弱小魚の生存戦略 (カシオミル)
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第一話 とある生物の目覚め

第一話 とある生物の目覚め

 

 意識がゆっくりと浮上していく。

 まるで海の中にいるような浮遊感を感じる。

 

 ゆっくり目を覚ますと、遠くへ行くほど濃さを増していく、透き通った青色が眼前に広がっていた。

 さらに、踊るように揺れる海藻、小さい魚が揺蕩っているのも見え・・・いや、よく見たら魚に似た虫だった。何だあれは。

 上を向けば光がカーテンのようにたなびいており、下を見れば岩の下から姿をのぞかせるウニやウミウシがいた。

 

 (!?)

 

 まるでどころでは無かった。本当に海の中にいた。

 全身を圧迫感が押し包み、口を開けば水が流れ込んで来る。

 

 動揺し、思わずもがいて水上に向かおうとするが、今度は手足が無いことにも気づく。

 いや、正確には足のようなものはあるにはあった。ただし、ヒレだ。体を動かす時に視界に入ってしまったのだ。

 

 すると、突然頭の中に妙な知識が流れ込んで来た。

 


種族【アランダスピス・レグルッスス】

 古代魚である、アランダスピスと類似した魚類の一種。体長は20cmほど。泳ぎが下手で、様々な捕食者の餌になることが多い。

 

 顎の力が弱いので、甲殻類の幼体やワカメの幼芽などの柔らかく、小さい生物を主食としている。そのため、旨味成分が体に凝縮される傾向にあり、とても美味。捕食しやすさより味で選んで狙う捕食者も多い。


 

(は・・・?)

 

 自分の体と思わしき物を目にした途端、何やら悲しい宿命にある魚の知識が浮かんで来た。まさかこれが俺だと言うのだろうか。

 

 

 

 

 (夢だな!!!)

 

 衝撃的な出来事に頭を打ちのめされたが、むしろ一周回って冷静になれた。

 

 突然魚になるだなんてあり得ないし、口が水で満たされているというのに全く息苦しさを感じない。

 何なら近くの物を見た時に、詳細情報が頭に浮かび上がるのも現実的じゃない。リアルなVRゲームをしている夢だと言われた方がしっくりくる。

 

 そう思いつつ少し目を上に向ければ、近くを泳ぐ魚みたいな虫の詳細が頭に入ってくる。

 


 種族【カンセラ・スクイラ】

 カニとエビの因子を持つ甲殻類の一種。体長は約80cm。幼体は殻が柔らかく、魚に近い形をしているが、成体になれば殻が厚くなり、カニとエビの中間の姿に変化する。

 

 幼体は魚のように泳いで移動するが、成体になると海底を歩くようになる。

 移動時には、カニ部分とエビ部分で接地面を広げて歩く。高い安定性が保持され、不安定な地形や海流が激しい場所も行動できるため、生息域が広い。

 戦闘時は、腹部を丸め、脚の下から尾部を体の前に出して広げ、正面防御力を高めて戦う。勝てないと判断した時はそのまま尾部を腹部に密着させ、水の抵抗を減らした横移動で高速退避する。

 正面へ移動する速度は速くないが、貝や動きの遅い魚、死んで間もない生物を主食とするため、特に問題にならない。

 

 カニとエビ両方の味を有しており非常に美味なために、一部の捕食者からよく狙われる。だが成体ともなれば、高いレベルの攻撃力、防御力、素早さを備えるため、捕食されることはとても少ない。


 

 やはりこんなものが浮かんでくるのは現実ではあり得ない事だ。まったく、おかしな夢を見る事もあるものだ。

 

 それにしても羨ましい。「成体になれば」と但し書きは付くが、生存率が非常に高いようだ。どうせなるなら、あっちが良かった。夢とはいえ、何でここまで差があるのかと思わずため息をついてしまう。

 

 (あっ)

 

 ため息の後に吸い込んだ水とともに、【カンセラ・スクイラ】の幼体を飲み込んでしまう。思わず吐き出そうとするも時すでに遅く、口内にカニとエビの味が広がっていた。未成熟故に殻が柔らかかったようで、口内の圧力だけで潰れてしまったようだ。何故か味を感じられるせいで、少し罪悪感を持ってしまう。夢の中のはずだよな?

 

 微妙な気分になってしまったが、命を奪った以上は感謝してしっかり味わい、食べなければいけないだろう。

 

 口内に意識を集中してみると、その味がより鮮明になった。濃厚なカニの味が口一杯に広がり、ほんのりと顔を出す海鮮系の甘味と、口の中を駆け抜ける強烈な旨味が波のように交互に現れてくる。

 カニの味がゆっくりと引いていくと今度はエビの味が主張を始め、芯の通った旨味が口の中を踊り、後を引く名残惜しさとともに去っていく。

 そして、程よく濃縮された海の塩辛さと苦味がそれらをまとめ上げ、一つの味として完成させている。

 

 なるほど、幼体でこれならば、一部とはいえ捕食者から執着されるのも分かる。

 しかし、よく考えれば自分も捕食者からそのように見られているということでもある。流れ込んできた知識からすると、自分は【カンセラ・スクイラ】よりさらに美味ということになるのだ。改めて過酷な環境にいる事態を認識し、身を竦ませてしまった。

 

 

 


生物詳細

 

種族【アランダスピス・レグルッスス】 

 

 脅威度:1(害が極めて小さい。食料に利用することが推奨される。)

 

 体力        10/10 [大気圧(水圧)を除く1N/m2の継続した圧力に対し、5分間抗い続けられる生命力を1とする]

 

(攻撃力)→咬合力        約5g [人間の3歳児の約1/3の噛む力]

(防御力)→生体硬度  モース硬度約1 [チョーク並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約1km [小型の川魚並みの速さ]

 

[種族特性](各種生物の保有する特性)

 

  「翼甲類型甲殻」〈二〉

  (骨が変化した甲殻で、覆われた部分の硬度を上げる。ただし体の前半身しかない。)

 

  「吸水用口腔」〈一〉

  (水を吸い込む口内機構。体格に比して大きい。)

 

[個体特性](各個体の保有する特性)

 

  「考える葦」

  (思考を止めぬ特殊個体が有する特性。知は力であり、扱いきれねば死因となるが、御しきれば生存の一助となる。行動と技能獲得に影響を与える。)

 

 

 

 

種族【カンセラ・スクイラ】

 

脅威度:3(戦闘力は高いが追撃能力は低いため、狙われてもある程度素早ければ逃げられる。美味であり、食料に利用することが推奨される。ただし、捕獲は困難を極める。)

 

 体力        150/150

 

(攻撃力)→挟力       約300kg [大抵の貝の殻を砕く力]

(防御力)→生体硬度 モース硬度約8 [象牙を超す硬度]

(素早さ)→走力(横移動時)時速約3km [大型の回遊魚並みの速さ]

 

[種族特性](各種生物の保有する特性)

 

  「多層硬質甲殻」〈七〉

  (関節部までも複層式の殻で守る甲殻。防御力と柔軟性を両立している。)

 

  「破砕鋏」〈六〉

  (硬い貝殻も砕いてしまう強力な鋏。外敵への牽制にも使われる。)



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第二話 物理と敵とデッドレース

第二話 物理と敵とデッドレース

 

 さて、そろそろこの辺りで目を覚まそう。

 

 夢以外あり得ない状況だが、それにしては意識がはっきりしすぎている。中途半端に脳が覚醒しているのだろうか。

 なら、何も考えず意識を薄れさせていけば、しっかりとした眠りについてから目を覚ませるはずだ。

 

 ゆっくり意識を飛ばし、再び目を開ける。

 遠くに行くほど暗くなっていく透明に、揺れる海藻、小さい生き物、小さく丸い物体のある景色が広がっていた。

 

 ゆっくり意識を飛ばし、再び目を開ける。

 遠くに行くほど暗くなっていく透明に、揺れる海藻、小さい生き物、魚影のある景色が広がっていた。

 

 ゆっくり意識を飛ばし、再び目を開ける。

 遠くに行くほど暗くなっていく透明に、揺れる海藻、小さい生き物、大口を開けた巨大魚が目の前にいる景色が広がっていた。

 

 

 

(・・・・・)

 

 

 

 

 ここまで状況が好転しないどころか、むしろ悪化してしまっているこの状況においては腹を括って対処する必要がありそうだ。

 それに、夢だとしても、このまま何もせずに夢の中で死ぬのは不吉すぎる。

 

 遠目から見ているだけでも嫌な予感はしていたが、相手を明確に視認したことではっきりと目の前の脅威に関する知識が流れてきた。

 


 

 種族【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】

 

 頑強な牙と顎を持つ巨大魚で、体長は8mほど。古代の海において暴食を体現したダンクルオステウスの名に恥じぬ凶暴性・攻撃性を誇り、その顎の力は百獣の王を超える。

 また、骨格が変化した顔面の重装甲は、大抵の棘や牙による攻撃や締め付けも寄せ付けず、防御力も高い。

 旨味の強い獲物を好んで捕食することから、その身にも旨味成分が濃縮される傾向にあり、腐敗が進んだ死肉でさえ様々な生物を引き寄せ、取り合いの元になるほどである。しかしそれは、この巨大魚を仕留め、新鮮な死肉を喰らえる者はほとんどいないことの裏返しでもある。

 


 

 (は?????)

 

 とんでもない化物が迫ってきていた。ライオンを上回る噛みつきなど、あまりにも殺意に溢れている。

 しかも、大抵の生物の急所である顔面もしっかり守りを固めており、サメやクマなどに襲われた時のように、鼻先に逆撃することもできない。

 

 こうなったら逃げの一択しかなく、必死に身をくねらせて向きを変え、少しでも遠ざかろうと泳ぎ始めた。

 不幸中の幸いにも、相手は頑丈だが重い装甲を身につけている。こちらも泳ぎが上手くないとはいえ、相手は機敏に動くことなどできないはずで、そこを突くしかない。

 

だが・・・

 

(くそっ!全然離せない! むしろさっきより近い!)

 

 こちらが相手に勝る、数少ない要素の一つである小回りの良さを活かし、小刻みに進路を変え、時には直角に曲がってみる。だが、全く突き放せない。それどころかどんどん命綱である距離を狭められている。

 

 あれだけの巨体と重量で泳いでいれば、大型トラックが慣性のせいで急には曲がれないように、進路変更には時間がかかるはずだ。

 それにも関わらず、こちらに迫ってきている。その事実に驚愕して目を見開いていると、相手のある動きが目に入った。

 

(魚がドリフト・・・だと!?)

 

 アンカーを打ち込むかのように重い頭部を斜め下に振りおろし、部分的に急発生する抵抗を利用して体を横滑りさせていた。そうして大きく方向転換し、強力な尾部を使って推力を強引に発生させることで距離を詰めてきていたのだ。

 

(そんなのアリか!?)

 

 単純な身体能力でも敵わないのに、物理法則まで活用して追い詰めてくる。

 このままでは逃げ切れない。何か、何かないか、対抗できる物が。焦りで鼓動が速くなり、呼吸が荒くなる。

 

 全神経を集中して周囲に意識を向けると、ある物に気付いた。

 

(っ!これだ!)

 

 そして、真下へ高速で突き進む。当然相手も進路を下に変えて追いかけようとするが、距離が徐々に開いてきた。

 

(よし!このまま海流を利用して、一気に突き放してやる!)

 

 そう、下方向の海流に乗ってスピードを上げたのだ。そしてそれは、偶然生まれたものではない。自分が生み出した海流だ。

 呼吸が荒くなった時に頭上から強い海流を感じたのがきっかけだが、呼吸を応用して、弱いながらも自分の周囲のみに海流を作れることに気づいたのだ。

 

 現状、自分・・・というか魚全般に言えることだが、呼吸の時、口からエラに水を通して酸素を得ている。

 だが、泳ぎが下手な魚ということになっている自分は、速く泳いで口に大量の水を流し込み、充分な酸素を得ることができない。だから、それを補うために、種族的特徴として大量の水を吸い込んで呼吸するようだ。

 その際、頭部周辺に水圧の低い空間が発生するため、上方や周囲から水が流れ込んで一瞬だけ下方向への海流が生じる。それを連続で力強く行うことで自分を動かす力へと変化させたのだ。

 

 相手も同様のことができるかもしれない、ということが懸念だった。だが、様子を見るに【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】は、その巨体を動かすのに足る海流を生み出せるほど大量の水を吸い込めないようだ。これなら一時的にでも引き離せる。

 

 


生物詳細

 

種族【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】 

 

 脅威度5(攻撃力、気性の荒さ、追撃能力のどれを取っても脅威であり、遭遇の際には即時退避が推奨される。可能であればだが。)

 

 体力        2561/2561

 

(攻撃力)→咬合力         約570375kg/m² [ライオンは約456300kg/m² ]

〈ライオンのPSI(ポンド平方インチ)≒650 1インチ=0.0254m 1ポンド=0.453kgより、650×0.453/0.0254²=456300〉

(防御力)→生体硬度   モース硬度 約7   [歯並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時) 時速 約2km [ウミガメ並みの速さ]

 

[種族特性]

  「板皮類型甲殻」〈七〉(骨が変化した甲殻。多量の甲殻を重ねるように形成されており、高い硬度と可動性を両立している。)

   「多重強筋」〈六〉(密集した大量の筋肉。パワーとスタミナが向上する。)

 

 

 

種族【アランダスピス・レグルッスス】 

 

 脅威度:1(害が極めて小さい。食料に利用することが推奨される。)

 

 体力        9/10 (全力の遊泳で、体力減少。)

 

(攻撃力)→咬合力        約5g [人間の3歳児の約1/3の噛む力]

(防御力)→生体硬度  モース硬度約1 [チョーク並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約1km [小型の川魚並みの速さ]

 

[種族特性]

  「翼甲類型甲殻」〈二〉

  「吸水用口腔」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

  [特性「考える葦」により、技能「高速潜行」を獲得]

 New「高速潜行」〈一〉

   (速く潜行する技能。上位技能に高速遊泳がある。)

 



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第三話 私と地学と生物分布

第三話 私と地学と生物分布

 

 ひとまず距離を空けられたが、それは急加速ができたことと相手の意表を突けたことが大きい。いずれ追いつかれてしまうだろう。しかも、急加速は下方向しか行えず、海底に着けば使えなくなる。スタミナの限界が近いことも考慮すれば、速攻でケリをつけなければいけない。

 

 だから、勢いを殺さないようにして、より深く潜る。

 海底のアレを利用するしか打開策がないからだ。

 

 必死で潜り続ける中、周りの環境までも牙を剥き始める。

 体を押し包む水圧はその力を増して体力を奪い、周囲の水は暗さを強めて視界を狭めていく。

 だんだん視界が霞んでいき、限界がすぐ近くまで来ているのがわかる。

 

 それでも、ぼやける目がすぐそばの目的地を捉えた。何とかたどり着けたのだ。

 

 視界に映るのは、岩石と生物が作り上げた天然の要塞。生半可な生物では近くことすらままならない領域。多数の毒ウニ【ヴェネーヌム・エキーヌス】が岩の下に集結して作り上げた、防御陣地だ。

 


 種族【ヴェネーヌム・エキーヌス】

 50cm前後の毒の棘と硬い殻を有するウニである。体色は黒で、本体の直径は約15cm。並の生物の攻撃をはね除けられる殻と、タンパク質製の出血毒と麻痺毒を流し込む強靭な棘を持ち、防御力が高い。

 ただし、硬い甲殻を有する生物による大質量攻撃や、棘を下から跳ね上げられ、裏返されてからの腹部への攻撃で倒され、捕食されることもままある。殻の中には濃厚でクリーミーな身がたっぷりと詰まっており、味をしめた天敵に狙われることもしばしば。

そのため、日中は岩場の下に集まって身を固め、敵の少ない夜間に活動する。


 

 逃げ切れないと悟った時から、初めて目を覚ました時にちらりと視界に入ったこれを利用しようと考えていた。

 

 棘の前で闘牛士のように回避すれば、追いかけようとドリフトした【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】は自ら装甲の無い腹部へ棘を刺すことになる、という寸法だ。

 

 あちこち動き回っても執拗に追いかけられているが、それは逆を言えば自分に視線と意識を誘導できたということに他ならない。そんな視野が狭まっている中で、岩陰から伸びる細く黒い毒の棘に気付くことはできないだろう。

 

 だから、あとはうまく針山地獄におびき寄せるだけ。

 

 荒い呼吸を整え、体力を回復させながら、斜め上から迫ってくる相手を見据える。

 

 

 あと3m。弱々しく泳いでもう少しで捕食できそうに見せかけ、より視線を集中させる。

 

 あと2m。小柄な体を活かして細い棘の間に入り込み、棘など無いかのように泳いで誤認しやすくさせる。

 

 あと1m。実際には入れないが、奧に入ろうとする動きを見せて、このままでは逃がしてしまうと焦らせる。

 

 相手は逃すまいと考えたのか、スピードを上げて瞬く間に海底に近づいてきた。しかし、罠に気付いた動きは無い。

 

 (ここまでは狙い通り。勝負だ、ダンクルオステウス!)

 

 


生物詳細

 

種族【ヴェネーヌム・エキーヌス】

 

脅威度2(攻撃性は低く、手を出さなければ基本的に被害を受けることはない。ただし、抜け落ちたりした棘が刺さると中々取れないので注意。)

 

 体力        67/67

 

(攻撃力)→咬合力         約25g [海藻を咀嚼する程度の強さ]

(防御力)→生体硬度   モース硬度 約8   [エメラルド並みの硬さ]

(素早さ)→走力(直線移動時) 時速 約4m [ウニ中トップクラスの速さ]

 

[種族特性]

 [劇毒刺棘]〈六〉(強力な複数の毒を内包した棘。襲撃者への強烈なカウンターとなる。)

 [棘皮門甲殻]〈五〉(ウニ類特有のヤスリでも傷一つつかない甲殻。)

 

 

種族【アランダスピス・レグルッスス】 

 

 脅威度:1(害が極めて小さい。食料に利用することが推奨される。)

 

 体力        6/10 (継続的な全力の遊泳と技能使用で、体力減少。)

 

(攻撃力)→咬合力        約5g [人間の3歳児の約1/3の噛む力]

(防御力)→生体硬度  モース硬度約1 [チョーク並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約1km [小型の川魚並みの速さ]

 

[種族特性]

  「翼甲類型甲殻」〈二〉

  「吸水用口腔」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 Level Up「高速潜行」〈一〉→〈二〉

 



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第四話 逆撃! 物理と化学の合わせ技!

第四話 逆撃! 物理と化学の合わせ技!

 

 

 相手はスピードを緩めず、斜め上から急速に迫ってくる。だがそれは、ドリフトを使わなければ、急な方向転換ができない状態に誘導できたということだ。

 

(今だ!)

 

 回復させた体力を使って全力で右に向かって逃げ始める。この距離なら、相手は急いで方向転換しようとドリフトして、自らの腹部に毒の棘を打ち込むことになるはずだ。

 いくら巨体を誇るダンクルオステウスとはいえ、体の中心で重要臓器もある腹部に麻痺毒と出血毒のWパンチを受ければタダでは済まないだろう。

 

 だが、もしかすると行動不能にしきれず、大暴れしてくるかもしれない。噛みつかれずとも、その膨大な筋力から生み出される一撃は即死級だ。策はうまくいったのに暴走に巻き込まれて結局殺される、なんてのは御免被る。

 

 だから相手の動きをしっかり視界に収める。いざという時に避けられるようにするためだ。

 

 そうして相手の動きを注視していると、妙なことに気づいた。

 

 斜め上から、岩場より少し手前の地点へ向かって軌道を微修正しているのだ。追跡しようとするならすぐにドリフトして方向転換するのが当然であり、奇妙という他ない。

 

 もしかして、岩場の近くに他の捕食対象があって、狙いを変えたのだろうか。そんな淡い希望を抱いて見ていたが、間違いであったと分かった。

 海底に到着すると同時に頭をこちらに向け、右腹部で砂を巻き上げながら急カーブを描いて高速で迫って来たのだ。

 

 本来ならあり得ない挙動を、海底に自ら体を押し付けて摩擦を生じさせ、よりコンパクトなドリフトをすることで実現していた。

 

 相手としては方向転換のタイムロスを減らし、より確実に追い詰めるために行ったのだろう。だが、相手の軌道の変化によって、毒の棘が刺さる前にドリフトが終わりかねないという意味でもこちらを追い詰めていた。

 

 (まずいまずいまずい!どうする!?針山に戻って頭から突っ込ませるか?そして小さな目玉へ棘が刺さるのに賭けるか?)

 

 駄目だ。相手はトラバサミの如き頭部と、その側面に装甲に囲われた眼球を持っている。今更針山に戻っても、棘が刺さるどころか相手の鼻先に当たった時点で弾かれて砕け散る未来しか見えない。

 

 

 (ん・・・?砕け散る?)

 

 ここは水中だ。地上とは違って、物体は浮力の影響を受ける。質量に比して体積の大きい物、例えば棘の破片のような物体ほど沈みにくく、漂いやすい。

 

 この状況、利用できるかもしれない。いや、利用する!

 

 

 急いで無数の棘の中に戻ると、一瞬の間を空けて、さらに軌道修正した【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】が頭から衝突してきた。

 直前に棘に気付いたようだが、自分の頭部の甲殻に自信があるのか、構わず突っ込んで来た。様子を見てもやはり刺さることは無く、むしろ装甲に覆われた頭部が棘を折り砕き始めている。棘の影響があるとするなら、ぶつかった棘の硬さで衝力が減ったことくらいだろう。

 

 それでも、相手の衝力が減り、速度が下がったおかげで時間の余裕ができた。その時間で深く水を吸い込み、逆撃の準備をする。

 

 そうしている間に棘を砕き終え、障害物を排除した【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】が大口を開けて迫ってきた。このままでは死から免れられないだろう。だが・・・!

 

(準備は整った!!)

 

ドオン!

 

 【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】の巨体が海底に叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。

 

 奴は自らを襲う力から逃れようともがくが、身動きもままならないようだ。

 

 その正体は海流だ。さっき俺が、海底で海水を必死に吸い込んでいたのはこのためだ。目前の海底付近の水を移動させ、その真上にある大量の海水が滝の如く海底に叩きつけられる海流を生み出したのだ。

 

 ダルマ落としの最下段を抜き取ればどうなるか?言うまでもない。その上にあるものが落ち、落下地点へ向かう。

 

 水の吸い込みによる海流の生成は移動手段であり、海底に着いたら役に立たない物だと思っていたがそうではなかった。条件さえ揃えられれば、膨大な水をその重量とともに上から叩きつける攻撃へと変化させられる。

 水の重さは1㎥あたり1トン。つまり、海面から何メートルも深く離れたこの場において、攻撃の威力は数トンにも及ぶ−−−!

 

ズズズズズ!ギギギッギシッ!ズズズズズ!

 

 

グオオオオォォ!!!

 

 あまりの圧力で海底へ押しつぶされる苦痛と怒りに【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】の全身が震え、咆哮となって響き渡った。

 

 だが、これほどの力を以ってしてなお、対抗するには足りなかったらしい。保有する膨大な生命力と筋肉に物言わせてじわじわと近づき始めたのだ。

 そして、巨大な顎がすぐそばまで迫った時、突如としてその動きが鈍り、体を痙攣させ始める。

 

 ようやく2つ目の攻撃が効いてきたようだ。

 

 先ほど【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】に叩き込んだのは、ただの水ではない。無数の毒棘の破片を含んだ海水だ。

 滝のような海流でうちのめすと同時に拘束し、海流とともに打ち込まれた毒棘の毒が回るまでの時間を稼ぐという二段構えの攻撃だったのだ。

 

 元より、重力を利用したとしても外部からの攻撃だけでは倒せないだろうと思っていた。そのため、棘の毒による内部破壊を狙っていた。とはいえ、相当量を相手の体内深くに流し込まなければいけなかったから容易なことではなかった。

 

 まず毒棘を刺す段階で、頑強な装甲や強靭な筋肉と表皮に弾かれかねず、まともに自力で刺し込むのは不可能だった。

 だから工夫した。吸い込みで相手の上を漂う棘の先端が下を向くようにして刺さりやすくし、その上で数トンに及ぶ海流を以って大量の毒棘を打ち付け続けた。そうして、なんとか皮膚や筋肉、装甲の隙間を突破して深く突き刺せた。

 

 さらに、その巨体ゆえに毒の量が足りなくなると予想し、追加して毒を取り込ませる策も込めた。

 装甲に毒棘の一部を叩きつけてわざと砕けさせ、内包した毒を撒き散らし、【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】の呼吸に合わせて飲み込ませるというものだ。

 通常、タンパク質系の毒は、血管に入った場合と異なり消化器に入った場合は大した効果はなく、脅威にはならない。だが、口内に傷があるならば話は別で、そこから体内に入り、体を中から壊してしまう。

 【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】は巨大な牙と口を持つため、獲物を喰らう時に細かく噛み砕けず、獲物の骨や歯、甲殻で口内に細かな傷が生じてしまっていると推測したのだが、この様子からすると当たっていたようだ。

 

 


生物詳細

 

種族【アランダスピス・レグルッスス】 

 

 脅威度:1(害が極めて小さい。食料に利用することが推奨される。)

 

 体力        5/10 (技能使用で体力減少。)

 

(攻撃力)→咬合力         約5g [人間の3歳児の約1/3の噛む力]

(防御力)→生体硬度  モース硬度約1 [チョーク並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約1km [小型の川魚並みの速さ]

 

[種族特性]

  「翼甲類型甲殻」〈二〉

  「吸水用口腔」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 Level Up「高速潜行」〈二〉→〈三〉

 

[「高速潜行」の習熟度・理解度の向上に伴い、「超重瀑布(グラビティ・フォール)」を内包する技能へ進化]

 

 「超重瀑布(グラビティ・フォール)」〈二〉

    (「高速潜行」の派生技能。「高速潜行」の習熟度・理解度の向上により獲得。重力を利用した滝の如き海流であり、格上にも通用する威力と拘束力を誇る。)

 

[「超重瀑布(グラビティ・フォール)」をレベル〈二〉で獲得したことにより派生技能「流星連弾(フォーリン・スターズ))」を獲得]

 

「流星連弾(フォーリン・スターズ)」〈一〉

    (「超重瀑布」の派生技能。「超重瀑布(グラビティ・フォール)」を高理解度で得たことにより獲得。創り出した海流に複数の鋭利な物体を乗せることで、流星群の如き弾丸を打ち込む技。厚い装甲も貫く威力を有する。)

 

 



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第五話 生態系ピラミッド

コロナ禍で筆が滞ってしまい、全然進みませんでした・・・


よし。どうにか秘策を成功させられた。

 正直なところ、海水を吸い込み続けるのも限界で本当にギリギリだった。

 

【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】は突き刺さった何本もの毒棘で針鼠となり、時折体を大きく引き攣らせている。さしもの巨躯を誇る怪魚も、猛毒に加え、予想外の威力となった物理攻撃は効いたのだろう。

 

 だが、完全に危険が去った訳ではない。【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】はまだ絶命していないのだ。

 

 そう考え、急いでその場を離れようとした瞬間、体が突如発生した力に持っていかれた。それは【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】が死の淵に立つほどの苦痛に悶え、暴れて発生させた乱海流だった。

 

 碌な抵抗もできず発生した海流で吹き飛ばされ、やや離れた場所の岩に強く身を打ち付けた。

 

(っっっ!いてぇぇぇぇぇ!)

 

 打ち付けた部分を中心に体中に激痛が走る。甲殻のある部分に当たったおかげで重要器官に届くほどの傷はできなかったが、衝撃は軽減できず、体全体に広くダメージを受けた。それでもこれだけで済んだのだ、感謝すべきだろう。

 

 毒を吐き出す、あるいは首の装甲の隙間に刺さった棘を抜くために本能的に頭部を必死で振り回したことで、こちらを吹き飛ばす結果になったようだ。もし何かが違って尾部を振り回していたら、こちらに突っ込む推力が発生して即死タックルとなっていたかもしれない。相手の体の一部でもぶつかっていれば、最低でも重傷、当たりどころによっては死んでいた。危ないところだった。

 

 相手の様子を見ると、目に見えるほど弱りつつあるのが分かる。人間で言えば喉や肺に当たる部分に毒棘の散弾が刺さったのだから、当然ではあるが。毒に加えて呼吸阻害、傷による体液の流出と三拍子揃えば、さしもの強靭な巨大魚とはいえ致命的なようだ。

 こちらが衝撃から回復して再び動けるようになった頃には、もはや身動きもままならなくなり、海底に横たわっていた。

 

 (これで一先ず脅威は無くなったか・・・)

 

 知らず知らずの内に張り詰めていた緊張が解かれ、うるさく響く心臓の音が引き潮のようにゆっくりと消えていった。

 

 

 落ち着いて周りを見回すと、命懸けの戦いで一変した景色が目に入ってくる。

深く抉れた幾つもの海底の穴。そこから弾け飛んだ大小様々な岩石。剣山のように突き立つ棘。まるで災害が発生したかのようだ。

 

 この戦いで他の襲撃者の気を引いてしまったかもしれない。そうでなくとも【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】の血液が海中に広がり、他の生物が呼び寄せられるのは時間の問題だ。とりあえず急いで離れよう。

 折角倒したのに何もせず放置するのはもったいないが、どのみち自分の力では喰い千切って食べることもできない。

 

 ひとまず、襲撃者に見つからないようにしてから頭の整理をするべく、少し遠くの小さい岩の下に潜り込んで思考を巡らせる。

 

 さて、これからどうするか。最初に考えなければならないのは、何故夢から醒めないのかということだ。痛みや味覚を錯覚してしまうほど夢に没入しているのかもしれないが、むしろ痛みや味覚といった刺激は夢から醒めるトリガーになるものだ。それでもなお目が覚めないというのはおかしい。

 かなりありえない事だが、現実だというのだろうか。

 

 ・・・僅かにその可能性はあるかもしれない。世の中に「絶対に有り得ない」を証明できる事象は存在しないと聞く。

 とりあえず死なないようにしつつ、夢としか思えない異常事態から抜け出すための手がかりを探ることにしよう。

 

 次は、そう決めたなら、この状況でどうやって生き延びるかということを考えなければならない。

 現状、最大の問題は捕食者への対応だ。体が小さいが故に食料や水は周囲にあるもので賄えるが、だからこそ捕食者への対抗手段の有無が生死を分ける。

 今回は自分の特性を活かした移動方法とウニを利用した攻撃方法を見つけて対処できたが、毎回毎回そう上手くはいかないだろう。

 まずは情報を集めなければ。どんな敵がいるか、どこに何があるか、どう利用できるかを認識し、熟考しなければいけない。そう考えれば【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】を倒せたのは大きい。死体を餌にして色々な生き物を集め、観察できるからだ。

 

 早速行動に移すべく、近くに見つけた、身を隠した状態での観察に適した岩石へ移動して身を潜めた。

 

 しばらく観察していると、この環境の生態系が明らかになり始める。

 

 まず、生態系の下層に位置するであろう、グソクムシのような【バシノムス・アーミス】や蛇型大ナマコ【ホロトゥーリオン・シナプタ】が砂の中から現れ、死肉を少しずつ貪っていく。すると、頑強な装甲と高パワーを有する巨大甲殻類【カンセラ・スクイラ】が登場し、横取りして独占する。

 

 そのまま【カンセラ・スクイラ】が獲物を食べ尽くすかと思えば、突如として海底から丸太のような触手が飛び出し、縦横無尽に暴れながら襲いかかる。触手が触れるもの全てに巻きつき、遠くに霞んで見える山のような本体の元へ引っ張り込む。

 

朧げながらも、超巨大生物の姿を確認すると、同時にその正体が頭の中に溢れ始める。

 


種族【ノーティラス・エンドセラス・ハスタ】

 アンモナイトと祖先を同じくする多足生物。高硬度で巨大な円錐形の殻と、広範囲に伸ばせる多くの触腕を持つ。硬く、千切れにくい筋肉で構成された体躯は同種の中でも最大級のサイズであり、海の生態系の頂点に立つ。

 槍の先端のような殻は水の抵抗を受けにくく、水を吐き出しながらの直線移動は高速を誇る。さらに、殻の内側に貯める空気を調整することで、海面へ急速上昇し、まさに槍(ラテン語:ハスタ)となって海面や海上の生物に強襲することもある。

発達したカラストンビで、硬い殻を持つ他生物も容易く捕食し、様々な生物を捕食対象とする関係上、多種多様な生物から多岐に渡る旨味成分を取り込むことになり、その身にも旨味成分が反映される。例えば、【カンセラ・スクイラ】を大量に捕食した場合、元から持つスルメイカを濃くしたような味と海水濃度の体内塩に加えて、カニやエビの味もするようになり、海鮮汁といえるような味となる。


 

頭の中に溢れ出す【ノーティラス・エンドセラス・ハスタ】の情報を確認している間に、死肉も【バシノムス・アーミス】も【カンセラ・スクイラ】も、飛ぶように移動させられ、姿を小さくしていく。このまま【ノーティラス・エンドセラス・ハスタ】に捕食されるのだろう。

 

 どうやらこの海は、超巨大アンモナイトを頂点に、巨大魚、甲殻類、軟体動物や小魚、プランクトンの順で生態系ピラミッドを形成しているようだ。

 

 

(ふぅ・・・)

 

 生きた心地がしなかった。予想以上の情報を集められたのは僥倖だったが、それ以上にこの環境の厳しさという不運に慄いてしまう。まさか【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】を超える化け物までいるなんて考えもしなかった。

 筋肉で形成された、剛柔併せ持つ巨体ももちろん脅威だが、一番恐ろしいのは知覚範囲ギリギリから放たれる、隠匿性の高い致命的な拘束攻撃だろう。気付いた時には回避困難な位置にまで迫って巻きつきを繰り出し、捕まったが最後、獲物は振り解けず喰われるのを待つ状態にされてしまう。

 

 この攻撃にまともな対策なんてできるのだろうか。発見されたら終わりと割り切り、隠れて生活し、視覚や嗅覚で察知されないようにする他ないかもしれない。そう思いながら惨劇の地となった場所を眺めていると、あるものに気付いた。

 

 砂煙が立っていて見えなかったが、蛇型大ナマコ【ホロトゥーリオン・シナプタ】が捕まらずに生き残っていたのだ。まさか、あの攻撃から逃れられたというのか。だとしたら、あの攻撃を攻略するヒントがあるかもしれない。

 

 砂煙が晴れた場所にあるその姿をじっくり見ると、登場した時より遥かに体が細く、短くなっているのが分かった。体をギュッと収縮させ、硬度を上げつつ体積を減らして攻撃を受けにくくする防御形態になっているようだ。

 

 他の捕まった生物は体高が高かったり、体の横幅が大きかったりして攻撃を受けやすい形状だったように思う。もしかして触れられた生物のみ捕獲され、接触しなかった生物は無視されたということなのだろうか?ならば、触れられないように対処できれば、脅威ではなくなるのではないか。

 触手に目玉が付いているわけでもないようだったし、本体の視覚が届かず、触覚頼りで攻撃していた可能性は高い。これは回避手段を考案する価値があるだろう。

 

(となると・・・自然の力をどれだけ活用できるかが鍵だな。)

 

 自分の貧弱な身体能力能力だけでは回避できないのは明らかだ。だから、どうにかして身の回りにある力を味方につけなければいけない。

 【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】との戦いでもそうしたから生き残れたのだ。

 

 先の戦いで感じたが、巨体を持つ相手は、移動時や攻撃時に逆方向の海流が体表を流れている。当たり前のことだが、この事象を利用できないだろうか。

 

 触手攻撃が来た際に発生する海流を予測し、そこに飛び込んで身を任せれば、水中の柳の葉の如く攻撃を躱せるかもしれない。感覚は実戦で掴むしかないが、身に付けられれば当たり前のことを利用するが故に、どんな相手に対しても役立つはずだ。

 

 


生物詳細

 

種族【アランダスピス・レグルッスス】 

 

 脅威度:1(害が極めて小さい。食料に利用することが推奨される。)

 

 体力        2/10 (負傷で体力減少。)

 

(攻撃力)→咬合力         約5g [人間の3歳児の約1/3の噛む力]

(防御力)→魚体硬度  モース硬度約1 [チョーク並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約1km [小型の川魚並みの速さ]

 

[種族特性]

  「翼甲類型甲殻」〈二〉

  「吸水用口腔」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 Level Up「高速潜行」〈二〉→〈三〉

 

     [「高速潜行」の習熟度・理解度の向上に伴い、「超重瀑布(グラビティ・フォール)」を内包する技能へ進化]

 

「超重瀑布(グラビティ・フォール)」〈二〉

    (「高速潜行」の派生技能。「高速潜行」の習熟度・理解度の向上により獲得。重力を利用した滝の如き海流であり、格上にも通用する威力と拘束力を誇る。)

 

     [「超重瀑布(グラビティ・フォール)」をレベル〈二〉で獲得したことにより派生技能「流星連弾(フォールン・スターズ))」を獲得]

 

「流星連弾(フォールン・スターズ)」〈一〉

    (「超重瀑布」の派生技能。「超重瀑布(グラビティ・フォール)」を高理解度で得たことにより獲得。創り出した海流に複数の鋭利な物体を乗せることで、流星群の如き弾丸を打ち込む技。厚い装甲も貫く威力を有する。)

 

 

種族【ノーティラス・エンドセラス・ハスタ】

 

 脅威度6(高い攻撃力と防御力、即死攻撃を有し、数多くの生物を捕食対象とするため、極めて危険。)

 

 体力        14753/14753

 

(攻撃力)→咬合力         約798525kg/m² [ブチハイエナは約702000kg/m² ライオンの約2倍]

〈ブチハイエナのPSI(ポンド平方インチ)≒1000 1インチ=0.0254m 1ポンド=0.453kgより、650×0.453/0.0254²=702000〉

 

(防御力)→生体硬度   ショア硬度 約A50   [弾性の硬さ 人体の最硬物質である歯でも噛みちぎることは困難]

(素早さ)→泳力(直線移動時) 時速 約3km [ジンベエザメ並みの速さ]

 

[種族特性]

  「多空室甲殻」〈五〉(内部に幾つもの空洞な部屋のある甲殻。内部の空気量を調整できるようになっており、上下方向の機動性を高める働きがある。)

   「頭足類型多重強筋」〈六〉(密集した大量の筋肉。パワーとスタミナが向上する。さらに、頭足類特有の靭性に優れた筋肉で構成されることで、防御力も底上げされる。)

 

[技能]

 

「海神の槍(トライデント)」(六)

(海底から海面へ向けて行われる、鋭い螺旋の殻での突撃。その速度は、急上昇する浮力+水のジェット噴射+強大な筋肉によって生み出される推力が合わさり、時速40kmにも及ぶ。)

 



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第六話 浅海のひとりグルメ 〜おいしさは五原味の組み合わせ〜  

 思い立ったが吉日だ。

 早速、岩場から出て、回避技能を獲得できそうな場所がないかとあたりを見回す。

 しかし、その思いとは裏腹に、突如として体から力が抜けて始める。

 (なっっっ!?一体何が!?)

 

 グゥゥゥゥ〜

 

 まさか、まだ敵がいたかと一瞬慌てるも、音を鳴らす腹部がはっきりと理由を告げていた。単純に、体力切れによる空腹のせいだったのだ。

 

 思えば、命がけのデッドレースに加えて、死線ギリギリの戦いを繰り広げ、最後の最後でダメージを負ったのだった。緊張の糸が切れた途端に、その反動が押し寄せるのは当然といえる。

 

 (何か、何か早く腹に入れなくては・・・)

 

 ボロボロになった体が栄養を、エネルギーをよこせと騒ぐ。その勢いは、叶わねば自身の細胞を喰らうことすら厭わぬと言わんばかりで、危機感すら憶えさせる。

 

 だが、幸いにもここは海中だ。【カンセラ・スクイラ】などの甲殻類の幼生、つまりプランクトンが海藻付近で大量に漂っている。プランクトンは、その小ささから大したことないと思われるかもしれないが、量によってはシロナガスクジラなど超大型生物の生存を支えるほどの食糧となる。

体が小さい自分であればなおのこと、これ以上ない食糧だ。

 

 自身が隠れている岩場の横に群生する海藻へ狙いを定め、勢いよく海水を吸い込むと、大量の小さなエビやカニが口に流れ込んできた。幼体のために殻が非常に柔らかく、簡単につぶれ、甲殻類の濃厚な旨味が舌の上に広がる。

 まるで、じっくり煮込んだカニ・エビのスープを閉じ込めた小龍包のようだ。中にはスープだけではなく、舌で転がせば簡単にほぐれるプリッとした柔らかな身や、濃厚なカニ味噌までも含まれており、全く飽きさせない。パンチの効いた旨味と、優しくも後を引く旨味、さらには海の塩分の塩味・苦味が何層にも折り重なって口内でハーモニーを奏でている。

 しかも味のみならず、クジラすら虜にするほど栄養価も素晴らしく、飢えた体が歓喜の声を挙げているのが分かる。

 

 その旨さと栄養に感動し、次々に吸い込み味わっていると、今度は小粒の餅のような物が飛び込んできた。もちもちとした食感で、ほんのりとした甘さと僅かな酸味のある味だ。1番近いものとしては、フルーツシロップに漬けた固めの杏仁豆腐だろうか。つるんとした喉越しで、どんどん食べられてしまう。一体何かとじっくり観察すると、どうやら海藻【アルガオリザ】に生る糖分の集合体であることが分かった。

 


種族【アルガオリザ】

海中に生息する、群生型の藻類。特筆すべき点として、【カンセラ・スクイラ】との共生関係が挙げられる。

【アルガオリザ】は大型ウニ【ヴェネーヌム・エキーヌス】によく狙われるため、隠れ家や、光合成で生成したビタミンと糖質を含む実の提供と引き換えに、【カンセラ・スクイラ】に守ってもらう。【カンセラ・スクイラ】は対捕食者用の高速機動を武器として持つが、糖分など即効性のあるエネルギーと疲労回復のためのビタミンも大量に要するため、まさに生命線といえる【アルガオリザ】の保護を全力で行う。

 


 

 濃厚な旨味と程よい塩苦さを楽しんだ後に、ほんのりとした甘さと酸味で口内をリセットするという味の往復は、ここにきて初めて食の幸福を実感させるものだった。腹一杯食べてしまうのも仕方のないことだろう。

 吸い込んでは味わい、味わっては吸い込みを繰り返し、満腹になったのを感じてようやく一息つく。

 

 張り詰めた気が緩み腹が膨れたからだろうか、眠気が満潮のように迫って来るが、先ほどの捕食シーンが頭をよぎり、無理矢理意識を保って身を隠そうと重い体を動かす。

 そして、どうにか岩場の奥に潜り込み、その隙間に体を固定させて海流に流されないようにすると、限界だったのか落ちるように眠ってしまった。



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第七話 超回復

 じわじわと全身を暖める光が、月下の海で冷め切った体を優しく包み込み、円滑な活動が可能になるまで体温を引き上げていく。

 それと同時に、肉体が目覚めのシグナルを脳内に送り込み、瞼を徐々に開かせる。

 

 寝覚めの眼で外界に焦点を合わせると、海は柔らかな朝の日差しをカーテンのように揺らめかせ、目に映る海中の生物全てを緩やかな海流でゆらりゆらりと左右に揺すっていた。

 

 まさに生命の揺り籠といえる様相に何故だか胸が熱くなり、突然謎の状況に放り込まれ、僅かに心で育った孤独感が和らいでいくのを感じる。

 

(よし・・・、今日も頑張るか!)

 

 このまま何も分からず、振り回されるだけでは終われない。どうにもならないかもしれないが、兎に角何は無くとも生きて足掻いてみせる。

 

 そう思って体を動かそうとすると、入り込んでいた岩の隙間にガッと体が引っ掛かった。

 

 幸先悪いなと思いつつ、体を捻って抜け出そうとするが、なかなかうまくいかない。

 一体何が引っ掛かっているのか。疑問に思って目を動かしたり、体を動かせる範囲で動かして敢えて岩にぶつけ、その触感を感じたりして自分の体を調べてみると、思いがけない変貌を遂げていた。

 体がより長く、尾鰭がより大きく、甲殻がより鋭利になっており、それら変化した体の部位が岩に引っ掛かっていたのだ。

 

 恐らく栄養摂取と超回復によるものだが、逃げるのに酷使した胴体と尾鰭が長大さを増し、特に胴体に至っては、内に秘める筋肉の増加によってさらなる太さを得ていた。

 また、甲殻については、打ち付けられ破損した部分がプランクトンから得たキチンやカルシウムで修復されると同時に、海流による緩やかな研磨がされたのか鋭角の流線型となっていた。

 

 (おお・・・)

 

 驚き、感歎にふけるも、それもそこそこにして、力強さを増した全身の筋肉と、硬さ・滑らかさの向上した甲殻で強引に岩の間から抜け出す。

 自由になった体で岩の外へ体を踊らせると、肉体の変化をまざまざと実感させられた。

 

 まず、泳ぐ速度が以前と比べ物にならないのだ。尾のひと掻きであっと言う間に前進できてしまう。体感で2倍近くの速度になっており、今度【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】から逃げる時には、もう少し余裕をもって逃げられそうだ。

 

 次に、肺活量ともいうべきか、水を吸い込む力がより強まっていた。起きて早々空腹を感じたので、軽い朝食としてプランクトンを吸い込んだのだが、4倍近い量を吸い込めるようになっていた。体が大きくなったせいか、プランクトン一匹一匹に対する満足度が物足りなくなってきたので、これはありがたいところだ。

 

 さらには、口の力も強くなっていた。当初、プランクトンを主食とするためか、口の機能は貧弱極まりなかったもが、今ではより力強く噛めるようになった。逃げるために必死に水を吸い込む中で、口を大きく広げたり狭めたりしたからか、顎が少し発達したようだ。

 

 おかげで、吸い込んでも吐き出すしかなかったアンモナイトの幼生も、味わって食べられるようになった。今も食べてるが本当においしいので、この変化が一番嬉しいと思っている。

 未発達でも貧弱な顎では噛みきれなかった殻は、鳥軟骨のような「コリッ」とした食感の食べ物に変わり、内側の栄養袋から溢れるタコの旨味を詰め込んだエキスまでも味わえるようになった。

 他のプランクトンより筋肉質で固かった身も、噛むたびに旨味のある甘さとしょっぱさを内包した肉汁を出す極上の肉となったので、変化させてくれたものには感謝してもしきれない。

 

 このような状況に放り込まれ、色々と悩ましい所もあるが、悪いことばかりではないみたいだ。楽しめることはしっかり楽しんで、未知のこの世界をもっと知っていこう。

 ひとまず、巨大生物などの危険が少なそうな浅瀬から調べるべく、尾を力強く振って泳ぎ始めた。



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第八話 汽水域を目指して

 以前より速さを増した泳ぎで浅瀬へ進むと、周囲の景色が目まぐるしく後ろへ流れていく。

 それも、のびのびと体を伸ばして泳ぐことで徐々に肉体があるべき形へと変わり、さらなる加速が加わる。

 

 どうやら肉体の変化の結果、無理な体勢となった睡眠が悪影響を及ぼしていたようだ。体の感覚から察するに、恐らく軟骨が変形しかけていたのだろう。

 しかし、適正な姿勢での活動によりそれがだんだん修整され、全身の骨がより機能美的な形状・配置へと移行した。

 

 目の前に大きな岩場が現れたが、自身の運動機能を確かめるためにあえて大きく迂回せず、突っ込んでみる。すると、今までなら減速しなければ衝突していたそれも、滑らかに体を揺らめかせ、速度を落とさず躱せるようになった。

 そうして踊るように泳ぐ最中、視界の端にうねらせた自身の体が映り、新たな情報が脳内に流れ込む。

 


 

種族【ルナスピス・スピクロスス】

 

 頭部から肩にかけて連なった複合装甲を持つ魚類。体長約25cm。スコップに近い形をしており、三日月状の装甲は、防御にも急な方向転換にも用いられる。

 なお、その装甲は一枚の厚い装甲ではなく、キチンやカルシウムの薄く硬い骨板を何枚も重ねたものである。そのため、硬度に比して軽量であり、回遊速度は同系統の他種を上回る。

 そこそこ強い顎の強さを持つため、幼体の甲殻類や軟体類を捕食でき、それらの旨味や栄養素をその身に凝縮させる傾向にある。

 【アランダスピス・レグルッスス】より捕食しづらいが、その分味に深みがあるので狙われやすさはあまり変わらない。

 


 

(おお!お?)

 

 あの死闘を経て、肉体が変化するほど強くなったようで、一瞬喜びかけた。しかし、相も変わらず捕食される定めからは逃れられていないようである。

 

(まあいい。今向かっている浅瀬なら、必然的に大型の海棲生物は少なくなるはずだ。)

 

 【ダンクルオステウス・アシアナメリディエス】や【ノーティラス・エンドセラス・ハスタ】なら座礁してしまうような浅瀬でも、小型でやや扁平な自分は問題なく動ける。懸念として海中カルシウム濃度の低さがあるものの、甲殻類を捕食してカルシウムを蓄えられる体になったおかげで、乗り越えられそうだ。

 

 浅瀬へ近づくにつれ、周囲の環境が大きく様変わりしていく。

 柱のように海へ射し込む陽光が、その数を増して海面全体に広がって世界の彩度を増す。それに伴い、巨石の岩場が徐々に増え、海藻の代わりに苔類が繁茂しているのがはっきりと見え始める。淡水が混ざっているからだろうか。

 新天地はどんな場所になるか少し不安だったが、これなら隠れ家が至る所にあるから生活もしやすいだろう。

 

 さて、この場所にはプランクトン以外にどんな食べ物があるのだろうか。

 欲を言えば、カルシウムと塩分を効率的に摂取できるものがあればいいのだが。

 

 良さそうな隠れ家を探索しつつ、岩の隙間を覗き込んで食べ物がないか見ていると、何やら白い球体が転がっていた。

 


 

種族【グラチアス・マングローブ】の生成物

 

 【グラチアス・マングローブ】は、排塩機能と防衛機能を合成し、生物を誘引する機能へと昇華させた植物の一種である。

 汽水域に生息するために蓄積する塩を、デンプンを出す特殊な根の表面から排出し、その根を波の力で動かすことで、表皮についた海藻を削りとった物とまとめて絡めとる特性がある。

 これは、海藻と余分な塩をデンプンで丸めて放出し、再度【グラチアス・マングローブ】に戻ることがないようにする役割と、塩やデンプンを含んだ生成物を餌に生物を引き寄せ、肥料となる排泄物を落とさせる役割がある。

 

 この生成物はそうした経緯で生じたものであり、塩分とデンプンはもちろんのこと、海藻が含むカルシウムも含んだ優良な食物である。

 これは多くの生物を引き寄せ、それらの捕食行為で生じる死骸も肥料となるため、【グラチアス・マングローブ】にとっては一石三鳥である。

 


 

 じっくり観察するうちに、その対象の情報が頭に流れこむ。

 

 「食べられる」のは良いが、今の自分にとっては天敵となる、他の大型生物も引き寄せるというのはいらなかった。

 さっさと食べて、無くした方がいいだろう。

 

 その球体に口を近づけ、齧り付いてみたところ、もっちりとした食感が口内を満たした。近いものとしては、餃子の皮だろうか。

 さらに食べ進めていくと、濃い目の潮のスープが突如として溢れ出す。塩分を求める体に染み渡って、それに呼応してか体内の血がぎゅんぎゅんと回り始める。

 そうして食欲を叫ぶ体の声の赴くままにスープを飲み込んでいけば、今度は海藻と小さな甲殻類が舌の上へと飛び入り参加し、手を取り合って踊り始める。小さな甲殻類はどこにでもいるので、きっと海藻と一緒に絡め取られてしまったのだろう。

 海藻のシャクシャクした食感に小さなエビが合わさって、野菜たっぷりエビ餃子を食べている気分になる。植物由来の旨味と動物由来の旨味が相乗効果で大爆発を起こし、勝手に舌が揺れ動いて舌鼓を打ってしまう。

 

 これはたまらない。これほどの物は今生で初めてだ。

 夢中でかぶり付いて飲み込むのを繰り返してしまうが、当然の如く、あっと言う間に逸品は無くなってしまった。

 

 足りない。これでは全然足りない。

 どこかにまだ転がってないか、あるいは【グラチアス・マングローブ】自体が生えてないか、目を皿のようにして見回す。

 

 

(ん・・・?あれは・・・)

 

 視界の端に何か動くものがあった気がして、じっくり目を凝らすと、遠くで大きなサソリが我が物顔で浅瀬を闊歩しているのが見えた。大型の魚類が姿を消し、その空白に入り込むように甲殻類に近い種である、ウミサソリ等の鋏角類が捕食者の地位に立っているようだ。

 

 これはまずい。

 こちらから認識できるということは、あちらからも可能ということだ。「深淵を覗く時、深淵もまた覗いている」とは誰が言ったか。

 

 慌てて食べ物が転がっていた岩の下に潜り込んだ。

 


生物詳細

 

種族【ルナスピス・スピクロスス】 

 

 脅威度:2(害は小さい。食用可だが、不用意に手を出せば痛い目に遭いかねないため注意が必要。)

 

 体力        45/45

 

(攻撃力)→咬合力         約5kg [成人の犬歯の約1/2の噛む力]

(防御力)→魚体硬度  モース硬度約3 [方解石並みの硬さ]

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約2.3km [ニシレモンザメ並みの速さ]

 

[種族特性]

  Grade Up「翼甲類型甲殻」〈二〉→「板皮類型装甲」〈三〉[負傷と栄養補給、休養により進化]

  Level Up「吸水用口腔」〈一〉→〈二〉[酷使と栄養補給、休養により発達]

  New 「捕食用甲顎」〈一〉(甲殻の発達とともに生まれた顎。硬く大きくなった甲殻自体とそれを支える筋肉によって形成されている。)

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 「高速潜行」〈三〉

 

「超重瀑布(グラビティ・フォール)」〈二〉

 

「流星連弾(フォールン・スターズ)」〈一〉

 



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第九話 時として生態系の隙間に巨大生物が生じる(例:ティラノサウルス)

(何故こんな浅瀬にも巨大生物が!?)

 

 普通、活動の難しさや酸素濃度の低さに加え、巨体を意地するに足る食糧の少なさによって巨大生物は生息できない。

 だからこそ、拠点に最適と思われる「浅瀬」を目指して来たのだ。

 

 一体どういうことなのか。情報を集めなくてはならない。

 波が発生させる泡沫で視認はしづらいが、それは相手も同じはず。そう思い、顔を僅かに出すと、思い掛けない光景が目に入ってきた。

 

 なんと、迷いのない足取りで巨大サソリが迫っているのだ。無数の脚をせわしなく動かし、こちらへ一直線に近づいている。

 それに驚き、混乱すると同時に、相手の情報が脳内に流れ込み始めた。

 


 種族【プテリゴートゥス・ピルゥム】

 ダイオウウミサソリの最大種であり、体長は約3mに及ぶ。腹部に何層ものエラを持ち、酸素濃度の低い水域でも効率的に酸素を吸収できる。加えて、パイルバンカーのような脚部を持つため、波の激しい沿岸部でも安定して活動可能。

 

 他の巨大生物にはない最大の特徴として、2対の大きな腕を巧みに使いこなし、食料の少ない環境にも適応する点が挙げられる。

 外側にある剣山のような棘を持つ一対の腕で、どのような環境にも一定数生息する小型の獲物を捕えるのは勿論のこと、内側のもう一対の肉厚な腕で、ウニ、貝などの鈍重な生物の硬い殻をかち割るのもお手の物である。

 また、ウミサソリ類の例に漏れず高性能な複眼をも有しているため、獲物を見つけても見逃してしまうことはない。

 


 

 頭の中に溢れ出す情報を受け止めて精査するも、弱点などの喜べる内容は一つもなかった。

 分かったのは予想通り強大な捕食生物である事実だけで、【プテリゴートゥス・ピルゥム】の絶殺攻撃圏に入ってしまえば死は免れないということくらいだ。

 

 こうなったら三十六計逃げるに如かず。とにかく逃げなくては。

 体を岩の下から水中に踊らせ相手を見据えると、すでに長大な腕がすぐ近くまで迫っていた。あともう少しでその先端から伸びた棘が届こうとしている。

 

 (もうこんな近くまで!? ・・・っ間に合え!)

 

 その棘がこちらを捕らえる直前、己の体が陸地に向かって飛ぶように移動した。

 瞬く間に彼我の距離が開き、巨体であるはずの相手の体が豆粒のように小さくなっていく。

 

 

 相手からすれば、何が起こったかわからないだろう。

 実は水中に体を投げ出した時、スコップ状の肉体の腹部を沖に向け、波を最大限受け止められるようにしていたのだ。自分は背中が尖っており、現状横から見れば三角形のようになっている。そのため、長辺で波の力を大きく受け止めつつ角で水を割く形を生み、一方向への高速移動が可能になっていた。

 

 (巨大アンモナイトとの遭遇の後、練習しておいて良かった・・・!)

 

 あの時からずっと、この波の激しい浅瀬に着いてなお、泳ぐついでに水と同化する動きを体に馴染ませていた。それがここへきて実を結んだようだ。

 

 とはいえ、そのままにしていては波が沖へ帰る時に元の場所まで戻されかねない。慣性を残しつつ体を起こして力強く水を蹴り、とある確信を持って波打ち際へ逃げ込む。そうして海岸線を抱く陸地を見上げれば、マングローブ林の根が絡み合い、木の岩礁と化して海と陸地に鎮座していた。

 

 やはりこうなっていたか。【グラチアス・マングローブ】の根塊とも言うべき球が浅瀬とはいえ遠方にまで転がっていたから、相当繁茂しているとは思っていた。これならば完全に振り切れるはずだ。マングローブの根の表面を舐めるように往復する波に乗って、根の間にできた潮だまりに飛び込み、ようやく心の底から一息つく。この自然のシェルターに避難できたからには、もうダイオウウミサソリとて怖くはない。

 

 海中の根と根の隙間から外を見やれば【プテリゴートゥス・ピルゥム】がこちらを見逃さず執拗に追ってきているが、警戒する必要もないだろう。

 なにせあの巨体なのだ。こちらに近づこうとすれば、水中から浮力のない海上へと体を出さざるを得ない。ほら、海中に伸びた根の先に足を乗せて海面から体を出した途端、突如襲いかかる重力によって体が震えている。浮力ありきで実現したその巨体は、海から出ればその巨大さが己に牙をむくのだ。

 

 重力により、体全体のみならず内臓まで大地に向かって押さえつけられ、もはや退くも進むもままならない状態に陥っている。それでも無理に進もうとしているようだが・・・

 

(やっぱりそうなるよなぁ!!)

 

 とうとうその重みに耐えかね、最も重く最も脆い部分、つまり肉厚の鋏が付いた細い腕の関節が砕ける。その鋏は、他生物の甲殻をも破壊する筋肉と硬度を備えているため、相応の質量がある。そんな物を、海中ならともかく海上という浮力のない状況において、貧弱な腕一本で支えようというのだ。いつ関節が壊れてもおかしくはなかった。

 

 【プテリゴートゥス・ピルゥム】はあまりの痛みに脚の力が抜け、重力とともに自ら体を足元の固い根に叩きつけてしまう。それは仕方のないことだったのだろうが、自壊を助長する行為でもあり、とうとう内側の一対の鋏が千切れ落ちる。

 自分も相手も潮だまりに転がり落ちていく鋏に視線を奪われ、しばらく動きを止めていた。そして、水中へ姿を消した鋏からそれが付いていた場所に目を移すと、青い血液が腕の断面からどくどくと流れ出ているのが見える。

 しかし、鋏が千切れたおかげで体が軽くなったことに気づいたのか。【プテリゴートゥス・ピルゥム】は踵をかえし、どうにか這々の体で海へ逃げ込んでいった。

 

 


生物詳細

 

種族【プテリゴートゥス・ピルゥム】 

 

 脅威度4(そのエリアにおいて、通常有り得ないほど攻・防・走が飛び抜けている生物。格下の生物にとっては遭遇は死を示す。)

 

 体力        225/225

 

(攻撃力)→挟力         約450kg [大抵の貝、甲冑魚の殻を砕く力]

(防御力)→生体硬度  モース硬度約8 [象牙を超す硬度]

(素早さ)→走力(直線移動時)時速約2.5km [イタチザメ並みの速さ]

 

[種族特性](各種生物の保有する特性)

 

  「多層硬質甲殻」〈七〉

  (関節部までも複層式の殻で守る甲殻。防御力と柔軟性を両立している。)

 

  「破砕鋏」〈八〉

  (硬い貝殻も砕いてしまう強力な鋏。外敵への牽制にも使われる。)

 

 

 

種族【ルナスピス・スピクロスス】 

 

 脅威度:2(害は小さい。食用可だが、不用意に手を出せば痛い目に遭いかねないため注意が必要。)

 

 体力        45/45

 

(攻撃力)→咬合力         約5kg

(防御力)→魚体硬度  モース硬度約3

(素早さ)→泳力(直線移動時)時速約2.3km

 

[種族特性]

  「板皮類型装甲」〈三〉

  「吸水用口腔」〈二〉

  「捕食用甲顎」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 「高速潜行」〈三〉

 

   「超重瀑布(グラビティ・フォール)」〈二〉

 

   「流星連弾(フォールン・スターズ)」〈一〉

 

New「虚水舞踏・笹舟」〈一〉(海流への理解度の向上により獲得。海流を利用した移動術であり、短時間のみ瞬間移動速度を跳ね上げる。)



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十話 生物=環境を改変させる存在

 

 潮だまりが静けさを取り戻し、空気が穏やかに凪いで森の匂いが香り始める。それとともに、この世界で初めての安堵の気持ちが胸の中に広がってくる。

 

 

 (はああぁぁぁぁぁぁ〜っ。)

 

 

 危険な目に遭ったが、探索の甲斐はあった。こうしてかなり安全性の高いシェルターを見つけられた上、巨大な鋏という食料が文字通り転がり込んできたのだ。望外の幸運と言える。

 食料とシェルターの有無は体内エネルギーの保持に深く関わるので、これは非常に大きい。

 

 早速、消耗したエネルギーの回復のために鋏の断面にかぶりついてみる。すると、プリプリのピンク色の肉が歓迎を始めた。柔軟な筋肉であるためか、心地よい噛み応えで口を喜ばせ、噛み切れば柔らかな肉片へとほぐれ舌を楽しませる。

 

 味もまた素晴らしく、蟹の芳醇で膨れ上がるような旨味と海老の芯を持った旨味、サソリの引き締まる旨味が絶妙なバランスでひとつになっている。さらに、その身に塩をじんわりとにじませ、舌の根に染み込んでくるものだからたまらない。

 現在、汽水域であるが故に塩分不足となる自分には、他の栄養と同じくらい塩分に体が歓喜しているようだ。体内の塩分濃度が低いと赤血球が破裂したりすることがあるので、割と死活問題だったのだろう。

 一噛みして飲み込み、一噛みして飲み込む毎に、不足していた養分が流入する。多幸感に包まれながら、可食部がなくなるまで啄ばんだ。

 

 

 そうして体へ必須栄養素を満たし、自身の内面を充実させたところで、今度は外、つまり自分の周囲の環境を整えることにした。

 

 まず、日当たりが良く、砂の柔らかそうな場所の発見という一番大事なことから始める。

 変温動物の自分にとって日中手っ取り早く体温を上げる手段は日光浴しかないので、快適な生活の為には極めて重要なことだ。もう一つの狙いもあるが、それは今は関係ないので、兎も角好条件の場所の探索に取り掛かる。

 

 

 ややもすると、根のシェルター内でそのような場所を見つけるのは難しいと思えるかもしれない。しかし、根のシェルターといえど、網のようになっているのは側面に対してであり、マングローブの木と木がぶつからぬよう間隔を空けている以上、陽光の差す箇所は存在するはずなのだ。

 

 そう考えて見回れば、やはり太陽光が射し込む箱庭のような空間ができており、そこには太古から生存する植物の始祖「シアノバクテリア」が集合して「ストロマトライト」を形成していた。

 

 「ストロマトライト」は岩石に近い植物と表せる物体だ。酸素を供給してくれる他、プランクトンの溜まり場でもあるので、食料にも困りにくくなるだろう。

 さらには、底に穴を掘って隠れ家を作る取っ掛かりにまでなる。例えるなら、ツリーハウスの基礎にできる果樹の大木のようなもので、望外の発見といえる。

 

 

 早速「ストロマトライト」の近くへ行き、その周囲を調査した所、特に大型敵性生物はいないことが判明した。まあ、自分だとて半分水から体を出して滑り込み、ようやく入れたような場所だ。大型生物などそうそう居るものでもないのだろう。

 

 他の特徴として、倒木の如き枝と小石が散らばっているが、それは資材に恵まれていると見ることができる。

 

 中々良い場所を発見できたので、次は整地に取り掛かることにした。最初に枝や石を外側へ円状に寄せておき、ベッドになる場所を確保する。ベッド予定地は、川で削られたのか砂が丸く細やかで、隙間の水がクッションとなるのかかなりふわふわになっている。

 海辺のさらさらした砂に足を踏み入れると優しく包み込まれる感覚がするが、あんな具合である。

 

 今度は、周囲の物体・地盤の安定化に着手する。整地した場所が波でぐちゃぐちゃにされても困るからだ。脇によけた枝を咥えて外縁部や「ストロマトライト」周辺の砂浜に刺し入れ、顎で杭打ちをするかのように叩き込む。

 こうする事で、コンクリートへ鉄筋を打ち込むように土台を安定させられるはずだ。しかも、波に乗ったゴミが入りにくくなるというオマケまで付く。やはり、少しの手間なら惜しむものではないということか。

 

 

 なんということでしょう。

 匠の技によって乱雑だった空間が、大きな深緑の毬藻を中心に白い砂が広がる牧歌的な広場へと変わったではありませんか。

 

 周辺の木の杭は、地盤を安定させる役割を持たせつつ、球形になりがちな外観のアクセントとなっています。

 そして、杭によってゴミから守られた「ストロマトライト」の周りには、さらさらの砂が絨毯の如く鎮座しています。身を任せれば、ふんわりと包み込んでくれることは言うまでもありません。

 

 

 すっかり姿を変えた新居に満足しながら、心地良い疲労とともに柔らかな砂のベッドへ身を横たえた。

 

 



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第十一話 生きる

 リフォームも終わってようやく一息つけるようになり、しばらく過ぎた。

 どこに小型甲殻類が集まるか、マングローブの生成物が転がっているかも分かるようになり、食料確保が徐々に容易になりつつある。

 さらに探索で発見した、トチカガミ科の水草の一部を移植・成長させることで、拠点周囲の亜硝酸やアンモニア濃度が低下してより快適になった。この近辺は生体が多く、そうした毒性物質が発生しやすいため、食糧となる小型生物の保全という観点からも意外と重要なことだ。

 事実、自分の体の動きが良くなったり、小さなエビやカニの生息数が僅かずつながら増加したりと状態の好転が見られる。

 

 しかし生活環境が充実する頃になると、辺りを把握すると同時に奇妙な地形になっていることに気付き始めた。

 

 マングローブ林が陸側に進むにつれ疎らになり、その先が明るくなっているのだ。いや、別にそれ自体はおかしなことではない。植物によって適した環境というのは存在するのだから。

 しかし、マングローブ林によって潮風や波の浸食が遮られているというのに、その後ろで植生が発達しないというのはかなり不自然である。

 

 作為的なものをひしひしと感じつつも、そこを観察することにした。もしかすると、このシェルターを脅かす何かがあるかもしれないのだ。

 

 河川を遡上しながら進めば、マングローブ林の生い茂る浜辺を脱し、その奥の様子を見ることができるだろう。潮流とは異なる向き・匂いの水の流れから、河口の所在の目算は立つ。きっとそこが答えへの入り口に違いない。

 

 

 マングローブ林の根の間を縫って、河口が存在するであろう場へと水を蹴る。マングローブ林が消波ブロックのようになっているので、余計な力が要らず、飛んでいるかと錯覚するほどだ。

 気楽に泳げるようになる事でより周囲に気を向ける余裕ができる中、ふと目をやれば根の合間と合間が車窓のように流れては現れていることに気付く。

 

 左手を見れば蒼い海と白い海底の砂が、右手を見れば森のように茂る深緑の藻や倒木と見紛う枝が、その自若とした姿を惜しげもなく披露する。

 それを見たからか、色あせた郷愁が少しささくれ立つ。

 

 そんな足枷にも似た感傷を振り払うかのように、景色が明滅する頻度が少ない方へと体を押し進める。それにより、次第に根の網が薄くなっていき、ついに河口の姿が見え始めた。

 

 

 

 だが、次の瞬間、突如として体が硬直する。

 

 外部の何者かによるものではない。自分自身によるものだ。本能が、故郷と錯覚させるほどの安住の地の離脱を拒否し、足を止めようとしている。

 さらに、第六感が目的地に脅威を感じ取っているのか、シェルターに押し返そうとまでする。

 

 (この先に、謎への答えと巨大生物が存在するのは予想できていただろう!今更怖気付くな!)

 

 事前に情報を得られているかどうかで、対策を立てられるかどうかが大きく変わってくる。好奇心は猫をも殺すとは言うが、相手を知らないのはもっと致命的なのだ。

 だから、体を無理に動かしてでも、情報を獲得しに行かなければならない。そう、分かっているのに体が動かない。

 

 

 (ああ・・・!記憶の片隅に何かないのか!本能すら吹き飛ばす、爆発的な感情が。強い想いが!)

 

 

 

 本能と理性の狭間へ落ちるまさにその時、脳裏に一筋の稲妻が走る。体を雁字搦めにし出した郷愁のその奥、穴だらけの記憶のほんの一欠片。そこに、ある人の笑顔が写った。

 

 名も思い出せず、顔すら霞んでいるのに、何故こんなにも胸を焦がされるのか。今になって思い出したというのに、何故こんなにも会いたいと思うのか。

 もはや再び、生きて会う可能性などゼロに近いだろう。

 

 

 それでも・・・!!

 

 

 

 

 気付けば、体が前に進んでいた。

 生きて、生きて、生き延びて、可能性が完全に潰えるまで、探さなくては。

 そんな思いが体を突き動かしたのだ。

 

 死への恐れではなく、生きて為さねばならぬ物のために明日へ進む。心がそう決めた。

 

 

 力強く水を蹴り、浜辺を抜けて河口へと身を躍らせる。

 早速、清流が自身を顔面に叩きつけて阻んでくるが、それすらも前に進む力にしてみせよう。

 向かい風のような激流に正面から相対し、強く尾を振り抜いた。

 



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第十二話 作用・反作用

誤字報告ありがとうございます!
流線形が正しいのではないかとのことですが、
小学館 国語辞典第七版では、流線型と記載されているため、どちらが正しいのか私自身では判断しかねております。


 

 (やはり一筋縄ではいかないか。この大自然は!!)

 

 まるで津波のように迫る、吹き飛ばさんばかりの水流。

 岩場・倒木にある間隙を縫って上るも、河口の中腹が限界だ。さらに、少しずつだが海へ押し戻されてしまっている。

 

 しかしその一方で、前からの力を逆用する研究もまた進みつつあった。

 世の中にはあるのだ、迫る力を反転させた「揚力」というものが。

 

 主に流線型の翼や体を持つ鳥類・魚類が操るが、それならば流線型に近い己ができないはずがない。

 

 (思い出せ、そして考えろ・・・。魚はどうやって泳いでいたのかを!)

 

 検証の過程で、海へ押し戻され難くなっているようにも感じられる中、体の向きを微調整して試行錯誤を重ねる。

 何度押し戻されようとも、何度流されようともひたすらに挑む。100歩下がっても101歩は進めているから。

 

 次第に疲労が蓄積して力が入らなくなるが、それとともに体が「揚力」の一端を掴み始める。余計な力みが抜け、自然と地球の大いなる力に身を任せられるようになったためだろうか。

 

 身体を斜めに傾けて弓なりの姿勢を作る。それだけで前方へ向かう力が発生し、体が前へ進む。

 押し返そうとする水流は、依然として強い。しかしその「水流自体」がそれを上回る推力を産み出すのだ。

 

 (なるほど・・・、ヨットが風上へ向かって進む訳だ。)

 

 

 

 揚力の力を借り、より前へ、より上流へ遡上すると、景色がその姿を変化させてゆく。

 

 水上には木々がより鬱蒼と生い茂り、降り注ぐ日光が疎らになる。

 水中には枝や岩石などの障害物が徐々に増え、まるで迷路のような様相へと変貌を果たす。

 

 これで暗所もある中、障害物を突破しなくてはならなくなった。

 しかし、今の自分は、まさにシャベルやスコップそのもの。形状・硬度ともに押し退けて通るのに不足はない。

 

 頭と肩の装甲で枝の隙間を押し広げ、上下にどけながら少しずつ前へ進む。そんな泥臭い作業をひたすら繰り返すことで、ついには中流域にまで到達することができた。

 

 新天地の把握のために水面に目を出すと、何やら奇妙な動く影が視界に入る。

 そして、目を凝らせば信じられないものであることが判明した。

 

 (あれはオオカミと・・・・・人!?)

 

 


生物詳細

 

種族【ルナスピス・スピクロスス】 

 

 脅威度:2(害は小さい。食用可だが、不用意に手を出せば痛い目に遭いかねないため注意が必要。)

 

 体力        31/45

 

(攻撃力)咬合力   約5kg

(防御力)魚体硬度  モース硬度約3

(素早さ)泳力(直線移動時)時速約2.3km

 

[種族特性]

  「板皮類型装甲」〈三〉

  「吸水用口腔」 〈二〉

  「捕食用甲顎」〈一〉

 

[個体特性]

  「考える葦」

 

[獲得技能]

 「高速潜行」〈三〉

 

「超重瀑布(グラビティ・フォール)」〈二〉

 

「流星連弾(フォールン・スターズ)」〈一〉

 

NEW「揚力掌握」(急流に生息する魚類が持つ技能。推力補助に有用。)

 

NEW「円匙槍撃」(推力と硬質防御力を威力へ変換した攻撃。掘削にも転用可能。)

 

 




コロナで大変な目に遭いました・・・


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第十三話 水と命とダイナミクス

 


 

 種族【カリドゥス・ヴォルフ】

 

 三つ目の獰猛な狼で、体長はおよそ2〜3m。部分的に先祖返りして体格は一回り大きくなり、額には第三の目を開眼した。哺乳類に大別されるムカシトカゲ類と同様、第三の目は視力が無い一方で熱探知に優れる。

 

 第三の目によって風下の恒温動物の把握すら可能とする上、知能にも優れ、夫婦や兄弟で伏兵や包囲を行い獲物を追い詰める戦略性も併せ持つ。そのため、狩りの成功率は高く、滋養に富む美味な部位のみ食して獲物を放置することもままある。

 こうして良質な物を多量に摂ることで、その身にも旨味が蓄積し上質な鼬肉のような甘味と旨味を持つようになるため、偶に頂点捕食者の標的になる。

 


 

 突如として現れた肉食獣を目にすると、此度も脳内に情報がよぎる。

 

 そして今、自分の眼前にて、オオカミあるいは野犬のような生物【カリドゥス・ヴォルフ】が、少女を襲わんとしている。

 一応、少女は長い棒を携えてはいるが、3匹もの肉食獣を相手取るには明らかに役不足だ。リーチはあるものの殺傷力が低く、撃退には至るのは難しい。

 

 すると少女は、突如として長い棒を腰だめに構え、襲撃者から目を離さないまま後ろ向きに走り出した。

 何をするのかと瞠目した瞬間、棒高跳びの要領で体を捻り、川を飛び越えたのだ。

 

 なるほど、少女はこうして川を渡り、探索してきたのか。随分と手慣れている。これならば捕食者の追跡が困難になる上、深度のある河川も踏破しやすくなって行動半径が広がる。

 恐らくは、あの長い棒を杖代わりにしたり、高所にある木の実を落としたりして練度を高めた結果なのだろう。

 

 

 しかし【カリドゥス・ヴォルフ】も、ここを縄張りにしているのは伊達ではない。傍目には見えない渡河ルートを把握しているようで、3匹の内、2匹が落葉に隠れた飛び石や流れの緩い場所を伝って河を渡り始めた。

 

 2匹の【カリドゥス・ヴォルフ】が間隔を開けて渡れば、岸から長物で上陸を阻止することはできない。木に登って逃げようにも近場には低木しかないとなれば、少女は再び川を越えなくてはいけない。

 それを理解しての渡河なのは、残った1匹が対岸で回り込んでいることからも明白だ。

 

 

 このまま放置していれば、あの少女は命を奪われてしまう。

 自然の摂理と言えど、いいのか?このまま見過ごして。

 

 助けたとして、感謝されることは無いだろう。それでも、心が迷うより早く体が動き出していた。

 

 

 感情が、今すぐ助けろと背中を押す。

 理性が、情報源を逃すなと語りかける。

 

 見殺しにすれば寝覚めが悪い上、この少女は「何故、古代生物がいるのか」「何故、人間がいるのか」等への手掛かりとなり得る。

 感情面でも、実利面でも、動く理由があるのなら、動かない訳にはいかない。体と第六感が最適解を先取りしたようだ。

 

 顔に打ち付ける冷水が燻っていた頭を冷やし、眼前へと集中力が高まる。

 

 

 1,2メートル先、狼の躍動で水が逆巻く。

 川を駆け抜ける肉食獣の四肢が、雷のように水中へ突き立てられては姿を消す。チャンスは僅かしかない。しかし、その数瞬を見極め、砂泥に埋め込まれる脚へ横から喰らい付くことに成功する。

 

 急に川へ引き摺りこまれた三ツ目の狼は、狼狽したのか激しく暴れ出す。しかし、突如として勢いを増した水流に脚を取られ、転倒してしまう。

 

 あの狼は何が起こったのか分からないだろうが、これは大自然に遍在するダイナミクスによるものである。

 

 川の流れに乗った足払いの如き突進とともに、強烈な水の吸い込みで大気の大槌を水面に落としたのだ。

 大気は均衡が崩れた時、大きな圧力を放つ。草をそよがせる程度の人の呼気ですら、ストローで気圧差を作れば容易くコップ一杯を空にできる。

 

 ならば、水位すら下げさせる吸い込みが生む結果は如何程か。

 

 川を押し潰す大気圧を生み、口を潰されたホースのように猛る水流を作り出す。

 不安定な体勢で激流に飲まれた【カリドゥス・ヴォルフ】の1匹は、下流へと飲まれ押し流されていった。

 川に残ったもう1匹は衝撃的な光景に肝を冷やしたのか、慌てて仲間のいる対岸に引き返し、身震いしながら逃げ去り出す。

 

 当然か。

 その身は骨張ってもおらず、その動きには決死ではなく嗜虐が宿っていた。飢えてもいない中で命を賭けられるはずがない。

 

 

 危難から逃れた少女もまた、暫し呆然とした後、急いで川から離れるように駆け出した。それはそうだ。自分だって同じ立場なら逃げている。

 

 

 (よし。これで良い。)

 

 一見すれば手掛かりを失ったかのようだが、今ので十分な情報を得ることができた。少女は草をかき分けながら一目散に逃げ出したので、恐らくは最短ルートを取っている。そしてその方角は拠点へと続いているはずだ。

 水のない所に生活拠点は建てられないため、遡上しつつ同じ方角へ向かえば遠からず発見できる。

 

 下流の狼が這々の体で去っていくのを片目に、拠点が存在するであろう上流へと頭を向けた。ここの人類は、生態ダイナミクスの中で予想を超えて危険に晒されているのかもしれない。



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