ヘスティアファミリアで頑張ります! (プラス九)
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1.冒険者を夢見て

 チートなベル君の隣で健気に頑張る主人公を!

 種族としてハンデのある小人族って無限の可能性を感じてしまいます。


 ある山の麓にある小人族だけが住む町があった。そこに住むルイン・マックルーは生まれた。

 すくすくと成長し、誰にも優しい少年へと育つ。ある日、一冊の本に出会った。冒険譚の本だった。冒険者の活躍に憧れて、町の剣術道場に通い始めるのも、それ程時間はかからなかった。

 いつか冒険者になる為に誰よりも鍛錬をし、数年後には町一番の剣士にもなれた。本にある冒険者は如何なる試練も力と知恵で解決していたので、勉強もしっかりと行う。町の誰もがルインの頑張りを応援し、オラリオの英雄【勇者】に続く小人族の希望になれると信じていた。

 14歳になり、剣術に、知力を身につけ、持ち前の優しさを持つルインは、町のみんなから支援してもらってオラリオに行く資金を予定より多く集めることになった。

 町長から鎧を、剣術の先生からは剣を、どちらも家宝としていたものだったが、ルインの門出と喜んで渡した。

 道中は何事もなく進み、無事にオラリオに到着した。ルインはすぐにギルドへ向かう。

 ギルドに入り、受付の女性に声をかけた。

 

「こんにちは。冒険者になりたいのですが、探索系のファミリアを教えて欲しいのですが」

 

 声をかけられたハーフエルフの女性、エイナは視線を向ける。

 

「こんにちは。探索系のファミリアですね。今リストを作りますから少々お待ちください」

 

 丁寧な対応を受け、貰ったメモをしまい、お礼を伝えて街に出た。

 初めに行くところは決めていた。メモには無いが、都市最強が居るファミリアにと。更にそこには尊敬している同胞の【炎金の四戦士】がいるフレイヤファミリアだ。

 

「すまない。我がファミリアは女神の寵愛を受けたものしか入れないのだ。しかし、我らが同胞への尊敬の言葉は責任を持って伝える。無事に冒険者になることを願っているよ」

 

 元々、記念のつもりでいたので真摯に対応してくれた門番に感謝を伝えて次を目指した。

 

「お前みたいなやつが、我がファミリアに入れるわけないだろ!しかも、小人族なんて冒険者なんて諦めろ」

 

 次に訪れたロキファミリアでは、酷い扱いを受けた。同胞の英雄と言われた【勇者】が団長を務めているはずなのに。門番に言われた言葉は、まるで呪いのようにルインは感じた。

 

 そこからは、どこに行っても断られた。ロキファミリアより酷い扱いは受けなかったが、種族だけで断られるのは悔しかった。

 

 ルインは手元のメモを見る。残るのは極東出身だけで構成されるタケミカヅチファミリアと、最近出来たヘスティアファミリアの二つだけだった。

 

 どちらに向かうか考えながらトボトボと道を歩いていく。

 

「へーい、そこの君!ジャガ丸くんを食べていかないかい?お腹が空いたら元気は出ないよ!」

 

 声の方に顔を向けるとツインテールの神が笑顔でジャガ丸くんを勧めていた。

 

「それでは、一つください」

 

 思えば小腹が減っていることに気づく。受け取り、かじり付くと暖かさを感じた。

 

「どうしたんだい?酷く落ち込んでるみたいだけど。ボクで良かったら話を聞くぜ?こう見えて、ファミリアを率いる神なんだからね」

 

 ルインは女神の好意に甘えて、どのファミリアにも断られていることを伝えた。残っているタケミカヅチファミリアかヘスティアファミリアに向かうところだと。

 

「な、なんだって〜!これは運命に違いない!なんせボクがそのヘスティアだからね。眷族も一人しかいない、零細ファミリアで良ければ、歓迎するよ!」

 

 ルインは本当に運命を感じた。目指していた女神から声をかけられ誘って貰えたのだから。思えば主神に出会えたのも初めてだった。

 

「入れて欲しいです!よろしくお願いします」

 

「よーし、こうしちゃいられない!おばちゃーん!遂にボクに二人目の眷族ができたから今日は帰らせておくれ!」

 

 ヘスティアは店主の女性に交渉し、片付けを終えるとルインの手を取る。

 

「じゃあ、今からホームに案内するよ!」

 

 手を引かれながら進むルインは、不思議と先ほどよりも足取りを軽く感じた。

 

「よし!これでルイン君もファミリアの一員だ!これからもよろしく頼むよ!」

 

 ステータスを貰い、感慨深くなる。これで冒険者になれる。受け取った紙を見ると、思わず頬が緩んでいた。

 

「今日はまだ時間があるから、ギルドに行って登録して、明日からダンジョンに向かうといいよ!」

 

 ヘスティアの提案に従い、ルインはギルドに向かうことにした。

 

「あの、冒険者登録をお願いしたいのですが」

 

 初めて担当してくれた人は見当たらなかったので、手が空いている桃色の髪をした女性に声をかけられた。

 

「冒険者登録ですね。ではこちらの紙に記入を」

 

 渡された紙に記入をしていく。

 

「あの、この担当の希望というのは?」

 

「ああ、それは女性がいいとか希望の種族とかあれば、記入してください。必ず希望にそえる訳ではありませんが」

 

「そうでしたか。ありがとうございます。それとハーフエルフの女性は手が空いてないですか?今朝、ファミリアの相談して、改めてお礼を言いたくて」

 

 用紙を渡し、不在している職員について尋ねてみる。

 

「ああ、エイナね。うーん、しょうがない。弟君に手を差し伸ばしてあげるか。ごめんね、少し待ってて」

 

 先程までの真面目な対応から、かなりフランクになり、席を外して個室の方へと、楽しそうに向かっていった。

 

「ごめんね。待たして」

 

 数分してからエイナを連れて戻ってきた。ルインは、エイナへお礼を述べて、ヘスティアファミリアに入ったことを伝えた。

 

「おお、弟君のところに入ったかー。エイナが担当する?」

 

「ミィシャ、仕事をさぼりたいからって私に振らないで。私の担当の子は、かなり問題児だから手が回らないわ」

 

「ちっ、ばれたか。じゃあ、私がルイン君の担当してあげるよ!よろしくね」

 

「ありがとうございます。そういえば、ギルドはダンジョンについて講習をしてくれると聞いていますが、これからでも大丈夫ですか?」

 

「うん!大丈夫だよ。よし、早速やろう!」

 

 二人は個室に向かい、講習を始める。ミィシャには珍しく、かなりの時間をかけて講習は行われていた。

 後程、エイナが尋ねると、ルインの質問責めにより短時間で終わらなかったようだ。真剣に担当の交換を懇願されたが、同僚への良い薬になると思い丁寧にお断りすることにした。

 

 講習を、無事に終えたルインはホームへと戻る。そこでもう一人と眷族のベル・クラネルと出会った。互いに自己紹介を行い、同じ年齢や冒険譚好きと意気投合し、すぐに打ち解けることができた。ヘスティアは放置され、少し不機嫌になっていたが。

 

「それにしてもルインは装備もしっかり揃えてるんだね。僕は神様から貰ったナイフ以外は試供品だから羨ましいよ」

 

「故郷のみんなから貰った宝物なんだ。ベルのナイフと一緒さ。少し古いけど、これで僕も英雄を目指すんだ」

 

 ルインは、骨董品にみえる剣や鎧を丁寧に整備しながら、嬉しそうに応える。ほったらかしを食らったヘスティアの機嫌も、回復させて、三人で楽しく夕食を囲った。

 

「じゃあ、ベル君は、明日はダンジョンにもぐらないんだね?ルイン君、一人で潜ることになるけど大丈夫かい?」

 

 各々の明日の予定を確認しているとヘスティアは心配そうにルインに尋ねる。

 

「ごめんね、ルイン。ちょっと明日は予定が入って」

 

「気にしないで、ベル。初めてのダンジョンは一人で潜りたかったんだ」

 

「よーし!明日はルイン君の初ダンジョン!今日は早く寝て明日に備えようー」

 

 最後の締めをヘスティアは行い、ルインは明日から始まる冒険を楽しみにしながら眠りについた。

 




 女神に敬愛しているフレイヤファミリアなら冒険者希望の少年を無碍にしないように思います。(一部幹部や他派閥に対しては除く)
 自分の行いで女神に泥を塗るなんて絶対に出来ない!とか下っ端は考えてそうで……。


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2.初ダンジョン

 駆け出しの冒険者の初ダンジョンの話です。


 翌日、ヘスティアは、用事に出るベルと、ダンジョンに向かうルインを見送り、神友のヘファイストスのところへ向かっていた。借金返済の為のバイトをする為に。

 バイトを始める前にヘファイストスに二人目の眷族ができたことを自慢する。

 あのグータラ女神がこんなに早く二人目に出会えるとは。

 ヘファイストスは、嬉しそうに語るヘスティアに呆れながらも、頬を緩めながら話を聞いていた。

 

「それにルイン君は、夢見がちなベル君と違ってしっかりしてるし、故郷のみんなから貰った装備を大切にする良い子なんだ!昨日、整備しているところを見たけど、なかなか様になってたよ」

 

「はいはい、いつまでも貴方の話を聞いてたら仕事が始められないわ。貴方もいい加減働きなさい」

 

「ちぇー、まだ話し足りないから、ボクの仕事が終わった後は覚悟しとくといいよ!」

 

 ヘスティアは嬉しそうに、仕事場へ向かっていった。

 

 いくら新人とはいえ、神であるヘスティアをこき使う神友の眷族たちに憤りを覚えたり、途中でベルと担当アドバイザーのデートに遭遇したり、慌ただしく働いていた。

 

「神ヘスティアはこちらにいらっしゃいますか!?」

 

 突然のギルド職員の訪問があり、店員が対応していた。ヘスティアにもその声は聞こえていたので、そちらへと向かう。

 

「神ヘスティア、落ち着いて聞いてください。先程、貴方の眷族が瀕死の状態でダンジョンから出てきたところを保護しました」

 

 聞かされた時は、理解できなかった。ダンジョンに向かったのは昨日出来たばかりのルインだけだった。一人だから様子見のため一階層しか潜らないと言ったのはルイン自身だった。その言葉に嘘はなかったため、そう信じていた。

 

「ル、ル、ルイン君は、何か事件に?イレギュラーに?何があったんだ!?」

 

 思わず伝えに来てくれた職員に掴みかかっていた。

 

「ヘスティア、落ち着きなさい。そんなことよりも、まずは、その子に会いに行くべきでしょう?私もついていくから落ち着きなさい」

 

「そ、そうだ!ルイン君のところに案内してくれ!」

 

 全く落ち着けていないヘスティアをなんとか宥めながらも職員の案内で治療院に向かう。

 

 案内された部屋に入ると、傷だらけのルインがベッドで眠っていた。ヘスティアは泣きながら駆け寄るが、職員が申し訳なさそうに伝える。

 

「最低限の治療は終えています。これ以上となるとかなり高額な費用をいただけなければいけません。分割ではなく一括で。申し訳ありません」

 

 少しでも長く延命できるように最大限にできることをしてくれているのはわかる。ヘスティアも怒りをぶつけることはせずに、今なお泣きついている。

 ヘファイストスは、外され横に置かれている装備に目をやった。とても丁寧に整備されていた。鍛治士以外ができる最高の整備が。剣は中程で折れているが、丁寧に砥がれ、錆止めも何もかもが適切に行われている。鎧も、どれだけ愛情を込めて磨かれたのか、原型を留めていない姿を見ても知ることができる。

 

「費用はヘファイストスファミリアが全て持つわ。どれだけかかってもいいから、後遺症どころか、傷一つ残らないようにしなさい」

 

「へ、ヘファイストス。なんで?」

 

 酷い泣き顔のままヘスティアは、ヘファイストスの方へ顔を向ける。

 

「ええ、代わりにこの子には悪いけど、その剣と鎧は代金としていただくから」

 

「で、でも、それはルイン君の宝物で」

 

「ヘスティア、選びなさい。この子を生かしたいのか、その子の思いを守りたいのか」

 

「……わかったよ。ルイン君をお願いするよ」

 

 ヘファイストスは、それ以上なにも言わず、ルインから離れようとしないヘスティアを、無理矢理連れて自身のホームへと戻った。

 

 

「ヘファイストス、その剣と鎧は直せるかい?直せるなら、いくら借金してもいいからルイン君に返したいんだ」

 

「だからそれは無理と何回も言ってるでしょ」

 

「ヘファイストスがそこまで言うぐらいすごいものなんだろ?バイトも今まで以上に頑張るから」

 

 主神室に戻るや否や、ヘスティアは必殺の土下座を繰り出す。何度も頼み、断られる。いくら長期戦になったとしても、諦めるつもりはなかった。

 

「主神殿、ロキファミリアから合同遠征の依頼が来ているが……。なんだ?またヘスティア様の我儘に付き合ってるのか?」

 

「ええ、そうよ。今回ばかりはこっちも譲る気ないけど」

 

「それにしても、机の上にあるゴミはなんだ?壊れ具合から、ダンジョンにでも潜ったか。酔狂というより、よほどの死にたがりか」

 

「いくら君とは言え、その言葉は許さないぞ!剣も鎧も、壊れていても大切なものなんだ」

 

 書類を持って現れたヘファイストスファミリア団長、椿・コルブランドの言葉に、ヘスティアは烈火の如く怒る。

 

「これが剣と鎧?こんなものゴブリンすら切れまい。そこらで売ってる安い包丁の方がよっぽど切れる。鎧ですらないこれに関しては、ただ動きを悪くするだけのもの。子どもの遊戯にしか使えぬよ」

 

「椿君、それは本当なのかい?」

 

「持ち主を助けるどころか邪魔をするようなものは武具とは言えまい。……ただ、大切にされていたことはわかる。これが手前の作った武具だったとしたら鍛治士冥利に尽きる程だ」

 

 ヘファイストスも椿の言葉に同意する様に静かに頷く。すると、扉が開く。

 

「失礼致します!ルイン・マックルー氏が目を覚ましました。受け答えも問題無く、事情聴取も滞りなく終わりました。ただ、かなり落ち込んでいる様子ですので、迎えに来ていただけたら」

 

「こうしちゃいられない!ヘファイストス、ボクはルイン君のところへ向かうぜ!」

 

 ギルド職員の報告を聞き、ヘスティアはルインのところへ走り去っていった。

 

「はぁ、相変わらず落ち着きがないわね。それで、聴取の内容を教えてくれないかしら?他派閥のことだけど、治療費を出したのは私だから聞くぐらいはいいでしょ?」

 

「かしこまりました。ルイン氏によると、到達階層は1階層、ゴブリンを八体ほど討伐し、その次の戦闘で武器が折れてしまい、なんとか、折れた武器で倒せましたが、相手が三体だったこと、折れた時のショックもあり、重傷を負ったとのことです」

 

「本当にゴブリンを倒していたの?」

 

「最後の三体に関しては不明ですが、魔石を八個所持していたので、倒していたのは事実だと思われます」

 

「そう、わかったわ。ありがとう」

 

 職員は、報告を終え戻っていった。

 

「主神殿、あれでゴブリンを倒すなど手前でも難しいぞ。否、正確にはあれを折らずに八体を倒すのは」

 

「そうね、一体は倒せたとしてもそれで必ず折れるわ」

 

「ええい、手前も興味が湧いた。悪いが、手前も会いに行ってくる」

 

 椿は、ヘファイストスに仕事を全て押し付け、返事も聞かずに部屋を出ていった。




 初ダンジョンで命を落とすものも少なくないそうなので、ベル君と違い大変なことに……。


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3.ルインの実力

  三話です。


 

 椿が病室にたどり着くと、ルインを抱きしめて泣いているヘスティアの姿があった。

 

「ヘスティア様、それだと身支度も出来んではないか。お主がルインだな?手前は椿という」

 

 ヘスティアを無理矢理引き離し小脇に抱える。ヘファイストスファミリアの説明と治療費の対価に装備を買い取ったことを伝える。

 

「そうですか。装備は直せそうですか?」

 

「いや、正直に話すが、あれはもう直らん」

 

「……僕が、もっと腕が良ければ、もっと手入れができたら……」

 

 ルインは、悲しそうに俯く。椿はその様子を真剣な眼差しで見つめる。

 

「あれらは、使い手をしっかり守った。それが武具であろう?お主が後悔していたら浮かばれぬ、感謝してやれ」

 

 ヘスティアは、宝物の秘密を知られるのではないかと、ドキドキしていたが、椿の優しさに感謝した。ルインも鍛治士からの言葉に気持ちを切り替えて、返事を返す。

 

「しかし、手前はお主の戦い方に少し興味が出てきた。お主さえ良ければ、明日共に潜らぬか?手前の武具の実験に付き合うと思ってくれ、魔石やドロップアイテムは全て譲る」

 

 駆け出しのルインには勿体ない誘いなので、二つ返事で了承し、ヘスティアを連れてホームへと戻った。

 

 翌日、ベルに一緒にダンジョンに行こうと誘われたが、予定があると断り、待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ時間に余裕があったが、椿は先に到着していた為、ルインは謝罪をするが、椿は豪快に笑い飛ばす。

 ギルドに行き、椿から試供品の鎧を渡される。ルインは頑なに拒んだが、椿に報酬の前払いと言われ渋々受け取ることになった。

 

「お主には、これを使ってもらいたい」

 

 椿より渡された剣は、昨日使っていた物より上物で恐々としながら受け取る。

 

「これは、新しい発想で作った剣だ。手前の予想では酷く脆いと予想しておる。どれくらいで壊れるか見たいから気にせず使ってくれ」

 

 そうは言われてもと、ルインは受け取った剣をマジマジと見つめる。ヘスティアによると、椿はオラリオ一と言われる鍛治士であり、ベルから聞いた話だと、その装備はウン千万はくだらない。それ程の業物を壊すのは余りに恐れ多い。刃を見つめ、自分にでき得ることを確認して、椿の期待に応えられるよう気合を入れた。

 

「なあに、基本は一対一になるよう手前が間引くから、安心せい!それで折れるまで進めば良い」

 

 気楽に話す椿に、どれ程の価値があるかわからないルインの緊張感は伝わらずダンジョンへ向かうことにした。

 

 椿は、目の前の光景に思わず笑みを浮かべていた。椿自身も試しにと、ゴブリン相手に振るってみたが殺し切れずに折れた。直ぐ様、別の剣により対処したが、例の剣を真似て作ったものではLv.5の力を以てしてもゴブリンすら殺し切れなかった。

 しかし、隣にいるルインは問題なく折ることもなく振るう。それに加えて、駆け出しがこんな業物を使って良いのかと心配する程だった。椿も、初めは一層か二層辺りを予定していたが、全く問題無く使うルインに気を良くし、気付けば第七層へと辿り着いていた。全階層、全てを回りモンスターに出会わなくなれば下に降りることを繰り返していた為、魔石やドロップアイテムでバックパックで埋まった。ルインがキラーアントを仕留めたのを見て帰還することに決めた。

 帰りの道中は、特にモンスターと出会うこともなく雑談しながら帰ることになった。話題はルインについてが殆どだったが、椿のレベルアップの経緯を聞いたルインの目は、輝きに満ちていた為、椿であっても思わず照れてしまう。ギルドに到着し、かなりの換金額に恐縮しながら受け取ったルインは、嬉しそうにホームへと帰っていった。

 

 翌日、ルインの使用した剣を真剣な眼差しで確認していると、椿の専属契約しているロキファミリア首脳陣の一人、ガレス・ランドロックが姿を現した。

 目的は、ガレスの装備の整備依頼、そして、先日の遠征についての打診の為である。

 

「装備に関しては相分かった。少し話が変わるが、最近手前にもお気に入りが出来てな」

 

「ほう、お前が気にいるなら相当の手練れと思うが」

 

「いや、三日ほど前に冒険者になった駆け出しだ」

 

「そんなものがおったのか。それはうちに欲しかったものだ。どこのファミリアだ?」

 

「ほう、ガレス、お前がそれを言うか?あやつはこんなことを言っておったな。オラリオ中の探索系ファミリアを巡って断られたと。勿論、ロキファミリアにもな」

 

「何?そんな話聞いてはおらぬが……」

 

「こうも言っておった。ロキファミリアだけが、小人族が理由で断られたと。お前のとこの団長は、手前の記憶では小人族だったと思うが?」

 

「それは……。この件は、受け付けた者に厳重に対処する。すまぬが、その小人族に詫びを入れてくれぬか?」

 

「……それがファミリアとしての回答で良いのだな?」

 

 椿は、今までの軽口を変え重々しく言葉を発する。

 

「言っただろう?手前のお気に入りと。それがロキファミリアの総意なら、手前はお主らの遠征に一切関わらん。まぁ、ファミリアとしては協力してやるから角は立つまい」

 

「……わかった。すまぬが、一度ファミリアに持ち帰ってもよいか?」

 

「……手前の納得する答えを用意出来るとよいがな」

 

 真剣な眼差しに、ガレスではこれ以上、交渉出来ないと察して、ホームへと帰還した。よりにもよって、種族への差別が理由ではどう足掻こうとも好転出来ぬと、内心愚痴を零しながら。




 ベルがリリにサポーターを売り込まれてるころですかね。

 ロキファミリア初登場はみんな大好きガレスでした。


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4.ロキファミリアにて

 

「……と言う訳だが、因みにこの報告を受けた者はいるかな?」

 

 ロキファミリアホーム黄昏の館、団長室に幹部は緊急招集された。内容は、入団希望者の無断拒否。理由は小人族だから。

 聞いた者は当然いなく、対応した団員は、話を聞いたフィンにより即刻追放された。

 

「いなくて安心したよ。もし聞いていて黙っていたのなら、僕は例え君達でも追放していたからね」

 

「……よりにもよって理由が小人族だからとは、ここの団長を知ってそれを発するとは、どうやら私の教育も随分甘くなっていたらしい」

 

 フィンの怒気に、周りは思わず萎縮しているが、リヴェリアの言葉は悲しみを帯びていた。

 

「しかし、対応したものを追放し、教育の徹底では、椿は納得せまい」

 

「そうだね。次の遠征では椿の参加はなくてはならない。……ロキ、採算度外視で相手に有利な交渉をすることになるけど、問題ないかな?」

 

「ファミリアの運営はフィンらに任せとるから、好きにしいや」

 

 重々しく尋ねられ、ロキは大きく頷いた。

 

「ガレス、すまないが、椿にこちらに来てくれるように話をつけてくれ。都合が良ければ今からでも大丈夫だと」

 

 ガレスは了承すると、ヘファイストスファミリアへと足を進めた。

 

 それ程時間も掛からずにガレスは、椿を連れ戻って来た。

 

「無理を言って申し訳ない」

 

「何、手前にまどろっこしいことはいらん。さっさと本題としよう」

 

「そうだね。先に、こちらが既にした対応について話そう。対応した団員については、話を聞き次第追放した。また、再発防止のため、リヴェリア主導で団員全員に、再教育を行う予定だ。勿論、ファミリアとして君のお気に入りの子に正式に謝罪をしたいと思っているし、本人が望むなら改宗も受け入れる」

 

「ふむ、実はな。手前の主神も彼奴のことを気に入っていてな。うっかり耳に入ってしまったわけだ。そこで試練を出したいそうだ」

 

「ちょっと待ちいや。ファイたんがそう言ったんか?」

 

「そうだ。手前としては誠意さえ見せてくれたら良かったのだが、主神は違うらしい」

 

「ファイたんに、そこまで気に入られるなんて、一体何もんや?」

 

 思わず身を乗り出してしまうロキに対し、椿は笑みを浮かべる。

 

「そうさな、実力は駆け出しの並より低いぐらいだな。しかし、鍛治士は惚れてしまう」

 

 全ての鍛治士を代弁する様に、椿は高らかに語る。

 

「では試練を伝えよう。この剣でゴブリンを斬る、それだけだ」

 

 椿は、一本の剣を差し出す。フィンは目線をアイズに向ける。アイズは剣を受け取ると鞘から抜き刃を見つめる。椿がルインに試させたものと同じものだった。アイズは思わず目を見開く。

 

「……これ、刀身が死んでる」

 

「ほう、お主はそう思うか。彼奴は、まるで伝説の剣のように扱ってくれたが」

 

 アイズは、感触を確かめるために素振りを行う。パキリと音がした。剣に目を向けると、中程から折れている。

 

「これから三日以内に剣を折らずに五体切れば、遠征に手前も協力しよう。しかし、一体も切ることが出来なければ、ロキファミリアとの取引を今後行わないこととする。なあに、その駆け出しはこれより脆く、切ることのできない剣で八体切ったらしいからな。ハンデもくれてやった。まさか出来ぬとは言わないだろうな?」

 

 有無を言わさない椿に、ロキファミリアの面々は苦々しく頷くしかなかった。

 

・期限は三日間。ロキファミリアなら全員参加可能。

・期間中は何本おっても良いが、カウントは剣が折れるまでの数。

・折れる度にリセット。

・剣の補充への費用はヘファイストスファミリアが受け持つ。

 

 以上の内容で、試練は始まった。

 

 その三日間を目撃した冒険者は、後にこう語った。

 曰く、ロキファミリアの主力含む前衛、中衛陣が血眼でゴブリンと戦っていた。

 曰く、一人一人が何本も剣を抱えていた。

 曰く、ゴブリンを倒した時、ダンジョン中で雄叫び木霊したと。

 

 

 ロキファミリアは、三日目にして連続五体討伐を行うことができた。行ったのはラウル・ノールド。ファミリアの二軍を纏めているものだ。他に討伐をできた者は、フィンが四体、ガレスが三体、ベートが一体と、殆どのものが一体も切ることが出来なかった。その中には剣姫も含まれ、本人はかなりの落ち込みを見せていた。

 

 試練の結果の確認の為に呼び出された椿とヘファイストスは、真偽を確かめて遠征同行を受諾した。残りは事務手続きのみになり、日を改めて行うことにする。

 

「……あの、この剣の子は、どれくらい倒せたの?」

 

 打ち合わせも終わり、雑談をしている中、アイズは恐る恐る質問した。周りも気になるのか、椿の方を見つめる。

 

「そうだな。探索が二回目と言うこともあって、一対一になるよう間引いてやったが……。ゴブリンが三十八体だったか」

 

 誰もが、息を飲んだ。使ったからこそわかる。あれでそんなこと出来るはずない。しかし、椿の言葉は止まっていなかった。

 

「コボルトが二十四体、ダンジョンリザードが八体、フロッグシューターが七体、ウォーシャドーが九体、キラーアントが一体だったかな」

 

「椿、あの子を七層まで連れて行ったの?なにかあったらヘスティアにどう顔向けすればいいのよ」

 

「なんやと、ドチビんとこの子になったんか!?よりにもよってドチビんとことか……」

 

 神達は、軽口を叩きながら会話しているが、フィンは逸材の可能性がある者を、意図せず逃してしまったことに内心苛立ちを隠せなかった。

 

「椿、謝罪の機会を作ってもらいたいんだが、頼めるかい?」

 

「話ぐらいはしてやるが、おそらく断るだろうよ。天下のロキファミリアに会うなんて恐れ多いとか言ってな」

 

 ルインの言いそうなことを容易に想像でき、笑いながら椿は答える。

 

「そこをなんとかお願いしたい。君がそうであったように、僕も興味を持ってしまった。勿論、目的は謝罪が第一だけどね」

 

 椿は、確約できないと溢しながらも了承した。

 




ティオネのブチギレを書きたかったけど、元門番の壮大なオラリオ脱出劇が始まりそうだったので割愛に……。



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5.スキル

 ルインは、椿との探索以降一人で探索に励んでいた。ベルに誘われてはいるが到達階層が合わず、足手纏いになると思い、その都度辞退していた。

 装備もギルドの支給を大切に扱いながら、二層を中心に資金調達に励んでいた。探索が終えると、ヘファイストスファミリアの主神室に向かうのが日課になりつつあった。

 きっかけは、装備の整備について椿に相談をしに行った時に起こった。他愛無い話をしている時にベルのヘスティアナイフの話題があがる。なし崩しにヘスティアの借金を聞いてしまったのだ。

 

「ヘスティアの借金返済の手助けをしたい?」

 

 急いでヘファイストスに確認しにいくと、その額二億ヴァリス。提案は断られるが、ルインは諦めなかった。

 

「ヘスティア様に拾ってもらった恩、弱く死にかけた僕の為に悲しみを与えたのに、許していただいた恩を返せていません」

 

 頑なに意志を曲げない様子を見て、そっくりな主神と姿が被り、思わず微笑んでしまう。仕方なく、ヘスティアに内緒にすること。完済してもルインがいる間はバイトを続けさせることを条件に了承した。

 それ以来、必要な費用を除いた金額を必ず渡しに行くのが、ルインの楽しみにもなっていた。

 

 ある日ルインが、ダンジョンに向かっていると、偶然にもベルと出会う。せっかくだからとベルの要望もあり、二階層まで一緒に潜ることになった。ベルと契約していると言うサポーターの少女と合流した。

 

 ルインは、ベルの戦いぶりを見て驚きが隠せなかった。勿論、到達階層の違いからベルの強さは理解していた。しかし、複数体の戦闘でルインが一体を倒し切る前にベルは残りを倒し終えていた。ベルが努力しているのを知っている為、自分の努力不足に思わず悔しくなる。ある程度してからベルと別れ、一人で探索するが、集中できていないと感じ、早めに切り上げることにした。日課をこなした後、ホームに帰らずにある場所へ寄ることにした。

 タケミカヅチファミリア。極東出身者からなる探索系ファミリアで、主神タケミカヅチは武神としても有名である。ヘスティアと交友のある神でもあった。

 

「すみません!タケミカヅチ様はいらっしゃいますか?」

 

 出てきた女性団員に、所属と面会を希望する旨を伝えて案内される。

 

「ヘスティアの子か。聞いてた背格好からルインと言ったか。今日は何用か?」

 

「はい。タケミカヅチ様を名だたる武神とお見受けしましてお頼み申し上げます。僕に剣を教えてください」

 

 ヘスティアから聞いた、奥義土下座を行う。

 

「ふむ、ヘスティアは知っているのか?」

 

「いえ、ヘスティア様にお伝えしていません。ですが、今の僕ではヘスティア様をお守りできません。お守りする為ならなんでもする所存です」

 

 タケミカヅチの問いに、ルインは一つ一つ真剣に答える。その様子をタケミカヅチは、一切目を離さず、見つめる。

 

「よし、では、俺が教えるにたるか。まずは、実力を見させてもらおう」

 

 タケミカヅチは木刀を一つ、ルインに投げ渡し、構える。ルインは受け取ると構え、打ち込む。タケミカヅチは簡単に受けながらルインの動きに注視していた。

 

 おそらく今まで両刃の剣を使っていたから、木刀は初めてと見る。しかし、扱い方はかなり上手い。剣術の腕は基礎は出来ているようだが……。

 

 タケミカヅチは突然木刀を納める。ルインも同じく続き、言葉を待つ。

 

「わかった。剣の指導を認める。明日からここに来てくれ」

 

 タケミカヅチに深々とお礼をし、ホームへと戻って行った。

 

 その日からルインの一日は忙しくなった。朝早くからダンジョンに潜り、ヘファイストスファミリアに顔を出しては、稽古に向かう。たまたま、ミアハに出会い、ポーションを貰ったことから、青の薬舗の手伝いが加わる日もある。

 そんな日常をこなしていく内にヘスティアが爆発した。

 

「みんな、聞いてくれよ!ルイン君が全く家にいてくれないんだ!会うのも寝る前のステータス更新の時ぐらいで、ボクは寂しいよ」

 

 とある酒場に、ヘスティアは神友達を集め、愚痴を吐き出す。突然叫ばれたことに驚きながら、ヘファイストス、タケミカヅチ、ミアハはヘスティアから目線を逸らす。

 

「なんで、そこで目線を逸らすんだい!」

 

「ルインはよくファミリアに来てくれるのよ、それで私はよく会ってるから」

 

「ルインには剣の稽古をつけてやってな。ほぼ毎日」

 

「なに、たまに薬舗の手伝いをしてくれてな。ヘスティアよ、良い子を持ったな」

 

 ヘスティアは、衝撃を受ける。まさか、悩みの原因が、相談相手だったとは。

 

「なんで、ボクよりルイン君に会ってるんだ!?ルイン君はボクのだ!いくら神友とはいえ渡さないからな!」

 

「ヘスティア。ルインは、今ファミリアの為に頑張っているんだ。そこは主神らしくドンと構えてやれ」

 

「そうよ、大体あなたがグータラしてるから、しっかり者のあの子が無理をしてるんじゃないの?」

 

「ヘスティアよ、そなたの子が何をしているのかわかっただけでも、心配は減るだろう?」

 

 ルインの頑張りの理由を知る二人は、濁しながらヘスティアに伝える。ミアハの提案に渋々ながら納得を見せる。

 

「それで、これを聞かせる為にわざわざ私達を呼んだの?こう見えて結構忙しいのよ」

 

「実は、ルイン君のことでもう一つあるんだ。この前、ルイン君にスキルが発現したんだ」

 

「あら、おめでとう。でも、いくら神友でも子どものステータスの話をするのはよくないわ」

 

「勿論、わかっているよ。だけど、そのスキルの意味が全く分からなくて。ルイン君には悪いけど君達の意見が聞きたいんだ」

 

 ヘスティアはそう言うと、一枚の紙を取り出す。それは、アビリティ欄を消したルインのステータスだった。

 

【竈神献身】

・主神より愛を受け、それに報いる程、経験値がチャージされる。

・裏切られることにより経験値が増幅し開放される。

・主神への敬愛がある限り続く。

 

「スキル名だけ見たら、ただの惚気にしか見えないけど、よくわからないわね。ステータスを更新はしてるんでしょう?何か違いはないの?」

 

「うん。これが発現してから、何度更新しても一つも上がらなくなった。寧ろ、最近だと減ってきてるんだ」

 

 その発言に、全員が目を見開く。今まで経験値に補正されるスキルは確認されていない。それなのに、神々のファルナに干渉するスキルがあるとは、確認した後だとしても信じられない。

 

「しかし、昨日の稽古ではステータスの低下は感じなかったぞ」

 

「ボクも下がり始めてからそれとなく聞いたけど、ルイン君は気付いていないみたいだったよ」

 

「そうか、俺がわかる範囲で何かあったら報告しよう」

 

 現状の把握するにも情報が少なすぎる。稽古を通してルインの能力を知ることが出来るタケミカヅチに任せるしかなかった。タケミカヅチもそれとなく理由を付けて、一人で探索をさせないように眷族を同行させると宣言し、結論の出ないまま、神々の飲み会は解散することになった。

 




 本来ならヘスティアもレアスキルを相談することはないですが、デメリットの可能性を感じたら、先達の中で善性の高い神友への相談は躊躇しないはず。


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6.デート?

 神々の心配をよそに、ルインは充実した毎日を送っていた。タケミカヅチとの訓練により戦闘もかなり楽になり、たまにある同業からのカツアゲも返り討ちに出来るようになった。それにより、ヘスティアの借金返済も、少しずつ増やすことができる。

 偶然出会ったミアハにポーションをもらった日にからの付き合いである青の薬舗も、手伝いを通して応急処置の方法や、ダンジョン内の薬草の知識を増やすことができ、安定した探索に役に立っていた。

 ある日、稽古も終わりホームへと戻るとベルが大騒ぎしていた。一緒に騒いでたヘスティアに話を聞くとベルに魔法が発現したらしい。なんとか二人を落ち着かせて、魔法の確認は明日行うことに話をまとめる。

 みんな寝静まる夜更に物音がして、ルインは目を覚ました。周りを見渡すとベルの姿がない。明日が待ちきれず魔法の試し打ちに向かったのだろう。ルイン自身より実力のあるベルことだから大丈夫だと思うが、試し打ちなら深くまでは潜らないはずと、手早く自身の装備を身につけて、念のためヘスティアへ置き手紙を残し、ダンジョンへと向かった。

 

 ダンジョンに辿り着くと、ベルの姿は見当たらないが、派手な音が聞こえる。おそらくベルの魔法だろう。ルインは冷静にモンスターに対処しながら音の方向へ向かった。

 なんとかルインはベルを見つけることができた。しかし、ベルは気絶しているのか、地面に倒れている。ルインは担ごうと試みるが、体格差もあり難しい。仕方なく、ベルが目覚めるまで待つことにし、現れるモンスターを対処することになった。

 なかなか目覚める様子のないベルを守るように現れる複数のモンスターを相手に攻めきれずにいると、二人の冒険者に助けられた。美しいエルフの女性と、それに負けない美しさのヒューマンの女性だった。

 

「見たところ駆け出しのようだが、こんな夜更にまでダンジョンに篭るのは、あまり感心できないな」

 

「……大丈夫?」

 

「助けていただいてありがとうございます。それよりもベルが」

 

 おそらく、戦っていた小人族の少年の仲間だろう気絶している少年にリヴェリアは近く。

 

「ふむ、どうやらマインドダウンのようだ。魔法発現したてのものによくあることだ。これなら少し休めば目を覚ますだろう」

 

「……この子」

 

 様子を見ていたリヴェリアなアイズが近づくと、ベルの顔を見て驚きをみせる。アイズはベルのことについて説明し、リヴェリアは納得する。

 

「そうか、酒場の時の彼か」

 

「リヴェリア、……その子に償いたい」

 

 アイズの様子に、リヴェリアは少し悪戯心を抱きながら耳打ちをする。アイズも了承した。

 

「君の仲間にうちのものが迷惑をかけてな。少年の面倒をこの子に任せて欲しい。第一級冒険者の護衛が付いた方がより安心できるだろう?君のことは私が出口まで送っていこう」

 

 自分では安全にベルを守れないとルインは思い、その提案に了承する。

 道中は、ルインが今回の経緯を説明しながら、ベルに代わり魔法について話を聞いていた。出口に着き、改めてルインはお礼を言う。

 

「そういえば、自己紹介をしていなかったな。私はロキファミリア所属のリヴェリア・リヨス・アールヴだ」

 

「ぼ、僕はヘスティアファミリアのルイン・マックルーです。今日はありがとうございました。こ、ここで大丈夫ですので」

 

 リヴェリアの自己紹介を聞くと、少し驚いたように反応をしたルインは深々とお礼をした後、焦るように帰っていった。

 リヴェリアも名前を聞き、思わず目を見開いた。ヘスティアファミリアの小人族の少年といえば、現在探している人物だ。まさか、その本人と出会っていたなんて。一瞬固まってしまったため、リヴェリアはルインを捕まえることができず、後ろ姿を見つめる。名前と顔がわかったことでより進展できると割り切りながら……。

 

 ルインがホームに戻るとヘスティアはまだ寝ていた。心配をかけずに済み、一安心しながら仮眠を取ることにした。

 

 周りが騒がしく、目が覚めてしまったルインは、またも原因であるベルとヘスティアに尋ねてみた。初めは、抜け出したことかと思ったが、どうやらヘスティアは気付いていない様子。話を聞いていると魔法を覚えた理由が魔導書によるもので、それが誰かの忘れたものを借りた物だと。ベルとヘスティアの魔導書の奪い合いを眺めていると、どうやらベルが勝ち取り、謝りに行ったみたいだった。

 

「ヘスティア様、もし弁償になったら僕も頑張りますから」

 

「ルイン君、君はなんていい子なんだ」

 

 感激しているヘスティアに笑顔を向ける。ルインもその様子に思わず微笑む。最近忙しくしていたので、久しぶりのヘスティアとの会話をルインは楽しんでいた。

 

「そういえば、こんなにゆっくりしていて大丈夫かい?いつもならダンジョンにいる時間だろう?」

 

「今日はヘファイストス様と出かける約束をしていまして、時間までもう少しあるので」

 

「なんだって〜!まだボクでも二人きりで出掛けたことないのに、なんでヘファイストスと!?」

 

「えっと、会わせたい人達がいるからとしか聞いてないので」

 

「それにしたって、順番があるだろう!?くそっ!こうなったら時間までボクと出かけるぞ!」

 

「いえ、そこまで時間はないので……。すみません、ヘスティア様の一番の神友だと聞いていたのでどうしてもと言われて断りきれなくて」

 

「うっ……。そう言われると何も言えないじゃないか。でも、ヘファイストスのところまではついていくからね!これだけは譲らないからな」

 

 愚図るヘスティアをなんとか宥めながら、ルインは連れて行くことにした。もしダメならヘファイストスがなんとかしてくれるだろうと丸投げすることにして。ヘスティアには言えないが、このお願いを受けると、借金の減額とヘスティアの給金アップが約束されている。ヘファイストス側も、ファミリアの懐を痛めずにロキに貸しを作れると、お互いが損をしない約束だ。ルイン自身は誰に会うのかは聞かされていないが、ヘスティアの為にも秘密裏に用事が済むことを願った。

 

「すみません、お待たせしましたか?」

 

「今さっき着いたばかりだから気にしないで」

 

 ルイン達が待ち合わせ場所に到着するとヘファイストスはすでに待っていた。

 

「なんだい!ヘファイストス酷いじゃないか!神友のボクに一言も言ってくれないなんて!」

 

 まるで理想のデートのやりとり、男女は逆だが、を見てヘスティアは頬を膨らませながら抗議する。

 

「ヘスティア、もう一人の子には武器を作ってあげたけど、この子には何もしてあげてないでしょう?この子も貴方を心配してよく顔を見せてくれるけど、私が貴方をバイトさせてるのもあって、知り合いを増やしてあげるだけよ」

 

 ヘファイストスはヘスティアにしか聞こえないように説明をする。ヘスティアも耳が痛いのか、汗をダラダラと流し目を泳がす。

 

「それに貴方、もううちのバイトの時間じゃない。今日は大目に見てあげるから、サッサと行きなさい」

 

「そ、そうだ!ボクとしたことがド忘れしてたみたいだ。ルイン君、と言う訳だからボクは行ってくるよ!」

 

 ルインにあまり格好の悪いところを見せたくなく、ヘスティアはバイト先へと一目散に駆けて行った。ルインもヘファイストスもその姿にクスリと笑みを溢しつつ、目的の場所へ足を進めることにした。

 




ヘスティアはベルにLOVEは変わりませんが、ルインは目に入れても痛くない程の愛息子という認識です。


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7.謝罪

 

「ヘファイストス様、目的の場所ってもしかして」

 

 ルインは目的地、黄昏の館を前にして冷や汗をかいていた。

 

「ごめんなさい。貴方が苦手意識を持っているのは知ってたけど、どうしても会いたいからって言われて。絶対に悪いようにさせないから」

 

 ヘファイストスに謝られ、ルインも腹を括ることにする。ヘスティアの、ファミリアの為に、重い足をなんとか進めることが出来た。

 

「やあ、よく来てくれた。神ヘファイストスも、今回は無理を聞いてくれて感謝する」

 

 ルイン達は案内された部屋に入ると、ロキと幹部陣に迎えられた。ヘファイストスが簡単な挨拶をし、次にルインの番になる。誰が見てもあからさまに顔色が悪く心配したヘファイストスが声を掛けようとした時にルインが動いた。

 土下座。ヘファイストスが彼の主神によって見飽きてしまった極東の最終奥義。何故、ルインがそれを行っているのか意味がわからない。

 

「この度は、リヴェリア様に、王族の方にとんだご無礼を働き申し訳ありませんでした!ヘスティア様もファミリアも関係ありませんので、どうか僕の首だけでご容赦いただければ!」

 

 この場にいる誰もが固まる。名指しされたリヴェリアさえ理解ができていない。

 

「ロキ?こんな話聞いてないけど?そっちがその気ならこっちも考えがあるわ」

 

「ま、待ってや。こんなことウチも知らん!リヴェリア!どういうことや?」

 

「ま、待ってくれ。私にも身に覚えがない!彼とはダンジョンで会ったことがあるぐらいだ。何も無礼はなかったと断言できる」

 

「すまないね。こちらも今知ったことで取り乱したみたいだ。リヴェリアも何もないと言っているから頼むから顔を上げてくれないかな」

 

「いえ、ロキファミリアは小人族を嫌っていると思います。それなのに王族の方にとんだご無礼を……」

 

 ますます震えていくルインに、目つきを鋭くし睨むヘファイストス。ロキファミリアの誰もが想像していたものと全く違っていた。

 

「ち、ちょっと待ってや!ウチもこんなことさせる為に呼んだんちゃうわ!」

 

「そうだね。君の誤解を解きたくて今日は神ヘファイストスに無理を言って機会を設けてもらった。だから顔を上げてくれないかな?仮にリヴェリアが何かを言っても団長として不問にすると誓うよ」

 

 焦るロキを見て反応できたのは唯一フィンだけだった。しかし、ルインは体勢を変える様子がない。流石のフィンも困りヘファイストスへと目を向ける。

 

「この子、ヘスティアに入団前の経緯を聞かれて話したことがあるそうよ。それで、ヘスティアが泣きながらロキならやりかねないって言ったそうよ」

 

 ヘファイストスは、頭を抱えながら深く溜息を吐く。

 

「あのドチビが……。で、でも、ファミリアの運営にはウチは口出ししてないから……」

 

「それについてはごめんなさい。色々聞く前にロキの天界時代について聞かれて説明したからイメージが悪いのよ」

 

 ヘファイストスの言葉にロキも言葉を無くす。自他共に認めるトリックスターも、打開策をこの場で思いつくのは難しかった。

 

「ええい!なぜ、ややこしいことになっておる!」

 

 周りが狼狽始めた中、ガレスが一人声を上げる。

 

「そこの小人族よ!己が主神は、お前の首一つで助かったと聞かされ喜ぶような神なのか!?」

 

「それは違います!ヘスティア様は誰よりも優しい方です!」

 

「そうだろう!お前がそこまで頑なな態度を取るのだ。良い神であろう。なら何故、そう簡単に命を落とそうとする。互いの言い分が合わないのなら最後は力で示せ。種族など関係ない、それが戦士であろう」

 

 ガレスは、そう言い切ると前に進み、ルインに剣を抜くように指示する。お互いが構えるが、ガレスは挑発する様にルインへと先手を譲った。ルインの振るった剣筋はその場にいる者からすれば遅いものだ。ガレスは敢えて避けず腕で受け止めた。

 驚き声を上げたのは誰だったか。支給品の剣で、駆け出しの冒険者がLv.6の冒険者に傷をつけるのは不可能である。しかし、ルインの一撃は骨まで無理であったがガレスの腕を深く切り裂いた。ガレスも予想していなかった傷に一瞬驚く。手加減を忘れないようにしながらも攻撃を繰り返す。おそらくLv.2になりたてのものでは厳しい程度に抑えた攻撃も、ルインは剣で受け流しながら反撃を繰り出す。受け流される度に傷を負い血塗れのガレスに対し、ルインはなんとか無傷で凌いでいる。一瞬でも集中が途切れれば、直ぐ様敗北するだろう。

 

「儂が知る小人族は、どうも小生意気で癪に触る奴しかおらんと思っておったが、なるほど、これ程の戦士がおったか!」

 

 血を多く流してもなお、ガレスは嬉しそうに笑う。

 

「お主を一戦士として認めよう。そして、詫びよう。敬意を持って全力の一撃で終わらせる」

 

 ガレスの一撃は、あまりに速く、重いものだった。ルインの目では追いきれず、勘でギリギリまで動き、受け流す。偶然なのか、幸運だったのか、ルインの剣は確かに必殺の拳を僅かに逸らすことが出来た。急所を避けることは出来たが、その身に受け壁まで吹き飛ぶ。部屋の壁を壊し、廊下に打ち付けられ起き上がることはなかった。

 

「あれを受け流すか!実に良し……、ゴフっ」

 

 ガレスは満足そうに頷き、口から大量の血を吐き出した。腹をかなり深く切られており、そのまま倒れ伏した。




到着時のルインの脳内

初めの印象からロキファミリアに嫌われていると思う→ヘスティアからざっくりイメージを聞く→ヘファイストスからロキの昔の話を聞く→知らずにリヴェリアへ気安く接してしまう→ヘファイストスに行き先を教えて貰えていない→やらかした!


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8.検証

 いち早く反応できたのは、またしてもフィンであった。

 

「すぐにエリクサーの準備を!アイズはディアンケヒトファミリアからアミッドを無理矢理でも連れて来てくれ!リヴェリアは、……ルインを優先して回復魔法を!総員急げ!」

 

 フィンの指示を受け、全員が動き出した。ルインへの応急処置を最優先させ別室に移動させる。フィンは、リヴェリアへ同行するよう指示を出し、横たわるガレスに懐から取り出したエリクサーを少し乱暴にかける。

 傷が粗方塞がったガレスは、重い体を無理矢理動かして立ち上がる。周りを見て、フィンと神々しか居ないことを確認した。

 

「すまんな。勝手なことをして」

 

「いや、半分は助かったよ。あのままだと話すら出来ずに終わっていたからね。まあ、まさか全力を出すとは思っていなかったけどね。彼はそれ程だったかい?」

 

「ちゃんと手加減しとるから安心せい。しかし、まぐれではあるが、受け流されて腹を切られるとは。腕に切り傷程度は覚悟しておったが、一級の武装ならまだしも支給品の剣とは末恐ろしい」

 

「それがスキルなのか、彼の技術なのか知りたいところではあるけど……。おっと、神ヘファイストス、この件はロキにも伝えていなかったんだ。騙すようになって申し訳ない」

 

 ヘファイストスは、突然始まった戦闘に呆然としていたが、紹介したルインの実力を測る為に行われたように聞こえる会話に目を険しくさせる。

 

「本来はちゃんと話終えた後に、模擬戦を依頼しようと思っていたんだけど。最悪の予想の方になるとはね。彼に使うつもりで持っていたエリクサーを、ガレスに使うことになったのは流石に予想もしていなかったよ」

 

「……ヘスティアへの言い訳は貴方達でしなさい。私はルインの無事を確認したら帰るわ」

 

 ヘファイストスは、怒りを飲み込み部屋を出る。元々知略の類は得意ではなく、フィンに抗議を行ったとしても、上手く丸め込まれる可能性がある。相手の土俵に立たず大きな貸しにしてしまった方が、後々役に立つと無理矢理割り切ることしか出来なかった。

 

「神ヘファイストスは策略の類は苦手と踏んでいたけど、これは借りを作ってしまったみたいだね」

 

 フィンは一つ溜息をつき、ヘスティアファミリアへ向ける手紙を書く。アミッドの到着と治療開始の連絡に来たラウルへ、幹部達に待機の伝言を伝え、ヘスティアファミリアへ手紙を渡すように指示を出す。

 

「そんでフィン、ウチにもわかるよう説明してや」

 

「さっき言ってた通りだよ。話終えた後、模擬戦の機会をもらって力を見ようとしていたけど、最悪を想定して、話し合いに応じてもらえなかった場合、ガレスに頼んでいたんだ」

 

「ほんで、この件がファイたんに気付かれたら紹介がもらえんから、ウチにも黙ってたってことか。様子を見てたらリヴェリアも知らんかったみたいやけど?」

 

「ああ、リヴェリアは既に彼に会って、人となりを知っていたからね。模擬戦については話したけど、今回の件は反対したと思うね」

 

「ほんで、何が知りたかったんや?」

 

「いくら得物が違うといって、僕とガレスはゴブリン五体切りは達成出来なかった。ラウルすら最終日までかかるとは思っていなかった。違いを確認するためと言えばいいかな」

 

 フィンは椿から剣を渡された時に、難易度をある程度想定していた。しかし、Lv.6の技術を持ってしても困難な剣技に興味を持っていた。全ての武器を状況に合わせて使い分けることの出来るラウルの器用さなら苦戦はしても、時間はかからないと想定していたが、外されてしまったからだ。

 

「ああ、アイズたんでも無理やったやつか。出来んで拗ねてたアイズたんは可愛いかったなぁ」

 

「ティオナは勿論だけど、アイズには不可能というのは予想通りだったよ。それは向き不向きだから仕方ないことだけどね。まさかベートが意地で一体切ったのには流石に驚いたかな」

 

 雑魚に出来たことが出来ないわけがないと、隠れて誰よりも挑んでいた姿を思い出し、思わずフィンは微笑む。

 

「彼の技術、もしくはスキルは、剣の最善の使い方がわかるみたいだ。あくまで想像だけどね」

 

「なんやそれ、支給品でガレスを切れるんやったら一級品ならなんでも切れるっちゅうことやん」

 

「いや、おそらくそれは難しいと思う。仮に技術とした場合になるけど、剣が良ければ良いほど恩恵は少なくなると思うよ。それについてはガレスの方が理解してると思うけどね」

 

「スキルの可能性は低いと見ておる。初めの一撃で骨を断たんかったのは剣への配慮。それができる技術を持っとる証拠だ。仮にスキルも持っていたとしても、それを過信するだろう。あの歳ではそこまで達観出来まい」

 

「まあ、彼の考察はここまでにして、僕達が考えなければならないのは、神ヘスティアへの謝罪と、もうそろそろ来ると思うリヴェリアへの言い訳かな」

 

「待ってや、リヴェリアの件はウチ関係ないやん!?」

 

「ほう、何が関係ないのか?しっかり説明してもらおうか」

 

 完全に無実なロキの訴えが通る前に、怒りを抑えきれないリヴェリアの声が聞こえる。日頃の行いのせいなのか、ロキの弁明には聞く耳を持って貰えず三人共々しっかり叱られることになった。

 

「まさか、この歳になってリヴェリアの説教を受けるとはね」

 

「なんでウチまで叱られないあかんねん」

 

 説教に対しても飄々と躱していくフィンにリヴェリアも諦め説教をやめる。途中でロキの冤罪は晴れていたが、日頃の行いの悪さについて説教を誘導されていたと気付いた時に見たフィンのしたり顔にファミリア結成時の光景を思い出し、長引いてしまった。途中、ガレスの貧血による棄権を認めたが、相変わらず余裕そうに見える二人を見て、リヴェリアは再度怒りを覚える。

 

「失礼します。リヴェリアさんに面会希望の方がいますが、どういたしましょう?ギルド所属のエイナ・チュール氏とのことですが。都合がつけばロキにも同伴して欲しいとのことです」

 

 再開させようと声を発する前に団員から声がかかる。リヴェリアも親友の娘が珍しく訪問したことからロキに有無を言わせず、面会許可を出した。



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9.神酒

 

「リヴェリア様、申し訳ありません。突然お伺いしてしまって」

 

「なに、気にするな。珍しくお前から来てくれたのだ。断るわけないだろう。それで何があった?」

 

「なぁ〜、その子制服からしてギルドの人間やろ?中立言うとるのにうちに来て何が狙いや?」

 

「ロキ、エイナは私の親戚のような者だ。いくらお前でも不躾にするのは許さんぞ」

 

「いえ、突然伺ったのは私ですから。少しとあるファミリアについて聞きたいことがありまして……。これはそのファミリアに関わるものですが、手土産になるかなと」

 

 ロキの目線が少し厳しくなり、リヴェリアはすかさず庇う。エイナも恐縮しながら、一つの酒瓶を差し出した。

 

「これは神酒やないか!ウチのオキニ持ってきてくれたんか?」

 

「ロキ、エイナはソーマファミリアについて聞きたいそうだ手を付ける前に説明してやれ」

 

「相変わらずママは厳しいなぁ。それでエイナ言うたか。なんでソーマんとこを知りたいんや?」

 

 酒瓶にロキは手を伸ばすが、リヴェリアに手を叩かれて直ぐに引っ込める。しかし、目線だけはエイナから離すことはしなかった。ロキの見透かすような目線に、エイナは思わず息を飲むが、目線を決して逸さない。

 

「実は、担当している冒険者が最近ソーマファミリア所属のサポーターと契約しまして、それで聞きに来ました」

 

「ほう、ギルドのもんがえらく肩を持つんやな。越権行為と分かっとるんやな?」

 

「こ、今回のことはギルドとは関係なく、担当アドバイザーである私の力不足から、リヴェリア様に頼ることしか出来なかったからです。当然、越権行為なのは承知していますので、抗議の際は私個人にお願いいたします」

 

 エイナは震える手を握りしめて、真摯に頭を下げる。ロキは静かにその様子を見つめる。途中、リヴェリアが声を発しようとするが、ロキが制す。重い沈黙が体を覆うがエイナは負けなかった。

 

「よし、気に入ったわ!ウチでわかることは教えたる。やけど、どこのファミリアぐらいかは教えてえや。名前まで聞くとおっかない親戚がちょっかいかけそうやから言わんでええで」

 

「神ロキ、ありがとうございます。その、所属はヘスティアファミリアです。最近出来たばかりのファミリアで、その子も駆け出しでして」

 

 ロキもリヴェリアも言葉を詰まらす。まさか、ここに来てヘスティアファミリアの名前を聞くとは思わなかった。ロキは思わず、ドヤ顔で嘲笑うチンチクリンを幻想してしまい、沸々と怒りを感じる。

 

「エイナ、もしかしてその冒険者はルイン・マックルーという名前では?」

 

「ルイン君?いえ、マックルー氏ではありません。彼の担当は同僚ですので」

 

 二人は思わず安堵の溜息を吐く。しかし、リヴェリアはあの時出会ったもう一人の少年を思い浮かべた。アイズの落ち込みようから、失敗に終えたと思われる膝枕を伝えた身からしたら、多少の配慮は許されるだろうと考えた。

 エイナから神酒の代金を聞き出し、それを負担することにして、後ほど支払う約束を無理矢理取り決める。そして、ロキにソーマファミリアについて話すように促し、エイナの要件を迅速に解決する手伝いを行った。

 

 リヴェリア達がエイナを見送るために門まで送る頃にルインは目を覚ました。大好きな冒険譚で読んだことのある知らない天井に、内心心を踊らせてしまったが、直ぐ様最後の記憶を、思い出し飛び起きる。すると、初ダンジョンの時に自分を治療してくれたオラリオ最高峰の治療師と目が合った。

 

「貴方は、ついこの間も同じように瀕死になっていたと記憶していましたが、それは私の勘違いでしたか?」

 

 静かに、そして、無表情に、事実を述べるアミッドの背後に怒りの炎を思わず幻視してしまい、ルインは冷や汗が止まらなかった。直ぐ様、伝家の宝刀土下座を行う為、体を動かそうとすると、それについて叱られてしまう。奥義すら封じてしまう聖女に戦慄しながら、嵐が治るのを待つしかなかった。たまたま、見に来たロキファミリアの団員にアミッドを宥めてもらい、改めてフィンとの面会を行うことになった。

 

「改めて謝罪をさせて欲しい。今回の件も含めてね」

 

 フィンの元へ向かおうとするルインを団員が押さえ込むことで、フィンが訪れることを無理矢理飲ますことができた。

 

「君も、アミッドにしっかり絞られたみたいだね。だけど、元気そうでなりよりだ」

 

 フィンの訪問によりアミッド含め退出しており、一対一の対談となった。ベッドから飛び出しそうなルインを、言葉巧みに留まらせ、改めてロキファミリアとして言葉を伝える機会を作った。

 

「同胞よ。まずは謝罪を聞いて欲しい。君が入団出来たかは別にして、僕を含めて小人族を理由に拒否することは、ファミリアの総意ではない。君に起こってしまったことは僕の力不足だった。申し訳ない」

 

 ロキファミリア団長が頭を下げる姿に、ルインは目を丸くする。なんとか言葉を発しようとするが、フィンに遮られる。改宗の誘いを受けたが、首を横に振り否定を示す。その様子に、フィンは微笑みを浮かべていたのが印象的であった。

 

「先程の提案は気にしなくていいよ。こちらのケジメと思ってくれて構わない。ただ、君はロキファミリアに入ることを許された、それを君の自信に繋げて貰えたら少しだけ報われるかな」

 

 少し寂しげに語るフィンは、冒険者として掲げた理想を話し始める。ルインは、尊敬していた英雄の心内を聞き、時に喜び、時に寂しそうに相槌を打っていく。もし、この場に他のものが居たとすれば、久しぶりに会えた親子の団欒に思えただろう。フィンの話から、ルインのこれまでの話になるのは、あまりに自然だった。

 ルインの中のロキファミリアへのイメージは改善されていき、対談はどちらにとっても有意義なものだった。

 

「しかし、今回の君の怪我については、全面的に僕達の過失だ。君が、決して同意しないことをわかっているけど、それについては認めない。神ヘスティアに頭が上がらないのは流石に困るからね。だから、何か願いはないかな?」

 

「そ、それでしたらお金を頂けないでしょうか?」

 

「ん?ヘスティアファミリアはそれ程貧困なのかな?」

 

「いえ。ぼ、僕が個人的にヘファイストス様に借金をしていまして……。その二億ヴァリスほど。勿論、少しだけで良いので……」

 

 心配そうにフィンに見つめられ、ルインは恥ずかしそうに話しし始める。初ダンジョンでの治療費をヘファイストスに負担して貰ったことを。その後も武器や防具の整備方法を無償で教えて貰い、ヘファイストスや椿にどうやって恩を返せばいいのかと。

 

「わかった。全額支払うと誓おう。ただし、ファミリアとしてはなく、僕個人で支払うことにするけどね。それぐらいの蓄えはあるし、近々遠征に行くから目処はついてるから心配しなくていいよ。しかし、ファミリアとして出来ることは、明日神ヘスティアが来た時にでも決めることにしよう」

 

「ありがとうございます。もし良ければ、このことはヘスティア様には秘密にして貰えますか?心配かけたくなくて。ヘファイストス様の方は、僕の支払い分と言って貰えたら伝わると思うので」

 

 フィンは、ルインのお願いを快く受けた後に、目蓋を重たそうにしている様子に気付く。体を休める様に促し、寝息が聞こえるのを確かめてから部屋を出た。




エイナとリヴェリアが偶然出会うことがなくなった為、自ら訪問する事に。少しエイナらしくない様な気もしますが、しっかりモノのルインと、夢見がちなベルとを比べて原作より少し過保護になっています。


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10.抜け出す

 報告の為ロキの部屋に訪れると、既にリヴェリアとガレスが待機していた。心配そうに尋ねてくるリヴェリアを安心させる為に、様子を伝えてから本題を切り出す。

 

「彼との話し合いは無事に終わったよ。最後までリヴェリアをお姫様扱いしていたのは、流石に笑ってしまった。彼が言うには、リヴェリアが、もしハイエルフじゃなくても、同じように敬いたいらしいよ。少し話しただけで、君がとても素敵に見えたらしいね」

 

 茶化す様に、ニヤニヤと目線を向けてくるフィンへ睨みを聞かせてつつ、リヴェリアは咳払いをし、本題を話すように促す。

 

「揶揄うのはこれぐらいにしようかな。……謝罪は受け入れてくれた。彼の希望した願いは、僕個人で対応出来るから、これは任せてくれ。ファミリアとしての償いについては、神ヘスティアが来た時に決めることになった」

 

 一瞬、ロキが嫌そうな表情を浮かべたが、フィンの睨みにより納得した目線を向ける。ヘスティア次第ではあるが、フィンの思い浮かべる借りの返し方を聞き、ロキは了承する。

 

 時は少し遡る、ヘスティアがバイトに励んでいるとヘファイストスが戻ってきた。朝のことで、もう少し問い詰めてもバチは当たらないだろうと思い、近づいていく。しかし、普段通りに装っている見えるが、様子がおかしい様に感じる。

 

「ヘファイストス、どうしたんだい?」

 

 恐る恐る話しかけるヘスティアを見て、いつもなら微笑ましく思えるはずが、今回に限っては申し訳なさが勝ってしまう。

 

「ごめんなさい。あの子に良い出会いをと、思っていたんだけど」

 

 後々わかることだと、詳細は教えられなかったが、ルインに何かあったことは理解した。ヘスティアは問い詰めてしまいたくなるが、ヘファイストスを見て思い留まる。

 

 何も言わないのならルインは無事だ。それなら、自分は待つだけだ。

 

 ヘスティアは頬を叩いて気合を入れ直し、残している仕事を片付ける為にその場を後にした。ヘファイストスは、いつも通りの神友の様子に、強張っていた表情が少し柔らかくなっていくの感じる。

 

 ロキファミリアの使いが訪れたのは、ヘスティアの退勤時間まであと少しの頃合いだった。手紙を受け取り確認すると、ルインの無事と一日預かることを知らせる内容だった。

 また、明日の朝に面会を希望する旨も書かれている。思わず力が入り手紙がぐしゃりと潰れる。ヘファイストスの苦々しい表情から、何か問題があったのは明白だ。しかし、内容から丁重にルインのことを扱ってくれていることは伝わる為、嫌々ながらも了承することを伝言として伝えた。

 

 翌日、ルインはいつも通りの時間に目が覚めた。外の様子を確認しても薄暗さから間違いないだろう。二度寝をするのは好まないので、どうしたものかと考える。昨日、アミッドに暫く安静にする様にかなり念押しされたが、稽古も出来なかったので、少しだけ体を動かすように決めた。

 勝手に部屋を出て良いか迷ったが、部屋を散らかすのも気が引け、庭に出る程度なら大丈夫と勝手に判断して扉を開けた。廊下を見渡しても人の気配はなく、起こしても悪いのでコソコソと庭に向けて足を進めた。

 

 邪魔にならなそうな場所を見つけて訓練を開始する。しっかりと準備運動を行い、体を温める。それが終わると、剣を持ち素振りを始める。元々習っていた型や、新しく教わった型を確かめるように振るっていく。素振りが終わり、少し休憩を入れる。タケミカヅチから習った瞑想を行い、集中力を高めていく。

 

「おい、そんなところで何してやがる?」

 

 不意に声をかけられ、驚いてしまったが、慌てて声の方向を向く。昨日集まっていたロキファミリアの幹部陣にもいたベート・ローガの姿を見つける。抜け出したことについて言われていると思い、すぐに謝罪する。

 

「抜け出したことなんて興味ねぇ。俺が言いたいのは、雑魚がどれだけ努力しても雑魚なんだよ。無駄なことなんかせずに、迎えが来るのを待ってろ」

 

「確かに僕は雑魚です。でも、何もせずに助けて貰うのは嫌なんです」

 

「はん、それでも雑魚は何も出来るわけない。そんなことも分からねぇとは救い様もないな」

 

「それでも、しない後悔だけはしたくないんです。それに、ベートさんに心配して貰っただけでも無駄じゃなかったです!一級冒険者と話してもらえるなんて」

 

「なっ、心配なんてしてねぇだろうが!チッ、面倒くせぇ。……そう言えばババァがお前のことを探していたな、ついて来い」

 

 満面の笑顔を浮かべるルインに、顔をしかめながらも有無も聞かずにベートは歩き始めた。慌ててついてくるルインから色々と質問を受けるが、面倒臭そうに適当にあしらっていく。

 

「あーー!ベートが昨日の子と一緒にいる!」

 

「珍しいわね」

 

 双子のアマゾネスが気付き近寄っていく。ベートの嫌そうな顔に拍車がかかる。

 

「ねぇねぇ。いつの間に仲良くなったの?」

 

「ちげぇよ。ババァが探していたのを見つけちまっただけだ。もしほっといて、後からバレた時の方が面倒くせぇだろうが」

 

「あら、そんなこと言って仲良く話してたじゃない」

 

「それは、こいつが勝手に話しかけてきただけだ。……あとはお前らに任せるわ。最後まで付き合う義理はねぇしな」

 

 対応に疲れたのか、ベートはそのまま来た道を戻っていった。そのからは、先程とは逆でティオナが質問責めをしていく。他愛のない質問が殆どであったが、時折戦い方やステータスについて聞かれることがあり、それについてはティオネの方が注意して止めてくれた。

 話が盛り上がっていたせいか、騒ぎを聞いたリヴェリアが駆けつけてきた。

 

「ルイン探したぞ。様子を見に行ったら部屋に誰もいないとは。客人に何かあったと思ってしまうだろ」

 

「すみません。いつも通り早く目が覚めてしまって、勝手に庭で鍛錬をしていました」

 

「全く病み上がりだから控えるようにアミッドも言っていたと思っていたが、服が汗で濡れる程までするとは。先に汗を流すべきだな。案内する」

 

 リヴェリアに指摘され、かなり汗をかいていたことを思い出す。言われるがまま、ついていくことにする。リヴェリアは、ティオネにフィンの服を借りて来るように伝え、その場を後にした。

 

 汗をしっかり流して、次に案内されたのは食堂だった。少し大きいが、フィンから借りた服のおかげてさっぱり出来た。持ってきてくれたティオネが、なかなか渡してくれず、目が怖かったのは内緒だが。

 




ルインの身長はリリより少し大きいぐらい、ファンよりは低いです。


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11.対談

 

「他派閥の者が朝食に同伴しているのを快く思わない者もいると思うが、彼は僕の友人だ。今回は僕の顔に免じて許してほしい」

 

 朝食の前に、簡単に団員への挨拶を済ませて隅にある席に向かう。なるべく目立たないようにと思っての行動だったが、フィンに誘われて止むなく向かう方向を変えるしかなかった。

 

 指示された席に座るとフィンの他に、リヴェリア、ガレス、ティオナ、ティオネの顔ぶれがあった。初めにガレスから改めて謝罪を受けるが、他派閥の第一級冒険者に手合わせしてもらえた感謝を伝えると、愉快そうに笑われる。リヴェリアから朝の件で説教をされそうになるが、フィンが止めたりと楽しく食事することができた。

 

「そういえばアイズの姿が見えないが。ティオナ、何か知らないか?」

 

「アイズだったらダンジョンに行ったよ」

 

「全くあの子は。もう少し落ち着きを持ってくれれば良いのだが」

 

 周りの様子からロキファミリアではよくあることなのだろう。聞いていた剣姫のイメージとは違っていた。剣姫とも話をしてみたいと思っていた為、ルインは少し残念に思う。

 

 ヘスティアがロキファミリアに到着したのは、朝食から少し時間が経ってからだった。ルインの姿を見てすぐに飛び付きたがったが、他派閥の面々の目線がある手前何とか踏みとどまる。初めにフィンから形式的に挨拶が行われ、今回の経緯と、その謝罪をされる。本人同士は納得して和解している旨を聞かされた時にルインを見るが肯定する様に頷いていた。

 

「そこでこのまま終わりというのは流石にファミリアとして立場がないからね。僕個人で何をするかはルインに相談して決めることは出来たけど、ファミリアとして何をして欲しいかを神ヘスティアに尋ねたい」

 

「それなら、ボクのファミリア正直言ってまだまだ零細もいいところなんだ。交流のあるファミリアも少ないから、もしよかったらルイン君と友達になってあげて欲しい。……そりゃあ、ロキとは仲は良くないけど眷族達は関係ないからね」

 

「……大手ファミリアへの貸しをそんなことに使うとは、やはりルインの主神と言えばいいのか。神ヘスティア、すまないがそれは叶えられない。主神の許可を取る前に、彼は僕の友人なんだ。それこそファミリアなんか関係ないからね。だから、これからも彼の友人であり続けることを約束するよ」

 

 ヘスティアは、その言葉に大いに満足する。その後は、堅苦しい雰囲気をではなく、和気合あいと談笑していくがら最後はロキとヘスティアが罵り合うことで、今回の面会は終了した。リヴェリアがロキを押さえつけているうちに、ルインがヘスティアを、引き離しそのまま帰宅することになったのは、誰もが苦笑いを浮かべていたが。

 

 ルインは、ロキファミリアを出てからヘスティアと共にヘファイストスのところに訪れていた。ヘスティアはバイトの為、すぐに持ち場に向かったが、心配をかけたお詫びをどうしてもしたかった。

 

「ヘファイストス様、昨日はどうもありがとうございました。色々ありましたけど、とても良くして貰えたので、ロキファミリアのことは許してあげてください」

 

 元気な様子を見せてくれたルインに、初めは安心していたが、騙されたことに納得は出来なかった。しかし、ヘファイストスが帰った後のことを楽しそうに説明しているルインを見ると、毒気を抜かれてしまう。

 

 そんなところまで主神に似なくても良いのに。

 

 許してもらえるように、いつまでも話続けそうなルインを見て、思わず溜息を吐き、ヘファイストスは降参するように許すことを伝える。

 

「ありがとうございます。今度の遠征に協力するって聞いたので、喧嘩したままだと嫌だったので良かったです。あと、ヘスティア様の借金も返せそうです!」

 

「ちょっと待って。どうしてそこで借金の話になるの?」

 

「フィンさんがお詫びに何かしたいって言ってくれたので、お金を貰えないか相談したら、全額出してくれることになりました!勿論、ヘスティア様の借金とは内緒にしてです」

 

 ヘファイストスは話を詳しく問いただしていくと、ルイン個人の借金返済という泥を被って話をつけたようだ。ヘスティアに説教することすら出来ないので、別の意味での苛立ちを覚えてしまった。ルインも、少し機嫌が悪くなるヘファイストスに疑問を持ちつつもロキファミリアとの和解に、ヘスティアの借金問題と解決でき満足気に帰ることができた。

 

 次にルインは、タケミカヅチファミリアへと足を運んだ。生憎、タケミカヅチはバイトに行ったとのことで、出迎えてくれた命に言付けをすることにした。

 

「命さん、昨日はすみませんでした。勝手に稽古を休んでしまって」

 

「いえ、それについてはヘファイストス様より伝言を受けていたので気にしないでください。それよりも、これから私達もダンジョンに向かうのですが、ルイン殿も一緒にどうですか?」

 

「いえ、今回は少し病み上がりでして、一人で上層を少しだけ行くだけなので気にしないでください」

 

「そうですか。でも、次こそは一緒に行ってください。生まれや派閥は違っても同じ流派を学ぶ者なのですから、変な気遣いは無用です」

 

 いつもダンジョンに向かう際に誘ってくれる命に、申し訳なく思いながらも、今回も断りを入れてしまう。念の為今日の稽古も休むことを伝えてルインは一人ダンジョンへと向かった。




ヘスティアの要求ですが、ヘファイストスの想いとルインのことを思ってのことです。流石に金銭や物品要求するのは、ヘスティアらしくないかなと。
ヘファイストスが出会いの為と言っていなかったら、銭ゲバコースもあり得たような……。


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12.救出の裏側で

 体の様子を確かめながら、ルインはダンジョンを探索する。普段より調子が良いような感じを受け自身の個人到達階層を更新するように五階層へと足を進めていた。

 

「ははっ!良い様だぜ。これであのアーデの野郎が溜め込んでいた分であれが手に入る。何人かいないみたいだが、分前が増えるから願ったり叶ったりだ!それにしても裏切られた白髪頭の最後が見られなかったのは惜しかったなぁ!」

 

 ルインは、軽快に進めていた足を止める。アーデといえば、一回だけ出会ったベルの仲間の名前だったはず、そして白髪頭といえば。冒険者は物語のような存在だけでなく、弱者から奪っていく輩もいることは経験している。自業自得とは分かっていても、仲間が使われたのなら話は別だ。そう考える前には足が勝手に進めていた。

 

「すみません。今の話を詳しく教えて貰えないでしょうか?」

 

「ああっ!?なんだお前は?」

 

 声をかけると一人が詰め寄って来る。ルインは経験上、相手に有利な状況を与えてはろくな事にならない事を知っていた。無慈悲に、来た人を斬り伏せ、相手の仲間へ攻撃する。突然のことで相手は反応に遅れ致命傷を与えていく。最後の一人に剣を向けて戦意を喪失させる。

 

「奪ったモノを渡せ、そうしたら見逃してやる」

 

 ルインの剣裁きを見て、仲間がいないこともあり、リーダー格の男は鍵や金目のものを投げ渡した。ルインは、すぐに手に取らず男が逃げ去っていく様を見届けてから回収した。

 

 ルインは、ベル達が心配になるが自分の実力では助けに入れないと判断してその場を後にする。ルインに襲われたソーマファミリア所属のカヌゥ達は泣く泣く下の階層に逃げ込む羽目となったが、奪った中で一番価値のありそうな魔剣だけは渡さずに済んでいた。いつか復讐をと考える。しかし、それよりも先に、手に入れなかった金の補填に走ることにした。

 

 ルインは、換金所に向かい今日の収入を確認する。普段より少ないが返済分が無くなるのでかなり余裕が出来た。思えばオラリオに来て初めて自由に出来るお金を持った気がする。内緒の返済祝いとして何か美味しいものでも買ってみんなで食べようかとふと思い、街を散策する。

 

 いくつか持ち帰り用の料理と食材を買い込みホームへと戻る。まだ誰も戻っていない様だったので買った食材から簡単にいくつか追加で作る事にした。初めにベルが帰宅した。少しボロボロだけど満足そうな表情から探索はうまくいったと思う。

 

「ねぇ、ベル。今日の探索で何かなかった?」

 

「え?何もなかったよ」

 

 ベルは嘘をつくのが下手だ。ルインも、あまり人のことは言えないが、これ程分かりやすい人はいないだろう。だけど、間違ったことはしないと、信頼している。ベルが言わないなら何もなかった、それでいいと思った。

 何気ない会話をしながら、今日回収したモノをベルに渡そうか悩んでいると、ヘスティアがバイトから帰ってきた。ベルとパーティを組んでいるなら機会はあるだろうと、ヘスティアに心配をかけない様に、晩ご飯の準備を始めた。

 

「ボクとベル君の為に買ってきてくれたのかい?」

 

 料理を並べていくルインに、ヘスティアは感激する。少し冷めてしまったが、それでも大丈夫なものを選んでいるし、ルインの作ったスープなどは温かいので大丈夫だろう。ヘスティアのもらってくるジャガ丸君も美味しいが、ヘスティアばかりに負担を掛けるのも申し訳ない。たまに、一人で外食しているベルは少し心に刺さっていたが。

 

 夕飯も終わりステータスの更新をしてもらうが余り上がっていなかった。ガレスの手合わせで多少はいつもより上がっていることを期待していたが、やはり手加減されていては意味がなかったのだろうか。反対にベルは、良く上がっている様子だったので、少し羨ましく感じてしまった。

 ルインは、頭を振り雑念を払う。ベルの成長を妬んではいけない。普通は、レベルアップに何年もかけるものだから、同じファミリアに才能があるものがいることはとても嬉しい事なんだと。自身に納得させていく。ベルに負けないように、しっかりと努力していかないと、気合いを入れ直した。

 

 ヘスティアは、ルインの更新を行う際に、緊張した面持ちで挑んだ。スキルの裏切りという項目に今回は当てはまる可能性を感じていたからだ。信頼している他派閥の神の紹介先が避けているファミリアへ連れて行く。それがどうなるのか。ルインにバレないように生唾を飲み込み、更新を行う。

 意気込みとは裏腹に、いつも通り下がっているステータスだった。思わず息を吐いたが、安堵だったのか、溜息だったのかはヘスティア自身でもわからなかった。いつも通り、スキル発生前の上がり具合での数値を伝えて終える事にした。スキルについて未だ理解出来ていないが、どうかルインへ不幸なことが起こらないと願って。

 

 翌日も、その翌日も、ルインは普段と変わらない生活をしていた。違いがあるなら、ロキファミリアの遠征に同行するヘファイストスファミリアに気を使い、遠慮して近寄らず、代わりではないが青の薬舗に向かったことが増えたぐらいだろう。初めのうち団員のナァーザから受けた殺気に苦手意識を覚えていたが、最近はそれもなくなり仲良くさせてもらっている。

 ミアハに色々と学びながらも、ポーションだけではなく、増血剤や携帯食料など、冒険者に人気の無いモノをよく買ってくれる金ヅル……もとい理解者として接してくれるようになった。ミアハのお陰で、目利きが良くなってしまったのは悔しいが、それは別のカモを見つけたから気にしないが。

 上層で集まるモノだけではあるが、無償で提供してくれるルインにナァーザも次第に親身に教えてくれるようになり、通常冒険者にとって必要のない知識を増やすことができた。

 

 快進撃は出来ていないが、ギルドとして推奨している冒険者の在り方を実行しているルインに、担当アドバイザーのミィシャも安堵していた。探索の度に報告に来てくれて、まだ行くことのない階層の勉強を進めていき、怠惰な自分では思えない程のアドバイスが出来ていると思える程だった。想定外の質問を受けることが多く同僚のエイナの力添えがあってのことだが。

 エイナの担当している同じファミリアの弟君と比べると現時点では見劣りするものの長い目で見れば成長してくれると信じられる為、ミィシャ自身でも信じられない程、真面目に仕事に取り組んでいたので、頼れる同僚から心配されてしまうことになるが。




原作にリリ裏切りイベントが何時頃かは書いてなかったと思うので昼過ぎあたりを想定してみると、ルインは間に合わないのでカヌゥ達と出会う羽目に。


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13.リリルカ・アーデ

 次の日に、ルインとヘスティアはベルに呼び止められた。

 

「神様、ルイン、会って欲しい人がいます」

 

 ヘスティアは悲鳴を上げ、言葉を遮るようにベルの肩を大きく揺らす。ルインは何となく察して、ヘスティアをベルから引き離す。

 

「ル、ルイン、ありがとう。神様、僕の仲間を紹介したいんです」

 

「な、仲間?そ、そうだよね!それなら早く言ってくれれば良いのに」

 

 ホームでは手狭だったので待ち合わせ場所をカフェのテラス席に決め、ベルは迎えに、ルインはヘスティアと共に先に向かうことになった。

 テーブルに着き、少しするとベルが少女を連れてやって来る。ヘスティアはその姿を見て、一気に機嫌が悪くなっていく。

 

「そうだ!飲み物を買って来ますね。ベル、悪いけど手伝って」

 

 ルインは、慌ててベルを引き連れて飲み物を買いに行くことにした。

 買い終わり、恐る恐るテーブルに戻っていくと険悪な空気は変わりなかった。

 

「ボクは、悪いけど君のことが嫌いだ。ベル君に付き纏って欲しくない」

 

 初めにヘスティアが話始めてから、話は進んでいった。リリの覚悟を聞き、ヘスティアは許す。ヘスティアはどうやらベルから事情を聞いていたらしく、ルインは二人の話から何があったのか知ることができた。と言っても、説明しようとしたベルに、違うパーティだからいう必要はないと断っていたのはルインだが。

 最終的にベルの腕に抱きついて取り合いをしている二人を見て、微笑んでしまう。

 

「ルインはどうかな?僕とリリがパーティを組むこと」

 

「パーティを組むのはベルだから、ベルが決めたなら何もいうことないよ」

 

「まだ、一緒に組んでくれないの?」

 

「足を引っ張るからね。リリルカさんのように同じ種族でも経験が違うから役に立てないよ」

 

「ルイン様、リリの事は呼び捨てで」

 

「同族の年上を呼び捨てなんて出来ないよ。サポーターと冒険者の関係なんて分からないし」

 

「ルイン、リリが小人族って知っていたの?それに年上って?」

 

「ベル様は気にしないでください。なぜ、リリが小人族とわかったのですか?お会いした時は犬人の姿でしたが」

 

「うーん。同族だからとしか言えないかな。例えばベルからしたら、ヒューマンの子どもと小人族の大人は見分けがつきにくいと思うけど、僕達にそんな事はないんだよ。いくら、変装してても見間違いはしないさ」

 

 ベルはその説明に納得し、リリは今まで小人族のサポーターについたことがなかった為、その事に気付けていなかったので驚く。しかし、リリの魔法は姿そのものを変える為、本来は気付けるはずがない。ルインは、リリの体の動かし方も含めて小人族と気付けていたので、心配は必要ないのだが。

 その後は、リリの今後について相談がされた。それが終えると、ベルはギルドへ、ヘスティアはバイトへ向かって行った。

 

「そう言えばリリルカさん。もう大丈夫そうだから、これ返すね」

 

 二人残され、リリも帰ろうとしたところにルインから袋が渡された。一度会っただけ、その時に物の貸し借りなどなかったと、不思議に思いながら袋を受け取り、中身を確認する。

 

「なっ」

 

 袋の中身は、あの時奪われたものだった。

 

「何を盗られたのかわからなかったから全部じゃないと思うけど、無いよりは良いかなと思って」

 

「これをどこで手に入れたんですか?」

 

「ダンジョンでたまたま自慢していた人に出会ったから、返して貰ったんだよ」

 

 ありえない。

 

 リリは、カヌゥ達が事情を話されたとしても返さないと断定出来る。なら、奪うしかないが、前回ダンジョンで見たルインの動きから勝てるはずがない。ベルのように驚異的な成長をしていても、Lv.1とはいえベテラン冒険者を複数相手して無事なはずがない。

 

「ちなみに何階層で出会ったのですか?」

 

「五階層だよ。初めてソロで五階層まで行けたんだけど、運が良かったのかな」

 

 リリの中では、ルインもベルと同様に人の良い分類に入っている。人を騙したりする事は苦手だと思う。自分の見たイメージと、聞いている話との違いに、気味が悪くなる。すぐに離れなければと頭の中で警音が鳴り響き、取り返してくれたお礼を述べ、逃げるように帰る事にした。

 

 その日の夜、バベルの塔の最上階にてとある美の女神が、眷族を一人側に控えさせ、優雅にお茶を飲んでいた。

 

「オッタル、あの子がまた強くなったわ。魔法を一つ手に入れただけで、ここまで輝きを強くしてくれるなんて。でも、少し魂に淀みがあるの。何かわかるかしら」

 

「はっ、おそらく因縁かと。以前お聞きしたその者とミノタウロスの因縁……。それが棘となり淀みを作っているのでしょう」

 

 美の女神にしか見えていない少年の姿。しかし、冒険者の高みに至ったオッタルには彼女の懸念していることの理由や解決方法が理解できていた。

 

「オッタル、今度のあの子への働きかけは、貴方に任せるわ」

 

「どういった風の吹き回しで?」

 

「だって、あの子について貴方の方が理解しているもの。……嫉妬してしまうぐらい」

 

「かしこまりました。……それで、もう一人の方はいかがしましょうか?」

 

「もう一人?ああ、あの子はもういいわ」

 

「よろしいので?」

 

「輝きは変わらず綺麗よ、今のところは。だけど、あれはそう、染みが出来てしまったの。よく見なければわからないぐらいの染み。だけど、確かに濃くなっている。ヘスティアは信頼しているから、あの子で無理なら……いえ、この話は終わり。邪魔なようなら消してしまっていいわ」

 

「かしこまりました。全ては女神の御心のままに」

 

 オッタルは一礼し、部屋から退出する。全ては女神の願いを叶えるために。




ヘスティアはベル大好きは変わりません。ルインは目に入れても痛くない弟ポジです。



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14.日課

 翌日、ルインはいつも通りの時間に目が覚めた。手早く身支度を済ませて、日課である掃除や洗濯を始める。日頃からやっているおかげか、手間も掛からず終えると、次に朝食の準備を始める。後は、二人が起きてからすれば大丈夫なところまで出来上がると、洗い物に取り掛かる。すると、ベルがコソコソと部屋から出てきた。

 

「あれ?ベル、今日は早いんだね」

 

「ル、ルイン!?ルインこそ今日は早いんだね?」

 

「僕はいつも通りだよ。何か用事でもあるの?」

 

 ベルは、そういえば家事の類いは全部ルインに頼っていたようなと、しどろもどろになりながら考えていた。何か良い言い訳はと、必死に頭を働かせるが、ルインを騙せる妙案が浮かばない。

 

「ヘスティア様には内緒にしてあげるから、聞かせてよ。それでもダメなら無理には聞かないけど」

 

「それじゃあ、神様には秘密にしてよ。実は……」

 

 今日は誤魔化せたとしても、明日以降もどうせ同じことになる。変に嘘をついて心配させるぐらいならと、ベルは出掛ける理由を話し始めた。

 理由は簡単なことだった。ベルの憧れのアイズ・ヴァレンシュタインに稽古をつけてもらう約束をしたとのことだった。

 

 確かにそれは、ヘスティアには伝えられない。

 

 ルインは納得して、ベルにぞっこんのヘスティアが知ってしまった姿を想像して苦笑いを浮かべる。

 

「少しだけ待ってて」

 

 ルインは一言だけ伝えて、調理場へと向かって行った。用意していた朝食を手早くパンに挟んでいき、サンドウィッチを準備した。ベル一人では多い量にしたので、アイズと朝食をとる手伝いぐらいは出来ると思いながら。

 朝食用の弁当を受け取ったベルからお礼を受け、嬉しそうに出掛ける後ろ姿を眺める。

 

 ヘスティアが起きるまでかなり余裕があったため、青の薬舗へ向かい簡単な手伝いをする。帰りに近所の手伝いをしながら帰宅する。

 到着した時に、丁度ヘスティアも目覚め、朝食を始める。朝食を終えて洗い物を済ませて、ヘスティアにバイトの時間を確認させる。そこまでしてから、ルインはダンジョンへと向かって行った。もし、この場にヘファイストスが居たなら、確実にヘスティアに説教が待っていただろう。しかし、ルインが入団してから毎日なので、何も疑問にも思っていないのだが。

 

 ルインのダンジョン攻略は極めて安全に行なっている。先日五階層まで行くことは出来たが、三階層を主に活動して、余裕が有れば四階層へ足を向けていた。

 担当アドバイザーのミィシャと相談しながら探索範囲を決め、五階層までは許可は出ているが、モンスターに複数囲まれると戦闘が安定しないため、余裕のあるところで抑えている。魔石やドロップアイテムでバックパックが一杯になり、探索を終える。ギルドで換金を行い、ミィシャへ報告する。

 そこから、夕飯用の食材を買いに行き、夕食を作っていく。夕飯時に稽古に行っているため時間がある内に済ませてしまうのだ。ヘスティアがバイトから帰宅したのを確認すると、明日の朝食分の食材を除いた余りを持ってタケミカヅチファミリアへと足を運んだ。

 

「いつもすまないな」

 

 タケミカヅチは、ルインから食材を受け取りながら礼を述べる。初めは稽古の月謝にと、ヴァリスを持って来ていた。同じく貧乏ファミリアから受け取れないと断ったら、お裾分けという名目で食材を持って来た為、タケミカヅチが折れて受け取るようになった。

 ヘスティアからの相談の件もあるが、タケミカヅチ自身、ルインのことを気に入っていた。聞けば、ヘスティアに会わなければタケミカヅチファミリアに来ていたかもしれないと話していた。その時に、そういった未来を想像してしまったからだろうか。

 また、バイト先の売上がヘスティアの方が優れ、それで店長から叱られることを愚痴っていた時に。

 

「同じ客層を狙わずに、タケミカヅチ様なら奥様方を狙うべきです。今日の服は素敵だねとか、髪型の違いとか。よく来てくれる方々からいつもとの違いを世間話の中で、さりげなくすれば売上は上がります」

 

 その時のアドバイスに衝撃を受けたタケミカヅチは翌日から試し、今では売上も上がりヘスティアと並びツートップとして褒められるようになった。何故か、同じく翌日から命とルインの稽古の際にルインが一方的にボロボロにされたのが数日続いていたが。

 

「そういえばルインよ。お前の到達階層はどれくらいだ?」

 

 稽古が終わり、体を休める為に雑談をしている時に、タケミカヅチは普段は聞かない質問をする。目的としては、数値上のステータス低下の影響を探る為に。

 

「はい、五階層までは、一度覗く程度ですが行きました。普段は三階層から四階層を中心に探索しています」

 

「なっ、ルイン殿の実力が有ればもっと下の階層でも余裕のはずです」

 

 ルインの言葉にいち早く反応したのは命だった。根幹の流派の違いはあるが、ルインの実力はファミリア一の桜花より上だと誰もが思っている。それなのにソロとはいえ、四階層は浅すぎる。

 

「いえ、複数のモンスターに囲まれるとどうしても危ない状況になるので、五階層までは行けてもそれより下は無理です」

 

「ふむ、ルインの剣術は対人に特化し過ぎているのかもしれんな。俺ではモンスター用の剣術は教えられん。これから暫くは、桜花のパーティーに加わると良い。戦う姿を見るのも稽古の一つだ」

 

「そう言われてしまえば、断れませんね。桜花さん、命さん、いつも断ってばかりでしたけどパーティーに入れてもらって良いですか?」

 

「勿論です。ルイン殿が加われば、百人力!初めは慣れぬかもしれませんが、ルイン殿ならば直様慣れましょう」

 

「こら、命。リーダーは俺だろうが。まあ、俺も賛成な訳だが。ルイン、明日から宜しく頼む」

 

 ルインとしては、ベルに追いついてパーティーに加えて貰うつもりであったが、いつも面倒を見てもらっているタケミカヅチファミリアにここまで言ってもらえて断る理由が見つからなかった。

 

「なに!ファミリアは違えど我らは同門。ヘスティア様には悪いが、気に入ったらいつでも改宗してくれ。いつでも受け入れるからな」

 

 豪快に笑う桜花につられて笑い出すタケミカヅチファミリアの面々。彼と出会えて本当に良かったとルインはヘスティアとタケミカヅチの両神に感謝した。




ファミリアの収入面はベルに依存しているので、雑用面はルインが担当しています。お互いが頼り過ぎていると思っている関係ですね。


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15.特訓

 翌日から、ルインはタケミカヅチファミリアとパーティーを組み、ダンジョン探索を開始した。ヘスティア達に話した時に、ヘスティアはとても喜んでくれ、ベルは対照的に寂しそうな顔をしていたのが印象的だった。

 始めは、普段ルインの探索している階層で立ち回りを見てもらい、色々とアドバイスを貰う。次はそれよりも深く潜り、似たような状況での桜花や命の立ち回りも見せてもらい、自分の時との違いを目に焼き付けた。それにより、ゆっくりだが、モンスターへの立ち回り方を身につけている実感を掴むことが出来ていた。

 ダンジョンに潜る際にサポーター用の大きいバックパックを持つことにして、ルインが戦う際には代わりに持ってもらい、それ以外はサポーターに回ることで、人数割しても普段より収入を増やすことができ、改めて感謝する。

 

 帰宅している道すがら、ルインは、今着ているフィンから借りていた服を眺め借りた日の会話を思い出す。

 

「すみません。服まで借りてしまって。すぐに洗って返しますので」

 

「いや、その服はそのまま貰ってくれて構わないよ。返しに来てくれても僕の元に来ない気がするんだ」

 

 あの時の達観したフィンの目を思い出し、少し笑ってしまう。フィンの服は普段着とはいえ、下手な装備より耐久力があった。その服の上から支給品の革鎧を身につけて、防御面で助けてもらっている。

 

 この服が擦り切れる頃には、冒険者として活躍してみせる。

 

 ある種の願掛けを、同族の英雄からの頂き物に乗せて、明日の自分へ希望を見ていた。

 

 その日からはルインは着実に到達階層を更新していた。Lv.2が二人いるパーティーだから問題にもならなかったが、それでも少しベルに近付けていることが嬉しかった。戦闘も日に日に安定していき、確かな手応えを感じていく。

 ある日、ベルから弁当がアイズに気に入って貰ったとヘスティアのいないところで教えてもらった。いつも、朝食はファミリアで食べると断られていたが、その日だけはかなり食いついてくれたそうだ。

 

 確か、ヘスティアの賄いのジャガ丸君と野菜を組み合わせたサンドウィッチだったが、よっぽどお腹が空いていたのだろうか?

 

 ベルはその日からは決まってジャガ丸サンドを注文してきたので、ルインは味付けを変えて飽きが来ないように気をつけることになった。

 

 数日後、ロキファミリアの遠征出発の日になった。ベルは早くからダンジョンに向かって行ったが、ルインは出発の様子を見に行っていた。ダンジョンの前で隊列を組み幹部陣が集まっていた。

 

「フィンさん、リヴェリアさん、ガレスさん、ティオネさん、ティオナさん、ベートさん!頑張ってください!」

 

 朝早くから並んで一番前を確保していたルインは、大声で声援を送る。気付いてくれたのか、フィンを筆頭に名前を呼ばれた各々が手を挙げて応える。ベートがそれを弄られている様子や、呼ばれなかったアイズが頬を膨らましていたのが微笑ましかったのか、集まっていた人々に笑いが生まれ、同様に声援を送る。ロキファミリアはその声援を受けながら、まだ見ぬ深層へ到達する為に足を進めた。

 

 ルインは見送りを終えると急いで桜花達との集合場所へ向かっていた。普段通らない路地裏へ向かい、人の気配が無いことを確認して足を止めた。

 

「あの、何か用ですか?」

 

「いつから気付いていた?」

 

「今日、ホームを出たところからですけど」

 

「初めからか。なら、話が早い。今日はダンジョンに行くな」

 

 ルインの言葉で姿を現した猫人の男は、余裕を崩さず指示をする。その様子にルインは目線を逸らさずに、真意を探る。

 

「ダンジョンに行ったら何かあるんですか?」

 

「行くなら、ここで殺す。それだけだ」

 

 ルインの質問にも淡々と答える。その姿に油断もなく、答えを間違えれば宣言通り行われるだろう。

 

「わかりました。その代わり、僕と模擬戦をしてください。それがダメでも、ダンジョンには行きません。どちらにしますか?」

 

 猫人の男は意味がわからなかった。どちらを選んでも行かないので有れば、デメリットの無い後者を選ぶのは当たり前だ。

 

「そんなの考えるまでも無いだろ。なんのメリットがある?」

 

「いえ、ただの駆け出し冒険者が【女神の戦車】に出会えたのでお願いしてみただけですので。でも、残念です。貴方のファミリアの方はとても真摯に対応してくれたので感動していたのですが、貴方は違うみたいですね」

 

 猫人の男、アレン・フローメルはバイザーによって隠されているが、苛立ちの目線をルインへと向ける。お前の女神への敬愛はその程度かと、言葉遣いとは裏腹に脅しをかけている。別にアレンにとって他派閥の者にどう思われようが関係ないが、ファミリアの者に聞かれた場合を考えるとそうではない。しかし、短略的に行動した場合にも、女神のお願いに背く行動になってしまう。

 アレンが、調査していた時のルインは純粋な少年だったはずだ。目の前にある一面までも調べきれなかった自分に内心悪態をつく。

 

「ちっ、面倒くせぇが思惑に乗ってやるよ。だが、一度だけだ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……ここは目立つ。場所を変えるぞ」

 

 アレンは、人目の付きにくい場所へと案内する様に歩き出し、ルインはそれについて行った。

 

 途中、桜花達との約束を思い出し、断りを入れに寄り道をしたが、アレンは何も言わずに離れたところから待っていてくれた。

 目当ての場所に到着し、お互いが構える。アレンは、適当に相手をして満足させるか、一撃で終わらせるか考えていた。実力を測るには前者が向いているが、後者を選んだとしてもそれで終わるなら脅威にならない。早く終わらせたいこともあり、後者を選択した。

 アレンは、自他共に認めるオラリオ最速の動きでルインへ接近する。真正面に向かうと見せかけて横側から一撃を放つ。本気ではないが、単純なフェイントを加えた一撃は、並の冒険者では反応出来ない。

 しかし、ルインは見えるはずの無い一撃を受け流した。アレン自身も想像すらしていなかった為、驚きのあまり一瞬動きが止まる。受け流しの型から、そのまま斬りかかるが、アレンは槍の柄で防ぎ一度距離を取る。そこから、数度同じことを繰り返しまぐれでないことを確認する。次に、連撃に変え試し、フェイントを複雑に変えていく。それをルインは紙一重で捌いていく。一瞬でも遅れたらその瞬間に意識がなくなると理解し、目で追えない相手になんとかしがみつく。

 しかし、ルインの剣はついていけなかった。何度も続いた攻防についに折れてしまう。

 

「丁度良い、ここで終わりだ」

 

 アレンは、折れた瞬間に槍の動きを止め、構えも解く。

 

「あ、ありがとうございました」

 

 汗を大量に流し、肩で息をするルインと比べ、アレンは汗一つかいていない。おもむろにルインにヴァリスの入った小袋を投げ渡す。

 

「剣の代金だ。折ったまま帰られるのも目覚めが悪いからな」

 

 ルインが受け取るの確認するとアレンはそのまま去って行った。息が整い立ち上がると、受け取った小袋の中身を確認する。二万ヴァリス。折れた支給品の剣より数倍の金額が入っている。慌ててアレンの姿を探すが、当然見つからない。ファミリアに行って返すのも善意を踏みにじるような気がするので、黙って使わせてもらうことにした。




ルインのおかげで屋台でヘスティアとの遭遇がなくなるため、アイズへのヘイトは原作よりは低めになるのかな。

本来はミノタウロス戦参加のつもりだったのに、美の女神がそれを許す姿が想像出来なかったです。


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16.中層

 ヘファイストスファミリアに到着し、低価格帯のコーナーに向かう。色々と試していき、一番手に馴染むものを選ぶ。予算の半分ほどの価格で済んだので残りは貯金することにした。

 

 購入した剣の感覚を掴む為にダンジョンへ向かい、一階層で慣らしていく。ある程度慣れた頃合いで出口へ向かう。途中、遠征に向かったはずのアイズと出会った。何かトラブルがあったのか、急いでる様子だったので軽く会釈だけして通り過ぎようとする。

 

「ちょっと待って」

 

 アイズの呼びかけに、足を止める。アイズの方を向き、言葉を待つ。

 

「……ベルが今、ギルドの治療室にいるから、……ごめんなさい」

 

「……アイズさんが怪我をさせたのですか?」

 

「違う。……だけど助けなかったから」

 

「ベルが助けを求めたのにそうしなかったのですか?」

 

「ううん。助けようとしたら……その、断られて」

 

「なら、大丈夫ですよ。アイズさんはベルを助けてくれた。だって、遠征中なのに運んでくれたんですから!僕と話すよりフィンさん達のところへ行ってください。ベルもそう思っているはずですよ」

 

「……ありがとう」

 

 アイズは一言呟き、そのままダンジョンを下って行った。ルインから見て、走り去るアイズの顔色は少し明るくなっていたと感じた。何があったかはこれからわかることだ。ファミリアの規律を乱してまで、ベルを助けてくれたアイズに心から感謝して、出口へと急いで向かうことにした。

 

 治療室にに着くと、ベルは静かに寝息をたてて無事だと理解した。傍にヘスティアが座って、慈愛の目線を向けている。ルインは、邪魔をしてはいけないと感じ、別室で治療を終えているリリの元へ足を運んだ。

 

「リリルカさんも無事なようで良かったです」

 

「ルイン様ですか。……リリは何も出来ませんでした」

 

 ベルよりは傷は軽かったのか、治療は終えてはいるが、呆けているリリの姿が目に入った。 

 

「リリルカさんは凄いですよ。何があったのか、僕は知りませんが、最後までベルを見てくれたんでしょう?」

 

 ルインの言葉を聞き、リリは涙を流す。悔しい、ルインは言葉を聞いていないが、リリの思いを察する。同じ立場ならルインも感じるはずだから。

 

「僕は、リリルカさんが選んだなら、ベルにとって最善の行動だったと自信を持って言い切ります。貴方の覚悟も知っています。それに、ベルを一番見ているのが貴方だから」

 

 リリにとってルインは苦手な存在だ。あの時に感じた違和感から、逃れることはないだろう。だけど、ルインから発された言葉にその感情は、抱かなかった。

 

 このまま、落ち込んでいてはいけない。

 

 リリは、ベルの為に決意を抱き、ルインへ感謝を想う。今はまだ、言葉に出来ないが、いつの日か笑顔で話せる時を願って。

 

 ベルが目覚めたのは二日後だった。ルインはヘスティアに心配をかけないように日課をこなしていたが、どうしても元気付けることが出来ず、不甲斐なく思っていた。

 やはり、ベルの存在がファミリアにとって必要なものだと感じてしまうが、先ずはベルの無事を祝うことにした。途中でリリも顔を出し無事を確認すると、ヘスティアと共に説教をし始め、病み上がりのベルの為に止めるように注力する羽目になったが。

 

 翌日、改めてベルのステータス更新が行われ、Lv.2になったことを聞かされ、発展アビリティの相談を受けた。小さな頃から冒険譚を調べていたルインにとっても、聞いたことのなかった【幸運】を勧めたが最終判断はアドバイザーに聞いてからすることに決まる。

 ヘスティアは何やら意気込んで神会へ足を運んでいたが、ルインにはその様子を理解出来なかった。

 

 無事にベルの二つ名も決まった。ベルは不服そうだったが、特別悪くないものである。ベルはそれを聞いて、リリ達との祝勝会へ向かって行った。

 

「ルイン君、ベル君は成長期だからレベルアップが早かっただけで、焦ってはいけないよ」

 

「分かってますよ。あのアイズさんですら一年なのに、ベルはやっぱり天才ですね。僕も頑張らないと」

 

 二人っきりになり、ヘスティアはもう一人の眷族を心配する。神友にすら相談できないレアスキルを持つベルと、神友に相談しても未だ分からないレアスキルを持つルイン。どちらも大切な眷族だからこそ、ヘスティアはルインの、幸せを願うしかなかった。

 

 翌日から、ルインは桜花達との探索を再開させた。そろそろ中層への探索を視野に入れており、目標としてルインのサラマンダーウールの購入を目指すことになった。その日のうちに、目標額に達したが、未知の階層へ挑むのに物資が集まらないことを理由に、数日資金集めに励むことになった。

 

 資金も貯め、中層に挑む日にヘスティアに伝えるとベル達も、中層に挑む日と合わさっていた。ベルより先に、桜花達との集合場所に集まり探索へと足を運ぶ。今回はサポーターとしてついて行っていたが、初めての十三階層でダンジョンの洗礼を受ける。怪物の宴に会い、大量のモンスターに囲まれてしまった。それにより、サポーターの千草が怪我を負ってしまい、パーティとして機能が働かなくなっていった。

 

 

「桜花さん、このままだと」

 

「わかっている。何か解決策を」

 

「桜花さん!同郷の、ファミリアの者と別の者を天秤にかけては駄目です。殿は任せてください」

 

 ルインは押し寄せるモンスターの群れを前にして桜花へ叱咤する。パスパレードを行うことも考えられたが、ルインは桜花達にさせたくはなかった。その気持ちを察して、桜花は苦虫を噛みつぶす様に指示を出す。

 

「全員、撤退の準備を!予備のポーションや武器はルインのバックパックに一人ずつ入れていけ!それがすみ次第、ルインを囮に脱出する!」

 

「桜花殿!それは感服しかねる」

 

「うるさい!団長命令だ!ルインを生かす為にも俺達は生き延びて助けを求めなければならない」

 

 桜花の悲痛の叫びに、誰もが反論することが出来ず、交代しながらルインのバックパックに必要物資を詰めていく。最後の詰め込みを確認して桜花は撤退の号令をかける。タケミカヅチファミリアの面々は直ぐ様行動に移し、上層へと駆け出す。すれ違う冒険者に助けを求めながら走るが、誰も対応してくれることはなかった。

 

「そこの冒険者!この先はモンスターパレードが待っている。速やかに避難しろ!もし、力に自信があるなら、俺達の仲間を、ルインを助けてくれ!」

 

 その階層で出会った白髪頭の冒険者に声を掛けて桜花達は出口へと足を進めた。

 

 初めて十三階層に挑んでいたベル達は突然掛けられた言葉に思わず足を止める。リリやヴェルフには関係ないが、同じファミリアのルインが窮地に立っていることがわかった。

 

「ベル様、リリはベル様が決めたことなら喜んで一緒に向かいます」

 

「ベル、無理言ってパーティを組んだんだ。どうしたいか、お前に任せる」

 

 迷うベルに、仲間の二人が後押ししてくれる。だからこそ、ベルはルインを救うことを選んだ。駆けていくと一人大量のモンスターと、戦っているルインの姿が見えた。直ぐに手助けする為、駆け出そうとするが、ダンジョンが大きく揺れる。ルインを目前にして地面に穴が開き、ルインごとベル達は飲み込まれてしまった。

 

 ベルが目覚めた時に目にしたのは、心配したリリとヴェルフの姿だった。リリの意見を元に十八階層を目指すことに決め、辛くも到達することが出来た。

 




ミノタウロス戦後、いくらサポーターと割り切っていても、リリをフォローしてあげる人がいてもいいかなと。

パスパレードは勧められた行動ではない為、ルインの中では悪側の行為と認識しています。ギルドの講習で、冒険者間の注意事項で習うものと仮定していますが……。
パスパレードが行われない為、ヴェルフやリリからのヘイトはなくなります。
ベル達の死闘は割愛で。


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17..救出隊

 ヘスティアは、翌朝になっても帰ってこない眷族を心配していた。

 

 ルインはタケミカヅチのところと一緒にいるはずだから心配はいらない。ベルに限っては普段なら帰っている時間を過ぎている。

 

 ギルドへ向かいベルの捜索依頼を受けてもらう。無事受理されたが時間的にも翌日になる可能性が高いことを伝えられる。それでも、少ない可能性を掴めるのならと冒険者依頼として無理を通した。

 

「ヘスティア、話を聞いて貰えるだろうか」

 

 無事に受理し終えた時に神友のタケミカヅチが声を掛けてきた。

 

「俺の眷族からの話だ。中層で危険な状況になり、ルインを殿にして撤退した。ルインはまだ中層に一人でいる。必ず救い出す、それを伝えに来た」

 

 ヘスティアは、ルインへの心配はさほどしていなかった。それは、タケミカヅチのところに任せているからだ。それが前提から違うなら話が変わる。提出した冒険者依頼の変更を行おうとする。

 

「やあ、ヘスティア。久しぶりだね」

 

「ヘルメス、どうしてここに?」

 

「冒険者依頼を見た。困っているんだろう?神友の悩みだ手助けしようと思ってね」

 

 ヘルメスとは現界してから面識もなかったが、背に腹も変えられない。助力を願い、受け入れることにした。その際に、ヘルメス自身もダンジョンに潜ることを聞き、ヘスティアもそれに合わせて潜ることにした。

 ヘルメスも流石に誤算だった為、元上級冒険者に助力を願い救出隊を結成することが出来た。

 

「アスフィと助っ人君に聞くよ。君達なら同じ状況になったらどうする?」

 

「彼らなら必ず十八階層にむかいます。一度でも冒険を為し得た者なら必ずそうする」

 

 ヘルメスが連れてきたエルフの冒険者は端的に意見を述べる。ヘルメスファミリア団長のアスフィもその意見に異論がない様なので、救出隊の方針は決まった。

 最短ルートを使い、十八階層を目指すことに決まった。

 

 ヘスティア達は問題無く進むことが出来ていた。その中で、ヘルメスから依頼を受け参加することになったリュー・リオンは現れるモンスターを倒しながら、周りを見渡していく。依頼されたベルの捜索の為手掛かりがないか見ているが、上層では痕跡はなかった。やはり、予想通り十八階層へ向かった可能性が高い。しかし、同行しているタケミカヅチファミリアの三人はベルと違う人物を捜索している様に感じる。確認するため、声を掛けようとするがヘルメスに止められる。

 

「ダメだよ、リューちゃん。俺達が受けた冒険者依頼はベル君の捜索。それを彼らの思惑で、疎かにするのは良くない」

 

 リューは、その言葉を受け確認を止める。親友の頼みを無碍にすることはしてはならない。どちらにせよ十八階層へ行けば、彼らも何かしらの手掛かりが掴めるだろう。

 

 リューとアスフィは、十四階層に到着した時に違和感を感じるた。

 

「あれ?さっきまでひっきりなしでモンスターが出てきたのにここはかなり少ないね」

 

「おそらく別のパーティがかなりの量のモンスターを倒しているのではないかと。これなら、時間をかけずに降りることができます」

 

 ヘスティアの疑問に、アスフィが端的に答え、油断をしない様に進むスピードを速める。走りながらも、リューは痕跡を探していく。途中、別の通路から剣撃の音が聞こえた。目線を向けるとモンスターが斬られていく。先程話していた冒険者だろう。進行方向とは違う場所だったので、心内でモンスターを引き付けてくれていることへ感謝を告げ、足を進めた。

 

 

 

 

 ベル達は、十八階層への危険な綱渡りを渡り切ることに成功した。目覚めた時、ロキファミリアのテントにいたことは驚いたが、仲間の無事を確認できて一安心する。助けてくれたアイズに先導され団長の元へ案内される。

 

「この度は、助けて頂いてありがとうございます」

 

「そこまでかしこまらなくていいよ。こういった状況だ。派閥関係なく助け合っても問題ないだろう?」

 

 ベルは初めて出会うロキファミリアの首脳陣に思わず緊張していた。フィンによりある程度の自由を、約束され安堵の息を吐く。

 ロキファミリアからかなり良くして貰いながらリリやヴェルフの治療も進めてもらい、目覚めた時にベルは安堵した。

 全員が目覚めたことで、ロキファミリアも歓迎してくれたのか、夜遅くであったが歓迎会を開いてくれた。遠征途中でのミノタウロス戦を見てくれた者が、ベルへの集まり揉みくちゃにされたが、宴として楽しいものだった。

 

「うわぁーー!」

 

 ベルにとって聞き覚えのある声が聞こえた。周りを思わず振り切り声の元へ向かう。

 

「神様!?どうしてここに?」

 

 聞こえた声は、やはりヘスティアのものだった。あの時すれ違った冒険者と見覚えのない人達を連れてヘスティアがベルの前に立っていた。

 ベルの無事を確認でき、思わず泣きながら抱きついていく。周りの目線から居た堪れなくなり、リリによってヘスティアが離されていく。

 

「ベル君が無事で良かったよ!ルイン君の姿が見えないけど隠さずに安心させてくれよ」

 

 その言葉にベルは思い出す。何故、窮地になったのかを。思わず見渡すが、ルインの姿は見つからない。

 

「ヘスティア様、ルイン殿はこの中にはいません。もしかしたら、まだダンジョンに」

 

 ヘスティアの連れていた女性の一人が思い出すように声を上げた。ヘスティアは周りを見渡し、顔色を悪くしていく。

 

「ヘスティア様、フィンが、団長が呼んでます」

 

 唯一面識のあったアイズが、言葉をかける。ルイン救出の為、少しの可能性があるならとヘスティアは足を進めた。

 




ルインの存在もあり、原作よりもロキファミリアの団員はヘスティアファミリアに友好的です。
ベルのアイズ親衛隊の方からの当たりは変わりませんが。


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18.十八階層

 

「状況は理解した。申し訳ないが、ファミリアを動かすことはできない」

 

 ヘスティアは、ルインの友人ならきっと力になってくれると願っていたが、現実は非情だった。

 

「現在、こちらのファミリアも負傷者が多くてね。上に立つ者として無理をさせることができない。数日待ってくれたら直ぐにゴライアスを討伐し捜索の援助も約束する」

 

「それだと、間に合わないじゃないか」

 

「……神ヘスティア、ルインの恩恵はまだ消えていない。それは間違いないかな?」

 

「そうだよ!だからこそ早く助けに行かないと」

 

「中層は、Lv.1の冒険者が一人で立ち回れる程、甘い場所ではない。まだ生きているなら、他のパーティに拾われて地上に送られた可能性の方が高い。楽観的に思うかもしれないけど中層とはそういうところなんだ」

 

 重々しく告げるフィンの様子から、ヘスティアはフィンも耐えていることを察する。選べない選択を与えていることを理解した。

 

「すぐに動けない代わりではないけど、ここでの滞在は僕達に任せてくれて欲しい」

 

 ヘスティアは、提案を受け取り礼を述べてテントを出る。

 

「ヘスティア様!どうでしたか?協力していただけるのですか?」

 

「わわわっ!落ち着いてくれよ、命君」

 

 ヘスティアが出てきた瞬間、命が肩を掴み問い詰める。ヘスティアはなんとか落ち着かせ、フィンとの話を説明するが、タケミカヅチファミリアの面々は納得できていなかった。

 

「無理して怪我でもしたら、地上でルイン君に会った時に心配させてしまうよ。今は可能性の高い方を信じよう!」

 

 本当は、今からでもダンジョンに向かいたかったが、命達に無理をさせたくなく、自分にも言い聞かせる様に話す。ルインの生存は恩恵を通じてわかっている。なら、周りに心配かけない様にいつも通り振る舞うしかできない。まずは、ベルにも説明して落ち着かせなければと、借り与えられたテントを目指して歩き出した。

 

「本当ですか、神様!?ルインは無事なんですね!?」

 

「そうだよ!ロキファミリアの団長が言ったんだ。ベテラン冒険者が断言したんだ。間違いないね!」

 

 今にも飛び出しそうだったベルをリリやヴェルフが押さえていたが、ヘスティアの言葉で脱力していく。リリも安堵して、ベルと共に喜びを分かち合っている。

 

「しかし、ベルのとこのもう一人が噂の【鍛冶師殺し】だったとは」

 

「ルインってそんな呼ばれ方してるの?」

 

「ああ、椿のやつ、うちの団長のお気に入りなんだが、どんな鈍でも一端の剣の様に使えてしまうらしい。そんな奴に会ってしまえば大体の鍛冶師が勘違いするだろ?だから鍛冶師殺し。そうか、意外と身近にいるもんだな」

 

「そうなんだ。そんな呼ばれ方してるなら僕みたいに専属契約は難しいよね」

 

「いや、別に悪い意味でもないんだ。剣の整備や扱いも丁寧で、驕らない鍛冶師からしたら、ぜひ出逢いたい人物なんだ。だが、椿が既に唾を付けているからな。ランクアップでもしたらすぐに決まるんじゃないか」

 

 ベルは、唯一の同じ眷族が褒められていることが嬉しかった。ヘスティアも少し鼻が高くなる。知っていたなら会いたかったとボヤくヴェルフに無事に戻った時に紹介することを約束して、回復に専念するため休むことにした。

 

 翌日は、ヘルメスに唆されたベルが女性陣の水浴びに突入するなど事件は起きていたが、ベートが解毒薬を持ってくることができ、明日に帰還できることとなった。帰還予定日当日、ベル達の合流を待っているが、なかなか姿を現さない。朝食の時に何も聞いていないため不思議に思っていると、ヘルメスが一人近づいてきた。

 

「やあ、ロキファミリアの諸君。折角、同行の許可を貰っていたけど、ベル君達に急用が入ってね。俺達のことは気にせず、先に戻ってくれないかな?何、ゴライアスを倒してくれたら問題なく戻ることが出来るから、心配いらない。いやぁ、本当に申し訳ない」

 

 胡散臭い笑顔で謝るヘルメスに、フィンは何か思惑を疑うが、目の前の神は容易に悟らせることはないだろう。神を二人ダンジョンに残すことに少し不安を覚えるが、団員達のことを考えると了承するしかなかった。

 

「総員、準備は出来ているか!?ゴライアスを撃破でき次第、これより地上へ帰還する!」

 

 フィンは、団員達の前に立ち号令をかける。団員達もそれに応え、今回の遠征の終わりを感じていた。

 

「フィン、後は帰還するだけだが、親指を気にしているなら何かあるのか?」

 

「ああ、神ヘスティアと話をしていた時から少し疼いているんだ。今回の遠征は予定外が多すぎるみたいだ」

 

 周りに要らぬ心配をかけない様にリヴェリアはフィンに尋ねるが、明確な回答はない。その後、十七階層に上がるが、問題なく撃破する。油断を決して許さず一つずつ階層を上がっていった。

 

 十四階層に到着し、周りを警戒しながら慎重に進んでいく。道中死んでいるモンスターが多く、不思議に思いながらも警戒を解かなかった。一匹のオークが前方にいることを確認した時に、指示を出そうとしたが、声を出す前に灰となった。

 

「ああ、疼いていた理由がわかったよ。神ヘスティアになんて詫びよう。これは、何があっても自分が許せない」




ヘスティア誘拐イベントは行われています。タケミカヅチファミリアはヘスティアのために残ります。


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19.孤軍奮闘

 ルインは階層の崩壊に巻き込まれる時にベルの姿を見た。おそらく桜花達の救援に応えてくれたのだろう。しかし、感謝を思うほどの時間もルインには残されてはいなかった。桜花達の残してくれたバックパックを必死に掴み、落下の衝撃に備える。一呼吸を置いた後、体は浮遊感に襲われる。正常に頭が働く様になったのは、転落による痛みを受けた時だった。

 無意識に受け身をとることは出来たが、痛みに耐えつつ周りを見渡す。ベル達の姿は見えず、代わりに落としてしまったと思われるいくつかの装備と、下に続く大穴だった。先程の衝撃で空いたのか、元からあったのかはわからないが、おそらくベル達はこれに落ちているとなんとなく理解できた。

 ルインは考える。ベル達を追って下に降りるか、このまま上を目指すか。ルインは、なるべく冷静に考え、ベル達が落ちた確証がなかったことと、より危険な下層に挑むリスクを考え、単身で上を目指すことにした。

 

 モンスターがいないうちに、バックパックの確認と落ちている装備を集める。桜花達が残してくれたポーションや予備の武器はそれなりにある。落ちていたのはベルの小型盾やリリのボウガン、あとは大剣や大太刀などルインでは扱いきれないものが多く、それらの回収は諦める。

 自分の武器を温存するため、予備の武器を装備し、上を目指すため足を進めた。

 

 待ち受けていたのは地獄だった。ミィシャとの勉強でモンスターの予習はしっかりできていたが、ソロで潜る予定もなかったのでマップを全く覚えていない。そこに上層では出会ったことのない大量のモンスターの戦闘が続いていく。ヘルハウンドを集中的に倒し、隙を見て離脱する。少なくない傷を負いながらも、ポーションを節約しながら回復を行う。

 桜花達の救援を淡く期待してしまうが、窮地にあったところより下の階層だ。少なくても一つは上に上がらなければ難しいだろう。ヘルハウンドは極力倒し、隙を見て離脱を繰り返し上層への階段を探していく。

 

 あれから、どれくらいが経ったのだろうか。数分しか経っていないのか、数時間経っているのか。極限状態を続けているルインには判断ができなかった。感じるのは極度の疲労と睡魔だが、一瞬でも目を閉じれば全てが終わる。血を流し過ぎたせいか、フラフラとするため、増血剤を飲み気休めの休憩を終える。

 ビキリと、まるで待っていたかの様にダンジョンの壁より新たなモンスターが生まれる。すぐに短剣類を投げ牽制しつつ、斬り込んでいく。ヘルハウンドの火炎の気配を感じボウガンを放つが、間に合わず炎に飲まれる。

 サラマンダーウールのお陰で無事に済むが、体が硬直してしまいアルミラージの手斧が左肩に振るわれる。すんでのところで後ろに下がることは出来たが、サラマンダーウールは切り裂かれ肩に浅く傷を負う。痛みに耐えながらアルミラージを斬り倒す。そのまま、ヘルハウンドまで走り火炎を吐かれる前になんとか倒すことができ、隙を見て離脱する。ポーションを半分傷口にかけ、残りを飲む。

 

 微かに声が聞こえた気がした。幻聴かもしれないが、ルインはその微かな希望にすがるしかなかった。現れるモンスターに無理を承知で斬り込み、声の方向へ進んでいく。目の前に新たにモンスターが現れ、必死に応戦する。

 目の前のモンスターを斬り伏せた時に、駆けていくパーティが目に入った。

 

「助けてください!」

 

 極度の疲労からか、ルインの声は掠れモンスター達の咆哮に掻き消される。少しでも気付いてもらえるよう、音が目立つように剣を振るっていく。

 そのおかげか、先頭を走るフードを被った冒険者と目が合った。しかし、目線を逸らされそのまま進んでいく。後ろに桜花達も走り、サラマンダーウールに包まれているが、ヘスティアの姿も見つけてしまった。そしてその隣の男が笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

『見捨てられた?』

 

 ルインは、頭の中で呟いてしまった言葉を否定する。危険な階層だから、見落としてしまった筈だ。一度安全階層へ向かい、すぐに体制を整えて来てくれる。そう信じて、あと少しだけと耐えることにした。

 

 ルインは、ベルの無事を願うことにした。Lv.1の自分でも生きているのだからきっと生きている筈だ。それを助けて治療が終えたら迎えに来てくれるからと。少し背中が熱く感じた。

 

『ヘスティア様は、ベルを助けたんだ。選んだんだ。当然だろ?才能があるのを選ぶのが、ファミリアの主神の仕事なんだから』

 

「違う!ヘスティア様は優しい神だ。そんな区別なんてしない」

 

 諦めるように唆す声を、必死に否定する。変わらずに襲ってくるモンスターに懸命に対応することで紛らすことしか出来なかった。背中が熱く感じた。

 

 どのくらいの時間が経ったのか。ポーションや増血剤、予備の武装も無くなってしまった。立てているのが、自分でも不思議に思える程、ルインの限界は近かった。

 

『よく考えるんだ、ベルと僕の違いはあるかな?』

 

「違いは……才能や種族ぐらいだよ」

 

 もう何度目だろう。ルインは、囁かれるこえに耳を貸すようになっていた。こんなにも一人っきりになったことは今まで経験したことがなかった。こんなにも一人っきりが辛いなんて知りたくなかった。それとも、あまりに疲れていたからだろうか。

 

『本当にそうかな?君の手に有るのはなんだい?ベルの手にあるものはなんだい?』

 

「そ、それは、関係ない。あれはヘファイストス様との約束で……、僕には怪我の治療をしてくれた!」

 

『怪我の代金は、ヘファイストス様が払ってくれたんだよ。僕の宝物と引き換えに』

 

「ヘスティア様は僕を見つけてくれた。笑顔をくれた。居場所をくれた」

 

『全部、ベルももらっているよ。僕は他に何をもらったかな?』

 

「それは……」

 

『そう、特別なものは何ももらってないんだ。でもそれは、当たり前じゃないか。だって、僕は』

 

「僕は……」

 

 気付いてすらもらえないのだから。

 

 ルインの背中の熱は全身を包む。炉で焼かれたような痛みが全身を襲う。きっと、これが期待に答えられない罰と思いながら、ルインの意識は少しずつ閉じていった。




リリのような経験豊富な人がいないため、上を目指すことを選択、戦闘の多さで進むことも困難。
ポーション類はベル達より豊富と言う状況でも、かなりハードモードですね。


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20.救出

 

 フィン達、ロキファミリアの面々の前に傷だらけのルインが立っていた。虚な目で、何かを呟き続けている。体から発している赤い光が炎のように瞬いている。

 明らかに様子がおかしいルインに、フィンはゆっくりと近づいていく。一歩進めることに、親指の疼きが強くなる。そのため、自然と持っている槍を強く握りしめてしまう。

 おそらく、ルインの間合いに入ったのか。フィンが声をかける前に、ルインは突然斬り掛かった。フィンは、反射的に弾くことは出来たが、親指の疼きがなければ油断してそのまま斬られていただろう。

 ルインの動きは、前回見たものよりも遥かに速く、鋭かった。ルインを正気に戻すため、剣劇を弾きながら何度も声をかけるが、その甲斐もなく攻撃は苛烈さを増していく。

 何度も試したが、説得を諦め気絶させる為に攻撃を加えることにする。しかし、槍の特性を把握しているのか、有効打を与えられない。それどころか、フィンの方がいくつか浅い傷を負ってしまう。その様子を見て団員達は武器を構えるが、フィンは手で制す。

 

「すまないが、ここは任せて欲しい」

 

 フィンは体の傷を気にすることなく槍を構える。ヘスティアへ甘い提案をしたからこそ、ルインを彼女の元へ返さないとならないから。

 以前戦った赤髪の怪人と同等の危険度と認識して、槍を振るう。しかし、槍を振るえば振るうほど、対処されればされるほど、ルインの精度は上がっているように感じる。

 

「……ケテ……、ミステ……ナイデ」

 

 フィンは敢えて聞かないようにしていたルインの呟きを耳にしてしまう。その一瞬で、迷いを生んでしまった。ヘスティア達へ淡い期待を持たせてしまったことや、友人として助けに行かなかったことへの償いの為、一人で立ち向かったことは、ただの自己満足だったのではないか。初めから複数で対応すれば、苦しませずに済んだのではないか。

 その一瞬の葛藤を見逃すはずがなく、ルインはフィンへ斬り込む。咄嗟に槍で防ごうとするが、ルインの剣は槍ごとフィンを切り裂いた。

 

 強烈な痛みを受け、反動で後ろに倒れていくフィンの目にはとどめの一撃を繰り出そうとするルインの姿が見える。他のロキファミリアの面々も、斬り伏せられるフィンを見て、思わず体が固まってしまう。

 誰もが、フィンの死を予見してしまった。しかし、フィンは追撃を受けることもなく、そのまま地面に倒れる。慌ててルインの姿を探すと、壁に打ちつけられていた。気絶をしているのか、先程まで纏っていた赤い光も消え、ピクリとも動かない。戦闘が終わり安心し、治療の為に固まっている体を動かそうとする。

 

「おい。フィン、お前はこんな雑魚相手にやられるようなやつだったか?随分と体が鈍っているみたいだな。それに、誰一人動けないなんて、ロキファミリアも随分と腑抜けの集まりだったか。五十九階層の時のお前らはどうした!……チッ、腑抜けは仲良くゆっくり戻りな。俺は先に戻る」

 

 唯一動けたのはベートだけだった。初めからベートの耳にはルインの呟きが聞こえていたが、フィンが対応するなら大丈夫だろうと踏んでいた。しかし、なかなか攻めきらず傷ついていくフィンや、苦しんでいるルインの様子を見て違和感を感じていた。

 その姿が、自身が嫌う弱者を虐げる姿に被り、怒りを覚える。さらに、フィンが斬り伏せられたことに我慢の限界がきた。反射的に体を動かし、ルインを蹴り飛ばす。怒りのあまり罵倒してしまうが、そのまま、出口へと一人足を進めた。

 

「あの野郎、団長に向かって適当なこと言いやがって」

 

「ティオネ、いいんだ。ベートの言ったことは間違っていない。到達階層を更新してどこか慢心していたのかもしれない」

 

「団長がそう言うのなら……」

 

 応急処置を終えたフィンは、怒りに燃えるティオネを落ち着かせながら、ルインの容態をリヴェリアに尋ねる。

 目立った大怪我はなく、エリクサーにより外傷も治療を終えた。目が覚めないのも疲労が原因だろう。

 

 ティオネがフィンを、ガレスがルインを背負い、治療をさせるために地上を目指すため、ロキファミリアは改めて進み始めた。

 

 十三階層への階段を上ると、複数の冒険者パーティに出迎えられる。

 

「おい、本当にロキファミリアが戻ってきたぞ!これで安心して中層を探索できる」

 

 一人の冒険者が周りに呼びかけると、それに応じて安堵の声が聞こえてくる。ロキファミリアはその様子を不思議に思い初めに声を上げた男に尋ねることにする。

 

「すまないが、状況がわからないから説明をしてもらえると助かるんだけど」

 

「げっ、【怒蛇】と【勇者】!?いや、十四階層でモンスターパレードと階層の崩壊があったって聞いて、イレギュラーが重なっているからロキファミリアが遠征から戻ってくる時に鎮圧してくれるからそれまで封鎖になっていると聞いただけだ」

 

「それは誰から聞いたのかな?」

 

「そこで数人組のパーティが数日前から降りようとしていた奴らに声かけしていて。そういえばそいつらの姿が見当たらねぇな」

 

 フィンはその男に礼を伝え、ティオネに指示して地上を目指すことにする。リヴェリアやガレスを見ても知らない様子で、ベートが解毒薬を運んできた際にも報告を受けていないので、ロキの判断でもないことはわかる。

 まるで、ルインの救出を拒むように感じる動きを知り、フィンはあの時にヘスティアへ伝えたことが間違っていたことを理解した。

 

 その後は、何事もなく無事に地上に戻ることができ、フィンとルインは、すぐにディアンケヒトファミリアへ運ばれ、即日入院することになった。フィンは、ホームへ戻るリヴェリアにロキを呼んで欲しいことを伝え、アミッドにルインの方を優先するように頼み、体を休めるようにする。




フィンの予想が外れたのは、何者かの策略によるもの。下層からは階層主により、上層からも妨害が。
冒険者が遭難しているルインを見つけたら、助けてファミリアへ費用請求して儲けようとすると思います。


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21.確認

「珍しいな、フィン。そんな怪我するとかいつぶりや?」

 

 少し眠っていただろうかと、ロキの声を聞き、フィンは目を開ける。初めに今回の遠征のことについて報告して、後日書類で渡すことを伝える。

 

「そんで、そんなこと言う為にウチのこと呼んだんちゃうやろ?何があった?」

 

「ああ、ルインのことについてだ。何者かの思惑に彼が巻き込まれていると思う。僕も上手いこと使われていたみたいでね」

 

「ルインもここに運ばれてたんやったな。それが関係しとるってことやな」

 

 フィンは、十八階層でヘスティアから聞いた話やその時の対応、十四階層のことを話す。

 

「これについては、前回のような貸し借りなんて言わない。僕はルインや神ヘスティアへ償わなければならない」

 

「フィンにしては珍しいな。お前の野望の為に、私情は捨てたんと違うか?」

 

「その通りだよ。だけど、ルインはそれを知ってまで友人でいてくれたんだ。彼を巻き込むような輩に怒りを持つのは当たり前だろう?」

 

「せやったら、なんも言わんわ。で、そんなこと言うためだけやないんやろ。はっきり本題をいいや」

 

「すまない。最近どうも周りくどくなってしまってね。ルインのステータスを見て欲しい。勿論、僕やファミリアの皆には伝えなくていい」

 

「それはあかん。いくらウチかてルールは破られん」

 

「それを理解して頼んでいるんだ。神ヘスティアに頼んでもロキには伝えないだろう。だけど、ロキには知ってもらっていないとダメなんだ。じゃないと、何かあった時にまた僕は遅れてしまう」

 

「……わかったわ。ドチビんとこにドデカい借りを作ったるわ!」

 

 ロキは、何があっても折れない様子のフィンを見て、その覚悟を察する。本来、地上でのタブーを破ってまで懇願するフィンの姿は創立直後でも見たことがなかった。ロキもその覚悟に腹を括り、ルインの病室へと足を進めた。

 

 ロキは静かに眠るルインを横向きになるように優しく動かし、服をめくり、背中を見る。ロックされていないステータスを見て顔を歪めるが、内容を読み解いていく。

 

「なっ!」

 

 思わず声を上げてしまったが、服を戻し苦しくない体勢に戻し、ロキは病室を後にした。

 

 翌日、ベル達はようやく地上に戻ることができた。ヘスティアは、ベル達に先に戻るように伝える。ヘルメス達はいつのまにか居なくなっており、助っ人のリューも一言だけ告げ帰っていった。ヘスティアとタケミカヅチファミリアの面々は緊張した顔でルインの帰還の有無を確認する為、ギルドに向かって行った。

 

「ドチビやないか。いくら貧乏でも行っちゃあかんとこぐらい分かっとると思とったわ」

 

「その声はロキかい?今は君に構う暇はないんだ!邪魔しないでくれるかい」

 

「ああん?……いや、今のはうちが悪かった。ルインは無事や。安心しいや」

 

「それは、本当かい?」

 

 突然、いつもの調子で絡んできたロキに普段と違う対応でヘスティアはそのまま進んでいく。しかし、ルインの無事を聞きロキへと詰め寄った。

 

「ああ、ほんまや。……それについて話がある。ちょい顔貸しや」

 

 ヘスティアにだけ聞こえるようにロキが伝え、ヘスティアはタケミカヅチファミリアへ先に戻るように頼んだ。ルインに会いたいと懇願されるが、ロキにより命に別状はないが目を覚ましていないことを告げられ、悲しそうな顔で無理矢理ホームへと帰還させられる。その姿を見送った後、ヘスティアはロキに連れられディアンケヒトファミリアへと向かっていった。

 

 ロキは、ヘスティアを空部屋へ連れて行き、ルインに会いたがるヘスティアを無視して話を始めた。

 

「なあ、ヘスティア。お前、眷族を依怙贔屓しとらんやろな?」

 

「何を言うんだい!ボクがそんなことするわけないだろ!それよりもルイン君はどこにいるんだ!」

 

「ちゃんと答えてくれたら会わしたるわ。……先に謝らんとあかんな。ルインのステータスを見してもらった。それについては、ホンマにすまん。だけどや、ステータスオール0ってなんの冗談や?お前の眷族の片方はレコードホルダーや。ホンマに区別しとらんと言えるんか?」

 

「ステータスを見ただって!?それはルール違反だろ!」

 

「せやから謝っとるんや!ヘスティア、話を逸らすな。ホンマに区別してないんやろな?」

 

 ヘスティアは、ルインのことを大切に思っていると断言できる。しかし、ステータスを見られてしまうとそう思われても仕方ないと感じていた。それを見られてしまえば、何を言っても言い訳にも取られないことも理解していた。あまりにも悔しくて声も出せずに目に涙を浮かべて俯くしか出来なかった。

 

「……すまんな。試させて貰うたわ。こっちはスキルまで見とるから、大体は把握しとる」

 

 その姿を見て、ロキもバツが悪そうに謝罪する。元々、ロキ自身もヘスティアの善性については理解している。万が一でもその可能性は無いことも。

 

「ヘスティア、今からルインのステータス更新してみてくれんか?ウチの予想通りやと……。いや、頼めるか?」

 

 ロキにルインの病室に案内され、ヘスティアは、ロキに言われるがままステータス更新の準備を始める。いや、本当は嫌だった。自分以外の神がいるところでしたくなく、更新するならルインが起きてからが良かった。何よりもルインに寄り添い無事を祝いたかった。

 だけど、あの呪いに近いスキルについて少しでも分かるならと、自分の感情を抑えることにした。

 

 本来では改宗以外ではあり得ない、二人の神がいるステータス更新が行われた。

 

「レ、Lv.2になってる」

 

「よその子の背中を覗くまねなんて二度としたくないから、早う紙に写してや」

 

「わかったよ」

 

 ヘスティアは急いでルインのステータスを紙に写す。ひったくるようにロキは紙を受け取り内容を確認する。

 

Lv.2

ルイン・マックルー

 

力  I 0

耐久 I 0

器用 I 0

俊敏 I 0

魔力 I 0

 

剣士 I

 

魔法

 

スキル

 

【竈神献身】

 

【竜騰虎闘】

・対人戦において有利性を持つ。

・対人戦以外での戦闘へ弱補正。

 

 ロキは、渡されたステータスを見て息を飲む。新たに生まれたスキルが問題だった。モンスターとの戦闘の弱体化なんて、冒険者としてデメリットでしか無い。そもそも、対人戦特化のスキルが発生する理由なんて……。と、考えているとロキファミリアとの経験が理由になっていると気付く。

 

「これは、ウチのとこのせいでもあるか」

 

 すぐに更新をしたことから、発展アビリティは一つだけだと思う。ロキは、自分のファミリアの影響を受けてしまったルインを見つめ決心する。

 

「ヘスティア、ウチの予想を伝えるわ。ルインに関しては、悪いけどウチも身内として扱わせてもらうわ」

 

「……何も企んで無いみたいだね。ルイン君は譲らないけど、ロキが協力してくれるなら心強いよ」

 

「おう、大船に乗ったつもりでいいや。そんで、一つ目のスキルやけど、経験値がどのタイミングでチャージされるかが一番の肝や」

 

「それは初めからじゃないのかい?」

 

「その初めがいつを指すかが、重要なんや。ウチの予想だと、更新してルインに影響を与えた後、スキルが奪っているから数値に影響されないと考えとる」

 

「だけど、ルイン君のステータスはスキルを覚えた後は、下がっていったんだよ!」

 

「そこや!下がってからルインや周りは気付いていたんか?」

 

「それは、確認したけどルイン君もタケもわからなかったみたいだよ」

 

「なら、ステータス更新は行われているけど、数値化する前に吸収するから見かけ上、下がってしまうことも予想できる。レベルアップの時にできる隠しステータスに近いものやと思うわ」

 

「なら、ルイン君はしっかり成長出来てたんだね!?」

 

「フィン達から聞いた話やとそっちの方が納得できるわ。ウチらが子どもに与える恩恵が、そんな柔なものがあるわけないやろ」

 

 ヘスティアは、ファミリアの先達であり、神界時代の策略家の様子を思い出しスキルの解明が少しかもしれないが進んだことに安堵した。

 ヘスティアが、ルインの看病に専念することを確認してロキは部屋を出る。ヘスティアには、ルイン発見の経緯を話さず、楽観的な予想だけ伝えた。地上の子ども達の可能性は神々の予想を遥かに超えることもあることは伝えられなかった。少し悔しげに、ロキはホームへと戻るしか出来なかった。

 

 そこはオラリオを見渡せる外壁の上だった。

 

「ヘルメス様よろしかったんですか?」

 

「急にどうしたんだい?俺はベル君の可能性を見れて満足しているんだ」

 

「私達が通った後、他の冒険者を十四階層へ通さないようにファミリアを動かしたことは聞いていなかったので」

 

「ああ、そのことか。保険のつもりだったんだ。英雄譚には、仲間の死により奮い立つ英雄の物語なんてよくある話じゃあないか!まあ、その前に、ベル君の可能性を見れたから、すっかり忘れていたけど。彼も助かったんだから問題ないよ」

 

「リオンには何て言うつもりですか?彼女が一番嫌う行為だと思いますが」

 

「リューちゃんに?俺達が受けた冒険者依頼はベル君の捜索だよ。何も嘘は言ってないじゃないか」

 

「……わかりました。何かあった時は全てヘルメス様にお願いします」

 

「おいおい、不吉なこと言わないでくれよ」

 

 わざとらしく笑うヘルメスに、アスフィは深く溜息を吐く。厄介なことにならないように願うしかなかった。




ステータスを覗き見る行為については、絶対しないロキも、見れるなら見るロキもどちらも想像出来そうでしたので……。

フィンについては冒険者になってからは利害関係無しの友人を作っていなさそうと思い、その位置に収まろうとしているルインへの対応が過剰になっている節もあります。


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22.情報共有

 

 ヘスティアは、ルインの病室を出るとタケミカヅチファミリアへと向かった。あそこまで、他派閥のルインを想って動いてくれていたので、改めてルインの無事と感謝を述べるために。

 

 ヘスティアはルインの発見までの経緯と今の容態を伝える。桜花も命も、最後まで静かに聞いていたが、話が終えると膝をつき頭を下げる。

 

「ヘスティア様、今回の件の始まりは全て俺の判断によるものです。ですから、全ての罰はどうか俺に……」

 

「桜花君、その話はもう済んだじゃないか。ボクは君達を恨みも憎みもしない。だから、ルイン君が目を覚ましたら今まで通り接して欲しいんだ」

 

「ですが、見殺しにした俺にそんな資格は」

 

「それは違うよ。ルイン君は君達を守りたかったんだ。そんな君に拒絶なんてされる方が辛いじゃないか」

 

「……わかりました。こんな俺でも、ルインが許してくれるなら、その時は喜んで」

 

「うん、それでいいよ。じゃあ、目を覚ましたら連絡するから」

 

 ヘスティアは、その後も神友達にルインの無事を伝えに向かった。青の薬舗では、深く安堵するミアハと、少し涙ぐむナァーザが喜んでくれた。ヘファイストスのところに到着すると何やら慌しい様子だ。不思議に思いながらヘファイストスの部屋に入ると、疲れた様子のヘファイストスが座って出迎えてくれる。

 

「どうしたんだい?何かトラブルでも?そうだ、ヘファイストス!ルイン君も無事に見つかったんだ!まだ、目は覚ましてないけど、心配してくれてありがとう」

 

「ええ、それは本当に良かったわ。ただ、そのことで椿がかなり怒ってしまって」

 

「椿君が?」

 

「そうよ、ロキファミリアが知ったタイミングで、椿も十八階層にいたのに教えてもらえなかったみたい。それも、知ったのは発見のタイミング。だから、ホームに帰還して遠征の契約が済んだから、ロキファミリアに討ち入りに行くって聞かなくて」

 

 ヘスティアは、その姿を想像して苦笑いを浮かべる。ルインを一番初めに気に入ってくれたのは椿だ。おそらく、知れば一人でもゴライアスに挑み、救出に向かってくれたことは容易に考えられる。フィン達は、それを防ぐために知らせなかったのだろう。

 ヘスティアは、椿の説得を買って出ることにし、ヘファイストスはそれに応じた。

 

 結論から言えば、説得には成功した。かなり渋々であったが。その後、ヘスティアが思わずルインのレベルアップを喋ってしまい、それに反応した椿が、祝いの為に剣を打つと宣言して、工房にこもりに向かう。

 オラリオの大手ギルド同士の抗争を防ぐことができ、その場にいた者は全員安堵していた。

 

 その日の夜、ルインの事情を知る五人の神がとある酒場の個室に集まっていた。

 

「ほんで?自分とこの子のステータスをようこんだけに話したな。まぁ、勝手に見たウチが言えたことやないけど」

 

「そうだよ!まだボクは勝手に見たことを許していないんだから!」

 

「はあ、ロキも見たんでしょ?あのスキルを見たら、新米主神のヘスティアだとしょうがないじゃない」

 

「まあ、そこは置いといて。ウチの子達が見たことを伝えるわ」

 

 根本的に反りが合わないロキとヘスティアは、挨拶の様に罵り合う。呆れた様子でヘファイストスがなだめてから本題が始まった。

 フィン達が発見した時の様子や、Lv.6と対等に戦い、勝利してしまったこと。そして、十三階層で聞いた誰かによる妨害について。話終えても、誰も声を出さずに考えこむ。おそらく、スキルのトリガーを引いてしまったことは想像つくが、何が原因かが思い当たらない。ヘスティアも何かヒントがないか必死に思い出していく。

 

「あっ!」

 

 思わず声を上げるが、ヘスティアの顔色は青ざめていく。

 

「なんや?思い出したんか?」

 

「じ、実は十四階層に着いた時にモンスターがかなり少なかったんだ。その時にヘルメスの子が誰かがモンスターを相手しているからって言っていて……」

 

「まんまそれやろ。何で直ぐに思い出さんのや!」

 

「あの時は、Lv.4が二人もいたから、おかしなことがあったら気付いていたはずなんだ!」

 

「その話を聞いて思い出したわ。ヘスティア、貴方の出した冒険者依頼の内容を覚えている?」

 

「それは、もちろんさ!ベル君の、……ベ……ル君の」

 

「俺からもいいか?同行していた俺の子達も、ヘルメスの連れた冒険者達に違和感を持っていた。目的がまるで違うように感じていたと言っていたな」

 

「そんな……」

 

「ちゅうことは、ルインがドチビ達を見つけて助けを求めたが、気付いて貰えずに……。いや違う。上級冒険者がいたんや。気付いて貰えたのに素通りされたんや。最悪やな」

 

「ち、違う!ボクは……」

 

「ドチビを責めとるわけやない。……ヘルメスのやつええ度胸しとるやないか」

 

 ヘスティアは、ようやく気付いてしまった。トリガーを引かせたのが自分だということに。目の前にルインがいるかのように、謝罪し続ける。ミアハやヘファイストスが必死に宥めるが、それでも謝り続けていた。

 

「それで、どうする?」

 

 目を閉じて、何かを考えていたタケミカヅチは重々しく口を開いた。

 

「正直なところ、証拠もなく動くことはできひん。十中八九ヘルメスが何かをしたのは確定やけど、目的がさっぱりや」

 

「なら、泣き寝入りしろと言うのか!」

 

「そんな訳あるか!ウチの子まで巻き込まれて黙るはずないやろ。確証を手に入れて、納得できる目的ですらなかったらウチが潰したるわ」

 

 タケミカヅチの怒声に対し、ロキも重々しく言葉を返す。

 

「ふむ、ヘルメスへの対応は一先ず見送りなるか。ルインのスキル効果については進展はあるか?」

 

 これ以上、進展しようがない為、ミアハは話題を変えることを提案する。

 

「それについても、ウチから言わせてもらうわ。実際に見てへんから赤い光みたいなんはわからんけど、アビリティダウンは他者にも有効みたいや」

 

「他者にもって、どういうことよ?」

 

「フィンのアビリティが軒並み半分くらいになっとった。まだ、入院しとるからわからんけど、本人が言うには、下がった感覚はないそうや。ベートに関してはレベルアップしたからようわからん」

 

 今までルインとよく稽古をしていたタケミカヅチも、以前ガレスが戦闘した際には現れなかった状況に目を丸くする。

 

「せやから、ルインのレベルアップは、単機で中層を数日間生き延びたことと、Lv.6冒険者の撃破。それに加えてLv.6の経験値の吸収して、スキル効果で増加したことが原因やと思う。ドチビには悪いけど、生き延びたこと以外誰も信じへんで」

 

「そうね、一番の問題はギルドに報告するか、しないか。まあ、これに関してはルインが目覚めてから決めてもいいけど」

 

 最終判断はルインが目覚めないと付けられなく、結論は一先ず置いておくことにし、その日は解散となった。

 

 ヘスティアはホームに戻ると、まだ起きているベルに気づいた。ベルはルインの様子が気になっていたようで、普段は寝ている時間になっても起きて待ち続けていた。

 ヘスティアは、憶測のほとんどを隠し、十四階層でロキファミリアが保護してくれたことのみ伝える。話を聞いて顔色をかなり悪くするベルだが、命に別状は無いことを聞いて一安心する。

 だけど、ルインが一人頑張っていた時に十八階層を楽しんでいたことを悔やむ。ヘスティアに早く休むように急かされ、ベルは眠りにつくことになった。




椿とロキファミリアの関係が悪くなりそうですが、きっとルインがなんとかしてくれるはず!



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23.退院

 

 翌日、ルインは目を覚ました。知らない部屋で寝ていたようで、状況が読めない。最後の記憶を思い返そうとすると、頭がズキリと痛む。どうしたものかと、考えていると部屋の扉が開く。朝一でルインの様子を見に来たヘスティアが姿を見せた。

 ヘスティアは起き上がって不思議そうにしているルインを見て、涙ぐみながら飛びついた。

 

「ルインぐ〜ん!良がっだよ、目を覚ましてぐれて」

 

「へ、ヘスティア様!?すみません。何があったかあまり覚えてなくて……。また、ご迷惑をかけたみたいですね」

 

 ルインは、心配するヘスティアの様子を見て寂しげな様子を見せる。

 

「迷惑なんてかけてないよ!って、記憶がないのかい!?ボクが誰だかわかるかいっ!?」

 

 ルインの言葉に、ヘスティアはかなり慌ててしまい、ルインの両肩を掴み激しく揺さぶる。ルインも目を回してしまい、されるがままとなっていた。

 

「ヘスティア様、何度も申していますが、病室では静かにしてください!」

 

 あまりの騒ぎようからアミッドが部屋に入り、ルインが目を覚ましていることに気付いた。とりあえず、安静にさせる為にヘスティアを引き離し、ルインを落ち着かせる。

 ヘスティアが記憶喪失と騒ぐ為、確認の質問をいくつかしていくが、事故直後までの記憶には何も問題なかった。

 ヘスティアに再度注意をして、アミッドは退出していく。

 ルインの記憶があやふやになっている為、ヘスティアは本当のことを伝えるべきか迷っていた。しかし、自分が与えてしまった悲しみを、自分から伝えることは出来ず、ベルに話した内容をルインに伝えるしかなかった。

 

「……そうでしたか。また、フィンさん達に迷惑をかけてしまったんですね」

 

「そんなことあるもんか!フィン君は君の友達なんだよ。助けられて喜んでたぐらいさ!っと、それよりも、ルイン君!レベルアップしたよ!」

 

「本当ですか!?」

 

「本当さ!ベル君の記録をすぐに更新してしまうんだ。流石はボクの眷族だよ!ふふん、鼻が高いね」

 

 これ以上、救出のことを話すと嫌な予感がして、別の話題に切り替える。ヘスティアは二つのスキルを消して写した紙をルインに渡してルインの気を逸らした。

 用紙に目を向けるルインは、魔法やスキルが発現しなかったことに少し落ち込むが、それよりもベルに近づけたことが嬉しかった。ヘスティアから、報告時期を遅らせることを提案されるが、ルインは首を横に振った。

 

「団員二人のファミリアの二人とも最短でレベルアップしたので、ヘスティア様の株を上げることができます。そうしたら団員も増えるかも!」

 

 嬉しそうに話すルインを見て、ヘスティアは黙るしか出来なかった。その後、アミッドによって診断が行われ、午後には退院の許可を貰えた。

 

 無事に退院出来たルインはヘスティアを連れてギルドに顔を出した。ロキファミリアの遠征処理に追われているミィシャに声をかけると、カウンター越しに抱きつかれ退院を祝ってくれた。

 その直後、レベルアップを聞かされ思わず気絶しそうになるミィシャを慌てて支えるルインを見て、ヘスティアはようやく日常が戻って来たことを感じることが出来ていた。

 

「それでは、レベルアップまでの経緯を確認します」

 

 個室に案内され、仕事モードのミィシャから確認が行われる。

 

・初日にダンジョン一層にて瀕死の重症を負う。

・二日目に上級冒険者と共に七階層に到達。

・その後は、ギルド推奨の探索をアドバイザーと共に確認しながら行う。

・他派閥のパーティに入り、探索。

・中層初挑戦の日に崩落に巻き込まれて数日間単独で遭難。

・遠征からの帰還途中のロキファミリアに救助される。

 

「以上で、間違いありませんか?」

 

 確認していく内容に、思わず頬をひくつかせるミィシャに、ルインは真面目に頷く。ミィシャ自身もルインの冒険者としての行動は把握していて、内容に間違いないのは知っている。だからこそ、ありえない。他に何かしていないか尋ねても、ルインは思い当たらないとしか言わない。

 このまま報告して上司に叱られる自分を幻視しながら、ミィシャは書類をまとめることにした。

 

 ギルドを出たルインはヘスティアと別れ、一人ロキファミリアに訪れていた。門番に恐る恐るお礼を言うために来たと伝え、かなり丁寧な対応で待つように言われる。

 

 ルインは前回とは違い団長室に案内された。ルインより先に午前中に退院したフィンの他に、リヴェリアとベートが集まっていた。ガレスではなくベートが居たことに驚くルインだが、気を取り直しお礼の言葉を述べる。

 

「いや、君が無事で良かったよ。寧ろ救出をもう少し早く出来ていたのに、遅れてしまった申し訳ない」

 

「いえ、目覚めた時には病室だったんで。その、あんまり覚えていなくて」

 

「君がそんなこと心配することはないんだよ。友人として君の無事を祝わせて欲しい」

 

 フィンは落ち着かせるように話し、無事を祝うことで話を逸らすようにした。退院前にアミッドから記憶のないことは確認していて、思い出して再び辛い思いをさせたくなかった。

 

「それで体の方は特に問題はないのか?」

 

「体を動かしていないので、詳しくはわかりませんが、おかしなところはないと思います」

 

 フィンとは違い何かを探るような目でリヴェリアは尋ねる。それに、ルインは不思議に思いながら答える。首を傾げながらリヴェリアを見ていると、溜息を吐きながらルインへ言葉をかける。

 

「いや、すまない。最近、予想外のことが多くてな。何事にも警戒する癖ができたみたいだ。気に障ったのなら謝罪する」

 

「いえ、そんな。何か気になることがあったのかなと思っただけですので」

 

 まだ、リヴェリアに対してエルフ達と同じような態度を取る姿に、フィンはクスクスと笑ってしまう。それをリヴェリアに睨まれ、何事もなかったかのように咳払いをする。

 

「おい!死に損ないのガキのくせに感謝する相手を間違ってんじゃねぇよ」

 

 和やかな空気が、ベートの言葉で中断される。

 

「おい、ベート。ものの言い方というものがあるだろう」

 

「うっせぇ、ババァ。俺がここにいる理由はこれだろうが。まあいい、おいガキ。言葉なんていらねぇから、今度酒でも奢ってもらおうか。そうだな、明後日お前の金で飲みに行くから、今のうちに金をかき集めて来い」

 

「は、はいーっ!!」

 

 ベートに頭を掴まれ目線を無理矢理合わされる。開放されるや否や、深々と礼をしてから走り去っていった。

 

「ベート、彼をあまり苛めないでくれないかな。特に今は退院明けで不安定な時期だから」

 

「そんなことはどうでもいい。お前達は何も感じなかったのか?」

 

「それはどういうことかい?」

 

「いや、何もないならいい。俺の気のせいだ」

 

 ベートは、それ以上は話すつもりもなく部屋を出て行く。フィンはリヴェリアを見るが、彼女にも思い当たらないようだ。

 

「僕には、いつも通りに見えたんだ。それが本当に嬉しくてね。彼が変わってしまうと思い込んでいたけど……」

 

「私にもいつも通りにしか見えなかったな。いや、それが異常なのかもしれないな。ベートは、それが言いたかったのか?」

 

「いや、これ以上、憶測を話すのはやめよう」

 

 フィンは、ルインについての話題を終わらせる。考えなくてはならないのは、ルインの変化についてではなく、周りの動向だからだ。他派閥の一人の為にファミリアとして動かすことはできない。代わりに動いてもらっているロキに、介入の時の見極めを任すしかなかった。

 




ルインの冒険履歴を見返すとひどいですね。
ガレスとアレンとの戦闘は、迷惑をかけると思いルインが伝えてなく、フィン撃破については、ヘスティアから聞いていないので伝えられない結果ですね。


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24.祝事

 

 ルインは、ロキファミリアを出た後、タケミカヅチファミリアに向かった。

 

「ルイン殿!ご無事でなりよりです」

 

 命を筆頭に、みんなルインの退院を祝ってくれる。そんな中、桜花だけは思い詰めた表情で、少し離れたところから様子を見ている。ルインはそれを見て桜花に近づいていく。

 

「ルイン、すまなかった」

 

「何がですか?桜花さんは間違ったことしてないですよ」

 

「いや、それでも他にも方法があったはずだ。お前でなく俺が殿になるべきだった」

 

「そうかもしれませんが、結果的にみんな無事だったから、それでいいじゃないですか。たらればを話したらキリがないでしょう?」

 

「だが、しかし……」

 

「もうこの話は終わりです。そうだ!体の調子を確かめたいので軽く手合わせお願いします!」

 

 なかなか納得しない桜花に、ルインは思いついたまま提案する。それに、桜花もルインらしいと思わず笑みを溢し、稽古場へと向かった。

 

 互いに木刀で打ち合い、ルインの調子を確かめる為に、徐々に激しさを増していく。ルインも感覚のズレを確かめて修正する。ある程度理解できてたところで、桜花の木刀を弾き飛ばし、そのまま木刀を首元で止めて打ち合いは終わった。

 

「ありがとうございました。お陰で感覚のズレも修正出来そうです」

 

「そうか。レベルアップしたんだな。もう、俺では相手にならんぞ」

 

 ルインも以前より、体を動かすことが速くなっていることが体感できて嬉しかった。笑顔でお礼を言うと他の面々も触発されたのか、次々と相手を希望されるが、命や千草に無理をさせるなと怒られて大人しくなっていた。

 

「それにしても、レベルアップまでするなんて流石ですね、ルイン殿!同じファミリア内で最短記録があっさり更新されたのは未だに信じられませんが」

 

「更新といっても数日ぐらいですけどね。タケミカヅチ様に稽古をお願いして良かったです。それがなかったら絶対無理でしたから」

 

 ルインの努力を知る命達は、ルインのレベルアップを改めて祝福した。そこから、話は盛り上がっていき、全員で楽しく騒いでいるとバイトからタケミカヅチが戻って来た。

 

「そうか、ルインもレベルアップしたか。よし、みんな異論がなければ、これから簡単な宴をしよう!命や桜花の時もやったからな。他派閥でもルインなら問題あるまい」

 

 喜んでいる眷族達を見てタケミカヅチは提案すると、満場一致で行うことになった。主役のルインはそのまま待つように言われ、他の面々が買い出しに向かっていく。タケミカヅチも、ヘスティアやベルに声を掛けに出かけていく。

 

「いやあ〜、悪いね。ボク達まで誘ってもらって」

 

「僕まで読んでもらって良かったんですか?」

 

「ベル君!ボクの神友がそんなケチ臭いこと言うわけないだろ!今日はタケに甘えさせてもらおうじゃないか」

 

「それは、神様が言っちゃダメなんじゃ……」

 

 しばらく待っていると何もしないことに慣れていないのかソワソワしていたルインの耳に聞き馴染みのある声が聞こえた。タケミカヅチに案内されて、ヘスティアとベルが到着した。

 ベルがヘスティアに代わりタケミカヅチに改めてお礼を言って、ホームにあった食材を調理場まで運ぶ。

 その後、完成された料理が次々と運ばれ、簡単ながらもルインのレベルアップ祝いが催された。ルインの主神ということで、ヘスティアが乾杯の音頭を取ることになったが、ルインについての話が長くなり、タケミカヅチが途中割り込んで音頭を取って開始され、初めから笑いが絶えなかった。

 

「ルインとホーム以外で一緒にいるのってあまりなかったね」

 

「そういえばそうだね。同じファミリアなのに不思議だね」

 

 少し経ってから、一人で食べているベルを見つけてルインが隣に座る。少しお酒が入っている為か、普段話さないようなことを会話していく。

 

「……実を言うとね、ルインがパーティを組んだって話を聞いた時悔しかったんだ。僕が何度も誘っても組んでくれなかったのにって」

 

「それは……」

 

「ううん。ここに来てやっと分かったんだ。今みたいな当たり前なことが出来てなかったのかなって」

 

「そうだね。今度はファミリアで開きたいかな。ベルのレベルアップ祝いもしてなかったし、遅くなったけど近いうちにヘスティア様と僕達でやろっか!その時はベルのパーティを呼んで」

 

 お互い冒険以外で接していなかったと気付き、たまにはゆっくりと話すことが悪くないと感じていた。そのまま、ベルと談笑していると、タケミカヅチがルインを見つけ自分ところに連れていった。

 

「すまない。隣いいか?」

 

 再び一人になったベルに桜花が酒を持って訪れた。ベルは了承し隣に座るとベルのコップに酒を注ぐ。

 

「十八階層ではあまり話せなかったからな。俺達の助けを聞いて崩落に巻き込まれていたと聞いて、遅くなったがすまなかった」

 

「そんな、頭を上げてください。同じファミリアの仲間の名前を聞いたら誰でもそうしますよ。それに結局何も出来ませんでしたし」

 

「いや、無力に逃げることしか出来なかったら俺からしたら、向かっていってくれたことが嬉しかったんだ。何かあったら言ってくれ。できる限り協力できたらと思っている」

 

 握手を求められてベルは応じる。ファミリア同士での交流もそういえば初めてだったと思い、探索以外での冒険者としての活動ができ嬉しく感じる。

 タケミカヅチやヘスティアに無茶苦茶されているルインを眺めながら、桜花からファミリアの仲間を紹介される。

 ようやく宴に参加できたと思え、口に含んだ酒の味は美味しかった。

 

 翌朝、ルインはいつもより少し遅めに目が覚めた。昨日飲み過ぎてしまったせいか少し怠く感じる。ベルとヘスティアもまだ起きそうになかったので少しゆっくりしてから朝食の準備を始めた。とは言っても昨日の余った料理を持ち帰っていたのでそこまで時間もかからないが。

 手早く終えて、掃除や洗濯も済まし、ホームの前をホウキで掃いていると近所の人達が声を掛けてくれる。心配してくれてたみたいで、退院祝いに色々とお裾分けしてくれた。

 

「そんな、悪いですよ」

 

「なぁに言ってんだ!いつも手伝ってくれるルインの退院だ。これくらいはさせてくれねぇと。なぁみんな!」

 

 集まった人達は、その言葉に賛同してどんどん物を渡してくる。手が塞がり受け取れないのを見ると教会へ置いていく。運びおえるとルインが礼を言う前に解散され、一人佇んでいた。

 起きてきたベルやヘスティアに驚かれるが、説明すると二人揃って笑い出しルインが余計に混乱していた。

 

 アミッドから数日間は安静にする様に言われていたので、ルインはあてもなくオラリオの街を散歩していた。初めは、よく行く出店通りを歩いていたが、ルインを発見した店主達から今朝と同じような目に合い、物を渡される前に避難することで断ることは出来た。

 おかげで、あまり行かないようなところを歩く羽目になってはいるが。

 

「やあ、君がルイン君かな?」

 

「そうですけど、貴方は?」

 

「いやぁ、はじめましてだね。俺はヘルメス。ヘスティアの神友さ」

 

 ルインは、不意に声かけられ振り向くが、見覚えのない男神の姿があった。そのわざとらしい笑顔を見ると頭がズキリと痛んだ。

 




黒いゴライアス戦でベル達と桜花達は共闘してはいますが、ルインを未発見のこともあり、ピリついているので会話はあまりない為、まともな会話はここが初めてです。



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25.豊饒の女主人

 

「おっと、大丈夫かい?体調が悪そうだけど」

 

「いえ、昨日飲み過ぎたみたいで、ちょっと頭が痛くて」

 

「なるほど。神友の子をこのまま放っていくことなんて出来ない。近くに良い店があるんだ。そこに行こう!なに、支払いは俺が持つから気にしなくて良いよ」

 

 ルインは断りを入れるが、ヘルメスは気にしない様子でルインを連れて歩いていく。途中からルインは諦めて付いていくことにした。

 

「あの、ここは?」

 

「ここは、豊饒の女主人という店さ。値段は少し高めだけどそれ以上の味なのは、保証するよ。それに美人揃いでね。おっと、アーニャちゃん!二人だけど空いているかい?」

 

「ニャ!?ニャンだ、ヘルメス様か。空いている席に適当に座れニャ」

 

 アーニャに言われるがまま、ヘルメスは適当な席を選び、ルインもそれに続く。ヘルメスが紅茶を二つ頼みアーニャは下がっていった。

 

「今回は君に謝りたくてね。無理に誘って申し訳なかった」

 

「えっと、何かありました?」

 

「そういえば覚えていないそうだね。君が十四階層で彷徨っている時に救出隊に加わっていたんだけど、ちょっとした手違いで俺は知らされていなかったんだ。もし、知っていたら早く助けられたのにってね」

 

「いえ、結果的に無事だったので」

 

「いや、それでは俺の気がすまない!何か俺に出来ることがあれば言ってくれ」

 

 ルインは、その申し出に丁寧に断りを入れるが、ヘルメスはそれでもと、しつこく提案してくる。そこに、アーニャが紅茶を持ってきて時に注意を受けて一度落ち着くことになった。

 

「いやあ、すまないね。少し熱くなっていたみたいだ」

 

 わざとらしく振る舞うヘルメスに、ルインは警戒心が薄くなることはなかった。初めて会ったはずなのに信じてはいけないと、初めての感覚に戸惑いながらも、頭の痛みで冷静さをなんとか保つ。

 

「そうだ。一つ情報を与えよう。……君のレベルアップがヘスティアに与える影響のことさ」

 

「どういうことですか?」

 

「やっと、反応してくれたね。簡単なことだよ。ベル君のレベルアップ期間も目立っていたのに、君がすぐに抜いてしまった。だけどね、他派閥からしたら続け様に短期間でレベルアップしている者がいることが、どれだけ異常かわかるかい?」

 

「それは、僕達の努力やヘスティア様へ報いる為に結果的にそうなっただけで」

 

「話しているところが違うよ。他のものからしたらどう見えるかが、大切なんだ。一部ではヘスティアのズルが噂されていてね。今後、どういう風に陰で言われるなんて簡単に想像できる」

 

 ルインは、激しく痛む頭を押さえ変わらず笑顔のままのヘルメスを睨む。無意識のうちに手が剣に伸びるが、飛んできたお盆を避けて少し冷静になる。ルインは、投げられた方向を見て一人のエルフが目に入った。

 

「ここは、酒場です。暴れるなら外に出るべきだ。ミア母さんが気付く前に出ることを勧める」

 

 警告する様に言い放つ姿を見て、ルインは目を見開く。別の店員達も同じく警戒しているが、ルインには見えてはいなかった。

 初めてみたはずなのに酷く既視感を覚える。エルメスと出会った時にも感じた違和感に頭の痛みが強くなる。思わず頭を押さえ態勢が崩れる。

 

「ミャー!?リュー、やりすぎニャ!」

 

「いえ、今のは避けていたはずです」

 

 一人アーニャはその様子に慌てるが、リューは警戒心を解かない。痛みの為か、悲痛の声を上げているルインの様子を伺う。

 

「……ああ、そういうことか。なぜこの店を選んだのかわかりました」

 

 突然、ルインは何事もなかったように立ち上がる。

 

「ヘルメス様も情報ありがとうございました。……店員さんもご迷惑お掛けしました」

 

 ルインは軽く頭を下げて店を出て行く。あまりの変わりようにリューはヘルメスの方へ目を向ける。それを見て、ヘルメスは観念したように笑みを浮かべる。

 

「リューちゃんは、ベル君救出の時に、もう一人探して欲しかった人物がいたことは知っているかい?」

 

「何を言って?冒険者依頼はクラネルさんの救出ではないのですか?」

 

「いや、知らないならそれでいいんだ」

 

 ヘルメスはそれだけを言い残し、代金をリューに渡して出ていった。

 

「ミャー?ヘルメス様はニャニが言いたかったんだニャ?」

 

「ほんと。騒ぐだけ騒いですぐいなくなるのは、相変わらずめんどくさい神様だよね」

 

「あんニャ、完璧なお尻はミャーも初めて見たニャ。リュー誰ニャ!あの完璧な少年は?」

 

 騒ぎたてる同僚に呆れながらも、リューは仕事に戻ることにする。三人の後ろにミアが拳を振り上げているのを見たからではないが……。

 何か引っかかるが、情報が足りていない為、今考えても解決出来そうになかった。

 

 ルインは頭の痛みがなくなり、改めてオラリオの散歩を始めた。そういえば、あの店はベルの行きつけの店と同じ名前だったと思い出す。

 記憶の霞が少し晴れたことへの恐怖を振り払うためにも、今は歩くことしか出来なかった。進めていく足が、普段より重く感じる。思い出したのは一瞬の場面。その光景は鮮明ではないが、目を逸らすことができない。

 

「おい、痛いな。どこ見て歩いていやがる」

 

 誰かにぶつかったみたいだが、ルインはそれにすら気付かず足を進める。

 

「おい無視するたあ、いい度胸だな。面貸せや」

 

 冒険者の男はルインの襟元を掴むと路地裏の方に放り投げる。受け身も取れず転がるルインに、男は遠慮なく蹴りを加える。防御もしないルインに、男は別の鬱憤も一緒に晴らすように気が済むまで蹴り続ける。ある程度して気が晴れたのか髪を掴み無理矢理顔を上げさせる。

 

「誰かと思えばレコードホルダーじゃねえか!やっぱり噂通り大したことないじゃねぇか。おい、金目のモノを置いていったら見逃してやるぜ?」

 

 男の言葉に、今まで反応のなかったルインが僅かに反応する。

 

「……う……わさ……?」

 

「テメェがなんて呼ばれているのかも知らねぇのか。おいおい、俺を笑い殺す気か?」

 

 男は馬鹿にするように笑い、言葉を続ける。

 

「金魚の糞だよ!上手く上級冒険者に取り入ったみたいだが、結局一人じゃあ何も出来ねぇみたいだ。お前の主神も情けないよな。他派閥にすがるようなマヌケな神みたいだし……な?」

 

 無意識だった。ルインの意識が戻った時には、血溜まりに倒れている男の姿が目に映った。剣に血がついていることから、ルイン自身がやったことだと理解する。

 死が付き纏うダンジョンではなく、街中で人を斬ってしまったことが信じられず、逃げるように痛む体を引きずりながらその場を後にした。

 

 ホームに戻ると、まだ誰も戻っていなかった為、シーツで体を隠すように丸まり痛みから逃げる為に眠ることにした。




ベルと違いレベルアップの経緯はギルドに都合が良いので大々的に発表されています。



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26.火蜂亭

 

 ルインはいつも通り早朝に目を覚ました。変わらず痛む体に、ポーションを飲んで癒しを与える。本当は寝る前に飲むべきだったが、昨日はそんな余裕もなかった。

 ヘスティア達に心配を掛けないように普段通りの行動を心掛ける。あらかた終わりかけた頃に、珍しくヘスティアが起きてきた。

 

「ルイン君、昨日は早く寝ていたみたいだけど何かあったのかい?」

 

「いえ、病み上がりで歩き疲れてしまったみたいで……」

 

「それならいいんだけど……。何かあるなら相談してくれよ」

 

 笑顔で答えるルインを見て、嘘は言っていないみたいなので安心する。何故か、ヘスティアはどこか嫌な予感がしてしまい、今日はホームで安静にする様に伝える。ヘファイストスに理由を話せば、多少の無茶でも休みにしてくれるだろう。

 しかし、ルインに夕方に予定があると断られてしまい、バイト時間の変更を伝える為にヘファイストスの所へ走っていった。

 

 少ししてからベルが起きてきた。ヘスティアが少し出かけていることを伝えて、先に朝食を済ますことにする。

 

「ルイン、今日装備を補充しに行くんだけど一緒に行かない?」

 

「ごめん、病み上がりなのに昨日無理しすぎたみたいで、ヘスティア様から夕方までホームで安静にする様に言われてて」

 

「だから、早く寝てたんだ。それなのに、いつも通り家事を任せてごめん。無理しないで寝てていいんだよ。ルイン程じゃないけど僕だって家事は出来るから」

 

「しっかり寝たから大丈夫だよ。本当に無理そうだったらお願いするね」

 

 心配そうなベルに、ルインは安心させるように答える。今日はリリ達との予定があるので、明日以降は相談してルインの負担を減らすようにしなければ。ベルは、普段通りに笑っているルインを見て一人決心する。予定の時間が迫っていたので、ギリギリまで待って戻ってきたヘスティアと交代するようにホームを後にした。

 

 その後は、ホームでゆっくりと過ごす。何かしようとする度に、ヘスティアが代わりに動くので、少し落ち着かない様子でルインはソファーに座っていた。

 

「いいかい、ルイン君。今日は、出かけるまではボクに任せてくれていいんだ!こう見えてボクだってやる時はやるんだぜ」

 

 胸を大きく張るヘスティアに、ルインは申し訳なさそうにお願いすることになった。自信満々に家事に取り組むヘスティアを見ていると心休まる時は無かったが、不思議と胸が暖かく感じられる。

 ルインがする時の数倍の時間をかけて、見事家事を終わらせたヘスティアは、いつも気にしていなかったルインへの負担に気付き、ベルと相談して分担しなければと、改めて考えることになった。

 

「そうだ!今度ベル君も含めて三人でご飯でも食べに行こう」

 

 ヘスティアファミリアの財政状況は豊かとは言えないが、貧乏では無くなっていた。この前のギルドからのペナルティは、ヘルメスがヘスティアの分も支払うことを提案し、冒険者依頼の報酬も全員が辞退した為貯蓄を削ることがなかった。ベルとルインの頑張りや、ヘスティアのバイト代で少しずつだが、貯蓄も増えたので、たまに贅沢する分の余裕はある。

 

「そうだ!最近ベル君の行きつけの店とかどうだい?ボクも行ったことないけど凄く美味しいみたいだしね。値段も結構するみたいだけど、たまにする贅沢には丁度いいさ」

 

 ヘスティアは、あまり飲食店のことに詳しくなかった為、たまに話題にあがる豊饒の女主人を、あまり考えずに提案した。目を瞑り三人で楽しく食事している光景を想像して、ついニヤニヤしてしまう。中々、返事が返ってこないので目を開けると辛そうな表情のルインがいた。

 

 その姿を見てしまったヘスティアは、無意識にルインを抱きしめる。自分の言葉の何が傷つけてしまったのかはわからないが、今ルインを離したら取り返しがつかなくなる気がしてしまった。

 

 暫くすると、ルインも落ち着いた。ヘスティアは恐る恐る尋ねてみると、ヘルメスに無理矢理連れて行かれトラブルを起こしてしまったらしい。警戒していたヘルメスが退院直後のルインに出会わせてしまったことに怒りを覚えながら、それを悟られないように店選びは先送りにして話題を変える。

 

 このことはバイトの時にヘファイストスに相談することにして、ルインの笑顔を取り戻す為に楽しい会話をすることにした。

 

 夕方になり、ルインはベートとの約束の為にロキファミリアへ向かった。黄昏の館に到着した時にはベートは門で待っていた。待たせたことを謝罪するが、ベートは気にした様子も見せず酒場へと進んでいく。慌ててルインも追いかけるが、分かりづらい優しさに思わず笑ってしまい、軽く小突かれてしまうが。

 

 ベートに案内されて着いたのは火蜂亭という酒場だった。ベートは慣れた様子で奥の席を陣取り、ルインもそこに座った。本来はファミリアの行きつけでもある別の店に行くつもりだったが、ルインを見た時に、何故か店を変えることにした。

 適当につまみを頼み、安めの酒を二人で飲みながら特に会話もなく飲み進めていた。

 

「……で、何があった?」

 

「えっと、何のことでしょうか?」

 

 先に沈黙を破ったのは、ベートだった。一昨日ファミリアで会った時よりも嫌な目をしているルインへ乱暴に質問する。ルインも身に覚えがないのか、話したくないのか、首を傾げ質問に答えなかった。

 

「……何もないならいい」

 

 それだけ呟くと、酒を飲み会話をやめる。

 

「僕からも一つ聞いていいですか?もし、ベートさんが、ベートさんが原因でファミリアに迷惑をかけることになったらどうしますか?」

 

「あっ?俺ならテメェのケツぐらいテメェで拭ける。だがなぁ、雑魚のお前はそれすら出来ねぇ。強者にゴマすって媚びてろ」

 

 面倒くさそうにベートは言い放ち酒を飲み続ける。ルインもそんな様子に苦笑いを浮かべながらも飲みに付き合うことにした。

 

「おいおい!どこぞの兎が一丁前に有名になったとか聞こえてくるぞ!」

 

 別の席から男の嘲笑うような声が聞こえる。そちらの方に目を向けるとベル達が見えた。どうやら他派閥の冒険者に絡まれているようだ。本当は訂正してベル達の味方に向かいたかったがベートに迷惑かけるわけにはいかず、必死に耐えるしかなかった。その後も、ベルへの暴言からルインの暴言に変わるもベル達も耐えているから、ルインは聞こえる言葉を無視し続けた。

 

「はん!威厳も尊厳もない女神のファミリアなんてたかが知れているよな!ズルするような落ちこぼれの女神だから眷族も腰抜けだな!」

 

 無視してはいけない言葉が聞こえた。ルインの視界が赤く染まるような感覚に蝕まれる。誰にも気付かせないような速さで剣に手をかけ言葉を発したモノへ飛びかかろうとする。

 しかし、ルインは押さえられてしまい動くことが出来なかった。

 

「……おい。お前が摘み出されたら誰がコレを払うんだ?」

 

 ルインを止めていたベートが面倒臭そうに話しかける。ルインは聞く耳も持たず拘束を抜け出そうともがくが、それは叶わない。その後、ベル達も耐えられなかったのか酒場が騒がしくなっていく。喧騒を聞きながらルインは自分の無力さが悔しくなり、足掻く力も弱くなっていく。抵抗しなくなったルインを見て、ベートは拘束を解き、乱闘をしている集団に向かって空になったジョッキを投げつける。それをくらったのは件の発言をしていた小人族だった。

 突然の横槍で両者とも動きを止めて目を向ける。

 

「おい、雑魚共が調子に乗って何を騒いでやがる。折角の酒が不味くなったんだが、どうしてくれる」

 

 突然の第一級冒険者の言葉に、絡まれたらバツが悪いのか片方のグループは足早に店を出て行った。

 柄にもないことをしたと、一つ溜息を吐きルインの方へ目を向けると、悔しく震えている姿が目に入った。

 

「これで飲みはしまいだな。……おい、ルイン。飲みたりねぇから付き合え」

 

 ルインの返答も聞かずに強めの酒を二つ頼む。無理矢理にでも飲ませて二人の飲み会は再開した。しっかり酔っ払って忘れさせるぐらいしか、ベートにはルインにしてやれることが思い付けなかった。

 




原作でもヘルメスは目的のためなら手段は選びませんが、罪悪感は持ち合わせていると思いますので、ペナルティ被るぐらいはしそうかと。本人の知らぬところでやるので意味なさそうですが。

ベートの乱入は原作より早くベルがヒュアキントスにやられる前に解散しています。



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27.酔っ払い

 翌朝、ベートは自室で目を覚ました。飲み過ぎたせいか酷く頭が痛む。しかし、自室に戻った記憶がなく、最後に覚えているのは無理矢理ルインに酒を飲ませ始めた頃だ。その先はどうしても思い出せないので、一度落ち着く為に食堂で水を飲みに行くことにする。

 

「あー!酔っ払いのベートだ!年下を無理矢理飲ませたのに、逆に介抱されるなんて……ぷぷっ」

 

「こらダメじゃない、ティオナ。いくらお詫びだからって飲み代まで全部出させるなんて……ふふっ」

 

 ニヤニヤしながら絡んでくるティオナとティオネの声で頭が痛むが、ベートはそんなからかいは気にならなかった。

 

「うっせぇ、後半の分は俺が払うつもり……って違う。おい、バカゾネス。俺を運んでいたガキの様子はどうだった!?」

 

「なに?まだ酔ってんの?」

 

「うるせぇ!どうだったか聞いてるんだよ!」

 

「いつもと変わらないわよ。それよりもお礼を言っときなさいよ。体格差のあるのにしっかり担いで連れてきてくれたんだから……ってちょっとまだ話しているでしょ!」

 

 運んできたルインの様子を聞いたベートはティオネの話を途中から聞かずに走り出していた。目当ての部屋の前に着き、ノックもせずに乱暴に扉を開ける。

 

「おい、フィン!いるか?」

 

「ああ、ベート。やっと起きたんだね。ちょうど昨日のことを聞きたくて呼ぼうと思っていたんだ」

 

「お前が酒に弱いことはなんとなく察していたが、今回のことは流石に目に余る。暫くの間、禁酒してもらうつもりだ」

 

「うるせぇ、ババア。フィン、昨日ルインが来た時に会ったか?」

 

「いや、僕はその時手が離せなくてね。リヴェリアが対応してくれたんだ」

 

「ベート、今回の件はルインから粗方聞いている。ルインに罪悪感を持たせない為に提案していたと思っていたが、かなりの額を使わせるとは見過ごすことはできん」

 

「ガキの様子はどうだった?」

 

「だから聞いているのか?反省の色が見えるまでは禁酒してもらうぞ」

 

「だから、ルインの様子はどうだったか聞いてんだよ!」

 

 話を聞かずルインの様子ばかり尋ねてくるベートに説教モードに入っていたリヴェリアも不思議に思い、フィンに目線を送る。それにフィンも同意する仕草を出す。

 

「普段通りだったと思う。私が直接相手をすると恐縮させすぎるから、直接のやり取りは別の者が行ったが、隣にいておかしな点はなかった」

 

「クソっ!最悪だ。フィンが弱いから小人族はそういうもんだと思っていた」

 

「ベート、話が見えない。ルインが酔っていなかったことのなにが問題なんだ」

 

「ここに来た時よりも酷い目をしていた。あの時のことを思い出しているかもしれねぇ」

 

「どういうことかな?」

 

 ベートは酒場であったことを説明する。他派閥の冒険者のベルに向けた煽りが偶々聞こえてしまった後の様子を話す。それ以前のルインの様子についてはベートの勘が理由だと、はぐらかされてしまったが、主神を蔑める発言から様子がおかしいのは理解できた。

 

「確かに怒ったりしていたなら違和感は持たないが、焦っているように見えたか。わかった。このことはロキに伝えておく」

 

「おい、お前は動かなくていいのか?」

 

「動かないではなくて、動けないんだ。僕達が動いてしまえば状況は悪化する。彼に直接の被害が無いうちは静観するしか出来ない」

 

「被害が有ればどうするつもりだ?」

 

「君達に迷惑はなるべく掛からないようにするから大丈夫だよ」

 

 ベートはフィンの有無も言わせない目にそれ以上、何も言わなかった。元々、策略の類いはフィンの方が上手だ。柄にもなく頼ってしまう自分の弱さを憎みつつ、部屋を出て行った。

 

 その頃、ルインは普段通り朝の準備に勤しんでいた。昨日までと違ったのはベルとヘスティアも積極的に手伝っていたところだが、少し手持ち無沙汰になり寂しく思う。ホームのことは任せて近所の手伝いを終わらせてから朝食を始めた。

 ヘスティアは食べながらルインの様子を見ていた。どことなく昨日よりもスッキリとした表情の様に感じられる。夕方知り合いとの予定で出かけていたが、それが良かったのだろうか。昨日は、珍しくベルが喧嘩をして帰ってきたりと、二人の冒険以外での年頃らしい行動を見ることが出来た。懸念材料が多く安心はまだ出来ないが、笑顔で見守るぐらいは許されるだろう。仲良く三人で朝食を続けてた。

 

 その後、ヘスティアはバイトに行くと言い残し出かけて行った。勿論、嘘では無いが、目的は違った。ヘファイストスファミリアに到着すると応接室に案内され、すでに待っていたヘファイストスとロキの近くに座る。

 昨日、夕方にヘファイストス相談して、ロキとの面会を取り付けることにしたからだ。元々は、直接ロキを訪れるつもりだったが、ヘファイストスから周りのルインへ状況を聞かされ不自然のないように場を設けることになった。

 ヘスティアは、ヘルメスがルインに接触したことを告げる。

 

「なるほどなぁ。それならウチが伝えたかったことが、一応やけど真実味を帯びてきたわ」

 

「どういうことかい?」

 

「ウチもさっき聞かされたばかりやから、半信半疑やったけど……。もしかしたら、ルインはあの時のことを思い出してるかもしれん」

 

 ヘスティアは、想像したくなかった推測に声も出せずに固まってしまう。その様子を見たヘファイストスがロキに続きを話すように促す。

 

「まあ、ウチもまだ詳しくは理解できてないから、言われたままを伝えるで」

 

 ロキは出掛ける直前にフィンから聞かされたベートからの情報を話し始める。

 

「そんな、じゃあボクはヒントをしっかり聞いていたのに気付けずに笑っていたってことかい。……今までのことといい、主神失格も甚だしいじゃないか」

 

「ドチビ。お前がせなかんことは、打算なく、今まで通りにルインに接することや。それ以外ならウチらも手伝えるけど、それは主神にしか出来んからな」

 

 ヘスティアをロキが慰めるという、神々からは想像もできない姿をヘファイストスは眺める。しかし、ヘルメスの狙いも未だ不明だ。親身になる神は多くいるからこそ、自分は一歩引いて眺めていくしかないと改めて感じさせられた。

 




情報交換は一先ず、終わりになるかなと。
そろそろ太陽神を出さなければ……。


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28.招待状

 

 ベルは朝食が終えるとギルドへと足を運んでいた。ヘスティアはバイトに向かい、ルインもディアンケヒトファミリアに受診に向かうと聞いていた。緊急事態とはいえ十八階層に到達したことを話した場合、担当アドバイザーからの説教が長引くことは目に見えてしまったので、先延ばしになってしまった。きっと、これも怒られると思いながらも、無事を伝える為にいつもより重く感じる扉を開ける。ギルドに入るとすぐに笑顔のエイナと目が合い、遠い目をしながらゆっくりと近づいていった。

 

「……という訳で、これからは勉強量は増やさないといけないけど、問題ないよね?」

 

「えっと、これ以上増えると、頭が追いつかないかなぁなんて……」

 

「ルイン君は退院したその日に、担当アドバイザーに顔を出していたみたいで、ベル君の無事を、まさか同僚から聞くことになるとは思わなかったなぁ〜」

 

「うっ、わかりました。ご指導の程宜しくお願いします」

 

 笑顔なのに威圧感が隠せていないエイナのペースに乗せられ、少し悲しそうな顔をしてみると案の定、ベルは簡単に折れて勉強を厳しくしていくことに決まる。

 

「まあ、おふざけはこれぐらいにして、最近ヘスティアファミリアについて聞き回っている怪しい集団がいるみたいだから、ファミリアに戻ったら伝えてくれる?」

 

「僕達をですか?」

 

「そうなの。理由は全くわかっていないけど、複数の人から報告があって。ほら、ルイン君は一般の人に顔が広いじゃない」

 

「確かによく色々と手伝ってますね」

 

「それで聞かれた人が怪しく思ってギルドに伝えにきてくれたの。ただ、人想像がどれも違うから複数人が動いてることしかわかってないけど。それに、最近通り魔事件も多いみたいだし、ベル君達はレベルアップしていてもまだまだ駆け出しなんだから気をつけてね」

 

「と、通り魔ですか?」

 

「そうよ。素行の悪いことで有名な冒険者が数人路地裏でね。狙ってなのか、偶然なのかも分かってないから、夜はあまり出歩かないように!その件でギルドもガネーシャファミリアも少しピリついているしね」

 

 ベルは、知らないところで恐ろしいことがあったという事実に思わず息を飲む。その様子を見てエイナは笑みを溢し、話題を変える為にそのまま勉強会を始めることにした。

 

 数時間後、ベルはようやく解放され、痛む頭を押さえながら歩いていた。

 

「あんたがベル・クラネルかい?」

 

 見知らぬ女性二人に声を掛けられる。昨日喧嘩をしたアポロンファミリアを名乗る二人からヘスティア宛の手紙を渡された。

 

「ご愁傷様」

 

 最後に一言だけ呟き、立ち去る二人を見た後、ベルはホームへと戻っていった。

 

 手紙を受け取ったヘスティアは、アポロンからのパーティの招待状と話していた。眷族を一人同行させるという、今までになかった内容にヘスティアはベルとルインを見る。どちらを連れて行くべきか。

 自分の乙女心はベルと叫ぶ。しかし、主神としてはどちらも選べない。どうするべきか、一人悩んでしまう。

 

「一人ならベルが行くべきですね」

 

「いや、僕はこういうのに慣れてないからルインの方がいいよ」

 

「僕もパーティなんて行ったことないよ。こういうのは団長が行かないと」

 

 ベルは言葉を詰まらせ、ルインの言い分が通ったようだった。それならと、ヘスティアはベルを連れて行くことに決める。パーティ用の衣装や馬車の手配はルインの知り合いに頼むことになり明日三人で行くことになった。

 

「そう言えば、ギルドで言われたんですけど、僕達を調べている人達がいるみたいです」

 

 ベルは、話がまとまった頃合いで、エイナに注意されたことを二人に説明していく。ヘスティアは思い当たる様子を見せ、ルインも何か考えている。

 通り魔の話をするとルインは何かに気付いたように顔を上げた。

 

「ベル、リリルカさんにも伝えてあげて」

 

「え?どうしてリリに?」

 

「リリルカさんは、ヘスティアファミリアのパーティだし。素行の悪い冒険者が被害者なら仲間割れも考えられるよ。もし、それぞれが同一犯なら狙いはリリルカさんかも」

 

 ベルは、思いもよらない考えをルインから聞き驚く。最悪を想定する大切さはこの間体験したばかりだ。もし、杞憂ならそれで問題ないから、ルインの意見通りにすることにした。場合によっては解決までホームに匿うことをヘスティアから許可も取り、明日早速、声をかけようと思った。

 

 翌日、ルインの案内のもと服屋にヘスティア達は向かっていた。途中、ヘスティアからの提案でミアハとナァーザも誘い五人で訪れ、ルインを除く四人分の正装を中古ではあるがかなり安く購入することができた。その後の馬車の手配も問題なく終わり、ベルは改めてルインの人脈に驚かされる。それも、入団当初から見返りもなく手伝っていたことから出来たことはベルも知ってはいたが、仲良く話している店主とルインを見ると凄いとしか思えなかった。満足気に帰るナァーザ達を見送り、ベルはリリのもとへ向かうことにした。

 

「ごめんね、リリ。突然会いに来て」

 

「いえ!ベル様が会いに来て、リリが迷惑に思うことなんてありません!」

 

 下宿先のノームの店を手伝っているリリを呼んでもらい、迷惑にならないように店の隅で話す。通り魔事件についてはリリも知っていたみたいだったが、ヘスティアファミリアの件については初耳だったようだ。そこに、ベルがルインの考えも伝える。

 

「もし、リリが良かったらほとぼりが済むまでホームに来てもいいからね」

 

「ベル様、ありがとうございます。ですが、もしリリが目的なら、リリがいないことでこの店に迷惑になるかもしれません。ですから、今回は断らせて頂きます。心配して頂いたのに申し訳ありませんが……」

 

「ううん。そうと決まった訳でもないし気にしないで。でも、おかしなことがあったらすぐに言ってね」

 

 ベルも無理強いは出来ないと思い、注意する様に伝えてホームへと戻ることにした。

 




ルインによりリリへの注意が強くなります。
パーティへは原作通りベルに行ってもらいます。アイズや命が行くので、団長は理由にならないかもしれませんが、他所は他所、ウチはウチということで。


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29.太陽神の宴

 

 翌日、ベルとヘスティアは手配した馬車に乗りアポロンファミリアのホームに訪れた。同乗していたミアハ達と共に案内された会場へと入っていく。会場を見渡すとタケミカヅチとヘファイストスの姿を見つけ合流することにした。

 タケミカヅチの連れてきていたのは命だった。綺麗に着飾っていたが、かなり緊張した様子だったので、仲間を見つけたベルは互いの緊張をほぐす為に何気ない会話を始める。

 

「やあやあ!みんな集まってるみたいだね。俺も混ぜてくれよ」

 

 何食わぬ顔でヘルメスが合流する。ヘスティア達、神々は警戒するように睨みつけるが、その様子を眷族達は不思議そうにそれぞれの主神を見ていた。

 

「おいおい、共にベル君達を助けに行った仲だろう?そんな邪険にしなくたっていいじゃないか」

 

「よく、素知らぬ顔でボク達の前に来れたね」

 

「それについては申し訳なく思っているよ。例え知らなかったとはいえ、助けられたかもしれないからね」

 

 悪びれないヘルメスに、ヘスティアは思わず睨みつけてしまう。その様子に苦笑いをしながらヘルメスは、神だけに聞こえるような声で近づいて話す。

 

「この話はまた後でしよう。君達の子に要らぬ不安を持たせるのは本意ではないんだ。せっかくのパーティだ。今は楽しもう」

 

 ヘスティア達はそれぞれ自分の眷族の方へ目を向ける。不思議そうにみているベルや、心配そうにしている命、判断を任せるように頷くナァーザが目に入る。

 これ以上は、連れてきた子に申し訳なくなる為、ヘスティア達は了承するしかなかった。

 警戒心は解かずに何もなかったように接することで、パーティを台無しにしない。だけど、必ず何かしらを聞いてやる。四人の神は口にはしないが、同じ思いでいた。

 直後、タイミングよくアポロンからの挨拶が始まった。ベルはアポロンからの視線を感じ、警戒する。その後、ヘルメスからアポロンについて聞かされるが、視線の意味を理解できなかった。

 

「おっと、大物の登場だ」

 

 ヘルメスの呟きを聞き、その方向へ目を向ける。フレイヤがオッタルを連れてこちらに向かってきた。

 

「……やあ、フレイヤ。何しに来たんだい?」

 

「別に挨拶に来ただけよ。知り合いが集まったているんだもの。楽しそうじゃない」

 

 フレイヤは、その場にいる神に目を向ける。ヘルメス達男神は直後に痛みに耐えるような声を上げていたが、ベルは美しい女神に思わず赤面する。フレイヤは気にせずにベルの頬に手を添える。

 

「今夜、私に夢を見せてくれないかしら?」

 

「させるか!!」

 

 すぐにヘスティアが、その手を払い、ベルに厳重注意をする。ヘスティアの機嫌を損ねてしまった為、フレイヤは席を外そうとするが、何かを思い出したように立ち止まる。

 

「ヘスティア。もう一人の子をしっかり見てあげないとダメよ」

 

「どうしたんだい、急に」

 

「いえ、私も勘違いしてしまうくらいだもの。貴方のことだから心配はしていないけど」

 

「何を言って……?」

 

「もう行くわ。じゃあ」

 

 フレイヤは、ヘスティアの疑問には答えずにそのまま離れていく。入れ違いでロキとアイズが合流するが、すぐにヘスティアと喧嘩が始まる。その様子を気にもせずベルはアイズに見惚れてしまうが、ヘスティアに抓られ冷静になるが、またも喧嘩を始めたので早々にアイズと離れることになった。

 

 その後、ベルはヘルメスの計らいによりアイズと踊ることができ、楽しいひと時を送ることができた。

 

 パーティも佳境を終える頃合いにヘスティア達のところにアポロンが訪れた。初めは、形式的な挨拶や酒場で起こった喧嘩の話などを話していたが、アポロンが大々的に被害を訴えるところから場の空気が変わった。

 

 初めに手を出したヴェルフの主神であるヘファイストスが抗議するが、アポロンは一貫してヘスティアを責め立てる。戦争遊戯を提案するが、ヘスティアは断りベルを連れて会場を後にした。

 ヘスティアが去った後も、関係のない神達は盛り上がっていた。

 

「なあ、アポロン。一つ忠告してもええか?」

 

「なんだい、ロキ。まさか、噂の通りヘスティアのところと仲良しなのかな?いくら大派閥の主神だからといって口を挟まないで欲しいんだが」

 

「戦争遊戯も、お前が欲しがってる子のことも興味ないから安心しいや。ただ、ドチビんとこのもう一人の眷族についてや。そいつに戦争遊戯以外で何かあったらうちの子がお前のとこ潰すで。ウチでも止められんから、そこだけは気い付けてや」

 

 ロキはそれ以上は話さずアイズを連れて去っていく。その様子を見ていた者達は、近々波乱があることをどこか感じることができていた。

 

 パーティが終わり、馬車を使わずに歩いているフレイヤの元に、ヘルメスが一人近づいていった。見える範囲にはオッタルの姿は確認出来ないが、闇に紛れて眷族が護衛をしているのは、変わらず余裕のある雰囲気で判断できる。

 

「あら、ヘルメスどうかしたの?」

 

「冗談はよしてくれ。こうして歩いてるのは俺の訪問を予想してだろう?」

 

「ええ、そうだけど。それで?何が聞きたいの?」

 

「ヘスティアのもう一人の眷族について。貴方なら気にもしないと思っていたんだが、どうも予想が外れたみたいでね」

 

「あの子のことね。そうね、途中までは貴方の予想通りよ。でもね、気付いてしまったから見守ってあげようと思えたのかしら」

 

「気付く?彼は何か違うというのかい?」

 

「そうね。地上の可能性を見せてもらえたことかしら。ああ、貴方の求めてるものとは違うけど」

 

 それ以上は答えるつもりがないのか、オッタルが姿を現しフレイヤを連れて闇に消えていった。ヘルメスはその真意を掴むことが出来ず、フレイヤ達の気配が無くなったのを確かめて舌打ちを残して闇に紛れていった。




ルインが絡んでいなければヘスティアとロキは相変わらず仲は悪いです。
ヘルメスがいる現場を見ればロキも状況把握ぐらいは簡単にできると思いますので、周りに対するパフォーマンスも考慮しています。


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30.襲撃

 

 翌日になり、いつも通りルインは朝の準備を始める。昨晩、予定より早く帰ってきたヘスティアはかなり不機嫌だったので、起きたら機嫌が戻っていることを願いながヘスティア達が起きてくるまでに作業する。

 

 慣れないパーティで疲れたのか、起きてこない二人はそのままにして外に出る。ルインは、不穏な気配を感じて周りを見渡すが、姿を見つけることは出来なかった。念の為、近所の人達に手伝いついでに気を付けるように話していく。話を聞いた人達は、ルインの話を信用して周りに広めながら静かに避難していく。避難の手伝いもしながら周囲を警戒するが、ホームから離れるほど気配は薄くなっていく。心配のし過ぎかと思い始めた頃に、大きな破壊音が響き渡った。ホームの方向から聞こえた為、焦りながら向かっていく。

 

 辿り着いた時に目にしたのは跡形もなく破壊されているホームの姿だった。周りの静止も聞かずに、ルインは瓦礫と化している教会に近づいていく。ベルとヘスティアが生き埋めになっている可能性を否定出来ず、必死に地下室への入り口を探す。

 突然のことで慌ただしかった周囲も、教会が破壊されてから被害は遠ざかっていったのでルインを止めようとするが、手を動かし続ける。少ししてからベル達が襲撃者から逃げている姿を目撃した人が現れ、ようやくルインは手を止めてその場に座り込んだ。安心して力が抜けたのか動くことが出来ずにいたルインを安全なところに運び出して、周りも一息つくことが出来た。

 

 近隣住民は怒りを抑えることが出来なかった。ルインが一早く気付いてくれたので怪我人こそ出はしなかったが、破壊の影響はかなりあった。それに加えて、自分達の為に動いてくれたルインのファミリアを攻撃されたことが何よりも彼らは許すことが出来なかった。混乱も落ち着き始めるような時間になっても動きを見せないギルドに対して暴徒のように詰めかけるのにも時間は掛からなかった。

 

 ギルド職員達も早朝から慌ただしくしていた。ヘスティアファミリアが襲撃されたことを聞き、状況把握の為に動いているところで、一般住人達が大量に抗議の為に集まって来たからだ。初めのうちはガネーシャファミリアが介入してくれて落ち着かせてはいたが、時間が経つにつれ人数が増えていき抑えることが難しくなっていた。主神のガネーシャによる説得にあたっていたが、とある人物の登場で状況が変わることになる。

 

 ロキファミリアの【勇者】が武装した姿でギルドの前に現れた。剣呑な雰囲気から、誰しも息を飲んで様子を伺う。

 

「僕からの要求は、この件の容疑者が誰か。ギルドとしてどう対応するつもりか。その説明を求める。ここに集まっている者はそのつもりで来ているからね。……ああ、それとこれは個人的に動いていることだから、ファミリアにペナルティが来るなら、ファミリアを動かして実力行使も辞さないからそのつもりで」

 

 フィンから告げられたことにより職員達の緊張感が何倍にも高まっていく。アポロンファミリアとソーマファミリアが関わっていることなどの現在わかっている内容を、ペナルティについては事情聴取を行わなければ決めることは出来ないが、厳罰を約束する旨を公表する。

 誰もが納得は出来なかったが、これ以上は難しいと判断しようとする中、ヘスティアファミリアとアポロンファミリアの戦争遊戯が決定したことが発表された。

 

 フィンはそれを聞いてからすぐにその場を後にし、住民達もルインの為にできることを探す為に動き出し暴動は治まっていった。

 

 ヘスティア達は戦争遊戯を受諾してから急いでホームへと戻っていた。余裕が無かったので、逃げ回ることしか出来なかったが、ルインの無事を確かめなければならなかった。

 跡形もなくなっていたホームに辿り着いた時に、保護されていたルインを見つけることができて一安心する。ルインもヘスティアとベルの無事を確認できて、ようやく落ち着きを取り戻した。

 怪我をしていたのはベルのみだった為、手当てをしながら途中救援に来てくれていたヴェルフとリリが来るのを待つことにする。

 しばらくして、ヴェルフだけがホームに辿り着き、リリがソーマファミリアに攫われたことを知ることになる。

 

「リリルカさんを助けに行かないと」

 

 誰よりも早くルインが提案して、同じことを言おうとしていたベルや現場を見ていたヴェルフも同意する。すぐに動こうとするが、ヘスティアが待ったを掛けた。

 

「サポーター君のことはボクに任せて欲しい。だから、ベル君もルイン君も戦争遊戯の準備をして欲しいんだ。ヴェルフ君は有難いけど、ヘファイストスに迷惑をかけるわけにはいかないから気持ちだけ受け取るよ」

 

 ヘスティアの言い分に納得は出来なかったが、戦争遊戯に勝利出来なければ意味がなくなってしまう。自分に何が出来るかを考え、それぞれが動くことにした。

 

「一週間まではボクの方でなんとかするさ!君達は安心して準備に専念するんだ!」

 

 ヘスティアの発破を受け、それぞれが決心を改めてるように頷いた。




ダンまちの世界観は冒険者とギルドが力を持ち過ぎて一般人は何も言えないような空気感があるように思いますが、切っ掛けが有れば団結してもおかしくないかと。
ギルドもトップはある意味神ですから、板挟みになる職員が不憫に思えてしまいますね。


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31.改宗

 

 戦争遊戯への準備を始める。とは言ってもベルもルインも具体的な方法は思いつかなかった。長く見ても一週間で自身を強化することはかなり難しく、無難に思いついたタケミカヅチファミリアでの稽古を依頼するかどうか迷ってしまう。二人で考えるがいい方法が思い浮かばず、それぞれの判断で動くことにした。

 

 ベルは、無理だと分かりながらもロキファミリアに向かっていた。アイズとの面会を求めるが、門番達も他派閥とのいざこざを知っているようで当然断られる。それでも、本人から断られない限り諦める訳にはいかない為、何度も食い下がる。初めは丁寧に接していた門番達もそうなっては力尽くでいくしかなく、平行線を辿っていた。

 

「何をしてるの?」

 

 その様子に見かねたのか幹部であるティオネが声を掛ける。門番から事情を聞いたティオネはベルの胸ぐらを掴み脅すように突き放す。ただ、ベルにだけ聞こえる声で行くべき場所を伝える。ベルは意図を察して頭を下げてからそこに向かうことにした。

 

「団長と……ルインに感謝しなさい」

 

 最後に聞こえた言葉が耳に残ったが、それに応える為にも目的を達成しなければならない。ベルは進むスピードを上げて一秒も無駄にしないように向かっていく。

 

 ルインは、ベルと別れてからも行き先を悩んでいた。一瞬ロキファミリアを思いついたが、派閥の問題に巻き込むことなんて出来なかった。一先ずは、ホームが破壊されたことにより失った装備を手に入れる為にヘファイストスファミリアに向かうしかなかった。持ち金もあまりないので、借金を頼むところから始めなければならないが。

 

 すぐにどこかへ向かったベルと違って未だにどうするか決めていない自分を情けなく思いながら進むしかない。すれ違う人達が、心配して声を掛けてくれたのが、僅かにルインの心を楽にしてくれていた。

 

「ここなら、誰の目もありませんが……。何か用ですか?」

 

 ルインは、ある目線に気付いた。人気のない道を進んでいき、誰もいないことを確認してから声を掛ける。

 

「……最低限は持っているようだ」

 

「えっと、ご存知だと思いますが、あまり時間はなくて」

 

「ついて来い」

 

 ルインの質問に答えるつもりがないのか、男は黙って進み始める。ローブを纏って容姿は全くわからないが、ルインには目処が付いていた。

 必ず、強くなれる。ルインは目の前に現れたクモの糸をただ掴むしかなかった。

 

 ついて行った先は、ダンジョンの八階層の隅にあるルームだった。滅多に人が来ないと思える場所に到着すると、ルインが普段使っているモノに近い剣を投げ渡される。ルインはそれを受け取り、相手の意図を理解して戦闘態勢に移る。

 

「まさか、貴方と手合わせ頂けるとは思いもしませんでした。今の状況ではなければ、自慢して回っていましたが」

 

「御託はいい。全ては女神の御意志によるものだ」

 

 男はローブを脱ぎ去り、大剣を構える。オラリオ最強の【猛者】と戦えることに、体が震える。周りに目線を向けると、同じ様にローブを纏った者が通路を見張っている。邪魔が入る心配がないと判断し、ヘスティアの心配を減らす為にもオッタルの技術を一つでも吸収しなければならない。誰の合図もなく、二人は剣撃を放った。

 

 三日ほど経った頃、ヘスティアは仮病を使い神会を長引かせていた。それを行うのも、リリの救出はファミリアの存続に必要なことだったからだ。ベルやルインの力を借りない以上、タケミカヅチとミアハのところを頼ることになった。思うことがあるのか、ヴェルフも個人的に強力してくれることになりリリの救出作戦についてまとまっていった。

 

 ヘスティアは、その日に行われる神会に向かった。戦争遊戯の内容について固める為だ。盛り上がりを減らさない様に、ロキもそれとなくフォローをしてくれるが、最終的にくじ引きで決めることになる。

 くじを引いたのは、お互いの神友ということでヘルメスが担う。結果は攻城戦。人数的不利のヘスティアが攻め側を行うことになり、ヘルメスの提案で助っ人を一人認めることとなった。ただ、オラリオ外のファミリアに限るが。

 助っ人に関してはヘルメスが手配すると提案がされる。ヘスティアとしては信用することは出来ないが、背に腹もかえられないため頼むことにした。

 

 ヘスティアは神会を後にすると、そのままリリが幽閉されていると思うソーマファミリアの酒蔵を目指していた。

 

「神ヘスティア。同行の許可を願いたい」

 

「いいのかい?君のファミリアに迷惑にならないかい?」

 

「直接手助けが出来ないことが、何よりも悔しい。もし、ファミリアに迷惑がいくようなら力尽くで潰してみせるよ。それぐらいの力はあるつもりだからね」

 

「君がいてくれたら百人力だよ。ルイン君の為に危ない橋を渡らせてごめんよ」

 

 ローブを深く被る小人族を連れてヘスティアは目的地まで進んで行った。目的地に着くとタケミカヅチファミリアとヴェルフが合流する。ヘスティアの連れていた人物に一瞬驚くが、この場にいる意味を察する。

 ヘスティアが、酒蔵に足を踏み入れるとソーマファミリアの陣営が向かってくる。しかし、ヘスティアの連れた小人族により一瞬で鎮圧され、歩みを止めることは出来なかった。横から妨げようとする者達はタケミカヅチファミリアが相手をし、ヘスティアはただ前に進んでいく。

 リリも外の様子に気付き、チャンドラの助けもあり抜け出すことは出来ていたが、小窓からヘスティアへ止めるように願う。

 

「サポーター君、君の力が必要なんだ!ベル君とルイン君の為に力を貸して欲しい!」

 

 ヘスティアの想いを聞いてしまい、何かを考える前にソーマのところへ向かってしまう。争いを止める代わりに渡された神酒を飲み干しても、自分の願いを伝え争いを止めることができた。

 

 ソーマの部屋に辿り着いたヘスティアは、ソーマにリリの改宗を願う。ソーマも思うところがあったのか、それを受け入れるが、団長のザニスが待ったをかけた。しかし、話始める前に小人族の同行者に制圧される。

 

「おっと、君は話すことさえ許さないよ。君のしたことは把握している。それに、僕の友人と同胞を食い物にしたんだ。当然の報いだろう?」

 

 向けられた槍を目にして抵抗することも出来ずに、ザニスは力なく項垂れることしか出来なかった。

 

 ソーマとヘスティアによりリリの改宗は行われた。ヘスティアはソーマへ眷族への対応を軽く叱り付けるが、それ以上は語らなかった。無事にリリを救出できたことで、手助けしてくれた小人族は安堵を溢して去っていった。その後、ヴェルフと命が改宗を願いヘスティアは少し混乱してしまう。ヴェルフはベルを救う為に、命はルインへの借りを返す為に。

 ヘスティアは二人の偽りのない言葉を受けて、それを受け入れた。タケミカヅチと相談して命に関しては一年限定だが、その決意に感謝を抑えることは出来なかった。

 




助っ人の登場でリリの救出もスピード解決です。金も請求される前に制圧していますので、ヘスティアナイフを担保にすることもありません。


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32.猛者

 

 ルインは、オッタルへ剣を振るうが全く通用することなく、全てが空振りとなる。息が荒く、大量の汗をかいている。しかし、相手しているオッタルは始めた時と変わりなかった。もう、いくつ振ったかもわからない。千や二千は軽く超えているだろう。剣を握る手も次第に力が込めにくくなっていた。

 

「……お前の覚悟はそれだけか?」

 

 重々しく尋ねるオッタルに、ルインは疑問を問うように目線を向ける。

 

「お前の覚悟がそれまでなら、やはり噂通り主神の品格はたかが知れている」

 

「……っ、取り消せ!」

 

 オッタルの言葉に反応してルインに力が戻る。今までよりも鋭い一撃を繰り出すが、大剣により防がれてしまう。初めて避け以外の行動を移していたが、それに気付く様子もなくルインは剣を振るう。オッタルは冷静に力量を確認するように剣撃を受ける。

 

「所詮、この程度か。やはり、主神の程度は知れているようだな」

 

 オッタルの一言をルインは許せなかった。自分のせいでヘスティアの面目を潰すことがあってはいけない。剣を握る力は強くなるが、訂正させるために必要な要素を見つけられない。弱者でしかない己を恨むことしか出来なかった。だからといって、何もしないことは選べない。しかし、剣は全く通用しない。

 

 今までの訓練もレベル差の前では意味がないのか。

 

 自分自身で今までの努力を否定したくなる想いが、否定できなくなる。ルインの視界が黒く染まっていく。だけど、それはヘスティアへの裏切りだ。それこそが許してはいけないことだ。

 

 身に覚えのない既視感が手に力を取り戻してくれた。刃に嘆きを込める。目の前の強者にヘスティアを認めさせることが出来なければ一生役に立つことも許されない。赤く瞬く刃を改めて構える。

 

 命を燃やせ。

 

 相手がオラリオ最強など関係ない。あの暖かい女神を蔑む目を許してはいけない。ルインは再び剣を振るっていた。

 

 変わりなくオッタルはルインの剣に対応していたが、剣を受ける度に、少しずつ鋭さを増すルインの剣に驚く。それは僅かな誤差が続く程度だ。しかし、いつかは己に届きうると、確かに感じでしまった。オッタルは、女神が指示を出してきた時を思い出していた。

 

『あの子の力量を測って貰えないかしら?』

 

『あの者は興味を無くしたのでは?』

 

『ふふ、あの時は私も気付けてなかったのよ。でも、あれは地上の子の可能性の一つ。それが、本物かどうかは、私が見届けなければならないわ』

 

『それが、女神の願いなら』

 

『ええ、それを確認できるのは私の子にしかできないもの。ああ、ヴィーナスやアプロディーテにも見せてあげたかったわ』

 

 あの時は深く理解できていなかった。しかし、今なら理解できた。確かにこれは自分達にしか理解できない。オッタルは、久しぶりに自分が斬られていることを把握しながら笑みを浮かべる。目の前の弱者は確かに強者になりうる。ならば、最強を名乗ることを女神に許される自分が、泥を塗ることは出来ないと、オッタルも少しずつギアを上げていった。

 

 ルインとオッタルの戦いは数日間にわたった。どちらかが血が足りなくなる度に休憩を入れたが、それ以外は剣を振るっていた。終盤になると、決して格下に向けてはならない力を振るうオッタルに通路を封鎖していたフレイヤファミリアの面々が止めようとしてしまう程に。しかし、それに応えるルインを見て足を止めていた。

 

 二人の戦いに思わず見惚れてしまっていた。

 

 強者と弱者の戦いはあまりに美しかった。血に塗れ、汗や土埃により汚れているが、その様子を美しい以外の言葉で表せなかった。しかし、終わりは唐突に迎えた。お互いの剣が砕け散り、呆気なく終了することになる。

 

「先に述べたお前が敬愛する女神を蔑む言葉を撤回する。我が女神に近いと認めよう。だが、俺がいる限り我が女神の方が上だが」

 

 オッタルは、ルインに向けて言葉を送った。ルインも汚名返上でき、安心する。オッタルが去る姿を見た後に、どれくらいの時間が経ったかを、まだ残っていた人に尋ねる。

 戦争遊戯に間に合うことがわかり安心するが、フレイヤファミリアの団員にダンジョンの外に連れてもらうことを頼み、ベルとの合流を行うことにした。

 

「それで、貴方から見たあの子はどうだった?」

 

「女神の御慧眼の通りでした。若干、使い慣れていないスキルに頼りすぎているように感じますが、あの歳では妥当かと」

 

「貴方がそういうならそうなのでしょう。ねえ、久しぶりにステータス更新をさせてもらえる?」

 

「しかし、私のステータスは……」

 

「何故か、しなければならない気がするの。女神の勘と言えばいいのかしら」

 

 上品に笑うフレイヤを見て、オッタルも従う。Lv.7になりもう七年も経つ。殆どの基礎アビリティも上限に達して以来、更新を長らく行なっていなかった。少し懐かしさを覚えつつ、作業に取り掛かる。

 

「ふふふ。やっぱり更新して良かったわ」

 

 嬉しそうにフレイヤは笑い、ステータスを写した紙をオッタルに手渡す。その内容に驚き、珍しく目を丸くする。

 

「ステータスが全て0に?」

 

「でも、全く違和感はない、でしょ?」

 

「はっ、その通りです」

 

「そうね、あの子のスキルがどういうものかは実際に見ないと分からないけど。そうね、擬似レベルアップと呼べばいいのかしら」

 

 楽しそうに説明していくフレイヤを見て、あの少年に感謝をする。初めは女神の指示により動いてはいた。しかし、剣を交えてから少年の武に対する想いも知ることができた。敬愛する女神こそ違うが、信じる道を進んで欲しく思える。

 

 どうか、神々の気まぐれに巻き込まれないように。

 

 オッタルは、自分らしくない言葉に少し笑ってしまうが、女神を楽しませるためにも自身の強化をどうするか考えにふけることにする。




あまり触れてはいませんでしたが、実力変わらずステータスが下がることは、レベルアップ時に似ているということですね。ロキが気付かないのはファミリアのこと以外にも闇派閥や新種、ヘルメス、ルインなど考えなければいけないことが多いため。フレイヤが気付けたのは魂の色を見れることなどが、挙げられます。


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33.助っ人依頼

 

 ルインは合流場所に向かう前に、ヘファイストスファミリアに来ていた。オッタルとの訓練で忘れていが、装備を無くしていた。お金も無いので貸してもらうことになるのが、情けなくなる。無理を言っているのを理解しながらヘファイストスに会い、頭を下げる。

 

「お金ならあるじゃない」

 

「えっ?」

 

「ヘスティアから天引きしてる分よ。返済出来ていても内緒にする約束でしょう?だから今までのは私が預かってたのよ」

 

「でも、それはヘスティア様のお金で」

 

「私から見れば借金の相手が変わっただけなの。それでも納得できないなら、戦争遊戯に勝つことがヘスティアのためよ。貴方は素手で勝てるの?」

 

 ヘスティアの為と言われてしまい、ルインはヘファイストスの案に乗るしかなかった。その様子を見て、ヘファイストスは安心する。初めから準備していた小人族用の軽鎧をルインに手渡す。

 

「貴方の専属希望の子が打ったものよ。剣は直接渡したいみたい。……椿!いるんでしょう?」

 

 ヘファイストスの呼び声を受けると、扉が開く。

 

「ルイン、ようやく来たか。手前は待ちくたびれたぞ」

 

 ノックもせずに悪びれた様子もない、一本の剣を持った椿が現れる。手渡された剣を受け取ると、椿に促されて鞘から抜き、何度か素振りをする。初めてとは思えない程に手に馴染む。不思議な感覚に、ルインは剣を眺めてしまう。

 

「本来なら、それよりも上の素材で作るつもりだったのだが、主神殿に止められてな。しかし、予算内で最高の物を打った。お前の力を見せてもらうのが楽しみだ」

 

 オラリオ一の鍛治士からの餞別にいくら感謝しても足りないが、ルインは装備を身につける。自分を助けてくれる人の為にも勝たなければならない。改めて、ルインは決意して、ヘスティア達のもとへ向かって行った。

 

 ヘルメスは、神会を終えた後に情報の精査を行っていた。目星をつけた豊饒の女主人に訪れていた。オラリオ外の派閥の冒険者にヘスティアファミリアの助っ人を頼まなければならないからだ。準備中であることを確認してから店に入る。

 

「忙しいところすまない。リューちゃんと、クロエちゃんはいるかな?」

 

「また、ヘルメス様ニャ。今は忙しいから、後にするニャ」

 

 鬱陶しそうにアーニャは断るが、ヘルメスはミアに代金を払うことを条件に二人を借りることにした。アーニャやルノアから抗議が起こるが、ミアの一声で素直に準備に戻っていった。

 

「それで、私達を呼んだのはどういった理由で?」

 

「どちらかにベル君のファミリアの助っ人を頼みたい」

 

「戦争遊戯の話は聞いていますが、何故私達に?」

 

 ヘルメスは、二人に助っ人の条件を説明する。それを聞いて納得はするが、難色を示す。ヘルメスとしては、予想通りの反応ではあるが、頼みの綱にしようとしていたシルが不在だったのは計算外だった。

 

「悪い話ではないと思ったんだが……。例えば、クロエちゃんが最近興味を持ったあの少年と仲良くなれるチャンスにもなるしね」

 

「はっ、そうニャ!あの完璧な少年との出会いと考えると……。だけど、戦争遊戯は面倒だし……」

 

 クロエは、ぶつぶつと悩み出す。

 

「実は、リューちゃんが即答してくれてもヘスティアのところが了承しない可能性もあるからね。クロエちゃんが良ければお願いしたい」

 

「なぜ、私だと断られると?」

 

 ヘルメスは、リューの質問を受けて内心ほくそ笑む。

 

「それは、リューちゃんは俺の仲間だと思われているからだよ。俺は、ヘスティア達から警戒されていてね」

 

「言っている意味がわかりません」

 

「ベル君を助けに行った時に、十四階層でモンスターを引き付けてくれていた冒険者を覚えているかい?実はね、彼もヘスティアが捜索していたベル君の仲間だったんだ」

 

「なっ、見せてもらった依頼書にはクラネルさんの救出としか書かれていなかったはずです」

 

「俺が修正される前に受けたからね。それに、せっかく辛いことを忘れていたのに、思い出す原因を作ってしまったのも理由の一つかな」

 

 リューは、ルインが店に来た時を思い出す。そして、去り際の言葉も。ベルを優先にして見殺しにした神とその仲間。さらに、それを行ったのにも関わらず傷口を平気にえぐる傲慢なエルフ。

 知らなかったとはいえ、彼らにはそう見えてしまっても仕方がない。だからこそ、自身が一番嫌う行いをさせたヘルメスへ殺気を向ける。

 

「おいおい、そんなに怖い目で睨まないでくれよ。俺も悪いと思っているんだ。だから、もう一度機会を持ってきたんだ」

 

 リューは、その言葉に思わず手が出そうになる。だが、なんとか思い留まることができた。今、しなければならないのは、彼らへの謝罪だ。冷静さを無理矢理取り戻してから、ヘルメスの提案を了承する。

 

 ヘルメスは、思い通りの返事をもらい、ミアの了承を取ってからリューを連れて店を出ていった。

 

「ミャー!決めたニャ!ヘルメス様、助っ人の話引き受けたニャ!……ニャ?」

 

 クロエは周りを見渡すが、ヘルメスとリューの姿はなかった。状況が飲み込めず、アーニャ達に聞くが面倒臭そうに、帰ったことを聞かされる。

 あまりのショックで膝から崩れ落ちるが、サボっていると判断したミアのゲンコツによりそのまま床に伏せてしまった。

 

「アホニャ」

 

「アホだね」

 

 アーニャとルノアはリューが居なくなったため、先程以上の忙しさに追われながら、犠牲になった同僚へ同情した。

 

 




原作と違いシルが不在。本人の意思は関係なくリューの立ち位置が悪い為、クロエにも声を掛けています。
間接的に仲間を見捨てる行いの手伝いをしてしまったリューは、ヘルメスの提案を受け入れる以外の選択肢は残っていません。


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34.集合

 

 リリを無事に救出できて安心していたヘスティア達の前に、ヘルメスが現れた時に、タケミカヅチファミリアは思わず警戒態勢を取ってしまう。その様子を当たり前のようにヘルメスは不適な笑みを浮かべながら近付いてくる。

 

「やあ、ヘスティア。言った通り助っ人候補を連れてきたよ」

 

 ヘルメスから紹介されたのは見覚えのあるエルフの冒険者だった。

 

「どの口が言うか!ルイン殿を見捨てるような輩に背中など預けられません!」

 

 ヘスティアが反応するよりも早く命が声を荒げた。そのおかげで、ヘスティアは冷静さを取り戻すこともでき、ヘルメスの動向を見ることにした。

 

「それについては申し訳なく思っているんだ。ただ、受け取った冒険者依頼と内容が違ったからね」

 

「いいんだ、命君。それでヘルメス、そのエルフ君は信用していいのかい?」

 

 ヘスティアは、ルインのために怒ってくれている命に感謝しながら、ヘルメスを見据える。普段見せない真剣な姿に、ヘルメスも応える。

 

「ああ、信用できる。俺のことは疑ってくれて構わない。たが、この子に関しては君達の疑いに一切関わっていない。情報を司る、神ヘルメスの名に誓う」

 

 普段の演技じみた様子のない真剣なヘルメスを、ヘスティアは見つめる。ヘスティア自身、グータラで取り柄の無い神だと自覚はある。だけど、人を、神を見る目だけは誰にも負けないと、みんなに言ってもらえた。

 きっとそれが自分の長所だと、神友達の言葉を信じて、ヘルメスの言葉を認めた。

 

「エルフ君、ボクは君のことを許すと誓うよ。だから、ボク達に、ベル君とルイン君に力を貸してくれないかい?」

 

 視線をリューに移したヘスティアは、慈愛の目を向けてお願いをした。リューはその姿に思わずたじろいでしまう。憎まれると思っていた。抑えきれない感情のまま、罵詈雑言を浴びせられるつもりで来ていた。

 

 しかし、現実は許され、助けて欲しいと願われた。思いもよらない言葉に一瞬固まってしまうが、すぐに膝をつきヘスティアに頭を下げる。リューは、僅かに自身が捨てた正義を背中に刻んでくれた神の姿を、ヘスティアと被らせてしまい、溢れそうになる涙を必死で抑える。

 

 その様子を見て、不満を隠せないでいた命達も押し黙る。そして、ルインを置いて逃げた自分達を棚に上げていたことを恥ずかしく思う。

 

「よし!そうと決まれば、後はベル君とルイン君を待つだけさ!作戦は君に任せたよ、サポーター君!」

 

 先程とは違い、いつも通りのヘスティアに思わず笑いが起きるが、その場にいた者は根拠の無い勝利への自信を持つことができた。

 

 装備を整えたルインは、ホームに到着した。瓦礫となった教会でヘスティアを含む面々が見える。ヘスティアから、リリの他にヴェルフと命の改宗を聞かされ、二人に深く感謝する。

 

 ベルの合流はまだだが、先に戦争遊戯のルールなどを聞くことにした。主だった作戦はリリが考えてくれているらしく、それについてはベル合流後にするつもりだ。

 命に関してはどのような能力を持っているかは把握できているが、それ以外は不明である。ルインは個々の戦力の確認を行うことにした。ヴェルフとリリとの情報交換を行い、作戦の精度を高めてもらう。話終えると、ルインは助っ人のエルフのもとへ歩き出した。

 

「ルイン君、君に秘密にしていたのはボクが臆病だったからなんだ。エルフ君を責めないでやってくれないかな」

 

 リューの側に立っていたヘスティアは、ルインから庇うように先に声を掛けた。ヘスティアとしてはルインがどこまで思い出しているかも知りえていないが、初めに怒りを受けるのは自分自身でなければいけないと、先程までは考えていた。

 その姿を見たルインの少し寂しそうな表情を見ることで、また間違えてしまったことに気付く。

 

「ヘスティア様、僕は何も思い出していませんよ。だから、そんな辛そうな顔はやめてください」

 

 優しく笑うルインの言葉が、嘘だということは、ヘスティアにも理解できた。ルインもそれは理解しているはず。それなら、きっとヘスティアが庇うようにしたリューを気遣って嘘を吐かせたのだろう。ヘスティアは、自分の失敗を悔やむが平静を装う。ルインに気遣わせたことを無碍にできなかった。

 

「初めまして。今回は協力して頂いてありがとうございます」

 

 ルインの言葉に、リューも一瞬悲しげな表情を浮かべるが、すぐに改める。自己満足での謝罪ではなく、今しなければならないことを優先しなければならない。店での一件すら無かったことにされたとしても。

 

 ハラハラしながらルイン達の様子を見ていたリリ達は、遠目ながらも問題になっていないことに安堵していた。気付けばヘルメスの姿もなく、戦争遊戯に挑む自陣の戦力が決定されたので、来たるべきその日に最善を尽くすしか無かった。

 

 少ししてから特訓を終えたベルと合流することが出来た。ベルも改めて顔合わせを行い、ルインと共にステータス更新を行う。それぞれの準備を確認して戦争遊戯の舞台へと移動を開始した。

 

 リリの作戦上、大将戦はベルに任せることになり、それ以外の面々は先に向かう馬車に乗り込んだ。ベルは一人後発に乗っていたが、同乗していた人から応援を受ける。だが、その殆どはルインに向けていたものであり、少し肩身の狭い気持ちになっていた。

 

 先行隊のルイン達は揺れる馬車の中で、改めて細かな打ち合わせを行なっていた。リリの魔法による錯乱を主軸とした作戦であるが、ベルを敵大将であるヒュアキントスに無傷で向かわせなければならない。

 リューに魔剣を持たせて進入経路確保と多数の敵を対応してもらうことにする。命も魔法による足止めを、ルインとヴェルフでベルの護衛を行うことで作戦の説明が終える。リリにかかる負担が多いが、任せるしか無い。後は天命に任せて、それぞれが最善を尽くすだけだった。

 




ヘスティアとアストレアの神格はかなり近いものと思っています。ただ、ヘスティアの未熟さは拭いきれませんが……。


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35.戦争遊戯

 

 まもなく、戦争遊戯が開始される。ヘスティア陣営も緊張感に包まれていた。先に敵陣に潜入しているリリを信じて開始の合図を待つ。

 

『今ここで、戦争遊戯の開幕を宣言する』

 

 力の行使が行われ、空から神の声が聞こえた。

 

 リューが先陣切って、魔剣による攻撃を放っていく。城壁が破壊され、そこを守るためにアポロンファミリアの団員達が現れる。リリのおかげだろう。通常なら向かわせることのない量がリューを取り囲む。ベル達は、リューにそれを任せ、隙をついて城内へと進んでいった。

 

 命の魔法による足止めは成功し、ベルとルイン、ヴェルフはヒュアキントスがいる塔へと向かう。

 突然、ルインは足を止めた。ベルは、周囲に人影もないこともあり、不思議に思いながら同じく止まる。

 

「ベル、先に行って。後ろに結構な数がいるみたい。このままだと追いつかれる」

 

「なら、全員で相手した方が」

 

「目的を間違えたらダメだよ。ヴェルフさん、ここからは任せたよ」

 

「……ああ。ベル、行くぞ」

 

 ルインの頼みに、ヴェルフはベルを連れ前に進んでいった。剣を抜き、ルインは構える。追いかけてきた団員達がルインを取り囲むように動く。

 

「ベルを追わなくて大丈夫ですか?」

 

「はん、ヒュアキントスが負けるわけないだろ?それよりも、お前らの誰かを潰せば金が貰えるんだよ。城外のエルフや【絶†影】は厳しいがお前は楽そうだからな」

 

 ルインは、嘲笑う男から目線を外し周りを見渡す。殆どのものが、同じように笑っているが違う者も見つける。

 

「そこの貴方は違うように見えますが?」

 

「私は金なんてどうでもいい。戦争遊戯に勝てば、ようやく解放してもらえる。アンタには悪いけど勝たせてもらうよ」

 

 違うと感じた者達は、その言葉に同意しているように見える。ルインは、その違いを把握すると、まだ油断して笑っている男の腕を切り落とした。

 

 突然の攻撃に油断していた雰囲気は無くなる。斬られた男は痛みのあまりのたうち回るが、誰も気にしていられなかった。

 一斉に攻撃をしていくが、誰もルインを捕捉できない。あらゆる方向から剣による斬撃、槍による刺突、メイスによる殴打がルインには擦りもしない。死角からの攻撃ですら、見えているかのように捌かれる。

 噂と違うルインの動きに団員達は、恐怖を覚える。また一人武器を持つ腕が切り飛ばされている。また一人、無傷のまま意識を刈り取られる。確実に減っているアポロンファミリアの陣営は少しずつ無意識に後退していく。

 

「くそっ、こんなの聞いてないぞ。俺は逃げるか……ぐはっ」

 

 不利を察して逃げようとした男に、ルインは落ちていたナイフを投げ、背中に刺さった。

 

「なぜ、ヘスティア様を蔑めた貴方達が逃げられると?ああ、解放目的の方は逃げてもらっていいですよ。それ以外の方には、ちょうど僕も用があったので」

 

 その場から無事に逃げきれていたものは、ルインの言った者達だった。それに含まれない者は、一方的に蹂躙されるのをただ待つしかなかった。

 

 ベルは、仲間たちが切り開いてくれたおかげでヒュアキントスと対峙することができた。初めのうちは相手の油断からか攻勢でいられたが、カサンドラに動きを止められ劣勢に陥る。

 

 その隙を、ヒュアキントスが見逃すはずもなく、魔法を放つ。リリのおかげで拘束から解放されるが、追尾してくる魔法を躱すことことしか出来なかった。

 

「右に跳んで」

 

 ベルの後ろから、いつも通りの優しい声が聞こえた。その通り跳んで魔法を躱すと、その後を気にせずヒュアキントスへ接近していく。

 爆発を背中で感じるが、起こった風に乗りさらに加速していく。

 

「くそっ、アポロン様のお望みなど知ったことか。死ねぇ!!」

 

 このまま二人を相手にする余裕はヒュアキントスにはなかった。予備の剣を抜き、ベルへとどめの一撃を放つ。その姿を見ながら、訓練でのアイズの言葉を思い出す。紙一重で剣を躱し、ナイフを持っていない左手で顔面を殴りつける。ヒュアキントスはその一撃を受け、そのまま起き上がることはなかった。

 

 ベルは、後ろを振り返り煤けてはいるが無事な様子のルインが手を振っているのが見える。リリも喜びのあまりベルに抱きつき、ようやく終わったことが実感できた。

 

 ヘスティアファミリアの勝利。集まっていた神々は、想像していなかった終結に盛り上がっていた。ほとんどの神は、戦争遊戯の理由になったベルに注目している。仲間の力を借りて敵を討つ姿が、まるで物語を見ているようで皆が感動すらしていた。ルインを注目していたのは一部の神だけではあったのは、ヘスティアにとって幸運だったのかはわからない。

 

 ヘスティアによりアポロンの処遇が決まる。それにより、神々も戦争遊戯が終わったと判断し、解散しようとしていた。

 

「そういえば、私から一ついいかしら?」

 

 熱気が冷めつつあった場に、フレイヤが問いかける。その珍しい行動に、神々は同行を伺う。

 

「ヘスティアの子の二つ名を決めてあげたいの」

 

「ルイン君のことかい?」

 

「ええ、そうよ。ヘスティアが休んでいた時に話題に挙がったから知らないでしょうけど、とても酷い候補ばかりだから。私が決めてあげようと思って」

 

 ヘスティアは、仮病で長引かせている間に、とんでもないことが起きていたことを知り、すぐにヘファイストスに確認する。ヘファイストスも、悪ふざけでしていたことは知っていたが、腹は立っていたので素直に教える。

 

「なっ、【臆病者】に【小判鮫】、それになんだい【貧乳の嫁】って!?」

 

「ちょっと待って。最後のウチも知らん。誰や、ふざけた名前付けようとした奴は!!」

 

 知らないところで蔑称が付けられそうになっていたことに青ざめるヘスティアと、怒りに狂うロキにより、かなり混沌としていく。

 

「ふふ、ヘスティアの子が可哀想でしょう?本当は【騎士】にしてあげようと思っていたのだけど、どうしても私の子が付けたい名前があるみたいだから、そっちにするわ」

 

「君の子が?ルイン君と知り合いだったりするのかい?」

 

「ええ、あの子を理解できるのは私の子達だけだそうよ。私も無理って言われたの。酷いでしょ?」

 

 嬉しそうに笑いながらフレイヤは言葉を続ける。

 

「ふふ、前置きはもういいかしら。ヘスティア、貴方の子、ルイン・マックルーの二つ名は【剣聖】。今はまだ、少し足りないそうだけど、時間の問題だそうだから、その名に恥じないように頑張りなさい、と伝えておいてね」

 

 フレイヤから聞かされた二つ名に、全員がどよめく。その名は、アイズのレベルアップ時にも挙がった名前だったからだ。オラリオでの剣士の代表とも言えるアイズを差し置くことに、不満の声が多くあがる。

 

「あら、オラリオ最強が認めた者に送ったのよ?何が不満なのかしら」

 

 抗議をものともしないフレイヤから告げられた言葉を聞いて誰もが静まり返る。その様子を見てからフレイヤは嬉しそうに退室していった。

 

 【猛者】が認めたオラリオ一の剣士。今までの勝手なイメージからルインはようやく解放され、知らないところで注目を浴びることになってしまった。




アポロン陣営には大きく分けて三つの派閥があると仮定しています。主神に従うもの、無理矢理入れられたもの、素行の悪いものです。アポロンファミリアの評判の悪さの一つはアポロンが理由ですが、素行の悪い集団の存在も一つあるとみなしています。主神に従う者たちをリューと命が抑えて、それ以外がルインが対応した状況ですね。

ダフネやカサンドラのように二つに当てはまる者もいますのできっちりは分けられませんが、大まかにそう思えてもらえたら。


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36.帰還

 

 ルイン達は、戦争遊戯の会場からオラリオに戻った時に住民達から盛大に祝福された。そのほとんどがルインに対してであり、見慣れているベルは笑顔でいるが、初めて見るヴェルフやリリは目を丸くして驚く。

 リューは盛り上がりに乗じて姿を消しており、命は満足そうに様子を見ている。ようやくルインが戻ってきた時には髪が乱れて疲れ果てていた。ホームに向けて進んで行くが、同じことが何度か行われ、リリ達も慣れてしまい途中からは苦笑しながら待つ余裕も生まれていた。

 

 ホームに辿り着くと、ヘスティアが満面の笑顔で待っていてくれた。他にも、ヘファイストスと椿、ミアハとナァーザ、タケミカヅチも駆けつけてくれていた。

 タケミカヅチから、剣の腕が上がっていると褒められ、椿も剣を上手く扱ってくれたことを喜ばれる。ミアハ達も無事に戻って来たことに安心してくれていた。

 

「今日の夜はみんなで盛大に祝おう!代金はロキが持ってくれるから安心してくれ!」

 

 ヘスティアは、直接祝うことができないとロキから貰ったヴァリスを自慢するように掲げる。ベルとルインはその姿を見て、必死に止めようとするが、楽しそうに逃げ回るヘスティアを止めることは出来なかった。

 

 ようやく落ち着いたヘスティアが落ち着き、手分けして瓦礫を動かして地下室までの道を確保する。その後は、夜まで解散になったが、ヘスティアファミリアの面々はヘスティアの案内で新しいホームに向かっていた。

 

 旧アポロンファミリアのホームに辿り着くと、部屋の探索を行なっていく。手に入れたヴァリスでリフォームも考えているので、各々の希望をまとめていく。途中で、ヘスティアがルインに紙を渡しているのをリリが目撃していた。

 

「ヘスティア様、先程ルイン様に渡していた紙はなんなのです?」

 

「ん?あれかい?今回手に入れたものをまとめたものさ。ルイン君に任せとけば間違いないからね!」

 

「そういえば先程、ルイン様は命様とキッチンの話もされていましたし、今までのヘスティアファミリアでの内情を確認させて欲しいのですが。これからはリリ達も加わるので、早いうちに把握したいですし」

 

「そうだね!ボクになんでも聞いてくれよ!」

 

 主神らしく胸を張ってヘスティアは答える。

 

「では、ファミリアの運営方針は今まで誰が?」

 

「二人しかいないからね。ぞれぞれに任せていたよ」

 

 ふむと、リリは零細ファミリアだったことを思い出し、それでも関係することだけを確認することにした。

 

「財務関係は誰が?」

 

「ルイン君だよ」

 

「買い出しなどの雑務は?」

 

「ルイン君だよ」

 

「えっと、炊事とかは?」

 

「ルイン君だよ」

 

「ファミリア外の方との交友は……」

 

「もちろん、ルイン君だよ」

 

 その後も何かを聞けばルインの名前だけが挙がり、リリは呆気に取られる。

 

「こうしてみるとルイン君は働き者だね。ボクのバイトの時間もしっかり見てくれるし、本当に良い子を持ったよ」

 

 自信満々なヘスティアの様子に、リリは怒りを抑えきれなくなる。

 

「リリが来たファミリアがこんな酷いところだったなんて……。ええい、ヘスティア様そこに正座してください。ベル様もです!そんなところに立ってないで早くこっちに来てください!」

 

 リリの迫力にヘスティアはすぐに正座し、ベルも状況がわからないまま横に座った。

 

「ベル様!リリは悲しいです。頼りになると思っていたファミリアの団長と主神が何もしていないおマヌケさんだったなんて」

 

 それに対してヘスティアが抗議をしようとするが、リリのひと睨みで大人しくなる。

 

「えっと、リリ?状況がまだ分かってないんだけど」

 

「ファミリアの運営をルイン様に全て任せておいて何を言ってるんですか!本当はルイン様が団長なんでしょう!?そう言ってもらえた方が、リリも納得できます!」

 

 リリの剣幕にベルも状況をしっかり把握した。最近になって理解したルインの負担が多すぎていたことについてだ。

 

「団長はベルだよ?どうしたのリリルカさん。何か問題でもあったの?」

 

 ヘスティア達の唯一の希望が現れてくれた。全面的に悪いことは認めているので、なんとかこの場を納めてくれることに期待する。

 

「今リリはルイン様に仕事を押し付けているお二人に説教をしているのです!ルイン様にからも言ってください!」

 

「えっと、押し付けられていないよ。ベルは、稼ぎ頭だからそっちに専念してもらっているだけで、ヘスティア様も、僕の収入が低いからバイトまでして頂いてるから、僕がやらないと」

 

 借金のせいでバイトをしていると口が裂けても言えないヘスティアは良心を抉られてしまう。ベルも初めの頃はその通りだったが、ルインが命達と組み始めた頃から、それほど変わらないことを知っているため、思わず目を背ける。

 二人の反応を見逃さなかったリリは、ルインに帳簿を見せてもらい再び怒りの炎が燃え上がっていた。

 

「……それで、ルイン様。一週間毎に貯蓄額との確認をするのは正しいのですが、日計の合計と週末の値があってないのですが」

 

「それはね、ヘスティア様がたまにお釣りを間違えるから週末に合わしてるんだよ。まだ現界されて日が経ってないからお金の計算が苦手みたいで」

 

「こんの、駄女神製造機が!」

 

 今までは、ルインに対して同情していたが、今の言葉でリリも理解できた。ルインの善意が二人を狂わせてしまったのだと。あくまでリリの予想になるが、ルインがヘスティアファミリアに入ってなくても問題は起きてないはず。二人も悪いが、ルインにも非があるとわかり、そのまま説教をすることとなった。

 

 ある程度、各々の希望するリフォーム案が集まり、翌日ゴブニュファミリアに依頼することとなった。落ち着いた頃合いで、ヘスティアはみんなを集める。人数の増えたファミリアのエンブレムを決めるようだ。

 他の意見を求めないうちにヘスティアは紙に書き始める。満足な仕上がりだったのか、ヘスティアはみんなに書き上げたエンブレムを見せる。

 

 燃える炎に寄り添う鐘と剣。ヘスティアの自信作を周りに見せていく。誰もが鐘と剣の意味を理解して納得する。

 

「ダメです」

 

 唯一拒否したのはルインだった。ヘスティアもまさか否定されるとは思っていなかったのか目を丸くする。

 

「オラリオで剣と言えばアイズさんです」

 

 ルインの発言にも、全員が納得できてしまい、ヘスティアとルインの対立は平行線になる。ルインの提案した炎と鐘のエンブレムは全員に否定されて、結論としてはヘスティアの案で決定された。

 

 その後にルインの二つ名が発表され、先に言えば意味もなく揉めることがなかったと、リリと命から責められたヘスティアがルインに慰められていた。

 

 夜になり、打ち上げ会場である豊饒の女主人に到着する。当初は別の店を考えていたが、ルインから助けてくれたリューを除け者にはしたくないと言われ店を決定した。

 

 ベルがリューを借りたいと店に申し出て、ミアがそれを許可する。リューとしては負い目のあるルインに嫌な思いをさせたくなかったので拒否していたが、ミアの一声で無理矢理席に着くこととなった。

 

 リューは少し居心地を悪く感じていた。顔見知りのベルも近くにいない状況で、周りは敵と思っているかもしれない。一人隅の方で目立たないように静かにしていた。

 

「隣いいですか?」

 

 返事の前に、ルインはリューの横に座る。リューとしては一番気不味い相手のため、目を伏せる。

 

「今回は助けて頂いてありがとうございました」

 

 柔らかい笑みを浮かべるルインに、リューは思わず驚いてしまう。

 

「貴方は、私を恨まないのですか?」

 

「助けてもらったのに、恨まないでしょう?」

 

「今回のことではありません。中層でのことです。思い出しているのでしょう?」

 

「実を言うと断面的にしか思い出せてなくて……。貴方が、あの場にいたのはわかりますが、それだけなんです」

 

 リューは返事の意図が理解できず、ルインへ顔を向ける。変わらず笑顔のルインに、目を丸くする。

 

「ようやく、目を合わせてくれましたね。僕は貴方を恨んでませんし、ヘスティア様が許可したなら不服もありません。だから、今からが本当のはじめましてではいけませんか?」

 

 手を汚してしまった自分には、眩しすぎるルインに、心が揺れてしまう。このまま、この言葉に甘えてしまっていいのだろうか。決心をつけないリューも、変わらず笑顔のルインに根負けしてしまう。リューが頷くのを確認したルインは満足そうに微笑む。

 

 その様子に気付いていた神々は、ルインの決定を尊重することにする。

 そこからは、リューも楽しそうに参加することができた。宴会の雰囲気も明るくなり、誰もが楽しんでいた。

 




ヘスティアファミリアの当たり前にメスを入れるリリの話でした。
ベル達が何もしてなかったというよりも、ルインがさせなかった方が正しいのですが、第三者から見れば関係ないですね。ただ、甘える方も甘やかす方も度が過ぎれば両方たちが悪かったので、ルインにも説教です。


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37.値切り交渉

 翌日、ルインはヘスティアとリリを連れてゴブニュファミリアに訪れていた。リフォームの希望もまとまり、早くホームを使えるようにするためになるべく早く着工して欲しいので、その交渉と費用の値切りが目標だ。ヘファイストスのところと比べると決して大きくはないファミリアだが、腕に関してはオラリオでも一、二を争う。ただ、職人気質の団員が多いので気に入らない仕事は大金を払おうが平気で断る。そのため、ファミリア一の顔の広さを誇るルインを連れて、リリもヘスティアも、万全の状態で挑むことにした。

 

「なんなんですか?これは」

 

 リリとヘスティアは、受付に話しかけてから呆気に取られていた。始まりは、受付に声を掛けた時にルインを見た団員が、工房にいる全員を呼び寄せたことだった。その声を聞いた職人達が、仕事を止めてルインに集まり始める。その中には主神のゴブニュも含まれており、ヘスティアの挨拶も無視してルインへと向かっていた。

 聞こえてくる話題のほとんどが、【鍛治師殺し】の評判や、それを踏まえた戦争遊戯での立ち振る舞いについてだった。

 

「くそっ、先に出会えていたなら、こっちが唾つけていたのに。椿の野郎め」

 

 ある程度時間が経つにつれ、恨み節が強くなっていくが、まだまだ終わりそうな気配は感じられない。

 

「リリ達は、仕事の依頼に来たんです!雑談は後にしてください!」

 

 置いてけぼりを受けていたリリは大声で訴えかける。それによって、ゴブニュファミリアの団員達も我に返り、各々の仕事に渋々戻っていく。

 ようやく、受付担当の団員に対応してもらうことができ、リリもヘスティアも安心する。ルインの影響もあって依頼はすぐに受理され着工も今日から始めてくれることになり、予想以上の早さに驚いてしまう。しかし、リリにとってはここからが正念場になる。

 

「……それで予算はどれぐらいになりますか?」

 

「あん?それならこれぐらいだな」

 

 団員に渡された予算書にすぐに目を移す。そこには、相場通りの金額が書かれており、何も問題ない。だが、そこから一ヴァリスでも安くするのが、リリの仕事だ。相手に不快感を持たれて依頼自体取り消されないように、丁寧に言葉を選んでいく。

 

「あれ?ここに書いてある材料の問屋さんってジョージさんのところですか?」

 

「【剣聖】はジョージを知ってるのか?」

 

「はい。ご近所付き合い程度ですが、この前もお裾分けで色々もらっていて。ジョージさんの見つけた材料ならより安心できますね!」

 

「なら、お前がジョージが言っていたガキんちょか!……この中に、他に知り合いはいないか?」

 

「この中なら……」

 

 予算書に載ってている材料に関わっている問屋が書かれている紙をルインは受け取る。そこから、顔見知りの名前を挙げていく。

 

「よりにもよって、偏屈な連中と顔見知りか!待ってろ、それなら予算額を減らすことができる」

 

 リリが予算書と睨めっこしていると、新たに作られた予算書を渡される。そこには、リリの希望していた額よりも下がっている金額が書かれていたため、頬が引きつる。力が抜けた声で、その金額で依頼して無事に受理された。

 そのまま、連れ去られたルインを助けることもなく、無駄に疲れたリリとヘスティアは、ゴブニュファミリアを後にした。

 

 ルインは、職人達が気が済むまで話に付き合い、解放されたのは昼食の時間を大分過ぎてからだった。屋台で簡単に済ませてから、地下室に戻るために歩いていた。

 

「おや?君はもしかしてヘスティアのところの【剣聖】かい?」

 

 歩いていたところに、後ろから声をかけられる。ルインは振り返ると、見知らぬ金髪の男神が立っていた。

 

「ああ、すまない。私はディオニュソス。ただの酔っ払いだよ」

 

 丁寧に柔らかな笑顔で語りかける姿に、ルインも安心する。見知らぬ神に対して、警戒心を持つようにしていたが、原因はヘルメスだけだったので改めることにする。

 

「はじめまして、ディオニュソス様。少し前にトラブルがあって警戒してしまいました」

 

「いや、気にしないでくれ。急に声を掛けたのは私なのだから」

 

 ルインの警戒にも、不快に思っている様子もないディオニュソスに、一先ず安心する。そこからは世間話程度の会話が行われるが、ヘスティアの同郷の神と聞いてルインは驚く。

 

「……こんな話を君にすることは本意ではないんだが……。今、ヘスティアに対する評判はあまり良くない」

 

 ある程度、お互いの人となりがわかった時に、今までとは打って変わって真剣な表情でディオニュソスはルインに語る。

 

「ヘスティアとは、正直に言うと神友ではない。だけど、天界の時に世話になってね。その時の借りを返せていないんだ。だから、彼女への侮辱は聞きたくなくてね」

 

 悲しそうに語るディオニュソスに、ルインも自分自身が原因とされている問題に思い当たる。

 

「実は、それを晴らすことができる可能性があってね。もし、時間があるなら聞くだけでもどうかな?ただ、断る時は他言無用で頼むよ」

 

 ルインは、少し考える。勝手な行動でヘスティアに心配をかけてしまう可能性が頭によぎっていたからだ。それに、初対面の神を信じていいのかも迷う理由でもあった。

 しかし、ディオニュソスからロキファミリアも関わっていると聞かされて、話だけでも聞くことに決めた。

 

 ディオニュソスの話から闇派閥との水面下での争いを聞くことになった。それに加えて新種のモンスターや怪人の存在。今まで知らなかった存在にルインは慌てるが、ディオニュソスは落ち着くまで待ってくれていた。

 現在、ロキファミリアによってアジトを捜索している。今なら、それに加わることができ、闇派閥の討伐に加わればヘスティアの汚名も晴らすことができる。ルインは、信頼しているロキファミリアが動いていることで、疑問すら持たなかった。ディオニュソスの提案を受け入れた。

 

 今は、闇派閥の拠点を探しているとのことで、分かり次第連絡するとだけ伝えられてルインはディオニュソスと別れた。

 

 ルインは帰り道、ヘスティアに伝えるべきか考えていた。話すことで、より心配をかけてしまうことは当たり前だから、話さない時と比べる。結論として、話さない方が心配が少ないように思えた。ディオニュソスもヘスティアに秘密にする理由として、善神でありすぎると言っていた。無理に心配をさせるわけにはいけない。ルインは自身の決定に納得して、ホームに戻るため進んでいった。

 

 【疾風】の再来?オラリオへの救いか。住民に愛されている新聞が一面で取り上げられていた。【疾風】と言えば五年前に起こった闇派閥との争いに終止符をつけてくれた冒険者の二名だ。ギルドからの通達により、犯罪者のように扱われているが、オラリオの住民の多くは感謝している。しかし、無実の被害者の遺族も存在しているため口にすることは出来ないが。

 

 念願の平和が戻ったオラリオに、訪れた問題は素行の悪い冒険者の存在が目立つようになったことだった。最悪の時期を作ったのも、それを打ち破ったのも冒険者であったため、その力の強大さに誰も非難することは出来なくなっていた。

 

 ガネーシャファミリアも頑張ってくれてはいるが、完璧ではない。住民の不満は静かに溜まっていた。しかし、最近になり評判の悪い冒険者を狙う通り魔が現れた。被害にあっていた者は当然だが、弱者を守ってくれる行いに誰もが感謝をしていた。

 ガネーシャファミリアの調査にも誰も協力しようとせず、【疾風】の再来を喜んでいた。




原作のリューの評価は冒険者目線が強いと思っています。市民目線だと暗黒期を終わらせてくれたことへの感謝を持つ者も多いと思います。行ったことの良し悪しは無視してですが。



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38.待機組

 

 翌日、ルインは命とヴェルフでダンジョンに向かっていた。ベルとリリはミアハファミリアから冒険者依頼を受けたようでヘスティアと共にオラリオの外に向かった。

 ルインは以前から聞いていた、ナァーザの新薬開発と思い協力を申し出たが、ナァーザから断られた。おおよその内容を聞いていた為、二日ほど掛かると予想している。その間の収入とレベルアップしたばかりのヴェルフとルインの調整に使うことにした。

 

 命が率先して動いてくれた事により、ルイン達は落ち着いて慣らすことができた。ルインは体が軽く感じることに反して、以前と変わらないことに違和感を少し覚えたが、ヴェルフの興奮している様子に水をさしたくないため黙って調整に集中した。

 

 ある程度の稼ぎと、素材を確保出来たため、切り上げて解散する。ホームの完成までは、前のファミリアに世話になることが決まっていたので、ルインは一人教会の方へ歩いて行った。

 

 翌日もベル達は戻っていなかったので、同じようにダンジョンに行く。今回は慣らしの時間が不要だったので、収入面を意識して挑む。安全を最優先にして行動していたので、危なげなく探索をすることができた。

 

 換金を終えると、軽く食事に向かった。今後は、ベルとリリを含めたファミリアでの探索が増えることになるので、お互いの立ち回りの反省を行なっていた。

 

「それにしても、同じパーティだっただけあって連携が洗練されているな」

 

 初めて組んだルインと命に、ヴェルフは素直に感想を述べる。

 

「いえ、それもヴェルフ殿の盾役があってこそです」

 

 冷静に命が分析しており、ルインもそれに同意する。命もルインも役割は遊撃手であり、以前のパーティで桜花が担当していた役割を、ヴェルフも卒なく出来ていた為、問題なく動くことができた。

 ある程度、今回のパーティの反省を行なってから、ベルとリリが加わった時を想定した話に切り替える。

 

「欲を言えば火力のある後衛か、もう一人盾役がいれば安心なんだが」

 

「それに関しては、ヘスティア様が募集をかけていたのでそれに期待ですね」

 

「……ルイン。俺達は同じパーティで、同じファミリアだ。そろそろ他人行儀な言葉遣いはやめないか?」

 

「それに関しては私も同意です。ルイン殿、同じファミリアになったのですから、ベル殿と同じように接して欲しいものです」

 

「でも、命さんも敬語で……」

 

「私は誰にでもこの口調です。しかし、ルイン殿は違いましょう?」

 

 命とヴェルフの目線に負けてルインは敬語をやめることにする。ただし、年下だからさん付けはやめないと、そこだけは譲らなかったが。

 

「そういえば、ヴェルフさんが来てくれたから、武器や防具の整備と壊れたの時の新しいのも任せられるから安心だね」

 

「いや、悪いがルインの分は俺はダンジョンでの整備ぐらいしか触れない」

 

「え?ベルと専属契約してたらダメなの?」

 

「そうじゃないんだ。改宗を決めた時、椿に釘をさされてな。すまないが、ルインの分は直接椿に言ってくれ」

 

 その後、ヴェルフから椿に頼んだ時に掛かりそうな費用を聞き、青ざめてしまう。今の装備を大切に使うことを決心して、貯金を貯めていくことにした。

 

 引越しの準備があると、命とヴェルフと別れる。明後日には、新ホームの完成予定の為、急いでくれたゴブニュファミリアへのお礼を買いに行くことにした。元々の予算から浮いた分を使えば赤字になることもない。財務管理はリリに変わることになったが、冒険者依頼でいない為、ルインの独断だが無意味な散財ではないから理解してくれるだろう。

 先程、同じ鍛治師であるヴェルフに相談したところ、酒がいいとのことで鍛治師が好きな安めのお酒をたくさん購入することに決めた。

 

 酒屋に行き注文を入れる。完成予定の明後日に、ゴブニュファミリアまで運んでくれることになった。

 

「すみません。運ぶことまで考えてませんでした」

 

「気にすんな。ルインの注文だ。それに、量もしっかり頼んでもらえたからな」

 

 豪快に笑いながら店主は、ルインの背中を叩く。

 

「それにだ!お前のおかげで小遣い稼ぎも出来たしな。……新ホームに移ったら、近所じゃあなくなるが、たまには顔を出してくれよ」

 

 少し湿っぽい空気になるが、店主も柄では無かったらしく、すぐに話題を変える。ルインも、打ち合わせと世間話をしながら、いつも通り簡単な手伝いをしていく。ある程度、片付くとルインは帰宅することにする。

 

「……ルイン。最近、通り魔が出てきているから気を付けろよ。本当に【疾風】の復活ならいいんだが……」

 

 帰ろうとするルインに店主は、人目を気にしながら、小声で伝えた。ルインは、聞き返そうと思ったが、あまり聞かれたくない話題と察して、それ以上は聞かずにそのまま足を進めた。

 

 その日、豊饒の女主人の準備時間にガネーシャファミリア団長シャクティ・ヴァルマは、オラリオで起こっている通り魔事件の重要参考人に会うために、一人で訪れていた。

 

「すまない。リオンと話がしたい」

 

 突然入ってきたシャクティに文句を言おうとしたアーニャも、ただならぬ様子にすぐ様、ミアに判断を委ねる。呼ばれたミアと小声で何か話し、すぐにリューを呼び隅の席に座らせる。盗み聞きを許さないように、ミアの一声で店員達は店の外へ出て行くことになった。

 

「急にすまない。最近起きている通り魔事件について聞きにきた」

 

「通り魔事件ですか?確かに最近よく耳にしますが、なぜ私に?」

 

「それは……。その通り魔の正体が【疾風】という情報が入ってな」

 

 リューは、その言葉に言葉を失う。自分の名を騙り、事件を起こしている輩に怒りを覚えるが、その資格がないことも同時に理解していた。

 

「【疾風】の仕業というのは住民達が勝手に言っていることだが、念のためお前の最近の行動を聞きにきた。初めは評判の悪い冒険者が、何日か起きに殺されたぐらいだが、二週間程前から過激さを増してな。私達が目につけていた冒険者や違法賭博場など、軒並み潰されてしまい、こちらとしても立つ瀬がない」

 

 シャクティは、驚いたリューを見て、事件との関係性がないと判断する。元々、関わっていないことは予想していたが、唯一容疑者にあがってしまった知人を見過ごせず、確認に動いていた。

 

 リューから行動を聞き、店に唯一残っているミアに目線で確認する。確認が取れたのでシャクティは席を立ち、店を出ようとするが、リューは思わず呼び止めてしまう。

 

「何故、【疾風】の名前が挙がったんですか?」

 

「何故か……。五年前のお前の行動は、確かに褒められたものではない。だが、それでも救われた者は少なくなかった。ただ、それだけだ」

 

 シャクティは、それ以上は言葉にしなかったが、悩みすぎている知人が少しでも救われてくれればと願いながらも、先にファミリアへ戻り、容疑を外すことから始めなければと、足を早めた。

 

 




いつも手伝ってくれるルインは、ミアハとナァーザの相談により卵狩りから外されます。日頃から親身になってくれているルインに自分の借金関係に巻き込まないと判断したため。

なので参加していない命とヴェルフとで軽い探索に行っています。


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39.専属争い

 

 翌日、ベル達は疲労困憊でホームに戻ってきた。眠りにつく前に無事に新薬開発に成功したと聞け、一安心する。

 

 昼過ぎまで、ベルは死んだように寝ていたが、起きてから軽くダンジョンに探索に行くことにした。ダンジョン方向に向かいながら、命とヴェルフにも声をかけてリリとも合流する。

 時間としては短いが、新生ファミリアとして初めての探索に向かうことになった。

 

 探索は、何事もなく無事に終えた。機動力のあるベルには自由に動いてもらい、ヴェルフを盾役で動いてもらう。命とルインで、遊撃手と盾役の両方の役割を連携で補いながら、Lv.3になったベルを主戦力とし、後方にいるリリに戦況確認を任せる。今できる最善の方向に誰も相談することなく自然に決まっていた。

 

 ベルの調整も問題なく、最低限の資金集めができ、その日の探索は終えた。

 

 探索の翌日、待ちに待ったホームが完成した。ルインは、ゴブニュファミリアから簡単な説明をヘスティアと共に受けて、軽く確認してから、お礼の品を渡すためにゴブニュファミリアへと向かっていった。

 

「あん?お前は【剣聖】じゃねぇか。ホームの出来に何か問題でもあったか?」

 

 ルインが、ゴブニュファミリアに顔を出すと受付の団員は不思議そうに尋ねる。ルインはそれに首を横に振ることで答える。

 

「いえ、無理して早くしてもらえたので、お礼をと思いまして」

 

 ルインの言葉に続くように次々と、酒樽が運ばれてくる。

 

「おいおい。礼とは言ってたが、これは多すぎだろ?」

 

 入り口近くの邪魔にならないところに積み上げられた四樽もの酒に団員も驚きながら確認する。

 

「かなり、安くしてもらったので。予算から浮いた分ですから問題ないです」

 

「こらぁ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。……ゴブニュ様!今日は【剣聖】の奢りで宴会ですぜぇ!ヘスティアファミリアに乾杯でさぁ!」

 

 受付の男の声を聞きつけた職人達が集まり、目の前の酒に喜び声を上げる。ゴブニュもゆっくりと近づいて、ルインをましまじと見つめる。

 

「気に入った!坊主、儂のファミリアがお前の専属になってやろう」

 

「ゴ、ゴブニュ様?【剣聖】はヘファイストスファミリアの椿が専属予定で」

 

「たかが予定だろ!こいつのことは戦争遊戯で把握できている。なら、先に契約結んだもん勝ちだろう?」

 

 ゴブニュの一声で職人達の目つきが明らかに変わった。主神の宣言により、たとえヘファイストスファミリアと戦争になったとしても問題ないとお墨付きがついたのだ。血走った目の職人に詰め寄られルインは冷や汗を流す。

 

「ほう?随分と面白い話をしているようだが、手前も混ぜてくれないか?」

 

「椿さん!?なんでゴブニュファミリアに?」

 

「何、お前のホームの完成祝いに駆けつけたらこっちに来ているとヘスティア様から聞いてな。嫌な予感がしたから行くことにしたが、正解だったようだ」

 

 殺気に包まれた雰囲気に、ルインは逃げようと動こうとするが、椿とゴブニュファミリアの面々に睨まれ失敗する。物々しい雰囲気だが、本人がここにいるので手荒な真似は起こりそうにもないが、ルインの胃には確実にダメージが蓄積されていた。

 

「あの、僕としては一流ファミリアのどちらにも払えるほどお金もないので……」

 

「おい、聞いたか!?ヘファイストスのところは大金を払わせるつもりだそうだ!坊主、安心しな。ウチならお前の予算に合わせて無理のない金額でやってやる。勿論、最高品質は保証する」

 

「ルイン、悲しこと言うな。手前は二度もお前に剣を打ったが、一度も金を求めてないだろう?」

 

 ルインとしては一度しか記憶にないが、一緒に潜った時の剣も換算されているのだろうか。ゴブニュと椿の牽制に、ルインは救いを求めて周りを見るが、誰もいなかった。酒屋の店員が椿と入れ違いで逃げていたことにようやく気づくことになったが、咎めることはできそうにない。

 

「ええい、先に唾を付けたのは手前だ!ルイン、まさか手前の専属契約は嫌とは言わんよな?」

 

「坊主、先に見つけてすぐに契約しないボンクラよりも儂のところの方がいいよな?仕事の良さと早さは十分理解しているであろう?」

 

 ジリジリと詰め寄る椿とゴブニュに合わせるように後退して行くが、すぐに壁にぶつかる。もうダメかと、諦め虚空を見つめようとする。

 

 結局のところ、ルインは無事に逃げることができた。先に逃げていた酒屋の店員が店主に状況を話し、そこから募られた有志達がゴブニュファミリアへ駆けつけた。その中には、ゴブニュファミリアとヘファイストスファミリア両方の得意先の面々も含まれていたので、ゴブニュファミリアの団長と少し冷静になった椿の判断により解散することになった。帰り際に椿からヴェルフ宛の伝言を受けるが、ルインは虚な目で了承した。

 

「ルイン、ヴェル吉に伝えろ。ルインのモノも打つことを許すが必ず手前に見せるように、と」

 

 オラリオの住人の活躍によりオラリオが誇る二大鍛治ファミリアの戦争は落ち着くことができた。ルインも、無事に保護されて新しいホームへと戻ることになった。

 

 ルインが辿り着いた時に、門から大量の人が出て行っていた。何故か、可哀想な目線で見られたような気がしたので、確認の為ために足を進める。

 

 ルインが目にしたのは、気絶しているベルと、気まずそうにしているヴェルフ、顔を青ざめているヘスティア達だった。状況が読めないため、取り敢えずみんなを落ち着かせる。リリと命から、ヘスティアが持っていた借用書を渡される。状況を理解したルインは、ヘスティアにベルの介抱を任せてリリ達と別部屋に移動する。

 

「えっと、皆さんの顔色が悪いのは、これのせいですよね?」

 

 手に持った借用書をヒラヒラさせながら見渡す。リリ達全員が頷き、ルインは安心する。

 

「実は、これを探していたんですよ。良かった、見つかって」

 

「ル、ルイン様は、ヘスティア様の借金を知っていたのですか?」

 

「借金はもうないから大丈夫だよ。あ、でも、ヘスティア様には秘密で」

 

 明らかに絶望しているリリに安心させるように伝える。命もヴェルフも目を丸くしているが、ルインは気にせずに借用書を丁寧に折りたたむ。理解できていないようだったので、ヘファイストスとの話を聞かせる。

 

 ようやく納得してくれたのか、みんなの顔色が戻ってくる。その様子にルインは一安心して、ベルとヘスティアには内緒にする様に念押しする。

 

「ヘスティア様に秘密にすることはわかりました。ベル様に秘密にするのもバレてしまうからと言うのも納得できます。ですが!もっと早くリリ達に伝えるべきでしょう!」

 

 リリが突然、ルインの胸倉を掴みあげる。怒りに任せて揺さぶり、ルインは目を回しながら落ち着かせようとするが意味がなかった。命とヴェルフもどこか疲れてしまい、リリを落ち着かせるのはルインに任せて自室へと戻ることにした。

 




ルインが団員募集の場にいたら、返済を暴露して大量入団か、黙っててもヘスティアへの悪口に激怒しそうですね。
お陰で、リリ達に無駄な心労を与えていましたが……。


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40.談合に向かう

お久しぶりです。

覚えている方がいれば幸いです。
不定期になると思いますが、更新出来ればと思います。


 翌朝、ルインは庭で素振りを行なっていた。本来なら家事を行う時間だが、当番制に決まり時間を持て余していた。何故か、ルインが手伝うことをリリと命により禁じられ、ベルとヘスティアが行っていることが多くなっていた。しかし、二人とも納得していたので、反論すら許してもらえなかった。

 

 素振りをしていると、見知った顔が門のところにいるのに気付く。タケミカヅチファミリアの千草が、中を覗いていた。

 

「千草さん、どうしたんですか?」

 

「はうっ、なんだ、ルイン君かぁ」

 

 何か用事がありそうな様子だったので、声を掛ける。どうやら、命に用があったが、朝早かったため、様子を伺っていたようだ。

 ルインは、命の部屋の場所を教えて、ホームへと通すことにした。コソコソと走っていく千草の後ろ姿を見送り、そのまま門を出る。ルインは、まっすぐ門から死角になる路地裏方向へ進んでいく。

 

「それで、何か用でしょうか?」

 

「お前が【剣聖】だな。ディオニュソス様がお呼びだ。ついて来い」

 

 黒髪のエルフの女性は、ルインを見ることなく話し、そのまま足を進めようとする。

 

「すみません。それは例の件ですよね?装備を整えてくるので少し待っててください」

 

 エルフの女性が、足を止めたのを確認して、ルインはホームの自室へと戻っていった。

 ルインは、部屋に着くと手早く装備を身につけていく。知り合いの冒険者依頼に急遽行くことになったことを手紙に書き入り口に置いていく。そのまま、エルフと合流し、ディオニュソスの元へ足を進めた。

 

「急に呼び出してすまない。少し動きがあってね。フィルヴィスもありがとう」

 

 出会った時と同じような笑顔を向けディオニュソスは、ルインへと目線を向ける。

 

「いえ、そろそろかと思っていたので」

 

それ以上の会話は必要ないと、その後は沈黙を貫く。ディオニュソスもそれを察して目的地へとルインとフィルヴィスを先導するよに歩みを進めた。

 

 訪れたのはルインにとっては初めての店だった。個室に案内され、既にいた顔触れに目を開く。ロキとヘルメス。どちらも、ルインにとっては馴染みのある神だった。

 

「ディオニュソス。お前、ウチのこと舐めとんのか?そいつは、他のファミリアやろ」

 

「私のファミリアは戦力がないのでね。助っ人を頼んだ」

 

「そいつを入れるなら今回の件は無しや。こっちで勝手に動くことにする」

 

 ロキは、ルインへと鋭く目線を向ける。後ろに控えるアイズの何か言いたげな雰囲気や、ヘルメスの楽しんでいる目線を全て無視して語気を強める。

 

「それと、ルイン。このことはドチビに言って無いんやろ?言えない程度の覚悟で首を突っ込むな!」

 

 ルインには反論することが出来なかった。その様子を見たディオニュソスに退出を指示され、小声で謝れてながらも、協力出来ない申し訳なさを噛み締めながら店を出て行くことになった。

 

「おう!その様子じゃあ、協力出来なかったみてぇだな」

 

 ルインが店から出ると路地裏の方から声をかけられる。その声に何故か足を進める。

 

「俺はヘルメスファミリアのものだ。中にうちの主神様がいただろう?念のため手紙を預かってたんだが、当たるもんだな」

 

 面識のない男から1枚の紙を受け取る。渡すや否や男の気配はなくなり、中身を確認した。

 

 内容は、仰々しい挨拶から始まり予見出来た自分の素晴らしさを語っている内容が殆どだったが、本文と思える数行だけが、目に止まった。

 

『イシュタルファミリアに不穏あり。近々、フレイヤファミリアが動くが、周辺に不安有り。以下、リスト通り』

 

 手紙の最後には、今回の談合とは関係はないが、本題には関わっていると締められていた。ルインは、手紙を大切にしまうと、路地裏に消えるように足を進めた。

 

 とはいえ、到着したのはダンジョンだった。置き手紙の言い訳分は稼がないと面目が立たないからと、少し情けない理由だが。

 

 Lv.2になってから猛者やアポロンファミリアと強者との戦いはあったが、ダンジョンは改めてみると単身では初めてになる。あまり覚えてはいないが、14層で生き残ったことは周知の事実である。最低でもいつもの稼ぎよりは多く持ち帰ることが出来るはずと、油断だけはしないように気を引き締めた。

 

「……はぁ。……はぁ」

 

 ルインは、周りの安全を確かめてから休憩を取ることにした。未だ、中層手前である。ソロでの自己最高額は稼げているが、剣を振るう感覚に違和感が付き纏う。しかし、深追いは危険だと、ミィシャとの勉強会で何度も確認していた。ルインは、素直に判断して帰還を第一目標へ切り替えた。

 

「ただいま戻りました!」

 

 朝方になったが、心配をかけたかもしれないと元気にホームへと、声を出して扉を開けた。しかし、正座をして謝るベルと、それを冷ややかな目で見る女性陣を見てしまうと、静かに扉を閉めて自室へと向かうことにした。

 

 一瞬、ベルの助けを求めるような目線を感じたが、おそらく気のせいだったに違いないと、ルインは新しいベッドの暖かさに身を任せることにした。



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41.情報収集

 

 寝ていたのはどれくらいだろうか。ルインは、自室にある時計に目を向ける。仮眠程度の時間で済んでいたみたいだ。簡単に身支度をし、庭でいつも通り素振りを行うようにした。

 

 風呂場で軽く汗を流して、共用スペースを改めて見て回る。昼頃ということもあり、誰にも出会わなかったが、拠点を移したばかりだから各々が動いているのだろうと予測をたてる。

 

『ルイン様が動かれると、リリまで駄目になってしまいます!お願いですから、自分のことだけで他は任せてください!』

 

 鬼気迫る様に、思わず即答で首を縦に振ったが、今思い出しても何故そのように言われたのか、ルインには謎のままであったが。

 

 昼食を軽く済ませルインは、イシュタルファミリアについて調べることにした。初めはギルドに向かうつもりでいたが、他ファミリアのことは、流石に教えてもらえないだろうと思い、別の方法を考える。

 頼りになる主神はおそらくバイト中だろう。邪魔はしたくないので、ヘファイストスファミリアには向かうのはやめることにする。

 なるべく迷惑になりにくそうな人を思い浮かべる。見つかるかはわからないが、1日ぐらい探し回るのも悪くないかもしれないと拠点を後にした。

 

「見つけた」

 

 ルインは、気配を消しながら屋根を跳び回り目当ての人物を探していた。日が暮れ始めていたので諦めようか考えていた時に路地裏の酒場に入っていくのを見つけることができた。

 物音が起きないように着地し、着ているローブのフードを深く被り直す。酒場に入ると、目的の1人カウンターで飲んでいる男の隣に座った。適当に注文し昨日受け取った手紙を男に渡した。

 

「やはり『剣聖』だったか。これはもういいのか?」

 

「ええ、もう必要ないので。それに貴方の名前も聞いていないと思って探してしまいました」

 

「ああ、それは悪かったな。俺はファルガーだ。で、本題はなんだ?」

 

 手紙を受け取りファルガーは丁寧にしまう。先程より鋭い目線をルインに向ける。

 

「そう身構えないでください。何点かお聞きしたいことがあったので丁度いいかなと思ってたら、たまたま見かけたので」

 

「わかった。そういうことにしておこう。それで何が聞きたい?」

 

「実は……」

 

 ルインは、いくつかの質問をし、回答に満足する。

 

 イシュタルファミリアの活動内容及び所在地。ただし、フレイヤファミリアとの関係についてはノーコンメントだったのは問題ない。ルインとしてもあまり興味の無いこともあるが、深く関わるのも良く無いと思ったからだ。

 それと、最近街の人からよく聞く『疾風』についても聞いておいた。数年前まであったオラリオの暗黒期の終わりに起こった悲劇の被害者だと。復讐者となり、関係者だけでなく、冤罪の者も含め多くのものが命を落とした。しかし、ルインには疑問が残る。何故、街の人々は喜んでいたのか。

 

「それは、冤罪被害の関係者はともかく、腹に何も黒いモノがない奴にとっては暗黒期を終わりにしてくれたように感じたのかもな。これは冒険者の俺には想像でしかないけどな」

 

 ルインも、その想像に納得した。その頃を知らないから、苦しさも何もかも想像するしかない。『疾風』の行いは、その主神の願いだったのかはわからないが、再来は街の人々には良くも悪くも影響がある。

 

 聞きたい事を聞けたので、お礼を言い席を立とうとする。

 

「あと、噂話程度で悪いんだが、イシュタルファミリアがお前のところの団長を狙ってるらしいから気をつけておくことだな」

 

 とても気になる噂だが、どうせ新進気鋭のベルに興味があるだけだと解釈する。あのベルが色街に行く姿が想像できなかったから。去り際に新しい手紙を渡されたが、想定していた事だったので特に驚くことはなかった。

 

『ファルガー、出かけるならこれを持っておいて。彼に会えたら渡して欲しい』

 

 拠点を出る前にヘルメスに渡された手紙に、ファルガーは理解してなかった。今となっては、ここまで想定していたのかと、冷や汗をかく。

 

「改めて会話してみると、彼の様子は闇派閥に近い。しかし、ヘスティア様は善神だ。何が起こっている?」

 

 ルインから返された手紙にあったリストは全て塗り潰されていた。黒く乾いたインクは少し紅く見えたのは疲れのせいだろう。飲み慣れた酒が苦く感じるのだから。

 

 イシュタルファミリアでは、色々と混乱が起きていた。殆どは団長のフリュネのせいではあるが。フレイヤファミリアの監視をさせていた街のチンピラ共からの連絡が減っている。厳密に言えば一部から連絡がないと言う方があっている。

 

「ふん。フレイヤらしいあざといやり方だねぇ。そういえば最近あいつのお気に入りがいると聞いたな。確か、ベル・クラネルといったかね?お前ら、ベル・クラネルを捕まえてこい!折角だからお返ししないとねぇ」

 

 イシュタル提案に団員達は行動に移す。ベルの所属するヘスティアファミリアは多額の借金をしているらしい。公にヘスティアファミリアと対立するのは、好ましくないため、1つの罠を仕掛ける事になった。




イシュタルファミリアのことをタケミカヅチやミアハのところに行くと濁されそうだったので割愛しました。


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42.罠の裏

 

 

 ルインは、普段通りの時間に目が覚めた。いつも通り素振りや型の確認をした後は、朝食を作る。作り終える頃に皆集まり、食べ始める。

 

「そういえば、ベルがイシュタルファミリアに狙われているそうです」

 

 ある程度各々の食事が落ち着いたところで、昨日聞いた噂を報告する。何故かベルは顔色が悪くなり、ヘスティアとリリの目線がきつくなる。命は申し訳なさそうに目を逸らしていたが。

 

「昨日簡単に調べてみましたが、少し気になったのですが、何かありました?」

 

 ルインの疑問には、誰も答えなかった。いや、答えられたかった。ベル本人はもちろん、誰もが目線を逸らした。その様子にルインは困惑するが、ヴェルフが空気を読み耳打ちでルインに説明したことで気不味い空気は感じる前に引っ込むことができた。

 

 ベルの色街デビューを聞かされるとは思っていなかったため、少し驚いたが、理由を聞くことで納得できた。ベルへ向けて理解したことを微笑みで伝えたが、ショックを受けた様子だったので、思わず苦笑いに代わってしまった。

 

「取り敢えず、情報共有を行いましょう。方向性を固めないと後手にまわります。杞憂で終わればそれで良しということにしましょう」

 

 とは言っても、イシュタルファミリアの情報は少なかった。色街のシステム上、アマゾネスの団員が多いぐらいだった。

 

「それと、助けたい人がいるんだ」

 

「私からもお願いします。春姫殿をどうか」

 

 ベルと命が頭を下げる。助けるためにはどうするべきか全員が考えるが中々、案はあがらない。ルインは、真剣に考えているヘスティアの姿を確認すると、全ての情報を精査し直した。

 

「おそらく今日か明日には、ギルドに高額の依頼が出されると思う。恐らく、罠だけど」

 

 ヘスティアファミリアは、借金で有名になっている。それがないことは、団長もヘスティア本人すら知らないことだ。(団員は知っているが)大分、馬鹿げた罠だと思うけど、それが本当なら有効な手段だ。リリにギルド依頼を任せ、ベルに問う。

 

「罠に掛かる覚悟はある?」

 

 ルインの言葉に、ベルは深く頷く。命もそんなベルの姿に、改めて覚悟を決めた。

 

 ルインから最悪の予想を聞かされたヘスティアファミリアは、それぞれが行動し始めた。リリとヴェルフ組はギルドに向かい、想定通りの依頼を見つける。即答での受注は不自然と思われる可能性があるため、一度持ち帰るフリをした。

 ベルと命も情報を集めるために街を巡った。幸いな事にヘルメスに出会い、殺生石について知ることが出来た。それにより、ヘスティアもイシュタルの思惑に警戒を強める。

 

 翌日、罠を受けるために準備を行う。当日は、ルインはソロ活動や他ファミリアとの活動が多いというイメージを使い、別行動することにする。ヘスティアからは反対されたが、1番負担の多いベルの心配を強く強調して誤魔化した。

 各々が、明日の目標を完遂すべく改めて出来る準備を行なっていく。

 

 朝を迎え、食事をしっかりととる。わざと罠にかかるのだ。恐らく殺される事はない。生捕りが目的の筈だ。何度も繰り返し、なるべくいつも通りクエストに向かった。

 

 見送るヘスティアは笑顔を絶やさないようにしていた。本当は地団駄を踏みたいが、可愛い我が子が決めた事だ。主神として余裕を見せなければならない。プルプルと震えるヘスティアを見て、その優しさに微笑みながらベル達の出立をルインは見送った。

 

 ベルは確実に誘拐される。ルインは、ヘルメスファミリアからの情報だけで正当性を固めた。記憶に薄いあの神への恨みに近い感情から決めつけた。外れることで、デメリットもないからとも言えるが。なら、できる事はヘスティアを宥めること、情報を集めること、それと。

 

 夜が深まる。予定ではベルは囚われている時間だ。今回もハズレだとリストの名前を消しながら、溜息を吐く。

 

「貴方が『疾風』を騙る者ですか?」

 

 背後からの声に一旦作業を止める。姿を確認しなくても、殺気によって相手の強さは理解できた。両手をゆっくり挙げて、戦う意志がないことを示す。

 

「それなら人違いですね。誰にも名乗った事ないので」

 

「では、何故このようなことを?」

 

「依頼を受けたので。……いや、報酬はないので、この場合はなんて言うのでしょう?」

 

 刺激させないように気を遣いながら振り向き相手の姿を確認する。想定通り、顔は隠しているが、隙の無い立ち姿に武人と想像する。

 

「もし『疾風』の関係者の方だったのなら、紛らわしくて申し訳ありません」

 

「質問に答えろ!何故このような事を行なっている?!」

 

「訂正の為です」

 

「訂正?」

 

「はい。我が主神の間違った情報が流れているようなので」

 

「嘘偽りを流されての復讐と?」

 

「復讐?いえいえ、主神はお優しい方なので、そんな事気にしませんし、求めません。なので、訂正する為に陰ながら動いているだけです」

 

「貴方は何を言っている?」

 

 求めた答えが理解できなかったのか、訪問者は少しだけ後退る。

 

「近くに人の気配がしますね。そろそろ僕は失礼しますね」

 

 殺気が緩んだ隙をついて、窓から抜け出した。だが、すぐには離れずに近くの家の屋根に気配を消して訪問者を見る。暗闇のため、しっかりと姿を見届けられなかったが、無事に離れられた彼女の姿にルインは少し安堵した。

 



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