破界僧〜Fateの世紀〜 (ヤン・デ・レェ)
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須く望まれて生まれた
お母さん


歴史は面白い。
でも、歴史は怖いです。

ワタシは悲しいことや苦しいことが嫌いです。
二次創作は、そんな現実をどうにか文章の中でぐらいは壊してやろうというワタシの自己満足なんです。


昔々、神様がおりました。

 

神様は世界を作ったものの、特に後先考えずに作ったものですから大変に歪な出来となりました。

 

そのせいか自分で作ったのにも関わらず、何だか愛着を持てずにおりました。

 

そんな時、ヒトが生まれました。

 

なんだこいつらは、作った私がいうのもなんだけど狂っているな。

 

いつまで経ってもくだらないことで喧嘩をやめないヒトを見ていると、神様はやっぱり嫌になって寝てしまいました。

 

 

 

 

起きたら大変なことになっていました。

 

ヒトはまだ喧嘩をしていたのです。

 

なんで暇なやつらなんだ、神様はそう困惑してしまいました。

 

しかし、神様は何もできませんでした。

 

何故でしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

神様は自分で作ったヒトよりも更にバカだったのです。

 

なんということでしょう。

 

 

 

 

悲しいな、残念だな、そう思いはしますが神様は何をしようともしませんでした。

 

さらにしばらくすると、ヒトの中から一際態度ばかり大きい奴らが現れました。

 

 

なんだこいつらは、神様はなんだか嫌な気分でした。

 

 

 

 

 

ある日、偉そうなやつらは何を偉そうにしているんだ?神様はそう思って様子を見ることにしました。

 

ヒトがたくさん集まって何かしていました。

 

その後も様子を見ていた神様は驚きましたら。

 

なんでこいつらはぺこぺこしてるんだ。

 

神様への感謝の儀式は、肝心の神様には全く届いていませんでした。

 

理解できていない神様は疲れてしまい、またぐっすり眠りました。

 

 

 

 

ある日、神様は目覚めました。

 

神様は眠かったのですが、なんだか騒がしい気がしてヒトの様子を見ることにしました。

 

神様は驚きました。

 

なんと神様のために争いが起きていました。

 

神様のために、だとか。

 

神様の聖地を取り返せ、だとか。

 

神様の言うことを聞かないやつは殺せ、だとか。

 

邪教徒、異教徒に死を、だとかなんとか。

 

神様は呆れ切ってしまいました。

 

ワタシは頼んだ覚えがない、と。

 

勝手に殺し合いをして、怒ったりなんかしたりと忙しいやつらだ、と思いました。

 

神様は特に何も思っていませんでしたが、あるヒトがこんなことを言ったのです。

 

 

神なんていなければこんなことには!!!

 

 

神様は悲しくなりました。

 

ワタシは何もしていないのに、と。

 

悲しくなった神様は横になりました。

 

 

 

 

神様は太陽を作った夢を見ました。

 

太陽を軸にしたらこの青くて丸っこいのは程よく回るかもしれないな、よしそういうことにしよう。

 

楽しかった思い出です。

 

あったかくて、明るくて、とっても大きな太陽は神様のお気に入りでした。

 

 

夢だったんだ、目が覚めた神様は気分が良かったのでまたヒトが何をしているのかを見ることにしましt「ぇえ!!!???」

 

 

神様はびっくりして声をあげてしまいました。

 

ーーーーー

 

「それでも地球は廻っている。」

 

ーーーーー

 

当たり前だろ!!!

 

神様は思いました。

 

だってワタシが決めたんだもん!

 

ワタシが作ったんだよ!!??

 

神様は意味が分かりませんでした。

 

なんなんだこいつらは、この偉そうなやつらは。

 

あっ、と神様は思い出しました。

 

あの時のよくわからないけど偉そうなやつらか…。

 

神様は余計にこの偉そうなやつらがきらいになりました。

 

ぶくぶくふとっていて二重アゴだし、帽子はダサいし、喋り方はふてぶてしい。

 

でも神様が一番気に入らなかったのは、自分がつくった太陽のことを勝手に決めつけられていたことでした。

 

しかも、それは神様が決めたことだからと言うのです。

 

何も言っていないのに、本当に大事なことは全然違うのに。

 

神様はこの偉そうなヒト達が大嫌いになりました。

 

すっかり頭にきた神様はもうしばらく起きてはやらない、そう思って眠りました。

 

 

 

神様がその偉そうなヒト達を見ることはもうありませんでした。

 

 

 

 

神様はある日、キラキラと光るものが目に映りました。

 

気になって神様がヒトの様子を見てみると、肌が黒いヒトや肌が浅黒いヒト達が、肌が白い人たちに叩かれたり縄や鎖で繋がれていました。

 

神様はこんな動物を作った覚えはありませんでした。

 

肌が黒いヒトや肌が浅黒いヒトなら作った覚えがあったのですが、どうしてでしょう。

 

彼らにあげたおうちもすっかりなくなっていました。

 

代わりに帽子を被って格好をつけた偉そうなやつらが威張っていました。

 

汚い言葉をつかったり、嫌な目つきで互いを見たりしていました。

 

お互いあんまり仲が良さそうじゃなかったので、神様はまた嫌な気持ちになりました。

 

思い通りにいかなくて腹のいどころが良くないのです。

 

お腹が痛くなった気がして寝ることにしました。

 

 

 

 

 

ある日、神様はあまりの臭さに目が覚めました。

 

あんまり臭くて我慢ができなかった神様は億劫そうにヒトの様子を見ました。

 

 

広ーい大地に線が引かれていました。

 

びっくりです。

 

こんなに大きなお絵かきをヒトもするのか。

 

そう思った神様は、この絵を描いた人に会いたくなりました。

 

大きな音がして耳を塞ぎました。

 

大地では所々で光が瞬いていて、ピカピカと光っています。

 

穴が所々にできていました。

 

お絵描きはこんなものだったかな、と思った神様はさらに近づいてみました。

 

お絵描きだと思っていた、大地の線にはヒトがたくさん入っていました。

 

みんな不潔な格好で、チューチューうるさいネズミもいます。

 

臭いことは臭いのですが、彼らの使う大きな筒や小さな筒は大きな音も出るし、とっても臭いのです。

 

薬のような匂い、焦げ臭い匂い、汚い匂い、気持ち悪い匂い、神様は不快でした。

 

大きな音に驚いたのかヒトがたくさん倒れていました。

 

神様は可笑しくてわらいました。

 

また変なことをしている、と。




大切なことは偉い人が宣うような難しいことなんかじゃないと思います。
ワタシはしょっちゅう色々と間違います、でも書きたいことも沢山あります。
チカラの器は今後も書きたしていきます。
ボチボチ自分のペースで描いていこうと思います。


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お子さん

前回の続き。
コレで前置きはおしまい。


ヒトはなんてバカなんだろう、と神様は思いました

 

でも神様はもっともっとバカでした

 

何もしないで見ているだけなんですから

 

ぼーっと

 

ただ見ているだけでした

 

ヒトはまだ調子に乗るんだな、でもワタシ興味ないし…

 

そう思うばかりで、結局今回も何もしませんでした

 

神様は気疲れしたのか眠ろうと思いました

 

でも、今回はなぜか寝れませんでした

 

寝てはいけない気がしたのです

 

神様は見ていることにしました

 

 

 

 

 

 

うとうとしながらも

 

神様は見ていました

 

 

 

 

ヒトの時間で10年か20年が経ったある日のことです

 

神様は眠くなくなりました

 

 

 

太陽がもう一つできていました

 

 

神様は驚きました

 

 

ワタシは作った覚えがないのに

 

誰が作ったんだろう、と

 

 

 

神様は太陽が好きでした

 

 

大きくて、温かくて、なんだか凄いからです

 

 

神様はヒトよりは悪意がないような気がするので太陽は嫌いではありませんでした

 

 

でも、この太陽は大嫌いだ!!

 

 

神様はそう思いました

 

 

腹が立ちました

 

 

とっても

 

 

とっても嫌な匂いがしました

 

神様はいままでに無いくらい気持ちが悪くなって見るのをやめました

 

 

よくわからないけれどとても辛くなりました

 

寝てしまおう、神様はそう思いました

 

しかし、神様はふと振り向きました

 

誰かに呼ばれた気がしました

 

なんだか一生懸命な声が聞こえました

 

 

どれどれ聞いてやろう、少し気分が良くなった神様はヒトの方を見ました

 

 

まただ

 

 

また光が目の前に

 

 

それは神様が嫌いな悪い太陽の光でした

 

 

声は聞こえなくなりました

 

 

かわりに、またあの匂いがします

 

 

 

 

神様…、神様には最後かすかにそう聞こえた気がしました

 

 

もう痛くて苦しい声しか聴こえません

 

 

神様はゆっくりとそこを離れると今度こそ眠ることにしました

 

 

横になると、神様は何を思ったのか体を起こすとゆっくりとヒトの方へ行くとまた座り込みました

 

 

それでも神様は何もしません

 

 

神様は何もしません

 

 

 

 

 

それからしばらくして、神様は嫌な太陽をたくさん見ました

 

丸くて青い球の上で、たくさん神様の作ったものとは違う

 

神様の嫌いな太陽がたくさん光りました

 

 

神様は神様を信じられなくなりました

 

ワタシは何なのだろう

 

 

神様は何もしてきませんでした

 

なのに、何でこんなことになったんだろう

 

神様は誰も救いませんでした

 

神様はだれも傷つけませんでした

 

なのにヒトは勝手にワタシに縋る

 

なのにヒトは勝手にワタシに腹を立てる

 

ワタシは何なのだろう

 

ワタシには何かが足りない…

 

 

神様は初めて悩みました

 

 

 

 

 

果てしない時間が経ったある日

 

神様は何度目かわからないヒトの営みの中であるものを見つけました

 

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HENTAI文化

アニメ

マンガ

オタク

ラノベ

二次元

バーニングラブ

ご都合主義

 

 

 

 

衝撃

 

 

神様はハッとしました

 

ワタシに足りなかったのはコレだ!!!、と

 

 

神様は自分に足りなかったもの、それが満たされればワタシは何かわかるはずだ

 

そう思いました

 

 

その日から、神様は世界をつくりました

 

 

言わずもがな

 

 

神様は今まで見たこと、聞いたことを全て一つの世界に注ぎ込みました

 

何度目のヒトの営みなのかわからない、そんな長い時間を経て

 

一つの宇宙にいくつもの世界が存在するあたらしい世界ができました

 

神様は仕上げに取り掛かることにしました

 

 

神様は今までずっと一人でいても寂しくありませんでした

 

でも、ヒトやどうぶつが子供に何かする様子をみていると、とても気分が良くなったのを思い出して思ったのです

 

 

ワタシに足りないのは子供なんじゃないか、と

 

そして神様は決めたのです

 

 

ワタシの全てを込めて

 

ワタシの子供を作ろう、と

 

 

 

コレが、この思いつきが  彼  を生みました

 

 

神様は自分がいい気分になるものを全て混ぜました

 

 

そして、生み出した 子供 を新しい世界に入れることにしました

 

 

 

しかし…

 

 

 

子供を作った神様は思いました

 

 

やだ、この子可愛い…、と

 

自分の子供、というものどころか可愛がるという概念を知らなかった神様はそれはもう可愛がりました

 

可愛がるという範疇も、それ以外のヒトの常識の全てを神様は知りませんでした

 

 

神様が知っていることは、決めること、そして創ることです

 

助けること、可愛がること、喜ぶことなんていう高尚なものは持ち合わせていませんでした

 

なんだか良い、なんか嫌だ

 

その程度が神様のもつ感情の全てでした

 

しかし、たまたまの思いつきで神様自身が生み出した 子供 は神様を変えてしまいました

 

嫌な感じを感じないこの子になら

 

ヒトやどうぶつのしていた可愛がるというのもできるのではないか、と

 

神様は 可愛がる ことにしました

 

無論

 

神様のやり方で、ですが

 

 

 

 

 

 

神様は可愛がりました

 

とにかく可愛がりました

 

可愛がり出したら不思議なものです

 

なんだか可愛く見えてきたのです

 

神様はせっかく作った世界にこの子を送り出すことが少し嫌になりました

 

 

さらに神様はこうも思いました、この子が大きなヒトになると嫌な感じになるのでは、と

 

そして、ヒトは神様が寝ている間に小さかったのが大きくなったり、増えたり減ったり、毛むくじゃらになったりツルツルになったりしていたのを思い出しました

 

 

神様は愛する 子供 から 変わること を奪いました

 

でも、どうして変わるのかよくわからなかったので 嫌な感じ に変わることを奪いました

 

それからヒトの時間で何年も経ちました

 

 

神様の 子供 は少し大きくなりました

 

なぜなら大きくなることは神様が嫌な感じにならなかったからです

 

むしろ、神様はこの子のことが前以上に可愛くて仕方なくなりました

 

神様は益々このこをヒトの世界にやることが残念になりました

 

神様は自分の子供が少し大きくなるにつれて色んなことを学んでいきました

 

残念 というのはその中の一つです

 

大きくなって、子供は自分で動くようになったのでずっと抱いて居られなくなりました

 

そのことは嫌な感じがしませんでしたが、神様はなんだかちょっぴりシュンとした気持ちになりました

 

初めて感じた気持ちを、ヒトの世界から探しました

 

ざんねん、残念な気持ちというやつらしいのです

 

神様は知らないことを探していく中でこんなことも知りました

 

 

カワイイ子には旅をさせよ

 

 

この子にも何か旅をさせるべきだろうか…、神様は思いました

 

神様は結局決められませんでした

 

 

カワイイ子が嫌な感じになってほしくない

 

 

そう思ったのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途方もない時間が過ぎました

 

神様は自分の子供がますます好きになりました

 

いろんなことを教えてくれるので神様はたくさん考えられるようになりました

 

そして神様は理解しました

 

今まで自分が何もできなかったのは、何もしなかったのはどうしてなのか

 

「それは、ワタシには何かを教えてくれるヒトが居なかったからだ。」

 

神様は、大きくなった我が子を抱き寄せるとそう言いました

 

神様はいろんなことを教えてくれた我が子に語りかけました

 

「あなたがワタシに教えてくれた。ワタシはヒトを作ったけれど、ヒトに何もできなかった。ワタシは何も知らなかったから。でも、今こうしていろんなことを教えてもらってわかったの。」

 

「ワタシに全てを教えてくれたアナタは何なんだろうって。」

 

「ワタシ、幸せなの。」

 

「アナタはワタシの最初の子供だけれど。アナタは教えてくれたの。ワタシはずっと昔にたくさん子供がいたんだって。」

 

「ワタシね、アナタにヒトになってほしくないわ。けれど、アナタはヒトなの。アナタがワタシに沢山教えてくれたのだから。でもアナタというヒトがワタシに教えてくれたことはきっと唯一つなの。」

 

「ワタシに沢山のことを教えてくれたのはヒトだったんだ、ということ。」

 

「今度はワタシの番だと思うの。」

 

「だから、お願い。ワタシ、アナタにヒトを幸せにして欲しいの。」

 

「嫌な気持ちにならない、それが幸せってことだと思うの。難しいことなんて一つも必要ないの。」

 

「きっと、ワタシに沢山のことを教えてくれたヒトは、それだけ沢山の難しいことを考えてしまったのね。」

 

「難しいことなんて必要ないのに。だから、何かを傷つけてしまうのね。」

 

「きっと、でも、それはみんなが幸せになりたかったからなのよ。」

 

「だから、アナタはヒトなのだと思う。」

 

「みんなを幸せにしようなんてむずかしい?」

 

「それはそうよ。だから、誰かを幸せにしてあげて。」

 

「ただ、唯、それを続けていくの。」

 

「アナタが一人幸せにするごとに、誰かが誰かを幸せにしてくれる。」

 

「でも、そのためにはアナタがまず幸せにならなくちゃね。だから、幸せになってらっしゃい。」

 

「ワタシは、何もできなかったの。でもヒトから教えて貰ったことを、何もしないで無駄にだけはしたくないの。」

 

「アナタがどこかへ居なくなってしまうようで寂しいけれど、ずっとみているから。」

 

 

神様は アナタ のことを慈しむように一つ撫でると手を惜しむようにゆっくりと、しかし敢然と掲げました

 

神様も怖いのです

 

寂しいのです

 

でも神様は何もできなかったころとは違います

 

何もしないでいることの方が怖いのです

 

神様は両の手のひら一杯の勇気を込めて手を降りおろしました

 

 

 

 

光が集まりました

 

 

太陽の光です

 

 

温かくて、大きな光です

 

 

神様があの日見た

 

 

悪い太陽の光ではありません

 

 

誰かの何かに届いてくれるような

 

 

そんな優しい綺麗な太陽の光です

 

 

 

いってきます

 

 

 

神様の目の前にはもう アナタ はいませんでした

 

でも神様には確かに聴こえました

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、我が子の旅を見つめる神様の顔はすっかりお母さんになりました

 

色々なことを経験する我が子の初々しい反応が可愛くて仕方がないのです

 

しかし、神様は気づいて居ません

 

 

 

 

 

 

神様は忘れていたのです

 

我が子が 嫌な感じ へと決して変わらないようにしていたことを

 

 

彼はいつまでも歳を取らない

 

彼は決して歪まない

 

彼は必ず誰かを救う

 

彼はどうしても死ねない

 

彼はとても運が良い

 

彼はいつも誰かに寄り添う

 

彼は絶対に厄介ごとに巻き込まれる

 

彼は最高に変わり者だ

 

 

 

「はぁ〜…今日もワタシは運が悪い…。神様どうかワタシに平穏な生活をお与えくださいまし…。」

 

「⁉︎ッまただよ…。あーあ!今度はどの世紀に飛ばされるというのかな?まぁ、それを愉しむのもまたワタシの運命であろう!まさに、読んで字の如くな!!」

 

 

 

破界僧 極運坊崇勘 の奇遊譚此処に開幕




次回より、主人公からすれば全く望んでいない栄達の道が絶え間なく注がれることになります。
第一の世紀はどうしましょうね。
各章のタイトルは何々の世紀という感じで何の作品を舞台にさせていただくかを示させていただきます。
あ、書く話はいくつかの視点で進めていきたいと思いますが、原作となる御作品はランダムかつ多くなる予定なので、宜しくお願い申し上ぐ。


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独白

日記形式、独白形式で進めようかと思います。


ご機嫌よう。

 

拙僧、いや…ワタシの名は極運坊崇勘という。

 

なぜ言い直したかというと、ワタシは自称僧侶ということでな。

 

実のところは、酒も飲む、肉も喰らう、女も男も見境なく好む、妻もいる、複数いる、息子も娘もいる、これまた幾らもある、金も必要だが名誉もくれると言うならもらう、そんな一流の生臭坊主なのだ。

 

自分からは決して行かぬが。

 

悲しいかな。

 

ワタシは死ねなんだ。

 

何故か?

 

相知らぬ。

 

ワタシの名前というものも、今名乗ったものをいつから決めて名乗り出したのかサッパリ覚えておらなのだ。

 

ワタシは死なぬのではない。

 

ワタシは死ねぬのだ。

 

幾度となくこの身に降りかかれば、流石に愚かなワタシも気づいたよ。

 

もう…どれだけの年月を生きたらう。

 

どれだけの世界を廻っただろう。

 

幾度も平穏無事を求めて、山中へと罷るのだがその度に厄介事を背負って女子が男子かが倒れとる、待っとる、出迎えに来る始末だ。

 

助けなければ良いだろうって?

 

だがのぅ…。

 

助けたり、後についていって、お疲れ様でしたお帰りくださいなんてことはないのはよーくよく理解してるよ。

 

けれどな、ワタシの身体は思う通りに動くのだ。

 

不思議なことに、その後が問題だ。

 

放っておいても何故だかワタシのお陰になるんだわ。

 

こりゃぁおかしい、と思うわけだ。

 

しつこいくらい、それこそ断るさ、弁明するさ、嫌われようと試みるさ。

 

好かれるんだよ…えぇ?…おん。

 

そんなんだよ…訳がわからん。

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

最初に目覚めたのはいつであろうか。

 

よもや千年、万年では到底足りない時を過ごすことになろうとは。

 

最初が最後の平穏であった。

 

現代日本。

 

そこに生まれ、様々な文化とネットに囲まれて育った。

 

何故か父も母もいない家であった。

 

物心つく頃には見えない母がワタシを導いてくれた。

 

母は声しか聞こえぬ存在であったが、ワタシを心底溺愛してくれていたというのが今ならよくわかる。

 

永く、永く生きたおかげで、ワタシを愛してくれるヒトとも沢山逢えたからな。

 

 

だが、幼少の平穏を最後にワタシには常識が立ち塞がった。

 

父も母も形あるものがそばにないのは、誰が見ようとも異様であった。

 

生きて育ったのは奇跡以上に得体の知れぬ怪異であろうな。

 

故に、ワタシはお坊さんになることにしたわけだ。

 

信心深さならワタシの右に出るものもあるまいて。

 

なにせ生まれた時から神秘的な声、心中の母と共にあったのだからな。

 

学校に行こうかとも思ったが、母は行かなくて良いという。

 

ワタシも怖くはあったから、行くことは終ぞなかったな。

 

暫し一人ぼっちで母の声から学問を習った。

 

家の中で母の声との学問は、案外寂しくなかった。

 

10年も母から学んだころ、ワタシは僧になった。

 

うむ。自称である。

 

だが、世のしがらみに囚われることだけは我慢しがたかったワタシにはこの立場ほど安泰に思えるものはなかったのだ。

 

自称というくらいだから徳がさぞかし高いのだろう。

 

そう思われる御方々はうつけか何かであろうな。

 

ワタシは何も知らずに、日頃随分運が良いことを母がいい含めてくるのでそれをそのまま僧名にした。

 

それがたまたま極運坊であっただけである。

 

外に出るように言われたのは自称坊主の17の誕生日であった。

 

都会の歩き方も存ぜぬワタシは、母の声に導かれるままにゆっくりと生家?を後にした。

 

そして、家の扉を開け放つと眩しさに目を瞑った。

 

コレが我が終わりなき定めの始まりよ。

 

 

 

目を開ければ、すっかり空気が違うのだ。

 

あれはどこであったろうな。

 

最初の世紀は古代であった。

 

…あぁっ!そうだそうだぞ!思い出した!

 

古代ローマであった。

 

あの日あの時、ワタシは南無南無ボウズ=ライフを始める前から奪われたのだ。

 

無念。

 

しかして、ワタシの愛と栄達の日々が始まった。

 

誠に遺憾であるがワタシの求めた平穏だけは与えられることが無かったがね。

 

さてさて…"彼女"、もといワタシの最初の"妻"との出逢いを話そうかというところで少しお休みとしようか。

 

なにぶん疲れた。

 

ん?"彼女"のことかい?

 

…最初はわからなかったよ。

 

何たって、現代日本で脇ペディアで歴史に親しんだワタシはてっきり男だと思ってたんだから。

 

ま、事実ワタシは生まれ以外はすっかり世界と時空の転勤族になったわけだからね。

 

あの時の衝撃ったらないのよ。

 

正直いうとね、知ったのは結ばれた時なんだ。

 

コレさ、未だに言うと怒られるんだよ…あはは。

 

忘れもしない。

 

結ばれた時、彼女がはっきり言ったんだ。

 

「余の伴侶となることを泣いて喜ぶがいい!この、ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスが貴様の妻となるのだぞ!!」

 

ってね…。

 




あらゆるものを運で拾う男、彼に付き纏う豪運さえ霞む極運はなんとアフターサービスまで完全保証である。
まさに世界観の転勤族となることを強いられた彼は永く生きる間に、これまでの記憶の中から目的の人物や世界を強く念じた上で目を瞑り、今一度開くとその世界へと再び訪れることができるという能力が、運良く身についていることがわかっている。

基本、一つの世紀に1人のヒロインです。


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〜1世紀ローマ帝国の時代〜
FGOの世紀 古代ローマ帝国


FGOの概念は寛容の精神の粋に等しいと勝手に思っている。

いいじゃないの、暴君明君限らずに生き方を楽しく知れるんですもの。


偉大なるローマ帝国において最も讃えられる皇帝は誰であろうか。

最も品位ある時代はいつであったろうか。

 

アウグストゥス朝の初代であるアウグストゥス帝か、はたまた五賢帝の治世、よもやディオクレティアヌス帝であろうか。

 

否。

 

ローマの誉高き市民は口を揃えてこう答える。

 

"シュルカヌス=ネロ"の御代であったと。

 

"ネロ帝"

 

そして彼女の最大の理解者、"ケルクヌブス・シュルカヌス"こそが最高のローマの"第一人者"であったのだと。

ーーーーー

 伝記

 

「〜賢治の元勲〜シュルカヌスの真実」より

 

ーーーーー

 

藤丸立花は目の前に広げられた書物に釘付けになっていた。

 

宝石が無数に嵌め込まれ、紙一枚一枚が金銀で飾られている。

 

 

かつてないほどに贅が尽くされたこの尊大な書物は 彼 の権威と人気の高さをこの上なく強く現代に生きる全てに訴えかける。

 

書物の中でも特に丁重に飾られているのはネロ帝とともに寄り添うように彫られているネロと彼の名前だ。

 

貴重な大粒の蛍石に当時の技術の粋を集めて彫られた人物の名前は

 

"ケルクヌブス・シュルカヌス"

 

ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスの第一の腹心として彼女の統治を公私共に支えた人物だ。

 

シュルカヌスという人物は古くより絶大な人気を誇っているにも関わらず、生没年が不確かであり、その点が今もなお神聖視される所以でもあるという。

 

一説では光に包まれて消える間際に帰還を予言し、実際に帰還したという記録も残っている。

 

また彼の前半生に関する資料はほとんど残っておらず、些か若者には馴染みが浅く認知度は高くない。

 

かくいう立花が彼を知ったのも最近だ。

 

たまたま 虹色の素敵な石 から現れた、ローマ帝国第五代皇帝本人がいの一番に聞いてきたのが 彼 のことだったのだ。

 

「シュルカヌスはおらぬか⁉︎」

 

挨拶も忘れてそういうものだから、同性として何か感じるものがあったのだ。

 

シュルカヌスという人物を話の種にすれば、ネロはその整った口元をだらしなく緩めては惚気を吐き出すのだ。

 

彼女曰く、彼は現れたり消えたりする人物であったらしい。物理的に。

 

ポッと温かい光と共に消えては、どこぞから違う女の匂いを漂わせながら再び現れるというのだ。

 

立花は 彼 に会ったことがなかったものだから、その胡散草さ満点の話のせいであまり好きになれそうにはなかった。

 

実際、ネロは時たま寂しそうな表情をするものだから。

 

立花は、最初はあまり望んだ結婚ではなかったのかもしれない、とそう思っていた。

 

だが、目の前の豪華絢爛な書物をネロから読み聞かせてもらうとその印象は徐々に変わらざるを得なかった。

 

まず特筆すべきは彼の経歴だ。

 

半生がほぼ全く分かっていない彼。

 

彼についての最初の記録は、ローマ元老院のものだと考えられるネロ帝統治時代の合議場の跡地から発見された、今でいう履歴書や伝記を書く際に参考にされた資料だと考えられているものだ。

 

そこを根拠とすると彼の栄達は以下の通りである。

ーーーーー

 

アンツィオの地でローマ軍から不審者として拘留される

 

20年 人違いで宮殿の給仕になる

 

23年 小ドルススの健康悪化が噂され給仕も入れ替えられる シュルカヌスが給仕・警備兵に任じられる

 

24年 宮殿において給仕として働いていたとされる 小ドルススの杯を事あるごとに盗み飲んでいた事が発覚したため解雇処分される 小ドルススの健康改善

 

*のちに毒杯をシュルカヌスが飲んでいたためにティベリウス帝の親衛隊長官セイヤヌスによる小ドルススの暗殺未遂で防いでいたことが発覚

 

25年 小ドルススにより呼び戻されるも仕官を辞退 宮殿の清掃を担う役職につくも掃除が筆舌なつかし難い程に下手であったため解雇

 

26年 セイヤヌスの逆恨みにより無実の罪で拘留される

 

29年 <小アグリッピナ(ネロの母)に気に入られ彼女の側に仕える>

 

拘留を解かれたのち、彼女の私人として仕える

 

小アグリッピナから給仕長に任命される

 

大アグリッピナを流罪地から密かに連れ出す 以降大アグリッピナは死の床につくまで娘 小アグリッピナの元に匿われる

 

ティベリウス 大アグリッピナの失踪に際して小アグリッピナを詰問するも シュルカヌスを覚えていたティベリウス帝の息子 小ドルススの弁護で事なきを得る

 

シュルカヌス ティベリウスの親衛隊長官セイヤヌスから暗殺されかけるもこれを撃退

 

気絶したセイヤヌスを連行 ティベリウスがセイヤヌスの身辺調査を命令

 

31年 <セイヤヌスの小ドルスス殺人未遂が発覚 セイヤヌス処刑>

 

小アグリッピナ シュルカヌスをティベリウスに 無二の勇者 と紹介する

 

ティベリウス セイヤヌス捕縛の功、のちに毒殺を防いだ功によりシュルカヌスを自身の終身護身官に任命

 

同年 ティベリウス シュルカヌスを自身の終身近衛隊長官に親任

 

大アグリッピナの名誉挽回をシュルカヌスが上奏する

 

32年 ティベリウスにより大アグリッピナの名誉回復

 

33年 <大アグリッピナ死去>

 

33年 小アグリッピナより自身と二人きりの時でも帯剣を許される

 

34年 ティベリウスの邸宅での専任護衛官に任命される

 

37年3.16 <ティベリウス死去 カリグラが帝位に就く>

 

小アグリッピナの護衛官としてカリグラと対面

 

二度目の対面の際にカリグラに頭から酒を被せる無礼を働く 元老院より処分の声が上がるも これをカリグラが取り下げさせ咎められず

 

カリグラの私的な相談役となる

 

カリグラから金と剣を与えられるも、金のみ受け取り剣を返した 

 

与えられた金を困窮するキリスト教徒に寄付するもカリグラから咎められることはなかった

 

カリグラから式典時の近衛隊に選出される

 

この頃からカリグラの健康の相談も受けるようになる 

 

同年 カリグラの食事内容の管理を任せられる以後カリグラは健康を回復し、シュルカヌスへの信頼は不動となる

 

カリグラ シュルカヌスを皇帝直属の専任神祇官へと親任

 

カリグラ シュルカヌスを儀式を執り行う際の警備責任者に親任

 

37年12.15 <ネロ帝誕生>

 

この日、ネロ帝生誕の祝福の儀を執り行ったのはシュルカヌスであった

 

ネロ帝の誕生に伴いカリグラと小アグリッピナの関係が徐々に悪化し始める

 

40年 <小アグリッピナがポンティアエ諸島に流罪にされかけるも、シュルカヌスがカリグラに上申。カリグラはこれを取り下げる。>

 

小アグリッピナの護衛官長として独任される

 

カリグラの近衛隊長官として親任される

 

シュルカヌス 近衛隊にキリスト教徒とユダヤ教徒を編成する 元老院より批判を受けるも カリグラはこれを咎めず

 

カリグラ帝から自身神格化後の最高神祇官へ任命されるも辞退 

 

カリグラ帝から 真の友 と称される

 

カリグラ帝より執務の相談・決定においての助言及び補佐を最も近く担う 執務長官 の位を用意される これに就任

 

カリグラの過度の公共建築事業を諌める

 

カリグラ帝 シュルカヌスを帝国の公共建築監督官に親任

 

カリグラ帝 シュルカヌスに譲位を勧められる このことはクラウディウスから好意的に受け取られた

 

41年1.23 <カリグラ譲位 クラウディウスが帝位に就く>

 

ネロ帝の教育長に小アグリッピナから任命を受ける 当時ネロ帝7歳

 

小アグリッピナから自身の専任神祇官及び近衛長官に任命される

 

同年、小アグリッピナにより領地を下賜されるも此れを返納

 

小アグリッピナからシュルカヌスに属州総督への就任の声が上がるが、本人が辞退

 

43年から44年 <ブリンタニア遠征>

 

遠征に際しローマ軍の主力軍総司令官(レガトゥス・レギオニス)に小アグリッピナから推挙されるもクラウディウスが却下

 

50年 クラウディウス ネロを養子にする

 

シュルカヌス 小アグリッピナの推挙でクラウディウスより法務官(プラエトル 上から3番目の公職)に任命される

 

シュルカヌス クラウディウスへキリスト・ユダヤ教への緩和策を上申するも却下・叱責される

 

シュルカヌス クラウディウスからの賄賂を拒み法務官(プラエトル)の位を剥奪される

 

小アグリッピナ クラウディウスと対立

 

小アグリッピナ シュルカヌスに代わりクラウディウスにより任命された親衛隊長官を解任

 

クラウディウス シュルカヌスの全ての称号・身分を剥奪 

 

54年 クラウディウスにより投獄される

 

シュルカヌス ネロの声を受けて名誉回復ののち牢から解放されるも職権一切の剥奪は覆らず

 

シュルカヌス 解放され自由市民の位のみ与えられる

 

引っ越した先の隣家がキケロ宅

 

54年 <ネロ帝 通例通りに成人する>

 

ネロ シュルカヌス以外のものによる祝福を受け付けないと宣言 この日の儀は延期された

 

3日の後 シュルカヌス クラウディウスにより職権の一切が回復される 神祇官シュルカヌスの名の下にネロの成人の儀を執り行う

 

同年 <クラウディウス急死 ネロ帝即位>

 

彼女の成人後に帝国最高神祇官及び彼女本人と小アグリッピナ両者の近衛隊(プラエトリアニ)を統べる近衛長官(プラエフェクトゥス・プラエトリオ)に独任される

 

同年に帝国軍の練兵長官及び首都ローマの執政官(コンスル)に就任

 

ネロ帝 シュルカヌスのために独裁官(ディクタートル)の制度を改定・復活、これにシュルカヌスを親任する

 

皇帝付き大顧問官及びローマ帝国軍史上唯一の終身将軍位(大ドゥクス=元帥相当)を与えられる 

 

独裁官長(独裁官及び執政官の頂点として創設された。任官したのは史上彼一人)に親任

 

皇帝命令でリクトル(要人警護官)100人が護衛として常置される

 

ーーーーー

ここまでが彼の経歴に関して残っている全てである。

 

また、彼が如何にローマ市民に愛されていたかがわかる記録も残されていた。

 

ーーーーー

 

 "偉大なるシュルカヌス"として讃えられ、"伝記〜賢治の元勲〜シュルカヌスの真実"においてもネロ帝最大の理解者、ローマの伴侶、ローマ軍団の慈父、自由信仰の守護者、救世主の写し絵などと讃えられた

 

*彼が就任した独裁官・独裁官長というのはカエサルを死に追いやった類の包括的権力をもつものではなかった。シュルカヌス本人が市民に対して皇帝の信頼による名誉職であることを宣誓し、この誓いを破ることはなかったため、市民はシュルカヌスにおいては例外的にこの位を歓迎し、終身任官をも認めた。元老院はシュルカヌスを一種の皇帝への対抗装置としての役目を負わせるものと考えたため黙認。これはシュルカヌス・ネロという強大な双璧による皇帝権威の安泰を約束する結果を生んだ。

 

ーーーーー

 

立花はネロが朗々と読み上げるシュルカヌスの偉業に耳を傾けながら、彼の最後はどのようなものであったのだろうと考えていた。

 

ここはカルデア。

 

ここにいればいつか会うことも叶うかもしれない。

 

そう淡い期待と好奇心に心躍らせながら。

 




崇勘は、後世に汚名を残すことは決してない。

しかし、彼の内面もまた後世に伝えられるものはない。


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伝 シュルカヌス日誌

彼の私的な資料は一切残っておらず、その人柄などはシュルカヌスの最初の主人である小ドルルスの著作である詩集「勇者シュルカヌス」、のちに妻としてシュルカヌスとローマを導いたネロ著の「余のシュルカヌス」に詳しい。後世に残る数少ない資料である。

「伝 シュルカヌス日誌」とは、シュルカヌス本人による唯一の自伝であり、その存在は歴史から事あるごとに運悪く(崇勘的には運良く)も失われ、近代に入る頃には完全に消失した幻の書物である。
内容は全て統一性がなく、多種多様な時代、国家、文明を跨いだ数多の文字で書かれていたという。
また、そのため誰一人として読むことは叶わなかず不明な点が殆どだという。
現代語に似た記述に関してはロストテクノロジーもしくは未来人説、はたまた異世界人だという論文も出されるなど大いに波乱を呼んだとか呼ばないとか。


*月*日

 

この記念すべき日に日記を書き始めようと思う。

 

そう、この記念すべき日に…

 

私の社会デビューが開始する間も無く詰んだという記念日だ!!

 

社会人の基本装備とかって言われて方眼ノートとペンを持ったのが功を奏した…のか?

 

肝心の財布とかを持ってないあたりやはり運がない。

 

名前は運が良さげなんだが。

 

ま、それはともかくだ。

 

なぜに…?

 

はぁ、よりによってこの日とはまっこと運がない。

 

今日は疲れた…。

 

いつも窓から外を見ていたが、まさかこんな…だだっ広い世界が広がるとは思わなかったな。

 

はぁ…すっかり様がわりした玄関の外には言葉を失ってしまったよ。

 

ま、その玄関も帰る家もなくなったしまったがな。

 

庭はあったがパッとしない。

 

お隣さんがいない。

 

食事は母の声に従って作って食べる。

 

食材は家にあった冷蔵庫に気付けば入ってる。

 

…そんな変な家ではあったが、なければないで寂しいものだなぁ。

 

…もう寝よう。明日から周囲を回ろう。

 

よしっ!托鉢ライフと行こうか!!

 

あ、日付は最後に過ごした日から始めることにする。

 

 

 

 

 

*月○日

 

どうやら外国らしい…。

 

 

昨日はしばらく歩いてからすぐに空が暗くなったので、不安ではあったけどもどうしようもなかったから青空(暗闇だったけど)ベッドで眠ったんよ。

 

そんで今日こそは人に会おう、そう思ってずっと歩いてたら街に着いてね。

 

文字は何故かわかった。

 

でな、そんで街にいざ入ろうとすると呼び止められたというわけだ。

 

それにも、まぁ答えられたんよ。

 

言葉は、どうにか通じるようだ。

 

実に運がいいな、良かったよ。

 

だがどうにもワタシは奇異の視線を受けていたようだ。

 

パクられた……涙。

 

まあね、そうだね。

 

みんなタオルみたいなの体に巻いたりしてるし、ズボンとかって感じじゃないもんな。

 

不審者を確認!っていう声にはビビったよ。

 

焦りすぎて逃げたのも悪かったのかな?

 

お陰でここがどこかもわからないままに鎧を着た兵士に捕まってしまった。

 

着の身着のままで牢屋に入れられたおかげでこうして日記を書けるというものだ。

 

だが、それにしてもこれはないだろう…あんまりだ!

 

石の床は硬くて痛いし。

 

水洗トイレはないし。臭いし。

 

あ、でも何でもいいから食事をもらえたのは良かったな。

 

今日のメニューは…ダイヤモンドみたいにカチコチのパンと美味しい美味しいお水〜外国仕立て〜。

 

うーん。一応托鉢ライフは始められたっぽいかな?

 

まー、よし!寝よう!

 

何もやることがないのでインクを無駄にしないうちに寝ることにする。おやすみ。

 

 

 

 

 

○月☆日

 

ワタシノナマエハ ケルクヌブス・シュルカヌス デース。

 

なんてな!

 

今日は一日取り調べ?だった。

 

1日っつっても1時間おきに声をかけられるくらい。

 

どこから来たー?とか、名前はー?とか。

 

だから言ったよね、外に出たのは昨日初めてだったからどこの人間かは正直自信なかったけど。

 

日本から来たよー、名前は極運坊崇勘と申しますだよ〜って。

 

そしたら極運坊崇勘がケルクヌブス・シュルカヌスに大変身したわけ。

 

外国だししゃーないのかな?

 

すまんな、一度も人に呼んでもらうことなく名前がかわっちゃったよ。

 

そーいや。仕事は?ってもきかれたな。

 

だから、強面のオジサンに自称坊主とは流石に言えなかったから就職中って答えたら「何だそうだったのか!」って言われたんだよ。

 

それで今日はおしまい。

 

昨日よりずっといい食事がてましたとさ!!美味しいとは言えなかったけどな!

 

………。

 

なんだなんだ?嫌な予感がするぞ。

 

怖いのでさっさと寝る。おやすみ。

 

 

 

 

 

○月$日

 

ワタシは給仕になります。

 

?!?!?!

 

就職中とはいったが、まさか職にありつけるとは。

 

この国はいい国みたいですな。

 

経緯も〜、書いとくかなぁ。

 

まず今日の朝、偉そうな人が来まして。

 

朝ごはんのマジで硬いあのパンを水に浸して食べてた時にね。

 

まさかグルメ番組だったか⁉︎とか思ったけど、鉄格子越しに無言で見つめられたんだよ。

 

ワタシを少し見た後に、よし!って言ったかと思えば牢から出されまして。

 

でっかい建物の中に連れて行かれまして。

 

牢屋とおんなじクラスの狭めの汚部屋を貰いまして。

 

この前に見たタオルみたいな動きにくそうな服をもらいまして。

 

扉バタン!!オヤスミナサイ!

 

????

 

何が起きたの??

 

と、いうことで。

 

どうやら二人部屋みたいなので、えー。

 

先輩としましょう。

 

その先輩に話を伺いました。

 

すると、どうやらワタシは給仕らしいね。

 

いや、もっとワカラン。

 

しかし確実なことがわかったな。

 

再びさらば南無南無ライフ!

 

そしてようこそ!くるんじゃないよ!重労働ライフ!!!

 

アシタガタノシミー!

 

…もう寝る。最近ついてないな…。

 

 

 

 

 

 

%月€日

 

久しぶりに日記をつける。

 

とんでもない労働の洗礼を受けたよ。

 

ハードワーク…聞きしに勝るヤバさだったわ!!

 

死ぬかと思ったわぁぁぁ!!

 

この国は職業訓練とかないからね!!

 

身をもって知るハメになったわい!!

 

一月近く駆けずり回ってたな〜。

 

なんというか…結構頑張ったよ。うん。

 

本当に何も知らないとこからやればできるもんだな。

 

だけどな…今日はミスっちった。

 

だってよ!何でワタシなんだよ!

 

臨時だか、人手不足だか知らないけどこんな下っ端に頼むなよって話だよ!!

 

偉そうな女の人から渡されたコップ?を落としたらめっちゃ怒られた!

 

ドレッサー?ドルススム?うん、ドルススムだな。

 

そのドルススムさんが偉い人で、その人の飲み物だったっぽい。

 

偉い人にやらかしちまったな…。どーしよ。

 

疲れてあんまり書けない。

 

しばらく日記は書けないかもしれない。おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

¥月♯日

 

久しぶりに日記を書く。

 

なんか一年は経った気がする。

 

忘れそうだから何があったか軽く書いとくかな。

 

最近特に忙しくてね。

 

ワタシが最後に日記を書いた次の日から書こう。

 

まず、何かドルススムさんがワタシを気に入ったっぽい。

 

何でもあの日ワタシが杯をこぼしてから体調が良かったらしい。

 

そんで、縁起がいいのかよくわからんけど兎に角採用!だって。

 

…いや、知らんわ。

 

ましてや偉そうなオバハンからは睨まれとるし。

 

まじナムアミである。

 

そんでそれからしばらくの間はドルススムさんのお世話をしてたわけですよ。

 

偉い人だから愚痴もあるらしく、ワタシに言ってくるんだよ。

 

でも反応に困るんだよなあ。

 

まぁでもドルススムさんと段々仲良くなってきたきがする。

 

やったぜ。

 

ドルススムさんは少し体の調子が悪いっぽい。

 

うーん。こんくらいかな?

 

あ、あとはご飯が美味しくなくて困ってるくらいかな。

 

味のある飲み物…具体的にいうと清涼飲料水が恋しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月×日

 

やばい。ドルススムさんの飲み物勝手に飲んでたのがバレた。

 

あのなんか〜、えと…。

 

ウィ〜!!みたいな名前の、ドルススムさんの奥さん?

 

たまたま口に入ったら甘かったからついつい飲んじゃったのが始まりだなぁ。

 

ドルススムさんに直接渡せば良いのにさ、あのウィ〜さん?でいいか…そのウィ〜!!さんがワタシに渡すもんだからさ。

 

そりゃ飲むわ!

 

あいつ嫌いやし!!

 

まいっかい小言言うじゃん⁉︎

 

はぁ〜。

 

そんで、しばらく飲みほしては水を注ぎ、飲み干しては近くにあった酒を注ぎと、していたわけだ。

 

何でかわからんけど、ウィ〜!!さんが寄越してくるのって絶対甘いんだよ。

 

3回目くらいからはあまりの甘さに流石にちょっと飽きてきたな〜なんて思ってきてたよ!

 

けど、さぁ〜。

 

なんというか、食事がまったく良くならないんだよ。

 

ワタシのばっか何かちょっと侘しいな〜、なんて思うくらいだったんだけど、どうもウィ〜!!さんの嫌がらせだったらしいんだよ。

 

相手は偉い人なんだけど、ワタシも腹が立ったワケ。

 

それ故の、奥さんの想いは夫に届かない作戦!!

 

正直なところ美味しく感じなくなってたけど義務感と食事の恨みで飲んでたっけなぁ〜。

 

そして昨日…今日で最後にしよう!なんて思ってがぶ飲みしてるところをドルススムさんに見られたの。

 

最近は調子が良くなったって喜んでてさ、なんか昨日は早めにきちゃったみたいで、寝室の前でスタンバッテたところをガブ飲み事件だったわけよ。

 

不敬罪です。はい。

 

そんで今は牢屋。

 

ただいま思い出の独房!

 

明日もこの日記を書くことができますように!!

 

 

 

 

 

 

☆月$日

 

やったぜ。

 

投稿者 仕事がクビ土方

 

クビで済んだっぽい。

 

よ"がっ"だぁ"ぁ"ぁ"!!!

 

ありがとうドルススムはん!

 

命があることに感謝!

 

そして、ウィ〜!!さんとはおさらばバイバイだ!

 

あばよ!今度こそ南無南無ライフがワタシを待っている!!

 

今日は寝床を探すためにここらで終わりますわ。

 

そろそろインクが切れる。どうしよ。

 

 

 

 




日記形式は書きやすくていいね。
テンポよくいきますよ。


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伝 シュルカヌス日誌 2

まとまりはありませんけど、憚らずに、がむしゃらに書いていきたい。


〒月♯日

 

…宮殿に呼び戻された。

 

いやぁ〜、ね?ドルススムさん?

 

呼び戻さんで良いよぉ…。

 

「君のおかげだ!どうか側にいてくれ!」って何がだよ…!

 

全く記憶ないよ!

 

感謝は受け取る。

 

だが、どうしてよびもどすかな…。

 

こちとら宮殿での労働まみれの生活には飽き飽きしてたんだよ!

 

ウィ〜!!さんのことを思い切って行ってやったら離婚したらしいし…もうよくわからん。

 

なんなんやろな。

 

給仕はもう嫌だったので、散々ごねてやった。

 

そしたら、へこんだドルススムさんがどうしてもと言うので、ワタシが折れて掃除のオバチャン的仕事をすることになった。

 

文句を言われたらすぐ辞めてやろ!

 

 

 

 

 

 

☆月÷

 

掃除のオバチャン職をクビになった。

 

いやはや、流石に笑ってしまった。

 

なんと説明すれば良いか。

 

要するにだ、ワタシは掃除が同情を買うほどに下手くそだったらしい。

 

…うん。それだけ。

 

ま、まぁここまではいいんだよ。

 

すでに不敬罪問われたことあるしね。

 

問題は、だ。

 

これからどーするかな、と言う話。

 

今度は流石にやばいんじゃないかな〜と。

 

なんだかんだ言ってもドルススムさんからのお誘いは有り難かったのよ。

 

手に職なかったからさ、本当にその日暮らしになってた訳よ。

 

でもなぁ、それ程しんどくはなかったんだ。

 

これは不思議だけど。

 

なんでなん?って聞かれたらツキが巡ってきたんだろうな。

 

まず、給仕クビになったその日に石拾ってさ。

 

それがたまたま価値があったみたいで銀貨10枚になったんだよ!

 

なんとかっていうお金の単位だった気がするけど…覚えてないしまぁいいや。

 

それでその銀貨で宿に泊まったんだよ。

 

そしたら偶々その宿の主人に子供が産まれた祝いにと言うことで料理を振る舞ってくれて、それがワタシのはじめてのちゃんとした食事だな〜。

 

お腹は空いてたから結構美味しかったと思う。

 

食べられるだけで感謝!!って感じ。

 

そんでその日はよく眠れたんだよ。

 

それからも毎日がそんな感じで、最初の苦労は何だったんだと思った。

 

例の宿屋でワタシの南無南無ライフはもはや安泰だな!みたいなことを考えてたらドルススムさんから呼び出されたと言うことだ。

 

うーん。そう思うと何とかなりそうだな。

 

申し訳なさそうなドルススムさんから貰った銀貨で宿屋に泊まれるだけ泊まることにする。

 

 

 

 

 

 

○月〒日

 

もうダメダァ…おしまいダァ!!

 

簡単に説明するとすればこうだ。

 

事件の前日は河原で躓いて、足元見たら3センチくらいの金塊を拾ったんだ。

 

それで、ホクホク顔でちゃんとした食事を楽しんだあといつもの宿で今日も今日とて労働に別れを告げながら南無南無ぐっすりしてた俺のところに不届き者が乗り込んで来た。

 

いかにも悪人顔の偉そうなおっさんから罪状って書かれた紙を突きつけられて、弁明する間もなくムキムキマッチョマンに連行された。

 

そんで、今は牢屋だよ。

 

再び牢屋にただいまだな。

 

まさか社会生活が17の誕生日に始まってから10年と人生経験しないうちに3回も鉄格子と仲良くなる機会を与えられるとはとても思わなかったよ。

 

人生何があるかわからないもんだ。

 

明日の朝日を拝めますように。

 

あ、あと親衛隊長官だかなんだか知らんけど 

 

ソイヤッサとか言うヤツ絶対許さん。

 




面白かったら良いな。


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小ドルススの独白

小ドルスス…古代ローマ帝国第3代皇帝ティベリウスの息子。シュルカヌスが最初に仕えた主人だとされる。妻と親衛隊長官セイヤヌスにより巧妙に毒殺されかけるも、当時給仕であったシュルカヌスによって命を救われる。シュルカヌスに命を救われて以降はローマ皇帝の位を辞退し、命の恩人であるシュルカヌスを陰ながら応援し続けたという。


「彼は給仕などではなく真の勇者である。」

 

小ドルススとして知られるドルスス・ユリウス・カエサルは毅然として自身の"元"妻であったリウィッラにこう告げたという。

 

彼は本来ならば死ぬはずであった。

 

だが死なずに、しかして父に約束された皇帝位を辞退した。

 

彼は言った。

 

「私は本来死ぬはずであった。だが、一人の勇者が私を救い出した。」

 

「彼の名はシュルカヌス。」

 

「彼こそが真の勇者である。」と。

 

 

ーーーーー

 

私の名はドルルス・ユリウス・カエサル

 

ローマ帝国の一市民であり。

 

現在ローマの元首(プリンケプス)として君臨するティベリウス帝の後継者である。

 

世界を統べるローマをより輝かせる。

 

そんな道が私には与えられて然るべきであった。

 

だが、残酷にも私がその栄光を浴びることはないだろう。

 

父から約束された皇帝位を前にして、私の体は日々何かに蝕まれていく。

 

妻も献身的に私のために薬や医師を探してくれるが、焼け石に水で悪くなるばかりだ。

 

病なのかと疑ってみるが、たとえわかったとしても私には何もできない。

 

体は日に日に青白く、心までもが正気を失うようだ。

 

病なのか?もしや毒なのか?ならば誰が?

 

私は最早この苦しみから逃れるためには祈るほかないと思い始めていた。

 

 

 

 

 

健康はより一層悪くなり、妻の言われるがままに薬を飲み、甘い酒を気を紛らわせるように飲み、ヤケのように食事をしては嘔吐に襲われる。

 

水に映る自分は、もう随分とほおが痩けている。

 

ローマ皇帝になるために。

 

そう思い今日も妻から杯を受け取ろうとした、正にその時。

 

私は生涯決して忘れることのない大恩人と出会った。

 

「申し訳ありません!」

 

「この無礼者が!!よくも杯を落としたな!!」

 

最近見かけるようになった黒髪の若い男の給仕が謝っていた。

 

意識さえ途切れてしまいそうな今日この頃にしては、よくもまぁハッキリと彼の声が届いた。

 

妻の怒号をよそに、私は彼を咎めないことをおぼつかない足で立ち上がって伝えた。

 

1日ぐらい飲んでも飲まなくても問題はない。

 

私は諦めに近い心境でふと思った。

 

その日の午後になってからのことだ。

 

その日は、頗る調子が良かった。

 

午後からは何をするにも護衛や召使の助けを必要としなかった。

 

私がどれだけ神に祈っても与えられなかったそれは、どうしてか例の黒髪の彼が私の給仕に就く時ばかり与えられた。

 

髪の黒さは一つの特別な証ではなかろうか。

 

私はそう思った。

 

いや、願ったのだ。

 

私は堪らず父に上申して、黒髪の彼を私の専任の給仕に任命した。

 

 

 

 

それからは何もかもが上手くいった。

 

何故なら私が求めたものは健康そのものだったからだ。

 

彼が私にそれまで妻がしていたように杯を渡す。

 

私にとってその朝の一幕は正に神秘との交流であった。

 

私の体は蘇った。

 

そして、私は確信したのだ。

 

彼こそが私の苦しみを救うために顕現された神秘の存在であると。

 

神とは神聖不可侵の恵みそのものなのだ。

 

しかし、私は彼に激しい情愛を抱かずにはいられなかった。

 

彼をどうしても我慢できずに一度だけ寝所へ呼ぼうとしたことがある。

 

しかし、声をかけようと心に決めた日の朝。

 

彼が私に与え給うた健やかなる肉体は、常よりも早くに火が灯り、動かずにはいられなかったのだ。

 

私は彼が私を優しく起こし、その恵の杯を授けてくださるのを待たずして寝所を後にした。

 

そして、彼が待機しているであろう部屋の扉を開け放ったのだ。

 

私は決して。

 

決してあの光景を忘れない。

 

苦しそうに顔を歪めながら(*甘すぎて飲むのが辛いだけ)、私の妻から私に渡すように言いつけられていたはずの杯を飲み干す彼の苦悶の顔を。

 

彼の、苦悶に喘ぎながら(*飽きが来て飲みたくなかっただけ)も、決して私に禍を残すまい(*日頃小言を言ってくるリウィッラに対する怒りからくるヤケクソ)と杯を傾け続ける姿を。

 

 

 

 

どれだけ私が妻に彼の酌量を宣おうとも、妻は彼を許さなかった。

 

不敬罪により独房に閉じ込められたのち、彼は妻からの罵倒を素直に受け入れると、健康を取り戻した私を優しく一瞥すると餞別を乞うこともなく、私の元を後にした。

 

 

そして私は理解した。

 

いや、気付かされたと言った方がいいだろう。

 

彼は私が負うべき苦痛を代わりに負ったのだ。

 

私を生かしたのは神ではない。

 

彼が生かしたのは私の肉体に限らない。

 

私の精神までもを彼は救ったのだ。

 

おそらく、あの杯は苦痛を伴う何かが仕込まれていたのだろう。

 

巧妙な仕掛けは、力ばかりあっても何も気付かぬ愚かな私を蝕んだのだ。

 

彼は力を持たぬにもかかわらず、誰に讃えられることも望まずに、その勇気を示してくれた。

 

何の責を負うこともなかったであろうに。

 

私は愚か者であった。

 

私を救ったのは他でもない彼であった。

 

私は何故生かされたのか?

 

私は生かされたこの命を、真の勇者であり、最愛の恩人である彼のために使うことを、一人静かに夜のローマに誓った。




ゴリゴリのフィクションと捏造です。
でも、書きたいことを書かないでおくのは勿体無いよね。
駄作になるか続くか否かはやらないことには分からない。
ひとまず形を持たせることが大切なのかもしれない。


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伝 シュルカヌス日誌 3

ローマは最初の世紀なんで、あえて緩やかにします。


*月@日

 

困ったことになった。

 

いや困ったと言うのは語弊があるな。

 

恐ろしさがあると言う感じだな。

 

ここ1ヶ月、何も食べていない。

 

多分ソイヤッサとかいうやつがワタシを殺そうとしているに違いない。

 

コッワ。

 

多分ソイヤッサは非南無南無民なんだろうな。罰当たりな奴め。

 

いやもちろんそれも勘弁なんだが。

 

一月何も食ってないんだけど、トイレにも行く気にならんし、体に変化は無いし。

 

何かおかしい。

 

今日で日記はもう書けない。

 

ページもインクも無くなってしまった。

 

今ももう殆ど掠れたインクで点々と書いている。

 

 

あの後、若い女の人がワタシの独房に来た。

 

彼女は何故だかワタシを気に入ったらしい。

 

ワタシは、今日でワタシを卒業することにした。

 

腹を決めなければいけないらしい。

 

そこに死か何かが待っているとしたら。

 

この日記はワタシの…否。

 

俺の遺書ということになる。

 

母の声とドルススムさんとしかまともに会話もしたことなかったけど、まずまず楽しかった。

 

それでは、俺の今後に幸あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月☆日

 

俺は生きているぞ。

 

もうあの時使っていた日記はどこかへいってしまったが。

 

あの後は大変だった。

 

苦労した?のかも知れないな。

 

あの日の女性はアグリッピナというらしかった。

 

高貴な女性だったようだ。

 

一月食べずに死ぬこともなく、栄養失調になることもなかった俺を屈強な護衛になるとでも思ったのか自分に仕えるように言われた。

 

特にすることもなかったし、日記なんかもどっちみちもう書き足せなかったから承諾した。

 

その後は思ったよりもこき使われることなかったな…。

 

何か、気に入られてる?のかな。

 

今書いてるのも、彼女にお願いしたらくれた紙?みたいなやつと、古臭いペン?みたいなヤツで書いてる。

 

正直なところ描きにくいったらないけどね。

 

最近のルーティーンをメモしておこうと思う。

 

後で思い出せたら面白いかもしれないから。

 

 

・日の出とともに起床 一人部屋だった やったぜ

 

・アグリッピナさんを起こす

 

・給仕の仕事 この国の偉い人たちは良いもの食べてるみたいだけどアグリッピナさんは綺麗な人だ

 

・彼女は護衛を連れてお出かけに行くので、留守番だ

 

・家の中で給仕したり、在庫をつまみ食いしたりして過ごす

 

・結構暇かも 周りの人はもっと働かなければならないらしい

 

・俺の仕事はやろうとすると終わってる 不思議だ

 

・彼女が帰ってくると入浴の手伝いをさせられる ナゼ俺を選ぶんだ

 

・夕飯が終わり次第、就寝

 

こんな感じかな?あ、あと驚いたことがあった。

 

この前、夜にアグリッピナさんに部屋まで来いって呼ばれて

そんで言ってみると裸だったんよ。

 

そんで「来い」とか「満足させてみよ」とか言われてさ。

 

手招きされたんだよ。

 

俺?俺は本気で困ったよ。

 

手をワキワキさせながら1分は悩んださ。

 

そしたら、ふと裸で寝ると風邪ひくっていつも母(声だけだったけど)が言ってたの思い出してさ。

 

何かするのは良いけどまず服を着ましょう?みたいなことを言ってみたの。

 

そしたら「服を着たままが良いとはお主も好き者じゃな」って言われた。

 

困惑。俺の常識が間違っていたっぽい。

 

この国の人は裸で寝るのか…。

 

そんなこと考えてたらいきなり抱きつかれたからビクッてしちゃった。

 

耳にフゥ〜とかしてくるし。

 

どうしたアグリッピナさん⁉︎ってね。

 

で、思いついたわけよ。

 

なるほどな、と。

 

何すんのさ⁉︎とかっても思ったんだけど棒立ちでヌボーっとしてた俺もアレだったからさ、しないでおこうとは思ってたけど結局誘惑に負けて シちゃった んだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

風邪ひきますよって言ってさ、抱きついてるアグリッピナさんを横抱きにしてから、落ちてる服拾って、それ着せて、こっちに来てからの労働で強くなった力で抱き上げてベッドに叩き込んでやりましたよ!!

 

いきなり何するのさ!とまでは言わなかったけど。

 

だって、あれは間違いないよ。

 

アグリッピナさんは風邪だな。

 

顔も赤かったもの。

 

絶対風邪だよ、アレ。

 

でもどうして抱きついたんかな?

 

俺にうつしたかったとか?

 

まぁ、色々考えたんだけどさ結局何もしないで帰るのも何だったから、昔話と子守唄を歌ってから帰ってきましたとさ。

 

風邪をお召しになると(看病が面倒くさくて、私に)悪いですから御身体を大事になさってください(今ココで何かあったら私の責任になるので)。貴女は(.私の仕事が減るので)社交に無理に出席する必要は有りません。(毎回送迎の際の挨拶が面倒くさいので)少し休まれた方が宜しいですよ、って捨て台詞を吐いてからね。

 

流石にこれはまたクビかな?

 

とか思ったけど寧ろ呼ばれる回数増えたって言う不思議。

 

あの日以降ずっと俺が呼ばれてる気がする。

 

何だったんだろう。

 

ま、裸で待ってることは段々少なくなってきたから良いのかな?

 

最初の5回目くらいまでは毎回全裸でベットの上に涅槃ポーズに待ち受けられてたからな。

 

その度に寝かしつけるまでを演出する俺の苦労を知ったのかもしれない。うん。

 

最近は寧ろ何かアグリッピナさんも楽しそうな感じだったな。

 

最初はなんか勝気というかこれでもか!って感じだったんだけどね。

 

あ、あとアグリッピナさんは結婚してたっぽい。

 

なら何で……。

 

そう言う文化なのか?

 

文化なら何も言えないなぁ…。

 

20歳を超えてから成長が完全に止まっている俺が言うのも何だが、落ち着きを持って欲しいもんだ。




面白かったら良いな。
私の考えたことを沢山の方々が目にしてくださってることは嬉しい限りです。
いつもありがとうございます。


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伝 シュルカヌス日誌 4

主人公は着々と、無自覚にもラスボス(ネロ)への道を突き進んでいきます。


☆月○日

 

アグリッピナさんの給仕長とかに任命された。

 

バカうけである。

 

でたよ、このパターン。

 

何で俺?

 

まぁ、言われるがままにやりますとも。

 

忘れるな俺!お前はボウズだぞ!

 

あ、最近アグリッピナさんといる時間が伸びてる気がする。

 

良い話し相手になってしまったようです。

 

話の内容がすぐエッチな話になるから正直ツライ。

 

俺は坊主だっつてんだろ!(怒り)

 

あ、権力者には物申せないのが社会だったわ…涙。

 

何で俺に女の好みを聞くのかね?

 

しかもしつこいし。

 

耐え兼ねてアグリッピナさんは美人だと思うよ、っていったらめっちゃ顔が紅くなってそっぽむかれた。

 

いや、褒めたら怒るのかよ…なら聞くなよ。

 

もっとほら!聞く相手ならいくらでもいるじゃん!

 

イケメン!美少年!とかおるやん。

 

その余りある金を使って集めてくれ。

 

金持ちなのにこんな自称坊主に御声を掛けるんじゃないよ!

 

もっとちゃんとしたヤツが俺の代わりになってくれないかな〜。

 

 

 

 

 

 

☆月&日

 

お久しぶり。しばらく書けなかったのは理由がある。

 

ちょっと遭難してた笑

 

えーと。うん。まんま、遭難してた。

 

なんて言う島かわからんけど、アグリッピナさんにお供しろと言われてついてったら海辺の潮に攫われたっぽい。

 

何だそりゃとは思うが、俺もあんまり覚えてなくてね。

 

そんで目が覚めたら少しやつれた女の人が目の前におったと言うわけ。

 

無人島じゃなくてよかった!と思い、かくかくしかじか説明したのよ。

 

話を聞くとバカンスで来てたわけではなかったようで。

 

何か…喧嘩して、無人島に住めー!って言われたというのだよ。

 

いや、結局無人島じゃん。

 

筏でも作って脱出するか〜って思ったの。

 

そんでその後は木樵とゴミ拾いの真髄を垣間見た気がするよ。

 

ていうかさ、なんか無人島の割に使えるゴミが多かったな。

 

オールとかまんま落ちてたし。

 

何だったら木材も濡れてはいたけど製材までされたのが何故か必要分落ちてたし。

 

あの島は過ごしやすい無人島なのかもな。

 

そんでいざ出るぞって言う時に、あの女の人から連れてってくれと言われたの。

 

どうにも娘とも離れ離れで耐えられないらしい。

 

大変だなぁ(他人事)…ま、よし!俺は優しい優しいボウズ様様だからな。

 

よかんべ!乗りんしゃい!

 

そんで出発したら速攻で嵐にあったわで大変だった。

 

やっぱりツいてない…。

 

そんで波に飲まれて気絶しちゃって、もうダメだなと思ったら、次に目が覚めた時には目の前にアグリッピナさんがいたとです。

 

泣いてたな。

 

お母さん……。ありがとう。ありがとう。

 

って何度も言ってたな。

 

神様をお母さん呼びは、ちょっと…。

 

あ、あの時一緒に島を出た娘に逢いたい女の人も傷ひとつなく流れ着いたみたいでよかったよかった。

 

アグリッピナさんと抱きしめ合ってて、なんだかみててほっこりしたわ。

 

あ、見知らぬ女の人の境遇に涙するなんて…意外と庶民的な御偉いさんなのねって。

 

そんなこと思ってたら今度は俺が抱きしめられてビックリした。

 

なんでも俺は恩人?らしい。

 

お前もかアグリッピナ…。

 

ドルススムさんと同じものを感じた。

 

しがらみとかなんとか言い出すなよ。

 

褒美とか、仕官とかよくわかんない難しいことを言い出したから、手で遮って言ってやったよ。

 

「私がしたくてしたことです。いいえ、私は何もしていませんよ。柵など関係ありません。ただあるべきことをそのままに行うだけです。」ってね。

 

ほんっとうに。三食寝床付きの今の何も責任を負わなくていいフリーな今の状況が一番楽なんで。

 

そう思って言ったら筏に乗せてあげた女の人までアグリッピナさんと抱き合いながら泣き出したし。

 

情緒不安定か?

 

まあね、少しくらいは俺の無事を神様に祈っててくれたのかもしれないな、と思って少し彼女が好きになりましたとさ。

 

体には傷一つなかったし、すぐ仕事するのかなと思ったらアグリッピナさんからお休みをもらっちゃいました!!

 

やったね。少しお出かけすることにしますわ。




アンケートへのご協力ありがとうございます。

「FGOの世紀 古代ローマ帝国の時代」は、次の次あたりで第一の天王山になる予定です。


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ユリア・アグリッピナ

小ドルススは今作中で登場する予定の腐ったイケメンの練習兼先駆者として活躍してもらってます。
彼は史実では妻とその不倫相手(コイツがセイヤヌス)に殺されると言う悲しい最期を迎えているので、今作では快い役どころになっていただきましょう。

あ、遅ればせながら。
この話はフィクションと歪みない性癖、作者の歴史の残酷への辟易と、情熱的愛によって彩られた二次創作となっております。


言わずと知れたネロ帝の実母である。

 

彼女はシュルカヌスに最も古くから関わった人物の一人である。

 

彼女は自身の幸福とは言い難い青年期までを後の幸運のための試練と称し、シュルカヌスとの出会いから幸運に満ちた時代と称している。

 

彼女は譲位後すぐにネロがシュルカヌスとの婚姻の儀を二人だけで密かに執り行ったのを見届けるとともに政治の舞台から去った。

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

夫ゲルマニクスはティベリウスに謀殺された。

 

私の母はそう言って憚らなかった。

 

私は大アグリッピナの娘、ユリア・アグリッピナ。

 

偉大なるローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの血を継ぐものだ。

 

だが、私の身を栄光が避けて通る。

 

ティベリウスが皇帝位につくと、自らの支持を揺るがせる恐れがあるとして、私の母大アグリッピナは島に流された。

 

私も身分こそ高くとも、不遇には変わりなかった。

 

英雄ゲルマニクスの子としての誇りを重んじる私の身にはしかし、その誇りもまた重く感じられた。

 

ティベリウスの息子ドルルスに仕えているものが投獄された、と聞いても初めは何の関心も抱かなかった。

 

だが、ある日耳にした噂が私ののちの人生を大きく帰ることになろうとは考えていなかった。

 

私の耳に飛び込んできたのは、一月飲まず食わずでも死なない男の話だった。

 

なんでも小ドルルスの給仕を辞めたのちに、ドルルス本人に呼び出され好条件を突きつけられるもこれを断り、掃除の仕事を選んだものの掃除が下手で仕事を奪われたとか。

 

しかし仕事を奪われた背景にはドルルスが彼が自身へ仕えるように仕向けるための偽装工作があったらしい。

 

だが、何故投獄されたのかと思えば。

 

ティベリウスの親衛隊長官であるセイヤヌスがその男に逆恨みがあるらしく、正真正銘の冤罪だったらしい。

 

セイヤヌスとドルルスは勢力同士の仲が良くない。

 

ドルルスなど最近、妻のリウィッアと離婚したらしい。

 

ティベリウスは息子のドルススが相当に可愛いらしく御咎めなしだった。

 

何かが起こっている。

 

私はそう感じ、例の男がいる独房へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何と美しい黒だろうか。

 

容貌は輝かしいとも、派手とも捉えられない。

 

だが、決して目を離すことができない。

 

そんな容姿だった。

 

漆黒の髪の色は、どこか神秘的な彼の存在感を際立たせている。

 

 

私はいわば権力者だ。

 

そして、優れた容姿を持ち合わせているとの自負がある。

 

男などいくらでもいるし、今までそれが当たり前だった。

 

だが…目の前のこの男からは私のことを惹きつけて離さない魅力を感じだのだ。

 

私は彼に自身への仕官を持ちかけた。

 

彼は穏やかに微笑むと、私に向かってはいと答えた。

 

それだけだった。

 

私はすぐさま彼を牢から出させ、自らの邸宅の給仕として働かせた。

 

女性が多いこの職場において、どこか平生の男とは違う独特の雰囲気を放つ彼は注目を浴びていた。

 

給仕たちはこぞって言う。

 

彼は留守の間に食事を作ってくれるのだと。

 

しなくても良い掃除までやってくれるのだと。

 

私は彼女たちの声を受けて、一度彼を試すことにした。

 

夜伽に呼ぶことにしたのだ。

 

化けの皮が剥がれるかもしれないし、はたまた大物かもしれん。

 

安易に私はそう思っていた。

 

まだ若く、最初の夫を亡くしどこか自暴自棄だったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

衣ひとつ纏わないで抱きつく。

 

私の裸体の誘惑を前に、シュルカヌスは穏やかに一息吐いたかと思うと、私を横抱きにした。

 

私の反応が追いつく前に脱ぎ捨てた服を拾うと、私に着せなおし、流れるように寝床へと潜り込まされた。

 

あまりの事態に脳がかたまり、言葉が出てこなかった。

 

私を馬鹿にするのか!

 

そう言ってやろうと口を開くと、彼は私の額に優しく手を置いた。

 

またもや言葉を失った私の気を知らずに、彼はゆっくりと扉へと向かう。

 

退出するのかと思えば彼は椅子を手に戻ってくると、私に

 

 

「風邪をお召しになると悪いですから御身体を大事になさってください。」

 

「貴女が社交に無理に出席する必要は有りません。」

 

「少し休まれた方が宜しいですよ」

 

そう言い放った。

 

 

私は其れ迄彼を試そうと考えていた自分の考えを恥じた。

 

 

彼は、ティベリウスの治世においての私の不遇を深く理解しているのだ。

 

体の疲れや、心が擦り切れるような思い。

 

他の貴族連中が私に向ける視線。

 

英雄ゲルマニクスの子とはいえ、皇帝はティベリウスである。

 

私は苦痛に歪む顔も、流す涙も仮面の奥深くに隠してきた。

 

気丈に振る舞ってきた。

 

だが、そうか。

 

そうなのだ。

 

美辞麗句などいくらでも聞いた。

 

貴賤問わず上っ面ばかりの男どもは好き好んで私を称える。

 

私の美貌か、権力か、血か、どうでもいい。

 

 

彼は、シュルカヌスは給仕だ。

 

しかも、仕えてから日もまだ浅い。

 

だが、今思えば簡単なことだ。

 

彼からは何一つとして私を疎む視線を感じなかった。

 

私は彼のそんなところに惹かれたのだろう。

 

権力者に罪科を負わせられた身にも関わらず、私を真剣に思いやり、私にその心を大事にし、体を休めるように言うのか。

 

彼は私に言葉を伝え終わると、今度は寝具の上から私の腹あたりをトントンと優しく労り始めた。

 

私は母に会いたいと思っている。

 

だが、それを誰かに伝えることなどできなかった。

 

そんなことを思いながら、何を言う気もなくなってしまった。

 

彼の口から優しい音色が紡がれ始めた。

 

子守唄…か。

 

彼はお見通しのようだ。

 

彼は安心と慈愛を思い出させてくれる。

 

私はいつしか快い微睡に全てを委ねた。

 

 

 

 

 

どうやら彼は私の元に舞い降りた幸福の化身であるようだ。

 

今日、こうして母と再会できたことも彼のおかげに他ならない。

 

私の涙は止まる気配がない。

 

だが良い、これほど温かい涙が私の頬を伝うなど願ってもあり得なかったのだから。

 

 

 

彼が潮に呑まれた時、あれほど狼狽するとは思わなかった。

 

もう二度と会えないのではないかと思うと何も手がつかなかった。

 

だが彼は帰ってきた、もう二度と会うことはないと思っていた母を連れて生きて帰ってきてくれた。

 

母は皇帝に罪を問われた大罪人だ。

 

そのしがらみは深く複雑で、関係上などとは賢いもの、利己的なものがするわけが無い。

 

だが彼は、その皇帝に罪を問われた大罪人を、そのしがらみの全てから逃げることなく救い出してくれた。

 

夫のいる身でありながら彼への想いは日に日に大きくなるばかりだ。

 

誠実で、優しく、思いやりがあり、勇気をも持ち合わせている彼は、生まれさえ良ければ必ず立派なコンスルになれたはずだ。

 

だが、私の元に来てくれたことは私にとって何よりの幸福に違いなかった。

 

彼は私の想いなどお見通しなんだろう。

 

だが、彼はどこまでも謙虚だ。

 

私がどれだけ母を連れて帰ってくれたことに報いたいといっても何も望まなかった。

 

褒美を望むことも、地位も、名誉も求めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は数年後にこの思いを自覚した。

 

そして、その思いを遂げられないことを悟った。

 

私は彼への感謝に咽ぶ自身の中から湧き出るソレをはっきりと見据えた。

 

私は彼から、シュルカヌスから離れることなど我慢できそうにない。

 

私は…シュルカヌスに強烈な父性を求めている。

 

恐らく、この感情は消えないだろう。

 

彼は決して外見が変わらない。

 

きっと彼も気づいているやもしれないが。

 

そこに何があるかは分からない。

 

けれど、彼はその外見と同じように、決して変わることなき慈愛を与えてくれるだろう。

 

いつか逢えるであろう私の子にも。

 




まだFGOに登場する英霊は一人も出ていないと言うね…。
ま、私の話は大体こんな感じなので、歴史の雑学がコンマ増えるくらいに序盤は考えていてくださいな。

崇勘の出世コースは間も無く。


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伝 シュルカヌス日誌 5

さようなら、ゆるゆるライフ。

お待たせ、苦労人ライフ。


*月÷日

 

また時間が空いてしまったよ。

 

何たっていろいろあったからね。

 

ぶっちゃけ何が何だかわかんないのが正直なところ。

 

 

 

この前は休暇をもらったから一人で街をぶらぶらしてたんだよ。

 

前日に酒の注文数を間違えた事以外は最近は優等生だったからね。

 

いや、実際はユーチューバーの家に小包送りつけられたみたいな感じで、頼んでないものが届いたら何故か俺のせいになったっていう話なんだけど。

 

俺は絶対に注文してないのにな…誰が送ってきたんだ?アレ。

 

あ、多かった分は俺が買い取ることになりましたとさ…ま、しゃーないか。

 

と言いつつも俺は酒を飲まないという事で、逆恨まれてるソイヤッサとかいうお偉いさんの元に送ってやりましたよ。

 

ままま、それはさておき休暇の話。

 

そんでさ、この街っていうのが酷く狭いというか、兎にも角にも人と人とでぎゅうぎゅうしててね。

 

賑やかなのがそこまで好きじゃない俺としてはその中に突っ込んだことを後悔してたんだよ。

 

そもそも何でそのなかにはいっていったかというと、休暇に何もしないというのもつまらないから、紙(分厚いんだけど)がちょうど切れてたのを思い出して、日記用に買い足そうと思って探してたんよ。

 

そんで見つけて買ったのまではいいんだけど、その後に事件に巻き込まれてさ。

 

買い終わって人混みにまた入らなきゃ、と思った瞬間。

 

後ろで悲鳴が聞こえたから振り向いたんだ。

 

そしたら明らかに人を殺せる刃物が懐からはみ出てるおっさんが二人くらい倒れてたんだよ。

 

俺は思ったよね、嫌な予感って。

 

だから逃げようとしたらなんと!

 

その倒れてる男の片方の奴が見たことある奴だったんだよ!!

 

誰かって?

 

そう…逆恨み男のソイヤッサ!

 

例のあの人ですよ!!

 

それでちょっと冷静になった俺は周りの状況を見渡した。

 

するとだ、何だか雲行きが怪しい、というかよくないことがあった時の喧騒が聞こえてきた。

 

人殺しだ!とか、あれは皇帝陛下の親衛隊長官では⁉︎とか。

 

終いにゃ、アイツ…アイツが犯人じゃないのか?とか。

 

……コレは不味いな、と。

 

気づくと俺の周りだけ人居ないし…。

 

あきっっらかに、俺が犯人だと思われてない??

 

 

だが!ここで終わる俺じゃぁない!

 

絶体絶命!冤罪で処刑⁉︎って時に、俺の頭の中に天啓が舞い降りたのさ!!

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

「大丈夫ですか⁉︎」

 

「あ、あなたは…ハッ!君はシュルカヌス?」

 

「はい!そうでございますソイヤッサ様!」

 

「まさか!君が私を助けてくれたのかね?」

 

「勿論です!私は忠実な給仕ゆえ!」

 

「おお、私は今まで大きな間違いをしていたようだ…ありがとうシュルカヌス。そして、今までの非礼を詫びよう。」

 

「いえいえ!滅相もない!」

 

「おぉ!許してくれるか!」

 

「ソイヤッサ様に恨みなど微塵も!」

 

「何と器の大きな男か!あわや命を奪いかけた私を救うのみならず、許してくれるとは!どうか君を取り立てさせて欲しい!」

 

「是非是非!これからよろしくお願いしますゥ!ご主人様!!」

 

「これからが楽しみだ!ハッハッハッハッ!!君とは仲良くなれそうだ!」

 

「ハハハハハ!!そうですなぁ!」

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

ハハハハハ!!

 

それまで敵対していたスーパー上司の命を救うのみならず、過去の確執まで洗い流した上で安楽な生活を約束される!

 

正しく成功者の計画ではないか!!

 

完璧だ!これには流石の藺相如も驚きを隠せまいて!!

 

よし!プランニングの後は実行あるのみだ!!

 

そんな感じで大の大人二人を頑張って担いで宮殿の、もっと言えばアグリッピナさんのどこまで連れて行ったんですよ。

 

あ、アグリッピナさんじゃないや、ユリアさんだった。

 

あー、なんというか、そう呼べって言われてんだよ。うん。

 

女心はオーロラだな…何言ってんだ?俺。

 

まぁ、そんで担いで行ったわけ。

 

門のとこまで行ったらさ、ユリアさんと兵隊が沢山出てきてそのまま俺が担いでたソイヤッサともう一人の男を持ってっちゃったんだ。

 

いや、ちょ!

 

俺の手柄は!?!?って思ったけど、ユリアさんが抱きついてきたから何も言えないまま俺は手柄を取り上げられちゃったのよ。

 

無念…。

 

ユリアさんからは過剰なくらい大丈夫よ!とか、心配しないで!とか、大手柄よ!とか、果ては体は大丈夫?とか。

 

体ってお前さん…どちらかと言うと出世のチャンスを奪われて心が痛いんですけど……。

 

あ、ユ、ユリア=サン!胸!旨!宗!πが!円周率が当たってるって!コラ!拙僧を誘惑するんじゃない!(修羅の顔)

 

ユリアさんよぉ!最近どうした?激しいなぁおい!

 

既婚者なんだからさ…旦那の、安倍のバブルだか何だか知らんけど、そーゆーことはさ、その旦那さんにしなさいな…。

 

はぁ、ソイヤッサからの、恨みを解消できてないのに、敵対者を増やすのは勘弁…。

 

そんな感じでその日は終わりましてな。

 

その後はしばらく裁判?(誰の??なんの??)があったらしくてお暇してたんですよ。

 

だいたい1週間くらいかな?

 

で、今日の朝になって何故か皇帝陛下に呼ばれたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え????皇帝陛下??

 

いやいやいやいや。

 

皇帝陛下に呼ばれる案件なんてソイヤッサ関連しか思い浮かばないんだよなぁ。

 

お前ぇ!ソイヤッサ!

 

おどれ!チクリおったな⁉︎しかも完全に冤罪だぜ!

 

ちくせう。

 

やはり俺は檻に縛り付けられる定めなのか?いや、今回は流石にヤバいかもなぁ。

 

食わなくても生きていられるという、私の体が普通じゃないのは確認されたけど…殺されても生きていられる自信は無いぞ…。

 

はぁ……どうか俺に情状酌量の余地がありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月*日

 

校庭に呼び出されたと言うので、宮殿に校庭?とか思いつつユリアさんについて行った。

 

校庭はコウテイでも皇帝だったらしい。

 

二度見したわい。

 

しかし、これで驚くなかれ。

 

皇帝(ティベリウスさん)様が俺の顔と、いつの間にかそばにきていたドルスス(ススムじゃなかったらしい)さんの顔を交互に見てから言ったんだよ。

 

ーーーーー

 

「ユリア・アグリッピナの給仕長シュルカヌス!」

 

「はい!」

 

「汝のそのローマ帝国と帝国の第一人者たる皇帝への勇敢かつ崇高な献身に対する最高の賞賛として、皇帝である余の終身護身官に任命すると共に、汝の第一の帝国への貢献である叛逆者セイヤヌスの捕縛の功への褒賞として、2ヶ月間の護身官としての職務全うの後、余の終身近衛隊長官に任ずることをここに確約する!!よく務めるように。余の息子ドルススの生命を救ってくれたこと。誠に大義であった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月#日

 

 

 

やんぬるかな、もはや私に自由はないようだ…。 

 

今日任官して、明日から護身官とかいうSP的な仕事に就職らしい。

 

残念なことに常にティベリウスさんの近くに居なきゃならない。

 

…半日近くずっとオッサンと仲良くするとか無理ゲーである。

 

ユリアさんは俺との別れを惜しんでくれた。

 

嬉しいねぇ…でも、社長の言う事には従わなくちゃね。

 

あ、皇帝か。

 

まぁどーでもいいけど。

 

そーいえば、任官した今日教えてもらったんだけど、ドルススさんが奥さんと離婚したらしい。

 

奥さんはギャン泣き、ドルススさんは冷たい目で見下ろすっていう構図ができてたとか出来てないとか…はぁ〜こちとら明日から持ち慣れない剣をいつ振り回すかもわからない仕事が待ってるって言うのに…あんさんは痴話喧嘩ですかい。

 

まぁこの前世話になったってユリアさんから聞いたし良しとしよう。うん。たぶんマンネリ?っていうやつだったに違いない!

 

ドルススさんで思い出したから後一つだけ。

 

ドルススさんの俺を見る目がヤヴァイ…。

 

ナニがとは言わないけど。

 

イケメンではあるのかもしれないけど、ちょーっとガっチリした感じでね、離れてても見られてるとわかるんだよなぁ。

 

圧迫感が凄いんだよなぁ。

 

…ここらで今日はいいかな?

 

俺はズボラだから、また次書くまでは時間空いちゃうかも。

 

どうかさっさと俺の代わりが出てきますように!!




次回のそのまた次回 シュルカヌスと止まらぬ昇進!!
ティベリウスの独白とカリギュラの帝位就任とをダイジェストでお送りします。
見てね!(読んでね!)

アンケート投票いつもありがとうございます。
そろそろネロを登場させたい…。
クリミア戦争編…もう少しテンポを上げたいですね。


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小ドルススの恩返し

R18とR15を分けることにしました。
自分で読み返すと、俺…本編でいつまで経ってもR18展開書いてないなと思いまして。
なので、エロいのを描くのはそれ専用で話を投稿できれば良いなと考えています。
どちらも世界観に差異はなく、単純に書き分けるためです。


荘厳なるローマ帝国の宮殿。

 

そこでは早朝にも関わらず酷く耳に心地良くない怒声が響いていた。

 

セイヤヌス「陛下!ご決断を!これは明確な国家反逆罪です!!」

 

アグリッピナ「陛下!私は断じて帝国の威信を傷つけようなどとは…」

 

 

時の皇帝はティベリウス。

 

初代皇帝アウグストゥスの後継者としてその実力を認められて帝位についた男だ。

 

 

ティベリウス帝「だまれ!母親を奪われた子供の恨みは恐ろしい。それとも!貴様は私が貴様の母を島流しに処したのみならず、奴への死を用意していたといえばどうする?」

 

アグリッピナ「…え?」

 

ティベリウス帝「ふん!知らなかったようだな。だが!貴様は思ったであろう?憎らしいと!」

 

アグリッピナ「しかし!だからといってどうして証拠もなく何故私が罰せられなければならぬのでしょうか?」

 

 

 

ローマの英雄ゲルマニクスと大アグリッピナの女であるユリア・アグリッピナは父の死を皇帝ティベリウスによる陰謀であると言って憚らずに島流しに処された母が突如流されていた島から失踪したことについて詰問を受けていた。

 

 

 

セイヤヌス「アグリッピナ様、ではこうしましょう。これは提案ですがお聞きになりますかな?」

 

アグリッピナ「…ええ。是非。」

 

セイヤヌス「ではお話ししましょう。なぁに、単純な交換です。我々は親衛隊、即ち皇帝陛下の御身を、果ては御心の安心までもを守護することが責務であります。」

 

アグリッピナ「ええ、仕事熱心だと言うのは予々聞き及んでおりますわ。」

 

セイヤヌス「それは何より。…そんな我々としては、たとえ銀貨一枚の紛失だとしても、それが陛下の御心を曇らせるのであれば必ず解決しなければならないのです。たとえどのような手を用いたとしましても、ね。」

 

 

 

ティベリウスの玉座の隣で如何にも宰相を気取ったこの中年男の名前はセイヤヌス。

 

過去に落石などからティベリウスを生命を挺して守ったことから彼の信任は厚く、ティベリウスの息子ドルススとの対立が噂されている。

 

その信任の厚さから親衛隊長官として権勢を振るう。

 

息子ドルススの健康悪化に心を痛めて塞ぎ込む皇帝ティベリウスの精神不養生を良いことに、正に宰相の如く宮殿では幅を利かせている。

 

 

 

 

アグリッピナ「話がお上手ね…それで!お求めの品は何かしら?」

 

セイヤヌス「…単刀直入に申し上げましょう。貴女が独断で解放した挙句、何やら大変親しくされている下郎の輩。そうそう、シュルカヌスという者です。」

 

アグリッピナ「…ええ、確かにそばに置いておりますが。彼が何か?」

 

 

たらりと嫌な汗がアグリッピナの背筋を舐る。

 

 

セイヤヌス「えぇ、彼に少々用がありまして。私どもの要求としましては、給仕のシュルカヌスの身柄の引き渡し、それだけでございます。」

 

アグリッピナ「それは…。」

 

ティベリウス帝「どうだ?容易かろう?たかだか給仕一人。しかも、セイヤヌスに聞けば身元も定かでは無い怪しい男だと聞く。」

 

 

 

嗚呼、ティベリウスよ。

 

形骸化した忠誠も見抜けぬほどに耄碌したか。

 

息子の苦しみに心痛めては自邸に引きこもる頻度が増えてきている、この皇帝と政治中枢とのパイプはセイヤヌスによる時事情報と喫緊の有無くらいである。

 

 

 

アグリッピナ「しかし!」

 

ティベリウス帝「しかしなんだ?英雄ゲルマニクスの娘である貴女のような貴い人間には、たとえそばに置くだけであろうと似つかわしく無いと思うがね。」

 

 

過去の因縁を掘り返すな。

 

カビ臭い因縁は使い古したコンプレックスの集大成をも思い出させ、無実のアグリッピナをも傷ませる。

 

 

アグリッピナ「…シュルカヌス…。」

 

セイヤヌス「さぁ!ご決断を!」

 

 

さながら草木の一代を早送りに流し見るように彼女の内から力が抜けていく。

 

彼女は実母実父のみならず心の父をも失うのであろうか。

 

 

否。

 

 

時はきたとばかりに議場の眩い金に飾られた大扉が大口を開けた。

 

 

小ドルスス「お待ちください陛下!!!」

 

ティベリウス帝「おぉ!!どうしたのだ我が後継者ドルススよ。」

 

 

皇帝にとって息子のティベリウスこそが後継者であり、皇帝位即ちティベリウス自身の栄光と名誉の継承者でもある。

 

ドルススの健康不良は、帝国を継ぐべき者の消失を幻視するほどにティベリウスの心を蝕んでいた。

 

先程とはまるで違うハリのある声音が皇帝椅子に座る老人だったものの口から響き出した。

 

それは皇帝の声である。

 

 

セイヤヌス「チッ…ドルスス様いかがなされましたか?」

 

小ドルスス「私は君に用はない。」

 

 

 

セイヤヌスは皇帝の御子息へと少し遅れるも慇懃に振る舞ってみせる。

 

まさか現れるとは思ってもいなかったのだ。

 

つれない御子息の態度は淡白というよりも冷徹である。

 

嫌な汗が今度はセイヤヌスの背を指でなぞり出した。

 

 

セイヤヌス「そ、そうでございましたか。ならば如何様な御用で?現在私どもは大変重要な議題について話し合っておりますので、危急の事柄を除きましては横槍はご遠慮願いたい。」

 

 

 

まるで宰相の如き采配恐れ入る。

 

しかしながら最早貴公の覇気上々の時は火を傾けているのをご存知か。

 

 

 

小ドルスス「私には明確かつ重要な用があってここに来たのだ。…貴様ではなく、そちらのアグリッピナ様にな!」

 

アグリッピナ「私に…?」

 

 

 

アグリッピナには驚くだけの正当な理由がある。

 

だが、彼女は驚くのと同時に乙女の慧眼による恋の対抗馬の嗎を漏らさず聞き入れるだけの寛容な懐を持ち得ていた。

 

ドルススを見つめるアグリッピナの目はふとすれば雪のように、彼の前過の一切合切を踏み切り、まるで今この瞬間から始まったように新鮮で冷静な判断を下そうという気迫を含んでいる。

 

 

 

ティベリウス帝「アグリッピナにか?しかし、ドルススよ。お前とアグリッピナの間に親交があるなどとは聞いた覚えがないぞ。」

 

セイヤヌス「えぇ。全く同感です。して、どの様な?」

 

 

 

ティベリウスは回復した愛息子と言葉を少しでも交わしたくて既知の普遍的話題を投げかける。

 

セイヤヌスはその狡猾な思考を働かせるだけの血を脳みそに送ろうとしているのか、鼻息荒くも細やかに聴き迫る。

 

 

 

小ドルスス「私とアグリッピナ様の間に直接的な親交はございません。しかし、今彼女の元で給仕をしているというシュルカヌス殿とは直接的な関係がありました。」

 

ティベリウス帝「シュルカヌス…"殿"だと?」

 

セイヤヌス「そのように尊称をつけるには値しない存在かと…」

 

ティベリウス帝「私もセイヤヌスに同感であるが、何か礼を尽くさなければならない事柄があるのか?」

 

小ドルスス「はい!彼は、他でもない私の心身を死の淵から掬い上げて下さった方なのです!」

 

 

 

 

顔に深々と笑みが走る。

 

ドルススは顔に狂いを塗っているのか。

 

薄気味悪いほどの信心に突き動かされた道化師はもはや人を笑わせられない。

 

だが、心労極まる父親には如何なる形態であろうとも息子の活発な様を堰き止めるような真似をすることは出来なかった。

 

 

 

ティベリウス帝「誠か?」

 

小ドルスス「はい。私の痩けた頬も、薄く頼りなく変わり果てた肉体も、涙すら枯れた精神の衰弱も…陛下、いえ…父上ならば最も知られているところではありませんか?」

 

ティベリウス帝「…。セイヤヌス、説明せよ。」

 

セイヤヌス「は、はぁ…陛下。私に説明せよとも押されましt」

 

ティベリウス帝「聞いていた話と違うではないか…ドルススの健康が改善したのは妻の努力と献身に尽きると、朗々と語っておったではないか。」

 

セイヤヌス「も、申し訳ございません…」

 

ティベリウス帝「それは…認めると言う事でいいのだな?」

 

 

 

 

賢帝であるか、否かを決めるのは後程。

 

優れた父親であるか、否かを決めるのは後程。

 

父親の性を背負ったこの皇帝は、息子の回復ほど気付け薬はなかった模様。

 

秀麗なる思考の乱打は、狡猾なネズミの足跡を見つけるに至った。

 

 

 

セイヤヌス「あ、いやそれは⁉︎」

 

ティベリウス帝「…もうよい。ドルススよ!」

 

小ドルスス「はい!陛下。」

 

ティベリウス帝「父でよい。…お前の言うそのシュルカヌス、其奴は信に足る男か?」

 

小ドルスス「はい!彼が私に給仕として仕えてくれて以降、私の健康が一度として害されたことなどありませんでした!」

 

ティベリウス帝「妻の献身の話は?」

 

小ドルスス「無論、妻の献身には感謝しております。しかし、残念ながら私の肉体、そして精神に真の安らぎと回復をもたらしてくれたのはシュルカヌス殿その人であります。…敢えて言うとすれば、妻は結局のところ最後まで私の元へ他の男の影を漂わせずに現れたことはありませんでした…。」

 

 

 

ドルススは顔を陰気に下げつつ声を高く言い連ねる。

 

半ば真実、半ば確信、半ば固執、半ば辟易。

 

言動と行動に含まれる諸成分の合致は恐ろしいほどの名演を生んだようである。

 

虚偽ではない。

 

だが、ドルススの心情に悲しみに咽ぶほどの重苦は存在していない。

 

目に写るものは一人の黒い玉石ばかり。

 

 

 

ティベリウス帝「……よくわかった。よく話してくれた。」

 

アグリッピナ「陛下、私は…いえ、シュルカヌスは!」

 

ティベリウス帝「よい。…ドルススに感謝せよ。…皇帝の名において、今回の一件は不問とする。」

 

セイヤヌス「陛下!なりません!そのように甘やかしては!こ、後継者の育成として不適切です!そ、そうに決まっております!」

 

ティベリウス帝「セイヤヌス!どうしたと言うのだ!貴様は我が第一の忠臣。しかし、最近の貴様はどうにも真に信頼するに値するのか私には疑問を抱かざるを得ん!」

 

セイヤヌス「⁉︎へ、陛下!」

 

アグリッピナ「陛下…ありがとうございます。」

 

ティベリウス帝「もうよい。下がれ。私は疲れた故休むとする。」

 

小ドルスス「父上、ありがとうございました。」

 

ティベリウス帝「…皇帝として、父として、その責を果たしただけだ。よい。執政官ドルスス、下がるがよい。」

 

小ドルスス「はっ!」

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

小ドルスス「これで少しは恩返しになったのだろうか。」

 

アグリッピナ「…ドルスス殿、ありがとうございます。貴女のお力添えがなければ、シュルカヌスは危うかったでしょう。」

 

小ドルスス「いいえ、それは違います。私は彼からいただいた大恩の、ほんの一部をお返しできたに過ぎません。彼の力になれると言うのであれば、私にできることは何でもやりましょう。」

 

アグリッピナ「…シュルカヌスも喜ぶでしょう。」

 

小ドルスス「彼に、よろしくお伝えください。」

 

アグリッピナ「えぇ。」

 

 

両者は示し合わせたように正反対に向かって歩き始め回廊を悠々と、豪奢な戦場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

(ふざけおって!!!クソっ!あんの青二才が!…ドルススを消し損ねたのだってヤツのせいだ!何もかもヤツのせいだ!ティベリウスが俺の周りをかぎまわり始めた…もはや時間はない。ドルススに仕向けた毒を見抜いていたということは、だ。…ヤツは、シュルカヌスは俺の計画の全てを知っている。……ヤるしかない、か。飲まず食わずで死なないなら、直接その肉体から命を奪うしかあるまい…。)

 

 

 

 

 

 

(セイヤヌスよ…何故だ?貴様は私に忠実な臣ではなかったのか?信頼をおくべき友ではなかったのか?……ドルススよ、私はお前のためにこの、皇帝の椅子を掃除しておく必要があるやもしれんな。…シュルカヌス…我が息子ドルススがあれほどに入れ込むとは…いつか会うことがあるやも知れぬな。)

 

 

 

 

 

 

(あぁ、私のシュルカヌス…君は今どこで何をしているのだろうか。私は少しでも貴方の役に立てたのだろうか。)

 

 

 

 

 

 

(モテる男は困ったものね。ドルススには感謝しなくちゃ。でも、ごめんなさいね。…シュルカヌスは渡せないの。待っててね♪ユリアが今行くわ、シュルク父さん♪)

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ヘッッブシ!!!」

 

「ぅ、ゔぅ〜…。む〜、風邪かなぁ?」

 




そろそろ日誌シリーズはおしまいです。
重要報告<そろそろネロが生まれます>

p.s今後を考えて"クロスオーバー"と "ハーレム"をタグに追加しました。
*"クロスオーバー"は主人公が単身で様々な原作世界を回ると言う意味であり、原作キャラが無秩序に入り乱れるわけではありません。
*基本的に一つの時代でヒロインは一人です。

面白かったらアンケートなどの御協力、何卒宜しく申し上ぐ。


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伝 シュルカヌス日誌 6

終わらなかった。
おまけ投稿もとい、明日の投稿への布石。


#月&日

 

日誌はまたしばらくは今日までの分で終わりになりそうだ。

 

 

 

俺が皇帝ティベリウスの近衛隊とかいうところ長官になって早5年。

 

この間には色々あった。

 

まず、近衛隊長官になる前にやってた終身護身官というのが以外と楽だった。

 

いや楽は語弊があるな、やることが少なかったって感じだ。

 

扉を開けるのだって「いつでも皇帝を守れるように!」って感じで俺以外のやつがやってたしな。

 

雑務はなくて、そのかわりにティベリウスさんの話をずーーーーっと聞いてた。

 

この前なんか(もう近衛隊長官になってた)は次の皇帝は息子のドルススだから頼むぞみたいなことを言われた。

 

えぇ…ドルススさん、なの?

 

見る目が明らかにスナイパーの如き鋭さを発揮してるんだよなぁ。

 

あとな、結局休みの日とかに過ごす家自体はユリアさんのもとに決まったんですよ。

 

どっちみち職場…というね。

 

しかし上司には従わざるを得ませんな。

 

そんで、休みという名の出頭初日にあのときの、無人島の時の女の人がどうにもユリアさんのお母さんだってことを改めて教えてもらった。

 

いや、知らんし。

 

というかその事で皇帝からお咎め有りだったのでは??

 

俺はやはり罪を犯していたというのか…。

 

しかしまぁ、あれだ。

 

ティベリウスさんもなんというかフレンドリーな感じだからさ、どうにかなるとは思うけどね。

 

ドルススさんがいる時なんて特に、息子の友達に構って欲しい父親の図だからな。

 

それで、えぇ〜と「お母さんて、大事ですよね〜。ユリアさんのお母さんはどんな方なのか教えてくださいませんか〜?」みたいな感じでドルススさんと一緒に皇帝のとこに行くまで話したんだよ。

 

そしたらメチャクチャ反ティベリウスだったみたい。そりゃ怒られるわ。

 

…でもなぁ、俺としても正直なところお母さんが咎められるって何でも辛いと思うんだよ。

 

もちろん上司に前科持ちの親族がいるっていうのもアレだけどな。

 

でもそれはその時の俺としては些細なことであって。

 

試しにティベリウスさんにお願いして見たんだよ。

 

仲直りしようよー!って。

 

無論ドルススさん同伴。いつの間にか俺の保護者。

 

そしたらうまくいったんよ。

 

「じゃぁ無かったことでイイヨ。」ということになった模様。

 

1週間くらい後にユリアさんから聞いた話ではあるんだけどね。

 

また泣いて喜んでたっぽい。よかったねぇ。

 

そして…。

 

そのユリアさんのお母さんが安心したのか突然ぽっくり逝っちゃったんだよ。

 

…まぁ前々から大分やつれてたからね。

 

結構若いんだろうけど、うん。

 

でも、あんまり苦しそうな死に顔じゃ無かったって言ってたな。

 

少しだけど何かできたのかな。

 

ユリアさんからはありがとうって言ってもらえたけど。

 

そういえばユリアさんは相変わらずだね。

 

お母さんの葬式の後で、私のそばにいる時も帯剣なさってよくってよ!みたいなことを言われた。

 

いや持ちませんよ!重いよ!剣がな!

 

だからまだ持ったことないな。

 

……話が長くなってしまいましたな。要するになぜ今日からしばらくは日記が書けそうにないか、というと。

 

 

ティベリウスさんが死んだんですよ。

 

この人は結構お年を召されてはいたからな。

 

すっかり元気はつらつとはいかないにしろ、ドルススさんが元気になって調子は良くなってたらしいんだけどね。

 

さて!問題はここから。

 

ティベリウスさんが死んだから、次の皇帝は後継者のドルススさん。

 

しかし!しかし!なんとドルススさんはティベリウスさんが危篤になってから数日だけ代理って事で執務を執り行うと、昨日にはさっさと辞退しちゃったのよ!

 

いや、なにその問題行動?

 

だが、さらなる問題はドルススさんが俺に後継者を聞いてきた事だー!!

 

いや、政治なんか知るわけないじゃん!

 

近衛隊長官とか大層な名前ももらったけど、その実みんなをご飯に連れてくくらいしかしてなかったぞ。

 

いい上司は部下の腹を満たすのだ!みたいなこと言ってな。

 

あと体罰はやめろみたいなことも言ったな。痛いから。あと保護者が怖い。PTAとか。

 

…ここんとこは日本のテレビとかの情報でしか知らないから、ここは外国だし大丈夫か?とかも(今)考えたけど。もうしたことは変えられないからね。

 

えーとえと。そんで困った俺はすっかり板についてきたユリアさんの寝かしつけ任務(自称)の最中に聞いたわけです。

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

「次の皇帝はどうなるんでしょうね…。」

 

「それはドルススよ。でも、人気は上がらないでしょうね。私はなれないとして、兄のカリグラに帝位をって声もあるくらいだもの。」

 

「⁉︎ありがとうございます!」

 

「え?何かしら?…」

 

「いえ、特には。え〜…おやすみなさい。」

 

「?えぇ。おやすみなさい。…ところで、お休みのキスはしてくれないの?」

 

「あぁ!いえいえ!今します!」

 

シュルカヌスはおでこに唇を落とした。

 

チュ…

 

「(ムスっ)」

 

頬を膨らませた二十歳を過ぎている美人…いやすげー似合うじゃん。

 

それはともかく。

 

「…ご不満でしたか?」

 

「えぇ…私としてはもう少し下にして欲しいわね♪」

 

「…わかりました。」

 

ガシッ

 

「えっ?」(ビックリアグリッピナ)

 

ぶちュゥううううぅぅ〜

 

「え?え?」

 

チュポンっ…

 

「どうでしょう?…」

 

「ほ、頬じゃない、と言いたいところだけど…き、今日は、もういいわ!おやすみなさい!……」

 

彼女の頬が色づいているのは淡い蝋燭の光が教えてくれた。

 

fin

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

いや、終わっちゃったよ…。

 

と!いうことで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の皇帝はフルグラという方に決定いたしました!!

 

おめでとう!フルグラ!

 

ドルススさんは複雑そうな顔してたけど、「君がいいなら僕はそれでいい」らしいです。

 

いつの間に君呼びに…。

 

 

 

 

そんなわけで、次の皇帝の近衛隊長官が決まるまではしばらく式典やらの警備をしないといけないらしい。

 

責任も権力も全部あげるから君が代わってくれない?というのが今の私の心境だな。

 

…でも。なんだかんだ言いつつも誰かの死を経験したんだよな。

 

一応セイヤヌスは除く。

 

あいつは何か悪代官の自業自得感がすごいから。

 

明日からのハードワークからの解放を心待ちにするよ。




これで日誌シリーズはおしまい。
明日は私の気分でAかBか、投稿が変わります。
正直どちらが先でも話は通じるので。


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良き運命をFateとは呼ばない

待たせたな。
真打登場だ!(活躍するとは言ってない)


良き運命をFateとは呼ばない

 

 

 

金色の鐘は祝福の調べを奏でる。

 

朝日は高く人々に 彼女 の誕生を教えるようだ。

 

「おぎゃぁ おぎゃあ おぎゃぁ」

 

必死に息を吸おうとする新しい命。

 

望まれて生まれた命だ。

 

「アグリッピナ様!おめでとうございます!健康な女子でいらっしゃいますよ!」

 

側の助産婦が喜びの声をあげる。

 

泣くような、苦しいような、そんな声にどんな意味が含まれているのか考えるのは哲学者の仕事だ。

 

この子は、彼女は今、確かに生きていることを精一杯主張していた。

 

それ以上に何があろうか。

 

 

 

 

 

 

 

ローマの美は全て宮殿に施されている。

 

荘厳美麗なるこの宮殿である。

 

対して神々と先祖への尊敬を溢れんばかりに表現するのはここ神殿であろう。

 

皇帝カリグラの専任神祇官。

 

それが今の俺の仕事だ。

 

真面目に皇帝の健康について考えてみたらこの仕事を任されたと言うわけだ。

 

そんなことを考えていた俺の今の立ち位置は神殿の長い階段の遥か上、まさに祈りと祝福を捧げるための聖域。

 

そこで重苦しい神祇官の装飾品諸々を身に纏い今日の主役を待っている。

 

金で飾られたやたらと目に痛い空っぽの聖なる道具は手荷物でしかない。

 

扉が観音開きに開かれたのがわかる。

 

扉が開いたことで差し込んだ光は人影を揺らがせる。

 

不安、歓喜、決意、自信、期待。

 

そんな感情が人々の間を通るユリアさんを苛むように見えた気がする。

 

階段にたどり着いた彼女はゆっくりと歩いて俺のところを目指す。

 

 

 

 

 

 

 

俺は自分から飾り物と供物で埋め尽くされた豪奢な卓を挟んで、1メートルの所まで来ていた1組の親子に目を奪われていた。

 

ユリアさんのいつになく慈愛に満ちた微笑が向けられるのは新しい小さな宝物だ。

 

ユリアさんに子供が生まれた。

 

可愛い女の子だった。

 

温かい気持ちに包まれるのは本当に久しぶりだった。

 

感慨に耽っているともう目の前にまで来ていた。

 

俺は神祇官として、次代を担う彼女へと祝福を施さねばならない。

 

でも、何故だろうか体も口も動かない。

 

ユリアさんの腕の中に眠る穏やかなまんまるに心が縛り付けられてしまったようだ。

 

クスリと口元を緩めたユリアさんが私に赤ちゃんを抱かせてくれた。

 

温もりと…何ともいえない命の重さが俺の身体に染みた。

 

どうしてだろう。

 

涙が滲むせいで赤ちゃんの顔がはっきり見えない。

 

でも、言葉では表現できないような愛しさを感じてしまう。

 

何でだろう。

 

…よもやこんな気持ちになるなんてね。

 

この面倒くさくて情けない世界は、まだ眠ったままの貴女には些か厳しいことだろう。

 

だが、決して見限っては欲しくない。

 

俺なんてこの通り大層不思議な境遇にあることだがそれでもなぁなぁと生きている。

 

腐っても何とやらだ。

 

貴女にとって辛いことがないとは言い切れるほど俺は賢くない。

 

でも、どうか少しでも沢山の幸せが貴女に降り注ぎますように。

 

「汝、皇女ネロ。未来永劫に偉大なる父祖と太陽の温もりが貴女のもとに届かんことを。」

 

付け加えるように太陽を祝福の言葉に忍ばせた。

 

父祖の御利益なんて高が知れている。

 

どうかお天道様よ、この子がどんな道を歩もうとも陰ってくれるな。

 

棺の中とも灰塵に宿るとも知れぬ父祖よりは期待できる。

 

俺は未だかつてない夢心地に飲まれたまま、惜しむようにユリアさんに赤ちゃんを返した。

 

ユリアさんも涙の跡が見える。

 

…たまにはそんな女の涙もいいだろうさ。

 

貴女にも、幸せが届きますように。

 

 

今日ほどカリグラに感謝したことはないな。

 

ありがとうな。

 

俺は今この時だけでも神祇官を任せられたことを忘れないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうであった?」

 

「満足だよ。やはり俺は聖職者でなければな。」

 

「ふっ!貴様の口からかような言葉が出ようとは思わなんだ。」

 

「悪いかな?」

 

「いいや。それでいい。散々仕事を増やすなと文句を言っておったシュルカヌスと言う男のことなどもう忘れた!それくらいの堂々たる度胸がなければな。…やはり貴様はこのローマ皇帝ガイウスの友として申し分ない!」

 

「それは良かった。ところで、カリグラよ、君はもう少し糖を控えたまえ。」

 

「貴様は相変わらずだな!余をカリグラと呼んで許されるのは貴様くらいだぞ!」

 

「はいはい。ところで、先ほどの返答やいかに?有耶無耶にはさせんぞ。」

 

「む、貴様は引っ掛からぬか…しかしだぞ!この前は脂肪?とやらも控えろと言って会食から肉料理を一品引いたではないか!」

 

「だからいつも言っておるだろう!美食は脂肪と糖でできているのだ!故に、暴食の根源も脂肪と糖であると!ただでさえ食っちゃ寝るの生活が貴族連中の主流であるのに、君は皇帝だからとすぐに豪遊しようとするのだから尚更だよ。」

 

「よ、良いではないか食くらい!余は他の貴族連中とは違い性には奔放ではないぞ!貴様の言う草食気味に徹しているではないか!」

 

「…いや、君らの下事情など聞きたくはなかったが…。まぁそれも事実か…だが、君だからな!俺に食事の管理をして欲しいと言い出したのは。」

 

「うむ!それは認めよう。何せドルススの勧めだからな。貴様は健康の源だと。」

 

「…俺が聞くのも何だが、成果はあるのか?胡散臭い。」

 

「貴様の言うとおりにしたからこうして心身ともに壮健である。残念ながらな。」

 

「……俺は何もしとらんぞ。」

 

「そんなこともある!…だが安心しろ。余は理解しておる。重要なのは貴様なのだ。」

 

「俺か?」

 

「あぁ。ドルススの気持ちが余にも悔しいがわかるぞ。」

 

「どんな気持ちかな?」

 

「…寄りかかるのにこの上ない木を見つけた旅人の気分だ。」

 

「なんじゃそりゃ。」

 

「…貴様の今後が楽しみだ。」

 

「俺も君の今後が楽しみだ。」

 

「…余は明君になるぞ…だから…」

 

「それ以上は言わなくてもいい。仕事が増える。」

 

「プッ…ハハハハハハ!!安心するがいい!後にも先にも余の友は貴様一人だ!仕事がなくなることはないぞ!」

 

「悪手だったかぁ〜…。」

 

「貴様はそれで良い!少なくとも、だ。」

 

「?」

 

「…余の何かは貴様が変えてくれたのだ。」

 

「運命とか言い出すんじゃないだろうな?」

 

「また下手を打ったな!正にそれだ!運命というやつだ!」

 

「…運命は運命でも悪いのはごめんだ。」

 

「フハハハハ!さもありなん。となると、どうやら貴様は人一倍運命に恵まれているらしいな!」

 

「そうかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




今日はもう一話投稿するかもしれません。
アンケートにご協力いただきありがとうございました。
次の時代は〜19世紀欧州クリミア戦争〜に決定いたしました。
他の時代に関しては、各世紀(ex:鬼滅の世紀、ジブリの世紀)として新しく投稿する予定です。(主人公は変わらず)
Fateの世紀が大分長くなる予定なので、毎日もしくは二日に一度のペースで投稿するよう心がけて、余裕ができ次第投稿したいと思います。
題名は必ず 破界僧〜○○の世紀〜 になる予定です。


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ゲルマニクスはもういない

今回は長いです。


ゲルマニクスはもういない

 

 

「ドルススよ。お前もそう思うのか?」

 

昼頃に我が息子ドルススが、是非申し上げたいことがあると言うので元老院の議場にて話を聞くことになった。

 

現れたのは私の息子ドルススと、その息子の命の恩人であり私の身を守る近衛隊の長官を任せている勇敢な功労者である元給仕のシュルカヌスであった。

 

シュルカヌスが言うことは要するに、ゲルマニクスの血族との精神的な和解をせよと、そう言う内容であった。

 

…難儀であるが、私とて考えたことがないわけではない。

 

だが、軽いことではないことはシュルカヌスも理解しておるはず。

 

ましてやドルススは尚よく知っているはずだ。

 

では何故…。

 

故に、私は皇帝として、そして同時に父として臣下である息子に問うたのだ。

 

 

「陛下。私の命を救ったのは他ならぬシュルカヌスです。しかし、その恩以上に私は彼の能力を買わざるを得ないのです。」

 

「それは何か?」

 

「その包容力です。陛下。」

 

包容力?

 

「何故それを買うのであるか?」

 

「それはわざわざ名前を変えた近衛隊の長官に、功績を吟味したとしても早々に登用された父上がよく知るところかと。」

 

私が、よく知る、と。

 

確かに、ドルススの言うことは一理ある。

 

セイヤヌスを誅殺したとはいえ、腹心に有能な軍人がいなくなったわけではない。

 

だが、何故私は敢えて給仕の出のシュルカヌスを選んだのか?

 

私は自分が思っている以上に息子の命の恩人を高く買っているからか?

 

単なる功績を讃えてのことか?

 

いや…それ以外に思いつくことといえば一つだけだろう。

 

私は息子の痩けた身体を満たしてくれた恩人に私の身を守る任を与えた。

 

息子は私の元によく訪れるようになった。

 

シュルカヌスのもと、つまり私の執務室だ。

 

強くシュルカヌスという男を慕っていることがわかった。

 

私は何故か強く安心を抱いた。

 

父親としてありたい私はシュルカヌスに幾度となく声をかけた。

 

どこの生まれなのか?

 

どうしてドルススの誘いを断ってまでアグリッピナの給仕として仕えたのか?

 

…今思ってみれば私はいつのまにか私事を話すほどにシュルカヌスに心を開いていたのか。

 

…息子との、ドルススとの間で会話が増えたのもまた、シュルカヌスによるところが大きい。

 

シュルカヌスは人と人とを繋げてくれる。

 

ドルススはそう言いたいのやも知れん。

 

シュルカヌスは長官になってからしきりに近衛隊の部下へこう言っていた。

 

「然るべき時に仕事を始め、然るべき時に仕事を完遂する。」(訳:定時出勤。定時退社。俺の仕事を増やさぬように!)

 

それは貴賎に関係なく重要だと。

 

 

 

私にとって、ゲルマニクス一族との和解を果たすのに然るべき時は今だと言うのか?

 

 

「父上…お分かりいただけたでしょうか。」

 

「……」

 

「悩まれるのは構いません。父上も人間です。しかし、同時に皇帝でもあります。なにがローマにとって重要であるか。よくお考えください。」

 

「いや。もう構わん。…シュルカヌスよ。」

 

「はっ!」(俺?)

 

「ありがとう。ようやく目が覚めた。かような過去の些事…貴様が私とドルススに与えてくれた恵みに比べるまでもなかったな。」

 

「父上…。」

 

「滅相もありません…。」(え??俺が何したって?)

 

「よかろう!大アグリッピナの罪科、その全ての判決を取り消しののち、大々的に名誉回復に叙すこととする!」

 

「ありがとうございます!」(よくわかんないけど良かったね!ユリアさんのお母さん!もう島に戻らなくていいみたいですよ!)

 

 

 

 

シュルカヌスに早く報告しに行くが良いと言い退出させた。

 

この場には私と息子の二人のみ。

 

「のう、ドルスス。」

 

「はい。父上。」

 

「シュルカヌス…彼は大したものだな。」

 

「えぇ。本当に。」

 

息子のことを、次の皇帝のことを頼んでも構わんかもしれんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、死に際してこのようなことを思い出したのやら。

 

自分の身がもう長くないと分かる。

 

すっかり老いたな。

 

ローマの市民は相変わらず私を嫌っているようだ。

 

散々娯楽を引き締めてしまったからな。

 

ふと思えば何もかも息子のためだったのやも知れん。

 

なんてな。

 

ドルススよ。我が息子よ。

 

お前はきっと次の帝位を継ぎたいとはもう思っておらんのだろう。

 

父にはわかるぞ。

 

日に日にシュルカヌスに思い上げては、さながら乙女のようではないか。

 

お前はシュルカヌスのことを支えることに悦を見出しておる。

 

お前のそれは、皇帝の生き方ではない。

 

ああ、何故か。

 

何故か無念ではない。

 

父としてできることは少なかったが、一度は失うと思った息子が何かに熱中している所を、たとえ何であれ垣間見れたのは幸いか。

 

この老ぼれはもはや先も見えぬ。

 

ドルススよ、お前に心から本当に託すことがあるとすれば一つだけだ。

 

私の代わりに見届けよ。

 

ローマの行く末をな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、ドルスス殿が帝位を余に譲ろうとは。

 

余はガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。

 

ローマ帝国第3代皇帝である。

 

市民と軍人は多くが余をカリグラと呼ぶ。

 

幼少の頃、父ゲルマニクスに随い戦地を回った際に履いていた小さな軍靴に因まれて呼ばれている。

 

 

 

 

 

余は、この名を好まぬ。

 

余は…余は、父の残した偉大な影の焼き付けに過ぎぬと、そう呼ばれているような気がするのだ。

 

先帝ティベリウスはゲルマニクスとの人気が比較されていた。

 

そのことは奴の自尊心に大きな傷をつけたのであろうな。

 

対して、余はその英雄ゲルマニクスの実子だ。

 

幼少から戦地でローマの戦士たちに愛されてきた。

 

父ゲルマニクスが皇帝になれば、自然と余が帝位についたであろう。

 

だが、父は熱病で早世した。

 

帝位は初代皇帝アウグストゥス帝の腹心ティベリウスに受け継がれ、ティベリウスの死後はその子ドルススが担うはずであった。

 

余は…余はゲルマニクスの血族は不遇に甘んじていた。

 

だが、ドルススは先帝の信頼厚い給仕上がりの近衛隊長官であるシュルカヌスという人物から勧められて帝位を余に譲った。

 

そして今、帝位を継承するための儀を行なっていると言うわけだ。

 

衆目は英雄ゲルマニクスのなしえなかった皇帝就任を、その子が果たすという感動的な生身の歌劇にうつつを抜かしている。

 

舞台の陰から帝位を受け継ぐべく台上に登る。

 

騒がしい雑音がローマの市民の間を広張る。

 

一人としてこの劇を演じる余の心情を知るまい。

 

この帝位は父が就くはずだったものだ。

 

即ち、此奴らの目には余ではなく、余の父が写っているに違いなかった。

 

死したティベリウスに代わりその子ドルススによる帝位の禅譲への説明が長々とつむがれた。

 

最後に、そういい私に向くと彼は言った。

 

シュルカヌスを頼るがいい、と。

 

何が言いたい?

 

その時の余にはわからなかった。

 

もはや帝位の継承は今なされた。

 

市民に向き直り胸を張り宣言する。

 

「余はガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス!ローマ第3代皇帝である!ローマの誇り高き市民全てに約束しよう!父ゲルマニクスの意思を継ぎ!このローマに最高の繁栄をもたらすと!!」

 

 

…余は、それでも父の威光を被らざるを得なんだ。

 

余には、自ら築いた実績など一つとして無いのだから。

 

あぁ、父よ!何故!何故余にその偉大なる威光のみを遺したのか!!

 

余は!余はカリグラではない!ガイウスである!

 

 

 

 

 

 

 

ゲルマニクスの幻影に追われる哀れな遺児には人々の無責任な期待ほど恐ろしいものはなかった。

 

気が狂うほどに恐ろしい。

 

人々は彼に乱心あらば神秘にその責任を求めることだろう。

 

愚かなことだ。

 

ただの一人も皇帝その人を見ようとはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇帝カリグラの誕生は、ティベリウスによる一切の否定から始まった。

 

倹約を唾棄し、検卵極まる宴会が各地で催された。

 

数限りない資金、物資、食料が浪費された。

 

吐いては食べる豚のような貴族達を見るカリグラの顔は恐ろしいほどの寛容を表現していた。

 

母と妹から離されティベリウスの元で育ったカリグラには、ティベリウスの変化も、ティベリウスの不人気もよく知っていた。

 

堅苦しいティベリウスの治世は人々の支持を削ぎ落とすばかりだったが、しかし賢治の世でもあったため長く続いた。

 

ティベリウスが死ぬ数年前、カリグラは妹のアグリッピナの邸宅のほど近くに住まいを移された。

 

理由は明白、息子ドルススの健康回復と逆賊セイヤヌスの死、そして一連の立役者で元給仕のシュルカヌスという男の存在だった。

 

カリグラは妹のアグリッピナとシュルカヌスに関係があることを聞くと、妹に聴き入った。

 

溌剌とした妹から初めに教えてもらったのはシュルカヌスについてではなく、母大アグリッピナの死であった。

 

穏やかな死。

 

名誉回復の発表が間も無くティベリウスにより市民に伝えられた。

 

多くの市民はティベリウスが点数稼ぎのために行うのだと考えたため彼の支持が上がることはなかったが。

 

カリグラはシュルカヌスという会ったこともない男に感謝した。

 

母と妹の心を救ったシュルカヌス。

 

カリグラはシュルカヌスに興味を持った。

 

 

そして、帝位に就くと間も無くアグリッピナがシュルカヌスをカリグラに紹介した。

 

カリグラが受けた第一印象は、穏やかそうな、黒い髪をした、しかしこれといった特徴のない凡百の輩であった。

 

興味が半減したカリグラはその後シュルカヌスを呼ぶことはなかった。

 

 

 

 

ドルススまでも…奴のどこに惹かれると言うのだ。

 

カリグラは疑問に思わずにはいられなかった。

 

どうしても気になり始めていることに彼は気づいていない。

 

黒髪の男シュルカヌス。

 

この男が何者なのかわからない。

 

帝位就任に際してドルススから伝えられた私事は祝辞でもなく捨て台詞でもない。

 

シュルカヌスという男の推薦のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲルマニクスへのコンプレックスはティベリウスに始まり、皮肉にもゲルマニクスの実子に受け継がれた。

 

 

 

カリグラはその余りある人気を、父の威光を大いに使った。

 

善政を敷き、自らを、自分という皇帝を見てもらおうと。

 

だが愚かなる人々は睨め付けるように皇帝カリグラに歓喜し、ゲルマニクスを讃えた。

 

声にならない苦悩はカリグラの内に父への、そして自らの負う父の威光へのコンプレックスに薪をくべた。

 

じわじわと焼けるようにカリグラは歯止めの効かない悪政にでお掛け始めてしまった。

 

豪勢な食事。

 

放蕩の限りは、始め周囲の権力者に伝播し、限りない腐敗を育み始める。

 

 

 

放蕩に耽り、幾度目かの煌びやかな宴会において、寛容なる新皇帝の思考は恐怖と自己嫌悪、快楽への耽溺に凝り固まっている。

 

周りのやんごとなき輩は飢餓に咽ぶ貧民のごときがめつさで美食に耽っている。

 

何度見たかもわからない光景。

 

気が狂いそうだ、まるで何か熱にでも侵されているみたいだ。

 

 

 

気がつけば体が熱かった。

 

おかしい。

 

まるで燃えるようだ。

 

誰か助けてくれ。

 

耐えられない。

 

熱いのだ。

 

 

 

そう言おうとして声を上げようとした時。

 

自身の身にある変化が起きているのに気がついた。

 

何かがトグロを巻いていた。

 

じっとりと汗ばむ体の随所から油が漏れ出るようにそろそろと、それは私の足元に影を落とす。

 

 

誰か…。

 

 

 

バシャっ!

 

 

 

「へ、陛下に何をするのか!!」

 

「あ。」(やべぇーーーーー!!また手ェ滑らしちまったぁぁぁ!しかも今回は皇帝の頭の上かい⁉︎)

 

 

 

 

何が

 

起きた。

 

 

 

 

 

体が熱かったのが柔らぎ、身にしたたる赤い液体にぼんやりと目を向ける。

 

葡萄酒か?

 

 

余は、何が起きたのかを確かめるように周りを眺めた。

 

 

 

すぐ隣で肥えた元老院の連中に酷く罵られている黒髪が覗いた。

 

 

「貴様が…やったのか?」

 

余の声に潰れたような醜い体型の官僚どもがさらに腰を低くして余に訴える。

 

「こ、此奴めが!こやつめが貴方様を酒をぶちまけるなどという粗相を!こ、これは許し難いことですぞ!きっと、わざとに違いありません!」

 

「わざと?」

 

「えぇ!そうですとも!何せコイツはわざわざ玉座の前まで歩いて行って酒を陛下の頭から垂らしたのですよ!!」

 

 

もしそうなら反逆罪で死罪です!

 

豚の周りの豚のような取り巻きが吠えた。

 

余に頭から酒をかけるとは…何故か?

 

「…貴様、シュルカヌスであるな?」

 

「はい…。(どうしよ…名前覚えられてんじゃん。)」

 

「何故こんな真似をしたのか?」

 

妹は私の変貌に冷たかった。

 

あれだけ優しい妹が、だ。

 

口を開けばシュルカヌス、シュルカヌス。

 

余の誘いに乗ることはなかった。

 

さぁ、貴様は何者だ。

 

答えをよこせ。

 

 

「あ(んたの顔が気に食わないから!なんて言ったら死ぬな。うん。)」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

「(本当に単なるミスなんだが…ええいままよ!!)暑そうだな、と。思いまして。」

 

 

 

 

 

 

 

「熱そうだな、か。」

 

 

貴族達の顔は見ものであった。

 

 

あんぐり口を開けた驚きの顔。

 

驚きを通り越して、更に呆れを通り越してもう一度驚いたという顔だな。

 

「クククっ。そうか、熱そうだな…か。」

 

焼けるような体の熱さも。

 

漏れでるような油の滴りも。

 

肉に蠢く悪意のとぐろも。

 

気づけば無くなっていた。

 

嫌に清々しく気分がいい。

 

「気分が良い。余に感謝せよ。」

 

貴族どもの反論を切り捨て、シュルカヌスを許した。

 

護衛をつけて返してやらねば貴族に襲われるであろうな。

 

指示を部下に出そうと思えば既にシュルカヌスの側には重装備の近衛兵がついていた。

 

そういえば奴はティベリウスの元で近衛隊長官をしていたな。

 

その時の評判は部下達からすこぶる良かったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

ローマの一般的な市民がまともな食事を取れるのは外食くらいのものだ。

 

人が密集したローマの都市部の集合住宅では火を起こして温かい食事を作ることすら難しいと聞く。

 

 

廃れた現在の余は欠片も心に止めてはいないことだった。

 

 

そんな環境にあって、シュルカヌスはその収入の大半を部下の食費に注いでいたと聞く。

 

だが、珍品や高級な食材に金をかけ、豪勢な食事を出すわけではない。

 

毎日律儀に練兵場で自ら火を起こし(風呂にも入りたいし、自分が食べたいから。)大鍋で粥や煮込み料理を調理してはそれを部下にも振る舞っていたという。

 

「同じ窯の温かい飯を食べることが士気高揚と団結への上道である。」

 

(訳:屈強な飢えたおっさんズとかマジ勘弁である。でもなぁ、金品とかを入手する伝も無いし…タダ飯という名の上司の奢りで気を遣わせる作戦!と行こう。それしかない。さぁ!俺の奢りだ!形だけとはいえ君たちのスーパー上司の俺の奢りだ!どんどん食べてくれ!俺の奢りだからきがねなく食べてくれよぉ〜!気なんか使わなくって良いんだよぉ〜。うん。あ、一応言っとくけど、一口でも食べた人は是非とも有事の際は私の盾となり矛となり頑張ってくれよ!よろしくね!)

 

シュルカヌスはそう言っていたのだと、余の近くに仕えている近衛兵が誇らしげに語っていたのを思い出した。

 

位が高くとも軍人は賃金に不満が多い中で、身銭を切って本来ならそれなりにするであろう温かい食事を腹一杯部下に食わせるのだから、懐の深さもさることながら、名誉や金以上に人を大切にする人徳には驚くべきところがある、その時の余は確かそう思ったはずだ。

 

 

 

 

シュルカヌスの両脇を固める兵士は、おそらくその時のシュルカヌスの部下達なのだろう。

 

 

余はどうしてもシュルカヌスのことが気になり、床が汚物に汚れた不快な宴会場を後にし、彼らを追った。

 

柱の影から覗けば、他愛もない話でもしながら歩いているのか、シュルカヌスの周りには笑顔が絶えなかった。

 

堅苦しく顔を顰めて突っ立っている感情のない像のような衛兵達はその顔をどことなく緩めている。

 

一段背の低いシュルカヌスを気遣い、彼の歩速に合わせて進んでいるのがわかった。

 

シュルカヌスが道を通り、宮殿の出口に着くまでの間に何人もの衛兵がすれ違っては彼に道を譲った。

 

確かな尊敬を感じるそれはシュルカヌスに向けられている。

 

シュルカヌスはその礼を受けて優しく微笑んでは労いの言葉をかけていた。

 

「ご苦労。しっかり食べているか?家族は壮健か?」

 

(訳:いゃ〜いつもお疲れ様です。君は確か…あぁやたらと食い意地張ってたあの子かぁ〜。ちゃんと食べてるの?ほーん。ならええやん。ご家族元気?かかあ天下だった気がするけど。プププ!奥さんを大切にな!)

 

公私に渡り部下を気遣う…成る程。宮殿の近衛隊から並々ならぬ尊敬を一身に受けるわけだ。(残念ながらまさかの事実)

 

 

 

 

余は、いつのまにかゲルマニクスとは似ても似つかぬ黒髪の男に英雄を幻視した。

 

いや、幻視ではない。

 

憧憬であろう。

 

余はその日女を呼ぶことも、酒を飲むこともなく眠りについた。

 

 

まるで溢れるように意識を失い、次の日は目覚めがこれまでになく良かったのを今も覚えている。

 

起きた余は部下に命じてシュルカヌスを呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様に新しい任を与える。」

 

「はっ!」(うわー。きましたわ。来るとは思ったんだよなぁ。死刑!とかはご勘弁願うぜ…。)

 

「……その堅苦しい様を辞めよ。」

 

「堅苦しいとは…?」(なんぞや?まさかっ⁉︎お前敬語使わんかったから不敬罪で死刑!とか??)

 

「貴様は自身を俺と呼ぶであろう。…それで構わぬというのだ。」

 

「……わかりまし「それもよい。"わかった"で構わぬ。」…っわかった。」(な、直したゾォ。…ど、どう来るんだ?)

 

「それでよい。して、貴様…」

 

この日、余は決めたのだ。

 

そして、余は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余の…余の"ゲルマニクス"になってくれ!!」

 

 

 

 

そして、余は…余は 真の友 を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや。無理では?」(そもそもゲルマニクスて誰ぞ…。)

 

 

「なぁっ⁉︎⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!!いゃ〜傑作だな⁉︎」

 

「またそれかよ…どこにツボがあるのか俺はさっぱりなんだが…。」

 

「ふっくくく…いやはや。余もまさか断られるとは思わなんだ。」

 

「だろうなぁ。…で、俺はゲルマニクスとやらになれたのかな?」

 

「…愚問だな。」

 

 

 

 

 

 

「ゲルマニクスは死んだ。父はもういない。」

 

「だが、余には貴様がいる。ゲルマニクスを超える逸材。月の女神から余の心を取り返した貴様がな!」

 

 

「なんだそりゃ!照れるじゃんかよー。」

 

「ハハハハハ!そうだ存分に照れるが良い!余は幸せだぞ、貴様のお陰で余は名君でいられた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな貴様に頼みがある。」

 

「なんだ、まだあるのか?健康管理と神祇官と近衛長官と…既に肩書きが十分重たいんだけどなぁ。」

 

「まぁ、そう言うな。」

 

「なぁ、シュルカヌスよ。」

 

「なんだ?カリグラよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ネロを頼んだぞ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せておけ。多分何とかなる!」

 

「…フハ!ハハハハハ!!!貴様は変わらんな!」

 

 

「だがそれで良い。」




読者諸賢が今作に対して如何にお考えかは甚だ私の知るところではございません。
しかし、私は私の赴くがままの歴史への愛情と信念とをこの二次創作に投影したいと思う次第です。
Fateという一種の寛容の姿を借りて。


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ネロの初恋 (sideシュルカヌス)

待たせたな。


ネロの初恋 (sideシュルカヌス)

 

 

 

 

 

 

ネロが生まれてから、カリグラとユリアさんは少しずつ仲が悪くなっていった。

 

互いに次の皇帝についてあれこれ言っているらしかった。

 

カリグラは次の皇帝を考えるのは時期尚早だと言うし、ユリアさんは生まれたネロの将来が約束されたという保証が欲しいみたいだ。

 

二人は兄妹だから多分なるようにはなるものだと思っていたんだけど、そうもいかなかった。

 

ユリアさんがカリグラを暗殺しようとしたって噂がたったんだ。

 

申し訳なさそうにカリグラの部下が上申した後の、二人の顔色は正反対だった。

 

カリグラは真っ赤。すっかり怒りに我を忘れていたんだと思う。

 

 

「わ、我が妹よ!其れは、その噂は真か⁉︎どうか⁉︎」

 

 

カリグラは玉座から跳ね上がるみたいに手で反動をつけて立ち上がると、ズカズカと大股で歩いていって、ユリアさんの肩を掴み、顔に自分の顔をすぐそこまで近付けて詰問しだしたんだ。

 

まぁ無理もない。カリグラはシスコンってヤツだからね。

 

姪のネロだって可愛くて仕方ないんだ。

 

だけど、やっぱりユリアさんから見てもカリグラは皇帝の位に執着している印象の方が強くて、だからはっきりと言って欲しかったんだと思う。

 

カリグラはカリグラで、良いローマをネロに残したくて悪戦苦闘してたみたいだから、それをわかってもらえないのが許せなかったんだ。

 

ネロはまだ5歳にもなってないのに、お互いがネロのためだと思って行動してるのが裏目に見てる様だった。

 

 

「兄上。その様な誰が言い出したかも知れない妄言を信じられるのですか⁉︎私がその様な真似をするはずがッ…」

 

「だまれだまれだまれ!!…フー!フー!この様なことは言いたくなかったが、もう勘弁ならん。余の愛しい姪の為にも暫くお前には静かにしていてもらうッ!」

 

「そ、そんなッ…あ、兄上!それはあまりにも!」

 

二人だけで話をするとエスカレートするからこうして俺がいるわけだ。

 

しかし、今回はいつもよりも一際酷いな…。そろそろ間に入ろうかな。

 

 

「カリグラ。そうカッカとするな。」

 

「貴様もユリアの肩を持つのか?」

 

「肩を持つというわけではない。」

 

「では何だというのか?余を、余を亡き者にしようと、その様な企みを許せるわけがあるまい!たとえ疑いに過ぎぬとしても、其れは何れかの噂になりうる様な振る舞いがあったということであろう!!」

 

「シュルカヌス!今は無理をしないで!兄上にはもう少し落ち着く時間が必要なだけなの!」

 

「…ならば一つだけ。カリグラよ!」

 

「…何だ。我が友シュルカヌスよ…。」

 

「君はまだ幼いネロから母を奪うのか?」

 

「…余は、ネロのためを…。」

 

「それとも、ネロのためと言いつつも今のネロが幾つなのかも知らぬとは言うまいな?」

 

「…今のネロ?」

 

「そうだ。これはユリアさんもそうだが、御二方はどうやら将来有望なネロの栄達ばかりに目が眩み、今の、今しか見れないネロの姿を見失っておるようですな。」

 

「…そうだ、な。…ネロは、余の愛しい姪はまだ5つにも届かぬ…。」

 

「ネロ…。」

 

「今のネロはまだまだ遊び盛り、実父は良父とは言いがたく、頼りになるはずの伯父と母は犬猿の仲だ。皇帝の栄光や名誉も大いに結構だが、幼く爛漫なネロを愛でることができるのもまた今しかないぞ。」

 

「彼女の健やかな心身を、ひいては次の大帝を育てるのは貴方達の責務であるとともに権利でもあるはずだ。」

 

「…長く側にいる者として憚ることを忘れて申し上げることは以上だ。」

 

二人は暫く何も言わずに互いと自分自身を見つめていた。

 

口をきつくつぐんでいた二人の口元はいつもの穏やかな気のいい彼の、彼女の口元に戻っていた。

 

カリグラがユリアさんの前に道を作る様に脇へ避けた。

 

来いってことかな?半分そんな気持ちでその空いた隙間に身を進めた。

 

ぎゅう

 

「あれ?」

 

ぎゅう

 

あらら?

 

どうやら二人に抱きしめられてるらしかった。

 

無言はちょびっと気まずいけど、どうやら通じたらしかった。

 

今日は運が良いや。

 

カリグラは俺よりも結構背が高いから熊に包まれてる感じで暖かい。

 

ユリアさんは…泣いてる⁉︎。やっぱり少し泣き上戸みたい。

 

ユリアさんは背が俺より少し低いけど、大差ないから抱き合うみたいになってしまう。

 

色々当たっててとてもアッタカイです。はい。

 

カリグラが微かに鼻を啜った。踏ん切りがついたみたいだ。

 

 

「…ありがとう。また貴様に救われたな…。一度目は月の誘いから余を救い明君たりえる機会をくれた。二度目は愛しい妹と姪へ取り返しのつかぬ罪を負わずに済んだ…。余は、今日確信した!やはり、其方が余に与えられし真の友なのだ。」

 

「お、大袈裟だなぁ…。(か、カリグラどうした?お前そんなにロマンチストだったか?)」

 

「大袈裟などではない!…余は其方の助言にのみ従おう。」

 

「お、おうっ。」

 

「ネロのことを、どうか其方に頼みたい。其方に導いて欲しいのだ!」

 

「あぁもぅ…だからそうすぐに熱を上げるな!落ち着けカリグラ!確かにお前の気持ちは嬉しい。」

 

「真か⁉︎」

 

「あぁ勿論本当だ。」

 

「では、何か不服があるのか?其方ならば誰よりもネロを健やかに育てられよう。余は確信しているぞ。」

 

「…しかしだなぁ。そういうのは母親の、ユリアさんが認めるもんだろう?なぁ、ユリアさん?」

 

押しが、というより俺に対する推しが強くなったカリグラの言葉はもちろん嬉しい。

 

だがネロのことを真に思えばそう簡単にもいかないはずだ。

 

故に、ここは少し前に復活したばかりの未だ目尻に赤みが残る実母であるユリアさんに保護者視点で意見を貰うべきだろう。

 

「ユリアさん?」

 

…おかしい。ユリアさんが俺の顔を見て顔を赤くした。

 

ついでに言うと俺に抱きついたままにカリグラにコソコソ話だと⁉︎

 

…なんだこの兄妹(困惑)

 

「うむ!うむうむ!珍しく意見が合うではないかユリアよ!」

 

「えぇ!兄上も話がわかる様になられた様で何よりですわ!」

 

さりげないディスりを華麗にスルーしたカリグラは俺から一歩離れて向き直ると堂々と宣言した。

 

いや…ユリアさんは離れないんかい。

 

「汝、ケルクヌブス・シュルカヌスをネロの教師長に任ずる!!公私に渡りローマ帝国の宝ネロを大器に育て上げよ!ローマ帝国第三代皇帝ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスの名の下に命ずる!!」

 

「頑張ってね♪シュルカヌス♡」

 

……ハッ⁉︎気が遠くなっていた!

 

…クォレハ…イカンナ。

 

イカンナというか遺憾な結果になってしまったな。

 

ま、言い出しっぺといえばそうだしなぁ…。

 

…"信頼の証"と、受け取るか。それに、ネロの可愛い時間を人一倍見ていられるって事だしな。

 

よーし!ならば俺も宣誓しようではないか!

 

 

「その大命このケルクヌブス・シュルカヌスが確と承った!カリグラよ、今回ばかりは真面目に働くから安心しろ!」

 

「ふっ…ハハハハハハッッ!愉快だ!そうだ、そうでなくては!…ふふふ。うむ。頼んだぞ!」

 

「任せておけ!義務教育は多分終了してると思う!」

 

「ギムキョーイク?なんだそれは?」

 

「あ、いやーなんでもない!それより、ユリアさんも。俺なりにネロに出来ることは全てやるつもりです。どうか俺にネロを育てさせてください!」

 

どれだけ信頼されててもネロの母親はユリアさんだ。

 

なんだかんだいってもネロのことを一番に心配しているのはユリアさんだ。

 

どうか、俺にあの子を育てさせてください。

 

ケジメはしっかりしたい。

 

「え⁉︎…け、結婚?そ、そんな…私には亡き夫が…でも…そうですよね!ネロにも父親が必要ですもの!私ならいつでも大丈夫ですわ!えぇ!」

 

……ケジメはしっかりと、だな!

 

かくかくしかじか。

 

「お、オホホホホ!そ、そーいうことでしたの⁉︎あらあら私ったら早とちりしてしまいましたわ〜。ネロのことなら貴方が最適任であると私も強く確信していますの。どうか、ネロを、私の娘のことをよろしくお願いします。」

 

ほら!やっぱり良いおかぁさんじゃないか!

 

「……あの〜先程の話は、私いつでも待ってますから。」ボソッ

 

わ、わぁぁ…ユ、ユリアさん、スッゴイ変わりようだなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

まぁ、こんな感じで俺はネロの実質的な養育者になったわけだ。

 

それでー、今まで何やかんなあったせいで、ヤッパリ直ぐにはカリグラもユリアさんも仲良しこよしに戻れる感じじゃなくってね。

 

結局3年後の予定を前倒しして、早速ネロの専任お世話係になったわけですな。

 

赤ちゃんの時抱っこして以来2年くらい経ってたから結構おっきくてね、すぐに育つんだなぁ、あっという間だなぁって思ったなぁ。

 

それからはずーっとつきっきりですな。

 

それで恐ろしく懐かれてねぇ〜。

 

 

え?甘やかして育ててないだろうな?

 

 

…だって可愛いんだもん。甘やかすよ、そりゃ。

 

ベッタベタというかデッロデロでしたな。砂糖の量で例えるなら。

 

まぁ、物心つく前からずーっと俺の顔見て育ったからね。当たり前かもしれませんな。

 

だから多分ネロからしたら…

 

ーーーーー

 

 

 

「俺は自分のパパ的な存在だったんだろうな!!」

 

 

 

ーーーーー




次回 sideネロ


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ネロの初恋 sideネロ

おまたせ。


ネロの初恋 (sideネロ)

 

 

ーーーーー

 

 

 

「俺は自分のパパ的な存在だったんだろうな!!」

 

 

 

ーーーーー

 

「…なぞと思っておったんだろうな!」

 

「えぇぇ……。」

 

立花は困惑している。

 

その訳を説明するためにしばし時間を遡る。

 

 

10分くらい前…

 

 

 

その日もカルデアでは特に代わり映えのない日々が送られていた。

 

一般的にはノーマルとは言い難い、中々にハードな戦いの日常である事には違いない。

 

今日も今日とて探索やら会敵やらでトラブルが幾つも起きた。

 

カルデアのマスターとサーヴァントは日夜人類のために戦っている。

 

ましてやそのマスターはそれに足してサーヴァントとの関係性を、良好に保つことが重要になる。

 

いざと言うときに連携が成立しなければ傷つくのは自分達だ。

 

英霊とて完全であるわけがない。

 

好き嫌いもあるし性格や信念諸々、英霊故に孤高故に清濁の両側面において統一性は望めない。

 

話しているだけで疲れる奴もいるし、何処となく好きになれない奴もいるし、天才すぎて何を言っているのか理解できない人もいるしで、実情としてマスターはカルデアにいても休めるとは限らないのだ。

 

何が言いたいかと言うと…最近の立花はスゴく疲れていた。

 

そんな時、ついつい現実逃避気味に声をかけてしまったのは例の謎の男シュルカヌスの話題で仲良くなったローマ皇帝のネロであった。

 

「ねぇ〜ネロ〜〜…」

 

「…ふむ。お疲れのようだな!」

 

「そうなのぉ〜…うぅぅ…最近何もうまくいかない…。」

 

「よし!ではこの余が!マスターのためにカウンセリングとやらを買って出ようではないか。さぁ!このネロの胸を思う存分借りるがよいぞ!」

 

「うわーんっ!ヤッター!よっ!さすがは皇帝!懐が深いっ!」

 

「うむ!もっと褒めるが良いぞ!」

 

「って、これじゃダメではないか!さぁ、立花よ話してみるのだ。」

 

「あっ、そうだった……えーと、じゃぁ…。…。」

 

「…まさか、忘れた、のか?」

 

「あははー。そ、そうみたい!」

 

「ふーん。しかし…それでは余の胸は誰に貸せば…。」

 

「あ、いゃそれは!私が借りるよ!勿体ないし!」

 

「?まぁ良い!さあ立花。何でも良いから言ってみよ!」

 

「何でもかぁ…うーん。じゃあ!ネロの初恋が知りたいかな〜?なんてっ!」

 

「な!初恋⁉︎よ、よ、よ、余のか⁉︎」

 

「うんうん!知りたいよ〜皇帝の初恋とやらを、ね!」

 

「…聞いてもそこまで面白い話ではないぞ?」

 

「是非是非!」

 

「う、そこまで言うなら…話しても良いぞ?」

 

「おぉ!やったっ!」

 

「うっ!ウェッホン!では、これより余の、ローマ皇帝ネロの初恋の話をマスターにお話ししよう!」

 

ーーーーー

 

まず相手についてだが…もう最初に言ってしまうぞ。

 

余の初恋は言わずもがな例のシュルカヌスである。

 

余とシュルカヌスは長い時間をともに過ごしてきた。

 

生まれた時、最初に余に祝福を施したのは彼だ。

 

同時に、物心がつく前からずっと、それこそ母と父の判別すらしていない頃から側にいたのはシュルカヌスだった。

 

本当にずっと…何時でもシュルカヌスは余の側にいてくれた。

 

だから、彼に恋をするのもまた必然だったのかもしれぬな。

 

最初に切なさと胸の苦しさを覚えたのは成人する遥か前、五つか六つの頃でな。

 

よくわからないこの気持ちをどうすることもできず、それこそシュルカヌスに何と伝えれば良いのかわからなくてな。

 

結局十に届くかという時まで温めることになってしまった。

 

その間、余の周りは目紛しく変化を遂げていった。

 

伯父上は母上と仲は悪くなかったから良かったものの、ある日から余は勉学をキケロから教わる事になってな。

 

余は嫌がったのだ!だが…母上が強情にもシュルカヌスは勉学が苦手だとかと知ったかぶるように言いおってな!

 

…勉学も、それまではシュルカヌスに教わっておったのだ。

 

この時には母上も伯父上もシュルカヌスにゾッコンと言う奴でな。

 

特に母上は余の血筋上の父上が死んでからと言うものそれが加速して、シュルカヌスの虜だったと言う方がいいかもしれぬくらいだ。

 

放蕩に耽るのもやめ、すっかりシュルカヌス一途になっていてな。

 

優しくまともな母親である分には嬉しい限りだったが、正直余は…自分のシュルカヌスへの想いを明確に自覚してからは複雑な気分であった。

 

まぁ、今となってはいい思い出だな!何せ奴の第一夫人の座は余のものになった故な!

 

……その後であるな、余にとって辛い時期が来たのは。

 

余の血筋上の父上の評判が良くなかったのもあるとは思うが、伯父上も薄々気づいていたように…余は皇帝の後継者に選ばれるにはまだ幼かったのだ。

 

伯父上はローマのために、そして姪である余のために素晴らしいローマを遺そうと努力してくれていたが、あまりにも建築や市民への恩赦などに国庫を開きすぎたせいか少しずつ財政に陰りが見えてきたのだ。

 

…シュルカヌスは伯父上の相談を受けるほど信頼されていて、余はその時もずっと彼と共にあった故よく聞いたのだ。

 

伯父上は英雄になれなくても、明君であろうとしているのだと。

 

伯父上も、母上も、そして余の血にもかの英雄ゲルマニクスの血が流れている。

 

余はその時初めて自分の名前の意味を一つ知ったのだ。

 

一度として名前に入ったらゲルマニクスの意味を深く教えられることはなかったからな。

 

英雄の名前が入っていることは、その英雄の栄光を背負うと同時に、常にその栄光の影に身を収めることになるのだと言うことを。

 

伯父上はそのことでとても悩んでいるのだと、そう教えてくれたのもシュルカヌスだった。

 

彼は余のことを誰よりも可愛がってくれた。

 

父上よりも母上よりも伯父上よりも。

 

誰よりも知ろうとしてくれたのだ。

 

市民は余の誕生を祝ったが、余が如何に生きていくのかには何の興味もなかったに違いない。

 

いつの時代も必然であろうが、彼ら市民が歓喜したのは偉大なる無私の強靭な為政者が生まれることに対してであるからな。

 

余はそこまで強くはないと言うのに。

 

だからかもしれんな、シュルカヌスだけは余を甘やかしてくれた。

 

シュルカヌスは余の全てを知っていて、余のことを誰よりも考えてくれて、彼はどんな時も余と一緒にいてくれた。

 

だから余は彼には、彼にだけは思う存分に甘えられたのだ。

 

余にとってシュルカヌスは心の父であり、今となっては愛の伴侶となった。

 

……立花よ、満足してもらえたかな。

 

「…シュルカヌス、さんはネロの事をどう思ってたんだろうね…?」

 

あぁ、それなら知っているぞ。

 

母上が嫌味満杯の笑顔で余に教えてくれたからな!

 

あれは確か成人して間も無くのことであった。

 

母上と余はシュルカヌスを巡りローマ史上またとないほどの乙女の戦争を繰り広げておった。

 

どう着飾るか!どう美しく見せるか!どう胃袋を掴むか!心技体が揃った女子でなければ!…そんなことに熱中しておったな。

 

…何と言うか懐かしいなっ!少し楽しくなってきたぞ!

 

話が逸れたな、それで成人の儀を終えて間も無くのこと、その時の余は芸術家として活動していたのだ。

 

…これも、何かとシュルカヌスのやつが教えてくれてな〜。

 

…彼は眩しいほどの笑顔で絵とは言えぬ暗黒物質を自信満々に描いていたがの。

 

余はあの時ほどシュルカヌスに対して驚いたことはないぞ。

 

…そして、ある日余の創作の場に突然母上が乱入して来てこう言ったのだ。

 

「シュルカヌスは貴女を娘か何かだと思っているそうよ!良かったわね〜!プププ!」

 

…いや、母上若いなぁ。

 

余はそう思った。

 

余はとっくの昔に知っておったのだ。

 

シュルカヌスは余にとって父であり、シュルカヌスにとって余は娘。

 

そんな関係性を築いてしまっていたことには余が一番知るところである。

 

余の心の弱さゆえにいつまでもシュルカヌスへの想いを遂げずにいたのが何よりの原因であろうな。

 

だが、余の想いは既にシュルカヌスへの愛を諦めることだけは出来ない所まできていたのだ。

 

……………

 

「ネロ?…どうしたの?」

 

「ん、いや問題ないぞ。余は、少し話疲れた!…立花よ、さぁ早く食堂へ行き何か美味しいものでも貰ってくるが良い!献上することを許すっ!余の恋バナは高くつくぞ〜!」

 

「あはは…(高いと言っても食堂の定食レベルなのね…)うん!わかったわ。話してくれてありがとう!何だかしんみりしちゃったけど、悩みは忘れられた気がするわ!じゃぁ行ってくる〜!」

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

クラウディウスが 余のシュルカヌス の職を奪いおった。

 

養父はなんたる愚行を犯されたか!

 

今日に至るまでにどれほどの功を彼が帝国に捧げたのか!それをお忘れになられたか⁉︎

 

気がふるわれたのか⁉︎

 

余は、 本当の余 を押さえつけてこの愚鈍に問う。

 

「義父上!何故彼から法務官の位から追いやられたのですか⁉︎」

 

聴く耳持たぬ、か…あゝ余の愛しきヒトよどうか未だ権無き我が身を赦して欲しい。

 

 

 

 

 

 

傴僂の醜き形相を歪め、余の愛しき彼に唾を飛ばして叱責する何某の面をどうして忘れようか!

 

あまりにも不条理極まる裁き…この上なき不快に身を震わさずにはいられない。

 

心の父よ。愛しいヒトよ。貴方を陥れんとする全てが憎らしいです。

 

「どうか!義父上!…何故ですか?何故そこまで…シュルカヌスは、シュルカヌスは貴方に治世を許された他ならぬ大恩人であるはず!なのに何故!」

 

…容貌限りなく醜く歪め、頬を引き攣らせるようにニヤける義父上は余の頬をその恨めしい食指でなぞると余の名を呼ぶ。

 

外道さえも浅ましき極醜の不快が体を走り抜けるのに耐え、言葉を待てど望むは無し。

 

…愚かで悍ましき"提案"を持ちかけようと言うのだ。

 

よもや義父上の恩情霞が如し。霧に濃く死泥に薄く淫辱万宝を腐らせる。

 

余は許し方さにこの身を震わせて、しかして首を振らなかった…。

 

ッッ受け入れ飲み下せる要求であるわけがない!!

 

余は一度心に決めた彼の為に!彼の為だけにこの身を磨いてきた!にも関わらず下郎小僕の貴様が余に美しく育ったな、だと⁉︎

 

美しきはこの身にあるべき自然である。

 

余はかの美しき太陽に恋焦がれる身、この身が朽ち萎び枯れるは彼の側に立つ為にそぐわぬ。

 

…シュルカヌス以外の何人たりとも余の白雪の艶を穢させはせぬ。させられぬのだ!

 

…余はかの愚帝の提案を蹴り伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラウディウスがッ!彼奴がッッ!

 

余の!

 

余の!余の!余の!余の!余の!シュルカヌスを、ろ、ろうに…牢に!牢に入れおったッ!!

 

甚しき怒りに身が焼かれているのがわかる。

 

喉が異常に乾く。

 

母上は嘆きと怒りで意識を失われた。

 

伯父上は皇帝への反抗を責められ謹慎に処された。

 

余を守るのは何時も側にいたシュルカヌスでは無く、シュルカヌスが残してくれた彼を慕う古参の近衛兵士だ。

 

余はシュルカヌスを守れなかったと言うのに、彼は余を守ってくれるらしい。

 

怒りが荒い息と言葉にならぬ呻きに変わる。

 

悲しみは形を持ち眼から滴り落ちていく。

 

最早耐え難きを耐えるはここまで。

 

 

 

余は…否!!!!

 

 

 

 

 

 

  私  は!決めたぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今こそが…シュルカヌスへの想いを果たす時だ。

 

覚悟は決まった。

 

伯父上は、明君としてその治の幕を閉じることでその覚悟と忍耐、そして英雄の矜持を示して見せた。

 

シュルカヌスはローマ3代の皇帝を支え、栄光へ導き、裏切ることなく、過つことなく平和を市民に与え続けてきた。

 

彼は英雄、いや傑物だ。

 

余は、私は彼の"主"ではなく"伴侶"となりたい。

 

私は今まで散々に遠回りしてきた。

 

決断もなく、あやふやな平穏を貪ってきたのだ。

 

だが、もう終わりだ。

 

私は全てを貴方に捧げよう。

 

私の身を形作った貴方に全てを捧げさせて見せよう!!

 

その為には、まずは私が…この余が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇帝とならねばな?

 




次回 ネロの初恋 裏


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燻る激情

主人公はもうローマ在住20年になります。
情けない男も、宮廷と極運の洗礼に揉まれてすっかり逞しくなりました。


 

 

 

 

「すまんな立花。これはシュルカヌスと余の間だけの秘密なのだ。」

 

「安心しろ立花よ。お前は余のマスターだ。焦らずとも彼のそばに立つ権利は美しきに等しく与えられて然るべきなのだ。」

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

「シュルカヌスよ!どうして余ではないのだ!」

 

ネロは皇帝位継承が自身ではなく、全くの部外者クラウディウスへと決定されたことへの不満を露わにした。

 

「ネロ、お前はまだ成人の儀も終わっていない。それに、過ぎた重責と権力はどんな賢者をも狂わせるだけの毒性があるんだよ。ネロは天才かもしれないが、だからといって自分の力の程度を疑わなくていいとは限らないさ。」

 

対してシュルカヌスは自身が生まれた時から可愛がってきたネロが齢十六にも満たぬうちに大人の事情で政争の泥沼へとその手足を浸すなど許せなかった。

 

「しかしっ!では、では何故⁉︎何故に伯父上に早期の退位を勧めたのか⁉︎」

 

この頃のネロは反抗期に差し掛かる年頃であり、最も親しいシュルカヌスからの思いやりに気が回るほどに心の余裕を持っていなかった。

 

故にか、彼女はそれまでは考えつかぬほどに強くシュルカヌスへ一時の短絡的な感情からくる不満を言葉にして浴びせ続けた。

 

「其方は伯父上の友ではなかったのか⁉︎」

 

「其方は伯父上と余を裏切ったのだ!」

 

「余は時代の寵児!余は、余はローマ皇帝になって然るべきはずであろう!なのに!何故、よりにもよって其方がこの身に牙を剥く!」

 

シュルカヌスは彼女の声が響く間、じっと黙って顔を地面に向けて堪えるように聞いていた。

 

拳は握り固められ、弱く震えている。

 

「余は!余は!よ、余は…皇帝に、なれと…なるのだと…そう言われて来たのだ!…余にそう教えて来たのは其方らであろう!では…どうして皇帝としての余を支えんと試みなんだ!!其方は余の!余の道を阻むのではなく!皇帝となった余を支えるべきではないのか⁉︎」

 

ネロはそう言い切ると、荒々しく息をする。

 

収縮する心臓は酸素を身体中に運んでいく。

 

汗濡れの体はネロがいかに気を立てていたのかを証明している。

 

徐々に血液が脳にまで酸素を運んできた。

 

するとそれまでになかった汗が額を伝った。

 

「あ…え、い、いゃ…し、シュルカヌスよ…よ、余は…其方を責めたかったわ、訳では、訳ではないのだ!」

 

ネロは自身にとってまさに半身にも勝る存在へとその存在を貶める言葉を叩きつけことに気づいた。

 

冷静な頭は彼女の本来の聡明な思考を引き出したが、同時にあってはならない事態への困惑と感情の不安定からくる涙を堪えようと半ば精神的負担の渋滞を起こすに至った。

 

「し、しゅ、シュルカヌスぅ…よ、余を見捨て、見捨てないでくれ…余はっ、余はぁ!」

 

いつのまにか目の前まで来ていたシュルカヌスは腕を徐に開いた。

 

その顔は影を帯びていてどのような感情が張り付いているのか見当もつかない。

 

だが、涙で目の前のシュルカヌスの輪郭も不鮮明な状態のネロからしたらそこに飛び込む以外選択はなかった。

 

「あ"ぁぁぁぁっ〜ごべんなざいっ〜ジュルガヌズゥ"〜〜」

 

号泣。

 

シュルカヌスの顔はすっかり正面を向いており、その表情は穏やかだ。

 

「まったく。手のかかる子だなあ。」

 

そう言うと、彼は彼女の頭を慈しむように撫で始めた。 

 

「ぁあ"あぁぁぁあ"ぁ〜〜〜」

 

安心して号泣(2回目)

 

「…俺も説明不足だったよ。ごめんな、ネロ。」

 

彼はそう言ったっきり口をつぐむと、ネロを抱き上げて寝所へと向かった。

 

ネロはもはやおねむである。

 

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

 

何事もなくネロの寝所に着くと、ネロを寝かしつけた。

 

なかなか眠らなかったり、ぐずりながら布団の中へ引き摺り込もうとするので1時間近くかかってしまった。

 

ネロも力が強くなったんだなぁ、と感慨深く感じた。

 

もうここにきて俺も30年近くになる。

 

容姿は20になってから一切変わっていない。

 

体は健康そのものだ。

 

…あっという間にネロは大きくなった。

 

まだこんな片腕で抱いてしまえるような可愛い子供の頃から見ていたあの子が今では巷でも有名人気の芸術家だ。

 

そして…次の…5番目の皇帝になる人間だ。

 

…俺は皇帝なんかになってほしくない。

 

学も付け焼き刃のような状態でこの国に来て、それでもなんだかんだで運に恵まれて人に恵まれてやってこれた。

 

仕事も少しは学ぶことができた。

 

最初は給仕、その後は給仕長。

 

ユリアさんのお世話がかりやカリグラの相談役もした。

 

近衛隊とか言うとこの隊長もやったし将軍の真似事もした。

 

今じゃ落ち着きのある法務官なんて職に就いている。

 

…俺がクラウディウスを推したのには特に理由はない。

 

あえて言うならば、俺は何でも良いからネロにもっと自由な時間を楽しんで欲しいんだ。

 

…だが、きっと彼女は皇帝を目指すだろう。

 

誰が言わなくとも。

 

カリグラがそうだったように、な…。

 

…カリグラは俺に言っていたよ。

 

自分は英雄になりたかった。

 

アイツの言う英雄ってのは自分自身を見て欲しいっていう願望の裏返しだったんだろうな。

 

偉いパパをもつ2世はその影を背負う。

 

そりゃいいことだってあるかもしれない。

 

でもよ、結局のところは親や祖先の影の中でもがかなきゃならないんだよな。

 

普通に、凡々に生きていく事を許して欲しい。

 

幸せとは何だろうな…何でだろうな。

 

なんか、無性に母ちゃんに会いたくなった。

 

会うって言っても声だけだったけどなぁ笑

 

…ネロ!俺はお前のためにできる事を色々やってみるつもりだ!

 

俺には学がない。

 

でも、お前への愛なら誰にも負けないつもりだぞ!

 

可愛い娘には胸を張ったかっこいいところを見せたいもんだろ?

 

 

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

 

シュルカヌスよ。

 

余は知っておるぞ。

 

其方が余のことを娘の様に愛してくれていることを。

 

余も同じだ。

 

余も其方を愛している。

 

もう7年近くも胸に秘め留めてきたのだ。

 

余は其方を何よりも誰よりも愛しているぞ。

 

たとえ…"未来の栄光"を天秤に載せられたとしても。

 

余は刹那の迷いもなく其方を選ぶ。

 

余の心中は本当はずっと前から決まっているのだ。

 

…余は知っているのだ。

 

余は、其方にとって娘の様なものであることを。

 

余は其方を愛している。

 

だが!

 

私が貴方を愛しているのだ!

 

余ではない!

 

私なんだ!

 

先祖の神々よ、どうかこの気持ちを果たさせておくれ。

 

私の愛をどうか結ばせておくれよ。

 

 




主人公がこんなにまともになるとは考えていなかった汗
しかし、少なくとも愛情深い漢という本来の最大のコンセプトは違わずに、寧ろますます増す予定なので作者としては満足。


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醸成



原題"静かなる狂愛"


 

 

 

 

 

あの日から余はシュルカヌスの想いを受け止め、自らを磨くことに力を注ぐと決めた。

 

芸術は勿論であるが、苦手な運動…戦車の腕も上げようと努力した。

 

皇帝位を継ぐ前から、この身が皇帝となることを市民が望んでくれるようにできることは全てしよう。

 

伯父上の苦悩と栄光をも背負い、彼が成し得なかった英雄へとなる為に。

 

市民を私費で劇場に招き歌や脚本を披露しては喝采を博した。

 

段取りや場所、宣伝に協力してくれないかとシュルカヌスに相談すると、彼は費用も全て出してくれた。

 

劇場での司会も買って出てくれた。

 

シュルカヌスが舞台に上がっただけで人々の間からは喝采が舞った。

 

余の知らぬうちに、いや。

 

余がシュルカヌスから眼を背けているうちに、彼は民の親愛を獲得していたようだった。

 

 

 

 

余は彼に尋ねた。

 

「のう…シュルカヌス。今、少しいいだろうか?」

 

余は大好評で幕を閉じた劇場の撤収作業の陣頭指揮で忙しそうにしていたが、余は待てなかったのだ。

 

「?どうした、ネロ。俺は大丈夫だぞ。」

 

それだけ言うと、手にある道具を置き、陣頭指揮を近衛隊から手伝いに来てくれた元副官に任せると彼はどっしりと余の前の木箱に腰掛けた。

 

「シュルカヌスは…英雄に、なりたい、のか?」

 

吃りそうになるのを努めて抑え問うた。

 

彼は数瞬の間視線を地面に向けた後、余を両の瞳で上目に見つめて言った。

 

「英雄になりたいと思ったことはないよ。俺は平々凡々に穏やかに生きたいんだ。だけど、自分の大切な人の、ネロのためにできることをしないって言うのはなんか違う気がするんだ。…それだけ。」

 

シュルカヌスの心の内を初めて聴いた気がした。

 

平々凡々がいい。

 

「なんか、恥ずかしい、な!…柄にもないことを言った気がする。」

 

シュルカヌスは言い終わると少し気恥ずかしそうに顔を赤くした。

 

…余はずっと見ていたのに。

 

ずっと見ているつもりでしかなかったのだな。

 

シュルカヌスは、余にとって家族以上に大切な人だ。

 

その気持ちは変わらない。

 

けれど、余は彼を、彼の本当の気持ちを知らなんだ。

 

余は英雄になりたいのか、皇帝になりたいのか、はたまた芸術家になりたいのか。

 

今、恐らく余は人生の行く末を決める最後の選択を迫られている。

 

栄光と名誉と大望と希望と才能と…どれを選んでも沢山の輝きが余を包むだろう。

 

余はきっと後々までも悩むであろう。

 

どれかを選んだことを後悔するかもしれない。

 

…だが、実の所初めから選択肢は一つだけだった。

 

この場にはない、本当に余が望んでいること。

 

余はそれを選んだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

 

全てを選び決めたあの日から1ヶ月が経とうとしていた。

 

世の心中は度し難き泥濘と暗澹に彩られている。

 

 

 

暫し前から、シュルカヌスと現皇帝クラウディウスの対立が徐々に深まっていた。

 

シュルカヌスは伯父上が皇帝の頃より積極的に異教徒…

 

(シュルカヌスからそう言う呼び方は良くないと言われたのだった…)

 

…キリスト教徒とユダヤ教徒との交流を図っていた。

 

彼は自分が与えられた褒美、金銀、食料などを惜しむことなく彼らに施していた。

 

伯父上はシュルカヌスへの深い信頼から咎めることは一度もなかったが、積極的に彼らに関係することもなかった。

 

結局、伯父上の治世ではキリスト教やユダヤ教への扱いが悪くなることは決してなかったのだ。

 

寧ろ、彼が積極的に彼らを麾下の近衛隊へ登用し始めた際も、元老院の反対こそあったものの皇帝は黙認していたために、彼らの社会的立場は向上に向かっていた。

 

…だが、伯父上が譲位を受け入れクラウディウスが皇帝位につくと、当初こそ自身の皇帝就任の立役者であるシュルカヌスへの厚遇が見られたが、彼が法務官に就任して間も無くそれまで彼が築いてきた一切の軍事的権限を剥奪し、政務における権限をも徐々に狭めていったのだ。

 

シュルカヌスは不平不満を漏らすことはなかったが、ある時他宗教への待遇緩和を皇帝に上申し、これを元老院、そして彼らに唆された皇帝クラウディウスによって強く批判された上で却下されている。

 

元老院は伯父上による治世に見られたシュルカヌス主導の他宗教への融和傾向と、彼の輔弼により前代よりも拡大した皇帝権限が元老院の権威弱体化への警戒からか、クラウディウスとの関係を早くに強め元老院勢力にとって障害となりうるシュルカヌスを排斥する動きを強めていたのが背景にあった。

 

シュルカヌスは強力なカリスマを自然と発揮し近衛隊の将兵から絶大な支持を受けており、宮廷内での軍事力には比肩するものがいない状態であったが、彼が長官職を解かれるとすぐ様に近衛隊の配置編成が強引に進められ、元老院子飼いの新旧の貴族の子弟からなる非実力主義的な組織に作り替えられた。

 

まもなく近衛隊は皇帝クラウディウスが率先して賄賂をばら撒き、売官蔓延る腐敗集団へと変貌した。

 

そして、シュルカヌスの冷遇が決定的となったのが法務官の職を剥奪された時であった。

 

一般には皇帝との対立とされているが、実際は皇帝の個人的なコンプレックスによる嫌悪が大きな要因となったと考えられている。

 

クラウディウスはその背中の曲がった容姿にコンプレックスを抱き、人望厚く、容姿も黒髪黒眼で整っているシュルカヌスへの強い敵愾心を抱いていたとされている。

 

また、結婚こそしたものの妻である小アグリッピナや、養子のネロも両者ともにシュルカヌスへの信頼が厚いことを不満に思っていたともされる。

 

背景はともあれ、賄賂を糧に徐々にシュルカヌスを追い詰めていったクラウディウスと元老院勢力は、贈賄を迫られるとそれを拒否した彼から法務官の位を剥奪すると、まもなく冤罪を用いて彼から公私双方の称号と全ての職権を剥奪するに至った。

 

これはクラウディウスの私生活においての妻と養子との対立を決定づけることとなり、それを怨みに感じた彼は最終的にシュルカヌスを再びの不敬罪によって投獄した。

 

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その日、ローマはカリグラ帝退位の折りにも増して閑散としていた。

 

まるで通夜の如く静かなローマのお膝元において、かろうじて声を張っているのは市場の鮮魚商か新編された近衛隊による違法立件が市民を責め立てる声と、冤罪への弁明と称した罰金を泣く泣く支払う市民の嗚咽ぐらいだ。

 

ローマの火は揺らいでいた。

 

だが、市民の不安はもう一つあった。

 

投獄された名士シュルカヌスの安否である。

 

彼はかれこれ数週間、全く姿を見せていない。

 

噂すら流れない。

 

ローマの民はその信じる教義の違いに隔てなく、一心に親愛なる為政者の身を案じていた。

 

彼らはにわかに考えざるをなさ得ない。

 

ローマは、皇帝をいただくべきではなかったのではないか?

 

共和制の春を懐かしむべきなのか?と。

 

 

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元老院の思惑は想像以上に成果を挙げていた。

 

元老院はシュルカヌスの排除後、その政治的助言機関としての機能を態と停止した。

 

そして、皇帝に表向きの政治を恣にさせた。

 

クラウディウスは自身へと権威が集中することを喜んだ。

 

日の目を浴びることがなかった、本来であれば皇帝になりえなかった自身への喝采が聞こえるようであった。

 

彼は自信を持つと大いにその不健康な細腕を振り回した。

 

反動のように遠征計画と反他宗教政策を打ち出した。

 

あまりに苛烈な内容を書き殴ったそれは直接市民に施されることなく、静かなる元老院の介入のもと、より長期的計画で、じわりじわりと進められることとなった。

 

抑、元老院は彼に実権を委ねる気などなかった。

 

元老院は政策実行のために、その汚職に塗れた手を直接下すことはなかった。

 

贈賄により捕縛されていた犯罪者やカリグラ帝の治世では不正への加担が発覚して冷遇されていた元老院のメンバーに、近衛隊や首都防衛のために残されている軍での肩書きを与えて実働部隊とした。

 

彼らには警察権が付与されており、恣意的な治安悪化により市民の不満を順調に高めていった。

 

彼らは口を開けば皇帝の名を用いるよう指示されており、凡ゆる弁明と反論に皇帝の権威を根拠として使い、これはアウグストゥス帝以来のローマ帝国皇帝の権威への信頼と尊敬を著しく毀損した。

 

宮廷ではクラウディウスと元老院間の贈賄が常習化、元老院側は主に金品を要求し、表面上は恭しく女を献上する始末であった。

 

クラウディウスはそれまでの前半生における不遇への不平不満に熟され爛れた欲求を満たさんと酒色への傾倒が徐々に現れた。

 

クラウディウスの欲は自身の養子であるネロにむき始めていた。

 

已んぬる哉、この時ネロは既に随一の美貌と豊かで整った身体に成長していた。

 

この時こそ、ネロの生涯における艱難辛苦の極みであったと言える。

 

度々"誘い"を受けては断固として断り、シュルカヌスの復職を引き合いに出されようとも決して頷くことはなかった。

 

シュルカヌスを引き合いに出したのは本来の目的ではなく、ネロが自らシュルカヌスを見捨てたという事実が欲しかったがためだったという。

 

しかし、それを伝えられたシュルカヌスはあくまでも冷静穏和に尽きる返答を返したとの噂が広まり、当事者たちの発言なくしてローマ市民の間では美しき皇位継承者ネロと忠節と愛を湛える名士シュルカヌスによる王道政治と題した彼らへの支持に消えない火が燻り始めていた。

 

 

 

 

 

市民の不満は日々募っていく。

 

しかし、彼らは決して皇帝へ反旗を翻そうとはしなかった。

 

既に不満とネロ・シュルカヌス支持の機運は地方の総督や彼らの旗下ローマ軍団将兵にまで浸透し始めていた。

 

しかし、それでも反乱一つ起きなかった。

 

彼らには唯一とも言える希望の光があったのだ。

 

ネロの成人、そして成人に際しての恩赦でのシュルカヌスの復職である。

 

ネロとシュルカヌスの間に断絶不可能の太平なる繋がりがあることはローマの民にとって常識であった。

 

彼らは正式に皇女ネロが誕生した時こそが、ローマの復活であると期待していたのだ。

 

或いは、ローマの零落が限りなく確かなものになるのか否かの最終判断であると捉えられていた。

 

 

 

ネロの成人の暫し前、事件が起こった。

 

ネロがシュルカヌスの釈放を強く皇帝に求めたのだ。

 

"雷号に勝る甚だしき威勢なり"

 

のちにそう書き残されるほどの剣幕でネロは義父へとシュルカヌスの釈放を求めた。

 

 

 

 

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ーー

 

 

 

「義父上!今すぐ我が股肱の臣であるシュルカヌスを解放されよ!貴方はご自身が何をやっているのか理解されていない!!この身をして市井の惨状を学んで参った!!何たる失政乎!義父上に確と上奏申し上げる!!」

 

「もしも欠片でも皇帝たる矜持をお持ちであらせられるのであれば!今すぐローマ三代の大勲功者である彼に自由を与えられよ!彼は善良な市民であり、彼らの第一人者でありますぞ!皇帝を推して彼には及びますまい!!」

 

「義父上、いいえ!陛下はお気づきになられていないのか⁉︎貴方の失態は甚だローマ創世の偉大なる父祖への最悪の醜態となりうるのです!!一度として市井の不穏を感じられていないと言うのでありましたならば、それは陛下の御近々の傍側の佞臣が邪なる企みに違いありませぬ!!いま一度!申し上げましょう!」

 

「もしも皇帝たる矜持をお持ち合わせになっておられるのであれば、その天地に届かんとする懐中の慈悲を実践なされますように!!決して!決して!お忘れなきようこと!!固く申し上げる!!!」

 

「さぁ!今すぐその崇高なる信義を示しなされませ!!!」

 

「否か⁉︎或いは応か⁉︎」

 

 

 

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轟々と覇気を漲らせながらネロはその場での返答を求めた。

 

愚かな義父はただ呆然と首を縦に振るばかりであった。

 

ネロは一度義父を睨めつけると、後は何も言わずに玉座を後にしたという。

 

彼女はその足で牢獄に向かい牢を開け放った。

 

暗がりにシュルカヌスの姿を見つけると、嗚咽を漏らしながら抱きついた。

 

シュルカヌスは温かく微笑むと胸元の彼女の身を熱く抱擁し返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネロは心中で驚きを隠せなかった。

 

目の前のシュルカヌスの服装は以前最後に会った時と変わっていなかった。

 

彼が投獄されたのは用を足す設備も備えられていない気張りの寝台だけの不潔極まる独房であった。

 

彼には食物も与えられていなかった。

 

しかし、シュルカヌスには何の変化もなかった。

 

シュルカヌスは食事をする。

 

シュルカヌスは入浴好きだ。

 

シュルカヌスはトイレが長い。

 

だが、ネロが抱きついたシュルカヌスに不潔な様子は小指の爪ほども見られなかった。

 

心労からか窶れた微笑みであるのには違いなかった。

 

しかし、ネロは心労で倒れた現在療養中の母の言葉を思い出した。

 

"彼はいつも美しい"

 

"彼だけは変わらずにいてくれるの"

 

"美しい容姿も、寄り添う温かさも、誰かを愛する気持ちも"

 

"彼は不変、だからきっと無事でいてくれるわ"

 

前向きな言葉とは裏腹に食事も喉を通らずに倒れた母が言っていた言葉をネロは半ば信じていなかった。

 

だが、今ようやく理解したのだ。

 

シュルカヌスは本当に特別な存在なのだと言うことを。

 

彼は自分たちとは本質的に違う存在なのだと言うことを。

 

思考を区切ると今は再会の喜びを噛み締めようと目の前の変わらぬ…変われない存在への抱擁を強めた。

 

 

 

 

 

 

ネロの心中には二つの火が燻り始めていた。

 

一つは自身にとって不可欠な存在を失いかけた恐怖心から生まれた彼への深愛。

 

もう一つは彼と言う存在の不変という歪さを知ってしまったが故に生まれた溺れるような独占欲である。

 

彼女の内側で二つの火が混じり合う時は近い。

 





お気に入りが100に到達。
読者諸賢には日頃よりご愛読頂き感謝に絶えません。
今後とも御愛読のほどよろしくお願いいたします。

そろそろ〜一世紀ローマの時代〜は終盤に差し掛かります。


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渦中

遅くなりもした。


 

 

 

 

ネロの衷情は甚だ酸鼻極まる憤怒に塗り固められている。

 

シュルカヌスを牢から半ば強引にも解放したその時より、後退という選択は既に無い。

 

彼女は案の定自らの成人の儀という祝福、つまりは神事が重視される機会に狙いを定めた。

 

機とは雖も何も成人の機会ではない。

 

同様に、シュルカヌスの復権もまた真の目的では無い。

 

目的は現皇帝の排除である。

 

公言憚らざるを得ぬ重大な叛意の噴出。

 

しかし止まることはできない。

 

その楔までもを砕いたのは皇帝であるクラウディウスその人であったからだ。

 

無常にも彼はネロの恫喝に慄くあまりシュルカヌス解放の事を諾し、彼女に自身にとってシュルカヌスが如何に大事無比であるかを再確認させてしまった。

 

恋、否。

 

迷いなき愛を胸に宿した麗人の前には聖邪の清汚など蚊の羽ばたき程の意味もなさないのだ。

 

行動は駆け抜ける雄牛が猛進せるが如き激しさを伴うだろう。

 

がしかし、彼女は天賦の才を思う存分に使えるだけの意志力、人望、冷酷の全てを身に宿していた。

 

悲しいかな、彼女の成熟を待ったのは養父の愚帝が色好き故、彼女の成熟を促したのはシュルカヌスの丹心故であった。

 

両雄並び立たず、最後に遺った雄は仁愛、愚暗のいずれかではなく爛漫のネロであった。

 

 

 

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ーーー

ーー

 

 

ネロにとって重要なことは明確な指導力と正義を市民に対して見せつけ、不動の支持を獲得することである。

 

その為には心苦しいが自身の最愛をも利用する必要があった。

 

彼女の最初の政治活動は現体制、つまりは現皇帝クラウディウスとの明確な決別を示すことであった。

 

「余は成人の儀に際して、この身を祝福する神祇官を指名する。この要求が飲まれない様であれば余は皇統から席を外すものであると心得よ。」

 

ネロはあくまでも冷静に状況を鑑みた上で決断した。

 

妥当であるとの判断はやはり正確であった。

 

クラウディウスが皇帝になれたのはネロの母ユリアがネロを次代の皇帝とする為に日陰者であったクラウディウスに自身との婚姻をネロを養子とするのを条件に提案したからであった。

 

これをクラウディウスが二つ返事で了承し、当時退位間も無くで未だ皇帝としての風格十分なカリグラが主宰し、当時引き継ぎのために近衛長官であったシュルカヌスが警備と儀礼・祝福を執った式で結ばれた。

 

結果として本来ならば皇統の外に捨て置かれる筈のクラウディウスが皇帝位に就くこととなった。

 

この背景にはシュルカヌスが自身の希望としてネロが伸び伸びと成長できるように準備期間を求めたこと。

 

シュルカヌスの支持を受けて国内でも有数の人気を誇り、かつ英雄であるゲルマニクスと記憶に新しい明君カリグラの血族であるユリア・アグリッピナが皇位継承に大きな影響力を持っていたこと。

 

そして何より、彼女はアウグストゥスの血を継ぐ謂わば正統を強く発揮できる存在であったのだ。

 

故に、妻ユリアとの元来の対立はもちろんのことその娘であるネロの皇統廃位などというのは一見都合が良さげに見えて、全く不都合極まりない事であった。

 

市民と元老院の支持の没落が招くものは暗殺であることが、支持失墜時期に暗殺計画が騒がれたカリグラという前例から浅からずクラウディウスも理解していた。

 

故にクラウディウスは丸二日間一切の公務を放り出して、只管に元老院との合議と執政官の説得と折衝に駆り出されることとなった。

 

皮肉なのは苦労する目的が暗に目の仇にしていたシュルカヌスの復権への足掛かりとなることであろうが、其れを加味して自身の状況を推察するだけの余裕は現皇帝にはなかった。

 

結果、三日目の早朝に元老院が折れたことでシュルカヌスの元へ早馬が送られた。

 

皇帝はというと休む暇もなく突貫の工事と市民への宣伝までして成人の儀の会場を整えることとなった。

 

少しでもシュルカヌスを辱めてやろうと、見窄らしい格好で登場する姿をより多くのものが目にする様にと、その一心で徹底的にシュルカヌスが神祇官としてネロの祝福を司ることと、限定的とは言え復権が許される事を喧伝したクラウディウスの汗血はしかし違う人物の思惑を成就させるのだった。

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

ネロの成人式が延ばされていると聞いた。

 

俺はこの地に来たばかりの時を思い出す。

 

あの時の俺は兎角無気力で、やる気がなくて、何をするにも日記に不平不満をぶちまけるような奴だった。

 

社会経験もゼロの俺にとっては新鮮なことばかりだったが、一方でとても幸せな時間だったと思う。

 

今だから思うんだろうけど。

 

俺は凄く恵まれてた。

 

何かにつけて仕事を割り振られたりトラブルに巻き込まれたりというのは実際多かった。

 

だけど、どんなときもなる様になったんだ。

 

カリグラに頼られたり、ユリアさんに甘えられたり、ドルススさんが熱い視線を送ってきたり、クラウディウスに睨まれたり……ネロに告白されたり。

 

案外楽しいことだったし、運が良かったんだ。

 

俺はネロから、う〜ん…あれは殆ど告白だよなぁ。

 

「ずっと余の側に居てくれ!」

 

ユリアさんの熱烈な感じとは違う、こっちまで照れて顔が赤くなる様な想いを感じた。

 

抱きしめたかったけど、それは何だか悪い気がして…「ありがとう」の一言で片付けてしまったな。

 

俺はネロを愛しているのだろう。

 

彼女のことは生まれた時から知ってるんだ。

 

悪いところも良いところも。

 

だから何があっても嫌いになれるわけがなかった。

 

多分、彼女のおかげで俺はしっかり生きられる様になったんだ。

 

自分の身体が丈夫で、食べなくても死ななくて、歳も取らなくて…そんな、言っちゃ変テコな存在だってこともあんまり深くは考えてこなかった。

 

でも、ネロが産まれてから自分の腕の中に抱いていたのが一人で立つ様になって。

 

走り回る様になって。

 

お喋りもするようになって。

 

ふと隣を見ればもう大きくなって、自分の隣で笑っている。

 

あっという間だったけど、何か出来たのだろうか。

 

そんな風に思う。

 

ネロが成人になるってことは、俺がない頭を使って考えた"チキチキ!ネロちゃま皇帝化計画!!"は成功したってことで良いかな?

 

…まぁ、俺は隣にいてやれなくなっちゃったけど。

 

……辛くなっちゃうな。もうこの話はやめよう。

 

さぁ!今日は何をしようかな?ネロのおかげで初めて正式な自由民認定受けられたからな!

 

かかかっ!なぁ、本当に驚きだよなっ俺、あれよあれよと出世してた癖にローマ市民として認定受けてなかったんだぜ⁉︎

 

この国の人たちは多分書類仕事が苦手なんだろーな。

 

皇帝があんなに大雑把なのに覇権国なんだから制度も何も知ったこっちゃないな。

 

ふふふ。うーん。どうしようかな。

 

ペテ郎くんのところに行ってミサという名の俺が人生観を語るだけのライブに行くか?それとも、お隣のセネカさんの朝ごはんにお邪魔するか?

 

…どっちも捨てがたいなぁ。

 

ドンドンドンドン!!!!

 

うぉぉ⁉︎なんだ?またか!また逮捕か⁉︎

 

ドンドンドンドン!!

 

…仕方ねぇ。開けてやるか。

 

ぎぃぃ…

 

「火事でも起きたのかい?こんな朝早くにご苦労様。」

 

早馬…?…何かあったと見た。

 

「元老院より参りました!!至急神殿に参られますよう身支度をなされよ!!お急ぎ願う!!」

 

「!…成人の儀に参加しろってことで良いのか?」

 

…晴れ姿を観れるんならなんでも良い、か。

 

そう問うと比較的キチンとした格好の隊長らしい男が進み出て声を張った。

 

「いえ!成人の儀を掌る神祇官として!皇女であるネロ様からの直接指名で御座います!お急ぎを!我々が護送いたしますので安全に関してはご安心召されよ!」

 

声がでかいのは近所迷惑だが…

 

「喜んで!!よしっ今行く!あっ!ち、ちょっと待ってろよ!」

 

ドアドタドタっ!

 

申し出自体は最高だぜっ!

 

 

ーーーーー

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ーーー

ーー




別にクラウディウスに恨みはありません。
そろそろ旭が登ります。

どうか今後ともご贔屓に。
私は少しでも血の通った歴史を紡ぎたい。
たとえそれがフィクションであったとしても、私の愛を歴史を通して表現したい。
鬼滅の世紀でも同じですけど、不幸が誰かを強くするなら、私は強くなりたくないな。


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旭日

太陽は上がった。


旭日

 

 

 

 

 

 

ネロは成人した。

 

そして、クラウディウスが死んだ。

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

真夜中のローマ。

 

ざんざんと宮中の廊下を進む一団。

 

彼らは何者なのか。

 

誰もが黙って何も言わない。

 

血の匂いが微かに臭った。

 

彼らは宮殿の皇帝の寝室の前で足を止めると音もなく扉を開ける。

 

次の日、玉座には誰も座ることがなかった。

 

「皇帝陛下は体調不良のために籠られた」

 

成人の儀を終えたネロはそう短く元老院の老獪な御歴々に告げると玉座の真横にまで移動した。

 

「これより公務を開始しよう。」

 

誰も何もいうことはなかった。

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

クラウディウスは過労死であった。

 

成人の儀のために奔走した挙句、休む間も無く政務に追われること成人の儀までの三日間。

 

 

あの夜のことである。

 

皇帝の眠る寝室のに忍び込んだ集団が目にしたのは物言わぬ皇帝であった。

 

クラウディウスは成人の儀の当日の深夜頃に眠るようにしてこの世を去った。

 

彼はネロが三日の間に組織したシュルカヌスを慕う元近衛隊の兵士の中から編成した刺客の凶刃に斃れる前に息を引き取っていた。

 

が、ネロはそれを公表しつつも直ぐには帝位に着こうとはしなかった。

 

彼女は知っている。

 

この想定外が元老院との対立を生むことになると。

 

そして、このまま帝位につけば必ず自身の身に刃が向けられる恐れがあることを。

 

故に、彼女は皇帝代理という職務につき早急にシュルカヌスを近衛隊長官として復職させ、決して自身の側から離さなかった。

 

最低でも二人で行動を共にし、四六時中自身のそばにおいて護衛任務のみならず政務に関する相談もするといった具合に重く用いた。

 

ネロはとても臆病に見えたが、彼女は断じて臆病ではなかった。

 

彼女は冷徹に、そして冷酷に機会を待ったのだ。

 

手を汚さずに済めば最上。

 

しかし、障害を排する為ならば今の彼女に与えられた手段に際限はなかった。

 

クラウディウスの死から1ヶ月が経とうというときにネロはひと月でかき集めた汚職と贈賄、そして冤罪を含む近親相姦の罪で元老院の執政官の多くを失脚に追い込んだ。

 

彼らは恥を感じたとして当日中に毒杯を呷り死んだことになっているが、実際は暗部によって名誉と家族の安全を守ることを条件にした裏の取引による自殺の教唆であった。

 

が、それを知るものはなく、鈍感なシュルカヌスが無論知ることはなく、母親であるアグリッピナは勘づいていたものの、それを公にすることは終生無かった。

 

シュルカヌスはどこまでも献身的にネロを支えた。

 

以前にもまして彼はネロとの時間を大切にした。

 

四六時中彼女の苦悩を受け止め、移動の際は部下に率先して先頭に立ち彼女の盾となった。

 

ネロはクラウディウスの死から二月後に皇帝位を継承した。

 

最高神祇官は勿論シュルカヌスだ。

 

もはや元老院にも敵なしとなった彼女の推薦という名の指名はすんなりと通された。

 

 

 

 

そして……

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

大いなる伝説を前にしたような全能感が身を包む。

 

俺の隣に立つのは他ならぬ彼女だ。

 

彼女に向き直り、俺は声を高らかにする。

 

今日この日。

 

彼女は夢を一つ叶えるんだ。

 

きっと彼女は思ってもいないだろうけど、俺は知ってるんだぞ。

 

俺にまで隠れて色々としてたってことぐらい。

 

悲しいことや辛いことをしてるんだってことくらい。

 

そんくらいわかってたよ。

 

だから、今日は目一杯華やかに、誰よりも俺が喜んでやるんだ。

 

今日ばかりは笑顔でいたってバチは当たらないよ。なぁ?

 

「ネロ。」

 

「う、うむっ。」

 

「汝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス……(いいや!俺が好きなのはゲルマニクスじゃない!クラウディウスでもない!カエサルなんかでもないんだよっ!!)………」

 

「?どうしたのだ…シュルカヌス?」

 

 

俺は息を吸い込んだ。

 

もう迷わない。

 

「父祖の信託に則りッ………ネロ!!皇女ネロを偉大なるローマの先人と!善良なる市民の第一人者として!汝をローマの第5代皇帝とする!!千年の繁栄が在らんことを!」

 

ネロ!皇帝は君だ!

 

君が、君のままに皆んなを導くんだ!

 

先祖なんて死んでるヤツの柵や影で腐ってはいけない!

 

君がッ君しか持っていない素晴らしい想いを!

 

爛漫な君を!君自身が信じてくれ!

 

俺はいつだって隣にいるから。

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

ローマ市民は狂喜し、新皇帝誕生と人々の喜びは貴賤に隔てなく帝国全土に広がった。

 

この時、シュルカヌスの計いで初めてキリスト教をはじめとした他宗教の代表者からの祝いの言葉がネロに贈られた。

 

このことは元老院や反一神教主義者たちから大きな反感を買うこととなったが、一方で平和と融和の証であるとしてそれまで汚濁を嫌い政界から遠のいていた名士からの支持を受けることに繋がり、志ある優秀な人材の獲得に貢献することとなった。

 

 

ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

 

私の隣に立つ者は他ならぬ彼だ。

 

彼に向き直り、私は声を高らかにする。

 

「ケルクヌブス・シュルカヌス!余の最高の友にして!最大の忠臣!其方を帝都ローマの第一人者として、執政官(コンスル)に親任する!!余の…余と!ローマのためにその力を尽くすのだ!」

 

私が言い切ると同時に人々の喝采が包んだ。

 

彼は照れ臭そうに頭をかいていた。

 

日頃は飾らないのに、いざと言うときにキリリと格好がつく、そう言う所が市民から好かれる理由の一つなのだろう。

 

長い長い時間がかかったが、私は遂にここまで上り詰めた。

 

余は皇帝ネロである。

 

ねぇシュルカヌス。

 

どうか私の側にいて欲しい。

 

貴方さえ居てくれれば、私は私でいられるから。

 

慈悲深く聡明な、素晴らしい為政者になってみせるから。

 

だからどうか私から目を逸らさないでね。

 

私は誰よりも素敵な皇帝でいるから。

 

…いつか。

 

………いつか貴方と結ばれるその日まで。

 

結ばれたその時こそは、また子供の頃のように甘えさせて欲しい…かな。

 

 




進撃の世紀もそのうち並行で書こうと思う。
やっぱり一番飽きないで描き進められるのは歴史人物に焦点を当てられるFateなんだよな。


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