咲-Saki- 天元の雀士 (改稿版) (古葉鍵)
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人生の終局

長らくお待たせしました
連載再開……と行きたいところですが、その前に全面改稿する事にしました
大筋の展開はあまり変わりませんが細かい部分や描写がかなり変更されてます

とりあえず少しずつ掲載していきます
別の新作と並行しつつの改稿作業なので更新速度はあまり期待しないで下さい


 

 

「ツモっ、大三元! ――やったぁ、役満っ、役満だよ! おじーちゃん!」

 

 走馬灯というのは本当にあるんだな。

 今際に見えた光景は、麻雀を覚えたばかりの俺が、初めて役満をあがったときの記憶。

 麻雀を教えてくれた、大好きだった祖父や他の家族と卓を囲んだ幼き日の思い出だ。

 

 ――どうしてこんなことになったんだろう。

 

 麻雀と出会ってから、俺は人生の大半を麻雀に費やしてきた。

 好きこそ物の上手なれ、とはよく言ったもので。

 幸い、頭の出来がそれなりに良かった事もあり、俺の雀力はメキメキと上がっていった。

 そして大学生の頃にプロ雀士として公認されて以来、これまでに数多の大会で優勝し、活躍してきた。

 自慢じゃないが、現在は自他共に認めるトッププロ雀士だという自負がある。

 

 とはいえ、悲しいかな。トッププロであっても、それだけで食っていくのは厳しい。

 囲碁や将棋のプロ棋士に較べ、プロ雀士は不遇なのだ。

 具体的には、平均収入や知名度、職業の社会的地位とかが。

 ちなみにタイトル戦の優勝賞金額平均で比較すると、囲碁将棋が一千万円を軽く超えるのに対し、麻雀はいいとこ二百万程度。

 その歴然とした格差に涙が出てしまう。

 

 仕方なく俺は生活のために弁護士となり、プロ雀士の方は副業という形で活動していた。

 まあ、俺の中では弁護士の方が副業だったのだが……

 

 そんな俺がある日、というか今日。友人と飲みに行った帰りに雀荘へ寄ったのが事の発端だった。

 

 多分に酩酊していたせいか、素人並にひどい麻雀を打ってしまったのだ。

 まあ金を賭けてたわけでもなし、それだけなら別に何の問題もなかった。

 問題だったのは、それが原因で他人に絡まれてしまった事だ。

 

 絡んできたのは、強面で粗野な雰囲気を纏った数人のおっさん。外見から判断するなら、恐らくヤのつく職業の人だ。

 そのおっさんたちは、俺が雀士だと知っていた。そして、「プロ雀士っつってもこの程度か」「トーシロに負けて恥ずかしくないのアンちゃん?」などと挑発してきたのだ。

 もし俺がシラフであったなら、相手を見て冷静な対応をしただろう。

 だがアルコールによって自制心が鈍っていた俺はあっさり激昂。売り言葉に買い言葉で、ついにはおっさんたちと賭け麻雀を打つことになってしまった。

 

 後にして思えば、それが連中の手口だったのだろう。

 弱そう、勝てそうな相手を見つけては因縁をつけ、賭け麻雀をもちかけて金をかっぱぐという寸法だ。

 賭け麻雀は違法行為であるため、被害者が警察に訴えるなどして事が発覚する可能性は低い。

 ローリスクローリターンの小金稼ぎにはちょうど良いというわけだ。

 まがりなりにもプロである俺が狙われたのは、泥酔していてまともに打てまいという判断か。

 

 しかし、おっさんたちにとって誤算だったのは、俺の本気具合を見誤った事だ。

 友人相手のお遊び対局を俺の実力と思ってもらっては困る。

 酔いで鈍った頭でも、アマチュアの強者程度なら軽くあしらう事ができた。

 結果、金を巻き上げられたのは、俺ではなくおっさん側だった。金額にして20万円以上。

 連中にとっては手痛いしっぺ返し、プロとアマの差を知る高い授業料となったに違いない。

 

 それでその件が終わっていれば、俺的にめでたしめでたしだったのだが。

 相手の本気度を見誤っていたのは、俺も同じだった。

 

 雀荘から自宅へ戻る途中。人気のない裏路地の曲がり角にさしかかったとき。

 曲がり角の死角から、誰かが勢いよく俺にぶつかってきたのだ。

 

 それは通行人同士の出会い頭の衝突、などというありふれた事故ではなかった。

 

 衝突で体勢を崩し、尻もちをついた俺を、複数の人影が取り囲む。

 ろくに状況を把握できないまま、俺は殴る蹴るの暴行を加えられてしまう。

 袋叩きにされながら必死に考え、俺はようやく気がついた。

 こいつらは先ほど賭け麻雀で俺に大負けしたおっさんたちだと。

 という事は、この狼藉行為の動機は報復であり、ついでに金品の強奪を狙っているのだろうと。

 

 しかし、犯人や事の因果を知ったところで、現状を打開する何の助けにもならなかった。

 暴力に慣れた複数人相手に、荒事などからっきしの俺が抵抗できるはずもなく。

 

 暴虐の嵐が過ぎ去った後、俺はボロ雑巾のようになって冷たいアスファルトの上に倒れ伏していた。

 暴行者たちは、そんな俺の懐から何か(恐らく財布だろう)を抜き取った。そして「いい社会勉強になったろ? アンちゃん」「次はナメた真似すんじゃねーぞ」などと好き勝手いいながら去っていった。

 

 離れていく彼らの声や足音は、俺にはもう聞こえていなかった。

 視界が暗くなり、気が遠くなる。

 ついに意識が途切れたとき、俺は夢を見た。

 

 それは、今はもういない家族たちと雀卓を囲んでいる夢。無垢で、希望に溢れてて、幸せだった幼少の頃の記憶。

 

 そう、これはきっと――走馬灯、なのだろう。

 

 嗚呼……目が覚めたらまた……家族と一緒に麻雀を……うち……たい……な……

 

 

 




当然ながら主人公(前世)を殺してしまったヤのつく方々は後に刑務所にぶちこまれました
インガオホー!


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東場 第一局 一本場

 

 俺には前世の記憶がある。

 なんてことを真顔で言われたら、普通の人は無視するか「疲れてるのか?」とでも言うだろう。

 親切な人だったらきっと良い精神病院を紹介してくれるはずだ。

 

 さて、画面の向こう、顔も知らない雀士たちの反応はどうだろう。

 ディスプレイの画面に映し出されている、とあるネット麻雀のプレイヤーチャット欄。そこには。

 

 

From:のどっち [貴方はどうしてそんなに強いんですか? もしかしてプロですか?]

 

To:しろっこ [俺の前世がプロ雀士だったからだ。俺には前世の記憶がある(キリッ]

 

From:のどっち [ふざけてるんですか? そんなオカルトありえません]

 

To:しろっこ [お堅いなーのどちゃんは。ジョークは社会の潤滑油だよん]

 

From:アナゴ [いやー良い勝負見せてもらったわぁ。ネット麻雀界最強を謳われる伝説のプレイヤー同士の頂上決戦。今回もしろっこさんの完勝やなぁ]

 

From:Touka [今回は最下位に甘んじてしまいましたが、次は私こそがトップに立って、お二人の伝説に終止符を打って差し上げますわ!]

 

To:しろっこ [いいねーそういう覇気のあるコ、おじさん大好きよ(はぁと]

 

From:アナゴ [きんもー☆ 最近、ソシャゲやネトゲでの出会い系行為の監視と取り締まりが強化されてるゆーから、冗談でも迂闊なこと言うとIDバンされるで]

 

From:Touka [私は殿方になんて全く、これっぽっちもきょーみありませんわっ! ちょっと麻雀が強いからって調子に乗らないでくださいまし!]

 

From:アナゴ [フリかもしれんけど、性別が特定されるような発言をネット上でするのは自重した方がええよー。まぁアバターでわかりやすいってプレイヤーもいるんやし今更かもしれへんけど(チラッ]

 

From:のどっち [しろっこさんとの戦歴は今回で私の3連敗ですか……。しろっこさん、次はいつ打てますか? そちらのご都合に合わせます]

 

To:しろっこ [会話の流れをぶった切るのどちゃんにタンヤオの称号をあげよう]

 

From:アナゴ [OYAJIギャグキター (♯`・ω・) 全然おもろないわ……]

 

To:しろっこ [ヤダカワイイ まじすんませんでした……]

 

From:のどっち [真面目に答えてください]

 

To:しろっこ [ごめんごめん、悪気はないのよ。えーと、予定だっけ。ごめん、俺明日からしばらくINできないかも。ほら、4月だから色々あってさ。新しい環境に慣れるまで夜更かしは控えたいのよ]

 

From:Touka [それは残念ですわね。しろっこさんとの対局はたいへん勉強になるものですから、私もまたお相手していただきたいと思っておりましたのに]

 

From:アナゴ [しろっこさんって新社会人とかなん? なんかもっと歳食ってるイメージやけど]

 

To:しろっこ [おじさんはぴっちぴちの十代だお]

 

From:アナゴ [はいダウト。そんなんどう考えてもありえへんわぁ]

 

From:のどっち [しろっこさんって学生なんですか?]

 

To:しろっこ [ひみちゅ☆ さて、時間も遅いしそろそろ乙るー。今日は一緒に打ってくれてありがとう。おやすみ再見!]

 

 

しろっこ さんがログアウトしました。

 

 

 今日のネット麻雀はなかなか有意義だった。

 レートでは俺に次いで第二位に位置するネット麻雀の強豪プレイヤー《のどっち》と打つことができた。

 他の参加者も結構なやり手だったし、ほんと楽しかった。

 ああいう相手と気軽に対戦できるのがネット麻雀のいいところだ。

 

 それはさておき。

 有名税というべきか、最近はチャットする度に個人情報を詮索されるんだよな。

 名前や住所はともかく、年齢は正直に答えてるのにどうして誰も信用してくれないのか。解せぬ。

 

 いやまぁ寒いジョーク飛ばしたり、自分をおじさん呼びしてるのが原因だろうけどね。

 いい加減、加齢臭を匂わせる言動は自重しなければ。

 

「……寝るか」

 

 自問自答に虚しくなった俺はパソコンの電源を落とし、座っていた机から離れてベッドに潜り込んだ。

 

「高校生生活、か……」

 

 ベッドに横になり、目を瞑った俺はなんとなしに呟いた。

 

 俺の名は発中白兎(はつなかはくと)。15歳の男子だ。

 明日から高校生になる。

 普通なら新環境への期待と不安で胸いっぱい、興奮で眠れない……といったところだろう。

 

 だが生憎、俺は普通じゃない。

 初々しい高揚も、胸に期するものも、これといってなかった。

 

 我ながら枯れてるなと思うが、それも仕方ない。

 なんせ高校生活は前世でいちど経験している。二度目となる今回において、感動が薄くなるのは当然だろう。

 

 そう、俺には前世の記憶がある。

 麻雀が強いのもそのおかげ。つまりチャットでの俺の発言は嘘でもごまかしでもない、真実だったというわけだ。

 とはいえ正直なところ、自分的にはネタのつもりであったが。

 

 前世は比較的、順風満帆な人生だったと思う。

 高学歴、高収入。弁護士という職業に就いて社会的信用は高く、趣味方面でもプロ雀士として活躍できていた。

 いわゆる勝ち組人生だったが、それは些細な失敗ひとつで唐突に幕を閉じた。

 一寸先は闇、とはよく言ったものだ。

 

 生まれ変わった俺は、6歳までは普通の少年だった。

 だが、今世で初めて麻雀牌に触れた際……突如、前世の記憶が蘇ったのだ。

 あのときは大変だった。

 想像してほしい。精神力も脳の発達も未熟な幼児の頭に、約30年分の記憶が怒涛のごとく流れ込んでくる衝撃を。

 耐える事などできるはずもなく、俺はあっさり気絶した上、数日ほど意識不明の状態に陥った。

 そして目が覚めたとき、記憶も人格も統合された新しい〝俺〟がこの世界で産声をあげたのだ。

 

 その瞬間から、俺のチート伝説は始まった。

 学業に始まり、あらゆる方面で無双した。見た目は子供、頭脳は大人を地でいってるわけだから当然である。

 大人気ないと思わなくもなかったが、二度目の人生に浮かれていた俺はあまり自重しなかった。

 結果、周囲や世間から天才だの神童だのと持て囃され、人生のハードルを無駄に上げてしまった。

 おかげで気楽な人生を送れなくなった。具体的には俺のバラ色麻雀漬け人生が始まる前に終わってしまった。

 世間体とかこの際どうでもいいが、かわいい妹の「兄さますごーい」という無垢な尊敬とキラキラした眼差しは裏切れない。

 できる兄というイメージを維持するため、俺は前世以上に勉学と運動に打ち込まねばならなくなった。

 自業自得である。

 

 打ち込むといえば、麻雀以外にもハマっているものがある。

 格闘技だ。

 具体的には空手を習い、それを発展させた投げありの自己流拳法。

 前世と同じ轍を踏まぬようにと考え、習い始めたのだ。

 

 幸い素質があったのか、乾いた砂が水を吸うように技術を習得し、周囲が驚くほどの成長速度で俺は強くなった。

 肉体の鍛錬と格闘技術の研鑽は、今となっては麻雀に続く第二の生きがいであるとすら言える。

 

 そんな転生チート野郎な俺にも、弱点というかコンプレックスがある。

 己の外見だ。

 と言っても、チビとかデブとかブサメン等の、ありがちなものではない。

 じゃあ何が? と言うと、問題は二つある。

 

 ひとつは、体質的に肉付きが薄い事。

 どんなに体を鍛えても、見た目の筋肉がほとんどつかないのだ。

 とはいえ身体能力はしっかり向上してるのだが。

 骨格が細い事もあり、体格が女性なみに華奢なのだ。

 

 もうひとつは、顔が小さい上に女顔な事。

 体格の件も相まって、服装次第では女性に見える。というか、普通に男装してても性別を間違われたりする。

 

 そんなだから街でチャラ男にナンパされ、しつこい場合は裏路地に誘いボコってストレス解消する俺は悪くない。

 

 女性的容姿(コンプレックス)が発端の黒歴史は多い。

 その中でも特に酷かったのが中学時代最後(去年)の学園祭。

 クラスの出し物が学園モノのフィクションにありがちな「女装メイド喫茶」だったのはまあいい。

 その採用動機というか理由が、「白兎君のコスプ……本気女装姿を見てみたいから」というクラスメート過半数の意向だったのも、百歩譲って許容した。

 だが、メイド姿の俺を他クラスや部活の出し物に強制参加させたのは、おにちくの所業と詰らざるを得ない。

 まあクラスメートの口車に上手く乗せられて、その気になった当時の俺も悪いのだが。

 

 ちなみにどんな出し物に参加したかと言うと。

 

 ひとつ。レスリング部主催のイベントであるベンチプレス大会。

 ダンベル的な上限の160kgを持ち上げて優勝したら、むさくるしいマッチョメン共に囲まれて「姐御!」と胴上げされた。

 セクハラの罪で全員ケツバットの刑に処した。

 

 ふたつ。有志学生団体が主催したミスコン。

 自己アピールで「俺は男だ!」と宣言したのに、なぜか男女両方から圧倒的支持を得て優勝。

 「男の娘メイドは鉄板ですねわかります」とドヤ顔で揶揄してきた友人A(ミスコン実行委員長)には、体育館裏できっちり肉体言語的OHANASHIをしておいた。

 

 みっつ。休憩時間、古巣である麻雀部部室に顔を出した。

 対局の合間に気を利かせて紅茶を淹れて客に配ったりしていたら、《麻雀部の瀟洒なメイド》などと呼ばれるようになった。

 俺、ナイフ投げたりしないし時間も操れないんだが……

 

 そういや学祭のとき、すごい巨乳な美少女と知り合ったんだよな。

 無自覚に色気を振りまく天然系お嬢様って感じで、チャラ男どもに囲まれて困ってるところを助けたのが出会いのきっかけだ。

 名前はたしか、《原村のどか》って言ったっけ。

 彼女は俺と同い年で、偶然にも麻雀が趣味という共通項もあった。そのうえ俺は女装状態で、同性だと思われて警戒されなかった。

 そういった諸々の要素が重なり、俺と彼女はすぐに打ち解けた。

 その親密ぶりたるや、「おっぱいちゃん」とあだ名で呼んでも許されたほどだ。

 これが女子同士のスイーツトークか……! と当時は戦慄したが、今考えるとただのセクハラだな。

 

 お互い麻雀が趣味という事で、もちろん対局もした。

 驚いた事に、のどかちゃんはかなり強かった。

 まあ強いと言っても、あくまで中学生レベルでは、だが。

 なんでもできる証と言われる二つのふくらみ(巨乳)を有しているのは伊達ではなかった。

 とはいえ対局の結果は俺の全勝だったが。

 接待麻雀をしなかったのは、麻雀に対する彼女の真摯さが窺えたからだ。

 

 仲良くはなったが、結局、のどかちゃんとはその日限りの関係で終わった。

 外来客で地元の人間ではなかった事と、連絡先を交換しなかったからだ。

 もし付き合いを続けるなら、女装の件を説明というか釈明する必要が出てくる。そうなれば最悪、軽蔑されて嫌われるかもしれない。そこまでいかなくとも、異性同士の付き合いはちょっと……と敬遠され、距離を置かれる可能性もなくはない。

 そういった予想から、俺は彼女に連絡先を聞かなかった。彼女も俺に聞こうとはしなかった。

 

 結局、彼女とは縁がなかった、という事なのだろう。

 そうは思えど、今更になって逃した魚は大きい、と後悔してしまう。

 だってさぁ……容姿といい性格といい趣味といい、俺の理想にどストライクなんだもん。まじ惜しい事をした。

 

 再会さえできれば。

 普通に考えて、それは限りなく低い可能性。実現したらまさに奇跡だとすら言える。

 だが俺は、輪廻転生という超神秘的体験をした存在である。言うなれば神の子。

 そんな俺なれば、奇跡を引き寄せる事もできるはずだ。いや、できるに違いない! 信じる者は救われる!

 俺は明日の入学式でのどかちゃんと再会し、リア充な青春を送るんだ!

 

「…………寝るか」

 

 明日は早いからな。

 

 

 



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東場 第一局 二本場

 

「はぁ……」

 

 旧校舎の屋上にある麻雀部部室のバルコニー。

 塀に背中を預けながら、左手に持った一枚の写真を眺めながらため息をつく。

 写真に映っているのは、去年の秋頃に印象的な出会いをした同年代の女の子だ。

 写真の中でその子はゴシックロリータなメイド服を身に纏い、見る者全てを魅了する艶やかな微笑を浮かべている。

 

「はぁ……」

 

 無意識にため息が再び漏れる。

 この写真の女の子と再会したい。彼女とまた麻雀を打ちたい。そして、強くなったね、って褒めてほしい。

 

 運命的な出会いだった。

 

 それは去年の秋、仕事の都合で別居中の母に会うため、東京を訪れたときの事だ。

 東京見物がてら、宿泊ホテルの近隣を散歩していた私は、たまたま文化祭を開催している地元の中学校を発見した。

 私は人の多い場所は好まない。というか、人ごみが苦手だ。だからいつもの私であれば足が向かなかっただろう。

 けど、そのときは違った。

 母との再会と、旅先という状況で気持ちが浮ついていた事。他校の文化祭への興味。その二つの要因が重なり、私の判断を変えた。

 

 文化祭は大勢の学生と外来客で賑わっていて、盛況な様子だった。

 田舎暮らしではまず体験できないほどの人ごみと人いきれに辟易しつつも、私は一時の非日常を楽しんだ。

 それで何事もなく終わっていれば、旅先で得たごく普通の楽しい思い出、という形で話は終わっていたし、彼女との出会いもなかった。

 

 私はトラブルに巻き込まれた。

 いや、正しくは引き寄せたと言うべきか。

 

 雑踏から逃れて一息つこうと、人気のない校舎裏に入り込んだ直後の事だった。

 道を塞ぐように現れた、複数の若い男性に絡まれてしまったのだ。

 今でこそわかるが、警戒心もなく女一人で行動する私は格好のターゲットだったのだろう。

 私を囲んだ彼らの目的は、いわゆるナンパ行為。

 人生で初めて直面した身の危険を感じる事態に、私は恐怖し、混乱した。

 

 狼狽してまともな受け答えもできない私に、男性たちは矢継ぎ早に話しかけてきた。

 そんな彼らの発言は、私の容姿を褒めそやし、行動の同伴や文化祭の案内を買って出るものだった。

 世間知らずだった私でも、それが善意の申し出ではない事は理解できた。態度や台詞は友好的であっても、やってる事は脅迫に近かったから。だけど怖くて、とても断る勇気は持てなかった。

 もっとも、毅然と対応し、断っていても結果は変わらなかったかもしれない。進路と退路を塞いだ彼らの行動から考えれば、どのみち私を逃がす気はなかったと取れるのだし。そのうえ場所柄、第三者に助けを求めてそれが叶う見込みは薄かった。

 

 会話というには一方的な言葉のやりとりはすぐに終わった。

 たぶん彼らは「言葉で誘った」という事実が欲しかっただけなのだろう。そしてその後なにがあっても、何をしても、「合意の上だった」と嘯くつもりだったに違いない。

 怯えていた私は男性の一人に手首を掴まれ、強引にその場から連れ出された。

 私を囲んで移動する彼らは、校舎裏の更に奥まった場所へ行こうとしていた。

 彼らの申し出に嘘がなければ、文化祭を案内してくれるはず。なのになぜ、さらに人気のなさそうな方へと向かうのか。

 それまでは恐怖を感じていても、身の危険が迫っている実感に欠けていた。心のどこかで、「そこまで酷い事にはならないだろう」という、無根拠な楽観を抱いていたからだ。性犯罪被害に遭う自分、というのが欠片も想像できていなかった。

 

 まさか、という認識が、このままでは、という明確な危機感へと変わった。

 たとえ暴力を振るわれる事になっても、大声をあげるか逃げるかして抵抗すべきだと、遅まきながら決心する。

 

 助けを呼ぶには人気が少ないと考えた私は逃走を試みる。

 幸い、私がここまで大人しくついてきた事で彼らは油断していた。

 私の手首を掴む力が緩んでいたので、全力でそれを振り払い踵を返す。

 

 しかし上手くいったのはそこまでだった。私は最悪なタイミングで持ち前の鈍くささを発揮してしまう。

 無理な姿勢から駆け出そうとしたために足を縺れさせて転倒。そして痛みを堪えて起き上がった時にはすでに彼らに囲まれてしまっていた。

 

 彼らはニヤニヤといやらしく笑いながら、醜態を晒した私を嘲った。

 胸が重いから転んだんだろうとか、お嬢様は運動音痴だな、とかそんな内容だった。

 自覚のある運動音痴の方はともかく、胸についてはまたそれか、と私は怒りよりうんざりする気持ちを抱いた。

 

 自分で言うのも何だけれど、私の胸は大きい。母もかなり胸が大きいので遺伝だろう。第二次性徴を迎えて急激に育ってしまった。

 そのせいで中学生の頃から毎日のように情欲塗れの視線を浴びるようになり、身内以外の男性がすっかり苦手になってしまっていた。

 

 そのような私が人気のない場所で、暴力の気配を漂わせた複数の男性に取り囲まれたのだ。

 あのとき味わった恐怖と絶望感は筆舌に尽くしがたい。

 今でも思い出しただけで肌が嫌悪と恐怖に粟立つほどだ。

 

 逃走が不可能になり、私に残された手段は大声で助けを求める事だけだった。

 しかしそれは彼らに予想されており、先手を打たれてしまう。

 大きく息を吸い叫ぼうとしたところで、背後から手の平で口を塞がれてしまったのだ。

 

 進退窮まった私は絶望した。一体どれほど酷い目にあわされるのかと。

 私はまだ中学生だったけど、やや小柄な成人女性程度には背が伸びていた。

 つまりそれだけ成熟してしまっている。心も身体も。

 子供だと手加減してくれるような希望は持てなかった。

 

 私の両親はどちらも犯罪の裁きに携わる職に就いている。

 その関係で、性的暴行の被害にあった女性の悲惨さを耳にした事があった。

 同じ女として被害者には同情する。しかし、まさか自分がそのうちの一人になるなど想像もしていなかった。

 治安の良い日本とはいえ、犯罪に遭わないという保障などどこにもないと言うのに。

 これまで危機感を持たず生きてきた代償を私は払わされようとしていた。

 

 将来が真っ暗に閉ざされていくような絶望を感じ、涙がとめどなく溢れてくる。

 

 真っ当な良心を持った相手なら、私の涙を見て罪悪感を抱いたかもしれない。

 しかし私を捕らえ、囲む彼らは違った。

 ついに泣き出した獲物を見て、嗜虐心を刺激されたのだろう。男たちの誰も彼もが獣性を剥き出しにした顔で私を見ていた。

 

 私にもう成す術はなかった。身を竦めて無法な暴虐がすぎるのを待つかしかない、と自分の心を殺しかけたとき。

 

 いきなり頭上から人が降ってきた。

 

 あまりの事に心臓が止まるかと思った。

 そして降って現れた人物の姿を見て、さらに驚いた。

 なぜなら、その人物がメイドを思わせる服装を身に纏った、可憐な美少女だったから。

 

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、悪を倒せと轟き叫ぶ! 学園の風紀を正す瀟洒なメイド、お嬢様のピンチを聞きつけここに見参! 悪漢ども、覚悟せよ!」

 

 この場の空気を壊すような明るく張りのある声で宣言し、その少女は男性たちの前に立ちはだかった。

 突然の闖入者に私と男性たちは唖然としてしまう。

 

 少女は私と男性たちを順繰りに見回し、剣呑な状況を察したようだった。

 キッと凛々しく表情を鋭くし、長い髪を翻して私の方へと駆けてくる。

 

 速い。

 ほぼ一瞬で数メートルの距離を詰め、少女は私の側へと接近する。

 それはまるで猫のような俊敏さで、私はその動きを目で追いきれなかった。

 そして次の瞬間、信じられない事が起きた。

 

 ズドッ! と鈍い音が聞こえ、私を囲んでいた男性の一人が吹っ飛んだ。

 代わりにその場に立つのは、左肘を突き出した格好で静止している少女。

 恐らくは何らかの格闘技による一撃を見舞ったのだろうと思われた。

 

 まるで映画のワンシーンのような光景に、私は恐怖も忘れてただ見入ってしまっていた。

 男性たちもあまりの事態に呆然としていた。

 その硬直の間に、少女一人だけが動いた。

 

 最も近くにいた男性の懐に潜り込んだように見えた直後、鈍い音と共に男性の頭部が斜め上に跳ね上がる。

 数十センチほど宙に舞い上がったのち、男性の体が後ろに倒れ込む。

 少女の右掌を斜め上に突き出した姿勢からして、どうやら掌で男性の顎を撃ち抜いたみたいだった。

 

 そこでようやく忘我から立ち直った男性の一人が「このアマっ!」と彼女に掴みかかる。

 しかし少女は滑らかな動きで伸ばされた腕をかわし、男性の手首を掴んだ。

 すると次の瞬間、男性がまるで自分から身を投げ出したかのように空中に飛び上がって前転し、強かに背中から地面に落ちた。

 ウグッと呻いた不良の鳩尾を少女は即座にかかとで踏み抜く。容赦の欠片もない追撃だった。

 

 まさに圧倒的という他はない。

 もし4人の男性全員に油断がなく、最初から同時に飛び掛っても軽く一蹴したのではないかと思える。

 それほどに少女は強く、凛とした横顔は美しかった。

 

 瞬く間に荒事慣れした三人の男性を地に沈めた少女がこちらを向く。

 いまだ私の口を掴んでいた男性の体がびくっと大きく震えたのが分かった。

 

 少女が私の方へ一歩を踏み出した時、背後の男性は私の腕を拘束していた方の手を離した。

 そして背後で何やらごそごそと手を動かす気配が伝わってくる。

 少女が地を蹴った。

 

「こっ、こいつガっ!?」ばごん。

 

 背後の男性が何かを言いかけ、頬に風を感じた瞬間、鈍い音がした。

 同時に男性の手が私の口元から離れ、体ごと左の方へと吹っ飛んでゆく。

 一拍遅れて、少し離れたところでカツンと何かがコンクリートに当たる物音が響いた。

 

 後になって少女から教えてもらったが、このとき背後の男性はポケットからナイフを取り出して私に突きつけようとしていたとの事だった。

 恐らく私を人質にして状況を打破しようとしたのだろうと。

 

 気がつけばいつの間にか目の前に少女が立っており、片足で立っていた。

 背後にいた男性の頭を少女が回し蹴りで蹴り飛ばしたのだと、少し遅れてから気付いた。

 少女の動きが速すぎて、ほとんど視認できなかったからだ。

 唯一、私の目が捉えたのは純白のひらひら。

 少女が穿いていた下着は白のドロワーズ。

 ああ、やっぱりメイドさんなんだ、という妙な納得感を私はそのとき抱いた。

 

 不逞の輩たちは全て地に伏せ、もはやぴくりとも動かない。

 校舎裏で、立っているのは勝者である彼女だけ。

 

 どこか非現実的でふわふわした気分を抱きながら、私は少女の姿を見上げる。

 視線が少女の顔までたどり着いたとき、こちらを見下ろす少女と目が合った。

 

「怖い思いをさせて、ごめんよ」

 

 少女はにこり、と私を安心させるかのように笑顔を浮かべた。つい先ほどまで凄まじい戦闘を行っていたとは思えないほどの、たおやかで瀟洒な笑みを。

 

 ――どくん。

 

 心臓が大きく胸を打つ。

 

「大丈夫?」

 

 彼女はそう言ってしゃがみ込み、ぼうっとしたままの私の頭を優しく撫でてくれた。

 そこで初めて、私は助かったんだと、もう怖いことはないんだと、窮地を脱したことを実感した。

 

 涙が溢れてくる。

 

 嬉しいのか、ほっとしたのか、悲しかったのか、悔しかったのか、あらゆる感情がないまぜになってコントロールできない。

 少女はそんな私をあやすように、優しい手つきで頭を撫で続ける。

 私は彼女の胸に飛び込んで力いっぱい抱きつくと、さらに大声で泣き喚く。

 

「遅れてごめん」

 

 申し訳なさそうな口調で謝罪する彼女の言葉を聞いて、私はとても切ない気持ちになった。

 

 どうして貴女が謝るんですか。

 貴女の責任なんてこれっぽっちもないのに。私を助けてくれたのに。

 そう口に出して言いたかった。

 

 だけど、そのときの私は感情を抑えられず嗚咽しか出てこなかった。

 謝罪できない申し訳なさと自分に対する情けなさで更に泣きたくなる悪循環。

 

「もっと早く発見できていれば、君が本当に怖い思いをする事もなかっただろうから。幸い、被害が出る前に助け出せたけど、きっと心は傷ついただろうからね……だから、ごめん」

 

 まるで私の心を読んだかのように語りかけてくる少女。

 その手はいまだ私の頭をゆるゆると撫で続けてくれている。

 

 かつて幼い頃、私を抱きしめてくれた母と同じような深い母性と慈愛を少女から感じていた。

 

「君を襲おうとした不良共、うちの学校の生徒じゃないんだ。たぶん同じ市内にある、底辺高校の連中……だと思う。ガタイがどう見ても中学生じゃないしさ。君もこの学校の生徒じゃないよね。見覚えないし」

 

 だいぶ落ち着いて涙は止まったが、感情がまだ不安定な私は返事の代わりにこくりと少女の胸の中で頷く。

 

「やっぱり。まあそれはともかく、うちの文化祭を楽しみに来てくれた君みたいな子を怖い目に遭わせてしまったのは申し訳なくて。虫のいいお願いかもしれないけど、できればこの学校と生徒たちを嫌わないでやってほしい。……ダメかな?」

 

 ――そんなことない! 全然ない! 何もかも私の落ち度で、それを貴女が助けてくれたんです!

 

 少女の胸に縋りつきながら、何度も何度も首を横に振る私。

 感謝の気持ちが少しでも届いてくれることを願って。

 

「ありがとう」

 

 礼を言い、少女は無言で私を撫で続ける。5分以上はそうしていたかもしれない。

 しばらくして気持ちが落ち着いた私は少女から身を離した。

 

 頬に残る少女の温もりがすぐに冷めていく。それが酷く名残惜しかった。

 そして今さらになって少女から香る良い匂いに気付く。

 

 これは……クチナシだろうか。

 あまり香水には詳しくない私だけど、この匂いだけはずっと覚えていよう。

 心に強くその思いを刻む。

 

「さてと。落ち着いたみたいだし、怖がらせたお詫びと念のためのボディガードを兼ねて、オレと一緒に文化祭を回ってくれますか、お姫様?」

 

 可憐な見た目とは真逆な、とても男性的な言葉づかいで私に右手を差し出してくる少女。

 そのギャップが可笑しくて、私はクスリと微笑ってその手を取る。

 

「はい……よろしくお願いします」

 

 にやっ、と楽しげに笑う少女。

 

 いや、むしろそれは……まるで悪戯が上手くいった少年の微笑みみたいだと、不思議な感傷に捉われた。

 

 ――どくん。

 

 どくん、どくん、どくん…… なぜか胸がドキドキする。

 繋いだ手のひらから暖かい温もりがじんわりと私の中へ染みこんでゆく。

 もしかしたら、これが私の初恋だったのかもしれない。

 相手は女の子だったけど、それがおかしいことだとはなぜかこのときの私はちっとも考えなかったのだ。

 

 

 

 さて、そんな成り行きで出会い、その後は楽しく文化祭を堪能できた私だったけれど、彼女には何度も驚かされた。

 

 何がといえば、そう……沢山あったけれど、一つは彼女がとても人気者だったことだ。

 

 男子生徒とすれ違えば、

 

「シロー、そのカッコでナンパとかシャレにならんぞー。ってうぉい、すっげえ可愛い子じゃんか!」

 

 などと気さくに声をかけられ。

 女生徒とすれ違えば、

 

「シロせんぱーい、メイド服すっごい似合ってますよ! あ、隣の子って彼女ですか? うちの子じゃなさそうだけど、超カワユス!」

 

 なんて後輩の子が嬉しそうに寄ってくる。

 また、先生ですらも、

 

「おーいシロー、頼むからうちの学校の評判貶めるような風紀にもとる行為は控えろよー」

 

 と、言葉とは裏腹の信頼と親しみを篭った笑顔を向けてくるのだ。

 

 彼女は周囲の人たちから大きな信頼と友情を寄せられていた。さもありなんと、それが我が身のことのように嬉しかったのを覚えている。

 

 また、彼女がとてつもなく強い雀士だった事も驚きだった。

 その実力は一線を画しており、私がかつてインターミドルで戦った数多の強豪、ライバルたちの誰よりも強いと思わせた。

 

 麻雀は1、2回卓を囲んだ程度では実力差など測れない、運の要素が強い競技だ。

 しかし、彼女は私と同じ合理性を追求したデジタルな打ち方だったため、その実力を把握できた。

 

 いや、それは正確ではない。

 私にわかったのは、彼女が私より強いという一点の事実だけなのだから。

 さらに言うなら、彼女が全力だったという保証もない。

 

 私はインターミドルチャンピオン、一応は女子中学生で最も強い雀士だ。

 その私が、半荘数回の勝負とはいえ、全力で打って一度も勝てなかった。

 間接的に自分を褒めるようで何だけど、これは本当に凄いことだと思う。

 

 世の中は広い。私以上の打ち手はまだまだいる。

 

 インターミドル王者なんて肩書きを手に入れて、知らず私は天狗になりかけていた。そのことを気付かせ、高くなる前に鼻を折ってくれた彼女には心から感謝したい。

 

 彼女と回った文化祭は、楽しい事や新しい発見で満ちていた。

 とはいえ、不愉快な事が全くなかったわけではなかった。

 

 その最たるものが、彼女が私につけた愛称だ。

 一緒に文化祭を楽しみ、お互いそれなりに打ち解けた頃、彼女が突然「おっぱいちゃんって呼んでいい?」なんてことを言い出したのだ。

 

 あの申し出には唖然とした。

 いくらなんでも人が気にしてる身体的特徴をそんなふうにあげつらうなんて許せません!

 一瞬カッとなりかけたが、よくよく考えれば彼女が今さら私に嫌がらせをしたり、からかったりする動機がない事に気付いた。

 それに、そうした陰湿さを好む性格だとも思えない。もしそうであったなら、危険を顧みず私を助けたりはしなかっただろうし、母性と言えるほどの包容力を感じる事もなかったはずだ。

 

 そこまで考えて、これは彼女なりの好意の示し方なのだと私は思う事にした。

 

 はっきり言って、私は同性にそれほど好かれる方ではない。

 嫌われる、排斥されるとまではいかないが、一定の距離を置かれがちだった。

 なので、親しい女子同士の、俗っぽい言い方をすればベタベタした感じの付き合いを経験した事がない。

 そのため私が知らなかっただけで、ごく近しい女子同士なら「おっぱいちゃん」という愛称で呼ぶくらいは普通にある事なのかもしれなかった。

 

 だから私はつい、「ん……貴女がそう呼びたいなら、構いません」などと了承してしまったのだ。

 

 もっとも、私が本心では歓迎してないということを察してくれたのか、結局その呼び名を使ったのは別れの挨拶のときだけだったが。

 それも別れが湿っぽくならないよう、冗談のつもりで言ってくれたんだと、今にして思う。

 

 そして、やはり彼女は人の心に聡い、優しくて素敵な人だということも。

 

 

 

 そんな、忘れがたくも切ない想い出に浸っていたためつい油断してしまった。

 

「あれ、のどちゃんそれ誰の写真だじぇ?」

「な、なんでもありません。これは……お友達の写真です」

 

 私が写真を眺めて物憂げにしていた所を目敏い優希に見つかった。

 咄嗟に写真を背中に隠す。

 

 まずい、優希は悪い子じゃないんだけど、好奇心旺盛だ。

 間違いなく写真のことを詮索される。

 

「ま、まさかそれは! 女子高生の憧れ……即ち彼氏の写真というやつか!? 親友の私を差し置いて高校入学後すぐに彼氏ゲットとは、やるなのどちゃん! とゆーわけでそれを見せて欲しいじぇ」

 

 まるでそれがさも当然のように、両手のひらを差し出してくる優希。

 

 全くこの子は……

 

 私は小さくため息をつく。

 

「どうしてそういう結論になるんですか…… それに何度も言いますが、これはお友達の写真であって彼氏のものではありません」

「ほっほーぅ。そういう割には、さっきののどちゃん、すっごい切なそうな顔をしてたじょ。まるでもう会えない恋人を思いだしているかのようだったじぇ」

 

 うぐ。優希はいつも余計なところで鋭い……

 

「そ……そんなことは……ありませんよ…… 優希の思い違いです」

「のどちゃん往生際が悪いじょ!」

「きゃあ!」

 

 いきなり飛び掛ってくる優希。

 突然の行動に仰天した私はバルコニーの床にしりもちを突いてしまう。

 そんな私の目の前を、ひらり、と紙のようなものが横切る。

 

 あの人の写真だ。びっくりしてうっかり手放してしまった。

 まずい、優希に渡すわけにはいかない!

 

 私にしては珍しいくらい機敏に反応したと思うのだが、運動神経に恵まれた優希の俊敏さはさらにその上を行った。

 

 私の目の前で舞い落ちる写真を空中で素早く掴み取る優希。

 一瞬の早業だった。

 

「さてさて、私の嫁であるのどちゃんを奪ったにっくき男の顔、拝ませてもらうじぇー」

「あああ……」

 

 もうダメだ。優希にバレたら最後、部長や染谷先輩、須賀君にまで話が伝わっちゃう……

 

「うおおおおおおおお! これはだじぇ!!」

「きゃ!」

 

 写真を見た優希が突如大声を出して、私はまたびっくりしてしまう。

 

「どうした優希! なんかあったのか!?」

 

 異変を感じた須賀君がバルコニーに飛び込んでくる。

 ああ……来なくていいのに……

 

 やっぱりトラブルメーカーの優希が関わると、事態がどんどん悪化してゆく。

 その予定調和のような展開に、私はため息をついて肩を落とした。

 

「おお、京太郎よ、良いところに。お主も見るか?」

「え、何々? 何かあんの?」

「そのとーぉり。これを見よ! のどちゃんの大事な人が映ってる写真だじぇ」

「な、なんだってー!? ま、まさかのどかの彼氏?」

 

 当事者である私を置いてきぼりにして、優希と須賀君の二人は盛り上がっていた。

 

 この部活で知り合って以来、優希と須賀君はよくお喋りしている。

 傍から見てると、まるで数年来の友人のような親しい関係に見える。

 優希は元々、私のように人見知りはしない子だけれど、それだけではないだろう。

 ウマが合うとでも言えばいいのだろうか。それとも相性か。

 いずれにせよ優希は須賀君にだいぶ心を開いているようだ。

 

 そんな優希を見ていると、少し羨ましい。

 屈託なく友人の懐に飛び込める優希の純真さと明るさが眩しく思える。

 私も優希のように素直な気持ちで振舞うことができていたら、中学生や小学生の頃の友達と今でも縁が続いていただろうか。

 

 穏乃や憧は今頃どうしているかな……

 

 写真について隠すことを諦めた私は、なかば現実逃避気味に追憶に浸る。

 

「ふふふ、見たいか京太郎?」

「見たい! ぜひ見たい!」

 

 そんな私を一顧だにせず、完全そっちのけでさらに盛り上がる二人。

 

「よかろう! ならば私に今度学食のタコスランチを奢るのが条件だじぇ!」

「なにぃー!? 交換条件かよ!」

「当然! タダで物を恵んでもらおうなぞ甘すぎるじぇ京太郎!」

 

 タダも何も、その写真は私のであって優希にあげた記憶も貸した覚えもないのだけれど……

 

 二人のやり取りを眺めていると、なんだか色々なものがどうでもよくなってくる。

 

「ランチは高い! せめてタコス1食分に負けてくれよ優希!」

「ほほう、京太郎よ。お主にとってのどちゃんの秘密はその程度の価値しかないものなのか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 

 優希と須賀君がちらちらとこちらに視線を寄越してくるのが少々わずらわしかった。

 

 何でもいいから早く終わらせて写真返して……

 

「さぁ、どうするのだ京太郎。見るのか? 見ないのか?」

「あぁー、もう! わかったよ! 見ますよ! 見たいですよ! タコスランチもってけドロボー!!」

「よくぞ決断した。商談成立だじぇ」

 

 ようやく話がまとまったのか、私の写真を須賀君に手渡す優希。

 須賀君は興奮した面持ちで、受け取った写真をまじまじと見つめた。

 

「おい、優希……この写真に映ってる子、めちゃめちゃ可愛いな。しかもメイドとか」

「うむ。すっごい美少女だじぇ」

 

 ええ、そのとおり。とても美しい心と身体の持ち主で、私の大切なお友達。

 

「で、一つ聞きたいんだが……このどっからどう見ても完璧な美少女にしか見えない女の子の、どのあたりがのどかの彼氏だって? 話が違うじゃねーか!」

「何を言っているか京太郎。私はその写真の子がのどちゃんの大事な人だと言っただけだじぇ。それをどう解釈したかはお主の勝手よ!」

「ぐぬぬ……間違ってないだけに言い返せない……」

「そもそもだな京太郎。お主、本当にその写真にのどちゃんの彼氏が映っていた方が良かったのか?」

「あ、いや、もちろんそんなことはないぞ、ははは……」

 

 私に彼氏がいてもいなくても須賀君には関係ないことなのに、それを知りたがるのはどうしてだろう。

 ただの興味本位なら止めてほしい。

 

「だからその写真に映っているのは私のお友達だと最初から言っているでしょう。乗せられた須賀君はともかく、優希は私の話をちゃんと信じてください」

「ごめん、のどちゃん。ちょっと悪ノリしすぎたじぇ」

 

 私の気持ちを察して、そうやって素直に謝ってくれる優希だから、私はこれ以上怒れないし、叱らないのだ。

 まったく仕方のない子。こういうところが彼女の憎めないところで、だから私は優希が好きなのだ。

 

「ええ、それはもう許します。とりあえず、用が済んだのであれば写真を返却していただいてよろしいですか、須賀君?」

「あ、ああ。すまんのどか。俺もちょっと騒ぎすぎた」

「気にしないでください。別に見られて困るものでもありませんでしたから。問題ありませんよ」

 

 そう、問題はない。

 けれど、だからといって誰にでも見せるほど安い写真ではない。

 

 優希はともかく、須賀君は……まぁ、本人に罪はさほどないし、今回は仕方ないと思って忘れよう。

 だけど折角だし私も学食のAランチ、須賀君に奢ってもらう約束を取り付ければよかったかな?

 

 

 



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東場 第一局 三本場

 

 

 

 残念ながら俺は神の子ではなかった。

 な、何を言っているかわからねーと思うが、俺も(以下略)

 

 

 

 俺の高校入学に合わせて、東京から長野に引っ越してきた俺と妹。

 わざわざ都会から田舎に居を移した理由は、身体の弱い妹の療養のためだ。

 今は兄妹二人で両親が用意してくれたマンションに住んでいる。

 両親は仕事のため東京都内の自宅に残っており、週末には俺と妹に会いにマンションまで来てくれる。

 俺たちが東京へ帰ってもいいんだが、妹の体調を気遣って両親の方から足を運んでくれるのだ。

 そんな優しい両親を俺は心から尊敬している。だからいつか必ず親孝行をすると心に決めていた。

 

 そういった背景があり、長野の田舎にある「清澄高校」に俺は入学した。

 その際、かつて1日だけ行動を共にした理想の女の子こと、おっぱいちゃん(仮称)と高校で再会できたらいいなーという奇跡を願って入学式を迎えたのだが。

 当然というかやはりというか、会えませんでした。ですよねー。

 

 ちなみに再会を期待したのにはそれなりの根拠があったりする。

 

 おっぱいちゃんの発言には訛りがなかった。標準語を話してたってことね。西とか北とかってさ、割と方言や訛りがきついのよ。

 偏見語ってるようで地方在住の方には申し訳ないけども。

 

 だから標準語の彼女は、関東や中部地方、それも都市部に住んでたんじゃないかと推理した訳。

 長野も訛りがないとは言わないけど、標準語圏内だから可能性はあると思ったんだよ。

 たとえそれが麻雀の役満、九連宝燈を和がれるくらいに低い可能性でもさ。

 

 まぁ全然期待なんかしてなかったさ。うん。

 

 ……ほ、ほんとに期待なんてしてなかったんだからねっ!

 

 閑話休題。

 

 俺は今、1年の教室が並ぶ廊下でとある人に話しかけられている。

 3年の女生徒で、この学校の学生議会長を務めているお偉いさんだ。

 なお学生議会長とは、一般的な学校における生徒会長の役職である。

 

 名前は竹井久(たけいひさ)

 セミロングの髪と凛々しい目鼻立ちをした、なかなかの美人さんだ。

 

 何度か話してわかったが、竹井先輩はかなり知的な人だ。

 容姿で人気を集めたというよりは、人柄と能力を信頼されて学生議会長という要職を得たのだろうと思う。

 

 清澄高校は入試偏差値がそれなりに高い学校なので基本、生徒には頭の良い者が多い。だが、テストで良い点を取れるから賢いとは限らない。

 

 頭の良い馬鹿、ってのは案外いるもんだ。悲しい事に。

 え、俺? そ、そんなの言うまでもない事だろハハハこやつめ。

 

「ねぇ発中君。入部の件、検討してくれた?」

 

 竹井先輩が、人好きのする笑顔で聞いてくる。

 その年上の魅力に、俺の男心が少しぐらつく。

 精神年齢からすればむしろロリコンだろテメー! とか言ってはいけない。

 

 くっ、なかなかやるじゃないか。だが俺にはおっぱいちゃんという心に決めた女性が(以下略)

 

 竹久先輩の言う“入部の件”というのは、彼女が部長を務めている麻雀部に入部してくれないか、というお話についてだ。

 

「すみません、入部は辞退させてください」

「そこをなんとか頼めない?」

「俺、学校では麻雀活動するつもりないんですよ」

 

 竹井先輩と高校入学以前から知り合いだった、ということはない。

 彼女が新入生の俺に声をかけてきた理由。それは俺が中学1年生のときに全国中学生麻雀大会、いわゆるインターミドルの個人戦で優勝した事があるのを知っていたからだそうだ。

 

 日本一の実績があるとはいえ、既に3年も前の出来事である。

 風化しかかったそれを覚えていたのは、TV中継で見たインターミドルでの俺の活躍ぶりが凄かったから、とのこと。

 

 確かにあの頃はわりと好き放題打ってたからな……

 当時はまだ小学生って言っても通用しそうな小柄で細面のガキにも関わらず、圧倒的な実力差を見せつけて優勝し、神童と騒がれた。

 和がった役や獲得点数といった戦績や牌譜もハイレベルだし、記憶に残してる関係者も多いかと納得する。

 

 だがあの一連の騒ぎは俺を学生麻雀から遠ざけた原因でもある。

 

 俺が学生中、公的に麻雀に関わる気がない理由。

 その一つが、インターミドル覇者になった事で周囲、特にマスコミに騒がれすぎて迷惑した事にある。

 前世では麻雀は日の当たらない競技であったし、たかが中学生の日本一程度では大して注目もされないだろうと高をくくっていたのが間違いだった。

 

 まぁ有名芸能人のスキャンダルとかに較べれば大したことはないし、ちやほやされるのも悪い気分じゃなかった……当初は。

 しかし、当時小学生だった妹にまでマスコミが突貫したことで考えを改めた。

 

 また、他の理由として、学生の麻雀大会に参加する意義の喪失というものもあった。

 全国大会と言っても、事前に期待したほど強い打ち手がいなかったためだ。

 

 一回優勝しただけで見切りをつけるのは早計かもしれない。

 しかし俺の大会参加で生じる悪影響も加味すれば、メリットよりデメリットが上回ると判断した。

 

 その悪影響とは何か。

 俺の存在を別の競技に例えると、囲碁や将棋のトッププロ棋士が中学生の大会に出場するようなものだ。これはちょっと反則だろう。

 俺のような規格外が混じったら、日々切磋琢磨して頂上を目指す中学生雀士たちのやる気を奪い、可能性を摘んでしまう恐れがあった。

 

 そういった諸々の事情を勘案した結果、俺は大会後に麻雀部を退部したのだ。

 

 まあ、大会には出ずとも麻雀部では引き続き活動する、という選択もあった。

 だが部に在籍していれば、大会に出て結果を残すことを周囲が期待し、有形無形に求めてくる事は想像に難くない。

 また、同級生はともかく先輩からは下級生の癖に、というような嫉みそねみを抱かれて、部内の結束や雰囲気に悪影響を及ぼしていただろう。

 

 俺の考えは上から目線な傲慢なものだったかもしれない。だが客観的に見ればベストの選択であったと今でも思っている。

 

 なお退部の際には部員や友人たちから引き止められたし、理由も詮索された。

 だが「前世でプロ雀士だった俺が混じるのは反則だから」とか「俺が強すぎて他の学生雀士たちがやる気を失いかねない」なんて、とてもじゃないが正直には言えんだろう。

 

 結局、妹の面倒を見ないといけないからとか、勉学や習い事(主に格闘技)に時間を取られるからとか、それらしい理由をつけてなんとか誤魔化した。

 

 

 

 はっきりと断られても、竹井先輩は諦めなかった。

 折り曲げた人差し指を口元に当て、思案するようなポーズで問いかけてくる。

 

「ふむ……理由を聞かせてもらっても?」

 

 理由(それ)を正直に言えたら苦労はしない。

 けど中学の時みたいに妹や習い事を言い訳にはしにくいんだよな。

 そうすると家庭環境や妹の健康事情なんかまで説明しないといけなくなりそうだし、習い事は長野に引っ越すのを契機に全部止めてるしで。

 

「理由は言えません、というのはダメですか?」

「そっか……ええ、言えないなら無理強いするつもりはないわ」

 

 思いのほか話のわかる人のようで、竹井先輩はあっさりと引き下がった。

 とはいえ、彼女の少し困ったような表情を見る限り、納得はしてないだろう。

 きちんと理由を言えない事に、罪悪感というか後ろめたい気持ちになる。

 

 せっかくわざわざ会いに来てくれたのに、無碍に断るのもなぁ……

 

 誰もが知る英雄たる某諸葛孔明のように目上の人物に足を運ばせて平気でいられるほど、俺の面の皮は厚くない。

 しょせん俺は小市民だからして。

 

 竹井先輩とは知り会ったばかりだが、少し話してみた限りでは信用できそうな人物であると思える。

 他言無用で話してみるのも手か?

 

「うーん……そう言われると逆にちょっと申し訳ないですね。なので他言しないと約束してくれるのでしたら理由を話しても構いません。どうですか?」

 

 押してもだめなら引いてみる話術にあっさり引っかかる俺ってチョロイ。

 

 竹井先輩はぱっと顔を綻ばせると、可愛い笑顔で頷いた。

 

「ええ、もちろん秘密にするわ。ぜひ聞かせて頂戴」

「まぁ、実際はそれほど深刻でも、込み入った理由でもないんですが。ただ、他人に言うと性格を疑われそうな理由なので、単純に言い辛いんですよ」

 

 前置きを話すと、竹井先輩は真剣な顔で「ふむふむ」と相槌を打ってくれる。

 なんか話しやすい人だな。

 

「で、その内容ですが……誤解を恐れず言うなら“フェアじゃないから”ですね」

「フェアじゃない……? まさか、年齢を誤魔化してるとか、麻雀で何かのイカサマをしているとか? ……な、わけないか」

 

 やはり竹井先輩は頭の回転が速い。

 こちらの台詞に込められた意図をきちんと汲んでくれる。

 

 まあ「年齢を誤魔化してる」という部分は当たらずとも遠からずだけど。

 いや、限りなく正鵠を射ていると言っていいか。

 人生経験で言えば高校生の倍以上なわけだし。

 

 もっとも精神年齢はまだ若いつもりだ。

 え? おっさんロールプレイしてたくせによく言うよって?

 ハハハこやつめ。

 

「ええ、不正をしているとかそういう類じゃないです。俺が学校の部活動で麻雀を打つ、ということそのものが“フェアじゃない”という意味ですよ」

「……なるほど。察するに君は「自分が強すぎるから」学生レベルの麻雀界には馴染まない、異質な存在だと言いたいのね? だから学生の大会に出場するのをフェアじゃないと考えている……」

「傲慢だと思われるかもしれませんが、その通りです」

 

 肯定すると、竹井先輩は腕を組んで瞑目し数秒ほど考え込む。

 そして目を開けて、小声で「よし!」と呟いた。

 何やら決意でもしたのか、あるいは気合を入れたようだった。

 

「その理由を発中君以外の誰かが言ったのであれば、凄い自信ね、って笑い話にも出来たんでしょうけれど。3年前の君の実力を見た限りでは否定できないわ。少なくとも私はその理由に納得できる」

「ありがとうございます」

「でも、その上で聞かせてほしい事があるのだけれど、いいかしら」

 

 やや前のめりに腰を屈め、上目遣いで聞いてくる竹井先輩。

 わざとじゃないかもしれないが、あざといな。

 

「な、何でしょう?」

 

 俺のスリーサイズでも聞きたいのだろうか。

 ま、まさか「発中君って恋人とか、好きな人はいる?」なんて質問じゃあるまいな。

 麻雀部に入ってくれたら私が彼女になってあげる、とか言われたらどうしよう。思わず頷いてしまうかもしれん。

 竹井先輩、可愛いし人柄も頭も良さそうだし麻雀という趣味の一致もあるしで、かなりポイント高いんだよな……

 

 なんて不純な皮算用をしてしまったのだが、当然ながら竹井先輩の次の台詞はそんな内容ではなかった。

 

「つまるところ、学生で麻雀活動をしない、やりたくない最たる理由は大会など公の場に出ることが好ましくない、と考えているからよね」

「そうですね、それが大きいです」

 

 俺の回答に満足したのか、しきりにうんうん、と頷いている竹久先輩。

 

「そこで提案なんだけど……大会に出なくてもいい、という条件でなら、発中君は入部を前向きに検討してくれるかしら?」

 

 なるほど、そうきたか。

 やはり勧誘を諦めてはいなかったらしい。

 俺の話を聞いて説得の可能性を見出したのだろう。頭の切れる人だ。

 それでもここまで求められれば悪い気はしない。

 

「そう……ですね。確かにその条件なら部活動を敬遠する理由はなくなります。ですが、やはりお断りします」

「あらま……理由を聞いても?」

 

 二度目の勧誘には自信があったのか、竹井先輩は意外そうな顔をする。

 俺は「説明すると長くなりますが」と前置きしてから話し出す。

 

「竹井先輩がその条件を保証しても、他の部員が納得するとは限りません。特別扱いされてると反感を買う可能性も高い。当然ですが部内の空気も悪くなるでしょう」

「…………」

 

 同意か不同意か。竹井先輩は頷く事もなく、黙って聞いている。

 

「竹井先輩が取り成せば表面上はうまく行くかもしれません。ですがいずれは破綻する可能性が高いです。竹井先輩は来年卒業していなくなるわけですから。つまり2年生以降は俺の部内での立場が色々と微妙になります」

「…………」

「そうなれば大会参加を強制されるかもしれませんし、断れば部員の不興を買います。最悪、俺は退部するかさせられるかとなり、麻雀部そのものの存続にも悪影響を及ぼすでしょう。理由としてはこんなところです」

 

 俺は意図的に申し訳ない表情を作り、説明を締めくくった。

 

 竹井先輩ははぁ、とため息をついて肩の力を抜く。

 

「……なるほどね。いささか悲観的だとは思うけど、一理ある……というか、そうなる可能性は考えられるわね。説明してくれてありがとう」

「いえ、当然のことですよ。こちらこそ竹井先輩のご好意を無碍にしてしまってすみません」

「アハハ、気にしなくていーのよそんな細かい事。……なーんて、カッコよく言えたら良かったのだけど。ごめんね、ますます発中君が欲しくなっちゃった」

「えぇ……」

 

 ペロッ、と小さく舌を出して悪戯っぽく笑う竹井先輩。

 

 ああもう年上なのに(いや、年下か?)可愛い人だな。

 計算づくの仕草かもしれないけど、誘惑されてもいいかって気になってくる。

 とりあえず台詞の最後の部分だけリピートアフタミー。

 

「ね、発中君。それじゃ、入部しなくてもいいから、コーチとして麻雀部に来て欲しい、っていうのはどう?」

 

 うーん粘るなぁ。

 だけどこういう簡単に諦めない所も上に立つ者の資質かもしれない。

 織田信長とかさ。

 

 そういや形としてはこれが三回目の勧誘になるな。

 ここで俺が承諾して麻雀部に栄光をもたらせば、後に「清澄の部長、竹井は三顧の礼で発中を迎え入れた」とプロジェクトXで取り上げられる可能性がワンチャン……ないな。

 

「一考の余地はありますが……それはそれで色々反発を招きませんか? 部員でもないのにーとか、上級生のやっかみとか」

 

 指摘すると、竹井先輩は手をひらひらと振った。

 

「その点は大丈夫。今のところうちの部には3年生が私だけ、2年生も一人だけ。新入生は3人入ってくれて、計5人の小所帯だから。みんな良い子ばかりだし快く受け入れてくれるわよ。あ、ちなみに男女の内訳は女が4人、男は1人ね。だから今入部すればちょっとしたハーレムよ~?」

 

 一本立てた人差し指を俺に向け、ニヤニヤしながら言う竹井先輩。

 ハーレムという言葉の魔力が一瞬俺を惑わすが、反応しては負けである。

 転生者はうろたえない!

 

 鉄面皮を貫くと、竹井先輩は「あら、興味ないの?」と意外そうに呟く。

 それから表情を元に戻し、説明を再開する。

 

「唯一の男子部員は1年生なんだけど、自分以外異性ばかりって環境だと色々気まずかったり居心地が悪いと思うの。そういう意味でも発中君が入部してくれるとありがたいわ」

 

 いやー、それはどうだろう。

 女性に免疫のない真面目君ならともかく、典型的な思春期真っ盛りな男子とかだったら(ライバル)が増えるのを喜ばないと思うぞ。

 てゆーか、ハーレム(それ)が目当てで入部したまであるな。

 同類だと思われたくないからわざわざ指摘したりしないけども。

 

「あとね。大会の個人戦はともかく、団体戦は男女ともに定員数不足で現状のままだと出られないの。勿論、人員不足はおいおい解決していきたいと思ってるわ。我が麻雀部はざっとこんな状況だけど、どうかしら。人数が少ない分、発中君がうまくやっていける余地はあると思うの」

 

 説明を終え、期待の篭った眼差しで見つめてくる竹井先輩。

 

 ふむ、確かに上手くいくかもしれない。

 総勢5人程度の小集団、過半数が同級生でトップは味方。それなら余程相性の悪い相手でもいない限り、溶け込むのは難しくないと思われる。

 

 俺だって本音で言えば、部活で麻雀ができるなら好都合だ。

 一人寂しくネット麻雀に耽るのも飽きたし、何より対局は顔の見える相手と卓を囲み、牌に触れてこそだ。

 仮想では得られない駆け引きの楽しさがそこにはある。

 

 決意を固めた俺は大きく息を吸って、ふぅーっと吐いた。

 

「わかりました。今この場で入部するとお返事はできませんが、仮入部というか体験入部的な形でいいなら、早速今日の放課後にでも部室にお邪魔させてもらいますよ」

「本当!? もちろん、私に異存はないわ! ぜひいらして頂戴!」

 

 再三の勧誘がついに実を結んだのが嬉しいのか、竹久先輩は喜色満面の表情でガッツポーズをした。

 なかなか感情表現豊かな御仁である。

 

 まあこちらとしても、そこまで喜んでもらえるなら承諾した甲斐があったというもの。

 

 そこでタイミング良く、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 

「それじゃ、そろそろお暇させていただくわ。私の都合でお昼休みを潰しちゃってごめんなさいね」

 

 胸の前で手を合わせてテヘペロする竹井先輩。

 このひと最後までかわいいかよ!

 

「気にしないでください。俺としても有意義な時間でしたよ」

「そういってもらえると助かるわ。そうそう、部室の場所はわかるかしら?」

 

 はい、麻雀部には興味がなかったので知りません。

 と正直には言えない。

 

「いえ、すみません、知らないです」

「無理もないわ。旧校舎って知ってるかしら?」

「ええ、校舎の正面に立っている大きな建物の事ですよね」

 

 清澄高校には旧校舎が存在しており、まだ現役の校外施設として活用されている、というのは知識として知っていた。

 

 てかこの高校、学生数の割には規模が大きいというか、敷地が広いんだよな。

 まあ地価の高い都内と較べちゃいけないんだろうけど。

 

 移動に不便な面もあるけど、自然が多く開放感があるのは気に入ってる。

 何よりここには都内の高校にはないマイナスイオンが溢れているからな。

 妹の事がなくとも、こっちに来れて良かったと思っている。

 

「そそ。その旧校舎屋上の部屋が麻雀部の部室なの。本校舎からはちょっと歩くから大変だけど、屋上からの見晴らしはいいし、部室内の設備も整えてあるから気に入ると思うわ」

「なるほど、楽しみにしておきます」

「それじゃまた放課後に会いましょう。もし今日これなくなったら携帯に連絡を入れてくれればいいから。というわけで携帯の番号を交換しましょう」

「わかりました」

 

 制服の内ポケットから携帯を取り出す。

 俺の携帯はりんご印の最新型スマホ。竹井先輩が出してきたのは藍色をした二つ折り形のガラケーだった。

 ぱっと見、結構旧い世代のもので、かなり使い込まれてる感がある。

 

 無論、そんな事で馬鹿にしたり、優越感を得るほど俺はガキじゃない。

 むしろ物を長く大事に使う人柄が透けて見えて、より好感が持てた。

 

「はい発信、と」

 

 俺の携帯から竹井先輩の携帯へと電話をかける。

 その発信・着信履歴からアドレス帳へと登録するのだ。

 お互い無言で携帯をいじり、入力作業を済ませる。

 

「発中君、部活に関係ないことでも、何か用事や聞きたいことがあったら遠慮なくかけてきてくれていいから。メールでもいいしね」

「ええ、何かあれば連絡します」

 

 連絡にはLINEが一番楽なのだが、察するに竹井先輩のガラケーでは使えないか、使えてもスペック的に厳しいのだろう。

 もちろんわざわざその事を口に出すような野暮はしない。

 

「学園生活で困ったことや相談事でもいいのよ。ほら、私ってこう見えても学生議会長だしね」

「なるほど、それもそうですね。そのときは遠慮なく頼らせてもらいますよ」

「ぜひそうして頂戴。それじゃ、今度こそ失礼するわね」

「はい、ではまた放課後に」

 

 踵を返し、3年の教室がある方へと去ってゆく竹井先輩。

 予鈴からちょっと時間が過ぎてしまった。

 教室が近い俺は大丈夫だが、竹井先輩は急がないと授業に遅刻しかねない。

 にも関わらず、慌てる様子もなく歩いていく竹井先輩の後姿に人としての器の大きさを感じる。

 竹井先輩は将来きっと大成するだろうなと、ふと根拠のない予感を抱いた。

 

 なんとはなしに遠ざかる背中を眺めていたら、竹井先輩が足を止め、こちらへ振り向いた。そして、

 

「白兎君! 次からはもっと気安く話してくれると嬉しいわ! 私のことも“久”って名前で呼んでくれていいのよ!」

 

 あろうことか大声でそんなことをのたまった。

 

 いや、距離があるからだろうけど、間違いなく他の人にも聞かれたぞ。

 しかもこれは誤解を招きかねない発言だ。

 

 天然の可能性もあるが、意図してやったなら大した器量である。

 全力で俺との距離を詰めてきている。

 あるいは外堀から埋めようと考えているのか。

 

 間違いなく噂になるであろうことを予想して、俺は内心で大きくため息をついた。

 

 

 




主人公の家族構成が明かされてますが、妹は中学1年生で高遠原中学(のどかの母校)に進学しています。


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東場 第一局 四本場

 

 

「あそこが部室か……」

 

 放課後になり、さっさと帰り支度を整えた俺は早々と教室を後にした。

 いつもより急いだのは、むろん竹井先輩との約束を果たすためだ。

 

 遠目に旧校舎の外観を確認すると、3階立ての建物の屋上に一軒家のようなものが建っている。

 異物感が酷いというか、外観の調和を著しく損ねていた。

 竹井先輩の言葉が正しければ、恐らくあの一軒家が麻雀部の部室だろう。

 

 旧校舎の入り口をくぐり、歩くたびに軋む木製の廊下を進む。

 古ぼけた内装や風でガタつく窓の音などに歴史を感じながら階段を昇る。

 そしてついに屋上まで辿りついた俺を両開きの大きな扉が出迎えた。

 

 それは重厚な造りの木製扉であり、かなりの存在感を主張している。

 一般的な学校施設では校長室や理事長室などでしかお目にかかれないレベルのものだ。

 

 第一印象は大事だ。俺は自分の服装に乱れがないか確認すると、軽く深呼吸して扉をノックする。

 

「はい、開いてますよ。どうぞ」

 

 ノックからほとんど間を置かず、女子学生のものと思しき柔らかい声が扉の向こうから返ってきた。

 はて、どこかで聞き覚えがあるような声だな。

 

 まあそれはともかく、部員がいてくれてほっとした。

 放課後になってすぐに足を運んだため、まだ部員が誰も来ていない可能性を危惧していたのだ。

 招かれたとはいえ、さすがにまだ部外者の俺が無断で部室に入り込むわけにもいかないからな。

 

 「失礼します」と一言断ってガチャリと扉を押し開く。

 部室内は思っていたより広いようで、おぉ……と内心で小さく感嘆する。

 

 最初に目についたのは正面奥の壁に嵌め込まれている縦長のステンドグラス。薔薇の模様が描かれており、宗教色はあまり感じない。採光具合もあってなかなか綺麗である。

 

 次に目についたのは同じく正面奥に鎮座する麻雀自動卓。

 麻雀部なのでコレがあるのはおかしくない。

 人数の少ない零細部という事もあり、自動卓を所有してない可能性を危惧していたのだが、予想が外れて良かった。

 人力で積むアナログ卓も嫌いじゃないが、自動卓に較べると余計な手間と時間がかかって面倒だからな。

 

 自動卓には髪の長い女生徒が一人、俺と相対する位置の席に座っていて、牌の手入れをしている。

 ステンドグラス越しに届く逆光のせいで女生徒の表情は見えにくい。

 だが後光が差しているような状況の女生徒には清浄な雰囲気があり、美しいなと感じた。

 俺のノックに応じた声の主は恐らくこの子だろう。

 

 その女生徒は徐に椅子から立ち上がると、こちらへ歩いてくる。

 

「すみません、部長からお客様が来るとの連絡はいただいてたんですが、私も来たばかりで何の用意も出来てなくて…… とりあえずお茶でも入れますね」

 

 スカーフの色で同じ1年生だとわかった。

 俺は百八個ある紳士技の一つ、周辺視を発動して女生徒の容姿を観察する。

 

 まず髪型だが、所謂ツインテール。リボンタイプのヘアゴムを使って後頭部両側位置で髪を括っている。

 

 身長はやや低め、体型は……って、うおおおお!

 なんという巨峰、いや山脈。凄い。ヤバイ。

 この素晴らしいスタイルに祝福を!

 

 いかんちょっと錯乱した。

 俺はクール、ビークール。ヨシ!

 工事猫? 知らない子ですね……

 

 真面目に評価すると、準トランジスタグラマーと言ったところか。

 腰つきはかなり細いので、トップとアンダーの差が凄い事になってる。

 IとかJカップくらいありそうだ。

 

 胸に向かいそうになる視線をグッと堪える。

 初対面で女性の胸部をガン見とか印象最悪だからな。

 

 暴走しようとする本能を抑えつつ、最後に彼女の顔に視線をやる。

 

 ……うん? この子……どこかで見た、ような……

 …………あっ。

 

「お……おっぱいちゃん?」

「えっ……!?」

 

 見間違いようもない。去年に母校中学の文化祭で出会った少女、おっぱいちゃんだ。

 

 え、まじ? 何コレ。何かのドッキリ? 何でこの子こんなとこにおるん。

 いや、制服着てるし部室にいるんだから清澄高校の生徒で麻雀部員なんだろうけど、いくらなんでもありえなくね?

 

 そりゃ確かに俺は神の子だから願えば叶うとかアホなことを考えてはいたが……。

 これが物語だったらご都合展開乙! とか言われて叩かれそう。

 それだけ奇跡的な再会だ。

 

 でもそうか、そうか……

 やばい超嬉しい。顔がにやける。

 

 しかし喜ぶ俺とは正反対に、おっぱいちゃんは機嫌を損ねたようで眦が釣り上がっていく。

 

 ……アレ? そっちは再会を喜んでくれないの?

 

 と疑問に思ったところで、自分の失敗に気付いた。

 

 去年の俺=メイド姿に女装した変態。しかし見た目は完璧な美少女。

 おっぱいちゃんには女装した男だとカミングアウトしてない。

 おっぱいちゃんの方でも俺が男だと気付いたような節はなかった。

 

 これらを総合すると……実質俺たちはこれが初対面ですねわかりました。

 

 つまりあれだ。俺にとっては運命的な再会でも、おっぱいちゃんにとっては出会って十秒でセクハラかました史上最低男にランクインされてるぞこれ。

 口は災いの元ってこういう時の事を言うんだろう。

 

 なんて冷静に考ええる場合じゃない。すぐに弁解しないと……!

 

「あのさ、実は……」

「最低!」

 

 パンッ!

 

 事情を説明しようと口を開いた直後、つかつかっと足早に距離と詰めてきたおっぱいちゃんに平手打ちされた。

 避けようと思えば避けれたけど、怒りに油を注ぎそうなので敢えて受けた。

 躊躇いのなさといい、威力といい、なかなか良いビンタだった。

 

「なんですか貴方は! いきなり人のこと……を……」

 

 憤怒の様相で糾弾しようとしたおっぱいちゃんの様子が急変する。

 困惑した表情で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

 まさか、気付いたのか?

 

「あの……さっき私のこと、何と呼ばれましたか?」

「言ってもビンタしない?」

「茶化さないでください、ちゃんと答えて!」

 

 焦ったような、怒ったような剣幕で聞いてくるおっぱいちゃん。

 あんまり余裕がない感じ。

 茶化したつもりはないが、余計な事を言ってまたビンタされたくはない。

 なので素直に仰せに従う事にする。

 

「おっぱいちゃん」

「も……もう一度お願いします」

「おっぱいちゃん」

「…………」

 

 要望通り連呼すると、おっぱいちゃんの目が大きく見開いてゆき、驚愕の表情になる。そして俯き、沈黙した。

 

 てゆーかこのやりとり、傍目から見たら結構ヤバイ気がする。

 第三者に目撃されたら俺の社会的風評がマッハでピンチなんだが?

 

 まさか俺を社会的に抹殺しようというおっぱいちゃん(孔明)の罠なのか。

 

 アホな推測はさておき、おっぱいちゃんの沈黙が怖いな。

 反応を見るに、去年出会ったメイドが俺だと気付いた可能性は高い。

 であるなら、黙っているのは怒りを溜めているからか。

 あるいは軽蔑のあまり口もききたくない、という事も考えられる。

 

 いずれにせよ、ここはおっぱいちゃんの出方を伺おう。

 黙って待っていると、ほどなくして彼女は口を開いた。

 

「私と……以前に会ったことがありますか?」

 

 俯いたまま、ポツリと尋ねるおっぱいちゃんの声は張りつめていたが、怒りや蔑みのような響きはない。

 その事に俺は内心で安堵しつつ答える。

 

「あるよ。去年の秋、俺の中学の文化祭で会ったよね、君と。そのときの俺、女装してたから今の姿を見てもわからないかもしれないけど」

 

 どのみち再会時には女装の件をカミングアウトしようと思っていたのだ。

 俺はあっさりと肯定した。

 

 おっぱいちゃんが弾けたように勢いよく顔を上げる。

 

「ほ……ほん、とう……に?」

「うん。不良に絡まれてた君を助けて、その後一緒に文化祭回ったでしょ? 俺の勝ち逃げだったあのときの麻雀の続き、する?」

「うそ……嘘……あの人は……とても素敵な女の子で……」

「正真正銘、男だよ?」

「そんな……」

 

 ショックを受けた顔をするおっぱいちゃんに心が痛むが、この期に及んで嘘は吐けない。

 俺は落ち着いた声と口調を意識しながら、謝罪と弁解を行う。

 

「騙していたのはごめん。本当にすまなかった。言い訳かもしれないけど、男に怖い思いをしたばかりの君をフォローするには同性を装ったままの方がいいと思ったんだ。女装だとばれない自信もあったしね。ああ、だからって別に女装が趣味って訳じゃないよ? 文化祭で是非にって頼まれて仕方なくさ」

「…………」

 

 おっぱいちゃんは悄然とした表情で、肩を落とし俯く。

 

 やはり失望されたか……

 俺は申し訳なさと残念に思う気持ちを同時に抱く。

 

 自意識過剰でなければ、おっぱいちゃんは俺に親愛の情を抱いてくれてたと思う。

 交流した時間は半日にも満たなかったが、麻雀という趣味が合った事もあり、別れる頃には親友一歩手前くらいには打ち解け合えていたのだから。

 

 しかし、その相手は性別を偽り、自分を最後まで騙していたのだ。

 裏切られたと、落胆や怒りを覚えるのは当然である。

 

 おっぱいちゃんにこれで嫌われたとしても、全ては俺の自業自得。

 おまけでビンタの一つや二つを貰う事も覚悟しておくべきだろう。

 呼び名もそうだが、同性のフリをしてセクハラ紛いの事もしたしな……

 

 いつ断罪の言葉(もしくはビンタ)が放たれるのか戦々恐々と待っていると、おっぱいちゃんは俯いたままぽつりぽつりと話し始める。

 

「……貴方に……また会いたいって……あの日からずっと思ってました……でも、それが叶うことはないと……諦めてもいました……」

 

 淡々とした口調、しかし情念を感じさせる声で話すおっぱいちゃん。

 

 なんか予想していた反応と違うな。これじゃまるで愛の告白の前置きだ。

 語りに雰囲気があってちょっとドキドキしてきた。

 まあ今は黙って話を聞こう。

 

「それでも、会いたいって思わない日はありませんでした……どうしても会いたくなって、春休みにあの中学校まで行きました……もう卒業しているのは分かってましたが、万が一でも会えたらって思って……」

「…………」

「でも、やっぱり会えなかった……思い余ってあの学校の事務の方に訊ねもしましたが、個人情報だから教えられないと断られました……当然ですよね」

「…………」

「その後は……もう二度と会うことはできない、縁がなかったんだって、自分に言い聞かせてました……」

 

 ここまで話を聞く限り、おっぱいちゃんの想いの深さを感じられた。

 繊細で、思い込みが強そうな女の子だとは思っていたが……

 まさかこれほどの好意を得ていたとは嬉しい予想外である。

 

 もっとも、おっぱいちゃんは俺を同性だと思っていたので、その想いは恋情ではなくあくまで友情。

 そこを履き違えたら痛い自意識過剰男になってしまうだろう。

 

「私……わかりません。心がぐちゃぐちゃで……貴方と再会したことを喜べばいいのか……貴方に騙されていたことを怒ればいいのか……」

「…………」

「ただわかるのは……少なくともこんな再会の仕方は……望んでなかった!」

 

 叫ぶように言って、おっぱいちゃんはがばっと顔を上げた。

 視線がぶつかり、悲痛な表情をした彼女の瞳から涙が溢れて頬を伝う。

 ぽたり、ぽたりと滴が落ちて部室の床を濡らしてゆく。

 

 泣かせてしまった……

 予想していた事態の一つではあるが、いざ実際に直面すると罪悪感が酷い。

 これなら不誠実を詰られた方がまだ精神的にマシだったかもしれない。

 女装趣味の変態! とか罵られたらそれはそれで心が折れそうだが。

 

 まあ俺の事はどうでもいい。

 今はおっぱいちゃんを落ち着かせるのが先決だ。

 とはいえ、元凶の俺が言葉を尽くしても、彼女の心には響かないかもしれない。

 それどころか、下手をすれば逆効果まであるな。

 

 ここは一旦引いて、出直す方が賢明かもしれない。

 逃げるみたいで何だが、火に油を注ぐよりはマシだ。

 竹井先輩との約束を破ることになるが、事情を話せば理解してくれるだろう。

 

「今さら何を言っても言い訳にしかならないけど、君を傷つけるつもりはなかった。本当にごめんね。卑怯な言い分かもしれないけど、君がこの再会を望まないと言うなら、俺は消えるよ。今日のことは忘れて、ずっと他人の振りをしてもいい。学校も学年も同じだから、完全には難しいかもしれないけど」

「…………」

「でももし、君が男の俺を、この再会を受け入れてくれるなら、俺は全身全霊で偽っていたことを償うつもりだ」

「…………」

「とりあえず、今日の所は帰るよ。俺はいない方がきっと落ち着けると思うから。その後で、俺のことを許せるかどうか、ゆっくりでいいから考えて欲しい。君が答えを出すまでいつまででも待つし、それまでこの部室には近づかないようにするから」

 

 そう告げて、俺はおっぱいちゃんに背中を向けた。

 

 

 




よくよく考えたらマンモス校でもないのに、同級生で一ヶ月もお互いの存在に気付かないのは無理があるのでは? という気がしました
強いて理由付けするなら、どっちも比較的周囲に関心が薄い人間だから……かな

まあそこはご都合悪い主義という事でひとつご容赦を


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東場 第一局 五本場

 

 

 彼が背を向けて去ろうとしている。

 それを黙って見送るか、引き止めるのか。

 何が正しくて、私は一体どうすべきなのだろうか。

 

 歓喜、慕情、親愛、失望、怒り。私の胸中では様々な感情が渦巻いている。

 頭の中もぐちゃぐちゃで、とても冷静な判断ができる状態ではなかった。

 

 ずっと女性だって、大切な友達だって思ってた。

 そんな彼女が実は男性だなんて、疑うどころか毛ほどにも考えたことはなかった。

 なのに、彼女は”彼”だった。

 それは私の期待を、幻想を裏切る残酷な真実だった。

 

 彼は自分が女だなどと一言も言ってはいない。私がそう思い込んで勘違いをしていただけ。

 あのときの状況を考えれば、性別を明かさなかったのは善意だったと語った彼の言葉に嘘はないと思える。

 女装していた動機も、文化祭という事情を考えれば納得できる。

 

 つまり彼には何の落ち度もなく、私を裏切ってなどいない。

 そう、理屈ではわかってる。だけど感情が納得しない。

 

 何もかも許して再会を喜べばいいのか、幻想を壊された事を嘆けばいいのか、期待を裏切られたことを怒ればいいのか……何が正しい選択なのかわからない。

 

 彼は「いつまででも待つから」と言ってくれた。

 それに、同じ学校に通う同級生同士。今後も会おうと思えばいつでも会える。

 今は彼の言うとおり一人になって落ち着いた方がいい。

 

 無理に何かを話そうとしたら、酷いことを口にしてしまうかもしれない。

 それは彼にとっても私にとっても不幸だ。それだけは避けたい。

 

 また、今この瞬間にでも他の部員が部室にやってくるかもしれない。

 それは良くない。今の私を見られたくない。

 きっと誤解が一人歩きし、より事態が複雑になってしまうだろう。

 

 そうしない為にも、最善はこのまま彼を見送る事だ。

 そして私は部室のバルコニーにでも出て、落ち着くまでそこにいればいい。

 

 でも涙の痕はすぐには消えない。きっと気付かれ、何か言われるだろう。

 少なくとも部長は見逃さないはずだ。何かあったのかと聞かれるに違いない。

 その言い訳もこれから考えなくてはならない。

 

 だから彼を引き止めてはならない……どうせすぐにまた会える。会えるはずだ。

 去年の別れの時みたいに、もう会えないなんて、悲観する必要はない。

 

 彼の背中が部室の扉をくぐり、階段へと消えてゆく……

 ふと、あの日の光景が脳裏に蘇る。彼女の微笑みが、彼女の言葉が、私を抱きしめてくれたときの優しさが……

 

 ズキッ、と胸が強く痛んだ。

 荒れ狂っていた感情が、一つの方向性を得てゆく。

 それは切ない、という感情のうねりとなって私の心を蹂躙した。

 

 今度こそもう二度と会えなくなるかもしれない……そんな最悪な想像が頭に浮かび、私の背筋を凍らせた。

 

 ――いやだ。いかないで。もう私を一人にしないで!

 

 そのとき、私の口は勝手に言葉を紡いでいた。あるいは、それは心の声だったのかもしれない。

 

「いや……だめ……いかないで……! お願い、待って!」

 

 視界から消えた彼を追い求めて、階段へと走る。扉の下をくぐり、階段を見下ろす。

 

 私の大声に驚いたのだろう。

 彼は目を丸くして、階段の踊り場でこちらを見上げている。

 

 よかった、間に合った。

 

 多分に衝動的だった私はただ感情が突き動かすまま、彼を求めて階段を降りようとする。

 

「あの……きゃ!」

 

 ろくに足元を見ずに踏み出したのがいけなかったのだろう。

 私は一段目で足を踏み外してしまい……バランスを失い、前のめりに転げ落ちようとした。

 

「飛べ!」

 

 怒声が飛んだ。

 その指示を刹那の間で理解し実行できたのは、運動神経の鈍い私にとってまぐれとも僥倖とも言える奇跡だった。

 あるいは、神様が力を貸してくれたのかもしれない。

 

 私はあらん限りの全力を足に込め床を蹴った。飛ぶというより、前方へタックルするような跳躍だった。

 

 一瞬の浮遊感。

 絶体絶命の危機に感覚が鋭敏になっているのか、引き伸ばされた時間で彼の緊迫した表情とこちらへ手を伸ばしてくれるのが見えた。

 

 目を瞑る。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 

 次の瞬間、全身に軽い衝撃が走った。そして気がつけば私は彼に背中から抱きしめられていた。

 どうやら彼は右腕を私の胸の下に差し込むようにして体を受け止め、落下の勢いを殺しつつ自分の方へと巻き込むように抱きとめてくれたようだった。

 

 その途中で彼の左腕は私のお腹のあたりに回され、姿勢を支えてくれていた。

 つまり、胸の下と下腹部あたりを両腕で抱きしめられている形だ。

 

「…………」

「…………」

 

 命の危険すらありえた、危機一髪のトラブル。その直後のことで思考は真っ白。言葉も出てこない。

 それは彼も同じのようだった。

 

 三つ数えるほどの時間が過ぎてから、彼は私を背後から抱きしめたままふぅー、と長く吐き出すように安堵のため息をついた。

 その吐息がうなじにかかり、背筋をぞくっと刺激する。

 

 男性の吐息を肌で感じるなど、常の私ならば生理的嫌悪感を抱いて彼を拒絶しただろう。

 しかしその時の私は、逆にその刺激を快いものと感じてしまった。

 そして同時に、危なかった、という恐怖と、助かった、という安堵をも実感した。

 

「……随分とお転婆だったんだな、君は」

「そ、それは貴方が飛べって……!」

 

 揶揄うような彼の物言いに、反射的に反駁してしまう。

 不愉快だったからではなく、気恥ずかしかった為だ。

 

 初めて出会ったときのように、またしても彼に危機を救われた。

 もしかしたら私と彼の相性はよくよくそういうものなのかもしれない。

 庇護者と庇護される者……

 

「はは、そうだね。……よく出来ました」

「あ、あの……ありがとうございました」

 

 彼は私の拘束を解かぬまま、背後から優しい口調で囁いてくる。

 その声には身を案じるいたわりの気持ちが籠もっており、私は礼を言うと共に大きな安らぎを感じて脱力した。

 

 かくんと足が折れてずり落ちそうになる私を、彼は「おっと」と呟いて抱えなおした。

 それで正気づいた私は胸とお腹を支える彼の腕の感触で、抱きしめられているという今の状況を強く意識してしまう。

 

 いまだにドクンドクンと、心臓がかなりの勢いで鼓動を刻んでいる。

 危機を脱して落ち着くどころか、そのボルテージはいささかも弱まる気配がない。

 

 密着しているため、彼にも私の胸の高鳴りが伝わってしまっているはずだ。

 その事を彼はどう受け止め、解釈するだろうか。

 

 羞恥を覚えて俯くと、視線の先に私のコンプレックスでもある胸を鷲掴みしている彼の手が映る。

 

 ……ワタシノムネヲカレガツカンデイル。

 

 事態を理解したとき、私の頭は一瞬で沸騰した。

 

「……きっ……きゃぁぁあああ!!」

「うぉっ!?」

 

 羞恥心がオーバーヒートした私は大声で悲鳴をあげてしまう。

 

 私は反射的に胸を庇うように前屈みに座り込もうとする。

 しかし突然の狂騒に驚いた彼がより腕に力を込めて拘束したため阻まれる。

 

「胸! 離してくださいっ!」

「うわ!? ご、ごめんっ」

 

 私が指摘したことで、彼もようやく自分がどこを掴んでいるか気付いたようだ。慌てて謝罪しながら両腕の拘束を解いてくれる。

 

 彼の行いは、邪な意図があっての事ではないだろう。

 私を救おうとした一連の行為の結果そうなっただけで、故意ではない。

 そう、理屈ではわかっている。

 

 だけど、生まれて初めて異性に胸を掴まれる体験をした私に、そんな理屈は何の慰めにもならなかった。

 

 彼を恨めしく思う気持ちが怒りとなってふつふつと湧いてくる。

 階段の踊り場の床にいわゆる女の子座りでぺたんと腰を落とした私は、両手で胸を隠しながら首だけ動かして背後の彼をじとっと見つめる。

 

 彼はバツの悪い表情で頬を掻いており、私の視線による呵責を受け止めながら何を言うべきか迷っている様子だった。

 

「ごめん、本当に申し訳な……」

「この不届き者め、のどちゃんに何をしたーー!?」

 

 ダダダダダッ!

 

 彼が謝罪を口にしようとしたところで、それを遮るように大声が階下より響いた。

 そして階段をすごい勢いで駆け上がってくる音も。

 

 とても聞き覚えのある声の主が、数秒とかからず私たちのいる踊り場に飛び込んでくる。

 

「天誅ーー!!!!」

 

 その突然の乱入者は気迫の篭ったかけ声と共に私へと……いや、私の頭上を飛び越えて背後の彼へ躍りかかった!

 

 ガッ!

 

 背後で鈍い音が聞こえたかと思うと、私の目の前にひらりと着地する小柄な影。それは……

 

「やるなきさま! だがのどちゃんに手を出した落とし前はきっちりつけさせてもらうじぇ!!」

 

 右手を突き出して私の背後にいる彼を指差した、親友の片岡優希の姿だった。

 

 

 




今回はちょっと短いので次話は早めに投稿します


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東場 第一局 六本場

 

「そっちこそやるな。ナイスパンチ」

「キックだじぇ」

 

 この小娘……できる!

 

 狭い踊り場とはいえ、俺に回避を許さないほどの飛び蹴りを放ち、防御されたと見るや三角飛びの要領で即座に飛び退る身体能力といい、俺のさりげないボケに的確に突っ込む冷静さといい……

 

 なんてアホなこと考えてる場合じゃなかった。

 

 座り込んでいるおっぱいちゃんを間に挟んで突然の乱入者と対峙した俺は、戦意旺盛な表情でファイティングポーズを取っている目の前の人物を観察する。

 

 スカーフの色からすると1年生の女生徒だ。

 体格はかなり小柄で、制服を着てなければ小学生でも通用しそうな外見である。

 顔もまた童顔で、今は怒りの表情でこちらを睨みつけているが、笑えばかなり可愛い子なんじゃないかと思う。

 髪は肩にかからない程度の長さで、頭部の両脇を珠型アクセサリ付きシュシュで結んでいる。

 

 察するに、この女生徒も麻雀部の部員なのだろう。

 部室に向かう途中で悲鳴を聞きつけ、慌てて階段を駆け上がって来た、といったところか。

 ついでに言えば、俺を暴漢か何かと勘違いしているに違いない。

 

「誰だか知らんがちょっと待て、誤解だ誤解!」

「のどちゃんに悲鳴をあげさせた現行犯で誤解も豪快もないじぇ。大人しく我が正義の鉄拳を受けて己の罪を悔いるといいじょ!」

 

 四肢に力を漲らせ、再びこちらへと飛びかかろうとする気配を見せる女生徒。

 

 興奮すると人の話を聞かないタイプだなこいつ。しかもこんな狭い場所で暴れたらおっぱいちゃんも巻き込みかねないというのに、分別もないのか。

 

 まあ多少身体能力が高かろうが無力化するのは容易だ。

 けど、女の子に暴力を振るうのはなぁ……

 

 座り込んでいるおっぱいちゃんをちらっと一瞥する。

 被害者だと思われてる彼女が説明してくれれば誤解も解けるはずだ。

 

 そう考えたところでタイミング良くおっぱいちゃんが女生徒へ話しかける。

 

「ゆーき、ちょっと落ちつ……きゃ!?」

「じぇい!」

 

 対応を決めかねて逡巡する俺を見て、好機だと判断したのか。女生徒は床を蹴り、手すりに足をかけて高々と跳躍した。

 そして俺の頭めがけて横蹴りをかましてくる。

 

 助走もないのにかなりの瞬発力、まるで猫のようだ。

 

 並の人間なら直撃か防御が精一杯の見事な奇襲。

 しかし俺にとっては想定の範囲内、余裕をもって対処できる攻撃だ。

 

 狭いスペースとはいえ避けることもできたが、敢えて迎撃する。

 

「じょ!?」

 

 左手で女生徒の蹴り足を上へ跳ね上げるようにパシッと払い、空中のバランスを崩してやった。合気道の応用技である。

 結果どうなったかというと、足が天井めがけて虚空を蹴り上げ、頭は振り子の軌道で下方へと向かう。1秒後には頭から床に激突だ。

 

 自衛はしたが、女生徒に怪我をさせるつもりはない。

 俺は素早く右手で女生徒の脚を掴み、床に頭がぶつからないよう吊り上げた。

 

「な、なんとっ!?」

 

 奇襲をあっさり迎撃され、捕獲されたことに驚愕の声を漏らす女生徒。

 

「ふむ……白か」

 

 俺の目の前でふらふらと揺れる、純白の布地に包まれた小ぶりなお尻。

 女生徒の制服はスカートだから、逆立ち状態になれば当然、重力に負けてその役割を放棄することとなる。

 

 もちろん、これを狙ってやったわけじゃない。

 抵抗できない形での捕獲が目的だ。

 

 ……ウソジャナイヨ?

 

「い……いやぁぁぁああ! 離して! 離してぇぇー!」

 

 自らの状況を把握した女生徒が、悲鳴を上げながら身をよじって暴れる。

 

「俺の話を大人しく聞いてくれるなら離してあげるよ?」

「聞く! 聞きます! だから降ろして!」

 

 必死で懇願する女生徒。

 なんかやってることがほんとの暴漢みたいだよなぁ。

 紳士を自認する俺としては大変遺憾に思わざるを得ない。

 

「了解」

 

 そのまま手を放すと受身が取れなかった場合に危険なので、女生徒の左腕を掴んで持ち上げる。

 同時に右手で掴んだ足を時計回りに下ろす事で、頭と足の上下を正しく戻してやり、手を放す。

 

 ようやく床に足がついた女生徒は腰が抜けたようにへたりこむと、

 

「酷い目に遭ったじぇ……」

 

 俯き、疲れきった口調で呟いた。

 

「人の話を聞こうとしないからだ」

「うぅ……私と同じようにしてのどちゃんも辱めたって話なら、もう聞かなくてもわかったじぇ……」

 

 全然わかってなかった。

 

「人聞きの悪い誤解をするな、俺は無罪だ」

「私ものどちゃんもあんな辱めを受けたらもうお嫁にいけないじぇ……」

 

 どうやら何が何でも俺を犯罪者にしたいらしい。

 だんだん相手をするのが疲れてきた。

 後はおっぱいちゃんに任せよう。

 

「頼む。君も誤解だってこの子に説明してくれ……」

 

 声をかけると、呆然としていたおっぱいちゃんがハッと表情を変える。

 

「あ……っ、ご、ごめんなさい、あまりのことに気が動転してしまって……ほら、ゆーきも立ってください」

「う、うむ……」

 

 我に返ったおっぱいちゃんは慌てて立ち上がり、へたりこんでいる女生徒に手を差し出して引っ張り立たせた。

 

 そこで俺たち3人とは別の、第三者の声が階下から届く。

 

「おーい、優希ーのどかー、大丈夫かー!?」

「何があったんじゃー?」

 

 どうやらこの女生徒以外にも麻雀部員たちがやってきたらしい。

 やれやれ、この状況をなんて説明しようか。

 体験入部の初日から見舞われたトラブルに、俺は頭を抱えたのだった。

 

 

 




かなり短いんで前話と合わせて一話分にすべきかなとも思ったんですが、旧版との兼ね合いを考慮してそのままにしました。


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東場 第一局 七本場

 

 

 井戸端会議ならぬ踊り場会議とでも言えばいいのか、旧校舎階段の狭い踊り場に何人もの学生が集まっていた。

 具体的には、トラブルの当事者である俺とおっぱいちゃんと女生徒。そして後から来た麻雀部員らしき男女の二人を追加しての計5名である。

 

「……と、いうわけなんです」

「善意と誤解による不幸な事故だったんですよ」

 

 おっぱいちゃんが事情を説明し、最後に俺が結論を述べて話が終わった。

 なお俺と彼女の過去の関係は、いま説明するとややこしくなりそうなので話すつもりはない。

 彼女もまた俺と同じように考えたのだろう。

 事情説明は階段を落ちそうになって俺に助けてもらった所から始まっていた。

 

「なるほど、おんしが部長の言っていたお客様じゃったか。しょっぱなから部員が世話になったのぅ」

 

 納得の表情を浮かべてそう言ったのは、後から来た二人のうちの片方。ショートボブの髪型で眼鏡をかけた2年生の女生徒だ。

 第一印象は、それなりに整った愛嬌のある顔立ちをした温厚そうな先輩、と言ったところ。

 

 話のわかる人のようで、可愛くとも人の話も聞かず襲いかかって来る雌豹のような女子よりはずっと好感が持てる。

 いや、別に根に持っているわけじゃないんだけどね。

 半ば不可抗力とはいえ、おっぱいちゃんにセクハラして誤解を招いた俺にも非はあるわけだし。

 

「ううう……自分が悪いとわかっていても、あんな辱めを受けた後では素直に感謝できないじぇ……」

「それは同情できますし、私にも原因があるのでゆーきには申し訳ないですけれど、短絡的なのはよくないですよ」

 

 未だにショボーンと凹んでいる女生徒を慰め、同時にやんわりと注意するおっぱいちゃん。

 二人の関係性がうかがえる微笑ましい光景だ。

 

「とゆーか、いきなりラッキースケベとか羨ましすぎるんですけど!?」

 

 空気を読まない発言をしたのは、後から来た二人のうちのもう片方。金髪の、チャラそうな外見の男子生徒だ。

 この場にいるという事は、こいつも恐らく麻雀部員。

 竹井先輩の話と併せて考えれば、唯一の男子部員だという1年生だろう。

 ヒョロいが上背があり、身長180cm以上はありそうだ。正直羨ましい。

 なお顔は普通。ふっ、勝ったな。

 

「注目するトコそこなのか」

 

 男子生徒のあんまりなアホ台詞に、俺は呆れつつ突っ込んだ。

 同じ男として同意できなくはないが、女子が側にいるのに堂々とそれを言えるのはまごう事なき勇者である。

 案の定、女生徒3人の彼を見る目が生ゴミを見るようなそれになる。

 あーあ……

 

「須賀君……最低です」

「うわ……その発言は流石に引くじぇ……」

「われはそういうことしか頭にないんか」

 

 女子組からフルボッコな評価を食らう男子生徒。

 それでようやく彼も己の失敗に気付いたらしく、引きつった顔で後ずさると、

 

「顔か! やはり美少年だから許されるのかー!? 顔差別反対! 全ての男子に平等な愛を!」

 

 などと喚き散らした。

 

 妬み嫉み全開発言だが、陰に篭った負の感情はあまり感じられない。

 あけっぴろげな性格だからだろうか。

 少なくとも悪い男じゃなさそうだ。

 

「単なる自爆だろ……」

 

 俺の指摘に女子組の全員がうんうんと頷いた。

 

 

 




今回も短いので明日も投稿します


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東場 第一局 八本場

 

 

 いつまでも階段の踊り場でダベる訳にもいかず、麻雀部部室に場所を移した後。

 

「それじゃ改めて自己紹介を。竹井先輩の勧めで、体験入部させていただくことになった発中白兎です。友人はシロとかシローとかあだ名で呼びます。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」

 

 簡単な自己紹介をした俺はぺこりと軽く頭を下げる。

 

「今時の若者にしては礼儀がなっとるのう、感心感心。わしは2年の染谷(そめや)まこじゃ。よろしくの」

 

 眼鏡のつるを人差し指でくいっと動かしながら自己紹介をする2年の女生徒こと染谷先輩。

 そのとき眼鏡がキラッと光った気がした。はいはいお約束お約束。

 

「1年の片岡優希(かたおかゆうき)だじぇ。きさま、白兎といったな! お主とはいつか決着をつけてやるじょ!」

 

 俺をびしっと指差しながら威勢よく啖呵を切ったのは、先ほどパンツご開帳をしてくれたロリ体型の女生徒だ。

 

 片岡といったか、お前はお母さんから他人を指差しちゃいけませんって習わなかったのか?

 

須賀京太郎(すがきょうたろう)。俺も1年だ。麻雀部の男子は俺一人だったから発中が入ってくれると助かるよ。とりあえず俺もお前のこと、白兎って名前で呼んでいいか? 俺のこともキョウとか京太郎って呼んでいいからさ」

 

 気さくに自己紹介したのは、金髪チャラ男君こと須賀京太郎だ。

 見た目に反してなかなか良い奴そうで安心した。

 彼とはきっと良好な関係を築けるだろう。

 

 俺が「ぜひそうしてくれ」と答えると、京太郎はにっ! と笑って馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してくる。

 

 そしてヒソヒソ声で、

 

「なぁ、白兎は部長狙いか? それとも、他の女子? まさか、のどかだったり?」

 

 と訊ねてくる。

 

 ラッキースケベ発言もそうだが、ブレない奴だなこいつ。

 ハーレム狙いか、目当ての女子がいて入部した可能性が高そうだ。

 まあそれが悪い事だとは言わんがね。

 

 俺は苦笑しつつ問いに答える。

 

「女子部員の誰に対してもそういう意図はないつもりだが、強いて言うなら多分その「のどか」って娘かね」

「なにー!?」

 

 俺の回答を聞いて、両手で自分の後頭部を掴み天を仰ぐ京太郎。

 どうやら彼の意中の女子が俺と被っているらしい。

 

 まぁわからんでもない。可愛いし性格も良さそうだもんな、おっぱいちゃん。

 名前はのどかっていうのか……良い名だ。

 

 なおおっぱいちゃん=のどか、と推理したのは単純な消去法である。

 

「白兎さん……それが貴方のお名前なんですね。ようやく……知ることができました……」

 

 自己紹介で残る最後の一人、おっぱいちゃんことのどかが、やや潤んだ目で俺を見つめながら万感、といった様子で呟いた。

 

「私は、原村和(はらむらのどか)といいます。原っぱの村に、なごむの和です。今後ともよろしくお願いします、発中さ……いえ、発中君」

 

 そう言って、見る者全てを魅了するかのような、柔らかい微笑みを俺に向けてくる。

 つられて俺も「こちらこそよろしく、原村さん」と挨拶と微笑みを返す。

 すると彼女は赤面して俯いた。かわいい。

 

 原村和、か。

 俺にとって、彼女と再会できたことはとても喜ばしい。

 けど、彼女は俺のことをどう思っているのだろう。

 今の様子を見る限り、彼女も満更ではないようだが……

 

 俺が性別を偽っていた件は許されたのだろうか。

 いつまでも待つ、と言った以上詮索もしづらいし、どうしたものかな。

 

「あの……発中君、私のことは、”のどか”と……名前で呼んでくれませんか? 親しい人は皆、私を名前で呼んでくれますから……」

 

 今後の接し方で悩んでいると、のどかが顔を上げて俺に訴えてきた。

 俺は鈍感系でも難聴系でもないので、好意のあるなしをそれなりに察する事はできる。

 人生経験も同年代に較べれば豊富だし、見立ての正確さには自信があった。

 

 そんな俺の目から見て、のどかの態度はじゅうぶん脈アリに映る。

 それもライクではなくラブの方でだ。

 浮かれるにはまだ早いが、接し方を間違えなければいずれ付き合う事もできるだろうと思えた。

 

「わかったよ、のどか。俺のことも、名前かシロって呼んでいいから」

「は、はい……ありがとうございます……白兎さん」

 

 恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑むのどか。

 すると横から「ほほう」と面白がるような声音でちょっかいが入る。

 

「“のどか”に“白兎さん”、か。お互い名前で呼び合うとは、お安い仲じゃないのぅ? のどか、危ないところを助けられて恋心でも芽生えたんか?」

「それは聞き捨てならないじぇ! 私の嫁であるのどちゃんを誑かすとは、ついに本性を現したな発中白兎!」

「ちょ、なんか二人の世界作っちゃってるんですけど!?」

 

 三者三様に突っ込まれた。

 まあ他の3人からすれば俺とのどかは今日出逢ったばかりという認識だ。なのに親密そうにしているのだから疑念や邪推が生まれるのも無理はない。

 

 さて、どう説明したらいいかな、これは。

 ……当たり障りのない範囲で正直に話すか。

 

「いや、実は俺とのどかって、中学3年のときに一度会ったことあるんだよ。名前は今日までお互い知らなかったけど、顔見知りだったからさ」

「そ、そうなんです。白兎さんには、昔お世話になって……だ、だから変な関係とかじゃないんです。本当ですよ?」

「「「ふーん……」」」

 

 しかし俺たちの説明を受けても、3人の疑心は払拭されなかったようだ。

 その証拠に3人ともジト目で俺とのどかに胡乱な視線を向けている。

 いいとこ半信半疑といったところか。

 

「でも、のどちゃんが男子にここまで親しげな態度を取るのは初めて見たじぇ? 昔付き合ってた彼氏だとか、そう言われても違和感ないじょ」

「そうじゃのう。のどかとはまだ短い付き合いじゃけんど、男には興味ありませんって態度は見てすぐにわかったくらいじゃしの」

「のどか……(涙目)」

 

 まぁ俺から見てものどかの態度は分かりやすいしな。

 染谷先輩らの推測もわからなくもない。

 京太郎は恋破れる、って感じの絶望的な顔をしているだけだが。

 

 トンビに油揚げをかっさらわれた気持ちなのかもしれない。

 すまん京太郎、のどかのことは諦めてくれ。

 

「あーっ!? 思い出した! 発中白兎、その名前はかの悪名高い女たらしの名前だじぇ!」

「……はぁ?」

 

 いきなり片岡が大声をあげたかと思うと、聞き捨てならないことを言い出した。

 

 唖然とする俺。

 染谷先輩とのどかは眉を顰めて、片岡に事情を求める。

 

「女たらしとは穏やかじゃないのう」

「ゆーき、白兎さんのこと何か知ってるんですか?」

 

 片岡はきっ、と俺を見据えると、得意げな顔でつらつらと語りだす。

 

「クラスメートの女子から聞いた噂を思い出したんだじょ。それによれば、発中白兎というイケメンがまだ入学して僅か1ヶ月程度でありながら、すでに何人もの女生徒と付き合い、弄んで捨てたという噂だじょ。それがほんとならとんでもない女の敵だじぇ!」

 

 言い終わると同時に、びしっ! と俺を指差す片岡。

 こいつこのポーズ好きだな!

 

「そ、そんな……嘘……」

 

 片岡のゴシップを真に受けたのか、両手で口元を隠し青褪めるのどか。

 その肩にぽんと手を置き、染谷先輩が厳しい口調と視線で俺を問い質す。

 

「それはまた、物騒な噂じゃ。事実か、白兎?」

 

 俺ははぁ、と大きくため息をついた。

 

「事実無根です」

 

 それから片岡に視線を向け、

 

「あのな片岡。自慢じゃないが俺は一度たりとも女子と付き合ったことはないぞ。何だその根も葉もない無責任な噂は。名誉毀損で訴えるぞコラ」

 

 強い口調で反論した。

 すると片岡は負けじとばかりに俺を睨み返し、さらに言い募る。

 

「けど、女子の間でそういう噂があるのは事実だじぇ。火のないところに煙は立たぬ、何か後ろ暗い事情があるに違いないじょ」

「ねーよ!」

 

 たった1ヶ月の間に何人もの女子を弄ぶって、どんだけ手の早い鬼畜だよ。まじないわー。

 

 睨み合う俺と片岡。

 

 つーか何ゆえ片岡はこんなに不信感バリバリというか、俺に敵対的なんだ?

 踊り場での一件を根に持ってんの? おこなの?

 

 そもそも、そんな噂がどうして発生した?

 片岡の捏造じゃないなら、噂の発生原因は俺と無関係じゃないはずだ。

 しかし、これといって俺に心当たりはない。

 まあ今の片岡みたく、恨みを買った誰かに悪評を流されているって可能性も否定できないが……

 

 この噂を放置しておくと、女生徒の多い麻雀部での俺の立場が色々拙いことになりかねないし、のどかとの関係にも響く。

 可及的速やかに噂の根元を断つか、最低でも麻雀部の皆に俺の潔白を信じてもらう必要があるな。

 

 脳みそをフル回転させた結果、これかという原因に思い当たった。

 

「あー、今気付いたけど。その噂、たぶん事実が歪んで伝わったものだな」

「……それはどういう意味だじぇ?」

 

 こてん、と小首を傾げる片岡。小動物的な印象の仕草が何気にかわいい。

 

「自慢するみたいで何だけど……実は俺、清澄に入学してからの1ヶ月で何度か女子に告白されてるんだよ。で、それを全て断ってる。つまり、女子と付き合った事実はないが、振ったという事実はあるのさ。噂の原因は多分それだと思う」

 

 俺の推理に説得力を感じたのか、女子組は「ほぇー」「なるほどのぅ」「そうだったんですか……」と感心した表情になる。

 手応えありだな。

 

 これで疑惑は晴れそうだと内心で胸をなで下ろしていると、しばらく空気だった京太郎が口を開く。

 

「そういや白兎ってさ、入学式で新入生代表の挨拶をしてなかったか?」

 

 脈絡なく別の話題を振られて、俺は訝しみつつも応じる。

 

「ん? ああ、そういうこともあったね」

「だよな。そういやどっかで見たことあるなーと最初から思ってたんだよ。同学年だしどっかですれ違ったとか、そう思ってたんだけど」

「それがどうかしたのか?」

「いやさ、新入生代表を務めたってことは、つまり入試で成績がトップだったってことだろ? その上、白兎ってぶっちゃけイケメンだしさ」

 

 そこまで説明されてようやく何が言いたいかを理解できた。

 

「あーなるほど。要はこのリア充死ね! って言いたいんだな?」

「ちげーよ! いやある意味違わないけど! お前、もてそうだなーと思ったんだよ! 女子から告白されたりしても無理はねーなと」

 

 京太郎はぽりぽりと頬を指で掻きながら答えた。

 

 えっと、つまり。京太郎は俺をフォローしてくれたのか。

 そっかそっか……

 

 京太郎君、きみはいいやつだったんだな。

 女子目当てで入部した軟派チャラ男とか思っててスマン。見直したよ。

 お礼に今度、学食で何かおごっちゃろう。

 

「確かに京太郎の言うとおり、白兎は女子から好かれそうな外見じゃけんの。それで告白されて、悉く振っちょればそういう噂もいつか出てくるかもしれん。辻褄は合うのぅ」

「私も白兎さんの潔白を信じます」

 

 京太郎の援護射撃もあり、染谷先輩とのどかの二人は納得してくれたようだ。

 

「のどちゃんと染谷先輩がそう言うなら、私もこれ以上疑うつもりはないじぇ」

 

 付和雷同という訳ではないのだろうが、片岡もようやく矛を収めた。

 

 これで一件落着か。

 なんか無駄に疲れたな。ハァ……

 

 精神的疲労を感じてため息をついた直後、部室の扉がガチャっと開いた。

 皆の視線がそちらに向かい、一人の女生徒が部室に入ってくる。

 

「あらあら、みんな何だか楽しそうね」

 

 麻雀部部長、竹井先輩は猫のような笑顔を浮かべてそう言った。

 

 

 




新入生代表で壇上に立つ白兎を見て、のどかは気付かなかったの?
という疑問が出ると思います
のどかは「気付かなかった。というか見てなかった」でした
遠目だったという事もありますが、男性だったので一目見て興味を失くし、あとは特に注目しないまま白兎の出番終了……という流れです
若干無理があるような気がしないでもないですが、とりあえずそんな感じです


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