知り合いが女ばっかりな件について (辺待ち時に親追いリーされて絶望あるある説)
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麻雀とジムとインストラクターと格闘家。そして投稿者

咏さんと戒能さんがプロ雀士の中だと好きです。あと野依さん。

学校的には姫松と宮守ですが福岡の新道寺のビビビクンしてるデビ子とか、正直どの高校も特徴があって良いと思います。まぁフットワーク軽く色んな高校を出していければな、と思います。

主人公盛り過ぎだろって思うかもしれませんが、雀士って要素以外での知り合い居たので使わせて貰いました。


 真っ直ぐに伸びたネクタイをウィンザーノットに結び、鏡で歪みが無いか確認する。見た目はしっかりと清潔に整えているし、非常勤とはいえ講師として雇われた以上はしっかりと身構えなければいけない。加えて今から向かうのは女子高、余計に清潔感は大事だ。その為にスリーピーススタイルのストライプが入ったグレーのスーツを新調したのだ。

 

 実際の自分の役目を果たす場面では体操着に着替えるのだが、普段は学園で体育の補助講師として学園に勤務するなら、常に体操着というのも恰好が付かない。

 

「ん? ラインか」

 

 スマートフォンに届いた通知に目を向けてみれば、それは昔から付き合いがある従妹からの連絡。

 

『ヒロ:スーツ姿よろ』

 

『セナ:なんでやねん』

 

『ヒロ:兄ぃはウチらに見せる義務がある。国民三大義務やぞ』

 

『セナ:お前は何処の国民なんだ』

 

『ヒロ:大国家大阪や』

 

『セナ:世界線どうなってんねん』

 

 これ以上続けては無駄に時間を食いそうなので、連絡もそこそこに家を出る。東京のマンション、駐車場契約すればそれなりに金も取られるが、困る程の稼ぎはしていない。

 

 止めてある黒塗りのランクルプラドに乗り込めば、シートの質感とスーツがずれて中々落ち着かない。加えて、信号待ちで待っていればディーゼルエンジンのお陰で小刻みに揺れる。普段は慣れているので気にならないが、初日というので緊張感が高まっている今、些細な事にも過敏になってしまう。

 

 しばらく走って到着した先、白糸台高校が見えてくる。東京という都会の一等地にあるだけあって、清潔感もある私立校は、妙に眩しく見えてくる。校門は車道と繋がっており、その横にはきっちりと歩行者用の歩道が整えられている。なので必然的に登校し始めている女子生徒の間をデカい車で抜けていけば、視線を集めるのも仕方ない。

 

 妙な気まずさを飲み込んで駐車場に止めた後は、職員用の玄関に入り、持ってきた上履きと外靴を交換してその足で職員室に向かう。

 

「失礼します」

 

 ノックをして入れば、男の声なので既に着いていた先生方の視線が向けられた。が、俺の事は当然通達されている。

 

「おはようございます」

 

 職員室に入れば、俺の顔を見たひとりの先生が近寄ってくる。パンツタイプのスーツを着た女性教師。茶髪のセミロングにメガネ、確か職員名簿で見た時は君島先生だったはず。体育担当の教師だ。なんでジャージじゃないんだろう、という疑問は、俺の心構えと一緒で見た目を気にしたのだろうと勝手に納得しておく。

 

「おはようございます、今日から非常勤で勤められる依倉世那さんですね? 実は自分はファンでして……後でサイン頂いても大丈夫ですか?」

 

「それくらいなら是非。そちらは君島先生でお間違いないでしょうか」

 

「あぁ、ごめんなさい、名乗りが遅れました。その通り、君島佐代子といいます。世那先生はホームルームが終わった後の職員会議であいさつして貰います……それにしても、いやーありがたい。まさかあの世那選手が来るなんて思いませんでしたよ」

 

「顔が売れているのは喜ばしい事ですね」

 

 軽いやり取りをすれば、職員室の先生方の大体はこちらを見ていた。あまり言いたくはないが、自分は世間でもそれなりに名前が知られている人間だと思っている。というのも、本来の俺は格闘家だからだ。ここ最近では一年前に一敗したものの、それ以降も勝ち続けて、今ではフェザー級の王者のベルトも獲得している。

 

 それとは別でジムのインストラクターもしているのだが、体育の教師の補助として声を掛けられ、試合が決まった際は出られない事等々、色々話し合った結果、非常勤という立場になった。

 

 まぁ加えて、別の意味で知名度も稼いでいるが、それはまぁ後程の反応を見てからにしよう。騒がれないならそれはそれでいい。

 

 

 

 SHRが終わった後、集まった先生方の前で挨拶した後は、体育の教師である君島先生と共に、いきなりだが最初の授業を行う為に体育館へと向かう。

 

 体育は基本、クラス数組が合同で行われ、内容はレクリエーション的な物から基礎運動といったものばかりだ。後は授業のカリキュラムという事で、教師側が色々と実施していくことになるらしい。今回はいきなり二年生からだ。

 

 体育館はかなり広く、下手すればサッカー程度は簡単に出来そうなほど広い。野球も出来るかもしれない。加えて此処は第一体育館であり、第二体育館には人工芝が敷かれているらしい。私立おそるべし。

 

 それはさておき、既に整列していた生徒たちはがやがやと話し込んでいたが、俺たちが入った瞬間に静かになった。というよりは、俺を見て静かになった、というのが正しい。それは当然、君島先生は五年務めているので、当然この生徒たちは既に一年間お世話になって見慣れている。その横に顔も知らないであろう奴がいればそりゃ観察する。

 

「はーい、注目。って言わなくてもしてるか。先日話したけど、今日から非常勤で体育の補助講師をしてくださる依倉世那先生です。それじゃあ簡単に挨拶を」

 

「はい。皆さん初めまして、ご紹介に預かりました依倉世那と言います。もしかしたら知ってる、って子もいるのかな? いたら手を上げてみて貰ってもいいですか?」

 

 すると、半数程度は手を上げていた。意外と見られててびっくりだよ俺は。

 

「まぁ、知らない人からすれば誰? って思うかもしれないので簡単に自己紹介させていただきますと、僕は総合格闘技をやってる格闘家ですね。まぁ、テレビで見たって人も居ると思いますが、実はそれとは別でもやってる事がありまして……」

 

「YoTubeですよね?」

 

「正解!」

 

 前列にいた生徒にその通りと指を向ける。そう、実は副業的な感じでチャンネル開設しているのだが、まぁ勝てば勝つほど人気も高くなるし、今やYotuberという職業が出来たぐらいに浸透している。つい最近はチャンネル登録も百万人を突破したばかりなので、知名度もある程度はあるかな、と思っていたのだ。

 

「もしかしてこれも撮影ですかー?」

 

 その言葉に生徒たちの間でざわめきが起こる。まぁ女子生徒からすれば、知ってようが知るまいが、知名度がある人間というだけで話のタネになる。加えて知らないモノは居ないYotubeに動画を投稿しているともなれば、その疑問も尤もだろう。

 

「撮影したらね、流石に世間的にもいろいろマズイのでそこは流石にやってないですね」

 

「ウチは別にいいですよ!」

 

「私もー!」

 

「はいはい静かにー……そもそも映るなら先生が先だから」

 

「いやいやいや」

 

 俺のツッコミで生徒たちも笑い、良い具合に緊張感もほぐれた様だ。改めて生徒たちに目を向け、とある生徒に視線が止まった。明らかに、何かが異質な存在。一見すれば物静かでむしろ群衆には埋もれそうだが、その内側から発する正体不明のソレは、何故か心当たりがあった。

 

 試合が始まった瞬間、出方を伺う相手の様な、内側に目線を潜り込ませる様なモノ。改めて顔を見てその理由に気付く。白糸台と言えば麻雀部、インハイ王者で有名な宮永照と気付けば納得だ。成程、学生でこれとは恐れ入る。王者は伊達ではない。

 

「依倉先生?」

 

「あぁ、すみません。女子生徒に囲まれるのは緊張しちゃいまして……さて、それでは始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の軽いレクリエーションの様な授業を終え、コマが終わって帰宅した世那に届いたライン。朝の続きで、従妹二人のグループラインからであった。

 

『ヒロ:今から兄の昨日の試合見るでー』

 

『絹:ポテチとコーラは準備万端だよ!』

 

 思わず苦笑いを浮かべながら、喜んでもらえれば幸いだ、と返信をしてソファに腰掛ける。すると折り返すかのごとく、しかし今度は着信。画面に映る文字は『強くてカワイイ最強雀士ウタちゃん(笑)』と書いてある。一番最後の文字以外は全て強制的に入力されたものであり、毎度映る度に、なげぇ、とボヤく彼は悪くない。

 

「もしもし、お疲れ様です」

 

「おっす~、今空いてたらちょっち調整付き合ってくんね? いきなりで悪いけど、仕上げ役頼むんならアンタしかいないと思ってよ~」

 

「明日ですもんね、グランドタイトルカップの一つ、ドラゴンロードカップ」

 

「そゆこと。しかも今回は半荘五回で持ち点スタートが五万から。親のトリプルどころか役満直撃でも残る。一瞬の油断が命取りだから一撃で仕留めるにはアンタが都合いいのよ~」

 

 その言葉に、ちらとクローゼットに視線を向けた。

 

「マスク、必要ですか?」

 

「うんにゃ。身内打ちで全員アンタの正体知ってるから問題ないぜ~、そんじゃ待ってるからよ。あ、それとダッツのストロベリーよろしく」

 

 さりげなく雑用を押し付けられた事に苛立ちはするがいつもの事。最低限の荷物を持って、途中でコンビニに寄った後にタクシーに乗り込む。着くまでの間、何度も深呼吸を繰り返す世那に、運転手が時折視線を向けつつも着いた先。

 

 都内の超一等地にある、家賃二百万は下らないであろう超高級マンションにて、受付のコンシェルジュに用向きを伝えれば、正面玄関を通って第二玄関へ。そこで部屋番号のインターホンを鳴らせば、堅牢な防弾仕様のガラス扉が招き入れる。

 

「おう、早かったねぃ。頼んだ奴はあるかい?」

 

「ちゃんと持ってきてますよ……すみません、皆さま、お待たせしました」

 

 人一人が住むにはあまりにも過剰なまでの広さ。リビングには当然の如く自動卓が置かれており、そこに座っていたのは家主である三尋木咏の他、学生麻雀大会で実況を務める村吉 みさきと針生えりの二人。実を言えば世那にとってこの二人は初対面であり、同時に彼女たち二人も同じだ。世那からすれば、自分の正体を知っていると聞いていたので完全に不意打ちだ。しかし咏は笑うだけである。

 

「三尋木プロ、いきなり呼ばれたと思ったらノロケ自慢か何かですか? そういうのは勝手にやっててもらいたいんですけれども」

 

「たは~、辛辣ぅ! ま、でも二人は多分だけど何回も見た事あると思うよ~」

 

 みさきのストレートな言葉に対して扇子で肩を叩きつつ、ニヤニヤと笑う咏に対し、一方のえりはそれは当然だろうと困惑した。何せここ最近ではかなり知名度を上げている格闘家だ、えりもニュースの読み上げなどでなんどか取り扱った事もある。二人の関係性など知る由もなかった。

 

「そりゃ、まぁ、格闘家ですから……」

 

「そっちじゃなくて、麻雀の大会で、だよ」

 

「咏さん、何も説明してないんですか?」

 

「その方が面白いじゃん? 知らんけど」

 

 大きく、これ見よがしに溜息をつけば更にころころと笑いだす。埒が明かないと判断した世那は、内ポケットにあるカードホルダーから、ソレを二人に見せた。カードと、世那を何度も見比べた二人は余りの衝撃に言葉が出ない様子だった。

 

 そのカードはプロ雀士のライセンスカード、顔写真入りで、予備も含め二枚しかなく、本人しか持ち得ないモノ。そこにあったのは、茶髪のロングヘアーに黒縁眼鏡、薄らと化粧をされており、男っぽい顔立ちは中性的に変化していた。目もカラコンを入れる徹底ぶりで、もともと肌が綺麗で黒子等も無いので、そういった部分で一致させる事も難しく、顔写真は全くの別人と言えた。

 

「セレナ・バーストン。何故か毎回コスプレで現れる正体不明のコスプレ雀士……実は女子なんじゃないか、とか言われてたのに、正体がまさか依倉選手だったなんて……」

 

「YoTubeに格闘家に、とやってると色々悪目立ちしちゃうんですよ。試合は勝つのに麻雀は負けた、逆も然り、そういったヤジやアンチコメントが増えても困りますし、強さだけあれば後は別に問題はありませんから」

 

「ま、そゆこと。二人はハコってマイナスになっても続行の青天井。勝負は東風一回のみの持ち点十万」

 

「分かりました。今回は能力アリの回数制限無しの全力でやればいいんですね?」

 

「おうよ、強烈なのよろしく」

 

 これは恐ろしい事になった、とアナウンサーの二人は戦慄する。まず咏は横浜ロードスターズに所属するエース雀士であり、とにかく打点が早い上にアガリの速度も速いと来る。能力と運が絡んだ時は、下手をすれば起家が咏になった時点で他を飛ばして終了、などという事態があるほどだ。

 

 一方の依倉世那ことセレナ・バーストン。咏と同じ横浜ロードスターズに最近所属した男性プロ雀士であり、バーストと名前が付く通りにこちらも基本的に一撃が重い。加えて特徴的なのは、一撃に格闘家らしさがそれぞれ込められている点だ。

 

 咏と違って起家から強い訳ではないが、一度流れを掴むと連続和了の傾向が強く、そこからの隙を見せない怒涛の攻めはまさにテレビで放送される彼の格闘スタイルそのものだった。かといって攻撃一辺倒という訳でもなく、時には上手くカウンターを織り交ぜたり、零れた相手の牌の隙を突く、など防御にも強く、だが、一番の強みは人を読む事。攻撃力や防御力が高いのはトッププロなら当然、故にそれ以外の点でそれぞれ特化していくことになる。世那の強みはまさに対人の視点であった。

 

 理牌や鳴き方、リーチへの向かい方や捨て方、牌の選び方、傾向といった部分を読み、対策を取ってくる点。故に、彼が動き出した瞬間、それは既に看破は終わっており、後は殴り倒すだけ、という事になる。

 

 トんでも問題無いと分かっていても、国内でも生粋の高打点プレイヤーの二人がそろった時点でロクでもない事になるのは既に理解した。だからこそ、取りあえず心が折れない様にしよう、そう誓いながら、スタートのサイコロは回った。

 

 

東1局 親 みさき ドラ {五}

 

 

{一一三九②③④赤⑤38東發白白}

 

(うわぁ、いきなり赤五が物騒なドラ)

 

 

 手牌は白の対子、やや離れているがある程度自由度が高い配牌。みさきとしてはやや悩むが、此処は{發}を落として様子見。その瞬間だった。

 

「ポンするぜぇ~」

 

 咏の声に、一瞬だが肩が跳ねた。まさかロンはあるまいて、と、咏が打ち出した{白}を見て、思わず鳴いた。

 

「ポ、ポン!」

 

 手には対子もあるが、流石に平常心を無くし過ぎたか、と{東}を切った瞬間だった。咏の声が上がる。だがそれは鳴きによる声ではなく。

 

「ロン~、混一東ドラ4跳満。12000ちょーだい」

 

{一二三五五赤五八八東東}

 

 

 (泣きそう)

 

 どのみち、字牌を処理した時点で死ぬのは確定だった。カンドラモロ乗りなんて暴挙をされなかっただけマシだったとポジティブに考える。

 

 一方、今の様子を見てやや表情が険しくなった世那は咏へと視線を向ける。それに気づき、ニマニマと笑う姿を見て、これが目的か、と理解した。なら分かった、お望み道理にやってやる。そんな心の声が聞こえた気がして、咏はテンションが上がっていた。

 

東二局 親 えり ドラ{③}

 

 {四六七七①①②③45發發中中}

 

(三元牌の対子が二つ。かなり早めでアガれそう)

 

 手牌を見ながら、一局目からやらかした咏に視線を向けた。ニヤニヤと笑っているのは挑発のつもりなのか、判断は出来ないが負けるつもりで麻雀を打つつもりはなかった。

 

 打ち出したのは{①}。筒子の面子は既にこれで確定させ、{四六}と落としながらの速攻を目指す。

 

 次順、咏は引いた牌を見てニヤリと笑い、牌を四枚倒した。

 

「カン」

 

 {裏白白裏}

 

 それだけならまだ良い。しかし問題は新ドラ表記牌。

 

({中}?! って事は既に満貫確定に加えて、裏や赤、リーチするだけで簡単に跳ねる……)

 

 

 これが中盤で河からある程度様子を見れるならまだいい。問題はまだ一局目で、捨てられた牌が{南}と全くヒントにならない上、その牌は横に曲げられていた。ダブリーである。

 

 今までプロ雀士と対局した事のないえりは、異様な光景に眩暈すら覚えた。時折、学生大会の試合で実況解説で咏と組む事があるが、その時は真面目にやってんのか、と言いたくなるような場面が多々ある、掴みどころのないふわふわとした合法ロリ、としか見てなかった。

 

 しかし、相手になった瞬間に感じる強烈なプレッシャーと存在感、大きさ。

 

「ん? どした? もしかして惚れちゃったかぁ~? 知らんけど!」」

 

 目の前にいるのは、間違いなく怪物であった。

 

「……」

 

 それを見ていた世那は、萎縮しているアナウンサー二人に視線を向け、考えた後に、牌を引いて、そして四枚並べた牌を横にずらした。

 

「カン」

 

{裏一一裏}

 

 山から牌を取り、そして再び無慈悲に声が出る。

 

「カン」

 

{裏二二裏}

 

 連続してカンされた事もそうだが、そこに表示された新ドラ、どうなっているのだ、と言いたくなる。新たにドラとなったのは{七}と{中}、本当にこれが麻雀なのか、と言いたくなるような光景だが、世那から吐き出された{發}は見逃せなかった。既にドラ表記で{中}が使われている。このままでは役牌がただの対子で終わるだけになってしまうからだ。最悪、{中}を頭にして{七}を鳴いてもカバーが効く。

 

「ポン!」

 

 待ってましたと言わんばかりのドラ役牌。{四}を落とせば、再び声が響く。

 

「ポン」

 

 対面からの声、続いて吐きだされたのは{中}。

 

「そ、それもポンです」

 

 鳴かされている、と思ったのはつかの間。しかしこれで攻めなければ無意味。威勢よく切り出した{六}それにも、対面から声が掛かる。

 

「ポン」

 

 切り出されたのは{3}だった。それと同時に世那は、自分の目の前にある得点棒を入れているケースから、一万点棒を一つと五千点棒を一つ、そして千点棒を三つ、握った。

 

「ロン! 發中ドラ5、18000です!」

 

「はい」

 

 牌を倒した瞬間に既に用意されていた18000点、普通ならば5800(ゴッパー)の手が18000(インパチ)に化けたのだ。何気ない一局での出来事ならば幸運だと素直に喜べた。だというのに、これらは全て、間違いなく差し込み。親の18000点に差し込む理由はなんだと考えれば、一つしかない。それは――

 

「あ、あの咏選手。手牌を見せて貰っても大丈夫でしょうか」

 

「ん? いいよ~」

 

 震える声に、喜んでと前へと倒された配牌。

 

「なっ……」

 

{七七八八九九東東東西} {裏白白裏}

 

 ――それ以上に、化物手が完成しているからである。

 

 おずおずと、王牌へと手を伸ばし、裏ドラを見る。

 

{北}{八}{南}

 

 一盃口、混一、混全帯么九、東、白、ドラ13。21翻、これにダブルリーチとツモまで入れば24翻な上、もしや、と思って次の咏のツモ牌を見た。もし仮に世那が差し込まなかった場合、引いた牌は……。

 

({東}……っ! じゃあ、王牌は?!)

 

 新ドラは乗らなかった。だが、王牌から引いてくる牌は、咏のアガり牌である{西}。

 

 嶺上開花に、ドラが一つ増えて26翻、ダブル数え役満。つまり、16000、32000の全部で64000点を得る、化物という言葉すら生温い手牌。世那からすれば今回の放銃の方が2000点ほど高くつくが、勢いを殺し絡めとったと考えればむしろ安いと考えられる。

 

「いいねぇ、そういうの気合入るよ」

 

「こういうのを求めていたんだと思いましたが?」

 

 しれっと呟く顔に、咏はちろりと唇を舐める。この素早い攻防、引き出す役目として彼は実に頼もしい。故に仕上がる。自分の一手。

 

東三局 親 咏 ドラ{西}

 

「リーチするぞ~!」

 

 当然の権利の如く、切り出したのはドラである{西}。それに対して同じく{西}を切り出す世那。みさきもここは様子見で字牌を、と考え、ふと思い出す。先の二局、咏はどちらも混一が絡んでいる。手牌にあるのは{東}と{發}の二枚。

 

 だが、まず咏は親であるため、ヘタをすればダブ東が付く可能性もある。一方の發も役が上がる可能性も高く、むしろ混一手であれば現状、緑一色という可能性も捨てがたい。かといって字牌以外を切るにもリスクは高く、多面張にもなりやすい染め手傾向であれば、端だろうが真ん中だろうが平等に当たる可能性も高い。

 

 もしこれが何気ない相手だったらある程度は気軽に捨てていけたものの、目の前にいる可愛らしいプロ雀士の、その内側に潜むのは得体のしれない化物。全てが危険牌に見える、手が進まない、手が、重い。

 

「おっと」

 

 そんな時、唐突に世那の手牌が前に倒れた。そこに書いてあったのは漢字一文字、即ち{東}であった。それも三枚。何気ない仕草だが、敢えて咏には見せない様にしている事に気づき、目を細めつつ、しかし咏の口元は笑顔だった。

 

「こんにゃろ~、次やったら8000点だぞ?」

 

「すみませんね」

 

 みさきと目が合い、目を伏せつつ口元で笑った。勢いよくみさきから切り出されたのは、{東}だった。

 

 えりは逆に、既に安牌である{西}を嬉々として捨てた。次に来るのは咏。場に緊張が走る。だが、牌をツモった咏は、その牌と世那を見比べ、これみよがしに大きな溜息を吐きながら河へと捨てられた。

 

「ロン」

 

{東東東白白白發發發中中中北} アタリ{北}

 

「スッタン大三元字一色で96000ですね」

 

「全力でって言ったけどここまで仕上げてくるとは思わなかったぜぃ」

 

「まあ今は二人だけですからね」

 

 通常であれば動かない点数が一気に動き、次の局。

 

「ツ、ツモです。2000、4000」

 

 静かに、えりが上がって終了。結果としてトリプル役満を直撃した咏は、満足そうに頷いていた。

 

「いやぁ、三人とも手伝ってくれてありがとね。これなら明日の調子はかなり良さそうだ」

 

「で、でも役満直撃してましたけれど……?」

 

「これでいいんですよ。咏さんが求めていたのは太い運の流れがどれだけ動くかを見極める事ですから。はっきりいって点数や役なんて今日に限ってはさほど重要ではなかったんですよ」

 

 どういう意味だろう、と考えるえりとみさきに対し、咏は続けた。

 

「そゆこと~。攻撃力が高い雀士は必然的に運の流れを掴みやすくて、おまけに持ち運も強くて太い。それに加えて、チャンス掴みまくって成功した世那みたいな奴ってのは麻雀でいきなり開花する事も多いのさ。ま、たまたま見つけたのが私なだけだったんだけど」

 

「そういえば、確かにセレナ・バーストン選手を紹介したのは三尋木プロでしたね」

 

「まぁね。そんで続きだけど、そういった攻撃力の高い雀士達が出場するのが今回のドラゴンロード杯。ドラと冠しているだけあって、例年打点が高い雀士がこのタイトルを取ろうって躍起になってる。そんな中、対局するにあたって重要なのは、今誰に流れが来ているか、という感覚を研ぎ澄ます事。

 だからコイツを中心に、流れが常にどう変わってるのか、把握出来るかを確認したかったのさ。本当は半荘やりたかったけど、それ以上やると運の太い私ら二人だと5巡目行かずにアガり続けて半荘終わりそうだから東風にしたってわけ」

 

「じゃあ最初から別のプロ呼んでくださいよ」

 

「いや~、そうするとコイツの正体隠したりするのめんどくてさー。ちょうど二人が空いてて助かったー! 知らんけど!」

 

「まぁ、そういう訳ですのでお二人には自分の正体を内緒にしていただければと思います。面倒なアンチを相手するのも楽じゃなくて」

 

「それについては理解しました」

 

 

 いそいそと、帰っていった二人。残ったのは咏と世那の二人だけだ。この状況を見れば、彼女の家に招かれたという具合になるが、そんな甘酸っぱい空気は一切なかった。

 

「ってか、腹減ったなー。なんか飯作って?」

 

「今日の目的、対局じゃなくて八割ぐらいそれですよね? あんな事いってましたけど、十分仕上がってたじゃないですか」

 

「わっかんね~」

 

「オイ」

 

「まぁまぁ、明日は優勝してお前の家で良いワインと肉食って飲むからさ、勘弁してくれって」

 

「暇だからって最近来すぎですよ……一人ならともかく、毎度数人連れて来られたら家の酒もなくなりますって」

 

「気にすんな!」

 

「するわ!!」

 

 

 堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、咏が座っている椅子をぐるぐると回す世那。足を延ばして喜んでいるので全く罰にはなっていないが、しかし家に来る事を止めない世那も、その騒がしさを嫌っていない証拠だろう。

 

 そんな日常も悪くはない。そう思いながらも、次に投稿する動画のネタを考える世那であった。




正直、麻雀かお前らっていう咲の原作での対局、プロならどんだけやべーんだってのをイメージしながらやってますが、多分トップだとこのぐらいするんだろうなって感じにしてます。再現出来るか分かりませんが、それを抜きにしても配牌考えるの難しですね。




【セレナ・バーストン】

超攻撃的な打ち手だが、時折鋭く突き刺さるカウンターや深い守りはまるで格闘家を思わせる。場に対しての制圧力はないが、狙い撃ちした相手と一対一を作り出す傾向にあり、引き摺りこまれた相手からの直撃が多い。逆にその相手に点数を取られる事も多いが、それを上回る火力で総合成績は新人プロ雀士でありながらそれなりに高め。

何故かコスプレ姿で登場し、伝説の中央リーグ新人戦の序盤の【アレ】でファンを増やしたとかなんとか。アレについてはこうご期待。



能力:気持ちが昂れば昂るほど手が早く、高い手になりやすい。

能力:4

精神力5

自摸:4

配牌:5

運:5

合計23

咲のVita版の奴の能力値を参考。


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懐いてくる従妹は可愛く感じるのだ

愛宕姉妹ほんとすき。


「うーん、そろそろ切るか」

 

 朝、鏡の前に立ち、流石に伸びてきた髪をつまむ。ワックスやジェルで後ろに固めているので、長ければボリュームがあって悪くはないが、日常生活で一々毛先が首に当たるのもむず痒い。となれば善は急げ、その前に、だ。

 

「おいすー! 兄ぃ、どうしたん?」

 

「洋、今日って絹はいる?」

 

「おー、ウチら二人とも家におるけど、どした?」

 

「今から大阪まで髪切りに行くけど、一緒に行くか?」

 

「ちょうどええ、ウチもそろそろ切りたかったんよ。絹にも聞いて折り返し掛けるわ」

 

「あいよ」

 

 即座に、飛行機のチケットを予約し、マンションの前までタクシーを呼ぶ。現在、麻雀人口が増えて各地の大会が増えた事によって、交通の便は以前よりも非常に便利になった。まず地方線が増えた事。これは東京で試合が行われるのもそうだが、各地との交流もあるからだ。

 

 飛行機も国内線が増えた事で結果的に旅行客も増えるし、それによって待ち時間も減るので東京から大阪など一時間もあればすぐに着く。こうした移動がスムーズなのは俺にとってはありがたい、何故ならば、だ。

 

「兄ぃ! ひっさしぶりやなー!!」

 

 空港を出て、ターミナルに向かった瞬間だった。背後から飛びついて来たが、足腰に力を入れて倒れない様に耐える。首だけで振り向けば、生まれた時からの付き合いである洋榎が、トトロにしがみついたサツキとメイよろしくひっついていた。どうでもいいけど、往来の場で恥ずかしくないのかこいつ。

 

「ほれ、離れろ洋。ってか久しぶりって一か月ぐらいしか経ってないだろ」

 

「いうても、その一か月ってのがまた微妙にもどかしいんやないか。届きそうで届かん、跳満の時は無駄に裏乗って7翻なのに3翻の時は一個足りんのと同じやて」

 

「訳分からん例えすな。ところで絹と雅枝さんは?」

 

「車で待ってるって…………なんも言わんのやな」

 

「何が?」

 

 言いたい事は分かっている。けど俺からはその話題は振らない。言われる事も分かってるし、言うべきことも一つだけだからだ。

 

「インハイ。ウチら、また負けてしもうたわ」

 

 普段の洋榎らしからぬ、沈んだ声。確かに学生にとってはインハイはかなり重要。県内大会と全国では意気込みもそれに向けた努力もまた違う。敗北はそれが全て無に帰す、と洋榎は思っているんだろうけれど、俺からすれば違う。

 

「来年勝て。今回の負けは値千金の価値がある」

 

「今勝てんかったら意味ないやんか、そんなん」

 

「けど、負けた事実はどうやったって戻らん。負けっていうのはつまり、自分に改善点がまだある、伸びしろを幾らでも探れるって事だ。なんで俺がこういう事言うのか分かるだろ? 俺だって一年前に、それこそ燃え尽きて死にそうになったぐらい打ちひしがれた。その時お前言ったよな? 一回負けたぐらいでへこたれんな、だったらもっと強くなって、勝ち進めて、堂々とリベンジしてボッコボコにしろ、って。その言葉、そっくり返すぞ」

 

 正直、学生の身分である洋榎にこんな事を言うのは冷たいと思う。大人として割り切れるであろう部分も、今の彼女の年齢であるならば、それこそ人生の全てと思えるぐらいだろう。それも、二年連続でレギュラーになり、二年続けて優勝を奪われている。彼女の悔しさは尋常ではない。加えて残りの期間は一年、彼女が成長すると同時に、ライバルである白糸台も、それ以外の高校も当然成長する。

 

 負けたのは彼女達だけではない、今だけにしがみつかず、負けた瞬間から次に切り替えられる者でなければ何事も上を目指せない。

 

「厳しい言い方かもしれんし、なんで味方してくれないんだ、って思うかもしれない。でも、洋に同情して慰めても得る物は何一つとしてない。だったら俺は、俺だからこそ発破掛ける事しかしてやれない。雅枝さんも、立場は母でも敵の監督だ、余計にそれも辛いだろうから貯め込むかもしれん、けど俺はいつでも味方になってやる」

 

「…………せやな、確かにそうやった。ごめん、兄ぃ」

 

「ま、普段は強がってばっかりだからな。受け止めるのも兄貴分の役目よ」

 

「ん」

 

 頭を撫でてやれば、少しだけ鼻を鳴らした洋は暫く俯いていた。でも、目元を擦って前を向けた顔は、間違いなく次を見据えた顔だった。

 

「お、戻ったな。今日はまぁ、そういうのも忘れてぱーっと遊ぼうや。今日の俺の財布の紐は緩いぞ?」

 

「ホンマか?! じゃあウチの部屋にエアコンとテレビとゲーム機と自動卓と……」

 

「まて、待て。限度考えろお前せめて一つだろ」

 

「なんや、財布緩いんならそんくらいええやろ!!」

 

「そんくらいの限度考えろボケッ! 絹に全部買うぞコラッ!」

 

「あー! またそうやって絹ばっかり甘やかしよる!! 胸か! 男は胸か?! ウチかてケツ負けとらんぞ?!」

 

「公衆の面前でケツとか言うな!!」

 

「…………兄ちゃん、お姉ちゃん、遅いから迎えに来たら……何やってん…………」

 

 いつの間にか来てた絹に思いっきり溜息を吐かれ、その場は終了した。

 

 駐車場へと到着すれば、洋と絹を足したような人物、二人の親である雅枝さんが車のハンドルに体を預けながら、こちらを見て手を上げた。相変わらず見た目は若く、今年40歳とは思えないほどだ。普通にアラフォーと言われても通じるレベルである。

 

「雅枝さん、久しぶりです」

 

「おー、世那。二人は毎月そっちに遊びに行ってるけど、ウチは年一回とかやからなー。いっつもチケット代助かっとる」

 

「別に良いですよ。雅枝さん来る分もチケット出す余裕はありますけど?」

 

「ウチは監督の立場もあるからな、それに従妹はともかく親が来たら、ウチはともかく世那はスキャンダルになるやろ。一応は有名人やろ?」

 

「別に気にしないんだけどなぁ」

 

「世間は結構野次馬やし、それ一つで燃えたりするから週刊誌はいつでもネタ追ってる。気を付けるに越したことはない。それに、偶にこっち来てこうやって連れてってもろてるし、それでええねん」

 

「……そうですか。ま、今日は精一杯楽しみましょう」

 

「せやねー。今日、兄ちゃんが行く場所聞いてウチめっちゃ驚いたもん。関西で一番人気で予約半年待ちのサロンやろ? どうやって予約とったん?」

 

 絹は洋と違い、実に女の子っぽさが目立つようになった。洋もガサツという訳ではないけど、変に漢気があってある意味関西人っぽさはある。絹はそれに年相応のお洒落を意識しているので、そういった場所にも詳しいのだろう。俺へと問い掛ける声はあからさまにテンションが高かった。

 

「俺の試合、そこがスポンサー契約してくれてるからな。だから偶に俺が大阪に遊びに行くときはいっつも髪切ってあるっしょ?」

 

「言われてみれば確かにそうやった。まぁでも、高そうやし行けたとしてもそう簡単に行かれへんけど」

 

「もし気に入ったら話通しておくからメンバーズカード作って貰えばいいと思うよ。俺からの紹介なら一か月も待たないだろうし」

 

「それって大丈夫なんか? 無理やりどっかに割り込む感じなんとちゃうん?」

 

 後部座席から聞こえる洋の質問に、隣の絹も確かに、と呟いている。

 

「一日通しての営業時間も、予約された時の内容で変わってくるからな。一日に取ってる件数は変わらんから、中には短いコースや長いコースでバラつきもある。店側は営業時間が過ぎない様に予約入れるから、それ終われば片づけやら何やらで基本的に営業終了の一時間半くらいはフリーなんだよ、この手の予約が取れん店ってのは。それに、俺みたいにスポンサー関係の人とか専用で必ず部屋は空いてるのが基本だよ。そうじゃないと大物芸能人とか御用達にしないからね」

 

「成程、裏であくどいことしとるって訳やな」

 

「言い方考えろ」

 

 コントもほどほどに、目的地に着く。目の前にあるのは三階建ての怪しげな黒塗りのビル。光沢があり、如何にも高級ですといった雰囲気をこれでもかと醸し出していた。中に入れば予約で待っている女性客がいるが、身に着けている靴、時計、鞄全てが分かりやすくブランド品一色である。

 

 一方で、洋は白いチュニックにジーンズ、絹はキャミソールに白いパーカーとハーフパンツ。雅枝さんはデニムスカートにシャツで、それぞれきちんと着こなしているが、目の前のご婦人と比べて服のブランドは特にない。なのでこういう場所に来る場合、座っている人達はそれを見て、当日飛び入りで来たもの知らずな客、と失礼な勘違いをすることがある。

 

 それがどうした、という話だが、身内がバカにされるのは俺だってあまり好ましくない。なのでそれぞれにワンポイント、俺が遊びに来た時は着けて欲しい、と先んじてプレゼントしてある。

 

 とまぁ、これらは俺の見栄でもあり、そもそも滅多にいないのだが、今日はどうやら違ったらしい。

 

 時折、見栄っ張りのマダムや、ちょうど目の前で座っている少しチャラそうなカップルなどは、如何にも分不相応だと言わんばかりに三人に目を向ける事がある。

 

 確かに目の前のカップルもヴィトンやバーバリーなど揃えてはいるが、シーズンが過ぎて少し安くなったモノばかり。だからこそ、値落ちしにくい物を当然送っている。

 

 まず洋、ネックレスやピアスという柄ではないのでフランクミュラーの時計と分かりやすくクロエの財布。絹にはスティーブマデンのスニーカーと絹の色をイメージしたスカイブルーのバーキン、雅枝さんは大人なのでカルティエのネックレス。

 

 俺は特に拘りはないが、何となくお気に入りなのでゼニスの時計とジョーダンのスニーカーとバレンシアガの上着。後は念のためのカモフラージュでレイバンのサングラス。特に何事もなく過ぎればそれでいい、と思ったのだが。

 

「場違いじゃね? あの四人、親子じゃん」

 

「ちょっと、そういう事言ったらダメでしょ。かわいそうじゃん」

 

 まぁ、こういう事をいう奴もいるもんで。受付のカウンターの部屋が無駄に広いので普段であれば聞こえないのだが、三人は初めてなのでカウンセリングシートに記入していて聞こえなかった様子。

 

 俺は別に良いが、三人が小馬鹿にされて腹が立つのは自分でも器が小さいとは思う。けど笑って済ませられるかと言えばそれもまた違う。なので、人も少ないのでサングラスを外す。

 

「あれ、世那、それバレへんようにって掛けてたんとちゃうん?」

 

 戻って来た雅枝さんの声に吊られて、二人が此方を見た。何にバレない様にしたのか、と思ったのだろう。こっちを見て、彼女の方は気付いていなかったが、男性の方は明らかに反応していた。誰か分かったのだろう。

 

「あ、ホンマや。どしたの? 兄ちゃん」

 

 釣られて、絹もこっちを見た。洋榎は関せず変な唸り声を上げながら苦戦している。そこまで悩む要素あるかなアレ。

 

「いや、室内だと別に良いかなって。外だと一人気付けば囲まれるからさ。室内だと写真撮ってください、って言われても数人くらいじゃん?」

 

「ほーん、そんなもんか。有名人って結構めんどいんやな」

 

「まあ、だからこういう所に来るんですけど」

 

 と、話していれば、意を決してと言わんばかりにカップルが近づいてくる。

 

「あの~、依倉選手ですよね? ファンなんですけど……サインとかして貰ってもいいですか?」

 

「あぁ、いいですよ。どれに書きます?」

 

「あー、それじゃあこの財布にして貰っても大丈夫ですか?」

 

「分かりました……書きづらいっすね、やっぱ財布だと」

 

 笑いながら言えば、向こうも小さくあはは、と笑って帰す。サインを終えた後は握手をするが、最後に一言。

 

「狭いとはいえね、聞こえるんで、あんまり滅多な事言わない方がいいですよ。特にこういう場所だと、ね?」

 

 肩を両手で叩けば、何も言わずにに首を縦に振って戻っていった。

 

「……過保護やなー」

 

 座った瞬間、まだカウンセリングシートに苦戦してる二人を後目に、雅枝さんが呟いた。

 

「気付いてました?」

 

「そら毎日ジャラジャラ言うとる部屋で監督しとるからな。あのぐらい聞こえるわ。別に気にせんのに」

 

「まぁ、自分でも器ちっちゃいなーと自覚してるんですけど、自分じゃなくて三人も馬鹿にされるのはそりゃムカつきますよね」

 

「まぁええけど」

 

 アホだなーと笑う雅枝さんを後目に、ようやく二人も戻っていた。

 

「どしたん?」

 

「いや、なんでも。終わったんなら奥の方行こうか」

 

 此処はあくまでも一般用の待合室。既に今日はプライベートルームを取ってあるのでまっすぐそちらに向かう。

 

 高級感のある赤いマットの敷かれた廊下を進めば、普通の美容室がまるまる一つ入るほどの大きなスペースに辿り着く。此処は俺の様に、知り合いを連れて利用出来る大人数用のプライベートルームで、それぞれが同時に施術してもらえるという訳だ。まぁ髪切りに来て施術ってなんだって話だが。

 

「世那君、今日は御利用ありがとうございます」

 

 すると、サロンに入って来たのはこのサロンの社長だ。個人的にも懇意にさせてもらっており、整体もやっているので俺としてはこの社長の系列店に良くお世話になっている。まぁスポンサーだから利用するのも当然なんだけど。

 

「社長、わざわざありがとうございます。すみません、我儘言って」

 

「いえいえ、此方も世那君のお陰で予約も増えましてね、アレ、試してみたら当店や東京の支店でも利用して予約するお客様が増えたんですよ」

 

「兄ちゃん、アレって?」

 

「俺の試合見に行った時のチケット持ち込むとさ、マッサージフルコースが三十分無料になる奴。絹は後で全部やって貰えるから大丈夫」

 

「そうなん? ……でも、大丈夫?」

 

 と、視線を向けたのは俺の背後で髪を切るのを担当している男性スタッフだった。

 

「そういう事か。女性相手はちゃんと女性スタッフが対応するよ。流石に三人に男は付けられないし、付けて変な事したらまぁ大変な事になるよね」

 

「世那君に暴れられたら大変ですからね、此方でもきちんと対応しますので、絹恵様、どうぞご心配なく」

 

「様ってそんな、ウチそんな偉くないんでやめてくださいよぉ」

 

「いえいえ、世那君からのご紹介ですから。これからもご利用頂ければ一人用のプライベートルームにもご案内出来ますので」

 

「支払いはこっちに回ってくるから心配せずに週一で利用して大丈夫だぞ。ヘアサロンだけじゃなくてマッサージもやって貰えるし、洋と絹は麻雀で座りっぱなしだろ? 雅枝さんもデスクワークとかで疲れ溜まるだろうから、遠慮なく使ってよ」

 

 運ばれてきた水を飲み、用意された椅子へと向かえば各々適当に座り始める。

 

 頭をほぐす様に洗ってもらいながら、ふと本日行われている大会が気になり始めた。結果は本人から聞いた後に試合を見ようかとも思ったのだが、どうするか悩む。

 

「どうかされましたか?」

 

「ああいや、気にしなくて大丈夫です」

 

 まぁ、後で結果を見ればいいか。今は取り敢えず体を委ねておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ものごっつええマッサージだったわー」

 

 とんでもなくオッサンの様な発言をしながら肩を伸ばす洋だが、俺も同感なのでなんとも言えない。揉み返しもないほど完璧に仕上げられたお陰で体はほんのり熱く、妙な倦怠感はあるがさほど気にならないぐらいだ。

 

「今日の晩飯どうするん? 家? 外?」

 

「どうせだったら出前取って、皆の家で麻雀とかどう? 雅枝さんと打つのも久々だし」

 

「成程。それじゃあ飲み物とか買っていかなアカンな」

 

 

 即断即決とは素晴らしい。スーパーでそれぞれジュースや酒を買い込み、自宅に到着すると同時にピザと寿司の出前を注文。冷静に考えたら寿司とピザって組み合わせ結構変だな。

 

「いやー、ひっさびさに来たー。他人の家ってどうして匂いが違うんだろうな」

 

「兄ちゃん、気持ち分かるけどなんか変態っぽいで」

 

「え、マジで」

 

 でもこれはあるあるだと思いたい。数日間出掛けて自宅に戻ると匂いが違って違和感を感じるとかあるあるだと思うんだが。

 

「まぁ、美女が三人いる家やからな。そらフローラルな香りもするでぇ」

 

「雅枝さーん、醤油皿どこー?」

 

「おい!スルーされたらただ恥ずかしいやないか」

 

「そうだな、絹は可愛いな」

 

「ウチは?」

 

「もうちょっと大人しくなりなさい」

 

「あ、はい」

 

 取り皿も用意し、飲み物も準備は完了。後は出前が届くのを待ちながら雀卓を起動する。さて、久々に洋と絹の打ち方を楽しむとしようか。




次回麻雀回。

麻雀やるときは牌譜とか考えるので結構時間掛かります


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