バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん (アサルトゲーマー)
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1 地獄はメイキングできる
「おはがおーございまーっす!」
『おはがおー!』『がおー!』『今日もかわいいね。運痴して♡』『おはー!』
画面の中の、3Dでモデリングされたキャラクターが元気にあいさつをする。するとそれに追従するように挨拶の濁流。山彦のようなコメントと一部の変なコメントを流し見ながら、私は輪を構える。
「今日も元気にリングフィットをやっていくぞ!」
『たすかる』『ちょうど切らしてた』『おかわり』
オオカミの耳に、ゆらゆら揺れる尻尾。口から覗く大きな牙がチャーミーな、全体的に灰色の少女。髪はオオカミにかけているのか、これまた灰と白の混ざったロングウルフヘアだ。赤いカエデの葉を模した髪飾りがちょんと乗っかっている。
私が足踏みを始めると、画面の中のキャラクターも足踏みを始める。ピコピコと耳が跳ね、しっぽもゆらゆら。ありていに言えば、とても可愛らしい。
私が運動を続けていくうちに、当然息が切れ始める。スクワット等の筋トレが始まれば、吐息が漏れる。
その様子に視聴者……リスナーは、興奮したようにコメントを残していく。
『えっち』『つかえる』『ありがとう』『もみこもみもみ』『あえぐな』『ちゃんとあえげ』『どっちだよ』
仮にこれが少女の声であれば理解できる。世の中にはスケベなアニメとかがあって、それに需要があることも理解している。そう、これは仮にの話だ。
……残念ながらではあるが、この3Dモデル、アバターを操作しているのは40を過ぎたおっさんである。理解しがたい事に、ボイスチェンジャーの類は使っていない。
と、なれば。リスナーは、オオカミ少女の皮を被った、おっさんの声に興奮しているという事である。
地獄。
その二文字が私の頭を支配する。
───どうして、こんなことに。
オオカミ少女【島袋モミコ】と、私こと中の人【千石天典】の出会いは。
とても単純で、度し難いものであった。
■■■
「ねえあなた。女の子になってみない?」
それは寒さ厳しい1月の事であった。私は勤め先の倒産により無職となり、突然できた暇を使って家族とコミュニケーションを取ろうと考えていたのだ。
何年ぶりかになる、家族そろっての食事。妻の
私は耳を疑った。妻の奈利はとても良くできた女性で、こんな私に20年も寄り添ってくれた。そんな彼女の口からそんな台詞が飛び出すなんて。
「パッパは配信って知ってる?その中のバーチャルな配信者なんだけどさ」
次に口を開いたのは娘の奈良迦。
配信。それ自体は聞いたことがある。ユーツーブとかニコドーとかで、顔を出してタレントのようなことをしている人だ。
しかし奈良迦はバーチャルと言った。それは全くわからない。
「えーっと。アニメの声優とか、特撮のスーツアクターはわかるよね?」
それはわかる。俗にいう中の人というものだ。
「パッパには女の子のキャラのそれになってもらおうかと思って」
なぜ???
私は娘の言っていることがまるで理解できなかった。動きはともかく、声まで?
そう聞くと、奈落迦は深く頷いた。おお、神よ。
「ダイジョーブ!お父さんにはしっかりと色々教えてあげるからさ!」
そう言ってくれたのは息子の仁頼也。長い黒髪をファサとなびかせながら、自慢げに言う。
仁頼也は女の子の格好が好きな、いわゆる女装男子というものだ。そんな息子がダイジョーブ。
正直に言うと、とても嫌な予感がした。
「安心してよ、抵抗があるのは始めだけ。男だろうが女の子として扱われれば女のコになるんだよ。そういうもんだって」
えへへへへ。
可愛らしい、しかし魔物めいた昏い笑い声。私は肌が粟立つのを感じた。
「天典さんのことは愛していますけど、なにか物足りないと思っていたの。まさか娘たちに答えを教えてもらえるなんて」
奈利の口が三日月を描く。その表情は、倒錯に染まっていた。
私はこれを、ただの食事会だと思っていた。
しかし実際のところは私はノコノコやってきた哀れな犠牲者に過ぎず。妻と子供たちとともに地獄へ引きずられる、その序章だったなどと、どうして予想できようか。
その後はトントン拍子だった。
3Dデザイナーであった奈良迦がアバターを提供し、配信環境は奈利が準備。そして演技指導に仁頼也。とどめに職場の元同僚が視聴者と、まさに四面楚歌。おお仏陀よ、あなたはまだ寝ているのですか。
神仏にすがろうとも無情にも日は流れ。今日がとうとう配信日。
「素敵な声を聴かせてね」
そう言い残して退室していく奈利を遠い目で見送ったあと、配信の補助を行う奈良迦と仁頼也がカメラなどの最終調整をしている場面を眺める。何をしているのかはいまいちわからないが、これが地獄の窯の蓋であることは分かった。
配信一分前。奈良迦にハイと輪っかを渡される。これはリングコンと呼ばれる、運動するゲームのコントローラーらしい。初期設定とやらは終わっていると聞いてはいるが、どうにも不安だ。
配信10秒前。二人の会話がピタリと止まった。仁頼也が腕時計を確認しながらハンドサインを送ってくる。
5、4、3、2、1……。
「どーもー!みなさん初めましてぇーーー!新人配信者の、バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさんだよぉーーーー!」
1月13日、午後7時0分。記念すべき、そして祈念すべき地獄の日々への幕開けのときだった。
千石天典→ちごくてんてん→ちごく ゛→ぢごく
奈利→泥犂、または奈落のこと。ちなみに泥犂や奈落とは地獄のことでもある。
奈良迦→ナラカ。サンスクリット語で地獄のこと。
仁頼也→ニラヤ。ナラカと意味は同じで地獄のこと。
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2 性癖の広さは心の広さ
地獄の後の反省会。
妻、娘、息子。そしてシャワーで汗を流した私の四人でテーブルを囲い、先ほどの配信を振り返る。
「恥ずかしさが抜けてないよね」
長い黒髪をファサ…と手で払い切り出したのは息子の仁頼也だ。
確かに私は恥ずかしがっていたという自覚がある。しかし女子の真似をするのも配信をするのも初めての人間にそれを指摘するのは惨いのではないのであろうか?
しかし妻の奈利はそれに同調するように目を伏せる。
「もっと天典さんの自然な喘ぎ声が聞きたかったわ」
「えっ、それは…いや、確かにそうかも…」
奈利の爆弾発言に一瞬娘の奈良迦が引きかけたものの、そのまま立て直し、わずかに理解の色を見せた。
妻はもう色々と駄目だ。そして私は娘の教育をどこで間違えたのだろうか?思わずにはいられない。
嫁と我が子たちは私をどうしたいのだろうか。
「もっとあなたの素敵な声が聞きたいわ」
「もっと女の子になってほしい」
「もっと狂ってみようよ」
なんてことだ。ここは地獄だったのか。
自由の女神像を前にした未来人のごとくうなだれていると、仁頼也が肩をそっと抱いてくれた。
そして優しい笑顔で囁く。
「お父さんも女の子になろうよ。毎日が楽しいよ…?」
悪魔は人の心を知り尽くしているゆえに、優しく甘言を囁くという。
■■■
「ロールプレイだ!」
一日経って家族で食卓を囲んでいた時のことだった。仁頼也は急に立ち上がり、パンくずとジャムで汚れた口を開く。
「キャラクターっていう仮面を被るんだよ!」
「なるほど、演劇の基本だね!」
それに合点がいったのか奈良迦は手を打ち鳴らす。仮面を被るとどうなるのだろうか?
「知らないの?」
まるで夜が明けると朝が来るくらい当たり前の事を聴いているかのような反応をされて、少し傷つく。
仁頼也はチチチと指を振ると、席に着いた。
「人間ってのは顔を隠すとなんでもできちゃう生き物なんだ。悪の組織が顔を隠しているのはフィクションでも現実でも同じことなんだよ」
私はコーヒーを一口。柔らかな苦みが口内に広がる。
「ただ、父さんは仕草や言動が恥ずかしい。だからキャラクターって仮面でそれを覆うんだ」
多分それで、なんでもできちゃう。目を伏せてコーヒーの香りを楽しむ仁頼也。
なんでも?それは倒錯的な趣味の妻を満足させる内容ですらという事だろうか。
「なら、キャラクターをどうするかね」
ここまで静観していた奈利が呟いた。そして奈良迦に意味深な笑みを送り、我が娘は天使のような笑顔の花を咲かせた。
「任せて!マッマやニラちゃんの好みに合うようなキャラクターを考えておくから!」
「うふふ、楽しみね」
はて、パッパの意見は取り入れてはくれないのだろうか。
仁頼也は満足したようで再びパンに口を付け始め、奈利と奈良迦はアレコレと耳を塞ぎたくなるような意見を交換している。
私は再びコップに口を付けた。我が家というソドムで飲むコーヒーは苦い。
業とは、逃れられぬから業と呼ばれるのだ。
一度バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさんとして産声を上げたからには、次の回というものが付いてまわる。
しかし当分こないだろうなと楽観していた予想に反してその日は今日。まさに昨日の今日を地で行くストロングなスタイルである。
このキャラをしっかり身に着けておいて、と渡された台本には古風な喋り方が記載されていた。一人称はわし、二人称はおぬし、語尾に~だぞ、等々。他にもなにやら頭の痛くなることがつらつらと記されている。
「出来なかったらお家でもその口調でトレーニングだからね」
私に安息の地は無いらしい。
島袋モミコ、というアバターをモニター越しにじっと見る。歳は息子より5つは下、中の人が居ないためか無機質な表情。魂が抜けているといった表現が非常に良く似合うだろう。
翻ってアーカイブ化された昨日の配信の島袋モミコ。彼女は情けない声をあげながらエッサホイサとスクワットを行っている。先ほどの彼女とは違い、親しみやすさを感じる。声が私のもので無ければ、という前提があるが…。
「モミコちゃんを生かすも殺すも、パッパ次第だよ」
後ろから奈良迦の声が聞こえた。振り返ると満面の笑みが目に入る。
「ホントはこのモミコちゃん、私のアバターになるはずだったんだ。それをパッパに譲ってあげたんだから、しっかり魅力を引き出してあげてね!」
なるほど。あれほど早くアバターができた背景にはそんな事情があったのか。
では私などというおじさんがわざわざ女の真似をするよりも、若い女子である奈良迦が島袋モミコを演じればいいのではないのだろうか?きっとその方が魅力的になる。
「あ、それとこれは話が別だから…」
何が別なのだろうか。私は訝しんだ。
■■■
「どーもー!みなさんこんばんわぁーーー!新人配信者の、バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだよぉーーーー!」
新人配信者バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさん改め、新人配信者バーチャル
コメントの方でもチラホラ気が付いた人がいるようで『わし?』『わしっ娘ちゃんになったの?』と色々突っ込まれ始めている。
「そう!今日からわしはわしっ子になるぞ!詳しくは娘に聞いてくれ!」
『草』『娘に頼るな』『娘公認バ美肉おじさん』などとコメントがだーっと流れる。一部よく分からないスラングのようなものがあったが、それも後で奈良迦に聴こう…。
「わしは昨日のりんぐふいっと?で体が限界なので雑談配信とやらをしていくぞ!」
『おじさんに無理させてはいけない』『養生して…』『養命酒効くゾ』
「養命酒は既に頼り切っているぞ」
『見た目元気っ子なのに養命酒キメてんのか…』などという失礼なコメントをスルーし、台本をめくる。勿論アバターの動きもそれに追従するのでカンペを見ているのは誰の目にも一目瞭然だ。
ところで、私の記憶違いでなければ視聴者数が四倍ほどに増えている気がするのだが。一体これはどういう事なのだろう。
『あ、娘さんの友人でーす!イエーイパパさん見てる~?』『これが息子ちゃんのお父さんですか…』『婦人会から来ました』
そんな疑問は最悪の形で解消された。まさかの妻子そろって私の配信に人を呼び込んでいたのだ。
そうか…島袋モミコとは、妻子が生み出した悪夢。覚めることのない悪夢。…モミコとは…。
「ちょっとパッパ!呆けてると時間無くなっちゃうよ!」
少し茫然としていたところを奈良迦に小突かれる。『おっ娘さんかな』『イエーイ娘ちゃん見てるー?』とコメントが流れ始める。
ネット文化とは摩訶不思議アドベンチャーであると認識を改め、台本の視線を落とす。そしてそこに書かれている内容を
最初に渡された台本と内容が異なっている。おそらくどこかのタイミングですり替えられたのだろう。思わず娘の方を見ると、とても良い笑顔でニマニマ笑っていた。
その内容は、変哲の無いもの。しかしこの妻子と同類のリスナーたちに限っては、そうはならない。
私が口走ってしまった内容とは、
『ん?』『まずいですよ!』『ん?』『ん?』『ん?今なんでもリクエストしてって』
私に言ってみてほしい台詞のリクエストである。制限はなし。なんでも言います。
そう、なんでも。
『じゃあ、まず… わしで興奮するとか変態じゃないのか! って言ってみよっか…。あ!多少台詞ぶれても大丈夫ですよ!』
私はこのコメントですべてを理解した。地獄の宴の始まりである。
一つ知れた点があるとするならば。人間の欲望の間口とはずいぶんと広く、そして度し難いものなのだという事だった。
「わ…わしで興奮するとか、おぬしら変態だろ…」
「これ、“良い”わね。かなりゾクゾクするわ」
「でしょ?マッマが“解ってる”人で良かった!」
「このまだまだぎこちない感じが本当にドン引きしてるみたいで芸術点高いね…お父さんのファンになります」
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3 たまの袋と欲望の嵐
配信終了後。
怒涛のごとくコメントされる頭のおかしい台詞の洪水に魂まで流された私は、腑抜けたようにその場に佇んでいた。
「あなた、お疲れ様です」
奈利の声に反応しゆっくりと顔を向ける。
はて、我が妻がこのように表情を崩すことがあっただろうか。
「天典さん。一つお願いがあります」
嫌な予感がする。しかし返事をしない訳にはいかないだろう。
なんだろうか、と努めて平静を装い問いかける。
「先ほどの配信のように、私を変態となじってください」
その顔は希望と期待と、そして隠しきれぬ倒錯で染まっていた。
「こうして熱い夜は過ぎていったのよ」
「へぇ~参考になるなぁ」
「お父さんって夜だとそんななんだね」
翌日。昨晩辱められた記憶を早くも掘り返し始めた奈利を横目に朝食を戴く。
一体その話の何が参考になるのかサッパリ分からない。まさか恋人ができたら女装させて倒錯的なアレコレをするわけじゃ…。
娘の未来に一抹の不安を覚えながらパンをかじる。
「……ふぅん」
仁頼也が私の動きをじっと観察する。そして何かを理解したかのように二度頷くと、再び奈利の会話に戻った。
「お父さんに演技指導はもう必要ないね。それとへにゃへにゃボイスが売りなところあるからあまりボイトレし過ぎってのも…」
「そうよねぇ。あの声だからヒィヒィ言わせがいがあるというか…あら、ごめんなさい」
奈利が私に頭を下げる。清楚でできた妻の奈利はどこに行ってしまったのだろう?そう思わずにはいられない。
「ファンアートが投稿されてたよ!!」
それは穏やかな日常を取り戻そうと、仁頼也の長く艶やかな黒髪を梳いている時のことだった。
奈良迦は部屋に入ってくるなりスマホを突きつけてくる。そこにはネズミ用の滑車の中で、リングコンを持ちながら涙目でひぃひぃ走っている島袋モミコの絵があった。
出口のない袋小路で涙を流しながら走り続ける悲しいマラソン。まさに私の現状をそのまま表したような出来である。
「おー!とうとうお父さんにもファンアートができたんだね!どこで見つけたの?」
「さっきツーイッタでサーチしてたら見つけちゃったんだ!」
「なるほどね!…あ、そうだ!ハッシュタグ作ったらもっと見つけるの楽にならない?」
「うーん、一理ある!島袋モミコだから…」
「たま袋!」
仁頼也の言葉に噴き出した。ハッシュとやらは知らないが、いくら何でもその名前は酷いだろう。
「たま袋は無いでしょ~」
「あー、やっぱり?」
奈良迦の指摘にえへへとわらう仁頼也。しかし何か引っかかったのか考えこみ始める。
「たま袋…?たま…ぶくろ…もみもみ?」
「えっ?」
「もみもみ…もみこ…?いや、もみこもみもみ!」
「もみこもみもみ!?」
「そう!もみこもみもみ!」
「もみこもみもみ!」
なんだそれは。
壊れたレコードのようにもみこもみもみを連呼する二人。それにしても言いにくくは無いのだろうか…。
絵のタグなのだからモミ絵くらいでいいのでは?私は我が子らの事がさっぱり分からなくなった。
■■■
「どーもー!おはよーございまーーーーす!新人配信者の、バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだぞーーーー!」
『おはよー!』『おはー!』『はむはー!』『脱筋肉痛おじさんオッスオッス!』
あの変態台詞配信事件から数日後の日曜日。筋肉痛が完全に抜けた私は再びリングコンを握り、配信を始めていた。
奈良迦によってこまごまとした修正がなされた挨拶を言い放った後は、運動を始める前にアナウンスをする。
「いつもわしの配信に来てくれてありがとな!今回はわし当てのファンアートを紹介しちゃうぞ!」
はいドーン!という私の掛け声に合わせて奈良迦がパソコンを操作し、この間の悲しいマラソン絵を配信画面に表示させる。
奈良迦と仁頼也曰く先方に許可は取ったらしい。むしろ使ってくれと言われたとかなので著作権も安心だ。
『はい可愛い』『泣き顔が似合いすぎてる』『なんで滑車?』
コメントが増え、高速で画面を流れていく。滑車なのは、多分私が進退窮まっていることの暗喩ではなかろうか。
ファンアート作者驚きの慧眼に舌を巻きつつ「なんでだろねー」と流す。
そして娘たちに事前に伝えられていたハッシュタグの告知だ。
「なんか娘たちの話によるとファンアートのハッシュタグとやらを作るらしいぞ。その名も【もみこもみもみ】」
『もみこもみもみ?』『もみこもいこい』『打ちにくい』『言いにくい』『なんでもみもみ?』
「息子は島袋から着想を得たと言っていたな」
『島袋…?あっ…』というコメントを皮切りにややお下品なコメントが流れ始める。やはり
ここらで話を切り上げ運動を始める。リングフィットはそのポップな見た目からは信じられないほど鬼畜な運動を求めてくるやり手のゲームだ。気を強く持たなければ。
前回の続きからでジョギングからスタート。足音を立てて足踏みを開始する。
『足音がおっさん』
世の中にはいろんなスキルを持つ人が居ることが分かる一幕だ。おそらく足音ソムリエとやらがインターネットという伏魔殿の片隅に屯しているのだろう。
モニターを確認すると三角の耳を揺らしながらドタバタするモミコが見える。うーむ、動きからはまるで若さが見えない。足音でおっさんと看破されるのも致し方ないのだろうか?いや、やはりおかしい。
いやしかし、息が切れる。運動不足は前々から感じていたが一分もしないうちにこの様とは…。
『えっち』
ちらりとモニターを確認した瞬間、そんなコメントが横切った。えっち?私が?
『吐息がなんかアレだな』『変な気分になってきた』『使える』
???????????
リスナーたちは何を言っているのだろうか。ははぁ、さてはスケベな配信と一緒に見ていてコメントする場所を間違えたな?
「わしがえっちとか何かの間違いだぞ」
その言葉は、もしかしたら自分に言い聞かせようとしただけだったのかもしれない。
配信とコメントのタイムラグが嫌に長く感じる。運動のためか、それとも冷や汗か。一筋の汗が私の頬を濡らす。
死後の判決を待つ死者の魂の気持ちとはまさにこれなのかもしれない。
『いやモミコちゃんの吐息がえっちなんですよ』『若い子の身体におっさんの心…ええやん』『これが一部小説サイトで覇権を獲ったTSの真価ですか』
答えは半ば分かり切っていた、度し難いもの。彼の者らの心と業を覗いてしまえば、さしもの閻魔大王も
私は助けを求めるように奈良迦の方を向いた。
「え?前回のリングフィット回でも似たようなコメントばっかりだったけど…」
なんと前回の私は疲弊しすぎていて気が付いていないだけだったという。
これぞ正しく知らぬが仏。先人の知恵はいつだって知啓を与えてくれるが、しかし必ずしも我々を守ってくれるわけではないらしい。
『ほらもっと喘いで!』『ナイスセンシティブ!』『あかんこのままやと性癖が歪むゥ!』
私たちが航海している人生という大洋では理性は羅針盤となり欲望は嵐となる。それは誰の言葉だったか。
私は欲望の嵐の中、スクワットをしながらその言葉を深く噛み締めるのだった。
●もみこもみもみ
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4 エゴサーチおおかみおじさん
島袋さんちとかいう謎のチャンネルwwwwwwwwww
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
闇が深すぎる
ttps://www.yout...
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんってなんだよ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
世知辛そう
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
ポッキー振り回してそう
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
これ概要欄よく読んでみたら家族ぐるみじゃねーか!
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
ファッ!?
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
なんやて工藤!
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
演者:おじさん
出資:おじさんの嫁
アバター提供:おじさんの娘
演技指導:おじさんの息子
なんだこの家族!?(驚愕)
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
!!!!!!!??!?!??!???!??!wwwwwwww
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
まるで意味がわからんぞ!
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
やばい
やばい
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
俺おじさんの配信毎回見てるけど息子さん男の娘らしいよ
付け足すとバ美肉配信は嫁さんにやってくれって頼まれたからやってるとか
娘さんは配信にちょこちょこ声が入る。父親の情けない声に反応してたまに興奮した声あげてるヤベーやつ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
関 係 者 全 員 変 態
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
男の娘はまだ一般の範疇だろ!いい加減にしろ!
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
息子ちゃんがおじさんに黒レースランジェリー用意した話する?
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
あ、結構っす…
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
さっきパパっとアーカイブ見てみたけどおじさん自体は普通なんだな
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
リスナーの方がヤバイ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
おっさんの吐息で興奮するな
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
でも顔はいいんだよな
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
ひーひー言いながらリングコン振り回してんのかわいいな
耳がへたったり尻尾巻いたり芸が細かい
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
見た目可愛いのに声がおっさんで脳がバグる
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
なんやこのへにゃへにゃボイスはぁ!
しゅき
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
声に張りは無いけど愛嬌すごいわね
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
歳がね…(40代)
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみって何?
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみ…?
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみ
ヘルズゲートさん:20XY/02/10
もみこもみもみ
■■■
自己、またはそれに関する名前を検索エンジンにかけ調べる行為をエゴサーチと呼ぶらしい。
私は怖いもの見たさという好奇心に負け、【島袋モミコ】と【バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん】でエゴサーチを行った。
結果はおおよそ、想像通りである。
変態の百鬼夜行。ネット蠱毒おじさん。四魂のたまたま。インターネット伏魔殿では既に複数のあだ名が付けられているようだった。無駄に変種に富んでいるようでちょっとだけ感服してしまう。
しかし【島袋さんち】とは初耳だ。多分奈良迦か仁頼也の仕業だろうなとあたりを付け娘に聞いてみることにした。
「ああ、あれ?チャンネルって言って登録すると動画が検索しやすくなるシステムだよ~。島袋モミコそのままじゃ味気ないし、私たちも入れて島袋さんち。どう?」
言葉の響きは良いと思う。しかし一見まともな名前では前情報なしでやってきてしまう人もいるんじゃないのだろうか。もしそうなってしまってはその人が可哀そうだ。
「じゃあおじさんが喘ぐチャンネルとかにする?」
やはり島袋さんちという名前は最高だ。初めて来た人には気の毒だが人柱になってもらおう。
……ところでだが、そのチャンネルの登録者は何人いるのだろうか?
「え~っと、前見たときは700人ちょっとだったから…あれ?1000人いってる!おめでとうパッパ!」
1000人。ははあ、不思議なものだ。世の中のもの好き1000人が態々チャンネルに登録してまでおじさんの喘ぎ声を聞きたいとは。末法の世とはここであろうか?
「なんか一気に伸びてるね。どっかで切り抜き動画でもバズったかな?…あ、あった」
はいこれ、とスマホを渡される。動画のタイトルは【バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん喘ぎ声まとめ】。説明文によるとおじさんのえっちな喘ぎ声をまとめたものであるらしい。再生数は8万。
8万回痴態を晒したおじさんになってしまった私は世の中のおかしさに、つい頭を抱えるのであった。
■■■
「あの動画は私が作ったんですよ」
妻の得意げな声。私は耳かきをしている手が狂いそうになるのを必死で回避した。
現在の時刻は夜。私はベッドに腰かけ。奈利の頭を膝にのせて耳かきを行っていた。
奈利は私の膝の上で鈴を転がすように小さく笑う。
なぜあんな動画を作ったのか、私は尋ねた。
「天典さんの良さをもっといろんな人に知ってもらいたくて」
そう言われると弱い。だが今回ばかりは結構心にドシンと響いた。お仕置きが必要である。
耳かきを奈利の弱い部分にぐりぐりと押し付ける。すると可愛らしい声が。
「あっ、あっ。…天典さん、ひょっとして怒ってますか?」
怒ってはいない。だが、最近いいようにしてやられているのでこっちもやりたくなった。そういう訳である。
「あ…そこだめっ。ごめんなさい天典さ、あ、あっ、ああっ」
「こうして熱い夜は過ぎていったのよ」
「なるほどー。あえて焚きつけて受けに回るのかぁ」
「僕知ってるよ。これ誘い受けってやつだ」
奈利の牛久大仏のように広い掌の上で私は毎日転がされまくりである。
奈良迦は頬を染めながら、仁頼也は深く感銘を受けながら奈利の話に耳を傾けている。
このままではまた痴態が広まってしまう。私は気まずい雰囲気から逃れるように話題を変えた。
島袋モミコはおおかみ娘らしいが、キャラ付けに狼要素が少ないのではないだろうか?そう問うと仁頼也は少し驚いた後、ニンマリと笑った。
「あれ?お父さん、とうとうそこに気がついちゃった?いいね、キャラに興味が無いと出ない質問だよそれは」
うんうんと頷く仁頼也。そして何やらもったいぶった言い方を始める。
「実はね。おおかみ娘のおおかみは、ウルフじゃあないんだ。
なんじゃそりゃ、と首をかしげる。仁頼也は笑みを深くし、奈落迦と奈利も顔を見合わせて笑う。
嫌な予感がした。
「私たちはね、バ美肉界隈に島袋モミコありと知らしめ、パッパをバ美肉の神様にしてみせる!」
「そしていろんな人をお父さん沼に叩き込む!」
「天典さんを名実ともに世界一の旦那様に!」
訳がわからない。
そうだ、こんな時はこういうんだったな。インターネットの知啓に感謝だ。
まるで意味がわからんぞ。
牛久大仏は世界一でかいブロンズ立像だゾ☆(バーチャル豆知識)
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5 ブティック天狗の国
「どーもー!おはよーございまーーーーす!知らない間に妻に切り抜き動画を作られてたバーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだぞーーーー!」
『おは草』『草』『あれ作ったのお前の嫁さんやったんか』『アトリームにだって切り抜きがありましたよ…』
あれからすぐの日曜日。すっかり週一の運動の日となってしまった今日も元気な挨拶から始まる。そして悲しいお知らせだ。
「えーそれで、その動画がなぜか14万再生に届くほど再生されてしまい、多分それが原因でわしのチャンネル登録者が1500人に届きました…」
そう、島袋さんち登録者数1500オーバー。おっさん声の少女キャラに興味のある人口がこれだけ居ることにかなり衝撃を受けている。
奈良迦いわく「日本の人口で割ったら0.00002%にも満たないからセーフ!」とか。そう言われると確かに大したことの無いように聞こえるが、いつものコメントを見る限りではとてもそうは思えない。フグ毒は千倍に薄めたところで致命の毒なのだ。
『おめ』『14万!?』『おめっと』『千五百人に需要おじさん』『収益化できるやん!』
「収益化?」
コメントの中に気になる単語を見つける。
収益化。言葉通りに捉えれば何かでお金が稼げるのだろうか。
『収益化ってのはおじさんの痴態でお金稼ぎできるってことだゾ☆』
「ふぁ」
『変な声たすかる』『ちょうど切らしてた』『こういうのでいいんだよこういうので』
痴態で金稼ぎとは穏やかではない。ちらりと奈落迦を見る。娘は親指を上に向けて立てていた。
…深く考えるのは止そう。きっとそこは底なしの闇につながっている。
私はしばらく黙り込み、リングフィットをぽちぽちと操作する。
「最近はこれを頑張っているからかな、なんだか体力がついてきたぞ!」
『えらい』『がんばった』『天才』
あからさまな話題転換に乗ってくれるリスナー。いつもこれぐらいだと嬉しいのだが。
さて、先ほど述べた通り最近は体調もいいし肩こりも僅かだ。健康は富であるとはよく言ったものである。
ジョギングはあまり息が切れなくなってきたしスクワットも辛くない。そう、痴態を晒す機会が減ったのだ。
私がそう発言した瞬間、奈落迦は何かを考え始め「ちょっとコントローラー貸して」と手を差し出した。私は言われるがままにそれを差し出す。
「このゲームには運動負荷って項目があって、そこらへん自由に調整できるんだよね」
『あっ…』『まさか』『もう一回遊べるドン!』
何かを察し始めるリスナーと、ぽちぽちと操作をする奈良迦。運動負荷という項目の数字が上がっていき、それは1から10へと姿を変えた。
「じゃ、運動…続けよっか?」
「うぎゃああああああっ!ひいいいいいい!」
『絶叫たすかる』『なんか○○が変な感じになってきたのら…』『筋肉が喜んでるね!』『体力が付いたと言ったな。あれは嘘だ』
私の考えが甘かった。
スクワット4回とかで得意げになったのも、そんな私の鼻を折ったのも、リングフィット。私は彼奴がポップな見た目をしている鬼畜だという事をすっかり忘れていたのである。
この調子ならクリアできると考えていたところを突き落としてくる様はまさに賽の河原の鬼。まさかこのキャラの名前がリングなのは、ウロボロスやメビウスの帯のような終わりなき道の暗喩なのではなかろうか。
『おじさん疲れたときいっつも哲学っぽい事言うよね』『バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足哲学者おじさん』『リングくんにそんな誕生秘話が…』『堂天任の人そこまで考えてないと思うよ』『回数増やしたのは娘さんなので鬼=娘さん説あるで』
「わしの娘は魔物であっても天使だから…」
『あ、そこは譲れんのね』
とにかくここのステージを乗り越えられなければ明日はない!私は痛む太ももを叩きながらスクワットを再開するのであった。
■■■
最近なにやら洗面台に物が増えている。
なんらかのクリーム。化粧水。乳液。整髪料。
置くのはいいがあまり増えてもらっては困る。場所がなくて顔が洗えない。
「あ!お父さん!洗面台のやつ見た?」
私が唸っていると仁頼也が声を掛けてきた。その内容から察するに息子が買ってきたもののようだが、はて。
「この黒っぽい奴は除毛クリームって言って体の毛を溶かすやつ!こっちのローションが抑毛で、こっちの乳液とかがケア用品」
うん。
「じゃあ今から一緒にお風呂入って…つるつるになろ?」
なぜそうなったのか。これが分からない。
しかし先ほどのリングフィットで体がボロボロの私は抵抗する術を持たず。「今回はとりあえず」の名目で、私は膝から下の毛を失う事が決定した。
「女の子の心を学ぶのなら、まずは女の子にならなくちゃ」
その理屈はおかしい。
「どーーもーーーこんばんはーーーー!息子の手によって膝から下の毛を失ったバーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだぞーーーー!」
しょっぱなからのカミングアウトでコメントは盛況だ。『草』やら『笑っちゃうんすよね』やら『ハハァ…』とやら。全体的には笑ってもらえている。中には『何!?女の子の首から下はツルツルではないのか!?』といった危険なものもあるが。
私の痴態が笑いになる。それは配信者としてとても名誉であり、同時に父として不名誉である。今後このネタを掘り起こされる危険性があったとしても、誰かに言わずにはいられなかったのだ。
「昨日リングフィット終わりに息子に風呂に引きずり込まれてな、そのまま…」
『アッー!』『息子×パッパ』『息子ちゃんは男の娘やし実質百合』『キマシバベルを建てたり壊されたりしろ』
「新感覚だ…。わしの毛がなくなってからズボンの違和感がすごいぞ」
『はえ^~』『毛は触角みたいなもんやし。猫様の髭切ったらその場でくるくる回ったり顔ぶつけまくる現象の軽い版』『有識者兄貴タスカル』
『脱毛したら化粧水と乳液忘れんなよ~』と親切なコメントが身に染みる。今現在私の足はなんとかローションでつやつやだ、心配なされるな。
「これで問題なければ、そのうち首から下はツルツルになる…予定だそうだぞ」
『おじさん無毛化計画』『名誉女の子』『毛量不足おじさん』
「全身きれいになったら家族みんなでの女装大会も予定されてる。わしはきっと天狗の国にでも連れていかれるんだぞ」
『家 族 全 員 グ ル』『天狗の国は婦人服取扱店だった…?』『血だけではなく心でもつながった家族』『ランジェリー事件が笑えなくなってきましたね…』
天狗とは人を魔道に導く魔物。または不可思議で気まぐれで、時に慈悲深い神。私が連れていかれる天狗の国とは魔のものか、それとも。
『魔でしょ』『魔ですね』『魔です』
……。
そんなことは分かってる。ただ、ちょっとくらいは希望を見ても良いではないか。
ファンアート貰いました(小声)
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