ロックマンエグゼ~もしもワイリーが原作前に改心したら~(お試し版) (カイナ)
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プロローグ

「時々思うんだ……」

 

 黒髭を蓄えた男性がポツリと呟く。隣に座るふくよかな男性が「どうしたんだ」と言葉少なく、相手の言葉の邪魔をしないように穏やかに続きを促した。

 

「今、ネットワークが普及する世界が出来上がろうとしている……ならば、ロボットが普及する世界もあったのではないかと」

 

 ポツリと漏れるのは本音の発露。黒髭の男性──彼はロボット学の権威、隣に座るふくよかな男性はネットワーク学の権威。

 この二人は優秀な科学者として共に切磋琢磨しながら社会の発展に取り組んでいた。だが国は科学の激しい国際競争に勝つため、この二つの学問が共倒れにならないように国としてどちらかの研究に予算を集中することが決定。

 激しい議論の末に次代の科学技術として選ばれたのはネットワーク学。黒髭の男性が己の理想を見出したロボット学の研究は中止される運びとなったのだ。

 

「……気持ちは分からんでもない。私ももしロボット学の方が選ばれたら、今頃君のように悩み苦しんでいたかもしれん」

 

 ふくよかな男性が呟く。ロボット学の権威とはいえその電子工学に関わる知識はネットワーク学においても有用であり、今もなおこの二人は共にネットワークの共同研究を行っている。

 

「フン、気休めはよせ。俺が科学省の連中に影でなんと言われてるか知ってるか? “時代に取り残された”、“専門外に見苦しくしがみついてる”、しまいには“光博士の腰巾着”だ」

 

 皮肉るように言って、手に持っていたグラスに満たされていた液体──ビールをぐびりと煽り、グラスをガンと目の前に叩き付ける。横に置いていた皿が中身の料理ごと小さく揺れた。

 

「何故だ!? 俺の理論は最高だった! 何故それが認められなかったんだ!?」

 

「……だが、それが皆で決まった事なんだ……それ以上はただのワガママだよ、ワイリー」

 

 黒髭の男性──ワイリーの怒号にふくよかな男性──光が小さく呟く。だがワイリーの心に納得など浮かばない。

 これからこの先、この国──ニホンの社会はネットワーク学によって発展するだろう。その技術が世界に認められれば世界そのものが彼の隣の男──光正のネットワーク理論によって発展する。それは逆に彼の理想とするロボット社会が発展しない事を示す。

 何故だ、何故だ、何故だ。何故自分のロボット理論が認められず、こいつのネットワーク理論が認められるのか。ワイリーの心にそんな疑問、そしてその描く未来への憎しみが募り始める。そんな事になるくらいならいっそのことその世界ごと消去(デリート)してやろうか、そんな事を考えていた時だった。

 

「やっと見つけた……」

 

 そんな声が静かに夜道に響いた。聞き覚えのある声にワイリーが「む」と声を漏らすと、隣の光が自分達の後頭部に触れていた暖簾をまくって道を覗き込み、「おぉ!」と声を出した。

 

「君はたしかリーガル君じゃないか! ほらワイリー、君んとこの息子さんだぞ!」

 

「……分かっている」

 

 何故かはしゃいでいる光にワイリーはぼやいて暖簾から顔を出す。その目の前にいるのはここ数年といえないレベルで会っていなかった彼の息子──リーガルだった。思わず彼の目も細くなる。

 

「久しぶりだな馬鹿息子。アメロッパでビッグになると言って家を出て行って以来だったか……何か用か?」

 

「ハッハッハ! 気にせんでくれ。こいつちょっと酔ってるようだからな! 君の名をニュースで聞けば息子が研究者として有名になったと大はしゃぎ、新聞に出ればそういう記事が載っている新聞をあちこちから取り寄せて全て切り抜いてスクラップを作っているんだぞ!」

 

「お前何故それを知っている!?」

 

 光が絶対にばれないようにしていたはずの秘密を知っている事に驚愕の声を上げるワイリー。その顔が赤いのは酒に酔っているせいだけではないだろうが、ワイリーはゴホンゴホンと咳払いをして誤魔化した。

 

「ま、まあ、俺程じゃないがなかなかやっているようだな。そこは認めてやらんでもない……それで、わざわざニホンに来るなど、何か用でもあるのか?」

 

「ああ……父さん、あなたに紹介したい人がいるんだ」

 

 リーガルが優しく微笑んでそう言うと、彼の後ろから一人の女性が現れる。美しい金髪を揺らし、顔立ちから見てもアメロッパ人だろうと想像するのは簡単だ。

 

「ほほう、リーガル君。君の父親の親友として、その先の言葉は期待してもいいのかな?」

 

「誰が誰の親友だオイ腐れ縁」

 

 腕組みをしながらニヤニヤする光に、ちょっと聞き捨てならない表現があったワイリーがツッコミを入れるが彼の方も心中若干穏やかじゃないのはその表情が物語っており、リーガルも光の言葉を肯定するように頷いた。

 

「彼女は俺の婚約者(フィアンセ)です。近々結婚を予定していて……父さんにも知っておいてもらいたかったので、今回挨拶に……」

 

「ハ、ハジメマシテ……」

 

 まだニホン語を上手く喋れないのだろう。たどたどしく挨拶してぺこりと頭を下げる女性に何故か光の方が破顔してうんうんと頷いていた。というかワイリーは予想こそしていたがまさかの展開にフリーズ、口をあんぐり開いたまま動いていなかった。

 

「はっはっは。いやぁめでたい事だ! 祐一朗もはやくそういう浮いた話の一つでも持ってくればいいものを! よかったなワイリー!」

 

「叩くな……」

 

 ハイテンションに背中をバンバン叩いてくる光にワイリーは毒づくが、光は何を思ったか「よし!」と立ち上がった。

 

「今日は祝いだ! 屋台のおでんで申し訳ないが私が奢ろうじゃないか!」

 

「おい何を勝手に!?」

 

 突然とんでもない事を言い出した光にワイリーが抗議の声を上げるが、光はお構いなしにリーガルをワイリーの隣に座らせ、さらにその隣にリーガルの婚約者だという女性を「ディスイズジャパニーズフードオデン」などと説明しながら座らせてから自分も席に戻る。

 ついつい屋台の大将に睨むような視線を向けるワイリーだが、馴染みの大将も苦笑しつつも「まあ、よかったじゃないですか」などと祝いの言葉を述べてきている辺り救援は望めなかった。

 そして「よかったなぁよかったなぁ」と笑ってグラスにビールを注いでくる光を横目で見て、せっかく注がれたのだからとビールを飲みながら隣のリーガルを見る。

 

(全く、少し前まで生意気な子供だった奴が。いつの間にか大きくなりおって……)

 

 アメロッパで研究者として名を馳せているのは新聞やニュースで見て知っている。だがこうして生で再会して改めて息子の成長ぶりをワイリーは実感。

 その隣に座り、馴染みのない食べ物であるおでんを不思議そうに見ながらリーガルに質問しているアメロッパ人の女性と、彼女に優しく微笑みかけながらおでんを説明するリーガル、そして興味津々におでんを食べる彼女の仲睦まじい様子を眺めながら、グラスが空いたら光が楽しそうにビールを注いでくるからまた飲んでグラスを空け、そうしたらまたビールを注がれるからまた飲むを繰り返す。

 

(……ん? そういえば俺はさっき何を考えていたんだったか?)

 

 そういえばリーガルが声をかけてくる前に何か考えていたような気がするとワイリーは思い出し、記憶を辿る。

 そう、それは光のネットワーク理論が国に認められたのに彼のロボット理論が認められず、彼の理想であるロボット社会への道が閉ざされた怒り。それでこの世界が発展していくくらいならいっそこの世界を消去(デリート)してやろうという恨み。

 

(……バカバカしい)

 

 さっきまで本気でそれをしてやろうかと思っていたが、今となってはバカバカしいと一笑に付す程度のものだった。

 この世界の消去(デリート)、そんな事をしては今隣にいるリーガル達のような人々の幸せを奪ってしまう。それは自分達の知識・技術を用いて人々に幸せを提供するべき技術者として恥ずべきことである。

 そんな事を考えるくらいならばリーガル達の将来のために何か自分に出来る事がないかと考える方が合理的だとワイリーはさっきまで考えていた絵空事を忘却。

 

(……将来?)

 

 その考えで何かを閃く。

 

(そういえば、俺は何故()()()()()()()()()()()()()()などと考えていたんだ?)

 

 ワイリーの中に一つの考えが浮かんだ。たしかにロボットと人間が共に生きる社会は彼の夢だ、だがそれは必ずしも彼が生きている間に実現しなければならないものではない。

 たしかに今は国が総力を挙げてネットワーク社会を推し進めている。彼が生きている、もしくは現役の間にロボット社会を作り上げる夢は絶たれたと言っていいだろう。

 だがそれは()の話だ。次の世代、それでも無理ならまた次の世代。自分がその夢を語り、共感して引き継いでくれる者が生まれていけばいずれロボット社会が作られる可能性は生まれるはずだ。

 

(いや、ロボット社会……ではない)

 

 だがワイリーはそこに新たな()を見出す。

 既にこの国はネットワーク社会として発展しようとしている。光の理論ならばそれで世界を発展させることだって可能だろう、厳密には専門外とはいえ共に切磋琢磨していた身としてワイリーは確信している。というより自分のロボット理論よりも優れていると認められたのだからそれぐらいしてもらわないと困るという自負もあるのだが。

 それを上回ってロボット社会を作るというのは難しいだろう。ならばネットワーク社会とロボット社会を融合・共存させればいいのだ。

 

(そうだ。ネットワーク社会とロボット社会が融合した新たな社会……見えたぞ、新たな目標が!)

 

 ワイリーは天啓を得たかのように瞳を輝かせ、突然ガタンッと立ち上がる。

 

「ぬお、どうしたんだワイリー!」

 

「光ィ!!!」

 

「お、おう……」

 

 突然立ち上がったワイリーに驚く光だが、さらに突然大声を向けられてさらに怯む。

 

「お前のネットワーク理論がこれからこの国を、いやこの世界を引っ張っていく事は認めよう! だが俺は諦めん! お前のネットワーク理論によって作られる社会、それに俺のロボット理論を融合させた新たな社会!! どれほど時間がかかっても、例え俺が道半ばで死んでも俺の志を受け継ぐ後継者を見出し、いずれ必ずそれを実現させてみせる!!! ふ、ははははは! ハーッハッハッハッハッハ!!

 

「……なんかよく分からんが。元気になったようで何よりだ」

 

 突然大笑いをし始めたワイリーに光も微笑んで答え、リーガルとその婚約者は自分達の存在がワイリーが新たな目標を見出すきっかけになったとは露も知らずにきょとんとして顔を見合わせる。

 

「ぐぶっ」

 

 だがそこでワイリーの口から変な声が漏れる。気のせいか顔が青くなっていき、ワイリーは口を片手で押さえるともう片手で光を突き飛ばし、道を作って屋台から離れると道路へと走り出る。

 

「ぼろろろろろろろ……」

 

 そして道路脇にある排水用の溝へおう吐し始めた。どうやら飲み過ぎたようだったが、道を汚さないように、せめて被害を最小限にするだけの根性はあったようだ。

 

「と、父さん!?」

 

「おいアルバート! 大丈夫か!?」

 

 リーガルが叫び、突き飛ばされた光もワイリーが吐き始めたと見て慌てて起き上がると彼に駆け寄って背中をさすり始めた。

 

 

 

 

 

「う、うぶ、飲み過ぎたか……」

 

「父さん、もう若くないんだからあまり無理しないでください……」

「ああ。お前もこれからの社会に、そしてリーガル君達の将来のために必要な人間なんだ、年を弁えろ」

 

「黙れ同い年……」

 

 青い顔をして息子(リーガル)友人()に肩を貸してもらって歩くワイリー。両隣から二人から心配の言葉が投げかけられるも光の方には悪態を返すのは忘れない。なおリーガルの婚約者は後ろでおろおろしながら、彼女にとって未来の義父であるワイリーの背中をさすっていた。

 

「そういえばリーガル君、君達今日の宿はどうしてるんだい?」

 

「デンサンシティにホテルを取ってますが、こんな状態の父さんを放っとく訳にも……」

 

「アルバートは独身寮に入っているからな……よし」

 

 酔っている父親を放っとくにも不安だと語るリーガルに光が一つ頷いた。

 

「今日はアルバートは俺の家に泊めよう。君達も泊まっていくといい」

 

なに!? ぐぶ……」

 

 光の言葉にワイリーが声を上げるも吐き気がして即刻沈黙。

 

「なぁに心配はいらん。妻と祐一朗にも君達を紹介したいしな、ついでに祐一朗にもそろそろ良い人見つけろと発破もかけられる」

 

 祐一朗の困り顔といういい酒の肴が見つかりそうだと笑う光に「まだ飲む気か」とツッコみたいが気分の悪さによってツッコめずにワイリーは吐き気と戦いながら肩を借りてよろよろと光家へと運ばれるように歩いていく。

 

 ある平行世界では悪の科学者Dr.ワイリーと呼ばれるようになる彼。

 だがこの世界では彼──アルバート・W・ワイリーがそう呼ばれる運命は今ここに閉ざされたのだった。




 初めましての方は初めまして、こんにちはの方はこんにちは。カイナと申します。
 本作はタイトル通り「もしもワイリーが原作前に改心したら」というIFをテーマに書かせていただきました。ちなみにワイリー自身は主人公ではありません。(断言)
 真の主人公は次回登場の予定です。あ、でも先に言っておきます。自分、ロックマンシリーズはロックマンエグゼ2以降のエグゼ本編シリーズ&トランスミッションしか知りません。(つまりエグゼ以外&エグゼについても無印については知識ゼロ)
 あとはまあアニメをどうにかこうにかくらいで……。(それに関しても昔過ぎて記憶曖昧)
 あ、鷹岬諒先生のロックマンエグゼ漫画は名作だと思います。フォルテサイトスタイルとかブルースムラマサスタイルとか今思い出しても超刺さる。

 さて話を元に戻しまして、今話のイメージは「ワイリーがネット社会への復讐を目論みそうになるも、幸せな家族の姿を見て思いとどまる」です。光博士こと熱斗の祖父光正さんは賑やかしとして登場してもらいました……なお性格はめっちゃテキトーです。ワイリーが途中まで闇堕ち直前だったせいか、完全にお茶目でひょうきんなノリになりました。
 なんかもう時系列めっちゃくちゃな気もしますが気にしないでください。そもそもエグゼ作中における大人メンバーの年齢すら知らないもの俺……。(全力で目逸らし)

 まだ思いついているネタはあるので多分あと一、二話くらいは書けると思いますので、短いとは思いますがお付き合いいただければ幸いです。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第一話

 ピピピピピと電子音が小さな部屋に響く。ベッド脇に置かれている、青色を基調に腕や腹や頭の上と左右からが線を引くように白色になっている赤い単眼(モノアイ)のロボットをデフォルメしたような目覚まし時計──時計はロボットがお腹に抱えるような形になっている──がその音を出していた。

 

「むぅ……」

 

 ベッドの中で誰かがもぞもぞと動く。ピンク色の掛布団の中から小さな手が伸び、目覚まし時計の上部を叩いてアラームを止めると、そのまま目覚まし時計を掴んで布団の中に引きずり込んだ。

 

「10時……」

 

 女の子の声がベッドの中から漏れ、再び布団がもぞもぞと動いて、目覚まし時計が布団の中から伸ばした手によって元の場所に戻される。

 

「ふわぁ……」

 

 チチチ、と鳥のさえずりを聞きながら、一人の少女が起き上がって欠伸を漏らす。ピンク色のシンプルながら可愛らしいパジャマを着た彼女は青色の瞳を宿す目を細めて擦りながらベットから降りてパジャマを脱ぎ下着を身に着けると、淡い黒色の長袖のシャツに袖を通して黒色のストッキングを履くとその色が好きなのかこれまたピンク色のノースリーブの上着に同色のミニスカートを着こなす。

 そして部屋の隅に置いていた姿見に自分を映すと、ヘアゴムでさっと長く伸ばした金髪をポニーテールに結ってくるくると回転、格好におかしいところがないかを確認、満足いったのか「よし」と頷いた。

 するとそれを待っていたかのように、彼女の部屋のドアがノックされる。

 

「起きているか?」

 

「あ、うん。どうぞ」

 

 聞こえてくるのはどこか電子音声が混じったようにも聞こえる男性の声。その声に対して少女は返答、どうぞと入室の許可を出すと部屋のドアが開かれ、金色の髪を長く伸ばした男性が入ってくる。しかし彼の耳部分はヘッドホンか何かを思わせる白い円状の機械部品で覆われていた。

 しかし彼女はそんな、普通の人間としてはおかしな状態を見慣れたように、ニコリと穏やかな笑みを彼に向ける。

 

「おはよう、ゼロ」

 

「ああ。おはよう……シエル」

 

 金髪の男性──ゼロに声をかけると、彼も少女──シエルに朝の挨拶を返すのだった。

 それからシエルはゼロを伴って食堂に向かう。そこには椅子に座って目の前のテーブルにコーヒーを置き、新聞を読みながらコーヒーを飲むという朝のお父さんみたいな姿を見せている男性の姿と流し台で洗い物をしている朝のお母さんみたいな姿を見せている女性の姿があった。

 

「おはよう。パパ、ママ」

 

「ああ、おはよう」

「おはよ、シエル。早くご飯食べちゃいなさい」

 

 男性と女性──シエルの父と母に朝の挨拶、父親が新聞を読みながら、母親が洗い物をしながらも二人ともこちらに顔を向けて挨拶を返すとシエルは母親に促されると「はーい」と答えて席につき、テーブルの上に準備されている朝食を食べ始めた。

 

「ご苦労だったな。仕事の納期が重なったとはいえ、二日も徹夜させたのはすまなかった」

 

「ううん、私だって研究所の一員なんだから。こういう時は頑張らないと」

 

「だがお前はまだ14歳だ。健康な生活を営むのが当たり前だろう……まあ、ここまで仕事が重なって終わればしばらくは落ちつくだろうし、お前もゆっくり休みなさい」

 

 父親がキラリと右目につけているモノクルを光らせながらそう答える。

 

「でもお爺ちゃんの研究のお手伝いもしたいし……」

 

 何日も仕事詰めで無理させたから休みなさいという父親に対してシエルは休みと言われてるにも関わらず働こうとしており、父親は頭を抱え、母親も後ろで苦笑を漏らす。

 

[Dr.リーガル]

 

 するとどこからか声が聞こえ、父親──リーガルは、テーブルに置いていた携帯端末──PETに目を向けるとそれを手に取った。

 

「どうした、レーザーマン」

 

[今日の予定である、シーサイドエリアの新型水質保全システムの導入についての会議への出発予定時刻が近づいていますのでご報告を]

 

「む。もうそんな時間だったか」

 

 PETの中にいる、真っ黒なボディに青いラインが走るというシンプルかつミステリアスさを感じさせるデザインで両肩に同色のレーザー砲を装備したネットナビ──レーザーマンが報告。それを聞いたリーガルはコーヒーを飲んで席を立った。

 

「じゃあ行ってくるよ、ハニー」

 

「行ってらっしゃい、ダーリン」

 

 リーガルとその妻はそう挨拶すると軽くキスをし、リーガルはキッチンを出て行く。結婚してもう長いのに未だにラブラブ夫婦だよ、恥ずかしいから()の前ではやめてくれないかなとシエルはため息をつきながら朝食を食べ進めた。

 

「ああそうだ、シエル。ご飯を食べてからでいいからちょっと来てくれってお義爺ちゃんが言っていたわ」

 

「うん、分かった」

 

 母親から言われ、頷いたシエルは朝食を食べ終えるとキッチンを後にし、玄関から家を出て裏手に回り、そこにある建物に入る。そこにはこのような看板が掲げられていた。

 

──ワイリーロボット研究所

 

 

 

 

 

「シエルお嬢様、おはようございます!」

「昨日はお疲れ様でした!」

「用事で早めに帰っちゃってすみません!」

 

「皆さん、おはようございます。私のことは気にしないで作業を続けてください」

 

 所内で仕事中の作業員たちもシエルを見ると作業の手を止めて挨拶を始めるが、シエルが苦笑して注意すると作業に戻る。

 

「あ、おはようございます。シエル先輩」

 

「おはようございます」

 

 作業道具を入れてるのだろう工具箱を運んでいる、皆と同じ作業服姿に「自分のトレードマークです」と主張して、作業服以外の服装は余程突飛だったり仕事の邪魔にならない限りは自由な感じでやってるから許している水色と紺色の縞々帽子を被って赤紫色のグラサンをかけた青年が挨拶してきたのでシエルも挨拶。

 

「お爺ちゃんに呼ばれたんだけど……」

 

「所長なら奥の部屋にいると思います」

 

「うん、ありがとう。上文(じょうもん)さん」

 

「いえ」

 

 上文とシエルに呼ばれた青年はシエルにお礼を言われるとぺこりと一礼して去っていき、シエルは上文青年に教えられた部屋に入っていった。

 

「お爺ちゃん、来たよ」

 

「おお、シエル。ちょっと待ってくれ」

 

 入った部屋には様々な機材を所狭しと並べられており、その中心では禿げ上がった頭に残った髪も白髪になり、昔は黒髭をたくわえていたという髭も色素が抜けて真っ白になっている老人の男性がパソコンを見ながらキーボードを叩いて機械の操作を行っている。

 シエルの呼びかけにお爺ちゃんと呼ばれた老人はそう答えて機械の操作を続ける。やがてプシュウと空気の抜ける音が聞こえて近くにあった大きな箱のドアが開くと、その中からゼロが姿を現した。

 

「定期データ収集完了。バックアップデータの保存もヨシ、と」

 

「ありがとうございます。Dr.ワイリー」

 

「お礼を言いたいのは儂の方だ。お前は儂の夢の結晶、その始まりの大きな第一歩だからな」

 

 ゼロがお礼を言うと老人――ワイリーもお礼を返し、微笑を向ける。

 

「レプリロイド・ゼロ」

 

 レプリロイド。ある異世界では「高度なAIを搭載したロボットの総称」と呼ばれるもの。

 ワイリーはその名を「ネットナビを頭脳として利用する事で、より自然な動作や感情表現を可能にした新たなロボット」として使っている。むしろその概念は例えるなら「ネットナビにロボットという形で現実に身体を与えている」という方が近かった。

 

「さて、シエル。お前は今日は何か予定はあったかな?」

 

「今日は予定もないし、お爺ちゃんのレプリロイドの研究を手伝おうかなって」

 

「ははは。お爺ちゃん思いの孫娘が出来て儂は嬉しいよ……だがそれよりも頼みたいことがある」

 

 ワイリーはそう言うとテーブルの上から何かのデータを入れている様子のUSBを取り出した。

 

「これを科学省にいる祐一朗君に渡してもらいたい」

 

「……わざわざ私に頼むの?」

 

 ワイリーの頼みにシエルがきょとんとした顔を見せる。別に面倒とかではないがデータくらいならネットナビがネットワークを通じて簡単に運べるし、そっちの方が確実に速い。そもそも才葉シティから科学省となるとメトロラインを使っても結構時間がかかる距離だ。

 

「あー、いや、これは重要なデータだからな。もしウイルスに襲われたりして奪われるとまずい……もちろんいつものようにゼロを護衛につけるから、頼まれてくれんか? 今から科学省に行くとなると帰りが遅くなるかもしれんから、その日は祐一朗君の家に泊めてもらえるよう話は通してある」

 

「ん~。うん、分かった」

 

 妙に引っかかるがまあいいやと置いてシエルは祖父のお願いを了解。そのデータが入ったUSBを受け取ると自分用のピンク色にペイントされたPETを取り出してUSBを接続した。

 

「アイリス、念のためにデータの保存(バックアップ)お願いね」

 

[う、うん……]

 

 PETの中にいるのはリーガルのナビ、レーザーマンと比べると人間にとても近い、淡い茶色の髪を長く伸ばして蝶の形をした髪飾りをつけ、緑色の瞳をした美少女型ナビ。

 気のせいか笑いを堪えているように頬をひくつかせているが、彼女はそれを隠すようにシエルに背を向けてUSBから転送されるデータの保存をスタート。

 妙な行動に不思議そうに目を細めるシエルだがそこまで気にする事でもないかと判断するとゼロを見た。

 

「じゃあゼロ、さっさと行っちゃおうか」

 

「ああ」

 

 シエルは遅くなる前に科学省に向かおうと、ゼロを連れて「行ってきまーす」とワイリーに挨拶して研究室を出て行って研究所も出て行く。

 

「ふ、くくく……ハーッハッハッハッハッハ!」

 

 シエルが出て行ったのを監視カメラで確認した後、我慢できなくなったかのようにワイリーの大笑いが研究室に響くのだった。

 

 そして家に戻ったシエルは少なくとも一泊は祖父の友人の息子さんだという光祐一朗の家に泊まる事になるため着替えを用意したり、あっちの方で暇になった時のためにノートパソコンなどの趣味に使う道具を準備、旅行用のキャリーバッグに着替えなどの小物を、大きなショルダーバッグに趣味道具を詰めていく。

 

[ねえ……ねえってば]

 

 するとシエルの部屋のパソコンから彼女を呼ぶ声が聞こえ始める。

 

[秋原町に行くんでしょう、シエル?]

 

「……科学省だよ?」

 

[その後、秋原町に、あいつがいる場所に行くんでしょう?]

 

「……そうだよ」

 

 パソコンからの声に誤魔化そうとするも誤魔化しきれずに肯定。その途端[私も連れていきなさい!]というけたたましいコールがパソコンから始まった。

 

「でも光君達に迷惑が……」

 

[そのくらい当たり前でしょう? 彼らが私をおかしくしたんだから……まあ、あなたがそこまで嫌だって言うんなら構わないけれど……]

 

 シエルの言葉にパソコンからそんな諦めたような声が出てくる。

 

[そんな事があったら私、退屈のあまりにこのパソコンから繋がるインターネットを海に沈めるか私のスケートリンクにしてしまいそう]

 

「もー分かったわよ……アイリス、私が見れないとこでも手綱握っておいてね?」

 

[う、うん、分かった……]

 

 パソコン内からの要求に根負けしたシエルは項垂れながら同行を許可し、自身のネットナビであるアイリスにもそれの手綱を握る事をお願いしながら、パソコンに専用の紫色にペイントしたPETを接続する。

 パソコンからPETへの転送準備が完了し、さっきまでシエルに自分も連れていけと要求してきたネットナビ──紫色の髪を長く伸ばし、何故かペンギンを思わせるパーカーを着用している少女型だ──は不敵な笑みを見せた。

 

[ふふ、ふふふふふ……ロックマン、今度こそあいつをオールドレインしてみせるわ……]

 

「はいはい。それはさせないからね……」

 

[あはは……]

 

 不敵な笑みを浮かべてぺろりと舌なめずりをする少女型ネットナビに思わず呆れ顔で返すシエルと苦笑を漏らすアイリス。一応後でセキュリティチェックしとかなきゃと思いながら、シエルは彼女がパソコンからPETに転送されていくのを確認。転送終了を確認するとPETを着替えなどの必須の荷物を入れるキャリーバッグに放り込んで他の荷物も確認。

 

「準備は出来たか? 行くぞ」

 

「はーい」

 

 それを見計らったように、ノートパソコンや携帯用開発環境などの仕事&趣味道具(当然全てシエルのものだ)を入れたショルダーバッグを軽々と担いだゼロが声をかけ、シエルは旅行用バッグをころころと引いて彼に駆け寄る。

 そしてシエルは家に残っていた母親に「行ってきます」と声をかけ、まずは科学省行きのメトロラインの駅に行くためにリニアバス乗り場へと向かうのだった。




 というわけで本作の真の主人公、シエルちゃん登場です!(なお思いついているネタの量的に考えて次回で最終回です)
 なおプロローグの後書きで言った通り、自分はロックマンシリーズはエグゼしか知りません!(つまりロクゼロについては知識ゼロ。強いて言うならコロコロで連載されてた漫画くらい)
 一応頑張って調べてはいますけど流石にロックマンゼロシリーズ全部やれは難しいのでお許しいただければ……。
 そして「ネットナビを頭脳として利用することで、より人間に近い感情表現や自然な動作が可能になったロボット」という設定でのレプリロイドとしてロックマンゼロも登場。なおプロローグの以下略。
 トランスミッションのゼロとどっちを使うか最後まで迷いましたが、主人公としてシエルを採用する以上その相棒枠となるのもやっぱりロックマンゼロの方がいいと判断し、ロックマンゼロを採用しました。まあレプリロイドとは言ってますが、現実世界での彼の印象はアーマー外したような感じ&耳に機械つけてる辺りは仮面ライダーゼロワンのヒューマギアがモデルになってそうですけど……。

 さらにロックマンエグゼ6のヒロインと言ってもいい彼女、アイリスもシエルのネットナビとして登場したりちょっとした特別ゲストも用意しながら、次回(予定としては)このお試し版の最終話(ネタが思いついてるのここまでともいう)に引かせていただきます。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二話

 才葉シティからスカイバスに乗ってメトロラインの駅に行きメトロラインに乗り換える、数時間ほどの移動を経てシエルはニホンのネットワーク社会における最重要施設と言っても過言ではない施設──科学省へとやってきていた。

 先に秋原町で今日泊めてくれるという光家に行って荷物を置いてくるという手もあったが、それはそれで二度手間になりそうだしと科学省に直行したため荷物をそのままに、シエルは科学省の受付へと向かう。と、受付の女性がニコリとシエルに向けて微笑みかけた。

 

「こんにちは。今日はなんのご用でしょうか?」

 

「シエル・(アルエット)・ワイリーです。光祐一朗博士にお届け物があるんですが……」

 

「シエル様……少々お待ちください」

 

 受付の女性に用件を伝えると、女性は少々お待ちくださいと答えて脇にあった電話を取り、恐らく祐一朗に確認を取るつもりなのか声を潜めて通話。「はい、はい」と電話相手──恐らく祐一朗──から指示を受けたのか何度か頷いて「失礼します」の一声かけて電話を切り、シエルに向き直した。

 

「お待たせいたしました。光博士が直接お届け物を受け取るという事ですので、こちらの入省許可証を持ってお進みください。通路は──」

「あ、何度か来てるので大丈夫です。ありがとうございます」

 

 受付の女性から入省許可証を貰い、祐一朗のいる研究室への順路を教えようとするが何度か来ているから知っているとシエルはお礼を言って断り、後ろで荷物を手に待っているゼロに「行こう」と促して出発する。

 とはいえ子供がいるのは目立つのか通路を歩いていると白衣姿の人達──科学省の職員からの視線がシエルに向いた。

 

「ん? 子供がいるなんて珍しいな」

「光博士の息子さんくらいだよな」

 

 科学省に新しく入ったのだろうか、まだ白衣に着られている様子の若い職員が自販機でコーヒーや紅茶を買って飲みながら、シエルを見てぼそぼそと話す。と、彼らより少し年を取った様子の中年職員がそこに割り込んだ。

 

「お前達知らないのか? 彼女はDr.シエル。かつては光博士の父光正博士に匹敵すると謳われた天才Dr.ワイリーの孫娘で、若干12歳にしてアメロッパの有名大学を卒業した才女だ。既に科学省からも何度かスカウトがいっているという噂だぞ」

 

 その割り込んでの話はシエルへの賞賛。祖父ワイリーの話も混ざってはいるが、どうにも大仰な話し方にエレベーターを待つシエルはうつむいており、その顔は若干赤面していた。

 

「言われているな。Dr.シエル」

 

「言わないでよ。私なんてまだまだ、パパの仕事やお爺ちゃんの研究の手伝いくらいでDr.なんて呼ばれるような人間じゃないのに……」

 

 そもそも14歳でロボット工学については文字通り年季が違う天才と言われるワイリーの研究の手伝いが出来たり、研究所でもプロの中に戦力として混じって仕事をこなしてるだけでも大したものなのだが、シエルは未だに話している職員達から逃げるように、やっと来たエレベーターに飛び込んだ。

 そして別の階に移動してエレベーターを降りると慣れた足取りで目的地に向かい、入り口横に設置されている呼び出しボタンを押す。

 

[はい?]

 

「光博士、シエルです」

 

[ああ、お疲れ様。今開けるよ]

 

 カチャリと鍵の開いた音が聞こえたのでドアを開け、入室。その部屋の中にいた優しそうな雰囲気を漂わせる男性──光祐一朗にぺこりと一礼した。

 

「お久しぶりです、光博士」

 

「久しぶりだね。シエル君。ワイリー博士から届け物があると聞いているよ」

 

「はい、これです」

 

 祐一朗の促しにシエルはそう言ってUSBを取り出して祐一朗に手渡す。

 

「確認するからちょっと待っててね」

 

 そう言って祐一朗は部屋の奥にあるパソコンに移動、シエルがいつものように部屋の入り口近くの来客用の椅子に座って待っていると、少し間を置いて祐一朗が戻ってくる。

 

「たしかに確認したよ」

 

「よかった。アイリス、バックアップデータの消去をお願いね」

 

[う、うん……ふふ……

 

 PET内のアイリスに万一のために残しておいたバックアップの消去をお願いすると、アイリスは肩を震わせて微笑。それにシエルはきょとんとした様子で首を傾げた。

 

「ああ、そうそう。シエル君、君に見てほしいデータがあるんだ」

 

「あ、はい……?」

 

 そこに祐一朗がそう言い、シエルは首を傾げながら祐一朗についていって彼のパソコンの前に移動。席に座った祐一朗が一件の動画ファイルを再生した。

 

[あー、あー……もう録画は開始しているかな?]

 

「お爺ちゃん!?」

 

 その動画ファイルにはシエルの祖父──ワイリーが映っていた。

 

[祐一朗、シエルは連れてきておるな? それ前提で話し始めるぞ?]

 

「え? え?」

 

 困惑するシエルをよそにワイリーは話し始める。

 

[シエルよ、お前は少々無茶をしすぎるきらいがある。いくらお前が大学を卒業して既に社会人に等しい立場だとしても、お前はまだ14歳だ。だというのに毎日毎日暇があれば仕事はないかと研究所を歩き回ったり儂の研究を手伝うと申し出たり……まあ、それ自体は儂らも助かっておるんだがな……ともかく──]

 

 ワイリーはそう言って画面からこちらに向けるように指を差した。

 

[──このファイルを祐一朗君に持って行く時には一泊と説明しているはずだが、一週間お前を預かってもらえるように祐一朗君とはる香さんには話を通している。長期休暇だと思って、仕事を忘れて羽を伸ばしなさい。追加の着替えや他に必要なものは家から送るように手配している。以上。あとは頼んだぞ、祐一朗]

 

 その言葉を最後にぶつんと映像が切れ、動画が終了。シエルは状況についていけずにフリーズしている。

 

[ふ、うふふ……あはははは!]

[あ、あは、あはは、あっはははははは!]

 

 直後彼女の持つ二つのPETから大爆笑が聞こえ始め、シエルはまさかと二つのPETを取り出すと中のネットナビを睨んだ。

 

「あ、アイリス! 知ってたの!?」

 

[ご、ごめんなさいシエル……ワイリーさんに口止めされてて……うふふ……]

[私も知ってたわよ。重要なデータだって騙されてた貴女を見てると笑いを堪えるのが大変だった……あっははははは!!]

 

「ゼロ! まさか!?」

 

「……すまん」

 

 シエルに睨まれて控えめに笑うアイリスと一緒にペンギンパーカーの少女ネットナビも爆笑。シエルが今度はゼロを睨むと、ゼロは彼女から顔を逸らして一言謝る。しかしよく見ると肩が震えており、人間のように噴き出す真似こそしないが(そもそもレプリロイドに呼吸の必要がないから噴き出すという行動自体しない)笑いを堪えている様子なのは明らか。

 さらに言うとシエルは気づいていないものの、祐一朗も肩を震わせて口に手を当てて笑いを堪えるのに必死になっている。

 

「お爺ちゃんもー!!!」

 

 そしてシエルの怒号が研究室内に響くのだった。

 

 それから来客用のテーブルに案内されて席についたシエルはぶっすーと言わんばかりに頬を膨らませて唇を尖らせ、分かりやすいくらいに拗ねてますなポーズを見せている。

 普段は大人びているのにこういうところは子供らしいなと祐一朗も苦笑しつつ、息子──熱斗がメイル達友人を連れて遊びに来た時用に用意していたジュースを彼女に差し出した。

 

「まあ、ワイリーさんも君が身体を壊したりしないか心配だったんだよ」

 

「それならそうと言ってくれれば私だって……」

 

「聞かないから強硬手段に出たんじゃないかい?」

 

「うっ……」

 

 祐一朗の諭すような言葉にシエルは居心地悪そうに目を逸らす。たしかに地元の学校──才葉学園の警備ロボットのメンテナンスにシーサイドエリアやスカイエリアの案内ロボットが同時に故障したからそれの修理、グリーンエリアの環境整備ロボットの定期機材点検、他にもロボットだけではやっていきにくいからと始めたネットワーク関係の仕事が重なって、それぞれの納期の問題もあって皆忙しかったから自分もそこに入って二徹して仕事を終わらせたのはつい昨日のことだ。

 その時だって研究所の所長であり祖父のワイリー、副所長で父のリーガル、他にもたくさんの作業員に「シエル(お嬢様)はもう帰って休め」と口酸っぱくして言われていたのを「平気だから」と押し通してたのは記憶に新しいし、実はそういうのは割と珍しい事ではない。

 

「たしかに君は素晴らしい技術者だ。流石はDr.ワイリーの孫娘と言っていいロボット工学に対する知識と技術、ネットワーク工学についても大人と遜色ない知識と技術がある。アイリス君の手助けもあれば充分に仕事は可能だ」

 

 祐一朗がシエルの前の席に座り、静かに話す。

 

「だが君はまだ14歳、いくら頭脳が優れていても身体はまだ子供なんだ。そんな無理を続けていたら身体を壊してしまう……私としても、熱斗とたった三つくらいしか変わらない君がそんなする必要のない無茶を続けていると聞いたら、同じ親として黙ってはいられない。だから今回、君が少し無理にでも仕事から離れられる環境を作るのに協力させてもらったよ」

 

「う……」

 

 心のどこかに無茶してるという自覚はあったのか、シエルは祐一朗の注意に言い返せずに目を逸らしてしまう。

 

「まあ、そういう事だよ。だから今日からしばらくはゆっくり休みなさい。はる香も君が泊まりに来るとワイリーさんから聞いて楽しみにしているんだ」

 

「……じゃ、じゃあ、しばらくお世話になります」

 

 祐一朗の朗らかに微笑みながらの言葉に、シエルはどこか気恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。

 

「……というか、じゃあゼロが来たのって護衛とかじゃなくって……」

 

「事情を知ったシエルが無理にでも帰ろうとしたらとっ捕まえるためだ」

 

「しないよ流石に……」

 

 つまり護衛の必要なんてない今回の仕事にわざわざゼロがついてきた理由を尋ねると要は見張りだと言われ、シエルは信用ないなぁとがくりと項垂れつつもそこまでされても仕方ないかと反省した。

 

「それじゃあ、はる香が今日はご馳走を用意すると言っていたからね。私もなるべく早く帰ると伝えておいてくれ」

 

「はい。失礼します」

 

 まさかのドッキリも終了し、秋原町に向かうために研究室を出るシエルを見送る祐一朗が伝言を頼むと、シエルもこくりと頷いた後ぺこりと一礼する。

 

「さ、行こう。ゼロ」

 

「ああ」

 

 そしてシエルは研究室を出て行くと入省許可証を受付で返却して科学省を後にする。その近くのメトロラインの駅で秋原町行きの切符を買い、彼女はメトロラインに乗り込んだのだった。




 今回はシエルの身の上紹介と前回のUSBのネタバラシやこの後シエルがどうするかを説明して秋原町でまたちょっとどたばた起こして話を締める……予定だったんですが。
 説明回だけで予想以上に文字数稼げて、ここから本来の最終話の流れに持っていこうとするとどうにもキリや流れが悪いので、急遽ここで一話使いたいと思います……というか、ギャグ的なネタが思いついたからまたそこで一話使うかもで、下手したら最終話はさらにその次になるかもしれません。無計画で申し訳ありません。

 というわけでワイリーの頼んだ用事はフェイク。実は結構無理しちゃう系女子のシエルを心配して「こいつ家で休ませてても目を離せば無理するし、ちょっとお前んとこで休ませてやってくれ」と友人の息子である祐一朗にしばし押し付けた感じです。
 なおワイリーやリーガル達家族は当然、ゼロやアイリス達も知ってて知らなかったのはシエルのみです。(笑)

 さて次回は秋原町。原作主人公の彼らも勿論登場を予定しております。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第三話

「…………え?」

 

 少年──光熱斗は呆けた声を出して固まっていた。

 彼は学校が終わった頃に急に天気予報になかった大雨に降られ、傘もないし止むのも待ってられないと大急ぎで家まで帰ったもののびしょ濡れになってしまい、風邪を引くからシャワーでも浴びて身体を温めた方がいいという己のネットナビ──ロックマンからの忠告に流石に従って、家に帰って早々「ただいまーママ、凄い雨降って濡れたからちょっとシャワー浴びるねー!」と母親に呼び掛けるのもそこそこに返答も聞かず自室に飛び込んで、まずはいつものようにPETを自分のパソコンに接続してロックマンを自分のパソコンにプラグイン。

 そのままタンスを開けて適当に着替えを取ると部屋を飛び出してお風呂に向かう。脱衣所で「さむさむ」と言いながら服を脱いで洗濯機に放り込む。ガラス戸が少し曇っており、「ママ、雨降ってるのを見てお風呂入れてくれたのかな」とか思いながら彼は浴室に繋がるガラス戸を開けた。

 そこで今に至る。

 

「…………え?」

 

 少女がいた。金色の髪を長く伸ばした、自分より少々年上の少女。ここは風呂場のため当然裸になっており、今はシャワーを浴びているため色白な肌を惜しげもなく晒し、その瑞々しい肌をシャワーから流れる水滴が流れていく。

 彼女は碧眼をぱちくりとさせながら熱斗を見ていた。

 

「……ひ、光君……?」

 

「シ……シエルさん……?」

 

 少女が呟き、少年──熱斗も呟くように彼女──シエルの名を呼ぶ。と、そこでシエルは我に返ったようにはっとした表情になり、同時に彼女の顔がカーッと赤くなっていく。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 シエルは絹を裂くような悲鳴を上げながら咄嗟にというように左腕でなだらかな胸を隠し、股に右手をやるとすぐにお湯で満たされた浴槽に飛び込んで身を隠す。その悲鳴を聞いてやっと熱斗も我に返った。

 

「シ、シエルさん、なんでここに!? ってかごめんなさ──」

 

 熱斗が謝罪の言葉を出そうとするも、シエルはそれよりも早く右手を自由にするとその手で近くにあった洗面器を拾い上げ、涙目で熱斗を睨みつけながら思い切り振りかぶった。

 

「出てってー!!!」

 

「ご、ごめんなさーい!!」

 

 熱斗目掛けて洗面器を投げつけた後、とにかく近くに落ちてるものを手当たり次第に投げまくるシエルに、熱斗は謝罪の言葉を出しながらお風呂場を出て行くしか出来なかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 まるで這うようにお風呂場を出て行ってドアを閉めた熱斗は「一体どうなってんだ」とぼやきながら閉めたドアに背を預ける。

 

「あら熱斗、どうしたのそんな格好で?」

 

「ママ! それにゼロも! シエルさんがいるんだけどどうなってんの!?」

 

「……あら? 今日からシエルちゃんが一週間くらい家に泊まるって言ってなかったっけ?」

 

 熱斗の叫ぶような質問に熱斗のママが首を傾げながら頬に手を当てる。熱斗も「え?」と声を漏らした。

 

「……光熱斗、もしかしてお前、シエルの入浴を覗いたのか?」

 

違う! あ、いやある意味じゃ違わないかもだけど、事故だ! 不可抗力だ!」

 

 ゼロのジト目に熱斗は慌てて首を横に振って否定する。

 こうなった事には熱斗だけではなくシエルの方にまで視点を向けなければならないだろう。

 

 シエルが科学省からメトロラインに乗って秋原町までやってきた頃にまで時間を巻き戻す。

 

「うわー、雨が降ってる……」

 

「天気予報では雨の予報はなかったはずなんだが……通り雨か?」

 

 駅から出てきたシエルは外が大雨なのに気づいてぼやき、ゼロもそう呟く。

 

「才葉シティだとウェザーくんのおかげで天気予報が外れるなんてなかったものね。油断した……」

 

「どうする? 止むまで待つか?」

 

「いつ止むか分からないもの……光君の家もそんなに駅から遠いってわけじゃないし、走ろう」

 

「了解」

 

 シエルの言葉にゼロは頷いて彼女の荷物を自分の身体で守るように抱え直すと、二人は一気に駅を飛び出して光家に向けて全力疾走。光家まで辿り着くとすぐにインターホンを鳴らした。

 

「あら、いらっしゃいシエルちゃん。ゼロくん、待ってたわ」

 

「ご、ご無沙汰してます。光さん」

 

「あらあら濡れちゃって。お風呂を沸かしてるから入って、ゼロくんも身体を拭くくらいはした方がいいでしょ?」

 

「「ありがとうございます」」

 

 うふふと笑う女性──熱斗の母であり祐一朗の妻、光はる香の言葉にシエルとゼロはお礼を言い、シエルはとりあえず熱斗の部屋に向かって荷物を置いたりなんなりしてからお風呂場に向かい、ゼロも身体中がずぶ濡れになったため用意されたタオルで身体を拭き始める。そこにはる香が声をかけてきた。

 

「ねえ、ゼロくん。ちょっとお買い物に付き合ってもらいたいんだけど……」

 

「買い物ですか?」

 

「ええ。ちょっと買い忘れたものがあったんだけど、この雨の中一人で買い物に行くのも億劫だったから……傘さえ持ってくれればいいから、お願いできる?」

 

「分かりました」

 

 はる香はうっかり買い忘れを買いに行くのに傘を持ってもらうためにゼロに同行をお願い。ゼロもそれを静かに了承すると、どうせすぐに戻ってくるし大丈夫だろうと特にシエルには何も言わずに二人揃って家を出て行った。

 そして二人が出て行ったタイミングで熱斗が戻って来て、今に至るわけである。

 

「なんだそのタイミングの悪さ……ふぇっくし!」

 

「あらあら熱斗、風邪ひいちゃうわよ」

 

 這う這うでお風呂場を飛び出したため実は裸の熱斗がうなだれつつくしゃみを漏らすとはる香が熱斗を心配。「ちょっとどきなさい」と熱斗をドアの前からどかせると「シエルちゃん、ちょっと入るわねー」と一声かけて脱衣場に入り、そこに置いていた熱斗の着替えを持って出てくる。

 そして熱斗も着替え終えてからゼロを見た。

 

「で、一週間シエルさんとゼロが家にいるってこと?」

 

「ああ。しばらく世話になる」

 

「ま、事情は知らないけど。メイルちゃん達も喜ぶし、ロックマンもアイリス達に会えるなら……」

 

 熱斗は急にシエルとゼロが泊まるようになった事情をよく知らないのかそう答えた後、ハッとした顔になる。

 

「ゼ、ゼロ! お前と一緒に来たのってシエルさんだけか!?」

 

「いや。俺とシエルとアイリス、あと──」

 

 熱斗の血相を変えた確認にゼロが答えようとした、その時だった。

 

[うわああああぁぁぁぁぁっ!!!]

 

「ロックマン!!」

 

 部屋からロックマンの悲鳴が聞こえてきた熱斗は血相を変えたまま走り出す。ゼロはそれを無言で見送った後、キッチンにいるはる香の「ゼロくん、ちょっと手伝ってくれるー?」という呼び声に「はい」と答えてそっちの方に歩いていった。

 

 

 

 場所は変わってネットナビ達の世界と言える電脳世界。その熱斗のHPという場所で、青い身体をした人型ナビ──ロックマンは苦しそうな表情で目の前の敵を見据えていた。

 

「ほらほらどうしたのよロックマン。この程度で終わる程、あなたは柔じゃないでしょう?」

 

 まるで嘲笑うような言葉と共に飛んでくる二つの水球をジャンプして回避。しかし着地した先の地面は凍っており、ロックマンは氷で滑ってバランスを崩してしまった。

 

「ノッてきた!」

 

「くっ!?」

 

 そこにまるで氷の上を滑るように敵が接近、すれ違いざまに切り裂くような蹴りを見舞って攻撃してくるのをロックマンはどうにか腕をクロスして防ぐものの、足元が凍っていては踏ん張りが効かずに蹴り倒されるのは避けられない。

 

「いい波ね、昂るわ!」

 

 先ほど蹴りを叩き込んできた敵が叫ぶと共に、氷の足場から波が発生。その波に乗るように敵は倒れて動けないロックマン目掛けて襲い掛かった。

 

──バトルチップ、バリア! スロットイン!

 

 そこに聞こえてくる声。同時にロックマンの前に不可視の障壁(バリア)が発生、敵の攻撃を防ぐと同時に攻撃に耐えきれなかったのか消滅。バリアに弾き飛ばされた敵はロックマンより数メートル前に着地すると悠々とポーズを取った。

 

──ロックマン! 大丈夫か!?

 

「熱斗君! ありがとう!」

 

 電脳空間に投影されたウインドウに映る、彼の相棒(オペレーター)──光熱斗にロックマンはお礼を返した後に目の前にいる敵を睨み、同時に熱斗もその相手を睨んだ。

 紫色のロングヘアを揺らし、その身に纏うのは胸から上を大胆に露出して胸から下も身体のラインが出るような、大胆なハイレグの水着に胸元には白色のフリルをあしらったもの。両腕もフリルをあしらった白色の袖でまるで袋のように包み、両足は義足なのだろうか、しかしそれによってこの凍った床を自由自在に動き回る様は不思議な形状のスケート靴のようだった。

 

──やっぱり、お前もいたのか! ()()()()()()

 

「あら、忘れたの? ()()姿()()()()その名前で呼ばないという契約のはずよ? 私の事は謎のアルターエゴ・Λ、もしくはラムダリリスとでも呼んでもらおうかしら」

 

──知った事か! ロックマン、プラグアウトだ!

 

「ダメだ、熱斗君! あれを見て!」

 

 その敵──ラムダリリスの挑発的な笑みでの言葉を熱斗は一蹴。ロックマンにラムダリリスの相手をやめてプラグアウトを指示するが、ロックマンはそれを拒否してラムダリリスの後ろを指差した。

 その指差す先には巨大な水球が出来ている。いや、それだけではない。

 

──アイリス!?

 

 水球の中にはシエルのネットナビ、アイリスがまるで水の中に囚われているように閉じ込められていた。

 口をパクパクさせているが水の先まで声が届かないのか何も聞こえず、水の壁を叩く右手の甲に刻まれた赤い文様が光を放っている。

 

──くそ、ラムダリリス、お前!?

 

「そうよ、彼女は人質。光熱斗、シエルやゼロを呼びに行こうとしても無駄よ。そんな素振りを見せた瞬間──アイリスを消去(デリート)するわ」

 

 熱斗の怒号に対してクスクスと冷笑するラムダリリスが腕を振るうと、アイリスが閉じ込められている水球の周りを数匹のペンギンが遊泳する。

 ただのペンギンの侮るなかれ、そんじょそこらのウイルスなら一蹴可能な、ラムダリリス特製の攻性プログラムだ。戦闘用のカスタマイズが一切されていないアイリスが襲われればひとたまりもない。

 ロックマンがぎゅっと拳を握りしめてラムダリリスを睨んだ。

 

「どうしてこんな事をするんだ!?」

 

「どうして……? ふふ、貴方達が私をおかしくした。たったそれだけの事……アイリスを助けたければ、私に勝つ事ね……ロックマン、光熱斗」

 

 ラムダリリスは冷笑しながら構えを取り、ロックマンも彼女と同時に身構える。

 

「熱斗君! こうなったらやるしかない!」

 

──ああ。いくぞ! バトルオペレーション、セット!!

 

「イン!!」




 なんか思いついたので、熱斗とシエルのラッキースケベなんていうギャグから始まりました。(笑)
 そして前々からちょいちょい出ていた本作の特別ゲスト(登場作品的な意味で)の正体も明らかに。
 そう、その正体はFGOから出演、謎のアルターエゴ・Λこと通称ラムダリリス様です!

 実は本作を書いたきっかけは「ロックマンエグゼのロックマンがラムダリリスにオールドレインされそうになっていて逃げまわったり蹴り攻撃を真剣白刃取り的に受け止めている」という電波を受信した事と
 これを書くとしてオペレーターとかその辺どうしようかなと考えていた時に「そういえば俺“Dr.ワイリーに孫娘としてシエルが生まれたのをきっかけに原作開始前に改心したら”っていうネタ思いついてたじゃん」って思い出して
 この二つを無理矢理に組み合わせて本作の設定をでっちあげました。

 つまりぶっちゃけ、今回の話の一番最後のロックマンVSラムダリリス辺りのくだりを書きたいがために本作書いたと言っても過言ではありません。(笑)
 そして次回がこの話の最終話で最終決戦。頑張って書いていきたいと思います。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第四話

──バトルオペレーション、セット!!

 

「イン!!」

 

「いくわよ!」

 

 熱斗とロックマンが掛け声を合わせ、同時にラムダリリスも声を張り上げる。同時に彼女の周囲に数体のペンギン──攻性プログラムが出現した。

 

「ゆきなさい、リヴァイアサン!」

 

 ラムダリリスの命令と共にペンギンもといリヴァイアサンがロックマン目掛けて突撃。対してロックマンも右手を前に突き出すように構えると、その右腕がバスターへと変化する。

 

「ロックバスター!」

 

 右腕が変化したバスターから放たれる弾丸がリヴァイアサンの軍団へと直撃、「クゥー」「キュー」と悲鳴を上げながらリヴァイアサンが消滅していくもラムダリリスは気にするそぶりも見せずに凍った床を使って滑るように突進してきていた。

 

──攻撃用バトルチップ、ソード! スロットイン!

 

 熱斗が攻撃用バトルチップを転送、バスターに変化していた右腕が今度は剣へと変化し、ロックマンは凍った床に若干足を取られつつもラムダリリスに真っ向から突っ込んでいった。

 

「くらえ!」

 

 助走をつけてジャンプし、振り上げた剣を振り下ろす。対してラムダリリスもニヤリと笑って左足を踏み込んだ。

 

「バトルチップ、アクアソード。セット」

 

 呟くと同時に右足に水流が走り、その足を振り上げた回し蹴りでソードを受け止める。

 同時にその足から水流が溢れてソードを押し返し、ロックマンは「ぐ」と唸るとソードを弾かれる勢いを利用して距離を取って着地、凍った床で滑り膝を折ってしゃがむように体勢を崩すものの倒れ込むだけは避ける。

 

「バトルチップ、ワイドショット。セット──ブリゼ、エトワール!」

 

「くっ!」

 

 そこにラムダリリスが追撃。踊るように右足を振るうと水流が刃のような弾丸となってロックマンに襲い掛かり、彼はそれを横飛びで回避。凍った床を滑っていく。

 

──攻撃用バトルチップ、ショットガン! スロットイン!

 

「はぁぁっ!!」

 

「く……」

 

 同時に熱斗がバトルチップを転送し、ロックマンの右腕が再びバスターに変化。一気にいくつもの弾丸を放つ連続射撃で、ワイドショットで牽制しながら近づこうとしていたラムダリリスを牽制し足を止めさせる。

 

「フフフ……まあ、このくらいはしてくれないと拍子抜けね。腕が落ちていないようでなによりよ」

 

 ショットガンの弾丸をやり過ごすために足を止めたラムダリリスはニヤニヤとした笑みをロックマンに向け、ショットガンを撃ち終えた後もロックバスターをラムダリリスに向けながら、ロックマンは氷の上に立つ。

 

──サポート用バトルチップ、パネルリターン! スロットイン!

 

 そこに熱斗が新たなバトルチップを転送。それは攻撃用のものではなくサポート用。それを転送されたロックマンの足元から円状に光が伸びていき、その光に触れた氷の床(アイスステージ)ごく普通の床(デフォルトステージ)になっていく。というよりは元の状態に戻っていった。

 

「私のステージを……」

 

──勝負はここからだ! いくぞ、ロックマン!

 

「うん!」

 

 氷のステージをかき消されたラムダリリスが苛立ったように表情を歪め、熱斗が啖呵を切るとロックマンもそれに応えてしっかりと立ち、拳を構え直した。

 

「くらいなさい!」

 

 ラムダリリスが両手を左右に掲げると、そこに一つずつ水球が出来上がり、腕を振るうとまるで意志を持っているようにロックマン目掛けて放たれる。バブルショット系列と思われるそれをロックマンはジャンプで回避。

 

──攻撃用バトルチップ、ラビリング! スロットイン!

 

「くらえ!」

 

 転送されたチップデータにより、ロックマンの右手が兎の耳を模したフィラメントのようなバスターに変化。そこから電撃の輪が生成されてラムダリリスへと射出される。

 威力こそ低いが当たれば一時的に相手を痺れさせて行動不能に出来、さらにラムダリリスには効果抜群となる一撃だ。

 

「くっ!」

 

 流石にそれを受けるわけにはいかずラムダリリスはバックステップで回避。

 

──エリアスチール、エレキソード! ダブルスロットイン!

 

「──っ!」

 

 直後空中にいたロックマンが消える。違う、熱斗の転送したバトルチップ、エリアスチールの効果で高速移動したのだ。

 ラビリングは自分に回避行動を取らせるための囮、そうラムダリリスが認識した次の瞬間、ラムダリリスの背後にロックマンが出現。その右腕は再びソードに変化していた。だが先ほどのソードと違ってその剣には電流が流れており、ロックマンはそれを横薙ぎに一閃。

 

「チッ!」

 

 ソードの一撃だけではなく電撃のおまけから来る痛みに顔をしかめて舌打ちを叩きつつ、こっちも至近距離から蹴りを入れてロックマンを引き剥がす。

 だが己の弱点である電気属性の攻撃を受けたラムダリリスの方がダメージが大きい。それは彼女が膝をついている姿からも明白であり、ロックマンは中距離からエレキソードをラムダリリスに突きつけた。

 

「さあ、アイリスを解放するんだ!」

 

「……フフ、フフフフフ」

 

 ロックマンが降参して大人しくアイリスを解放するように要求するが、ラムダリリスはフフフと怪しく笑い始める。

 

「もう勝ったつもり?」

 

「え?──うわぁっ!?」

 

──ロックマン!?

 

 ラムダリリスがニヤァとした笑みをロックマンに向け、それに彼が不思議そうな目を向けた時、彼女が膝をついているのと一緒についていた手から大量の水が出現して津波になる。

 バトルチップ、ツナミだ。それに気づいた時には既に遅く、津波は一気にロックマンを呑み込んだかと思うと球体状になり、浮遊した。さらにバトルフィールド自体も大量の水に飲まれ、まるで海のど真ん中になったかのようにフィールドが水没する。

 

「しまった!?」

 

「お別れね。最後に恋を教えてあげる──」

 

──ロックマン! 急いで脱出だ! エリアスチールスロットイン!

 

「──くっ。ダメだ、熱斗君、身体が思ったように動かせない……」

 

 水球の中でじたばたと暴れるものの身動きが取れないロックマンに対し、ラムダリリスは水没したフィールドに潜る。そこに二体のリヴァイアサンも援護のため出現した。

 このままではまずいと直感した熱斗が脱出を指示し、高速移動を可能とするエリアスチールを転送するが、そもそも移動出来ない様子のため不発に終わる。

 

──まずい、このままじゃ……バリア、ダメだあいつならバリアごと貫通してくる……

 

「憐れで惨めな水の虜──」

 

──そうだ! ロックマン、耐えてくれ!

 

「うん、分かった。お願い、熱斗君!」

 

 熱斗は向かってくるラムダリリスを見ながら手を考え、何かの手を思いついたのか何枚ものチップを取り出した。

 

──攻撃用バトルチップ、ミニボム! スロットイン!!

 

 声を上げ、ロックマンの手に転送されてすぐに手放され水球を漂うのは何の変哲もないノーマルチップ、ミニボム。

 

──もう一枚、ミニボム! スロットイン!!

 

 だが熱斗はさらにミニボムを転送。それだけではなく「もう一枚!」「まだ一枚!」「さらに一枚!」と次々にミニボムを転送していく。あっという間に水球の中に計十個のミニボムが転送された。

 

「私の棘で、さよならね──その夏露は硝子のように(ブルーサマー・パラディオン)!!」

 

 直後、ラムダリリスが飛び蹴りの構えを取って水の中から飛び出す。二体のリヴァイアサンも突撃体勢を取っており、それはまるで槍のように。

 

「──え?」

ドゴオオオォォォォン

 

 だが、その蹴りが水球に届く前に十個のミニボムが一気に爆発。一つ一つは大したことなくとも十個ともなればその威力は水球を吹き飛ばすほどにもなり、さらにラムダリリスの身体も吹き飛ばす。

 

──作戦成功! ロックマン、脱出だ!

 

「うん!」

 

 ガッツポーズを取る熱斗にロックマンも頷き、脱出。その時、熱斗のPETに赤色のコマンドが浮かび上がった。

 

──ロックマン、スタイルチェンジ!

 

 熱斗がPETのボタンを押すと共にロックマンの身体が赤い光に包まれる。

 同時にロックマンの姿が変化していった。そのアーマーが赤く変色し、特に右肩部分は巨大化、それだけではない。右腕自体も大型化した姿となる。

 これこそロックマンの能力、スタイルチェンジ。赤い炎のようなガッツを持つ攻撃的スタイル──ヒートガッツスタイルだ。

 

──いけ、ロックマン!!

 

 熱斗がソードのバトルチップをスロットインしながら叫ぶ。同時にロックマンの右腕の手部分だけが巨大なソードへと変形。手甲に合わせて巨大化したソードはまさしく大剣となっていた。

 

「ヒートガッツ──ソード!!!」

 

 空中で身動き取れないラムダリリス、その機を逃すわけにはいかないとロックマンはソードを構えて宙を駆けるようにラムダリリスに突進。ラムダリリスに回避の術はなく、彼女は「く」と唸り声を上げた。

 

 

 

 

 

令呪をもって命じます(ラムダリリス制御用絶対命令システム起動)

 

 そこに一人の女の子の声が挟まれる。ロックマンが「え?」と声を上げ、ラムダリリスが「チッ」と舌打ちを叩いた。

 

「ラムダリリス、エスケープを発動して離脱してください」

 

「ここまでね──」

 

 少女の声がエコーが籠ったように響くと共にラムダリリスの姿が消滅、直後そこを振り抜いたヒートガッツソードが空振りした。

 

「えぇ?」

──えぇ?

 

 予想だにしない展開にロックマンと熱斗は呆けた声を重ね、ロックマンが水が引いたフィールドに降り立つ。

 

「この声──」

 

 ヒートガッツスタイルを解除し、ノーマルスタイルに戻ったロックマンが声の方を向く。そこには気まずそうな申し訳なさそうな表情をしているアイリスと、その隣で腕組みしながらふんっと顔を逸らしているラムダリリスの姿があった。

 

「アイリス! 怪我はない!?」

 

「ロックマン、光くん……ごめんなさい!」

 

「え?」

──え?

 

 安心したように駆け寄ってアイリスの安否を尋ねるロックマンに、アイリスはぺこりと頭を下げて謝罪の声を出す。

 

「じ、実は、私別に捕まってたんじゃなくって──」

 

 それからアイリスが説明を開始する。

 実は元々アイリスはあの水球の中に閉じ込められていたわけではなく、ロックマンと本気で戦いたいと駄々をこねたラムダリリスにシエルとアイリス共々根負け。ラムダリリスのステータスを一部抑制していた拘束具のみの解除とアイリスにラムダリリスへの絶対命令システム、通称令呪の使用許可を出すことを条件にロックマンと戦う事を許可。

 その上でさらにそうでもしなきゃあいつは本気を出さないからと、アイリスを水球に閉じ込めて人質に見せかけるように偽装したらしい。

 

「それで、勝負がつきそうになったらどっちかが消去(デリート)されないようにエスケープで強制離脱させるのが条件だったから……」

 

「……それが条件だものね。文句はないわ」

 

 嘘だなと熱斗とロックマンは思う。そう言っているラムダリリス自身が納得してないというようなジト目でロックマンを見ているのだから。

 しかしそれが条件だとしっかり言い含められているのだろう。ぷいと完全にロックマンから顔を逸らして終わらせるとリヴァイアサンが持ってきてくれた、リヴァイアサンを模したパーカー型ステータス抑制用拘束具を羽織り始めた。

 

 

 

 

 

「……はぁ、一時はどうなる事かと思ったぜ」

 

 とりあえず戦いが終わり、熱斗はパソコンの前に置いていた椅子に座ってはぁと安堵と脱力の混じったため息を漏らす。

 

「あ、終わったの?」

 

「わあっ!?」

 

 そこに後ろから覗き込むような格好でシエルが登場。熱斗も悲鳴を上げてガタンッと椅子から落っこち、「いでっ」と小さく悲鳴を上げる。その状態で見上げたシエルはお気に入りらしいピンク色のパジャマを着ていた。

 

「あ、ごめん光君。ラムダ、もう気は済んだわよね?」

 

「まあね。正直まだ不満は残るけど、約束通り大人しくしてあげるわ。感謝しなさい」

 

「もう……」

 

 パソコンの画面に映るラムダと会話したシエルは呆れたように項垂れる。風呂に入ったばかりでまだ僅かなり湿り気のある長い金髪が重力に従ってぺたりと垂れた。

 

「まあ、ロックマン。これからしばらくアイリスとラムダと仲良くしてあげてね?」

 

「は、はい……」

 

 シエルの苦笑しながらのお願いにロックマンも苦笑で返す。隣でラムダリリスがぷいと顔を背けた。

 そして挨拶も終わったのかシエルはパソコンから目を逸らし、その隣に置かれている本棚に目を向ける。

 

「じゃ、光君。晩ご飯はもうすぐ出来るらしいし、私それまでここで漫画読ませてもらうから。あと、これから一週間よろしくね」

 

「え、あ、はい……って、え?」

 

 シエルの言葉に空返事で答える熱斗だが少ししてその言葉の内容に疑問を持つ。

 しかし既に遅く、シエルは熱斗の本棚から適当に漫画を数冊取り出してベッドに運ぶと、熱斗のベッドに寝転んで漫画を読み始める。完全にくつろぐ雰囲気だった。

 

「えぇ~……」

 

 思わず熱斗も困惑の声を出す。

 それからゼロが夕飯の準備が出来たと呼びに来るまで、シエルはベッドに投げ出した足をパタパタさせながら漫画を読み続け、熱斗はどうしようとオロオロを続けるのだった。




 第三話までは比較的早いペースで書き進められてたのにいきなり遅れて申し訳ありませんでした。
 ラムダリリスの戦法をどう再現するかとか宝具をどうやるかとか考えてたり年末だから色々と忙しくなってたらいつの間にかこんな時期になってしまってました。(汗)

 そして短い間でしたが応援ありがとうございました。今回のお話を以てこのお試し版は終了の予定となります。
 いや、感想でも指摘されてるんですけどね。ワイリーが悪堕ちしなかったらロックマンエグゼの本編ストーリーって全く成立しなくなるんですよ……。
 1、3、6:ラスボスワイリーだから悪堕ちしない以上WWWは存在自体が消える
 2:ゴスペルは帯広シュン君がワイリーに唆されて立ち上げた以上、ワイリーが悪堕ちしなければ立ち上げること自体なくなる……なおそのせいで(結果的に)シュン君救済ルート潰れました。どうしよう?
 4、5:リーガルも悪堕ちしなかった以上ネビュラのリーダーも消える。
 とまあ完全に全てのストーリーの悪の組織が消え去る。改めてワイリーどんだけ暗躍してんの?なんかリーガルが悪落ちした理由も「父親を追放したネットワーク社会への復讐」らしいし……というか本作ってさらに元を正せばワイリーが悪堕ちしなかった理由自体が「リーガルが愛する人を見つけられたから」に尽きるかもしれん……実はリーガルって本作の隠れた超キーキャラクターだった?

 まあフォルテやデューオはワイリー関係ないし、最悪ネビュラに関しても原作リーガルポジションのキャラをオリジナルで作ってどうにかするとか、いざとなったらなんかよく知らんけどアニメのビヨンダード?とかいうなんかオリジナルの敵っぽいの?使うとかやれない事はないんですけど……正直書きたいとこ(ロックマンVSラムダ)終わった以上、面倒。


 いやね、あるんですよ?
 ネビュラ関係のダークチップがなんやかんやとか闇の力がなんやかんやとかで、ロックマンの中のダークソウルから生まれたダークロックマンが、なんやかんやで善堕ちしてシエル陣営についてアイリスとカップリングとか、ネタ自体はあるんですよ?なんなら敢えてロックマン×アイリス、ダークロックマン×ロールとか書いてやろうかとかひねくれた事考えてますよ?
 でもそこだけで書くなんて気力が持ちません!そこに辿り着くまでにどれだけ時間かかんのさ!?

 あともう一つ言うと、これをマジで連載開始するとしても前日譚がね……ラムダリリスとの会話でちょっとほのめかしてるつもりなんですけど、実はラムダリリスが何か大事件を引き起こして、それを熱斗とロックマンが解決したっていう二人が世界を救った系事件が前日譚として存在してるんですこのストーリー。
 そこで既にロックマンはスタイルチェンジを会得してるし下手したらフォルテとも邂逅してる可能性もあったりなかったりで……。(フォルテサイトスタイル大好き)
 そんな前日譚全部ほっぽり出して書くのは読者に不親切だしだからといって前日譚から書くだけの余裕ないしで難しいんですよこれ……。

 まあそんなわけで、その辺上手く解決できる方法でも思いつけば話は別ですけど、そうでもなければ本作はこれで終わりという事にさせていただきます。まあ基本これで終わりだと思っておいてください。
 そんなわけで短い間でしたが本作へのお付き合いありがとうございました。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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