幻想郷とて日常はある (わしはトマトが嫌いじゃ)
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第一話 買い物日和

 随分前に書いた一作。続きを……あげられたらいいなー。


 幻想郷、と呼ばれる場所がある。妖怪だとか亡霊だとか神様だとか、もちろん人間だっている、日本のどこかにある人ならざる者たちの最後の理想郷。当然、そんな人? たちが集まれば、いろいろと大事件――ここでは『異変』と呼称されている――がたまに起きることもあるが、まあ大体は丸く収まってる。

 主に、今目の前で僕に荷物持ちをさせている紅白巫女によって。

 

「すいません霊夢さん、そろそろ僕の腕が限界です」

 

「なーに言ってんのよ。この後米屋によるんだから、これぐらいで音を上げてもらっちゃ困るわ」

 

 ……まあ、このようにかなりの面倒くさがり、アンド人使いが荒い人ではあるのだが。

 

「この前除霊の仕事に行った時報酬でお金を貰ってね、今のうちに食材とか買い替えなきゃいけないものとか揃えないといけないの」

 

「僕は関係ないと思うんだけど……」

 

「なによ、あんたが幻想郷にきて右も左もわからないうちに居候させていたのはどこの誰だったかしら?」

 

「うぐっ」

 

 随分と痛いところを突いてくる。僕が幻想郷に“流れ着いて”来たのは一年以上前の話だが、当時は訳も分からず山の中をうろついて、危うく野良妖怪のご飯になりかけたところだった。そんな折に助けてくれたのが霊夢だったワケで、それ以降性格云々いう以前に彼女に頭が上がらないのだ。

 

「にしても不思議な話よねー。普通幻想郷に“外”から入ってくる外来人っていうのは、何かしら訳ありだったり変な能力を持ってたりするものだけど、あんたの場合本当にただの一般人なのよね。霊力とか魔力とかほとんど持ってないし、特に注目すべき特技とかないし」

 

「……その言葉だけだと随分とあんまりな言い方に聞こえる気がする」

 

 悔しいが霊夢の言っていることは正しい。僕には霊夢みたいに妖怪を退治する力もないし、空も飛べない。能力的に言えば『その他の人間』に分類されるほどだろう。

 一応、外の世界で高校に通っていたころは入学当初から剣道部に所属していたうえ、全国大会でも新人戦でいいところまで行けたという自負はあるのだが、冥界の庭師とか妖怪の山の天狗たちとかの太刀筋を見ていると――比較してはならないのだろうが所詮自分は井の中の蛙ということを認識させられる。

 

「そういえば、あんた道端に歩いてるところを捕まえたんだけど、どっかに行く用事でもあったの?」

 

「用事? ……あっ」

 

 記憶を、わずか一時間前までにさかのぼらせる。

 

 

 

「こんにちはー慧音さん。頼まれていた本持ってきました」

 

 人里に建つ寺子屋に風呂敷で包んだ十数冊の同じ内容の本を運んだ僕は、入口の戸を開けて中にいるはずの寺子屋の教師の名前を呼んだ。すぐさま引き戸がひかれる音、とたとたという足音が続き、廊下の角から見慣れた人物が姿を現した。

 

「やあ君か、予定よりずいぶんと早く来たな?」

 

 彼女の名前上(かみ)白沢(しらさわ)慧音(けいね)。寺子屋の教師を務めている、半人半妖の女性だ。ワーハクタク、とも呼ばれる種族らしく、満月の夜には姿や能力が変化するらしい。当然だが、日中の今は完全に人の姿だ。

 

「この後墨と紙を買いに行かなきゃいけないもので、早めに出てきたんですよ」

 

「ああ、なんだ君もか。実は私も後々買い出しに行こうと思っていたところだったんだ。……ただ今少し忙しくてね、テストの問題用紙を午後までに間に合わせなければ」

 

「それって結構きつくありません? どのぐらい完成しているんですか」

 

「答案そのものはほぼ完成している。徹夜で仕上げているが、ペース的には十分間に合うから問題はないさ」

 

 問題はないとは言うが、半分妖怪とはいえ多少オーバーワーク気味ではないだろうか。仮眠どころか休憩もしていないように見える。目の下には隈ができていた。

 

「……何ならついでに必要なものを買ってきましょうか?」

 

「ほう? 追加料金なら払わないぞ」

 

「いりませんよ。ほんの些細な気まぐれと思ってください。もちろん、買ってきた分の代金はもらいますが」

 

 僕は幻想郷にきて最初の半年ほど霊夢の神社に住まわせてもらっていたが、それ以降はこの寺子屋近くの一軒家に居を構えている。人里で暮らすうえで慧音にはお世話になっているため、そのお礼もかねての行動だ。

 

「なら、気まぐれついでに少し急いでもらうと助かる。二十枚ぐらい作らなければならないのだが、今の在庫では半分が限度だ。もっと早くに気づけばよかった」

 

「りょーかいです。あ、貸出本回収しますね」

 

 そう言って僕はいつも通りに玄関に置かれた本数冊と帳簿を照らし合わせ、紛失していたり余計な本が混ざっていないか確認する。この人に限ってそんなことはないと思うが。

 

「鈴奈(すずな)庵(あん)での仕事は慣れたか?」

 

「まぁ半年も続ければ、それなりに」

 

 慧音の質問に、手を止めたり顔を動かすことなく答える。人里に移り住む一件としては、僕が鈴奈庵で貸出本の配達のアルバイトをすることができるようになったため、ある程度の自活ができるようになったからでもある。

 

「教師の発言としてはあれだが、君がそこらの妖怪を打倒する力があるのなら、人里の外で悠々自適に生活するという選択肢もあり得たかもしれないな」

 

「僕はココに来る前はフツーの高校に通っていた現代っ子ですよ。電気が身近にない生活っていうだけでも困惑気味なのに、妖怪怪物エトセトラが蔓延ってる外でそんなサバイバル生活は送れませんよ」

 

 原因不明の幻想入りで、進級に向けて準備していた去年の今頃の時期。今までの生活が急に何もかも変わってしまったのだ。むしろ状況を素直に受け入れて自分なりに打開策を見出そうとしていた当時の自分をほめたい気分だ。

 

「そんじゃ、二十分ぐらいで戻りますんで」

 

「ああ。そんなに急がなくてもいいが、自分の仕事のほうをないがしろにしないようにな」

 

 それじゃあまたーと会釈して、荷物をもって寺子屋を後にした。

 

 

 

 ……そんなやり取りをして、鈴奈庵にいったん本を持って行ったあと買い出しのために出発して数分。霊夢につかまり、買い物に付き合わされて現在に至る。

 急がなくていい、そういわれたがすぐに戻ると言った建前、遅れていたとしても今すぐ約束を果たすべき――。

 

「ちょっと、どうしたのよ。急に無言になって――ってちょっとぉ!」

 

 買い物袋を抱えたまま猛ダッシュ。そんな僕の突拍子のない行動に驚いた霊夢は慌てて呼び止めようとするが、彼女が言いたいことを全部言う前に、声が聞こえる範囲から完全に離脱していた。

 

 

 

「……確かに少し遅いな、とは思ってはいたが」

 

 目の前で肩を上下させ息切れする僕と、空を飛ぶことを忘れ走って僕を追いかけてきた霊夢を目にして、慧音はあきれ口調で言った。

 

「何も寿命を削りかねないほどの走りを見せつけてまで果たすような約束でもなかっただろうに。しかもそこの巫女の荷物を持ったまま」

 

「私に関しては完全にとばっちりよ……。はたから見れば“荷物を盗んだ不審者Xと追いかける被害者”そのものね」

 

「ぜーはーぜー……。と、とにかく、持ってきましたんで」

 

 呼吸を落ち着かせながら絞り出した言葉とともに、新たに増えた袋のうちの一つを手渡す。中身はもちろん頼まれていた墨と紙。

 

「あ、ああ、そのことなんだが……その、非常に言いにくいんだが」

 

 受け取りながら慧音は気まずそうに頬をかく。

 

「なによ、言いたいことがあるんだったらはっきり言いなさい」

 

「君に急かされる事柄じゃないと思うが。……まあその、君が言った後に念のため物置を探ったんだ。そしたら――」

 

 霊夢が強めの口調で促し、慧音が今まで背中で隠していた左手を見せる。正確にはその手に握られているもの――僕が買ってきたワンセットと全く同じものを。

 

「というわけで、代わりに買いに行ってくれたのは助かったが、そんなに急ぐ必要はなかったということで……」

 

「……」

 

 どばたーんと僕がその場で倒れたのは当然の反応であろう。

 




 自機勢はコンプリートしたいと心に思うた。


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第二話 アリス春のパン祭り

 途中まで書いてあった話を加筆したお話。これ以降は書き溜めなしなのでいつ出せるようになるかは分かりませんが、どうかお付き合いくださいませ。


 幻想郷はその大半が森におおわれている。不思議が日常な幻想郷では場所によって森の性質が異なるが、中にはその森に入ること自体が危険、というのもある。

 その一つが『魔法の森』。幻想郷で“森”と言ったらまずこの場所を指し、自生する魔法キノコから放たれる瘴気によって人間は体調を崩し、妖怪も好まない環境となっている。ジメジメした、暮らすには適さない場所。

 しかしだからこそここに居を構える人種も、少数ながら存在する。その一人が今玄関で怪しむような視線を投げかけてくる少女、アリス・マーガトロイドである。

 

「……正体を現しなさい、マスク男」

 

『どーも、鈴奈庵です』

 

 アリスがジト目で見てくるのも仕方がない。僕は今森の瘴気対策の為に特殊な改造がされた、外の世界の軍隊が使うようなフルフェイスタイプのガスマスクを着けているのだ。

 マスクのフィルターによって多少くぐもった声で、バイト中専用の挨拶をしたが、彼女は表情を変えないままだ。

 

『本を受け取りに来たから、とりあえず中に入れさせてくれないかな』

 

「顔を見せない怪しい男を、信用して中に入れないわ」

 

『いやいや中じゃないと外せないから、一般人Aだから!』

 

「そんなに魔道具を持ち歩いている一般人を私は知らないわよ」

 

 アリスの指摘にむぐっと変な声が出る。

確かに僕は友人たちから譲り受けた、もしくは購入した魔道具を多数所持している。仕事柄危険地帯に足を踏み入れる時もあるためその護身用の用途もあり、マスクもその一つだ。

 

「なんだなんだ、騒がしいな……おっ、それ前私が渡したマスクじゃん」

 

 玄関の奥から聞きなれた声が届き、僕とアリスは視線を向ける。

 

『魔理沙か、久しぶり』

 

「おう、前に会ったのは博麗神社だったか」

 

 大きな黒い魔女帽子をかぶった男口調の少女、霧雨魔理沙がアリスの背後から姿を現した。魔法の森の住民その2で、この森で自身の住居にて『霧雨魔法店』と呼ばれる何でも屋を経営している……らしい。めったに客が訪れることがなく、しょっちゅう魔理沙もどこかに出かけているため、収入はもっぱら自分が作った魔法薬を知人に売ったり、妖怪退治を行って得ているらしい。

 

「なんだ、魔理沙の知合いだったのね。知ってたけど」

 

『知ってたんならすんなりと通して欲しかったなあ』

 

 そんな短い茶番もほどほどに、僕は無事に彼女の家に入れてもらえた。

 

「ちなみにそのマスク瘴気対策って言ってたけど、私の家の庭ぐらいの範囲なら結界が張ってあるから、別に外しても良かったのだけどね」

 

「それを早く言ってよ」

 

 マスクを外して新鮮な空気を吸っていた矢先のカミングアウト。締め切った家の中で新鮮な空気というのも少し語弊が生じている気がしないでもないが、まあそこは気にしても意味がないことだろう。

 

「……魔法使いの家ってどこも散らかっているものかと」

 

「誰と比較しているのよ」

 

「まったくだぜ」

 

 その散らかっている魔法使いの家の家主が、きれいにしているほうの家主に名の許可を得ずに物をいじっている。

 

「いいのあれ?」

 

「いいのよ、下手な動きをしたらうちの子が「いだあっ!?」……っていう目に会わせるから」

 

廊下の奥の暗がりから魔理沙の悲鳴が上がる。

 

「うん、よくわかった」

 

 特に魔理沙の心配はせず、アリスの案内で別の廊下へと進む。少し歩を進めたあたりで、奥の部屋から香ばしい香りが漂ってきた。

 

「いいにおいがするなぁ。パンかな」

 

「そうよ、今焼いている最中」

 

 突き当りの扉を開けると木製の家具や調度品が並ぶ、温かみのあるダイニングキッチンがあった。左手側に四人掛けのイスとテーブル、右側には立派な石窯オーブンを中心としていろいろな調理設備が設置されている。

 テーブルには耐熱容器や鍋を置くための木製鍋敷きが三つと、十冊ほどの鈴奈庵から貸し出していた本が重ねておいてあった。

 

「代金はいつもの通りでしょ? はいこれ」

 

「毎度」

 

 アリスから手渡された貨幣を受け取り集金用小袋に落とし込む。

 

「あなたっていつもあの貸本屋で働いているの?」

 

「まあメインは鈴奈庵だけど、なければ日雇いでほかの場所に当たる感じだよ。永遠亭とか紅魔館とか」

 

「意外と行き当たりばったりなのね。……永遠亭はともかく、紅魔館で人間のあなたができる仕事は何なのよ。吸血鬼に血でも提供するのかしら」

 

「そんなわけないよ、フランの遊び相手をするだけだ」

 

「……ねえあなた、ほんとにただの人間なの?」

 

「もちろん。ところであのオーブン、いつからパンを焼いているんだ?」

 

 指摘したらアリスが懐中時計を取り出し、「あらもうこんな時間」と呟くとおもむろに木製の取っ手と先端に引っ掛けるかぎ爪がついた鉄の棒を取り出し、石窯のふたを開けた。火はだいぶ収まっているようだが、開けた瞬間熱気が少し離れた僕のほうにまで届いた。

 

「ほらそこどいて、火傷しても知らないわよ」

 

「へいっす」

 

 石窯の熱気にさらされたパンと、パンが並ぶ黒い鉄板が取り出される。鮮やかに茶色く焦げ目がついた様々な形のパンは、香ばしい香りを漂わせている。アリスは僕の脇を通り過ぎるように移動し、テーブルに置かれた鍋敷きに鉄板を載せた。

 

「アリスー! いい加減人形を止めてくれ、さっきからチクチク痛いから!」

 

 都合その作業を三回ほど繰り返し終えたら、廊下につながる扉からランスを持った人形に追われる魔理沙が飛び込んできた。シャンハーイとかホウラーイと言いながら頭やおしりを刺してくる小さな人形たちには少し怖いものがあるが、この家の人形はすべてアリスが手作りの品で、一つ一つ丹精込めて作られていることがよく見ればすぐにわかる。

 『人形を操る程度の能力』を持つアリスにとって文字通り手足のような存在の人形たちは、最初に与えられた命令は変更がない限り行動を継続する。最初の攻撃からここまでの間一切アリスが手を加えていないのは、単に彼女の意地悪が働いているからだ。

 

「いい加減勘弁したら? 別まだ何も物は盗っていっていないわけだしさ」

 

「……それもそうね。はいみんな! 持ち場に戻って」

 

 アリスがパンパンと両手を鳴らして指示を出すと。人形たちはびしっと敬礼してしてからふわふわと飛んで扉の向こうへと消えた。

 

「まったく、乙女の肌はそうやすやすと傷つけていいものじゃないっての」

 

 ずれた魔女帽子を戻しながら、魔理沙が悪態をついた。

 

「手癖が悪い魔法使いには、手ぬるい歓迎だと思うけど?」

 

「歓迎ならもっと星空も見えなくなるぐらいのエレクトロニックなものにしなきゃだめだぜ。私のスペカみたいにさ、アリスも参考にリスペクトしてもいいんだぜ?」

 

 魔理沙のスペルカードは星やレーザーなどを中心とした、「キラキラ」というオノマトペがぴったりな派手なものばかりだ。弾幕ごっこに関して門外漢な僕からしても確かに派手と思うようなものだが、中でも『マスタースパーク』をはじめとする極太レーザーは必見だ。

 

「弾幕は頭脳よ、魔理沙」

 

「弾幕はパワーだぜ、アリス」

 

 ……いつの間にか張り合いに発展している。こうなってくると自然に仲裁役にならざるを得なくなるというのが第三者というものだ。

 

「二人とも焼き立てのパンを前にして言い合いするなんて、パンに無礼だと思わないかい?」

 

「むう……釈然としないけど、その通りね」

 

「じゃあパンに対する無礼の非を詫びるつもりで、さっそく一つ。あっちっち……もぐ」

 

 ロール状に成型したパンを指先でつまみ上げて熱がりながらほおばる魔理沙。

 

「あなたもどうぞ。作りすぎたから、お土産に持たせてあげる」

 

「それじゃあ遠慮なく。じゃあ……これにしようかな」

 

 僕は大きい典型的なキノコの形をしたパンに目星をつけて、熱々のそれを手に持ってかじりつく。表面は香ばしく、中はふわもち触感。お店に出してもいい仕上がりだ。

 

「……うん? おいしいけどなんか不思議な歯ごたえが……」

 

 ふわっともちっとした触感の中に、時々コリコリとした弾力的な歯ごたえがある。

 

「それは魔理沙が焼いたパンよ。何を入れたのよ」

 

「むぐむぐ……それは、これだな」

 

 口を動かしながら魔理沙がスカートのポケットから小さなキノコを取り出した。食べ物をポケットにしまわないでほしい。

 そのキノコは傘がオレンジに黒の斑点という毒々しい色合いの、食べちゃダメと警告しているようなものだった。

 

「……どこかで見たことがあるやつね」

 

「もう飲み込んじゃったんだけど……」

 

「大丈夫だって、ちゃんと食用のやつだから。証拠に……ほら、私が発見したキノコについて書いたノート」

 

 そう言って別のポケットから手帳サイズのノートを取り出し、僕とアリスに放り投げた。

 

「……確かに書いてあるわね。というか、あなたこれ全部一度は食べたの?」

 

「ああ、前に試しにかじったやつがあるんだけどさ、あの後熱は出るは胃のものが全部出るはで一日中地獄を見たぜ。あれは本当にヤバかったな」

 

 あはははーと笑っているが、それは誰もいないところでいつの間にか死にかけているということではないか。

 

「さすがにあれ以降はむやみやたらに味見したりとかはしないようにしてるって」

 

「当り前よ……あら、この下……小さく何か書いてあるわ」

 

「み、見せてくれないかな」

 

 何かを発見したアリス。何か嫌な予感がするので、自分の目で確かめる。

 

「えーっと……『注意!! 斑点のサイズが大きいと、特殊な効果が付与される場合がアリ!!』って書いてあるんだけど……」

 

「「……」」

 

 無言で魔理沙がノートをひったくり、アリスが部屋の奥にある戸棚から何か薬瓶のようなものを掻きまわす。

 

「……おほん、主な効果は異性に対する強烈な発情効果……発情!?」

 

 内容の途中を読んだ魔理沙が両目をひん剥いて間違いないか二度見した。自分が書いたノートだろうにってそんな悠長なことを言っている場合ではない!

 

「通りでどこかで見たような種類だと思ったわ。これ普通に図鑑に載っているやつだもの、確かその名は『シソンハンエイ』」

 

物凄くストレートなネーミングを口にしながら戸棚で未だに解毒剤を捜索するアリス。斑点のサイズが大きいやつなのかどうかは分からないが、解毒剤があるのなら飲めるに越したことはない。

 

「だ、大丈夫だって、食べたって言っても少しだけなんだろ? 仮に効果が出るやつでも、そんなに――」

 

 ぎゅっと、僕から背を向けている魔理沙を後ろから抱きしめる。

 

「お、おい?」

 

「魔理沙……なんだか体が熱くて言う事が聞かないんだけど……」

 

 なんだか今すぐにでも目の前の少女を美味しく頂くべきだと、脳裏でささやく声がする。それも正しいことだと僕も肯定しかかっている。魔理沙の匂い。いい匂いだ。スンスン。

 

「あ、アリス――! 私の貞操を守るために、早く、ファースト、ベリーファースト!!」

 

 アリスの家に魔理沙の悲鳴がこだまする。

 この後アリスが解毒剤を見つけて、半分ほどひん剥かれた魔理沙の上に覆いかぶさる僕に飲ませて事なきを得た。……得たのかな? 事の発端は魔理沙だったので文句は言われつつも僕にはお咎めなしだった。

 




 金髪魔法少女って尊い。


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第三話 今日一番の大物

 執筆作業が乗りに乗った作品。粗削りな部分もあると思いますが、それもまた一興……と思っていただきたい。


 みんみんみん、みんみんみん

 

 渓谷の上にある森から、セミの大合唱が投げかけられている。まだ夏は始まったばかりだというのに、元気なことだ。

そんな中、天から降り注ぐ太陽からの夏の日差しが、容赦なく僕の肌を焼いていく。

 幻想郷にも日焼け止めがあってよかったとつくづく思う。鈴奈庵の仕事は主に歩いての移動が多いため、対策していないと夜に風呂に入る時なんかが地獄になる。今日の仕事はないけど。

 

「うーん……釣れるには釣れるんだけどなあ……」

 

 ちらっと横のバケツを見る。水を張った金属バケツには渓流釣りでの釣果があるが、数はあるがサイズが振るわない。一人で食べるには十分であるが少し不満だった。

 

「あやや、人間のあなたがここで釣りとは」

 

「あれ、文?」

 

 僕が座っている大岩の隣の岩にふんわりと烏天狗の射命丸文が降り立った。黒いスカートに白い半袖シャツという夏スタイルだ。

 

「この辺りは結構野良妖怪が出没するんですがねー」

 

「そこは、ほら、これを持っているからじゃないかな」

 

 ズボンのポケットから紫色のお守りを取り出す。と、取り出した瞬間に何かを感じ取ったようで、文は少々顔をひきつらせた。

 

「あの巫女さんの霊力がひしひしと伝わってきますねぇ……」

 

「弱い妖怪ならこれで追い払えるって。ちなみにこちらの商品のお値段はと言いますと」

 

「体よく宣伝マンになっているじゃないですか」

 

「というのは置いておいて……おっと、またヒット」

 

 ぐいっと竿がしなり、慌てて『霊夢印の妖怪絶許護符』をしまって竿を引く。……が、やっぱりそこまで大きいやつではない。食べる分には申し分ないけど、釣りをするならどうしても一発ドカンとでっかいのを釣りたい。

 

「鮎ですね。すでに何匹か釣れているようで」

 

「今日の夕飯用には十分釣れているんだけどね。もっと釣れたらよかったら何匹かもっていく?」

 

「よろしいんですか?」

 

「このサイズなら二匹もいれば夕食用には十分だし、何なら家まで来て一緒に夕飯を食べていく?」

 

「幻想郷最速の可憐な少女をお誘いですか? 結構大胆なんですねぇ」

 

 わざとらしくウィンクをして茶化す文を尻目に、釣れた魚を針から離してバケツに入れて、竿を振って釣り糸を再び川に投げ入れる。

 

「もー無視しないでくださいよ」

 

「あいにくと女の子を無理に誘うほど肉食系じゃないからね」

 

「ほほう? この間魔理沙さんに働いた狼藉についてはどう釈明するんですか?」

 

「ぶっ!?」

 

 持ってきた竹の水筒から水を飲もうとしたところにこれである。

 

「なんで文がそんなことを知っているんだよ!」

 

「あやや、噂は本当でしたか。カマかけた甲斐がありましたねぇ」

 

 うっふっふと含み笑いをしつつしっかりとメモを取る文。この烏天狗はこういうところがあるもんだから隙を見せられない。

 

「少し前から魔理沙さんがあなたに対して、なんとなく若干怯えているような様子が見受けられましたので、彼女の友人のアリスさんにそこはかとなく聞いてみたんですよ。いやあ、ご本人の口から裏が取れてよかったです」

 

「よし、今度宴会を開くとき文のお酒だけお酢を混ぜることにしよう」

 

「そういう地味な報復はやめていただけませんか?」

 

「あるいは麦茶にめんつゆを……」

 

「あーもうわかりましたから! とりあえず食べ物関連で復讐するのはやめましょうよ!」

 

 もともと記事にしないつもり……いや、文のことだからしそうだから怖い。天狗の新聞はエンターティンメント性が強いからむしろ積極的に採用しそう。ここは確実に口封じするべく根回しが必要だと見た。

 

「鮎何匹欲しい?」

 

「六匹は固いですねぇ」

 

「文ひとりじゃそんなに食べられないよね?」

 

「開いて干せば少しはもつんですよ。炊き込みご飯もいいですねぇ」

 

「む、それは聞き逃せないな」

 

 正直鮎の食べ方は塩焼きぐらいしか思いつかなかったが、バリエーションがあるというならがぜんやる気も出るというもの。

 

「んじゃ俺の分とで十二匹だ!」

 

「おー頑張って下さーい!」

 

 あまり誠意が感じられない文の応援を受けて、気張って竿を握り直す。すると。

 

 ビンッ!

 

「ん、あれ?」

 

「引っ掛かりましたか?」

 

 竿が大きくしなって、糸が張り詰める。俗にいう地球を釣り上げたというやつか、いや違う。

 

「少しずつ動いている……」

 

「という事は、特大のヒットということですか?」

 

「そういうことに……ふんぐぐぐこれは重い!」

 

 両足で踏ん張っているがびくともしない。どうやらかなりの大物がかかったようだ。幻想郷の湖には巨大なナマズとかいるらしいけどここは渓流だ、どんな魚なのか見当がつかない。

 

「ちょ、ちょっと竿折れませんか?」

 

「そこらへんは大丈夫……魔理沙伝いに河童に頼んで作ってもらった妖怪の釣り竿だから。でも重さは何ともならない、文手伝ってーっ!」

 

「しょうがないですねぇ」

 

 ひょいっと岩の間を飛び越えて、僕のすぐ脇へスタンと着地。そして僕の後ろから手を重ねるように竿を握ってくれた。

 同時にむにゅんと好ましい感触が背中に伝わる。お互いに薄着だからダイレクトに熱も伝わってくるが、それはこの季節では暑いだけ、背中の感触も今は釣り竿に集中するべきなのでいったん思考から排除する。

 

「「せーのっ!」」

 

 力を合わせて竿を振り上げる。烏天狗由来の文の怪力もあって、水底から何かがザッパーン! と勢いよく飛び出し、僕たちの上に落下した。

 

「おっと」

 

「うげっ!」

 

 烏天狗由来の反応速度で華麗に避けた文と、釣りあげた勢いで尻餅をついた上に釣り上げた何かの下敷きになる僕。何ともリアクションの差が激しいことか。というか文は密着していたんだから僕を助けてもよかったと思うの。

 そして、僕は自分の体に乗っかるその大物を見た。

 大きなカバンを背負った、緑のキャスケットをかぶり青色髪のツインテールをした女の子。

 

「河童ぁ!?」

 

「悪いかよー!」

 

 吊り上げられた少女、河城にとりは不機嫌度マックスで答えた。

 

 

 

「大体人間が妖怪の山に警戒度ゼロで来ること自体が問題なんだよ」

 

「まあそこは彼ですし。お仕事で来ることもありますからね」

 

「なんだか肌にピリピリ来る霊力も感じるし、潜って警戒した矢先にこれだよ」

 

 文とは別の岩の上でぐちぐち文句を言い続けるにとり。川の中の状況など知るすべがない僕らは彼女が潜んでいたことに気づかないのも当然であったが、被害者本人はそんなこと関係ない。

 

「まーまー、彼が鮎を提供してくださるようですから」

 

「もちろんキュウリもついてくるよね?」

 

 チラッチラッと横目で要求してくるにとり。きゅうりなら新鮮な奴が人里の八百屋で売っているが、むしろキュウリでいいのかと思ってしまう。河童だからいいのか。

 問題は釣果のノルマがまた上がってしまったこと。釣り歴イコール幻想郷居住歴である僕が、一日で十八匹もの釣果を出すことなどできるのか?

 

「ほーらがんばれがんばれ。私たちの夕飯は君にかかっているんだぞー」

 

「もちろん釣れなかったときは先ほどの特ダネが……分かっていますよね?」

 

「すんごいやりづらい……」

 

 なんでこうなってしまったか、僕はただのんびりと釣りをしていただけなのに。

 

「なんならちょちょいとさ、私がその釣り竿に手を加えて効率化してやろうか? それ私が作ったやつだし」

 

「具体的にはどんな機能が付くのかな?」

 

「まず竿が分裂して糸が複数本垂らせるようにするだろ? 釣り針も人間の手みたいな形にして自動追尾するようにして……」

 

「すんません、改造でも魔改造への方向性は無しにしてもらえませんか」

 

 釣りとは釣り人と魚との勝負だ。釣りの道具を最適化するのはともかく、釣りとは何ぞやと疑問がつくような改造はなけなしのプライドが許さない。

 

「そんじゃあじみーな改造だけど、使っている仕掛けをもっとだましやすいものに変えるかな」

 

 そういうとにとりはスカートについている無数のポケットの内の一つから、鮎にそっくりの形をした疑似餌……つまりルアーを取り出した。

 

「それなら今使っているよ」

 

「そんなちゃちなものじゃないさ。川の流れを利用して発電して、こいつが勝手にヒレとかを動かすんだ。何の力も持っていない君でも問題なく使えるよ」

 

「ふーん……よく見れば結構リアルに出来てるなぁ」

 

 さっきから釣り上げている鮎と比較しても、細かな差異はあれど魚を騙すには十分な精巧さだ。

 

「試作品の性能チェックもかねて、一個無料でプレゼントだ。さあ早速試したまえ盟友!!」

 

「タダだっていうのならありがたく貰うよ」

 

 タダより高い物はないというが、試験運用のための提供なら特に請求されるいわれはないだろう。

 ちょうどまた釣れて竿を引き上げたところなので、最初からついているルアーと交換する。

 

「こうしてみると、こっちの疑似餌は随分と雑な作りですねー」

 

「ほっとけ新聞屋」

 

 釣りをし始めたきっかけはほぼ無一文だった時に食糧確保のためにやったことだ。釣り道具を買うお金なんてなかったため、釣り竿を含めてすべて手作りしたのだ。今では竿はこうして新しいものと交換したが、ルアーは当時のものをそのまま使っている。

 そんなこんなで付け替えが完了し、心機一転して竿を振る。

 

「どうですか、もう釣れました?」

 

「まだ入れたばっかだよ。っていうか二人ともどっから将棋盤を出したの?」

 

 二人は川の岸辺の方に移動して将棋を指し始めていた。もう飽きたな。

 

「むっ……早速ヒットが……おおっ?」

 

 またもやズシンと釣り竿に重さが加わる。根掛かりではなく、しかも今度はかなり動きが激しい。

 

「おお? 河童ではないねぇ」

 

「これはひょっとして本当に来たんじゃないですか?」

 

「さ、さっきより重いいぃ……」

 

 にとりの時の大物度が十とすれば、今度は十三といったところか。さっきでも文の助力がなければ持ち上げられなかったのに、これは本格的に川の主とかでも釣れたのではないだろうか?

 

「へ、ヘルプ二人とも……」

 

「今いいところなんで後にしてもらえますか?」

 

「こっちも今忙しいから別の人に頼んでおくれよ」

 

「二人とも僕に夕飯を預けたとか言ってなかったっけ!?」

 

 何とドライな妖怪たちだろうか。本気でご相伴を預かろうという気があるのか疑いたくなる。

 

「しょうがないなぁ君は。ほいほいほいっと」

 

 するとにとりがやれやれと肩をすくませながらカバンから何か機械のようなものを次々に射出させた。それらは次々に僕の手足に装着され、最終的に人間に合わせた骨格のような形状になる。

 

「えーっとこれは?」

 

「『にとり印のやせっぽちな自分ともおさらばスーツ』さ! これで今の君の筋力は通常の三倍となる!」

 

「ネーミングどうにかならなかったの? というか詳しいメカニズムは!?」

 

「気にするな若者。ロマンというものは多少のごり押しがものをいう世界なのさ」

 

「ほらほら、逃げちゃいますよ?」

 

「理解できないけど理解するしかなーい!!」

 

 唸れ、マイ筋肉。にとりのアシストスーツの加護を受けて、剣道時代と幻想郷で培った体力を存分に発揮するのだ!

 

「うおぉぉおおおお!!」

 

 ドバァーン!!

 

 渾身の力を込めて竿を振り上げると、太い水柱が上がり、ついに川面から釣り上げることに成功した。

 

「やりましたか!?」

 

「それは言っちゃだめだよ文さん」

 

 水柱も収まり、糸の先で引っ掛かっている大物を見た。

 

 ぴちぴちと動かす大きな尾びれに、青い鱗。それが下半分の特徴。上半分は随所にフリルがあしらわれた深緑色の和装で、ヒレ耳の少女がいた。

 

「「「人魚だーー!!」」」

 

「私ですーっ!?」

 

 服の襟の部分にルアーをひっかけたわかさぎ姫が、両手に鮎がいっぱい入った網を持ってぶら下がっていた。

 その後、なんやかんやあって彼女から鮎を大量ゲットしたのはまた別の話。ボーナスポイントをゲットした気分だった。

 




 三千文字ぐらいのライトなお話にしたいのにどうしても超えてしまう……。


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第四話 夏の日氷上デットヒート

 オチもネタ性も弱い回。むしろ強烈なオチをつくのが難しい……。


 幻想郷には『霧の湖』と呼ばれる場所がある。文字通り霧がかかっていることが多い湖で、その中央には小さな孤島があり、そこには赤い洋館がある。

 その洋館がある小島のほとりは今、夏真っ盛りだというのに巨大な氷のスケートリンクが出来上がっていた。

 

「どうだみたかアタイの力! こんな暑い日でも全く溶けない氷を作り出せるなんて、アタイったら最強ね!」

 

 氷を張った張本人が、湖面に張った氷のど真ん中で仁王立ちしながらドヤ顔でふんぞり返っていた。背中に氷の結晶を羽のようにはやした、青いワンピースを着た女の子である。

 

「ね、ねえチルノちゃん、あの洋館の人に怒られたりしないかなぁ」

 

「へーきだって大ちゃん! あのおにーさんがやってくれって言ったんだから! えっと……セキニンカンテン? をすればいいんだよ!」

 

 氷の妖精チルノと大妖精(大ちゃん)の二人から少し離れた湖畔にて、僕が今しがた氷漬けにされた湖面の上でジャンプをして、強度を確かめていた。ちなみに責任転嫁ね。

 

「まさか『涼みたいなー』って言ったらこうなるなんてなー」

 

 幻想郷は季節がはっきりと感じられる気候だ。夏はバッチリ暑いし冬はカッチリ凍るほど寒い。今日も相変わらずうんざりした暑さの中、家の中で蒸し焼きになるのも嫌だったので、湖畔の木陰で涼むことに決めたのが昼飯を食べた後のこと。

 そうして霧の湖に来たわけだが、コッソリ用意したボートで湖を移動中に上からあの二人に声をかけられたのだ。

 相変わらずのおてんばぶりを見せるチルノと、それを押しとどめる大ちゃんというコンビはいつ見ても和むものがある。そんな中、チルノの周りはエアコンが効いているかのように涼しいことに気づいた。

 

「我ながら名案だと思ったけど……後で紅魔館メンバーに怒られないかな」

 

 氷の妖精だから氷を出してもらえればいい! そう思った僕は早速チルノを持ち上げるような感じでお願いした。

 そうしたら調子に乗りすぎたチルノは、あろうことか湖の一部をそのまま凍らせて広大な氷原を作り出してしまったのだ。確かに涼しいが、おかげでボートが浮いたまま凍ってしまった。今は岸から数十メートル離れた位置に放置されている。

 

「……溶けるまで待つしかないか」

 

 これだけ大きいといつ溶けるかわかったものじゃないが、夏の日差しにお願いするしかない。

 

「どうだ、涼しくなったろー」

 

 氷の上を氷で作ったスケートブーツで滑りながらチルノが言う。確かに涼しい。打ち水なんか目じゃないくらいだ。

 

「ちょっとそこの、何か楽しそうなことをしているわね!」

 

「これだけ大胆に氷漬け……わたしの目からはごまかせないわ」

 

「何を企んでいるのかは知らないけど……とにかく」

 

「「「私たちも涼みに来たわ!!」」」

 

 バアアアン!! といきなり背後の森から現れてキメポーズをとったのは妖精三人組。サニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルドらチビッ子たちだ。

 

「……何してんの?」

 

「いきなり冷気を感じ取れば、こんなにでっかい氷が張ってるじゃない!」

 

「やるべきことは一つです」

 

「スケートブーツ、あの洋館から持ってきたの」

 

 三人がそれぞれ自分に合うサイズのブーツを取り出し、いそいそと履き始める。というか館から勝手に持ってきたのか。あそこの住民に知られたらただじゃすまないだろう。

 まあそういった悪戯は妖精の基本論理に組み込まれているから扱いは慣れているだろう。あそこは妖精メイドもいっぱいいるし。

 

「ふっ……このアタイに挑戦しようとするおバカさんが現れたようね」

 

 チルノが普段の頭の弱さを感じさせない滑りで近づいてピタリと停止すると、不敵なまなざしを三妖精に向けた。ちなみに大ちゃんは最初に降り立った場所からほとんど動けずに転びまくっている。

 

「なによ、おバカさんなのはあなたの方じゃない!」

 

「バカって言ったほうがバカなんだよー!」

 

「言ったわねこのバカ!」

 

 途端にサニーとチルノが極端に低レベルな言い合いに発展した。

 

「これは競争が始まるかな」

 

「ちょうどいい決闘場ありますし」

 

「もちろん私たちも参加するわ」

 

 かくして夏の氷上スケートレースが開催される運びとなった。

 

 

 

 コースは凍らせた面の外側を一周。参加者はチルノと光の三妖精の計四名だった。僕? スケート靴持ってないし経験ないからパス。同じく大ちゃんもパスで、お互い湖の真ん中で凍って動かなくなったボートに乗り込んで観戦することにした。ちょうどコースの中央の位置取りだったので都合がいい。

 

「い、いきますよー」

 

 大ちゃんが爆発性弾幕を作って保持する。これを打ち上げて空中で爆発した時がスタートの合図だ。

 

「アタイのスピードに追い付くことなんてできないよ!」

 

「氷上が自分の土俵だって思い込んでいるその面に、悔し涙流させてやるんだから!」

 

「一人じゃだめでも三人なら……!」

 

「これって個人戦よね? 一応……まあ助け合うけど」

 

 なんだろうこの光景。ゲームとかでもレースでみんながまず最初に何かしらセリフを吐いていくこの感じ。絶対だれかコースアウトするでしょ。

 

「位置について、よーい……」

 

 パーーン!

 

 パッと上空に弾幕を打ち上げて、0.5秒後に破裂する。四人が一斉にスタートした。

 

「さあ始まりました、突発的に始まった霧の湖スケート選手権。実況はしがない外来の一般人である僕と」

 

「だ、大妖精です、よろしくお願いします。ところで、なんで実況風なんですか?」

 

「レースだったらこうしたら雰囲気出るかなーって」

 

「そ、そうなんですね。あ、チルノちゃんが一番に飛び出した!」

 

 スタートダッシュを決めたのは今回スケートリンクを作ったチルノだ。やはりというべきか、氷の妖精は氷の上では早い。

 

「対する他の三人は……あっ、サニーがずっこけて、その両隣にいた二人を掴んでまとめて転倒した!」

 

 練習もなにもないままで滑ろうとしたからこうなるのだ。これではチルノが独走状態で勝負にならない。

 

「あれっ、チルノが止まった」

 

「うーん……どうやら調子に乗ってあの三人を笑っていますね」

 

 実力では確かにチルノが上なのは間違いないが、そうやって油断しているのは世間でいう『フラグ』に相当する。

 さて、ずっこけ三妖精は頭にこぶを作りながらも、お互いがしっかりつかんで一緒に滑ろうとしている。フォローし合って、今度はかろうじて滑れている。

 

「チルノちゃん、差が開きすぎたからその場でクルクルターンし始めてる……」

 

「まだコースの半分も滑っていないのに、もう自分の勝ちを確信しているなぁ」

 

 大人と子供ぐらいの実力差であるが、ここは幻想郷。逆転する手段なんていくらでもあるものだ。

 チルノの態度にむかついた三妖精たちが、チルノに向かって弾幕を発射した。

 

「「あ」」

 

 そのうちの一発が見事にチルノの頭にクリーンヒット。ほげーっ! と変な悲鳴を上げて、回転した勢いのまま吹っ飛んで倒れた。

 ルールは特に決めておらず、ただ先にゴールした人が勝ち。そんな条件にすれば早々にこうなることは予想出来ていたが、弾幕ごっこなど日常茶飯事。油断したほうが悪い。

 

「チ、チルノちゃん大丈夫かな?」

 

「のびてるな」

 

 当たってもちょっと痛い程度の弾幕。頭に受けても怪我することはないが、これは大きなタイムロスだ。その隙に三人がチルノの脇を通り過ぎていく。

 

「あっ、三人が姿を消した」

 

「サニーさんの『光を屈折する程度の能力』ですね。混乱させる狙いがあるのでしょうか」

 

「うーん、三人のことだから、ここから悪戯しようって魂胆じゃないかな」

 

 あれだけせせら笑われたのだ、弾幕を一発あてた程度で満足するはずがない。

 

 チルノは弾幕が当たって赤くなった額をさすりながら起き上がって辺りを見渡すが、やはり三人の姿が消えたことで混乱しているようだ。

 するとチルノのスカートを、見えなくなった三人の内誰かが掴んでそのまま引っ張り始めた。

 

「チルノちゃん後ろ向きに引っ張られてる……」

 

「身動き取れないよなあれ。向かう先はやっぱりコース外」

 

 じたばた暴れながらもジリジリと氷の縁へ移動させられるチルノ。さすがに三対一では人数が多いほうが有利である。

 そして、とうとうチルノはリンクの端までたどり着いてしまい、次の瞬間には水の上に投げ出された。

 ドッボーンと小さな水しぶきが上がる。同時に能力を解除したらしく、三人が笑いながら走り去っていった。

 

「チルノ選手、ご立腹のようです」

 

「びしょびしょになって……あっ、スペルカードを取り出して宣言を……!」

 

 氷の端をよじ登ったチルノは、ずぶ濡れのままスペルカード宣言。こっちまではっきりと聞こえる声量で「『氷符:アイシクルフォール』!!」と叫んで、スペカを発動させた。

 ……ん、あれ。僕達から見て、ちょうどチルノの反対側に三妖精がいるから……。

 

「わわわわわ!? こっちに飛んできた!」

 

「流れ弾どころじゃない!」

 

 当然、その射線上にいる僕らはひとたまりもない。氷の弾幕が押し寄せてきたのでボートの陰に隠れる。

 

「こらーっ! 観客を巻き込むなーっ!」

 

 しかし大層ご立腹なチルノはそんなことはお構いなしだ。スペルカードの力がある限り、弾幕をばらまいていく。

 実力差で言ったら、サニーら三人組とチルノだったらチルノのほうが強い。光の三妖精たちに弾幕が襲い掛かり、多数被弾して尻餅をついたりと転倒した。

 

「さあ面白くなってきました。ちなみに空を飛ぶのだけはNGです」

 

「いつ決めたんですか?」

 

「今だよ?」

 

 白熱した戦いをよそに気が抜けた実況を続ける。一応言っておくけど観客は僕たち二人しかいない。

 チルノが再び滑り出して加速する。たぶん次からはその場で止まって笑うとかはしないだろう。……たぶん。

 

「転んでしまいましたがゴールは目の前の三妖精。しかしそれを追いかけるチルノ選手」

 

「えーっと……チルノちゃん頑張って!」

 

 徐々に滑ることに慣れてきた三妖精とそれを追うチルノ。ここにきてようやくまともなレース展開になってきた。

 

「うーんデットヒートだなー」

 

 ここまで来たら三人がゴールラインに入るか、その前にチルノが追い抜くかの勝負だ。三妖精がゴールまでの距離十メートルを切る。

 そして距離五メートルのところでチルノが三人に並び――その集団に上から無数のナイフが降り注いだ。

 正確にはその目の前、ちょうどゴールラインとして縦に傷つけた線に正確に次々と突き刺さる。驚いた四人は当然急ブレーキをして、もみくちゃになって盛大に転んだ。

 

「ナ、ナイフ?」

 

「でも投げた人はどこにも……」

 

 幻想郷でナイフ使いとくれば、思い当たるのは一人だけ。

 

「こんにちは二人とも、ここは涼しいわね」

 

 いきなり後ろから声をかけられたため、少し飛び上がりながら振り返る。大ちゃんも同じ反応だ。

 そこにいたのは紅魔館のメイド長。銀髪に青と白の色合いのメイド服を着た、『十六夜咲夜』であった。ボートの端に立っているため下から見上げている都合上、スカート中が見えそうで危なっかしい。

 

「あなた、今とても不埒なことを考えていたでしょう?」

 

「何のことかわからないなぁ」

 

「……まあいいわ。用があるのはあそこの妖精だから。お嬢様の練習用スケート靴を盗み出すなんて手癖の悪い妖精たちには、お仕置きが必要だから」

 

 うふふふと怖い笑みを浮かべる咲夜。ターゲットにされなくてほっとしたというか……お仕置きをされる四人に合掌。主人が好きすぎるのも大概だなぁ。

 

「あら? なんだか自分は関係ないですって顔をしているけど、あなたも後で館にきてもらうわよ。お嬢様がお呼びだから」

 

「なんで?」

 

「試したいとか言っていたわ。あなたに相応しいことをね」

 

 あの館の主が試したいとか、ろくでもない内容に違いない。今日自分が生き残れるように祈りながら、戦々恐々している妖精たちに飛んで近づいていく咲夜を眺めるのだった。

 




 三妖精の口調がよくわからずセリフが少なめに。性格の差を出すのに苦慮した回でした。


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第五話 試作品は何の味?

 祝、お気に入り登録十人突破!!
 つたない文章でも気に入ってくれる方がいて、トマトに反逆したい派はとてもうれしいです。これからもよろしくお願いいたします。
 ちなみにナポリタンっておいしいよね。


 前回のあらすじ! 僕が涼みたいというお願いに応えたチルノが作ったスケートリンクでレースをした! (僕は不参加)以上。

 咲夜がスケート遊びをしていた妖精たちからスケート靴を回収した後、彼女の案内で悪魔の住む屋敷、『紅魔館』に訪れた僕。相変わらず目が悪くなりそうな色をしていると思いつつ、屋敷の主人がいるという庭に面した二階のテラスに案内される。

 

「来たわね?」

 

 パラソル付きテーブルの下でこの屋敷の主人、レミリア・スカーレットが捉えどころのない笑みで迎えた。

 

「お呼びにあずかりまして光栄です。ところでなんで僕の場所が分かったのかな?」

 

 挨拶だけは丁寧に。館の主というだけであってとても高貴な雰囲気を漂わせているが、気まぐれ度具合はほかの少女と変わらないことを知っている。

 

「ふふ、今日は館の近くに来るという運命を見たのよ。で、私の私物が盗まれたものだから、捜索ついでに咲夜を遣わせたのよ」

 

「一般人Aの僕に、何の用なのかな」

 

「そうね、長い前置きをするほどのでもないから……咲夜、持ってきて」

 

「かしこまりました。こちらになります」

 

 ほんの一瞬だけ消えたかと思うと、瞬きすらしない間にテーブルの上にケーキスタンドとその上に置かれた多種多様な洋菓子、さらにティーセット一式が現れた。いいなあ『時を操る程度の能力』。なんで僕は何も持っていないんだろう。

 

「お茶会の誘い? 試したいことがあるって、聞いたんだけど……」

 

「もちろんただの茶会ではないわ。ただの人間のあなただからこそできることを、してもらいたくてね」

 

 三段重ねのケーキスタンドから、咲夜が一つずつケーキを取り分ける。レミリアにはこの季節仕入れるのが難しいイチゴをふんだんにあしらったタルトケーキ

 そして僕には、様々な種類のベリーで作られたソースがかかったレアチーズケーキだ。ケーキ本体も少し赤みかかっている。

 

「今から、私が考案したケーキをあなたに試食してもらいたいのよ」

 

「ケーキを、レミリアが?」

 

 そんなことなら館の住民とかほかの知り合いに言えば済む話では。と思ったところ、予想したよう彼女が補足を入れた。

 

「今回の主題は、『吸血鬼が好むもので作る人間用ケーキ』を作ること。うちの妖精メイドは咲夜が作ったものなら何でもおいしいって言ってあまり参考にならないし、霊夢や魔理沙を呼びつけることも考えたけど、適当な感想しか言わなさそうで……」

 

「咲夜がいるじゃないか。純度百パーセントの人間が」

 

「これは私が考案したケーキなのよ? 食べさせてみたけど、『お嬢様発案ならおいしくて当然です!』ってなってあまり参考にならなかったわ」

 

「だってお嬢様ですから」

 

「「理由になっていない」」

 

 まあ要するに、一般人だからこそ最適の実験体だということだ。味覚は世間のものとそんなにずれていないと思うし、レミリアの気まぐれはいつものことだ。ケーキをタダで食べさせてもらえるのなら喜んで請け合おうと思う。

 

「……ん、でも吸血鬼が好きってことは、レミリアの好物ってことかい?」

 

「ええそうよ」

 

「ちなみに一番好きなものは?」

 

「生きた人間の血液。若くて体力があるのがいいわ。B型だったら文句なし」

 

「すんません、やっぱりキャンセルでお願いします」

 

 さすがに他人の血液入りケーキを食べたいとは思わない。

 

「判断するのは早いわ。まずそこのケーキを味わいなさい」

 

「血入りは嫌なんだけど……ん、これは!」

 

 ちょっぴりフォークで切り取って食べてびっくり、ブルーベリーソースとチーズケーキの相性は抜群であることは知っていたが、これはそれ以外のブドウさがある。

 

「これにはチーズにワインを混ぜているの。アルコールは飛ばしているわ」

 

「なるほどねぇ。確かにレミリアはよく飲むもんな」

 

 吸血鬼が好むものは血と葡萄酒。以前から持っていた吸血鬼のイメージから離れていない。

 

「私をウワバミみたいに言わないでよ」

 

「誰もそんなこと思ってないって」

 

 でも吸血“鬼”だから、実際に酒類には相当強いと思う。レミリアじゃないけど、前に『博麗神社』の宴会で現れた鬼が飲み比べをしようといった時に誰もが避けていたし。

 

「それにしても……味はおいしいけど、やっぱりソースと風味が被っちゃうな。でも洋酒入りケーキってチョコレート系にも使われるから、そっちで試してもいいんじゃないかな?」

 

「なるほどね……見た目は気に入っているのだけれど。でもいいアドバイスね」

 

 イチゴタルトケーキを小さく切り取って頬張るレミリア。外見もあって、嬉しそうに食べている姿は五百年生きていることを感じさせない。

 

「じゃあ次ね。咲夜」

 

「では、こちらですね」

 

 咲夜が新しい皿に別のケーキをのせて提供した。さっきのケーキ、まだ半分も食べていないんだけど。

 

「あと二つもあるのに、早々に腹を膨らませたら味が分からなくなるでしょう?」

 

「うーん、じゃあ後で残りも貰うという事で」

 

 そう言って二番目のケーキを見る。見た感じは茶色いシンプルなロールケーキだ。クリームには何かの豆の皮のようなものが見える。

 

「小豆入りロールケーキ?」

 

「ふっ……その程度の予想しかできないのならまだまだね」

 

 口角を上げてあざ笑うレミリア。なんだか腹が立つが、このまま眺めていても始まらないので、フォークで切ってパクリと一口。

 

「こ、これは……!」

 

「どう? これは自信作よ」

 

 入っていたのは豆類で間違いない。だが小豆ではない、大豆だ。それも発酵した。すなわち納豆。

 

「……レミリアは食べたことある?」

 

「まだよ、この後食べようかと思っていたの。咲夜は……まあ震えながらおいしいって言ってたけど」

 

 咲夜のその反応は、恐らく素と忠誠心が足して二で割ったものだろう。

率直に言って、物凄く変な味だ。ケーキというデザートタイムには納豆特有の臭いはすごく場違いと思える。よく噛んだら粘り気も感じられるし、素材を生かしつつとかいうあれじゃない、素材がケーキを殺しに来ている。

 納豆に出汁醤油ではなく砂糖を入れる人がいるとは聞いたことはあるが、少なくとも生クリームを入れる人間はこの世にいないだろう。それを試した結果がこれだよ!

 

「こ、個性的で好みが分かれると思うけど。僕は納豆だったらしょっぱい系がいいなぁ」

 

「ふぅん? 確かに私も出汁醤油が好きだわ。今度クリームに混ぜてもらおうかしら」

 

 傷つけないようにフォローをしたつもりだったが、また変な方向性を与えてしまったのかもしれない……第一味見役咲夜、頑張ってくれ。

 

「じゃあ最後ね。これはね、私が作ったのよ? だから光栄に思いながら完食しなさい」

 

 さっき全部食べるなといったのにこれだ。まあレミリアらしいと言えばらしいか。

 

「……頑張ってくださいね」

 

「えっ?」

 

 ケーキを取り分けるときに口の動きだけで咲夜がそう言った、気がする。先ほど自分が心の中で言ったセリフがそのまま飛び出して少し驚く。

そしてその意味は、目の前のケーキを見た瞬間に発覚した。

 

「……えーっと、これって何ケーキ?」

 

「『赤い悪魔特製のショートケーキ』よ。何が入っているのかは、あなたが食べて判断しなさい」

 

 一瞬ガトーショコラ? と思っていた疑問が、ショートケーキという前提によって謎の黒い物体エックスへと変貌した。

 まず、黒い。イカ墨でも入っているんじゃないかというほど黒い。そして臭い。香ばしいを通り越して、ぶっちゃけ焦げてる。まさか中まで同じ感じになっているのではないか? 何時間焼いたんだろう。

 それがホールケーキでよくある切り分け方の形になっていなければ、まずケーキだとも、いや、試食品と言われていなければ食品とも思えない存在だった。これがダークマター。その製造者がレミリアだったなんて。一般高校生悲しいです。面倒くさい妹のような感覚で接していただけにより悲しい。

 

「どうしたの? 早く食べなさいよ」

 

 咲夜見ていたんじゃないのぉ!? という視線を向けたが、彼女にしては珍しくレミリアの死角から本気でペコペコ謝っていた。これ、完全にレミリアの独断だな。

 

「気まぐれに作ってみたにしては、なかなかよくできたと思うの」

 

「そうなんだ」

 

 そうなんだじゃないよ僕! どこを見たらよくできたと思えるの? ショートケーキがガトーショコラ似の物体エックスになっている時点ですでに大失敗だよ!

 というかレミリアはあの様子だと味見とかはしてない様子だ。メシマズ料理人の多くは、自分で味見をしないと言われているが、見事その基準をクリアしてしまっている。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 いったん提供された紅茶を飲んで口の中をさっぱりさせる。あっ、ミントティーだ。咲夜にしては珍しくまともな紅茶を入れてくれた。

 そんなつかの間の現実逃避をしつつ、フォークでケーキを切り取る。うわっ、この世の手触りすべてを濃縮したような手触り。何を言っているかわからねーと思うが僕もさっぱりわからねぇ。

 

「……もぐ」

 

 意を決して一口。なんだこれ、砂? いやガム? 野菜みたいな繊維もある。触感のオンパレードだーってやかましいわ。

 そして味、味はというと――。

 

「……ちょっとどうしたの? さっきから固まって。おいしいですの咲夜みたいな反応ね。何を食べてもおいしいって感想は参考にならないって――ちょっと!?」

 

 追記、僕の意識はここで途絶えた。

あとから語った咲夜はというと、「天に召される直前の微笑みとは、まさにこのことね」と称した。

 




 レミリアが何を入れたのかは本人しか知らない……。


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第六話 作ってみよう魔法薬

 なかなかネタが思いつかないものですなぁ。


 幻想郷には様々な『力』がある。霊力、魔力、妖力、法力、神力、エトセトラ。大抵実力者はそれらの一つないし二つ以上持っている場合があるが、あいにくと僕は何一つ持っていない。

 とはいえ持ってない、とは使えないというわけではない。代用品を用いればそれに類似した現象を起こすことが可能だ。

 今回はその道具の中でも極めてシンプルな魔法薬を作ることにした。文字通り魔力を含んだ薬である。

 

「というわけで魔理沙先生。よろしくお願いします」

 

「お前って都合がいい時には敬語になるのな」

 

 夏のセミも寄り付かない魔法の森にある霧雨魔法店。魔理沙の自宅兼仕事場だ。いわゆる何でも屋の類で、依頼人の願いを聞いてくれるらしい。

 で、僕はそこに目をつけて、魔法薬も作っているというから彼女に頼んで体験させてもらおうという事にしたのだ。いつも通り暇つぶしである。

 

「まあいいぜ、人手が多いと作るのも楽だしな」

 

 ソファに座った魔理沙が立ち上がり、家の奥に案内する。

 人が住んでいないと思えるぐらいの散らかりようの中、魔理沙の工房にたどり着いた。

 

「ザ、魔法使いっていう感じの部屋だね」

 

「あまり余計なものに触るんじゃないぜ?」

 

「触ったらまずいことになるのかな?」

 

「いや、私が置いたやつだから勝手に動かされるのは困るってだけだ」

 

 典型的な片づけられない人の言い訳を聞きつつ、カーテンを閉め切った窓際にあるテーブルまで移動した。フラスコやらメスシリンダーやらアルコールランプやらが置かれたテーブル。ちょっと幻想入りする前のころを思い出す。

 

「さて、お前は初心者だからな。作る魔法薬も初級ってところだな」

 

「魔理沙ちゃん今日は何を作るの?」

 

「いきなりちゃんづけで呼ぶな! お前のノリって時々分からなくなるぜ」

 

 高校生成分が抜けきっていないものだから。こういうノリはむしろ自然だと思うんだけどね。

 

「今日はこのキノコから魔力を抽出して、何種類かの薬草と混ぜ合わせてビン詰めにするぜ」

 

「使うとどんな効果が?」

 

「胃腸を整える」

 

 それって漢方と一緒では? と思ったが口には出さない。魔法なんぞ門外漢な僕からすればそう見えるだけで、実際は魔理沙の助力無しではその作業すら僕はおぼつかない。

 

「じゃあまず水とそこの籠のキノコを一緒に入れてくれ。一番でっかいフラスコにな。私は火を着ける準備をするぜ」

 

「はいよ」

 

 言われておぼろげに光る青色のキノコをポポイとフラスコの中に放り込む。魔法の森に生えるキノコは魔力の触媒として適しているし、ただ煮だすだけで薬にもなる。魔力を含んでいる薬だから、これもりっぱな魔法薬だ。

 

「あー……まいったな、ミニ八卦炉今修理に出しているんだった。マッチマッチ……」

 

「魔理沙、水ってどこに? 蛇口部屋にないんだけど」

 

「外に井戸があるから木桶で汲んできてくれ」

 

 部屋の隅に転がっていた埃かぶった木桶を持ち出し、工房から外に直接出られる扉から出て井戸を目指す。魔理沙邸の庭は、薬の材料のために奇妙な薬草が何十種類も栽培されている。中には近づくと噛みついてくるハエトリソウみたいなものまであるので、素人が歩くのは危険だ。僕はこの庭を何度も通って貸本の回収や配達のアルバイトをしているため歩きなれているが、油断していると毒液を吹きかけられるのでたまったものではない。

 

「よっと」

 

 井戸汲みなんて幻想郷に来る前は一度もやったことなかったなーと感慨深く思いながら、取っ手にロープがついたバケツを投げ入れる。屋根がついた井戸には天井に滑車がついており、それを利用することで力を入れやすくなり引き上げやすい。素の身体能力は同年代の少女と変わらない魔理沙は、こういった工夫が至る所に施されている。

 

「おや、君がここに居るとは思わなかったよ」

 

「あれ、霖之助さんじゃないですか」

 

 庭と外を隔てる柵の向こう側から、慣れ親しんだ道具屋の店主、『香霖堂』の森近霖之助が声をかけた。

 

「魔理沙にこき使われているのかな?」

 

「半分は当たりかな。自分が薬作りを体験したいって言ったもんだから。霖之助さんこそなぜここに?」

 

「魔理沙に注文されていたものが終わったからね、近くに来るついでに寄ったのさ。彼女は中かい?」

 

「そこの工房ですよ」

 

 ありがとうと軽くお礼を言った霖之助は、僕以上に慣れた足取りで薬草畑をすり抜けて家の中に入っていった。

 水をくみ上げた僕も、重い木桶を持って中に戻る。

 

「やっぱりこれがなきゃ生活が成り立たないぜ。火力調節にもってこいだから――おっ戻ったな」

 

「ミニ八卦炉、確かに渡したよ。じゃあ僕はこれで」

 

「おう、ありがとなー」

 

 八角柱型の道具を渡した霖之助は会話もそこそこに、僕の脇を通り過ぎてそそくさと帰ってしまった。

 

「もっといればよかったのに」

 

「私としては、物珍しいもんを持っていかれる心配がなくてほっとしたけどな」

 

 霖之助も魔理沙ほどではないが蒐集癖がある。『無縁塚』と呼ばれる危険地帯まで行って中古品を探しているほどだ。

 

「さて、マッチを探す手間が省けたところで、さっさと水を入れて煮込むぜ」

 

「了解」

 

 僕が柄杓を使って水を注ぎ入れる間、今度は魔理沙が別の机のものをまとめて押しのけて、ざるに乗った薬草数種類と乳鉢二つをどさどさと置いた。

 

「終わったらこいつで火をかけて、今度は薬草をすりつぶすぜ」

 

 魔理沙が先ほど受け取ったミニ八卦炉を取り出して、大きなフラスコの下にセットする。

 

「分かった。……魔法って、案外地味なんだね」

 

「逆に何を想像していたんだ?」

 

 イメージとしては、手のひらから光の粒子をキラキラと水に溶け込ませて作るみたいな。それは別の意味で古いか

 

「むしろ材料を何種類も放り込むのは魔女らしいか」

 

「私は魔女じゃなくて、普通の魔法使いだけどな!」

 

 なぜかそこは譲らない魔理沙。こだわりというのは他人にはよくわからないものである。

 

「よし、お前はこっちな。今日は量が多いから二人掛かりでやらないと」

 

「確かに。では早速」

 

 乾燥させた薬草何枚かを乳鉢に入れて、乳棒ですりつぶす。ただそれだけ。その作業を薬草がなくなり、キノコの抽出が終わるまで続く。

 

「……」

 

「……」

 

 ごりごりごり、ごりごりごり

 

 ……やっぱり薬草をすりつぶすだけだから会話が成り立たない! 魔理沙が静かだとこうも普段と空気が違うのか。

 というか、魔理沙ってちゃんと静かな時があるんだ。普段本を読んでいる時ですらなんか喋っているイメージだけど、こうしてみると雰囲気が違う気がする。慣れているだけかもしれないが、地味な作業にも文句を一つも言わずに自分から進んでやっているし、案外努力家だったりするのだろうか。

 

「ん、どうした? 手が止まってるぜ」

 

「あー……えっと、前にアリスの家で起きたこと、しっかりと謝っていなかったなと」

 

 すりつぶす動きを再開し、とっさに思い付いた言い訳をかます。魔理沙が勝手に混ぜたキノコのせいとはいえ、年下である彼女を襲ってしまったのだ。あの出来事は自分でも若干黒歴史となりつつあるが、あの場にいた二人は僕に非はないと言ってくれた。

 でもだからと言って、あの後もしばらく怯えさせるようなことをしたのは事実だ。言い訳を利用するのは心苦しいが、この場で謝りたい。

 

「あー、あのことな。あの後確かに私もいろいろ言ったけど、結局私の注意不足ってだけだからさ。気にすんな」

 

「そうはいっても、一度ちゃんと謝罪がしたいんだ」

 

ごりごりごり、ごりごりごり

 

「私が気にすんなって言っているんだぜ? お前がいつまでも心に根っこが絡みついてついているみたいに思わなくってもいいんだって」

 

「謝罪は世の中を渡るのに必須スキルだからさ、自分でも白黒はっきりつけたいんだよ」

 

 ごりごりごり、すりすりすり

 

「だーもう、面倒くさいやつだなお前は!」

 

「魔理沙こそ、いい加減謝られてほしいんだけどなあ!」

 

 会話の途中で薬草が完全に粉になったので、新しく入れようとざるに手を伸ばす。そしたら。

 

「「うわっと!」」

 

 魔理沙も同じタイミングで腕を伸ばして、偶然お互いの手が触れあった。反射的に互いに手を引っ込める。

 

「ご、ごめん」

 

「ちょ、ちょっと驚いただけだ……あっ」

 

 お互い顔を赤くしつつも、魔理沙が何かに気づいた。

 

「どうしたの?」

 

「今、謝ったよな」

 

「……あー」

 

 うっし! となぜかガッツポーズを作る魔理沙。何か勝利したような気分でいるらしいが、謝られたのだからむしろ負けでは?

 

「ま、いいか」

 

 そんな無粋なツッコミは無しにしよう。なんだかとてもいい気分だ。

 

「よし、それじゃあ用意した瓶にすりつぶしたやつを、このスプーンで一杯分入れてくれ! 私はキノコの煮汁を魔法で冷ますからな!」

 

 そう言ってフラスコに魔法をかける魔理沙も、どこか嬉しそうな表情だった。

 




 回ごとにキャラクターの性格が変わっていたらごめんなさい。


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第七話 冥界お料理選手権

 あんまり展開の抑揚が少ない回。本当に日常の一幕を切り取ったっていう感じ。


 

「あのーなぜ僕はここに居るのでしょう?」

 

 開幕第一声がこれで失礼。でも本当にそれしかいうことが見つからない。

 場所は分かる。スキマ妖怪の気まぐれで何度かここに落とされたことがあるし、その時に場所の名前も聞かされたからだ。

 その名も『白玉楼』。『冥界』と呼ばれる幽霊があちこちに漂う場所に存在する和風の建物で、ここには実質冥界の管理者ともいえる亡霊が住んでいる。ちなみに幽霊と亡霊の差だけど、実体を持った人間の姿をしているのが亡霊らしい。

 で、その屋敷の主人が、目の前の縁側で佇みながら、にこにこして僕を見つめていた。

 

「お久しぶりねー。私のことを覚えているかしらー」

 

 気の抜けるおっとりボイス持つ彼女の名前を忘れるわけがない。『西行寺幽々子』。『死を操る程度の能力』を持つ亡霊姫という、聞いただけなら物騒すぎる彼女であるが、僕が最も印象に残っているのは幽々子がご飯を食べている時のことだ。

 とにかく食う。めちゃくちゃ食う。平気で常人の四、五倍は食べる。いやもっといくこともあるかな? 宴会に参加するときは、宴会会場の住民プラス彼女の従者、『魂魄妖夢』も台所に立たないと成り立たない。ちなみに宴会に参加するときは僕も調理場に立つこともある。

 

「前に会ったのは春の宴会でしたっけ? 博麗神社でやっていた」

 

「そうよー。あなたったら頑なにお酒を進めても飲まないものだから、ちょっとがっかりしちゃったわ」

 

「飲むと頭痛がするんで勘弁してください」

 

 幻想郷の住民は平気で酒を飲む。僕より年下でも飲んでいる人もいる。法律や警察など存在しないので取り締まられることはないが、それに関わらず僕は単純に酒とは合わない体質らしい。

 

「ダメですよ幽々子様、そういうのは。外の世界では……えーっと、あるはら? と言って、非難を浴びる対象になるそうですよ」

 

 二本の刀を背負った妖夢が、背後から主人を言い咎める。心なし彼女の背後にふよふよ漂る彼女の半霊も、うんうんと頷いているようにも見える。

 

「あるはら、北欧に似たような名前の神殿があると聞いたことがあるわー。死者の魂が集まる場所とか。まあ、白玉楼にピッタリね!」

 

 純日本系のお姫様である幽々子から北欧神話の話が飛び出すとは思わなかった。こう見えて千年以上亡霊として生きて、いや死んでいるので、蓄積された知識というのは僕ら人間よりずっとずーっと多いものとなっている故か。

 

「そろそろ最初の質問に答えてもらいたいんですけどねぇ」

 

「あら、ごめんなさい。実は今日あなたと妖夢で勝負してもらいたいのよー」

 

「……はっ?」

 

 勝負、デュエル、決闘、エトセトラ。聞き間違いでなければ今この亡霊姫は、幻想郷でも随一の剣の使い手である妖夢と戦えと、そう言ったらしい。

 

「いやいやいやいやそんなの無理ですって! 妖夢が剣術でも弾幕戦でも強いのを僕は知ってますし! 最初っから勝負になりませんって!」

 

「やってみなければわからないじゃない?」

 

 やってみないと何も、何度か試しに竹刀で戦ったことあるけど、ものの見事にぼろ負け。本人は悪意がなかっただろうが、「すみません! 手加減していたつもりでしたけど……」と言われてなおへこんだ記憶がある。

 

「今回の勝負。私にとっても、幽々子様にとってもためになるものと思いましたので、私からもお願いします」

 

「妖夢まで……ためになるってどういうこと?」

 

 剣道の全校大会でいいところまでいった程度の実力の僕が、妖夢や幽々子のためになるとは一体何だろう。いろいろと考えていると、幽々子が折りたたんだ扇子でちょいちょいと後ろを指していたので、首をひねって背後にあるソレを見た。

 

「はあーい、屋外調理場セット完了よ」

 

 ぎょろりと無数の目をのぞかせるスキマから半身を出している大妖怪、『八雲紫』が言っている通りに、一通り調理器具が置いた調理台を示した。

 

「……紫さん、あんた何してんの?」

 

「幽々子にはきっちりとした敬意をもった口調なのに、相変わらずひどいわね」

 

 そりゃ紫さんが現れるときと言ったら、大概変な話につき合わさられるか、どこかにスキマで飛ばされるかの二択だし。今回も家でゴロゴロしていたらいきなりスキマで落とされたし。あっ、時々うちの炊き込みご飯がなくなっている時もあったなぁ。『境界を操る程度の能力』で基本どこでも現れるから、時々スキマ越しに手を伸ばして他人の物を盗み食いしているらしい。

 

「とにかく、今からあなたには料理対決をしてもらうわ。対戦相手はさっき言った通り妖夢よ」

 

「料理って……ふつーの料理しかできないけど?」

 

 外の世界で暮らしていたころは両親が共働きだったため、必然的に夕飯とかは僕が用意していた都合上、自炊には慣れている。が、あくまで自分で食べるだけなのでそこまで凝ったものは作れない。食費だってバカにならないのだ。

 

「その外の世界でいう普通の料理を食べてみたいのよ。普段の妖夢の料理との比較もしたいし。だから、いっそうお料理対決っていう形式をとってみたわー」

 

「ごめんなさい。お二方のわがままに付き合わせる形になってしまい……」

 

「紫さんはともかく、妖夢にはいろいろと良くしてもらっているからいいよ」

 

「私はともかくって何よ」

 

「私は何もしていないのかしらー?」

 

 若干二名からブーイングが聞こえたが無視をする。妖夢は時々人里で出会って、そのまま買い物に付き合う間柄だ。どこの店でどの食材が割安かを把握しているので、よくお世話になっている。

 

「ルールの説明よ。材料は紫がスキマから出してくれるから、遠慮なく申し立てなさい。一時間という制限時間で、夕食に相応しい献立を作る。みそ汁と白米はもうすでに妖夢が用意してくれたからそれは考慮しなくていいわ。それじゃあ二人とも、準備はいーい?」

 

 今は夕暮れ時なのでこのまま夕飯にするということか。ならば僕、妖夢、紫と、幽々子のブラックホール胃袋に合わせた量を作らなければならない。そう考えると意外と時間に余裕がない。

 

「私はいつでも。幽々子様見ていてください!」

 

「やるだけやってみますよ」

 

「うふふ、妖夢、あまり張り切りすぎないでね。それじゃあ始めー!」

 

 こうして、幽々子のほわほわ声による合図とともに、第一回冥界お料理対決が始まったのであった。

 

 

 

「はいそこまで。一時間たったわよ」

 

「つ、疲れた……」

 

 調理の様子? 切ったり煮込んだり焼いたりと、一般的な調理工程を経ただけだから特に特筆すべき点はないよ! 仕方ないじゃん、僕は料理人ですらなくて十代の一般人なんだから。

 普段自分の食事を作る時の十倍もの食材を切った気がする。量が多すぎて同じ料理を二つの皿に分けるという手間がかかるほどだ。

 料理中妖夢の方を気にする余裕はなかったが、終わってから見ると、おお、豪華な料理が盛りだくさんだ。普段から幽々子はあんなに食べてるの? 対して僕は、肉じゃが、塩焼の鮎、ゴボウと人参のきんぴら、だし巻き卵と至って素朴。鮎にはミョウガを付けて彩りを加える工夫をしてみるが、華やかさで言ったら向こうが上だ。普通に料亭を出したほうが良いんじゃない?

 

「紫、これは……ねぇ」

 

「ええ、見ただけで勝敗が決まったわ」

 

 何やら二人でこそこそ話しているが、あえて僕と妖夢に聞こえるぐらいの声量でしゃべっているので丸わかり。

 うん、これは負けたな。分かっているけど。

 

「じゃあさっそくだけど、試食タイムに入るわよー」

 

「私と幽々子で、食べ比べるわ」

 

 そう言って、屋敷の奥で観戦していた二人は立ち上がり、僕と妖夢の成果物を一つ一つ味見していった。

 

「ちゃんとジャガイモが煮崩れしていなくて味が染みてて、美味しいわー」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「だし巻き卵って、きれいな形を作るのって難しいのよ? これはなかなかいい出来栄えね」

 

「おいしかったら何よりだよ」

 

 幽々子と紫双方からお褒めの言葉を受けた。妖夢の方も似たような反応をしていたが、少々妖夢の反応は過剰な気がする。主人やその友人に褒められると上がってしまうようだ。

 

「それじゃあさっそく、結果発表に移させてもらうわー」

 

「幽々子さん、試食と言いつつ随分食べましたね?」

 

「幽々子様ですからいいんですよ」

 

 不思議と説得力がある妖夢の弁明。とにもかくにもどっちが夕食に相応しいかを二人が決める。ちなみに二人がそれぞれ別に選んでしまうと引き分けになってしまうので、話し合って決めるが……先ほどの会話からして妖夢が勝つだろう。炊事経験は明らかに妖夢が上だし。

 

「では、今回の勝負の勝者は……だららららららら」

 

 えっ、セルフ効果音? などと思う間もなく。

 

「じゃん、あなたよ、自称一般人A君?」

 

「え……え―――っ!?」

 

 なんで、どうして? 混乱したのは僕の方だ。一方妖夢も直前まで腕組して勝利を確信していたようなポーズをしていたのに、なんだか口から魂が抜けて半霊が二つになっているように見える。元から髪が白かったのにもっと真っ白だ

 

「いい? 二人とも、今回のお題をもう一度振り返ってごらんなさい」

 

「夕食に相応しい献立を作る……?」

 

「そう、決しておいしいほうでも、美しいほうでも、選ばれる材料にはならない。とはいっても、もちろんどちらも素晴らしいのならそれに越したことはないわよ?」

 

「ゆ、幽々子様、それでは紫様と共に何を見て判断されたのでしょうか?」

 

 ようやく帰ってきた妖夢が、動揺を隠せないまま質問した。

 

「それはね、『食材の安さと工夫』よ」

 

「「はっ?」」

 

 妖夢とそろって素っ頓狂な声を上げる。

 

「妖夢? あなた勝負に燃えて少し高い食材を使っていたでしょう?」

 

「それは、確かにそうですけど……」

 

「それに対して、彼は普段使っている食材と変わらないものを使っていたわ。紫が観察していたから間違いないわよー」

 

「ちょっといま聞き捨てならない言葉が出たんですけど」

 

 それはつまり紫がいつの間にかストーカーじみた行為をしていたことだ。それに関しては後で追及するとしよう。

 

「ほぼ毎日妖夢のご飯を食べているからわかるわー。いつもお財布と相談して、その中で最高の料理を出していることはね。でも、今回は張り切りすぎたわね?」

 

「うう……」

 

 しゅんとしている妖夢。なんだかかわいい。

 

「彼は普段自分が食べているものをそのまま作り上げたわ。質の低さは工夫でカバー。味も盛り付けもあなたが上だけど、家庭度があるなら彼が上ね。あなたも料理が上手なのは知っているけど、普段から繰り返し食べるのなら、彼のほうが適しているわー」

 

 謎の単位が出てきた。なんだろう家庭度って。

 

「というわけで妖夢、残念ね」

 

「まだまだ半人前ねー」

 

 敗北した妖夢に審判を下した二人がそれぞれ慰めの声をかける。ただ普通に作っただけである僕としては少し居心地が悪い。

 

「さてそれでは、お料理が冷めないうちにみんなで頂きましょうか」

 

「あっ、よく考えたら二人ともそれぞれがきっちり人数分の食事を作ったから、全体で二倍の量に……」

 

「心配する必要ないわ。スキマで暇な人を何人か拉致……招待すればいいから」

 

 言いかけてやめたようだけど、全部言ってたからね?

 まあそんなこんなで、白玉楼の住民と紫の式神たちを交えたささやかな宴会が行われるのであった。

 




 お料理選手権なのに、肝心の調理工程とか丸まるカット。そういうのは苦手なので今後改善していかねば……。


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第八話 スイカと怒りは爆発するもの

 いろんなキャラのかわいいところが見れる回……のつもり。


 博麗神社ではしょっちゅう神社なのに妖怪が集まって、大なり小なりの宴会が開催される。家主である霊夢は愚痴をこぼしながらもそれを受け入れている節があり、一部の料理は彼女が作るほどだ。

 で、基本的に集まるのはお酒大好きな人外たちなので、酔っ払うといってもほんのり気分が高揚するぐらいでほとんどが泥酔するまではいかない。逆にその程度まで酔っぱらうというという事は普段の性格が、程度がどうあれ大雑把になってしまうという事だ。

 そして、今の状況もそんな適度に酔った彼女たちならではの提案だった。

 

「スイカ割りだぜー!」

 

「ジャンジャン割るわよー!」

 

 霊夢と魔理沙が肩を組んで、大量に山積みにされたスイカを背にはしゃいでいた。二人はそろって種族は人間なので、酒に対する耐性は妖怪より低い。

 

「割るというのなら私が、きれいに食べやすい八等分にして差し上げます」

 

「それは割るじゃなくて斬ると言うのよ妖夢ー?」

 

「塩をかけて食べるのだから、いい具合に砕いたほうがおいしいわよ。というわけで私のグングニルでまとめて串刺しにするわ」

 

「お嬢様、それは割るのではなく貫通と言いますよ?」

 

 適度に酔った妖怪たちも、冗談なのか本気なのかわからない口調で名乗りを上げる。ちなみに参加者は紅魔館のメンバーと白玉楼の住民。あとは八雲家といった感じだ。こんなにいるのに男の参加者は僕一人という。

 

「ところで、あのスイカはどこから?」

 

「紫様が外の世界で豊作になったスイカを一部拝借したらしい」

 

 喧噪を傍から眺めている僕の質問に答えてくれたのが、このメンツの中で最も常識人の『八雲藍』である。狐の尻尾が九つ生えた、いわゆる九尾の大妖怪だ。紫の式神で、式神なのに式神を使役できるというトンデモ式神な式神である。式神多すぎてごめん。

 ちなみに藍の膝には、彼女の式神である二又猫の『橙』が頭をのせて酔いつぶれている。ゴロゴロと喉を鳴らしている姿は可愛らしい。二人とも先日作りすぎた料理を一緒に食べてもらった。

 

「農家さんは大変だろうなぁ」

 

「採れ過ぎて廃棄するつもりのやつだったらしいから、別に気に病むことはないさ」

 

「ならいいんだけどね」

 

「君は参加しないのかい?」

 

「片付けが大変そうだからそっちのフォローで」

 

「苦労をかけるね」

 

 大体僕が宴会の後始末を担う。まあ酒を飲まないから素面の僕がその役回りになるのは必然か。

 

「にぎやかなのはいいことよ」

 

 藍とは反対に僕の隣に座る紫が、そんな彼女たちの喧騒を見ながら言った。

 

「紫さんが用意したんだからあなたが割れば?」

 

「私はあなたで遊ぶことに忙しいですもの」

 

 人間をおもちゃ扱いするなんて、なんて危険な妖怪だ! 確かに男ならコロッと行きそうな魅力と美貌を持っているが、すでに人となりを知っている僕は騙されないぞ!

 

「えいっ」

 

「うわっ!」

 

 いったい紫が何をしたと思う? いきなり僕に抱き着いてきたのだ。

 

「ゆ、紫様、何をしていらっしゃるのですか!?」

 

「何って見ればわかる通りよ藍。男の人を全身で感じているの」

 

「いろいろと危険な発言!」

 

 密着してくる紫から、いろんな情報が与えられる。具体的には、女性の熱とか、女性と柔らかさとか、女性の匂いとか。って何考えているんだ僕は。場の雰囲気に酔ってきたのか?

 

「こうして時々外の世界に行って、ホイホイ寄ってきた男の人を幻想郷送りにしているわけだ」

 

「人を神隠しの主犯のように言わないで頂ける?」

 

「事実じゃん」

 

「こんなことをするのは、私が気に入った人だけ。当然あなたのことも私は気に入っているわ、本当よ?」

 

「お酒が入っている時点で信用に値する言葉ではない。飲んでなくても信用しないけど」

 

「どうしたら信用していただけるかしら?」

 

 ふむ、ここで無茶ぶりをして彼女を困らせるのも一興か。でも紫を困らせるほどの無理難題というと……。

 

「ほっぺにチューぐらいはしないとダメかな」

 

 これでどうだ! これ以上ひどいお願いはセクハラになりそうなのでここが上限といったところか。

 

「分かったわ、はいチュー」

 

「「えっ?」」

 

 声を上げたのは僕と藍だけだったが、会話を聞いていた人数はそれ以上だ。多くの観衆の目がある中で、何のためらいもなく、紫は僕の頬に唇を触れさせた。

 

「……なんだろう、恥ずかしさと虚しさが混合したこの感情」

 

「なによ、私の口づけを受けた人は歴史上はじめてよ?」

 

「それはすごいことだね」

 

「私は好いた相手じゃなければ口づけなんてするつもりはなかったわ。本当よ?」

 

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆかりさま?」

 

 藍が顔を真っ赤にして、なぜか僕の肩を揺さぶる。やめてください、首が取れてしまいます。

 

「あらら、もしかして藍もしたかったのかしら? それとも私にされたい?」

 

「どっちでもないですっ! あっ、いえ決して紫様の口づけが嫌とかというわけではなく……ってそういうことではなくて!」

 

 一応九尾ってすごい妖怪だって聞いたことあるんだけど、こうしてテンパる姿はいかにも苦労人といった感じだ。今度油揚げを差し入れよう。

 

「紫ぃ―――!? あんた何やってるのよ!」

 

 スイカを持った霊夢が、僕たちに向かって突進してきた。あれ、これヤバくない?

 

「ちょっと酔い覚ましに外に出るわね」

 

「あ、ちょっとぉ!?」

 

 早口に紫が言うと、スキマを開いてその中に飛び込んでしまった。そして接近するは博麗の巫女。酔いのせいで紫がいなくなったのに気づいていない様子。そして大きなスイカを両手で振り上げて。

 

「『果実:大玉西瓜』!!」

 

「何その即興スペル!?」

 

 僕にめがけてスイカを投球した。

 スイカは凶器、ちなみに果物じゃなくて野菜です。

 

 

 

「やってしまったわ……」

 

 博麗神社の屋根の上で、両手で顔を押さえてもだえる賢者が一人。指の隙間からのぞかせる顔は、リンゴのように真っ赤だ。

 

「あの場はごまかしたとはいえ、勢いに任せて……抱き着いたりも……」

 

 御覧の通り、紫は人前では本心を明かさないし、見せることもない。だが、彼が絡むと話は別だ。反応は初心の少女のそれと何ら変わりがない。

 八雲紫は彼に好いている。ただの人間で何も力がない、それなのに気安く接せるという不思議な気質を持つ彼に惹かれていたのだ。

 

「あの子大して喜んでいなかったし……嫌われたかも!」

 

 いつもの賢智ぶりはどこに行ったのか、男女の関係というものが関わると途端にうぶになる紫なのだった。

 

 

 

「なんで僕が、スイカ割りをしなきゃならないのかなっ!」

 

 手に持った木の棒で、薪割りの要領でスイカを割る。よくある目隠しして、周りの人の誘導でスイカに導くといったやり方はしない。こんなに大所帯なのにもかかわらず、誰一人イベントとしてのスイカ割りを好む人物はおらず、まず食せればそれでいいといった人がほとんどだ。人間は少数派だけど。

 

「よースイカ人間。ちゃんと割ってるかー?」

 

「魔理沙、手伝ってくれるの?」

 

「他人の労働を見て飲む酒はうまいぜ」

 

 お酒が入った瓶と杯を持った魔理沙が、縁側に腰かけた。

 

「魔理沙はサドの素質があるよ」

 

「そういうお前はマゾの素質があるな。スイカをぶつけられて果汁まみれになってるのに、周りから責任をもって割りなさいって言われてホイホイ言う通りにしてさー」

 

「いやぁ、まあ、ほっぺにチューは僕から言い出したことだし。本当にするとは思わなかったけど」

 

「男の発言は時に女を狂わせるもんだ。もっと責任を持つようにするといいぜ」

 

「善処するよ」

 

 あの紫が本気で僕を恋愛的に好いているとは思えない。困らせる目的で口づけしたと考えるのが無難だ。最初にそんなことを考えていたのに見事にやり返された気分だ。

 

「しかしみんなの反応は面白かったな。時が止まったかのような感じで二人を凝視していたし」

 

「そういえば魔理沙はあの時どうしてたの? 霊夢に気を取られて見れていなかったんだ」

 

「私? 私はなー……」

 

 なんだか言いにくそうな様子だ。言えないようなことでもやっていたのだろうか?

 

「喋りたくないんなら、無理しなくてもいいよ」

 

「そ、そういうわけじゃないぜ! えっと、あの時はだな……腹が立った」

 

「えっ、僕に?」

 

 予想だにしない魔理沙の発言に、スイカを割る作業を止める。

 

「いや、両方だよ。女のキスをそんなたやすくゲットしちまうおまえにも、安易に人前でそれをやる紫にも」

 

「……嫉妬?」

 

「んなわけあるか!」

 

 やけに魔理沙が突っかかってくる気がする。

 

「あー思い出したら余計に腹が立ってきた! とにかく、お前はむやみやたらに人を惹きつける才能を使い過ぎなんだよ! お前がいなかった頃の紫だったら、やんわりと断ったはずだぜ!」

 

「そ、そんなこと言われましても」

 

 自分、そう指摘されてもどう直せばいいのか。っていうか直すべき才能なのかもわからない。魔理沙が酒を置いて立ち上がり、ずんずんと僕のほうに向いて歩きだす。

 

「ストレス発散だ! 私がスイカ割りというものを見せてやるぜ!」

 

 そう言って魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、発射口を今しがた新しく置いたばかりのスイカに向ける。

 

「や、やばいっ!?」

 

「『恋符:マスタースパーク』!!」

 

 限界まで体を逸らして緊急回避! それと同時にミニ八卦炉から極太のレーザーが発射された。

 スイカは、跡形もなく消滅した。

 




 人生でスイカを割ったことは一回しかないです。


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第九話 お掃除タイム

 自分的には不完全燃焼気味の回。ちなみに前後編の前半です。


 『迷いの竹林』と言われる場所が、幻想郷にある。面積的にはそこまで広大というわけでもないのに、同じ場所をぐるぐる回ってしまうのだ。構造を知っている現地の住民の案内がなければ、脱出も容易ではない。

 そんな竹林の奥に『永遠亭』という屋敷がある。月の民が幻想郷に隠れ住むために建てられたものだ。そこには医者の『八意永琳』がいて、僕は彼女の手伝いという日雇いのアルバイトをする時もある。

 まあ、そんなにやることは多くない。彼女の助手はもっと優秀な人がいるし、やることと言えば物の整理とか訪れた妖怪を屋敷に案内するとかだ。大抵の人並みな思考回路を持つ妖怪は怪我をするとここに来るが、もともと彼らは治癒力が高いため滅多なことでは来ない。

 逆に言えば、治療目当てで来た、あるいは患者を連れてきた妖怪は、かなり心配性な人物だといえよう。

 

「先生、橙は、橙は、大丈夫でしょうか……!?」

 

「ら、藍様、大丈夫だって言っているじゃないですかー!」

 

 夏ももうすぐ終わりという時期。駆け込み患者が入ってきた。患者自身は別に駆け込んでいないけど。

 

「膝を擦りむいただけね、妖怪なのだから処置しなくても一日たてば治るけど……念のため消毒と絆創膏をしておくわ」

 

 慣れた様子で永琳が診断して、てきぱきと処置を始める。幻想郷に来てからというもの、僕がいるときにたまーにこういうことがある。が、僕がいないときでもその数倍は本人たちが来ているだろう。

 藍の橙に対する過保護っぷりは有名だ。紫からもそのことをたびたび指摘しているが、どうにも改善しない。

 

「ありがとうございました。よかったな、橙」

 

「心配し過ぎなんですって藍様ー」

 

 お礼を言いつつ橙を連れて退室する藍。彼女たちの尻尾の最後の一本が見えなくなるまで、外までしっかりと送る。

 

「相変わらず……藍の自分の式神好き好きには困るわ」

 

「その言葉、自分を振り返ってみたらどうですか?」

 

 永琳も自身の主人に対する溺愛っぷりにはさほど変わりないと思うが……。

 

「さて、あなたにはもっと働いてもらわないと。じゃなきゃ今日のお駄賃はあきらめてもらうしかないわ」

 

「け、契約違反だー!」

 

「幻想郷に司法制度はないのよ? 違反も何もありはしない」

 

 黒い笑みを浮かぶ永琳。これが、元月の民か……!

 

「今日は姫様がいないし、鈴仙も人里で薬を売っているからあなたが雑務をこなしてもらわないと。次はそうね……姫様の部屋を掃除してもらおうかしら?」

 

「僕が勝手に入って良いのでしょうか?」

 

「心配いらないわ。あとで弾幕の嵐に遭うのはあなただけですから」

 

 鬼畜すぎる。というか見られて困るものが部屋にあるというのか? これは絶対清掃した相手が僕だという事をばれないようにしなければ。

 

 

 

「なんだか外の世界でも見たことあるぞ、この光景……」

 

 この感覚はあれだ、一人暮らしの友達の家に遊びに行ったやつ。自分の城と言わんばかりに好き放題汚しまくっていたアレ。

 この部屋、すごく世俗に染まっている!

 

「引きこもっていたっていうし……」

 

 屋敷の主人である『蓬莱山輝夜』は、月の民から身を隠すためにこの竹林に移り住んだという。それ以来滅多に屋敷の外には出なかったとのことで、そう思えば相当に退屈だっただろう。

 今だと時々人里で歩いているのを見かけるが、なんだか慣れていない感じもした。

 

「魔理沙の家よりかはましか」

 

 ちゃんと歩けるように場所を確保しているあたり、最低限整頓という言葉を知ってはいるようだ。とはいえ、不要物をいつまでも残しておくのは衛生上よろしくないので、永琳からもらったリストをもとに片づけを始める。主に捨ててはダメなもの一覧だ。

 

「本とか筆記類とか……そんなのばっかりだ。あっ、懐かしいゲーム機なんてあるんだ」

 

 よく見れば古いブラウン管タイプのテレビまで置いてある。電化製品なんて幻想郷でも相当珍しいんじゃないか?

 

「とりあえずいらないものはここに入れて、その後で分別して……」

 

 あからさまにゴミと思えるものを中心に、永琳から持たされた袋に詰め込んでいく。穴が開いた靴下に、くしゃくしゃに丸めた和紙。外に出しっぱなしの道具類は、元の場所に納めていく。

 

「家の大掃除とほとんど同じじゃん……」

 

 輝夜は不老不死なので、何か珍しいものでも集めているのではないかと少し期待していたが、年に一度自分の家を掃除するときと何ら変わりがない。

 

「こういうところとかに……」

 

 ついつい言われていない場所まで覗いてしまう。女の子の部屋に探りを入れるなんてどうかと思うが、こういう時出でないと得られない経験がある。

 

「布団もしまわないと……ん?」

 

 敷布団をたたんでどかすと、下から何か一冊の古い本が出てきた。

 

「なんだこれ……」

 

 拾い上げてタイトルを読む。『ときめく毎日、輝夜ちゃん日記!』。

 

「……」

 

 そっと適当な本棚に突っ込んだ。

 

 

 

 その後も、黒歴史的に他人に見られては困るようなものが続々と出てきて、輝夜の社会的な立場も考えてすべてもともと入っていたであろう場所にさりげなく入れておいた。なぜこんなにも爆弾を散らばせているんだ、あのお姫様は。

 

「履き掃除も済んで……あとは水拭きと」

 

 持ってきたバケツにためた水に雑巾を浸して絞る。

 

「お師匠ー。師匠いませんかー?」

 

「あっ、鈴仙」

 

 フルネーム、『鈴仙・優曇華院・イナバ』。長いのでどこかの単語一つを抜き出してみんな好きなように呼んでいる。

 玉兎という、月に住んでいる兎だそうで、頭にはウサギの耳が、尾てい骨のあたりには丸い小さな尻尾がある。前にいたずらで尻尾を触ったときは相当びっくりしていたことから、一見あってもなくてもいいようなほど小ささでも、ちゃんと感覚はあるようだ。

 

「なっ、姫様の部屋で何を……!」

 

「お掃除ですけど」

 

「ああそうですか……何も見ていないですよね?」

 

「何のことで?」

 

「ならいいんです」

 

 このやり取りは実際に清掃した者同士のみで伝わる。身を持って体験した。

 

「ところでお師匠を見ませんでしたか? 外に行った姫様がどこに行ったか知りたいんですよ」

 

「いつもの部屋にいるんじゃ?」

 

「もちろん見ましたけどいなくって。姫様に頼まれた本を渡そうと思ったんですけど……」

 

 そう言って鈴仙は、最初は薬が入っていたはずの風呂敷から一冊の本を取り出す。タイトルからして小説かそれに類似する本のようだ。

 

「この部屋に置いておけばいいんじゃないかな?」

 

「あの人の印象に残すようにするには、手渡しが一番と思って……。ほら、また部屋を汚した時どこかへやって読まなくなるかもしれないし……」

 

 まああの部屋の惨状を知っている身からすれば、その考えに帰結するか。

 

「でもいないのなら仕方ないですね。帰ってくるのを待ちます」

 

 そう言って鈴仙が部屋の中に入る。バケツから予備の雑巾を取り出して絞った。

 

「手伝ってくれるの?」

 

「もともと部屋の掃除は私の管轄ですし」

 

 二人なら拭き掃除も早く終わる。次の仕事に移るために、ささっと二人で拭き掃除を進めていくのであった。

 

 

 

 普段からこの屋敷の清掃を任されている鈴仙が加わったことで、水拭きはあっという間に済んだ。

 

「鈴仙? 帰っていたのね」

 

「あっ、師匠!」

 

 ちょうどそのタイミングでひょっこりと永琳が姿を現した。今までどこに行っていたのだろう。

 

「あなたがいないから、私がてゐを探す羽目になったわ」

 

「てゐに何か用が?」

 

「薬を作りたいから素材を取ってきてもらおうと思ったの。でも私が屋敷から離れすぎるわけにはいかないし、そこのバイト君に一人で行かせるのも心配だし……」

 

「まあまず探す相手が増えてしまうのがオチですね」

 

 話に上がった『因幡てゐ』とはこの竹林を管理していると言ってもいいウサギの妖怪で、どこに何の植物が生えているのかも把握しているという。しかし悪戯好きで神出鬼没であるため、毎回彼女を探し出すのに苦労するらしい。

 永琳は少し何かを考えこむそぶりを見せた後、僕ら二人を指さして。

 

「いい機会かもね……。鈴仙、そこのバイト君と一緒に見つけてきて、ついでに何を探しているかを伝えて。材料は――」

 

 そんなことを言い、永琳は一般人にはまず接点がないような品を十種類程度述べた。

 

「――ってところね」

 

「分かりました。あっ、師匠、ところで姫様は何しに出かけて行ったのですか?」

 

 ああ、と立ち去ろうとする永琳がふすまの陰に隠れたまま。

 

「いつもの場所で殺し合いよー」

 

 まるで今夜の夕飯を答えるかのように言った。

 




 自分はウドンゲちゃんの尻尾はあると思う派で。


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第十話 トラップダンジョン・イズ・竹林

 好きな動物はウサギと猫。野生をなくした動物の動画とか見て癒されています。


「姫さまったら、まーた殺し合いなんかしてー」

 

 背中に風呂敷で包んだ本を背負った鈴仙がぼやく。竹林の中に作られた砂利道を、僕と鈴仙が並んで歩く。その後永琳からなぜか二人でてゐを探すように言われ、お互いが周囲に目を光らせながら進んでいった。

 

「字面だけ聞くと物騒だよね」

 

「まあいつものことですから」

 

 輝夜は不老不死であり、決して死ぬことがない。蓬莱の薬と呼ばれるものを飲んだためであるが、相手も同じ薬を飲んでいるため遠慮なく殺し合いが出来るという寸法だ。

 

「姫様の方は騒いでいるほうにいるだろうから、たぶん見つかるはず。問題はてゐの方」

 

「見つけるだけで幸運になるっていうぐらいだからなぁ」

 

 『幸運にする程度の能力』を持っているてゐは、見ただけでも迷いの竹林を抜けられるほどの幸運を得られるという。といっても、幸運は竹林を抜けただけで全部使い切ってしまうらしいが。

 

「ここはやっぱり、基本の法則に従って探すしかないのかなぁ」

 

「基本の法則って? どえっせぃ!?」

 

 聞いた瞬間、いきなり踏んだはずの地面の感覚がなくなり、そのまま下へ真っ逆さま。

 

「てゐはよく罠を悪戯で作るんです」

 

「悪戯でしていいレベルじゃないっ!」

 

 地面から這い出て一声。なぜこんな危険なものをばらまいているのか。てゐの捜索を始めて行う身としては、これはかなり面倒なことになる。

 

「罠の密度が高い方向に、てゐがいるというわけです」

 

「納得したよ……槍衾とかがなくてよかった」

 

「場合によってはありますよ」

 

「殺意もあるんじゃないそれ?」

 

 もともと普通の人間がほとんど訪れないからこそ遠慮なく仕掛けられているというとこか。大抵の妖怪は空を飛んで抜けるし。

 

「多少体に穴が開く程度で済みますよ」

 

「僕はその価値観は分かり合えないと思った」

 

 認識がずれていた。怪我してもたいがい治るからこそ容赦なく仕掛けているのだ。

 

「ところでその作戦だと、僕らはトラップ地帯に自ら突き進むことになるよね?」

 

「慣れですよ慣れ。でも危険なものもあるから、基本は私が前に出て、引っ掛かったらあなたが助けるという方針でおね――がいん!?」

 

 変な声を上げて、前を歩いていた鈴仙が視界から消える。

 

「えっ、どこに……あっ、上か!」

 

「お、降ろしてください! 見ないでお願いします!」

 

 顔を赤くした鈴仙が片足を縄で縛られ、逆さまで宙づりになりながら助けを呼んだ。当然スカートは重力に従って垂れ下がりそうになっているので、両手で必死に抑えて隠している。

 

「……これは苦労するなぁ」

 

 竹のしなりを利用した罠は、思った以上に手が込んでいる。こんなのが後にも続くと思うと少々げんなりした。

 

 

 

「ふっふっふー。いい感じに誘導しているみたいだね」

 

 竹林の陰から、罠に引っかかりつつも移動する二人を観察する小さな影が一人。

 

「あいつらいい加減にくっ付いちゃえばいいのにさぁ。一年間なーんも進展ないんだから」

 

 もともと人間を避けるきらいがある鈴仙が、彼のようなただの人間と平然と接することはかなり珍しい。永琳が今回二人を一緒に活かせたのも、仲をより深めさせようという魂胆からだった。

 そしてこの追跡者であるてゐもまた、永琳が二人を探しに来させることを見計らって普段よりも多めに罠を設置していた。吊り橋効果、というものを狙っているのである。さらに罠群を抜けた先の“ゴール”にも、より一層関係を深めるための罠を仕掛けていた。

 

「どうなるのかなー」

 

 つかず離れずの距離を保ちながら、二人の行く末を見守るてゐなのであった。

 

 

 

「だ、だめ……これ以上強くは……」

 

「我慢だよ鈴仙。僕も頑張るから」

 

 だんだんと薄暗くなっていく竹林の中で、僕と鈴仙の声が響く。最近になって鈴虫が鳴くようになったが、近くにいる今だと鈴仙の声が強調される。

 

「怖いですよ……ひゃ、優しくしてって……」

 

「これ以上は無理だから。覚悟を決めて……」

 

「は、はい……」

 

 両肩を抱いた鈴仙が、身をこわばらせる。そして僕はそんな彼女を後ろから近づいて――。

 

「いたいたいたいぃい――!?」

 

 彼女の髪の毛にくっ付いていた粘着性の植物の種を取り除いていった。

 

「動いちゃだめだよ。まだ何個かついているんだから」

 

「てゐのやつ、上からこんなのを降らせてきてぇ……!」

 

 地面を踏みぬいたと思ったら、上にカモフラージュされて設置していた籠から降り注いだのはオナモミ。ひっつき虫の名で知られる、植物の種だ。それが大量に鈴仙に降り注いだのだからたまったもんじゃない。特に鈴仙はうさ耳の部分に短いとはいえ動物性の毛がしっかりと生えているので、そこから取り除くのにもだいぶ苦労している。

 

「いったい何種類あるんだ、てゐの罠って」

 

「どんどん新作が編み出されていくから考えるだけ無駄ですよ……。いたた、ああ、せっかくセットした髪が……」

 

 鈴仙の綺麗な薄紫色の足元まで届きそうな長い髪は、オナモミのせいで無残にもぼさぼさになってしまった。

 

「帰ったら髪をとかすのを手伝ったほうが良いかな? こんなに長いと手入れも大変だろうし」

 

「えっ……あ、ありがとうございます。気遣ってくれるだけでうれしいです」

 

 急な僕の申し立てにきょとんとした鈴仙だったが、すぐに顔を赤くして両手を振った。

 

「そう? ……うーん」

 

「わひゃあ! な、なにをしているんですか!」

 

「何って……まだついていないか確かめていただけだよ」

 

 髪にくしを入れる感覚で、さらさらと鈴仙の髪に指を差し入れて確認する。内側まで入り込んでいたらあとが面倒だ。

 

「……男の人に髪を触られるなんて」

 

「? どうかした?」

 

「な、なんでもないです!」

 

 まだ完全に確かめ終わっていないのに、鈴仙は歩き始めてしまった。

 

「なんなんだ……?」

 

 鈴仙の態度が少しおかしいことに訝しむも、慌てて僕は彼女の後を追うのだった。

 

 

 

 またしばらく歩いていくと、今度は罠プラス激しい爆発音が聞こえるようになっていた。これは絶対てゐの罠によるものなんかじゃない。

 

「……ねえ鈴仙。永琳さんが言っていたいつもの場所ってさ」

 

「……この先です」

 

 お互い冷や汗をかき始める。いつもみんながやっている弾幕ごっこではなく正真正銘の命のぶつかり合い。そんな場所にてゐがいるとは思えない。

 

「……戻りましょうか。たぶん見落とした道とかがあるんですよきっと」

 

「ソウデスネ」

 

 鈴仙ならたぶん大丈夫だろうけど、一般人である僕が巻き込まれたら本当に命の危険に晒される。わざわざ目に見えている危ない橋を渡る必要はない。

 そして、二人そろってその場から去ろうとした瞬間、僕たちの間をすり抜けてものすごい勢いで何かが吹っ飛んできた。

 

「「わっ!」」

 

 ズドオーン! と地面に衝突したそれは、道をえぐって五メートルほど移動してから静止した。

 

「ははは、言いねぇ今の、輝夜もなかなかやるじゃんか! まあ私の方がもっと飛ばせたけどさぁ!」

 

 土埃が舞う中、むくりと起き上がった少女が実に血気盛んに叫んだ。

 

「あっ、もこたん」

 

「誰がもこたんだ! ……あ、おまえか。輝夜ん所の月ウサギまでいるし」

 

 土煙を振り払って現れたのが、輝夜の対戦相手、『藤原妹紅』である。長く白い髪が特徴的な、赤いモンペと白いカッターシャツを着た女の子だ。

 ちなみにもこたんって語感が良いよね。かわいい響き。柔らかぷにぷにしてそう。

 

「おまえなんか失礼なこと考えていないか?」

 

「何のことかな?」

 

 服がボロボロの妹紅が問い詰めてきて慌てて取り繕うが、顔を近づけて僕の表情をよく観察してくる。顔が近い!

 

「どこを見ているのかしら妹紅?」

 

 キュキュンと光速の弾幕が飛来して当たりの地面に突き刺さって弾ける。やっぱり当たったら致命傷だこれ。声の主は見えなかったけど輝夜だった。どうやらいまだ舞っている土煙でよく見えていないらしい。

 

「って、逃げませんと!」

 

「そうしよう。結婚できずに死にたくないです」

 

 意見が一致して素早くその場から離れようとする。弾幕が降り注ぐ中、範囲外に向かって猛ダッシュ。

 だが、弾幕の避け方なんてほとんどやったことがない僕が、殺し合いの弾幕をよけきる道理などなかった。

 

「あっ」

 

 こういうのを走馬灯というのだろう。かなりのスピードが出ているはずなのに、妙に弾幕の動きがスローに見える。

 あ、これ死んだ。そう理解してもどうにもならない。僕はただ、迫りくる光弾が直撃するのを、呆然と見ることしかできなかった。

 

「危ないっ!」

 

 光弾が当たるその前に、鈴仙が僕に抱き着いて無理やりその射線に割り込んだ。必然、弾は鈴仙の背中に当たり、僕も一緒に数メートル吹っ飛んで倒れる。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 すぐさま起き上がりながら彼女の状態を確認する。

 

「え、ええ……なんとか……」

 

 一瞬鈴仙が心配させまいとやせ我慢しているのだと思った。あれだけの威力の弾幕を受けて、無傷でいるはずがない。慌てて鈴仙の背中を確認するが――。

 

「あ、あれ?」

 

 風呂敷から零れ落ちた一冊の本。それからは黒こげの巨大な弾痕から煙が上がっていた。

 

「本が盾になったんだ……」

 

 とりあえず鈴仙の無事が確認できたので、また当たらないうちに鈴仙の手を引っ張って移動する。

 

「ここまでくれば……大丈夫かな」

 

 竹林の奥まで引っ込んだ僕らは、ほーっと肩の力を抜いた。

 

「てゐがわざとあそこに誘導するように罠を仕掛けていたのね……」

 

「まんまと嵌められたわけかぁ」

 

「ごめんなさい、あなたを危険な目に合わせてしまって」

 

 シュンとうさ耳が垂れる鈴仙。彼女は全く悪くないのに責任を感じているようだ。

 

「僕は鈴仙に命懸けで助けてもらったし、油断していた僕が悪いよ」

 

「手加減無しの姫様の弾幕をよけきるほうが無理なんです。当たりそうになったことに非はないですよ。しっかり覚えて入れば、近づく前に気づいていたはずなのに……」

 

「じゃあおあいこ。僕を助けたことと、危険に晒したことでね。これでこの話はおしまい」

 

「え? あっ……」

 

 僕が言いたいことを理解したようだ。僕はいつまでも落ち込んでいる彼女の頭を撫でた。

 

「今からてゐを探してももう遅いから、今日は仕方ないし帰ろう。永琳さんも理解してくれるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 ほんのりとほほを赤く染めながら、鈴仙は微笑んだ。

 その後、輝夜に手渡すはずだった本がボロボロになったため、鈴仙が大目玉を食らうことになるのはまた別のお話である。

 




 コメント、あんまり来なくてさみちい。全部に返答するわけでもないけど。


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第十一話 シンプルなスライム

 ちょっぴりエッチな回。ちょっとだけね。


 紅魔館の地下には広大な図書館があり、主に外来の本が置いてある。魔導書は言わずもがな。どこかの教科書や漫画まで、絵本だってある。ないのは本じゃないものぐらいか。

 

「ふふふ……遂に完成したわ……」

 

 さて、そんな大図書館の一角にある読書スペースにて、全体的に紫色の小さな魔女が不気味に笑っていた。

 彼女の名は『パチュリー・ノーレッジ』。館の主のレミリアの友人で、この図書館の管理者である。基本的にこの図書館にある本をすべて把握しており、ほぼ毎日ここに籠って読書をしている、別名動かない大図書館。または本の虫。

 その彼女は、時折この図書館の本を読んでインスピレーションを受け、何かしらの魔術的な実験を行うことがある。この笑い声もそれによるものだった。

 

「こんにちはー、鈴奈庵ですー」

 

 そんな邪悪感たっぷりある雰囲気の中、全然場の空気に合わない声が一つ。

 自称外来の一般人。でも多くの妖怪たちと親睦を深めているどこまでも謎の男。本人も無自覚なのでたちが悪い。仮に、『外の少年』と呼ぼうか。呼び名は受け取り手の好きな呼び名で構わない。

 

「あら、もうそんな時間だったのね。今『小悪魔』に持ってこさせるから、そこに座って待ってて」

 

 パチュリーは少年を本が積みあがったテーブルの前のイスに促し、自分はティーポットを魔法で加熱し、ぬるくなった紅茶を温めた。

 

「お呼びですかーパチュリー様ー」

 

 パチュリーが自ら契約した使い魔である小悪魔を呼び寄せた。声をかけずとも、契約によってつながっている魔力の糸で、好きな時に呼び寄せることが出来る。

 

「この人に返却用の本を持ってきてくれる?」

 

「分かりましたー」

 

 ぱたぱたと背中の蝙蝠のような羽を動かして飛び去る小悪魔。背中以外にも頭にも一対の小さな羽があり、こちらは感情によって動きが変わる。パチュリーは温め終わったティーポットと、新しく用意したティーカップをもって、少年が待つテーブルへと向かった。

 

「お茶、用意しなくてもいいのに」

 

「客人をもてなさないなんて、レミィに知られたらどやされるわ」

 

 パチュリーはテーブルに残ったわずかなスペースにカップを置いて、紅茶を注ぐ。

 

「ところで、なんかお取込み中のようだったけど。何をしてたの?」

 

「研究成果を見る前に、まずこの本を見てほしいの」

 

 パチュリーは外の少年に一冊の本を差し出した。

 

「外の世界の化学の本よ。あなたなら見慣れていると思うのだけれど」

 

「へえ、懐かしいな。鈴奈庵にもいろいろと本はあるけど、基本的に古いからなぁ」

 

 地下図書館の本は勝手に増え続ける。古いものから新品同然なものまでと様々だ。

 

「で、そのしおりが挟んでいるページを見て」

 

「どれどれ……『自由研究にお勧め、立派な科学者になろう!』か。また懐かしいものを……」

 

 外の少年にとってもその本は見覚えがあるものだったのだろう。他のページもぱらぱらとめくり始める。

 

「懐かしむのはいいけど、さっきのページの下を見て」

 

「分かったって……うん? スライム?」

 

 プルプルとどろどろの間の性質を持ったあのスライムである。子供ならだれもが一度は作ったことがあるものだ。

 

「ええ、スライム。ここに乗っているやつをモデルに、私なりにアレンジしたものを作ってみたの。それがこれよ」

 

 そう言ってパチュリーは、両手に乗るサイズのビンにたっぷりと詰められた青いスライムを少年に見せつけた。

 

「見たところただのスライムだね」

 

「今はね。じゃあ、いくわよ」

 

 パチュリーはすぐそばの床に瓶を置き、続いて魔導書を開いて呪文を唱える。

 すると瓶の中のスライムがボコボコと泡立ったかと思うと、いきなりコルク栓を吹き飛ばして中から飛び出した。

 

「おお、こいつ、動くんだ」

 

「だけじゃないわ」

 

 パチュリーが手振りで指揮を執るかのような動きをすると、スライムが床に着地した後、ぽよんぽよんと弾みながらパチュリーの左肩に乗っかった。

 

「私が指示した通りに動くようにしたわ。アリスの人形と似た原理ね」

 

「フムフム、他には何か能力とかあるのかな?」

 

「そうね、ムチのような腕を伸ばせたり相手にまとわりついて攻撃したり。……服だけをとかす粘液を出したり」

 

「えっ」

 

「冗談よ」

 

 紅茶を飲んで一息つくパチュリーの言葉に、外の少年は硬直した。どのような反応をすればいいのかわからなかったのだ。

 

「他にもこのマイクを使えばスライム越しに会話もできるわ。といってもお遊戯みたいなものね」

 

 パチュリーはスタンドマイクを取り出した。試しに彼女がスライムと言うと、同時に肩のスライムもまた口を開くような動作をして同じ言葉をしゃべった。

 

「声質は変わるんだ」

 

「地声でもいいのだけれど、こっちのほうが可愛げがあるでしょう?」

 

 ぽよんと肩から降りたスライムが瓶の中に戻り、再び元の状態に戻った。

 

「スペルカードに応用したりはしないの?」

 

「スライムを活用した弾幕? べタッと広がるぐらいしか想像できないわね。それはそれで使えそうだけど……私の趣味じゃないわね」

 

 瓶をコルク栓で蓋をしたパチュリーが、魔法で瓶を机の上まで移動させた。

 

「あのー、パチュリー様?」

 

「本は持ってきたようね。どうしたの?」

 

 本棚の陰から十冊ほど本が山積みになったものを運んできた小悪魔が、恐る恐るといった形で発言した。

 

「魔理沙さんがここに向かっているって、半泣きの美鈴さんから連絡があったんですけど……」

 

「……また無理やり押し入られたわね」

 

「苦労するね」

 

 魔理沙は図書館の本を死ぬまで借りていくため、パチュリーの悩みの種となっている。そのたびに弾幕ごっこで阻止しようとするが、実力差で毎度持っていかれるのが現状だ。

 

「あなた、悪いけど魔理沙に言ってくれないかしら?」

 

「いやあ、魔理沙の蒐集癖にはいくら僕でも止めようがないよ」

 

「それもそうね……」

 

 うむむと頭をひねるパチュリーは、ふとスライムに視線を移した。

 

「……せっかくだからこの手でいこうかしら」

 

「えっ?」

 

「あなたも協力して頂戴。お礼に代金は倍払うから」

 

 そう言ってパチュリーはスライム入りの瓶を持ち上げた。

 

 

 

「パチュリーお邪魔するぜー……って、なんだ誰もいないのか?」

 

 巨大な扉を開けた魔理沙が周囲を見渡すが、大図書館はしんと静まり返っていた。

 

「ふむ、うるさい図書館主も司書もいない。依然として咲夜は来ていないし既に美鈴は白旗を上げさせた。吸血鬼姉妹はいつも通り出張ってこない、と」

 

 普段パチュリーがいる読書スペースにもいくが誰もいないことが分かる魔理沙。現状を確認するため障害となりえる人物を口頭で上げる。そして全員が自らの邪魔に入らないことが頭の中で確定して。

 

「つまり今日は絶賛借り物セールってわけだな。パチュリーがいないと借りがいがないけど、こんな日もあるよな! うん」

 

 誰もいない図書館で、わざとらしく声を上げると、いそいそと持ってきた風呂敷を広げ始めた。普段は数冊のところ今回は風呂敷がいっぱいになるまでもっていこうとしているようだ。

 

「そこまでだ! 春雨魔理沙!」

 

「だ、誰だ!? というか私は霧雨魔理沙だ!」

 

 言い間違いをされつつも魔理沙は周囲をぐるぐると見渡す。

 

「視線が上過ぎるぞ! もう少し下だ!」

 

「妖精メイドか? 随分と声が子供っぽいな」

 

 言われたとおりに魔理沙が視線を下に向けると、はたして、そこにはプルルンとした質感の青く透明な球形のスライムがいた。

 

「……スライム?」

 

「ただのスライムではなぁああいっ! パチュリー様より動ける体を与えられた、かつての幻想郷の支配者、その名も――」

 

「ああそういうのはいいから。どうせパチュリーがまた変なものを作ったんだろ?」

 

 名乗ろうとしたところでぽっきり話の腰を折られたスライムは、後ろを振り向いて少し落ち込んだ。

 

「わ、悪かったって。んで、元幻想郷の支配者が、私に何か用かあるのか?」

 

「……ふん。さっきのことは大目に見てやる。パチュリー様が留守の間、この私が図書館の警護を仰せつかったのだ! いつもパチュリー様は貴様に本を持っていかれないかと心配になり、枕を涙で濡らす毎日。パチュリー様の安眠は私が守るうぅううっ!」

 

 ぽよぽよとジャンプして弾みながら妙なハイテンションでセリフを言いきったスライムに、魔理沙はあっけにとられる。

 

「さあ勝負だ、村雨魔理沙! この魅惑のぷるるんスライムボディの恐怖を脳に焼き付けるがいい!」

 

「さーって、どの本を持っていこうっかなー」

 

「無視するでないっ!」

 

 もはやスライムの調子に合わせると知能が下がってしまうと思い込んだ魔理沙は、風呂敷片手に付近の探索を行おうとしていた。

 

「むむむ……こうなったら必殺技を使わざるを得ないな。流鏑馬魔理沙」

 

「だから私は霧雨魔理沙だって。わざと間違えているだろ」

 

 いい加減うんざりしてきた魔理沙は、早くこの変なスライムから離れたいと感じていた。

 しかし、離れるどころか、自分はこの肩乗りサイズのスライムは意外な強敵だという事を、彼女は思い知らされることになる。

 

「スライムネット!」

 

「っ!?」

 

 ばっと飛び上がって、さらに蜘蛛の巣のように広がったスライムが、完全に油断していた魔理沙を包み込んだ。

 

「な……この野郎!」

 

「ふっはっは。いくらでも暴れるがいい! ただ私はスライム、か弱き少女が暴れたところで何ともないさ!」

 

 スライムの言う通り、魔理沙が暴れてもスライムネットから全く脱出できない。

 

「くっ、私をどうするつもりなんだ!?」

 

「今後パチュリー様を困らせないよう、トラウマを植え付けさえてもらうのだ!」

 

「と、トラウマだとぉ?」

 

 あれよあれよと再びスライムが姿を変え、魔理沙をバンザイした状態で両腕を固定した。

 

「ま、まさか……」

 

「ふむ、やっと察しがついたようだな。だが遅いぞ! 今から行う刑からは、もう貴様は逃れられないのだ!」

 

 衣替えが住んでいない魔理沙の夏服の袖に、スライムから伸びた細長い触腕が伸びる。そして一斉に、魔理沙の脇をくすぐり始めた。

 

「くすぐりデスバンド!」

 

「技名どうにかならなかったのかよ! なぁ、は、ははははははは! やめて、やめてくれぇ!」

 

 涙目になりながら許しを請う魔理沙。両足をじたばたさせキャーキャー騒ぐが、拘束はびくともしなかった。

 

「どうだ、私の必殺技の味は! 文字通り逃げ出したいほどの威力だろう」

 

「分かったから、まいったからやめてく、ああ、あはははっははははあはは!」

 

 魔理沙はもはやまともに言葉もしゃべられなくなる。身をよじって何とかくすぐったさを散らそうと試みたが、触腕と脇の距離が変わるわけがないので無意味に終わった。

 

「今後、この図書館から無断に本を持ち出さないこと。それを約束するのなら開放するが、どうする?」

 

「そ、それだけはしないぜ! たとえ私の脇が血だらけになるぐらいくすぐられても、その条件には首を縦には振らないぜ!」

 

「ならば、これでどうだ!」

 

  触腕をさらに伸ばしたスライムは、今度はわき腹をも対象にくすぐり始めた。

 

「―――っ! は――だめ、だ、そこはよわ、くっふふふはあははは!」

 

 浜に打ち上げられた魚のごとく、絨毯の上で暴れる魔理沙。もはや敗北は必至だ。

 

「ふはははは、もはや大勢は決したな。大人しくピチュるがいい!」

 

「お、はっは、は、お、おぼえてろ――!」

 

 ぷつんと、限界来たのか、捨て台詞を言った魔理沙は、それ以降何の反応も返さなくなった。

 

 

 

 魔理沙が静かになったのを見計らって、パチュリーと外の少年はこそこそと隠し部屋から姿を現した。

 

「作戦成功ね」

 

「やり過ぎじゃないかな?」

 

 白目をむいて気絶している魔理沙の頬を突っついた少年が、パチュリーに問いただした。

 

「ノリノリで声を当てていた人が何を言っているのかしら」

 

「それは、まあ、スライムってどういう性格かわからないし」

 

「私がスライムを操って、あなたがあたかもスライムに自我があるかのようにしゃべらせる。しかもいくら攻撃されても元に戻るから、凍るか蒸発させられない限りほぼ無敵。素晴らしいものが出来たわ」

 

「悪用しないことを願うよ」

 

 横たわっている魔理沙をお姫様抱っこで持ち上げた少年の腰の集金袋に、貸本の代金が普段の倍入れられた。

 

「小悪魔が外で待ってるわ。魔理沙は……門の外で適当に放りだしておけばいいわ」

 

「そんなわけにはいかないよ。途中まで送るって」

 

「……ねえ、あなたって」

 

「ん?」

 

「……ううん、なんでもないわ。それじゃあね」

 

「うん、じゃあまた今度」

 

 パチュリーの言いかけた言葉に少し気になったが、特に追及することでもないと感じた少年は、そのまま魔理沙を抱えて図書館から去っていった。

 




 女の子のくすぐりって、個人的にR16ぐらいあると思うの。


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第十二話 今日も鈴奈庵は平和です

 ようやく主人公君のバイト先のお話。十話以上経ってようやくってどゆこと?


 人里にある貸本屋、鈴奈庵。僕が主にアルバイト先として働いている本屋だ。ただ本を貸すだけではなく、本や新聞を販売したりもしている。小規模ながら本の印刷なんかも行うほどで、店番である『本居小鈴』の本好きが興じて、様々な分野に手を伸ばしている。

 

「ここはこれで、こっちはこうで……」

 

 踏み台に乗って本の整理をする小鈴。その間僕は売り子としてレジ前の椅子に座って待つ。僕が手伝わないのは今小鈴がしまっている本は妖魔本。妖怪が書いた本だからだ。それらの本は妖怪が封印されている可能性もあって、危険性も考慮して小鈴はあまり僕に触らせたがらない。

……まあ、時々小鈴自身が妖魔本を興味本位で解読しちゃったりすることもあるけど。その場合は霊夢や魔理沙といった妖怪退治専門のメンツが駆けつけるようになっている。

 

「小鈴? 返しに来たわ」

 

「あっ、来た来た……わっととと」

 

 踏み台の上で振り返るものだから思わず落ちそうになる小鈴。そして紫髪の少女が、のれんを掻き上げて店の中に入ってきた。

 『稗田阿求』。小鈴の友人だ。一見するとただの少女だが、実は今まで何代も転生したことがあるというすごい女の子。『一度見た物を忘れない程度の能力』を持ち、こと暗記能力は幻想郷一ともいえるだろう。

 

「この本だけど、やっぱり私には読めなかったわ」

 

「内容は妖怪御用達のお料理本だけどねー」

 

 小鈴は『あらゆる文字を読める程度の能力』を持ち、現在では読める人物は存在しない古い妖魔本の文字でも読むことが出来る。本好きの小鈴ならではの能力だ。

 

「妖怪のお料理って少し気になったものだから、自力で解読してみようと思ったのに」

 

「お料理といっても、世の中には知らない方が良いこともあると思うよ? ねっ?」

 

「まあ、そうだね」

 

「?」

 

 僕と小鈴のやり取りに頭にクエスチョンマークを掲げる阿求。僕には本の内容を口伝いで教えてもらったのだが……まあ実践しようとは思わない。まさに妖怪専用レシピだ。

 

「まあそこまで気になるほどでもなかったから別にいいわ。はい」

 

「これはどうも」

 

 古びた本を阿求から受け取る。ちなみに普段僕が貸本を回収しに行くとき借主から代金を貰っているのは、現地に赴く際の手間賃だ。本の貸し出し代金は鈴奈庵で別途請求している。

 

「一年前に来たばかりと違って、働き方が板についてきたわね」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ! 初めのころはいつも躓いて本を落としてばっかりで!」

 

 ここぞとばかりに小鈴がまくしたてる。本を愛するこの少女は、本を乱暴にされることを極端に嫌う。まあレア物でもなく売り物にもならない本に対しては結構ドライだが。

 

「今では幻想郷どころか人間が本来いけない場所にまで進出するほどだものね。冥界地底天界と、あなたって何者なのよ」

 

「ちょいと人脈が広くて人外が多い一般人ですけど?」

 

「ここも博麗神社みたいに妖怪が集まる場所と認識されないでしょうか……」

 

 自分のことなのでどれほどそれが重大なことなのかよくわからないが、とりあえず知人の作った道具のおかげでかなり活動範囲が広がっていることは確かだ。空は飛べないので、その手段での行き来が必要な場合には紫が作った『簡易式スキマ生成玉』という陰陽玉似た玉を使って、決められたポイントに移動できる。移動ポイントに天界を含めたことに若干の抵抗を示していたのはどういうわけだったのだろう。

 

「あなたのおかげで売り上げも少しは上がっていますから、一概に悪いとは言い切れないんですよね。妖怪の方がお忍びで来ることもありますし」

 

「例えば誰が?」

 

 阿求が質問する。

 

「鈴仙さんが変装してこの前買いに来たし、咲夜さんがお使いで本を借りに来たり。あの狸の妖怪様も変装して来たりするわ」

 

「狸の……あの妖怪のことね」

 

「うん、あの妖怪」

 

「あの妖怪かぁ」

 

 おそらくほかの二人と同じく、ふぉっふぉっふぉっという笑い声をする大きな尻尾の妖怪が頭に浮かんだ。

思えば人里で多くの妖怪が訪れるホットスポットというのはここぐらいのものだろうか。他にも『命蓮寺』というお寺があるけどあそこは人里のはずれにあるし。

 

「なんじゃ、人をあの呼ばわりするなど」

 

 入口から投げかけられたその人物の声に反応して、三人そろって振り向いた。

 

「マミゾウさん! こんにちは!」

 

 『二ツ岩マミゾウ』。化け狸達の親玉だ。よくこの店にも入り浸っている。今は人里に入るにあたって、特徴的な耳と尻尾は化けて隠している。

 

「こんにちは、マミゾウさん」

 

「うむ、小鈴も小僧も元気そうじゃな」

 

 基本的にマミゾウは面倒見のいい性格をしている。僕が幻想郷に来る前に小鈴関連で何か事件があったときにも協力したと聞くし。

 

「私には何かないんですか?」

 

「御阿礼の子は病弱だと聞いておるからのう。お世辞でも元気そうと答えたほうがよいか?」

 

「それ以外にも何かあったでしょうに……」

 

 やれやれと肩をすくめる阿求。どうもつかみどころがない妖怪であるため、ペースに乗せられつつあることに若干不満気だ。

 

「今日は何しに?」

 

「どれ、今日もいい本がないか見に来たのじゃよ。相変わらず妖気が立ち込めている場所にて、私にはどの本がいいかよくわからん」

 

 その妖気というものが僕にはさっぱりわからない。この前、文に見せた霊夢特製のお守りも何かすごい力が込められていたというが、僕にはほかのお守りと大差ないように見えた。どうやら僕にはその手の力を感じ取ることが出来ないようで、そこのところに疎外感を感じる。

 

「最近コネで手に入ったレアものがあるんですよ。お気に召すかは分かりませんけど……」

 

「ふん? それは興味深い」

 

「私にもどんなのか見せてもらえない?」

 

 ちょっと待っててくださいねーと言いながら踏み台を動かして、別の本棚の前で登る小鈴。最近手に入ったものというのには心当たりはないが、こういう時に小鈴が出すレア物という物はちょっと嫌な予感がする。

 

「はいこちらです……よったたたた!?」

 

「あ、まずくない?」

 

 その巨大な本を取り出したと同時にバランスを崩した小鈴は、盛大に踏み台から足を踏み外し、どばたーんと床に盛大に転げ落ちた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「怪我してない?」

 

「よっこいしょっと」

 

「いてて……あ、ありがとうございます」

 

 僕は本だけは死守するように倒れた小鈴の両肩を持って起き上がらせる。

 

「随分と大きな本じゃのう。それに、妖気がぷんぷんと漂ってくる」

 

「小鈴にとってのおすすめって妖魔本だものね」

 

「そんなことないわよ。……たまーに普通の本もお勧めするし」

 

 歯切れの悪い答え方をする小鈴。そうして彼女は、本を受け付け台に乗せ、適当なページを開いた。

 

「……なんか変な声が聞こえる」

 

「ほう、小僧にも聞こえるという事は、これは相当の代物じゃのう」

 

 本の表紙を見た時から随分とまがまがしい感じがするが、開いたら今度はうめき声のような音が本から発せられた。心なしかページに載っている絵も少し動いているように見える。

 

「まがまがしい絵ね……というより、これってもしかして……」

 

「うん、妖怪がふんだんに封印された妖魔本」

 

「この店にはトラブルの種しかないのか」

 

 そんなものお祓い担当の人物に預けて即刻浄化してもらうに越したことないが、小鈴からすればそんなことはナンセンスで、なにがなんでも永久保存したいはずだ。

 

「ほら、妖怪って一口に言っても、マミゾウさんみたいにいい妖怪の方とかいっぱいいますよね? 化け狸の棟梁と言われているマミゾウさんなら、封印を解いてもきっと仲良くできるんじゃないかと思って……」

 

「封印されている時点で害悪がある妖怪ばっかりなのは確定だよね?」

 

「仮にページ一つ一つに妖怪が封印されているとしたら……全部解放されたら妖怪の頭数だけで百鬼夜行の出来上がりね」

 

「人里崩壊待ったなしじゃのう。ところでいくらじゃ?」

 

「買わないでよ、マミゾウさん」

 

 袖の内からお金を取り出そうとするマミゾウをやんわりと制止する。本気で封印を解きそうだから怖い。

 

「冗談が通じぬやつよ」

 

「でも、やっぱりこのままにしておくのは危険すぎるわ。もっと然るべき場所に保管しないと」

 

「うー……でも他に信用できる人なんて……」

 

「逆にマミゾウさんなら信用できるという論理を知りたいな」

 

「おぬしは儂に対する当たりが強いのう」

 

 妖怪の手に渡るのもあれだし、このままこの店に置くのも小鈴が封印を解きそうで危険だ。とすると一番この本を持つのにふさわしい人物となると……。

 

「おっ、そうじゃ、小僧に持たせたらいいのではないか?」

 

「えっ、はっ?」

 

 何を言っているんだこの棟梁狸。寄りにもよって一般人の僕に持たせるなどと。

 

「なに、考えがあってのことよ。妖怪の文字が書いてある本は普通の人間では封印は解けん。そして危険性をよく知っているおぬしなら、ぞんざいに扱ったりせぬと踏んだのよ」

 

「それはまあそうですけど……」

 

「それは盲点だったわ……小鈴もそれでいい?」

 

「むう……でも」

 

「ここの従業員である小僧の家なら、おぬしも気安く行って様子を確認することぐらい容易じゃろう?」

 

「……じゃあ、お願いします」

 

 そうして小鈴は本を閉じて、重量感があるそれを僕に差し出した。

 

「僕の自由意思はないのかなぁ」

 

「ふぉっふぉっふぉっ。困ったことがあったらいつでも相談に乗るぞ?」

 

「僕に託すという提案をした本人が何を言ってるんですか」

 

 その後、この本が原因である大事件が起こる……という事はたぶんない。と思いたい。

 




 最後に渡された本がメインのお話が来ることはない……はず。


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第十三話 勝利は誰の手に?

 やっぱりレミリアとフランはセットで出なきゃね。


「いやっ! こんなの……認めないわ!」

 

「ふふん、現実を認めたまえフランちゃん」

 

 レミリアの妹『フランドール・スカーレット』の悲鳴が響き渡る。場所は彼女が普段いる紅魔館の地下室。僕と彼女以外にも何人かいる。

 

「あなた……またフランを!」

 

「うーん、レミリアが僕を責める権利はないと思うな」

 

「くっ!」

 

 ぎりぎりと奥歯をかみしめるレミリア。悪いが今のレミリアはただ見守ることしかできない。

 

「じゃあいくよ――くらえ!」

 

「いやーっ!」

 

 僕は手に持った四枚のカードを机にたたきつけた。

 

「革命返しだ!」

 

「あーもう! なんで悉く私のやろうとすることを阻止してくるのよ!」

 

「ちょっといい加減にしなさいよあなた! またフランが大貧民じゃない!」

 

 まだ勝負はついていないが、すでに勝負は決まったこの段階で、富豪として上がったレミリアが抗議した。

 

「勝負とは時の運と実力なのです。というわけではい、四のツーカード」

 

「しかもしょっぱい手で終わらせてきたわ」

 

「自分で勝てる分野には容赦ないですね」

 

 トランプゲームをやるのなら人数が多いほうが良い。という事で図書館の方からパチュリーと小悪魔が参戦している。咲夜もやりたがっていたが仕事があるので泣く泣く断念という形だ。

 ちなみに普段こういうゲームをする場合互いに能力の使用に上限はないらしいが、今回は僕がいるため全員使用は控えている。アンフェアになるのは目に見えているので当然の処置だけど。

 

「これで僕が平民。パチュリーが大富豪で小悪魔が貧民かな」

 

 勝てたといっても三着だ。大富豪のルールでは終了毎の順位によって配られたカードが何枚か移動するが、平民は何もない。ちょっと寂しい。

 

「次こそは私が一位になるもん……!」

 

「姉を倒して乗り越えるというわけか。熱いねぇ」

 

「いつになくフランが燃えているわ」

 

「この人が来るといつもテンションが上がりますよね、フランお嬢様は」

 

 カードを集めてシャッフルする間の短い歓談。彼女の知人の中でただの男というのを珍しがっているのか知らないが、フランは僕と勝負するのが好きなようだ。この間はオセロで対決したし。

 

「レミリアもフラン大事って言っているけどその割には二位だし……」

 

「て、手札がそうしろって言ったからよ、悪いかしら?」

 

「嬉々として二着を誇っていたのはどこの誰?」

 

「う、うるさいわよ大富豪。なんかただの順位の役職だけど、上下関係があるのは釈然としないわ。私はこの館の主なのに!」

 

「そりゃまあゲームですし。希望としてはレミリアとフランでワンツーフィニッシュを決めたいところだけど、そうもいかないのが大富豪というものだからね」

 

「平民がペラペラと語るわね……でもその通りだわ。誰の手にもゆだねられていない運命というものは、思い通りにならないものだからね」

 

 運命操作の能力を持つレミリアからすれば、能力禁止の条件は実に歯がゆいものだろう。

 

「よしそれじゃあ配るよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 シャッフルし終えたので今度は順番に配る。イカサマが無きよう、順位に関係なく僕が配ることになっている。イカサマできるような技能を持っていないからだ。

 配り終えたら今度はカード交換。貧民側は良いカードを。富豪側はいらないカードを渡す。平民は特に交換しないのでその光景を見届ける。

 

「これは……!」

 

「うーん、パチュリーったら相変わらず微妙なカードばかりを渡してくるなぁ……」

 

「ありがとうフラン。ちょうどほしかったカードだったの」

 

「……小悪魔、ほんとにこれしかなかったの?」

 

「も、申し訳ございませんお嬢様!」

 

「見ているだけで楽しいね」

 

 たかがゲームされどゲーム。勝負となれば皆熱中してのめり込むというもの。こうした空気を楽しむのもカードゲームの醍醐味だ。

 

「最下位から始めようか。それじゃあフラン。好きなのだして」

 

「次こそは一番だから!」

 

「威勢良いなぁ」

 

 勝負には勢いも肝心だというし、これは油断していると一杯食わされるかもしれない。かくして通算第五回戦が幕を上げたのだった。

 

 

 

「こ、この私が……」

 

「お姉さまったら、弱くない?」

 

 最終順位。一位パチュリー、二位僕、三位小悪魔、四位レミリア、五位フラン。

 圧倒的不利なフランが五位のままなのはまあ仕方ないとして、レミリアがフランのことを気にしすぎたせいか四位に転落、繰り上げて僕と小悪魔が順位を上げたという感じだ。

 

「フランも人のことを言えないわよ!」

 

「私にはハンデがあったんだもーん」

 

 最初の意気込みなどなかったかのようなそぶりを見せるフラン。かわいいからなんだか憎めない。

 

「余裕過ぎてなんだか眠くなってきたわ。休憩にしましょう。小悪魔、みんなに新しいお茶を」

 

「かしこまりました!」

 

「私への当てつけなの、パチェ!?」

 

 立ち上がって指さすレミリア。

 

「レミィは少しフランに依存し過ぎよ。落ち着いていれば逆転されることもなかったのに」

 

「その点に関しては曲げるつもりはないわ。フランは私の妹だから」

 

「これってシスコン?」

 

「違うわよ!」

 

 こんなにも取り乱しちゃって。ケーキ試食会の時はもう少し威厳があったんだけどなぁ。……ん? ケーキ、レミリア自作……うっ、頭が。

 

「あら、何やら記憶の蓋が開きかけたような顔をしているわね」

 

「それってどういう顔なのよ?」

 

 レミリアが僕の顔を見てそんなことを言った。なんだろう、記憶にないけどケーキ関連ではレミリアと関わらないようにしたい気持ち。

 

「紅茶をどうぞー」

 

「ありがとう小悪魔」

 

「咲夜と比べるとナメクジみたいな遅さね」

 

「咲夜さんと比べないでくださいよ……」

 

 彼女と競うにはジャンルが悪すぎる。変なものを紅茶として入れないところでは小悪魔は優秀と言えるが。

 

「お茶菓子もどうぞー」

 

「羊羹ね。中に入っているのは……」

 

「栗じゃない。もうそんな季節なのね」

 

 ほとんど外に出ないパチュリーが季節を感じるときと言えば、こうして食事に供される食材を見るときか。他には外からの来客の服装を見るときもそうかな。

 

「あんまり和菓子を紅茶で合わせるイメージがないなぁ」

 

 注がれた紅茶を飲みながら一言。和には和を、洋には洋をという関係性がベストだと思っている自分としては、この二品が出てくるところにちょっと意外感を感じていたりする。

 

「あら、結構合うものよ? 私は餡子の菓子も好きだし」

 

「私は果物いっぱいのケーキのほうが好きだけど……甘いからいっか!」

 

 フランは無邪気にフォークで取って羊羹を頬張る。

 

「もうじき紅葉か。妖怪の山に行くのもいいかな」

 

「秋の味覚は、山で採れるのが世の常よね」

 

「お兄さま、私焼き芋が食べたーい」

 

「私にはキノコ鍋をお願いするわ」

 

「姉妹揃って僕に頼むことが当たり前だと思ってない?」

 

 今さっきフランは果物のケーキがいいと言っていたくせに。でもかわいいから許す。

 

「キノコ鍋なら魔理沙に頼めばいいじゃないか」

 

「なによ、フランのお願いだけ聞くつもり?」

 

「私はお姉さまと違って、ちゃんとしたカリスマがあるっていうことね!」

 

「それは聞き捨てならないわねフラン」

 

 姉妹の間にバチバチと火花が散る。盛大に勘違いしているようだが、特に修正する気も湧かないでこのままにしておく。

 

「小悪魔、彼にお茶のお代わりを」

 

「はい、どうぞー」

 

「あっ、どうも」

 

 飲み切った紅茶を新しく注いでくれる。紅茶のマナーで、純日本人としては音を立てて飲まないようにするのが結構難しい。

 

「いま、私のカリスマについての挑戦者が現れたわ。だから私は、この挑戦を受けることにしたわ!」

 

「何の挑戦よそれ」

 

 突然のレミリアの宣言に軽く突っ込みを入れるパチュリー。少しほったらかしただけでどうしてそうなったのか。

 

「ルールはシンプルよ。ここにはほかに三人いるから、カリスマ度が高いほうに投票してもらうわ、人数が多いほうが勝ちよ!」

 

「打ち負かしてやるわお姉さま!」

 

「何そのカリスマ度って」

 

 なんか勢いについていけないが、幻想郷ではよくあることです。

 

「じゃあさっそく三人には同時に指差しで決めてもらうわ」

 

「私は準備できてるわ。みんな選んで!」

 

 二人ともふんぞり返って目を閉じた。こういうところが似ているから姉妹って面白い。

 

「じゃあ遠慮なく……せーのっ!」

 

 ビシッと僕とパチュリーと小悪魔はそれぞれ思い思いの人物に指をさした。そして、その結果は――。

 

「……ん? な、なんで私が負けるのよ!」

 

「やったー! お姉さまに勝ったわ!」

 

 結果は小悪魔がレミリア、僕とパチュリーがフランに指していた。

 

「パチェ、裏切ったわね!」

 

「ごめんなさいレミィ。私は自分が持つカリスマを争いに使おうとしている姿が醜くて」

 

「さっきのキノコ鍋の傍若無人さには目に余るものがあったからなぁ」

 

「二人とも動機が不純じゃなくて!?」

 

「それだけ私の方が上ということね!」

 

「お、落ち着いてくださいお嬢様! 私は味方です!」

 

「そうですよお嬢様、私もついています!」

 

「「「「「……あれ?」」」」」

 

 なんか一人多いぞ。レミリアの背後に、まるで最初からいたかのように佇んでいる人物が、咲夜がそこにいた。

 

「レミリア様がカリスマ度で競っていらっしゃるのなら、私は忠誠心度で。常人の二倍、いや三倍から四倍、いえもっとあると言えます!」

 

「その忠誠心が鼻からあふれているよ」

 

「これは粗相を」

 

 どこからか持ち出したティッシュで鼻血を拭く咲夜。仕事はどうしたのだ。

 

「……こほん、というわけですのでフラン様、申し訳ありませんが負けを認めていただきたく存じ上げます」

 

「認められるわけないでしょ! お兄さまだって私の好き度は咲夜の比じゃないもん!」

 

「えっ、僕?」

 

 カオスになりつつあるフランの地下室。さっさとエスケープしたい気持ちではあるがそうにもいかないだろう。

 

「お兄さま、私のことが嫌いなの?」

 

 抱き着かれて潤んだ瞳で見上げられるこの気持ち。これは天地がひっくり返ってもノーとは言えない。

 

「す、好きだよ、フランのこと」

 

「やったー!」

 

「あ、あなた……私のフランに手を出したわね!?」

 

「お嬢様、不埒者に処断を下すというのならばまずこの十六夜咲夜が」

 

 シャキンとナイフを取り出す咲夜。あの目、マジだ。

 

「何この八方塞がりな展開」

 

「いくらお姉さまと言えども、お兄さまに手を出すなんて私が許さないわ!」

 

「言ったわねフラン。図書館まで来なさい!」

 

「ガチンコよ!」

 

 ぱたぱたと両者は己の背中の羽をはばたかせて、部屋の外に飛び出していった。

 

「また私の本が……」

 

「いつも飛び火させてごめんパチュリー」

 

「片付けなら後でしますから。この不埒者も一緒に」

 

「その肩書そろそろやめていただけませんかねぇ」

 

「今日一日は撤回できなさそうです」

 

 果たして、真の勝者は誰になるのか。相当な被害は免れないことだけは予感でできた。

 




 紅魔館勢は書いていて楽しい。みんなの好きな勢力はどこかな?


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第十四話 焼き芋の極意

 霊夢が登場する話が意外と少なかったので投稿。ちなみに前後編の前編です。


「いい陽気だな……」

 

 昼下がりもいい時間帯。ここは博麗神社。いつも妖怪たちの宴会場に指定されているイメージがあるが、平時はこうした静かな場所だ。すんでいるのは霊夢だけだし、その霊夢もこの神社では基本的に境内の掃除や時々のお賽銭チェックと、特別騒がしいことをしたりはしない。噂ではあの光の三妖精の住処がこの近くにあるというけど、今日は彼女たちが出張ってくる様子は無し。

 

「ちょっとあなた、根が生えた老人みたいに縁側に座っているんじゃないの。はい、掃除掃除」

 

「もう隅から隅まで掃いたって」

 

「分社の方、まだ屋根に落ち葉が残っていたわよ?」

 

「えっ、あれも?」

 

「当り前じゃない。梯子なら蔵の方にあるから、しっかりとやるのよ」

 

「人使いが荒いなぁ」

 

 どうせ明日にはまた元通りになってしまうものを、よく几帳面に掃除するものだ。いや、他にすることがないから掃除だけはせめて真面目にやろうとしているのだろうか? 基本的に参拝客いないし。

 

「あだっ!?」

 

 すこーんとお祓い串が飛んできて僕の額にクリーンヒット。跳ね返ったお祓い串は霊夢の手にブーメランのように戻って納まった。

 

「何がおんぼろ神社には客が来ない、よ!」

 

「そこまでは思っていないけど的は得ている……」

 

 ジンジンと痛む額を押さえつつ、箒を片手に逃げるように蔵へ向かう。

 

「さて、さっさと仕事を済ませるか」

 

 蔵の重い扉を開けて、中に入る。季節も相まって、石造りの蔵は床も壁も氷のように冷たい。息も少し白くなっている。

 

「梯子は……あんな奥に」

 

 基本空を飛べる霊夢は梯子なんてあまり必要としないのか、奥へ奥へと追いやられていた。かろうじて通れる荷物の隙間を通過して、外に運び出そうと接近を試みる。

 

「……この葛籠じゃまだな。何が入っているんだ?」

 

 それを阻んだのが大きな葛籠。だいぶ重く、中身を少し減らさなければずらすこともできない。

 

「勝手に開けさせてもらいますよっと……」

 

 中から妖怪が飛び出してくるなんていうことはなく、現れたのは神事に使いそうな道具だらけ。

 

「……この葛籠は何だ?」

 

 葛籠の中にまた一つ小さな葛籠が。興味本位でそれを取り出し、ふたを開ける。

 

「これは……服? 似たようなのがいっぱいある」

 

 霊夢が来ているおめでた紅白色の巫女服とよく似たデザインと色合いの服が、何着も収まっていた。

 

「でもサイズが……今のと比べるとずいぶんと小さいなぁ」

 

 ひょっとしてだが、これは霊夢の昔の服で、ずっと前からこれを着ていたということか?遠くからでも分かるこの色。もしかしたら幼い霊夢が迷子になっても、すぐに遠くから見つけられるようにとの気遣いだったんじゃ……。

 

「……そんなわけないか」

 

 歴代の巫女というのはこういう服を着ているものだろう。無理やりそう結論づけた僕はさっさと中身のものを取り出して葛籠を動かした後、梯子を持って外に戻るのだった。

 

 

 

「掃除終了!」

 

「はいお疲れ様」

 

 もろもろの道具を元の場所へしまって、鳥居と本堂の間の道で落ち葉を集めていた霊夢に報告した。

 

「一応聞くけど、報酬はなんですか」

 

「今から作るわ」

 

 そう言って霊夢は、程よく熟したサツマイモを籠ごと持ってきた。

 

「それ僕がおすそ分けで持ってきたやつじゃん」

 

「なによ、焼き芋は嫌いかしら?」

 

「好きだけどさ」

 

 ちなみにたき火は周りの民家に迷惑が掛からない場所でやろう。煙で洗濯物が真っ黒になる。霊夢が落ち葉に火を着けている間、僕はあるものを神社から持ってきた。

 

「香霖堂からもらったこの金属の紙、本当に使うの?」

 

「水で濡らした新聞紙も忘れずにね」

 

 アルミホイルが幻想郷に流れ着いているのには驚いたが、せっかくだから現代風の焼き芋を作ろうと思う。アルミホイルとは別に用意した濡れた新聞紙をサツマイモに巻き、次にアルミホイルを隙間なく巻きつける。蒸し焼きにするのだ。

 

「こっちは大体灰になったわよ」

 

「分かった、こっちも終わったよ」

 

 何も包まずに焼くと水分が飛んで少しぱさぱさになってしまう。なのでこうして水分を閉じ込める必要があるのだ。

 

「本当にこれで、もっとおいしくなるの?」

 

「ほくほくねっとりの黄金色になるよ。もうこれなしじゃ生きていけないぐらい」

 

「焼き芋ごときがそんなになるわけないわ」

 

「これなしというのは誇張かもしれないけど、美味しいのは間違いないよ」

 

 秋の味覚と言えば焼き芋に栗、サンマがあればうれしいけど幻想郷には海がない。銀杏は茶碗蒸しにしてもおいしい。カボチャもいろんな料理にできるし、レンコンも丁度この季節だ。

 

「あんたちゃんと火加減見てる? よだれ出てるけど」

 

「み、見てるよ。うん、見てる」

 

 芋を灰の中に埋めてからの時間は少し長い。完全に灰に芋を埋めた後も、火が強くなりすぎたりしないか見ておく必要がある。

 

「問題はそこじゃないけどね。調子に乗って全部包んでしまった」

 

「十本以上あるけどどうするのよ」

 

「僕は二本あれば十分なんだけど」

 

「私だってそうよ」

 

「……なるようになるかな」

 

 とりあえず今は目の前の焼き芋調理に集中することにする。

 火加減を見つつ待つこと半刻より少し短いぐらい。持ってきた串で刺してしっかり火が通っていることを確認した後、熱々のそれを串に刺したまま霊夢に渡した。

 

「火傷に気を付けてね」

 

「さて、その自信満々になる出来合いはいかにってところかしら」

 

 アルミホイルと新聞紙をはぎ取り、中から現れた鮮やかな紫色の皮の芋を取り出した霊夢は、真ん中からそれを二つに割る。

 

「……な、なるほど。案外おいしそうじゃない」

 

 現れた断面からは湯気が立ち昇り、ごくりと霊夢はつばを飲み込む。

 

「昔、家族と一緒に秋にキャンプに行った時に作ったことがあるんだ。記憶通りに作れてよかったよ」

 

 そして自分もできたてのそれを灰の中から取り出し、外皮を剥いで焼き芋本体を出す。霊夢と同じように二つに割り、片方にかじりつく。

 

「はふっ、ほふぅ……あーうまい!」

 

「……いただきます」

 

 僕ががっつく姿に我慢出来ず霊夢もつられたように焼き芋に一口。

 

「……!?」

 

「砂糖とか振っていないのにこんなに甘くなるなんて、サツマイモってやっぱり不思議だよね」

 

「そんな……わたしが作ってもぼそぼそになっちゃう焼き芋がこんな……」

 

「泣いておられますよ霊夢さん」

 

 悔し涙を流しながら焼き芋をものすごい勢いで食べ進めていく霊夢。このペースだと三本はいくね。

 

「バターがあればもっといいんだけど、さすがに霊夢の家にはないかな?」

 

「味噌ならあるわよ。焼き芋の味噌汁とか、いいかもしれないわ」

 

「他にもおすそ分けした食材があるし、今日は秋の味覚祭りかな」

 

「あなたが食べていく必要はないわよ?」

 

「そんな殺生な」

 

 食べ終えたら次の芋に手を伸ばす。すると焼き芋の数が、不自然に少なくなっていることに気づいた。

 

「……妖怪芋泥棒がでた」

 

「なんですって?」

 

 焼き芋の欠片を頬に付けた霊夢が、いつになくやる気を感じさせる目つきに変わる。本当に食べ物の恨みは恐ろしい。

 

「なら結界を張るわ。妖怪が入ってきたのならすぐにわかるようにね」

 

「容赦がない」

 

「報いを受けさせるに決まっているでしょ。私のお芋を盗んでいく輩には……」

 

 好戦的な笑みを浮かべる霊夢。というか僕らの目の前で姿を見せずに盗むことが出来る人物と言えば、かなり限定されていると思うけど。

 

「……! 犯人は近くにいるわ」

 

「どこどこ?」

 

「……そこよ!」

 

 霊夢は僕にやったようにお祓い串を投擲。ぎゅるぎゅるぎゅると回転しながら鳥居のほうへと向かっていき、そして空中でガツンと何かにぶつかった。

 

「いったーい!」

 

「やっぱりそこにいたのね、悪戯三妖精。もう隠れても無駄だから出てきなさい!」

 

 うひゃーとサニーの能力で不可視化していた妖精三人組が、芋づる式に姿を現した。

 

 

 

「三本減っていたから、もしかしたらって思ったけどね」

 

「もう齧っちゃっているじゃない!」

 

「だってー」

 

「おいしそうー」

 

「だったんですぅー」

 

 正座をして口をそろえて弁明? をする三人組。ちなみにお祓い串の直撃を受けたのはルナチャだった。額が赤く腫れている。

 

「ふふ、私の焼き芋に手を出したツケは、どうやって払ってもらおうかしら」

 

「いいじゃん霊夢。どうせ二人じゃ食べきれなかったんだし」

 

「そうは言うけどねぇ」

 

「いよっ、男前!」

 

「一生ついていきます!」

 

「今ので惚れ直したかも」

 

「やっぱり一回しめておかないとだめね」

 

 クルクルと片手でお祓い串を回して脅す霊夢。ストップストップと、僕は片手で制した。

 

「もらうときはちゃんと面と向かってお願いしなきゃダメだと思うよ。分かったかな?」

 

「「「はいっ!」」」

 

 霊夢の威圧もあってか、ここは素直に従う三人。果たしてちゃんと従うかはともかく、少なくともしばらくの間悪さはしないだろう。

 

「さて、それじゃああと一人も出て来てもらおうかな」

 

「えっ?」

 

 僕がたき火跡の方に振り向くと、ちょうどそこに焼き芋に手を伸ばそうとする白い長手袋に包まれた細い手が見えた。例のスキマから。

 

「あっ、紫!」

 

「ばれてしまったなら仕方がありませんわね」

 

 手を引っ込め、上からするんとスキマから降り立った紫は、いつも通りの胡散臭い微笑みを湛えながら僕たちに会釈した。

 

「何やらおいしそうな匂いにつられてくれば、こんな素敵なものを作っていたんですもの。ご相伴にあずかりましたわ」

 

「もう食べたんだ。しかも二個目に手を伸ばしていたと」

 

「口の横にサツマイモの欠片がついているわよ」

 

「……」

 

 顔を見られないように振り向いて、取り出したハンカチで口元を拭う紫。指摘されるまで気づいていなかったのか。

 

「……こほん。ところで霊夢、西の方で結界に緩みがありました。今すぐ向かって修復していきなさい」

 

「そんなわけないでしょ。ついこの前に直した場所じゃない」

 

「そう断言できるのなら、それこそ一度自分自身の目で確かめてみなさい?」

 

「……釈然としないけど、行けばいいんでしょ」

 

 むすっとした表情で後はよろしくと言った霊夢は、その場で飛び上がってまっすぐ西の空へ向かっていった。

 

「さて、あなた達もお家に帰りなさい?」

 

「は、はい!」

 

「焼き芋全部食べるんだよー」

 

「焼き芋美味しい」

 

「また焼き芋よろしくお願いします」

 

 何人か焼き芋にかじりつきながらその場から飛び立っていく妖精たち。

 

「……で、僕に何か用でもあるのかな?」

 

「あら、まだ何も言っていないのに」

 

「だって霊夢に用事があるのなら、わざわざあの三人を帰らせる必要なんてなかっただろうと思ってね」

 

「ええ、その通り。あなたに一つ重要なお話がしたくて。……ここで話すのもあれだから、中に行きましょう?」

 

 紫の話とは大抵面倒くさいものが多いが、どうやら今回はそれとは違い感じがした。はたして、紫がしたい話とは一体何なのか。恐れと興味半分ずつの気持ちで、僕は神社の居住スペースに向かった。




 博麗神社の構造がいまいちよくわかっていない。とりあえずこたつはありそう。


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第十五話 輪の中に入ること

 ちょっと真面目で難しい話。でも、あまり深く考えずに読んでいただければ幸いです。


 前回のあらすじ。博麗神社の掃除の後焼き芋を作って食べていたら焼き芋泥棒が現れた! まあ、二人じゃ多かったからどのみちよかったんだけどね。

 

「はいお茶」

 

「ありがとう。霊夢と違って気が利くわね」

 

 博麗神社の居間にて、少々時期早のこたつの前で正座をする紫に茶をふるまう。

 

「本人がいる前で言わないようにね」

 

 勝手知ったる他人の家ってね。幻想郷に来て間もなくしばらくの間霊夢のところで居候させてもらったので、どこに何があるかおおよそ把握している。

 

「それで、話というのは何?」

 

「結構重要なことなのだけれど……あなたが外の世界に戻れるかどうかの」

 

「……」

 

 僕の幻想入りした原因については不明だったが、外に返すこと自体は紫の能力で簡単なことらしい。でも一つの可能性を鑑みて、今までずっとここでの生活を送っていた。

 可能性とは『僕が戻ってもまた幻想入りするかもしれない』という事だった。幻想入りした理由という根本的な問題がある限り、僕は安易に外の世界に戻させることはできないのだという。

 

「一年以上ここで過ごしてもらって得た結論というのは、まず、あなたはただの人間。純度百パーセント。魔力も妖力もない普通の人間よ」

 

「それを聞いて安心したよ」

 

「そして問題なのは次。あなたにも能力があったという事。幻想入りしたのはそれが原因ね」

 

「えっ、本当?」

 

「本当よ。この期に及んで嘘をついたりはぐらかしたりはしないわ」

 

 一般人Aの僕がそんなものを持っているなんて思わなかった。でも何の力もないのにどうして能力は持っているのだろう。

 

「妖怪や一部の人間が持つ能力は後天的に、特に強い力を持っていなくとも発現する場合もあるの。あなたの働き先の店番のようにね」

 

「小鈴のことか……確かにどんな文字でも読めるっていうこと以外は、普通の女の子だからなぁ」

 

「それと同じようにあなたも後から能力が生まれて、それが影響して幻想郷という最後の楽園に引きずり込まれたということよ」

 

「能力系バトル漫画みたいな展開だね。全然戦える力なんて無いけど」

 

「あなたの場合それでいいと思うわ。むしろ好戦的でないが故の能力といったところかしら」

 

 この言葉から察するに、紫にはどんな能力なのかも既に予想がついているのだろう。

 

「ちなみに僕の能力に名付けるとしたら、どんなものになるのかな?」

 

「んーそうね……色々と考えてみたのだけれど……」

 

 ビシッと紫に目の前まで指をさされ。

 

「ズバリ『輪の中に入る程度の能力』というものよ」

 

「な、なにそれ?」

 

 能力としてはかなり不思議なフレーズが飛び出した。具体的にはどんなことが出来るのだろうか。

 

「能力自体は常に発動しているわ。何かの輪に入る……グループに入るということね」

 

「グループに入る? 僕はどの勢力にも属していないんですがそれは」

 

「もっと抽象的なものよ。よりかいつまんで言うと、自然と他人と仲良くなるっていうところかしら。すでに出来上がった関係に、馴染んで自然と入り込めてしまう。ある意味恐ろしい能力ね。すなわち自分の勢力を簡単に作り上げてしまうのだから。まあ、そうなるまで親密な関係に至れるというのは、あなたの人徳によるものかしら」

 

「僕はそんなカリスマ持ちじゃないよ」

 

「そんなものではないわ、“自分と同じ立場で接せる”ということは、幻想郷の、特に妖怪との関わり合いではどれだけ大変なことか。どんな大妖怪だろうと、あなたの前ではただの知人に成り下がる。……私ぐらいの古株じゃなければ、そこのところの違和感には気づけなかったわ。ただの人間が、話して楽しいって思うわけがないもの」

 

 つまりだれとでも仲良くなれるという能力というわけか。いいことだと思うけど、紫にとっては結構な問題なのだろう。

 

「人心掌握とはまた違うものよ。弱い妖精も大妖怪も、神々でさえも。同じ立場で物申せる存在……つまり大局を左右させる可能性があるということよ。もしあなたの一言で、コロッと誰かが気が変わったら、途端に今までのバランスが崩す可能性もある。でも、危惧するのと同時に、安心したわ。だってあなただもの。少なくとも悪いことなんてできるはずもないものね」

 

「そりゃあ仮に事件おこしたら霊夢たちが来てフルボッコですし」

 

「軽ーいお仕置きで済むかもしれないけどね。で、ここまでがあなたの能力について。本題はここから」

 

「元の世界に帰れるかどうか、だよね」

 

 心して聞くことにする。僕の今後の生活が一変するかもしれないからだ。

 

「結論から言って、対策せずにあなたが幻想郷から出ても、能力によってまたすぐに戻ってくることが推測されるわ」

 

「幻想郷を取り囲む結界の“輪”に知らず知らずに入ってきてしまうからってこと?」

 

「いわば忘れられないようにする妖怪のための理想郷――言い方が悪いけれど保護区のようなものだもの。あなたの能力は、その“輪”に常に向けられている。今追い出したとしても、すぐどこかに戻るのがオチになる」

 

「とすると、僕は元の世界には戻れないってこと?」

 

「そうはならないわ。可能性としては、あなたがもう幻想郷から去りたいと思えば、もう二度と幻想郷に引き戻されることはないでしょう。……二度と来れないということでもあるけど」

 

「それはどうして?」

 

「この能力はあなたの潜在意識が働きかけているからよ。誰かと一緒に居たいという気持ち。外の世界でも友人はいたのに、なぜ幻想入りしたのかはいまだに不明だけど、古明地家の協力で明らかになったわ」

 

 いつの間に僕に知らせずそんなことをしたんだ。まあ僕のためだというのならそこまで強くは言えないけど。

 

「相当な寂しんぼなのね」

 

「否定はしないよ。みんなといると楽しいから」

 

「とにかくあなたにこの場で聞くのはこの質問よ。幻想郷にとどまりたい? それとも帰りたいと思っている?」

 

「……」

 

 帰りたいという気持ちは、正直のところある。家族だっているし、最初と比べたら最近はそうでもないけど、学校のことも心配だ。でも――。

 

「……すぐに結論は出せないけど、でも、少なくともしばらくはここに居たいと思ってるよ。こっちでも大勢知り合いがいるし。ここの生活もだいぶいいと思っていたから」

 

「……そういう答えが聞いて、安心しましたわ」

 

 会話の合間合間に飲んでいた湯のみのお茶の残りを一息に飲んだ紫は、正座を崩して女座りになった。

 

「安心した?」

 

「ええ、私個人としても、友人が幻想郷から離れていくのはとても心寂しいもの。すぐに出て行かないという返事がもらえただけでも、ほっとしているわ」

 

「僕はそんなに紫にとっての大切な人に慣れてはいないと思うけどなぁ」

 

「……本気で言っているのかしら?」

 

「えっ?」

 

 急に紫がすねたように頬を膨らませた。

 

「いったいどれだけの人間と妖怪が、あなたという存在が心に根付いているのか理解していて?」

 

「えっ、えっ」

 

「少なくとも好意を抱いている人物は片手でも数えきれないほどだというのに。彼女たちがこの事実に気づいたら、嘆き悲しむでしょうね……」

 

 いやまって、さらっととんでもないことを言っていませんかこの賢者さん。

 

「ええ、この際はっきり言いますわ。あなたを好いている人妖が大勢いるという事をね!」

 

「ええええええええ!?」

 

「ええ、ええ、誰とは言いませんし私も把握してはいない。でも霊夢のような直感は持ち合わせてはいないけれど、そこは女の勘。あなたがどれだけひっかけているのか、ちゃんと自分を振り返ってみたらどう?」

 

「そ、そんなこと言われても。僕はフツーにご近所付き合いをしていただけですよ?」

 

「その普通に接せるというのは、なかなか人間と妖怪の間では高いハードルなの。それに幻想郷での実力者というのは概して女ばかり。そんな中、初めて対等に話せる男の友人が現れたら……ねぇ」

 

「……もっと慎重に付き合うことにする」

 

「そのほうが良いわね」

 

 しかし、うーん、自分がそんなに影響力がある人間だとは思わなかったなぁ。紫が嘘をついているようにも見えないし。かと言って実際に好意を抱いている人物は誰なのか全くわからないし。

 

「ん、ちょっと待って、さっきの言い分だと紫も僕のことが――」

 

「ちょっと紫! どこも結界に穴なんてないじゃないの!」

 

 僕の言葉をさえぎって、霊夢が縁側から靴も脱がずに上がって障子を勢い良く開けた。

 

「あら霊夢、お邪魔しているわ」

 

「よくもぬけぬけと!」

 

 ぷんぷんと怒る霊夢は、握ったお祓い串を紫に向けながら振り回す。

 

「あら怖い、そろそろお暇させてもらうわね」

 

「あっ、紫、さっきのことは」

 

「お茶、美味しかったわ、じゃあまたね」

 

 足元にスキマを広げた紫は、そのまま中に入ってこの場から離脱した。逃げたな。

 

「今度顔を見せたらとっちめてやるんだから……」

 

「いつも紫の気まぐれには苦労するよね」

 

「……ところで、あなた紫と何を話していたの?」

 

「いつもの世間話だよ」

 

 とりあえず、紫との会話は僕の胸だけに秘めておくと誓った。




 主人公の能力が決まった瞬間。でもそれがメインになる日はたぶんないし、相変わらず主人公はみんなとわちゃわちゃすることでしょう。


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第十六話 妖怪旅館物語、その壱

 初めての長編。主人公が温泉旅館へ出かけます。


 紅葉もいよいよ本格的となった秋も終盤。最も紅葉が美しい場所と言えば、まず最初に妖怪の山が上がるだろう。そしてその妖怪の山を望むとすれば、いったいどこがベストポジションだと言われれば多くの意見があるが、多数の人が温泉から見る景色がいいという。

 ちょうど妖怪の山の麓には間欠泉が湧き出ている。そこからの温水を引き入れた旅館は、秋から冬の終わりまで大盛況という事だった。

 

「というわけで、私たちも行きましょうよ! 一泊二日の温泉旅!」

 

「なんで僕まで?」

 

 現在ここは僕の家。人里にある典型的な一軒家で、一年前から住み着いている。来客者は射命丸文。人里に訪れるために変装している。

 

「今年から宿泊費が二割も安くなったんですよ。これはいかなきゃ損というものです!」

 

「僕よりももっと親しい人とかいると思うけど」

 

「ええ、うるさいのが二人来ますよ」

 

 文がうるさいと称する人物など二人しか該当しない。『犬走椛』と『姫海棠はたて』の両名だ。一人は白狼天狗という白毛のオオカミ尻尾と耳を持つ剣士で、もう一人は文と同じく烏天狗の新聞記者だ。

 

「休みが取れたんだね」

 

 天狗は完全な縦社会で、下っ端天狗は雑務に追われて忙しいのだとか。ちょうど休みの周期が合うとは。

 

「まあ、椛は上司命令という事で同行を強要しましたし、はたては私から言わずとも勝手についていくと言いましたし」

 

「大丈夫なのその組み合わせ」

 

 波乱が起こりそうな予感しかしない。慰安目的の旅なのにこれ如何に。

 

「行きましょうよー。宿代はこっち持ちでいいですからー」

 

「なんでそこまで僕を誘うのさ。何か裏があると見える」

 

「ドキッ、そんなわけないですよ。善意善意」

 

 わざとらしくドキッと口で言っている時点で隠すつもりが全くない。宿代は払うとか言っているけど、どうせ個人出版している新聞のネタ作りのためだろう。あそこは多くの大妖怪が来るらしいし、新聞に掲載する話としては申し分ない。

 

「まあいいよ。明日から数日は暇だったし」

 

「その返事が頂けると思っていました! 明日の明け方に人里の門の前に来ていただければ迎えに行きます、そうしたらほかの二人と合流して、軽く山を散策しながら旅館にゴーです!」

 

「最初から僕が来ること前提で予定を立てていたね?」

 

「だって私とあなたの仲ですし。……好きな人じゃなければ誘いません、本当ですよ?」

 

「どっちの意味の好きなのそれ?」

 

「さあ、どっちでしょう」

 

 相変わらず飄々とした態度を見せる文。この間の紫の言葉もあって、僕はここのところ女の子の顔色をうかがう変な癖がついてしまっている。なんだかナルシストじみた発想ではあるけど、好意を持った女の子がいたら、ただの友人関係であり続けるようにしたいからだ。

 文は……たぶん大丈夫。セーフセーフ。

 

「とりあえず、明日の明け方ね。言っておくけど、僕がついていっても事件が起きるとは限らないから」

 

 一応忠告はしておく。それ目的で僕を誘ったのなら過度な期待はしないでもらいたい。

 

「あやや、何を言っているんですか? いつも台風の目であるあなたがそんなことを」

 

 

 

 翌日、人の気配がない、まだ開いていない人里の門で、空から飛んできた文と合流した僕は彼女に抱きしめられ、否、ぶら下がって声が彼方に行くスピードで妖怪の山の麓へと移動した。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「大丈夫ですか? 荷物は落としていませんよね?」

 

 全然心配していないような口調で文が話しかける。気分は足場がないジェットコースターを、普段の何倍もの加速度で振り回された感じだ。へこたれて尻餅をつくぐらいは許してほしい。

 

「相変わらず根性がなっていないわね」

 

「文さん! 人間相手にあの速度はダメですよ!」

 

 妖怪の山参道近くで待っていたのは天狗の二人。文のライバルはたてと、もふもふの椛だ。

 

「……うー」

 

「あれ? 警戒されてる」

 

 僕から見て尻尾を隠すそぶりを見せる椛。尻尾はもふもふするものだとじっちゃんが言っていたので、僕は何も間違ってはいないと思う。実際は言っていないけど。

 そんな中、文が僕に寄り添ってそっと耳打ちをした。

 

「一応教えますけど、人間の撫で方というのはもうメロメロにさせちゃうほどなんですよ?」

 

「それはさすがに過剰表現だよね」

 

 確かに椛などのケモノ耳系妖怪に会うたびになでなで症候群が発病して、どうしてももふもふしたくなってしまうが、それが人の性というもの。もう一度言うけど、僕は間違っていない!

 

「やったらせくはらで訴えますからね!」

 

「誰に?」

 

 はたから見ればくだらない会話をこなしつつ、ようやく足の震えが止まったので立ち上がる。

 

「白狼天狗の犬走椛は、男の人に撫でられると喜んでしまう……と」

 

「あっ、そのネタ私もいただき」

 

「お二方!?」

 

 いつも持っている大剣を鞘付きのまま振り回す椛と、バサバサと背中の黒い羽根をはばたかせて空に逃げる文とはたて。

 

「ねえ、その旅館というのはどこにあるの?」

 

「間欠泉がっ、湧き出ている場所からっ、まっすぐ南へ歩いてっ、半刻ですっ。ここからっ、歩いて昼頃にっ、つくと思いますっ、ふんっ!」

 

 ぶんぶんと振り回す大剣の動きに合わせて答えた椛。文もはたても本気ではないと思うからいい加減許してもいいと思うけど。

 

「直通の道もありますから、迷うことはありません。椛狩り、もとい紅葉狩りを堪能しながら行くとしましょう!」

 

「いい加減おちょくるのをやめていただけませんか!?」

 

 かくして、僕らの温泉旅が始まったのであった。

 

 

 

 ――時は前日にさかのぼる。

 

「相変わらずアリスのパンはうまいぜ」

 

 アリス邸にて勝手に上がり込んだ魔理沙が、彼女の焼き立てパンを齧っていた。

 

「それはどうも。なんだってあなたはいつも私の家に上がり込むのよ」

 

「だっていつも鈴奈庵から本を借りているだろ。せっかくだからそれを私も読み散らかそうという魂胆だぜ」

 

「読んでもいいけど、散らかすのだけはやめてよね。それに、あなた本当の目的はそれじゃないでしょう?」

 

「どういうことだ?」

 

 アリスらしからぬニマニマ顔を作り、一言。

 

「あの人に会うためよね。さりげなく」

 

「んぐ!?」

 

 対して集中して聞いていなかった魔理沙がパンを口に運ぶと同時にこの言葉。当然驚いた魔理沙はのどに詰まらせて窒息しかけた。

 

「ごっほ、ごほ、な、なに言いだすんだよいきなり!」

 

「ふうん、その反応からするに、どうやら図星ね」

 

「んなわけないだろ! 自分で借りて金払うのが少し嫌だっただけだ!」

 

「自分から本を借りにいくとあからさますぎるものね」

 

「あーいえばこーいう!」

 

 顔を真っ赤にしながら頭を掻く魔理沙。

 

「最近、魔理沙の態度がちょっとおかしいって思っていたところなのよ。宴会の席でも、他の女の人に絡まれている彼を見る目が完全に嫉妬のそれだったし」

 

「人を常に観察しているなんて趣味が悪いぜ」

 

「観察せずともわかるわよ。あなた彼だけには特別扱いしているから。たぶん他にも何人か知っているんじゃないかしら。気を付けなさい、彼を狙っているのはあなただけじゃないわよ」

 

「狙ってないっての」

 

 行儀悪く紅茶をすする魔理沙。それすらも気を紛らわそうとしている無意味な行為だとアリスには看過されている。

 

「と、ところで、さっき自慢したいことがあるって言っていたけど一体何なんだ?」

 

 魔理沙が家に上がる際にさりげなく話していたことだった。それを引き合いに出したことで、アリスは話題を中断して質問を答えることを余儀なくされた。

 

「さっきのこと? ちょっと待ってて」

 

 そう言ってアリスは背後の戸棚に置いてある本から、挟んでいた一枚の紙を取り出した。

 

「はいコレ」

 

「何なに……な、『一泊二日、妖怪旅館無料チケット』じゃないか!」

 

 妖怪の山のふもとにある温泉旅館。妖怪を敬遠しがちな人里でも密かに人気な宿泊施設だ。

 

「先週雑貨屋で買い物したらくじ引きをやっていてね。試しに引いたら一等のこれが当たったのよ。日ごろの行いかしら」

 

「アリスの行いなんて大したことないだろ」

 

「白黒の魔法使いも大したことないでしょ」

 

 若干剣呑な雰囲気が漂うが、それはすぐに解消することになる。

 

「……ところでアリス、このチケット、ペア限定とか書いてあるんだが」

 

「ええ、だから誰かひとり誘わなければならないわ」

 

「もう決めたのか?」

 

「……」

 

 無言で首を振るアリス。個人的に付き合いが深い人物は、悉く返事がノーだったのだ。

 

「期限が明日までって書いてあるし、これはヤバいんじゃないか?」

 

「ええ、ヤバいわ」

 

「ちなみに私は明後日までフリーだぜ」

 

「それで?」

 

「私を誘え」

 

 自分の胸をどんと叩く魔理沙。

 

「なんであなたと一緒に行かなきゃならないのよ」

 

「他に相手がいないんだろ? それに自慢していたという事は、アリスは是が非でも旅館に行きたいわけだ」

 

「う……」

 

 ちゃんとした旅行というものを経験したことないアリスは、さりげなくこのチケットの存在にワクワクしていた。何か理由がなければ踏ん切りがつかなかったのだろう。

 

「ここで交渉だ。お前が行くのなら私を連れていけ。行かないんだったら私がもらっていくぜ」

 

「なんで持っていこうとするのよ」

 

「どうせタダ同然でもらったやつなんだからいいだろ?」

 

「……はあ、しょうがない。じゃあ明日の朝、九時ぐらいに妖怪の山の参道前ね」

 

「もっと早くてもいいぜ私は」

 

「残念ながら私の方に用事があるの。暇な魔理沙とは違ってね。魔理沙とは違ってね!」

 

「いいって強調しなくても。それじゃあまた明日。楽しみに待っていろよ!」

 

 家に帰って準備をするつもりの魔理沙が、走って玄関まで飛び出した後すぐ箒にまたがり、自分の家へまっすぐ飛んで行った。

 

「一番楽しみにしているのは魔理沙じゃない」

 

 紅茶を一口飲んだアリスがつぶやいた。




 温泉回はもうちょっと待ってね。


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第十七話 妖怪旅館物語、その弐

 何気にタイトルが気に入っていたりするの巻。


「こうして大勢で歩くのはなかなか新鮮です」

 

「そうだねぇ。できれば前の二人が静かなら文句なしなんだけど」

 

 参道をある程度を登った先、横に伸びた直通の道を歩き続けて約半刻。行程としては半分は過ぎているはずなので、もう少し歩けば目当ての旅館が見えてくるはずである。

 

「どうしても記事の新鮮さを求めるというのなら、もっと歩かないといけないわ。私のように顔を広くしないと」

 

「出所の疑わしい情報を掲載している新聞記者がよく言うわね」

 

「よくずっと言えるよなぁ」

 

「まあこれは切磋琢磨というものでしょうし」

 

 文とはたてはライバル同士。お互いの新聞を貶め合うことで記者としての向上心を高めているのだという。

 

「それにしてもあの間欠泉。遠いのか近いのかよくわからないね」

 

「あそこのお湯を引っ張っているという事ですが、確かあれは『地下間欠泉センター』のお湯ですよね。怨霊は大丈夫なのでしょうか?」

 

 僕が来る前の異変において、『旧地獄』という地底の世界にある間欠泉センターから、温泉とともに大量の怨霊が湧き出てきたのだという。人妖共に危険な怨霊がいまだあの辺りに漂っているとのことだ。そこのところ対策しているのだろうか。

 

「妖怪旅館には怨霊退治の達人が常駐しているそうですよ。少なくともパイプに乗ってお湯ごと流されてくることはないでしょう」

 

「そうなんだ。よく知ってるね」

 

「伊達に新聞記者はやっていませんから」

 

 お互いにいがみ合いながらも、ばっちりこちらの会話は聞いていたようだ。

 

「そうじゃなきゃ人里でも人気にならないもの。もしかしたら知り合いがいるかもね」

 

「普段とはまた違った酒の席で、取材とかさせてもらえればいいんですけどねー」

 

 文の本来の目的は普段の違った顔の妖怪たちの取材である。文字通り羽を休めることも目的の一つだろうが、今日の旅で文が取材手帳を肌から離すことは、たとえ温泉に入る時だろうとないだろう。

 

「取材もいいけど、温泉旅館と言ったら定番がいくつもあるからね」

 

「定番、ですか? 宿部屋の席でお酒を飲むとか?」

 

「幻想郷にあるかどうかは知らないけど、もしあったら教えるよ」

 

 過度に期待されても実際なかったら残念だ。多くは語らないようにしよう。

 

「あっ、見てください。木々の合間から旅館が見えますよ!」

 

「どれどれ……へぇ、川のすぐ近くに建っているんだ。」

 

 流れが急な川の傍に、典型的な和風の旅館が何軒も川に沿って連なっている。どうやら複数の建物に分かれているようだ。

 

「妖怪用、人間用、人妖共用の宿泊施設からなっているそうです。妖怪が怖い、人間が嫌い、人間妖怪を含んだ団体客という方でも問題ない配慮ですね。ちなみに従業員の方も各館に合わせた人選だそうですよ」

 

「僕らは共用の建物ってことかな?」

 

「そういうことです。温泉も一緒に入れて安心ですね」

 

「いや、普通にそこは男女で別れるでしょ」

 

「あやや、はたてとあろう者が、あの旅館には混浴もあることを知らないんですか?」

 

「こ、混浴ですか!?」

 

 一番反応したのは椛だった。顔を赤くしてたじろいでいる。

 

「水着着用なので恥ずかしがることはないですよ。売店に売っているみたいですから忘れても大丈夫ですし」

 

「僕は男風呂にて失礼」

 

「あっ、まちなさーい!」

 

 どのみち受付は文が住ませるので無意味になるだろうけど、いたたまれなくなった僕はその場から逃走を図る。混浴で文たちと一緒に入るとか、いじられまくる予感しかしない。悪いけど僕は心安らかに温泉に浸かりたいのだ。

 

「なんでみんなは抵抗がないんだ!」

 

「一度は温泉につかりながら一緒にお酒とか飲みたいじゃないですかー」

 

「混浴があることは知らなかったけど、別にスタイルに自信がないわけじゃないし」

 

「わ、私は抵抗ありますからね!」

 

 うーん味方が下っ端天狗の椛しかいないこの状況。僕の温泉旅行の旅は初っ端から波乱が確定するのであった。

 

 

 

 それから、文やはたてに振り回されつつも旅館まで残りの行程を歩いていき、無事たどり着いたがここでアクシデントが起こった。

 

「部屋がない、ですか?」

 

 文がこの旅館の皺くちゃ顔の女将と掛け合っているときにそのような言葉が耳に届いた。詳しく聞くため僕も会話に参加する。

 

「どうしたの?」

 

「今、四人全員泊まれる部屋が空いてないそうなんですよ」

 

「申し訳ございません……現在、ほとんど満室でございまして。三人部屋ならお二つ空いていますので、別れていただけるのならお泊めできるのですが……」

 

「ちょうどいいんじゃないかな? 男女に分かれればいいし」

 

「普通二人ずつではないですか?」

 

「女の子同士のほうが羽目を外しやすいと思ってね。この旅館は宿泊部屋で食事みたいだからその時に一緒になればいいし」

 

「むむむ……まあ取材したいときはそちらに行けば良いですしね。では女将さん、私たちと彼で二部屋お願いします。食事の時は一緒の部屋で」

 

「はい、承りました。ではご案内しますね」

 

 ちょっとしたトラブルだったが、これも旅の醍醐味だろう。しかし後からくるお客は残念ながらあきらめてもらうほかないだろう。二人ぐらいだったら相部屋もいけるだろうが、いくら僕でも知り合い以外にそんなことはさすがに出来ない。

 女将の案内で旅館の二階に案内されて、それぞれの部屋の鍵を渡された後、女将は深く会釈してからまた持ち場に戻っていった。

 

「さて、では荷物を下ろしたら温泉街に行きましょう!」

 

「温泉街? 近くにあるの?」

 

「ええ、少し離れたところに。お昼もそこで食べるとしましょう」

 

 朝食は軽めに済ませたのでお腹ペコペコだ。冷える朝から歩いてきたので、暖かいうどんかそばが食べたい。天ぷらもあれば文句なしだ。

 

「じゃあすぐ後にね、みんな」

 

 そうして僕らは一時、隣り合った部屋に分かれて入っていった。

 

「一人でいるのには、やっぱり三人部屋は広いなー」

 

 密かに旅館の広い部屋を独占できることを楽しみにしていたりする。部屋の内装は広い和室に大きな机が一つに座布団はきっちり三つ。窓際にはそこで二人でお酒を傾けろと言わんばかりに、座椅子と机のセットが置いてある。水回りもしっかりしているので用足しも安心だ。

 

「必要最低限のものをもって……あれ?」

 

 ふと、和室の中央に置いてある背の低い机に違和感。正確にはその上。

 

「なんでお菓子がないんだろう……」

 

 普通旅館と言えば茶道具とお茶菓子が備え付けられているもの。なのに、明らかにその茶菓子が入っていたはずの茶菓子入れには一つもお菓子が入っていない。

 

「入れ忘れたのかな?」

 

 茶道具がついているのに菓子だけ不備があるというのは、それはそれで不思議なことだ。特に僕はなくてもいいのだが。

 

「なっはっはっ! さすがに気づいたかー!」

 

「そ、その声は!」

 

 声質は少女なれど豪快な笑い声。今まで間違いなく他に誰もいなかったはずの部屋に響き渡る。そして、背後に誰かが降り立つ気配がしたので振り返ってみたら。

 

「久しぶりだねぇ、軟弱者君?」

 

 頭の横から長い角をはやした少女――のように見える鬼、『伊吹萃香』がそこにいた。僕を様々な呼び方をする人はいるけど、軟弱者扱いするのは鬼ぐらいだ。非力で酒も飲めない僕は彼女からすれば、軟弱者と認定されるのは当然だろうけど。

 

「近頃霊夢のところで姿が見えないって思ったら、こんなところにいたの?」

 

「ここはいいよー。あたし自ら何かせずとも勝手に宴会が始まるからね。んぐっ」

 

 と言いつつひょうたんの酒を呷る萃香。彼女が素面なところは見たことない。鬼って恐ろしい。

 

「酒飲みの一番の肴は、どんちゃん騒ぎしている奴らを見ることさ。お前もそう思うだろー?」

 

「お酒は飲まないけど楽しいのはいいことだと思うよ」

 

「何事も挑戦が大事だって。という事でどうだい?」

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 紫色のひょうたんを僕に差し出す萃香。あれはただのひょうたんではない。鬼用の酒が無限に湧き出る伊吹瓢と呼ばれるものだ。並の妖怪でも飲んだら大変なことになるのに、酒に弱い僕が飲んだら一撃必殺、閻魔様に予定にないご挨拶をしなければならない。

 

「まったく挑戦心がないやつだなー。まあ、最近居座りすぎていたきらいもあるから、あたしはここらでお暇させてもらうよ。やっぱり霊夢ん所の宴会も気になるし」

 

「そのほうが良いよ、いるのが分かったら天狗たちも気が気でないだろうし」

 

「もう昔の話だってのに、いつまでも気にする奴らだよねぇ」

 

 大昔、鬼は妖怪の山の支配階級だったそうで、現在の住民である天狗や河童たちは頭が上がらないのだとか。

 

「じゃあそう言うことで、またなー軟弱者君!」

 

 そういうと萃香は、霧のように消えていった。『密と疎を操る程度の能力』だ。

 

「……あっ、早くいかないと」

 

 鬼らしいまっすぐで豪快な少女だった。今頃文たちは準備を整えているだろうから、急いで支度をしなければ!

 そして、あとから合流した三人の様子が少し変なことに指摘したら、「上司に見られている気がする」と言っていた。霊夢ほどでないにしろ、勘がいいのかもしれない。




 ゲスト出演の萃香ちゃん。霖之助もしかりで、時々ちょい役でいろんなキャラを出していくスタイル。


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第十八話 妖怪旅館物語、その参

 やったぁ水着回だ! (白目)。


「いやーいいですねぇ、ここのお蕎麦」

 

「文さん、うどんもおいしいですよ。この力うどん、おもちが香ばしいです」

 

「このかき揚げ、つゆにつけてもサクサクのままってどういうことなのかしら? あとで取材しないと」

 

 三者それぞれの反応を見せながらのお昼ご飯。合流した僕らは旅館から道を下った温泉街へやってきた。暖かいものが食べたいという意見が全員一致したので、うどんと蕎麦が提供されているお店に突入し、その店先で食事することになった。

 予想通り温泉街はかなりの賑わいを見せていた。あの大型旅館から買い物できる場所と言えばここぐらいなので当然ではあるけど。しかし出てくる食べ物は普通においしいしリーズナブルだ。賑わうのも頷ける。

 

「この魚の天ぷら、骨も丁寧に処理されていて身もホクホクだよ。骨せんべいもあるし」

 

 僕はネギがたっぷりのうどんに別添えの天ぷらだ。さらにサービスで出てきた魚の骨をぱりぱりと齧る。酒は飲めないけど、おつまみにはピッタリだと思う。

 

「ん、あれ?」

 

 ふとした拍子に見つけた、見慣れた二人組。魔理沙とアリスだ。荷物を持った人形が周囲に浮いていて、二人は共に温泉饅頭を食べながら歩いている。

 

「どうかしたの?」

 

「ほら、あそこに二人が」

 

「あやや、魔理沙さんとアリスさんじゃないですか。女の子同士で温泉デートですかね?」

 

「最近そういう噂が流れているって聞いたわ。記者が噂を鵜呑みにするのなんていけないことだけど」

 

 魔理沙は最近アリスの家に入り浸っていると聞いたことがある。元より仲がいい二人なのだから、本当に温泉デートなんて言う可能性も……。

 

「これは後で突撃取材をせざるを得ないわ……」

 

「二人とも、聞き取りしてどうするんですか?」

 

「もちろん掲載新聞のため。我々記者は、真実をお届けする使命があるのです!」

 

「プライバシーは厳守してほしいなぁ」

 

 烏天狗はパパラッチか何か。あとで容赦なくマスパ食らっても知らないぞ僕は。

 

「ところで部屋が取れたんですねあの二人。もうすでに満室とのことでしたが」

 

「僕らより先に着いたのかな? それとももっと長いこと旅館にいるとか」

 

「もしかしたら後で宿を取るつもりなのかもしれないですよ?」

 

「「「そんなまさか」」」

 

 椛の言葉に即答で笑い飛ばす僕たち。試しに言っただけですよーと拗ねてしまったので、骨せんべいを一つ譲渡して機嫌を直してもらった。

 

 

 

「そんな、部屋がないなんて!」

 

 そして、椛の言っていた言葉が真実であったことが明らかになった。食事を終えて土産物屋で買い物を済ませて戻ると、アリスと魔理沙が入り口であの女将と交渉をしていたのだ。

 

「あやや、アリスさん、もしかして部屋数には余裕があると思われていたのですか?」

 

「妖怪の山の新聞記者じゃない。あなた達は泊まれたっていうわけ?」

 

「二階のいい部屋をゲットですよ。女将さん、この旅館のこと、記事にさせてもらいます!」

 

「それはありがたいことです」

 

 なんか文は挑発から入ってくる気がする。本人は平和主義を謳っているのに矛盾しているのはこれ如何に。

 そして魔理沙、なぜかアリスの背後で僕を見て固まっている。そんなにいることが予想外だったのだろうか。まあ予想できないか、僕も直前になってから来るって決めたし。

 

「あのー魔理沙さん? フリーズしていますよ」

 

「はっ、わ、悪い、この間ぶりだな」

 

「うん、この間ぶり」

 

 最近はアリスの家にアルバイトの貸本回収に行くと彼女がよくいる。というか毎回いる。三日前にも居たし。

 

「それで、泊まりたいのって二人だけ?」

 

「ああ、そうだぜ。でも満室だとさすがに……」

 

「僕の借りている部屋、人数的に余裕あるから一緒に泊まる?」

 

「「えっ?」」

 

 やや落ち込んでいたアリスと魔理沙にもたらされた一筋の光。状況説明を兼ねた提案を申し立てる。

 

「僕ら、四人で来たけど三人部屋が二つしかなかったんだ。で、今僕の泊まっている部屋が一人だけだから、あと二人なら何とかなるんだけど……。もちろん、二人がそれでいいっていうのならの話だけど」

 

「お客様、それでよろしいのですか?」

 

「僕は二人と一緒の部屋になるのは問題ないですよ」

 

「私は、それでもかまわないけど……魔理沙は?」

 

「えっ、あ、わ、私もそれでいいぜ」

 

 たどたどしく答える魔理沙。とにかく二人からオーケーサインは出た。

 

「かしこまりました、ではご案内いたします」

 

「じゃあ、後でね」

 

「どうもありがとう」

 

「サンキューな」

 

 二人は女将の後をついていった。

 

「……と、勝手に決めちゃったけどよかったかな?」

 

 後半から黙っていた天狗三人組。話していたのは文だけだったけど。

 

「いいも悪いも、お手柄ですよ!」

 

「えっ、なんで?」

 

「ちょうどあの二人の仲について、電撃アタックしようと思っていたところなのよ? それが隣同士の部屋になって、しかも一人間者がまぎれているとなれば、赤裸々な事実を暴き立てるのも容易だわ」

 

「僕は間者扱いですか。ていうか赤裸々って」

 

「文さん、あまり無茶なことはさせないようにしてくださいよ?」

 

「無茶なことでなければ何したっていいってことです!」

 

 この記者たち、記事になりそうなことに関しては手段を選ばない!

 

「まあ、彼女たちに関しては時が来たら何をすべきかはお伝えしますよ」

 

「何させられるんだろう僕……」

 

「と、とりあえず温泉に入りましょうよ皆さん。私は疲れました」

 

「そうですね、取材はそのあとに行うとしましょう」

 

「その前に椛の水着を買わなきゃね。ほら、行くわよ!」

 

「わふっ!? で、ですから私はいいと……ああ引っ張らないでください!」

 

 文とはたてにずるずると売店方向に引っ張られていく椛。南無。

 ちなみに僕の水着は、文が密かに手荷物に滑り込ませていたので一応ある。そんなに一緒に入りたいのか。

 

「……逆に一緒に入らないと申し訳ない気持ちになってきた」

 

 もうここは覚悟を決めて一緒に入るしかないのだろうか……。とりあえず入浴の準備だけは済ませておこう。

 

 

 

 最初に言おう、どうしてこうなった。

 

「ここは譲れないぜアリス。私が窓際だ!」

 

「いーえ、私のチケットで泊まれたんだから私が窓際であるべきよ!」

 

 どうやら布団の配置について揉めているようだ。そんなの今ではなく布団が敷かれたときにやればいいのに。

 

「二人とも、せっかく旅館に来たから楽しまないとだめだよ」

 

「布団争奪戦も旅館では醍醐味だぜ」

 

「みんな、陣取りゲームの開始よ」

 

 アリスは人形を展開していつでも攻撃の構えだ。あの、ここ宿泊部屋なんだけど。

 

「私の弾幕が火を噴くぜ!」

 

「七色の魔法使いの力、見せてあげる!」

 

「二人ともここはただの旅館だから!」

 

 結局、ここは最初に部屋に泊まった僕が窓際という事で落ち着いた。

 

 

 

 文が選んだと聞いて警戒していたけど、僕の水着は黒に白いラインが入った普通のハーフパンツタイプのものだった。さすがに際どいものは選ばなかったようでほっとしている。

 

「露天風呂だからよく景色が見れるかな」

 

 混浴は露天風呂オンリーらしい。空を飛べる妖怪がいる幻想郷では対策しているのか、さすがにモラルは守っているのか知らないが、水着着用ならたぶん大丈夫だろう。

 

「おお、結構広いなぁ」

 

 二十人ぐらいなら余裕で入れそうな岩風呂。雪対策で屋根付きになっている部分もある。すでに何人もの、恐らく家族らしきが見えた。

 

「文たちはいないな……じゃあお先に」

 

 半裸の状態ではこの季節は寒い。早くお湯につかるべく、近場の木の洗面器でお湯を掬ってから頭からかぶる。熱い!

 

「想像以上だった……我慢すれば大丈夫かな」

 

 なるべく湯がかけ流されている場所から離れて、今度は慎重につま先からゆっくり入る。さっきよりは多少ましだった。

 

「いいなぁこれ。景色も格別だ」

 

 巨大な妖怪の山と吹きあがる間欠泉。舞い散る紅葉の葉が時々水面に浮かぶ。現代日本人の僕からしたらなかなかない体験だ。ただ景色を見るのと温泉に浸かりながらでは全く違う。

 

「あやや、こちらにも目を向けてくださいよ」

 

「っと! びっくりしたなぁもう」

 

 上体を振り向かせて、文の声がした方向を見た。そこには三人の天狗ガールズ。みんなそれぞれ全く異なるデザインの水着を身に着けていた。

 文は黒を主体として、縁に赤いラインが入った上がクロスタイプのビキニ。はたてはフリルがついた紫のワンピース型。椛は紅葉の葉がデザインされた布地の少ない三角ビキニだった。

 

「みんな、ここ温泉だよ? 水着ファッションショーの会場じゃないんだよ?」

 

「あいにくこれしか持ち合わせがなかったものでして。湖水浴にはよく着ていますけど」

 

「こういうときだけ、メリハリのある体を持っているあなた達がうらやましいわ……」

 

「も、もっと地味でよかったのに、文さんがぁぁ……」

 

 ……すごい必要以上に注目を浴びている三人組。そりゃこんな美人たちが色っぽい水着を着て現れたら、目が離せなくなるのは当たり前。僕も目を奪われている。こんなの思春期真っ盛りの高校生には刺激が強すぎる。

 

「み、みんなとりあえずお湯に入ろう? 寒いでしょ」

 

 とにかく適当な理由を付けて彼女たちを温泉の中に入れさせなければ、これ以上周囲からの視線に耐えられない。ほら、椛が恥ずかしさで頭から湯気が出てる。

 売店で買ってきたはずだけど、温泉浸かるのに何でこんな露出度が高めな水着が置いてあったんだ。かわいそうな椛、あとで撫でてあげないと。

 

「へえ、随分と羽目を外しているじゃないかお前たち」

 

「「「はっ!?」」」

 

 その声に聞き覚えがある三人はとたんに冷や汗をだらだらと流し始めた。

 

「えーっと誰だったかなこの声……あっ、そうだった、地底の――」

 

「皆まで言わなくても大丈夫ですっ!」

 

「なんでここにあの人が……!?」

 

「……」

 

 椛さん、茫然自失していて口から魂が抜けておりますよ。

 

「なんだい、アタイがいると都合が悪いのかい?」

 

 最も温度が高いエリアでつかっていた彼女が、湯煙の中から現れた。額に赤い一本角をはやした女性。萃香と同じ種族は鬼、『星熊勇儀』だ。その自慢の怪力は災害を引き起こすほどで、普段は地底にいるはずだ。

 ちなみに、温泉に入るにしたがってこの人も水着を着ている。白に赤い縁取りのハイネックビキニで、しかもパレオを腰に巻くという相当なおしゃれさんだ。

 

「いえいえとんでもありません! 思う存分お湯につかってください!」

 

「す、すごい記事が書けますよ。あの鬼の四天王をも湯あみに来る温泉なんて!」

 

「……」

 

 さすが新聞記者。すぐに口から飛び出したのは相手を上げる言葉ばかり。椛さん、そろそろ意識を取り戻してください。

 

「ここに天狗が三人もいるとなったら、一つ勝負がしたいところだねぇ。どうだい? あとで表の方で怪力勝負といくのは? そっちは三人がかりでも構わないよ」

 

「そんなもったいないです! 私たち程度が勇儀さんの相手を務めるなんて!」

 

 あっ、文、そのセリフはまずい。

 

「アタイの“ちょっとしたお願い”も聞いてくれないのかい?」

 

「はっ、いえいえそういうつもりでは! ……分かりました、では後で旅館の前に、三人で」

 

「楽しみにしているよ。どれぐらい腕が上がったか見てみたいからねぇ」

 

 そう言って勇儀は湯船から上がり、脱衣所の方へと歩いて行った。

 

「……とりあえずお風呂に入ろう、みんな」

 

 すっかり葬式ムードになってしまった三人に対して、僕からかけられる言葉はそれだけだった。




 水着三人衆とのイチャイチャ? ないですよ。


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第十九話 妖怪旅館物語、その肆

 お気に入り登録者五十人突破やったー! 次は目指せ百人! いけるかな?


 さて、えらく落ち込んだ温泉であったが、とりあえずお風呂から上がって少し体の熱を冷ましたところで、約束通りに旅館前の砂利道に出てきた僕たち四人。夕暮れ時に差し掛かる時間帯に、待ち受けていたのは宣言通りの星熊勇儀(浴衣姿)と、なぜか卓球台であった。

 

「あのー勇儀さん、これは一体?」

 

「見ての通りの卓球さ。温泉地の戦いと言ったらまずこれだろ?」

 

 僕はてっきり血を血で洗う戦いが起こると思っていたのだが、意外と普通な勝負内容でほっとしている。文たちも同じ反応だ。

 

「さっき言った通りに、こっちは一人でそっちは三人。審判はそこの軟弱者君に任せる。私の方は、そうだねぇ……さらにこの盃の酒をこぼさずに戦うとしよう。これでどうだい?」

 

 グビリと盃の酒を飲む勇儀。あの盃も萃香のひょうたんのように特殊な効果を持っており、注がれたどんな酒も一級品に変えるという。

 

「それなら何とかなりそうですね……」

 

「一人じゃだめでも三人なら……!」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 勇儀と同じ浴衣姿の天狗娘たちが、卓球台の上に用意されたラケットを持つ。

 

「……あれ、なんでこの卓球台に河童印のマークが?」

 

「それじゃあアタイから撃たせてもらうよ。ふんっっっ!!」

 

 器用に片手のみでボールを上に放り、ラケットでサーブを撃った勇儀……撃った? 漢字違くない?

 卓球ボールは、たぶん一度勇儀側の陣地に入ってから、跳ね返って強烈なスピンをかけて空中で弾道を無理やり修正。そして次に文たち天狗チームのコートへ突き刺さって、再び跳ね返ってからボールははたてと椛の間をすり抜け、空の彼方へと消えていった。すり抜ける瞬間ガオンッって聞こえた気がする。

 さっきたぶんと言ったけど、実際に目でとらえられたわけではない。結果から逆算したらそんな風になったんじゃないかなと思っただけである。

 

「「「……」」」

 

「……えっと、勇儀さんに先制点」

 

「さすが河童の作るものはいいねぇ。ちょっと本気で撃ち込んでも壊れやしない」

 

 自分たちがいったい何と戦おうとしているのか再確認した文たちだった。

 

 

 

「楽しそうね、あの人たち。楽しんでいるのは鬼の方で、天狗の三人は命懸けだけど」

 

「そうだなー」

 

 だんだんと旅館前の卓球勝負に観客が増えてきたところで、魔理沙とアリスが、風呂上がりで火照った体から湯気を出しながら、その様子を覗いていた。

 

「……何か不機嫌ね、どうかしたの?」

 

「別にー」

 

 文たちと外の少年が一緒に出てきた時からずっとこの調子である。

 

「混ざってくれば? 命の保証はしないけど」

 

「いいよ、どうせ楽しめないし」

 

「分からないわよ? それにここで避けても、今日は一緒の部屋で寝るのだし」

 

「い、一緒の部屋……いや、別に構わないぜ私は!」

 

 顔を赤く仕掛けた魔理沙がとっさに切り返すが、アリスにはそんなことではごまかせない。

 

「……仕掛けるのなら、今日しかないと思うわ」

 

「……! あーもう! 私は部屋に戻るぜ!」

 

「ご自由に」

 

 勝ち誇った表情をするアリスと、対照的に悔しそうに顔をゆがめる魔理沙だった。

 

 

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

「一方的過ぎてあくびが出ちまうよ。でも楽しかった、たまにはこういうのもいいねぇ」

 

 天狗チーム、惨敗。当然であるけど。でも全員五体満足で生き残ったので良しとしよう、うん。

 

「食事の時間までまだ少しあるね……もう一回風呂に入るか」

 

「お、お疲れさまでした……」

 

 余裕綽々で旅館に戻っていく勇儀。この卓球セット、どうやら旅館の備品らしい。なくしたボールはプライスレス。なくす前提という事だ。

 

「ご苦労様、みんな」

 

「うーおぶってぇー」

 

「肩を貸していただけますか……?」

 

「文さん、それは肩ではありません、尻尾です」

 

 相当みんなグロッキーだ。これはもう一度風呂にと思ったけど、そういえば勇儀が入っていったんだった。また混浴なのか女湯に行ったのか、入るとしたらギャンブルだね。

 

「しょうがないわね、ほら、手を貸してあげる」

 

「あ、アリス」

 

 いつから見ていたのか、この状況を見かねたアリスが手助けをしてくれた。地べたに倒れ込んでいるはたてをおこしてくれている。

 

「魔理沙はどうしたの?」

 

「先に部屋に戻っているわ。湯冷めしちゃうからって」

 

「そっか。僕も文たちを部屋に置いたら部屋に戻るよ」

 

「そう……わたしは降ろしたらもう一回お風呂に入らせてもらうわ」

 

「分かった」

 

 そうして僕は特に何も考えることなく、魔理沙のいる部屋に戻るのだった。

 

 

 

 部屋に戻ったら魔理沙がいた、窓際の席に。いたんだけど……。

 

「……」

 

 チラッとこっちを見ただけでまた外の景色を見始めた。なぜだかわからないけど相当ご立腹の様子。気になったので対面の席に座り、詳しく聞き出すことにする。

 

「魔理沙、どうかした?」

 

「なんでもないぜ」

 

「魔理沙らしくないよ、そんなに拗ねて」

 

「拗ねてないぜ」

 

「……何に怒ってるの?」

 

「怒ってないっての!」

 

 急に激怒した魔理沙が立ち上がり、そのまま部屋の外に出て行ってしまった。

 

「……なんか嫌われることでもした? 僕」

 

 本当に意味が分からないが、魔理沙から嫌われることに関して僕は悲しい。

 最近、分かってきたことであったけど、僕はどうも無意識に魔理沙に対しては、ほかの人たちよりも随分と密接にかかわってきたと思う。周りが大概人外じみているというのもあるけど、普通の人間でありながら魔理沙はああ見えて努力家だっていうことを僕は知っている。そこに親近感がわいたのだ。

 

「謝りにいかないと……」

 

 なにを、という事に関して今はどうでもいい、その誠意を見せつけるのだ。僕は部屋から飛び出して、魔理沙の後を追う。だが、くまなく探したけど旅館内に既に魔理沙の姿はなかった。

 

「どうしたの? そんなに慌てて」

 

 女湯ののれんをかき分けて出てきたのは、湯上りには見えない様子のアリスだった。

 

「あ、アリス……お風呂に入っていたんじゃ?」

 

「と思ったんだけどね、ご飯前だから人が多くって。後にしようって思ったの」

 

「そ、そうなんだ……魔理沙は、見ているはずはないか」

 

「魔理沙がどうかしたの?」

 

 僕は事のいきさつについて、アリスに語った。

 

「……はあ、あなたって相当な鈍感ね」

 

「えっ、なんで?」

 

「目の前でほかの女性とイチャイチャしている姿を見せつけられていたら、不機嫌にもなるでしょ?」

 

「そんな不機嫌にさせることなんて……」

 

「ただの“友人”なら、そこまで癇に障ることにはならないでしょう。でも、魔理沙を怒らせる理由としては十分よ。あなた、彼女があなたのことをどう想っているのか、考えたことあるの?」

 

「……」

 

 ぐうの音も出ない。僕から魔理沙に対する評価ばかりに注目していて、魔理沙から僕に対する評価なんて全く考慮に入れていなかった。紫の言葉によって人の様子を観察すると言っておきながらこの始末だ。

 

「魔理沙の気持ちに、きっちり責任を取りなさいって話。私から言えることはそれだけよ。それと、旅館にいないのなら温泉街に行ったんじゃない? 箒、部屋の中に置きっぱなしだったらの話だけど」

 

「そう言えば……」

 

 魔理沙は空の移動に箒を使う。それをほったらかしにしていたという事は、そんなに遠くにはいかないという事。

 

「ありがとうアリス! すぐに行ってくるよ!」

 

「はいはい、頑張ってね」

 

 着なれない浴衣姿で僕は走り出す。もしかしたらアリスは、自分のことも気づかない僕と、魔理沙の関係についてすべてお見通しだったのかもしれない。

 ああそうだ、僕はきっと、ずっと前から、魔理沙のことが好きだったんだ。




 次回、ついに告白編。


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第二十話 妖怪旅館物語、その伍

 告白ってこういう感じでいいのかな……ちゃんと甘酸っぱくなってる?


 温泉街の喧騒の中、私はとぼとぼと歩いていた。

 

「……なんで突き放しちまったんだろうな」

 

 自分の行いを悔やんでいた。正直に言えばこんなに事態を複雑にすることもなかったのに。しかしだからと言ってもう後にも引けなくなっていた。

 

「胸がずきずき痛むぜ」

 

 もうこの気持ちは自分でも無視できるものではなくなっていた。私はあいつのことが好きだ。他人にとられそうと感じると、胸が締め付けられると錯覚するぐらいに。

 

「あいつは怒っているかな……」

 

 理不尽な怒りをぶつけられたのだ、何も思っていないはずがない。一方的に激怒すれば、いくら何でもあいつでも憤慨して――。

 

「魔理沙! はぁ、やっぱりここに居たんだ」

 

「……あ」

 

 そんなことを考えていると、後ろからあの声が。振り返るとそこには両ひざに手をついて、息を切らした男がいた。普段と何も変わらない様子で、まるで気にしていないようだった。

 

「はぁ、はぁ……魔理沙戻ろう。もうすぐ夕食の時間だよ」

 

「……先に始めていいぜ、あとでもらうから」

 

 違う、自分が言いたいことはそういうのではない。しかし口ではどうしても距離を置こうとしてしまう。天邪鬼もいいとこだ。

 

「あんなにいい旅館で、みんなで食べないのはもったいないよ。魔理沙だって楽しみで来たんだよね?」

 

「……そうだけど、いまは気分が乗らなくてさ」

 

 ああ、私は意固地になっているだけなのだ。まるで子供だ。聞き分けがない子供そのもの。距離を置こうとするのも、言葉から出てくる言葉が嘘なのも、全部この男に気にかけてほしいから。

 

「僕は魔理沙と一緒じゃなきゃ嫌だ。帰るまで一緒にいるよ」

 

「……なあ」

 

「うん、何?」

 

 まるで、私からある言葉を引き出そうとしているかのようだ。ああ全く、お前からそんな策略に出るなんて、そうまでさせようとする私ったらかっこ悪いぜ。

 

「お前は私のことを、嫌いにならないのか?」

 

「どうして?」

 

「だって今日理由なく怒りをぶつけたし……こうして迷惑かけてるし」

 

「じゃあ、どうしてあんな風になったのか、理由を教えてもらえるかな?」

 

「っ……」

 

 顔が熱い。恥ずかしくなってる。顔を見られたくない。

 あいつが近づいてきて、そして、私の手を掴んだ。

 

「ここじゃ言えないなら、場所を変えよう」

 

「……」

 

 優しい言葉が何よりもうれしくて、私は無言でうなずいていた。

 

 

 

 オレンジ色の街灯一本だけが照らす、渓流のすぐそばの小さな広場。ベンチが一つあるだけで、ここには誰もいないため二人でコッソリ話をするのにおあつらえ向きだった。

 

「じゃああそこに座ろう」

 

「……うん」

 

 普段の雰囲気から打って変わってしおらしくなっている魔理沙。浴衣姿であることも相まって、普段からは想像できない姿だ。

 

「寒くない? もっと寄る?」

 

「……うん」

 

 並んで座ったのち、震えていたことに気づいたので、お互い密着させる。魔理沙の熱が伝わってきて、こっちも恥ずかしい。

 

「じゃあ教えてもらおうかな。なんで怒ったのか」

 

「言わなきゃ、ダメ、か?」

 

「ここまで来たんだから、全部言わないとさ」

 

「……そうか。そうだよな、うん」

 

 大きく息を吸い込み、そして吐き出した魔理沙。覚悟を決めたようだ。

 

「まず最初に、お前に謝る。ごめんなさい」

 

「うん、驚いたけど怒ってないから、大丈夫だよ」

 

「……ありがとう」

 

 これで少し心に引っかかっていたものが取れたのか、魔理沙の表情にやや明るさが増したような気がした。

 

「そして次に、私からお前に、言わなきゃならないことがある」

 

「うん」

 

「……わたし、お前のことが、好きだ」

 

 肩が触れ合うほど密着していたからなのか、互いの鼓動がドキンと同時にはねたような気がした。

 

「……僕のことが?」

 

「ああ、友達だから、知り合いだからっていうあれじゃない。傍にいてほしい、一緒になりたいって感情をもたらす、あれだ。恋愛的な意味だよ」

 

「……それを聞いて、ほっとしたよ。僕もなんだ」

 

「えっ……!」

 

「隠したってしょうがないよ。魔理沙が好き、大好きなんだ」

 

「まっ、待ってくれ! そんなに連呼されたら、恥ずかしさで爆発する……!」

 

 ちょっとだけ意地悪で、あえて魔理沙を困らせるように言ってみた。案の定魔理沙はひどく狼狽えている。

 

「な、なんで私を好きになったんだ? お前のことを好きだと思っている奴はいっぱいいて、私なんかよりずっと、そいつらと一緒になれば、きっと幸せになるはずなのに……」

 

「幸せって、こういうことかな?」

 

「へ? うわぁ!」

 

 僕は魔理沙の体に両腕を回して抱きしめた。ごめんね魔理沙、でもこうしないと感情が制御できないんだ。

 

「ひねくれも大概にしなきゃだめだよ。お互いに好きだって分かったのに、今更抑える理由なんて……ちょっとはあるかな、うん、ごめん、急にこんなことして」

 

 途端に冷静になってすぐに体を離した。いくら好きだからと言って、さすがにいきなり抱き着くのはまずかったかもしれない。現に魔理沙はあんなに体を震わせて――。

 

「……うっ」

 

「えっ、あ、ま、魔理沙?」

 

 いつの間にか魔理沙は、両目から涙をこぼしていた。どうするべきかわからずに慌てふためく僕。しかし――。

 

「離れるなよぉ」

 

「あっ、ご、ごめん」

 

 魔理沙の方から抱き着いて、顔を僕の体に密着させて隠した。泣き顔を見せたくないという思いが伝わってきて、僕はそっと頭をなでておくことに決めた。

 

「……いま、すごくあったかい。あの温泉のお湯よりも」

 

「奇遇だね、僕もそう思うよ」

 

 顔をうずめたまま魔理沙がつぶやき、僕も肯定した。

 

「もう少しだけ……こうさせてくれ」

 

「気が済むまで、いいよ」

 

 しばらくの間、川の流れの音と、時折魔理沙がスンスンと鼻を鳴らす音だけが耳に届いた。

 

 

 

「あー、いろいろとすっきりした気分だぜ!」

 

 今までのしおらしさはどこへ行ったのやら、すっかりいつもの調子を取り戻した魔理沙と一緒に、僕は温泉街から旅館に戻る道を歩いていた。

 

「最後になんで泣いたの?」

 

「んーあれか? 感極まるってやつだな。だって晴れて私達、その、こ、恋人同士になったわけだしな。しかも両思いで、あんな風に抱きしめてもらって。泣かないほうが無理だっての」

 

「こっちは相当びっくりしたけどね」

 

「振り返ってみれば、あれはちょっとおもしろかったなー。二度は使えない手だけどさ」

 

「でもよかったよ、嬉し涙で。女の子を泣かせるなんて、男として恥すべき行為だからね」

 

「何安心しているんだよ。どのみち女の涙を流させたんだから、相応の罰を受けてもらわなきゃいけないぜ」

 

「罰?」

 

 何か罰ゲームでもやらされるのだろうか。

 

「内容はこうだ。『今日、私の言うことを何でも聞かなければならない程度の罰』だ!」

 

「つまり王様ゲームだね? 無制限の」

 

「具体的に言えばそうなるな。だから、箒になれ! と言われたら、ちゃんと私に跨がれて空を飛ばなきゃならないぜ」

 

「空を飛ぶところまで自力なの!? あっ、でも魔理沙が跨るのか……」

 

「何変な想像をしているんだお前は! 単純に箒としての務めを果たせ!」

 

 少しばかり邪なことを考えるふりをしてみたり。気にしていないといったけど、怒ってきたことに対するちょっとした仕返しだ。

 

「よし、じゃあさっそくこの魔理沙様が、お前に命令するぜ!」

 

「実行可能な範囲で頼むよ」

 

 どんな無茶な命令が飛んでくるかは分からないけど、魔理沙のことだから面白一発芸でもやらせてくるはずだ。気持ちを引き締めねば。

 

「まずはだな……私と一緒にご飯を食べる。うん、これだな」

 

「……ああ、そういうこと」

 

「そういうことだぜ。他にもまだまだ命令するから覚悟するようにな!」

 

 さっきとは逆に、僕は魔理沙に手を引っ張られて、旅館に戻っていった。




 妖怪旅館物語編は、もうちょっと続くんじゃよ。


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第二十一話 妖怪旅館物語、その陸

 甘えたがり魔理沙ってかわいいと思う。


 一度魔理沙と共に部屋に戻ると、書置きが一つ机の上に残されていた。

 

「何々……『小宴会場、梅の間に集合するように』ってさ」

 

 手に取って読み上げた魔理沙。時間帯から察するに、女将が二グループの部屋が一緒になったことを受けて、食事も一緒にしたほうがよかろうと思ったのだろう。部屋ではなく宴会場となったわけだ。

 

「多分もうみんな集まっているな」

 

「そうだね。文たちは早速記事にするために、さっそく色々と食べていると思う」

 

 旅行の目的が新聞づくりのための文たちにとって、旅館の料理は温泉と並んで新聞の一面を飾るネタだ。一番出来上がりのいいタイミングでの味の感想を述べたいところだろう。

 

「なんか待ち受けているって考えたら、急に戻りづらくなってきたな」

 

「ちょうど僕も同じことを考えていた」

 

 このまままっすぐ宴会場に向かったところで、パパラッチ二人がカメラのフラッシュをたきまくる未来しか見えない。旅行前に言っていた言葉を思い出す。僕は台風の目、だと言っていたが、今更実感することになるとは。

 

「でもお腹もすいてきたしなぁ」

 

「戻るタイミングをずらすのなら、腹ごしらえに少し何か入れておくべきだな。ちょっと待っててくれ」

 

 魔理沙は部屋の中に置いた自分の荷物をひっかきまわして、小さな箱を取り出した。

 

「それって温泉街の……」

 

「土産物の温泉饅頭だ。霊夢あたりに持って行ってやろうと思ったけど、帰り際にまた買い行けばいいしな」

 

 箱を包んだ神を剥がして、ふたを開ける魔理沙。出てきたのは計六個の茶色い手のひらサイズの饅頭。

 

「味は昼に食べたから保証するぜ」

 

「それじゃあ遠慮なく……」

 

「おっとまった」

 

 饅頭を手に取ろうとしたら、急に魔理沙が箱を取り上げてしまった。

 

「ここで私の命令がさく裂するぜ」

 

「……分かった分かった。何なりとご命令を、魔理沙様」

 

 今日一日中『魔理沙の言うことを何でも聞く程度の罰』を受けている僕は、素直に従わなければならない。

 

「せっかくだ、食べさせ合いっこしようぜ」

 

「……随分と大胆になったね魔理沙」

 

「う、うるさい! 今まで抑えていた分、きっちり取り返さないと損だからな!」

 

 饅頭を取り出した魔理沙は、机を挟んで正面に座る僕に指でつまんだ饅頭を差し出した。

 

「ほら、あーん」

 

「あー」

 

 開けた口に放り込まれる饅頭。黒糖風味の柔らかい皮と餡子の味。でも魔理沙から食べさせてくれたという事実が、より一層美味しく感じられた。

 

「どうだ?」

 

「うん、おいしい。じゃあ、今度はこっちの番だね」

 

「わ、私はいいって」

 

「食べさせ“合いっこ”って言ったのは、どこの誰かな?」

 

「うっ……」

 

 ちょっとした言葉も聞き逃さない。全部言いなり罰ゲームの最中なのだから、自分の発言には責任を持ってもらわないと。

 

「ほら、口を開けて」

 

「あ、あー」

 

 恥ずかしながらも魔理沙は口を開ける。そして僕は彼女の小さな口に、茶色い饅頭を咥えせた。

 

「……はふはいひへ」

 

「恥ずかしい? 僕だってやったんだからおあいこだよ。それに、今後他にも、お互いに恥ずかしいところを見せあいながら生きていかなきゃならないしね」

 

「んぐ……恋人って、難しいな」

 

「なら、やめる?」

 

「それは選択肢には入らないな。もう私は、お前のものになるって決めたわけだし」

 

「男冥利に尽きる言葉だよそれ。……でもなんか、まだ大切なことをし忘れている気がするんだよなぁ」

 

「大切なこと? なんだそれ」

 

 ものすごく重要なことだと思うんだけど。軽くスルーしている気がするのは気のせいだろうか?

 

「話は変わるけどさ……その」

 

「どうかした?」

 

「……わ、私と一緒に、お風呂に入ってくれ。も、もちろん混浴でだぞ! お前が女湯に入ってきたらシャレにならないからな!」

 

 これも罰ゲームの一環だろうか。でもその魅力的な提案に、逆らえるはずがなかった。

 

「……一応聞くけど、水着って持ってる?」

 

「念のため……まだ女湯しか入ったことないけどな」

 

「なら問題ないね。でもそれは、ご飯を食べ終わってからだよ。だからその代わりに……」

 

 僕は立ち上がって、魔理沙の傍まで近づく。これから僕も少し大胆なことをするけど、今なら何でも許されそうな気がする。

 

「なんで私の傍にきて……わっ」

 

 僕は壁を背もたれにして、魔理沙の体を抱き寄せた。やっぱり、一番魔理沙を感じ取るとしたら、こうして密着することが一番だ。魔理沙は決して恵まれた体を持っているわけではない。年相応の小さな少女の体。それはむしろ、全身を包み込むように抱きしめられるという抱擁感を満たされるものだった。

 

「お前っ、いきなりこんなことをするなよ!」

 

「恋人同士なら、こういうことにも慣れていかないとね。あーあったかいなぁ」

 

「やーめーろー!」

 

 どんどん顔を赤らませていく魔理沙がじたばたもがくがどうしようもない。もう少し時が経つまで、こうされるしかない魔理沙なのであった。

 

 

 

「遅いですねぇお二方。こちらはいつでもシャッターを切る構えですのに」

 

「本当よ。あいつらの分の料理もなくなっていても文句は言えないわ」

 

 旅館料理を堪能しつつ、いつでもカメラを取り出せる用意をしている新聞記者二名。料理に関する写真撮影やレポートなどもぬかりなしだ。

 

「まあ、気長に待てばいいんじゃない? 二人にも何か用事があるかもしれないから」

 

「アリスさん、何か知っているんですか?」

 

 一方こっちは食べ進めてはいるけれど、他の二人と比べてそのペースはやや控えめ。

 

「まあ、ね」

 

「そこのところ詳しく!」

 

「知っていても教えないわよ、聞いても記事に向いていない内容だから」

 

「余計気になりますね……教えてくださいよー」

 

 アリスの返しに文は食い下がる。

 

「あれ、あの方は……!」

 

「どうしたのよ文……あっ」

 

 その人物に気づいた椛とはたての両名が、そっと宴会場から離れた。文に一言も声をかけないまま。

 

「スクープ! スクープの予感がするんです! コッソリでいいですからぜひ私に――」

 

「おうおう、なーんか楽しそうにしているねーお前たち」

 

「はっ!?」

 

 ドキーンと心臓が物理的に飛び跳ねそうになる文。壊れた人形のようにギギギと振り向けば、そこにいたのは程よく酔っ払った星熊勇儀。片手に盃、片手に一升瓶の飲んだくれスタイルだった。

 

「アタイも混ぜておくれよ。この旅館、いい酒がいっぱいあるしさぁ」

 

「は、はたて、椛……って誰もいない!? アリスさーん!」

 

「強引なパパラッチには、救いの手は差し伸べられないものなのよ。どうぞご自由に、勇儀さん」

 

「まだ何もしていないのにぃ――!!」

 

 文の悲鳴が、旅館中に響き渡った。

 

 

 

「……まあ見ての通りです、私たちは勇儀さんが言ってから戻ります」

 

 事前に察知して退避した二人から状況を聞かされた僕たち。これなら文も取材活動はできないだろう。

 

「これなら撮影どころじゃないね。はたては文よりまだましだし」

 

「他人の色恋沙汰を記事にするつもりはないわよ。文にもこっちから説明してあげる」

 

「天狗にしては随分と気が利くな」

 

「こっちはあなたに関する秘蔵情報を公開してもいいのだけれど?」

 

「真実はともかく今回に関しては感謝するぜ! うん」

 

「随分と体のいいことね」

 

 かくして、僕らは勇儀の接待に追われている文に気づかれることなく、ゴージャスな旅館の料理を堪能することが出来たのであった。

 

 

 

「うーだらけるー……」

 

「溶けてるよ魔理沙」

 

 部屋に戻って敷いた布団の上でうつぶせになって伸びている魔理沙。満腹のお腹が圧迫されないかな。

 僕ら以外に人はいない。みんな隣の部屋に居て、勇儀主催の飲み比べ大会が開催されているからだ。勇儀のあの盃にかかればどんな酒も極上の酒になるはずだが、味が違うやつも飲んでみたいとのことだろう。結局はたても椛も文と加わって接待をする羽目になった、ご愁傷さまです。

 アリスは温泉に入り直すとかで行っちゃったが、これまでの経緯から予想するに気を使ってくれたのだろう。今度お礼しないと。

 

「満足満足でさ、イノシシ肉も出るなんて思わなかったぜ」

 

「僕は初めて食べたよ。臭みが強いと思っていたけど全然そんなことなかったね」

 

「若いやつは臭みが少ないんだ。ドングリばっかり食べてるやつとかは特にな」

 

「勉強なるかどうかは分からないけど、覚えておくよ」

 

 明日帰るとき慌てないように荷物の整理をしておく。着替えを下にして、お土産はつぶれないように順番に気を使いつつ入れていく。

 

「……おりゃ」

 

 無防備だった背後から、急に魔理沙が抱き着いてきた。

 

「どうしたの?」

 

 直前まで布団の上で這いずってくる気配はしたので、特段驚くようなことはしない。

 

「さっきのお返しだ」

 

「魔理沙はその……気にならないのかな」

 

「なにがだ?」

 

「……柔らかいのが、背中に当たってるんだけど」

 

「……当ててる、んだぜ」

 

 そのことを完全に意識外だったらしく、声がどもる魔理沙。しかし離れようとはせず、むしろ僕の首元に顔をうずめた。

 

「息がくすぐったいよ」

 

「それは前のスライムのお返しだ。あれと比べれば優しいもんだぜ」

 

「動かしていたのはパチュリーだよ」

 

「へんちくりんなことばっかり言って楽しんでいたやつがよく言うぜ」

 

「弁明できない……」

 

 耳元に囁かれるたびに背筋が少しぞくぞくする。耳のすぐそばに魔理沙の唇があるのを想像すると、ちょっとヤバい。

 

「唇……」

 

「い、いきなりなんだよ唇って」

 

「んー……喉まで出かかっているんだけど、なんだろう?」

 

 変な奴だなと、魔理沙は身を引いて自分の荷物を探り始めた。

 

「魔理沙も荷物の整理?」

 

「その、さっき混浴に一緒に行くって、言ったじゃないか」

 

「……もしかして、水着を?」

 

 魔理沙の水着、個人的に物凄く気になる。

 

「あー今は見るなよ! お楽しみってやつだ。人が少なくなる時間帯になったら行くぞ!」

 

「はいはい」

 

 口では淡白に返答するが、僕は内心とても心臓を高鳴らせながら、その時を待った。




 次回は魔理沙とイチャイチャ回。ピー音入りそうなことも……?


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第二十二話 妖怪旅館物語、その漆

 魔理沙とひたすらラブラブな回。ついでに本格的な温泉回だよ、やったね!


 本日二回目の温泉は、あえてその時間帯を選んだとはいえ他に誰もいない。貸し切り状態だ。魔理沙はまだいないので、僕は先に露天風呂に浸かった。

 

「夜もいいなー」

 

 露天風呂の醍醐味というのは、こういった時間帯によって変わる景色もあると思う。とはいえ一日に何回も湯に入るのは体に悪そうなので、どの時間に入るかは吟味しなければならないが。

 

「お、お待たせだぜ……」

 

「あ、ようやくき――」

 

 女性専用の脱衣所から魔理沙の声がしたのでそっちに顔を向けると、言葉を失った。

 黒一色で作られた、前はワンピース型、後ろはビキニに見えるというモノキニと呼ばれる水着だった。胸元にはひもで編んだリボンがあり、自然と視線がそっちに吸い寄せられる。

 

「な、なんだよ急に黙り込んで。何か言えってば」

 

「ああ隠れないでよ……せっかくかわいいのに」

 

「か、かわいい、のか? 咲夜に手伝って選んだやつなんだけどさ……」

 

「咲夜が……」

 

 咲夜さん、あなたはとてもいい仕事をしました。魔理沙は胸とかお尻とか大きくないけど、だからと言ってスタイルが悪いわけではない。くびれのある腰は、水着の布地の合間からのぞかせてとてもきれいだ。

 

「……そっちに入らせてもらうぜ」

 

「うん」

 

 魔理沙は湯船に浸かり、僕のすぐ隣に座った。肌と肌が触れ合うほどの距離。泊まっている部屋ではこっちから抱き着いたり抱き着かれたりしたけれど、温泉で、しかも水着を着ているとはいえ素肌を大きく見せあっているこの状況では、動悸を押さえられそうになかった。

 魔理沙も僕と同じく緊張している様子だ。この後どう声をかければいいのかわからない。

 

「……」

 

「……」

 

 しばらくの間僕らの間に、沈黙が包み込む。

 

「……あ、あのさ」

 

 その沈黙を破ったのは魔理沙の方だった。

 

「結局お前の言う、忘れていることって分かったのか?」

 

「あーそれ……魔理沙も考えてよ」

 

「考えるって言われても……何かヒントが欲しいぜ」

 

「ヒント……うーん、僕らがし忘れたこと、かなぁ」

 

 気を紛らわせるための質問だっただろうけど、僕らはそこで本気に考え始める。あの時、魔理沙の告白を聞いてから、何か重要なことをやっていないような違和感。すごく根本的なことを忘れている気がする。

 

「……あっ」

 

「魔理沙?」

 

 何かに気づいた魔理沙が、リンゴのように顔を真っ赤にさせてもじもじし始めた。

 

「どうかしたの?」

 

「……ああ、なんでこのタイミングで、私が先に気づいちまうんだ?」

 

「教えてよ魔理沙、気になるから」

 

「お、お前、わざと聞いているんじゃないだろうな!?」

 

 何が分かったのかわからないけど、自分の口から言うのは相当恥ずかしい様子。でも魔理沙にしかわからないから彼女から聞き出すしかない。

 

「意地悪で聞いているんじゃないよ。お願いだから教えてくれないかな?」

 

「本当だな……? 本当だとしても許されないことだぞこれは……でも仕方がないぜ。まず……こっちを向いてくれ」

 

「分かった」

 

 言われたとおりに、魔理沙に向き直る。こうしてみると魔理沙の水着が本当に似合っていて、気持ちが高ぶってしまう。理性を働かさなければ。

 

「じゃあ目を閉じてくれ」

 

「えっ、目?」

 

「いいから閉じろっての。無理やり塞がせるぞ」

 

 怖いことを言い出したので言われたとおりに両眼を閉じた。何をしてくるのだろうか。

 

「じゃあいくぞ……」

 

「うん……」

 

 視界が暗闇に閉ざされている状態のまま、魔理沙は僕の体に両腕を回してきて、そして、僕の唇に何かを触れさせた。

 

(……!)

 

 ここまで来てその行為が何なのか気づかないのなら――だいぶ気づくのが遅いけど――僕はそれに関する情報を、今まで全く触れる機会がなかった世間知らずの人間という事になる。

 魔理沙に悪いと思いつつ、僕は薄く目を開けた。彼女がキスをしている。この僕と。

 恋人と言ったらまずキス。高校生にもなってそのことが頭から完全に抜けていたのは、ずっと魔理沙に気を使っていてその余裕がなかったからだ。でも、今こうして、僕は魔理沙と唇を重ねている。それを理解した瞬間どうしようもない征服感と罪悪感が僕の中に生まれた。

 

「んむっ!?」

 

「んちゅ……」

 

僕は魔理沙の体を抱き寄せ、より熱烈に口づけを行う。逃げようともがく魔理沙の体を押さえつけ、何度も唇を話してはついばむように唇を触れさせた。

 そして離れた時には、お互いに息も絶え絶えになっていた。

 

「はっ、はぁ……お前、分からないなんて、やっぱり嘘じゃないかよ、今の」

 

「直前まで本当にわからなかったんだよ。でも、魔理沙がキスしてくれたのが分かるとどうしても抑えられなくなって……」

 

「とんでもない変態だぜ。乙女の唇を、乱暴に扱うなんて……」

 

「嫌いになった……?」

 

「そんなに委縮した顔をしなくてもいいっての。ちゃんと好きだぜ、変わらずな」

 

 お互いガチガチになりながらも、どうにか笑顔を作った。

 

「……じゃあここで、今日最後の命令だぜ。今更驚くことでもないだろうけどさ」

 

「おっ、来たね。なんだってどんとこいって感じだよ」

 

 僕は魔理沙からの指令が下されるのを待った。

 

 

 

「あー……頭が痛ったぁ……」

 

 勇儀による宿泊部屋に上がり込んでの二次会はアリスまでも巻き込まれて、勇儀以外の四人が酔いつぶれる形で終幕した。今はその翌日。アリスは自分の部屋に戻るところである。

 

「鬼もそうだけど、天狗も酒量が大概化け物ね……」

 

 アリスは早々にリタイヤしていてほとんど記憶に残っていないが、再び鬼対天狗三人による対決が行われ、酒飲み勝負へとしゃれこんでいた。この勝負もまた勇儀が勝ったのだが、今は全員泥酔して眠っていた。

 

「うまくいったかしら、あの二人……」

 

 そも、アリスが二次会に参加したのは、彼らが二人っきりになる時間を作ってあげるためだった。随分前からアリスと魔理沙の交友は続いていて、アリスは魔理沙に憎まれ口を言いつつもそこはかとなく手助けすることがあった。

 その上、今回の恋のお相手が信頼できる外の少年となれば、応援したくなる気持ちもないわけではなかった。この旅行中の行動もそれが根本にあった。

 ガチャリと部屋の鍵を開けて、中に入る。旅館で貸し出されている下駄はきっちり二人分。二人とも中にいることが分かる。

 

「あなたち、もう起きている……か、し、ら?」

 

 敷かれていた布団は三組、そのうち使用されていたのはたった一つ。そして、同じ布団に包まる一組の男女。

 

「……」

 

 そーっと気づかれないように、その顔を覗き込む。互いが抱き合うように密着して眠っている。しかも布団の隙間から見えた限り、どちらも服を着ていない。つまり……。

 

「あ、あ、あ、あなたたち……」

 

「ん……あれ、アリス?」

 

 のそっと起きたのは外の少年。頭から湯気を出して顔面赤面するアリスに、寝起きで焦点が定まっていない眼を向けている。

 

「んー……どうしたんだ? もっとくっ付いてくれないと寒くて……あっ!」

 

 口をパクパクさせているアリスが目に映った魔理沙。

 

「あなたたち、うまくいきすぎよ―――!!」

 

 朝一番の旅館の叫びが響き渡った。

 

 

 

「まさか我々が勇儀さんの接待をしている間に、そんなお熱い展開があったなんて」

 

「いつの間にそんなに急接近していたのよ。普通もっと段階踏まない?」

 

「ふ、風紀が乱れていますっ! 今すぐ処罰いたしましょうっ!」

 

 なぜかわからないが、僕と魔理沙が昨晩にやったことに対するお説教を受けている。椛に至っては大剣を取り出している物騒さだ。

 

「誰にも迷惑かけてないからいいじゃないか」

 

「よくありませんよ! だってまだあなた達はただの恋人で……あれ? 恋人ってこういうことはしてもいい? 文さん、私分からなくなってきました」

 

「椛は落ち着くように。特別悪いことはしていませんよ。恋愛は個人の自由ですし、その表現も自由です。その、あやややなことをしたことに関しては私からは何も言いませんよ。ところで、魔理沙さんはどんな声を出していましたか?」

 

「ストーップだ文! 何取材魂がさく裂しているんだよ! どのみち記事にできないだろそれ!」

 

「結構かわいかったよ」

 

「なるほどなるほど、具体的には?」

 

「お前まで何を話してるんだよ!」

 

「魔理沙、あなたってやるときはとことん大胆になる女の子だったのね……。壁際にいたから隣の部屋の声が聞こえたわよ」

 

「そんなに大声出してないぜ! って、声も出してないから! いや、そうじゃなくて!」

 

 翻弄される魔理沙。かわいそうだけど見ていて楽しい。しおらしかった魔理沙もよかったけど、彼女はやっぱこうでなくっちゃ。

 

「みんな、もうすぐ朝食の時間だよ。さっさと移動しないと」

 

「そうですねー。もうすぐ旅行も終わりですか」

 

「なんだか疲れることが多かった気がします……」

 

「もうあの人は出てこないわよね……」

 

「朝食の場にも酒を運び出しそうだからね、彼女」

 

 どたどたと部屋から出ていく四人。そして僕らは残される。

 

「ちぇ、アリスの手のひらで踊らされたあげく最後にダメ押しかよ」

 

「僕らも行こう、魔理沙」

 

「私は立ちたくないぜ。連れていきたいのなら抱っこしていけ」

 

 本人は困らせるための意地悪だろうけど、この場は自分の首を絞めるだけとは気づかなかったようだ。

 

「わかったよ、ほいっと」

 

「わっ、ば、バカやめろ!」

 

「やめません、食事場に到着するまで、何人もの目に触れられようとも放しません」

 

「コノヤロー!」

 

 こうして、残ったわずかな旅館の時間を堪能し、僕らは再び普段の日常に戻るのだった。




 これにて妖怪旅館物語編終幕。R15にしては結構ギリギリな気がする表現だったけどどうだったかな?


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第二十三話 ボードゲームは雪の中

 やや期間が開いちゃったけど、二十三話目スタートです。


 冬の冷え込みが続き、重ね着しなければまともに幻想郷の野山を歩き回ることもできなくなった今日この頃。豊穣と紅葉の神々が鳴りを潜め、代わりに冬の妖怪が冬の訪れを伝える。

 幻想郷はかなりの量の雪が積もる。人里では雪かきが日常化するほどだ。霧の湖も凍って、氷上釣りができるぐらいになる。

 

「いい感じの雪模様ね、咲夜」

 

「ええ、このような日でなければ挑戦はできませんから」

 

 マフラーを巻いたレミリアと従者の咲夜が手をつなぎ、そろってスケートブーツを履いて凍り付いた湖面の上に立っていた。今日は一日中雪雲が空を覆いつくしており、レミリアも日中でも日傘なしで活動できる。

 

「おねーさま、見てみてこのカマクラ! お兄さまと一緒に作ったのよ!」

 

「真ん中をくりぬくようにキュッとしてドカーンなんて、器用なことをするよなぁ」

 

 湖面と岸の丁度境目のあたりでカマクラを作っていたフランと僕は、二人に向かって手を振った。常に雪が降っているので、咲夜は日傘ではなく雨傘でレミリアを守るように差している。

 

「まったくフランもやることは子供ね。冬の遊びというのはもっと優雅に堪能しないと」

 

「でもおねーさま。前に挑戦して挫折したスケートをまたやるの? うー、とか唸って結局やめたじゃない」

 

「ふっ……甘いわねフラン。私がそこのところ何も対策していないと思って?」

 

 何やら秘策がある様子。去年の冬に挑戦したときは、咲夜の補助がありつつもまともに滑れなかったのだ。

 

「その秘策というのがこれよ!」

 

「……補助輪?」

 

 取り出したのはレミリアのブーツにピッタリとはまる、体の外側に向かってついた小さなタイヤが特徴の補助輪器具だった。

 

「そうよ、これさえあれば横に転ぶことはないわ。さあ咲夜、手を放していいわ、私の華麗なターンを見て心奪われないさい」

 

「すでに心を奪われておりますので、魂まで差し出しますわ、お嬢様」

 

「じゃあ行くわよ、こうして滑り出して――うきゃーっ!?」

 

 そうして一メートルほど滑り出した段階でレミリアが盛大に後ろにこけた。お猿さんみたいな悲鳴を漏らしつつ。

 

「お嬢様――――っ!?」

 

「ほーら言わんこっちゃない」

 

「頭打ってるけど大丈夫?」

 

「ふ、ふん、このぐらいどおってことないわ。咲夜、おこすのを手伝いなさい!」

 

「かしこまりました!」

 

 咲夜は対照的になかなかの滑り具合だ。今回滑るのは二度目のはずなので、相当性に合っていると思われる。

 

「フランお嬢様、追加の雪を集めてきましたよー」

 

 紅魔館の門番、『紅美鈴』。中華風の服装の女性妖怪で、格闘技の使い手だ。紅魔館の力仕事も彼女が担当している。でも肝心の弾幕ごっこでは、自慢の格闘センスがいまいち発揮されなくて歯がゆい思いをしているのだという。

 

「じゃあ今度はその雪で、私たちの雪だるまを作ってー!」

 

「分かりました!」

 

 紅魔館周辺の積もった雪をかき集めた美鈴は、それを元手に雪だるまを作り始める。すごい勢いだ。

 

「さて、カマクラを作ったんだから中に入ってみる?」

 

「もちろん!」

 

 元気よく返事をしたフランは、さっそく用意したくつろぎセットを手に中に入った。

 

「早速フランお嬢様雪だるま完成! どうですかフラン様……あれ? フラン様?」

 

「すごーい! それに意外と温かいわ!」

 

 美鈴の頑張りをよそに一人はしゃぐフラン。従者の頑張りぐらい見てあげなよ。

 

「うーもう! 全然滑れやしないじゃないの!」

 

「あっ、お帰りレミリア」

 

「お嬢様、雪が服にこびりついておりますわ」

 

 咲夜の補助の元、どうにか岸まで戻ってこられたレミリア。咲夜はどこからか持ち出した羽箒で丁寧に雪を払い落としていく。

 

「あら、美鈴それなに?」

 

「妹様の雪だるまです!」

 

「フランの? なってないわね、私に任せなさい。立派なフラン雪像を作ってあげる」

 

 スケートブーツから普通の靴に履き替えたレミリアの興味は完全に雪像作りに移り、元になる雪玉を作り始めた。

 

「雪遊びもいいですけど、体が冷えてしまいますわ。紅茶でもどうぞ」

 

「あっ、ありがとう」

 

 毎度のごとく種も仕掛けもない手品で出した紅茶。咲夜から出される紅茶はギャンブルであるが……試しにひとなめしてみても、特に強烈な味はしない。普通の紅茶だ。ちょっと渋みが強いかも。

 

「お客様に出すお茶には気を使うわ。お嬢様のはもっとよ」

 

「前に福寿草をお茶にしたって聞いたけど……」

 

「人間には人間用の、お嬢様にはお嬢様用の茶葉を用意しているの。こだわりは強いの、私」

 

「要はちゃんと出す相手を考えているってわけだね」

 

 ここで人間に致命的な飲み物が出されたらたまったものじゃない。

 

「咲夜さんもどうですか? 雪だるま作り」

 

「完璧なお嬢様雪像を作り上げて見せるわ」

 

 こういう場面では気合が入る咲夜である。

 

「お兄さまも一緒に入ろうよ!」

 

「分かった分かった。だから引っ張らないで」

 

 フランがカマクラの中から腕を伸ばし、服の裾を掴んでぐいぐい引っ張る。

 

「外は寒いけど、こっちは暖かいな」

 

「こうやって火属性の弾幕を中で浮かばせて……ほら、もっと暖かくなった!」

 

 その場でとどまるタイプの弾幕を浮かばせたフラン。確かにさらに暖かくなった。

 

「いっぱい遊び道具を持ってきたの。トランプでしょ、オセロでしょ、ルドーなんてのもあるけど、四人いないと楽しめないわ」

 

「あとでみんなが戻ったらやろうか」

 

「遊び相手が必要ならば、こうして適任がいらっしゃいますよ、フラン様。私は少々忙しいのですが……」

 

 入口から咲夜の声が投げかけられ、僕とフランは外に顔を出した。

 

「さいきょーのアタイと冬に勝負だなんて、百年早いわね! でも勝負してあげるわ!」

 

「お邪魔しまーす……」

 

「もちろん私たちも参戦するわ!」

 

「光の三妖精がゲームにも強いってところを見せてあげる!」

 

「とにかくそこそこ頑張るわ」

 

 外には咲夜によって連れてこられた妖精五人衆。うーんこの戦隊もの感。青(チルノ)と青(スター)がかぶってしまっている。誰かピンクか黄色にならないかな。

 とにかく、これでゲームをするのに必要な人数はそろったわけだが、カマクラに七人全員はいれるかな?

 

 

 

「お兄さままた六出してる!」

 

「三回連続とは僕も驚いているよ」

 

「ぐぬぬぬ……アタイはまだ駒が一つしかゴールしていないのに! なんでみんなそんなにいっぱいゴールしているの!?」

 

「チルノちゃん、他の駒の前に出ると危ないんだよ」

 

「あっ、お兄さんのせいで今振出しに戻った」

 

「えー!? あと一つなのにぃ!」

 

「これで通算十回目……みんな駒を食い過ぎよ!」

 

 ルドー。伝統的なイギリスのスゴロクゲームで、インドのパチーシと言うゲームが元になっているという。というパチュリーの豆知識思い返しつつ、駒を六個進める。サイコロで六が出たらもう一回振るか、スタート地点に一つ駒を出せる。僕はすでに手持ちの四つの駒の内三つをゴールさせていた。

 

「そして二、と。次はチルノの番だね」

 

「ここはアタイがこの人を振り出しに戻させればいいのね!」

 

「チルノちゃんはもっと駒を出すことに集中しないと……」

 

 場に出せる駒の数が増えれば増えるほど、選択肢が出て有利になる。チルノはとにかく一つの駒をゴールさせようと躍起になっていた。おまけに僕とチルノのマスの差は七。六を出してもう一回サイコロを振らない限り、どうあがいても重ならない。

 

「見てて大ちゃん! ここでアタイがばっちり六を出して見せるんだから、ちょあーっ!」

 

 コロンコロンとテーブルの上でサイコロが転がる。

 

「一だよ、チルノちゃん」

 

「一ね」

 

「一だね」

 

「どうあがいても一」

 

「そこはかとなく一」

 

「控えめに言っても一」

 

「いちいちうるさいっ!」

 

 がーっとがなり立てて駒を一マス進めるチルノ。

 

「じゃあ次は私ね……五。あ、チルノの駒が振り出しだわ」

 

「んなぁ!?」

 

 ルドーのルールでは進めた駒と相手の駒が同じ場所に重なると、相手の駒を振り出しに戻すことが出来る。フランに悪気がなかったとはいえ、チルノちゃん、ご愁傷さまです。

 

「じゃあ今度は私の番」

 

「ルナ、やっちゃって!」

 

「お兄さんをゴールさせないでよ!」

 

「せいっ!」

 

 コロコロコンとサイコロが転がる、出てきた数字は六。もう一度振れる。

 

「つまり私は、ここであと三回連続六を出せればお兄さんを振り出しに戻せるってわけね」

 

「すごく確率は低いと思うけどね」

 

 もうそんなのコンマ数パーセントの世界だ。三回連続六を出せただけでも奇跡に近いのに、今度は四回連続出すという。

 

「よーし二回目……えいっ」

 

「すごいわ、六が出たわよ!」

 

「あと二回!」

 

「ルナ、いけるわ!」

 

 何気に弾幕ごっこよりも盛り上がっている気がする。盛り上がることはいいことだ、うん。

 

「三回目……えいっ!」

 

「……六!」

 

「す、すごいじゃない。アタイほどじゃないけどねっ!」

 

「チルノは六を二回連続で出してないよね?」

 

 フラン、あんまりチルノをいじめないであげて。

 

「さあ、ラストよルナ!」

 

「このお兄さんを懲らしめて!」

 

「プレッシャーがかかるけど……」

 

 サイコロを手に取ったルナチャ。四回目の六は、果たして彼女の手にもたらされるのだろうか。

 

 ぽつっ。

 

「あれ、水が……」

 

 ボードに水滴が一つ落ち、さらに続けざまにまた一つ。

 

「……もしかして、溶けてる?」

 

「でも溶ける要素なんて……あっ」

 

 あるじゃん、フランが作った炎の弾幕。熱で天井が崩れかかっているのだ。

 

「すぐ逃げないと!」

 

「チ、チルノちゃん、勢いよく立ち上がったら――」

 

「へぶっ!?」

 

 大妖精の制止の声が届く前に、天井が低いカマクラの中で立ち上がったチルノ。その後頭部は見事にカマクラの天井にクリーンヒットし、崩壊は瞬く間に始まってしまったのだった。

 

 

 

「ひどい目に遭った……」

 

「紅茶をどうぞ、温まるわよ?」

 

 金属製の水筒からコップに注がれた紅茶を受け取り、フーフーしながら一口飲む。数分間だけとはいえ、雪の中に埋もれていて冷えた体に染みるようだ。

 

「大きめに作ったのがアダになったかな」

 

「外からでも、あなた達が楽しんでいる声が聞こえたわよ。作ってよかったんじゃない?」

 

 僕自身も楽しかったし、カマクラそのものを作ったことに対しては間違いではなかっただろう。

 

「防寒対策、別のやつを考えないと」

 

 遠くでは体を温めるという建前で、凍った湖上でスケートを行っている妖精たち。相変わらずチルノは上手で、大妖精や三妖精に指導している。ちなみにフランは新しくカマクラを作るため、美鈴と雪集めに行っている。

 

「ところで……あれって誰の雪像なの?」

 

 カマクラ跡地の横には複数の雪だるまや雪像が。雪だるまの方は帽子や翼などがデザインされていて誰をモチーフにしているのかは分かるが、雪像の方はというとだ。

 

「お嬢様が作った雪像よ」

 

「製作者じゃなくてモデルの方だよ」

 

「左からフランお嬢様、パチュリー様、私、それに美鈴と……」

 

「……言わせてもらうけど、なんの妖怪これ?」

 

 紅魔館メンバー雪像は、像作が崩れた、よくわからない雪の塊になっていた。特に美鈴、鼻と口の位置が上下逆になっている。

 

「味があっていいじゃない」

 

「咲夜はこういう自分の像がつくられて思うところはないの?」

 

「お嬢様が私の雪像を作る……ああ、そんなけなげな光景を思い出しただけで鼻が……」

 

 すまし顔でティッシュを丸めて鼻に詰める咲夜。レミリア、本当にこのメイド長大丈夫なの?

 

「さあできたわ、小悪魔雪像よ!」

 

 意気揚々と立ち上がったレミリアがお披露目したのは、他の雪像とは頭一つ分ぐらい小さな雪像。そしてその顔はというと。

 

「……すごい美化されている」

 

 普段の小悪魔は可愛らしい顔立ちだが、こっちはもう別人のような美女に仕上がっていた。なんで小さく作ったのかは知らないけど。

 

「さすがはハレーの吸血鬼の異名を持つお嬢様。今回の当たりを引いたのは小悪魔だったわね」

 

「あれ? レミリアの異名って紅い悪魔じゃなかったっけ?」

 

 異名が量産されていくパターン。この分だと他にもありそうだ。

 

「ちなみにハレーとは彗星のことよ」

 

「うん、知ってる。数十年に一回しか見れない彗星だよね」

 

「昔、迷信が強かった時代は、彗星の尾が地球の空気を奪うとされていたわ」

 

「咲夜は信じた?」

 

「空気が五分無くなることより、お嬢様の命令一秒のほうが重要なの」

 

「そう言うと思った」

 

 もう一度僕は紅茶を飲んだ。

 

「二人とも、私と美鈴の作品、どっちが素晴らしいと思う?」

 

「もちろんお嬢様です! フラン様の雪像が、特に素晴らしく仕上がっております」

 

「見る人によっては唸らせる作品だと思うよ」

 

「咲夜はともかく、あなたの言葉には含みが感じられるのだけれど……まあいいわ。やっぱりこういった創作関連に才能を持っているのよね、私」

 

 フランがいたら率直な感想を言いそうなので、この場にいないことにほっとしている。

 

「ところで、あなた達ボードゲームを興じていたようだけれど、決着はどうするの?」

 

「それはもう、春までお預けってことで」

 

 遊び道具は雪の中に残されたまま。探し出す気力は湧かなかった。




 遅れた理由? ちょいとゲームのし過ぎで……。


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第二十四話 新年あけまして数時間前

 大晦日から一週間たってからこの話って、何やっているんだ自分。


 今日も今日とて雪は降り、人々は家屋の中で様々な寒さ対策を行っている。暖炉付きの家屋では火を焚くことは言わずもがな。囲炉裏や火鉢、自身も厚着することも忘れない。

 その中でも、冬の魔物ともいうべき存在……こたつは、まるで人間や妖怪を引きずり込む罠のような驚異的な威力を発揮している。

 それは妖怪退治専門の二人を捉えて離さないところから、現に僕の前で実証していた。

 

「おい霊夢、いい加減新しいみかん出さないか?」

 

「だったら魔理沙が出しなさいよ。それとも、そこの彼氏さんに取りに行かせる?」

 

 僕と魔理沙の仲は、なるべく黙っておきたかったのに人伝いに瞬く間に広がり、今では人里で出かけた先ではどこでも茶化される始末。当然、僕の知人らにも知れ渡っており、霊夢も知らないわけがなかった。

 

「ったく、分かったよ持ってくるぜ」

 

「大丈夫だって魔理沙。ちょうど立ってるし」

 

 僕はこたつには入らず、台所で夕飯の準備。今日は霊夢のところで大晦日、霊夢はこの後行う神事のため体力を温存する名目上、家事は僕に任せてこたつに入り込んでいる。魔理沙は僕にくっ付いてきただけで特に何もしない。

 

「冬のこたつで食べる料理と言えば、やっぱり鍋だよね」

 

 霊夢と魔理沙の希望通りにみかんを持っていく。今作っているのは寄せ鍋だ。野菜たっぷり、キノコたっぷり、鶏肉も入っている。

 

「でもあんまりみかん食べ過ぎると、本命の鍋が入らなくなるよ」

 

「大丈夫だ、私の胃袋は特別製だ」

 

「魔理沙の持ってくるキノコは、消化を助ける働きをするものが混ざっているのよ」

 

「毎度思うけど、魔理沙が持ってくるキノコのレパートリー多くない?」

 

 魔法薬の材料として使っているあたり網羅して当然だとは思うけど、たまーに失敗をやらかすことがあるものだから少し警戒してしまう。

 

「大丈夫だって、それ以外は当たり前の食材だ」

 

「ならいいんだけどね」

 

 台所に戻って鍋づくりに戻る。白菜、白ネギ、水菜、ニンジン、大根、シイタケ、マイタケ。ついでに魔理沙が持ってきた名所不明のキノコ。野菜だけでなく豆腐、鶏のもも肉、手羽元などのたんぱく質も豊富だ。少し鶏肉が多かったので、ミンチにして数種類の調味料を加えて肉団子も作ってみた。

 

「我ながらザ・鍋っていう出来栄え」

 

 鍋の出来に満足して頷く。後はしっかりと具に火が通るのを待つだけだ。

 

「おい霊夢! 私の足を蹴飛ばすなよ」

 

「そこにいたあんたが悪いのよ」

 

 一方その頃の二人はこたつむり状態。霊夢はどてらも羽織っている。

 

「ここは私の領土だ。大人しく左に足を延ばすんだな」

 

「今右向いているから足そっちしか曲げられないのよ」

 

「このぐーたら巫女め」

 

「うっさいうぶ魔法使い」

 

「んなぁ!?」

 

 うぶって、確かにお互い恋愛初心者なわけだけれども。

 

「お、おいおいおいおい、霊夢には恋のお相手すらいないじゃないか」

 

「いたら神事に邪念が入っちゃうから、これでいいのよ。でも、いずれ相手は見つけるつもりよ。跡継ぎもいることだしね」

 

「夢がない理由だなぁ」

 

「あんたたちは、ただ好き同士だったから一緒になったっていうけど、それだと始まりは素敵だけど後でマンネリしちゃうんじゃないの?」

 

「そんなことはないぜ! ……なあ、ないよな?」

 

「不安がらないでよ魔理沙。僕も心配になってくるから」

 

 ただ霊夢の指摘も心にグサグサ来るものがある。あの時の告白がただ勢いに任せたものではないという事を証明するには、もう一段回踏み込んだ行動を起こさなければならない気がする。

 

「好きなもの同士なら、せめて同じ屋根の下で暮らすぐらいしなさいよ」

 

「「あっ、それだ!」」

 

「えっ?」

 

 その霊夢の発言は、僕らにとって転機になることは、もう少し先の話である。

 

 

 

「よーし煮えたよ」

 

「待ってたぜ!」

 

「ようやくご登場ね」

 

「ええほんと、待っていた甲斐がありますわ」

 

 鍋敷きの上にぐつぐつと煮える具材満載の鍋を置く僕。えっ、なんで紫がいるのかだって? 料理完成間近になったと思ったら取り皿と箸を持ってスキマから生えてきたのです。思い違いかもしれないけど、食べ物がかかわっているときによく紫と遭遇する気がする。

 

「なんだって紫が来るのよ」

 

「霊夢がしっかり神事をこなしているかどうか確かめに来たの。守矢の方はすっかり準備を整えていましたわよ?」

 

「私の方だってもう済ませたわよ。後は時が来るのを待つだけよ」

 

「心持ちの違いよ。こたつの中で丸くなって、のんびり過ごしているあなたに対して、守矢ではすでに参拝客の受け入れ準備を進めているわ」

 

 万年参拝客に飢えているのなら、もう少し何かしらの行動を起こすべきだとは僕も思う。

 

「うちはうち、よそはよそ、よ」

 

「なに寺小屋通いの子持ちの母親みたいなことを言ってんだよ」

 

「もう少し巫女としての自覚持ったほうが良い気がする」

 

「あんたたちも静かにしなさい」

 

 霊夢が早速鍋の中身を自分の取り皿に分け始めた。

 

「お説教は食事のあとね」

 

「確かに、鍋を前にして長話は禁物だな」

 

「僕は飲まないけど、お酒あるよ」

 

 僕は順番にお猪口に熱燗を注いでいく。電子レンジなんてものはないから、ちゃんと湯煎で温めておいたやつだ。

 

「今日は夕方からずっと雪降っているから、体の芯から温めなきゃね」

 

「霊夢はこれからずっと外にいないといけないもんね」

 

「そうそう、一回紫や魔理沙も人の身になれって話よ。一日巫女でも体験してみる?」

 

「私は普通の魔法使いだし、そもそも宗教違いなわけだしな」

 

「そもそもわたくしは幻想郷をこの上なく愛する一妖怪であるから……」

 

「飲みながら語るな、のんべえども」

 

「人のこと言えないよ霊夢」

 

 霊夢、お酒はほどほどにね。

 

「そもそも巫女服なんてどこにあるんだよ。香霖堂でもらったやつだろあれ」

 

「前に蔵で、サイズ違いのがいっぱい見つかったよ。子供サイズのが」

 

「……ちょっとあなた、それいつの話?」

 

 あれ、地雷踏んじゃったかな僕。すごい表情で霊夢がにらみつけてくるんだけど。

 

「いつって、秋に庭掃除の手伝いをしたときに……」

 

「なんだって蔵の中に入る必要があるのよ!」

 

「梯子出そうと思ったら中に入るしかないじゃん。荷物が邪魔でどかそうと思ったら出てきたの!」

 

 いつの日だったか思い出した霊夢はうぐっとうめき声を漏らす。蔵の中を整理していなかった霊夢にも原因があると認識したようだ。

 

「子供サイズって……お前さっき跡継ぎ考えているって言ってたけど、もしかしてその巫女服を着せるつもりで……ぷぷ」

 

「違うわよ! 私の子供時代の服! 処分するのがもったいなかっただけよ」

 

「あんな腋が寒そうな格好幼少期からやっていたんなら、今でも違和感なく着られるってもんだよな」

 

「この巫女服は歴代の博麗の巫女で受け継がれてきたデザインよ。あまりバカにしないようにね、魔理沙」

 

「紫は霊夢に関しては変なところで擁護するよなー」

 

「小さい頃の霊夢か。ちょっと見てみたいかも」

 

「案外天狗のパパラッチあたりが当時の写真を秘蔵しているかもしれないぜ? 今度聞きに行ったらどうだ」

 

「あんたの分の鳥団子、全部持っていくけど構わないわね?」

 

「わっ、バカやめろ!」

 

 お玉で汁ごと肉団子を持っていく霊夢に待ったをかける魔理沙。慌てて自分の分の具を確保する。

 

「紫さん、よかったら取るけど」

 

「あら優しい。好きになっちゃうわ」

 

「はいはい」

 

 紫の取り皿にもバランスよく具材を盛っていく。三人分の具材が四人で分けることになったので少々全体的に少なくなってしまうが、そこはしめの雑炊の時のご飯の量を増やしてカバーという事で。

 

「それじゃあ、こいつがよそっているところで話させてもらうけど、今年もあと数時間で終わり。私は神事で忙しくなるから、新年に向けてあらかじめ先に挨拶させてもらうわ」

 

「わわ、待って、まだ僕の分をよそってないから……」

 

 大慌てで紫に取り皿を渡して、今度は僕の分を自分の取り皿に適当に盛り付ける。

 

「時は待ってくれないんだぜ? 咲夜に頼まなきゃな」

 

「構うものですか。それじゃあみんな、いい?」

 

 一呼吸おいて。

 

「「「あけましておめでとうございます」」」

 

「いやだから待ってってば!」

 

 ゴーンと、除夜の鐘が遠くからなり始めた。




 だいぶ遅れてだけど、あけましておめでとうございます。


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第二十五話 追伸、僕は風邪をひきました

 今回がこの小説でいろいろと変化が生まれる回です……。後半部分を見ていけば分かりますのん。もし気に入らなければ、作者の顔を適当に想像してぶんなぐってください。


「まったくもー、無理してこなくてもこっちから行きましたのに」

 

「だって連絡手段がないもんだから……」

 

 人里の僕の家にて、僕は布団の中でうんうん唸っていた。

 しっかりと暖を取ったり、病気には気を付けていたつもりだったが、年明けに祈った無病息災はいまいち効果を発揮しなかったらしい。あれかな、祈った場所が博麗神社だったのがいけなかったのかな。

 

「フラフラのあなたを家まで連れ帰るほうが苦労しましたよ」

 

「ごめんね小鈴ちゃん。でも密かに僕の家に来る口実が生まれて内心喜んでいたでしょ」

 

「な、何のことですかね」

 

「だってほら、後ろの押入れを開けたくてうずうずしているし」

 

 以前鈴奈庵で半ば強制的に押し付けられた妖魔本。小鈴は管理を任された僕に、その本目当てで押し掛けることがある。でも変な噂は立たせたくないので、来るのはひと月に一度と取り決められ、他はこうした別の用事がない限りは彼女がその妖魔本に触れることは出来ないのだ。

 

「……いいですか?」

 

「できればやめて、何かあっても逃げられないから……僕が」

 

 正直鈴奈庵まで歩いて行っただけで体力の限界なのだ。本から妖怪が飛び出しても逃げられる自信は全くない。

 

「むう……じゃあふすま越しに存在を感じ取るという事で一つ」

 

(どれだけ本好きなんだろう……)

 

 そもそもあんまり病人の家にとどまるのはいけないし、小鈴にも仕事があるのだから早いところ帰らなければいけないのでは。

 

「こんにちは。病人がいると聞いてやってきました」

 

「あっ……鈴仙」

 

 いいタイミングで真面目担当の鈴仙が登場。いつもの学生のような服ではなく甚平のような男性的な格好で、マフラーを巻いた上背中に大きなつづらを背負っている。

 かぶった笠に積もった雪を払い落としながら、鈴仙は玄関から上がる。

 

「病人は買いには来られませんからね。それと……小鈴ちゃん? うつらないためにも帰ったほうが良いと思うわよ」

 

「うー、分かりました……」

 

 薬師見習いの鈴仙の言葉は実に正論だ。小鈴は日を改めてまた来ると約束して帰っていった。お店のこともあるし仕方ないね

 

「よいしょっと、それじゃあ簡単な診察をしますね。体を起こしてもらっていいですか?」

 

「うん」

 

 ボーっとする頭を濡らした手拭いで冷やしながらむくりと起き上がる。鈴仙は荷物を下ろして、さっそく診察を始めることにした。

 

「口を開けて、喉を見せてください」

 

「あ―――」

 

「ちょっと腫れていますね……喉は痛みますか?」

 

「痛くはないけど違和感はあるかな」

 

「失礼します」

 

 そういうと鈴仙は自分の額と僕の額を触れさせた。鈴仙の顔が近い! 僕には魔理沙という然るべき相手がいるが、それはそれとして綺麗な女の子がこんなにも近くまで迫ってくるとドキドキする。

 

「熱はそこそこ高いですね……脈拍も測りますよ」

 

「う、うん」

 

 顔が離れてほっとする。今度は指先で僕の首筋を触れてきた。

 

「うーん……ちょっと速いですね」

 

「それはたぶん別の理由だからだと思うけど……」

 

「……よくわからないですけど、どうやらリンパ腺も腫れていますね」

 

 そうして滞りなく診察が進み、鈴仙が下した診断というと。

 

「風邪ですね。薬を飲んで二、三日寝たら治りますよ」

 

「変な病気じゃなくてよかった……」

 

「お薬渡しておきますね。ちなみに領収書はこちらです」

 

「えっ、お金取るの?」

 

「知り合い価格として、安くしておきますよ」

 

「しっかりしてるなぁ……財布はそこのたんすの四段目の左だから中身持ってって」

 

「分かりました」

 

 そうして鈴仙がたんすを開けて財布を取り出したその時。

 

「小鈴から聞いたぜっ! お前病気にかかったんだってな!」

 

 息を切らしながら家にやってきたのは大量のキノコが入った籠を抱えた魔理沙。魔理沙らしくなくとても心配そうな表情を浮かべていた。

 

「ん? 家主が寝込んでいる所に堂々と物取りか? いよいよ薬売りでは食っていけなくなったのか、鈴仙」

 

「失礼な、ちゃんとした対価を貰おうとしている所だったのよ、魔理沙。それに手癖が悪いあなたに言われたくはないわ」

 

 どうやら魔理沙は、自分より先に別の女性が僕の家にいたことが気に食わない様子。それに負けじと鈴仙も切り返した。

 

「いくら私でも金品は持っていかないぜ。強いて言えば本を死ぬまで借りていくだけだ」

 

「泥棒という定義としては一切ぶれてはいないわよ」

 

「もちろん持ち主には弾幕で説得するぜ?」

 

「泥棒というより強盗じゃない」

 

 なんだかヒートアップしていく様子。魔理沙も家に上がって鈴仙と対峙している始末だ。というか、僕が寝ている布団を挟んで争うのはやめて。

 

「あのー二人とも、仲良くして……」

 

「お前は黙ってるんだぜ! 小鈴はまあいいとして、他の女を上がらせた罪は大きい!」

 

「私はお薬売りに来ただけなのに、よっぽど嫉妬深いのね魔理沙」

 

「どうせ診察と称してべたべたこいつを触ったんだろ?」

 

「どの薬がいいのか病状を把握するのに必要なことなの! というかそこまで触ってないわよ!」

 

「一発で風邪って分かるのに念入りに診察必要があるのか?」

 

「熱を出して咳をしたらイコール風邪っていうことにはならないの! それが実はもっと大きな病気の予兆だとしたら、後々取り返しのつかないことになるかもしれないのよ?」

 

「二人とも冷静に――」

 

 ここまで熱が入ったら仲裁はほとんど効果ないだろうけど、やらないでおくという選択肢も無し。そう思いつつ違和感がある喉から、二人に呼びかけるべく声を絞り出そうとした瞬間。

 

「うるさあああああい! お前ら外からでもうるさいぞ!」

 

 がらっと勢いよく引き戸が開かれ、現れたのはなんと頼れる寺小屋の先生慧音。そのままずかずかと上がり込んで、予想外の人物の登場で硬直していた二人を向き直させて、それぞれに頭突きをお見舞いした。

 

「った~~~~~!?」

 

「ぐあぁっ!?」

 

 その場でうずくまる二人。玄関からは何だなんだと雪かきを行っていた近所の人たちが顔をのぞかせている。一人は布団で寝込み、一人は仁王立ちでうずくまる二人を見下ろし、その二人はさっきまで意味不明の口喧嘩をしていたという。何だろうこれ。

 

「まったく。寺小屋の生徒が風邪をひいていないか見に回っていたところ、聞きなれた声がするものだから来てみれば……ああ、みんなは気にせず作業してくれ!」

 

 びしっと慧音が片手をあげると、なんだ慧音先生かぁと集まってきた人たちは解散した。さすがの人望。

 

「慧音~……いきなり何をするんだ……」

 

「悪いのは魔理沙の方なのに……」

 

「お前たちがどんなやり取りをしていたのかはよく知らない。だが、病人を挟んで口喧嘩をしては休めないだろう!」

 

「「……ごもっともです」」

 

「あ、ありがとう慧音」

 

「お前も大事にな。それじゃあ、私はまだ行かなければならない場所があるから、これで失礼するよ。……二人とも、病人をいたわりに来たのなら、もう少し静かに、な」

 

 そう言って強烈な仲裁した慧音は行ってしまった。感謝、慧音先生感謝。

 

「……えーっと、二人ともとりあえず座ったら?」

 

「……座布団借りるぜ」

 

「……火鉢、炭を足しておきますね」

 

 さて、二人とも頭突きで頭が冷えた? ようであるが、何とも微妙な空気になってしまった。

 

「……二人とも謝ったらどう?」

 

「それも、そうだな。うん、なんだか変なテンションになっていたみたいだ。すまん、鈴仙」

 

「こっちもこの人に会えたから熱が上がったみたい。ごめんなさい」

 

 よし、これにて一件落着。

 

「……? ちょっとまって、会えたから熱が入ったって、なんでなの?」

 

「えっ、あっ、それは、その」

 

 僕の指摘にどんどん顔を赤くしていく鈴仙。あれ、なんかおかしくない?

 

「……鈴仙、お前まさか」

 

 再び顔が険しくなっていく魔理沙。相対的に気まずそうに身を震える鈴仙。

 

「その、お師匠たちが『あなたが無意識に心を開いている人間なら、きっと最も波長が合う相手なんじゃない』って言ったから……。私も、意識し始めたらどんどんそう思えるようになってしまって……」

 

「つまり、こういうこと? 鈴仙は僕のことが好き、っていう……」

 

 鈴仙は力なくうなずいた。

 

「……それは、私がこいつと付き合っていると知った後のことか?」

 

「うん、お師匠たちはもっと前から密かに応援していたらしいんだけどね。『本当に好きなのなら奪う気概ぐらい見せないとね』って言って……ああっ! 魔理沙から奪う気なんて、これっぽっちもないから!」

 

「魔理沙、マスパ撃つのはやめてーっ!」

 

 ミニ八卦炉を取り出す魔理沙。こんなところで撃ったら家が吹き飛ぶ。

 しかし、僕はともかく魔理沙の目の前でこんなに正直に言うなんて、よっぽど思い詰めていたという事なのだろうか。

 

「気づいたときには、すでにあなたと魔理沙がくっ付いて、もう私の入り込む余地がないんだなって。……せめて、人里や永遠亭で会うときは楽しみにしようって思って」

 

 涙目になっていく鈴仙。誰も何も悪いことはしていないのに、いたたまれなくなる。

 僕は魔理沙のことが好きだ。その気持ちは今だって変わらないし、未来永劫変わることはないだろう。でも、そのせいで悲しい思いをする人がいるなんて、偽善だとは思うけど、僕の心が絶対に許さない。

 

「魔理沙……」

 

 僕はすがるような気持ちで魔理沙を見た。この判断は、僕だけのものではない。魔理沙が怒るかもと思いつつ、僕の意思を込めた視線を向けた。

 だが、魔理沙の反応は僕の予想外の物だった。

 

「……はあ、お前はとことん優しいやつだな。まあ、そうでなきゃこの私が惚れるわけがないんだけどさ。……私も、相応の器を持たなきゃダメってことだよな」

 

「えっ……?」

 

 顔を上げて、不思議そうな表情で僕を見据える。どうやら魔理沙も、僕と同じことを考えていたようだ。

 

「鈴仙さ……お前、二番目じゃダメか?」

 

「な、何を言って……」

 

「恋人、二番目は嫌かって聞いているんだよ」

 

 魔理沙のその発言に混乱している鈴仙。うさ耳がピコピコ動いている。

 

「僕は魔理沙が好きだという気持ちは変わらない。誰よりも愛している。でも、鈴仙が僕に向けてくれる好意を無視するなんて、僕にはできないんだ」

 

「筋金入りのお人好しだからな。それに、こいつのことを理解する奴が増えるのは、私も嬉しいし」

 

「……以前の魔理沙なら、意地でもそういうのは阻止するはずなのに」

 

「私も角が取れてきているのかな……もちろんナンバーワンは私。正室は私で、側室はお前だ。そこは譲れないぜ」

 

「ぐすっ……二人とも、寒さで頭がおかしくなっているんじゃないの? 本当に、私も好きになって……いいの?」

 

 鈴仙は涙声になり、目尻にたまった涙をぬぐう。

 

「幻想郷はすべてを受け入れるんだよね? 僕が輪になって、みんなを受け入れるよ」

 

「あー、それって今後増えていくってことか? しょうがない奴だよなほんと」

 

「そうと決まったわけじゃ……でも、紫もああいっていたし」

 

「おい、お前なにを聞かされたんだ? 私に教えろーっ!」

 

 襟首つかまれてがくがく揺らされる。やめて僕頭が痛くなっちゃうの。

 

「ぷっ、ふふふ……」

 

 ようやくここで、鈴仙の顔から笑みがこぼれた。

 

「相思相愛、っていうんですかね、これ?」

 

「まだお互いに知らない部分はあると思う。でもそれは、僕と魔理沙の間でもそうだし、今後どんどんそれを埋めていけばいい。僕も、鈴仙のことをもっと好きになるように、もっといっぱい知りたいな」

 

「これから始めていく、っていうことですね」

 

 何事も始まりはある。僕と魔理沙の時だってそうだった。魔理沙の区切りがあの旅館。鈴仙にとっての区切りは、今ここという話だ。

 

「それじゃあ親睦を深めるために、キノコ粥、作っていくぜ!」

 

「あ、ま、魔理沙!」

 

 立ち上がる魔理沙を慌てて呼び止める。

 

「ん、どうした?」

 

「……ありがとう」

 

 最初に鈴仙と喧嘩したときの言葉の節々に、鈴仙が僕の家にいたこと自体にお怒りの様子だった。でも、そんな魔理沙が鈴仙を受け入れてくれたことに感謝しかない。

 

「いいって、お前のいいところを、私が肯定しなくてどうする? それに、これからお前のいいところを言い合える奴が増えていくってことだからな。でも、私が一番だぜ。そこを忘れるなよー?」

 

 屈託のない笑顔を作り、魔理沙は台所へと向かっていった。




 タグに『恋愛あるかも』ってあるのに、ばっちり魔理沙と恋愛して、そのあと鈴仙までもがくっ付くという……これ『ハーレム』ってタグに変えたほうが良いかなぁ?
 あっ、基本路線は変えませんよ。あくまでメインは「幻想郷の日常」ですから。


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第二十六話 妖怪妖精大雪合戦、その壱

 意外と長編になる予感。久しぶりの投稿です。


「幽香、柵はこのぐらい建てておけばいいかな?」

 

「あと、そこの花壇と木々の境目あたりまでお願い」

 

 今は冬の影響で花たちの姿はないが、ここは『太陽の畑』。いつもの服装にマフラーを巻いた『風見幽香』の家もあるこの場所で、僕は野生動物により傷んだ柵の補修を行っていた。と言っても、初めから用意されていた替えの柵を入れ替えるだけなのだけれども。

 

「冬の労働は実に堪えるなぁ」

 

「あなたから進んでやりますって言ったからじゃないの」

 

「人里で捕まえておいてよく言うよ」

 

「私は何も言っていないわ。独り言をつぶやいて、あなたから言い出すのを待っていただけ」

 

「確信犯じゃん。圧がすごいんだよね、圧が」

 

 一見柔和そうに見えるが、あの紅い目で意味ありげに見られるとただじゃ済まなさそうな気がする。幽香の家の周りには花壇が備わっているが、今は咲き誇っている花はない。

 

「冬に見られる花って、何かあったりするの?」

 

「今だと……そうね、梅の花やサザンカが咲く頃合いね。もう少し経てば椿やカンザクラが咲く時期になるわ」

 

「この花壇には植わっていないようだけど……」

 

「見に行けばいいのよ」

 

 花好きの幽香にとって、花を見るために遠出をすることは何のその。そもそも幻想郷の中でも特に強力な妖怪なのだから、そんなことも苦労の内に入らないのだろうが。

 

「幽香? いるかしら?」

 

「こっちよ」

 

 聞きなれた声が、家の裏手で作業していた僕らの耳に届いた。

 

「あれ、アリス?」

 

「あなたもいたのね。まあ連行されている姿人里でも見かけたから知ってたけど」

 

「だったら助けてよ」

 

「私は別用で忙しかったの」

 

 そう言ってアリスは、抱えていた紙袋から一体の人形を取り出した。

 

「はい、頼まれていた人形」

 

「ありがとう、いい出来じゃない」

 

「幽香が上海人形を? 飾るために?」

 

「冬の作業はできれば避けたいところなの。彼女が雪かきは人形に任せていると聞いたから試してみようと思ってね」

 

「人形操作はアリスの専売特許じゃなかったっけ」

 

「得意なのが人形操作なだけであって、その気になれば誰だって操れるようになるわ。まあ、いつも私が扱っている数までできる人はほかにはいないでしょうけど」

 

 ふふんと自慢げなアリス。暗に幽香を挑発しているようにも見えるが、もともとそれも織り込み済みのようで幽香は気にしない。

 

「家が小さいから、一、二体でもいれば十分。屋根の雪かきぐらいにしか用向きはないし」

 

「やったぁ、それじゃあ雪かきはしなくて済むぞぉ」

 

「あっ、柵が終わったら今度は家の周りの雪かきを頼むから、よろしくね」

 

「ですよねー」

 

 

 

 除雪道具を活用して家の周囲から雪を撤去した後、僕らは遅めの昼食を食べることに。

 

「サンドイッチ美味しい。シンプルな中身だけどそこがいいね」

 

 幽香お手製サンドイッチはおいしくぺろりと平らげてしまう。

 

「菜の花のお浸しを挟んだものとかもいいのだけれど」

 

「あら、花を食べるのって幽香的には大丈夫なの?」

 

 ほうじ茶を飲んでいたアリスが質問した。ほうじ茶美味しいです。

 

「生き物のサイクルに組み込まれている以上、花も本望だと思うわよ。醜く抗おうとするのは獣と人間だけ」

 

「耳が痛いお話で」

 

 妖怪はそこんところ含まれていないのか。まあすごい長く生きているから生への執着は薄そうなものだけど。知人の一部はすでに死んでいるし。

 

「柵も終わったし、雪かきも済んで、これにて僕はお役御免という事になるのかな?」

 

「なんだか、あなた私から離れたがっているようね……」

 

「そ、そんなことないよ。限界までこき使われそうだなぁとか思ってないから」

 

「そのわざとらしさに免じて、追加にもう一つ仕事を与えるわ」

 

 うーんサディスティック。いや意外と社会とかに出たらこういう感じなのかな。

 

「傷んだ柵を取り換えてもらったけど、一部は悪戯によるものもあるようなの。頭が飛んでいて誰の家なのかわかっていない妖精や下っ端妖怪がね。これから見回りに行くからあなたもついてきなさい」

 

「僕が行く必要があるのかな?」

 

「私だけだと“無駄”に怖がらせてしまうから……花畑から人っ子一人いなくなるのもさみしいでしょう?」

 

(自覚無いのかなぁ……)

 

「夏の夜間フェスティバルの観客が少なくなるのはいただけないわね」

 

 僕は行ったことないけど、妖怪たち主催の野外ライブが行うことがあるそうで、今度魔理沙と一緒に行こうかな。

 

「腹ごしらえはしたわね? じゃあ行くわよ」

 

 椅子から立ち上がった幽香は、クルッとマフラーを巻きなおした。

 

 

 

 日が中天まで昇っても吐く息は白いまま。妖精たちの多くも住処の木々や洞窟などに引っ込んだままで、見かける妖精たちはごく少数だ。それでも注意しないわけにはいかず、目につく妖精たちに聞き込みをし、念入りに注意喚起行う。妖精はたとえ死んでも自然そのものが消えない限りはまた復活するので、少し痛い目に遭ったとしても懲りないだろうが。

 

「まったく困ったものだわ。真面目に聞いてくれやしない。可憐に咲く花を美しいと思わないのかしら」

 

「相手が妖精だからね。まあ花から生まれた妖精もいるだろうし、気を付けようとは考えると思うよ」

 

「考えるだけだけど、ね」

 

 ちなみにアリスも一緒についてきている。用事が済んで暇なので、せっかくだから一緒に散策したいという事だ。

 

「こうなったら、いっそう力を見せつけて有無を言わせずいうことを利かせるしかないかしら」

 

「幽香が本気になっちゃあ幻想郷中の妖精全部集めてもかなわないって」

 

「あら、何故ひねりつぶすのがいけないの?」

 

「平和的に解決できないのかしら……」

 

 やることが短絡的過ぎる。威圧感与えないようにと僕らを連れてきたのに無意味ではないか。

 

「冗談よ。でも、妖精や木っ端妖怪に合わせるというのもなかなか面白い発想ね。とすると何か競技を行うというのはどうかしら」

 

「競技……弾幕ごっことか?」

 

「あなたも参加するのなら、そうじゃないほうが良いでしょう?」

 

「あっ、僕も参加するのね」

 

「骨は拾ってあげるわよ」

 

 幽香が絡むというだけで命の危機を感じるのは僕だけだろうか。

 

「安心なさい。どうせなら冬にちなんだ競技……そうね、雪合戦とかどうかしら」

 

「雪合戦……アクティブだね」

 

「幽香らしい競技ともいえるわね」

 

「私らしいとはどういう意味?」

 

 まあ争うという点で雪合戦は分かりやすい。とすると必要なのはメンバーだ。

 

「あなたの人脈でどうにかならない?」

 

「こういう時に頼りにされても困るんだけど……」

 

「あなたほど呼び込みが出来そうな人員はほかにいないでしょうに」

 

「買いかぶりすぎだよ」

 

 でもまあ、やれるだけのことはやってみようか。この近辺に住む人、もしくは妖怪、あるいは妖精。アリスの人形も役に立ちそうだから手伝ってもらうとして、果たして何人集まるやら。

 

 

 

「というわけで」

 

「呼ばれてきたよー」

 

「こ、こんにちはー……」

 

 僕は迷いの竹林側を担当し、鈴仙とてゐ、そして珍しく輝夜が来てくれた。

 

「初心に帰るっていうのも大事だからね」

 

「初心……でしょうか?」

 

「雪合戦なんていつぶりかなぁ」

 

 正確には、おもしろそうと珍しく乗り気な輝夜に、永琳が面倒を見ておくようにと鈴仙を遣わし、さらにその鈴仙の振り回されっぷりを拝見しようと付いて来たのがてゐというわけである。かわいそうに。

 なお、魔理沙公認とはいえ、僕と鈴仙との関係を知っている人物は僕ら以外にはいない。この事実が知られたら色々とややこしくなることは必至だ。というのも、魔理沙たちが言うには「お前を取り合う妖怪が集まって秩序がなくなるから」らしい。……僕、いったい何をしたんだろう。外の世界では一度も女の子と付き合ったことすらないのに。

 

「おにーさんこの間ぶりね!」

 

「雪遊びのグランドマスター、光の三妖精のお出ましよ!」

 

「あっ、ルナチャイルドです。二つ名が増えているけど気にしないで」

 

「面白そうだからきたのだー」

 

「雪遊びなら、私がいなくてどうするの?」

 

 こちらの面々はアリスが担当。お騒がせ三妖精組と、常闇の小さな妖怪『ルーミア』。そして冬と言えばこの方と言われる、『レティ・ホワイトロック』だ。

 

「遊びならお任せよ、三人のコンビネーションを見せてあげるわ!」

 

「お遊戯こそ妖精の独壇場という事を見せつけるときね、サニー!」

 

「寒いから家で本を読みたいのだけど……」

 

「雪を食べたの? 雪は食べると寒いものね」

 

「カマクラを作ってあげましょうか?」

 

 レティは冬の間の強さは別格であり、雪合戦におけるダークホースとなりえるかもしれない。三妖精とルーミアは……うん。

 さて、当然幽香も呼びに行ったのだが、彼女は誰を誘ったのかというと。

 

「幽々子様、お着物が汚れますよ!」

 

「野暮ったいわよ妖夢ー。たまには子供らしくはしゃいでもいいじゃない。藍もそう思うわよね?」

 

「幽々子様に呼ばれたものの……雪合戦とは」

 

「こたつ、無いかなぁ。くしゅんっ」

 

 幽々子、妖夢、藍、橙。なかなかすごいメンツが集まっていた。妖夢と橙はともかく、幽々子や藍までが来るとは。

 

「本当は紫を呼ぶつもりだったのだけれど……」

 

「ああ、今冬眠中なんだっけ」

 

 大晦日以降姿を見せていないと思ったら、そういうことだったのか。そんなわけで、困った幽香を見かねて幽々子が代わりに藍を呼んだということか。

 

「紫の代役としては少し役不足な気もするけれど、他の有象無象を呼ぶよりかはマシね」

 

「九尾の狐っていう大妖怪なわけなんだけど……」

 

「変わらないわよ」

 

 うーむこの自信。やっぱり逆らっちゃいけない人だなぁ。

 さて、こうして集まったのは僕と幽香、アリスと鈴仙に輝夜とてゐ。サニー、スター、ルナチャ、ルーミアとレティ。そして幽々子、妖夢、藍、最後に橙だ。こうしてみるとずいぶんと大所帯になったものだ。

 

「十五人ね。いろんなパターンのルールが出来そう」

 

「アリスは何か意見ある?」

 

「花が咲いていない太陽の畑は広いから、ここでやるとして……これだけ広いと何か障害物を建てるのもいいかも」

 

「面白そう。せっかくなら二チームじゃなくてもっとチームを増やすのもいいかも」

 

 鈴仙がルール決めに参加。アリスと並んで、癖があるメンツが多い中でのバランサー、頼りにしているよ。

 

「五人ずつの三チームでやるというのはどうかな? それで、まず雪を集めて陣地を作るっていう感じがいいと思う」

 

「そうなるとチームのパワーバランスを公平にする必要があるわね。まずあなたと幽香が同じチームで……」

 

「えっ、そうなの?」

 

「最強と最弱を一緒にするのは組み分けでは必然ですから……」

 

 そう言われてしまったら何も否定できませぬ。

 

「私たちは当然三人とも同じチームよ!」

 

「三位一体っていう言葉が、私たち以上に似合う妖精はいないわ」

 

「そういうことだから、私たち以外の二人を決めないとね」

 

 まあ三妖精はみんな一緒っていうのは大体予想出来ている。幽香は幽々子や藍と戦いたいだろうから……ふむ、だんだんとグループが出来てきたぞ。

 

 

 

 そんなこんなで、それぞれのチームが決定した。

 僕が属する幽香チーム。幽香、僕、鈴仙、てゐ、輝夜。輝夜は非常に強い力を持っているにもかかわらず幽香と同じチームなのは今回の勝負は人間の基準に合わせるという事で、もちろん弾幕は禁止とのこと。空も飛んではダメなので基礎体力のない輝夜がこちらのチームに属することに、当然従者の鈴仙たちも同じチームとなった。

 次にレティ率いる妖精チーム。本人は妖精ではないと強く否定していたけど、妖精の人数が多いのでそういう名前になった。こっちはレティ、ルーミア、そしておなじみの三妖精。妖精三人組の能力の愛称がよく、冬に本領発揮できるレティがいる。意外と強敵となりえそうだ。

 最後に残った五人、幽々子率いる亡霊チーム(霊率十分の三)。幽々子、妖夢、藍、橙、そしてアリスだ。元々付き合いが深いもの同士組んでもらったほうが都合いいし、連携も取りやすいだろう。

 基本的にそれぞれの勢力が大体同じチームに固まった感じだ。議論の結果ルールはフラッグ戦。それぞれの陣地に旗を立てており、雪玉を当てられて全滅するか旗を取られたチームの負け。一時間の陣地構築タイムが終了次第すぐに勝負は始まる。

 ちなみに雪玉の投げ方は自由だ。直接投げるのもいいし、弾幕みたいに魔力や揚力で浮かばせて発射するのもいい。ただ積もった雪で玉を作るから、あんまりばら撒き過ぎるとすぐに無くなってしまう。

 

「というわけで、いいかな?」

 

 わーっと歓声が上がる。自然と僕が主催みたいな形になったけど、元はと言えば幽香が悪戯する妖精や妖怪対策のために力を見せつけるというのが始まりだったのに、どうしてこうなった。

 まあこれだけ規模が大きくなると宣伝効果は高いはず。現に付近の森から顔を出してきた妖精や妖怪たちが現れ始めたし。

 

「それじゃあ長話もあれだから……早速スタート!」

 

 雪上雪玉遊戯、『妖怪妖精大雪合戦』の始まりだ。




 幽香一人いるだけでパワーバランスが決まったような気がするのは自分だけ?


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第二十七話 妖怪妖精大雪合戦、その弐

 なかなか筆が乗らない。どういう展開にしようか迷っちゃうのん。


 こうして、雪合戦が始まったわけだけれど、まず最初にルール説明の内容通りに、一時間かけて陣地構築をやることになった。

 

「これぐらい積めばいいわよね」

 

「はい、あとは細かく仕上げておきます」

 

 幽香が大まかな高台や壁、防塁作りを担当し、細かい部分は鈴仙が作っていく。こういう地道で泥臭い作業幽香は嫌うと思っていたのだが、思いのほか積極的である。そういえば冬以外では自分の庭で野菜とか作っていたし、意外とこういう作業は慣れているのかもしれない。

 

「雪の中に罠を仕込むのは楽しいねぇ」

 

「致死性の罠は倫理的にNGだから駄目だよ?」

 

「分かってるってば」

 

 そして出来上がってきた建築物にトラップを仕込むのはてゐ。階段を登ろうとしたら急に滑り台になる。アーチをくぐろうとしたら崩れて雪崩を起こすなど朝飯前。どうやってかは知らないけど、特定の場所の地面を踏んだら雪玉が発射されるというトラップも構築していた。間違えて踏まないようにしないと。

 そして僕は雑用兼メンバーの総監督である。元より僕以外は人外の集まりなので、僕抜きで作業してもものすごい勢いで築城されていく。

 今築城といったけど、今作っているのはまさしくお城なのだ。みんながイメージするような日本の城。堀は作れないけど城壁や天守閣などきっちり再現される。一時間で出来るのかと最初思ったけど、スケールは小さいし、何よりみんなのモチベーションが高いのですでに完成間近だ。

 

「いい見栄えじゃない。よきかなよきかな」

 

「輝夜は……中で何しているの?」

 

「雪玉を作っているのよ。動かなくて済むし、楽だし」

 

「……まあちゃんと働いている分マシかな」

 

 開始直後は特に何もせず、みんなの進捗を見て微笑んでいた輝夜。でも幽香から「働かずもの食うべからずっていうわよね?」と妙にいい笑顔で言われてからは彼女なりによく動くようになった。蓬莱人をも動かす幽香。恐ろしい。

 

「あなた、時計持っていたわよね。あと何分?」

 

「十五分ぐらいかな」

 

「意外とあるわね……そうだ、あなた偵察してきなさい。あなたなら警戒されずに見に行けるでしょう?」

 

「ええー……」

 

 このまま僕無しで進めても構わないものかとも思ったが、幽香には口答えできないだろうが鈴仙がいるので、ここは彼女に頑張ってもらうことにする。

 

「雪玉、ちゃんと作っておいてよ」

 

「任せなさい。蓬莱の玉の枝のような美しい雪玉を作り上げて見せるわ」

 

「でもそれ最後には投げつけるんだよね?」

 

「砂絵って知ってる?」

 

 どうやら理解しているようだった。そんなこんなで僕は、一度鈴仙にそういう用向きを伝えることになった。

 

「ということなんだけど、ちょっとの間任せていいかな」

 

「大丈夫ですよ。幽香さんが何か言いだしても止められませんけど」

 

「今更もろもろの変更を言い出すことはさすがに幽香でもないと思うから、基本イエスで済ませていいと思うよ」

 

「分かりました。……そうだ、この勝負に勝ったら、あれしてくれませんか?」

 

 あれ、とはいったい? と僕が首をかしげていると鈴仙は口元にふと差し指をあてて。

 

「……頑張ったねのキス。今、魔理沙とキスの回数を競っている所なんですよ?」

 

「……分かったよ。ご褒美に、ね」

 

 このやり取りはこの場にいる人物に気づかれてはいけない。魔理沙以外にも恋仲となっている人がいることなど知られたら、たちまち大騒ぎになってしまうだろうから。

 

(“ただの人間がハーレムを!?”とかシャレにならないからね)

 

 さて、そろそろ僕は他チームの偵察に行くとしよう。なるべく接触は最小限に。のぞき見をするぐらいで済ませよう。

 

 

 

「器用に作りますね、あなたの人形」

 

「物量でもお手の物よ」

 

 幽々子率いる亡霊チーム。ここではどんな陣地にしようかと相談したところ、妖夢が普段動き回っている場所のほうがやりやすいという事で白玉楼を再現することになった。当然スケールはだいぶ小さめになるが。

 

「お屋敷の中にフラッグがあるというのは……かなり違和感がありますね」

 

 お遊びなのでいつもの刀は置いて、どこからか拾ってきた似たような長さの木の枝を振るう妖夢。

 

「どちらかというと雪原にお屋敷があるほうが不自然だと思うわよ?」

 

「趣きがあっていいじゃないですか。真っ白で綺麗ですし」

 

「他の陣営も結構本格的なものを建てているし。雪像祭りか、これは?」

 

 藍も臨時に召喚した式神を利用して、着々と防壁部分を作り上げていく。さて、幽々子と橙はというと。

 

「ごろごろ……」

 

「ごろごろ~」

 

 ほぼ出来上がっている屋敷の縁側で、橙に膝枕をしてくつろいでいた。マフラーに手袋、毛編みのセーターまで着た橙であるが、それでも雪を触る作業はかなり苦手な様子。ほとんど藍とアリスで作業は出来てしまっているので、同じくのんびりしていた幽々子に撫でられているというわけだ。

 

「幽々子様、橙の相手をしていただきありがとうございます」

 

「こうやって充電させているから、この子にはしっかりと働いてもらうわよー?」

 

「頑張りますっ……ごろごろ」

 

 

 

「自然にこの子たちの保護者役に回ってしまったけれど……」

 

 さて、こちらはレティの妖精チーム。今回の参加者の中で最もはまり役と言ってもいい人物。何せ現在彼女がいる雪で出来た幻想的な城も、すべて彼女の能力で作り上げたものだからだ。その規模や精巧さも他チームの追従を許さない。『寒気を操る程度の能力』のたまものだ。

 

「すごい長い滑り台よーっ!」

 

「途中で一回転するなんてどうなってるの!?」

 

「二人とも待つのだーっ!」

 

 サニーとスター、ルーミアはドーム型のお城の中に作られた滑り台で遊んでいた。

 

「一応試合中だという事を忘れているのかしら」

 

「あなたのところの妖精って大変ね」

 

 一方ルナチャとレティは、そんな三人が遊んでいる滑り台スペースの中央に佇んでいた。

 

「外の障害物は作ってあるし、雪玉も私がいくらでも生み出せるから構わないのだけれど……」

 

「遊びすぎよね」

 

 本来の定義に当てはめれば、雪合戦も遊びに入るのだが。

 この陣地を作るにあたって、ほぼすべてレティの能力によって構築されている。他の四人がおーと言っている間に全部作られたのだ。つまり一時間ほぼお遊びタイム。妖精や無邪気な妖怪がこれを見逃すはずもない。

 

「作戦は考えているの?」

 

「いつも通り私たちは三人で行動するわ。ルーミアは……」

 

「……そもそも勝負という事も理解できていないかもしれないわね」

 

「どうしたの? 私を呼んだー?」

 

 ほっとけば雪玉を食べそうでもあるルーミア。誰かがついていないと気が気でない。

 

「……あの子は私がついていくわ」

 

「お願いするわ」

 

「よーろーしーくーなーのーだー!」

 

 ちょうどループゾーンに入ったルーミアが、加速で声が間延びになりつつも返事をした。

 

 

 

「というわけで」

 

「完成したわ」

 

 戻ってみると立派な天守閣付き和製のお城が経っていた。一時間で作った物とは思えない。幽香と鈴仙の頑張りのおかげだ。

 

「あっ、そこ踏んじゃだめだよ。四方八方から雪玉が飛んでくるから」

 

「競技的に即死トラップ!?」

 

 門から中に入ろうとするとてゐの忠告が飛んだ。どうやら一か所大股で歩かなければならないらしい。

 

「塀の内側には防塁を築いて、ひたすら攻め込みづらいようにしました」

 

「なかなか実用的だね」

 

「そしていざとなったら防塁を崩して雪崩が出来るようにもしたよ」

 

「とことんこだわってるね」

 

 門に向かって坂にもなっているので、自然と侵入者に襲い掛かる仕組みだ。えげつない。

 

「あと一分だね」

 

「輝夜様、雪玉の用意はよろしいでしょうか?」

 

「ふっふっふっ、ぬかりなしよ」

 

 輝夜の背後には山盛りになった雪玉の数々が。どうやってそんなにこしらえたのかは不思議だが深く考えないようにしよう。

 

「開始の合図って鈴仙がやってくれるんだよね?」

 

「ええそうです。バーンと派手なのをやっちゃいますよ!」

 

「今日は観客もいるからねー。しょぼいのだったらだめだよー」

 

「私のチームの一員だもの。それに見合うのを打ち上げてくれるんでしょう?」

 

「……が、頑張ります!」

 

 ただのスタート要員なのにプレッシャーがかかる鈴仙。幽香からの圧がとくにすごい。本人は意識していないんだろうけど。

 

「時間だね」

 

「じゃあ、行きますよーっ!」

 

 鈴仙が指先に弾丸型の弾幕を作り出すそして手で銃の形を模して天に突き出し、打ち上げた。冬空の中で、キラキラとした弾幕の花火が咲いた。




 バトルっぽい展開になりそうだけどたぶんない……と思う。


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第二十八話 妖怪妖精大雪合戦、その参

 思えばこういうのって戦闘描写ってるのかな? 知らんけど。


 僕らが陣地作成にいそしんでいる合間にも人が集まってきたようで、現在は多くの見物客が周囲にたむろしていた。

 僕らのチームの作戦はこうだ。幽香と僕が前に出て、残りはひたすら防衛。いたってシンプルだ。

 

「あはははは! 意外と楽しいわねこれ!」

 

「幽香が暴走してる!」

 

 見かける人に手当たり次第に雪玉を投げていく幽香。その威力は大口径の銃弾のごとし。雪玉を防塁の中ほどまでめり込ませるとかどんな投げ方しているんだろう。

 

「人が当たっても死なないよね!?」

 

「大丈夫よ、あなた以外は皆妖怪か妖精だから」

 

「流れ弾には気を付けろってことだね!」

 

「随分とはしゃいでいらっしゃるわね。風見幽香」

 

「!」

 

サッと幽香はジャンプして、僕は防塁の陰に隠れて雪玉の雨をかいくぐる。

 

「幽々子じゃない。紫がいなくて気分が落ち込んでいると思っていたけど」

 

 着地しながら幽香が挑発する。

 

「いなくなる悲しみは、私より紫のほうがよっぽど知っているわよ? 雪が解ければまた起きてくるのだし、何も思うところはないわね」

 

「あなた一人じゃ役不足よ。もう一人連れてきなさい」

 

「いうに及ばず、すでに参戦している」

 

 と、今度は別方向から雪玉の豪速球が一つ投げられる。幽香はそれをひらりと躱すが、雪玉はいつの間にか構築されていた観客席に突き刺さって雪煙をまき散らした。キャーキャー悲鳴上げてるけど、みんな大丈夫かなぁ。

 

「そうね、やっぱりあなたたち二人でないと張り合いがないわ」

 

「お前は幽々子様の手を煩わせるまでもない。私が仕留める!」

 

「藍~? これはただのお遊びで、私だって参加したいのよ~?」

 

「……はっ、そういえばそうでしたね! というわけでやはり二人掛かりで攻めさせていただくぞ!」

 

 幽々子は霊力で雪玉を打ち出し、藍はどこかで見たような投球フォームで投げる。幽香はそれを躱すか、持ってきた傘で撃ち返す。ちなみに、傘などの武器は相手に当てたりしないのならよしという事になった。

 

「僕は完全に蚊帳の外だ……あれ?」

 

 ふと横を見てみると、きれいにドーム型の雪の城からこちらの陣地の門まで伸びる足跡が。それも三人分。僕がそっちのほうに注目すると、足跡の動きがぴたりと止まった。

 

「……」

 

 ぽいっとその足跡の上あたりに向けて投げる。

 

「ぷぺぇっ!」

 

 空中で雪玉が砕け、透明の幕がはがれるかのように無くなって、いつもの三人が姿を現した。

 

「サニー、残念だけどアウトね」

 

「うう……ばれないと思ったのに」

 

「ばっちり足跡が残ってたけど……」

 

「「嘘っ!?」」

 

「知ってたわ」

 

 完璧な作戦だと思い込んでいた二人と、対照的にすまし顔のルナチャ。足跡のことぐらい考えてほしい。というかルナチャ、ちゃんと伝えればよかったのに。

 

「サニー、あなたの仇はここで取るわ!」

 

「私は死んでないわよ!」

 

「ここで引いたら三妖精の名が廃るっていうもの。お兄さん、いくわよ」

 

 残りの二人が雪玉をもって構える。二対一とはいえ相手は妖精。日ごろ鍛えてあるこの体力なら負ける気がしない。

 

「くらえ―――あひゅん!?」

 

「えっ? むぶっ!?」

 

 と、思わぬ角度から飛来してきた大量の雪玉の一つがスターの頬に直撃。飛んできた方向を見ようとしたルナチャの顔面に雪玉がクリーンヒットし、二人そろって倒れる。僕が追加の雪玉を投げる前に三人は全滅となった。

 

「そ、そんな二人とも……ぶぱぱぱぱっ!!?」

 

 先に脱落していたサニーが立ち上がって二人をおこそうとしたら、まだまだ飛んでくる雪玉の餌食になって一瞬でサニー型の雪だるまに変身した。

 

「こっちに飛んでこなくてよかった……」

 

 雪で作った防塁の陰で三人の惨状を目の当たりにしながら、もう一度あの三人の戦いを見やった。

 

「やっぱり、これぐらい手ごたえがないとね!」

 

「ふんっ、ふんっ! くっ、あの傘、どんな耐久度だ!?」

 

「武器破壊を狙っているのなら、期待しないほうが良いわよ藍~?。さあ、今度は変化球、避けられるかしら?」

 

「あはははは、何ならあなたの額に打ち返してもいいのよ?」

 

 凄いことになってる。なんというか次元が違うんだけど。流れ弾から身を守るために、観客席側は各々が防御用の陣を築いているし。これ雪合戦だよね?

 

「ちょっと、いいですか?」

 

「あれ、鈴仙? なんでここに?」

 

 ディフェンスに回っていた鈴仙がなぜか壁の中から出て来ていた。

 

「姫様が『膠着状態になって彼が手持ち無沙汰になっているだろうから助力してあげなさい』……と」

 

「察しが良いね輝夜って」

 

 あの雪弾幕の中、他の陣地に一人で挑むのは何とも無謀というか。

 

「……妖精チームはあと二人っていうことですね」

 

「うん、攻めるなら今の内だと思う」

 

「では、私が能力で見えなくしますので……離れないようについてきてくださいね?」

 

 そう言って鈴仙が僕の手を掴み、瞳を赤く光らせた。

 

「だ、大丈夫かな。さっきあの子たちがおんなじ作戦でやってきて僕でも見破ったんだけど」

 

「行くのはあのドームですし、入り口までなら大丈夫ですよ」

 

 むしろ危険なのは流れ弾ですよと鈴仙は優しく言って、コッソリ不可視化作戦が発動されたのであった。

 

 

 

「なーんか変、なのよねぇ」

 

 気を利かせたつもりで鈴仙を行かせた輝夜は、雪の城の中でフラッグの前でのんびりお茶をすすっていた。例のごとくどこから持ってきたのかは謎である。

 

「んーそれってどういう意味なのかな?」

 

 こっちもこっちで焼いた餅を食べているてゐ。いつの間にか七輪を用意してその場で焼いて、醤油と海苔も用意して磯部餅を量産していた。もちろん輝夜も食べている。

 

「彼って、魔理沙とイチャイチャしているじゃない。なのにうちのウドンゲとも仲がいいのよねー」

 

「それが姫様のお望みだったんじゃなかったっけ?」

 

「そうなんだけどねー……なんだか、対等に扱っている感じがしているっていうか……ぶっちゃけ恋人と同然の付き合い方をしているっていうか……」

 

「それってつまるところ浮気?」

 

「彼ってそういうことする?」

 

 数秒間だけ、お互いに沈黙した。

 

「……しないね」

 

「……するわけないか」

 

 結論づけて、ずずーっとお茶を飲む輝夜。外の少年は人当たりが良く、人も良く、ノリも良い。妖怪だからと恐れず、差別もせず、対等な友人として接する。彼に好意を抱く人物は多く、魔理沙が彼と恋仲になった後は、むしろその座を奪わんと各々が行動をおこし始めている勢力が生まれたぐらいなのだ。

 つまり、外の少年をめぐる戦争、『異変』が現在進行形で行われているといっても過言ではない。もちろん当事者たちはそんなことは望んでないので、鈴仙の件――恋人第二号という超法的解決策が行われたわけなのだが……当然そんなことはほかの人物たちは知る由もない。波乱は水面下で起こりつつあるのだ。

 

「……戻ってきたら問い詰めようかしら」

 

「私も手伝うよ」

 

「お願いね」

 

 少女たち(幻想郷随一の長寿)は共謀する。一人は飼い兎の恋の行く末を見守るため、もうひとりは好奇心といつもの悪戯心を満たすために。

 

 

 

 私が彼の恋人として受け入れられる前と後とで、変わったことはそれほど多くはない。けれど、確かに変わっていっていると感じている事も確かに存在する。

 魔理沙とは最初はギスギスすると思っていたけれど、出てくるのはあの人の話題ばかり。お互いに彼のどこが好きなのか言ったり、今まで見せていなかった一面を報告し合ったりと、関係は良好だ。むしろ今までより良くなっていってる気がする。

 

(本当、すごい人ですよね)

 

 曲者ぞろいの幻想郷であるけれど、本人は意図していないと思うけど、そのあたりの関係性を構築していっている節がある。周りにも多少の変化を与える気質、ある意味では大妖怪ですらもなしえないことをやってのけているのだ。

 

「――鈴仙? おーい」

 

「はっ、な、なんでしょうか?」

 

「もう着いたんだけど……」

 

 そんな思案にふけっていると、いつの間にか相手陣地に到着していた。そんなに距離があるわけでもないので当たり前ではあるが。

 

「ごめんなさい。それじゃあ能力を解除して……」

 

 波長を操って不可視化を解除。狭いドーム内では弾幕を張られたら意味がないし、お互いに見えていない状態では同士討ちをしてしまう可能性もあるからだ。

 

「私が攻撃を担当します。雪玉の補充は任せますね」

 

「うん、妥当な役割分担だね」

 

 失礼であるけど、妖怪と人間とでは身体能力に差がありすぎる。それぞれの役割に集中したほうが効率いい。

 

「ふっふっふっ……のこのことやって来たわね、美味しそうな人類さん」

 

「僕は食べてもおいしくないよ!」

 

 ドーム内に響いたわざとらしい笑い声と決まり文句に、律儀に返す彼。

 

「飛んで火に入る夏の虫……って、私が夏のことを口にするものじゃないわね」

 

 ドームの奥から堂々とレティが現れた。異変では霊夢たちにボコボコにされたらしいけれど、すごい強キャラ感を出している。

 

「残念だけれど、妖精たちはみんなやられちゃったよ」

 

「ええ知ってるわ。屋上で見ていたもの」

 

「私たちはそう簡単にはやられないよ!」

 

 余裕綽々のレティと、自信満々なルーミア。

 

「あの子たちは私の配下の中では最弱……」

 

「配下認定されてる……知ってるのかな、あの子たち」

 

「配下って、あとはルーミアしかいないじゃない」

 

 五人チームであるから四天王と魔王という立ち位置は構築しやすいけれど、その場合三人の誰が最弱なのだろうか。

 

「まあ、結局ここで私たちがあなたを倒すから、関係はないのだけれどね」

 

「倒す? ふふふ……ここに入ってきた時点で、あなたたちはすでに敗北は決定しているの」

 

「うわぁ悪役……っていうより黒幕っぽい顔してる」

 

「黒幕ー」

 

 彼の発言にノリよくレティがそういうと、いきなり背後の入り口が、せりあがった雪によって閉じられた。

 

「閉じ込めただけで、私たちに勝った気になってるの?」

 

「ええそう、ここは私の籠。すべてがあなた達に牙をむくから……ね」

 

 目配せをしたレティに呼応するように、周囲の壁が震えて、いきなり雪玉が数発発射された。

 

「わっと!」

 

「っ!」

 

 持ち込んだ雪玉を妖力で指先に浮かび上げさせてその玉を撃ち、雪玉同士に衝突させて軌道を変えた。

 

「……なかなか面白いことするわね」

 

「周りすべて雪なのだから、全部が素材となるじゃない?」

 

「どうだ! すごいでしょ!」

 

 自分ごとのように胸を張って誇るルーミア。

 

「うーん……かなりピンチ」

 

「でも、ひくわけにはいきません。雪玉の補充、お願いします」

 

 かくして、雪のドーム内の戦いが幕を開けるのであった。




 何気に動かしにくいキャラクターがルーミア。口調とか性格とか、つかみどころがない感じ。レティはお姉さん系って決まってるんだけどね。


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