ファンタジア!~異世界転移した私は勇者を目指します~ (ヤマタ)
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第1話 Beyond the world

 異世界なんて創作物の中だけの存在だと思っていた花咲詩織(はなさき しおり)は、その認識を改める必要があるようだと頭を抱える。

 なぜなら、どうやら自分が異世界へとやって来てしまったみたいだからだ・・・・・・

 

 

 

 

 いつも通りの高校からの帰り道、ザ・普通としか表現しようのない女子高生の花咲詩織は大きな公園のベンチで涼んでいた。初夏であるのだがすでに気温は高く、不快指数はメーターオーバーしそうなほどである。

 

「あっついなぁ・・・髪、切るかぁ・・・」

 

 彼女は真っ黒な長髪を鬱陶しそうに払うと、さきほど自販機で購入したスポーツドリンクの蓋を開ける。ここまでならどこでも見られる女子高生の日常の一部だろう。だが・・・・・・

 

「ん?」

 

 詩織の首から下げられたペンダントの先端にある宝石が突如輝きはじめた。その虹色の光は、やがて詩織そのものを包むように広がっていく。慌ててベンチから立ち上がって、そのペンダントを外そうとするがうまくいかない。

 

「えっ・・・なんで光って・・・」

 

 その言葉までもが光のなかに飲み込まれ、詩織の姿は消えていた。

 

 

 

 

「んぁ・・・」

 

 光が収まり、目を開けた詩織は周囲を見渡して驚く。先ほどまで自分がいた公園とはかけ離れた景色が広がっているし、何よりもコスプレ少女が目の前にいるのだから戸惑うだろう。

 

「こんにちは!アナタが勇者様なのね?」

 

「ハ?」

 

 全く言っている意味が分からず首を傾げる。そして、どうやら自分は夢をみているようだと得心した。そうでなければ、こんな装飾品だらけの広間で金髪の女の子と出会うわけがない。

 

「私の召喚に応じてくれたのだから、勇者様なのでしょう?ようやく会うことができましたね」

 

「いやいや、待って?勇者って何?そもそもアナタは誰?」

 

「申し遅れました。わたしはタイタニア王国、第3王女リリィ・スローン」

 

「タイタニア?王女?」

 

 王女だからドレス衣装なのかと納得してしまいそうになるが、そもそもここは日本ではないのか。それに、外国人風のこの娘に何故日本語が通じるのかという疑問も持ったが、口にする前に次の質問がくる。

 

「今度はアナタの名前を教えて」

 

「えっと・・・」

 

 知らない人間に安易に個人情報を教えるのは良くないが、どうせ夢の中なんだから問題ないだろうという考えに至る。

 

「私の名は詩織。苗字は花咲」

 

「へぇ、シオリっていうのね。可愛い名前!」

 

「あ、ありがとう」

 

 それにしてもリアルな夢だ。ヒンヤリとした空気を肌で感じるし、自分が思った通りの言葉が口から出てくる。大抵の場合、夢の中の自分の行動というのはコントロールできず、わけのわからない文言を喋っているものだろう。それならば、これは夢ではないかもしれないという疑念が詩織のなかで膨らんでいく。

 

「そして肝心の勇者についてだけど・・・」

 

 リリィと名乗った少女はマジメな顔つきになって説明を始める。

 

「古来から我がスローン家に伝わる古文書に記された、異世界より来たりし適合者のことよ。わたし達よりも強い魔力を生み出すことができ、魔龍とすら対等にわたりあえる者であるとされているわ」

 

「あ~・・・うん、よく分からん」

 

 科学の教科書を読んだ時と同じような感覚に陥る。専門用語ばかりが並べられ、全く理解できない。

 

「適合者って?」

 

「そこから?」

 

 怪訝そうにそう言われるが、知らないものは知らない。基礎から知ることはどんな事柄においても大切なことだ。

 

「適合者とは空気中にある魔素を体内で魔力に変換することができる人間のこと。その魔力を使って魔術を行使するの。魔素に適応した人間だから適合者と呼ぶようになったみたい」

 

「へぇ~・・・」

 

 聞いておきながら詩織はあんまり興味なさそうにリアクションする。だいたい、そんなファンタジーゲームのような設定を語られたって現実的じゃないのだから頭に入ってこない。

 

「・・・ちょっと待って。異世界って言った?」

 

「そうよ。言ったでしょ?わたしが異世界からシオリを呼び寄せたの」

 

「そういえば、私が召喚に応じたとかなんとか言っていたような・・・」

 

 ほんとうに夢ではなく、目の前の少女の言うことを信じるならここは詩織の住む世界とは違う異世界ということになる。

 

「でも、とても勇者には見えないね・・・」

 

 さっきまでの高揚した雰囲気は消え、リリィは険しい表情だ。

 

「だって違うもの。私は普通の人間よ?魔力なんて使えないし」

 

「触媒まで用意して術を行使したのに、ミスるなんてあり得ないはずだけどなぁ・・・」

 

 二人の間に沈黙が流れる。その空気に耐え切れなくなった詩織が立ち上がり、広間の奥にある扉に向かおうとする。実はこれは巧妙なドッキリで、あの扉を開けたらさっきまでいた公園に戻れるのではないかという希望的感情に突き動かされた。

 しかし、そこまで辿り着く寸前で急に扉が開く。

 

「リリィ様!見つけました!」

 

「うへぇっ、しまった!」

 

 バツの悪そうな顔でリリィが俯く。

 

「城の中から特異な魔力の流れを感じたのでもしやと探してみれば・・・古文書に書かれた魔術を使ったのですね?」

 

「だってぇ・・・」

 

「だってではありません!あれほど、ダメだと注意しましたよね!?」

 

 そう叱る人物は二十台くらいの女性だった。かっちりとしたスーツにも似ている服装で、リリィに比べれば違和感のない容姿だ。

 その彼女がリリィから目線を詩織に動かしてきて別に悪いことをしたわけでもないのにドキッとして姿勢を正す。

 

「アナタはリリィ様の魔術のせいで呼び出されたのですね」

 

「そうみたいです」

 

「申し訳ありません。リリィ様に代わり、教育係の私が謝罪いたします」

 

 深々と頭を下げられ、詩織も恐縮する。

 

「い、いえ・・・」

 

「今すぐに元の世界へと戻す手はずを整えるので、お待ちください」

 

「はい」

 

 その女性がリリィに近づいてしゃがむと、目線を合わせて語り掛ける。

 

「リリィ様。このようなことをせずとも、皆に認められる時はいずれくるはずだと申し上げたはずですよ」

 

「でも・・・家族の誰もわたしを評価してくれない・・・出来の悪いわたしが皆に認められるためには、これくらいしないとって思ったの!」

 

 涙目でそう訴えるリリィの様子は悲しさであふれていた。彼女なりの事情があるようだが・・・

 

「ですが、そのために人さまに迷惑をかけてはいけません。そんな方法は誰も評価してくれませんよ?」

 

「・・・そうね、ターシャのいう通りだわ」

 

 スッと立ち上がり、リリィは詩織に向き直る。

 

「ごめんなさい。わたしの都合で迷惑をかけてしまって・・・今、元の世界へと戻すわね」

 

「うん・・・お願いします」

 

 リリィは古びた本を持ち上げ、自分の背丈よりも長い杖を掲げる。

 

「それじゃあ、いくよ・・・シフト!!」

 

 その短い詠唱が魔術なのだろう。杖は確かに発光したが・・・

 

「・・・アレ?」

 

 なにも起こらない。

 

「もう一度・・・シフト!!」

 

 やっぱり何も起こらない。

 

「おかしいな・・・あーーーーーー!!!」

 

 そのリリィの驚いた声にビックリする。

 

「えっと・・・どうしたの?」

 

 プルプルと震えながらリリィは大粒の涙を流していた。

 

「こ、これは・・・!」

 

 ターシャと呼ばれた教育係の女性がリリィの足元にある水晶体を見て困惑している。おそらく何か悪いことが起こったに違いない。

 

「どうしたんです?」

 

「それが・・・」

 

 水晶体を詩織にも見えるように持ち上げる。綺麗な球体であるのだが、細かいヒビが入っていて破片が落ちた。

 

「これはスローン家に代々伝わるソレイユクリスタル。特別な力を秘めているとかなんとか・・・」

 

 貴重な物らしいが、詩織にはその価値は分からない。

 

「古文書に記されていた転移魔術の”シフト”を行使するためには、このソレイユクリスタルの力を借りなければなりません。それがこうして破損したことで魔術が使えなかったようです・・・」

 

「ってことは・・・」

 

「はい・・・元の世界に帰る手段を失ったということです・・・」

 

「マジですか・・・」

 

 とんでもない事になったぞと詩織は落胆を隠せない。

 

「直るんですか?」

 

「分かりません・・・これから国王様にも相談いたしますが・・・」

 

 直ってくれないと困る。これが夢でないのなら、本当に異世界に来てしまったというわけで、戻れないということはいつもの日常に帰れないということだ。たいして面白みのない人生を生きてきたけれど、唐突に当たり前の生活を奪われたのだから絶望感に苛まれてもしかたのないことだろう。

 

「これからどうすれば・・・」

 

 その場にへたり込んで詩織は呟く。

 

「ひとまず、客室へと案内いたします。そこでお待ちください」

 

 詩織と同じようにリリィも困った顔のまま固まっていた。

 

 

 

 それからシオリは客室の一つへと案内され、お茶にも似た飲料を啜って待機していた。異世界に飛ばされるという異常事態にどう対処すればいいのかなんて知る由もない。となれば、もう現地の人間に任せるほかに解決方法はないだろう。

 

「お待たせいたしました。我がタイタニア国王である、デイトナ様がシオリ様をお呼びです」

 

 メイド服を着ているその女性はフェアラトと名乗り、詩織に対して膝をついて移動を促す。

 

「国王との、いきなりの面会・・・」

 

 今まで出会ったことのある身分の高い人間といえば思いつくのは校長先生くらいだ。それなのに国王だなんて、一体どんなふうに接すれば良いのか。

 とりあえず相手の気を損ねて打ち首にならないよう、精一杯の礼儀を尽くすことだけを考えていた。

 

 

 

 城の中は広く、案内人に誘導されなければ完全に迷子になるほどだ。その城の最上階に国王との謁見の間があるようで、階段を何段も昇り、もうへとへとになったころにようやく辿り着いた。

 

「この扉の先の部屋にてお待ちです。くれぐれも無礼の無いように」

 

「は、はい」

 

 ここまで案内してくれたフェアラトは汗一つかかず澄ました表情でそう指示する。この人はきっと人間じゃないんだろうなとどうでもいいことを考えながら、門番のように佇む騎士が開けた扉に向かって進んで行く。

 

 

 

「君が例の?私はデイトナ。リリィの父親だ。此度は娘のせいでとんだ迷惑をかけてしまったな」

 

「あっ・・・いえ・・・」

 

 いかにも国王といった感じの玉座に座る人物はかなり装飾過多な服に身を包んでおり、厳つい顔で詩織を見据えている。その周囲には先ほど扉の前で警護していた騎士と同じ格好の者達が静かに立っていて、その脇でリリィが俯きながらも視線を詩織に向けていた。目を真っ赤にしている様子を見るに相当怒られたのだろう。

 

「ソレイユクリスタルの件だが、修復の目途は立っていない」

 

「そ、そうなんですか」

 

 あぁもう帰れないのかと暗い気持ちになる。

 

「これから直す方法を探す。君を元の世界に戻すのもそうだが、ソレイユクリスタルは我が家系に代々引き継がれてきた宝なのだから失うわけにはいかない」

 

 その言葉はリリィのほうに向けられて発せられているのだろうと詩織は思った。国王にしてみれば貴重なクリスタルを壊されたことの方がよっぽど心を痛める事なのだろう。

 

「その間、君は我がタイタニアで保護することになるが、いいかね?」

 

「はい」

 

 異世界に親戚がいるはずもなく、他に行くあてもないのでここから追い出されたら死しか待っていない。

 

「それでな、君をこんな事態に巻き込んでおいてなんだが、頼まれてほしいことがある」

 

「私に、ですか?」

 

「そうだ。君の力を借りたい。近頃、この大陸では魔物の数が増えていて、我がタイタニアにおいても被害が広がっている。聞くところによると、かつての勇者と呼ばれた適合者は強力な魔力によって魔物を次々と葬ったそうだ。君にも同じ力があるのだろうから、それを使って魔物達を排除してほしい」

 

「そう言われましても・・・戦ったことなんてないんです」

 

「伝記によれば、以前の勇者もこちらの世界で初めて適合者として覚醒したそうだ」

 

 そう言ってデイトナはリリィに視線を送る。

 

「ちょっと失礼・・・」

 

 リリィがシオリに近づいて、手を握る。その行動の意図が読めなかった詩織が身じろぎするがリリィは気にしない。

 

「な、なにかな?」

 

「・・・間違いない。シオリの体には魔力がある。そして、それは私達のような一般的なものじゃない、特殊な・・・こんな魔力を感じるのは初めてよ」

 

 どうやら本当に自分には特別な力があるようだ。リリィの様子から見て嘘ではないことは分かる。

 

「君が魔物の数を減らしてくれればソレイユクリスタルを修復するための素材を集めるための危険も減って、よりスムーズに事が進むと思う。悪い話ではないだろう?リリィは彼女をしっかりとサポートしろ。それが、失態を犯したものの責任だ」

 

「はい、お父様」

 

 詩織が魔物との戦闘に投入されるのは決定事項らしい。国民のために使えるものは使おうとしているのだろう。それだけ魔物に困っているのかもしれないが、ちょっとはこちらに考える時間をくれてもいいのではと思わざるを得ない。

 有無を言わさぬ雰囲気になり、リリィに手を引かれて謁見室をでることになってしまい、ちゃんと抗議しておけばよかったなという後悔の念だけが残った。

 

 

 

「詩織は適合者としての素質があるわ。でも、まだその力が封印された状態にあるから、それを開放しないと」

 

 城から外に連れ出され、広いグラウンドのような場所にてリリィが興奮気味にそう言う。

 

「どうやって?」

 

「まずは私がシオリに魔力を流すわ。そうすればシオリの体が魔力を認識し、体内にある自分自身の魔力を解き放てる」

 

 再びリリィが詩織の手を掴んだ。すると、詩織は今まで感じたことのない不思議な感覚に包まれる。

 

「うっ・・・これが魔力なの・・・?」

 

「未通だと最初は痛みを感じるかもしれないけど、我慢してね。慣れてくればなんてことはなくなるから」

 

「あぁ、うん。変な感じではなくなったかも」

 

「よかった。これで魔力が体に通いはじめたから、それを意識することで適合者としての力を発揮できるようになるよ。魔力で肉体を強化すれば普段の数倍の身体能力になる。それで魔物と戦えるわけだ」

 

 体が軽く感じる。これが魔力で強化された状態というわけか。

 

「試しにこの剣を持ってみて」

 

「これを?」

 

「この剣は普通の物じゃない。魔具と言われる適合者用の武器なんだ。これに魔力を流して使用することで魔物に対して有効なダメージを与えられる」

 

「へぇ・・・」

 

 今まで包丁すらあまり握ったことが無いのに、こんな大きな刃物を持たされて緊張する。鋭い刃に触れれば間違いなく怪我するだろう。

 

「魔力の扱いになれるためにまずはこの剣に流してみて。体内の魔力の流れをイメージするの」

 

 難しいことを平然と言ってくるが、とにかく言われた通りにやってみるしかない。詩織は目を閉じ、剣に意識を集中させた。その瞬間、

 

「うわっ!凄い光!」

 

 眩いほどの光が剣から発せられ、リリィが驚きの声を上げる。

 

「こ、これってどういう状態!?」

 

「魔力がちゃんとコントロールできてないんだ!多分、シオリの体内の全魔力が剣に集中してる!」

 

 そうこう話しているうちに剣は詩織の魔力に耐え切れなくなって粉砕される。そして行き場を失った魔力が閃光と共に迸り、空高くまで立ち昇った。

 

「これが勇者となる者の力・・・」

 

 腰を抜かしてその場にへたり込んだリリィは空を彩る虹色の輝きに目を見張る。隣国からも見えるほどに拡散され、多くの人がその現象を目撃することになり、何事かと騒動になった。

 

「ごめん、剣を壊しちゃった・・・」

 

 詩織の手元には刃を失い、柄だけになった剣の残骸が残っている。

 

「そんなのいいのよ。それよりも凄いわね、勇者の力というのは。本当に魔物達を討ち滅ぼせるかも」

 

「できるかな?」

 

「やれるわ。そのためにも、まずは基礎的な魔力の使い方を身につけないとね」

 

 壊れた剣を見ながらリリィは苦笑する。いくら強い力を持っていても、それを正しく使わなければ真価を発揮できない。

 予備に用意していた魔具を取り出し訓練を再開した。魔力の使い方をもっと詳しく教えてあげようと、リリィも自分用の魔具を取り出して改めて説明を始める。

 

 

 

 不本意ではあったがこうして詩織の異世界生活は幕を開けたのだ。

 

 これは後世にまで語り継がれることになる、勇者と呼ばれた少女の物語

 

               

                    -続く-



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第2話 一閃、グランツソード

 異世界へと転移させられた花咲詩織は、自身を魔術によって転移させた張本人であるリリィから魔力の取り扱いについてのレクチャーを受けていた。最初は好奇心から熱心に話を聞いていたのだが、3時間以上も訓練していれば集中力が切れてくるのは仕方のないことで、詩織は座り込んで荒い呼吸を整えようと深呼吸をする。

 

「そろそろ休憩にしない?」

 

「そうだね。詰め込みすぎても仕方ないし、今日はこれくらいにしておこうか」

 

 とはいえ詩織のセンスは高いようで、魔力の使い方の呑み込みが早く肉体強化や魔具の扱いもある程度できるようになっていた。

 

「これならすぐにでも魔物との戦いに参加できるよ」

 

「そんな簡単じゃないでしょう?」

 

「命がけの事ではあるよ。でも、下級の魔物なら大きな脅威じゃない。最初はそうした相手と戦ってコツを掴むところから始めようね」

 

「リリィも魔物と戦ったことはある?」

 

「もちろん。というより、わたし達スローン家の人間は前線にて兵と共にあるべきという家訓があるの。国王である父以外のスローン家の者はよく戦場に立っているわ」

 

 王家の人間がわざわざ戦闘に出ることを詩織は意外に思った。大抵の場合、そうした高位の者は後方に控えているものだという先入観があったからだ。

 

「でもまぁ・・・わたしはあまり出撃しないけどね・・・」

 

「どうして?」

 

「期待されてないのよ。わたしには才能がないし・・・」

 

 落ち込むリリィにかける言葉がなかった。彼女には王家の一員であることによる悩みがあるのだろう。同じ境遇や立場に無い詩織がどう励ましたりすればいいのか見当がつかない。

 

「わたしには二人の姉がいるんだけど、その二人はよく魔物討伐に出ているの。二人共とても優秀で、父からも自慢の娘だと褒められているわ。いつかわたしもそうなりたいと思って頑張ってるんだけどね」

 

「そっか・・・というか、お姉さんがいるんだ?」

 

「うん。今は二人とも城から離れているから、戻ってきた時にでも紹介するね」

 

 座っていた詩織にリリィが手を差し伸べる。

 

「さぁ、城に戻りましょう」

 

「うん。今日はありがとうね、リリィ」

 

「お礼なんていいの。そもそもわたしが詩織に迷惑をかけちゃったんだから、できることはさせてよね」

 

「分かった。それよりさ、私は普通にリリィの事呼び捨てにしてるけど王族相手なんだからマズいよね?」

 

「そんな事気にしないで。シオリは異世界より来たりし勇者様なのよ?」

 

「勇者ってのは大げさだよ。まだ何もしてないし」

 

「これからするのよ。伝説に残るような偉業をね」

 

 リリィは自然なウインクを詩織に送る。それを見てなんだか気力が湧いてくるのを感じた。リリィと一緒なら頑張れるような気がして、差し出された手を掴んで立ち上がった。

 

 

 

 

 

 翌日、リリィに呼び出された詩織は城の地下に来ていた。

 

「こんなところで何を?」

 

 神妙な面持ちのリリィが口を開く。

 

「・・・とても急なことなんだけどね・・・」

 

「うん?」

 

「魔物討伐に出ることになっちゃった」

 

「・・・マジで?」

 

「マジで」

 

 昨日こちらの世界に来たばかりだというのに、いくらなんでも急すぎるだろう。魔力の使い方を学んだとはいえそれが完全に身に付いたわけではない。

 

「それでね、まずはこの通路の奥にある宝物庫へといきます」

 

「スゴイ武器でもあるの?」

 

「うん。勇者用の魔具があって、それを取りに行くんだ」

 

 地下通路を歩き、たどり着いたのは厳重な警護がされている扉の前だった。騎士風の兵士が武器を背負って立っておりその迫力で動けなくなってしまいそうだ。

 通路の端によけた兵達の前を通りすぎたリリィが扉に手をかざす。すると扉に魔法陣が表れて発光した後、ゆっくりと開いていく。

 

 

 

「わーお・・・財宝がいっぱい・・・」

 

 部屋の中には冒険アドベンチャー映画で見るような財宝類の他、どういう使い方をするのか見当もつかないような物品が多数保管されている。これらを売り払ったらいくらぐらいの価値が付くのだろうという興味が湧くが、下手に触れない。こういう場合、欲に目の眩んだ者に対する呪いが発動したりするのがお約束だ。特にこの世界は魔術が存在するわけで、おとなしくするのがベストだろう。

 

「古代から受け継がれる我がスローン家の財産よ。貴重な物ばかりだから、この保管庫はスローンの血を引く者でなければ開錠できないように細工されてるの」

 

「さっきの魔術がそうなんだ?」

 

「うん。実はここにソレイユクリスタルも保管されてたの。触るなって言われてたんだけど、お父様に黙って持ち出しちゃってさ・・・」

 

「それでとんでもないことに・・・」

 

「その件は本当に申し訳ない・・・」

 

 しょんぼりした様子のリリィを責める気にはならず、詩織は視界に入った剣を指さす。

 

「ねぇ、勇者用の魔具って、もしかしてアレのこと?」

 

「そうだよ!その名もグランツソード!」

 

 保管庫の奥、台座の上に横たえられている剣は鈍く光を反射している。見た目には特別感はあまりなく、黄金色の柄が派手だなくらいの感想しか出てこない。

 

「これは以前、勇者と呼ばれた者が使った魔具で、聖剣とも呼ばれているの。勇者の強力な魔力にも耐えたらしいよ」

 

「これを私が使うんだね」

 

 リリィがその聖剣を持ち上げ、詩織に差し出してくる。

 

「さぁ、持ってみて」

 

「わ、わかった」

 

 緊張しつつも、落とさないようにしっかりと柄の部分を握った。訓練で使った魔具よりも重量感があるが詩織の肉体は魔力で強化されているのでこの程度の重さは苦にならない。

 

「おぉ・・・」

 

 詩織が握った途端、その魔力に反応したのかグランツソードは眩く輝く。虹色の光が周囲の財宝を照らし、保管庫の中は外よりも明るくなった。

 

「グランツソードが再び目覚めたのね。シオリの魔力によって」

 

「そうか・・・本当に私には勇者の力があるのか」

 

 今まで自分に取り得などないと思っていたが、そうでもないようだ。異世界というフィールドで、新たな自分の可能性が花開こうとしている。

 

「もしかしたら、シオリは魔物を滅して平和な世界を築く救世主になれるかも」

 

「それはオーバーだよ」

 

「分からないわよ。勇者の力は未知数なんだから、シオリが完全に覚醒したときどんなことが起きるかなんて誰にも予測できない」

 

「そっか。そうだね」

 

 自分自身でも把握していない力に対して不安もあるが、ここはリリィの言葉を信じてポジティブに考えることにする。今から新しいことにチャレンジしようというのにネガティブになっては成功するわけがない。

 

「さて、次は着替えよ」

 

「着替え?」

 

「そうよ。そんな服で戦場に出るっていうの?」

 

 学校帰りに異世界に飛ばされた詩織は制服のままだ。昨日の訓練のせいで多少汚れてしまっているが。

 

「どんな服に着替えるの?」

 

「戦闘用の衣服があるわ。ついてきて」

 

 またまたリリィに手を引かれて保管庫を後にする。一体どんなカッコいい戦闘着が着れるのだろうと期待しながら・・・

 

 

 

「・・・ねぇ、本当にこんなのしかないの?」

 

「軽装だけど、動きやすい方が適合者的にはいいんだよ」

 

「いやさ、甲冑とかあるじゃん。ほら、警護についてる人が着ているようなヤツ」

 

「あれは本当に動きにくいの。魔物との戦闘は機動力が命。敵の攻撃は回避するのが戦闘の基本よ」

 

「あたらなきゃどうということは無いってか・・・」

 

 詩織は明らかに防御力の足りていないのが明白な服装に身を包んでいる自分を見下ろす。肩と胸元が露出しているし、上着の丈が足りてないのでへそすら見えてるのだ。その上、戦闘に出るのにスカートというのは何事か。まるでアイドルのような装いで、一体誰の趣味なのかと聞きたいくらいだ。これなら学校の制服のほうがよっぽどマシに思える。

 

「それに、その服は前回召喚された勇者が着ていた物を修復した貴重品なんだよ?」

 

「あぁそう・・・・・・」

 

 きっと前の勇者は戦いを舐めていたに違いない。そうでなければこんなおかしな格好で出撃するわけがない。それか、よほどの自信家だったかだ。

 

「ただシオリにちょっとサイズが合ってないね。特に胸の部分が」

 

「うん・・・少し苦しいなこれ」

 

「というか、わたし自身が結構大きいほうだと思ってたんだけど、シオリはもっと大きいね」

 

「大きくてもいいことなんかないよ」

 

「そんなことないでしょ。注目の的だったに違いないわ」

 

「別に目立ちたくないしなぁ・・・」

 

 下着のサイズの関係で苦労するので、これまで得したとか感じたことなどないのだ。他人からの視線なども気にしたことは無いし、そんなのミジンコよりもどうでもいい。

 

「サイズは後で修正するとして、可愛いからいいじゃない」

 

「戦いに必要な要素じゃないと思うけどな・・・」

 

「いやいや。可愛いは正義!可愛いコが近くにいるだけで皆の士気は上がるものよ」

 

「マスコット扱いか・・・」

 

 これ以上不満を言ったところで事態が変わることはなさそうなので諦める。いずれ騎士の鎧を国王にでも頼んで手に入れようと脳内メモに書き込む。

 

「よし、じゃあ同行する仲間を紹介するね」

 

「さすがに二人じゃないんだね。どれくらいの規模の軍団で行くの?」

 

「それは・・・お楽しみよ」

 

 

 

 場所を移して、魔術の訓練で訪れたグラウンド。そこには二人の人物が待っていた。両者とも軽装ではあるが露出が少なく戦闘に適した服装だ。詩織は二人を見てその服を自分にもくれないかなと思ったが、それを口にしても仕方ないんだろうという諦観の念に苛まれて何も言わない。

 

「二人とも、この娘が話題のシオリだよ。勇者としての力を持つけれど戦闘については新人だからサポートをお願いね。ちなみにわたしより胸が大きいよ」

 

「こっちの世界だと姓より名のほうが先だから・・・詩織・花咲、です。よろしくお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をする。

 

「あらあら。可愛らしいお方」

 

「でしょう?わたしも最初にあった時にめちゃ可愛いなと思ったんだよ」

 

「そ、そんなことはいいから!」

 

 詩織は顔を真っ赤にしながら手をブンブンと振る。あまり褒められたりすることに慣れていないのだ。

 

「じゃあ紹介を続けるね。まずは、アイリアから」

 

「・・・アイリア・ルーグだ」

 

「アイリアは恥ずかしがりやさんなの。でも、適合者としての実力は確かなんだよ」

 

 アイリアと名乗る少女は無表情なために感情が読み取れないし、詩織と目を合わせようとしない。短い銀髪からは冷たさを感じる。

 

「よろしくね」

 

 とりあえず握手しようと手を差し出すが無視されてしまった。どうやらあまり快く思われていないようだ。

 

「無視はダメだよ、アイリア」

 

「も、申し訳ありません・・・」

 

 リリィに注意され、仕方なくといった感じに握手を交わしてくる。

 

「次はわたくしですわね。ミリシャ・テナーと申します。今後ともよろしく」

 

 ミリシャのほうはむしろ自分から詩織の手を握ってきた。こちらには歓迎されているようで、詩織は安堵する。

 

「勇者様と会うことができるなんて、わたくしはラッキーですわ」

 

 その和かい物腰と綺麗なピンク色の長髪から包容力のような感覚を覚える。

 

「では出発よ!」

 

「えっ?この四人だけ?」

 

「そうだよ?」

 

 同年代の少女四人だけで魔物に対峙しなければならないのか。

 

「本当ならスローン家の者には一人につき一つの騎士団が与えられるんだけど・・・わたしには指揮するのは無理だってお父様に言われてさ・・・前に言ったでしょ?期待されてないって・・・」

 

「それにしても、王家の娘の警護をするには少なくない?」

 

「わたしは激戦地には行かないし、もはや王家の人間失格の烙印を押されているのも同然だから・・・お父様には見放されているの」

 

 リリィは悲しそうにそう呟き、詩織はそれを見ていくらなんでもこの扱いは酷いのではという憤りのようなものがこみ上げてくる。王家のことはよく分からないがリリィをここまで軽視することもないだろう。

 

「リリィ様は立派なお方です。いつか、それを分かってもらえる時がくるはずです」

 

 さっきまで無表情だったアイリアが興奮気味にそう訴える。どうやら彼女のリリィに対する忠誠心は高いらしい。

 

「そうですわ。気を落とさず、少しづつできることをしていけばよいのです」

 

「二人共ありがとう」

 

 元気を取り戻したのか、笑顔になってリリィは移動を開始する。

 

「こっちに馬車を用意してるわ。じゃ、改めて出発!」

 

 

 

 

 

「これが馬車・・・」

 

「どう?気に入った?」

 

「う、うん」

 

 アイリアが手綱を引いていて、馬に牽引せれている荷車にて詩織達三人が座っている。こうした乗り物に乗る機会はなかったので新鮮だったが、乗り心地はあまり良くは感じなかった。

 

「これから向かうのはタイタニア王国の僻地にある広原だよ。そこでは最近、小型の魔物が増えているみたいなの」

 

「なるほど」

 

「あまり強いわけじゃないけど、適合者でない一般人にとっては恐ろしい相手よ。だからこれ以上増える前にわたし達が討伐しないとね」

 

「強くないとはいえ、怖くなってきたよ」

 

 魔物に対抗することができるのは適合者だけだ。通常の武器では魔物に有効なダメージを与えられないので、魔力を持たない者では戦うのは不可能である。

 

「シオリ様は元の世界ではどんな生活を送っていらっしゃったのですか?魔物とは戦ったことはないのですか?」

 

 ミリシャは純粋に思った疑問を詩織に問いかける。

 

「私の世界には魔物はいないんだ。だからというわけじゃないけど、特に話せるようなことはないよ。毎日学校に行って帰るだけの生活だったからさ」

 

「魔物がいないのは羨ましいですわ。きっと平和な世界なのでしょうね」

 

「そうでもないよ。人同士で争う事がよくあるから・・・」

 

「どんな形であれ、争いは起こるということなのでしょうかねぇ」

 

 人間には闘争本能というものが備わっているのか、歴史から血で血を洗う戦が無くなったことはない。自分が巻き込まれてなくても戦争はどこかで起きているものだ。

 

「それはわたし達の世界でも同じよ。人間同士でいがみ合うなんて悲しいことは、どこかで絶てればいいんだけど」

 

 きっとそれは不可能だろう。だが、夢見なければ実現もできない。

 

「その前に人類の脅威である魔物をなんとかしないといけないってわけだ」

 

「私がそれに貢献できるように頑張るね」

 

「フフッ、頼もしいですわね、リリィ様」

 

「そりゃそうだよ。なんたって、わたしが呼んだ勇者様なんだもの!きっと魔物なんか瞬殺よ!」

 

 ドヤ顔のリリィが胸を張る。詩織は苦笑しながらも、自分の特別な力が役に立つのならばこの世界に呼ばれたことは決して悪い運命ではないのだろうと妙な確信がうまれた。

 

 

 

 

 

 それから二日以上も移動に費やし、途中でメルスデルという街の宿に泊まったりして目的地へと到達した。この世界のお金を持っていないので立ち寄った宿での宿泊費はどうするのか不安がよぎったが、リリィの王族特権によってタダで利用できることになった。詩織の元の世界なら権力の乱用だと非難されたろうが、こちらの世界では普通のことのようで宿の従業員達はむしろ大腕を振って歓迎してくれていた。

 

「ようやっと着いたね」

 

 その広原は森も近くにあって自然豊かな地域で、詩織の元の世界ならばピクニック客で溢れていそうな場所に見える。

 

「体が硬くなってるな・・・」

 

 移動中は馬車で座って過ごしていた詩織の足腰は悲鳴をあげていて、自動車等の移動手段がいかに優れているかを再認識した。

 馬車を降りてストレッチしている詩織をよそに周囲の警戒を始めたアイリアがいち早く魔物の集団を見つける。

 

「敵影を確認しました。この方角に」

 

 アイリアが指さす方に三人が顔を向けた。魔力で強化された視力によってかなり遠距離にいる異形の姿を捉え、リリィが詩織に解説を始める。

 

「あれはゴブリンだね。人間よりも小柄で個々の戦闘力は高いとはいえない。でも、複数体で行動することが多くて厄介な相手よ。ヤツらは護衛の少ない通商人を狙って嬲り殺しにした後、物資を奪っていくなどの悪行をはたらく連中なの」

 

「それは怖いね」

 

「でもこの四人ならやれるよ。アイリアとミリシャの戦闘力は高いし、シオリもいるわけだしね」

 

「が、頑張ります」

 

 いよいよ戦闘の時が近づいてきて恐怖心を覚えるが、一人ではないという事実がギリギリのところで詩織を支えている。

 

「やるしかないんだよね」

 

 片手を空中にかざして小さな魔法陣を展開すると、そこからグランツソードを引く抜く。適合者はこうして魔具を収容しておりわざわざ持ち運ぶ必要がないのだ。とはいえ魔法陣を展開するという手間があるため咄嗟に装備するのは困難で、アイリアはすぐに持てるよう腰に携行している。

 

「いつも通りにいくよ。ミリシャは後ろから魔弾で援護をお願い」

 

「かしこまりました」

 

 自身の身長並の長さの杖をかまえたミリシャが笑顔で頷く。彼女は全然緊張していないようだ。

 

「アイリアは先陣で斬り込んで。わたし達がすぐ後ろを付いていくから」

 

「承知しました」

 

 アイリアはいわゆるコンバットナイフ二本を腰に巻き付いたベルトから抜き出して逆手で握る。無表情でそんな物騒な魔具を握るアイリアからは静かな殺意を感じた。

 

「前進!」

 

 剣を装備したリリィの号令のもと、四人は魔物達に向かって走り出す。まだ距離はあるのだが、こちらに気づいた敵も武器をかかげて雄たけびをあげ、臨戦態勢を取り始めた。

 

 

 

「シオリはわたしから離れないで」

 

「分かった」

 

 戦闘に慣れていない者が孤立すれば確実に死ぬ。ここはリリィの指示を守り、彼女の近くから離れないように気を付けなければならない。

 

「まずはアイリアが突っ込むから、彼女の動きを見ていてね」

 

 先行するアイリアは三体のゴブリンタイプと会敵する。棍棒や剣の攻撃を華麗に回避しながら、一体のゴブリンの武器を持った腕を斬り落とす。痛みのあまりに叫び声を発するが次の瞬間には沈黙していた。なぜならナイフで胸部を深く突き刺されて絶命したからだ。

 

「スゴイ、速い!」

 

「アイリアの凄さはあんなもんじゃないよ」

 

 更にもう一体の首を切断して撃破する。そして、残った一体も数秒とかからずに始末された。

 

「あっという間に三体も・・・」

 

 しかしその三体だけではない。近くの森からも増援が現れ、その数は二十体以上となった。皆それぞれ武器を握りしめ、仲間を殺した人間達を威嚇している。

 

「結構増えたけど、本当に大丈夫かな?」

 

「油断しなければ大丈夫」

 

 そう言うリリィだが表情は険しい。戦いにおいて重要なのは個々の戦闘力よりも物量で、人数が多いほうが有利なのは明白だ。

 

「わたくしにお任せを」

 

 詩織の少し後方にいたミリシャが杖をゴブリン達に向ける。魔力が凝縮され、先端からまるでビームのような魔弾が光の尾を引きながら撃ちだされた。

 

「うわっ!」

 

 その魔弾の衝撃波と熱が詩織の体を揺さぶる。

 

「これが適合者の力なのか!」

 

 魔弾がゴブリンに直撃してその体を粉砕し、発生した爆発に数体が巻き込まれて戦闘不能に陥る。たった一発でこれだけの威力なのだから連射すれば魔物討伐など余裕ではと思ったが、その詩織の思考を読んだようにリリィがまた解説する。

 

「ミリシャは他の適合者よりも高威力の魔弾を撃てるの。今のようにね。でも、ああした魔弾は魔力の消費も多いから多用はできないんだ」

 

「なるほど」

 

 そう会話している間にも魔弾によって陣形が崩れた敵の群れに対してアイリアが突っ込み、機動力を駆使して翻弄していた。とはいえ致命的な一撃を与える暇がないようで決め手に欠けてる。

 

「援護しないと!」

 

 リリィも飛び出し、それに付いて行った詩織も交戦距離内に入る。命のやり取りが行われているこのフィールド一帯には殺気と憎悪が渦巻いており、その負の感情の嵐に呑み込まれて動けなくなりそうになるが気をしっかりと保ってグランツソードを握りしめる。戦場で動きを止めるというのは死に直結するわけで、止まることは許されない。

 

「私もっ!やるんだ!」

 

 強い殺気を纏った一体のゴブリンが襲い掛かってくる。詩織に向かってジャンプして大きな棍棒を振りかざしてくるが、冷静にその動きを見て回避することに成功する。魔力によって強化された詩織の肉体は平常時よりも機敏に動くのでこの程度の回避運動は容易だ。

 

「こっちの番だ!」

 

 着地したゴブリンの足を斬り飛ばし転倒させると、別の方向から飛びかかってきたゴブリンに意識を向ける。

 

「これしきっ!」

 

 サイドステップの要領で斬撃を避け、グランツソードによるカウンター攻撃を放ってゴブリンの胴を両断した。戦闘慣れしていないとはいえ適合者としての素早さを発揮できており、ゴブリンを超えるスピードで勝ちを掴み取ったのだ。

 

「やったのか・・・!」

 

 初めて魔物を討ち取って複雑な気分になっていて、先ほど足を切断したゴブリンの接近に気づかなかった。

 

「シオリ!気を抜いちゃダメよ!」

 

 それを見たリリィが咄嗟に駆け付け、地を這いながら詩織に近づいていたゴブリンにトドメを刺す。

 

「ご、ごめん」

 

「最初の戦闘だから色々戸惑ってるだろうけど、まずは自分が生き残ることを考えて。それと、一体だけじゃなく、周りの動きも常に視界に捉えておくようにね」

 

「分かった」

 

 いつもの明るいリリィではなく戦士としての顔つきとなった彼女にドキっとしつつ、気持ちを立て直す。

 

「ねぇ、リリィ」

 

「ん?なに?」

 

「カッコイイよ。今のリリィ」

 

「と、突然何を言ってるの!?」

 

「なんとなくそう思ったからさ・・・次の敵がくる!」

 

 二人を取り囲むようにして十体近い数のゴブリンが距離を詰めてきた。背中合わせに詩織とリリィが敵と対峙する。

 

「マズいか・・・これだけの敵がいるんじゃあ・・・」

 

 一体ずつなら機動力の差で上回れることはさっきのゴブリンとの戦いで分かった。とはいえ、同時に複数を相手にするのは今の詩織には難しい。冷や汗が頬を伝い、焦りが大きくなる。

 無意識のうちに胸元のペンダントの先端に付いている宝石を握った。すると次の瞬間、

 

「なんとっ!?」

 

 こちらの世界に転移した時のような光が宝石から放たれる。そしてその光が二人を包み込むと、周囲に拡散され、衝撃波となって取り囲んでいたゴブリンたちを弾き飛ばした。

 だが光の収まったペンダントの宝石はヒビが入ってしまい、元の美しさは失われてしまった。

 

「どうやったの?」

 

「わ、分からない」

 

「でも、チャンス!」

 

 リリィは駆け出して姿勢の崩れたゴブリンを切断し、その近くにいた一体も両断する。

 

「守ってくれたのか」

 

 そのペンダントの不思議な力については理解できなかったが、とにかく好機が来たことに違いはない。詩織も勢いをつけて走り出し、ゴブリン二体を倒すことに成功した。

 

 

 

「結構な数の敵を倒せましたわね。このまま押し切れば・・・」

 

 勝利は近いと思った矢先、ミリシャの視界に更なる敵の増援が捉えられた。

 

「あれは!皆さん、一旦下がってください!」

 

 その大きな声に気づいた三人がミリシャのもとへと後退する。

 

「どうしたの?」

 

「あれを」

 

 杖の指し示す先にはゴブリンだけでなく、大型の人型魔物の姿もあった。その個体は詩織の二倍以上の身長に見える。

 

「またヤバそうなヤツが来たね」

 

「あいつはオーク。ゴブリンが異常に成長した姿であると言われているの。ゴブリン達を束ねているオークは戦闘力が高く、何よりも人語を話せるという特徴があるわ」

 

「アレが喋るんだ・・・」

 

 ゴブリン達はオークと呼ばれる個体の周りに集まって戦力の再編を行う。

 

「フン・・・人間めが。よくも仲間達を殺ってくれたな」

 

「そもそもアナタ達が人間を襲い、無残に殺すようなことをするからでしょう」

 

 怒気をはらんだオークに対し、臆することなくリリィが食って掛かる。

 

「下等生物である人間を嬲って何が悪い」

 

「そういう傲慢な態度を取るから争いになるんでしょって言ってる!」

 

「傲慢もなにも、実際に人間は魔族の足元にも及ばぬ脆弱な生き物なのだから見下されて当然だろう?力こそが全てだ」

 

 ゴブリンの持つ物よりもはるかに大きい棍棒を握り少しづつ接近してくる。

 

「話の通じないヤツと議論する暇はないわ」

 

 リリィ達もそれぞれの魔具をかまえて迎え撃つ態勢をとる。

 

「タイタニア王国第三王女であるリリィ・スローンが貴様達を討ち取る!」

 

「やれるものかよ。むしろお前達を捕らえて、いろいろと利用させてもらう」

 

「まったく卑劣な!」

 

 リリィは絶対に敵を撃滅すると心に改めて誓う。そして、この数の差を覆すための案がフと思いつく。

 

「シオリ、ここで大技を使ってみましょう」

 

「大技?」

 

「そう。訓練中に剣に魔力を集中させすぎて壊したことは覚えてる?」

 

「うん」

 

「そのときのように、グランツソードに全身の魔力を溜めるのよ。そしてその魔力を攻撃に利用するの」

 

 言われた通りにグランツソードに魔力を流す。以前の剣のように砕けることはなく、むしろ眩く輝きを放ち始める。

 

「準備はできたね。その魔力はすでに攻撃用に転じている。後は一気に振りぬくだけ。敵が多いから、横薙ぎのほうがいいかも」

 

「ここで剣を振ればいいんだね?でもぶっつけ本番で上手くやれるかな」

 

「これは以前の勇者が得意とした夢幻(むげん)斬りという技よ。きっとシオリにもできるわ!」

 

 敵はゆっくりだが、確実に近づいている。迷う時間はない。

 

「よっしゃ!やってやる」

 

 グランツソードを腰だめにかまえる。

 

「夢幻斬りっ!!!!」

 

 そして横薙ぎに一気に振りぬかれたグランツソードの刀身は光によって何倍もの長さと太さになり、敵に襲いかかる。

 

「なんの力っ!?」

 

 驚愕するオークはその言葉を最期に、光の刃によって消滅した。周りのゴブリン達も同じで先ほどまでリリィ達に迫っていた魔物達は跡形も無く消えた。

 

 

 

「これが勇者なのか・・・」

 

 アイリアですらその威力に驚き、珍しく感情を顔に出している。ミリシャも満面の笑顔で拍手していた。

 

「さっすが!やったわね!」

 

 テンションの上がったリリィは詩織に抱き着く。

 

「ありがとう・・・でも、これ疲れるな」

 

「全部の魔力を使って攻撃したわけだからね。肉体強化でごまかしていた疲労が表面化したのよ」

 

 肉体強化に必要な魔力すら消費したことで強化が解除されて普段の体に戻ったのだ。見た目には変化はないが、体力がごそっと無くなるので気怠さに襲われる。

 

「勇者の魔力って凄いわね!」

 

「この剣のおかげでもあるよ」

 

 聖剣グランツソードでなければ詩織の魔力の集中に耐えることはできないだろう。今回の攻撃は詩織と聖剣の二つが揃ったからこそできたことだ。

 

「勇者シオリ、今後もわたし達のためにお手をお貸しください」

 

 改まったリリィが詩織の前に膝をついてそう言う。ミリシャもそれに倣うが、アイリアはまた無表情に戻ってあさっての方向を見ている。

 

「そ、そんなかしこまらないで。いつも通りにしててよ」

 

「だって、人にお願いする時は丁寧な態度をとるのがフツウでしょ?」

 

 王族の人間にこんなことをさせるのが申し訳なくなって、詩織もリリィの前に膝をついて視線を合わせる。

 

「元の世界に戻るまでの間なら」

 

「ありがとう!優しいのね、シオリは。わたしのせいで苦労することになったのに」

 

「私ね、これまで誰の役にも立てずに生きてきたんだ。でも、この世界では私にできることがある。皆の役に立てることがあるって分かったからさ。ただ戻れるのを待つんじゃなくて、やれることをして頑張ってからにしようと、そう思ったんだ」

 

 その言葉ににっこりとしたリリィが再び詩織に抱き着く。疲れた体にその温かさと柔らかさが心地いい。

 

「素晴らしい心意気ね!そんなシオリだからこそ勇者なんだ」

 

 

 

 世界は違えど、自分の居場所を見つけたような気がした。元の世界に帰りたい気持ちは無くなっていないが、ここでなら生きる意味だとか、人生において大切な何かが見つかるような曖昧だけど確信めいた思いが心で大きくなる。

 

 こうして初陣を勝利で飾った詩織は勇者としての一歩を踏み出す。これから先、困難が待ち受けているとは知らずに・・・

 

                  -続く-



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第3話 異世界ナイトフィーバー

 ゴブリン達との戦いに勝利した詩織達は再び馬車にて帰路に就く。どうにもその乗り心地の悪さに慣れないが、移動手段が少ない異世界においては仕方のないことだ。

 

「とりあえず休める場所がほしいな。もうクタクタだよ」

 

 言葉にしたのは詩織だが他の三人も心では同じことを思っていた。

 

「なら、行きで利用した宿に向かおう」

 

 リリィはサラッと言うが、おそらくまたタダで泊まる算段なのだろう。王族特権にあやかれるのは嬉しく思うも、同時に宿の経営者に対して若干の申し訳なさを感じるのは詩織が元の世界での庶民感覚を忘れていないからだ。

 

 

 

「それにしても大きい宿だ」

 

 戦場となった広原から暫く移動し、交易都市メルスデルに到着すると一目散に宿へと向かう。戦いの緊張から解放された四人は早く休息を取りたかった。

 

「このメルスデルはタイタニア王国でも有数の大型都市だし、交易が盛んだから他国のゲストをもてなすための宿泊施設も多くあるわ。特にこのハイルングアルベルゴはこの街で一番の宿泊施設なの」

 

 行きのときは戦闘前であるために緊張していて街とか宿だとかに感心を寄せる余裕はなかったので、改めてリリィの解説を聞くことでこの世界についての新しい知識を頭に入れる。

 

「そこを無料で使えるんだから、スローン家は本当に凄いんだ」

 

「まぁね!ちょっと気が引けるけれど、王族が利用したということ自体が宣伝になるから宿側にもメリットがあるのよ」

 

 四人はエントランスで盛大に歓迎を受け、客室へと案内される。王族一行が魔物の討伐に成功したという事に感激したようで行きで寄った時よりも従業員達の熱気は高かった。

 

「どうしたの?顔を赤くして」

 

「こんなに人に感謝されることなんてなかったから、ちょっと照れくさくてさ」

 

「ふふっ、シオリはウブなのね」

 

 称賛の言葉を次々と投げかけられ、詩織は嬉しさと気恥ずかしさで高揚しているのだ。対するリリィはそうしたことに慣れているらしく、手を振りながら返事を返していて王族としての風格すらも感じさせるほど堂々としていた。

 

「これから先も、こうして歓迎されるように頑張ろうね!」

 

「うん!」

 

 交わされた二人の笑顔が、互いの心を何よりも暖めたのだった。

 

 

 

 用意された部屋は前回の四人用とは異なる二人用のもので、詩織とリリィ、アイリアとミリシャで分かれて泊まることになった。どうやらアイリアはリリィと一緒がよかったようで、不満の目を詩織に向けてきたうえ、

 

「リリィ様に無礼なことをしてみろ・・・ナイフで解体してやる・・・」

 

 といった脅し文句を呟いて去っていく。ゴブリン達から向けられた敵意よりも強烈で詩織は冷や汗をかきながら見送る事しかできなかった。

 

「アイリアはわたし以外の人と友好的に接しようとしないの」

 

「リリィに対しては忠実って感じだよね」

 

「そうね。まぁ、今度わたしからシオリとも仲良くするよう言っておく」

 

 リリィの指示ならアイリアはそうするだろうが、それでは彼女の本心から友好を結べたことにはならない。これからも行動を共にすることがあるのだろうから、どうにか親睦を深められればいいなと思うが、詩織は人付き合いが得意というわけじゃないのでその方法はまだ思い浮かばなかった。

 

 

 

「シオリ、まずはお風呂に入ろうよ。なんとここから部屋の外に出ると・・・露天風呂があるのです!わたし達だけが使えるものだから、周りの目を気にする必要もないんだよ」

 

「マジか!」

 

 旅行に行くことなど無い詩織からすれば露天風呂などテレビの中で紹介される手の届かないものだ。

 

「アイリアとミリシャも呼んでくるね!」

 

 リリィも詩織と同じようにテンションが上がっているようで、スキップしながらアイリア達の部屋に向かって行った。

 

 

 

 四人が揃ったところで簡易的な脱衣所で服を脱いでさっそく外に出た。ここは通常の旅客室から離れた場所にある特別なゲスト用の部屋であるうえ、背の高い木製の障壁に囲まれているので覗かれる心配もなく安心して入ることができるのだ。

 

「夜風が気持ちいいな・・・」

 

 詩織にとって入浴は作業みたいなもので楽しいと思ったことはないが、こういう場所でなら自ら進んで入りたくなる。

 今さらこのような和風な文化と洋風な文化がなぜ混ざり合っているのかという疑問は口にしない。この世界ではそうなのだから、受け入れて楽しんだ方が得だ。外国において日本文化を取り入れたものの中途半端な建物や料理となってしまった例はいくらでもあるし、詩織はそれに近いものだと考えることにした。

 

「シオリの肌はとても綺麗ね。手入れをキチンとしているのが分かるわ」

 

 体を洗いながらリリィが詩織を褒めてくる。これまでそんなふうに言われたことがないので恥ずかしくなりながらも、嬉しい気持ちも大きかった。

 

「そうかな?普通に洗ったりしているだけだよ。それに私よりもリリィのが綺麗だと思うけどな」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 立ち上がってその場でクルリと一回転したリリィにアイリアが熱い視線を送っている。どうやら彼女はリリィしか視界に入っていないらしく、その一挙手一投足をまばたきもせずに見つめている。

 

「それにしても・・・」

 

「ん?」

 

「ほんとうにシオリの胸は大きいわねぇ・・・」

 

「そんな感慨深そうに言わないで!」

 

 慌てて胸を腕で隠し、桶のお湯で体を洗い流すと湯船に逃げる。

 

「だってあのミリシャと並ぶくらいなのよ。そこに目が行くわ」

 

 リリィの言う通りミリシャと詩織は同じくらいのバストサイズであり、惜しげもなく晒している。きっと自分の体に自信があるのだろう。対するアイリアは小ぶりなようだ。

 

「どうすればそんなに大きくなるの?」

 

「し、知らないよ!それに、リリィだって充分大きいんだからいいじゃない」

 

「もっと大きくしたいなと思って。きっと大きいほうが貫録も出て、王族として尊敬されるようになるに違いないわ!」

 

「いや、それは関係ないと思うよ・・・」

 

 気づけばリリィが近くに来ていた。

 

「うひゃあ!」

 

「柔らかくて触り心地もいいわね」

 

 両手を伸ばしてその大きな胸を後ろから鷲掴みにする。

 

「なぜ、触るんです!?」

 

「むしろなぜ触らないと思ったのか。これくらいフツウでしょ」

 

 あまり友人とスキンシップを取ることが無い詩織にとってこうして胸を触られるのは初めてだ。なのでこれが女子の日常なのか、それともこの世界での普通なのかは分からなかった。

 

「ねぇ、シオリって元の世界で恋人はいた?」

 

「いないけど。というか、胸を揉みながら訊くことなの、それ」

 

「いないんだ。こんなにも魅力的なのに」

 

 少なくとも自分では魅力的だと思ったことはない。

 

「じゃあ好きな人は?」

 

「それもいないよ」

 

「ふーん。でもなんかちょっと安心した」

 

「どうして?」

 

「なんでかな・・・詩織を誰かに取られちゃうのが悔しいって思っちゃったんだ」

 

「フフっ・・・何それ」

 

「わかんないや!」

 

 そのリリィの言葉がおかしくなって詩織が笑い出し、それにつられてリリィも笑う。

 

 

 

「とても微笑ましい光景だと思いませんか?」

 

 じゃれあう詩織とリリィを見つめていたアイリアにミリシャが話しかける。

 

「・・・別に」

 

「そうですか?リリィ様があんなに楽しそうなのは久しぶりに見ました。シオリ様の持つ不思議な魅力がそうさせているのかも知れませんね」

 

 見られていることに気づいたのかリリィがミリシャ達にも詩織の体を差し出そうとするが、懸命に抵抗する詩織と格闘している。

 

「行きますか?」

 

「私はいい」

 

「そんなこと言わずに。親交を深めるのも大切なことだとリリィ様がおっしゃっていたでしょう?」

 

「そ、それはそうだが・・・」

 

「リリィ様の言いつけは守りませんとね?」

 

 半ば強引にアイリアを詩織達の元に連れていく。

 

「シオリ様は体のラインそのものが美しいですわね」

 

 リリィにススメられてミリシャが正面から詩織の体を品評しはじめた。その視線にたまらず詩織は顔をそむけてゆでダコのように頬を赤くする。

 

「そうだよね!」

 

 納得するようにリリィは大きく頷いている。まるで自分の宝を自慢するかのような態度だ。

 

「ミリシャまでそんなことを言う!」

 

「照れちゃって!そんなところも可愛いわ」

 

「逃げ場がない・・・」

 

 リリィとミリシャに囲まれて身動きのとれない詩織はされるがままになっていた。

 

「アイリアも、ほら」

 

「わ、私は別にいいです・・・」

 

「シオリだって触ってほしいって言ってるよ」

 

「一言も言ってないっすぅ・・・」

 

 とはいえアイリアと交流するにはこのチャンスを活かしたほうがいいと判断し、詩織はアイリアに向き直る。

 

「アイリアなら、いいよ・・・」

 

「えっ・・・」

 

「まぁ、シオリったら大胆ね」

 

 戸惑うアイリアをよそにリリィは愉快そうに笑っている。

 あらぬ誤解を生んでいる気がするが、しかしここでやめるわけにはいかない。

 

「私、アイリアとも仲良くなりたんだ。だからこれはその挨拶みたいなもの!」

 

 ままよと詩織がアイリアの手を掴み、自分の胸へと押し当てた。

 

「こんな挨拶はしらないが・・・」

 

 いつもの無表情ではなく、困惑を浮かべているのも当然だろう。そもそも詩織自身が自分は果たして何をしているんだと困惑しているのだから。

 

「リリィ様が認められた相手なのだから、シオリが悪い人間だとは思わない。ただ私はまだシオリを完全に信用しているわけじゃない」

 

「まだ会ったばかりだから、それは仕方ないよ」

 

「・・・まぁ、今後の行いを見させてもらって、それで判断する」

 

「分かった」

 

 少しは距離感を縮められた気がする。まだぎこちない関係だが、今はこれでいいのだ。

 

 

 

 夜も深まり、詩織は用意された布団に入る。横になった途端、疲れがどっと押し寄せてきて強い眠気におそわれた。

 

「えへへ・・・」

 

「ど、どうしたの?」

 

 もぞもぞとリリィが詩織の布団の中に入ってきて、そのまま詩織に密着して抱き着いてくる。

 

「シオリっていい匂いがするのよ。こうしてると、とても安心する」

 

「なんだか赤ちゃんみたい」

 

「わたしだってたまには甘えたくなるの」

 

 詩織の胸の谷間に顔をうずめてすりすりと感触を楽しむように動いていて、それをくすぐったく感じつつも、リリィの好きなようにさせようと抵抗はしない。詩織はリリィの頭に手を伸ばし優しく撫でてあげる。

 

「まるでお母さんみたい」

 

「まだそんな歳じゃないよ」

 

 リリィの体温がじかに伝わってきて詩織の体も熱くなってくるが、その感覚は不快ではなかった。

 

「でも、すごい包容力よ。シオリママって感じ」

 

「ママか・・・」

 

 今更ながら元の世界にいる家族はどうしているのだろうと気になった。こちらに来てからというもの、自分のことで精一杯で家族のことは頭にはなかったのだ。

 

「あっ、外し忘れた」

 

 ふとペンダントのことも思い出し、首の後ろに手をまわして外して頭上に置く。

 

「ね、それ見せてくれる?」

 

 それを見ていたリリィがペンダントに興味をもったようだ。

 

「ん?いいよ」

 

 ペンダントを受け取ったリリィは、先端にあるヒビの入った宝石を凝視して驚いたように目を見張る。

 

「これって、どこで手に入れたの?」

 

「元々はおばあちゃんの物でね、それをお母さんが引き継いで、お母さんから私にプレゼントされたんだ」

 

「そう。コレ、ソレイユクリスタルと同じ材質の結晶体だよ」

 

「えっ?本当に?」

 

 詩織の召喚に用いられたソレイユクリスタル。スローン家に伝わる宝であり、リリィが黙って持ち出した挙句、術の媒介にして壊してしまった。それが無ければ詩織を元の世界に戻すことは不可能らしく、修理されるのを待つしかできない。聞くところによると特殊な鉱石で出来ているので簡単には直せないとのことだった。

 

「多分・・・いや、間違いなくそうだと思う。でも、どうしてシオリのお婆様が持っていたんだろう。どうやって入手したのか聞いたことはある?」

 

「私が生まれる前に亡くなっているから、そういうのは聞いたことないな・・・というか、このペンダントの物を使えば元の世界に帰れるのでは?」

 

「うーん・・・この小ささでは無理でしょうね。それに、ソレイユクリスタルは特別な加工をされてるのよ」

 

「そっかぁ・・・」

 

 一筋の希望が見えた気がしたが、残念ながら思い通りにはならない。少しの沈黙が続き、気づいたらリリィの寝息が聞こえてきた。どうやらもう寝てしまったようだ。

 

「私も寝るか・・・おやすみ、リリィ」

 

 その優しい声色は本当に母親のようだが、その自覚は詩織にはなかった。

 

                         -続く-



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第4話 迫撃の白き大蛇

 メルスデルを出発して王都へと帰還した詩織達一行は、真っ先に国王であるデイトナの元へと成果を報告しに向かう。珍しく手柄を立てることができたためかリリィは自信に満ちた表情だ。

 

「お帰りなさいませ。リリィ様」

 

 メイドのフェアラトが深く頭を下げながら四人を出迎えた。その丁寧な態度に詩織まで姿勢を正す。

 

「ただいま。お父様に会えるかしら?」

 

「はい。謁見の間にてクリス様と共にいらっしゃいます」

 

「分かったわ」

 

 リリィはお辞儀をしたままのフェアラトの横を通り過ぎ、それに詩織とアイリア、ミリシャがついていく。

 

「クリスさんて?」

 

「わたしの姉の一人よ。長女で第1王女なの」

 

「あぁ、前に言ってたリリィのお姉さんか。確か、城から離れてたんだよね?」

 

「そうよ。自分の騎士団を率いて遠方に魔物討伐に行ってたんだけど、どうやら帰ってきてたようね」

 

 王家であるスローン家は前線にて直接指揮を執ることを美徳として捉えているらしく、一人につき一つの騎士団が与えられている。リリィはまだ実力不足だということで少人数の適合者しか指揮下にいないが。

 

「クリス様は厳しいお方ですが、人格者であり人望が厚いんですのよ」

 

「そうなんだ。ミリシャも会ったことあるの?」

 

「えぇ。わたくし達、城に所属している適合者は皆尊敬していますわ」

 

「ま、いずれはクリス様以上に立派になられるのがリリィ様だ」

 

 ミリシャの言葉に反応してアイリアがそうドヤ顔で言う。彼女はリリィを慕っており、誰よりも忠誠心が高いらしい。

 

「そうなれるように頑張るわ」

 

 屈託のない笑みで答えるリリィにアイリアは頬を赤く染めて頷いた。

 

 

 

「ただいま帰還いたしました」

 

 城の最上階、扉の先に待っていた国王と騎士服姿の女性を前にしてリリィがマジメな面持ちで膝をつく。それを真似しつつ、詩織は騎士服の女性に視線を向け、その人がリリィの姉のクリスであることを直感する。

 

「無事に帰ってこれたようで何より。して、魔物の討伐は上手くいったのか?」

 

「はい。その周囲一帯の魔物は殲滅しました。特にシオリの力が戦闘を大きく左右し、彼女がいたからこそ勝利できたと思います」

 

 立ち上がったリリィは詩織を指し示しながら戦果を報告する。

 

「そうか。勇者の力は伊達ではないということだな」

 

 国王デイトナの傍に控えていたクリスが詩織の前へと歩を進め、手を差し出してきた。クリスの纏うその豪勢な衣装を羨ましく思い、自分の軽装な戦闘着が恥ずかしくなってくる。冷静に考えなくてもこんな服装で戦うなんてどうかしているとしか思えない。

 

「君がシオリ?」

 

「は、はい」

 

 慌てて詩織がその手を握って握手を交わし、温かく柔らかな感触が伝わってくる。

 

「私はクリス・スローン。妹が迷惑をかけてすまないな」

 

「あ、いえ・・・」

 

「リリィは悪いヤツではないのだが、要領が悪いというか、ともかくまだ成長途中といった感じでな。今後も迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」

 

「はい」

 

 ちらりとリリィの方に視線を送るとしょんぼりとした顔で俯いているのが見えた。姉にそんな風に言われて落ち込まないわけがなく、後で慰めてあげようと詩織は脳内に書き留める。

 

 そんなリリィの様子を気にしていないクリスが何かを思いついたように手をポンと叩く。

 

「お父様、リリィ達を次の任務に同行させてもよろしいでしょうか?」

 

「国境沿いの魔物討伐にか?まだ責が重いと思うが・・・」

 

「しかし、彼女に経験を積ませるには良い機会だと考えます。本来ならアイラに援護を頼むつもりでしたが手こずっているようでまだ帰ってこられないみたいですから」

 

 知らない名前が出て詩織はミリシャに耳打ちして尋ねる。

 

「アイラさんって?」

 

「リリィ様の姉の一人で、第二王女ですわ」

 

「なるほど、次女ってことか」

 

「えぇ。現在、自らの騎士団を引いて遠征中ですわね」

 

 それがまだ帰ってこられないらしく、クリスはその代わりにリリィ達を同行させようとしているようだ。

 

「それに、勇者の力とやらを見てみたいのです」

 

「分かった。リリィ、よいな?」

 

「はい、お任せください。皆もいいわね?」

 

 ミリシャとアイリアはリリィの決定に不満は無いようで大きく頷く。詩織はまだ戦闘への恐怖がなくなったわけではないが、彼女達と一緒ならば大丈夫だろうという不確かな確信があり、小さく頭を縦に振った。

 

 

 

 

 

「リラックスしたらどうだ?」

 

「は、はい・・・」

 

 今回の移動手段はなんと蒸気機関車だった。詩織の世界では骨董品であるが、こちらの世界では最先端のものであり高度な技術の移動手段なのだそうだ。しかもこの車列は王家用であり、一般利用客はいない。

 そしてどういうわけか、今度の目的地に向かう列車のなかで詩織はクリスと同席することになってしまった。リリィの姉とはいえ国王に似て厳格な雰囲気の彼女と一緒にいて緊張するのは仕方ないことだろう。

 

「君のその魔力は元の世界では普通なのだろうか?」

 

「いえ、元の世界では魔法とかないんです。だから私にこんな力があるなんて知りませんでした」

 

「そうなのか。私からしたら魔力を使わない世界は想像できないな」

 

 逆に詩織にしてみれば魔力や魔物が普通に存在する世界の方がよっぽど不可思議だ。科学が発達した世界に浸っていれば、そうしたファンタジー設定などありもしないと思いこむものだろう。

 

「だが、何故君が勇者として選ばれたのだろう。心当たりはあるか?」

 

「いえ、ありません。いきなりこの世界に呼び出されたので、私自身がビックリしています」

 

「だとしたら単なる偶然か・・・リリィはどう思う?」

 

 クリスの隣に座るリリィもまた詩織のように硬い表情をしている。

 

「わたしにも分かりません。まぁ、運命のようなものでしょうかね」

 

 最後のは完全に茶化すような感じに言ったがクリスは全く笑わず、真剣な顔つきで考え込んでいるようだ。

 

「運命か・・・」

 

 こんな運命を辿る人間が果たしてどれだけいるのだろうと想像するが、恐らくは自分だけだろうという結論に達する。いや、もしかしたらファンタジー小説の作家などは異世界に飛ばされたことがあって、その体験談を小説として書いたのだろうかとも考えてみた。元の世界に帰還できたなら、自分もやってみようと小さな決意を固める。

 

 

 

 

 

 途中に休憩をはさみながら隣国との国境近くに到着する。目の前には大きな山がそびえており、それが国の境になっているらしい。

 

「あの山、ヴェルク山はここ最近魔物に乗っ取られてしまってな。今では多数の魔物が住処にしている」

 

 すでに警戒体勢にある魔物達がこちらの様子を伺っているのが分かる。

 

「今回の討伐作戦には隣国のメタゼオスの適合者の部隊も参加するからな。後れを取らず、我らの力を見せつけてやれ」

 

 クリスは鋭い眼光で魔物達を睨みつけながら部下達を従える。その威厳はリリィよりも凄みがあり、まさに指揮官といった風格だ。

 

「お隣さんの国の適合者って強いの?」

 

「タイタニアよりは総合力でいえば上ですわね。メタゼオスはこの大陸でもっとも強大な国家ですもの」

 

「へぇ・・・」

 

 なぜかリリィの表情が険しいが、その理由を訊く前に出陣となってしまった。

 

 

 

 山の向こうから打ち上がった花火にも似た光と轟音とともにクリスの指揮下にある適合者達が前進を始める。魔物達も臨戦態勢をとっており、その咆哮が聞こえてきた。

 

「前回の戦闘とは違って大人数だけど、油断しちゃダメだよ」

 

「もちろん。リリィも無理しないでね」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 綺麗にウインクを決めたリリィの前をアイリアが進み、詩織とミリシャが後ろからついていく。

 

「クリス様の騎士団の戦い方は参考になりますわ。シオリ様にとってもいい勉強の機会となるはずです」

 

「そうだね。もっと強くなりたいし、皆の戦いもちゃんと見ておかないと」

 

 初陣を勝利で終えた詩織だが、適合者としてはまだまだ半人前だ。その特殊な魔力と聖剣グランツソードがあったからこそ勝てたようなもので単純な戦闘力は現状では低いと言わざるを得ない。

 

 

 

「凄い・・・」

 

 クリス麾下の適合者達は機敏な動きで魔物を翻弄し、次々と撃破していく。さすが王族の騎士団に選ばれた者だけのことはある。

 それに負けじとアイリアもナイフで魔物を切り捨てるが、その機動力は騎士団の適合者には及ばない。

 

「よし、私も!」

 

 自分だって適合者なのだからと、自らを鼓舞して魔物と交戦する。

 

「いっけぇえええ!!!!」

 

 聖剣の一撃がサイクロプスともいうべき一つ目の鬼に似た魔物を両断した。聖剣の威力もさることながら、自分よりも大きな魔物に立ち向かう詩織の勇気も大したものだ。

 

「まだまだっ!」

 

 横から近づいてきた小鬼も斬り倒し、詩織は勢いづく。

 リリィも魔物を数体倒したようで彼女の周囲には息絶えた魔物が倒れている。

 

「わたし達だってお姉様の部隊に負けない!行くよ!」

 

 詩織は頷き、駆け出すリリィを追っていく。すでにクリスの騎士団は先まで進んでおり、リリィ達は後れをとっていたがそれを挽回するべく突き進む。

 

 

 

「山頂も近くなりましたわね・・・」

 

 適合者達が戦闘を優勢に進め、すでに山の中腹まで制圧していた。山の反対側でもメタゼオスの適合者達が善戦しているようでこのままなら人間の勝利は近い。 しかし戦いというのはそう簡単に決着するものではないのだ。

 

「おっと・・・この揺れは?」

 

 足元が揺れ始め、詩織は思わず膝をついた。ただでさえ山の斜面という不安定な足場なのに、こうも揺れていては姿勢を保つのは難しい。

 

「皆!あれを!」

 

 リリィの指さす先、山頂付近がまるで爆発するように破裂し、大きな岩が多数降りそそいできた。

 

「こちらに来てください!」

 

 ミリシャが三人を自らの元に集め、杖から展開された魔力障壁で覆う。その直後いくつもの岩塊が魔力障壁に直撃し、大きな音と共に粉砕する。

 

「だ、大丈夫なの!?」」

 

「ご安心を。この程度なら破られることはありませんわ」

 

 とはいえ目の前に次々と迫る巨大な岩に恐怖を感じないわけもなく、詩織は自然とリリィを抱き寄せていた。

 

「もう大丈夫そうよ、シオリ」

 

「あっ、ゴメン!」

 

 リリィと密着していたことに気づき、パッと手を放す。それを少々残念がったリリィであったが、今は戦闘中であることを思い出して思考を切り替える。

 

「一体何が起きたんだ・・・」

 

 アイリアですら状況がつかめず、砂埃が舞う周囲を警戒しつつ山頂に目を向ける。

 

 

 

「アレのせいか・・・」

 

 視界も晴れ、四人の視界には巨影が映り込む。白色のそれは蛇型であるが、とにかく巨大でまるでビルだとかジャンボジェット機のようであった。

 

「ハクジャ・・・しかし、あんな大きいものは初めて見ましたわ」

 

「白い蛇だからハクジャって名前を付けたのか。なんと安直なネーミングセンスなんだ」

 

 詩織は命名者の語彙力の無さを哀れみつつ、その大きな魔物を凝視する。

 

「あれは地中を潜行することも可能な蛇の化け物よ。確かに大きいのが特徴ではあるけど、あそこまでの個体は今まで確認されたことはない。異常種だわ」

 

「どうやって倒す?」

 

「シオリの夢幻斬りを頭部に直撃させるのが有効だと思う。あいつの回復力は凄まじく、致命傷でなければすぐに再生してしまうから一撃で葬るしかないの」

 

「なるほど。でもここからじゃあ届かないな。近づかないと」

 

 詩織の魔力を用いた大技の夢幻斬りは聖剣から光の刃を形成し、元のサイズより遥かに長大なサイズとなって敵を遠距離からでも切り裂ける技だ。とはいえ有効範囲は存在するわけで、山の中腹部から山頂までは届かない。

 

「しかもあれで動きは速いから命中させること自体が難しいね。あいつを足止めできればいいんだけど」

 

 ハクジャは人間に敵意を剥き出しにして襲い掛かっていた。その巨体で押しつぶそうとしたり、開かれた口の中にある鋭く尖った歯で喰らいつこうとしたりと暴れまわる。適合者達の攻撃は分厚い皮膚に阻まれて有効打とはならず、ただハクジャの怒りの感情を大きくさせているにすぎない。

 

 

 

 邪魔な小型の魔物達を倒しつつ、徐々にハクジャとの距離を詰めて山頂付近まで来た詩織の心の中で恐怖もどんどん強くなってくる。

 

「こっち見てる!」

 

 ハクジャに探知されたようで、赤い瞳がこちらを睨みつけていることが感覚で分かる。強烈な殺気が全身に伝わってきたのだ。

 

「気を付けて!相手の動きをよく見て回避を優先するのよ!」

 

 リリィの叫ぶような注意喚起に頷き、ハクジャを視界に捉えつづけながら移動を続ける。もうその巨体の体表面の模様がハッキリと分かる距離まで来た。

 

「来るっ・・・!」

 

 地中に潜ったハクジャが自分達に攻撃をかけようとしているのを直感し、足元を警戒するが、

 

「うわっ!」

 

 思ったよりも速く移動していたハクジャが詩織の目の前で地中から飛び出し、噛みつこうと巨大な口を開けて迫ってくる。

 

「怖い怖いっ!」

 

 全力で横に飛んだことで何とか回避に成功した。詩織のすぐ隣を白い怪物がすり抜けていき、その地響きで脳まで揺れる。

 

「なんて威圧感なんだ・・・」

 

 立ち上がって聖剣でハクジャの横っ腹を試しに斬ってみるが、ダメージを与えられているという実感はない。

 

「こいつっ!」

 

 アイリアがハクジャの上に飛び乗り頭部めがけて駆けていくが、それに気づいて再び地中に潜りだす。

 

「くそ・・・」

 

「ここは一旦、クリスお姉様と合流しましょう」

 

 先ほどまでハクジャと交戦していたクリス達は、山頂付近の魔物に襲われて足止めされている。こちらから向かわなければ、合流はできそうにない。

 

「そうですわね。何か解決策があるかもしれませんわ」

 

 リリィ達は一気に走り出してクリス達のもとを目指す。だがそれをハクジャが追撃し、地中からの奇襲をおこなう。

 

「マズい・・・こんな相手から逃げきれるのか・・・」

 

 さっきから冷や汗が止まらず、数秒後には死んでいるのではという悪い想像ばかりが詩織の思考を支配する。足は動いているが一度止まってしまったらもう動けなくなりそうだ。

 

「リリィ!」

 

 少し離れて走るリリィの名を呼ぶ。とにかく不安で仕方なかったのだ。

 

「後少しよ!頑張って!」

 

 励ましの言葉が返ってくるが、それで安堵などできない。再び地面から突き上げるように姿を現したハクジャが詩織に狙いを定めた。

 

「やられるくらいなら!」

 

 もう背後まで敵は迫っていて回避は間に合いそうにない。ならいっそとバク宙の要領で後ろに飛び下がると、ハクジャの頭部めがけて聖剣グランツソードを振り下ろした。

 

「ヤバっ・・・」

 

 その攻撃を予期したわけではないだろうが、ハクジャが頭をかがめたのが見えた。ジャンプ中の詩織に姿勢制御は不可能で行動の修正がきかず、相手の動き次第では詩織は死ぬことになる。

 咄嗟に聖剣を使って防御の姿勢をとるが、そんな詩織に対してハクジャは頭部を横薙ぎにして一気に振る。そのパワーはとても強く、直撃した詩織は大きく吹き飛ばされ、地面に落下して斜面を転がっていく。

 

「シオリっ!」

 

 詩織を助けられなかったリリィは悲痛な叫びをあげるが、ハクジャが向かってきたために対処せざるを得なかった。

 

「お前っ!!」

 

 リリィは怒りのあまりにハクジャに攻撃をかけようとするが、冷静なミリシャがそれを止める。

 

「無茶ですわ、リリィ様」

 

「だって、シオリがやられたんだよ!?」

 

「ですが、ここで立ち向かえばリリィ様も無事ではすみませんわ。まずはクリス様の元に!」

 

 リリィは唇を噛みつつ、ハクジャへの怒りを一度抑えてミリシャの言う通りにすることにした。

 

「すぐに助けにいくからね、シオリ!」

 

 

 

 

「いったぁ・・・」

 

 魔力で肉体を強化しているものの、許容量を超えたダメージを受ければ適合者といえども行動不能に陥る。けっこうな距離を飛ばされて転がった詩織は、意識が朦朧としつつも周囲の状況を確かめようとした。

 

「なんだろう・・・」

 

 何かが近づいてくるのが分かり、詩織は焦る。もしそれが魔物なら確実に殺されてしまうだろう。

 

「キミ、大丈夫かい?」

 

「えっ・・・?」

 

 予想外なことに視界に入って来たのは黒い馬で、それに乗る人物が詩織に心配そうに声をかけてきた。その後ろにも複数人の人影が見え、どうやら魔物に襲われているのではないということは理解できた。

 

「アナタは・・・?」

 

                    -続く-



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第5話 二つの伝説の剣

「アナタは・・・?」

 

 差し出された手を掴んで立ち上がりつつ、詩織は問いかけた。まだ体の痛みは少し残っているが助かったという安心感で緩和される。

 

「ん?知らないのか。メタゼオスのシエラル・ゼオンだが・・・」

 

 まるで知っているのが当たり前だと言わんばかりに眉をひそめながら自己紹介してきた。有名人なのかもしれないが、こちらの世界に来て日が浅い詩織は当然ながら知らないのだから仕方ない。

 

「こんなに可愛い女の子なのに、名前はカッコいいんだね」

 

 素直な感想を述べたが、失礼だったなと反省して口をおさえる。

 

「お、女のコなどではない!ワタシ・・・いや、ボクは男だ。決して親の都合で男を演じているとかそんなことはないぞ!」

 

 まるで図星を突かれたような焦りっぷりのうえ、聞いてもいないことまで言い始めたものだから詩織は訝し気にシエラルを見つめる。

 

「まぁ・・・いろんな事情があるのか」

 

 冷や汗が止まらず目が泳いでいるシエラルにこれ以上訊いても仕方ないようだ。

 

「私は詩織っていいます。えっと・・・タイタニア王国の一員として戦っています」

 

「そうか。それにしても、アレに酷くやられたようだな?」

 

 シエラルが顎で示した先ではあのハクジャが暴れている。リリィやクリス達と戦っているのだろう。

 

「ボク達も戦闘に加勢する。キミはどうする?」

 

「体の痛みは弱くなったので、私も行きます」

 

「そうか。イリアン、彼女を連れていってやれ」

 

 シエラルのすぐ後ろで成り行きを見守っていた騎士風の女性に指示を出し、彼女・・・彼自身は自分の馬に騎乗した。

 

「かしこまりました」

 

 手招きするイリアンに近づき、彼女の駆る馬の背に乗せてもらう。二人乗りしている状態だが果たして馬への負担的観点でいうと大丈夫なことなのか心配になる。

 

「よろしくお願いします」

 

「あぁ。まったくシエラル様はお人好しなのだから・・・」

 

 どうやら機嫌がよくないようで、声からそれが伝わってくる。なので詩織はそれ以上は何も言わずに黙っていることにした。

 

 

 

 それからすぐにハクジャの近くにまで接近し、部隊は一旦停止した。

 

「あれはリリィ嬢では?」

 

「そのようですね」

 

 シエラルとイリアンの会話を聞いて詩織が身を乗り出してみると、ハクジャから距離をとっていたリリィとアイリア、ミリシャの姿が視界にはいる。

 

「みんな!」

 

 詩織は馬から飛び降り、リリィ達のもとへと駆け出す。彼女達三人が無事であることが嬉しかったのだ。

 

「シオリ!」

 

 それに気づいたリリィも詩織に向かって走り、再会した二人は強く抱き合った。

 

「良かった・・・死んじゃったかと思って・・・」

 

「心配してくれたんだ」

 

「当たり前でしょ!」

 

 目を真っ赤にしてそう訴えてくるリリィが可愛くて、詩織は優しくその頭を撫でてあげる。

 

「ほう・・・キミはリリィと親しいのかい?」

 

「げっ!」

 

 リリィはシエラルの顔を見て先ほどまでの泣きそうな表情から一転、とても不快そうな顔になる。

 

「この人に助けてもらったんだよ」

 

「よりによってコイツにか・・・」

 

 どうにもリリィは彼を好んでいないようだ。そんなリリィの態度を見てイラだっているのがイリアンである。

 

「そう言ってくれるなよ。ボクはキミと親交を深めようと努力している」

 

「それは親の都合ででしょ。私は納得してない」

 

 話の流れがつかめなくて詩織の頭には?マークが浮かんでおり、それを察したミリシャが音も無く近寄って来た。忍者かと詩織は心の中で突っ込む。

 

「シエラル様はメタゼオス皇帝の一人息子なんですのよ」

 

「そんな凄い人だったのか」

 

 そうとは思わずに接してしまったが、それはとてもマズい事だったのかもじれない。それよりも本当に男なのかという疑問がまだ晴れていないが。

 

「実は、リリィ様とシエラル様の婚姻を国王様達が考えているんですの」

 

「えぇっ!マジで!?」

 

「はい。ですがリリィ様はそれが気に入らないらしく、その話は先に進まないようなのです。まぁ、勝手に結婚相手を決められたら嫌ですが、王族である以上は仕方のないことなのかもしれません・・・わたくしはリリィ様の味方ですけどね」

 

「なるほど」

 

「それに、リリィ様自身がシエラル様と相性が良くないというか・・・ともかく好きではないのは確かです」

 

 そんな相手とこうして鉢合わせしてしまったのだからリリィも運が悪い。

 

「まぁとにかくこんなところで話している暇はない。そうだろう、リリィ?」

 

「それは同意するわ。ハクジャを何とかしないと。今はクリスお姉様たちが戦ってる」

 

 ハクジャの暴れる音は近い。

 

「よし、前進!」

 

 シエラルの指示で、彼の騎士団が再び行進を開始。それに続いてリリィ達もハクジャを目指す。

 

「わたし達も行くよ!あいつらに先を越されてたまるかっての!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

 シエラルへの対抗心からリリィはやる気全開になったようで、剣をかざしてハクジャのいる方へと進んで行く。

 

 

 

「うーむ・・・こいつは難敵だ・・・」

 

 ダメージを受けたクリス達と入れ替わるようにシエラルの部隊がハクジャとの交戦を開始する。メタゼオスの適合者達の猛攻がハクジャに襲い掛かるが、地中に潜ったりすることで回避し、逆に地面からの奇襲で互角に渡り合ってくる。

 

「だが、負けん!」

 

 凛々しい目つきのシエラルが空中に手をかざして魔法陣を展開、そこから禍禍しい剣を引き抜く。

 

「強そうな剣だね」

 

 詩織の持つグランツソードとは違って威圧感のある剣がシエラルの手に収まる。

 

「あれはメタゼオス皇帝一族の血を引く者だけが扱える魔剣ネメシスブレイドですわ。シオリ様のグランツソードと同じ伝説の魔具ですわね」

 

「へ~。というか、ミリシャって博識だね」

 

「フフフ・・・知識量には自信があるのです。困ったらわたくしに訊いてくださいな」

 

 ドヤ顔で胸を張るミリシャ。きっと彼女には解説役が似合うだろう。

 

「わたし達も攻撃するよ!」

 

「了解いたしました」

 

 コンバットナイフをかまえるアイリアが大きくジャンプしてハクジャの背に乗り、その皮膚を切り裂くが有効なダメージにはなっていない。だが気を引くことはできた。

 

「今よ、ミリシャ!」

 

「おまかせを」

 

 続いてミリシャの杖から魔力を凝縮した魔弾を放つ。高威力の魔弾は真っすぐに飛翔し、ハクジャに命中するが、

 

「ダメみたいですね・・・」

 

 肉の一部を抉り取ったものの、死にはいたらずに再生を始める。

 

「そこっ!」

 

 再生が終わる前にその抉れた部分に向けてシエラルが斬り込んでいく。魔剣ネメシスブレイドを横薙ぎに振るい、それが傷口に命中すると思われた。しかし、

 

「くっ・・・」

 

 ハクジャは尾を大きく振ってシエラルを迎撃し、斬撃を逸らす。その尾の部分が斬り飛ばされたが、致命傷を負わずに済んだハクジャは再び地面に潜ってしまう。

 

「なんとか一撃を入れるチャンスを作れればいいのだが・・・」

 

 策を思案しているシエラルにリリィが近寄る。

 

「アンタがハクジャを足止めしてよ」

 

「それでどうする?」

 

「シオリならやれる。あいつに大技を叩きこむ余裕さえあればね」

 

「あの娘がか?」

 

 ともかくできることをやるしかない。被害が拡大する前に敵を止めなければならないのだから。

 

「分かった。頼むよ」

 

 再び地面から飛び出したハクジャに接近し、シエラルは魔剣に魔力を集中させる。

 

「沈め・・・デモリューション!!」

 

 両手に握った魔剣ネメシスブレイドが紫色に発光し、その光によって形成された長大な刃がハクジャに振り下ろされる。見た目には詩織の夢幻斬りにも似ている攻撃だ。

 

「シオリ!頼んだわ!」

 

「はいよっ!」

 

 ネメシスブレイドから放たれた魔力の刃で胴体を真っ二つにされたハクジャの動きは鈍っていた。それでも驚異的な生命力で傷口から再生を始めたが、

 

「夢幻斬りっ!」

 

 詩織の全魔力を用いた攻撃がハクジャの頭部に迫る。大きく負傷する前の機動力があれば回避できたろうが、今のハクジャには不可能だ。

 光の奔流がハクジャの頭を消し飛ばし、ついにその巨体は絶命した。

 

「さすがシオリね!」

 

 敵にトドメを刺した詩織にリリィが抱き着く。

 

「私だけの力じゃないけどね」

 

「でも、シオリがいたからこそ勝てたのには違いないわ。誇ってもいいのよ?」

 

「リリィが褒めてくれるなら、それだけでいいや」

 

「まったくもう・・・好き!!」

 

 リリィが詩織の胸に顔をうずめてすりすりと擦りつけていると、ネメシスブレイドの主であるシエラルが驚きの表情と共に寄って来た。

 

「キミは一体何者なんだ?タイタニアにキミのような適合者がいたとは知らなかった・・・」

 

「そりゃそうよ。なんたって、わたしが異世界から勇者として呼んだんだもの」

 

 胸を張ってシエラルに自慢する。もはや詩織は自分のものだと言わんばかりに。

 

「勇者というのは異世界から来たりし適合者のことだったな。まさか、そんな人間を呼び寄せていたとは。まぁともかくキミのおかげで敵を倒せた。礼を言わなければね」

 

「いえ、お礼を言うのは私の方です。シエラルさんが敵の動きを鈍らせてくれたから、私の技が当たったんです。ありがとうございます」

 

「フッ・・・あれだけの力を持ちながら謙虚だな。気に入った」

 

 馬に搭乗しながら、シエラルはキザにそう言う。最初に会った時の頼りなさそうな雰囲気はもうなかった。

 

「ちょっと!シオリは渡さないわよ!」

 

「リリィはよほど彼女のことを気に入っているようだね」

 

「当然よ」

 

「羨ましいかぎりだ。さて、ボク達はこれにて帰還する。また会おう」

 

 すでに他の魔物も討伐されており、周囲には静けさが戻っていた。

 

「わたし達も行きましょ。シオリが大手柄を挙げてくれたから晴れ晴れしい気持ちで帰れるわ」

 

「リリィの役に立てて私も嬉しいよ」

 

「ねぇ、シオリはどうしてそんなに優しいの?わたしからの好感度を限界まで上げるつもり?」

 

「それ、やってみようかな」

 

「安心して。既に限界点近いわよ」

 

「なら限界突破してやる」

 

「ふふっ、楽しみにしてるわ」

 

 そんな会話をしながらクリスの部隊とも合流し、激戦地となったヴェルク山から下山していった。

 

 

 

 

「父上、ただ今戻りました」

 

 メタゼオス帝国の首都、オプトゼオスにある宮殿へと帰還したシエラルは父親である皇帝ナイトロ・ゼオンの前に膝をつく。

 

「今回の戦闘において、タイタニアにて召喚された勇者の存在が際立っておりました」

 

「やはり勇者を呼んだというのは確かなことであったのだな」

 

「知っておられたのですか?」

 

「ワタシの情報網を舐めてもらっては困る。このメタゼオスを治める帝として、あらゆる事柄を把握していなければならない」

 

「さすが・・・父上ですね」

 

 親子仲は冷え切っており、職務上での会話しか交わすことは無い。そのためシエラルはナイトロの考えや、その力の及ぶ範囲などを正確に把握しているわけではないのだ。

 

「その勇者とやらの動向等を掴むためにもお前を近々タイタニアへと派遣しようと思っている。名目上は戦力不足のタイタニアで増殖する魔物討伐の協力であるがな」

 

「承知しました・・・では、失礼いたします」

 

 それだけ言い残してシエラルは玉座の間から退室する。もっと話すこともありそうだが、あまり父親と一緒にいたいとは思わない。

 

 

 

「ナイトロ様、いかがいたしましょう?勇者の召喚は想定外のことですが・・・」

 

 シエラルの姿が見えなくなるまで黙していた黒いローブを纏った魔女が皇帝に問いかける。フードを目深にかぶっているので、その表情をうかがい知ることはできない。

 

「まずは、その適合者がどのような者かを把握する必要がある。そして利用できそうならとことん利用し、そうでないなら・・・」

 

「排除すればよいのですね?」

 

「あぁ。このナイトロ・ゼオンの障害となるならば、それが邪魔になる前に摘み取る。ワタシの体制を揺るがす者は誰であろうと許さない」

 

 大陸一の強国であるだけでは彼は満足していない。その視野にあるのは、世界そのものなのだ。

 

                   -続く-



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第6話 異世界との不思議な縁

 二度の戦いを勝利に導いた詩織の評判は城全体に轟いており、王国中に広まるのも時間の問題となっていた。その渦中の詩織自身はあまり気にしておらずリリィと共にこの世界についての勉学に励んでいる。最初はなぜ異世界に来てまで勉強しなければならないのかと思っていたが、話を聞いているうちに知的好奇心がそれを上回っていて、気づけば高校での授業とは比較にならないくらい真剣になっていた。

 

「いずれ元の世界に帰るとはいえ、その間はこちらで過ごすわけですし、少しはこの世界の知識を持っておかないとなりません」

 

 リリィの教育係を務めるターシャが詩織もついでに面倒を見ることになった。真面目そうなターシャのことをリリィは慕っているようで、かなり前からの関係であるとのことだ。

 

「そういえば、ひとつ疑問に思ってることがあるんです」

 

 授業も一段落し、詩織はこちらの世界に来た時から不思議に思っていることを聞いてみることにした。

 

「私は異世界人になるわけですけど、こうして皆さんと言葉が通じているのは何故なのでしょうか。国が違うだけで言語が異なるものですし・・・」

 

「それは私にも分かりません・・・ですが、仮説を立てることはできます」

 

 黒板に一つの点を描き、それを指す。

 

「この世界とシオリ様の世界は元は一つの世界であり、共通の起源を持っていた。そして・・・」

 

 点から二つのラインを伸ばし、それが平行に並ぶ。

 

「ある時、何らかの理由で世界は分岐した。いわゆる並行世界として、この二つの世界は存在することになったのです。分岐点から先では異なる文化を発展させたわけですが、起源が同じであるために同じ言語を受け継いで使用していてもおかしくはありません」

 

「元は同じだった、かぁ・・・」

 

「分岐した理由は魔術関連だと私は思います。この世界では魔術は珍しいものではありませんが、シオリ様の世界では魔術は使われておらず魔物も存在しないためです」

 

「これが真実に思えますね」

 

「あくまで仮説ですけれどね。確証はありません」

 

 どちらにしても二つの異なる世界があることは事実なわけで、この謎を解明できれば自由に行き来することも可能になるのではと考えたが今の詩織には知る由もない。

 

「・・・リリィはオーバーヒートしてるみたいだね」

 

 詩織の隣で話を聞いていたリリィは頭の上に疑問符を受かべてフリーズしていた。

 

 

 

 

 

「シオリはターシャの難しい話にもついていけるのね」

 

「私の世界ではSFがけっこう盛んでさ。ターシャさんが言ってたような設定が結構出てくるんで、それのおかげかな」

 

「えすえふ?」

 

「創作物のジャンルだよ」

 

「そうなの。シオリの世界の人は頭がいいのね」

 

「そんなことはないよ。自分を頭いいと思いこんでる人間は多いけど」

 

「ふふっ、案外シオリは毒舌ね」

 

 授業も終わり、リリィが王家用の書庫に詩織を案内する途中でそんな会話を交わす。

 

「私からすれば魔術を使える適合者が多いこの世界のほうが凄いと思うけどな」

 

「シオリだって適合者よ?」

 

「その能力を発掘したのはリリィだよ。私さ、こっちに来た時に最初は絶望したけど、今は良かったかなって思うんだ。新しい自分を知ることができたし。だから感謝してるんだ」

 

「えへへ」

 

 照れたようにリリィは頭を掻き、そんな彼女がとても可愛らしく感じる。そういえば、この世界に来る原因となったリリィに対して怒りを覚えたことはなかった。これが運命だったとも思えるほど、リリィとは上手くいっている。

 

「この先にある書庫に古文書もあったのよ」

 

「地下の宝物庫じゃなかったんだ」

 

「あそこは金銭的価値の高い財宝が優先して保管される場所なの」

 

「なら、そこにあったグランツソードも売ったら高いのかな?」

 

「そりゃあ唯一無二の魔具だもの高いと思う・・・売っちゃダメよ?」

 

「そんなことしないよ」

 

 グランツソードを売却なんてしたら、きっと罪人として追われる身となり、永久に牢獄生活だろう。

 

 

 

「さぁ、ここよ」

 

「家の近くにある図書館より広いや」

 

 城の中とは思えないほどの大きさの書庫だ。これが王家専用なのだから、スローン家の権力の強さが実感できる。

 

「ここにはタイタニア王国やこの世界に関する書物があるから、シオリの勉強に役立つと思う。ちなみに古文書はお父様に取り上げられたのでここにはありません」

 

「うーん、どれから読めばいいのやら・・・」

 

「そうねぇ・・・なら、これなんかどう?」

 

 手渡されたのは色褪せた分厚い本だ。年季がはいった一冊だが、保管状態が良かったためか折れやイタミは少ない。

 

「これは?」

 

「歴史書のひとつで、前回召喚された勇者についての記載もあるわ。ほら、このページに」

 

「ふむふむ・・・ん?」

 

 めくられたページには勇者の活躍について書かれていたが、詩織が特に気になったのはその勇者の名前だ。

 

「サオリ・シキハナ・・・私のおばあちゃんと同じ名前・・・」

 

「えっ、シオリのお婆様と?」

 

「うん。ほら、前に話したでしょ。このペンダントの持ち主だった・・・」

 

「あぁ!」

 

 名前が同じとはいえ、同一人物とは限らない。同姓同名の別人の可能性があるわけだが、しかしそんな偶然があるだろうか?

 

「もしかしておばあちゃんが昔に勇者として召喚されたってことなのかな」

 

「きっとそうよ。そのソレイユクリスタルと同じ材質の結晶体がついたペンダントを持っていたことに説明がつくし、その子孫のシオリだからこそ特殊な力を持っていたのかも」

 

 鼓動が速くなる。まさかこんな不思議な縁で異世界と繋がっていたとは。

 

「それと今思い出したんだけど、おばあちゃんは亡くなる直前にリリアという名前を呟いたってお母さんから聞いたんだ。心当たりはある?」

 

「リリア・・・それ、わたしのお婆様の名前・・・」

 

「マジか・・・もう、間違いないな」

 

「えぇ。シオリのお婆様はこちらに来たことがあり、わたしのお婆様と知り合った・・・」

 

 時として人生には予想を超える事が起きるものだが、こんなにスケールの大きな事が起こった人間は果たしてどれだけいるだろう。

 

「ねぇ、リリアさんに会うことはできるかな?」

 

「それはできないわ。わたしが生まれる前に亡くなったの」

 

「そっか・・・」

 

 更に書物を読んでいき、挿絵のついたページで手を止める。描かれているのはファンタジーゲームにでも登場しそうなドラゴンであった。

 

「こんなヤツもいるのか」

 

「こいつはドラゴ・プライマス。かつてこの大陸を恐怖に陥れた魔龍族の長よ。でも、勇者・・・つまりシオリのお婆様によって封印されたの」

 

「ワァオ・・・まさに偉業」

 

「本当にね。シオリもそれくらい強くなってくれると嬉しいわ」

 

「・・・精進します」

 

「冗談よ、冗談。このレベルの魔物はもういないし、いくら魔物の数が増えているといってもタイタニアやメタゼオスの適合者が力を合わせればなんてことはないわ」

 

 それを聞いたシオリは安心して胸をなでおろす。絵だけでも威圧感を感じるのに、実際に会ったら恐怖で動けなくなって戦いどころではないだろう。

 

 

 

 

 

 書庫で色々と本を読み漁り時間はあっという間に夕刻になっていた。戦闘もなく平和な一日は終わろうとしており、夕食をとった後に詩織は一人で城の周囲を散策する。

 元の世界では真夏の暑さにうんざりしていたが、こちらは夏であっても酷暑にはならずに過ごしやすい気候だ。夜風が心地よく、この静けさの中にいると自分が自然に溶け込んだような感覚になる。

 

「結構広いもんな。さすが王家の城・・・」

 

 タイタニア城の敷地は広く、適合者が訓練できるような広場がいくつかあるし、花畑や小さな森までもが存在している。

 

「ん?」

 

 月の光があるとはいえ街灯もないので真っ暗に近いが、視界が暗さに慣れていたおかげで木の向こう側にしゃがんでいる人影を見つけることができた。詩織は魔力を体に流して視力強化を行い、その人物を注視する。

 

「あれ、アイリアじゃない。こんな所で何を?」

 

「うっ、シオリこそどうして」

 

 ここが戦場でないためか、すっかり油断していたアイリアはビックリして飛び上がるように立ち上がる。まさか人と出くわすなんて思ってもみなかったのだろう。

 

「私は散歩してたの」

 

「そうか・・・」

 

 目を泳がせるアイリアの足元に小さな子猫がいて、その口に何かを頬張って音も無く咀嚼している。

 

「そのコに餌をあげてたんだ?」

 

「ま、まぁな。たまたま通りかかってな。それでたまたま持ってた食料をな」

 

「へ~」

 

「なんだそのリアクションは!?」

 

 明らかな嘘であり、いつものクールさは消えていた。

 

「アイリアは嘘が下手だなと思って」

 

「う、嘘などついていないが!?」

 

「だってほら、そんなに汗かいて視線泳ぐ人が嘘ついてないわけないでしょ」

 

「ぬぅ・・・」

 

「それに、そのコがとても懐いているように見えたからさ」

 

 子猫は食事を終えても去らずにアイリアの足に顔を擦りつけていて、それがリリィが詩織に対して擦りついてくるのに似ていたから笑いがこみあげてくる。

 

「見られては仕方ない。説明すると、コイツとは少し前に出会ってな。どういうわけかこの城の敷地内に迷い込んできてしまったようなんだ。親もいないようで、彷徨っていたから餌をやったらここから離れなくなってしまって・・・」

 

 再びしゃがんだアイリアはその子猫の頭を撫でた。

 

「だからこうして夜に餌やりにきてるんだ。誰にも見られたくなかったからな」

 

「見られてもいいじゃない。別に悪いことをしているんじゃあないし」

 

「だっておかしいだろう?私が猫の世話するなど・・・」

 

「そんなことないよ」

 

 詩織もアイリアの近くにしゃがんで視線を合わせる。

 

「おかしくなんかない。私はね、アイリアって優しい人なんだなって感心したよ?」

 

「それこそ嘘だ」

 

「嘘じゃない。私の目を見て」

 

 ぐっと顔を近づけてアイリアの瞳をじっと見つめ、自分を見るように促す。最初は困っていたアイリアだったが、仕方ないといった感じに目を合わせた。

 

「これが嘘をついている人の目に見える?」

 

「いや、そんなことはないが・・・」

 

「でしょ?だって本当のことを言ったんだもん」

 

 柔らかな笑顔になった詩織の視線は子猫に向けられる。子猫は見知らぬ人間から見られていることに気づいたが逃げようとはしない。

 

「それにさ、動物って人間の心が分かるって言うでしょ?こうしてそばにいるのは、このコがアイリアの優しさを知っていて、一緒にいたいと思うからこそなんだよ」

 

 そう優しい声色で言われればアイリアも反論しようという気持ちがなくなり、いまだに離れない子猫を抱きかかえる。

 

「そのコって名前あるの?」

 

「いや、名前はない」

 

「そうなの?なら私が考えようか?」

 

「遠慮しておく。私が考える」

 

 ならいっそのことアイリアが連れて帰って飼ったほうがいいのではと思う。

 

「それにしても、今日はアイリアの新しい一面を知れて嬉しいよ」

 

「ふん。別に知らなくてもいいことだったがな・・・それより、このことは誰にも言うなよ」

 

「リリィにも?」

 

「あぁ、リリィ様にもだ。本当なら隠し事などしたくないが、こればっかりは恥ずかしくてな・・・」

 

「きっとリリィも私と同じように言ってくれると思うけどな」

 

「だとしてもだ」

 

 顔を赤くして口をとがらせるアイリアは可愛らしく写真にでも収めたいと思ったが、そんなことをしたらきっと怒るだろう。

 

「私にもそうやって優しくしてくれたらいいんだけどなぁ」

 

「充分に今でも優しいだろう?」

 

「うーん・・・?」

 

 それには疑問符しかないが、少しは仲良くなれたと思い、それ以上は言わずに立ち上がる。

 

 

 殺伐とした戦場とは違う穏やかな雰囲気がこの一角を包み込んでいた。

 

                 -続く-



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第7話 You can light my heart

 夜の散歩も終わり、ほどよい疲れと共に詩織は自室へと向かう。特別待遇であるため大きな部屋と豪華な家具を用意してもらっているので生活に苦はあまりなかった。唯一不便なことを挙げるならインターネットが使えないことだが、詩織は電子機器をあまり使わないタイプの人間なので大きな影響はない。

 部屋に辿り着き、扉を開くとランタンの光が廊下に漏れてきた。

 

「あれっ?」

 

 自分でつけたわけではないのにどうして灯りがついているのか疑問に思って慎重に部屋の中に入っていく。すると人の気配を感じたので物越しに様子を窺う。

 

「あっ!やっと帰ってきたのね!」

 

「なんだ、リリィか。驚かせないでよ」

 

 その人物がリリィだったのでホっとして胸をなでおろす。これが別の人だったら聖剣で斬りかかっていたところだ。

 

「待ってたんだから」

 

 ベッドに座っていたリリィが詩織に抱き着いてきた。柔らかな感触が心地いい。

 

「どうして私の部屋に?」

 

「シオリと一緒に寝ようかなと思って」

 

「私と?」

 

「うん。シオリと寝ると凄いリラックスできるのよ」

 

 詩織も一人でいるより、リリィと一緒にいたほうが心が安らぐのでむしろ嬉しいことではある。

 

「というより、どこ行ってたの?まさか城の誰かのもとに夜伽に!?」

 

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

「その慌てようが怪しいわ」

 

「本当に!ほら、私から別の人の匂いとかしないでしょ?」

 

 ジト目で疑うリリィはシオリの胸の谷間に顔をうずめて匂いを嗅ぐ。

 

「そうね。シオリの匂いだけ・・・今回は信じてあげましょう」

 

 あらぬ疑いをかけられて焦ったが、どうやら誤解は解けたようだ。

 

「よかったわ、シオリが淫らな娘じゃなくて」

 

「そんな想像をするリリィのほうが・・・」

 

「そ、それくらいの知識はこの歳の人間なら誰でも知ってるわよ」

 

「ふ~ん?」

 

「ともかく早く寝ましょ!」

 

 リリィが詩織を押してベッドに誘導する。先ほどまで感じていた眠気はもう無かったが、不思議と安心感で満たされていた。

 

 

 

「本当はどこに行ってたの?」

 

 ベッドの中で寄り添い、薄暗い中で視線を合わせる。リリィはまだ気になっているようで再び訊いてきた。

 

「ただ散歩してたの。こんな大きな城に行く機会なんて今までなかったし」

 

 散歩してたというのは事実だが、途中で会ったアイリアが子猫に餌をあげていたことは伏せる。言うなと頼まれたことを告げ口する趣味はない。

 

「せっかくならわたしを誘ってくれたらよかったのに」

 

「たまには一人で落ち着きたい時ってあるでしょ?そんな気分だったんだ」

 

「そっか」

 

 少し悲し気なリリィの表情を見て詩織は頭を撫でてあげる。リリィは詩織の心情を理解しつつも、もっと一緒にいたいという気持ちがあるのだ。だからこそこうして詩織の部屋に来たのだろう。

 

「今度は一緒に行こうね」

 

「うん!」

 

 抱き着いてきたリリィの背中に手をまわして密着する。

 こうも好意を示してくれる相手に今まで会ったことが無かったから、詩織はそれが嬉しいのと同時に怖くもあった。いずれは離れ離れになるわけで、この温もりと別れなければならないことへの恐怖だ。この短期間の間にそう思えるほどリリィのことが大切になっている。

 

「ねぇ、どうしてリリィはそんなに私に懐いてくれたの?」

 

 訊いてみたくなったのは詩織がセンチメンタルになったためだ。

 

「うーん・・・理由なんてないわ。ただ、シオリはこれまでわたしが出会った人達とは違うと思ったし、最初に会った時から・・・言うなら運命のようなものを感じたの」

 

「私の特殊な魔力がそう思わせたのかな」

 

「違うわ。それは違う」

 

 なぜだか強くリリィは否定し、詩織の腕の中からするりと抜け出して顔を近づけた。この暗さの中でもこれだけ近ければハッキリと輪郭がわかる。

 

「魔力とかは関係ないの。シオリという人間そのものに惹かれたのよ。これは間違いないと自信を持って言える。シオリはわたしと出会ってどう感じた?」

 

「私も同じだよ。この出会いは定められた運命というか・・・とにかく、リリィのことは好きだよ」

 

「それなら良かった」

 

 ニコッと笑顔を浮かべて、また詩織の腕の中に納まる。リリィはこうして詩織に包まれている時が何より安らげるのだ。

 

「おやすみ」

 

 それだけ告げてリリィは目を閉じる。

 部屋には静寂が訪れ、二人は眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

「シエラルよ。準備はできたのか?」

 

「はい。父上」

 

 メタゼオス宮殿の謁見の間にて、シエラルは膝をついて皇帝ナイトロの質問に簡潔に答える。冷え切った親子仲の二人の間には微妙な空気が漂っており、シエラルは一刻も早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。

 

「では明日、予定通りにタイタニアへと向かえ。そこでのお前の役割は理解しておるな?」

 

「タイタニアが召喚した勇者と言われる適合者、シオリの調査ですね?」

 

「そうだ。その者がどんな人間なのかをもっと詳しく知る必要がある。そして、上手く我々の方へと抱き込めれば有用な駒とすることができるだろうからな」

 

「・・・」

 

 ナイトロは詩織が自分にとっての障害とならないかという心配と、自分の物として利用したいという気持ちから調査させるわけで他者を道具程度にしか考えていないのだ。シエラル自身も詩織への興味は大いにあるが、それは彼女の不思議な魔力への純粋な関心からくるもので、決して利用するためなどではない。

 

 

 

「シエラル様、何かあったのですか?難しいお顔をされてますが・・・」

 

「ン・・・いや、そういうわけではないが・・・」

 

「なら、もしかして体調が優れないのですか?だとしたら休憩を・・・」

 

「大丈夫だよ。部下を不安にさせるとは、ボクはまだまだ未熟だな」

 

 イリアンの心配にシエラルは頭を振って表情を引き締める。タイタニア王国への移動中、父親の言葉を思い返して自然と顔が強張っていたようだ。

 

「いえ、そんなことはありません。シエラル様は立派な指揮官です。私だけでなく、皆もそう思っていますよ」

 

「キミは優しいな。イリアンのような部下がいてくれて、とても心強いよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 頬を真っ赤に染めながらイリアンは俯く。彼女にとってはシエラルに褒められたり必要とされることが幸福なのだ。だがそれを鈍感なシエラルは分かっていない。

 

 

 

 

「はぁ・・・まったく憂鬱だわ」

 

 王家用のメイクルームにて、普段は着用しないような装飾品をぶら下げながらため息をついているのはリリィだ。

 

「そう気を落とさずに。来客を笑顔でもてなすのも王族の役目ですよ」

 

「分かってるけれどもね・・・」

 

 タイタニア城ではメタゼオスから来るシエラル達一行を迎える準備が進んでいた。が、当然と言うべきかリリィは歓迎する気などなれずにむくれている。この機会に婚姻の話が進んでしまったらどうしようという懸念が頭から離れないのだ。

 

「ターシャはわたしに望まぬ結婚をしてほしいの?」

 

「そんなことはありません。リリィ様が本当の幸せを掴むことが私の望みであるのですから」

 

「なら、お父様にそう言ってよ」

 

「無茶を仰る・・・」

 

 一介の教育係に国王に提言できるほどの権限などない。

 

「わたしは今から魔物討伐に出ることにするわ。そうすれば会わなくても済むし」

 

「国王様の許可もなしに行けませんよ。ここは大人の社交を学ぶべく、我慢してください」

 

「むぅ・・・」

 

 好まぬ相手に会うというのはかなりのストレスだ。こんな時には心を明るく照らしてくれる詩織に会いたくなるが、彼女はこの場にいない。

 

「早く帰ってくれればいいんだけど・・・」

 

「最近増加している魔物を討伐するための増援として派遣されるわけで、暫くはこちらに滞在するそうですよ」

 

「えぇ・・・」

 

 自分と詩織の時間だけはどうか邪魔されませんようにと、両手を合わせて祈るしか今のリリィにはできなかった。

 

 

 

 

「やぁ、また会ったね」

 

 タイタニアへと到着して国王達への挨拶を済ませたシエラルが詩織を呼び出す。

 

「シオリに何の用なのよ」

 

 不機嫌さを隠さないリリィも同伴しており、怪訝な眼差しと共に尋ねる。ここには国王はいないので遠慮がない。

 

「彼女の適合者としての実力が知りたくてね。魔物討伐に同行してほしいと思って」

 

「それならわたしも行くわ!」

 

「勿論歓迎さ」

 

「勘違いしないでね。アンタと一緒に行きたいんじゃなくて、シオリを任せるのが不安だからよ」

 

「分かってる」

 

 シエラルはリリィに歩み寄ろうとする気持ちがあるが、肝心のリリィ自身にそんな気はないようだ。婚姻の話さえなければこんな事にはならなかったろうが。

 

「キミのその魔力を存分に見せてくれよ」

 

 ウインクを詩織にとばすが、それを気に入らない様子で眉をひそめたリリィがシエラルに更に問いかける。

 

「というか、何故アンタたちにシオリの力を見せなきゃいけないのよ。メタゼオスには関係ないことでしょ」

 

「そうとも言えるが、両国は良き関係を築こうとしているわけで、彼女の情報を共有しておくのは悪いことではないだろう?異世界由来の魔力や技術を共に身に着けることができれば我々は更に繁栄の道を進むことができる」

 

 という取って付けたような論理を口にする。実際は父親の指示のためであるが、まさか真実を言えはしない。シエラル自身、今回の任務を快く思っていないが皇帝であるナイトロの命令を無視はできないのだ。

 

「ふん・・・そうですかい」

 

 プイっとそっぽを向いてリリィはメイクルームへと戻って行った。苛立ちが募り、重たい装飾品をさっさと外したい衝動に駆られてのことだ。

 

「彼女の扱いは難しいね。キミがどうやって信頼を得たのか不思議でならないよ」

 

「リリィは本当は優しいコなんですよ。ただ・・・」

 

「あの態度は例の件のせいだろう?それがリリィにとって望まぬ話であるのは分かる。しかし、時に自分の意思を殺してでも従わなければならないものなのだよ、王族の血を引く者はね」

 

 それは自分の境遇から来る言葉であり、どこか悲しげな感情を見せたシエラルに対して詩織は何も言えなかった。

 

 

 

 

「さて、今回の任務は・・・」

 

 広げられた地図に歩兵を模した小さな像が置かれる。それ以外にも魔物に似た像も用意されている。

 

「このペスカーラ地方に蔓延る魔物を討伐するようリリィのお父上であるデイトナ様から依頼を受けた。凶暴化した魔物の数が増えたせいで、現地の適合者だけでは防戦するのが困難になってきたそうだ。ここにボクらが馳せ参じ、敵を撃滅する」

 

 メタゼオスから派遣された適合者だけでなく、リリィと詩織の他、アイリアとミリシャも作戦会議に参加している。ここでは先ほどのようにリリィがシエラルに突っかかることもなく、素直に話を聞いていた。さすがに時と場所をわきまえたのだろう。

 

「まったく、どうして魔物どもがこうも増えているのかしら。ここ最近は異常だわ」

 

「そうだね。これはタイタニアやメタゼオスだけでなく、この大陸全体で同じような状況だ。研究者の話では普通の魔素とは異なる性質の魔素が空気中に含まれるようになったかららしいが・・・」

 

「空気に含まれるならわたし達人間も吸い込んでるわけだけど問題ないの?」

 

「人間への影響は確認されていない。だが、魔物がこれを多分に吸収すると凶暴性が増すようだ。更に魔物の繁殖にも関わりがあるらしい。だがその発生原因が不明なので、現状では対処できない」

 

 今、適合者達にできることは目の前の魔物を倒すことだけだ。そうして少しでも被害を減らさなければ、国家の存続自体が危ぶまれることになってしまう。

 

「では各自出撃準備を。夕刻に出発する」

 

 

 

 

「まだ時間はあるわね。少し散歩しない?」

 

「いいけど、体を休めておかなくて大丈夫?」

 

「平気よ。どうせ移動時間が長いから、その間に休めるわ」

 

 リリィは詩織の手を引いて城の外に出る。きっと帰るまでは詩織と二人きりになる時間もないので、そんなことを言い出したのだろう。

 

 

 

「シオリはもう戦うことに不安を感じたりはしない?」

 

「不安しかないよ。二回魔物と戦ったけども、全然慣れない」

 

「そうよね。わたしだって未だに恐怖を感じるもの」

 

「生きて帰れる保証はないもんね」

 

 これまでは生還できたが、次の戦闘でも生き残れるとは限らない。些細なミスで死ぬのが戦いだし、そもそも自分より強い相手に襲われたらどうしようもない。

 

「でも、シオリなら大丈夫よ。自分の力を信じるの」

 

「自分の力か・・・」

 

 皆よりも強い魔力を精製できるとはいえ、基礎の戦闘力を上げなければ意味がない。リリィ達から訓練は受けているがまだまだ未熟なのだ。だから自信がもてずにいる。

 

「それに、わたしがシオリを守ってみせるわ。前回の戦闘ではシオリに痛い思いをさせてしまったけど、今度こそはそんな目には遭わせない」

 

「普通は姫様であるリリィが勇者に守られる側では?」

 

「そんな常識は考えなくていいのよ。わたしがそうしたいと思ったんだから」

 

 言いながら照れくさそうに笑うリリィの可愛さは極上のもので、詩織は思わずリリィを抱きしめる。

 

「・・・帰ったらいっぱい甘えさせてね、シオリ」

 

「うん、勿論」

 

 二人を照らす太陽はすでに地平線へと傾きつつあり、出撃の時は迫っていた・・・

 

 

                     -続く-



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第8話 ペスカーラ地方へ

 準備を終えたリリィ達一行は城を後にし、目的地であるペスカーラへと向かっていた。今回は馬車での移動で到着までには時間がかかりそうだ。

 

「だいたいね、なんでアンタと一緒に乗らなきゃいけないのよ」

 

「いいじゃないか。親睦を深めるいい機会だと思ってね」

 

 数台の馬車が用意されたのだから、わざわざ同席する必要などないだろうとリリィは抗議するがシエラルは聞き流す。この馬車にはリリィとシエラル、詩織の三人が乗っており、手綱を握るのはイリアンだ。

 

「実はキミにプレゼントがあってね」

 

「へぇ?」

 

「これはリリィに似合うと思って、用意しておいたんだ」

 

 小包を手渡され、怪訝そうな顔でリリィが開封する。すると中から小さな髪飾りが出てきた。それは白い百合の花を模した物で、中心部には綺麗な結晶体が埋め込まれている。

 

「なかなかのセンスね。それは褒めるわ」

 

「良かった。もしかして受け取ってすらくれないかと心配したんだ」

 

「ここで突き返すほど酷い人間じゃないわよ・・・ん?」

 

 その髪飾りの結晶体が気になったようで、リリィは角度を変えながら凝視している。

 

「どうしたの?」

 

「多分、ソレイユクリスタルに用いられている物と同じ結晶体よ」

 

「マジか」

 

「ねぇ、この結晶体はどこで採れたのか分かる?」

 

 リリィと詩織の視線を受けて状況がよく分かっていないシエラルは少し身じろぎながら答える。

 

「メタゼオスのツィオーネ鉱山さ。極めて珍しい貴重な鉱物らしい」

 

「そうなの。メタゼオスにはこの結晶の在庫はある?」

 

「いや、ほとんどないんじゃないかなぁ。ボクでも入手するのが難しいものだったんだ。というか、その鉱石がどうしたっていうんだ?」

 

「タイタニアの秘宝であるソレイユクリスタルはアンタも知ってるでしょ?それの修復に必要なのよ。でも、中々手に入らなくて難航しているの」

 

 自分で壊したことには触れずに説明するリリィ。

 

「なるほど。それで、どれくらい必要なんだ?」

 

「この髪留めに付いている物の百個分くらいかしら」

 

「ワーオ・・・ただでさえ見つけるのが大変だから時間がかかるだろうね」

 

 それを聞いてガッカリした詩織は俯く。自分が元の世界に帰れるのはいつのことになるのか不安だけが募る。

 

「ソレイユクリスタルが直らないと詩織は元の世界に戻れないの。それでタイタニアでも採集部隊が動いてるんだけど、全然集まらないのよね・・・」

 

「それは困ったね。よし、ならメタゼオスの各鉱山に通達をだしておこう。この鉱物を見つけたら優先して確保するようにね」

 

「そんなことができるんです?」

 

 希望が見えたような気がして詩織の顔も明るくなる。解決策は時に予想外のところから出てくるものだ。

 

「あぁ。職権乱用と言われればそうなのだが、困っている人の手助けのためなら許されるさ」

 

「ありがとうございます!」

 

「いやぁ照れるなぁ」

 

 感謝を受けて照れくさそうにしているシエラルは年相応の無邪気さのような雰囲気がある。

 

「まぁ、それはよろしく頼むわ」

 

「初めてだね。キミがボクを頼ってくれるのは」

 

「シオリのためよ。勘違いしないで」

 

「本当にシオリのことが好きなんだね」

 

「まぁね。大好きよ!」

 

 腕を組んで自信満々に宣言し、詩織にウインクを飛ばす。それを聞いて顔を真っ赤にする詩織だが、人がいる前でそんな風に言われれば恥ずかしくなってしまうのは仕方ないことだろう。

 

「キミ達はとてもお似合いだと思うよ」

 

 隣り合って座るリリィと詩織の間には何人たりとも入ることができない空気感があり、それがシエラルには決して穢してはいけない聖域のように思えた。

 

 

 

 

 

 休憩時間、リリィは草原の上で寝っ転がり、空を見上げていた。そこに詩織が近づき腰を下ろす。

 

「どうして父上はわたしを結婚させたがっているか分かる?」

 

「うーん・・・ちょっと分からないな」

 

 詩織が来るのが分かっていたとばかりに視線も動かさずに訊く。

 

「それはね、わたしが役立たずだから。わたしの二人の姉は優秀で、父上は手元に残しておきたいのよ。でもわたしはそうでないから邪魔なのね」

 

「本当にそうなのかな?」

 

「違いないわ」

 

 かなりネガティブになっているが、それがリリィの本音であるのは間違いない。きっと誰にも言えずに心でそう思っていたのだろう。

 

「だからわたしは自分が少しでも有用であることを証明するべく、色々と頑張っていたの。まぁ、成果はあまり挙げられなかったけどね・・・」

 

 その寂しそうなリリィの表情からは悲壮感すら伝わってくる。

 

「勇者召喚をしたのもその焦りから・・・最低よね。自分のために人を巻き込むなんて・・・」

 

 確かに普通に考えたら迷惑もいいところだ。だが、今の詩織はそう思わない。

 

「でもね、私は別にそれに対して怒ってないよ」

 

「本当のことを言って」

 

「本当に。疑うなら、私の目を見て」

 

 ここでようやくリリィが詩織の目を見た。

 

「嘘をついてる目ではないでしょ?」

 

 前にアイリアにやったように目で訴える。嘘ではないということを証明するのは意外と難しいことで、特に感情などという見えないものは尚更だ。だからこうして相手に本気だと訴えかけるしかない。

 

「・・・そうね。シオリは優しいわね」

 

「召喚したのが私で良かったね?」

 

「そう思う。シオリで本当に良かった」

 

 体を起こして微笑を浮かべるリリィの目には詩織しか映っていない。

 

「それとね、私はリリィが役立たずなんて全く思ってないよ。多分、リリィは王族だから強いプレッシャーを感じて自分を低く見てるだけじゃないかな。リリィを褒めてくれる人だってきっといる」

 

「・・・そうなのかな」

 

「そうだよ。まずここに一人いるしね」

 

 根拠のない励ましではあるが、これを咎める者はいないだろう。

 

「もっと早くシオリと会いたかったわ。それか同じ世界で生まれることができれば良かったのにな」

 

 リリィにとってこうして悩みを打ち明けたり、甘えることのできる人間は詩織だけだ。もっと早くに知り合えていればリリィの人生は今よりもストレスフリーだったかもしれない。自分のことを肯定してくれる人間との出会いというのは何にも代えがたいものと言える。

 

 

 

「声をかけづらいですわね・・・」

 

 木陰からリリィと詩織の様子をミリシャとアイリアが窺う。もう少しで休憩時間が終わるので呼びにきたのだが、二人の雰囲気的に近づくことが憚られる。

 

「・・・もう少しだけそっとしておこう」

 

 アイリアの提案にミリシャは頷き、静かに見守ることにした。

 

 

 

 

 

 移動を再開した一行は、そこから暫く進んでようやくペスカーラへと辿り着いた。王都とはうって変わって寂れた地方で小さな町には活気は感じられない。それが魔物の影響なのか、それとも元からなのかは異世界人の詩織には判別できなかった。

 

「まずはここの町長に話を伺おう。魔物の様子についての情報を訊きたい」

 

 シエラル他、部隊の中心人物達が役所へと向かう。見た目が派手な集団に対して好奇の視線が集まるがシエラルは全く気にしてないようで王族としての余裕を感じさせる。

 

 

 

「まさかリリィ様とシエラル様にお越しいただけるとは夢にも思っていませんでした。なんせここは目立たない地方ですから・・・」

 

 初老の男性が杖をつきながらシエラル達を出迎え、町長室へと案内した。その狭い部屋は手狭になり一気に人口密度があがる。

 

「失礼を承知で言わせていただくと、町の長であるあなたがそう言うものではありませんよ。どんな町にだって魅力はあるものです。それを発信するのがあなたの役目だと思いますが」

 

 将来的にはシエラルは皇帝となるわけで、そのための教育を受けた彼の中には自分の統治する領土を誇るべきだという考えが根付いて、そこからの発言であった。

 

「仰る通りです。しかし、最近の魔物の増加によってこの地方では生活を維持するのも難しくなってしまいました。ペスカーラは農業が主な産業でありますが、生産量も魔物のせいで落ち込んでいます。これを解決するためには魔物を倒すしか方法がないのです。それも早急に」

 

「その魔物について知りたいのですが、主にどのような奴らなのでしょうか?」

 

「特に目立つのはオーネスコルピオです。奴らの毒が環境に悪影響を及ぼすせいで・・・早く手を打たないと、もうじきこの辺りも汚染されてしまうでしょう」

 

 詩織がどんな魔物なんだろうという想像をしたところですかさずミリシャの解説がはいる。

 

「オーネスコルピオはサソリ状の魔物ですわ。しかし普通のサソリとは違って人間よりも大きな体躯をしており、そのハサミのパワーは人間を簡単に真っ二つにするほど強力なのです」

 

「それは強そう」

 

「えぇ。ですが特に危険なのは、尻尾にある毒針ですわね。あれに刺されれば即死ですし、毒液を針から飛ばしてもくるんですのよ」

 

「遠距離でも油断できないのか」

 

「はい。しかもその毒液は鎧すらも溶かしてしまうので、絶対に触れてはいけません」

 

「一撃も喰らえないってことだね」

 

 そんな危険な相手と戦わないといけないのかと詩織は緊張で口が乾く。異世界で全身を溶かされて死ぬなんて冗談ではない。

 

 

 

「まずは部隊を二つに分け、被害が確認されている町の南部と東部にそれぞれ派遣する。思ったより事態は急を要する案件のようだから、迅速に敵を撃滅するためにね」

 

「どういう割り振りで?」

 

「それなんだがな、リリィのチームにボクを加えた5人と、イリアンのチームに分けようと思うんだ」

 

 彼らに貸し出された宿の一室にて、編成についてシエラルが提案する。詩織の能力を見たい彼は自分がタイタニアの部隊に合流し、残りのメタゼオスのメンバーと二つのチームに分けようと考えていた。

 

「しかしシエラル様の身が心配です。そちらのチームはさすがに少人数すぎると思うので、ぜひ私を傍に置いて下さい」

 

 シエラルを慕うイリアンからすれば、彼を異国の適合者だけに任せるのは不安でしかない。自分が護衛についていきたいという意思を隠せずに訴える。

 

「なら、キミのチームから数人連れていくことにしよう」

 

「私ではダメですか?」

 

「そうではない。イリアンは指揮能力も戦闘力も高いから、そんなキミに部隊を率いてもらいたいんだ。むしろイリアンだから皆を安心して任せることができる」

 

「・・・分かりました」

 

 完全には納得していないようだが、そう言われれば引き下がるを得ない。

 

「すでにこの町の適合者の数は減っており、もし敵の大規模な襲撃があれば対処できないだろう。だからこそボク達の手で魔物を倒し、この地を守らなければならない。今こそ日々の訓練の成果を見せる時である。では、各自準備に取りかかれ」

 

 メタゼオスの適合者はさすが士気も高く、シエラルの言葉に頷いてテキパキと装備を確認する。

 

 

 

「皆、準備はできた?」

 

「はい、リリィ様。魔具も薬も用意できていますわ」

 

「よし。シエラル、こっちはいつでも行けるわよ」

 

 特に用意する物もない詩織とアイリアは話すこともなく共に待機していた。 

 あの晩でアイリアの新しい一面を知ることができたが、それ以来、会話らしい会話をしていない。アイリアからは以前のような警戒心こそ感じないものの、まだ完全に心を許してくれたわけではないようだ。

 

「了解。じゃあ行こうか」

 

 彼は4人の適合者を従えてリリィ達に合流する。これでメンバーは合わせて9人となった。

 

「これだけの戦力ならば、大抵の魔物には対応できるだろう」

 

「そうね。特に我らがシオリの力をもってすれば、敵なんて瞬殺よ」

 

「そ、それは買いかぶりすぎだよ」

 

 期待されるのは嬉しいことだが、その分重圧もある。詩織はどちらかというと目立たない時のほうが冷静に実力を出せるタイプなのだ。

 

「シオリの力、楽しみにしてるよ」

 

「は、はぁ・・・」

 

 メタゼオスの他の適合者からも期待の視線が向けられ、詩織は少し縮こまりながらリリィの傍に寄る。こういう時は安心できる相手の近くに寄り添いたくなるものだ。

 

 

 

 

 

「例の娘は・・・あいつか」

 

 いかにも怪しげな黒いローブを纏った人物が、町から出た詩織達を誰にも気づかれることなく尾行する。一定の距離を保ちながら追う彼女はまるでストーカーだ。

 その正体はシエラルの父親であるナイトロに仕える魔女で、メタゼオスの適合者達にすら知られずに単独で行動していたのだ。

 

「フフフ・・・見せてもらおう、お前の力を・・・」

 

 特殊な魔力を感じさせる詩織を凝視しながら、その手に黒く禍禍しい結晶体を握りしめて微笑を受かべていた。

 

               

                    -続く-



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第9話 強襲!オーネスコルピオ

 人々に猛威を振るっている魔物達を討つべく、リリィ達はペスカーラの町を出発し東部に向かって歩みを進める。

 

「この先にはもう人は住んでいないらしい。つまり魔物共の支配地域となっているわけだから、より警戒を強めていこう」

 

「そうね。どこから奇襲を受けるか分からないものね」

 

 詩織の視界には自然豊かな風景が広がっており、のどかな田舎とはまさにこの様なものだと思うがどこか不穏な空気を感じるのは魔物が潜んでいるからだろう。

 

「敵はこっちに気づいてる・・・」

 

「分かるの?」

 

「多分だけど、なんかプレッシャーのようなものが伝わってくる」

 

 その特異な魔力ゆえか、リリィ達よりも殺気に敏感になっており、詩織は強化した視力を用いて目に見える範囲を慎重に索敵する。すると以前戦ったことのあるゴブリンタイプなどの魔物が森の暗さに紛れているのを発見することができた。

 

「あの辺りとか見て」

 

「なるほど・・・それなりの数がいるようね」

 

 他の皆も魔物を見つけ、緊張感が高まる。

 

「どうせ近づけば攻撃してくるのですから、こっちから先制攻撃を仕掛けてもよろしいのでは?」

 

 ミリシャの提案にリリィは頷きつつ魔具を装備した。戦いの時はもう目の前に迫っているのだ。

 

「よし、ミリシャの攻撃を合図にわたし達も吶喊するわよ。まずはここ一帯の魔物を蹴散らしましょう」

 

「かしこまりました」

 

 魔法陣を展開して杖をそこから取り出したミリシャが魔力を充填を行い、詩織達は突撃の準備を整える。対する魔物達にはまだ動きはなく、このまま一気に殲滅できれば被害を出さずに勝利できそうだ。

 

「ミリシャ!」

 

「いきますわよ!」

 

 その杖から放たれた魔弾が光の尾を引きながら魔物の潜伏する場所に向かって飛翔していく。その攻撃を避けることもできずに数体のゴブリンタイプが粉砕され、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

 

 

「その程度ではな!」

 

 魔剣ネメシスブレイドの一振りが三体の魔物をまとめて切断する。同時に別方向から襲われてもシエラルは冷静に対応し、逆に撃破していく。低級の魔物であれば彼の敵ではない。

 

「数でボクを討つことはできんよ!」

 

 更に一体の魔物が両断され、残骸が地面に転がった。

 

「リリィ達は無事か・・・?」

 

 まだ余裕のあるシエラルは少し離れた所で交戦しているリリィ達の様子を視界の端で確認し、彼女達が無事であることに安堵する。例え戦慣れしている者でも少しの隙が命取りとなり落命することがあるわけで、本来ならシエラルの行為は戦場において推奨されるものではないが気にせずにはいられない。リリィ達を死なせるようなことがあれば国王に顔向けできないし、なにより知人の死など見たくないのだ。

 

 

 

「順調に数は減らせているわね」

 

「うん。このまま倒しきれればいいんだけど」

 

 詩織の背後を守るようにリリィが立ち回り魔物を寄せ付けない。前回詩織を守り切れなかったことが後悔としてリリィの心に重くのしかかっており、今後は何がなんでも詩織を守るという意思の表れである。

 

「でも肝心のオーネスコルピオの姿がない・・・」

 

 戦場にいるのはゴブリンタイプを中心とした小型の魔物ばかりで、大型の魔物や目的のオーネスコルピオなどは見当たらない。イリアンが指揮する別チームの方が交戦している可能性もあるが、この周囲のところどころに汚染の跡が見受けられるので近くにいるはずなのだ。

 

「とりあえずは目の前の敵を倒しましょう。その内出てくるわよ」

 

「そうだね」

 

 詩織はゴブリンからの攻撃を避けつつ、振り下ろした聖剣の一撃で肩から切断する。異形の怪物とはいえまだ倒すことに抵抗感を感じるがそうも言っていられない。相手はこちらを全力で殺しにきているのだから、こちらも全力で抵抗しなければ嬲られて殺されるだけだ。

 

 

 

 そうして魔物を次々と撃破し、リリィ達が優勢となる。このまま戦況が推移すればそう時間もかからずこの周囲の魔物は撃滅されるだろう。しかし戦いというのは上手くいかないものなのだ。

 

「この気配は・・・?」

 

 強い殺気の接近を察知した詩織が周りを見渡すが、それだけのプレッシャーを与えてくる相手を視認できない。

 

「シオリ?」

 

「この近くまで強い敵がきているみたいだよ」

 

「感じるの?」

 

「うん。でも、姿が見えない」

 

 魔物を倒しつつ更に遠くに目を向けるが、やはり姿はない。

 

「・・・もしかして!」

 

 ハクジャとの戦いを思い出した詩織はハッとして地面に目を向ける。敵が来るのは地表や空からだけではない。地中からだって大いにあり得ることなのだ。

 

「やっぱり!」

 

 異変を感じた詩織が飛び下がるのと同時に地面が大きく割れ、そこから巨大な物体が飛び出してきた。その姿は間違いなくサソリである。

 

「これが・・・」

 

「来たわね・・・オーネスコルピオ!」

 

 全高が二メートルを超える巨体であり、その両手のハサミには鋼鉄と勘違いするほど重厚感と光沢が見てとれた。そのうえ尻尾には大型の槍のような毒針が備わっていて、強い威圧感が放たれている。

 問題はそのオーネスコルピオが一体ではなく三体も現れたことだろう。ただでさえ強力な敵なのに、それが複数いるのだから対処に困る。

 

「これはなかなかマズいわね」

 

 巨体に似合わず俊敏な動きで地面の上を走ってハサミをかざし襲ってくるが、それをサイドステップで回避したリリィは少し焦りを感じていた。オーネスコルピオだけでも手強いが、他の小型の魔物達が数を減らしたとはいってもまだ残っているのだ。それらも相手にしつつ戦闘しなければならないわけで苦戦は免れられない。下手をすれば殺されてしまう。

 

「一旦退いてくださいな!」

 

 リリィ達はミリシャの魔弾と入れ違うように後退して合流する。各個撃破されるよりはこうして守りを固めるほうがいい。

 魔弾が着弾して爆煙が立ちこめるが、それをすり抜けるようにしてオーネスコルピオが突撃してくる。被弾箇所が抉れてはいるが致命傷ではないようで勢いは衰えていない。

 

「さすがの防御力。関節などを斬撃して行動不能に追い込むしかないかもしれませんわ」

 

「そうだな。私のナイフではああいう敵は不得手だ」

 

 アイリアが有利に立ち回れるのは小型の魔物や対人戦の時であり、大型の敵はあまり相手にしたくはない。

 

「確かにわたし達ではダメージを与えるのも苦労するけど、詩織やシエラルの特殊な魔具ならいけるかも」

 

 リリィ達を援護するためにシエラルも部下と共に後退し、彼女の考えに同意する。

 

「そうだね。ボクのネメシスブレイドとシオリのグランツソードなら有効打を叩きこめるだろう」

 

「ならわたし達で気を引くから、二人は敵の懐に潜り込んで切り刻んで!」

 

「分かった。やってみる!」

 

 スピードの速いオーネスコルピオは小型の魔物達を差し置いて適合者達の目の前まで迫ってきた。三体の異形が突っ込んでくる光景は恐ろしいの一言に尽きる。

 だがそれに臆することなくミリシャがかまえた杖から再び魔弾を撃ち出し、敵を牽制。動きの鈍ったオーネスコルピオをリリィ達が取り囲んで意識を向けさせた。

 

「回避に専念すれば、これくらい!」

 

 リリィの体にハサミが掠めるが、ギリギリで避けることができた。まともに受ければ深刻なダメージを受けることになるので油断できない。

 

 

 

「他の魔物が来る前にやる!」

 

 複数体の小型の魔物も近くまで来ている。それらが交戦圏内に入る前にオーネスコルピオを撃破しなければ更に窮地に立たされてしまうだろう。

 シエラルは防御を捨てて駆け出し、アイリアの方を向いているオーネスコルピオの尻尾を斬りおとした。

 

「一気に片を付ける!」

 

 苦痛で身を震わすオーネスコルピオは反撃に出ることはできず、シエラルに足の一本を斬り飛ばされて体勢を崩す。こうなれば勝負はついたも同然だ。

 

「消えるがいい・・・」

 

 片方のハサミも破壊し、最後は頭部を両断されて絶命した。これで後は二体だ。

 

 

 

「シオリっ!」

 

「はいよっ!」

 

 リリィは毒針による突きを避け、詩織に攻撃をバトンタッチする。聖剣の一撃が毒針の付け根を切断、その鋭い針は地面に落ちた。

 

「これでいける!」

 

 最も脅威的な部位である毒針さえ壊してしまえば勝ちは近い。威力の高いハサミは残っているが、大振りなために避けてしまえば隙を突くことができる。

 

「援護いたしますわ!」

 

 オーネスコルピオの至近距離から放たれた魔弾は威力が減衰することなく着弾し、分厚い皮膚を抉って攻撃を停止させた。それを逃さない詩織が聖剣を一気に振りあげ頭を体から斬りおとし、残った体はその場に倒れる。

 

「後一体か」

 

 

 

 最後の一体はメタゼオスの適合者と交戦しており、まだ大きなダメージは与えられていない。毒液を発射するなど暴れまわって抵抗していた。

 

「シオリ、ボクのタイミングに合わせてくれ」

 

「任せてください」

 

 あれだけ暴れる相手に近づくのは容易ではない。こういう時は遠距離攻撃が必要だ。

 

「ボクがここから技を叩きこむから、キミがトドメを刺すんだ」

 

 そう言ってネメシスブレイドに魔力を集中させ、頭上に振りかざす。

 

「沈めっ!デモリューション!!」

 

 紫色の光が刃先から伸び、その閃光がオーネスコルピオの体の半分を消滅させた。胴体の後部を失い傷口から血を噴き出しつつも、オーネスコルピオは地中に逃れようとしている。よほど自己保存本能が強いのだろう。

 

「逃がさない!」

 

 詩織が聖剣を振りぬき、敵を正面から真っ二つに切断した。地面に転がった残骸は鮮血に染め上げられてもう動くことはない。

 

 

 

 オーネスコルピオ三体を撃破し、残った小型の魔物も殲滅して詩織達はようやく一息つくことができた。しかし戦闘時間が長かった分、肉体の疲労も多い。いくら魔力で肉体を強化しているとはいえ完全に疲れを無くすことはできないのだ。

 

「ここら一帯に魔物はもういないな。今日は一度町に引き返し、明日改めて魔物討伐に出ることにしよう」

 

 まだオーネスコルピオを全滅させることができたか分からないし、ここは万全を期すためにも後退することにした。無理をして先に進んでも勝てなければ意味はない。

 

 だが、そんな詩織達をストーキングしている者がついに行動を起こした。

 

 

 

「なるほど、確かに彼女の力はなかなかに凄い・・・もっと見てみたくなったな」

 

 詩織の戦いを遠くから観戦していた黒いローブに身を包んだ魔女が不敵な笑みを浮かべて結晶体を両手で握る。漆黒とも言える結晶体は人間の頭部くらいの大きさがあり、光を通すことはない。

 魔力の鎖で拘束していたオーネスコルピオ一体に接近し、魔女はその結晶体を頭部に埋め込んだ。

 

「ダークオーブの味はどうだ?」

 

 問いかけに答えはないが、オーネスコルピオから禍禍しいオーラが放たれ、霧のように周囲を覆う。

 

「行け。この私、ルーアルを満足させる結果を残してくれよ」

 

 霧が晴れ、そこにいたのは巨大化したオーネスコルピオだった。元から大きいのに更に肥大化した体は数倍ほどになっており、尻尾もあわせれば十メートルはありそうだ。

 

「さて、勇者とやらがどこまでやれるか楽しみだ」

 

 

 新たな脅威が詩織達に迫っていた・・・

 

                    

                      -続く-



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第10話 異常種、激進

 多数の魔物と三体のオーネスコルピオを討伐し、ペスカーラの街へと帰還している詩織達一行は程よい疲れと達成感に浸っていた。この周辺にはもう魔物はおらず住処となっていた森の中は静けさで包まれている。まだこの地方と町を脅かしている魔物全てを撃破できたわけではないが、一日でこれだけの戦果を挙げられたのだから大したものだろう。

 

「今夜の寝床は、作戦会議で使ったあの宿なの?」

 

「あぁ。昨今の魔物の増殖のせいで宿泊客がおらず、使用するのは我々だけらしい。だから我々を全力でもてなしてくれると宿主が言っていた」

 

 この地方に急増した魔物の影響で観光客はめっきり減ってしまい、宿泊施設は暇を持て余しているために経営自体が困難になってきてしまった。いくら王都からの支援があっても人を呼び寄せられない現状を打開できないとペスカーラに未来はない。

 

「わたし達が魔物を倒せなければ以前のような活気は戻らないものね。ここはタイタニア王国の王女として頑張るしかないわね」

 

「キミのそういう前向きさは、さすが王族といった感じだ」

 

 詩織以外の人間の前では強気な感じを崩さないリリィだが、そんなリリィの弱さを詩織は知っている。いつもは虚勢を張っているが、心の中に脆さを持っているリリィは詩織と二人きりのときだけそのネガティブな面を露呈するのだ。詩織としては自分だけを特別に見てくれているようで嬉しいという感覚と同時に、皆の知らないリリィの側面を自分だけが知っているのだという優越感に似た感情もあった。

 

「わたしはシオリと同じ部屋ね」

 

 そんな詩織の心情を知ってか知らずか、同室を希望するリリィは詩織の腕に抱き着いた。羨ましそうにアイリアが視線を送るが二人は気づかない。

 

「世界中の人々がキミ達のように仲が良ければ、きっと争いがなくなるだろうね」

 

「そうかもね。でも、わたしとシオリは言うならば特別な絆で結ばれてるの。だから、こんな関係を他の人が築くのは無理でしょうね」

 

 自慢そうに胸を張るリリィはドヤ顔でそう言う。実際、二人の関係は特殊であるといえる。まさに運命の出会いであったかのように惹かれ合い、誰の介入も許さないような距離感はなかなか見られるものではない。

 

 

 

 そんな他愛もない会話をしている彼女達だが、状況は一変した。

 

 

「この感覚・・・!」

 

 詩織は後方から極めて強い殺気が接近していることに気がつき、眉をひそめる。先ほどまで交戦していたオーネスコルピオよりも強い殺気だ。

 

「敵襲か」

 

 皆も察知したようで、警戒態勢をとりながら魔具をかまえる。周囲に敵影がないか索敵するが魔物の姿はない。

 

「まさか、またオーネスコルピオなのか」

 

「だとしたら地中から攻めてくる可能性があるわ。少しの地面の揺れも違和感も見逃してはだめよ」

 

 そのリリィの言葉の直後、小さな地響きと共に地面がラインを引くように隆起しはじめた。そのラインは一直線にリリィ達に向かってきており、彼女達は散開して距離を取ろうとしたが、

 

「来たかっ!!」

 

 シエラルの近く、地面から飛び出した巨大オーネスコルピオが毒液を噴射して襲いかかってくる。

 

「なんて大きいの・・・!」

 

 リリィの視界を埋め尽くすほどの大きさであり、ここまで大きいオーネスコルピオがいるなど聞いたこともない。その全高は十メートルはあるだろう。

 

「しかも速い!」

 

 巨体に似合わぬスピードで移動し、メタゼオスの適合者の一人にのしかかって圧殺した。その一瞬の出来事に誰も対応することができず、ただその適合者の死を見ることしかできなかった。

 

「くそっ!ボクがいながらこんな・・・」

 

 目の前で部下を失った悲しみと怒りがシエラルを突き動かす。

 

「切り裂いてやる!」

 

 オーネスコルピオの足元へと一気に接近し、魔剣ネメシスブレイドで一脚を斬り飛ばした。しかし、

 

「なんとっ!」

 

 切断面からすぐに再生を始め、一瞬にして元の状態に戻ってしまった。まるで以前戦った巨大なハクジャと同じような生命力である。

 

「これだけの再生力、普通の魔物とは違いすぎる・・・しかし!」

 

 生命維持が不可能になるほどの致命傷を与えることさえできれば倒せるはずだ。シエラルは攻撃の手を緩めず、更に斬撃を行う。

 

「くらえよっ!」

 

 頭部に向かってジャンプし額にネメシスブレイドを突き刺したが、痛みで暴れるオーネスコルピオに振り落とされてしまった。

 

「だが、頭へのダメージを与えた・・・」

 

 心臓部、頭部はあらゆる生命体の弱点である。そこに大きなダメージを与えることで活動停止に追い込むことができるのだが、そんな常識は通用しない相手だ。

 

「こいつは化け物か・・・これだけの傷を受けても・・・」

 

 またもやすぐに再生し、毒針をシエラルに向かって振り回してくる。

 それを後退して避けたものの、針の先端から飛び散った猛毒がシエラルの鎧に付着し、その部分を融解した。もはや毒というより強酸の類いのものである。

 

「くっ・・・こいつはマズいな・・・」

 

「あいつはタダもんじゃない、もはや異常種ね。倒すにはそれこそ頭を胴体から斬り飛ばすか、心臓を破壊するしかないわ」

 

 通常攻撃ではまともに傷を付けることすら難しいのに致命傷となる有効打をどうやって叩きこむのか。

 

「こうなったらシエラルの大技であいつを足止めして、シオリの全開攻撃でトドメを刺すしかない」

 

「そうだな」

 

 リリィの提案に頷き、シエラルは魔剣に魔力を集中させる。オーネスコルピオはアイリアと交戦しており、こちらを向いていない。

 

「デモリューション!!」

 

 紫の閃光が巨体に伸びるが、

 

「ダメかっ・・・」

 

 その強力な魔力に反応したオーネスコルピオは大きくジャンプして技を回避した。魔力の多くを消費する大技を避けられたことでピンチに陥ったシエラルは焦りを隠せない。

 

「させません!」

 

 ミリシャが援護の魔弾攻撃を行うが、それを歯牙にもかけず、オーネスコルピオはシエラルに突進する。このままではまともに回避もできず殺されてしまうだろう。

 

「私がやるっ!」

 

「シオリっ、無茶よ!」

 

 聖剣に魔力を流した詩織はシエラルがやったように大技を放つ。黄金にも似た光が聖剣グランツソードを包み込んだ。

 

「夢幻斬りっ!!」

 

 しかして、その攻撃はオーネスコルピオの尻尾を消滅させただけで終わった。これでは止めることなど不可能だ。

 

「くっ・・・」

 

 オーネスコルピオは度重なる攻撃に怒りを沸騰させたのか、尻尾の再生を待たずに詩織に対してハサミを振りかざす。

 

「ヤバっ・・・」

 

 魔力残量の少ない詩織では肉体の強化も維持できず逃げるのも難しい。

 

「シオリはわたしが守る!」

 

 咄嗟に体が動いていたリリィが詩織を抱きかかえるようにすると、その場から跳躍して攻撃を避ける。

 

「危なかった・・・」

 

 先ほどまで詩織が立っていた場所に巨大なハサミが叩きつけられており、地面が抉れていた。リリィが助けてくれなければ今頃ミンチになっていただろう。

 

「ゴメン」

 

「謝らないで。わたしはシオリを守ると決めたんだもの、これくらいなんてことはないわ」

 

 だが、一時的に窮地を脱しただけで敵はいまだ健在だ。この状況を打破するための策はない。

 

「あれだけのスピードだものね。大技をぶつけるだけの隙がないわ」

 

「ゼロ距離攻撃ならどうかな?」

 

「確かにそれなら当てられるだろうけど、アイツに近寄ること自体が困難だわ」

 

 オーネスコルピオに飛び乗ってその背から攻撃することができればいいのだが、そこに至るまでが至難の業である。スピードもそうだがあのハサミと毒針の攻撃をすり抜けて近づくのは容易なことではないだろう。

 メタゼオスの適合者達とアイリアが接近を試みるが魔具の有効範囲に敵を捉えることができず、一方的な攻撃に防戦することしかできていない。

 

「平地では敵のほうが優位だな。なら、森に誘い込んで仕切りなおすほうがいいか・・・」

 

 シエラルは自分達のいる場所から少し離れた地点に広がる森に着目する。少し前まではその森の中に小型の魔物達が潜伏していたのだが、シエラル達によって殲滅され今は脅威となる存在はいないはずだ。

 

「あの森の中に向かおう。地形を利用して攻撃をかけるんだ」

 

「分かったわ」

 

 このままでは埒が明かないのでリリィはシエラルの案に頷き、詩織達にも伝える。

 適合者達が皆移動を開始し、それを追うオーネスコルピオは地中へと潜った。これでは誰がどこから襲われるか分からない。

 

「足を止めるな!」

 

 姿の見えなくなった敵に怯えたメタゼオスの適合者の一人に向けてシエラルが叫んだが、しかし少し遅かった。

 

「た、隊長!助け・・・」

 

 言葉はそこで途切れる。地中深くから勢いよく飛び出したオーネスコルピオの異常種が毒針でその適合者の体を突き刺したのだ。あまりにも鋭敏で大きな針は体に大穴を開け、彼は一瞬にして絶命した。

 

「止まるな!」

 

 その悲劇を振り払うようにまた叫ぶ。今すぐ敵を八つ裂きにしてやりたいという衝動に駆られる自分に向けての言葉だ。

 

 

 

 全速力で走り続けなんとか森へと到達したものの、すぐ後ろまで迫っていたオーネスコルピオは木々をなぎ倒しながら襲い掛かってくる。

 

「だが、ここなら地の利がある!」

 

 シエラルは一本の木に跳躍し、太い枝に着地をきめた。

 

「いつまでも見下ろされているのは気分が悪いからな・・・」

 

 オーネスコルピオは詩織とリリィを追いかけていてこちらを見ていない。これをチャンスとばかりにシエラルは木からオーネスコルピオの背中に飛び乗ることに成功した。

 

「これで終わりにする!」

 

 魔剣による斬撃がオーネスコルピオの頭部を上から真っ二つに切断し、大量の血が噴き出す。さすがに弱点を攻撃されればタダでは済まないようで、苦痛に悶えるように暴れる。

 追撃をかけようとするシエラルだが、オーネスコルピオが苦し紛れに噴射した毒液を回避するべく退避しようとした。しかし、

 

「ちっ・・・」

 

 腕部に掠め、鎧が溶け落ちる。皮膚に触れないよう、毒の付いた面を下にして装甲部を取り外す。

 

「この威力だもんな・・・」

 

「シエラル、下がって!」

 

 リリィの声に反射的に体が反応し、飛び下がる。直後、詩織の聖剣から閃光が放たれた。動きの鈍ったオーネスコルピオに大技を使ったのだ。

 

「これで死んだか?」

 

 閃光は確かにオーネスコルピオの右半身を消し飛ばしたが、それでもまだ生きている。とはいえこれだけのダメージではさすがに再生も容易ではないだろう。

 

「勝負を決めるぞ!」

 

 シエラルはトドメのために首を斬り落とそうと近づいた。だが頭部の切断面から見える漆黒の結晶体がオーラ状の魔力を噴出してオーネスコルピオを包む。

 それに怖気づかないシエラルであったが、そのドス黒いオーラが周囲に拡散された時の衝撃波で弾き飛ばされてしまった。

 

「今度はなんだってんだ・・・」

 

 体勢を立て直した彼の前にいたのは、先ほど失った右半身を歪つに再生させたオーネスコルピオだ。ハサミは小さく歪んでいるうえに足も長さがまばらで、それを見る限り完全な再生ではないようだ。

 

「本当に厄介な相手だが、その異常な再生力もそこまでだな!?」

 

 敵の魔力も少ないとふんだシエラルと彼の部下が吶喊して斬撃を浴びせる。が、それをギリギリのところで避けるオーネスコルピオ。足の長さが均一でないせいで不規則な動きになっており、それによって魔具の狙いが定まらなかったのだ。なので避けたというより攻撃を外してしまったというのが正しい。

 反撃にうつったオーネスコルピオはミリシャの魔弾による砲撃をものともせず、近くにいたシエラルの部下を刺殺し、毒針を振った。

 

「なんだとっ・・・!」

 

 この戦闘に連れてきた部下を全て失い、自分の情けなさに冷静さを欠いたため動作が一歩遅れ、飛び散った毒液を受けてしまう。

 

「ボクはまだ生きているのか・・・」

 

 腹部の装甲が完全に溶けているが、体までは浸食されてはいなかった。

 

「早くその鎧を脱ぐのよ!体に付着しないうちに!」

 

「あぁ・・・」

 

「わたくし達が気を引いておきますから!」

 

 

 

 ミリシャの援護を受け、リリィに無理矢理岩陰に連れ込まれたシエラルは何かを躊躇しているようで残った鎧を外そうとはしない。

 

「何を恥ずかしがってるのよ。それどころじゃないでしょ!」

 

 まだ鎧に猛毒が残っている。それが皮膚に滴り落ちたら体が溶けてしまうのは避けられない。

 

「シオリ、手伝って」

 

「はいよ」

 

 二人によって上半身の鎧が破壊されるように脱がされた。

 

「み、見ないで・・・」

 

「アンタ、もしかして・・・いや、そうなのね」

 

 胸部のインナー越しに小さな膨らみがはっきりと見てとれる。それを隠すようにシエラルが手で覆うが、もう二人をごまかすことはできない。

 

「そうさ・・・ボクは女だ。皇帝である父の命令で男を演じていたんだ」

 

 詩織は初めてシエラルに会った時、可愛い女の子だと発言したが必死に否定されたことを思い出す。図星を突かれたような焦りっぷりは本心だったのだなと納得した。

 

「このことは・・・」

 

「誰にも言わないわ。それより話は後よ」

 

 ミリシャとアイリアがオーネスコルピオと交戦しているが、長くはもたない。早急に戦線復帰する必要がある。

 

「これ、貸してあげる」

 

 リリィが羽織っている上着を脱いでシエラルに手渡す。生地が薄い物だが、これで胸部を隠すことはできるだろう。

 

「助かるよ」

 

 下半身の鎧と不釣り合いであるが贅沢は言っていられない。

 

「迷惑をかけたね。この借りはちゃんと返す」

 

 そう言って岩陰から飛び出したシエラルは魔剣を握りしめ、死んでいった部下達の仇であるオーネスコルピオの異常種を睨みつける。

 

「今度こそ、貴様を討つ!」

 

 秘密を共有した詩織とリリィも横に立ち、魔具をかまえる。

 

 果たして、勝利することはできるのか―-

 

                       -続く-



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第11話 死闘!フォレストバトル

 ダークオーブによって強化されたオーネスコルピオの異常種を森の中へと誘導し、地形を利用して攻撃を行う詩織達だったがまだ撃破には至っていない。

 それどころかメタゼオスの適合者三人が死亡し、シエラルも鎧を破壊されて着実に戦力を減らされていた。

 

「さて、どうしたものか」

 

 鎧を失ったことで女性であることを知られてしまったシエラルだが、今は意識を切り替えて目の前の敵をどうやって撃破するかを思案する。まだ彼女にはやるべき事があり、ここで倒れるわけにはいかないのだ。

 

「手強いけどアイツも再生力が落ちているわ。さすがにあれだけのダメージを短時間のうちに受けていれば、魔力が足りなくなって回復が追い付かないのでしょうね」

 

 詩織によって破壊されたオーネスコルピオの右半身は歪な形で再生されている。そのため左半身とのバランスが崩れ、挙動がおかしくなっているために益々不気味な動きになっていた。

 

「あの状態で逃げないのだから、自己保存本能より闘争本能が勝っているのかしら」

 

「戦闘で興奮しすぎて我を忘れているのだろう。逃げられて完全に回復されては困るから、むしろありがたいけどね」

 

 シエラルは魔剣を握り、オーネスコルピオと交戦しているミリシャ達の援護に向かう。

 

「待たせたね」

 

「体のほうは大丈夫なのですか?」

 

「あぁ、なんとかね」

 

 シエラルの斬撃がオーネスコルピオの胴を切り裂いたが、致命傷にはならずに修復が始まる。

 

「ふむ・・・多少の傷ならまだ容易に回復できるだけの力はあるか」

 

 やはり強力な攻撃を叩きこむしかないようだ。

 

「シオリ!キミに頼んでもいいかな?」

 

「私ですか?」

 

「そうだ。ボクが敵の気を引くから、その内に大技でトドメを刺してくれ!」

 

 軽装になったことで機動力の増したシエラルは敵の攻撃を難なく回避して翻弄する。それを見ていたアイリアも張り合うようにして素早い動きで敵に肉薄していく。

 

「シオリ、グランツソードの準備を」

 

「オーケー!」

 

 すでに魔力を聖剣に流しており、後は技を放つだけだが狙いが定まらない。苛烈な攻撃を繰り返すオーネスコルピオは一か所にとどまらず、周りの木々を薙ぎ払いながら動き続けているのだ。

 

 

 

「奴を一瞬でも止められれば・・・」

 

 体力も限界に近づきつつあるシエラルだったが、臆せず立ち回り、詩織が一撃を確実に与えられるチャンスを作ろうと必死に思考を働かせる。

 そして近くの巨木に着目し、一つの作戦を思いついた。

 

「アイリア、敵をこちらに誘導することは可能か?」

 

「できると思うが、どうするんだ?」

 

「アレを使うのさ」

 

 勢いよく跳躍し、木から木へと飛び移って目的の巨木へと辿り着いて相手を見下ろす位置に着く。

 それを見ていたアイリアはシエラルが何を考えているかは分からなかったが、とにかく事態を終息させるために指示に従う。

 

「こっちだ!」

 

 逃げるようにみせかけて、シエラルのいる巨木の枝の下を目指す。オーネスコルピオは目の前のアイリアを追う事に夢中で他のことに意識を向ける様子はない。

 

「これでいけるか・・・?」

 

 オーネスコルピオが自分のいる木に接近したのを確認し、シエラルは魔力を多分に流した魔剣によって大きな枝の一本を斬りおとした。

 

「やったか!?」

 

 まるで大型トラックのような太さの枝は垂直に落下し、ちょうど下を進んでいたオーネスコルピオに直撃した。当然この程度で死ぬ魔物ではないが、これだけの重さの物がのしかかったのでその場でうずくまるように擱座した。

 

「今っ!」

 

 そのチャンスを逃す詩織ではない。聖剣グランツソードに溜められた魔力を一気に開放し、オーネスコルピオに向けて放つ。

 

「夢幻斬りっ!!」

 

 魔力で形成された黄金の刃が伸び、一気に振り下ろされる。停止した目標に当てるのは簡単なことで、今度こそオーネスコルピオの胴体は消し飛んだ。残った頭部の残骸が地面に転がり完全に絶命する。

 

 

 

「ついに倒したな・・・」

 

 地面へと降り立ったシエラルは自分の身長と同じ大きさがあるオーネスコルピオの頭部を睨んだ後、ため息を漏らす。こうして敵を討つことはできたが部下三人を失ってしまった。戦士として戦場に立つ以上、生きて帰れないことは充分に覚悟のうえであったろうが、残された遺族のことを思うと胸が張り裂けそうになる。

 

「これは・・・なんだ?」

 

 頭部の残骸の中に気になる物を見つけたシエラルが手を伸ばすが、

 

「うっ・・・」

 

 その漆黒の結晶体に触れた瞬間、体に激痛が走る。思わず後ずさりし、その場に膝をついた。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

 駆け付けたリリィが心配そうに問いかけ、シエラルが見つけた結晶体に近づく。

 

「触ってはダメだ。なんというか、体に得体の知れない魔力を流しこんでこようとする」

 

 それを聞いたリリィはこの結晶体こそがオーネスコルピオの異常種を生み出した元凶なのではと推測する。そして、その特徴を見てハッと何かを思いだしたようだ。

 

「これはダークオーブなのでは?」

 

「ダークオーブ・・・?」

 

 聞きなれない単語にシエラルは眉をひそめ、記憶を探ってもやはり知らない物だとリリィの解説を待つ。

 

「古文書に書かれていた魔結晶という道具の一つよ」

 

「魔結晶?」

 

「魔素や魔力に反応する特殊な結晶体のこと。それこそ、ソレイユクリスタルなんかも魔結晶の分類になるわね」

 

「なるほど。それで、ダークオーブというのは?」

 

「魔女と呼ばれた、魔族と人間の特徴をもった者によって作られたらしいの。ソレイユクリスタルとは違い、負の力が込められた暗黒の結晶体・・・これに籠められた魔力に触れると体や精神に異常をきたすと書かれていたわ」

 

 それが本当なら危険な存在であることに違いはなく、実際に先ほどまで暴れていたオーネスコルピオはまさに異常と言える巨大さで、その回復力も尋常ではなかった。その事を鑑みるにオーネスコルピオの頭部に埋め込まれていたのはダークオーブである可能性は高い。

 

「ということは、魔女もいるのか?この近くに?」

 

「どうかしら・・・魔女はドラゴプライマスの手下だったんだけど、かつての勇者一行に滅ぼされたはず。まぁ魔女は数人いたらしいし、もしかしたら生き残りがいるのかもしれないわね」

 

 どちらにせよ今回の戦いでダークオーブらしき物体が現れたのは事実なわけで、調査する必要がある。

 

「しかしどうやって取り出す?」

 

「これに触れても影響がないのは魔女と、異界から来たりし勇者と呼ばれる適合者だけらしいわ」

 

 そのリリィの言葉にその場にいる皆が詩織に視線を送る。

 

「つまり、私なら問題ないってことかな?」

 

「・・・多分」

 

 古い書物の情報であるため確信はなく、リリィも自信なさそうに頷く。どちらにせよここにダークオーブを放置するわけにはいかないので、詩織はゆっくりとダークオーブに近づき手を伸ばした。

 

「危険だと感じたら離すのよ」

 

「うん」

 

 少し躊躇い気味にその漆黒の結晶体を両手で掴んだ。人間の頭部ほどの大きさで重量がある。

 

「大丈夫?」

 

「ちょっとピリッとした痛みというか違和感みたいなのがあるけど大丈夫そうだよ」

 

 そのままオーネスコルピオの頭部から引き剥がして地面へと置く。禍禍しいオーラのようなものを放っており、近づくことすら躊躇うほど威圧感がある。

 

「城の研究者たちに見せてみましょう。シオリ、これを魔法陣の中に収容できる?」

 

「やってみる」

 

 詩織は魔法陣を展開し、魔具を仕舞うようにダークオーブも格納した。何か悪い影響が詩織に及ばないか心配ではあるが、この場で頼れるのは詩織しかいない。破壊するという手段もあったが貴重な史料であるために持ち帰ることを選んだのだ。

 

「もし異常を感じたらすぐに言って」

 

 ようやく長い戦闘が終わったが、リリィ達は油断しない。もしかしたらまた新手が襲い掛かってくるかもしれないので、警戒を怠らないようにしてペスカーラの町へと帰っていった。

 

 

 

「凄い魔力だった・・・」

 

 戦いを遠くから観戦していた魔女ルーアルは詩織の魔力に感嘆しつつ、脅威であることも同時に確信した。

 

「ダークオーブに触れても問題ないとは・・・やはり勇者であるというのか」

 

 詩織を上手く利用する方法を思案しながらメタゼオスへの帰路につく。この戦いで得た情報を皇帝に報告し、今後の対応を話し合わなければならない。だが、そこにシエラルが参加することはないだろう。あくまで彼女は駒の一つに過ぎないのだ。

 

「フフフ・・・楽しみが増えたな」

 

 

 

 

 夜になり、やっと町へと帰還した詩織達を別動隊の適合者達が出迎える。特にイリアンはシエラルのことがよほど心配だったようで、姿が見えるなりすぐに駆け寄って来たほどだ。

 

「そのお姿、大丈夫なのですか!?」

 

 鎧を失い、リリィから貸してもらった上着を羽織っている様子を見れば驚きもするだろう。シエラルにとっては女性であることが知られないかが不安であったが、幸い周囲は薄暗いこともあり気づかれてはいないようだ。

 

「ボクは大丈夫だ。しかし、部下を失ってしまった・・・」

 

「こちらの部隊でも死傷者が・・・私の責任です、申し訳ありません・・・」

 

 全員が無事に帰ることができないのが戦いなのだ。

 

「今は亡くなった者達の冥福を祈ろう・・・」

 

 重い空気が流れる中、詩織とリリィは自然と互いの手を握り、戦死した者達へ祈りを捧げていた。

 

 

 

 

「呼び出してしまってすまない」

 

 皆が宿で寝静まった深夜、シエラルに呼ばれた詩織とリリィは町外れにある小さな公園にやって来た。シエラルは体のラインが分かりにくい服へと着替えを済ましており、その凛々しい顔立ちと相まって男性的な印象を与える。

 

「こんな遅くに呼びつけられたから夜伽の誘いかと思ったわ」

 

「もしそうだとしても、キミは了承しなかっただろう?」

 

「当然よ。冗談はさておき、何の用?」

 

 戦闘の疲れもあり、リリィは眠たそうで声にも張りが無い。一方の詩織はまだ元気そうだ。

 

「ボクのことさ。どうして女性であることを隠していたのか、ちゃんと話しておこうと思ってね」

 

「そこまでわたし達が知ってもいいの?」

 

「他に話せる人もいないし、この際だからストレス発散も兼ねさせてもらおうかなぁと」

 

「まぁいいわ。少しばかりわたしも興味があるから」

 

 詩織も頷いてリリィに同調し、それで安心したシエラルはゆっくりと話を始める。

 

「ボクの父である皇帝は男の子供を欲していたんだ。なぜなら、強国を束ねる皇帝職には強い男こそが相応しいという考えがあったから。実際、歴代の皇帝は皆男だったし、父もその慣習に則ろうとしたのだろう。しかし生まれた子供、つまりこのシエラルは女だった。その事に落胆した父は新たに子を作ろうと努力したようだが、結局子宝には恵まれなかったんだ。だからボクに男として生きるように教育をした・・・」

 

 周囲の暗さでよく見えないが、シエラルの表情は固いようだ。

 

「皇帝の子である使命だと言われ続け、ボクも疑問に思う事なく男の子として振る舞ってきた。けれど成長するに従い体は女らしくなり、本当の自分を認めてほしいという欲求も持つようになってきたんだ。今のボクはどうしていいのか分からず、悩みばかりが増えてね・・・それで情けないことにこうして愚痴を漏らしているんだ」

 

 誰にも打ち明けることができず、一人で悩み続けていたのだろう。詩織が思う以上に苦労の多い人生を歩んできたようだ。

 

「一人で抱え込むのは辛いわよね。でも、こうして話すだけでも少しは心が楽になるわ」

 

「そうですよ。私達でよければいつでもお聞きしますよ」

 

 二人の反応が嬉しかったのか、シエラルの顔が綻んだ。それは歳相応の少女らしい笑みであった。

 そこでふと思いついたことを詩織が口にする。

 

「ということは、もし二人が本当に結婚することになったら、女の子同士でってことになるんだね?」

 

「まぁ・・・そうなるな」

 

 冷静に頷くシエラルとは違い、リリィは首をブンブンと振っている。

 

「どちらにしてもシエラルと結婚する気はないわ。わたしは思うんだけど、結婚するなら気が合って、一緒にいて安らげる相手がいいわね。それこそシオリとか」

 

「わ、私!?」

 

 突然の指名に声を裏返しながら驚く。まさかここで自分の名がでるとは思ってもみなかった。

 

「確かにリリィとシオリはお似合いだな」

 

「でしょう?まるで前世から縁があるように惹かれ合った仲だもの」

 

 それは否定しないが、気恥ずかしさはある。

 

 

 こうして激動の一日は終わり、今はただ静寂と平穏が詩織達を包んでいた。

 

 

                      -続く-



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第12話 詩織とリリィの休日

 ダークオーブによって異常な成長を遂げたオーネスコルピオを討伐してから数日後、詩織達は王都への帰還準備に取りかかっていた。その間にも多数の魔物を討伐したことでペスカーラ地方に久しぶりの平穏が訪れ、これならば町にいる適合者達でも充分に対処することができるだろう。

 

「魔物の数をかなり減らしたけど、シエラルの言う普通とは異なる性質の魔素をどうにかしないとまた魔物が増殖してしまうわね」

 

 魔物の急増と凶暴化の原因である異質な魔素の発生源などは不明であり、これの特定と解決ができなければタイタニア王国そのものの存亡が危ぶまれるのだ。

 

「回収したダークオーブが何かヒントになるかな?」

 

「そう願いたいわね。まぁそれは学者とかに任せるとして・・・ようやく二人きりになれたわね、シオリ」

 

 明日の朝に町を出ることになっており、今夜は町長や住民達による感謝の晩餐会が開かれていた。彼らにとってリリィやシエラル一行はもはや英雄で、盛大にもてなされた結果、深夜になるまで解放されなかったのだ。

 

「そうだね。皆が感謝てくれたのは嬉しいんだけど、戦闘とは違った疲れがあるよ」

 

 詩織は社交的な性格でないので面識のない人と接するのは不得手だ。近くにいたリリィがフォローしてくれなければ不審者のようにしどろもどろな対応になっていたことだろう。ちなみにアイリアは端っこのほうでひたすらに食べ物を口に放り込んでいた。体格の小さな彼女がどうしてそんなに食べられるのか不思議なほどに。

 

「じゃあそれをわたしが癒してあげる」

 

 そう言ってリリィは詩織をベッドに押し倒し、奇妙な手つきをしながら怪しい表情を顔に張り付ける。

 

「知ってた?わたしはマッサージも結構得意なのよ」

 

「へー、初耳。意外と器用なんだ?」

 

「まぁね。ターシャに教えてもらったんだけど、なかなかに筋が良いって褒められたのよ」

 

「ターシャさんが褒めたなら安心だ」

 

 突然押し倒されて困惑したものの、不思議と嫌な感覚はない。むしろドキドキして鼓動が速くなる。

 

「では、まずは服を脱いでもらいます」

 

「わ、わかった」

 

 ゆっくりと上着を脱ぎ、その柔肌を晒す。ひんやりとした空気が心地よく、体温が下がるのを感じる。こうして素直に応じたのはリリィが同性だからという理由だけではないのだろう。詩織はリリィに対して他の人間とは違う感情を抱いているが、それが何なのかは自分でも分からない。

 

「本当に綺麗な肌ね・・・羨ましいくらいに」

 

 細長い人差し指が詩織の腹部を撫で上げる。それがくすぐったくて身をよじるが、リリィが上にまたがっているのであまり姿勢が変えられない

「待って待って。普通はマッサージって背中にするもんじゃあ?」

 

「そうなの?わたしが教わったのは正面からやるのよ」

 

 リリィの言うことが本当かは知らないが、彼女の両手が詩織に伸びていく・・・

 

 

 それから暫くの間、二人の部屋にはベッドの軋む音が響いていた。

 

 

 

 

 

 ペスカーラ地方から王都へと帰ってから二日後、詩織はリリィに呼び出されて城の地下へとやって来た。戦闘着ではなく私服でとのことで、支給されたこの世界の衣服を着用している。元の世界の服より簡素なデザインであるが着心地が良く、それを詩織は気に入っていた。

 

「こんなところで何するの?」

 

「シオリにこの城の秘密を教えてあげようと思って」

 

「秘密?それより、珍しい格好をしているね」

 

 リリィは普段、ドレスや王族用の装飾が多い服を着ていることが多い。だが、今は詩織のものに似た庶民用の衣服を纏っているのだ。更にはツバの長い帽子のおかげで目元に影が落ち、リリィの顔が上手く隠れるようになっている。

 

「これについては後程。じゃ、付いてきて」

 

 また宝物庫に行くと思ったのだが、それとは真逆の方向へと進む。周囲に人影は無く、やがて資材倉庫となっている部屋の一つに入る。

 

「まさか泥棒のまねごとでもする気?」

 

「ちがうわよ。まぁ見てなさい」

 

 部屋の奥にある物置棚の裏を覗き込んだリリィは手を伸ばして何かを探している。

 

「手伝おうか?」

 

「大丈夫・・・あったわ!」

 

 小さな物音がした後、近くの壁の一部が変形を始めて扉が現れた。いわゆる隠し扉というもので、テレビゲームや映画で定番のギミックを見て詩織のテンションが上がる。

 

「凄い!こういうの本当にあるんだね」

 

「扉の先にある通路は城の敷地外へと繋がっているのよ。これを使って時々城を抜け出して城下町を散策しているの」

 

「皆はこの扉の存在を知らないの?」

 

「知っているのはわたしと、メイドのフェアラトだけ」

 

 フェアラトは詩織がこの世界に来た初日に国王の元へと案内したメイドである。時々詩織の世話をしてくれるが、感情を読み取りづらいために接しにくい相手で少し苦手だ。

 

「なんでフェアラトさんが?」

 

「さぁ、分からないわ。わたしが外に遊びに行きたいと言ったら教えてくれたんだけど・・・」

 

 フェアラト本人がここにいないので今はそれを詮索しても仕方がない。

 

「とりあえず出かけましょうよ。時間がなくなっちゃうわ」

 

「おっけー。にしても、隠れて城から抜け出すなんてリリィは悪い子だね?」

 

「フフッ・・・いい子にしているだけじゃ退屈でしょ?たまには悪い子になりたい時があるのよ」

 

 無邪気な笑顔で扉を開け、手に持ったランタンに火を灯してかかげた。光源のない通路が照らされるが奥まではさすがに見えない。城の外まで繋がっているというのだから相当な長さなのだろう。

 

「ちなみに、これで共犯だからバレた時は一緒に怒られることになるわ」

 

「じゃあバレないようにすればいいんだよ」

 

「シオリも悪い子ね」

 

 隠し通路にあるボタンを押して扉を閉じ、小さな明かりを頼りに二人は寄り添いながら進んでいった。

 

 

 

 

 暫く歩いた後、ようやく出口の扉に到着する。先が見えないのでこの通路は永遠に続くのではと思えるほど長く感じたが、終わりがあったことに詩織は安堵した。

 

「やっと外に出られるわよ」

 

「よかった。狭いから息苦しかったんだ」

 

 壁のボタンを押すと扉が開き、陽の光が差し込んでくる。それが眩しく感じ、手で遮った。

 

「ここは?」

 

「城近くの森の中よ。人が寄り付く場所じゃないから、出口に設定したんでしょうね」

 

 確かに目的もなくこんな森に来たりはしないだろう。しかも、ギミックを作動させなければ扉は出現しないのでセキュリティも万全だ。

 

「うわっ!変な虫が頭に飛んできた!」

 

 手で虫を追い払いながら、謎のステップを踏むようにして詩織は軽いパニックになっている。

 

「落ち着いて。もうどこかに飛んで行ったわ」

 

「ビックリさせやがってぇ・・・」

 

 冷静を装うがもう遅い。額からは大粒の汗が垂れており、彼女の焦りがみてとれた。

 

「ふふふっ・・・」

 

「ちょ、何で笑うの!?」

 

 リリィはこみ上げる笑いを抑えようとしていたが漏れており、そんなリリィを見て詩織は恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にする。

 

「だって魔物には勇敢に立ち向かうのに、虫相手にこんなに焦っているんだもの・・・うふふっ・・・」

 

「むぅ・・・」

 

 詩織はぷくーっと頬を膨らませて拗ねるが、それがリリィにはもっと可笑しかった。

 

「ごめんごめん、でもそんなシオリも可愛かったわよ」

 

「もう、からかうんだから」

 

「本当に可愛かったのよ?というか、わたしはシオリがこの世界で一番可愛いと思っているわ」

 

 笑顔でリリィが詩織の顔を覗き込みながらそんなことを言う。悪気や嘘を感じさせない態度を見て詩織は落ち着き、そのリリィの頬を両手で挟むように掴んだ。

 

「私はリリィのほうがよっぽど可愛いと思うけどな」

 

 その透明感溢れる綺麗なリリィの瞳に吸い込まれるようにして、自然と顔を近づけていく。リリィも抵抗することなく動じなかったが・・・

 

「今度は何!?」

 

 近くで数羽の鳥が大きな音を立てて飛び去り、それに驚いてビクッと体を震わせた。

 

「シオリはビビり症なのね?」

 

「もともと怖がりなんだもん」

 

 また気恥ずかしさを感じて俯く。

 

「早くここを出よう。どっちに向かえばいいの?」

 

「こっちよ。ついてきて」

 

 リリィに手を引かれて森を抜け、城下町へと辿り着いた詩織は安心感とともに、帰りのことを考えて虫よけスプレーに類する物が売っていないか探すことを心に誓った。

 

 

 

「結構人が多いね」

 

 市場にはお祭りかと思えるほど多くの人が行き交っていた。その光景はまるでニューヨークのタイムズスクエアのようである。

 

「そりゃあ我がタイタニアの王都だもの。いずれは国中がこれくらい活気づけばいいんだけどね」

 

「そのためにも魔物を狩らないとね?」

 

「えぇ、勿論」

 

 二人ははぐれないようしっかり手を繋ぎ、その人混みの中に入っていく。

 

「変装のおかげで誰にも気づかれていないわね」

 

「すぐバレそうな気がするけど、何で誰も気がつかないんだ・・・」

 

「人は案外他人のことを気にしていないものよ。それに、王族の人間が近くにいるわけないという先入観があるからね」

 

 人間の視野は狭く、意識して見なければ物事に気がつかないものだ。ここにいる誰もリリィの存在は思考の中には無く、例え変装しなくても問題なかったかもしれない。

 

「そういえばこの世界のお金を持ってないんだけど・・・元の世界のお金じゃダメだよね?」

 

「そりゃあタイタニアの通貨じゃないと。とりあえず、コレをあげるわ」

 

 手渡されたのは小さな巾着袋で、その中には硬貨が入っていた。

 

「通貨の名称はデナルト。この銀の硬貨は五千デナルトよ」

 

「なるほど。硬貨に書かれた数字分の価値があるということか」

 

 いうならば、五千デナルトは日本円にして五千円のようなものである。

 

「でもこの世界の物価がわからないと、これが大金なのかが分からないな」

 

「なら、試しに買い物をしてみましょう」

 

 そう言ってリリィに連れてこられたのはアクセサリーを取り扱う商店だ。煌びやかな腕輪や、簡素なデザインのネックレスなどが並べられている。

 

「これなんかシオリに似合いそう」

 

 ハートの飾りがついたブレスレットを差し出されるが、普段アクセサリーなど着けない詩織にはそれが自分に似合う物なのか判別がつかない。

 

「これで七百デナルトか。物価は私の世界と近しいのかも」

 

 他の商品も見てみるが価格設定的には日本との大差はないようで、これならすぐに適応できそうだと安心する。

 

「ねぇねぇ。これなんかいいと思うんだけど」

 

「プロミスリング?ふむふむ・・・腕などに巻いたこの紐が自然に切れると願いが叶うと・・・」

 

「私の世界ではミサンガっていう名前のほうが一般的かも。よく女子高生がつけてるんだよ」

 

「じょしこーせー?まぁ詩織がいいならこれでいいわ」

 

「お揃いにしよ?」

 

「いいわよ。どの色にする?」

 

 年頃の女の子の日常風景がそこにはあり、今は王族だとか適合者などのことを忘れて楽しい休日を過ごしていた。

 

 

 

 

 日も暮れ始めた夕方、町の散策を終えた詩織とリリィは城に向けて歩を進めていた。

 

「ピンクって無難だけど、やっぱり可愛い色だよね」

 

 二人の手首にはピンク色の紐、プロミスリングが巻かれていた。青や赤といった物もあったが、詩織のススメでピンクに決まったのだ。ちなみに値段は三百デナルトである。

 

「巻く時にちゃんと願いはこめた?」

 

「勿論。でも秘密よ」

 

「えぇ~、教えてよぅ」

 

「これが切れた時にね」

 

 こういう願いをこめる系の場合、その願いを口にすると叶わなくなるというジンクスがある。だからリリィは言いたくなかったのだ。

 

「それより、気づいてる?」

 

「うん。誰かが私達をストーキングしているね。しかも数人」

 

 少し前から何者かに後をつけられている。その気配がするも、姿は視認していない。

 

「まったく、せっかくのシオリとのデートを邪魔するなんて・・・隠し扉の場所までつけられても困るし、この町でなんとかしましょう」

 

「衛兵さんに相談するのはどう?」

 

「それだとわたしの無断外出がお父様にバレることになっちゃう。なるべくならそれは避けたいのよ」

 

「そっか。じゃあ私達で頑張るか」

 

 あらゆる事態に対応できるように魔力を全身に流して臨戦態勢をとる。思わぬピンチが迫っているが、これを切り抜けることができるのだろうか・・・

 

                 -続く-



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第13話 ラドロの風

 追跡者の気配を感じつつ、詩織とリリィは人気のない狭い路地へとはいる。ここならば誰かに目撃されることなく相手と対峙することが可能だ。

 

「さて・・・姿を見せてもらいましょうか」

 

 リリィが振り返ると複数の人影が路地の入口に立っている。夕方ということもあり人相はよく見えないが、恐らく男性だろう。

 

「こんなところに逃げ込んで、わざわざ捕まりたいと言っているのと同じだぜ・・・?」

 

 その中の一人がゆっくりと近づいてきた。片手にはナタのような武器が握られて友好的ではないことは分かるし、フードを目深にかぶっているせいで口元しか露出しておらず不気味さを感じる相手だ。

 リリィと詩織も身構え、いつ襲い掛かってきてもいいように警戒を強めた。

 

「アンタ達の目的は何?」

 

「そんなの決まってるだろう?お前達の身ぐるみを剥いでやるのさ。こんな時間に女二人で出歩いているんだから、襲われても文句は言えないよなぁ?」

 

 後ろの仲間達も同調するように卑下た笑いを漏らしている。

 

「衛兵達は町の治安維持をちゃんとしてほしいものね。こんなチンピラがうろちょろできるような状態をなんと考えているのか・・・」

 

「あんな、仕事だからやってますと言わんばかりのお役所仕事野郎達に期待するほうがバカだぜ。自分の身は自分で守れなきゃな」

 

「なら試してみる?わたし達は弱くないわよ?」

 

「へぇ?強気なのはいいが、後で泣きを見ることにならないよう祈るんだな!」

 

 その男がナタをかまえて突っ込んでくる。リリィもすかさず魔具の剣を握り、その攻撃を受け止めた。

 

「お前も適合者なのか」

 

「そうよ。甘くみないことね」

 

 剣を振りぬいて相手を弾きとばした。思わぬ反撃に驚いた男であったが、背後の仲間達と共に再び斬りかかってくる。

 

「シオリ!油断しちゃダメよ!」

 

「もちろん!」

 

 数で負けているが路地の狭さが味方になり、正面からの攻撃に集中できる状態であるため上手く対処できる。詩織は対人戦に慣れているわけではないが、訓練と魔物との戦闘経験を応用して切り結んでいた。

 

「へっ・・・可愛い顔してやるじゃあないか!」

 

「アンタにそう言われても嬉しくないわね。それより、早く武器を捨てて投降なさい。今なら命だけは勘弁してあげるわ」

 

「調子に乗るなよ・・・!」

 

 横薙ぎに振られたナタを剣で防いだリリィは蹴りを放ち、相手の顔面を狙う。しかし、その動きを見ていた男は腕でガードする。

 

「その紋章・・・!まさか!」

 

 男の腕に刻まれた紋章を見て驚いた様子のリリィであったが、すぐに思考を切り替えて攻撃を行う。男もなかなかに強く、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 だが、この戦闘は長くは続かなかった。

 

「お前達っ!そこで何をしている!」

 

 突如大きな声が路地に響き、その場にいた全員がその声がしたほうに意識を向けると鎧を纏った騎士風の格好をした衛兵三人が向かってきていた。

 

「チッ!ここまでだな・・・」

 

 男達は引き際を心得ているようにすぐさま退散を始めた。身軽な格好をしているため動きは素早く、すぐに姿は見えなくなる。

 

「わたし達も行きましょう」

 

 ここでリリィの正体がバレれば国王からの叱責は免れないし、こうして城の外への外出も更に難しくなることを憂慮してその場から走り去る。本来ならキチンと事情を説明する義務があるのだろうが、この問題は後で自分の手でしっかりと解決することを誓い、衛兵達には申し訳ないが退くことを選んだのだ。

 

 

 

「もう誰も追ってきてはないみたいだね」

 

「えぇ。これでひとまずは安心ね」

 

 隠し扉のある森へと到着し、自分達をつけている者がもういないことを確認して安堵する。

 

「ねぇ、リリィは戦闘中に何かに気づいたようだけど、何に気づいたの?」

 

「あの男の腕にあった紋章のことでちょっとね。あれはこの国で以前活動していた盗賊団である”ラドロの風”のものなのよ。今はもう壊滅したはずのグループなんだけど・・・」

 

「その残党ってことなのかな?」

 

「分からないわ。ただ・・・」

 

 難しそうな表情のリリィはすこし躊躇うように口を動かし、言葉の続きを紡ぐ。

 

「昔、アイリアはラドロの風のメンバーだったのよ。だから、気になったの」

 

「アイリアが・・・?」

 

 

 

 

 それから城へと帰ってきたリリィは自室にアイリアとミリシャを呼び出す。そして今日あったことを二人に伝えた。

 

「そんな・・・バカな・・・」

 

 ラドロの風のメンバーが生き残っていたことを聞いたアイリアの顔が曇る。彼女自身、その盗賊団にいい思い出はないようだ。

 

「見間違いということはないのですね?」

 

「えぇ。間違いないわ」

 

「そうですか・・・」

 

 ミリシャも事情を知っているようで、いつもの柔和な笑みは消えていた。詩織だけがこの場でラドロの風の詳細を知らないので疎外感を感じていたが、それを察したアイリアが詩織に向けて説明を始める。

 

「シオリにも伝えておく。私とラドロの風の関係を・・・」

 

 遠い記憶を探るようにしてアイリアがゆっくりと語り始め、それを詩織は真剣に聞くことにした。

 

「私は幼いころ親に捨てられ、路上生活を送っていた。普段は道に落ちている僅かな食料を拾って飢えをしのいでいたが、やがて適合者としての力があることが分かってからは盗みも行うようになった。道行く人を襲ったりしてな」

 

 いきなり暗い過去を聞かされて驚く詩織であったが、口を挟むことなく聞き入る。

 

「そんなある日、私は小さな盗賊グループにスカウトされた。行き場の無い私はそこに所属することにしたんだ。それが後にラドロの風と呼ばれることになるグループだったんだ」

 

 その口調からは後悔の念のようなものが伝わってくるが、当時の彼女にとっては仕方のない選択であったのだろう。自分から悪に堕ちようとしたというより、その境遇の問題であったのだ。ただそれが許される行為ではないのは明白で、アイリアもそれはしっかりと理解している。

 

「私達には掟があって、盗みのターゲットにするのは富裕層の家だけに限定していた。そして得た富は貧しい者達にも分配するというものだ。当時のリーダーはそれを正義だとして活動していたが、生きるのに必死な私はその目的に共感して盗みをしていたわけではない・・・それに、どんなキレイごとを並べても犯罪行為を行っていたのは事実で、正しい行為ではないということは確かなことだ」 

 

 時として人は自分の理念の正しさを妄信するあまりに過激な行動を起こすことがある。ラドロの風のリーダーはまさにそういう状態であったのだろう。

 

「しかし、グループの規模が大きくなるにつれて不和が生じはじめた。そして内紛状態となり、リーダーと幹部達は皆殺害されて新たなリーダーが誕生した。それがイゴールという男なのだが、彼の支配するラドロの風はまさに地獄だった。これまでは狙わなかった弱者達も襲うようになり、富を独占するようになった」

 

 人数が増えれば一つの理念や考えのもとに統率するのは難しくなってくる。それが秩序の団体ならまだしも、ならず者達の団体なら一層だ。

 

「私は元リーダーの一派だとして目を付けられ、イゴールに仕える奴隷として飼われることになった。絶望した私はラドロの風からなんとか逃げ出し、衛兵に捕まることを承知でアジトの場所などを密告したんだ。最初は信じてもらえなかったのだが、その時に居合わせたリリィ様が私の言う事を信じて下さったんだ」

 

「ちょうど魔物討伐のために詰所にいてね。ボロボロのアイリアがそこにきてラドロの風について必死に話していたのよ。私はそんなアイリアの様子を見て嘘や妄想ではないと思って、それで信じることにしたの。そしてお父様をなんとか説得してラドロの風を壊滅させるためにアジトへの攻撃が行われ、わたしもその作戦に参加した。最後には捕まることを嫌がった幹部達がアジトを自爆させて全滅したと思われていたのよ」

 

 だが生き残りがいた。そして活動を再開させて窃盗行為を未だに行っているのだろう。

 

「その後私は投獄された。もう生きる意味も術もないと諦めていたのだが、出所した私をリリィ様が迎えに来てくれたんだ。そしてそれ以降、リリィ様の部下として仕えている」

 

「アイリアの瞳には悪意はなかった。道を踏み間違えたことは確かだけど、必ずやり直すことができると確信したの。それでわたしのもとで戦ってもらうことにしたのよ」

 

「だから本当にリリィ様には感謝しているのです。こうして人々のために戦うという私にできる贖罪の機会を与えて下さったことにも。私はあなたに一生を捧げていくことを改めて誓います」

 

 アイリアのリリィに対する忠誠心の高さの理由が分かり、一人納得した詩織であったが、事件はまだ解決されていない。

 

「もしラドロの風がまだ活動しているならば止めなきゃならない。彼らによる被害を無くすためにもね。そのためにまずは調査する必要があるわ。そこで・・・」

 

 

 

「ボクの出番というわけだね?」

 

 リリィが次に呼びつけたのはシエラルだ。彼女はまだタイタニアでの任務が続いており城の中で宿泊している。以前のリリィならさっさと帰ればいいのにと思っていたろうが、この前のペスカーラ地方での共闘を経て少しは態度を軟化させたようで特に文句を言うことはなかった。

 

「キミから頼まれごとを依頼されるのは嬉しいよ」

 

「仕方なくだけどね。今のところアンタくらいしか頼める相手がいないのよ」

 

「ボク達の関係が良くなっている証だな。で、どのような案件だ?」

 

「城下町に行って、盗賊に関する情報を集めてほしいのよ。具体的にはラドロの風に関わることをね」

 

 その単語を聞いてシエラルは眉をひそめる。ラドロの風を彼女も知っているのだろう。

 

「確かもう無くなった盗賊団では?」

 

「それが、その紋章を腕に付けた人間にわたしとシオリが襲われたのよ。そいつには仲間がいたから、もしかしたら残党が新たな戦力を担ぎ出して復活したのかもしれないわ」

 

「そうなのか・・・分かった。ボク達が町へと出て聞いて回る」

 

 快く引き受けてくれたことにリリィは安堵したようだ。

 

「しかし、キミ達が襲われたとなれば重大な事件だ。それを国王様には報告したのか?」

 

「・・・してないわ。なぜなら、無断外出中の出来事だったからよ」

 

「とはいえ、言ったほうがいいんじゃ・・・」

 

 その言葉の最中、リリィはシエラルに歩み寄り、小さな声で耳打ちする。

 

「無断外出がバレたら今後城を抜け出すのが難しくなるわ。そしたらシオリとデートできなくなるじゃないの。いい?わたしじゃなくてアンタがラドロの風を発見したとお父様には報告するのよ」

 

「だが・・・」

 

「さもないと・・・分かるわね?」

 

「うわっ、完全に脅しだ」

 

「違うわ。これは交渉よ。タイタニアでアンタの秘密を知っているのはわたしとシオリだけだものね?」

 

 シエラルが女性であることを知っているのはメタゼオスの人間も合わせて極少人数だけだ。だからこそ、この秘密は露見することなく守られ、誰もシエラルのことを男性だと信じて疑わない。

 

「わ、分かった。まったく、キミは優秀な交渉人になれるよ」

 

「褒めてくれて嬉しいわ。ということでさっそく頼んだわね」

 

「あぁ。行ってくる」

 

 

「イリアン、急な任務ですまないがボクと共に来てくれ」

 

「はい。シエラル様とならばどこへでも参ります」

 

 頼もしい部下と共にシエラルは城を後にする。経緯はどうであれ、悪党を放っておくという選択肢はない。

 

「よし、出動だ」

 

               -続く-



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第14話 盗賊討伐作戦

 リリィ達が盗賊に襲われた翌日、要請を受けたシエラルがイリアンと共に城下町に赴き、その盗賊団に関する情報収集を行った。一日かけて町を歩き渡って商店街の商人達や道行く市民達、そして町の警護を行っている衛兵にも話を聞いてまわる。

 

「今回の調査で重要な情報が得られたよ」

 

「何よ。もったいぶってないで教えなさい」

 

「これさ」

 

 夜になって城に帰還したシエラルが一枚の紙をリリィに手渡す。そこには黒い線で鳥の形のような紋様が描かれていた。

 

「これは・・・ラドロの風の紋章に似ているわね」

 

「ボク達は数日前に盗賊に襲われた女性と病院で面会することができたんだ。その方は自分を襲った相手の腕にこの紋章が刻まれていたのを覚えていて、こうしてその記憶を頼りに描いてもらったのさ」

 

「特徴が一致している。奴ら、ラドロの風はまだ活動している可能性が高まったわね」

 

「あぁ。ボクはこのことを元に、国王様に盗賊団討伐の提案をしようと思う」

 

 シエラルの瞳に怒りの感情が表れているのをリリィは見逃さなかった。

 

「かなりやる気のようね?」

 

「ボクが会った被害者の方はな、襲われた時に片足を切断されてしまったんだ。きっとその時のことは思い出したくなかったろうが、役に立てるならと協力してくれた。ボクはその方の気持ちを無駄にしたくはない」

 

「そうね。何としても敵を叩く」

 

 

 

 

「こんな夜中に一体なんの用だ?」

 

「ご無礼をお許しください。ですが、早急に国王様にお伝えしたいことがあるのです」

 

 シエラルは膝をついて頭を下げる。その後ろにはリリィや詩織達もついてきており、シエラルと同じようにしていた。

 

「実は城下町にて盗賊団であるラドロの風が民達の生活を脅かしているという情報を得ました。そこで、我々とリリィ達とでラドロの風殲滅のための共同作戦を行う許可をいただきたいのです」

 

「ラドロの風ならもう滅んだはずでは?」

 

「そのはずでしたが、残党が戦力を増強させて戻ってきたのです。これをご覧ください」

 

 リリィに見せたものと同じ紙を国王にも渡す。そこに書かれた紋章を見て国王デイトナは目を細める。

 

「これが?」

 

「証拠の一つです。彼らに襲われた者に見た紋様を描いていただいたのです」

 

「しかし、明確な証拠ではない。ラドロの風のものと似たマークを使っているのかもしれないし、例え生き残りがいても組織を再構築したかは定かではないだろう。それでは兵を動かすには不十分だ」

 

 それを聞いていたリリィが立ち上がり、シエラルの前で国王と対峙する。その背中が怒っていることが詩織には分かった。

 

「でもお父様、ひとつだけ確かなことがあります」

 

「なんだ?」

 

「我がタイタニアの国民が盗賊に襲われて酷い怪我を負ったということです。相手がラドロの風かは不確かでも、凶悪な悪党がいることは明確な事実なのです。そいつらは未だ捕まっておらず、衛兵達も手をこまねいている状態であり、それを何とかするのも我々王族の務めなのではないでしょうか」

 

 その剣幕にはシエラルも驚いたようで、ハッとした表情でリリィを見つめていた。

 

「我らスローン家の人間は国民と共にあるとおっしゃっていたではありませんか。ならば、その国民が苦しんでいるならできることをするべきです。魔物討伐のために戦力が不足しているのは承知していますので、今回はわたしと部下達、そしてシエラルらで事にあたります」

 

「たくましくなったな、リリィよ」

 

 リリィの言葉に圧倒された国王は、父親としての温和な顔で娘の成長を喜んでいるようだ。

 

「分かった、任務の許可を与える。期待しているぞ」

 

「ありがとうございます、お父様。必ずや、良い報告ができるよう全力を尽くします」

 

 

 

 

「さっきのリリィ格好良かったよ」

 

「そ、そうかしら。うへへ・・・シオリに褒められると照れるわね」

 

 国王からの許可を取り付けた一行はリリィの自室へと戻り、今後の作戦について考案することにした。今回の任務においてはリリィが指揮官となるわけで、どのように敵を追い詰めるかを一から考えなければならない。

 

「相手は神出鬼没だ。どこに現れるかもわからないのに、手を打つことはできるのか?」

 

 シエラルの調査では盗賊達の所在を掴むことはできなかった。

 

「それなら私が役に立てると思うのですが」

 

「なるほど、アイリアは・・・」

 

「はい。私は奴らの全てのアジトの位置を今でも憶えています。そこを襲撃するのが手っ取り早いのではないでしょうか」

 

 些細な情報でも欲しい現状ではアイリアの記憶はとても有用だ。アジトの場所さえ分かれば、討伐への道のりはグンと近くなる。

 

「そうね。お父様の言う通り、相手がラドロの風だとは百パーセント断定できないけど、少しでも可能性があるならばやってみるべきだわ」

 

「だな。こういう場合、ひとつづつ潰していくしかない」

 

「この王都の近くには何個のアジトがあるの?」

 

 アイリアは開かれた地図の上を指さし、記憶しているラドロの風のアジトの位置を示す。

 

「王都付近には二つあります。以前の戦いで失われた本拠地の近くに一つと、王都を挟んで反対側にも一つです」

 

「なるほど。では、まずこの二つの拠点を探ってみましょう。部隊を二つに分け、偵察を行うわよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 翌日の夕方、城から出動したリリィ達はアジトを発見して張り込みを行っていた。目立たないよう地味な服を着用し、物陰に潜り込む。

 

「あそこがアジトね」

 

 王都近くの沼地の奥にある木造の建物を見つめながら、そこに人影がないか注意深く観察する。リリィと建物には距離があるが、魔力を用いて視力強化がなされているので問題なく視界に捉えることができるのだ。

 

「足元がぬかるんで気持ち悪い・・・」

 

 詩織の片足は泥にまみれており、それが不快だった。おまけに湿度も高いし、奇妙な虫までいるので早くここから立ち去りたい気持ちで一杯だ。

 

「もう少しの辛抱よ。じきに暗くなるから、アジトから漏れるランタンの光とかを見たら退散しましょう」

 

「分かった」

 

 

 

 そうしているうちに周囲は暗くなり、獣の鳴き声などが聞こえる時間となった。詩織は幽霊でも出るんじゃないかという不気味さを感じて自然とリリィの腕を掴む。

 

「あっ!灯りが点いたわ」

 

「マジか。しかも、あのコテージみたいなところに人がいるね」

 

「あの顔・・・間違いない。この前襲ってきた奴らの中にいたわ」

 

 リリィが交戦した盗賊の一人と思われる人間が警戒するようにアジトの周囲を見回り、建物の中に入っていった。

 

「ということは、あそこに盗賊達がいるんだね」

 

「えぇ。とりあえず今日はここまでにしましょう。シエラル達が張っているほうの報告も聞きたいし」

 

 

 

 

「というわけで、あの建物には敵影があったわ。わたしとシオリを襲ったヤツの顔も確認したし、盗賊達があそこを拠点にしているのは間違いないんじゃないかしら」

 

 再び城にて打ち合わせが行われ、監視対象を一日観測し続けた結果を報告し合い、敵の現状についての情報を共有する。

 

「ボク達が張り込んでいたほうには人影はなかった。リリィ達が監視していたほうを主として使っているのだろうな」

 

「なら、沼地側のアジトと思われる建物を明日ももう一度張り込み、それで敵がいるのを確認したら、明後日に制圧を行いましょう」

 

「しかし、戦力に不安があるのだが増援は期待できないのか?」

 

「それは難しいわね。わたしのチームと、シエラルのチームだけで動くことになるわ」

 

「こちらはボクを含めて五人だ。そちらと合わせて全員で九人だな」

 

 ペスカーラ地方での戦いでシエラルの部隊には死者が出ており、タイタニアに遠征にきた時より人員が減っている。メタゼオスからの補充はなく、残ったメンバーで暫くは任務を遂行するしかない。

 

「ふむ・・・なら心当たりがあるから声をかけてみるわ」

 

 

 

 

 それから二日後、盗賊討伐チームは装備を整えて沼地のアジトへと侵攻していた。翌日も監視を行った結果、ここを敵が拠点として使用している可能性が高まったので作戦が実施されることになったのだ。

 

「よし、ボク達は準備できたよ。これでいつでもいける」

 

「こっちもよ。では、前進」

 

 この辺りは大きな木や岩によって影がいくつもあり、そうした場所に身を潜めながらアジトへと近づいていく。沼に足をとられないよう用心しながら歩くが、それでも湿った地面を踏まないわけにはいかず靴には泥がへばりついてしまう。

 

「今回の戦いにターシャさんがいてくれるので心強いです」

 

「現役ではありませんから、今の私では戦力になれるかどうか・・・」

 

 詩織の隣を歩くターシャは緊張したような顔でそう不安を吐露する。

 

「ターシャは昔、ハンター部隊の一員として活躍していたのよ。現場から離れて久しいけど、頼りになるのは間違いないわ」

 

「ハンター部隊って?」

 

「タイタニアで以前存在した特殊戦闘部隊のことよ。魔物討伐は勿論、犯罪行為を行う適合者を制圧することもしていたわ。今はもう解散したのだけれどね」

 

 詩織はターシャから戦闘訓練を受けたことがあったが、その時の気迫や魔具の扱いに手慣れていたことを思い出してなるほどと納得する。特殊部隊のメンバーだったからこそ、身の扱いが軽くしなやかな動きをしていたのだろう。

 

「私は戦闘で負傷してチームから去りました。その後は教育者としての資格を持っていたことと、城とのコネがありましたのでリリィ様の教育係として働いているのです」

 

「そうなんですね。前線の部隊にはもう復帰しないのですか?」

 

「負傷した際の後遺症が今でもありますし、魔力の精製量も減ってしまったのでかつてのように全力で戦うことができませんから復帰はないですね。今回の任務では皆さんのスピードについていけないので、私は後方からの支援を担当します」

 

 ターシャは背負っていたクロスボウを手に装備した。板バネを用いて高速で矢を射出する射撃用の武器であり、狩猟などに用いられている。対人戦においても有効であり、支援射撃用としてこの世界ではポピュラーだ。

 

「魔具として用いられる物ではないので魔物には効果はないですが、人が相手なら充分に活躍できます」

 

「私も射撃武器がほしいんだけど、リリィ」

 

「適合者なら杖のほうがいいかも。後で用意しておくわ」

 

 そんな話をしているうちに敵のアジト近くまで到達する。人の気配があるが、こちらには気づいていないようだ。

 

「相手の人数が分からないのが不安なのよね」

 

「そうだな。だが、こちらの総合戦闘力はかなりのものだ。臆することはないさ」

 

 実際、シエラルとその部下達は優秀だし、リリィのチームだって平均以上の強さだ。唯一詩織は戦闘経験も少なくまだルーキーの域だが、強敵相手にも果敢に立ち向かう勇気はある。その勇気こそ立派な武器であるし、戦士としての素養は持っているので問題はないだろう。

 

「よし、全員武器を持って」

 

「オッケー」

 

 その場にいる適合者達はそれぞれの武器を持ち、いつでも攻撃可能な状態となる。

 

「建物に突入するわよ。そして内部にいる人間を捕獲するわ。抵抗するようなら交戦もやむなしよ」

 

 もう隠れる必要もないので物陰から出て魔力を滾らせた。

 

「行くわよ!総員、突撃!」

 

 アジトに向け、適合者達が吶喊していく。ならず者集団との戦闘が始まろうとしていた。

 

              -続く-



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第15話 アジト急襲

「さぁ、突入よ!」

 

 盗賊達のアジトへの接近は容易で、リリィ達は建物周囲を取り囲んでいた。それなりに大きな木造のアジトの中には人の気配があるがまだ攻撃はしてこない。

 

「待ってください、リリィ様」

 

「ターシャ?」

 

 今にも扉を蹴破ろうとしていたリリィを制してターシャが前にでる。

 

「敵は建物の中に我々を誘い込もうとしています。ということは、こうした扉にはトラップが仕掛けられている可能性があります」

 

「そうね。なら、どこから突入したらいい?」

 

「簡単ですよ。この扉を遠くから吹き飛ばしてしまえば」

 

「ふむ・・・扉だけとは言わず、半壊させてやりましょう。よく考えたら、わざわざ危険を冒して素直に突入する必要もないものね」

 

 リリィは詩織の手を取り、建物を指さす。

 

「夢幻斬りをぶっ放して、アジトを左右真っ二つにして」

 

「承知!」

 

 内部に人質がいるわけでもないし、トラップがありそうな場所に入ることもないとリリィは結論付ける。むしろ敵を引きづり出せれば好都合だ。

 

「いくよ・・・無限斬り!」

 

 聖剣グランツソードから放たれた閃光がアジトの正面中央を叩き斬り、無数の残骸を飛び散らせながら建物は二つに分かれた。この規格外の攻撃で敵を威圧することもできただろう。

 

 

 

「なんてことをしやがる!」

 

 アジト内部に潜伏していた盗賊達はこれ以上隠れていても無駄だと悟り、各々の武器を持ってその姿を外に晒す。

 

「降参しなさい。今の技を後二発も撃てばアジトは完全に粉砕できるわよ」

 

「ハッ、誰が降参なんか!ラドロの風のプライドにかけて、お前達を叩き潰す!」

 

 盗賊側も近距離と遠距離と部隊を分けており、数人がクロスボウや弓から矢を撃ちだしてくる。

 

「私にお任せを」

 

 リリィ達が回避に専念する中、ターシャは膝をついて姿勢を安定させると、敵の射手に対してクロスボウを向ける。

 

「フン・・・貴様達は狙いが甘いぞ!」

 

 引き金を引き、敵の一人を射抜く。彼女の射撃は正確であり、胸部に直撃していた。

 

「やるな・・・」

 

 だが、それで怯む盗賊達ではない。仲間一人が死んだくらいでは、交戦的な彼らの戦意を削ぐことなどできないのだ。

 

「こういう時は、攻勢を弱めちゃいけない。常に攻めの姿勢だ・・・」

 

 遠距離タイプの武器を持つ者達はターシャとミリシャに狙いをつけて集中砲火を浴びせ、相手が射撃を行う暇を与えないようにする。その間に近距離戦を得意とする者達がリリィやシエラルに斬りかかっていく。

 

「誰かと思えば、王女様じゃあないか」

 

「そうよ。このリリィ・スローンに歯向かうとはいい度胸ね」

 

「へへっ・・・こいつは上玉だ、仲間達への土産に丁度いい」

 

「チッ、このゲスが・・・」

 

 リリィは相手への嫌悪感を抱きながら剣を振るう。盗賊の身軽な動きは厄介であるが、それでもリリィは食い付いていく。

 

「この程度っ!」

 

 身を捻ってナイフの攻撃を避けたリリィが剣を振りあげ、その盗賊の右腕を斬り飛ばした。

 

「くあぁ・・・腕を、よくも!」

 

「これ以上怪我をしたくないなら降参するべきよ。さもなくば・・・」

 

「分かった、分かった・・・抵抗しないから、剣を向けるなよ・・・」

 

 その言葉は嘘である。降参したふりをして、リリィに奇襲をかける気でいるのだ。その証拠に、腰に括り付けたもう一本のナイフに左手を伸ばすチャンスをうかがっている。

 

「後ろにも注意を向けたほうがいいぜ・・・?」

 

「はぁ?」

 

 顎をしゃくってリリィの後ろを示し、そちらに注意をそらした。その隙に盗賊は左手でナイフを引き抜き、斬ってかかろうとしたが、

 

「そんな古典的な手に引っかかるワケないでしょ。アンタ、殺気を隠す気ないしね」

 

「うぐ・・・」

 

 その引っかけに気づいていたリリィはワザと後ろを振り返ろうとしたのだ。それを好機とみた盗賊の攻撃は回避され、逆に腹部に剣を突き刺されて絶命した。

 

「抵抗するからよ・・・」

 

 武器を捨てず、殺意を剥き出しにしている敵に情け容赦をかけるリリィではない。多くの国民の安全を守るために戦地に立つ覚悟はとっくに完了しているし、今さら躊躇うことはないのだ。

 

 

 

「それではボクには勝てんよ」

 

「コイツ・・・強いな・・・」

 

 対人戦闘にも慣れているシエラルはすでに三人を倒していた。

 

「そうとも。ボクの強さはダテじゃない。潔く諦めて投降することだ」

 

「調子に乗って!」

 

「まったく・・・」

 

 シエラルは敵の斬撃を簡単に避けると、その頭部を思いっきり殴りつける。そしてよろけた相手のみぞおちに膝蹴りを叩きこんで沈黙させた。

 

「無駄な抵抗はよせと言っているのに・・・」

 

「シエラル様!ご無事ですか!?」

 

「あぁ。ボクは問題ない。イリアンこそ、怪我はないか?」

 

「はい、ご心配ありがとうございます」

 

「よかった。敵の数も減って来たし、このまま畳み掛けるぞ」

 

「了解しました!」

 

 

 

「アイリア!」

 

「任せろ」

 

 詩織とアイリアはタッグを組むようにして敵に対峙し、確実に敵を仕留めていく。詩織はまだ対人戦に不慣れであるため、アイリアがカバーしているのだ。

 

「まだ敵が来る・・・」

 

「私が敵に突っ込む。シオリはその後に続いて、私に注意を向ける敵を斬ってくれ」

 

「分かった!」

 

 こちらに向かってきた二人の盗賊に対してアイリアは一気に駆け出していく。当然、敵はアイリアに意識を向けて攻撃しようとしており、詩織の存在は一時的とはいえ思考の外に弾かれていた。だが、その一瞬が命取りになる。

 

「今っ!」

 

「なんとっ!」

 

 詩織の聖剣が一人の盗賊の胴を切り裂く。鮮血が飛び散り、周囲を赤く染めるが詩織はそれを見ずにもう一人に対しても斬撃を行う。

 

「させるか!」

 

 盗賊は聖剣の攻撃を受け流すが、アイリアのコンバットナイフによって背中から刺されてその場に倒れた。

 

「やったのか・・・」

 

 こうして相手の命を絶つことに、詩織にも罪悪感や抵抗感はある。だが、やらなければこちらがやられるわけで悠長なことは言っていられない。ここで敵を討たないとまた誰かが被害を受けることになるし、話し合いでどうにかできる相手ではないのだ。

 

「無理しなくてもいいんだぞ」

 

「大丈夫。私もちゃんと戦える」

 

「そうか」

 

 アイリアなりに気を使ったのだろう。だが、詩織は優しさがある反面、ドライな性格の持ち主でもある。そのため、こうした事態においても取り乱さずに冷静さを保つことができ、年頃の女の子とは思えないタフさを発揮しているのだ。

 

「リリィは大丈夫かな」

 

「合流するか」

 

 むしろ詩織が気がかりなのは近くで戦うリリィのことだ。きっと詩織がこうして戦えるのもリリィがいるからこそであり、リリィの敵であるならばどんな相手とだって詩織は戦うだろう。それが魔物でも人であっても関係ない。

 

 

 

「わたし達の勝ちね」

 

 それから十数分の間戦闘が続いたが、ラドロの風のメンバーが次々と討たれて残り一人まで追い詰めることができた。もうその盗賊は勝ち目がないと悟り、おとなしく縄で縛られる。

 

「でも、この程度の抵抗しかないのはおかしい・・・それに、この前わたしとシオリを襲ったヤツらの多くが見当たらないわね」

 

 上手く制圧することができたものの、この場にいる敵の戦闘力の低さにリリィは疑問を持っていた。かつてリリィがラドロの風討伐にあたった時の戦闘の激しさはこんなものではなかったからだ。

 

「ちょっとアンタ。わたしの質問に答えなさい」

 

「そしたら減刑してくれるか?」

 

「なわけないでしょ」

 

「そうですか・・・」

 

 捉えた盗賊の正面に立って睨みを効かせながら問いかける。

 

「他にも仲間がいるはずよね?そいつらはどこ行ったの?」

 

「答えてもいいが、俺が言ったことは内緒にしてくれよ」

 

「そんな心配はしなくていいのよ。だってアンタが自由の身になることはもう無いんだから」

 

「はいはい・・・・・・仲間達はケイオンの街に向かったのさ。そしてテナー家をはじめとした富豪の家を襲撃する準備を進めている。それで、俺達はここの留守を任されていたんだ」

 

 テナーの名に聞き覚えがあるなと思った詩織は、ハッとしてミリシャを見る。そう、ミリシャ・テナーが彼女のフルネームだ。

 

「そうきましたか・・・」

 

 ミリシャは苦虫を噛んだような顔つきになっており、顎に手を当てて何かを考えているようだ。その様子を見るに、盗賊の言うテナー家とは彼女の実家のことなのだなと推測する。

 

「ん・・・オマエ、アイリアじゃあないか。いやぁ懐かしい顔だ」

 

 盗賊の男はアイリアを見つけて気味の悪い笑みを浮かべた。それに対してアイリアは極めて不快そうに顔をしかめる。

 

「へっ、今は王女様に仕えて正義の味方気取りか?犯罪者のくせに・・・」

 

「アイリアはちゃんと改心したわ。アンタ達みたいなゲスとは違うのよ。彼女を悪く言うのなら、わたしが許さない」

 

「そうかよ。まぁ俺にとってはどうでもいいが、イゴールがアイリアに会いたがるかもな」

 

 その名を聞いてアイリアは更に不快感を示す。イゴールは反乱を起こしてラドロの風を乗っ取った後、アイリアを奴隷として飼っていた男なのだから当然の反応と言える。

 

「まさか・・・生きているのか?」

 

「今もラドロの風のリーダーさ。アイツはケイオンに向かったから、追いかければ会えるかもな?」

 

「チッ・・・」

 

「アイリアも本当は会いたいんじゃないか?イゴールにずいぶんと可愛がってもらったようだしなぁ?それとも俺が相手してやろうかぁ?ぐへへへ・・・」

 

 挑発するような物言いに苛立ったのはリリィだ。

 

「もう黙りなさい」

 

 そう言って後頭部を思いっきり殴りつけ盗賊は気絶した。ぐったりとしたその男をシエラルが引きづっていく。

 

「アイリア、あなたのことはわたし達が全力で守るわ。だから、アイツらの言うことなんか気にしなくていいのよ」

 

「はい。ありがとうございます・・・」

 

「わたし達は敵を追ってケイオンに向かうけれど、もし不安ならアイリアは残ってもいいわよ?」

 

「いえ、私も行きます。もう脱退した組織ですが放ってはおけません。それに自分で過去の過ちとのケリをつけたいので、ちょうどいい機会だと思うのです」

 

「分かったわ」

 

 この沼地にあるアジトを壊滅させることには成功したが、まだラドロの風自体を倒せたわけではない。敵の次なる標的を知ることもできたため、彼らを追撃することになる。

 

 

 

 

「ねぇ、ミリシャ。さっきの男が言っていたことなんだけど・・・」

 

「あぁ、テナー家についてですか?お教えしましょう」

 

 城への帰り道、盗賊の言葉に反応していたミリシャが詩織に説明を始める。

 

「自分で言うのもなんですが、わたくしの実家はこのタイタニアでも有数の名家で、その財産もかなりのものになりますわ。そしてケイオンという街の領主を務めていますの」

 

「へぇ、やっぱりミリシャもお嬢様なんだね。そんな雰囲気はしていたよ」

 

「まぁ、わたくしは家を出てこうして城に所属しているのですけどね」

 

 彼女はリリィに仕えているわけで、実家暮らしではない。そういう家の場合、外に稼ぎに出るのも珍しいのではと詩織は思う。

 

「ケイオンは暮らしやすい街で、富豪の方々も多く住んでおります。だからラドロの風に狙われたのでしょうけど・・・」

 

「ここから遠いの?」

 

「いえ、比較的近い場所にある街ですわ。王都からはそう時間もかからずに向かうことができますわね」

 

 まだケイオンが襲撃されたという情報はないが、いつラドロの風が現れるか分からないのでミリシャは実家のことが心配で仕方がないのだろう。いつもは柔和な表情をしている彼女であるが、今は少し強張っている。

 

「安心しなさい、ミリシャ。絶対に盗賊達を打ち倒してみせるから」

 

 リリィの強気さが頼もしく、そんなリリィの力になれるように次の戦いも頑張ろうと決意する詩織であった。

 

                -続く-



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第16話 Stay the night

 沼地にあるラドロの風のアジトを制圧した当日の夕方、リリィ達一行はケイオンへと向かっていた。その移動手段は蒸気機関車であり、そう時間もかからずに到着するとのことだ。

 

「ケイオンの街に向かうのは久しぶりだわ。ミリシャのお姉さんは元気にしているかしら」

 

「ミリシャにお姉さんがいるんだ?」

 

「はい。わたくしの親は既に他界しており、姉が当主として頑張っていますわ。本当ならわたくしが姉を支えるべきなのでしょうが、姉はそれを必要としていないのです。家業は自分が背負うから、わたくしには自由に生きて欲しいと言って・・・」

 

「それでリリィと共に戦っているんだね」

 

 ミリシャは頷き、リリィに視線を向ける。

 

「わたくしとリリィ様は幼い頃からの付き合いでして、将来はリリィ様にお仕えすることが夢だったのです。なので、もうわたくしの夢は叶っているのですわ」

 

「ミリシャはね、その優秀さを買われてわたしの姉達の部下としてスカウトされたこともあったの。でも、それを断ってわたしと一緒にいるのよ」

 

「リリィ様から他の方達とは違うオーラのようなものを感じたのですよ。それが気になって、わたくしはこの方がどのような道を歩むかに興味を持ったために、お仕えすることを選んだのですわ」

 

 なんとも不思議な理由だが、リリィが他の人とは違うという点には同意できるし、詩織自身がそう感じていることである。

 

「わたし自身はそう言われてもよく分からないんだけど、ミリシャは大切な戦友よ。いつも感謝しているわ」

 

「ふふっ、こうしてお礼を言われると照れくさいですわね。わたくしは姉に言われたように好きなようにしているだけのことですわ」

 

 人数こそ少ないものの、部下に恵まれたことをリリィは嬉しく思う。人の縁というものは奇跡の産物であり、こうして自分と共にいてくれることを選んだ者を、これからも大切にしようという気持ちが改めて強くなった。

 

 

 

 

 そんな会話をしているうちにケイオンの街に到着した一行は、まずはテナー家を目指すことにした。この街を取り仕切るミリシャの姉に話を通せば調査も円滑に進むだろうし、何よりラドロの風の標的にされているのだから放ってはおけない。

 

「わーお・・・おっきな屋敷だね」

 

「城には及びませんが、この街の中では最も大きいですわ」

 

 まずは敷地に入る前に警備員からのチェックを受ける。ミリシャ本人がいるためにすぐ終わったが、詩織はなんだか緊張して変な挙動になっていた。

 

 

「お久しぶりですわね」

 

「ミリシャ!帰ってくることを事前に教えてくれればちゃんとお迎えしたのに」

 

「急なことだったので・・・それと、ご覧の通り皆さまも一緒なのですわ」

 

「あらあら。大勢で何かのパーティかしら?」

 

「そうではありません。いきなりなのですが、今回わたくしがこの街に来たのには理由があるのです・・・」

 

 ラドロの風がこの街を狙っており、テナー家もそのターゲットのひとつであることを伝えた。ミリシャの姉は驚きながら話を聞いていたが、すぐに部下達に街の警備強化を命ずるなど、慌てる様子もなく冷静さを感じさせる。

 

「厄介な連中が蘇ったものですわね。まさかラドロの風とは・・・」

 

「えぇ。ですがこうしてリリィ様を始めに、シエラル様達もいらっしゃって下さいましたので安心ですわ」

 

「大変心強いわね。それと、アナタがシオリさん?」

 

 急に自分のほうを向いて問いかけてきたので、若干上ずった声で返事をする詩織。ここでまさか自分の話題になるとは思っていなかったのだ。

 

「ミリシャからの手紙にアナタのことが書いてありまして、一度お会いしてみたかったのです。申し遅れましたが、ワタクシがミリシャの姉のシェリー・テナーと申します。今後とも宜しく」

 

「は、はい。私がシオリ・ハナサキです。宜しくお願いします」

 

 こちらの世界での自己紹介に慣れてきたせいか、欧米風の名乗りがスムーズにできるようになった。元の世界に戻った時、クセが抜けずに同じように名乗ったらきっと首をかしげられることだろう。

 

「シオリさんは異界からやってきた方なんですってね。つまり、勇者と呼ばれる者なのでしょう?」

 

「リリィ達はそう言いますが、私にはその実感はないんです。この世界に来るまで魔物と戦ったことなんてありませんでしたし」

 

「過去よりも未来ですわ。これからシオリさんが伝説を作ることになるかもしれませんし、将来には勇者として讃えられることになるかもしれない」

 

 実際に巨大なハクジャやオーネスコルピオを撃破しており、その活躍は既に並みの適合者を凌いでいるのだ。仲間の助けがあったとはいえ、詩織の持つ魔力だからこその戦果であり、このまま戦い続ければいつかは本当に勇者として称賛される日もくるだろう。

 

「そうですわ。わたくしはシオリ様にも特別なオーラを感じましたし、きっと大物になれますわよ」

 

「が、頑張ります!」

 

 人に期待されるとむず痒い気分になるが、それに応えられるようになりたいと思う。

 

 

 

 

「街には怪し気なヤツらはいなかったわね。まぁこちらの到着を見て姿を隠しているだけかもしれないけど」

 

 リリィ達はケイオンの街を見回ったが、盗賊らしき人物を発見することはできなかった。まだ襲われた者もいないので、沼地のアジトにて盗賊の男が証言したことが事実であるかは不確かである。とはいえ、ここですぐに退くことはしない。

 

「ボク達も敵を見つけられなかったよ。これは暫く様子を見る必要があるかもしれないな」

 

「そうね。明日以降は街の外にも出て、ラドロの風のアジト探しを行うことにしましょう」

 

「アイリアなら何か知っているのでは?復活する前のラドロの風がこの街の近くで使用していたアジトの位置とか」

 

「昔のラドロの風討伐戦にて破壊されて、街の周囲には無いそうよ。一応その場所も見てくるけどね」

 

 富裕層の多いケイオンの街は昔のラドロの風にとって絶好のターゲットであったが、被害の深刻さを憂慮した国王によって兵力が増強された。そしてラドロの風本部が制圧されてから間もなく、ケイオンの街近くのアジトも総攻撃を受けて壊滅。以降は安全な街として繁栄してきたのである。

 

「当時増員された兵達は既に王都へと撤退していますわ。またラドロの風が現れた場合、対処するのは難しいかもしれません」

 

 シェリーは深刻そうな表情を張り付けたまま、テーブルの上に開かれた地図を見つめていた。ケイオンの街が詳しく記載されており、その上に衛兵達の戦力配置を示す騎士の形をした人形が置かれている。

 

「ボク達が戦力の空白を埋めることができるよう努力します」

 

「よろしくお願いしますわ。街の者達にはワタクシから警戒を強め、不審者を発見しだい通報するよう声掛けを行いましたが、他にもできることがあれば仰って下さい」

 

 いつ襲われるか分からない恐怖を抱えながら生活を送るのは苦であり、住人達の不安を取り除くため、早急に事態解決できるようリリィは強く頷いた。

 

 

 

 

「あれ、二人とも出かけるの?」

 

 テナー家の屋敷のエントランスにて、詩織は装備を整えたミリシャとアイリアを見かけて駆け寄る。

 

「今から夜の街を巡回するんだ。敵はこの暗闇に紛れて活動を始めるかもしれないしな」

 

「そうなの?なら、私も行くよ」

 

「いや、ここは私とミリシャに任せろ。シオリはリリィ様の傍にいてくれ」

 

 まさかアイリアからリリィのことを任されるとは思ってもいなかったので少し驚きつつも頷く。

 

「リリィ様はシオリといる時が一番幸せそうだし、何より安心するのだろう。だからこそ警護を任せるんだ」

 

「責任重大だね」

 

「そうだぞ。リリィ様に何かあったら許さんからな。そのつもりで」

 

「了解であります」

 

 アイリアはかつて自分が所属していた盗賊団とケリを付けるためにも必死であり、ミリシャにとっては故郷のピンチな訳だから気が気でない。それでこうして積極的に動いているのだろう。

 

「わたくしの自室の隣の部屋をリリィ様とシオリ様のために準備させましたので、お休みの際はそこをお使いください。場所はメイド達に訊けば案内してくれますわ」

 

「ありがとう」

 

「それと、その部屋は防音になっていますので気兼ねなく・・・お楽しみになれますわよ」

 

「な、何を?」

 

「うふふ・・・分かっているでしょうに」

 

 謎の笑みを浮かべつつ、ミリシャはアイリアの後を追って外へと巡回に向かって行く。

 

「防音か・・・」

 

 

 

 

「もう来てたんだね」

 

 部屋へと案内されて中に入ると、すでにリリィが部屋着に着替えてケイオンの街の地図を眺めていた。

 

「えぇ。アイリア達は外の見回りに行ったのね?」

 

「うん。お供しようかと思ったんだけど、リリィの傍にいろって言われてさ」

 

「そうなのね。本当ならわたしも外に出ようと思ったんだけど、シエラルに止められたのよ。休める時に休まないと体が保たないって」

 

 索敵や対策は大切なことだが、無理をしていざ戦闘の時に実力が発揮できなければ意味がない。特にリリィのような替えの効かない人員の健康管理は必須である。

 

「今はひとまず休憩して、アイリア達が戻ってきたら交代しましょう」

 

「だね」

 

 頷きつつ詩織が腰かけたベッドはとても柔らかく、その高級感がお尻から伝わってくる。さすが富豪のテナー家の物だなと感心するが、庶民感覚の抜けない詩織からしたら落ち着かない。

 

「じゃあ早速・・・」

 

 リリィはそのまま詩織をベッドに押し倒して抱き着いてきた。いつもの事ではあるので驚くことではないのだが、環境が違うので変に緊張してしまう。

 

「えへへへ・・・こうしているのが落ち着くわ」

 

 高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではという詩織の心配をよそに、リリィの顔は詩織の大きな胸に挟まれるように収まっている。まるで母親に甘える子供のようだ。

 

「甘えん坊さんだね」

 

「ストレス社会では誰でも癒しを求めるものよ。わたしにとってはシオリがオアシスそのものだから、こうもなるわ」

 

 そう言いながらリリィは少し後退し、露出されたシオリのお腹に頬をあてて目を閉じる。

 

「くすぐったい・・・」

 

「こんな色気のある格好をしているシオリがいけないのよ」

 

「いや、これを用意したのはリリィだよね・・・」

 

 勇者用の戦闘着だと持ってきたのは間違いなくリリィだ。

 今回も戦闘になることを見越してこの戦闘着を着用しているが、自分もミリシャに言って部屋着を用意してもらえばよかったと若干後悔している。

 

「この肌触りがたまらないのよ」

 

「えっち」

 

「失礼ね」

 

 そんなやり取りをしつつ、詩織はフと気になったことを訊いてみることにした。

 

「そういえば、リリィは男性経験はあるの?」

 

「突然ね。そういう誘いを受けたことはあるけれど、全部断ったわ。だいたい、好きでもない相手に体を委ねる意味が分からないのよね」

 

 それを聞いて不思議と安心した詩織はホッとする。自分で訊いておきながら、どんな答えが返ってくるか不安になっていたのだ。

 

「シオリは前に言っていたけど恋人とかはいないのよね?」

 

 素直に答えようと思ったが、少し意地悪がしたくなって嘘をつく。

 

「今はいないけど、実はこれでも結構経験豊富なんだよね」

 

「・・・えっ?」

 

 スッと顔を上げたリリィの瞳に光は無く、完全に予想外の返答だったようで言葉を失っている。

 

「ちょっと前までは、それはもう色んな人に・・・」

 

「そう」

 

 言葉を遮り詩織の顔に近づくリリィは無表情だ。

 

「なぜかしらね・・・とても心が痛いのよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「えぇ。こんな想いをしたのは初めてよ・・・とりあえず、これまでの男達のことなんか全て忘れさせてあげるわ」

 

「ちょっと落ち着いてリリィ。今のは嘘。全部嘘」

 

「・・・本当に?」

 

「本当だよ。そう言ったらどんな反応するか気になってさ・・・ゴメンね?」

 

「許さないわ。お仕置きが必要ね」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうな表情で迫る。

 

「知ってた?この部屋は防音だそうよ」

 

「らしいね」

 

「つまり・・・分かるわね?」

 

「お手柔らかには・・・ならないってことだね」

 

「正解。覚悟して」

 

 リリィが楽しそうだしまぁいいかと詩織は目を閉じ、彼女の好きにさせようと全身の力を抜いた。

 

            -続く-



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第17話 フォールダウン

 ベッドの上でフと目を覚ました詩織は、隣で小さな寝息をたてるリリィに視線を向けた。暗い中でもこれだけ近ければ顔の輪郭がはっきりと分かる。

 

「可愛い・・・」

 

 色白で柔らかな頬を優しく一撫でしてからベッドを出る。肌寒さと窓にうっすらと映る自分の姿から裸であることを認識し、慌てて脱ぎ散らかされた衣服を身に纏った。

 

「そうか、リリィに脱がされたんだった・・・」

 

 寝る前のことを思い出して赤面するが、同時に幸福感も詩織の心にあるのは確かな事実だ。

 

「もう日付も変わった頃か。アイリア達は大丈夫かな」

 

 ラドロの風の襲撃を防ぐべく見回りをしているアイリアとミリシャの心配をしながら窓の外を見つめるが、月明りに照らされた木々しか見えなかった。

 

 

 

 

「テッドとアッチにテナー家の偵察を任せてよかったのか?」

 

 ケイオンの街の一角にて、物陰に身を潜めたいかにも怪しい一団が周囲を警戒していた。彼らの腕や肩にはラドロの風の紋章が刻まれている。

 

「アイツらは盗賊としての能力は低いが、それくらいの任務はできるだろう」

 

「無能はどこまでいっても無能だ。ヘマをやらかさなければいいがな」

 

「フンっ。人の心配より、自分のこれからの仕事の心配をしたらどうだ?」

 

「そうするさ。お前はいつも通り自信に満ち溢れているようだな、イゴール」

 

 ラドロの風の現リーダーであるイゴールはその部下の言葉を無視し、周りに人影がないことを確認して立ち上がった。彼の視線の先にあるのは、テナー家ほどではないにしても大きな屋敷である。これからその屋敷を襲撃して略奪した後、テナー家に押し入る算段なのだ。

 

「しかし、王都からの増援が動いているのだから、今はおとなしくして日を改めてから襲えばいいのでは?わざわざリスクを負う必要もあるまいて」

 

「臆病風に吹かれたか?俺達は盗賊だ。ラドロの風なのだ。これしきで退くことはない。むしろ邪魔な者達をまとめて排除し、全てを奪ってこの街を去るのだ」

 

 イゴールは一度決めたことは曲げない男だ。ましてや他人からの助言で彼が意見を変えたりするなどありえない。

 

「それに、簡単な仕事など退屈なだけさ。俺を滾らせてくれるだけの敵がいるのなら、むしろ歓迎するべきことだな」

 

 ヒリついたスリルこそが彼の生きている証で、困難に立ち向かうことに喜びを感じる性格でもあり、だからこそ盗賊という生業の中で生きている。

 

「さぁ、始めよう・・・」

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

 違和感を感じた詩織は窓に近寄り、魔力で強化された目を用いて様子を窺う。

 

「これはっ!」

 

 ロープだ。窓の外、上からロープが垂らされている。屋上に何者かがいると直感し、リリィを起こそうとしたその時、

 

「人っ!?」

 

 そのロープを伝って男が一人降りてきたのだ。その人物と目が合い、詩織はとっさに魔具を魔法陣から取り出す。

 

「見つかった!?こうなれば・・・!」

 

 窓ガラスを蹴破って男は室内に侵入、詩織めがけてタックルを繰り出してきた。 最初は驚いた詩織であったが、冷静になって男の動きを読んで攻撃を避けるとそのまま蹴りを放って男を壁に叩きつける。

 

「な、なにごとっ!?」

 

 その物音で目を覚ましたリリィがベッドから飛びのき、侵入者を睨みつける。

 

「コイツはなんなの?」

 

「わからない。でも、窓から入ってきた」

 

「ここ三階よ・・・あぁ、あのロープでか」

 

 男は背中を強打したことで動けなくなっており、詩織によって捕縛された。

 

「昨晩、リリィが私にお仕置きで使った縄が役に立ったよ」

 

「でしょ?これを想定していたのよ」

 

 ドヤ顔のリリィはともかく、この男を早急にシエラル達の所に連れてく必要があるだろう。

 

「まさか、敵の襲撃はもう始まっているのかしら」

 

「分からない。扉の先は慎重に進もう」

 

 ゆっくりと開いた扉の先には誰もいないし、物音もしない。どうやら戦闘状態ではないようだ。

 

 

 

「それで、コイツが飛び込んできたんだな?」

 

「はい」

 

 シエラルと合流した詩織とリリィは捕まえた男を差し出す。

 

「お前一人で夜中の奇襲か?」

 

「違う違う。俺はこの屋敷を見張れと命令されて来たんだ。もう一人の仲間と一緒に」

 

「見張り?」

 

「あぁ。イゴールがさ、別の家を襲った後にここに来るから、その間のテナー家の動きをチェックしておけって」

 

 シエラルの質問にベラベラと情報を喋る男。命が惜しくてなのか、ただのバカなのかは分からない。

 

「別の家だと?」

 

「そうさ。なんていったかな・・・そうだ、スクラー家だったな」

 

 それを聞いたシェリーは直ちに部下をスクラー家に派遣する。聞いたところによると、このテナー家からそう遠くない場所にあるらしい。

 

「それで、その後にこの屋敷に来るんだな?」

 

「そうそう。で、俺は一足先に金品を奪っておこうと思ったんだよ。じゃないとイゴールに先を越されちまうからな」

 

「ふむ・・・貴重な情報をどうもありがとう。おかげで奇襲攻撃に怯えなくてすむ」

 

「感謝はいいから、この縄を解いてくれよ。おとなしく帰るから」

 

「・・・お前、バカだと言われないか」

 

「よく知ってるな。そうなんだよ、皆俺をバカ呼ばわりするんだ。バカテッドってな。こんなにも正直に生きている人間に対して失礼だと思うがなあ」

 

 どうやら完全にバカのようだ。

 

「わざわざ捕らえた罪人を解き放つわけないだろ」

 

「そんなぁ。困るんだよなぁ」

 

「コイツを地下の空き部屋に閉じ込めておけ」

 

 イリアンが男を引きづって部屋を出ていく。テッドと名乗るその男は最後までシエラルに温情を求めたが、結局は無視されて終わった。

 

「さて、シェリーさんの部下にスクラー家のことは任せて、ボク達は急いでこの屋敷の防御を固めよう。すぐそこまで敵が来ているかもしれない」

 

「相手はもう奇襲できないのは確定したわけだし、襲撃してくるかしら」

 

「分からん。だが、悪名高いラドロの風がそう簡単に諦めるとは思えない。正面切って挑んでくる可能性も大いにあり得るさ」

 

 この騒動によってテナー家の屋敷はいっきに慌ただしくなる。これから襲いくるかもしれない盗賊を迎え撃つべく、各人が武器を持って配置につく。

 

 

 

 

「・・・そうか」

 

 テナー家から撤退してきたもう一人の偵察者であるアッチの報告を聞いたイゴールは頷きつつ、何かを思案しているようだ。

 

「やはり下手を打ったか。だから、あいつに行かせるべきではなかったのだ」

 

 先ほどイゴールに進言した部下が呆れたように眉をひそめながら戦利品をバッグに詰める。すでにスクラー家は制圧され、屋敷内の金品を物色しているタイミングのことであった。

 

「よし、ここはもういいだろう。ボルテとサモイに奪った物をアジトまで運ばせ、俺達はテナー家に向かう」

 

「だが、相手は警戒を強めているぞ。真っ向からぶつかることになる」

 

「臨むところだ。叩き潰し、我らの力を示す!」

 

 彼に恐れはない。むしろ妙な高揚感を感じていた。

 

 

 

 

「始まったな・・・」

 

 テッドという盗賊を捕まえてから、そう時間もかからずにラドロの風本隊によるテナー家襲撃が開始された。屋敷の外に配置された衛兵達の攻撃をすり抜け、その得意の機動戦にて翻弄し、容易に屋敷への侵入を果たす。

 

「馬鹿正直に突っ込んでくるか・・・」

 

 シエラルは一人の盗賊を切り捨て、背後から鈍器を振り下ろしてきた敵を振り向きざまに真っ二つに両断する。

 

「んっ?」

 

 殺気のする方向を見ると、そこにはクロスボウをかまえた盗賊がいた。そのクロスボウから放たれた矢はシエラルの鎧を掠めるが、ダメージにはならない。

 

「甘いな!」

 

 次の射撃も躱し、クロスボウごとその盗賊を切り裂いた。

 

「これは?」

 

 クロスボウに装填されていた矢を持ち上げ、矢じりの部分を確認する。鉄でできた矢じりは銀色ではなく緑色に変色していた。

 

「毒か。厄介な・・・」

 

 鎧で防げたからいいものの、皮膚を掠めれば毒でやられていただろう。他の敵も装備しているであろうし、注意しなければならない。

 

 

 

 

「シオリ、わたしから離れないで戦うのよ」

 

「了解!」

 

 お互いの死角をカバーしながら戦うために詩織とリリィは背中合わせで敵に対する。屋敷の廊下のような狭い空間での戦闘には行動に制限がかかるので、回避行動がとれない場合がある。だからこそ正面の敵に集中するためにこれがベターな戦法なのだ。

 

「くっ、手強いな・・・けどっ!」

 

 対人戦にまだ慣れていない詩織には苦行であるが、泣き言を言っている場合ではない。敵はこちらの事情などお構いなしに攻撃してくるのだから、立ち向かうしかないのだ。

 

「アイリア達がいれば状況も違うのでしょうけど・・・」

 

 ミリシャとアイリアは見回りから未だ帰還していなかった。外で襲われたのか、スクラー家の異変に気付いてそちらに向かったのかも不明な現状では彼女達の援護は期待できない。

 

「あの男は!」

 

 リリィの視界に入ったのは詩織とのデート中に襲い掛かって来た男だ。特徴的な大きいナタを握っている。

 

「ン?前にも会ったか?」

 

「あの時は変装していたから分からなくても当然か。王都ではよくも襲ってくれたわね!」

 

「あぁ、あの二人組か。というか、よく見たらお前はリリィ・スローンじゃないか」

 

「そうよ。王族であるわたしを前にして、無礼な行為をこれ以上働くのは利口じゃないわね」

 

「ハッ、このイゴールにそんな脅しが効くかよ。お前はいい戦利品になるだろう。連れて帰って可愛がってやるぜ」

 

「負けはしない!」

 

 イゴールとリリィが激しく鍔迫り合う。剣とナタがぶつかり、火花が周囲に飛び散った。

 

「あまり怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ」

 

「アンタに愛想振り撒いても得はないもの」

 

「そういう強気な所も気に入った。ますます屈服させたくなる」

 

「気持ち悪いのよ!」

 

 リリィの怒りを乗せた一撃はイゴールには当たらずに空を裂く。

 

「動きはいいが、それでは俺には勝てん」

 

「そうかしら。どうやらアンタは一人のようだけど、こっちは二人よ!」

 

 詩織もリリィの援護に回り、数的優位をつくりあげる。だが、イゴールは危機感を感じてはいないようだ。

 

「それなら・・・」

 

 詩織を殴り飛ばし、更にはリリィの斬撃を回避してその腹部に蹴りを叩きこんだ。

 

「くあっ・・・」

 

 倒れはしなかったが後ずさる。これでは次の攻撃は避けられないだろう。

 

「あまり傷はつけたくないのでな・・・」

 

 イゴールは懐から掌サイズの球体を取り出すと、それをリリィに向かって投げつけようとした。

 

「リリィ!!」

 

 復帰した詩織はそれを目にして後先考えず咄嗟に飛び出す。何よりもリリィを守りたいという気持ちが勝ったのだ。

 投げられた球体がリリィに直撃するよりも先に、詩織がリリィの手を引いて自分の後ろへと引っ張る。その反動で詩織はリリィのいた位置へとよろけた。

 

「うっ・・・」

 

 球体は壁に当たって炸裂し、その中から緑色の煙が撒き散らされた。煙を吸ってしまった詩織の体から力が抜け、その場に倒れる。

 

「シオリッ!!」

 

 詩織のおかげで助かったものの、自分の目の前で倒れゆく詩織を見たリリィは取り乱すようにその名を叫ぶ。煙はすぐに収まったが、詩織は意識を失い立ち上がれない。

 

「ほう・・・いい部下だな。身を挺して守ってくれるなんて」

 

 飄々と呟くイゴールだが、内心では邪魔をした詩織への不快感で一杯だった。

 

「貴様あぁっ!!!!」

 

「その泣き顔は傑作だ。王族とは思えない感じがいいね」

 

 もう一つ球体を取り出し、それを今度こそリリィに当てるべくかまえた。しかし、

 

「別の殺気・・・」

 

 背後から強烈な殺気を感じてナタをかまえ、リリィを牽制しつつも目線を向けた。

 

「アイリア、久しぶりだな」

 

「イゴール!!」

 

 アイリアはナイフと共に一気にイゴールとの距離を詰め、その喉元を裂こうとするが軽い身のこなしで回避される。

 

「遅れてしまい申し訳ありません、リリィ様」

 

「いえ、よく来てくれたわ・・・」

 

 後一歩遅かったらリリィもやられていただろう。

 

「コイツは私に任せてください」

 

「ほう、やるってか?」

 

 不敵な笑みを浮かべるイゴールと、それに食って掛かるアイリアは素早い技の応酬を繰り広げながら廊下の奥へと移動し、リリィ達の場所から離れていった。

 

 

 

「シオリ、お願いだから目を覚まして・・・」

 

 弱弱しい呼吸はいつ止まってもおかしくない。だがパニック状態のリリィはこの戦闘中にどうしていいのか分からず、ただ詩織の名を呼ぶことしかできなかった。

 

「リリィ様!」

 

「ミリシャ・・・シオリが・・・」

 

 アイリアから遅れて到着したミリシャはリリィから事情を聞いて険しい表情になる。

 

「なるほど・・・恐らく、それは身体の自由を奪う毒でしょうね」

 

「そうなの?」

 

「似た物を書物でみましたわ。これなら処置できると思うので、そこの部屋にシオリ様を運びましょう」

 

 頷いたリリィは詩織をかついで近くの部屋へと運び入れる。ここなら戦闘の影響も受けにくいだろう。

 

「待ってくださいね・・・」

 

 いつも持ち歩いているカバンから器具といくつかの薬物を取り出し、調合の準備を始めた。

 

「今から解毒薬を調合しますわ」

 

「すぐできる?」

 

「はい。簡単な物ですから・・・これで!」

 

 そう言っている間に解毒薬を完成させる。博識で器用なミリシャだからできる芸当だ。

 

「これなら効くはずですが・・・」

 

「目を覚まして・・・シオリ・・・」

 

 口に無理矢理押し込んで水で流す。窒息の危険もあるが、この際には仕方がない。

 

「この毒は生物の自由を奪うのを主眼にしており、致死性は低い物です。しかし多量に吸い込んだ場合、身体機能の著しい低下を招いて最悪の場合は・・・」

 

「・・・死ぬ?」

 

 ミリシャの小さな頷きにリリィは絶望する。戦場にいる以上、死は隣り合わせだと分かってはいるのだが・・・

 

「解毒薬が効くのを期待しましょう。今は、それしかできることはありませんわ」

 

「・・・」

 

 リリィの中でイゴールへの憎悪が急激に増していく。大切な人をこんなにも気づ付けた相手を許すなどできないことだ。

 

「ミリシャ、シオリのことを頼んだわね」

 

「どうなさるおつもりですか?」

 

「アイリアの援護をするのよ。今も一人で戦っているわけだし、きっと助けが必要だもの」

 

「分かりましたわ。シオリ様は任せてください」

 

 ベッドで眠っているリリィに詩織がしたように、リリィは詩織の頬をゆっくりと撫でた後、剣を片手に部屋を出る。

 

「今、行くわ・・・」

 

 光の無い瞳がイゴールを探す。これ以上仲間を傷つけさせるわけにはいかない。

 

「必ず打ち倒す!」

 

                   -続く-



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第18話 過去との決別

 屋敷に舞い戻ったアイリアは因縁の相手であるイゴールとの決着を着けるべく、両手に握ったコンバットナイフを振りかざす。

 

「動きは昔と変わらないな、アイリア」

 

「忘れてくれていればよかったのに!」

 

「忘れもしないさ。それより、どうだ?また俺の元で働く気はないか?」

 

「どうして貴様の元に戻ると思った!?」

 

 不快感は限界を突破しており、吐き気すらも催しそうなほどだ。だが、イゴールへの怒りや、リリィへの忠誠心がアイリアを支えている。

 

「楽しかっただろう、あの日々は」

 

「私にとっては忌まわしい過去でしかない!」

 

「そうか?お前は俺に仕えることができて幸せそうに見えたがな」

 

「それは貴様の感性が死んでいるからそう思うのだ!」

 

 ナイフは正確にイゴールの心臓を狙うが、アイリアの動きのクセを知っているイゴールはナタで的確に防御を行う。

 

「確かに俺は他の人間とは違う。だからこそ、他者とは違う世界を見せてやることだってできる」

 

「そういう傲慢さが嫌いなんだよ!」

 

「傲慢ではないよ。ツマラナイ生き方をするより、生きている喜びを感じられる世界で俺はトップになれるだろう。その選ばれた資格があるのが俺だし、アイリアだってこちらの世界でなら充分にやっていける才能がある」

 

「選ばれた資格だと?貴様はただの犯罪者に過ぎん。それも、自己顕示欲やプライドの高い厄介なタイプのな!」

 

 イゴールの言葉はアイリアには通じない。この男を討ち倒し、ラドロの風を叩き潰すことでしか過去を清算する手立てはなく、後戻りするという選択肢などは絶対にないのだ。

 

「そうか。キミにはがっかりだよ。あんな王女様の元でたるんだ生活をしているから、俗な考えしかできないのだな」

 

「貴様!!私はともかく、リリィ様の事を悪く言うのは勘弁ならん!!」

 

「見上げた忠誠心だ。それを俺に向けてくれれば・・・」

 

「くどいぞ!」

 

 両者の魔具がぶつかり、甲高い金属音が狭い廊下に反響して響く。

 

 

 

「そこね、アイリア」

 

 負傷した詩織をミリシャに託したリリィはアイリアとイゴールの戦闘に割って入る。

 

「待たせたわね」

 

「リリィ様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「謝ることはないわ。共にこの悪党を成敗しましょう」

 

 アイリアよりも凄まじい殺気を纏うリリィが剣を携えてイゴールに立ちはだかり、滾らせた魔力はオーラのように見えるほどであった。

 

「王女様のお出ましか。いいだろう、かかってきな」

 

「言われなくても。アンタだけは絶対に容赦しないから」

 

 発光する剣の残光が剣筋を描く。それを見てイゴールは回避を行うが、その回避先を読んだアイリアの攻撃が炸裂する。

 

「ちっ、スピードが上がっているな・・・」

 

 肩を少し斬られるが膝をつくほどのダメージではない。イゴールにとっての問題は、先ほどよりもアイリアとリリィの機動力があがっていることだ。気力でこうも戦闘力が変わるものなのかと驚きつつ、人としての感情に大きな欠損のあるイゴールには何故それが可能なのか分からなかった。

 

「言ったでしょう?容赦しないって。わたしのシオリを傷つけた相手は全力で叩き潰す」

 

 魔力の残量だとかを気にすることもなく、ここで全てを使い切る勢いでリリィは攻勢をかける。それはアイリアも同じで、リリィを守りながらイゴールを倒すためなら何も惜しむものはない。

 

「そこまであの女が大切なのか?」

 

「そうよ。この命に代えたって救いたい。そう思わせる相手だもの」

 

「自分の命より大切なのか・・・くだらんな。他人とは自分に隷属させるだけの駒にすぎん。国民の上に立つ王女であれば、それが分かるだろう?」

 

「バカにしないでよね。わたしにはアンタのような考えはない。タイタニアの国民は同志であり、共に未来に向かう仲間であるのよ。決して隷属させて従わせる気はないし、我がスローン家はそのような堕ちた者の集まりではないわ」

 

「キレイごとだな」

 

「違うな。これが真実なのよ。そしてアンタのような秩序を乱す者に鉄槌を下すのも、我らスローン家の使命である」

 

 リリィの剣幕に押されたイゴールに少しの隙ができた。それを見逃さないアイリアは特攻をかける。

 

「なにっ!?」

 

「自分を否定されたことのない男には、リリィ様の言葉は少し刺激が強すぎたようだな」

 

 ナイフの一本がイゴールの腹部に突き刺さる。噴き出した鮮血が廊下に飛び散り、信じられないという驚愕の表情を浮かべながら後ずさりした。

 

「こうもやられるとは・・・」

 

「戦場を遊びの場にしている貴様には相応しい最期だ」

 

 アイリアがトドメを刺すべく近づくが、

 

「俺はお前の手によって死ぬのではない。自ら終わりにするのだ」

 

 窓を突き破って地面へと落下していく。いくら適合者とはいえ、建物三階から落ちれば死は免れられないだろう。

 

 

 

 

「面白いことになったな」

 

 テナー家の近くで戦闘の推移を観察していた魔女ルーアルが敷地内に侵入する。だが、盗賊との戦いに集中する適合者達はそれを見ておらず、易々と屋敷へと到達した。

 

「ここで終わるにはもったいないと思うが」

 

「・・・誰だ・・・」

 

 ガラス片と共に地面に横倒れになっているイゴールを見下ろしながら、ルーアルはダークオーブを手にしていた。

 

「どうだ、力が欲しいか?」

 

「何の・・・だ・・・」

 

 全身を強く打ったイゴールは瀕死であり、意識は朦朧としている。

 

「世界を変えるかもしれない力だ」

 

「・・・よく分からんが、よこせ・・・その力とやらを・・・」

 

「いいだろう。この私を存分に楽しませよ」

 

 ダークオーブをイゴールの胸へと押し当てると、まるで吸収されるように体内に収まる。物理を無視したその現象を科学者が見たらひっくり返ることだろう。

 

「うぐぅ・・痛えな・・・」

 

 そんな呟きを最後に、真っ黒いオーラに包まれたイゴールの体は変形していく。かろうじて人型であるものの、腕が伸びて手は巨大な鉤爪となり、背中からは一本の触手が生えて先端に歪な魔弾発射口をそなえている。

 

「うーむ・・・またダークオーブの調整に失敗してしまったか」

 

 理性を感じさせない怪物になったイゴールを見てため息をつきつつ、ルーアルはダークオーブの力を制御しきれない事への苛立ちも募る。本当なら人としての姿と思考を残しつつ、強大な力を発揮できるようになる予定であったのだ。

 

「だがまぁ・・・いいサンプルにはなる」

 

 

 

「貴様!そこで何をしている!」

 

 転落したイゴールを追ってきたアイリアとリリィは人にも似た怪物とローブに身を纏った不審者を発見する。

 

「おやおや。お早いお出ましで・・・」

 

 ルーアル自身がここでアイリア達と交戦することもできたが、それをシエラルに見られるわけにはいかない。何故なら、皇帝に仕えるルーアルという存在をこの場で唯一知っているのはシエラルだけであり、彼女に見られるということは今後メタゼオスでの活動に大きな制限を背負うということなのだ。

 

「遠くから見物するか・・・」

 

 だったら表に出てくるなという話だが、調整したダークオーブを試したかったし、詩織の魔力を近くで感じたいという思いからの行動だった。それに、騒動に首を突っ込むのも、自分で起こすのも好きな性格の彼女が引っ込んでいるというのは無理なことなのだ。周りの人間にしたらかなり迷惑な話だが。

 ルーアルは逃走し、残されたイゴールの変化体が咆哮を上げて地面を踏みつける。

 

「イゴールなのか・・・?」

 

 面影はあるものの、まるで魔物のようになった容姿には人間だった時の生気はない。

 狂気そのものと言えるほどのプレッシャーと嫌悪感が二人を襲う。

 

「こいつから感じる魔力は・・・」

 

「あのオーネスコルピオの異常種と同じに思えますね」

 

 大きな鉤爪や触手のせいで鈍重そうに見えるが、実際には機敏な動きで迫りくる。元となったイゴールの特性もきちんと引き継いでいるのだろう。

 

「この化け物め!!」

 

 アイリアがイゴールの腕をナイフで切り裂くが、血が一瞬噴き出しただけですぐに再生してしまう。

 

「やはりダークオーブの力か。脅威的な再生力だ」

 

 こうなれば頭部か心臓といった致命傷となる部分を攻撃するほかない。だが、頭部の周りは触手がガードしているし、胸も異常発達した肉が分厚く覆っているためにダメージを通しにくくなっていた。

 苦戦は免れられないなという焦りにも似た感情を心に留めながら、いかにしてリリィを守りながらこの怪物を倒すかを思案する。

 

 

 

 そんな中、負傷した詩織が目を覚まして自分の置かれている状況を確認する。解毒薬を投与されたことで回復も早かったようだ。

 

「良かった!目を覚まされたのですね」

 

「ココハドコ・・・ワタシハダレ・・・?」

 

「ここは我がテナー家の屋敷で、あなたはシオリ様ですわ」

 

「そうだったね・・・」

 

 寝かされていたベッドから立ち上がり、まだ少し痛みのある頭を振って意識を集中する。

 

「まだ戦闘は続いてる?」

 

「はい。先ほどリリィ様がアイリアさんの援護に向かいましたわ」

 

「なら、私も行かなきゃ」

 

「お体は大丈夫なのですか?もしまだ辛いなら安静にされたほうが・・・」

 

「ううん、大丈夫。リリィ達が頑張っているのに休んでられないよ」

 

 聖剣を握り、扉を開けてリリィの姿を探す。

 

「あそこか」

 

 変な魔力のする外に目を向けると、そこには人型の怪物と交戦するリリィ達の姿があった。どうやら苦戦しているらしく、敵の攻撃を回避するのに必死に見える。

 

「今行くよ!」

 

「わたくしもお供いたしますわ」

 

 二人は道中ラドロの風の適合者を倒しつつ、階段を駆け下りていく。

 

 

 

 

「ちっ・・・こうも攻撃が効かないとは」

 

 致命傷を与えることができず、一進一退の攻防を続けているが、それも長くは保たないだろう。体力の問題で化け物に敵うわけがない。

 

「こうなれば、シエラルに援護を頼むしかないかな」

 

 そのシエラルは屋敷内でラドロの風と交戦中で、リリィ達の窮地には気づいていなかった。

 イゴールの魔弾がリリィの至近距離に着弾し、軽いリリィの体は吹っ飛ばされて地面に転がる。

 

「リリィ様!」

 

 急いでアイリアが救護しようとするが、その一瞬意識がリリィに向けられたことでイゴールの動きを見逃していた。振り回された巨大な鉤爪の一撃で弾き飛ばされてしまう。

 

「うぁ・・・」

 

 体に痛みを感じつつも立ち上がろうとする。しかし上手く歩くこともできず、足を痛めたらしいリリィの元に向かうイゴールを止めることはできそうにない。

 このままでは目の前でリリィが殺されてしまう。

 

「リリィ様、早くお逃げください!!」

 

 リリィは足を引きづりながら這うが、間に合いそうにない。

 

「そんな・・・」

 

 鉤爪が振り下ろされようとした、その時、

 

「させない!!」

 

 勢いよく飛び出してきた詩織が聖剣で鉤爪を弾く。鈍い金属音が響き渡り、イゴールは後ろによろけた。

 

「間に合った・・・」

 

「シオリ!意識が戻ったのね!」

 

「うん。ゴメン、待たせたね」

 

 詩織は動けないリリィの前に立ち、敵に向き合う。ミリシャもアイリアの元に駆け寄った。

 

「アイリアさん、お怪我は?」

 

「少し体が痛いが、すぐに良くなるはずだ」

 

「わたくしが守りますから、無理はしないでください」

 

 負傷者がいるとはいえ、これで四対一となった。状況はリリィ達に有利になったのには違いない。

 

「一気にケリを付ける!」

 

 詩織が聖剣を腰だめにかまえて突っ込んでいく。

 

「援護しますわ!」

 

 ミリシャの杖から放たれた魔弾が炸裂し、イゴールの左腕を粉砕した。当然再生が始まるが、これは倒すための攻撃ではない。

 

「今っ!!」

 

 聖剣グランツソードが一閃。残った右腕の鉤爪を破壊し、そのまま流れるように追撃をかける。

 

「終わりだ!!」

 

 振り下ろされた聖剣がイゴールの胸部を切り裂くが、その傷は思ったよりも浅い。心臓には達していなかったのだ。

 

「くっ・・・」

 

 イゴールの背部から伸びる触手によって詩織は地面に押し倒されるが、勝ちを確信していた。なぜなら・・・

 

「直撃をかける!」

 

 アイリアがすでに敵の懐に潜り込んでいたからだ。詩織にトドメが刺される前に、アイリアの攻撃がヒットするのが先だろう。

 

「イゴールよ、さようならだ」

 

 すでに修復されかけていた胸の傷を抉るようにコンバットナイフが突き刺される。その突き出された腕に力を込め、刃先が心臓を裂く。

 

「届いた・・・!!」

 

 イゴールは獣のような咆哮を上げ、その場に倒れた。いくらダークオーブで強化されたとはいえ、生命維持に必要不可欠な心臓を破壊されればひとたまりもないのだ。

 

「シオリ、大丈夫か?」

 

「うん。怪我はないよ」

 

 アイリアが差し出した手を掴んで立ち上がった詩織はイゴールの亡骸へと近づき、ダークオーブの摘出を行う。

 胸にかざされた手に反応するように傷口から真っ黒なオーラを纏うダークオーブが浮上する。

 

「この力はやっぱりコレが原因だったんだね」

 

「そのようね。そういえば、わたし達が駆け付けた時、怪し気なローブを羽織ったヤツがいたのよ。多分ソイツがこの男にダークオーブを埋め込んだんじゃないかと思う」

 

「となれば魔女ってことか」

 

「その可能性は高いわ」

 

 以前戦ったオーネスコルピオの異常種との関連は不明だが、何者かがダークオーブを使って悪さをしているのは間違いないことだろう。その人物を問い詰めれば昨今の異質の魔素に関する情報も得られるかもしれない。

 こうしてイゴールが完全に倒されてから間もなく、屋敷内に侵入したラドロの風も撃破されてようやく静けさが戻って来た。

 

 

 

 

 屋敷での戦闘の翌日、捕らえたラドロの風のメンバーからアジトの情報を訊き出してその場所に向かい、残った者達の捕縛に成功した。司令塔のイゴールを失ったことで統制が効かず、混乱の中で皆投降することを選んだのだ。

 

「やっと一件落着ね。もうラドロの風は消滅したし、復活することもないでしょう」

 

「後は魔女らしき人物を探して捕まえれば完璧だね」

 

「えぇ。でも今は追いようがないから、手がかり探しからスタートね」

 

 相手の正体も分からないので追跡しようもない。だが、きっとそう遠くない未来で再び会うだろうなという確信があった。

 

「これでアイリアも過去の亡霊達とお別れすることができてよかったわね」

 

「はい。もう心残りはありません。これもリリィ様のおかげです」

 

「わたしは何も。それより、シオリのおかげよ」

 

 途中気絶していたので、詩織的にはそんなに貢献できたとは思っていなかった。

 

「確かに、シオリには助けられた。礼を言う」

 

「アイリアからそう言ってもらえて嬉しいよ」

 

「な、何故?」

 

「普段は言わなそうだからかな。これからは積極的に褒めてくれていいんだよ?」

 

「ふんっ、今回は特別だ。リリィ様のことも守ってくれたしな」

 

 そっぽを向いたアイリアの耳が赤いのを詩織は見逃さない。間違いなく照れている。

 

「ねぇ、わたしからの褒め称えには嬉しくならないの?」

 

「えっ?」

 

「だって、今シオリが反応したのはアイリアの言葉だけだもの」

 

「ちゃんと嬉しく思ってるよ」

 

「ならもっと喜んでよ」

 

 面倒な恋人みたいなことを言い出すリリィに、思わず詩織は笑いだす。

 

「な、何がオカシイのよ?」

 

「だって、リリィったらヤキモチ妬いてるでしょう?」

 

「そ、そんなことはないわ!」

 

 嘘である。

 

「リリィ様を困らせるな」

 

「ひぃ~」

 

 アイリアの鋭い視線に思わずビビった詩織はリリィの後ろに隠れる。

 

「まったく。今度からはちゃんと、リリィ様にお褒め頂けて光栄ですって言うのよ?」

 

「えぇ・・・」

 

「言ってくれないといつまでもダダこねるから」

 

「それはそれで可愛いから見たいかも」

 

 ともかく、ひと時とはいえ平和が訪れて良かったと思う詩織。この仲間達となら、更なる困難だって乗り越えられるだろう。

 

                -続く-



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第19話 嵐の前の静けさ

 ラドロの風を壊滅させた詩織達はケイオンから王都へと帰還し、国王デイトナに報告を済ませる。これだけの戦果を挙げることができたこともあり、厳格そうな国王の口からも称賛の言葉が贈られた。

 

 

「これでボク達は一度メタゼオスに帰るよ」

 

「そう。まぁ、色々と助かったわ」

 

「それなら良かった。リリィにはシオリという優秀な助っ人もいることだし、彼女にならキミを安心して任せられるな」

 

「まるでわたしがアンタのモノみたいな言い方だけど、婚姻の話は承諾してないことをお忘れなく」

 

「分かっているよ。ボクはキミの意思を尊重する気だから安心してくれ」

 

 シエラルは今回の遠征でリリィとの婚姻の話も進める気でいたのだが、無理強いしようとは毛頭考えていない。これはいわゆる政略結婚としての意味合いが強いもので、政治的観点から見ればわがままを言っている場合ではないのだが、王族とはいえ個人の意思が重んじられるべきだという思いもある。

 

「父にもうまく言っておくよ」

 

「頼んだわ。わたしは人妻になる気は今のところ無いってね」

「フッ・・・強気なキミはきっとパートナーを尻に敷くタイプになるだろうね」

 

「失礼な。尽くしたい相手ならば、まるで淑女のように振る舞うから」

 

「そんなキミも見てみたいものだな」

 

「見れる可能性があるのはそれこそシオリくらいよ」

 

「だろうね」

 

 シエラルは華麗に馬へと搭乗し、手綱を握る。

 

「では、また」

 

「気を付けて帰んなさいよ」

 

 まるで慣れているかのようにウインクを飛ばし、そのまま部隊を引き連れて城を後にする。先程までツンケンしていたリリィは温かい表情でそれを見送った。

 

「さて、シオリに甘えに行くか」

 

 

 

 

 タイタニアでの任務から久しぶりにメタゼオスに帰還したシエラルだが、暗い表情を張り付けており、あまりいい気分ではないのが分かる。それもそのはずで、自らの父である皇帝に会いたくない一心からである。

 

「それで、例の異世界人について聞かせてもらおうか」

 

 そもそも今回の遠征は魔物が増殖して困っているタイタニアの援護というのは表の名目で、本来の目的は詩織の観察であった。

 

「彼女は適合者としては半人前ですが、その特殊な力を上手く利用していますし、リリィ・スローンや仲間のために奮闘する姿は勇者と呼ばれる素質があると思いますが・・・」

 

「そういう抽象的な事を聞きたいのではなく、具体的な力について知りたいのだが?」

 

「具体的・・・シオリは聖剣を起動して扱いこなしており、大型の魔物を一撃で粉砕するなどの戦果をあげています。それに、ダークオーブと言われる暗黒の魔結晶に触れても問題ないなど、その特異性は確認できましたが」

 

「そうか。ふむ、ダークオーブに触れても問題ないのか・・・」

 

 ダークオーブがまだ存在していることに驚くのではなく、それに詩織が接触しても問題ないことに感心があるようだ。そのことに少しの違和感を感じたシエラルだが、この場で追及はしなかった。まさか、皇帝自身が暗躍しているなど想像もつかないことであるからだ。

 

「もう下がっていいぞ」

 

「はい、失礼いたします」

 

 少しでもこの苦手な相手と距離を取りたいので早足で退室する。部屋を出た後でリリィとの婚姻について話してないことを思い出したが、すぐに再入室する気にもならず、人にどうこう言えるほど自分も大した人間ではないなという自嘲しながら歩き去った。

 

 

 

「お帰りなさいませ、シエラル様。ご無事なようで何よりです」

 

 皇帝の謁見室から自室に帰る途中、シエラルはルーアルにそう声をかけられる。絶対に心にも思ってないなというのが丸わかりな態度にシエラルは呆れるが、それに言及する前に彼女に訊きたいことがあった。

 

「ルーアルは魔術の歴史について詳しかったな?それならダークオーブという魔結晶を知っているか?」

 

「と、唐突に何故でしょう?」

 

「知っているか?」

 

 不機嫌さを隠さないシエラルの圧に押されてルーアルは仕方ないという感じに頷く。

 

「ダークオーブとは、かつてドラゴ・プライマスの配下にいた魔女が使っていたものであったと記憶しています」

 

「そうらしいな。それがタイタニアで発見されたのだ。しかも、魔物や人体に取り込まれた状態で」

 

「そ、そうですか」

 

「でな、リリィが魔女にも思える不審者を見かけたそうなんだ。ダークオーブに侵食された人間の近くに」

 

「はえ~、物騒な世の中ですね」

 

「・・・その不審者は黒いローブに身を包み、目深にフードを被っていたので人相はよく分からなかったそうだ。まるでルーアルのように」

 

「まさか、私をお疑いなのでしょうか?」

 

 犯人だとバレているのかと一瞬身構えたルーアル。

 

「いや、そうではない。が、何か知っていることがあるのではと思ってな」

 

「なるほど~・・・いえ、私にもよく分かりませんね。それに私のような恰好をした人間は珍しいですがゼロではありません。タイタニアの国中を探せば、見つかるかもしれませんよ」

 

「そうだな」

 

 シエラルにしてみればルーアルは怪しさの塊だ。親交が深いわけではないが、その胡散臭さは伝わってくるし、表情も見えないので何を考えているのかさっぱり分からない。そもそも、どのような経緯で皇帝に仕えるようになったかすら知らないのだ。

 

「では、私はこれで・・・」

 

 急いで皇帝のいる謁見室に向かうルーアルを見送りつつ、今後どう立ち回ればよいかを考えるシエラルだが、この暗い廊下のように先は見えなかった。

 

 

 

「ナイトロ様、どうやらシエラル様は私を疑っているようです」

 

「貴様のうかつな行動のせいだ。計画に支障が出たらどうするつもりだ」

 

 ルーアルの悪行が発覚すれば皇帝との繋がりも当然詮索されるだろう。そうすれば皇帝自身の裏の顔も露見し、ゼオン家は滅亡の道を辿ることになるのは間違いない。

 

「申し訳ありません。しかしダークオーブの実証試験や、シオリという異世界人の調査のためにはリスクも承知していただかないと」

 

 開き直るように言うが、実際にはルーアルの好奇心や余計な行動のせいだ。

 

「なら・・・」

 

 少し沈黙して何かを思いついた皇帝ナイトロは一つの案を提示する。

 

「むしろお前自身が注目を引きつければいい」

 

「どういうことです?」

 

「お前がダークオーブを用いて脅威をまき散らす者で、皇帝を利用して悪事を働いていたという設定にして皆に認知させるのだ。そうすれば多少の責任追及はあるだろうが、ワタシが黒幕という疑念はもたれん」

 

「この私を切り捨てるおつもりですか?」

 

「そうではない。これも目的達成のためだ。お前に注意が向けられていればワタシも動きやすいからな」

「私はデコイということですか」

 

 少々納得のいかない感じのルーアルであったが、派手に動けるほうが性に合ってる。

 

「お前とて、今のように行動が制限された状態より好きに暴れたいだろう?」

 

「そうですね。最近はこそこそ隠れることばかりで鬱憤が溜まっていましたから」

 

「なら丁度いいな。だが、あまり軽率に行動するなよ。ボロがでたら困る」

 

「はい、承知しております。では、今後連絡がある際は使者を送ります」

 

「あぁ。こちらから接触をする際も同じようにしよう。それと、必要なものがあるなら持って行くがいい」

 

 軽くお辞儀をしてルーアルは去る。彼女にとって皇帝は目的を同じにした同盟者ではあるが服従する相手ではない。その点では、ルーアルが皇帝を利用しているというのは間違いではないのだ。

 

「さて、楽しくなりそうだ・・・」

 

 メタゼオスの財産を使いつつ好きに行動できるお墨付きを貰えたのだ。それで準備を整え、ダークオーブの真価を発揮できるよう研究すればいい。後は詩織を解析できれば尚の事目的に近づけるだろう。

 

「シオリとやら・・・待っていろよ」

 

 異世界から来たりし勇者と言われる適合者のことを思い浮かべながら、気味の悪い薄ら笑いが漏れていた。

 

 

 

 

「うへへぇ・・・シオリの太もも暖かい・・・」

 

「とても一国の王女サマとは思えないな・・・」

 

 城の敷地内にある花畑の隅にて、リリィは詩織に膝枕をしてもらっていた。心地よい日差しのなか、こうして詩織に甘えている時間は何より至福なのだ。

 

「最近は戦闘も多かったし、落ち着ける暇があまりなかったんだもの。これくらい許されるわ」

 

「頑張ったもんね?」

 

 ラドロの風討伐任務を提案して主導したのがリリィだ。それを成功させることができたわけだし、肩の荷もおりたのだろう。

 

「なるべくなら、何かトラブルに巻き込まれないよう静かに二人で暮らしたいわね」

 

「それもいいかもね」

 

 元の世界に帰ることなどすっかり忘れていた詩織だが、いずれは帰ることになるのかと何故か複雑な気持ちになる。この世界に愛着が湧いたというのも事実だが、実際にはリリィとお別れしたくないのだ。

 その詩織の気持ちに気がついたのか、リリィが何か言いかけた。その時、

 

「こんなところでイチャついてる暇があるなんて羨ましいわね」

 

「んっ?」

 

 聞きなれない声でそう言われて詩織が振り返ると、そこにはリリィに似た人物が立っていた。気を緩めていたせいで接近に気づかなかったが、もしこれが戦場なら詩織は死んでいたかもしれない。

 

「ア、アイラお姉様。いつお戻りになったんですか?」

 

 リリィは相当に慌てた様子で立ち上がる。

 

「ついさっき。で、アンタの話を聞いて探してたのよ」

 

「そうですか・・・」

 

 あまりリリィは嬉しそうではないが、どういう関係なのか気になった。

 

「あの人は?」

 

「スローン家の次女、アイラ・スローンよ。ほら、前に言ったもう一人のわたしの姉の」

 

「なるほど。どうりで似ているんだ」

 

 アイラはリリィよりも身長が少し高く、顔つきも似ているとはいえ少し雰囲気が違っている。

 

「で、アンタがシオリとかいう異世界の適合者なの?」

 

「はい、そうです」

 

「ふーん・・・結構可愛いわね」

 

 リリィと感性が同じなのか、詩織の顔を観察してそう呟く。

 

「気に入ったわ。じゃ、この娘はアタシが貰っていくから」

 

「えっ、ちょ」

 

 突然腕を掴まれて詩織はそのまま連れていかれそうになるが、リリィがアイラを引き留めようとする。

 

「待ってください!貰っていくってどういうことですか?」

 

「そのまんまの意味よ。だってアンタにはもったいないでしょう?かつての勇者と同じ力を持つ特殊な適合者なんて扱いこなせるわけがない。自分のへっぽこ具合を理解してないの?」

 

 それを聞いて無性に腹が立った詩織が足を止め、掴まれた手を振りほどく。リリィが悪く言われるのは相手が誰であろうと気に入らない。

 

「リリィはへっぽこなんかじゃありません。立派に戦っていましたし、私が生きて帰れているのもリリィのおかげです」

 

「ふーん?」

 

「ちゃんとリリィの頑張りを見てから判断してほしいです。それに、私がこの世界で頑張れるのもリリィと一緒だからです」

 

「言うわね。このアタシに口答えするとは」

 

「す、すみません・・・」

 

 王族の人間に対して言いすぎたかと少し焦るが、黙っていられなかったのだから仕方ない。自分でも驚くくらい言葉が勝手に口から出たわけで、冷静ではなかった。こうもリリィを必死に庇うのはまるでアイリアのようだなと詩織は自分の行動に笑いそうになる。

 詩織の言葉に気力を回復させたリリィがアイラの前に立ち、強気にでた。

 

「そもそもシオリはわたしに一生忠誠を誓い、我が剣として戦うと宣言しています。シオリは騎士ではありませんが、その誓いを阻害するような無粋なマネはアイラお姉様はなさらないでしょう?」

 

「えっ?」

 

 大きな嘘である。そんな宣言はしたことないのだがとリリィに目線を送るが、ここは任せとけとばかりにリリィはウインクする。

 

「まぁいいわ。そこまで言うのなら、リリィがどれほどできるか見せてもらいましょうか」

 

「どうやってです?」

 

「集落の一つが滅亡したという噂を耳にしたの。で、その調査を行おうと思っているんだけど、それに同行してもらうわ。アタシの部隊は遠征で損害が出たから人手不足なのよ。それに生還した者達も長い戦いで疲れているだろうし、ここはアンタ達に主力を担ってもらう」

 

「部下にはお優しいんですね?」

 

「そりゃあ部下を大切にするのが上司でしょう?」

 

 だったらリリィに対してももうちょっと優しく接すればよいのではと詩織は思うが、家族だからこその距離感というものがあるのだろう。

 

「明日には出発するから、準備しておきなさい。お父様にはアタシから話を通しておくわ」

 

 それだけ言い残して立ち去り、詩織とリリィがその場に残される。

 

「リリィ、私はいつ一生仕えると忠誠を誓ったっけ?」

 

「うーん、シオリがこの世界に来た時かな」

 

「凄い嘘だ・・・」

 

「だって、そうでも言わなきゃシオリが連れていかれちゃうと思って。もしかして、アイラお姉様のほうがわたしよりよかった?」

 

「そんなことはないよ。リリィと一緒に居たい決まってる」

 

「えへへ、そうよね」

 

 嬉しそうなリリィの笑顔を見れば嘘だって気にならない。

 

「さて、アイリアとミリシャにも伝えてこないとね。明日出撃だって」

 

「そうだね。アイラさんに認められるように頑張ろうね」

 

「えぇ。シオリが居てくれるし、全力で臨むわ!」

 

 

            -続く-



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第20話 濃霧のベルフェン

「さて、では今回の任務について説明するわ」

 

 アイラと共に調査を行うことになり、詩織は会議室の一つに招集された。メンバーは詩織を含めたリリィのチームと、アイラとその部下が四人だ。

 

「我がタイタニアの集落の一つであるベルフェンへと赴き、そこの現状調査を行うわ。アタシの聞いた情報によると、ベルフェンとの連絡は完全に途絶えており、心配になって様子を見に行った近隣の町の衛兵達も帰ることはなかったそうよ。昨今は魔物が増殖していて、その凶暴性も増しているわ。もしかしたらそうした魔物の襲撃を受けた可能性もあるし、なんにせよ確かめる必要がある」

 

 詩織の頭に思い浮かんだのはダークオーブで異常成長を遂げた魔物達の姿だった。ただでさえ魔物は脅威であるのに、ダークオーブで強化された魔物に襲われればただでは済まない。村や集落を容易に滅亡させるだけのパワーがある。

 

「今回はこの場にいる者達で現場に向かう。シオリという新戦力もいることだし、頭数は決して少なくない。臆することなく任務に取り組むように」

 

 適合者が九人もいれば戦力としては充分に高い。不測の事態にも対応出来得るはずだ。

 

「というわけだけど、リリィ達もオーケー?」

 

「はい。わたしのチームの準備は問題ありません」

 

「なら結構。では各自装備を整えて門へ」

 

 戦闘があるかは分からないが、これまでだって生きて帰れたのだから今回も大丈夫だろうという自信が詩織にはあった。しかし、戦いとは予期せぬことが起きるもの。その油断が命取りにならなければいいのだが・・・

 

 

 

 

 そうしてすぐに出発し、日をまたいでベルフェン近くまで到達した。こうも時間がかかるのは馬車だからであるが、そろそろこの移動にも詩織は慣れてきている。

 

「これは霧か?」

 

 山岳を抜けてベルフェンに近づくにつれて薄い霧のようなモヤがかかる。薄気味悪く、まるでホラー映画の演出のようだ。

 

「足場が悪い・・・ここからは徒歩で向かうわよ。ベルフェンはもう近いはずだし」

 

 馬車とその見張り二人を残し、他の適合者達は周りを警戒しながら先へと進む。どこから襲われてもおかしくない雰囲気に皆の緊張感が高まる。

 

「はぐれないようにね。視界があまり良くないから、離れたら探すのも一苦労だし」

 

「うん」

 

 自然に詩織とリリィは手を繋ぎ、互いを見失わないよう力を入れた。この不気味さへの恐怖を和らげる効果もあるだろう。

 

「何か見つけたら知らせるようにしなさい」

 

 アイラが先頭を歩き、部下や詩織達はそれに続く。今のところ霧以外は変わったこともない。

 

 

 

「さて、ここがベルフェンの入口だけど・・・」

 

 歩き続けて数分、看板を見つけて一行は立ち止まる。そこには大きな文字で”ようこそベルフェンへ!”と書かれていた。どうやらここが集落の入口らしい。

 

「さっそく集落の中に入るわよ」

 

 霧は相変わらず視界を狭めており、それを鬱陶しく思うがどうしようもない。

 

「人の気配はないけど、変な魔力のようなものを感じるな」

 

「どの辺から?」

 

「この集落全体かな」

 

 感じたものを具体的には判別できないが、確かに詩織は普通ではない何かの気配を察知した。それをアイラに報告する。

 

「確かにこの集落には何か魔力のよどみのようなものを感じるわね。でもそれが何か分からない以上、見て回るしかないわ。誰か住人に会えればいいんだけど、全くみかけないし」

 

 異常事態が起きているのは確かだが、その原因は不明だ。これなら凶暴な魔物を相手にするほうがまだ楽だろうなという思いさえ浮かぶほど、事態の把握が難しかしい。

 

 

 

「うーむ・・・人は本当にいないようだ」

 

 大声で誰かいないか声かけするものの反応はない。静まり返り、鳥の鳴き声がする以外の音は聞こえなかった。

 

「周りの建物を一個づつ調べていこう」

 

 アイラの先導でまずは目立つ役所の中へと入る。普段なら職員がいるであろうカウンターは無人で、割れたコップが近くの床に落ちていた。

 

「荒らされたというほどではないけど、物が散乱しているわね。何かと争ったのかしら」

 

 リリィが周囲を見回すが、血などは確認できない。魔物と交戦したならば血痕くらいあってしかるべきだろう。

 

「慌ててどこかへ避難したとか?」

 

「それもあり得るわ。でも、その避難するきっかけとなった原因の痕跡が全然ないのよ」

 

 冷たい空気が皆を包む。ここにいるのは危険だと感じるような不穏さを孕みながら。

 

「この建物は三階建てね。アタシ達は一階を見るから、アンタは部下と二階を調べて」

 

「分かりました」

 

 リリィのチームは階段で二階へと上がり、扉が開きっぱなしの部屋に入る。

 

「この部屋も無人・・・本当にどうしてこんな」

 

 倒れた椅子を起こしつつ、ミリシャは窓から外の様子を窺う。相変わらず霧が濃いので何も確認できない。

 

「んっ?」

 

 詩織は廊下に物陰が動いたのを視界の端に捉え、部屋からそっと顔を出す。

 

「シオリ、どうしたの?」

 

「今、誰かが通ったような気がした」

 

「誰かしら」

 

 リリィも廊下の先を見つめるが、人などいない。

 

「見間違いかな」

 

「分からないわ。とりあえず、この先に行ってみましょう」

 

 アイリアとミリシャが先行し、その後ろをリリィと詩織の順で進む。その途中で詩織は後ろに気配を感じて振り返る。

 

「・・・えっ?」

 

 そこにいたのは青白い人型であった。だがその顔には目や鼻はなく、歪な形の口しかない。更には足も膝下が薄く透けており、もはや浮いているといってもいい。

 完全に幽霊のような相手に詩織は驚きの声を上げることもできずに絶句する。霊感があるタイプではないはずなのだが・・・

 

「なっ・・・」

 

 その幽霊は詩織に抱き着ついて首筋に噛みついてきた。痛みはないが力が抜けるような感覚があり、詩織の意識は薄れてくる。

 

「シオリっ!!」

 

 異変に気がついたリリィが急いで引き返し、詩織を思いっきり引っ張って幽霊から遠ざけた。

 

「リリィ・・・」

 

 ぐったりとする詩織を抱えつつ、幽霊を睨みつける。

 

「わたしのシオリに抱き着くなんて!!」

 

「怒るところはそこなのか・・・」

 

 すかさずつっこむが、それより敵がどういうものなのかが気になる。

 

「あれは多分イービルゴーストですわ」

 

「どういう敵?」

 

「解説は後で。今はヤツを倒しますわ」

 

 ミリシャの杖から放たれた魔弾がイービルゴーストと呼ばれた敵を粉砕する。

 

「攻撃は効くのね」

 

「あれは魔力の塊のような敵です。霊体でもあり、実体としても存在するのですわ」

 

「さすが詳しいわね」

 

「イービルゴーストは昔に人々を苦しめた魔物。今はもう出現するという話は聞いたことがありませんが・・・どうしてこの集落に」

 

 ミリシャは顎に手を当て考え込んでいるようだ。

 

「普通の幽霊とは違うの?」

 

 回復した詩織が立ち上がり、純粋な疑問をミリシャに問うてみる。

 

「はい、魔物の一種ですので。イービルゴーストは人から魔力や生気を吸い取ってきますの。そしてそれらを吸いつくされると干からびて人からイービルゴーストへと変異してしまうのです」

 

「じゃあ、さっきの私は結構なピンチだったわけだ」

 

 あのまま吸われつづけたら敵のような化け物になっていたわけで、詩織は身震いする。

 

「そうやって仲間を増やすのがイービルゴースト。危険な存在ですわね」

 

「なるほど。それでこの集落に人がいない理由が分かったわ。皆イービルゴーストにされてしまったのね・・・」

 

「恐らくは・・・」

 

 だとするならば、この集落はもう全滅してしまったということだ。

 

「それとわたくしの聞いた話では、イービルゴースト達はクイーン・イービルゴーストという親玉の眷属であり、その指示を受けて動いているらしいですわ」

 

「ということは、そのボスがこの近くにいるかもしれないんだ?」

 

「かもしれません。クイーンはかつて撃破され、それでイービルゴーストは全滅したはずですが、どういう訳か復活してしまったのかも」

 

「異質な魔力のせいかもしれないわね」

 

 ともあれ、どうにか敵を殲滅する必要がある。この集落以外にも被害が出る前に。

 

 

 

「そちらでも敵が出たのね」

 

「はい。アイラお姉様、ここは生存者の捜索を急ぎ、しかるのち後退してイービルゴースト討伐のための対策を練るべきでは?」

 

「そうね。まずは敵を殲滅するよりも生存者救出が優先事項だわ。この集落は広いわけではないから、夜になる前に急いで捜索を行いましょう」

 

 合流したアイラ達と共に別の建物も見て回る。時折イービルゴーストの襲撃を受けるも、連携してこれを撃退していく。

 そうして生存者探しを数時間行ったものの、誰一人として見つけることはできなかった。

 

「イービルゴーストのせいか魔力のよどみがあって人の気配を掴むのも困難だわ。にしても、これだけ探して誰もいないというのだから絶望的ね・・・」

 

 残念だが、もはや生き残った者はいないのだろう。

 

「仕方ないわ。探索はここまでよ」

 

 アイラが空を見上げると、すでに陽が落ちかけているのが分かった。霧のせいで元々暗かったが、更に暗さが増していく。このままでは集落は暗黒に包まれることだろう。

 

「馬車まで退避し、近くの村まで移動するわ。そこで休ませてもらい、明日また出直しましょう」

 

 その指示に皆が頷き、集落の入口まで来たのだが・・・

 

「何、出られない!?」

 

 まるで見えない壁に阻まれているようで、集落の外に足を踏み出すことができない。

 

「ミリシャ、これは?」

 

「恐らくは結界ですわね。それも非常に強力な」

 

「結界か・・・」

 

「この集落を囲うようにして展開されているのでしょうね。わたくし達は閉じ込められてしまったらしいですわ」

 

「結界を解くことはできる?」

 

「これは難しいですわ」

 

 ミリシャは結界に手を当てつつ首を振る。魔術関係に詳しいミリシャでもどうにもできないらしい。

 

「この結界を作った者に解かせるか、倒す他に方法はないかもしれません」

 

「シオリなら破壊できないかしら」

 

「やってみる価値はありますわ」

 

 その場にいる全員の視線を浴びて詩織は顔を赤くする。あまり人に注目されるのは好きではない。

 

「ど、どうすれば?」

 

「シオリお得意の夢幻斬りを最大出力で放つのよ。そうすれば結界も壊せるかも」

 

「なるほどね」

 

 詩織はグランツソードを装備し、魔力を集中させる。

 

「いけっ!夢幻斬りっ!!!!」

 

 閃光が迸り、結界にぶつかる。もの凄い衝撃波が周囲の物を弾き飛ばし、リリィ達もおもわず後ずさった。

 

「やった!?」

 

「・・・いえ、ダメみたいですね」

 

 結界は大きく揺らいだものの健在だ。

 

「これだけの攻撃でも・・・」

 

 詩織はパワーの全てを使い切る勢いで大技を放ったために、立ちくらみがしてよろけて膝をつく。

 

「シオリの力でも破壊できないのなら、わたし達では無理だわ。ここは退きましょう」

 

「そうね。アタシ達も戦闘で消耗しているから、体勢を立て直すためにもこの集落の宿に避難しましょう」

 

 イービルゴーストがうろつく場所にいるのは危険だがこの際仕方ない。詩織は自分の無力さを痛感しつつ、リリィの肩を借りながら宿に向かっていった。

 

               -続く-



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第21話 悪霊を統べし女王

 ベルフェンに張られた結界によって集落へ閉じ込められてしまった詩織達。今のところ打つ手もないので宿へと向かい、そこで対策を考えることにした。

 そんな詩織達一行を結界の外から観察する者がいる。

 

「楽に倒せる相手ではありませんね。いい獲物ですが・・・」

 

 薄汚れた衣服を着るその人物は、何か考える素振りをした後でゆっくりと立ち上がった。自分の判断だけではなく、自らが仕える主にお伺いを立てるべきだと思ってのことだ。

 

 

 

 

「我が主よ、新たな獲物を捕らえました。しかし相手が悪く、私の力だけでは対処しきれません」

 

 ベルフェンから少し離れた場所にある古代の遺跡。そこの一角で先ほど詩織達を監視していた人物が膝をついて事を報告する。

 

「ふむ、どのような相手なのだ?」

 

「あれは王族の者達です。複数の適合者を従えています。恐らくは、このベルフェンでの異常を聞きつけて調べに来たのでしょう」

 

「なるほど。それは逃せない相手だな」

 

 玉座とも思える古くも豪華さを感じさせる椅子の上に出現したのは、詩織達が遭遇したイービルゴーストを巨大化したような魔物だ。人間の三倍は大きいその悪霊こそ、指揮官のクイーン・イービルゴーストである。

 

「それだけでなく、一人気になる適合者がいるのです。その者はこれまでに感じたことのない魔力を使い、私の結界を破壊しようとしたのです。まぁなんとか持ちこたえることができましたが」

 

「ほう?それは興味深い。特殊な力といえば勇者だが、まさかそれに類する者なのだろうか」

 

「分かりかねます。しかし、我が主に是非献上したいですね」

 

「そのためにも完全に捕らえなければな」

 

 クイーンが指を鳴らすと十数体のイービルゴーストが姿を現す。

 

「我の部下を貴様に預けよう。こやつらと共に敵の魔力を吸い出し、配下に加えるのだ。分かったな、イルヒ?」

 

「はい。我が主の真の復活のために」

 

 そう言ってイービルゴーストを引き連れて集落へと戻るイルヒ。見送るクイーンは本当なら自らが先陣を切って敵を襲撃したいのだが、まだ本来の力を取り戻せてはおらず戦闘に充分に耐えられる体ではないのだ。

 

「永い、永い時間が過ぎた。もうすぐこの我が世界に戻る時が来る・・・」

 

 討伐されても尚生きながらえていたが、もはや魔物としてのパワーは無かった。だが、異質な魔力とイルヒによって不完全ながらも力を取り戻し、人間から魔力と生気を吸い取ることで完全復活を目論んでいる。

 

「面白くなってきたな・・・」

 

 

 

 

「さて、会議を始めるわよ」

 

 ベルフェンの宿の食堂に集まった七人の適合者達はそれぞれ椅子に座る。

 

「状況はいたって最悪よ。何者かが展開した魔力結界によって外には出られない。イービルゴーストがいつ襲ってくるとも分からない場所に閉じ込められたのだからね。これを何とか打破したいのだけど、案がある人はいる?」

 

 しかし誰も手を上げない。それはそうだろう。詩織の一撃すら防ぐほどの結界をどうやって破壊するかなんて分かるはずもない。

 

「困ったわね・・・」

 

 アイラ自身にも妙案はない。戦闘は得意なほうだが、このような事態に遭遇することなどないので解決策を教えてほしい側なのだから。

 

「とりあえずは体力を温存することを考えて。食料はこの宿にいくらか貯蔵されているとはいえ、長期戦ともなれば絶対的に足りない。イービルゴーストの襲撃もあるだろうけど、最小限の戦闘で切り抜けるように」

 

 難しいことを平然と言うものだ。戦闘は命がけで、簡単にこなせるものではない。

 

「この宿には一つ大部屋があるから、皆でそこで休息を取ることにしましょう。見張りは二人ずつで交代制でやるわよ」

 

 判断の速さはさすが指揮官を長く務めてきたアイラだ。詩織達もそれに頷いて移動を開始する。

 

 

 

「まさかこんな事になるとはねぇ」

 

「確かに単純な魔物討伐になるだろうと油断していたわ」

 

 詩織とリリィはペアを組んで見張りを行っていた。当然というか、リリィから詩織を誘ったのだ。

 

「私はホラーが苦手でね。幽霊とか関わりたくもないよ」

 

「それはわたしも同じよ。怪談話とか昔から避けてきたもの」

 

 イービルゴーストは魔物であるが、その性質は幽霊にほぼ近い。

 

「いつ襲ってくるか分からないってのも本当に怖い」

 

 普段は霊体化しているので目に見えないが、対象を襲う時に実体化してくるのだ。そのため襲われる側からしたら急に現れたように見える。

 

「でも恐れずに倒さないと、こっちがやられるわ」

 

「そうだね。今日はビビっちゃったけど、次はちゃんと戦うよ」

 

「一緒に頑張りましょう。二人とも、そして皆で生きて帰るために」

 

 普段なら二人きりともなればリリィが詩織に甘えに行く場面なのだが、このような緊張感溢れる場所ではそうしている余裕はない。まったく魔物なんかいなければ・・・

 

 

 

「よし、それでは潜入しますよ・・・」

 

 ベルフェンに到着したイルヒは結界の一部を切り取るようにして内部に侵入する。こうしなければ連れてきたイービルゴースト達が結界内に入れないのだ。

 

「これだけの数がいるのですから、怖いものなしです」

 

 イービルゴーストの数は五十を超える。これだけいれば適合者といえども瞬殺だろう。もはや勝利を確信したイルヒは魔力を滾らせ、不気味な笑みと共に宿へと進軍する。

 

 

 

「なんだ、この邪気は・・・」

 

「どうしたの、シオリ?」

 

「もの凄い邪気だよ、これは。多分、敵が近づいてる」

 

 異変を感じ取った詩織は寝ている仲間達を起こす。アイラはすぐに目を覚まして詩織に問う。

 

「どうした?」

 

「アイラさん、敵が来ている感じがするんです」

 

「分かったわ。各員、戦闘準備」

 

 宿の外を見てみると、暗闇の中で人影が近づいてくるのを発見した。

 

「アイツから感じるんだ、この強い気配は」

 

 詩織が感じ取ったのはイルヒの魔力だった。油断せずに奇襲すればいいものを、調子に乗って堂々と近づくからバレたのだ。まるで戦闘の素人である。

 

「あの人間か。とっ捕まえてやりましょう」

 

 七人の適合者が宿から出てイルヒに対する。

 

「アンタは何者なの?」

 

「私は言うならば使者ですかね」

 

「は?」

 

「おとなしく降参してくだされば、さほど恐怖も感じずに逝けますが?」

 

「何言ってるのコイツ。というか、アンタがこの結界を展開した犯人?」

 

「そうですよ。我が主の餌になってもらうために」

 

 アイラは苛立ちを隠す様子もなくイルヒに近づく。捕らえてこの結界を解除させるためだ。

 

「ふざけないで。誰が餌なんかに」

 

「残念です。戦いは免れられないようですね」

 

 イルヒが手を上げると、霊体化していたイービルゴースト達が一斉に実体化して詩織達を取り囲む。

 

「ちっ!こんなにいたのか」

 

「はい。これでアナタ達は終わりです」

 

 イービルゴーストが動き出し、適合者達の魔力や生気を吸い取るべく掴みかかろうとする。

 

「これしきっ!」

 

 アイラは三体のイービルゴーストを薙ぎ払いつつ、イルヒから目を離さない。

 

「アンタ、後悔することになるわよ!」

 

「それはこっちのセリフです」

 

 イルヒが魔法陣から取り出したのは黄金の杖だ。柄の先端には水色の結晶体が装着されており、僅かに発光していた。

 

「これで!」

 

 杖の向けられた先のアイラが咄嗟に回避運動をとり、そこに魔弾が着弾する。地面は抉れて土埃が周囲に拡散された。

 

「威力がある一撃だわね」

 

「まだ撃てますよ」

 

「だとしても!」

 

 攻撃の動作を見てからでも回避は可能だ。ましてやアイラほどの戦闘経験者ならば造作もない。

 

「これは直撃させます」

 

 再び魔弾が放たれ、それを横にステップを踏んで避けようとしたのだが・・・

 

「なんとっ!?」

 

 通常、魔弾は直線軌道をとる。つまり杖の向けられた射線上から退避すれば攻撃を受けることはない。しかし、イルヒが放った二発目の魔弾は違う。アイラを追尾するように曲がってきたのだ。

 

「魔弾が曲がってくるのか!?」

 

 まるでホーミングミサイルのように対象を追う魔弾を剣で切り裂いて被弾は免れた。しかし、それによって生じた爆発で吹き飛ばされて地面に転がる。

 

「ちっ・・・」

 

 致命傷ではない。だが、倒れたアイラに数体のイービルゴーストが襲いかかろうとしていた。体の痛みで満足に動けない今、イービルゴーストに組みつかれれば死に直結する。

 

「やらせはせん!」

 

 痛みをこらえて懸命に剣を振る。一体のイービルゴーストを撃破したが、他の個体はもう目の前だ。

 

「ダメか・・・」

 

 アイラの顔にイービルゴーストの手が迫る。が、それが触れる前にそのイービルゴーストは霧散した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「シオリ・・・」

 

 駆け付けた詩織が聖剣で残りのイービルゴーストを薙ぎ払いつつ、アイラを抱き起した。

 

「怪我はありませんか?」

 

「問題ないわ。ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 立ち上がったアイラはイルヒを睨みつけ、反撃の準備を整える。

 

「さて、もうアンタの魔物達も数が少ないわね。おとなしく降参なさい」

 

「困りましたね・・・」

 

 思ったよりも王族一行の適合者が強く、あれだけいたイービルゴーストは全滅しかけていた。数で押せる算段だったのだが、イービルゴーストの個々の戦闘力はさほど高くないうえ、適合者達の連携によって覆されてしまったのだ。

 

「仕方ありません」

 

 魔弾を撃ち、イルヒはその場から急いで逃走する。こういう場合は逃げるが勝ちだと考えたのだ。

 

「逃がすものかよ!」

 

 アイラが追い、詩織も付いていく。

 

「ちょっと!シオリ!」

 

 少し離れた場所からそれを見ていたリリィが慌てて詩織を追いかけようとしたのだが、飛びかかって来たイービルゴーストに行く手を阻まれてしまった。

 

「邪魔なのよ、アンタ!」

 

 

 

 

「しつこいですね・・・」

 

 もうすぐでベルフェンの端に辿り着く。この集落を覆う結界の外へと出てしまえば逃げきれたも同然なのだが、その前にどうにも追いつかれそうだ。

 

「いい加減に諦めなさい」

 

「それは無理ですね」

 

 振り返り、魔弾を発射する。

 

「もう驚かないわ」

 

 ホーミング性の魔弾だが、一度見てしまえば対応は可能だ。追尾するといっても急激な弾道変化は不可能であり、攻撃対象に向けてせいぜい斜めに軌道を変える程度だ。それならば魔弾が直撃する寸前で斜め前にでも回避すればよい。

 

「見切った!」

 

 上手く回避に成功し、魔弾はアイラを掠めるようにして曲がった後、建物に激突して爆散する。

 

「やりますね・・・」

 

 倒せなかったが問題ない。相手の足止めができたのだから。

 

「私もいるよ!」

 

 反転して逃げようとしたイルヒだったが、アイラの後ろから現れたシオリが跳躍してゆく手を阻む。

 

「邪魔ですよ!」

 

 今度は杖を詩織に向けたが、

 

「させない!」

 

 聖剣の一振りが杖へと当たり、真っ二つに折れてしまった。

 

「あぁー!!よくもやってくれましたね!これは主に貰った貴重品なのに!」

 

「投降しないで無駄な抵抗をするから!」

 

「コイツ!」

 

 もう杖に攻撃能力はない。それどころか、落下の衝撃で取り付けられていた水色の結晶体が割れた。

 

「これはっ?」

 

 その結晶体が割れると同時に結界が揺らいで消滅したようだ。どうやら杖自体が結界を生成する道具であり、イルヒ自身の魔術の成果ではないらしい。

 

「くそっ・・・!」

 

 悔しさを滲ませるイルヒだが、詩織に腕を掴まれて大人しくなる。

 

「もう鬼ごっこはお仕舞いだよ」

 

「それはどうでしょう」

 

 詩織の腹部に全力のひじ打ちを行う。近接戦は不得手であるものの、イルヒとて適合者であり、強化された肉体からの攻撃は充分人体にダメージを与えることができる。

 

「うっ・・・」

 

 衝撃でよろめきイルヒから手を離してしまった。

 

「ツメが甘いですね」

 

 イルヒの言えたセリフではないのだが、この時ばかりは詩織に油断があったのも事実である。イルヒを追い詰め、結界も破壊できたことで勝ったと思ってしまったのだ。だからこそ反撃を与える隙を作ってしまったわけで、いつ何時も慎重さを欠かすのは危険だと言える。

 

「さようならです」

 

 魔法陣を展開して手に握ったのは予備の杖だ。先ほどまで使用していた物よりランクが下がるが致し方ない。

 

「これでっ!」

 

 イルヒは自分の周囲の地面に向けて威力を落とした魔弾を数発撃ちこむ。それによって爆煙と大きな土埃が舞い上がり、アイラや詩織の視界を塞ぐ。

 

「待てっ!」

 

 アイラはかまわず土埃に突っ込むが、そこにはイルヒの姿はなかった。代わりに一体のイービルゴーストが実体化してアイラの横に現れるも、簡単に剣で両断された。

 

「逃がしてしまったわね・・・」

 

 視線の先、走り去るイルヒの小さなシルエットが見えた。すでに距離を離されており、ここから追うのも可能ではあるが孤立してしまうリスクも高い。

 

「す、すみません・・・」

 

「謝ることはないわ。シオリには助けられたしね」

 

「でも・・・」

 

「お互いに生きているのだから、それでいいじゃない。生きていれば、チャンスはある」

 

 結界は無くなったわけで、ベルフェンからも出ることができるようになった。これは詩織の功績が大きい。

 

「すぐにでもこの集落を脱出するわ。そして皆で敵を追う」

 

「行き先が分からないですよ?」

 

「心当たりがあるわ。この先にはジッタ・ベルフェンという古代遺跡がある。恐らく敵はそこを拠点にしていると思うの」

 

 ジッタ・ベルフェンはベルフェンの観光資源として期待された遺跡だったのだが、結局はすぐに飽きられて長年に渡って放置されてきた場所だ。考古学的にも見るべき点はないようで、学者ですら近寄らないのだから始末に負えない。そうした誰も立ち寄らない場であるからこそ、闇の者達が棲みつくには丁度いいとも言える。

 

「今度こそはとっちめてやらないとね」

 

 アイラの綺麗なウインクに詩織は頷き、リリィ達の元へと戻っていった。

 

              -続く-



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第22話 戦慄のイービルゴースト

 イルヒの捕獲には失敗したものの、結界の破壊に成功した詩織とアイラはリリィ達の元へと戻る。勿論、イルヒが破棄した黄金の杖と結晶も回収していた。真っ二つに折れてはいるが何かの役に立つかもしれない。

 

「シオリ!良かったわ、無事で」

 

「心配した?」

 

「当然でしょ!」

 

 安堵の表情を浮かべながらも怒るように言うという器用なリリィの頭を撫でつつ、拾った杖をミリシャに手渡す。

 

「この杖と先端に付いていた青い結晶を壊したら結界が無くなったんだけど、どんな魔具か分かる?」

 

「見たこともない杖ですわね」

 

 珍しそうに杖を凝視するがミリシャの知識にはない物だ。

 

「しかもね、この杖から放たれた魔弾は弾道が曲がったんだよ」

 

「直線攻撃しかできないのが魔弾ですが、その常識を覆しますわね。それが杖の能力なのか、はたまた敵の能力かは判断がつきませんが・・・」

 

 同じく杖を主力に使うミリシャからしてみれば興味深い話である。この謎を解明できれば自分の魔弾も強化できるかもしれないからだ。

 

「その敵は逃がしちゃってさ、今から皆で追おうってアイラさんが」

 

 詩織が振り返った先、部下の無事を確かめたアイラは次の指示を出す。

 

「皆動けるようでなによりだわ。さっそく追撃任務よ」

 

「馬車の見張りについた二人は置いて行っていいんですか?」

 

「あそこまで戻る時間が惜しいから、仕方ないけどお留守番よ。ここはこの場にいる我々で事にあたる」

 

 部下の一人の質問に応じ、アイラはイルヒの逃亡した方角を指さした。

 

「向こうには古代遺跡のジッタ・ベルフェンがある。恐らく、敵が逃げ込んだのはそこだと考えられるわ」

 

 明確な確信はないが、可能性があるなら行ってみるべきだろう。これ以上に被害を増やさないためにも敵をなるべく早く倒す必要があるのだから。

 

 

 

 

「大変です!緊急事態です!」

 

 慌てた様子で帰ってきたイルヒを見てイヤな予感がしたクイーン・イービルゴーストだが、とりあえず事情を聞いてみることにした。

 

「一体何があった?」

 

「簡単に説明しますと、主から頂いた杖とイービル・ゴースト達を失いました」

 

「・・・あれだけの戦力を一瞬でか?」

 

「はい」

 

 深いため息をつきつつ、クイーンは思ったよりも敵が強いことを認識する。

 

「杖を失ったということは結界も消えたということだな?」

 

「そうです。ここまで敵が来るかもしれません」

 

「なら早急に防衛線を築くしかない。ここまで復活したのに討たれるわけにはいかん」

 

「ですが、どうするのです?」

 

 クイーンは遺跡の奥へと向かい、崩れかけた石碑を見下ろす。

 

「このジッタ・ベルフェンはただの遺跡ではない。愚かしい人間共には分からぬことだろうが、我の力を使えば本来の機能を発揮できる」

 

「そんなことが?」

 

「我に任せておけ。敵をここまでおびき寄せ、形勢逆転といこうではないか」

 

 残るイービル・ゴーストの数は少なく、このまま敵と交戦しても勝ち目は薄いだろう。だが、クイーンにはそれを覆せる策があった。

 

 不安そうなイルヒとは対照的にクイーンの青白い顔には余裕さを感じとれる。

 

 

 

 

「ここまでは順調ね。後はこの先の遺跡に突入するだけ」

 

 アイラ率いる適合者達はジッタ・ベルフェンの近くまで侵攻し、その様子を窺う。

 

「あそこに敵がいるのかしら。全然気配はないけれど」

 

 リリィは魔力で強化した視力を用いて偵察するも、敵影は捉えられない。遺跡は拠点ではなかったのかという落胆を感じる。

 

「まぁイービルゴーストは姿を消せるから実体化するまで見えないし、あの杖を持っていた適合者は物陰に隠れているのかもね」

 

「それに、あの遺跡から何か感じる」

 

 詩織は遺跡に近づくにつれて異様な気配を感じていた。

 

「シオリ、それが何か分かる?あの適合者とか?」

 

「違うと思う。その集落で感じたものより・・・不快感が強いかな」

 

「ふむ・・・」

 

 詩織がそう言うのだから何かしらがあるのは間違いないだろう。

 

「そういえば、あの適合者は自分を使者だと言っていたな。主がどうとかとも口にしていた」

 

 アイラはイルヒの言葉を思い出し、その主とやらを詩織が探知したのではという考えに至る。

 

「ともかく確認しないとね。皆、行くわよ」

 

 

 

 

 慎重に遺跡の中へと足を踏み入れた一行は周りを索敵しながら奥へと進んでいく。まだ敵襲はない。

 

「この先、気配があるのはこの先だよ」

 

「シオリのカンはアテになります。アイラお姉様、戦闘の時は近いかもしれません」

 

 リリィへと頷き、アイラは全員に魔具の装備を指示した。一層の緊張感が詩織達を包む。

 

「・・・来るっ!ミリシャ、後ろっ!」

 

 詩織の叫びと共に姿を表したのはクイーン・イービルゴーストだ。

 

「ほう、よく我の接近に気がついたな」

 

「普通のイービルゴーストじゃない!?」

 

 クイーンは詩織に感心しつつ、その大きな腕を剣に変形させてミリシャへと斬りかかった。

 

「危なかったですわ」

 

「奇襲は失敗か」

 

 通常のイービルゴーストは詩織でも探知できない。だが、クイーンクラスの異質さを兼ね備えた魔物であれば霊体化していても気配を感じ取れる。

 

「お前がイルヒの言っていた適合者か」

 

 逆にクイーンからしても詩織が他の人間とは違うことが分かった。そしてその力が恐らく勇者タイプであることも。

 

「貴様を吸収できれば、我も真の復活を果たせるやもしれんな」

 

 部下のイービルゴースト達を招集し、遺跡は戦場へと変化する。

 

 

 

「今度こそ負けません」

 

 イルヒも隠れていた大きな岩陰から出て来て予備の杖をかまえて魔弾を発射した。高熱を纏いながら飛翔する魔弾はアイリアの近くに着弾し、爆煙がその周囲を覆う。

 

「あいつ・・・」

 

 被弾を免れたアイリアはイルヒをロックオンし、コンバットナイフを両手に握って突撃。素早い斬撃がイルヒを襲う。

 

「ひぃ~」

 

「その程度の実力で!」

 

 避けるしかできないイルヒだが、今はこれでいい。

 

「覚悟するんだな!いつまでも避けられんぞ」

 

「それはどうでしょう」

 

 近接戦は得意でないイルヒはクイーンに指定されたポイントへの撤退を開始する。

 

 

 

「さぁ、我の養分となるのだ」

 

「いやです」

 

 詩織は聖剣グランツソードでクイーンの攻撃をいなしつつカウンター攻撃を行う。

 

「この魔力、是非欲しいものだ。なら・・・」

 

 このまま交戦しても埒が明かない。それどころか、まだ完全体ではないクイーンのほうが不利なわけで討伐される可能性が高いのだ。

 攻撃を回避しながら徐々に後退し、イルヒとの事前の打ち合わせ通りに敵を誘い込む。だが、それに詩織は気がついていない。むしろ自分が優勢であると勘違いしていた。

 

「まずいな、コレは」

 

 追い込まれている感を醸し出すべく下手な演技を織り交ぜた。それに詩織はまんまと騙される。

 

「もう終わりだよ!」

 

「困ったな」

 

 全然困ってなさそうにそう言って石碑に手をかけた。

 

「アイリア、一緒に突っ込もう」

 

「あぁ。まとめて倒す」

 

 イルヒを追撃していたアイリアと合流し、敵を仕留めるべく魔力を滾らせた。

 

「我が主よ」

 

「準備はできたさ」

 

 クイーンが石碑を起動して魔力を注ぎ込んだ。すると地面が大きく振動し、詩織達がいた場所に大穴が開く。

 

「アイリアっ・・・!!」

 

「くっ・・・」

 

 詩織とアイリアはその穴へと落下していった。そこまで深い穴ではないが、無事では済まされなさそうだ。

 

「ふははは!!作戦通りだな」

 

「さすが我が主です」

 

 クイーンは勝利を確信し、気味の悪い笑いを浮かべながらその穴の中へとゆっくりと降りていく。まるで幽霊のようであるためか空中浮遊が可能で落下はしないのだ。

 

「私はどう行けばいいのでしょう・・・」

 

 連れていってくれればと思うイルヒであったが、浮遊できない彼女は仕方なく崖を降りるようにして穴の底を目指した。

 

 

 

「シオリとアイリアがっ!」

 

 クイーンの策略に嵌る詩織達をイービルゴーストと戦いながら見ていたリリィは穴の前まで駆ける。

 

「そんな・・・」

 

 大穴の中に詩織達の姿を確認できない。が、端のほうでイルヒが壁に掴まっているのを見つけた。

 

「アンタ!待ちなさい!」

 

「マズい・・・」

 

 リリィはイルヒを追うようにして自分も足場を見つけながら降りていく。イルヒを捕まえて詩織達をどうしたのか聞き出す必要がある。

 

「リリィ!無茶よ!」

 

「わたしの大切な友人二人が落ちたんです。待ってなんかいられません!」

 

「一人で無茶するなって言ってるの。アタシも行くわ」

 

「アイラお姉様・・・」

 

 アイラもリリィと共に穴へと入っていく。

 

「二人を助けるわよ、リリィ」

 

「勿論です。絶対に!」

 

 

 

 

「いててて・・・」

 

 意識を失っていた詩織は目を覚まし、周囲を見回した。一緒に落ちたアイリアは見当たらず、クイーン・イービルゴーストの気配だけがする。

 

「お目覚めか?」

 

「敵・・・」

 

 戦うために起き上がろうとしたが、体に力が入らない。

 

「どうして・・・」

 

 怪我はあるが骨折などはなさそうだ。それなのに立ち上がれない。

 

「ふふふ、貴様はもう動けんよ」

 

「何をしたの?」

 

「地面を見れば分かる」

 

 かろうじて動く首を回し、視線を床に落とす。

 

「これは?」

 

「我が作った魔法陣を張ってあるのだ。この魔法陣は捕らえられた者を拘束する力がある。貴様は動的パワーを封印され、魔法陣から出ることはできない」

 

「そんなことをして、私をどうするつもり?」

 

「簡単なことさ。貴様から魔力を貰うためだ。その魔力を使ってこのクイーン・イービルゴーストは再びこの世界に再臨する」

 

 クイーンは指先を枝分かれさせ、まるで触手のようにくねらせながら詩織に近づける。

 

「やめて・・・」

 

「それは無理だ。せっかくの獲物なのだから」

 

 触手は詩織の全身にまとわりついて先端を体の各部に突き刺した。ほとんど霊体化しているためか衣服を貫通し、体に刺さっても痛みも怪我もない。

 

「や、やめっ・・・」

 

 数本の触手によって体内の魔力を吸い出され、それがクイーンの体内へと送られる。

 

「これは凄い魔力だな。これまで味わったことのない感覚だ」

 

 力がみなぎる感覚を得たクイーンは上機嫌になって詩織から触手を引き抜いた。ぐったりとした詩織は体を痙攣させながらクイーンの意図を探る。 

 

「どうして・・・」

 

「なんだ?もっと続けてほしかったのか?」

 

「そうじゃない・・・」

 

「このまま魔力と生気を吸い続ければ貴様は死んでイービルゴーストになるだろう。そうしたらこの魔力を得る手立てがなくなるからな。ギリギリの状態で生かしておこうと思ったのさ」

 

 つまり今後も詩織は魔力が回復するたびに吸われることになる。魔力の生産装置として飼われるということだ。

 

「我が完全に再生する時は近い。貴様の力はありがたく使わせてもらうからな」

 

「・・・」

 

 これからもクイーンに弄ばれるのかという絶望から詩織は再び意識を失った。願わくばリリィ達が助けてくれることを期待するが、それが叶うかは分からない。

 詩織が囚われた部屋にクイーンの高笑いだけが響いていた・・・

 

              -続く-



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第23話 地下都市突入

 クイーン・イービルゴーストの仕掛けたトラップで大穴に落とされた詩織とアイリア。その二人を追ってリリィも穴の中へと降る。

 

「逃がしたか・・・」

 

 イルヒを見失ったうえに詩織達も見当たらない。恐らくは連れ去られてしまったのだろう。

 リリィは焦りを感じつつも、不意の敵襲に備えて暗闇の中を慎重に進んで行く。

 

「こうも暗いと困るわね・・・」 

 

 光源がなくても適合者ならば魔力で目を強化することである程度の視界は確保できる。とはいえ、見えずらいのには変わりないが。

 

「だからこそ色んな準備をしておくものよ」

 

 リリィに同行しているアイラが松明のような杖を魔法陣から取り出した。

 

「これは便利なアイテムよ。魔力を流すとね、棒の先端が光るの。普通の松明とは違って魔力ある限り使用できるわけ」

 

「そんな物をどこで手に入れたんです?」

 

「前に交戦した異国の殺人集団が持っていたのよ。で、それを奪ってきたってわけ。それより、この先はもっと気を付けて進みましょう。あのデカいイービルゴーストもいるだろうし」

 

 奇襲をしかけてきた巨大なイービルゴーストこそが敵のボスである可能性が高い。

 穴の底から移動してイルヒが通っていったアーチをくぐると、その先には広い空洞が広がっていた。

 

「こんな空間がジッタ・ベルフェン遺跡の地下に広がっていたなんて」

 

 石造りの建造物が複数あり、人が住んでいたような痕跡がある。このような地下都市の存在は王家ですら知らないもので、いつの時代に作られたのかすら不明だ。

 

「学者ですら見るべきものはないと切り捨てた遺跡なのに、こうも不可思議な光景が目の前にあれば圧倒されるわね」

 

「完全に未知なるエリアですね。でも、シオリ達はここのどこかにいるはずです」

 

「そのはずね。とにかく調べてまわるしかないわ。見たところ無人都市のようだから、人や魔物の気配のする場所を探すのよ」

 

 広いとはいえ人が住んでいる場所ではないので耳を澄ませて物音のするポイントを探せばよいのだ。

 

「待っててね。絶対に助けるから!」

 

 

 

 

「しくじってしまった・・・」

 

 牢屋のような小屋に閉じ込められたアイリアは自分の不甲斐なさを痛感していた。敵のトラップにまんまと嵌って捕まるとは王家に仕える人間として失格だと自分を責める。

 

「なんで殺さない?」

 

 鉄格子の向こう側に現れたイルヒに疑問を問いかける。

 

「我が主は新しい魔物を創り出すために、アナタを素体にしようと考えたのです。通常のイービルゴーストよりも戦闘力の高い魔物がほしいとのことですから」

 

「チッ・・・この私を魔物の素材にするというのか」

 

「はい。普通のイービルゴーストにされるよりも有効に使われるのですから幸せなことじゃあないですか」

 

「ふざけたことを言う・・・」

 

 この短い問答でも相手がまともな人間ではないことがよく分かる。アイリアは不快そうに眉をしかめつつ、気がかりな詩織のことについても聞いてみることにした。

 

「私と共に落ちたシオリはどうしたんだ?」

 

「あぁ、あの変な魔力を持った人間ですか?それなら我が主が回収しました。今頃は体中弄られているころかもしれませんね」

 

 気色の悪い笑みでそう答えるイルヒに対してアイリアの怒りが爆発する。しかし金属のチェーンを体に巻き付けられた状態で立ち上がることすらできない。

 

「貴様・・・!そんなことをすれば私だけでなく、リリィ様も黙っていないぞ!」

 

「そう言われましても、我が主はひるみませんよ。さて、私は用がありますので行きます。アナタはゆっくり寝ていてください」

 

「くそがっ!!」

 

 かろうじて動く手首を使って石を放る。だが鉄格子に当たって鈍い金属音だけが響き、イルヒにはぶつけられなかった。

 

「乱暴者はこわいですね」

 

 そんな感想を残して去って行った。アイリアはそれを見送ることしかできず、悔しさで唇を噛みしめる。

 

 

 

 

「ん?今の音は?」

 

 広い空洞内に金属音が響く。それが自然に発せられた音でないのは明白であり、誰かが何かをぶつけたのだとリリィは確信した。

 

「あっちの方向かしら」

 

「行ってみましょう!」

 

 アイラの指さす方へと駆け出していき、その先にある建物の中を探索する。そして一つの小屋へと辿り着き、鉄格子の向こうで鎖を解こうとしているアイリアを見つけることができた。

 

「アイリア!」

 

「リリィ様、来て下さったのですね」

 

「待ってて。今助ける!」

 

 鉄格子を剣で破壊し、アイリアの体に巻き付いている鎖も切断した。

 

「申し訳ありません・・・このような失態を・・・」

 

「謝ることはないわ。無事で本当に良かった」

 

 リリィに抱き着かれて恥ずかしそうに頬を赤らめるアイリアだが、安堵している場合ではないと意識を切り替える。

 

「それよりもシオリです。敵に連れ去られてしまったようなのです」

 

「どこにいるか見当はつかない?」

 

「私が目覚めた時には傍にいませんでした。さっきここから去った適合者に聞いたところによると、あの巨大なイービルゴーストがシオリに興味があるようです」

 

「シオリに興味を持つ気持ちは理解できるけど、私の許可なく触れることは許されないわ!」

 

 当然そんな許可がリリィから出るわけもなく、アイリアの話を聞いて怒り心頭になる。

 

「急いで探さないとね。この地下都市から連れていかれたら追えなくなる」

 

 合流した三人は小屋から出て周囲を見渡す。しかし、詩織の気配をつかむことができない。

 

 

 

「厄介なことになりましたね。本当に・・・」

 

 リリィとアイラが地下まで追ってきていたのは知っていたが、こうも早くアイリアの居場所を特定されるとはイルヒは思っていなかった。どうせならアイリアを殺しておいたほうがよかったのにと思うが、クイーンの指示に逆らうなどイルヒにはできない。

 

「さてどうしますかね・・・」

 

 イービルゴーストは地上に配置しておいたので地下には戦力はない。となればイルヒ自身がリリィ達と交戦するほかにないが、三人相手に勝てる実力など無い。

 こうなればクイーンに報告して助けを乞うかと身を隠していた建物から出ようとしたのだが、

 

「うあっ・・・」

 

 大きな音と共に床が崩れた。長い年月手入れもされていなければ劣化が進んで脆くなっているのは仕方ないことだ。

 イルヒはそのまま二階から一階へと転落し、強く腰を打って動けなくなる。罠を用いて敵を落とし穴に落下させたくせに、自分も同じように落ちるとはマヌケの極みとしか言いようがないだろう。または因果応報とも言えるか。

 

「チィ・・・」

 

 立ちあがろうと手を地面につくが、その地面に三つの影が伸びた。

 

「もう逃がさん」

 

 松明の光に照らされたアイリアがイルヒの胸倉を掴んで持ち上げ、鋭い眼光で睨みつける。

 

「こんなバカな・・・」

 

「ツキの無いヤツだ。こんなトラブルに巻き込まれるとはな。そんなことはどうでもよくて、シオリがどこにいるか聞きたいのだ」

 

「簡単に言うと思いますか?」

 

「なら言わせるまでだ」

 

 アイリアはイルヒを投げ飛ばして壁に叩きつける。更なる激痛が体を襲い、イルヒは苦痛で悶えた。

 

「私は敵には容赦しない主義でな。悪いが言うまで続くぞ」

 

「この外道・・・」

 

「元盗賊のならず者なのだ。こうもなろう」

 

 コンバットナイフをイルヒの首元に突きつけ、最後の警告を告げる。

 

「このままでは苦痛が続くだけだ。早く楽になりたいだろ?」

 

「そんな脅しに・・・」

 

「これは脅しではない。私は本当に貴様を痛め続けるぞ」

 

 アイリアから発せられる殺気は本物だ。

 

「早く言いなさい。今なら命は助けてあげる。勿論逮捕はするけどね」

 

 リリィも苛立った様子でそうイルヒに言う。この状況ではイルヒに逆転の術はなく諦めるのが賢明だ。裏切ったことがバレればクイーンに殺されるが、そうしなければここで死ぬことになる。イルヒはまだ死にたくない。だからこそベルフェンの人間を犠牲にして自分は生き残ったのだ。

 

「分かりました。言いますから手を離してください」

 

「それはできん。確実に貴様がシオリの居場所を吐くまではな」

 

「そのシオリとかいう人は祭壇の間にいます。そこでクイーンに何かされているのです」

 

 これが本当の情報とは限らない。リリィ達を欺こうとしている可能性もある。

 

「敵を簡単には信用しない。アンタにも一緒に来てもらうわよ」

 

 リリィは自分の上着を脱いでそれを使ってイルヒの手を縛る。

 

「もし怪しい動きをしたら容赦しない。覚悟しておくんだな」

 

「降参ですよ、こうなれば。だから抵抗しません」

 

 一行はイルヒの案内する方へと足を向け、そこに詩織が居ることを祈りながら進む。

 

 

 

 

「誰か来る・・・」

 

 再び詩織から魔力を吸収していたクイーンは人間の接近を察知する。それが一人ではなく複数人いるので敵だと理解した。

 

「イルヒはやられたか。まったく役に立たない」

 

 詩織から特殊な魔力を吸収したおかげで力を取り戻しつつあるクイーンは戦闘準備をとる。詩織に伸ばした触手状の右手はそのままに、左手を剣へと変形させた。

 

「さぁ、来い・・・」

 

 

 

 リリィはイルヒの案内で到達した地下都市奥にある祭壇の扉を開け、その中にいるクイーンと詩織の姿を捉える。

 

「貴様っ!シオリになにをっ!」

 

 動かない詩織の体に刺さった複数本の触手を見て完全にキレたリリィは剣を握って突撃を敢行した。

 

「頂いたのだよ。こやつの魔力をな!」

 

 引っ込めた右手も剣へと変形させ、二刀流でリリィと切り結んだ。

 

「わたしのシオリに手を出すなどっ!万死に値するっ!」

 

「フンっ!小娘がこの我によくもほざいたな!」

 

 力の増したクイーンの一撃は重く、リリィは防戦するしかできない。

 

「この程度で我を倒せると思うなよ」

 

「倒してやるわ!貴様のような危険な存在は!」

 

 クイーンはリリィの攻撃をいなしつつ、アイリアに捕らえられたイルヒを見つける。

 

「あの阿呆め・・・」

 

 呆れた様子だが手下が多いことに越したことはないと、クイーンは左手を触手にしてアイリアに勢いよく伸ばした。

 

「こんな攻撃をっ!」

 

 その触手は回避したものの、イルヒのことを離してしまう。そうしなければまともに攻撃を受けていたのは確実でどうしようもないことではある。

 解き放たれたイルヒは、クイーンに手枷となっていたリリィの上着を切ってもらい戦列に復帰した。

 

「さっきの仕返しをさせてもらいます。徹底的に叩きのめしてやりますから」

 

「いい気になるなよ。もう手加減はしない」

 

 死なない程度にイルヒを痛めつけたアイリアだが、今度は殺すことも躊躇する気はない。そうしなければこちらが殺されてしまうのだから。

 

 

 

「シオリ・・・」

 

 光の無い目をしながら死んだように動かない詩織を視界の端に入れ、リリィの中で次第に焦りが増していく。イービルゴーストに魔力と生気を吸われ尽くされた者はイービルゴーストへと変異するわけで、詩織がもしかしたら手遅れの状態なのかもという焦りだ。 

 

「コイツは任せなさい!リリィはシオリを!」

 

「お姉様!頼みました!」

 

 リリィと入れ替わるようにアイラがクイーンに斬りかかり、その隙にリリィは詩織救出に向かう。

 詩織の腕を引っ張り、魔法陣から引きずり出そうとする。

 

「させるか!」

 

 その行動を見たクイーンはリリィの行動を妨害するべくアイラを弾き飛ばした。そしてリリィに剣を振り下ろす。

 

「邪魔しないでよ!」

 

 剣でクイーンの斬撃をそらしながら片手で詩織を抱きかかえて飛びのいた。

 

「リリィ!地上まで逃げるのよ!」

 

 体勢を立て直したアイラがクイーンを横から襲い、それに応戦せざるを得ないクイーンは詩織を奪還されそうなこの状況に怒る。

 

「人間がこの我に盾突くなど!」

 

 せっかく詩織という完全復活のキーを手に入れたのだから簡単に手放すわけにはいかない。

 

「もうシオリに触れさせはしない!」

 

 リリィにしても大切な詩織をこうして取り返すことができたのだ。もう絶対に放すもんかと強く抱きかかえた。

 

「ツラい思いをさせてゴメンね・・・でも、もう同じ思いはさせないから」

 

 そう言葉をかけて詩織を背負い、アイリアとアイラの援護を受けながらリリィはその場から退却する。このまま地上を目指してミリシャ達と合流できればクイーンやイルヒも倒せるはずだ。

 果たしてリリィはクイーン・イービルゴーストの魔の手から詩織を守ることができるのか・・・

             -続く-



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第24話 断末魔は虚空に消えた

 ジッタ・ベルフェン遺跡の地下へと突入し、罠に落ちて連れ去られた詩織を発見したリリィ。意識の無い詩織を背負いながら脱出を図るも、敵の猛追を受けていた。

 

「ちっ、しつこいのよ!」

 

 いくら適合者でも人を背負っていれば機動力は下がるし、そもそも戦える状態ではないのだ。アイリア達の援護を受けているとはいえ、出口までの道のりは厳しい。

 

「虫けらめがっ!その小娘をよこせ!」

 

 せっかくの獲物を奪い返されたクイーン・イービルゴーストは怒りの感情と共に斬撃を放つ。しかしアイラによって弾かれ、リリィには当たらない。

 

「アンタの相手はアタシよ」

 

「貴様に用などない。雑魚は引っ込んでいろ!」

 

 イービルゴーストの長所は浮遊できるという点だ。それは人間には不可能なことで、アイラの妨害に遭いながらもリリィを追えるのは浮遊能力があるからである。

 アイラとひとしきり刃を交えた後、クイーンは障害物を簡単に乗り越えてリリィに迫っていく。

 

「さあ、もう逃げられんぞ」

 

「邪魔すんな!」

 

 正面に降り立ったクイーンを睨みながらも、手の打ちようがないリリィは少し後ずさる。すぐにアイラが助けに現れるだろうが、こうも回り込まれていてはいずれジリ貧になるだろう。

 

「シオリは絶対に渡さない。大切な人だもの!」

 

 それでもリリィが懸命に逃げるのは詩織を助けたい一心からであり、諦めるという選択肢はない。

 

「その心意気は褒めてやる。だが、我に盾突いた愚行は許されない」

 

 詩織をリリィもろとも捕まえようと右腕を変化させた触手を伸ばすが、駆け付けたアイラによって斬りおとされた。

 

「そういう隙を見せるからっ!」

 

「ぬぅ・・・!」

 

 攻撃に失敗したクイーンは一歩下がる。すぐに右腕は再生されるが、そのために魔力を消費しているわけで余裕がなくなる。イービルゴーストの弱点は自力で魔力を精製できない点であり、人間から吸い取るしか方法はない。だからこそ普段は霊体化して大人しくすることで魔力の消費を抑え、人間を襲う時に実体化するのだ。

 

「出口はもう近いはずだ。行けっ、リリィ!」

 

「はい、お姉様!」

 

 頼もしい姉を背に再び駆け出すリリィは一目散に出口を目指す。このままなら間もなく到達できる。

 

「まったく不愉快だ」

 

「大人しく討伐されなさい。デカいだけで見掛け倒しなアンタには勝ち目はないわ」

 

 クイーンにとっては人間など栄養源でしかないのに、そうも上から目線で言われればプライドが傷つく。だが完全に復活しきれていないクイーンが不利であることは事実であり、ここは引き下がるのも手だと自分に言い聞かせる。

 

「フン・・・後で必ず痛めつけてやるからな」

 

 それだけ言い残してクイーンは退却していく。飛翔していく相手をさすがに追うことはできないので、アイラはリリィの元へと走っていった。

 

 

 

 

「ここまで来れば・・・」

 

 詩織やアイリアが落下した落とし穴の地点まで到達したリリィは一息つく。もう後ろからクイーンは追ってきてはおらず、うまく逃れることができたという安心感からだ。

 

「ここは?」

 

「シオリ!」

 

 クイーンの魔法陣から解放されて意識を取り戻した詩織は周りを見渡して状況を確認し、自分がリリィによって助けられたことを把握した。

 

「ゴメン、迷惑ばかりかけて・・・最近こんなことばっかりだ」

 

 ラドロの風との戦闘でも気絶させられたことを思い出してしょんぼりする。

 

「気にすることは無いわ。シオリは充分頑張っているし、そもそも戦いに巻き込んだわたしが悪いんだもの。むしろ謝るのはわたしのほうなのよ」

 

 詩織をこの世界に召喚し、その特異な力を貸してもらっていることは申し訳ないと思っている。だが、その詩織の力が戦況を変えていることは事実であり、もはや戦いに欠かせない存在となっていると言っていい。

 

「お二人とも!ご無事ですか!?」

 

 落とし穴の上から声をかけてきたのはミリシャだ。すでに地上にいたイービルゴースト達を殲滅しており、今まさに地下へと突入しようとしていたらしい。

 

「今ロープを!」

 

 ミリシャが太いロープを垂らし、リリィと詩織はそれに掴まって地上へとようやく帰還することができた。

 

 そのすぐ後にアイラとアイリアも現れ、地下に降りた四人は無事に合流する。

 

「あの適合者を逃がしてしまいました。デカいイービルゴーストの位置も不明です」

 

「敵を倒さないことには解決したことにはならない。もう一度この場にいる適合者で突入するしかないわね」

 

 詩織とアイリアの救出は果たせたわけで、もう憂いることなく敵を強襲できるのだ。

 

 

 

 

「どうしますか?こっちの戦力はもう多くありません。次攻め込まれたら勝てなさそうですよ?」

 

 クイーンの元へと戻ったイルヒは焦っているように早口で今後の対応を聞く。

 

「もはや手段は選ばん。このジッタ・ベルフェンの力を開放して敵を叩く」

 

 詩織を捕らえていた祭壇の奥の扉を開き、その部屋の中心に置かれた大きな結晶体に触れる。

 

「しかしな、このままではパワーが足りない。生贄が必要なんだ」

 

「生贄ですか?」

 

「ここにいるのは我とお前だけだ。つまり・・・分かるな?」

 

「えっ・・・?」

 

 まさか自分がクイーンによって命を絶たれるとは夢にも思っていなかったイルヒは驚愕の表情で抵抗する。

 

「死にたくありません!」

 

「我の役に立てるのだから感謝してもらおう」

 

 イルヒを触手で締め上げ魔力も生気も吸い取り、搾りかすのような体を結晶体の中に放り込む。

 

「我が負けるなど、もうあり得ん!」

 

 

 

 

「何、この揺れは!?」

 

 いざ地下へというタイミングで強い揺れが発生し、リリィは手をついて身を屈める。

 

「ただ事ではなさそうね」

 

 周囲の石碑などが崩れて土埃が舞うが、その揺れもすぐに収まる。普段ならば単なる地震くらいにしか思わないだろうが、この状況下では楽観視できない。

 

「どういうんだ・・・?」

 

 詩織は強い力を感じ取り、イヤな予感がして身震いする。何かしらの事象が地下で起こっているのは間違いなさそうだ。

 

「今度はなんなのっ!?」

 

 静けさは一瞬で消え、轟音と共に地中から巨大なゴーレムが姿を現す。まるで岩石が人型になったような外見で、歪さはあれど屈強さを感じさせる。

 

「ふははは!このフェルス・ゴーレムで貴様達を葬ってやる」

 

 クイーン・イービルゴーストがそのフェルス・ゴーレムの中にいるらしく、高笑いが内部から聞こえてきた。

 

「あんなデカブツを準備していたなんて」

 

 ミリシャはその巨体に驚きながらも、冷静になって杖をかまえる。そして魔弾をゴーレムの中心に向かって発射した。

 

「なんて硬い・・・」

 

 その魔弾が直撃してもダメージを受けている様子はなく、表面の岩石が少し崩れただけだ。

 

「その程度の威力でっ!このフェルス・ゴーレムを破壊できるものかよ!」

 

 攻撃を防げたことでより強気になったクイーンはゴーレムに指示を与え、王家の適合者一行に体を向けさせる。

 

「ヤバいのが来るっ・・・!」

 

 強い魔力を察知し、適合者達は一斉に散開。ゴーレムから距離をとろうとしたが、

 

「消えろ!」

 

 ゴーレムの腰付近に備え付けられた二門の魔道砲から魔弾が放たれ、まるでビームのように放射される。

 

「パワーがダンチだ・・・」

 

 魔弾の直撃は免れたが、近くに着弾したために詩織は吹き飛ばされてしまう。運よく体に傷はないが、あの攻撃をもろに受ければ命はないことが実感できた。

 

「シオリ!アナタの大技ならっ!」

 

「任せて!」

 

 リリィに返答をし、聖剣に魔力を集中させようとした。しかし、それに気づいたクイーンは詩織に向けてゴーレムの魔弾を飛ばす。

 

「これじゃあ、技が撃てない・・・」

 

 夢幻斬りのためにはその場に留まって魔力チャージをする必要があり、少し時間がかかる。こうも妨害されれば大技を撃つ余裕がなくなるのだ。

 

「アタシ達がアンタを援護するから!」

 

 アイラが部下と共に吶喊してクイーンの注意を逸らし、その隙に詩織は再び準備に取り掛かる。

 

「防御はわたくしが!」

 

 ミリシャが詩織の周囲に魔力障壁を発動し、これなら多少の攻撃は防げる。

 

「いきます!夢幻斬りっ!!」

 

 だが、ただ詩織の攻撃を見ているだけのクイーンではない。もはや妨害は無理だと察し、詩織から吸収した特殊な魔力を用いてゴーレムの前方に魔力障壁を展開。

 聖剣から放たれた光の奔流が魔力障壁に激突し、大きな衝撃波が周囲の物を吹き飛ばす。

 

「やったか!?」

 

 障壁は破壊され、ゴーレムの胴体も大きな傷が付いて内部の空洞が露見したものの、活動停止には追い込めなかった。

 

「ダメか・・・」

 

「でも無駄ではないよ!ほら、アレを見てシオリ」

 

 ゴーレム胴体の空洞の奥、そこには輝く結晶体とクイーン・イービルゴーストの姿が見えた。

 

「あのデカブツを完全に撃破するのは難しいだろうけど、あのイービルゴーストを倒せれば道は開けるはず!」

 

「だね。リリィ、一緒にアイツを倒そう」

 

「えぇ!行くわよ!」

 

 

 

「こんなバカな・・・」

 

 クイーンは自分が追い込まれはじめたことを認めることができず、歯ぎしりをする。人間など簡単に潰せたはずなのに、あの詩織とかいうヤツのせいで窮地に陥ってしまった。

 

「まだ我は勝てる!」

 

 諦めの悪いクイーンは反撃に転じようとしたのだが、ゴーレムの魔弾をくぐり抜けて接近してきた詩織とリリィが乗り込んできた。

 

「貴様ごときに!」

 

 ゴーレムの動力源となっている魔結晶から離れ、クイーンは詩織に向けて触手を伸ばす。

 

「当たらないよ!」

 

 触手は遠距離まで届くが、その動きは直線的だ。複雑な軌道をえがけるわけではないようで、詩織はうまく回避しながらクイーンに斬りかかった。

 

「こんな小娘がっ!」

 

 左腕を大剣へと変形させて詩織の斬撃をいなし、逆に組み伏せようとするも、

 

「もうシオリに手出しはさせないから!」

 

 リリィによって脇腹を切り裂かれ、クイーンは怒りの咆哮を上げる。

 

「昔の我なら・・・こんなことには!」

 

「そんな昔の栄光にすがっている時点でアンタの程度が知れるわ」

 

「舐めた口をきくなっ!」

 

 リリィに意識を向けた瞬間、今度は詩織によって腕を斬り落とされた。それを再生させたいところだが、もうクイーンの魔力は少ない。先ほどの夢幻斬りを防いだ時に消費してしまったのだ。

 

「ならばっ!」

 

 魔結晶からゴーレム用の魔力を奪い、それで逃走する算段を立てるクイーンであったが、機動力も低下しているのでそこまで到達する前に追いつかれる。

 

「これで終わりにする!」

 

「ば、化け物がっ・・・」

 

 詩織の魔力を化け物と形容するクイーンだが、どう見てもイービルゴーストの方が不気味な外見であり、まさに化け物だろう。

 最期は聖剣によって頭部を両断され、クイーンの体は霧散して消滅した。魔結晶はリリィによって破壊され、ゴーレムも沈黙する。

 

「これで勝ったわね」

 

 ベルフェンを滅亡させたイービルゴースト達の討伐に成功し、ジッタ・ベルフェン遺跡には元の静寂が戻ってきたのだった。

 

              -続く-



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第25話 戦いの後、光る星空

 クイーン・イービルゴーストを倒すことに成功し、動力を失ったフェルス・ゴーレムは大地に崩れた。こうしてこの辺境の集落にて起きた異常の原因を取り除くことはできたが、これでベルフェンの住人達が戻ってくるわけではない。

 

「王家主導のもと、ベルフェンで犠牲になった人達を弔うことにするわ。それがせめてアタシ達にできることだからね」

 

 敵を倒せても人を救うことができなかったことを悔いるアイラ。もっと早くベルフェンの異常に気付くことができればという思いがあるが、時間は巻き戻らない。

 アイラは思考を切り替えてリリィへと向き直り、この任務での活躍を褒めてあげることにした。そもそも今回リリィを同行させたのは、どれほど成長したかを見るためであり、此度の戦闘での立ち回りは勇ましいとアイラも認めるところである。

 

「シオリの言った通りちゃんと成長したようね。リリィにへっぽこだと言ったことは謝罪するわ。ごめんなさい」

 

「そ、そんな謝らないでください」

 

「いえ。謝罪するべきことをキチンと謝罪することは大切なことよ。実際アタシが間違っていたわけだし、妹とはいえ失礼だったことは反省しないといけない」

 

 アイラは時に強い言葉で相手を萎縮させてしまうこともあるが、基本的には善人なのだ。

 

「お姉様に認めていただけて嬉しいです。まぁわたしが頑張れているのもシオリのおかげなんですけどね」

 

「リリィにとってシオリは特別な存在なのね」

 

「はい」

 

 二人の話題に挙がった当の詩織はフェルス・ゴーレムの残骸をミリシャと共に熱心に観察しており、リリィの視線には気がついていない。

 

「これからも頑張りなさいよ。シオリと一緒にね」

 

「ありがとうございます。今後も一層の精進をしますね」

 

 リリィと詩織の出会いはお互いを変えた。この奇跡のような邂逅がやがて世界に影響を与えることになるとは、この時には予想もしていないことだった。

 

 

 

 

 遺跡からベルフェンへと戻り、宿にて一夜を過ごすことになった。戦闘で適合者達は疲労しており、この状態で王都までの長い道のりを帰るのは苦であるからだ。

 

「眠れないの?」

 

 皆が寝静まったころ、フと目を覚ましたアイラは何となく外の空気を吸いたくなってエントランスにやってきた。そこで偶然にも詩織を見かけて声をかける。

 

「この宿に来るまでは眠気もあったんですけど、いざ寝ようとしたら逆に目が覚めちゃったんです。それで、やることもないので星を見てました」

 

 その詩織の座るベンチの隣に腰かけたアイラは、詩織と同じように星が煌めく空を見上げた。少し前まで激戦が行われていたとは思えないほど空気は澄み渡っており、美しい光景が広がっている。

 

「シオリは元の世界に帰りたいと思う?」

 

「それは難しい質問ですね・・・この世界に来たばかりの頃なら帰りたいと即答できましたが、リリィや皆と過ごしているうちにこの世界にも愛着が湧いたんです。だから帰りたいという気持ちと、残りたいという気持ちがせめぎ合っている状態というのが現状ですね」

 

「なるほどね。いうならば、旅先を気に入ってしまい故郷に帰りたくないということかしら」

 

「それに近いですね」

 

 アイラはその詩織の気持ちを理解しつつ、複雑な気持ちでもあった。戦闘が終わった後、リリィには詩織と共に頑張れなんて言ってしまったが、考えてみれば詩織はこの世界の住人ではなく帰るべき世界があるのだ。なんて無責任なことを言ったのだろうとアイラはまた反省する。

 それに、リリィがとても詩織のことを気に入っているので、この二人には悲しい別れが訪れてほしくないという思いもあるのだ。

 

「私にとってこの世界は来るべくして来たという感じです。運命って言葉がピッタリ合うような・・・とにかく、全然悪いことだとは思いません」

 

「あんな戦いに巻き込まれているのに?」

 

「私が望んだことです。リリィと一緒に戦うということは。まぁ今日みたいに捕まって乱暴されるのはもうイヤですけどね・・・」

 

 クイーンに捕らえられて助けられるまでの間にされたことは一刻も早く忘れたいほど詩織の心を蝕んでいた。体の傷が治っても、心の傷は簡単には癒えない。それでも詩織が普段通りにいられるのもリリィという存在のおかげだろう。

 

「それに、今は帰る手段がありません。ソレイユクリスタルの修復が終わらないうちは足止め状態ですから、その間に色々考えようかなと」

 

「それがいいわね。アナタの出した答えならば、リリィはどんなものでも受け入れてくれるはずよ。だから焦らず、よく自分と将来のこととかを考えればいい」

 

 本当ならば、リリィの良きパートナーである詩織には近くでリリィを支えて欲しいという思いもあるものの、それを言う資格などないことは重々承知である。

 

「そういえば、リリィはアイラさんに褒められたと喜んでいましたよ」

 

「正直、これまでリリィのことは低く評価していたの。でも、この任務でリリィは適合者として、王家の人間として成長していることが分かったわ。アタシはそれが嬉しいし、いつかはアタシなんかより立派になると期待しているの」

 

「将来は女王になるんでしょうか?」

 

「リリィは第三王女だからその可能性は低いわね。でも、女王になるだけが王家の娘の役割じゃない。他にも人々のために役立てる行いはたくさんあるわ」

 

 それを学ぶのが今のリリィの使命であるとも言える。

 

「さて、そろそろ戻るわ。夜更かしもいいけれど、城に戻るまでが任務であるからね。いつ不測の事態が起きるとも分からないし、シオリも休んだほうがいいわよ」

 

「分かりました。私も部屋に戻ります」

 

 詩織は今一度夜空を見上げて目に焼き付け、リリィ達の眠る部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

「シオリ、どこに行ってたの?」

 

 部屋に戻ると、ちょうどリリィが目を覚ましたところであった。

 

「ちょっとロビーにね。寝つけなかったから」

 

 もう騒動が解決したこともあり、大部屋ではなく個室にて適合者達は休息を取ることにしていた。詩織と二人きりになりたいリリィが個室利用を提案し、皆がそれに賛同したのだ。

 

「夜中に部屋を抜け出すなんて、誰かと逢引していたとか・・・・・・まさかやっぱり夜伽に!?」

 

 目をパッと開いてリリィが詩織を問い詰める。その気迫は戦闘時よりも迫力があるように見えるほどだ。

 

「相手は誰なの!?」

 

「アイラさんとは会ったけど、別にやましいことは・・・」

 

「そうなのね・・・シオリはわたしよりもアイラお姉様のほうがいいのね・・・」

 

 面倒な恋人のようなことを言いながら落ち込むリリィ。勘違いは全然解けていないらしい。

 

「本当に違うんだけどな・・・」

 

 ベッドの上のリリィの隣に座り、その頭を撫でてあげる。

 

「うふふ、まぁ最初から疑ってなんかいなかったけどね」

 

「今のは演技だったの?」

 

「まぁね。だってシオリはそんな事しないって信じているもの。けど、シオリの困った顔が可愛いからイジワルしたくなっちゃったんだ。ごめんね・・・」

 

 舌を出して可愛く謝るリリィに対して抱くは怒りなどではなく愛しさだ。こんなにも心を豊かにしてくれる相手をリリィの他には知らない。

 

「怒ってないよ」

 

「ほんと?」

 

「うん。いつもの事だし、逆に、独占欲丸出しな感じで可愛いと思ったよ」

 

「えへへ・・・」

 

 リリィは詩織の胸の谷間に顔をうずめ、まるで赤子のように甘える。

 

「シオリへの独占欲が強いのは事実ね。今までこんなことなかったから、自分でもこんな感情にビックリ」

 

「私に対して初めて独り占めしたいと思ったんだ?」

 

「そうだよ。あまり物とかに執着しないタイプだけど、シオリだけは離したくない」

 

 だからこそ詩織が連れ去られた時には、クイーン・イービルゴーストに対するどす黒い感情がリリィの心に渦巻いていたのだ。そしてクイーンが詩織の体を弄んでいたシーンを見た時にはこれまでにないほどの殺意に取り付かれた。

 

「初めての感情だから、自分でもどうコントロールすればいいのか分からないの。これじゃあ子供みたいと呆れられちゃうかもだけど・・・」

 

「そうは思わないよ。人間は感情の生き物だもの、迷惑行為でなければ素直に感情に従うのも時にはいいことだと思う」

 

「わたしのはシオリに迷惑をかけてないかな?」

 

「全く迷惑じゃないよ。私にとってもリリィは特別だし、そんな相手に独り占めしたいと言われれば嬉しいもん」

 

 リリィにならば自分の全てを捧げてもいいとさえ思える。そんな相手と出会えたことは幸福でしかない。少なくとも、これまでの詩織の人生にそんな相手はいなかった。

 

「そっかぁ・・・」

 

 安心したのか、リリィは詩織の胸の中で眠りにつく。すやすやと寝息を立てる彼女は疲れていたのだろう。

 

「おやすみ、リリィ」

 

 そのリリィを抱きかかえてベッドの上に横になり、詩織も眠ることにした。柔らかく温かな感触はどんな抱き枕なんかよりも安眠をもたらしてくれることだろう。

 

 

 

 

 ベルフェンでの任務が終了し、適合者一行は王都へと帰還する。今回は犠牲者を出さずに帰ることができ、報告を聞いた国王からもお褒めの言葉をかけてもらってリリィは更に自信がついた。

 

 

 それから数日が経ち、リリィに呼び出された詩織は彼女の部屋へと向かう。

 

「さて、今日はシオリに研究棟を紹介するわ」

 

「研究棟?」

 

「この城の敷地内にある、魔術や魔物を主に研究する施設よ。そこの学者に来てほしいと言われたから、せっかくならシオリも連れていこうと思って」

 

 リリィに続いて城から出て、少し歩いた先に白い大きな建物が見える。詩織はここを以前にも見かけたことがあったが、特に用も無かったので立ち入ることなくスルーしていた。

 中に入ると白衣のような衣服に身を包んだ人達に出迎えられ、二階にある広い研究室へと案内される。

 

「リリィ様、お待ちしておりました」

 

 うやうやしく声をかけてきたのは小さな背丈の女の子だ。

 

「今日は職場見学の日なの?お子さんがこんな所にいるなんて」

 

 詩織は素直な感想を述べるが、それを聞いた子供は憤慨する。まるで駄々っ子のように拳を突き上げて詩織に抗議してきた。

 

「失敬な!私は子供じゃないぞ」

 

 どう見ても中学生ぐらいだが、本人は否定している。

 

「この方はシャルア・イオ。我がタイタニアの優秀な学者さんなのよ」

 

「そうなの!?」

 

 驚きだが、どうやら本当にここの学者らしい。リリィからの紹介を受けて小さな胸を張りながら改めてシャルアは名乗る。

 

「そう、私はシャルア・イオ。このタイタニアの歴史と魔術の関係等を調べている」

 

「そうだったんですね。すみません、勘違いしてしまって。見た目で人を判断してはいけないということですね」

 

「まぁいいさ。ところでキミがシオリか。噂には聞いている」

 

 自分のことがどこまで知れ渡っているのかは分からないが、それがどのような噂になっているのかは気になる。

 

「私の事を、ですか?」

 

「あぁ。なんでも巨大なオーネスコルピオをちぎって投げたり、盗賊を蹴散らしたりと大活躍らしいじゃないか」

 

 盛られているが、訂正するのも面倒なのでまぁいいかと詩織は一人納得する。噂とは誇張されて伝わるというのはどこの世界でも同じなようだ。

 

「ところで、わたしに用があると聞いたんだけれど?」

 

「はい。リリィ様はソレイユクリスタルの修復素材を探されているのですよね?」

 

「えぇ。お父様も探索チームを編成してめぼしい場所に派遣されているわ」

 

「なるほど。実は、ソレイユクリスタルの素材のありかに検討がついたので、それをお知らせしようと思いまして」

 

 それを聞いた詩織とリリィは目を合わせる。これで停滞していたソレイユクリスタルの修復が前進するかもしれない。

 

「こちらをご覧ください」

 

 シャルアは一冊の古ぼけた厚い本を開いて差し出した。

 

「これは?」

 

「この研究棟の書庫にあった資料の一つです。たまたま手に取ったのですが、思わぬ記述を見つけたのです」

 

 そう言いながら汚れたページの中央を指さす。

 

「ここを見てください。ソレイユクリスタルの記述がありますよね?」

 

「確かにそうっぽいわね」

 

「そしてここ。この坑道から採集した物を使用していると書かれています」

 

「ふむふむ。これはディグ・ザム坑道ね。昔に閉鎖されたと聞いているけれど、まさかそんな所にあるかもしれないとは」

 

 確証は無くても可能性があるなら行く価値はあるだろう。

 

「次の任務が決まったわ。ディグ・ザム坑道へと向かい、ソレイユクリスタルの素材探しよ」

 

 ソレイユクリスタルが修復されれば元の世界に帰ることができる。が、それに期待しつつも、乗り気ではない詩織であった。

 

               -続く-



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第26話 不穏のポラトン

 シャルアによる情報提供でソレイユクリスタルの素材のありかを掴んだリリィ。そこは既に閉鎖された坑道のために確実に手に入るかは不明だが、行ってみるしかない。

 

「そのディグ・ザム坑道はもう長いこと人の出入りがありません。それどころか、隣接している町のシルフも閉鎖にあわせて破棄されているので完全に孤立した場所なのです」

 

「つまり、現在はどのような状態かは分からないということね」

 

「はい。最近数を増やしている魔物が棲みついている可能性もありますから、充分に注意してください」

 

「そうね。そういう場所なら危険度は高そう」

 

 タイタニア国内のことではあるが、王家とはいえ全てを把握しているわけではない。詩織の世界のように電子化が進んでいるわけでもないので、多くを人力に頼らざるを得ず調査も一苦労なのだ。

 

「けれど、わたし達のチームもそれなりに経験を積んでいるから、ある程度の事態ならば対応できる」

 

 詩織をチームに含めてからいくつもの魔物を屠り、強敵を討ち倒してきたのだ。

 

「ミリシャとアイリアにも報告して明日には出撃しましょう」

 

 

 

 

「元の世界か・・・」

 

 その日の夜、詩織は趣味の一環になっている散歩をしながら元の世界への帰還について考えていた。今回の任務でソレイユクリスタルを修復できれば現実となることなのだが、まさかこんな早く実現するとは思わなかったのだ。

 

「私は一体どうすれば」

 

 帰れるのは本来嬉しいことのはずだ。

 

「・・・」

 

 きっと元の世界では家族も心配していることだろう。いや、もしかしたらできの悪い娘がいなくなってホッとしているのかもしれない。それは詩織の想像の及ぶことではないものの、勝手にいなくなった挙句に帰らないというのは親不孝というものだ。だからこそ、善良な心を持つ詩織は悩んでいる。

 

「答えはないものな・・・」

 

 最後に何が正解かを決めるのは自分自身だ。自分や周りのことを総合的に考えて結論を出す。これは大人なら誰しもがしていることだけれど、まだ未成年の詩織には難しいことである。特にこのような重大な決め事には大いなる責任が伴う。

 

「そんな難しい顔をしてどうしました?」

 

「あれ、ターシャさんじゃないですか」

 

 リリィの教育係であるターシャが城の端にある小さな扉を開けて出てくるところに遭遇した。

 

「もしかして道に迷われたのですか?」

 

「いえ、そうではなく散歩中なんです。まぁ、人生の道には絶賛迷ってますけど」

 

 その返答にクスッと笑い、戸を閉める。

 

「ターシャさんはどこかに行くんですか?」

 

「中庭の噴水が私のお気に入りの場所でして、そこに。よければご一緒しませんか?」

 

 ターシャの案内で中庭にある大きな噴水近くのベンチに腰掛ける。夜であるために誰もおらず、貸し切り状態であった。

 

「それで、シオリ様は何を迷っておられるんです?」

 

「元の世界に帰るかどうかということについてです」

 

「帰りたくないんですか?」

 

「それが分からなくなってしまって・・・」

 

 アイラに問われた時に明確な答えが出なかった。ソレイユクリスタルが直るまでに考えておくと言ったものの、それは結局先送りにしたのと同じだ。そう遠くない未来に答えを出さなくてはならないのに。

 

「なら、迷っている理由を挙げてみるのはいかかでしょう。そこから解決策が見つかるかもしれません」

 

「私が帰りたくない理由・・・」

 

 いくつかあるが、明確な理由はただ一つ。

 

「・・・リリィと離れたくない、から」

 

「なるほど」

 

 それはなんとなくターシャも予想していたことだ。詩織とリリィの仲の良さはターシャも知るところであり、まるで古くからの友人のような二人を微笑ましく思っている。

 

「こんなに好きな相手と離れるのがイヤなんです。確かに元の世界での生活はいいものでしたが、そこにリリィはいません。彼女との楽しさを知った今、例え帰れても心にポッカリと穴が開いたような状態になって何も楽しめません」

 

 リリィを連れて帰りたい。だが、その願望はただの我儘だ。

 

「リリィは何にも代えることはできない。私にとって何より大切な存在で・・・」

 

「きっとリリィ様も同じように言うことでしょう。それくらい、リリィ様はシオリ様のことが好きですよ」

 

「でも、元の世界の家族達に迷惑をかけていると思うと、それも申し訳ないなと思っちゃって・・・」

 

「その気持ちも分かります。ですが、肝心なのはシオリ様がどうしたいかです。その結論がどのようなものでも、受け入れてくれる人はいますよ」

 

 ターシャの優しい声音はまるで母親のようだ。

 

「ターシャさんならどうしますか?」

 

「答えは簡単には出せないですね。誰も経験したことの無いような事態への答えですもの」

 

「そうですよね・・・」

 

「ただ一つ言えるとすれば、私はシオリ様の味方であるということです。だから、答えがだせたなら自信を持っていいのです」

 

 この世界で得た人との繋がり、それは詩織がこれまでに得たことのないものであり、どんな財宝よりも尊いものだと実感する。

 

 

 

 詩織の中で、この時には答えは出ていた。口にはしなかったが、ターシャとのこの会話が大きなキッカケとなって。

 

 

 

 

「準備はいい?」

 

「おっけーだよ」

 

 城門前にリリィのチームが集まり、馬車へと搭乗する。いつもの出撃の光景であり、すっかり詩織も慣れていた。

 

「昨日も言った通り、ソレイユクリスタルの素材回収が主な目的よ」

 

「ようやく王家に代々伝わる宝を直せるんだから、リリィも王様に許してもらえるね」

 

「そうね。あの日にめっちゃ怒られたのを時々思い出してヘコむのよ・・・それから解放される日も近いということね」

 

 王家の宝であるソレイユクリスタルを直せばリリィの肩の荷も下りるだろうし、それが詩織の願うことだ。

 

「今回も目的地までの道のりは長いから、ゆったりと行きましょう」

 

 前回の任務のように他のチームが同行するわけではないので、自分達のペースで進むことができる。期限付きでもないので急ぐ必要もない。

 

「そういえば、坑道の近くには人のいる町はないらしいけど、寝泊りはどうするの?」

 

「ディグ・ザムから少し離れた場所にあるポラトンという町に宿を借りて拠点とするわ。調査前はそこで寝泊りしつつ、坑道の調査中はこの馬車の後ろに積んであるテントを使って野宿ね」

 

 アウトドア派ではない詩織にとって野宿はそう経験するものではない。楽しそうだとは思うが、反面、いきなり敵に襲われたらどうしようという怖さもある。

 

「ベルフェンの時のように交代で見張りがいたほうがいいわね。とりあえず二人一組で」

 

 そう提案するリリィだが、実際には詩織との時間を作りたいというエゴもある。

 

「そうですが、リリィ様に見張りをさせるのは気が引けますわね」

 

「いいのよ、ミリシャ。王族ではあるけれど、戦場に出る以上わたしも戦士の一人なわけだし、部下だけに負担させるなんてことはできないもの」

 

「リリィ様のそういうお心の広さを全国のダメ上司に見せたいものですわ」

 

 ブラックな職場では、部下に仕事を押し付けて自分はサボる上司という存在が平気に存在するもので、そういう輩はタイタニアにもいるらしい。まったくけしからんと思うのだが、そういう人間は自覚がないのだ。

 

「わたしも褒められたものではないわ。いつも馬車の手綱を引いてるのがアイリアなんだけど、アイリアばかりにやらせるのも悪いなと思って練習したけど上手くいかないのよ・・・」

 

 馬のコントロールは思ったよりも難しく、リリィは今まで上手く操れたことがない。

 

「誰にでも不得意なことはあるよ」

 

「けれどお姉様達はできるわけで、わたしだけが姉妹の中でできないというのも悲しいのよ」

 

 二人の優秀な姉を持つリリィはなんとしても追いつきたいという気持ちが強い。だが、詩織にしてみればリリィにはリリィの良さがあるわけで、無理に同じようにする必要はないのではと思っている。

 

 

 

 

 そうして長い移動の末、ポラトンへと到着し、いつものように住人達から歓迎を受ける。しかし、どこか町の雰囲気が暗いような気がした。

 

「ようこそ、リリィ様。大した歓迎もできませんで申し訳ありません」

 

「いえ、わたし達こそ突然お邪魔してしまって申し訳ない。どうぞ、いつも通りにしていてください」

 

 町で一番大きな宿へと案内され、その客室の一つへと通される。今回は四人合同の部屋でそれはそれで楽しいのだが、詩織に甘える時間が無いなと少々残念がるリリィであった。

 到着が夕方だったのですぐに食事の時間となり、いくつもの料理が運ばれてくる。

 

「移動中はろくな食べ物を口にしてなかったから、こうしてキチンとした料理を食べられるのは嬉しいわね」

 

 歳相応の女の子の無邪気さがリリィを王族だと感じさせない要因の一つである。しかし、それが人を惹きつけることもあるのだ。

 

「リリィ様、今回の訪問は何かの視察ですか?」

 

 料理を運んできた高齢の女性従業員がリリィに問う。

 

「ここから少し離れた所にあるディグ・ザム坑道の調査なんです。もう昔に閉鎖されたのですが、貴重な鉱石が残っている可能性があるので」

 

 普段は天真爛漫なリリィもさすがに礼儀は弁えており、初対面の従業員には敬語を使う。

 

「あの坑道ですか。できれば近づかない方がよろしいかと思いますが・・・」

 

「?」

 

 その従業員は険しい表情でそう警告する。何かその坑道に起因する問題があるのだろうか。

 

「実はあの坑道に隣接した町、シルフに邪教徒が集まっているので・・・」

 

「どういうヤツらなんですか?」

 

「ゴゥラグナという魔物を崇拝する者達です。最近になってシルフを乗っ取り、付近の町から人を攫うのです」

 

 町に来た時の暗い雰囲気はそれが理由かと詩織は得心する。

 

「人さらい・・・」

 

 それが事実なら厄介な相手と対峙しなければならないようだ。もしかしたら以前戦ったラドロの風より危険な敵かもしれない。

 

「このポラトンからも何人か連れ去られたらしく、皆警戒を強めております」

 

「ふむ・・・それは王都には伝わっていない事柄ね。でも放ってはおけないし、対処しなければディグ・ザム坑道の調査もできないわ」

 

 国民の困りごとを解決するのが王家の仕事だ。これを見過ごすことはできない。

 

「しかし、人を攫ってどうするつもりなのかな?」

 

「恐らく、魔物への貢ぎ物としているのでしょう。そういう事をする集団は前にも存在したの」

 

「そんなヤバいヤツらがいるのか・・・」

 

 詩織の世界にも悪魔崇拝などはあるが、まさにそういう類の人間が暴走すれば人を生贄にするのだろうと思う。

 

「明日、役所と衛兵待機所に行って話を聞きましょう。で、わたし達で解決するのよ」

 

 それに異論はない。詩織は特段正義感の強い人間というわけではないが、人道を踏み外して下劣な行為をする相手を許せるような人間でもない。

 

 どんな敵かはしらないが、王家に仕える適合者として気合を入れる詩織であった。

 

              -続く-



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第27話 邪教徒集団ゴゥラグナ

 ポラトンの宿で一夜を過ごし、翌日は町の役所や衛兵待機所で邪教ゴゥラグナについて情報収集を行う。どうやらゴゥラグナによる人攫いは事実らしく、ここ最近ポラトンでも数名が拉致されたらしいのだ。兵が奪還しに向かったのだが未だ帰還していないとのことである。

 

「これはゆゆしき事態だわ。本来なら王都から増援を送るべき案件ね」

 

 だが、この世界は詩織の世界のように通信技術は発達しておらず、連絡を行うにも使者を遣わして伝言を頼むしかない。それには時間がかかるので、その間に被害は増える一方だ。そこで、リリィは自分達のチームで事の解決に乗り出そうとしている。

 

「わたし達は数こそ少ないけれど、充分に実力はあるはずよ。相手は厄介そうなヤツらだけど、いつも通りに戦えば後れを取ることはないわ」

 

 詩織は自分の実力に懐疑的なので、リリィの言うように充分に戦えるかは不安がある。しかし気力は満タンで、自分にできることをこなそうという意思は持っていた。

 

「今回は対人戦闘が予想されるわ。となれば、アイリアの得意分野ね」

 

「はい。このナイフでバラバラにしてやります」

 

 なんとも過激な宣言だが、それが頼もしい。小型の魔物や人を相手取る戦闘ならチーム内ではアイリアがダントツだ。高機動なうえ、取り回しやすいコンバットナイフを駆使する戦い方は見習いたいくらいである。

 

「でも、敵を倒す以上に連れ去られた人達を助けることが重要よ。そのためには敵が拠点としている町、シルフに潜入調査をする必要があるわね」

 

 どこに囚われているかも分からない人間を見つけるのは困難であるが、見捨てることはできない。

 

「ともかく、シルフへと向かいましょう。まずは町の近くから様子を窺うことから始めるわ」

 

 詩織は頷き、拳に力を込めた。

 

 

 

 

「さて、ここからは危険地域になるわ。警戒を怠らず、何か発見したらすぐに報告するように」

 

 ポラトンを出発してシルフ方面に向けて進んで行き、密林地帯へと差し掛かった。聞くところによると、シルフとディグ・ザム坑道のある地域はこの密林に囲われており、孤立したような場所であるらしい。その自然の豊かさが逆にシルフへの道筋を険しくしていて容易に近づけない。

 

「これじゃあ天然の要塞だね。敵がシルフを拠点にしたのも頷ける」

 

「シオリの言うとおり、まさに要塞のようね。この先はどんな罠が張られているか分からないし、どこから奇襲を受けるかも分からないわ」

 

 それに、こうした密林には危険な毒などを有している原生生物が生息している可能性が高いと思われる。ミリシャが治療キットを持っているとはいえ、安心はできない。

 

「私が先行します。対人用の罠などを昔使用していましたので」

 

「そうね。アイリアなら罠への対処も可能でしょうから、頼んだわ」

 

 アイリアにとって盗賊団に所属していた時代は忌まわしい汚点であるが、その経験は無駄ではなかった。おかげで優秀な戦士になれたし、こうしてリリィ達の役に立てるのだから。

 

「では行くわよ。アイリアを先頭に縦の列になって」

 

「了解」

 

 草をかき分けながら、密林の緑の中へと入っていく。

 

 

 

「また罠が・・・」

 

 人の足を絡めとる罠をアイリアが破壊する。素人には見つけるのが難しいが、アイリアは見逃さない。

 

「比較的通りやすい場所に罠を張っているらしいわね。わざわざこんな苦労をして、敵はシルフで何をしているのかしら」

 

 こうも用心をしているのだから、よほどの悪事に違いないだろう。

 

「いくつも罠を用意しているみたいだけど、その位置を把握してないと敵自身が引っかかるよね。もしかして、罠の無い進路があるのかも」

 

「それはあり得る。でも、私達には知る術がないわ。ともかく慎重に行くしかない」

 

 町を囲う密林の面積はかなり広い。当然それを全てカバーすることなど不可能で、安全に進める場所もあるだろうが、見わけも付かないし探している余裕もないのだ。 

 

「安心しろ、シオリ。私にとってこの程度の罠は脅威ではない。まるでアマチュアのような設置の仕方だ」

 

「そうなの?私じゃ発見するのも大変だよ」

 

「この私の目を欺けるほどの高等さはない」

 

「プロって感じで、なんかカッコいい」

 

 詩織がアイリアを褒めているのを見て、頬をぷく-っと膨らませるのはリリィだ。その可愛らしい嫉妬心を見抜いたミリシャが微笑ましそうに目を細める。

 

 

 

 そうして進んで行くうち、アイリアが詩織達にしゃがむよう指示した。

 

「どうしたの?」

 

「何かがこちらに向かってくる」

 

 アイリアの視線の先、背の高い草が不自然に揺れる。

 

「そこの岩影に隠れよう。もしかしたら見張りの人間かもしれん」

 

 少し後退し、大きな岩の背後に四人が隠れた。すると、その直後に先ほどまで詩織達がいた場所へと二人の人間が現れる。灰色のローブを纏っており、人相は分からない。

 

「本当に見たのか?」

 

 その灰色ローブの一人がもう一人に問いかけている。

 

「間違いない。確かにこの辺に人を見たんだよ」

 

「勘違いじゃないのか?ここらには罠がいくつも仕掛けてある。俺達は位置を把握しているが、何も知らないヤツが全部を躱してここまで来るのは不可能だ」

 

 それを可能にしたのがアイリアだ。二人の会話を聞いて、若干ドヤ顔をしている。

 

「あの二人をどうにかしないとね」

 

「お任せください、リリィ様。私が排除します」

 

「情報を訊き出すために、できれば捕まえたいわ」

 

「了解しました」

 

 灰色ローブの二人がこちらに背を向けたのを確認し、ナイフを引き抜いてアイリアは岩影から飛び出す。

 そして一人を蹴り飛ばして木に叩きつけ気絶させ、もう一人を羽交い絞めにして捕らえた。

 

「な、何者!?」

 

「質問するのは私達だ。お前は抵抗せずに聞かれたことに答えればいい」

 

 首筋にナイフを突きつけて脅す。まるで悪役のような振る舞いだが、手段を選んでいる場合ではない。

 こうして瞬時に敵を制圧し、リリィが捕らえられた灰色ローブの女に尋問を始める。

 

「アナタはゴゥラグナのメンバーで間違いないのね?」

 

「そ、そうだよ」

 

「シルフで一体何をしているの?付近の町から連れ去った人々をどうしたの?」

 

「知らない。なぜなら私はまだ入団したばかりで、こうして毎日見張りをさせられているの。町で何が起きているかなんて・・・」

 

 そこまで言って、アイリアに締め上げられる。

 

「ウソをつくなよ。本当はどうなんだ?」

 

「ほ、本当に・・・」

 

 苦しそうにもがき、ギブアップとばかりにアイリアの手を叩く。その反応を見るに、嘘ではなく本当に知らないようだ。

 

「私が知っているのは、町の中心にある高い塔が付いた建物が本部になっているということ。そして、上級メンバーは白いローブを羽織っていることくらい」

 

「この灰色のローブは下っ端メンバーが着用しているの?」

 

「そう」

 

 もうこれ以上の情報は持っていないらしい。

 

「それにしても、なんでアナタはゴゥラグナに参加したの?」

 

「毎日が退屈だったから。ゴゥラグナなら刺激的な毎日が送れるって聞いて、それで・・・でも、やらされるのは退屈な見張りだもの、もうウンザリよ」

 

「そんな理由で・・・」

 

 呆れたようにリリィが首を振る。

 

「もうこんな事は止めなさい。退屈な日々を変えたいならば、良い行いをするべきよ。そうすれば人との繋がりもできて、楽しいことだって起こるはず」

 

「分かったよ・・・私が悪かった・・・」

 

 女は自分の行いを反省したらしく、武器を捨てて灰色のローブを脱いだ。

 

「シルフを目指しているんでしょう?なら、これを持って行って」

 

「ローブを?」

 

「これを身に纏っていれば町に入りやすいと思うよ」

 

「そうね。助かるわ」

 

 気絶しているメンバーのローブも回収した。これを使えばシルフへの潜入も楽になりそうだ。

 

「この先にはもう罠は少ないけど、気を付けて進んだほうがいいよ」

 

「ありがとう。アナタ達はどうするの?」

 

「この人を連れてポラトンで自首するわ。そこから新しい人生を始めようと思う」

 

 女は気絶した仲間を背負い、リリィ達が来た方角へと去って行った。その足取りには迷いはないようで、振り向くこともない。

 

「拘束しておかなくてよかったのですか?」

 

「ええ。あの人の目を見れば、もう邪気が無いことは分かる。盗賊から抜けたアイリアと同じような澄んだ目だったもの」

 

「・・・そうですか」

 

 リリィは昔の事を思い出し、笑みを浮かべる。過ちを認め、反省する意思さえあれば人はやり直すことができる。それはアイリアから教えてもらったことなのだ。

 

 

 

 

「あれがシルフね」

 

 密林地帯の先に寂れた町を発見する。人は見当たらないが気配はしており、不気味な雰囲気だ。

 

「どうやって調査する?」

 

「作戦はこうよ。まず、ローブをわたしとシオリが着用して町に入るわ。アイリアは持ち前の隠密技術で見つからないように潜入。ミリシャはここで町全体を見張っていて」

 

 詩織は渡されたローブを羽織り、立ち上がる。これならどこから見てもゴゥラグナのメンバーだ。

 

「優先するのは連れ去られた人の救出。敵と交戦するのは最後の手段よ」

 

 

 

「町の中心にある建物ってアレよね」

 

 灰色のローブを着用したリリィと詩織が町へ堂々と入り、ゴゥラグナの本部を目指す。町の中心に行くほど人を見かけるようになり、皆一様にローブを羽織っていた。

 

「異様なカンジね。ピリピリしているというか、なんか怖いわ」

 

「確かに。普通の町とは全然違う」

 

 詩織はこの妙な緊張感から早く解放されたいと思うが、逃げ出すわけにはいかない。隣で歩くリリィを守るためにも。

 警戒しつつ、塔のある建物までもう少しという所まで来たのだが、

 

「ん?お前達、どこへ行く気だ?」

 

 突如声をかけられる。詩織はビクッと体を震わせながら振り向き、その相手に向き直った。

 

「ここから先はお前達のような下級メンバーの立ち入りはできない。知っているでしょう?」

 

 その人物は白いローブを着ている。どうやら上級メンバーのようだ。

 

「えっとぉ・・・まだ入団したばかりで・・・」

 

「ほぅ・・・貴様、名をなんという?」

 

 ここで本名を名乗るのは危険だなと、咄嗟に違う名を教えることにした。詩織の勇者としての評判が立ち始めたので、本名を名乗ればゴゥラグナのメンバーではなく王家に仕える者だとバレてしまうと思ったからだ。

 

「わ、私はユイ・タカヤマです」

 

 聞いたことないなと白ローブは首を傾げる。

 

「お前は?」

 

「わたしはサクヤっていいます」

 

 リリィも偽名を名乗った。王家の人間なら、尚更本名はマズいのだ。

 

「知らない名だ・・・」

 

 どうやら怪しまれているらしい。どうしようと詩織は焦るが、

 

「まだ皆さんに自己紹介したわけではないですから、ご存じないのでしょう。今度、ゆっくりと紹介させていただきますね」

 

 とリリィが詩織の手を掴んでそそくさと立ち去る。白ローブはまだ何か言いたそうだったが、その後ろ姿を見送るだけだ。

 

「危ないところだったわね。とりあえず引き下がりましょう」

 

「本部に入るには白いローブが必要みたいだね」

 

「えぇ。どうにか入手しないと・・・」

 

 人目を避けるため、狭い路地へと入って行く。

 

「そういえば、よく咄嗟に偽名が浮かんだわね」

 

「あぁ、ユイってのは元の世界にいる友達の名前だよ。いつもアヤナってコとイチャついててさ。学校一のカップルって評判を受けるくらいなんだ」

 

 異世界とはいえ、勝手に友達の名を使うのは良くないことだが。

 

「そうなの。まぁわたし達の方がイチャつき具合なら上だろうけどね!」

 

 そこを競ってどうするのかと詩織がクスッと笑った直後、人の気配がしてその場で立ち止まる。

 

「チッ・・・」

 

 前方と後方にゴゥラグナのメンバーが複数人立ちふさがる。路地に入ったのは完全に悪手であったようだ。周囲を建物に囲まれているので逃げ場が少ない。

 

「貴様達は何者だ?」

 

 その声は先ほどリリィと詩織の名を問うてきた人物だ。

 

「だから新人だと・・・」

 

「フッ・・・私は入団者選定にも関わっている。だから貴様達がゴゥラグナの者でないとすぐに分かった」

 

 それは想定外とリリィは魔具である剣を装備した。もう交戦する以外に解決策はない。

 

「仕方ないわ。ここは強行突破するわよ・・・」

 

 詩織も聖剣を魔法陣から取り出そうとするも、

 

「な、何っ!?」

 

 上から魔力を感じて見上げると、建物の窓から身を乗り出したゴゥラグナのメンバーが杖を構えていた。そして杖から魔弾を発射し、詩織とリリィの近くに着弾する。

 

「くっ・・・」

 

 爆発に巻き込まれて地面に転がり、立ち上がろうとしたのだが、敵にのしかかられるようにして取り押さられてしまった。

 

「リリィ!」

 

 詩織は自分よりもリリィのことを助けたい一心で暴れるが、布を顔に押し付けられる。布からは異臭がし、それを吸ってしまった詩織は体から力が抜け、意識が朦朧としてきた。

 

「リリィ・・・」

 

 手を伸ばす先、リリィも同じようにされてぐったりと動かなくなる。

 

 

 捕らえられてしまった二人の運命は・・・

 

             -続く-



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第28話 牢獄からの脱出

 詩織が目を覚ましたのは牢屋のような場所だった。まだボヤけた意識のまま周りを確認すると、そこには鎖で両手を拘束されて吊り上げられたリリィの姿が目に入る。それを見た詩織の意識は完全に覚醒し、駆け寄ろうとするが、

 

「私もか・・・」

 

 どうやら拘束されているのはリリィだけでなく詩織も同じなようだ。リリィを助けるためになんとか抜け出そうともがくが、ガッチリと縛られていて鎖は解けそうになかった。

 

「くそっ・・・」

 

 このままでは敵になにをされるか分からない。いや、すでになにかされた後かもしれないが、とにかく脱出しなければという焦りだけが募っていく。

近くには監視もいないようなので、とりあえずリリィの目を覚ますべく声をかけた。

 

「リリィ、気づいて。リリィ!」

 

 詩織の声に反応したのかはしらないが、間もなくリリィのまぶたが開き、自身が置かれた状況を把握する。

 

「これはやらかしたわね・・・」

 

「どうにかならないかな?」

 

「難しいわね。どうやら魔力も使えない・・・この鎖に吸われているみたい」

 

 どうやら鎖は特殊なもので、そこに体内の魔力を吸い出されている。これでは魔具を呼び出すことすらできない。体を魔力で強化することもできないし、今のリリィ達はか弱い少女そのものでしかないのだ。

 そうこうしているうちに足音が近づいてきた。靴音が大きくなるにつれて詩織の表情も硬くなる。

 

「おや、早いお目覚めのようで」

 

 その声色はリリィ達を捕らえた者で間違いない。白いローブを目深にかぶっているので声で判断するしかないのだ。

 

「わたし達にこんなことをして、何を企んでいるの?」

 

「それはこちらの質問だ。貴様達は何故このシルフに来た?」

 

 白ローブの問いに答えずにいると、

 

「私は短気でな・・・」

 

 リリィの腹部に拳を叩きつけ、めり込ませる。

 

「うぁっ・・・」

 

「やめて!!」

 

 詩織が制止するも、全く聞く耳を持たない。

 

「答えるから!もうやめて!」

 

「最初からそうすればよかったのだ」

 

 ようやくリリィから手を離す。リリィは苦しそうな顔のまま、咳き込んでいた。

 

「アナタ達はこの町に人を攫ってきたでしょう?なんでそんな事をしたのかを調査しにきたの」

 

 嘘を言ってもすぐにバレそうだし、何よりそれに激昂した相手が何をするか分からないので素直に答える。

 

「なるほど、そんな事か。あいつらは我らがニューリーダーへの捧げものだ。何に利用しているかは知らないが」

 

「そんな・・・もう皆生きていないの?」

 

「どうだかな。それを知っても、もう仕方ないだろう?」

 

 白ローブはリリィの髪を掴み、自分の方へと向ける。

 

「なぜなら、お前達も同じようにしてやるからだ。こんな上玉は中々に手に入らんものな」

 

 このままでは捧げものにされてしまう。とにかく詩織はリリィのことだけは助けたかった。

 

「待って!リリィには手を出さないで」

 

「そんなお願いができる身分か?」

 

「私がなんでもするから・・・リリィだけは・・・」

 

「ほう?今なんでもすると言ったな?」

 

 それを聞いたリリィは首を振り、

 

「ダメよ、シオリ・・・わたしが行くから・・・」

 

 と、白ローブに自分を連れていくよう懇願する。二人とも互いを庇おうと必死なのだ。

 

「貴様達は自分を犠牲にしてでも相手を救いたいのか?泣ける話だな」

 

 白ローブは嘲笑しつつ、詩織の顔に近づく。

 

「安心しろ。二人とも同時に差し出してやる」

 

「くっ・・・」

 

 打つ手はないのかと詩織が絶望しかけたその時、思わぬ希望が姿を見せる。

 

「リリィ様にこのような仕打ち・・・万死に値する!」

 

 怒りに狂うアイリアがナイフを振り抜く。白ローブの腕部が斬りおとされ、次の一撃で首を切り裂いていた。

 白ローブの体は糸が切れたかのように崩れ落ち、その場に血だまりをつくりながら沈黙する。

 

「アイリア、どうしてここを?」

 

 二人の鎖を破壊しながらアイリアが経緯を説明する。

 

「実はリリィ様達が塔のある建物に連れていかれるのを見かけたのです。本当ならすぐに助けたかったのですが、敵の数が多く手を出せませんでした。そこで人目を避けつつ、どうにか潜入を果たしたのです」

 

「そうなの。さすがアイリアね、助かったわ」

 

「これが私の役目ですから、お気になさらないでください」

 

 しかし、こうして来てくれなけば詩織とリリィは生き地獄を味わっていたことだろう。褒められてしかるべき行いである。

 

「連れ去られた人はニューリーダーとやらに捧げられているらしいわね。ここにはいないのかしら」

 

「敵の会話を盗み聞きしたのですが、どうやらディグ・ザム坑道内にリーダーがいるようです。そこで魔物を飼っているとかなんとか・・・」

 

「ということは、連れ去った人を魔物の餌にしているのかもしれないわ。すぐにでも行きましょう」

 

 手首はまだ痛むが、そうも言っていられない。もしかしたらまだ生きている人がいるかもしれないし、急げば救助できる可能性があるからだ。

 

 

 

 

「ここを抜け出すのも一苦労ね・・・」

 

 牢屋から出ることはできたが、廊下には監視員が巡回している。それらを無力化するか、見つからないように進むしかない。

 

「よくこれで見つからずに来られたね」

 

 詩織に感心されてドヤ顔で誇るアイリアだが、実際どうやって発見されずに牢屋まで到達したのか見当もつかなかった。

 

「見つかったら面倒ね。どれだけ敵の戦力がいるか分からないし、増援を呼ばれたら厄介よ」

 

 アイリアは盗賊時代の経験から隠密行動や潜入を得意としているが、詩織とリリィはそうではない。そんな三人で脱出するのはかなり難しいだろう。

 

「一人ずつ倒すのもアリだと思うな。それかダンボールがあれば・・・」

 

 詩織はとある潜入ゲームが好きなのだが、ゲームセンスの低い彼女は見つからずに進むのは不可能だと悟り、殲滅して解決していた。全員倒してしまえば目撃者はいなくなるという理屈だ。

 

「私が先行し、様子を確認してリリィ様達を誘導します」

 

「分かった。慎重にね」

 

 軽快な身のこなしで物陰から物陰へと移動し、アイリアは敵に見つからないよう進行する。その動きはまるで忍者のようだ。

 

「よし、行くわよ」

 

 アイリアの手招きのジェスチャーを見て進み、待ての指示で隠れる。こうして少しづつ脱出を試みるが、

 

「この先には敵が複数人います。そいつらをどうにかしないと、先に行けません」

 

 アイリアが一度後退し、状況を伝える。牢屋のあるこのフロアは地下であり、脱出するためには階段を上る必要があるのだが、その階段の付近に敵が居座っているのだ。

 

「こうなったら、私が敵の気を引きつけます。その間に逃げてください」

 

「でも危険だわ」

 

「私ならば対人戦闘に慣れていますし、上手く相手を翻弄して頃合いになったら逃げればいいのです。リリィ様、私の使命はアナタをなんとしても守る事ですから、ここは任務を果たさせてください」

 

 現状ではアイリアの提案にのるしかないだろう。リリィはアイリアの肩に手を置き、頷きながら託す。

 

「なら任せたわ。絶対に生きて合流しましょう」

 

「はい」

 

 そして詩織へと顔を向け、

 

「リリィ様を頼んだぞ」

 

 と言い残し、敵へと突っ込んでいく。

 

 

 

「貴様!どこから侵入した!」

 

「フンっ・・・この木偶の坊どもっ!」

 

 アイリアのナイフが一閃。ゴゥラグナの一人を一瞬で倒す。

 

「コイツ、素早い!」

 

「お前達がノロいんだ!」

 

 そうやって挑発しながら敵の注意を引き、階段を駆け上がって行く。ゴゥラグナのメンバーは敵襲だと騒ぎながらアイリアを追いかけていった。

 

「今のうちに!」

 

 牢獄のフロアにはリリィと詩織だけが取り残されて、自由に動ける状態になる。これならば容易に一階へと行くことができるだろう。

 

 

 

 階段を上り、慎重に周囲を見渡すと人気はなかった。だが外から怒号が聞こえてくる。

 

「アイリアが敵とやりあっているようね」

 

「援護する?」

 

「そうしたいけど、アイリアの邪魔をすることになるかもしれない。彼女の機動力に付いていけるほどわたし達は速くないからね」

 

 事実、詩織にはアイリアほどの機動性能は無い。完全に足手まといになってしまうだろう。

 

「今は脱出が優先よ。急いでミリシャと合流し、アイリアを待った後にディグ・ザム坑道に突入するわ」

 

「オッケー」

 

 ゴゥラグナ本部の裏口から外に出て、ミリシャが待機する場所を目指すが、

 

「むっ!敵がいるぞ!」

 

 アイリアを追撃しようとしていたゴゥラグナのメンバーに見つかってしまった。

 

「チィ・・・」

 

 襲い掛かってきた相手をリリィと詩織が連携して撃破するが、騒ぎを聞きつけた増援がこちらに来ているのが見える。

 

「マズいわね・・・」

 

「こういう時は逃げるが勝ち!」

 

「そうね。一気に駆け抜けるわよ!」

 

 二人は全速で町の出口に向かって行く。このままなら追いつかれはしないだろうと思ったのだが、数人のゴゥラグナのメンバーが立ちはだかった。

 

「もう!本当にしつこいヤツらね!」

 

 仕方ないと剣を構えて突撃の準備を整える。後ろの敵に追いつかれる前に決着をつけないとならない。

 だが、リリィと詩織の正面に現れた敵は突如発生した爆発に巻き込まれて無力化された。

 

「ミリシャ・テナー、ただいま参上いたしましたわ」

 

 爆煙の中から姿を現したのはミリシャだ。敵の後方から高出力の魔弾を発射し、それで敵を撃滅したらしい。

 

「町が騒々しくなったのできっと戦闘が始まったのだと思い、急いで駆け付けましたわ」

 

「助かった。でも、まだ終わってないわ」

 

 リリィは後ろを振り向き、追ってくる敵に向き直る。もうすぐそこまで来ており、これで逃げ切るのは不可能だろう。

 

「アレもわたくしにお任せを」

 

 身長ほどの長さの杖を構え、魔力を集中させて強力な魔弾を撃ち出す。高熱を纏いながら飛翔する魔弾はまるでビームのようだ。

 その魔弾は敵の近くの地面に着弾し、ゴゥラグナのメンバー達は吹き飛ばされて動かなくなった。

 

「ふぅ・・・こうして敵を粉砕するのは気分がいいですわ」

 

「おおぅ・・・」

 

 意外とミリシャも過激だなと詩織は苦笑する。

 

「敵の数を減らせて良かったわ。後はアイリアの無事を願うばかりね」

 

「それなら心配いりません」

 

 近くの建物から大きくジャンプしてアイリアがリリィの隣に着地する。適合者でなければ確実に足を痛めていただろう。

 

「怪我はない?」

 

「はい。問題ありません」

 

 四人が再び揃った。これで怖いものはない。

 

「私を追ってきた敵の半分を戦闘不能にしました。相手はあまり戦いが得意というわけではないようですね」

 

 そもそもアイリアほど対人戦で強い適合者は少なく、軍隊でもないゴゥラグナの者達では数で上回っても分が悪かったのだろう。

 

「さすがアイリア。これでこの後の戦闘もやりやすくなるわね」

 

 シルフの町にはもう用はない。後は当初の目的地であるディグ・ザム坑道へ急ぐのみだ。

 

「よし、このままディグ・ザム坑道に行くわよ。そこで悪党どもを倒し、連れ去られた人々を救出する!」

 

               -続く-



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第29話 魔女、再び

 シルフの牢獄を脱出したリリィ達は、邪教徒集団ゴゥラグナに連れ去られた人々がいると思われるディグ・ザム坑道へと急行する。

 

「見張りがいるわね」

 

 小さな山の端にある坑道の入口は、武装したゴゥラグナのメンバー四人が守りを固めていた。どうやら他に入口は無く、その者達を排除しなければ中に入るのは不可能だ。

 

「できれば交戦せずに突入したいところだけど、そうも言っていられない。このまま敵を殲滅して進むわよ」

 

「なら、私にお任せを」

 

 アイリアは大回りして山を登ると、敵の死角を突いて坑道入り口近くの草の茂みに身を潜める。それを確認したリリィは大きな石をゴゥラグナの警備兵がいる方向へと投げ込んだ。

 

「なんだ?物音がしたな」

 

「あっちで何か動いたぞ」

 

 警備兵達全員の注意が石の落ちた地点へと集まり、大きな隙ができた。それを逃すアイリアではない。

 草の茂みから飛び出し、ナイフを両手に装備して敵二人を背後から襲う。その二人はアイリアに気づくことなく急所を的確に裂かれ、瞬時に絶命して音も無く倒れた。

 

「えっ?」

 

 仲間が何故倒れたのかを理解できないまま、もう一人も首を裂かれて血を噴きだす。

 そうして三人が一瞬で撃破され、残った一人もアイリアによって倒される。もはや暗殺者に転職したほうがいいのではと思う手際の良さだ。

 

「騒がれずに抹殺を完了しました。坑道内部にいるヤツらには気づかれていないでしょう」

 

 ナイフの血を拭き落としながらリリィ達の元へと戻って来たアイリアが戦果を報告した。そんな彼女を見て、詩織は決してアイリアだけは怒らせてはいけないと肝に銘じる。

 

「よし、内部に潜入するわよ。はぐれないように注意して」 

 

 

 

 リリィを先頭に詩織達は坑道の入口をくぐり、慎重に進んで行く。通路にはボウっとした鈍い灯りが点いており、詩織がその光を見てみると、どうやら結晶体が発光しているようだ。

 

「いわゆる魔結晶ね。魔力が尽きるまで光り続けることができるタイプの」

 

「これ持ち帰ってもいいかな?」

 

「帰りにね?」

 

 詩織は手を伸ばしかけたが引っ込める。

 

「実はアイラお姉様からこの松明を借りてきたんだけど、目立つから使えないのよ」

 

 以前の地下都市突入時に使用した、魔力によって光る松明状の杖をアイラから借りていたリリィなのだが、このような潜入時では自分の位置を敵に教えることになってしまう。だから使用は控え、坑道内部にある光源を頼るしかないのだ。

 

「にしても、人の気配はないわね」

 

 結構な距離を進んだような気がするが、誰とも出会わない。狭い通路では隠れる場所も少ないのでありがたいことではあるが。

 

「でも、奥から強い魔力を感じるよ」

 

「シオリがそう言うのなら強い敵か魔女がいるのでしょう。各員、魔具を準備しておいて」

 

 この坑道に入ってからというもの、詩織は異様な気配を感じていた。彼女の特殊な魔力ゆえの探知能力は、他者が感じることのできない気配を察知できるのだ。

 

「いうならばダンジョンボスみたいなもんかな」

 

 これまでの経験から、このような気配を発する敵が弱かったためしがない。それこそオーネスコルピオや、クイーン・イービルゴーストといった強敵が良い例だ。

 

 

 

 

 そうしてディグ・ザム坑道内を誰とも遭遇せず進行し、大きな広間へと差し掛かる。その広間からはひと際明るい光が漏れていた。

 

「ストップ。中に誰かいるわ」

 

「ついに敵のお出ましか」

 

 広間入口の岩石の影に隠れて内部を目で確認すると、そこには黒いローブを羽織った人物が何やらしているのが見える。

 

「リリィ様、あの黒いヤツは・・・」

 

「間違いない。ラドロの風と交戦した時に現れたヤツね。アイツがダークオーブをイゴールの体内に押し込んだのだから、魔女の可能性が高い」

 

 忘れもしないテナー家での戦い。そこでアイリアの宿敵イゴールはダークオーブの力で暴走し、強大な力で襲い掛かってきたのだ。しかしダークオーブの持ち主であった魔女ルーアルはさっさと撤退し、倒すことはできなかった。

 

「ねぇ、リリィ。その魔女の前に倒れている二人は、連れ去られた人じゃないかな?」

 

「そう考えるのが自然ね。あの魔女は捕らえた人で何かしようとしているんだわ」

 

 となればすぐに救出しなければならない。リリィは岩影から飛び出し、魔女に対峙する。

 そのルーアルはリリィが広間に入ってくるのを視認もせずに声をかけてきた。

 

「いつ襲ってくるか待っていたよ」

 

「気づいていたのね」

 

「勿論。この私、ルーアルに隙はない。お前達如きでは私の不意を突くなど不可能だ」

 

 傲慢な言い方で挑発しながらようやく振り返る。黒いローブを目深に被っているせいで表情はよく分からない。

 

「そこに倒れている人は、アンタ達ゴゥラグナが攫った人ね?」

 

「そうだ。が、厳密に言えば私はゴゥラグナではない。無理矢理あいつらのリーダーとなり、利用していただけさ」

 

「それはどうでもいいことよ。問題は何故そんなことをしたかよ」

 

「簡単さ。私のペットの餌にするためだよ。大食いなうえに、人間を好んで喰うものだから調達するのが大変なんだ」

 

 まるで悪びれる様子もないルーアルに対して怒りが湧いてくる。この魔女には人の感情は無いのかとリリィは剣を握りしめながらゆっくりと近づいていく。

 

「・・・今なら命だけは助けてあげる。このわたし、リリィ・スローンに投降なさい」

 

「分かりましたと素直に従うと思っているわけではないだろう?」

 

「えぇ。アンタのような外道が王族の言うことを聞くとは思っていない。となれば、実力行使あるのみよ」

 

 リリィの背後で詩織、アイリア、ミリシャが魔具を構えて臨戦態勢を取る。

 

「数でもこちらが上回っているし、実力だってある。アンタが戦って生き残るのは不可能よ」

 

「そうかもな。確かに私は戦闘を専門としているわけではないから、勝ち目は薄いのかもしれない。だが・・・」

 

 ルーアルが指を鳴らすと、奥の空洞で何かが蠢いた。

 

「このプレッシャー・・・」

 

 そして空洞から巨大な人型の魔物が現れる。その身長は十メートルを超えているだろうか。

 

「私がいつ相手をすると言った?お前達が戦うのは私が創り出したペット、このヴァラッジだ」

 

 黄土色の体表は岩石のようにゴツゴツとしており、太い四肢には関節が見当たらない。肥満すぎて動きは鈍いように見える。

 

「さぁ、ダークオーブで強化されたヴァラッジを倒せるかな?これまでの魔物のような貧弱さはないぞ」

 

「必ず打ち倒す!そしてアンタも!」

 

「ハッ!やってみろ!」

 

 ルーアルは背中から黒い翼を展開し、空中に飛翔する。これでは攻撃を当てるのは容易ではない。

 

「人間が飛ぶというの!?」

 

「アイツは魔女よ。飛ぶくらい造作もないんだわ」

 

 詩織はまるで悪魔のような容姿のルーアルから視線を外し、倒れた人達に意識を向ける。

 

「あの人達は気絶しているみたいだね。早く助けないと、怪物に潰されちゃうよ」

 

「そうね。アイリア!」

 

 リリィはアイリアにアイコンタクトを送り、それを受け取ったアイリアは全速で駆け、倒れた二人を両手で抱えて後退する。二人共小柄な女性であったために同時に救助できたのだ。

 だが、アイリアに餌を盗られたヴァラッジは咆哮を上げ、右腕の大型の砲から魔弾を連射する。

 

「なんて火力・・・!」

 

 アイリアは得意の高機動でそれを避けるが、人を抱えていればいつも通りの性能は出ない。

 

「シオリ!」

 

「オッケー!」

 

 詩織は聖剣を掲げ、魔力を集中させる。そして一気に力を開放した。

 

「夢幻斬りっ!!」

 

 必殺の閃光がヴァラッジに伸びていく。動きの鈍い相手なら狙いを定めたり、足止めしなくても直撃させることが可能だ。

 

「なんとっ!?」

 

 しかし、ヴァラッジには通用しなかった。確かに直撃すると思ったのだが、ヴァラッジが前面に展開した魔力障壁が攻撃を防いだのだ。

 

「シオリの大技を防ぐなんて・・・」

 

「ふはははは!!これがダークオーブの力だ!!」

 

 ヴァラッジと、その体内に収容されたダークオーブの力に機嫌を良くしたルーアルが高笑いする。

 

「もうダークオーブの調整も完了したと言っていいな。後は、他のダークオーブも同じように手を加えれば・・・」

 

 それが確認できれば充分と、ルーアルはリリィ達に背を向けた。どうやらこの場を離脱するつもりらしい。

 

「逃げるなっ!」

 

「悪いがこれ以上は付き合えない。ここの不思議な鉱石も回収できたし、用はないんだ。ヴァラッジと遊んでやってくれよ」

 

 ルーアルは魔弾でリリィ達を牽制しながら広間から飛び去る。

 ミリシャが撃墜しようと魔弾で狙うが、もうルーアルの姿は見えなくなっていた。

 

「申し訳ありません、リリィ様。取り逃がしてしまいましたわ」

 

「謝ることはないわ。まずはこの怪物をなんとかしないと」

 

 ルーアルはいずれ見つけ出すとして、この大きな魔物を放っておくことはできない。ここで討たねば被害が広がるだけだ。

 

 

 

 

「フフっ・・・私はなんて天才なんだ」

 

 戦域から離脱したルーアルは坑道を眼下にし、一人呟く。その手にはディグ・ザム坑道から回収した、ソレイユクリスタルの素材でもある特殊な魔結晶が握られている。オレンジ色のそれは鈍い光を放ち、ルーアルの黒いローブを照らす。

 

「これで我らの勝ちも見えてきたな」

 

 そのオレンジの魔結晶はルーアルのコレクションには無い物で、これを使ってダークオーブを上手く調整することができたのだ。

 その成果を握って薄気味悪い笑顔を浮かべながら、もうゴゥラグナにも坑道にも利用価値はないと翼をはためかせて遠くへと飛翔していった。

 

 

 

 

「コイツの保有魔力はどうなってんのよ・・・」

 

 ヴァラッジの魔力は無尽蔵なのか、魔弾を次々と発射してリリィ達を攻撃してくる。絶え間ない弾幕の前には回避するしかなく、反撃の隙がない。

 

「アイリアはその二人を連れて広間から退却して。他にも捕らえられた人がいないかも確認を」

 

「了解です。すぐに戻りますから」

 

「いえ、アイリアは救助した人達の護衛をお願い。もしかしたらシルフから敵の増援が来るかもしれないから、そういう敵から皆を守ってあげて」

 

 元々アイリアの戦闘スタイルや魔具は大型の魔物には分が悪く、ヴァラッジのような相手は不得手だ。だからこそ、この場合は民間人の護衛をさせるのがベストだとリリィは考えたのである。

 それを瞬時に察したアイリアは頷き、リリィから与えられた任務を全うすべく広間から退却する。

 

「リリィ様、ご武運を!」

 

「えぇ。こんなところでくたばる気はないもの!」

 

 王家の人間としてここで負けるわけにはいかない。それに、もっと詩織とイチャつきたいのだから生き残るという選択肢しかないのだ。

 

「シオリは魔力回復に専念して。わたしとミリシャで敵と交戦する」

 

 大技を放った詩織の体内の魔力は少なく、これでは全力で戦うのは不可能だ。リリィ達の後ろへと後退し、魔力回復を図る。

 

「こんな強い相手だとは・・・」

 

 これまでなら夢幻斬りで大抵の敵は倒すことができた。それこそハクジャやオーネスコルピオには通用したのだ。だが、このヴァラッジには完全に攻撃を防がれてしまった。

 

「リリィの役に立てなきゃ、私がいる意味がない・・・!」

 

 詩織は自分の大技に自信を持っていた。だが、こうも効果がなければへコむのは仕方ないことだろう。

 

「次こそは!」

 

 一撃では撃破できなくても、何発も叩きこめばいずれは倒せるはずだと自らを鼓舞する。いくら強いとはいっても無敵ではないはずで、こういう時は絶対に倒すのだという意思が大切だ。

 

「聖剣と私の力は、ダテじゃない!」

 

 魔力がある程度回復した詩織は戦線に復帰する。連射される魔弾を回避しながら、巨体へと迫っていった。

 

             -続く-



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第30話 ディグ・ザム攻防戦

 ゴゥラグナに拉致された人を救出したアイリアは、リリィ達のいる広間から後退して道中に見つけた小部屋へと退避する。

 

「ここまで来れば安全か・・・」

 

 戦闘音がここまで聞こえてくるが、ヴァラッジの攻撃そのものが届くことはないだろう。アイリアにしてみればすぐにでも援護に向かいたいところであるが、リリィから救助した人達の護衛を指示されたわけで、その任務を放棄することはできない。

 

「あの、アナタは?」

 

「ん?気がついたのか」

 

 アイリアが担いできた少女が目を覚まし、周囲を見渡してアイリアに問いかける。

 

「私は王都から来たアイリアという者だ。キミの敵ではない」

 

「助けてくれたんですか?」

 

「あぁ。私の主であるタイタニア王国第三王女、リリィ・スローン様がな」

 

 直接的に助けたのはアイリアだが、リリィの決断あってのことであり、これを自分の手柄にする気など毛頭無い。むしろ自分の成果や活躍は全てリリィのものだとアイリアは考えているので、こう答えるのは自然なことなのだ。

 

「リリィ様がここまで来て下さったのですか?」

 

「そうとも。リリィ様はポラトンにて今回の騒動を聞きつけ、シルフとディグ・ザム坑道へと赴かれたのだ」

 

「なんとありがたいことでしょう。今回のことはどのように感謝すればよいのか・・・」

 

「感謝の言葉を直接リリィ様にお伝えするといい。きっとお喜びになられる」

 

 そのためにも絶対に生還してほしいとアイリアは心で願う。

 

 

 

 

 

「チィ・・・この魔物は何もかもが規格外ね・・・」

 

 リリィは近くに着弾した魔弾の爆風でよろけつつ、いまだ健在のヴァラッジを睨みつける。恐らくはダークオーブによって尋常ではない魔力を体内に保有しているのだろう。腕や胴に内蔵された魔道砲から絶え間なく魔弾を撃ちだしてくるのだ。

 

「砲の死角に潜り込むためには、ヤツの体に取り付くしかないわ。どうにかして接近し、零距離戦に持ち込む!」

 

 リリィに続いて詩織とミリシャが駆け出し、ヴァラッジを目指す。敵がリリィ達の目的に気づいているのかは知らないが、先ほどよりも魔弾の攻撃が激しく、狂気のような迎撃を行う。

 

「当たらなければっ!」

 

 シオリはギリギリで魔弾を避け、熱で顔をしかめつつも足を止めない。今度こそリリィの役に立つべく、ただひたすらに駆けていく。

 

「くっ、また魔力障壁をっ!?」

 

 なんとかヴァラッジの近くまで接近に成功したが、詩織の夢幻斬りを防いだ時のように障壁を展開し、自身の体に触れさせまいと防戦してきた。これでは敵の火力に嬲り殺しにされてしまうだろう。

 

「一時的でいい。どうにかして敵の防御に穴を空けられないかしら?」

 

「一点に攻撃を集中すれば、僅かな間ですが穴を空けることは可能だと推測しますわ」

 

「やれる?」

 

「はい。わたくしとシオリ様の全開攻撃を同時にぶつければ」

 

 ミリシャの提案には当然リスクが伴う。それで突破できなければ、魔力の尽きた詩織とミリシャは確実に殺される。

 

「しかして、方法は他にないか・・・」

 

 もう迷ってる時間はない。

 

「敵の注意をわたしが引きつける!シオリとミリシャは敵の魔力障壁に至近距離から攻撃をっ!」

 

「了解!」

 

「承知しましたわ!」

 

 詩織とミリシャがヴァラッジの後ろに回り込み、リリィは前面にて目立つように大振りな動きをする。高度な思考回路がないのか、ヴァラッジは目立つリリィに意識を向けたようで、詩織とミリシャへの射撃が弱まった。

 

「今っ!いくよ!」

 

「お任せを!」

 

 ミリシャの高出力の魔弾が撃ち出され、

 

「夢幻斬り!!」

 

 詩織の大技が放たれる。

 

「リリィ様!上手くいきましたわ」

 

 二人の重なる攻撃で魔力障壁の一部が崩れ、突破口が開かれた。それを見たリリィは二人の元へと急ぎ、障壁内部への侵入を試みる。

 

「二人ともわたしが背負い上げるわ」

 

「わたくしは大丈夫ですから、シオリ様を」

 

 短時間の内に二度も夢幻斬りを使った詩織は消耗している。

 

「わかった!」

 

 魔力障壁が回復する前にリリィが詩織を担ぎ上げ、二人が開けた穴から内部へ突入、ミリシャもそれに続く。

 そうしてヴァラッジの足元へと接近して砲の死角へと潜り込むことができ、これで撃ち殺される心配はなくなった。

 

「あとはコイツを切り刻んでやれば!」

 

 剣でヴァラッジの足を切り裂こうとするリリィだが、その体表は装甲ともいうべき強度で刃が通らない。

 

「ちっ・・・なんて防御力なのよ」

 

 踏みつぶされないよう足の動きに注意しつつ斬撃を行うが、有効なダメージを与えることができなかった。

 

「こうなれば、コイツの体を昇って頭部を叩き潰すしかないわね」

 

「ロッククライミングの経験はないけど、やるしかないか」

 

 三人は足からヴァラッジの胴体を昇って行く。ゴツゴツとした体表のおかげで掴める場所も多く、案外昇るのは容易だ。

 

「シオリ、体力は大丈夫?」

 

「少し目眩がするけど、これくらい大丈夫」

 

 魔力が充分に回復しきっていない詩織には苦行ではあるが、ここで降りるわけにはいかない。懸命に頑張るリリィを放って自分だけ後退するなど絶対にできないのだ。

 

「不気味な頭ね・・・」

 

 リリィがヴァラッジの肩へと辿り着き、その大きな顔を視界に入れる。人間とはかけ離れたその顔には単眼が目立ち、リリィに視線を向けてきた。

 

「う、動くな!」

 

 肩から頭部へと飛び移ろうとリリィが膝を曲げるが、その前にヴァラッジが体を揺らして自分の体に取り付いた三人を振り落とそうとしてくる。落下しないことに必死なリリィはしがみつくことしかできない。

 

 

 

「あれは?」

 

 ヴァラッジの腰へとしがみつく詩織は揺れの影響が小さく少し余裕があった。その彼女が見上げて目撃したのは、ヴァラッジの背中の一部がバクンと開き、水蒸気を放出する場面であった。

 

「そういうことか!」

 

 詩織は得心し、ヴァラッジを倒すための方法を思いつく。

 

「リリィ!顔よりも背中を攻撃しよう」

 

「背中?」

 

「コイツは体内の熱を背中から放熱している。砲が内蔵式だから外気で冷却ができず、体内に籠ってしまうんだよ」

 

 詩織の直感は当たっていた。ヴァラッジの体内には魔道砲の熱が籠ってしまうので背中の装甲を開いて排熱し、露出した体内組織で外気を吸収して強制冷却を行っているのだ。つまり、その熱交換を行っている間は弱点が露出することになる。

 

「そのためには、魔弾を撃たせる必要があるわね」

 

 今は射程内にターゲットがいないので魔弾は撃っていない。先ほどの放熱で体内は正常温度へと戻ったと思われるので、再び放熱させるためには魔弾を撃たせる必要がある。

 

「私が囮になるわ。シオリ、トドメは任せたわよ!」

 

 リリィはヴァラッジの体を降りて距離を取り、砲の有効範囲に飛び出す。

「一人では危険すぎますわ」

 

 ミリシャも囮として攻撃を引きつける。当然激しい魔弾が降り注ぐが、二人には恐怖はなく、むしろ勝ったとさえ思えていた。

 

「やってやる!いくら強い相手でも!」

 

 敵へのトドメという大役を任された詩織も気合を入れ、必死にクライミングしてヴァラッジの背中付近へと昇りつめる。

 

「開くか!?」

 

 再び装甲が開き、体内が露出。内部は真っ赤な肉で埋められており、グロテスクに感じて詩織は眉をしかめた。

 

「あっつ・・・」

 

 排熱が開始され、その高熱が周囲に拡散された。水蒸気を受けなくても火傷してしまいそうだ。

 

「もう終わりだ!」

 

 決着をつけるため、聖剣に残りの魔力全てを集中。この一撃が、今の詩織の全てとなる。

 

「これでっ!」

 

 夢幻斬りほどではないが、聖剣から魔力の刃が形成されてそれを体内へと叩きこむ。

 高威力の一撃が柔らかい体内の肉を穿ち、周囲の装甲も内部から破壊されて鮮血が飛び散った。

 

「やったか!?」

 

 膝をついたヴァラッジから転落した詩織は腕を痛めつつ、その巨体を睨んだ。これだけのダメージを受ければもう動けまいと思ったが、

 

「まだ動けるのか!?」

 

 低い唸り声とともにヴァラッジは再び立ち上がろうとしている。完全には撃破できていなかったのだ。

 

「させませんわ!」

 

 巨体が態勢を整える前にミリシャはヴァラッジの背面へと移動し、弱点の露わになった部位へと杖を向ける。そして全開射撃を行い、魔弾が直撃したヴァラッジの胴は爆散して今度こそ絶命した。

 

 

 

 

 

「倒した・・・やっと・・・」

 

 崩れ落ちたヴァラッジを見届けつつ詩織はその場で仰向けになる。安堵から疲労が表面化し、立つことさえ難しい。

 

「シオリ!大丈夫!?」

 

「なんとかね・・・リリィこそ怪我はない?」

 

「えぇ、問題ないわ」

 

 リリィは詩織の顔を上から覗きこみ、笑顔を見せる。

 

「シオリ様、これをお飲みください。栄養剤ですわ」

 

「ありがとう」

 

 ミリシャから小さな瓶を受け取って、中身を一気に飲み干す。甘い味は疲れた体に染み、詩織は一息ついて口元を拭った。

 

「ミリシャもよくやってくれたわ。さすがの火力ね」

 

「いえ、詩織様があの怪物を瀕死に追い込んでくれたおかげですわ」

 

 それはミリシャの謙遜ではなく、自分はただ最後に魔弾を撃ちこんだだけと思っている。

 

「リリィ様、わたくしはアイリアさんに報告してきますわね」

 

「うん、任せたわね」

 

 ミリシャも疲れたのだろう。急いではいるが駆け足ではなく、早歩きといった感じで広間の出口へと向かっていった。

 

「シオリ、お手柄ね」

 

 リリィはしゃがんで詩織の頭を太ももの上に乗せる。いわゆる膝枕の状態だ。

 

「ううん。リリィやミリシャが敵の攻撃を引きつけてくれたおかげだよ。それに、敵を倒したにはミリシャだし」

 

「そうだけど、シオリが敵の弱点に気がついたからこその勝利よ。もっと誇ってもいいのよ?」

 

 リリィの柔らかい手が詩織の頬を撫でる。あまりの心地よさに詩織は目を閉じ、その感触を存分に味わう。

 

「リリィにさえ褒められればそれでいいや」

 

「シオリは謙虚なのね」

 

「一国の王女様に褒めてもらいたいというのは、だいぶ欲の強いことだよ」

 

「ふふっ、確かに。でも、シオリといる時は自分の身分など忘れてしまうわ」

 

 リリィは詩織の体に手を伸ばそうとするが、

 

「ご無事ですか!?リリィ様!」

 

 アイリアの声が聞こえて慌てて引っ込める。詩織もスッと起き上がり、何事もなかったかのように振る舞った。

 

「え、えぇ。わたしもシオリも怪我はないし、全然平気よ」

 

「良かったです。ずっと心配していました」

 

 アイリアの後からやってきたミリシャは解放した民間人を引き連れており、一応の事態の解決はできたなとリリィは表情を緩める。しかし連れ去られた全員を救出できたわけではなく、何人かは犠牲となってしまったわけで、完全な勝利とはいえなかった。

 

「リリィ様、お助けいただいて本当にありがとうございます」

 

 生き残った民間人達はリリィに頭を下げ、お礼の気持ちを口にする。

 

「国民を救うのが王家たるわたしの役目です。それより、わたしの勇敢なる部下達を褒めてあげてくださいな」

 

 これは自分だけの手柄ではないと、リリィは詩織達を示す。

 

「はい。皆さん、本当にありがとうございます。この恩は生涯忘れません」

 

 こうしてリリィ以外にお礼を言われることに慣れていないから詩織は照れくさそうに頭を掻く。だが得られた達成感は強く、こうして人の役に立てたことが嬉しかった。

 

               -続く-



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第31話 戦場の跡

 ディグ・ザム坑道で勝利を収めたリリィ達は、救助した民間人達と共にポラトンへと帰還する。連れ去られた人々と再会できたことで町の人達は大いに喜び、リリィ達の功績を讃えて宴会を開いてくれた。

 

「町の長である私が皆を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

「いえ、当然のことをしたまでですよ。それよりも、全員を連れて帰れなかったことを謝らなければなりません」

 

「それはリリィ様達が責任を感じることではありませんよ。全てはゴゥラグナのヤツらが悪いことですから。遺族の者達は我がポラトンが援助とケアを行いますから、頭を上げてください」

 

 リリィは町長にそう言われて顔を上げ、王都からも援助を行うことを約束する。父親である国王の許可を得ているわけではないが、困っている国民を見放すような王ではなく、事情を話せば理解してくれるとリリィは確信していたのだ。

 

「しかし、少人数であのゴゥラグナを打ち負かすとは。リリィ様のチームは優秀なのですね」

 

「そこらの魔物など敵ではないくらい優秀ですよ。特に彼女が・・・」

 

 リリィは少し離れた場所にいる詩織を示す。詩織はこちらには気づいておらず、見たことも無い料理を色んな角度から観察していて、まるで不審者といった感じだ。

 

「あのコはシオリという者で、異世界から来たりし勇者なんですよ」

 

「ほう。勇者については伝承で聞いたことがありますな。なんでも、特別な魔力で世界の危機を救ったとか」

 

「そうなんです。シオリもその特別な魔力の持ち主で、今回の戦いでも大活躍でした」

 

 少々リリィの個人的な評価も混ざっているが、詩織が勝利に与えた影響が大きいのは事実だ。

 

「我がタイタニアに勇者がいたとは。とても心強いですね」

 

「はい。わたしも彼女に救われましたから・・・」

 

 愛おしそうな目で見つめるリリィだが、一方の詩織は先程から観察している料理をようやく口にし、それを後悔しているようにむせていた。

 

 

 

 

 

 宴会も終わった深夜、詩織達四人は戦闘後の達成感に浸りながら床に就く。疲れもあってミリシャとアイリアはさっさと就寝していたが、詩織は眠れずに暗い天井を見上げている。

 そんな詩織の布団にリリィが音もたてずに侵入し、顔を近づけてきた。

 

「眠れない?」

 

「リリィも?」

 

「うん。シオリの温もりが足りないせいでね」

 

 そう小声で言ってリリィはシオリの腕に抱き着く。

 

「これが安心するのよね」

 

「私がいなくなったら、不眠症で困りそうだね」

 

「・・・・・・そうね」

 

 詩織はからかったつもりだったのだが、どうやらリリィは真に受けたようでギュっと絞めるようにする。

 

「ごめんごめん。イジワルなこと言っちゃったね」

 

「酷いわ。わたしがシオリ中毒なの知っていて」

 

 暗い中でもリリィの拗ねたような表情が分かって詩織は申し訳ない気持ちで一杯になり、その頭を撫でてあげた。大抵はこれでリリィの機嫌が良くなる。

 

「これじゃあ足りないわね」

 

「どうすればいい?」

 

「こうしてやる・・・」

 

 リリィは布団の中でスゥっと手を動かし、詩織のお腹を優しく撫でまわす。

 

「ちょ、ちょっと!くすぐったい・・・」

 

 戦闘服のままでいるため、お腹はむき出しの状態なのだ。宿には備え付けの就寝着などなく、着替えることができなかった。

 

「我慢しないとね?声を上げたらアイリア達に不審に思われるわよ」

 

「そ、そんな事言っても・・・」

 

「シオリの身体は凄い敏感だもの、キツイわよね」

 

 手つきが変わり、指先を使ったより繊細なタッチになる。

 

「ほ、本当にゴメンね。だから、触るのは城で二人きりの時にして・・・」

 

「どうしようかなぁ?もっと謝ってくれたら考えてあげようかなぁ」

 

「う~・・・リリィ様、この度は誠に申し訳ありませんでした。城で私のことを好きにしてもらってかまいませんから、今はどうかお許しください・・・」

 

「仕方ないわねぇ。今回は特別に許してあげましょう。ただ、城に帰ったらもっと触ってやるんだからね」

 

 上機嫌になったリリィはシオリから手を離し、再び腕に抱き着いて枕に頭を乗せる。

 

「このまま私の布団で寝るの?」

 

「イヤ?」

 

「そうじゃなくて、アイリア達に見られちゃうかもよ?」

 

「朝になる前に起きるから大丈夫よ。そこで自分の布団に戻るから」

 

 枕はあまり大きくはないのでリリィと詩織の頭は触れ合うほどに近い。

 

「あぁ・・・幸せ・・・シオリの近くにいられるだけで、こんなに幸福になれる・・・」

 

「朝なんて来なくてもいいって感じだよね」

 

「うん。このまま永遠の夜の中であなたと眠っていたい」

 

 リリィは安心したのか目を閉じて眠りに就く。詩織はそれを見守りつつ、異世界での出来事を回想しながら再び天井に目を移した。

 

 

 

 

 

「さて、皆揃ったわね」

 

 翌朝、リリィは宿のロビーに詩織達を招集した。気合が入っているらしく、昨日よりもテンションが高い。

 

「今日はディグ・ザム坑道の調査を行うわよ。ゴゥラグナの一件で本来の目的を果たせなかったからね」

 

 そもそも、ソレイユクリスタルの素材を探すためにディグ・ザム坑道を目指したのだ。予定は大きく変更となったが、今度こそ調査を行うことができる。

 

「魔女があそこを居城にしていたという事は、何か特別なモノがあった可能性がある。その痕跡も探しながらお宝探索よ!」

 

 ソレイユクリスタルさえ直ればリリィは国王から許してもらえるだろう。ついでに詩織を元の世界に戻すことも可能になるが、詩織はそのことは頭から取っ払っており、ただリリィのために素材探しに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「うーん・・・イイ物は見つからないわねぇ」

 

 リリィは岩石の隙間を覗きこむも、そこにあるのは普通の石や岩ばかり。貴重な鉱石など全く見かけない。

 

「まぁ昔に閉鎖された坑道だし、もう掘り尽くされているのかぁ」

 

 体を起こして坑道内を眺めた。暗い通路には錆びたピッケルなどの道具が落ちており、誰の手入れもされていないのが分かる。

 

「シオリ、そっちはどう?」

 

「こっちも収穫なしだよ。でも、これを持ち帰ろうと思って」

 

 詩織が持ってきたのは光を放つ魔結晶だ。この坑道に最初に来た時に興味をそそられ、インテリアとして欲しいと思っていたものである。

 

「ふふ、シオリは可愛いわね」

 

 そんなありふれた物にはしゃぐ詩織に愛らしさを感じつつ、ヴァラッジと戦った広間へと移動する。

 

「あの怪物をミリシャが解析しているんだけど、そろそろ終わったかしらね」

 

「魔女が自分で造ったペットって言ってたし、他の魔物とは違うナニかが見つかるかもね」

 

 

 

 

「あぁ、リリィ様にシオリ様。お待ちしておりましたわ」

 

 ミリシャは手に持っていた結晶体を置きつつ、リリィに向き直る。笑顔を浮かべるその頬にはヴァラッジを解体した時の血が付いており、事情を知らない人が見たらまるで猟奇殺人者のように思われることだろう。

 

「やはりダークオーブが体内に格納されていました。シオリ様の攻撃で半壊しており、もはやその機能は失われていますが」

 

「あの火力はダークオーブだからこそよね。まったく厄介だわ」

 

「ですわね。それと、こんなモノが」

 

 リリィに手渡したのは先程地面に置いた物とは異なる割れた結晶体だ。

 

「これは?」

 

「ダークオーブに接続されていた魔結晶のカスタム品で、恐らく体の各所に内蔵されていた魔道砲に魔力を送りこむための装置になっていたのでしょう」

 

「つまり、必要な個所にエネルギーを的確に送出するのね?」

 

「はい。そしてこの結晶体にはソレイユクリスタルの素材である、ソレイユ鉱石が使われています」

 

 言われてみればとリリィはその結晶体を注意深く観察する。

 

「加工されているので、ソレイユクリスタルに使用することはできませんが・・・」

 

「役に立つかもしれないから、持ち帰って研究所のシャルアにでも見せてみましょう。他には何かあった?」

 

「いえ、他は何も。アイリアさん、肉塊以外に見つけた物はありますか?」

 

 ヴァラッジを解体するアイリアに問いかけるが、無言で首を振る。

 

「この坑道内にはもうめぼしい物は無さそうね。後で調査チームを派遣するように要請するけれど、望み薄だ・・・」

 

 ソレイユクリスタル修復にはまだ時間がかかるなとリリィは落胆する。

 

「これからも探し続ければいいんだよ。ここだけが鉱石のある場所じゃないしさ」

 

「そうね・・・でもその分、元の世界に帰るまでの時間が長くなるのよ?」

 

「かまわない。リリィは私に早く帰ってほしいの?」

 

「そんなことは・・・・・・でも、どうしても見つけなきゃイケナイ物だから・・・・・・」

 

 詩織と離れたくない。だが、呼び出してしまった張本人である自分にそれを言う資格などないと思っているからこそ口ごもる。元の世界に詩織を戻す責任があるし、国王もきっとそう言うだろう。

 

「私はリリィともっと一緒にいたい」

 

 スッと詩織がリリィの手を握り、その目を見つめる。その瞳は真剣で、近くにいるミリシャや他の風景は入っておらず、リリィだけを映している。

 

「私がソレイユクリスタルの素材探しをするのは、リリィが国王様に許してもらえるためになんだ。全てはあなたのため」

 

「わたしの・・・?」

 

「そう、リリィのために。だから私のことは気にしなくていいんだよ」

 

「シオリ・・・」

 

 この人はどれだけわたしの心を奪っていくのだろうとリリィの鼓動が速くなる。こんなに相性が良く、想いやってくれる人に二度と出会うことはないだろう。だからこそ、この手を離したくない。ずっとその瞳に自分を映していて欲しい。

 そんな二人を傍で見ていたミリシャは微笑ましそうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 ディグ・ザム坑道での調査を終え、リリィ一行は王都へと帰還した。国王デイトナにポラトンの支援と坑道への調査隊の派遣を要請し、自分達はソレイユクリスタルの素材を見つけることはできなかったと報告する。

 

「そうか。まぁあれは貴重な鉱石を用いているのだから、そう簡単には見つかるまい」

 

「はい。今後も捜索を続けます」

 

「あぁ、分かった」

 

 また叱られるかと身構えていたリリィだが、珍しく叱責が無いので不思議そうにしていると、デイトナが別の話を切り出す。

 

「もうすぐ建国祭があるだろう?そこでな、シオリに手伝ってほしいんだ」

 

「そうでしたね。ですが、シオリに何を?」

 

「勇者としての力を民衆に見せつけてほしいのだ。例えば得意としている夢幻斬りを放つとか」

 

 確かに詩織の大技は迫力があるが、見世物というわけではない。

 

「他国からも客が来るし、そこで勇者の力を見せれば我がタイタニアの評価も更に上がることだろう」

 

「ですが・・・シオリは国力誇示のための道具ではありません」

 

「分かっている。だが、国家運営はキレイごとで成せるものではない。多くの民を幸福に導くため、タイタニアをより成長させなければならん。これは、そのために必要なことなのだ」

 

 その理屈はリリィにも分かる。王族である以上はタイタニアという国家のために、時には自分の意思とは異なる選択をしなければならないのだ。だが、すぐに納得できるものでもない。

 

「シオリに相談してみます」

 

「頼んだぞ」

 

 

 

 

「・・・というわけなんだけど」

 

 リリィは自室に招いた詩織にベッドの上で事情を説明する。あまり気が進まないためか、いつものような元気さのない口調に詩織はリリィの心情を察していた。

 

「おっけー。やるよ」

 

「いいの?父の提案はまるでシオリを見世物にするような事なのよ?」

 

「この国でいろいろお世話になってるし、それくらいなんてことはないよ」

 

 詩織は穏やかな笑顔で快諾した。自分の力が役に立つなら、断る理由もないと思ったからだ。

 

「本当にあなたは優しいわね。その優しさが怖いくらいに」

 

「えへへ。この世界に来て人と協力することの大切さを改めて学んだからかな」

 

 自分一人では勝てなかった戦いを経験したためか、人と人が力を合わせる素晴らしさを心に刻んだ。だからこそ、誰かの力になれるなら協力だってするし、それがリリィに関わることなら尚更である。

 

「さて・・・今日はもう寝ようか?」

 

 詩織はそのままベッドに横になり、布団をかぶる。

 

「そうね。じゃあ、約束を果たしてもらおうかしら」

 

「約束?」

 

 どんな約束だったかと詩織は思考を巡らせ、ポラトンの宿でのやり取りを思い出す。

 

「あ~・・・アレか」

 

「そうよ。わたしはそれを楽しみに帰ってきたんだからね」

 

 リリィはシオリの上に跨り、布団も衣服もめくる。

 

「ふふふ・・・覚悟するのね」

 

「お、お手柔らかに・・・」

 

             -続く-



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第32話 建国祭の準備

「作戦会議よ!」

 

「今度はどんな敵?」

 

「敵はいないわ。でも、重要なことよ」

 

 リリィの部屋へと招集された詩織達。いつも通り次の任務についてのブリーフィングだと思ったのだが、今回はどうやら違うようだ。

 

「もうすぐ建国祭があるのは知っているわね?そこで、私達がどんな出し物をするかを考えるの」

 

「出し物?」

 

「そう。一年に一度の大掛かりな祭典だもの、気合をいれないと」

 

 リリィを通じて国王からの協力要請は聞いていたが、建国祭が具体的にどのようなモノなのか詳しくは知らない。

 

「建国祭では王都全体で様々な催しがなされ、とても盛り上がる行事なのですわ」

 

「そうよ。他国からも多くの観光客がそれを目的に来るくらい凄いのよ」

 

 ミリシャとリリィの言う通りなら、よほどスケールが大きいのだろう。詩織は自分の世界ではどれに当てはまるか考えたが、国家の首都全体で行われる祭など思いつかなかった。

 

「なるほど。で、リリィも何かやるつもりなんだね?」

 

「えぇ。今年こそは・・・」

 

「ん?今年こそはって、今までは何もしなかったの?」

 

「うっ・・・」

 

 リリィはまるで心臓に攻撃を受けたように胸を押さえ、苦しそうなフリをする。

 

「貴様!リリィ様に無礼な!」

 

「無礼とは・・・?」

 

 静かだったアイリアが急に怒って立ち上がった。リリィに関することなら理不尽レベルでイチャモンを付けてくるのは相変わらずだ。

 

「実は、リリィ様はこれまで建国祭で目立ったことをしてきませんでしたの。なにせ部下も少ないですし、国王様から予算も降りなかったのです」

 

「そ、そうなんだ」

 

 ミリシャからの耳打ちで事情を察する。リリィは自分が期待されてない人間だと言っていたし、建国祭でも放っておかれたのだと。

 

「ちなみに、第一王女のクリス様は自らの騎士団を率いて演武を。第二王女のアイラ様は音楽隊と共にパレードを毎年異なる演目で行っておられますの」

 

「そんなことをしているのか。見てみたいな」

 

 あの二人のことだから、決して手を抜かない本気の催しになることだろう。

 

「シオリ、わたし達はお姉様方に負けないレベルでやるのよ。そのためにはあなたが必要なの。予算を勝ち取るためにもね」

 

「私が?」

 

「そうよ。あなたの勇者としての力を披露することになっているでしょう?それをわたしの出し物の中でやってもらいたいのよ」

 

 国王からの要請で勇者の力をタイタニア国民や他国の人へ披露する事になっており、それをリリィの出し物の中でやることになるらしい。

 

「シオリを見世物にするようで本当は気が進まないんだけど、本人が協力してくれると言ってくれたわけだし、なんなら盛大にやって皆を驚かせましょうよ」

 

「ふむ。どんな風に?」

 

「わたしに考えがあるの。演劇風にするのはどうかって」

 

「演劇?」

 

 リリィは頷き、自信に溢れた顔つきで概要を話す。

 

「魔物退治を題材にした内容でね、わたし達が敵を討ち倒していくの。でも強敵が現れてピンチだって時に颯爽とシオリが登場し、その特殊な力で強敵を撃破するってストーリーよ」

 

「それはいいかもね。でも、演劇で私の力が伝わるかな?」

 

「シオリは本物の聖剣を使って、強敵の模型に向かって夢幻斬りを放ってくれればいいのよ。そうすれば勇者の魔力がどれほど凄いか伝わるでしょ」

 

「危なくないかな」

 

 夢幻斬りは大出力の大技だ。それこそ巨大な魔物を粉砕するパワーがあり、衝撃波も強い。

 

「広大なスペースがある訓練場に特設ステージを制作してやるし、技を放つ方向に人を立ち入れさせなければ大丈夫よ」

 

「まぁ、それなら大丈夫か」

 

「皆はどう?何か提案はある?」

 

 ミリシャは首を振り、アイリアはリリィの考えを褒め称えていた。詩織に他の案も無いので、このままリリィの言う演劇をすることになりそうだが、これまで演技などしたことない詩織は果たしてやり遂げられるか不安である。

 

「よし、さっそく父に話してくるわね。予算も人員もがっつり確保してくるわ!」

 

 

 

 

 

 意気揚々と国王の元へと向かったリリィは、そう時間もかからずに部屋へと戻って来た。その表情は複雑な感じである。

 

「どうだった?」

 

「良い報告と悪い報告があるわ。どちらから聞きたい?」

 

「えーと・・・じゃあ良い報告から」

 

「分かったわ。良い方は、予算と場所の確保ができたという報告よ。シオリの力を披露することを条件に、わたしの案を採用してくれたの」

 

 リリィの提案を国王が承認したことに詩織は安堵する。リリィの評価は低いようだから、もしかしたら却下されてしまうのではと心配していたのだ。

 

「で、悪い方なんだけど、人員の確保が厳しいという報告よ。すでに建国祭に向けた人員配置が行われていて、わたし達に割ける人数が少ないのよ」

 

「そうなんだ。じゃあ、劇をするためのセット造りとかを少人数でやらないといけないんだね」

 

「えぇ。これは忙しくなるわね」

 

 詩織としてはリリィのためならそのくらいの労力は惜しまないし、戦闘で命を懸けるよりよっぽどマシだ。

 

「じゃあまず、地下の資材庫へ行きましょう。そこで舞台組み立てに使えそうな木材とかを探すわ」

 

「おっけー」

 

 アイリアとミリシャも頷き、いよいよ建国祭に向けた準備に取り掛かることとなった。

 

 

 

 

 

 リリィ達が平和な式典の準備を行っている一方、魔女ルーアルは拠点へと帰還し、その黒い翼を背中に格納する。荒れ果てたこの地に人が踏み入ることはなく、地下に秘匿された拠点を知る者はルーアルの協力者のみである。

 

「戻ったぞ、リガーナ」

 

 薄暗い入口をくぐり、出迎えに現れた部下の名を呼ぶ。

 

「おぉ、ルーアル様。よくご無事で・・・」

 

「貴様がここの留守の間に何か変わったことはなかったか?」

 

「ありませんが、ドラゴ・ティラトーレ様のご機嫌はあまりよろしくありません」

 

「そうか・・・」

 

 ルーアルは階段を下り、地下深くへと向かう。その最深部にはディグ・ザム坑道の広間よりも大きな空間が広がっており、薄暗い中で巨体が動いた。

 

「ただいま帰還いたしました。我が主、ドラゴ・ティラトーレ様」

 

 膝をつき、頭を下げながら自らの主への敬意を示す。

 

「遅かったではないか、ルーアルよ」

 

「申し訳ありません。タイタニアでは少し手間取りましたので・・・」

 

「魔女である貴様の力をもってしてもか?」

 

「はい。厄介な相手がいるものですから・・・」

 

 頭を上げた先、そこにいるのは大型のドラゴンタイプだ。伝承の中にある魔龍種の生き残りであり、深手を負って未だ傷の癒えぬティラトーレはこうして復活の時を待っている。

 

「実はその厄介な相手とは勇者なのです」

 

「そうか・・・我ら魔龍の野望を打ち砕いた憎むべき仇敵がか・・・」

 

「はい。ヤツのせいで、私がダークオーブで強化した魔物達は次々と撃破されてしまいました」

 

「勇者型の適合者の魔力は脅威だ。それこそ我らのリーダー、ドラゴ・プライマス様さえ敵わなかったのだからな」

 

 ティラトーレは不愉快そうに口を歪め、忌まわしい過去の記憶を呼び起こす。彼自身もかつての勇者との戦いに参戦した一人なのだ。

 

「しかしご安心ください。ダークオーブの調整に成功し、これならばかつてのような魔龍軍の再構築も可能となるでしょう。それに、このパワーがあればティラトーレ様の治療も行うことが可能です」

 

「ようやくか。お前が優秀な魔女であれば、もっと早くダークオーブの完全な制御も可能であったろうにな。失われたかつての一線級の魔女が惜しい」

 

「・・・」

 

 ルーアルは他者を見下すのは好きだが、自分が見下されるのは嫌いであり、いくら自分が仕える相手でも内心イラついている。

 

「それに、ドラゴ・プライマス様の復活なくして我々の勝利は意味がない。あのお方こそ、世界の統治者に相応しいのだから」

 

「その点についてはお待ちください。まだ有効な手立てはないのです」

 

「急ぐがいい。我は永い時を待ったのだ」

 

 魔龍による世界制覇を夢見て幾星霜。日々新たな世界を夢想している。

 

「我自身もこうも暗い場所にいれば、破壊衝動も強まるばかりだしな」

 

「それならばいい情報があります」

 

「ほう?」

 

「実は近日、タイタニアにて建国祭があるのです。規模が大きく、注目度の高い式典で、他国からも多くの人間が訪れます。そこで提案なのですが、建国祭でひと暴れするのはいかがでしょう?魔龍の復活を世界に喧伝できることでしょうし、人間を虐殺し放題ですよ」

 

 いつもの邪悪な笑みを浮かべながら非道な考えを伝える。彼女にしてみれば人間など魔女に容姿が似ているだけの下等生物としか思っていない。

 

「とてもいい考えだな。もう隠れる時間は終わりだ。これからは我らの存在を世界に示す」

 

 活気が戻ったティラトーレの瞳に人間への憎悪の感情が灯る。今度こそ世界を手に入れ、魔龍の再興を果たしてみせるという野望が彼の心を満たしていた。

 

 

 

 

 

「とりあえず資材は集まったわね。ではこれより、舞台組み立てを行うわ」

 

 広大な演習場の中央にてリリィの前に整列するのは詩織達だけではなく、メイドのフェアラトや教育係のターシャ、他数人の城に仕える者達もいる。これがリリィに与えられた人員の全てだ。

 

「建築設計士のプラムにも協力してもらっているから、彼女の設計図通りに組み立てるのよ。安全のためにね」

 

 建築の素人であるリリィ達では簡単なセットを考えるのも容易ではない。その道のプロに頼むのが無難だろう。

 

「わたしにとって、これが建国祭で初めての出し物になる。ノウハウの無いわたしがこれを成功させるためには皆の力が欠かせないわ。大変だとは思うけど、宜しくお願いします」

 

 最後のお願いのところで丁寧に頭を下げた。王家の人間なのだから、そこまでせずともいいのだろうが、こういうところにリリィの人の良さが表れている。招集された者達は拍手でリリィへの敬意を示し、やる気も湧いているようだ。

 

「じゃあ始めるわよ!」

 

 

 

 それからリリィも含めた全員で組み立てを行っていく。重たい木材は適合者が扱い、それ以外の者は小物や軽い備品を制作する。作業はいたって順調で、このままなら建国祭にも間に合うだろう。

 

「やぁ、頑張っているようだね」

 

 そんな中、声をかけてきたのはシエラルだ。

 

「アンタ、なんでここにいるのよ?国を追放されたの?」

 

「ボクがそんな悪人に見えるかい?」

 

「冗談よ。で、なんでここに?」

 

「もうすぐ建国祭だろう。ボクも招待されていて、少し早いが前乗りしたのさ」

 

 当日来いと昔のリリィなら言っていただろうが、共に死線をくぐり抜けて以降は態度を軟化させているので、そこまで邪険には扱わない。

 

「キミは演劇をするんだってね」

 

「そうよ。シオリをメインにしてね」

 

「彼女は魅力的な女性だから、客も集まるだろう」

 

「シオリにそう言って口説くつもり?」

 

「まさか。そんな事をしたらキミに殺されるのがオチだもの。ボクはまだ死にたくない」

 

 大げさに手を振りながら否定するシエラル。

 

「それに、キミだって魅力のある女性さ」

 

「はいはい」

 

 お世辞ではなく本気でそう言っているのだが、リリィは相手にせず資材運びを再開する。

 

「ボクも手伝おうか?」

 

「客人に手伝わせるほどわたしは落ちぶれてないわ。アンタは観光でもしてなさいな」

 

「そうかい?もし必要になったら声をかけてくれよ」

 

「えぇ」

 

 

 

「シエラルさんが来ているんだね?」

 

「招待されていて、早めに来たって言ってたわ。まったく、どんだけ楽しみなのよ」

 

「ふふっ。リリィに会いたかったからかもよ?」

 

「それはないわよ。というか、シオリはわたしとアイツをくっつけたいの?」

 

 リリィは少し悲しそうに詩織に問う。

 

「まさか。リリィが誰かに取られちゃうのはイヤだもん」

 

 詩織は自分の独占欲を口に出して赤面する。リリィは王族であり、勇者としての待遇を受ける身であっても身分の差があるわけで、普通に考えたら決して独占できる相手ではない。なのに、詩織はリリィが見つめるのは自分だけであってほしいという欲を仕舞うことができないのだ。

 

「そうよね。まぁ安心してよ。わたしが特別な好意を寄せるのはシオリだけだから」

 

 だが、こうしてリリィも自分を特別に想ってくれている。それが詩織には嬉しかった。

 

「なんなら、劇でわたし達の仲の良さをアピールしていくのもいいわね」

 

「どういうシチュエーションにするか悩むね」

 

 そんな場面を入れてよいものかと思いつつ、詩織は気になったことを訊いてみる。

 

「そういえばさ、脚本はあるの?」

 

「・・・・・・あ」

 

 これは間違いなく脚本は用意されてないなと詩織は苦笑いするしかなかった。

 

             -続く-



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第33話 演技のレベルは?

 建国祭の準備に取りかかり始めた日の夜、リリィは詩織と劇の脚本について話し合っていた。劇をやろうと提案したはいいものの、細かいストーリーまで考えてはいなかったのだ。

 

「で、どんな感じの話の流れにするの?」

 

「前に言った通り、魔物討伐を主軸にした話にするわ。なんなら実話を元に構成するのもいいわね」

 

「実話?」

 

「そう。わたし達が経験した戦いを劇で再現するの」

 

 一から考案するより、そのほうが楽に話を組み立てることができるだろう。

 

「例えば巨大ハクジャとの戦闘とかね。シオリの一撃で逆転できたわけだし、題材として扱いやすいと思うのよ」

 

「確かに。国王様からのオーダーもこなしやすそう」

 

 詩織の勇者型としての力をお披露目することを求められている。予算と場所が与えられたのもそれが理由であり、重要な要素なのだ。

 

「じゃあストーリーとしてはハクジャ戦をベースにしつつ、詩織の活躍を前面に押し出す感じで。最後はシオリがわたしに永遠の忠誠を誓うシーンで締めれば完璧ね」

 

「それは史実に反しているのでは・・・?」

 

「創作なんだから、ちょっとくらい盛ったほうがウケるのよ」

 

 ちょっとどころか完全なねつ造である。

 

「それか、わたしとシオリが幸せなキスをして終了でもいいわよ」

 

「人前でそれは恥ずかしいな。なら、さっきのでいいです」

 

「そう?」

 

 どちらにしてもリリィには得しかないので満足そうだ。

 

「明日から演技の練習もしないとね。短い劇にはなるけど、観客が観やすいように工夫しながらやらないといけないし」

 

「だね。演者は私達、リリィのチームの人間だけ?」

 

「そうよ。あまり大人数でやる内容でもないしね。まぁ魔物の模型を動かしてもらう人は必要だけど、ターシャやフェアラトなら上手くやってくれそうだから心配ないわ」

 

 いわゆる黒子としてターシャ達にも協力してもらうつもりらしい。

 

「よし、計画は万全ね。明日以降も頑張るわよ」

 

 詩織としてもリリィの頑張りを無駄にはしたくないので、自分にできることを全力でこなすことを心に誓っていた。

 

 

 

 

 

「舞台セットの準備は順調ね。じゃあわたし達は演技練習を行うわよ」

 

 組み立て真っ最中の舞台の近くにて、リリィは詩織にミリシャ、アイリアを呼んで劇の練習を開始する。一晩でリリィがセリフを考えており、それを伝えた上で実践してみるのだ。

 

「ではアイリア、さっき教えた通りに」

 

「はい・・・」

 

 アイリアはいつものクールフェイスとは対照的に不安げな顔つきである。よほど演技に自信がないらしい。

 

「リリィサマ、マモノガ、アラワレマシタ・・・」

 

 ぎこちない動きで棒読みにセリフを口にする。まるで壊れたロボットのようだ。

 

「うーむ・・・アイリア、もっと自然な感じにできる?」

 

「も、申し訳ありません・・・」

 

 こんな弱気なアイリアは見たことがないので新鮮だ。詩織はもうちょっとそんなアイリアを見ていたいと思う。

 それから数回繰り返したがあまり改善はみられず、相変わらずの棒読みな口調のままであった。

 

「くっ・・・リリィ様のお役に立てないとはなんたる不覚・・・」

 

 アイリアは魔具であるナイフを自らに向ける。

 

「ちょ、ちょっとアイリア!?」

 

「止めないでくれシオリ!リリィ様のご期待に沿えない私など無用の産物・・・ここで自害するほかにないのだ!」

 

「ストップ、ストップ!!落ち着いて、ね?」

 

 詩織はアイリアの腕を取り押さえてナイフを降ろさせる。どれだけ思い詰めるんだと冷や汗をかきながら思う。

 

「アイリア、めげることはないわ。演技は簡単なものではないし、本来ならたくさんの練習が必要なものだもの。今からだと確かに時間は少ないけれど、ここから頑張れば本番にはなんとか間に合うはず。だから一緒に頑張りましょう?」

 

「なんとありがたいお言葉・・・リリィ様、アナタのために命をかけてやり遂げます」

 

 ちょろいように見えるが、アイリアにとってリリィこそが救いの女神なのだ。だからこそ、リリィの言葉で彼女の気力は一瞬で回復する。

 

「次はミリシャね」

 

「お任せを」

 

 ミリシャは咳払いして喉の調子を整え、スゥっと息を吸いこむ。

 

「ラララ~、リリィ様~、なんと聡明なる王女様~」

 

「・・・ん?」

 

 何を勘違いしているのかミュージカル風の芝居を始めた。これでは一人だけ世界観が浮いてしまう。

 

「ミリシャ、普通でいいのよ。普通でね」

 

「普通ですか?わたくしが以前見た舞台はこのような感じでしたから、それを参考にしたのですが・・・」

 

 恐らくだが、裕福な彼女の見る劇と庶民が見る劇とでは構成やそもそもの感じが違うのだろう。彼女にとっては自分の見てきたものが普通なモノであり、それが基準になっているのだ。つまりは感覚が詩織のような一般人とはかけ離れているのである。

 

「まぁそこは今後の練習で。声はちゃんと出ているし、滑舌もいいからセリフを憶えればすぐにでも舞台に立てそうね」

 

「はい。頑張りますわ」

 

 対応力のあるミリシャなら心配はないだろう。あとは詩織がどの程度できるかが問題だ。

 

「シオリ、頼むわよ」

 

「う、うん」

 

 今度の劇において詩織は重要な役割を担うわけで、ミリシャやアイリアよりも完成度の高い演技を行う必要がある。

 

「私があの化物を倒します。あなたから授かったこの聖剣で」

 

「悪くはないんだけど、もっと力強さがほしいわね」

 

「なるほど・・・」

 

 自分でも迫力のない演技だなとは思う。ここは実際の戦場ではないので、迫真の演技をしろと言われても素人の詩織には難しいが、もう少し改善しなければならない。

 

「では各自課題を胸に、今日は基本練習を重点的にやるわよ」

 

「了解」

 

 本番を成功させるためには地道な努力が欠かせない。詩織だけでなく、ミリシャ達も本番を想定して練習に励むのであった。

 

 

 

 

 

 そうして練習をしているうちに日が暮れ、再び夜。月の光が照らす城の屋上にて詩織とリリィは昼の復習をしていた。ここは普段は王族しか入ることができない場所であり、他人の目を気にする必要がない。

 

「シオリもだいぶ上手く演じることができるようになったわね。この調子なら心配ないわ」

 

「まだ人前じゃないからねぇ。多くの人達の前でも同じようにできるか不安だよ」

 

「シオリはここぞという時に度胸があるから、自信を持って挑めばいいのよ」

 

 事実、死と隣り合わせの戦場で詩織は勝ってきた。ピンチになることもあれど、最後はちゃんと敵を殲滅してきたわけで、それは確かに詩織の本番での強さを表している。

 

「うん。それにしても、リリィの演技の上手さに驚いたよ。劇とかに出るのは初めてなんでしょう?」

 

「えぇ。まぁ普段から演技しているからこそかもね。王族の一員として、気丈に振る舞うのがいつもだし、素の自分なんて出すことはないから」

 

 王族リリィ・スローンとして皆の前で振る舞っており、個人としてのリリィ・スローンは仕舞われている。そうしなければ王族失格だと落胆されるからだ。

 

「わたしが素の自分になれるのはシオリと二人きりの時だけ。だからこそ、あなたとの時間はわたしの宝物なの」

 

 リリィはいつものように詩織の胸に飛び込み、その谷間に顔をうずめる。こうして他者に甘えたいのがリリィであり、それを受け止めることができるのが詩織なのだ。

 

「こんなところ、誰にも見せられないわ」

 

「だね」

 

「前にも聞いたけど、シオリはわたしにこうされるのはイヤじゃない?」

 

「イヤなんかじゃない。むしろ、私だけが本当のリリィを知っているということが嬉しいよ」

 

 そう、詩織だけなのだ。この甘えん坊なリリィの姿を知っているのは。

 

「元気もチャージできたし、練習の続きをしましょうか」

 

「うん」

 

 リリィが離れ、詩織に向き合う。

 

「じゃあ、最後のシーンに移るわよ」

 

 詩織は頷き、教えられたセリフを口にする。

 

「ハクジャを倒したこの力。ご覧になっていただけましたか?」

 

「しかと見届けたわ。異界より来たりし貴女は、間違いなく勇者としての力を持ち合わせているようね。

 

聖剣グランツソードから放たれし輝きがその証拠」

 

 まだぎこちなさはあるが、それでも詩織の演技は見られるモノになっている。

 

「しかし、この力を扱いきれる自信がありません」

 

「その心配ならいらないわ。このわたし、リリィ・スローンがあなたを導いてあげる。だから、その身をわたしに預けてくれればいい」

 

「はい。あなたとならば、正しく剣を振るうことができる気がします」

 

 詩織はリリィに近づき、その目の前で膝をつく。

 

「リリィ様、あなたに仕えることを誓います。この身も心も捧げ、あなたの勇者として戦います」

 

 そしてリリィの手を握り、その手の甲に優しく口づけをした。この世界では騎士が主に忠誠を誓う時などにこうすることがあるらしい。

 

「シオリ、完璧な演技だったわ。感情が乗っていて、わたしもドキドキしたわよ」

 

 リリィは嬉しそうに口づけされた手の甲を見つめている。

 

「えへへ、褒めてもらえてよかった」

 

 詩織としては、これは演技ではないのだ。リリィに仕えたいという想いは本心からくるものである。だからこそ、違和感なくセリフを言うことができた。

 

「明日は初めから終わりまで一回通してやってみましょう。アイリアとミリシャも今日一日で上達したから、形になるんじゃないかしら」

 

「そうだね。スムーズに場面の移り変わりとかをできるようにしないといけないし」

 

 月明りを受けながらクルクルと回るリリィは妖精のようであり、その美しさに詩織は心を奪われる。

 

「建国祭をこんなにも楽しみに思えるなんて初めてよ。これもシオリのおかげね」

 

「私は何も」

 

「ふふ、謙遜しなくていいのよ。実際、シオリと出会えたからわたしの人生はより楽しいものになったんだもの」

 

 それは詩織も同じである。元の世界では毎日をただ何となく過ごすだけであり、死んでるのか生きているのかも分からないゾンビのようであった。この世界に来て、リリィと出会ったことでようやく人生の歯車が回り始めた気がするのだ。

 

「以前、特別な相手との出会いが人生を豊かにすると言っていた人がいたわ。その時のわたしには実感がなくて信じられなかったけど、今は本当のことだったんだと思える」

 

 だが、これにはデメリットもある。その特別な相手と別れることになってしまった時、反動で気力を失ってしまうからだ。人間はいつ別れの時を迎えるか分からないし、そもそも詩織はこの世界の者ではない。リリィはそのことも理解しており、いつかは別離の時が来るのだろうという漠然とした不安が心に暗い影を落としている。

 

「昨日はセリフ考えたりして遅くまで起きてたんだから、今日は早めに寝よ?」

 

「そうね」

 

 リリィは思考を切り替え、詩織の腕を掴む。今はただ、その温もりにさえ触れていられればそれでよかった。

 

                  -続く-



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第34話 Stay with you

 建国祭で披露する演劇の準備を進めるリリィ達。舞台装置は完成し、後は劇そのもののレベルを上げるだけだ。

 

「アンタ達も頑張ってるようね」

 

「アイラお姉様、どうしてここに?」

 

「様子を見に来たのよ。今年はアンタもやる気のようだし、どんなものかと思って」

 

 第二王女のアイラは舞台セット前に仁王立ちで現れ、どうやらリリィ達の練習を見学するつもりのようだ。

 

「いい?我ら王家の演目として国民だけでなく国外の者達にも見られるのよ。そのつもりで」

 

「はい。スローン家の名に恥じない劇にします」

 

 各員が位置について、本番さながらの緊張感の中で通しの練習が始まる。セリフを動きながら言うのは案外難しく、詩織は大粒の汗を流しながら懸命に役をこなす。

 そうして一通りの流れが終わり、アイラの元にリリィが感想を伺いに行く。

 

「どうでしたか?」

 

「悪くはないわ。でもまだ完成度を上げられるはずよ。例えば、戦闘シーンでもっと声を張ることができれば、より迫真の演技になると思うわ」

 

「確かに、実戦さながらの緊迫感には届いていないと私も思います」

 

「そうした細かい点を一つづつ改善していけば、きっとより盛り上がる劇になるわ。時間はあまり残されていないけど、できることをしっかりね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 アイラはリリィの感謝の言葉を受け取ってその場を後にする。彼女が去る時の表情に優しい笑みがあったことを詩織は見逃さず、きっとリリィの成長が嬉しいんだろうなと解釈した。

 

「さぁ、もう一回よ。反省点を踏まえつつ、もっと上達してやりましょう」

 

 リリィの鼓舞に詩織達は頷き、再び位置につく。慣れないことをする疲れがあるものの、元の世界では体感したことのないような充実感が詩織の心を満たしていた。

 

 

 

 

「ふぅ・・・いい感じになってきたね」

 

 三回目の通し練習が終了し、詩織は地面に寝ころびながら呟く。隣に座るリリィも劇が徐々に完成されていくのを実感していた。

 

「そういえば、あの魔女の手がかりは掴めた?」

 

 建国祭を楽しみにする詩織であるが、一つ気がかりなのは魔女ルーアルのことだ。ディグ・ザム坑道で逃がして以来、魔女の居場所はつかめずにいた。討つべき敵であるのに、野放しになっている現状を憂いている。

 

「それがまだなのよ。多数の調査チームを各地に派遣しているのだけど、全然手がかりがないの。もしかしたらタイタニアの領土外に潜んでいるのかもしれないし、そうなったら手の打ちようがない」

 

 周辺の国家にも協力要請を出しているが、魔女による被害を受けていない他国はいまいち危機感に欠けており、真剣に捜索していないのが現状だ。

 

「アイツがまた悪さをすれば、被害を被る人達が出てくる。そうなる前に決着を付けたいけど、どうにも動けないものね・・・歯がゆい気分だわ」

 

 王家のリリィは詩織以上に悔しい気持ちである。

 

「それに、建国祭という伝統行事をないがしろにするわけにもいかないしね。調査チームからの連絡を待つしかないわ」

 

「だね」

 

 気を揉んでも仕方がない。魔女追撃が不可能な以上、目の前の建国祭に集中するべきなのだ。

 

「こんな時でも敵のことを忘れないとは、シオリも立派な戦士に成長したわね」

 

「そうかな?」

 

 詩織自身はそう思っていない。適合者としても、人間としてもまだ中途半端だと自負している。

 

「リリィの隣で戦うに相応しい人間になろうとは必死だけどね。でも、まだまだだよ」

 

「シオリで相応しくなかったら、誰が相応しいと言うの?」

 

 リリィがかがんで詩織に顔を近づける。

 

「そもそもね、相応しいもなにも、わたしが傍にいて欲しいと望んでいるのだから何も問題はないのよ」

 

「そうか・・・」

 

 リリィとの身分さを気にしていたのは詩織だけのようだ。

 

「想い合う二人が一緒にいるために相応しさや理由が必要?」

 

「そんなことはないか」

 

 例え詩織が適合者として弱くたってリリィは非難したりはしないだろう。どんなことがあっても詩織を庇うのがリリィなのだ。

 

「お取り込み中のところ申し訳ありません」

 

「ん?どうしたの、フェアラト」

 

 メイドのフェアラトが言葉とは裏腹に、申し訳ないという気持ちの籠ってない口調で声をかけてきた。

 

「デイトナ国王がシオリ様をお呼びです。謁見の間にてお待ちになっておられます」

 

「私をですか?」

 

 リリィの間違いではないのかと詩織は不思議に思う。最初にこの世界に召喚された時以来国王自身が詩織を呼び出したことはなく、リリィ伝いに任務の依頼などがされていたからだ。

 

「はい」

 

 だがフェアラトの落ち着きようからして聞き間違いなどではないと思った詩織は起き上がって服に付いた草を手で払う。

 

「わたしも行くわ」

 

「いえ、シオリ様お一人でとのことでしたので」

 

「えぇ・・・なんで・・・」

 

 リリィは不満そうに口をとがらせる。

 

「すぐ戻ってくるから待ってて」

 

「うん・・・」

 

 詩織はリリィにウインクを飛ばしつつ、フェアラトと共に謁見の間へと足を向ける。普段会わない、しかも国のトップと謁見するという緊張はあったが、この世界に来たばかりの時よりはしっかりとした歩調であった。

 

 

 

 

 

「し、失礼します」

 

 謁見の間の大きな扉が衛兵によって開かれ、詩織は室内へと進む。

 

「ン・・・忙しい時に呼び出してしまってすまなかったな」

 

「いえ・・・」

 

 相変わらずの堂々とした態度の国王を目の前にして詩織も姿勢を正した。ヒラヒラとした勇者用の戦闘服では場にそぐわないのではという不安が急にこみ上げてきたが、今さらどうしようもないので気にしないように意識を変える。

 

「リリィの準備は滞りなく進んでいるようだな?」

 

「はい。演劇のセットも完成しまして、後は演技の質を上げるだけです」

 

 受け答えがはっきりとした口調なのは劇の練習の成果だろう。

 

「アイラからも報告を聞いてな。初めての催し物にしてはレベルが高いと褒めていた」

 

 あのアイラが褒めたと聞けばリリィも喜ぶだろうなと詩織の頬が緩む。

 

「それも全てキミのおかげだ。感謝する」

 

「私の、ですか」

 

「そうだ。キミが来て、行動を共にするようになってからリリィは格段と成長したし、前よりも生き生きとしていると思う。今回の建国祭で自ら催し物を企画したのだって、その成長の証と言っていい」

 

 詩織と出会うまでのリリィは王族としてパッとしない特徴のない王女といった感じであった。だが、詩織と共に魔物討伐を行って各地に出向く内に人間として、王家の者としてレベルアップしていったのだ。

 

「父親として情けないことに、リリィの教育に悩んでいたのだ。どうすればリリィをより成長させることができるのか分からなかった。それをキミが解決してくれたのだ」

 

「私はただ、リリィと一緒にいただけです。特別なことは・・・なにも」

 

「それはキミだから出来たこと。リリィはどうやらキミのことを心より信頼し、頼っているらしいからな」

 

 二人の仲の良さは城で知らない者はいないほどだ。それは国王だって知るところであり、だからこそ二人をずっと組ませている。

 

「私としては嬉しい限りではあるが・・・キミはリリィを恨んではいないのか?」

 

「なぜです?」

 

 その問いの意味が分からない。

 

「リリィはキミをこの世界に呼び出した張本人だ。元の世界での生活もあったろうに、それを侵害して無理矢理に。それだのに恨んではいないのか?」

 

「確かに最初は戸惑いました。ですが、リリィと過ごすうちにこの世界に呼ばれて良かったと思えるようになったんです。適合者としては半人前ですがそれでもこの力で人の役に立てますし、なによりリリィとの時間が幸せだと感じるようになったからです」

 

「そうか。キミとリリィは不思議な縁で惹かれ合っているようだな。それほど、互いが互いに大きな影響を与えているようだ」

 

 それは事実だろう。極端に言うならば、詩織とリリィは出会ったことで全てが始まったのだから。

 

「今後ともリリィのことを宜しく頼む。元の世界に帰るまでの間、あの子を・・・」

 

「はい。その点に関して、国王様に相談があるのですが」

 

「どのような?」

 

「ソレイユクリスタルが修復された後もリリィの傍に・・・この世界に居たいという希望を私が持ったとして、それは認められるでしょうか?」

 

 それは詩織の素直な疑問であった。

 

「勿論、それは構わない。我々タイタニアとしても、勇者と呼ばれる力を持ったキミのような適合者は歓迎だし、リリィだって喜ぶことだろうからな。だが、元の世界のことはいいのか?」

 

「帰りたいという気持ちがないわけではありません。ですが、この世界に愛着がありますし、必要としてくれる場所で頑張りたいというのも本音なんです」

 

「なるほどな。すでにキミは適合者として立派な戦果を挙げているし、城の者達もキミの活躍を評価している。全員でなくたとしても、多くの者達がキミを受け入れてくれるのは間違いない」

 

 そう言ってもらえて詩織は心の重りが降りたような気がした。

 

「ふふっ・・・リリィのことがそれほど大切なのだな」

 

「そ、それは・・・」

 

「言葉と態度から伝わってくる。キミの心がリリィに強く向けられていることを。リリィはいい友を持ったな」

 

 友達の範疇を超えているような気がするが、詩織は何も言わなかった。現状で自分のリリィに対する感情に名前を付けることができなかったからだ。

 

 

 

 

 

「遅かったわね」

 

「そう?十分くらいのことだよ」

 

「それでも長く感じたの」

 

 リリィは周囲の目線を気にしつつ、詩織の手を握る。もはや詩織に触れていないと不安になるくらいの詩織中毒になっているのだ。

 

「お父様に何を言われたの?」

 

「早く元の世界に帰れって」

 

「本当に?」

 

「嘘だよ」

 

「もうっ!」

 

 リリィは軽く詩織の横腹を肘でこづく。

 

「本当はね、リリィのことをこれからも宜しくって」

 

「そんなことを?」

 

「うん。国王様直々にお願いされたからね」

 

「お父様も理解があってさすがね」

 

 先程まで不安そうだったリリィは笑みを浮かべてうんうんと頷く。自分の居ないところで詩織が国王に何を言われるのか知りたくて仕方がなかったのだ。

 

「それとね、アイラさんがリリィのことを褒めてたらしいよ」

 

「アイラお姉様が?」

 

「初めての建国祭の演目にしてはレベルが高いって言ってたらしい。良かったね」

 

「うふふ・・・ついにわたしもお姉様達に褒めてもらえたのね・・・」

 

 予想通りに嬉しそうな反応をするリリィ。以前から語っていた、皆に認めてほしいという願いがついに叶うところまできたのだから喜びもするだろう。

 

「ここまで頑張ってきたわけだし、本番も頑張りましょうね」

 

 二人のギュっと握られた手は、しばらく離れることはなかった。

 

              -続く-



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第35話 舞台上に大輪の百合が咲いた

 いよいよ建国祭の前日となり、城では前夜祭が執り行われていた。参加者のテンションは高く、詩織達もその雰囲気を楽しんでいる。

 

「クリスさんの騎士団の方達もはしゃいでるね」

 

「ここ最近は魔物との戦いが増えているからね、こうした息抜きも必要なのよ」

 

 異質な魔素が拡散されるようになって以来、魔物が増加して適合者達の出動数も右肩上がりだ。そのために城内には緊張感が蔓延しており、いくら手練れの騎士団でもストレスは溜まる。だからこそ、たまには戦を忘れてリフレッシュすることも大切で、この建国祭がいい機会と言えるだろう。

 ちなみに問題の異質な魔素の原因は不明であるが、リリィは魔女ルーアルが何か知っているのではと睨んでいる。

 

「相変わらずアイリアは凄い食欲だ」

 

「こういう時にしか大量には喰えんからな。それに、残したら勿体ないだろう?」

 

 と言いながら詩織の近くでアイリアが大きな肉を頬張る。普段大人しい彼女だが、食事の時は生き生きとしていた。

 そんなアイリアを微笑ましそうに眺めつつ、リリィは詩織に小さく呟く。

 

「実は前夜祭に顔を出すのも初めてなのよ」

 

「そうなんだ。ならいい経験ができたね」

 

「えぇ。舞台も成功させて、一生の思い出にしたいわね」

 

 皆の演技も上達し、後は観客の前で披露するだけとなった。やれるだけの事はしたし、もう本番の成功を祈る他にない。

 

「建国祭は二日間行われるんだよね?」

 

「そうよ。わたし達は初日の明日に劇を披露するけど、明後日はフリーになるわね。お姉様達の演目は明後日だから、それを見学するのもいいかも」

 

「だね。どんなものか観てみたいし」

 

「わたしと一緒に観てくれるのよね?」

 

「勿論」

 

 そもそも最初からリリィと見て回るつもりであった。アイリアやミリシャとも同行できればと思うが、彼女達の予定をまだ訊いていない。

 

「出店なんかもたくさんあるわ。去年までは一人で変装して見て回っていたけど、今年はシオリと行けると思うと楽しみでしょうがないわ」

 

「私もだよ。リリィとのデートほど楽しいものはないから」

 

 詩織のウインクを受けてリリィは満面の笑みを浮かべる。リリィはもう孤独感など感じていなかった。

 

「今日はもう部屋に戻りましょうか。劇は夕方からだけど、朝から調整したいし」

 

「うん。万全な状態で臨みたいもんね」

 

 詩織とリリィが前夜祭の会場を後にし、廊下に出た後で声をかけられる。

 

「やあ。今日はもうお開きかい?」

 

「シエラル、アンタ暇なの?」

 

「建国祭まではやることもないしね。イリアンと共に城下町を散策していたくらいさ」

 

「そう。まだ前夜祭は続いているわ。わたし達は明日に備えてもう寝るけどね」

 

「キミ達の劇を楽しみにしているよ。最前席をターシャさんに用意してもらったから、そこで応援している」

 

 シエラルは部下のイリアンと共に前夜祭の会場へと足を運んで行った。そもそもタイタニアの国民でない彼女が何故前夜祭にまで出るのかという疑問をリリィは抱いたが、

 

「・・・プライドにかけて失敗は許されないわ」

 

 それよりも闘志に燃えており、詩織は苦笑いしながらリリィの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「皆、集まったわね」

 

 翌日の朝、舞台セット前に関係者全員を招集したリリィ。この日のために各々が努力を重ねてきたわけで、それを労いつつ、最後の鼓舞を行おうとしていた。

 

「今日、ついにこの本番の時がやってきた。時間も少ない中で皆の協力もあってここまで漕ぎ着けることができて、そのことには感謝しかないわ。本当にありがとう」

 

 リリィは舞台上で一礼し、それに対して拍手が起こる。

 

「後は夕方の本番を残すだけ。その一回が全てであり、成果となる。緊張もあるとは思うけど、自分を信じて最高のクライマックスを迎えましょう!」

 

 やや大げさに手を振り、再び拍手の嵐がリリィへ向けられた。この場の一体感で詩織の心が熱くなる。

 

「軽く練習をしつつ、本番に備えるわ」

 

 舞台から降りたリリィが演者となる者達を呼び出し、最後の打ち合わせを行う。もう話し合うこともないが、念のために立ち位置やセリフの履修をするのだ。

 そうしている内に太陽の光が頭上へと昇りつめ、残された時間は少しづつ少なくなっていった。

 

 

 

 

 

「えらく人が集まっているな」

 

 夕刻、陽も落ち始めた頃にシエラルはリリィ達の劇が開催される演習場の特設セットへと足を運んだ。本当ならもっと早く来る予定だったのだが、あまりの人の多さで思うようにたどり着けなかったのだ。

 

「リリィ様の演劇目当ての人達ですね」

 

「らしいね。まぁ国王の部下達が宣伝して回っていたから、こうもなるか」

 

 国王にとっても詩織の勇者の力を喧伝し、タイタニアの国力をも見せつける場であるからこそ、そうしたのだろう。だが、それが全てではない。娘の成功を祈る父親としての面も強く、むしろそれが大きな理由となっていた。

 

「シエラル様にイリアン様、こちらへどうぞ」

 

「これはどうも」

 

 シエラルを見つけたターシャが最前席へと誘導する。

 

「しかしよいのですか?ボク達を優遇してもらって」

 

「隣国の皇帝一族の方を優遇しないなんてあり得ませんよ。それに、私にしてもリリィ様の成長を見て頂きたいですから」

 

「なるほど。では、お言葉に甘えさせてもらいましょう」

 

 シエラルとイリアンは最前席のど真ん中に設置された簡易的な椅子へと腰を下ろす。王族にこの椅子はどうかと思えるが、シエラルはそれを気にする様子もなく、ただじっと幕の降りている舞台を見つめていた。

 

「見せてもらおうか。キミの努力の成果とやらを」

 

 シエラルにとってリリィは戦友である。彼女からはあまり良い待遇を受けているわけではないが、度量の大きいシエラルにそれは関係ない。

 

 

 

 

 

「さぁ・・・行くわよ!」

 

 リリィが舞台袖から歩み出す。

 

 今、舞台の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 舞台の進行はまさに順調そのものであった。

 タイタニア王国の王女リリィによって召喚された、異世界より来たりし勇者シオリとの出会いから物語はスタートし、王都に攻め入る魔物を蹴散らすという展開であった。シオリは持ち前の魔力で聖剣を起動、あっという間に魔物は粉砕されていく。

 

「リリィ様、国境沿いの山岳地帯から大型の魔物が侵攻中とのことです」

 

 あれほど演技が苦手だったアイリアがスムーズにセリフを言い終えた。彼女のセリフ数は少ないが、とはいえ舞台では一人一人が目立つわけで失敗はできない。不安もあったが、リリィのために死力を尽くすと誓った彼女の根性がここで発揮されたのだ。

 

「リリィ様は聡明なお方ですわ。アナタがこの戦闘の指揮を執れば、必ず窮地を乗り越えることができると信じております」

 

 ミリシャもまた練習通りに流れるようなセリフ回しをする。最初の謎のミュージカル風だった頃の名残もなく、皆と歩調を合わせていた。

 

「リリィ様、私の力を活用してください。必ずや戦果を挙げてご覧に入れます」

 

 詩織は緊張しつつも、噛むことなく大きな声で堂々と舞台上に立つ。普段の勇者用戦闘服ではなく、舞台用に用意された装飾のある衣服に身を包んだ詩織は態度も合わさって威厳すら感じられた。

 

「そうね。全軍の指揮はわたしが執る。このタイタニアを守護し、一人でも多くの民を守ってみせるわ!」

 

 そんな彼女達の中でも特に迫真の演技をするのがリリィだ。役どころが王女リリィという自分そのものであるからとも言えるが、普段の強気なリリィ・スローンを演じる彼女だからこその演技力なのだ。

 

「シオリ、わたしと共に!」

 

 いよいよ物語もクライマックス。巨大なハクジャを模した模型を前にリリィと詩織が立ち塞がる。味方の兵達を撤退させ、二人だけが今ここに立っているという設定だ。

 

「この一撃に全てをかけます。リリィ様、見守っていてくださいね」

 

「えぇ。いつでもわたしはあなたを見ているわ」

 

 これまで使っていた聖剣の模造刀ではなく、ここでは本物を使用する。すでに技を放つ先のエリアは封鎖されており誰もいない。

 

「夢幻斬りっ!!」

 

 空まで立ち昇る光が振り下ろされ、ハクジャの模型は塵に消えた。この技を使うのは舞台端ギリギリのところであったが、セットの一部が吹き飛ばされるほどの威力であった。

 

「やった・・・」

 

 そのあまりの迫力に大勢の観客達は圧倒され、皆一様に詩織の勇者の力に驚いていた。シエラルは何度か見た光景なので特段驚くこともなかったが、やはり美しい技だと感激している。

 

「リリィ様、ハクジャを倒したこの力・・・ご覧になって頂けましたか?」

 

「しかと見届けたわ。異界より来たりし貴女は、間違いなく勇者としての力を持ち合わせているようね。聖剣グランツソードから放たれし輝きがその証拠」

 

 何度も練習した最後のシーンだ。

 

「リリィ様、あなたに仕えることを誓います。この身も心も捧げ、あなたの勇者として戦います」

 

 詩織がリリィの前に膝をつき、手を握る。そして優しく口づけを行い、忠誠の誓いが交わされた。

 

「こうして、リリィ王女と勇者シオリは最期の時まで添い遂げるのでした」

 

 ミリシャのナレーションで物語は締めくくられ、観客達からは惜しみない拍手が贈られる。それは舞台の幕が降り、役者達が見えなくなっても続き、皆の興奮が伝わるようであった。

 

 

 

 

 

「終わったのね・・・」

 

 深夜となり、もう観客達が帰った後の演習場にリリィと詩織がいた。満天の星空の元、二人は舞台セットの前で寄り添って座っている。

 

「まるで一瞬の出来事だったように思えるよ。気がついたらラストシーンでさ・・・」

 

「わたしもよ。でも、シオリの唇の柔らかさはしっかりと憶えているわ」

 

「は、恥ずかしいな・・・」

 

「ふふ・・・本当に幸せな時間だった」

 

 演劇は大成功で終わったと言っていいだろう。シエラル達から褒められたのもそうだが、何よりリリィにとっては国王から称賛されたことが嬉しかった。目立ったミスも無く、場の緊張感から生まれる緊迫感も合わさって聴衆を魅了することができたのだ。

 

「なんだか長いこと劇をやってきたような錯覚に陥るわ」 

 

 この日のためにここ最近は頑張っていたから、どうにも気が抜けてしまった。建国祭が終われば再び魔物討伐の任に戻ることになるが、戦っていたのは随分昔のことのように感じる。 

 

「確かにね。またやりたいと思えるくらい、凄く充実していたよ」

 

「そうね。劇団を作るのもいいかもしれないわ」

 

 冗談ではなくそう思っている。だからこそ、目の前の舞台セットを取り壊すことには抵抗があった。しかし、ここは演習場。いつまでも残しておくわけにはいかない。

 

「その時はシオリも加入するのよ」

 

「うん。リリィがやるなら、私は何にでも付き合うよ」

 

「ありがと」

 

 リリィはそのまま詩織を押し倒し、その上に跨る。

 

「だ、誰かに見られちゃうよ」

 

「かまいやしないわ」

 

 やり遂げた疲労がリリィの判断力を低下させており、ただ欲求だけに突き動かされる。

 

「柔らかい・・・」

 

 詩織に抱き着きつつ、その感触を楽しむように目を閉じた。

 

           

             -続く-



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第36話 王都炎上

 建国祭一日目が終了し、二日目に向けて準備が進められる中で詩織とリリィは城内にてその様子を眺めていた。彼女達の舞台は一日目だけの催しであり、二日目は完全にフリーになっているからこその余裕である。

 

「明日はミリシャやアイリアとも一緒に観て回れそうよ」

 

「良かった」

 

 リリィに誘われたなら、アイリアはどんな予定をもキャンセルして付いてくるだろうなと詩織は思う。それだけの強い忠誠心を持つのがアイリアなのだ。

 

「出店は勿論のこと、お姉様達の演目も観ておかないとね。後で感想を聞かれると思うから」

 

「だね。ミリシャに聞いたところによると、毎年凄いらしいから楽しみだよ」

 

「わ、わたしも来年以降も続ける予定だから、お姉様達なんかすぐに追い越してみせるけどね」

 

 ツンと腕を組んでそう宣言する。今年の劇の成功がきっと大きな自信に繋がったのだろう。皆に王家の人間として認めてもらいたいというリリィの目標にまた一歩近づいた瞬間でもある。

 

「来年か・・・」

 

 果たして一年後の自分はどうなっているのかと詩織は想像を巡らせる。少なくとも一年前の自分は異世界に召喚されるなんて全く思ってもみなかったし、何が起こるかなんてその時にならないと分からないが、願わくばリリィと一緒にいられますようにという想いがあるのは確かなことだった。

 

 

 

 

 

「・・・なんでアンタまでいるのよ」

 

「まぁいいじゃないか。せっかくだし、背中を預け合った戦友同士で祭りを楽しむのもさ」

 

 リリィの冷たい視線を受けるのはシエラルだ。城から出たところで声をかけられ、そのまま建国祭を一緒に回ることになったのだ。

 

「そういえば、昨日の劇はとても素晴らしかったよ。キミにあんな才能があるとはね」

 

「それはどうも」

 

「アレって大型ハクジャ戦を元ネタにしているんだよね?ということは、ボクの見せ場もあったハズなんだけど・・・」

 

「はぁ?なんでわざわざアンタのことを脚本に入れなきゃいけないのよ。シオリの活躍さえ描ければそれでいいのよ」

 

 史実ではシエラルの言う通り、彼女の出番は多かった。詩織を助け、ネメシスブレイドによる攻撃で敵の動きを鈍らせたことで撃破に繋がったのだから。

 

「あの時は本当にありがとうございました。今こうして生きているのもきっとシエラルさん達のおかげですし、その恩は忘れていませんよ」

 

「シオリ・・・キミはなんて優しいコなんだ。ボクは感激で涙が出そうだよ」

 

 リリィにぞんざいに扱われたシエラルだったが、詩織の咄嗟のフォローを受けてオーバーにリアクションする。

 

「まったく大げさなのよ。わたしだって別にアンタのことを忘れていたわけじゃないわ。一緒に戦ったのは紛れもない事実だし」

 

「うんうん。キミのそういうツンケンしたところも悪くないね」

 

「キモいんですけど・・・」

 

 本当にドン引きしたように、さっきよりも冷たい視線がシエラルに向けられる。

 

「ま、まぁそれはともかく。昨日、観客の会話から面白いことを聞いたんだ」

 

「わたしにとっても?」

 

「多分。どうやらタイタニアにチェーロ・シュタットが向かって来ているようなんだ」

 

「まさか。あのチェーロ・シュタットが?」

 

 リリィは驚いているようだが、詩織には何のことやらサッパリ分からなかった。

 

「チェーロ・シュタットとは空中魔道都市と呼ばれる浮遊する街のことですわ。普段は海の上に滞空しており、大陸上に飛来することはなく、その実態は謎な部分が多いのです」

 

「空中に浮かぶ都市か・・・」

 

 ミリシャの解説を受けて詩織はそれがどんなモノなのか興味を惹かれる。魔術やら魔物やらが普通にある世界とはいえ、都市ごと宙に浮いているなんて不思議でしかない。

 

「かつての勇者様と共闘したという記録が書物に残されていたりしますが、昔のことなので詳しいことは不明です。でも、それが事実だとするならば・・・」

 

「私に反応している可能性がある?」

 

「かもしれませんわね」

 

 それがあり得ると思えるほど詩織の魔力は特殊なのだ。ミリシャの推測通りかを確かめるにはチェーロ・シュタットの到着を待つしかないが。

 

「友好的な相手ならいいけれど」

 

「そうだな。いきなり戦争状態になるなんて勘弁したいところだ。とはいえ、それが本当の話かは分からない。嘘か見間違いか、自分の目で見てみないことにはな」

 

 噂話など話半分に聞いておいたほうがいい。なんでもそうだが、真実など自分で確かめるほかにないのだ。

 

 

 

 

 

 

「間もなく、タイタニア王都に侵入します」

 

「あぁ。カスどもの驚く顔が目に浮かぶ」

 

 建国祭真っ只中の王都に向けて飛ぶのは漆黒の大翼をはためかせるドラゴ・ティラトーレだ。その背には魔女ルーアルを乗せている。

 

「どうやら別方角から、あのチェーロ・シュタットもタイタニアに向かっているらしいですが、どういたしましょう?」

 

「魔龍に反抗したあの忌々しいヤツらか・・・」

 

 かつての大戦の記憶でティラトーレの顔に怒りにも似た表情が浮かぶ。

 

「あの邪魔者達が来る前に王都を破壊してやればいい。勇者型も殺せば我らの勝利は近くなる」

 

「ですね。その後でチェーロ・シュタットも潰しましょう」

 

「そうだな。さて・・・スピードを上げるぞ。振り落とされるなよ」

 

「は、はい」

 

 必死にしがみつく様子は魔女とはとても思えないが、その心は一暴れできることへの期待で満たされていた。

 

 

 

 

 

「お姉様達の出番まではまだ時間があるわね。それまではどうする?」

 

 四階建ての商業施設の屋上にて昼食を取っていたリリィ達。大通りの賑わいを眺めつつ、次の行き先を考える。

 

「貴重な宝石を展示した見本市がどこかで開催されていると聞いたのですが、それを見学するのはいかがでしょう?」

 

「あぁ、確か東エリアにあったはずよ。もしかしたらソレイユ鉱石もあるかもしれないし見てみる価値はあるわね」

 

 そんな平和な会話をしている最中、詩織はフと視線を上げる。

 

「ん・・・?なんだろう、この感じ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「強いプレッシャーみたいなのを感じるんだよね。それが何かは分からないけど」

 

「シオリがそう感じるってことは、何かよからぬモノの可能性が・・・」

 

 リリィが周囲を確認したその時、

 

「な、何っ!?」

 

 遠方にて爆発が起き、真っ赤な炎が巻き上がったのが見えた。

 

「アレ、なんだろう・・・」

 

 詩織はその爆発の近くを滞空する黒い影に着目した。明らかに魔物なのだが、普通とは違う威容に息をのむ。

 

「まさか・・・魔龍種だというの!?」

 

 詩織と同じ影を見つけたリリィがそう叫ぶ。古文書に記された世界を混沌に落とした強大な魔族、魔龍種。それが今、再び火炎を吐き出す。

 

「こうしてはいられないわ!皆、行くわよ!」

 

 相手が何であろうと、街を襲撃している巨悪であることには違いはない。王家の人間として、このまま被害が増えるのを黙って見ていることはできないのだ。

 

「待て!敵は空中にいるんだぞ。どう戦うんだ?」

 

「それは近づいてから考える!シエラル、アンタもわたしに付いてきなさい!!」

 

 屋上から屋上へと飛び移り、建物の上を疾走していく。一刻も早く敵を止めなければという焦る気持ちを抱きつつ、それぞれが魔具を装備した。

 

 

 

 

「この感覚・・・」

 

 王都を攻撃したドラゴ・ティラトーレはハタと手を止め、知っている感覚のする方へと向き直る。

 

「どうされましたか?」

 

「間違いない、勇者型の魔力を持つ者がいる」

 

 そしていくつかの適合者がこちらに迫っているのを確認し、その中の一人に焦点を合わせた。

 

「似ているな・・・かつて我らに反抗した者に」

 

 それはどうでもいいことだ。とにかく、その厄介な敵を撃破しなければ今後の活動に支障が出る。

 

「フッ・・・ここで始末してやる!」

 

 

 

 

「敵、こっちに攻撃をしてくるわ!」

 

 魔龍がこちらを視認し、口を大きく開けた。そしてその口の中が真っ赤な炎で満たされていく。

 

「回避をっ!」

 

 リリィの叫びとほぼ同時に魔力火炎弾が放たれた。狙いは詩織であり、それを察した詩織は大きく横にジャンプすることで避けることには成功したが、

 

「なんて火力・・・」

 

 着弾地点にあった建築物は粉砕され、爆圧で詩織の華奢な体は吹き飛ばされて転がった。

 

「シオリっ!」

 

「大丈夫。次、来るよ!」

 

 無事を伝えつつ詩織は急いで体を起こす。そうしなければ次弾で消し炭にされてしまうからだ。

 

「ミリシャ、撃てる?」

 

「やってやりますわ!」

 

 杖を構え、ミリシャは魔弾を射出する。だがその攻撃は簡単に回避されてしまい当たらない。魔龍ドラゴ・ティラトーレは空中を自由に動き回ることが可能であり、三次元立体起動を描くことができるのだ。そのため陸戦型の魔物よりも回避は得意なのである。

 

「その程度の攻撃ではな」

 

 魔弾を撃ってきたミリシャに対し、ティラトーレは向けて火炎弾を撃ち出す。

 

「くっ・・・魔弾なんかよりも断然強い・・・」

 

 なんとか直撃は避けたものの、腕を負傷して戦闘力を削がれてしまった。

 

「雑魚に用はないのだ。我の敵はただ一人、勇者と呼ばれし適合者のみだ!」

 

「なんで私・・・」

 

 知らない間に恨みを買っていたのかと詩織はため息をつく。

 

「消えてもらおう・・・」

 

 ティラトーレは翼に魔力を集中させ、太陽よりも明るく発光させる。それが脅威であることを説明されなくても直感で分かるほどに。

 

「来るっ・・・!」

 

 その巨大な翼からいくつもの閃光が迸り、まるで照射ビームのように地面に降り注ぐ。その魔力光弾の着弾地は抉れ、強すぎるエネルギーは爆発へと転じた。

 

「くっ・・・」

 

 先ほどまでとは比にならない面制圧型の攻撃は回避しきれるものではなく、詩織は爆発に巻き込まれて壁に叩きつけられた。意識は朦朧とし、もう立ち上がることはできない。

 

「なんてこと・・・」

 

「リリィ、シオリの所へ急ぐんだ!ここはボクが食い止める」

 

 リリィは頷き、詩織の元へ駆けていく。

 

「まったく、酷いことをしてくれるもんだ!」

 

「なんだ、貴様。我とやりあおうというのか?」

 

「そうとも。貴様如き、このボクだけで充分さ」

 

「いいだろう・・・勇者型の前に貴様を始末してやる」

 

 シエラルは敵の攻撃を待つつもりなどない。魔剣ネメシスブレイドに魔力を流し、先制しようとしていた。

 

「ミリシャ、もう一度魔弾を撃てるか?」

 

「やれますわ・・・あんなヤツに負けるわけにはいきませんもの!」

 

「すまないな・・・」

 

 ミリシャは片腕で魔弾を撃つ。それでも狙いは正確で、ティラトーレに向かって飛翔していく。

 

「当たらないと言った・・・」

 

 しかし当然のように避けられる。だが、それで問題ない。

 

「沈め!デモリューション!!」

 

 魔剣を振り抜き、刀身の数倍にもなる紫色の眩い斬撃がティラトーレへと伸びていく。そう、さきほどのミリシャの魔弾は本命ではなく、囮だったのだ。それに気を取られた隙を突いて夢幻斬りにも匹敵する攻撃を叩きこもうとしたのである。だが、

 

「甘いな」

 

 ティラトーレの背に乗る魔女ルーアルはそれを予測していた。そしてすぐさま魔力障壁を展開し、魔剣の一撃をなんとか防御する。

 

「なんとっ・・・」

 

「その程度で私とティラトーレ様を討とうなどとな!」

 

「貴様、ルーアル・・・」

 

 シエラルは高笑いするその相手がルーアルだとすぐさま見抜いた。いくら黒いローブで顔を隠していても、その声などで一発で分かる。

 

「もう正体を隠す必要もないな。シエラル・ゼオン、貴様もここで死ねよや!」

 

 勝ちを確信したルーアルはローブの隙間から顔を覗かせ、シエラルを見下す。

 

 

 

 

 

「シオリ、しっかりして・・・」

 

「リリィ・・・」

 

 シエラルが敵と交戦する中、リリィは詩織の元へと辿り着く。詩織の衣服は裂け、額からは血を流していた。

 

「今、城まで運ぶからね」

 

「でも、あの魔龍が・・・」

 

「これだけの騒ぎだもの、お姉様達の騎士団もすぐに駆けつけてくれるわ。だから大丈夫。お姉様達は強いから、なんとかしてくれるはず」

 

 リリィは詩織を背負い、城に向けて後退していく。

 

 詩織はシエラル達の奮戦を視界に入れつつ、特別な力を持ちながらも何もできなかったことを悔いていた。

 

         -続く-



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第37話 魔龍を撃て!

 魔龍ドラゴ・ティラトーレと魔女ルーアルの襲撃によって、建国祭で賑わっていたタイタニア王都は阿鼻叫喚の地獄へと変容した。ティラトーレの攻撃で次々と火炎が巻き上がり、市民や観光客達は我先と逃げまどう。

 

「チッ・・・この魔龍というのは化物か・・・」

 

 シエラルはドラゴ・ティラトーレ相手に引き下がらずに立ち向かうが、飛行する相手へ攻撃を当てるのは困難を極める。相手からのほとんど一方的な砲撃を躱すので精一杯だ。

 

「シエラル、久方ぶりだな」

 

「あぁ、クリス様。こんなところでお会いすることになるとは」

 

 タイタニア第1王女であるクリスが自らの騎士団を率いて駆け付け、シエラル達の支援に入る。

 

「飛んでいるアレを落とすためには遠距離攻撃が有効だな」

 

「そうですね。魔弾を直撃させればいいのですが、あの背中に乗る魔女が防御してくるので当たらないんです」

 

 ミリシャが魔弾を撃とうとも、ルーアルが魔力障壁を展開して防いでしまう。そんな光景が何度か繰り返され、未だにダメージを与えられていない。

 

「私達で注意を引き付け、射撃隊に十字砲火で仕留めさせる。いくら化物でも攻撃が集中すれば倒せるはずだ」

 

 クリスもまた先陣を切って魔龍の前に躍り出る。その視線を受けつつも、全く怯むことなく剣を向けた。

 

「そんな武器では我に攻撃は届かんよ」

 

「そうかな?」

 

 クリスの狙いはティラトーレが攻撃するタイミングだ。いくら魔龍の火力でも有効射程範囲があり、魔弾や火炎を陸に照射するためには低空に侵入する必要があった。その高度なら適合者の全力のジャンプで届くし、剣で攻撃するのも不可能ではない。

 

「アタシ達も馳せ参じたわ」

 

「アイラ、待っていたぞ」

 

 第2王女のアイラもまた部隊と共に参上し、クリス達と戦線を形成してティラトーレに対する。

 

「フン・・・雑魚がいくら集まろうと、この我の敵ではないな!」

 

「そうですとも。さぁ、ヤツらを焼き払ってやりましょう」

 

 ティラトーレの翼に魔力が集中し、高出力の魔力光弾の照射が始まる。それを見るルーアルは満足そうな顔であった。

 

 

 

 

 

「ゴメン・・・迷惑かけちゃった・・・」

 

「そんなことないわ。あんな攻撃、躱せってのが無理な話よ」

 

 詩織はリリィに背負われて城の敷地内にある臨時拠点へと運ばれた。ここでは負傷した兵士や市民が手当を受けており、詩織もまた医師によって治療される。

 

「傷の程度には問題ないみたい。吹き飛ばされて意識は朦朧としていたけど」

 

「良かった。じゃあわたしは皆の援護に行くわね」

 

「待って!私も連れていって」

 

 詩織は慌てて立ち上がり、リリィの前に立ちふさがる。

 

「まだ様子を見ておいたほうが・・・」

 

「大丈夫。体はちゃんと動くし、あんなヤツがいるのに寝てられないよ」

 

「分かった。では行きましょう」

 

 詩織の戦意の宿った瞳を見てリリィは頷き、再び魔龍と友軍が交戦している地点へと出撃しようとした。その時、

 

「あっ!ここにいらっしゃったんですね、リリィ様」

 

「シャルア、どうしたの?」

 

 以前立ち寄った研究棟のシャルア・イオが大手を振ってリリィの元へ駆け寄る。

 

「実はこれをお渡ししたくて・・・」

 

「これは?」

 

 シャルアが取り出したのは二つの黄金の杖だ。どこかで見覚えがあるなと詩織は記憶を探る。

 

「リリィ様達がベルフェンから持ち帰った杖ですよ。真っ二つに折れていて機能を失っていましたが、ディグ・ザム坑道から得られた鉱石等と組み合わせて修復することに成功しました。一つに接着し直すことはできませんでしたが」

 

 その説明でクイーンイービルゴーストと手を組んでいたイルヒが用いていた杖だということを詩織は思い出す。

 

「ふむ。これで魔弾を使った遠距離攻撃も可能ね」

 

「はい。普通の杖とは違う特別な魔具のようですし、これであの飛行型も倒せるかもしれません」

 

「ありがとう。うまく使いこなしてみせるわ」

 

 リリィはその杖の一本を詩織に手渡し、二人は城の門を出る。

 

「確かこの杖、魔弾が曲がるんだよ」

 

「そう言っていたわね。わたし達にもそれが可能なら、あの魔龍にも直撃をかけることができるわね」

 

 やり方は知らないが、実戦で試してみる他にない。しかし普段杖など使わないので不安ではある。

 

「ミリシャに魔弾を撃つコツでも聞いておけばよかったな」

 

「前に聞いたことがあるけど、抽象的であまり参考にはならなかったわ」

 

「そうなんだ・・・」

 

 ミリシャのような射撃をできる気はしないが、それでも、とにかくやるしかないのだ。

 詩織は杖を握りしめ、あの魔龍にリベンジをかましてやると気合を入れた。

 

 

 

 

「ん?ヤツの気配だ」

 

「あの勇者ですか?」

 

「あぁ。今度こそ潰してやる」

 

 数人の適合者を魔弾で吹き飛ばしつつ、詩織の来る方へと姿勢を向ける。先ほどは倒しそこねたが、今度こそは消し炭にするために魔力を全身に流す。

 

 

 

 

「撃たれる前に撃っちゃいましょう」

 

「だね。どれだけ魔弾が飛ぶかもよく分からないし」

 

 詩織とリリィは黄金の杖を魔龍に向け、魔弾を撃ち放った。普通の魔弾とは異なる煌めく光の尾を引きながら飛翔していく。

 

「そんな攻撃ではな」

 

 ティラトーレはスッと位置を変えて射線から避けたが、

 

「・・・何っ?」

 

 魔弾はティラトーレに向けてホーミングし、曲線を描きながら急速に接近してきたのだ。

 

「なんという魔弾だ。射線を曲げてきた」

 

「あの魔具は自分は見たことがありません」

 

「新型というのか」

 

 ティラトーレもルーアルも知らない攻撃ではあったが、それを脅威とは思わなかった。この程度であれば回避も難しくないし、一度見てしまえば対処は簡単だろう。

 

「シオリ、曲がったわよ!」

 

 予想よりも魔弾が曲線に飛んだことでリリィが喜ぶ。が、詩織は不思議な感覚を味わっており、眉をひそめた。

 

「どうしたの?」

 

「なんていうかな、魔弾の飛ぶイメージが頭の中に視えた」

 

「えっ?そんな感覚はなかったけど」

 

「マジか。もう一度やってみる」

 

 詩織は第二射を放つ。すると、また頭の中に飛翔する魔弾の視点のようなイメージが脳内に投射された。

 

「・・・分かった!そういうことか!」

 

 目をつぶり、そのイメージに集中した。すると・・・

 

「なんて動きを・・・」

 

 リリィが見守る中、魔弾は急激な方向転換を行い、避けたティラトーレの側面から襲い掛かる。

 

「頭のイメージに考えを伝えることで魔弾の動きを制御できるみたい」

 

「なるほど。シオリの特殊な魔力と杖が完全にリンクしたことで真価を発揮したのよ。わたしや元の持ち主ではできなかったけど、シオリなら高精度なコントロールができるんだわ」

 

 強引な解釈なような気もするが、今はそうとしか考えられなかった。勇者と呼ばれる異界の適合者に反応する聖剣と似た性質なのだろうと。

 

「リリィ、あの魔龍に牽制攻撃をお願い。私が追撃して撃ち落とすよ」

 

「よし、やってやるわ!」

 

 リリィが魔弾を放ち、それに少し遅れて詩織も魔弾を発射する。それに対してティラトーレは回避運動を行い、ルーアルが迎撃のために杖を構えた。

 先んじて撃たれたリリィの魔弾はティラトーレを追尾するように滑らかにホーミングするが、直撃はしない。意思のない機械的な追尾機能など容易に見切られてしまう。

 

「そこだっ!当たれっ!」

 

 しかし詩織の魔弾は違う。まるで生物のような意思を持つかの如く敵を追尾する。そのコントロールを直感で会得した詩織ならば本来あり得ない芸当ができるのだ。

 

「だがなっ!」

 

 避けきれないと判断したルーアルが魔力障壁を展開。薄い透明色のバリアーがティラトーレを包みこむが、

 

「なんとっ!?」

 

 その魔力障壁を魔弾が貫通し、ティラトーレの腹部に直撃する。ダメージは大きくないが、姿勢を崩して失速し、そのまま地面へと落下した。

 

 

 

 

「やったのか?」

 

 空中で巻き起こった砲撃戦の様子を見ていたシエラルはティラトーレの落下地点に急行する。あの一撃がトドメになっていればいいなと祈るも、

 

「しぶといヤツだ」

 

 粉塵の中から巨体が現れ、火炎を放射する。すでに傷は修復されており、怒りに狂うティラトーレは目に付いた物を破壊しようと暴れているのだ。

 

「地面に降りてきたのなら・・・!」

 

 シエラルは魔剣に魔力を流して渾身の斬撃を浴びせようとするが、別方向からの殺気を探知してその場から飛びのく。

 

「ルーアル、貴様!」

 

「これ以上の邪魔だては許さん」

 

 ルーアルの尋常ならざる火力の魔弾がシエラルや後続の適合者達を狙う。魔龍にも引けを取らない遠距離攻撃は脅威であり、暴れまわるティラトーレも相まって手を付けられない。

 

「皆、道を開けて!!」

 

 打つ手を考えている中、後方からのリリィの叫びを聞いたシエラル達は咄嗟に飛びのく。すると、先ほどまでシエラルが立っていた場所を閃光が薙ぎ払った。

 

「シオリの聖剣か」

 

 この特異なパワーは間違いなく詩織だ。聖剣を用いて夢幻斬りを放ったのだろう。

 

「う・・・ぐっ・・・」

 

 剣状の閃光はティラトーレの片翼と腕を斬り飛ばした。ティラトーレはよろけ、建物に激突する。

 

「こんな小娘に・・・!もう勘弁ならん!!」

 

 魔龍の強靭な生命力とダークオーブの魔力はダテではなく、このような大きな損傷も回復してしまう。倒すためにはダークオーブを破壊するか、頭部もしくは心臓といった生命維持に不可欠な部位を潰すしかない。

 

「この街もろとも焼き払ってやる!」

 

 翼を広げ、魔力光弾の発射体勢を整えるが、

 

「させませんわ!」

 

 ミリシャをはじめに、杖を主兵装とする適合者達が一斉に魔弾を叩きこんだ。

 

「くぅ・・・」

 

 さすがのティラトーレであっても、通常攻撃をこれだけ受ければただでは済まない。体のあちこちが穿たれ、鮮血が飛び散る。

 

「いけるぞ!このまま!」

 

 クリスの指示のもと更なる火力が集中し、大きな爆発が巻き起こった。もはや普通の魔物なら木っ端微塵になるほどの魔弾が炸裂し、皆が勝ちを確信したのだが・・・

 

「なんだ、このプレッシャーは・・・」

 

 シエラル達と合流した詩織は背中に悪寒が走る。ゾッとするほどの恐怖のような感覚が増大していく。

 

「あの敵、まだ生きている!」

 

 詩織の叫びと共に目の前で爆煙が吹き消され、そこから邪悪な黒いオーラを纏うドラゴ・ティラトーレが姿を現す。胸部の内側から淡い光が透けており、詩織はその光がダークオーブのものだと得心した。

 

「ダークオーブはこう使う」

 

 そのオーラがティラトーレの体に吸収されて肉体が変異していく。翼は四枚に増え、爪が尖る。更に四肢は太くなって頭部には鬼のような一本の巨大なツノが生えた。

 

「ふぅ・・・この力を制御できるから魔龍なのだ!」

 

 凶暴性の増した外見に威圧された者達は腰を抜かしそうになっているが、シエラルやクリスなどの歴戦の勇士は動じない。詩織は怖気つつも、隣に立つリリィの存在が支えとなっていた。

 

「ルーアルよ、我を援護するのだ」

 

「はい。死角に入りこんだ敵はお任せを」

 

 血走ったティラトーレの目には、人類など虫けら程度にしか映っていなかった。

 

            -続く-



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第38話 閃光が迸る

 体内に格納されたダークオーブの力で強化された魔龍ドラゴ・ティラトーレ。体が肥大化しつつも、他の魔物と違ってダークオーブの魔力を体内に流しても思考は保たれたままだ。

 

「人間がっ!」

 

 ティラトーレの四枚の翼が眩く発光し、次々と魔弾を射出する。その一発一発の火力は凄まじく、着弾地点は爆発炎上し、まるで重ミサイルの嵐のように街を抉っていく。

 

「散開して、敵の射線上から退避!」

 

 クリスの指示で適合者達はその場から散り散りに退避し、ティラトーレの攻撃から逃げる。そうしなければまとめてお陀仏だからなのだが、敵の射角は広く逃げ場は少ない。更には魔女ルーアルの支援攻撃も合わさって隙を見つけることができなかった。

 

「こんな一方的な、どうするリリィ?」

 

 近くを魔弾が掠めたシエラルがリリィに次の手を問う。

 

「とにかく敵に接近するしかないわ。距離があるんじゃ撃たれて終わりだし、魔弾では対応できない零距離まで行かないと」

 

 杖を装備する適合者が散発的に魔弾を撃ちこむが、肉体が強化されて防御力の増したティラトーレの体表面に弾かれて有効打にならない。あの強固なボディを破壊するためには近接戦で急所を突くしかないだろう。

 

「しかし敵の懐に飛び込もうにも、これだけの砲撃をどうやって?」

 

「私に任せてください。この杖なら魔弾を誘導できるし、魔龍の攻撃の隙間を縫って直撃させることができます」

 

「そうだな。シオリの援護を受けつつ接近し、ボクが魔剣で仕留める」

 

 詩織は建物の影に身を隠しつつ、黄金の杖から魔弾を撃ち出した。脳内に投影された魔弾の視点に集中してコントロールする。

 

「当たれよっ・・・!」

 

「この魔弾、あの小娘のか!」

 

 ひと際輝く詩織の魔弾に意識を向け、ティラトーレは巨大化した腕を振りあげる。

 

「もう当たらんよ!」

 

 斜めからホーミングしてくるその魔弾に向けて腕を一気に振り下ろし、頑丈な爪で叩き潰した。

 

「怖いものなしってカンジね・・・」

 

「だがこれでいい。ヤツがシオリの魔弾に気を取られた時、少しだが射撃の激しさが衰えた。それは充分な隙になる」

 

「そうね。アイツはシオリを脅威として警戒している。それがわたし達にとってのチャンスになるわ」

 

 人間を虫ケラとしか思っていないティラトーレであっても、詩織の特別な魔力は目障りだ。魔龍のような強力な魔物にも致命的なダメージを与えることができるからであり、普通の人間への攻撃の手を緩めてでも優先的に対処しなければならない相手なのである。しかしそれが命取りになるとはまだ気がついていない。

 

「カスどもが!」

 

 詩織の魔弾を迎撃することに気を取られていたティラトーレはシエラルとリリィの接近に気がついておらず、すぐ近くにまで寄られてようやく視認する。

 

「ボクが貴様を倒す!」

 

 シエラルが勢いそのままに魔剣ネメシスブレイドでティラトーレの足を切り裂く。聖剣グランツソードにも匹敵する伝説の魔具の斬撃は充分なダメージとなるのだ。

 

「このパワーは・・・!しかし、人間一人ではなっ!」

 

「一人じゃないわ。わたしだって!」

 

 リリィも剣で足を斬撃するが、それは弾かれてしまった。さすがに通常の魔具では厳しい。

 

「フン・・・雑魚のくせに!」

 

 腕を振り回し、シエラルとリリィを牽制。そして口から火炎を放射して焼き払おうとする。

 

「凄まじい炎だが・・・」

 

 シエラルは火炎を避けてティラトーレの後方に回り込み、その背中に飛び乗ろうとするも、

 

「ちっ・・・」

 

 ティラトーレの長い尻尾の先端にある刃に狙われて回避せざるを得ない。

 

「苦戦するな、これは・・・」

 

 死角のない魔龍をどう撃破するか、思考を巡らせつつ魔剣のグリップを強く握りしめた。

 

 

 

 

「私も行くか!」

 

 シエラルとリリィがうまく魔龍に接近できたことを確認し、杖を格納して聖剣を装備する。自身も近距離戦に持ち込み、あの魔龍を討ち取ろうと足を踏み出したが、

 

「見つけたぞ!」

 

「お前は!」

 

 黒い翼をはためかせたルーアルが詩織の行く手を阻む。

 

「貴様は我らにとって邪魔にしかならない。ゆえにここで排除する」

 

「私にとってはアンタが邪魔だよ!リリィの元に行かないとなのに!」

 

 ルーアルの魔弾を回避しながらティラトーレを目指す。今すぐにでも倒さなければならないのは明らかに魔龍だし、こんなところで時間を使っていたらリリィが殺されるかもしれない。

 

「行かせるものかよ!」

 

 狙いを定め、詩織を葬り去ろうと魔力を杖に流した、しかし、

 

「させませんわ!」

 

「何っ!?」

 

 ルーアルが振り返るとそこには杖を構えたミリシャがいた。発射された魔弾はなんとか躱せたが、妨害されたことに怒るルーアルはミリシャに対する。

 

「シオリ様、今のうちに!」

 

 詩織は頷き、全速力で駆けだしていった。飛べるルーアルなら追いつけるだろうが、背中を見せればミリシャに撃たれることになるので仕方なく追撃は諦めた。さすがにダークオーブで強化されたティラトーレなら、詩織に近づかれても大丈夫だろうという慢心があったためでもある。

 

「いい度胸だな、人間。まずはお前から消してやる」

 

 だが、ミリシャ一人ではなかった。アイリアとクリスが現れ、ミリシャと共に立ち向かってくる。

 

「ちっ・・・」

 

 数で不利なことを察したが、この人間達を食い止めるために魔弾で反撃し、ティラトーレがさっさと敵を倒して支援してくれることに期待していた。

 

 

 

 

「リリィ!」

 

「シオリ、こっちよ!」

 

 火炎を回避したリリィと合流し、ティラトーレに向き直る。シエラルやアイラが交戦しているが、巨体に似合わず案外素早く動くために苦戦していた。

 

「近づけはしたけど、どうやって倒すかが問題ね」

 

「あの胸の所、あそこにダークオーブが見えた」

 

「確かなの?」

 

「アイツがパワーアップするときに見えたんだ。それさえ破壊できれば、勝ち目はあるはずだよ」

 

 詩織の言う通りティラトーレの胸部は黒紫色に淡く発光しており、そこがエネルギー源であることはなんとなく察せる。

 

「しかし攻撃を当てるのも一苦労だわ」

 

「至近距離でどうにかするか、あるいは・・・」

 

 詩織の視線に気がついたのかティラトーレもまた詩織をロックオンし、殺意を向けてきた。その圧は体を強張らせるに充分なモノだったが、アドレナリンによってハイになっている詩織は怯まない。むしろこれに屈するものかという根性が沸き上がってくる。

 

「私達の建国祭を台無しにしたオマエは絶対に許さない!」

 

 いくつもの魔弾が撃ち出されてくるが、不思議と詩織は恐怖を感じていない。

 

「シオリ、キミに託すぞ!」

 

 注意が逸れてフリーになったシエラルは魔剣に全魔力を集中させ、勢いに任せて大技を振り放った。光の奔流がティラトーレを側面から叩き、左腕を破壊して姿勢を崩すことに成功する。

 だがそれで沈む魔龍種ではない。擱座しながらも翼から魔弾を撃つ準備に入る。

 

「やられる前に、やるっ!」

 

 敵の攻撃が再開する前に、詩織は魔力で発光した聖剣を思いっきりティラトーレに投げつけた。

 

「シ、シオリっ!?」

 

「私に考えがある!」

 

 それに驚いたリリィは行く末を見守るしかできない。聖剣こそが切り札であり、投げてしまっては勝ち目はないのではと思う。

 

「こんなモノっ!」

 

 回転しながら飛んでくる聖剣を右腕で迎撃する準備をした。しかし、これは詩織の本命の攻撃ではない。

 

「フンっ!勝負を投げたのか!」

 

 聖剣を弾き、勝ったと思ったティラトーレであったが、

 

「なにっ!?」

 

 ティラトーレの視線の先、詩織は黄金の杖を構えていた。

 

「この一撃に、全てを懸ける!!」

 

 詩織の持ちうる魔力が杖の中で魔弾へと変換され、ティラトーレに照射される。極太な黄金のビームのような閃光は太陽光よりも輝き、残光を残しながら一直線に飛んだ。普通の魔弾とは違う、魔力光弾というべき閃光だ。

 

「ちっ・・・」

 

 その強大な魔力に焦るティラトーレは慌てて身をよじる。例え被弾してもダークオーブさえ無事なら再生できるわけで、胸部への直撃だけは避けたかったのだ。だが、

 

「曲がれっ!」

 

 そう、詩織の魔弾は曲がる。軌道を変え、ティラトーレの胸へと吸い込まれていく。

 

「っ・・・!?」

 

 いくら強化された肉体でも防げる一撃ではない。閃光は体表面の皮膚を抉り、ダークオーブを砕いた。

 

「バカな・・・」

 

 分厚い胸部を貫通した魔力光弾は空へと昇り、損傷したダークオーブは爆散してティラトーレの体は崩壊した。

 

 

 

 

「人間め・・・」

 

 地面に落下したティラトーレの上半身はまだ生きていた。とはいえ、先ほどまでの恐ろしい力はない。

 

「もう、終わりだよ」

 

「憶えておくがいい・・・これで終わりではない。この星はいずれドラゴ・プライマス様のモノになる。いくら貴様のような勇者型が妨害しようとも、必ずや魔龍がこの星の覇者となる時はくるのだ」

 

「そうはさせない・・・私やリリィの脅威となるなら、倒す」

 

 最後の足掻きとばかりにティラトーレは口を開けて火炎を放射しようとしたが、

 

「さようなら」

 

 詩織の隣に立つリリィが構えた黄金の杖から魔弾が放たれる。そして開かれた口の内部に命中し、ティラトーレの頭部は砕け散ってついに絶命した。

 

「やったんだね・・・」

 

「えぇ。シオリ、あなたのおかげよ」

 

「皆の、全員で掴んだ勝利だよ」

 

 詩織は疲れた笑顔でその場にへたり込む。全ての魔力を使ってしまったので肉体の強化が解け、一気に疲労がのしかかってきたのだ。

 

「もっと誇っていいんだぞ。キミはまさに勇者と呼ばれるに相応しい戦果を挙げたんだから」

 

 遅れて登場したシエラルが詩織に回収した聖剣を差し出しつつそう讃える。彼女もまた全魔力を使用したのだが、それを感じさせない足取りで、さすがは皇帝一族だなと詩織は思う。

 

「そうよ。アンタが立役者ってことに間違いないんだから」

 

 アイラもまた詩織に優しい言葉をかけ、自分の部下達の安否確認に向かう。

 

「皆無事かな・・・」

 

「そう願いたいわね」

 

 周囲の建物は大きくダメージを受けており、魔龍の襲撃でどれだけの被害が出たのかを考えると暗澹たる気持ちになる。

 

 

 

 

「そんな、まさか・・・」

 

 人間と交戦していたルーアルはティラトーレが崩れる瞬間を目撃して衝撃を受ける。街を蹂躙しに来たのに、逆に打ち倒されるなど想像もしていなかったからだ。

 

「こうなれば・・・」

 

 自分一人では、もうどうしようもない。ルーアルにはもはや逃げるという選択肢しか残っていなかった。

 

「こんな所で死ぬわけにはいかない。まだやることがある」

 

 ミリシャ達を牽制しながら、詩織が来る前にと上空へと飛翔する。あのティラトーレでも勝てない相手に今のルーアルが勝てるわけもなく、作戦を立て直す必要があるだろう。

 

「また戻ってくるぞ・・・!」

 

 憎しみの炎を瞳に宿し、復讐を誓ってタイタニア王都を後にした。

 

           -続く-



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第39話 リリィの憂慮

 建国祭二日目、上空から突如現れた魔龍ドラゴ・ティラトーレは詩織達の活躍によって打ち倒された。だが被害も大きく、復旧作業のために多くの人員が招集されて慌ただしく動き回っている。

 

「こんな事態になるとはね」

 

「まったくよ。あの魔龍め、本当に迷惑なヤツだったわ」

 

 詩織も作業を手伝うと申し出たのだが、魔龍の攻撃で負傷していたことや魔力を使い切って疲労していることもあって、今は城の医務室内にあるベッドに横たえられている。リリィはその付き添いとしてクリス達の計らいでここにおり、薄暗い空を窓越しに眺めていた。

 

「魔女もまた逃がしちゃったしね」

 

「アイツは許してはいけないわ。次こそは必ず・・・!」

 

 魔龍と共に現れた魔女ルーアル。彼女はメタゼオス皇帝のナイトロに仕えていたらしく、シエラルが実の父である皇帝を問い詰めてやると憤慨しながら帰国した。

 

「今回もシオリに助けられたわね。あなたがいなかったら、あの魔龍を倒せなかったわ」

 

「そんなこと・・・私はただ皆と頑張っただけだから」

 

「あの一撃はシオリの力あってこそよ。もっと胸を張っていいの」

 

 リリィは詩織の手を掴み、優しく微笑んだ。それがまるで母親のように見えて、詩織は穏やかな気持ちになって自然と頬が緩む。

 

「失礼しますぞー」

 

 そんな時、入り口から声がしてリリィがパッと手を離した。詩織とイチャついているシーンを他の人にはあまり見られたくないらしい。

 

「どうしたの、シャルア?」

 

「あの杖が役に立ったと聞いたものですから、どんなだったか感想を聞きたくて」

 

「それならシオリに訊いたほうがいいわね。あの杖をカンペキに使いこなして魔龍を倒したんだもの」

 

 詩織は背中を起こし、客人に失礼と思いながらもベッドに腰かけてシャルアに応対する。疲れもあって立ち上がるのがキツかったのだ。

 

「脳内に魔弾の飛ぶイメージが浮かんで、それをコントロールすることができたんです。しかも私の魔力にも充分耐えることができたので、最後に強力な魔弾を撃って魔龍を撃破できました」

 

「そうか。あの杖がどのようなモノなのか解析することはできなかったが、聖剣グランツソードにも匹敵する希少な魔具であることに間違いないようだ」

 

 今回の戦いの切り札であったことは確かで、シャルアは影の功労者と言えるだろう。

 

「実は特殊な機能もあって、使う機会も少ないだろうけど」

 

「どんなです」

 

「杖を出してみてくれ」

 

 詩織とリリィは黄金の杖を魔法陣から取り出して握る。

 

「ではシオリ。リリィ様が持つ片割れの方の杖を思い浮かべてくれ」

 

「はい」

 

 詩織が言われた通りにイメージすると、詩織の持っている杖から薄い虹色の光が伸びる。その光はリリィの持つ杖に向いているようだ。

 

「これは?」

 

「その杖は元々一つだったためか、片割れの位置を思い浮かべることでサーチできるらしい。お互いの居場所が分からなくなった時、この機能を使うことで相手の方角を知ることができるから、合流しやすくなるってことだな」

 

 現代社会のように高度な位置情報を伝える手段のないこの世界では便利な機能だ。これまでにも二人が戦場ではぐれたことがあるし、そうした時に役立つだろう。

 

「しかも、これはもう片方が魔法陣に収納されていても使える」

 

「ふむふむ。迷子になっても大丈夫ね」

 

 リリィも同じように詩織の杖のサーチを実行でき、心強い道具だと感心している。

 

「シャルアさん、今回はこの杖に助けられました。ありがとうございます」

 

「私はただ修復しただけさ。シオリ、キミの力あってこその戦果だよ」

 

 手をヒラヒラと振りながらシャルアは部屋を後にする。科学者として役に立てたことを誇らしげにしていることが、その背中から伝わってくるようだ。

 

「これでシオリの居場所を常に把握できるようになったってわけね。わたしと一緒にいない時、変な場所に行かないかチェックしておくから」

 

 リリィは嬉しそうに杖を振っている。まさか監視用に用いるとは詩織は思ってもみなかった。

 

「そ、そういう用途のモノじゃないんじゃ・・・」

 

「いえ、むしろそれ用よ。これまでも夜伽に行っていないか心配だったの」

 

「いやいや・・・というか、誰にでも抱かれにいくような軽い女に見えるの?」

 

 よほど欲求不満そうに見られていたのだろうか。

 

「そ、そうではないけど、シオリは可愛いしスタイルもいいから手を出されていないか不安で」

 

「私は心を許した相手以外に体を触られるのはイヤなの。だから、リリィの想像するようなことはあり得ないから大丈夫だよ」

 

「そうなの。わたしは、いいのよね?」

 

「今までリリィに触られて嫌がったことある?それが答えだよ」

 

「シオリ、好き!」

 

 リリィは勢いのままに詩織をベッドに押し倒した。自分はちゃんと受け入れてもらえていることがとにかく嬉しかったのだ。

 静かな医務室の中、二人の小さな吐息だけが聞こえていた。

 

 

 

 

 タイタニアでの戦闘の後、すぐさまメタゼオスへと帰国したシエラルは真っ先に皇帝ナイトロのもとを訪れる。以前より皇帝が従えていたルーアルについて話を訊くためだ。

 

「どうした、そのような怖い顔をして」

 

 普段ならば皇帝を前にして膝をついて挨拶するシエラルだが、それもなしに玉座の近くへ詰め寄る。

 

「父上、ルーアルの素性を知った上で仕えさせていたのですか!?」

 

 ついにこの小娘も気がついたかとナイトロは内心で毒づく。しかしここでシエラルを殺害するのは悪手だと分かっており、かねてより用意していた弁解を口にした。

 

「ヤツならすでに解雇した人材だ。この宮殿内の宝物庫に無断で侵入し、価値ある物品を物色していたのだ。とんでもない盗人だよ」

 

「アイツは盗人などではありません。魔龍と共闘する魔女だったのです!それをメタゼオス皇帝ともあろうアナタが気がつかなかったと言うのですか!?」

 

「魔女だと?はて、ワタシの感も鈍ったか、全く察知することはできなかった」

 

 ワザとらしく驚いてみせるが、シエラルの疑惑の目は変わらない。皇帝ナイトロは目的のためならば手段を選ばない人間であり、魔女をも利用して何かを企んでいたのではないかという疑いだ。

 

「未だ健在のアナタらしくもない・・・・・・あの魔女と親密であったろうに、気がつかないなんて」

 

「親を疑うのはよくない。お前は誰のおかげでその地位を得て自由に行動できていると思っているのだ?少しは口を謹みたまえ」

 

「自由・・・?男として生きることを強要されているのに、そう言うのですか?」

 

「それがお前に定められた運命なのだ。皇帝の血を引いて生まれた以上、仕方ないことである」

 

 これ以上のやり取りは不毛とナイトロは玉座を降り、自室へと向かう。

 

「ボクは引き続き魔女ルーアルの捜索をタイタニアと協力して行います。よろしいですね?」

 

「・・・・・・好きにすればいい」

 

 父親といえども、シエラルとは心が通っていない。自らの子供ながら思うようにコントロールできないことに苛立ちつつ、大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 建国祭が終わってから数日が経過し、すっかり王都は日常に戻っていた。魔龍によって破壊された区画の復興も順調に進んでおり、今は平和そのものである。

 

「お姉様達は再び魔物討伐のため遠征に出ていってしまったから、城も静かになってしまったわね」

 

「魔物の出現は際限がありませんものね。わたくし達にも新しい任務が言い渡されるかもしれませんわ」

 

 リリィの自室のテラスにて、リリィとミリシャが小さなお茶会を開いていた。詩織は部屋で爆睡しており、アイリアは居場所が分からなかったので二人だけで集まることにしたのだ。

 

「シオリが来るまでは外に出ることも少なかったのに、ここのところは魔物討伐にも駆り出されてやっと役に立てているってカンジね」

 

「わたくしもリリィ様が皆様にキチンと評価されて嬉しいですわ」

 

「ありがとう。いつだってミリシャはわたしの味方でいてくれたわね」

 

「わたくしはそもそもリリィ様に仕えるために王都にやってきたのですから、当然ですわ」

 

 ミリシャは少し照れつつカップを手に持つ。

 

「思えば、こうして二人きりの時間は久方ぶりなような気がします」

 

「そうね。昔はよく二人で遊んだりしていたものね。もしかして寂しい思いをさせてしまっていたかしら?」

 

「いえ、そのようなことはありません。アナタの傍で仕えることができるだけでわたくしは幸せですもの」

 

「ふふっ、わたしは本当に仲間に恵まれた人間だと思うわ。ミリシャ、アイリア、シオリと誰一人として失いたくないし、ずっと一緒にいて欲しい」

 

 リリィの笑みはミリシャの心を幸福で満たす。それが自分に向けられたものでなくても、リリィが幸せならばそれでいいと思っている。

 

「リリィ様はシオリ様と出会われて本当に良い方向に変わったと感じますわ。笑うことも多くなりましたし、何より楽しそうですから」

 

「そうかもしれないわね。シオリは・・・特別な感情を抱かせる相手よ」

 

「それはいいのですが・・・だからこそ、シオリ様が元の世界に帰られた後のことが心配なのです」

 

 ソレイユクリスタルの修復が終われば、いずれ詩織は元の世界に帰ることになるだろう。その時、リリィが果たして今の精神を保っていられるかが心配でしかたないのだ。まるで死別したかのような強い喪失感に苛まれ、その心は閉ざされてしまうのではないかとミリシャは不安に思っている。

 

「そうね・・・・・・わたしは現実逃避をしているのかもしれないわ。ソレイユクリスタル修復を願っているけれど、シオリが帰るということを意図的に考えないようにしている」

 

 悲しそうにカップの中を見つめるリリィ。そんな表情をさせたかったミリシャではないが、これは避けて通れないことで、いつかは現実と直面しなければならない時が来る。

 

「ミリシャにだから言えることだけど、わたしはシオリとサヨナラなんてしたくないの。なんならシオリの世界に付いていきたいくらい。あの人の居ない人生なんて想像することができないわ」

 

「まさに運命の相手というものですわね。そんな相手と出会えたことは奇跡ですし、羨ましいことですわ」

 

「でもシオリの都合を考えず、無理矢理こっちの世界に呼び出してしまったのは永遠に反省しなければならない事よ。本当なら嫌われて当たり前なくらいだし」

 

「確かにそうかもしれません。ですが、当の本人であるシオリ様はリリィ様に怒っていませんし、結果的にはお二人は良好な関係を築けています」

 

 詩織本人に気持ちを訊ければ早い話なのだろうが、しかしリリィにその度胸は無かった。早く帰りたいという当然抱くであろう思いを告げられるのが怖かったのだ。

 

「覚悟を決めなければいけないのよね・・・・・・」

 

 リリィは腕に巻かれているピンク色のプロミスリングを優しく撫でる。詩織とデートした時に買った物で、少しくすんでいるが今でも切れてはいなかった。

 

「シオリ・・・・・・」

 

 後どれくらい一緒にいられるのかは分からないが、少しでも長くあの温もりを感じられることを祈っていた。

 

        -続く-



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第40話 空中魔道都市チェーロ・シュタット

「リリィ様、国王様から至急謁見室へとのご指示を承りました。新しい任務の説明があるとのことです」

 

 リリィがミリシャとのティータイムを楽しんでいる最中、メイドのフェアラトが無感情のままに伝言を伝える。その生真面目な態度は悪くはないのだが、もうちょっと感情を表に出してもいいのではとリリィは思う。

 

「わかった。すぐに向かうわ」

 

「それならわたくしはシオリ様を起こしに向かいましょうか?」

 

「いえ、ミリシャはアイリアを探してちょうだい。きっと城のどこかにはいるはずよ」

 

 居場所の分からないアイリアを探させるというのは方便で、実は詩織の寝室に自分以外の人に入ってほしくないというワガママあってのことだ。ミリシャは良き友人だし、彼女が詩織に手を出すとは思ってもいないが、あの寝顔を独り占めしたいという感情を抑えることができなかった。

 

 

 

 

 

「来たか、リリィ。さっそくだが今回の任務について伝える。メタゼオスとの国境付近に墜落した空中魔道都市チェーロ・シュタットの調査を行うのだ」

 

「あのチェーロ・シュタットが墜落?そんなことが?」

 

「国境警備隊の報告によれば、我が領土とメタゼオスの領土を跨ぐようにしてチェーロ・シュタットがゆっくりと落下したらしい。その原因は不明だが、異常があったことは確かだ。タイタニアの安全のためにも何が起きたのか、そして何故この地にまで飛来したのかを調べるんだ」

 

「かしこまりました」

 

 建国祭でシエラルが聞いたという噂は本当だったらしい。普段は海の上に浮かび、大陸に来ることなどない謎に包まれた空中都市。それがどうしてかタイタニアまでやってきたわけで、それだけでもリリィの興味がそそられる。

 

「魔龍の復活や魔女の暗躍とも何か関わりがあるかもしれん。くれぐれも慎重にな」

 

「はい。こちらにはシオリもいますし、どのような相手でも柔軟に対処してみせます」

 

 黄金の杖により戦術の幅が増えた詩織ならば、例え魔龍相手でも対抗することができる。それを支え、共に戦うのが自分の役割だと気合を入れるリリィは拳を握りつつ謁見室を後にした。

 

 

 

 

 

「ん・・・?」

 

 窓から差し込む心地よい日差しを受けつつ眠っていた詩織。元から昼寝が好きな彼女にとって異世界だろうがどこだろうが、眠れる環境ならこうして寝ていたいのだ。

 そんな夢見心地の詩織だったのだが、何か違和感を感じて重いまぶたを開ける。

 

「リリィ・・・?」

 

 布団の中で蠢くのは間違いなくリリィだ。なんで潜り込んでいるんだと詩織はバッと布団を捲り上げる。

 

「お、起きた?」

 

 リリィはイタズラがバレた子供のようにビクッとして姿勢を正す。

 

「もう、リリィのえっち」

 

「それは今さらでしょう?でも今回は本当にシオリを起こしにきたのよ。新しい任務に出向かなければならなくなったの」

 

「また敵?」

 

「それは分からないんだけど、前に話したチェーロ・シュタットがタイタニアの中に落ちてきたらしいの。で、それを調査しに行くのがわたし達の役目」

 

 ミリシャの解説では、チェーロ・シュタットはかつて勇者と呼ばれた適合者と共闘したらしいが、それが事実なら詩織の魔力に反応して来た可能性もあるかもしれない。

 

「そっか、じゃあ着替えて向かうね」

 

 ベッドから降りた詩織だが、リリィが寂しそうにしているのが気になった。

 

「どうかした?」

 

「次いつ帰ってこられるか分からないから、もっとシオリとイチャついておくべきだったと激しく後悔しているわ」

 

「少しの間の辛抱だよ。帰ってきたら甘えさせてあげるから」

 

「・・・そうね」

 

 リリィが本当に気にしているのは、詩織と後どれだけの時間を過ごせるかということだ。だがそれを今は胸にしまい、目の前の任務達成に集中することにした。

 

 

 

 

 

 メタゼオスとの国境付近の都市までは以前使用した蒸気機関車で向かい、そこで現地の適合者チームと合流する。そのチームは若い女性三人で構成されており、詩織やリリィとはそう変わらない年齢に見えた。

 

「初めましてリリィ様。我々が皆様の護衛を務めさせていただきますシュベルク隊で、私がリーダーのニーナ・シュベルクと申します」

 

 ニーナはリリィと握手を交わし、シュベルク隊のメンバー紹介を行う。

 

「彼女はミアラ・テネス。明るい性格が取柄で、戦闘時でも諦めることなく敵に立ち向かう勇気があります」

 

「どうも!ミアラです・・・うわっ!」

 

 紹介されたミアラが一歩前に出ようとするが、足元の石に躓いて盛大にコケた。適合者なのにそんな簡単にコケるのかと詩織は少し不安になる。

 

「・・・少々ドジな部分はありますが」

 

「誰だって失敗することはあるわ。わたしだってね」

 

 リリィはコケたミアラに手をさし出し、優しい表情で起こしてあげる。それに感激したのか、ミアラは大げさに握られた手をブンブンと振りつつ感謝していた。

 

「ありがとうございますリリィ様~。私、頑張りますから!」

 

「え、えぇ。よろしくね」

 

 そんなミアラをリリィから引き剥がし、ニーナは残り一人を示す。

 

「もう一人はタリス・シュナイデル。実力はありますが無口なヤツでして・・・・・・もしご無礼な態度を取ってしまったら申し訳ありません」

 

「ふふ、気にしないわよ。無口も個性だわ」

 

 王族のリリィが相手でも全然怖気ることなく言葉も発さないタリス。そんな彼女はアイリアに雰囲気が似ており、だからこそリリィは咎めることもなく受け入れたのだ。

 

「タリスさんはアイリアみたいだね」

 

「失敬な。私はクールな女性であって、ただ無口なわけではない」

 

「ぷふっ・・・」

 

「な、何がおかしいんだシオリ!?」

 

「だって自分でクールって・・・ククク・・・」

 

 真顔で自分はクールキャラだと言い張るアイリアがおかしくて詩織は笑いを抑えることができなかった。だが、こんな会話ができるほど仲良くなれたのだなと詩織は少し嬉しい気持ちになる。この世界に来て出会った頃は全然話もしてくれなかったのだから。

 

「早速だけど、落下した空中魔道都市チェーロ・シュタットについて分かっていることを教えてもらえるかしら」

 

「はい。アレは領空内に姿を現してすぐに落着しました。落ちるのと同時に大きな地震が発生して街は一時騒然となりましたよ。その後すぐに衛兵達が調査に向かったのですがチェーロ・シュタットに入ることはできず、追い返されてしまったのです」

 

「追い返された?武力衝突はあったの?」

 

「いえ、単純にチェーロ・シュタットの人間に立ち去るよう指示されたのです。危険回避のため、都市内に安易に外部の者を入れるわけにはいかないと。人様の国に勝手に侵入しておいてなんて言い草だと思いますが、ここはヘタに挑発するよりも王都に助けを求めるほうが懸命だと引き下がったのです」

 

 そうなれば王家の人間の出番というわけだ。王女といえどもこの国の代表者の一人であることには違いなく、さすがにそのような地位の人間であれば都市内に入れるなりの対応をしてくれるはずだろう。

 

「なるほどね。なんとしてもまずは対話の場を設け、話し合いを行う必要があるわね」

 

「相手は正体不明ですが、平和に解決できるのでしょうか」

 

「そのために努力するわ。でも、この国と民を守るためにはあらゆる選択肢をこちらも用意しなければならない。もし相手が不当な要求をしてきたり、侵略行為を企んでいるのであれば武力行使もあり得る」

 

「そうですね。大切な家族や友人を守るためには武器を使うことも時には必要なことですから」

 

 こちらに交戦の意思が無くても相手に侵略の意思があるならば関係なく攻撃される。そのような相手に無抵抗に屈するということは即ち隷属することと同義だ。そうなれば全てを奪われて人間としての尊厳さえも無くなるわけで、何としても抵抗しなければいけない。

 

「例え戦になろうとも、私達が全力でリリィ様をお守りいたします!」

 

「頼もしいわ。でもわたしだって戦士よ。皆と共に戦う覚悟はある」

 

 リリィとてスローン家の一員だ。守るべきもののために最前線に立つことを厭わない。

 

「ではチェーロ・シュタットに向かいましょう」

 

 詩織達は頷き、用意されていた馬車に乗り込む。敵なのかどうかも分からない相手と会うのは不安であるが、とにかく目の前のリリィや仲間を守ることを最優先に考える詩織であった。

 

 

 

 

 街から馬車と徒歩でチェーロ・シュタット落着地点へと向かい、荒野を抜けた先にいよいよその巨影が見えてくる。

 

「アレが空中魔道都市か・・・・・・」

 

 巨大な円盤状の岩盤の上に街が形成されているようだ。タイタニア王都並みの広さで、その威容は遠距離からでもよく分かる。

 

「あんなデカいのがどうやって浮いていたのかしら」

 

「常識的にはありえないですが、特殊な魔術などを使用しているは確かですわ」

 

 知識の豊富なミリシャですら都市が浮遊する原理は知らず、できればそれを訊きたいらしい。

 

「緊張してきたわ。上手くやれるかしら・・・・・・」

 

「大丈夫。リリィならできるよ」

 

「ふふ、ありがとうシオリ」

 

 これまでだっていくつもの困難をリリィと詩織は突破してきたのだ。だからといって次も成功するとは限らないが、このパートナーとなら、この仲間達とならば大丈夫だという自信を持ったってバチは当たらないだろう。

 

「リリィ様、チェーロ・シュタットの近くに誰かいます。警戒を強めたほうがいいかもしれません」

 

「そうね。味方ならいいんだけど・・・ん?」

 

 魔力で強化された視力を用いて数人の人影を注視したリリィは、その人物が知っている者であるために安心した。

 

「シエラル、さすがに早いわね」

 

 メタゼオスの領土内にもチェーロ・シュタットの一部が入っているということで、シエラルも軍を率いて動向を探りにきたのだろう。リリィ達はひとまずシエラル達との合流を目指した。

 

 

 

 

 

「やぁ、また会ったね。あれから王都の復興は順調かい?」

 

「勿論よ。我がタイタニアの人間はたくましいからね」

 

「それは良かった。それより、この空中魔道都市のことだが・・・」

 

「アンタもわざわざ様子を見に来たのね」

 

「あぁ。これを放っておくわけにはいかないからね」

 

 シエラル麾下の部隊は重装備であり、今から戦にでも向かうのかといった装いだ。

 

「これからコンタクトを取ろうと思う。そこにキミ達が来てくれたのは心強いよ。特にシオリは魔龍すら打ち砕く特別な人間だ。もしもの時には頼む」

 

「は、はい」

 

 なるべくなら戦いたくはないが、そうも言っていられない状況になる可能性は充分にある。そのいざという時を警戒しつつ、この場にいる全員が神妙な面持ちでチェーロ・シュタットへと近づいていく。

 

「そこで止まってください」

 

 街を下支えている岩盤へと接近すると、突如そう声をかけられた。拡声器を使用しているような響き方で皆の鼓膜を揺らし、リリィ達は足を止める。

 

「わたしはタイタニア王国第三王女のリリィ・スローン。アナタ達との対話のために来た使者よ」

 

「ボクはメタゼオス皇子のシエラル・ゼオンである。リリィと同じように、そなた達と会談を行うためにやってきた」

 

 どこで聞いているかは知らないが、できるだけの大声でリリィとシエラルが訪問の理由を叫んだ。

 

「少々お待ちください」

 

 どうやらちゃんと聞こえていたらしく、お役所的な返答が帰ってきた。それから暫しの沈黙の後、今度は別の声がチェーロ・シュタット側から発せられる。

 

「私はチェーロ・シュタット副総帥のティエル・プルフス。アナタ達が本物の王族一行である確証を得られたわけではないが、特別に都市へ入る事を許可しましょう。だが不審な動きをした場合、警告無しで排除行為を行うのであしからず」

 

 相手にとって何が不審な動きなのか分からないが、武器を取り出したりしなければ衝突になることはないだろう。それぞれが魔具を収納し、岩盤がゆっくりと開いて現れた大きな階段を昇って行った。

 その先に待ち受けているものとは・・・・・・

 

 

       -続く-



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第41話 ガーベラシールド

 落下した空中魔道都市チェーロ・シュタットに迎え入れられたリリィ達は、入り口のアーチをくぐって宇宙船ドッグのような施設に足を踏み入れた。あの岩盤の中にあるとは思えないほど機械的な場所で少し不気味にも感じる。

 

「ここがチェーロ・シュタットの内部か」

 

 シエラルは興味津々に周囲を見回して観察している。人影はなく、落下の影響か何かの部品のような物がいくつか転がっているだけだ。

 

「ようこそ、チェーロ・シュタットへ」

 

 正面の大きな扉が開き、そこから数人の人間が現れた。武装しているのでリリィ達は警戒したが、ここで下手に刺激しないように魔具は装備しない。

 

「先ほどアナタ達と交信したティエルです・・・」

 

 見た目には老齢だがビジネススーツのようなカッチリとした格好の女性がそう名乗り、リリィと詩織の顔を見て目を丸くしている。その驚きようはまるで死人にでも出会ったかのような反応だ。

 

「に、似ている・・・」

 

「誰にです?」

 

「リリア・スローン様と勇者サオリ様にですよ!」

 

 リリィの祖母にあたるリリア・スローンと詩織の祖母の敷花早織。この二人はかつて魔龍の軍勢を打ち倒した英雄で、城の書庫で詩織達が読んだ伝記にもその活躍が記されていた。

 

「わたしのお婆様をご存じなのですか?」

 

「えぇ。なぜなら私もリリア様やサオリ様達と共に魔龍を撃滅するべく戦ったのですから。アナタとそこのお方は本当に瓜二つなくらいそっくりで、その当時の記憶が鮮明に思い出されましたよ」

 

 興奮気味なティエルはリリィの手を握り、ブンブンと振っている。久しぶりに会った孫へ挨拶するように。

 

「あのお二人は今はどうされているのでしょう?」

 

「二人とも、もう亡くなっています」

 

「そうですか・・・もう一度だけでもお会いしたかったのですが・・・」

 

 たいそう残念そうに肩を落としながらもすぐに切り替えて部下達に道を開けるように指示し、リリィ達を扉の方へと案内した。

 

「さぁ、こちらへ。庁舎へとご案内いたします」

 

「わたし達が王家の使いだと信じてくれるのですね」

 

「勿論です。いくら老いたとはいえ、この目に狂いはありません。アナタがリリア様の血を引いていることは間違いないと確信いたしました」

 

 いわゆる顔パス状態だ。物事がスムーズに進むのは祖母のおかげであり、顔も見たことないリリアに対してリリィは心の中で感謝する。

 

「まさかキミのお婆様がそんなに凄い人だとは」

 

「世界を救ったんだからもっと有名になるべきだと思うんだけど、伝記の中の存在で多くの人には忘れられているのよね」

 

「キミとてシオリと一緒に魔龍を討ったんだから、伝記に記されるだろうね」

 

「わたしもついに英雄の仲間入りね。ふふっ、もっと頑張っちゃうわ」

 

 皆に認めてもらいたいというリリィの願いは叶いつつあった。それが単独では不可能であったことをリリィは重々承知しているし、隣を歩む詩織の存在が特に大きいことも理解している。だからこそ何か恩返しできればと思うのだが思いつかない。

 

「後でティエルさんにお婆様達のことを訊いてみましょうよ」

 

「そうだね。どんな人だったのか、どんな戦いを経験したのかとかね」

 

「後は、二人はどれほど仲良かったのかも」

 

「気になるの?」

 

「そりゃあ気になるわ。まっ、わたしとシオリほどではないと思うんだけどね」

 

 ドヤ顔のリリィにはそれほどの自信があった。自分と詩織ほど心の通ったペアは少なくともこの世界にはいないだろうと確信しているのだ。

 

 

 

 

 

「これが空中魔道都市の内部か・・・」

 

 言うならばイタリアのヴェネチアのような街並みが近いだろうがいくつかの建物は崩れ、地面には亀裂が入っている箇所がある。それほど落下の衝撃が強かったのだろうし、むしろ街全体が崩壊していないだけ大したものだろう。

 

「もっと綺麗な状態でお見せしたかったところですが、なにぶん緊急事態でしたので・・・」

 

「一体何があったんです?」

 

「魔女の襲撃ですよ。勇者の魔力を探知した我らチェーロ・シュタットは、その勇者に会うためにタイタニアに向けて舵を取りました。そうして大陸を横断中、突如飛来してきた魔女に襲われて推進機関のある地下中枢部を損傷してしまったのです」

 

「なるほど。魔女か・・・」

 

 リリィに思い当たる魔女といえばルーアルだ。それはシエラル達も同じようで、表情を険しくする。

 

「その魔女は今どこに?」

 

「討ち損じた結果、逃亡されてしまいました。しかしこの街のどこかに潜んでいる可能性もありますので、兵達には復興の傍らで捜索も命じているのです」

 

「そうですか・・・」

 

 魔女の目的が分からない以上、この街に未だ潜伏しているのかも不明だ。

 

「さぁ、ここが庁舎です。総帥のライズ・ヘイズがお待ちになっております」

 

 街の中心部にそびえる大きな塔。それを下支えするように幅広な庁舎が建っていた。ここがチェーロ・シュタットの首脳部であり、タイタニアでいえば城に値する場所である。損傷が少ないのを見るによほどの頑強さで建てられているらしく、こういう緊急時に街を指揮する最後の砦であるのだから当然かとリリィは一人納得した。

 

 

 

 

 

「ようこそ。私はこのチェーロ・シュタット総帥を務めるライズ・ヘイズだ。以後、お見知りおきを」

 

 リリィ達一行が通された広い会議室にいたのはチェーロ・シュタット総帥のライズだ。彼女はティエルほどではないが高齢の女性で、歳相応の老けを感じさせながらも若々しさは失われてはいない。

 

「アナタ達にご迷惑をおかけしたことは申し訳ない。予定とは大きく変わった訪問となってしまった」

 

「いえ、事情はお聞きしましたので。ですが、何故勇者に会いに来たのです?」

 

「勇者が召喚されたということは、即ち魔族との全面戦争に入ったということだ。元々、勇者とは魔龍種に対抗するべく呼び出される異界の適合者。それが来たのだから、我らはかつての恩義に報いるべく出撃するのは当然のこと」

 

 相当に勇者と呼ばれる適合者に対して恩があるらしく、そのためにわざわざ飛来してきたらしい。

 

「昔、魔龍種に襲われたチェーロ・シュタットは今と同じようにタイタニア領土内へと落下した。その時、窮地を救ってくれたのが当時の勇者だったのだ。私はその戦争を知らないが、ティエルは共に戦ったのだったな?」

 

「はい。サオリ様の特殊な魔力と聖剣の輝きが魔龍達を次々と討ち倒していく姿はまさしく勇者でした」

 

 一体の魔龍を倒すのにも苦労した詩織だが、祖母の早織は次々と撃破したと言うのだからとんでもない強さだったのだろうか。

 

「救ってくれた勇者を勝利の女神と称え、以後、もし勇者が助けを必要とするならば駆け付けようと決めたのだ」

 

「そ、そうなんですね」

 

 詩織を召喚したのは事故にも近いことだ。確かに特異な魔素の出現によってタイタニアは増加した魔族の対応に追われていたが、それを解決するために呼び出したわけではなかった。

 

「ところで、勇者というのは?」

 

「このコがそうです。シオリは聖剣グランツソードを起動してみせた本物の勇者ですよ」

 

 リリィに紹介された詩織はちょこんとお辞儀をしつつ、話題に挙がった聖剣を取り出して手に持つ。

 

「その美しい彫刻のようなエングレービングが施された剣は間違いなく私の憶えている聖剣ですね。再び目にすることができて感激しました」

 

 ティエルは記憶の中の聖剣と目の前の聖剣を重ねて懐かしそうに目を細める。空を裂き、大地すら粉砕した早織の斬撃は今でも彼女の脳裏に焼き付いて離れない。

 

「ライズ総帥、勇者シオリにあの魔具を」

 

「そうだな。アレを勇者に返還する時がようやく来たわけだ」

 

 二人が言う魔具とは何か検討もつかないリリィが疑問符を浮かべながら問う。

 

「あの、それってどういう?」

 

「サオリ様が使用されていたガーベラシールドという魔具です。かつての戦いで損傷し、破棄された物を回収して修復したのですよ。この庁舎の地下に保存してあるので、それをシオリ様にお返ししようと思うのです」

 

「ガーベラシールド・・・」

 

 リリィは聞いた事がない魔具で、伝承が書かれた本の中にも魔具についての詳細は記載されていなかった。

 

 

 

 

 

「これです、ガーベラシールドと言うのは」

 

 庁舎の地下、厳重に警備されている通路の奥にそれはあった。壁のガラスケース内に収容されたガーベラシールドは金属を思わせるシルバーカラーで、円形状のその盾の中心部には砲口のようになっている。

 

「ガーベラの花を模しており、花びらに似せたモールドが彫られているのが特徴です。なんでも、サオリ様が好きな花であったとか」

 

 ティエルがシールドを取り出して詩織に手渡す。ずっしりとして重量があるが、魔力で強化された肉体であれば苦も無く持つことができる。

 

「魔力を通してみてください。完全に直したはずなので、ちゃんと起動できると思います」

 

「はい。やってみます」

 

 詩織がガーベラシールドに魔力を流すと、先ほどまでのシルバーから真紅へと色が変わった。まるで錆びが落ちるように輝きを増し、それが勇者用に特別に用意された魔具だということがわかる。

 

「この輝きこそガーベラシールドです。とても美しい・・・」

 

「なんだかしっくりくる感覚です。昔に使っていたかのように」

 

「サオリ様から引き継いだ、アナタの中に流れる血がそう感じさせるのでしょう。そんなアナタならきっと彼女のように扱いこなせるはずですよ」

 

 グリップの幅が手に馴染むのもそうだが、聖剣を握った時のようなどこか懐かしい感じで安心感すら覚えた。盾を使って戦ったことはないが、すぐに慣れそうだと根拠の無い自信が漲る。

 

「シールドの中心部にあるのは拡散魔道砲という武器です。射程は短いですが、魔弾を広い範囲に放射することが可能で、接近してきた敵を薙ぎ払うのに有効なんです。しかし消費魔力量が多いので多用はできないとサオリ様は仰っていました」

 

 これで更に戦術が広がったと嬉しくなる詩織だが、

 

「じ、地震・・・?」

 

「いえ、これは・・・」

 

 突如地面が揺れ、周囲の灯りが明滅する。

 

「なんだろう、この邪悪な感覚は・・・」

 

「シオリ、何か感じるの?」

 

「プレッシャーみたいなのを。外で何か起きているのかも」

 

 地下に降りていたリリィ達が地上に上がると、少し離れた場所で黒煙が立ち昇っていた。

 

「何事か!」

 

「ハッ、敵襲でありますティエル副総帥!」

 

「また魔女か?」

 

「いえ、それが正体不明の敵でありまして・・・」

 

 庁舎に駆けこんできた連絡係の兵が指で指し示す先、黒い小型の魔龍のような魔物が数体飛び上がる。

 

「魔龍に似ている・・・それにしては小さいが・・・」

 

 なんにしても街を襲う敵が現れた以上、撃滅するしかない。

 

「ティエルさん、ここは我々にも協力させてください!」

 

「それは助かります。私も兵の指揮を執りますから、現場に向かっていただけますか?」

 

「はい!」

 

 リリィ達とて激戦を戦い抜いてきた戦士だ。もはやこの程度では動じず、どう敵を倒すか考える余裕すらある。

 

「シュベルク隊もいけるわね?」

 

「勿論です。我らはリリィ様の護衛のために来たのですから、どこへでもお供いたします!」

 

「頼むわ」

 

 敵を抑え込むには少しでも人員が多いほうがよい。シュベルク隊と共闘するのは初めてで上手く連携できるか不安はあるが。

 

「ボク達がいることも忘れないでくれよ?」

 

「ふん、アンタ達はもともと頭数に入ってるわ。わたしに遅れるんじゃないわよ」

 

「キミの期待に応えられるように頑張るさ」

 

「はいはい。じゃあ皆、行くわよ!」

 

 戦闘の中心地とおぼしき地点に向けて駆けていき、詩織は聖剣とガーベラシールドを構えた。

 

       -続く-



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第42話 ルーアルの奇襲

 チェーロ・シュタットに保管されていたガーベラシールドを受け取っている最中に発生した敵襲。リリィ達は現場に急行し、突如現れた魔物を視界に入れる。

 

「あれは、一体どんな敵なの?」

 

 敵は魔龍を人間サイズに小型化したような魔物で、真っ黒の体は不気味そのものだ。

 

「来るっ!」

 

 チェーロ・シュタットの兵を蹴り飛ばしつつ、リリィ達を発見した魔物が滑空してきた。前腕の鋭い爪が日光を反射して鈍く光り、人間を引き裂こうという確固たる殺意を感じる。

 

「当たるもんか!」

 

 素早い魔物の一撃を回避しつつ、剣で逆に相手の腕部を斬りおとす。

 

「シオリっ!」

 

「任せて」

 

 よろけた魔物は痛みなど感じていないようにリリィを追撃しようとしたが、背後から詩織に切り伏せられて真っ二つになって落下した。

 

「魔龍に似た姿だけど、たいしたことはないわね。このまま殲滅するわよ」

 

 炎上する建物から飛び出してきた魔物をシエラル達も排除し、このままなら周囲一帯で暴れまわる魔物をそう時間もかからず倒しきれると思ったのだが、

 

「アレは・・・」

 

 詩織は妙なプレッシャーを感じて視線を上げる。すると三階建ての建物の向こう、スッと黒い巨影が姿を現した。まるで王都で交戦した魔龍そのもので、詩織は目を見開く。

 

「魔龍・・・?いや、でも違うのか・・・?」

 

 しかしあの魔龍ほどの脅威は感じない。ダークオーブを有してはいるだろうが、圧倒的にパワーが違うと直感したのだ。その不思議な感性は、特殊な魔力を持つ詩織だからこそと言える。

 

「シオリ、あのデカブツをやれる?」

 

「うん、ケリをつけるよ」

 

 聖剣で夢幻斬りを放とうと構えた。しかし、それを察知したのか小型の魔龍タイプ数体が詩織を急襲し、大技を妨害してくる。

 

「くっ・・・邪魔をするな!」

 

 一体を撃破し、次に迫るもう一体に向き合う。個体の強さはそれほどでもないが、数がいるので苦戦してしまうのだ。

 

「コイツらを倒しきれれば・・・!」

 

 詩織が技を放てるチャンスさえ作れれば勝てるのだが、

 

「なんとっ・・・!」

 

 リリィがフと巨大な魔龍タイプを見ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。頑強そうな口を大きく開け、なんとその中から小型の魔龍タイプが何体も吐き出されたのだ。

 

「新しく魔物を産み出しているというの?」

 

 その吐き出された魔物達が翼を広げ、詩織達めがけて飛んでくる。産みだされて間もなく成体と同じように行動できることに驚きつつも、リリィは迎撃の姿勢をとった。

 

「チィ・・・これほどの戦力とは・・・」

 

「リリィ様、お任せを!」

 

 リリィの後方で魔物と交戦していたシュベルク隊が合流する。

 

「敵の数は多いけど、やれる?」

 

「はい。これでも魔物討伐任務に従事していた部隊ですから、見たことない敵であってもやってやります」

 

「よし。じゃあいくわよ!」

 

 アイリアとミリシャも加わり、七人の適合者が戦列をなして敵に対する。物量差では負けているが総合的な実力は上回っており、一人とて臆する者はいない。

 

「あのデカいのを倒して決着をつけるわよ!」

 

 リリィの指示で全員が駆け出し、すれ違いざまに魔物を討ち倒していく。

 

「シオリ、あの敵のゼロ距離まで行くのよ。わたし達が援護するから」

 

「了解!」

 

 運動性能の低い巨大な敵の場合、至近距離まで迫ったほうが逆に妨害は受けにくい。そこから大技を叩きこめれば勝利できるだろう。

 

「コレでっ!」

 

 詩織は受け取ったばかりのガーベラシールドを敵に向け、魔力を流しながらグリップに取り付けられたトリガーを引く。するとシールド中央部の拡散魔道砲がパッと明るく発光し、散弾のような小さい魔弾が数発照射され、目の前に迫っていた三体の小型の魔龍タイプを撃ち落とすことに成功した。

 

「リリィ様、緊急連絡です!ティエル様から」

 

 詩織が開いた血路めがけ、今まさに突撃を敢行しようとしていたリリィだが、チェーロ・シュタットの兵に呼び止められてハタと立ち止まって振り返る。

 

「何かあったのかしら?」

 

「機関部がある地下に敵が侵入しました。魔女と思しき敵影もあり、現在ティエル様麾下の部隊が交戦しています。これを排除できなければ大きな損害を被ることになり、支援をお願いしたいのですが・・・」

 

「魔女か・・・こっちのデカいのは陽動で、そっちが本命の攻撃だったということね」

 

 魔女の目的は分からないが、あの魔龍タイプを囮に注意を引き付けて何かを企んでいることには違いない。そんな相手を放っておくわけにもいかないし、どうにか倒すべきだが、目の前の敵にも対処しなければならないのだ。

 

「ここはボク達に任せて、キミ達は魔女のもとへ」

 

「シエラル、頼める?」

 

「あぁ、ボクと部隊のメンバーで抑えられる」

 

 戦闘力ならこの場でシエラルがトップクラスだし、彼女の率いる部隊も充分に戦果を挙げられる適合者の集まりだ。ならばここはシエラル達に託し、魔女討伐の支援を行うことを優先しても問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

「フッ、上手くいっているな」

 

 ルーアルは小型の魔龍タイプと共にチェーロ・シュタットの適合者を牽制しつつ、地下の最深部を目指す。

 

「さすがルーアル様です。見事な作戦ですね」

 

「当然だ」

 

 配下のリガーナがゴマをするようにルーアルを褒め称える。皇帝ナイトロから派遣された彼女は人間だが魔女を崇拝しており、ルーアルの成し遂げることの手伝いができることに悦びを感じていた。

 

「しかし、あの魔物は何なんです?魔龍の親戚みたいなアレは」

 

「ドラゴ・ティラトーレの残骸の一部を回収し、それを適当な魔物に取り込ませたうえでダークオーブで強化した魔物だ。魔龍のような姿だが、パワー自体はそんなに高くない。むしろ、何故か体内で魔物を量産する機能が付加され、それが今回の作戦で有効に作用している」

 

 あの大型魔龍タイプはルーアル製で、以前のヴァラッジに近い人工魔物だ。その特性は空気中の魔素を取り込み、それを素材に体内で自身に似た魔物を生産できる点である。生物の概念を覆すような増殖方法はルーアルも予期していないものだったが、敵の気を引くための作戦では効果的だった。

 

「なるほど。しかし、この先には一体なにがあるんです?こんな薄暗いところは早く出たいのですが」

 

 前回の襲撃には参加しなかったリガーナがルーアルの目的を問う。

 

「チェーロ・シュタットを浮遊させている特殊な魔結晶のヴォーロクリスタルがあるから、それを奪取するんだ。今後の活動で使えるかもしれないからな」

 

 ティラトーレが倒されたとはいえ、それで終わりではない。まだルーアルには策があり、そのためにできることをしておきたいのだ。

 

「ルーアル様、また敵です」

 

「邪魔だてする者は排除するだけだ」

 

 ルーアルは杖を手にし、適合者が迫ってくる方角へと向きを変えて魔弾を発射した。その強力な一撃は簡単に防げるものではなく、一人の適合者が倒れる。

 

「雑魚どもが。この私に勝てると思うな」

 

「しかしこの狭い場所では囲まれたら不利になりますよ」

 

「そうだな・・・あの部屋に向かおう」

 

 通路を抜けた先、広い資材置き場にて人間と本格的な戦闘に入る。魔族と人間が入り乱れる地獄のような激しい戦いが繰り広げられ、もはや誰が死んでもおかしくない状況だ。

 

 

 

「こうもたやすく再びの侵入を許すとは・・・我らも平和ボケしたものだな」

 

 かつての魔龍との激戦以来、チェーロ・シュタットは平和を謳歌していた。そのため血で血を洗う戦は伝承のようになっており、充分に敵に対応できるうる危機感がなく、襲撃されても楽観的な考えを持つ者が多かった。

 

「しかし、これで負けるわけにはいかん」

 

 高齢のティエルがこうして前線に出てきたのも、実戦経験のある彼女が指揮を執らねば勝てそうにもないからだ。国家首脳部の一員である副総帥が出撃など本来あり得ないことで、チェーロ・シュタットがいかにレベルが落ちたかが分かる。

 

「立ち止まるな!敵がいるのに動きを止めるということは、自殺行為と同じだ!」

 

 味方の動きが鈍いことに気がついたティエルは檄を飛ばしつつ、小型の魔龍タイプ一体を魔弾で粉砕した。いくら体が衰えたとはいえ、まだ魔弾でならば魔物にも対抗できる。

 

「アレは魔女か・・・もう見る事もない敵だと思っていたが・・・」

 

 黒い翼を広げる人間など魔女しかあり得ない。記憶の中にある魔女を想起しながら、これ以上先に進ませないためにも資材の影から集中的に攻撃する。

 

「老いぼれめが。私の行く手を阻むなど!」

 

 ティエルの魔弾をいなし、反撃の魔弾数発を連射して撃ちこむ。魔女特有の高火力の魔弾はティエルに直撃こそしなかったが、床への着弾で爆発に転じ、ティエルは大きく吹き飛ばされて煙の中に転がる。

 

「ルーアル様、もう人間どもは魔物に対応させて我々は目的の場所へ参りましょう」

 

「うむ。あの勇者たちが来ているし、時間をあまりかけたくないからな」

 

 戦況は優位に推移しており、もはやルーアルが手を下すまでもないと判断し、ヴォーロクリスタルがあるはずの最深部へと進んで行く。

 

 

 

 

「これがヴォーロクリスタル・・・」

 

 道中に妨害を受けることなく機関部へと到着し、天井から吊るされた動力源のヴォーロクリスタルを見上げる。前回の襲撃ではここまで近づけたものの、チェーロ・シュタットの適合者による集中砲火を受けて撤退せざるを得なかったが、今回の陽動による敵戦力分散によって遂に辿り着くことができたのだ。

 

「この強大な力は素晴らしい・・・」

 

 ヴォーロクリスタルを降ろし、その力を体感しながら魔法陣の中へと格納した。

 

「貴様、クリスタルは返してもらおう!」

 

「ん?」

 

 機関部の入口に立ちはだかるのはティエルだ。先ほどのルーアルの魔弾で負傷していたが、そうとは思えないほどの睨みをきかせる。

 

「お前一人で何ができる?魔女に勝てると本気で思っているのか?」

 

「そのつもりでここに来たのだ」

 

「そうか。魔女相手にも恐れを抱かぬ気概は称賛に値する。しかし、気力だけでは魔女は倒せん」

 

 ルーアルの魔弾が飛び、ティエルは必死の回避運動で避ける。だが二発目をどうこうできる余裕はなく、再び爆発に巻き込まれて地面に倒れた。

 こうなればもはやティエルは動ける体ではない。先ほどの資材置き場でのダメージも相まって老体は悲鳴をあげており、意識を保つことさえ厳しい。

 

「脆弱な人間めが。その程度で喧嘩を売ってくるとは、まさに無謀」

 

 とどめを刺すべく、ルーアルは杖に大量の魔力を流す。そこまでしなくても殺せるのだが、愚かな人間へ鉄槌を下そうという見下した感情がそうさせたのだ。

 

「ではな。死後の世界で悔いるといい」

 

「くっ・・・」

 

 眩く発光した杖から強力な魔弾が撃ち出され、ティエルは抵抗もできずに咄嗟に目をつぶった。だが、

 

「させないよ・・・」

 

 死は訪れなかった。魔弾はティエルに届くことはなく消えたからだ。

 

「ゆ、勇者さま・・・」

 

「遅れてすみません。ヤツは、私が!」

 

 ティエルの目の前に立つは詩織。ガーベラシールドを構え、全力の防御によって魔弾を完全に防ぎ切る。

 

「そんなバカな・・・あの魔弾が効かないだとォ!?」

 

 ガーベラシールドに着弾したルーアルの魔弾は爆散し、それによって発生した煙の中からいくつもの小さな魔弾が放たれて迫ってきた。シールドに内蔵された拡散魔道砲による砲撃だ。

 

「やるな、勇者め!」

 

 その魔弾を回避しながら距離を取って仕切り直し、煙の中からしっかりとした歩調で姿を現した詩織に対峙する。

 

「さぁ勝負だ、勇者!」

 

「臨むところだよ・・・絶対にここで倒す!」

 

 詩織は聖剣を装備し、ガーベラシールドを突き出しながら魔女に吶喊した。果たして・・・・・・

 

         -続く-



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第43話 勇者の面影

 ティエルへの魔弾をガーベラシールドで防御し、聖剣を構えて魔女に突撃する詩織。その姿はまさに勇者と言うべきもので、かつての勇者早織と重ねたティエルは朦朧とする意識の中で小さな涙を流す。

 

「あの時と同じだ・・・間違いなく、あの方こそサオリ様の血を受け継ぐ者・・・」

 

 詩織に続いてリリィやシュベルク隊も機関室に参上し、ルーアルとリガーナと交戦する。数では勝っているものの、特にルーアルの戦闘力は意外と高いために苦戦していた。

 

「小賢しい・・・小賢しいんだよ、貴様が!魔女である私にそんなモノで楯突こうなど!」

 

 ガーベラシールドを効果的に使いながら詩織は徐々にルーアルを追い詰めていく。だが、それで押されるだけのルーアルではなく、ちゃんと秘策も用意していた。

 

「いい装備があるのは貴様だけではない!」

 

 魔法陣の中から現れたのはボーリング球サイズのダークオーブだ。しかし、それを体内に吸収するのではなく、ルーアルに付き従うように滞空させる。

 

「さぁ、ここで消えろ!」

 

 ルーアルの右肩近くに浮かぶダークオーブが怪しく発光し、漆黒の魔弾が詩織めがけて飛ぶ。

 

「どうだ!これがフォースダークオーブのチカラだ!」

 

「くっ、火力がダンチだ・・・」

 

 初速の早い魔弾をなんとかガーベラシールドで防ぐも、ルーアル自身が撃つ魔弾よりも高威力であるために衝撃でズサッと足が後ずさる。いくらガーベラシールドでも、この攻撃を受け続ければ壊れてしまうのではと思えるほどで、回避を優先するべきだなと詩織は戦術を見直す。

 

「ここはわたしが!」

 

 詩織と入れ違うようにリリィが剣を構えてルーアルに突っ込んでいくが、再びフォースダークオーブが魔弾を放ち近づくことができない。

 

「あの厄介なのをどうにかしないと・・・」

 

「任せて」

 

 詩織は聖剣から黄金の杖へと持ち替え、魔弾を発射する。なにも近接戦で仕留める必要はなく、近づけないなら撃てばいいのだ。

 

「そんな攻撃でな!」

 

 しかし、それも見越してあるルーアルには効かない。フォースダークオーブがルーアルの周囲に紫色の魔力障壁を展開し、その詩織の魔弾を防ぐ。

 

「ちっ・・・対策してくるか・・・」

 

「当然だ。貴様は魔弾さえも自在にコントロールする技術を持っているのは、以前の戦いで見せてもらったからな」

 

 王都での戦闘では詩織のホーミング性の魔弾に驚いていたが、さすがに一度見てしまえば対応を考えることはできる。いくら弾道を曲げられても、全方位にバリアのような魔力障壁を構成すれば防ぐことは容易い。

 

「ああいう障壁は聖剣で一点突破するのが攻略法だけど、近づこうとしたら魔弾で迎撃してくるし、どうすれば・・・」

 

 攻守共に優秀な新兵器のフォースダークオーブを破壊できれば勝ち目もある。が、それをどうやって達成するかが問題だ。

 

「こうなったら、皆で一気に突撃するしかないわ」

 

 一対一では押し負けるのだから、なら複数人で突撃するしかないとリリィは判断する。

 

「シュベルク隊からメンバーをこっちにまわせる?」

 

「私とミアラが行きます。タリスはそっちの人間を!」

 

 リガーナの対処をタリスに任せ、ニーナとミアラがリリィの援護に移る。この四人で一気にルーアルを倒す算段だ。

 

「行くわよ!」

 

「了解!」

 

 ルーアルの四方を囲むように展開し、駆け出す。

 

「それで勝てるかな?」

 

 障壁を解き、フォースダークオーブが周囲に向かって魔弾を斉射した。どうやら多方面に同時攻撃が可能なようだ。

 

「ダメなのか・・・」

 

 ニーナの足に魔弾が掠め、その場に転倒する。このままではすぐに胴体か頭にも魔弾が降ってくることだろう。

 その前に必死に立ち上がろうとしたが、近くに着弾した魔弾の衝撃波で吹き飛ばされてしまう。

 

「や、やらせません!」

 

 尊敬する隊長であるニーナのピンチを目の当たりにしたミアラが、魔弾を上手くくぐり抜けてルーアルに迫った。

 

「いいカンをしているが、ここで終わりだ」

 

 ルーアルはフォースダークオーブではなく、杖の一撃にてミアラを始末しようと構えた。

 

「ミアラ、無茶だ!」

 

 ニーナの制止する声も聞こえず、ミアラはルーアルの目前まで近づく。

 

「死んでしまえよ!」

 

 魔弾が放たれ、ミアラを穿つかと思われたが、

 

「はわわわわ!」

 

 ミアラが盛大にコケた。正確には自分の足にもつれてつまずいたのだ。適合者らしからぬヘマであるが、それが功を奏して魔弾は頭の上を通過していく。

 

「何っ!?」

 

 ミアラの予想外の動きに驚くルーアルは次の魔弾を撃とうとしたが間に合わず、走る勢いそのままにコケたミアラがルーアルに頭から突っ込んだ。

 

「うぐっ・・・」

 

「いてててて・・・」

 

 みぞおちにミアラの頭がめり込み、ルーアルは膝をつく。

 

「これなら!」

 

 そのチャンスを見逃す詩織ではない。聖剣を下段に構え、ルーアルの至近距離まで辿り着いた。

 

「斬るっ!」

 

「チィ・・・」

 

 ルーアルが身をよじったせいで振りあげられた聖剣は肩を掠めるだけであった。が、それで終わりではない。

 

「コイツっ!」

 

 振りあげた聖剣はフォースダークオーブを切断していた。真っ二つに割れたフォースダークオーブは地面に落ち、力を無くして霧散する。

 

「またやられたのか・・・!」

 

 不利な状況になったことを察したルーアルはミアラを蹴り飛ばして飛翔し、タリスと激闘を繰り広げていたリガーナを回収して機関室から撤退していった。

 

「行かせるか!」

 

 詩織は再び杖を構え、魔弾を撃つ。思考制御された魔弾は狭い通路を縫うように飛び、未だ魔物と人間が戦っている資材置き場に到達したルーアルの背中を捉える。

 

「そこだ、当たれっ!」

 

 もう少しで命中させられるところまでいったのだが、魔弾の弾道を遮るように現れた小型の魔龍タイプに当たってしまった。二発目を撃ってももう間に合わないのは確実で、魔女には逃げられてしまいヴォーロクリスタルも奪還することは叶わなかった。

 

「逃がしてしまったか・・・」

 

 詩織は不甲斐なさに落胆しつつも、負傷したティエルのもとへと駆け寄る。

 

「ティエルさん、大丈夫ですか?」

 

「少し痛みますが問題ありません。アナタが守って下さったので」

 

「役に立てて良かったです。でも、魔女を止めることはできませんでした。申し訳ありません」

 

「いえ、謝ることはありません。懸命に戦ってくださった勇者様達はなにも責任を感じることはないですよ」

 

 詩織達が支援してくれなければ被害はもっと広がっていただろう。そんな恩人とも言うべき彼女達を責める気など毛頭無かった。

 

「あの魔女は私達が追っているヤツなんです。必ず見つけ出し、奪われた物も取返します」

 

 こうも災厄を振り撒く魔女を絶対に許すわけにはいかない。今度こそ決着をつけることを誓う詩織。

 

「そのためにもまずは地上の敵も殲滅しないとだね」

 

「そうね。シエラル達も頑張っているし、援護しましょう」

 

 あの巨体を任せたシエラル達の戦況は分からないが、戦闘は数がいるほど有利になるので急いで合流するべきだろう。

 

「ティエルさん、立てますか?」

 

「情けないのですがまだ無理そうです。兵が来るのを待ちますから、私はここに置いて行ってください」

 

「分かりました。地上に行く途中でチェーロ・シュタットの兵士の方に伝えておきます」

 

「すみません。アナタ達にばかりご負担をおかけしてしまって・・・」

 

「いえ、これでも勇者の力を持つ人間ですから」

 

 優しい笑みでそう答えた詩織は立ち上がり、リリィ達と共に外へ向かっていく。それを見送るティエルは、痛みも忘れて穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

「やぁ、遅かったね」

 

 機関室のある地下から地上へと急行し、あの巨大魔龍タイプが暴れていた地点に向かうが既に決着はついていた。

 

「よく倒せたものね」

 

「フッ、ボクと魔剣の力があればこの程度造作もないさ。デカいだけで性能は低かったからな。搭載されていたダークオーブを破壊するのは容易だったよ」

 

 魔物の残骸の上でカッコつけるシエラルはドヤ顔だが、リリィは気にも留めずにダークオーブの欠片でも残っていないか周囲を探している。

 

「キミ達のほうも片が付いたんだね?魔女はどうなった?」

 

 全く活躍を褒めてもらえなかったシエラルは残念そうに残骸から降りて問う。

 

「こっちの負けよ。魔女には逃げられるし、貴重なクリスタルは奪われるしで・・・」

 

「そうか・・・・・・まぁとにかく、チェーロ・シュタットに出現した魔物は撃破できたし、直面する危機は脱することはできたな」

 

 とはいえ、ヴォーロクリスタルを失ったチェーロ・シュタットはもう飛ぶことはできない。

 

「調査のつもりがとんだ災難に見舞われたもんだ。しかし、チェーロ・シュタットが敵ではないことも分かったし、魔物に対する同盟者として共闘することは可能だな。いまは少しでも戦力が欲しいし、協力者が多いに越したことはない」

 

「そうね。シオリのパワーアップもできたし」

 

 ガーベラ・シールドは魔女の火力さえ凌いでみせた。詩織の装備はより拡充し、来たるべき魔女との決戦でも役に立つことだろう。

 

「クリスタルで思い出したんだがな、キミに伝えておきたいことがあったんだ」

 

「何よ。こんな時だからって告白でもするつもり?」

 

「いや、ではなくて。ソレイユクリスタルの素材が発掘できそうなんだ。修復に充分な大きさのものが」

 

「そう」

 

 すこし複雑そうな表情で頷くリリィ。ソレイユクリスタルを修復しなければいけないのは確かだが、それ即ち詩織との別れが来ることと同義と思っているからだ。

 

「そこで、その素材が見つかった鉱山にキミ達を招待しようと思ってさ。発掘次第、そのまま持って帰ってくれればいい」

 

「代金はいくらくらい?」

 

「お金なんていらないよ。前に言ったろ?困っている人を助けたいと。それに、キミやシオリには恩がある」

 

 ダークオーブで強化されたオーネスコルピオとの戦闘で生き残れたのも、女性だということを他の人に知られなかったのも詩織達のおかげだ。だからこそ力になれるならそうするし、そこに損得勘定は含まない。

 

「とりあえずライズ総帥に事の報告をしておこう」

 

 こうして戦闘は終わり、ひと時の平和が訪れた。だが、まだ世界に燻る戦火が絶えたわけではない。

 

 

 

 

 

「ここでお前達は待機していろ」

 

 メタゼオス領土内の僻地、荒れた山脈の奥には巨大な魔法陣が敷かれており、皇帝ナイトロは護衛の部下をおいてその魔法陣へ足を踏み入れる。

 

「シフト・・・」

 

 そう転移魔術の名を呟くと、ナイトロの姿は消えた。

 

「ふぅ・・・何回やっても慣れないものだ」

 

 先ほどの景色とうって変わってまるで宇宙に似た虚無のような空間がナイトロの眼前に広がる。半透明の地面はあるものの、その範囲は狭く、淵から落ちたら時空のハザマに消えてしまいそうだ。

 

「お加減はいかがですか?」

 

 半透明の床の中心部、そこには朽ちた魔龍が擱座している。ドラゴ・ティラトーレよりも大きいが、死んだような生気の無い目のせいか弱々しい感じだ。

 

「いいわけがない。貴様、まだ我の治療法は見つからんのか?」

 

「もう間もなくです。報告によれば神秘の力を秘めたヴォーロクリスタルが手に入ったとのことです。あとはソレイユクリスタルでも回収し、それらの特異な魔力を用いれば・・・」

 

「ならば急げ。外の世界の様子を早く目にしたい」

 

「この空間から漏れ出した魔素によって世界の魔物は活性化しています。アナタが外に戻った時のための支度はできています。全ては順調ですよ」

 

「そうか・・・」

 

 魔龍は息を吐き出し、退屈そうに目をつぶる。

 

「しかし、貴様の娘は思い通りには動いていないようだな?」

 

「アレはできそこないですから。いざという時は殺してしまえばいい。アナタを復活させ、約束通りに永遠の命を手に入れられればワタシが未来永劫の皇帝となる。そうすれば子供などという煩わしいモノなど必要ありません」

 

「ふん・・・貴様もあくどいヤツだな」

 

「世界の覇権を魔龍と共に握ろうとするならば、これくらいの豪胆さがなければ」

 

 皇帝ナイトロにとって全ては道具であり手段でしかない。シエラルは自分の血を引いた子供ではあるが、だからといって愛情はないのだ。

 

「我がここに封じられて幾星霜・・・あの勇者にはしてやられたが、今度こそは世界を手にする」

 

「はい。全てはアナタの手に落ちるのです。ドラゴ・プライマス様」

 

         -続く-



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第44話 メタゼオス帝国へ

 空中魔道都市チェーロ・シュタットを襲撃した魔物達は殲滅され、リリィ達は総帥のライズに事を報告する。だが浮遊動力源であるヴォーロクリスタルを奪われてしまい、戦術的には敗北であるために明るい表情をしている者はいなかった。

 

「ふむ・・・しかし人的被害は抑えることはできた。人がいれば必ず復興することはできるのだから、アナタ達には心から感謝する」

 

「我々の国も魔女のせいで損害が出ていますので、ヤツは絶対に見つけ出して討伐します。その時にヴォーロクリスタルも回収してみせます」

 

 タイタニアにとっても魔女は因縁のある相手だ。リリィは魔女と数度接触しているのに撃破できていないことを反省しつつ闘志を燃やす。

 

「我らも戦力を出そう。そもそも勇者様の支援を目的にここまで来たのだから、今回の恩を返すためにも役に立てるよう務める」

 

「ありがとうございます。大規模作戦展開時に改めて協力を要請しますので、それまではチェーロ・シュタット防衛に集中してください。またヤツらがここに来るとも限りませんし」

 

「分かった。その時に備えて準備を万端にしておこう」

 

 魔女の所在が分からない以上攻撃のかけようが無いし、いつどこから襲撃を受けるかわからない。もしかしたらチェーロ・シュタット制圧のために再来するかもしれないし、現状で兵力を分散させるのは危険であろう。

 

「そういえば、ティエルさんはご無事でしょうか?」

 

「彼女なら病院へ搬送された。負傷しているが命に別状はないそうだよ」

 

 

 

 

 

 

 ライズとの謁見が終わったがすぐにはチェーロ・シュタットを後にせず、その足でティエルの搬送された病院へ向かうリリィと詩織。ティエルとは出会ったばかりであるのだが、どこか親近感が湧いていたし、リリアや早織のことを知る彼女が無事であることを直接確認したかったのだ。

 

「助けていただき本当にありがとうございます。まるでサオリ様やリリア様の戦いを見ているようで心強かったですよ」

 

「お婆様達の活躍をわたしも見てみたかったものです」

 

「あのお二人は本当に凄かったですよ。魔物を次々と狩る姿は戦乙女とも言えるものでした。人々の希望となりて、遂には世界を救ってみせましたしね」

 

 伝記の中に記された活躍を目にしてきたティエルは少々興奮気味に話す。

 

「リリィ様とシオリ様の戦いを見て、その伝説は今まさに蘇ったのだと私は確信しました。あの魔女だって必ず討てるはずです」

 

「お婆様達の頑張りを無駄にしないためにも、今度はわたし達が頑張ります。魔女との戦いが終わったら、詳しくお婆様達のことを教えてくださいね」

 

「勿論です。そのためにも生きて帰ってください」

 

 その言葉に詩織とリリィは強く頷いた。戦いに赴く以上、死の可能性は常につきまとう。だがお互いに決して離れたくないという想いがあるからこそ、必ず生還するのだと硬い意思を心に留め置く。

 

 

 

 

 

 

「チェーロ・シュタットでやり残したことはもうないかい?」

 

「えぇ、もう用事は済んだわ」

 

 チェーロ・シュタットの港口から伸びる巨大な階段を降り、タイタニア領土内に足をつける。空中魔道都市内には短時間の滞在だったのだが、戦闘のおかげでもっと長い時間居たような錯覚を覚え、こうして自国の土を踏むのは久しぶりのように思えた。

 

「シュベルク隊の皆にもお世話になったわね」

 

「お役に立てたでしょうか?あまり活躍できなかったのではと・・・」

 

「敵の動きを抑えてくれたからこそ、わたし達は魔女との戦いに集中できたのよ。それに、ミアラのおかげでシオリが攻撃する隙がつくれたわけだしね」

 

 リリィに名指しされたミアラはえへへぇと照れている。

 

「私のドジな部分が活きるとは思ってもみなかったですぅ・・・」

 

「それも才能の一つなのよ。実際に生き残ったわけだし、もっと誇っていいのよ」

 

 ポンとミアラの肩を優しく叩いて激励し、ニーナに一つの任務を言い渡す。

 

「わたしの部隊はこのままメタゼオスに向かうわ。そこで、王都に今回の件の報告をしてほしいの」

 

「私達がです?」

 

「そうよ。チェーロ・シュタットで起きた出来事と、わたし達がソレイユクリスタルの素材を譲ってもらうためにメタゼオスに赴く件をね」

 

「了解しました。必ずお伝えします」

 

「面倒をかけるけど頼んだわ」

 

 一度王都に戻ることも検討したが、手間を考えればこのままメタゼオスに向かうほうが得策だと考えたのだ。それに、魔女という難敵がいる現状では事は急いだほうがいいだろう。

 

「ということで行くわよ、シエラル」

 

「あぁ。盛大な歓迎をする時間はないが許してくれ」

 

 シエラルは綺麗なウインクをキメながら、さながら執事のように胸に手を当てて

腰を軽く曲げる。その紳士的な所作にシエラルの部下であるイリアンはうっとりしているが、リリィは無反応だ。

 

「シオリはどうするのかしら・・・」

 

 ソレイユクリスタルの修復をきっと詩織も望んでいたことだろう。こんな危険な世界より、元の平和な世界に帰りたいと思うのは当然のことだろうし、詩織が生きていてくれるならその方がいいともリリィは思う。

 本当なら今すぐにでも詩織の意思を確認すべきではあるが、結局切り出すこともできずにメタゼオスに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 国境を跨いでメタゼオスに入国し、付近にあった貿易都市へと入る。タイタニアよりも強大な勢力を誇るメタゼオスの都市ということもあり、その発展具合は詩織の世界でいえば近代国家並みの規模だ。

 

「へぇ~、結構スゴイんだ」

 

 初めてタイタニア以外の国を目にしたこともあり、詩織は興味津々に周囲を観察している。

 

「タイタニアもいずれはこのくらいに成長してみせるわよ」

 

「それを成すのがリリィの役目だね?」

 

「勿論よ。そのためにも他の国を視察してみるのもいいわね」

 

 欲を言うなら詩織の世界を見学したいと思うリリィ。魔物が存在しないという世界が果たしてどのように構成されているのか勉強したいのだ。

 

「目的の鉱山近くの街までは汽車で向かうとしよう。そこから少し足を使ってもらうことになるけど、そこは我慢してほしい」

 

「かまわないわ。ここまでしてもらって文句なんて言わないわよ」

 

「汽車は明日の朝に出発する予定だ。それまでは宿泊所を確保してあるからそこで休んでいてくれ」

 

「わかったわ」

 

 シエラルの案内で街中心部にある大きなホテルを訪れ、用意されていた部屋の扉を開ける。そこは広い洋風の一室で、いわゆるスイートルームのようなつくりであった。わざわざこのクラスの部屋を確保してくれたシエラルに感謝しつつ、詩織は木製の椅子へと腰を降ろす。

 

「少しゆっくりできそうでよかった」

 

「そうね。チェーロ・シュタットでの戦いもなかなかに激戦だったもの、疲れたわ」

 

 当然のように詩織とリリィは同室で、アイリアとミリシャは隣の部屋に宿泊している。この采配に疑問を持つ者などおらず、むしろこうでなければ不自然なレベルだ。

 

「ガーベラシールドに黄金の杖・・・まるでRPG系ゲーム終盤に手に入る最終武器みたいな物だね」

 

 詩織が魔法陣からそれらの魔具を取り出してテーブルの上に置く。こうして並べてみると装飾用の置物にも見えるが、れっきとした対魔物用の兵器だ。

 

「そういえばこの杖だけ名前が無いんだよね。聖剣はグランツソードだし、コレはガーベラシールドってちゃんと名前があるのに」

 

「確かに。でもこの魔具に関する文献も伝承もないから、名前は分からないのよねぇ」

 

 あの物知りのミリシャですら知らない代物だ。しかし普通の杖とは違う性能を有しているし、只物ではないのであるが。

 リリィも自らに与えられた黄金の杖の片割れを手に取り、まじまじと眺める。

 

「私達で付けちゃおうよ、名前」

 

「たしかに黄金の杖じゃあ味気ないし、なんか名前があったほうがわかり易いものね」

 

 うーんと詩織は天井を見上げながら杖の名称を考える。思えば物の名前など今まで付けたことはほとんどないし、想像力があるかと言われればNOだ。

 

「そうだな・・・なら、シオリリウムロッドなんてどう?」

 

 前に遊んでいたゲームのアイテムを参考に詩織がそう提案する。

 

「わたし達の名前を組み合わせたのね。でも、ちょっと言いにくくない?」

 

「でもほら、私達専用の特別感があるじゃん?それに可愛いでしょう?」

 

「ふふっ、じゃあそれで」

 

 せっかく考えてくれたのだから無碍にしたくないし、自分と詩織の名前の組み合わせを気に入ったリリィは頷いて了承した。

 

「これだけの凄い魔具があれば、どんな魔物だって倒せそう」

 

「魔具の性能もそうだけど、詩織の特別な魔力もあるわけだしね」

 

 聖剣や杖のパワーは確かに並みの魔具とは桁違いの能力があるが、それを引き出せるのは詩織だからこそだ。

 

「ねぇ詩織・・・今後について相談があるのだけど」

 

「うん?どんな?」

 

 リリィが話を切り出そうと口を開いたが、来訪者が来たことを知らせるベルが鳴った。仕方なくリリィは立ち上がり、ドアのノブを回す。

 

「やぁ、お取込み中だったかい?」

 

 明るい表情で訪問してきたのはシエラルだ。会話を邪魔されたリリィのジト目を受けながら、詩織に問いかける。

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

「ならよかった。キミ達、夕食はまだだろう?ボクのツテで用意させたから、どうかなと思ってね」

 

 正直なところ職権の乱用であるのだが、それでシエラルを糾弾する声はない。それは彼女の人徳があってのことでもあり、隣の国の王族をもてなすことに反対する者などいなかったためでもある。

 

「いこうよ、リリィ。お昼ご飯も食べてないから、私お腹空いたよ」

 

「そうね」

 

 詩織の笑顔はどうしてこんなに心を穏やかにしてくれるのか。リリィもつられて口角をあげつつ、その不思議な魅力を永遠に感じていたいと思った。

 

 

 

 

 

 ホテルの多目的ホール一つを借り切り、まるで宴会会場のような様相の中で立食形式の食事にありつく。リリィのチームだけでなく、シエラル麾下の部隊メンバーの他、リリィの訪問を聞きつけたこの街の政治家や有力者までもが参加しているために人の数は多かった。

 

「シオリ、少しいいかい?」

 

「はい」

 

 シエラルに手招きされた詩織は会場端のテラスへと移動し、そこで甘い果汁入り飲料の入ったグラスを手渡される。この周囲には二人だけということもあり、落ち着いた雰囲気の中で詩織はそのグラスに口をつけた。

 

「騒がしくなってしまってすまない。ああいう連中は権力を誇示するために無遠慮なことをするもんで困る」

 

 リリィの周りにいる政治家達を顎で示しつつシエラルが困ったように眉を下げた。

 

「歓迎してくれているように見えますよ?」

 

「表向きはね。でも実際には媚を売っているのさ。ここで顔を憶えてもらい、何かあった時に融通してもらおうとしている。他国の王族にパイプを繋げておけば、後で活用できると考えてね」

 

 シエラルは皇帝の子供ということもあり、政治の世界にも参加している。だからこそ、権力者達の醜さや狡猾さを知っているからウンザリとしているのだ。

 

「まぁそれはともかく、キミとは少し話をしてみたくてね」

 

「私とですか?」

 

「一応言っておくが、キミを妃に迎えたいとか、メタゼオスに勧誘したいとかそういう話ではないよ」

 

「ふふっ、そんな話だとしたら、リリィが黙っていないでしょうね?」

 

「だな」

 

 フッ、と笑うシエラルは詩織とそう変わらない女の子といった感じだ。こんな顔を見せるのも、詩織がシエラルの秘密を知る数少ない存在で信頼できるからなのだろう。

 

「素材が手に入り、ソレイユクリスタルの修復が終わった後、キミはどうするのかを知りたいと思ってね」

 

 それはリリィも聞きたいことだが、当然にシエラルだって気になる。いくつかの戦場を共にした戦友であり、もう赤の他人ではないのだから。

 

         -続く-



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第45話 シエラルの助言

「元の世界にはすぐに帰るのかい?」

 

「私は・・・すぐに帰ることはないです。確かに元の世界に帰還したいという気持ちはありますが・・・」

 

 シエラルの質問を受けた詩織は窓から外の景色を眺めつつ、自分の考えを告げる。その憂いを帯びたような顔つきが印象的で、シエラルは少し目を奪われた。

 

「リリィが理由だね?」

 

「はい・・・リリィと離れたくないって気持ちがあって・・・」

 

 この世界を気に入っているのは勿論だが、それよりもリリィのことを何よりも気に入っている。元の世界では感じたことないほどに惹かれているのだ。

 

「しかし、キミには迷いがある」

 

「そう見えますか?」

 

「見えるね。して、それは親のことを気にしているからじゃないかな?」

 

 シエラルの洞察力に感心しつつ、詩織はコクンと頷く。

 

「そうです。親はきっと私を探しています。どれほど心配しているか分かりませんが、少なくとも迷惑をかけていることは事実です。産んでくれて、育ててくれた恩もあるのに、私の都合は親不孝そのものではないかと思うんです」

 

「ふむ・・・たしかに帰れるのに帰らないのは不義理なことではあるかもしれないね」

 

「そこが悩みの種なんですよ。例えば一回元の世界に帰って事情を説明し、親に納得してもらったうえでこの世界に戻ってくるって手も考えられます。でも、二つの世界を何度も往来できる保証はありません。実際にソレイユクリスタルは私をこの世界に呼んだ時点で壊れましたし」

 

「そうだな」

 

 詩織の言いたいことはシエラルにも分かる。彼女自身、皇帝である親のことを気にして生きているからであり、事情は違えど共通する点はあるのだ。

 

「ボクのアドバイスを聞くかい?」

 

「是非」

 

「キミのご両親のことを知らないから、これはボクの考えになる点は了承してくれ」

 

 シエラルはコホンと軽く咳払いし、自分の思うコトを話し始める。

 

「子を持つ親の最大の願いは、子供が幸せになることだ。ボク自身、自分に子ができたらその子の幸せを最大限考えたいし、皇帝一族ではない生き方をしたいというのならそれを応援する。どんな人生を歩もうと、幸せになってくれるならその時点で親孝行ものだと思うんだ」

 

 真剣に聞き入る詩織は言葉も挟まず続きを促す。

 

「つまり何が言いたいのかというと、キミが幸せになるのであればどんな決断をくだそうといいのではないかってことさ。キミにはキミの人生があるわけで、親のことを考え過ぎす、自分の幸せを追求すればいい」

 

「でも・・・親は私がこの世界にいることすら知りません」

 

「傍から見れば神隠しのようにキミは元の世界から姿を消したことになるものな。この世界でのキミのことを知る術はないし、例え幸せになれてもそれを確認できない。だがな、だからといって自分の意思を殺す必要はない。伝わらなくたってキミが幸せになれたなら、それでいいと思う」

 

 親のために子は生きるのではない。新たな世代に希望を託し、その子が幸福な未来を掴み取ることこそが、人が新しい命を産み出す意味なのだ。そう思うからこそ、シエラルは詩織の悩みを理解しつつも自分のために生きてほしいと考えている。

 

「ボクも少し前から考えていたことがあって、それはつまり、本当の自分を曝け出して生きようということだ」

 

「あの秘密を、ですか?」

 

「ああ。父上の命令でボクは男として振る舞っている。しかし、それは終わりにする。新しい時代を作る使命を担うことに不満は無いし、メタゼオスをより良い国にしたい。だけれども、偽りの皇帝に誰が従うものだろうか?嘘を塗り固めたような存在の指示を誰が聞くだろうか?」

 

 いずれ秘密が露見するかもしれないわけで、その時に混乱を招くよりは最初から自分の素性を明かすほうがいいとシエラルは判断したのだ。それに、今のように窮屈に生きるよりずっといいだろう。

 

「皆がどう反応するかは知らないし、父上はきっと反対するだろう。だが、このままではボク自身の幸せを掴むことはできない。だから、そうする。いつまでも親の操り人形でいるのは無理な事だ。ボクだって一人の人間だし、自由意志はあるのだから」

 

「凄い決断ですよ。私には想像もつかないくらいの重責の上でそうするんですものね」

 

「これはキミやリリィと関わる中でそういう結論に至ったのさ」

 

「えっ?」

 

 自分の何がシエラルに影響を与えたのか見当もつかなかった。まだまだ子供な自分と比べてシエラルはしっかりした人間だし、そこに干渉できるほどの事をしたとはおもえない。

 

「この世界で秘めたる力を発揮し、何かにとらわれず、大切なモノのために剣を振るうキミの姿が眩しく感じたものだ。ボクもそのようにただ純粋に戦えたらどれほどいいだろうとね」

 

「そんな立派なものではないですよ」

 

「フッ、キミはまだ知らないだけさ。キミ自身、まさに勇者として立っていたことに」

 

 シエラルの眼差しは純真だった。きっと本当に詩織に対して憧れにも似た気持ちを持っていたのだろう。

 

「まぁこれらはボクの意見であって、正解ではない。そもそも人生に正解なんて無いのだから、己の選択を信じて進むしかないのだけどもね」

 

「でも、そのお話のおかげで決意を固めることができました」

 

「ほう?」

 

「私は・・・やっぱりリリィと一緒に居たい。完全な我儘ですが、親もきっと分かってくれるはず。そしていつか元の世界と自由に行き来できる時代が来たら、その時に全ての事情を話そうと思います」

 

「いつか子は大人になって親元を巣立ち、独り立ちする時が来る。自分の生き方を決めることができたキミはもう立派な大人だ」

 

 シエラルは優しい笑顔でウインクし、詩織にそうエールを送る。彼女自身、自分の秘密を公表することでこの先に待ち受けるであろう困難を超えるための勇気を詩織から貰うことができ、迷いを振り払うことができた。

 

「ふぅ~、やっと解放されたわ・・・」

 

 この街の地方議員達に囲まれていたリリィはようやくと抜け出し、詩織のもとへとトボトボ歩いてくる。王家の人間であるのだが政治的な活動に参加することも少なかったリリィには疲れることだったのだ。

 

「お疲れ。頑張ったね」

 

 詩織の笑顔で気力の回復したリリィはエッヘンと胸を張った。

 

「ちょっと、ここでシオリを口説いていたんじゃないでしょうね?」

 

 そんなことしてないとシエラルは全力で首を左右に振るい、無実を訴える。

 

「ボ、ボクはあの議員達に挨拶してくる。戦闘の疲労もあるだろうし、部屋で休息を取るといい」

 

 リリィのジト目を受けるシエラルはそそくさと立ち去った。まるで肉食動物から逃げる小動物のようで、いつもの凛々しさはない。

 

「シエラルさんの言うとおりに部屋に戻ろうか?」

 

「そうね。明日のためにも休みましょう」

 

 無心に料理を食べ続けているアイリアを頃合いをみて休ませるようミリシャに頼みつつ、リリィと詩織はホールを後にした。

 

 

 

 

「ねぇシオリ、シエラルと何を話していたの?」

 

 ホテルの部屋に備え付けられていた浴室から戻ったリリィが髪をタオルで拭きながら詩織に問いかけるも返事はない。少し不安になったリリィは髪を手ですくい上げて部屋を見渡す。

 

「ん?」

 

 先に風呂から出ていた詩織はすでにベッドの上で心地よさそうに寝息を立てていた。

 

「もう寝てたのね」

 

 リリィはベッドにゆっくりと腰かけ、詩織の頬を優しく撫でる。起こしてしまうのではとも思ったが、我慢できなかった。

 

「・・・ずっと・・・傍に・・・」

 

「シオリ・・・?」

 

 どうやら寝言のようだ。何か夢でも見ているのか詩織は目を閉じたままで口を動かしていた。

 まだ話したいこともあったのだが、リリィも横になって詩織の隣に並ぶ。

 

「おやすみ、また明日ね」

 

 聖母のような慈悲に満ちた表情で詩織の手を握り、眠りのなかへ落ちていった。

 

 

 

 

「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 

「はい。シエラルさんがいい部屋を用意してくれたおかげです。ありがとうございました」

 

「それなら良かった。汽車は後少しで出るから、先に車両に乗っていてくれ。一番先頭を貸切ってある」

 

「わかりました」

 

 詩織の世界で一昔前にあったような雰囲気の駅に停車している列車に乗り込む。ここの周囲だけ見たら田舎の町にでも来たような感じに思え、この様子なら詩織の知る近代的なデザインになるのもそう遠くない未来なのかもしれない。

 

「SLみたいでカッコいい汽車だ」

 

「シオリはこういうのがお好み?なら技師に頼んでタイタニアの汽車も外見を変えさせるわ」

 

「そ、それはやりすぎでは?」

 

「なら新しく建造される時に要望を出しておくわ」

 

 ほどなくしてシエラルやイリアン達も乗り込み、汽車は駅を出発する。速度はタイタニアの物よりも速く、その点でも対抗心を燃やすリリィは汽車の性能向上も要請しようと脳内メモに書き留めた。

 

「さて、今日の目的地のことを話しておこう。ボク達が目指しているのはテゾーロ鉱山という場所で、そこでソレイユクリスタルの原石が見つかったと報告があったんだ。現在発掘作業中だが、間もなく取り出せるらしい」

 

「タイタニア内では見つからなかったからありがたいわ」

 

「貴重な鉱石だからね。これで修復できるといいね」

 

 タイタニアでも複数の調査チームが動いていたが、結局は有力な情報も得ることができずにソレイユクリスタル修復は頓挫しかけていた。いよいよ他国にもチームを派遣しようかという状況になっており、そんなさなかにシエラルから救いの手が差し伸べられたわけで、国王も安堵することだろう。詩織の帰還もそうだが、ソレイユクリスタルはタイタニアの国宝でもあるので何としても直したいと国王は意気込んでいたのだから。

 

「後、リリィに話しておきたいことがあるんだが」

 

「何よ」

 

「キミとの婚姻の話があっただろう?それは破談になったと父上に報告しようと思う」

 

「あら、それは皇帝閣下の意思に反することだと思うけど、いいの?」

 

「かまわんさ。確かに少し前のボクは父上の指示に従うことを重視していた。しかし今のボクは違う。キミに無理強いはしたくないし、ボクも自分の意思をもっと出していこうと、そう思ったのさ」

 

 昨日のシエラルとの会話を思い出した詩織はリリィと違って不思議には思わない。おそらく女性であることを公表することが今の話に繋がってくるのだろう。

 

「そうなのね。ならわたしもお父様にそう伝えておくわ」

 

「キミとは良き友として付き合っていければと思う」

 

「そういうことならかまわないわ。シエラルとはお隣さん同士、長い付き合いになるだろうからね」

 

 婚姻の話が無くなったおかげか、ようやくリリィとシエラルのわだかまりも解けたように詩織には見えた。というかリリィが一方的に避けていただけなのだが、ともかく平和的に両者が歩み寄れたのは良いことだ。

 

「さぁ、そろそろ目的の場所に着くぞ」

 

 いよいよテゾーロ鉱山が近づいてきた。果たしてソレイユクリスタルの修復が可能なほどの原石が手に入るのだろうか・・・・・・

 

          -続く-



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第46話 アスハとフィフ

 汽車での移動が終わり、駅のある街から馬車を徴用してテゾーロ鉱山へと向かうシエラル一行。道中に鉱石を乗せた貨車と何度もすれ違い、その鉱山の活発さが見てとれるようだった。

 

「さぁ、もうすぐで鉱山へと到着だ。目的のブツは目の前に迫っているというワケだな」

 

 ソレイユクリスタルの素材となる原石が予定通りに手に入れば、ようやくと修復が可能になる。それを目指してリリィ達は頑張って来たのだ。

 

「ソレイユクリスタルを壊してしまった時が懐かしく感じるわ・・・」

 

 思い返せばあれからいくつもの困難を切り抜けてきた。激戦の数々が走馬灯のようにフラッシュバックし、リリィは自然と詩織の手に自分の手を重ねる。

 

「国王様に良い報告ができるといいね」

 

「そうね。ソレイユクリスタルが直ればお父様もわたしへの評価を見直してくださるかも」

 

 スローン家の落ちこぼれとして見なされてきたリリィ。しかし最近ではその評価も覆りつつあった。詩織の活躍のおかげでもあるのだが、姉達のように自らの部隊を指揮して魔物を討伐し、多くの人を救ってきた実績は間違いのないことであり、城の中ではリリィも立派な王家の人間だと称賛されるようになってきたのだ。

 

「シエラル様、テゾーロ鉱山へと到着いたしました」

 

「ご苦労だった、イリアン」

 

 馬車を操っていたイリアンを労いつつ、シエラルは客車から降りて地に足をつける。それに続いたリリィは日差しの眩しさに目を細めながら荒れた山肌を眺めた。

 

「あそこにあるのか・・・」

 

 あの大きな山の坑道内部にソレイユクリスタルの原石が埋もれているわけで、ドキドキと緊張するリリィは深呼吸して息を整える。気持ち的には探していたお宝を目の前にしたトレジャーハンターのようであった。

 

「鉱山の入口はあそこだな。ボクはここの責任者に会ってくるから、キミ達は先に行っていてくれ」

 

「わたし達も付いていくわ。挨拶しなければならないし」

 

「じゃあ一緒に向かうか。こっちだ」

 

 先導するシエラルを見た鉱山の労働者達は深々と頭を下げて敬意を示しており、一緒に向かう詩織はなんだかこそばゆい感じだ。よく考えればシエラルは皇帝の子供であり、そんな身分の高い相手と行動を共にするには自分は場違いな人間ではないかという不安が急にこみ上げてきたのだった。当のシエラルはそんなことは気にしていないだろうが。

 

 

 

 

 

 鉱山近くに設置されている大きな休息所に入り、職員に案内されて階段を昇る。最上階である三階は二階までとは異なる装飾が施されていて、いかにも特別なフロアであることが分かった。

 

「お待ちしておりました、シエラル様。我らが主がお部屋にてお待ちです」

 

 フロアの奥、ひと際目立つドアの前には数人の私兵とおぼしき適合者が控えており、シエラルに敬礼した後にドアを開いた。

 

「待たせたな、アスハ」

 

 広い部屋の内部には木製の高そうな執務机が置かれ、その机で金髪の少女が豪勢なティーセットを使い優雅にお茶を嗜んでいた。リリィの金髪にも匹敵する美しさに詩織は目を奪われるが、それに気がついたリリィが肘で詩織の脇腹を軽くつつく。

 

「金髪が好きなの?」

 

「そういうんじゃないけどさ、あのコの髪が綺麗だなと思って。あっ、勿論リリィのほうが綺麗だと思うよ、私はね」

 

「ふぅん?」

 

 疑いの目線を受けた詩織は弁明するが、まだ納得してもらえていないようだ。

 

「シエラル、女の子を沢山侍らせてハーレムを築き上げる気なの?」

 

「まさか。そんなことは微塵も考えていないよ。それに、リリィはボクにそういう感情は抱いていない」

 

「まぁいいわ。で、アナタがリリィ様なのね?」

 

 金髪の少女は席を立ってシエラルを通り過ぎ、リリィの前へと歩み寄る。

 

「ええ、わたしがタイタニア王国第三王女のリリィ・スローンよ。宜しくね」

 

「あたしはアスハ・ヴァレンティナです。お待ちしておりましたわ」

 

 先ほどのシエラルへの態度とはうって変わって丁寧に自己紹介するアスハ。スカートの裾をつまんでお辞儀する姿は貴族そのものに見えた。

 

「ヴァレンティナ家は我らメタゼオスでも有数の名家の一つで、アスハは若いながらも当主として頑張っているんだよ」

 

 アスハはリリィや詩織と年齢は近そうで、現代で言うなら女子高生くらいだろうか。

 

「ふふ、褒めても何もでないわよ」

 

「けど、鉱山からは例のアレが見つかったんだろう?」

 

「アンタの言うソレイユクリスタルの原石とやらは見つかったわ。今掘り出し中なの。見に行くかしら?」

 

「ああ。リリィにも確認をお願いしたいからね」

 

 アスハのシエラルに対する態度はリリィにそっくりで詩織は微笑ましく感じた。どうやら二人は気の置けない友人のような関係らしい。

 

「そういえば勇者と呼ばれる異世界から来た適合者がいるとお聞きしましたが、どのコがそうなんです?」

 

「勇者ならわたしの隣にいるシオリが」

 

 リリィに示された詩織はちょこんと頭を下げた。

 

「シオリ・ハナサキです」

 

「随分可愛らしいわね。あたしのコレクションに加えたいくらいね」

 

「えっ・・・?」

 

「冗談よ。でも、いずれアナタの力を見てみたいものね」

 

 もし本気で言っていたならリリィが黙っていなかったろう。

 

「じゃあ早速現場に行きましょうか」

 

「アスハ様、ヘルメットを」

 

「うむ」

 

 執務机の傍に静かに佇んでいた銀髪のメイド服の少女がアスハにヘルメットを差し出す。どうやらアスハ専属のメイドのようだ。

 

「紹介がまだでしたね。このコはフィフ。あたしにとって世界で一番大切なパートナーです」

 

 フィフは顔を赤らめながらスッとアスハの後ろに控える。

 

「リリィ様達のヘルメットも用意させますね。適合者といえども岩石が頭に当たれば命は無いですから」

 

 アスハの指示で一階の休憩スペースに人数分のヘルメットが用意され、それを被っていよいよ鉱山内部へと足を踏み入れることになった。

 

 

 

 

 

「アレが例の原石ですが、見えますか?」

 

 坑道を進み、目指していたポイントへたどり着く。大きな空洞は更に地下へと続いており、リリィは崖となっている部分からアスハの指が向けられた方を覗き込む。

 

「見えるわ。結構大きいわね」

 

 ランタンの光を鈍く反射する結晶体は半分埋もれた状態だ。リリィはそれがソレイユクリスタルを構成していた結晶と同じであることを直感し、ついに見つけたという安堵を感じていた。

 

「そうなんですよ。傷をつけたくないですし、場所も悪いんで掘り出すにはもう少しだけ時間がかかりそうです」

 

 見つかった原石は人間の頭くらいのサイズであるが、貴重な物であるがゆえに慎重な作業が求められる。

 

「苦労をかけるわね」

 

「作業員達にはこれが発掘完了したら特別ボーナスを支給する予定ですから、問題ありません。それにシエラルから報奨金が出ることも約束されていますし。そうよね?」

 

 シエラルはうんと頷く。

 

「なるべく急がせますが、早くても明日までかかると思います」

 

「分かったわ。今日のところは一旦引き返すことにするわね」

 

「泊まるところはあるんです?」

 

「いえ、駅のあった街まで戻って探そうかなと」

 

「なら、あたしの別荘にお越しください。この鉱山の近くの森にあるので」

 

 アスハの提案を聞きながら、詩織はフと疑問に思ったことをミリシャに訊いてみる。

 

「ミリシャも別荘とか持ってるの?」

 

「ありますわよ。正確には我がテナー家の所有物ですが、タイタニア内に計四か所ありますの」

 

 どうやら金持ちは別荘を用意するのがステータスらしい。それは庶民の出である詩織にはわからない感覚である。

 

「ちなみになんだが、ボク達もお邪魔していいかい?」

 

「あら、アンタはテントでビバークするのが趣味だと聞いてきたけど」

 

「そんな趣味はないが・・・」

 

「ウソよ。アンタ達も来なさいな」

 

 皇帝の子息をからかいながら快活に笑うアスハ。そんな豪胆さのある彼女だからこそ大国の名家の当主を務めることができるんだろうなと詩織は納得する。

 

 

 

 

 それから再び馬車へと乗り込み、鉱山から離れて森の中へと移動する。その森には豪邸と言えるほどの建築物が一軒建てられていて、それがアスハの所有する別荘らしい。

 

「少し手狭かもしれませんが」

 

 そう謙遜するアスハだが、詩織にしてみればどこが手狭なのか聞きたいくらい広々としている。元の世界の自分の家がペット用の小屋に感じるほどの差があるのだ。

 

「使用人達が皆さんのお部屋を準備いたしますので、少し待っていてくださいね」

 

 詩織達は来客用のホールへと通され、そこで今日宿泊する個室の準備が整うまで待機することになった。

 

「いろいろ手間をかけさせてしまって申し訳ないわね。なにか手伝えることがあるなら・・・」

 

「いえ、リリィ様達はお客様ですから気になさらないで」

 

「本当に助かるわ」

 

「ふふ、シエラルからアナタが困っていると聞きましたから。できるだけのことをしてさしあげたいんです」

 

 大抵の金持ちというものは私利私欲にまみれているもんだと偏見を持っていた詩織だが、ミリシャやアスハという人物を知ってその認識は改めなければないらないようだと思う。

 

「ソレイユクリスタルの素材となる原石を見つけたのがアナタのような優しい人で良かったわ」

 

「少し前にヴァレンティナ家は一度没落したことがありまして、そこで手を差し伸べてくれた人達のおかげで復興させることができたんです。その時の経験からあたしは今度は自分が困っている人の手助けをしたいと考えるようになりました」

 

 アスハも労せずして名家の当主を務めているのではなく、苦労の末に今の地位にいるようだ。

 

「慈善的活動もそうですが、持ち前の家柄を利用して政財界に食い込み、影響力を強めて国家そのものを内部から変えていきたいというのがあたしの目標です。そうして多くの困っている国民を救うことができればと」

 

「立派な考えだわ。シエラルもきっとアナタに賛同してくれることでしょうね」

 

「独善的な皇帝とは違い、シエラルは器の大きな人間ですからね。あの人もかつてのあたしを救ってくれた一人なんです。だから感謝もしていますし、協力したいなって」

 

「その理由が今回のことに繋がるのね?」

 

「そういうことです」

 

 リリィに似てツンケンした態度でシエラルに接するアスハだが、彼女なりにシエラルを尊敬し、力になろうとしている。

 

「ん?ボクを褒めてくれている気配がしたが」

 

 イリアンを筆頭とした部下達に別荘の警備を固めるよう指示していたシエラルがにこやかにホールへ戻って来た。

 

「気のせいね、それは」

 

「そうか・・・」

 

「まぁ、アンタには感謝しているわよ。おかげでソレイユクリスタルも直せる見込みができたからね」

 

「そうか!」

 

 珍しくリリィに感謝されて満足そうなシエラル。実際に彼女がいなければ物事はこう上手く進みはしなかった。アスハのようにリリィだってシエラルへの感謝の思いはちゃんと持っている。

 

「聞いたかい、シオリ?あのリリィがボクにあんなことを言うなんて」

 

「あれがリリィの本音なんですよ。私もシエラルさんには助けていただいているので、ありがたいなって思ってます」

 

「うんうん。シオリは素直でいいね。ボクが皇帝になったらキミのような人に政治を手伝ってもらいたいものだ」

 

 政治の世界に素直で善人な者はあまりいない。すくなくともメタゼオスではそうであり、詩織のような純朴な人柄は貴重なのだ。

 

「ちょっとちょっと!シオリは絶っっっ対に渡さないわよ!」

 

「分かっているさ。シオリはキミと一緒にいるのがベストだろう」

 

 シエラルがそう言いつつウインクした意味を詩織は察する。前日の会話による詩織の決断の後押しなのだろう。リリィと共にいたいという決断の。

 

「当然よ!シオリとわたしが一緒にいるべきってのはね!」

 

 胸を張って主張するリリィに優しいまなざしを向けつつ、この人のために自分の力を使っていきたいと思う詩織であった。

 

    -続く-



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第47話 光明

 アスハの別荘にて夕食を振る舞われ、それ以外にも客人として最大限もてなされた詩織は大浴場を目指していた。先ほどまでリリィも一緒にいたのだが、彼女はシエラルに呼び出されて不機嫌さを隠さないままホールに行ってしまい、今は別行動をとっている。

 

「参ったな・・・ここ、どこ?」

 

 この別荘に勤めるメイドの一人に大浴場の場所を聞いていたものの完全に迷子になっていた。それほどこの建物は広く、慣れない場所では迷うのも仕方のないことだろう。

 

「人の気配が・・・?」

 

 廊下の先のテラスに人影が見えた詩織は、ホッとしてその人影の元へと足を向けた。不安な時に誰かがいると安心するし、この別荘の関係者なら大浴場まで案内してくれるはずだ。

 

「あのっ」

 

 ドアが少し開いていたので、詩織はそこからテラスを覗きこみながら声をかける。

 

「あら、どうかした?」

 

 そこにいたのはアスハとフィフだ。小さなランタンの淡い光が二人のシルエットを浮かび上がらせている。

 

「いえ、ちょっと迷ってしまいまして・・・・・・すみません、お邪魔でしたか?」

 

「ふふ、大丈夫よ」

 

 詩織の目に間違いがなければ、声をかけた瞬間に二人の重なっていた影がパッと離れたように見えたのだ。何をしていたか知らないが、二人だけの時間を邪魔してしまったのではと自分の行動を後悔していた。

 

「そこ、どうぞ」

 

 アスハは自分の座る位置からミニテーブルを挟んで反対側にあるチェアを示す。

 

「いいんですか?」

 

「でなければ誘いの言葉を言うと思って?」

 

 言われたままに割とシンプルなデザインのチェアに腰かける。するとフィフがどこから取り出したのか小さなカップを用意しお茶を注ぐ。

 

「こうして会ったのも何かの縁ね。あたし、アナタとお話してみたいと思っていたし」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。伝承に伝わる勇者の再来だもの、興味があるわ。これまでにどのような戦いを経験したのかとかね」

 

 詩織はこの世界に来てからの様々な出来事をダイジェストで伝える。あまり話すのが得意というわけではないので、ちゃんと伝わっているかはわからないが、アスハは身を乗り出して聞き入っていたので問題なさそうだ。

 

「そう。この世界に来てからいろいろな強敵と死闘を繰り広げてきたのね」

 

「はい。私一人ではどうしようもありませんでしたが、リリィや皆のおかげで生き延びています」

 

「ふむ。でも、アナタの適応力は凄いわね。突然異世界に飛ばされたのに、自分の力を把握して恐ろしい魔物達と戦っているのだから」

 

「勿論戸惑いもありました。でも、自分にできることをしたいと思ったんです」

 

 実際に元の世界では得られなかった充実感というか、達成感のようなものを感じでおり、自分の中にある特殊な力を使うのはイヤではなかった。

 

「そういうバイタリティは成功者に必須のものよ。アナタは将来大物になるかもしれないわね」

 

「そ、そんな大したものじゃないですよ」

 

「自信を持ったほうがいいわ。これから先にも突如人生に大きな変化があるかもしれないし、そういう時にその自信が味方をしてくれるはずよ」

 

 実感の籠った口調でそう言うアスハ。

 

「両親が亡くなってヴァレンティナ家が没落したあの時、あたしは全てを失った。それまでの日常とは全く異なる生活は、それこそ異世界に来てしまったかのようだったの。でもそこで諦めず、懸命にヴァレンティナ家復興のために尽力したわ」

 

 いきなり生活が一変したという点は詩織と共通している。どこか憂いを帯びたようなアスハの声に詩織は引き込まれた。

 

「その体験が今のあたしの基礎を作ったの。困難な逆境だって覆せたという自信がね」

 

「それで自信をつけろって言うんですね?」

 

「そういうこと。仲間達の力があったとしても、特別な力で活路を切り開いてきたアナタの実力は間違いなく本物よ」

 

 こういう風に人に褒めてもらえることもまた自信に繋がる。それが分かっているアスハだから、詩織のことを称賛したのだろう。

 

「まぁこうしてヴァレンティナ家を復興できたのは、フィフがいてくれたからこそでもあるんだけどね」

 

「わ、私は何も・・・」

 

 話の矛先が自分に向いたことに驚きつつ、フィフは手を小さく振って謙遜している。その所作は可愛らしく、大人しそうな外見と相まって小動物のようだ。

 

「このコとはあたしが失意の中にいる時に出会ったの。で、そこから二人三脚で頑張ってきたってわけ」

 

「最初からアスハさんのところで働いていたんじゃないんですね」

 

 二人はとても仲が良さそうに見えたので、幼いころからの付き合いなのだとばかり思っていた。

 

「私は奴隷市で売られていたのです。そこから救い出してくれたのがアスハ様だったのです。その恩義もありまして、私はアスハ様に全てを捧げ、一生仕えようと心に決めたのです」

 

「救われたのはあたしも同じよ。あたしにとって、フィフは何にも代えられない大切なパートナーなの」

 

「そう言っていただけるだけで私は幸せです、アスハ様」

 

 本当に幸せそうなフィフの笑顔を見て、どうやらこの二人は何人たりとも介入させない強い絆で結ばれているのだなと詩織は直感した。名家の当主であるアスハは多数のメイドを雇っているだろうに、その中でも特別に想われているのだからフィフはよほどアスハの支えになっていると言える。

 

「そういえば、アナタはリリィ様のことを呼び捨てにしていたわよね?リリィ様もアナタを特別視しているようだし、とても親しいのね?」

 

 リリィとて王族の人間であり、それを呼び捨てにしていることを不思議に思ったのだろう。それを言えばアスハだってシエラルを呼び捨てにしていたが。

 

「親しいってレベルじゃないわ。もはや一心同体よ」

 

「リリィ!?ビックリしたなーもう」

 

 詩織がアスハに返答しようとした瞬間、ドアのほうからリリィの声が聞こえてきて少し驚いた。

 

「よくここが分かったね?」

 

「これを使ったの」

 

 リリィが手に持つのは黄金の杖、シオリリウムロッドであった。元々一本であったその杖は二つに分かれて詩織とリリィが所有しており、お互いの位置をサーチする能力を有している。

 

「てっきりお風呂に行ったものだと思っていたわ」

 

「それがさ、迷子になっちゃって」

 

 アスハとの話に夢中になっていたが、思い返せば大浴場の場所が分からずに迷ってここに来たのだ。

 

「王女様と勇者、とてもいい関係のようですね」

 

「そうよ。まるで前世から結ばれていたかの如く、わたし達はめっちゃ強い絆で繋がっているのよ!」

 

 ドヤ顔のリリィの言葉に嬉しさを感じた詩織は、ちょつぴり口角を上げてリリィの横に並んだ。

 

 

 

 

 

 翌日、リリィ達は再び鉱山へと向かい、ソレイユクリスタルの素材となる原石発掘に立ち会う。前日からかなり作業は進んでおり、もう間もなく取り出せそうな状態になっていた。

 

「慎重にね。後少しという時が一番危険なのよ」

 

 アスハの指示に頷く作業員達は、焦ることもなく見事原石を掘り出しに成功した。リリィはその原石のもとへと降り立ち、手で優しく撫でる。

 

「ようやくだね、リリィ」

 

「ええ。これを使えば、ソレイユクリスタル修復ができるわ」

 

 リリィもこれで国王からの許しを得ることができるはずだ。

 

「シオリ、これを格納できるかしら?」

 

「ちょっと大きいけどやってみる」

 

 魔具を収納している魔法陣を展開し、その中に原石を収容した。とはいえ聖剣やガーベラシールドまで収容しているのでキャパシティも限界ギリギリである。

 

「本当にありがとう、アスハ。この恩は絶対に忘れないわ」

 

「役に立てて良かったです」

 

 アスハは一仕事終えたとばかりに安堵し、こうして人の役に立てたのだから、これまでやってきたことは決して無駄ではなかったのだということを再認識していた。

 

「さぁリリィ。キミのお父様に成果を報告するんだ」

 

「ええ。お父様が喜ぶ顔が目に見えるわ」

 

 シエラルも安堵しているが、これで問題が全て解決したわけではなく、魔女の討伐や自分の秘密の公開などやるべきことがあるのでまだ気は休まらない。

 

「ここまで長いようで短かったわね・・・・・・」

 

 リリィは現場の作業員達にも謝辞を告げ、アスハとフィフに見送られて鉱山を後にする。胸を張ってタイタニアへと帰り、そして詩織とこれからの事を話そうという覚悟を胸にしましながら。

 

 

 

 

 

「コレ、使えるわよね?」

 

 タイタニア王国へと舞い戻ったリリィは、早速ソレイユクリスタル修復のためにシャルアに原石を渡す。

 

「いけると思いますよ。お待ちください」

 

 シャルアは机の上に置かれている損壊したソレイユクリスタルと原石を接触させ、魔力を流したり、器具で突っつく。それで何を調べられるのか詩織にはよくわからないが、研究者のやることだから静かに推移を見守っている。

 

「ふむ・・・後はこの原石を削ってソレイユクリスタル本体と組み合わせて加工すれば修復は完了するでしょう」

 

「そう。任せていいかしら」

 

「はい。ただシオリの力を借りたいのです」

 

「シオリの?」

 

「これは特殊な結晶体ですので、私の通常の魔力だけでは加工は困難なのです。シオリの魔力があれば、よりスムーズに作業ができます」

 

 詩織は頷き、シャルアに協力を申し出た。自分の力が役に立つなら断る理由もないし、なによりリリィのためでもある。

 

「少々お時間をいただくことになりますが、数日中には完成できると思います」

 

「頼んだわ。わたしはお父様に報告してくるわね」

 

 リリィは研究棟を出て、城内の謁見室を目指す。やっと国王に良い報告をできるというワクワク感と、今後の詩織の処遇などがどうなるのか気にしながら。

 

 

 

 

「リリィ様、おかえりなさい。大活躍だったようですね」

 

 リリィの教育係であるターシャが母親のような慈愛の表情で帰還したリリィを出迎えた。ここ最近はリリィが忙しかったこともあり、あまり教育係としての役目を果たせずにいたが、いつだってターシャはリリィのことを気にかけているのだ。

 

「そうよ。チェーロ・シュタットの窮地をシオリ達と一緒に救ったし、ソレイユクリスタルの修復素材だって回収したの」

 

「クリス様達にも引けをとらないほどの功績ですね。さぞ国王様もお喜びになられることでしょう」

 

「ふふ、ターシャが褒めてくれるなんて珍しいわね?」

 

「私だって厳しいだけではありません。ちゃんと頑張ったことに対しては称賛もしますよ」

 

 ここ最近のリリィの成長は目覚ましいものがあり、それがターシャには嬉しかった。

 

「もう私がいなくても、リリィ様は立派にやっていけますね」

 

「そんなことないわよ。まだターシャに教えてほしいことは沢山あるわ」

 

 甘えん坊な子供がすがるように、リリィはターシャの言葉を否定する。ターシャのことをリリィも好いているし、なぜかお別れのような雰囲気になってそれが嫌だった。

 

「リリィ様は王家の人間としてやっていけるほど大きくなられました。きっとお姉様達のように自立できるはずです。それは教育係として、そして私個人としても誇らしいことですよ」

 

「ターシャ・・・・・・」

 

「まだ教育係を解雇されたわけではありませんから、それまではリリィ様のご指導は続けます。ですからそんな暗い顔をせず、いつもの明るいリリィ様で国王様のもとに行ってください。せっかくの良い報告なのですから」

 

「わかったわ。ターシャの言いつけは守らないとね」

 

 リリィはウインクしながら謁見室へと足を向ける。そのリリィを見送りつつ、ターシャは胸が一杯になる思いを抱いていた。

 

        -続く-



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第48話 この時よ、永遠に

「ご苦労であったな、リリィよ」

 

「いろいろとご迷惑をおかけしましたが、お許しをいただければと・・・・・・」

 

「此度のソレイユクリスタル損壊の件は不問としよう。これからは王家の自覚を持って励むようにな」

 

 チェーロ・シュタットでの出来事と、ソレイユクリスタル修復の目途が立ったことを国王である父に報告したリリィは労いの言葉をかけてもらって安堵の息をつく。

 

「はい。そしてシエラルとの婚姻の件なのですが、この話は無かったこととなりました」

 

 しかしこの事も伝えておかねばならない。

 

「そうか」

 

「怒らないのですか?」

 

「お前の意思でそう決めたのだろう?確かに政治的な面で言えばメタゼオスとの交流のためにも望ましいことであった。だが父親としての私の本意はお前が望む人生を、本当の幸せを掴むことなのだ。だからこそ怒ることなどない。リリィの意思を、その決断を支持するだけだ」

 

「ありがとうございます」

 

 リリィの予想していなかった国王の返答であったが、それが嬉しくて緊張していた頬が緩む。

 

「クリスもアイラも、そしてリリィもこの国を継ぐに相応しく育ってくれた。私は親としての役割を果たせていたとは思えないが・・・・・・特にリリィのことをちゃんと見てやることができなかったことは反省してもしきれないものだ。父親として失格を承知の上で謝りたい。本当に申し訳なかった」

 

「お父様・・・・・・」

 

「今のリリィには良き理解者達がついておる。その者達と共に、お前の思うように生きなさい」

 

「はい、お父様」

 

 リリィは一礼して謁見室を後にする。国王に認められた誇らしさと父親としての本当の気持ちを聞けた喜びを胸にしまいながら。

 

 

 

 

 

「皇帝陛下、タイタニア城に忍び込ませているあの者から至急の連絡がありました」

 

「なんだ?」

 

 メタゼオス皇帝のナイトロは魔龍と共に世界の覇権を握った後のことを考えつつ直轄の秘密部隊に所属する部下に耳を傾ける。

 

「ソレイユクリスタルが数日中には修復が完了するとのことで、これをどうするかと・・・・・・」

 

「勿論強奪するに決まっている。ヴォーロクリスタルと共にドラゴ・プライマスの治療に使えるはずだ。ついでに王家の人間を殺すなり連れ去るなりしてタイタニアの政治機能を麻痺させるんだ。ワタシの邪魔をされるわけにはいかないからな」

 

「はい。ではそのようにお伝えします」

 

 もう少しで野望が叶う瞬間が来る。そう思うと子供のようなある意味で純粋な高揚感にナイトロは包まれていた。

 

「ですが、シエラル様はいかがなされるのです?きっと陛下に反対なされるでしょう」

 

「あの出来損ないのカスはワタシが始末する。世界を握るためのピースはもう間もなく揃うのだから、そこに合わない不要なものは捨て去るだけだ」

 

 もはや子供など必要ではない。ナイトロという絶対皇帝さえ存在すればそれでいいのだ。

 

「ゼオン家による世界統治千年の夢も現実となる。代々受け継がれてきた志はこのワタシが成就させよう」

 

 親であることなど最初から放棄していたナイトロ・ゼオンだからこその非情な決断と言える。そんな彼が目指す未来には果たして何が産まれるのだろうか・・・・・・

 

 

 

 

 

「こういういい天気だもの、街にデートにでも行きたいわね」

 

「あの隠し扉を使って行っちゃう?」

 

「そうしたいトコロだけど、ソレイユクリスタルがちゃんと直るまではせめて大人しくしていないとね」

 

 城の敷地内で散歩する詩織とリリィ。二人は再びの出撃の前にあるひと時の平和を満喫していた。

 

「クリスお姉様もアイラお姉様も魔物討伐から間もなく帰還されるそうなの。そしたらソレイユクリスタルの事とか教えてさしあげないといけないしね」

 

「お姉さん達もきっと褒めてくれるよ」

 

「だといいけど」

 

 そもそもリリィのせいで壊れたわけで、それを直したからといって褒められるのはお門違いといわれればそれまでである。

 

「ちゃんとシオリの功績だってことも伝えないと」

 

「私のことはいいよ。リリィが頑張った結果でしょ?」

 

「違うわよ。わたしはなにも・・・・・・」

 

 詩織だけではない。アイリアやミリシャ、シエラルや他の色んな人達の協力のおかげで達成できたのだ。リリィだけでは絶対に不可能だったことで、自分だけの功績などでは決してないとリリィは首を振る。

 

「でも、リリィの人徳あってこそだよ」

 

「あなたは優しいから・・・・・・」

 

「それしか取柄の無い人間だからね」

 

「そんなこと!シオリは、わたしにとって・・・・・・」

 

 切羽詰まったようなリリィが詩織の前に回り込んで両腕をギュっと掴む。どうしたのかと詩織は立ち止まり、リリィの顔を覗きこもうとした。

 

「ねぇシオリ、あなたはわたしの・・・・・・」

 

 とリリィが上目遣いで何かを言いかけたのだが、二人の足元に飛びついてきた小さな影によって遮られた。

 

「どこに行くんだ、タエ・・・って、リリィ様!?」

 

 草むらからひょこっと現れて素っ頓狂な声で驚いているのはアイリアだ。小さな子猫を抱えており、その猫はアイリアとシンクロするように目を見開いている。

 

「アイリア?どうしたのよ」

 

「いえ、その・・・・・・」

 

 アイリアの視線が詩織の足元に向いていることに気がついたリリィは同じようにそちらを見てみる。

 

「あら、子猫じゃない。このコを追っていたの?」

 

「はい、そうなんです・・・・・・」

 

 詩織は自分の元に駆け寄って来たその子猫に見覚えがあった。以前アイリアがこっそり餌をあげていた子猫だ。

 

「ふふ、まだこのコに餌をあげていたんだね」

 

「まぁな」

 

 詩織は子猫を抱え、アイリアへと渡す。

 

「シオリ、どういうこと?」

 

「迷い猫らしくてさ、アイリアが餌をあげているんだよ。前はこのコ一匹だったんだけど、いつの間にか二匹に増えてるね」

 

「そうなの?わたしにも教えてくれればよかったのに」

 

「アイリアが恥ずかしがってたから」

 

 現にアイリアは顔を真っ赤にしている。自分がそういうことをしているのを見られるのはよほど恥ずかしいらしい。

 

「てか名前つけたんだね?」

 

「ああ。この前から餌をあげていたコがタエで、最近やってきたコにはミハルと名前を付けたんだ」

 

「なんで和風な名前を・・・?」

 

「わふー?」

 

 なんのことかよく分かっていないように首をかしげるアイリア。

 

「この二匹はとても仲が良くてな。いつも一緒にじゃれているんだ」

 

 そっと地面に二匹を降ろしアイリアは微笑ましそうに様子を見ている。よほど愛情が湧いているのだろう。

 

「あら、皆さんこんな所にいらっしゃったのですか?」

 

「ミリシャ、どうかしたの?」

 

「いえ、わたくしは散歩を」

 

「私達も同じだよ。で、たまたま会ったってわけだ」

 

「奇遇ですわね。いえ、むしろわたくし達の縁の強さ故でしょうか」

 

 個性も性格もバラバラな四人だが、彼女達の絆や信頼感は強い。後からメンバーに加わった詩織もすでに長い間戦友だったように受け入れられている。

 

「そうだ、せっかくだし皆でお茶会をしましょうよ。四人揃ったことだしね」

 

 チェーロ・シュタットに向かう前にもお茶会を開こうとしたリリィだったが、詩織は昼寝していたし、アイリアは見当たらなかったのでミリシャと二人でしていたのだ。

 詩織達は頷いて了承し、リリィの自室へと向かった。

 

 

 

 

 

「今後のわたし達の活動だけれども・・・」

 

 リリィの部屋に備え付けられたテラスにて大きなテーブルを囲んで座る詩織達は、お菓子を用意するというミリシャを待ちながら今後の目標について考えていた。

 

「私達はただリリィ様に付いていくだけです」

 

 リリィの活躍も認められてきたとはいえ部下は三人だけだ。追加配備の話もないし、当面はこのメンバーで任務にあたっていくことになるだろう。

 

「ありがとうアイリア。ソレイユクリスタルの修復のための素材集めは完了したから、当面の目標は魔女の討伐ということになるわね」

 

 魔女ルーアルという難敵とは数度に渡り交戦したが決着は付いていない。このままでは更なる被害をもたらす可能性があり、その前に討つ必要がある。

 

「そうだね。あの魔女は危険だよ。居場所さえ掴めればいいんだけど・・・・・・」

 

 詩織が魔女討伐に積極的なことにリリィは安堵する。ソレイユクリスタルが直ったら詩織は元の世界に帰れるわけだし、本来なら彼女はもう戦いに関わらなくてもいいのだ。だが詩織には戦う意思があり、それはつまり魔女を倒すまでは一緒にいられるというリリィの安心であった。

 

「アイツが姿を見せる時というのは企みがある時よ。先手を打てるなら上出来だけど、現状はヤツが出現してからの後手の対応しかできないのがネックね」

 

「しかもどこに現れるか分からないってのが困るところだよね。魔女の真の目的が判明すれば対処できるかもなのに」

 

 今のところ具体的な対抗策も思いつかずうーむと唸るリリィだったが甘い匂いが漂ってきてテラスの入口へと首を捻る。

 

「お待たせいたしましたわ。テナー家特性のスペシャルクッキーですわ」

 

 トレイの上の大きな皿には大盛りのクッキーが乗せられており、その見た目は詩織の世界の菓子店の物よりも美味しそうだ。

 

「待っていたぞ、この時をな・・・・・・」

 

「落ち着いてくださいアイリアさん」

 

 餌をせがむ飼い犬のようなアイリアをなだめつつ、アイリアはテーブルの上に皿を置く。

 

「さぁ召し上がってくださいな」

 

 ようやく許可が出てアイリアはリリィに先んじて複数のクッキーを口に頬張る。普段はリリィへの敬意を忘れず何においてもリリィを優先するアイリアなのだが、食事に関することだけは抑えが効かないようだ。それをリリィは咎めることもなく微笑ましそうに眺めている。

 

「難しいことは後で考えましょうか」

 

「そうだね。今は平和なひと時だしね」

 

 詩織もミリシャのお手製クッキーを口にし、その美味に驚いた。

 

「凄いよ、これ。めっちゃ美味しい」

 

「お褒め頂けて嬉しいですわ。わたくしは昔からお菓子作りが好きでして、今もたまに食堂の厨房をお借りして作っているんですの」

 

「こりゃあ商売にもなるレベルだよ。ミリシャのお菓子店としてさ」

 

「ふむ・・・出店するのもいいですわね。幼少期にそんな夢を見ていたこともありましたし」

 

 お菓子の美味しさは勿論だが、ミリシャの美貌も相まって繁盛間違いなしだなと詩織は思う。

 

「ミリシャの夢ならわたしは全力で応援するわよ。なんなら王家公認として出店するのもアリね」

 

「ありがとうございます。ですがわたくしはリリィ様と共に戦う使命を全うしたいのです。もし魔物との戦が終わり、平和な時代が来たら考えてみますわ」

 

 そんな会話をよそに食べることに集中しているアイリア。彼女の食い意地だけは誰も止めることはできない程だ。

 

「こんな時が長く続けばいいのにな・・・・・・」

 

 リリィは少し渋いお茶の入ったカップを両手で持ち上げ、詩織、アイリア、ミリシャの楽しむ様子をその目に焼き付けていた。

 

        

          -続く-



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第49話 裏切り

「ご覧ください、リリィ様。ついにソレイユクリスタルの修復に成功しました!」

 

 研究棟に呼ばれたリリィは、出迎えたシャルアの差し出すソレイユクリスタルを受け取る。ずっしりとした重さは破損する前のソレイユクリスタルそのもので、欠けていた各所は修繕されて完全な球体へと戻っていた。

 

「早かったわね」

 

「シオリの協力のおかげです。勇者の特殊な魔力があったからこそ、こうして直すことができたんですよ」

 

「そう。ご苦労様だったわね」

 

 このソレイユクリスタルを用いて勇者の召喚をした事からリリィの新たな物語が始まったと言っても過言ではなく、その時から様々な経験を重ねてきたことを想起する。その中心にいたのはいつも詩織で、リリィの思考も心も詩織で埋め尽くされていた。

 

「さぁ、国王様にご報告を。あ、片付けのためにシオリをもう少しお借りしますが?」

 

「わかったわ」

 

 リリィは頷きながら詩織の元へと近寄り耳打ちする。

 

「お父様への報告が終わったらシオリと二人きりで話がしたいのだけど、いいかしら?」

 

「おっけー。シャルアさんの片づけを手伝ったらリリィの部屋に行くからね」

 

 ウインクする詩織に笑みを返し、リリィは研究棟を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ついにこの時が来たのだな」

 

 城内の謁見室には国王の他、クリスやアイラ、ターシャに数人のメイドが詰めていた。本来ならこうも人を集める場所ではないのだが、せっかくならリリィの成果を皆に発表しようとのことで特別に国王が立ち入りを許可したのだ。

 

「お待たせいたしました、お父様。ソレイユクリスタル、お納めください」

 

 リリィが国王の前へ歩み寄り、ソレイユクリスタルを手渡す。そもそも納めるもなにも、元から国王の所有物ではあるが。

 

「たしかに受け取った。この輝きは間違いなくソレイユクリスタルのものだ」

 

 宝物庫に保管されていた時と遜色ない美しさを確かめ、国王はその結晶体を皆に見えるよう両手で高く掲げる。室内からは拍手とリリィへの称賛の声が響き、まるで祭りのような雰囲気にさえ思えた。

 

 しかし、その空気は一瞬にして凍てつくことになる。

 

「なっ・・・!?」

 

 風が吹き抜けるが如く、リリィの傍を何かが駆けていった。そして、その何かが突き出した剣は国王の心臓を的確に刺し貫いていたのだ。

 リリィは目の前の出来事を理解できず、その場から動くことができなかったが、歴戦の戦士でもあるクリスとアイラは一瞬で魔具を抜き放ち襲撃者に立ち向かう。

 

「貴様、何故っ!」

 

「その問いには私が魔女だからと答えておこう」

 

「魔女だと!?」

 

「そう。メイドは身を隠すための偽りの姿。この私、フェアラトはこの瞬間を待っていたんだ」

 

 無表情でどこか冷淡さを感じさせるメイドのフェアラト。彼女こそメタゼオス皇帝ナイトロと通じる魔女の一人なのだ。王家に仕えるフリをしてタイタニアの内情などを報告し、密かなスパイ活動をしていたのだが城の人間は誰一人として彼女の真の姿を知らずにいた。

 

「このクリスタルは頂いていく」

 

「させるかよ!」

 

 突撃してくるクリスを迎え撃つべく、フェアラトはソレイユクリスタルを魔法陣へと収容して剣を構えた。

 

「力自慢の貴様だが、私を相手にするには少し足りないようだな」

 

「チッ、パワー負けしている・・・!」

 

 鍔迫り合いで圧倒したフェアラトはクリスを弾き飛ばし、次に斬りかかってきたアイラをもいなす。

 

「フン・・・直情的な貴様のやり方では私に直撃させるのは無理だな」

 

「くっ・・・」

 

 王家の姫騎士二人でも歯が立たない相手である。そんな相手ではあるが、ようやくと状況を理解したリリィも剣を握り一気に突っ込んだ。

 

「よくもっ、お父様をっ!」

 

「出来損ないの貴様ではな」

 

 リリィの剣を容易に回避し、フェアラトの回し蹴りがリリィの腹部を捉える。

 

「あぐっ・・・」

 

「それでよく生きてこれたものだ。あの勇者のおかげというところだな」

 

 床に転がるリリィは立ち上がろうにも体に力が入らない。ダメージは思ったよりも大きく足が踏ん張れないのだ。

 

「これ以上はやらせない!」

 

「ターシャ!?無理よ、アナタは戦える体じゃ・・・」

 

「だからとて黙って見ていることはできません!」

 

 かつては魔物狩りにも出ていたターシャだが、任務中の怪我が原因で前線で戦えるような体ではないのだ。以前の盗賊アジト強襲戦ではクロスボウを用いて遠距離から援護できたがそれで精一杯で、とても近距離での激しい戦闘には耐えられるはずもない。

 

「メイド達がシオリ様に知らせてくれればいいが・・・」

 

 謁見室から一目散に逃げて行ったメイド達がここで起きたことを詩織へ伝えてくれればすぐに駆けつけてくれるだろう。それまで時間を稼げれば上等だが・・・・・・

 

「雑魚めが、引っ込んでいろ」

 

 落ちていたリリィの剣を拾ってフェアラトに対するターシャ。しかし戦闘力には歴然とした差があり、全く抑えることもできずに蹴り飛ばされてしまった。

 

「帰るとするか・・・ついでにコイツも頂いていく」

 

「な、なにをっ・・・うっ・・・」

 

 殴りつけられたリリィは気を失い、フェアラトに担がれて攫われてしまった。それを追撃しようとしたクリスだったが、フェアラトが杖を装備して放った魔弾が近くに着弾し、その爆風で壁に叩きつけられて動けなくなってしまう。

 

「リリィ様・・・・・・」

 

 ターシャは必死に立ち上がり、部屋を出る。もう、フェアラトの姿は見えなかった・・・・・・

 

 

 

 

「なんだ、この感覚は・・・・・・」

 

「どうしたシオリ。頭が痛いのか?」

 

「いえ、なんかゾワッとする感覚がするんです。城の方から」

 

 その感覚は魔女ルーアルと対峙した時の感覚に似ており、どうしてこんな所で感じるのか分からなかった。

 

「ちょっと城を見てきていいです?」

 

「ああ、かまわんよ。こっちの片づけももう終わるし、リリィ様のところへ行ってこい」

 

「ありがとうございます」

 

 研究棟から出た詩織は、何やら衛兵やらメイドが慌ただしく動いているのが見えてイヤな予感がして駆け寄る。

 

「シオリ様、こちらにいらしたのですか!」

 

「何があったんです?」

 

「リリィ様が攫われたらしいんです!フェアラトがやったと・・・・・・」

 

「ま、まさかそんな!」

 

 詩織は聖剣を装備して城の中へと入り、リリィの姿を探す。

 

「違うな、これをなんで忘れた!」

 

 リリィを探すのに最適なシオリリウムロッドの存在を失念していた詩織はすぐに取り出し、サーチ能力を起動する。

 

「あっちか!」

 

 杖の先端から伸びる光のほうへと走るがリリィの姿を見つけられない。すでに城から出てしまったのか。

 

「あのっ!リリィかフェアラトを見ませんでしたか?」

 

 近くにいた衛兵へと焦りながら問いかける。

 

「それがどこにもいないんだよ。魔女なら空を飛ぶというが、そのような場面を見たものはいないっていうし、事件が起こってすぐに兵士は配置についたのだが交戦したという区画もない」

 

「ということは城の中に隠れているの・・・?」

 

 思案している詩織のもとへミリシャとアイリアが駆け付けた。二人ともいつもの戦闘時より深刻そうな表情だ。

 

「まさかっ!」

 

「シオリ、なにか?」

 

「フェアラトの奴の行動が分かった!」

 

 詩織は全速で城の地下へと向かい、資材庫の扉を開いた。そして奥にある物置棚を除ける。

 

「やはりか・・・!」

 

 城の外へと繋がる隠し通路が開いていたのだ。フェアラトはここを使って出たに違いないと詩織は直感する。

 

「どういうことだ、シオリ」

 

「説明は後っ!今はリリィを!」

 

 今はアイリアの疑問に答えている余裕はない。

 急いで通路を進むが、しかしフェアラトもリリィも捉えることができなかった。

 

「ダメか・・・!」

 

 出口の外にも人影は無く、シオリリウムロッドの光は相変わらずリリィのいる方角を指すだけで詳細な距離は教えてくれない。

 

「こうなったら!」

 

「まて!どこにいくつもりだ?」

 

「この光の先にリリィはいる!追いかけるんだよ!」

 

「無茶だ!クリス様達でも手こずった相手に、私達だけで勝てるものか!」

 

「リリィを見殺しにしろっていうの!?」

 

「違う!至急に戦力を整えて、それで追撃せねば勝てんと言っているんだ!」

 

 アイリアの正論に詩織も頭では理解するが、感情では納得できない。

 

「ミリシャ、クリス様達に急いで報告を」

 

「分かりましたわ」

 

 アイリアとミリシャとて苦渋の決断だ。それが二人の顔にも表れているのを見て、詩織も少しだが冷静さを取り戻す。

 

「ゴメン、アイリア・・・・・・」

 

「いいんだ。シオリの気持ちは私とてよく分かっている。だが、ここで焦っては助けることもできなくなってしまう」

 

「敵だって準備をしていたはずだものね・・・このまま敵地に突っ込んでも、用意してある戦力に叩き潰されるだけだって・・・・・・」

 

「ああ・・・だからこそこっちも戦力がいるんだ」

 

 詩織の特殊な力があるとはいえ、それは物量差で覆すことができるものだ。ましてやフェアラトという強敵がいるとなれば尚更勝ち目は薄い。

 

「私達もクリス様のところへ行こう」

 

「うん・・・・・・」

 

 詩織はリリィのことを想いつつ、隠し通路を戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、隠し通路か・・・それでヤツは兵の追撃を受けずに安全に外に出られたのだな」

 

「はい・・・あの通路の存在を知っているのはリリィとフェアラトだけだったんです。それで・・・・・・」

 

 詩織は厳重警戒状態の城へと戻り、大きな多目的ホールにてクリス達タイタニア首脳陣と合流する。普段は宴会等に使われているこのホールは臨時指揮所として機能し、多くの人が慌ただしく出入りしていた。

 

「ともかくリリィの救出が最優先事項だ。すでに特別機動戦隊の編成を進めており、間もなく完了する。それが終わり次第出撃させるが、その戦隊の指揮はアイラに執ってもらう」

 

「それはかまわないけど、お姉様は?」

 

「亡くなった父上の代わりに国全体の指揮をする。この混乱の中で王家が全員出払うわけにはいかんからな」

 

「立派ね、お姉様は・・・・・・」

 

「そういう状況だ」

 

 王位継承権第一位であるクリスが、亡き国王デイトナに代わって人員全体をとりまとめなければならない。本当ならリリィ救出に向かいたいところではあるが、ここはアイラ達に任せるしかなかった。

 

「シオリ、キミの持つその杖がリリィの居場所を知らせてくれるのは確かなことだな?」

 

「はい。リリィの持つ片割れの方角を光で指すんです。リリィがその片割れを手放していなければ確実に辿りつけます」

 

「結構。なんとしてもリリィを助け出し、敵の真意を聞き出せ。ソレイユクリスタルのことは二の次だ」

 

 物は壊れてもまた直せるが、人命はそうはいかない。失ったら二度と戻ってこないのだ。

 

「メタゼオスにも救援の知らせをするために使者を送った。だが援護には期待できないものと思え」

 

「アタシ達の行く先がまず分からないものね」

 

「そうだ。ここで編成された部隊のみで解決するしかない。しかし、アイラやシオリ達ならできるな?」

 

「勿論よ。この作戦は失敗するわけにはいかない」

 

 詩織も力強く頷く。リリィを失うということは、今の詩織にとって全てを失うのと同義だ。

 

「クリス様、部隊編成が完了したとのことです」

 

「よし。では頼んだぞ」

 

 反撃の時は来た。かけがえのない存在のため、勇者は戦地に赴くだけだ。

 

「待っててね、リリィ。必ず・・・必ず助けてみせるから!」

 

  

      -続く-



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第50話 訣別

 攫われたリリィを奪還するべく特別攻撃部隊が編制され、詩織もその一員として戦地に赴くこととなった。城の外にはすでに適合者を中心とした兵達が待機しており、後は出撃するのみだ。

 

「ターシャさんも行くんですね」

 

「勿論です。リリィ様のためにも、こんな緊急事態でただ城で待っていることなどできません。戦力としては期待されるほどのものではありませんが、数合わせにはなるはずです」

 

 リリィが攫われるのを目撃しながらも阻止できなかったターシャは悔やみきれないほどの後悔と、自分の無力さを痛感しつつ戦列に志願した。現状では戦闘力は並みの適合者より低いが、命に代えても必ずリリィを助け出すという熱意と想いだけは強い。

 

「シオリ、絶対にリリィ様を助け出そう」

 

「うん。頑張ろうね、アイリア」

 

 険しい表情のアイリアが詩織の横に並ぶ。その小さな体にはかつてない闘志が宿っていた。

 

「こんな私を受け入れて下さったリリィ様には返しきれないほどの恩がある。私はこの戦いに全てを懸ける」

 

 かつて盗賊団の一員だったアイリア。自ら罪を告白し、刑期を終えた彼女を唯一受け入れてくれたのがリリィだ。生きる意味を、そして自由を与えてくれたリリィへの恩義は決して忘れはしない。

 

「それはわたくしも同じですわ。初めて心を許すことができた友人ですし、これからもお仕えしたい方ですもの、絶対に取り戻しますわ」

 

「私もリリィを失いたくはない。あの笑顔をまた見たい」

 

 リリィの部下である詩織、ミリシャ、アイリアの士気は最高潮に達していた。この気合だけで勝てるのではと思わせるほどに。

 

「これで全員揃ったわね。皆、よく聞いて!」

 

 隊長を務めることになったアイラが手をパンと叩き、その場にいた兵達の注目を集める。

 

「知っての通り、リリィが魔女を名乗るフェアラトによって攫われてしまったわ。ヤツの目的が何かは知らないけれど、国王を殺害し、このような無礼を働く者を許すわけにはいかない。我らがタイタニアの威信を守るため、そして敵の野望を打ち砕くため、皆の力を貸してちょうだい」

 

 兵達の敬礼と気合の言葉に頷きながらアイラは詩織の肩に手を置く。

 

「頼りにしているわよ。リリィもきっとシオリのことを待っているはず」

 

「はい。攫われた姫君を助けるのは勇者の仕事です。必ず成し遂げてみせます」

 

「ふふっ、リリィがアンタを気に入った理由が分かるような気がするわ」

 

「そうですか?」

 

 アイラは各員に馬への搭乗を指示、自身も騎乗する。

 

「参ったな・・・私、馬なんて扱えないぞ・・・・・・」

 

 今回の任務は目的地までのスピードを重視し、人数分の馬を用意して各員が乗ることになっていた。しかし詩織にそんな芸当はできない。

 

「シオリ様、私と」

 

「ありがとうございます」

 

 ターシャの駆る馬へと乗り、その背中にしがみつく。

 

「今度、馬の操り方を教えてくださいね」

 

「この戦いが終わり、平和になったらいくらでも教えて差し上げますよ。そういえばリリィ様も馬の扱いは苦手なようなので、お二人一緒に」

 

「はい。リリィと、二人で」

 

 そんな会話を交わす中、アイラの号令が下り、シオリリウムロッドの光が指し示す方角へと出撃が始まる。

 

 ただひたすらに、駆けてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 詩織達の出撃を知ってか知らずか、ソレイユクリスタルを強奪したフェアラトはいつもの無表情でルーアル達のアジトへ合流した。

 

「目的の物だ。持っていくがいい」

 

「よくやったな。クリスタルさえあれば、ドラゴ・プライマス様の回復が可能になる」

 

 ソレイユクリスタルを受け取ったルーアルは満足そうに魔法陣へと納め、未だに気を失っているリリィを見下ろす。これまでに何回も計画を邪魔された相手であり、できるならルーアルはトドメを刺したかった。

 

「コイツはどうする?殺してしまおうか?」

 

「利用価値はある。私に面白い考えがあってな」

 

「聞かせてもらおう」

 

 フェアラトは考えていた邪悪な企みを話し、それをルーアルはニヤけながら聞いている。

 

「ほーう・・・貴様も中々に鬼畜だな」

 

「魔女だからな」

 

「同じにされては困るが」

 

「だがいい案だと思うのだろう?」

 

「まぁな」

 

 ルーアルはフェアラトの案を実行すべく、ダークオーブを手渡す。

 

「これを使え。調整はカンペキにしてあるから、貴様の思い通りに事が進むだろうよ」

 

「助かる」

 

「では私はリガーナと共に帝都オプトゼオスに向かう。皇帝ナイトロと今後について話し合わねばならないからな。ここに配置された魔物や設備は貴様の好きに使っていい」

 

「そうさせてもらう。ドラゴ・プライマス様の治療が終わるまではタイタニア城の者どもの注意を引き付けておこう」

 

 ルーアルがリガーナを抱えながら飛び立つのを見送り、フェアラトはメイド服を脱ぎ捨てる。そして暗黒色のローブを纏い、いかにも悪役とばかりの風貌でダークオーブを一撫でした。

 

 

 

 

 

 

「お呼びになりましたか、父上」

 

「ああ。大切な用事だ」

 

「どのような?」

 

 早急に玉座の間へと出向くように命令を受けたシエラルは、挨拶を省いて要件だけを訊こうとしていた。

 

「お前に預けたネメシスブレイドを返還してほしいのだ」

 

「何故です?活性化している魔物の退治をせねばならないのですよ?そのためには魔剣の力が・・・」

 

「いいから差し出せ。ワタシの言う事には素直に従え」

 

「・・・はい」

 

 いつになく高圧的な態度の皇帝ナイトロに不快感を感じつつ、シエラルは仕方ないと魔剣ネメシスブレイドを差し出した。

 

「っ!?」

 

 それは一瞬の出来事だった。ナイトロは魔剣を握ってすぐさま斬撃を放ち、咄嗟ながらに回避行動を取ったシエラルは掠めながらも致命傷を受けずに済んだ。これは幾度となく戦場で魔物と対峙してきたシエラルだからこその反射能力であり、これが並みの適合者であれば殺されていただろう。

 

「まったく、変なところでカンがいい・・・・・・」

 

「何をっ!?」

 

「分からんか?貴様を殺そうとしたのだ」

 

「それは分かっている!どうしてこんな!」

 

「邪魔だし用済みだからだ」

 

 ナイトロから放たれる殺気が本物であることはシエラルにも分かったし、それが何故かを知りたかった。確かに確執のある親子ではあったが、命まで奪われる覚えはない。

 

「もう跡継ぎなど不要なのだ。これまで出来損ないの貴様の面倒を見てきたが、それもこれまでだ」

 

「新しく子供でも作ったのか?」

 

「いや、もう子供などいらん。このワタシが永久に皇帝となるのだから」

 

 言っている意味がまるで不明瞭だとシエラルは混乱する。

 

「魔龍と手を組み、全てを治める。さすればゼオン家千年の夢も成就されよう」

 

「魔龍とだと!?血迷ったか!」

 

「至って正常な判断だ。それに、そうせねばなるまいと追い込んだのは貴様だ」

 

「なんだと!?」

 

 実の父親であるが、考えが読めない。冷え切った親子関係を通り越して、もはや他人の言葉を聞いているようだった。

 

「そもそも貴様が女として生を受けたことがワタシにとっての不幸だった。皇帝の座を受け継ぐに相応しい男でない上、思い通りにならん貴様の行動は目障りなのだよ」

 

「それがっ、それが我が子を目の前にして、親の言うことかっ!!」

 

「親だから言うのだろう?貴様が男であればと悩んだワタシの気持ちは分かるまい」

 

 怒りは感じる。だが、それよりも虚しさと空虚さをシエラルは感じていた。心が通っていなかったとはいえ、国家と皇帝のために奮闘してきたのは事実であり、それを全て否定されたのだから・・・・・・

 

「だからこのワタシがゼオン家の夢を叶える。このメタゼオスを足掛かりに、世界すら統治してみせよう」

 

「この国は皇帝一族のためにあるのではない!民達のためにあるんだ!」

 

「非力で愚かな者は、ワタシのような優秀な血筋の者に管理されて初めて存在できるのだよ」

 

「今分かった!民衆のための政治を忘れた暴君が貴様だ!そんな貴様には、表舞台から消えてもらう!」

 

 シエラルは予備の剣を取り出し、皇帝に向ける。

 

「この親不孝者めが!親に刃を向けるとは何事だ!」

 

「先に剣を向けたのは貴様だ!」

 

「ふんっ、不毛なやり取りをする時間はない。ルーアル!」

 

 ナイトロに呼び出されたルーアルがシエラルの背後の扉から現れ、不敵な笑みを浮かべて杖を装備する。

 

「魔龍と手を組んでいたんだものな、魔女とも協力関係だというんだな」

 

「そういうことだ。ルーアルよ、この愚か者を葬れ。ワタシは先に行く」

 

「待てっ!」

 

 ルーアルに後を託して去ろうとするナイトロを追撃しようとしたシエラルだったが、飛んできた魔弾に妨害されてしまう。

 

「お前の相手は私だ」

 

「そうかよ!丁度いい機会だ。魔女である貴様も倒す!」

 

「やれるかな?」

 

 ルーアルの魔弾を回避し、接近を試みる。近接戦に持ち込めればシエラルは勝てるのだが、

 

「くっ・・・・・・」

 

 ルーアルの後ろに控えていたリガーナが割って入り、シエラルの突進を阻んだ。剣と剣がかち合い、火花が二人の周囲に散る。

 

「へへへ・・・そうはいきませんよ」

 

「邪魔をするな!」

 

 実力ではシエラルがリガーナを上回っているようだが、間髪入れないルーアルの支援攻撃のせいで防戦に徹するしかなかった。このままでは手出しもできずに押し込まれてしまいそうだ。

 

「強いとはいえ、所詮お前も人間だな。それでは私には勝てん」

 

「チッ・・・!」

 

「魔女の力を思い知れよ!」

 

 杖にチャージした魔力が放出されようとしたが、

 

「させない!」

 

 ルーアルの魔弾が撃たれる直前、玉座の間に突入してきたイリアンが斬ってかかった。

 

「この人間め!」

 

 斬撃を避けたルーアルは不機嫌になりながらも、これ以上の増援が来ては厄介だとリガーナを抱えて部屋から飛び出して行った。魔剣も無い現状ではルーアルを止める術はなく、苦虫を噛むような表情でシエラルは見送るしかない。

 

「シエラル様、ご無事ですか!?」

 

「ああ。それにしてもよく来てくれたな、イリアン」

 

「何か胸騒ぎがしたのです。ただのカンです」

 

「そのカンの良さがボクの命を救った。感謝するよ」

 

「い、いえ」

 

 頬を赤く染めるイリアンの頭を優しく撫で、ここを去ったナイトロや魔女のことをどう追うか考えていた。

 

        -続く-



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第51話 落涙

「ここは・・・?」

 

 気を失っていたリリィがようやく目を覚まし、周囲の状況を確認する。彼女が横たえられているのは薄暗い洞窟の中のような場所で、まさに不気味としかいいようのない空間であった。

 

「気がついたか」

 

「フェアラト・・・!」

 

 近づいてくる気配を察知して上体を起こそうとしたのだが、縛り付けられているように体が動かない。かろうじて動く目でフェアラトの姿を捉え、睨みつける。

 

「どうしてこんなことを?」

 

「全てはドラゴ・プライマス様のためだ」

 

「魔龍の長のため?」

 

「ソレイユクリスタルとヴォーロクリスタルのパワーで間もなくドラゴ・プライマス様は復活し、世界は作り替えられる。私はそのお手伝いがしたかったのだ」

 

 無の表情から一切変化のないフェアラトの言葉を聞きながらリリィは反撃の機会をうかがっていたのだが、未だに体は動かなかった。どうも魔術によって自由を奪われているようだと直感して焦る。

 

「抵抗しようとしても無駄だ。私の魔法陣でお前の魔力を吸収しているから逃げることもできない」

 

 以前戦ったクイーン・イービルゴーストが詩織を捕らえた時に使った手段だ。こうなれば他者の救助を受けなければ自力での脱出は不可能である。

 

「わたしをどうするつもり?」

 

「こちらの戦力として活用させてもらう。お前が敵となれば、あの勇者とて力を発揮できまい」

 

「アンタに屈して仲間になったりしない。さっさと殺しなさい」

 

「無理に言うことをきかせるまでだ」

 

 フェアラトは禍禍しいオーラを放つダークオーブを取り出し、ゆっくりとリリィに近づく。

 

「な、なにを?」

 

「これをお前の体内に入れる」

 

「冗談でしょう!?」

 

「そう思うか?」

 

 冗談なわけがない。国王を殺すことすら厭わない者が、その程度のことで躊躇うはずがない。

 

「このダークオーブを取り込んだらお前は私の命令通りにしか動けなくなる。だが安心しろ。ルーアルのこれまでの失敗作とは違い、人の姿は保てるだろう。そうでなければ勇者へのカウンターに使えないからな」

 

 思い出されるのはラドロの風の首領であったイゴールだ。彼はルーアルによってダークオーブを埋め込まれてパワーアップしたのだが、異形の怪物へと変異してしまった。フェアラトの説明ではそうはならないらしいが、とはいえ恐怖しかない。

 

「卑怯者め!」

 

「卑怯者で結構。勝てばいいのだ、勝てばな」

 

 フェアラトはしゃがんでリリィの腹部に手を伸ばし、衣服を引き裂いた。そして露わになった素肌にダークオーブを押し当てる。

 

「い、いやっ!!」

 

「黙っていろ」

 

「うっ・・・!」

 

 口を手で塞がれ声を上げることすらできなくなったリリィは絶望で涙を流す。

 

「これでお前も魔族の仲間入りだ」

 

 ダークオーブが半透明になり、少しずつリリィのお腹の中へ入っていく。その嫌悪感と苦痛でリリィの瞳から光が失われる。心の中で詩織の名前を呼ぶが、霞みゆく詩織のシルエットは応えてくれない。

 それから間もなくリリィの体内に完全に吸収され、フェアラトの眷属とされてしまった。

 

「どんな気分だ?」

 

「サイアクよ・・・・・・」

 

「だろうな。まぁそのうち慣れるさ」

 

 リリィを拘束していた魔法陣が解かれたものの、これで自由になったわけではない。リリィの思考能力はまだ完全には失われおらず、フェアラトへの敵意も残っていたのだが魔具を抜くこともできない状態なのだ。

 

「例えわたしを支配しても、シオリ達が必ずアンタ達の野望を打ち砕くわ。それまでの短い余生を楽しむことね」

 

「そんな生意気な口をきけるのも今のうちだ。お前の目の前で・・・いや、お前の手であの勇者を殺させてやる。大切な仲間を殺すお前の姿を見るのが楽しみだな」

 

「アンタってヤツは!犬畜生以下よ!!」

 

「なんとでも言えばいい。どうせお前はもう詰んでいる。どう足掻いても未来はないのだから」

 

 立ち去るフェアラトを睨んでいたリリィだが、その後ろ姿が見えなくなった瞬間にへたり込んだ。溢れる涙を抑えることができず、頬を伝って地面へ落ちる。

 

「シオリ・・・・・・」

 

 もう一度だけでもいいから詩織に会いたい。そして彼女の手でこの穢れた身を切り裂いてほしいと願い、ただ俯くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「この先にまでシオリリウムロッドの光は続いているのね?」

 

「はい」

 

 城からかなりの距離を移動した詩織達の前に広がるは荒野だ。人間が立ち入ることを拒むような荒れ具合で、こんな所を住処にしているのは魔物くらいか。

 

「この先はデゼルトエリアと呼ばれていて、タイタニアで最も危険な地帯と言われている場所よ。サバイバルに特化した人間でなければ生還するのは難しいし、どんな魔物がいるかも把握しきれていないの。だからこそ魔女の隠れ家には丁度いいのかもしれないけれど」

 

 険しい顔でアイラが解説する。第1王女のクリスと並んで勇猛な戦士である彼女がそう言うのだからよほど危険なエリアなのだろう。

 

「あまり広い場所でもないからここにキャンプを設営して拠点とし、探索を行いましょう」

 

 アイラの指示を受け、クリスの部隊から派遣された適合者が素早い手際でキャンプを設営し医療セットの準備を行う。さすがに鍛えられた兵士は違うなと詩織は感心するが、それよりもリリィのことで頭が一杯だ。

 

「ここに医療班と護衛を残して我々は前進するわよ。ここから先は馬は使えないから徒歩でね」

 

 アイラ以下約二十名の適合者が荒野を進んで行く。周囲を警戒しながらで神経をすり減らす仕事だが、慎重に行かなければ命取りになってしまう。

 

「アイラさん、敵が来そうです」

 

「分かるの?」

 

「殺気が凄く伝わってくるんです。魔物だとは思うんですけど、並みの魔物じゃなさそうです」

 

「シオリがそう言うなら敵が来ているのね。各員防御を固めなさい。大きな岩場の影には特に注意よ」

 

 アイラも詩織の感覚は信用している。というより、現状では詩織の鋭敏な感覚に頼らざるを得ない。

 

「近くにいるような感じだけど・・・」

 

 周りには魔物の姿はなく、空からも近づく影はない。そこで一つの可能性に辿りついた。

 

「地下から、地面から来るかもしれません!オーネスコルピオとかハクジャみたいに!」

 

「なるほど。そういう厄介な敵が居てもおかしくないわね」

 

 そんな会話をしている瞬間であった。地面が少し揺れ、ゴゴゴという地響きも聞こえる。

 

「来るっ!」

 

 ドバッと地面を割るように飛び出してきたのは巨大なサソリ型のオーネスコルピオだ。かつてペスカーラ地方で戦った敵であり、大きな被害を出した魔物である。

 

「随分歓迎されているようね」

 

 オーネスコルピオは一体ではない。アイラの目に映るだけでも五体は存在している。

 

「手強い敵だ・・・・・・」

 

 詩織の隣に寄って来たアイリアは額に流れる汗を拭ってオーネスコルピオを睨みつける。彼女の戦闘スタイルでは大型の魔物には不利で、的確に急所を狙う以外に有効打を叩きこむことは難しい。

 

「シオリ、私が敵の注意を引き付けるから、トドメを頼んだぞ」

 

「任せて!」

 

 オーネスコルピオの一体に向かってアイリアが突撃し、そのアイリアに対して巨大な尻尾が振るわれた。先端の針に刺されれば即死は免れられないし、鎧すら溶かす猛毒付きなので当たるわけにはいかない。

 

「この程度でっ!」

 

 素早い身のこなしで尻尾の一撃を回避し、関節部にナイフを直撃させる。ダメージは小さいが、尻尾の動きを阻害することはできた。

 

「今っ!」

 

 その隙に詩織が接近し、聖剣で尻尾を斬りおとした。こうすればオーネスコルピオといえども脅威は半減する。あとは一対のハサミに捕まらないよう気を付けながら肉薄すれば勝てるだろう。

 

「終わりだよ!」

 

 痛みで狂うオーネスコルピオの頭部を破壊し、沈黙させる。経験を積んで戦闘力の上がった詩織達ならば、オーネスコルピオ相手でも充分に対応できるようになっていた。

 

「アイラさん達は!?」

 

 振り向くと、アイラと部下の猛攻で一体のオーネスコルピオが撃破されていた。残るは三体だ。

 

「いきますわよ!」

 

 詩織達の活躍を傍目に捉えながらミリシャが魔弾を発射し、オーネスコルピオの腕を粉砕する。そしてその個体に接近したターシャと友軍の適合者の連携で胴が真っ二つになって絶命した。

 

「やはり鈍っていますね・・・こんなことではダメなのに・・・・・・」

 

 上手く敵を倒せたが、ターシャの体は負傷による後遺症で万全ではない。継戦能力は低く、このまま前線に立ち続けることは難しい。

 

「こうなれば!」

 

 魔法陣から杖を取り出して装備する。現役時代のターシャは近接戦をメインとしていたので射撃は上手くないのだが、こうなったら遠距離から支援するのが得策だろう。もっとも、魔力の精製力が落ちているのでミリシャのように何発も撃てるわけではないが。

 

「このまま押し込むわよ!」

 

 敵の残存戦力は少なく、アイラも部下も負傷者はいない。それならばこのまま流れに乗ってオーネスコルピオを撃破し、勝機を掴むだけだ。

 

「時間はかけたくないものね・・・リリィのためにも!」

 

 この場にいる適合者達はリリィの救出という目的のために士気が上がっている。そこから湧き出す勇気で強敵にすら恐れを抱かず挑みかかり、残った二体のオーネスコルピオも倒すことに成功した。

 

「やはり危険な場所ね、ここは。でもシオリリウムロッドの光に向かって進んで行くわよ」

 

 彼女達は止まらない。リリィを見つけ、助け出すまで進み続ける。

 

「んっ?」

 

 アイラに付いて行こうとした詩織は妙なプレッシャーを感じ、上空へ視線を移した。するとそこには黒い飛翔体が滞空しており、間違いなくそれが魔女フェアラトであると直感した。

 

「アイラさん、アレを!」

 

「フェアラトか!?」

 

 詩織の指さす先を凝視し、その黒い飛翔体をアイラも発見する。

 

「やはり魔女の隠れ家はこのエリアの中にあるのね!ヤツを追うわよ!」

 

 

 

 

 

「ほう・・・もうここを嗅ぎつけたのか、勇者共は」

 

 なにやら魔物の動きが騒々しいなと思ったフェアラトが偵察のために飛んだ先でオーネスコルピオを倒した詩織達を発見した。相手もどうやらフェアラトを見つけたようで、追いかけるように走ってくる。

 

「予定よりも早かったが・・・やることに変わりはない。戦力を集結させて叩き潰してやる」

 

 配下の魔物をアジトへ集めて迎撃の準備を行うべくフェアラトは急いで帰還した。ルーアルから引き継いだ戦力があれば適合者などに負けるはずはない。それに、対勇者用として切り札のリリィも用意してある。

 

「ドラゴ・プライマス様の邪魔はさせん」

 

 この攻防がのちの趨勢を決することは確かで、主たるドラゴ・プライマスの勝利のためにも失敗することは許されないのだ。

 

          -続く-



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第52話 死地を駆ける

 攫われたリリィを奪還するべく出撃した詩織達はデゼルトエリアと呼ばれる危険地帯で魔物と交戦していた。魔女のアジトがこの付近にあることは間違いないが、どうにかして魔物の群れを突破しないことには探し出すこともできない。

 

「どいてよね!」

 

 リリィの元へ急ぎたい詩織はいつも以上の機動力を発揮し、凶暴な魔物をすれ違いざまに切り伏せていく。そのスピードはアイリアにも匹敵するほどだ。

 

「突出しすぎだ。一人では囲まれるぞ」

 

 その詩織に追従するアイリアが詩織の討ち漏らしをナイフで仕留める。

 

「焦る気持ちは分かるけど、ここは確実に行くわよ」

 

「は、はい」

 

 大型の魔物を撃破したアイラ達も合流し、共に前進していく。このエリアの魔物は魔女の配下であるために強力であるが、今の詩織達ならば互角以上に渡り合える。リリィを助けたいという想いが力へと変わり、立ち塞がる敵を討つのだ。

 

 

 

 

 

「さっそくだがお前の出番が来たようだ。あの勇者達が近くまで来ている」

 

 偵察から戻ったフェアラトはリリィを閉じ込めている地下へと降りた。囚われの身であるうえにダークオーブを埋め込まれたリリィはそれでも心はまだ折れておらず、弱弱しくもフェアラトを睨みつける。

 

「これでアンタも終わりよ。シオリが来たからにはアンタには敗北しかないわ」

 

「確かにヤツは強敵かもしれない。だからこそお前のことを利用すると言った」

 

「・・・私をシオリと戦わせるのね」

 

「あの勇者はお前のことを特別視しているからな。そんなお前をヤツは殺すことはできないし戦意を失うだろう。だがお前は私の命令に逆らうことはできないから、お前ならヤツを殺せる」

 

 フェアラトはリリィを開放し、付いてくるよう指示した。抵抗したいリリィではあるがフェアラトの命令に背くことはできず、意思に反して体は勝手に動いてしまう。

 

「まあここまでヤツらが辿り着ければの話だがな。ここに蓄えられた戦力は簡単には突破できないはずだ」

 

「そういう傲慢さ、嫌いよ」

 

「どうとでも言え。そのうちお前の心は絶望に押しつぶされ、そんな口をきけるのも今だけだからな」

 

「チッ・・・・・・」

 

 すぐ近くまで詩織達が来ていることは本当なら嬉しいことだが、フェアラトの眷属にされてしまった現状では複雑である。このままでは詩織達と戦わなければならないし、大切な人をこの手で傷つけてしまうことになることを恐れているからだ。

 

「行け、シュトラール。その力を発揮する時がきた」

 

 アジトの入口に擱座していた巨大な人型魔物がフェアラトの声に反応して立ち上がる。全長は約8メートルにもおよび、特徴的な単眼はダークオーブそのものだ。そのシルエットを見たリリィは以前ディグ・ザム坑道で戦ったヴァラッジを思い出す。

 

「ルーアルの置き土産はなかなかのモノだろう?」

 

「こんなのでシオリを倒せると思わないことね」

 

「そうかな?試してみよう」

 

 シュトラールはズンと足を踏み出し、撃滅するべき人間の元へと歩きはじめた。

 

 

 

 

 

「敵の数も増えてきたわね」

 

「シオリリウムロッドの光の指す方向から増援が来ているようですから、もう少し行った所に魔女の拠点がある可能性が高いですね」

 

 詩織はアイラと背中合わせで敵に対しつつ、魔物の攻撃が激しくなってきたことで魔女の拠点に近づいていることを確信する。困難な状況ではあるとはいえ、勢いづく適合者達の猛攻によって戦局は優位に進んでおり、このままなら敵を殲滅できるだろう。

 

「この感じ・・・・・・」

 

 だが思い通りに進まないのが戦いというものだ。

 

「また何か感じるの?」

 

「強い殺気みたいなものを感じました。この辺にいる魔物よりも強いのを」

 

 魔物数体を切り裂き、詩織は周囲に目を配る。すると、まるで巨大な岩にも見える人型魔物が近づいてくるのが見えた。

 

「あんなデカブツまで用意していたとはね」

 

 呆れたように肩をすくめるアイラだが恐怖などは感じていない。どんな敵であれ、立ち塞がるなら叩き潰すだけだ。

 

「ミリシャ、ヤツを撃てるかしら?」

 

「お任せください、アイラ様。わたくしの火力をお見せいたしましょう」

 

 ミリシャは杖をかまえて魔力を集中し、高火力の魔弾を撃ち放つ。周囲の空気すら震わせる渾身の一撃は的確にシュトラールへと飛ぶ。

 

「やったか!?」

 

 あれほどの攻撃を受けて平然としていられるのは魔龍くらいだろう。アイラは勝ったと思ったのだが、

 

「敵の攻撃が来ます!」

 

 詩織は敵からくるプレッシャーが強まったのを察知し、攻撃が効いていないどころか反撃がくることを悟る。

 

「退避!」

 

 アイラの指示でミリシャ達が動いた瞬間、紫色のビームのような魔力光弾が飛んできた。先ほどミリシャが放ったものよりも遥かに威力の高い攻撃で、着弾地点は抉れて大きな爆発が発生する。

 

「くっ・・・!」

 

 そこから発せられた爆圧は付近の適合者達を吹き飛ばし、アイラは額から流れる血を拭いながらシュトラールへと視線を移す。

 

「化物ね・・・本当に・・・」

 

 シュトラールにダメージを受けている様子はなく、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「シオリ、大丈夫!?」

 

「はい。少し肩が痛みますが、大丈夫です」

 

「良かった。どうやらヤツは只物ではないわ。アンタの特殊な魔力が必要になりそうよ」

 

「やってみます」

 

 シオリリウムロッドのサーチ機能をオフにし、攻撃モードへ移行する。この杖は元々高性能な魔具であり、詩織の魔力との相乗効果によって並みの杖よりも活躍できるものだ。

 

「いけっ!」

 

 シオリリウムロッドの先端から飛翔した魔弾は強い残光を描きながらシュトラールへと迫るが、

 

「なんと!?」

 

 シュトラールの目が妖しく光り、体の前方に構築された魔力障壁によって防がれてしまった。

 

「ダークオーブのパワーか・・・・・・」

 

 詩織の魔力に対抗できるのは魔女かダークオーブの力だけだろう。これまでにもそうした強敵と戦ってきたが、今回の相手はそれらよりも更に強い相手だと直感する。

 

「高火力の魔弾に鉄壁の防御・・・どう倒したらいいのかしら」

 

「前にアレと似た敵と戦ったのですが、その時は近接戦に持ち込んで零距離で技を撃ちこみました」

 

「なるほど。射撃系の敵なら近接戦に持ち込むってわけね」

 

 このまま相手の得意な遠距離戦闘をしても勝ち目は薄い。ならば接近し、魔力障壁の張れない零距離から攻撃するほかになさそうだ。

 

「近づくのは難しそうだけど、ここは度胸一発かますしかないわね。行くわよ!」

 

 先陣を切るアイラに詩織やタイタニアの適合者達が続く。

 

「また撃ってくるか・・・!」

 

 シュトラールの右腕は魔道砲となっており、その銃口が光を収束させて魔力をチャージしているのが見て取れる。

 

「少しでもお役に立てれば!」

 

 ミリシャは敵に攻撃が効かないのを承知のうえで低威力の魔弾を連射する。これは陽動のための攻撃で、実際にシュトラールは鬱陶しそうに左腕に装備したブレードでガードする。もはや通常の魔弾など魔力障壁を展開せずとも防げてしまうらしい。

 

「各員、散開!」

 

 魔弾を防御しつつシュトラールが第二射を放った。狙いは詩織であったが、それに気がついていたために充分な回避行動を取り致命傷を受けずに済む。

 

「魔弾は強いけど、一発ごとに時間がかかるなら近づける!」

 

 以前戦ったヴァラッジは雨の如く魔弾を連射してきたが、今回のシュトラールは一撃必殺の強攻撃を主体にしているために射線を読みやすい。その一撃さえ避けてしまえば隙ができて近づくチャンスが生まれるのだ。

 

「このまま・・・何っ!?」

 

 次の攻撃が飛んでくる前に突撃しようとしたが、シュトラールの腹部装甲がガバッと左右に開き砲塔が現れたのを見て立ち止まる。

 その直後、砲塔から多数の魔弾が放たれてまるで散弾のように拡散した。

 

「危なっ!」

 

 詩織は身を伏せて避けたが、直撃してしまった適合者の一人の上半身が吹き飛ぶのが視界に入る。

 

「か、火力が強すぎる・・・・・・」

 

 防御できるかは分からないが、詩織はとりあえずガーベラシールドを装備した。この魔具も勇者用の特殊な物であり、基本は回避だが最終手段として持っておいて損はないだろう。 

 

「怯まないで!前進よ!」

 

 アイラの怒気を孕んだ指令を聞き、敵に圧倒されていた詩織は再び立ち上がる。このまま伏せていたって勝てるものではない。

 

「やってやる・・・!」

 

 この先にいるであろうリリィのため、詩織はひたすらに駆け出す。

 

「分散すれば、行ける!」

 

 誰か一人でもタッチダウンすれば勝機を掴めるはずで、適合者達は分散して接近を試みる。だがシュトラールの攻撃はより苛烈になり、ついには眼球と化しているダークオーブからも魔弾が飛んでくるようになった。

 

「ここまでこれれば!」

 

 一方的なシュトラールの砲撃に苦戦しながらも、それでも詩織はかなり接近することができた。敵との距離が近いせいで回避が困難な魔弾はガーベラシールドで防御し、シールドに内蔵された拡散魔道砲で反撃を行う。

 

「この距離なら!」

 

 もうシュトラールは目の前だ。こうなれば聖剣での交戦範囲内であり、杖を格納して詩織は斬りかかった。

 

「くっ!」

 

 しかしシュトラールは巨体に似合わぬ素早さで左腕のブレードを振るって聖剣を弾き、眼球から魔弾を撃ち出す。

 

「まだまだっ!」

 

 ガーベラシールドで魔弾をいなし、詩織は捨て身でジャンプ。ブレードによる斬撃がくる前に聖剣で胸部を切り裂いた。

 聖剣によって裂かれた部位から血を噴き出すシュトラールだが、すぐに傷の修復が始まる。ダークオーブによる回復能力はダテではない。

 

「シオリ、援護するわ!」

 

 詩織の攻撃によって砲撃が止んだ隙を突いてアイラもシュトラールに肉薄する。そして剣による渾身の一撃で足を斬撃し、姿勢を崩すことに成功した。

 更にはミリシャやターシャの魔弾がシュトラールの胴へと着弾したことで大きく後ずさる。ダメージを与えられているわけではないが、着弾の衝撃まで無効化できるわけだはないのだ。

 

「もらった!」

 

 敵の魔道砲を足掛かりに頭部へ飛び乗り、詩織は聖剣を振り下ろしてダークオーブを刺し貫いた。眼球から紫色の煙が立ち昇り、力を失ったシュトラールはその場に倒れる。いくら化物じみた性能の魔物であってもダークオーブを破壊されれば致命傷となるのだ。

 

「や、やった・・・・・・」

 

 飛び降りた詩織は魔力を多く消費したことで肉体強化が解け、尻餅をついて座り込む。

 

「シオリ、よくやったわ。お手柄よ」

 

「アイラさん達が援護してくれたおかげです。私はトドメを刺しただけです」

 

「もっと誇っていいのよ」

 

 強敵を撃破し、少し気の抜けた詩織は倒したはずのシュトラールが僅かに動いたことに気がつかなった。

 

「シオリっ!」

 

 巨大なシュトラールの左手が詩織に迫る。それにいち早く気がついたアイラは詩織を押し倒して助けたものの、自分がその手に捕まってしまった。

 

「アイラさん!」

 

 詩織は聖剣を咄嗟に拾い上げてアイラを掴む左腕を斬りおとそうとしたが、一歩遅かった。

 

「あぐっ・・・・・・」

 

 アイラは地面に叩き落とされ、その軽い体が転がる。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 ダークオーブを破壊されてもなお生きていたしぶといシュトラールと詩織の武器が交錯する・・・・・・

 

      -続く-



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第53話 悲劇の再会

 ダークオーブを破壊されたがシュトラールの心臓は止まってはいなかったようで、上体を起こしながら右腕の魔道砲を詩織に向けた。しかし、生きているとはいえ力のほとんどを失っているため魔力チャージに時間がかかってすぐに撃ち出すことができない。

 

「絶対に許さない!」

 

 アイラが目の前で叩き落とされたことに怒る詩織は魔道砲を回り込むようにしてシュトラールの胴体へと駆ける。詩織自身もパワーを回復しきれているわけではなく、体内の魔力量が少ない状態ではあったがそれでも足を止めない。

 

「仕留めてやる!」

 

 聖剣で大技を放つことは今の魔力量では不可能なので詩織はガーベラシールドを構えてシュトラールの胸部に近づき、零距離でシールドに内蔵された拡散魔道砲を撃ち放つ。その魔弾は頑強な装甲ともいうべき体表を貫通して心臓を破壊し、ついにシュトラールは絶命した。

 

「アイラさん!」

 

 詩織は倒れ伏したシュトラールには目もくれず、地面に転がったアイラの元へと駆け寄る。

 

「ドジを踏んでしまったわ・・・・・・」

 

「体は大丈夫ですか!?」

 

「ええ・・・なんとかね。でもあちこち痛くて・・・・・・」

 

 苦しそうに笑みを浮かべるアイラだが、これでは暫くは戦線復帰はできないだろう。

 

「アタシのことはいいから、アンタは早くリリィの所へ行きなさい」

 

「でも・・・」

 

「頼りにしてるんだから、ほら」

 

「分かりました。必ずリリィを助けて戻りますから」

 

 医術にも通じるミリシャがアイラの治療を行い、その間に詩織、アイリア、ターシャ他生き残った適合者達がシオリリウムロッドの光に従って進んで行く。

 

 

 

 

 

「シュトラールがやられたか・・・・・・」

 

「ほらみなさい。シオリ達ならあんなのだって倒せるのよ」

 

「ふん。これで終わりではない。この周囲に潜ませている戦力はまだある」

 

 それにフェアラトという魔女が残っているわけで、これを撃滅するのは容易ではない。

 

「お前を勇者にぶつけることもできるし、楽しみが近づいている」

 

 

 

 

 

 

「シオリ、アレが見えるか?」

 

「うん。隆起した岩みたいな場所に空洞があるね」

 

「思うんだが、あそこが敵のアジトじゃないだろうか」

 

「かもね。シオリリウムロッドもあの空洞の方向を指しているし、潜入してみよう」

 

 一同が前進を始めた途端、

 

「また敵かっ!」

 

 目的地の周囲から多数の魔物が出現した。それらは人型の骸骨であり、まるで冥界から呼び出された死者の軍勢だ。

 

「モルトスクレットというヤツか」

 

「アイリア、知っているの?」

 

「前にミリシャから聞いたことがある。アレらは過去の魔龍軍の戦力だった魔物だ。生物的な魔物とは違い、ヤツらは敵を殺すためだけに動く。恐怖や痛みなどを感じず、たとえ体を損壊しても機械のように目的を果たそうとするんだ」

 

「人を殺すためだけの魔物か」

 

 生気を感じさせないモルトスクレットの軍隊は槍や棘の付いた盾などを装備して出陣。しかしそれに対して詩織は恐れを抱かない。目の前の敵を打ち砕き、アイラに託された任務を果たすだけだ。

 

「どいてよね!」

 

 一番槍で吶喊した詩織は聖剣でモルトスクレット数体をまとめて薙ぎ払う。もはや普通の女子高生だった頃とは違い勇猛果敢に攻めこんでいく。

 

「負けてられないな!」

 

 共に突撃したアイリアもナイフでモルトスクレットの首をはねた。だが頭部を失っても尚動き、無暗に槍を振り回している。

 

「いい加減くたばりなさいな!」

 

 その個体にミリシャの魔弾が直撃し、胴体が粉砕されて機能を停止した。

 

「邪魔だな、本当に!」

 

 モルトスクレットの数は多く、詩織の進行を阻む。だが、いちいち相手にしていれば時間が奪われるだけだ。

 

「アイリア、ミリシャ!援護をお願い!」

 

「任せろ!」

 

 アイリアが直掩についたのを見計らい、詩織は聖剣を腰だめに構える。

 

「夢幻斬りっ!」

 

 横薙ぎに払われた聖剣から光が飛び、眼前に展開されていたモルトスクレットの群れをまとめて薙ぎ払った。砕かれた骸骨の残骸が舞い上がり、不気味な散華のように見える。

 

「シオリは魔力回復を。敵は私達が抑える」

 

 詩織の一撃で多数のモルトスクレットが撃破されたが、それでも結構な数が残っていた。だが戦力に空白ができたことで人間側が攻め込める隙がある。

 

「リリィ様、待っていてくださいね」

 

 ミリシャの援護を受けながらアイリアは駆けぬける。拠点内に侵入させまいとモルトスクレット達がわらわらとアイリアを取り囲むが、人型相手の戦闘が得意なアイリアは冷静に敵の攻撃をかいくぐって反撃を与えていく。このまま魔物の気を引きつけておけば味方が戦いやすいし、詩織も魔力回復に集中できるだろう。

 

「フッ、今の私は最高にノッている。いつもよりも動けている・・・」

 

 強い想いが彼女の体を突き動かす。これまで味わったことのないハイな状態で、いわゆるゾーン状態になっていた。

 

「視える、その程度の動きなら視える!」

 

 敵の動きがスローのように思え、アイリアは見切ったように回避していく。

 

「貴様達如きにリリィ様はやらせんっ!」

 

 味方の適合者達も善戦し、このまま押し切ろうとしたが、

 

「また増援か!?」

 

 大地を割って飛び出したのはハクジャであった。ヴェルク山で遭遇した個体よりは小さいが、それでも脅威であることには違いない。

 

「チッ・・・・・・」

 

 大型の魔物は魔具の性質上不得手であり、アイリアは舌打ちする。

 

「しかし、敵を足止めするくらいはできるはずだ!」

 

 ハクジャの背中に飛び乗ってナイフを突き立てた。厚い皮膚を貫通して裂くが、致命的なダメージではない。とはいえハクジャのターゲットを自分に向けることはできた。

 

「アイリア!」

 

「シオリか!ここは私に任せろ!」

 

 魔力を回復した詩織がアイリアに加勢しようとしたが、アイリアは先に進むように促す。

 

「リリィを助けてすぐに戻ってくるからね!」

 

「ああ。頼んだ!」

 

 ターシャと共に敵拠点を目指す詩織を見送りつつ、アイリアはこの強敵をどう撃破しようか考えていた。

 

 

 

 

 

「ここが魔女のアジトか」

 

「ここから先はどんな敵が出てくるか分かりませんから気を付けていきましょう」

 

 魔物の群れを突破した詩織とターシャはフェアラトの拠点内部に潜入し、周囲を警戒しながら奥を目指す。強い敵意が向けられているのが分かり、ここに魔女がいるのは確かだと直感する。

 

「ここまで来たことは褒めてやろう」

 

「フェアラト!」

 

 敵に遭遇せずに進んだ先、フェアラトが無表情で待っていた。そのことから褒める気など全くないことが分かる。

 

「リリィはどこにいる!」

 

「そんなに会いたいなら会わせてやろう。だが、ここを突破できればの話だ」

 

 フェアラトの言葉を待っていたかのように地面から数体のモルトスクレットが這い出てきた。この程度ならと詩織は油断したが、よく見てみると外にいたモルトスクレットが白色だったのに対し、ここに出現したモルトスクレットは赤みがかっている。

 

「私が強化した個体達だ。さて、突破できるか?」

 

 フェアラトは更に奥へと去ってしまった。追いかけるには赤いモルトスクレットを倒すしかないようだ。

 

「シオリ様、ここはお任せください」

 

「でも、ターシャさんは・・・」

 

「確かに体は万全ではないです。しかし敵を引きつけることくらいはできます。リリィ様を少しでも早く苦痛から解放するためにも、早く!」

 

 詩織は襲い掛かって来たモルトスクレットの斬撃を防ぎつつターシャに頷く。この赤い個体のパワーの強さを実感し、これではターシャには厳しいことが分かるが、それでもリリィを少しでも早く救うことを選んだ。これはターシャの気持ちを重んじての判断でもある。

 

「いきます!」

 

 一体のモルトスクレットを踏み台にしてジャンプし、その群れを飛び越した。

 

 

 

 

 

「ここまでだ!フェアラト!」

 

「そうかな?」

 

「追い込んだんだ!早くリリィを返して!」

 

 赤いモルトスクレットをターシャに任せて詩織はついにフェアラトを拠点の最奥まで追い込んだ。もう逃げ場はなく、戦うしかない。

 

「リリィよ、そろそろ姿を見せてやれ」

 

 それに呼応するように物陰からリリィが姿を現した。詩織の見慣れない姿で。

 

「リ、リリィ・・・?」

 

「見ないで・・・・・・」

 

 着こんでいるのはいつものドレスアーマーではなく、戦闘に向かないヒラヒラのランジェリーだった。それを嫌がっているようで、詩織から顔をそむける。

 

「ほらリリィ、アレを見せてやれ」

 

「くっ・・・・・・」

 

 リリィがフェアラトの指示で前垂れをめくると、下腹部に紫色の紋章が浮かんでいるのが見えた。それがダークオーブによって生じたものだと詩織はすぐに理解する。

 

「貴様!リリィに何を!」

 

「簡単なことだ。ダークオーブを埋め込んで支配した。こういう魔物は今までにも出会っただろう?それと同じだ」

 

「・・・す」

 

「なんだ?」

 

「殺す!!」

 

 今までに見たことないほどに詩織は激昂していた。その瞳から光は消え、殺意だけが宿っているように思えるほど濁る。

 

「威勢はいい。だが、貴様の相手は私ではない」

 

「なんだと!?」

 

「さぁ、リリィ」

 

 フェアラトに逆らえないリリィが苦悶の表情で詩織の前に剣を持って立つ。

 

「リリィは私には逆らえんのだ。だからこうしてお前と戦わせる」

 

「ド畜生めが・・・!」

 

 フェアラトを睨むが、当の本人は何も感じていないように無表情から変わらない。

 

「シオリ、ゴメンね・・・・・・」

 

「どうして、謝るの?」

 

「こんなになっちゃって・・・迷惑をかけちゃって・・・」

 

「迷惑だなんて・・・」

 

「わたしはフェアラトの指示に逆らえない・・・だから・・・」

 

 リリィの瞳から涙が頬へ伝う。

 

「殺して。わたしを、あなたの手で・・・・・・」

 

「そんなこと!」

 

「このままじゃあなたを殺すことになってしまうわ・・・酷な事を言っているのは分かってる・・・でも、そうなる前に殺してほしいの・・・」

 

 動揺で詩織の体から力が抜ける。ここにはリリィを助けに来たのだ。決して殺すために来たのではない。

 

「あなたの手でなら、わたし・・・」

 

「茶番はそれまでだ。リリィ、ヤツを殺せ」

 

「くぅっ・・・!」

 

 リリィはダークオーブを埋め込まれた腹部を抑えて息を荒くし、ゆっくりと詩織に近づく。

 

「リリィ・・・・・・」

 

 フェアラトを先に倒してしまえばどうにかなるかと思ったが、こうしてダークオーブを通じてリリィを操れるわけで、もしフェアラトに襲い掛かったらリリィに自害だとかの指示を出すかもしれず動けない。

 

「シオリ、お願い・・・わたしの最期の・・・」

 

 数秒後にはリリィとの交戦距離に入る。焦る詩織はこの局面をどう解決するのか・・・・・・

 

        -続く-



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第54話 月明りの下で

 フェアラトにダークオーブを埋め込まれて操られたリリィと対峙する詩織。どうにかしてリリィを助けたいのだが動揺と焦りに思考と動きが鈍っていた。

 

「リリィ・・・!」

 

 剣による斬撃を聖剣で防御してリリィの潤んだ瞳を凝視する。悲しさと絶望に支配されたリリィの感情がその瞳に現れており、自分の意思に反して体が動いてしまうことへの恐怖も映し出されていた。

 

「お願い・・・早くわたしを殺して・・・」

 

「できない、そんな・・・」

 

 しかし何か手を打たないことには詩織は殺されてしまう。そして操られたリリィはアイリアやターシャにも襲いかかるだろうし、そうなればリリィの心はより強い絶望に塗りつぶされてただの傀儡に堕ちることは想像に難くない。それならばいっそこの手で・・・・・・

 

「いや、何を考えているんだ私は・・・リリィを助けにきたんじゃないか!」

 

 一瞬とはいえリリィを手にかけようという考えがよぎったことに自分で憤慨する。リリィを生きて奪還する、それこそが絶対的な目的なのだ。

 

「絶対に助けるから!」

 

「できるかな、貴様に」

 

 高みの見物をきめこむフェアラトは詩織の苦戦を見て余裕そうに腕を組んで壁に寄りかかっている。そんなフェアラトへの怒りも強く感じていたが、彼女自身が手を出してこない現状ならばリリィを救う手立てもあるはずだ。

 

「このままじゃ・・・・・・」

 

 リリィの攻撃は途切れることなく続き、ついには詩織の左腕を裂いて鮮血が散る。傷は浅いがリリィの動揺は強い。

 

「シオリ!!」

 

「大丈夫だよ、このくらい」

 

「こんな、こんなことって・・・」

 

 この手で詩織を傷つけてしまったことでもうリリィの心は限界に近づいていた。

 

「ダークオーブなら、イチかバチかやってみるか・・・・・・」

 

 解決策を探していた詩織は一つの案を考えていた。それはリリィのダークオーブを引き抜くというものである。ダークオーブに干渉できるのは魔女と勇者だけであり、詩織もダークオーブに触れることができるわけだ。実際にルーアル配下のオーネスコルピオのダークオーブを回収して魔法陣に収容したこともあるし、その時と同じことをすればいい。

 

「いけるか?」

 

 勿論リスクだってあるだろう。ダークオーブを破壊されると埋め込まれた生物は機能不全を起こして絶命する可能性がある。つまりリリィから無理にダークオーブを引き抜いて無事に元に戻るかは不明なのだ。

 

「やってみるか!」

 

 とはいえ手をこまねいている場合ではない。

 

「このっ!」

 

 リリィの剣を弾き飛ばし、詩織は聖剣を放り捨てる。

 

「リリィ!」

 

「シオリ・・・?」

 

 詩織はリリィの腕を引っ張って抱き寄せた。そしてリリィの腹部に手を当て、魔力を流す。

 

「あうっ・・・!」

 

「少し我慢してね!」

 

 理屈ではなくやるべきことが感性で分かる。ダークオーブの邪悪な力を掌で感じつつ、脳内で自らに引き寄せるイメージを浮かばせる。これでいけるか分からないが、シオリリウムロッドを使う時の要領を応用したのだ。

 

「なにっ!?」

 

 珍しくフェアラトの顔に驚きの表情が浮かぶ。それはそうだろう。リリィから霊体状態のダークオーブが引き抜かれ、それを詩織が実体化させて叩き割ったのだから。

 

「やった!!」

 

 リリィの下腹部にあった紋章は消え失せ、すっかり元通りになった。どうやら成功し、リリィをフェアラトの支配から解き放てたようだ。

 

「シオリ、ありがとう・・・ここまでしてくれて、どう恩を返せばいいのか・・・」

 

「リリィのためだもの、どうってことはないよ」

 

「あなたって人は・・・」

 

 だがダークオーブに侵されていたリリィの調子は完全に戻ったわけではなく休息が必要だろう。そのためにはフェアラトをどうにかしなければならない。

 

「よくも私の楽しみの邪魔をしたな!」

 

 フェアラトが魔具を装備し、今まさに詩織に襲い掛かろうとしたが、

 

「させん!」

 

「なっ!?」

 

 ナイフが飛び、フェアラトを掠める。

 

「アイリア!」

 

「待たせたな」

 

 アイリアだけではなくターシャまでもが拠点中枢部に突入してきたのだ。

 

「ターシャさん、リリィをお願いします」

 

「わかりました。シオリ様、必ず戻ってくださいね」

 

「はい。リリィの所が私の居場所ですから」

 

 気を失ったリリィをターシャに託し、聖剣を拾ってアイリアと共にフェアラトに対峙する。

 

「これで形勢逆転だね」

 

「そうかな?」

 

「ソレイユクリスタルを返して」

 

「残念だがソレイユクリスタルはここにはもう無い。有りかを言う気も無い」

 

「だったら!」

 

 リリィへの悪行で詩織の怒りは頂点を通り越しており、一周回って冷静さすらあった。地面を蹴ってフェアラトに詰め寄り、聖剣で斬りかかる。

 

「これで勝ったと思うなよ」

 

 クリス達を退けるパワーを持つフェアラトだ。詩織も適合者として確実に成長していたのだが敵わない。

 

「数で押せば・・・・・・」

 

 物量差では勝っており、二人で押し込めば勝機もあるだろうが、

 

「ダークオーブで!」

 

 フェアラトは予備のダークオーブを自らに押し込んで取り込み、暗黒のオーラを纏って強化されてしまった。ただでさえ魔女は強敵なのに、こうして能力が上がってしまっては苦戦必至だ。

 

「特別な力を持つのがお前だけだと思うな」

 

 膨大な魔力で剣を包み、禍禍しい刃を形成して振りかざしてきた。強力なエネルギーが空気を振動させながら迫るが、詩織達は回避に専念してなんとか傷を受けずに済む。

 

「しかしとて!」

 

 詩織とアイリアがフェアラトの間近に迫り、同時に攻撃を繰り出す。

 

「甘いな!」

 

 フェアラトは地面に剣を突き刺し、一気に魔力を開放。すると強烈な衝撃波が周囲に飛び、詩織達は大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「ダンチだ・・・パワーが・・・」

 

「これが魔女の力だ。しかも私はルーアルよりも強い」

 

 体勢を立て直したばかりの詩織に向かって跳躍し、その頭の上から斬りかかろうとした。詩織は聖剣で防御の姿勢をとるが、力負けするのは確実で押しつぶされてしまう。

 

「もらった!!」

 

「くっ・・・・・・」

 

 しかしフェアラトの剣は詩織に届くことはない。流星の如き魔弾が二人の間に介入し、フェアラトの動きを妨害したからだ。

 詩織がその光の来た方向を見ると、そこにはミリシャが立っていた。そして彼女に治療されて戦線復帰したアイラがフェアラトに食って掛かる。

 

「アタシの妹をよくも傷つけてくれたわね!」

 

 詩織並みに怒りを爆発させているアイラの攻撃は重く、フェアラトは鍔迫り合いに負けて後ずさる。

 

「こんな人間が、私を!」

 

「人間の想いの力はこんなものじゃない!」

 

 追撃が脇腹を裂き、フェアラトは後方へジャンプして膝をついた。傷自体はダークオーブによってすぐに修復されたが、人間相手にダメージを受けたことによるプライドの傷までは治らない。

 自分が押し込まれたことへの動揺で力を存分に発揮できておらず、それを見抜いた適合者達はトドメとばかりに一大攻勢をかける。

 

「こんなヤツらにっ」

 

 ミリシャの魔弾を剣で弾くが、次の瞬間にはアイリアのナイフによって左腕が切断されていた。

 

「バカなっ・・・こんなバカな!」

 

 焦りながらも迫るアイラへと応戦しようとしたが、

 

「終わりだ!」

 

 詩織の聖剣がフェアラトの背中から胸を刺し貫き、心臓が破壊された。フェアラトはその力を出し切ることもできず、詩織達に敗北したのだ。リリィを操っていた時にフェアラト自身も戦闘に参加していれば結末は変わったろうが、勝てるという慢心が死という結果を引き寄せた。

 

「倒したわね、魔女を」

 

「はい。でも、ソレイユクリスタルの有りかを聞きだすことはできませんでした」

 

「それはまた探せばいいのよ。今はリリィの無事を喜びましょう」

 

 詩織は頷き、ターシャに運ばれたリリィの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 気を失っていたリリィだが城に帰還してすぐに目を覚まし、体にももう異常は無いようであった。それは詩織がダークオーブを引き抜いたおかげで、まさに奇蹟の生還である。

 

「あの魔女はソレイユクリスタルでドラゴ・プライマスを復活させると言っていたの。それをどうやってやるのかは知らないけれど、阻止しないとね」

 

「そうだね。でもそれはクリスさん達が方法を検討してくれているから、今は体を休めよ?」

 

 夜、リリィの部屋にて詩織はリリィと二人きりの時間を味わっていた。こうして一緒に居られることがどれほど幸せなことかが分かったし、だからこそ大切にしたかった。

 

「本当に、ありがとう詩織」

 

 ベッドに腰かける二人の間には穏やかな雰囲気が漂う。修羅場と化した戦場での空気とは正反対だ。

 

「気にしないで。リリィが居なくなったらイヤだもの、だから頑張ったんだ」

 

 詩織の笑顔にリリィの心は色々な想いで一杯になる。

 

「シオリ・・・」

 

 リリィは詩織の肩に手を置き、そのままベッドへと押し倒す。詩織は抵抗することもなく受け入れ、リリィの瞳を見つめ返した。

 

「我儘、言っていい?」

 

「いいよ」

 

「シオリに前から言いたかった・・・・・・」

 

 少し言葉に詰まりながらも、リリィは改めて言葉を紡ぐ。

 

「これからもずっとわたしの傍にいてほしい。シオリをこの世界に無理に召喚しておいて何言ってるのって話だけど、わたしはあなたと離れたくないの」

 

 これがリリィの想いの全てだ。王家の人間としての立場だとか関係なく、詩織という個人が大切なのだ。だがその答えを訊くのが怖くて切り出すことができなかった。それでも言うタイミングは今しかないと打ち明けたのである。

 

「・・・いいよ」

 

「えっ・・・?」

 

「私はずっとリリィの傍にいる。このまま永遠に」

 

「いいの・・・?」

 

 詩織は小さく頷き、肯定した。

 

「私も言おうと思っていたんだ。この世界に留まりたい、リリィと一緒に居たいって」

 

「そっか・・・そうだったんだ」

 

 リリィも詩織も思うことは一緒であった。互いに互いと生きていくことを望んでいたのだ。

 そして詩織はおもむろにリリィの手を顔に引き寄せ、手の甲に優しく口づけをする。

 

「リリィ様、あなたに仕えることを誓います。この身も心も捧げ、あなたの勇者として戦います」

 

 これは建国祭で演じた劇のセリフで、勇者が王女に誓いを立てるシーンの再演である。いや、これは正確には再演ではない。なぜなら演技などではないからだ。

 

「シオリ・・・?」

 

「私はリリィの勇者になる。あなたに全てを捧げて戦うと誓うから、私を導いて。そしてあなたの傍に私を置いてください」

 

 それで充分であった。もう言葉などいらないくらいに二人の心は通じ合っている。

 

 窓から差し込む月明かりで浮かび上がった二人の少女のシルエットが、今、一つへと重なっていった。

 

         -続く-



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第55話 本当の自分

 魔女フェアラトとの戦いに勝利してリリィを連れ戻すことに成功した翌日の朝、詩織達は臨時指揮所となっている多目的ホールへ赴く。リリィを奪還したとはいえ国王は亡くなり、更には魔物達の動きがより活発化していることで室内は多忙な様子であった。

 

「おはようございます、リリィ様。もうお体は大丈夫なのですか?」

 

「問題ないわ。これもミリシャ達のおかげよ」

 

「それは良かったですわ。肌つやも良いようですし、またお元気な姿を見ることができて安心いたしました」

 

 その思いは詩織も同じである。リリィの居ない間は心ここにあらずだったし、こうして隣に立てるだけで幸せを感じていた。

 

「リリィ、帰ってきて早々悪いのだが頼みたいことがある」

 

 クリスに手招きされ、ホールの奥にあるデスクへと足を運ぶ。そこには地図や兵力を示す模型などが置かれており、ここで戦略会議が行われているようだ。

 

「どのような任務でしょうか、クリスお姉様」

 

「至急メタゼオスに向かい、状況を把握してほしいんだ」

 

「それはどういう?」

 

「メタゼオスに派遣した使者の情報によるとナイトロ・ゼオン皇帝は魔女や魔龍と共謀していたらしく、直属の部隊を率いて離反したらしい。そのことで子息のシエラル・ゼオンにも疑惑の目が向けられて議会は紛糾しているようだ」

 

「なんですって!?」

 

 リリィだけでなく詩織も驚きを隠せない。ナイトロの事はよく知らないが、少なくともシエラルは魔女に協力するような人間ではない。

 

「シエラルはわたし達と魔女を倒すべく戦ってきたんです。そんなアイツが魔女と共謀するなんてことはあり得ません」

 

「私もそう思う。シエラル自身もナイトロに襲われて戦闘になったというし、魔女とも玉座の前でやりあったようだ。しかしそれでも彼を信じない者がいて、そうした議員達がシエラルの処刑案も出しているとのことだ」

 

「そんな・・・・・・」

 

「そこでリリィ達の出番だ。メタゼオスで何が起きているのかを把握し、シエラルに会うんだ。そしてナイトロや今回の事件について調べろ。そうすればフェアラトの事や、奪われたソレイユクリスタルの行方も掴めるかもしれん」

 

「分かりました。すぐに向かいます」

 

 シエラルはいくつもの戦場を共にした戦友だ。見捨てるなんて選択肢はない。

 

「こんな状況だからいつ魔女と戦うことになるか分からん。リリィに臨時編成した適合者部隊を預ける」

 

「わたしにですか?」

 

「今のリリィならば指揮を執れるはずだ」

 

「やってみます」

 

 クリスやアイラには専属の騎士団が与えられていたが、リリィはこれまでそうした騎士団を与えられることはなかった。なのでようやく規模の大きな戦闘部隊の指揮官として、そしてスローン家の姫騎士として認められたということになる。これはクリスがリリィの功績と成長を評価している証と言えるだろう。

 

 

 

「これで全員揃ったわね」

 

「はい。リリィ様」

 

 新調したドレスアーマーに身を包んだリリィが整列した約20名の部隊員の前に立つ。あくまで今回限りの臨時部隊ではあるが、それでもこの任務を共にこなす仲間である。

 

「お姉様達のように要領良く指揮を執れるかは分からない。でも、全力で皆を率いていくから、わたしに付いてきてほしい」

 

 隊員達の敬礼を受けてリリィも敬礼を返す。

 

「では行くわよ。メタゼオスへ」

 

 国や民達を裏切ったナイトロや魔女は魔龍を復活させようと企んでいる。今回の遠征でそうした巨敵と邂逅することになるかは分からないが、もう決着をつけなければならない時が来ているのは間違いのないことであった。

 

 

 

 

 

 

「少し休憩を挟むわ。今のうちに軽食やトイレとか済ませておいて」

 

 列車の最終地点である国境沿いの街にて隊員達へ小休止を与える。急いではいるが、こうも大人数を率いているのだから指揮官としてメンバーを気遣わなければならない。

 

「あっ、リリィ様お久しぶりです」

 

「あらニーナじゃない」

 

 リリィに声をかけてきたのはチェーロ・シュタットに共に赴いたシュベルク隊のリーダーであるニーナで、部下のミアラやタリスも一緒であった。

 

「大勢お連れになってどこに向かうのです?」

 

「メタゼオスに。皇帝が魔女の仲間だったらしくて、それで大変なことになっているそうなの」

 

「そうなのですか。なら、私達もお供させていただけませんか?」

 

「えっ?でも、アナタ達にも任務があるんじゃないの?」

 

「シュベルク隊はこの前のチェーロ・シュタットでの功績で休暇を与えられているんです。でもそんな緊急事態ですし、リリィ様のお役に立ちたいんです」

 

 そう言われれば断る理由もない。

 

「なら同行してもらおうかしら。どこで魔女に襲われるか分からないし、人数は多いほうがいいわ」

 

「ありがとうございます。すぐに準備してきますので」

 

 この街の適合者詰所は近くにあり、ニーナ達は足早に向かっていった。

 

「これもリリィの人徳の成果だね」

 

「ああやって慕ってくれる人は大切にしないとね」

 

 休暇を取りやめてまで同行を申し出てくれるような相手ができたのもリリィの魅力や活躍があってのことだ。それには詩織の力も関わっているが、詩織は自分の功績はリリィの物だと考えている。

 

 

 

 

 

 

 街を出たリリィ達は国境を越えてメタゼオスへと入国し、列車にて帝都オプトゼオスへと到着した。タイタニア王都よりも栄えているが、皇帝であったナイトロの反逆によって暗い雰囲気である。

 

「それでどうするの、リリィ?」

 

「帝都まで来たからには議会に向かうわ。そこでシエラルに会うのよ」

 

「なる」

 

 帝都の中心に置かれている議事堂は城に見紛うほどの豪勢さを誇っており、まさに大国の中枢部といった雰囲気を醸し出している。リリィは以前にも訪れたことがあるが、それでもこの建物を前にすれば緊張してしまう。

 ひとまず部隊を待機させ、詩織、アイリア、ミリシャを連れて衛兵のもとへと近づく。

 

「シエラルに会いに来たのだけれども」

 

「シエラル様は現在議会に出席されております。御用があるならば・・・」

 

「じゃあ中で待たせてもらうわね」

 

「えっ?しかし・・・・・・」

 

「わたしはタイタニア国王のクリス・スローンより特命を帯びてきたのよ。シエラルへのね」

 

 もはやごり押し気味に衛兵達を納得させ、議事堂へと入って行く。本来であれば正規のプロセスを踏んだうえで入館させるべきで、特に政治的に混乱している時期には尚更であるはずなのだが衛兵達は面倒ごとに巻き込まれたくない一心でそうしたのだ。これは議会を守る役目を担う者として完全に失格と言えるが、ここにそれを咎める者もいない。

 

 

 

 

「お待ちください、リリィ様。傍聴席は封鎖されておりまして・・・・・・」

 

 議会室まで辿り着いたはいいものの、多数の警備に固められており入室するのは困難そうに見える。

 

「かまわん。皆さまをお通ししろ」

 

 リリィ達を止める警備に対して声をかけたのはシエラルの部下であるイリアンだ。

 

「ですが国家機密を扱う議会に王家とはいえ他国の人間を入れるのは問題ですよ、イリアン様」

 

「かまわんと言った。何かあれば私が責任を取る」

 

「それなら・・・・・・」

 

 責任を押し付けられる相手がいるとなればと警備達は道を開ける。こんな時でも自己保身を優先するのは人間の悲しい習性か。

 

「イリアン、状況は?」

 

「議会はシエラル様の処遇で揉めています。残念ながら反シエラル派の主張が声高に唱えられているのが現状です」

 

「魔女との共謀を疑う声か」

 

「はい。ですがそれはあり得ません。私が異常を察知して玉座の間に突入した際にシエラル様は魔女と交戦していましたし、それ以前にナイトロによって魔剣ネメシスブレイドが奪われてしまったのです。もし共謀していたらそんな事には成り得ないはずです」

 

 それに関して言えば以前は共謀していたが仲違いしたために戦わぜるを得なかったとも言えるが、これまでに魔女との関わりがあるような素振りはなかったし、やはりシエラルが道を踏み外したなどあり得ない。

 

「わたしもシエラルが裏切り者だとは思っていないわ。アイツの潔白を主張するためにここまで来たのよ」

 

「ありがとうございます。一介の兵である私では無理でも、リリィ様のお言葉であれば状況を覆すことができるはずです」

 

 リリィは頷き、議会の扉を開いた。

 

 

 

「リリィ!?何故ここに!?」

 

 いきなり議会に入ってくるものだからシエラルは驚いてうわずったような声でリリィへ問いかける。

 

「アンタがピンチだって聞いてね。こうして駆け付けたのよ」

 

「リリィ・・・・・・」

 

 あのシエラルが心底安堵したような顔をしている。父に殺されかけ、議員達から問い詰められているのだから味方が来て安心したのだろう。

 

「ここはメタゼオスの政治中枢だぞ。内政干渉だ!」

 

 議員の一人がヤジを飛ばす。

 

「問題があるなら魔女との決着後に法廷に申し立ててください。今はこんなことをしている場合ではないんですよ!わたしはシエラルと何度も戦場を共にしてきて、彼が魔女に加担するような場面を見たことはありません。いつだって真剣に、命をかけて魔女達と戦っていたのですよ!」

 

 リリィは机をバンと手で叩いて叫ぶ。今追うべきはナイトロや魔女であり、シエラルを責めても事は始まらないのだ。

 

「しかしナイトロの子供であるなら魔女との共謀を知らなかったのはオカシイ。コイツも魔女と悪だくみをしていたに違いない」

 

「ボクはそのようなことはしていないと何度も申し上げています。父とは仕事に関するやり取り以外はしておらず、関係は薄かったことは皆様とてご存じのはずです」

 

「それが演技であったとしたら?アンタ達が不仲なのは知っているが、我々の知らない所で通じていた可能性があるじゃないか」

 

 そう疑われても仕方がないだろう。シエラルは何度も身の潔白を訴えるが聞き入れてもらえない。

 そんな議員の追及を聞いていたイリアンが我慢できないと口を挟む。

 

「シエラル様はこれまで国家のために尽力してこられました。魔物の討伐は勿論、闇市の摘発や盗賊の討伐などを。正義感がひと際強く、国民を傷つけるような相手を許さないのがシエラル様だと、何故理解していただけないのです!?」

 

 その必死なイリアンの言葉は議会に響き渡る。

 

「そうとも。シエラル様のご活躍こそ無実の証であり、彼の人柄は皆も知っておろう?」

 

 イリアンに呼応するように声を上げたのは初老の女性議員だ。どうやらシエラルに味方する者もいるらしく、彼女に同意する議員は少なくない。

 

「メルファ、お前は皇帝一家と近しい家柄だから擁護しているのではないか?」

 

「シエラル様を幼い頃から私は知っている。ハッキリ言ってナイトロ・ゼオンは不気味であったが、シエラル様は真っすぐな心をお持ちのお方だ。このお方ならば良い皇帝になれると確信しているし、実際に議会でもナイトロとは違って国民に寄り添う提案をしてきたではないか」

 

「それは・・・・・・」

 

 議会の空気が変わった。シエラルを追求しようという雰囲気が縮小したように見えた。

 

「ボクは父とは縁を切りました。父を庇う気は更々ありませんし、討伐しなければならない相手と認識しています。彼の言いつけをもう守る気も全くありませんし、だからこそ今ここでボク自身の秘密を曝け出し、皆さまに本当のシエラル・ゼオンを受け入れてもらいたいと思います」

 

 シエラルは普段着として纏っている簡易アーマーのアタッチメントに手を伸ばす。

 

「シエラル様、よろしいのですか?」

 

「いつか本当の自分を明かさなければならないと思っていましたから、これがいい機会なのです」

 

 どうやら幼い頃から関係のあったメルファもシエラルが女性であることを知っているらしい。

 簡易アーマーがパージされ、中に着ていた薄いドレスが現れる。シエラル本来の女性としてのボディラインが見て取れるし、アンダーポニーテールをほどいて束ねられていた髪がパッと広がった。

 

「ボクは・・・いや、ワタシは父の言いつけで男として振る舞ってきました。でももうそれは終わりにします。これで父とは完全に袂を分かち、ヤツと魔女を殲滅することをお約束します。ですからそれまでどうかお時間をください。魔女達との戦いが終わった後は議会の決定に従います。疑いが残るのであればその時に処刑してくださればいい」

 

 秘密を曝け出したシエラルの瞳は澄み、ただひたすらに真っすぐであった。

 

       -続く-



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第56話 リリィストーム

 議会で追及を受けていたシエラルだが、嫌疑不十分として魔女討伐まで処分は保留となった。

 

「これもリリィのおかげだよ。来てくれて本当にありがとう」

 

「アンタには何回も助けられたんだもの、これくらいなんてことないわ。あまり役に立てたとは思えなかったけどね」

 

「そんなことはないさ。キミが来たことで議会の空気が変わり、流れが変わったのは事実だよ」

 

 リリィを始めにイリアンやシエラルを信じる議員の擁護があったことで自由の身になれたのだ。皆の勇気を無駄にしないためにも、必ずや魔女とナイトロの野望を阻止しようと改めて決意を固める。

 

「にしても魔女の居場所をどうやって特定すればいいのかしら」

 

「それなら見当がついている。実はワタシの部下が飛び去るルーアルの姿を目撃していてな。ヤツが去った方角にはアンフェルダウンがある」

 

「アンフェルダウン・・・かつての勇者が魔龍と決着をつけて封印した場所ね。伝記にそう書かれていたわ」

 

「そうだ。それにナイトロの書斎を調査したところ、壁に貼られた地図のアンフェルダウンに印が付けられていた。キミが聞いた通りにヤツらの目的がドラゴ・プライマスの復活であるならば、決戦が行われたあの地に集結した可能性は高いと思う」

 

 確証があるわけではない。しかし他にアテがないとなれば行ってみるしかないだろう。

 

「すでに軍には通達を出している。攻撃部隊の編制には少し時間がかかるから、明日の朝に出撃となる。キミ達も協力してくれればありがたい」

 

「当然行くわ。魔女に因縁があるのはわたし達も同じよ」

 

「頼もしいよ。タイタニアにも救援要請を出したが、明日の作戦開始までに間に合うかは分からないな」

 

「でも声をかけておけばタイタニアもバックアップに入れるわよ。じゃあわたしはここに連れてきた部下達に事情を話してくるわね」

 

 議事堂の外に待機している部下達は議会での出来事を知らない。急遽決まった明日の作戦について説明するためにリリィは建物を出た。

 

「イリアン、きみにもちゃんと謝らねばならないな。ワタシに尽くしてくれるきみに秘密を隠していたことを。本当に申し訳ない」

 

「い、いえ。謝らないでください。シエラル様には私の想像の及ばないような重責があったのでしょうし、それに・・・」

 

 イリアンは顔を赤らめつつ、シエラルの瞳を直視する。いつもの凛々しい騎士としてではなく、一人の少女としての感情が伝わる。

 

「男であるとか女であるとか性別なんて関係ありません。私はシエラル・ゼオンという人そのものを・・・お慕いしているのですから」

 

「そうか・・・ワタシは幸せ者だ。きみのような存在が近くに居てくれたのだからな」

 

 シエラルの柔らかな笑顔がイリアンには眩しかった。

 

「今後もワタシには様々な困難が待っていることだろう。そんな時、ワタシにはイリアンの支えが必要だ。これからもワタシの傍にいてくれるか?」

 

「はい!どこまでも、いつまでもあなたと共に」

 

「ありがとう」

 

 シエラルはイリアンの手を握ってその温もりを味わいつつ、軍との連絡のために指揮所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「シエラル様、お時間です」

 

「ああ。行ってくる」

 

 その日の夜、議事堂前の広場には多くの兵が整列していた。ここにいる者達は明日シエラルの指揮の元でアンフェルダウンへと出撃する者達である。

 シエラルは議事堂三階にあるバルコニーに立ち、兵達全員を視界に入れるよう見渡す。

 

「ワタシはシエラル・ゼオンである。この姿に驚く者もいるだろうが、これが本来のワタシなのだ」

 

 真紅のロングドレスに身を包んだシエラルは風に髪をなびかせながら名乗る。皆の知るシエラルは男であり、当然ながら戸惑いの声が漏れるがシエラルはかまわず言葉を続けた。

 

「ゼオン家は男の家系であり、次期皇帝を担うことになるワタシにナイトロは男であることを強要した。幼いワタシはそれが皇帝の子供として産まれた責務なのだと理解し、そのように生きてきた。だが、そんな生き方は終わらせる。本来のシエラルとして生きることを決意したのだ」

 

 詩織はバルコニーの後方でシエラルの演説を聴いていた。彼女の言葉は力強く、男として振る舞っていた頃よりも生き生きとしていると思った。

 

「それはナイトロと決別すると決めたからである。ヤツはあろうことか魔女と結託し、魔龍の力を借りて世界を統治しようと目論んでいるのだ。国民を幸福にするために存在する指導者が自らの欲望のためだけに裏切りを働いているとなれば、これは重罪と言えよう。ワタシはナイトロを許しはしないし、メタゼオスに脅威をもたらす魔女達も許さない。国民達の安寧のためにも敵は討たねばならないのだ」

 

 広場に集まった兵達の士気は高まっていく。シエラルは忠義を尽くすに値する人間だと心で分かっており、性別だとかはもはやどうでもいいことなのだ。

 

「明日、我々はアンフェルダウンへと赴く。魔龍ドラゴ・プライマスの復活を止めるためだ。皆の中にはナイトロの子供であるワタシを疑う者もいるかもしれないが、信じて付いてきてほしい」

 

 必死の訴えに対し、兵達がシエラルを応援するように声をあげた。その光景に感極まったシエラルは涙をぐっとこらえて言葉を紡ぐ。

 

「我々こそが国民達の道標となり、ナイトロなき次世代の国家への道のりを照らしていくのだ。そのためにも誇り高きメタゼオスの騎士達よ、ワタシと共に剣を持て!」

 

 歓声が沸き上がり、それをバックにしてシエラルはバルコニーから下がる。イリアン他直属の部下達は敬礼しながら見送り、そこにリリィ達が合流した。

 

「どうかな、リリィ。今ので良かったと思うか?」

 

「凄く良かったと思うわ。もう皇帝としての風格が出てきたわね」

 

「キミに褒めてもらえて嬉しいよ。皇帝として議会が認めてくれるかは分からないが、ワタシは父が犯した罪の贖罪をするためにこの国に尽くす覚悟は持っている」

 

「大したものね。シエラルならきっと良い皇帝になれるわよ」

 

 二人の間のわだかまりは綺麗サッパリなくなっていた。縁談の話が無くなったからではなく、本当の友情ができているのだ。

 

「メルファ、ワタシが不在の間の議会を任せます」

 

「お任せください。私は長いこと政治に携わってきましたから、こういう時こそ冷静に職務をこなす大切さを知っています。ですからご不在の間の心配はなさらないでください」

 

 シエラルは頷いて未来へと想いを馳せる。魔女を撃滅し、希望を持って国民が生活できる国家を築き上げるのが目標だ。それを実現するためにも生きて帰らなければならない。自分だけでなくかけがえのない仲間達も一緒に。

 

 

 

 

 

「勝つわよ、シオリ」

 

「勿論。勝って帰ろう」

 

 早朝であるが、すでに多くの兵達が準備を完了して出撃の号令を待っていた。詩織とリリィは指を絡めるようにして手を繋ぎ、気持ちを落ち着かせて待機する。

 

「シオリ、キミの援軍だという者達が合流したぞ」

 

「えっ?私のですか?」

 

「チェーロ・シュタットからの援軍さ。勇者を支援するために飛来したのだから、手伝わせてほしいと。会いに行ってくるといい」

 

「はい」

 

 詩織はシエラルに促されてメタゼオス軍の後方に集まる適合者集団の元へ急いだ。その百名程の部隊を率いるはチェーロ・シュタット副総帥ティエルであった。

 

「ティエルさん、来て下さったのですね」

 

「タイタニアから協力要請がありまして、馳せ参じました。少しでも勇者様のお役に立てればと」

 

「とても心強いです。祖母のように上手くできるかは分かりませんが、魔女達と決着をつけたいと思っています」

 

「できますよ。アナタからはサオリ様のような強さを感じます。自信を持ってください」

 

 ティエルにとっては二度目の魔龍が関わる戦争だ。再び強敵と相まみえることに恐怖はあるが、自分を救ってくれた早織や詩織への恩義を返す機会でもある。

 

「間もなく時間だ。用意はいいな?」

 

 いよいよ時間が来たようだ。これから先何が起こるか分からないが、それでも逃げ出そうとする戦士などいなかった。

 

「そういえばこの作戦の名前を決めていなかったな。敵の本懐を倒すための戦いに名前がないというのも味気ない。リリィ、何かいい案はないか?」

 

「そうねぇ・・・・・・リリィストーム作戦ってのはどうかしら?」

 

 シエラルにドヤ顔で提案するリリィ。メタゼオス主導の作戦名に自分の名前を含めるとは大した自信だ。

 

「フッ、それでいこうか」

 

 頷いたシエラルは騎乗した専用の馬の上で剣を掲げる。

 

「敵はアンフェルダウンにあり!!暴君ナイトロと魔女を我ら連合軍が討つのだ。リリィストーム作戦、開始!!」

 

 タイタニア、メタゼオス、チェーロ・シュタットの連合軍が出陣。一路アンフェルダウンを目指す。兵力としては約千人を集めたメタゼオスが圧倒的に多く、タイタニア勢はリリィの率いる十数名の部下のみであるが気力は負けていない。

 

「勇者の力、存分に見せつけてやる」

 

 他の誰にもない特別な力を持った少女詩織。数奇な運命に導かれて異世界へと転移した彼女に、これまでにない巨悪が待ち受けていた。

 

 

 

 

 

「お体のほうはいかがですか、ドラゴ・プライマス様」

 

「クリスタルによる肉体修復は上手くいっている。もうじき完全に力を取り戻せるだろうよ」

 

「それは良かった。ところで、永遠の命を与えてくださるという約束は・・・」

 

「慌てるな。勇者らを抹殺した後に約束は果たそう」

 

 ドラゴ・プライマスの胸にはルーアルが調整した巨大なダークオーブが輝いており、その内部にヴォーロクリスタルとソレイユクリスタルが取り込まれてドロドロに溶けていた。二つのクリスタルは暗黒の力で歪められ、もはやドラゴ・プライマスの糧となってしまっている。

 

「ドラゴ・プライマス様、この世界を支配した後はどうされるおつもりですか?」

 

「簡単な話だ。この世界の後は、別の世界を手に入れる」

 

「別の世界ですか?」

 

「勇者は異界から来た人間であり、それはつまりこの時空とは異なる別の世界が存在していることの証左だ。それならばその世界も欲しくなるのが魔龍の性なのだ」

 

 一つの世界だけでは飽き足らず、別の世界をも歯牙にかけようとしていた。そうして支配域を広げ、やがては魔龍種によってあらゆる時空を統治しようと考えているのだ。

 

「我が取り込んだクリスタルは異界への扉を開くことができる代物だ。これを使い、勇者を呼び出すのとは反対に我が異界へと転移する」

 

「それは素晴らしい計画です。では、ドラゴ・プライマス様が異界に赴かれる時には・・・」

 

「分かっている。その時はこの世界の管理は貴様に任せるとしよう」

 

 ナイトロはその言葉を聞いて深く頭を下げる。その顔はドラゴ・プライマスからは見えないが、邪悪に歪んでいるのは雰囲気で分かっているようだ。

 

「しかし、その前に歯向かう勇者は何としても殺さねばならぬ。ヤツは危険極まりない存在だからな。油断すれば、また邪魔をされてしまう」

 

「このアンフェルダウンにはルーアルが配置した戦力があります。ドラゴ・プライマス様が完全復活し、それらを率いれば勝てましょう」

 

 アンフェルダウンは魔物の巣窟と化しており、再びの決戦の地となるに相応しい禍禍しさを醸し出している。

 

 ついに戦いは終局を迎えようとしていた。

 

     -続く-



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第57話 決戦、アンフェルダウン

 帝都を出発した連合軍は丸一日をかけてアンフェルダウン付近まで辿り着いた。メタゼオス帝国の僻地に存在するこのアンフェルダウンが魔女達の本拠地である可能性は高く、実際に近づくほど魔物の妨害も強くなってきている。

 

「敵の数も増えてきたな。やはりアンフェルダウンには何かある」

 

 先頭で指揮するシエラルは魔物を葬りつつ目的地の方角を睨む。アンフェルダウンは人間の居住に全く適していない険しい山岳地帯で、熱心な登山家ですら嫌厭する場所だ。そもそも魔物がうろついているような場所に好んでいく者などいるはずもないが。

 

「うっ・・・・・・」

 

「シオリ、大丈夫?頭が痛いの?」

 

 頭を押さえ、足を止めた詩織にリリィが声をかける。

 

「ものすごい邪気を感じる。吐き気すら催すくらいの、強い邪気を」

 

「シオリがそう感じるってことは、この先に強力な敵がいるってことね」

 

 ダークオーブで強化された魔物や魔女の気配とプレッシャーを詩織は感じ取ることができる。そんな彼女がこれまでにないほどの強い気配を感じているので、それはつまり魔龍クラスの敵がいることの証左と言えよう。

 

「シオリの言う邪気を放つ者がどういうヤツかは分かるか?」

 

「いえ、敵が何者かまでは分かりません。でもタイタニアに現れた魔龍に似ているように思います」

 

「ドラゴ・プライマスが復活を果たそうとしているのだな。先を急ごう」

 

 魔龍はただでさえ強敵だが、それらの長であるドラゴ・プライマスは別格だ。精鋭揃いの適合者集団を単騎で殲滅し、国家を焼き払ったという記録が伝記に書き残されている。そんな魔龍が復活すれば甚大な被害が発生するのは火を見るよりも明らかであり、絶対に阻止しなければならない。

 

 

 

 

 

「ドラゴ・プライマス様、人間の兵隊どもがこの地まで侵攻してきました」

 

 魔女ルーアルは事を冷静に報告する。敵が来ているとはいえここには多数の戦力が控えているし、なによりドラゴ・プライマスがいるからピンチだとは思っていないのだ。

 

「我の再生にはもう少し時間が必要だ。なんとしても敵を足止めしてここに近づけるな」

 

 ルーアルは配下の魔物達に指示するためその場を後にし、ドラゴ・プライマスはルーアルを見送って目を閉じる。その閉じたまぶたの裏には過去の戦いの記憶が写しだされ、以前なら勇者達への怒りを覚えていたのだが今は懐かしいような気持ちであった。敗北は過去となり、復活して魔龍による新しい世界を築けばいいという野望があるからこそ心境が変化したのだろう。

 

「この戦いは我による新時代創世の始まりにすぎない・・・」

 

 そう、目の前に迫る人間との戦いなど始まりでしかない。ドラゴ・プライマスの意識はその先へと向けられている。

 

 

 

 

 

「これよりアンフェルダウンへとSフィールドから突入する。これまで以上の激戦となるであろう」

 

 千名を超える連合軍の兵達は臆することなく前進し、それぞれに覚悟を決めて武器を握った。

 

「モルトスクレットタイプ、多数確認!」

 

「来たか」

 

 デゼルトエリアにも出現した骸骨の魔物、モルトスクレット。その大群がアンフェルダウンを背にしてシエラル達に対峙する。

 

「部隊を二つに分けて十字砲火を行う。我が第一戦隊と第二戦隊はタイタニア軍とこのまま前進。ディーナの指揮する第三戦隊はEフィールドへと迂回し、側面から我々の援護を」

 

 アンフェルダウンの南より侵入したシエラル麾下の本隊は敵の防衛ラインを正面突破するため直進し、援護のための部隊を手薄な東側から侵攻させる。地形的な理由で西側から近づくのは困難であり、南へと回り込むのは時間的にも戦力的にも現実味はない。

 

「シオリ、キミに大技を放ってもらいたいのだが、できるか?」

 

「やれます」

 

「頼む。勇者がここにいることを示し、敵の注意を引く。そうすればSフィールドに敵の戦力が集中し、Eフィールドへ回った部隊が動きやすくなって早急な援護が期待できる」

 

 勇者がいるとなれば魔女達は全力で潰そうとしてくるだろう。それを逆手に取り、東側から魔物達を少しでも引き剥がそうという魂胆だ。

 詩織は聖剣グランツソードをかまえ、全魔力を流す。

 

「夢幻斬りっ!!」

 

 空をも貫きそうなほど高く伸びた光の奔流が振り下ろされる。太陽光よりも強く輝く渾身の一撃は、シエラル達の前に立ちふさがっていた多数のモルトスクレットを粉砕し、山の一部を抉った。

 

「全軍突撃!シオリの開いた血路を更にこじ開けるぞ!」

 

 シエラルの号令で適合者達が一気に駆けだした。詩織の攻撃で魔物の防衛ラインに穴が開き、そこを目指して突っ込んでいく。

 

「ミリシャ、敵に狙い撃ちにされないようシオリのガードをお願い」

 

「かしこまりました」

 

「我がリリィ隊はシオリの魔力が回復次第、シエラル達を追うわよ」

 

 ミリシャが杖で魔力障壁を展開して詩織を守り、ティエル麾下のチェーロ・シュタット軍がその周囲に展開して防御を固めた。

 

「役に立ててるんだなって実感、やっぱり嬉しいものだね」

 

「シオリのそういうトコロが勇者向きよね」

 

「ありがとう。せっかくなら異界の適合者だから勇者と呼ばれるんじゃなくて、皆のことを救った本当の意味での勇者って言われたいよ」

 

「とっくに多くの人を救っているわよ。勿論、わたしのことも」

 

 リリィは詩織の手を握り、お互いに温もりを感じながら戦局を見つめていた。

 

 

 

 

 

「どうやら勇者が来たようですね。それにアナタのご子息も」

 

「フン。もはや勇者など脅威ではないわ。我らにはドラゴ・プライマス様がいる。もう間もなく力を取り戻し、叩き潰してくれるだろう」

 

「その前にここまで勇者が来たとしたら、魔剣を取り戻したナイトロ様ご自身がお相手をされるのですか?」

 

「それは貴様の役割だ、ルーアル。その魔女としての力はなんのためにある?さっさと出撃せんか」

 

 ナイトロは勇者の始末をルーアルに押し付けてドラゴ・プライマスいる結界へと引き下がってしまった。

 

「臆病者めが・・・勇者を恐れているんだな」

 

 魔剣を持っておきながら敵に立ち向かわないナイトロに苛立ちつつ、ルーアルは勇者が迫ってくることを想定して用意を始める。

 

「まぁいい・・・今度こそ私の手で勇者どもを仕留めてやるさ。まずは手始めにグロスモルトスクレットを送り込んでやろう・・・・・・」

 

 

 

 

 

「ここまでは順調だが・・・・・・」

 

 アンフェルダウンに配備されている魔物は他の地域の魔物に比べて高い能力を有しているが、適合者達の前に徐々に戦力を削られている。大切な人を守るためにも魔物を野放しにはできないという適合者達の気合が実力以上の力を発揮させているのだ。

 

「シエラル様、新しい敵の戦力が出現しました」

 

「簡単には突破させてくれんよな」

 

 部下の示す方向から巨大なモルトスクレットが複数体歩いてくる。全長は約八メートルほどで、これがルーアルが調整したグロスモルトスクレットだ。

 

「怖気るなよ!」

 

 シエラルが率先して吶喊し、グロスモルトスクレットの一体に斬りかかる。

 

「ちっ・・・ネメシスブレイドがあれば・・・・・・」 

 

 通常の魔具ではグロスモルトスクレットにダメージが通りにくい。ナイトロに奪われたネメシスブレイドであればもっと戦えるのだが・・・・・・

 

「しかし、やるしかない!」

 

 無い物ねだりをしても仕方がない。今できる戦いをするしかないのだ。

 

「イリアン!」

 

 シエラルが視界に捉えたのはイリアンがグロスモルトスクレットの攻撃で弾き飛ばされる場面であった。このままでは次の攻撃で殺されてしまう。

 

「させるかっ!」

 

 地面を蹴り、後先考えず走る。総指揮官が一人の部下のために命を危険に晒すのは愚かな行為と言われるかもしれない。だが、それでも見捨てることができないのがシエラル・ゼオンなのだ。

 

「シエラル様、申し訳ありません・・・・・・」

 

「フッ、この程度・・・・・・!」

 

 イリアンに対して振り下ろされたグロスモルトスクレットの大剣をシエラルが受け止める。だが圧倒的なパワーに押され、シエラルは膝をついた。

 

「マズいか・・・・・・」

 

 このままでは押し負ける。焦りを感じたシエラルであったが、

 

「!?」

 

 グロスモルトスクレットの頭部に魔弾が直撃し、たった一撃で粉砕された。

 

「遅くなりました!」

 

「シオリか、さすがな」

 

 シオリリウムロッドをかまえる詩織は次弾を放つ。脳波コントロールされた大型の魔弾は頭部を失ったグロスモルトスクレットの胴体を砕き、真っ二つにして撃破した。

 

「よし、一気に攻勢をかけるぞ!」

 

 立ち上がったシエラルはイリアンや部下達と連携して敵に対する。

 

「わたし達もいくわよ!アイリアとシュベルク隊は前へ!」

 

 合流したリリィ達も戦列に加わり、アイリアとシュベルク隊が先陣を切る。大型のグロスモルトスクレットは詩織達に任せ、周囲に蔓延るモルトスクレットを蹴散らしていく。

 

「タリスといったか?なかなかいい動きだな」

 

「・・・お前もな」

 

 軽口を叩きながらも動きは止めない。アイリアがコンバットナイフでモルトスクレットの首を跳ね、それでも動き続ける胴体をタリスが砕く。

 

「ミアラ、突っ込みすぎだ!」

 

「私にだってやれます!見ていてください!」

 

 ニーナにいいところを見せようと張り切るミアラは剣でモルトスクレットと鍔迫り合い、ズサッと足が滑った。

 

「あわわわ!」

 

 転倒してミアラはモルトスクレットに頭突きをかます。ダメージにはならないが、モルトスクレットの姿勢を崩すことはできた。

 

「そこだっ!」

 

 よろけた個体をニーナが両断しトドメを刺す。

 

「まったく、危なっかしいんだから」

 

 ミアラの手を引っ張って起こし、背中合わせになって魔物と向かい合う。この二人はこのコンビネーションで戦ってきており、こうした大規模戦闘であっても相変わらずなようだ。

 

「ミリシャ!」

 

「はい、お任せあれ!」

 

 ミリシャの魔弾による支援を受け、リリィがグロスモルトスクレットの足の関節を狙って斬撃する。

 

「シオリ!」

 

「了解!」

 

 足を止められたグロスモルトスクレットの頭部を詩織が切断。残った胴体はチェーロ・シュタットの適合者達が放った複数の魔弾が直撃して消滅した。

 

「このままの勢いで敵の中枢部までいくわよ!」

 

 魔物側もしぶとく、増援が次々と出現するが人間達を押し返せるほどの力はない。もはやドラゴ・プライマスが完全復活するまでの時間稼ぎであり、自分達だけでの勝利など放棄しているようであった。

 

 

 

 

 

「ここに敵が来るのも時間の問題だな」

 

 戦況を見ていたルーアルは複数体送り込んだグロスモルトスクレットでさえ撃破される現状を見てそう察する。

 

「リガーナ、お前に任務を与える」

 

「私にですか?」

 

「そうだ。雑魚な人間達は魔物がどうにか足止めしている。しかし、勇者やシエラルは包囲を突破してくるだろう。そうなったらお前がここで敵を止めるのだ」

 

「で、できますかね?」

 

「やってもらわねば困る。安心しろ、お前一人に任せるわけではない」

 

 ルーアルがパチンと指を鳴らすと、崖の上から四足歩行の獣が飛び降りてきた。魔龍ほどではないが図体は大きく、漆黒の体に纏わりつくのはダークオーブから溢れる紫色のオーラだ。

 

「このケルベロスを貸してやる。これと共にドラゴ・プライマス様の結界を死守するんだ」

 

「ルーアル様は?」

 

「ドラゴ・プライマス様が取り込んだダークオーブの最終調整をしてくる。もうすぐ力を取り戻すだろうから、今のうちにやっておかねばならない」

 

 凶暴そうなケルベロスを制御できるか心配であるが、何よりも勇者達と戦うことに不安があった。とはいえルーアルの命令に背くわけにはいかないし、リガーナは近づく戦火を見て覚悟を決める。

 

 戦いの舞台はアンフェルダウン最終防衛ラインへと移ろうとしていた。

 

         -続く-



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第58話 復活のドラゴ・プライマス

 連合軍と魔族が激突するアンフェルダウンはまさに地獄の様相となっており、あちこちに人や魔物の亡骸が転がっている。そんな激しい戦いの最中、敵の防衛線を突破した詩織達はついに敵中枢部へと近づいていた。

 

「敵はまだ抵抗するのか!」

 

 詩織が邪気を感じるという山の頂上を目指すが、魔物達の攻撃で思うように進めない。シエラルは苛立ちつつモルトスクレットを撃破し、周囲の戦況を確認する。

 

「数がこうも多いんだものな。まったく・・・・・・」

 

 自分が吶喊して無理矢理敵の守りを崩そうかと考えた矢先、シエラルが指揮する部隊とは異なる方角からいくつもの魔弾が飛んできた。それらは人間ではなく魔物達を狙っているようで、どうやら敵の攻撃ではないらしい。

 

「Eフィールドからの援護が来たか」

 

 東側から回り込んだ第三戦隊もうまく侵攻できているようだ。

 

「ここは第三戦隊に任せよう。我々は中枢部を目指す」

 

 この先には魔女や魔龍だけでなく、自らの欲望で国家を裏切ったナイトロ・ゼオンもいると思われる。ナイトロは実の父ではあるが、シエラルは自らの手で討つ覚悟を改めて決意しながら進んで行く。

 

 

 

 山頂に近づくにつれて詩織が感じる不快な感覚が強くなってきた。しかも強い邪気を発する相手は複数いるようだと分かり、それによる恐怖が心を蝕む。

 

「シオリ、どうしたの?」

 

 そんな詩織の不調を見てとったリリィが駆け寄る。

 

「この先にはかなり強い敵が点在しているみたい」

 

「相手も持ちうる戦力全てを投入してきているんだわ。でも大丈夫。わたし達ならやれる。これまでのように」

 

 詩織の感じる恐怖を一緒に背負いたいが、リリィには詩織のような特殊な魔力も探知能力もない。だからこそ少しでも勇気づけてあげようと笑顔でそう励ます。

 

「だね。皆と一緒だし、きっと勝てるよね」

 

 リリィの言葉で再び勢いづいた詩織は敵の攻撃をガーベラシールドで弾き、聖剣で反撃する。気に入ったこの世界を壊させないためにも、このアンフェルダウンで散っていった人々のためにも引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「この感じ・・・敵が来る!」

 

 崖上から飛び降りて奇襲をかけてきたのはケルベロスだ。背後にはリガーナを乗せ、詩織の真上からのしかかろうとしてくる。

 

「危ないところだった・・・・・・」

 

「カンのいいヤツだ」

 

 どうにかケルベロスのプレス攻撃を避け、聖剣で斬りかかった。しかしケルベロスは脚部にブレードを装備しており、そのブレードで聖剣を受け止める。

 

「くっ・・・!」

 

 巨体ゆえのパワーで詩織を弾き飛ばし、ケルベロスはダッシュして噛みつこうと大きな口を開けた。

 

「させるかっ!」

 

 姿勢制御もままならない中で詩織はガーベラシールドをケルベロスに向け、拡散魔道砲を放った。狙いなどつける余裕も無かったが、複数の小さな魔弾がケルベロスに直撃する。

 

「硬いな・・・・・・」

 

 ひるんだケルベロスは後退したが、有効なダメージを与えられたわけではなくすぐに回復して戻ってくるだろう。

 

「シオリ、ヤツは私に任せてくれ」

 

「アイリアに?」

 

「シオリには敵のボスを討つという使命がある。こんなところで負傷されては困るからな。それに、高機動戦闘なら私のほうが得意だ」

 

「でも、アイリアの魔具じゃあデカい敵には不利なんじゃ・・・?」

 

「私は敵の注意を引きながら徐々にダメージを与えていく。トドメを刺すのはミリシャに任せる」

 

 確かにアイリアとミリシャの連携ならばケルベロスだって倒せるかもしれない。だが、任せきりにしていいのかと詩織は逡巡する。相手はダークオーブを保有している特殊な敵なので詩織の魔力と聖剣の力が有効だからだ。

 

「あの敵はアイリア達に任せましょう」

 

「わ、わかった」

 

 大規模な戦闘ほど役割分担は大切だ。アイリアは詩織を敵の中枢部まで送り届けることの重要性を理解しているからこそ、この無謀とも思える役割を請け負った。

 

「シオリ、私はキミと出会ってこうして一緒に戦ってこられたことを嬉しく思っている」

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

「なんとなくそう思ったのさ。シオリ、その力で決着をつけてくれ。そして、リリィ様のことを頼んだぞ」

 

「お別れみたいなこと言わないで!」

 

「そうだな。私だってまだ死ぬ気はない。生き延びて、また会おう」

 

 アイリアの強気な笑顔に詩織は胸を締め付けられる思いであった。なぜならこの世界に来た当初はアイリアによく思われておらず、ツンケンした態度をとられていたからだ。戦友として認められたことが嬉しいし、こんなところで別離したくないと願う。

 

「わたくしもシオリ様と出会えて良かったと思いますわ。おかげで楽しい時間を過ごすことができました」

 

「私だってミリシャがいてくれて良かったって思ってる。色々教えてくれたし、後ろから助けてくれるミリシャがいたから安心して戦えたんだよ」

 

「そう言っていただけるだけで嬉しいですわ。さぁ、リリィ様達と共に敵の総大将を!」

 

「うん、行ってくる」

 

 詩織とリリィはシエラルらと山の更に上を目指してこの場を後にした。そんな彼女達を追おうと回復したケルベロスが足を向けるが、その行く手を阻むようにアイリアとミリシャが立ち塞がる。

 

「ミリシャ、付き合わせてしまってすまない」

 

「お気になさらず。すぐに敵を倒して皆さんに合流しましょう」

 

 アイリアはケルベロスの突進をギリギリで回避し、その頭部にナイフを突き立てた。いくら強化された体でも痛みを消すことはできず、自らを傷つけた人間への憎悪を燃やしてケルベロスは詩織達の追撃を止めてアイリア達に向き直る。

 

「おい!ターゲットはソイツらじゃな・・・うわっ!」

 

 背中に乗っていたリガーナは振り落とされ、地面に落下する。尻を強打してうめきながらも立ち上がり、剣を握ってミリシャを狙う。

 

「へへっ、近接戦なら私のほうが!」

 

 厄介な遠距離攻撃タイプから仕留めようとするが、別の敵がやってきたことを察知してケルベロスのもとへ下がる。

 

「私達も助太刀します!」

 

「シュベルク隊!?リリィ様と上へ行ったのではなかったのか?」

 

「転んで崖から落ちたミアラを助けていたらはぐれてしまって・・・なのでここはお二人の援護をします」

 

「頼む!」

 

 アイリアを中心に計五名の適合者が陣形を組み、ケルベロスとリガーナに立ち向かう。ミアラを除いて実力者が揃っているし、そのミアラだって運が強くピンチもチャンスに変える逸材だ。

 

「少し増えたからって調子に乗るなよ!」

 

「そんなことを言っていられるのも今だけだ。リリィ様達のためにも、ここで倒す!」

 

 暗黒の力を纏うケルベロスと、タイタニアの戦士達の技が交錯する・・・・・・

 

 

 

 

 

「ルーアル!やはり貴様が!」

 

「来たか!だがもう遅い!」

 

 頂上で待ち構えていたルーアルはモルトスクレットの軍勢にシエラル達を殺すよう指示し、自らはドラゴ・プライマスのいる結界へと逃げていった。少しでも有利な状況で戦いたいというルーアルの思惑からの行動で、実際にドラゴ・プライマスとならば勇者だって倒せると確信している。

 

「あそこに討つべき敵がいる!突っ込むぞ!」

 

 シエラルは敵を薙ぎ払い、メタゼオス軍の助けを借りながら張られた結界へと駆けていく。

 

「リリィ様、シオリ様。あの結界へとお急ぎください。ここは我らチェーロ・シュタット軍が」

 

 ティエルは自軍の兵達と詩織達の前にいるモルトスクレットを露払いし、結界までの道を作る。勇者の支援のためにチェーロ・シュタットは飛来したわけで、今こそがその時だとティエル達は全力を出していた。

 

「シオリ!」

 

「うん!」

 

 詩織とリリィはシエラルと合流し、結界の上へ立つ。結界内がどうなっているのかは知らないが、魔女が逃げ込んだこの結界こそが敵の中枢部であることには間違いない。

 

「この結界へ侵入するにはどうすればいい?」

 

「多分だけど転移魔術を使えば行けると思うわ。二人とも、わたしの手を握って」

 

 勇者召喚にも用いられる転移魔術を古文書を読んで学んでいたリリィの手を詩織とシエラルが握る。

 

「シフト!」

 

 リリィが呟くと三人の体を光が包み込み、一瞬にして姿を消した。

 

 

 

 

 

「ここが・・・・・・」

 

 詩織達が転移した先、そこには宇宙そのものに似た広大な空間が広がっていた。漆黒に星々が眩しく瞬いており、手を伸ばせば届きそうな錯覚を覚えるほど遠近感が狂わされる。

 

「ついに現れたな勇者・・・・・・」

 

「ドラゴ・プライマス・・・ここで討つ!」

 

「やれるかな?いくらお前が勇者の力を持つからと言って調子に乗るな」

 

 詩織達が立つ半透明な床の先、鋭い睨みを効かせる魔龍が擱座していた。その姿は以前見た伝記に描かれていたドラゴ・プライマスに間違いない。王都を襲ったドラゴ・ティラトーレより一回り大きく、顔つきはより邪悪な印象だ。

 

「似ているな・・・・・・」

 

 ドラゴ・プライマスは記憶に残された勇者早織とリリア・スローンの面影を詩織とリリィから感じる。容姿がそっくりだし、魂のカタチが同じと思った。

 

「シエラル、お前はつくづく親を困らせる。子供だのに親に反抗するのは良くない」

 

「ナイトロ・・・貴様はワタシだけではなく国民達を裏切ったのだ。そんな貴様が言うことか!」

 

 魔剣ネメシスブレイドを握るナイトロ・ゼオンはシエラルの愚かさに呆れ、実の子供であることを信じたくないとさえ思っていた。だからこそ自分が絶対的な皇帝として世界に君臨し、ゼオン家千年の夢を実現させようと目論んでいる。

 

「スケールが違うな。もはやメタゼオスなど眼中にはない。ワタシは永遠の命を魔龍から頂き、それで世界を・・・・・・」

 

 ナイトロの言葉はそこで途切れた。

 

「ええい、やかましいヤツだ」

 

「なっ・・・!?」

 

 なぜなら立ち上がったドラゴ・プライマスが片足を振りあげ、そのまま踏みつぶしてしまったからだ。まさかナイトロは味方と思っていた魔龍に殺されるなど思っておらず、最後まで野望を抱いたまま死に追いやられていった。

 

「よくしゃべる小物だ。自分が利用されていたことも知らないで、まったくお笑いだ」

 

 ドラゴ・プライマスは足を上げて血肉を振り落とす。下には先ほどまで人間だった塊が転がっており、主を失った魔剣も近くに落ちてる。

 

「貴様・・・!」

 

「なぜ怒る?貴様はこの男を殺そうとここまで来たのだろう?それならば代わりに手を下してやった我に感謝してほしいくらいだ」

 

「確かにワタシはナイトロを討とうとしていた。この手でケリをつけようと・・・・・・だがな、ヤツがいくら許されざる人間だとしても、それでも・・・・・・父親だったのだ」

 

 父親だから自ら討とうとしたのだ。いくら冷え込んだ関係であってもたった一人の父親であったし、だからこそせめて子の手で逝かせてやりたいと思っていた。

 

「そんな感情を剥き出しにする者が他者の上に立とうなど」

 

「感情を忘れ、人の痛みに寄り添えない者こそ上に立つ資格はない」

 

「ほざきよる・・・まあ貴様達もここで御終いだ。復活した我の力を見せてやろう」

 

 ドラゴ・プライマスの胸に埋め込まれた巨大なダークオーブが光り出し、暗黒のパワーが漏れ出す。そして肉体が活性化され、全盛期並みの性能を取り戻した。

 

「気分がいい・・・やはり力は正義だ。そう思わないか、ルーアル?」

 

「はい。世界を支配するのは絶対的な力です。そしてドラゴ・プライマス様こそ相応しい」

 

 傍に控えていたルーアルは魔具を構えてドラゴ・プライマスと並んだ。

 

「力とは、自分勝手に使うモノではないんだよ!」

 

「では何のために使う?」

 

「大切なモノを守るため、困っている人を助けるために使うモノだと私はこの世界で学んだ!」

 

「バカバカしい・・・そんな特別な力を持っておきながら甘い考えの人間だ」

 

「元から分かり合えるとは思っていない。皆を苦しめる存在ならば、倒す!」

 

 聖剣グランツソードを腰だめに構えた詩織の突撃が戦闘開始の合図となった。リリィとシエラルはそれに続き、ドラゴ・プライマスとルーアルは迎撃の体勢をとる。

 

「ダークオーブだけではない。今の我には二つのクリスタルがある」

 

 胸のダークオーブからヴォーロクリスタルとソレイユクリスタルを引き抜く。暗黒の力で歪んだ形に変化してしまっているがそれでも力を失っておらず、鈍い輝きを放っている。

 

「まさに無限のパワー。試してみるか」

 

 ドラゴ・プライマスはソレイユクリスタルを自身の前に設置し、魔力を流す。すると強力な魔力障壁が展開され、詩織達の突進を防いだ。

 

「これで近づけまい」

 

「こんなの!」

 

 詩織は聖剣で魔力障壁を突き刺し、無理矢理こじ開けようとした。

 

「二人とも!私に力を貸して!」

 

 一人で突破できなくても力を合わせればできるかもしれない。リリィとシエラルは聖剣のグリップを握り、魔力を流した。二人の魔力は特別なものではないが、魔具を通じて一点に集中したことで爆発的な威力を発揮する。

 

「ほう・・・・・・」

 

「一人じゃないから、こうできる!」

 

 まるで大技を放った時のように聖剣が発光し、虹色の閃光が周囲へと拡散された。それによって魔力障壁は破壊され、ドラゴ・プライマスは無防備となる。

 

「この距離まで近づけば!」

 

「多少上手くいったからといって図に乗るなよ」

 

 至近距離まで迫った詩織の斬撃をいなし、翼から魔弾を発射して攻撃を行う。その素早い反撃は並みの適合者なら直撃していたろうが、いくつもの戦いをこなして成長した詩織は咄嗟にガーベラシールドで防御した。高い威力の魔弾であったが完全に防ぎ切り、逆に拡散魔道砲でドラゴ・プライマスを撃つ。

 

「我に傷をつけたな、小娘!」

 

 勇者の魔力は魔龍タイプにも効果的で、ドラゴ・プライマスの腹部と腕部を少し抉る。この程度ならダークオーブの治癒能力も相まってすぐに回復できるが、不愉快極まりない被弾であった。

 

 

 

「シエラル!その命もらった!」

 

「そうかな?」

 

 ルーアルの魔弾を回避するシエラルは目的を果たすべく駆ける。それが逃げているように見えたルーアルは自分が優勢であると誤認し、トドメを刺せる時も近いと高揚感に似た感情を抱く。

 

「そこだ!」

 

 動きの鈍ったシエラルに正確な狙いの魔弾が飛び、直撃したかに思えたが・・・・・・

 

「なんだというのだ!?」

 

 魔弾の爆煙の中から一切傷を負っていないシエラルが姿を現す。手には魔剣ネメシスブレイドが握られており、その魔剣で防いだようだ。

 

「本当に甘いヤツだ貴様は。そうやって勝気になって勝機を逃すなんてな」

 

「チッ・・・!」

 

 シエラルは魔剣を回収するために動いていたのだ。決してルーアルから逃げるようにしたわけではないし、これは優位に立ったと思ってシエラルの目的を推測できなかったルーアルの落ち度である。

 

「待たせたな。これで全開の戦いができる」

 

 ドラゴ・プライマスと対峙する詩織達に合流し、シエラルは久しぶりに手に取った魔剣を構えた。

 

「絶対に勝とう!そして三人で皆のところへ帰ろう!」

 

 もう詩織に恐怖などない。戦闘状態でハイになっているというのもあるが、これまでの経験による自信と、信頼する仲間が共にいるという事実があるからだ。聖剣はその詩織の感情を体現するように刀身が煌めく。

 

 勇者と魔龍の因縁に終焉の時が迫ろうとしていた・・・・・・

 

        -続く-



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第59話 暁のタイタニア

 アンフェルダウンの結界へと侵入し、詩織達は倒すべき魔龍ドラゴ・プライマスとルーアルに立ち向かう。恐ろしい形相をしたドラゴ・プライマスは強いプレッシャーを放っており、常人なら立ち竦んでしまうだろうが詩織はむしろ闘志を燃やしている。

 

「怯えもせず、この我に立ち向かう勇気だけは褒めてやろう。だがそれだけでは勝てぬ。力の差、見せつけてやる!」

 

 ドラゴ・プライマスの翼に魔力が集中し、眩く発光して多数の魔弾を発射した。ダークオーブの手助けもあって圧倒的な火力を発揮し、リリィとシエラルは回避に専念するが詩織は左手に握ったガーベラシールドで的確に魔弾を防ぎながら接近していく。

 

「当てる!」

 

 聖剣グランツソードではなくシオリリウムロッドを右手に装備し、ドラゴ・プライマスの顔面めがけて魔弾を放つ。敵の攻撃を防御しながらなので精密なコントロールをしている余裕はないが正確な照準で魔弾は飛翔していく。

 

「こざかしい技を!」

 

 ドラゴ・プライマスは首を傾けて魔弾を避けるが、その詩織の魔弾に気を取られて動作が鈍った。その隙を突いてシエラルが魔剣ネメシスブレイドに魔力をチャージする。

 

「沈め!デモリューション!!」

 

 紫色の輝きが魔剣を包み込み、魔力の刀身を形成してドラゴ・プライマスへと伸びた。シエラルをただの適合者と内心見下していたドラゴ・プライマスは予想以上の攻撃が迫って来たことに焦るも、図体が大きいことが災いして回避は間に合わない。

 

「しかしこの程度でな!!」

 

 咄嗟に展開した魔力障壁で大技デモリューションを防ぐことには成功したが、魔力障壁は砕けて無防備となる。そこにリリィの魔弾が飛び、ダメージとはならないでも目くらましのようになった。

 

「そこだっ!!」

 

 シエラルとリリィの連携でドラゴ・プライマスが怯み、そこへ大きくジャンプした詩織の聖剣が振り下ろされる。

 

「ぬぅ!」

 

 胸部のダークオーブを切断され、ドラゴ・プライマスはよろけた。ダークオーブを破損したことで戦闘力は落ちてしまい、これでは使用できる魔力も減ってしまう。

 そんな魔龍に更なる追撃を行おうとした詩織だが、魔女ルーアルの魔弾に妨害されて退かざるを得ない。

 

「あの魔女はワタシが倒す!シオリ、魔龍を任せられるか?」

 

「はい、任せてください!」

 

「すぐに合流するからな」

 

 詩織の魔力こそ魔龍への有効な武器だ。だからこそ詩織がドラゴ・プライマスとの戦いに集中できるようシエラルはルーアルへ襲い掛かる。

 

「貴様の相手はワタシだ!」

 

「つくづく私の邪魔をするヤツだな!」

 

 親子揃っていけ好かないヤツらだと思っていたルーアルは、シエラルへの怒りを魔弾に乗せる。だがその強烈な一撃は容易に回避され、近接戦へと持ち込まれそうになることに焦りを感じていた。

 

「何が皇帝一族だ!所詮人間の分際で調子に乗りおってからに!」

 

「確かに皇帝の血族だからと偉そうにするものではないな。だが、そうやって他者を見下す貴様こそ何様のつもりだ」

 

「魔女だぞ!」

 

 感情の昂っているシエラルはいつも以上の高機動でルーアルの至近距離に迫り、魔剣が振るわれた。

 

「ちっ!」

 

 杖を魔力でコーティングして魔剣をガードするも、強力な斬撃のせいで弾かれる。姿勢を崩したルーアルは隠していたフォースダークオーブを展開し、そこからシエラルを狙った魔弾が撃ち出された。

 

「これで二体一と同じだ!」

 

「だからどうした!」

 

 ルーアルの近くに滞空するフォースダークオーブは自動砲台のように援護射撃を行うが、熟練のシエラルは脅威だとは感じていない。射線を完全に読んでおり、ルーアル自身の魔弾を弾きながら再び目の前に迫った。

 

「このままでは・・・」

 

 ドラゴ・プライマスの援護も期待できない今、シエラルを自分で対処せざるを得ず、劣勢に追い込まれているなという気持ちを振り払いつつ対峙する。

 

「ならばな!」

 

 シエラルの背後にフォースダークオーブを移動させ、魔力を暴走させる。

 

「何をっ!?」

 

「死ねよ!」

 

 フォースダークオーブは漆黒の魔力を放出し、爆散した。魔弾が飛んで来るものだと思っていたシエラルは予想外の攻撃を受け、爆圧で吹き飛び床に転がる。

 

「私の勝ちだな」

 

 結界内の地面は無限に広がっているわけではなく、半透明の円形で端があった。ルーアルはその端近くに倒れたシエラルを踏みつけ、地面の途切れた先の宇宙にも似た奈落へと落とそうとしている。

 

「この結界は捻じれた時空のハザマにある。つまり、ここから落ちれば歪んだ時空に呑み込まれて永遠に虚無空間を漂うことになるのだ」

 

 それは拷問に近い。もしかしたら運よく別世界にでも行けるかもしれないが、間違いなくこの世界には戻ってはこられないだろう。

 

「じゃあな」

 

 そんな空間にシエラルを蹴り飛ばそうとしたが、

 

「甘いな、貴様は」

 

「なっ!?」

 

 シエラルはルーアルの足を掴み、横に払う。思わぬ反撃を受けたルーアルは杖でトドメを刺そうとするがもう遅い。

 

「虚無に消えるは貴様だ!」

 

 痛む体を立ち上がらせて魔剣を振りあげ、杖を持ったルーアルの右腕と片翼を切断する。

 

「ば、ばかな!」

 

「さようならだ」

 

 回し蹴りがルーアルの腹部に直撃し、ルーアルはそのまま時空の捻じれの中へと落下していく。翼を斬られてしまったために飛ぶこともできず、自分が負けたことが信じられないという驚愕の表情で暗黒の渦へと消えていった。

 

「くっ・・・!」

 

 ルーアルを倒すことには成功したがフォースダークオーブの自爆でダメージを受けており、シエラルは視界がくらんでその場に倒れた。

 

 

 

「もう許さん!」

 

 ルーアルが消滅するのを視界の端に捉えていたドラゴ・プライマスはヴォーロクリスタルを持ち、それを右腕と融合させた。すると右腕がクリスタル製の巨大な剣へと変異し、大きく振りかざして詩織とリリィを威嚇する。

 

「そんなことができるのか・・・・・・」

 

 あまりにも凶悪なドラゴ・プライマスの大剣に気持ちが圧倒されるが、詩織は聖剣を構えて引き下がらない。魔女を引きつけてくれたシエラルの頑張りを無駄にはしたくないし、最も倒すべき相手なのだから逃げるなんてことはしたくないのだ。

 

「図体が小さい、力は貧弱、おまけに空を飛ぶための翼もない。そんな下等生物の人間如きが魔龍に逆らうなど!」

 

「確かに私には翼はない。でも私は天使になるつもりはないし、そんなモノが無くたって地に足を付けて生きていく。一人一人の力が弱くたって、人間は力を合わせて大きな事も成し遂げられる!」

 

「一人で強くなければゴミなのだよ!自分以外のヤツなど利用するだけの駒に過ぎん!」

 

 ドラゴ・プライマスは翼を広げて飛び上がり、滑空しながら詩織とリリィに斬りかかった。まるで大型トレーラーのような大剣が空気を振動させながら迫り、かろうじて二人は回避する。

 

「リリィ、大丈夫?」

 

「ええ。でもあんなデカブツが直撃したら即死ね」

 

 聖剣でも防げるか分からない。防御は命取りになるだろう。

 

「いつまでも避けられると思うなよ、小娘ども!」

 

 ちょこまかと斬撃を回避する人間に苛立ちを募らせたドラゴ・プライマスは口を開き、魔力を収束させて火炎を吐き出した。灼熱の炎が地面を焦がし、詩織とリリィを取り囲む。

 

「チッ・・・行動範囲を狭める作戦ね」

 

 これでは大剣を避けても炎に焼き殺されてしまう。リリィは詩織と共に燃えあがる地点から後退しようとしたが、

 

「遅いな!」

 

 広げられた翼からいくつもの魔弾が撃ち出され、その一発がリリィの近くに着弾して爆発に巻き込まれてしまった。

 

「リリィ!!」

 

 幸いリリィが倒れた場所は炎上していないが、このままではトドメを刺されてしまう。詩織は捨て身の勢いでドラゴ・プライマスに突進し、聖剣で斬りつけた。

 

「それで我を殺せるものか!」

 

「くっ・・・!」

 

 聖剣はドラゴ・プライマスの大剣に防がれ、弾かれてしまう。そしてお返しとばかりに魔弾を照射してきた。

 

「やらせない!」

 

 魔弾はギリギリで当たらず、冷や汗をかきながら詩織はガーベラシールドのトリガーを引いて拡散魔道砲でドラゴ・プライマスの胴体を撃つ。いくらかのダメージは与えられたが致命傷にはほど遠くあまりにも火力不足だ。

 

「この勝負、もらった!」

 

 勝機は自分に有りと強気なドラゴ・プライマスは詩織へと一気に接近し、左手でパンチを繰り出した。

 それを当然回避する詩織だが、その回避先を読んでいたドラゴ・プライマスは大剣を振るう。

 

「あぐっ・・・」

 

 敵の斬撃を避けるのは不可能と判断して詩織は仕方なく聖剣で防御を行う。だが鍔迫り合いなどにはならず、歴然たるパワーの差で吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「そんな・・・・・・」

 

 詩織の力を体現し、いくつもの敵を葬ってきた聖剣グランツソードの刃が折れていた。いくら勇者用の特殊な魔具とはいえヴォーロクリスタルで形成された大剣相手には分が悪かったようだ。

 

「これまでだな」

 

 余裕の表情をしたドラゴ・プライマスが近づいてくる。魔弾ではなく、その手で確実に仕留めようとしているようだ。

 

「シオリ・・・・・・」

 

 ダメージを引きずるリリィは必死に立ち上がり、詩織の元を目指そうとするが痛む足では一歩さえ踏み出せない。

 

「終わりだな、勇者」

 

 こんなところで終われるかと詩織は策を考え、ひとつの希望を見出した。

 

「アレは・・・・・・」

 

 詩織の視界に入ったのはソレイユクリスタルだ。ドラゴ・プライマスが魔力障壁を展開するために設置したもので、障壁が破られた後は忘れ去られていた。

 

「いけるか・・・?」

 

 ドラゴ・プライマスがやったように武器として使えるかもしれない。この劣勢を覆すためには確証がなくとも試してみるしかないのだ。

 だがソレイユクリスタルを回収するにはどうしても隙ができてしまう。それでなくてもドラゴ・プライマスはもう近くに来ている。

 

「シオリ!」

 

 詩織の意図を察したリリィはソレイユクリスタルを取りに行くよう目線で伝え、シオリリウムロッドを構えてドラゴ・プライマスへと魔弾を飛ばした。全く傷は与えられないが、これは魔龍を倒すための攻撃ではない。

 

「悪あがきを!」

 

 ドラゴ・プライマスの注意がリリィに向けられる。

 

「今!」

 

 その一瞬を見逃さない詩織が駆け、ソレイユクリスタルを手に取った。そして半壊した聖剣に押し当てる。

 

「何をっ!?」

 

 リリィを殺そうとしたドラゴ・プライマスだったが詩織から強い魔力を感じて向き直り、何をしたのかを悟った。

 

「貴様!我に張り合う気か!」

 

 聖剣の刃が復活していた。否、ソレイユクリスタルと融合して進化したと言っていいだろう。詩織達の立つ地面のように透き通り、穢れの無い刃は間違いなくクリスタルによって形作られたものだ。

 

「ソレイユグランツソード・・・これがお前を討つ聖剣だ!」

 

「魔具を直せたからと調子に乗るなよ!またへし折ってやる!」

 

 詩織はパワーアップした聖剣ソレイユグランツソードに魔力を流して大技を放つ準備を始め、それを察知したドラゴ・プライマスは右腕のヴォーロクリスタル製大剣を振りかざして阻止しようとしたが、側面から紫色の魔力の奔流を受けて姿勢を崩す。

 

「遅くなったな」

 

 全ての魔力を消費し、渾身の大技を放ったシエラルが詩織にサムズアップする。

 

「闇を裂く光・・・夢幻斬りっ!!!!!」

 

 高く掲げられた聖剣ソレイユグランツソードからまるで太陽光のような閃光が立ち昇った。この結界をも貫くような輝きで、詩織はそのまま聖剣を振り下ろす。

 

「バカなっ!そんな力があるのか!?」

 

 シエラルの大技でよろけていたドラゴ・プライマスは飛び立つこともできず、右腕の大剣に全魔力を流して防御する。しかし聖剣とクリスタルという二つの神秘の組み合わせは単なる乗算ではなく計測不能な性能を発揮し、詩織の魔力も相まってドラゴ・プライマスをも超える力となった。

 

「勇者っ・・・我を、貴様はぁぁぁああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 大剣は砕け、夢幻斬りがドラゴ・プライマスの頭部を切断。そのまま胴体も光の中へと消えていき、災厄を振り撒こうとしていた魔龍の長は完全に消滅した。

 

「勝ったんだ・・・・・・」

 

 詩織は力を使い果たして座り込み、聖剣を見つめる。もうここに敵はおらず、魔龍の野望は詩織の手によって見事打ち砕かれたのだ。

 

「シオリ、さすが勇者ね」

 

「みんなで掴んだ勝利だよ」

 

「ふふ、相変わらず謙虚なのね」

 

 リリィが詩織を抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。疲れた詩織はその心地良さに心底安堵していた。

 

「メタゼオスを代表してお礼を言うよ。ありがとう、シオリ」

 

「こちらこそありがとうございます。シエラルさんの助けが無かったら勝てませんでした」

 

 差し出されたシエラルの手を握り、辛い戦いを共に乗り越えた戦友として互いを褒め合う。

 

 巨敵を倒した詩織達は結界から元の世界へと帰還し、アイリアやミリシャ達と合流した。彼女達もアンフェルダウンに巣食っていた敵を蹴散らし生き残っていたのだ。そして詩織達の生還と勝利を喜び、こうしてリリィストーム作戦は人類の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 アンフェルダウンでの決戦から約三か月が経ち、詩織は新たな旅立ちを迎えようとしていた。まだ夜明け前であるが、荷物をまとめた詩織は与えられた部屋を一瞥する。

 

「これで準備は完了かな」

 

 荷物といってもこの世界における詩織の私物など無いに等しいので食料やサバイバル用の道具類などだ。

 部屋を出た詩織はそのまま城門へと向かい、既に用意の済んでいたリリィ達と合流した。

 

「おまたせ、リリィ」

 

「準備はもう大丈夫?旅に出たら暫くは帰れないからね」

 

「うん。いつでも行けるよ」

 

「よし」

 

 リリィは詩織に頷き、見送りに来てくれたクリスやアイラ、ターシャへと向き直る。

 

「では出発します」

 

「うむ。この旅の目的は分かっているな?」

 

「はい、クリスお姉様。他国を直接視察し、政治や文化を学んで今後に活かすためです」

 

「そうだ。リリィは王族なのだから今後は政治にも関わっていかなければならない。だから今のうちに見識を広め、より成長することが目的だ」

 

 リリィはこれまで政治や国家運営に関わることはなかった。だが国王デイトナが亡くなり、新しい世代に引き継がれたタイタニアの中ではリリィも王族として立ち振る舞わなければならない。そのためにタイタニアやメタゼオスだけでなく、他の国についても学ぶよう指令を受けたのだ。

 

「道中は気を付けるのだぞ。ドラゴ・プライマスを討伐したことで異質な魔素の流出は止まって凶暴化した魔物も落ち着きを見せはじめたが、完全に影響が無くなったわけではない」

 

「分かりました。気を付けます」

 

「もし何かあれば帰ってこい。命を落としては意味が無いからな」

 

 国王としてではなく姉としてのその言葉は優しかった。

 

「シオリ、リリィのことを頼んだぞ」

 

「はい。必ずリリィを守り抜いてみせます」

 

「キミは名実ともに立派な勇者だ。異世界から来たりし適合者だから勇者なのではなく、本物のな。そんなシオリがリリィの傍に居てくれると頼もしいよ」

 

 伝承の魔龍ドラゴ・プライマスさえ討った詩織は勇者として注目の的になっていた。本人としてはまだ実感があることではないが、その実力と名声はタイタニア中で轟いており、もう本当に勇者だと言って差し支えない。

 

「そういえば、メタゼオスの新皇帝になったシエラルから伝言を預かっているぞ。”キミ達の旅の無事を願っている。帰還したら生まれ変わったメタゼオスに招待しよう”とな」

 

 魔龍との戦いで疑いが晴れたシエラルは新たな皇帝としてメタゼオスを率いていくことになった。彼女ならナイトロのように道を踏み外すことはないだろうし、側近として支えるイリアンと共に良い国造りをしていくことだろう。

 リリィは旅が終わったら顔を見せてやろうと脳内にメモしつつ、気になっていることをターシャに訊いた。

 

「ターシャはこれからどうするの?」

 

「新設される特務部隊ハウンドの指導を行うことになりました。私自身の体も治療の効果で少しずつ回復し始めていますし、いずれは前線に復帰することも考えています」

 

「ターシャなら上手くやれるわ。それと、今までわたしの指導をしてくれてありがとう。こんなわたしでも見捨てないでいてくれて」

 

「お礼を言うのは私のほうです。リリィ様の教育係に任命されて良かったですし、とても有意義な時間でした。これからもリリィ様のご活躍を楽しみにしています」

 

 教育係の任は解かれたが、ターシャがリリィの師であることはこれからも変わらない。リリィの心の中ではターシャの教えは確実に根付いている。

 

「じゃあそろそろ行きましょうか。ミリシャとアイリアが城門前で待っているわ」

 

「うん」

 

 リリィが詩織の手を引いて二人は城を出て門へと歩き出す。空は白み、夜明けの時はもう近い。

 

「これからもよろしくね、シオリ」

 

「こちらこそよろしく、リリィ」

 

 見つめ合う詩織とリリィを暁の光が包んでいく。

 

 

 異世界転移し、何よりも大切な人と出会った詩織の新しい人生がここから始まる。

 これは後世まで語り継がれる勇者詩織の物語。

 

 

         -完-



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