【未定】SaintSnow+back-stabber (灰流うらら)
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1話「back-stabber(裏切り者)」
一体、俺はこの夢をこれから先、何度見ることになるのだろうか。最初は数えていたが、50を超えた辺りで数えるのをやめた。
あれから、2年という月日が経ったが、今でも鮮明に覚えている。
あの日、あの時、あの瞬間。
忘れたくても忘れられない記憶がべっとりと脳内に残っている。
"この裏切り者ぉぉぉぉぉ!!"
自由人でいつもジョークや悪ふざけをして友達を困らせる癖に、よく周りのことを観察していて心情を察したり、思ったことや言いたいことを隠すことなくズバッと言えるような俺にとってかけがえのない彼女が涙を流しながら怒りの感情が孕んでいる声で彼女から………、いや彼女たちの前から去っていく俺に向かって叫んだ言葉が未だに俺の頭の中で響いている。
仕方がなかった……、なんて言わない。例え、どんな理由があろうが俺は彼女の言う通り裏切り者だ。俺のせいで彼女たちから何かも奪ってしまったのだから。
あいつらの壊れることの無い厚い信頼、あいつらの大切な夢、そして………あいつらのかけがえのない絆を。あのグループを。
「起きるか………」
ムクリとゆっくりと上半身を起き上がらせた俺は近くにあったスマホを手にして時間を確認する。すると、画面にはAM6:08という時間を表示させたとても綺麗な海の景色の画像が映し出される。
幼馴染の1人の実家が経営しているダイビングショップのウッドデッキで撮った景色のやつだが、ちょうど夕日が落ちようしていて、誰が見てもロマンチックだと口にするであろうものとなっている。俺の数少ない好きな写真のひとつだ。
まぁ、もうこの景色をこの目で見ることはもう無いのだが。
「ワンワン!!」
時間を確かめていると、部屋に1匹の銀色の毛色が目立つシベリアンハスキーが入ってきた。こいつは俺達家族が昔から飼っているペットで名前はウィルだ。
俺は撫でながらウィルに声を掛ける。
「おはよう、ウィル。散歩に行こうか」
「わーん!!」
まるで『やったー』と言うように吠えたウィルはとても嬉しそうな表情を浮かべていた。可愛い奴め
ちょっと待っててな、と言い俺はベットから降りる。そして、今着ている寝巻きを脱ぎ、運動用のジャージへと着替え部屋をウィルと共に出てリビングへと向かう
リビングに向かうと、テーブルの上にラップが巻かれているおにぎりが3つとウィンナーや目玉焼き、サラダが乗っているお皿に弁当箱が置かれていた。
『朝食と弁当作っておいたから食べてね。行ってきますByママとパパ』
と、書かれているチラシの裏も置かれていて相変わらずうちの両親は働く場所が変わっても社畜として頑張ってくれているようだ。
散歩から帰ってきたら食べようと思い、そのままリードを持って玄関へと向かう。
靴を履き替え、ウィルの首輪にリードを繋げたら扉を開けて外へと出る。
「うっ、さむ」
4月になったばかりだというのに風の冷たさに思わず体をこわばせる。ここに来て2年経つが、未だに環境に慣れない。元々、こことは真逆で暑い環境で育って来たからかもしれないけど。
「わんわん!!」キャッキャッ
俺に反して、ウィルはとても嬉しそうにしている。こいつの犬種が寒い地域で生息しているから血が騒ぐのだろう。地元にいた時は常に死にそうな感じだったもんな
「っし、行くか!」
「わん!!」
少しばかり準備体操をしたあと、俺とウィルは一緒に歩き出す。準備体操をして身体がぽかぽかになったからか、今は外の冷たい風がちょうど良いものとなっている。
俺とウィルとの散歩ルートは少し長く約2キロの道を40分ほどかけて歩いている。その間にウィルに小便や大便を済ませてもらう。あとは、ストレス発散かな。ウィルは大きいし、力も強いから基本的には室内で放し飼いをしている。部屋の中では暴れないように躾けてあるため、大人しいがそれでも少なからずストレスは溜まってしまうはずだ。そのため、朝と夕方と夜の散歩でなんとかウィルのストレスをたまらせないように気をつけている。
ウィルが電柱に向かって足を上げて用を足しているのを眺めながら俺はぼそっと呟いた
「もう2年も経ったのか」
今朝見た夢を改めて思い出す。ずっと暮らしていた内浦から離れ、両親の転勤がきっかけでここに………函館に引っ越してからもう2年が経過したのか。長かったような、短かったような………。なんか、もう分かんねぇや。
あいつら、今頃何やってんだろうか。元気にやってんだろうか………。って、何を考えてるんだ俺は。そんなの気にする資格なんてもうないはずなのに。
「……………」
ふと、俺はジャージのポケットからAi〇Podsを取り出して片耳につける。そして、スマホを取り出して音楽アプリを開き、とある曲をタップする。
『〜♪』
タップすると、片耳から聞き覚えのある彼女たちの綺麗な歌声が聞こえてくる。恐らく、もう俺しか聞くことの出来ない唯一の曲だ。
ここだけの話、俺は幼馴染3人と一緒にスクールアイドルというものをとある理由でやっていた。もちろん、男である俺は実際に歌う踊るとかではなく、裏方で主にマネージャーとして働いていた。
あの頃は楽しかった。作詞や作曲、振り付けなどを4人でわちゃわちゃと、そして必死こきながら考え、作り上げたものをサイトにアップし知名度を少しずつ少しずつと上げていたものだ。その結果、それなりに有名なスクールアイドルへとなることができた。そして、有名なイベントとかで売名する機会も増えた。
あと、もう少しで俺たちの目標が成し遂げられるかもしれないという状況のなかでーーー
俺はーーー「わふ!!!」
「ウィル……」
自分だけの世界に入っていたところで、用を足すのを終えたウィルは俺に『早く行こうぜ』と言うように吠える。どうやら、俺はウィルを放っておくぐらいまでに自分の世界へと入っていたらしい。
「ごめん、ウィル。続き行こっか」
「わん!」
そして、俺とウィルはいつもの散歩ルートの道を歩き続けた。
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「ウィル?」
あと、もう少しで散歩ルートが終わるところで、唐突にウィルがお座りし始めた。本来なら、目の前にある分かれ道の右を進めば我が家があるのだが、一向に進もうとしない。リードを強く引っ張っても無駄だった
もしかして、今日は左に向かいたいのか?
でも、確かここを左に曲がってもあるのは1度も入ったことがない甘味処が1軒と大きな公園ぐらいだったはずだ。
どうして、ウィルが左に向かいたいのかは分からないが行かない限りこいつは動かないと思うので観念した俺は左へと足を進める。すると、頑固として動かなかったウィルはすっと俺と一緒に歩き始める。こいつめ………。
まぁ、いつもと違う景色を楽しめると割り切ればいいか。
そう思いながら、散歩を進めると
「………ん?」
前の方から何かが聞こえてくる。これは…………曲?それだけじゃない。誰かの歌声も聞こえてくる。しかも、声を聞いた感じ1人だけじゃなく、2人いる。
まさか、ウィルはこれを聞いて気になったから左の道に来たかったのか。納得した。
しかし、こんな朝早くから曲を流して歌うやつなんて、一体、何を考えているんだろうか。1歩間違えたから通報もんだぞ?
そう思いながら俺はウィルと共に前に進み、そして恐らく曲を流して歌っている者がいるであろう公園にたどり着いたところでーーー
公園にいた2人の女性の姿を見て目を奪われた。
制服を着た2人の女性はただ、曲を流して歌っているだけでなく激しく身体も曲や歌に合わせて動かしていた。この2人まさか…….どこかの学校のスクールアイドルなのだろうか。歳も俺とそんな変わらないように見えるし。
サイドテールにしている正しく母性を感じさせるようなおっとりとした女性が顔に反してとてもパワフルな歌声を出し、その合間にツインテールにしている少し目付きが悪い女性がラップを交えながらダイナミックな振り付けをしていてとてもバランスの良い形へとなっていた。見ていて、とても心が踊っているのを感じる。
けど、なんでだろうな。完璧とは言わずともとても完成度は高いはずなのに。これを実際にライブとかで披露したらかなり盛り上がるのは間違いないはずなのに。
それなのに、あいつらに比べたら…………
「まだまだだな。」
「「ーーーーーー!?」」
「あ………」
無意識にそう口にしてしまっていた。
俺の失礼極まりない一言が彼女たちも聞こえてしまったからなのか、2人は動きを止めて俺の方に視線を向ける。ツインテールの方はかなり怒っているように見える。
これは………、うん。死んだわ。確実に。
当時、そんなことを思っていた俺、"裏切り者"の
・天宮 晴人(17)
誕生日…7月19日
見た目…銀色の髪型でまるで狼の耳のように髪の毛が跳ねているため、周りから『狼くん』というあだ名をつけられていた。容姿は整っていてイケメン。普段は裸眼だが、家の時だけはメガネをかける。身長は179と高め。オシャレとかに興味はなく、いつもパーカーで過ごしている。
趣味……特になし。しかし、幼馴染が稽古や趣味でやっていたことに付き合わされていた結果、幼馴染同様にそれらをできるようになった。
得意教科…英語。普通にペラペラで話せる。
ウィル…天宮家で飼われてるシベリアハスキー。元々は捨て犬で父親が拾ってきた。もふもふで周りからの人気者。地元のとき、とある旅館に飼われている1匹の雌犬に恋をしていたらしい(母情報)
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2話「茶房菊泉」
「あの」
「ひゃ、ひゃい!!」
サイドテールの方のおっとりとした女性に声をかけられ、俺は噛みながらも返事を行う。その様子を見て苦笑いしながら女性は言葉を続ける。
「『まだまだ』とは一体、どういうことですか?」
やばい………。やっぱり俺が無意識に出してしまった言葉が彼女たちに聞こえてたっぽい。
「な、なんのことですか?聞き間違えとかでは??」
とりあえず、しらを切ってみることにしよう。案外、上手くいくかもしれないしな。
「いいえ、そんなことはありえません。確かに聞こえてきました。理亞、貴女は?」
「私も聞こえたわ、姉様。確かにこの人は私たちに『まだまだ』って言った!!」
「だ、そうですよ?」
くっ、ツインテールの方も聞こえたというのならば、しらを切る事は不可能のようだ。2人は少しずつ俺の方へと近づいていく。
仕方がない。こうなったらーーー
「ウィル!逃げるぞ!」ダッ
「わん!」ダッ
「「なっ!?」」
彼女たちが近づく前に俺はウィルに声を掛けてその場から走り出す。ウィルも俺に続けて吠えながら一緒に走り出した。ウィルは走るのが好きだからな。足の速さにはすごく自信がある。よーし、このまま………
「『一気に逃げ切ろう』………なんて思ってませんか?」
「は?」
走っている途中に俺が思った事を言葉として呟かれたため、恐る恐る隣を見てみるとサイドテールの女性がいた。え、何でいるの?
「私たちを甘くみないで」
「はぁ!?」
反対側を見ると今度はツインテールの女性がいた。嘘だろ?俺、こう見えて中学は陸上部でインターハイまでいった実力者だぞ?何で姉妹揃って着いてこれてんだよ。この人たち、何者だ?
「残念ですが貴方は逃げ切れません。ですので、観念してさっきの言葉の意図を教えてください」
サイドテールの女性が俺に言葉をかける。確かに、俺の足の速さに余裕で着いてこれるならば、いつ捕まってもおかしくはない。
………けどな。
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『早く晴人!追っての人達が来ちゃう!』
『晴人さん!× × さんを!!』
『分かった!!………お、おい× × !!腕を引っ張るなって!痛い痛い痛いぃぃぃ!!!』
『晴人〜♪hurry up!!』
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…………こちとら誰かさんらのせいで『逃げる』ことには昔から長けてんだよ。悪かったな。
そう心の中で呟いた俺は手にしていたリードを離した。
「ウィル!そのまま家に戻れ!!」
「わん!」
「「は!?」」
手を離すと、ウィルはそのまんま1匹で前の方へと駆けつける。それを見て、姉妹は驚きの顔を浮かべる。飼い主が唐突にリードを離したのだから驚いで当たり前だと思うけど。
ウィルは案外、賢い子だ。別に俺が居なくとも1匹で家まで帰れるし、なんなら1匹で家の中まで入れて鍵まで掛けることができる優秀な犬だ。
ウィルがいなくなったことで、俺は本来の力を出すことにする。更に足の速さを上げて、彼女たちとの距離を離す。
「「!?」」
そして、追い討ちをかけるように目の前にある路地裏に入る。すると、そこにはゴミ箱なり凹凸の壁などがあり、普通の人ならそこを通るのに時間はかかるが俺は違う。
「ほっ………ほっ………はっ!!」
俺は足の速さを下げずにそのまんま進み、ゴミ箱をジャンプして躱し、凹凸の壁は跳んだり、壁を蹴ったり、たまに前宙したりして見事に進ませる。いわゆるパルクールっていうやつだ。これも、昔、とある機会にて会得した特技の1つ。
路地裏を抜け、背後を見てももう彼女たちの姿は無かった。上手く逃げ切ることが出来たようだ。ま、そもそも制服姿では路地裏には入りたくないわな。
「ふぅ………...、危なかった。もう左の道は今後通るのはやめよう」
そう思いながら、また遭遇しないように周りを警戒させ、家まで戻った。朝からとんでもない日となったな。
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「たでーま」ガチャ
あれから、学校に行き、そのまま授業を終え、帰ってきた俺は誰からも返事がないということが分かっておきながらも声を出しながら家の中へと入る。
もしかしたら、あの姉妹とエンカウントするのではないかとヒヤヒヤしたが杞憂だった。
「わん!」
あ、あぁ。いたな。『おかえり』って言ってくれる可愛い可愛いシベリアハスキーが。何だか嬉しくなってしまい、わしわしと毛並みを撫でてしまった。相変わらず、気持ちが良い。
「わんわん!!」
「ん?」
1度、リビングの方に戻ったウィルは口にリードを咥えて戻ってくる。どうやら、散歩に行きたいらしい。
「ごめんな、ウィル。今すぐ買い出しに行かないとダメなんだ。散歩は買い出しが終わってからな」
「!!…………くぅーん」
ウィルは『えぇ……』と寂しそうに鳴く。すまんな、今、行かないと今晩のご飯が食べられないし、なんなら、お前のご飯も無いんだぞ?ドックフード、今日の朝で尽きちゃったから。
制服からパーカーに着替え、テーブルの上に置いてある食費代と書いてある封筒から1万円札と5千円を1枚ずつ取り出し、それを自分の財布の中に入れる。
両親が普段、仕事で家にいない分、俺が家事やら買い出しやら、夕飯などを担当している。これは昔からなので、特に苦ではない。むしろ、楽しくやらせてもらっている。将来、一人暮らしすることになったら役に立つしな。
「すぐに帰ってくるからな。行ってきます」
ウィルにそう言って、俺は外に出て近所のスーパーへと向かった。
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「ぐへぇ、重いぃぃ……」
俺は大量の袋を両手に持ちながら後悔の言葉を零す。くそ………。タイムセールとか言って野菜やら肉やら色んな食材が値引きされてたからつい買ってしまった。そのおかげで荷物はパンパンである。2kgを超えるドックフードがトドメを刺しに来ている。
家から近いとはいえ、流石にこの荷物をずっと持ち続けるのは不可能だ。どこかで休憩したい。
…………あ、そういえばここの近くに甘味処があったな。あそこの店はここに来て2年経つが、まだ1度も入ったことがない。興味が無かった………という訳では無い。なんから、クラスメイトがその店をよく推していたから気になっていた。なんなら、そこの店員がすごく美人さんだとか。
けど、そこの店を通るということは必然的にあの公園の近くを通らなければならないということになる。くっ………。
仕方がない。とりあえず、公園を覗いて見て誰もいなかったら行こう。もしいたら、そこはもう諦めて自宅に向かえばいいだろう。
俺は今朝、もう行かないと決めていた左の道に向かう。
そして、すぐに公園が見えてくるためできるだけこっそりとしながら中を除く。
…………よし、誰もいない。
誰もいないことを確認した俺は安堵の息を吐き、堂々とその道を歩く。あの姉妹がいないとなれば怖いものは無い。あとはあの甘味処に行って美味しいものを食べるだけだ。
公演を通り過ぎて、すぐに目的である甘味処のお店へとたどり着く。『茶房菊泉』というらしい。これから先、通うことになる店になるかもしれないので覚えておこう。
そろそろ、肩に限界を感じたため、中へと入る。ウィルには申し訳ないがもう少しだけ家で待ってもらおう。
中に入ると、1人の店員が出迎えてくれる。しかし、その店員はまさかの顔馴染みのある人物だった。
「いらっしゃいま…………あ」
「ん?…………あ」
「どうしたの、姉様…………あ。」
俺を出迎えてくれた店員は、今朝、公園で練習をしていた最も俺が会いたくなかったあの姉妹だった。
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3話「お前がいるからだ」
「すみません、来る店を間違えました。」
俺は彼女たちにそう言って、回れ右をし、早急に店から出ようとする。しかし、彼女達は当然のようにそれを許そうとはしなかった。
「待ってください、お客様。」
サイドテールの女性……確か、隣にいるこのツインテールの子のお姉さん……だったか?が、俺の肩を掴む。
「そうよ。入って早々、店を出るなんて非常識じゃない?」
今度はツインテールの子が、俺の事をすごく睨みつけながらサイドテールのお姉さんが掴んでいる方とは逆の肩を掴む。これによって、完全に俺がこの場から逃走することは不可能になったわけだ。
どっちみち、大量の荷物を持ってるから彼女たちが俺の肩を掴んでなくて逃げようとしてもすぐに捕まることだろう。俺の足の速さに余裕でついてこれるぐらいだし。
「はぁ………。分かった分かった。逃げないし、ちゃんと注文して何か食べるから。だからとりあえず、肩から手を離して席を案内してくれ」
「なによ、あんた。上から偉そうに!!」
いや、偉そうにって………。確かに俺は昨日、君たちを不快にさせるような言動をしてしまったけど、この場においては俺、お客様だよ?この子、短気すぎないか?自分の立場、把握してる?
「こら、理亞。少し言葉がキツいですよ。一応、私たちは店員だということを忘れないように」
「………ごめんなさい、姉様。」
サイドテールのお姉さんの方はツインテールのこの子と違って、常識を弁えているようだ。元々、聞いてた限り言葉が丁寧だからしっかりとしていると分かる。
「席、案内するから着いてきて!ふん!」
ツインテールの子は八つ当たりするかのように俺にそう言って、ぷんぷんさせながら先に行ってしまった。
「…………あれ、本当にアンタの妹なのか?」
「紛れもなく、私の大切な可愛い妹ですよ。決して腹違いとかではありませんから。」
「あぁ、そう。」
とりあえず、俺は先に行ったツインテールの子の後を急いで追っかけ、彼女の傍へと向かう。恐らく、近くにある2人用のテーブルが設置されているため、そこが俺の席なのだろう。
「はい。これメニュー表。また決まったら注文して」
彼女は俺にメニュー表を渡し、俺の傍から離れる。ふぅ、ようやくうるさいのが離れたな。さて、ゆっくりとメニューを決めようかな。
「前、失礼しますね。」
「は?」
メニュー表を見て、注文する商品を決めようとしたら、何故かエプロンを外しながらサイドテールのお姉さんが相席に座り始めた。どういうこと?
「アンタ、仕事は?」
「休憩を貰いました。」
「じゃあ、なぜ……ここに?自分の部屋に戻れば?」
「昨日の貴方の発言についてです」
やっぱ、そうなるか。はぁ………、なんか面倒くさいな。余計なことを口に出した俺のせいなんだけど。
「まずは自己紹介をしましょう。私の名前は鹿角 聖良です。あの子は妹の鹿角 理亞です。函館聖泉女子高等学院に通っています。」
おいおい……。函館聖泉女子高等学院って……。ここ辺りじゃ、めちゃくちゃエリート学校じゃねぇか。偏差値がとんでもない学校だって前に母さんが言ってた記憶がある。
「そして、私達は4月からスクールアイドルを結成してしました。グループ名は"Saint Snow"です。」
「"Saint Snow"………」
そのまま日本語訳に直すと、『聖なる雪』……ね。ここで活動するなら、とってもピッタリなグループ名だ。
まるで、あいつらが決めたあのグループ名のように………。
「簡易的ですが、私たちの自己紹介はこんな感じです。貴方の名前を聞いても?」
サイドテールのお姉さん………、いや鹿角が俺に自己紹介をお願いする。彼女達の情報を教えられたんだ。俺も教えなきゃダメか。
「雨宮 晴人。○○高校3年。」
「あ、同い年なんですね。」
同い年なのかよ。大人っぽくて全然見えないわ。
「まぁ、特に趣味とか特技とかはあるっちゃあるけどどれもそんな大したことはない。強いて言うなら足が速いってことぐらいだ。」
「そうでしたか?」
そうでしたか?じゃねぇわ。高校は部活入ってないけど、50m走はいつも5秒台だし、陸上部のエースとかといい勝負できるぐらいだぞ?毎日の勧誘がしつこく止まらなくてノイローゼになりかけた時期があるぐらいだ。
「足の速さについてはこれぐらいにして。昨日の俺の言葉だろ?それについては謝る。すみませんでした。」
俺は両手を膝につけて、頭を深く下げる。少なくとも、俺の発見で不快になったことは間違いないからな。
しかし、俺はもう謝った。これで彼女達も満足するだろ
「いいえ。別に私たちは謝罪の言葉を欲しいわけではないんです。」
「へ?」
謝って欲しいんじゃないのか?
「貴方は言いましたね?『まだまだ』だと。どこがまだまだだったんですか?」
鹿角は真剣な表情を浮かべて俺に問いかける。
「自分達で言うのもアレですが、私達は他のスクールアイドルに比べて、クオリティは高いと思っています。貴方が見た時だって、そんなにおかしな所は無かったはずです。」
「結成して間もないくせによくそんなことが言えるな。」
「事実なので。それに、それぐらいの気持ちがなくては勝てませんから。」
彼女の言葉に俺は「あっそ。」と言って手にしていたメニュー表に視線を落とす。
「教えてくれないんですか?」
「焦るな。こちとら、買い物帰り疲れで甘いのを食べたくてここに足を運んだんだ。注文する商品を選ぶ権利ぐらいあるだろ。」
「…………そうですね。ごめんなさい」
俺の言葉が正しいと判断したからか、鹿角は俺が注文を決めている間は特に何も口にすることはなく、お茶を飲んでいた。
「注文いいですか?」
「…………はい」
俺が手を上げると、鹿角の妹が凄く嫌そうな表情を浮かべながらやってくる。なんだろ……。ちょっと嫌な気分になるな。
「とうふ白玉パフェとお茶ください」
「………かしこまりました。」
鹿角妹はそう言って、厨房へと向かう。
「なぁ、あれは俺だからあぁいう態度なんだよね?他のお客さんに対してはやってないよな?」
なんだろう………。少し心配になってきた。
「恐らく………。普段はしっかりと接客しているので。でも、今のも接客態度が悪いと思うので、後で私から言っておきますね」
「別にいいよ。俺が悪いんだし。」
「お待たせしました。とうふ白玉パフェとお茶です」
少ししたら、鹿角妹がトレンチの上に俺が注文した商品を乗せて戻ってきた。そして、そのまま俺の目の前に置いていく。
「…………なんで近くにいるの?」
商品を置いたのにも関わらず、この場から離れない鹿角妹。
「私も聞きたいから。この時間帯はそんなにお客さん来ないしいいでしょ?」
「そうですかい。」
よく考えたら、鹿角だけじゃなくてこいつも気になるわな。なら、隠すことなく言いますか。言ったら2人はどっか行ってくれそうだし。
「まず誤解が無いように言うけど、俺が見たときのお前らのパフォーマンスは鹿角が言ったように間違いなく良かった。ライブとかも出たら盛り上がるとは思う。けど、確実に勝てないことも事実だ。なぁ、鹿角」
「はい」
「お前はさっきこう言ったよな?『勝てませんから』と。つまり、お前らの目標はあの"ラブライブ"に出場して頂点を獲るという認識でいいか?」
「その認識で間違いありません。そのために、私と理亞はスクールアイドルを始めたのですから。」
"ラブライブ"
ラブライブとは陸上部でいうインターハイ。バレーボール部でいう春高。野球部でいう甲子園。簡単にいったらスクールアイドルの全国大会みたいなもの。
昔はそこまでメジャーなものでは無かったが、数年前にある2組のスクールアイドルの活躍によって爆発的にスクールアイドルに注目が増え、現在でもそれは耐えないほどに人気なものとなった。
そのため、ラブライブで頂点をとるというのことは何十、何百………もしから何千を超えるスクールアイドルの中から1番になるということだ。
それを視野に入れるとなれば………
「なら、もう一度はっきりと言わせてもらおう。今のままだったらお前らは確実に勝てない。ラブライブの頂点なんて以ての外だ。なんなら、本線にさえ出場できるかさえ怪しい」
「その根拠は?」
彼女の言葉に、俺は手にしていたスプーンをとある人物に堂々と向けてこう言葉を出した。
「お前がいるからだ。鹿角妹。」
なぜ、理亞がいるから勝てないのか!?理由は次話にて!
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4話「悲しそうな表情を」
「………え?」
まさか、1番最初に自分の名前が出るとは思ってもいなかったのか、俺が指摘した瞬間にポカンとした表情を浮かべる。
「わ、私のどこがダメなのよ!!」
そして、直ぐに俺の事を睨みつけて立ち上がり、大声で俺に向かって怒りの孕んだ言葉を出す。
「理亞!!声を控えなさい!!他にもお客様がいるんですよ!!」
鹿角妹の行動に、鹿角が声をかける。それによって、鹿角妹は歯を食いしばりながらも席に座る。この光景を何度見ればいいのだろうか
「まず、そうやってすぐに怒って短気な所。マジで気をつけた方がいい。この御世代、誰もが撮影してSNSとかに投稿してもおかしくはないからな。」
俺がまず1つ目の指摘を言うと、鹿角妹は「あ」と口をこぼす。いくら知名度が上がったり、人気者になったとしても、1つ何かをやらかし、それが世間にバレた時点で一気にそれは水の泡と化する。
それの代表例がSNS。例えば、今の鹿角妹の行動を誰かが撮影しSNSに投稿すればどうなるか。
案の定、"Saint Snow"は地の底まで堕ちることになるだろう。2人の心が折れるまで顔も知らない奴らに罵られ叩かれる。それによって、消えた人たちを俺は知っている。
それが今の時代だ。
「鹿角」
「はい?」
鹿角妹が顔を青くしている中で、俺は鹿角に声をかける。
「練習の動画とかってある?」
「え?あ、はい。スマホ、取ってくるので少し待ってて下さい」
そう言って、鹿角は一旦、席を外す。そして、1分も経っていないところで、片手にスマホを持ちながら戻ってくる。
「結構な数あるんですけど………」
「何でもいいから、1つ見せてくれ」
「わ、分かりました」
鹿角は画面をタップし、2人がいつもの公園で踊っている動画を俺に見せる。動画で踊る彼女達はキレもあるし、息もピッタリ。一般の人が見れば、十分に完成度の高い踊りとなっていると思われるが…………
…………うん、俺の想像通りだ。
俺は動画を止め、とある場所をピンポイントにしてズームし拡大させる。
画面に映るのは………
「鹿角妹、お前の表情が死んでんだよ」
「……!!?」
俺は画面いっぱいに映る鹿角妹の表情を見せながら彼女に告げる。
「……?一体、どういうことですか?現にそれに映っている理亞は可愛らしく笑っているじゃないですか」
鹿角の言う通り、スマホの画面に映っている鹿角妹は確かに笑っている。しかし、これは笑っているように見えるだけのただの偽りのもの。
「こんなの作り笑いに決まってるだろ。無理やり、表情作ってるんだ」
一見、本当の笑顔と偽りの笑顔は同じように見えるが、意外と見比べてみると違いが分かる。目元とか表情筋とかが本物の笑顔に比べて、偽りの笑顔はしっかりとできていない。
「え………?」
「スクールアイドルにとって、笑顔は必要不可欠。例え、ダンスのパフォーマンスのクオリティが高くても、基礎中の基礎である"笑顔"を出来てない時点でお前は姉の足を引っ張ってんだよ」
「………!!」
「鹿角妹がそれを乗り越えない限り、お前らは一生勝てない。それが、俺が言った『まだまだ』の意味。…………それじゃあ、俺はこれで」
言いたいことを最後まで言えた俺はテーブルの上に注文した料金分のお金を置いて荷物を持って立ち上がり、出口へと向かう。
その際、鹿角妹がまるでこの世の終わりみたいな表情を浮かべていたのかが、はっきりと俺の脳内に焼き付けながら。
もしかしたら、俺は余計なことをしてしまったかもしれない。これで、もし"Saint Snow"が活動をやめてしまったら、俺の原因だな。
もし、そうなってしまったら、またしても俺はアイツらと同じようにスクールアイドルを壊してしまったことになる。
「はぁー」
俺は深い溜息を吐きながら、片手を顔面につける。流石に考えすぎだと思うが、それでも意外と心にくるものがある。
「ちょっと待ってください!!」
「え?」
店を出て、すぐに後ろから声をかけられたため、振り向くとそこには鹿角がいた。
「なんだよ……。妹をボロくそ言った俺に何か仕打ちでもする気か?」
「違います!少し気になったことがあって……」
「気になったこと?」
「はい。貴方のスクールアイドルに対する観察力についてです。」
「………」
「いくらなんでも、観察力が優れすぎています。例え、ファンだったとしても、異常に感じてしまう程にです!!」
俺の今までの発言からして普通じゃないと思ったのか、鹿角は的確すぎる発言を俺に向かってする。
「……………」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『晴人〜!今の私のperformanceはどうだったかしら〜♪』
『うん。Congratulationだったよ、× × 。』
『ん〜♪Thank you♪』
『晴人さん、私はどうでしたか?』
『× × × はまだ緊張してるからか、表情が固いな。もっとリラックスにいこう』
『分かりました!』
『晴人、私は私は?』ダキッ
『えぇい、いちいち抱きつくな、アホ× × !!』
『ちょっと、××!!私のfianceに抱きつかないでよ!!』
『あはは………』
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「もしかして、貴方は以前にスクールアイドルとの何か関わりが………」
鹿角の発言に対して、俺は………
「…………お前の考えすぎだ。俺はただの男子高校生だよ。」
「ーーーー!?」
と、彼女に発言して俺は再び前を向いて歩き出した。もう………、この付近には近づかないと心の中で誓いながら。
「どうして、そんな悲しそうな表情を浮かべるんですか………」
前へどんどんと歩き続けている俺の姿を見ながら、鹿角がそう発言したことに、俺は気づくことは無かった。
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