PhantasyStarOnline2:Extra story Episode of まリス (今井綾菜)
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プロローグ

エピソードまリススタートです!



プロローグ

 

息が苦しくなるほどの炎の中を幼い子供たちが走り抜ける。

村の四方は既に燃え盛る炎で壁が出来上がっている中、たった一つあるかもわからない出口を探して走り続ける。

 

お互いの小さな手を消して離さないように強く握り、いやでも耳に入ってくる懇願の声を全て無視して手を引く少女は真っ直ぐに進む。

 

「はあ……待ってよ姉さんっ!まだ助けてっていう人がっ!」

 

「あたしたちじゃどうしようもできないでしょ!今は走り続けなさい!」

 

見知った顔の人たちが瓦礫に潰され、身動きが取れなくなり、それでも尚あたし達に手を伸ばして救いを求める。

どうしょうもない、そうあたし達は今は逃げることで手一杯なのだ。

背後から迫る漆黒の魔獣……ダーカーから逃げ切るために全力を尽くさなければならないのだから。

 

立ち止まることなんて許されない。

あたしが傷つくだけならまだ良い。

それでも幼い弟を巻き込むなら話は別だ。

 

両親が数年前に仕事上の事故で亡くなってから私と2人きりの家族になったこの子を……いリスを必ず逃がさないといけない。

 

「っ!」

 

親譲りの白い髪が煤で黒くなっていく。

そんなこと構っていられるか。

進め、進め、進み続けろ。

何があっても立ち止まることはするな。

 

───あああああ!いやだ!死にたくないっ!

 

───助けて!助けてよおおおおおお!

 

───痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

悲鳴の声が各所から聞こえる。

どれもこれも知っている声だ。

聞こえない、聞いちゃいけない。

感情に揺られて戻れば死ぬしか未来はない。

 

「……姉さんっ!」

 

「わかってる!でも、あたし達に何が出来るの!」

 

逃げろと言われた。

身寄りのなくなったあたし達を引き取って育ててくれた恩人がダーカーに胸を貫かれながらも『振り返らずに進め』と『必ず生き延びてくれ』と死の間際に遺した言葉を無駄には出来ないんだから。

 

ただただ、あてもなく走り続ける。

子どもの体力なんて底が知れている。

数十分も無闇に走り続ければ、全身に疲労が溜まり動きが鈍くなるのは当然のことだろう。

 

それ故に、足元にある瓦礫に気が付かずに足を引っ掛けてしまった。

 

「いったい!」

 

「いリスっ!」

 

固く繋いでいた手は強い力によって引き離されてしまった。

振り返り、転んだ弟の方へ歩き出そうとした瞬間……

 

黒い厄災がその姿を現した。

なんの前触れもなく、黒い球体とともに大切な弟の目の前へと現れた。

声にならない声をあげていリスを庇うように抱きしめる。

 

「姉さんっ!逃げて!」

 

「あんただけおいて逃げれるわけないでしょ!」

 

全身が震え、声も震える。

しかし、逃げ出すことはもう出来なかった。

この距離で逃げ出してもあたしの数倍はある大きさのダーカーはすぐに追いつきあたし達を惨殺するだろう。

 

「ごめん……いリスっ!」

 

ぎゅっと力強くいリスを抱きしめる。

せめて不安や恐怖が少しでも和らぐようにと力一杯抱きしめる。

ブォンッと空気を切り裂くような音が耳に入っていよいよ覚悟を決める。

数瞬後には無残に殺されてしまうんだろうと隠しきれない震えをなんとか隠しながら必死で目を瞑った。

 

だが、待てどもその痛みが私の身体を襲うことはなかった。

どれだけ震える身体で覚悟を決めようとも焼けるような熱気しか私を襲うものはなかった。

 

「危なかったな。キミたち、大丈夫……では無さそうだな」

 

「仕方ありませんよ。このような状況では生き残っているのが奇跡なくらいです」

 

心配する声と鈴のように美しく響いたその声にあたしは眼を開けて声の主の方へと顔を上げた。

そこには細身の剣を納刀した黒衣の少女と自身よりも大きな剣を片手で持つ白銀の少女があたし達を見下ろしていた。

 

煌々と燃え盛る炎の中で何にも屈せずに悠然と立ち尽くす彼女達は───あまりにも美しかった。

 

「ええと、その子はキミの妹……になるのかな?」

 

「弟よ、逃げてる時に躓いちゃって……」

 

「なるほど、確かに炎症を起こしていますね。これならばすぐに治せるでしょう。少しだけ失礼しますね」

 

銀の少女はいリスの前で屈み、その細い指でいリスの炎症を起こしている足首へと触れる。

 

瞬間、彼女の指先から純白の光が溢れ出しいリスの足首を優しく包み込んでいく、数十秒もすればいリスの足首は何もなかったかのように治っていた。

 

「すごい……」

 

「すいません、ありがとうございます……」

 

「いえ、私たちがもう少し早くたどり着けていれば負うはずのなかった怪我ですから」

 

あたし達では存在すら知らない奇跡のような所業を成した少女はゆっくりと首を振り周囲を見回した。

 

「あるふぃ、残りの地区の捜索とダーカーの殲滅……頼めますか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

あるふぃと呼ばれた少女は頷くとそのまま燃え盛る村の中へと姿を消していった。

 

「あなた達は私たちが乗ってきた船で保護することになります。安心してください、道中は私が必ず守りますから」

 

「うん……」

 

「はい……」

 

あたしたちは彼女に導かれるまま、炎の村を後にすることになる。

背後では先ほどまでとは打って変わって静かになってしまった村がどうなってしまったのかを察してしまいながら。

 

 

 

***

 

「生存者っぽいのはあの子達だけか……最近はナベリウスも大分不穏だな。2年前の蝉とクーナの件に関してもそうだがあまり良い傾向とは言えないな」

 

一通り村の捜索を終えてダーカーをおびき寄せながら黒衣の少女……あるふぃは一人口ずさんだ。

 

「他に救助に来ていたアークスも全滅……ダーカーとの実戦経験がない新人を送るからこういうことになるんだ」

 

舌打ちをしながら目の前に集結しつつあるダーカーを見据えてあるふぃはゆっくりと目を閉じた。

 

「まったく、本当についてないよ……お前達は」

 

ため息のように吐き出したその言葉とともに整った口元を弧を描くように大きく歪ませる。

手に持った特注の『コートサーベル』を乱雑に抜き放ち、目の前に迫っていた大型のダーカーの首を一瞬で切り落とした。

ゆっくりと開いた目は先ほどまでの穏やかな水色から血に染まったような真紅に染まっている。

 

「久しぶりだなあ……ここまで暴れて良いのはさぁ!」

 

燃え盛る村から命の気配が消えたのはものの数十分後の出来事だった。

 



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第一章『揺れる世界』
第一話 アークスシップ


蝉時雨に先導されてたどり着いた船は個人用と呼ぶには少し大きなものだった。

アークスに与えられるそれぞれのキャンプシップは基本的には1人用の為そこまで大きなものは与えられない。

だが、複数人で行動することをメインとするアークス達……俗に言うチームやグループ、パーティを組んでいるアークス達にはその人数に見合ったキャンプシップを与えられる。

特に大きく功績を残したもの達は自分たち専用のカスタマイズされたキャンプシップをアークスの総統から賜るのだ。

 

つまり、蝉時雨やあるふぃが乗ってきていたこの船は“専用カスタマイズ”を施された宇宙でたった一隻しかない専用艦であった。

 

「ミカエラ、先に戻りました。要救助者2名、そしてあるふぃが殲滅を行なっている村でのたった2人だけの生き残りです」

 

「そっか、それは辛い思いをしたね。疲れたでしょう?簡易ベッドがあるから2人ともそこで休んでるといいよ」

 

ミカエラと蝉時雨に案内されるままあたしといリスは簡易ベットとは名ばかりのちゃんとしたベッドへと案内され、そのまま眠りに落ちてしまう。

目を覚ましたらきっちりお礼と自己紹介をしなければならない。

ベッドに体が沈み込んでいくのと同時に瞼を開いていることができなくなった。

 

 

 

 

****

 

それはとても寒い冬のことだった。

いリスが8歳の誕生日を迎えてから数日後。

あたしの住む村は凍土エリアから少しだけ近いということもあって雪が深く降り積もるナベリウスの中でも少々特殊な村だった。

その日も朝から岑々と雪が降り続けていた。

朝からいリスや近くの友人達と外で駆け回り雪を使って遊んでいた日の夕方、夕食の準備を終えたお母さんがお父さんのお手伝いに行かなきゃ行けないからと夕方に家を出て行った。

あたしだってもう10歳になっていたしお母さんが用意してくれた夕食をいリスと食べて一晩過ごすくらいなんともなかった。

でも、そのとき……普段なら何にも思わなかったはずなのに。

その日だけは時が経つにつれてどんどん不安になっていった。

普段なら夜中の23時にもなればどんなに遅くてもお母さんだけでも帰ってくる。

今まで通り、その当たり前を待てばいいだけだと頭の隅に不安を追いやって変わらず雪の降り積もる外を見た時だった。

 

遠く離れた山のあたりで空が光った。

 

その光が嫌に頭に残ってその答えが数日後に残酷な結末となってあたし達に降りかかったのだった。

 

お父さんとお母さんが帰って来なくなってから数日後。

あたし達の住む家に見知らぬ男の人がやってきた。

 

「君たちのご両親は───」

 

 

その日から、あたしといリスの世界は変わってしまった。

とても子供2人では生きていけぬと村で穏やかで一番優しい老夫婦があたし達を引き取って育ててくれることとなる。

優しかった、暖かかった、本当のおじいちゃんとおばあちゃんのようにあたし達も関係を築けていたと思う。

 

それでも、この世界はどこまでもあたし達に優しくはなかった。

村で上がった一つの悲鳴、それが地獄の始まりだった。

老夫婦を連れてあたし達2人は逃げた、走りつづけた。

それでも子供と老夫婦4人でどこまで逃げれるかなど分かりきったことだった。

 

信じられない速度で迫るダーカー。

どう足掻いても4人で逃げ切ることは無理だった。

 

「まリス、いリス……いいかい、儂とばあさんが手を叩いたら絶対に振り向かないで真っ直ぐに駆け抜けなさい」

 

「私たちは少しやらなきゃいけないことができたからね。先に2人で逃げなさいな」

 

繋いでいた手が離れる。

そして、その優しい皺々の手から大きく……乾いた音が鳴った。

 

涙が流れることを無視してあたしはいリスの手を引いて走った。

背後からはナニカを裂く音が聞こえた。

ナニカが踏み躙られる音が聞こえた。

振り向いてはいけない、立ち止まってはいけない。

大好きな2人が繋いでくれた道を絶ってはいけない。

 

そして、逃げ惑ったその先で……あたしはあるふぃと蝉時雨に出会った。

 

 

 

 

****

 

 

悪夢から覚めるようにあたしは飛び起きた。

身体中が汗でひどいことになっている。

汚れている服や煤れた髪を見てさっきまでの光景が夢でないことを認めた。

 

周りを見ればすぐ隣にいリスが寝ている。

うなされている様子もないことからゆっくり眠れているんだろう。

一先ずいリスが無事なことを確認してあたしは眠っていたベッドから離れて隣の部屋へと足を踏み入れた。

 

そこにいたのはさっき助けられた蝉時雨とあるふぃ、そして蝉時雨にミカエラと呼ばれていた少女だった。

 

「ああ、目を覚ましたんですね。身体に異常とかは見当たりませんか?」

 

「えっと、うん。なんともないみたい」

 

あたしが戸惑い気味に答えれば蝉時雨は柔らかく微笑んで近くにあった椅子に座るように案内してくれる。

 

「そういえば私の自己紹介がまだだったよね。私はミカエラ、蝉時雨の同期であるふぃとはチームメンバーなんだ」

 

よろしくねと差し伸べてきた手を握り返してあたしも自己紹介を済ませる。

事前にあるふぃや蝉時雨に聞いていたのもあるのだろうが終始笑顔のままミカエラはあたしの話を聞き続けたのだった。

 

 

 

 

-こちらナウシズ管制室、キャンプシップNo.15223……搭乗者は蝉時雨で間違いはないか-

 

「ええ、間違いありません。承認コード4977、着艦の許可を求めます」

 

-許可する。任務の遂行お疲れ様でした、蝉時雨-

 

「其方こそ毎度お疲れ様です、今日は私たちで終わりですか?」

 

-残念ながらこれから残業だよ。代わりの当番が友人の結婚式で欠席でね-

 

「おや、それはめでたいじゃないですか。どうせなら私が代わってあげましょうか?」

 

-ありがたいがそれをすると私の首が飛んでしまうよ。大人しく私の代わりに休暇を楽しむといいさ-

 

「そうですね、それでは残りの業務も頑張ってください」

 

蝉時雨はその言葉を最後に通信を切りキャンプシップを停める格納庫へと続くゲートへと入っていく。

着艦と同時に複数人のメカニックが船の周りへと集まり、主翼をロックして船を所定の位置まで移動させる。

移動すること数分で船の移動は止まり、船の搭乗口が自動で開いた。

 

蝉時雨とミカエラが先に降りて、あるふぃは眠っているいリスを抱き上げて降りていく。

 

「ほら、まリス。貴女も降りてきなさい」

 

蝉時雨に手を引かれてあたしも船の外へと降りていく。

そして、そこに広がっていたのはあまりにも広大な空間だった。

数多の船が出撃を待つように完璧なメンテナンスを受け主人を待っている。

 

数百、いやもしかしたら数千はあろうかと言うその数に言葉を失った。

 

「この光景は確かに初めて見ると言葉を失うよね。私も蝉も初めてきたあるふぃに連れてこられた時は息を呑んだもん」

 

「あの時の2人の顔は今でも忘れないぞ」

 

「余計なことを言わなくてもいいんですよ。ほら、まずはメディカルセンターで身体チェックをしてから住民登録をしなければならないんですからね」

 

あたしの手を弾きながら蝉時雨は前へと進んでいく。

それを笑いながら追いかけるミカエラと呆れたように歩き出すあるふぃ。

蝉時雨に引かれた手は居るはずのない姉を思わせるようで少しだけ安心したのだった。

 



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第二話 猫被り

格納庫からロビーへと向かう長い通路を抜ければそこにはまた大きな空間が広がっていた。

左右に大きなカウンターが立ち並び、多くの人々が行き来をしている。

活気あふれる、というのがきっと正しい表現なのだろう。

しかし、その誰もが蝉時雨やあるふぃ、ミカエラを遠くから見つめ中には失神して倒れてどこかに運ばれていく人すらちらほら見える。

そんな人々を知ってか知らずかあるふぃはいリスを抱えたままあたしに振り向いた。

 

「まリスといリスには取り敢えずメディカルセンターで身体チェックをしてもらう。万が一ダーカー因子に侵食されていたらそのまま浄化治療に入ることになるが……まあ、多分問題ないだろう」

 

「メディカルセンターの担当官はフィリアって言ってね、言うことさえちゃんと聞いてれば優しいから安心していいよ」

 

「それはキチンとフィリアの言うことを聞かないミカエラが特別なんだってことを忘れないでくださいね」

 

軽い説明をしてくれたあるふぃに続くようにミカエラが言葉を繋いだが、蝉時雨の全く笑ってない笑みでミカエラを見つめる。

 

「えっと……うん、はい」

 

出会って数時間程度しか経っていないがどういう力関係なのかはなんとなくわかってしまった気がした。

 

人混みをかき分けてたどり着いたメディカルセンターには如何にも私が担当官ですよと言わんばかりの服装の女性がカウンターに立っていた。

 

「フィリア、この子達の検査を頼んでいいか?」

 

「おや、あるふぃさん。その子たちは……?」

 

「今回の任務で生き残っていた子達だ。姉のまリスとこの子が弟のいリス。ダーカー因子の検査と煤で汚れた体を綺麗にしてやってくれ」

 

フィリアはあたしといリスを交互に見て小さく微笑んだ。

 

「わかりました。それじゃあ、いリス君を此方に……まリスちゃんは自分でついてこれるかな?」

 

蝉時雨と繋いでいた手が離れて、ゆっくりと背中を押される。

私は頷いてフィリアと共にメディカルセンターの奥へと歩いていった。

 

 

 

 

 

****

 

「行きましたね。それでは今のうちに住民データを改ざn……もとい申請を行っておきましょうか」

 

まリスといリスを見届けた蝉時雨はあるふぃとミカエラへと向き直るなりそんなことを口にしたがあるふぃはそれに深いため息を吐いた。

 

「そんなことをしなくても総督(レギアス)ならやってくれるだろう。ダーカーに襲われた村の生き残りの姉弟だと説明すればすぐに作ってくれるはずだが」

 

「そうは言っても彼、ルーサーの言いなりでしょ?私は嫌だよ、あの子達があの人たちに利用されるのは」

 

ミカエラはあるふぃを少し睨みつけるがそれをあるふぃは軽く手を振ることで否定した。

 

「少なくとも今のルーサーはまともだ。10年周期で今は丁度あいつの善性が表に出てきているからな」

 

「最後に悪声が出てきたのが2年前……アークスシップが【若人】の襲撃を受けた時ですね……だとすれば後8年の間に彼女たちを守護する手段を確立しなければならない訳ですが……?」

 

「最悪、私たちで保護して庇護下におく。あの子達が一市民として生きていくのを選ぶのなら私たちは陰からそれを支えてやればいい。どのみちデータの改竄はあの子たちの未来に明るくないことを作ることになるだろう」

 

まリスといリスがどのような道を選んだとしても、戸籍が改竄された物だというのが明るみに出て仕舞えばこの先の未来どのような事をしていたとしても必ずそれが妨げになってしまう。

ならば、少し気に食わなくとも正規の手段を取るしかないのだ。

それを蝉時雨もミカエラも理解したのか渋々頷いた。

 

そうとなればあるふぃの行動は早かった。

携帯端末に登録しているレギアスへとコールを送る。

コールを始めて数秒もしないうちにあるふぃの前にレギアスの顔が映し出された。

 

『どうしたあるふぃ、お前から私に連絡とは珍しいではないか』

 

「お久しぶりですね先生、実は今日の任務で保護した子供二人のアークスシップへの住民登録をお願いしたくて連絡させてもらいました」

 

『お前の今日の任務履歴はナベリウスの調査だったはずだが……子供を保護したのか?』

 

「ダーカーに襲われている村を発見したので救援に向かったところで保護した2人です。村の生き残りは他には誰もいなかったですが……」

 

あるふぃが悔やむように顔を伏せればレギアスは少し唸ったがすぐにその首を縦に振った。

 

『後で詳細なデータを転送しておくといい、私の方で処理をしておこう』

 

「ありがとうございます、レギアス先生」

 

『処理が終わり次第お前のところへ認証パスを送るように手配しておこう』

 

それだけ告げるとレギアスはあるふぃとの通信を切った。

あるふぃはそれを確認して一つため息をついて、蝉時雨とミカエラへと向き直る。

 

「どうだ」

 

これ以上ないくらいのドヤ顔で向き直ったあるふぃに今度は蝉時雨とミカエラが大きなため息を吐いた。

 

「どれだけ猫被りなんですかあるふぃ」

 

「ちょっと普段のあるふぃとは違いすぎて違和感が……」

 

「お前たちなぁ……」

 

上に真面目に取り合ったというのにジト目で見られてはあるふぃとて納得できないが……そこをぐっと飲み込んであるふぃは自室へ向かうべく居住スペースへと足を向ける。

 

「あるふぃ?何処へ行くんですか?」

 

「蝉とミカエラと違って私は炎の中で戦って煤まみれなんだ。シャワー浴びるくらい許してくれてもいいだろう?」

 

「そんなこと言う割にはずいぶん楽しんでたみたいじゃない」

 

悪戯っぽくミカエラが問いかければあるふぃはバツの悪そうな顔をする。

自分が戦闘狂の気があるのはあるふぃも自覚はしていた。

そして自分の特異性も理解している上でミカエラは少し棘のある言葉を投げかけてきたのだと瞬時に理解できた。

 

「お前は私に喧嘩を売りたいのか?」

 

「やめとく、あるふぃが全力でやったらシュミレーター室壊れるし」

 

「ミカエラもあるふぃを煽るようなことを言うのはやめなさい」

 

ミカエラの頭上に手刀を落とし悶絶するミカエラを蝉時雨は自室へと連れていくために足を進める。

 

「身だしなみを整えたら再びここに集まりましょう。検診を終えて私たちがいなければまリスも戸惑うでしょう」

 

「そうだな、とりあえず30分ほどで戻ってくるとは思う」

 

「わかりました、私たちもそのくらいの時間で戻ってきます」

 

そうしてあるふぃと蝉時雨とミカエラはそれぞれの自室へと戻っていくのだった。



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第三話 検査結果

検査とは言っても行ったのはそこまで仰々しいものではなかった。

まずはシャワーを浴びて検査着に着替え、数分程のスキャン検査を行って検査着のまま検査の結果を待つだけだった。

ちなみにいリスはメディカルセンターに入ってすぐに目を覚まし、此処が何処かとこれからすることを説明したらすぐに納得してくれた。

昔から聞き分けの良くて頭の良かった子だけど今回は頭では理解できても心での整理はまだついてないはずだと思いながらもいリスの検査終了を待っていた。

 

それにしてもあたしはこれからどうするべきなんだろう。

蝉時雨やあるふぃ、ミカエラはあたしといリスの住民登録をすると言っていたけど所詮あたしたち2人が2人で生きていくのは現実的に難しい。

フィリアが少しだけ説明してくれた『第一種災害孤児』としてあたしやいリスにはいくつかの選択肢があるという。

 

・適性があればアークスになって今回のような現場に向かう。

・街に降りて孤児院で生きて、いつか自立して孤児院を出る。

・アークスから生活の支援を行われながら2人で生きていく。

 

やはり一番多いのはアークスになることだという。

それもそうだ、自分の家族や大切な人たちがダーカーに殺されて全てを奪われた人たちは復讐や正義感に駆られてこの道を選ぶだろう。

逆に一番少ないのは孤児院へ行くことらしい。

理由は言わずもがな場所によってはまともな生活を送れないこともあることを考えれば自ずとその道を選ぶ人も少ないだろう。

そして時点で多いのがアークスからの生活の支援を受けること。

これは主にアークスにならなくてもショップエリアやメディカルセンターなどで手伝いを行うことで生活に必要な賃金や生活必需品を得ると言うもの、要はごく短時間のアルバイトをする事で決して少なくない賃金と生活を保障されることを約束される物らしい。

 

最適解をいリスが選べと言えば多分あの子は3番を選ぶだろう。

命の危険がある仕事をあの子が許可するわけないのは姉のあたしが一番良くわかっている。

 

だがそれと同時に、小耳に挟んだことも気になっていた。

メディカルセンターで検査をするためにシャワーを借りていた時、隣のシャワールームから2年前にアークスシップがダークファルスによって襲撃されたと言う物だった。

アークスシップが絶対的に安全な場所ではないということをその会話で知ってしまったからこそ、あたしは選択に迷っていた。

アークスになるか、アルバイトをしてアークスから支援をしてもらうか。

前者は圧倒的にデメリットの方が大きかった。

怪我をする可能性、下手をすれば命を落としてしまう危険性だってある。

だが、いざという時にあたしがいリスを守ってあげることができる。

あたしはあまりにも無力だった。

逃げることしかできず、あたしたちを育ててくれた大切な人たちにその身を持って守られてなんとか命を繋いでいる。

もし、次があるのなら……あたしがキチンといリスを守ってあげられるようになっておきたい。

戦うための技術やこの残酷な世界で生きていくための知識を学ばなければならない。

 

ならば、あたしの選択は決まったような物だ。

誰かのため、そんな綺麗事は言えない。

確かにあたしやいリスのような思いをする子供が減ればいいとは思う。

だけど、誰かの命を人生を背負うなんて“今のあたし”には出来ない。

 

「あれ、姉さん先に終わってたんだ」

 

「うん、寝坊助のいリスより検査するの早かったからね」

 

「それを言われると何も言い返せないよ」

 

少し恥ずかしそうに俯くいリスを見て頬が緩む。

そう、いリスがこうして普通に過ごせる場所を守るためにあたしはアークスになる。

他の誰でもない、たった1人の弟を守るためだけに……

 

 

それがあたしの選択だ。

 

 

 

 

****

 

しばらく待って検査の結果が出たからとフィリアに呼ばれて結果を聞けばダーカー因子の侵食の恐れは全くないとのこと。

外に蝉時雨が迎えにきているからと言われてあたしといリスは検査着のままメディカルセンターから出る。

 

メディカルセンターからあたし達出てすぐに蝉時雨はあたし達に気がついたのか手元にあった端末を仕舞ってあたしといリスの前へと移動してくる。

 

「検査の結果は如何でしたか?」

 

「とりあえずは何ともないって、ダーカー因子の侵食の影響も考慮しなくていいだろうって言われた」

 

「それはよかった、それでは食事にしましょうか。2人ともあれから何も口にしてないでしょう?あるふぃとミカエラは既にそっちであなた達を待っていますから行きましょう」

 

再び蝉時雨にあたしといリスは手を引かれる。

さっきまでとは違う戦闘衣ではない私服の彼女はしっかりとあたしといリスの手を握ってまっすぐに歩いていく。

 

「なんだか姉さんみたい」

 

いリスが笑いながらそんなことを口にして、あたしも少し笑ってしまった。

 

「あたしの方がもっと強引に行くわよ」

 

しっかりと握られてはいるが……本当に壊れ物を扱うように優しかった。

まるで失ったはずのものを再び得たかのような、そんな感じがした。

 

 

 

 

蝉時雨に手を引かれてやってきた場所。

フランカ’s カフェと呼ばれるそこはアークスやこのアークスシップに住む者にとっては最も有名で百数十隻あるアークスシップの全ての船に支店を持つ大型チェーン店でもある……らしい。

これも検査待ちの時間で手に取った雑誌に載っていた情報だが、あたしといリスが向かっているのは明らかに一般人が入れるような通路ではなかった。

 

西洋風の廊下にクラシックなカーペットが一直線に皺ひとつなく敷かれている。

一つ一つの扉はデザインの差こそあるものの高級感漂う重厚なデザインの扉が部屋の主人を待つようにいくつも並んでいた。

 

「えっと、蝉時雨さん……道間違えたりしてませんか?」

 

「問題ありませんよ、私たちの行く場所はこの一番奥ですから」

 

「えぇ……」

 

戸惑ういリスに涼しい顔で返す蝉時雨。

あたしはつい小さく動揺して最奥を見つめた。

確かに存在するどの扉よりもデザインの凝った扉が最奥には見えた。

改めて思うのは蝉時雨やあるふぃ、ミカエラがどのような立場の人間なのか。

あたし達を乗せて帰ってきたキャンプシップだってきっと普通のものではないはずだ。

冷静になってドック内にあった船を思い出す。

あそこまで大きく特殊な船はあの一隻以外には見当たらなかった。

船内にあったベッドだって決して一般的に言われる簡易的なものとはあまりにも違う。

あれがアークスのキャンプシップに標準装備されているというならそんな馬鹿げた話なんてあるわけないだろうと声を大にして言うだろう。

それなら彼女達がアークス内でも相当な立ち位置にいるのは間違い無いはずだ……それならあたしの考えたこと全てに納得がいく。

いや、考えなくたって誰だってそう思うだろう。

 

「さて、着きましたよ」

 

あたしといリスから手を離して扉に付いている三つの認証を済ませる。

虹彩認証、声帯認証、指紋認証……三つのセキュリティを解除して蝉時雨は茶色い重みのある木製の扉を開いた。

 

「さあ、中に入ってください」

 

誘われるまま扉を潜る。

そこに広がっていたのは完全にVIPルームだった。

ゴシックな雰囲気の家具で統一された高級ルーム。

決してくどくならないように置かれているものはあまり多くない、しかし……置かれているもの全てが世界に二つのない物だというのは一眼見ただけで分かってしまった。

 

「ああ、蝉……2人は何ともなかったのか?」

 

「ええ、フィリアから送られてきた診察結果は全て正常値を叩き出しているそうです。なんでしたら調子が良過ぎるくらいですね」

 

「それなら良かった。ほら、まリスちゃんにいリスくん座って座って」

 

蝉時雨からの報告を聞いたミカエラがあたしといリスを椅子に誘い、その椅子に躊躇いながらも座る。

 

「ひとまずは食事にしましょう、ミカエラ……適当に五品お願いします」

 

「はーい」

 

手元にあるタブレットを操作して注文を済ませるとミカエラはそのまま席を経って紅茶を入れて持ってきてくれる。

 

「私の淹れる紅茶はそれなりに好評だからぜひ飲んでね」

 

「あ、ありがと」

 

「ありがとうございます……」

 

差し出された紅茶は当然だが淹れたてで湯気が上がっている。

だが、そんなものも気にならないほどいい香りがあたしの鼻を刺激する。

カップを持ち、ゆっくりと口に含めば口の中いっぱいに茶葉の優しい香りが広がる。

 

「おいしい……」

 

ほっとする味に何度も口に含んでは体の中へ優しい暖かさが落ちてゆく。

しばらくそうしているとミカエラが頼んだ料理達がスタッフによって届けられた。

メニューは全員同じらしい。

熱を感じさせる鉄板の上に大振りのハンバーグが美味しそうに油を跳ねさせていた。

大盛りのライスに透明度の高いオニオンスープ。

付属されてきたデミグラスのソースをハンバーグにかければ自然と忘れていたはずの空腹が目の前の食事を喰らえと主張を始める。

 

「遠慮しないで食べてくれ、私たちの食事に付き合わせるだけだからな。これを食べ終えたらケーキでも食べながら今後の話をしよう」

 

ナイフとフォークを手に取ってハンバーグを切り始めたあるふぃに習ってあたしといリスも同じようにハンバーグへとナイフとフォークを伸ばした。

 

これを食べ終えたらさっき考えたことを話そう。

そう考えながら目の前の食事を口に含んだのだった。



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第四話 サブオペレーターまリス

食事を終えて一息つけばあたしやいリスもだいぶこの状況に慣れてきたものでもあった。

出された料理が今まで食べたことないくらい美味しかったのもその要因の一つだろう。

食事を終えるのと同時にあるふぃから今後の選択肢の話をされ、出された選択肢は4つだった。

三つ目まではフィリアから聞いていたものと、4つ目は蝉時雨が保護責任者としてあたし達をそのまま保護するという提案だ。

 

「私個人としては4つ目を薦めるよ。どことも知れぬ孤児院や境遇もわからないアルバイトをさせるくらいなら蝉の元で暮らした方が何百倍もいいからな」

 

「そうですね、金銭の面なら全く気にしなくて大丈夫ですよ。私たちはこう見えてもアークスの中でもかなりの高給取りですから」

 

えへんと身長のわりに大きすぎる胸を張った蝉時雨をミカエラが若干白い目で見つめる。

それに気がついた蝉時雨は少しだけ頬を赤らめたがコホンと一つ咳をしてあたしといリスに向き合う。

 

「いろいろな不安はあるかも知れませんが、それでも少しの間私と暮らしてみませんか?私も任務があるので常に一緒にいることは出来ませんが、それでも2人を露頭に迷わすような行為はしないと誓います。私との生活が合わなければ2人で話し合って道を決めるのでもいいでしょう?」

 

あたしといリスによく似た翡翠色の瞳が真っ直ぐにあたしたちを射抜く。

その瞳を見ただけで彼女がどれだけ本気なのかは理解できた。

いリスの顔を少し見ても、どこかそれで安心したような顔をしている。

アークスになる、その道はあたしの中では揺らいではいない。

だけど、その選択を急ぐ必要は……まだないのかも知れない。

蝉時雨と共に暮らす中であたしの選択を、きっと尊重して応援してくれるはずだと直感的にわかってしまったから。

 

「それじゃあ……お言葉に甘えても、いいかな?いリスもそれでいい?」

 

「うん、蝉時雨さん。僕たちにやれることなら何でもやります。家事だってなんだってこなしてみせます……だから」

 

「わかりました。それではこの後、私の部屋に移動しましょうか。それと日用品の買い物もしなければいけませんね」

 

にこやかに、そしてホッとしたような表情で蝉時雨はあたし達を受け入れてくれた。

 

 

 

 

****

 

それから30分ほど経ってあたし達はフランカ’s カフェを後にした。

あるふぃやミカエラは自室に戻ると口にして別れた後、あたしといリスと蝉時雨はショップエリアへと足を運んでいた。

まず訪れたのはファッションセンターだった。

店に入るなり店員さんに頭を下げられる蝉時雨を見てあたしといリスは改めて彼女がどんな立場なのか気になったがそれはきっと今は知らなくてもいいことだと心に秘めて何も口を出さなかった。

 

「何もない状態なんですから遠慮しないで着たいと思った服を持ってきてください」

 

にこにこと送り出されたあたしといリス、流石にレディースものとメンズものの売り場は真反対にあるため別れたのだが、あたしもいリスも蝉時雨の元へと持って行ったのは下着数枚と数枚の普段着で着れるようなもの。

それを見た蝉時雨が顔を引き攣らせて店員さんを呼んだ。

 

「この2人に合うものを見繕ってください。ええ、予算は気にしなくていいです」

 

スッと現れた店員さんにあたしといリスは再び売り場へと戻され、そしてそのまま数十分着せ替え人形になった末、大量の衣服を購入することになった。

 

なにやらホッコリ顔の蝉時雨と表示されていく金額に顔が白くなっていくあたしといリス……総支払額48万メセタ、それをなにやら白金色のカードのようなもので精算する蝉時雨。

あたしといリスは完全に血の気が引いていた。

 

それから次から次へとショップエリアを歩き回り、その度に数十万単位で買い物していく蝉時雨を見てあたしといリスは一体何を見ているんだろうという感覚に陥っていた。

 

「えっと、買ってもらって何だけどこんなに買って大丈夫なの……?」

 

恐る恐る聞けば彼女は軽く頷いた。

 

「ええ、どうせ私1人では使いきれないほどのお給金を頂いてますから。今日使った金額だって私の預金の中から少しメセタが減るだけです。あるふぃは彼女が幼い頃にいた孤児院への支援、ミカエラは弟と弟の幼馴染を養うために使っていますが……私はそういう対象がいないわけではないですが彼女も今は私よりもお給金が高いですからね。やってあげられることがないんです」

 

寂しそうな瞳があたしへと向けられる。

とても知っている誰かに似たその瞳を向けられるとあたしは何も言えなくなってしまった。

 

「だから、私のためと思って使わせてください」

 

「うん……ありがと」

 

「ええ、どういたしまして」

 

優しく微笑んで彼女があたしといリスの手を掴んで再び近くのお店へと足を向けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

そんなことがあったなと思いながらもあたしは蝉時雨と一緒に彼女のサポートをするべく蝉時雨専用のキャンプシップから通信を行なっていた。

あたし達が蝉時雨のためにできること、それをいリスと話し合ってあたしは蝉時雨の臨時オペレーターとしてサポートして、いリスは蝉時雨の部屋の家事をこなすということで話が纏まった。

最初は反対した蝉時雨もあたし達があまりにも折れないため、渋々了承した形になった。

あたしが今いるキャンプシップも蝉時雨専用とはいうが要するにあの日助けてもらった時に乗った船である。

 

あの悲劇の日から半年以上が経過してあたしもいリスもだいぶ心の整理がついて今ある日常に慣れ始めていた。

臨時オペレーターになる為にも必死に勉強して船の操縦資格とオペレーターをするのに必要な準オペレーター資格を半月のうちに取って、あたしはいろんな世界を蝉時雨達と回ることを選んだ。

もちろん自分でもたくさん勉強したが、やはり蝉時雨達にも試験に向けて勉強を教えてもらったおかげで本試験を危なげなく突破できたのは今になればいい思い出だった。

 

思い出しただけで体に寒気がするような授業も受けたのはあたしの心の中にしまっておこうとそっと決めながら、再びモニターと計器類に視線を向ける。

周囲のダーカー反応も正常値。

キャンプシップの防衛結界も正常作動。

船の動力も問題なく稼働しているし、蝉時雨達3人の周囲にも異常観測は見られない。

 

今回も無事に任務を終えられそうだとあたしはほっとため息をつく。

後は、あの3人が戻ってくればアークスシップへと帰還して今日の任務は終了だ。

 

安堵はしても計器から視線を外すことはなかった。

任務が終わって急にダーカーが現れてそのまま……なんて事例が今までにも決して少ないわけじゃないと識っていたからである。

 

『まリス、今日はいリスが肉じゃがを作ってくれているらしいんです』

 

「そうなの?あたしは何も聞いてないんだけど」

 

『いリスの肉じゃがは私も好きなんだ。今日は私もお邪魔してもいいか?』

 

蝉とあたしの他愛ない夕飯の話を聞いたあるふぃは早速聞くや否やいリスにメッセージを飛ばし始める。

それを見ていたミカエラが口を開いた。

 

『それじゃあ私もお邪魔しようかな、ユウとろんも一緒に』

 

そして、いリスにも友達が出来た。

ミカエラの弟であるユウ、そしてユウの幼馴染であり過去の襲撃事件で親を亡くしたろんが今ではいリスと一緒に仲良くしてくれている。

まるで数年来の友人のように気の使わないような関係を築けている姿にあたしは感慨深いものがあった。

 

「たぶんみんなが来てもいリスならそれを見越してたくさん作ってるわよ。っていうかあるふぃなんて“今日は”なんて言ってるけど毎日来てるじゃない」

 

『……まぁ、そうだな。だが考えて見ろ、今までは蝉と一緒に食事をとっていたのに今度は1人だぞ。あの無駄に豪華な部屋で1人で食事を取るなんて虚しさ以外の何があるんだ』

 

『まぁ、否定はしませんけどね。最近はクーナも食事に来てくれるようになりましたし、みんなとも打ち解けてきているようで私は嬉しいですよ』

 

更に、食事の際は1人増えていることが最近は多くなっていた。

青い髪に澄んだ声が特徴の少女のクーナ。

蝉時雨達にとっては妹分となる少女なのだが、持ち前の明るさと綺麗な歌声に惹かれてあたしといリス、ユウとろんはすぐに打ち解けることができた。

 

『クーナもいリスの作るご飯好きだよね。黙々と食べてるけどあの子すごくニコニコしながらご飯食べてるし』

 

ミカエラがボソッと口にした言葉にあたしはモニター越しに頷く。

そう、クーナはいリスの作るご飯を食べてる時に限り常にニコニコしながら食事をするらしいのだ。

あたしにとってはそれが普通なのだが蝉時雨達が見た限り他のところで食事をするとあんな顔をしないらしい。

『好きな男を捕まえたいならまずは胃袋を掴め』なんて言葉があるが無意識のうちに複数人の胃袋を掌握しているなど我が弟はつゆほどにも思っていないだろう。

 

 

 

 

****

 

「おかえり姉さん、蝉時雨さん……うわっ、今日はすごい人数だね」

 

蝉時雨の部屋に帰るといリスは開口一番あたし達の人数に顔を引き攣らせてそう口にした。

それもそうだろう、あたし、蝉時雨、あるふぃ、ミカエラに続いてユウとろん、そしてクーナまでいるのだ。

 

「すまないな、私が行くと言ったら人数が増えた」

 

謝るあるふぃにいリスはすぐに苦笑した。

 

「いや、こんなこともあろうかと料理はたくさん作っていたんです。ユウとろんもいらっしゃい。クーナもたくさん食べていってね」

 

「帰ってくるなり姉さんに連れてこられた……今日はご馳走になるよいリス」

 

「いリスくん、今日はご馳走になります」

 

「いリスの食事を頂けると聞いて急いで任務を終わらせて来ました……今日も美味しくいただくね、いリス」

 

無難に挨拶するユウとろんに続いて姿こそ変わらないが身内とだけ話す時のような砕けた口調になったクーナがニコニコしながらテーブルについた。

 

蝉時雨の大きな部屋でも8人も入ればそれなりに狭くなる。

だが、そうなってもいいようにとあたし達がここに来てから行われた蝉時雨のマイルームのリフォームによってキッチンとカウンター、そして食事を行うダイニングが一つの部屋にまとまった大部屋と化していた。

ダイニングに置かれた大きなテーブルにはいリスがこうなることを見越して作られたであろうたくさんの料理が並べられていて、任務帰りのあたし達やクーナはもちろんユウとろんのお腹も自然と鳴る。

 

あたし達全員が席について、いリスが最後に席についたのと同時に蝉時雨があたし達がきちんと席についているかを確認して手を合わせる。

 

「それでは、今日も1日お疲れ様でした。ここまでの料理を用意してくれたいリスに感謝をしていただきましょう」

 

 

 

『いただきます』

 

 

蝉時雨が告げたその言葉に続くように全員が同じように手を合わせて食前の聖句を口にしてそれぞれが自分の食べたいものをお皿に盛り付けて食事を行う。

 

大人数での食事はすこし前なら抵抗があったもののこうして友人達と一緒に食べるご飯はあたしにとってもかけがえのない楽しみの一つとなっていた。

 

 

因みに、満腹になった後に出て来た食後のデザートはとても手の込んだフルーツタルトだった。

誰もが満腹感など忘れて目の前に出て来たタルトに夢中になったのだった。

 

 

甘いもの好きのあるふぃの目が信じられないくらいキラキラ光ってたのは本人以外の全ての全員が目撃したが誰もそのことについては触れなかった。

 

 

 

 

 

 



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第五話 力を求めるワケは

誰かを助けるために力が欲しい。

そう思ったことがないと言えば嘘になる。

だけど、あたしが欲しいのは……今ここにある幸せを守れるだけの力があればそれでよかったのだ。

 

蝉時雨と同居をして彼女の任務を手伝うこと数ヶ月。

あたしは任務から帰っていつものように食事を取り終えてゆっくりと紅茶を飲んでいる時にその話題を持ち出した。

 

「蝉、いリス……話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

いつもの何倍も勇気を振り絞ったその初めの言葉は驚くほど震えていた。

あたしの様子がすこしおかしいことに気がついた蝉時雨といリスはいつもよりも真剣な面持ちであたしの次の言葉を待つ。

口にするのが怖い、反論できないほどのなにかをいリスに言われればあたしは言い返せないかもしれないと思いながらも口を開いた。

 

「あたし、アークスになろうと思う」

 

「ダメだよ、それは僕が容認できない」

 

しかし、返ってきた言葉は思っていたよりも早い拒否の言葉だった。

理由を聞かれるまでもなく、いリスはどうせ考えてることなんてわかるといったように言葉を続けた。

 

「姉さんがそう思うのは10ヶ月前、蝉さんやあるふぃさん、ミカエラさんに救われたからそう思うだけだよ。いつかこういうことを言われるんじゃないかって考えてた。“誰かを救いたい”なんて曖昧な考えでアークスになろうと思うなら僕は絶対に許さない」

 

見たことのないような鋭い眼光、そしていリスが生まれてきて初めて聞いた心の底から冷え切った声を聞いてあたしが思ったことは『この子はあたしのことを心配してくれているんだ』ということだった。

確かに、誰かを救いたいという願いは間違っていない。

アークスとなれば結果として不特定多数の誰かを救うことになるだろう。

だけど……あたしの願いはたった一つだけ。

 

「あたしはここにある幸せを守れればそれでいいの」

 

自然と、だけどしっかりといリスと蝉時雨を見て口が開いていた。

 

「誰かを救いたい、確かにそんな気持ちがないとは言えない。結果としてはそうなることだってあると思う……ううん、違うかな、絶対にそうなっては行くと思う」

 

あたし達を助けてくれた蝉時雨達のように、結果として見知らぬ人達を助けていくことにもなるとは思う。

蝉時雨を見れば彼女は静かに頷いた。

彼女がどういう思いでアークスになったのかはわからないけどあたしの言っていることがわかるというかのようにただ頷いてくれていた。

 

「だけど、だけどね。あたしがアークスになりたい理由は他でもないいリスを守りたいから、いリスと友達になったユウとろんを守りたいから。確かに蝉やあるふぃやミカエラがいる。でも2年前にあったっていうダーカーの襲撃が2度とないわけじゃない……そんな時になにもできないままなんて嫌だから」

 

諭すわけでもないし説得しようとする言葉でもないのは分かっていた。

だけど、理屈ではいリスに勝てないのはあたし自身がよくわかってる。

素直な気持ちで真摯に伝えなければいリスの心には届かないのも知っていた。

 

だから、あたしはあたしの思ったことを……心に決めたことをしっかりといリスに話すことを選んだんだ。

 

「だったら、僕がアークスになる。姉さんは女の子なんだよ、アークスになって大きな怪我をすれば一生残る傷になるかもしれない……ロビーでよく見るよね、何十年も前にした怪我がそのまま深い傷になって残ってる人たち……僕は姉さんにそうなってほしくない」

 

「それはあたしもそうだよ。いリスが思ってくれたようにあたしもいリスに傷ついてほしくない。世界で1人だけの可愛い弟をお姉ちゃんに守らせて欲しいんだ……ダメかな?」

 

「その言い方は反則だよ……」

 

俯いて、それでも何かに堪えるようにすこしだけ葛藤した。

数十秒経ってようやく顔を挙げたいリスは指を3つ立てて蝉時雨に確認するように視線を向けた。

それの意味を悟った彼女はこれまた静かに頷く。

 

「僕が姉さんがアークスになるに従って出す条件は3つ。1つ、蝉さん、あるふぃさん、ミカエラさんに戦い方とアークスになるための知識をしっかりと教わること。2つ、3人から学んで結果が出なかった場合は大人しく諦めること。3つ、自分の限界を超えた無理だけはしないこと。最低限これだけ守ってくれれば僕はもうなにも言わないよ」

 

立てた指を一つづつ折りながら出された条件。

要するにしっかりと学び、基礎と応用ができるようにする。

そして、その過程で適性がないと判断されれば潔く諦める。

最後に限界を超えたオーバーワークを絶対にしないこと。

それをしっかりと心に刻み込んであたしは深く頷いた。

 

「ありがとう、いリス……約束は絶対に守るから」

 

「僕だって本当は姉さんを守りたい。だけど僕の身体じゃまだそういう訓練についていけないから」

 

俯いて、悔しそうに呟いたその言葉はきっと心の底から思っていたことなんだろう。

きっと、それは蝉時雨だって気が付いているはずだ。

さっきからあえてなにも言わずにあたし達のことを見守ってくれていたことに感謝しなければならないだろう。

だが、それよりも先に……するべきことがある。

 

「蝉……あたしに戦い方を教えて欲しい。アークスになる為に必要なことをあたしに……学ばせて欲しい」

 

美しい翡翠の瞳があたしをまっすぐに見ている。

覚悟を問うかの様にその瞳があたしの瞳を捉えた。

 

「いずれこうなるのではないかと……3人で話していたんです。あなたの覚悟が本物なら、私たちも貴女を支えることに異論はありません」

 

その言葉が嬉しくて少しだけ顔が緩む。

しかし……ですが、と蝉時雨は言葉を続けた。

 

「命の関わる仕事になります……生半可な覚悟や下手な理想論を掲げる様なら私は貴女を本気で叱ってでも止める。それが、いリスに貴女を託された私たちの責務であり私たち自身が負うべき責任だからです」

 

「それはわかってる。だから、ここで約束するよ……どんなに辛いことが起きてもそれをしっかりと受け止める。下手な理想論なんて絶対に掲げないって」

 

蝉時雨達が本気であたしに向き合ってくれる。

ならば、あたしだって本気で向き合わなければならない。

『誰かを救いたい』なんて理想論は掲げない。

あたしは『自分の幸せを守ること』が手一杯なのだと常に言い聞かせなければならない。

 

だからこそ、あらゆる手段を学んであたしの幸せを守るんだ。

 

「いいでしょう、私たち3人が扱うのは既存するどのクラスでもない……いわゆるユニーククラスといったところでしょうか。この全てを私たち3人で貴女に叩き込みます……泣き言も弱音も許しません、貴女が勝手に立ち止まることも諦めることも許しません。それでも、私たちから学びますか?」

 

この問いに答えればもう引き返せない。

きっと今までやってきたどんなことよりも辛いんだろうと容易に想像できる……だけど、決めた以上はあとは突き進むだけだ。

 

「教えて欲しい、他でもない3人の戦い方を」

 

しっかりとただ真っ直ぐに彼女の瞳を見てあたしはアークスになるには小さな、本当に小さな一歩を踏み出した。

そして、その言葉に……蝉時雨は一つ頷いてすぐにあるふぃとミカエラへと連絡を取り始める。

 

ここから始まるんだと自分に言い聞かせて既に冷めてしまった紅茶で乾き切った喉を潤すのだった。

 

 



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第六話 蝉時雨の授業

翌日から始まった3人からの訓練は苛烈を極めた。

蝉時雨のソード、ツインマシンガン、タリスを扱う英雄(ヒーロー)

あるふぃのカタナ、アサルトライフル、ロッドを扱う幻影(ファントム)

ミカエラのデュアルブレード、ダブルセイバー、ウォンドを扱う恒星(エトワール)

全部で9つの武器の扱い方、そして戦い方を一日中……それも日替わりで叩き込まれるのだ。

 

正直しんどい、今まで触れたことすらないものを彼女達からみっちりと教わりながら振り回すのだ。

全身が毎日筋肉痛だし、手はマメができて潰れてまたできての繰り返しだ。

それでも、彼女達が厳しいのは訓練の時だけで終わって仕舞えば労いの言葉や良かったところをしっかりと褒めてくれる。

 

そうして、数週間が経過して少しづつそれぞれの武器の扱いにもなれてきた頃……

 

「さて、まリス。明日から座学も始めますので」

 

訓練終わりのクールダウンのストレッチをしているときになんでもない様な顔で蝉時雨にそう告げられた。

 

「座学って勉強だよね?訓練の前にやるの?それとも後?」

 

「おや、やる気満々ですか。時間としては昼食を取った後毎日1時間から2時間くらいを予定してます。そこからまた午後の訓練に入ると言った感じですね」

 

「頭は使うけど身体は休まるからありがたいわ」

 

「ちなみに、座学の担当は私なのでみっちりと仕込んであげますね」

 

ニコニコと笑っているのになんだか瞳が笑ってない。

あるふぃやミカエラ曰く、この蝉時雨には何を言ってもその溢れ出る圧でなにも言えなくなってしまうのだという。

 

「アッ、ヨロシクオネガイシマス」

 

思わず目を逸らしてすごい早口でそんなことを口にすれば蝉時雨は思わず吹き出してクスクスと笑う。

それに釣られてあたしも笑ってしまった。

 

 

 

さて、さらにその日の翌日。

午前の訓練を終えてその日はミカエラの作ってくれたお弁当をミカエラと食べた後、蝉時雨に指定された場所……フランカ’s カフェのあのVIPルームに2人で向かう。

 

「ちょうどいいです、ミカエラ。貴女も受けていきなさい」

 

「え“っ“」

 

「まリスに教える立場なのですからおさらい程度には丁度いいでしょう。まさか、私があれだけみっちり教えたのに“覚えてない”などとは言いませんよね?」

 

「……はい」

 

渋々頷いたミカエラはすでに準備されていた教本とノートと筆記用具が用意された場所へと座ったのだった。

 

いざ始まった蝉時雨の授業はとてもわかりやすかった。

一般的に広まっているアークスの歴史を時系列順に追い、さらに所々補足説明や余談を話してくれることで興味を持ち、理解が深まるのだ。

 

あたしやいリスにとって勉強っていうのはまともに受けたことのないものだった。

お母さん達が亡くなる前は家にあったお父さんやお母さんの論文を本代わりに読んでいたり、あたし達を引き取ってくれた老夫婦の家では文字の書きを少し教わったくらいだろうか。

 

お陰で蝉時雨の授業でそのことで躓くことはなかったがそれでももう少し知識をつけておけばよかったと思うことはこの授業中も少なくなかった。

 

 

 

 

****

 

授業が終わり、ミカエラと共にVR空間に戻ってくると彼女は大きなため息を吐いた。

 

「あぁー酷い目にあった」

 

「蝉の授業おもしろいじゃない」

 

「確かにわかりやすい授業なんだけど、私あんまり勉強好きじゃないのよ。必要ならやるけど不要ならやらないスタンスなの」

 

すぐに頭に入るしねと苦笑いしながら続けたミカエラにあたしは苦笑する。

 

軽く伸びたミカエラはその手に彼女の愛剣である“ティアーズスターライト”を呼び出して軽く素振りする。

ミカエラの扱う“エトワール”というクラス。

デュアルブレード、ダブルセイバー、ウォンドを使いこなし支援と攻撃を両立するその戦い方をあの武器一つで行うのだ。

2振り持てば凄まじい連撃を与える飛翔剣となり。

連結させれば舞う様な攻撃を行う両剣となり。

一振り持てば後方から純フォトンで口撃する短杖となりえる。

“星明かりの涙”を冠するその剣は眩いばかりに輝き続けている。

 

「さあ、まリス。午後の授業を始めようか……私からどんな手を使ってでも一本取ってみて。条件はいつも通り、私はこの子を一本しか使わないからね」

 

2振り目を虚空へと放り投げれば、彼女の収納領域へと姿を消す。

ミカエラから訓練の初めにもらった“エールスターライト”を呼び出して、あたしはミカエラへと飛び出した。

 



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第七話 VSミカエラ

双刃と剣がぶつかり合う。

手合わせを始めてから既に数刻、あたしは未だにミカエラから一本を取らないでいた。

小休憩を小刻みに挟みながらではあるが大量の汗をかきながら戦うあたしに比べ、ミカエラは余裕そのもの。

汗の一つすら流さずに、あたしの攻撃を最も容易くいなしていく。

さて、先ほど彼女は“ティアーズスターライト”を一振りしか使わないと言った。

それは彼女が扱うエトワールというクラスに置いて短杖のみを扱うと言うことになる……そう、“一般的な認識では”

 

ではミカエラが二振りある剣を一振りしか持たないその理由があたしと今戦っている彼女の戦い方に現れていた。

 

“短杖”としてではなく“片手剣”としてそれを扱うのだ。

確かに飛翔剣ともなり両剣ともなる武器を扱っているのだから理論上はその扱い方は可能だろう。

しかし、それを今まで成した事のある人はいない……何しろ前例がないのだ。

 

短杖のデザインは確かに細身の剣のものも多い。

だが、それはあくまでデザインであって実戦で扱える様な代物ではない。

それがどうだ、ミカエラの扱う“ティアーズスターライト”そして、あたしが彼女から渡された“エールスターライト”は基本は“斬る”ことに特化した武器だ。

その一振りを一時的に短杖として扱うならば……後方から純フォトンで攻撃するよりも、斬りつけた方が早い。

 

唯一無二、その戦闘法を確立したのが目の前にいるミカエラだ。

“エトワール”と言うクラスを確立しても尚、更にたった1人だけの闘い方を編み出す天才……それがミカエラという少女だった。

 

「何度も言うけどセンスは悪くない。ただ、戦闘が長引いていくとどんどん思考が遅くなっていってるね。そんなんじゃ、私にはいつまでたっても攻撃は当てられないよ」

 

振り切ったエールスターライトの双刃がミカエラの持つ剣に押し返される。

体勢を崩したところに蹴りを入れられそのままあたしは地面を転がる。

体内にあった酸素が全部吐き出されるのと背中に鈍い痛みが来るのは同時だった。

 

「私と戦いながら私に集中するのは悪い事じゃないよ。だけど、まリスに足りてないのは並列思考(マルチタスク)だ。攻撃して二手三手先を常に考える。今のまリスは愚直に私に攻撃してるだけ、それでアークスになれたとしてもいずれそれじゃあ越えられない壁ができてくる」

 

痛みでぼんやりとする頭でミカエラの言葉を聞き取る。

確かに、あたしはミカエラへ攻撃する時……他のことは考えられていない。

それだけの余裕がないと言えばそれまでだが、彼女のと訓練でそんなことを言えばきっといつまで経っても先には進めないだろう。

ならば、それを習得しなければならない。

聞けば蝉時雨やあるふぃ、クーナですら並列思考(マルチタスク)を使いこなしていると言うのだ。

ならばアークスになると言うことはそれが必須技能になるのだろう。

だったら、こんなところで躓けない。

出来ないなんて死ぬほど努力してから言え。

立ち上がり、両手に持った剣をしっかりと握りしめろ。

脚に力を込めて、ミカエラへと走り出す。

 

「だから、それじゃあ今までと何も変わらないんだよ」

 

呆れた様な声と共にミカエラが構える。

エールスターライトを振りかぶり、横薙ぎに一閃。

防がれる、左手に持った剣を袈裟斬り、弾かれる。

縦横無尽に斬りかかる……無意味。

わかっている、これまでの戦い方が読まれているのは想定済みだ。

あたしのエトワールとしての戦い方はミカエラが一番よく知っている。

だから、あたしはその戦い方を辞めた。

 

連撃の最後を左に振り切った。

右手に持った武器は開いたままだ。

ミカエラからの反撃が来る。

防げない、避けることもできない。

 

それ故に、あたしは攻撃することを選んだ。

取った行動は至極単純、右手に持ったエールスターライトを中段に構える。

 

「っ!」

 

あたしが習ったのはエトワールとしての戦い方だけではない。

蝉時雨から教わったヒーローとしての3種の武器の使い方。

そして、あるふぃから教わったファントムの武器の使い方。

ならば、武器種が違くともその経験が……扱い方が活かせないはずがない。

 

神速の一撃が閃く。

鞘はない、ましてや体制だって不安定だ。

だからこそ猫騙しのような一撃。

しかし、それはミカエラの不意をつくには十分だった。

左手に持った剣を後方に投げ、ヒーローの特性で一気に跳ぶ。

体勢を整え、ファントムの瞬間移動を繰り返す。

移動し、フォトンエッジをいくつも生成してミカエラの視界を奪う。

 

「なるほど、私たち全員が教えたクラスの特徴を活かすか……面白いことする」

 

ミカエラの周りに突き刺さった幾つものフォトンエッジ。

それは壁の様にミカエラの行動を阻害する。

しかし、彼女はまだ全力でも本気でもなかった。

手加減に手加減を重ねたミカエラがほんの少し、獰猛的に嗤う。

 

「面白い、本当に面白いよまリス」

 

小さくつぶやいた声はまリスに聞き取られることはなかった。

だが、それでもミカエラが纏う雰囲気が変わったことは絶え間なく動くまリスにもわかった。

 

全身が警笛を鳴らす。

すぐに離脱しろと本能が叫ぶ。

ほぼ反射的にまリスが剣を投げて移動したのと、ミカエラが自身の周りに突き刺さったフォトンエッジを全て破壊したのは同時だった。

 

「うっそでしょ……」

 

フォトンエッジ、確かにフォトンで生成した幻の様な剣だが……その耐久性や切れ味は岩すら豆腐の様に切断する様な代物だ。

それをそれこそ豆腐を切る様に、それでいてガラスを砕くかの様に全て破壊して見せたのだ……それもただの一撃で。

 

「まリスの成長を見れたのは私としても嬉しい。その戦い方を伸ばしていけば誰にも真似できない戦い方を会得できるはずだよ。だからこそ、まリスに見せてあげる……私が会得した私だけの唯一無二(絶対)を」

 

ミカエラの持つティアーズスターライトにフォトンが集まる。

いや、収束していると言ってもいいだろう。

光り輝くフォトンがやがて美しい刃となってミカエラはそれを振りかぶった。

 

全身が怖気立つ。

避けなければまずい、アレだけは食らったらタダじゃ済まない。

だが避けることは恐らくできない、ならばやることはひとつだ。

双刃にフォトンエッジを装填し、二振りの剣を一つの大きな剣に変える。

振りかぶられたその剣を迎え撃つために全力で踏み込んだ。

 

だが、ミカエラが振りかぶったその剣は……あたしに向かってくることはなかった。

 

爆音を立ててその剣を迎え撃ったのは蝉時雨だった。

ミカエラよりも一回り小さなフォトンの刃を生成した大剣でミカエラの剣を押さえ込んでいた。

 

「何をしているんですかミカエラ!訓練でやっていい事の範囲を大きく超えていますよ!」

 

「蝉こそ私とまリスの邪魔しないで欲しかったんだけど」

 

「残念だけどここまでだミカエラ。熱くなるのは構わないが周りを見てみろ、訓練施設を壊すつもりか?」

 

憤る蝉時雨に興が覚めたと言わんばかりに剣を下ろすミカエラ。

そしていつの間にかミカエラの背後にいたあるふぃに言われたように周りを見ればVR空間を投影する施設が黒煙を上げていた。

 

「いくら私たちでもこれは上から言われるぞ」

 

「……仕方ない、ちょっと始末書提出してくる」

 

手に持っていた武器を虚空へと放り投げたミカエラはため息を吐きながら歩き出した。

 

「まリス、今日のあの感覚……忘れたらダメだよ」

 

「う、うん」

 

あたしの横を通り過ぎたミカエラの言葉にしっかりと頷くと張り詰めていた緊張の糸が切れたのかその場にへたり込んでしまった。

ミカエラとの戦闘で得たものは大きい。

三つのクラスの特性を全部使って戦うのがきっとあたしに一番あった戦い方なんだと他でもないミカエラが教えてくれたのだった。

 



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第八話 不穏な噂

訓練で酷使しすぎた身体をゆっくりと温めてほぐしていく。

訓練後の入浴を今日はゆっくりと取っていた。

身体は火照って、気分は高揚したままだった。

ミカエラとの訓練、いやアレはもう模擬戦とも言っていいものだったが戦いの中で掴めたあの感覚がいまだに身体に残っている。

あの時行っていたのは間違いなくクラスと武器の特性を全て消し去って新しい戦闘方法を生み出しかけていた。

実質デュアルブレードで行った居合の一閃。

本来ならタリスで行うはずのマーキングショット。

ファントムで扱う特殊な移動法である瞬間移動。

エトワールでは出来ない他のクラスの戦闘技能をあたしはあの瞬間確かに使いこなしていた。

 

アークスにはそれぞれ“適正クラス”と言うのが存在する。

それと同時に“適正武器”と呼ばれるものが計測され、クラスと武器が一致したクラスを自身の技能として伸ばしていく。

大体、1人につき適正武器は一つ。

センスがあって2つ、天才で3つと言った様な扱いになると蝉時雨に教えてもらっていた。

 

適正値のないクラスや武器を扱えば体内のフォトンが拒絶反応を起こし、全身に力が入らなくなり、最悪の場合は激痛を味わうといわれている。

それ故に、普通のアークスが戦闘中にクラスの切り替えというものを行わないのはそのせいでもある。

 

だが、あの感覚はクラスを変えるのとは少し違った。

切り替えると言うよりはもともと一つであったかの様に自然と噛み合った様な感覚だった。

思考はあくまでクリアだった、まるでそれが出来て当たり前であるかの様に自然とその行動が出来ていた。

 

蝉時雨は身体に負荷がかかるなら2度とやるなとキツく言った。

あるふぃは何か考えた後すぐにその場を離れてしまった。

ミカエラはその感覚を忘れるなと口にした。

 

負荷は掛かった感じはなかった。

むしろどのクラスで動くよりも身体が軽かったように感じる。

訓練が始まってから既に4週目、それぞれの担当からは基本的なものは全て教わって実戦形式の訓練が始まっていた。

少しづつではあるが技の練度も磨きがかかってきた頃、ここで戦闘法をあのやり方に変えることも一瞬頭に浮かぶ。

 

だが、その考えを振り払う様に頭を振った。

それはダメだ、今のままでは全部が半端なまま新しいことに手につけることになる。

それはあたしに教えてくれている3人への冒涜になるだろう。

オーバーワークは禁止されてる。

だから、今……この訓練の期間が終わるまでは使わない。

アークスになり、余裕が出来始めたら少しづつ自分のものにしていこう。

あたしが今やらなきゃいけないことは今手につけている事をキッチリと磨くことなんだから。

 

それ以上は今は求めてはいけない。

そう決めれば後は身体に溜まった疲れをほぐすために湯船に浸かることだけだ。

 

****

 

あの模擬戦から数ヶ月が経ち、十数戦に一度3人の誰かから一本取れる様になってきた頃、なにやら怪しい噂がアークスシップ内で広まっていた。

なにやらダーカーでも原生生物でもないエネミーが時折確認されると言うものだった。

切った感触は不透明、幻を切っているかの様に手応えがないのだと言う。

更に、不可解なのは倒したあと……原生生物ならその場に残り、ダーカーは時間が経てば分解される、だがそのエネミーは即座に消滅するのだとか。

まるでその存在そのものが初めからなかったかの様に。

そして、近くに必ず種子に似た殻があることから仮名として【SEED】と名付けられたとか。

 

「あるふぃはあの噂知ってる?」

 

「噂……?今で言うなら【SEED】のことか?」

 

あたしはこの訓練を始めてからオペレーターとしては現場に同行していないから今どう言う状況なのかが全くわからない状態だった。

あらゆるところに任務で向かうあるふぃならばこの噂の正体とも戦ったことがあるかもしれないと思って聞いてみたのだった。

 

「そう、どこから来たのか……何が目的なのか全てが不透明。姿はダーカーや原生生物とも取れない不気味な出立ち、まるで幻を観たような感覚に陥るって話だけど」

 

「そうだな……私も一度だけ遭遇して交戦したことがある。遭遇したのは雑魚だったがたしかに噂通りのものだったよ。切った感覚はほぼ無いし、まるで幻のように消えていった。不気味な見た目っていうのも相まって気味悪がられるのも頷ける」

 

「そうなんだ、他に何か変なこととかなかった?」

 

あるふぃの話ではほぼ噂と何ら変わらない。

交戦経験があるのなら、何か他に違和感とかなかったのかを聞きたかった。

 

「相手が弱すぎてあんまり記憶に残ってないんだが……ああ、一つあったな」

 

思い出したかのように、手のひらに拳を乗っけたあるふぃだったが次の瞬間にはとてつもなく苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。

 

「ダーカーの侵食因子、それとは違う何かをばら撒いてたようにも感じる。蝉から教わったと思うが『危険指定区域A』あそこはAランク相当以上のアークス以外は立ち寄れないほど不快な地なんだが……あいつと遭遇した時はそこの数倍不愉快だった」

 

ダーカーに襲撃され、手に負えなくなった土地は『危険指定区域A』に分類される、所謂『ダーカーの巣窟』と化するのだがその土地は濃密なダーカー因子に汚染され、浄化には数十年を掛ける必要があると聞いたことがある。

更には纏わり付き、立ち入ったアークスですら侵食され挙げ句の果てには浄化に立ち入ったアークスがダーカーと化してしまう事例も少なくなかったことからある程度実力のついたアークス、所謂エース級のアークスしか立ち入れない区域に指定されたのだ。

 

あるふぃの言う不快感はその“侵食”に近い何かが【SEED】の現れた区域であるふぃの体感で数倍のナニカが散布、又は侵食していたことになる。

 

「まあ、どちらにせよ遭遇したら倒せそうなら倒す。少しでも無理だと思ったなら全力で逃げろ、初めのうちは私たちの誰かが必ず同行するはずだからな」

 

「うん、そうする」

 

「さて、訓練という気分でもなくなったな。偶には早く切り上げて甘いものでも食べに行こう。蝉には黙っておけよ?」

 

立ち上がり、あたしの手を引いてあるふぃはVR空間を後にする。

フランカ’s カフェであるふぃとパフェを食べているとたまたまコーヒーを飲みに来た蝉時雨とミカエラに遭遇してこってり怒られたあるふぃだった。




えぴまり豆知識:フランカ’s カフェで出されるパフェグラスは氷属性のフォトンでコーティングされている特注品だぞ。これで最後まで冷たいまま美味しいパフェを食べられるね!


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第九話 VSあるふぃ

「まリス、今日は私と手合わせだ。ミカエラの時と同じような勝負と思ってもらって構わない」

 

「どうしたの突然」

 

ある日の訓練、その開始の前にあるふぃは『グリムリーパー』をカタナ形態へと移行させてそう告げた。

あのミカエラとの戦いから時間が経って、あたしがここに来てから2回目の秋が訪れた頃だった。

 

「昨日、蝉とミカエラと話し合ってな。今のお前の技量、能力、頭脳ならアークスになる為の試験に送り出してもいいって結論になった」

 

「ほんとっ!?」

 

約一年以上に及ぶ訓練と授業は無駄ではなかった。

それが他でもない3人に認められたことが何よりも嬉しくてつい、感情が昂って子供のようにあるふぃへ詰め寄ってしまう。

 

「ああ、だが3人でまリスを試験へと送るから私たちからも最後の試験を行おうということになってな。それが私との模擬戦であり、お前のこの一年弱の集大成でもある」

 

「ちなみに、負けたらどうなるの?」

 

「やるまえからそんなことを聞くんじゃない。まあ、負け方にもよるだろうな。始まって5〜10分で伸びるならまだ送り出してやれないが、それは外で見ているミカエラや蝉と判断することになるな」

 

苦笑いして、それでいて少し楽しそうに笑うあるふぃは2人が見ているテレポーターが設置されている高台を見た。

あるふぃに釣られるようにそっちを向けばミカエラと蝉時雨があたしたちを見下ろしていた。

 

「戦い方は……?」

 

「お前の好きなように戦え、三つのクラスを使い分けてもいいしお前の作り出した複合技能(・・・・)を使ってもいい。だが、私もある程度本気で戦うからな。お前も私を本気で攻撃してこい」

 

ニヤリと笑ったあるふぃから濃密な死の気配が漂う。

ファントム(幻影)の名を戴いた黒衣の死神が怪しく嗤った。

背筋が凍る、冷たい何かが額から数滴流れていく。

死力を尽くさなければ一瞬で意識を刈り取られてしまいそうなプレッシャーを撒き散らしているあるふぃへあたしは強がるように笑った。

 

「あたし、この一年ちょっとで結構強くなったんだから」

 

「そうだな、それは私も認めよう。だからこそ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      殺す気でかかってこい

 

 

 

 

 

 

あるふぃの姿が、気配が一瞬にして消える。

咄嗟に呼び出したのは『グリムアサシン』

カタナ形態で呼び出した瞬間、背後を向いて上段で防御体制を取る。

瞬間、響き渡るのはフォトンの刃が鍔迫り合う音。

そして、ずっしりと重たい一撃だった。

 

「よく反応したな、戦闘技能と一緒に直観も磨かれたらしい」

 

「素直に感心してる場合?自分から溢れ出てるオーラ隠したらどう?」

 

「言うじゃないか、これは私からのハンデのようなものだったんだが」

 

軽口を叩く余裕はあたしにはない。

だが、こうでもしていなければあるふぃから溢れる殺意とプレッシャーに心が潰されそうになってしまう。

 

だが、ここで折れて仕舞えば……アークスにはなれない。

押し込まれている状況を打破するために受け止めていたカタナを斜めに向け、受け流す。

だが、それだってあるふぃには読まれている。

受け流したことに手応えがなかった。

一呼吸置いた時にはあるふぃは数メートル先に佇んでいる。

 

瞬間移動を主軸にした暗殺を得意とするクラス。

本来ならあるふぃが戦闘中にここまで姿を表すことはない。

彼女は『ある程度本気』と言っていたが、これのどこが本気なのか。

瞬時に分かったのはよく言えば『手加減されている』悪く言えば『遊ばれている』といったことだろうか。

 

そしてなにより“あるふぃがロッドを持っていない”これが一番舐められている最たる証拠だろう。

確かにあるふぃはファントムとしてどの武器を持って来ても威力の高いテクニックを乱発することができる。

だが、あるふぃの本領は『グリムリーパー』をその名の通り死神の鎌のような形態のロッドへ変化させ音も立てずに命を刈り取る戦闘方法にある。

テクニックやカタナ、ライフルはあるふぃにとって所詮“絶対の一撃”を外した時の保険でしかないのだ。

 

つまり、あるふぃがカタナを主軸として戦おうとしているというのはあたしはロッドを使うまでもない相手というのを言外に言われているのだ。

 

グリムアサシンの刃とグリムリーパーの刃がぶつかり合う。

瞬間移動と瞬きの間の鍔迫り合い。

ほんの一瞬ぶつかり合うだけなのにミカエラと戦った時の数倍カタナを握る腕に負荷がかかる。

 

決して砕けない岩をひたすら鉄で殴っているようなそんな感覚にすら陥る。

 

(あるふぃとの鍔迫り合いが想定してたよりも重たい!あれだけ力を込めて武器を振るっても武器が壊れないのは純粋に技量の差が激しいのはわかってるけど、いつまでもこんなこと続けてられない……どうする?慣れないテクニックなんて使ってもその場凌ぎにもならないのは目に見えてる……)

 

思考は止められない、身体も止められない。

あるふぃにできなくてあたしにできること……

 

そういえば、ふと思ったことがある。

何故、あるふぃはカタナやロッド、ライフルで戦う時にライフルで扱える技能をカタナやロッドでやらないのかと。

そして、蝉時雨にはこう返されたのだ。

 

『普通はそんなことできないんですよ』

 

要するにファントムやエトワール、ヒーローとしての固有技能はそのクラスの武器ならどれでも扱える、しかし……さらに枝分かれした武器ごとの固有技能はその武器種でしか出来ない。

 

だが、あたしにはそれが出来る。

デュアルブレードでヒーローのマーキングショットを扱えたように。

エトワールとして戦っていたにもかかわらずファントムの瞬間移動が扱えたように。

デュアルブレードでカタナの技を使ったように。

 

あたしには他の誰にも出来なかったことが出来る。

それが、おそらくあたしだけに許された特異性だと理解するには時間はかからなかった。

 

だったら、あるふぃが手を抜いてるうちに一撃でも叩き込むっ!

 

手元にフォトンを収束させ、小さなビットを何度も放つ。

数にして24、VR空間に撒かれたビットは一気に内包したフォトンをレーザーとして放つ。

 

もちろん、あるふぃだってまぐれで当たるほど馬鹿ではない。

瞬間移動を繰り返し、当たりそうなレーザーはカタナで叩き落とす。

絶え間なく放たれるレーザーを的確に叩き落とし、そして笑った。

 

「いいぞ、まリス。お前に使えるものは全て使え。常識に囚われるな、お前にはその権利がある!」

 

非常識が嗤う。

自分の殻を叩き壊せと叫ぶ。

教わってきたもの、3人から学んだクラスの殻を……

 

 

 

真っ向から叩き割った。

 

 

 

ビットがフォトンを使い果たして消滅したのと同時にあるふぃの目の前へと瞬時に移動する。

 

死神が嗤う。

 

「やっと来たな!まリス!!」

 

「っ!」

 

カタナを振る、あるふぃの首を狙った一撃は当然の様に防がれる。

だが、まだ終わらない。

左手に(・・・)エールスターライトを一本だけ呼び出して今度は胴を狙う。

 

胴に迫る刃を一眼見てあるふぃは力任せに首元で防いでいたカタナを弾いて迫り来るエールスターライトを受け流す。

そして、それと同時にあたりの温度が急激に上がる。

 

(まずいっ!テクニックが来るっ!)

 

咄嗟に右手に持ったグリムアサシンを後方に飛ばしてマーキングショットを扱って後方へ跳ぶ。

あたしがマーキングしたところにたどり着くのとあたしがいた場所に爆炎が立ち上がるのは同時だった。

 

「あっぶな……あるふぃ、あたしのこと殺す気?」

 

「いや、すまない。つい力が入ってな。それに、お前だって首を狙ってきただろう?」

 

「あるふぃなら当たらないでしょ」

 

「そうだな、私なら当たらないよ。つまり、私があそこに撃ったのもそういうことだ」

 

2人揃ってニヒルに嗤う。

要するにあたしもあるふぃもどこを狙おうがどうせ避けられると思っているから急所を狙ったり火力の高いテクニックを扱うわけだ。

 

「あたしのこと、だいぶ買ってるみたいじゃない」

 

「私たちが手塩にかけて育てたんだ。このくらいこなしてもらわないと困る」

 

「それ、普通のアークス研修生に同じこと言えるわけ?」

 

「お前はそもそも普通の研修生じゃない」

 

あたしが呆れたように言葉を向ければ、あるふぃはあざ笑うように言葉を返す。

 

「さあ、休憩は十分だろう。お互いに息も整えられたはずだが?」

 

確かにあるふぃの言う通り全身から噴き出た冷や汗は止まっている。

無意識のうちに行っていた深呼吸のおかげで呼吸は整った。

 

「私たちはお前に戦う方法を教えた。だが、それをどう活かすかはお前次第だ。自分の目的を達成するためには自分の使える技術を何一つとして殺すな。誰がなんと言おうともお前はその戦い方が“一番正しい”」

 

「めずらしくよく喋るじゃない」

 

「使える技術を燻らせているのが惜しいだけだよ。なにより、その能力はお前が生き残ることに直結するからな。戦う手段が多いほど危機への対応能力が高くなる。ヒーローのマンキングショット、ファントムの瞬間移動、エトワールの多彩な防御手段。生存能力の高いこの三つを全て扱えるお前がどれか一つ使わないから死んだなんて笑い話にもならないさ。なら、今私が本気が戦って“手段を封じる”なんて考えられない様にしてやろうと思った訳だ。だからこそ……」

 

そこで言葉が途切れる、そして次の瞬間……背後に誰かの背中が重なった。

 

「自分の能力を最大限に活かせよ?」

 

背後に、濃密な死の気配が現れた。

その瞳には蒼炎が灯っている様にも見える。

手に持った武器はカタナではなく、まさに死神の鎌の様なロッド。

 

黒衣の死神が、怪しく嗤った。



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第十話 黒衣の死神

背後に現れた濃密な死の気配に思わず息を呑む。

そして、それは確かに今あたしの背後にいた。

 

「こうして背中を取られる様ではまだまだと言ったほうがいいか?」

 

「何度も言うけど普通は対応できないっての!」

 

だが、ただ背中を取られるだけでは終わらない。

ブレードエッジとビットを同時に展開して迎撃する。

態勢を立て直すだけならば必要な量は少ない。

背後に展開したエッジを突き立て、移動すると“予測”した場所へビットを飛ばす。

 

「鎌なんて出しちゃって、死神のつもり?」

 

「私はどうも黒衣の死神なんて呼ばれてるらしくてな。私としては黒衣以外の死神がいるならば会ってみたいところではあるんだが」

 

軽口を叩くものの、今のは本当に焦った。

落ち着いたはずの汗が一瞬で噴き出て、神経の全てが警笛を鳴らしていた。

 

よく見ればあるふぃの瞳は赤色へと変化している。

何度か目にすることがあったあるふぃの戦闘形態。

やはりさっきまでは遊んでいたなと思うのと同時に、ヤバい状態にしてしまったなと後悔する。

 

あの紅目の状態は所謂、戦闘にのみ特化したあるふぃの自己暗示に近いものだと蝉時雨やあるふぃ本人が言っていた。

自分の能力を最大限に引き出すために戦闘に関係ないことの全てをシャットダウンすることであるふぃのみが至ることの出来る領域。

 

あらためてヤバい奴が相手だと自覚する。

ミカエラと戦った時は終始手を抜かれていた。

あるふぃは最終試験だからと本気を出してきた。

蝉時雨とは未だ手合わせしたことすらない。

 

経験を手繰り寄せてなんとかあるふぃを認めさせなければならない。

右手にはグリムアサシン、左手にはエールスターライト。

本来ならありえない異なる武器同士の二刀流。

 

あたしだけに許された“異双流”という技能。

全部を使ってなんとしてでも……

 

呼吸を整え、あるふぃの行動を何一つとして見落とさぬ様に凝視する。

指先まで神経を集中させて微かなフォトンの流れさえ見逃さないように感覚を研ぎ澄ます。

 

「……ほう」

 

あるふぃが何かに感心した様に僅かに口を開いたが……

 

 

 

 

あたしがそれよりも先に駆け出した。

地を蹴り飛ばし、普通のアークスの数倍の速度であるふぃへ肉薄する。

左手に持ったエールスターライトを投擲し、それに反応したあるふぃが弾き返す。

だが、すぐさま弾かれたエールスターライトはフォトンに還り、再びあたしの手の中に収まる。

 

『戦うための手段は多いほうがいい。いいですかまリス、その場にあるもの全てが自分の武器となり盾となります。あまり勧めはしませんがあなたの持つ特殊技能、全てを相手の思わぬ使い方で発揮しなさい』

 

いつだったかの授業で言われたことを思い出す。

そう、あたしが使える武器種は分かってるだけでも9つ。

誰だって武器を投げてくるなんて思わないだろう。

ましてや弾いたはずの武器が手元に戻ってくるなんて誰もやらない。

フェイント混じりの攻撃だったがあるふぃはニヤリと笑うだけで動揺した様子はなかった。

これが普通の相手ならと思わないことはないが、相手はあたしに戦い方を教えた張本人だと言い聞かせて納得する。

 

だが、あるふぃに刃を振るよりも早くパチリとあたしの肌を少しだけ刺激する感覚が襲う。

 

そう、雷属性のテクニックがあたしの真横を駆け抜けていった。

だが、当たらなかったならそれに視線を向けるほど無駄なことはしない。

そんなことよりも“目の前に展開されている氷の弾丸”を捌き切ることを考えなければならない。

 

あるふぃから距離を取り、撃ち出される氷弾を“両手に持った”エールスターライトで迎撃する。

両手に持って切り裂き、連結させて弾き飛ばし、フォトンを身の回りに収束させて防御する。

時折一緒に飛んでくる稲妻と炎弾、風刃があたしをこれ以上近づけさせないという思惑が見え透いている様でイラつく。

 

だがいつまでも防御に徹しているわけにはいかない。

飛んでくるテクニックを捌きながら思考する。

無闇に出ていけば無制限に飛んでくるテクニックに蹂躙されるだけ。

まだ光テクニックと闇テクニックが飛んできていないから出鱈目に接近もできない。

かと言ってあるふぃ相手にライフルの弾丸が当たるとは思えない。

それこそフォトンの無駄遣いになる。

ブレードエッジやフォトンビットは砕かれ、撃ち落とされて終わりだろう。

 

ならばどうする?

考えろ、あたしに出来るこの状況を打開できる方法を。

あまり得意ではないが……テクニックを試してみるか……?

いいや、だめだそんなことしたってなんの解決にもならない。

 

『そういえばまリスってブレードエッジをスターライトに付けたまま振り回せないの?』

 

『え?多分できると思うんだけど、やったことないよ』

 

ミカエラとの訓練の中で最近聞かれたことがあった。

あの戦い以降、ミカエラは事あるごとにそう言う突拍子のないことを聞いてくる様になったのだが……どうして今そんなことを思い出した?

 

『ほら、私達の持つスターライトは単体としてのリーチは短いでしょう?私はセイバー()として使うからまだいいけどまリスはそう言う方法を見つけてないから。エッジを固定したまま戦えればリーチは長くなるし切れ味もほぼ実剣だから鋭い。いいことばかりだと思うけどね』

 

そうだ、これだ。

ぶっつけ本番だが、フルコネクトも安定して撃てるようになってる。

ほぼ賭けに近い……だが、何もしないよりはマシだ。

 

両手に持つエールスターライトにブレードエッジを装填する。

普段なら飛ばすか防御に使うか、フルコネクトにしか使わないそれを初めて武器として扱うことを選んだ。

 

エッジを装填した剣の上から密度の高いフォトンでコーティングする。

“フォトンを纏った実体剣”と化したエールスターライトはたったの一振りで迫り来るテクニック群を薙ぎ払う。

 

「……いけるっ!」

 

「……そんなの見たこともないぞ」

 

「今初めてやったからね!」

 

普段の倍以上もあるエールスターライトを振りながら再び接近する。

テクニックの手は止まない。

寧ろ放たれるテクニックの密度は濃くなっていくばかりだ。

中にはもはや光属性のテクニックすら混じり始めている。

だが、それは全て剣で斬り伏せられる。

 

「テクニックを超えてきたのは素直に感心してやる。エッジを剣に装填してフォトンでコーティングするのもなかなか良い手だった。だが、敢えて言わせてもらうなら……それがどうした?」

 

そう、あるふぃがいう通り接近することが出来ただけ。

だが……それだけでは終わらない。

剣に装填していたエッジをあるふぃへ向かって切り離し投擲する。

真っ直ぐに飛んでいくエッジをあるふぃが鎌で迎撃する。

 

エッジがあるふぃの持つ鎌に触れたその瞬間、エッジが爆ぜた。

鋭い刃の形をしていてもその材質はフォトンのみで構成されている。

更に、その上を密度の高いフォトンコーティングを施している。

ならば、切り離すその瞬間にフォトンに指向性を持たせてやればこのようなことだって出来るのだ。

 

2本のエッジが爆散しあるふぃの周囲を爆炎が包む。

その隙を見逃さない様にエールスターライトからツインマシンガンに持ち替えて爆炎の中へと絶え間なく弾丸を放ち続ける。

 

やがて炎が消え、煙が晴れるとそこには無傷のあるふぃが立っていた。

よく見れば身体の周囲には風を纏い、辺りには砕けた氷が落ちている。

 

「冗談……」

 

「流石に今のは危なかった。投擲したエッジを爆弾に使うなんてミカエラでも思いつかないだろうな。炎が上がる中での追撃をする判断も良かった。だが、私には一歩届かなかったな」

 

大きく深呼吸したあるふぃは高台にいる蝉時雨へ向けて声を上げる。

 

「蝉、もういいだろう。これ以上やられると私も加減が効かなくなる」

 

「そうですね、時間も1時間を超えましたし実力も申し分ないでしょう」

 

高台から降りてきた蝉時雨とミカエラは震える手で双銃をもつあたしを見て少しだけ微笑む。

 

「私と戦った時よりも戦術の幅が広がってる。感覚も視野も広がってるから今日のこの状態をずっと維持できる様に意識して」

 

お疲れ様と頭を撫でてくるミカエラの手に張り詰めていた糸が切れた。

両手に持っていたツインマシンガンを消して大きくため息を吐く。

 

「あるふぃ、ほんっとないわ」

 

「自分の師に向かって随分ないい様だな」

 

「実際大人気はなかったと思いますよ。仮にも研修生扱いのまリスに直撃コースのフォイエを撃ち込む馬鹿がどこにいるんですか。ミカエラもそうでしたが貴方達、舐め腐るか全力でやるかの2択しかないんですか?」

 

程よい加減というのを……とぶつぶつ言い始める蝉時雨を横目にあるふぃとミカエラはチラリとあたしを見ながら笑った。

 



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第十一話 筆記試験

ピッ、ピッと規則正しいアラームの音で目が覚める。

ベッドの中でもぞもぞと動きながら半分以上覚醒してない思考の中でいつも同じ位置にあるアラームを止める。

 

「ん……んぅ……」

 

寝ぼけたままベッドの中で軽く固まった身体を伸ばす。

ようやく覚醒した思考で時計を見れば時刻は午前6:30。

予定通りの時間に起きれたことに満足気に頷き、寝巻きから着替える。

アークスとして最終試験を行うために与えられた白い制服に袖を通し、顔を洗うために洗面台に向き合う。

 

「いよいよ、今日なんだ」

 

濡れた顔をしっかりと拭いて、いリスの用意してくれていた朝食を食べるために中央の大部屋に向かえばそこにはいつも通りコーヒーを飲みながらホロウインドウを操作している蝉時雨の姿があった。

 

「おはよ、蝉」

 

「おはようございます、まリス。制服、似合っていますよ」

 

「そう?あたし的にはあまりにも普通のスカートに見えすぎて心許ないんだけど」

 

「まあ、最近の制服は可愛らしいデザインになっていますからね。なんでもその方が女性アークスの志願者が増えるんだとか」

 

コーヒーを一口飲んでから蝉時雨は言葉を続ける。

 

「どのようなデザインであれフォトンでコーティングされていますので防御力は安心していいですよ。それに、まリスのそれは私たち3人がさらに重ね掛けしてますから」

 

「明らかに普通のフォトンコートじゃ無いと思ったら蝉たちの仕業だったのね……」

 

手に取った時に感じた普通の服では無い違和感の正体はそういうことだったわけだった。

 

「制服へのフォトンコートは違反では無いですからね。寧ろデフォルトである程度のものが施されている以上、それを強固にする分には試験官には何も言われませんよ。何しろそれが有る無しでは実地試験で重傷を負う確率が大幅に減りますからね」

 

「こんだけフォトンコートを重ね掛けしても違反にならないの?」

 

あたしの純粋な疑問はそこだったのだが蝉時雨はホロウインドウを消してコーヒーをまた一口飲んで、一息つく。

 

「……正直やりすぎてしまいましたね」

 

「ほらやっぱりね!!!」

 

「私もそうですがなによりあるふぃが張り切ってしまって。『私たちの愛弟子にケガでもされたら困る』と普通のものよりも密度の高いコーティングを三層掛け、更には微弱のレスタが常時発動してることで有る程度の怪我ならすぐに治り、おまけ程度ではありますがスカートの中は絶対に見えないように空間を歪ませてます」

 

ちなみに最後のやつをかけたのはミカエラですとおまけ程度に言われてあたしは大きくため息をついた。

この三人、なんだかんだで過保護すぎる。

確かに試験の地は惑星ナベリウスと比較的安全な場所ではある。

ここにきて知ったことだが、“ナベリウスにはダーカーが出ない”という教育を施されることで惑星ナベリウスは原生生物が住う安全な星というのが一般常識らしい。

 

だが、あたしの村が焼かれたあの日のようにダーカーが現れる可能性だって決して無いわけではなかった。

 

アークスでの常識は、あたしの中では非常識になっている。

 

なにせ、あたしはその安全なはずのナベリウスでダーカーに村を襲われ、死ぬ寸前のところをあるふぃや蝉時雨に助けてもらったのだから。

だから、蝉時雨達の心配も最終的には理解できた。

 

「それに、試験官にはその服のコーティングは指摘されませんよ」

 

「本当にー?」

 

「ええ、本当です」

 

微笑みながら言い切った蝉時雨の言葉の意味をあたしは数時間後に知ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アークスになるための試験はそれぞれのシップ毎に日付が違う。

たとえば今年の試験であればあたしが受けるナウシズの試験日は11月10日だが一番艦のフェオであれば1月2日、二番艦のウルであれば3月7日などその年によって多少の差異はあれどこれが一年に一度単位で回ってくるのだ。

 

ナウシズもそうだがまずその船のアークス育成学校へ赴き筆記試験を受け、その試験を突破した人が午後から実地試験に挑めることになる。

まあ、蝉時雨から言わせればこの筆記試験で落ちる人なんてまずいないとのことだが、それほど難しくないように出来ているのだとか。

 

学校の玄関先で受付を済ませ、蟬時雨から今朝貰った受験票通りの席に座る。

 

周りには参考書を開いたりしている人が多いが、あたしは頭の中に叩き込んである基礎を全て思い出すように目を瞑った。

 

 

やがて試験の時間になりやってきたのは試験官3人。

その中の1人がミカエラだったのだ。

 

「みなさん初めまして、今日の試験官を務めさせていただくミカエラと言います。まず今日の試験についてですが───」

 

ミカエラの口から彼女からは聞いたこともないような話し方で言葉がポンポン出されることに激しい違和感を覚えながらあたしは注意事項を聞いていく。

 

問題集と答案用紙が配られ、机の上に用意されていた筆記用具を取り、試験の開始と共に解答を始める。

 

問題自体は至極簡単なものばかりだった。

アークスについての基礎知識と各クラスについての特徴、そして軽い歴史についての問題が数問。

 

確かに蝉時雨のいう通り、こんなのに落ちる奴なんていないだろうと思いながらも空欄を埋めていく。

それに一つ言っておくことがあるがあたしは別に頭の出来が悪いわけではない。

科学者2人から生まれたあたしの脳はいリスには及ばないがそれなりに回るのだ、みっちり教えられたとはいえこの程度の試験で落ちてはいリスに笑われるどころか蝉時雨に顔向けできない。

 

答案を全て終えて、確認のために始めから確認をし退出していい開始から45分の時間まで待つことにした。

 

幸いにもあたしは窓側の席だったこともあり普段見ることのない景色を見ておくのも悪くないと外をぼーっと見つめることにした。

 

 

 

ピピッとミカエラの持つ時計から音が鳴る。

 

「開始から45分が経過しました。解答の終わった人は退出しても問題ありません」

 

数十人いる生徒の中から立ち上がり、解答用紙を提出したのはあたしだけだった。

 

「解答漏れ等はありませんか?」

 

「確認とったから無いわよ」

 

あくまで試験官と生徒としての振る舞いをしたままあたしはミカエラの隣を通り過ぎる。

 

「スカートの隠蔽、ありがとね」

 

通り過ぎる瞬間に小さくそう口にすればミカエラの口はほんの少しだけ上がっていたのが見えた。

 

学校から出て敷地内にある噴水の近くに腰掛けると一つため息をついた。

 

「あんな簡単な問題45分もあってあたししか解けてないってどうなのよ」

 

大丈夫なのかアークスの訓練学校……なんて思いつつ空を見上げればそこには純白の装甲を纏った、威厳の塊のようなキャストがいた。

 

「ふむ、今年の試験は簡単だったか……例年よりは難易度を上げたつもりではあったのだがな」

 

「六芒の一……レギアス……?」

 

空いた口が塞がらないとはこの事だろうか。

試験の愚痴をこぼしたらアークスの総督が目の前にいるなんて悪い冗談だ。

 

「如何にも、私は六芒の一たるレギアスだが。さっきの発言からするに君は今期の候補生だな?」

 

「ええ……えっと、はい」

 

畏まったように言い直せばレギアスは軽く笑った。

 

「そう畏まることはない。確かに肩書きは六芒の一を頂いてはいるが前線から身を引いた老ぼれだ。どれ、少し待っていなさい」

 

レギアスは近くにあった自動販売機に向かうと黒く細い缶に緑色の爪痕のようなデザインのジュースを買ってきてあたしに渡してきた。

 

「これが若者の間では流行っていると聞いてな」

 

「ありがとう、あたしこれなかなか好きで……なんか、これ中毒性あるのよねぇ……訓練終わった後とかに飲むと最高だったわ」

 

「ほう、私の弟子もそういう類の飲み物が好きみたいでな。同じように訓練後はそれを一気に飲み干しておったわ」

 

愉快そうに笑うレギアスにつられてあたしも笑う。

レギアスは聞き上手で、あたしはついつい話しすぎてしまっていた。

村にいた頃、あたしを可愛がってくれていたお爺ちゃんを思い出させるほど、レギアスは何処にでもいるような普通の年老いたキャストのような印象をあたしに与えた。

 

「なるほど……其方にはそのような過去があったのか、辛かっただろう。我々アークスが現地に赴くのが少しでも早ければまだ、助かる人も多かったろうに。爺なんかの頭ですまないが、アークスの長として詫びよう」

 

「いいのよ、村のみんなはあの日に死んじゃったし……生き残ったのはあたしと弟だけだった。だけど、いつまでもそれを引きずっていいわけじゃないし、あたしにはあたしのやりたいことが出来たわけだしね」

 

この数年あの日のことを夢に見ることは何度もあった。

今でも、あの焼け付くような炎の温度も鼻が曲がるような人の焼ける匂いを思い出せてしまう。

それでも前に進むことが出来たのは、蝉時雨やあるふぃ、ミカエラの教えがあって、呆れたようで心配そうな顔で食事を作ってくれるいリスのおかげだ。

 

「そうか、それもそうだな」

 

「ええ、まあ見てなさい。必ず今回の試験を突破してアークスになって見せるから」

 

あたしがそう啖呵を切るように口にすればレギアスはあたしの頭をくしゃりと撫でて笑った。

 

「はははっ!頼もしいな!そろそろ時間だ。それでは試験の結果を期待してるぞ若き候補生……いいや、まリス」

 

そう言い残して去っていくレギアスの後ろ姿をあたしは見送った。

立ち上がろうとして、言葉をかけようとして……それが出来なかった。

名前を呼ばれたあの瞬間、全身から鳥肌が立って身が震えたのだ。

 

「六芒の一にMonster奢らせたってあるふぃ達に言ったらどうなるかな……」

 

手に握ったままのエナジードリンクを眺めてそんなことを考えたが、試験終了のブザーが鳴り響いたことであたしはそれを飲み干してゴミ籠の中へと空き缶を放り込んで会場へと走っていった。

 

 

 

 



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第十二話 血塗れの最終試験

筆記試験から数刻経ちあたし達は実地試験を行うために惑星ナベリウスへと来ていた。

筆記試験の時に試験官をしていたミカエラは、実地試験の試験官ではないようでナウシズから出発する時に蝉時雨達と一緒にあたしを送り出していた。

 

なんでも、筆記試験の採点をするのはミカエラの仕事らしく『出来るなら現場に行ってた方が楽』なんて零していたことから本当にやりたくないんだろうなと想像できた。

 

試験官の説明を聞き終えて、最低でも2人以上のメンバーで行動するようにと言われた時にはすでに時遅し、視線をどこに向けてもいるのは昔からの顔馴染み同士や同じ訓練校から来たもの同士で組んでいるのが目に見えた。

 

がっくりと肩を落とし、仕方ないからどこかに頼み込みにいくかと立ち上がろうとした時、ちょうどあたしの目の前に赤い制服を着た少女が立ち塞がった。

 

「貴女もお一人ですか?」

 

「えっ、ああ……うん」

 

顔を上げれば明るい緑色の髪が真っ先に目に入った。

瞳はどこかハイライトが薄めな感じだが、なにぶん顔立ちが整っている。

 

「ボクもハブかれてしまって……パートナーを探していたところだったんです。もし良かったら一緒に試験受けませんか?」

 

「ちょうど良かった、あたしも適当なところを探そうとしてたところだったから。よろしく頼むわね」

 

隣に座った緑色の髪の彼女へ手を差し出せば彼女は少し呆けた後、その手を握り返してくれる。

 

「ボクはセラフィムです。クラスはテクター、武器はウォンドをメインに使ってます」

 

「よろしくねセラフィム、あたしはまリス。クラスは……えっと、一概に何とは言えないかも……結構色んな武器は扱うわ。それにしても史上最年少の『六属統合者(エレメンタルマスター)』と一緒に組めるなんて光栄ね」

 

目の前にいる少女、セラフィムにそういえば彼女は苦笑いして言葉を返してくる。

 

「貴女ほどじゃないですよ。まリスさん、あの蝉時雨さん、あるふぃさん、ミカエラさんから師事を受けてる戦闘の天才。毎日訓練施設に入り浸ってその技能を磨き続けてるのは有名ですよ。ボクはただテクニックの研究をしただけですから」

 

「ただ研究してるだけじゃ『六属統合者(エレメンタルマスター)』なんて呼ばれないでしょ。研究して、理解して、使いこなすからこそのその称号なのよ。自分がどう思ってようとそれをやってのけたあんたが結果を否定するのは許されないわ」

 

「……そうですね、ボクが少し勘違いしてたみたいです。どうやら、貴女の前だと謙遜したりしなくていいみたいだ」

 

ニヤリと笑ったセラフィムへあたしは呆れたように笑う。

 

「大体、初めから胡散臭いのよ。この状況狙ってたでしょ」

 

「さて、それはどうでしょうね?」

 

まるで揶揄うように悪戯っぽい笑みを浮かべながらセラフィムは他の受験生達を見る。

 

「貴女には彼らはどう見えますか」

 

唐突にそんな質問をしてくるものだから少し驚いてセラフィムの顔を見ればそこには悪戯っぽい笑みはなく、至って真剣な表情をしていた。

そんな彼女にため息をつきながら、ざっと見た感想を伝える。

 

「緊張感が足りないわ。これから少なくとも原生生物相手に戦う可能性がある以上、ある程度の緊張感は必要よ」

 

「そうですね、ボクもちょうど同じことを思っていました。ボク達、なかなか気が合うんじゃないですか?」

 

「まあ、あたし達も他の子達から見たら同じように見えてるんじゃないのってことだけは言っておくわね」

 

真剣な顔をしたと思ったらすぐに戯けたように笑うセラフィムにあたしは苦笑いをしながらそう返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

惑星ナベリウスに到着したあたし達は船から降りる前に再び試験の説明を受けることとなった。

 

試験の内容はいたって単純、ここから20km先にある目的地に到着すれば合格となる。

 

だがその過程では多数の原生生物が生息しており、それを各個撃破しながら進むことが必要になってくる。

それにより、試験内容は2人以上のパーティを組み試験に臨むこととなる。

又、パーティでの対応が難しくなった場合は支給される閃光弾で居場所を知らせること、その場合は対応できる試験管及び周囲のパーティが救援に向かうことになる。

 

また、不慮の事故によりパーティメンバーが死亡してしまった場合はそのパーティは失格となる。

 

最後のその言葉にその場にいた全員が言葉を失った。

つまり、過去の試験で死亡者が出たということに他ならない。

 

「それでは、試験の説明はここまでです。試験官は至る所であなたたちを見ていますので、気兼ねなく戦い……そして試験を突破してください」

 

船から降りて試験官が口にしたのはそれだけだった。

そして、その瞬間……アークスになるための最終試験が始まる。

 

蝉時雨達から試験前に貰った『コートウェポン』をソード形態にして呼び出してセラフィムへと視線を向ける。

既に準備を終えているというかのようにインペリアルクリムゾンと呼ばれる金の盾と紅の剣を携えてあたしを待っていた。

 

「いくわよセラフィム、ちゃんと着いてきなさいよ」

 

「任せてください。これでも足は速い方なので」

 

軽く言葉を交わし、お互いに顔を見合わせた後……あたしとセラフィムは同時に森の中へと駆け出した。

そもそも、この森林エリアはあたしが暮らしていた村からさほど離れていない場所だ、たかだか2年程度で地形を忘れるわけがない。

 

迷うことなく、最短最速の道を選んで突き進む。

走りながら遠くの方では少しづつだが戦闘音が聞こえ始めたことから試験も本格的にスタートし始めたなと察する。

 

少しづつだが変わっている森の中を常人の数倍の速度で走り抜ける。

なんだか、普段走っている時よりも身体が軽いと思えばセラフィムが定期的にテクニックをあたしと自分に掛けて身体能力をブーストしていることに気がつく。

 

「へぇ、テクターが1人はパーティーに欲しいっていう理由がわかった気がするわ」

 

「支援を切らすようではテクターとしては三流もいいところですよ。支援を切らさなくて二流、重ね掛けと持続、回復ができて一流です」

 

一気に15kmほどを走破して、一息つくために一度その足を止める。

 

「でもテクターは攻撃には向かないんでしょ?」

 

「おや、心外ですね。ボクだって戦えますよ」

 

一体何を言ってるんですかとでもいいそうな顔であたしを見つめるセラフィムにあたしはセラフィムが戦う姿を想像しながら言葉を返す。

 

「テクニックで?」

 

「いえ、殴ります」

 

「なんでよ、せっかくならテクニック使いなさいよ」

 

「まあ、それはおいおいということで」

 

目を逸らすセラフィムをジト目で見つめるが、セラフィムはそんなのどこ吹く風というような顔で森の奥を見つめる。

 

「すこし、風向きが変わりましたね」

 

「そうね、なんだか嫌な予感がするわ」

 

試験の地に怪しく吹いた風にあたしとセラフィムは顔を顰める。

決してこの予感があたらないようにと願いながら。

 

 

****

 

まリス達が試験を始めてから少しだった頃。

蝉時雨とあるふぃ、そして試験の採点を行なっていたミカエラは血相を変えてキャンプシップ格納庫への通路を走っていた。

 

「なぜ今日に限ってあのような反応が現れるんですか!」

 

「私に聞かれてもわかる訳ないだろう!蝉は現地につき次第上空から私とミカエラのナビゲートに徹してくれ!こんな反応が出た以上、まリス達受験生の保護を最優先にするんだ!」

 

「まリスは普通のダーカー相手にやられるような仕上がりはしてないけど、大型が出ればまだわからない。万が一を考慮してあるふぃは真っ先にまリスの元に向かってほしい。私は一応試験官の立場があるから現地の試験官と連携しつつ殲滅に入るよ」

 

船に駆け込み、蝉時雨が最速で船を立ち上げる。

キャンプシップの発艦許可を得てそのまま宇宙へと飛び立てば、本部より特命を受けたいくつかのキャンプシップが同時にアークスシップから飛び立っていた。

 

目的地は惑星ナベリウス。

まリスがたった今、試験を受けているその星には黒い斑点が一箇所へ集中しているのが見えていた。

 

「無事でいてくださいよ……まリス!」

 

****

 

候補生達および試験管に緊急連絡。

惑星ナベリウスの森林地帯に多数の水棲系ダーカーの反応あり。

中には大型のヴォルガーダが複数匹発生した模様。

候補生各位は試験管の指示に従い、アークスシップへ帰還されたし……

 

繰り返す。

候補生達および試験管に緊急連絡。

惑星ナベリウスの森林地帯に多数の水棲系ダーカーの反応あり。

中には大型のヴォルガーダが複数匹発生した模様。

候補生各位は試験管の指示に従い、アークスシップへ帰還されたし……

 

 

 

試験が始まって1時間が経過した頃、あたしたちに緊急通信が入った。

そして、遠くの方で一際大きな爆発音が響く。

それと同時に上がる断末魔の数々、木々のへし折れ大地の抉れる音が聞こえた。

 

「まリス……!」

 

「うん、助けに行かないと!」

 

セラフィムと同時に走ってきた道を戻る。

ところどころから上がる悲鳴や断末魔に顔を顰める。

戻ってきた道は最悪だった。

1時間前まではケラケラと笑っていた同期と思われる遺体だったであろうものが何度も何度もダーカーに踏まれたのかその原型はとどめていない。

木々は薙ぎ倒され、大地は抉れ、放たれたテクニックの影響で森は燃え始めていた。

 

まるであの日のように、ダーカーの存在が全てを壊していく。

沸々と胸の中で憎悪やそれに近い感情が湧き上がるが、それを押さえ込むように深呼吸をする。

 

今やらなきゃいけないことを履き違えてはいけない。

やらなきゃいけないのはダーカーへの報復でもなければ復讐でもない。

生き残っているかもしれない同期を1人でも多く助けることが今あたしのしなきゃいけないことだと自分に言い聞かせる。

 

向かう先で現れるダーカーをコートエッジで切り裂いて、一撃で消滅させながらその足は止めずに足元に転がる何かへは視線を向けることもなくただただ走り抜ける。

 

唯一聴こえる悲鳴の元へと辿り着いたその場所では

 

 

 

 

 

最後の女子候補生があたし達に手を伸ばしながら押し潰された。

グシャリと、何の感情もなく作業的に振り下ろされた巨碗に悲鳴をあげることもできずに叩き潰された。

何度も何度も執拗に腕を振り下ろすヴォルガーダはやがてその行為をやめてあたし達へと振り返る。

 

次はお前だと言うかのようにその巨碗をあたしとセラフィムへ向ける。

 

「……こ、のぉ!」

 

「支援します、まリス……せめてあの子の仇だけは!」

 

こいつのデータ自体は頭の中に入ってる。

水棲系ダーカーの共通の弱点は雷属性とダーカーに共通する希少な光属性のフォトンだ。

ゆっくりと余裕を見せるかのように歩いてくるヴォルガーダを迎撃するようにあたしはコートエッジを構える。

 

やがて走り出したヴォルガーダがその巨碗を振り上げながらあたしへと接近し、その腕を振り下ろす。

 

「セラフィム!」

 

「任せてください!」

 

身体中に力が満ちる、漲る力をそのまま防御に全て費やしてコートエッジの腹でヴォルガーダの巨腕を受け止める

ズシンッと地面が沈むような音が聞こえた。

いや、沈むような……ではない、本当に沈んだのだ。

なんの比喩でもなく、あたしの範囲2〜3mが一気に沈んだ。

 

「ぐうぅぅぅぅぅぅっ!」

 

重たい……ただ振り下ろされただけのこの拳が余りにも重たい。

そのままだと、あたしもさっきの候補生のように叩き潰されるっ!

 

「あんたなんかに……お前なんかに、負けるかああああああああ!」

 

コートエッジを斜めに逸らしてヴォルガーダの拳を流すように身体を捻らせる。

そして、その重みがあたしの上から消えた瞬間……あたしはコートエッジを真上に放り投げ、コートエッジの元へとマーキングショットを使って跳ぶ。

 

移動したのはヴォルガーダの頭上、態勢を崩したヴォルガーダをここで仕留められなければあたしは今度こそ終わりだ。

 

「勝てるとか勝てないじゃない……!お前達ダーカーはこの世界にはいらないんだ!!」

 

顔を涙で濡らしながら潰されたあの子のためにも……こいつは、こいつだけは絶対に許せない!

 

身体を回転させて遠心力を利用して一撃の重みを増すように落下する。

それと同時にコートエッジのフォトンコートの刃に紫電が走る。

セラフィムを見れば起き上がるヴォルガーダの身体を雷属性のテクニックで地面に縫いとめている。

彼女と目が合い、互いに頷く。

 

「行ってください!まリス!」

 

「言われなくても!やってやるわよ!!!」

 

蝉時雨から教わったヒーローとしての戦い方。

彼女自身は剣を抜くことは一度もしなかったけれども、それでも学んだことはたくさんあった。

 

それが何事も切り裂く剛の剣。

何であれ叩き切る絶対不屈の剣術。

 

ヴォルガーダの首を叩き斬るように、コートエッジを振り下ろせば刀身に宿っていた雷属性のフォトンが爆音を上げながらヴォルガーダの体内へ流れ込み瞬時に爆散させた。

 

「……倒せた?」

 

「ええ、でもまだ終わりじゃなさそうです」

 

あたりを見回せば無数のダーカーがあたし達を囲むように迫ってきている。

中には今しがた倒したばかりのヴォルガーダでさえ混じっている始末だ。

あたしが間に合わなくて助けられなかった子の武器を拾い上げてあたしの持つフォトンの簡易倉庫へ格納する。

 

「……せめてこの子が生きてたって証拠だけでも持って帰ってあげたいじゃない」

 

「そうですね、ならばまずこの状況から生き残らなければいけませんね」

 

お互いの背中を守るように、そっと背をくっつける。

 

「ね、セラフィム」

 

「どうしましたか?」

 

ここから始まる死闘を前に相棒に軽口でも叩こうと声をかける。

 

「2人とも生きて帰れたら、一緒にご飯でもいきましょ」

 

「それ、死亡フラグっていうの知ってました?」

 

「馬鹿ね、逆にこうしとく事で生存フラグを立てんのよ」

 

ニヤリと空元気で笑えばセラフィムも呆れたように笑った。

お互いに合わせていた背中の感触を忘れないようにして、あたしたちは駆け出した。

 

爆音と共に血飛沫があがる。

セラフィムの放った雷と炎の複合テクニックが一帯のダーカーを一瞬にして吹き飛ばす。

 

セラフィムに《強化(エンチャント)されたコートエッジを振り回して次々とダーカーを葬り去っていく。

 

文句なんて口にしてる暇なんかない。

そんなものを言っている暇があるなら身体を動かせ、思考を止めるな、ただ目の前の敵を斬り伏せ続けろ。

 

 

 

 

 

そうして戦うこと、2時間が過ぎた。

あたしとセラフィムを中心に辺りは血の海となっている。

2人もダーカーからの返り血を所々に浴びていて、全身が不快感を訴えている。

だが、そんなことを気にしている余裕はあたしにもセラフィムにはない。

 

「ねえ、まだ終わんないとおもう?」

 

「もう、何百匹……いえ、そろそろ千を超えるはずですけどね」

 

話しながらもダーカーを屠る手だけは止めない。

各所で、大きな戦闘音が聞こえ始めたということはアークスが現着し始めたということだろう。

 

「もう少し、耐えれば生きて帰れるはずよ」

 

「そもそもアークスの方がここまで辿り着ければ……の話ですが」

 

「夢も希望もないこと言ってんじゃないわよ」

 

こんな絶望的な状況でよく戦えていると正直思う。

そして更に何百匹目かのダーカーを殺した時、明らかに違う何かが現れた。

身体の震えが止まらない、ヴォルガーダなんて相手にもならないようなそれがあたしとセラフィムの前に現れた。

 

一言でいえば巨大な亀。

ただ、その両手は強靭なブレードに覆われ、重鈍な見た目とは裏腹に信じられないようなスピードで迫ってくる大型のダーカー

 

「ゼッシュレイダ……ですか」

 

「いやいや、やばいでしょこれッ!?!」

 

既に、2時間以上に及ぶダーカーとの戦闘で身体は疲弊しきっている。

それはあたしだけではなくセラフィムだって同じだ。

あいつを相手にするのは、本当にあたしたちじゃ無理だ。

甲羅に篭り、まるでジェット機のような速度で飛んでくるゼッシュレイダを何とかかわし続ける。

 

(ほんと、勘弁してよね……誰でもいいから早く助けに来てよ!)

 

迫り来る巨岩を紙一重でかわしつつ、あたしはそんなことを心の中で思い始めていた。

 

 

****

 

「蝉!まリス達の位置はまだ掴めないのか!」

 

既に赤く染まった瞳のままナベリウスの森林地帯を駆け抜けるあるふぃは苛立ち気味のままオペレーターを務めている蝉時雨に怒鳴りつける。

 

『今探しているから黙ってダーカーと戦っていなさい!』

 

だが、苛立ちを覚えているのはあるふぃだけではなく蝉時雨もそうだった。

まリスと一緒に行動していたという少女、セラフィムと2人分の現在地を割出さなければいけないのだ。

 

それに加えてあるふぃのサポートもこなしていかなければならない。

いくら多重並列思考(マルチタスク)が出来る蝉時雨にでも限界というものは存在する。

 

(お祝いをすると誓ったんです……あの笑顔を、失いたくない。だったら、こんなところで迷ってる必要なんてありませんね)

 

深呼吸をして蝉時雨は自分の枷を一つ外した。

全部で4つある自分に課したリミッターの第一段階を無理やり解除する。

 

瞬間、思考が一気にクリアになった。

そして、それに比例するように蝉時雨の端末を叩く指の速度が一気に上昇し、演算の速度は先ほどの3倍以上にまで跳ねあがる。

 

『見つけた……』

 

まリスの現在地、それは過去にまリスが住んでいたあの村のある位置だった。

歯を食いしばり、蝉時雨はあるふぃにそのポイントを伝える。

 

『まリスの現在地は彼女の住んでいた村の残骸のある場所です。反応を見たところミカエラもそちらへ向かっているようですが……ダーカーにより足止めを食らっています』

 

「っ!了解したっ!」

 

『ここからの最短ルートをナビゲートします。貴女は目の前の敵だけに集中してください!』

 

「わかってる!」

 

手に持った鎌状のロッドでダーカーを殲滅しながら、あるふぃはまリスの元へと一直線に駆け抜ける。

 

(間に合ってくれ……いリスを悲しませるような結末は許さないぞ)

 

 

****

 

ゼッシュレイダとの戦いから数分経過したまリスとセラフィムは打破できそうにない現状に舌打ちをしていた。

 

「セラフィムのテクニックで止められないの!?」

 

「止められないことはないですがあの大きさと速度では時間がかかりすぎます!ボクがテクニックを撃つまでに一人でこの数のダーカーとゼッシュレイダ相手に出来ますか!」

 

「そんなの無理に決まってんでしょ!」

 

あの巨体から逃げ回り、背中から放出される砲弾を迎撃しながら解決策を探る。

しかし、絶え間なく動き回り続けるゼッシュレイダを相手に動きを止める手段を持たないあたしたちに出来ることは何もなかった。

 

いくらあたしの複合技能を使ったとしても限界がある。

まだ使いこなせてない不完全な技能を使うなんて逆に危険だった。

 

打つ手なし、あたしの頭の中でその言葉がよぎった瞬間。

何者かがあたしの隣を通り過ぎた。

全身が真っ黒な服装のその人は、迫り来るゼッシュレイダを両の手に持った細身の剣で受け止め、あろうことがそれを弾き飛ばした。

 

「うっそぉ……」

 

「信じられません……あんなことが人間の髄力で出来るなんて」

 

背中から着地して立ち上がれないままのゼッシュレイダを放置して黒い服に包まれた何者かがこちらを振り向く。

無機質な仮面を被り、あたしのことを真っ直ぐに見つめる。

 

「まだ未熟だね、こんなダーカーすらまともに倒せないなんて」

 

開口一番そんな言葉が飛んで来てあたしは思わず口をあんぐりと開いたまま硬直してしまった。

 

「まともに倒せない以前にまだアークスにもなってないのよ!」

 

「ボクたちはまだ候補生という扱いですし」

 

あたし達の言葉を聞くつもりがそもそもないのか黒衣の男はゼッシュレイダへとゆっくりと歩いていく。

 

「何をそんなにゆっくりして……」

 

「僕がやることを今からそこで見ているといい。デューマンの本当の戦い方を見せてあげよう」

 

そう口にした瞬間、周囲のフォトンが彼に集まり始めた。

信じられない速度で彼の元へと集束したフォトンは一切の無駄なく彼の全身を包み込む。

 

「デューマンの特性はフォトンが攻撃寄りになることだ。それを大気中のフォトンに干渉させて自分の周りに集束させて攻撃に転用する」

 

両手に持った細身の剣にもフォトンで構成した刃を精製して彼はゼッシュレイダへと駆け出す。

彼がゼッシュレイダへとその刃を振り下ろした瞬間、その刀身に纏っていたフォトンが暴風のようにゼッシュレイダを切り刻んだ。

 

一撃では終わらない、まるで大嵐のように辺り一面を吹き飛ばしながら彼はゼッシュレイダへと両の剣を縦横無尽に振り続ける。

 

爆音、暴風、そして蹂躙。

彼の乱舞のような攻撃が止んだとき、そこには既にゼッシュレイダの面影を残したものは存在しなかった。

周囲に残った無残に散らばった肉片も次々と消滅していくだけだった。

 

圧倒的な暴力。

 

何者も決して寄せ付けないほどの圧倒的な力があたしの目の前に降り立った。

 

「これが、デューマンの本当の戦い方。マグを介して使役する幻獣をフォトンブラストと呼ぶように……フォトンを純粋な攻撃手段として変換するこれを僕はインフィニティブラストと呼ぶ」

 

「…………」

 

「せいぜい使いこなせるようになるといい。必ずキミの力となるだろう」

 

遠くから聞こえてくるあるふぃやミカエラの声を耳にして仮面の男はその方向とあたし達を見て、再び口を開いた。

 

「貴女達がこれから歩む道に、無駄なことなどない。ダーカーを滅し、深遠なる闇を討ち取れ……それがこの世界の進む正しい道だ」

 

「……一体何を言って」

 

「さらばだ」

 

そう口にして、仮面の男はあたし達から遠ざかり……その姿を闇の中に消した。

 

「今の消え方は……ダーカーが消える時とおんなじ……」

 

「……そう、ね。でも、考えないようにしましょう。流石に……疲れたあ」

 

周囲のダーカーが完全に消え去ったことであたしとセラフィムは緊張の糸が切れたようにその場にへたり込んだ。

 

「お互い、なんとか生きてましたね」

 

「本当に、なんとか……だけどね」

 

背中を合わせてお互いに倒れ込まないように支え合って大きく深呼吸をする。

 

「ねえ、セラフィム」

 

「なんですか?」

 

「約束、覚えてる?」

 

「ええ、覚えてますよ。帰ったらどこか美味しいものでも食べに行きましょう」

 

力なく、冗談じみた声音でセラフィムが笑いながらそう口にする。

それにつられてあたしも乾いた笑いを浮かべる。

 

全身が休息を求めている。

数時間にわたってダーカーを殲滅していたせいで身体がボロボロだ。

早くシャワーを浴びたいし、あるふぃの淹れたココアが飲みたい。

いリスの作ってくれたご飯をみんなで食べて、蝉時雨と一緒に雑談しながらケーキを食べたい。

 

「ちょっと、疲れた……ね」

 

「そう……ですね。ボクも流石に疲れました」

 

身体が重たい。

目蓋が、限界を訴えるようにゆっくりと落ちてきている。

 

「もう迎えも来てるっぽいし、眠っても……いいよね?」

 

「ダメです、と言いたいところですが……ボクも、限界です」

 

すうすうと背後から規則正しい寝息が聞こえてきて、あたしもそれにつられるように意識を闇の中へと落とす。

 

「……っ!まリスっ!」

 

ただ、意識が落ちる寸前……あるふぃの声があたしの耳に届いて安堵の中、あたしは眠りについたのだった。

 



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幕間 光歴???年?月?日

「ふざけるな!僕はそんな事のためにハリエットを生み出したわけじゃない!」

 

「ルーサー君、君があの人形を想う気持ちは分からなくはない。私も子を持つ親だからね。だが、あれは所詮フォトンから生まれたヒトモドキだ。我々人の存続のために犠牲になれるのなら人形とて本望だろう」

 

「仮にハリエットを器にして深遠なる闇を亜空間に放り投げたとしよう。だが、それが刹那的な解決にしかならないと何故わからない!全知存在に並ぶほどの知性を犠牲にして根本的な解決ができないのであれば何の意味もない!」

 

研究者、ルーサーは叫ぶ。

自身の娘を自分たちの起こした厄災に対しての使い捨ての道具にしようとしていることが許せなかった。

自身にとっては俗物であるこの男たちが我々研究者にとって天敵であるのは分かりきっていた。

研究成果や未完成の技術を自分の手柄とし、何か不具合があればこちらにその責任を押し付けてくる。

ルーサーや研究者にとっては評議会の人間は仇敵でしかなかったのだ。

だからこそ、ハリエットのことは報告しなかった。

同じ研究室の女性と偽装結婚してまでハリエットの情報は秘匿し続けたはずだった。

 

呼び出され、ハリエットを深遠なる闇の器としてフォトナー全てのフォトンをその身体に移して亜空間へ破棄すると言われた時には何故バレたと思った。

いったいどこから情報が漏れて誰がハリエットをフォトンで出来た身体を持つと密告したのか。

 

「ハリエットを器として亜空間に放棄したとしても必ず遥かな未来において戻ってくるぞ!フォトンが知性を持つのは既に立証済みなんだ!貴方達のその計画は未来を殺す行為だと分かっているのか!」

 

「君がどう言おうと自由だがね、“亜空間に放棄したものがこの世界に戻って来られる”とでも言うのかね。それに、これは既に決定した事だ。例え抜本的な解決にはならずとも今この時を繋ぎ止めることが出来れば我々はそれで良い。遥かな未来のことなど我等の知ったことではないのだから」

 

バツンッと首筋に電気が走ったような感覚に陥る。

意識が朦朧とし始める中、せめて最後まで抵抗しようにも頭が回らない。

 

「この……俗物……どもが……」

 

「その研究者を連れていけ。君にはせめて最後に破棄する瞬間くらいは見送らせてやるさ」

 

笑う評議員が意識を失う前に最後に見た光景だった。

そして、その数日後……ハリエットという人格を奪われた娘は奴等の予定通りに亜空間へと彼女を破棄した。

 

彼女の父親は必ず救い出すと慟哭し、破棄された娘には破滅の意思が宿り……4つの厄災のカケラを世界にばら撒いて。

 

そこから数年もしない内に、四つのカケラによって世界は滅ぼされた。

そのカケラの一つが奇しくも同じ意味を持つ男に憑依したのは決して偶然ではないのだろう。

 

深遠なる闇から生まれし四つのカケラ。

深遠なる闇をもう一度世界に顕現させることを使命とした闇の眷属。

たった一つのカケラだけで世界を容易に滅ぼす事のできるその名を人々は

 

 

 

───ダークファルスと呼んだ

 

 

 

 



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幕間 追憶

 

「それにしても1000回を超えた先でまさかここに飛ばされるなんて思わなかった。僕がアークスになる数年前に来るなんて初めてだ」

 

惑星ナベリウス、かつての少年と少女の約束の場所。

そして、未来では運命の始まりを告げる場所。

この世界でたった2人だけが知る特別な場所に黒衣の少年はいた。

 

「こんなボロボロの僕にいったい何ができるっていうんだ。記憶だってもう摩耗ほぼ覚えていない……唯一できることなんて戦うことだけの僕に、いったい何をしろって言うんだ」

 

たった1人、絶望の果てから幾たびの繰り返しを超えてその心は擦り減り、記憶はもう最初の頃のことは覚えてもいない。

肉体は闇に堕ち、体を巡るフォトンはそのほぼ全てが闇に満ちている。

それでも、たった一つの目的のために走り抜けた少年に最後の機会と言わんばかりに今までのルールとは違う地点にたどり着いた。

 

無力な自分が許せなかった。

大切な姉が傷つく姿が嫌だった。

自分を大切にしてくれた人たちが戦いに赴くのが不安だった。

 

そして、その結果───

 

 

みんな僕の目の前で動かぬ骸となったのだ。

誰もが僕を守って、未来を託して消えていった。

自分の武器を意思として僕に託して息を引き取った。

姉と心を通わせた証である神器を僕に継承させて未来を繋ごうとした。

そのおかげで世界は一命を取り留めた。

その代価としてあまりにも多くのものを犠牲にして……

 

10年以上にも及ぶ、闇との戦いは惑星ナベリウスとアークス船団の8割を犠牲にして終結を迎えた。

 

濃密な闇の侵食で生物の住める星では無くなった惑星ナベリウスの丘で……かつて恋をした少女の心臓に剣を突き立てて慟哭した。

 

こんな結末望んではいなかった。

自分がアークスになったのは自分を守ってくれた人たちが幸せで笑っていられるようにしたかったはずなのに、もう……誰一人としてその対象が生き残っていなかった。

こんな世界なら滅びてくれた方がよかった。

 

幸せだった頃の記憶なんてもう残ってない。

それでも、僕が戦う理由だけはまだ胸に残っている。

例えこの命を投げ捨ててでも今度こそみんな(・・・)を守ってみせる。

 

「あぁ……だからどうか、僕の見せた技術をマスターしてよ。姉さん」

 

この残酷で醜悪な世界で、どうかただ一つの輝ける星を探すように……少年は満天の夜空を眺める。

禍々しく本来の属性とは反転してしまった自分の双剣を手に取り、少年はその場から立ち去った。

 

破滅の道を辿らせないために、闇に堕ちた自分にできることを探して……



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第十三話 邂逅

まるで暗闇の中を彷徨っていたような微睡から意識が覚醒する。

規則正しくなる機械音から自分の部屋でないことがわかった。

ここは一度来たことがある医務室のベッドの上だと言うことに気がつく。

ベッドの横に置かれたデジタル時計が指し示すのは11月17日の午前2時45分。

あの試験の日から実に6日が経過していることがわかる。

あまり驚くことはなかった、寧ろ体内のフォトンをほぼ使い尽くして動かない体を無理やり動かしてきたのだから早く目が覚めた方ではあるだろう。

 

生きている、という事実に遅れて体が震え始めた。

試験中は張り詰めた空気感や絶体絶命の状態の中で感覚が狂っていたが、あの光景が鮮明に頭の中に蘇る。

潰された同期、肉片と化してもはや誰だったのかわからなくなったヒトだったものが嫌でも思い出されてしまう。

アークスになる以上、生物を殺める覚悟はしてきたつもりだった。

仲間の死だって受け入れることしかないと思っていた。

だが、あんなの人の死に方じゃない。

あんな……ただのゴミのように一瞬で命の火が消えるなんて思ってもいなかった。

 

何か込み上げてくるものはある。

だけどそれを吐き出すことはできなかった。

それを出すことはきっと亡くなった人への冒涜になると思ったからこそそれを吐き出すことなんてできなかった。

 

アークスになることに恐怖が生まれた。

自分がああなってしまっていたかもしれないと思うと震えが止まらない。

だけど、それ以上にあの恐怖を知っているからこそここで降りることは選択肢の中にはなかった。

ダーカーの恐怖を誰よりも知っているからこそ解決できるものとして、救うものとしての責任を果たさなければならない。

いリスや蝉時雨達には決して言えないけど、これはあたしが背負った罪だと思ってしまうから。

 

あの時、ヴォルガーダと戦った後に拾った女の子の持っていた剣を呼び出す。

刀身にはダーカーを斬った血がベッタリと付いて乾いてしまっている。

そして、柄の部分にはあの少女の血で濡れていた。

 

「助けてあげられなくてごめん……」

 

今更剣に言ったところで遅いのはわかっている。

あたしが何を言ったところであの子は帰ってこない。

誰もがきっとあたしのせいじゃないと言ってくれるだろう。

たしかにあたしのせいではないだろう。

しかし、確かにあの伸ばされた手を掴めなかったのはあたしなんだ。

異変にもう少し早く気づいていれば、もっとスピードを上げて走っていれば、もっと早く……覚悟を決めていればあの子だけでも助けられたかもしれない。

所詮はもうどうにもならない“たられば”だ。

そんなことはわかっているだけど、それでも……

 

「貴女の分まで、あたしは戦うから……」

 

そう誓わずにはいられなかった。

生きていればあの子だってアークスとして歩き始めていたはずだ。

生きていればアークスにならなくとも人並みの幸せを謳歌できたはずだ。

だけど、それはもうあり得ない。

あたしの目の前で消えたその命の分まで……せめてあの子が救えたであろう人々を救うまでは戦い続けなければならないと、そう感じてしまった。

 

いリスとの約束を破ってしまうことになる。

だが、根本となるところは変わらない。

ただそこに……一つ重荷が増えてしまっただけ。

 

くらり、と急に視界がブレる。

6日も寝ていて急に起きたから身体がまだちゃんと覚醒していないのだろう、ここで無理をして起き続けているよりは寝ていた方がまだマシだろうと身体をベッドに沈み込ませる。

 

朝に目を覚ませばおそらくやることはたくさんあるだろう。

目まぐるしくあたしの周りは変化を遂げていくはずだ。

ならば、今は体も心もせめて休めよう。

 

ゆっくりと目蓋を落として微睡の中に落ちていく。

願わくば目が覚めた時に大切な人たちの顔が見られるようにと心に思いながら。

 

 

 

 

****

 

ピピッと規則正しくアラームが鳴る。

けたましいその音に導かれるように微睡から意識が覚醒する。

瞳を開く前から聞こえてくるのは聞き慣れた人たちの話し声。

どうやら、今日もあたしが目を覚ますかわからないと心配しているようだ。

 

ならば、少しばかり驚かせてやろうと目蓋を開けてむくりと起き上がる。

みんなが唖然とあたしを見つめる中、いつものようにあたしは軽く手をあげて

 

「おはよ、どうしたの?そんなに驚いたような顔して」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべながらあたしは再び目を覚したのだった。

 

「『おはよ』じゃないでしょ、このバカ姉さん!!!」

 

ゴスッと鈍い音を立てていリスの手刀があたしの頭に落とされる。

思わず痛みを訴える頭を押さえながらいリスに文句の一つでも言ってやろうと顔を上げれば、涙を堪えたいリスの姿が映る。

 

「……あっ、うん。ごめん……なさい。心配かけたよね」

 

心配もするだろう、あたしだっていリスが6日も寝込んで目を覚まさないとなれば心配して気が気ではなくなってしまう。

いリスだって同じ思いをするのはわかっている。

そして、顔には出さないけど蝉時雨やあるふぃ、ミカエラだって心配してくれたのは言われなくてもわかった。

 

「状況が状況だったので無茶をして、なんてことは言いません。私たちから言えるのはただ一つだけです。よく、生き残ってくれましたね。あなたが無事なことが私たちは一番嬉しい」

 

そっと抱きしめてくれるその温かさに心が一気に解れる。

胸の中に温かな感情で満たされて、優しい気持ちになれる。

 

「みんなに戦い方を教えてもらえたから……生き残れたよ。蝉やあるふぃ、ミカエラにしっかりと鍛えてもらえたから……あたしは……生き残れた」

 

恐らく、あたしが別の人のところでアークスになろうと思っていたらきっと生き残れなかっただろう。

3人の特別な戦い方をしっかりと学び、蝉時雨から戦術や状況によっての判断を教わり、そしてあのときセラフィムがいたからあそこまで戦えた。

 

「ありがとう、あたしに……生き残るための手段を教えてくれて……本当に……ありがとう……!」

 

しっかりと、ここにいる。

またみんなの顔を見れたことに流すまいと思っていた涙が溢れてくる。

押さえていた感情が決壊する。

止めどなく流れる涙は壊れたダムから流れる水のように止まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

涙が止まるまでそう時間はかからなかった。

その後はあるふぃやミカエラからアークスになるための手続きの説明をされ、一先ず今日1日はおとなしくしているように言われた。

病室から出ること自体は許されているが夕方の5時までには此処に戻るようにと言われている。

誰もいなくなった病室で再び眠ろうとするがなかなか寝付けない。

 

せっかく1日何もすることがないならゆっくりカフェにでも行こうと思い立って病衣から着替えて病室を出る。

 

ロビーに出れば懐かしく感じるような喧騒が眼前に広がった。

いつもよりも人が多いのは今日が休日だからだろうか、街の方から遊びに来ている人が多いように見える。

手を繋ぐ親子や恋人、訓練生の制服を着た学生たちがあたしの前を通り過ぎていく。

羨ましい、と思ってしまった。

あたしやいリスにはそんな機会はなかった。

最近になって蝉時雨に教えてもらっているが、知識はほぼ独学。

両親に連れられて街に遊びに行く機会なんて一度もなかった。

学校に通って同級生と馬鹿騒ぎする機会なんて……なかった。

 

「……やめよ」

 

考えれば考えるだけ、その当たり前の光景を羨望してしまう。

武器を握って少し硬くなった手、戦うために鍛えた肉体。

アークスになるために戦闘技術を学び、アークスの歴史を学んだ。

 

「あたしはこの光景を守るためにアークスになるんだ……なにも羨ましくなんかない、あの子たちとあたしとじゃ役割が違うだけだもん」

 

自分に言い聞かせるように呟いて歩き出す。

私には蝉時雨がミカエラがあるふぃがいる。

いリスやユウ、ろん、クーナがいる。

友達だって……セラフィムがいる。

だから、羨ましくない……そう胸の奥に仕舞い込んだ。

 

「ふむ、なにやら思い詰めた表情をしているね」

 

目の前に、唐突に私よりもずいぶん背の高い男の人が現れた。

顔をあげて男の顔を見て一瞬思考が停止する。

 

虚空機関(ヴォイド)の総長……」

 

「おや、僕も中々有名らしいね。僕はルーサー、お嬢さん僕に少し悩みを相談してみるつもりはないかい?」

 

滅多に人に接触しないと言われていたルーサーのその言葉に……あるふぃや蝉時雨から言われたことを思い出して、頷いた。

 

 

向かったのは当初の目的であったフランカ’s カフェだった。

ただ、進んでいったのは私が本来行こうとしていたテラス席ではなく最早入り慣れてしまったVIPルームの方だった。

普段行き慣れた最奥への道へ進むことなく、ルーサーは二階へと続く階段を歩いていく。

 

「ここの存在は知っていたかい?」

 

「……ええ、あたしの保護者みたいな人が此処を使える人だったから」

 

「なるほど、一応一階は少し特別なアークスたちが使える場所でね。主に二つ名を持つ者たちだったり少し役職のある人間が一階の部屋を使っている。そして僕たちが向かっている二階だが……」

 

階段を登り終えた先には広大なロビーが広がっていた。

クラシック調な室内にはそれに合わせた調度品が並んでいる。

中央に一際大きく設置されているソファには見覚えのある背中が見えた。

 

「珍しいなルーサー、お前が此処を使うとは」

 

「やあ、レギアス。少しばかり人生相談でもしようかと思ってね」

 

「胡散臭いことこの上ないな、そこの君……おや、まリスではないか」

 

ルーサーの後ろをついて歩いていたあたしに気が付いたのかルーサーを見てため息を吐く。

 

「今年の研修生はこの子ともう1人だけだ。お前が干渉したということはこの子に何か感じたのか」

 

「……いいや、なんでもないさ。ただ、友人の幼い頃に似ていただけだよ」

 

「……そうか、まあいい。私がいうのもなんだがあまり1人のアークスに肩入れするのも良くないぞ」

 

「あのあるふぃの師である君にだけは言われたくないねぇ」

 

「ふむ、それは間違いないな」

 

軽く笑い合うレギアスとルーサー。

あるふぃや蝉時雨に聞いた話では彼は善悪の性格が10年周期で交代するのだという。

最後に入れ替わったのは4年前のアークスシップが襲撃され、事後処理が終わった頃だったという。

今の彼は善性が表に出ていることもあって六芒均衡や彼と関わりのある人物とは良い関係を築いているというのだ。

逆に、悪性が表に出ているときは同じ人物であっても対応は全く違う。

何しろ善性の記憶を悪性が覚えていないのも彼らがそうする一端なのだろう。

 

「まあ、僕は奥の部屋で少し彼女と話をするよ。レギアス、君はこの子ともう1人の子の任命の支度でもしたまえよ」

 

「もう既に終わっているとも。まリス、明日君のところへアークスとしての任命状と正式にアークスとして認められるバッジ等がミカエラから届けられるはずだ。受領すれば君は晴れてアークスとして認められる……だが、君があの惨状を見て心に一抹の不安があるのなら、私たちは辞退することを止めない」

 

「……うん、ちゃんと考えておくよ」

 

「うむ、良い。それでは足を止めさせてすまなかったなルーサー、おそらく朝食を取るつもりだったのだろう?」

 

「わかっているじゃないか、それじゃあ……僕の部屋へ向かおうか」

 

レギアスと分かれ、ルーサーと共に円形の部屋の一番奥へ向かう。

扉を開き、中に入ればまるで図書館を思わせるように壁に埋め込まれた棚には所狭しと様々な分野の本がビッシリと詰まっていた。

 

「すごい……」

 

「あぁ、僕の蔵書は万を超えるからね。研究のために用意した亜空間関係の書物に始まり、新光歴が始まる前の光歴の年表や過去の僕の研究資料なんかも残っている。興味があるなら手に取っても構わないよ」

 

部屋の中央にあるテーブルへ向かい、ルーサーは卓上にある端末から幾つかの料理を注文して読みかけだったであろう栞の挟んだ本を読み始めた。

無数に敷き詰められた本の中から一冊、気になった本へ手を伸ばす。

ルーサーの対面に座り、本を開いた。

 

「ふむ、光歴の歴史か……わからないところがあったら聞きたまえよ。僕はそこそこ長く生きているからね、ある程度のことなら答えられるだろう」

 

「うん、そのときは遠慮なく聞いてみるわ」

 

暫く、無言の時間が続く。

室内には紙を捲る音だけが響く。

本を読むことは嫌いではない、だが……そこまで深く理解して読むことが得意というわけではなかった。

精々が目を通して流し読みするようなものだろうか、お父さんの研究資料をこっそり読み漁っていたときも同じような感じだった。

 

少し時間が経った頃、ルーサーが頼んでいたサンドイッチのセットが二つ届いた。

一つはあたしの前に出てきて、ルーサーが食べ始めたことで彼に礼を言ってあたしもサンドイッチに手を伸ばす。

食べ終えたら再び本のページをめくり、そして暫く時間が経った頃。

 

「そういえば忘れていたが、君はどうしてあんな顔をしていたんだい?」

 

「……あたしも言われるまで忘れてた。アークスのトップに話をするような内容ではないと思うんだけど聞くの?」

 

「ふむ、“今の僕”にとってはできるだけ見聞を広めておきたくてね。研修生と話す機会なんて僕にとっては滅多に起きることではないんだ。それがあの様な悍ましい事件になったとしてもね」

 

「……」

 

少しの間、思考が止まる。

ああ、彼はあたしが悲惨な目にあったことを知ってそのことを第三者からの報告だけではなく、当人から聞きたいのだと知った。

そして、一番知りたいのはその現場にいたあたしがアークスになることを躊躇うかどうか……なんだろう。

 

ならば、話してやろうじゃないか。

あの時起きたことを脳裏に焼き付いて離れないあの悍ましい光景を。

 

 

 

 

 

話し終えた頃には既に時間は正午を超えていた。

途中、何処にいるのか蝉時雨から連絡が来たがフランカ’s カフェで寛いでると言ったら納得した様だったが、長々と話してしまっただろうか。

 

「なるほど、あくまで僕自身が現場に赴くわけではないからこれが正しかったという判断はできないが……君の行動はその場では最適だっただろう。最も、君がそれを納得できるかは僕の預かり知らぬところだがね」

 

「……結局他人事じゃない」

 

「それはそうさ、逆に問うがね君は此処で同情されれば心が安らぐかい?それで君の気が現実から逸れるなら僕だって同情して優しい言葉をかけることも吝かではないけどね……だが、それを君自身が許さないだろう?」

 

「あたしの何を知った上でそんなことを言うの?」

 

あたしが少し彼を睨みつければ、彼は瞳を細め……そして何処か寂しそうに私を見つめて呟いた。

 

「君に似た人物が僕の友人にはいてね……この部屋も元々彼の物だった。芯が強く、辛く残酷な現実にも立ち向かう勇者の様な男だったよ。彼は部下でもあり、友でもあった。今思えば、君に似ているな……ああ、面影があるとも」

 

ひどく懐かしむ様に、後悔の念を隠しきれない様に、そしてあたしから誰かを見ているかの様にルーサーはあたしを見つめる。

 

「さて、そろそろ僕は仕事の時間だ。この部屋は君がいつ使ってもいい、此処の認証パスも君のデータを登録しておこう」

 

「えっ、ちょっと待ってよ……ここあんたの部屋なんでしょ……?」

 

「僕がこの部屋に来ることは滅多にないからね、レギアスや他の六芒にも話は通しておくよ。僕のことを知っているのなら僕の得意性は聞いているだろう?あと6年も経てば向こう10年はこの部屋を使うことはないからね」

 

手に持っていた書物をそのまま持ってルーサーは部屋の扉に手を伸ばす。

だが、そのまま出ていくことはなく……彼はもう一度だけ私を見つめる。

 

「15列目の棚の6段目、25冊目に君が知る権利のある報告書がある筈だ。時間が許すのなら目を通しておくといい……それこそがこの部屋の主人が最期まで果たした仕事が記載されている」

 

そう言い残して、今度こそ彼は部屋を出て行った。

彼が言ったことの真意が分からず、あたしは彼が口にした本を手にする。

 

「造龍計画報告書……?」

 

彼が口にした真実、あたしが知る権利のある報告書。

これを見た時、あたしは何か変わるのだろうか。

報告書のタイトルから見てまともな研究でないのは間違いない。

表紙を開くべきか、ほんの少しの間葛藤する。

 

「……今はやめておこう。“今のあたし”が知ったところでどうにかなる問題じゃないのは確かだもん」

 

本を棚に戻す。

ついでにさっきまで読んでいた光歴の歴史書も棚に戻した。

今の歴史では学べないこと、隠されていることが綿密に記載されていていろいろなことを知ることができた。

 

病室に戻ろう。

気分転換は出来た、なら後はこの後のことをゆっくりと考えればいい。

 

「あーあ、蝉に怒られそうだなぁ」

 

先程のメッセージで彼女の文面が少し怒っていたことを思い出して顔を渋める。

 

既にこの部屋にも6時間以上居座っていたのだ。

6時間が“少しの外出”に分類されるかと言われれば否だろう。

深いため息をつきながら、あたしも部屋を出て病室までの道を歩き始めた。

 



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第十四話 アークスとして

翌日、目が覚めて検査のためにと未だに滞在していたメディカルセンターの病室を後にする。

センターの入り口でフィリアに声をかけて退院の手続きを済ませて向かうのは早朝に《予定が変わった》とレギアスから指定されていたフランカ’s カフェのVIPエリアの2階へ足を向けた。

 

ロビーを歩いていると同じくレギアスに呼び出されたセラフィムと合流して軽い雑談をしながら足を進める。

 

「セラフィムはこのままアークスになる?」

 

「……ボクは正直迷ってました。あんな惨状を経験して、これからまた経験するのかと思うと怖くて」

 

「わかるよ、あたしも少しだけ考えたもん」

 

結局、あの日の生き残りはあたしとセラフィムだけ。

非常アラート・コードD……あのような緊急事態はこの数十年のアークスの最終試験では起こったことはなかったという。

あの時、あの場に現れたダーカーの数は2000を超えていたと昨日蝉時雨から耳にした時は気が遠のいた。

あたしとセラフィムは普通の訓練生と違って特別な存在だからこそ生き残れたのだと口にしていた。

最年少の六属性統合者(エレメンタルマスター)たるセラフィムと九つの武器種を多様な扱い方をするあたし。

そしてあるふぃやミカエラとの模擬戦で磨かれた直観と経験ががまリスの“生き残る”という意識の手助けをしたのだ。

 

「でも……あの地獄を生き残ったからこそ」

 

「ボクたちは引き返すことはできない、ですよね」

 

考えていることは同じだった。

セラフィムの言葉にあたしは頷いてあの子の武器を手元に呼び出した。

 

「誰もを救うなんて、そんなことは考えないよ。あたしはあたしの手の届くところにいる人しか救えないし人の命に責任なんて持てない……だけど、目の前で助けられなかったあの人の分だけはあたしも戦わないとって」

 

「ボクも同じことを思ってました。きっと即座にテクニックを撃っていればあの人だけは救えたかもしれないって……でもボクはそれを出来なかった。だから、だからこそボクは前に進むことを選んだんです」

 

「あたしたちきっといい相棒になれるわよ」

 

「奇遇ですね、ボクも同じことを思ってたところです」

 

お互いにやることは決まっていた。

アークスになることにほんの少しの迷いはあったもののそれでもあたしたちは前に進むことを選んだ。

 

この数年ですっかり入りなれたVIPエリアの廊下を歩き、2階へ上がるための階段をゆっくりと登り切ったその先にはレギアスがいた。

 

「定刻通りだな、早速で申し訳ないが君たちに問おう。あの惨状を生き残って尚、アークスになることを望むか?」

 

レギアスの表情は変わらない。

その荘厳な声音はあたしとセラフィムを威圧するように重く重くのしかかって今にも心が、膝が屈してしまいそうになる。

 

それでも、あたしとセラフィムはレギアスから視線を逸らすことなく……震える膝を無理やり押さえ込んで頷いた。

 

「……そうか、ならば君たちを264期生のアークスとして正式に任命しよう。君たちの力をこの宇宙の平和のために役立ててくれることを切に願う」

 

そうしてレギアスから渡されたのはアークスであることを認める認証バッジと任務用の通信端末。

それをあたしをセラフィムはしっかりと受け取ってレギアスへと最大限の敬意と畏怖を込めて敬礼したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

VIPエリアの2階から一階へと降りていく。

もはや歩きなれた一階とは違ってあそこは昨日入ったばかりのあたしにとっては立ち入ることすら躊躇われる場所だ。

 

帰り際にここで食事を取っていくのかと言われたが流石に任命式の後で部屋の奥に消えていく勇気はないと伝えると彼は愉快そうに笑っていた。

 

「すごいですね、まリスはあの奥の部屋へ入ることを許されているんですか」

 

「なんか昨日突然使っていいって言われたけどあんまり使う機会ってないんじゃないかな」

 

「フランカ’s カフェのVIPエリアはボクを含めた一般のアークスや市民は入ることすら出来ませんからね。正直かなり緊張しました」

 

「あはは、あたしも初めて蝉に連れて行かれた時はビックリしたなぁ。あたしなんかが入っていい場所なの!?って」

 

階段を降り切ってVIPエリアと通常エリアを仕切る扉をくぐってあたしは大きく深呼吸をした。

 

「さて!セラフィム、あの時の約束覚えてる?」

 

「生き残ったら一緒に食事をしようという約束ですね。ええ、ボクもお腹が空いてきたところなのでちょうど良かったです」

 

「それじゃあ、適当に座ってご飯食べよっか!」

 

「ええ、流石に任務は明日からでしょうし今日はのんびりしましょう」

 

そうして、あたしはセラフィムと今後についてや他愛無い話をしながら食事を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、今はもはや去年の出来事だ。

 

鋭い一閃が大型原生種の首を斬り落とす。

これで、今日数度目となる原生種の首を落とすこの作業はこの一体をもって終わりを告げた。

 

『今回の任務の規定エネミーの討伐は終了ですね。お疲れ様です、まリス』

 

あたしの専属オペレーターとして志願してくれた蝉時雨の言葉を聞きながら、あたしは額の汗を軽く拭き取る。

 

「ありがとう、蝉。今日のオーダーはこれで終わりよね?」

 

『ええ、そうですね。ロックベアの討伐を含めた討伐系オーダーはこれで終わりです』

 

オペレーターとしてだけではなく、クライアントオーダーや現地での任務の管理など、あたしに負荷のかかりすぎない範囲でスケジュールを組んでくれる蝉時雨には頭が上がらない思いだったりする。

 

『まだ13時ですが、その星からだと帰れば夕方です。今キャンプシップで迎えに行きますから、今日は帰投しましょう』

 

「うん、そうする。帰ったらケーキ食べたいなあ」

 

『ふふっ、それでは帰ったらフランカ’s カフェに行きましょうね』

 

蝉時雨と他愛のない話をしながら合流ポイントへ歩いていく。

 

アークスになって1年が経つ、これがあたしの日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

エネミー討伐数8524体。

内、ダーカーの撃破数4974体。

シップ内で受注した任務の数は457件

内、達成した任務の数は457件

現地での追加任務の達成数100%

 

アークスとなって一年、たったそれだけの期間でアークスシップの中でも一目置かれる超弩級の新人、それがまリスのアークスシップ内での評価だ。

 

 

 

****

 

「最近あるふぃに会えてないんだけど、蝉は何かしらない?」

 

「あるふぃですか?彼女なら一週間前にハルコタンへ向かいましたよ?」

 

「ハルコタンって確か結構遠かったよね?あたし聞いてないんだけど」

 

場所は変わってフランカ’s カフェの蝉時雨専用ルーム。

あたしたちはいつものように紅茶とケーキを楽しみながらそんな会話をしていた。

 

「まリスも最近は一気に力をつけて有名になりましてからね。あるふぃも負けてられないと知人を訪れに行ったのでしょう」

 

「あたしが有名かどうかはさておき、行くなら一言声かけてくれればいいのに」

 

少しだけ不機嫌気味にケーキを口に運べば、蝉時雨はくすりと笑って口を開いた。

 

「まリスは最近任務から帰ってくるのが遅かったですからね。私の調整ミスと言われればそれまでですけど、きっと出航のタイミングが合わなかったのもあると思いますよ」

 

「それは蝉のせいじゃないよ。あたしが蝉の言うことを聞かないで現地での追加任務受けたからだし」

 

そう、あたしはオペレーターが蝉時雨だからと時折彼女の指示を聞かないで追加の任務を受けることがある。

その場合、ほぼ100%の確率でしこたま怒られるのだが困っている人を見捨てられないのはあたしの悪い癖でもある。

 

「シップ内でいリスが待っているのをお忘れなく、とだけいっておきましょうか」

 

「うっ、気をつけるわよ。たぶん……」

 

「え?なんですか??」

 

「ハイキヲツケマス」

 

「よろしい」

 

間髪入れずに全く笑ってない瞳のまま微笑みかけてくるのはやめて欲しい。

純粋に怖いし、この顔をした蝉時雨には勝てた試しがない。

なんでも、あるふぃやミカエラですら言うことを聞くらしいのだ。

あたしが逆らえるわけがないじゃないか。

 

「そういえば、最近変なエネミーが現れてるって聞くけど蝉は何か知ってる?」

 

「ええ、私も噂には聞いてきます。なんでも原生生物ともダーカーともいえない気味の悪いエネミーが現れるとか」

 

数年前から姿を現し出してここ最近になって急に増えだした、謎のエネミー。

姿形はどの原生生物やダーカーとも似ていないのに、どこかダーカーと同じような雰囲気を醸し出していると言う謎の生命体。

目撃情報も決して少なくはなく、複数のタイプが確認されている中、そのどれもに共通するのは複数体の群れをなし、その中の一匹が地中に潜り込みまるで花の蕾のようなものへと姿を変えるのだと言う。

まるで種子のようなその特徴から一部では『SEED』と呼ばれている。

ただ、交戦したアークスからの報告によれば、まるで幻を斬ったかのような感覚だったというのが多数上がっていた。

さらに言えば初めからそこに何もなかったかのように消え去ったとも。

交戦し、撃破するまではその場に観測されたダーカー因子の侵食に近いそれも嘘のように消えるのだという。

 

 

「まあどちらにせよ対策はしておかないとね。あたしも現場に出る以上他人事ではないわけだしさ」

 

「そうですね。以前あるふぃが交戦の経験があると言っていましたので詳しい話を聞いて私の方でも纏めておきます」

 

そのあとは何事もなかったかのように、あたしは蝉時雨と一緒に談笑を楽しんだのだった。

 

 

 



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第十五話 闇との遭遇

 

それから数十日経ち、あたしは変わらず蝉時雨のオペレートを受けながら任務をこなしていた時だった。

 

「……?」

 

背後から何かにずっと見られているような感覚を感じて振り返る。

だが、振り返った先には何も存在していなくて生い茂った木々が存在するだけだった。

 

そう、その筈だったのだ。

 

小さな影が木の影から飛び出して木々の奥に進んでいく。

小型のエネミー……にしては見たことのない形状だった。

 

「蝉、今何かいたのそっちで確認取れた?」

 

『ええ、こちらでも確認できました。既存のエネミーのどれとも取れない形状でしたが』

 

「たぶん、あたしさっきからずっと見られてた」

 

あのような小さな身体で何か出来るわけではないとはわかっていた。

それでも、あたしの中の全神経が警笛を鳴らしていた。

 

 

アレを放置してはいけない / アレを追いかけてはいけない

 

 

放置してはいけないという思考と追いかけてはいけないという本能があたしの中でぶつかり合う。

それでも、あたしは追いかけることを選んだ。

 

「蝉、あたし追いかけてみる。害のありそうなものなら倒しておかないといけないし」

 

『そう、ですね。わかりました、それではそのまま南東の方へ向かってください』

 

蝉時雨に促されるまま南東の方へと駆け抜ける。

生い茂った高草を掻き分け、木々を避けて進んでいく。

 

(……視線の数が増えた?)

 

ケタケタと嘲笑うような音が風に乗って聞こえ始めた。

そして、視界の先に例の小さな何かを捉えてあたしは立ち止まる。

 

立ち止まった視線の先に存在したあまりにも小さく不気味なソレはあたしをじっと見つめ続ける。

 

 

───チガウ、オマエハワレラノアルジタリエナイ

 

そんなコエがあたしの頭の中に直接響いた。

生物の言葉と言うには何もかもが足りない全てが欠落したような言葉。

しかし、それと同時に森が一斉にざわめきだした。

 

───シカクノナイモノニハシヲ

 

───ワレワレノイニソムクモノニハシヲ

 

───カヨワキヒトノコニジヒナキシヲ

 

「っ!」

 

不味いと悟ったときには全てが遅かった。

背後から圧倒的な死の気配がして全力で横へと飛んだ。

そしてそれと同時に大地の抉れた音が耳に届く。

本当にコンマ1秒でも飛ぶのが遅かったらあたしはあの地面の仲間入りしていたことだろう。 

 

「あっぶなあ……!」

 

『そんな馬鹿な!今その場には何もいなかったのに!?』

 

通信の先で動揺する蝉時雨の声を聞き流してあたしは視線をソレへと向けた。

 

今まで見たどんなエネミーやダーカーよりも不気味で不快感を催すようなナニカがそこには存在していた。

 

大型の四足歩行エネミーの上に人の上半身のような形をしたモノが乗っかっている。

両腕は鋭利な鎌のような形状をしていて下半身の四肢は大地をも砕く強靭な脚なのだろう。

 

そして、見ただけでわかるのはコレはあたしには対処できないものであるということ。

 

アレには勝てないとあたしの本能がそう告げていた。

見ただけで全身から汗が吹き出して足が震えるのだ。

カタカタと震える口をなんとか動かしてあたしは蝉時雨へと口を開いた。

 

「蝉……退路のナビゲート、お願い出来る?」

 

あたしがとったのは撤退の二文字だった。

 

『たった今出ました。北東の方向へ全力で走ってください。船を下ろして待っています!』

 

「了解っ!」

 

蝉時雨の指示に従って北東の方向へ全力で走る。

その後ろを信じられない速度であのエネミーが追いかけてくる。

木々をなぎ倒し、大地を抉り、川を氾濫させながらあたしを仕留めんと言わんばかりに追いかけてくる。

 

そして、その距離も少しづつ……いや、かなりの速度で縮まりつつある。

あたしがどれだけ全力で走ろうとも巨体で4足で走るともなればそのスピードの差は歴然だ。

 

迎撃するしかない。

 

その言葉が頭の中に過ぎる。

 

しかしどうするのか、勝てないと分かっていながら戦うなど死にに行くのと同じだ。

 

思考する時間など与えないと言わんばかりに背後から迫る巨体との距離は縮まるばかりだ。

 

迷っている暇などない。

 

躊躇う必要などはじめからない。

 

戦わなければ死ぬならばせめて生きる為に戦わねばならない。

 

「……っ!」

 

走っていた勢いを殺すようにブレーキをかけてそのままグリムアサシンを抜刀する。

 

『まリスっ!?』

 

「ごめん蝉……たぶん辿りつく前に追いつかれる」

 

悲鳴にも似た蝉時雨の声に今度こそは死ぬかもしれないと心のどこかで思いながら迫り来る巨体を見つめる。

 

接敵までおそらく1分……いや、おそらくは数十秒だろうか。

 

歯を食いしばれ、呼吸を乱すな、眼前に迫る敵のみを見据えろ。

 

『私が辿り着くまでなんとしてでも持ち堪えなさい!』

 

「うん、待ってる」

 

それ以降、蝉時雨の声は聞こえなくなった。

さて、どれだけ持ち堪えられるかわからないけど……やるしかない。

 

そして、轟音とともにソレはあたしの前に再び現れた。

 

「こんなところで……死ぬわけにいくかああああああああ!」

 

その場から姿を消して、あたしはそれの背後に回り込んで斬りかかる。

 

あたしにとって2度目の耐久戦が幕を開けた。

 

 

****

 

「私が辿り着くまでなんとしてでも持ち堪えなさい!」

 

『うん、待ってる』

 

通信を切って、そのままキャンプシップを飛び出す。

自身に課した枷を二つ外して爆発的な身体能力を発揮して駆け出した。

あの諦めにも似た声で返事をしたまリスの顔が頭から離れない。

最悪の事態だけは必ず回避しなければならない。

 

「お願いだから持ち堪えて……まリス!」

 

戦闘衣へと姿を変え、その手に自身よりも大きな剣を携えて、蝉時雨は自身よりも大切な少女の元へと駆け抜ける。

 

 

 

****

 

顔の真上を鎌状の左腕が通り過ぎる。

鼻先スレスレを通ったそれへと視線を向けることなくあたしは次の攻撃へ備えて駆け回りながら行動の一つ一つを注視する。

 

巨大に見合わず爆発的な初速度で突進してくる攻撃やその勢いを殺さずに振りかぶって来る両腕での攻撃、更には闇属性と炎属性のテクニックまで使ってくるとくれば何一つ侮ることなどできない。

 

周囲の気温が一気に上がり、森に業火が放たれる。

木々が燃え上がり、木へ飛び移ることへの逃げ道を次々と消されていく。

 

「こいつ……賢いっ!」

 

明らかに今まで戦ってきた何もかもと違う。

思考し、対策を練り、確実に仕留めに来ている。

巧妙にテクニックを使い分け、動きが鈍ったところを自身で攻撃しに来る。

 

異世界ではキャリガインと呼ばれるそれはあまりにも特異すぎた。

 

「このままじゃ本当にジリ貧だって……」

 

ため息を吐きたいところを深呼吸を数度繰り返して上がった息を整える。

 

木の上へと逃げることはできない。

炎が円満して酸素も少しづつ薄くなってきている。

このままでは本当にやられる。

おそらく合流のポイントから蝉時雨が向かってきてくれているのだろうが最低でもあと10分はかかるだろう。

 

「仕方ない……未完成だけど、やってみるしかない」

 

ゆっくりと深呼吸して大気中のフォトンを集める。

あの試験の日、仮面を付けた彼がやったアレを未完成とはいえ少しだけ使うことができるようになっていた。

 

全身が淡い水色の光に包まれてほんの少しだけ力が漲ってくる。

万全の状態ではないが故に攻撃に転換することはできない。

それでも、逃げる為に使えば少しでも長く使えるはずだ。

 

キャリガインがフォトンを纏ったあたしを見て歓喜したように森中へ轟くような雄叫びをあげる。

 

「やられるわけには……いかないんだから!」

 

信じられない速度で突進してくるキャリガインを同じように爆発的な身体能力を駆使して避ける。

 

(いける……!これならまだ耐えられる!)

 

防御と回避のみに専念してキャリガインの突進や凶刃、テクニックを避け続ける。

 

だが、それも長くは続かなかった。

突進を避ける為に空へと高くジャンプしたその瞬間、空で大きな炎が爆ぜたのだ。

 

頭上……いや、辛うじてフォトンを防御に回すことで致命傷は避けたが、そのまま地面に叩きつけられ、身に纏っていたフォトンは霧散した。

 

「あはは……やばいかも……」

 

迫り来るキャリガインを見据えて、せめて諦めまいとグリムアサシンをなんとか手に持つ。

立ち上がる事さえ、足に響く鈍痛のせいでままならない。

凶刃を受け止める為にエールスターライトに持ち替えて頭上に構えた。

一度受け止められればまだマシだろう……既に震える腕では碌に受け止めることなど出来ないかもしれない。

振り下ろされた凶刃は確かにあたしを切り裂くはずだった。

 

「はあああああああっ!」

 

しかし、それを許さない少女がここに存在する。

まるで花嫁の様でありながら戦へ向かう戦姫を思わせる戦闘衣を纏った少女は確かにここへとたどり着いた。

 

「間に合いましたね……本当に、無事でよかった」

 

重たいであろうキャリガインの凶刃を片手で持ったギガッシュで受け止めながら蝉時雨はあたしの前に立っていた。

 

「蝉……」

 

「待っていてください、すぐに……終わらせますから」

 

いつもの様に優しい声でそう告げた蝉時雨は凛とした声で手に持った大剣へと語りかけた。

 

「さあ起きなさい……“ディメシオン”」

 

瞬間、世界が応えるかの様に膨大なフォトンが鼓動のように胎動した。

蝉時雨を中心に目映いばかりのフォトンが集まり、その手に持った大剣の姿を変えていく。

 

「あなたと私を縛る鎖……一時とはいえ今ここで全て外しましょう」

 

星の様に輝き暴風のように荒れ狂うフォトンに押され、キャリガインが数歩後ろへと下がる。

現れた剣は星の具現のような剣だった。

刃の中に星々を散りばめたかの様なソレは星と心を繋ぐ輝きの聖剣。

 

“星心剣ディメシオン”

 

それがその剣の名だ。

 

「相手が未知の敵ともなれば、私も一切の加減をせずに相手しましょう」

 

ドクンッと世界が揺れる。

それと同時に蝉時雨から感じたことのない様な膨大なフォトンの気配を感じる。

 

「っ!」

 

大地を蹴り、駆け抜けたと思えば次の瞬間にはキャリガインの足の一本を切り飛ばしていた。

 

「なるほど、これが噂に聞くSEEDですか。確かに斬った感覚は薄い」

 

容赦の一切無い斬撃がキャリガインの四肢を次々と切り落としていく。

明らかにデューマンという存在自体……いや、あらゆる生命を超越した様な動きでキャリガインを圧倒していく。

 

「これが……蝉の全力……」

 

たどり着けない、と思った。

あの仮面を付けた彼の様に、手の届かない存在だと。

両者共持つ圧倒的な暴力、それはあたしが持つことの出来ない圧倒的な力だった。

 

「幻の様な存在だというのはよく分かりました。お前達を発生させた原因は後々ゆっくり探す事としましょう」

 

今まで一度も聞いたことのない身体の底から凍りつく様な冷たい声で蝉時雨は抵抗することの出来なくなったキャリガインへ言葉を投げる。

 

「お前達という存在に興味がないわけではありませんが……あの子をここまで痛めつけたのは到底許せません。故に───」

 

四肢を切り落とされ、武器となる両腕さえ失ったキャリガインへゆっくりと近づき

 

「跡形もなく消え去りなさい」

 

その大剣で正確に首を断ち切った。

首を落とされ、絶命したキャリガインはまるでそれ自体が幻であったかの様にこの世界から消え失せた。

残ったのは無残に燃え尽きた木々と抉られた大地だけ。

 

「状況終了です。さあ、まリス……帰りましょう」

 

「う、うん」

 

振り返った蝉時雨の声音はいつもの蝉時雨ではあったけれど、周囲へと向ける殺意の篭った瞳を直視することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

蝉時雨に肩を借りながらキャンプシップまで戻ってきたあたしは蝉時雨から軽く治療を受けていた。

 

「ねえ、蝉」

 

「どうしましたか?」

 

名前を読んだあたしにいつも通りに接する蝉時雨へとさっきの剣と力について聞くことにした。

 

「さっきの、蝉の使ってた剣と力って……」

 

「いずれは話さなければならないことでしたからね……アークスシップに戻ったら話をしましょう」

 

「うん」

 

少しだけ影のある笑みを浮かべた蝉時雨へ返せたのはそんな返事だけだった。

 

「それよりもまリス、アークスシップまで戻るのは……任せましたよ」

 

そう口にして意識を失い、床へと倒れ伏す蝉時雨。

 

「えっ……蝉……?蝉!?」

 

倒れた蝉時雨は明らかに、顔色が悪かった。

意識を失っていながらも指先が僅かに痙攣している。

身に纏っていた戦闘衣が消え去り、いつも着ている普段着へと変わる。

いきなり意識を失うなんておかしすぎる……もしかしなくてもさっきまでのあの状態は蝉時雨の身体に負荷を掛けていたのでは……

 

「こんなところに寝かせておくわけにはいかない……」

 

ゆっくりと蝉時雨の身体を持ち上げて備え付けの簡易ベッドへと運ぶ為に立ち上がった瞬間、床に何かが落ちた様な金属音が響いた。

 

「あっ、お守り……」

 

だが今は蝉時雨を運ぶのが最優先だ、落ちたものは後で拾えばいい。

蝉時雨を簡易ベッドへと寝かせてから落とした形見のアクセサリーを拾いに戻る。

 

「……?」

 

しかし、拾ってみたそれはあたしの持っているものとは少し違った。

同じものを持っているいリスの物とも少し違う。

あたしといリスの名前が刻まれているお父さんとお母さんがくれた形見のアクセサリーだが、似ているものもあるだろうと客観視してそれを注視してしまった。

 

「え……」

 

そこにはあたしといリスの名前、そして……あたし達2人のもつアクセサリーには刻まれていない名前が刻まれていた。

 

「スリスって……えっ?」

 

目の前で意識を失っている蝉時雨をあたしは見つめる。

理解が追いつかない。

あたしといリスには他にきょうだいなんて居なかった。

居なかった、筈なのだ…………

 

だが、しかしそれと同時に他人とはいえない共通点はありすぎる。

あたしたち姉弟と同じ翡翠の瞳にお母さん譲りの白髪。

顔立ちだって、似ている気がしていたのは間違いじゃなかった筈だ。

 

「……一回落ち着こう?帰ってからフィリアに血液検査してもらおう」

 

身体中から溢れる不快な汗が止まらない、思考を停止させて深呼吸する。

 

「取り敢えず、帰ろう」

 

一度リセットした思考でキャンプシップの操縦席へと向かい、進路をアークスシップへと向けた。

 

 

 

 

 

 



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最終話 蝉時雨(スリス)

 

それから数時間かけてあたしはアークスシップへと帰還した。

船から降りれば血相を変えたあるふぃとミカエラが走ってきてあたしと蝉時雨の姿を見て安堵したかのように深呼吸する。

 

フィリアの指示でメディカルセンターへと運ばれていく蝉時雨をあたしは現実味のない瞳で見送る。

 

「何があったか……聴かせてくれるか?」

 

「……うん」

 

あるふぃに促されるままあたしもメディカルセンターへ連れられていく。

道中で蝉時雨が倒れた理由や交戦したSEEDフォームのことを話していく。

 

「蝉が倒れた理由に関しては大した問題じゃないんだ。蝉は自分の体に3段階の能力リミッターをかけていてな。その理由は私の口からは言えないんだが、その反動で一時的に意識を失ってるだけだ。数時間もすれば何食わない顔で目を覚ますさ」

 

「まあ、私は“せみっとブレイク”なんて呼んでるけどね」

 

「……ミカエラ」

 

「いや、ごめん不謹慎だった」

 

場を和ませようとしたであろうミカエラを呆れ返ったような目で見るあるふぃに彼女は引き笑いをしながら謝罪する。

 

メディカルセンターで軽い検診をフィリアから受けながら、あたしはあの瞬間からずっと気になっていた事を2人に問いかける事にした。

 

「ねえ、あるふぃ……ミカエラ」

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

あたしの言葉を待つ2人に軽い深呼吸をして口を開く。

 

「スリスって……蝉の事……だよね?」

 

「「っ!?」」

 

2人の息を飲む音が聞こえた。

そして、それと同時に2人の纏う空気が変わったことも感じられた。

ああ、これは図星なんだなと本能的に察しても、問いかけた言葉はもう消えない。

 

「……そっか、そうなんだ」

 

「それを何処で知った?」

 

えらく低い声のあるふぃの声音にあたしはポケットにしまっていた2つのお守りをあるふぃへ差し出す。

 

「これは……蝉の持っていたやつと……」

 

「あたしといリスが持ってる両親の形見よ。裏面に彫ってある文字を見て」

 

あたしの言葉に従ってペンダントの裏側を見たあるふぃとミカエラは目を見開き、あたしとペンダントの文字を二度三度と見比べる。

そして、あたしの健診をしていたフィリアへ向き直る。

 

「そういうこと、それでフィリアにはお願いしたいことがあるんだけど」

 

「私にまリスさんと蝉時雨さんの遺伝子情報の照合を頼みたいと」

 

「うん、出来る?」

 

物怖じすることなく、真実を知るためにあたしは踏み入ってはいけないであろう場所へと踏み入る。

もしかしたらあたしと蝉時雨の関係はこれで崩れてしまうかもしれない。

今までのように笑い合えることももうないのかもしれない。

それでも、あたしは真実を知りたいからとその選択を選んだ。

 

「本当なら他の人間の私欲目的での鑑定は禁止されてるんですけど……仕方ありません、今回だけ引き受けましょう」

 

「いいの?」

 

「ええ、私も蝉時雨さんにはお世話になってますから……それに彼女が貴女たちに隠し事をしなくて済むなら私もそれに一役買いましょう」

 

疲れた表情の中に、どこか諦めたような顔のフィリアは軽く手を振りながらメディカルセンターの奥へと消えていく。

それをあるふぃと見送って、あたし達はメディカルセンターを後にした。

 

「蝉について、私が話せることだけ話しておこうと思う」

 

「……いいの?」

 

メディカルセンターから少し離れたベンチに腰掛けてあるふぃが口を開く。

 

「あくまで余談程度にだけどね」

 

「それでも聞きたい」

 

あたしがしっかりと答えを返せばあるふぃはゆっくりと頷いて口を開いた。

 

「蝉の産まれは少し特殊でな。とある研究施設で産まれたデザインベビーだったんだ」

 

ガツンと後頭部を殴られた様な衝撃があたしを襲った。

どんなことでも受け入れるつもりだったのに、はじめのその一言があたしの許容量を超えてゆく。

 

「親というものの愛を知らずにある事件がきっかけで一緒に育ったもう一人の少女とその施設を失ってナウシズに連れてこられたんだ。そして蝉の保護責任者がルーサーというわけなんだが……まあ、そこは置いておこう」

 

今のあいつは信用できる方だからな、と小さく呟いたその言葉を聞かなかったことにして話の続きを促す。

それに頷いたミカエラがあるふぃに続くように口を開いた。

 

「そして、私とあるふぃが蝉と出会いって……君たちと出会い今に至るわけなんだけど…これ以上は本人の口から聞いたほうが良さそうだね。本当に話せることが少なくて申し訳ないんだけどさ」

 

苦笑いをしてさっき渡したペンダントをあたしの手に戻してくる。

 

「そのペンダントはお前が蝉に返してくれ……そして、お前たちと蝉がどんな関係であったとしても、しっかりと受け止めてあげてやってほしい」

 

「うん、それは勿論わかってる」

 

「さて、私はいリスを呼んでくるよ」

 

「少しの間ユウとろんには近づかないように言っておくから」

 

静かに立ち上がっていつものように軽く手を振りながらあるふぃとミカエラは立ち去っていく。

 

あたしたちと蝉の関係。

恐らく本当の名前であろうスリスという名前。

あまりにも共通点の多すぎる容姿。

そしてあたしたちが全員持っているあのペンダント。

 

小さく一つため息を吐く。

蝉の口から真実が語られるまであたしがどれだけ考えてもなんの意味もない。

 

あたしたちと蝉の関係性が悪くなるなんて考えたこともなかったけど。

もし、今の関係が悪くなるなんて私は嫌だった。

 

出来るなら、これがきっかけになって今まで以上に距離の近い家族みたいな関係になれればとすら思う。

 

きっとここが私にとって二度目の人生のターニングポイントになる。

どんな結末であれ、私はその結果を受け入れよう。

蝉時雨がもしあたしたちを拒絶してしまっても、それは……あたしが選択してしまったことだから。

 

「姉さんっ!」

 

思考が少しだけまとまった瞬間に息を切らせたいリスの声が聞こえた。

あるふぃに呼ばれて急いで走ってきたのがわかって少しだけ笑ってしまう。

 

「とりあえず、座って」

 

「うん」

 

あたしに促されるまま隣に腰掛けるいリスの表情は硬い。

きっといリス自身も何かを察してここに来たんだろう。

 

「ねえ……いリス」

 

「どうしたの?」

 

お互いに緊張した面持ちで顔を合わせる。

あたしがこれから口にすることは間違い無くいリスにとっても大きな影響を与えることだろう。

 

「もし、蝉があたしたちと血の繋がった人だったら……どうする?」

 

「え…………?」

 

開いた口が塞がらないというのをそのまま体現している我が弟にやっぱりそうなるかとあたしも額に手を当てる。

無理もない、あたしだって帰還の船の中ではそんな感じだったんだから。

 

「どうして急にそんなこと……でも、そう思える確証があったから僕に話したんだよね」

 

「まあ、そうなんだよね……いリスはこれを見てどう思う?」

 

さっきあるふぃから返された蝉の持ってたペンダントをいリスに渡す。

渡されたペンダントをまじまじと見つめて首を傾げながら裏面を見てその瞳を大きく開いた。

 

「これ……お父さんの字だ」

 

「そうでしょ、文字の掘り方があたしたちの持ってるのと全く一緒なの」

 

「スリスって……蝉時雨さんのこと、なんだよね?」

 

「多分ね……だからフィリアにあたしたちと蝉の遺伝子検査をしてもらってるの。ビンゴならあたしたちは生き別れた“きょうだい”になる訳だけど……そのときいリスはどうする?」

 

あたしの問いかけに少しだけ考え込むように蝉時雨のペンダントを見つめたいリスはほんの数十秒で顔を上げてはっきりと答えた。

 

「僕は……家族として接したいと思う。誰でもいい訳じゃない……この数年で僕達は蝉時雨さんを知りすぎたし……僕たちに真摯に向き合ってくれた蝉時雨さんだからこそ僕は受け入れたい」

 

「そっか……あたしもね、同じ気持ちなんだ」

 

言葉にして仕舞えば簡単なことだけど……だけどそれは本当ならとても難しいことだとあたしはわかってる。

元は他人でその存在自体、あたしたちは知らなかった。

蝉時雨はあたしたちとの本当の関係を知っていても、きっとあたしたちのことを思って黙っていたはずの事柄でもある。

そこにあたしたち自身が踏み込んでいくのだからどんな対応をされても文句は言えない。

 

ただ、一つだけ叶うのならば……

 

 

「みんなでまた笑いあえたらいいな」

 

「そうだね、今度は僕たち3人で……」

 

ただ静かにあたしたちはフィリアの検査報告を待つことにした。

願わくばあたしたちの望んだ方向へと進みますようにと心の中で願いながら

 

 

 

 

 

 

 

****

 

「まあ、結果としては貴女たちと蝉時雨さんの遺伝子情報はかなり一致してます。98%の確率で貴女達は同じ親を持つ“きょうだい”ってことになりますね」

 

あの後すぐにフィリアに医務室に呼ばれて椅子に腰掛ければあたしにタブレット端末を手渡しながらあたしといリスにそう告げた。

 

「この結果を蝉時雨さんに聞くかどうかは貴女達に任せます。そのまま黙って見なかった聞かなかったフリをしても良いし、素直に問いかけるのも……まあ、一つの手段でしょう」

 

あたしたちがある種の納得をしている間もフィリアは言葉を続ける。

 

「私は蝉時雨さんとは決して深い関わりがあるわけではありません。ですが、貴女達が来てから……貴女達と過ごすようになってからあの人は幸せそうに笑うようになったんです。だから、どうか……あの人の心を救ってあげてください」

 

そんな心からの願いをあたしをいリスは黙ってうなずくことしかできなかった。

“きょうだい”という言葉自体はあたしたち2人の中ではなんの変哲もない、だけど世界で2人だけの家族を指す言葉だった。

両親が亡くなった後であたしたちを引き取ってくれた人達とも本当に家族になれたら良いのにと……願ったことは何度もあった。

ただ、口にして仕舞えばその関係すら失ってしまうと思っていたから口にすることを遠ざけてきた。

 

それでも、彼女はあたしたちを受け入れてくれるだろう。

目を覚ました蝉時雨にあたしはなんと言えば良いのだろう。

馬鹿正直に問いかけるという手段もある。

だけど、蝉時雨から話してくれることを願っている自分もいる。

正解がどれかはわからないけど、あたしにできることはなんだろうか。

 

そうしてフィリアは部屋から出て行ってしまう。

この壁一枚先の部屋に蝉時雨が眠っているとだけ最後に教えてくれた。

 

 

 

───あとはあたし達次第だ。

 

 

あたし達2人が進みたい道は決まった。

蝉時雨を含めた3人で家族として生きていきたい。

 

───確証は得た。

 

───必要なピースは揃った。

 

───ならば後は全てを開示するだけだ。

 

いリスと2人、顔を見合わせて立ちあがり……蝉時雨の眠る病室へと足を踏み入れる。

そこにはちょうど目を覚ましたのか少しだけ眠たそうな表情の蝉時雨があたしたちを見つめていた。

緊迫したあたしたちの顔に気がついたのかその顔をすぐに引き締める。

 

「蝉に……聞きたいことが沢山あるの」

 

「……どうやら、そのようですね」

 

お互いに一度だけ深呼吸をして気持ちを整える。

先に口を開いたのは、あたしだった。

手に握ったままだったペンダントを蝉時雨に渡しながらゆっくりとでも確信を持ったように問いかける。

 

「そのペンダントは本当なら世界に2つしかないあたしといリスの両親の形見のペンダントなの。裏に名前が彫られていて、あたしといリスが持つものにはあたし達の名前が彫られてる」

 

あたし達が持つ2つのペンダントも蝉時雨に渡して確認してもらうように言えば彼女はまるで知っていたかのように頷く。

 

「でも、それは2つだけじゃなかった。蝉……貴女が持っていたそのペンダントは間違いなくお父さんが彫った字なの……幾度となくお父さんが書き記した過去の研究資料を見たことがあるからわかる」

 

「……そうですね。確かに私はこのペンダントをマインハルト博士から頂いたものです。それも研究施設で共に育った他の子には内緒だとこっそり渡されて」

 

遠い過去に想いを馳せるように蝉時雨は瞳を閉じる。

何か大切なものを残してきて、無くしたようなその顔をあたしは見なかったことになんてできるわけがなかった。

 

「蝉……フィリアにあたし達の遺伝子を検査してもらったの」

 

「そう……ですか」

 

俯くようにあたしから視線を逸らしてしまった蝉時雨に胸が張り裂けそうなほど強い痛みを覚える。

あたしはそんな顔をしてほしいわけじゃない。

ただ、笑っていてほしいだけだから……

 

「それでは、もう隠す必要はありませんね。話しましょうか、私が生まれたその意味を……その世にたった1人しかいない呪われた少女の話を」

 

そこから語られる蝉時雨の話はとても重たく、それでいてあたしたちの知らないお父さんたちの話でもあった。

 

 

 

 

───ナベリウスのとある研究施設で生まれた私はこの世界でたった1人のデューマンの遺伝子強化計画の成功例として生まれた。

数多の研究者から元型を意味する『アーキタイプ』と呼ばれる中で3人の研究者が私に私たちだけが知る名前をくれた。

『スリス』そう名付けられた私はその名前をくれたマインハルト博士とフェイリス博士を敬愛し、そして家族として接してくれた彼らだけが私の中にどんな研究をされようとも耐え抜ける忍耐力をくれた。

研究が進むたびに必要以上にこの身に蓄積されていく莫大なフォトンを抑え込むのに必死だった私はいつだってこの身がはじけて消えてしまうかわからない不安を抱えたまま明かりのない部屋に戻される。

その中でフェイリス博士は私に出力リミッターを代用するための剣を用意してくれたのがまリス……貴女を助けるときに使った『星心剣ディメシオン』なんです。

 

更に月日が流れ、マインハルト博士とフェイリス博士に第一子が生まれたと聞いて、フェイリス博士は研究施設に来る回数がぐっと減った。

第一子の名前はまリスというんだとマインハルト博士が嬉しそうに語ったのを覚えている。

その頃には私もマインハルト博士とフェイリス博士に容姿が似てきていたことから私が彼らの遺伝子を元に創られたというのはなんとなくだが察しがついていた分、その嬉しそうに話す彼らを見て私も少し嬉しくなったものだった。

 

更に月日が流れ、私の与えられた部屋に新たな少女と少し大きな龍が住うこととなった。

名前は少女がクーナ、龍がハドレッド……彼女たちともすぐに打ち解けてたくさんの実験に耐えながらもきょうだいの様に過ごし、マインハルト博士やシマリス博士、たまに研究施設に顔を出すフェイリス博士と私にとっては明るく幸せな日々が続いていた。

 

そして、また少し時が経ってフェイリス博士がまだ幼いいリスと7歳ほどのまリスを連れて研究施設へやってきました。

明るく元気なまリスとその時はまだ彼女の後ろをついて回るだけの小さないリスを遠目に見て私は初めて貴女たちを見てそして困った様な顔でありながら嬉しそうなフェイリス博士の姿を知って……本当の家族の形を少しだけ知ることができたんです。

 

「これでは私の出生の秘密というよりはただの昔話ですね……いけませんね自分のこととなるとあまり話すのは苦手で……」

 

「ううん、大丈夫……この内容だけでもずっと動揺してるから」

 

「僕も……驚きっぱなしだから」

 

「これだけではいけませんね。私の思い出はここまで……あとは私がなぜ呪われたと口にしたかを話しましょうか」

 

私が生まれることとなったデューマンの遺伝子強化実験の完成形を生み出すために私が生まれる前には沢山の前例となる出来損ないと呼ばれることとなった子供たちが沢山いました。

虚構機関(ヴォイド)】の指示で研究・実験が進められていた【ハイ・デューマン創造計画】の完成形であり、唯一の実験成功例が私の正体。

生まれながらにして普通のデューマンの数十倍のフォトンを扱うことに長け、戦闘を行えば一般のアークス一個小隊に及ぶほどの戦闘力を発揮する、オペレーターをやれば数百人規模で行う情報処理をたった一人で行うことが出来る正真正銘の化け物。

この世界で唯一完成された化け物として生まれ落ちたのが私という呪われた子供の出生の秘密。

数百という実験体の子供達の骸の上に成り立つたった1人の成功例。

 

「どうですか……?これが私が生まれた時から抱え続ける化け物としての能力です。沢山の生贄となった顔も知らない“きょうだい”達の怨嗟を毎晩毎晩夢に見続ける呪われた少女の出生の秘密です」

 

気丈に微笑みながらいつものように口を開いたのは彼女の言葉は……震えていた。

 

「これを知った以上、私たちがどのような関係であれ……関わることはやめたほうがいいでしょう。なによりも……貴女達に恐怖の混じった目で見られることが……私はなによりも怖い」

 

震える自分の肩を蝉時雨は抱きしめながら私たちを見つめる。

彼女にとって、私たちと持った関係が壊れることをなによりも恐れていたというのが目に見えてわかってしまった。

 

「だから、貴女達が私を嫌いになる前に……私にもう関わらないで」

 

震える声で今にも泣きそうな顔で何を言っているのか。

だれよりも家族の愛を欲したであろう少女が何を言っているのか。

お父さんとお母さんは彼女になんで物を遺したのだろう。

研究者として中途半端な愛を与えたが故に、蝉時雨は本当の家族の愛を求めてやまなかった。

だったらその責任は……娘であるあたしがとらなければ。

なによりも、目の前で震えて泣きそうな“姉”を放っておけるほどあたしは立派な人間ではない。

 

一歩、前に進む。

 

びくりと蝉時雨の身体が震えた。

近づかないでという意思表示だろう、微弱な雷があたしの頬をかすめる。

それでも、進み続ける。

首を振り、ついには涙を流しはじめた蝉時雨にあたしは距離を詰めていく。

反対側からはいリスが同じように歩きはじめていた。

 

「お願いだから……私に希望を与えないで……もう、夢を見させないで!」

 

泣きじゃくり、感情とリンクするように放出される雷は大きくなる。

バチっと近くにあった花瓶を砕き、その破片があたしの腕を軽く裂く。

それでも、あたしは進むことをやめない。

 

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

 

「僕らはまだなにも言ってない。まだなにも……貴女に伝えてない!」

 

やがて彼女との距離がゼロになり、あたしといリスは蝉時雨を左右から抱きしめた。

 

「……え?」

 

なにが起きたからわからないというような声をあげる蝉時雨を更に強くどこにも行かせないと強い意志を込めて抱きしめる。

 

「あたしは……蝉との関係をフィリアから聞いて嬉しかったよ。蝉がどんな生まれであっても、どんな風に生きてきたかも関係なく……あたしは純粋に貴女と“きょうだい”って知れて嬉しかった」

 

「僕も、ここにきてから数年……ずっと貴女に支え続けられて、もう1人よ姉のように思っていたから……それを聞いて驚いたけど嬉しかったんです」

 

───泣いてる子を泣き止ませるためには優しく抱きしめて全てを肯定してあげなさい───

 

お母さんがあたし達が喧嘩して泣くたびにこうして抱きしめて教えてくれた。

 

「あたし達は貴女と本当の家族になれたらいいなって思う。いリスとも話し合って、あたし達が決めたあたしたちの意思。ねぇ……蝉はどう思う?」

 

「わたしはっ……!」

 

あたしたちの腕の中で嗚咽する蝉時雨にどうしたいのか問いかける。

 

「貴女が思ったこと……蝉の本当の望みを教えて?」

 

「わたしは……貴女たちと一緒にいたいっ!蝉時雨としてじゃなくて……スリスとして……!貴女たちの“家族”として……!」

 

「もちろん、私たちはそのつもりでここにきたんだから」

 

泣きじゃくる蝉時雨をあたしといリスは抱きしめ続ける。

あまりにも重たい悲しみを背負ったあたしたちの姉の重荷を少しでも楽にできるように。

 

 



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第二章『炎と氷の巫女見習い』
第一話 『ストライカー』


 

蝉時雨と話し合ってちゃんとした“家族”として過ごし始めてしばらく経ち、世間はクリスマスを謳歌していた。

 

新光歴233年12月25日

 

あたしたちも例に漏れずにクリスマスを満喫しているのだった。

 

 

 

****

 

「あっ、ユウくん!これそっちの壁にかけてもらえる?」

 

「うん、任せて」

 

ユウとろんが部屋の飾り付けを行い。

 

「いリス、こんな感じでいいの?」

 

「そう、クーナは料理も上手だね」

 

「私も少し練習したから」

 

いリスとクーナがパーティー用の料理を作ってくれて。

 

「……子供達のプレゼントは何がいいんでしょうか」

 

「私はひとまずその白金色のカード閉まったほうがいいと思うよ」

 

蝉時雨とミカエラはユウとろん、いリスとクーナへのプレゼントを買いに街へと出ていて。

 

「……一体どんな名前ならいいだろうか」

 

あるふぃは書類と睨めっこしながら空白欄を埋めては消してを繰り返して。

 

「……キミは聖夜にこんなところにいていいのかい?」

 

「18時まで戻ってくるなって言われててね。そんなルーサーだって人のこと言えないんじゃない?」

 

あたしはどういうわけかルーサーと読書に勤しんでいる。

 

「僕はまあ、見ての通り独り身でね。こうして聖夜だというのに独り読書をしようとここに赴いたわけだが……キミが先客とは驚いたよ」

 

「あたしもみんなの手伝いしようと思ったんだけどね。みんなに締め出されて18時に帰ってこいなんて言われたら何もすることないじゃない」

 

「……それで読書を選んだと」

 

「なによ、悪い?」

 

本から視線をルーサーへ移して軽く睨みつければ彼は肩を軽くあげて苦笑いをした。

 

「いや、悪くないとも。知を得るというのは何にも変え難いからね……お互い、寂しい聖夜を過ごそうじゃないか」

 

「……なんか棘のある言い方よね、言っておくけどあたしがいるのは18時までよ?」

 

「18時までとは言っても今の時刻をよく見たまえよ」

 

彼に言われるまま部屋の入り口付近に設置されているアナログ時計を見やれば時針が示すのは13:30だ、約束の時間までは4時間半もある。

 

「少なくともここにいる限りはあと4時間半は僕と過ごすことになるわけだが」

 

「……まあ、ルーサーに聞きたいこともあったからちょうどいい機会だわ」

 

読んでいた本をパタンと閉じて紅茶を一口飲んでルーサーへ視線を向ける。

それに倣うように彼は本を閉じてあたしへと向き直る。

 

「ふむ、今の僕は機嫌がいい。ある程度のことなら答えようじゃないか」

 

「そう?じゃあ単刀直入に聞くけど、あたしのお父さんとお母さん、マインハルトとフェイリスのこと知ってるでしょ」

 

「…………」

 

蝉時雨の話を聞いた時、そしてルーサーがあの日にあたしに勧めた本のタイトル……そして彼が口にしていたあたしが彼の親友に似ているという言葉、すべて繋げれば自ずと辿り着くことだった。

 

「……まさか、あの報告書を読まずにその解まで辿り着くとはね」

 

「蝉の……ううん,スリスの後見人がルーサーだっていうのもあたしがこの答えに辿り着く大きなヒントだったよ。寧ろ、それで確信に至ったって言っても過言じゃないかな」

 

「キミは本当に聡い子だ。嗚呼、本当にあの二人に似ているとも……マインハルトとフェイリス、彼らは僕にとっては親友だった」

 

懐かしむように、彼は想いを馳せるように虚空へと視線を向ける。

 

「マインハルトは僕の理解者でもあり、友人だった。どんな困難にも立ち向かい、人々を救い……誰にでも好かれるまさに勇者のような男だったよ。当時のアークス最強は誰かと言われれば誰もがマインハルトだと答えただろう。そして、フェイリスは……そうだな、彼女も強かで決意をその瞳に宿した女だった。そんな二人が結ばれ、僕の言葉に賛同して前線から離れてナベリウスの研究室に移動したのは記憶に新しいよ。今思えば、それ自体が僕の過ちだったのだと感じてしまうけどね」

 

「お父さんとお母さんがしていた造龍計画……それがどんなものなのかはあたしはまだ知らない。ルーサーが言ってた通り、あたしはきっと知らなきゃいけないんだって思う。でも、一つだけ今知りたいことがあるの」

 

造龍計画、その名から碌な研究じゃないことはもうわかっていた。

きっと非人道的な研究だってやっていたはずだ。

でも、それでも聞いておかなければならない。

 

「あたしのお父さんとお母さんは……どんな研究者だったの……?」

 

震える声で、ルーサーへと問いかけた。

あたしの知る優しい父と母ではないかもしれない。

命をなんとも思わないような研究者だったらあたしの中に生きてる二人の優しい両親という印象は消えて無くなってしまうかもしれない。

それでも、スリスが語る二人が優しかったから第三者であるルーサーへと聞いておかなければならなかった。

 

「二人は……研究者としては落第者もいいところさ。彼らは優しすぎる……蝉時雨やクーナ、それにハドレッドにだって彼らは優しかった。生み出される被験体を愛し、そして犠牲になった者を見て心を傷める。言っただろう、勇者のような男だったと」

 

「それじゃあ……それじゃあなんで……!」

 

「彼らは甘かった、甘かったが故に……他の研究者は痺れを切らしたのさ。計画を急ぎ、成果を焦った……それがあの日の事故の原因だ。惑星ナベリウスの研究施設の被験体ハドレッドによる暴走事故。生き残りは……今のところ確認はされていない……彼らは僕の部下でもあった、恨むならば僕を恨んでくれていい」

 

悔しさを噛み締めた彼の表情を見て、どうして恨めるというのだ。

あたしに取っては大好きな両親だった、だが彼に取っては大切な親友を亡くしたのだ。

悔しいのは、悲しいのはあたしも彼も同じなのだ。

 

「ごめん、クリスマスにこんな話させて」

 

「いいや、構わないさ。あの二人のことをキミは知る権利がある……それはあの報告書を読んだほうがいいと言った時に言ったはずだよ。さて、こんな暗い話じゃなくて彼の英雄譚の話でもしようか。どうせならば今日のような日は明るい話題の方がいいだろう」

 

「そうね、聞かせてほしいな。お父さんとお母さんがどんなアークスだったのか」

 

「ああ、よく聞くといい。何せ、彼と彼女に憧れてアークスになった人々は数えきれないほどいるのだから」

 

そうしてルーサーは語り始める。

20年ほど前に颯爽と現れた二人の英雄の話を───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうして、僕は彼らと出会ったわけさ。あるふぃの元へいるならば僕の特異性は知っているだろう?初めは互いによく思っていなかったわけだが、なかなかどうして人生とは面白いものだね」

 

彼が語る二人の話はとても面白かった。

蒼銀の英雄と宵闇の魔女。

おおらかでふんわりしていた両親からは想像もできないような話は確かに彼が語る通り英雄譚と言うにはふさわしいだろう。

 

「お父さんとお母さんは本当にみんなから好かれてたんだね」

 

「ああ、彼の戦闘スタイルを正式に継いでいるのはそれこそ蝉時雨……いや、キミの前ではスリスと言ったほうがいいかな?片手で軽々とソードを操り、ツインマシンガンで相手を翻弄して、タリスで急接近してトドメを刺す……キミはそんなスリスから彼の、マインハルトの戦い方を教わって受け継いでいるというわけさ」

 

「そっか……そうだったんだ」

 

「さて、そろそろ時間だ。続きはまた今度時間のある時に聞かせてあげよう」

 

ルーサーが話を区切ってその視線を壁掛けの時計へと向ける。

時刻は17:56を指していて今から戻ればちょうどいい時間だろう。

 

「どうせなら、ルーサーも来る?“今のルーサー”ならあるふぃやスリスだって歓迎するでしょ?」

 

「いいや、僕は遠慮しておくよ。気持ちだけありがたく受け取っておくさ」

 

「そう?だったら、また次の機会に誘うわね」

 

手元に置いていた本を棚に戻して部屋の入り口へと歩いていく。

再び視線を本へと戻していたルーサーの横を通り過ぎて部屋を出る前にもう一度ルーサーへと向き直った。

 

「メリークリスマス、ルーサー。今日みたいな日くらいは日々の喧騒に身を任せるのも悪くないわよ」

 

「……ふっ、検討してみるさ」

 

軽く手を上げて『早く行きたまえよ』と言う彼に背を向けてあたしはみんなの待つスリスの部屋へとその足を向けた。

 

 

 

 

 

****

 

『メリークリスマス!』

 

部屋に戻るなりあたしを襲いかかったのは大量のクラッカーのなる音と噴射されたセロファンの雨だった。

 

「……あたし一人のためのクリスマスじゃないでしょ」

 

「何言ってるのさ、今日の主役は間違いなく姉さんだよ」

 

さっと箒を取り出してセロファンを片付けるいリスが苦笑い気味に告げる。

その言葉の真意がわかないまま、ろんとクーナに導かれて席につけば後ろから歩いてきたスリスに【今日の主役】と書かれたタスキをかけられる。

 

「ちょっと、本当によくわかってないんだけどどういうこと?」

 

「まあまあ、あるふぃがもうそろそろ帰ってくるはずだからもう少し待ってよ」

 

なにやら訳知り顔でミカエラがあたしの目の前にドリンクの入ったグラスを置いて行って、どういうこととユウに視線を向ければいリスと同じように苦笑いしながら肩を上げるだけだ。

 

状況は全くわからず、どうやらみんな話してくれる気配もなさそうだ。

よくわからないけど、悪いことが起きるわけでもないのだし身を任せようと諦めて椅子に座り込む。

 

それぞれがニヤニヤしたりソワソワしたり落ち着かない様子なのがどうも気になるがそれもあるふぃが部屋に帰ってきたのと同時にその空気も緊張したものへと変わる。

 

「……どうでしたか」

 

「喜べ、申請は通ったぞ」

 

緊迫したスリスにあるふぃはニヤリと笑って一枚の紙をあたしに差し出してきた。

一体なんの申請をしてきたのかと訝しげにあるふぃの渡してきて書類へと目を通す。

 

「……なになに、『アークス264期生まリス。日々のアークスとしての貢献と活躍を認め、此処に貴殿の扱う特殊な戦闘スタイルを特殊複合クラス《ストライカー》として任命する。此れは極めて異例の事例でありその力を持って貴殿の更なる活躍と貢献に期待する。アークス総統レギアス』……えっ?」

 

「要するにお前の複合スタイルが正式にアークスに認められたんだ。お前だけの戦闘スタイル、それが《ストライカー》だ。おめでとう、まリス」

 

あるふぃがそう告げて拍手をすればそれに続くようにみんなからおめでとうと拍手を受ける。

 

「えっ、えええええええ!?!?!?!?!?」

 

状況をようやく理解したあたしは事の大きさに驚愕の声を上げるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 




ルーサーの現在の好感度

    20/100

原作開始前までに90以上で《再誕の日》にてルート分岐。


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第二話 『惑星ハルコタン』

 

あたしの扱う戦闘方法が正式に『ストライカー』として認められてしばらく経ったがあたしの生活というか境遇は大して変わることはなかった。

まあ、セラフィムと同じように最年少の特殊クラス創設者なんて呼ばれるようになったがもともとスリスやあるふぃ、ミカエラから師事を受けていたこともあってそこまで大事になることもなかったのだろう。

 

「そうだ、まリス」

 

「なによ」

 

久しぶりにあるふぃと任務に出て帰還していると何かを思い出したかのようにあるふぃはあたしに声をかけた。

 

「明日から二、三日私と一緒にハルコタンに行くぞ」

 

「ハルコタンってあるふぃがここ最近ずっと行ってる場所だよね?」

 

「ああ、お前はまだ行ったことがなかっただろう。軽い調査任務だから私一人でも構わないんだが、折角だから連れて行こうと思ってな」

 

「あたしは全然いいけど、あたしにも他の任務とかあるじゃない」

 

「ははは、その辺りは気にするな。私と蝉で全部解決しておいた」

 

軽く笑うあるふぃだが、それに付き合わされたスリスが微妙な顔をしていた。

 

「あるふぃと私と言っていましたが、あなたがこなしたのは実戦のみでしょう」

 

「適材適所というやつだよ蝉」

 

「物はいいようですね」

 

キャンプシップの操舵席からスリスの呆れた声が届く。

しかし、あたしもあるふぃから聞いていたハルコタンを想像して胸が高鳴った。

 

「今回行くのは私の友人であるスクナヒメがいる灰の領域だ。アークスから指名手配されている違法研究者がハルコタンにいると情報が入ってな、スクナヒメに協力の要請をして調査をさせてもらうというわけだ」

 

「なるほどね、因みにその違法研究の内容って解ってるの?」

 

軽い気持ちで問いかけたそれに彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。

それだけで碌な研究でないことは間違いないだろう。

 

「ダーカー因子の生物への埋め込みですよ。犬や猫に限らず原生生物、果てには人にまでその範囲は拡大しているといいます」

 

「そういうことだ、まあ数多の星を股にかける犯罪組織だ。今回も支部の一つに過ぎないとは思うが潰しておかなければ原住民に被害が出るからな」

 

「……随分と悍ましい研究してるのね。ダーカー因子に負けた人間がどうなるかなんて分かりきってるでしょうに」

 

恐らく……いや間違いなく普通の良心や心理なんてかなぐり捨てているのだろう。

自分の知識、自分の研究成果を世に知らしめる事しか頭にないそんな精神異常者のことを気にしてもしょうがない。

なにより、愚弄した生命へのツケはその身でしっかりと償わせなければ。

 

「まあ、そんなに緊張することはないさ。研究施設の位置はもう現地の協力のおかげで掴んである、軽くスクナヒメに挨拶してそこからスタートする予定だよ」

 

「私とあるふぃも施設へ行きますから安心してください。最悪戦闘になりますが……まあ、まリスなら問題ないでしょう。ハルコタンは美しい星ですからね、7割ほど観光気分で行ったほうが気が楽ですよ」

 

「この時期からは白の領域と灰の領域は桜が咲き乱れるからな。任務じゃなければいリス達も連れて行ってもいいだろう」

 

「それなら今度連れて行ってあげないとね」

 

他愛のない会話が続くが、初めて行う研究施設の調査という任務は確かにこれまでにない緊張感が自分の中にあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

翌日、あたしは早朝からスリスとあるふぃと合流して再びキャンプシップに乗り込んでいた。

 

「この位置からハルコタンってどのくらいかかるの?」

 

「そうですね、ワープを使えば30分といったところですが……普通に行けば丸2日といったところでしょうか」

 

「ハルコタンは人間と異種族が共存している星だからな。頂点に灰の神子を仰ぎ、それに仕える白と黒の巫女がいる。その下に白と黒の領域に住まう人民がいるというわけだ。14年前まではお互いの領域で小競り合いが起きていたが……まあ、それも今は鳴りを潜めているよ」

 

「つい最近まで内戦があったんだ……」

 

「まぁ、巫女の次期後継者が産まれてから内戦は紆余曲折あって停戦の方向へと話がまとまったんだ。その二人も今年14になるからな……ああ、お前の一つ下の子達になる。仲良くしてやってくれると私も嬉しい」

 

「……なるほどね」

 

ここ最近あるふぃがハルコタンへ向かうことが多かった理由がなんとなく察しがついたがそれは敢えて触れないでおこう。

 

「別に隠しているわけじゃない。あの二人は私に取っては少し特別なんだ。蝉にとってのまリスといリスとクーナ、ミカエラにとってのユウとろんみたいな物だよ」

 

「そのくらい流石のあたしでも察したわよ」

 

苦笑しながらスリスが操舵するコックピットへと向かう。

副操舵席へと座ったあたしを見てスリスは微笑んで計器へと視線を落とす。

 

「あたしも何か手伝おうか?」

 

「特に何もないと言いたいところですが、久しぶりにワープゲートの調整をしてもらいましょうか。座標は既に打ち込んでありますから細かな調整をお願いしますね」

 

「うえ、あたしが1番苦手なやつじゃない……」

 

「ふふ、私がみっちりと教えたのです。もちろん、出来ますよね?」

 

なにか変なスイッチが入ってしまったスリスはニコニコと微笑みながらあたしをじっと見つめる。

覚えてない、なんて言おうものならその笑みのもう意味が180度変わってしまうのは言うまでもないだろう。

 

もう一年、下手したら二年も触れていない計器に視線を落としてため息を吐く。

 

姉という関係に変わったとしてもあたし達のこういう時の関係は変わらないままだ。

それがあたしに取ってはとても心地のいい物だと思うのと同時に時折、あたしよりもこういうものが得意ないリスに助けを求めたくなる時もある。

 

……まぁ、あたしとて研究者の娘だ。

こういうものの扱いは一度覚えたら忘れないのがあたしの長所でもある。

 

画面に映し出される数字の羅列を見つめながら空間転移の為の数列と波形を見逃すことなくチェックしていく。

 

「スリス、ワザと間違えたところ残してるでしょ」

 

「……おや、気がつきましたか?」

 

「あたしが気づかなかったら変なところにワープすることになるじゃない」

 

「まリスなら見つけると解っていて置いてますので……それに、気がつかなかったとしても私が直前に修正すればいいだけですからね」

 

しれっとそんな事を言って退ける我が姉は楽しそうに修正した箇所を確認する作業に戻ってしまう。

その間の船の操舵はあたしがするということか……別にこっちの方が気楽でいいからあたしは構わないんだけど。

 

そうしてらしばらく船を安定軌道で飛行させていると隣からパンッと両手を合わせた音が聞こえてきた。

何事かと思って視界をそちらに向ければ確認していた数列と波形……もとい、転移座標の細かい調整が終わったとのことだった。

 

「さて、お待たせしました。あるふぃ、転移の準備に入りますから居眠りしてないでちゃんとベルトを装着してくださいね」

 

「瞳を閉じていただけで寝ていたわけじゃ……」

 

「居眠りしていた人はだいたいそういうんですよ」

 

「だってさ、あるふぃ」

 

困ったような顔のあるふぃが可笑しくてついスリスに同調して悪戯じみた笑みを浮かべて言葉を続ければ、彼女は深くため息を吐いた。

 

「もうそういうことにしておいてくれ」

 

反論することを諦めた声にあたしとスリスは顔を見合わせてクスリと笑みを浮かべた。

 

「さあ、冗談はここまでにしてゲートを開きますよ。まリス、使い方はわかってますね?」

 

「はいはい、空間転移開始……座標は惑星ハルコタン上空」

 

久しぶりに握った空間転移のトリガーを引いてキャンプシップの前方に小規模の転送エリアを形成する。

実際に形成された波形と事前に観測していた波形に相違がないことを確認して操縦桿を握るスリスへとアイコンタクトを送ると彼女はフットペダルを踏み込んで船体を加速させていく。

 

ワープゲートを潜って数分もすればあたし達の眼下には灰色の星が静かにその存在をあらわにしたのだった。

 

「蝉、ここから先は私が操縦する。キャンプシップの発着点は私じゃないと通れない場所が存在するんだ」

 

「なるほど、確かに灰の神子と交流のある貴方だからこそ通過できる場所もあるでしょうし……わかりました、代わりましょう」

 

スリスとあるふぃが操縦席を交代し、そのままあるふぃは船を一直線にハルコタンの中へと進めていく。

船体が大気圏突入へのモードへと変換されて真っ赤に染まる視界を突っ切っていく。

 

 

 

 

 

そして、押し寄せる気体を超えた先に……

 

 

 

 

「うわぁ……綺麗」

 

 

眼下には満開の桜で染まった桃色の大地が広がっていた。

見た事のない様式の大きな城に、その城下に広がる民達で賑わう街並み。

この世界に辿り着く船があるふぃだと解っているのかこちらに気がついて手を振っているものも決して少なくない。

 

「美しい星だろう、ハルコタンは」

 

「そうだね……本当に陳腐だけどこんなに綺麗な光景は見た事ないよ」

 

「これ程の桜並木は他の惑星では見ることすら叶いませんからね」

 

万感たる思い、とはきっとこういうことを言うんだろうとすら思った。

この景色を見た瞬間にさまざまな感情が押し寄せて、そして言葉にできたのはたった一言の“綺麗”という言葉だけだった。

美しい景色というのはあたしだって見てきたつもりだ。

ウォパルの美しく透き通った海原。

ナベリウスの凍土エリアの山頂から眺めた雪景色。

アムドゥスキアの無数の島々が浮かぶ浮遊大陸。

どれも初めて見た時は感動を覚えた、また来たいと思わせられるような場所だった。

 

だが、それをたった一目見ただけで全て過去のものにしてしまった。

見ただけでわかる美しい桜並木、建物自体が芸術と呼ばれるような城。

そして、木造で出来ている無数の民家とさまざまな店々。

 

この星の神子が住まう領域だからここまで美しいのも理解できた。

しかし、きっとこの星は星全てがこのように絢爛で風情のあるものなのだと理解することができるのも早かった。

 

 

惑星ハルコタン。

 

 

初めて訪れた星の空からの景色は、まリスの脳裏からしばらく離れることはなかったという。

 

 



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第三話 『月下の邂逅』

真っ先に驚いたのはちゃんとエアポート、キャンプシップの発艦港があったことだった。

惑星ハルコタン、事前に調べた限りではオラクル船団との関係はほぼ無く、現地神がいる影響もあって他の惑星と違い独立した生態系と執政を行なっているという。

 

スリスの補助を行いながら着艦を済ませてキャンプシップの火を落とす。

計器をはじめとする機器の電源が落ちていることを確認してシートから立ち上がる。

 

先に外に出ていたあるふぃに続いてあたしとスリスも続いてキャンプシップから外に出ていく。

 

機内から見た通りの、いやそれ以上の絶景があたしの目に入った。

視界いっぱいに広がる桜並木、風に吹かれて枝が揺れてひらひらと花びらが落ちてその花びらがあたしたちを吹き抜けるように通り過ぎていく。

 

先に船から降りていたあるふぃは雅な服を纏った少女と笑いながら話している。

 

「まリス、彼女がこの星の現地神である“灰の神子”スクナヒメです。くれぐれも失礼のないように」

 

「あの人が……?」

 

「ええ、あのように大らかな御仁ではありますがその身に纏う神性はこの星に祀られる災神と同等のものです。恐れ慄けとは言いませんが最低限の礼儀は尽くしなさい」

 

「うん、わかったよ」

 

スリスから注意をもらったところであるふぃがあたしたちを手招く。

隣に立つスクナヒメはスリスを見て微笑み、あたしを見て訝しげな表情をする。

 

「……?えっと……」

 

あんまりにもじっと見つめられるものだからどうしたらいいかわからずそんな声がつい口から漏れる。

 

「ああ、気にするでない。お主の持つフォトンがあまりにも蝉時雨と似ていたものでな」

 

「そんなに似てるの?」

 

おもしろそうに笑いながらスクナヒメはあたしの問いかけに答える。

 

「そうさな、姉妹とは聞いていたが此処まで性質が似ているフォトンとは思っておらなんだ。だが……うむ、お主のフォトンは少し特殊な流れもあるように見えてな」

 

「それはアレだろう。ただでさえ稀有な光属性のフォトンに私や蝉時雨、ミカエラを上回る武器を9つも扱う規格外の才能、これなんかも少しは影響している筈だぞ」

 

それは以前からスリスやミカエラにも言われていた。

あるふぃはあたしのコレを才能だと褒めてくれるが、客観的な面から見れば9つも扱うというのはコレまでの歴史上存在しないというのだ。

以前説明されたが、一つ扱えれば素質があり、二つ使えれば秀才、三つ使いこなせれば天才の域に存在する。

その天才の域にいるのがスリス、あるふぃ、ミカエラの3人であることもその説明とこの数年3人と関わって来たことで理解しているつもりだった。

 

「ほう、9つもか……それは面白いことを聞いたな。ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。妾はスクナヒメ、この星で灰の神子と呼ばれるものよ。以後、よろしく頼むぞ?」

 

「あっ、まリス……です。あたし……えっと私こそよろしくお願いします」

 

「カカッ!そう畏まらずともよい!妾は堅苦しいのは好かんからな!妾のことは特に気にせず普段通りに話せばよい!」

 

あまりにも慣れない喋り方をすればスクナヒメだけではなくあるふぃやスリスまで俯きながら笑っている。

意地が悪いなと思いながらもあたし改めて彼女へと手を差し出した。

 

「そ、そうなんだ。じゃあよろしくねスクナヒメ」

 

「うむ、此方こそこれが良き縁であることを願っておるぞ」

 

差し出した手はしっかりと握り返されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

場所は変わりあたしはスリスとあるふぃと別れて街のはずれにやってきていた。

調査をするのは明日だと言われていたのでせっかくならばこの星を見て回ってこいとあるふぃに言われて歩き回っていたが気がつけば人気のない丘の方までやってきてしまったようだ。

 

だが、その丘には先客がいたようであたしがたどり着いた瞬間に二つの視線があたしへと向く。

 

「この場所に人が来るなんて思ってなかった。貴女があるちゃんが言ってた蝉時雨さんの妹さんになるのかな?」

 

黒髪の少女が先に口を開いた。

その通りだと頷いて、彼女たちへと近づくために歩き出す。

 

「あたしはまリス。蝉時雨の妹であるふぃはあたしの先生になるのかな」

 

「なるほど、私はアリス。アリス・ローズマリー、スクナヒメ様に仕える次期黒の巫女です」

 

「よろしくねアリス、そして貴女は」

 

「アリシアです。アリシア・アーデルハイト、アリスと同じくスクナヒメ様に仕える次期白の巫女です」

 

「そっか、よろしくねアリシア」

 

軽く自己紹介を済ませて手を握る。

二人がつい先ほどまでそうしていたように空を見つめればそこには満天の星空が広がっていた。

 

「……綺麗」

 

「ここはハルコタンで1番星空が綺麗に見える場所なんです」

 

「私とアリスと、あともう一人友達がいるんですけど三人の秘密の場所ではあったんですが……ふふ、四人になっちゃいましたね」

 

「もしかしてお邪魔しちゃった?」

 

そんなことは微塵も思ってないのに、まリスはおちゃらけた様子でアリシアに問いかける。

彼女は更にクスクスと笑って首を横に振った。

 

「この景色を知る人が増えるのはいいことですよ。陽が登っている間は満開の桜並木を歩き、陽が沈み夜の帳が下りればこうして星空を眺める。まリスさんがこの星を見てもう一度来たいと思っていただければ嬉しいです」

 

「あるちゃんみたいにしょっちゅう来るのはどうかと思うけどね」

 

「うん、それはあたしも思う」

 

あるふぃがナウシズにいない時の殆どがこの星に来ていることはこの星にきてよく分かった。

 

「本当に綺麗な星だね、ハルコタンは」

 

「私たちの自慢できる星だから」

 

本当に心の底からそう思ったのだ。

だからこそ、この星で違法研究をしているという人たちを許すことができなかった。

 

「そういえば」

 

「え?」

 

「私とアリスがまリスさんの任務をサポートすることになりました。その調査するための施設への道は私たちもしっかりと把握してますし、この星で行われていたという違法研究の正体も知る必要があるだろうと」

 

「まあ、あるちゃんの話を聞く限り碌でもない研究がされてたのは間違いないよねって話はしてたけどね。それでも私たちの民が研究に利用されてたならケジメはつけさせないと」

 

研究施設へと案内してくれるのはありがたい。

この二人は先ほど自分で口にした役割に見合う覚悟を持っているのだろうと思うのと同時に二人の言葉の端々から薄寒いものを感じる。

 

「けど、ほら戦闘とかになったら」

 

「あっ、大丈夫です。私もアリシアもそれなりに強いので自分の身は自分で守れますから」

 

はにかむ様に笑う二人に釣られる様にあたしも笑った。

もっとも、この翌日にこの二人の言葉の意味を知ることになるのだがいまのあたしはそんなこと知る由もなかった。



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第四話『未知』

そして日は変わって翌日。

アリスとアリシアと共に彼女達の手伝いをしながら灰の街からだいぶ離れた場所まで足を運んでいた。

 

「見慣れないモンスターが現れたって言ってもそんなの見当たらないわね」

 

「ハルコタンで見かける物なんて言ってしまえば獣程度ですから、まリスさんやあるふぃさんの言うダーカーが現れれば私たちもすぐに気がつくはずなんですけど」

 

「私たちはダーカーとの交戦経験はないしね、相手がどんな姿形でどれほどの戦闘能力を持ってるかも解らないわけだし」

 

「そのためにあたしが来たっていうのもあるんだけどね」

 

自分と一つしか変わらない歳の同性と話す経験があまりなかったためいつもよりも饒舌になりながらも周囲を警戒しながら他愛のない雑談をして足を進める。

 

「うーん、この辺りだともう黒の領域手前の村になるのかな」

 

「そうだね、村といってももう誰も住んでない廃村になるけど」

 

土地勘がない分、二人についてくしかないわけだがなんとも緩い空気感に調査任務のためにこんなところまで歩いてきていることすら忘れてしまいそうになる。

結局のところ少し進んだところにある村には人やダーカーの気配はなく、別の村へ向けて歩き始めた。

 

「アリスとアリシアは生まれてからはずっと灰の領域にいるの?」

 

「住んでいる、という意味では肯定かな。私もアリシアもお互いが白と黒の巫女見習いってこともあってそれぞれの領域にはしょっちゅう出向くけど帰るのは灰の城だから」

 

「それぞれ領域に赴くときは2人揃って行きますからね。私もアリスも今はどちらの民とも接点を持つことを重きに置いていますから」

 

「まあ、でもそれぞれの実家はそれぞれの領域にはあるんだよね。なかなか帰る機会ってないけど」

 

声色ひとつ変えないでいうところを見るとそれほど実家に思い入れはないように見えた。

その後も他愛のない話が続く。

アークスとしての生活のことや、あたしとあるふぃの関係性。

この星……ハルコタンのおすすめの場所や美味しい食べ物を教えてもらったりして、お互いの環境のことを少しづつ理解し合っていって。

近くの村をいくつか回りながら目的の場所まで歩みを進めて。

そうしている間に、あたし達は目的の研究施設へと辿り着いていた。

洞窟の入り口には景観に不釣り合いな鋼鉄の扉が設置されている。

 

「……見るからにあやしい扉だよね。私もあるちゃんに言われるまで気が付かなかったのが不思議なくらいだけど」

 

「あたしのお姉ちゃんから聞いた話だとそういう認識をずらすフォトンの使い方もあるんだって。よほど感覚の鋭い人間かそれに特化した観察眼でも持ってないと見破れないって言ってたよ」

 

「お姉さん……といえば蝉時雨さんですよね」

 

「知ってるんだ?」

 

「彼女もあるふぃさんと何度か来たことがあって、そこで顔を合わせたことがある程度ですけど」

 

「まあ、そういう話はとりあえず後にしようよ。目的の施設がここなのは間違いなさそうだし、早く調べて帰ろう」

 

扉の近くを探せばすぐに操作端末のようなものが目に入ったが、既に使われていないのかいくら操作しようとしても電源が入っていないことが確認できた。

 

「困ったなぁ……この大きさの扉をあたしたちで開けるとなると苦労しそう。いっそのこと叩き斬って壊しちゃおうかな」

 

「流石に鉄の扉ですから、まリスさんの剣の方が痛みますよ。いっそのこと壊すなら……アリス」

 

「こういうの壊すなら確かに私が最適だよね。2人とも少し離れてて」

 

アリスに促されるまま、まリスとアリシアは少しだけ距離を取る。

瞬間、アリスの真紅の瞳がその輝きを増す。

 

「爆ぜて」

 

その一言を告げるのと同時に轟音と共に扉が吹き飛び周囲には爆発による残火がチラついていた。

 

「今のってテクニック……?」

 

「とは少し違いますね。私とアリスにはそれぞれスクナヒメ様からの加護が与えられていて、私は氷、アリスは炎を自在に操る魔眼を持っているんです」

 

「その魔眼も今は使いこなすための練習中、って感じかな。でもこのくらいのことなら朝飯前だね。さ、中入って調べちゃおう。アリシア残った火消しといてくれる?」

 

「はいはい」

 

アリスに続いてアリシアが火を消しながら研究施設に足を進めていく。

あたしは2人が使った力があたしたちとは違う系統の物だと理解はしていても『属性を自在に操る力』という未知の能力にほんの少し、ほんの少しだけ圧倒されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「っ!?アリス、アリシア止まって」

 

「……どうしたんですかまリスさん、ってこれは」

 

「酷いね、これ」

 

研究施設に足を踏み入れてほんの数分。

まリスの視界に入って、止まった先には無惨に喰い散らかされたヒトであったモノの残骸が夥しく散らかっていた。

固く閉ざされた研究施設内に惨殺された職員であったであろうヒトの残骸。

 

それが指し示すのは……

 

「ッ!?!?!?」

 

「アリシアッ!!!」

 

咄嗟に体が動いた。

視界が良くない中で急に現れたそれはあまりにも大きな存在感を放っていた。

先程まであたしたちがいた場所は抉れていて、視界の先にあった死体はその大きな四肢に踏み潰されている。

 

「なによ……こいつ……」

 

だが、それを生物と呼ぶにはあまりにも悍ましく。

 

「これがこの施設の研究結果ってわけ?」

 

「こんなのあまりにも惨すぎる」

 

生物としての統一性などまるで皆無。

強靭な肉体と圧倒的な攻撃力、そして……思考するための生体パーツ(部品)

 

『カカカカカカカカカ?』

 

胸部に付けられたまだ幼さの残るヒトの部分が言葉とも思えない何かを発音する。

 

「……こんな狭い場所でなんて戦えない。2人ともひとまず逃げるわよ!」

 

「アリシア!道塞いで!!」

 

「任せて!」

 

まリスが即座に下したひとまずの撤退。

それに続くようにアリシアの瞳がその輝きを増して自分たちと異形との間に分厚い氷の壁を作り出した。

 

『ケケケケケ?クキキキキキキ』

 

奇声が氷の壁の先から聞こえてくる。

 

「何あれ何あれ何あれ!」

 

「わかんないけど、あれ倒さないで帰るって選択肢は私たちにはなさそう」

 

「扉破壊してきちゃったし、倒すしかないね。2人とも戦闘に自信はある?」

 

「取り敢えずなんとか。でもその前にひとまず広間に誘導しましょう、アリスとまリスさんは施設を走り回って戦えそうな場所を探して来てください。私が氷の壁で奴を足止めしておきます」

 

アリシアの言葉と共に少し奥の方で異形を閉じ込めるように氷の壁が生み出される。

 

「……わかった。広間を見つけ次第ここに戻ってくる。何か連絡が取れる手段はある?」

 

「ひとまず私とアリシアは多少離れてても問題無いかな」

 

「じゃあ、ひとまずあたしとアリスで連絡を取れるように……ってアークス用の端末ないんだもんね」

 

「取り敢えずまリスさんが見つけたらここに戻ってきてください。アリスが見つけた場合は身近にあるものをアリスが爆発させるのでそれを合図に戻ってきて貰えれば」

 

 

『キィ??クカカ』

 

 

バァン!バァン!

氷の壁に何度も体当たりしているのだろう。

氷の壁がひび割れるたびにそれを修復するように氷が張り巡らされていく。

 

「っ!早く!」

 

「待ってて!すぐに見つけてくる!」

 

「ちょっと辛抱しててねアリシア!」

 

そうして、今度こそ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───イタイ/キモチイイ

 

 

 

 

 

───クルシイ/タノシイ

 

 

 

 

 

───ダレカ/ミンナ

 

 

 

 

 

───コロシテ/コワレチャエ

 



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第五話『キメラ』

「施設内を把握するならコンソールルームにでもアクセスできれば手っ取り早いんだけど……」

 

何せ照明すらまともに機能していない施設内だ。

無闇矢鱈と走り回ったところでただ時間と体力を消費するだけなのは目に見えている。

 

「違うかな、コンソールルームの前にブレーカー室に電気を通すことが先だよね」

 

そうと決まれば話は早い。

先程からアリスがやっていたように炎のテクニックを応用して辺りを照らしながらそれらしい部屋を探していく。

道中にはやはり研究員らしき人間の残骸が散らばっていてその匂いと光景から吐き気すら覚えるが今はそれどころではない。

 

そうして幾度か通路を曲がった先に目当てのブレーカー室を見つけたが、扉は固く閉ざされたまま、先程のアリスのように爆発させて開けることも出来ないことを考えればやることは一つだった。

 

選んだのはグリムアサシンのカタナ形態。

流石に鉄扉を切り裂いたことはないが、室内のブレーカーを傷つけるわけにはいかない以上、選べる選択肢はカタナでの居合斬り。

 

「……ッハ!」

 

あるふぃに比べればまだまだとはいえ、振るわれたのはまさに達人の領域の斬撃。

振るわれたカタナは見事に扉を切り裂き自分の力では開けられなかった扉は見事に崩れ落ちた。

そんな場合ではないとわかっていても扉を切り裂いた感覚に思わずニヤけてしまうが、すぐに表情を引き締める。

 

「メインのブレーカーは……って、動力自体が電力不足……?でも、そもそも全部を点ける必要なんてないんだから照明とコンソールルーム……それと施設の扉……は職員のキーが必要そうだからいらないかな」

 

必要な設備は把握した、故に今度は動力に電気を流す必要があるわけだが……

 

「雷のフォトンの扱い苦手なんだよなぁ」

 

左手にパチリと弱めに雷のフォトンを纏わせて、それを動力に向けて放つ。

 

「……ピクリともしない、もう少し強くしてもいいのかも」

 

今度は先ほどよりも少し強めに放つが、それでもまだ動かない。

 

「セラフィムが一緒にいてくれれば絶対一発なのに……!」

 

悪態をついても仕方ないと首を振って再び出力を上げ

 

「……ああもう!」

 

全く動かない動力装置に半ばヤケでほぼ最大出力を叩き込み。

 

「あっ、まずっ」

 

やってしまったことに冷や汗をかくが、それでも上手く行ったようで。

ピクリとも動かなかった動力に電気が走り、暗かった室内と施設内に灯りが灯る。

 

「ヒヤヒヤしたけど結果オーライよね?よし、次はコンソールルームを探しに行かないと」

 

ブレーカー室を後にして先程までとは違い、視界の開けた施設内を駆ける。

目的は施設全体の管理をしていたであろうコンソールルーム。

そこにいけば施設の把握だけでなくこの惨状の原因もある程度把握できるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

まリスと別れたアリスも急に施設内の照明が生き返ったことで施設内の散策の速度を急激に早めていた。

自身の炎のおかげである程度視界が確保できていたとはいえ、やはり照明があるのとないのとでは天と地の差がある。

なにせ、そこら中に遺体が転がっている状況に加えて施設自体の瓦礫やまだ乾ききっていない血溜まりすらあるのだ、下手に走ろうものなら滑って転んでしまう可能性もある。

 

「視界が開けたならさっさと見つけちゃわないと」

 

ただでさえ、アリシアが1人で押さえ込んでいるのだ。

あの大きさとあの力を持つ怪物を相手にするならそんなに長くは持たないはず。

 

「待っててよね、アリシア!」

 

****

 

施設に明かりが灯ってから数分後、まリスは目的としていたコンソールルームへと辿り着いていた。

散らばった無数の資料から見るにあの怪物に襲われた時の混乱ぶりが容易に想像できた。

 

無数のモニターに映し出される映像にはアリシアが氷壁で怪物を閉じ込めている姿や、アリスが瓦礫や遺体を避けつつ疾走する姿が映し出されている。

 

その中の一つに簡易的にではあるが施設全体のマップを表示しているものを見つけた。

ところどころ通路に赤線が引かれているのはおそらく防衛用のシャッターを下ろした後だろう、ここに辿り着くまでの道のりで破壊されたシャッターがあった場所とほぼ一致する。

 

「現在地がここだから……アリシアがアレを止めてるところを直進したところが実験用の大広間になってるんだ」

 

モニターに映っているアリスの位置から、アリス自体もここに近づいていることがわかってきた。

あの様子だとそうかからないうちにここに辿り着くはずだ。

 

「アリスが来るまでにもう少し施設の中を把握しないと……」

 

操作パネルに近づいて、それに触れようとした瞬間一枚の髪が目に留まった。

 

「……実験レポート」

 

それはこの施設を調べるにあたって持ち帰る予定の書類の一枚だった。

ここで行われたであろう悍ましい実験、この過程を記した一枚。

 

あたしは、それに目を落としてしまったのだ。

 

 

───ダーカー因子の人体への影響及び生体兵器への転換実験.No1035

 

新光歴234年1/22

被験体No.1035号、個体名称メルフィル・モーガン

今日から扱うこの被験体は事前のダーカー因子投与実験においてもその影響を受けにくく、他の個体よりもその器の大きさを示していた。

 

私はこの被験体を使って必ずや総長に認められる成果を挙げてみせる。

 

 

新光歴234年1/30

1035号の実験過程は素晴らしいの一言に過ぎる。

先日行った有翼系ダーカーの因子を投与したところ、その背に大きな大翼を宿したではないか。

見たところ精神の崩壊や肉体の崩壊は確認されていないことから私の実験は着実に成功へ向かっていることを指し示している。

まあ、夜な夜な泣き声が煩いことを除けば良い結果だろう。

 

 

新光歴234年2/15

素晴らしい!

1035号の実験過程はまさに理想的だ!

今の姿は伝説に聞くハルピュイアそのものだ!

ククク、アレから有翼系ダーカーの因子を投与し続けた甲斐があったというものだ。

髄力もヒトのそれを大きく上回っている。

問題は声帯も変化したことで言葉を話せなくなったことだが、煩わしい悲鳴と泣き声が聞こえなくなったと思えば良い結果とも言えるだろう。

 

 

新光歴234年2/22

どうしてどうしてどうしてどうして!

昨晩までは何の不調もなかったはずだ!

自害ができないように拘束装置に繋いで意識だって強制的に落としていたはずだ!

1035号ほどの被験体がこの先現れる可能性が低いからこそあの被験体を大切に扱っていたというのに!

 

新光歴234年2/23

そうだ、どうせなら動かなくなってしまったコレを使って予備のプロジェクトの方で使い回そう。

身体が壊れてしまっただけで脳はまだ生きている。

コレを生体コアとしてあのキメラを完成させてしまおう。

 

新光歴234年2/29

アハハハハハ、私はやはり天才だ!

1035号の使えなくなった四肢を切り落としてキメラに埋め込むことに成功した!

ああ、おかえり1035号!

お前は私の最高傑作だ!!!!

さあ、こんな研究施設の中は窮屈だろう!

その鎖を解いてあげるから外の世界へ旅立っておいで!

 

新光歴234年3/1

これが私の最後のレポートになるだろう。

1035号を解き放った途端、この施設の研究員を惨殺して回り始めた。

じき私も1035号の餌食となるだろう。

よかろう、この私すら糧として世界へお前の存在を知らしめるといい。

お前はこのレグナス・モーガンの娘なのだから!

 

レポートはここで終わっていた。

読み終わって、この髪持っている手の震えが止まらない。

恐怖や悲観からでは無い、怒りで我を忘れそうなほど自分を抑えつけるのに必死なのだ。

 

「……こいつ、自分の娘をアレに作り変えたっていうの……!?そんな……そんなふざけたことあっていいわけないでしょ!」

 

こんなに酷いことがあってたまるものか。

こんな、残酷なことがあってたまるか。

この記述を信じるのならば、アリシアが今足止めしているあの怪物はこの研究者の実の娘ということになる。

 

「……っ!」

 

「……まリスさん!」

 

先ほどの予見どおり、アリスがこの部屋にたどり着いた。

その瞳にはほんの少しの動揺が見える、今叫んだあたしの声が聞こえていたのもあってこの部屋へ入ってきたのだと分かった。

 

「アリス……あの怪物は必ず仕留めるよ」

 

「……ええ、言われるまでも無いですけど」

 

「こんなの、あんまりにも残酷すぎる」

 

「…………?」

 

手にしていたレポートをパネルの近くに戻して、あたしは踵を返す。

行き先はもうわかってる、だったら……今も苦しんでいるであろうあの怪物へ変えられた少女を終わらせてあげなければ。

 

 

 



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