒してあげることが出来るのかはわからない……

 

母性本能をくすぐるような……彼の存在……

 

年下の小さな男の子を見守ってあげたいと……

 

時には守ってあげたいと……

 

 

 

救って……あげたい……

 

 

 

そんな気持ちを抱いている……

 

 

 

 

だからほっとけない……

 

ほうっておけるわけがない……

 

 

 

あんなにも傷つき、泣くことすらも我慢している……

 

 

 

 

 

 

そんな(子供)を……

 

 

 

 

 

 

だから……私はここにいる……

 

 

 

今再び、私は自分の役割を再確認した。

だから……この戦いを終わらせて、そして彼を救うんだ……。

 

 

 

いろいろと助けてくれて……命を救ってくれた……

 

 

 

年下の男の子を……

 

 

 

 

 

 

『おぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

唸りを上げて迫る絶倒の剣を、それはその巨躯に見合わぬ動きで回避する。

さらに双刃の刀がそれへと迫るが、それは巨大なエネルギーシールドを展開して防いでいた。

 

『なっ!?』

 

それに驚き、箒が悲鳴を上げたときには、それは行動をしていた。

 

『ぐっ!?』

 

振られたその巨大な腕が箒の前腕へと突き刺さり、その衝撃が箒の体を揺さぶった。

そしてそれと同時に吹き飛ばされる。

 

『箒ぃぃぃ!!!!』

 

一夏の悲鳴にも似た絶叫がアリーナを木霊する。

その一瞬の隙を見逃さず、巨大な腕を振りかざし、先端より巨大な熱戦をはき出した。

 

『させん!!!!』

 

一瞬にて迫るそれを、護が積層展開したシールドエネルギーではじき飛ばす。

攻撃後のその隙を、二体の機影が迫った。

 

『はっ!』

 

後方より接近した真耶がそれに向かって銃口からいくつもの弾丸をはき出した。

しかしそれも巨大なエネルギーシールドで防ぐ。

 

『やぁぁぁぁぁ!!!!』

 

それを切り裂くかのように、簪が展開した薙刀を振りかぶって、怒りをぶつけるかのように勢いよくたたきつける。

だがそれすらも、そのエネルギーシールドの前には無意味だった。

防がれたそのエネルギーシールドの先から、敵が何か行動を起こそうとしたのをみて、簪の顔に恐怖が刻まれる。

それが発射される前に、護が簪の前へと躍り出ていた。

移動のエネルギーすらも乗せた、そのブレードをたたきつけた。

 

『おぉぉぉぉぉ!!!!』

 

カウンターではなく、自ら攻めたその行動は、あまりにも荒々しかった。

だが立て続けの全力の攻撃に敵も少しひるんだのか、後方へと回避した。

全員が全員……疲労のピークへと達し掛けていた。

 

……きつい

 

己の限界が近いことを、護は己でよく理解していた。

二次元機動ではなく、三次元機動を行わざるをえないこの状況。

さらには紛れもない実戦という事実が、軍人でもある護からも、じわじわと体力を奪っていった。

護にとって死はそれほど恐ろしい物ではない。

だがそれ以上に恐ろしいことが起こりえる……起きてしまう可能性が高い。

それが何よりも護の疲弊を招いている……。

 

このままでは……

 

 

 

全滅してしまう……

 

 

 

全員の脳裏によぎったその最悪の事態は……まるでそれがカウントダウンの合図であったかのように……

 

カチリ

 

カチリ

 

と……

 

動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

「う~ん、予想よりもおもしろくないなぁ~」

 

薄暗い部屋にて、そんな声が響いた。

光源はその声を発した人物の前のモニタのみだった。

その光に照らされた表情は、落胆という物をまさに体現した……というほどにがっかりした表情だった。

モニターに映し出されているのは、IS学園に奇襲してきた所属不明のISの内の三体、一夏と護がいるアリーナの映像だった。

映像を見ればそれが、巨躯のISの視点だと言うことがわかった。

その映像を見ているのは、奇襲させたISを製造し、学園へと送り込んだ張本人、篠ノ之束だった。

 

「この不思議な固まり君なら、私の理想の形の一つに近いと思ったんだけどな~。見込み違いだったかな? まぁ箒ちゃんでもちーちゃんでもいっくんでもないからどうでもいいんだけど」

 

それでも、その表情には確かな期待の感情が見え隠れしていた。

稀代の発明家といっても過言ではない、篠ノ之束がいう理想。

彼女自身にとって、地球という入れ物はあまりにも小さかったのだ。

だからこそ彼女は入れ物の外……宇宙に憧れた。

ISを開発しようと思ったのは、それが起因していた。

だがそれを開発し、世界へと解放したことによって幸か不幸か……外だけではなく、内にも興味がわいてしまった。

彼女の知的好奇心を刺激する物……それらは彼女にとって非常に貴重といって良かった。

篠ノ之箒、織斑千冬、織斑一夏……この三人だけはある意味で一線を画しているが、それでも彼女にとってこの三人がもっとも興味の対象だったと言っていい。

そこに現れ、そして彼女のわからないことを行い、さらには彼女にとってのもう一つ思い描いた姿を体現しようとしている……と束は思っている……男は非常に興味があったのだ。

 

それこそ、一種の治外法権区といってもいいほどのばしょである、IS学園に戦力を投入するほどに。

 

彼女にとってISに属することで不可能はないといっていい。

 

だが不可能ではないだけであって、実現が容易でない物も存在する。

 

それを実現しようとしている男がいたのだ……。

 

だからこそ束は、少なくない危険を犯してISを学園へと送り込んだのだ。

 

 

 

だから……

 

 

 

 

 

 

「見せてくれないと……困るなぁ……」

 

 

 

 

 

 

そばにその笑みを見る者がいれば、ぞくりと……身震いしてしまうほどに邪悪な笑みを浮かべた。

邪悪な笑みといっても、表情そのものは笑顔だった。

だがその笑顔からにじみ出ていた邪悪な感情は……実に恐ろしい物だった……。

その笑顔を浮かべるその視線は、画面の一点へと……真っ黒な装甲を身に纏った人物へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




わ~い
来週もっとも書きたかった話があげられる!



お楽しみに~♪


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きらめき

あの日……

 

私はその人と出会った……

 

 

 

『動け!』

 

 

 

そう叫んで私へと触れたその人の手が、ひどく震えていたことを覚えている……

 

私たちを大事に扱ってくれたその人は……

 

 

 

ひどく曖昧だった……

 

 

 

人を守ろうとしているのに……

 

自分の命を危機にさらそうとしているのに……

 

 

 

その人は己のことをまるで考えていなかった……

 

 

 

今まで私を扱っていた人たちは誰もが傲慢だった……

 

でもそれが当たり前だと思っていた……

 

そんな人としか、触れてこなかったから……

 

 

 

混乱したその状況下で、その奥底の恐怖と絶望を隠しながらも動き……

 

 

 

そして己のことを顧みずに……

 

 

 

ただ他者のために動こうとした彼が……

 

 

 

歪ながらも……

 

 

 

 

 

 

とても美しいと……私は思ったのだ……

 

 

 

 

 

 

だから……

 

 

 

 

 

 

私は……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

時間が経過していくのにつれて……疲労の度合いが大きくなっていく。

正直、未だ意識を失わないのが不思議なくらいだった。

 

……まずい

 

時間、そして三次元機動によって麻痺してきた三半規管の影響で、疲労の度合いが倍加している。

また精神も恐ろしいほどに研ぎ澄ましているので、精神の疲労も激しい。

とてもではないが、もうそろそろ限界だ。

自衛官として精一杯の虚栄を張っている……そう言っても差し支えないほどだ。

それは俺だけでなく、他の人もそうだ。

 

……簪ちゃんも危ない

 

更識がやられたことで憎悪によって盛り返した意識が再び沈下してきた。

またエネルギーの残量も、皆残り少ない。

絢爛武闘によって無限供給が可能と言っていい篠ノ之のさんも、疲労によって集中力がとぎれかかっている。

 

……山田先生と俺だけか

 

山田先生はさすが元候補生ということか、焦りこそ見せているものの集中力は全く問題なさそうだった。

だが、それでも本物の戦闘というのは初めてなのか、疲労は他と大差がなさそうだった。

 

……本物の戦闘経験があるのはそういないか

 

一夏と篠ノ之さんも先日の臨海学校で本当の戦闘を行っているが、いかんせん一度だけな上に精神もまだ幼いと言っていい。

ここはやはり何とか俺が踏ん張らないといけない。

 

自衛官(・・・)として……俺が

 

「一夏……エネルギー残量は?」

 

敵の攻撃をよけつつ、もしくは弾きつつ、俺は一夏へとそう問いかける。

この中でももっとも攻撃力があるのは間違いなく一夏だ。

だが白式はあまりにも燃費が悪いために、すでにエネルギーが枯渇しかかっている可能性がある。

俺は単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)のおかげなのか、まだ余裕がある。

 

『あと一回……零落白夜が使えるかどうかって感じだ……』

 

それだけ残っているだけでも僥倖……といえた。

 

一撃で仕留められるかはわからないが……

 

これ以上長引かせるのは得策ではない。

死人が出てしまうのだけは避けなければならない。

ならば、その一撃に賭けてみるしかない……。

紅椿から絢爛武闘でエネルギー供給が出来れば一番よかったが、さすがに止まった二人を守れるとは思えない。

 

「ならばそれに賭けよう。一夏、次が最後のチャンスだと思って、剣を振るえ」

『!?』

 

砲火をよけつつ、俺は一夏の前へと陣取り、いつでも突進できる状態にする。

無理強いは出来ないが、だがこれしか方法がない。

零落白夜で動きが鈍ったところで他の人間の全火力一斉射撃……。

だいぶ時間が経っていることを鑑みれば、それで敵が沈む可能性は決してゼロじゃない。

 

「……どうする?」

『……わかった!』

「他の方は一夏の攻撃が命中し動きが止まった瞬間に集中砲火。これでしとめます」

『で、ですが!?』

 

山田先生が俺の言葉に反論しようとしたが……俺はあえてそれを無視した。

その声に疲労が混じっているのがわかったからだ。

 

 

 

更識を守れなかった……

 

誓いを忘れていた……

 

それだけでなく、六花を傷つけた俺が言うべきではないかもしれない……

 

だけど……

 

俺はこの人のことも守りたいと……思ったのだ……

 

俺に優しくしてくれた……幼く見えるけれども、優しいこの女性を……

 

 

 

「行くぞ!」

『……あぁ!!!!』

 

最後の一撃、それが一夏を不安がらせたのかもしれないが、しかしそれでも気丈にも一夏は吼えた。

気負いでも、やけくそでもない……明確な意志の込められたその声と、背後から伝わるその気迫を信じて、俺は敵へと突貫した。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

命を燃やすほどの勢いと気迫で、俺は敵へと近寄っていく。

その間に迫り来る敵の攻撃はそのすべてを打ち払った。

他のみんなも、それをフォローしてくれたのでどうにか敵へと接敵できたが、そこで敵が予想外にも今までとは比較にならないほどの速度で一夏の攻撃を……最後の零落白夜を避けた。

 

『なっ!?』

 

鈍重と見え、そしてそれに違わぬホバー移動のみでこちらに攻撃をすべて回避していたゴーレムが急に宙返りで回避したのだ、全員が等しく驚愕した。

そしてその驚愕が隙となって……こちらに猛威を振るう。

まず一夏の技後硬直に、その宙返りから一夏を踏みつぶすようにして着地した。

 

『っ!?』

 

決して軽くはないであろうその攻撃は、一夏の意識を刈り取るには十分すぎる威力を秘めていて、一夏は地面にうずくまった。

気を失ってはいなさそうだが、どう見ても軽いと思えない敵が乗ったのだ。

おそらく行動は不能だろう。

それだけにとどまらず、全砲門から、こちらへと照準を向けた。

 

……全砲門からの一斉砲撃!?

 

敵の砲門の数はいくつかわからないが、それでも俺の両の手で防ぐことはかなわない。

それも……数が俺だけならばどうにかなったかもしれないが、標的は……最低でも四人……

 

 

 

――っ!!!!

 

 

 

標的が四ついる。

そう理解した瞬間に俺は敵へと突貫した。

確証があったわけではない。

だがそれでも……俺は行かねばならなかった。

更識を守れず、一夏も守れなかった。

だけど……それで止まるわけにはいかないから。

ブレードを構えて俺は敵へと突貫する。

敵が攻撃を開始する前にそれを止めるか、もしくは俺へと向けさせるための囮の行動。

それを見切っていたのか、敵は砲門を全部一斉に俺へと向けた。

 

フェイント!?

 

周りのすべてを攻撃すると見せかけてのフェイントに、まんまと引っかかってしまった。

一夏がやられたことと、周りの人間が更に傷ついてしまうことで焦ってしまったのを悟られたのか……。

そう考え焦る俺に迫る……幾筋もの光線。

 

ちっ!?

 

ブレードを楯に、そして両手を使用してどうにかその砲火を退けた、その俺の後頭部に……衝撃が走った……。

 

!!!!

 

「がっ!?」

 

すさまじいほどの衝撃が……だが決して一撃で死ぬような物ではない打撃。

ゴーレムが光線を防いでいる間に、瞬時加速で俺の背後へと忍び寄っていたのだ。

そしてその巨腕の打撃が、俺の意識を刈り取らんと振るわれたのだ。

それでもとっさに防いだ右腕の装甲が粉々に吹き飛び、俺の生身の手を晒した。

おそらく限界に来ていたのだろう。

 

 

 

揺れている意識の中で……俺には疑問が渦巻いていた。

 

何故、敵が奇襲と同時にこちらを攻撃してこなかったのか?

 

何故、前回襲撃にて使用してきた物の明確な発展型の機体と同時に、改良しただけと思われるISが同時に投入してきたのか?

 

 

 

そして何故……シールドエネルギーが発動しないという圧倒的に有利な状況の中で、こちらを殺そうとしなかったのか?

 

 

 

様々な疑問が襲ったが、俺の意識はもうろうとかすんでいき、意識が朦朧とした。

必死になって意識だけをどうにかつなぎ止めるのが精一杯だった。

 

 

 

門となり、我が身を持って盾となる……

 

 

 

先日そう口にした。

その覚悟もあったはずだった。

だが現実の俺はすでに戦闘不能一歩で……。

 

誓いを忘れて六花を傷つけて……

 

さらには護るべき者すらも護れないというのか……

 

 

 

俺は……

 

 

 

 

 

 

なっ!?

 

門国さんがやられた。

それが致命的にまずい状況を招いてしまった。

こちらの最強の戦力である織斑君の零落白夜。

そして唯一シールドエネルギーを局部的にとはいえ使用できる門国さん。

敵も疲弊はしているとは思うけど、それでもこちらも疲弊している中で、この二人が完全に脱落しないまでも、戦闘不能という事実はかなりまずい事実だった。

 

「一夏!?」

「織斑君……」

 

残ったのは私と、篠ノ之さんと、更識簪さん。

攻撃力という意味では篠ノ之さんの紅椿は十分にすごいし、単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)のおかげでエネルギーには問題ないだろうけど、それを使用している人間は十分に疲弊している。

それは私も例外じゃなかった。

 

どうすれば!?

 

「あ……ぅ……」

 

篠ノ之さんはまだかろうじて戦意を維持できているけど、更識簪さんは見るからに戦意を消失してしまっている。

お姉さんがやられてしまっても、何とか持ちこたえていた心が織斑君と門国さんが倒れたことでとぎれかかっている。

このままではいけないと思いつつも、私には何もすることが出来そうになかった。

 

レッドバレットも弾切れ……このままじゃ!?

 

門国さんを守るために護衛のタッグマッチとしてこの場にいるというのに、私は未だ何も出来ていない。

だけど私は先生だから……生徒を助けるために尽力しなければならない。

門国さんが守ろうとした人たち……。

せめてこの二人だけでも無事に生還させなければいけない。

 

門国さんみたいに出来るわけがないけど、それでもやらないで諦めるわけにはいかないから!

 

弾切れのレッドバレットをしまい、壊れてしまった物理シールドを新しい物へと交換した。

そして装備していた唯一と言っていい防御することの出来る武器、|灰色の鱗殻〈グレー・スケール〉を装備した。

パイルバンカーとシールドが一体化したこの武器で……守ってみせる。

 

これと物理シールドでどこまで出来るかわからない……だけど……!

 

「更識さん! しっかりしてください! 私が何とかカバーしますから私の背後から離れないで! 篠ノ之さんは攻撃するのを中止して防御と回避に徹してください! 援軍がくるまで、何とかしのいでください!」

 

私のこの言葉で何とか復活してくれたけど、更識簪さんは耳にも入っていないのか全く反応がない。

その恰好の的である人を敵が見逃すわけもなく……砲口が更識さんへと向けられる。

 

させない!!!!

 

敵から放たれた無数の砲火……。

それを何とか防ごうとするのだけど……シールドエネルギーが発動しないというその恐怖が、一瞬体を縛った。

だけど……それでも動かないわけにはいかないから、私は必死になって体を前へと動かした……。

 

守ってみせる! 私の生徒を!!!!

 

先生として、教師として……私は生徒を守るために行動した。

だけど……その思いに私の技量は付いてこれなくて……。

シールドはすぐに破られ、|灰色の鱗殻〈グレー・スケール〉も破壊された。

それでも私は決して生徒を見捨てることはしない。

けど……

 

ズン!

 

ほとんど地上といっていい高度にいた私と簪さんの前へと、敵が近寄ってきて……。

私は必死に恐怖を押さえつけていた。

だけど……

 

ブォン!

 

振るわれたその打撃を両手で受け止めたけど……それはシールドエネルギーが発動していない状態ではとてもではないけど受け止めきれず、私は壁まで吹き飛ばされてしまった。

 

「――ぁ」

 

どうにか意識を失わずにすんだけど、もう動けそうにないほどの激痛が私を襲っている。

 

 

 

動いて!!!!

 

 

 

必死になって体に力を込めても、体はそれに答えてはくれなかった。

生徒を守るためにこの場にいるというのに……このままではみんなが危ない目に遭ってしまうかもしれない……。

それなのに……私は立ち上がることすらも出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 

山田先生までもが!?

 

敵の攻撃を必死に防いでいた山田先生も、敵の腕が振るわれたハンマーすらも超えるであろう打撃で意識を失ってしまった。

倒れてしまった四人、全員が生きていること、一夏と門国さんは意識まで失っていないことは紅椿のセンサーで確認できる。

ほっとすると同時に怒りが荒れ狂い、そしてそれと同じくらいに疑問が生じた。

 

何故敵は……こちらを殺さなかったんだ?

 

敵の目的は一夏の捕獲。

ならば一夏を殺さないのは当然にしても何故他の人間を殺さなかったのか?

シールドエネルギーの発動を阻害するという、常識では考えられないような装備を携えてきたのだ。

こちらを殺そうと思えば容易に殺せたはず。

 

門国さんの単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)が予想外だったとはいえ、何故?

 

だがそれを考えている訳にはいかなかった。

今敵の眼前には、怯えきってしまった更識がいる。

 

えぇい!

 

突然一夏がパートナー申請すると言い出した女の子。

それがどういう理由なのかは……更識という性別からなんとなく察することが出来た。

専用のISを門国さんが整備していたということを聞いて、理解はした。

だからこそ、一夏と真剣に戦える機会が生まれたし、一夏がいることで門国さんに私の覚悟を見せることが出来たのも事実だ。

 

だがそれでも嫉妬しないと言えば嘘になる……

 

一夏を、そして門国さんに認めさせることが私の目的だ。

そして願わくば……更識先輩が、仲直りしてほしいとも思った。

 

 

 

『きっと、あなたのお姉さんはあなたを大切に思ってくれているから……』

 

 

 

本当にそうなのだろうか?

 

姉さんがISを開発してしまったから、一家は離散し、私は政府に保護されて転々と居住を変えるような生活を強いられてしまった。

 

さらに姉さんが何の相談もなく失踪すると、政府から監視と聴取を繰り返しされて、それがいやだった。

 

何故何も相談してくれなかったのか?

 

何故家族に一言も言わずに失踪してしまったのか?

 

そんな疑問と転々とする生活、監視と聴取が、私の心をかきむしった。

 

だけど、私のわがままでしかないのに今身につけている紅椿を用意してくれた。

 

そして更識先輩の言葉……

 

 

 

『だから……怖がらないで……』

 

 

 

妹を持つ、姉からの言葉……

 

私とは事情がだいぶ違うけど……それでもその言葉を聞いて、私も信じてみたくなった……

 

 

 

話をしてみたくなったのだ……

 

 

 

以前のようにただお願いをするだけじゃないから、きっと電話するのもすごく躊躇してしまうだろう……

 

だけど、それでも話をしてみたくなった……

 

だから、この戦いで門国さんを見返して、それで勢いに乗って電話をしたいと思った……

 

確かに私はISを軽く扱っていたのかもしれない……

 

門国さんのように、本当に命を危機にさらしたことはないのかもしれない……

 

だけどそれだけですべてを否定されるわけにはいかないから……

 

 

 

あの人に勝ちたい!

 

 

 

あらゆる意味で上を行くあの年上の男の人を超えたい……

 

同じ武芸者として……

 

私を否定した人間に勝ちたい……

 

認めさせてみせる……

 

 

 

この力は、決して人を傷つけるために身につけた物ではないということを!!!!

 

 

 

それを証明するのに、これ以上ないほどの舞台が今だった……

 

だから私は……

 

 

 

「更識!」

 

 

 

友人でもなければ知り合いでもない人物をどう呼べばいいのかわからなかったが、とっさに名字を呼び捨てにして更識簪の前へと躍り出て……驚愕に目を見開いた。

なんと敵から二機のビットが飛び出してこちらへと向かってきたのだ。

 

そんな装備まで!?

 

どう見立てても、このISは前回一夏と鈴の戦闘中に乱入してきた機体の改良型。

故にこの機体は以前と同じような装備しか積んでいないのかと思った。

しかしそれは誤りで、最後に残ったこの敵にも、ビットが搭載されていたのだ。

それが飛来し……私の手前で止まると、すさまじいほどの電撃が私の体を襲った。

 

「っ!?」

 

声さえも上げられずに、私の意識は一瞬にして刈り取られてしまった。

ここまできて、結局私は何も出来ずに……何も成し遂げられずに……。

 

 

 

たった一人だけ、最初に脱落してしまった……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ごめんね~箒ちゃん。箒ちゃんを傷つけるわけにも行かないから、ちょっと離脱しててね~」

 

そのためだけに装備させたビット兵器が、首尾良く箒を気絶させたのを見て、束はそうつぶやいた。

唯一にして絶対の条件が、箒を無傷にすることだったのだが、それはたった今達成された。

それにより、もうためらうこともなくなったが……現時点でほとんど目的を達成しているといって良かった。

最後の仕上げがまだ残っているのだが……現時点での戦果としてははっきりと言って拍子抜け、期待はずれもいいところだった。

 

「結局私の過大評価だったかぁ……。残念だねぇ」

 

切り替えが速いと言うべきなのか?

その言葉を口にした瞬間に、束から綺麗に先ほどまで抱いていた期待と未練が綺麗さっぱりに消える。

今回で成果を得るのは完全に諦めたのだ。

 

「しょ~がないよね~。切り刻んで解剖してみよっと♪」

 

いっていることは物騒この上ないというのに、いっている当の本人は全くそれを危ないことだと思わず、むしろ解剖して自分でそれを解き明かすと言うことに、興奮していた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぁ……ぅ……」

 

目の前で倒れていく、篠ノ之さん。

残っていた最後の一人がやられてしまって、私はもはや動くどころか、息をするのも困難になるほどに、恐怖した。

 

こ……こないで……

 

声を絞り出すことすらも出来なくて……私はただ震えていることしかできなくて。

周りに視線を巡らせるけど、そこには動ける人は誰もいなかった。

 

山田先生も……

 

門国さんも……

 

篠ノ之さんも……

 

織斑君も……

 

 

 

お姉ちゃんすらも……

 

 

 

動くことが出来なかった。

この状況になって……自分だけが動けるというのに、逃げることも、仇をとることも出来ず、ただじっと突っ立っているだけの自分が情けなくて……

 

 

 

そんな自分が……嫌で仕方がなかった……

 

 

 

私なんて……結局……

 

 

 

何も出来ない

 

何もすることが出来ない

 

頑張って打鉄弐式を完成させれば、お姉ちゃんに近づけると思った

 

何をとっても完璧で

 

同じ姉妹とは思えないほどに優秀な姉に少しでも近づきたかった

 

私とお姉ちゃんじゃ、勝負にすらならないのはわかってる

 

だけど、お姉ちゃんが大好きだったから

 

ただ離されていくだけじゃなくて、追いつきたかったから

 

隣に並べなくてもいい

 

せめて同じ物が見たかった

 

同じ場所で

 

 

 

だけど現実はこんなので

 

私は結局何も出来ずにただ突っ立っていることしかできなかった

 

そうして無防備に突っ立っている私に、敵がゆっくりと近づいてくる

 

織斑君や山田先生が何か言っている気がするけど、何も聞こえない

 

わからない

 

 

 

わかるのはただ、怖くて何もできない……顔を上げることすらも出来ない役立たずな自分で……

 

 

 

ごめんなさい……

 

 

 

それしか頭に浮かばなかった

 

私がもっとうまく出来ていれば

 

私にもっと勇気があれば

 

 

 

私がもっと……すごければ……

 

 

 

私の前に立ったゴーレムが腕を振り上げた。

するとその巨大な指からブレードが飛び出して、それを振り上げた。

 

 

 

あぁ……死ぬんだ……

 

 

 

何の感慨もなく、ただそう思った

 

私にそれを防ぐ術はあって、回避することが出来るくらいにエネルギーがあった

 

だけど動けなかった

 

何もかもがどうでも良くなって

 

何の価値もない人生で

 

つまらない時間だった

 

けど最初の方と最後の方

 

お姉ちゃんと仲が良かった頃と、織斑君との時間だけが楽しかった

 

 

 

それを失ってしまうのは残念だな……

 

 

 

そう思って目を閉じようとした私の視界の端から、何かが私に近づいてくるのがわかった

 

 

 

でもそれは……その人は動けるはずがないのに……

 

だけど事実としてその人は動いて私へと向かってきていた……

 

それが信じがたくて、思わずその人へと視線を投じた……

 

その先には……体中に傷を作って、あちこちの装甲が壊れてしまっているミステリアス・レイディを纏った……

 

 

 

お姉ちゃんだった……

 

 

 

すごい爆発の爆心地にいたお姉ちゃん……

 

死んでも不思議じゃないほどの衝撃で気を失っているはずのに……

 

 

 

……どうして?

 

 

 

その回答は与えられず、お姉ちゃんはただただ必死になって飛んできて……

 

 

 

 

 

 

私を抱きしめてくれた……

 

 

 

 

 

 

私を護るように、庇うように……その身を私と敵の間に滑り込ませて……

 

 

 

力強く……

 

 

 

 

 

 

……な……んで?

 

 

 

 

 

 

訳がわからなかった……

 

だって私はダメな子で……

 

何でも出来るお姉ちゃんとは比べることも出来ないほどに役立たずで……

 

当主にもなって、生徒会長にもなって……

 

何でも出来るすごいお姉ちゃんが……

 

 

 

どうして?

 

 

 

そう疑問に思ったとき、気がついた……

 

私を抱きしめている体が、腕が……

 

 

 

 

 

 

震えてる……?

 

 

 

 

 

 

小さく震えていることに……

 

 

 

どうして震えているのかはとっさにわからなかった……

 

だけど、どうして震えているのかはわかった……

 

それは恐怖からくる震えであることが……

 

わかった……

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん……

 

 

 

 

 

 

それでわかった……わかってしまった……

 

何でも出来るお姉ちゃんも、怖がっている……

 

私にとって尊敬して大好きなお姉ちゃんが震えていた……

 

 

 

でも、その恐怖を押し殺してまで私を助けに来てくれたことが……わかって……

 

 

 

 

 

 

涙が出るほどに……嬉しかった……

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

震える唇でそうつぶやいた……

 

いや、もしかしたら空気をはき出しただけかもしれない……

 

それほどにか細い声だったと思う……

 

だけど……

 

 

 

ギュッ

 

 

 

それに応えてくれるように更に力を込めてくれた……

 

私もお姉ちゃんに腕を回そうとしたけど……

 

でもその前に敵の攻撃が迫っていて……

 

対ISに作られたその剣は、シールドエネルギーが発動しないこの状況では、人体などたやすく引き裂くだろう……

 

だから、私たちはここで死んでしまう……

 

私はもう別に良かった……

 

お姉ちゃんのことが、少しだけわかったから……

 

 

 

織斑君と、山田先生が、必死になって無理をしてこちらへと向かってくるのがわかった……

 

 

 

それに目もくれずに、敵はビットで二人を攻撃しようとしていて……

 

 

 

私はもう死んでもいい……

 

だけど、織斑君が、他の人が……お姉ちゃんが死んでしまうのはいやだ……

 

それになにより……

 

ただ、かすれただけの声しか、お姉ちゃんに返すことができなかったこと……

 

 

 

それだけが残念だった……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ただ必死だった……

 

簪ちゃんを助けたいと思って……

 

ただ、その思いだけで私は必死になって動いた……

 

私の思いを受け止めてくれて、ミステリアスレイディももはや強制解除されても不思議じゃないほどに傷ついているのに、動いてくれた……

 

何でさっきのミストルテインの槍の爆発で死ななかったのかはわからない……

 

でもそんなことは瑣末ごとだった……

 

 

 

だって……簪ちゃんを助けることが出来たから……

 

 

 

そして、今私の腕の中に簪ちゃんがいる……

 

かすれてほとんど聞き取れないほどに小さかったけど……

 

それでも呼んでくれた……

 

 

 

お姉ちゃんって……

 

 

 

それが嬉しくて……涙が出そうだった……

 

それに答えるために、私は力強く簪ちゃんを抱きしめた……

 

強く……

 

強く……

 

すれ違っていた時間を埋めるかのように……

 

だけど、それもすぐに終わってしまう……

 

敵の攻撃はすでに振り下ろされている……

 

頑張ってくれたミステリアスレイディだけど、シールド阻害装置もある上に、もう満身創痍だ……

 

おそらく私と簪ちゃんは二人して切り裂かれて死んでしまうだろう……

 

死んでしまうのは嫌だけど……

 

でもだからといって何もしないで簪ちゃんだけ死ぬのだけは……

 

いやだったから……

 

だから動いた……

 

そして簪ちゃんと少しは……以前のように戻れそうな兆しが見えた……

 

それが嬉しかったから……

 

だから別にいいかなって思った……

 

やり残したことも、やらなければいけないこともいっぱいあった……

 

だけど、それでも……これが私の終着点だというのなら……

 

 

 

受け止めてもいい……かな……

 

 

 

そう思った……

 

そのとき……

 

 

 

 

 

 

 

『……バカを言うな』

 

 

 

 

 

 

……ぇ?

 

 

 

聞こえるはずのない声が聞こえた……

 

そしてそれと同時に……

 

 

 

 

 

 

トンッ

 

 

 

 

 

 

そんな私たちを、何かが優しく押してくれて……

 

 

 

 

 

 

パパッ

 

 

 

 

 

 

私の背中に何か……生暖かい液体がかかった……

 

 

 

それはぬめっていて……

 

 

 

それと同時に、鉄の臭いが私の鼻に届いて……

 

 

 

とっさに振り向いたその先には……

 

 

 

 

 

 

 

「嫁入り前の娘が、あまり体に傷をつけるもんじゃない……」

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃんが……そこにいた……

 

 

 

私の頭を何度もなでてくれた……

 

 

 

優しく私に触れてくれた……

 

 

 

 

 

 

その右腕を落として……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

薄れていく意識の中……俺のかすかな感覚がとらえたその空気の震え……

 

動けないはずのあいつが、必死になって動いて、妹を護ろうとしていた……

 

篠ノ之さんも……

 

一夏も……

 

山田先生も……

 

動けなくなったこの状況で……

 

あいつは妹を救わんと、その命を賭けて……動いていた……

 

 

 

護るということ……

 

 

 

それは俺の最初の行動理念だった……

 

父に教わり、父に憧れ……

 

最初はそれが理由だった……

 

 

 

だがその後は?

 

 

 

俺がここまで……それこそ自分の命すらも投げ出して「護る」という行為を行うのは何故なのか?

 

自衛官だからか?

 

「門国」護だからか?

 

 

 

否……

 

 

 

それは一部であってすべてではない……

 

 

 

俺の原点は……

 

 

 

今となっては、遠い……果てしなく遠いと思える……

 

 

 

俺が誓ったあの日……

 

 

 

 

 

 

稽古でうまく出来ずに、隠れて裏で泣いていた、あの小さな女の子が……

 

 

 

 

 

 

心の底から綺麗と……

 

 

 

護ってあげたいと……

 

 

 

そう思ったから……

 

 

 

その日俺は……「護」は……

 

 

 

 

 

 

真に「門国護」となったのだ……

 

 

 

 

 

 

今まで忘れていたが……それでもそれを果たさない理由はない……

 

なら……俺が取る行為は決まっていた……

 

一夏と山田先生が、無理をして起き上がり、二人を救おうとしていた……

 

それをさせまいとする、敵のビット攻撃……

 

護るべき対象が三人……

 

自衛官を…

 

「門国」という性すらも捨てて俺は動いていた……

 

だが、俺はそれでも、二人を見捨てることはしたくなかった……

 

一人の友人として好感の持てるあの青年に……

 

こんな俺を救おうとしてくれた、あの女性に……

 

死んでほしくなかった……

 

それを否定する声が、奥底から響いてくる……

 

 

 

[大丈夫……]

 

 

 

その声が何なのかはわからない……

 

だがその言葉が嘘でないとわかり……

 

それを信じて動いていた……

 

むき出しになった手で更識を……六花の背を押した……

 

それによって敵のブレードの間合いから、二人を遠ざけた……

 

その俺の右腕に迫る……敵のブレード……

 

 

 

ズバッ

 

 

 

あまりにもあっけないほどに、敵のブレードは俺の腕を真っ二つに切り裂いていた……

 

あまりの痛さか、それとも興奮しているのか、俺はそれを全く痛いと感じなかった……

 

 

 

 

 

 

「嫁入り前の娘が、あまり体に傷をつけるもんじゃない……」

 

 

 

 

 

 

そうやって笑いかけると、そこには目を見開いている二人がいた……

 

どうやら二人に傷はなかったようだった……

 

当然命に別状はない……

 

さらにどういう訳か、一夏と山田先生も無事だった……

 

ちらりと見えた光景では、まるで見えない壁が二人の前に現れて、敵のビットから放たれた光線を防いでいたように見えた……

 

 

 

一夏も、山田先生も……

 

 

 

 

 

 

そして六花も無事だ……

 

 

 

 

 

 

それが確認できれば十分だった……

 

 

 

 

 

 

だが……もし許されるのなら……

 

 

 

 

 

 

『何故俺という人間が生まれたのかを……ずっと、考えていた……』

 

 

 

 

 

 

『……えっ』

 

 

 

何故か、俺の独白に六花の声が聞こえた……

 

それを不思議に思いつつも、俺は更に言葉を続ける……

 

 

 

『母の体を壊して生まれ……父の肩身を狭くし、更に没落へと加速させた……。二人の仲を引き裂き、それでも俺はこの世に生を受けた……。それは何故なのか……? それが俺の奥底にあった……』

 

 

 

『お、おにいちゃん?』

 

 

 

『まるで母の命と、父の武人としての誇りを喰らっているかのような存在だと思っていた……。母の体をこわしてまで、父の武人としての誇りを喰らってまで生きている意味があるのか? そう思っていた……』

 

 

 

『やめて……お兄ちゃん……』

 

 

 

震えるかのような六花の願い……

 

 

 

だがそれでも、きっとこれが最後だから……

 

 

 

わがままだってわかったが、俺は続ける……

 

 

 

『そんな俺が生きている意味が……今ようやくわかった……』

 

 

 

『待って……お兄ちゃん!!!!』

 

 

 

 

 

 

『きっと……俺はお前を護るために生まれたんだろう……』

 

 

 

 

 

 

六花はすごいヤツだ……

 

俺とは比べることすらもバカバカしいほどに……

 

だからこんなところで死なせるわけにはいかない……

 

きっと、俺はこいつを助けるために……

 

 

 

この世に生を受けたのだろう……

 

 

 

言いたいこともいった……

 

独りよがりでも、わがままでも構わない……

 

こいつが……六花が……

 

 

 

俺が生きた意味だ……

 

 

 

そう……誇りに思う……

 

 

 

やるべきことはすべて果たした……

 

 

 

故に……

 

 

 

最後の……

 

 

 

 

 

 

仕上げと行こうか!!!!

 

 

 

 

 

 

エネルギーも底をつきかけており、片腕となった……

 

状況は圧倒的に不利だが……一つだけ有利なことがあった……

 

敵が突っ立っていることである……

 

 

 

今しかない!!!!

 

 

 

敵の腰へと体当たりし、残された左腕で敵の体を固定する……

 

そして残されたエネルギーすべてを使い切るつもりで、瞬時加速を行った……

 

急な姿勢制御に追いつけず、敵は姿勢を崩した……

 

敵を皆から遠ざけ、アリーナの壁へと激突した……

 

 

 

 

 

 

先ほど見た、ミステリアス・レイディの技を模倣する!!!!

 

 

 

 

 

 

全エネルギーを集中させて放つ大技……

 

 

 

集中させても、それを放つ術がない以上、エネルギーを暴走させるしかない……

 

 

 

暴走させての攻撃では、俺だけではなく守鉄も無事では済まないだろう……

 

 

 

専属ISとして俺を支えてくれたこいつを壊すのは忍びなかったが……それしかもう俺には残されておらず、もうチャンスは今しかなかった……

 

 

 

 

 

 

すまないな守鉄……。悪いが地獄への道行きに、つきあってもらうぜ?

 

 

 

 

 

 

返事が返ってくるわけでもないのに、そんなことを思った……

 

 

 

そのとき……

 

 

 

[随意に……我が主よ]

 

 

 

……守鉄?

 

 

 

そんな声が俺の心に響いた……

 

 

 

それは先ほど一夏と山田先生を救った……声と同じ物で……

 

 

 

 

 

 

[私はあなたのために、存在しています。あなたが死ねと言えばともに天国へも地獄でもともにし、逆に生きろと言えば……護れと言えば、相手が誰であろうとも私は生きて見せます……護ってみせます]

 

 

 

 

 

 

……おまえ

 

 

 

 

 

 

[だから行きましょう、我が主よ……]

 

 

 

 

 

 

[ともに皆を護るために……]

 

 

 

 

 

 

守鉄からの言葉……

 

 

 

それは俺を驚愕させるとともに……これ以上ないほどに嬉しい言葉だった……

 

 

 

「よかろうならば……」

 

 

 

刹那の会話を終えて……俺は覚悟を決めた……

 

 

 

絶対防御発動不許可! 残り全エネルギーを暴走させる! さらには爆風が周りへと行かないように留意!!!!

 

 

 

[御意]

 

 

 

その言葉とともに、見えない壁が檻のようなに俺と敵ISを囲んだのがわかった……

 

 

 

そして……敵が動き出すその前に……

 

 

 

 

 

 

俺は最後の言葉を……

 

 

 

 

 

 

口にした……

 

 

 

 

 

 

「参るぞ……守鉄ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

そう叫んだ……

 

 

 

それに呼応する……守鉄……

 

 

 

 

 

 

単一使用能力(ワンオフアビリティー) 前羽命手【神風】 発動]

 

 

 

 

 

 

その言葉とともにまばゆい光が、俺の体からあふれ出て、俺の視界を覆って……

 

 

 

すべてを白く染め上げた……

 

 

 

 

 

 

……ここは?

 

 

 

 

 

 

何もない真っ白な空間に俺はいた……

 

何故か胴着を身に纏って……

 

あまりにも奇天烈な状況に、一瞬言葉を失ったが……

 

 

 

【……護】

 

 

 

その声を聞いて固まった……

 

それはもう二度と聞くはずのない声であり……

 

あの人が俺をこんな慈愛のこもった声で呼んだことがなかったから……

 

だけど、それでも欲求に逆らえずに、俺は振り向いていた……

 

 

 

そこには……

 

 

 

……父……さん

 

 

 

亡き父がいた……

 

俺と同じように胴着を纏っている……

 

そしてその顔には、稽古の時だけでなく、日常生活の場においても見せなかった笑顔が浮かんでいて……

 

 

 

何故だ?

 

 

 

どうして、そんな穏やかな笑みを浮かべている……?

 

 

 

【……最後まで諦めず……命を捨ててまで、己にとって大切な者を護ったか】

 

 

 

聞くのが……怖かった……

 

 

 

何を言われるのかわからないから……

 

 

 

 

 

 

……父が俺をどう思っているのか……知らないから

 

 

 

 

 

 

あるはずのない右手の拳を握りしめて、必死になってそれを表に出さないようにした……

 

俺がそれを思っていいわけがないから……

 

母の体をこわしてまで生まれ、二人の仲を引き裂いた……

 

そんな俺が……

 

だけどそれでも言ってほしかった……

 

思っていてほしかった……

 

俺はあなたの――

 

 

 

【さすがは、俺の息子だ……】

 

 

 

 

 

 

……っぁ!!!!

 

 

 

 

 

 

それを聞いた瞬間に涙があふれそうになった……

 

ただの一度もそう呼ばれたことはなかった……

 

息子であると呼ばれたこともなく……

 

最後はあんな形で鬼籍に入ってしまった父上……

 

だからこそ不安だった……

 

だからこそ、俺は思った……

 

 

 

俺は本当に存在していいのか?

 

 

 

そう思っていた……

 

これが夢でも現でも……幻でも構わない……

 

俺は、ただ……

 

この言葉だけが聞きたくて……

 

 

 

父さん……

 

 

 

笑いかけてくれる父へと手を伸ばす……

 

その笑顔が嘘じゃないとわかって……

 

俺は涙があふれそうで……

 

そんな俺へと父さんも手をさしのべてくれた……

 

その懐かしい、父さんの手に触れようとしたその瞬間……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

俺の意識は途絶えた……

 

 



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捜索

すさまじいほどの爆音が鳴り響いた……

 

 

 

 

 

 

なにをきいているのかわからない……

 

 

 

 

 

 

そこは……お兄ちゃんがさっきまでいた場所で……

 

 

 

私を救うために……だけど、優しく押して助けてくれて……

 

 

 

その場所から……ゆっくりと放物線を描いて、飛んでいく……

 

 

 

 

 

 

なにをみているのかわからない……

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

少し先でそれは地面へと墜落して……

 

 

 

 

 

 

そしてその人は……倒れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにがおきたのか……わからない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呆然と……ただ呆然と……

 

 

 

私はその人を見た……

 

 

 

装甲はそのほとんどが壊れていて、スーツすらも焼けこげている……

 

 

 

そのために、その人はあちこちが真っ黒になっていた……

 

 

 

真っ黒でも……その人が、何故か穏やかに笑みを浮かべているのがわかった……

 

 

 

頬に大きな傷が出来たのか……一直線に切り裂いているその頬から、赤い血が流れていて……

 

 

 

それが周りの黒さと相まって、異様に明るく、そして妖しく見えた……

 

 

 

 

 

 

だけど……

 

 

 

 

 

 

 

なんでだろう……?

 

 

 

 

 

 

どうして右腕が途中からなくなっていているのか……?

 

 

 

どうして笑っているのか……?

 

 

 

 

 

 

私にはわからなかった……

 

 

 

 

 

 

「おにぃ……ちゃ……ん?」

 

 

 

 

 

 

その人を呼んだ……

 

 

 

いつも私に反応してくれたその人は……何の反応もせず……

 

 

 

まるで死んだかのように……全く動こうともしなかった……

 

 

 

そんなその人へと、私は体の痛みすらも忘れて……歩み寄っていった……

 

 

 

 

 

 

どうして?

 

 

 

 

 

 

動かないの?

 

 

 

 

 

 

なんで……?

 

 

 

 

 

 

私のそばに……いてくれないの……?

 

 

 

 

 

 

どうして……?

 

 

 

 

 

 

私の名前を呼んでくれないの……?

 

 

 

 

 

 

目の前が真っ白になりそうになる……

 

 

 

信じたくない……

 

 

 

そんなわけがない……

 

 

 

なのにそれをいつも否定してくれたはずのお兄ちゃんが、ぴくりとも動かなくて……

 

 

 

私は体を引きずってようやく、お兄ちゃんのそばへとたどり着いた……

 

 

 

 

 

 

「おにぃちゃ……ん」

 

 

 

 

 

 

起きて……

 

 

 

 

 

 

「お願い……だから……」

 

 

 

 

 

 

目を開けて……

 

 

 

 

 

 

「何とか……いってよ……」

 

 

 

 

 

 

私の名前を呼んで……

 

 

 

 

 

 

「六花って……」

 

 

 

 

 

 

呼んで……

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

ひざまずき……私はその人をそっと抱きかかえた……

 

 

 

 

 

 

そうすれば起きてくれるって……

 

 

 

 

 

 

また私のほほえみかけてくれるって……思ったから……

 

 

 

 

 

 

だけど当然のようにそんなことはなく……私はただ……

 

 

 

 

 

 

その人を抱いていることしか……できなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが絶句し、悲鳴を上げようとしたそのとき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカン!!!!

 

 

 

 

 

 

不吉な破裂音が鳴り響いた……

 

興味がなかった……

 

だけど、その音が不吉で……

 

呆然として、そちらへと目を向けた……

 

先ほどの爆発の中心地に、フレイヤ型に酷似したISが存在していた……

 

何故って思った……

 

敵は確かにお兄ちゃんが倒したはずなのに……

 

そこで私は、そのISの周りに何か装甲の抜け殻のような物が散乱しているのに気づいて……

 

だけどそれがなんなのかは考えられなかった……

 

 

 

なんで、動いて……?

 

 

 

ぼんやりとした意識の中でそう認識して……

 

それがゆっくりとこちらへと向かってくる……

 

他のみんなが何かを叫んでいるのがわかった……

 

だけど私は動かなかった……

 

動きたくなかった……

 

これ以上お兄ちゃんと離れていたくないから……

 

私もこのまま連れて行ってほしいって……思ったから……

 

だけど、それを否定するようにそのISは私の眼前へとたった……

 

抱いている腕に力を込めようとした瞬間に……

 

その腕が振るわれた……

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 

そんな叫び声とともに、私を救ってくれた人がいて……

 

ずっと言ってほしかった言葉だった気がする……

 

だけど今はそれすらも考えられなくて……

 

横から飛んで抱かれたことで私とその人が倒れた……

 

左肩が痛い……

 

そしてさっきまでいた場所をぼんやりと見ると……

 

 

 

そのISがお兄ちゃんの首をつかんでいた……

 

 

 

そしてそのまま宙へと飛んでいく……

 

 

 

 

 

 

……ぇ?

 

 

 

 

 

 

それを見て驚いたことで少しだけ思考が戻って……

 

愕然とした……

 

 

 

もしかして……狙いは、織斑君じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃん?

 

 

 

 

 

 

それを理解しても、私はあまりにもショックで動くことも出来ずに……

 

 

 

ただ……ただ……

 

 

 

手を伸ばした……

 

 

 

届くわけがないのに……

 

 

 

それでも手を伸ばした……

 

 

 

その暖かい体に触れたかった……

 

 

 

だけど現実は残酷で……

 

 

 

敵の姿が虚空へと消えた……

 

 

 

なんで?

 

 

 

どうして?

 

 

 

ただ、ただ……お兄ちゃんのぬくもりがほしくなった……

 

 

 

そしてその右腕へと歩み寄って……

 

 

 

その腕を抱きしめた……

 

 

 

だけど、いつも暖かくて優しかったその手は何故か冷え切っていて……

 

 

 

それを否定したくて……

 

 

 

きっと暖かくなってくれると思って……

 

 

 

私はただただ抱きしめていた……

 

 

 

 

 

 

私に最後に触れてくれた……

 

 

 

 

 

 

その右腕を……

 

 

 

 

 

 

それしか……出来なかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

タッグマッチが終わって翌日。

昨日の一件のために、今日は臨時の休校になっていて、自室待機が命じられていた。

アリーナの修理や、事後処理、さらには襲ってきた敵の調査といったことで、教師陣……千冬姉も含めて……は、朝から忙しいそうに走り回っていた。

突然の休暇に、本来だったら喜んでいたかもしれない。

 

だけど……今はそんな気分にはなれなかった……

 

 

 

護……

 

 

 

自室でベッドに横になりながら……俺は本来いるはずの同居人のベッドへと目を向ける。

だけどそこには当然のように誰もいなかった……。

 

昨日……前回俺と鈴が戦っていたときに乱入してきたISの発展型だと思われていた巨躯のISは、あろう事か増加装甲をまとっていたまま俺たちのアリーナへと乱入してきたのだ。

そして護が、俺と山田先生……そして何より更識先輩を助けてくれたその後に、それはその本当の姿をさらして……。

そのときこちらはもう誰一人として動ける人間はいなかった。

すべてのISも限界まで活動していて、強制解除されても不思議じゃなくって……。

そしてそのISは無造作に護を……死んだように動かなくなっている護をとらえて、消えた……。

 

最初は俺が狙いだと思った……

 

自意識過剰かもしれないけど、きっと……誰もがそう思っていたと思う。

だけどそれは大きな間違いで……。

敵がいなくなったことでハッキングが終わったのか、応援の人たちが駆けつけてくれたけど……そのときにはすべてが遅かった。

幸いと言うべきなのか、誰もが命に別状はなかったことだ。

更識先輩も、今の医療ならそんなに時間もかからずに全快するってことらしい。

 

だけど、それが喜べるわけもない……

 

それに誰よりも、更識先輩が心配だった。

護が連れ去られてしまった時の絶望した顔。

何より、切断されてしまった護の右腕を抱いているその姿は……。

 

言葉では言い表せないほどに、痛々しくて……

 

 

 

護……。無事……なんだよな?

 

 

 

今はいない友人の無事を案じる。

ただそれだけしか出来なかった……。

捕らえていったってことは、きっと相手は護の命を取るつもりないはずだ。

殺すつもりなら簡単に殺せたはずだから。

だがそれでも心配せずにはいられなかった。

 

あのときだって……俺が零落白夜をうまく決めていれば……

 

そう思わずにはいられない。

前よりは実力がついたと思っていたのに……。

これで俺は仲間を護っていくんだと……。

あの年上の存在に少しでも追いつけた……追いつきたいと思ったのに……。

けれど結果としてはこんな状況で……

 

 

 

俺は、悔しくなるほどに無力だった……

 

 

 

……無事でいてくれ

 

 

 

そう祈るしかない自分が悔しかったけど、それでも今も千冬姉や山田先生、更識先輩も捜索を続けている。

だから、きっと……

 

 

 

無事に帰ってきてくれ……

 

 

 

 

 

 

「かいちょ~、映像解析終わったよ~」

「わかったわ、それをこちらに回して」

「会長。他の無人機のデータ回ってきました」

「それもこっちに回して」

 

授業がないにも関わらず、生徒会室は修羅場と化していた。

昨日のIS襲撃における事後処理と、それに伴ったデータ解析が行われているからだ。

普段はぽやぽやとしている本音ですらも、普段よりも遙かに速く動いている。

といってもそれでもまだ遅い方なのだが。

皆一様に疲れた表情をしているが、それでも誰もそれに対して弱音を吐いてはいなかった。

生徒会としての誇りと意地があったからだ。

そして、それ以上に……更識楯無には必死になる理由があった。

 

「……」

 

ほとんど不眠不休だった……。

それこそ昨日、治療を終えたその直後から更識楯無は……六花はあらゆる場所から送られてくる情報を必死になって解析し、それらを推測統合しては矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

それにつきあう必要性はなかったが、幼き頃より知っている虚と本音は、それにつきあっていた。

二人としても、さらわれてしまった人物の捜索には意欲的だったのだ。

理由はそれぞれ違ってはいるのだが……。

疲労の色は色濃く出ているというのに、その鬼気迫る表情を見ては休めとはとても言い出せない状況だった。

幼なじみであり、従者でもある虚は何度も止めようとした。

だがそれでも、あまりにも必死で……そして痛々しいその顔を見ると、何も言えなくなってしまっていた。

 

……必死に涙をこらえているのが……わかってしまったから

 

(……お嬢様)

 

「ふにゅ~……疲れたよ~」

 

あまりにも殺伐としていた場を少しでも和らげようとしたのか、本音がそんな声を上げる。

半分はまさしく本音そのものだったが、それでもそれ以上に動かなければと思ったのだ。

それを察して、虚もふっと一息を吐いた。

 

「なら本音。ちょっとジュースでも買ってきてくれない」

「え~。疲れてるのに~」

「それはみんな一緒よ。その代わりといっては何だけど、私がお金を出すから何か甘い物を買ってきて」

「は~い」

 

現金とでも言うべきなのか、本音は好きな物を買ってきていいと言われると嬉々として外へと向かっていった。

だがそれはあくまでも二人きりになるための口実だった。

本音もそれをわかっていたのだろう……そんな妹の気遣いに感謝しつつ、虚は己が仕えている主へと目を向ける。

 

「……会長も少しお休みください。会長はただでさえ昨日試合にも出てて、まだ体の傷が癒えきっていないのですから……」

「……私は大丈夫」

「ですが……お嬢様(・・・)

「大丈夫……だから……」

 

(呼び方を変えているのに気づかないのに……)

 

お嬢様。

それは更識家へと代々使えてきた布仏家だが、学園内ではそう呼ばないように決めたはずなのだ。

だがそれにも気づかずに……あるいは気づいているのかもしれないが……それに言及せずに、更識は作業を続けた。

 

「お嬢様……」

「だから大丈夫」

 

 

 

「……これだけは言いたくありませんでしたが……言わなければいけないみたいですね」

 

 

 

虚の言葉の重さにはさすがに気づいたのだろう、高速で動いていた目と手が止められ、楯無はその目を自分の従者でもあり、大切な幼なじみでもある布仏虚へと向けた。

それを確認して、そしてその自分にとって大事な主であり幼なじみであり……年下の女の子である更識楯無へと目を向けた。

 

 

 

「……お嬢様。あなたはあの人のためにどこまで失うつもりなんですか?」

 

 

 

対価という言葉がある……。

何かを得るための条件として、それと同等のもの、もしくはそれ以上の物を相手へと提供し、報酬として受け取る利益。

更識楯無は、さらわれてしまった護の情報を得るために、多方面の部署や裏のつながりのある家へと情報の提供を呼びかけた。

それの対価として、かなりの物を更識は手放していた。

むろん更識楯無としてのものはほとんど手放してはいない。

だが更識六花としての物はかなりのものを支払っていた。

それこそ失っていい物はすべて失ってでも……そう言うかのように。

それをそばに見ていながら、止めることが出来なかった自分を悔やみつつ、虚はさらに言葉を続ける。

 

「あの人がお嬢様に取って大切な人だってことはわかっているつもりです。ですがそれでもがむしゃらすぎます。一体どこまで失うつもりなんですか?」

「……それは」

 

本気で心配しているのがわかったのか、楯無は言葉に詰まらせた。

普段ならばすべてお見通しと言わんばかりに、自信満々に、そして楽しそうに物事を処理する楯無からは考えられない姿だった。

一瞬だけ沈黙した室内だったが……ノックの音が鳴り響いた。

 

(……誰かしら?)

 

本音ならばノックもせずに入ってくるだろう。

だがいっこうに入ってくる気配がなかったために、虚は内心で首を傾げながらドアを開けた。

そこには、更識楯無とうり二つと言っていいほどの容姿をした、更識簪が立っていた。

 

「あれ? 簪ちゃん?」

 

鬼気迫る表情も、押し黙ってしまったその悲痛な表情も綺麗に消えた笑顔を、楯無はやってきた妹へと向けた。

そうして席を立って、入り口へと向かって歩き出す。

昨日少しは仲が改善されたといってもいい二人だったが、それでも少なくない時間を二人はすれ違っていた。

だからこそ、いくら少しわかり合えた程度では、すぐに以前のように仲良くなれるわけがない。

それくらいは当然のようにわかっているはずなのだ……普段の更識楯無という少女ならば。

だがそれすらもわかっていないのか、楯無は嬉々としながら自分の妹へと笑みを向けてしゃべり出す。

 

「どうしたの? 今は生徒は自室待機のはずだよ?」

「……」

「それでも私に会いに来てくれたの? 嬉しいな♪ せっかくだから部屋に入る? 生徒会室は一応一般生徒   は立ち入り禁止なんだけど、簪ちゃんなら特別に許してあげちゃう」

「……」

「簪ちゃんが来てくれたなら元気百倍だね! お姉さんのかっこいいところを……」

 

 

 

「嫌いだよ……お姉ちゃんなんて」

 

 

 

その言葉で、必死になってしゃべっていた楯無の言葉が止まり固まった……。

手を引き、自らの隣の席へと座らせようと歩いていたその背中が、簪の目の前にあった。

顔を伺い見ることは出来なかったが、それでも簪には十分すぎるほどにわかっていた……。

 

 

 

「嫌いだよ……無理して元気に振る舞っているお姉ちゃんなんて……」

 

 

 

ぎゅっと、その自らの腕をつかんでいる楯無の手を、簪は握り返した。

昨日のアリーナにて、自分のことを抱きしめて護ってくれた姉を……今度は自分が護るために。

 

 

 

「長い間避けてた私が言っていいかわからないけど……かっこいいお姉ちゃんがねたましかった。うらやましかった……。でもかっこいいって思ってた……」

 

 

 

自らと違って何でも出来てしまう、優秀すぎるほどに優秀な姉に嫉妬や羨望していた。

だがそれでも、それ以上に自分の姉がこんなにもかっこいいことが嬉しかったのだ。

自分はこんなにもかっこいい姉の妹であるんだと……人に言うことはできないし、比べることもおこがまし程に自分が優秀じゃないことはわかっていた。

周りの評価だって、姉が生徒会長の楯無だというのにその妹は……そう言われていたのは知っていた。

その通りだと思ったし、自分としてもそれが悔しくて悲しかったら何も言わなかった。

だけどそれでも心の奥底ではこの姉の妹であることが嬉しかったのだ、誇らしかったのだ。

だからこそ……

 

 

 

「かっこいいお姉ちゃんでいてほしいって思うよ……。だけど無理……しないでよ……」

 

 

 

滅多に人に感情を見せようとしない楯無。

裏の世界の住人として生きている以上、それは必要に迫られて身につけた技術だった。

だがそれを妹である自分にされたくはないと思ったのだ。

体が癒えきってもいないのに不眠不休で捜索をして、そしてそれを周りに悟られないように仮面をかぶって……。

 

その仮面を取って上げたいと……簪は心から思い、願ったのだ……。

 

 

 

「お願いだから……私にまで嘘を吐かないでよ……。虚さんだって、本音だって……それに私だって……」

 

 

 

その一言をいうには勇気がいった。

だがそれでも簪は、意を決して、今まで素直になれなかったことへの謝罪も込めて……万感の想いを込めてその言葉を口にした……。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんのことが大好きなんだから……」

 

 

 

 

 

 

その一言が……楯無の耳へと入った。

それを聞いて楯無は……糸が切れてしまった。

六花は振り向きながら自分の妹へと抱きついた。

抱きつかれてしまったために、簪にその表情を見ることは出来ない。

だが、その肩にこぼれた熱いしずくが、楯無の……六花の感情を物語っていた。

 

 

 

「……どうして!?」

 

 

 

消えるほどのか細い声で……涙にまみれたその声が、簪の耳へと届いた。

声だけでなく、自らの体に回されたその腕すらも震えているのがわかって……簪はそっとその体を抱きしめた。

 

 

 

「どうしてなの!? やっとお兄ちゃんと再会できて……! 気づいてあげられなかった……救ってあげられなかった心を癒してあげられると思ったのに! 以前とは考えられないほどお兄ちゃんと顔を合わせているのに!」

 

 

 

生徒会長、そして裏の名家の当主。

これだけの責務を背負った楯無が自由に動けるわけもない。

さらに言えば護は自衛官だった……。

ともに同じ場所でいれるわけがなかった。

 

 

 

だから、こうして再会できて今度こそ、兄を救って上げたいと思っていたのだ……

 

 

 

「簪ちゃんとも……やっとこうして話せるようになったのに……。大事な人とわかり合えたのに……どうして!?」

 

 

 

まるで幼子のように、楯無はその自らにため込んでいた思いをぶちまけた。

普段は生徒会長として、そして裏の名家の当主として……なかなか六花としての本心を吐露することはない。

出来ないといってもいいだろう。

だが今のこの場でならば……楯無のことを本当に大切に思ってくれている人たちの前なら……。

それを口に出来た。

 

 

 

「どうして……どうして……」

 

 

 

それ以上の言葉は、もはや言葉にならず楯無は……六花は、妹に抱きついていることしかできなかった……。

 

ただ……人のぬくもりだけを求めて……。

 

そんな姉のことを、簪はしっかりと、しかし優しく抱きしめていた……。

 

 

 

(……初めてだね)

 

 

 

自分にこんなにも頼ってくれたのは……と、そう思った。

 

見上げるだけだった、遠くに存在しているだけだった姉は今、幼い子供のように震えていた……。

 

今は姉が不安になっているからこうしていられる……。

 

だけどもし、普段通りの姉に戻ってしまったら、自分はうまく接することが出来るのだろうか?

 

そういう不安が簪にはあった……。

 

 

 

(だけど……)

 

 

 

いくら不安になっていても、嫌いな人物相手に頼ることは普通はしない……。

 

そして自分のことを「大事な人」といってくれた……。

 

その言葉と、今のこの時間の思い出で……

 

 

 

(私は大丈夫……)

 

 

 

大好きな姉と仲直りできたから……。

 

それさえあれば、大丈夫だと……簪は強がりでもなく、自然とそう思えた……。

 

そう思えたことが……簪にとってはこの上ないほどの喜びだった……。

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

鈍い痛みを感じて、私は沈んでいた意識を浮上させる。

ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない天井で……。

 

あれ……私?

 

「目が覚めたか?」

 

ぼやけていた私の耳に、そんな声が届いた。

横たわっていた身を起こしてみると、毛布が足下に落ちた。

それを見てようやく覚醒した。

 

私……寝てた?

 

備え付けのソファーで寝ていたみたいだった。

意識を失った私を、おそらく織斑先生が運んでくれて……。

 

どうして、ここに……?

 

覚醒はすれど、まだぼやけていて……。

どうして自分がここにいるのか思い出せなかった。

それが疲労からくる物だと言うことに、私はすぐに気がつかなかった。

 

えっと……確か……

 

タッグマッチに織斑君を護衛する門国さんの護衛になって。

 

 

 

それで試合開始と同時に無人機のISがやってき――!?

 

 

 

そこで、わたしはようやく何が起こったのかを思い出した。

 

門国さんが!?

 

「織――!」

 

急に立ち上がろうとしたことで立ちくらんでしまって、よろめいてしまった。

そんな私を、端末前に座って情報整理をしていた織斑先生が、支えてくれた。

 

「急に立ち上がるな」

「す、すみません」

 

苦笑しながらそう言って、再び私をソファーへと座らせてくれた。

自分の体の弱さに歯がみするしかなかった。

一日経っても未だ行方がわからない門国さんを探すために、情報整理やら事後処理を行っていたのだ。

他にも無人機ISの処理や、アリーナの修繕やハッキングされたシステムの再構築。

やることはいくらでもあるのに……。

 

「無理をするな。実戦まで行ったのに徹夜しようとするからこうなるんだ」

 

叱責しながらも、その言葉にはそれほど怒っている感じはなかった。

それどころか、コーヒーを差し出してくれて……私の隣の場所に座った。

織斑先生も徹夜だって言うのに……そんな様子は全く見せなてなくて。

 

「すいません」

「謝る必要はない」

 

ズズッと、コーヒーを飲みながらそう言ってくれた。

何の役にも立って……ないのに……。

 

もしも、織斑先生が……あの場にいたら……

 

こんな自体には……門国さんが、さらわれてしまうような事態には……。

 

「……私、どれくらい眠ってました?」

「夜の八時だから……ざっと三時間だろう」

 

三時間も、寝ちゃったんだ……

 

こんな事態だって言うのに……生徒の一人がさらわれてしまったというのに……。

眠ってしまった自分の惰弱さが悔しかった……。

 

私が……護らなければいけなかったのに……

 

そのために……あの場にいたのに……。

護るどころか……逆に護ってもらって……。

 

私は!!!!????

 

「……あまり追い詰めるな」

 

気落ちしている私を気遣ってか、織斑先生がそんな言葉を私にくれた。

だけど……それを受け取るわけにはいかなかった……。

 

「だめ……だったんです……。頑張ったけど……結局……」

「……」

 

私の言葉に何も返さない。

それが織斑先生の優しさだとわかって……私は更に言葉を続けた。

 

 

 

「私は先生で……あの人は生徒で……。だから護らないとって……思ったのに……。それなのに……」

 

 

 

私は結局護れなかった……

 

あの人は私のことを二度も、命を賭けて護ってくれたというのに……。

 

不安になっていたからか……私は普段は明かしてはいけない言葉も……

 

明かしてしまった……

 

織斑先生に……甘えた……

 

 

 

「教師だけじゃなくて……一人の人として、山田真耶としても……護ってあげたかった……」

 

 

 

あまりにも、痛々しい子供だった……

 

父と母のぬくもりも知らず、あまりにも歪な環境で育ってしまったその少年は……

 

それの内面を……内側を知って助けてあげたいって思った……

 

護ってあげたいって……思った……

 

自分の命を救ってくれたすごい人が、こんなにも傷ついていることに気づかなかった自分が情けなくも思った……

 

だけどそれ以上に私に話を聞かせてくれたのが嬉しくて……

 

命を救ってくれたそのときよりも……門国さんのことが……

 

 

 

門国護さんという、一人の男性が好きになった……

 

 

 

それなのに……

 

 

 

私は……どうして!?

 

 

 

「思い悩むなといったぞ」

「でも!?」

 

 

 

「山田先生はよくやった……。あの状況ではしょうがない……」

 

 

 

「でも! 私は先生で……! あの人を護って……そう思っていたのに!」

 

 

 

そう叫ぶと同時に、涙がこぼれた……

 

泣く資格なんて私にはないのに……

 

でもそれでもどうしても抑えきれなくて……

 

抑えようと思うと……後から後から涙があふれて……

 

座ったまま丸まって耐えることしかできなかった……

 

そんな私の肩を抱いてくれた……

 

 

 

「無理をしなくていい」

 

 

 

その手が温かくて……

 

その温もりが……門国さんの手を思い起こさせた……

 

 

 

私がもっと……!!!! しっかりしていれば!!!!

 

 

 

あのとき……更識さんを庇うために……

 

門国さんは右腕を切断されてしまった……

 

震えながら、私の服を握っていた……あの子供のような腕が……

 

 

 

どうして!?

 

 

 

あのとき、私と織斑君を救ってくれた謎のバリヤーはおそらく門国さんが張った物で……

 

 

 

どうして自分のことを考えてくれないの……!?

 

 

 

わかってる……

 

それ故に門国さんだってことは……

 

だけどそれでも……私はあの人にもっと自分ことを考えてほしかった……

 

命を投げ出してほしくなんて……

 

 

 

なかったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「やぁーやぁーやぁー、ようこそいらっしゃいましたー」

 

にゃはは、と陽気に笑いながら束は薄暗い部屋の中でそう言った。

そこは以前と同じように、モニターの明かりだけで照らされていた部屋と同一の場所だったが、以前と違い格段に明るかった。

といってもそれでもまだ薄暗いといっていい。

特に部屋の端の方は暗い。

というよりも一部の……新たに追加された光源が異様に明るいために、それ以外の他の場所は暗いままだった。

新たについかされたそれは……円形のカプセルだった……。

培養液……とでもいうのか、それは何かの液体が満たされているカプセルであり、そしてその中に、一人の男性が納められていた……。

 

 

 

右腕が、上腕の半ばから先がなくなっている……一人の男性が……

 

 

 

そしてその横にごく小さなカプセルが存在し、そこには左手に嵌めるための黒い手甲グローブが入っていた。

 

[……]

「ありゃりゃだんまり? せっかく私の秘密の研究室に招いてあげたのに」

「招いたと言うよりも、普通に誘拐だと思います、束様」

 

淡々と……そう束にいったのはそばにいた少女だった

年は中学に届くか届かないかという程度だろう。

その少女は束が拾った少女であり、少女にとって束は己の命など石ころに思えてしまうほどに、大切と思っている存在だった。

故に彼女は拾われた日以来、束の役に立つためにあらゆることを行っていた……がそこは子供だと言うべきなのか、まだたいしたことは出来なかった。

だがそれでも一生懸命にいろいろとしてくれようとするこの子のことを束は好ましく思っていた。

 

「くーちゃん、いつもいってるでしょー。様じゃなくてママって呼んでって」

「それは……」

「できたら呼んでほしいけど無理強いはしないよー。けど……君はそう言うわけにはいかないんだよねー。教えてほしいことがあるんだけどなー?」

 

後半は当然のようにその少女に向けられた物ではなかった。

だがその部屋には他に人はいない。

いたとしてもカプセルに収まったその右腕がなくなっている男だが……明らかに意識がない。

では束は一体誰に……何に話しかけたというのか?

 

[……]

「そうかー。話してくれないのかー。そんな強情の子には……これだ!」

 

てれれてってて~♪

 

そんな擬音が聞こえてきそうなほどに芝居がかった仕草で、そのエプロンの前ポケットからそれを取り出した。

 

「自爆スイッチ~ー」

「……」

 

何を自爆するんですか?

 

と一瞬思った少女だったが、それはあえて言わなかった……。

 

「国内産の素材をたっぷりと使用し、押し心地や触覚すらも刺激するように作られたこの極上なスイッチ! なんと制作お値段は十万円!」

 

ボタンだけで?

 

そう思うが少女は再び何も言わない。

 

「これを押すとーなんと! とあるカプセルの生命維持装置が停止します」

[……!?]

「カプセルに満たされたその中でどうやって呼吸しているのか!? 答えは簡単! 口につけた呼吸器に酸素を送っているからだ!」

 

それを止めたらどうなるか?

誰が考えても答えは明白だった。

 

「スイッチってさーあるとむしょーーーに押したくならない? ねぇくーちゃん?」

「人によると思いますが……押したいと思う方は多いかと」

「だよねぇ、そうだよねぇ? つまり……私がいまこの場で押しちゃっても問題ないよねぇ?」

 

後半の言葉は、その手甲グローブへと向けて話していた。

おどけて見せているが、束は必死といえた。

自分が思い描いた進化形の一つが目の前にあるのだから……。

 

それも……自分が生み出した存在がさらに生み出して見せたその進化の形が……。

 

研究者である束にとっては、それこそカプセルに入れた男など虫程度にしか思っていなかった。

故にそのスイッチを押すことにためらいはない。

 

[……]

「本当に押しちゃってもいいの? 私はためらいなく押せるけど?」

 

束の言葉は完全に本気だった。

というよりも本当にどうでもいいと思っているのだろう。

束がスイッチへと指を伸ばしたそのとき……

 

 

 

[……一つ条件があります]

 

 

 

そんな言葉が、束のそばにある画面に映し出された。

それを見て、束はニヤリと笑みを浮かべた……。

 

「……へぇ?」

 

条件とは、本来であれば対等な立場同士が行う物である。

そしてこの状況は……決して対等とはいえない状況だった。

だがそれでも……その存在がその言葉を選択したのには意味があり、必死だった。

そしてその言葉の意味は……カプセルに入っている男だった。

対等な条件である……つまり、その存在は取引をするのはあくまでも己自身と束であって、その男は関係がないといっているのである。

それを理解したからこそ、束は明らかに自分が有利であるにもかかわらず、その言葉を使用して自らの主を護ろうとしているその存在……守鉄に興味がわいてその言葉の続きを促した。

 

「何かな~?」

 

 

 

[あなたの技術でこれを開発して欲しい]

 

 

 

ISのコアは独自の意識を持っているといえなくもないが、それでもここまで明確な意識を持っているのは希有な存在だった。

そしてその条件というのが画面へと表示されて……束は爆笑した。

 

 

 

束が見た物……それは、とある物の設計図だった……。

 

 

 

「あは……あはははは! あははははははは! すごい! これはすごい! まさかこんな物を持っているなんて、私も予想できなかったな~!」

 

それを見て……束は高らかに笑った。

本当に愉快な物を見せられたというように……。

そしてそれを見た瞬間に……束の今後の行動は決まった。

 

「いいよいいよ~。喜んで作ってあげますとも。ただしこっちにも条件があるよ~?」

[データならばすべて開示します]

「♪ 話がわかるね!」

 

それによって取引は成立した。

互いに条件と取引材料を差し出して……。

 

それが何だったのか?

 

そしてどうなるのか?

 

 

 

当事者であるはずのその男には……意識を失っている護には……

 

 

 

 

 

知りようがなかった……。

 




ほい終了~

腕がぶった切れる護と同じくらいに……



護の腕を抱いた六花が書きたくてしょうがなかったぜ!!!!



ぐへへへへへwww
あ~結構すっきり



次の話はちょっと読み応えないかも?
ともかくがんばります~


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衝撃の誕生日会

「一夏! 誕生日」

 

「「「「「おめでとう!」」」」」

 

「あ、あぁ。ありがとう」

 

タッグマッチより三日後。

休日である織斑家には朝からこの家の住人よりも多くの人が、リビングに集まっていた。

一夏のハーレム軍団こと、箒、鈴、セシリア、シャルにラウラ。

中学時代の友人からは、五反田兄妹と御手洗数馬。

さらには新聞部の黛薫子も存在しており、一般家庭よりも大きな家である織斑家のリビングも、さすがにすこし窮屈な状況になっていたが、それでも皆が一夏の誕生日を祝うということで集まっていた。

それに純粋に喜びながらも、皆……特にIS学園関係者の表情は少しだけ暗かった。

 

(護……)

 

未だにタッグマッチの時に誘拐された、門国護の行方が不明だったからだ。

最初こそ誕生日会を中止になるはずだったが、それでも千冬の言葉で開催することになったのだ。

 

『あいつの誕生日プレゼントを誕生日会に会わせて、家に届けるとヤツはいっていたらしい。荷物を受け取る以上どうせ家にいるのだから誕生日会も開催しておけ。やつがいないのに不謹慎だと思うかもしれないが、それをあいつも望まないだろう』

 

そのためこうして誕生日会を開催したのだ。

先日の事件が解決しきっていないために、元々出席するつもりだった生徒会のメンバー、途中参加予定だったが真耶と千冬の姿はない。

 

そして門国護は当然のようにいなかった……。

 

タッグマッチ前まで、どうやって一夏の誕生日を祝おうか悩んでいた少女や友人達にはそれは吉報といっても良かったが、それでもやはり憎らからず思っていた人間が、未だ行方不明というのは心から楽しむことの出来ない要因としては十分だった。

 

(結局……あいつらは何がしたいんだ?)

 

亡国企業(ファントム・タスク)の目的が未だわからないのが、一夏としては気がかりだった。

てっきり情報収集が目的でちょっかいをかけてきているのかと思えば、今回は完全に今までと行為が逸脱している。

確かに世界で今現在確認できるのは二人のみであるために、その片割れというのは十分に危険を冒してでも手に入れる価値はあるかもしれない。

だがそれでも……どこか腑に落ちない点があるためにそれが気になってしまう。

しかしこの一夏の予想は当然のように大外れなので、たいした意味はないのだが……。

 

「い、一夏さん!」

「ん?」

「け、ケーキどうぞ!」

 

ケーキがのった皿を、真っ赤になった顔と共に五反田弾の妹、蘭が手作りのケーキを差し出した。

学園が違う……というよりも学年が違うのだが……ために、普段アピールする機会が少ないために今日で挽回するために頑張ろうとしているのだ。

しかしそれと同じくらいに、少し暗い表情をしている一夏を元気づけようとしているのだ。

それがわかったからこそ一夏も無理にとは言わないまでも、元気に振る舞おうと思った。

 

それ以前にわからなければならない重要なことがいくらでもあるのだが……それには気づかない男だった。

 

「お、うまいな!」

「ほ、ほんとですか!?」

「うまいなぁ。これ蘭が一人で作ったのか?」

「は、はい!!」

「すごいなぁ。蘭はいいお嫁さんになるぞ」

「!?」

 

いつも通りの何気ない一言で、一夏は女子の心を籠絡させていく。

それを更に他の女子達が妨害したり、アピールしたりと非常におもしろい状況になっている。

そして他の男はというと……。

 

「……くそう一夏め。一人だけモテやがって」

「……俺らこなかった方が良かったのか? 完全に蚊帳の外だし……。でもそうすると蘭がうるさいし」

「おにい!? 何か言った!?」

「!? いえなんでもないです」

 

弾と数馬だった。

二人とも非常に居心地の悪そうにしていた。

一夏としても中学時代に親しかった友人達と交友を深めたかったのだが……女子からの猛烈なアタックでそれどころではなかった。

 

ピンポーン

 

そんな和気藹々というべきか……少し気落ちしながらも楽しくお祝いをしていたリビングに、来客を告げるインターホンの音が鳴り響く。

それを無視するわけにも行かないので、唯一のこの家の住人である、主役の一夏がそれを見に行った。

 

「宅急便?」

「そうです。判子ください」

 

表に出てみればそれば宅急便の来訪だった。

それを受け取り判子を押して玄関に入って、差出人を確認して……一夏は驚愕した。

 

(護から!?)

 

現時点で行方不明となっている己の友人からのプレゼントであった。

一夏はそれが護自身が誘拐されてしまう前に宅配を頼んだ物だと頭でわかっていながらも、それでも護から何か連絡があったのかと思って、行儀が悪いと思いつつも、それを開封した。

その中には……

 

「……整備道具一式?」

 

豪華にも、アルミのハードケースに収められた工具セットだ。

それはIS整備に使用される最高級クラスの整備道具一式だった。

値段としては6桁は余裕でするという、かなり高めの品物である。

そしてそれと共に、手紙も同封されていた……。

それを見て、一夏は焦りながらも綺麗に封を切って、中を見た。

 

 

 

友である一夏へ

IS学園にて、いつもいろいろと気を遣ってくれて感謝している。

お前がいなければ俺は間違いなく、教官と死闘を行ってでも、俺にとっての魔窟である学園から逃げ出していただろう。

そんなお前に感謝しているため、もっと何かお前が喜びそうな物を送ろうかとも思ったのだが……元整備兵士としてどうしても我慢ならなかったので、これを送る。

これは俺も愛用している軍隊御用達のIS専用の整備工具一式だ。

自動調整機能があるため、あまり整備の必要性はないかもしれないが……それでも自分で手入れを行うことが大切だと、俺は思うから。

もう少し整備のことも勉強した方がいい。

整備関係のことに関してならば俺も少しは力になれるはずだ。

篠ノ之さん達に悪いと思って誕生日会の場に俺がいないかもしれないが、後日にでも俺に話してくれれば、整備関係の事を教えよう。

専用機となると少し勝手も違うのでどこまで力になれるかわからないが……それでもよければだが……。

 

っと、すまない。まず最初に言うべきことがあったな。

 

誕生日おめでとう……一夏

 

 

門国護より

 

 

 

(護っ……)

 

一夏はその文面を読んで思わず歯がみした。

この場にいないかもしれないという理由が、あまりにも護らしくて……。

そしてそれとは違う……理不尽といってもいいほどの理由でこの場に護がいないことが、一夏にとっては悲しかった。

 

「一夏?」

 

そうしていると、戻ってこない一夏のことを心配して箒、鈴、セシリア、シャルにラウラが様子を見に来た。

事情のわかっている五人が来るのはある意味で自然と言えた。

 

「すまんみんな。護からのプレゼントが届いてさ」

「ほぉ? 何のだ?」

 

無駄に対抗心を燃やしているラウラが、半ば挑発的とも取れるような態度でそう問うた。

ここで悲しみに浸っても仕方がないということで率先してそんな態度を取ったのだ。

それに内心で苦笑しながらも、一夏は送られてきた物をみんなに見せた。

 

「整備セット……か……」

「あの人整備兵だったんでしょ? これ、かなりいいヤツじゃないの?」

「そうかもしれませんわね。道具の種類もかなりありますし」

「かなり、というか最高級品だよこれ? 本社でも使っている人いたし」

「私の隊の整備兵にも使っているのがいたな。これ以外に道具は考えられないと絶賛していた」

 

皆が皆、少し複雑な顔をしたがそれも一瞬で口々に自分が思ったことを述べていた。

ここで悲しんでも仕方がない。

きっと楯無や、千冬、真耶が見つけてくれる。

皆がそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

そのとき……

 

 

 

 

 

 

ピンポーン♪

 

 

 

再度来客を告げるベルが鳴った。

それに一瞬だけ首を傾げた一夏だったが、それでも千冬からの贈り物も宅急便にしたのかもしれないと思い、しめた扉を開けると……。

 

 

 

デン!

 

 

 

と言うほど大きな段ボールがおかれていた。

 

 

 

「こんにちは織斑さん宅でよろしいですよね?」

「は、はい」

「申し訳ありません判子をお願いします」

「えっと……これは?」

「冷蔵庫じゃないんですかね?」

 

確かに外から見たダンボールには中に入っているであろう冷蔵庫の絵がプリントされていた。

しかし……

 

(……冷蔵庫なんて買ってないんだけど)

 

織斑家の冷蔵庫はまだ新しい方であり、けっして古くはない。

誕生日に千冬が冷蔵庫なんぞ買うわけもなく、その必要性もないためにどうした物かと悩んだのだが……宛先が一夏だったので受け取るわけにも行かなかったのでとりあえず判子を押して玄関の中に入れてもらった。

差出人が不明なのが少し不気味に思えなくもなかった。

 

「……どうするかなこれ?」

 

それが正直な一夏の感想だった。

何せ冷蔵庫だ。

当然のように場所を取る。

織斑家は確かにかなり大きな家だが……たった二人しか住人がいないのに大型の冷蔵庫二つは必要ない。

しかし……それを鋭い目で見つめる一人の少女がいた。

 

「一夏下がれ!」

「? ラウラ?」

「敵の罠かもしれない」

「「「「!?」」」」

 

その言葉に一瞬にして緊張が走った。

確かに不自然と言えなくもない物だった。

全員が一瞬その物体に距離を取ったそのとき……それは起こった。

 

バシュ

 

まるで圧縮された空気が抜けるかのような音が発生し、外装であったダンボールが折りたたまれていく。

その音にとっさに身構える一同。

いつでもISを展開できるようにしていたが……それは杞憂であった。

折りたたまれたことで、姿を現したそれは……

 

「……カプセル?」

 

巨大なカプセルだった。

一夏の背よりも少し高めのカプセルで鉄製の物であり、のぞき窓とでも言うのか……ちょうど顔があるだろう場所に中を見るための窓があった。

だが、内部が真っ暗なために中をうかがい見ることは出来なかった。

 

何が入っているのか?

 

誰もがそんな疑問を抱いたそのとき……それが再生された。

 

『はろはろ~♪』

「え? 束さん!?」

「ね、姉さん!?」

「「「「篠ノ之博士!?」」」」

 

そのカプセルの機械部分から立体映像が映し出された。

その映し出された人物は……篠ノ之束だった。

 

『いっくん、お誕生日おめでとう~。束お姉さんだよ~。元気にしてるかな?』

 

以前臨海学校に紛れ込んだときと同じような恰好をしていた。

そんな再生されている束を見る目は、それぞれが違った。

一夏は純粋に驚き、箒は複雑そうに目を細めていた。

他の女子は少し警戒した目線を、その立体映像へと向けていた。

 

『こーんなにちっさかったいっくんももう16歳かぁ……。時が経つのは速いもんだねぇ』

 

小さかったのと頃で、親指と人差し指で本当に小さな間を作って力説している。

そんな小さいわけがあるか、とお約束のつっこみが入る前に、束は更に話を続けた。

 

『私もいっくんの誕生日会に行きたかったんだけど、ごめんね~。お姉さんは追われる者の身なので、とてもではないけどそう簡単にはいくことができないのだ!』

 

追われる身でありながら未だその居場所の手がかりすらつかまれていない稀代の発明家がそう笑った。

世界中の国家、組織が合法、非合法とわず追っているにも関わらずだ。

それがどれだけ異常なことなのか?

 

『という訳でプレゼントだけ送っておくね!』

 

その言葉と共に、映像が消えのぞき窓の内部が急に明るくなった。

内部のライトが点灯したのだ。

急に明るくなったことで一瞬目を細めた。

その光の先には……人が入っていた

 

……人間?

 

一体誰が入っているのか、と顔をしかめた一夏だったが……次の瞬間には目を見開いていた。

 

 

 

「……って、護!?」

 

 

 

そう……内部にいたのは未だ絶賛行方不明の一夏のIS学園の友人、門国護だったのだ。

酸素吸入のためなのか、顔の大部分をマスクのような者で覆われている上に、それからはみ出して見ることの出来るほどに大きな傷跡が左頬に走っていたが……それは紛れもなく護本人だった。

一夏達には見ることは出来ないが、左手の手の甲には守鉄がきちんと装備されている。

 

『いっくんがいま欲しいのは間違いなくこの人だと思うから私がつてを使って探して返してもらったよ~。感謝したまえ! そして今度おねーさんに何かおごるように! それじゃね~』

 

返してもらうも何も、無人機達は束が送り込んだ者なのだから、返すという方が正しいのだが、それでもまだ無人機の関係を公然と話すわけにはいかないために、嘘を吐いたのだ。

しかし……今の一夏達はそれどころではなかった。

 

「ってことはこの人本当に護なのか!?」

「姉さんは一体何を考えて!?」

「というかこれどうすんのよ!?」

「落ち着いてくださいな鈴さん! きゅ、救急車かしら?」

「救急車にどう説明するのさ!? 織斑先生じゃないの!?」

「そ、そうだ、まずは教官に!!!!」

 

どっすんばったんと、六人で玄関で暴れ始めた。

 

「あの、一夏さん? どうしたんですか?」

「なんだよ一夏? 何か嫌なもんでも送られてきたのか?」

「少しは落ち着け。はしたない」

「織斑君~。お姉さんが持ってきた衣装来て写真取らせてよ~」

 

それぞれがそれぞれの言葉を言いながら玄関へとやってきて合計で10人もの人間が玄関へと集う。

さらには護が入っている生態カプセルまであるので非常に窮屈な状況へとなっていた。

そして……

 

「それ何ですか?」

「って、人間っぽいのが入ってないか?」

「ホルマリン漬けか? 趣味が悪いな」

「……って門国さんじゃん!?」

 

様子を見に来た他の人間もそのカプセルに驚いてしまって、更に場は混迷を極めていた。

結局、何とか冷静さを取り戻した一夏が千冬へと連絡し、とりあえずということでIS学園の機密室へと運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『君が設計したこの右腕に内蔵されたパーツは、公表するとちょっと面倒なことになりそうだから、これに関しては公表しないこと』

 

[心得ています]

 

 

 

……ぅ…?

 

 

 

『パーツの新造と組み立ての代償として必ず定期的にデータを送ること。おまけとしてこの人の治療はしといてあげたから』

 

[はい]

 

 

 

……なんだ…?

 

 

 

『送ってこなかった保険のために爆弾でも体の中に埋め込んでやろうと思ったけど、そんなことはしないであろうと思ったからそれはやめてあげたからね♪ おねーさんの優しさに感謝するんだぞ? 門国君』

 

 

 

……何を……言って?

 

 

 

―――ん!

 

 

 

『それにしても格闘の間合いね~。それに関してはちょっと考えなかったなぁ……。だからいろんな意味で楽しみにしているよ? 君の今後に期待だ!』

 

 

 

――さん!

 

 

 

聞き覚えがあるような声がしていて……

 

その人物と話しているであろう人物の声が聞こえないのは何故だ……?

 

 

 

『いっくんの白式のデータ、さらには箒ちゃんのとれたてほやほやのデータも反映して作ったから、純粋な性能だけで考えれば守鉄君は第四世代になったから、紅椿に肉薄しているよん。うまく使いこなせるかな?』

 

 

 

守鉄が第四世代機?

 

 

 

そんな馬鹿な、守鉄に使用されているのは第二世代のラファールリバイブのはずで……

 

 

 

「門国さん!」

 

 

 

……山田先生?

 

 

 

『しかしここまで私が開発した物のコンセプトを覆す物を開発するなんてね~。楯に関しては苦労したんだからそれも忘れないように』

 

 

 

[はい]

 

 

 

「起きてください!」

 

 

 

『さて? 門国さん? あなたはこの機体で……何をするのかな?』

 

 

 

揺れる意識の中で、二つの声が重なり合っていて……でも俺を呼ぶ声がだんだんと大きくなった。

その声は……俺を救おうとしてくれた人の声で……。

 

……俺は?

 

 

 

「門国さん! 起きてください!」

 

 

 

はっきりと、山田先生の声が聞こえた。

声の感じでなんとなくわかる。

 

……泣いている?

 

声が少し涙ぐんでいる感じがした。

何か、悲しいことでもあったのかもしれない。

 

 

 

……泣いちゃダメですよ。先生が

 

 

 

そう言ってあげたかった……。

だがそれでも俺の声が上がることはなかった。

 

……けだるい

 

これ以上ないほどに、意識がまどろんでいた。

だが、以前山田先生の胸で泣いてしまった時とは違い、安らかさはみじんもなく、ただただ、体が気だるかった。

口を動かすのも億劫だった。

 

まるで、死にかけたとでも言うかのように……

 

 

 

「起きてください……お願いだから……」

 

 

 

懇願にも似た……響きだった……。

ただただ、俺を心配してくれただけの言葉で……。

その言葉を聞いて……俺は何故かすごく嬉しく、そして思ってしまった。

 

山田先生……

 

ただ……この人を泣かせたくないと思った。

しかしそれと同時に……

 

 

 

この人にとって、俺は大事な人でありたい……と。

 

 

 

そう思った。

他人に対して、更に言えば女性に対して……こんな事を思ったことは一度たりともない。

だがそれでもふっと、自然に……そう思ったのだ。

だから……俺は気力を絞って、言葉をはき出した。

 

 

 

「起きて……くだ……」

「……はい」

「!? 門国さん!?」

 

山田先生の驚く声が聞こえた。

何故泣いているのか?

何故驚いているのか?

それらがわからないが、かといってそれで起きないわけにも行かない。

一度声を出すと体に活力が戻ってきたのを感じて、俺はゆっくりと目を開けた。

何故かけだるい体で首を動かして、周囲を見渡す。

ここはどうやら以前に教官に連れてこられた機密区画の一部のようだった。

そのベッドへと横たわっているらしく、ベッドの横には山田先生と織斑先生がいた。

 

「起きたか、門国」

「無事だったんですね! よかった……」

 

厳しい表情でありながらも、それでもどこか優しい表情を浮かべた教官と、涙で真っ赤になった目をした山田先生がそれぞれ俺にそんな言葉を向けてくれる。

 

……俺は

 

どうなったのか?

どうも記憶があまりにも曖昧すぎてぼんやりとしている。

それでもなんとか記憶を掘り起こそうとしながら身を起こす。

否、正しくは起こそうとした。

右腕を使って。

だが……。

 

……なんだこの違和感は?

 

動かすことは出来る。

だがその動きがかなり曖昧だった。

反応が遅いと言うべきなのか……。

何か……別の何かを動かしている感覚だった。

 

それになんだか……

 

感覚が希薄だった。

触れている物の触感などがほとんど感じられない。

動かした感覚はあるものの、どこか違和感を感じる物で……。

 

「門国、落ち着いて聞け……」

「……はい」

 

まだぼんやりとしている頭で考えようとしていて……。

触感がないと思いながらもやはり寝ぼけていたのか……。

その感覚の気迫な右腕を、俺は寝ころんだまま見えるように布団から出して、眼前へと……やった。

 

そしてそれを目にした……。

 

 

 

……なんで手が真っ黒?

 

 

 

まだ目覚めたばかりの頭だからなのか……手が真っ黒だった。

それに驚きつつその真っ黒……というよりも黒に近い灰色へと目をやった。

その視線の先にあったのは……完全なロボットアームだった……。

五指もあるし、かなり人体に近い形をしているが……それでも生身の腕ではない。

そう認識した瞬間に……

 

 

 

 

 

 

「……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

俺の驚愕の声が、機密区画を木霊していた……。

 




……最後の方が微妙かも


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誓い

『後日の試合にて実力を示し、他の人間よりもその機体にふさわしい存在であると認められた場合を勝利とする。勝利したならばIS学園へと戻る事を許可する。ただし敗北した場合は、そのISは封印し、操縦士は研究所へと出向する物とする』

 

 

 

……ずいぶんと横暴であり、急だな

 

それが国際IS委員会本部の監禁部屋にて通達された文書を見た、俺の素直な感想だった。

 

要するに、勝てば天国、負ければ地獄……といったところか?

 

勝てば官軍、負ければ賊軍とも言える。

濃い灰色をした無機質であり、機械的な右腕でその手紙を手に持ちつつ、俺はそんな益体もないことを考えていた。

最初こそ少し違和感のある右腕……だったが、今ではほとんど生身の腕と遜色ないほどに動かせるようになっていた。

 

……まぁまだ格闘時の動きにはついてこれていないのだが

 

日常生活ならば問題なさそうだが、それでも全神経を集中する格闘時ではまだ完璧ではなかった。

というよりもその状況に陥っていないのでそれを判断するのはまだ速いのだが。

 

全く……この腕は何なんだかな?

 

あの日……俺が自爆特攻を行い、それから目覚めたのはIS学園の機密区画だった。

俺が目を覚ますまで数日もの時間が流れていたらしい。

その数日間に何があったのかは……俺にはわからない。

わかっているのは俺の右腕がIS技術で作られた義手になったと言うことだ。

そして俺が目覚めたと同時に、国際IS機関にてとらわれの身となってしまった。

何でも篠ノ之博士が俺を救出したらしいので、接触した人間としていろいろと尋問があるらしい。

更に言えば……

 

守鉄はどうなったんだかな?

 

守鉄に問題があったらしく、今俺の手元にはなかった。

何でも調べてみると第四世代である紅椿と同じ技術である展開装甲が採用されているパーツを使っているらしい。

らしいというのは、俺が目を覚ましてから守鉄にまともに触れていないのだ。

その第四世代の技術を公然と見ることが出来る存在が出来たために、引っ張りだこにる……のでそれを防ぐために国際IS委員会が保護しているらしい。

そして今後の俺の扱いをどうするかを各国と共に検討した結果が……通達された文書だった。

直接的な表現は避けているが……

 

ようするに負ければモルモット、勝てば自由……ってところか……

 

以前よりも俺の扱いがピンキリになっていた……。

以前……つまりは俺が初めてISを動かしてすぐの頃は……二人目の男のIS適応者であっただけだが、今はそれにプラスして第四世代ISまでも付属している。

俺自身はおまけにしても、守鉄を手に入れたいと思うのは必然的だろう。

第四世代技術を使用しているISは守鉄含めて三機だが、その内の二機は世界最強のIS操縦者、織斑千冬の弟である一夏と、IS開発者の妹、篠ノ之箒だ。

 

……どっちも手は出せないだろうな

 

どっちも爆弾クラスの存在だ。

どちらも姉の存在がジョーカーすぎる。

逆鱗である一夏と篠ノ之箒に手を出したらどうなるかわかったものではない。

織斑教官は篠ノ之博士とかなり親しいし……。

そんな手も足も出せない極上の餌のそばに、ぽんとそれと同じ……とまでは言わないもののそれと同レベルの餌が出てきたのだ。

しかもその餌が軍人でもあり、没落した存在であれば……手の出しやすさは雲泥の差だ。

しかし……問題があった。

 

守鉄がうんともすんともいわないらしい……

 

守鉄の存在だった。

何でか不明だが、守鉄はどんなエリートの操縦士でも反応しなかった。

のべ十人以上の人間で試したという……その中にはAランクの適応者も複数人数いたらしい……が、結果は誰もが一緒であり、起動させることは出来なかったらしい。

そして更に問題になったのが、俺の右腕だった。

 

IS技術で作られた……義手か……

 

右腕の黒い右腕を見つめながらそう思った。

上腕の半ばから切断されてしまった生身の腕の代わりになったこの腕。

それも調べてみれば驚くべき事に……IS技術で作られた物みたいで……。

普段使っている内は普通にただの義手だが……ISの技術で作られていることが問題となった。

簡単に言ってしまえば、俺は常に部分展開のようなものを行っているということになるのだ……。

 

あれだけの啖呵を切ったというのにな……

 

あれだけ忌み嫌っていたISを常に身に纏い、さらにはやろうと思えば人をいつでも殺すことの出来る存在となってしまったわけだ。

心中……複雑である。

 

まぁこの義手が、ISと同じ出力で使えるのかどうかは疑問だが……

 

出力もそうだが、誤作動の可能性だってゼロとは言えない。

しかし……その可能性は低い感じがした。

何故かはわからないが……直感と言うべきなのか……。

 

この義手はそう言った誤作動がないという確信にも似た気持ちがあった。

 

篠ノ之博士との接触、守鉄が反応しない、さらにはISの義手という様々な要因で、俺は国際IS委員会に拘束され、冒頭の文章へと行き着くわけである。

ISが反応しないと言うことで困った事になったのだが、それで試しに俺に触れさせてみたら反応したということで、俺にチャンスを与えた。

ということみたいだ。

 

しかし作為的だがな……

 

俺が片腕が義手になったと知っていながらも、それの慣熟すらも出来ない状況下での戦闘だ。

いくら普通に動かせるとはいえ不利がありすぎる。

実際、この右腕には不明な点が多すぎる。

 

一体これはなんなんだか……

 

ISの技術で作られているのはわかったが……逆に言えばそれしかわかっていないのだ。

守鉄(ISコア)が現在手元にない状態で何故動いている(・・・・・・・)のか、誰が設計したのか……等々。

経緯的に考えられるのはどう考えても篠ノ之束博士だが……何か束博士が設計したと考えるのは違う気がした。

 

「さてと……どうするか……?」

 

自爆特攻の時に出来てしまった、大きな左頬の傷の跡に違和感を覚えつつも、俺はそう口にした。

考えようにもとりあえず目の前の問題である戦闘を切り抜けないとどうにもならないのだが……。

その戦闘が女性との戦いになるとわかりきっているのだが……以前ほどの嫌悪感はなかった。

嫌悪感というよりも恐怖がなかった……。

 

……一度死にかけて何かが変わったんだろうな

 

決定的なのは……あの不可思議な現象での光景だろう。

あのとき……俺が見たあの光景は俺の勝手な妄想なのかもしれない。

俺はあれがただの幻想だとは思えないし、思いたくはなかった。

 

だがそれでも……俺は……

 

ただ、実際に聞いたことのない言葉である以上、あれが本当のことであったとも思えないのも事実だった。

 

俺という存在は、両親にとって何だったのか?

 

死ぬ間際に見るのは走馬燈……つまりは過去の記憶の高速再生であるとされているのが、一般的である。

それが事実なのか、創作物などから来たただの妄想なのかはおいておくとして……仮に走馬燈を見るのが本当だとすれば、あれは走馬燈ではなくなる。

 

父上のあんな笑顔は見たこともなければ……あんな言葉を聞いたこともない……

 

過去の記憶に……そんな物はないのだから。

ではあの笑顔と言葉は何だったのだろう。

そう思い悩んでいるときだった。

 

『通信が入っています』

「通信?」

 

ごろんと横になりながら右手を見つめていたときに突然として、そんな音声が部屋に流れる。

それを意外に思いつつも、相手が誰なのかもわからず質問する前に……ウィンドウが俺の前に呼び出されていた。

 

『……久しいな、門国整備兵』

「武皇将軍!?」

 

驚くべき事に、通信の相手は自衛隊の裏の幹部である武皇将軍だった。

それを認識した瞬間に俺は自衛官状態となって、即座に姿勢を正して敬礼した。

 

『敬礼とかは気にしなくていい。というよりも叔父として話をするためにこの時間を作ったんだ。仕事ではなく身内として話をして欲しい。整備兵と言った私が悪かったな。すまない』

「いえ、決してそのようなことは……」

 

身内として話す、といってもこれはかなり難しい。

確かにおれと武皇将軍は確かに親戚関係だが……何せ相手は将軍だ。

俺なんぞは相手から見たら一介の兵士に過ぎない。

天上の存在といっても、決して過言ではなかった。

身内としてみても、名家と没落では……あまり誇れる身内ではないだろう。

 

『ずいぶんと無茶をしたようだな。あまり冷や冷やさせないでくれると嬉しいんだが』

「はい。申し訳ありません」

『まぁ無事に……とまではいかないか。それでも生きてくれて何よりだ』

「……はい」

『……楓も心配していたぞ』

「!?」

 

楓……俺の母の名前が出てきて俺は固まってしまう。

そんな俺を、叔父は寂しそうな目をして見つめていた。

 

『何もしてやれなかった私が、今更叔父面するつもりはないが……。お前の両親がお前のことを大切にしていることだけはわかって欲しい。病弱な妹を持つ兄としての願いでもある』

「……」

 

それにはとっさに返答できなかった。

二人がどう思っているのかを、俺は怖くて聞いたこともなかった。

無言の俺をどう思ったのか……武皇将軍は言葉を続けた。

 

『……名家であった私の家と、お前の父親が……守正が結婚をすると言ったときは正直驚いた』

 

結婚?

 

『私は反対でもなければ、賛成でもなかった。二人が好きあっているのならば問題ないとは思った。だが、没落していく家であった門国に、体の弱い妹を行かせて良い物なのかと?そう思ったのも事実だ』

 

俺の知らない、俺が生まれる前の話だった。

 

 

 

 

 

 

「それでも妹が幸せそうにしていたからな。私は体の健康に注意することを条件に楓を送り出した。そしてそれからそう時間をおかずに、子供が出来たことが告げられた」

 

子供を作ったことは、別段不思議でもなかった。

二人が愛し合っていたのは、当時の二人を知っていれば当然のように知っていることだが、それをこの甥が知るわけもなかった。

 

「医者には更に体をこわす……最悪母子共に死ぬかもしれないと告げられた。故に反対した。この意見がそのまま通っていたら、当然お前はここにいないことになる」

 

当時はまだ、ISが登場する前で技術が飛躍的に向上する前だった故に、楓は本当に死んでもおかしくないといわれていた。

だから反対したのだ。

嫁に行くことが女の最大の幸せ……とまでは言わないまでも、それが一つの幸せの形であるというのは間違いないのだから。

だが……それで命を失ってしまっては何の意味もないのだから……。

 

『……はい』

「だが、それを守正と楓が猛反発したんだ。必ず子供を産むのだと」

『……ぇ?』

 

小さいけれども、決して小さくない驚きが護の口からはき出された。

私はそれに内心で苦笑しつつ、表情は変えずに言葉を続けた。

 

『愛の結晶などとよく言うが、まさにその通りだったのだろう。特に二人の場合は。どちらも普通とはいいがたい家庭だったからな』

 

没落しつつある家と、体が弱いことで普通ではない楓……。

それらの要因が、二人にどんな影響を与えたのかは……どちらも普通どころか、並以上である私にはわかるわけもなかった。

 

「そうしてお前が生まれた。残念ながら、楓は体をこわしてしまったが、初めて見たよ……。寝台で横たわって、ぐったりしながらも……満面の笑みを浮かべた楓を」

 

笑顔を浮かべていたこと。

それは私にとっても半ば驚きだった。

昔から人に体が弱いことで迷惑を掛けている、そう思っていた楓は心からの笑顔というのを私はあまり見たことがなかった。

だがそのかげりのない笑みの中でも、飛び抜けての満面の笑みが……それだった。

 

「体が弱かったことで他人に迷惑ばかりかけていると思っていたあいつは心から笑ったことがなかった。だからそれを見れただけでも、楓が子供を……お前を生んだことが良かったと思っている」

『……ですが』

「その後は言うまでもないが、体をこわした事で楓はほぼ完全に寝たきりになった。……れは完全に私のミスだが、あのときの付き人が、お前と守正にあたってしまった」

 

楓のことを実の娘のようにかわいがっていた人だった。

己の子供が早くに死んでしまったことも、要因の一つなのだろう。

だからこそ体の弱い楓のことを、心の底から心配していた人物でもあった。

 

「そんな状況下で、しかも己の子供を産ませたことで楓の体を壊させてしまったことがあいつにとってもやはり応えていたんだろうな。口数が多いヤツではなかったが、さらに口を開かなくなっていた」

 

裏の名家同士でもあった守正とは多少なりとも親交はあった。

守正は息子の護よりもかなり口数が少ない人間だった。

 

「……だがそんなお前の父親が、お前のことをなんて言ったと思う?」

『……え?』

 

 

 

『自分の息子が生まれたと……嬉しそうに、そう言っていた……』

 

 

 

 

 

 

……ぇ

 

『これは私の勝手な想像だが……あいつはまともな言葉を掛けたことはなかっただろう』

「……」

 

それはまさしくその通りであった。

あの人はほとんど……俺と会話を……。

 

 

 

『だが……その言葉がすべてを語っていると思うぞ……』

 

 

 

夢ではなかったのか……

 

思わず俺は口を押さえた……

 

あの時見た姿と言葉は……

 

 

 

俺が……赤子の頃に聞いた、父上の偽りのない気持ちと言葉だということなのか……

 

 

 

『……叔父として何もしてやれなかった俺が言うことではないかもしれない』

 

 

 

真実だったと……言うのか……

 

 

 

手が……体が震えていた……。

夢でも現でも、幻でもあっても……良かったと思っていた……。

だがそれでも確かな言葉が……事実が欲しくて……。

それを聞いた俺は……

 

本当に心の底から打ち震えていた……。

 

 

 

父さん……

 

 

 

俺はあなたの息子であると……そう言っていいのですか?

 

 

 

俺は……ただそれが知りたかっただけだったのだ……。

 

だから、俺はそれが知れて……すごく嬉しかったのだ。

 

 

 

そんな俺に……掛けられる衝撃の言葉……

 

 

 

『だから、お前をまともにするのにもっとも適切な人間を送っておいた』

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

思わず泣きそうになっていた俺にはその言葉は、思考を停止させるに十分な威力を有しており……。

 

送っておいた?

 

その言葉の意味を咀嚼する前に……スピーカーから別の音声が流れてきた

 

『面会です』

「……面会?」

 

国際問題レベルまでに発展している俺という存在に対して面会というのはかなり無理がある気がする。

てっきり今話している将軍である武皇のおじさまかと思ったが……通信ウィンドウから見える背景に変化がないところを見ると、それはない。

 

 

 

だがその無理をやってのける人物に……そして将軍がそんなことを言ってくる人物に、俺は一人だけ、心当たりがあった。

 

 

 

 

 

 

『んじゃ、後はよろしくな~。楯無ちゃん』

 

 

 

 

 

 

一段とくだけた言葉でそう言うのと同時に……自動ドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは……裏の名家当主、更識楯無こと……

 

 

 

 

 

 

更識六花だった……

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんが見つかった!?」

 

それを聞いたのは私が休日を利用して実家に戻って情報の収集、さらには家の仕事をしているときだった。

いつもの仕事と共に、お兄ちゃんの捜索というのは骨が折れたけど……それをしない理由にはならなかった。

そしてその情報は、疲れ切っていた私の疲れを吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。

どこからその情報が出てきたのかと思って調べてみたら……

 

織斑君の家!?

 

誕生日会を開いている織斑君の実家……というか織斑君と織斑先生が二人ですんでいる家だ。

よもや運送に偽装して人間を輸送するなんて、そんな昔の手法をとってくるとは予想だにしなかった。

すぐにそっちに向かおうとしたのだけれど、さらなる情報を目の辺りにして……私は止まらざるを得なかった。

 

!? これって!?

 

それを見ていてもたってもいられなくなって、私はすべての仕事をほっぽりだして国際IS委員会まで出頭していた。

そうして今……私の気をやきもきさせたなんて言葉じゃすまされないほどに、私の気持ちを荒立たせた人が目の前にいた……。

あっけにとられている様子でありながらも、どこかほっとした様子だった。

なんでほっとしたのか……その感情が、何に起因しているのかを悟った瞬間は、私の頭は一瞬で真っ白になっていた。

 

 

 

 

 

 

室内へと足を踏み入れた六花は、何も言わずにただ俺だけを見つめていた。

そしてその表情が一瞬だけこわばると同時に顔をうつむけて、こちらへと歩み寄ってくる。

その歩く姿には寸分の危うさもなく、身体的に全く問題がないことはすぐに伺えた。

それにほっとして終われば良かったのだが……六花の態度からいってそれはなさそうだった。

うつむけたせいで表情をうかがい知ることは出来ないが、それでもこの雰囲気と、体から発せられる怒気から、六花が怒っているのがわかった。

 

「更……」

 

更識。

そう呼ぼうとするがその前に、更識の左手が横へと振り上げられた。

それが何をするのかなど考えるまでもなかったので、俺はとっさにいつもの癖で右腕を上げて防御しようとした。

しかし……

 

 

 

[……]

 

 

 

先ほどまで日常生活上では自由に動かせていたはずの右腕はうんともすんとも言わなくなって……。

そしてそれに驚いていると、俺の右頬に痛みが走った……。

 

 

 

パン!

 

 

 

小気味よい音……といえばいいのか、それはこの監禁部屋の室内に響いていた。

有り体に言えば平手打ちを喰らわされた。

それだけにとどまらず、そのまま俺に何度も攻撃を行ってくる。

 

「お、おい更識?」

「……」

 

無言のまま、俺の胸をその両手でたたいてくる。

攻撃といっても致命的な物ではないが……それは何故か俺の心を揺さぶった。

痛い訳でもないはずなのに……。

だんだんと叩く手の勢いが弱まってきて……。

そして気づいた……。

 

……泣いている?

 

声を押し殺して泣いているのが何となくわかった。

その涙がどういった物なのかを……考えるまでもなく……。

 

「どうして……」

「更識……」

 

 

 

「どうしてそんなに自分を顧みないの!?」

 

 

 

悲痛な……これ以上ないほどに必死な声だった。

それを出させているのは、間違いなく俺であり……

 

 

 

それが、あのときの行為であることなど考えるまでもなかった……。

 

 

 

封印されたはずの単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)、前羽命手による積層展開と、それの派生系というべきなのか……【神風】と名付けられていたものでの自爆特攻。

あのとき、確かに俺は死ぬことを覚悟し、また守鉄も同様だったと思っていたが、どうしてか俺はこうして生きて……

 

こいつの泣いている姿を目にしていた……。

 

 

 

……こんな俺のために泣くのか

 

 

 

こいつが泣いているのを見るのは……あのとき以来かもしれない。

普段は感情を表に出さないようにしているヤツだから。

出せるわけもない。

裏の名家としての立場の更識には。

だが、そんなこいつがここまで感情をあらわにして泣いてくれているのが……不謹慎でありながらも……

 

 

 

嬉しかった……

 

 

 

そう、素直に思えた。

そんなこいつに俺は何をしてやれるのだろうか?

わからなかった。

だけど……その震えた肩をそのままにしておくのは忍びなくて……俺は静かに肩に両手をおいた。

 

 

 

「お兄ちゃんは……残された人がどんな思いをするのか知ってるはずでしょう!?」

「!?」

 

だがその俺の不謹慎な喜びも、この言葉で頭から冷水を掛けられたのかのように冷えた。

そのことを全く考えていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「どれだけ私が心配したか……どれだけ私が悲しかったか、お兄ちゃんわかっているの!?」

「……あのときはあれが最善だと思ったんだ」

「そんな訳ないじゃない! 大切な人を犠牲にして助かったって……ちっとも嬉しくない!」

 

感情のままに、私はただ怒りと悲しみをぶつけていた。

 

わかってる。

 

あのときは確かに最善と言えないまでも、あの状況を打開するには十分に効果的な手段だった。

 

でもそれはあくまでも結果論だ。

 

こうして今、私の目の前にお兄ちゃんが生きているのが、もうわかっているからそう思えることで……

 

ここ数日で……私がどれだけ心苦しかったのか……

 

もしも……もうすでに死んでしまっているのかもしれないって思ったら……

 

もしも、もう二度とお兄ちゃんと会うことが出来ないと思ったら……

 

仕事が忙しくて寝ている暇がなかったのも事実だったけど……

 

もしも寝るだけの時間があったとしても……

 

きっと寝る事なんて、出来なかった……

 

 

 

「もうあんなことしないでよ……。私のそばから離れないでよ……」

 

 

 

この人は本当に……どうしようもない人で……

 

だけどそれでも私にとっては……大切な人で……

 

だから……私は決めたのだ……

 

 

 

自分の心に正直になるって……

 

 

 

「お願い……だから……」

 

 

 

もうすべてがグチャグチャだった……。

 

何を言えばいいのか……。

 

会ったら絶対にひっぱたいてやるって……。

 

会ったら私がどれだけ苦しんだかを言うって決めてたのに……。

 

 

 

あんな笑顔を見せられたら……自分が特攻して私が無事なのを見て安心した笑顔を見た時には……

 

 

 

すべてが吹き飛んでいた……

 

 

 

どうして……この人は……

 

こんなに……

 

 

 

「……お前を護ることが俺にとってはもっとも大切なことだったから」

 

 

 

!? 本当に……この人は……

 

 

 

私が理由であんな事をしてくれたのだと……嬉しいと思った自分と……

 

私が原因であんな事をさせてしまったのだと……悲しく思う自分がいた……

 

 

 

そんな自分が……悔しかった……

 

 

 

そして、それと同時にこの人の大事に思ってもらっているだってわかって……

 

 

 

嬉しかった……

 

 

 

「……六花」

 

 

 

黙ってしまった私のことをどう思ったのか……そう小さくつぶやいて頭に手を乗せようとした。

だけど、何を思ってかその右手を途中で止めてしまった。

それがどうしてなのかは考えるまでもなかったので、私はその手を両手で優しく包み込んだ。

 

「ぁ」

「温かいよ……」

「え?」

 

心底不思議そうにしている

 

 

どうして……こんな簡単なことをわかってくれないのだろう?

 

それが幼少時の事が原因だとしても……

 

もっと自分を大事にして欲しい……

 

私のそばにいて欲しい……

 

そう思った……

 

 

 

「お兄ちゃんの手は……優しくて温かいよ……」

 

 

 

無機質なこの手が温かいわけがない……

 

 

だけど……それでも私にとっては大事で……温かい手なのだ……

 

私の命を救うために失ってしまったことが、ひどく悲しかったけど……

 

それでもこうしてまたふれあえたのが……

 

嬉し勝ったと同時に、悲しかった……

 

 

 

……どうして、こんなことに

 

 

 

ただ護りたかっただけなのに……

 

けど結果は目の前にあるお兄ちゃんの手が……

 

義手へとなってしまって……

 

護るどころか、いつものように護られてしまって……

 

 

 

だから……私は再度誓った……

 

 

 

なんとしてもこの人を救ってみせる……

 

心がどこかゆがんでしまったこの人を……

 

私にとって大事な人が、これ以上無理を……

 

無茶を……しないために……

 

救ってみせる……

 

私のせいで冷たくなってしまったその右手を両手で優しく握りしめて……

 

 

 

私は、誓った……

 

 

 

 

 

 

面会が終わって俺は今国際IS委員会の整備室へと訪れていた。

すでに更識は面会時間を終えて退室していた。

そして……俺は更識と会ったことで、改めて想いを再確認した。

 

 

 

……帰りたい

 

 

 

母がいる……

 

俺の家に……

 

 

 

そして

 

 

 

あいつがいる……

 

あの人のいる……

 

 

 

あの学園に……

 

 

 

存外に俺も現金だな……

 

 

 

自分の即物的というか……現金なところに苦笑した。

だがそれでも……すごくすっきりとした気分だった……。

きっと……いろいろなつかえが取れたからだろう。

だが……それでもまだ俺にはやらなければいけないことがいくらでもあった。

だから……

 

帰ろう……あの場所に

 

自然とそう思えたことが嬉しかった。

きっと……戻ったら戻ったで、まだ完全に復帰したわけではないから、きっと死ぬほどの目にもあるだろう。

だが……それを差し引いてでも俺は伝えたい言葉があった。

 

よし……

 

今度こそ腹が据わった。

勝負に勝たねば鳴らんと言うのならば……

 

 

 

勝ってみせる!

 

 

 

そう意気込むのだが……いかんせん慣熟訓練が全く行えないというのは痛かった。

しかも相手は相当の手練れだという。

さらには俺()苦手な遠距離攻撃を多用するタイプらしい。

情報だけは回ってきているのだが……。

 

ビットが六機……

 

ビーム搭載型のビットが六機。

さらには遠距離兵装に、近接型のブレードまで搭載されており、操者自身も接近戦が得意だという。

死角はほとんどないと言っていいだろう。

 

……勝たす気ないな本当に

 

あまりにもあけすけなこの状況に辟易してしまう。

だがそれでもやらねばならないい以上、やるしかない。

だからこそこうして何とか交渉して整備だけでもさせてもらえるようにしたのだから。

 

といっても更識にも手伝ってもらったが……

 

あいつも勝負の条件は知っているのか素直に手伝ってくれた。

その気持ちにも応えるために、俺は守鉄を展開したのだが……呼び出したその機体のあまりの異質さに……

 

 

 

絶句した……

 

 

 

「なっ……」

 

 

 

あまりにも異質であり、異常だった。

今までのISからはかなりかけ離れた構造をしていた。

だがそれ以上に……驚いたことに……

 

 

 

右腕が……ない?

 

 

 

展開し、武装やボディすべてがライトに照らされている状況でありながらも……

 

呼び出したその装甲に右腕は……

 

 

 

なかった……

 

 

 

 

 

 

 




後二話で終了予定
いや~長かったわ~


RMHほどではないにしろ……




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守鉄専用装備

ついにこの日が来た……

 

監禁日より数日が経過した……。

俺の運命を決める試合の日へとなり……今俺はこのIS委員会のアリーナのピットへと来ていた。

これからの十数分が……俺の今後を左右するのだ。

 

すなわち……実験動物か、あの場所へと戻れるかの……

 

「……しかしまさかお前が勝負を受けるとはな」

 

そのピットにて……織斑教官がサポート役というか、ピットにて試合の経過を見守る役目を仰せつかったようだった。

サポートというよりも、見守るために立候補してくれたらしい。

それは俺を助けるためということであることは、間違いなかった。

 

「……自分でも驚いています」

 

だがそれは教官の優しさであるが故に、それに対して礼を言ったりはしない。

言葉に出来ないという事もあるが……感謝の念だけは忘れなかった。

左手に装着された守鉄を、俺の鋼鉄の右腕で握りしめてただ静かに瞑目していた。

 

その胸に宿した……想いを握りしめるように……

 

「信念ではなく……勝たねばならない理由が出来ましたが故に……」

「……ほぉ」

 

俺のその言葉に教官は、少なくない驚きの声を上げていた。

俺自身も驚いているのだからしょうがないとは思う。

だが……それでもいくつもの理由がある故に、俺は戦わねばならない。

 

この守鉄で……

 

どういう経緯でこうなったのかは謎だが……こいつは変化ですらも生ぬるいほどの変貌を遂げていた。

それの全貌を理解したわけではないし、何故こうして変貌したのかもわからない。

理由として考えられるのは間違いなく篠ノ之博士だろうが……何故守鉄を変えたのかはわからない。

 

敵視されていたはずだからな……

 

敵視とも違うというか……虫を見る感じだったがために、敵視ですらなかっただろう。

わからなかったが……これは幸運と言うしかない。

 

 

 

それ(俺の命と右腕)が俺の大切な相棒の成果であることを俺は知るよしもなく……また生涯を通しても知ることがないだろう……】

 

 

 

この力ならば、負けない戦から……勝てる事が出来るようになった。

ならばこの力をもってして、俺は勝負に勝ち、戻ってみせる。

 

 

 

【俺の相棒が……命を救ってくれて、そして俺を進ませてくれたことも……】

 

 

 

あの場所へ。

俺が果たさなければならない場所へ。

 

 

 

【それでも俺はこいつを信じて……】

 

【こいつと共に生きていく……】

 

【生きていきたい……】

 

【俺にとって大事な存在と……】

 

 

 

【共に!!!!】

 

 

 

両手を開き……その両手を力強く握りしめた……。

手甲を装備した左手。

血の通らないこの鋼鉄の右腕。

だがそれは血が通っていないだけで、冷たい手ではない。

それを……この左手の手甲が教えてくれる。

 

「克ってみせる……」

 

敵に……己に……克ってみせる

 

勝てる要素はほとんどない。

何せ敵は適性Aランクで教官に互角以上の実力を持った超エリート。

篠ノ之博士には及ばないまでも、相当の天才達が鎬を削る思いで作った最新鋭機。

対して、こちらは適性は最低ランク級のD。

装備こそ最強クラスでだが、一度も使用したことのないぶっつけ本番。

慣熟訓練もしたことがない。

 

さらには、この右手の慣熟すらも終えていない。

 

格闘家の俺としては片腕が完全に使いこなせないこの状況では、勝負を受けるべきではないだろう。

 

だがそれでも……負ける気はしなかった。

 

 

 

否……負けるはずがない……

 

 

 

この相棒となら……

 

 

 

「……掛ける言葉多くはない」

 

そんな俺へと、教官から言葉が贈られる。

それを黙って聞いた……。

 

 

 

「待っているぞ」

 

 

 

「……はい!」

 

ピットの入り口が開かれる。

それは試合を告げる……開戦の狼煙だった。

 

装甲……展開……

 

左手の守鉄へと指令を送る。

それに呼応するように、手甲が淡く発光した。

 

 

 

「参るぞ……守鉄!」

 

 

 

先の特攻を行ったときと同じ言葉……。

だがそれを紡ぐ想いと目的はまさに対極……。

 

生かすために死ぬのではなく……

 

 

 

己が生きるために……俺は往くのだ……

 

 

 

俺の言葉と想いを受けて……守鉄がその装甲を展開した……。

 

 

 

鋼色のその装甲は、俺の体全体を覆うかのように形成されていく。

 

体全てを……それこそ隙間なく覆うように装甲が纏っていく。

 

それはまさにパワードスーツのように体を纏っていった。

 

それは俺を護る鎧であり……武器であった。

 

それを更に堅固するために、三枚の巨大な楯が展開される。

 

楯にそれぞれ……三つの兵器を装備した、巨大な楯を。

 

そして最後に、四肢の装甲が纏われていく。

 

だが、右腕だけはほとんど変化がなかった。

 

否、この腕は元々そのための腕なのだ。

 

この右腕は……展開装甲を展開するだけでIS装着時と同じ状態へと変化できるのだ。

 

四肢の装甲が展開し……再び閉じた。

 

 

 

展開がすべて完了し……そこに三機目の第四世代機が姿を現した。

 

 

 

行こう……守鉄……

 

 

 

[御意に]

 

 

 

守鉄と会話をして、俺はその新たな装備の名を呼んだ……

 

 

 

 

 

 

「守鉄【護式(ごしき)】、参ります!」

 

 

 

 

 

 

……めんどくさいわね

 

それがアリーナにて先にISを展開して相手を……護を待つ対戦相手、リティ・フォルナの正直な思いだった。

アメリカのとある企業に所属する専用機持ちであり、適性、実力共にエリートと呼ぶにふさわしい人間だった。

そんな彼女が乗る機体の名は、アメリカが開発した第三世代機の「シャイニング・レイン(光の雨)」だった。

ビットを六機搭載し、さらには巨大なライフルを装備している。

ビットには三つの砲口に、一回り大きな砲口の計四つがそれぞれに装備されている。

三つの砲口からガトリングにて光弾をはき出し、一回り大きな砲口より実弾を撃ち出す。

そして手にしたライフルの二つの砲火……巨大なビームライフルと戦車砲並みの口径を持つ対IS用の実弾……にてとどめを刺す。

単機にて多数の敵と戦うことを想定に開発された機体である。

また近接戦闘にも対応できるようにナイフが二本、そして圧縮空気噴射口にて威力と剣速を倍加させる剣が二本搭載されてる。

この剣は両腰に装備されており、使わないときは姿勢制御と加速に使用することが出来る装備である。

第三世代機でもかなり上位に位置する機体だ。

その分当然のように扱いはピーキーとなってしまったが、それらすべてを過不足なく使用することの出来るほどリティは抜群の腕前を有していた。

 

その自負と自信が……冒頭の心の声へとなるわけである。

 

何故私がこんなことを?

 

企業にて最先端の技術を応用した機体、およびそれらが使用する武器の開発にも関わっているために、彼女には時間がかなり貴重であり、多忙であった。

また接近戦兵装も扱えるように、血のにじむような努力も行っている。

故に相手が男であり、適性がDであろうとも見下したりはしない。

 

さっさと片付けて帰ろう

 

彼女にとっては自分のこの機体や、他の武器達のとの時間が大切であった。

開発といっても、それはあくまでも試験者として意見や要望を言っているために、武器そのものを開発しているわけではない。

だがそれでも彼女の発想のおかげでこのシャイニング・レインの機体の完成度が上がったのは事実だった。

第四世代機であるという敵の機体にも興味がないわけではないが……それでもリティはさっさと相手を倒して帰ろうと考えていた。

そして、その対戦相手が現れる。

 

……来たわね

 

先ほどまどの気だるげな態度は一瞬にして消え去り、鋭い眼光を相手へと向けて……彼女は驚愕した。

 

……小さい

 

リティが見たその機体……門国護が纏って現れたそのIS。

 

 

 

その機体は……異様の一言に尽きた。

 

 

 

まるで甲冑であるかのように隙間なく覆われたISの装甲。

顔すらも装甲で覆われていている。

そして背中と両肩に装備された、体を覆い隠すことも可能なほどに巨大な楯。

 

だがそれ以上に異様なのがその身体だった……。

 

……これではまるでSFなんかに出てくるロボット兵ね

 

装甲が体全体を覆っている。

逆に言えば身体的特徴はそれだけ……パワードスーツを着た存在であるということだ。

つまり手足がISによって巨大化していないのである。

 

 

 

それが護を守護するために守鉄が設計し、篠ノ之束の技術力によって完成した……

 

 

 

 

 

 

「守鉄【護式】」だった

 

 

 

 

 

 

相手がなんであろうとも、倒すのみ!

 

 

 

一瞬敵の機体の異質さに驚いたリティだったが、それでも彼女は優秀であり、判断が速かった。

すぐに思考を切り替えて、戦闘体制へと移行した。

 

 

 

ビー

 

 

 

そして開戦のブザーが鳴り響いて、戦闘が開始される。

遠距離攻撃型機体の特性を生かすために、リティが後方へと瞬時に移動するのだが……。

 

移動しない?

 

()はブザーが鳴り響いても行動するそぶりを見せない。

いや、それどころか全く持って行動をしなかった。

最初に飛来して空中で制止してから全く動こうとしていなかった。

それを不思議に思うが、かといってそれで行動が変わるわけではない。

 

射出!

 

ビット六機をすべて射出した。

そして、それらを同時に操りフェイントを織り交ぜながら接近させてビームを発射する。

それと同時に手にしている銃からもビームを発射する。

ビットを自在に操りながらも、自身による攻撃も過不足なく行えているのは、間違いなくエリートといって良かった。

迫り来るそれに対して、()は……両手を使用して弾き、更にその巨大なシールドが体と接続されているアームによって稼働して、無数のビームをすべて防いでいた。

そのことに軽く衝撃を受けたリティだったが、右腕の挙動が若干鈍いことを彼女は見逃さなかった。

 

そう言えば、右腕を切り落とされたばかりだって

 

渡された資料にはそのように明記されていたことを思い出した。

更に言えばISの技術で作られているために、それが問題となっているとも……。

生身に近いサイズのその右腕に驚きつつも、彼女はそこに狙いを定めた。

 

……踊らされるのは気に入らないけど

 

国際IS委員会の思惑通りに行くのがすこし勘に障った。

貴重な存在と言うことはリティも当然のように理解していた。

何せ第四世代だ。

第三世代の開発すらも未だ試験的と言っても過言でないこの状況で、それを飛び越えての第四世代機。

興味がないわけではない……だがそれでもここまで有利な条件下での戦闘に気乗りしないのもまた事実だった。

だが……それはあくまでも()の都合。

 

私には関係がない

 

そう割り切っていたが、それでも()の弱点を狙うのをためらってしまうが……それは()の都合と割り切って、攻撃を続行する。

 

ヴォォォォォ!

 

凄まじい連射音が()へと降り注いでいく。

その名が記すとおりの、雨のような弾幕。

それが完全に、完璧に制御された六機のビットから全方位より発射されるのだ。

それをすべて防御するのは至難と言って差し支えない。

しかもそれがすべて適当にではなく、完全に制御された上に本人も攻撃を行うのだ。

遠距離より七箇所より攻撃される。

すべてのビットを完全に制御し、精密な射撃による飽和攻撃。

これがリティのシャイニング・レインだった。

 

彼女は間違いなく、世界でも指折りの実力者だった。

 

その実力を彼女自身きちんと認識しているからこそ……()の対処に驚愕した。

 

……なに、あれ?

 

それを()は最初事ぎこちないながらも徐々に、徐々に……その右腕と三枚の楯を駆使して着実に、確実に……。

リティの攻撃を防いでいった。

慣熟訓練を全くしていないにもかかわらず、()は数分と経たずに対処能力を向上させていった。

異様な速度でその動きの精度があがっていた。

リティの搭載武器はどれもが速度が音速を超えている。

それをすべて確実に防いでいる。

 

一度も使用したことのないこの兵器を、ほぼ完全に制御していた。

 

はっきり言ってそんなことはあり得ない。

 

どれほど優秀な人間とはいえ、初めて纏うISでは絶対に意識と体の動きに齟齬が生じる。

 

だというの敵は生身ではない右腕しか、動きに遅滞がない。

 

 

 

まるでそれが当たり前であるかのように……。

 

 

 

そのことも脅威だったために目をむくリティだったが……ふと違和感を覚えた。

 

……これは

 

それが何なのかわからなかった。

研究者でもある彼女はそれを推理し始めた。

むろんその間も攻撃の手を休めてはいない。

 

 

 

 

 

 

[人機同心……完了]

 

 

 

 

 

 

だが……それを考えきる前に、さらなる驚愕が彼女を襲った。

 

 

 

バカッ

 

 

 

そんな音がアリーナに響いた。

それの発信源は敵の楯からであり……作動したのは、巨大な楯に装備されたビットだった。

それがいくつか作動したのだ。

 

!? バカなのかしら

 

その行動に一瞬こそ動揺したものの、リティはすぐに立て直す。

何せビット兵器だ。

これは己以外の存在を自在に操らなければならないという事で、非常に扱いの難しい装備である。

空間を完全に把握しなければならない装備だ。

ハイパーセンサーにて視覚野の外なども認識、知覚できるようになっているが……それでも生身の感覚が染みついてしまっているために、それを完全に使用できる者はそう多くない。

データを見た限りでは、対戦相手である()はビット兵器を操作したことはなかった。

故に苦し紛れの動作であるとリティは判断した……。

 

 

 

だがそれは、半分正解であり半分は外れであった……。

 

 

 

ボッ!

 

空気を押しのけて、それら複数のビットがリティへと襲いかかる。

一つはリティへと突撃し、一つは遠距離よりビームを放ち、さらには()のそばで()を護衛しているビットもいた。

それはすべて、複雑で機動の読みにくい軌跡を描いていた。

その動作に……一部の乱れもなかった。

 

うそっ!?

 

今度こそ、リティは見るからに動揺した。

複数のビットは、それこそリティが動かすのと同レベルの機動を描いて、リティを襲っていた。

 

一度も操ったことのないビットをここまで正確に!?

 

ちらりと、回避を行いながらリティは護へと視線を投じる。

()からのビット射出によって、攻撃の数が減ったために先ほどよりも余裕で護はリティの攻撃を捌いていた。

捌いてはいるものの、己自身は全くと言っていいほどに機動していない。

確かに自身が動かずにビットのみに操作を集中すれば、そこそこビットを使える人間は多い。

しかしそれでもただの一度も動かしたことのない人間がビットをここまで自由に操るのは無理があった。

 

こいつ!

 

だがそれでも彼女は優秀だった。

被弾はしたものの、それはほとんどが致命的なダメージではなく、また絶対防御も発動することなく、彼女はそれらのビットから放たれるビームを避けていた。

だがそれで()も攻撃の手を休めるわけもなく、執拗と行っていいほどに攻撃を敢行してくる。

 

先にこっちを!

 

戦場では数を減らす、もしくは弱い者から仕留めるのが定石である。

彼女はそれを十全に理解していた。

手にしたライフルを、回避行動を行っているビットへと向ける。

そして引き金を引く。

その攻撃によって破壊までは行かないまでも、事実上の攻撃不可能までは行くかに思えたのだが……。

それは見事にビーム兵器を弾いていた。

 

!?

 

ビットそのものがまるでシールドエネルギーで護られているかのような弾かれ方だった。

またそのはじき方も異様だった。

まるで……幾重もの層をもつもので弾かれたかのように……。

 

この機体!

 

ようやく……というべきか。

ここ事にいたってようやくリティは()の機体が……護が纏ったISが見てくれだけが異様な機体ではないことに気づいた。

 

 

 

守鉄【護式】

この機体は、束が思い描きながらも時間がかかるために、開発を断念した構想の装備。

それを可能としたのが、守鉄だった。

主を護るために、少ない方法でどうすればいいのか? 守鉄はそう考えた。

セカンドシフトを行うことも考えたのだが……それでも急激すぎる変化はさらなる負担を主へと掛けてしまう。

更に言えばまともにデータも取れていないのにセカンドシフトを行うのは愚の骨頂だった。

そう考えた守鉄は己の力を使用して……ある特殊な能力(ちから)を思い描いた。

その能力(ちから)が前羽命手。

そしてそれを応用して開発したのがシールドエネルギーの積層展開だった。

この装備は、それ(能力)を最大限に使用するために作られた装備なのだ。

この装備は……機体は、束が思い描いた第四世代のもう一つの形。

紅椿、白式が「戦士型」であるならば、守鉄護式は「魔法使い型」に分類される。

単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)を応用しての変則的、応用力の高い機体の開発を目指したのだが、単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)がそうそう簡単に発動しないこと、単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)があまりにも特殊であり千差万別な存在であること、またそれを扱いきれる人間がいないので諦めてソフト面ではなく、ハード面に力を注いだ結果が紅椿、白式である。

半ば諦めていた構想を勝手に作ったのだから束としてはどうしても手に入れたい存在となったために、護を拉致し、さらには守鉄の要求を飲んで護式という装備を開発したのだ。

 

 

 

故にこの機体に敗北の二文字はない。

あってはならない。

だがリティはそれを知らない。

最初からなめてかかってはいなかったが、彼女は全力で相手をたたきつぶすことにした。

 

「舐めないでもらいたいわね!」

 

腰に装備している剣の姿勢制御も行い、彼女はほとんどすべての攻撃を避ける。

そしてリティの行っている射撃攻撃を護はそのすべてを防ぎ、弾いていた……。

どちらも互いに全く譲らない……拮抗した状況へと陥った。

 

それがしばらく続いて……彼女は異変を感じ取った。

 

 

 

……どうしてまだ動ける?

 

 

 

護の機体。

確かに攻撃をその四肢で弾き、または三枚の楯で防ぐことによって絶対防御を発動するような状況には陥っていない。

だが試合開始からすでにそれなりの時間が経過している。

その間()はビット以外に攻撃を仕掛けていない。

それに対してリティはビットと手にしたライフルでそれなりの攻撃を行っている。

また回避もほとんど完璧に行っているために、彼女はほとんど無傷と行って良かった。

確かにビームを撃つこと、回避行動によってエネルギーは消耗している。

だがそれでもビーム兵器に何度も被弾しているはずの()が何故未だに動けるのか不思議であった。

 

どうし――!?

 

しかし、それを考える暇を、ビットが与えなかった。

守鉄に装備された九つのビットの内すでに六枚……リティが操るのと同じ数のビットが、リティを襲っていた。

それはつまり、試合開始から現在までの時間だけで、敵はリティとほとんど同レベルのビット操作技術を身につけたということになる……。

いくら敵が制止しているとはいえ、それはもはや異様ではなく異常だった。

 

敵の機体の異様さ。

 

ビットの間断のない攻撃。

 

未だに動くことの出来る異様なエネルギー。

 

それらすべてがない交ぜとなって、リティの思考力と精神力をそいでいく……。

 

 

 

だったら!!!!

 

 

 

すでに短くない時間が経過していた。

それによって貴重な時間と精神力を削ぎ取られてしまったことで彼女は少し冷静さを欠いていた。

嫌気がさしたために、最悪の手段を選んでしまう。

 

ガシッ!

 

両手で構えていたライフル。

その左手を離して、リティは腰に装備されている剣の柄へと手を伸ばした!

 

遠距離がダメなら、接近戦で仕留めてあげるわ!

 

敵がカウンター主体の格闘に特化した人間であることは、リティに渡されたデータにきちんと掲載されていた。

相手が……門国護という男がカウンターを主体とした格闘術を行う敵であるということを。

またこの視界の中で見せる護の動きが、一定の水準を遙かに超越した物であるということはわかっていた。

 

だがそれでも彼女は、研究者であったのだ……。

 

 

 

護の腕がすごいと言うことはわかったが、それがどれだけのレベルなのかは……わからなかったのだ。

 

 

 

ビットから放たれる攻撃を避けつつ、彼女はその剣を手にして突貫した。

 

断言できる……。

 

彼女には才能があった。

 

それこそ、研究者としての能力だけでなく。

 

剣士としての才能が。

 

それを彼女もある程度理解しているために、過剰な威力を備えている剣を腰へと装備しているのだ。

 

またその才能だけではなく、努力も行っていた。

 

過去のモンド・グロッソにて、最強の存在である織斑千冬に敗北した。

 

剣一本のみで自分に挑んできたその存在に……。

 

それ以来、彼女は必至になって努力をしていた。

 

射撃の腕だけでも相当の実力を誇っていた彼女は、更に強くなっていった。

 

モンド・グロッソ第三位というのは、嘘でも虚構でもなく……。

 

 

 

真実なのだ。

 

 

 

そしてその時よりも実力の上がったリティが手にした剣が……敵に向けて振るわれる。

 

 

 

沈め!

 

 

 

遠距離攻撃によってそれなりのダメージは与えたはず。

故にかなりのダメージを与えると踏んだのだが……。

しかしリティはそれでもどうしても一瞬だけ浮かんでしまった一つの単語が頭から離れなかった。

 

ここまで攻撃しても全くエネルギーが減った気配がない……

 

考えられることはいくつかあった……

 

エネルギー総量が多いのか?

 

もしくはエネルギーを増加、増幅しているのか?

 

しかし後者は他の第四世代の紅椿の単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)で絢爛武闘がある。

 

単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)は発動時に金色に輝くという特徴があった。

 

しかし敵の機体からは単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)が発動した感じはなかった。

 

では何故敵は未だに動けるのか?

 

それら以外に考えてられることは、増加ではなく生産か……

 

 

 

エネルギーを吸収しているから……ではないのか?

 

 

 

そんなことが頭を一瞬とはいえよぎったのだ。

 

だからこそ、彼女はそれを振り払うかのように、その剣を握ったのだ……。

 

しかしそれは、じっと静かに身を伏せていた虎の間合いに入り込んでしまった……

 

 

 

愚かな選択であった……。

 

 

 

噴射口より、熱風が吹き荒れて剣速が増す。

それは並大抵の物では扱えないほどの出力を持っていた。

それを御し得るリティは、間違いなく一級の腕を持っていた。

 

だが……

 

こと防御と速攻の反撃に関してでは、一流すらも超えている存在である者が……

 

 

 

門国護だった。

 

 

 

「……」

 

袈裟斬り振るわれたその剣を、()はしかと見据えて……約一歩分だけリティへと近寄った。

そして……その剣を振るっている腕を取ったのだ。

 

なっ!?

 

今まで誰もがしてこなかったその行動に瞠目するリティ。

高速で接近し、さらなる速度で振るわれたその腕を取ったのだ。

普通はそんな速度で振るわれたものを、目で見ることすらもかなわないはずなのだ。

 

しかし今回の相手は違ったのだ……。

 

人でありながら機械であり……

 

機械でありながら人である……

 

そんな存在となっている(護と守鉄)が相手だった……。

 

 

 

全身を覆うことで触覚すらも遮断した。

だがそれはあくまでも普段の感覚で言うのならばである、という前書きがつくのだ。

ハイパーセンサーは人の五感を鋭敏化した装置。

故に全身が包まれていようとも普段以上に空気の流れや、動体視力の向上により敵の動きを捉えることが出来る。

ほぼ完全に一心同体化している状態であるために、敵の接近は容易に把握できる。

センサー(守鉄)が捉えたその情報を、護は一寸も疑わずに信じ、その敵の行動に対して最適な動きと対処を取る。

 

 

 

腕を捕まれて瞠目するが、それでもすぐに冷静になった。

このまま攻撃をされるわけには行かない。

そう思い右腕で手にしたライフルを向けようとしたが……そこで気づいた。

 

懐に!?

 

そう……腕とライフルの長さのために、攻撃できる距離ではなかった。

普段の体であれば、零距離とは言えない。

だが……リティが纏ったISと護のISとでは、体格が違うどころの騒ぎではなく、大人と子供と言っていいいいほどに、手足のサイズが異なっている。

さらに全身を隙間なく覆うことで……火炎からも身を守ることが可能となっている。

絶対防御が発動せずとも……少しは護の負担を減らすことが出来る。

しかしかといってその装甲が邪魔になるようなことはない。

そうでなければ相手の手をつかみ、懐に潜り込むなんて言う動作が出来るわけない。

それはもはや至近距離と言っていいほどの距離だった。

そして懐に入られたリティの顎に掌打が見舞われ……。

 

 

 

そしてその数瞬後……それは爆発した。

 

 

 

――っ!?

 

 

 

何だ……そう思考し終える前に、リティの意識はその力による凄まじい衝撃に耐えることが出来ずに、意識を失った。

 

 

 

そして、試合終了のブザーがアリーナへと鳴り響いた。

固唾をのんで試合の成り行きを見ていた人間達には、何が起きたのか全く理解できていなかった。

護から見れば勝った方が……リティから見れば負けた方が不思議である、そう言っても不思議ではないほどの条件だった。

だがそれを護と守鉄はひっくり返したのだ。

 

誰もがあっけにとられる中……

 

ただ空中に静かにたたずんでいる(護と守鉄)は……

 

その場に制止したままだった……

 

 

 

しかしそこでようやく人間らしい動きを見せた……

 

 

 

右腕を上げて……静かに手に力を込めて握りしめた……

 

 

 

その鋼鉄の右腕を……固く、堅く……

 

 

 

 

 

 

……これで……俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




守鉄【護式(ごしき)
己の主である護を守護するために守鉄自身が設計した機体……というよりも装甲と武器。
「護式」には「護のための装備」「守鉄が護を『護る』ための装備」という、二つの意味が込められている。
開発コンセプトは「いかに動かずにいられるか」「長時間の戦闘を可能とする」である。
IS〈インフィニット・ストラトス〉の「メカ×美少女 ハイスピード学園バトルラブコメ」のキャッチフレーズに真っ向からケンカを売っている装備。

これは「門国護」「守鉄のコア」の二つがそろって初めて真価を発揮する装備である。
それは各々の役割分担が完全に決まった装備であるからだ。
格闘の間合いが狂う事を嫌った護のために、完全なパワードスーツへと設計されているその四肢と体躯は護自身が動かす。
しかし今回だけは例外として、守鉄が護の思考を読み、右腕の操作の補助を行っていた。
ビットはそのすべてを守鉄自身が操作を行うように設計されているため、守鉄の信号以外操作を受け付けない。
楯は半ば一心同体となっている二人のどちらもが使用できる。
さらなる特徴として、この機体は競技ではなく実戦を想定して開発されている。


武装各種

【アブソーブシールド】
守鉄【護式】の両肩と背中にアームで接続、装備されている身を覆い隠せるような巨大な楯。
それは敵のエネルギー関係の攻撃を「吸収」するための楯である。
吸収といっても100%吸収できるわけではない。だがそれでも、ただ被弾するのとでは天と地ほども差があるほどに戦闘継続時間は延長される。()を守護し、増援が到着するまでの時間を稼ぐための楯である。
またこの楯はスラスターがいくつも装備されているため、逆に増援に向かう際にも高機動型と同等の速度を出すことが可能である。それに併せて四肢の展開装甲も展開し出力することで、紅椿にすらも匹敵する速度が出せる。


【S2Gビット】
Shield、Sword、Gunの頭文字を取っただけの名称。
その名の通りで、楯、剣、銃となるビットである。これは守鉄自身が操作する武装であるため、護が操作することは出来ない。また仮に出来たとしても護には満足に使用することが出来ない。
この装備の意義はずばり

「楯で吸収されてる! ビットが邪魔で満足に攻撃できない! だったら接近戦で一気にダメージを!」

と相手に思わせるための装備である。防御においては他の追随を許さない護相手に接近戦というのは愚の骨頂である。
またこのビットは護以外にも護るべき対象を守護することも出来るように設計されている。


【四肢の展開装甲】
第四世代であるがゆえに装備されている展開装甲。
これは護の「カウンター攻撃」を速度と威力を倍加させるためのものである。またこれによって高速で敵の攻撃を捌くことも可能となっている。
実弾、エネルギー武器を問わず射撃に関しては、シールドエネルギーの積層展開を纏わせた四肢でほぼ無傷(シールドエネルギーの減少がほぼ皆無)で弾くことができる。


【右腕(義手)】
護の切断されてしまった腕の代わりとなっている義手。これはISを装備したときの腕と同じ物であるため、「ISの部分展開」を常時行っていることになる。すべてを圧倒したISの腕であるために、かなりの強度と出力を誇る。
普段はただの義手だが、展開装甲を展開するだけで他の人間にとっての部分展開を使用可能なため、エリート達の部分展開よりも遙かに速い速度で部分展開を行うことが可能。これによって護の対処能力は向上している。
またISを全身に装備せずに部分展開だけで、シールドエネルギーを展開、積層展開も使用可能なため、生身の状態でありながら絶対の楯を所持している。
右腕のみ部分展開で展開装甲を展開し、出力することでほぼ生身でありながらISの攻撃にも対応可能。


単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)
【前羽命手】
この単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)は、シールドエネルギーの積層展開ではなく、「シールドエネルギーの自在展開」が本来の効力である。
積層に展開するのも自在に操作できるからであって、決して

単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)=積層展開

ではない。
一夏と山田先生を救ったのは、二人の前面に設置したシールドエネルギーのおかげである。
神風もそれの応用である。
本人は認識していないが【裏技】として、高速で動く敵の進路上にこれを展開することで「空中で見えない壁に高速で激突」という、妨害とダメージ与えることが可能。何せ音速を軽々と超えている速度で飛翔しているISが、何の備えも無しで激突したらダメージは必至なので、当然のように絶対防御が発動する。
そのためこれを使えば相手にかなりの心理的ストレス(いつ進路に壁を設置されるかわからない&当たれば大ダメージ)を与える嫌らしい戦法。
しかし護自身がそれに気づいていないのでおそらく使用しない。


人機同心
守鉄護式を纏ったときに起こる、護と守鉄の一心同体状態。
これは、二つの意識が同調して一体化することにより、戦闘能力と対処能力を飛躍的に向上させる物。
ハイパーセンサーによる恩恵をほぼ100%受けることの出来るシンクロ状態。
通常人間の五感でしか感じ取れないものを更に拡大、鋭敏化したものがハイパーセンサーであるが、よほど慣れていない限り、それの機能を完全に引き出すことは難しい。特にビット兵器が存在する以上、全天周囲の状況を把握しなければ早々に撃破されてしまう。だがこの人機同心状態では、()守鉄(IS)が融合するために、半ば最強の存在へと昇華される。
ビットを守鉄が操作し、飛来する敵の攻撃を護が認識し、それを受けてアームを駆動させて守鉄が楯を動かす。四肢は当然護が動かすが、展開装甲時などは守鉄がそれをサポートする。
といったように、互いが互いを支え合って守鉄護式の装備を使用する。
これ故にビットをすぐに使用できるようになった。




極秘事項
特殊兵装「S・E・T」

シールド・エネルギー・タンクの頭文字を取った装備であり、これの存在を知っているのは設計した守鉄自身と、それを開発した束だけである。
人を護れるのならば己の命すらも犠牲にしようとする主を護るために、守鉄が設計した……それを言うのならば「護式」そのものが「護を守鉄自身が守護する」ために設計開発された者であるが……装備である。
絶対防御一回分だけのエネルギーが封入されており、コアと護が離れてしまったときに右腕が動かなくなるのを防止するための装備でもある。基本的に試合などの状況に陥った場合はこのエネルギーが使用されることはない(命の危機に瀕した場合はその限りではない)。が、実戦となれば関係なく守鉄は使用する。これがあるために、軟禁状態時にコアが没収されていたときでも右腕を動かすことが出来たのだ。
あまりにも特殊であり、またこれによって世界がどう反応するのか計り知れないため、守鉄と束自身の手によって厳重にプロテクトが掛けられている。
意志を持っている守鉄と、世界最強の技術者の束がプロテクトを掛けているため、事実上この装備が世に出ることはない。
誰に知られることなくひっそりと、護を守護するために存在している装備となる。





長々と機体解説におつきあいいただきましてありがとうございました。
好きな者をいろいろとごちゃ混ぜにした感じですw

外見的イメージは三枚の楯がガンダム00Qの楯を巨大化した物。
ガンダム00Qのアームみたいな感じで両肩と背中に装備している。
高速移動形態はガンダムTR-1ヘイズルの高速移動形態みたいな感じw

パワードスーツに関してはISのどうしても我慢できないところ

「ほぼ生身なのに手足だけ伸びるのって意味なくね?」

意味がなくないだろうが、気に入らなかった作者が反抗した結果。
PS3ソフトのヴァンキッシュみたいな感じのパワードスーツをイメージしてくれ!


友人と話した結果

「この機体に勝てるのって原作だと更識姉妹ぐらいじゃね?」アイディア提供者TT様談

敗北理由
一夏   → 守鉄R2に惨敗していたのに守鉄護式に勝てるわけがない    =敗北
箒    → 遠距離武器が多少なりともあるが吸収される。接近戦もアウト  =敗北
鈴    → 九つのファンネルに対処できないだろ? 決め手もない     =敗北
セシリア → 吸収できるしビーム曲げたくらいで対処しそこねるわけもない  =敗北
シャル  → ラピッドスイッチって結局両手だから二つ。弾幕が足りない   =敗北
ラウラ  → 元々動き止まってるし、動き止められてもファンネルいるし   =敗北

勝利出来るかも知れない理由
更識楯無 → 水を自在に操る攻撃で普通に装甲も楯も突破できそう = 一点集中突破
更識簪  → 圧倒的な数(48発ミサイル同時発射等)で攻撃   = 数だよ数

と相成った。
あながち間違っていないと思う。



以前「小説家になろう」の感想で

相手「主人公の機体は打鉄のまま? そのままでいて欲しい!」
刀馬鹿「主人公のために開発された専用機は今後一切出す予定はございません」

と回答してたのですが↑のような機体が思い浮かんでしまって……へりくつで



守鉄が、護を守護する「ために」開発された機体



と表記しました……
えぇ、これ以上ないほどにへりくつですw

好きな物をこれでもかというほどにつぎ込んだ
「ぼくがかんがえたぼくのだいすきなIS」
はいかがだったでしょうか?www
エピローグも読んでいただければ幸いです!


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エピローグ

個人的傑作の一つになった!

時間を掛けて良かったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

門国さん……どうなっちゃったのかなぁ……

 

すでに新年度の新学期。

今日からまた新しい生徒達を迎えて一年を過ごしていくことになる。

あの日……門国さんが特攻してしまって以来、本当に平和に時間が過ぎていった。

出来ればこの数ヶ月の平和な時間を、門国さんにも体験させてあげたかった。

 

門国護さん

 

自爆特攻によって敵に捕獲された門国さんが織斑君の家に郵送されて、IS学園へと運ばれた。

その時だけだった。

それからすぐに国際IS委員会に連行されてしまって、私は少ししか言葉を交わせなかった。

門国さんの処遇を決める試合の事は、織斑先生を通して知った。

そのあまりにも一方的な条件に一瞬だけ怒りそうになったけど、織斑先生の言葉ですぐに我に返った。

 

「あいつが負けるはずがない。己自身で「克つ」と言っていた、あいつがな」

 

克つ。

その言葉に、どれだけの言葉が込められていたのかはわからないけど……門国さんの口からそんな言葉がでたのを驚くのと同時に……嬉しかった。

そして試合にも勝ったって聞いてほっとしてたのだけれど。

 

それから音沙汰がない……

 

何度かメールのやりとりはしたけど、完全に事務連絡でそれも最近は途絶えてしまった。

試合の勝利の結果、どうなったのかもわからないし、織斑先生に聞いてみても。

 

「まぁ死ぬほど大変だろうな。あいつにとっては……」

 

としか返してくれないし。

 

……少しは、気にしてくれていると思ってたんだけどな

 

別段下心……ないと言えば嘘になるかも知れないけど……だけであのとき、私は門国さんのそばにいた訳じゃない。

ただあの人が放っておけなかったから。

それであの人も私を頼ってくれて。

だから……少しは気にしてくれてると思ったのに……

 

「……失恋……しちゃったのかなぁ」

 

ぼそりと……職員室へと行きながら私はそうつぶやいていた。

初恋といなくもないのかも知れない。

ISの適性が認められてからはほとんど同性としか触れてこなかった。

周りに同性愛の人もいたけど、私はそんな気はない。

 

……織斑先生のことはかっこいいと思ってるけど、それは憧れだし

 

あんなにも強いのに……それはまるで幼く震えている子供が、必死になって自分を護っているみたいな人だった。

成人しているから生徒……織斑君……よりも年が近い。

何よりもその強さに憧れて。

私を護ってくれた優しさが嬉しくて。

女性を怖がるその弱さが愛おしくて……。

だから私は好きになってしまった。

 

なのに……

 

「あ~あ。残念」

 

その言葉では割り切れないほどだったけど……でもしょうがない。

それに何となくわかっていたから。

以前からそう思っていて……やっと吹っ切れた気がした。

 

ちょうど新年度だし……頑張らなきゃ!

 

新年度は忙しい。

新入生を迎えて学年も繰り上がって、クラス替えもあって……。

だからしょんぼりしている時間はないんだ。

 

だから……頑張る!

 

空元気に近かったけど、それでも私は何とか思いを振り切って職員室の扉を開けた。

 

「おはようございます!」

「お、山田先生。ちょうどいいところに」

 

職員室にはいるとすぐに織斑先生がいた。

 

それだけならいいんだけどちょうどいいところ?

 

「新任の先生を迎えに行くところなんだ。来てくれ」

「新任の先生? もう来られたんですか?」

 

以前に職員会議で新任の先生が来ると言っていた。

確か……整備課の。

 

「学園長室で今理事長に挨拶している。その後体育館であいさつもあるから悠長にしてられん。急ごう」

「ま、待ってください」

 

言われた時間よりも早く来たにもかかわらずばたばたとしてしまう。

新任の先生がどんな人になるのかわからないけど、私の後輩になるのだ。

どんな人が来るのか楽しみにしていたのと同時に不安だった。

 

私、きちんと先輩が出来るかな……

 

まだほとんど織斑先生に頼りっぱなしで……ミスだって多い。

そんな甘えている場合じゃないけど……それでも私は不安だった。

それが顔に出てのたのか、織斑先生が苦笑しながらこう言った。

 

「そう気負うな。大丈夫だ」

「でも……」

「まぁ他の意味で心配ではあるがな」

 

え?

 

その言葉に一体どんな意味が会ったのか、それを聞く前に、理事長室へと着いてしまった。

 

「理事長。よろしいですか?」

「どうぞ」

 

私が言葉を発する前に、織斑先生がノックして理事長室の扉を開けた。

その先にいたのは……

 

「え……えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

今日から新学期か……

 

体育館へと向かう道すがら、俺はこのIS学園へと訪れてから一年が経過していたことがすごく感慨深かった。

 

……よく生きてたな、俺

 

99.9999%は女子生徒しかいないこのIS学園で、俺は一年を過ごしたのだ。

箒と再会して無視されて、セシリアと鈴と、対戦して、シャルとは同室になって、ラウラには出会い頭に平手打ちを喰らった。

更識先輩には振り回されてばかりだったし、その関係で簪と知り合って、でも最初は受け入れてもらえなくて……。

 

こうして振り返ってみると、ここで出会った人とは最初はいろいろあったんだな

 

箒と鈴とは、最初少しぎこちなかったけどすぐに以前と同じように話せるようになった。

セシリアとラウラは、激突したけど今では大切な仲間だ。

更識先輩と簪だってそうだし……。

シャルだって最初は男だって変装して来たけど、それでも今では正体も明かして幸せそうにしている。

 

でも最初は男装して……俺と同室だったんだよな……

 

同室。

その言葉で今はいなくなってしまった、もう一人の……男性の友人を思った。

 

……護。お前は今どこで何をしているんだ?

 

年上だけど、それでも俺と親しくしてくれた大事な友人。

格闘技がすごく強くて、千冬姉すらも勝つことの出来ないほどの腕を有していた。

でもその強さは……命の大切さを知っているからであって。

 

……もっといろんな話をしたかったな

 

それが残念だった。

友人としても、そして自衛隊として海外にも派兵された本物の実戦を知っている……そんな人にもっと話をしておくべきだった。

何度か千冬姉に聞いたけど、教えてくれなかった。

知っている風だったのに……。

連絡を取ろうとしても連絡先は変わってしまったみたいで連絡がつかなかった。

 

「何をしているのだ一夏。早く行かなければ遅れてしまうぞ」

 

俺が一人だけ廊下で空を見ていると、箒がそう声を掛けてくれる。

先に行ったと思っていたけど、俺が来ないのに気づいて戻ってきたらしい。

 

「そうだな。行こう」

 

俺が何を思っていたのか、何となくわかっているのか箒は何も言わずにただ二人で体育館へと足を運んだ。

 

「遅いですわよ一夏さん」

「あんまりのんびりしている時間はないよ」

「そうだぞ一夏。のんびりしている教官にしかられてしまうぞ」

「あんたは前からのんびりしすぎなのよ。少しはしゃきっとしなさいしゃきっと!」

 

何を思っているのか、みんなわかっているのかも知れない。

でもそれを聞いてこないみんなの優しさが嬉しかった。

新年度に変わったことでクラス替えも行った。

その際に親しい人間は全員が同じクラスになれたのは嬉しかった。

この場にはいないけども簪とも一緒のクラスになった。

担任は替わらず千冬姉だ。

 

でも新年度のクラス替えは大変だったって俺に言っていたけど……どうして俺に言うんだろうな?

 

「そうだぞ~」

 

ペシ

 

そうして俺が不思議に思っていると、そんな声と共に頭を何か軽い物で打たれた。

いつの間にか誰か背後に近寄っていたらしい。

そしてこんな事をする人は俺の知り合いに一人しかいなくて。

 

「あんまりぼけ~っとしてるんじゃないよ。新年度早々」

「更識先輩……」

 

案の定というべきか、そこには今思いをはせていた友人、門国護と親しい更識先輩だった。

生徒会長にして俺のことを指導してくれている人でもある。

 

「生徒会長がこんなところで油売ってていいんですか?」

「暇ではないけど、まぁ大事な後輩を見に来ただけだよ?」

「大事って……」

 

相も変わらずからから笑いながら、そんな冗談を言ってくる更識先輩に苦笑する。

この人なら護のことを知っているだろうと思った。

だけどそれを何度聞こうとしても、はぐらかされてしまった。

 

「きっとすぐにあえるわよ」

 

そう言って。

それが一体何を意味するのか、それを予想しつつもそれを護が選択するとは思えなくて。

 

「それよりも本当に急いだ方がいいわよ」

 

そう言って更識先輩は先に行ってしまう。

しかし時計を見てみるともうすでに新年度の開会式前だった。

 

「うわ、本当にまずい!」

「急ごう!」

 

ばたばたと、あわただしくみんなで体育館へと向かっていく。

一人欠けてしまったのが……すごく残念だったけど、それでも俺に取って大切な仲間達と共に今年も頑張っていこうって、そう思った。

 

んだけど……

 

 

 

「それでは新任の先生の挨拶です」

 

 

 

そんなのは、一瞬で吹き飛んだって言うか……

 

 

 

驚いた……。

それはもういろんな意味で……。

 

 

 

壇上へと上っていくその人の姿は見慣れないというか……服装が変わっているから少し違和感を感じるのであって……。

その人物は、俺のよく知る人間だった……。

 

 

 

 

 

 

「えっと、その……一年生の皆さん、初めまして。そして二年、三年生の方々はお久しぶりです。門国護です」

 

 

 

 

 

 

護!?

 

 

 

壇上に立つのは、俺の同室の友人だった護だったんだ。

 

 

 

「本年度より、整備課の実技教師兼体育教師として赴任しました。といってもまだ教育実習生としてですが……。いろいろとご迷惑を掛けるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

……とりあえず最初の関門は突破したな

 

式が終わり、俺は職員室へと移動しながら内心で安堵の息を吐いていた。

あの一件より多少は女性に対して恐怖を感じなくなった俺だったが、それでもまだ恐怖そのものが消えたわけではない。

だからこそ全生徒が注目しても不思議ではない新任の挨拶というのはひどく緊張したのだが、なんとか無事に終えてほっとしていた。

 

だが……まだ肝心な儀式が残っていた。

 

 

 

というよりも……こっちの方が俺にとっては大事だな

 

 

 

例えるならば……両手両足を縛れられ目隠しをされた状態で、教官と格闘試合をするような状況だろうか?

もっというのならば守鉄なしでISと戦うと言ってもいいかもしれない。

 

さて、やめるという選択肢はあり得ないが……しかし……

 

「護!?」

 

そうして俺がこの後の事を考えていると、後ろからそんな声が掛けられた。

その声で相手が誰かなどわかりきっていたが、俺は背後を振り返ってその顔を見て、ひどく嬉しかった。

だが……

 

「一夏。気持ちはわからんでもないが教師となってしまったので、一応先生と呼んでくれないか?」

 

偉そうに聞こえるかも知れないが、それでも他の生徒……特に一年生……の手前そう言うわけにも行かなかった。

そのためなるべく親しみを込めながら、笑みを浮かべてそう言った。

 

「あ、す、すま……すいません、門国先生」

「こっちこそすまない。まぁプライベートの時とかは以前と同じ感じで接してくれると俺としても嬉しい」

 

背後に一夏ハーレム軍団を従えて……本人はそんなつもりはないだろうが……息も絶え絶えにこちらへと来ていた。

 

簪ちゃんはいないんだな……

 

まだ来たばかりで詳しくは聞いていないが、ナデシコポニー、まな板娘、金髪ロング娘、金髪委ボーイッシュ、銀髪ちびっ娘が勢揃いだったが、簪ちゃんの姿が見あたらなかった。

どういう意図かは謎だが、簪ちゃんも含めた全員が、教官のクラスになったと名簿には書かれていたのだが、果たして?

 

「まも……門国先生。教師って一体」

「そのまんまの意味だよ一夏。整備課の教師としてこちらに赴任させてもらったのさ」

「させてもらった?」

「いろいろと面倒ごとになってな」

 

整備課として赴任した理由の大半は……守鉄にあった。

試合にて勝利したがために自由の身となったがかといってそれで完全に解放されるわけがない。

第四世代のデータは世界中の誰もがほしがっているのだ。

一夏と篠ノ之箒さんの第四世代の装備も閲覧することは可能なので、更に別パターンの装備のデータも欲しいのだ。

特に守鉄護式は、篠ノ之博士が設計してきた装備とはあまりにも性格が違ったのでそう言った意味でも注目されているのだ。

どうして守鉄護式の装備がここまで性能が違うのは俺にもわかっていないが……遊び心なども入っているのかも知れない。

そして公然とデータを公表し、かつ平等にするためにはIS学園の教師になるしかなかったのだ。

更に言えば整備課の教師としても期待されているらしい。

専用機は苦手なのでそこら辺を把握する必要があるが、絶対数が少ない中で更に数が少ない専用機の整備よりも、一般機の量産型の方が整備する機会は多い。

特にそれが軍隊などに勤めた場合はなおさらだ。

故に以前よりも俺がIS学園に赴任するのが現地味を帯びたので……俺はこうしてここにいた。

しかしこれは俺を守る意味もあったが、それは言わないでおいた。

 

まだ知らなくていいことは知らない方がいい……

 

俺を守るという意味以外を説明した。

それを聞いて、一夏他五名が納得の表情をしていた。

 

「でもよく来ましたね? 女性があれほど苦手だったのに」

 

しかしそれでも納得しきれないところがあるのか、金髪ボーイッシュのシャルロットさんがそう言ってきた。

それは誰もが思っているのか、皆が納得したようにうなずいて俺へと視線を投じてくる。

 

……確かにな

 

その言葉に、俺はすぐには回答できなかった。

というよりも、俺自身よく来たなと思っているのだ。

いくら少しは回復したとはいえ、俺にとってまだ女性というのは恐怖の対象だ。

では何故、ほとんど女性のみで構成されているIS学園に俺が教師として戻ってきたのか?

 

それは……俺にとって大切な存在にあった。

 

 

 

「……伝えたいことがあったから、ですね」

「伝えたいこと?」

 

俺のそんな言葉も聞き逃さずにそう聞き返してくるが、そのときちょうどチャイムが鳴った。

それは俺にとっては開戦の狼煙であり……

 

一夏達にとっては閻魔大王の宣告に等しい物だった。

 

「って時間!?」

「一応HRがあるはずだが……大丈夫なのか? 俺はこの後山田先生に学園の教師が関係する場所を案内してもらう予定なんだけど……」

 

ある程度の場所は把握しているが、それはあくまでも学生の行ける場所のみ。

これから生徒はいけないような秘密区画などを、案内してもらう予定なのだ。

慣れた人間が案内を行った方がいいだろうと言うことで教官……織斑先生が気を利かせてくれて案内役は山田先生へとなったらしい。

何を考えているのかはわからないが、それでもこの申し出はありがたかった。

 

全く何を考えているのだろうな……

 

こうしてIS学園に赴任することも、口止めされていたくらいなのだ。

それがどういった意図なのかは謎だったが、恩義もある故に従ったのだ。

俺としては心配してくれて……俺のことを想っていただいた山田先生に黙っているのはひどく心苦しかったが……。

 

「本当にまずい! ま……門国先生! 失礼します!」

「廊下は走らないようにな。危ないから。まぁもっと危ない目に遭うから急いだ方がいいな」

 

暗に走ってもいいと言ったのだが……それに気づいたのか気づかないのか、一夏達はばたばたと、来たときと同じように急いでクラスへと向かっていった。

教官の地獄の折檻は果たしてどんな物やら……。

 

……人の心配ばかりもしてられんな

 

この後は俺に取って激戦になる。

少しはまともになったとはいえ、果たして俺に出来るかどうかは謎だが……。

それでもしないわけには行かないのだ。

故に、俺は気合いを入れるためにネクタイの位置を調整して少し絞めた。

 

……さて、往こう

 

 

 

 

 

 

ど……どうしよう

 

待ち合わせ場所……というか案内する最初の場所にいながら、私は今にも逃げ出したい気分だった。

というよりも何度も逃げ出しそうになっていた。

何度も腕時計を見てはそわそわしていた。

 

……ど、どんな顔で会えばいいのかな?

 

こんな事になるなんて思ってなかったら普段通りの恰好で来てしまった。

門国さんがそんなことを気にするとは思えないけどそれでも気になってしまう。

 

織斑先生……わかってたのならどうして

 

いや、だいたいわかってる。

きっと私に気を遣ってのことだって言うのは。

でもそれ以上におもしろがっていると感じてしまうのは……気のせいじゃないと思う。

 

「……山田先生」

「ひゃい!?」

 

そうこうしていると、いつのまにか誰かが後ろに来ていた。

この時間にこの場所に来る人は、他には考えられてなくて……。

私は高鳴る鼓動を必至になって抑えながら後ろへと振り向いた……。

そこには……

 

 

 

スーツ姿をしている門国さんが目に前にいて……

 

この人のことをどれだけ心配しただろう?

 

どれだけこの人の事を考えただろう?

 

会えない時間が多くて……

 

話すことも出来なくて……

 

私は織斑先生みたいにすごい存在じゃないから……

 

門国さんみたいに……実力がある訳じゃないから……

 

更識さんみたいに……名家の当主って訳じゃないから……

 

だから……全然あえなくて……

 

ほとんど連絡が取れなくて悲しかった……

 

そんな人が今、私の目の前にいて……

 

 

 

思わず涙が出そうになったけど……それを必至になって抑えた。

だって泣いてしまったら困らせてしまう。

ただでさえ、この人は女性に対して免疫がないのだから。

 

「山田先生?」

「だ、大丈夫です。そ、それじゃ早速行きましょうか!?」

 

そう言って返事を待たずに歩き出した。

だってこのまま二人で立ちつくしていたらどうにかなってしまいそうだったから。

だから私は率先して仕事を行った。

そうしていれば気が紛れると思ったから。

 

それからしばしの間、私は門国さんに施設の案内を行った。

省略できるところは省略して、だけど緊急時のことも考えて長すぎず短すぎず……。

それをしばらく続けて……数時間後には一通りの説明が終わっていた。

まだすべてを案内しきれていないけど、それでも最低限必要なことは教えた……はず。

 

初めての後輩がまさか気になっている人なんて……

 

この状況、半年ほど前の私では夢にも思っていないだろう。

それを言うのならこの人のことを好きになってしまうなんて……つゆほども思っていない。

二人目の男のIS適合者ということで学園へとやってきた。

最初はただ、二人目の男の人で……織斑君よりも年が近いと言うことで気になっていただけだった。

それが織斑先生が勝てなかったって事でみんなの注目を集めて。

セシリアさんとも戦って善戦。

クラス対抗戦では生身でIS相手に突撃。

そんなことをしていたら私のストーカー疑惑をかけられてしまった。

 

……あのときは臨海学校の前で私がいなかったから、申し訳ないことをしちゃったな

 

それから臨海学校の買い物で水着を選んでもらった。

臨海学校では本当にいろいろとあった……。

ビーチバレーで盛り上がって、夜は酔いつぶれたのを介抱されて……

 

……し、失敗してばかり

 

それからこの人は……私の命を救ってくれた。

 

それからすごく意識するようになった。

女子校育ちで、そんなに男性と触れてこなかったのが大きかった。

だけどこの人を好きになったのは……守ってあげたいと思ったのはそれだけじゃないって断言できる。

 

屋上で見た……門国さんのもろさ……。

 

その強さが……内に抱えた弱さの裏返しだと言うことに気づいて……。

 

それを取り除いてあげたかった……。

 

だけど……この人は最後に自爆特攻を……

 

 

 

「山田先生」

 

 

 

そうして回想していると、私に門国さんが声を掛けてきた。

少し反応が遅れてしまったけど、それでも何とか感情を表に出さずに私は返事をする。

 

「何でしょうか?」

「これで終わりということですが……その、最後に行きたいところがあるのですが、つきあっていただけないでしょうか?」

 

そう行ってくるその表情がひどく真剣で……。

真剣そのもので。

それがあのときの自爆特攻の時の表情に似ていて……ひどく怖くなった。

だけど、それを拒むことは出来なかった。

 

「……わかりました」

 

だから、私はそう答えた。

 

 

 

……風があるな

 

護は山田先生と共に屋上へと向かい……屋上へと出た。

四月ということもありまだ肌寒い日が続くときもあるが、基本的には暖かい。

だがまだ風吹くと冷たいのは仕方がない……。

 

桜は……まだ残っているか

 

葉桜に近い状況だが、まだ少しだけ桜が残っていた。

風に舞って屋上へとたどり着き、俺の前を通り過ぎていく。

それを確認しながら、俺は静かに深呼吸を行った。

 

「あの……門国さん? 話って何ですか?」

 

そうして覚悟を決めていると、後ろからついてきていた山田先生からそう言葉が掛けられた。

重要な話だと言うことはわかっているのだろう。

緊張している様子だった。

しかし俺はそれどころではないほどに、緊張していた。

これほど緊張したのはおそらく生涯でも初めての事だろう。

 

……父さんはどうやって母さんに話をしたのかな

 

そんなどうでもいいことを思ってしまう。

だがそれでも俺は父上のあの笑顔を思い出して……右手を握りしめた。

以前からかわいい人だとは思っていた。

だがかわいいだけの人ではないことは、俺が一番よく知っている。

 

……こんな俺を救おうとしてくれた人だから

 

これが果たしてどういった物なのか俺にはわからない。

だがそれでも……俺はこの言葉を伝えたかった。

 

「……山田先生」

「は、はい!」

 

俺の言葉にびくりと体を震わせた。

何かなきそうなほどに顔が真っ赤になって、体を震わせている。

それを和らげられたら良かったのだが……俺にもそんな余裕はなかった。

そしてこの緊張が互いに良くないとわかったので……俺は覚悟を決めた。

 

「以前ここでお話を聞いてくださったように……はっきり言ってしまって俺は欠陥者です」

「?」

 

いきなり何を言い出すのか? とそう言った顔をしている山田先生だったが、俺はそれには取り合わず、言葉を続けた。

ここで止めてしまえば口が動かなくなってしまうかも知れないから。

 

「両親の……父と母の二人の仲を引き裂いた俺が果たして存在していいのか? そればかりを考えていました」

「そんなことは」

「だけど……それは俺が思っていただけでした。俺はこの世に生まれて良かったと……思っています」

 

俺の言葉に目を丸くしていた。

それはそうだろう。

何せほんの少し前に自爆特攻をした男が、その行動とは真逆のことを言っているのだから。

それに構わずに俺は言葉を続けた。

 

「父上が俺のことを……息子が生まれたと、そう言ってくれていたんです」

「え?」

「俺が生まれたときに……」

 

俺が見た父さんの笑顔と言葉が、生まれたそのときに……耳にし、見た者であるのかはわからない。

だがそれでも……あのときの父さんの笑顔が嘘だなんて思いたくはないから……。

不肖の息子で申し訳ありませんが……俺はあれが嘘ではないと信じます。

俺がそうして亡き父さんにそう祈りを捧げていたら、山田先生が満面の笑みで俺を見ていた。

 

「……良かった」

 

その言葉と笑顔が……俺のことを本当に想ってくれての物だとわかって……。

俺はあまりにも綺麗なことの人のことが、とても美しいと想った。

しばし見つめていたら、山田先生が不思議そうに俺のことを見つめていた。

今の笑顔で、更に俺の思いが強くなったのを俺は自覚していた。

だから……更に言葉と紡いでいく。

 

「それから……」

「それから?」

 

これを口にするのは本当に覚悟と勇気がいった。

だが……これが俺の素直な気持ちだから……。

 

その言葉を口にした。

 

 

 

「あなたと出会ったのが……俺に取って本当に幸せなことでした」

 

 

 

怖くて見ることも出来なかった。

だがそれでも、俺は勇気を振り絞って山田先生へと視線を投じる。

そこには……

 

驚きのあまりに目を丸くしている山田先生がいた。

 

 

 

「……国際IS委員会に軟禁される前に、機密区画で俺のために泣いてくださった時……すごく想ったんです」

 

 

 

「な……何をですか?」

 

 

 

「この人に取って、俺は好かれるような存在でありたいと……」

 

 

 

好意を抱くというのが俺にはどんな物かわからない。

しかもそれが異性であるのならばなおさらに。

だが……それでも……

 

 

 

「山田……真耶さん」

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

異性の名前をフルネームで呼んだのは……六花をのぞけば初めてかも知れない。

山田……真耶さんもひどく驚いている様子だった。

だがそれでも俺は……言葉を続けた。

 

 

 

「まだまともであるとは言い難い俺ですが、もしも……もしもですが、もしよければ」

 

 

 

「こんな私があなたに好意を抱いていても……構わないでしょうか?」

 

 

 

人生で初めての告白といってもいいだろう。

頭が爆発しそうなほどで、とてもではないがまともに言葉を出せている自信がなかった。

だが……

 

「……!?」

 

山田真耶さんのその真っ赤になった表情を見れば……俺の言葉がきちんと伝わったのだということがわかった。

 

だがまだだ……

 

まだ話せていない。

すべてを……

 

再度俺は深呼吸を行った。

 

それで覚悟が決まるわけではない。

 

だが……それでも……

 

 

 

「……そしてもしもよければ、こんな俺のことを、あなたが……好きでいてくれたらと……その……」

 

 

 

好きでいてくれたら……嬉しい。

そう言い切ろうとしたのだが……顔が真っ赤になって、とてもじゃないが最後まで言い切れることが出来なかった。

 

もう途中で完全に頭が真っ白になってしまって……。

 

とてもじゃないが最後まで言い切れなかった。

それどころか……

 

「も、申し訳ありませんが……こ、これにて失礼いたします!!!!」

 

山田先生の顔を見ることも出来ず、この場から逃げ出した。

あまりにも緊張しすぎて……逃げ出すことしか頭になかった。

まだ春先で風が吹けば十分に冷たく感じる季節だというのに……俺の体も顔も真っ赤でものすごく熱かった。

だから逃げ出したのだが……俺はそのとき俺がいなくなった屋上で山田先生がどう思っているのか全くわからなかった。

 

 

 

 

 

 

……今のは夢……なのかな?

 

顔を真っ赤にしながら、淡い期待に似たような事を言われて私の頭は機能が停止していた。

初恋の人と行ってもいいと思う。

だけど初恋なんて対外実らないのが普通って言われてて。

それにあの女性の苦手な門国さんがまさかあんな事を行ってくるなんて……。

心臓が飛び出しそうになるほどに緊張していたのと、自分にとって嬉しい言葉を聞かせてくれたから……見ていた物の方が印象に強く残っていた。

 

……顔を真っ赤にしてた門国さんが、かわいかったなぁ

 

まだ理解が出来ていなくて……成人を迎えている門国さんが子供みたいに顔を真っ赤にしていたのがかわいらしかった。

それが……何というかすごく母性本能をくすぐるような表情だった。

以前は……ただあまりにも傷ついていた少年だった。

けど今見た門国さんにはそんな危うさは全くなかった。

それがわかってほっとするのと同時に……ようやく言われたことが告白に近い事であることを頭が理解して……顔が真っ赤になっていった。

 

……ど、どうしよう

 

こんなことで果たして明日からまともに接することが出来るのかな?

以前と違って、生徒と教師ではなく同じ職場の同僚だって言うのに……。

今の言葉を思い出しただけで……胸の鼓動が早まっていくのに。

 

だけど……

 

 

 

同僚……つまり同じ立場になったんだよね?

 

 

 

以前は一応私と門国さんと私の立場は生徒と教師だった。

いくらIS学園が特殊で、門国さんの年齢が普通の高校生とは違うとはいえとてもではないけど……恋人とかになれるわけがなかった。

だけど今日からは違う……。

 

教師同士……

 

以前から社会人として生きていた門国さんが高校生となってしまって……。

でもそうでもないと私と門国さんが会うことはなかったと思う。

だから……今のこの状況は喜びたい。

 

これで……頑張ってアタックしてもいいって事ですよね!

 

と思ったけど……生徒の寝ているときにおでこにキスしたって言うのはどうなるんだろう?

 

……時効! 時効にするもん!

 

自ら恥ずかしいことを思い出して屋上で顔を真っ赤にしているのはひどく滑稽だったと思う。

だけどすごく嬉しかったから。

 

門国さんが私のことをす……好きになってくれたのが!

 

私の思い過ごしかも知れないけど……それでも好きだって言ってくれたのだから……。

 

 

 

失恋しちゃったって今朝思ったのに……現金だなぁ私

 

 

 

だけど……頑張ろうって思った。

強力なライバルだっているのだから……。

 

 

 

負けない!

 

 

 

ふんっ! と気合いを入れて私は空へと向かって拳をつきだした。

いつか……この手が門国さんとつなげることを思いながら。

 

 

 

 

 

 

……悶死するかと思った

 

屋上から駆け下りて、何とか冷静になるくらいに走った後に一息つく。

あのまま言っていたら悶絶していたかも知れなかったので良かったと思う自分もいるが、それ以上に言い切れなかったことに対する自分の情けなさが入り交じって……何とも奇妙な心境になっていた。

以前からすいてくれているとは思っている。

だがそれでも……こうして自分が意識し出すとものすごく恥ずかしい。

しかもそれが……いくら自分が参っていたとはいえ抱きついてそのまま寝てしまった女性が相手では……。

 

明日から職場の先輩として師事してもらうというのに……どう接すればいいのか……

 

そうして俺が悶々といろいろと考え事をしていると、鋭い殺気が前方より発せられた。

咄嗟に防衛行動へとでたその右腕が……

 

ガィン!

 

と激しい音と衝撃を受けた。

それに驚きつつ距離を取ると……

 

 

 

「ちぇっ、防がれちゃった」

 

 

 

いつもの扇子とは違う、非常に巨大な鉄扇を構えた更識六花がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「……どういうつもりだ?」

 

戸惑いながらも……だけど少しの怒りのこもった視線を私へと投じてくる。

いつものように全くわかっていないこの人に半ば呆れながら、私は溜息を吐いて返答する。

 

「どうもこうもありません。逢い引きしている人に対していらだったから攻撃したの。ただそれだけ」

「逢い引きって……お前」

「告白めいたことしてたでしょ? なら十分に逢い引きです」

 

……言っててムカムカしてきた

 

こっちは生徒会の仕事にも追われていたのに。

虚ちゃんがいなくなったから人でも少なくなって大変なのだ。

お兄ちゃんという雑用係もいなくなってしまったし……人員の補充を急がないといけないのかも知れない。

 

「だからって今の攻撃……受けとめなかったら死んでたぞ」

「人の告白に対して何も言ってくれない人なんて死んで当然です」

 

本日はいつもの扇子ではなく、本当に人を殺すことも出来る鉄扇を用いての攻撃だった。

別段殺したいと思った訳じゃない。

それにお兄ちゃんなら防ぐってわかっていたから。

だから気持ちを完全に表したこの鉄扇を開く。

 

【乙女の鉄槌】

 

扇子にかかれたこの言葉が、私の気持ちだった。

その言葉でお兄ちゃんはぐっ、と息を詰まらせていた。

忘れていたわけもないし、ましてや忘れようとしていた訳でもないと思うけど……それでも何も言ってくれないのは悲しかった。

 

「あそこまで言ったのに何もないっていうのは……どうなのかな?」

「……それもそうだな。明確に言ってなかったのは俺が悪い」

 

!?

 

そんな言葉が返ってくるとは思っていなくて……。

言葉と雰囲気から言って返答をくれる事になるんだと思う。

だけど……お兄ちゃんの雰囲気を見れば……。

 

 

 

「……すまない。やはりお前の事は妹……だから……。結婚……は……」

 

 

 

『妹』だから……ね……

 

妹という言葉で逃げたけど……言いよどんだ時点で本当は違うというのはすぐにわかった。

というよりもわかりきっていたのだ……。

山田先生とは違って……私が相手だと難しいのかも知れない。

お兄ちゃんと私の立場は……立場だけで見れば……

 

おじさまとおばさまの関係そのままだから……

 

名家の当主である私と……没落名家の息子であるお兄ちゃん。

私とお兄ちゃんの立ち位置はほとんど一緒なのだ。

だからこそ……名家の私の家に婿入りするというのは、どうしても抵抗が出来てしまうのだと思う。

 

「……そっか」

 

あのときは……嫌な予感があまりにも強すぎて言ってしまったけど、こうなることは半ばわかっていた。

わかっていたけど……それでも心にくるものがあった。

だけど嬉しかったのは……以前のお兄ちゃんの危うさが薄れている感じがすることだった。

武皇のおじさまがきっと……うまいこと話をしてくれたおかげだと思う。

 

そうじゃないといくら何でもお兄ちゃんが山田先生に告白なんてするわけないし……

 

本当はもっと言ってやりたい。

だけど繊細とも言えるお兄ちゃんのもろい心にはまだ難しいと思うから。

私は内心で溜息を吐きながら、言及をやめた。

そしてその溜め息と共に……悲しみもはき出した。

 

こうなったらうかうかしてられない……

 

悲しんでいる余裕なんてないし、手を休めるなんて事はしない。

強力なライバルがいるから……のんびりなんてしてられない。

 

「なら特別に私の従者にしてあげる」

「……何?」

 

あまり深刻になりすぎて、お兄ちゃんからさらなる言葉が……締めくくる前に言葉を放つ。

これが今の答えだって言うのならそれは構わない。

だけど……これが結論になんてさせない。

 

させてあげない……

 

「甘いなぁお兄ちゃん。世の中には事実婚なんて言葉もあるんだよ? 名家「更識家」の当主の用心棒兼従者として雇って上げよう! 雇用期間は一生涯で!」

「……いや……六花?」

「それもいやなら奴隷にしてあげてもいいけど? 所有物ってのも悪くないかも?」

「……お前なぁ」

 

冗談めかしていう私の言葉に半ば本気で呆れながら、お兄ちゃんが溜め息をつく。

どういう意図で言っているのか……わかっているのかも知れない。

だけどそれでも私は結論を出させなかった。

確かに今のお兄ちゃんには難しいのかも知れない。

だけど……それで諦めるほど簡単な想いじゃないから。

諦めるつもりもなければ、やめるつもりもない。

 

絶対に……。

 

「もう、しょうがないなぁ。とりあえず生徒会顧問になってくれたら許してあげる」

「生徒会顧問?」

「という名の雑用だね。みっちりこき使ってあげる」

 

ちゃかして言うのだけれど、それは半分本当で半分嘘だった。

ただでさえ教師と言うことでライバルの人と接触する機会が増えるのに、こっちだけ減るわけには行かないから。

 

まぁ……新任の先生が生徒会顧問ってのは無理かも知れないけど……

 

いくら一定期間生徒会に所属し、さらには生徒として学園に在籍していたとはいえそれとはまた別問題だから難しいだろう。

コネを使ってもいいし、最悪手段を問うつもりはないのだけれど……。

だけど……そんな私に取り合わずに、お兄ちゃんは真剣な面持ちで考えていて……。

顔を上げてすぐに。

 

「それが一番いいな。そうしよう」

 

と即答していた。

それにはさすがの私も少し意外性を禁じ得なくてぽかんとしてしまった。

けどすぐに冷静に戻って私はお兄ちゃんに問いただした。

 

「ほ、本気?」

 

 

 

「当たり前だ。生徒会顧問ならばお前のことを簡単に護ることが出来るだろう。それならばそれが一番だ」

 

 

 

一切の嘘のないその言葉……

 

それは以前と同じお兄ちゃんの想い……

 

だけど……以前よりも遙かに想いの込められた言葉で……

 

私は頬が上気するのを自覚できるほどに顔が赤くなった……

 

 

 

この人って……本当に……

 

 

 

何度も思っていた事だった。

その鋼鉄となってしまった右腕を私の頭を乗せてなでてくれる。

それがどこか心地よくて……。

それで気がゆるんでしまったのか……ぽつりとつぶやいてしまった。

 

「本当にお兄ちゃんって順序が逆だよね?」

 

あまりにも突然の言葉に……お兄ちゃんが首を傾げた。

 

「どういう事だ?」

 

 

 

「恋と愛が逆って事……」

 

 

 

普通は気になった人と何かをしたい、好きになって欲しい……そう思って、それが高じて結婚とかするのに。

結婚してから、それからその人や子供に何かをして上げたいという想いへと変わっていく……

 

子供が出来たら……その子に愛情を注いでいく。

 

なのにこの人はそれをしなくても私にいろんな事をしてくれる。

恋……ということを飛ばして、愛情を与えてくれる。

命すらも投げ出したこの人は……。

私の言っている意味がよくわかっていないのか、ただ怪訝そうに顔をゆがませている。

だけどすぐに苦笑して……

 

 

 

「恋だか愛だかなんて関係ない。俺はただ、俺という存在が存在するために……これからもお前を護るよ。……護らせて欲しい」

 

 

 

 

 

 

それが俺の偽らざる気持ち。

おそらく永遠に変わることはないであろう……俺の信念。

こんな俺のために泣いてくれたこいつを……俺は護っていこうと思う。

例えそれが……こいつが本当に望んでいないことでも……。

 

 

 

自分勝手だな……

 

 

 

結婚というのは嘘でも偽りでもない本音なのだろう。

だがそれでも……俺には身分違いの結婚というのは考えられないことだった。

父さんと母さんの例もあるし……なにより俺自身が恐れている。

それが俺の本音だった。

自分のことを好いていて欲しい……そう言った相手である山田先生は、こんな俺の本心を知ったらどう思うのだろう?

 

こんなダメな男のことを……本気で好いてくれた女の子に対して、身分違いが怖くて告白を断るなんて事をする男の事を……

 

いたずら心が旺盛なのが玉に瑕だが……それでも六花はすごくかわいい女の子だ。

それに名家の当主でもある。

いくらでも相手がいるだろうに……。

そう言うことではないのだとわかっている。

だがそれでも……俺にはあまりにももったいない子だった。

 

「あ、か……門国さん!」

 

ちらりと六花をみながらそんなことを思っていると、後ろから声を掛けられる。

その声は山田先生に間違いがなく……。

むろん六花にも聞こえたのだろう。

二人して背後を振り向いた。

 

「言い忘れていたんですけどこの後職員会議があって……って、更識さん」

「……こんにちは山田先生」

 

挑発的な物言いをしながら六花が俺の右腕に抱きついてきた。

いくら高性能とはいえさすがに触覚までは完全に再現できていないが……それでもこいつの胸も十分に育っているはずなのだが、それを見せつけるかのように押しつけてきている。

まるで以前買い物に行ったときのようだった。

あのときはまだ、俺自身山田先生に好意を寄せていたわけでは……といってもそれはあくまでも恋愛的な意味での好意だが……なかったし、六花の気持ちも理解はしていなかった。

今だからわかるが、これはこいつなりの自己主張という物なのだろう。

 

しかしそれを自覚しても……こいつ相手では何とも思わない

 

いや思わないわけではない。

だがそれでも俺にとってこいつは……そう言う対象にはまだみれない。

 

「さ、更識さん! 門国さんはこれから会議が!」

「職員会議って言ってもお兄ちゃんの紹介だけですよね? なら必要ないと思います」

「で、でも……」

 

そのまま俺を生徒会室へと連行しようと腕を引っ張ってくる。

確かに更識の言うことにも一理あるが……それでも最初の会議に出席しないのは一社会人として問題がある。

故にふりほどこうとしたのだが……

 

「ま、待ってください!」

 

ふりほどく前になんと、山田先生が俺の左腕に抱きついてきた。

それは俺にとってはあまりにも刺激が強すぎた。

咄嗟に拒絶しそうになるのを必至になって抑えたが……いくら少しは女性に対して免疫が出来たとはいえ、俺にこの状況は耐え難……

 

「~~~~~!?」

 

耐えられない……と考えていたら、なんと自分で行動したはずの山田先生が、ものすごく顔を真っ赤にしていた。

本人も咄嗟の行動だったのだろう。

それを見て少しは冷静になれた。

というか冷静にならざるを得な……

 

 

 

「放課後でもないのに何を呑気に遊んでいる」

 

 

 

再び背後より忍び寄られての死刑宣告。

そしてそれと同時に……

 

ゴッ!×3

 

各々の頭から……打撃音が鳴り響く。

それを受けて三人して頭を抱えることになった。

声でわかっているが……この人は……

 

「山田君。浮かれるのはわかるがだからと言って仕事を放棄していい理由にはならないぞ」

「ご、ごめんなさい」

「それと更識。お前と門国の関係は十分に理解しているが曲がりなりにも教師と生徒だ。せめて卒業するまで異性交遊は待て」

「は、はい……」

「そして門国……」

「はい……」

「初日から会議に遅刻とはいい度胸だな? 後で私との模擬戦でも行うか?」

「申し訳ありませんでした。謹んで辞退させていただきたく……」

「ならば以後は気をつけるように。全く……」

 

一つ溜息をついてそれで締めくくってくれたのは織斑教官だった。

世界最強のIS操縦者にしてIS学園の教師。

今日からは俺の大先輩と言うことになる。

 

「更識はさっさと生徒会室へいけ」

「は~い。了解です」

「山田先生もまだ会議の準備が終わりきってないでしょう。すぐに準備するように」

「は、はい!」

 

教官に矢継ぎ早に指示を出されて二人はすぐに行動する。

そうして残ったのは俺と教官になった。

俺もすぐに山田先生を手伝おうと会議室へ向かおうとしたのだが……

 

「……やっていけそうか?」

 

俺が駆け出すその前に、そんな言葉を掛けてくださった。

どうやら俺に気を遣ってのことだったらしい。

だがそれを言ってもこの人はうなずかないだろう。

だから心の中でだけ感謝を言って……俺は素直な感想を述べる。

 

「大変そうですが……やっていきたいと思います」

 

やっていける……ではなく、やっていきたい。

それはつまりは自信はないが、それでもやってみたいということだ。

実際自信などあるわけもない。

何せ今度は学生ではなく教師だ。

学生であればクラスに閉じこもっていれば早々他のクラスと交流などはない。

必要以上に女性と接触する事もないのだ。

だが今回は教師であるために必然的に不特定多数の女性と接触することになる。

とてもではないが考えただけでも相当卒倒物だ。

だがそれでも……

 

護る者がいるここで……頑張っていきたい……

 

「……あまり手間を掛けさせるなよ。まぁ……期待はしている」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

教官の嬉しい言葉に俺ははっきりとうなずいてた。

 

 

 

 

 

 

ISを……守鉄を動かしたことによって俺の人生は大きく変わってしまった。

 

最初こそ何故自分なのだろうと不思議に思った。

 

そしてそれと同時に憎んでいる存在が何故使えるのか不可解だった。

 

だが……結果論だが……

 

 

 

俺が守鉄に出会ったことはこの上ないほどの幸運だったのだろう。

 

 

 

護るという信念を貫いていくためには、あまりにもISという存在が大きすぎた。

 

世界をひっくり返したISを相手では、俺など本当に塵芥に等しい。

 

だがそれでも……守鉄が俺に力を貸してくれたからこそ、俺はこうしてこの場にいて……。

 

大事な人を護っていけるだけの力を得たのだ……。

 

 

 

これからも……よろしく頼む……

 

 

 

鋼鉄の右腕で、左手の守鉄を優しく包んだ。

 

俺の命を救ってくれた相棒に……。

 

俺の信念を手助けしてくれる相棒に……心からの感謝を込めて……。

 

 

 

[御意に]

 

 

 

その言葉を聞いて……俺は右腕を握りしめる。

 

女性に対して恐怖を抱いている俺がどこまでやれるのか……わからない。

 

だけど……それでも俺は父さんのように、誇りを持って生きていきたい。

 

 

 

残された人間がどんな想いをするのか……俺は知っているから。

 

 

 

だから、俺は信念を貫きながら生きていく。

 

それを父さんも……望んでくれているはずだから。

 

門という役割。

 

家人を……自分にとって大切な人を温かく迎えて……。

 

 

 

大切な人と自分を護って……俺は生きていく。

 

 

 

自分なりに見つけた、新たな信念を胸に刻んで。

 

 

 

俺は……守鉄と共に、この学園で自分にとって大切な人々を護って行く。

 

 

 

それが俺の……役割だから。

 

 

 

この鋼鉄の右腕と……

 

 

 

 

 

 

この左手の相棒と共に……

 



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後書き

「恋ってのはその人から何かを獲得したいという欲望で……、愛ってのはその人のためなら何かを失ってもいいという覚悟なんだよ」

 

          ――――伊藤万 

 

 

 

 

「一つのことを成し遂げるその瞬間……そこに心の全てを傾けて生きる。それが『志』ある生き方なんだと……。そんな生き方が出来るなら、俺は『幸せ』だな」

 

 

「人間だけが命以外の何かを生産する術を持っている。人間だけが命よりも大切なものを持っている。だからこそ、人間だけが……生きることに対して曖昧になっていったんだろうな……」

 

          ――――乃木玄之丞

 

 

 

 

「最後まで諦めなかったよな……。どんなに絶望的でも……往生際が悪いのは俺譲りなのかね……。ほんと、さすがは俺の娘だ」

 

 

 

「あいつらにだって……つまらねぇ大人になる権利はあったんだ……」

 

 

          ――――神永功

 

 

 

ブレイドコミックス「イレブンソウル」

戸土野正内郎 著作

既刊14巻

↑の登場人物のお気に入りの台詞

 

最終巻15巻は2013/6/10発売予定……って終わんのかよ!? ←最近情報を入手

確実に打ち切りって言うか……中途半端に終わるな……

お気に入りの作品ほど終わるよね……緑の王とか……

泣けてくるわ

 

ボトムズよりちょい小さめ?パワードスーツっぽい兵器と、遺伝子を取り込んで進化する脱走したバイオ生物との戦争が読みたい方はどうぞ……15巻で終わるから中古で買えばそんなにお金はかからないかとorz

軍用強化外骨格(Empower Military Exo Skeleton)の頭文字からEMESと名付けられた兵器がマジでかっこいい

第三世代の二つ角はマジで超好みだわ

一本角もいいがやはり翼っぽい二つの羽は卑怯だよ……第三世代の赤い「(コードワン)」めぇぇぇかっこよすぎだぜ!

コトブキヤとかプラキット化しねぇかな……

もしくはロボット魂でアクションフィギュアとか……

もっと言えば千値練でとか…… ←ラギア装備には絶句したが……

認知度高くないから……ないなぁ(涙)

 

 

 

はいどうも、ついに後書きとなりました

どうも初めましての方は初めまして

以前からお読みくださった方は後書きではお久しぶりです

刀馬鹿でございます

小説家になろうにて「刀馬鹿とは違う名前でISの作品書いてみよう!」とそういう思いつきで「ガノトウ」というPNで執筆

上記のお気に入りの台詞(まぁ書き始めた当初は最後の台詞はなかったけども)を元に主人公のコンセプトを設計

そして自分の好きなイメージを投入して出来たのが護

↑という主人公のお話

 

「IS 守鉄の剣」

 

が、ついに完結を迎えることが出来ました!

本当にありがとうございます!

いや~RMHほどではないにしろ長かったね

40万字以上なのでだいたい文庫本で3冊以上は書いたわけですよ

しかしRMHと同じで問題点はある!

 

ずばり……

 

 

「ISでの戦闘少なすぎだろ!」

 

 

数も長さもwww

だって一夏との戦闘なんて本当に一瞬で終わったしねw

戦闘自体も27話中6回だよwww

すくなw

改めてすくねえw

後は初期プロット不足だな ← RMHの時も同じ事言ってたな

「模擬戦」の後書きにも書きましたが最初は護の自衛隊の話ってそこまで重くなかったんだよね

それが書いている内に友人の足吹っ飛んでるしwww

守鉄は最初量産機のままのつもりだったが、結局「守鉄専用装備」とかへりくつの装備が出てくるし

 

ですが個人的には満足しています

 

 

 

山田先生と六花たんのヒロインっぷりについて

 

六花が洗面台で護の背中に寄り添うところ

デートの時の山田先生と護のやりとり

六花の平手喰らわせた後に護に対して泣きながら怒るところ

 

六花の「お嫁さんにしてくれる?」宣言!

 

山田先生のおでこにチュー!

 

 

そして何より山田先生が護を抱きしめるところと膝枕!!!!!

 

 

これだけはどうしても書きたかった……

いやもうマジで山田先生かわいいよ……

更識もかわいく書けた自信がある!

個人的には背中に寄り添うのが大好きですね

 

元があったからか今回きちんと二大ヒロインにヒロインをさせることが出来たと思いますがいかがでしょう?

 

 

 

戦闘パート

 

好評だったカウンターによる一撃必倒攻撃!

守鉄と白式のデータリンク

積層展開による絶対の楯

 

それよりもなによりも一番はこれでしょう!

 

 

二人を庇って護の右腕がちょん切れる → 鋼鉄の義手

 

 

これがやりたかった!

生き恥をさらした甲斐が、あったというもの!!!! ←(護が)

 

 

 

ほかにも本当に嬉しいご感想もいただけましたし、この作品に関しては個人的に大満足です

少し急に終わってしまった感があるかも知れませんが、RMHの時とは違い一周年で終わらせようと焦ったわけでもないです

これがある意味で一番いい終わり方だと思います

 

まぁヒロインが結局どっちなの?となるけれども

 

 

 

TT「正妻の座は譲らないだろ?」

HM「二番目って言えば聞こえは悪いけど、二人を包み込める包容力ってヤツでしょ?」

 

 

 

↑ここからどうなったかは察してwww

 

 

 

 

だから山田先生は最強なのさ!!!!

 

 

 

んで続編は今のところ検討していません

中二病な作者だとね……

 

 

「君がテロリストに襲われたのはある男の手引きだったのさ」←どっかのエージェント

 

 

(バタ○ライ)ぃぃぃ!!!!!」←護の絶叫

 

 

いかん、破滅まっしぐらのルートだわwww

主に読者からの評価的な意味でwww

 

 

 

それでなくとも整備課との教師として頑張るって話が書けるが……終着点が思い浮かばん……

作者の貧困なアイディア能力の結果、この話の続編はおそらくないと思われますwww

まぁ番外編とか(原作の夏休みの一日見たいな感じの)は書いてもいいかも知らんが、それはいいとしてともかく個人的にはそこそこ満足した作品となりました!

 

 

 

ではでは、最後に謝辞を

 

評価をしてくださった方々

黄色になったりオレンジになったりと、評価が変化するというのは評価してくれる方々がイルということで、すごく嬉しかったです!

 

お気に入り登録をしてくださった方々

数が最終的にすげ~ことになったのは本当に嬉しかったです

自分の小説を追ってくださる方がいるというのは……本当にもう嬉しいわ

 

感想をくださった方々

いやもう本当に感想が書くための原動力ですよ

これなかったら絶対に途中で更新終わってる

断言できるわ

絶対に!

 

 

 

そしてなによりもお読みくださったすべての方々に、心の底から感謝しております!

 

 

 

 

どうもありがとうございました!

 



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