Dies irae -Silverio Godeater Resurrection- (フェルゼン)
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序章 黄金の天駆翔/prologue
Prologue #01






 

 

 

 最初から分かっていた。

 この世界は、どうしようもなく、残酷なんだって──

 

 少なくとも荒神(アラガミ)なんてものが存在する今の新西暦(じだい)において、それを強く感じない人は誰もいないだろう。かくいう俺もその一人。

 文明も自然も、そいつらに(すべ)て喰い荒らされ、都市機能は完全に崩壊した。

 鋼の英雄を排出した()の帝国は勿論、かつて神祖(かみ)が統治していた皇国も、権力闘争に明け暮れていた商国も。

 

 いくら人間の(えい)()が素晴らしくとも、相手は千年生きた神祖でさえ知らないでろう未確認生命体。

 当然、その対策はまったくの手探り状態から始まるのは言うまでもないだろう。何もかも未知である以上、滅ぼされたくないのなら、例えその場しのぎでも抵抗し続けるしか手立てはない。

 ここでお得意の気合と根性でどうにかできたら、荒神(アラガミ)にも少しは可愛げがあるじゃないかとなったのだろうが……

 

 現実は甘くない。

 誰もが想像し()る最悪の事実(ゆめ)を、そいつらは悪魔のような気前の良さで突きつけてくる。

 

 曰く、荒神(アラガミ)は太古より地球に存在していたとされ、その正体は物質を何でも捕食する単細胞生物。

 それぞれの細胞結合がとてもしなやかで強靭(きょうじん)であるため、どんな既存兵器を用いたところで、荒神(アラガミ)を傷付けるに(あた)わず。

 唯一の対抗手段で討伐しても、時間が経てば別個体として復活。絶滅させることは理論上不可能などなどと……

 

 加えて、一つ一つの細胞に高度な学習能力が備わっていると言うのだから、末恐ろしいにもほどがある。

 こんな理不尽の塊みたいな奴らを相手に、人類は今も抗い続けていると言うのだ。一言、正気の沙汰ではない。

 不特定多数の人類(だれ)かのために戦い、傷付き、どうにか未来(あした)を勝ち取ったところで、それは単なる泡沫(うたかた)の夢に過ぎないだろう。

 相手は際限なんてものを知らないから、またどこからか湧き出てくるのは語るまでもなく……まったく、勝利からは逃げられないとはよく言ったものだ。

 

 そんな状態に置かれて、なお不屈の意志を保てるほど、人の心は強くない。

 だから、俺はもう十分だろうと考えて。

 このまま、ただ流されて生きることを選択し。

 死すらもまた救いになると、納得しかけていたのに。

 

 けれど──()()()()と、あいつは言う。

 

 例えどんなに毎日が辛くても、倒れている人がいたら助けたくなるし、実際に助けもしただろうと。

 何故なら、目の前の人を見捨てることなんてできないから。

 自分のことで手一杯な人でさえ力を貸してくれるのに、生きていてもしょうがないなんて言われたら、余計苦しくなるだけだと。

 その、当たり前の言葉を聞いて、俺は救われたような気がした。

 

 理由は何故だか分からない。ただ漠然と生きることを諦めていた俺にとって、それがどんなにちっぽけでもかけがえのない宝物だったのは確かだ。

 だから俺も、あいつのようでありたいと。

 英雄様や救世主様のような、大それたものじゃなくていい。自分にできることから、一つずつやり続けられる人になりたいと思ったから。

 

 護ろう。俺のすべてを懸けて、あいつを──あいつの愛する人々を。

 

 俺はそんな、ちっぽけな人間でいい。

 いや、()()()()()()()()()()()()

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ──そう。

 月並みな言葉だが、人間とは基本、弱く儚い生き物である。

 

 身体を破壊されながら、血を流しながら、なおも雄々しく立ち上がれる人間など極々稀だ。

 大半の者は、腕一本も失うだけで即座に希死念慮を抱くようになる。

 英雄や聖人のようには、そうそういかない。

 

 ならばこそ、人は言うのだ。

 

 この世で最も難しいことは、当たり前のことを当たり前に続けることなのだと。

 ゆえに目の前の現実と向き合い、(しん)()に生きている者が一番強いのだと。

 

 無論、私は完璧最強・絶対無敵のヒーローとやらを目指すなと。どう足掻こうと人は、自分以外にはなれぬのだと。講釈を垂れる気は更々ない。

 焦がれた夢を目指し、自分以外の者になろうと足掻くこと……これもまた、に真摯である証と言えよう。

 元より人は、そうして(おの)が生活を豊かにせんと勤しむもの。

 あのコロンブスでさえ、新大陸を発見するに至ったのは、己が夢を叶えんと真摯に生きたからこそ。

 もしも真に夢見がちな男だったなら、彼は彼の偉業を成し遂げられなかったはずだろう。

 夢を語らずに成長する者など誰もおらず、ゆえにその逆もまた(しか)り。

 

 ならばこそ、私もまた()()()()()()()と強く思うのだ。

 

 現実(いま)を生きる刹那として、飢えていればいい。()いていればいい。生きる場所の何を飲み、何を喰らおうと物足りぬ。

 良いではないか。そこに何の問題がある。

 当たり前だが、夢の中には()()()()()()()()()()というのもあるのだ。かく言う私のそれも、その一つ。

 そんなものを無理に満たそうとすれば、必ずどこかで亀裂が生じ自壊するだろう。前例が存在する以上、もはや自明の理と言って過言ではない。

 ゆえ私には、片翼の気持ちが痛いほど分かるのだ。

 

 嗚呼(ああ)──だが、しかし。

 

 その上で問おう、我が片割れよ。

 刹那であり続けるためならば、お前は迫り来る運命の車輪に、大人しく轢殺(れきさつ)されることを選ぶのかな?

 この世界の安寧とやらを愛するがゆえに、己が命を差し出すと?

 

 家族を、故郷を、あの幸福を……ありきたりではあったが、かけがえのなかった宝物の如き日常を。

 奪われ、壊され、踏み(にじ)られてなお、その寛大な心をもって許すと、お前は言えるのかな?

 何の意味も理由も分からぬまま、()()()()()()()()()()()()()()()()だと。悔いなどないと。

 

 それを、心の底から断言できぬのであれば。

 未だ迷い、納得することすら(まま)ならぬと。

 多少なりとも思うところがあるならば、その本音を(さら)すがいい。

 

 

 抗うか、否か──

 

 

 





 改めてよろしくお願いします。
 いや、悩みましたよ。リメイクするかしないか!
 でもまぁ、明らかな描写不足がPrologueから存在していたので、加筆修正するよりも、ここはいっそ思い切って! と思い決断しました。

 後それと、インポートし忘れたGE2RBのクリアデータがつい最近消えていることに気付いて、悲鳴を上げたのが一つ。
 一応、サブデータが生存していましたが······まだ、ジュリーとロミオのいるアナグラを見て、マガツキュウビすらクリアしていないと理解したのが、全ての始まりだった。

 リアルで叫んだ(絶望)。



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Prologue #02




 決して、元には戻らない。

 最悪の事態が起きた後に訪れるのは。

 "収束"ではなく──"変化"なのだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 新西暦2060年、12月25日──

 極東地域、某居住区。

 PM21:57······

 

 ()しくも、旧暦の救世主が誕生した日に、悲劇という名の運命が幕を開けた。

 

 炎の海が、世界を血で染め上げている。

 それは悲鳴と、(どう)(こく)と、恐怖と、絶望。

 この世に存在する様々な()()(きょう)(かん)を、居住区と言う名の一つの(なべ)に詰め込めるだけ詰め込んだような景色が、現実世界を(むしば)んでいた。

 

 崩壊していく平穏な日常、慟哭しながら消えゆく命。

 訪れた()()()の災禍は徹底的に(おぞま)しく、狂えるほど絶望的だ。

 前触れなく発生する自然災害と同じ、手に負えない巨大な力の出現に人々は涙を流し、逃げ惑うことしか出来やしない。

 いいや、それさえ(いくら)()()のある方だろう。何故ならそれは、まだ"生きている"事の証明だからだ。

 

 誰もが一瞬で(むくろ)と化して、災禍に喰われて冥府に()ちた。死者にしても、原型を留めている身体は数少なく、九割近くの存在が潰れた肉片と(ぞう)()をぶちまけられている。

 運良く()(がい)が残った者も、その表情に浮かんでいるのは、恐怖に満ちた絶望だけで安らかさなど、()(じん)の欠片もない。

 不条理な現実へ恨みと嘆きを焼き付ける死の象徴と化す前に、白い小柄な恐竜を思わせる異形の()(じき)になった。

 

 まさに地獄。救いがない。しかも、これだけでは()()()()()

 災禍を生み出す元凶は依然変わらず健在で、この惨劇を生み出した数十体に及ぶ悪魔がいる限り、血と肉と屍と炎の海は、今後も領域を広げていくのは語るに及ばない自明の理。

 まるで(いけ)(にえ)を更に更にと、要求しているかのようだった。

 

 そして······

 

 「ッ、危ない!」

 「──────」

 

 地を駆ける二つの影から一つ、犠牲者(いけにえ)が火に()べられた。

 

 突然の襲撃と共に、鈍い轟音が生じる。積み木のように半壊した建造物を粉砕し、(えい)(かく)(てき)な曲線を描く雷撃が、少年を庇う少女の背に突き刺さった。

 

 衝撃が背から胸を突き抜け、吐息に赤い霧が混ざっている。

 もんどりうつ少女は、それでも少年を放さない。我が身を盾にして、彼にかかる衝撃を殺している。

 

 「·········」

 

 これ以上ないほど見開かれた少年の瞳に、その光景が鮮明に映った。

 ゆっくりと、(かし)ぐ少女の姿。とさりと軽い音を立てて、(きゃ)(しゃ)(しん)()がアスファルトの地面に倒れる。

 淡い桃色のパーカーが少しずつ、少しづつ、真紅に染まっていく。それはやがて、腹部辺りから赤い水溜まりを広げ、少女の死を嫌と言うほど物語っていた。

 

 血の気のない肌は()(ろう)の色。横顔を長い横髪が(かす)めている。

 うつ伏せの肩も、落ちた(まぶた)も。薄らと開いた(くちびる)も、微動だにしない。

 ざっと血の気が引いた。()(たい)という肢体から、(りつ)(ぜん)と走り抜け、引いていく衝撃。

 これは、終わりを自覚する感覚だ。

 

 「······リ···」

 

 名を呼ぼうとしたのに、声が出なかった。

 こんなの嘘だと叫びたいのに、()てついた(のど)が言う事を聞いてくれない。

 何かの間違いだと叫んで目を()らしたいのに、体中が強張ってしまって、(まばた)きすらもさせてくれない。

 ふと、長い横髪が風に揺れて、(ほお)()でている事に気が付いた。

 

 ああ、くすぐったそう。

 指を持ち上げて、払いのければいいのに。

 そうして、目を開けて、やれやれと言った風情で、大義そうに身を起こして。

 ため息を吐いて、ニヤリと(こう)(たん)を吊り上げればいい。

 (だま)されたなと得意げに笑って、目を細めて。いつものように。

 そうしてくれたら、こんな状況で何をふざけているんだといつもの様に悪態をつきながら、けれども全部許してやる。

 

 だから。

 だから。

 だか、ら────

 

 「ヒ···ユ·········リ···」

 

 呼び掛けて、ノロノロと立ち上がって、手を伸ばす。

 その手が届く前に、何故か足から急に力が抜けて、カクリと膝をついた。

 

 (のう)()に走る砂嵐。

 その奥にいる人影から、低い声が響く。

 

 「────終わったな」

 

 声を無視し、震える手で何とか触れた、そのか細い指は。

 すっかり冷たくなっていた。

 

 声が響く。

 

 「その目に(しか)と焼き付けるといい、これが(けい)の選んだ事柄の末路だと」

 

 まるで、最後の審判を告げる(ラッ)()のように。

 

 「彼女の方が強い、一人でも生きていける。ゆえ、()()()()()()()()()()──その判断は、理屈として何一つ間違えてはいない」

 

 絶望的なまでの説得力を声に乗せ、語り続ける。

 

 「では、彼女が間違えていたのかと問われれば、それは否だ。彼女の想いもまた正しく、何も間違えてなどいなかった──これはただ、()()()()()()()に過ぎんのだ」

 

 信頼と言う名の現実逃避。

 正しい理屈だけを盾に、()()という刹那から目を()らし、耳を(ふさ)いで、口を(つぐ)んで微動だにしない。

 その結末がこれなのだと、声は言外に語っている。

 

 「自覚するといい──卿は、正しさゆえに間違えたのだと」

 

 ()()()()()()という大義(ただしさ)は、少女の心底から()()()()()と願う我儘(ただしさ)と同等の正しさを持っていた。

 彼女は少年の大義(ただしさ)を受け止めた上で、己の我儘(ただしさ)を貫こうとし、結果として正しいことは些細な(いさか)いを呼ぶことになる。

 その後は、語るまでもない。異形の怪物が居住区を囲む壁を突破し、その侵攻を進める中で争うなど、彼らからすれば好都合でしかないのだ。

 

 「·········ッ」

 

 ああ、正しくその通り。

 過去に囚われていた訳でも、未来に目を奪われていた訳でもない。

 ただ、()()()()()という本音を(おお)い隠し、逃げる途中で右の視界を失い、体力の限界を迎えていた少年は、彼女だけでも()()()()()と考えて行動に移した。

 

 切り捨てろ、と。一人だけで逃げろ、と。

 その理屈は正しくて、一人でも多くの生存者を救うには、負傷者などただの荷物になってしまう。

 だが、理屈として正しくても、()()()()()()の正しさに(うなず)けるほど、人間の心は容易く出来ていない。

 むしろ、正しい理屈を前に正しい屁理屈を()ねるのが人間で、それが少年と少女の間に起こっただけの話だ。

 

 そんな些細な(あつ)(れき)が生んだ、本当に(ちん)()でありふれた悲劇にすぎない。

 正誤の(はかり)など、最初からありはしなかった。

 

 「ヒユリッ!」

 

 それを理解した瞬間、何もかもが馬鹿らしく思えて。

 少年もまた、正誤の秤を投げ捨てて、心底から()()()()()という感情に従って動いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 右眼に入り込んだ血液も、全身を強打して痺れた身体も気にならない。

 大切な少女が自分の為に命を投げ打ったこと。捧げられた勇気と愛情に、訳が分からないまま抱き起こして、やはり訳が分からないまま泣いている。

 その涙が頬に落ち、神宿ヒユリはゆっくりと目を開いた。

 

 「よかった、あなただけでも、無事で······」

 「そんな──」

 

 そんなこと、意味が分からないと。

 

 「······なんで···? ······どうして、最後まで一緒に逃げようって、そう言ったの、お前じゃねえか。言い出しっぺが、どうしてこんな、訳のわかんねえことしてるんだよッ」

 「どうして、って······」

 

 困ったように、ヒユリの手が頬へ伸びてくる。

 その時、掌全体が血で濡れているのを目撃してしまい、少年は小さく息を()む。少女が愛おしそうに彼の頬に触れれば、少年の(はく)(せき)の肌に少女の血が付着した。

 

 「だって···わたし······コハクのお姉ちゃんだから·········。理由なんて···これだけで充分······でしょう·······?」

 「·········ッ」

 

 返答に、少年は(のど)を詰まらせる。

 何を言い返せば良いのか分からない。

 神宿ヒユリという少女の性格を良く知る少年には、彼女の行動理由に(はん)(ぱく)*1する言葉を持ち得ていなかった。

 

 「わたしね···コハクと家族になれて······嬉しかった。わたし、こんな世界でも産まれて来て良かったって···、今でも心からそう思ってるんだ······」

 「だったら、尚更、なんで······」

 

 何故、こんな訳の分からない事をするのか?

 彼女は何一つ嘘を()いていない。(つむ)がれた言葉は全て真実であり、なまじそれが分かってしまうからこそ、矛盾した少女の行動を理解するのに時間が掛かっていた。

 

 「()()()···コハクがわたしを庇ってくれたのと、一緒だよ······」

 

 炎の中を二人で共に逃げている途中、背後から迫る殺意に気付けた少年は、(とっ)()に彼女を庇ったのである。

 まだ、七歳にも満たない(きゃ)(しゃ)な身体は、少女を襲うはずだった衝撃に吹き飛ばされると同時、右の(こめ)(かみ)*2を鋭い()(れき)で深く切り裂いてしまった。

 

 丁度、(ひたい)まで走った裂傷は、(にじ)むように次々と血を流れ出させ、止め()なく右目に流れ込む事になる。

 結果、右目の視界は真紅に染まり、半壊した建造物に強打した全身は(しび)れて、とてもまともに走れない状態に陥らせた。

 

 誰がどう見ても足手まといな少年を連れて、恐るべき捕食者から逃走を続けるのは難しい。

 逃げられたとしても結果は見えていたから、(そば)に駆け寄ってきたヒユリへ向けて、少年は()()()調()()で、()つ、出し慣れない大声で拒絶したのだ。

 

 「わたしのこと···守ろうと······してくれたんだよね? だから、突き放そうとしてくれたんだって···わたし······知ってる」

 「それは──······ッ」

 

 違う。そんな大そうな理由などではない。

 無意識で彼女を庇い、結果的に切り捨てさせないと、()()()()でも()()()()()だと考えて、力の限り拒絶しようとしただけだ。

 

 自分が知る限り、誰よりも少女は強いから。

 一人になっても生きていけるから。

 こんな()()()が生き残るよりも、彼女のような人間が()()()()()()だと考えて、実行に移した行動はしかし──(いく)ら正しかろうと、()()()()()()()()()に他ならない。

 

 「ダメ、だよ···コハク······カッコばかりつけてちゃ······。気取って、命懸けて、意地張るところ間違えないでって、いつも言った···じゃない······。

 だから、一人で背負っちゃだめだよ。わたしはもう···一緒に居てあげられない······から」

 「────······ッ、ぁ···」

 

 ごめんね、と少女が謝罪を口にした次瞬、少年の頬に触れていた彼女の手が落ちそうになった。それを見た少年は、咄嗟にその手を掴み取る。

 涙を流しながら、首を横に振った。

 

 「···嫌だ······」

 

 認めない。

 こんな最後は求めてない。

 

 「お前がいたから、耐えられたんだ。お前がいたから···"逃げる"事だけはしたくないって······。

 お前がいなくなったら···俺は······っ」

 

 俺はきっと、現実(こちら)に戻れなくなる。

 それだけは嫌なのだと、少年は必死に訴えた。

 すると、少女は一度だけ目を閉じた後、軽やかに微笑する。それこそ、太陽に負けないぐらい、綺麗な笑顔を浮かべて。

 

 「ずっと···、決めてたんだ······何かあったら絶対に、コハクだけでも···守り切ろうって······」

 

 姉として、ただ一人の少女として。

 ()()()()()()()()()()()()()──と、それこそ少年が家族の一員になった時から誓っていたのだと、彼女は打ち明ける。

 その事実に、少年は緩やかに首を左右に振った。

 

 「そんな···、何で······俺なんか······」

 「···わたしには難しくて······、コハクになら出来ること···お願いしたいから······」

 

 意味が分からず、(いぶか)しげに二・三度ほど瞬きをする。

 だがそれは、自分に生きてもらう為の祈りなのだと、漠然ではあるものの、少年は理解していた。

 

 「わたし、前に話したよね? こんな、救いようのない世界だけど······わたし、この世界が好きなんだって、言ったよね?」

 「ああ······」

 「お父さんがいて···コハクがいて······、ただそれだけでも、すごく···幸せ······、わたしは今を生きてるんだって······実感が持てるの。

 それはきっと···とても素敵なことで······勝手な決めつけだけど···、他の人達も同じだと思うんだ。だから···だからね······」

 

 ヒユリの(まなじり)*3を、一筋の涙が伝う。

 

 「たまには逃げ出したり···投げ出したりしても良いから······、もうこんな事が起きないように···みんなが当たり前に生きて······当たり前に死ねる場所を···作って、取り戻して上げてくれないかな?」

 

 それは、以前にも話題に上がった会話だった。

 一緒に、そんな場所を作ろう。取り戻そうと、その時に約束していた。していたから······

 

 「···ああ、約束する。どこまで実現できるかは分かんねえけど······こんな生きるか死ぬかの厳しさとは無縁であれる場所を······必ず」

 

 ()(えつ)を噛み殺しながら、少年は彼女の願いを承諾する。場合によって、執念という形で少年の心を縛りかねない願いに、彼は自ら進んで受け止めていた。

 その言葉に、ヒユリはホッと(あん)()の吐息を漏らす。

 

 「うん···ありがとう······。あと···最後にね······。

 もう一つだけ···約束······してくれる······?」

 「なんだ···?」

 

 もはや少年にとって、居住区を蹂躙する異形の存在など眼中にない。どうでもいいとさえ感じている。今はひたすら、ヒユリの言葉を聞き逃すまいと、全ての意識を彼女に集中させた。

 

 本当は、そんなことをしている場合ではない。

 災禍の根源は未だ絶えず、今か今かと、ありきたりな少年少女の悲劇に終焉を(もたら)そうと牙を鳴らしている。

 それすら、頭の奥底へと追いやって──コハクは今、真実()()()()()事のために全霊を懸けていた。

 

 いいや、()()()()()()という理屈(ただしさ)よりも、()()()()()という自分のためだけの我侭(ただしさ)を選ぶ。

 理屈だけの()()()()()は、とても痛くて──今のような、取り返しのつかない過ちを犯してしまうのならば、是非も無かった。

 

 「わたしのこと···忘れないでね······。忘れない限り、わたしはずっと、一緒だから···お願い、コハク······」

 

 そうして、命の灯火が消える間際のこと。

 

 「泣かないで。笑っていて」

 「ッ────」

 

 突如として告げられた言葉に、コハクは絶句する。

 

 「お前っ、こんな状況で、何を言って······」

 

 言いながら、知らず苦笑が漏れた。

 それは、本人すら気付かない呆れ気味の微笑。

 だと言うのにヒユリは、彼が自然と涙を流せることと、笑えることに満足している様子で。

 

 「よかった···うん······やっぱり、あなたはそっちの方が良いよ。だって、そっちの方がきっと、()()()()()()って思えるから。

 だから、生きて···嫌なことも、悲しいこともあるだろうけど、守りたいものだって、きっとたくさん、この世界にはあるはずだよ。それを探して、生き続けて······何があっても、生きることから······」

 

 続く言葉は、背後で轟く爆音によってかき消される。

 だが、ヒユリが届けたかった言葉は、余すことなく相手に伝わり、心の中に()み込み、理解と共に浸透していった。

 

 緩やかに、少女の瞼が閉じる。

 訪れた静寂に、コハクは呆気に取られてしまい。

 恐る恐る彼女の名を呼びかけた。

 

 「············ヒ···ユ······リ···?」

 

 無駄だと理解はしている。

 閉じられた瞼は、呼びかけた所で二度と開かない。

 掴み取っていた手を、震えながら離して見れば、コハクの手から、簡単に抜け落ちて、地面に落ちた。

 

 「──ッ、ヒユリィィッ!」

 

 新たな涙を(なみ)飛沫(しぶき)のように散らしながら、少女の体へ取り(すが)る。

 振り絞るような絶叫は、まさしく嘆きの(どう)(こく)であり、新生児の産声だ。それに触れたものは、()()でも何でもなく、その者は(こっ)()()(じん)に砕かれる。

 身動き一つできずに屈服させられ、アスファルトの地面に亀裂が走った。

 

 街が、大気が、空間が鳴動する。

 ただ存在が(まと)う気配だけで、数千トンの質量はあろう物質が、(かみ)(くず)(どう)(ぜん)にひしゃげかけた。

 

 天空には、真円を描く満月に、凛と輝く第二太陽(アマテラス)

 

 それはまるで、巨人の瞳。

 大いなる何者かが、この破滅を慈しみながら(のぞ)いているようにも、見えたから──。

 

 「───頼む、応えてくれ」

 

 正気を失った人間らしく、天へ向かって吼える。

 抱き起こした少女と、燃え盛る街区を指して、彼は涙を流しながら、虚空を仰いだ。

 ただ一心に、哀切を()めて悲痛な叫びを訴える。

 

 「本当に、()()(サマ)がこの世界の法則を作ったなら······どうして、"勝利"からは逃げられないって言う法則を作ったんだ?

 苦しくても、痛くても···ちっぽけな幸せの中から、俺達は今を"生きてる"って実感できるのに······ちょっとした事が楽しくて嬉しいのに······」

 

 朝日が目覚めの時を告げて、朝食の準備が出来たわよと、叩き起こしに来るヒユリの声。

 自分は着替えながら、ノックせずに部屋に入るなよ、なんて胸中で吐き捨てる。

 毎日同じように小言を言われ、さり気なく父に毒を吐かれて、たまに父と言い合いながら、結局最後にはヒユリが乱入して混沌とする家庭内。

 一見したら、仲が悪そうに見える混沌が、自分達の()(ぞく)(だん)(らん)だったりする。

 そしてそんな、少し変わった普通の一般家庭で彼は育った。それが真実。ならば、その願いに嘘偽りはないのだろう。

 

 彼は愛していた······文字通り、何もかも。

 それは()(きた)りな日常であり、思い出であり、積み上げてきた足跡である。

 その一つ一つ、どれを取ろうと軽いはずなど断じてなく、大人達も()(すべ)なく死んでいる現実を(かんが)みれば、ただの(わが)(まま)だと自覚しているものの、本音を()()してしまうなら、今も女々しく取り戻したいと願う心が、心の奥底には存在していた。

 

 「そんな···、そんな普通の生活に戻りたい······戻してくれよ、()()(サマ)

 

 神の存在など、()(じん)も信じていない。

 だが、少なくとも()()は二千年前に実在していたのだ。

 

 ゆえに、光よ降り注げ。

 こんな祈りすら聞き届けず、ちっぽけな人間として(おの)が無力を嘆けと言うのならば、()もありなん。*4

 

 神が(もたら)すのは、公平な不平等だけ。

 都合のいい奇跡など、絶対に訪れない。

 むしろそれは、純粋であるがゆえに新たな破滅の呼び水となるのだ。

 

 悲劇の幕は上がったまま······

 事態は一向に好転の兆しを見せることなく。

 地獄を作り出した元凶の手で、更なる絶望的な破滅を(もたら)すのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 次瞬、訪れたのは轟く爆風と熱波。

 半壊した建造物が紙細工のように粉砕される。

 一体の影を発生源に同心円状へ広がる衝撃、狂乱する死を携えて、(わざわい)の到来を告げていた。

 

 うねりを上げる雷電。

 白い吐息と共に威嚇する、虎と酷似した巨大な異形が、舞い上がった(すな)(ぼこり)の向こうで(たたず)んでいる。

 同時、弧を描きながら地面に突き刺さったのは、黄金と(くろ)(がね)(こしら)えられた、一振りの長剣だった。

 

 「ああ············」

 

 だからそれを目にした瞬間、コハクは全てを理解する。

 これが、()()からの返答だ。

 

 そう、"勝利"からは逃げられない。

 "(うん)(めい)"は()()までも追ってくる。

 ああ、ゆえに──

 

 「ならば──」

 

 さあ、どうするか? 答えるがいい、片翼(ベルレスォス)よ。

 虚偽も拒絶も(しゅん)(じゅん)も断じて一切許容している暇はない。(けい)は一体何を求め、何を成す?

 その悲哀を、情熱の炎に変えて()()に示せ。

 

 ──共に望まぬ"終焉"を。

 ──生来有する資格の"覚醒"を。

 ──大人しく"運命"を受け入れる。

 

 いいや、否。

 そんな選択肢など、認めやしない。

 神宿コハクはただの凡夫であり、想定外の(ちん)(にゅう)(しゃ)

 ひ弱でか細く、儚く無価値で、無意味に世界へ生まれ落ちた──誰かがいないと生きていけない、誰かがいるから生きていける、どこにでもいる人間なのだ。

 

 ゆえ、答えは決まっている。

 

 「ふざけるな──そんな"勝利(こたえ)"は、どれもクソッタレだ!」

 「───────」

 

 判定──、適格。

 彼こそ正しく、英翼(ベルレフォス)

 愛する笑顔がある限り、その()()を含めた全てを信じて守る為、彼は天頂の神々にすら弓を引く。

 

 「是非もなし。ならば私も共に羽ばたこう、悲哀を知る黄金の日華として──此処に神託を下す。さぁ、今こそ」

 

 あらゆる運命の車輪を粉砕しながら、穏やかで安らげる日々へ帰ろうと。

 ()(けい)(せい)(ひつ)に奏でられた。ゆえに、奇跡は具象する。

 

 「汝が意志のままに(Fiat Voluntas Tua)

 

 ──この世に変化を(もたら)すべく、輝翼(アルカイオス)が黄金冠する天駆翔の片翼として、覚醒を果たした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

*1
論じ返すこと

*2
耳の上あたり

*3
目じりのこと

*4
むべなるかなの類義語。心から納得すること。当然だと思うことの意





 神宿ヒユリ。名前の由来は姫百合。
 リメイク前は「スズカ」だったのだが、名前の由来をうp主が完全にド忘れしてしまい、改めて由来が分かりやすい名前を名付けようとしたら、思いのほか時間が掛かった( ̄▽ ̄;)

 香純ちゃんをメインベースなのは変わってない。
 ただ、香純ちゃん味を出し過ぎると、オレーシャとキャラ被りが起こるだろうなと、香純要素に別のスパイスをぶち込んでます。

 リメイク前は割とぼかしていた、prologueの詳細を加筆&修正。文字数を気にして、短くしようとした結果、ぼかしまくることに······(苦笑)
 小説家の知識として、役に立つかと思い、論述と基礎の単位を取ったのですが、それが裏目に出たという形ですね。

 後、「黒白のアヴェスター」において登場した「神剣」が謎に包まれていたこと。外見を表現するに当たって、詳細が不明だったことが大きく起因しています。
 本気おじさんが納得できるように説明するなら、本気でリスペクトする為には、不本意を甘受しなきゃ駄目だったから。と、言った感じでしょうか。

 何故、そうまでして、「神剣」の情報開示を待っていたかと言うと、ここで書くのも(はばか)られるような内容を執筆する予定だったからです。
 まあ、リメイク版では容赦なく、書きたかった事を執筆しますが······(笑)

 長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ない。
 どうか、これからも宜しくお願いします。



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Prologue #03




◆ ◆ ◆

 

 

 「創生せよ、天に描いた(せい)(しん)を──我らは煌めく流れ星」

 

 刹那、(つむ)がれる絶対不可侵の詠唱(ランゲージ)

 ヒユリを抱えるコハクの眼前に、虎の顔を持つ(きょ)()の異形が立ち(ふさ)がる。

 恐ろしい巨腕を振り上げ、いざ獲物を(ほふ)らんと迫ろうと関係なく、声は己の祈りを解き放つ

 

 「妃神の狂気に(むしば)まれて、私は愛する者さえ火に()べた。約束された末路を前に、()てた雫が頬を濡らす。

 医神(エイル)の霊薬、詩神(ダグザ)の大釜。あらゆる権能の(すべ)てを持ってしても、その輝きを(すく)い取ることはできない」

 

 それは、(あん)(こく)の底から響く光の(こと)(だま)、■■の()(けい)。天へ捧げる誓いの()()だ。

 (どう)(こく)して(こぼ)れ落ちる嘆きの涙は、積もり積もって現れた■■神の(みづ)()(たま)となりて、今ここに()()()()()()()()()()()芽吹かんとしている。 

 

 「ああ、神聖なる()(むす)()よ。罪穢れし我が元へ、(みそぎ)の託宣を授け(たま)え。

 (あお)()めて血の通わぬ死人の(からだ)がなかろうと、想いは何一つ(いろ)()せてはいないのだ」

 

 戦乱へと(もたら)される破壊と(かい)(びゃく)を司る黄金と(かく)(えん)の光が、絶対的な力の波(ジャガーノート)と化して周辺一帯に轟き渡る。

 黄金光が大虎を吹き飛ばし、赫焔光が周囲の小型を業火の熱で焼き尽くした。

 

 その光景を見届けて、コハクはふと、腕の中で永眠した少女へ視線を落とした。

 まるで眠るかのように息絶えた彼女の身体を、そっと地面に横たえさせると、(ほお)を伝う涙を指先で拭い取る。

 そして、(しび)れた自身の()(たい)(むち)を打って立ち上がった。

 

 「待ってろ⋯⋯すぐ⋯、帰ってくる⋯⋯」

 

 (くち)(もと)に微笑を浮かべ、優しい声音で告げた後、コハクは一度だけ(まぶた)を閉じる。

 決意と共に瞼を開き、次の刹那には(きびす)を返して走り出していた。

 

 目指すは先ほど地面に突き刺さった長剣。

 (いず)れにせよ、武器がなければ戦えない。

 ()()なる神や"運命"でも、決して穢れない絶対不可侵のモノが、その存在感を強めていく。

 空間を震撼させる力を前に、虎に酷似した顔を持つ巨大な異形が、恐怖の咆哮を上げて少年へ牙を向けながら肉迫した。

 

 前足の肩甲骨から生える(だいだい)(いの)のマントを帯電させ、決死の特攻を()()ける異形。

 だと言うのに、恐ろしい(きょ)()*1が放つ突進攻撃を前に、少年は(たい)(ぜん)*2とした様子を維持している。

 生命(いのち)(むさぼ)*3り喰らう牙を()()()受け流すように迎撃し、()()()()()()()()()()()

 

 それが、試合開始のコングとなる。

 周囲に群がり、獲物の(しょ)()を探っていた小型の異形らが、瞬く間に捕食せんと()()れ込むが、時すでに遅し。

 あらゆる"常識"を無視して大地に輝く固有の星と、それを統べる神の新生により、基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)へと移行しているのだ。

 

 もはや、小型程度の異形では少年の疾走を止めるに(あた)*4わず。

 走るだけで、二つの光を(まと)うだけで、全身が焼けていく。

 いいや、()()していた。だが、その程度の理由で止まる訳にはいかない。

 あらゆる不条理の代償を、苦手な(たん)(りょく)で耐えながら、彼はただひたすらに長剣の元へ疾走し続ける。

 

 「背負いし罪と、課せられた使命(つとめ)を、涙と共に乗り越えよう。怒りさえも置き去りに、白翼継嗣は地祇(ちぎ)へと降る」

 

 (こら)えろ。否、耐えてくれ。()()()()()()で構わない。

 重要なのは、目的を果たすことであり、それを達成させる覚悟のみ。

 何故なら、意志力は時に勝利の(すう)(せい)を左右する。

 ゆえに、まずは足掻け。無様に抗いながら、己の意志を貫くのだ。

 

 ただ前へ。ただ前へ。

 "生きる"ために、帰るために。

 悲哀の連鎖を断ち切る情熱を胸に宿せ。道理は蹴飛ばし、不可能を踏破しろ。

 無理だとか、無駄だとか、そんなものは我らにとって前に進む為の起爆剤でしかない。

 

 「ならばこそ──天地奈落を流離(さすら)うかの如く、再び銀河を目指せ天駆翔(ハイペリオン)

 水星よりかつて譲られた竪琴の音を悲哀と共に奏でながら、果てなき日常(たびじ)を取り戻すのだ」

 

 そこには己が片翼に(げき)を飛ばしつつも、同時に心の底から慮るような色を宿している。

 いや、実際に心配なのだろう。何故なら、声の主が宿す星光(ほし)は基準値と発動値の差が激し過ぎる上、その代償は()宿()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 正直、自らの意志で走り出し、荒神(アラガミ)相手に牽制できただけでも驚嘆に値することだった。

 

 ゆえに、声の主に出来ることと言えば、終始一貫として変わらない。

 せめて片翼だけでも生かすため、問題の解決手段を彼に貸し与えようと、己の異能を目覚めさせていく。

 

 「我らの想いは、今ここに──」

 

 そうして、コハクの手が長剣の()を握り締めた刹那に。

 

 「超新星(Metal nova)──

 朔月と耀やけ(Panta-rhei)黄金の天駆翔(Crysoluis)

 

 ──さあ、"逆襲(ヴェンデッタ)"を始めよう。

 

 大切な"過去"を抱き、夢見る"未来"に行くために。

 今こそ、愛しい"現在(いま)"を生き抜こう。

 悲哀(なげき)慟哭(さけび)を知る超新星が、長き時を経て今ここに、新生を果たすのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 次瞬、莫大なる質量を有した光焔が、周辺にいる全ての異形を薙ぎ払う。

 たとえ、どれだけ大量の物質を捕食した異形であろうとも、この質量には耐えられるはずが無い。

 実に、()()()()()()()を内包する光焔だ。その巨大すぎる波動は、もはや一個人が扱えるエネルギー量を超過して、尚も増大し続けている。

 ()西()()に満ちる星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に感応すればするほど湧き上がる無限の光焔。破壊の神威の具現たる黄金の光と、世界に(かい)(びゃく)(もたら)す深紅の焔が、今、長剣に、その肉体に、()()()()()()()()()()()として、この世界に(けん)(げん)した。

 

 「······あぁ」

 

 黄金と(くろ)(がね)の長剣を構えながら、コハクは独り()ちる。

 

 「分かって···いたはずなのにな······きっと、その手を離したら、後悔するって······」

 

 同時、新たな涙が(ほお)を濡らした。

 今も腕の中に残る温もりに、彼の口許には()(ちょう)の笑みが浮かぶ。

 

 「グルル······ッ」

 

 周りには、先ほど薙ぎ払った異形とは別の異形たちが、(のど)を鳴らして獲物の様子を(うかが)っていた。

 にも関わらず、コハクは語り続けた。(ろう)(ろう)と。

 

 「···守りたかった······守りたかったんだ···本当は······。だけど、真正面から守れば、きっと日向で笑うあいつを、非日常(こっち)に巻き込んじまう······。

 だから···それだけは嫌だった······。あいつには、日常(ひなた)にいて欲しい···笑顔でいて欲しい······、泣いて欲しくない···。あいつが日常(そっち)にいてくれたから、俺は帰りたいって······心の底から思えたんだ」

 

 それは、本音と共に吐き出される(ざん)()の念。

 彼が神宿ヒユリと言う、日常の象徴を突き放してまで守ろうとした、虚飾のない動機である。

 

 「周りの人が言うように···俺は()()()じみた体質だから······」

 

 手にした武器は、対異形用に製造された物。

 しかも、ただの武器ではない。取り扱う上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような代物である。

 そんな武器と接続しながら、()()()()()に至らぬ少年は、なるほど確かに()()()と言えた。

 

 人間は、自分とは異質な(せい)(ぶつ)を排除したがる()()を持つ。

 自分には理解できない、許容できない存在を前にして、恐れることなく接する事が出来る人間など、それこそ指で数えられる程しかいない。

 それだけ、人の心は強く出来ていないのだ。

 

 ゆえ、コハクは()()()と呼ばれるのも、(そし)られるのも、(ののし)られるのも、忌み嫌われるのも、総じて()()()()()と受容したのである。

 ただ、自分の愛する日常が続けばいい。

 それを守れれば十分。日常()の象徴たる少女が忌避される存在にならなければ、どんな苦痛とて耐えられた。

 

 「その為には···手を離すしかなかった······」

 

 拒絶しなければ、彼女を守れないと。

 そう思い、差し伸べられた手を弾き、振り解いた。

 

 だが、そんな事で(へこ)たれるほど、あのヒユリと言う少女は弱くも、繊細でもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()──そう言って、共に過ごそうと試みるのだ。こちらの気持ちなど、一切無視して。

 

 「···馬鹿なのは······俺の方だッ」

 

 刹那、襲い掛かって来た小型恐竜を彷彿とさせる異形を、右から左に、長剣で横一文字を描きながら、その身体を真っ二つに寸断する。

 鮮血が宙を舞う中、突進して来たのは、緑の昆虫類を連想させる小型の異形。こちらも、流れるような動きで、左から右に描く逆さ横一文字で斬り伏せた。

 

 「守りたいと思うのならッ」

 

 静かに(どう)(こく)しながら、振りかぶった長剣に、黄金と赫焔の破壊光を集束させる。

 同時、獲物を捕食せんと牙を()き、突進してきた巨大魚の姿をした異形に狙いを定め、タイミング良く長剣を振り下ろした。

 

 力を装填(チャージ)された事で、リーチの伸びた斬撃は、意図も容易く巨大魚の身体を構成する結合部位を全て破壊する。

 次いで、空を裂く音と共に襲来して来たのは、翼手を持つ人型の異形だ。

 

 その襲撃を、鋭い聴覚で予見していたコハクは、即座に装甲を開く。

 成人男性すら、簡単に地面へ踏みつけられる鳥の(あし)が装甲に爪を立てるも、コハクを傷付ける事は出来ない。

 装甲を開く際、長剣を逆手に持ち直していたコハクは、そのまま返す刃の如く長剣を振り上げて反撃。その斬閃で以て、鳥怪人を斬殺した。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 守りたいと願う者の手を握り、離すまいと掴み続けること。

 それが守ることなのだと、喪失と共に理解する。

 

 「だから······」

 

 だから、せめて······と続けながら、空中を飛び交い、毒を吐き出す卵形の異形を、地を蹴り上げて跳躍すると同時、身体を縦回転させて斬り捨てた。

 地面に向かって墜落しながら、(せっ)(こう)(ぞう)のような人面を持つ異形の長い首を、斬断する。

 同時、爆砕する地面。少年の身体を中心に走る紫電の閃光が、淡い金色の軌跡を鋭角的に描き残しながら、地面を滑って四方に拡散した。

 

 猿型の異形を始めとした地を()う異形らの群れが、地面を(はし)る稲妻に気付かず、その足で踏みつけた瞬間、黄金の電撃が(ほとばし)る。

 苦悶の声と共に、耐久力の低い個体から息絶えて行くのを見届けて、コハクはゆっくりと立ち上がった。

 

 「あいつとの約束は、必ず守ろう」

 

 小さく呟かれた言葉は、嘆きを情熱へと変える誓い。

 傷付きながらでも、間違いながらでも、相手(だれか)と手を取り合い、歩み続けること──それこそが少女から託された想いであり、願いである。

 どんな茨道でも、大切な相手(だれか)がいれば、それだけで幸福だ。

 

 ならば、この大切な"過去(おもいで)"を後ろに背負うような真似だけはしたくない。

 これは単なる勘に過ぎないが、後ろに背負ったが最後、自分は絶対に忘れたくないと思っていた"過去"すら切り捨てるだろう。

 ()()()()()()()()という思い出を(たきぎ)にしながら、()()()()()という状態にのみ純化させる奇形じみた生き方を実践する、"運命"の(りょ)(しゅう)になってしまうのではと。

 よって、それだけは願い下げだと、自らが背負う■としての在り方を、心の底から否定した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

*1
大きい身体。巨躯とも。

*2
物事に動じないで、落ち着いている様。

*3
際限なく欲する。

*4
 不可能な事の意。なしえない。できない等。

 また、可能な事の意。なしえる。出来る等。明治時代以降は、肯定な言い方にも使える。




 更新が遅れて、大変申し訳ありませんでした!
 なかなか納得出来る詠唱が書けなくて、元ネタをインプットにインプットを続けていたら、こんなにも遅れて······いや、本当に申し訳ない<(_ _٥)>

 書き方としては、こんな感じ。

 1.マス目のある紙を用意します。
 2.詠唱のコンセプトを決めます。
  例)公開ラブレター、政権公約、自虐ネタetc.
 3.詠唱の元ネタを、コンセプトに沿って書き出します。
 4.ネットで上書きします。
  この際、不要と感じた部分は削除すると良いでしょう。
 5.以上、納得が行きましたら完成です。

 と言った感じ。何だ、このレシピ感。
 まあ、忘れないようにするには、これが1番ですね。
 初っ端から苦戦しましたが···この為、詠唱がある部分はどうしても時間がかかると思います。

 しかし、型月でヘラクレスの幼名ver.出てたのね。
 詠唱の元ネタを探ろうとしたら、「アルケイデス Fate」と出てきて、「誰かが考えた二次鯖か?」と思いながら調べてみたら、公式でビビったww
 被らなくてちょっと安心(そこ!?)
 後、今年のサンタさんに発狂&吐血。カッコイイ。
 イベント周回は専ら早朝と夜中なので、執筆活動には支障はありません。てか、出させません。

 ステータスは次回公開!
 遅れは必ず取り戻す! こういう時こそ、「まだだ!」
 では、またの次回〜。



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Prologue #04


 大変、お待たせ致しました!
 星辰光(アステリズム)のステータス表に詠唱の追加。及び、説明内容の加筆修正を行いました!
 Prologue #03に記載しております詠唱についても、早い内に修正致しますので、続きはあともう少しだけお待ち下さいますよう、どうかご了承くださいませ!




◆ ◆ ◆

 

 

 星辰光(アステリズム)──

 新西暦1000年代、軍事帝国アドラーが開発した人間兵器・星辰感応奏者(エスペラント)の持つ最大の切り札にして、個々人により全く異なる固有能力の総称だった。

 

 遥か上空、宇宙空間において輝き続ける擬似恒星・第二太陽(アマテラス)

 ここから降り注ぐ星辰体(アストラル)粒子と感応することで、彼らは自己を最小単位の天体と規定し、個々それぞれの異星環境とも呼べる法則を再現する。

 言わば、極小規模の超新星爆発だ。人間の意志で能動的に行われる事により、地球環境に適用した"超能力"という形で発現・行使する。

 星辰体(アストラル)という粒子はどのような理屈か、世界法則そのものを一新させる脅威の力を有していた。

 

 旧西暦を崩壊させたという、大破壊(カタストロフ)

 亡国・日本が開発した星辰体(アストラル)運用兵器を狙った西側諸国に位置する中華連合*1と、当時の日本に世界の派遣を握らせたくない合衆国*2間者(スパイ)が、その兵器──しかも未知の粒子で駆動する核融合炉──を暴走させる。

 結果、爆心地である日本諸共ユーラシア大陸の東半分が吹き飛び、同時に地球全土を巻き込む大規模な次元震災が発生した。

 

 これを起因にして、この星辰体(アストラル)は地表を(おお)い、鉱物に関わる抵抗値を一掃させたのを一例に、大小様々な点で地球環境を塗り替えたのである。

 実際に星辰体(アストラル)によって、地表の法則が変化した以上、異能の発露はおかしなことではない。

 星辰体(アストラル)は次元の穴から降り注ぐ粒子であり、三次元上では発生しない高位次元の産物だ。ならば、その恩恵を人工的とは言え、(たまわ)った存在が、小さな"(ほし)(くず)"と規定されるのは自然な流れと言えるだろう。

 そして当然、太陽系の惑星間でさえ重力や気温が全く異なるのだ。広い宇宙には人類の常識が通用しない奇怪な星があったとしても、それは何ら不思議なことでは無い。

 

 たとえば、それは──

 

 「──ガァァァアアッ!」

 

 このように。

 大量の原子が、常に()()()()()()()()()()星もまた、宇宙の何処かに存在するはずなのだ。

 

 光が(はし)る。光が吼える。

 解き放たれた粒子に、加速された原子核。

 それこそ何かの(かい)(ぎゃく)*3のように、閃光と化した黄金と(こう)()が、渦巻き(ほとばし)り、総身を構成する一分子に至るまでの(ことごと)くを分裂しながら、その奔流に()()んでいく。

 絶叫を張り上げる(いとま)すらない。

 先の咆哮は、(きゅう)()に噛まれた猫が怒りの声を上げたに過ぎず、分裂に伴う苦痛など感じていないのが一目見て分かるだろう。

 炎海の夜霧に、金色と緋色の威容が消え去った後、コハクは静かに目を細めた。

 

 「···まだ居るのか」

 

 視線の先には、まだ異形の怪物達が(ばっ)()している。一体、どれだけの数が居住区に侵入したのか、それすらも分からない。

 加え、異形の中には見たこともない種族も約五種類ほど確認できた。間違いなく新種だろう。だがしかし、居住区を管理する組織からは、何の知らせも届いていない。

 偶然の領域は既に超過して久しく、何よりも常人よりも鋭いコハクの聴覚は、()()()を拾い上げていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()──

 

 「──何を(ほう)けている」

 

 刹那、(のう)()に声が響く。

 ハッと我に返った次の瞬間、ドォンッと重厚な音と共に眼前へ現れたのは、先程の大虎よりも一回りも、二回りも巨大な、黒く禍々しい(さそり)の異形が降り立った。

 

 「キシャァァァアアア────ッ!」

 

 同時、巨大黒蠍は不快な声で獲物を威嚇する。

 コハクは(とっ)()に長剣を構え、警戒するものの、通常の大型種に分類される異形の怪物よりも巨大な黒蠍を前に、疑問を感じずにはいられない。

 

 「···こいつは······」

 

 一見すると、新種の異形に()(まが)えるほどの禍々しさだがしかし、その外見は欧州地域にある島国で発生した大型の異形と酷似している。

 恐らくは親戚類。或いは、島国発生の異形が()()を中心に捕食し続けた結果、突然変異を起こした類だろか。

 

 それとも──。

 あらゆる疑問が頭に浮かぶ中、それは直ぐに氷塊することとなる。

 

 「スサノオ──()()()()()()()()()()の異名を持つ、第一接触禁忌種だ。その名の通り、神機を好んで捕食する。

 ゆえ、肝に銘じておけよ。少しでも隙を見せた瞬間、(けい)はあの(しょく)()()(じき)になる、と」

 「りょーかいだ」

 

 返事と同時、スサノオと呼ばれた異形が短い咆哮を上げ、黒い獣の顎門(あぎと)(ほう)彿(ふつ)とさせる触肢を振り上げた。

 咄嗟の判断で右に(ちょう)(やく)。黒い顎門が空を喰い千切った刹那、ブーメランの如く向きを転じて、一気に敵手の(ふところ)へと侵入を試みる。

 一度、こちらが距離を取った事により、相手へ攻撃する機会を与えてしまったのか。両の触肢を構え、尾についている大剣から大量の弾が(あめ)(あられ)と放たれる。

 

 「チッ──」

 「止まるな。下に(くぐ)れ」

 

 堪らず舌を打ち、方向転換すべく足を止めようとするが、姿なき声から響く指示に、コハクは素直に従う。

 無論、それがどれだけ異常な状態なのかを、彼自身がよく理解していた。

 

 当たり前に、極々自然に、響き渡る誰かの声と普通に会話をする。まるでそれが当然だという顔をして、疑心を抱かず対応する様は、まさしく異常だ。

 何を先程からすらすらと······()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 だが、そんなことを気にしている暇がない。今、総じて重要なのは意志力であり、己が戦える術を有しているということ。

 姿なき声の力なくして、この状況を打破する事は難しいと言う事だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 アラガミ──

 それが新西暦2050年代頃、突如として出現した異形の怪物達の総称だった。

 

 それ単体が考えて、捕食す能力を持つ単細胞生物・オラクル細胞。

 高い学習能力を有するこの細胞は、速く走る方法や空を飛べる理屈などを、対象の生物や機械を捕食することで答えを得て、捕食したモノの形質を取り込む性質にある。

 ゆえ、他の生物では考えられない速度で急激に姿形を変え、その旺盛な食欲と進化速度で瞬きの間に、地球上の都市文明の大部分が壊滅した。

 

 また、それぞれの細胞同士の結合が非常にしなやかで、かつ極めて(きょう)(じん)なものであるため、通常の既存兵器では全く対処する事が出来ない。

 それは、星辰体(アストラル)との強化施術を受けた星辰奏者(エスペラント)もまた(しか)り。

 いや、捕食という能力から、弾丸も戦車も、ミサイルも爆弾も、果ては核爆弾さえも通用しないどころか(ただ)(えさ)と化しているのが現実だ。

 

 その強力な力から、極東黄金教(エルドラド・ジパング)伝わる八百万(やおよろず)の神になぞらえて、"(アラ)(ガミ)"と名付けられたのである。

 無論、ただ()()して滅びを待つほど、人間という生物は強くもなければ弱くもない。

 何せ禍神体(オラクル)の解明それ自体は、アラガミが出現する数年前から始まっていたのだから。

 

 であれば、後は自然な流れだろう。

 星辰体(アストラル)と呼ばれる未知の粒子が発見された時と同じように、人類は禍神体(オラクル)を"人間"に適用できないか、否かと考えたらしい。

 理由の一つとして、アラガミを構成するオラクル細胞全体の統制を司るコアと呼ばれる器官がある。

 これは人間で例えると、心臓部や脳である部位に相当し、これが無くなると細胞は霧散。アラガミも消え去るのだが、問題はここからだった。

 

 霧散した細胞は、(しばら)くすると再び集合し、新たなアラガミを形成する。

 そのため、地球上からアラガミを()(ちく)することは、()()()()()()と断定された。

 

 そして同時に、あることも判明する。

 この細胞は互いに"感応"し合う事で、一個のアラガミを形成するのだ。そう、星辰体(アストラル)と同様に感応出来るのならば、後は技術者の腕とそれに対する資金があればいい。

 アラガミに通常の既存兵器が全く効かず、通用する武器が存在しないのなら、アラガミに対抗できる兵器を()()()()()()()()()のだ。

 

 そうして、開発されたのがアラガミと同様のオラクル細胞と、人為的に改造したコアで構成された、神機という物が開発される。

 この神機は、アラガミに対して()()()()()という方法で唯一ダメージを与える事が出来た。

 

 ゆえに、人々は神機を操るようになった星辰奏者(エスペラント)を指して、こう呼び(なら)わしたと言う。

 神を喰らう者──神機感応奏者(ゴッドイーター)だと。

 

 コハクが星辰光(アステリズム)を使用しながら、アラガミに対抗出来ているのは、(ひとえ)に彼の駆使する長剣が神機だからである。

 だとしても、(いく)つか疑問点が存在するのだが······。

 

 「キシェェェエエアアァァァアア──ッ」

 「うるせぇよ······」

 

 (ふところ)に潜り込んだ獲物へ、スサノオは顎門の触肢を再び振り上げた。

 対するコハクは冷たく敵手を(いっ)(しゅう)し、(くろ)(がね)の剣身に(こう)()の灼炎を(まと)わせ、顎門の形をした触肢を両断する。

 続けざまの左触肢の追撃は、燃えながら宙に舞う右触肢を小さな核爆弾として炸裂させ、その巨体ごと後続数匹を黄金と真紅の光で焼き尽くした。

 

 炎海が広がる夜霧に黄金と真紅の威容が消え去った瞬間、尚もアラガミの進撃は止まらない。

 自らの本能を満たすべく、向こう見ずに攻撃を仕掛けてくる。

 

 「矛盾したことを、実行しようとしてんのは、俺自身よく理解しているつもりだぜ」

 

 ここで死した者達に、せめて(あん)(ねい)の眠りを与えてやりたい。

 それは、何か()(てつ)もなく巨大な"運命"に巻き込まれた()()に過ぎない人間として、至極当然の願いだろう。

 だがしかし、コハクは今、死者の安寧を誰よりも強く願いながら、殺して奪って進み続けていた。そういう人間が、何と呼ばれるかなど、語るまでもない。

 そう──、ただの()()()()()だ。古今東西関係なく、どこの世界でも当たり前の"常識"であり、少しも大したものではない。

 

 「だけど···ああ、()()()()·····ここは大切な場所だから」

 

 (つぶや)かれた言葉は、どこまでも(せい)(ひつ)で。熱を(はら)む事もなく、呆れるぐらい(たい)(ぜん)としている。

 ゆえに意識もまた風の如く、流水の如く──譲れないモノがあるのだと語りながら、八方から同時に襲い掛かる敵群へ、自ら身を(おど)らせれば。

 

 「これ以上何も、失いたくねぇのさッ」

 

 それが()()()()()と呼ばれるに値する行いなら、是非も無し──()()()()()()()()()()らしくエゴを貫き、やりたい事をやりたいようにやるだけだ。

 

 刹那、踏み込んでの()()()り一刀が放たれ、瞬時に長剣を返して飛燕の二刀に繋げる。

 (だる)()()としの如く崩れる肉塊と緋炎と黄金を()(くら)ましとし、飛び込みと同時の三太刀目は、地から天へと振り上げる逆流れ。

 最初の接敵で味方を三匹を一瞬で(ほふ)ったコハクに(ひる)まず、左右から同時に仕掛けてくるのは拳を振り上げた猿二匹。しかし、必殺を期した敵拳の下に、彼はもういない。

 次瞬、猿二匹の視線が映したのは、頭上で蜻蛉(とんぼ)(がえ)りを果たす少年の姿。

 倒壊した壁を蹴り、宙に身を(おど)らせた瞬間を捕捉できたアラガミは皆無。よって彼らの命運は、この時既に決していた。

 

 落花のごとく、虚空に咲いた剣閃は都合九度。地上に足が着くまでに残敵を余さず切り伏せたコハクは、着地と同時に残心を意識する。

 気息を整えながら、彼は密かに内心で驚愕していた。

 

 敵ではなく、自分自身の振るう絶技の冴えに。()()()()()()()と疑問が浮かぶ。

 一応、父に剣の指導を仰いでいたが、何度も落第を突きつけられ、(さじ)を投げられたのは両の指で数え切れない。

 それこそ、()()()()()()()()()()()この剣技の冴えはありえないのだ。

 

 加え、今、自分が用いている星光にも違和を感じる。

 確かに、神機を触媒に星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)と感応しているのは、コハクの意思によるものだが、それを星辰光(アステリズム)に変換しているのは、断言して自分ではない。

 自我という()(づな)(しか)と握りながら、異能と戦闘技術のみは()()()()が動かしている。

 

 だが──

 

 「この際、(ぜい)(たく)は言ってられねえか···」

 

 経験も技術も才覚も、何もかもが足りない尽くし。

 ならば、()()を有する者に今は託そう。

 実際コハク一人では、どう足掻いても生き抜くことが出来ない。

 ゆえ、これを己の力で成し遂げた事などと、自惚(うぬぼ)れた勘違いをするつもりは(はなは)だなかった。

 

 「今度こそ······」

 

 失わない為に。奪われない為に。

 その為にも、今は愛しい"過去(すべて)"を守り抜こう。

 やがて、再び得るだろう大切な者を護り抜き、ヒユリと交わした約束を必ずや果たすのだ。

 

 「そのためなら──」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 いいや、違う。

 

 「そうだ、決して忘れてはならんよ、我が片翼。

 ひたむきな想いは力となり、(みち)(たが)えたば、それは心を壊す」

 

 かつての英雄が、神星が、そうだったように。

 純粋な想いは、純粋であるがゆえに、路を間違えても過ちを正す事が難しくなる。

 たとえ、どれほどの効能が期待できる良薬も、大量に摂取すれば毒薬になるのと同じ理屈だ。これは何も、英雄や神星のような(けつ)(ぶつ)だけに当てはまる話ではない。

 病で倒れた妻を救いたいがばかりに、その腹の中に宿る(えい)()を代わりに差し出そうとしたり。心底から家族の幸せを願うばかりに、己が産まれた過去すら憎悪する。

 まして人は、英雄や神星のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほど強くはないし、()()()()()()()()()()()()などと叫べるほど立派にもなれないから、至極真っ当に心が日増しに崩れていくのだ。

 

 そう、ゆえに──いいや、()()()()()

 

 「この先何があろうとも、(けい)はその目を閉じてはならない、その耳を(ふさ)いではならない」

 

 (つむ)がれる言葉は、それの対処法にして、遠回しに告げられる忠告だった。

 

 「卿は(まこと)を見抜く目を持っている。真を聞き分ける耳を持っている。卿の心を人界に繋ぎ止めるのは、(いく)()()り合わせていく糸」

 

 今は誰の助けも得られない。

 姉を失い、父の行方も未だ掴めず、心は今も喪失の不安を抱えている。かと言って、止まるなと、動けと、周りを見ろと、叱責してくれる声も、大丈夫だと、あそこだと、背中を押してくれる声も最早ない。

 ああ、振り返れば振り返るほど自覚させられる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと──

 

 「ならば、分かるだろう?

 自己犠牲による救済など、単なる自己満足に過ぎんよ。真に何かを成し遂げたいのならば、まずは生き抜く事だけを考えると良い」

 

 そうだ。自分の命さえも(ないがし)ろにする者に一体何が成せると言うのか。

 だから、まずは生き抜こう。無様に()()きながら、"勝利"する為ではなく、ただ"生きる"為に。さあ、今こそ唱えろ。あの、馬鹿みたいな呪文を。

 

 「「()()()」」

 

 刹那、一足飛びで連続する進化、終わらない覚醒。

 ()()()──この程度で逃げてなるものか。

 より強く、より(きょう)(じん)に。

 大気中に存在する高濃度の星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に感応し、更なる力を引き出していく。

 

 「俺の日常(たから)を奪ったツケ、キチッと払って貰うぜ」

 

 神の力を宿した光弾を中空で(のき)()み切り捨て、跳ね返す。長剣ゆえに振りの途中で(いく)つか手傷を受けたものの、気には止めない。

 いや、()()()()()()()()()()()()()と言うべきか。どちらにせよ、今の荒神の強度では覚醒し続けるコハクを止める事は(あた)わず。

 

 “名も知らぬ()()さん、お前の力を貸してくれ”

 

 ──是非もなし。

 

 小さく胸中で(つぶや)けば、即座に返ってくるのは、()()()()()()

 煌めき耀(かがや)く翼と共に、長剣に光焔を(まと)わせ、敵手へ向けて(しっ)()した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

*1
シルヴァリオヴェンデッタを参照。

*2
シルヴァリオトリニティ・ミステル√を参照。

*3
滑稽みのある、気の利いた面白い冗談。




 世界観説明を入れたら、ゴッツイ事になった(苦笑)
 実は私自身、地の文の合間に世界観説明をぶち込むのが苦手で······と言うのも、小説家を目指す際にネットで調べていたら、「世界観説明は物語をつまらなくしてしまうので、あまり推奨しない」と言う記事を読んだため、あまり履修していなかったのが原因。

 後、それから星辰光(アステリズム)のステータスも凝ってみました! というわけで······。 
 ステータス開示じゃあぁぁ。

 【星辰光(アステリズム)

  朔月と耀け、黄金の天駆翔(Panta-rhey Crysoluis)   
AVERAGE(基準値)D*
DRIVE(発動値)AA
STATUS
集束性AAA
拡散性C
操縦性AA
付属性AAA
維持性B
干渉性A


 バンタレイ・クラウソラス。

 ※基準値は当時7歳の神宿コハクに依存。

 姿なき声──輝翼(アルカイオス)星辰光(アステリズム)
 その能力は、核反応・素粒子振動操作。
 鋼の英雄や原初の魔星に類似する星光であり、核反応に関する事柄ならば、統一化不可能なほど多彩な反応過程の操作が可能。
 万物の全てに内在している原子や分子という、素粒子そのものに訴えかける性質も持ち合わせるため、極めて高い(はん)(よう)(せい)を有している。

 核反応と素粒子の振動を操る事で、火を、水を、風を、氷を、雷を、そして放射能光さえも発生させて(おの)が手足のように操る異能。
 文字通り“なんでもあり”な星光であり、非常にすぐれた集束性・操縦性・付属性の三性質を最大限に利用する事で、複数人に星光を付与させて強化したり、放射能を治療に応用させたりといったサポートまでこなす。
 やや拡散性が見劣りするが、高い干渉性と維持性で短所を補う事が出来るため、『三点特化型』に分類される星光でありながら、その性能は理想的な万能型にも比肩する。
 いや、ゼファーさん、マジでごめんなさい。

 簡潔にまとめれば、『聖闘士星矢』の『小宇宙(コスモ)』による「原子の破壊」並びに「原子の凍結」の星辰光(アステリズム)版と考えてくれると、分かり安いと思う。
 攻守バランスが優れている上、弱点と呼べるものも一切ない。
 堅牢にして柔軟、攻撃向きにして守衛向き──この星光の本質とは、まさしく万物流転(Panta-rhei)と言えるだろう。

 ただ基準値(アベレージ)という出力面だけは、完全に神宿コハクに依存しており、その基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)の多大な反動も、コハクが支払うという仕様になっている模様。

 曰く、本人は好ましく思っていない状態であるらしいが、コハクとの関係性は一切不明。

 詠唱の元ネタは、ヘラクレスの選択とアポロンの悲恋神話。後者に関しては、主にキュパリッソスとヒュアキントスを軸にしている。

詠唱

創生せよ、天に描いた(せい)(しん)を──我らは煌めく流れ星

妃神の狂気に(むしば)まれて、私は愛する者さて火に()べた。
約束された末路を前に、()てた雫が頬を濡らす。
医神(エイル)の霊薬、詩神(ダグザ)の大釜。あらゆる権能の(すべ)てを持ってしても、その輝きを(すく)い取ることはできはしない。

ああ、神聖なる()(むす)()よ。罪穢れし我が元へ、(みそぎ)の託宣を授け(たま)え。
(あお)()めて血の通わぬ死人の(からだ)がなかろうと、想いは何一つ(いろ)()せてはいないのだ。

背負いし罪と、課せられた使命(つとめ)を涙と共に乗り越えよう。
怒りさえも置き去りに、白翼継嗣は地祇へと降る。

ならばこそ──天地奈落を流離(さすら)うかの如く、再び銀河を目指せ天駆翔(ハイペリオン)
水星よりかつて譲られた竪琴の音を悲哀と共に奏でながら、果てなき日常(たびじ)を取り戻すのだ。

我らの想いは、今ここに──


超新星(Metalnova)──
朔月と耀け、(Panta-ray)黄金の天駆翔(Crysoluis)


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Prologue #05





◆ ◆ ◆

 

 

 刹那、黄金と深紅の閃光が三匹の(アラ)(ガミ)を肉塊へと変える。破壊の神威を宿した(くろ)(がね)の刃は驚異的な斬れ味の下、まるで(みつ)(ろう)か何かのように、苦もなく敵手を斬殺した。

 

 星辰光(アステリズム)を発動した途端、急激に跳ね上がったコハクの出力。

 著しく向上した身体能力は、(アラ)(ガミ)の知覚速度を振り切り、尚も激しく上昇している。

 基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)。二つの差額が大き過ぎる影響で起こる、この()()()()()()()()()かのような不整合さ。

 ()()()()()()()()の──或いは、()()()()()()()()()を彼は見せていた。

 

 星辰奏者(エスペラント)神機奏者(ゴッドイーター)の基本性能の強さを表す基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)は、その差額に比例した反動が使用者の身体に訪れるという特性がある。

 言わば、完全停止した車のエンジンを運転手(ドライバー)が突然、フルスロットルで車を発進させたようなもの。

 当然ながら、唐突に何の準備もなく出力を上昇させれば、それに伴う全ての負荷が車のエンジンやモーターに()かるのは、語るまでもない自明の理。

 それと全く同じ原理が今、神宿コハクという一人の“人間”の身体では起きていた。

 

 「ふッ────!」

 

 短く息を吐き出すと共に、繰り出す光焔刃は()(てん)()(きゅう)破壊光(バンタレイ)

 原子核反応という実在する現象と相似した異能であり、多彩な反応過程で攻防バランスの取れた闘法を確立して、一撃必殺の攻撃や連続攻撃の使い分けも可能とする驚異の星光だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()という姿()()()()の祈りを帯び、一見すると激しく雄々しい光焔は、泉の如く湧き上がりつつも、コハクの身体に悪影響は与えていない。

 信じられない事に、この光焔は優しく穏やかに地上を照らす太陽の陽射しとして、迫る(アラ)(ガミ)の群れを(いく)()となく迎撃していた。

 

 「······ッ」

 

 無論、その程度の()(たら)()で彼の身体を(むしば)む強烈な反動まで無くなる訳ではない。

 いや、そもそも()()()()()でありながら、基準値(アベレージ)という出力面だけはコハクに完全依存しているということ自体、(はた)から異常な光景なのだ。(きゅう)()に立たされた(ねずみ)が、自らの皮を捨て去って肉食獣になったようなもの。常識的に考えて、それこそ理屈が通らない。

 ゆえに、その隔絶した基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)に比例した代償を支払うのは、今も戦い抗う少年の内から砕き壊していた。

 

 「······く、···ッ!」

 

 移動のたび、攻撃のたび、次々と破裂していく毛細血管。

 ()(こう)(くすぐ)る血生臭さは、限界量を超えて感応する星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)によって、()(ぞう)(ろっ)()が火を噴いているかしているからだ。

 しかし、体内に埋め込まれている(アラ)(ガミ)由来の因子が、自壊した箇所を瞬時に再生させる。結果、星光を駆使する限り、自壊と再生を永遠に繰り返していた。

 

 ······その苦痛、常人ならば秒単位で発狂し、自我を喪失しかねない痛みの(ぼう)()は、もはや辛抱や気力程度でどうにか出来るものではない。

 戦闘どころか、立っているのもまず論外。

 今すぐに戦闘を止めさせ、絶対安静の状態にでもしなければ、程なく彼は心も身体も際限なく人の形を失い、壊れ果てるだろう。

 さながら、定められた“()()”を否応なく疾走する操り人形(マリオネット)の如く──しかし。

 

 「──させんよ」

 

 神経を(おか)す激痛を、全身へ逆流する血液を、放射能治療の応用で治療し、苦痛や苦悶を和らげ、“死”が遠ざけられていく。

 そう、いくら基準値(アベレージ)だけはコハクに完全依存している状態とは言え、この星光は姿()()()()が引き出す異星法則だ。ならば、その()の意志が反映されぬはずがない。

 何故なら、光焔とは本来、()()()()()()である。一つ一つの制御施設は厳重かつ大掛かりではあるものの、使用方法により人類を滅ぼす兵器にも、命を救う治療道具としても役立たせる事が出来るのだ。

 

 コハクが隔絶した基準値(アベレージ)発動値(ドライブ)の負担を担いながら、それでも普通に戦い、意志疎通が出来た大きな理由が()()にある。

 斬滅する黄金斉射。紅焔の噴射制御による炎翼加速を受けながらの(じゅう)(たん)(ばく)(げき)を可能とし、圧倒的な性能差を見せつけながら、居住区に必要以上の損害を出していない。

 流転無窮(Silverio)朔月と耀け(Panta-ray)黄金の天駆翔(Heliades)──原子という普遍的な概念を操作する事に長けた、核反応操作の星辰光(アステリズム)

 燃焼を核とし、融合・吸収・生成等を担う発生(プラス)の紅焔の光と。減衰を核とし、分裂・散乱・崩壊等を担う収束(マイナス)の黄金の光を使い分ける事で、多種多様な攻撃と防衛手段を展開させる両義の星は、まさしく姿()()()()の象徴だった。

 

 「···悪ぃ······助かった······」

 「(けい)が気にする事ではない。“生まれ”というモノは人を縛る。それは私も卿も例外ではなかった···ただ、それだけの話に過ぎんよ」

 「···そうか」

 

 どれほどかを討伐したあと、(いく)(ばく)か会話の余裕を取り戻す。

 たまに、理解できない言葉が姿()()()()から(つむ)がれるものの、分からないものは今、深く考えないようにしていた。

 

 ゆえに、適当に(あい)(づち)を打つ。

 つい先程までは、徐々に喪失する自我をギリギリの瀬戸際で繋ぎ止めていた為、少しづつ余裕が削られていたのだが、今はそれ程でもない。

 加え、(アラ)(ガミ)の洪水が止まった事もあり、思考も鮮明。反動の苦痛も、(のう)()に響く姿()()()()の援護もあり、反動の痛みも()()()()()()()()にまで落ち着いていた。

 

 だが、所詮は放射線治療を応用した(きゅう)(ごしら)え。損傷の大元を絶たぬ限り、自然と体力が(けず)られていくだろう。

 体力とて無限ではない。ペース配分を間違えれば、すぐに()()()()()()()を起こす可能性が高かった。

 

 ふと、足元に転がるボロ人形が視界に映る。

 (アラ)(ガミ)の侵入に伴う混乱で、思わず持ち主が落としてしまったのか。その人形は(すす)や血で汚れながらも、未だに清潔さを残しており、ほんの数分前まで持ち主の手により大切に扱われていた事が手に取るように分かる。

 それを(いつ)(べつ)したあと、まるで振り返るように辺りを見回した。

 

 「······なんで、こんな事になっちまったんだ······」

 

 小さく(つむ)いだ(つぶや)きさえ、倒壊する建造物に(まぎ)れて消える。

 燃えているのは()(れき)と、人の死体が含む油分だろうか。パチパチと、(かしわ)()を打つような音を奏でながら、耐え難い()(がい)の臭気が辺り一面に充満している。

 (はく)()した油が舌先にこびりつき、高熱が()()(あぶ)るかのように、今も身体を焼いていた。

 

 ああ、生の息吹が、()()にはもう、()(じん)も感じられない──

 

 つい先程まで当たり前に存在した日常を想い、胸が(きし)む。

 最初から分かっていた筈だ。理解していた筈だ。

 何事も永遠には続かない。

 いずれ終わるという事は、いつ終わっても()()しくないということを。

 

 「············っ···」

 

 そうして、(のう)()()ぎった面差しに、鼓動が大きく跳ねた。

 

 神機を担ぎ、(アラ)(ガミ)の群れに単身で挑んでいく黒髪の後ろ姿が。──まさか。

 顔から血の気が引いていく。

 あまりに今さら過ぎる事実を前に、コハクは(りつ)(ぜん)とした。

 

 「親父···っ!」

 

 彼は今、()()にいる。

 無事なのか。無事ではないのか。

 どうか、無事であって欲しいと身勝手に願いながら、コハクは再び走り出した、その時である。

 

 

 「────醜い」

 

 ぽつりと、感情のない(こと)(だま)が響いたのは。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 コハクの背筋に悪寒が駆け巡る。

 その声色には熱がなく、遊びがない。ゆえ、発露される殺意は、どんな生物よりも純粋で(しん)()な形で襲い掛かる。

 まるで、害虫の駆除など早いに越したことは無い──

 そう言わんばかりの言霊は、何一つ人類の命を認めていないことの(しょう)()だった。

 

 無価値。無意味。ゆえ根絶する──死に絶えろ。

 言葉の裏に隠れた真意。あまりに()()な暴虐の解放は、さながら演劇(オペラ)を見飽きた(しゅく)(じょ)(ほう)彿(ふつ)とさせる。

 

 凛、と戦場の空気を揺らす冷気。

 いいや、言葉通り外気温へと干渉して──

 

 「──────、っ」

 

 瞬間、己の感じ取った直感に従い、コハクは右足に重心を掛けると、その場から大きく飛び退()いた。

 それにより、(だい)(たい)(きん)の繊維が切れる苦痛が身体を襲うものの、どうでもいい、とにかく逃げろ。()()()()()()

 全てが終わると予見し──ゆえにやはり、次の瞬間。

 

 「余興は終わり。荒神(われら)に仇なしたその傲慢、今ここで償って貰おう」

 

 見せつけるように、白群色のマントを広げて照準完了。

 音を奏でるように、冷気を(おど)らせて、女の人面を持つ(アラ)(ガミ)は、(けん)()な冷笑を口許に(たた)えている。

 この場で生き残る人類種の捕捉を完了。死を刻み付けろと言わんばかりに、まるで施しであるかの如く、一方的な裁定()が下されるのだ。

 

 「私が奏でる星の光に包まれて、後悔しながら凍てつくがいい」

 

 宣すると同時、天空を(おお)う大気温が絶対零度に墜落する。

 凝結と共に生まれた無数の()()。百、千、万と、空が落涙したかの如く、氷杭が(しゅう)()となりて炎の海に降り注ぐ。

 放たれた死の棘は全方位に(まん)(べん)なく襲来し、差別も区別もすることなく住民を平等に(おう)(さつ)した。

 

 ある者は脳天から股下まで串刺しにされ、ある者は心臓を貫通して血に()われ、ある者は瓦礫ごと押し潰され、ある者は(はり)(ねずみ)のように、またある者は、ある者はと······凄惨に、容赦なく。

 生存した者のみならず、自己の周囲に転がる死体の山にも向けられる凍結の洗礼。

 自分以外はその(むくろ)さえ目障りだという対応は、そこに命の尊厳や死者の(ちょう)()というものが完全に抜け落ちていた。

 

 無論それは、コハクとて例外ではない。

 (かわ)し切れないと瞬時に理解した彼は、コンマ数秒以下の間に盾を展開し、防ごうと試みたが──

 

 「───ッ、ぐあぁぁぁぁぁあああッ」

 

 大きな衝撃に耐えられず、その(きゃ)(しゃ)な身体ごと、吹雪く氷嵐により吹き飛ばされた。

 

 「···クソッ···タレ······っ!」

 

 罵倒と共に崩れた体勢を立て直す。

 長剣の重量を利用し、空中で身体を横回転。足りぬ機動力は旧暦の遺物である燃料加速装置(ロケットブースター)と同じ原理で駆動する炎翼加速で補い、瞬く間に受け身を取る。

 無事、地面に着地したコハクは、攻撃の元へと視線を向けた。

 

 そこには、一匹の荒神(アラガミ)が悠然と(たたず)んでいる。

 虎を彷彿とさせる荒神(アラガミ)──ヴァジュラ神属と酷似しながら、その荒神は、女神のような顔を持つ不気味な(ふう)(ぼう)を有していた。

 

 あちらが獣神に対し、こちらは正しく女帝。

 薄汚く汚らわしい。

 自分がそう思ったから消えろ邪魔だと傲慢不遜な態度が、その印象を強くさせる。

 魔の力を見せつけながら、女神像のような人面の口元に浮かぶのは愉悦の笑み。(とう)(すい)したように漏れる吐息は、ぞっとするほどの美しさに満ちていた。

 

 そして──

 

 「咲き誇りなさい」

 

 氷麗女帝の命をうけ、(ほう)()していく氷の樹木。臓物を(こぼ)(むくろ)がグロテスクに砕かれたまま、永遠に保存されていく。

 (みき)が生え、枝が伸びた。領土を広げる氷結の星。着弾点から結晶の如く華が咲き──殺害した住民を内包しながら、氷の花園を現出させる。

 何かの(かい)(ぎゃく)じみた光景に、コハクは目を(みは)る事しかできない。

 気付けばそこは、()(がい)の見本市だ。

 人も(アラ)(ガミ)も例外なく、あらゆるモノが死の瞬間で凍てついている。

 (ガラ)()より遥かに高い透明度を誇る氷は、溶ける兆候を一切見せない。それはこの氷の(ひつぎ)が外気の影響を全く受けていないからであり、熱力学の法則を完全に無視していることの証明だった。

 

 原理としては簡単である。しかし、ただ温度を下げた()()だと理解出来るからこそ、逆にその(すさ)まじさが浮き彫りなっていく。

 一体、どれだけ捕食を繰り返せば、こんな芸当が可能になるのか。理解が追いつかない。

 そんな攻撃を避ける事が出来たのは、(ひとえ)に直感だけではなかった。

 

 単に一度、これに巻き込まれ掛けたからだ。

 予備知識の有無が、単純に生死を分けたのである。

 そう、何故ならこの攻撃があった時──

 

 ──さっさと逃げろ。目障りな上、足でまといだ。

 

 常に神機を所持していた父に助けられ、自分と姉は逃げる猶予を得る事が出来たのである。

 しかし今、彼が一番最初に(たい)()した(アラ)(ガミ)がコハクのすぐ目の前にいて。

 

 「ああ、幸せでしょう劣等種。これで貴様らは()()(うるわ)しい氷結の華······老いも朽ちもしない、標本(えいえん)の一部となれたのだから」

 

 生前の人間へ向けていた()(べつ)が嘘のように、微笑みを浮かべ、女帝は死の標本を愛でている。

 その心理、人外の者が抱く情動がどういったものに関してかは全く理解出来ないものの、それが何を意味しているのかを徐々に見当がついてしまった。

 

 「······嘘、だろ······?」

 

 鼓動が跳ねる。

 この手に握る長剣が誰のものか、知っているが故に動揺が隠せない。

 ああ、少し考えれば分かる事柄ではないか。

 

 「─────ッ!」

 

 直視した現実に、見開いたままのコハクの目から一粒の(しずく)が溢れ、(ほお)を伝い落ちる。

 自分はなんて馬鹿なんだろう、と胸中で吐き捨てるがしかし、姉を亡くし、その遺志を汲み取る為に剣を()ったとは言え、彼はまだ(よわい)七の子供なのだ。

 

 それがたとえ、状況証拠という現実から目を()らす行為であろうとも、安否不明の父親が発見されるまでは無事を祈る······それは、人として当然の心理だろう。

 だがしかし──いいや、()()()()()

 何もかもが今さら過ぎる結末を前に、少年は己を罵倒せずにはいられない。

 なのに──炎と氷の地獄絵図が広がる中、コハクは涙で頬を濡らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 結末は、悲哀と(どう)(こく)に染められ、残酷な現実に踏み(にじ)られ、もはや二度と元には戻らない。

 だけど──あの、穏やかで安らげる日常だけは、今も(いろ)()せることも、誰に否定されることも、(くつがえ)されることもなく、この心の内に刻み込まれたままなのだ。

 

 ()()なる神にも運命にも、けっして奪えない、(けが)せないモノ······。

 

 その価値をこそ、コハクは誰よりも()()()()()

 ゆえに──

 

 「やって···くれるじゃねぇか······」

 

 “変化”は、当然のように訪れた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 





 新年明けましておめでとうございます!
 え? 遅い? 知ってるとも!
 いやぁ、先日の加筆修正で詠唱を載せようとしたら、行数が13行もあると気付きましてね。
 これは流石に長くないか? と思い、「シルヴァリオラグナロク」の主人公ズを除いた、「新西暦サーガ」の主人公ズの詠唱の行数を調べ、その平均値に合わせようとした結果、挨拶や投稿が遅くなってしまってしまいました。

 「ラグナロク」の主人公ズを外した理由は、ヒロインとのw詠唱により、必然的に行数が他の主人公ズより長いからです。
 まあ、アマツの中に詠唱が11行もある方がいましたし、そんな厳密に行数を気にする必要はないのかもしれまんが······。
 (尚、その11行詠唱の持ち主はチトセネキ)

 さて、長々と言い訳めいた後書きになりましたが、これからも本作の執筆を続けていきたいと思いますので、今年もよろしくお願いします。
 それから、長いことスランプに陥っている「pixiv」の方の活動ですが、最近になって(ようや)くいつもの調子を取り戻しつつありますので、今週の日曜日辺りに執筆を再開したいと思っている所存です。

 それでは、次の回でまた会いましょう。



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Prologue #06




 ──笑顔を浮かべる少女の姿が見える。

 あどけなさの残る顔を満面と喜色に染め、太陽にも負けない明るさで、少女は今も変わらず笑みを浮かべていた。

 

 そんな彼女の笑顔を見て、守りたいと、ずっと笑顔でいて欲しいと、少年は心の底から切に願っていたのである。

 ありきたりで、ありふれた──それこそ、世界中を探せば()()にでもあるような日常に咲く小さな花。

 それこそが、()()えのない宝物だと、この少年は常日頃から感じていた。

 

 家族や友人を殺されるのは“当たり前”だ。

 当然、怒りや嘆きを(かて)に才能が芽吹くのも“当たり前”で。

 子供が武器を手に異形と殺し合うのも“当たり前”である。

 

 平坦な日常など、それこそ英雄譚や逆襲劇と並ぶ空想の夢物語に過ぎない。

 (アラ)(ガミ)の出現は、ありふれた日常という“常識(あたりまえ)”を、いとも容易(たやす)く“非常識(ありえない)”モノに(おとし)めていく。

 ありえないモノが当たり前に。当たり前なモノがありえないモノに。

 環境の変化や時代の流れに合わせ、人の常識が流転するのは至極自然なことだ。

 

 だがしかし、それはあくまでも一般常識の話であり、まだ未熟な子供であるコハクが、それを身に付けている最中なのは言うまでもないだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()という、人々の“当たり前”な願望を見てきたのもあるのか。彼が愛しているのは、ありふれた“当たり前”であり、それを塗り潰す“非日常”が好きになれない。

 ゆえに、彼は()()()(ののし)られることを許容したのだ。

 

 ()()()()()()(いく)つもある。弁明も難しい。

 そして人間、幾ら仕方がないと割り切ろうとも、負の言葉には敏感になる。だから、ごく自然な流れとして、コハクは()()()()()()()()()()()()という前提思考に囚われた。

 

 それに加え、大切な少女まで()()()と罵られることを恐れてしまったことも、彼が()()()()()()()に走った要因の一つだったのだろう。自分の本音を置き去りに、()()()()()()()として少女の事を拒み続けたのだ。

 

 本音で語り合えた機会など、あったかどうかさえ覚えていない。

 もし仮に、コハクが彼女まで()()()と罵られる事を恐れずに、事情を話して本当の気持ちを話していたら。或いは、正面から向き合った上で妥協策を探していたら──たとえ、結末は変えられずとも、少年の心に強い後悔が生じる事は無かっただろう。

 結果、彼はヒユリの真意に気付く事が出来ぬまま、その手から大切な者を取り(こぼ)してしまった。

 

 だからこそ、守れなかった事がただただ悲しい。

 心底から大切だと思えた日常の象徴(ひだまり)を、この手から取り零した喪失感が、今も胸を締め付けている。

 なまじ、()()()()()()()()()()を想像してしまうから、尚のこと。悲しみが、かくも心に()みゆくのだ。

 

 自分には向いていなかったのだと、彼女のような犠牲者はもう出させないと、()()()()()()()を取り(つくろ)って逃げる事が出来たら、どれだけ楽になれるだろう。

 だが、(すべ)ての痛みと理不尽を背負い、雄々しく立ち上がれるほど強くもなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()愛しい“過去”を守り抜こうと振り切れる勢いの良さも、神宿コハクは持ち合わせていなかった。

 

 父が死んだかもしれない──

 そんな不条理(げんじつ)を突き付けられ、状況から見ても生存が絶望的である事実を前に、心が今も痛苦を訴えている。

 

 だがしかし──ああ、()()()()

 (くずお)れる*1ギリギリの()()(ぎわ)で、それだけはすまいと踏みとどめたのは。

 

 ──コハク──

 

 真っ直ぐに自分を愛してくれるあの笑顔に、顔向け出来ないことだけはしたくないからだ。

 

 それこそが──

 

 英雄という規格外と同じ“光”でありながら。

 未来の為に(じゅん)ずるには余りに()()として。

 多くの愛しい過去を有してしまった。

 “闇”にも“灰色”にもなれない()()()の胸に宿る。

 

 ─────(ともしび)

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「創生せよ、天に描いた(せい)(しん)を──我らは煌めく流れ星」

 

 ささめく*2ように(つむ)がれるのは、悲哀を(せい)(ひつ)な情熱に変える詠唱(ランゲージ)

 愛おしい“過去(おもいで)”があり、心底から大切にしていた者がいた“光”の眷属。彼女と共に想いを()せた“未来”に希望を(いだ)きながら、生きている“()()”こそを守りたいと願っていた少年が、()()に覚醒を果たす時が来た。

 

 場に存在する膨大な量の星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)がコハクと感応し、静かに(れい)()していく。

 それが女帝の感覚(アンテナ)に伝わり、冷酷な(みず)(はなだ)色の魔眼が、ゆっくりとコハクに向けられた。

 

 しかしそれも、むべなるかな*3彼女が即座に反応してしまうほど、彼は()(てつ)もない星を輝照させんとしているのだから。

 コハクは知りえない事だが、星辰奏者(エスペラント)神機奏者(ゴットイーター)と言えど、星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に感応して次元間エネルギーそのものを限定的に現界へと呼び出すのには、それ相応の出力捻出が求められる。

 言わば、地球の法則を無視した異次元(むこうがわ)の恩恵。その一端を用いる以上、星光の規模が大きければ大きいほど、大気中の星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)の流れもまた、大きくうねらざるを得なくなるのだ。

 

 巨人からすれば、ほんの小さな身動(みじろ)ぎでも、小人からすれば大地震の何者でもないのと全く同じである。

 結果として、氷麗女帝は()()()()()()()()()()()

 

 無論、流石(さすが)に星光の揺らぎを物質的に視認することは出来ない。が、感知する事は可能なのだ。

 ゆえ、コハクの粒子反応が極端に膨れ上がった瞬間、相手の必殺ないし、大規模な星光が来ると察知するという因果関係が見事に成立する。

 何より、自分が可愛い女帝にとって、()(そん)にも尊き者(アラガミ)に歯向かおうとする者を無視する事が出来ない。

 そして、彼女はその星光の誕生を目撃してしまった。

 

 破壊の神威たる黄金光と、(かい)(びゃく)の象徴たる(かく)(やく)光が、淡く(あお)(じろ)い光に変貌していくのを。

 規格外の星の割に、猛威という猛威が一切感じない。(せい)(ひつ)にして穏やか、そして暖かく優しさに満ちた光の発生を。

 鋼の英雄や焔の救世主が有していた激しさという(はげ)しさの一切合切が消え失せた、“光”と思えぬ“光”の誕生を。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 目撃した光景に、思わずと言った様子で呆然とする女帝。

 その(かん)(げき)を、コハクは決して見逃さなかった。

 

 「せーのッ」

 

 ()(だる)い声と共に、振り上げた長剣に感応した星と剣の粒子を(くろ)(がね)の剣身に収束。

 剣身に渦を巻く(あお)(じろ)い光が、最大まで装填された次の刹那──

 

 「くたばれッ」

 

 宣告と同時、持てる限界速度で解き放つ(こん)(しん)の斬撃はしかし、我に帰った女帝によりことも無く弾かれる。

 初撃にして出し惜しみなし。並の(アラ)(ガミ)ならば無傷では済まないであろう星光を軽々といなすとは、流石(さすが)は正真正銘の怪物と言って構わない。

 女帝が無傷である事を確認し、コハクは思わず歯噛みした。

 

 襲い()かる斬撃は残像さえ残さない加速を得ていたはず。

 音も、殺気も、気配すらも置き去りに、全力で放ったそれさえも、その首元には触れられない。

 否、届く気配さえしなかった。

 

 「ハァ、ッ──!」

 

 されど、刹那の間隙が生じれば、決して見逃さずに追撃へ(おど)り出るコハク。諦めずに連撃に繋げていくそれは、彼に力を貸し与えている姿()()()()が下す(たく)(えつ)した判断力と戦闘技術の(たま)(もの)だが、氷麗女帝に届かないと言う意味においては委細変わらず。

 しかし、それらの攻撃(すべ)てが無駄だった訳ではない。()()()()()()()()事が出来ただけでも立派な成果だろう。見る者全てを凍りつかせるような魔眼が、今度こそ完全にコハクを捕捉した。

 

 殺気を(はら)んでいる所ではない。視界に捉えた者や、狙いを定めた者全てを根絶やしにせんとするその気概に、コハクは一瞬圧倒されかかる。

 だがしかし、それもむべなるかな。彼の本質は確かに“光”の眷属だが、鋼の英雄のような感性など、()(じん)も持ち合わせていない。

 生存本能が()ぎ分ける殺気に、寒気が背筋を駆け巡る。まるで、背中に直接ドライアイスの煙を注ぎ込まれたかの如く、背骨まで浸透していくそれに、えも知れぬ恐怖を感じて足が(すく)みかけた。

 

 忘れてはならない。確かに、神宿コハクの本質は光の眷属ではあるが、同時に普通の感性を持つ少年である。

 平穏を愛し、争いを好まず、何事もない日常を大切な少女や父と共に過ごせるならば、それだけで充分······そんな、ひ弱でか細く、儚く無価値で、無意味に世界へ生まれ落ちた、()()にでもいる()()()()な人間なのだ。

 

 本音を言えば、戦いなどしたくはない。

 だが、戦う以外に生き残る道は存在しないのが現実。

 

 痛いのは嫌いだ。出来る事なら逃げ出したい。

 しかし、“逃亡”を選択した場合の生存確率はゼロ。

 

 恐くないと言えば嘘になる。本当は死ぬのが怖い。

 ただ、()()()()()()()()()と決めただけだった。

 

 だから、彼は戦う事を選んだ。武器を手に()り、生存の道を確実にする為に、(アラ)(ガミ)(ばっ)()する居住区内を駆け回っていたのである。

 死の恐怖を押し殺し、苦手な根性論を振りかざしながら、まだだまだだと奮起して戦っていた。

 

 ああ、ゆえに──

 

 「邪魔なんだよ、お前らの存在は──」

 

 武装の()を強く握り締め、命を()けて遂行したいと想う決意を口にする。

 (アラ)(ガミ)である彼女達からすれば、()()にいた者達の命など、たかが(ちり)(あくた)も当然だろう。

 だが、自分からすれば、()()えのない宝物なのだ。たとえ、どれほどの(いわ)れなき悪意をぶつけられようとも、軽々しく踏み荒らされていいような安い代物では断じてない。

 ヒユリとの、ささやかな日常──たまに父や彼女の友人も交え、親しい人物達と過ごす平穏は、時に(うっ)(とう)しく感じることはあれども、今となってはどれも(けが)されていい訳が無かった。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヒユリとの約束があるから──という、そんな大義名分だけでは無い。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──という、そんな身勝手な()()の為だけにコハクは戦う。

 ただそれだけで彼は痛みに(こら)え、死の恐怖を押し殺す──過去(おもいで)に残る大切な少女に、胸を張って笑い返せるようになりたい。

 そう、神宿コハクを支える原動力に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 絶対に生き残る。全ては大切な少女の為に。あの笑顔に恥じることだけはしたくないから。その一念を()()に変えて刃を構え、コハクは喝破と共に虐殺の権化である蒼の(アラ)(ガミ)(たい)()するのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

*1
気力が抜けて、その場に崩れるようにして倒れたり、座り込んだりすること。

*2
1.ひそひそと話す。ささやく。

2.さやさやとかすかに音を立てる

*3
もっともなこと。当然なことの意。




 うわぁ〜い、やっと書き終わった〜。
 投稿が遅くなった理由は、クー・フーリン 【オルタ】のPUが来ると知り、石をホリホリしていたのと、仕事関係で研修に入った時期が重なったからです。

 プロローグって短い方が良いと、よくネットで見かけていたので、割と話数を気にしていたんですけど、「Dies irae」と「ヴェンデッタ」、「ラグナロク」は約一時間。
 「トリニティ」は約30分と、プロローグに一時間かけているノベルゲームに出会ってしまうと、「短いとか、長いとか関係なくね?」と開き直った次第でございます。

 今回はリメイク前と異なり、コハク君の詠唱とステータスがプロローグにて開示されません。理由は、「シルヴァリオ三作品」の主人公が詠唱するのは、第一章のケースが多いからです。
 アルカ君は「シルヴァリオシリーズ」の中でも、カグツチやヘリオスに位置するのと、「創生せよ〜」とこの時は人間時の詠唱だから。
 スゲー公開ラブレター味出ちゃったけど、気にしない。気にしない。

 男ボイス15のコンセプトである、「やる気皆無」を前提に置いている為、どこかしこに男ボイス15のセリフが転がっています。
 因みに、一主は神機使いになる前、無職だった事が判明しているので、下手したら「金なし、職なし、やる気無し」と言う、ゼファーさん二号になってた可能性あり。
 ただ、痛いのは嫌いだけど、仕事はキチッとこなすし、楽な任務が好きだけど、高難易度任務に挑んでも「割に合わない仕事だぜ」とか、「おいおい、このままじゃ身が持たねえぞ」など、辛勝した時にしか愚痴を漏らさないという、決定的な違いが存在するという。

 ゼファーさんは、適合試験受けただけで狂い哭く。
 まあ、彼の話は一旦置いておくとして。
 結構、男ボイス15ってキャラが掴めないんですけど、「GOD EATER」のOP、「Over The Clouds」の歌詞の言葉。

 「人は何故に、忘れてくの。
 ありきたりの、この日常に、かけがえのないものがあると」

 という、この一小節を根底に置かれているのではないか? と考察したんです。
 だから、「やる気皆無」。正直、アラガミの討伐は「シャーマンキング」の主人公・麻倉葉の「楽でいたいから」に近いテンションで、仕事をこなしてる感あるんだよな。
 彼の有名な名言に、「本物の楽々は、キッチリ頑張らんと味わえん。だから、こうして戦いにも来てる」があるんですが、男ボイス15はそんな葉君の思想と酷似してるのでは? と思うんよ。

 だから、「Vermilion -Bind of blood-」のクラウス爺さんとか、「Dies irae」の藤井蓮とかと比べると、本当にマトモでマシなレベル。
 敵が弱体化すれば、「痛いのは嫌いなんでな」とか。毒状態になると、「そのまま死んでくれ」とか。ダウン状態になると、「よし、ボコろうぜ」とか言うセリフが確認出来るので、マジで普通の感性を持っているのは間違いない。

 なんだろう? 光の眷属になったゼファーさん的な?
 (特典ドラマCD「性格反転? あるいはこんな特異点」のゼファーさんとは別の意味で)

 光の眷属の中でも最弱なのは、ラグナ君やジェイスさんほど尖ってないし、尖れないから。
 少なくとも、レインちゃんより劣るね。大切な人の為に過去も未来も皆全て、あらゆる絆を焔と燃やす事が出来ないから。

 うp主的に、そんな光の眷属を書きたいのよ。
 え? ラグナ君がそんな感じ?
 だから、コハク君から光の眷属ゆえの正しさで、ミサキ的立場の子をぶっ殺したんだよ? (*´ᗜ`*)ニコッ



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Prologue #07




 彼我の力量差は歴然。

 勝ち目があるなどと思う方が馬鹿げている。

 現在にした所で、何とか相手の意識を此方(こちら)に向けさせたという状態でしかないが、これで追い(すが)る事が可能になった。

 

 踏みしめる足が地面を穿(うが)つ。

 空振った一撃の風圧が、咲き誇る樹氷林を砕く。

 

 ()()()()を突破した(けん)(げき)は、もはや常人の動体視力で捕捉し切れない。その度に走る(あお)(じろ)い剣閃は、コハク固有の象徴なのだろう。

 嘆きの琴も慟哭(さけび)の詩も、何一つとして(こぼ)すまいとする想いに呼応し、この地に(けん)(げん)した異星法則。規模の大きさの割に、脅威らしい脅威を感じさせない星光が、攻撃を(かわ)し続ける女帝を(しつ)(よう)に追い駆けていた。

 

 倉庫の外装から引き()がされた()()()()()()()()が、まるで紙細工のように宙を舞い、後退した女帝のすぐ脇に吹き飛んでいく。

 何故、倉庫の壁が剥がされたのかさえ理解できない。恐らく、その建造物に程近い虚空で、コハクの長剣が女帝の(みず)(はなだ)(いろ)のマントと(さっ)()した──ただ、それだけのことだったのだろう。

 

 「ハァァァァァアアッ──」

 

 (れっ)(ぱく)の喝破と共に、コハクが再び女帝へと肉迫すれば、ただそれだけの事で風が(うな)る。

 この世界の物理法則にあるまじき異星法則だと言うのに、既存世界の大気は悲鳴一つ上げていない。

 一陣の()(ふう)と化しながら、女帝への追撃を続けているにも関わらず、彼は無駄な損害を一切出さずに戦っていた。

 

 それはまさに、有り得べからざる奇跡の具現。

 姿()()()()が操る核反応の横走りの(いかづち )さえ()もあらん。女帝が躱せば、彼女が(つく)り上げた()()()()()()が砕かれていく。

 だが、死体を内包した氷の(ひつぎ)だけは砕かれていない辺り、彼らの肉片一つに至るまで(アラ)(ガミ)の食料にする気がない事が(うかが)えた。

 

 相手が自分の攻撃を躱す事さえ頭の(かた)(すみ)に置き、追撃を繰り返す。

 言葉にすれば簡単だが、いざ行動に移すとなれば、隔絶した戦闘技術が必要になるのは語るまでもない。

 しかし、()()な理屈か、今のコハクの精神内には()()()()()()()()()が存在している。

 正体、目的、一切不明? だからどうした、関係ない。

 独りでは不可能でも、二人で力を合わせれば活路を開けるかもしれないのならば、他者の力を頼れば良いだけだ。

 

 頭の中で思考を巡らせながら、ふと、コハクは()(げん)そうに目を(すが)める。

 

  “······おかしい”

 

 追撃を繰り替えす中、コハクは徐々に女帝の能力傾向(コンセプト)がどういうものなのかを見抜きつつあった。

 

 “このアラガミ···まさか、星辰光(アステリズム)が使えるのか······?”

 

 だからこそ、疑問に思わずにはいられない。

 彼女は確かに他の(アラ)(ガミ)と比べ、隔絶しはいるものの、しかしそれは(けた)(ちが)いの()()()()だ。極論、規模そのものが違うから別物に見えてしまう。

 その証拠に、女帝の異能に(あらわ)れている六つの特性に関しては、星辰奏者(エスペラント)神機奏者(ゴッドイーター)の操る星光と同じ区分が当てはめる事が可能だ。

 

 たとえば──この女帝は“拡散性”を主体にしながら、他も(のき)()み高い値を出しているのが見て取れる。

 少なくとも、特化型と呼ばれる者のような(とが)った性質を有していないのは確実だ。氷を固めて使用すること。氷塊を苦もなく留めていることから、“集束性”と“維持性”も高位だろう。

 加え、上空の大気を()てつかせることを(かんが)みて、“干渉性”も低いとは断じて言えず、穴が一貫して見つからない。

 これで“操縦性”まで高ければ、間違いなく手が付けられないのは語るまでもなかった。

 

 「ああ···なるほど······」

 

 そこまで思考を巡らせ、ようやく理解する。相手の異能の本質は、自分と同じであることを。

 何も()()しな事ではない。遥か高位宇宙に存在する第二太陽(アマテラス)は、常に星辰体(アストラル)を地表に降り注がせており、そして禍神体(オラクル)細胞は地上から駆逐する事が不可能の代物である。

 ならば、後は語るまでもない。(アラ)(ガミ)のオラクル細胞が、天から降り注ぐ星辰体(アストラル)とも感応できるようになり、星辰奏者(エスペラント)神機奏者(ゴッドイーター)の使用する星辰光(アステリズム)を入手した。ただ、それだけの話だった

 

 「全く、めんどくせぇ······だが···」

 

 だからと言って、逃げる訳にも行かないと──続く言葉を飲み込んで、都合三度目となる踏み込みを敢行する。

 肉迫と同時に振り下ろす長剣。だが、その剣戟は女帝の(みず)(はなだ)(いろ)のマントに防がれ、激しく火花を散らせながら(つば)()()う形となった。

 

 もう30合ばかりも打ち合いながら、コハクはただの一度も相手を己の()(けん)*1に捉えられずにいる。

 刺突を繰り出し、(じゅう)(おう)()(じん)に振り払う長剣の(きっさき)は、コハク固有の星辰光(アステリズム)により、両手で操る長剣の重さをそのままに、片手で操る刀剣類と何の(そん)(しょく)のない速度を誇っていた。いや、両腕で操ることを前提とされるその長剣は、むしろ尋常な片手の剣術にはない変幻自在で奇抜な挙動を繰り返し、予想外の速度から女帝に奇襲をかけていく。

 それでも、大型武器の宿命として、連撃の合間にはしばしば隙を見せてしまうのだが、虚を()く島さえ与えないと言わんばかりに、姿()()()()が己の星光を操り、用意周到に女帝を(けん)(せい)してくれていた。

 

 「相変わらず、(けい)の剣筋は酷いものだな。■■殿が(さじ)を投げるのも(うなず)ける」

 「·········」

 

 姿()()()()()()に返す言葉もない。実際、()が会得している技を借り受けながらも、コハクの剣筋は問題外の(しゅう)(たい)どころか、それ以下の無様さである。

 身の丈に合わない武器を駆使しているのもあるのか、重心の移動がバラバラで、時に長剣の重心に(きゃ)(しゃ)(たい)()では踏ん張り切れずに振り回される始末。

 心·技·体の内、心と技は補えても、体までは満たせない。人間として身体的に成長したのならばいざ知らず、まだ成長期に突入しているのかさえ定かではない子供では、星辰光(アステリズム)を入手した(アラ)(ガミ)である女帝の域へ追いつけないのは、自然の摂理と言えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 かと言って姿()()()()は、これまで何もしてこなかったからだと──軽々に言うつもりは微塵(みじん)もなかった。

 

 たとえ、誰の目から見ても(おの)が片翼と認めた人間の剣筋が劣等生以前の人間以下であろうとも、()からすれば()()()()()()事柄である。

 何が大事かは人が勝手に決める事だ。本人が本気で打ち込んでいるのであれば、そこに上も下もないと言うのが姿()()()()の持論である。が、これは(いささ)か目に余るものがあった。

 

 彼固有の異星法則の()()()により、地を穿つ度に(くつ)()り切れたボロとなり、(あら)わとなった両足が(すね)まで血に染め上げている。

 両手に関しては更に凄惨だ。(てのひら)の皮が完全に()げてしまっており、指の骨も何本か砕けている。だが、少年は痛みを噛み締めながら、戦うのを止めない。

 現在進行形で彼自身と姿()()()()星辰光(アステリズム)の反動を支払いながらのこれだ。()()姿()()()()が治療も得意とするとは言え、流石(さすが)に限度というものがある。

 時に反動で()(けつ)してしまうのは、姿()()()()の治療が()()()()()()()()ことの(しょう)()だった。何か別の解決策を見つけなければ、鋼の英雄とはまた違った方向性で自壊に至る可能性が高い。

 にも(かか)わらず──

 

 “何とまた、澄んだ瞳をしているのか······”

 

 姿()()()()は胸中で独りごちた。光速の剣戟を振るいながら、その深い(あお)(そう)(ぼう)(にご)り一つ見られない。

 恋は盲目というように、人は(いだ)いた感情次第で目が(くも)る。そこに怒りも嘆きも()(せん)はない。要するに、目を(めし)いてしまうに足る感情さえあれば良いのだ。

 

 怒りを抱いているだろうに。

 当たり前の日常を(こっ)()()(じん)に粉砕され、正常で居られる訳がないのだから。

 嘆きも抱いているだろうに。

 姉も父も(うしな)い、それが己の正しさにも遠因があると理解して、涙さえ流したのだから。

 

 なのに、それら二つの感情に囚われず、()()ある問題と(しん)()に向き合おうとしている。

 女帝が初手から今に至るまで、コハクを不用意に近付けさせないよう逃げ散らすのに精一杯なのは、つまりそういうことだった。コハク自身の挙動から太刀筋を読み取る程度の事は出来ても、その為には真っ直ぐと己を見据えてくる相手と目を合わせなければならない。

 そして、女帝は彼の瞳を()()か恐れているため、明らかに相手の攻撃圏外と判断できる距離を維持し続けることでしか、コハクの瞳から逃げる事が出来なかった。

 

 光速で繰り出される剣捌きが圧倒的に見えるのは上辺だけの話である。姿()()()()による変則攻撃で女帝の出鼻を(くじ)いてはいるものの、どうにも不吉な予感がして仕方がない。

 果たして、この(アラ)(ガミ)()()がこの程度だったろうか?

 

 “まさか···”

 

 ふと、頭に()ぎる情報に、姿()()()()は目を(すが)める。

 もし仮に、“そう”だとしたら、この戦い、今のコハクでは荷が重すぎると予見して、()は今は()えて(ぼう)(かん)に徹した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「─────」

 

 執拗な追撃に耐えきれなくなったか、極寒の女帝(エンプレンス)此方(こちら)に向けてくるのは僅かな苛立ち。

 取るに足りない下等生物風情に付き(まと)われていることに、内なる殺意が荒立っているのが見て取れた。

 

 「事ここに至り、なお身の程知らずな言葉を(わめ)くとは呆れたものね。

 その巡りの悪さ、(しょ)(せん)は人間というところか」

 

 心胆寒からしめるその声音に(にじ)んでいるのは、()(じょく)と呆れ。

 

 「我欲に囚われ、近視眼的にしか事象を捉えられないとは······(しゅう)(あく)を通り越して、いっそ(れん)(びん)すらも湧いて来ようというもの。

 これ以上我等の手を(わずら)わせるなよ、人間(ヒューマー)。本当にお前、事の本質が分かっているのか?」

 

 ついでと言わんばかりに──しかし無拍子で放たれる氷杭の砲撃を、コハクは間一髪のところで間合いを取りながら(かわ)す。彼女の一挙手一投足に集中していなくば、いつ命を刈り取られるか知れたものではない。

 自分と()と女帝の明らかな違いは、(ひとえ)に攻撃範囲だ。どれだけ間合いを取っていようとも、一瞬にして致死の氷が殺到する。安全圏などという手緩いものは存在せず、間断のない集中状態を強いられる。

 コハクが攻め切れずにいるのは、剣の下手さだけでなく、そう言った事情も複雑に絡んでいた。何より、まだ(おの)が星光の特徴を掴みきれていない。

 

 「卑小な妄執、見るに堪えん。()()()が定めた“運命”に潔く従えば良いものを······何を()(そん)に意気込んでいる。

 何、心配せずともお前はもはや逃げられん。ゆえに、先の言葉をそのまま返そう。いい加減に、邪魔だ。(みじ)めに()(つくば)るがいい──」

 「────ッ!?」

 

 刹那、足元から無尽蔵に次々と生えてくる樹氷──()まれてしまえば一巻の終わりという脅威でありながらも、コハクもまた姿()()()()と同様に、この(アラ)(ガミ)は未だに()()(さら)してはいないと感じている。

 逆説的に言えば、コハクを敵だとさえ認識していないのだ。取るに足らない、眼前に転がってきた(ちり)と同程度でしかなく、ゆえに力こそ用いてはいるものの、それはあくまで適当に振り払うのみ。

 

 戦闘と呼ぶには余りに雑だが、それでも膨大な出力は()()だけで空間を支配する。

 結果として、今度はコハクが手も足も出せなくなった。いくら決意と共に(アラ)(ガミ)の前に立ちはだかろうとも、勝負の場においてはそのような感情など、何の影響も及ぼさない。

 あくまで無造作、片手間で放たれたはずの攻撃でさえ致命の撃となる。こちらの全力など軽く圧倒され、突破口すら見当たらぬまま──

 

 「くそったれが、ッ──」

 

 続け様に襲い来る氷弾を全て弾くことで死こそ避けられるものの、肝心の要である女帝との距離についてはいつまで経っても離れたままだ。このままでは、ただ(いたぐら)に消耗を強いられるのみ。

 加え、自己を中心に空間凍結を維持し続けながら攻撃を仕掛けてくるため、始末に負えなかった。

 

 降り注ぐ氷杭、そして着弾点から花吹く氷華。

 それは戦場でありながらも美しく、どこか目を()き付けられる。

 まるで、地獄へと誘う悪魔の(ささや)きのようであり、そして──。

 

 ああ、そして──。

 

 「気に入らねえ······」

 

 醜悪だから、せめて煌びやかに散華しろ──

 その一念が読み取れるゆえ、思わずコハクは(つぶや)いた。

 

 それは、その氷結庭園(せかい)は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という一念の元に具現化させるからこそ、誰もが美しいと()()れてしまう。

 氷結とは、時間の停止や永遠と同義語なのだ。大切なモノが、永遠に美しいままでいて欲しい、と、誰もが一度は胸に(いだ)き、忘れていく(うた)(かた)の理想。

 刹那に過ぎ去る命だからこそ、堪らないほど愛おしく尊いのだと──成長と共に無意識の内に、人は自然と理解していく。

 だが、この女帝の庭園は違った。

 

 一見すると、確かに彼女の庭園は美しい。だが、そこに宿る本質は、他者に対する侮蔑と嫌悪だけ。

 自分以外の生命体は醜く哀れで無様だから、己の美しさを引き立てる飾りと化せ──そんな、祈りを前提とした氷結庭園の()()が美しいと言えるだろう。

 だからこそ、コハクは気に入らないと、口にした。()()()()()()()()()()とさえ、本能的な第六感が訴えている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなコハクの心情に、姿()()()()は静かに(しゅ)(こう)した。

 

 「ああ、私も同意見だよ。だが、文句を吐いた所で()()が面倒な事実は変わらん。何せ、周囲の環境を全て凍結させている。結果として、私達と()()の相性は、上手く()まることが出来ないのだよ。

 言わば、()()は弱肉強食、絶対的な自然の摂理を(くつがえ)す事はできぬと理解しているからこそ、(おの)が強者となれる独壇場を作り上げているのだ」

 

 陸には陸の王者がいて、空には空の王者がいるように、その自然に適した王者が存在する。

 (ひょう)(れい)(じょ)(てい)の異能は、それと同じ理屈の元に成り立っているのだと、姿()()()()は語っていた。

 

 「何か対抗策は?」

 

 女帝の攻撃を上手く躱し、弾いて、薙ぎ払いながら、コハクは()に問う。

 そこに、(いち)()の光明を期待して。

 

 「愚問だな。卿の星辰光(それ)で、()()と全く同じ事を実行すれば良い」

 「なッ──」

 

 思わず、コハクは息を()んだ。

 その間隙を狙う氷杭の嵐は、姿()()()()による剣捌きにより防がれ、次の刹那には我に帰って彼は再び追走を再開する。

 ()が口にしたのは、コハクが本能的に避けている事柄だった。

 

 「驚くほどでもあるまい。卿の星辰光(アステリズム)()()()()()()だ。違うかな?」

 「んなわけあるかッ」

 

 問いを否定しつつ、襲い来る氷弾氷柱を器用に躱す。

 まるで、猫のような回避方法は生来の勘によるものだ。その手の才は有していないものの、生き残ると意味の才は他の(つい)(ずい)を許さない。

 

 「解決策があるのなら、あんたがやれば良いだろ。俺達が使う星辰光(アステリズム)の本質を考えての助言なら、それこそあんたの方が向いているはずだ」

 「さてな、接近までならば活路を開くことは可能だが、刃圏に捉えるとなると話は別だよ。必中の間合いをわざわざ(さら)すような相手ではあるまい。

 それに──私独りでは、たとえ攻撃が当たろうと、卿の神機がアレに耐えられんよ。斬り掛かっておいて、武器が壊されたでは話にならん」

 

 確かに、()の言う通り。

 斬れば凍る、女帝の恐ろしさは守備面にまで及んでいた。

 

 絶対零度に等しい凍気を、()()()()(まと)っているのだ。接近するという行為自体が自殺行為に繋がるのは、語るまでもない事実である。

 しかも、その凍結は人体の表面だけではない。

 全てを凍らせる極低音は肺の中まで及び、それで動きが少しでも(にぶ)れば四方に散りばめられた氷華によって串刺しにされるのだ。

 

 のみならず、それだけでは終わらない。

 軽い攻撃を当てた所で、姿()()()()の言う通り、神機が末端ごと凍結させられるだろう。今まで無事だったのは、剣と女帝の攻撃が擦過するのが本の一瞬の出来事だったから。

 そして今は、己の勘と()の技巧を駆使する事で、どうにか相手の攻撃を避けているものの、()(かん)せん有効な攻撃手段が見いだせずに、攻め(あぐ)ねいている。

 端的に言って、手詰まりだ。まともに取り合わないことくらいしか生き残る術がない。

 その中で選ぶべきなのは、恐らく逃げの一手であり、一旦この場を退き、対抗策を考えるのだが──

 

 「そうも、言ってられねえのがな······」

 

 何故、コハクが女帝と対面出来ているかと言うと、それは(ひとえ)に彼女が支配する氷結庭園に由来する。

 支配領域が広いことにより、獲物を狙う他の(アラ)(ガミ)が襲撃した所で氷の庭園が彼らを阻み、命を奪う。

 “逃亡”を選ぼうにも、現在進行形で街区に侵入した荒神が庭園に侵入して来ている為、彼らを(しの)ぎつつ女帝から逃げ切るなど、まず不可能だ。

 

 かと言って、潔く“敗北”を受け入れる事も出来ない。

 つまる所、結局は()()()()()()のだ。生き残ると、せめて安寧の眠りにつかせてやりたいと言いながら、願いながら、殺して奪って進み続ける事で“勝利”と言う名の生存を手にする。

 そんな、ろくでなしになるしか道はない。

 さして賢くもない頭を高速回転させ、光明を見出そうとしていた時、ふと声が問い掛けてくる。

 

 「なってしまえば良いだろう。その、ろくでなしとやらに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 良いかね、何事も危険(リスク)が伴うのは当然の摂理だ。無論、それにより何かを傷付けてしまう事があるだろう。

 ならば、全ての危険(リスク)を恐れ、立ち止まるか? 何かを傷付けることを恐れ、己の望みを捨てるか?

 これは私の持論だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。己が進むべき道ぐらい、その心で決めてみたらどうかな?」

 

 結局の所、大切なのは自分の心で決めなくてはならない。

 何を信じるのか、どのような道を進むのかも皆全て、自分の心が知っている。もし、その心を信じずに、大切なものを選べなければ、また同じ後悔をするのだ。

 

 自分には心底から"やりたい"と決めたことがある。

 なら、成すべきことなど唯一つ。こんな所で迷っている場合ではない。

 もう二度と、同じ後悔はしたくないのだ。あんな思いはもう嫌だから、さあ──

 

 「いいぜ、なってやるよ」

 

 敵は不沈で、味方は即席。状況は全く見通せない。倒せたとしても、他に荒神が居ることも念頭におけば、かなり高レートな博打であるのは明白である。

 ならば、これを今から正面から押し通るのみ。たとえそれが、大概英雄(バカ)のすることだとしても、関係ない。

 

 何故ならば──

 

 「恥じるな。悔いるな。■■■■───」

 

 もはや、この手に正誤の秤など無いのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 決意と同時に、解放されるはコハクの持つ高い感応性。

 (つむ)がれた言葉は、本来の意味合いとは真逆の意味で紡がれたため、最後の言葉はもはや意味を理解する事が出来ないほど原型を留めていない。

 それは一種の自己暗示であり、自分の心へ捧げられる新たな形をした()(けい)である。

 

 (えん)()(どう)(こく)。絶望。嘆き。苦痛。怒り──それら一切の負の連鎖を包み込み、断ち切るものが星の異能(アステリズム)となって完全に姿を(あらわ)れる。

 鼓動はどこまでも加速して、(くろ)(がね)の刃が碧白い光に完全に包まれた。

 

 破壊の神威たる黄金の光と、(かい)(びゃく)の象徴たる紅蓮の光さえ包み込み、(おの)が力と()()()()()()()のだとしたら、コハクを()()()()とは即ち、()()()()()()()()()()()に他ならない。

 己の身など(かえり)みず、星の輝きを高めていく。

 心肺機能が限界を超えて加速。止まらぬ血流により全身が発熱を帯びて、まるで溶鉱炉に投げ込まれた鋼の気分だ。

 

 そして──

 

 「超新星(Meta lnova)──

 銀魄包む(Victim)星火たれ《Gimle》、黄金冠せし天駆翔(Atymnios)ッ」

 

 不利な状況からの形勢逆転を目指し、蒼の(アラ)(ガミ)を黄泉に誘うべく、疾走を開始した。

 

 

 

 

 

*1
刀の届く間合いのこと




 他のアラガミが割り込んで来ない理由。
 序章の舞台設定が、『GOD EATER プロモーションアニメ』の5年前に位置するから。

 凄いですよ、このアニメ。
 ゲームのアーカイブで見た時、初陣のソーマと入隊四年目なリンドウさんが、ボルグやサリエルなどの大型アラガミを一撃で撃破。
 挙句、オラクル細胞を塗布しただけの弾丸でザイゴードを討伐する、かなりトンチキな軍人さんまでいる。
 それを考慮すると、原作本編より弱くせざるを得なくなったのが原因です。

※余談※

 実は、この『プロモーションアニメ』で核融合炉が爆発するんだけど
 ツバキさんもリンドウさんもソーマも、爆心地の目と鼻の先にいたのに、何故か無傷でピンピンしてるんだが?
 支部長曰く、一人一人の戦力は一個大隊に相当するとか。

 つまり『Dies irae』で言うと、ツバキ&リンドウ&ソーマの強さは、大隊長三騎士クラスということに
 いや、強すぎひんか?
 だってこいつら、原作だと異能も渇望もクソもない。ただオラクル細胞ぶち込まれただけの人間なんだぜ?
(若干一名、GEオリジナルだけど)

 で、それに平然とついていける1主たちへぇ。
 特に1主なんて、某サイトで「人類の天敵の天敵」なんてわけわかめなタグ付いてるし。
 第一部隊の一般人代表であるコウタとアリサも、言うてアッシュ君とかと良い勝負してるし。
 何ならロミオ先輩の方が人間臭いし。

 これらを考慮して、格付けすると。
 大隊長三騎士=リンドウ、ソーマ、ツバキ、1主。
 コウタとアリサは、ベア子と万年失恋吸血鬼辺りか?
 アリサは一度、(けい)ちゃんとかルサルカ辺りにまで落ちそうだが、結局最後はベア子辺りで落ち着きそうだ。
(※原作GEのままの評価)

 こりゃ、第一部隊全体を指して化け物クラスと言われるのも頷けるわ。ぶっちゃけ、『神座シリーズ』にいてもおかしくない強さ持ってやがる。
 しかも神機って、冷静に考えたら特級の聖遺物では?
 討伐対象が討伐対象だし、魂の質とか量とか普通にヤバそう……(小並感)



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Prologue #08




 瞬間、(ひょう)(れい)(じょ)(てい)は感知する。

 (おのれ)が疾走する背後から、突如として巨大な感応現象が発生した。

 

 先程までとは、まるで比べ物にならない。

 それは、星辰奏者(エスペラント)神機奏者(ゴッドイーター)如きでは起こし得ない規模の光輝であり、例えるなら()()()()()()()()()()()()が衝突した規模にまで匹敵する。

 しかも、何故かエネルギーの発生と同調して、自身を追跡し続ける背後の少年がいる場所からも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う異常事態。

 その熱量。その()(さい)(たが)わず女帝は得心した。背後にいる人間は、かつての吟遊詩人さながらに、黄泉へ向けて(うた)を奏で始めたのだと。

 

 すなわち──

 

 「まだ来るか──」

 

 苛立ちと共に、女帝は大量の氷杭弾雨を射出する。

 それらを(すべ)て斬り裂きながら、己へと迫るコハクの姿。

 黄金と(くろ)(がね)から成る(こしら)えの長剣は、彼の星辰光(アステリズム)を象徴する(あお)(じろ)い光に包まれ、もはや黒刃から銀刃と化している。

 それを手に疾走する姿は、死出の旅路へと(いざな)う案内人と言うよりも、さながら地上を彷徨(さまよ)う霊魂を保護して黄泉に導く羊飼いだ。

 

 女帝は、思わず(した)(つづみ)*1を鳴らした。こうも付き(まと)われるとは、忌々しい。

 

 「どうやら、死に急ぐのが趣味みたいね人間(ヒューマー)。ならば、良いだろう。私自らの手で、貴様を(よも)()()()(さか)へと叩き落としてくれるわ。

 その栄誉、感涙に(むせ)びながら、受け取りなさい」

 

 宣言と同時、ここに至り初めて女帝の意識がコハクに集中する。

 相対しているだけで発狂しかねない極大の殺意──それは、今までの様な片手間ではない。排すべき相手だと定めたがゆえのものだった。

 

 周囲の氷結速度が更に加速していく。街が凍り、大気が凍る。まるで、氷河期の如き世界へと塗り替えられていく。

 創成にも等しい莫大な星が満ちてゆき──刹那。

 

 「············ッ」

 

 空間の四方から発生する氷杭。それが一気にコハクへと襲い()かる。

 (かわ)すことなど不可能な万の砲撃は、しかし。

 

 「······、ふ──ッ」

 

 当たらない。斬り裂かれ、いなされ、(かわ)され、対応される······それこそ何かの(かい)(ぎゃく)*2みたいな()()()()()()少年は、(おの)が異能を手探りながらも行使していく。

 何より、素粒子そのものの流れを感じ取れるのが大きい。

 元から備えていた素養か、或いは未覚醒の潜在能力か。どちらにせよ、今のコハクが有する星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)との感応性は他の(つい)(ずい)を許さぬ域にあり、ゆえ事前に射手の挙動予測が可能となる。

 

 「ふむ、どうやら口先だけではないということか。先程までの貴様であれば、即殺するつもりで放ったのだが、しかし······」

 

 女帝は余裕の態度を崩さぬまま、(いぶか)しげに目を(すが)めた。

 コハクに対する一定の評価も、あくまで高みから見下ろしたが故の言葉を下す。

 

 「高い感応性を利用し、素粒子そのものの運動に干渉を行い、こちらの星光、その素粒子が司る核エネルギーを破壊し、己の星光として()()()するだと······なんだそれは? そんなものは──」

 

 ある訳ないと言い掛けて、ハッと息を()むように女帝はある答えに辿り着く。

 素粒子を媒質に他の素粒子に干渉。光速を突破して行われる偏極現象。碧白い光に包み込まれた、黄金の光と深紅の光(原子核反応)──以上の特徴と一致する現象が、かつて旧西暦時代に()()()()観測されたことを女帝は思い出す。

 原理こそ解明されたものの、その現象を物理的に実現化することは出来ず、旧西暦時代のエネルギー問題と共に研究開発が中止された科学者達の()()の結晶であり、現実世界に実在する現象だ。

 

 それを思い出した女帝は、コハクが操る星光に納得の声を上げる。

 

 「()()()による()()()()()()()か······なるほど、あながち曲芸とも言い(がた)い」

 

 未知との遭遇に困惑するのも、むべなるかな。()()()と呼ばれる現象自体、実在はしても実現が出来なかった夢と現の境界線(グレーゾーン)に存在するモノ。

 だが、フランスの小説家であるジュール・ヴェルヌ曰く、人間が想像できることは、人間が必ず実現させるという言葉通り、科学の世界に()いて“理論的に存在・実現化できるかもしれない”は“絶対に存在・実現化が可能である”と同義語である。

 ましてやそれが、星辰光(アステリズム)という広い宇宙空間の()()かに存在する異星環境の法則ともなれば、()もあらん。旧西暦時代に実現不可能だった()()()()()という技術は、異能という形で実現化されても何ら()()しくは無かった。

 

 流星の如きコハクの進撃は、(とう)(てき)された槍の如し。一筋の閃光となりて、剣林弾雨を貫いていく。

 物理的な氷弾だけではなく、発生する星光の粒子に感応し無形の現象さえも消滅させ、己の星光として再利用していくのだ。

 

 その様を、女帝はあくまで愉快そうに(へい)(げい)し──

 

 「では、威力の強大さは?」

 

 ならばとばかりに、コハクの頭上へ巨大な氷塊を創造し落下させる。

 その規模は隕石にも等しく、発生を確認して避けられるようなものではない。言わば、巨人の一撃で小人を叩き潰す(てっ)(つい)のようなものだった。

 

 だが、それも──

 巨象に(あり)が踏み潰される刹那、アストラル粒子とオラクル細胞を構成する原子核振動を活発・集束した長剣を正面から振り下ろして切断・消滅させる。

 物質を構成する原子そのものを、別の原子に()()させる性質を持つ異能の持ち味──現在の出力自体が姿()()()()の出力も加算されている為、ゆえに効果も()(よう)に至る。

 

 「ほぉ、これを防げるのか。ならば尚更、貴様の存在を放置する訳にもいくまい。居住区(ここ)にいる時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 あの()(かた)が苦肉に苦肉を重ね、完遂しようとしている大事な()()······それを水に流すような不穏分子は、やはり消えるしかあるまいよ」

 「ッ、ぐぁッ······!」

 

 宣告と同時、コハクの足元から発生した鋭利な樹氷がその身体を貫いた。

 一切の予備動作なく、加えて此処まで見せたこともない()(きゃく)の攻撃に、ここまで()がりなりにも渡り合って来た彼でも(かわ)せない。

 氷結し銀世界と化した足下を、鮮血が紅く染め上げていく。

 限界まで己の運動性能を高めようと、行動に連続していた攻防を行うには、五体満足である事が必須の前提条件。ゆえ、こうして(あし)を止められれば、必然的にコハクは無力と化す。

 

 「なるほど、範囲攻撃に対する()()()()()か。数が増えた際の対応も遅い。つまり、総じて物量差による小技に弱い。

 (しょ)(せん)は劣等種、星光を操る(アラ)(ガミ)たる()()には()せる筈もなし、か」

 「さっきからペラペラ······マウントばっか取ってんじゃねえぜ······おい」

 

 発動値(ドライブ)状態にあるコハク固有の能力を、まるで(ちく)(いち)検証するかのような女帝の物言いに、コハクは(うっ)(とう)しげに吐き捨てる。

 お前の勝手な解釈を押し付けるなと、凍結しながら(はん)(ぱく)した。

 

 「ふん、好きに言うが良い。何故なら──」

 

 (うす)(わら)う言葉と共に、青く煌めく(ひょう)(れい)(じょ)(てい)。ただ(しゅく)(しゅく)と、周囲に今までの数倍の数の氷杭を発生させていく。

 まるで、愚かな罪人を天に(いざな)う女神のように、マントを広げて死を宣誓する。

 

 「貴様は此処で、望み通りに、数で圧殺するからだ」

 「マジかぁ······ッ、────」

 

 苦笑と共に諦めの言葉を吐いたと思われた刹那、旧暦の遺物である燃料加速装置(ロケットブースター)の原理を再現し、噴出した星で更なる反動加速を得ることで脚の拘束を粉砕。放たれた死氷が触れる寸前で、なんとか迎撃に成功する。

 触れれば(ただ)ではすまないとは言え、身体の動きに先程までのキレはなくなっていた。

 

 逃げ惑えないがゆえの必死、脚を止めての斬撃で辛うじて魔弾を撃ち落とし、(かす)かとなった自らの命を繋ぐ。

 生きる、(たお)す、それを両立させようと足掻き惑うが、しかし。

 

 「な、ッ────」

 

 まさに王手と言わんばかりの氷結が──コハクの足元を(ぎょう)()させ、その場に固く()い付ける。

 今までのような刺し貫くのとは違い、血肉そのものを停止にかけてきた。

 

 機動性を有してさえすれば、()められる能力ではなかっただろうが、しかし負傷による刹那の(にぶ)りが彼を致命の状況へと追い込む。

 再現した炎翼加速さえ凍結し、完全に自由を奪われた状態は、一瞬で()()の糸に()かった哀れな羽虫だ。こうなってしまえば、もはや捕食されるのを待つばかり、女帝は(あざけ)りながらそれを静かに(なが)めていた。

 

 「全てにおいて格上である私を迎え撃ち、その上で更に隙を生み出して、どうにかしようと目論んだか? 馬鹿馬鹿しい。そのような(ばん)(ゆう)、勇気と呼ぶに値しない。

 弱きは強きに敵わない。水は上から下へと落ちる。意志の力? ああ、それで? 少々心を決めた程度で方程式が狂うなら、そちらの方が問題だろう。自然界の道理が狂う。

 お前と私は、その時点でもはや勝負は決まっている」

 

 鹿は獅子を殺さない。(ちょう)は蜘蛛を捕食しない。極論、女帝の語る言葉はそういうことだ。そしてそれは、とても正しい。

 神機奏者(ゴッドイーター)の限界を超えねばならないという時点で、無茶に頼っているということ。自然な成り行きに反する(ばく)()、その時点で既に勝利への道筋は破綻していると女帝は語る。

 

 「邪道は邪道にしかなれん。卑小な己を恥じなさい、人間(ヒューマー)

 

 (ろう)(ろう)(うた)い上げるそれはどこか高貴で、まるで舞台劇(オペラ)の調べのようだ。杖の折られた羊飼いは()()な思いで聞いているのか。

 絶望、自棄、そのような感情に落とされても何も不思議ではない現状にて。

 しかし──

 

 「ふ、ふふ······」

 

 刹那、弾けるような(こう)(しょう)

 先程までの()(だる)く、口をへの字に曲げていた少年からは想像もつかない笑みを口元に浮かべる。

 その微か一瞬、赤く染まった月光が碧の瞳を黄金に染めたような気がした。

 

 「──ああ、悪ぃ。急にあんたが()()()()()見えちまったから、思わず笑っちまったぜ」

 

 瀕死とも呼べる状況を前にして、コハクは笑う。

 表情は愛おしいモノを慈しむような色を宿し、まるで()でるかのように女帝を見据えていた。

 死刑を待つだけである筈の存在が、まるで高みから群衆を愛でるような、その表情。激しく矛盾しているものの、目はまだ光を失っていない。

 何一つ(くも)る事も(かげ)ることも無く、純粋で澄んだ瞳のまま、彼は盛大に無垢な(こう)(しょう)を氷結庭園に響かせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「ああ、勘違いすんなよ。別に、あんたの事を馬鹿にしてる訳じゃないぜ。ただ、誤解してただけさ。まるで悪魔か死神だってな······。

 それがどうだ、(ふた)を開けてみりゃ実に()()()もんじゃねえか。そうだな、とても自然だぜ。お前は強者で、だから最後に必ず勝つ」

 

 そして実際、そうなっている。

 弱者たるコハクを相手取り、力を見せつけて理路整然と勝利の芽を潰し、諦めない意識を追い込みながら刈り取ろうとした。それはもう、楽しそうに。

 それは自然なことだ。当たり前のことだ。何も()()しな行動ではない。

 よって、つまるところ──

 

 「お前さ、実はそんなに大した奴じゃねえんだろ?」

 

 そして、言葉を()いて出た言葉に大気が()てつく。

 目に映るもの全てが氷結してしまいそうな、極寒の怒りが張り詰めていた。

 

 それはまさに(げき)(りん)である。静かに、しかし膨張寸前の激情を女帝が宿す中、一切の空気を(しん)(しゃく)することなく羊飼いは語る。

 

 「ああ、そうさ。あんたの言ってる事は正しい。当たり前で、凄く“普通”なことだ。少なくとも、その心においては。怪物は自分の力を誇ったりしない。それを当然のように手段の一つとして使うのさ。だけど、お前はどうだ? 存在理由そのものにすら俺には見えるぜ」

 

 強いから自分は上等で、強いから選ばれし存在だ。

 強いから自分は特別で、強いから劣等だと(さげす)む。

 強いから自分は優勢で、強いから別格な力を誇る。

 強いから、強いから、強いから······。

 つまるところ、暴力に寄り掛かることで自己を構成しているのだ。力を頼りに見せつけている。それはとても当たり前な方程式。

 獅子を食い殺す鹿ではないから、蜘蛛を捕食する蝶ではないから──狂ってないから怖くない。

 

 「だから、神様に頭下げて、()()()()()な神通力でも(もら)って、そんな自分は強くて凄いんだって見せつけられんだよ。不条理な存在が、そのおかしさを恵んで貰うなんざ笑い話にもならねえがな」

 

 言い放った刹那、女帝の力が一瞬で集束した。主の意を反映して凍結の深度を深めていく。

 それを見て、ふと笑顔が消えて──

 

 「おめでとさん。これであんたも俺と同じく凡人······光にも闇にも、ましてや理想の灰色にもなれない()()()だ。

 そして、そんな姿に成り果てでまで特別であろうとしたあんたに、一つ真理ってもんを教えてやるよ。人の情熱は、時に世界の(ことわり)さえ乗り越えちまうんだぜ。

 だからあんたは、そんな奴らにすら決して勝てやしない。どんなに叩かれてもへこたれても、道を踏み外しても、倒れそうになっても、綺麗事だって分かってても、何度でも立ち向かう。周りの連中が立ち上がらせてくれる。そんな人間に、当たり前のように戦って、当たり前に敗北すんのさ」

 「黙れよ、貴様ァッ────!」

 

 決定的な言葉を口にした瞬間、最悪の絶対零度が空間へと吹き荒れる。

 コハクを一瞬で氷の(ひつぎ)へ飲み込みかねない、死の(ほう)(よう)。熱を奪い去るそれは、主の怒りを反映し、苦痛と共にその命運を断ちに掛かった。

 

 ······今まさに凍てつきつつある、彼の描いた思惑通りに。

 

 「今だッ、やれッ!」

 「了解した──さあ、再び羽ばたくが良い。煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)最大出力(フルバースト)ッ」

 

 機が満ちたことを確認した姿()()()()が、号令と共に炎翼加速を最大限に引き出した。

 元より、コハクが使用する煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)は先達の天駆翔(ハイペリオン)とは異なり、その燃料源は己の感情ではない。

 即ち、感応性による星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)という形で再現したに過ぎず、ゆえにその出力は変幻自在。最大出力で発揮した炎翼加速により、その衝撃で炎翼加速と足下の縛であった氷の高速を粉砕する。

 それは正しく、単純な光熱だけではない。内側から発生する衝撃と、他者の力を己の星光として取り込む性質が生み出した神業だった。

 

 身体は全くの無事であり、自分でも理解し切れていない星光の本質を他人である()()()が熟知している事実と、それを理解した上で合わせられる技巧にコハクは思わず舌を巻くが、今はそれを胸の内へ留めて疾走を再開する。

 姿()()()()が再現した炎翼加速の助けを受け、一気に女帝の(ふところ)(もぐ)り込んだ。

 踏み込むコハクと、一歩引いてしまった女帝。

 我が身を()(えさ)にした策により、この一瞬を(もっ)て、女帝の力を瞬間的ながら捉えたのだ。

 

 そして──牧童師(ウーティス)の有する唯一にして最大の切り札、警戒するにも値しなかったはずのそれが、今まさに死の恐怖を携えて女帝の眼前へと具現する。

 寒々しいまでの冴えと共に、自らの首元へ迫る刃。その必殺性は確かであり、此方(こちら)が圧倒していたものの関係ないと断ち切るべく、光り輝いている。

 そう、相手を殺すのに圧倒も(じゅう)(りん)も必要ない。

 ただ一点、斬首さえ成せば全てはそれで済むのだから。

 

 事ここに至り、待っているのは死であるからか、女帝は半ば呆然としていた。

 戦場で見せるとも思えない表情──しかしそれは焦りではなく、一杯喰わされたことに対してという訳でもない。

 死の危険が迫っているから? ああ、それでもなく。

 徐々に徐々に、己へと肉迫してくる少年の姿。

 疾走することで風に(なび)く髪は黄金。

 真っ直ぐと相手と向き合うように見据えられる瞳は、(メタル)(ブルー)を思わせる(あお)

 何よりも女帝は、若き頃の英雄を目撃したことがあった。

 

 ゆえに──

 

 「──()()()()()()()

 

 英雄と、目前の羊飼い······後者は若干、タレ目がちではあるものの、そこはかとなく似ている二人の面影を、思わず重ねて見たことが彼女の意識を凍らせた。

 真っ直ぐと相手を見据える瞳。()めた目線。勝利することに全能力を傾け、自然の道理を(くつがえ)す異常な生命。どう考えても敗北するはずが、その“運命”に牙を()く訳の分からない何者か·····

 

 その既視感に、ああ、なるほどなと独りごちて。

 

 「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 次の刹那、憤怒の激情が女帝の内から燃え立った。

 

 

 

 

*1
不満げに舌を鳴らすこと。舌打ち。

*2
こっけいみのある気のきいた言葉。しゃれや冗談。ユーモアの意。




 若き頃のヴァルゼライド閣下とは、六時さんが描いた、まだ星辰奏者(エスペラント)でもない頃を参考にしました。あれ、公式なの? アニメイト特典ドラマCDがどこ探してもないので分かりません

 というのも、うちの子であるコハク君のヘアースタイルが、無印&BURSTではスタイル11。リザレクではスタイル5でして。
 これを絵に描くとき、割とヘリオスの髪型が参考になるんですよ。で、試しに類似画像を検索したら六時さんの絵がヒット。
 そこから思いついたネタです。

 あれだけ憎悪してりゃ、女帝ことウラヌスことカナエ殿なら、若かりし頃の閣下を覚えているのでは? という考察の元、本編のような表現が産まれました。
 では、またの次回| ・∇・)ノシ♪

 オゾンより上でも問題なーい♪
 (仲間との絆&クリアマインドの境地でor気合と根性で)



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Prologue #09




 「嘘だろ······っ」

 『────馬鹿な』

 

 冷酷な女神像の顔を持つ(アラ)(ガミ)の口から(つむ)がれる()()()()詠唱(ランゲージ)に、コハクと()()()()は声を(そろ)えて絶句した。

 コハクの第六感が予見し、()()の思考に()ぎった()()()()()()が、()()に具現を果たす。

 

 「散りばめられた星々は、銀河を彩る天の河。(きょ)()へ煌めく威光を(まと)い、()(びゅう)*1()()を従えよう。

 ならばこそ、大地の(けが)れが目に余るのだ。(しゅう)(かい)*2国津の民よ。(せん)(ろう)*3たるその姿、生きているのも苦痛であろう。

 (さん)(らん)*4な我が身に比べ、憐れでならぬ。直視に()えん」

 

 地の底から響くようなその詠唱(ランゲージ)に、コハクの背筋へ怖気が走る。

 それは無論のこと怯えなどという感情ではない。覚悟を決めた今、戦場で向けられる殺気に()(しゅく)するなど、()(こっ)(ちょう)

 ましてや必殺の局面、この刃を振り上げるだけで勝利が確定するという絶好機である。

 しかし──しかし。

 そんな理性よりも更に深奥に存在する生物としての本能······それを根底から凍らせるかの如き呪詛の響きに、コハクは思わず反応してしまった。

 

 引き金となった感情は明確、憤怒。

 己の存在意義と定めし宿業、その激情こそが、彼女を本領に近づけている。

 即ち、(ひょう)(れい)(じょ)(てい)の深意に宿る本能とは、人間そのものに対する憎悪に他ならなかった。

 

 弱く、無能で、醜怪である──ゆえに存在を許さない。

 宇宙を着こなす天空神は、地上に(うごめ)()()こそを尊大に()(べつ)する。

 

 「ゆえに、奈落へ追放しよう──雨の恵みは()てついた。

 巡れ、昼光の女神。巡れ、闇夜の女王。(らん)(まん)*5と、咲き誇れよ結晶華。これぞ天上楽土なり」

 

 死の宣告は女帝なりの慈悲なのだろう。生命を氷結させ、華と化せば、せめて美しく散華するはずだから。

 全宇宙を統べる天こそ絶対。

 神を彩り煌めく銀河、その星屑の一欠片となれ。

 

 「超新生(Metal nova)──

 美醜の憂鬱(Glacial)気紛れなるは天空神(Period)ッ」

 

 惑星規模の超新星爆発──刹那、天王星が弾け飛ぶ。

 かつて、欧州で猛威を(ふる)った星辰奏者(エスペラント)の上位互換たる人造惑星(プラネテス)が、今度は神機奏者(ゴッドイーター)の上位互換と言う最悪の形で復活を果たした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「──()ね」

 

 短く、されど絶大な殺意を宿した一言が世界を変える。

 地面から一気に乱立する樹氷の大森林。まるで、空間そのものが悲鳴を上げているかのように絶頂しながら、()てついていく。

 

 「く、っ······!」

 

 必殺の一撃はそれに阻まれ、避ける、(かわ)す──何としても生き延びようと反転した。さもなくば、氷河期に包まれてしまう。

 禍々しく星光を吐き散らす女帝は、その様を静かに(なが)めている。

 明確な、(いま)(まで)とは比較にならない憎悪と共に、此方(こちら)を見定めていた。

 

 「地を()()(せん)(やから)が、穢れた血筋の奇形が、()めた口を()いてくれる。

 前世(かつて)どころか、この転生後(いま)でさえ、貴様のような輩が何故······私の前に現れるのか。

 呪わしいが、一つだけ感謝はしてやろう。貴様は私に、原初の衝動と前世(カコ)(くつ)(じょく)を思い出させてくれたのだから」

 

 それは底冷えする静かな口調。怒りこそ感じられるものの、判断力を奪う類の激情に(あら)ず。

 伝わって来るのは、ただ眼前の相手の命を奪うという単純な殺意と憎悪。そこに揺らぎは()(じん)も存在せず、即ち先刻までコハクの突いていた弱点がもはや存在していないことを意味している。

 漆黒に塗り潰された憎しみを(もっ)て、かつてウラヌスと呼ばれた魔星は、氷麗女帝(バルファ・マータ)という(アラ)(ガミ)と新生するのだ。

 

 マントを広げ、星と神の粒子を渦巻く様は極刑の通達。

 羊飼いの頭上に巨大な氷塊を創造する──その規模は、先程までの優に十倍。

 

 『ふむ······、これはいかんな』

 「んなこと言ってる場合かよッ!」

 

 他人事のように(つぶや)く声に反論しながら、限界まで星光を装填(チャージ)した剣身で斬撃を放つ。

 避けた所で()(じき)となる確率が高く、ならば死中に活を見出す──と。

 

 「──ッ!?」

 

 そう、思考して氷塊を斬り裂いた刹那、四方八方から伸びる氷柱。抵抗する島もなく、その人体は斬られ、刺され、抉られ、破壊されていく。

 近付くだけでも体温を一瞬で奪い、細胞を端から壊死させる鋭利な棘と花弁嵐を前に、もはや()す術など存在しない。()(けん)に捉えていたはうの姿が、恐るべき速度で離れていくのが見えた。

 

 「大小の差はあれ、貴様は()()と同じものを持っている。ならばこそ、やはり貴様の存在は見過ごしてはならんと理解した。

 不条理など必要ない。劣等はそれらしく、()り潰されていればいい」

 「──よく···、言うぜ······。自分から···──、神様に、頭下げて······、その···──ッ──······、不条理の塊に···なった······くせに···」

 「────」

 

 指摘した瞬間、次に放たれたのは連撃。大地を(おお)い尽くし、全方位から迫り来る絶対零度の樹海が、先程よりも圧倒的物量差を伴った剣林玉雨が降り注ぐ。

 それを、コハクは矢継ぎ早に乱撃を放つことで、氷の木々を次々に切断していくものの······しかし、それは焼石に水を浴びせるような行為だ。

 対処法としては下策中の下策であり、それを証明するかのように結晶華は ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 断ち切った枝葉が中空で新たに発芽した氷華に脇腹を穿(うが)たれ、粉砕したはずの破片が巻き戻るように再結集した氷枝に(ほお)を斬り裂かれた。

 

 二つの星光の火力なら完全に蒸発させることも可能だが、軽々に連発すれば直ぐに()()()へと至るだろう。五月雨(さみだれ)の如く飛来する氷撃すべてに対応すれば、別の意味で自滅は免れない。

 拡散性と維持性に優れるため、広範囲に長時間の展開を可能とし、更に掲げる星光は氷や凍結という普遍的な現象だ。さらに干渉性も低いという訳ではなく、ならばこそ彼女の攻撃は決して一度では終わらない。

 斬られ、砕かれた瞬間にその残滓へと再干渉──さながら、破片を樹氷の種子と見立てる事で再び力を行使する。

 最低でも一撃から三手、四手は派生しながら続行するのは当たり前。七手で終わればまだ良い方だ。酷い時は十数回、砕いたはずの氷柱が棘となり枝となり砲弾となり活性化して、執念深くコハクへ牙を()く。

 そして、それを躱せば刺さった大地が凍土と化して女帝の領土に早変わり。ならばと刃で断ち切れば、攻撃の基点として数を増やし再起動する訳で······

 

 結果、戦えば戦うほど女帝の支配領域が拡大し、逃げ場ばかりが覆われていく。

 武装を握る腕は攻撃を防ぎ続けた事により、凍傷を負ってしまった。コハクがこの攻撃の嵐を真の意味で打ち破るには、文字通りこの一帯を焦土に変える意外にない。

 (もち)(ろん)それは可能だが、力が根こそぎ尽きるに加え、決定的な隙を(さら)すことになる。

 そして、その(かん)(げき)を女帝は決して見逃しはしないだろう。

 少しづつ、そして確実に追い詰められていくコハク。

 人間と魔星──両者に横たわる残酷な(けん)(ざい)(のう)(りょく)が、時と共に無慈悲な現実を如実に形成しつつあった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 蒼の星辰光(アステリズム)が煌めき、氷弾が襲い来る。着弾した次の刹那には、氷華が周囲一体を丸呑みする勢いで爆発的に広がった。

 それが何度も、何度も何度も連続するという絶望の光景。

 死以外の可能性など微塵も想定できない状況で、それでもなお立ち上がろうと、足掻き続ける。

 

 「っ、あァァッ──く、ッ!」

 

 四方八方からの攻撃が放たれる度、その身は(なぶ)られるように傷を切り刻まれながら、それでも女帝から目を逸らさない。

 奥歯を噛み締め、半ば一方的に嬲られているような状況下にも関わらずに、ただ真っ直ぐと。

 それは、愛おしい“過去”があるからこそ、大切な少女と共に想いを()せた“未来”を目指し、“()()”この時を生きて行く者として当たり前の行動だ。よって、コハクは今もこうして生と死の境界線へと立ちながら、破格の魔星と(たい)()する。

 先ほど女帝の知らない所で発言した通り、どうか些細な幸せを積み上げていく普通の生活に戻りたいことを願いながら。

 近視眼的な動機で道を歩もうとするそれは、かつての死闘に()()()()()()()()()とも面影が重なって見えたから──

 

 「貴様は、ああ、どこまで──!」

 

 それが、その在り方が、女帝には(たま)らなく(かん)に障って仕方ない。

 ああ、この子供は、何と巧みに自分を苛立たせるのだろうか。

 相対する敵種の瞳は己を確かに映していること。まるで何もかも見透かされるような瞳に、彼女の憎悪が(うな)りを上げる。

 視線はこちらを捉えているし、一挙一動を(つぶさ)*6に観察しており、そこに実体が伴う分、更に輪をかけて苛立ちを感じるのだ。

 

 未来しか見据えている訳でも、過去を愛するがゆえに侮蔑している訳でもない。

 神宿コハクが向き合っているのは、()()この時である。

 まずは目先。そこにある小さな問題と一つずつ向き合い片付けて、些細な幸福や結果を積み上げて歩むからこそ、対比としてどうしても()()へと至る前段階の障害は、必然的に比重が重くなってしまう。

 しかも、この度相手取るのは、かつて()()()()()()()()に裁かれた荒神(おんな)だった。

 

 三生に渡り虚栄と怨嗟に支配された女帝にとっては、内心での評価が下されていない分、真っ直ぐと見据えてくるコハクの視線に耐えられない。

 ()()()()()()が問いかけてくる。何か成長したのか、と。

 ()()()()()()(わら)いながら(たず)ねてくる。無事に小物から卒業出来たのか、と。

 出なくば、やはり貴様の魂は根底から腐っていたことになるぞと、言われている気分に襲われる。

 先天的な才の優劣、(アラ)(ガミ)という上位存在への転生······そこだけでもコハクが目を逸らさない理由としては充分であり、警戒するのも当然だ。

 若さゆえに、人の情熱は時に世界の(ことわり)を超える、などと青臭い理想論を彼は口にしたが、それは意外と的を射ている。

 なぜなら、女帝は個の情熱が世界の不条理を超える様を三度に渡り目撃した。彼ら彼女らの奇跡は、本質的に本質的に想いの強さがあったからこそ成し得たものだと、彼女は知っているはずなのに。

 

 「()()()は、いつまで私を()()にするつもりなのか。しかもそれに()()らず、そんな下らぬ理由で()()()()の意志に逆らうなどと······ッ」

 

 それでも、女帝は英雄や逆襲の担い手、調停者や探索者の信奉する()()理屈に激しい怒りを抱く。

 許すことも認めることも到底できない。

 情熱(こころ)存在(ちすじ)を上回るなど、認める道理がどこにあろう。

 

 「心一つで何でも出来る? 愛する者がいれば、不可能なことも成し遂げられる? 相も変わらず馬鹿げた理屈だ······(むし)()が走る。

 相手の貴賤も考慮に入れず噛み付き続ける狂犬め。掃き溜めから産まれた(ゴミ)が、雑多な血筋の分際で──」

 

 前世(カコ)に受けた屈辱、絶望、憎悪に怨嗟。

 死後に見せられた恥辱、敗北、嫌悪に殺意。

 (ふっ)(とう)する負の情念が()(せん)を描き、今世(いま)と絡みついて······

 

 「貴種(アマツ)を、■■■を、一体何だと心得るのだ。

 (わきま)えろォォッ──!」

 

 激昴と共に大噴火したその瞬間、再び氷麗女帝(バルファ・マータ)の出力が爆発的に膨張しながら炸裂した。

 

 

 

*1
理論や判断にまちがいがないこと。

*2
並外れてみにくいこと。また、そのさま。

*3
浅ましく、卑しいの意。

*4
光り輝くさま。または、華やかで美しいさま。

*5
花が咲き乱れているさま。

*6
細かくて、詳しいさま。詳細に。




 スィリオォス──ッ!!
 一週間遅れて更新された、『(こく)(びゃく)のアヴェスター』を読了後のうp主、(こん)(しん)の心の叫びがこちら。
 うp主自身、『シルヴァリオトリニティ』の「ミステル・バレンタイン」や『黒白のアヴェスター』の「スィリオス」のような「大きな目標よりも、まず目先」って考え方が凄い好きなんですよ。
 理由が初めてプレイした王道RPG『テイルズオブシンフォニア』の主人公、「ロイド・アーヴィング」の「目の前の人も助けられずに、世界再生なんてしてられるかよ!」という名言が、うp主の心の底に根差しているからです。

 結果、『トリニティ』では見事、ミステル√に突入して、「アッシュ君」と「ブラザー」というWパンチを見事に喰らい、無事に涙腺が崩壊しました。
 だから、「スィリオス」の愛がきちんと「ナーキッド」に届いていた事が純粋に嬉しかった次第。でも、本編での二人の関係って、「ワルフラーン」抜きでは成り立たない伏線も張られているので、それらを含めても感無量です。

 ただただ、良かったな〜と。

 もしかして、「マグ」が「蓮たん」の異能を一発で見抜いたのって、「蓮たん」の大切にしていることが「スィリオス」と似通っているから見当が着いたんだろうか?
 だとすると、意外に仲良くなれそうだな、「スィリオス」と「蓮たん」。「マグ」が「マグ」だから、最初は警戒しそうだけど。

 さて、話を戻そうか。
 本作の「カナエ」殿は、「ヴァルゼライド」閣下の徹底講義と、「ゼファー」さん手痛い授業を叩き込まれている上、「アッシュ」君の結末も見た上で、「神祖」共の末路を「彩模様おばさん☆ラブ」な人に教えられたので、原作よりもヒステリックで、自分で墓穴を掘りに行くキャラになってます。

 まあ、「ヴァルゼライド」閣下の特別授業と、「ゼファー」さんの特別受講だけでも、「カナエ」殿からすれば地獄ですから、是非もないよネ!
 それから、更新がやや遅れ気味な理由について。
 無事に研修期間を開け、午前中に仕事に出る機会が多くなったからです。少し更新が遅めになると思いますが、これからもよろしくお願いします。

 
 それでは今回も、Danke(ダンケ) schon(シェーン)| ・∇・)ノシ♪



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Prologue #10




 瞬間、巻き起こった女帝の変化にコハクは(どう)(もく)する。

 吹き荒れる(じょう)()(いっ)した吹雪の中心──高まり続ける氷麗女帝(バルファ・マータ)が、装甲を内部から()てつかせるほどの寒波を(ほとばし)らせ、かつてない凍気をこの世に(けん)(げん)させていた。

 

 代償に末端から自壊が生じているものの、あまりの怒りに痛覚さえも()()しているのか。尚も激しく轟き続ける彼女に根ざすオラクル細胞群。

 想定された星辰光(アステリズム)の限界値を上回り、完全に振り切れた精神に従って寒波を放射する。

 森羅万象を透明な結晶の(ひつぎ)(おお)われていく様は、あたかも氷河期を迎えた世界のよう。もはや数瞬前の女帝とは全く別の領域へと昇華されたのだと、コハクは直感した。

 

 他ならぬ天敵が提唱した、心の力を(かて)として。

 憎悪と憤怒に満ちた覚醒を、()()()()()()()()()()()心で彼女は成し遂げたのである。

 

 「殺す、殺す······貴様も()()()()も、必ずこの手で」

 

 垂れ流す呪詛の中に雑念など一切ない。コハクはその様の女帝を見て、力任せで能力任せな印象を受けたが、それは決して欠点(デメリット)ばかりではない。

 昔から良く言うだろう。単純(シンプル)なモノほど、複雑なモノより強いモノはない、と。

 単純ということは、強化方法も常に単純(シンプル)ということになる。術理だの見切りだのと、さながら役所仕事のような()(ざか)しく()すからい戦闘論理を氷麗女帝(バルファ・マータ)は有していないし、興味もない。

 よって、それら複雑な手順を付け焼き刃じみて踏もうが、大して効果を得られない反面、能力任せだからこそ、()()()()()()()()という単純な手段こそ最が強く機能する。

 元より、古来から怪物にとって憤激こそ動機の全てだ。

 

 先天的に宿した暴虐で、()(たぎ)る思いのままに(あまね)く敵を滅ぼし尽くす。

 だからこそ、この瞬間を(もっ)て、女帝は完全に人間性と()()した。

 

 もはや単に力を手にした()()()などではなく、(まぎ)れもない新種の(アラ)(ガミ)である。

 怒りの活性化と共に彼女は、完成された■■■の一部へと一番乗りを果たしたのだ。

 

 「(たわむ)れはここまで。我が庭園を彩る一輪の華となりなさい」

 

 ならばこそ、宣告と共に放たれた大氷河はかつてない規模の星光として災禍の光を具象する。

 氷による砲身を形成し、あろうことかそれを()()()()()()()()()()()()。瞬間、蒼き星が煌めきながら世界を喰らい尽くすべく、嵐のように吹き荒れる。

 自らさえも砕け散りかねない、そんな力を全て注ぎ込んだのだろう。本来なら切り札として発射するべき(ひょう)(かい)(だん)は、(たくわ)えたエネルギーを何十倍にも増幅しながら、()(とう)と化して全方位に放出された。

 

 ゆえに、これは(まぎ)れもなく自爆技だ。

 使用者である女帝さえ(おの)が異能で傷つけながら、逃げ場のない最大殲滅技として地表を()てつかせていく。

 何よりも自分が()(わい)い女帝にとって、これほど似つかわしくない技はなかった。

 

 「──このッ」

 

 それがあまりに唐突な暴挙だからこそ、更に少年を追い詰めていく。

 迫り来る()(とう)の寒波を打ち破るべく、コハクは正面から斬撃を放ち、氷河の星を迎撃した。

 

 集束性に特化させた煌めく長剣は一直線にそれを貫き、いとも容易(たやす)く両断する。

 絶大な質量の伴う光熱を前にすれば、全方位に(まん)(べん)なく放たれた凍気など、密度が薄い紙も同じだ。牧羊者(ウーティス)の追撃を止められるような代物ではない。

 だがしかし──

 

 「止まらねえ······!」

 

 それがどれだけ破壊力を備えていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 六連撃、七連撃──(りゅう)(れい)かつ矢継ぎ早に剣戟を放った所で結果は同じ。

 時間稼ぎにもならず、貫通した光波の届かぬ四方からコハクを包むように零下の()(ふう)が途切れることなく、彼の(きゃ)(しゃ)な身体へと襲来する。

 氷杭(こたい)は切れも砕けもするが、寒波(きたい)については不可能だ。

 ()()()()()()()()ことなど、鋼の英雄や(ほむら)の救世主でない限り出来はしない。()()核反応(バンタレイ)核変換(ギムレー)であったとしても、時と場合というやつである。凍気の波動を防御するには絶望的に向いていない。

 唯一の救いは、彼固有の星光の核変換(ギムレー)には拡散性の素養があるのだが、何よりこの攻撃は女帝が育てに育てた(うら)みの極地だ。彼女が(うわ)(ごと)*1のように(つぶや)いた男の名が稀代の指導者にして、英雄と名高い軍事帝国アドラー第三十七代総帥、クリストファー・ヴァルゼライドから察するに、()の英雄を討つためだけに誕生した特攻技能だろう。仮に広範囲の攻撃手段を用いた所で、この凍気を打ち破れるかは疑問が残るものがあった。

 

 それほどまでに氷結の風は凄まじく、英雄のような()()()()()()を殺す事にのみ特化している。

 (こっ)()()(じん)に砕かれようが、極限まで細分化した霧氷の波濤が吹き付けるたび、戦う少年の体温が一気に(ぜろ)へと下降していく。

 

 「─────、──ッ」

 

 凍てつき始めるコハクの総身は、今や彫像と化す寸前だ。

 (とっ)()に呼吸を止めたものの、その一瞬で内側から喉と肺に霜が走り、粘膜が水気を無くす。()がれ落ちた皮と共に流れるはずの血液さえも凍りついた。

 

 次瞬、放たれた氷弾により体勢を崩される。

 駆け回る場所を次から次へと大輪氷華に(おお)われた結果、あちらの星が先に相乗効果を起こし、氷杭の成長速度が急激に跳ね上がっていく。

 それにより、足裏から()()が氷に()み込まれた。後は冷酷に()()くのみという状況へ、いとも容易(たやす)く追い詰められる。

 腕が、足が、動かない。これこそまさしく魔星の本気。

 そんなものに至らせた原因は不明ではあるものの、これだけは分かる。冷徹な(アラ)()(タマ)と化した女帝が相手では、もはや勝負の土俵にさえ上れていない。

 

 今、世界に満ちているのは虐殺だ。

 あらゆるものが(じゅう)(りん)される。人も神も関係なく、もの(みな)(すべ)て消し飛ばされていく──(わざわい)(アラ)(ガミ)を前にしては、何人たりとも生き残れない。

 異形によって(もたら)される残酷な“運命”の終着点。凍気を(まと)う蒼天の女帝が霧氷の大河を突き進み、自壊する(おの)()(たい)の節々を細胞で自己再生しながら、氷の防御膜を頼りとして、そのヴァジュラ種らしい剛腕を振りかぶった。

 

 最悪の事態が頭に()ぎる。

 命が惜しい訳ではない。ただ、ここで終わる訳にはいかないと、コハクは強く思うのに······。

 だが立ち上がれず、氷杭により串刺しとなった傷口からまつで力が抜け落ちていくかのようだった。

 

 感情の(うかが)えない女帝の仮面。その(せい)(ひつ)にも似た沈黙は、希望は完全に打ち砕かれたことを焼き付けながら恐るべき死に落とす為だ。

 氷杭の先駆けにより、今のコハクでは彼女の攻撃を(かわ)せない。

 

 凍てついた装甲に、走る火花。限界を超えて星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に感応しながら、女帝は積年の怨敵を(ほう)彿(ふつ)とさせる少年へと(こん)(しん)の捨て身をもって突貫する。

 砲身を形成した左翼は自爆技の反動で砕けたものの、彼女の身体を構成するオラクル細胞により再生を果たし、その痛みさえ()もありなん。ゆえに、彼女は遠慮も容赦もない。

 怨敵の面影を残す少年へと、回復した両翼刃に力を()めるのだ。

 

 「さあ、せめて美しく散華なさい」

 

 冷徹な宣言と共に放たれる魔氷の一撃。

 死の刃が首筋を()で、底なしの絶望へと叩き落とされそうになった、その刹那──

 

 『──ああ、先ほど宣したばかりであろう。

 私がいる限り、決して死なせなどせんよ、と······』

 

 声が響いた。

 精神の谷底へと沈降するコハクに代わり、急激に(りゅう)()していくは、物心着く以前から彼の精神世界内に存在していた何者かの意識。

 同調を深め、肉体の支配権を手にする()()姿()をコハクは認識する。

 

 ああ、もう大丈夫だと。

 根拠の無い安堵を感じながら、彼の意識は奈落へと落ちていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ······」

 

 血を()き散らし、弾丸の如くコハクの(きゃ)(しゃ)(たい)()が吹き飛んだ。

 勢いよく氷塊の残骸へと激突し、巻き上げられた氷の()(れき)が墓標のように着弾地点へ降り注ぐ。

 人間を押し潰す質量の雨を受け、肉は残らず潰れただろう。いやその前に、骨を砕いた感触が確かに翼の刃へと残っていたのが女帝の心を高揚させた。

 

 氷刃により奴の身体を貫いて骨を断った、あの一瞬······ああ、なんと甘美なことだろう、と。

 だが、ぬか喜びばかりはしていられない。

 光の英雄と闇の冥王──相反する二人の男と交戦経験を持つ女帝は、彼らに共通する危険性を誰よりも()(しつ)していた。

 

 もはや立てぬという状況から立ち上がる力。圧倒的戦力差を(くつがえ)す奇跡──すなわち、常識を超えて発揮される人間の真価そのものである。

 それは言うなれば、()()()()()()()()だ。

 無理という単語など、彼らにとっては更に飛躍し、執念を燃やすための起爆剤。苦境にあって翼が生えると言う点に()いては、英雄と冥王に()(せん)はないのだ。

 

 ならば、用心に越したことは無いだろう。

 着弾地点に降り注いだ氷に干渉し、破片の山だったそれを一つの氷山へと成長させていく。

 そうして完成した氷の棺。たとえ、どれほどの力があろうとも立ち上がることも、戦力差を覆す奇跡も起こせまいと確信した瞬間。

 

 「ふ、はは──はははは、はッ」

 

 総身を走る感動と、止め(どこ)なく溢れ出す歓喜の泉に心の底から打ち震え、もう(こら)えきらぬという風に、女帝は(どん)(てん)の空を見上げて口角を吊り上げた。

 

 「ああ、(ようや)く···漸くだ······これで漸く、歪んだ道理は正され、私は真実、()()()()の御使いになれたのだ······!」

 

 絶望の清算と、(しゅう)()の望む偶像(えいゆう)判官贔屓(ぎゃくしゅう)の完全否定。

 これらを成し遂げたことで、今まで己を縛り続けていた()()は、その呪縛ごと粉砕された。

 雪辱を果たしたという事実──ほぼ八つ当たりだが──を受けて、気高く美麗に咲き誇る災禍の氷麗女帝(バルファ・マータ)。口元に浮かべる(とう)(すい)の笑みは、怖気立つほど清らかで童女のように純粋だった。

 

 噴出する幸福は、間違いなく三生わ合わせて最高級の福音であり、神聖な今この瞬間(とき)を味わい、噛み締め、堪能する。

 このまま順調に他の■■■候補を捕食すれば、あの忌まわし狂った光の英雄と闇の冥王も自分は超越できるはずだ。

 そしてそれは、決して彼女の独りよがりでも、妄想でも無い。

 純然たる事実として、このまま女帝が■■■として完成すれば、英雄と冥王の力量を圧倒的に凌駕した存在と化すだろう。

 何故なら、彼女は()()()()()()だから。

 狂気的なまでの信仰。自分を取り巻く世界みな(すべ)て、美しく輝く己を彩る装飾品にすぎない。いいいや──装飾品になってしまえという、渇望(いのり)

 都合や他人の事情をも(しん)(しゃく)もせず、自分が望む形以外の他者と世界を認めないその姿は、正しく傲慢な()と言えるだろう。

 まして、荒神(アラガミ)として新生した自分自身の存在を正しく理解したとなれば、突き詰めた渇望を糧として、驚異的な怪物に成り果てるのは自明の理だった。

 

 もはや彼女は氷の女帝、荒神(アラガミ)を代表すべき個体である。

 闘争を司り、世界法則すら塗り替える可能性を秘する生きた荒御魂(アラミタマ)の強さは、優れた傑物(けつぶつ)や畜生程度では、もはや決して届かない。

 

 

 「──────否、()()()

 

 ならばこそ、()()は達成された。

 

 英雄の力を超えて、敗者の涙を踏み潰し、長き死闘を繰り広げて、致命の技を叩き込み、覚醒を果たしたことで──()の心に光が宿る。

 容易ならざる困難を乗り越える翼とは、飛翔するための道具を指し、自らの背に生えるものに限定しない。

 ()()()()()()()()()()()()()······その起爆剤が(すべ)(そろ)ってしまったのだ。

 

 (たい)(どう)する光の()(とう)──

 煌めき始める潜在力──

 もはや、語るべき言葉は存在しない。

 

 「それが、この世界の“運命(むくい)”だと言うのならば······

 私()()えて“それ”に逆らおう」

 

 (もく)し、(はい)(ちょう)せよ──■■■が駆動する。

 

 「···············、─────」

 

 刹那、波のように動き出す氷の庭園。

 嘆きの連鎖を断ち切る輝きが、遂に女帝の花園を(おの)が庭園へと塗り潰す。

 少年を閉じ込めた氷の(ひつぎ)が砕け散り、()()()()が戦場に降臨した。

 

 たなびく(たてがみ)の如き長髪は黄金。

 女帝を(へい)(げい)する王者の瞳も、やはり黄金。

 この世の何よりも鮮烈であり華麗であり、美しく荘厳であると同時に、(おぞ)ましき黄金。

 何故か人の世に存在することを許された、愛すべからざる光の君。

 

 悠然と響く軍靴は、()()までも凛々しくて。

 (かげ)り一つなく(れい)(ろう)で。

 それこそ何かの(かい)(ぎゃく)みたいに、(せい)(ひつ)な威容を携えて、女帝の前へと姿を現す。

 

 「さて···、()()()()だ。来たまえ──今度は私が相手をしてやろう」

 

 そして、知るがいい。

 卿が映した()()は、死への招待状。

 (けい)の奏でた()()が、死に至る序曲となったことを──

 

 

 

*1
高熱などで意識の混濁している人が無意識に口走る言葉。





 や、やっと終わった······(o_ _)o
 仕事が割と内職系なので、帰宅時間には集中力が切れてしまい、小説が書けないんですね。
 正確には書けるんですが、その時のクオリティの低さは自分で自分自身にドン引きするほどなので、修正しては執筆し〜、修正しては執筆し〜、の繰り返し(´・∀・`)

  マルスおじさんは、ともかく、ウラヌスちゃんって割と覇道適性持ち? でも、根っこが小物だから、覇道神適性は無さそう。
 有能・無能で言ったら、圧倒的にシュピーネの方が格上に見えるわ。まあ、香純に手を出したのがOUTだったというか······うーん、でも第二次世界大戦時の人間だからな、彼。

 それでは、今回もDanke(ダンケ) schon(シェーン)!
 またの次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪



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Prologue #11






 黄金の天駆翔(ハイペリオン)が一翼、輝翼(アルカイオス)、降臨。

 そう、■■は何度でも立ち上がる。たとえどれほどの致命傷を叩き込まれようと、倒れそうになろうとも、綺麗事だと理解していても、()()()()()()()()()()()()()()()()という我儘(エゴ)がある以上、()は決して(おの)が片翼を見殺しにはしないのだ。

 

 彼()の胸で黄金に輝き続ける、現在(イマ)を生きるという誓い。怖気立つほど(せい)(ひつ)な内面に反し、その底意では太陽にも匹敵するその情熱が猛る度、燃える度に際限なく無限の力が湧き上がっている。

 森羅の掟を破壊し、万象の(ことわり)を粉砕して、不条理という罪業(キセキ)(つむ)がんとするその姿。

 まさしく光の使徒であり、()(とう)()(くつ)の英雄と同類そのもの──人類の限界値を遥かに超越した者であり、同時に彼が()宿()()()()()()()()()()()()であることを証明していた。

 

 先刻、コハクが自分と女帝を指して、光にも闇にも灰にもなれない()()()と称した言葉に(うそ)はない。

 認めるのは(かん)(さわ)るが、光の英雄と闇の冥王、そして灰の海洋王を知る者として断言しよう。(くだん)の少年は確かに、光にも闇にも灰にもなれない()()()だと。

 思い切りが悪い──残虐非道な事は(もち)(ろん)、不条理の実現に躊躇(ためら)いが見られる。極端に効率を重視した存在は、元より躊躇いや容赦などと言うものがない。

 良心とは、それほど馬鹿に出来ない(かせ)なのだ。よって、それらを()(じん)も感じないこの()は、英雄ほどではないものの、中々の破綻者と言って構わない。

 

 だがしかし──いいや、()()()()()

 

 「······()()()()()

 

 (ぼう)(よう)とバルファは吐き捨てた。

 

 たった今、男の体内を駆け巡る星辰光(アステリズム)とオラクル細胞の大暴走。その真実が分かるために、目の前の現実を理解も許容も出来ない。

 (たい)()する男の総身は、現在進行形で()()していた。無傷である外見以上に、()()()で轟く星と神の力が絶叫するほど(おぞ)ましく······(うごめ)き弾けて結合し、連鎖爆発を引き起こしては融合反応を繰り返している。

 さながら、先ほど女帝自身が行使した自壊覚悟の暴走みたいに。

 原理を同じくする命を(けず)った強化法。違いがあると言うのなら──

 

 「(しゅ)()()()()()。やり方も()()()──ああ、見事なものだよ、(けい)訣別(わざ)は」

 

 それは強化の度合いと、星光の激しさに他ならない。

 先ほど自分が行使した技の()()()()()()で、しかも()()()()()()()()()を目指し、男は今なお激しく(おの)が身体を星辰光(アステリズム)そのものへと変貌させるべく、ひたすら加速し続けていた。

 

 理解したと、学習したと、男は語ったが一体どこがだ。これはもはや模倣(もほう)でも、洗練どころか劣化でもない。(まぎ)れもなく狂気に満ちた()()と同等の()()()

 男の胆力(たんりょく)が女帝以上英雄以下であるためか、肉体の崩壊速度が壊滅的に加速している。

 より激烈に強化と活性化が行われているものの、増大し過ぎた出力を()()()()()()()()()()()()使()()()()()()ため、彼を形作る肉体(うつわ)は今、普遍的な壊れ方さえ微塵もしていはいないのだ。

 

 動くたびに亀裂が走る次元の位相。

 強大な存在密度に耐えられず、空間そのものが悲鳴を上げている。

 視線や呼気にさえ宿り、煌めく道返光(アルビオン)

 魂と言う名の原子炉へと変換しながら、尚も静謐に輝き続ける(せき)(はく)の光。何もかもが規格外で狂っている。

 まさに人型をした力の塊。これではまるで、()()()()()()()()()()()()()()ではないか······!

 

 「まさか···」

 

 そこまで思考を巡らせて、ある仮定が女帝の脳裏に()ぎる。

 

 「まさか、貴様······()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()!?」

 「(しか)りだ」

 

 即答。何の(しゅん)(じゅん)もなく、その仮定は数分も経たずに肯定された。

 徐々に(よみがえ)りかける無意識の心的外傷(トラウマ)が女帝を(しょう)(そう)(かん)に駆り立てる。

 その感情のまま、彼女は()えた。(おう)(よう)と。

 

 「馬鹿な···有り得ん······ッ! ならば何故、我らが(すう)(こう)たる目的を邪魔立てする? それでも貴様、身分不相応にも()()()()に選ばれた■■かッ。恥を知れッッ!!」

 「それもまた然りだ。元より私は、(けい)の語る()()()()とやらに選んでくれと頼んだ覚えはないのでな。

 まして、このような悲劇を。このような惨劇を。ただ招き繰り返し続けることが目的ならば、是非もなし──私()は喜んで恥知らずとなろう」

 

 再び即答。()の英雄を(ほう)彿(ふつ)とさせる雄々しさで、()は静かに■■との(けつ)(べつ)を宣言する。

 その真意が何を意味するのか、なまじ理解できるだけの知識はあるがため、(ひょう)(れい)(じょ)(てい)は今度こそ呆然とするしかない。

 つまり、この()はたかが独りの人間の為だけに己の持つ()()を放棄するだけに飽き足らず、その()()を押し付けた根本に訣別状を叩きつける腹積もりだ。

 

  ■■なのだ。そのはずなのだ。この()は■■であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはずなのだ。

 ならば、しかし、この光景は何だという?

 こんな出鱈目(でたらめ)が可能かどうか。いや、それ以前に、どうして今も生きているのか全く理解が追いつかない。

 痛いはずだ。苦しいはずだ。自らの星と片翼と呼ぶ星である道返(アルビオン)に遺伝子ごと体細胞が内部で核燃料サイクルを起こし続けているのだぞ?

 この瞬間に発狂しても何ら可笑(おか)しいことではなく、常識的に考えて、自滅はもはや目前だ。宿()()に降りかかる代償さえ、己が担うと言わんばかりに支払い続けている以上、それが訪れるのはもはや自明の理とすら言えた。

 

 それでも、表情に苦痛の影など欠片もない。

 そんな生き地獄を味わいながら、誰よりも凛々しく立ち上がる原動力が何かというのなら──

 

 「卿が私の何を見て驚いているかは(あずか)り知らぬが、一つだけ言っておこう。私はな、そう大した■■(おとこ)ではないよ。

 与えられた()()()()()()を無くせば、それこそ市井(しせい)の一角と何ら変わらん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()······そんな、どこにでもいる、哀れで無力な人間だ」

 

 渇望に、祈り──それに伴う気合と根性。

 輝翼(アルカイオス)という一人の男が、神宿コハクという存在を喰らうことなく地上に降臨できたのは、心の力以外に理由はない。

 常軌(じょうき)(いっ)する、などという言葉でさえ表現するのも生温い(けた)(はず)れの精神力が、せめて(おの)が片翼だけでも守り切るべく戦意を(ほとばし)らせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 男が動く。

 炎翼加速を用いて超疾し、踏み込んだ男は迫る氷杭弾雨を苦もなく両断。(へき)(はく)の光を(まと)う刃を轟かせ、間断(かんだん)なく放たれた氷撃をその閃光で消し飛ばす。

 損傷しながらも永続する氷麗女帝(バルファ・マータ)の攻撃。消滅を免れた氷の破片に再干渉して、鋭い枝に花弁や棘を五倍に増やし、萌芽(ほうが)させた。

 

 空間を埋め尽くす雪結晶の庭。されど男は止まらない。

 超高速で放たれる光刃の嵐が、五千を超える飽和(ほうわ)攻撃を正面から斬滅させていた。

 信じられない観察眼で直撃する氷杭のみを見抜き、無駄なくそれらを断ち切りながら、前へ前へと着実に突き進む。

 道返(アルビオン)は止められない。

 そして更に、上空から押し潰すような氷の(きょ)(かい)も十字に切断した。

 

 それらコハクの手を焼かせてきた攻撃を前に、男はしかし──

 

 「それだけかな? 芸がない──()()()()()()()

 

 背筋を凍らせるような言葉と共に、男は己の片翼が()()()()()と押しとどめていたものを遠慮なく使う。

 当然だ。そも、彼は()()()()()()()()()()()()

 さながら、()()()()()かのように大質量を()()せ、超高速で駆動する。

 激突する核反応の星を内包した(あお)(じろ)い光の長剣と、女帝の氷槍。

 力に技に経験、執念。あらゆるものを総合した戦闘力をぶつけ合い、神を喰らう者と森羅を喰らう(あら)()(たま)(いく)()となく火花を散らす。似て非なる戦意と殺意を応酬させていた。

 

 「()()か氷かの違いに過ぎん。見慣れているのだよ、その手の技は」

 

 ()()へ逃げても死に繋がるなら、つまり。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 放つのは()()()()()()()()()()()()()()()()。森羅万象ごと破壊すれば解決するという、極論的な解決方法はしかし、()の救世主とは異なる戦果が現れる。

 まずは、切断された氷槍が女帝の再干渉を待たずに爆発した。女帝の操る氷槍と寒波のみと()()()()()()のか、(ふん)(じん)(ばく)(はつ)の如き小型の(ごう)()が一度、二度、更に三度と次々に連鎖反応を引き起こし、女帝の放った氷槍を次々と爆発させていく。

 出力上昇による凍結速度の向上、並びに寒波の強化という攻撃面での対応策もこれでは最早(もはや)、ただただ無意味。

 見切り、捉え、連鎖的に氷槍を爆発させていると言うのなら······後は言わずもがなだろう。

 単純な攻略ゆえに隙はなく、()は油断もしない。

 イレギュラーの発生に対応できず、徐々に黄金の()と蒼の魔星の立場が逆転し始めていた。

 

 そして無論、女帝とて何もせずに劣勢に立たせてくれるほど、容易な相手ではない。槍への対応を行使する(かん)(げき)に氷撃の五月雨(さみだれ)()に殺到する。

 敵対象はあくまで使用者本体。異能の攻略が出来るようになろうと、長剣がゆえに生じる僅かな手間を、異能者本体が狙い撃てば意味は確かに存在する。

 崩れた姿勢から流れるように長剣を振り上げるものの、一手遅れた小さな不利に樹氷の嵐を消しきれないが······

 

 「聞こえなかったかな? 芸がない、と。

 壊し方は出来ている」

 

 なまじ速いだけに止まることは不可能。

 だがしかし、それはもう当てても無駄な攻撃だと──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうやって、などと問うのは無粋だろう。なにせ今の輝翼(アルカイオス)は、言わば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 (あお)(じろ)い光はコハク固有の星光を象徴とする光である前に、核反応や核変換により加速された粒子運動が臨界を迎えた時にも確認出来る光なのだ。

 結果として、彼もまた動く恒星そのものと化し、ならば理由も一目瞭然。光速度を超えて核反応と核変換が行われる原子炉に飛び込めばどうなるか、語るまでもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ······先程、バルファ・マータから致命傷を刻まれながらも生きていて、尚且つ、己を閉じ込める氷の棺を内部から破壊できたのはこれが理由だ。

 

 あの時から既に、輝く翼は(おの)が片翼と相談し、体内で静かに二つの星を暴走させ始めていたのである。

 ()てついた動かぬ身体を溶かす為には、()の英雄と同じ手法を取るしかないという現実。しかし、幼いコハクの身体では自壊前提の強化法に当然ながら耐えられない。

 ならば、どうするか? と考えた末に下した判断。

 それは、()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。

 原理、理屈、共に不明。一応、鋼の英雄と闇の冥王と類似した原理の元、擬似的な人の身を形成していることだけは確かだった。

 

 だが、この原理が正しかった場合、()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()という、恐るべき大前提が存在しなくば成り立たない。

 彼が生身の人間である以上、その前提は余りに非現実的だ。まして、擬似的な星辰光(アステリズム)の擬人化など出来る訳がない。

 しかし、その例外が今、目の前に存在していた。

 

 それにより、心臓を穿(うが)つはずの氷槍は刺さった箇所から一瞬で蒸発し、必然として少年は()と入れ替わる形で今もこうして生き残る。

 (もち)(ろん)、ある意味それは本末転倒に繋がりかねない手段だ。敗北と死は回避出来たものの、コハクが二人分の星光の反動を支払っていたように、この()もまた、二人分の星光の反動を支払い続けている。

 そこに“光”の眷属特有の覚醒が伴えば、更なる負荷が降りかかるのは言うまでもない。

 今も凍結を無効化し、正面から相対してはいるものの······自壊を駆使した防御法を用いつつ、覚醒の代償を一手に担い続ければ、やがて破滅が訪れる。

 氷槍を溶かすだけの核反応を発しながら戦えば、それこそまさに自死への片道切符であるのは誰の目にも明らかなのだが······

 

 「──捉えたぞ」

 

 ()()()()()()()()()()とでも言うように、己に迫る自死の概念さえ、常識的な理屈ごと踏破する。

 擬似的とはいえ、自らの肉体を得た影響か。振るわれる剣術は、片翼越しに技巧を駆使していた時よりも遥かに()え渡り、氷と言う名の闇を断つ。

 

 現実と幻想を(わか)()(がえし)の光が、(いく)()()かの咆哮を上げた。

 

 




 覚醒回に見せかけた、選手交代回。
 ゼファーさんだって、闇のまだだ! 使わないと倒せないような相手に、子供が勝てるのか? という疑問が生じたため。結論は無理。

 闇のまだだ! だってミリィ√の強制解除からの反動の大きさを見るに、かなり代償が高い。
 光なんて言わずもがな。特に光は、さながら山道を無視して、一直線に山頂に向かう勢いで覚醒を繰り返すから、ゼファーの強制解除ってレベルじゃないと思う。
 そこで思い付いたのが、選手交代。適任に任せる。という形だった。

 光の眷属としては、アルカイオス>コハクなので、懸念点などがあると迷いや躊躇いが生まれるコハクに対し、アルカの方が割と振り切れ安い。
 ただし、閣下>カグツチ=ヘリオス>糞眼鏡=邪竜オジサン>ジェイス=アルカ>ラグナ>コハクの順なので、閣下やヘリオスと比べると低め。
 ジェイスと同等なのは、反動で四肢が爆散する星辰光(アステリズム)を使った理由が不明だから。理由によってはジェイスより少し下。

 糞眼鏡の蛮行の数々を考えると、ぶっちゃけ邪竜オジサンをこの人と同じ扱いで良いのか分からない。
 邪竜オジサンの司る概念「本気」とジェイスの司る概念「継承による不滅or限界突破」は良く似てる感じがしたので、アドラー出身だったら、英雄万歳やりつつ、ジェイスみたいな常識人になれそうなイメージという名の阿片が吸える可能性がある以上、個人的には同列に扱いたくない感情があったり無かったり······。
 (ベルグシュタインでさえ、そこそこ熱くなれるんだから、アドラーってすげーよ)

 という訳で、今回はここまで。
 それでは、また次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪



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Prologue #12




 「がァッ、ぐぅぅ······ッ!」

 

 (いく)(ひゃく)の氷壁ごと、女帝が斬光に斬り伏せられる。

 間一髪のところで致命を回避し、宙に飛散する(おの)が血液を視界に収めながら、彼女は男を(ぎょう)()していた。

 

 その口から(つむ)がれた言葉の真意、それを余さず理解して──

 

 「なんだ、それは···ふざけるな······ふざけるなよ、貴様ッ!」

 

 再び怒りによる活性。

 自壊した左側の翼が治癒していく。振り下ろされた斬撃が、再生した刃物状の翼により弾かれた。

 二度目の活性化を果たしたことで、女帝の身体を構成するオラクル細胞が(れい)()したのだろう。余剰分のエネルギーが、本来ならば成し得られぬ部位再生を成功させたのだ。

 

 「人類種など、たかが我らの喰い残しではないか! ()()()()の意志に抗い、神を喰らう者(ゴッドイーター)などというものを生み出して、我らに仇なす不届き者···そのような劣悪種になりたいと、貴様は言うのか!?」

 「そうだと言ったが?」

 

 問いに、男は何の(てら)*1もなく即答する。

 恥じることも、悔いることもない。むしろ、()()()()()己は()(どん)*2(のろ)()*3な人間で構わないのだと、男は雄々しく宣言する。

 自分とは違う高みに達したかのような口ぶりが(しゃく)(さわ)り、女帝は奥歯を()()めた。

 

 「(ゆる)*4さない···断じて貴様()の存在を赦しはしないッ! ()(せん)に穢れ、尊き血(ブルーブラッド)の誇りを()(にじ)(ヒル)()が······今すぐ地獄の(かま)へと流されるが良いッ!!」

 

 殺意と共に轟くは、(いく)(ひゃく)にも及ぶ絶対零度の凍結魔弾。

 その一発一発は、(まご)うことなき全身全霊の威力を帯びており、もはや(うるわ)しの女帝はカナエ・(あわい)・アマツでも無ければ、第一世代型の人造惑星(プラネテス)でもない。取り返しのつかない領域まで踏み込んで、人間であることを捨てた、氷河女王(プリヴィティ)の完全上位互換として相応しい氷塊弾が飛翔する。

 大気温度を零下に落としながら、光の壁を爆砕して接近する驚異、逃げる()()は既にない。

 よしんば回避することが出来たとしても、それは無意味な抵抗だろう。(ぎょう)(しゅく)した凍気の(かたまり)は着弾と同時に全方位へ(ほう)()、この居住区の一部を(おお)い尽くし、大輪の華を咲かせるのだ。

 

 よって回避は無駄、防御も不可能。

 (アラ)(ガミ)と化した魔星と同じ原理で強化方法を行使しようと、人間であり続けることを()とする輝翼(アルカイオス)でさえ、これに耐えうる自信を持ちえない。

 

 「ふむ···、どうやら頭は回るようだな」

 

 暴走した星辰光(アステリズム)の熱で体表面に接近する氷槍を分解してしまうならば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一見して暴論に見える理論だが、当たらねば無駄な攻撃も、数打てばあたあるというもの。事実、降り注ぐ砲氷を輝翼(アルカイオス)(かわ)し続けている。理由は(もち)(ろん)()()()()()()()()()()()

 

 確かに、突出した才能は、時に状況を大きく(くつがえ)す場合もある。だがそれも、(しょ)(せん)は局所的なもの。最終的な勝敗を握るのは、総合能力値の優れた大軍だ。それを補う仲間や部下がいない孤立無援の単騎では、既に決した(すう)(せい)までは覆せない。

 大は小を()ねるという言葉があるように、大は小を圧倒する。勝利を手にするのは常に圧倒的な数の暴力を保有できた強者であり、物語の中で起こるような逆転劇など、それこそ女子供が夢見る幻想に過ぎないのだ。

 

 ならばこそ──

 

 「···あまり、使いたく無いのだが······」

 

 致し方あるまい、と心底からの本音を独り()ちた刹那、剣身に亀裂が走る。

 剣身の中心部に突如として生じたそれは、誰がどう見ても外側の衝撃により刻まれた亀裂(モノ)ではない。

 むしろ、その逆。(ひな)が卵の(から)を破るかの如く、()()()()()()()により発生した亀裂(モノ)だった。 

 

 再び迫る(いく)(せん)の氷槍。

 一寸の隙間なく降り注ぐ氷槍弾雨は、もはや(じゅう)(たん)(ばく)(げき)と表現するには生易しい弾幕と化している。

 それが男に着弾する、その時──。

 

 剣身の中央部に走った亀裂が、(つか)(がしら)から(ふた)(また)に別れた切先まで、さながら一筋の(いかずち)に貫かれたかの如く、一気に長剣全体へと走り抜ける。

 次瞬、男は何の躊躇(ためら)いもなく、黄金と(くろ)(がね)(こしら)えから成る長剣を真っ二つに引き裂いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「なッ!?」

 

 これには流石(さすが)の女帝も驚愕に(どう)(もく)する。なまじ、男が手にしていた長剣の価値が分かるからこそ、()()()()()()()()······という衝撃が止まらない。

 何故ならば、あの長剣はたとえ、どれほど高度な文明を築き上げようと、決して“(つく)れない”とされる一品だ。

 

 それを何の(かん)(がい)もなく二つに引き裂くだけでは()()らず、刀剣として最低限の加工が施されたとあれば、驚愕するの当然というものだろう。

 神機だからこそ出来る無茶無謀だがしかし──恐らく、もう二度と同じ形には戻せまい。

 両の手にそれぞれに握られる二刀。迎撃手段に選んだのは、二刀同時の斬り払いと斬り下ろし──抜いた二つの刃で風を裂き、音速の域で降り注いでくる幾千・幾万の氷槍弾頭を中空で両断する。

 咲かず散り()く氷結華。斬撃と同時に放たれた黒銀の剣閃が、二分された女帝の星光が煌びやかに消滅させた。

 

 僅かただ一振りで、蒼き(アラ)(ガミ)の連射攻撃は(かすみ)のように消え失せる。

 それは続く第二、第三、第四射であろうと変わらない。

 圧殺され、両断し、世界の一部を蹴り上げ、踏み台にし、攻撃を防ぎながら突き崩しつつ、叩き落として、駆け抜ける。

 虚空を(さや)に見立て、剣を突き刺し、抜刀の応用で流し斬り、穿(うが)ち抜いて、斬り払い、返し斬る。

 刺突を放ち、たまに後退、転身して(かぶと)()り、十文字に斬り捨て、()()()り、空間を割って裂きながら、避け駆け抜ける。

 次元の位相ごと斬り躱し、突き穿ち、薙ぎ払うと共に斬り上げて、前進し、徐々に距離を縮めて来て、い、る──?

 

 「(けい)の殺意は素直だな。結構なことだよ。だが──()える殺意に意味などあるまい」

 

 冗談みたいな光景。

 相対する敵手は、魔弾の洗礼を正面から()()せる。

 出力差は未だに女帝が一枚上だが、そんな要素が何になろうか。素粒子に頼る限り、万物流転(バンタレイ)の異星法則下からは逃げられない。

 かつてない不条理にして、自然界に厳然と横たわる(ことわり)。森羅万象が円環と流転を繰り返す以上、()()()()()()に選ばれた存在と純粋な数値勝負で優劣を語ること自体が誤りであり、()()()()()()()()()()()()()()()と定義するのに等しい行為だ。

 

 よって、輝翼(アルカイオス)の攻勢は止まらない。単騎からすれば無限に見える弾幕を前に、ありとあらゆる常識、相性を駆使しながら(くつがえ)して、互角以上に渡り合う。

 女帝の中にある理屈の全てを踏破し、引き起こされる異常事態の数々。どのような理屈に当てはめようと、黄金の天駆翔(ハイペリオン)──それを担う双翼を定義することは出来ない。

 誰よりも早く、何よりも速く。そして一直線に迷いなく。

 半壊した建物の屋上を(ちょう)(やく)しながら、恐るべき速度をもって迫り来る。その様はさながら動くこと(らい)(てい)の如し、凍結や寒波といった女帝の攻撃をものともせず、しかもこちらを討伐すべく黒銀の光を(まと)いて彼我の距離を縮めてきていた。

 

 そのたびに、女帝は異常な消耗に見舞われながら、かつて刻み込まれた恐怖と嫌悪に囚われていく。

 男が近づく······ただそれだけで、感応している星辰体(アストラル)が悲鳴を上げることなく消滅して、連鎖的にオラクル細胞が突然消えた構成物質に戸惑いを見せるのだ。

 敵手の周囲に渦巻く黒銀の光、既視感のある現象を引き起こす原因の正体こそを看破して──

 

 「調子に乗るなよ、貴様ァァァァアアァァッ」

 

 女帝の憤怒に呼応し、刃物状の翼にオラクルで巨大化させ、敵の首目掛けて刃を振りかぶる。 全身全霊、全力で、迎撃すべく(とっ)()に放った一撃も狙いは完璧。

 それは本来ならば輝翼(アルカイオス)(けい)(つい)へと直撃し、()す術なく斬首させる一撃であったが──

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 直撃したまさに刹那、響いたのは骨肉を断つ音ではなく、鋼と鋼が(つば)()り合う叫喚。

 

 「─────ッ!?」

 

 男の(かん)(げき)()い、確かに頚椎を捉えた刃は皮一枚どころか、髪の毛一本も断ち切ることさえ出来ないまま、何の(つう)(よう)も与えられていない。

 未だかつて無い不条理を目の当たりにして、女帝はただただ絶句する。

 彼女の眼前にいるのは、耐えられないほど戦慄せしめる度外れた何か。

 バルファ・マータの前世であり、第一世代型の人造惑星(プラネテス)が一人・ウラヌスの素体となった女は、本来は戦いなどした事もない御令嬢(おじょうさま)である。

 よって魔星となった前世(カコ)()いて、戦闘技術の一切をこれといって有しておらず、備わり宿す星の力に彼女は完全に依存していた。

 

 となれば、(アラ)(ガミ)として転生した()()とて()もあらん。

 前世を体験した現世の生を受けてなお、与えられた力を(みが)こうという意志など、当然欠片も有していない。

 己は優性で、ゆえに勝つ。などという大上段から踏み(にじ)ってこその()(しゅ)という肥大化した選民思想──この場合は、前世からの悪癖を素体より悪化した状態で継承していた。

 

 よって、敵意を(いん)(ぺい)する、或いはわざと全方位へと星光を散らす等して、本命を(おお)い隠す、そんな小技を知りもしないし使えない。身に着けたいとも思わない。

 だからとても実直に、(おの)が心の(おもむ)くまま、しかし人間には不可能な力強さで殺意を放っている訳であり······

 

 「どうした暴帝、なぜ止まる」

 

 同時にそれは、理性など吹き飛ばした獣の精神をバルファ・マータは有していない(しょう)()である。

 ゆえに、彼女は眼前の存在にただ(がく)(ぜん)と固まるのだ。

 

 「あ、あ、あ···あ······」

 

 人としてではない、荒神(アラガミ)としての本能が告げる。()()()()()()()()()()。勝ち負けの領域で語れるような次元の存在ではないのだと。

 

 「なんだお前は、なんだこれは······一体どこまで不条理なのだッ」

 

 だからこそ、女帝はこの馬鹿げた現実を前に絶叫する。

 消えろ、消えろ、消えてしまえと呪いながら■■の使徒は魔砲を放つが、効果はない。

 すべからく、無意味。

 なんてふざけた事態だろう、()(まい)がして仕方がない。

 

 「使命も、力も、全ての優位に意味などないと(ののし)るのかッ。価値の指針は総じて心、(たん)(りょく)だけだと突きつけるのか()()()め──狂っているのはどちらだ!

 道理を外れた矛盾の使徒が、貴様()また()ってはならん()()()だろうが!」

 

 ■■■の意志と恩恵、指名の優劣という格差など、容易に超えうる程度のものだと、黄金の天駆翔(ハイペリオン)は双翼揃って証明する。その快挙は、総じて彼女の抱く誇りを全否定しにかかっていた。

 先天性優位という(ひょう)(れい)(じょ)(てい)()()に至るまで支え続けたプライドは、もはや陥落寸前。

 翻弄され、攻撃を受けるたびに深い亀裂が走り、訣別と共に捨てたはずの()()が今度こそ完全に(よみがえ)った。

 

 「ああ、そんな貴様が何故、■■として産まれたのだ。なぜ私が、こんな穢れた怪物共と出会わなければならないの?

 貴様はいつまで、いつまで、いつまで、()(そん)にも私の前へと立ちはだかるのだ······()()()()()()()ッッ!」

 「私は、そんな大層な名ではない。今更だが名乗ろう、樹氷に住まう女帝よ。私は輝翼(アルカイオス)──英翼(ベルレフォス)と共に今、この時を生きている、ただの人間だよ」

 

 憤怒の嘆きごと、首に当たる刃を優しく掴み、輝く翼は女帝を見据えた。

 その、無空のような黄金の瞳。目を合わせるだけで力を根こそぎ無にされそうで······力が、意志が砕かれる。

 まるで、必殺の魔眼に直視されても生存するような()(たら)()を現実にされ、女帝はただただ戦慄(わなな)く他にない。

 あれほど誇らしかったはずの力が、身体が──どうしてこんな、()()()

 

 「ふざけるな、こんなところで······私はッ。

 ()()まであと少しなのだ。その時こそ、根源から歪んだ道理を必ずこの手で正すのだと──」

 「決めたのかな? それは結構なことだよ。閃奏、滅奏、烈奏、界奏が黄昏の守護者として迎え入れられているのを承知の上での発言ならば、尚のことな」

 「────、──」

 

 開帳された真実の一端に、女帝は息を()んだ。

 心の奥底で理解していたはずの敗北感を再び指摘しながら、たじろく女帝を心の底から慈しむ。

 滅奏より成長していれば良いなと、無気力・無感動に告げて揺るがない。

 

 「哀れな。()の英雄と冥王の講釈を受けながら、尚も(おの)()()を恥じて認められずにいるのかな、氷河姫(ピリオド)よ。

 後悔とは、同じ刻に縛り付ける呪いの鎖だ。卿が敗北(かこ)を認めてなお、尊き血(ブルーブラッド)の誇りは変わらないと信じて立ち向かわぬ限り、卿の鎖は決して断ち切れん」

 

 過去から目を逸らし、現在(いま)に満足できないからと、神に頼った愛を知らぬ(かな)しき女の末路へ、男は自分なりの持論を展開する。

 別に、導きたいわけでも過ちに気づいて欲しいわけでもない。

 人間性と訣別を果たした時点で、彼女は既にその機会を逸してしまっている。

 ゆえに、講釈はこれにて終わり。

 そして取り返しのつかない領域まで突入している以上、前世(かこ)の縛鎖を断ち切る方法はただ一つしかなく······まずは手始めに、女帝が耳と目を覆いたくなる事態を引き起こした。

 

 「私は(すべ)てを愛している。たとえ基本法則から逸脱した者であろうと、関係なく」

 

 音で鼓膜を(むしば)み、映像で目を抉り掛かる。

 巨大化したオラクルの刃を掴む手に()()力を()めれば、その刃は容易く罅割れた。

 やめろやめろ、何をする気だ──この()()()が、貴様みたいな人間がいてたまるか、という言葉を浴びながらも、輝翼(アルカイオス)は刃を掴む手を緩めない。

 

 「(あまね)く総て、いつの間にか破壊という形でしか愛せないのが悔やまれるが······ああ、今この時を迎えて(ようや)く理解できたよ。

 私達が愛する日常···その破壊者たる卿らは、世界の()()へ行こうと憎まれ、恨まれ、(うと)まれる。ならば、せめて私だけでも卿らを(あい)そう。その来世が祝福に満ちていることを祈りながら······」

 

 ビキリ──と巨大化した刃に深い亀裂が走った。

 女帝を、彼女を、壊す最初の一手を打ち込んでいく。

 その光景に耐えられず、女帝は拒絶を()めて(のど)が張り裂けるほど叫んだ。

 

 「やめろおおおォォォッ──!!」

 

 絶叫は、しかし何の意味も成さずに虚しく響き渡り、次の刹那、それは起こる。

 禍神体(オラクル)で形成された(つゆ)(くさ)(いろ)の刃を素手で粉々に砕き割ると同時、電光石火の速度で輝翼(アルカイオス)は左手に握る刀剣を振り上げた。

 

 呆然としながらも、生存本能が生命の危機を察知したのだろう。(とっ)()に後ろへと飛び退き、距離を取ろうとする女帝。

 忘我の状態から現実へと意識を戻した彼女は、増幅した憎悪を()き出しにする。

 

 「貴様、よくも私の身体をッ!」

 

 後退しながらも、即座に女帝が再び砲身を形成。力を過剰供給供給させ、かつてと同じく自爆させる。

 そして生まれる大寒波は、彼女の左翼を犠牲にすることなく、以前の三倍近い規模で周囲の世界を()み込んだ。二振りの剣身では決して断てない氷点下の烈風を、全方位へと容赦なく()き散らす。

 瞬く間に凍結していく()(れき)()(がい)、建造物······。

 生命体が活動できない絶対零度の死界が誕生した。

 

 「往生際が悪い」

 

 されど、極寒地獄に一切怯まず、男は(おど)り出る。

 燃焼し続ける己の星で女帝の星を()()()して、一筋の(いかずち)の如く絶対零度の星を(まと)いながら突き進み──そして。

 

 「───ぐぁッ、がァ! ば、かな······ッ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()かのような斬撃が、女帝の爆発に(まぎ)れて飛んでくる。

 左斜め上から右斜め下に振り下ろす()()()けから、横一文字で両翼を解体した。

 

 更に開いた(かん)(げき)()じ込み、残影が消えた刹那に女帝の間合いに苦もなく肉迫。スゥッ、と刃を通らせる。

 まず、右肩を断ち()()()

 次いで、即座に左肩を断ち()()──()(ぶさ)を斬り落とす。

 流れるように、胴体を薙ぎ()()と、すかさず女帝が男を噛み付かんと牙を()くが、彼はそれを正面から迎撃。ただの()()()で彼女の顔を打ち()()()()()を吐いて()()る体へ更に追撃、蹴りを容赦なく叩き込んだ。

 

 輝翼(アルカイオス)は右手の刀剣を握り直し、黒銀の光を纏わせながら刃を振り(かぶ)り、圧倒的な(りょ)(りょく)でもって(とう)(てき)した直後──その剣先が女帝の胴体を穿ち貫く。

 翼を失い、空中にあった彼女の体は流星の如き勢いで弾き飛ばされ、遥か60メートル先にある地面へと叩き()とされた。

 

 「がふッ──うぁ···、ぁ············」

 

 浅薄な誇りの追求者は、(がら)()(ざい)()のような何かの破片を撒き散らしながら、二つに引き裂かれた剣で地面へと(はりつけ)にされる。

 その口から()れるのは()(もん)(うめ)き声、冗談のような()(たら)()にもはや言葉さえ出ない。

 しかし、殺意は衰えていないのか。それと同時に、全方位から氷槍乱舞が輝翼(アルカイオス)へ殺到する。

 重力に従い降りてくる相手の立場を利用し、斬り裂かれた翼に代わり、左腕に形成した砲身を空中へ向けて突きつけて、果敢にも迎え撃とうとしていた。

 

 「···こ、今度こそ······ッ、───ッ!」

 

 この一帯ごと、残らず(ひょう)(きょう)(おお)ってくれると。

 

 「(しか)り、卿の最期だよ」

 

 爆発する殺意と砲の大解放を前にして、男もまた黒銀と化した光の刃を雷火の如く引き抜いた。

 

 激突する魔氷と(こう)(ぼう)。正面衝突する二つの星が、破壊の音色を未だかつて無い域で轟かせ、世界を大きく激震させる。

 純粋な破壊力と手数による、正面からの競い合い。

 紛うことなき全力を余すことなくぶつけ合った、その結果は──

 

 「カハッ、ぅぐ······ひ、ぅぁ、ぁぁ、ぁ······」

 

 ······女帝の喉を貫いた煌めく刃が証明する。

 寒波と共に霧散する咲き乱れていた凍気の華々。金の(つば)(はばき)を持つ()()()()が残る左腕を地に()い付け、抵抗の術を奪い尽くして串刺しにした獲物に対し、静かな光を瞳に携えた輝翼(アルカイオス)が君臨していた。

 

 あれほどの大質量による飽和攻撃を彼は()()(さば)き切ったのか······その理屈は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

 自らに着弾する攻撃を、順番通りに見抜いた上で。

 必要な分の力を、無駄なく刀剣へ纏わせ、使い分けながら。

 最大限、効率的に隙を捩じ込みつつ巻き込み、上塗りして迎え撃つ。

 それら全てを一瞬かつ同時進行で行ったことにより、蒸発させても構わないものだけを取捨選択して徹底的に破壊した。

 

 その度に、女帝は狂ったように悲鳴を上げていたのは、(ひとえ)に彼女の体を貫き穿つ剣と、輝翼(アルカイオス)が握る剣が連動しているからである。

 彼の握る剣が(せい)(しん)を猛させれば、女帝の体を穿つ剣の星辰もまた力を振るい、黒銀の光が猛威を振るうと言った具合に。

 星と共に壊して壊して、壊して壊して壊して、壊して壊して壊して壊して壊して、壊して壊して壊して壊して壊して、壊し尽くす。

 

 彼女の何もかもを破壊(あい)するために。

 卿が(ゴミ)でも構わないのだと、徹底的に教授する。

 

 「············ぅ、あ······ぁ──」

 

 結果、(ひと)(しき)(じゅう)(りん)され、男が地上に降り立つ頃には、彼女は既に輝翼(アルカイオス)の支配下に置かれた己の星光と彼の星光で体の内部を破壊し尽くされ、(みじ)めにも瀕死の体を(さら)していた。

 

 

*1
才能や知識をひけらかす。実際以上によく見せかけるの意。

*2
頭が悪く、する事も間抜けなこと。

*3
動作や頭の働きがにぶいこと。また、その様。

*4
過失や失敗などを責めないでおくこと。また、咎めないことの意。




 うぇーい、終わらなかったぁ。
 どんだけ長いんだよ、まだプロローグじゃねえか。
 しかも何気、リメイク前より話数増えてるし、いい加減本編行けよ、読者から見限られんぞオラァッ! という、グレイの声が脳内再生された気分に陥っているうp主です。

 なので、何とかこの回でまとめようと足掻きに足掻こうとした結果、更新時期が遅くなったという······しかも、仕事あるし。
 ちくしょー、13話で終わらせるのが理想だったっていうのによぉ。まあ、仕方ないか、割とボカしてた部分を今度はボカさずに書いたからなー、そりゃ当たり前に文字数も増えるか。

 それに、小説で言うプロローグはDies iraeで言うニートの独白だから、その理論が正しければ、シルヴァリオヴェンデッタはゼファーさんの独白が終わるまでがプロローグだし? なんか(こだわ)る方が馬鹿らしいわ。
 そういえば、先週の金曜日にスィリオスの覇道設定が解放されたけど、個人的にも「神座システム」が残った状態で、あの覇道が展開するなら「退化」だと個人的に思いましたね。

 型月で言えば、「冬木の聖杯」を解体せずに「聖杯が持つ願望器の機能を否定する」みたいなものですから、時が経てば、歴史を繰り返すことになるのは目に見えてる訳ですよ。
 兄者の目指す勝利が「神座システムを否定した“先”」にあるとしたら、納得の行くモノをスィリオスから取り上げたなぁと。

 まあ、あくまで個人的な解釈だし、間違えてるかもしれないから、なんとも言えませんが······
 それでは、今回はここまで。

 また次回に会いましょうˊᵕˋ)੭


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Prologue #13




 三度目の正直ならぬ、三度目の審判。

 いや、或いは()()()()()()()()()()()と言うべきか。

 

 何故なら、バルファ・マータの胴体を穿(うが)ち貫いた(つか)(がしら)の上に降り立った男もまた、()の英雄や闇の冥王のような難しい術理や特殊な手段など、それこそ誓って一切用いていない。

 まぐれでも()けに勝った訳でもなく、あくまで標準的な見切りと、(はん)(よう)(せい)の高い星辰光(アステリズム)によって()()げられた快挙である。

 それはつまり、同じ理屈で女帝を下した冥王でさえ、それこそ再び何度でも、この行動を実現可能だということを、残酷なほどに黄金の天駆翔(ハイペリオン)が証明してしまい、彼()通して理解できてしまうから。

 

 ──氷麗女帝(バルファ・マータ)という蒼穹の(アラ)(ガミ)では、もはや何をどう足掻こうと決して敵わない。

 当たり前に戦い、当たり前に負ける──()()に自称と言えども、コハクと耀翼(アルカイオス)は、女帝も認める“光”にも“闇”にも“灰”にもなれない()()()だ。彼()にさえ敵わなかった今、彼女が“灰”の境界者にも勝てないのは自明の理と言える。

 優性と劣勢は、これから永劫逆転することはないのだと。決して(くつがえ)ることのない真実が、再び女帝の眼前に突き付けられた。

 

 「わ、わた、わたしは·······」

 

 だがしかし──いいや、()()()()()

 

 「わたしは···貴種(アマツ)で、()()の血筋に連なって······」

 

 (うつ)ろな意識から口を()いて()れる言葉は、己の存在意義(アイデンティティ)を保つ為の自己暗示。前世において選民的な教育を施された彼女は、己の信じる価値観と存在理由を根底から覆す()(ごく)を耐えるために、相手の劣性を胸中で見下すことで崩壊寸前の精神を繋ぎ止める。

 

 「()()()()()()()()()()()────ッ」

 

 冥王の裁きを受けた(せき)(じつ)のように、神へ(すが)り付く信徒の如き(しれ)(ごと)を彼女は再び復唱していた。

 まるで、昆虫標本みたいに女帝を地へと()い付けた男は、(つむ)がれた言葉に小さく(ため)(いき)を吐く。

 前世の彼女と(たい)()した英雄と冥王の心情を(おもんばか)り、心の底から二人を(いたわ)りつつ、そっと耳元で(ささや)くように口を開いた。

 

 全く、何を言い出すかと思えば······()()()()()か。

 今から事実を教えてしんぜよう──そして、女神の元に(かえ)(たま)え。

 

 「否、(けい)は相変わらず(ごみ)のままだよ、バルファ。かつて冥王(ハデス)に指摘した通り、卿の血筋も力も運命も、何一つ関係はない。

 ましてや、英雄(ゼウス)と同類である神星が生まれに()(せん)など求める訳が無かろう」

 

 真の意味で転生してもなお、(ぬぐ)えぬどころか、前世から継承された悪癖は肥大化していくばかりで。

 むしろ、更に更に、もっともっとと······特別性へと(すが)(サガ)(とが)めるつもりはないが、彼女の場合は()()()()()()()()としか言えなくて。

 もはや(あい)(れん)を通り越し、(こっ)(けい)だと思えるほど、救いが見つけられない。

 

 「ゆえに──」

 

 未だに成長を拒み続ける女帝の愚かさを、再度悲しいものだと噛み締めながら、耀翼(アルカイオス)は左手に握る長剣を、そのまま()のある心臓ごと大地に向けて突き刺した。

 

 「自覚しろ、卿の魂は芯から腐り果てている。ゆえに、どれだけ特別性に手を伸ばそうとも、その魂が成長することは断じてない」

 

 再び刻み込まれた真実に、(アラ)(ガミ)として転生を果たした事で取り戻した最後の糸が、バルファの中で(こな)()(じん)に砕け散る。

 違う、違う······違うから止めてと言い(つの)った所で否定する要素は()()にもない。

()(もん)の声が(あい)(こく)の色を宿し、()()く女を静かに見下ろしながら、されども輝く翼は容赦しない──否、()()()()()()()()のだ。

 

 淡く静かに鳴動していく、心臓の()を貫通した刃。

(ちゅう)(ちょ)なく発動する道返の光(アルビオン)の予兆を前に、女帝は発狂寸前に陥りながら、憎悪も忘れて恐怖する。

 このまま()()を解き放たれればどうなるか、()()でも分かる見わいを前に、必死に生へと手を伸ばした。

 

 やめろ──やめてよ、お願いどうかそれだけはと。

 懇願する彼女を見据える、悲哀を(たた)えたその眼光。

 特別性に手を伸ばし過ぎた哀れな者の来世に祝福を──それの代償が死である以上、輝翼(アルカイオス)と名乗る者が出来ることは、ただそれしだけしかない。

 慈悲のある一撃が、特別性の代償と共に降り注ぐ。

 

 「さらばだ、尊いはずの者(ブルーブラッド)よ。来世では、もう少し(ぼん)(よう)()()に満ちた家庭に産まれ(たま)え。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を尊び、届かない理想に手を伸ばすのは、その後でも遅くはあるまい」

 「あ、うっ、あぁぁ·······。

 いや、あ、アアアアアアアアアァァァァッッ──」

 

 ──そして、容赦なく(けん)(げん)した黒銀の光波の中に女帝の身体が飲み込まれた。

 

 輝く翼の手により蘇った絶望に彩られ、冥府の底へと墜落していく。

氷麗女帝(バルファ・マータ)の命運は、氷河姫(ピリオド)として生きていた時に既に決していたのだと思い知らされながら、四度目の終焉を迎えるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 

 「···············」

 

 炎の海に(たたず)む独りの男。

 粉砕した女帝の()(おの)が一部と取り込んでいく。

 そうして彼は、静かに天を(あお)ぎ見た。

 

 愛するがゆえに壊す、徹底的に、それはなんて──

 

 「···罪深い······」

 

 ポツリと、独り()ちた。

 

(つか)み取れた“勝利”の価値と、今宵失われた命に想いを()せ、静かに(まぶた)を閉じる。

 片翼だけでも守り抜くという言葉に嘘はなく、余人が見れば一人の人間を守り抜けただけでも奇跡であると励ます事は間違いない。だがしかし──いいや、()()()()()輝翼(アルカイオス)は自分の無力さを強く痛感する。

 本音を言えば、コハクとヒユリの二人を守りたかった。眼前で失われていく命を助け、新たに生まれる嘆きを止めてやりたいと。

 だと言うのに、ただ見ていることしか許されず、(こぼ)れゆく命を繋ぎ止めることも出来ない。彼がやれる事は、コハクがなぜ間違えたのかを指摘してやる事だけだった。

 

 それは(ひとえ)に、ヒユリを失う瞬間まで()()()()()()()()()()()()()()()のが大きく、黄金の天駆翔(ハイペリオン)として彼らの同調率が低さにあるのだが······しかし、そんなものに一体何の意味があろうか。

 いくら大義が、理由があろうと、新たな悲しみが生まれる事は許されない。

 否、許すことが出来ない。

 そんなものは、正しい理屈を()ねただけの言い訳だ。

 

 ああ。ならば、答えなど明白で。

 私も(しょ)(せん)()()と同じ(ゴミ)(クズ)だと()(ちょう)する。

 淡い燐光に包まれながら、輝翼(アルカイオス)は己の(せい)(しん)を解除するのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 男の姿が消えると同時に、その中から子供の姿が現れる。

 唐突に身体の支えを失い、地面へと倒れそうになったが、(とっ)()に踏み止まる事で転倒を回避した。

 

 だが──

 

 「げほッ、ぐ、はァッ──ッ」

 

 星辰の解除に伴い、彼は盛大に吐血する。

 血の原因は、胃が()()()()()から。

 他に傷と近い部位にある内蔵と(ろっ)(こつ)(いく)つかが損傷したのが確認できる。

 無論、この怪我は攻撃を受けたからではない。

 

 「くそッ···こんな······ところでッ」

 

 これが反動──星辰光(アステリズム)の発動に付き(まと)う、星辰奏者(エスペラント)の時から変わらぬ神機奏者(ゴッドイーター)の基本仕様だった。

 

平均値(アベレージ)から発動値(ドライブ)への移行に伴い、出力が急上昇する反面、何の前触れもなく全身強化をすれば必然的にこうなるのだ。上がり幅が大きければ大きいほど、反動もまた順当に増える。

危険(リスク)を冒さぬ強化方法など存在しないが、コハクの場合は他人よりも強化の度合いが図抜けて高い。それこそ、無計画に切り札を切れば後で自業自得と死にかける程なのだが······

 

 「···親父······ッ」

 

 初期の目的を忘却しかねない激痛を、慣れぬ()()()()()()じ伏せる。

 バルファ・マータは殺したと語っていたが、この目で確かめないと信じられない。

 その真偽を確かめる為にも、コハクは念の為、二つに避けた剣を手にして歩き出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 同刻──紅い月光と不変の第二太陽(アマテラス)が、人と(アラ)(ガミ)の血が大量に流れた地上を照らす中、忌々しげに舌を打つ音が響き渡る。

()(れき)を背にして、地面へと座り込むように(くずお)れた男が一人。紅蓮の炎で燃え盛る居住地域の気配を感じながら、己の意志に反して動かぬ身体に苛立ちを募らせていた。

 

 無理もない。彼の身体は創傷・裂傷・死傷・殺傷・凍傷に(むしばま)れ、端的に言って(まん)(しん)(そう)()

 誰がどう見ても紛れもなく瀕死の姿だ。内蔵も壊滅的とあるならば、いよいよもって致命的と言えるだろう。

 意識を保つことさえ限界に近い。発狂寸前の激痛が全身を襲っているからか、今ならば子犬にじゃれつかれた衝撃でさえ死亡する決定だと成りうるはず。

 

 「相変わらず···融通の、効かん身体だ······」

 

 にも(かか)わらず、男は独り言を(つぶや)くだけの余力を残していた。恐らく、第三者と口を交わすことすら可能だろう。

 次瞬、右腕に走る激痛。反射的に顔を(しか)め、視線だけを動かして右腕を確認してみれば、不気味な程に黒い血肉のようなものが(ぜん)(どう)*1し、徐々にではあるものの男の身体を()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを視認し、二度目の舌打ちを鳴らす。

 彼が右手首にはめる赤い腕輪が煙を吹き上げているのを(かんが)みるに、右腕の異常はその腕輪にあるのだろう。

 単騎で居住区に侵入した新種と(はん)(よう)種が入り乱れた(アラ)(ガミ)の大軍に挑み、激闘を演じ続けた結果がこれだった。

 

 “(もろ)い、弱い、そして酷く壊れ易い···理解はしていたつもりだったが、(いささ)()()()()()()······”

 

 男が地に付している理由。それは(ひとえ)に、限界点を迎えた事に他ならない。

 身体の熱が失せる、感覚が途絶える、魂が燃え尽きていく。

 命の終焉は近い。そして同時に、()()()()()がこの居住区に舞い降りるだろう。

 それだけは避けねばならない。自滅の趣味は持ち合わせていないが、かと言って、(おの)(きょう)()も曲げるつもりが男には無かった。

 

 ふと、その時──

 

 「······親···父······?」

 

 大地を踏みしめる足音と、動揺するように声を掛けてくる声に、男は僅かに顔を(もた)げる。

 二つに引き裂いた黄金と(くろ)(がね)から()(こしら)えの剣を手にして、(なび)く黄金の髪と、返り血で汚れた白い服を身に(まと)う一人の少年。

 彼の姿を視認して、男は苦笑気味に口を開く。

 

 「フッ···なんだ、貴様か······」

 

 そして、同時に理解した。

 この少年は──コハクは、己や()()()とは異なる花を咲かせるだろうと。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ──最初から分かっていた。

 この世界は、どうしようも無く残酷なんだって。

 

何時(いつ)何処(どこ)で、誰が、何に捕食されるかなんて分からない。

(ようや)く手にした平穏も永遠には続かないし、永遠に続くのだと約束するこも出来ない。

 やがて終わるということは、いつ終わってもおかしくないということを。

 

 誰よりも、分かっていたはずなのに──

 

 「──、────」

 

 眼前の光景に、コハクはただ(どう)(もく)する。

 漸く見つけ出した父である男は、奇跡的にも生きていた。だが、彼の右手首にはまる赤い腕輪は不気味なほど黒い煙が吹き上げ、そこから徐々にその身体を()()()()()()()に侵食されつつある。

 それが何を意味するのか、なまじ分かるだけに言葉が出てこない。

 ほんの僅かな間を置いて、震える口先を必死に動かした。

 

 「···あんたは······」

 

 まるで、確かめるように。

 愚問の類だと理解しながら、コハクは父である男に問いを投げ()ける。

 

 「あんたは···これから、どうなる······」

 「愚問だな······腕輪が壊れた、侵食度も臨界点を突破した、応援を要請した部隊が未到着な今···俺は来るべき末路を迎えるしかあるまい」

 「···他に手立ては?」

 「無論、あるにはあるさ」

 

 即答され、肩が微かに震えて反応を示した。

 黒髪の男は、未だに人の原型を(とど)める左手の人差し指でコハクを指し示す。

 

 そして──

 

 「貴様が持つ、その神機で俺を殺せ」

 「────ッ」

 

 冷酷なまでの指示を、男は(おの)が息子に下すのだった。

 

 「なに、を······」

 

 ラピスラズリの如き(あお)の瞳が驚きに揺れ動く。

 無理もない。(いく)()()()()()を回避する為とは言え、ここまで直接的(ストレート)に自分を殺せと子供に指示する親は何処の世界を探しても彼ぐらいなものだろう。

 まして、神宿コハクという人間は殺害を要請されて、素直に(うなず)けるほど、異常な感性を持ち合わせてはいない。

 にも関わらず、黒髪の男は瀕死の状態とは思えないほど、その(べに)()(きょう)色の(そう)(ぼう)を鋭く細め、コハクを睨み付ける。

 

 「無理だとか、不可能だとか、()()けた事を抜かしてくれるなよ。無論、別に俺は自滅の趣味など持ち合わせてなどいないのだがね。

 だが、()()()()()()()を果たす事は、俺の()()に対する冒涜だ。俺の結末は俺が決める。ならば、やることは一つだろう」

 

 不敵な笑みを浮かべ、誇るように語る男の姿はもはや狂気を通り越し、いっそ清々しく見えた。

 恥も悔いもない彼に、嘆きや自省というものは存在しない。

 ゆえに、男──神宿アイフェイオンは(てっ)(とう)(てつ)()、態度を変えることなく告げる。

 

 「俺を殺せ、バカ息子。この()(なま)(ぐさ)い連鎖を断ち切れッ。()()()()()()()ッッ」

 

 ならばこそ、彼の言葉に迷いも躊躇(ためら)いも無ければ、(しゅん)(じゅん)などというものも存在しない。

 むしろ、激しい気迫さえ見せる父の態度に、コハクは奥歯を噛み締める。

 アイフェイオンは今、瀕死の状態だ。子供の力でも殺せるだろう。軽く()()れば、ただそれだけで息の根を止めることが可能な状態だった。

 

 本音を語れば、他の方法を探したい。

 だが、そんな事をしている暇など無いのだ。苦悶の声一つ上げていないが、男の右腕から全身へと広がりつつある()()は、現在進行形でその侵食度を深めつつある。

 いつ、()()()()()が起こるか分からない上に、この男が自分の流儀に反する事を嫌うことを、コハクは誰よりも()()()()()()から······。

 

 「···、······、···············ッ、────···──······」

 

 振り上げた左手の刃が小刻みに震えている。()を握り込み過ぎて滴る血が、風に吹かれて男の顔に降り掛かる。

 対するアイフェイオンは、コハクから目を()らさない。それはまるで、食事や排泄と同等の、生きる上で基本的な事だと言わんばかりに。

 

 「ああ──全く···貴様は貴様で難儀なものだな······」

 

 息子の血に濡れ、紅桔梗色の瞳が静かに細まる。

 男の瞳に映るコハクの瞳は、決意を固めた色と殺す事に躊躇う色を宿していた。溢れ出した思いの丈は、新たな涙となりて(ほお)を濡らす。

 

 「自分の感情一つさえ···思い通りに出来ない、腑抜けが──貴様といい、あのアホ娘といい······()()()()()()()()()······」

 

 それは、罵倒とも愚痴とも受け取れる言葉だった。

 共に悪意を意味する概念であり、それを(つぶや)く男の声色には、やはり悪意しか宿していない。

 だが、彼の息子であるコハクは気付いている。

 彼の声色には確かに悪意しか宿していないが、そこに刺々しさや突き放すような色が存在しないことを。

 

 続く言葉こそ永遠の別離(わかれ)──

 だからこそ。

 

 「────ッ、─────ッッ!!」

 

 叫びたくなる衝動を必死に噛み殺し、コハクは剣を振り下ろす。

 右肩から左腹部まで斬り裂く剣筋から決して目を逸らさなかった男は、どこまでも不敵に微笑を浮かべていた。

 

 「では、さらばだ。せいぜい···足掻きながら“生き抜け”······。馬鹿で愚かな···()()()()()······()()()()よ」

 

 それを最期の言葉とし、絶命した男は淡い燐光と共に星と神の粒子となりて霧散する。

 神機使いの死体は残らない。

 その身にアラガミ由来の因子を取り込む事で、(ようや)く対抗手段を得られるのだ。当然、そんな事をすれば人の身体は細胞レベルで形質変化を起こす。

 即ち、()()()()()()()()()()()()ことを意味していた。

 

 ゆえに、人であれ神であれ、殺された神機使いの死体はアストラル粒子を含んだオラクル細胞として、消え去ってしまう。

 その代わりにと言わんばかりに、地面に突き刺さるは赤い腕輪。原型を留めているのが不思議に思えるほど故障したそれは、一匹狼気質だった父の生き様を表すかのようだ。

 

 そして──

 

 「···ッ、······どう、して······」

 

 少年の手から剣が抜け落ちた。

(くずお)れるように、地面へと座り込む。

 

 「どうして···ッ、()()()()()()······、()()()()()って······、勝手に決めて···、勝手な事ばかり言いやがって······」

 

 自分にばかり生きる事を望みながら、勝手に消えていく者達に、コハクは()(えつ)()じりの声で(おの)が感情を吐き出していく。

 

 「俺は、他でもない···お前らに······、どこでも良いから···ッ、どこか遠くで······、生きてて欲しかったッ。それなのに、どうして──······ッ」

 

 俺ばかり生きる事を望むのか。

 続く言葉は(どう)(こく)と共に飲み込まれた。

 

 生きて──と、かつて望まれて。

 キミだけでも真っ当に──と、願われて。

 その上、父や大切な少女にまで()()を望まれた末に失って······これではまるで、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

*1
うごめくこと。




 「ン」族の植物名探してたら、めっちゃ時間かかった(´・∀・`)

 GOD EATERの登場人物って、植物かそれに関する動物の名前をモチーフにしているので、「外国語で、最後が“ン”、植物に関連する名前」となると、悲しいかな。ぜんっぜん見つからねぇッ。

 コハクの父親の名前の由来は、ハナニラの別名。
 花言葉は「悲しい別れ」。別に狙って名付けた名前ではない。

 そして、最新話で開示された“零”の時代。
 「アムリタ」というワードを見て、うp主は遠い目になった。だって、アムリタはインド神話のソーマと同一視されてるんだもん。しかも、法則が法則なだけに、「うわー、これソーマの奴、もっと自分の名前嫌いになる奴じゃん」と思いながら『黒白のアヴェスター』の最新話を読了。

 マグが神座と決別しても、人間の部分は残らないのだけ理解した。そこも含め、マジで煉炭と真逆やな。
 まあ、スィリオス兄妹とサタナイルがいる限り、解釈違いの人間部分は存在しそうやけど。
 (何だったら、サタナイルさん辺りはマグの人間部分も勝ち取りに行きそう······)

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう|・x・)ノシ



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Prologue #14




 数時間後──

 異なる武装を手にした二人の神機奏者(ゴッドイーター)が、(ようや)(くだん)の居住区に到着した。

 

 緊急事態とは言え、アイフェイオンの応援要請時刻を(かんが)みれば、致命的な遅れと言える。

 だが、二人の名誉のために言っておくならば。

 二人はもう、本当の意味で到着に遅れるしか無かったのだ。(アラ)(ガミ)に襲撃された居住区は、何も()()だけではない。

 この区画に(アラ)(ガミ)が侵入を果たしたのと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 未だに人口の少ない神機奏者(ゴッドイーター)では(さば)き切れない。加え、その多くが神機奏者(ゴッドイーター)になりたての新兵となれば、()もありなん。

 居住区を管理する本部が、新兵である神機奏者(ゴッドイーター)を出撃させる事を出し(しぶ)ったのだ。

 

 結果、迫られたのは()()()()()()

 後進の為にも、貴重な神機奏者(ゴッドイーター)の殉職させる訳にはいかない。

 そんな()()()()()の元、二人は本部の意向に従う他になく──必然として、二人の神機奏者(ゴッドイーター)は即座に駆け付ける事が出来なかった。

 

 「······酷い」

 

 眼前の光景に、言う権利などないと理解していても、刀剣を持つ金髪の少女は思わず(つぶや)いてしまう。

 後続する黒髪の少女もまた、身の丈以上はある銃を構えて警戒しながらも、()()か絶句している様子だった。

 

 居住区を焼き尽くす緋色の業火。

()(にく)()ける不快な匂いが、血の匂いと混ざって周囲一体を満たしている。

 だと言うのに、(アラ)(ガミ)の姿が確認出来ないとは、どういうことだ。

 

 「どうしますか、ツバキ先輩。隊長とも連絡が取れませんし······」

 「狼狽(うろた)えるな、ヒルデガルト。有事の際の連携は、お前も隊長から直々に叩き込まれたはずだ。それを忘れたとは言わせん」

 

 困惑を隠せない金髪の少女に対し、ツバキと呼ばれた少女は年齢に似合わぬ態度と口調を崩さない。

 絶句していたのも僅か一瞬。即座に状況を理解し、(おの)が心を仕切り直したのが分かる。

 その切り替えの速さに、少女は罰が悪そうに目を伏せた。

 

 「す、すみません···つい······」

 「いや、私は別にお前を責めている訳ではない。不安になるのは理解できるが、今は最善を尽くす時だと言いたいのだ。たとえそれが、どれほど絶望的な状況だろうともな」

 「はい、分かりました」

 

 叱責とも取れる先輩からの()()に、ヒルデガルトと呼ばれた少女は改めて背筋を伸ばし、神機を片手に周囲を警戒し始めた。(アラ)(ガミ)の気配は今のところ感じられないが、用心に越したことはない。

 後輩が自分の役割を担うのを見届けたあと、ツバキは上着の内ポケットから通信機を取り出して、本部との連絡を開始した。

 

 「こちら、第一部隊の雨宮ツバキ。神宿大佐の応援を受け、現地に到着した。オペレーター、状況の確認を求む」

 『こちら、(さくら)()。第一部隊の現地到着を確認。すぐに(アラ)(ガミ)のオラクル反応のデータを────······こ、これはッ!?』

 

 連絡が繋がり、状況を把握して動き出そうとした刹那、驚愕の色を隠せない青年の声が通信機越しから響く。

 声の主が滅多な事では狼狽えない性格の持ち主だと知るツバキは、即座に異常を察知して、()(げん)そうに目を(すが)めた。

 

 「どうした櫻井、何かあったか?」

 『いえ、それが······先程まで確認できた(アラ)(ガミ)のオラクル反応が()()()()()()()()()んです』

 「えッ!?」

 「なんだと?」

 

 櫻井と呼ばれた青年から(もたら)された新情報に、ツバキとヒルデガルトは反射的に驚きの声を上げる。

 

 『おかしい···こんな事が有り得るのか······? 確かに該当地区の(アラ)(ガミ)は、イオン隊長が対応に当たっていたが············』

 

 まさか、あの人が全ての(アラ)(ガミ)を討伐した? だとするならば何故、イオン隊長は応答してくれない? と、櫻井は独り()ちていく。

 彼の(ろう)(ばい)ぶりから、常に防衛最前線と化した当該地区に存在するオラクル反応に気を配っていたのだろう。

 他の地区に侵入した(アラ)(ガミ)の鎮圧へ向かっていたツバキ達のオペレーションをこなしつつ、いつでも応援要請に応じられる状態を維持していたに違いない。

 事実として、現場に居合わせるツバキやヒルデガルトでさえ、該当地区に存在するはずの(アラ)(ガミ)の気配を感じずにいる。

 

 「分かった。では、生体反応及び腕輪のビーコン反応の確認を頼む」

 

 謎が深まる中、凛としたツバキの声が響いた。

 この際、(アラ)(ガミ)のオラクル反応が消失したのを好都合と考え、生存者捜索を最優先事項に変更(シフト)したのだろう。

 

 『分かりました。直ぐに検索を開始します』

 

 凛とした彼女の指示に冷静さを取り戻したのか、櫻井は素早くキーボードを操作して、電子機器で確認できる生存者を探し始める。

 そして、実行キーを叩く音が響いた──刹那に。

 

 『···申し訳ありません······辛うじて、腕輪のビーコン反応は確認出来ますが···生体反応については······』

 

 確認が出来ないと、櫻井は通信機越しで続ける。

 それが何を意味しているのか、分からない二人ではない。

 即ち、この街区で生活していた住民も、(アラ)(ガミ)から街区を守る為、文字通り命を()けて戦った神機奏者(ゴッドイーター)も、(みな)(ひと)しく全滅した事を意味していた。

 

 「そんなッ」

 

 理解した事実に、絶句する事しかできない。

 しかしそれも、むべなるかな。居住区の住民が全滅するなど、それこそ()()()()()()である。

 

 『──待って下さい。一つだけ···腕輪のビーコン反応と思われるモノが確認できます。ただ······かなり反応が微弱で、上手く反応を拾えません』

 「生体反応は?」

 『···()()······()()()()()······』

 

 歯切れの悪い櫻井の返答に、ツバキは(しば)(めい)(もく)する。

 そして、再び(まぶた)が開いた時、その新緑色の瞳には決意の色が宿っていた。

 

 「よし、その座標を教えてくれ。今から確認に向かう」

 

 下された判断。

 その内容に、ヒルデガルトは目を(みは)り、櫻井は通信機の向こう側で息を()んだ。

 

 『本気···ですか? 仮に、この反応が腕輪のビーコンだった場合、()()()()()さえ想定できるんですよ?』

 「だからこそだ、櫻井。(アラ)(ガミ)のオラクル反応が確認できない以上、本当に()()()()()に陥っているのか確かめるべきだ。違うか?」

 『······分かりました。すぐに座標をそちらに送信します』

 「ああ。感謝する」

 

 言って、ツバキは通信を切った。

 同時に彼女の通信機に送られてきたのは、先ほど櫻井が電子機器で観測した反応の座標が記された、一つの地図。

 それを確認した彼女は、ヒルデガルトに向き直り──

 

 「話は聞いていたな、ヒルデガルト。これから件の座標(ポイント)に向かい、反応の正体を確かめる」

 「···了解(ヤヴォール)

 

 先輩の指示に、後輩は複雑ながらも素直に応じるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 炎に包まれ、神と人の血に濡れた街区を二つの影が疾走する。

 唯一確認できた微弱な反応を目指し、時に曲がり角で停止。左右を確認すると、ヒルデガルトがツバキを(いち)(べつ)しているのに気付き、彼女は無言で(うなず)

 そして、腕輪のビーコン反応が存在する座標──広場へと二人は同時に(おど)り出た。

 

 そこに立っていたのは──

 

 「······、子供?」

 

 そう、子供だった。

 

 見た目からして、恐らくは十代前後──

 風に揺れる黄金の髪は赤く染まった月に照らされ、生者とは思えぬ(はく)(せき)の肌も、身に(まと)う白い服さえ、(あか)に染まっている。

 だが、その血が子供自身の怪我によるものではないと、ツバキもヒルデガルトも即座に見抜いていた。

 

 明らかに外部から浴びなければ、その血痕はありえなかったから。

 されど、次瞬それら全てがどうでも良くなってしまう。

 

 「先輩、アレッ!」

 

 この地域では珍しい黄金の髪を持つ少年は、その左手で引き裂かれた黄金と(くろ)(がね)(こしら)えかな成る刀剣と()()()()()()

 無論、赤い腕輪などはめていない。他人の神機に──しかも生身で──接続するなど、神機奏者(ゴッドイーター)の誰が見ても自殺行為に等しかった。

 

 「ちょっと、そこの少年!」

 

 慌て、ヒルデガルトが少年に呼びかけると、彼の肩が(かす)かに反応を示す。

 音を辿るように、背後を振り返る少年。虚無を見詰める(あお)の瞳に背筋が凍るが、しかし負けじとヒルデガルトは向き合い続けた。

 

 「その剣から手を離しなさい!

 きみ、それが神機だと分かっているの!? 危険だから、すぐに神機から手を離しなさい!!」

 

 一昔前の発動体とは異なり、神機は(アラ)(ガミ)を討伐する為だけに製造された生物兵器。

 武器の形こそしているが、その本質はただの人工アラガミと何ら変わらない。

 加え、制御機構たる腕輪も無しに接続するなど、危険などという言葉さえ生易しいと言えた。それこそ、()()()()()になっている方が自然である。

 

 だと言うのに──

 

 「···········」

 

 無言、返答はない。

 その瞳は確かに、此方(こちら)()()えている。

 なのに、その要望は届いておらず──

 

 「お願いだから! きみ、()()()()()()()()()()()()ッ!?」

 

 こんな地獄絵図と化した街区で、ただ一人の生き残りとなれば、確かに生きる希望など持つ事は困難を極めるだろう。

 それこそ、生きる意味さえ見失っていてもおかしくはない。

 ゆえに、ヒルデガルトは思わず問い掛けた。

()()()()()()、と。

 

 「聞いているんですか! ねぇ!!」

 「···············」

 

 再び無言。返答はない。

 だが、次の瞬間──

 

 「──、────」

 

 突然、少年の身体が糸の切れた人形のように(かたむ)いて。

 

 「おい!」

 「危ない!」

 

 ツバキとヒルデガルトはそれぞれの反応を示しながらも、地面に倒れた少年の元に駆け寄った。

 やはりと言うか、彼には怪我一つない。奇跡的と言うべきか、信じられないと言うべきか──いや、そんなことはどうでもいい。

 心臓の鼓動が跳ねる。

 ツバキがそっと、子供に触れてみれば、脈はまだ存在して生きていた。

 

 「ヒルデガルト!」

 「はいッ!」

 

 すぐさま後輩の名を呼べば、彼女は即座に通信機を取り出して、オペレーターと連絡を取る。

 生きている。死んでいない。生存者など皆無という絶望の中、この少年()()が生きていた事実に満足する。生来、ツバキもヒルデガルトも高望みはしない性格だった。

 

 気を失う少年の手を握り、ツバキは胸中で渦巻く喜びを噛み締めながら、力強く告げる。

 

 「よくッ、生きていてくれたッ」

 

 何があったかなど、後で好きなだけ考えれば良い。ゆえに、今はただ、彼を保護するために全力を注ぐ。

()()()()()()()()()()いれば、人は()()を生きる事が出来るから──

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 こうして──

()西()()を新たに(けん)(いん)する組織・フェンリル極東支部で発生した、外部居住区・同時多発的アラガミ襲撃事件は、()()()()()()()()を残して、全員が犠牲になると言う、()(ぞう)()の被害を爪痕として残した。

 

 元々、いつ破壊されても()()しくない壁周辺に居住区を(もう)けた事が仇となったのだろう。

 マスメディアの印象操作も相まって、民衆の怒りの矛先は、鬼の首を取ったような勢いでフェンリル極東支部に向けられた。

 

 襲撃を受けた、外部居住区の人間の為とかいう、そんな訳の分からない大義名分を掲げて。

 しかし、極東支部を預かる支部長は(しん)()なもので、即座に装甲壁付近の居住区を閉鎖。定期メンテナンスを行う場所として再利用する事が決定されたと聞く。

()()()()()()()()の帰る場所などよりも、もっと大勢の人の命を守るための(いしずえ)とする方が犠牲者も報われるからだ。

 

 後は、なべて世は事もなし。

 時間は緩やかに過ぎ去り、再び始まる日常により塗り重ねられていく。

 

 語り部なき悲惨な事件は、やがて人々の記憶から忘れ去られるだろう。

 

 何せ、こんな事件は今の時代では()(きた)りな悲劇でしかないからだ。

 自分とは無関係な過去にいつまでも縛られるのは、可笑しな話だからだ。

 

 ゆえに、誰も気付かない。 

 悲しき宿命を背負った者が暗躍していることを。

 あの悲劇は、その一つでしか無かったことを。

()()()()()()()()さえ、その事実に気付くこともないまま、在り来りな悲劇は幕を下ろすのだった──

 

 

 

黄金の天駆翔/PrologueEND




 プロローグ、これにて完結ッ。
 いや、だから長ぇよ。というフリーツッコミは後回しにするとして、オペレーターやツバキさんの後輩など、足りない部分はオリキャラで補完しました。

 時期的に、ツバキさんとリンドウさんがフェンリルに入隊したのは異なるので、その為ですね。だから、必然的に隊長も違うと。
 割と花関係の名前縛りってキツイ。

 つか、ミステル・バレンタインの名前を見てて思ったんだけど、【GEオンライン】に『ゴドー・ヴァレンタイン』なる人物がいたなーと、最近思い出した次第。
 というか、うp主が【GE】シリーズに入るきっかけになったのが【GEオンライン】で、サ終&レオとコラボ来た時はキレて、絶対にレオやらないと決めた記憶ある。

 本編コハクのキャラは、【GEB 男ボイス15 彷徨(さまよ)える者】を見てみると、参考程度にはなるぞ。
 (ゼファーさんよりもやる気なさそうな雰囲気だけど)


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設定集(1)






 

 

・神宿ヒユリ

 

 コハクの姉で、彼にとって『日常の象徴』とも呼べた少女。

 享年15歳。

 

 同時多発アラガミ襲撃事件の時に命を落とすが、そこでコハクが奮起できたのは、(ひとえ)に彼女の存在があったこその部分が非常に大きい。

星辰奏者(エスペラント)としてならば、高い適正を有する反面、神機奏者(ゴッドイーター)としての適正は絶無という珍しい人物だった。

 

 心優しく芯の強い性格で、温厚で大人しい気質を持つ反面、自分の意見はハッキリ口にする気の強さも持ち合わせる。

 端的に()()にでもいるような、極々ありふれた平凡な少女であり、それ以上でも以下でもない。

 

 姉として、コハクを誰よりも愛し、理解し、その行先が幸せで満ちている事を願っていた。

 

 

・神宿アイフェイオン

 

 コハクとヒユリの父で、第一部隊部隊長。

 享年34歳。

 

 本名アイフェイオン・フェルドマン。

 アイザック・フェルドマンの伯父に当たり、妻の元に婿(むこ)()りした為、日本人の姓を名乗る。

 名前が長いので、親交のある人物からは「イオン」と呼ばれており、本人も気に入って周囲の人間にそう呼ばせている。

 

 第一世代型神機初の適合者。

 元々は軍事帝国アドラーが誇る黄道十二星座部隊(ゾディアック)が一つ、第五南部征圧部隊・灼焔獅子(レオ)の部隊長を務めていた。

 

 性格は冷静沈着で寡黙。柄が悪く、時に目的の為ならば手段を選ばないアウトローではあるものの、情に(あつ)く面倒見の良い一面を持つ。

 自分の流儀は必ず貫き通す人物で、無駄や悪事を嫌う反面で、手堅くも総取りを目指す姿は、ある意味で強欲と言える。

 

 使用神機はバスターブレード/タワーシルド。

星辰光(アステリズム)の能力は、電磁力操作・構成元素分解能力。

 

 

・ヒルデガルト・フォン・キルヒアイゼン

 

 2059年、フェンリル本部に入隊。

 同年、極東支部に転属。第一部隊の一員となる。

 旧西暦時代から続くドイツ貴族の生まれ。本人曰く、アドラー黎明時代には、改革派に属していたらしいが真偽は不明。

 

 名前の通り、ベアトリス・キルヒアイゼンの近親者。

 より正確に言えば、ベアトリスの兄方の子孫である。

 

 本編開始前にベルリン支部に転属が決まった。

 

 使用神機はショートブレード/シールド。

 

 

・櫻井ルイ

 

 2056年、フェンリル極東支部に入隊。

 高い適合率を持つが、適合できる神機が存在しなかった為、2065年までオペレーターを務めていた。

 

 シンガポール支部で適合神機が発見された為、橘サクヤと入れ替わるように転属。

 彼のオペレーター技術は極東支部に人材育成マニュアルとして残しており、曰く「最後の世話焼き」。以後、サクヤ→ヒバリという風に継承されていく形となった。

 

 

・同時多発的アラガミ襲撃事件

 

 新西暦2060年、フェンリル極東支部の外部居住区にアラガミが同時多発的に襲撃してきた事件の総称。

 最も被害が大きい所で、居住区域に在住する人間がたった一人の生存者を残して全滅という、前代未聞の犠牲者を出している。

 

 これは外部周壁近くに居住区を設けたこと。

 アラガミの成長速度を侮っていたことが原因である。

 実際、当時の極東は島国の一部という地理上の都合もあり、新種のアラガミが出現しにくい地域で、成長速度も緩やかなものだった。

 

 総合的に人の緩みが生み出した悲劇とも言えるが、マスコミの印象操作で、壁付近に在住していた者にも責任があると考えている者も一定数だが存在する。

 唯一の生存者であるコハクは、アラガミが襲撃してくる前に、通常ではありえない『音』を聞いており、本当に偶発的な悲劇なのかと疑念を抱いているが、詳細は不明。

 

 

・アフラマズダ

 

 アイフェイオンが使用していた神機の名称。

 表向きは第一世代型神機とされているが、その正式的な扱いは、第一世代型神機のプロトタイプである。

 

 天地(かい)(びゃく)と共に存在したとされる神剣が名前の由来であり、関係性は不明。

 高い適合率を誇るため、研究対象として解明が進められていたが、アイフェイオンがこの神機の適合者となった事で、必然的に研究もストップした。

 

 また、作中でアルカイオスが真っ二つに引き裂いた長剣とは、この剣の事である。

 

 





 もはや、設定と言う名のキャラ紹介( ̄▽ ̄;)
 ヒルデガルトはドイツ語で「オダマキ」の名付けたとされる『ヒルデガルト・フォン・ビンゲン』を由来としています。
 櫻井ルイに関しては、既に植物関連の名前が着いているので、適当に『イ』が語尾に着く名前にしました。

 櫻は桜の旧漢字だし······。

 ただ、ベア子や戒兄さんでは(ひね)りが無いよなーと思い、ベア子のお兄さんと、(れい)さんを先祖とさせて頂きました。
 だってほら、本編にはデア=フォーゲルヴァイデという華麗なるファミリーネームをお持ちの方がいらっしゃいますから。
 (報われないらしいけど······知るか、そんなもん! これは二次創作という名の阿片じゃい!!)



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第一章 戦いの序曲/Ouvertüre der Schlacht
第一話 神を喰らう者/God Eater 前編





1

 

 

 ──そして現在。

 

 新西暦2071年、1月13日──極東、(しょく)(ざい)の街。

 AM11:28···

 

 光源の異なる二つの太陽が、建ち並ぶビル群を薄く照らしていた。

 静寂に包まれた空間に(たたず)むそれらは、まるで名も無き共同墓地のようであり、荒廃した街の(ふん)()()をより一層と際立たせている。

 街の象徴(シンボル)として建造された教会とて、()もあらん。(まつ)られた救世主の彫像は既に(つい)え、もはや祈りを捧げる信徒の影一つ存在しない。

 その代わりと言わんばかりに、人がいなくなった街を我が物顔で(ばっ)()しているのは、(しず)まる事を知らない荒魂(あらみたま)だ。

 

 荒れ果てた神の家の前には、巨大な(からだ)を持つ(アラ)(ガミ)が地面に倒れ伏している。

(しかばね)と化した躯からは、()(どう)(しゅ)を思わせる血が、所々に点在する傷口から溢れ出していた。

 

 血の匂いを()ぎ付けたのか。小型の白いティラノサウルスを(ほう)彿(ふつ)とさせる(アラ)(ガミ)が数匹、屍と化した大型アラガミの元に群がり始める。

 無防備に(さら)された死骸。荒ぶる神である前に、一匹の獣である小型恐竜たちは何の(ちゅう)(ちょ)もなく、その肉に喰らい付くのだ。

 

 我先にと言わんばかりに捕食する姿から、余程の空腹状態だったのが(うかが)える。

 無我夢中で血肉を漁る姿は神と言うよりも、もはや悪魔だ。およそ、神聖さなど感じられない。

 だがしかし──いいや、だからこそだろう。

 ノソノソと、明らかに小型恐竜よりも重量のある足音が響き、彼らの元に近付いていると言うのに、彼らの誰一匹としてその音に気付かない。

 

 「────!」

 

 次瞬、一匹の小型恐竜が異変を察知して背後を振り返るが、もはや時すでに遅し。死骸を晒す個体と同種族の獣が猛々しい咆哮と共に、小型恐竜の群れへと襲い()かるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 虎のような容姿を持つ大型アラガミは、(またた)く間に四匹近くの小型恐竜を(じゅう)(りん)する。

(おの)が同種族の死骸には(いち)(べつ)もくれず、その大虎は小型恐竜の死肉を(むさぼ)り始めた。

 

 神の家の前で行われた、文字通りの弱肉強食。

 弱きモノの肉は、強きモノの食物であると言わんばかりの光景は、適者生存を前提とする自然の摂理さえ無視していると言って構わない。

 ある種、冒涜的と言える捕食行動に(いそ)しむ中、広場を(へだ)てた教会の直線上に建造されたビル内にもまた、獲物に目を光らせる影が三つほど存在していた。

 

(アラ)(ガミ)により空けられた横穴を利用し、()()(たん)(たん)と様子を(うかが)う影は、大虎よりも巨大な獣などではない。

 むしろ、小型恐竜よりも更に小柄な人間である。

 彼らの手には(みな)一様に身の丈以上の武器が握られており、その姿はまるで、獲物に狙いを定めた狩人のようだ。

 

 いや、実際に狩人なのだろう。

 大虎の(あぎと)が、小型恐竜の(うなじ)に喰らいついた、次の瞬間──

 

 「────っ」

 

 穴の左側に身を隠していた黒髪の男が、赤いチェーンソーを思わせる長刀を肩に(かつ)いだまま、大虎が捕食行動を続ける広場へと(おど)り出る。

 試合開始のゴングが鳴り響いたかのように、それに続くは穴のに右側に身を隠していたフードの青年。

 すると、己に襲い掛かる敵の存在を察知したのか。大虎は死骸を漁るのを止め、(だいだい)(いろ)のマントを広げながら威嚇の咆哮を上げる。

 常人ならば間違いなく恐怖に腰砕け、弱い者なら卒倒しかねない殺意の発露を前にしかし、二人の年代の違う男は決して(ひる)まない。

 武装の特徴ゆえに、青年よりも速く肉迫しつつある黒髪の男に、大虎は右の凶腕を振り上げるがしかし──

 

 「させないわッ」

 

 喝破と共に轟く銃声。空を裂く狙撃弾が、振り上げられた大虎の凶腕を恐るべき命中度で穿(うが)ち抜く。

 それは、男二人に遅れて広場に躍り出た焦げ茶髪の女の手によるものだった。

 

 彼女の手には、やはり身の丈以上のスナイパーライフルが握られている。

 黒を基調とした(つやや)かな衣装に劣らぬ(たん)(れい)な女を、戦闘開始と共に凛々しい女戦士へと姿を変えるのだ。

 

 ──が、この程度で大虎が倒れる訳もなく。

 

 「グオオォォォォオオオッ──!!」

 

 女の援護射撃を(わずら)わしいと言わんばかりに、地を揺らす咆哮が木霊する。

 マントを帯電させ、雷球を乱射する大虎。三人の男女が、その雷球を回避したことで()(じん)と言う名の煙幕が舞い上がる。

 それでも三人は慌てず、怯まず、冷静に。

 視界が悪化するという状況は、一見すると人間の方が不利に見えるがしかし──彼らの視界には帯電したマントが描く軌道を捉えていた。

 

 ゆえに──

 

 「大人しく──」

 

 男と左右に別れた直後、空中に(ちょう)(なく)していた青年が、自分よりも二回りはあろう黒い大剣を振り(かぶ)りながら、己の体重と重力を利用した天墜を敢行する。

 

 「しやがれッ!」

 

 空中から大地に(はし)る黒い斬撃。

 ただ闇雲に砂塵の中を突進し続ける大虎を正確に捉えた一撃が、その顔面を情け容赦なく破壊した。

 

 「があぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 顔面を砕かれ、血を()き散らしながら、巨大な()(たい)をのたうち回す大虎。暴れる巨体に押し潰されぬよう、フードを(かぶ)る青年が後ろへ飛び退()けば、そんな彼と入れ替わるように大虎の(ふところ)へと黒髪の男が踏み込んでいく。

 

 「おーらよッ!」

 

()()押しの追撃と言わんばかりに、男は赤い長刀で大虎の腹部を横一文字に斬り裂くのだ。

 が、如何(いかん)せん傷が浅かったのか、即座に体勢を立て直した大虎が苛立ちの()()を上げ、獲物である男に飛び()かる。

 直撃の瞬間まで引き寄せてから、おっとと間抜けた声と共に、ヒラリと(かわ)す黒髪の男。

 彼を標的とした飛び掛かりを華麗に躱し、代わりに大虎の着地点に居るのは、フードを目深く被った青年だった。

 

 「ふっ───!」

 

 巨大な装甲を開いて大虎の飛び掛かりを防ぎ、勢いをそのままに黒い大剣を振り上げるカウンター攻撃が大虎に叩き込まれる。

 この三人の中で随一の切断力と破砕力を備えた青年の大剣は、そのカウンター攻撃だけで大虎の顔面のみならず、腕の()()(もど)きさえ粉々に打ち砕くのだ。

 

 「···(もろ)いな」

 「壊れたな」

 

 呆れ気味に確認する青年に対し、男は()()か喜色を乗せた声音で大虎の部位が破壊されたのを確認する。

 そのまま追撃をしようと大剣を構え直す青年に、銃撃で援護する女、そんな二人に負けじと男が(きびす)を返し、大虎に追い(すが)るがしかし······

 

 「ぐるる······ぐおぉぉぉぉぉおおおぉぉッッ!」

 

 刹那、天に轟けと言わんばかりに轟く咆哮。

 同時に大虎の半径5m以内に発生した雷撃が、追撃しようとしていた青年は(もち)(ろん)、肉迫していた男をも焼き付くさんと放出する。

 後者は自分の足で急ブレーキを掛けながら、(とっ)()に赤い装甲を開くことで雷撃を防いだが──

 

 「クソッ!」

 

 前者は装甲の大きさゆえか、防御が間に合わず直撃を受けてしまう。攻撃の威力でにより、フードを被る青年が後方に吹き飛ばされた。

 が、ただで地を()めるほど彼は未熟ではない。

 受け身を取り、足先で地面を(えぐ)りながら着地した青年は即座に体勢を立て直し、再び大虎の下へ疾走を開始した。

 

 黒髪の男と焦げ茶髪の女が彼の事を心配しなかったのは、(ひとえ)に青年に対する信頼があってこそ。

 

 「ガアァァァアアッ!」

 

()(もん)咆哮(さけび)とは異なる声を上げた刹那、大虎は巨大な()(たい)を低く(かが)ませ、装甲を開いたままの黒髪の男に突進する。

 

 「うおッ!?」

 

 直後、続けざまの飛び掛かり。着地と同時に発生する衝撃波の重さに、男は踏ん張り続ける事が出来ずに後退させられる。

 気付けば、大虎は宙返りしながら後ろに飛び退()いており、いつの間に帯電させていたのだろう(いかずち)が橙色のマントで火花を散らしていた。

 

 「げッ──」

 

 それを目視した男は、嫌そうな声を上げ──

 

 「ヴァジュラ砲、来るぞッ! 全員、死ぬ気で(かわ)せェェッ!!」

 

 瞬時に危険を仲間に知らせ、(のど)が張り裂ける勢いで指示を下す。

 刹那、ヴァジュラと呼ばれた(アラ)(ガミ)のマントから放たれるのは、雷球による一斉掃射。およそ、巨大な装甲でも防ぎ切れるとは思えない量の雷球が地上に向かって降り注ぐ。

 再び舞い上がる砂塵の煙幕。

 地面に着地したヴァジュラが、砂の向こう側にいる三人の獲物に威嚇した。

 

 ──流石(さすが)に生きてはいまい、と。

 まるで、勝ち誇るかのような威嚇だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

2

 

 

 弱肉強食・適者生存──

 自然の摂理を表す正規の言葉がどちらであろうと、決して忘れてはならない事実がある。

 

 それは──

 

 「うおぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!」

 

 自然界の中で最もしぶとい生物とは、“人間”であるという事だ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 気合の喝破を轟かせ、砂塵の中を突き抜けてきたのは、漆黒の髪を持つ男──ヴァジュラが一斉掃射した雷球の射線上にいた張本人である。

 彼の装甲では開いた所で意味はなく、圧倒的な物量差による雷球斉射に耐え切れずに吹き飛ばされるのが関の山だ。

 

 後ろに飛び退いても結果は同じこと。

 地面に着弾した雷球はコンマ一秒以内に連鎖爆発を起こし、男はそれの巻き添えを無防備に喰らうしかない。

 直撃するかしないか──そんな些細な違いに過ぎない攻撃網の中で彼が選択したのが、雷球の弾幕を()()()()()(くぐ)り抜けるというものだった。

 

 「創生せよ、天に描いた(せい)(しん)を──我らは煌めく流れ星」

 

起動詠唱(ランゲージ)を唱え、さながら鋼の英雄のように雄々しくヴァジュラへ接敵する黒髪の男。

 迷う事も躊躇(ためら)うことも無い。それもそうだろう。何故なら、彼は()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 「強大な敵と戦い続けて(いく)(せい)(そう)

 局所的な優勢は勝ち取れど、全体の優位に立てたことは一度もなく、運命は()()()()の如く(もてあそ)ぶ」

 

 対するヴァジュラは、男を迎撃しようと身を(かが)める。

 刹那、それを許さぬとばかりに砂塵の煙幕から飛び出す一つの影があった。

 

 「悪いけど、頭上注意よ!!」

 

 身の丈以上はあるスナイパーライフルを苦もなく片手で構えた女が、切り揃えた焦げ茶色の髪を風に(なび)かせながら、銃声を轟かせる。

 放たれた狙撃弾がそれと同時に、三つのレーザー弾に分裂。目で追える速度で敵手を追尾しながら、正確に相手の弱点である顔周辺を撃ち抜いた。

 

 傷口に塩を塗るかのように、レーザと言う名の熱線で破壊された()(しょ)を追撃されたヴァジュラは、()(もん)咆哮(さけび)を広場に響かせる。

 その間に平均値(アベレージ)から発動値(ドライブ)に移行。黒髪の男の身体が雷光の如く変化していく。

 

 「ならばこそ、我は()()を切り(ひら)く一助とならん。前人未踏の(しゅう)(きょく)山脈*1さえ踏破して、戦地竜王は統治繁栄が花吹く天理へと牙を()く」

 

 しかしそれは、かつて旧イングランド領に存在した雷鳴福音(ゴスペルゲイン)の名を冠した騎士とは異なる性質を備えていた。

 仮に彼処(あちら)が外側に向かって発動する星辰光(アステリズム)ならば、此方(こちら)は正しく()()()()()()()()()()()()()()

 

 「強敵を囲め、視点を変えろ、死を(もたら)す勝利の果実など捨ててしまえ。

 諸行無常・盛者必衰──生の(むな)しさを(うた)うのが常世の(ことわり)ならばこそ、今ある生を華々しく彩ろうぞ」

 

 それは、肉体強化とも違う異能の具現。

 ()()()()()()()と言う願いを異星が叶えた結果、これまでとは異色の法則が地球に降り立とうとしていた。

 

 「さあ(おご)りに満ちた神々よ、黄昏刻は終わりを告げた。我が忠告、聞き入れられぬと(のたま)うならば、今ここで内側より滅び去るが良い」

 

 刹那、異変を感じた獣神が二人の支援攻撃さえ振り切り、星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)を乱舞させながら迫る男に狙いを定める。

 

 「リンドウッ!」

 「ちッ」

 

 悲鳴じみた声をあげる女に対し、青年は忌々しげに舌を打って(きびす)を返した。

 しかしそれは、すぐに()(ゆう)に終わるだろう。既に詠唱は完了した。

 

 「超新星(Metal nova)──生存せよ可謬の理(Barca ray)継承されるは(Blood)恵みの雷光(Surge)

 

 超新星と同時に、爆裂するは雷光氷嵐。

 飛びかかった獣神は、(きり)に飛び込むかのように、リンドウと呼ばれた男の身体をすり抜ける。

 否、すり抜けると言うには(いささ)()(へい)があった。

 

 「おいおい、()()見てるんだ?」

 

 獣神の背後を取るリンドウの姿。

 そう、ヴァジュラが飛びかかった相手は、星光を輝照した状態で移動した際に副産物として生まれた残像に過ぎない。

 

 「オラァッ、小っ恥ずかしい詠唱唱えさせたお返しだァッ!!」

 

 ヴァジュラが振り返る瞬間、長刀を横一文字に薙ぎ払いながら、その側面に回り込む。

 

 「ソーマッ」

 「言われなくともッ!」

 

 同時、入れ替わるようにソーマと呼ばれた青年が黒い大剣を振りかざした。

 迎撃しようとする獣神を、女の銃撃が許さない。

 

 「くたばれッ!」

 

 罵倒と共に振り落とされた剣撃が、ヴァジュラの尻尾ごと躯体を斬り裂かんと猛威を振るう。

 次瞬、リンドウの斬撃によって獣神の体内に残留していた氷の粒が刺激され、内部から雷による連鎖爆発を引き起こした。

 

 「グウウ、ガアアァァァァァァッ!」

 

 苦悶とは別の咆哮を上げながら、高々と空に飛び上がるヴァジュラ。

 帯電させたマントを広げ、再び空中から雷球を降り注ごうとする。

 

 「(たた)み掛けるぞ!」

 

 言ってリンドウは、あろう事か力強く地を蹴り上げ、空高く(ちょう)(やく)。逃がさんと言わんばかりに追い(すが)るのだ。

 

 そして──

 

 「あの野郎······」

 

 男の無謀に、地上にいる青年は苛立ちを隠せずにいた。

 

 このままヴァジュラに追い縋った所で、リンドウが濃厚密度な雷球に撃ち()とされる。

 無論、そんな事ぐらい(くだん)の彼は理解しているはずだ。理解していて、己を含めた敵も無防備になる空中で相手を仕留めようと画策している。

 その上で欠かせないのは、目深くフードを(かぶ)る青年の援護だ。

 

 無謀な行動に出たのは、彼の援護を有無を言わさず引き出す為である。

 その意図を理解してしまい、青年は舌を打ちながら大剣を振り被った。

 

 「手間かけさせやがって······この、確信犯がッ!!」

 

 (ぼう)(だい)な量の星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に感応しながら、()()()()()()()で大剣を振り下ろす。

 斬撃と共に放たれたのは、蒼黒の爆熱火球。

 ヴァジュラが撃ち下ろした雷球と同等の量で放たれたそれらは、星辰光(アステリズム)により()せる技なのだろう。男を撃ち殺す気で放たれながらも、彼に直撃する寸前で軌道を曲げ、彼に迫りつつある雷球を狙い撃つのだ。

 

 雷球と蒼黒火球が激突した瞬間、耳を(ろう)する*2爆炎と、目も(くら)むような閃光が炸裂する。

 

 「ガギャッ!?」

 

 唐突な光に、空中にいる獣神は(たま)らずと言った様子で態勢を崩した。

 ヴァジュラ種は怒りで活性化している間、視覚の悪さに反比例して突発的な閃光に弱い傾向にある。

 結果、致命的な隙が獣神に生じ──

 

 「そーらッ、これで(しま)いだッ!」

 

 その間に肉迫していたリンドウが、追い越しざまに長刀を大きく横一文字の斬り払い、(しめ)に地面へ向かって蹴り落とした。

 

 「ギッ···、ガッ······」

 

 致命の傷を刻み込まれ、勢い良く地面に叩き付けられた獣神は苦悶の声を漏らす。

 先の別個体のヴァジュラ同様、神の家の前で倒れ伏した獣神を、破損したステンドグラスが静かに見下ろしていた。

 

 

 

*1
アルプス山脈のこと

*2
耳が聞こえなくなる。また、聞こえなくする。




 ようやく本編に突入!
 あー、長かった。リンドウさんの詠唱のタイミングをどうしようかと、悩みに悩んだ結果、リメイク前と変わらぬ事に······( ̄▽ ̄;)

 まあ一応、候補としては「VSウロヴォロス戦」でも良かったんですけど、ラグナロクを除いた新西暦サーガにはある種の法則性がありまして。
 主人公は主要メンバーに見られていないケースが多い(ゼファーは言わずもがな。アッシュは他の仲間の同行が書かれていないので不明。多分、気絶して見られてない?)。
 対して、主要メンバーが星辰光(アステリズム)を使用する場合、その(ほとん)どを主人公が目撃している。

 これらを吟味した際、「あ、リンドウさん無理だ」と速攻で判断。主人公いないけど、主要メンバーが揃う今しかねえと思い、リメイク前と変えない事に決定。
 
 後、リンドウさんの場合、詠唱が二パターンありそうと言うのもある。

 (ヒント:BURST編後のリンドウ氏の身体)
 星辰光(アステリズム)のステータスと詠唱全文はまた次回に!

 日曜日はとにかく執筆関係で忙しいのです。
 それでは| ・∇・)ノシ♪


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第一話 神を喰らう者/God Eater 後編




3

 

 

 完全な生命活動の停止を確認し、フードを(かぶ)る青年と()げ茶髪の女は戦闘態勢を解除する。

 そんな二人に合わせる形で、リンドウと呼ばれた男が発動値(ドライブ)平均値(アベレージ)に移行させた。

 

 次瞬、雷氷と化していた彼の身体が元の生身の肉体に戻り、青年と女性に(いち)(べつ)*1ずつくれる。

 女は無言で(うなず)いたが、青年はリンドウから()(こつ)に目を()らすのみ。

 返事をするどころか、ふてぶてしい態度で鼻を鳴らす青年を、リンドウは苦笑気味に肩を(すく)めるだけで、それ以上は何もしなかった。

 

 彼の無愛想な態度は今に始まった事ではない。

 本来ならば、一上司として注意すべきなのだろう。が、注意した所で効果が薄いのもまた事実。

 加え、雨宮リンドウと言う男は、そういう()()()(いと)*2傾向にある以上、尚さら注意する理由が無かった。

 

 ゆえ、いつも通りなあなあに受け流す。

 口や態度で無関心を示す青年だが、仕事を放棄することは無い。

 女が(きびす)を返せば、その後に続く形で青年もまた踵を返し、女と共に周囲を警戒し始めた。

 

 背中越しで彼らが定位置に着いた事を感じ取ると、リンドウは(とび)(いろ)のコートを(ひるがえ)す。

 白煙を上げる()()()()のヴァジュラの下に歩み寄った彼は、右手に握った武装を上向きに構えた。

 

 すると、(くさり)(のこ)*3(ほう)彿(ふつ)*4とさせるその長刀が(うごめ)くように揺れ動き、その根元部分から黒い獣を思わせる異形の(あぎと)が出現する。

 武装を構え直し、既に物言わぬ(むくろ)と化した獣神に狙いを定め、解放。短い咆哮と共に、黒い獣の(あぎと)がヴァジュラの死肉に喰らいつく。

 二、三度ほど()(しゃく)*5すると、何かを成し遂げたのか。黒い獣は主人の意志に関係なく、元の長刀の姿に戻って行った。

 

 同時、リンドウの握る長刀の(つば)(ぞう)(がん)された琥珀色の宝石に光が(とも)る。

 一連の流れを見届けた主が光の点る宝石を己の視線まで持ち上げて、今日の収穫がどんなものか確認した。

 

 「···お、レア物だな」

 

 琥珀色の宝石には、獣神血石と呼ばれる素材が内包されており、思わぬ収穫にリンドウは知らず口元を(ほころ)ばせる。

 だがしかし、それも無理からぬこと。彼自身、あまり目にした事がない素材な上に、知る人によれば獣神血石の素材回収率は5%も満たない。

 まさしく()()()であり、下手をすれば臨時収入(ボーナス)が入る代物だ。

 

 「戦果は上々······って奴ね」

 

 リンドウが素材を回収した事を確認したのか、黒を基調とした(つやや)かな服を身に(まと)う女が彼に話し()けながら歩み寄る。

 やはりと言うべきか、手に持つ巨大な銃はその(あで)姿(すがた)*6に似つかわしくない。

 

 「ああ、また(さかき)のおっさんがはしゃぎそうだ」

 

 (おお)()()に肩を竦めて告げると、その姿を想像したのだろう。しなやかな指先で口元を(ゆる)く隠しながら、彼女はクスクスと微笑を()らした。

 

 「後は人手が増えてくれると()(がた)いんだけど······」

 

 地上を(ちょう)(りょう)(ばっ)()する荒ぶる神を討伐できるのは、ごく僅かな一握りの人間だけ。

 地球全体の人口が一度は三分の一にまで減少した影響もあり、彼ら神機奏者(ゴッドイーター)(よう)する組織に入隊してくる人数そのものが少ない。

 結果、組織全体で人手不足が深刻な問題と化している。

 特に彼女の所属する部隊のように、アラガミの討伐が主な任務である場合、必然として激務になるため何人いても足りないという状況が続くのだ。

 

 と言うのも、理由があり──

 

 「無いものねだりをしたって仕方ないだろ〜。昔みたいに、ただ感応できればそれで良いって訳じゃないしな」

 

 そう、それが主な理由だった。

 

 アラガミが出現する以前、第二太陽(アマテラス)から地上に降り注ぐ星辰体(アストラル)粒子と感応できる素質さえあれば、軍に士官した者なら誰だろうと星辰奏者(エスペラント)の強化施術を受けられたものである。

 だが、神機奏者(ゴッドイーター)はそうもいかない。

 彼らが(たい)()する敵の性質上、星辰奏者(エスペラント)としての素質以前に、神機と呼ばれる専用武器との適合率が求められるのだ。

 

 そうなればどうなるかなど、愚問にも等しいだろう。

 星辰体(アストラル)との感応適性に加え、神機との適合率まで求められてしまえば、どちらか一方が無いと言う人間が現れるのは自明の理と言えた。

 

 無論、その事実を女が知らないのかと聞かれれば、否である。

 

 「もう、そういう事じゃないわよ。さっき、出撃する前にヒバリちゃんが教えてくれたの。もしかしたら、新しい人が二人も入るかもしれないって。

 二人全員とは贅沢な事は流石(さすが)に言わないけれど、一人ぐらいは私達の部隊に入ってくれると良いなーと思って言ったのよ」

 「ほーん、なるほどな〜」

 

 事実は事実と受け入れた上で、彼女は誰かが入隊してくる事を前提に話題を取り上げたのだ。

 初めて教えられる事実に、リンドウは(あご)に手を当てた後、悪びれる様子もなく続ける。

 

 「ま、サクヤの言うことも一理あるか。せめて、エリックの誤射をカバー出来る奴が居てくれたら、もう少し仕事が楽になるもんな」

 「そうそ──···って、ちょっとリンドウ! 何てことを言わせるの!」

 

 頷きかけた言葉の真意に気付き、サクヤと呼ばれた女は慌てて言葉を打ち切り、意図して()()にはいない同僚に対する評価を彼女の口から引き出させた相手に怒りを(あら)わにした。

 

 「え〜、だって〜、本当のことじゃん」

 「え〜、じゃないわよ! 貴方(あなた)、今年でいくつになると思ってるの?」

 「23歳だ。文句あるか?」

 

 キリッとした顔で告げるリンドウに、サクヤは頭を抱えて深い溜息を吐く。

 

 「···もう、何を言ってるの······今年で27歳でしょう? 何、さりげなく年齢詐欺してるのよ」

 「あれ、そーだっけ?」

 

 無造作に後頭部を()きながら問い返す辺り、本気でリンドウは自分が23歳の若造だと思っていたらしい。

 瞬間、サクヤから再び沼にも沈むような深い(ため)(いき)(こぼ)れたが、本人は目を丸くして首を(かし)げるばかりだ。

 

 「······くだらん」

 

 漫才の即興劇(コント)じみた二人のやり取りに、青年が覇気のない声が冷水をかけるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 どこまでも殺伐と()り切れている、冷えた声。

 言語の異なる者が聞けば、(こう)(りょう)とした風が吹いたように思えるだろう(くら)い声。

 されど重く、()(かか)るような圧が宿る声。

 比較的馴染み安い(ふん)()()(かも)し出す二人とは対照的に、彼は()()までも(けん)(のん)な雰囲気を身に纏っていた。

 

 目深く(かぶ)る瑠璃色のフードの下、声と同じように覇気のない紺碧色の瞳を(のぞ)かせる。

 

 「······人手じゃなくて、足でまといの間違いだろ」

 

 開口一番、彼はさらりと言い切った。

 一概に的外れな発言ではないため、否定し切る言葉をリンドウもサクヤも持ち合わせてはいない。

 ゆえに、彼ら二人は手の掛かる子供を相手にした際の大人のような呆れを見せ、(おお)(ぎょう)に肩を竦める。

 そして、目を半眼にさせたリンドウは青年に視線を向けて問い返した。

 

 「何か言ったかー、ソーマ」

 

 すると、ソーマと呼ばれた青年は再び鼻を鳴らして、逃げるように顔ごと視線を逸らされる。

 全くコイツは······と、眉根を寄せて溜息を吐いた──その時。

 

 「さぁ、帰りましょう。お腹すいちゃった」

 

 突然、サクヤが話題を切り替えたのだ。

 別に剣呑な空気が溢れ出していた訳では無いが、発端は彼女の人でが増える(うん)(ぬん)という発言にある。

 それを自覚しての話題変更だと即座に悟り、リンドウもまた、サクヤの案に乗ることと。

 

 「それもそうだな。んじゃ、ぼちぼち帰るとしますか」

 

 仕切り直すように告げると、三人は踵を返し、その場から離れるのだった。

 

 

4

 

 

 帰投場所へと向かいながら、そう言えば···と何かを思い出したように、サクヤがリンドウに向けて口を開く。

 

 「今日の配給、なんだったかしら?」

 「うん? 何か、この前の食糧会議で言ってたな······」

 

 言って、リンドウは(しば)(あご)に手を当て、さして良くもない記憶力を回した。

 やがて思い出したのか、彼は意地悪い笑みを浮かべる。

 

 「ああ、アレだ。新種のジャイアントトウモロコシ」

 

 新種のトウモロコシの部分だけ強調して言えば、サクヤの顔が不快げに歪んだ。

 しかしそれも、無理もないだろう。彼女は(くだん)のトウモロコシが、あまり好きではないらしく──

 

 「えー。また、あの()()()トウモロコシ? 私、アレ、苦手なのよねー」

 

 このように、話題に上がるだけで不満の声を上げる。

 予想通りの反応に、リンドウは思わず苦笑を()らした。

 

 無論、サクヤの言い分も理解できなくはない。

 確かに、トウモロコシの味はするし、それなりに()()しくもあるのだが、その大きさは通常のものと比べると、遥かに図抜けた大きさを誇る。

 彼女が避けたがるのも無理はない。調理一つ大変な食材など、ありがた迷惑というやつだ。

 

 だが──

 

 「このご時世だ、食えるだけ有り難いと思えよ」

 

 それはそれ。これはこれ。

(アラ)(ガミ)が出現して以降、人手だけでなく、食糧もまた同様に不足しがちな代物と化している。

 今は食糧プラントで(まかな)い切れてはいるが、最近は人口が増加傾向にあるのも(あい)()って近い将来、()()()()の食糧不足に陥るのは間違いない。

 ゆえに、リンドウはサクヤの()(わい)らしい態度を()でながらも、やや素っ気ない態度で(たしな)めるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しかしそれは、受け取り手次第というものだろう。

 雨宮リンドウと(たちばな)サクヤは故郷を同じくする幼馴染だが、(いく)ら幼馴染と言えども思考回路が全く異なる他人である事実は変わらない。

 たとえ、本人にそのつもりが無くとも、発言の真意を余すことなく理解できる人間など、そうはいないのと同じ理屈だった。

 

 「もう、他人事だと思って······」

 

(もち)(ろん)それは、サクヤとて例外ではない。

 むしろ、幼馴染だからこその色眼鏡(バイアス)()かるのだ。

 

 雨宮リンドウは無類の酒好きである。

 中でも麦酒(ビール)を好み、それは配給品にも含まれており、彼からするとそれさえあれば食べ物など些細な問題に過ぎないのかもしれない。

()()()()()(かんが)みれば、()()ないと断言するのは難しかった。

 

 加え、サクヤにとって料理はファッションの次に大切にしているものである。

 これらの事情が先の発言一つにも反映され、素直に受け取れないずにいた。

 

 「ねぇ、ソーマ」

 

 ふと、サクヤは助けを求めるように、後ろを歩く青年に声を()ける。

 彼女が立ち止まれば、殿(しんがり)を務めるソーマもまた立ち止まるしかない。

 目深く被るフードの下から、鋭い視線だけを向けてきた。

 

 別に、睨んでいる訳では無い。

 切れ長な目がそう思わせるだけで、決して意図したものではないのだが、()(かん)せん極東地域では珍しい浅黒い肌と、肩に担いだ彼の神機がリンドウのそれよりも二周りほど大きいため、より彼を威圧的に見せてしまっている。

 されど、サクヤは気兼ねのない調子で話を持ちかけた。

 

 無論、その内容は配給品に関するもので──

 

 「なにかと交換しない?」

 「断る」

 

 即答。一瞬の(しゅん)(じゅん)もない。

 手に持つ神機を()け直す姿から、さして興味もないのが(うかが)える。

 決して、他者との()()いを強要するつもりはないが、もう少し考慮してくれても良いのではと、思わずにはいられない。

 だが、この青年は昔からこうなので、早々に諦めることとした。

 

 「おーい、お前ら。置いてくぞー」

 

 ふと、サクヤとソーマの二人が遅れていることに気付いたのだろう。

 先行していたリンドウが振り返り、片手を挙げながら声を掛けてきた。

 

 帰投途中だったことを思い出し、二人は改めて踵を返す。

 彼らがこなすべき今日の仕事は、無事に終わりを告げるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして同刻──事態が動き出す瞬間を、ただ静かに待ち受ける者が一人いた。

 

 並べられた調度品が、清潔感の保たれた部屋を厳格に彩り、部屋にいる男の威厳をより一層と際立たせる。

 黒革製のエグゼクティブチェアに腰掛けている事から、彼がこの部屋の主に違いあるまい。

 机に(りょう)(ひじ)を立てて寄り掛かり、口元を隠すように両手を組んでいる姿は、彼の背後の壁に掲げられたフェンリルフラッグも相まって、この世(すべ)てを威圧している印象を与えた。

 

 と、その時──

 

 『支部長──』

 

 卓上に置かれたディスプレイから受信音と共に、少女のものと思われる声が響いた。

 

 『照合中のデータベースから、新型神機の適合候補生が見つかりました』

 「そうか···」

 

 待ち望んでいた報告では無かったのだろう。本来ならば喜ぶに値する報告でありながら、少女に応じる男の声は、(ずい)(ぶん)(よく)(よう)のないものだった。

 無論、感情を制御している可能性もある。

 しかし、たとえどれほど感情制御に長けていようと、(しょ)(せん)は彼も人間だ。表情や態度に現れずとも、抑え切れない感情は声となり、音となる。

 繊細な人間ならば、喜んでいるのだな、と(おお)(ざっ)()に感じ取れる程に。

 

 されど、男の声には()()()()()()()()()()()()()()()

 

 感情の起伏がない。必然的に喜びもない。

 むしろ、()()()。男の声には()()か、()()()()()()()()()()()()()()()()()という怒りが含まれている。

 だが、それは僅か一瞬のこと。

 

 「名前は何という?」

 

 続く言葉には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、ある種の(てい)(かん)が込められていた。

 

 『すぐに資料を送信致します。少々お待ちください』

 

 そして、当たり前に通信先の少女は男の()()に気付かない。

 彼の要請に応じた少女は、かなり手際良い人材なのだろう。程なくして、卓上のディスプレイに資料が届けられた。

 

 黒手袋をつけた男の指がキーボードを操作すれば、表示されるは神機の適合候補者達のデータベース。

 神機の適合候補者と、星辰奏者(エスペラント)の適性候補者はイコールで繋がっている。そのようになるよう作ったのだから、当然と言えば当然の結果だ。

 

 “──······これは”

 

 突如として浮上した、渦中の人物。

 その顔と名前、そして神機の適合率などを確認し、男は僅かに厳格な表情を崩す。

 不動と思われた無の瞳が、やや驚愕に揺れ動いた。

 

 「ふむ···、では早速、適合試験を受けてもらうとしよう」

 『分かりました』

 

 言って、通信を切る。

 男は深く椅子に腰掛け、天井を(あお)ぎ見た。

 

 “(しゅ)(しょう)なことを···。お前はまだ、()()()()()から降りたつもりはないということか······”

 

 横一文字を描いていた口角が釣り上がる。

 くつくつと(のど)を鳴らしながら、遥か彼方(かなた)の存在と化した者に、挑発的な言葉を胸中で吐き捨てるのだ。

 

 “···面白い。その()()、喜んで続けようではないか。なぁ? 我が親友、イオンよ······”

 

 卓上のディスプレイに映し出されているのは、一人の青年の名前と、その顔写真。

 

 

 

 神宿コハク──

 

 

 適合神機名:ロンギヌスランゼ──

 

 

 神機適合率────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────99.98%

 

 

 

 

 

*1
ちらっと見ること。ちょっとだけ見やること。

*2
嫌って避ける。嫌がる。

*3
チェーンソーの和訳

*4
よく似ていることの意。

*5
食物を細かくなるまでよく噛むこと。

*6
なまめかしい姿。色気のあふれたなりふり。




 シックザール支部長が黒い?
 この人、元から黒いぞ?
 ※)リザレクのプロモアニメ、地底&天国アリサetc.

 個人的に、シックザールは『テイルズオブヴェスペリア』の実質的な黒幕である「アレクセイ・ディノイア」と同タイプの人間だと思う。
 目指した理想は高潔で尊ばれるモノだけど、()(せつ)を経験したことで、一気に外道化したのと同じ。
 ただ、ヨハネスが「ガチの元から外道」に対して、アレクセイの「元々黒い」は自称みたいな違いはあると思う。

 では、ステータス開示。

 【星辰光(アステリズム)

生存せよ(Barca)可謬の理(lay)継承されるは(Blood)恵みの雷光(Suge)
AVERAGE(基準値) A
DRIVE(発動値)AA
STATUS
集束性A
拡散性B
操縦性A
付属性A
維持性A
干渉性A



 バルカレイ・ブラッドサージ

 雨宮リンドウの星辰光(アステリズム)
 その能力は、肉体強化・気象変換能力
 天候という普遍的な現象を、あくまで()()の肉体強化の為に用いるという、風変わりな異能である。

 雷も氷も出るし、風を吹き荒らすし、気温も光も流動するが、世界は変化しない。
 六性質全てに()いて優秀な数値を叩き出しているが、あくまでこれは他者に己の星光を付属(エンチャント)させた上に干渉して、肉体強化を施し、仲間の逃亡や追撃・支援等に向いている。

つまり、リンクエイド(ウ)さん

 総合して、敵を倒すことはあくまでオマケであり、勝つことよりも生き延びることに特化しているこの星光は、まさしく彼の思想を具現化させたような異能である。

 詠唱の元ネタはハンニバル・バルカの逸話。


詠唱

創生せよ、天に描いた(せい)(しん)を──我らは煌めく流れ星

強大な敵と戦い続けて(いく)(せい)(そう)
局所的な優勢は勝ち取れど、全体の優位に立てたことは一度もなく、運命は()()()()の如く(もてあそ)ぶ。

ならばこそ、我は()()を切り(ひら)く一助とならん。
前人未踏の(しゅう)(きょく)山脈さえ踏破して、戦地竜王は統治繁栄が花吹く天理へ牙を()く。

強敵を囲め、視点を変えろ、死を(もたら)す勝利の果実など捨ててしまえ。
諸行無常・盛者必衰──生の(むな)しさを(うた)うのが常世の(ことわり)なれば、今ある生を華々しく彩ろうぞ。

さあ(おご)りに満ちた神々よ、黄昏刻は終わりを告げた。
我が忠告を聞き入れられぬと(のたま)うなら、今ここで内側より滅び去るが良い。


超新星(Metal nova)──
生存せよ(Barca)可謬の理(lay)継承されるは(Blood)恵みの雷光(Suge)


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第二話 適合試験/Eignungstest 前編

※ATTENTION

 オリ主によるヒバリちゃんのラッキースケベ発生。
 それにより、タツミさんのキャラ崩壊気味。
 注意されたし。




1

 

 

 後悔とは、心を同じ(とき)に縛り付ける呪いの鎖だ。

 

 その鎖を断ち切らぬ限り、心の中にある時計の針を動かすことは難しい。

 

 言い得て妙とは、まさにこの事だろう。

 散り落ちた花が再び元の枝に(かえ)り咲くことがないように、壊れた鏡は元のように物を映すことは二度とない。

 それは当たり前の、()()でも分かる世の常識だ。

 

 だがしかし──いいや、()()()()()

 

 花一つ、鏡一つ。

 そんな小さな命の終焉でさえ、人は名残惜しいと思いを()せる。

 実際、不老不死や死者蘇生などが、その最たるものと言って構わない。

 いずれ朽ち果てる事を約束された刹那の命。ゆえに、(おの)が生きた証を(のこ)そうと、幻想の中にある永遠性を追及する。

 

 ならば──

 

 この呪いの鎖とは、何も"後悔"など負の感情だけに言えることでは無いだろう。

 歓喜、期待、希望、信頼──即ち、素晴らしい正の感情もまた、この縛鎖からは逃れられない。ましてや、(まぎ)れもない事実として功績が残り安いとあれば、()もありなん。

 

 誰かに()められる。良い評価をして(もら)える。

 そうした機会に恵まれた時、初めて人は自分以外の他人(だれか)に認められたと実感できるということ。ゆえ、充足感に満たされた刹那の幸福というものは、ただそれだけで停滞や劣化の色を帯び始める。

 過去に強い後悔を抱く人間と同じ。肉体的には()()を生きているのに、心だけが栄光を手にした瞬間に取り残される。

 呪いの鎖とは、一種の時間停止と言っても過言ではない。

 

 ああ、だから──そう結んだ上で、ゆえに強く感じるのだ。

 つまり()()は、睡眠神(ヒュプノス)の館に他ならないだろうと。

(やく)(どう)する生の陽光(ひかり)、痛みを()()する死の月光(ひかり)、その両者の強さと優しさを許す境の灰光(ひかり)······

 コハクは今、三相の狭間に揺蕩(たゆた)いながら、追憶の夢を見ている。

 

 「やれやれ···(けい)は物好きだな。また来たのかね」

 

 不意に、規則正しい足音が響いた。

(あき)れたように()れる吐息。言葉を(つむ)いだ声は自分のそれと比較にならないほど低く、真水のように雑味のない落ち着きの色を宿している。

 それは完成された彫刻の美と未完成の人間らしさが織り成す響きで、つまり死者だろうと生者だろうと口に出来るものでは断じてない。

()でるような、(えん)()と豊かさ。身の危険さえ感じさせるほど、存在感に満ちている。

 

 本能的に逃げ出したくなる感情を掻き立てる声だが、コハクの中に逃亡の選択肢は現れない。

 これが夢だからという前に、声の主自体が他者を害するつもりがないのだから、それも道理だろう。

 加え、住人歴と言う意味でも彼の方がコハクと比較できぬほど長い。

 結果、光にも闇にも灰色にも振り切れぬまま、その狭間に住み続ける存在、それが彼だった。

 

 「別に、私は卿の行為を責めるつもりはない。過去(うしろ)を向き、未来(まえ)を向く······それは人が()()を生きていく上で極めて大切な、当たり前の行為に過ぎん。

 取り立てて、特別に見る行為ではない。無論、逆もまた(しか)りだがね」

 

 言葉の使い回しが小難しいため、何を言っているのか理解が遅れた。つまり、こういうことだろう。過去(うしろ)を振り返り、未来(まえ)を向くのは()()()()()()()()。ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 「その上で、私は卿を物好きだと称しているのだよ。今この時を生きる事を強く望む卿が何故、()()()の出来事を忘れぬように後ろを振り向くのか? とな」

 

 夢を見る──否、正確には(せき)(じつ)の出来事を繰り返し、夢として見る。

 炎の海に包まれ、燃え盛る街区。()き叫ぶ狂乱に人と神の()(せん)はなく、パチパチと(かしわ)()を打ちながら()ける()()の臭気が漂う、()()()の記憶を。

 

 それは言わば、過去に負った古傷を自らの手で掘り返す行為に他ならない。

 カサブタ程度の古傷ならば、傷口が治る段階で身体が(かゆ)みを訴える。無論、耐えられるモノではないので、カサブタを()(むし)る経験は誰だろうと一度は経験するものだ。

 

 しかし、コハクの背負う古傷は一般的にカサブタ程度の古傷で済むものではない。

 良くて重症、悪くて()()()()──比較するものではないが、少なくとも自らの手で掘り返せる傷の類ではないのは、語るまでもない事実だろう。

 にも関わらず、彼は繰り返し傷口を掘り返す。まるで、忘却した所で誰も責めはしないにも関わらず、記憶の中に埋もれさせたくないのだと言うように。

 

 「人の生は苦しみと迷いに満ちている。私にはな、まるで卿の行動は自らの胸を痛めつけているようにしか見えんのだ」

 

 男が口にする疑問は、至極真っ当なものだった。

 

 誰だろうと、致命に近い古傷を自らの手で掘り起こす者を見たら不思議に思うし、中には(たま)らず止める者もいるだろう。

 すると、過去を振り向いていたコハクの視線が男の方へと向けられた。追憶のサイクルを終えた彼は、やや悲しみの色を(たた)えた苦笑を口元に浮かべる。

 

 別に、胸を痛めつけている訳ではない。

 ただ忘れたくないだけであり、思い出せなくなるのが恐いから過去を振り返る。

 その上で自分の胸が痛むのは構わない。それは、自分が彼女との約束を忘れていない証になるから。

 だから、自分はずっと胸が痛いままでいいのだと。

 

 返答に、男は言葉を失う。

 僅かばかりの間を開けて、一言。

 

 「···愚かだな······」

 

 加えて酷く単純だ。たかがそれだけの事で笑えるなど、(いささ)か欲が薄過ぎる。

 

 「だが──」

 

 ふと、目を伏せて男は続けた。(おう)(よう)と。

 

 「それが人間的なのだろう。()くあれよ、ひ弱でか細い我が片割れ。卿は私()()のように、痛みの在処(ありか)を失くしてくれるな」

 

 ならばこそ、望まぬ"終焉"に異を唱えよう。

 生来有する“資格”さえ捨て去り、定められた“運命”に抗い続ける。それが、■■の概念ゆえに。

 

 「さあ、“運命”の幕開けは近い。その痛みと決意(こたえ)(もっ)て、■■の狼煙(のろし)を上げるとしよう」

 

 今度こそ、本当の(けつ)(べつ)を果たす為に。

 黄金を冠する天駆翔(ハイペリオン)は、同じ決意(こたえ)を目指して空を羽ばたく。

 たとえどれほどの真実が待ち受けようと、別の可能性(みち)()れるようなことは無い。

 忘れられない過去があり、手離したくない現在(いま)があり、形にしたい未来がある。

 必ずや、今度こそ──

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ──さあ、■■■を始めよう。

 

 決意を形にするために。訣別を果たすために。

 神宿コハクは、新たな天駆翔(ハイペリオン)の片翼を担う者として新生を果たす。

 

 そして──

 

 「──きゃぁ」

 

 ああ、そして──

 

 「んぅ、ッ······。

 ちょ、ちょっと待って下さいね。人前ですので、あぁぅ···わわ、そんなに情熱的に()まれるのは、ちょっと······流石(さすが)に···」

 「────·········」

 

 そし、て──

 甘い声に(いざな)われ、()()(まなこ)を二・三度ほど(まばた)きをして見れば、()()には眠気が吹き飛ぶような光景が広がっていた。

 

 一体何があったのか、コハクはタブレット端末を抱えた赤毛の少女を押し倒しており、()()()()(わし)(づか)みにしている。

 瞬時に状況を理解し、顔から血の気が引いていく。

 いや、待て。ちょっと、待て、待ってくれ、本当に頼むから──これは一体、何がどうしてこうなったのか、誰か説明して欲しい。

 先程までの決意やら何やらが(こな)()(じん)に砕け散ったが、そんなことは()()()()()()だろう。(しょ)(せん)は夢。たかが夢。されど夢とも言うが、シリアスの高低差など現実の問題と比べたら()(わい)いものだ。

 

 ああ、だが、しかし──。

 

 などと、我ながらに信じられないほど冷静に思考回路が巡っていく。されど、フリーズしていることに変わりはなく、未だに収拾がつかないままグルグル巡る思考回路は、そろそろショート寸前にまで陥っていた。

 これで相手方の少女が抵抗して、勢いよくぶっ飛ばしてくれれば離れる事も可能なのだが、(くだん)の少女の方はと言えば、これまた唐突に押し倒されたためだろう。産まれたての()鹿(じか)のように震えるだけだった。

 

 更に周囲の人間も突如として発生した(ひっ)(ぱく)の状況を理解し切れておらず、早めに対処したいのだが、自分の手は彼女の胸の上にある訳で。

 そして当然、彼女が呼吸する度に胸は上下に動くものだから······。

 

 「きゃ、ちょ、ちょっと待って下さいね、今······やん」

 

 しかも、(した)()きにされている少女の方が脱出を試みようと()(じろ)ぎをするため、その度にもにゅりと(つつ)ましながらも立派に自己主張する()()()()()()()()()(てのひら)に伝わってくると言う悪循環。

 豊満とまではいかないものの、しっかり(ふく)らみを主張するものに()(まい)がする。

 そこに(たた)()けるかの如く、掌の中心には独特な()()()のようなものがあり、自分の手と(こす)れ合う事に自己主張を強めている気配さえ感じ取れた。

 

 タブレット端末で口元を隠しながら、至近距離で(のぞ)き込む少女の顔は、()ずかしさに(ほお)(こう)(ちょう)させながらも、全く(けが)れの知らない見事な(じゅん)(ぼく)さに満ちていた。

 

 「あの、その──。

 こ、こういうのもあれなんですが···決して嫌な訳ではないものの······わたしとしましては、もう少し優しく···。それと出来れば、()()()はやっぱり二人きりが良いなぁ······なんて、うぅ」

 「──、──────」

 

 などと、恥ずかしげな言葉を聞き、コハクの中で衝撃が走る。

 何かが盛大に折れる音を聴いた気がした。失笑したくなる感情を必死に(こら)え、辛うじて床の方に投げ出されていた右腕を使い、少女の胸から手を離し、ゆっくりと起き上がった。

 

 「···なんか······悪ぃな···」

 「いえ、寝ているあなたを不注意に起こそうとしたわたしにも落ち度が······」

 「落ち度···? 君に落ち度なんざないだろう。俺のような(ごみ)(くず)が、初対面の······しかも、交際前の女性に対し、公衆の面前で(はずか)しめたんだぜ。

()の英雄様に殲滅光(ケラウノス)を撃たれても(よう)()できないし、文句も言えねぇ···。つーわけで······」

 

 言うと、コハクは至極自然で土下座する。

 さながら、時代劇に登場する忠義溢れる武士のように綺麗な土下座だった。

 

 「不可抗力だ、などと弁解はしません。した所で、辱めを受けた君からして見れば、ただの言い訳にしか聞こえないでしょう。婦女子の胸を事故でも揉むなど、冥王様の裁きを受けるほどの罪。

(ゆる)しを()うことはしません。しかし、せめて謝罪させて欲しい。この度は、大変ご無礼を働き申し訳ありません」

 

 加え、目撃した第三者でさえ()()れる程の誠心誠意を込めて謝罪する姿は、極東地域では珍しい髪色とは言え、様になっている。

 ゆえに、ごく自然な流れで短刀──その割には刀身が長いように思えるが──を(さや)ごと取り出すのを、誰も不思議に思わなかった。

 

 「君の胸を揉んでしまった罪は、この命を(もっ)(あがな)おう。俺一つの命で、君の心が()えるのであれば、俺のような産廃物以下の(ゴミ)(クズ)の命にも価値があるというもの······」

 「えと、あの···何もそこまでして頂かなくても······」

 「いいえ、恋人ならばいざ知らず、まだ赦される余地はあるのでしょうが、初対面の、しかもまだ成人していない女性の胸を触るなど、公序良俗以前の問題。よって(しか)るべき罰を己に課すのみ」

 

 何が役得、何がラッキースケベ、そんなものは等しく死ねば良い。

 期せずして女性の()(たい)に触る、都合よく着替えに遭遇するなどなど、自分の人生を改めて振り返ればラッキースケベだらけである。

 ああ、なんと罪深い。こんな事もあったなと、笑い話にも出来ないとか、どれだけ自分は(ゴミ)(クズ)なんだ、死ね。

 

 「早まらないで下さい。あなたの誠意はきちんと伝わりましたので。それに、そこまで言われてしまうと──流石(さすが)に」

 「非常に心が傷ついたとッ。ならばもはや是非もなし」

 

 取り出した短刀の(こい)(ぐち)を切り、一も二もなく抜刀する。脳内で落ち着けと呼びかける声が聞こえたが、既に許容量(キャパシティ)を超えた脳では呼び掛けに対して冷静に対処する余裕すらない。

 現世を離れる覚悟は完了。(いん)(わい)()()()へ罰を下すべく、己の無力を再確認して。

 

 「いざ、ご照覧あれッ──」

 「いや、アホかぁぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 切腹しようとした瞬間、突如として後頭部に叩き込まれたのは盛大な回し蹴り。

 あまりに唐突かつ強烈な一撃に切腹は中断され、強制に宙を舞うこと約三回。反射的に受身を取るが、頭部を強打されたからだろう。頭の奥が揺れて軽く平衡感覚を失い、その場に(ひざ)をついた。

 

 痛みに(こら)えつつ、何事かと顔を上げれば、そこには赤いジャケットを羽織った男が呆れ顔で此方(こちら)を見下ろしている。

 

 「おっと、悪いな。最初は何事かと思って、状況を把握出来なかったけどよ。本気で切腹発言とか、流石にちょいとやりすぎだぞ。

 そりゃあ、ヒバリちゃんの胸の価値は安かないけど、少なくとも命で償うほどじゃないだろ。というか、お前さんの価値が低すぎやしないか?」

 「? 当然、胸以下だ」

 

 さも、何か問題があるだろうか? と問うようにコハクは首を(かし)げた。

 

 彼の無意識に男の()(けん)と乙女の涙は釣り合うことはない。初対面の女性を辱めたなら、死を(もっ)て償うべし──という、認識が存在している。

 また、今までラッキースケベに遭遇してきた経験がその認識を更に助長させたのは語るまでもなく、不可抗力や不慮の事故で許されるような事柄ではないと思ってきたのが非常に大きかった。

 

 要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事である。

 それを理解してか、赤ジャケットの男から(たん)(そく)()れた。

 

 「いやいや、そんな分けないだろ。よく分かってないのに言い切らないでくれよ。見る限りあんた、ブレンダン以上の堅物には見えないんだしさ。

 それにしても、ヒバリちゃんもまた厄介な男に引っかかっちゃったね。虫払いはオレがしとくから、その後オレと一緒にお茶でも──······」

 「あ、いえ、お気持ちだけでも結構です。それに、あそこまで誠心誠意に謝罪されてしまうと、むしろ何と言いますか···災難ではないと感じる自分がいまして······ふふっ」

 

 これもアマツ末裔の宿命なんでしょうねと、彼女は押さえられていた胸に手を当てて、柔和な笑みを浮かべて見せる。

 因果関係とはまるで()()()()()()()()()とでも言うように、自分の愚かな行為による被害者であるはずが、幸せそうに頬を染めてタブレットで口元を隠した。

 

 それを受けてか、隣の男が強烈な殺気を向けられるのが全くもって理解が出来ない。彼女もそうだが、この男は一体何なのだろう。

 

 「はは、ははははは──やっぱ死ねこの野郎。

 え? 何? なんで、ヒバリちゃんのファーストパイタッチ奪った奴が、どうしてヒバリちゃんとフラグ立ってんの? 詐欺だ詐欺! こんなの立つ瀬がないじゃんかッ。

 出会って1.5秒でフォーリンラブとか、恋愛ナメるなよ! というか、絶対おかしいだろコレ! とにかく、いっぺんまじで死んでみてくれ!!」

 「だから、切腹するって言ってるじゃねえか。それに、俺は·········はぁ、もうどーでもいいわ、面倒くせぇ」

 

 男が乱入してきてくれた光明か、徐々に余裕を取り戻し、頭も冷えた。とにかく切腹など被害者自身が望んでいない、というぐらいには冷静に理解しつつある。

 目の前にいる赤毛の少女──その顔を見るだけで自己嫌悪に陥りそうになるがしかし、このままでは話が進まないのもまた事実。

 恨めしい男の視線から目を()らし、身体ごと少女の方に向き直る。

 手に残る柔らかい感触を忘れるように(つと)めながら、目線を合わせて改めて頭を下げた。

 

 「本当に申し訳ない。いくら混乱していたとは言え、過剰な謝罪で更に君を困惑させてしまった。

 しかし、正直に言うと個人的には、まだ納得していない部分もあります。君が望むのであれば、法の罰も受ける所存ですが······」

 「いえ、本当に良いんです。わたしも不慮の事故に繋がる事も考えずに起こそうとしたのが要因の一つでもありますし、あなたの誠意もきちんと伝わりました。なので、そこまで(かしこ)まらないで下さい」

 「だが···」

 

 下げていた頭を思わず上げ、異論を唱えようとする。

 しかし、(ほが)らかに微笑む少女を見て、本当に心の底から気にしていない気持ちが伝わり、コハクは口を(つぐ)んだ。

 ならば、彼女の慈悲を受け入れるのが妥当だろう。これ以上、罪の所在を問うた所で少女の迷惑にしかならない。

 

 「話が大分それてしまいましたが、本題に移ります。あなたは、今日行われる適合試験の受験者・神宿コハクさんで間違いはありませんか?」

 「え? あ、はい」

 

 あまりに脈略のない確認に、思わず情けない返事で肯定する。

 すると、赤毛の少女は脇に抱えたタブレット端末を(いち)(べつ)して言葉を続けた。

 

 「では、こういうのはどうでしょう? この後コハクさんには、神機奏者(ゴッドイーター)としての適合試験が予定されています。その試験を無事に終えて帰って来て下されば、わたしはあなたの事を許すということで」

 「は?」

 

 少女の要求に、コハクは今度こそ()(とん)(きょう)な声を上げ、()(げん)そうに目を(すが)める。

 されど、少女の顔に()(じん)も迷いは見られない。心の底から()()()()()()()()()と望みながら、(ほが)らかに微笑んで。

 

 「わたしは竹田ヒバリ。フェンリル極東支部にて、神機奏者(ゴッドイーター)のバックアップ及び、オペレーターを務めています。

 なので、これは本心です。無事に生還してくれるだけで、わたしはとても嬉しく思うので」

 「···············」

 

 含みのあるヒバリの要求を、神機奏者(ゴッドイーター)の父がいたコハクは胸中で納得する。

 テレビCMで紹介されている適合試験は捏造された情報であり、実際はそんなに生易しいものではない。

 彼女がオペレーターを務めているのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になるのだ。

 

 ゆえに──

 

 「りょーかい──約束するぜ」

 

 彼女の求めに応えること、それが一番の最善手だと理解して承諾する。

 すると、ヒバリは年相応の少女らしい笑顔を浮かべて見せた。知らず、コハクは心の底から安堵する。

 記憶の中で鮮明に残る彼女の笑顔。ああ──やはり女性には笑顔でいて欲しいものだと、改めてコハクは思うのだった。

 

 




 リメイク前のようにラッキースケベ回にするか、しないかと導入部分で(つまず)いた結果、盛大に連載が遅刻(^ω^;)

 後、GEB以降の男ボイス15のキャラに掴み所がない。
 やる気皆無だが仲間想いの情に厚いタイプ。やや天然でクーデレ、加えて何を考えているのかイマイチ分からないミステリアス。しかもコミュ障の朴念仁。
 特大ダメージで「クソッタレがァッ!!」というボイスが聞ける。某笑顔動画のソーマとキャラ(かぶ)るが更に強調されてる気がしなくもない。

 公式からして男ボイス15に属性盛りすぎ感パネェ。
 どこのカルナさんだよ。
 (尚、リア友はやる気皆無のリヴァイ兵長と表現)

 しかも、BGMより声が小さい。
 マジで何なんだ、この男ボイスはッ。
 もしも他にイメージがあったら聞かせて下さい。

 では、今回はここまで。
 また次回でお会いしましょう|・x・)ノシ



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第二話 適合試験/Eignungstest 後編




2

 

 一方、その頃──

 適合試験の準備をする試験会場は今、一種の混沌と化していた。

 

 試験会場に運ばれる()(かい)()()けの台座。整備班と研究員が一丸となり、(おお)()()なほど慎重に(くだん)の装置を部屋の中心に設置されようとしている。

 しかしそれも、むべなるかな。台座の上に置かれた神機は、所謂(いわゆる)()()()()()の神機だ。

 

 無論、いわく付きではない神機などない。

神機奏者(ゴッドイーター)は本人が死亡、または兵役を満了、或いは指導者としての才能を見出されて初めて、(アラ)(ガミ)との戦いから解放される。

 そして、神機奏者(ゴッドイーター)の大半が殉職する事が多い。ここ、極東を預かる組織でさえも兵役を満了、ないし指導者の素質を見出された者など、僅か二名だけ。

 所有者のいなくなった神機は、次の適合者に引き継がれる訳だが、その大半が殉職した者から引き継がれているなど、何も珍しい話ではなかった。

 

 だが──

 

 「最終確認だけど······」

 

 ふと、準備を続ける整備班と研究員を一望できる部屋から一連の流れを見守る男へ、黒いインバネスコートを羽織った男が険しい顔で(たず)ねてくる。

 

 「ヨハン、キミは本気で()()神機の適合試験を行うつもりかい?」

 「ふっ···何を言い出すかと思えば、()()()()()か······」

 「そんなも何も無いよ。()()神機の特異性は、キミも知る所のはずだ。まさか、忘れたとかいわないだろうね?」

 「······()()()

 

 そのまさかだ──ヨハネス・フォン・シックザールは(すべ)てを承知の上で話を進めていた。

 

 ロンギヌスランゼ。

 十字の(はりつけ)にされた()の者の脇腹を貫いたとされる伝説の神槍と同じ名を冠する(くだん)の神機は、その神聖な名とは裏腹に()(なま)(ぐさ)い経歴を持つ。

 新型神機のプロトタイプでもあるそれは、選抜された適合候補者の(ことご)くを死の(だん)(がい)へと突き落としたのだ。

 

 ある者は、穂先の向く位置にいただけで身体中の水分が蒸発して死亡。

 また、ある者は神機を直視しただけで身体が(ちり)と化し。

 そして、またある者は神機に触れた途端、全身の毛細血管から致死量の血液を(ほとばし)らせ、適合に失敗。後に死亡が確認された。

 

 次々と適合候補者を死に追いやる神機は、遂に本部から危険と判断され、凍結封印を施される事となる。

 当然だ。選抜された適合候補者達は決して低い適合率を有していた訳ではない。むしろ、当時としては高い適合率を誇り、将来を有望視された適合候補者達である。

 また、適合に失敗したとか生易しいものではなく、明らかに常軌を(いっ)した死に方をしているのが凍結封印された要因の一つだ。

 

 そのような曰く付きの神機を、ヨハネスは再び表舞台に立たせようとしている。

 黒コートの男はズレてもいない眼鏡を押し上げると、深い(ため)(いき)を吐いた。

 

 「···悪い事は言わない。今すぐ中断すべきだ。下手に死体を増やすのは賢くない選択だと、僕は思うけどね」

 「おや、貴方(あなた)が主観でモノを語るなど珍しい。明日は空から槍でも降ってくるかな」

 「······ヨハン」

 

 くつくつと(のど)を鳴らせば、ヨハネスも聞いた事も無い低い声で(あだ)()を呼ばれ、思わず肩を(すく)める。

 どうやら、知らず知らずの内に彼の地雷を踏み抜いていたらしい。

 

 「冗談だ。さて···一度は凍結封印された神機の適合試験を再開する理由······だったかな? 理由は単純。今回の適合候補者ならば、高確率で神機に適合できると判断したに過ぎない」

 「···その根拠は······?」

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()···と言えば、理解してくれるかな?」

 「根拠としては薄いね。最悪、死体が一つ増えかねない。ヨハン、もしかしてキミ──······」

 

()(けん)(しわ)を深くさせながら、ことの本質を突く問いを投げかけた瞬間、試験会場にいる準備完了を知らせる声により中断した。

 ヨハネスは手前にあるマイクのスイッチを入れると、試験会場にいる関係者に指示を下す。

 

 「よろしい。では、予定通りに適合候補者を試験会場に案内してくれ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そうして──

 白い制服に身を包み、コハクは案内された試験会場に足を踏み入れた。

 

 「···············」

 

 暗い。それが最初に抱いた印象である。

 幼少時から夜目が()くため、さほど不自由は感じられないが、意図までは(つか)めない。

 相変わらず、何を考えているのか分からない組織だなと、コハクは胸中で吐き捨てた。

 

 刹那、カッと音を立てるようにライトが点灯し、人工の光が屋内にある(すべ)ての闇を駆逐する。

 反射的に左手で視界を(かば)い、不快げに目を細めた。

 

 次に抱いた印象は疑念。

 ここは本当に試験会場なのだろうかと、思わずにはいられない。

 四方を特殊合金製の壁に囲まれ、他に目立つ内装は両端に設置された高低差の異なる高台のみ。しかも、それら内装は(すす)や血で汚れ、巨大な爪痕や大量の銃痕が生々しく、これでは訓練場と言われた方が説得力があった。

 

 『長く待たせてすまない』

 

 不意に頭上から声が響いた。

 ただの一声で、その場にいる全ての者達を掌握できそうな、(ろう)(ろう)たる声。

 演説を始めた途端、聴衆の心を()き付ける声。

 誰もが姿勢を正したくなるような声を前にして、コハクは鋭く目を細めた。

 

 音源を辿り、天井を仰ぎ見る。

 ビルの三階に当たる場所に一箇所だけ、大きな(ガラ)()窓で区切られており、その向こう側の部屋から二つの人影が此方(こちら)を見下ろしているのが確認できた。

 

 『さて···ようこそ、人類最後の(とりで)・フェンリルへ。

 君には、対アラガミ討伐部隊・ゴッドイーターの適合試験を受けて(もら)う』

 

 まるで、神託を下すように告げられる。

 が、コハクの胸中を占めるのは安堵という、この場には似つかわしくない感情だ。

 

 “何とかスタート地点には立てたみたいだぜ”

 

 首から下げたペンダントトップを握りしめ、祈るように(まぶた)を閉じる。

()()との約束を果たす為には、必須条件として神機奏者(ゴッドイーター)になること。

 神機との適合率は、加齢と共に低下する。ゆえ、適合試験を受けられるのは、12歳から18歳の若年層と決められていた。

 

 今年の誕生日を迎えるまでに、適合神機が発見されなければ、神宿コハクは間違いなく神機奏者(ゴッドイーター)になれる機会を永遠に無くす事になる。

 そのギリギリになって迎えた適合試験を、失敗で終わらせる訳にはいかない。ヒバリとの約束もある手前、尚のことだ。

 

 『少しリラックスしたまえ、その方が良い結果が出やすい』

 

 言われ、ふと我に返る。

 緊張していると思われたらしく、頭上から響く此方(こちら)を気遣う声に、我ながらだらしないと(たん)(そく)した。

 

 『心の準備が出来たら、中央のケースの前に立ってくれ』

 

 心の準備? そんなものは遠の昔に出来ている。

 ゆえに、何の(しゅん)(じゅん)もなくコハクは足を踏み出した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3

 

 

 部屋の中央に置かれた、機械仕掛けの台座。

 プレス機にも見えなくないケースの前に立つ。

 その上には一振りの槍が、まるで(ひつぎ)に眠る死者のように収められていた。

 

 「···これは······」

 

 同時に、コハクはそれに奇妙な違和感を覚えた。

 自分が知る神機とは異なり、不可思議な形態をしていたのも(もち)(ろん)あるが、台座に収められた神機そのものが放つ()()()()()に言葉を失う。

 すると、先ほど指示を下した男が、恐らくそんなコハクの様子に気付いたらしい。

 

 『そう言えば、君の父君は神機奏者(ゴッドイーター)だったね。なら、違和感を覚えるのも無理はない』

 

 彼が教師であれば、どのような劣等生でも彼の教えに耳を傾けるだろう。男の声には、そんな魅力が備わっていた。

 が、今のコハクに彼の言葉は届いていない。

 忘我という状態がある。コハクは今、我を忘れて目の前にある神機を見詰めている。

 

 石突から穂先に至るまで、黄金に彩られた槍。

(さび)(きず)も何一つなく、誕生より長き時を経てもなお、不変かつ不滅の■■■──たとえ、どれほどの戦鬼であろうとも、この槍を直視すれば気失を(まぬが)れない()()を常に放っている。

 これを前にして、正気でいられる者などいるはずがない。

 

 まさに規格外。間違いなく、神機としては最高位の格と力を有していた。

 

 では、コハクはその規格外な神機に魅入られたのかと問われれば、否である。

 彼が抱いているのは疑問。規格外な神機だと察知出来るがゆえに、何故そのような代物が自分の目の前にあるのか、それが理解できないのだ。

 

 『君も知っての通り、神機とは我々人類が(アラ)(ガミ)に対抗するべく()いできた、言わば牙のようなもの。

(アラ)(ガミ)が捕食を繰り返す事で変化していくように、我々もまた人類の天敵たる(アラ)(ガミ)に対抗すべく、常に新たな牙を研いできた──その結果が、コハク君、今君の目の前にある()()()()だ』

 「············」

 

 無論、声の主は細かい感情の()()まで把握できるほど万能ではない。

 彼はコハクの(いだ)く疑問を()()()()したまま、語り続けていた。

 

 『神宿コハク君』

 

 その声に、コハクはハッと我に返る。

 

 『さあ、そこに手を置きたまえ。心の準備は、出来ているのだろう?』

 

 まるで、言葉の揚げ足を取るような物言いだ。実際、コハクの選択につけ込む意図で発言したのは間違いない。

 自然と不快感を覚える。だが、一度心で決めた事を曲げるつもりは無かった。

 

 「やれやれ···せっかちな野郎だぜ」

 

 小さく毒づきつつ、コハクは手を伸ばす。

 神機が収められた台座の上にはもう一つ、半円形状の物体が置かれていた。それはボルトを止める際に使用されるナットを半分に割いた形で、台座の上部に対となる部品と共に組み込まれている。

 コハクは、伸ばした左手を左右に割かれた半円形状の物体の上に置いた。

 

 『ではこれより、適合検査を開始する』

 

 号令が木霊した──その刹那に。

 

 「───ッ」

 

 台座の上部が、さながらギロチンのように落下。瞬く間にコハクの手首が半円形状の部品に挟み込まれる。

 注射針のような物に刺されると同時、何かが体内に流れ込んで来るのが手に取るように分かった。

 

 「ッ、────、くッ······」

 

 目立つ痛みは感じないが、それ以上に体内へと流れ込んでくる()()に全身が強烈な嫌悪感を示し、侵し尽くそうとする()()と元々コハクの体内に(がん)(ゆう)していた()()()(せめ)ぎ合っている。

 自分の腕だけではない。神宿コハクという存在そのものが、()()()()()により違うものへと塗り変わるような、言葉にできぬ気持ち悪さに吐き気さえ覚えた。

 

 「···ぅ······、──ッ!」

 

(しゃ)()にならない感覚に、コハクの(ほお)に汗が伝い、奥歯を噛み締める。

 インバネスコートの男は(かた)()を呑んで見守るが、声の主たるヨハネスは不動のまま目を離さない。その瞳には、無関心な色を宿したままコハクを見下ろしていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 忘れてはいけない事実がある。

神機奏者(ゴッドイーター)になるということは、その身にオラクル細胞を宿すということ。

 逆説的に、オラクル細胞を受け入れた瞬間、神宿コハクという存在は純粋な人間では無くなるのだ。

 

 無論、コハクはそれを承知の上で、神機奏者(ゴッドイーター)になることを選んでいる。

 だがしかし、心の底にある渇望(イノリ)()()に己の心で決めたことであろうと、それでも否と唱えるという矛盾連鎖。

 それが、拒絶という形で現れていた。

 

 もはや吐き出してしまおうかと、本気で考えた──その時である。

 

 『否──飲み干せ』

 

(のう)()()ぎる男が告げた。

 

 『身体に入る()()を排除しようとするのは、むしろ()()として正常な反応だ。だが、拒んでいては話にならん。

 潔く受け入れたまえ。後は私の領分だ』

 

 遠巻きに後は任せろと言われ、コハクは深呼吸を二回ほど繰り返す。

 矛盾の連鎖爆発を起こす()()を飲み干せば、体内に(がん)(ゆう)していた在来物が、逆に異物を捕食するという形で、コハクの体内に取り込まれていく感覚が手に取るように分かった。

 

 そして──

 

 空気が盛大に()れるような音と共に、コハクの左手を挟み込んでいた機械上部が持ち上がる。

 思わず(うつむ)いていた顔を上げ、ゆっくりと背筋を伸ばしながら、己の左腕を(のぞ)き込んだ。

 

 そこには、ナットで固定された赤い腕輪が()められた左手が確認でき、コハクは無意識に(あん)()の息を漏らす。

 まだ装着したばかりのためか、腕輪の周囲には黒い煙が(わだかま)っていたが、それもすぐに消えて見えなくなった。

 

 「············」

 

 コハクはそのまま、台座の上に置かれた神機を握りしめる。

 瞬間、神機から他の生命体と変わらぬ生命(いのち)の鼓動が聞こえたような気がした。

 

 力を入れて持ち上げる。平均的な男性と比べ、細い部類に入るにも(かか)わらず、約二メートルはあろう長槍を軽々と持ち上げる。

 コハクが驚いたのは神機の軽さよりも、その()()み安さ。えも言えぬ一体感だ。

 だが、それも当然のことだろう。神機奏者(ゴッドイーター)にとって神機とは、(おの)が肉体の一部と言っても過言ではない。

 

 神機を操るには、その所有者──つまり神機奏者(ゴッドイーター)──もまた、体内に高濃度のアストラル粒子を照射したオラクル細胞を埋め込み、神機が持つオラクル細胞と同調(リンク)する必要がある。

 それを可能としているのが、神機奏者(ゴッドイーター)が嵌めている腕輪らしい。

 正式名称、P-53アームドインプラント。神機奏者(ゴッドイーター)の肉体と融合し、生涯外すことが出来ないこの腕輪は、P-53偏食因子を媒介として神機に対する神経信号の伝達と、同調するオラクル細胞の制御を担う。

 

 つまり、神機とは人工的に作られた(アラ)(ガミ)なのだ。

 ゆえに、たとえ神機奏者(ゴッドイーター)であろうとも、P-53偏食因子が切れてしまえば、自分の神機に捕食されることとなる。

 

 「ん······?」

 

 ふと、穂にある(さや)のような赤い装飾に、何か文字みたいなものが見えた。

 

 ルーン文字とオガム文字が混ざったような、それでいて双方の文字を理解していようとも、決して解読も発音も不可能な言語。

 逆光でよく見えない言語を確認して見ようと、長槍を掲げてみる。

 すると、穂と柄が繋がる接合部分に(ぞう)(がん)された赤色の宝石から黒い触手のような物が伸びて、赤い腕輪に突き刺さったのだ。

 

 「────!」

 

 次瞬、自分の左手が()()()()()()()に変わるのを、コハクは決して見逃しはしない。

()(げん)そうに目を細め、槍を下ろした、その時に──

 

 『──おめでとう、神宿コハク君。君がこの支部初の()()()()()()()()()だ』

 

 乾いた拍手を打ち鳴らしながら、事務的な祝辞の言葉が降ってきた。

 槍から視線を切り、頭上を(あお)ぎ見る。

 どうやら、極東支部初の“何か”になったようだが、実感らしい実感は感じられない。

 

 『適性試験はこれで終了だ。次は適合後のメディカルチェックが予定されている。始まるまで、その扉の向こうの部屋で待機していてくれたまえ。

 気分が悪いなどの異常がある場合は、すぐに申し出るように』

 

 声は、一通りの注意事項を伝え終えると、マイクの電源を落とした。

 コハクは神機を肩に担ぎ、(きびす)を返して試験会場を後にしようとする。

 

 「────?」

 

 ふと、ガラス窓で区切られた部屋から此方(こちら)に視線が注がれている事に気付く。

 怪訝そうに目を細め、背後を振り返れば、数人の姿が確認できる人影の一人と目と目が()ち合った。

 

 年齢は四十代半ばといったところか。一見すると二十代半ばにも()(まが)いそうなほど若く見えるが、今まで積み上げてきた経験と刻み込んできた知性の深さが端正な顔に溢れ出ている。

 隣に立つ男が体型の分かりにくい黒のインバネスコートを羽織っているせいか、純白のロングコートを着こなす堂々とした姿を余計に際立たせていた。

 

 極東地域では珍しい黄金の髪を持った男は、その琥珀色の瞳を静かに細めながら、口元に穏やかな笑みを浮かべる。

 瞬間、背筋に(おぞ)()が走った。誰が見ても柔和に見える笑みはしかし、底なし沼の如く虚無的で、底冷えするほど感情らしさが見られない。

 男にとって感情など、もはや自らを飾り立てる装飾品でしかなかった。

 

(くちびる)が動く。言葉を(つむ)ぐ。

 誰にも聞こえない声で、(ささや)くように。

 本当は一ミリとて考えてもいないことを、平然とした顔で告げるのだ。

 

 『期待しているよ』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 




 一部、地底アリサこと『GOD EATER』のスピンオフ作品、『アリサ・イン・アンダーワールド』を参考にしています。
 GE1主に対するシック支部長の認識も、『シルヴァリオ』プレイした後に読了すると、物凄く分かり安い。

 後、『Dies irae』の正史である玲愛√が下地にあるため、「聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)」は現役で存在。
 ふと、疑問に思ったんだけど、獣殿がロンギヌスランゼに後継者だと認められた時って、どんな感じだったんだろう?
(りん)(どう)は『()(じり)(かむ)()()(ぐら)』で描かれてたけど······獣殿はまた違うだろうなと思う。

 『Dies irae』のロンギヌスに書かれたルーン文字? オガム文字? 両方交えた造語? あれも気になるし···割と謎が残されたままなものが多い気がする。

 では、今回はここまで。
 またの次回に会いましょう| ・∇・)ノシ♪



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第三話 新たな出会い/Neue Begegnung 前編




1

 

 

 改めて(きびす)を返し、適合試験を無事に終えた青年は、訓練場を後にする。

 自然と()らされた視線。そんなことなど気にもせず、シックザールは眼下の訓練場から出ていく青年の背中を見詰め続けた。

 

 「···何とか······無事に適合できた見たいだね」

 「ああ。お陰で現場(こちら)の方は大騒ぎだ」

 

 青年の背中が見えなくなると、やや(あん)()の色を宿した声音で黒のインバネスコートを羽織る男が口走る。

 シックザールは苦笑を口元に(たた)えつつ、(おお)(ぎょう)な態度で肩を(すく)めた。

 

 実際、彼らの背後では予想外の結果を目にした科学者や整備班の人間が、慌ただしい様子で(せわ)しなく動き回っている。

 まさか(くだん)の神機に適合出来るとは、想像だにしていなかったのか。一種の混乱状態に、彼らは陥っていた。

 

 「無理もない。何せ、あの神機は適合者が現れた前例が()()()()()からね。二度ある事が三度あると言うのなら、三度ある事が四度もあるかもしれない···と、考えるのが自然だろう」

 

()()に常識外の現象だろうと、それが何度も繰り返し続けば、自然と人の感覚は狂い出す。

 これは、旧西暦1960年代に活躍した社会学者により理論が解明された、人として当たり前の心理現象だ。

 

 ゆえに──

 

 「実際、()()()()()()()()()()()()んじゃないのかい?」

 

 黒コートの男は、口元に薄ら笑いを浮かべながら、シックザールに問い()ける。

 糸のように細く長い目が、(うっす)らと(すず)(いろ)の虹彩を(のぞ)かせていた。

 

 「···············」

 

 問いに、ほんの僅か一瞬、シックザールの口元から柔和な笑みが消え失せ、黒コートの男へ向ける表情が(れい)()なものに変貌する。

 だが、一閃の(いかずち)が如く過ぎ去る刹那の間に見せた二人の睨み合いを、その場にいる誰もが気付いてはいない。

 再び柔和な笑みを口元に浮かべたシックザールは、(おお)(ぎょう)に肩を(すく)めて、黒コートの男の問い掛けを鼻で(いっ)(しゅう)した。

 

 「···何を言い出すかと思えば······もう少し言葉を選んでは如何(いかが)ですか? (さかき)博士。極東を預かる者が、神機奏者(ゴッドイーター)の適合検査で、あろうことか()()()()()()()などと······。それこそ、あってはならない思考回路だろう」

 「そうかい? なら、キミの弁を信じるとするよ」

 

 ニコッと、効果音が付きそうな笑顔を浮かべて、榊と呼ばれた男は、それ以上の言及を止めにする。

 した所で成果はないと判断したのだろうか。真意は不明だが、彼は急に思い出したかのように話題を変えてきた。

 

 「と、なると···あの子の面倒も僕が見る方になるのかな?」

 「ああ。貴方には負担が増える形になるが······、(わざ)(わざ)もう一人の適合者と分けて学ばせるより、共に学ばせた方が互いに良い影響を与えるだろう」

 「かなり現場寄りになるけど、それでも良いのかい?」

 「······任せよう。貴方のことは信用している」

 「りょーかい。任されたよ」

 

 言うと、榊は整備班や医療班に指示を出し、メディカルチェックの準備に取り掛かる。

 その黒い背中を、冷ややかな目で見詰めていた。当然、榊は気付いているが、()えて口出しをするような真似はしない。

 そして、ある程度の指示を出し終えた榊が視線を戻すと、シックザールは一転して柔和な笑みを浮かべた。

 

 「貴重な()()だ。しっかり育ててくれたまえ」

 「(もち)(ろん)だとも。そう言うキミも、()()()の新型くんに浮気し過ぎて、()()の新型くんに浮気されないようにね」

 「忠告として、受け取っておくよ。榊博士」

 

 二人の黒白の男は微笑み合う。

()()(あい)(あい)とはしていないものの、()()か穏和な(ふん)()()を終始、(かも)し出し続けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 

 「···ッ、······くしゅッ」

 

 無事に適合試験を終えたコハクは、突如として()(こう)(ない)を襲う異物感に耐え切れず、小さなくしゃみをラウンジに響かせる。

 見た目に似合わぬくしゃみをしたせいか、(せわ)しなくラウンジを行き交う神機奏者(ゴッドイーター)と思われる人々の視線がコハクへと集中した。

 

 無論、コハクは全く気づいていない。唐突なくしゃみに首を(かし)げ、誰かに(うわさ)でもされたかと胸中で(つぶや)く程である。

(のう)()()ぎる金髪の男。口元に柔和な笑みを(たた)えながら、此方(こちら)を見下ろす琥珀色の(そう)(ぼう)には、感情らしい感情が見られなかった事を思い出す。

 底なし沼にも似た虚無の瞳に、コハクは産まれて初めて(おぞ)ましいとさえ感じた。

 

 光のように、己が定めた道を雄々しく進む訳でも。

 闇のように、愛しい過去(すべて)を守りたい訳でも。

 灰のように、迷い苦しみながらも生きていく訳でも。

 ──ない。断言しよう。あの男は光の殉教者でも、闇の代行者でも、灰の境界者でもなく(いず)れにも分類できない存在である、と。

 

 絶望、(てい)(かん)(えん)(せい)──この世の“何か”を悲観しながら、されど諦め切れぬ“勝利(こたえ)”があるから(まい)(しん)しているだけ。他に深い理由はない。

 恐らく、あの男に取って生きることとは、己の目的を達成させるのに必要な、ただの()()()程度の認識でしかないだろう。

 

 ──期待しているよ──

 

 聞いてはならないと理解しながら、なまじ目が良いだけに読心術の心得が無くとも、読み取れた(くちびる)の動きに、コハクの中で不快感が蘇る。

 感情無き期待ほど、信用できぬモノはない。心の()もらぬ言葉ほど、説得力のないモノはない。

 にも(かか)わらず、先のような言葉を()けられる男の神経が理解できず、脳内で(けい)(しょう)が鳴り響いていた。

 

 “やれやれ······どうにも、あの男は好きになれねえな。やめるか、考えんの···”

 

 分かり合えるのかも分からない相手の事を考えた所で、それこそ草原に雪が降り積もるが如く、相手への苦手意識が(つの)るだけ。

 訓練場で出会った男のことを頭の(すみ)に追いやり、コハクは再び歩き出すのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

2

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 思いのほか緊張していたらしく、肩が()りを訴えている。

 片手で軽く(ほぐ)しつつ、ラウンジとエントランスを繋げる階段を下りた、その時──

 

 「きゃっ」

 「······っと」

 

 受付カウンターの死角から飛び出してきた10歳前後の少女と、出会い頭に衝突してしまう。

 その衝撃で(かぶ)っていた白いアーミーベレー風の帽子を(とっ)()に左手で拾い、右手で身体を受け止めた。

 

 帽子が無事であることを確認し、コハクはその場で片膝をつく。

 

 「大丈夫か?」

 「···だい、じょうぶ······」

 「怪我、してねえか?」

 「···して······ない·········」

 「うし、なら良いな」

 

()ずかしがりながらも、受け答えをしてくれた薄いオリーブグレイの髪が特徴的な納得し、受け止めていた身体を立ち直らせた。

 

 「危ねぇから、次からは気ぃつけろよ。ほら」

 

 ぶっきらぼうだが、優しい声色で注意した後、反射的に拾っていた帽子を少女の頭に被らせてやる。

 対する少女は、不思議そうな顔で青いつぶらな瞳をパチクリさせると、自分の頭に手を伸ばして被らされた帽子を確認。余程の思い入れがある帽子なのか、それが自分の帽子なのだと確信するや否や、少女は満面の笑みを顔に浮かべて見せた。

 

 「ありがとう。これ、エリナのお気に入りなんだ」

 「へぇ、よく似合ってるじゃねーか」

 「当たり前でしょ。エリックがエリナの為に買ってくれたのよ。エリナに似合わないものを、エリックは絶対に買ったりしないんだから」

 「そーかい。そいつは悪かったな」

 

 誇らしげに語る少女を(なご)むように見据え、彼女の頭を軽く()でて立ち上がる。

 受付で普段の仕事に勤しむヒバリへ軽く手を振り、無事に適合検査を終えた事を(しら)せながら、指定の待機所に向かおうとした時だった。

 

 「あ、待って」

 

 自分をエリナと言う少女に服の(そで)を引かれ、コハクは()()()()()で立ち止まって、少女の方を振り返る。

 思わず袖を引いてしまったのか、エリナはハッと我に帰ると、慌てて袖から手を離した。

 

 一連の行動を目撃していたコハクは、二・三度ほど(まばた)きをすると、踵を返して再び片膝を着いてエリナと視線を合わせる。

 彼は小さく首を(かし)げると、()(だる)げながらも、穏やかな声で少女に問いかけた。

 

 「どうした?」

 

 自分で良ければ話を聞くぞと、言外に語られたことで改めて()ずかしくなってきたのだろう。

 少女はモジモジと(ほお)を赤らめ、チラッチラッと(うわ)()(づか)いで何度もコハクを見ては目を()らすを繰り返していた。

 

 焦らせたりはしない。

(ただ)、相手からのアクションを待ち続ける。

 見詰め合うこと数秒──一度だけ(まぶた)を閉じた少女は、意を決したように再び瞼を開けた。

 

 「あの···あなた、ここの職員さん?」

 「一応、な。つっても、まだ来たばかりの新人だぜ」

 「ふーん······まぁ、そこにいるオペレーターの人にいろいろ聞けば分かるから、別にいいわ。···それで、なんだけど······」

 

 念の為に確認しておきたいのだろう。ヒバリに()くと言いつつ、少女は言葉を詰まらせながらも話を本題に移すのだ。

 

 「なんか、パパとはぐれちゃったみたいで······パパ、

どこにいるか知らない?」

 

 問いに、コハクは()()に来て(ようや)く少女が恥じらいを見せていたのかを理解する。

 よくよく見れば、身に(まと)う服装からして一般に出回るような代物ではない。少なくとも、ケープとブレザーが組み合わされたアウター等、コハクは見た事が無かった。

 

 恐らく富裕層の産まれなのだろう。この時世、富裕層と王族貴族は同義語であり、(アラ)(ガミ)の出現に伴い、人類の文明が失われる中、自然と身分制度が(とう)()されたと聞く。

 だがそれでも、今まで彼等の先祖が築き上げてきた歴史と誇りが、全て一瞬で消え去る訳では無い。

 そも、今の人類が存続できているのは、彼らの強力なバックアップがあってこそだ。

 

 ゆえに、良い意味でも悪い意味でもプライドが高く、素直になれない。

 曰く、幼少期から(なんじ)、人類の規範たれ──という教えを叩き込まれ、それを地で行く者が多いのだとか。

 

 つまり──

 

 「迷子か」

 

 と、言う事になる。

 無論、コハクに悪意はない。

 ないのだが、その事実を必死に隠したい当事者からすると、彼の指摘は秘密の暴露と何も変わらなかった。

 

 「別にー、勝手にウロウロして遊んでるからいいんだ」

 

 刹那、少女の機嫌が悪くなる。

 頬を(ふく)らませ、()(こつ)()ねた態度を取る少女は、(くちびる)(とが)らせながら、続く言葉を(つむ)ぐのだ。

 

 「そうだ。よろず屋さんで、こっそり買い物しちゃおっかな···」

 

 言うと、彼女は踵を返してよろず屋であろう、一階エントランスに居座る(ひげ)の生えた男の元へと駆け寄って行く。

 その背中を見送りながら、コハクは心の中で少し無遠慮が過ぎた事を人知れず反省した。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 改めて姿勢を正し、指定された待機場所へと足を運ぶ。

 

 「〜♪」

 

 不意に、目的地から妙な鼻歌が聞こえてきた。

 

 音源を辿り、外部居住区とエントランス一階を繋ぐゲートの左脇に設置された鉄製のコーナーソファへ視線を向ける。

 どうやら先客がいたようで、一人の少年がソファに(こし)()け、鼻歌混じりに何かを()(しゃく)していた。

 

 コハクは、そんな少年の元に歩み寄り、一言。

 

 「隣、良いか?」

 「ん、いいよ」

 

 許可を(もら)い、少年の隣に腰を下ろす。

 準備とやらが終わるまで、音楽でも聞いていようかと思い、上着のポケットから無線イヤフォンを取り出して耳に(あて)がおうとした──その時。

 

 「ねぇ、ガム食べる?」

 「は?」

 

 唐突に話しかけられ、思わず返答に遅れてしまう。

 別に、食べるとは一言も言っていないのだが、隣に座るフライト・キャップにフリジア帽を組み合わせたような帽子を(かぶ)る少年は、ズボンの後ろポケットをゴソゴソと漁り始めた。

 

 そして──

 

 「あ、切れてた。今食べてるのが最後だったみたい。ごめんごめん」

 

 と、苦笑混じりに謝罪される。

 ガムが欲しかった訳ではないが、コハクは一瞬だけ冷やかしを疑った。だが、再び鼻歌を鳴らし始めた少年からは悪意らしい悪意はなく、また裏表のある性格にも見えない。

 

 「···別に、気にすんな」

 

 ゆえに、軽く水に流した。むしろ、こんな些細な事で一々怒る方が疲れるというもの。

 

 再び流れる静寂。

 コハクは無線イヤフォンを耳に宛てがい、ポケットタイプの音楽プレーヤーを再生する。

 だがしかし、その静寂は少年の手により、一秒を経たずして破壊される事となった。

 

 「ねぇ、アンタも適合者なの?」

 「······あぁ」

 

 返答しつつ、コハクは早々に趣味の音楽観賞を諦める。何せ、この手の(たぐい)の人間は話し始めると止まらない傾向にあるからだ。

 実際、そんなコハクの心情も(つゆ)()らず、無邪気な少年は嬉々として会話を弾ませていく。

 

 「おれと同い年か、少し年上っぽいけど···年、いくつ?」

 「18だ。今年で19になる」

 「えッ!? よ、予想以上の年上······でも、まぁ、一瞬とは言え、おれの方が先輩ってことで!」

 

 言いながら、彼は右手を差し出してきた。

 

 「おれ、コウタっていうんだ。藤木コウタ。これからよろしく!」

 

 にこやかな笑顔を浮かべ、握手を求めてくるコウタ。

 思わず呆気に取られてしまうが、その底抜けに明るい笑顔を見ている内に、自然と笑みが(こぼ)れた。

 

 「神宿コハクだ。フツーに、呼び捨てで構わないぜ」

 

 と、手袋を外した左手を差し出して握手を交わす。

 その後、コウタは不思議そうに首を傾げ、素の疑問を投げかけてきた。

 

 「あれ? 極東の人なんだ? すげぇ綺麗な金髪だし、肌も白いから、てっきり海外の人かと思ってたよ」

 「海外つーよりもハーフだな。日独ハーフ」

 「マジで!?」

 

 瞬間、コウタの食い付きが良くなり、コハクは(とっ)()に身を()らす。

 

 「ドイツってアレだろ? 新西暦千年代に活躍した鋼の英雄、クリストファー・ヴァルゼライドが産まれたっていう、あのドイツだろ?」

 「ら、らしいな···ま、アドラー帝国自体、欧州のほとんどを制覇してたみてぇだし······肝心の鋼の英雄様も貧民窟(スラム)出身で、そこら辺の真偽は不明だがな」

 「いやいや、でもさ今じゃもう聖地みたいなもんじゃん! それに、アドラーって言ったら、英雄の他にも有名人が沢山いるって聞くしさ」

 

 その熱意たるや、コハクにして光に目を()かれているのではないかと心配するレベルだ。

 

 ゆえに──いいや、だからこそ。

 

 「···興味ねぇな······」

 「えぇッ!?」

 

 あからさまに驚かれ、今度はコハクが不思議そうに首を傾げる。

 無論、彼に悪意はない。無いからこそ、心の底から抱く純粋な疑問を投げ掛けた。

 

 「なんだ? 俺はあくまで俺個人の感想を述べただけだぜ」

 「いや···だってさ、男児たる者、一度は憧れるだろ? 生ける伝説! 邪悪を滅ぼす悪の敵! 気合と根性で不可能を可能にするとか! バガラリーのイサムと同じぐらいカッコイイじゃん!」

 「······アホらし」

 

 さらりと言い切るコハク。新暦二世紀に入ろうとなお、衰えを見せる事のない鋼の英雄に対するコウタの純粋な(どう)(けい)に、彼は()(だる)げな声で冷水をかけるかの如く(いっ)(しゅう)したのである。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3

 

 

 呆気に取られるコウタを見据え、コハクは言葉を続けた。(おう)(よう)と。

 

 「別に、光や未来を好きになるのを止めろと言ってる訳じゃないぜ。手を伸ばしても届かねぇ理想の方が魅力的だし、()(マン)があると俺だって思うぐらいだからな。ただ······」

 

 ただ、それゆえの恐ろしさを感じずには居られないのだと、コハクは輝きに魅せられる危険性を指摘する。

 

 「それは同時に、今この手にある身近な幸福より、完全無欠な英雄様を選んじまいたくなるような瞬間が来るって事だろ?」

 「···············」

 

 瞬間、呆気の色を宿していたコウタの瞳に、感心の色が宿り始めた。

 それに気付いているのかいないのか、コハクはコウタから視線を切ると、(せわ)しなくエントランスとラウンジを行き交う人々へ視線を向ける。

 

 「少なくとも、俺はそんな瞬間が訪れて欲しいとは思わねえな。今この手にある身近な幸福が、どんだけ()(きた)りでありふれたモノでも、俺からしたら何があろうと捨てたくない宝石だ。

 同じ出来事が同じ状況で繰り返される事は二度もあるとは限らねぇように、昨日と同じ今日や今日と同じ明日なんてモノも()()そうで、ありえなかったりする」

 

 年下の後輩を(しか)る年上の先人。水掛け論争を繰り返す同世代の者たち。一見して平々凡々とした光景が、今も世界中の誰もが繰り広げて体験している。

 だがそれも、(しょ)(せん)(うた)(かた)の夢だ。このご時世、そんな日常は(ガラ)()(ざい)()か何かのように壊れやすい。

 

 「それに、気合と根性でどうにか出来たら、世の中法律も宗教も要らねえだろ? アッラーもブッダも、イエスも現れないと思うぜ。何せ、心一つ想い一つで何でも出来ちまうからな。

 こないだも(アラ)(ガミ)を信仰してる連中が事件起こして、大騒ぎになってたろ? あれと同じさね。誰にでも真似出来ることじゃねぇから、ああいう風に心の()(どころ)が欲しくなる。ま、ちとやり過ぎだとは思うがな」

 

 無造作に後頭部を()きながら、コハクは愛おしいものを見るように目を細めた。

 

 「そーいうの(かんが)みたら、英雄様の気合と根性なんてモノはな、多分きっと()鹿()()()()()()だ。ま、英雄様の功績は素直にスゲーとは思うが······今この時が好きな俺からすると、()()()()()()()()()()なんよ」

 

 夢がないのは百も承知。

 だがそれも、無理からぬ事なのかもしれない。当時の帝国アドラーの情勢を考えれば、鋼の英雄のような男が産まれて来ても何ら()()しくないのだ。

 

 不正と悪徳を嫌い、民草の善性や母国を愛するが故に内部から国を変えるべく軍に入隊。そんな、王道物語の主人公は探そうと思えば簡単に探し出せるだろう。

 彼の場合、それが現実レベルの話になっただけであり、()()()()()()()()()()()()

 ゆえに、コハクは鋼の英雄のことを特別視など、した試しなど無かった。

 

 「英雄様は英雄様なりに今、自分に出来る事を精一杯やって、命の限り生きた一人の人間だ。だから俺らも、何が起こるか分からねえ先のこと考えるよりも、今、俺らに出来ることを出来る(はん)()でやる。そっちの方がよっぽど、俺は重要な気がするぜ」

 

 そう断言しながら、コハクは自然な(しょ)()でコウタへと視線を戻す。

 刹那、(まめ)(でっ)(ぽう)を受けた(はと)のような顔でコハクの事を(ぎょう)()していた。

 

 「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」

 「···え、あッ! いや······逆にすげぇ〜なって思ってさ。コハクが言ってる事は正しいし、実際におれもその意見に賛成なんだけど···なんつーかさ······フツー、あの英雄・ヴァルゼライドの事をおれらと同じ人間だ、なんて言えないだろ?」

 「············」

 

 指摘され、コハクは僅かに口を閉ざす。

 理解はしていたが、()()()()()()()()と思いながらも、再び口を開いた。

 

 「だから、言うんだろ」

 「え?」

 「言える奴がいねえから、俺は英雄様を俺らと同じ人間だって言いたいのさ。じゃねえと、本当の意味で英雄様が俺らと同じ人間なくなるかもしんねえ。

 俺、そーいうのあんまり好きじゃねえんだ。例えそれが、とっくの昔に死んじまった人間だとしても関係ない。メディア媒体で取り上げられた英雄様の姿は確かに、()()()()()()()()()()()に俺の目には映った······ただ、それだけで充分さね」

 

 生きる伝説。理想の指導者。悪の敵。

 誰もが認める英雄は、新暦一世紀を越えてもなお、その名を轟かせている。それでもコハクは、鋼の英雄を指して命の限り生きた一人の人間だと言い続けるのだ。

 

 普通ではないと言われても構わない。それ以上に、人間だと思えないと言われているのが好きになれないから。

 こうして()()が生まれたとしても構わない。人間だと思えないと言われるよりもマシだから。

 

 だけど──ああ、それでも。

 ならば、誰か教えて欲しい。()()()()()()()()

 

 心に湧いて出てきた疑問に唇を噛み締める。

 すると、コハクの様子が変わった事に気付いたのか、コウタが首を傾げながら声を掛けてきた。

 

 「···コハク?」

 

 ハッと我に返り、思考に没頭していた事を自覚する。

 即座に謝ろうとした次の刹那に、甲高いヒール音がエントランスに鳴り響いた。

 

 

 




 本作におけるクリストファー・ヴァルゼライドですが、歴史のミステリー番組や報道番組などで特集が組まれ、その生きる伝説とも呼べる生涯がアニメ・漫画・映画・ドラマ化などしてノルンのデータベースに残っております。
 ゼファーさんの立ち位置はカグツチに(たぶら)かされた閣下の目を覚まさせる為に、立ち向かった準主人公的立ち位置。

 殉職したというプロパガンダが成されたグランド√ver.と、チトセ√ver..があり、特にチトセ√ver.は生存して親友アルバートと幼馴染の少女と共に某ご隠居様みたいな連続ドラマになっております。
 チトセ√の閣下生存ver.は言わばお茶の間向け。
 アニメは「英雄出撃→ガシッ、ボカッ→悪は滅びたガンマレイ♪」みたいな、ヒーローもの仕立てです。

 コハク君は基本的に、どんな形であれ命の限り生きた一人の人間として見えたのなら、閣下だろうがゼファーさんだろうが、対等な人間として接します。
 ただ、ゼファーさんの悪役ムーブや閣下の死に急ぐような戦い方を見たら、流石にドン引く。
 あくまでメディア媒体だからね、仕方ないね。

余談

 タツミさんの性格と外見のせいなのか分からないけど、彼の星辰光(アステリズム)の詠唱を考える時、Fateに登場するアーラシュが出てくる。
 アーラシュを元ネタにするのは流石に厳しい!



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第三話 新たな出会い/Neue Begegnung 後編




4

 

 

 カツン、カツン···と、鉄製の床を打ち鳴らす甲高い足音は、ヒール(ぐつ)が奏でる独特のものである。

 コハクとコウタの二人は(とっ)()に会話を打ち切り、足音が響く音源を辿った。

 

 しかしそれも、むべなるかな。エントランスを往来する人影はあれども、その数はさして多くはない。

 ましてや、床は鉄製の(しま)(こう)(はん)で造られている。ゆえに、靴底が打ち付ける音が場所によって大きくなってしまうのだ。

 

 その中で最も目立つ足音が響かせ、コハク達の方角へ歩いてきているとなれば、()もありなん。誰であろうと、音源を辿ってしまうだろう。

 

 「おぉぉ······」

 

(たま)らず、隣に座るコウタが感嘆の声を()らし、コハクは()()(あき)れるように目を細めた。

 

 二人の視線の先、そこにいたのは一人の女。

(ゆる)く巻かれた(ぬれ)()(いろ)の髪と、切れ長で涼やかな瞳は森林を思わせる深緑。

(くちびる)は赤い口紅で彩られ、その直ぐ下付近にある黒子(ほくろ)がまた、彼女の美しさを(あで)やかに映す。

 そして、何よりも目を引いてしまうのは──

 

 “···何で、サイズの合った服着ねぇんだよ······”

 

(こぼ)れ落ちそうなほど強調された、豊満な()(ぶさ)だった。

 

 異性も同性も関係なく、目に当てられるであろう光景。コウタが正に良い例と言えるがしかし、コハクは冷静な眼差しで上乳を遠慮なく(のぞ)かせる黒髪の女に胸中で(こん)(しん)のツッコミを入れる。

 堂々とした足取りで、彼女は(ふん)()()の全く異なる新人二人の前まで歩み寄り──一言。

 

 「立て」

 

 冷たく、命令を下してきた。

 

 「へ?」

 

 あまりに唐突な命令に、コウタが(すっ)(とう)(きょう)な声を上げ、コハクは思わず(あっ)()に取られる。

 そんな新人二人に呆れるように、黒髪の女は小さな(ため)(いき)を吐いた後、再び命令を下すのだ。

 

 「立てと言っている! 立たんか!」

 

 凄まじい迫力に満ちた号令に、(せき)(ずい)(はん)(しゃ)で立ち上がるコウタ。

 対するコハクは、気迫が波として襲いかかる(さっ)(かく)さえする号令が響いたにも(かか)わらず、非常に()(だる)げな調子で立ち上がる。

 その態度を見て、黒髪の女が鋭く睨みつけた。しかし、つい先程まで至極真面目な話をしていた青年と同一人物なのかと疑いたくなるほど、今のコハクは(やなぎ)(かぜ)と言わんばかりの態度を示している。

 決して崩れる事のない態度に注意する気さえ失せたのか、黒髪の女は(かす)かに肩を(すく)めて見せた。

 

 「···まぁ、良いだろう。私は雨宮ツバキ、お前たちの教練担当者だ」

 

 コハクの態度を瞬時に()(きょう)し、ツバキと名乗った黒髪の女は、左脇に挟んでいたタブレット端末を(いち)(べつ)しながら話を続ける。

 

 「予定が詰まっているので簡潔に済ますぞ。

 この後、メディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱いなどのカリキュラムをこなして(もら)う」

 

 瞬間、(れい)()な片目を厳しく細めると、ツバキは浮き足立ってしまいがちな新人に念を押すように告げるのだ。

 

 「これまでは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。下らない事で死にたくなければ、私の命令には全て“YES”で答えろ、分かったな?」

 

 嵐のように現れ、嵐のように(つむ)がれたツバキの伝令。

 壊滅前の軍人もかくやとばかりの態度に(ぼう)(ぜん)とするコウタと、欠伸(あくび)を必死に(こら)えるコハク。緊張感の欠片もないとは、正にこの事である。

 そんな二人を見て、ツバキは射殺せんとばかりに彼らを鋭く()めつけた。

 

 「···分かったのなら返事をしろ!」

 「はい!!」

 「りょーかい」

 

 一瞬の遅れも許さぬツバキの怒声が響き渡り、コウタは完全に()(しゅく)した様子で返事をしたのに対し、コハクの態度はやはり緩いまま。

 肝が()わっているのか、はたまた怖いもの知らずなのか。どちらにせよ、教官を務める上司に示して良い態度ではない。

 無気力な脱力感を(にじ)み出す青年に、ツバキは本日三度目となる睨みを()かせるが、コハクの態度は依然として崩れる様子がなかった。

 

 もはや、睨んだ所で意味が無いと悟ったのだろうか。話を聞いていないよりはマシと言わんばかりに肩を竦め、ツバキは淡々と話を進めていく。

 

 「では早速、メディカルチェックを始めるぞ。まずは、神宿コハク。お前からだ」

 

 名指しされた瞬間、ここに来て初めてコハクは目を丸くした。

 

 「···俺······ですか?」

 「お前以外に誰がいる?」

 「まぁ···確かに、俺しかいませんが······」

 

 適合試験の後にメディカルチェックが予定されているのならば、適合試験を受けた順番とメディカルチェックを受ける順番はイコールで繋がるのが自然だろう。

 コウタが指定の場所にいた時間を(かんが)みれば、コハクよりも先に適合試験を受けたという彼の言い分と整合性が出てくる。

 だと言うのに、メディカルチェックを受ける順番は先に適合試験を受けたコウタではなく、彼に続く形で適合試験を受けた自分だと言うのだから、誰だろうと不自然に思うはずだ。

 

 その疑問。気付いてしまったがゆえ、コハクは目を(すが)めて(いぶか)しむ。

 

 「適合試験を先に受けたのはコウタですよね? それなのに何故、俺が先にメディカルチェックを受ける事になってるんですか?」

 「ああ、なんだ。そのことか」

 

 率直に疑問を投げかければ、ツバキは一転して柔らかな微笑を口元に浮かべた。

 

 「コウタが適合した神機は、二年前まで現役の神機奏者(ゴッドイーター)が使用していた後継機に対し、お前が適合した神機は()()()()()()()()()()()()ため、本人からの申請が無くとも優先してメディカルチェックが行われる事が決定した」

 「······? なる···ほど······?」

 

 気になる言い回しだったが、問い質した所で返答している時間はないと(いっ)(しゅう)されてしまうだろう。

 先ほど、適合試験に立ち会った金髪の男の言葉を思い出す。彼が口にした極東支部初の()()──言葉通りに受け取るなら、確かに()()()()()()()()()()()()と言い表すことは可能だ。

 

 だが、彼女の言には前例がないとのこと。

 それはつまり、新型神機の適合試験は何度も実施した事があるという前提が無ければ、言い回す事ができない言葉だろうが、しかし──

 

 “···ここは、そーいう事にしておくか······”

 

 きな臭い。下手に()ぎ回ると、余計な情報を手にした瞬間、ややこしい事に巻き込まれるような気がしたので、ツバキの言を聞き入れることにした。

 

 「理解できたなら、話を本題に戻すぞ。ペイラー・(さかき)博士の部屋に、一五〇〇までに集まるように。それまでこの施設を見回っておけ。

 これからお前たちが世話になる、フェンリル極東支部、通称・アナグラだ。メンバーに(あい)(さつ)の一つでもしておくように」

 

 伝令を伝えるだけ伝えると、ツバキは(きびす)を返して(さっ)(そう)と立ち去っていく。

 恐らく、彼女が担当している仕事は教練だけではない事が、その足取りから読み取る事が出来た。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「こ、怖ぇえ···あんな怖い人がおれらの教官かよぉ〜」

 

 立ち去っていく白い背中を見送りながら、コウタは両肩を小刻みに震えさせていた。

 ツバキの背中が見えなくなったのを確認し、終始一貫した態度を崩さなかった同期へ視線を移す。

 

 「コハクも良く、あの人の目の前であんな態度を取れるよな。怖くなかったの?」

 「だって、怖がるのめんどーだろ?」

 「まぁ、確かにそうだよな〜······」

 「ああ、そうだよ」

 「うん」

 

 一瞬だけ訪れる静寂。が、次の瞬間。

 

 「って、えええぇぇぇぇぇぇええッ!?」

 

 突然、コウタが何の前触れもなく、本日一の大声を上げた。

 

 「んだよ、うっせぇーなぁ。()(まく)が破れたらどーしてくれんだ」

 「いやいやいや、そうじゃないでしょ! 怖がるのがめんどーだからって、あんたどんだけ面倒くさがりなんだよっ!!」

 「まぁ、人並みには」

 「人並み!? あれで人並みな訳ないだろ!! 本当の面倒臭がりなら、目ぇ付けられるのを面倒くさがるだろ!? どーすんだよ、あれでツバキ教官に目ぇ付けられたら!!」

 「それはそれでメンドーだが···自業自得だし······まだ、そーいう状況になった訳じゃねえからな」

 「いやいや、そーなりかけてんじゃん!」

 「ま、どうにかなるだろ。じゃあな」

 「あっ、おい! ったく···どーなっても知らねえからなぁッー!!」

 

 コハクの楽観的過ぎる態度に困惑するコウタを(しり)()に、コハクは踵を返して歩き出す。

 恐らく、ツバキい言われた通り、施設内を見回るつもりであろう同期に、コウタは()土産(みやげ)とばかりに叫んだ。

 

 それでも同期の態度は変わらず()(だる)げで、軽く此方(こちら)に手を振りながら、その場を後にする。

 あれで自分よりも年上という事実が信じられない。

 ここは()(しょう)、藤木コウタ。同期兼年上の神宿コハクに代わり、しっかりせねばと心に決めた──その時。

 

 「やっべぇッ! おれのメディカルチェック、()()から始まるのか教官に聞き忘れたァッ!!」

 

 肝心な事を思い出し、コウタは一人、絶叫を響かせるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

5

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 背後で轟く絶叫を耳にしながら、コハクは階段を上り、エントランス二階へと足を踏み入れた。

 

(しま)(こう)(はん)で作られた一階エントランスと異なり、二階エントランスの床は木製の板を使用している。

 細長いピースに正方形のピースを組み合わせた張り方は、流れるように繊細であり、まるで(かご)を編み込んだかのようにも見える。上品な仕上がりになるよう、二つのピースのバランスを徹底的に追求したのが素人目でも読み取る事が出来た。

 

 加え、一階エントランスと比べると、二階の方が清潔な印象を受ける。

 出撃ゲートの直線上に客間を思わせるセンターテーブルとL字ソファが設置されている辺り、二階はエントランスと言うよりラウンジに近いのかもしれない。

 

 “さて···()()から回るか······”

 

 墓所区画を回るのは、メディカルチェックを受けた後にするとして、問題は墓所以外の施設から見回るかである。

 父のイオンは滅多な事がない限り、アナグラで寝泊まりする事がなく、自身が神機の整備士だからと言う理由で家に神機を持ち帰ってくるような男だった為、アナグラで世話になった記憶が無い。

 何処かに施設内を見れる地図は無いだろうかと思い、周囲を見渡した時。

 

 「あっ。(うわさ)をすればって奴かな?」

 

 頭部に(だいだい)(いろ)のゴーグルを装着し、豪快にタンクトップ姿をした少女と偶然にも目が合ってしまった。

 

 「君が今日、配属した新型の人でしょ、初めまして。あたしは(くすのき)リッカ。よろしくね」

 「あ、ああ···初めまして······」

 「あれ? もしかして、緊張してる? それとも、いきなり声()けたから、驚かせちゃったかな?」

 「いや、そういうことじゃ──······」

 「お前が一目見て、そいつの事を新型の適合者だと見抜いたことに驚いてんだよ、リッカ」

 

 よく一目で、自分が新型の適合者だと分かったなと続くはずだった言葉はしかし、途中で割り込んできた声がコハクの言葉を受け継ぐ形で()き消されてしまう。

 リッカと名乗った少女と共に音源を辿り、食堂室の看板を掲げた扉がある方角へ視線を向けると、肩に紅色のライダースジャケットを羽織った(せき)(わん)の男がゆったりとした足取りで、コハクとリッカのいるエレベーター前まで歩み寄ってきた。

 

 「悪ぃな、話が聞こえちまったモンで首を突っ込ませてもらった。で? リッカ、お前、自分の所属先をちゃんと教えたんだろうな?」

 「あ、忘れてた。ごめんごめん、アハハ」

 「ったく···笑い事じゃねぇだろう。物事には順序がある。そこを(わきま)えて話さなけりゃ、伝えたい事も相手に伝わらねぇぞ」

 「分かってる、分かってる。神機奏者(ゴッドイーター)とのコミュニケーションは大事だからね、言葉のあやですれ違いになっちゃったら、それこそ目にも当てられないよ」

 「······本当に分かってるんだか···」

 「本当だよー? 信用ないなー」

 

 まるで、(おや)()のようなやり取りを繰り広げるリッカと老齢の男。

 それをコハクは彼らのすぐ(かたわ)らで見守りながら、何処か懐かしむように目を細める。

 期せずして振り返る事となった過去に、ほんの僅かだけ思いを()せた、その時。

 

 「あ、なんか、ごめんね。君を驚かせた上、身内にしか分からない会話を始めちゃって」

 

 不意に、リッカの視線がコハクに戻る。

 先の失態も含め、此方(こちら)を放置する形になった事を謝罪してきた。

 

 「いや、俺は別に気にしてねえよ」

 「そっか···気にしてないなら良いんだ。あたし、神機整備に携わる奏鋼調律師(ハーモナイザー)なんだ。だから、君の事も知ってたってわけ」

 「ああ···それでか、なるほどな······」

 

 改めて自己紹介された内容に、心の底から納得する。神機と言えど、定期メンテナンスが必要な兵器である事実は変わらない。

 加え、その多くが高濃度の星辰体(アストラル)粒子を照射された細胞郡である以上、星辰奏者(エスペラント)の発動体を管理していた技術士が必要になるのは自然な流れと言えるのだ。

 

 「納得してくれた?」

 

 問われ、コハクは静かに(しゅ)(こう)する。

 

 「じゃあ、ついでだから紹介するね。この人は百田ゲンさん。主に現場で活躍する神機奏者(ゴッドイーター)の相談に乗ってくれる人なんだ」

 「おう、よく来たな···神機奏者(ゴッドイーター)は因果な商売だ。人に(さげす)まれ、(ねた)まれる事もあるだろう。

 だが間違いなく、そんな奴らもオレ達が守ってる。オレの言葉じゃないが、数は少なくともそいつらがくれる感謝と笑顔を(かて)に出来るようになるまでは、めげずに頑張ってみな」

 「こう見えてゲンさんは昔、あの軍事帝国アドラーが誇る黄道十二星座部隊(ゾディアック)の一つ、第十北部駐屯部隊・瞬圧山羊(カプリコーン)の部隊長だったらしいよ」

 「そうなのか?」

 「······フッ、とは言っても昔の話だ。今となっちゃ、神機奏者(ゴッドイーター)も引退した、ただの老いぼれだがな」

 

 ゆえに、自分のしている事は(ろう)()(しん)から来る(たわ)(ごと)なのだと、ゲンは()(ちょう)の笑みを浮かべる。

 無理もない。神機適合者の年齢制限が定められているから仕方がないとは言え、その(ほとん)どは思春期を迎えた辺りの子供である。

 親の言葉でさえ(うっ)(とう)しいと感じる年頃である以上、それこそ老兵の助言ほど(かん)(さわ)るものはない。

 自分と同年代か、少し年下の同僚が(せき)(ずい)(はん)(しゃ)で反抗する姿が簡単に出来て、思わず苦笑いを浮かべた。

 

 「まぁ···なんつーか······心中お察しします。ただ、俺個人としては、まだ軍が機能していた頃の(アラ)(ガミ)の話を聞けるのは()(がた)いと思うんで、また機会がある時に話を(うかが)っても構いませんか?

(もち)(ろん)、差し支えが無ければ···の話ですが······。今と昔じゃ(アラ)(ガミ)の強さが違うと聞くし、実際にどう違うのかーとか、変わらないトコはあるのかーとか、そーいう生の意見みたいなのが聞けるのは心強い限りだと思うんで」

 

 言いながら、右手を差し出して言葉を継いだ。

 

 「俺は神宿コハクと申します。これから何かとご迷惑をおかけすると思いますが、改めてよろしくお願いします」

 「お、おう···ご丁寧に、ごりゃどうも······」

 

()(だる)そうな声音で(つむ)がれた礼節ある挨拶に、ゲンは(あっ)()に取られながらも、差し出された右手を握り返してくる。

 しかもそれは、彼だけでは無い。一連のやり取りを見ていたリッカも目を丸くして、興味深そうに(あご)に手を当てていた。

 

 「へ〜、コハク君って意外に礼儀正しいんだね。あたしの見立てじゃ、シュンやカレルほどじゃないにしろ、そこそこひねくれてるだろうな〜って予想してたんだけど······」

 「そうなのか···?」

 「少なくとも、あのツバキの目の前で、あんなふてぶてしい態度を取れるのはオレが知る限り、お前とソーマぐらいなもんだな」

 

 ゲンの指摘に、そうそうと言って肯定するリッカ。

 僅かに脳裏へ走った雑音(ノイズ)に違和感を覚えながらも、雨宮ツバキという女性は余程、敵に回すと怖い人間なのだと二人の反応から理解する。

 

 「あっ、ツバキさんで思い出した。実は伝言を預かってて、一通り施設を回り終えたら自分のところに来るようにだってさ。あの人、怒ると結構おっかないから、早めに行った方が良いよ」

 「分かった。肝に銘じとくぜ」

 「今度、暇な時があったら一緒にメシでも食おうよ。じゃあね」

 「ああ」

 

(うなず)き、コハクは踵を返す。

 ツバキがいる場所を推測できるのか、その足取りに迷いはない。

 リッカもまた、背伸びをして持ち場に戻っていく中、ゲンだけが階段を降りていくコハクの背中を見詰めており──

 

 「神宿コハクか···また、因果な名前だ······」

 

 顎に手を当てながら、彼は独り()ちるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 





 リメイク前と比べ、日常パートを加筆しての投稿。
 ゲンさんは、元軍属でピストル型神機の適合者だと言うので、本部のある場所が北欧であることから、アドラー帝国の人に( ̄▽ ̄;)

 第十北部駐屯部隊ということは、皆さん大好き、あの第九北部制圧部隊・魔弓人馬(サジタリウス)と共にアドラー北部を預かっていたのは簡単に想像できます。

 大変だったろうな、糞眼鏡と別の意味で( ̄▽ ̄;)

 因みに、ツバキさんのセリフを書いている時、何故か脳内にザミ姐がチラついた。
 ザミ姐のセリフをツバキさんが言っても違和感なさそう(´・∀・`)

 では、今回はここまで。
 また次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪


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第四話 健康診断/Medizinische Prüfen 前編




1

 

 

 それから──

 一基の昇降機が、ラボラトリのある13階に到着した。

 

 プシュッという音と共に昇降機の扉が開き、カゴ内部に搭乗していたコハクは、昇降機から降りてラボラトリがあると言われたフロアに足を踏み入れる。

 次瞬、()(こう)(にじ)(はい)る薬品の刺激臭に、思わず顔を(しか)めた。

 

研究室(ラボラトリ)の名を冠する以上、薄々()()()()()だろうと予想は立てていたが、現実は予想以上だったと言う良い例だろう。

 13階にあるフロアにも(かか)わらず、病室の看板を掲げる部屋が(もう)けられている光景は、突き当たりにある部屋の存在意義と(あい)()って、同じラボラトリでも実験室としての意味合いを色濃くさせていた。

 

 「あ···」

 

 気を取り直して歩き出す。

 病室の前を通り過ぎようとした所で、不意に病室から出てきたストロベリーブロンドの髪が特徴的な少女と(はち)()わせる形で遭遇した。

 

 と、言うのも、二人はほぼ同じタイミングで相手に道を譲ろうと足を止めたからである。

 コハクは(とっ)()に壁側へ背を向けて道を開けるが、対する少女は初見の相手が示す心遣いに慣れていないのか。()()か落ち着かない様子を見せている。

 

 「えっと···その······は、はじめまして······」

 「······? はじめまして·······」

 

 唐突に挨拶され、訳も分からず挨拶を返した

 すると、先程まで暗い影を落としていた少女の顔が、溢れんばかりの笑顔で明るくなる。

 

 「ああっ、新人の方ですよね!」

 「そうだが···」

 「やっぱり! そういえば、ジーナさんが二人新しい方が来るって言ってたっけ···」

 「······おい」

 「じゃあ、今からメディカルチェックですね! 廊下の突き当たりにある部屋が、(さかき)博士のラボですよ」

 「いや、知って──······」

 「博士って、ちょっと変わってますけど···あ、でも! とても優しい方なんです! 大丈夫ですよ!」

 「············」

 

此方(こちら)の話を一切聞かず、励ましの言葉を投げてくる少女に頭が痛みを訴えてくるような気がした。

 

 いや、人の話聞けよ、と胸中で吐き捨てる。

 そんなコハクの心情さえ、気に止める余裕が無いのか、(けん)(めい)に言葉を選んで独り話を進めるのだ。

 

 「で、では! わたし、これから仕事があるので! また、ご縁があったらお会いしましょう!」

 「あ、おい」

 

 そして、少女は逃げるように走り出す。

 意外にも足が速く、今こそ疾走して駆け抜けようと言わんばかりの速度で昇降機へと飛び込んでいく少女の背中を、コハクはただ見送ることしか出来ない。

 

 「···何なんだよ、一体······」

 

 期せずして乱された本調子に深い(ため)(いき)を吐き、(おお)(ぎょう)に肩を(すく)める。

 訳が分からないまま考えた所で、彼女の一連の行動を理解できる訳では無い。

 それを瞬時に理解したコハクは、仕方が無いので考えるのを止めた。

 

 改めて(きびす)を返し、廊下の突き当たりにある部屋へと歩を進める。

 親切にも、ペイラー・(さかき)の研究室と書かれた木製の看板が呼出音の真上に固定されており、ツバキや先の少女の説明も()ること(なが)ら、分かりやすい事このうえない。

 予定よりも約十分ほど早い到着になるが、遅刻するよりはマシだろうと思い、呼出音のチャイムを鳴らした。

 

 『はーい、どうぞー』

 

 マイクから響く入室許可。

 念の為、入室の挨拶をしてから自動に開かれる扉を(くぐ)るのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 榊の研究室に入ると、二人の男がコハクを出迎える。

 片や五・六台もあるモニターを見ながら、(せわ)しなく両手の指先でキーボードを叩いていた。

 

 黒に近い焦げ茶のインバネスコートに暖色系を多層化させた(はかま)という、今どき珍しい()(よう)(せっ)(ちゅう)(がた)の服装は、(きつね)のような顔に浮かべる薄ら笑いと相俟って非常に()(さん)(くさ)い。

 科学者という言葉が、まるで彼のためにあるかのような錯覚さえ覚える。

 

 対して──

 

 作業を続ける科学者の隣に(たたず)む、もう一人の男。

 190は軽く超える長身に比べ、体格は細身で純白のロングコートを見事に着こなせている反面、長身者特有の威圧感というものは感じられない。

 また、肩にかかる程度の長さを持つ金髪と(はく)(せき)の肌が男に中性的な印象を与えていた。

 

 “···この男······”

 

 ふと、男から感じた違和にコハクは目を細める。

 次の刹那、(のう)()()ぎる記憶はガラス窓で区切られた部屋からコハクを見下ろし、穏やかな微笑を(たた)える男。

 思い出した。間違えるわけがない。この男は、自分の適合試験に立ち会っていた男と同一人物である。

 

 「うん、予想より726秒早い」

 

 一区切りついたのか、糸目の男が作業の手を止めて感心したように(つぶや)いた。

 

 「やぁ、よく来たね、()()()()。私はペイラー・榊。アラガミ技術研究部の統括責任者だ。以後、キミとはよく顔を合わせる事になるだろう。よろしく頼むよ」

 「この度、フェンリル極東支部に入隊しました、神宿コハクです。以後、よろしくお願いします」

 「おぉ、顔に似合わず礼儀正しい子だねぇ。もっとアウトローな子だと思ってたよ」

 「はい?」

 

 意外だと言わんばかりの態度に、コハクは思わず顔を上げて首を(かし)げる。

 ゲンやリッカのように、前例を上げての言葉ならば、まだ納得が出来た。だが、榊の口上は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という前提が無ければ成り立たない。

 

 「いやいや、こっちの話だから気にしないでくれ。

 それから、せっかく来て(もら)ったところ悪いんだけど、見た通りまだ準備中なんだ。ヨハン、まずはキミの用事を済ませたらどうだい?」

 

 再び作業へ戻った榊は、不意に傍らに立つ男に話題を振る。あまりに唐突な前振りに、ヨハンと呼ばれた男は溜息と共に榊へと向き直った。

 

 「榊博士、そろそろ公私のケジメをつけて頂きたい」

 

 と、忠言はするものの、榊から返って来るのは生返事だけ。言葉の半分以上は聞こえてはいまい。

 それに男は二度目の(たん)(そく)。恐らく、このやり取りは今回が初めてではないのだろう。彼は榊の態度を強く(とが)めることはせず、()えて放置することを選んだ。

 

 改めて、此方(こちら)に向き直る。

 

 「適合試験ではご苦労だった。

 私は、ヨハネス・フォン・シックザール。この地域のフェンリル支部を統括している」

 「────!?」

 

 告げられた事実に、コハクは心の底から驚愕した。

 

 

2

 

 

 ヨハネス・フォン・シックザール──

 その名を知らぬ者など、恐らく極東地域には一人もいない。

 何故ならば、この極東にフェンリル支部を誘致した当事者の名前なのだから、知らぬまま生きていく方が困難に近いだろう。

 メディアへの露出度も、他地域のフェンリル支部を統括する人間と比較すれば、両の指では数え切れない回数に達していた。

 

 元々、極東支部は従来のフェンリル支部とは異なり、()()()()()を達成させることを前提目的として設立された支部だと聞き及んでいる。

 その責任者がヨハネス・フォン・シックザールであり、メディアへの露出回数が多いのも()()の説明責任を果たし、人類へ希望を(もたら)す広報活動家としての側面が非常に大きい。

 テレビを()る習慣のないコハクとて、彼の存在を知っているのだから、大衆ともなれば()もありなん。榊にヨハンと呼ばれた男こそが、このアナグラの支部長ということになるのだ。

 

 “···どうして、そんな男がこんな所に······”

 

 だからこそ、疑問には思わずにはいられない。

 適合試験ならばいざ知らず、一組織の最高責任者が一兵卒の健康診断に立ち会うなど、普通なら有り得ない状況である。

 そういう性質(タイプ)の上司だ、と言われてしまえばそれまでだが、どうにも違和感が(ぬぐ)えない。少なくとも、ヨハネスは現場重視の上司と呼ばれる類の人間ではないだろう。

 目を見れば分かるのだ。この男は理知的かつ合理的で、無用と判断すれば簡単に部下を切り捨てられる類の上司だと。

 

 では、一体───?

 

 「彼も元技術屋なんだよ」

 

 不意に、コハクの疑問を汲み取るような形で、パソコンを操作していた榊が親切に答えてくれた。

 わざわざ作業の手を止めてまでして。

 

 「ヨハンも、()()のメディカルチェックには興味津々なんだよね?」

 「貴方(あなた)がいるから、技術屋を廃業したんだ。···自覚したまえ」

 「ホントに廃業しちゃったのかい?」

 

 含みのある問いに、ヨハネスはただ微笑むだけ。

 沈黙を肯定と取るべきか、はたまた別の意図を込めて返答しないのか。真偽を不明にさせたまま──

 

 「ふっ······。さて、ここからが本題だ。我々フェンリルの目的を、改めて説明しよう」

 

 彼は自然な(しょ)()で榊との会話を切り上げ、話題の筋をこちらへ戻すのだった

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(おごそ)かに(つむ)がれた言葉は、(せい)(ひつ)ながらも力強い。

 男の目つきが変わる。身に(まと)(ふん)()()が確かな覇気を(にじ)ませ、向かい合う兵卒(コハク)を真っ直ぐと見据えていた。

 

 その何気ない動作一つさえ、自信と気品に満ち溢れている。揺るぎなき信念が自然体でも(うかが)えるのは語るまでもない。

()()()()()()()()()()()()()()()()だが──常人ならば、見ているだけで緊張が走り、(えり)(もと)を正し自然と意識を引き締めさせるだろう。

 彼に己の()(じゃく)を見せまいと、(えり)(もと)を正し自主的に()(らく)から遠ざける気配さえあれば、それを発する上司は(まぎ)れもない(けつ)(ぶつ)だと認識させる事が可能だからだ。

 

 だがしかし、彼の場合は認識させる程度のカリスマで留まっている。これでは、政治家の街頭演説で場を掌握する事と、聴衆の心を()()ける事は出来ても、話題に興味すら抱かぬ人間の心までは引き込む事は出来まい。

 事実、彼の話に耳を傾けるコハクの意識は正常のまま、ツバキと(たい)()した時と何も変化が見られなかった。

 

 「君の直接の任務は、ここ極東地域一帯の(アラ)(ガミ)の撃退と素材の回収だが──それらは全てここ前線基地の維持と、“エイジス計画”を成就する為の資源となる」

 「この数値はっ!? ······むぅ」

 

 不意に驚愕の声が上がり、コハクは釣られて榊の方を(いち)(べつ)したが、彼は今、しかめっ面でデジタル画面と睨めっこを続けている。

 

 「エイジス計画とは、簡単に言うとこの極東支部沖合い、旧日本海溝付近に(アラ)(ガミ)の脅威から完全に守られた、()()を作るという計画なのだが······」

 「ほほぅ!」

 

 今度は(かん)(たん)の声が響いた。

 直後、ヨハネスは横目でチラリと作業を続ける榊の横顔を一瞥したが、恐らく彼は気付いていない。

 何故なら、それはもう清々しいほど興味深そうな顔でパソコンモニターを見詰めながら、忙しなくキーボードを操作しているのだから。

 

 「この計画が完遂されれば、少なくとも人類は、()()()()絶滅の危機を遠ざけることが出来るはず──」

 「凄いッ。これが新型かッ!」

 「··················」

 「··················」

 

 これまた絶妙なタイミングで上がった驚嘆の声に、ヨハネスは底に落ちるような深い溜息を吐いた。片手で頭を抱え、横目で榊の横顔を睨むように見つめている。

 それら一連の流れを見ていたコハクは、口元に苦笑が浮かぶ。

 

 “あぁ···なんつーか······ご愁傷さまです、シック支部長”

 

 と、訳の分からない(あだ)()を胸中で命名して、心の底から彼の心労を労った。

 なまじ、元技術者だからこそ、榊の感情を理解出来るのだろう。

 

 「···ペイラー、説明の邪魔だ」

 

 遂にヨハネスの口から素が飛び出し、交友関係があると思われる男に注意しながらも、その声色は果てしない(てい)(かん)に満ちていて。

 

 「ああ、ゴメンゴメン。

 ちょっと予想以上の数値に舞い上がっちゃったんだ」

 

 そんな友人の心情など一切の(しん)(しゃく)もせず、全く悪びれもせずに謝罪してみせた榊。

 支部長から本日三度目となる溜息がこぼれる。

 えも言えぬ悲壮感を(ただよ)わせ、もう好きにしろと(さじ)を投げる姿に、コハクは若干の哀れみさえ覚えた。

 

 「······ともかく、人類の未来の為だ。尽力してくれ」

 「了解しました」

 「うむ、よろしい。()()()()()()()()()()

 

(しめ)の最後に送られた、(げき)(れい)の言葉を聞く前までは。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 刹那──。

 

 ヒュッと、(ぜん)(めい)*1にも似た音と共に、コハクは小さく息を()む。

 今までヨハネスに抱いていた哀れみや同情などの一切が、まるで竜巻にでも遭遇したかのように吹き飛んだ。

 

 不自然に鼓動が跳ねる。

 突然、しんと世界が暗くなって、激しい()(まえ)すら覚えた。

 

 「────あ」

 

 考えないようにしていた感情。自分のものではない感情を伴って、亀裂から波のように溢れ出す。

 心を染め上げていく闇の()(とう)。やめろと叫ぶ声。これは一体、誰のもの。

 やめろ、勝手に期待するな。やめろ、やめろ。()()()()()()()()()()()()

 

 心の中で()(だま)する声は、誰かを止めようとする声だった。それは、コハクを守るための声であり、同時に忠告する為の声。

 ──あの男に心を許すな。

 ──その声に耳を傾けるな。

 ──深入りすれば、何もかも失うことになる。

 と、言った感じに随分と勝手な忠告ばかりしてくる。

 流れ込んでくる思念の熱波に、コハクは思わず奥歯を噛み締めた。

 

 あり方が違う。生き方が違う。加え、属する()さえ正反対となれば、然もありなん。二つの異なる精神性に、(あつ)(れき)が生じ始めている。

 無理もない。今、コハクの中に流れ込んで来ている思念は彼とよく似た性質を有した存在でありながら、全く正反対のベクトルに振り切れた精神性を有している。

 本来ならば、互いに互いを忌み嫌い、どちらかがどちらかを(じゅう)(りん)するまで敵対する関係でありながら、()()()()()()()()()()()()()であるが故に滅ぼし合うことはない。

 

 「···やべ······」

 

 ゆえに、染まる。

 光が闇に。闇が光に。

 陰と陽が反転し、入れ替わるのだ。

 

 

*1
呼吸する空気が気管を通る時、ぜいぜいと雑音を発すること。




 リメイク前とは異なり、台場カノン先行登場。
 ストロベリーブロンドとは、簡単に言うと桃毛のこと。意外や意外、桃毛は現実世界に存在する髪色だった!

 シック支部長のカリスマ性評価は、『地底アリサ』でロシア支部の支部長を差し置いて、シック支部長がいることに、アリサが「どうでもいい」とガチで独白してたのを参考にしてます。

 初見プレイの時、榊博士のマイペースぶりには「お前、わざとやってるだろ!」とガチめにツッコミ入れたのと。
 メインメンバーに金髪がいないと思い、ルンルン気分でメディカルチェックを受けに行った時には、「支部長とかぶったぁぁぁぁああああ」とリアルで叫んだのは良い思い出。

 それでは、今回はここまで。
 また次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪



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第四話 健康診断/Medizinische Prüfen 後編




3

 

 ならばこそ──

 

 「──ん? どうかしたかい? 顔色が悪いようだが······」

 

 コハクの身に起きた異変を、ヨハネスは瞬時に感じ取る。

 柔和な笑みを(たた)えて、純粋な気持ちで相手の事を心配しながら、不調を来たして(かす)かに顔を伏せる目の前の青年を現実に引き戻そうと、腕を伸ばした。その肩に、そっと手を()えるために。

 

 だが、相手を()()える琥珀色の(そう)(ぼう)は、天の真上を(おお)うが如き極夜のように(くら)き深淵の感情を()(じん)も隠そうとしない。

 目は口ほどに物を言う。たとえどれほどの思いやりを見せようと、裏が見え隠れする限り、人は()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 「遠慮することは無い。適合試験後に気分が悪くなる等の症状が見られるのは、()()()()()()だ。必要なら、すぐにでも医療班を──」

 

 手配しようと続くはずだった言葉はしかし、コハクの肩に差し伸べていた手を叩き落とす乾いた音により、()()された。

 

 突然の拒絶にヨハネスは目を(みは)*1、パソコンを操作していた(さかき)の手も自然と止まる。

 無理もない。先程まで、来る者拒まずとでも言うような空気を(かも)し出していた青年が、一転して拒否拒絶の意志を見せたのだから。

 

 「······黙れ。気安く···()に触るな······ッ」

 

 そしてそれは、勘違いでもなければ、何一つとして間違えている訳でもない。

 右手で頭を抱え、ヨハネスを睨みあげる瞳は嫌悪と敵意の色を宿している。

 顔を苦痛に(ゆが)ませながら、コハクは続けた。(とつ)(とつ)*2と。

 

 「()()()()()()···だと? 笑わせ、るな······本当は、一、ミリも、期待なんざ···してねえ、くせに··そんな、声で······そんな、言葉遣いで···勝手、ばかり抜かし、やがって···ッ。

 気持ち、悪ぃ。寝言は寝てから言えよクソッタレ······()の事、なんか、暇潰しの玩具(オモチャ)か、お情けで生かしてやってる()()()······そういう風にしか、テメェは認識して、ないだろうッ······」

 

 確かに、(さかのぼ)って振り返ればヨハネスの言動は感情らしい感情がこめられていない機械的なものであり、実際の認識がどうだろうと(よく)(よう)のない無機質な声で物事全てを語っていたのは事実である。

 ゆえに、他者の声色や声音から感情の()()を鋭く感じ取れるコハクの感覚は、何も()()しなものではない。

 むしろ、口は災いの元と言わんばかりに、その感覚器官は正常に機能するのだ。本能にも近い直感が彼に危険を知らせ、頭の中で(けい)(しょう)を鳴らし続けている。

 

 いや、()()()()()()()()()と言うべきか。陰陽転化──陽極まれば陰となり、陰極まれば陽となる。

 そんな表現が似合うほど、コハクの身に起きた変貌は余りに(にょ)(じつ)なものだった。流石(さすが)(さかき)さえ目を(みは)らせ、(くだん)の青年を凝視する。

 

 「これは······」

 

 思わず(つぶや)かれた言葉。眉間の(たて)(じわ)が深くなる。

 対するヨハネスは、極大の敵意を向けられているにも関わらず、その態度は()(れん)に腕押しの如く微動だにしない。

 それどころか、急激な変化を起こしたコハクの事を、()()か狂熱的な色合いさえ宿す瞳で見据えているのだ。

 

 「···ヨハン」

 「ああ、分かっている。心配せずとも、無駄な(せん)(さく)はしない」

 

 ヨハネスの様子に気付いた榊が、すかさず彼の愛称を呼んで(いさ)めに()かる。

 暗に刺激するなと言いたいのだ。今、彼らの目の前にいる青年は()宿()()()()()()()()()宿()()()()ではない。その身体を経由した()()が、彼の身体を勝手に操縦して、極大の敵意と殺意を()き出しにしている。

 何より、ヨハネスと榊の二人には、コハクの身に起きている異変に心当たりがあった。

 

 ゆえに、ヨハネスは冷静な態度のまま、改めてコハクへと向き直る。

 

 「心配せずとも、お前のそれはただの()(ゆう)だ。むしろ、無駄には出来ない貴重な人材。だから──早く目を覚ましなさい、███」

 

 自分でも信じられないほど怖気立つような優しい声で言葉を(つむ)ぎ、実際に剥き出しの嫌悪感は更に増大の一途を辿る。

 忌々しげに舌を打つや否や、急激に薄れていく敵意と殺意。コハクの左眼に宿りつつあった禍々しい赤色は、徐々にその色を失いつつあった。

 

 同時に、先程まで苦痛に歪んでいた顔が嘘のように、コハクは目を丸くさせ、何度も(まばた)きを繰り返す。

 

 「···俺は······一体、何を······?」

 

 困惑に眉を寄せ、不安げに疑問を口にする彼に、ヨハネスは柔和な笑みを浮かべて首を軽く横に振り、そして──

 

 「いいや、何も」

 

 平然と、そんな嘘を()いた。

 未だに残留思念が残っているのか、コハクが()(げん)そうに目を細め、首を()しげていようと気にしない。

 本人がこれでは、恐らく()()()()()()()()()()()()()とヨハネスは胸中で確信する。今頃、ソファから跳ね起きて、苛立ちげに舌打ちを鳴らしているに違いない。

 

 「じゃあ、私はこれで失礼するよ。

 ペイラー、後はよろしく。終わったら、データを送っておいてくれ」

 

 もはや素を隠すのも馬鹿らしくなり、ヨハネスは軽く榊へ手を振りながら、彼の研究室を後にするのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そうして──

 

 支部長の背中を見送った後、未だ判然としない記憶に、コハクは困惑したように指先で(ほお)()いた。

 

 「よし、準備は完了だ。そこのベッドに横になって」

 

 次瞬、榊の声が思索に()けるコハクの意識を現実へと引き戻す。

 我に返ったように榊へ視線を戻せば、彼は(あご)をしゃくって指定の場所を指し示した。

 

 釣られ、視線を其方(そちら)へ向ける。

 榊が指し示した場所にあるのは、誰がどう見ても革製のソファーであり、どれだけ努力を重ねようともベッドにはならない家具が置かれていた。

 

 しかし、()えてツッコミはいれない。

 科学者という職業の都合上、ソファをベッド代わりにするのは、何も珍しいことではないだろう。

 むしろ、彼らのような人種からすると、ベッドとソファはイコールで繋がっているのだ。

 

 「少しの間眠くなると思うが、心配しなくていいよ。次、目覚める時は自分の部屋だ。戦士の束の間の休息って奴だね。予想では10800秒だ。ゆっくりおやすみ」

 「は、はぁ···」

 

 釈然としない。自然と生返事になる。

 しかし、ここで詰め寄った所で打ち明けてくれるとも思えなかった。何せヨハネスも、この部屋の主たる榊も、まるで何事も無かったかのように振る舞うから、絶対に何かやらかしたと確信しているのに、それを咎める気が一切ない。

 ならば、下手に追及すべきではないのだろう。何より、咎めないことを言及すれば、必然と榊の仕事時間が増えてしまうのは容易に想像できた。

 

 だが、それでも──いいや、だからこそ。

 

 “()せないよなぁ······”

 

 胸に残る異物感を感じつつ、(ひたい)(たて)(じわ)を寄せたコハクは、身を(ひるがえ)して榊に指定されたベッドへ横になる。

 徐々に襲い来る睡魔に身を任せながら、ゆっくりと(まぶた)を閉じるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

4

 

 

 (ただ)の人間として、心から誓った事がある。

 それがたとえ、友情に(ひび)を入れる行為でも。

 貫きたいと思う、()()があるのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一仕事を終えた榊は、()(かた)まった筋肉を(ほぐ)す為、大きく背伸びをする。

 身体のあちこちから自然と鳴り響く、ポキポキという軽快な音を聞いて、自分も年だなぁ〜と胸中で感慨深く(つぶや)いた。

 

 メディカルチェックを受けた二人の新人は、献身的な双子によって、自室のベッドに放り込まれている頃合いだろう。

 (いく)ら献身さを自称する双子とて、(いじ)るネタが無ければ何もしない。逆説的に、弄りネタさえあれば小悪魔と化す双子も、ああ見えて実はTPOを弁えているのだ。

 

 なので、心配はいらない。

 ゆえに──

 

 「さて、と······」

 

 ()()()()を切り替える。技術屋としてのペイラー・榊ではなく、()()にでもいる一人の人間として、パソコンの操作を再開した。

 先程のメディカルチェックで獲得した神宿コハクの生体情報(データ)と、とある神機奏者(ゴッドイーター)生体情報(データ)の推移を次々にモニタへ表示させ、比較していく。

 その結果が出る度に、榊の顔は険しくなり、()(けん)に寄った(たて)(じわ)も深くなるばかり。

 次瞬、榊は確信したようにズレてもいない眼鏡を、指先で押し上げた。

 

 「やはり···予想より同調が早いのはこれが原因か······」

 

 表示された原因に、(おお)(ぎょう)(ため)(いき)を吐く。これは推測に過ぎないが、()()()()さえあれば、また同じ事が起こる確率が高い。

 加え、榊が出来る根回しの域を完全に越えられてしまっている以上、こちらからの行動示唆(アプローチ)は全て無意味に終わる。

 何せこれは、もはや()()()()()()()の域に突入していた。周囲の人間が何を言おうと、それはただの後付けの風味(フレーバー)にしかならず、当人たちが互いに向き合って解決する他に方法はない。

 

 そうなれば、()()()()()さえ引き起こすだろう。それを防ぐ為にも、(くだん)の青年には早めに目覚めて(もら)いたいのだが······

 

 「···多分、難しいだろうね」

 

 ()()に深く腰掛けながら、榊は独り呟いた。

 

 科学者の目は()()ではない。

 件の青年が何を望み、どう()りたいのか。大体の予想が立てられるがゆえに、難しいと断言する。

 とりあえず、可能な限りの根回しをしておこうと思い、気を取り直してパソコンと向き直って、手馴れた様子でキーボードの操作を再開しようとした、その時。

 

 「やれやれ······こちらもこちらでせっかちだねぇ」

 

 インバネスコートの胸ポケットに仕舞っていた携帯端末、それが音も無く鳴り響いたのである。

 驚きはしない。むしろ、予想通りのタイミングで掛かる電話に、思わず嘆息する程だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 胸ポケットから携帯端末を取り出す。

 念の為、ディスプレイ画面に表示される着信者名を確認すると、予想は見事に的中。デジタル文字で起こされた親友の名前が、そこには表示されていた。

 

 拒む理由もないので、榊は快く着信を受け取る。

 携帯端末を耳元に()え、電話口で自分と同じように微笑を(たた)えているであろう親友へ、彼はにこやかに話し掛けるのだ。

 

 「やぁ、ヨハン。キミが私用携帯(こっち)に連絡を入れてくるだなんて珍しいじゃないか」

 『ふっ···。珍しいだなんて、ご冗談を。榊博士、恐らく貴方(あなた)のことだ、()()()()で私から連絡が来るのを事前に予見していたはず······』

 「さあ? それはどうだろうね。私とてキミと同じ人間だ。審判者(ラダマンテュス)のように、何から何まで予想の(はん)(ちゅう)って訳じゃないさ」

 『非凡な者ほど、己を凡俗と自称するものだ。少なくとも、私から見た貴方は()()()()()()()()()()だよ』

 「それは、(けな)しているのかい?」

 『まさか。私にそのような意図はない』

 

 だろうね、と軽く(あい)(づち)を打った榊は、深く椅子に腰掛けた。

 

 「褒めてくれるのは()(がた)いけど、キミは私のことを買い(かぶ)り過ぎだ。そこら辺、少し自覚した方が良い」

 『ふっ···かもしれんな』

 

 談笑し合う榊とヨハネス。

 そこには、先程まで感じられた(なか)(むつ)まじさや、親近感といったモノが存在せず、室内に響く微笑も、どこか暗い影を落としている。

 もしも仮に、この部屋で二人のやり取りを聞ける者がいたら、その者はまるで(たぬき)(きつね)の化かし合いを見せられている気分に陥るに違いない。

 

 『さて、話を本題に戻そう。先ほど貴方が送ってきてくれた、()()のメディカルチェックの結果だが、これは本当に彼のモノなんだね?

 まさか、貴方に限って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて事はあるまい』

 「当たり前だろう。私がそんなミスを犯すと思うかい?」

 『いいや』

 

 苦笑気味に、ヨハネスは榊の問いを否定した。

 電話口の向こう側で軽く(かぶり)を横に振りながら、愚問だったと()(ちょう)の笑みを浮かべている。

 

 『だが、そうなると疑問点が一つ残る事になる。何故、彼のメディカルチェックの結果が()()生体情報(データ)と類似しているのか···と』

 「······何が言いたいんだい?」

 『神機奏者(ゴッドイーター)は、星辰奏者(エスペラント)技術を土台にして造られた人間兵器だ。強化するのが人間である以上、必然的に類似する生体情報(データ)が現れる事は滅多にない』

 

 断言しても良い。たとえ身内であろうとも、人間の生体情報が類似する事は(まれ)なのだと。

 

 『無論、これで彼が()()()を得れば、明らかな違いが現れるだろう。だが、平均値(アベレージ)だけでもこの結果だ。こんな物を見て、疑問に思わない訳が無い。

 前置きが長くなってしまったが、確認の為に()いて置こう。榊博士、貴方は確か、()()()()()()()()()が起きた現場へ最後に立ち寄った人物だったね?』

 「ああ、そうだよ」

 

 肯定しながら、榊はズレた眼鏡を押し上げた。

 

 ふと、()()()の記憶が(のう)()()ぎる。

 暗闇の中に広がる赤い光景。()(こう)の奥に突き刺さるは、()びた鉄のような匂い。

 現場へ近付けば近付くほど、海のように広がりを見せる赤い液体。歩を進める度に響くのは、(ねば)()のある水を跳ね上げる音だ。

 

 視界全てを埋め尽くすような赤の中、転がるソレらを見る度に奥歯を噛み締める。

 肘から噛み千切られた腕が。

 (すね)から下は立ったままの足が。

 肉を裂かれて腸が(こぼ)れている胴が。

 心臓の位置だけ二つにされた胸が。

 それこそ何かの(かい)(ぎゃく)*3のように、かつて友と呼び、志を同じくした仲間だったモノが()()()()と化し、()(ざん)な姿で打ち捨てられていた。

 

 白い骨、ピンクの臓物、黄色い脂肪、赤い筋肉、灰色の(のう)(ずい)(にご)った眼球······この時、生まれて初めて“後悔”という言葉の意味を知り、深い罪悪感を叩き込まれたのを覚えている。

 多くの友人と仲間を失い、何か大切なものまで取りこぼしてしまったあの日の事を、ペイラー・榊は決して忘れる事など出来やしない。

 そしてそれは、ヨハネス・フォン・シックザールとて同じだった。

 

 『では、単刀直入に訊こう、ペイラー。()()の片割れは本当に死んだんだな?』

 「ああ、死んだよ」

 

 ゆえに、ヨハネスから投げられた疑問に、榊は何の(はん)(もん)(しゅん)(じゅん)もなく即答して見せた。

 

 電話口の向こうで口を(つぐ)む親友の姿を幻視しながら、されども彼は続ける。

 問答無用に、容赦なく、叩きつけて刻みつけるように。

 

 「この私が珍しく断言するのを、キミは珍しく思うだろうけど、()()()の生存率は限りなく0に近い。よしんば生きていたとしても、誰にも気づかれることなく死に絶えただろうね。

 だからこそ、()()()()()。彼の片割れは間違いなく死んだ。これは(くつがえ)しようのない真実だと」

 『··············』

 

 断言する榊の言葉に、ヨハネスは返す言葉もない。

 今頃、良心の()(しゃく)に苦しんでいるか、或いは()()()()()()()()()()のだろう。軽く想像出来る分、知らず口調は厳しくなっていた。

 

 『ふっ···、手厳しいな。まあ良い。それさえ確認出来れば()()。忙しい中、時間を取らせて悪かったね、ペイラー』

 「いやいや、キミが気にすることでもないよ。それじゃあ、またね」

 

 軽い挨拶を交わし、通話を切る。

 糸のように細い目を開き、榊はいつもの様に独り言を呟いた。

 

 「悪いね、ヨハン······()()()()()()()で、キミに()()()の存在を教えられないよ」

 

 先程の会話で確信した。

 ヨハネス・フォン・シックザールは、初代の馬鹿と原初の馬鹿と何ら変わらない。なまじ敗残者の側面を持つために、色々な意味で頭のネジが吹き飛んでいる。

 ゆえに──ああ、だからこそ。

 

 「教えないし、気づかせない。星の観測者(スターゲイザー)でも科学者でもない、唯のペイラー・榊として、()()()だけはキミの自由にはさせないさ」

 

 それが自己満足的な我儘(エゴ)だったとしても、友情に罅を入れる行為でも構わない。

 生きて欲しいのだ。()()()だけでも真っ当に。

 そう誓ったし、そう願った。

 その結末が()()ならば、文句は言わない。言う権利も存在しない。

 

 それこそが──

 

 「僕と私が出した、“勝利(こたえ)”だ」

 

 さあ、その勝利(こたえ)に準じよう。

 明日から忙しくなるのを予見しながら、榊は大きく背伸びをするのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一方、その頃──

 

 切れた通話に、ヨハネスは目を細めた。

 榊から真っ直ぐと告げられた真実は、確かに彼の心に突き刺さり、良心の呵責と言う名の痛みとなりて(うず)いている。

 

 だが──

 

 「まぁ、淡い希望を抱くだけ無駄······と言う事だな」

 

 一度だけ(めい)(もく)*4した後、ヨハネスは独り()ちる。

 (ゆる)やかに開かれた瞳に、先程まで見せていた良心の呵責は見られない。

 死んだ事実さえ(くつがえ)らなければ、()()()()()のだ。ただ、ふと過去を振り返った際に、()()()()()()()()()()()()()()と思い出しただけに過ぎなかった。

 

 ゆえに──ああ、だからこそ。

 

 この件に関しては、立ち止まるのを止めにしよう。

 それでも気になった時に、また立ち止まって過去を振り返りながら、そこから学んで進み続ければ良い。

 何故なら、今の自分に(くだん)の青年へ()()してやる余裕はないのだ。

 

 「全ては(すべ)て私達が掲げる“勝利(こたえ)”のために」

 

 ──さあ、運命の車輪を駆動させよう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

*1
目を大きく開いて見るの意。

*2
話しぶりが流暢でなく、途切れ途切れの調子で喋る様子の意

*3
こっけいみのある気のきいた言葉。しゃれや冗談。ユーモアなどの意味を持つ

*4
目を閉じること。目をつぶること。




 必須タグに「アンチ・ヘイト」が無いのは、原作キャラが原作キャラに対して悪口の多い作品だから(主にソーマとアリサ)。
 コハクの台詞(セリフ)なんて、まだ()(わい)い方よ。もっと酷いのが後半に出てくる(主にソーマとアリサ)。

 14歳神卿のように、キャラの掘り下げをしようとすると、ヨハネスの黒幕感とか、榊博士の意味深さとか、プーンプン匂い始めるという、ジレンマが発生するんだわこれが。
 つーか、正田卿作品あるあるを「GOD EATER」でやる方がアホだろ。敵側の人数考えろや。
 という、フリーツッコミは横に置いておこう。「シルヴァリオトリニティ」の糞眼鏡みたいなモンだと開き直れば、いけるいける。

 ま、シック支部長は闇属性だけどね。
 (残した功績は光属性顔負けだけど)

 とりあえず、今回はここまで。
 またの次回にお会いしましょう|・x・)ノシ



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第五話 初陣/Die erste Bestellung 前編




1

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 三時間後──

 (さかき)の予想通り、自室と思われる部屋で目を覚ましたのは驚いたが、それ以上に驚いたのはツバキが宣言通り、カリキュラムを実行した事だった。

 

 別に、不都合がある訳ではない。

 神機奏者(ゴッドイーター)は、常に人手不足だ。むしろ、妥当な判断とさえ言えるだろう。

 だが──

 

 「シャアアァァァァアアアッ」

 「くッ、──ッ!」

 

 響く轟音。(うな)り声と共に(とっ)(かん)してきた獣の影を、コハクは紙一重で回避しする。

 次瞬、高台の壁に激突して態勢を崩した獣の影を、コハクは決して見逃さない。赤い腕輪越しで、手にした神機に変形を指示する。

 長槍の形態をしていたコハクの神機が、銃身(ガン)形態(フォーム)へと姿を変えるや否や、コハクは疾走したまま銃撃を開始した。

 

 引き金を引くと同時に、凄まじい銃声と共に銃口から狙撃弾が射出される。

 視認不可能な速度で放たれたそれは、獣の身体の側面に吸い込まれ──着弾。

 小規模な爆発と共に(ふん)(じん)が舞い上がり、視界が(さえぎ)られるよりも早く、コハクはその場から瞬時に離脱する。

 並行して、コハクは握り()めた神機に()()()()()()()()()

 

 次瞬、コハクの脳内にある中枢神経から送られる指令が、左手首にはめられた腕輪へと走る。命令を受諾した神機が、鳴動するように変形を開始した。

 神機の各パーツが細やかに組み替わり、スナイパーが引き込まれ、白光りする銃身から黄金に煌めく長槍が入れ替わるように姿を現し、変形を完了させる。その速度、コンマ一秒以下。

 

 “──来る”

 

 獣が近付く気配に、コハクは鋭く目を細める。槍を構え、奇襲を警戒した──その時。

 

 「ガァァァァアアアアアッ!!」

 

 獣の咆哮と共に、黒い煙幕から()()(アラ)(ガミ)が飛び出してきた。

 白い小型恐竜を(ほう)彿(ふつ)とさせる(アラ)(ガミ)を素体に造られた人工の(アラ)(ガミ)が牙を()き、獲物を捕食せんと迫り来る。

 

 「おいおい···そーいうことするか」

 

 ()(だる)げに吐き捨てながら、コハクは背中越しで黒光りする巨大な装甲を開き、攻撃を防ぐと同時に反撃。

 

 「そーらよッ」

 

 長槍で斬り上げ、孤を描く槍閃。

 しかし、そこは流石(さすが)極東クオリティと言うべきか。オウガテイルと呼ばれる基本種を素体とした擬似アラガミだと言うのに、ちゃっかり星辰体(アストラル)を取り込ませている。

 結果、斬閃の直撃を受けて吹き飛んではくれるものの、その体には大した損傷(ダメージ)を与える事が出来ていない。

 普通、()()のフェンリル支部に、アストラル粒子を取り込ませた擬似アラガミを、配属したての新人に訓練相手として用意する支部があるのか。

 

 無論、実戦向き──と言われれば、確かにその通りなのだが。

 

 “やれやれ···下手すりゃ死人が出るぜ、これ······”

 

 心の中で(あき)れ気味に(つぶや)き、

 ()()でも無ければ、()()でも無い。コハクの眼前にいる擬似アラガミは、壁外を我が物顔で(ちょう)(りょう)(ばっ)()している通常の(アラ)(ガミ)と何一つ変わらぬ脅威と強度を誇っている。

 (ひと)(たび)(おく)せば、相手は容赦なく獲物を捕食するべく襲い掛かるだろう。

 

 或いは、擬似アラガミ(これ)すら討伐出来ねば意味が無いと言う事か。それとも、不足の事態に備えているのかは不明だが、どちらにせよ、いくら人工的に造られた擬似アラガミだろうと、(アラ)(ガミ)の脅威は変わらない。

 合理的と言えば、合理的だ。無駄が無ければ、余分もなく、諸行無常と言わんばかりに現実を突き付けてくる擬似アラガミの存在は、ただただ()()()()()と言えるだろう。

 

 だが──

 

 「あーだこーだ考えても仕方ねえか」

 

 ()られる前に()る。それが自然の(せつ)()ならば是非もなし──無駄な争いは好きではないが、今日という刹那を生きるためにも戦うしかあるまい。

 これは言わば生存競争だ。相手は今日という刹那を生き残る為に捕食対象と(たい)()し、被食者側は捕食者に対抗できる()()を持つがゆえ、捕食者と相見える。

 それは非日常(あたりまえ)の──()(へん)にして不変の、自然界ではありふれた光景に過ぎず、(アラ)(ガミ)の出現によって人類が自然界に立ち返ってきただけのこと。

 

 「面倒ごとを長引かせるのも()(めん)なんでな、悪いがサクッと死んでくれ」

 

 告げると同時、コハクは()()()()()()()()()()のだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それは直喩ではなく比喩。

 日常の中にある精神状態を非日常に適応した状態へと()()()()()

 ()(きた)りな日常を()()えのない宝と定義するゆえ、コハクは常に刹那のように過ぎ去る時間を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、平常時と非常時の精神状態を使い分ける癖を身につけているのだ。

 

 「ふッ──!」

 

 鬼の顔を思わせる尾先から飛んできた針の五月雨(さみだれ)を右へ回避した直後、地を蹴り上げて一気に擬似オウガテイルの(ふところ)へと飛び込むと、続けざまに斬撃を放ち、背中越しで槍を回転。右手に持ち替えながら()(はら)い、流れるように振り上げた長槍を縦一文字に振り下ろした。

 

 ショートブレード型神機ほどでは無いが、チャージスピア型神機ゆえの優れた機動力と、多種多様な攻撃手段を上手く使いこなすことで、確実に損傷(ダメージ)を与えていく。

 (わずら)わしさを感じたのだろう。擬似オウガテイルが(むち)のように尾をしならせた。小型程度の大きさならば、一撃で獲物を吹き飛ばせる重い攻撃がコハクに襲い掛からんとしている。

 しかもそれは、(なが)()武器の宿命として、連撃の合間にしばしば見せる(すき)を見事にすり抜け、彼の虚を()かんとするが──

 

 「ッ、危ねぇなッ」

 

 (とっ)()に飛び退()きながら、石突の部分ではね上げた。擬似オウガテイルの硬質な表皮と、黄金の()が激突し、派手に火花を散らす。

 次瞬、擬似オウガテイルの体勢が崩れるが、深追いはせずにコハクは体勢を立て直そうと距離を取れば、眼前を(かす)める(ニードル)の弾丸。

 風に(なび)く横髪の一・二本がそれによって切り落とされたが、命があるだけ安いものだろう。事実、軌道を追った先には、新たな擬似オウガテイルが威嚇の咆哮を上げて、コハクに狙いを定めていた。

 

 「···飛び入りか······」

 

 (あき)れ気味に独り()ちる。

 (あらかじ)めツバキから説明を受けていた為、驚きはしない。むしろ、()()()が出てくるよりも前に、一体目を討伐出来なかった己に落ち度があるだろう。

 唯一の救いは、二体目がまだ出てきたばかりという所か。ならば、やる事は一つ。

 

 「良いぜ、同時に相手してやんよ」

 

 気怠げに(つぶや)いた直後、コハクは更に一歩、その場から後ろに飛び退いた。

 

 刹那、先程までコハクが立っていた場所に飛び込んでくる一体目。(きょう)(じん)(あし)のバネを用い、飛び付いて来たのである。

 押し出されるような風に吹かれながら、コハクは石突を床に強く叩きつけた。コンッという軽い音を響かせて、(ぼう)(たか)(とび)を行う陸上選手のように空高く(ちょう)(やく)

 

 そして──

 

 「ハアァッ!」

 

 重力に従い、床に向かって墜落しながら、その勢いと体重をのせた重い一撃を一体目に叩きつけた。

 

 「グギャアァッ!」

 

 直撃を受け、吹き飛ばされる一体目の擬似オウガ。だが、追撃を許さぬとばかりに、二体目が飛び付いて来る気配を察知し、コハクは僅かに身を引いて(かわ)す。

 完全に攻撃範囲を見切っていた訳ではないが、背筋を駆け巡る悪寒が殺意の接近を知らせ、反射的に身を引いた結果、幸運にも攻撃を躱す事が出来ただけに過ぎない。

 

 しかし、昔から良く言うだろう──()()()()()()だと。

 

 前のめりになっている二体目の隙を見逃さず、それの懐に踏み込みながら、二体目の擬似オウガの首筋目掛け、(みぎ)()()()けに槍を薙ぎ払う。

 コハクの強烈な一撃により、相手の首と胴体が分断されて吹き飛んだ。()でるように流麗な(やり)(さば)きは、()()()()()()()()()()()()()

 まずは一体。噴水のように噴き上がる血の間欠泉を浴びる事さえ(いと)わず、コハクは床を蹴り上げて疾走した。

 

 次の刹那、(しかばね)と化した二体目の胴体に降り注ぐは、(ニードル)五月雨(さみだれ)である。

 斬首した直後、猫のように尾を立てた一体目が見えた為、ここは引くよりも押す方が(ぎょう)(こう)だと判断したのだ。

 

 「ガアアァァァアッ!」

 

 大きく口を開け、噛み付いて来る擬似オウガテイル。

 コハクは少しの(ひる)みも見せず、すっと黄金の長槍を手元に引き寄せ、赤い装飾の(こしら)えが成された黄金の穂で、擬似オウガテイルの口を縫い付ける一撃を放つ。

 

 そして──

 

 「ふッ──!」

 

 短い息継ぎと共に繰り出される一閃が、擬似オウガテイルの(した)(あご)ごと(うわ)(あご)を砕きながら刺し貫き、弧を描くように槍を手元へ引き寄せる事で、一体目の首も()()ばす。

 しかし、休む暇もなく、コハクのすぐ隣で現出を果たす三体目の擬似オウガテイルに、彼は小さく溜息を(こぼ)した。

 

 二体続けて()()という手段を取ったコハクだが、それは何も(アラ)(ガミ)に対する絶対の殺意を有しているから、と言う訳ではない。

 争い事は好きではないし、()()(アラ)(ガミ)()()(たい)(てん)の宿敵と言えども、()(えき)な血を流させるような趣味は持ち合わせていないのだ。

 

 加え、神宿コハクという人間が根っからの面倒臭がりで、()()()()()()(うと)ましがる性格というのも関係しているだろう。

 獲物を補足し、三体目が威嚇の咆哮を上げるのを隣で聞きながら、コハクは心底から気怠い様子で後頭部を()いたあと、突進してきた三体目の擬似オウガを、武器を持たぬ右手で()()()()退()()()

 

 「ギャッ──!」

 

 ()()()()()()()、きりもみ状に回転しながら吹き飛ぶ三体目だが、その尾をバネのように使って受身を取り、短く怒号の叫びを上げた。

 次瞬、三種類もある針飛ばしを同時に放ってきたのである。

 三体目に追い(すが)っていたコハクは、軽く舌を打ち鳴らし、足で急停止をかけるついでに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで(やり)(ぶすま)の如く放たれた針の弾幕を防ぐのだ。

 

 「キシャアアアアッ──!」

 

 不得要領を得ていないのだろう。一瞬だけ困惑の色を見せた擬似オウガテイルだったが、()()()()()()()()()のだからとでも言うように、コハクへと肉薄し、噛みつかんと牙を()けた。

 それをバックフリップで回避しながら敵の背後を捉え、再び刀身から銃身に切り替えて──

 

 「そら、喰らいな」

 

 (せい)(ひつ)な声音で告げると同時に、引き金を引く。スナイパーに似つかわしくない銃声を轟かせ、一体目の時と同様に凄まじい爆発音と共に擬似オウガテイルを(かい)(じん)と帰させた。

 

 「─────」

 

 その威力、言葉には筆舌にし難く。

 銃身を握る手が反動でビリビリと(しび)れを訴えている。取り敢えず後で、銃身に適合した同僚か、或いは先輩にバレット編成のコツを教わろうと、コハクは改めて再任するのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

2

 

◇ ◇ ◇

 

 

 コハクが直感した通り、適合試験が()(おこな)われた部屋は訓練場であり、それを一望できる部屋には今、神機奏者(ゴッドイーター)の関係者らが立ち会っていた。

 

 教練担当者のツバキは(もち)(ろん)、整備士のリッカや、アラガミ技術研究者にして統括責任者の(さかき)、そして他技術者の姿がそこにある。

 しかしそれも、むべなるかな。新型神機の適合者は、まだ実戦配備されたばかりという事情も(あい)()って、世界的にも希少な存在でもあるのだ。

 ゆえ、新型の性能を一目焼き付けようと、その適合者の訓練を見届けようとする技術者が必然的に多くなるのは、さして珍しくもないのだが······。

 

 「SSS+···だと······? な、なんだ···この訓練成績は······」

 「藤木コウタ氏の成績でさえ、AAランクと一般的な成績なんだぞ。あの新型······本当に、彼の同期なのか?」

 「···新型神機可変に伴う、()()()()()()()()か······これではまるで、()()()()()()()()だな」

 

 彼らは今、一様に動揺を見せていた。

 今回の戦闘訓練の目的は、(アラ)(ガミ)に対する反応速度、攻撃回避で発揮される反射神経、緊急事態に()ける判断能力など、そういったものをデータ化する事にある。

 極東支部に入隊する新人は、必ずこの戦闘訓練を受け、その評価に基づいた実地演習が組まれる。

 実戦前の評価など、往々にして現場では役に立たないが、かと言って基礎を(おこた)る理由にはならない。

 大切なのは、()()なる状況でも生き残り、経験を積み、技を(みが)くこと。

 

 ()()という生き物である以上、(アラ)(ガミ)と闘う力は、そのようにして手にするものであり、才能や気合と根性だけで渡り合えるほど、現実は甘くはないのだ。

  ならばこそ、科学者達が(がく)(ぜん)とするのは無理もないだろう。

 (くだん)の青年──神宿コハクは訓練項目の全てに於いて、最高ランクの評価を受けている。

 これほどまでの高評価を受け、極東支部に配属された神機奏者(ゴッドイーター)は、()()()()()()()

 

 そして、その()()()()()がどんな存在なのかを科学者らは()(しつ)しているとなれば、()もありなん。

 当たり前に、ごく普通の反応として、科学者らは眼下にいる青年を()()と認定する。

 彼らのやり取りを、ツバキは射殺せんとばかりに睨みつけながら、マイクのスイッチを押した。

 

 「よろしい──そこまで」

 

 訓練相手の消滅を確認し、構えを解く部下へ不意打ちにも近い声を()ける。

 彼の視線が此方(こちら)に向く。

 

 「これにて訓練は終了だ。

 明日からの実戦に備えて、しっかり復習しておけ。分かったな?」

 『りょーかい』

 

 ツバキの指示に、気怠い声で応じるコハク。

 此方の様子に気付いているのか、半ば呆れた様子ではあるものの、深く追及することはない。

 さながら、科学者らの態度に()()()()()とでも言うように、彼は(きびす)を返して訓練室から足早と立ち去っていく。

 その背中が見えなくなったのを見計らい、今まで目立たぬ位置で事の成り行きを見ていたリッカが、険しい顔をするツバキへ恐る恐る話しかけた。

 

 「あ、あのさ、ツバキさん」

 「······なんだ」

 「明日からコハク君の実地演習が始まるなら、並行してポール型神機の試験運用も始まると捉えていいのかな? それならそれで、彼の上官になる人にポール型神機の注意事項とか伝えておきたいんだけど······」

 

 リッカから投げられた素朴な疑問に、ツバキは思わず頭を抱えたくなる。

 (くだん)の青年が適合した神機は、新型である前に、まだ極東支部に配備されていない種類(タイプ)の兵装だ。

 

 これだけの好成績を叩き出し、極東支部初の新型適合者にして、ポール型神機の試験運用も任されている新人の損失を、上の人間は絶対に許さない。

 だとすれば、誰が実地演習に同行するかなど、日の目を見るより明らかであり──

 

 「あの、ツバキ···さん······?」

 

 その呼び掛けに、思考に(ふけ)ていたツバキは、ハッと息を()むように我に帰る。

 リッカへ視線を向ければ、彼女は返答のないツバキの事を、心配そうに見上げていた。

 

 「ああ、すまん」

 

 だから彼女は、(とっ)()に謝罪を口にする。

 顔からは険しさが消え、柔らかな表情でリッカの疑問へ答えていく。

 

 「その事についてだが、私から直接本人に伝えよう」

 「えッ!? 別に構わないけど、正式な辞令が出るのは明日のはずじゃ······」

 「これだけの好成績を叩き出した上、アナグラ初の新型神機適合者ともなれば、誰が上官になるなど簡単に予想できる。そうだろう?」

 「それは、そうだけど···」

 「なら、話はこれで終わりだ。後は任せたぞ」

 「う、うん。分かったよ」

 

 戸惑いながらも(うなず)くリッカを見て、ツバキもまた静かに(しゅ)(こう)する。

 騒然とする科学者を無視し、データを送信したタブレット端末を(わき)に抱えて、ツバキはその場を後にした。

 

 瞬間、ツバキの顔に再び険しさが戻る。

 

 「······気に入らん」

 

 大切な部下を()()()と称した科学者らが。

 それを生み出したのは、お前たちだろうに。

 心の中で科学者らを罵倒しながら、ツバキは目的地に向かって、真っ直ぐと歩き続けるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 





 ツバキの言を借りるなら、カリキュラムの回。

 初代GEのツッコミどころって、最初の訓練相手からしてオウガテイル型の擬似アラガミという時点で、何か基準がおかしい。
 他フェンリル支部だと、「オウガテイル一匹を一人で狩れて一人前」の所、極東は「ヴァジュラ一匹、単騎討伐出来て一人前」と言われてる辺り、相当だと思う。

 新型神機の可変については、またまた「地底アリサ」を参考にしています。神機可変に伴うタイムラグは、「コハク」と「アリサ」で対極の存在とする為。
 まあ、(ちゅう)()(かい)(わい)の平和主義者や日常愛好者は、大体マヂキチ連中が多い上、同じ日常愛好者でも「終わらない日常」を望む「蓮」に対して、「コハク」は「経過していく日常の堪能」と、やや方向性が違う。

 マヂキチの法則からは逃れられてないけどね。

 上記の理由から「光の眷属」としては歴代最弱。
 なんだけど、たかが「光」。されど「光」。
 「新西暦サーガ」の「光」に属する以上、戦いや非日常への適応力が極めて高い。
 「光の半端者」から「光の何か」にならない限りは、「コハク」の日常愛好者がゆえのマヂキチ振りは続くと思う。

 (ただ、GEの世界観的にコハクの性格は、コウタやロミオのように珍しいと思われる程度のもので、おかしいとは思われないのが問題なんだよな)

 秋月凌駕さんみたいに突き抜けても駄目。
 コハクのように半端者過ぎても駄目か。
 問題は山積みだ。

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう| ・∇・)ノシ♪



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第五話 初陣/Die erste Bestellung 中編




3

 

 

 ──雨宮ツバキは覚えている。

 

 地獄絵図を現実にしたような居住区で。

 ただ一つだけ散らずにいた命があったことを。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 落日の空は血の色だった。

 見渡す大地も血の色だった。

 

 そこに転がる(すべ)ての(むくろ)が、(アラ)(ガミ)という現実に出会うまで、いつ終わるか分からない平凡とした日常が永遠に続くと信じ、普通の生活を営んでいた者達だ。

 彼等は(アラ)(ガミ)の襲撃により日常を壊され、()()()()()()()()()()とフェンリルに見捨てられ、(つい)(つい)まで救い手は決して訪れぬのだという現実を目の当たりにしながら、

 (アラ)(ガミ)の侵入を防ぐ壁に(もっと)も近い、この外部居住区で。

 

 「············ッ」

 

 腕輪のビーコン反応を(いち)()*1の希望と抱きながら疾走する途中、(いな)(おう)でも視界に飛び込む光景と、鼻をつく強烈な血と()けた()(にく)の匂いに、ツバキは奥歯を()()める。

 人々の生活が営まれていた痕跡は、もはや跡形もない。総て(アラ)(ガミ)により壊され、萌えているのは()(れき)と、既に(ほね)(ずい)まで炭化した人の死体だけ。

 広々とした街路には、露店商と思われる建造物が並んでいたが、それらも総て区別なく炎の(たき)()()べられて、何を取り扱う店なのか判別することすら出来ない。

 出来ないが、ほんの少し時間を(さかのぼ)れば、この街路を中心に活気溢れた人々の日常が(つむ)がれていたことが、嫌になるほど(うかが)えた。

 

 だがそれも、もはや過去の()()でしかない。

 居住区を見渡せば見渡すほど、ツバキの瞳に総てが克明(こくめい)と映し出される。

 大地一面に海のように広がる血溜まり。

 街区全体を荒波のような燃え盛る地獄の業火。

 そこには、もはや生の()(ぶき)など、何一つとして感じられない。食い千切られたと(おぼ)しき肉片も、切り裂かれた服の破片も、(みな)(ひと)しく不浄を清める炎の(たき)()として()べられたのだ。

 

 建造物が倒壊し、ただの()(れき)になろうとも。人の死体が含む油分が燃え尽き、骨の(ずい)まで炭化しようとも。そんなことは関係ないと(のたま)うかの如く、(ごう)(ごう)と燃え続ける。

 ふと、視界の端に映り込んだ(すす)だらけの人形が炎に()まれて消えるのを、ツバキは(たま)さか目撃してしまい──

 

 「──、─────ッ」

 

 かつて見た光景が目の前の惨劇と重なり合い、大きく鼓動が()ね上がる。自我を制御する術に長けていなければ、一瞬で過去の痛みに囚われていただろう。

 振り返りそうになる過去の幻肢痛(いたみ)から、今だけ必死に目を()らすよう言い聞かせ、ツバキは後輩と共に走り続けた。

 

 「···············」

 

 様々な感情がツバキの胸中で渦を巻く。

 何も珍しいことではない。今の時代、こんな事は全世界の人間がリアルタイムで経験している。

 だが、しかし──いいや、()()()()()

 こんな、ありふれるべきではない悲劇を、ありふれた悲劇だと常識を塗り替える事に納得していいのだろうかと思う心が、無い訳では無いのだ。

 

 ()()()()()()()──そう、上層部に判断され、実際に生存者などいる訳がないという(てい)(かん)が心に()ぎりそうになった、その時である。

 腕輪のビーコン反応が示す座標に、血塗れの月を背にして(たたず)む、一人の少年がいた。

 

 「······、子供?」

 「··········」

 

 思いも寄らぬ生存者の発見に、後輩が思わず口走ったのに対し、ツバキは驚愕で目を大きく見開いて少年のことを(ぎょう)()する。

 彼女がオペレーターに確認を取らせた際、()()()()()()()()()()()と彼は答えた。歯切れの悪さから、(うそ)()いていた可能性は無に等しい。

 

 では一体、何故? という疑問さえ──()()*2

 ······()()()()()()

 

 「··················」

 

 後輩が必死に呼びかける声さえ、()()か遠くから聞こえる。

 胸中を埋め尽くす感情の嵐。それを、喜びという(ちん)()な言葉でしか表現できない。

 風に揺れる極東地域では珍しい黄金の髪。こちらを見据える瞳は、(メタル)(ブルー)を思わせる(あお)

 病的に白い肌と、身に(まと)う白を基調としたフード付きアルスター・コート風の服が、()を死者のように映すがしかし、返り血で汚れた少年の背を優しく照らす血塗れの満月が()の生を肯定しているように見えた。

 

 糸の切れた人形のように(くずお)*3れる少年。

 思わず後輩と共に声を上げ、少年の元に駆け寄ると、更に死の気配が強く感じられたが、微かな吐息と、緩やかに脈打つ鼓動の音を聞き、目頭の奥が自然と熱くなる。

 生きている。死んでいない。()()()()()()()と上層部に判断され、実際に生存者など皆無と思われた絶望の中、この少年()()は生きていてくれたのだと、強く感じられて──

 

 「よくッ、生きていてくれたッ」

 

 気絶した少年の手を強く握り締め、ツバキは()()する。(おの)が心情を。

 ()()()()()()()()──ただ、それだけの事がどうしようともなく嬉しくて、生来の性格ゆえに感謝の言葉ではなく激励の言葉を少年へと伝えたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ならばこそ──

 雨宮ツバキは、()()()の事を鮮明に覚えている。

 

 忘れられない。否、忘れる訳がない。

 諦観という絶望に身を(ゆだ)()け。

 尚も希望を信じ、(すが)り続けた末に。

 (ようや)く出会えた希望なのだから。

 

 そして、今日、彼女は強く実感する。

 勝利からは逃げられない、という現実を。

 ()()は何処までも追い駆けて来る事実を。

 

 期せずして果たした再会と共に──

 誰よりも早く、ツバキは運命の岐路に立たされていた。

 

 

4

 

 

 コツ、と甲高い靴音を奏でて立ち止まる。

 ツバキの目の前には、廊下と部屋を区切る扉。重々しい空気の中、彼女はその指先で部屋の呼出音を鳴らした。

 

 「·········」

 

 静寂。返答はない。

 もう一度、呼出音を鳴らしてみる。

 

 「············」

 

 再び静寂。呼出音が虚しく鳴り響く。

 一瞬、留守の可能性が頭を()ぎった。確認の為に、感覚を()()まして、室内の気配を探る。

 人の気配が感じられる事から、部屋を留守にしている訳ではないらしい。

 

 ならばと思い、三度目の呼出音を鳴らす。

 だが、しかし──いいや、()()()と言うべきか。三度目の呼出音にも(かか)わらず、部屋の主が呼び出しに応じる気配どころか、音に反応する気配さえ(かい)()

 

 「·····················」

 

 仏の顔も三度まで。

 (しび)れを切らしたツバキは、問答無用に新型神機適合者の上官になるであろう男の部屋へと踏み込むのだった。

 

 「おい、リンドウ! 貴様、いったい何をモタモタしている! 居るなら、さっさと返事を──···」

 

 男もかくやという勇ましさで、リンドウと呼んだ男の部屋に突入するツバキの声が、徐々に小さくなっていく。

 しかしそれも、むべなるかな。鼻先を(くすぐ)る酒精の匂いと、床に転がる大量の空き缶を目にして、絶句せずに居られる人間など誰にもいまい。

 

 「あ〜、姉上ぇ〜、こんな時間に、どうしたんですかぁ〜?」

 

 加え、肝心の男は缶ビールを片手に良い感じに出来上がっている始末。

 神機奏者(ゴッドイーター)は、星辰奏者(エスペラント)技術を土台に製造された存在の為、本来は()()()()()()なのだが、(まれ)にいるのだ。強化措置を受けてもなお、()()()()()()()の持ち主が。

 

 そして、ツバキの目の前で床に座り込み、缶ビールを勢いよく(あお)る男もまた、その珍しい()()()()()()()の持ち主である。

 これでも(たしな)めるようになれた分、実際かなり改善はされていると言うのだから、余程の上戸だったに違いない。

 

 「あ! (せっ)(かく)だし、姉上も一杯どうです?」

 「·········」

 「たまに羽目を外す程度なら、バチは当たらないと思いますけどね〜。ヒック」

 「·········、···」

 「って、姉上ぇ? 聞いてますぅ〜?」

 

 ()(れつ)の回らぬ言葉。酔いが冷め切らぬ声。

 つい先ほど自分の手で空にした缶ビールを差し出しながら、実姉に酒飲みを誘う見事な酔っ払いと化したまるで駄目な弟(雨宮リンドウ)の姿に、ツバキは僅かに()(まい)を覚える。

 

 そして──

 

 「へぶしッ!?」

 

 衝動に駆られるがまま、彼女は(わき)に挟んでいたタブレット端末を用い、弟の顔面にアッパーカットを叩き込む。

 あまりに突然かつ手加減抜きの暴力に、リンドウの飲酒は強制的に中断。殴られた衝撃は想像を絶するものであり、軽々と彼の身体は(きり)()み状に回転しながら、()まりに溜まったゴミ袋の山へと、リンドウは無様に墜落した。

 

 だがしかし、そこは流石(さすが)と言うべきか。ゴミ山に埋もれた酔っ払いは、ゆっくりとした動作ではあるものの、即座に上体だけ起こして突然の来訪者を()めつける。

 

 「なぁ〜にするんですかぁ、姉上ぇ〜。ヒック···折角の(ばん)(しゃく)だったのにぃ〜〜」

 「これの、どこが、晩酌だ! 一晩に十本以上も飲むのが貴様の晩酌か!? ()(こう)(ひん)を嗜むのは貴様の勝手だが、程々にしておけと、私は何度も貴様に言ったはずだ!!」

 「えぇ〜、良いじゃあないですかぁ。明日の仕事に響く訳じゃあないんだしぃ〜」

 

 (くちびる)(とが)らせ、異を唱えながらも(そば)に落ちていた缶ビールを拾い上げ、ステイオンタブと呼ばれる口金を開こうとするリンドウ。

 (ぼう)(じゃく)()(じん)のような振る舞いを見せつける実弟に、ツバキは(ひたい)に青筋を浮かべた──その時。

 

 「それが甘いと言っているッッ!!」

 

 再び衝動に駆られるがまま、彼女はタブレット端末で実弟の(あご)を打ち上げる。

 

 「あーじゃーぱアーッ!」

 

 同時、リンドウの口から飛び出す奇怪な悲鳴。

 まるで、()(もつ)()()(さか)へ真っ逆さまに()ちていくような声が、ベテラン区画に()(だま)した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そうして──

 

 「···酔いは覚めたか?」

 「はい······」

 

 そこには、()(ごく)(えん)()の如く雄々しく()(おう)()ちしたツバキと、産まれたての()鹿(じか)のように(ふる)えるリンドウの姿があった。

 

 こういう時の姉の恐ろしさは、誰よりも()(しつ)*4しているがゆえ、もはや逆らう気にすらならない。

 ましてや、眼前に正真正銘の鬼が入れば、誰であろうと酔いは覚めるというもの。

 リンドウの返事に満足したのか、ツバキは(たん)(そく)と共に肩を(すく)めた。

 

 「よろしい。ならば、楽な姿勢に戻れ。少し話が長くなるからな」

 

 言われ、正座の姿勢を崩して胡座(あぐら)をかくリンドウ。

 それを見届けたツバキは、(おごそ)かに話を再開する。

 

 「今回、私がお前の所に来たのは、明日から行われる実戦演習で新型神機の神機奏者(ゴッドイーター)が投入される。

 正式な辞令は明日下るだろうが、恐らくお前が(くだん)の新型の上官を務める事になる可能性が高いので、その引き継ぎを行いに来た」

 「···恐らくって······そりゃまた(あい)(まい)ですね」

 「最終訓練における総合評価から見た、私の勘だからな。無理もない」

 

 言いながら、ツバキは脇に挟んでいたタブレット端末を彼に手渡した。

 

 「これが、今期のアナグラに配属される、新兵データだ」

 「どれどれ···」

 

 先程まで二人の新兵に行わせていた、戦闘訓練の詳細データがまとめられている端末を受け取り、リンドウはその内容を一つ一つ確かめていく。

 藤木コウタ······総合評価AA+。平均的な成績だ。ここに来る新人は、大概これと同じような評価を受けて配属してくる。

 大切なのは、ここから()()まで生き延びる事が出来るのかだ。

 

 実戦前に教えられる事柄など、現場では何の役にも立たない。

 結局は経験がものを言う以上、コウタという少年は一般的で、可能性のある原石のようなものと言えるだろう。

 特記事項に“落ち着きがない”と記載されているのが気になるところだが──任務に支障を来さねば、特に問題はないと断言できた。

 

 ならばこそ──

 

 「····こいつは······」

 

 指を(すべ)らせた刹那、リンドウは驚愕に目を(みは)らせる*5

 神宿コハク······総合評価SSS+。現場に立ち続けて十年近くが経過しているものの、この成績は()()()()()()()()()()()()()()

 当時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われた為、あまり気には止めなかったがしかし、強烈な印象は()()に記憶力が(とぼ)しい人間だろうと、記憶に残りやすいものなのだ。

 

 少なくとも、これ程の高評価を受けて入隊した新兵は、()()()()()()を取り除けば、今まで現れた事がない。

 もはや(いつ)(ざい)を通り越して、異常の域と言えるだろう。

 特記事項に“常にやる気がない態度を示す”と記載されているのも気になるところだが──それ以上に、リンドウの意識を奪ったのは、ある一文だった。

 

 「···()()()()()()()()()()()()()()()()()······ねぇ···」

 

 当惑したように、リンドウは指先で(ほお)()く。

 無理もない。何故なら、その一文は()(とぎ)(ばなし)か夢物語に出てくるような一文であある。

 何よりも、リンドウが知る限り、()()()このような戦法を行えるのは、ただ一人と限られているからだ。

 

 「まるで、焔の救世主様みたいな戦法ですね。もしかして、もう星辰光(アステリズム)に目覚めてるんですか? だとしたら、この成績も(うなず)けるものがあるんですが······」

 

 かつて、この世界に(アラ)(ガミ)が出現したばかりの頃、多くの人々が目撃し、その存在を記録されたとされる存在“たち”がいる。

 その一人が焔の救世主──()()()()()()()()()()()()()()()()究極の破壊者にして、(かく)()(おう)(さつ)星辰烈奏者(スフィアセイヴァー)だった。

 

 「残念ながらと、言うべきなのか···或いは喜ぶべきなのか······観測計器()()星辰光(アステリズム)の輝照は確認されていない」

 「そりゃまた、微妙な所ですねー。どちらに転んだ所で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですもん」

 

 残念ながらと言えば、(くだん)の青年が常識の(らち)(がい)にあると認める事になる。

 逆もまた(しか)りだ。神宿コハクの異常性を無条件に認めるどころか、それを喜んで受け入れる等、周囲の人間から正気を疑われる。

 人間は、自分が知る常識の(はん)(ちゅう)から突き抜けた個を見た時、その外れ具合に何らかの理屈を求めずにはいられない。

 神機奏者(ゴッドイーター)とて、(しょ)(せん)は人の子だ。イレギュラーな存在を前にして、()()()()()()()()と受け入れられる程、出来の良い器量など持ち合わせている訳がないのは、自然の道理と言える。

 

 「いずれにせよ、これほどの成績を残した人材だ。ただでさえ貴重な新型の適合者を、緒戦の任務で潰す訳にはいかないと、上の人間は考えるだろう。

 ならば、誰が新型の上官に任命されるかなど、日の目を見るより明らかだ。違うか?」

 「···なるほど、そいつは光栄な事で」

 

 ツバキの説明に、リンドウは納得の声を上げた。

 雨宮リンドウ──仕事よりも自室でゴロゴロする方が好きな性格ではあるが、その実力はアナグラに所属する神機奏者(ゴッドイーター)の中でもエース級であり、一般的な神機奏者(ゴッドイーター)の3.2倍程だと言われている。

 加え、同行者生還率90%を超えているとあらば、()もあらん。ただでさえ、現場は常に人手不足なのだから、緒戦の任務で貴重な人材──しかも新型の適合者──を失いたくないと考えるのは、人として当たり前の感情だった。

 

 「そこでお前には、少々注意を払って貰いたくてな」

 「······? 何か問題でも? 特記事項には、“常にやる気がない”みたいなこと書かれてましたが······」

 「いや、新人に関する問題点ではない。

 ただ、そいつの適合した神機が少し特殊でな。リンドウ、お前も研修を受けた事がある神機だ」

 「そー···でしたっけ······?」

 

 目を白黒させながら、確認するとツバキから盛大な溜息がこぼれる。

 無理もない。自他共に認める記憶力の(とぼ)しさとは言え、つい先日まで受けていた研修の内容まで忘れていたとなれば、誰であろうと呆れるものだ。

 

 「···近々、このアナグラに配備予定のポール型神機の事だ。もう忘れたのか?」

 「あー、あれか!」

 

 問われ、リンドウは思い出したように手を叩く。

 欧州支部では主流の神機であり、剣をモチーフとするブレード型神機とは異なり、ポール型神機は槍・(つち)・鎌という、(なが)()が特徴的な神機だったと記憶している。

 

 「確か、槍は穂先を展開できて、(つち)はブースト発射、鎌は刃を伸ばせるでしたっけ? オレが受けたのは槍だったんで、比較的安定してるなと感じましたが······でも、その分、デメリット面が大きいと聞いた記憶がありますが······」

 「そうだ。ポール型神機は、特殊攻撃に変形が伴うため、ブレード型神機と比べてかなり複雑な制御機構を有している上、安定性にも欠点が見られる神機だ。

 適合率が高い者でも、持ち主の制御が上手く行かず、神機が暴走する事も(まま)あるらしい。それをお前に伝えたくてな」

 「ああ···」

 

 納得。神機の暴走など()()()()

 恐らく、実戦に投入される前にその新人も注意を受けるだろうが、試験運用第一号として細心の注意を払うべきだろう。

 何が起こるか分からない上に、高い潜在能力を保持した新兵が()()()()()に陥ればどうなるかなど、言うまでもない。()()()()()()()()、リンドウ以外の人間で、彼の上官が務まる者はいなかった。

 

 「何か神機に違和感を感じたり、新人から相談された場合は、すぐに報告するように。分かったな?」

 「了解です。姉上」

 「リンドウ。私のことは、姉上と呼ぶなと言ったはずだ」

 「はい! 雨宮大尉!」

 

 わざとらしく背筋を伸ばし、返事をする実弟に、ツバキは深い溜息を吐く。

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。実姉であるツバキでさえ、彼の実態は掴み切れていない。

 それはリンドウの良さでもあるのだが、それは同時に彼が何かを背負っていても、雲か(かすみ)のように分からないことを意味していた。

 

 ゆえに、ツバキはいつもの様に言い聞かせる。

 雲隠れしないように。霞のように消えてしまわぬように。

 

 「良いか? 必ず、生きて帰ってこい」

 「分かってます分かってます」

 

 ふざけたように返事をするリンドウ。

 本当に分かっているのかと疑ったが、彼が生き抜くことを信条としているのを誰よりも()(しつ)しているのは、他ならぬツバキ自身である。

 全く···と口走りながら、(おお)(ぎょう)に肩を(すく)めたくなるのを必死に(こら)え、そして──

 

 “無茶だけはしてくれるなよ······”

 

 姉として、上司として、彼女がリンドウに望む事はそれだけだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

*1
ごくわずかであること。ひとすじ。

*2
物事に感じ、喜びや悲しみに心を動かして発する声。ため息。

*3
くずれるように倒れる。

*4
知り尽くしていること。

*5
目を大きく開いて見る。





 まるで駄目なリンドウさんは、「GOD EATER オフショット」と、続編の「GE2」、そして地味に「pixiv百科事典」に記された、「仕事よりも家でダラダラしたい」発言も参考にしています。
 同じ「リンドウ」でも、「GE」の「雨宮リンドウ」と、「KKK」の「()()(りん)(どう)」では、キャラクター性が真反対に振り切れてるので、区別はしやすい。

 (名前の由来は、花の竜胆だけどね^^;)

 冒頭は、ツバキ視点から見た「Prologue」の出来事。
 個人的に、本編の立ち回り方から、ツバキさんは誰よりも早く運命の岐路に立たされたのではないか? と考察しています。

 そして、サラッと登場。ウルトラトンチキ。
 本作における黄昏の守護者、その一人ですね。はい。
 後、それ勝率あるの? なメンバーが控えてます。

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう|・x・)ノシ



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第五話 初陣/Die erste Bestellung 後編




 生きて。

 いつか必ず幸せになれるから。

 

 生きて欲しい。

 どうか、キミだけでも真っ当に。

 

 生き続けて。

 守りたいと思えるモノが沢山あるはずだから。

 

 生き抜け。

 俺の息子ならば、せいぜい足掻いて見せろ。

 

 それは祈り、それは願い。

 幸福(さいわい)を込めた生に対する正の感情。

 

 負の感情が入り込む隙など一切ない。

 人に生きる事を望むのは、人として当然の心。

 邪念はなく、ただ純粋な願いに満ちている。

 

 ならばこそ。

 真意に気付けても、誰が自覚出来よう。

 

 彼に向けられた幸福(さきわい)は。

 それを望みし者に呪いを(もたら)すのだから──

 

◇ ◇ ◇

 

 

5

 

 翌日──

 

 ──なあ、おい。あれが(うわさ)の新型だろ?

 ──もう緒戦投入かよ。流石(さすが)、新型様は違うねぇ。

 ──まあ良いじゃない。これからの実績が見ものだわ。

 

 方々から聞こえてくる(ささや)きの中、コハクは深い(ため)(いき)と共に、ソファの背もたれに全身を預ける。

 彼が新型神機の適合検査を通過した事実は、たった一日で()()()()内に広がっていた。

 

 結果、()()に行こうと目立ち、周囲の人間は決まって同じ反応を示す。

 無理もない。新型が登場するという事は、今も現場で活躍し続けている神機奏者(ゴッドイーター)達は今後、旧型と呼ばれる事を意味している。

 ゆえに、彼らの大半は新参の神機奏者(ゴッドイーター)に対する眼差しには、純粋な好奇の他に、あからさまな敵意や(さい)()の念が込められていた。

 

 しかし、そうした者達へ、コハクが視線を向ければ、彼らは一斉に目を()らして、そそくさとその場から逃げていく。

 二度目の溜息が(あき)れと共に、口を()いて出た。

 

 "やれやれ──本気で聞こえないと思っていたとはね。その声量じゃ、俺でなくとも聞こえちまうぜーってな"

 

 胸中で独り()ちりながらも、コハクは周囲から聞こえてくる無遠慮な視線や評価など、全く(とん)(ちゃく)していない。

 ただ、態度が余りに露骨過ぎるので、呆れて(えり)を正そうと、睨みを効かせただけである。

 

 “···まさか······”

 

 ふと、嫌な思考が頭に()ぎり、再び視線をエントランスに戻した。

 

 “こいつら、()()()()()()()()()()()()()()、陰口を叩いていた···のか······?”

 

 最早それは、陰口と呼べる類ではない。

 だが、叩かれている側から見れば、周囲の人間が(はや)*1す言葉は、立派な陰口として聞こえるだろう。

 人は多かれ少なかれ、周囲の評価を気にする生物だ。自分に対して悪口を叩く他人の姿を見聞した日には、その者の自信や士気が下がるのは、火の目を見るより明らかだ。

 

 瞬間、コハクは本日三度目となる溜息を吐く。

 無造作に頭を()きながら、(おお)(ぎょう)に肩を(すく)めて、背もたれに()()かった。

 

 “いやいや、流石(さすが)(うたぐ)り過ぎだろ。何、考えてんだ···俺······”

 

 まるで、ここに居る人間の民度を、既に()(しつ)*2しているかのような感覚に、少し困惑する。

 それは、自分の(くつ)と他人の靴を()()(ちが)えた感覚と、何処か似ていた。

 

 履いた心地も靴のサイズも全て、自分が履いていた靴と酷似しているのに、何故か自分の靴とは思えない。

 靴を履いた瞬間、何かが違うと感じる、あの感覚に。

 

 “······にしても遅いな。今、何時だ?”

 

 ふと、脳裏に()ぎった疑問に、コハクはエントランスホールを望む大時計へと視線を向けた。

 

 大時計の針は、9時45分を過ぎようとしている。

 それを見て、コハクの(ほお)に呆れ汗が浮かんだ。

 

 “おいおい、集合時間とっくに過ぎてるじゃねーか。そりゃ、確かにツバキさんから遅れてくるとは言われたが···流石にこれは遅すぎだろ”

 

 そう、胸中で(ひと)()ちた時である。

 不意に、背後から大股で階段を降りる足音が響いた。瞬間、視線だけを逸らして噂を囁いていた者達は(みな)、足音の主を認識するや否や、言葉を交わす事さえ中断する。

 まるで、その主に影で人の悪口を言うような、嫌らしい人間だと思われたくないと言わんばかりに。

 

 「────?」

 

 唐突に訪れた静寂と、一際目立つ足音に釣られ、コハクもまた、背後にいる足音の主を見やる。

 (ぬれ)()(いろ)の髪を揺らし、悠々自適とした態度で階段を降りてくる男の様は、ありとあらゆる緊張感が抜けているかのようで。

 だがそれでいて、男から感じる(たい)(ぜん)とした(ふん)()()は、まるで青々と生い茂る竹林を思わせるような安心感が(ただよ)っていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「あ、リンドウさん」

 「ん?」

 「支部長が見掛けたら、顔を見せに来いって、言ってましたよ」

 「おーけー、見掛けなかった事にしといてくれ」

 

 ヒバリを経由して伝えられた支部長の招集を、リンドウと呼ばれた男は、流れるように拒絶した。

 まるで、長年の友からの誘いを断るような軽やかさに、コハクは思わず目を丸くする。

 いやいや、それで良いのか──と、胸中でツッコミを入れるよりが、ヒバリはリンドウを咎める事はしない。むしろ、苦笑と共に了承の意を示す程だ。

 

 “なんつーか···想像するよりも、偉く自由な社風だな、ここ······それとも、あの人が特別自由なだけなのか? っと···”

 

 ヒバリと別れた男が、真っ直ぐと此方(こちら)へ向かって歩いて来るのが見えた。

 すかさずソファーから立ち上がり、リンドウを出迎えるコハクだったがしかし──

 

 「よぉ、新入り。オレは雨宮リンドウ。

 形式上、お前の上官にあたる···が、まあめんどくさい話は省略する」

 「······は?」

 

 拍子抜けするほど、手短で気軽い挨拶に、コハクは呆気に取られ、思わず()(とん)(きょう)な声を上げる。

 しかし、眼前にいるリンドウは、至って真面目だと言わんばかりに言葉を続けた。(おう)(よう)と。

 

 「とりあえず、とっとと背中を預けられるぐらいに育ってくれ。な?」

 「んな、無茶苦茶な······」

 

 言葉の内容は簡素だが、難易度は高い。

 少なくとも、配属されたばかりの新人に要求して良いような内容では無かった。

 

 「あ、もしかして新しい人?」

 

 不意に、そこへ新たな女が歩み寄って来た。

 肩やら胸元やら(へそ)やら健康的な()(たい)(あら)わになる服装で、堂々と。

 当然、そういうものに耐性が低いコハクは、彼女を目にした瞬間、まるで凍り付いたかのように思考回路が停止する。

 しなやかな(たい)()は、それでいて筋肉が付き過ぎているということも無い。鍛え方が良いのだろう。女性特有の肉付きに加え、しっかりと引き締まったスタイルだ。腰の(くび)れも綺麗に出ている。

 恐らく、ツバキと一・二を争う肉体美の持ち主だろう事は、露出度の高い服装で嫌というほど理解出来た。

 

 出来たのだが──

 

 “···この人······下着、どうしてんだ?”

 

 背中開きのキャミソールなのだろう。横側面で自己主張している乳房を見て、そう思わざるを得ない。

 男は大抵、大艦巨砲主義と聞くが、ここまで露骨に見せつけられると、その価値の良さが更に薄くなるばかりだ。下着の有無すら謎というのもあり、わざとらしい印象を受ける。

 

 「あー、今厳しい規律叩き込んでるんだから、あっち行ってなさい、サクヤ君」

 

 リンドウがわざとらしく咳払いをして、コハクは息を()むように我に返った。

 厳しい規律とは、先程の要求を指しているのだろう。確かに、要求されている内容の難易度は高いが、とても規律と呼べるような類ではない。

 それに対して指摘するべきか悩んでいた、その時である。

 

 「了解です、上官殿」

 

 クスクスと微笑しながら、リンドウの要請にサクヤと呼ばれた女は応じた。

 そんな彼女を(いち)(べつ)すると、こちらの視線に気付いたのか、サクヤははにかんだ笑みを見せて、軽く手を振りながら踵を返す。

 彼女の態度を見て、コハクは全てを察した。即ち、ツッコミを入れたら負け、と言う奴である。

 

 「とまぁ···そういう訳で、だ。

 さっそくお前には実戦に出てもらうが、今回の緒戦の任務にはオレが同行する······っと、時間だ。そろそろ出発するぞ」

 「···りょーかいです、上官殿」

 

 ゆえに、コハクは何も言わない。

 本当の出撃時間は9時15分であることも、遅刻した理由などの一切を追求した所で、恐らく意味がないだろう。

 そうなると、一々ツッコミを入れていたら身が持たないのは、陽の目を見るより明らかだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

6

 

 

 そして──

 初任務の舞台となる、旧市街地へ二人は降り立った。

 

 出撃場であり、帰投場でもある高台から望む旧市街地は、現代版ゴーストタウンを思わせる。

 眼下に広がる光景を感慨深そうに見詰め、リンドウはポツリと(つぶや)いた。

 

 「······ここも随分、荒れちまったなぁ」

 

 口に(くわ)えていた煙草(たばこ)を投げ捨て、隣に並び立った新人へ視線を向ける。

 

 「おい、新入り。実地演習を始めるぞ」

 

 そう、声を掛けると、リンドウと同じように旧市街地を見下ろしていたコハクの瞳が、流れるようにリンドウを見やり、そして一言。

 

 「···新入りじゃなく、神宿コハクです」

 

 ()(だる)そうな声で、彼は静かに訂正してきた。

 

 どこまでも()り切れていながら、静穏と冴えた声。

 言語の異なる者が聞けば、(たい)(とう)とした風が吹いたように思えるだろう仄昏い声。

 されど重過ぎず、軽過ぎる事のない涼やかさが宿る声。

 聞いた事のある声と何処はかとなく似ていたが、自分の思い違いだったかと、リンドウは頭を掻く。

 

 「おっと、すまん。つい、癖でな」

 「ほー」

 

 目を半眼にさせて見据えてくるコハク。

 すかさず目を逸らすリンドウ。

 元を辿れば、リンドウが諸々の面倒臭い話──コハクの自己紹介も含めて──省略したのが原因である。

 自然な(しょ)()で話を省略したのだから、本当に(ただ)の悪癖なのかと疑われて当然だ。

 

 「と、とにかく···だ」

 

 わざとらしく咳払いをし、あからさまな態度で話を本題へ戻す。

 

 「んじゃ、コハク。オレからの命令は三つだ」

 「はぁ······」

 「()()()

 「──、────」

 

 言葉を(つむ)いだ瞬間、コハクの瞳が(わず)かに揺れ動いたのを、リンドウは気付かない。

 唯の上司として、当たり前の事を新人に叩き込むのだ

 

 「死にそうになったらにげろ。そんで隠れろ。

 運が良けりれば、隙を突いてぶっ殺せ」

 「·········」

 

 ふと、呆気にでも取られたかのように、コハクが(ぼう)(ぜん)としている事に気付き、リンドウはハッと我に返る。

 

 「あ、これじゃ四つか」

 「············」

 「ま、とにかく()()()()()。そうすりゃ万事どうにでもなる」

 

 まともに数を数えられない事に()(ちょう)しながら、リンドウは新人の肩を軽く叩いた。

 しかし、コハクからは何の反応もない。

 それを見て、リンドウは()(げん)そうに首を傾げたがしかし、ややあって。

 

 「···あんたも、俺に()()を望むのか」

 「ん?」

 

 ポツリと、何かを(つぶや)いた。

 死んだ魚のような気の抜けた目を伏せ、神機を握り締めた左手に力が入る。緊張している訳でも、恐怖している訳でもない。

 むしろ、神宿コハクという人間は実地演習と言う名の戦場を前にしている新人にも関わらず、その精神は(こう)(ふう)(せい)(げつ)の如く(せい)(ひつ)さを(たた)えていた。

 

 だがしかし、この青年は今、リンドウの命令を聞いて初めて、動揺らしい動揺を見せたのである。

 珍しい反応に、リンドウは(いぶか)しむように目を細めると、その疑念に答えるようにコハクが口を開いた。

 

 「別に···あんたの命令に思う所はないぜ。むしろ、同意見ですらある。ただ······」

 

 ただ──どうしても言いたい事が一つだけあるのだと、コハクは続ける。

 

 「俺に生きる事を望むのはあんたの勝手だが、俺はどうにも、俺に生きる事を望んだ奴ほど、決まって俺の目の前から消えちまう性質(タチ)らしい」

 「···············」

 

 それが何を意味しているのか、リンドウは()えて追求しない。

 今の時代、誰であろうと悲劇の一つや二つは持っているもので、それはコハクとて例外ではないということ。

 だからこそ、彼は言うのだ。

 

 「だから、その代わりと言っちゃあなんだが···()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()······」

 

 でなけりゃ、あんたも俺の前から消えてしまうから。

 そんな含みを持たされた言葉に、リンドウは再び頭を()く。自分が青年から感じていた奇妙な既知感は、気の()()でも何でも無かった。

 

 似ているのだ、この青年は。第一部隊に所属する、()()問題児に。

 そのくせ、()(かた)のベクトルは真逆だから、比重として相手に対する言葉がストレートになる。

 なまじ痛みを知るがゆえに、伝えてくる言葉が重く()(かか)るのだ。

 ゆえに、そういう空間をリンドウは好まず。

 

 「あー、あー、あーあーあーあーあーッ!」

 「ッ!? な、なんだよ。いきなり」

 

 唐突に、奇妙な声を上げる。

 

 「暗いッ」

 「は?」

 「お前さんは至極真面目にそれを言ってるんだろうが、真面目すぎていっそ暗いッ。声もボソボソしてて聴こえづらいしよー、あと、表情だな。表情。お前の表情筋は飾りか? ん〜?」

 「いででででででッ」

 「おぉ、伸びる伸びる」

 

 茶化すように新人の(ほお)を伸ばし、暗い雰囲気を吹き飛ばす。否。吹き飛ばそうと試みる。

 元より、(とが)った善意ではなく、素直な善意であるがゆえか、そこら辺も素直なもので。

 

 「痛いって言ってるだろうがッ!」

 「ぐほっ!?」

 

 強烈なボディブローが叩き込まれた。

 昨夜と良い、今日と良い。ちょいと殴られ過ぎやしないか、自分。

 

 「ったく···俺の表情筋は玩具(おもちゃ)じゃねえっつーの。それと、声がちぃせえのも元からだ。元から」

 

 目を半眼にさせながら、コハクは掌についた(ほこり)を払い落としていく。

 それを見て、リンドウは目を丸くした。

 未だ、声に覇気はなく、目は死んだ魚のように気が抜けているものの、茶化してくるリンドウに対する態度と表情は、まさに生のある感情の発露だ。

 

 「なんだ、お前···意外と感情豊かなんだな······」

 「どっちだよ」

 

 だから思わず、そんな事を呟くと、(ひたい)に青筋を立てるようなツッコミが返ってきた。

 

 「はは、すまんすまん。ちょいと茶化し過ぎた。

 んじゃあま、気を取り直して···おっ始めますか」

 「りょーかい」

 

 見据える先は、廃墟の街。

 コハクにとって、真に初陣と言える戦いが巻くを開けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 討伐対象はオウガテイル一体。

 白く小型な恐竜を(ほう)彿(ふつ)とさせる(アラ)(ガミ)だが、決して(あなど)ることなかれ。(ひと)(たび)致命的な隙を(さら)せば、()(だれ)神機奏者(ゴッドイーター)とて簡単に捕食してしまう(アラ)(ガミ)だ。

 

 出撃地点から当該地域に降り立ち、リンドウが先導する形で索敵を開始する。

 西側の広場にはいない事を確認し、東側の路地へと歩き出すと、不意にコハクが足を止めた。

 

 「ん? どうした?」

 

 それに気付いたリンドウもまた足を止め、コハクの方を振り返る。

 新人の神機奏者(ゴッドイーター)にはよくある話だ。戦う力を手に入れたからこそ、逆に倒すべき(アラ)(ガミ)の恐怖に押し潰されてしまうことが。

 

 ゆえに、コハクも本当の実戦が近付くに連れ、恐怖の感情が()いてきたのだろうと、リンドウは検討を付けていたが、直ぐに考え違いであると気付く。

 コハクは、人差し指を口元に近付けて、静かにするよう(ハンド)信号(シグナル)を送ってきたのだ。

 

 それを見て咄嗟に口を閉ざすと、コハクは鋭く目を細め、協会の壁際に耳を()ます。

 何か聞こえたのだろう。壁際へ向けられていた視線が、流れるように此方(こちら)へ向けられた。

 

 コハクの意図を察し、リンドウは忍び足で曲がり角へと歩み寄る。

 気配を殺し、物陰から東側の路地を盗み見ると、ノシノシという重い足取りと共に、横穴の空いた教会の通路から(くだん)(アラ)(ガミ)が姿を現した。

 

 「おー、いたいた。あれが今回の討伐対象のオウガテイルだ。実物を見るのは、初めてだよな?」

 「···ノーコメントで······」

 

 言外に、実物を見るのは今回が初めてではないと、返答していたが、無言の肯定よりもまだ良い方だろう。

 何より、今回の討伐対象は(アラ)(ガミ)の中でも(もっと)も個体数が多いと言われている(アラ)(ガミ)だ。実物を見た事があるからと言って、それが必ずしも当人にとって地雷であるとは限らない。

 

 「よし。なら、そういう事にしておくぞ。

 オレが一気に仕掛ける。お前は様子を見ながら、後方からの支援を頼む」

 「りょーかい」

 「なーに、落ち着いてやりゃ、大した敵じゃない。それじゃあ、行くぞッ」

 

 指示が下ると同時、リンドウは宣言通り一気に脇道から表通りへと(おど)り出た。

 

 刹那、新たな(えさ)を探し求めていた(アラ)(ガミ)が、まるで(かま)(くび)(もた)*3げるように鬼面の尾を持ち上げ、此方を(へい)(げい)*4する二本脚の獣。

 (アラ)(ガミ)の中でも小型な方で──それでも人間と比較すれば、十分に巨大だが──新人の神機奏者(ゴッドイーター)達の初陣を飾る事が多い。

 とはいえ、(アラ)(ガミ)である事実に変わりはなく、決して油断出来る相手ではないのだ。その力は人間を遥かに(しの)ぎ、その牙は容易く人間の体を噛み千切り、その尾は人間を容赦なく叩き潰す。

 雨宮リンドウという獲物を捕捉したオウガテイルは、威嚇の咆哮を(ほとばし)らせ、(むち)のように尾をしならせた。

 

 「うおッ!?」

 

 予想よりも早い挙動に、先陣を切って戦場に飛び込んだ突撃兵は思わず(きっ)(きょう)*5の声を上げる。当たり前だが、車は急には止まれないように、人間もまた急には止まれない。

 なので、今回のように()(ばた)(くじ)かれれば、初撃を封じられると共に敵の攻撃を正面から受ける可能性もあるのだが──

 

 「そらよ」

 

 何やら随分と気の抜けた声が響くと同時、凄まじい銃声が木霊し、大口径砲も()くやとばかりの赤いレーザーが器用にオウガテイルの尾を貫き、敵の重心を崩しに()かる。

 結果、転倒させるのに失敗はするものの、リンドウの出端を挫こうとしていた攻撃は中断され、彼は無事にオウガテイルの(ふところ)に飛び込む事に成功。続けざまに突進斬りを叩き込む。

 

 「ふ──ッ」

 

 息を整え、二撃目・三撃目へと堅実に斬撃を増やし、損傷(ダメージ)を与えていく。

 それを(わずら)わしく感じたのか、オウガテイルが再び尾を振り上げた。人間サイズの敵ならば、一撃で吹き飛ばせる重い攻撃がリンドウに襲い掛かる。それは、前髪に(おお)われた彼の死角を狙うものであったが、

 

 「突っ込むぜッ」

 

 背後から響く宣言に合わせ、リンドウは後ろへ飛び退()く。次瞬、槍に装填(チャージ)していた力を解放させたコハクが、オウガテイルへ衝撃波を伴う突進突きを繰り出した。

 その刺突はオウガテイルの体表面を貫いたが、辛うじて硬質の表皮に覆われた尾と()(ちが)ったのだろう。コハクの口から小さな舌打ちが漏れ、頭から捕食せんと迫るオウガテイルの牙から、咄嗟にバク転する事で逃れて見せた。

 

 「そらよっと!」

 

 入れ替わるように、リンドウがオウガテイルへと突進し、捕食形態に切り替えていた神機でオウガテイルの一部を捕食する。

 

 「ギシャアッ!?」

 

 直撃を受け、吹き飛ばされるオウガ。バースト状態を解放させたリンドウはしかし、そのまま追撃する事無く、自分の背後へ後退した新人へアドバイスを送る。

 

 「あんま正面に立ち過ぎるなよ。頭からバクッといかれちまうからな」

 「そーいうのは始める前に言ってくれ。お陰で喰われ掛けた」

 「あ、悪ぃ。言い忘れてた」

 「忘れるなよ···」

 

 意外に重要だろう、それとツッコミを入れられ、苦笑するリンドウ。

 無論、地面に倒れ伏したオウガテイルが再び立ち上がり、どちらか一人に狙いを定めている事には気付いている。

 油断はない。慢心もない。だが、敵から見たリンドウは、目に見えた隙を晒す哀れな獲物である。

 

 「ガアァァァァァァアアッ!」

 

 咆哮と同時、オウガテイルがリンドウに向かって飛び込んできた。

 

 「っと、危ねえなッ!」

 

 それを待っていたと言わんばかりに、押し出されるような強風に叩かれながら、彼は正面からオウガテイルを迎撃する。

 オウガテイルの顔面を振り上げた長刀で殴り飛ばし、空中へと投げ出せば、すかさずコハクが握りしめた神機に力を装填させるのだ。

 

 しかもそれは、先程のような牽制の為の突進突き攻撃ではない。

 星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)が視認できる濃度まで感応し、黄金と真紅の光が衝撃波となり、槍全体を包み込む。

 地球法則に従い、地に()ちて来るオウガテイルへ狙いを定めながら、その時を待ち続けていた。

 

 狙うは一点。叩き込むは留めの必殺。

 リンドウの神機が捉えたのは、仮面のように顔を覆う硬い表皮である。切断に特化したブレード型神機では、斬り付けて傷付ける事は出来ても、破砕や貫通することは出来ない。

 ゆえに、オウガテイルを投げ飛ばした瞬間、傷は浅いだろうと、二人は予想していたのだ。

 

 「今だッ。一気に叩き潰すぞッ」

 「分かった。善処はするぜ」

 

 オウガテイルが地面に落ちた瞬間、コハクに指示を出すと同時に、リンドウがすかさず追撃を掛け、受け身を取って着地していたオウガテイルの片脚を切断する。

 悲鳴のような怒号を上げ、オウガテイルはバランスを崩し、その場に倒れ込む。

 間髪入れず、コハクが地面を蹴り上げた。僅か数歩で、オウガテイルとの距離をゼロにまで縮め、そして──

 

 「オオオオオオォォォォォォォッ──!」

 

 (れっ)(ぱく)の気合いと共に、黄金と真紅の破壊光を解放した槍でオウガテイルの胴体を刺し穿つ。

 方向性は少し異なるものの、コハクが槍に装填させている光が破壊に特化している事実に変わりはない。

 加え、オウガテイルは身体の側面に貫通の弱点を抱える(アラ)(ガミ)だ。そんな所に破壊を極める二種類の光を叩き込まれればどうなるかなど、語るに及ばず。

 

 「ギガアァァァッ、ギギィィィィィィィィィィッ!!」

 

 鋼を擦り合わせたような絶叫を上げるオウガテイル。体の全てを喰らい尽くされる前に黒い(ちり)となって消滅する

 恐らく、体内にあるコアを先の一撃で喰われた為、オラクル細胞が身体の結合を維持出来なくなったのだ。

 

 ふぅ、と安堵の息を漏らすリンドウ。

 身を(ひるがえ)し、コハクの姿を探すと、彼は独り空を見上げていた。

 

 「···これで帰れるか······」

 

 ポツリと、独り呟いたのである。

 その一言に目を丸くしながら、思わず口角を釣り上げ、新入りの肩を抱き寄せた。

 

 「うぉッ!?」

 「いい動きだったぞ、コハク。初陣にしちゃあ上出来だ」

 

 ニッという音を付けるような笑顔を見せながら、リンドウは実地演習での彼の動きを評価する。

 唐突に肩を抱き寄せた為か、コハクは呆気に取られたまま、目を(しばたた)かせ、

 

 「いや、そりゃあんたが上手くフォローしてくれたからで···っと、すみません。つい」

 

 思わず飛び出した口調がタメ語であると、(よううや)く気付くや否や、即座に謝罪を口にした。

 

 「ははっ、気にすんな。元々オレは、そういう()()()態度が苦手なんだわ。だから、フツーの態度で接してくれると、正直オレもやりやすい」

 「······分かった。あんたがそう言うなら、以後こんな感じで接するが、構わねえな?」

 「·····················」

 

 改めて聞く砕けた口調に、やはり既知感を覚える。

 似ているのだ、この青年は。第一部隊に所属する問題児だけでなく、自分と因縁のある男とも。

 

 「リンドウさん?」

 「あー、いや、どうにもお前さんはオレの知り合いと似てるようで似てないもんだから、調子が狂うなーと思ってね」

 「────? それって···どういう······」

 「あー、なんだ、そのー、つまりあれだ、あれ! お前さんが気にする事でもないって事さね!」

 「そりゃあまた、無理矢理感が半端ない言い訳な事で」

 「む、細かいぞー、コハク。そんな細かい奴は、こーなっちまうぞ〜。うりゃあ!」

 「どうわッ!? お、おい、やめろ! 髪、崩れる、だろーがッ!」

 「えぇ〜、良いだろ〜。減るもんじゃねえし〜」

 「減るわッ! 主に俺のメンタルがッ!」

 

 先のやり取りを記憶から忘却させるように、子供のようなやり取りを重ねていく。

 実際、そういう趣旨が含まれていた事は否定しない。

 これは雨宮リンドウが向き合わなければならない過去(うんめい)であり、新しく自分の部下となった青年とは無関係な事柄だ。

 

 だが、それでも──

 

 “悪いな···新入り······”

 

 罪悪感が無いかと言われれば嘘になる。

 だから、胸中で謝罪を口にした。

 

 何故なら、雨宮リンドウは()()()()()()()()()()()()()である。

 いずれ必ず、()()()が訪れるのは間違いない。

 それが何時になるかは分からないし、こうやって接すること自体、ただの独り善がりなのかもしれないが、だとしても──

 この心配性な部下が生きる糧になるぐらいの思い出を与える程度なら、罰は当たらんだろうとリンドウは思うのだった。

 

 

*1
声をそろえてあざけったり、ほめそやしたりする。

*2
ある物事について、細かい点まで知りつくすこと。

*3
もちあげる。おこす。増す。

*4
横目でじろりとにらみつけること。

*5
おどろくこと。




 どうも、お久しぶりです。シャーマンキングや蟲師のマイブームが再来したら、更新日が軽く半月ぐらい放置する羽目になりました。

 アリサ・イン・アンダーランドこと通称、地底アリサを読むと分かるのですが、リンドウさんは本編が始まる六年前から既に運命の岐路を選択しているんですね。
 あくまでツバキさんは、誰よりも早く運命の岐路に立たされた人ですが、何故か見事に対照的になってくれましたよ、この姉弟。何これ、偶然って怖い。

 コハクはソーマのような根暗ちゃん(By.司狼)ではなく、根が生真面目なので、真面目な話をすると声のボソボソ感と相まって、印象が暗くなるだけという感じ。
 割と叫ぶし、デカい声もそこそこ出します。
 実際、男ボイス15は特大ダメージを受けると、結構大きな声で叫ぶ。

 というか、男ボイス15を担当していらっしゃる三浦祥朗さんの声の表現が非常に難しい件について。
 ソーマと確かに似てるけど、ソーマほどドスは効いてないし、掠れてもおらず、声は小さいけど聞き取りやすいという、まるで二律背反を声で実践しているかのよう。

 そんな不思議な声なんですよね、男ボイス15は。
 流石はパチスロゴッドイーターで、神薙ユウ君の声を演じてるだけはあるわー。
 某笑顔動画のコメントにセーラーサターンのサイレンス・グレイブ持たせたいとかあったけど、実際にやらせてみたいな。似合いそう(KONAMI感)

 それでは、今回はここまで。
 また次回に会いましょう。


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第六話 戦場の華/Schlachtfeld Blume 前編




     1

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 任務完了後、コハクはそのまま自室には戻らずに、(さかき)の研究室へと向かう。

 リンドウ曰く、ツバキからの伝言で任務完了後に座学が予定されていた事を、()()()()忘れていたらしい。

 少し(ひん)()が多い気もするが、これも恐らく、気にしたら負けの類なのだろう。

 そうして()(さく)(ふけ)ていた思考回路を切り替え、目的地に到着したコハクは呼出音を鳴らした。

 

 「どうぞー」

 「失礼します」

 

 室内から響く入室の許可を聞き、コハクは榊の研究室へと足を踏み入れる。

 

 「来たね」

 

 同時に、関心したような榊の声。

 コハクは彼に軽く()(しゃく)をすると、今度は扉の左隣に設置されたテーブル席から聞き馴染みのある声に呼び掛けられた。

 

 「よっ、コハク。お疲れー」

 「ああ、そっちもな」

 

 声に釣られ、視線をそちらへ向けると、既にコウタがソファーに腰掛けている。

 軽く言葉を交わしながら、コハクも扉近くのソファーに腰を下ろした──その時。

 

 「なぁなぁ、おまえ今日実地演習だったんだろ? どんな感じだった? やっぱ上官って、ツバキさん並に厳しいの?」

 「ん? そうだな······」

 

 コウタが矢継ぎ早に(たず)ねてくるのも無理はない。

 彼の実地演習は明日、予定されている。理由は不明だが、教官のツバキはコウタに対して──無論、態度が()()(らく)なコハクも例外ではないが──やや厳しい指導を与えていた。

 

 ゆえ、実地演習の内容よりも上官の人物像が気になるのだろう。

 確かに、鬼教官と裏で(うわさ)されているツバキ並に厳格な人物が上官にもなる等、気の休まる(いとま)もない。

 人間、大切なのは(あめ)(むち)の使い分けだ。その均衡を崩してしまえば、人の精神は意図も容易く()(かい)する。

 そういう意味で、コウタは出来る限り()()()()()光明を見出したいのだろう。質問の真意を理解し、コハクは同期の質問に答えようと口を開いた。

 

 「ん? そーだな······」

 

 お前が心配する程でもねーよ、と伝えようとした言葉はしかし、榊の(わざ)とらしい(せき)(ばら)いにより()()される。

 まるで遠回しに、こちらに注目と言わんばかりに。

 

 「さて、いきなりだけど···キミは、アラガミってどんな存在だと思う?」

 「······は?」

 

 それは、宣言通り唐突な()()けに、コハクは思わず、(すっ)(とん)(きょう)な声を上げた。

 榊の問いは、他の者が聞けば、間違いなく彼の常識を疑うだろう。何せ、(アラ)(ガミ)がどのような存在か等、()()でも分かる常識だ。

 

 だが彼は、その()()()()()()()を疑い、解明する科学者の一人である。

 ならば、榊の質問には何か別の意図が含まれている可能性が高い。では、どう答えるべきかと悩んでいた──その時。

 

 「人類の天敵、絶対の捕食者、世界を破壊する者──まあ、ざっとこんな所かな。これらは、認識としては間違ってはいない。

 むしろ、目の前にある事象を素直に捉えられていると言えるだろうね」

 

 しかし、彼は生徒(コハク)からの返答を待たずして、一般的に知られている(アラ)(ガミ)の存在定義を口にした。

 

 「············」

 

 榊の真意が読み取れず、コハクは(いぶか)しげに首を(かし)げる。

 そっと、(なな)(となり)のソファーに腰掛けたコウタを()()れば、彼も自分と同じ心境なのか、不思議そうに目を丸くさせている。

 対する榊は、そんな生徒二人の反応を楽しんでいた。口元に貼り付けたような笑みを深め、淡々と話を続けていく。

 

 「じゃあ、何故どうやってアラガミが発生したのか? って、考えた事はあるかい?」

 

 その問いこそ、まさに話の本題。

 最初に()()()()の事を訊ねて来たのは、話を本題に移す為の()()だったのだろう。

 考えた事がない訳ではない。だが、如何(いかん)せん知識不足が否めず、放置しているのが現状だ。

 

 ゆえに、コハクは無言で首を横に振る。

 同期の少年もまた、コハクに同意するように、おれもと(つぶや)いた。

 

 「うん、素直でよろしい。キミ達も知っての通り、アラガミはある日突然現れて、爆発的に増殖した。そう、まるで進化の過程をすっ飛ばしたようにね」

 

 予想通りの反応だったのか、榊は静かに(うなず)くと、本当に自然な流れで語り出す。

 二人の生徒が座る席の前を、往来し始める榊。その正面に座るコウタが、人目も(はばか)らずに大きな欠伸(あくび)をかいた。

 

 「なぁなぁ、この講義、なんか意味あんのかな? アラガミの存在意義なんか、どうでも良くね?」

 「いや、俺は──······」

 

 どうでも良いとは思わない。

 むしろ、存在する理由について興味がある。

 と、自分の考えを同期へ伝えようとした──刹那に。

 

 「そうかな?」

 「うぇッ!?」

 「──ッ!」

 

 いつの間にコウタの隣へ歩み寄ったのだろう。突然、響く榊の声に二人は(そろ)って驚愕し、肩が大きく()ねた。

 気配を殺し、人の隣に立つという離れ技を成して見せた榊は、コウタの部位を指さしながら言葉を続ける。

 

 「アラガミには脳がない。心臓も、(せき)(ずい)すらもありはしない。私たち人間は、頭や脳を吹き飛ばせば死んじゃうけど、アラガミは()()()()()()()()()()

 

 人間や動物と同じ生物に分類されながら、生物として保有している筈の弱点を一切持たぬ生命体──それが、荒神(アラガミ)という存在だ。

 これだけでも充分、不死身と呼ぶに値する脅威の生命体なのだが、こんなものは荒神(アラガミ)の余興に過ぎない。

 彼等が厄介な点は他にある。

 

 「アラガミは考え、捕食する一個の単細胞生物──オラクル細胞の集まり······そう、アラガミは群体であって、それ自体が数万・数十万の生物の集まりなのさ」

 

 榊が(きびす)を返し、更に言葉を継いだ。

 

 「しかも、その強固でしなやかな細胞結合は、()()()()()()()では全く破壊する事が出来ないんだ」

 

 そうして、定位置であろうモニター前で榊は立ち止まると、二人の生徒の方へと振り返る。

 柔和な笑みを口元に浮かべたまま、彼は生徒達に疑問を投げるのだ。至極当たり前で、今の時世では一般常識とも言える質問を。

 

 「じゃあ、キミ達はアラガミとどう戦えば良いんだろうね?」

 

 別に、コウタへ向けられた問いではない。

 しかし、人目を憚らずに欠伸をかくどころか、榊が行う座学を無意味と称してしまった後ろめたさがあるのだろう。

 まるで、居眠りを(とが)められた生徒のように、同期は慌てて榊の問いに身振り手振りで答える。

 

 「え、えーと···と、とにかく神機で斬ったり、撃ったり······」

 「そう、結論から言えば、同じオラクル細胞で埋め込んだ生体武器・神機を使って、アラガミの細胞結合を断ち切るしかない」

 

 結果、誕生したのが現在の神機奏者(ゴッドイーター)という存在だ。

 榊が口にした()()()()()()()の中には当然、新西暦千年代の戦場の花形として活躍していた星辰奏者(エスペラント)とて例外では無い。

 ただ、細胞と粒子の違いこそあれど、()()()()()()()()()()()()にある点は、(アラ)(ガミ)星辰奏者(エスペラント)も共通していた。現在、神機奏者(ゴッドイーター)(アラ)(ガミ)よりも一手先の領域にあるのは、この星辰奏者(エスペラント)技術を土台としている為だと聞く。

 

 しかし、()()に人類が(アラ)(ガミ)の対抗手段を開発しようと、両者では決して埋める事が出来ぬ(みぞ)があった。

 

 「だが、それによって霧散したオラクル細胞も、やがては再集合して新たな個体を形成するだろう。彼らの行動を司る司令細胞群──コアを摘出するのが最善なんだけど、それがなかなか困難な作業なんだ」

 

 やや厳格な口調で榊は続けたが、それだけ(アラ)(ガミ)が引き起こす問題が深刻で、根深いのだと証明している。

 そして実際、(アラ)(ガミ)の存在は荒廃した新西暦(セカイ)で人類が生きていくために必要なエネルギーの一つとして、様々な物資に変換しているのだ。

 

 古くは新西暦の十世紀後半──英雄崩御から六年後あたりから、星辰体(アストラル)が結晶化された紅星晶鋼(アクシオン)の発見による文明の発展なくして、現在の(アラ)(ガミ)のコアによる物資変換は成されなかったと聞く。

 そのため、度重なる荒廃の危機に瀕しても、同時に先人の残した技術や知識の恩恵から復興や再建に差ほど時間が掛からなかったらしい。

 あまり好きな概念ではないが、毒を(もっ)て毒を制すや、毒薬変じて薬となるとは、まさにこの事なのだろう。

 ()()(たい)(てん)(もう)(どく)も最先端技術として取り込み、まだ利用できるものを利用して、まるで生物のように文明は進化と成長を続け、相反する筈の人類の(えい)()を更なる高みへと到達するに至った。

 

 だがしかし、それが同時に何を意味しているのかなど、語るに及ばず。

 

 「神機を持ってしても、我々には決定打がない」

 

 決定打がないから、(アラ)(ガミ)のコアは人類が生きていく為の糧として利用する事が出来ている。

 

 「いつの間にか人々は、この絶対の存在をここ極東地域に伝わる、八百万(やおよろず)の神に(たと)えて──アラガミと、呼ぶようになったのさ」

 

 アラガミ──と、コハクは胸中で(はん)(すう)した。

 神道において、荒ぶる神の側面を表した荒魂(あらみたま)を名の由来としているのだろう。

 なるほど、確かに言い得て妙だ。神道における神は、天変地異や病などの(たた)りと密接な関係にあるのだから。

 

 「さて、今日の講義はここまでとしよう。

 アラガミについては、ターミナルにあるノルンのデータベースを参照すること。いいね?」

 

 長いようで短いような講義が終わりを告げた。

 基礎的な部分を教えるのが目的だったのだろう。想像よりも早い解散だが、新兵に与える座学としては無難な落とし所と言っても構わない。

 苦手分野から解放されたコウタが、()(かた)まった身体を伸びと共に(ほぐ)しながら、ソファーから立ち上がる。

 対し、コハクはソファーに腰を下ろしたまま、親指と人差し指で(あご)を包むような形で手を当て、思索に頭を巡らせていた。

 

 決して殺せず、滅ぼす事が叶わない不変の存在──それが(アラ)(ガミ)だ。

 彼らの行動原理は捕食という、酷くシンプルな欲望に基づいている。

 ならば──

 

 “···()()()()()()()()()()()()······?”

 

 別個体の荒神(アラガミ)に捕食されても、神機奏者(ゴッドイーター)の手によりコアを摘出されても、必ず復活して捕食し続ける。

 その意味とは、一体何なのか?

 分からない。分からないが、一つだけ。

 

 「なあ、コハク。飯にしねえ? おれ、腹減っちゃった」

 「ん? ああ、それもそうだな」

 

 扉の前まで移動していたコウタに声を掛けられ、思索から現実へと帰還したコハクは、慌てて同期に返事を返した。

 ソファーから立ち上がり、榊の研究室を後にしながら、コハクは一つの確信へと至る。

 

 (アラ)(ガミ)は何か()()があって、捕食活動を続けているのだ──と。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして、一方──

 

 コハクと別れた後、リンドウは珍しく幼馴染の部屋に寄り道する事なく、真っ直ぐと自室へ帰還を果たしていた。

 

 アナグラがリンドウに与えた部屋は、意外にも元々用意されていた備品だけの簡素な内装であり、彼らしい身の回りの品は片手の指で数え切れる程しかない。

 だが、部屋の主の匂いを残すこの部屋は、リンドウが落ち着くに足る空間でもある。

 

 「よっこらせ、と」

 

 ソファーに腰を下ろす際、思わず発してしまった己の声にリンドウは()(こつ)に顔を(しか)めた。

 

 「あー、これは違うぞ、これは。今のは、その、あれだ、あれ。こう言う時の(じょう)(とう)()みたいなもんんで──······っと」

 

 弁解の言葉を(つむ)ぐ途中、息を()むように我に返り、リンドウの口元に苦笑が浮かぶ。

 常ならば、鬼の首を取ったかのような顔でからかってくる幼馴染の女に対する抗弁のつもりだったが、当然今ここに彼女の姿はない。

 以前、サクヤに無断で部屋に侵入された名残だろう。慣れとは恐いものだと、改めて実感する。

 

 「やれやれ、()()やっちまった······」

 

 頭を()きながら、細葉巻(シガレット)(くわ)えた口を曲げ、照れ隠しのように再び独り()ちた。

 

 リンドウは軽口を叩きながら仕事をする方が調子の出るタイプで、人がいる事に慣れてしまうと直ぐに独り言が多くなる傾向にある。

 そこに、根暗に思えるほど寡黙な同僚がいると、なお良い。リンドウの軽口を無視し切れなくなり、憎まれ口に近い反応をされると、してやったりと楽しくなるのだ。

 

 (およ)そ深刻という言葉が似合わない。どんな危険にも(ひょう)(ひょう)(たい)()する──それが、雨宮リンドウという男だった。

 無論、だからと言って、彼は任務や人間関係におけるコミュニケーションを軽んじている訳ではない。

 むしろ、リンドウほど己に関わるほぼ全ての事象に対して(しん)()に向き合う男もいないだろう。

 単にそれが、十年近くの間、死と隣り合わせの戦いを潜り続けて来た戦士の最も力を発揮できるスタイルだ。

 

 ならばこそ──

 彼は今日の事を振り返りながら、新たに自分の部下となった青年の本質に少しづつだが、近づいて行く。

 

 「···なんなんだ、ありゃあ」

 

 紫煙を吐き出しながら、リンドウは独り(つぶや)いた。

 

 思った事はただ一つ。彼の新たな部下が()()の域を軽く超えていたということ。

 いくら荒神(アラガミ)に対抗できる神機を持ち、星辰奏者(エスペラント)としての強化施術を受けようと、新人ならば誰であろうと初めての実戦にまごつくものだ。

 

 相手は文字通り、人外羅刹の捕食者。

 如何に強化され、神機に適合し、星の異能を操れようと、闘うのは己の血肉でできた生身の身体である。

 大抵の場合、実戦の恐怖に押し潰され、まともに動けなくなるのだが、彼は──神宿コハクは違う反応を見せていた。

 

 「そう、あれは······あの、戦い方は」

 

 恐怖がない。緊張もない。未知の敵と対峙すると言うより、既知の敵と十数年ぶりに相見えたかのような死の舞闘。

 武才に優れているのかと思いきや、そうでもない。むしろ、武才そのものは凡庸(ぼんよう)。或いはそれ以下だろう。

 よって、行動は粗雑で洗練された(たたず)まいとは程遠い。

 しかし、踏み込みの深さと決して深追いし過ぎない判断力の速さから、潜在的な戦闘センスは図抜けて高い可能性がある。事実、潜在能力の高さは榊が太鼓判を押していた。

 

 だが、それ以上に──

 

 「戦い慣れしてなきゃ、まあ、出来ないわな」

 

 現場を知るリンドウだからこそ分かる。

 神宿コハクは既に戦い慣れしており、それゆえに初戦の任務で新人ながらにまごつく事が無かったのだ。

 

 確かに即戦力を欲していたのは、他ならぬ現場の人間あるリンドウら自身であるが、流石(さすが)に初戦から即戦力なれるとは、彼らも考えはしない。

 少しづつ少しづつ、当人の歩調に周りが合わせて成長させれば、どんな人間だろうが成長するものである。

 そして、歳を重ねれば、そういう人間の成長を見守るのも(だい)()()の一つになる訳で──

 

 「いや、別に、育て甲斐がねえな〜とか、そういう事を言いたいんじゃあなくてな。なんつーか、その、あれだ、あれ······」

 

 このご時世である。(みな)が皆、色々な事情と様々な悲劇を背負いながら、抱えながら、それでもなお生きようと足掻いているのが実情だ。

 しかし、自分よりも訳ありな人間を見ると、放って置けなくなるのが人情というものである。

 

 「別に、人様が背負(しょっ)てる悲劇と比較するつもりはないんだが──」

 

 それでも、気掛かりな事が一つだけ──と、リンドウは()い混んだ紫煙を吐き出しながら、独りぼやき続けた。

 

 「一体、どんな悲劇を背負(しょ)い込めば、戦い慣れするんだかねぇ」

 

 何度も言うが、今の時代、悲劇などと言うものは決して、()()()()()()()()()。そんな事は世界中の人間がリアルタイムで経験している。

 無論、納得はしていない。ただ、世の理不尽に妥協する事を覚えただけである。

 ならばこそ、気掛かりな事を気掛かりなまま終わらせたくはないのだ。

 

 常識的に考えて、悲劇に遭遇した中で戦い慣れする事など、まずありえないと言って過言ではない。

 仮に出来たとして、その前提には(アラ)(ガミ)と交戦した上、生存しなければ成り立ちはしないのだ。当然、そんな前提を満たせる人間など、この世に一人も存在しない。

 

 「そう言えば······」

 

 吸い終えた煙草を、灰皿へと投げ捨てる。

 

 「確か、オレの先代の隊長、神宿と言ったけか」

 

 呟くと、不意に六年前の記憶が(のう)()()ぎった。

 

 ()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()、リンドウは胸中に刻まれた後悔と疑念の答えを得る為に、自らの意思でその首に()()()()()()を付けることを決意した時のこと。

 ()()()は、涼しげで穏やかな微笑を湛え、リンドウが犬となる事を歓迎し、誇らしげに語ったのである。

 

 ■■の発注は更なる信頼の証でもある。

 イオン···ああ、君の前リーダーのことでね。神宿アイフェイオンというのだが······彼もよく私に尽くしてくれた。

 彼ほどの男を失ったのは、実に大きな損失だった···だが、今は彼にも勝る逸材がここにいる、という事だな。

 君には、期待しているよ。頑張ってくれ。

 

 「······こりゃあ先代の方も振り返って見るべきか」

 

 低い声の中には、微かな苛立ちが込められていた。腹の底に沸き立つ感情に蓋をし、冷静さを保たせる。

 ()()()()()()──今はまだ、隠した牙をただ静かに研ぎ続けていれば良い。

 その牙を、未だ見えぬ"何か"に突き立てる、その時まで。

 

 逸る気持ちを抑えるように、二本目の煙草を取り出しそうとした、その時である。

 

 「ん? 誰だ?」

 

 一通のメールが携帯に届いたのを察知し、リンドウは腰に()げた携行品ケースから携帯電話を取り出した。

 携帯に表示された差出人名を見て、彼は深い溜息と共に大きく肩を(すく)める。

 

 「あー、そういや、呼び出されてたの完全に忘れてたわ」

 

 煙草を(ふところ)に戻して立ち上がると、リンドウは自分を呼び出した()()()の所へと向かうのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

     2

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ()()()の部屋は、アナグラの最上階にある。

 役員区画──上の階には、一般に公的機関と呼ばれる施設は、昔で言う所の役所仕事が集中している為、()()神機奏者(ゴッドイーター)と言えども、役員の許可無くして、この区画に入る事は許されない。

 さながら、神話や伝承に語られる選ばれし者の為に用意された聖域のような場所だ。その最上階にある部屋となれば、どのような役員が配置されているかなど、語るまでもないだろう。

 

 支部長室前で立ち止まり、リンドウは扉の横にある呼出音を鳴らした。

 

 都合良く留守であれば良いのだが──と、淡い期待を抱くがしかし、それは呆気なく砕かれる事となる。

 

 『入りたまえ』

 「失礼しまーす」

 

 マイク越しから響く重みのある声。

 半ば予想していた応答のため、衝撃の強さは少ないが、やはり()の執務室に招かれるとなると、それなりの精神的疲労を感じずにはいられない。

 入室の挨拶をし、室内に足を踏み込めば、広々とした支部長室がリンドウを出迎えた。

 

 あらゆるものが整然としている。デスクやソファーなどの配置は一ミリも狂いがなく、ほぼ毎日この部屋で仕事をしている割に(ちり)一つさえ落ちて居らず、また生活感というものも感じられない。

 リンドウにはよく分からないが、壁に飾られている(かい)()や、壁面収納が可能な木製の棚に置かれている様々な調度品は、恐らくは一流の品だろう。

 この時代、文明らしい文明が崩壊した世界で、良くこのような芸術品が残存したものだと、いつもながら関心せざるを得なかった。

 

 リンドウでは肩が()り固まりそうな空間も、この部屋の主にはよく似合っている。

 咆哮を上げるフェンリル狼のタペストリーを見上げていた()が、黒い革製のオフィスチェアを貴族的で優雅な動作で操り、リンドウの方へと振り返る。

 極東地域では珍しい(きん)()の髪を(なび)かせ、揺るぎない極夜を思わせる琥珀色の(そう)(ぼう)を向けるや否や、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「やあ、リンドウ君。随分と遅かったね」

 「いやあ、すみません。丁度その時、新人の実地演習に同行していたもので」

 

 無論、嘘である。本当はコハクと合流する前に、ヒバリ経由で招集が()けられていたが、そんな事よりも人材育成の方が優先と、リンドウは判断したのだ。

 

 ましてや、神宿コハクは極東支部初の新型神機適合者にして、()()榊が高い潜在能力を持つと太鼓判を押した──つい先ほど知ったばかりだが──(いつ)(ざい)である。

 元より、招集は召集と異なり、強制力がない。ならば、コハクの上司が誰になろうと、リンドウと同じ判断を下す可能性は極めて高いだろう。

 

 だと言うのに──

 

 「新人? ああ、例の()()か。そう言えば、今日が彼の初陣だったらしいね」

 

 一瞬、本当に一瞬の事である。

 ヨハネスが瞳に冷ややかな色を宿して目を伏せた。まるで、()()()()とでも言うように。

 しかし、即座に思い出したのだろう。(またた)()に柔和な表情を浮かべ、普段通りの眼差しを向けてきた。

 

 ほんの僅かに見せた、ヨハネスの(ほの)(ぐら)い表情を、リンドウは決して見逃しはしない。

 ()(げん)そうに前髪で隠れた目を(すが)め、努めて冷静な態度を装いながら、目前の男と会話を続けていく。

 

 「らしい、ですか······折角、現れたアナグラ初の新型神機適合者だと言うのに、支部長は余り関心が無いようですね。

 それとも、極東にいる彼よりも()()()()()()()()の方が、愛らしくて(たま)らない感じですか?」

 「()()()()()()。どんな人間であれ、他人の手で作られた(そだてられた)ものより、自分が天塩を掛けて作り(そだて)上げたものに愛着が()くと言うものだろう」

 「はは、確かに一理ありますね。しかし、支部長。自分が手塩を掛けて育てたものに愛着を持つのも人間ですが、同時に新しいものに目がないのも人間でしょう?」

 

 柔和な笑みを(たた)えるヨハネスに、ニヤリとリンドウは笑い返す。

 だが、その目は微塵も笑ってはいない。そしてそれは、リンドウとて例外では無かった。

 

 二人の間に降りる沈黙。

 停滞した空気が室内に立ち込める。

 仮に、何も知らない者がこの部屋にいたならば、少しの刺激で空気が()ぜるような緊張感に襲われていた事だろう。

 榊とヨハネスの会話が(きつね)(たぬき)の化かし合いならば、こちらは正しく龍神と巨狼の睨み合いだ。

 

 「フッ···それこそ、人の感性によるものだろう。私の場合は、自分が手塩に掛けて作り(そだて)上げた■■(こども)に思い入れが強く──」

 

 言いながら、ヨハネスはデスクの上で手を組み合わせる。

 

 「対する君は、手塩に掛けて作り(そだて)上げた■■(こども)より、新しいものに目がないというだけの事。前者は過保護と呼ばれる類の存在だが、後者は薄情者と呼ばれる類の存在だ。

 そこに()(せん)などありはしない。何せ、■■(こども)の目線から見れば、両者共に毒であるのは変わらないのだからね」

 「いやあ、流石は支部長。第一部隊の()()()から、毒物扱いされてるだけの事はありますよ」

 「ふむ、これは一本取られたな」

 

 二人の表情に、一切の変化はない。薄い笑みを浮かべたまま、会話を楽しんでさえいるようにも見える。

 だが、心情が一切読み取れないヨハネスとは異なり、リンドウの心情は至って健全な反応を示していた。正直に本音を語られる事が許されたならば、彼は間違いなく、ヨハネス・フォン・シックザールが苦手だと言うだろう。

 ヨハネスと相対するだけで、薄氷の上で舞を踊らされている気分に陥るなど、たまったものではない。

 胸中で早く終われと吐き捨てながら、それでもリンドウはヨハネスと対峙し続けるのだ。

 

 「······勿論、()()()ばかり可愛がる私ではない。()()()も平等に可愛がるつもりさ。

 だが、あまりに()()()()()()()だったので、残念ながら、新しい()()()に首輪を(おく)るのは少し時間が掛かりそうだ」

 「前にも言いましたが······若い内は首輪なんかつけないで、のびのびと自由に育てた方が良いと思いますよ」

 「それは、文化の違いと言う奴だよ、リンドウ君。私の国では、首輪がない犬は例外なく野良犬、或いは保護犬とする決まりがあってね。

 犬を飼うことは、相応の義務と責任を追うのと同義なんだ。ゆえに、私の母国では首輪に(こだわ)る者も多い。かくいう私もその一人でね、愛着の湧いた犬には、立派な首輪を渡したくなる性分なんだ」

 「···························」

 

 知らず知らずの内、リンドウは両手を強く握り締めていた。

 

 蓋を締めた感情が再び()()つのを感じつつ、それが爆発しないよう必死に(おの)が制御下に持ち続ける。

 無理もない。今、彼の目前にいる男は、神宿コハクという人間が()()()()()()()()()()()()のだと、全く悪びれる様子もなく言ってのけたのだ。

 

 自分の部下を犬と表現する価値観や、その中から利用価値のある者を自分の管理下に置く事を首輪と評する姿勢も好きではないが、暗に飼い犬にするつもりがないと告げられるのも、当然気分の良いものではない。

 怒りの(ほのお)が燃え上がる気配が感じる。

 裁きを求める(いかずち)が本能の中で鳴り響いているのが聞こえた。

 

 最早、相手にするのも馬鹿らしくなり、早々に話を本題に戻す。

 

 「···それで、用件というのは?」

 「ああ、すまない。つい、話を()らしてしまった」

 「いえいえ、気にしてませんよ。先に話を持ちかけたのは、オレの方ですし」

 「そうかい? なら、良いのだがね」

 

 言うと、ヨハネスは一枚のファイルを取り出し、デスクの上に置いて、リンドウの方へと差し出した。

 

 「さて、ここからが本題だ。実地演習中に悪いが、リンドウ君。君には明日、()()()の相手をして(もら)いたい」

 

 

 




 二回連続で一万字超えた···( ゚д゚)
 何か、これが当たり前になりそうだな。

 個人的に、「リンドウ」さんは数こそ数えられないが、頭は良いと考えております。
 でないと、誰が作成したんだ。あのプログラム実行ファイル。

 そして、当然のように黒い「シックザール」支部長。
 リア友曰く、「シック支部長の中で1主は、お情けで生かしてやってる野良犬認識」と感じたらしい。
 当時、「シルヴァリオ」をプレイし終えたばかりのうp主は、その後に「GE」全体のシナリオを思い返して、何か色々と察しましたね。

 言い忘れてましたが、「黒白のアヴェスター」完結、おめでとうございます!

 それでは、また次回に。
 Danke schon!| ・∇・)ノシ♪



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第六話 戦場の華/Schlachtfeld Blume 中編




     3

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 一方、その頃──

 遅めの昼食を()る為、コハクはコウタと共にエントランス二階にあるラウンジを目指していた。

 

 「でさでさー、その時のイサム、何て言ったと思う?」

 「何て言ったんだ?」

 「俺は、俺達を裏切った監督テルミスを倒した。そして、俺達を強くしてくれた恩師テルミスは許す──だってよ! カッコイイよなぁッ!」

 「ほぉー」

 

 移動中の会話は、コウタが熱狂的に支持しているアニメの話で大半を占めている。

 無論、話を聞き流している訳ではない。彼の話を聞く限り、バガと呼ばれる球を打ち合って競うスポーツを題材にしたアニメだと、コハクは(おお)(ざっ)()に理解して耳を(かたむ)ける。

 ただ、年頃の青少年──コハクも同年代だが──が熱くなれる球技になるよう、アニメ向けに調整されているらしく、コウタの口から必殺技と思しき名前が飛び出す事に戸惑いを隠せない。

 

 「なんだよ、ノリ悪いなー。あ! もしかして、バガラリーに興味無かった?」

 

 ()ねたように(ほほ)(ふく)らませたコウタだったがしかし──次の瞬間には、申し訳なさそうに目を伏せて、そんな事を()()けて来た。

 年齢の割に良識を(わきま)えているのだろう。無関心な話題を聞かせられるほど、苦痛の伴うものはない。また、長話を続けて退屈に感じるものもない。

 そんなコウタの配慮を(あま)す事無く理解して、コハクは軽く首を横に振る。

 

 「いや、そういう訳じゃあないさね。ただ···俺の知るバガラリーと随分かけ離れてるんで、どう反応したもんかと思ってな」

 「えっ、マジ? バガラリー知らないの!?」

 「一応、知り合いの()()達の間で()()ってるのは知ってたが···肝心の中身は······って奴さね」

 「わ、悪ぃ! おれ、知ってるもんだと思って、つい···」

 「なーに、気にすんな。元々、俺はそういう話題には(うと)くてね。お陰で暇を持て余さずに済んだ。感謝するぜ」

 「なら、いいけどよぉ」

 

 (さかき)の研究室がある区画は、まるで役員区画と一般区画を(わか)つ境界とでも言うように、一般区画の中でも最上階の位置に施設が(もう)けられている。

 この為、移動時間の大半をエレベーターという密室で過ごすのだ。一人なら兎とも角かく、二人以上が搭乗している状況の中、目的地まで沈黙状態というのは、中々に気まずいものがある。

 意味のない仮定の話かもしれないが、もしコハクがコウタほどの話題性を有していたら、自分も彼と同じ事をすると断言出来た。

 

 「まあ、お礼じゃあねえが、今度そのバガラリーって作品──」

 

 見てみるわ、と続く筈だった言葉はしかし······

 

 「──ッと」

 

 目的地に到着し、乗場ドアが開かれると同時、まるで逃げ込むかのように搭乗してくる人影の肩と、彼は期せずして衝突してしまい、(とっ)()に謝ろうと背後(うしろ)を振り返る。

 だが、相手方は気付いていないのだろう。何事も無かったようにエレベーターに乗り込み、お陰で謝罪する暇さえ無かった。

 

 「──? どうした、コハク」

 

 それは、隣を歩いていたコウタも同様で、不思議そうに首を傾げている。

 コハクは困惑するように頭を()いた。後を追い駆けて謝罪する選択肢もあるが、相手の顔立ち所か姿形さえ見逃している以上、追い駆けた所で無意味だろう。

 

 「···仕方ねえかぁ······」

 

 この場合、謝罪するのは諦めた方が良い。エレベーターに搭乗したという事は、間違いなく極東支部(アナグラ)の関係者だろう。

 ならば、顔を合わせる機会が必ず訪れるはずだ。その時に相手方が覚えていたら、改めて謝罪すれば良いだけの話。

 

 「おーい?」

 「いや、何でもない」

 

 次瞬、背後からコウタに声を()けられ、コハクは(きびす)を返して軽く首を横に振る。

 食事前である以上、気分を害するような話を持ち込む気はない。

 衝突した相手に謝罪出来ずにいるのは悔やまれるが、ここは仕方がないのだと、()()()()()()()()と、己に言い聞かせた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 

 「「いらっしゃいませー」」

 

 エントランス二階を挟んだラウンジへと足を踏み入れると、扉が開く音に続き、よく通る声が左右からステレオのように響いた。

 理由としては、出迎えた双子と思われる少女が元気だから。後は時間的な問題だろう。昼食時を過ぎている為か、或いは今も任務に(いそ)しんでいるのか、ラウンジを利用する神機奏者(ゴッドイーター)の姿が見受けられない。

 

 「あれ? コハクに、コウタじゃん。もしかして、今からメシ? なら、あたしも仲間に入れてよ。丁度、誰もいなくて、暇してたんだ」

 「そう、今日もお店は閑古鳥(かんこどり)!」

 「もういっそ、男の人に身請(みう)けでもしてもらうしか、くすん······」

 「「という訳で、本日のおすすめは、双子の満腹御奉仕セットでございまーす」」

 「オプションで、生クリームの女体和えもいかがですか? かしこまりましたー、にしし」

 「ニョタイアエ? なんだよそれ? おれ、そんな料理聞いたことねえぞ」

 「······」

 

 双子の()()いに、コハクは()()()()()()を味わい、目を丸くする。

 小悪魔の如き不敵な笑みも、悪徳商法じみた口説き文句も、あわよくば鴨葱(かねづる)にしようとする態度も──何故か、()()()()と感じるのだ。

 

 「ではでは、サクランボへの蜂蜜(ハチミツ)デコレーションも追加でどうですか?」

 「い、いいよ、別に! おれ、そこまで甘党じゃねえもん!!」

 「そう、釣れない事を言わずに······オマケでチョコレートバナナならぬ、チョコレート双子(ダブル)ピーチもお付けしますから」

 「だ〜か〜ら〜ッ、人の話を聞けってぇ〜!」

 「あはははは! いいねー、そこだいけいけー」

 「ちょっ、リッカさん! (あお)ってないで、助けて下さいよッ!!」

 

 などというリッカの気楽で無責任な声援の中、切れ味の鋭いツッコミで助けを求めるコウタ。対して双子の店員は、悪魔のような笑みを浮かべ、ジリジリと初心(うぶ)な少年へと(にじ)()っていく。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように迫る双子は、まさに小悪魔と呼ぶに相応しい。

 

 「「ねえ、お願いお客様ぁん」」

 「ダメダメ! おれには養わなきゃいけない家族がいるんだから! 身請けとか、よく分かんないけど···そう簡単に請け負えるものじゃないから!」

 「はぅわ! やだ、この子すっごい健気······!

 今どきトップクラスのレアさだよ、ティナ」

 「ですねえ、ティセ。いじれるだけいじれそうで、わたしも段々面白くなってきましたよ」

 「いやいや、面白がるなよッ! いじられるこっちの身にも──ああ、もう! 見てないで、助けてくれよ、コハクぅッ」

 

 最早、手一杯だと悲鳴を上げるコウタに、はたとコハクは我に返る。

 双子(ハンター)に狙われた鴨葱(コウタ)を救いの手を差し伸べようと、一歩前に踏み出して──

 

 「なあ···ティナ、ティセ······とか、言ったよな。君ら、前に何処(どこ)かで、俺と会った事があるか?」

 

 コウタを背中に(かば)いながら、今も感じる()()()()()()の正体を探るべく、コハクは双子へ問い掛けた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   4

 

 

 刹那、双子の瞳がこれ以上ないほど見開かれる。

 まるで、()()()とでも言うように。

 だが、驚愕も一瞬。何かを理解するや否や、双子は口元に新たな標的(おもちゃ)を見つけた子供のような笑を浮かべた。

 

 「ほほぉ〜、これがいわゆる()()()って奴ですな、ティナさんや」

 「は?」

 「ええ、間違いなく口説かれてますよ、わたし達」

 

 彼女達は一体、何を話しているのだろう。先程の質問の何処に口説き要素があったというのか、全く理解する事が出来ない。

 だが、火に油を注ぐ行為ではあったらしく、双子は標的(おもちゃ)を変えて、躙り寄ってくる。

 

 「ふふ。前にも何処かでお会いしたか? ···なんて、口説き文句の代名詞を用いて()()()して来るとは、コハクさんもなかなか大胆な方ですね」

 「でもでもぉ、そんなお兄さんも嫌いじゃなかったりするというかぁ〜」

 「残念ながら、わたし達はあなたとお会いした事はありませんが···コハクさんがお望みとあらば」

 「あたし達の全てを特別に、見せてあ・げ・ちゃ・う」

 「いや、そういう意味じゃねえよ」

 

 即座に否定するが、そんな事さえなんのその。

 

 「まあまあ、そんな事は言わずに」

 「一夜の愛を(おう)()して、乙女の純情ゲットだぜ♪」

 

 双子の揶揄いは続行する。人の話を聞く気配がない。

 さて、どうしたものか···と、思考を巡らせた。このままでは、ミイラ取りがミイラになりかねない。

 聞き捨てならない台詞(セリフ)が飛び出していたものの、その事を真面目に注意した所で、先程と同じような(てん)(まつ)*1に至るのは、火を見るより明らかだろう。

 取り()えず、彼女達の意識を本職の方へ戻したいと考えていた、その時──

 

 「···おれ······もう、ダメ···」

 

 コハクの背後にいるコウタが、盛大に腹の虫を鳴かせるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そうして──

 

 コウタが腹の虫を鳴かせてくれた光明だろう。引き際を弁える双子と、流石に(いじ)り過ぎた事を反省したリッカにより、新兵二人は(ようや)く昼食にありつく事が出来た。

 

 「あ、そうだ。改めて、コハク君に聞きたいんだけど···任務はどうだった? なんか、神機に違和感とか······あった?」

 

 不意に、隣に座るリッカが思い出したかのように、コハクへ素朴な疑問を口にした。

 それもそうだろう。ゲンから聞いた話では、彼が適合した神機・チャージスピアは、欧州で運用されている近接武器・ポール型神機に分類されるものであり、未だ極東支部(アナグラ)で実戦使用している者はいない。

 つまり、コハクは期せずして、極東支部初の新型神機適合者になるだけでなく、ポール型神機の第一試験運用者でもあるのだ。

 

 奏鋼調律師(ハーモナイザー)である以上、何もかもが初めて尽くしの神機奏者(ゴッドイーター)のコンディションを把握しておきたいのだろう。

 コハクは口に運び掛けていたスプーンを持つ手を止め、軍隊糧食製のリゾットが盛られた皿の上へスプーンを置いた。(あご)に手を当て、先の訓練や任務の事を思い出し、首を横に振る。

 

 「今の所は、なんとも···」

 「そっか。まあ···そりゃそうかもね。新型神機の適合者自体、非常に稀まれだし······でも、出来る限り早く()()()()()()()()()()よ」

 「ああ、分かってるぜ」

 

 欧州支部から輸入しているポール型パーツは、極東のアーティフィシャルCNS──つまり、人工的に製造された荒神(アラガミ)のコアとは相性が悪い。

 それが()()()()()さえ引き起こしかねない原因であり、一番の理想は極東(ここ)でポール型パーツの製造・整備を行う事だが、そうもいかない理由がある。

 単純に、ポール型パーツを製造・整備する為の設備が極東支部(アナグラ)に存在せず、輸入に頼るしかないのだ。

 

 「なら、いいんだ。でも···」

 

 意味深げに目を伏せ、リッカは言葉を継ぐ。

 

 「正直な話、私としてはコハクに()()新型神機を使わせるのは、あんり賛成できないんだよね······」

 「··················」

 

 ポール型ではなく、コハクが適合した()()()()()()を指して(つむ)がれた言葉に、彼は僅かに目を細めた。

 皿の上に置いていたスプーンを手に取り、乾いた(のど)(うる)わせるように、水分の多いリゾットを胃に流し込む。

 理由を(たず)ねるのは簡単だ。当事者なのだから、遠慮する必要も無い。取り敢えず、差し支えがないようであれば、()いてみようと思った矢先──リッカは苦笑しながら首を振った。どこか無理に、自分自身にも言い聞かせるように。

 

 「···ま、(さかき)博士が彼の適合率なら大丈夫! って言うし、実際、()()()()問題ないはずだから、ひとまず経過観察させてよ。特に不具合が無ければそのまま使い続けてみて。

 新しいパーツが欲しくなったら、ターミナルに申請してね。欧州へのパーツ製造・改造依頼は私が最速で処理するから、コハクには一切、不都合は感じさせないよ······そこは、信じて」

 

 優しく説明された時、既に影はどこにも無い。一瞬だけ見せた半信半疑の色が気になるものの、その様子に下手に(やぶ)(つつ)くのは止めにした。と、その時──

 

 「だあああああッ! もー、我慢できねェッ!! 昼飯ぐらいフツーに食わせてくれよ! 聞いてるこっちが息苦しいじゃんかッ!!」

 「あ、悪ぃ···」

 「いつもの癖でつい······」

 「真面目か! いや···コハクはともかく、リッカちゃんは真面目か······じゃあなくて。仕事とプライベートの線引きぐらいしろッ!!」

 

 先刻、榊の座学を受けたばかりだと言うのに、何が好きで食事中にも座学並に小難しい話を聞かねばならないのかと、コウタは訴える。

 確かに、彼の言う通り。少なくとも、食事中に先の話を聞かされた日には、ただでさえでも味の微妙な食事が、更に味気ない物になるのは想像に(かた)くない。

 その点で見れば、落ち度はコハクとリッカの二人にあるのだが、それはそれ。これはこれだ。コウタの口から飛び出した言葉に、コハクは目を半眼にさせる。

 

 「ほー、ナチュラルにディスってくれるじゃねーか」

 「んなッ!? ち、違うって! そういう意味じゃ···」

 「へー···じゃあ、どーいう意味なんだ?」

 「そ、それはだな···そのぉー······えーっと···」

 「んー、この反応を見るからに、思わず本音が出ちゃった···って、感じかな〜?」

 「···みたいだな。はぁ······どうせ俺は、真面目に見えない()()(らく)な人間ですよぉーっと···」

 「だ〜か〜ら〜、そうじゃなくて···そうじゃ、······だああ、もぉー、うぅぅぅぅぅぅ──ッ、なんだよなんだよ、二人がかりなんてズルいぞぉ!!」

 「え? 別にわたしはコハクに加勢した覚えはないよ」

 「俺もリッカに手を貸してくれって、頼んだ覚えはねえなぁ」

 「嘘こけぇぇぇぇぇぇええ──っ!!」

 

 冴え渡るコウタ(こん)(しん)必殺技(ツッコミ)をテーブル越しに受けながら、コハクは微笑ましげに年相応の反応を受け止めていく。

 僅かに感じる懐かしさ。表情をコロコロと変え、相手の冗談に(ほん)(ろう)される同期の姿が、()()()()()()の姿と重なって見える。

 その度に、コハクは己の心を戒めた。

 

 ただ似ているだけ。

 彼と()()は違う人間だ。

 コウタを通して、()()(おも)(かげ)を探すなど、相手に対して失礼だろう。

 何より、自分の目的を(かんが)みれば、それを行うこと自体、本末転倒な行動と言って構わない。

 

 「ほうほう、なるほど。こうして見ると、これはこれで」

 「コハクさんは、()()()()()()()()()()()()とは違うみたいですね」

 「おまえっ、おまえらなぁっ──分かっててバカにしてるだろぉ!」

 「さぁ〜て、なんのことだか」

 「笑って誤魔化すなッ。ちくしょおぉォッ」

 

 騒がしく、(とん)(ちん)(かん)に、陽気な時間は過ぎていく。

 リッカと交わしていた小難しい話を中断させ、(ほお)(ふく)ませて()ねる同期を(なだ)めながら、許してもらい、今度はコハクやリッカがからかわれたりなどしつつ、今の時代なりの幸福(しあわせ)を気ままに味わう。

 

 馬鹿なやり取り。頭の悪い会話。何の意味もない、硝子(ガラス)細工(ざいく)のような日常。

 荒神(アラガミ)跋扈(ばっこ)する世界に()いて、宝石の如く()()な光景とされているがしかし、いざ後になれば思い出すこともないであろう、ありふれた一コマ。

 その日常を、その一瞬を、コハクは大切に深く噛み締める。

 個室に戻るまでの間、ラウンジには終始楽しそうな声が響いたのだった。

 

 

 

*1
ことの全事情やいきさつ。




 大変、お待たせ致しました。
 前回の投稿より、約一ヶ月振りの更新となります。

 実は、小説を書く上で日常シーンを描写するのが苦手·······という、致命的な欠点を抱えており、それを克服しようとした結果、執筆時間に一ヶ月近くも要しました。

 「グレイ」の「あびゃびゃびゃびゃ」みたいなタイプの奇声は、マジで思いつかない。

 因みに、大体の予想はついていると思いますが、ティナ&ティセの言う「頭のおかしいおバカさん達」とは、「初代お馬鹿さん」と「原初のお馬鹿さん」の事です。
むしろ、他に誰がいるんだ。

 基本、コハク君は男ボイス15の「やる気皆無」をコンセプトにしているので、光の眷属が持つ気合・根性・覚醒(まだだ)の三コンボを積極的に使わない。
 個人的には、男版ヴァネッサ姐さんみたいにするのが理想なんだけど、それだと完成されているので、最初の内は男版ヴァネッサ姐+アストロゴールド成分が無難と思っている次第。

 当たり前だが、糞眼鏡と欲望竜とは相容れない。

 では、今回はここまで。
 またの次回にお会いしましょう| ・∇・)ノシ♪



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第六話 戦場の華/Schlachtfeld Blume 後編




 ──日が沈み、極東支部(アナグラ)に夜の(とばり)が訪れる。

 隣室の同期が寝静まるのを待ってから、音を立てずに自室を後にした。

 

 

     5

 

 

 そして──

 

 「······よぉ、久しぶり」

 

 コハクは独り、地下四階にある集団墓地へと訪れていた。

 規則的に並べられた墓石が、一見美しくも映るこの場所には、内部居住区での死者のみならず、外部居住区で亡くなった者達や、前線で死亡した神機奏者(ゴッドイーター)達の遺体をも納められている。

 その中から家族が眠る墓地へと、軽く挨拶をするコハク。

 無論、返答はない。

 片膝を付き、ローマ字で記された名を優しく()でた。

 

 「あれから、もう11年経つのか···ホント、時間の流れってのは早いよな······」

 

 (つぶや)くと、不意に11年前の記憶と、眼前にある墓石が繋がり、一つの出来事を形作る。

 11年前のあの日──大量の(アラ)(ガミ)が、ほぼ同時刻に複数の装甲壁を突破し、外部居住区に雪崩(なだれ)()む事件が起きた。

 中でも、コハク達が在住していた外部居住区は、最も装甲壁に近い、外側も外側と言える場所にある。また、如何(いか)に人類最後の砦を(うた)うフェンリルと言えど、完璧ではない為、前代未聞の事態を前に、初動が遅れるのは無理もない話なのだ。

 

 ならば、後は語るまでもないだろう。外部居住区──中でも外側の在住者は──得られる救いも皆無のまま、()(すべ)なく見事に全滅の一途を辿った。

 過程と子細を語るのは、今となっては無意味であり、代わりに刻み込まれたのは身を焦がす灼熱と、流れ落ちた涙の(しずく )のみ。

 引き裂かれていく思い出を抱えたまま、当時のコハクは運命の担い手として、()に見出され、何もかもを失いながら、家族と涙の別離を交わすに至る。

 

 子供ゆえに何も分からずに。

 ただ、痛みと傷だけを心の奥に()()まれて。

 泣いて、悔やんで、さ迷って······

 

 「ホント、我ながらにヒデェ話だこと···」

 

 幼さゆえに非が無いとまでは言わないが、改めて考えても多くの()()()()()(ほん)(ろう)された結果がこれだ。そして、今も完全に吹っ切れてはいない以上、笑い話にさえならない。

 

 「しかも、その挙句がこれだ。禍福は(あざな)える縄の如しとは、よく言うぜ」

 

 人生における幸不幸(トラブル)など予測し得ないし、何が禍福に転じるのか、それは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 時間が流れた現在(いま)、成長してその(ことわざ)の意味を深く()()める事が出来る。

 人工芝に腰を下ろし、コハクは(おもむ)ろに天井を(あお)ぎ見た。無骨な天井の遥か夜空に輝く月と第二太陽(アマテラス)に思いを馳せ、意味もなく手を(かざ)してみる。

 自然と視界に映る、左手首に()められた赤い腕輪。神機奏者(ゴッドイーター)の肉体と融合し、生涯外す事が出来ないそれが、神機奏者(ゴッドイーター)としての使命を忘れるなと意識させてくる。

 無論、神機奏者(ゴッドイーター)としての責任と義務()きちんと果たすつもりだ。が、その上で()()()()宿()()()()として、やり遂げたいこと()やり遂げるだけ。

 恐らく、それゆえに何から何まで思い通りにも、予想通りにも、期待通りにもならないことが起きるだろうが、しかし。

 

 「でも、ま、それが生きていくって事だからな」

 

 なら、仕方ねえかと苦笑して、静かに目線を二つの墓石へ戻した。

 過去への解答は()()()()導き出している。辛いけれど、思い出を胸に抱いて一緒に未来へ連れて行くのも救いだと信じているから、光や未来だけを(たっと)ぶつもりは毛頭ない。彼女たちと過ごした日常も大切にしつつ、現在(いま)を生きていく自分自身も肯定しながら生きていくとしよう。

 そう思いながら、軽く(たん)(そく)して揺れる心を整えた──その時。

 

 「よっこらせ、と」

 

 不意に、声が響いた。

 唐突な来訪に、驚愕でコハクの肩が跳ねる。

 恐る恐ると背後を振り向けば、煙草(たばこ)を口に(くわ)えた男が、周囲を見渡しながら、のっそりとした足取りで集合墓地を歩いていた。

 

 それを見て、コハクは(あき)れと(あん)()の感情が()()ぜになった(ため)(いき)を吐く。

 何故なら、その男の事を彼は知っているからだ。今日の初任務で顔合わせをしたばかりだし、何よりも強烈な男の個性は忘れたくても忘れる事は出来ない。

 それだけ、彼の存在感はこの極東支部(アナグラ)において非常に大きかった。

 

 「んー? おっかしいなぁ。確か、この辺りのはずなんだが······」

 

 ふと、歩を進めていた男の足が止まる。

 当惑したように後頭部を()き、地図が記されているのか、空いた手に握った白い紙に視線を落とした。

 

 その何とも言い難い姿に、コハクは二度目の溜息を吐く。

 今朝の重役出勤といい、出撃前の命令無視といい、この男は本当に一部隊を預かる上官なのだろうか。

 地に足がついている人間特有の安心感はあるものの、だからこその不安が(ぬぐ)えない。

 

 「こんな時間に、こんな所で、何してるんだ? リンドウさん」

 

 いよいよ迷子になりそうな第一部隊隊長を見るに見かね、コハクが声を()けた──刹那に。

 

 「うびゃあぁぁぁぁぁぁぁああああーッ!? で、出たあぁぁぁぁああーッ!」

 

 驚かれた。それはもう、盛大に。

 

 「お、お、お、オレに()()こうとしたって無駄だからな! これでも、オレは仏教系統に名を連ねる貴種(アマツ)、響の出身だからな!

 そりゃあ、一度は英雄様の粛清受けて取り潰された家だけど···それはそれ! これはこれっ! 仏門系ってことは、オレに取り憑いた瞬間、成仏するってことだからな!? 良いのか? それでも良いんだなッ!?」

 「い、いや···ちょ、ちょい待て、落ち着けッ。人の話を──·········」

 「(オン)()()()()(セン)()()()と──」

 「言わせるか、ボケェッ!」

 「──ぐほおぉッ!?」

 

 聞け、と続くはずだった言葉はしかし、唐突に(つむ)がれ始めた(こと)(だま)()き消された。

 それに深い溜息を吐き、コハクは立ち上がり、情け容赦なく跳躍蹴り(ドロップキック)馬鹿上司(リンドウ)に叩き込む。

 

 急所は外したが、手加減出来た自信はない。

 何せ、跳躍蹴り(ドロップキック)なのだ。(きびす)を返して疾走。からの(ちょう)(やく)という一連の流れは、()りに勢いをつける予備動作にしかならない。

 まして、技をかけると同時に、かけられた側と仲良く地面に転がる以上、加減など出来る訳がなかった。

 

 「はぁ、死ぬかと思ったー······」

 「そ、それ···い、一番、言いたいの······お、オレ···なん、だけ······ど···」

 「知るか、()(ほう)。明らかに危なそうな真言を唱えられたら、誰だって死ぬ気で止めるだろーが」

 「だからって···お、お前······ッ、お前なぁッ」

 

 27にもなる大の男が、涙目になりながら抗議してくる様は、ただ一言、情けない。

 男がどうだのと言うつもりは(はなは)だないが、年齢を考慮しない態度を示されると、流石のコハクも思う所がある。

 そも、仏門の家に生まれた者が大の幽霊嫌いで怖がりというのも如何(いかが)なものか──とも考えたが、だからこそ苦手なのだろうという可能性が頭を()ぎり、そこはあえて何も言わなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そして──

 

 何とか悪霊騒動に決着をつけた後、コハクは集団墓地区画に設置された自動販売機から缶コーヒーを二本、購入する。

 場違い感が(すさ)まじいが、即席の(そなえ)(もの)の中にジュースが選ばれる事が多い。それを考慮した上の設置物だとすれば、ある意味この場に(もっと)相応(ふさわ)しいと言えるだろう。

 

 「ほら」

 

 言って、コハクは大の字で人工芝の上に倒れているリンドウへ、先ほど購入したばかりの缶コーヒーを差し出した。

 

 「ん? ···っと、すまんな」

 「別に構わないぜ。いきなり背後から声を掛けた俺にも落ち度があるしな」

 「それは、そうかもしれんが······」

 

 コハクから缶コーヒーを受け取りながら、リンドウは言葉を(にご)す。

 子供のように(くちびる)(とが)らせ、缶の蓋を開けるその様子に、コハクは(おお)(ぎょう)(ため)(いき)を吐いた。

 

 「上司らしくない所を見せちまったって? 安心してくれ。朝の事で大分、あんたが上司らしさが似合わない人だって認識したんで」

 「お、おお···そ、そうか······。しっかし、早いなー。他の奴だったら、あと二・三日はオレの前で緊張したままだってのに······」

 「そりゃあ、リンドウさんが鬼教官で有名なツバキさんに似てるからだろ? かくいう俺も、合流した際に見せたリンドウさんの態度には、拍子抜けしたからな」

 「あ〜、なるほどなー」

 

 そう、雨宮リンドウと雨宮ツバキは性別の違いはあれど、外見上まったくの同一人物に見えなくもない。

 同姓であることから、彼等は姉弟なのだろう。ツバキと似ても似つかぬ緩い調子で接してくる彼に、訓練課程(カリキュラム)を終えたばかりの新兵が緊張するのは、自然な反応と言えなくもないのだ。

 

 「ま、姉──雨宮大尉は、見た目通りのスパルタだからな。オレも何度、木刀でぶっ叩かれながら、訓練場を走り回されたことか···」

 「そいつは、また······」

 

 鬼の形相と化したツバキが、木刀でリンドウを殴りながら訓練場を走り回す姿を簡単に想像出来てしまい、コハクは密かに同情の念を抱いた。

 無理もない。かく言うコハクもまた、ツバキに木刀で殴られそうになりながら、訓練場を走り回された経験を持つ。

 まるで、抜き打ちテストだ。訳もなく、唐突に、鬼の如き気迫を(まと)う教官は、下手な荒神(アラガミ)よりも恐かったと記憶している。

 ふと、素朴に感じていた疑問を思い出し、コハクは改めて(かたわ)らに座る男へ問いかけた。

 

 「で、リンドウさんは何しにここへ? どうにも、ただ墓参りに来たって感じじゃあなかったが······」

 「ん? まあ、ちょっとした入用でな。お前は?」

 「······家族の話題を口にしたばかりの奴に、これから家族の墓参りに行くって言うのは、ちと気が引ける」

 「はは、そりゃ確かに」

 

 歯切れの悪い返答をされた()(しゅ)(がえ)しのつもりだったが、しかしリンドウは()()にも掛けない様子で軽く笑い飛ばす。

 呆れ混じりの(ため)(いき)を吐き、第一部隊隊長というのは伊達(だて)ではないらしい。

 

 と、その時。

 

 「·········?」

 

 ふと、リンドウの表情が三ミリほど変化する。その視線の先には、つい先程までコハクが(もう)でていた二つの墓が立ち並んでいた。

 

 「俺の家族に、何か用でも?」

 「ん、なんのことだ?」

 「いや······気の()()なら良い」

 

 言いながらも、()(げん)そうな顔は変わらない。何故なら、彼には分かるのだ。些細な変化に気付けた部下の()(ざと)さに舌を巻くリンドウの気配が。

 対する彼もそれに気付いているのか、やや強引に話題を変えてくる。

 

 「そうだ、今夜は一発、お前と親睦を深める為に、一杯やるか?」

 「俺としては、もうちとマシな所でやって欲しいんだがな。それでも仏門家系の子孫なら、時と場所ってモンを考えてくれよ」

 

 缶コーヒーを持たぬ手で酒を(あお)るジェスチャーをしたリンドウへ、コハクは苦笑しながら丁寧に断りを入れた。

 かなり強引な話題転換だったが、彼が動揺するのも無理はない。ほぼ初対面の人間に、自身の些細な変化に気付かれて、驚かない方が無理な話である。

 そうした機微を理解されたことに(あん)()したのか。僅かに張り詰めていたリンドウの空気が一瞬にして和らいだ。

 

 「それに、酒は成人してからだろ? 未成年に酒飲ませて、査問会に呼ばれても知らないぜ、俺は」

 「あれ? そう、だったか? ま、冗談はさておき······例に()れず、お仕事の話だ」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   6

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日──

 (たちばな)サクヤは、深い(ため)(いき)を吐いていた。

 

 降りしきる雨の中、スナイパー型の神機を肩に抱え、彼女は独り、(せっ)(こう)を続ける。

 旧西暦時代に(はだ)()()と呼ばれていた場所は、新西暦の現代において(しゃ)(へい)(ぶつ)や起伏が一切ない、ドーナツ状の平原と化していた。

 

 一見すると、(アラ)(ガミ)による捕食の痕跡も比較的少なく見えるが、実は土地全体が(アラ)(ガミ)に抉り取られたものだと言うのだから信じられない。

 見通しが良い反面、荒神(アラガミ)を分断しにくい上に、巨大アラガミがよく出現する場所でもある。新兵の生存率を上げる為にも、実戦演習における安全確保は上司にとって大切な仕事の一つだった。

 

 だと言うのに──

 

 “本当、リンドウったら何を考えているのかしら?”

 

 その仕事を、リンドウはあろうことかサクヤへ押し付けたのである。しかも、唐突に。

 基本、実地演習に同行するのは、部隊を預かる隊長というのが通例だ。一応、隊長クラスの階級を持つ神機奏者(ゴッドイーター)か、部隊を預けるに値する実力者ならば、例外的に同行する場合はあるものの、一日も経たずに上司が本来の仕事に戻るなど、異例が過ぎるだろう。

 何より、リンドウの同行相手は例の新型適合者──未だ新人の神機奏者(ゴッドイーター)から上司を取り上げるなど、(ひな)(どり)から親鳥を奪い取る行為に等しい。

 これではまるで、取り上げた者が()()()()()()()()()()()()かのよう──

 

 「まさか···ありえないわよ、そんなこと」

 

 雨が降っているせいか、厚い雲に(おお)われた空のように、気分まで落ち込みそうだ。

 と、その時である。

 

 『こちら、ブレンダン。嘆きの平原で確認されていたヴァジュラの誘導に成功した』

 『い、今のところ、支部の脅威になるような事はしてませんが···ど、どうしますか?』

 

 不意に響いた男女の声に、ハッと我に帰った。

 (かぶり)を振り、改めて気を引き締める。

 

 「ありがとう、二人とも。お陰で簡単に小型アラガミを片付ける事が出来たわ。嘆きの平原にいたヴァジュラは、比較的大人しい個体で人的被害を出したことが無いそうだから、討伐せずに様子見。

 作戦行動エリアに戻るようなら、臨機応変に対応。エリアから離れるように誘導して」

 『わ、分かりました』

 『まあ、見境なく討伐していては、(アラ)(ガミ)と何ら変わらなくなってしまうからな』

 

 そう、神機奏者(ゴッドイーター)──()()()()()()などと大層な肩書きで呼ばれているが、現実の神機奏者(ゴッドイーター)などこの程度。

 適合率の高い神機が発見されただけの、ひ弱でか細く、儚く無価値で無意味に世界へ生まれ落ちた──誰かがいないと生きていけない、誰かがいるから生きていける、どこにでもいる人間なのだ

 

 「とにかく、これで安心して実地演習が出来るわね」

 

 きっと、先日のエントランスで期せず顔合わせした少年が来るのだろう。

 見るからにユルい印象を受けたが、実際はどんな子なのかと、素直で可愛(かわい)い子だと良いなと考えながら、せめて心の中は晴れるように、サクヤは明るく振る舞うのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 

 大気を切るようなヘリの羽音が、平原に木霊する。

 声を()()す轟音を響かせて、輸送ヘリが出撃ゲートに着陸した。

 

 「それじゃあ、また後でね! 神機に違和感を覚えたら、直ぐにサクヤさんへ報告するんだよ!!」

 「あいよ」

 

 重い扉が開くと同時、中から降りて来たのは、やはり前日に顔を合わせを果たした一人の少年。

 リッカに軽く手を振り、こちらへ歩み寄る様は印象通りのユルいものだが、風に(なび)く黄金の髪とサクヤを見据える(あお)(そう)(ぼう)は、身に(まと)う制服と(あい)()って何処か浮世離れしているようにも見える。

 しかし、近寄り難さというものは感じない。

 極東支部(アナグラ)には、彼と同じ色彩を纏う男が一人いるものの、(くだん)の男と比べれば、こちらの少年の方が()()()()()()()

 

 「この前の新人さんね?」

 「はい。神宿コハクと申します」

 「私は橘サクヤ、よろしくね」

 「······ああ」

 

 (うなず)くと同時、口元に微苦笑を(たた)え、コハクは僅かに顔を(そむ)けた。

 少しだけ気まずいのか、居心地が悪そうに頭を()く少年に、サクヤは首を(かし)げる。

 

 「ふふっ、ちょっと緊張してる?」

 「あー、いや、その、なんつーか、緊張してる訳じゃあなくて······」

 「はい?」

 「つまり、そのー、服装、なんですが······」

 「服?」

 

 言われ、サクヤは(おの)が服装を(かえり)みる。緑の装飾が施された黒のクロスショート・キャミソールは、上下の露出が非常に高い。

 女としてオシャレを楽しみつつ、動き安やを重視したパレオ風フィッシュテールスカートから(のぞ)(あし)から爪先までのラインは(なま)めかしく、隠す気など毛頭ないと言わんばかりに、体重を支えた足を(ふと)(もも)まで()()しであった。

 

 異性からすれば、目のやり場が困る服装なのは言うまでもないだろう。

 これはサクヤの預かり知らぬことだが、()()に神宿コハクが光の眷属と言えど、未だ()(れい)にも亡者にも殉教者にも振り切れずにいる()()()だ。

 

 鋼の英雄みたいに露出が高いと指摘し、素早く上着を羽織らせてやるような冷静さも。

 審判者(ラダマンテュス)のように、戦闘効率の良さを評価しつつ、女性ならではの危険性を注意するような(けい)(がん)も。

 焔の救世主の如く、人の機微には未だ(うと)いと自虐しながら、目のやり場に困ると言える度胸も。

 不滅の限界突破(オーバードライブ)みたいに、腹を冷やしかねないから、そういう服装は止めとけと(さと)せる雄々(やさ)しさも。

 (あい)(にく)、持ち合わせていないのである。

 なので、遠巻きからそれを指摘するのだが──

 

 「私の服がどうかしたかしら?」

 

 そんなコハクの心情など露知らず、サクヤは首を(かし)げながら問いを投げた。

 

 「どうかしたかって······いや、その、えっと···気に、ならないんっすか?」

 

 問われ、サクヤは(ようや)く気付く。彼は気にしているのだ。彼女の服装──その露出度の高さに。

 

 「そうね、気にした事は一度もないわ。私は神機奏者(ゴッドイーター)である前に、一人の女ですもの。出来る限り、オシャレは楽しみたいじゃない?

 だから、気にしたらダ・メ。肩の力抜かないと、いざという時、体が動かないわよ」

 「んなこと言われても──」

 

 サクヤの論に、()()で可愛い後輩は反論しようとした、その時。

 

 「──ぐおぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 「·········っ!?」

 

 不意に響き渡る異形の雄叫び。

 同時、二人は全身を強打でもされたかのような衝撃を受ける。

 反射的にスナイパー・ステラスウォームを構えるサクヤに対し、そんな彼女を(かば)うように──かつ射線上には立たぬように──コハクが臨戦態勢に入りながら、前線へと足を踏み出していた。

 

 一瞬、何かの攻撃を受けたのかと思ったが、違う。

 これは、実体が伴っている音だ。声だけで格の違いを見せつける、そういう類の(アラ)(ガミ)の彷徨だ。

 常人ならば間違いなく発狂、弱者ならば意味も分からず気絶しかねない圧が、二人に叩きつけられたのである。

 

 「サクヤさん、今のは······?」

 「分からないわ。でも······」

 

 そこから先は言うまでもない。これは間違いなく敵である。

 だが、おかしい。残された敵はコクーンメイデン二体だけだったはずだ。だというのに、今の咆哮は、嘆きの平原を住処(すみか)としているヴァジュラとは、明らかに比べものにならなかった。

 

 ここは所謂(いわゆる)、いわく付き。

 巨大アラガミの目撃証言が、数多く寄せられている場所である。

 

 「···早速、ブリーフィングを始めるわよ」

 「······良いのか?」

 「あの存在感です。作戦エリア内に侵入すれば、即座に観測班が先の(アラ)(ガミ)を観測してくれるでしょう。

 巨大アラガミが観測される。もしくは、目撃した場合、すぐに撤退します。今は目の前の任務に励むべきだと判断しました。良いですね?」

 「りょーかい」

 

 言わば、背水の陣。

 危険だが、現場では予想外の乱入など日常茶飯事だ。

 これを乗り越えることは、新兵にとって良い経験となる。

 

 「今回の任務は、君が前線で陽動。私が後方からバックアップします。遠距離型の神機使いとの任務は、これが基本戦術になるから、よく覚えておいて。

 くれぐれも先行し過ぎないように。後方支援の射程距離内で行動すること。OK?」

 「分かった。覚えとくぜ」

 「素直でよろしい! さぁ、始めるわよ」

 

 指示と同時、二人は平原の上に降り立つのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 今回の討伐対象は、コクーンメイデン。

 その場からは一切動かない、固定型の(アラ)(ガミ)である。

 嘆きの平原を時計回りに索敵を開始すると、石像のように動かぬコクーンメイデンに補足された。

 

 「───!?」

 

 次瞬、コンマ一秒以下の速度で発射されたオラクル弾。コハクは即座に疾走する足に急停止をかけ、穂先で光弾を切り裂くが──

 

 「チッ、遠すぎる···」

 

 一気に(ふところ)へ飛び込むには、距離が開け過ぎている。

 目算するだけでも、対象との距離は約40〜50m。

 遠距離偏重型ならば、考えるより殴る方が手っ取り早い。何より面倒が少なくなるので、楽なのだが、それでは余りに独断先行が過ぎるだろう。

 何故なら、自分は一人で戦っている訳ではないのだから。一人で戦う必要も義務も何一つとしてありはしない。

 二撃目の光弾を二の太刀で叩き落とし、サクヤの方へと飛び退()いた。

 

 「あれが、コクーンメイデン。実物を見るのは初めてよね?」

 「······ノーコメントで」

 「そう···気をつけて。その場からは一切動かないけど、正確にこちらを狙撃してくる()()()()()。足を止めないようにね」

 「りょーかいだ」

 

 ユルく返事をし、三弾目となる光弾を二人で左右に飛び避ける。

 

 「私が援護をするから、一気に詰め寄りなさい」

 「分かった。詰め寄るぜ」

 

 刹那、サクヤが神機を発動体とし、星辰体(アストラル)と感応し始めた。

 同時に、コハクは槍を半回転させて得物を構え直す。

 狙撃銃から上がる銃声を開戦の号砲とし、背中に黄金光の混ざる炎翼を展開しながら、彼は地を蹴り上げるのだ。

 

 かつて、調停の英雄が得意とした煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)と同じ原理で駆動する加速を得て、コハクはメイデンから発射されるオラクル弾の弾幕を撃ち落としながら、一気に懐へと飛び込んでいく。

 

 「──ふッ!」

 

 サクヤが放つ狙撃に目切れながら、側面に回り込みこみつつ、大きく槍を斬り上げた。

 ガリッ、という硬い感触に思わず舌を打つ。流石(さすが)繭の処女(コクーンメイデン)──旧暦時代の西洋で発明された拷問器具・鉄の処女(アイアンメイデン)の名を冠しているのは伊達(だて)ではない。

 形こそ(まゆ)を連想させるが、その側面はそう鋼鉄のように硬く、斬ることも貫くことも困難だった。

 

 「なら···こいつはどうだッ」

 

 物も言わず、動くこともない案山子(カカシ)──そんな印象を抱く標的に対し、コハクは続けて槍の穂先に黄金と灼焔の光を収束させながら、深く踏み込んで槍を突き穿とうとする。

 

 だが、その時──

 メイデンが動く。怪しげに。身体を(ねじ)らせ、その側面走行を開かんとしていた。

 

 「危ない──ッ」

 「────!」

 

 サクヤから上がった危険を知らせる声に反応し、刺突行動を中止する。

 煌赫墜翔(ニュークリアススラスター)を逆噴射させて後退すれば、砂煙が晴れると同時、空を突き刺す無数の針が、コクーンメイデンの体内から飛び出ていた。

 

 「おいおい、マジかよ···」

 

 名は体を表すという次元ではない。

 鉄の処女は大量の長い釘を内包している。

 一瞬にして内部に仕舞われたメイデンの針は、まさにその釘を(ほう)彿(ふつ)とさせた。

 

 恐らく、後退していなければ、今ごろ串刺しと化していただろう。

 

 「大丈夫!?」

 

 サクヤが叫ぶ。

 巻き上げられた砂煙のせいで、こちらの無事を確認出来ないのだ。

 

 「えぇ、こちらは──」

 

 大丈夫だと、続くはずだった言葉は続かない。

 常人より僅かに優れた視力が、サクヤの背中を捕捉した二体目のコクーンメイデンを視認する。

 自分よりも他者を優先しているのか。彼女はそれに全く気付いておらず、ゆえに続く展開は無我夢中だからこそ出来た()(うん)の呼吸。

 

 コハクは一体目に、サクヤは二体目に。

 それぞれがそれぞれにコクーンメイデンに背中を向けながら、互いの背後にいる敵手目掛けて銃撃を浴びせるのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

   7

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「お疲れ様。今回のミッション、とてもやりやすくて、良い連携だったわ」

 

 二体のコクーンメイデンが消滅したのを確認し、サクヤは改めて(ねぎら)いの言葉をコハクへ投げ掛けた。

 

 「いや···こちらこそ、ありがとうございます。お陰で助かりました」

 「それはこちらの台詞でもあるわ。戦いの中で、冷静に仲間の状況を把握するのは、凄いことなのよ。とても新人の動きとは思えなかったわ」

 「ありがとうございます。しかし、本当にそんなつもりじゃあなくて······」

 

 ふと、コハクの顔に憂いを帯びた笑みが浮かぶ。

 

 「構図的に、()()()と重なる部分が多かった···だから、無我夢中で引き金を引いた。少なくとも、サクヤさんは俺の背後にいる敵をどうにか出来るから、それを信じて打つしかない、ってな······」

 

 その言葉に嘘はない。ただ、なるようになっただけなのだと、言外に彼は語る。

 あまりに凡人めいた言葉に、思わずサクヤは目を丸くした。

 

 「ふふっ、謙虚なのね」

 

 そして、そういう姿勢は嫌いではない。

 

 「大丈夫······貴方(あなた)は独りじゃないわ。神機奏者(ゴッドイーター)同士なら、たとえ倒れても、救援同調(リンクエイド)で力を分け与えられるから。

 それと、私は回復弾が撃てるの。辛くなったら直ぐに回復して上げられるわ。だから、安心して。貴方が一人前の神機奏者(ゴッドイーター)になるまで、しっかりサポートするから」

 

 言いながら、コハクの鼻頭を軽く指で弾いた。

 

 「戦う意志があれば、何度でも立ち向かっていけるのよ。撤退を判断されるまでは、ね」

 「···ありがたい言葉だけど、俺、そういう精神論メンドーで嫌いなんだよなー」

 「コォラ、まだ若い子がそんなこと言うんじゃありません。ちょっとぐらいの無茶はしてくれないと、心配になるでしょう?」

 「えー······」

 

 本当に面倒臭そうに告げるコハク。

 もしかしたら、()()()に掛かることさえ、面倒だからという理由で(わずら)っていない可能性がある。

 良い意味で地に足をつけた気質。悪い意味で夢がない。

 もう少し、そういう有り得ない事象に思いを()せても罰は当たらないと思うのだが。

 

 「全く、どれだけ嫌なのよ······まぁ、いいわ。そろそろ帰投ヘリも到着する頃だし、アナグラへ帰りましょう」

 「りょーかい」

 

 輸送ヘリが来るのを目撃しながら、サクヤはコハクと共に帰投の準備に入る。

 途中、その白い背中が紺色の背中と重なって見えて······

 

 「まさか···ね······」

 

 そう、彼女は独り()ちるのだった。




 相州戦神館學園 八命陣が楽し過ぎる件について。
 遂に購入した、戦神館。楽し過ぎて楽し過ぎて、止まらん。もはや、ゲーム自体が阿片やで(゚∀。)y─┛~~ (阿片スパァ)
 なので、投稿に時間が掛かった。プレイしないように気を付けてる。

 実はうp主、甘粕事件を知らない。
 なので、本作をキッカケに史実の甘粕正彦を調査。
 wikiに長男の名前はあるのに、妻の名前がないから、「甘粕正彦 妻」で検索してみた。
 (なんか、字面だけだと凄いなこれ)

 そしたら、見事にHITッ!
 史実の甘粕正彦は、関東大震災以前から「婚約者」がいて、昭和三年頃に「婚約者」と結婚したらしい。
 ん? 「婚約者」? 「許嫁」ではなく?

 許嫁=室町時代から存在する文化。
    親が決めた相手と子供が結婚する。
    拒否権なし。要は政略結婚。
    戦後に入るまで強制することが常識。

 ん?

 婚約者=告白して、相手が受け入れれば、結婚成立。
     戦後に日本国憲法で結婚強制を禁止に。

 んん?

 つまり、こういう事かな? 甘粕正彦は、関東大震災より以前から、婚約者がいるリア充
 調査中、甘粕事件後に甘粕正彦から三回も婚約破棄を申し込まれたのに、婚約者はそれを拒否。
 理由は、甘粕が子供は殺してないと、本人から聞いたから。
 なので、出所するまで待ちます。ガチで刑期終えるまで甘粕を待ち続けて結婚したと判明。

 史実の甘粕と婚約者、ちと時代の最先端行き過ぎ。
 特に婚約者は、wikiすらない一般ピーポー。
 時代的に、なんか色々すごいことしてるぞ。
 つーか、前科者と結婚は今でも余り好まれないのに!

 ゲームの甘粕正彦相手と考えると、この一般ピーポーな婚約者、本編でセージみたいに10年くらい甘粕が蒸発しても、普通に待ち続けそう。

 クラウディア系か? クラウディア系なのか!?

 なんか、それはそれで見てみたかったな。
 伏姫枠は不明だし、カレブ枠もいないし。
 (伏姫枠分かる方、ネタバレして良いんで教えて)

 カレブはヘブライ語で『犬』の意味。
 八犬伝がモチーフだし、丁度ええじゃん。
 まあ、名前の元ネタ的に四四八と同じ盧生になりそうだけど( ̄▽ ̄;)

 しかも、軍学校は満13歳〜満15歳が通う場所。
 ゲームの甘粕は32歳。14歳の子供の1人がいても、当時の世相的にいても問題なし。
 これ、阿片スパァ(゚∀。)y─┛~~ 出来そう。

 あー、初めて正田卿作品で阿片スパァ(゚∀。)y─┛~~ したいなと思いましたよ。

 では、また次回!



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第七話 銀月不動/Nein Silverio




 逃げて、逃げて、逃げ続ける。

 

 ()()までも追い駆けてくる過去から。

 先に待つ、ろくでもない未来から。

 向き合いたくない全てから。

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けるのだ。

 

 だからまず、第一に目を閉じよう。

 耳を(ふさ)いで、口を(つぐ)んで、

 呼吸を止めて微動だにしない。

 

 心は、石のように(かたくな)なまま──

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   1

 

 

 そうして、()は自分の世界を維持し続ける。

 ()が今まで貫いてきた生き方(スタイル)とは、何も見えず何も聞こえず、(すべ)て気付かないふり。現実逃避。

 感じたくないもの、気付いてはいけない事実──それが手に余るから、()は今日も“逃走 ”を選び続けるのだ。

 

 「キシャアァァァァァァアアアアッ!!」

 「······邪魔だ」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような奇声を上げ、飛び()かってきた巨大な(さそり)型の(アラ)(ガミ)に冷たく言い放ち、青年は神機を振り下ろす。

 まるで、言葉通り()()()()()()()()()()と斬り捨てるような軽い(しょ)()で、盾のような(アラ)(ガミ)(はさみ)を粉砕して見せた。

 

 「ギヤァァァアアアァァァァァアア──ッ!」

 

 刹那、苦悶の咆哮を上げる蠍の(アラ)(ガミ)

 鋏を粉砕された衝撃で巨大な(たい)()()()らせ、致命的な隙を(さら)す。

 それを、青年は決して見逃しはしない。

 

 「くたばれ···ッ!」

 

 一気に敵の(ふところ)へ肉薄し、罵倒を吐き捨てると同時に、大剣を横一文字に()(はら)う。

 だが、青年の腕に伝わるのは、生々しい獲物の肉と骨を断ち切る感触ではない。むしろ、感じるのは空を斬り裂いたような(むな)しさだけ。

 

 (かわ)された事を直感して、忌々しげに舌を鳴らす。

 (とっ)()にその場を飛び退()けば、一秒前まで青年が立っていた場所に、トドメを刺し損ねた蠍の(アラ)(ガミ)が、振り下ろされた鉄槌(ハンマー)よろしく飛び降りてきた。

 

 恐らく、先の攻撃は蠍とは思えぬ(きょう)(じん)(あし)のバネを用い、相手に飛びつく事で回避したのだろう。

 押し出されるような衝撃波が、この場に(たい)(せき)*1した雪が()(じん)のように舞い上がり、青年は視界を見失わぬよう大剣を盾代わりにしながら、(たたら)を踏むが── 

 

 「キエェェェェェェェエエッ!!」

 

 (かん)(ぱつ)いれずに、蠍の(アラ)(ガミ)が魔女のような奇声を上げながら、(きゃ)(しゃ)な青年の身体を押し潰さんと飛び込んで来たのである。

 

 「づぅッ、ぉぉ──ッ」

 

 奇襲にも近い突撃。避ける暇もない。

 結果、青年は大剣を盾代わりにしたまま、巨大アラガミの身体を支える事を()()なくされる。

 再び吹き荒れる衝撃波。目深に(かぶ)る紺のフードがめくれて、その下に隠れた青年の髪が今、白日の元に晒された。

 

 浅黒い肌とは対照的な、白に近い()の髪。

 それは、新西暦の世において、歴史の転換期に必ず確認されたという、月の女神を象徴する髪色であり、彼もまた、先代たちと同じ宿命にある事を意味している。

 少なくとも、軍事帝国(アドラー)で起きた英雄崩御の大動乱と、それに伴う古都プラーガを舞台とした史上最大規模の東部戦線の真相を知る者ならば、一目で見抜くはずだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()()()、と。

 

 だからこそ、青年は逃げ続けている。

 冗談ではないと、(どう)(こく)(えん)()を響かせて。

 

 「······ッ、くそっ、たれがぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 刹那、(れっ)(ぱく)の咆哮が大地を震わせる。

 踏ん張りが利きにくい雪原を、()髪の青年はあろうことか()()()()()(えぐ)り抜いた。そして、これまた()()()()()で得物を振り上げ、巨大アラガミの身体を空に投げ飛ばす。

 

 最早それは、()の髪を持つ者のやる所業ではない。

 ()()()()()による無茶無謀は、光の眷属の特権だ。過去に前例がない訳では無いが、少なくとも(くだん)の青年──ソーマに光の眷属としての素質など、一切持ち合わせていないと断言できるだろう。

 何故なら、彼が貫く生き方は(てっ)(とう)(てつ)()、変わらない。

 

 忌まわしい過去から。

 現実に生きる自分から。

 腹の底から憎悪する存在から。

 先に待つ、ろくでもない未来から。

 何もかもから逃げて、逃げて、逃げ続けるのだ。

 

 だからこそ──

 

 「目障りだ、消えろ」

 

 闇の眷属らしい、底冷えするような死刑宣告と共に、力を装填(チャージ)していた大剣を振り下ろす。

 放たれた斬撃は、狙い(あやま)たず空中に放り投げた標的を捉えており、対する相手も抵抗らしい抵抗は出来ない。

 

 「ギャァァァァァァアアアアッ!!」

 

 当たり前に直撃を喰らい、耳障りな断末魔を上げる。

 大きな音を立てながら、白い地面に落下した(アラ)(ガミ)は、()()なる()(わざ)によるものか。金属のように硬い外皮を持つ(アラ)(ガミ)は、全身を徹底的に滅多斬りされた上で、絶命していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「·········」

 

 対象の討伐を確認し、ソーマは残心を決めるでもなく、深い(ため)(いき)を吐く。

 大型アラガミの討伐任務を単騎で成し遂げながら、彼の心に達成感というものは存在しない。

 あるのは空虚。獣を殺すことに慣れた人間特有の虚脱感だけ。

 

 だがしかし、それもむべなるかな。ソーマの逃避行は、現在進行形で続いている。

 目標(ゴール)にさえ辿り着いていない以上、コースに設置された障害物の一つを乗り越えた程度で、達成感を味える訳がなかった。

 

 むしろ、その逆──勝てば(ろく)なことにはならない。

 必ず、より強大な姿となって次の苦難が訪れる。

 それこそ何かの(かい)(ぎゃく)のような現象だが、この新西暦(セカイ)においては(まご)うことなく真理の一つだ。

 

 敵に、任務に、難問に、勝負に、勝てたところで状況は一向に改善されない。それどころか、難易度が上昇した状態で、似たような事態が連続するという始末。

 身をすり減らして勝利した途端、より恐るべき難題が必ず目の前にふりかかる。()()()をはいて生き抜いた所で、何処からか容易に超えざる大敵が、次はお前の番だと言わんばかりに出現する。 

 まるで、災厄という名の宝石だけが詰め込まれたパンドラの(はこ)だ。手にした奇跡を呼び水に、際限なく溢れ出てくる次の問題、次の難敵、次の苦難、次の次の次の次の──()()()()()()()()()()()()

 

 それを、ソーマは誰よりも知っている。

 ゆえに、彼は決して警戒を(おこた)らない。(うつ)ろな目つきで周囲の気配を探る。

 獣を殺し慣れた人間特有の虚脱が、そこにはあった。

 

 「······、────」

 

 討伐対象外の(アラ)(ガミ)がいないことを確信し、改めて(むくろ)と化した蠍の巨大アラガミに向き直る。

 右手に握る(くろ)(がね)の大剣へ、彼は変形の指示を出した。

 

 刹那、黒光する大剣が(うごめ)くように揺れると、その根元部分から黒い獣を思わせる口が出現する。

 不味(まず)そうな肉だな、と他人事のように思いながら、ソーマは異形の顎門(あぎと)に、眼前の荒神(アラガミ)を喰らい付かせるのだ。

 

 二、三度ほど肉を()むと、それは元の姿へと戻っていく。

 その際、神機を制御するヘリオドール色のコアが光を灯したが、(おっ)(くう)なので回収素材の確認はしない。

 レッグポーチから携帯を取り出し、目的の人物に電話をかけた。

 

 「こちらソーマ、対象の討伐を確認した。帰投準備に入る」

 

 事務的な報告。それ以上の意味など必要ない。

 携帯をポーチの中へ仕舞い、()の髪を隠すようにフードを被る。

 旧西暦時代、鶴岡八幡宮と呼ばれた場所で、独り帰投ヘリの到着を待ちながら、忌々しそうに目を吊り上げた。

 

 「······いる」

 

 何が? 言うまでもない。

 

 「アイツらの中に······」

 

 何が? 同じく言うまでもない。

 

 「っ────、ふざけるな」

 

 彼が(もたら)()の運命──その担い手が極東支部(アナグラ)にいると確信して、神機を強く握りしめて、血を吐くような声で毒突いた。

 

 そう、“勝利”からは逃げられない。

 誰であろうと、例外なく。

 

 「俺は、誰にも、授けない」

 

 ゆえに、その真実を死想月天(ヘカトス)は断じて認めず。

 銀の運命(シルヴァリオ)は動かぬまま、未だ担い手は運命の外側で足掻き続けている。

 

 否、足掻き続ける事を望んでいるのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

   2

 

 

 

 しかし、いいやだからこそ──

 

 「──理解した。ならば、此方(こちら)も此方で()()()動くとしよう」

 

 光に属する存在は、その望みこそを粉砕する。

 (じょう)()*2の薄い面持ちで、救いを求める手に呼応するかの如く、英翼(ベレルフォス)を■■まで導くのだ。煌めき輝く■■へと。

 

 現実(ここ)ではない彼岸(どこ)か、(ほの)(ぐら)い闇を(がん)(ゆう)*3した空間で独り男は(つぶや)くと、閉じていた(まぶた)を緩やかに開いた。同時、十年近く停止していた時間が再び動き出し、その空間を満たす死の気配が(またた)()()(ちく)されていく。

 代わりに場を満たしてくのは、春の訪れを告げるような、生の暖かさ。決して苛烈過ぎず、厳し過ぎず、動植物の生命活動を緩やかに促す、太陽の恵みに他ならない。

 

 仮に、この場に光の眷属を知る者がいたならば、(みな)が皆、同じ疑問を口にすることだろう。

 この男は、本当に光の眷属なのかと。

 

 肌を刺すような威圧感が出ていない。

 激烈極まる雄々しさが(なり)(ひそ)め、(うそ)のように()いでいる。

 少なくとも、この男──輝翼(アルカイオス)に他者を(れき)(さつ)してまで、突き進もうとする気概が感じられなかった。

 

 「()()()()()()()()──

 ゆえに、“勝利”から逃げ出したいのだろう、月天女(アルテミス)

 

 さも、ここにはいない者が目の前にいるかのように語りながら、輝翼(アルカイオス)は言葉を続けた。慈愛を込めて、(とつ)(とつ)と。

 

 「ああ、確かに。今の私なら共感出来るよ。間違いや(たい)()の方が気楽で快適だ。正解というものは、(あき)れるほど単純だが、常に痛みが伴うものだろう。

 初志貫徹、毎日休まず(なま)けず着実に、より良い未来を目指し続ける······言葉にすれば立派だが、それを守り抜ける者は、現実には一握りしかいない。元より、些細な日常事さえ完璧にこなせる者など、本当に実在すると思うのかな?」

 

 部屋は持ち主の精神状態を(あらわ)すという。

 ならば、汚れた部屋を掃除しないのは、疲労が蓄積している証なのかもしれない。

 子供の世話や他の家事に追われた結果、洗濯物を(たた)み忘れることもあるだろう。

 対人恐怖症を抱えた者であれば、相手の目を見て話が出来ないのも、仕方がない側面があるのではないか、と。

 

 「別に──先達の言葉を否定するつもりはない。

 むしろ、賛同さえしているよ。やるべきことを正しくやろうと努力すること。それを心がけるからこそ、人は初めて何者かになれるのもまた事実。

 だが逆に、こうも思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少し休みを取り、また前を向けば良いのではないか······と、言うのが私の持論でね」

 

 ある意味、甘いと言えるだろう。

 だが、()()に甘い部分を有していても、輝翼(アルカイオス)が光の眷属なのは変わらない。

 彼はただ、見逃してやるだけだ。今代の月天女(アルテミス)の精神状態が、極めて本家本元に近しいため、これ以上の圧をかけてしまえば、それこそ本当に破裂する可能性を(はら)んでいる。

 

 ゆえに──

 

 「ならばこそ、無理強いはせんよ、月天女(アルテミス)。言ったように、此方は此方で()()()動く。ゆえ、(けい)も卿で好きにすると良い」

 

 ここは()えて見守るスタンスを取ろう。

 相手が()()()決めたのだ。ならば、此方も()()()する自由を行使するのみ。

 

 「あまり、()()を手本にするのも気が引けるが······致し方があるまい」

 

 最初から運命の渦中にいないことは百も承知。

 ゆえに、切り拓く。運命の外側から内側に入る道を。

 そう、(すべ)ては······

 

 「総ては我が比翼のために」

 

 彼が胸を張りながら、当たり前に生きて当たり前に死ねるように。押し付けられたのではなく、託されたのだと思えるように。

 

 全力で、(おの)が総てを()けて、自らの見出した黄金の天駆翔(ハイペリオン)──その片翼を担う、コハクの翼となると、彼は既に決めていた。

 それは光に属する存在として、余りに異質な行動理念だろう。

 不特定多数の“誰か”ではなく、特定個人の比翼(だれか)の為に生きると、彼は宣しているのだから。

*1
いく重にも高く積み重なること。

*2
人間らしい感情の起伏。優しさ、思いやりなどの人情味。

*3
成分や内容の一部として含み持つこと。




 あー、約一ヶ月振りの更新です。遅くなりました。
 にも関わらず、文字数少なくてごめんなさい!

 結局、あのあと加筆修正しました。
 本当に申し訳ない。

 基本的なテーマは加筆前と変わりません。
 シルヴァリオで言う月の女神枠が、銀の運命を否定(Nein)している。それに対する太陽神の見解。次回から始まる、上田エリックを発端とした一連の流れの前日譚。

 短文なのは変わらずorz...

 アルカ君は甘いというより、飴と鞭の使い分けが上手いだけなので、ゼファーさんほど惰性が強いと、流石にヴェティママみたいになる。
 それこそ、「立ちなさい、ゼファー。まだ一撃もらっただけでしょう?」的なことも、必要なら言う。アルカ君の場合、必死に庇いたい衝動を噛み殺しての発言になるけど( ̄▽ ̄;)

 【悲報】 弁財天様。柊夫婦だけでなく、GEのソーマと例の子にも、その呪いを発揮していた模様。

 いや、うん······二週目初めて、歩美√目指しながら、不意に思い出したよ。
 そういや、『GOD EATER』と『戦神館』の舞台、同じ神奈川県じゃねーか。しかも、前者は藤沢市。後者は鎌倉市でお隣同士。
 鎮魂の廃寺なんて、まんま鶴岡八幡宮だろ!?
 ん? そういや、リンドウさんとサクヤさん、その寺出身······うーわ、スッゴイ偶然。

 そして、最後。
 【速報】 史実の甘粕正彦は二児のパパと判明。

 しかも、一男一女。
 あのー、もしかして、万仙陣で判明した、「甘粕の眷属になれる鎌倉市民が二人いる」というのは、この方達の子孫ですか?
 盧生の眷属システム的に何もおかしくねーぞッ!?

 子供好きの史実が反映されたからか、ノッブと南天ちゃんに保護者みたいなことしてるし。
 子持ちの史実を反映したら、ゲームの甘粕。割とマトモな親父になるのでは? ただし、普通に試練はある模様(白目)

 以下、CS版の歌詞考察。
 「溶けだす赤い華」は、PC版の「紅ク染マレ、華ヨ」のことで、ハナミズキを指す。

 ハナミズキには、キリストが磔にされた時、十字架の材料に選ばれ、キリストが復活した後の計らいで、花がキリストの血で紅く染まったという伝承がある。
 まさに、「紅ク染マレ、華ヨ」だよね。
 「溶けだす紅い華」というのは、その血が溶けだし、元の色に戻るさまの事を指してるんじゃないかな?

 で、「奈落の紅い華」は「紅蓮獄華」のことで、紅蓮華のことを指す。
 煉獄は地獄と天国の狭間にあるもの。甘粕の楽園(ぱらいぞ)が作中で混沌と言われたり、コメ欄でグラズヘイムだの、ヴァルハラだのという評価はあながち的を射ていたりして。

 ただ、この歌詞に該当する子がいないのが謎だ。
 まあ、居たら居たで、歌詞に「偽りの楽園」とかついてるから、甘粕の系譜でDies iraeの玲愛先輩ポジか?
 でもさ、いた方が地獄の歯車とか回収できたような?
 カァーッ! 阿片焚きてぇ〜ッ!! (阿片スパァ

 と、まあ作品に関係ないことはここまでにして。
 今回も読了して頂きありがとうございます。
 また、次回にお会い致しましょう。

 では| ・∇・)ノシ♪


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第八話 光と闇の邂逅/Memento mori 前編






   1

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌朝──

 

 リンドウは、(わざ)とらしく(せき)(ばら)いをして、自室のソファに腰を下ろす。

 チラリと、片目で部屋に呼び出した青年を()()れば、彼は()(こつ)に目を()らしたまま、微動だにしない。

 呼び出しに応じた辺り、完全な無視を決め込んでいる訳ではないと、青年の態度に苦笑しながらも判断して、リンドウは彼に告げた。

 

 「急に呼び出して悪かったな、ソーマ。今日は折り入って、お前に頼みがある」

 「断る」

 

 刹那、ソーマと呼ばれた青年の口から飛び出したのは拒絶の言葉。それにより虚を()かれたリンドウは、期せず行動の拍子を外される。

 話し始めた瞬間、聞き手側が(かん)(ぱつ)()れず拒まれたのだから当然の反応だろう。それこそ道化よろしく、本当に()けかけたほどである。

 

 予想通りと言えば、予想通りの反応だ。

 だがしかし、まさか出鼻から折られるとは、流石(さすが)に予想外だったと言わざるを得ない。

 普段と変わらぬソーマの態度に(あき)れて、(おお)(ぎょう)(ため)(いき)を吐いた後、リンドウは改めて言葉を(つむ)ぐ。

 

 「···あのな、オレはまだ何も話しちゃいないだろ。断るかどうかは、オレの話を最後まで聞いた後でも遅くないと思うがね」

 「···············」

 「無言は肯定と見なすぞ〜」

 「······ちっ」

 

 舌打ちし、壁に背を預ける。フードの隙間から(のぞ)く瞳は、未だリンドウを映してはいないが、その姿勢は遠回しに了承の意を示していた。

 

 三度目の(たん)(そく)()()()()()とは思う。

 ソーマは確かに、人付き合いが苦手な一匹狼だが、人見知りする性質(タチ)ではない。特に人と話をする時は、必ず目を合わせる癖があった。

 

 明らかに、普段の調子を崩している。その理由を吐き出させてやりたいとは思うものの、同時に自分の踏み込めない領域だと、リンドウは即座に理解した。

 秘めた痛みや過去を白日へ(さら)すには、ある種の無遠慮さが必要となる。相手の事情をわざと(しん)(しゃく)しない人間や、適度の距離感の開いた相手である方が、意外と話しやすいことがあるのもまた事実。

 リンドウは完全に前者側の人間だが、だとしてもソーマに関しては踏み込みたくても踏め込めない理由が、()()()()()()()()()()()()

 

 その()()を満たせない限り、雨宮リンドウでは彼の抱える問題に触れる資格すらないのが現状である。

 ゆえに、今は()えて黙認し、彼はソーマに告げるのだ。

 

 「結論から言うと、おまえにはエリックと一緒に、新人の実地演習に同行してもらいたい」

 「断る」

 

 再び即答。一瞬の逡巡もなく拒絶され、リンドウは盛大に肩を落とした。

 予想通り過ぎる反応に、思わず頭を抱えて泣き出したくなる。

 

 「まあ、そう言うなよ、ソーマ。なぁに、簡単さ。お前が前線で陽動。エリックが後衛でバックアップ。で、新人は新型らしく、遊撃を──······」

 「興味が無い」

 

 リンドウからの提案を(いっ)(しゅう)すると、ソーマは壁に凭れていた背筋を伸ばして(きびす)を返す。

 

 「あっ、おい! ちょ、ちょっと待て!!」

 

 そのまま部屋を退出しようとする若者を、リンドウは慌てて呼び止めた。

 同時に、ソーマの足が止まる。ゆらりと、まるで(ゆう)()*1のような仕草で振り返ると、彼は射殺せんとばかりの目でリンドウを睨み付けた。

 

 「······なんだ」

 「なんだ、じゃない。人の話を最後まで聞けって、さっき言ったばかりだぞ」

 「俺には関係ない。新入りの実地演習には、お前とサクヤが同行すれば良いだろ」

 「そうしたいのも山々なんだが···オレは()()()で忙しいし······サクヤは新入りの同期と実地演習が予定されてるからなー」

 「なら、他の奴と組ませろ。俺は知らん」

 

 冷たく突き放され、ソーマは改めて歩き出し、リンドウの部屋から退出しようとした──その時である。

 

 「フフフッ」

 

 廊下内に、不敵な笑い声が木霊した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 刹那、ソーマの顔が忌々しげに歪む。

 見れば、何時からそこに居たのだろう。エレベーターホールで、赤毛の青年がサングラスを光らせて待ち伏せしているではないか。

 

 まるで、生理的嫌悪感を(もよお)す生物でも見付けたかのように、ゲッと口走るソーマ。

 対する赤毛の青年は、そんな反応など全く意に介さず、意気揚々と声を張り上げる。

 

 「話は聞かせて(もら)ったぞ! 我が友よ──ッ」

 「てめぇ、何でこの区画(エリア)にいやがるッ!?」

 「──ごはぁッ!?」

 

 それはもう、(たか)が獲物に飛び()かるが如く(ちょう)(やく)してきた赤毛の青年に、ソーマは容赦なくボディブローを叩き込んだ。

 見事に(みぞ)(おち)を打ち抜かれた(くだん)の青年は、宙を三回ほど(きり)()み状に回転しながら床に倒れ込むが、しかし······

 

 「ぐふっ······さ、流石は、僕の認めた好敵手(ライバル)···今日も君の天墜(レイジング)銀狼拳(ブロー)はキレが良いじゃあないか·······」

 

 言いながら、彼は直ぐに起き上がり、いつものノリでソーマの攻撃を褒めるのだ。

 

 「何が天墜(レイジング)銀狼拳(ブロー)だ。ただのボディブローに、妙な技名を付けるんじゃねえ。気色悪ぃ···」

 「何を言う! 本気で殴って来てるのだから、技名の一つはあって当然だろうッ!!」

 「てめぇは中二病か何かか!? 馬鹿かこの、他所(よそ)でやれ、他所で! 小っ恥ずかしいんだよ!」

 「ことわーる! これもリンドウさんの命令だ。君が任務を受けるまで、僕は絶対にここは通さんと誓っているッ」

 「──、────」

 

 次瞬、再び射殺せんとばかりの目で睨みつけられ、リンドウは(とっ)()に目を逸らした。

 殺気という殺気を受け流し、暖簾(のれん)に腕押しと言わんばかりに振る舞えば、後は勝手に赤毛の青年が盛り上げてくれる。

 

 「ソーマ、君の気持ちは痛いほど分かるとも! 未来ある新入り君を自分と同じ任務に同行させるべきではない······そう、考えているんだろう?」

 「──誰が、そんなことをッ」

 「言わなくとも分かるさ! 僕は君の親友だからね!」

 「誰が、誰の、親友だと?」

 「このエリックが、君の」

 「ふざけるなッ!」

 「どわぁぁぁあああーッ!!」

 

 再び繰り出されるは、ソーマ(こん)(しん)の右アッパー。

 エリックはそれをまともに喰らい、吹き飛ばされながらも、決して引き下がろうとはしない。

 不死鳥の如くとは、まさにこのこと。その諦めの悪さに、流石のソーマも顔を引き()らせていた。

 

 「かはっ···な、なんか、今日の君······何時にも増して、バイオレンスじゃないかい? いや、君の愛のムチは今に始まったことじゃないから、僕は別に構わないけど······」

 「てめぇ···まさか、マゾか······?」

 「何を言うッ。この程度で倒れるほど、僕は腰抜けじゃないとも!!」

 「·············」

 

 違う、そうではない──と、否定した所で無駄だろう。話は絶妙に噛み合わぬまま進行していき、いつものように振り回されるに違いない。

 そんな未来を先見して、ソーマは盛大に溜息を吐き、舌を打ちながら吐き捨てた。

 

 「···分かった、行けば良いんだろ。行、け、ば」

 「おー、分かったらさっさと行ってこい」

 「ふん···」

 

 リンドウの手にあるオーダー表をぶん取ったソーマは、機嫌が悪いのを隠さないまま踵を返し、エレベーターに向かって歩き出す。

 仕舞いには、エリックすら置いて行こうとするものだから······

 

 「あぁ、待ってくれ、ソーマ!」

 「やかましい! 一々、俺に(すが)るように追い駆けて来んな、気持ち悪いんだよ、この馬鹿がッ!」

 

 慌てて後を追い駆けるエリックに、年相応の罵倒を浴びせるソーマ。

 まさに、嵐のような騒々しさで立ち去る二人を、生暖かい目で見送りながら、リンドウは上着の胸ポケットから煙草(たばこ)ケースを取り出す。

 口に(くわ)えた細葉巻(シガレット)の先端にライターで火を()けて、大きく紫煙を肺の中に()い込んだ。

 

 はて、自分は大切な事を忘れていないだろうか?

 と、疑問に感じた瞬間、リンドウはようやく大切なことを思い出す。

 

 「やべ、コハクも同行させるよう言い忘れた」

 

 しかし、ソーマのことだ。新人の実地演習だと知りながら、勝手に(くだん)の新入りを放置して、任務に出撃したに違いない。

 バツが悪そうに頭を()きながら、リンドウは携帯を取り出して、コハク宛にメールを送信する。

 

 内容は至ってシンプル。

 現地集合──ただ、それだけだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

   2

 

 

 そして、一方──

 ソーマとエリックの二人は、一足先に今回の作戦区域内へと足を踏み入れていた。

 

 「···良かったのかい?」

 「何がだ」

 「例の(うわさ)の新人くんだよ。君、()()()()()()()()()()()?」

 「············」

 

 無言。返答はない。

 或いは、無言の肯定なのだろう。

 実際、新人との実地演習だと言うのに、ソーマは当の本人を極東支部(アナグラ)に置き去りにして、淡々と任務をこなしていた。

 

 他でもない、ソーマの独断で。

 エリックはそれに異論を唱えない。むしろ、彼の判断に賛同さえしている。

 裕福な家庭に生まれ、トイレの扱いが下手で、よく詰まらせては清掃員を困らせている(きっ)(すい)(おん)(ぞう)()ではあるものの、かと言って、完全に無知という訳ではない。

 むしろ、その逆。こと人を見る目に関しては、エリック・デア=フォーゲルヴァイデも一家言を持っている。

 ソーマと共に行動するようになって、まだ二年しか経過していないが、されど二年とも言うだろう。それだけの時間があれば、相手の本質を見極めることも可能なのだ。

 

 それは、ある種の才能とも言えるだろう。

 周囲の(がい)(ぶん)や偏見に囚われることなく、目の前にいる人間と対等に接するなど、並の者に真似出来ることではない。

 ゆえに、エリックには分かるのだ。ソーマの真意、その冷たい言動の裏に隠された、彼の本質とも呼べるものが。

 

 「君ねぇ···、確かにここは、他の場所と比べ、(アラ)(ガミ)の急襲を受け易い場所だ。それこそ、戦い辛い戦闘区域決定戦なんてものを開催すれば、すぐにここは殿堂入りを果たすだろう。

 ゆえに、新人くんを置いていく。危険は排除する······理解は出来るが、それを何故、リンドウさんに言わないんだい? ソーマが指摘すれば、彼も作戦区域を変更してくれただろうに。その、何も語ろうとしない態度は君の悪い癖だぞ」

 「勝手に言ってろ。俺には関係ない」

 

 鬱陶しげに吐き捨て、振り下ろしていた大剣を肩に担ぐ。

 エリックの語りに、さして興味がないのだろう。ソーマは相手に(いち)(べつ)さえくれずに、周囲の警戒に当たる。恐らく、討ちこぼしがないか確認しているのだ。

 

 相変わず無愛想な親友の態度に、エリックは思わず深い溜息を()らす。

 

 「君のそういう所······少し心配だよ」

 「なに···?」

 

 聞き捨てならない台詞(セリフ)だったのだろう。

 任務に出撃して以降、一度も目を合わせずにいたソーマが、(いぶか)しむような目でエリックを睨みつけた。

 

 「対人関係からすぐ逃げる。足が速い。そして意外に手も早い。いや···手の早さは意外ではないか······いずれにせよ、僕から見たソーマという少年は、まるで盗賊と旅人の星と言われる水星のようだと、僕は思うんだ」

 「······お前、俺を馬鹿にしているのか?」

 「まさか!」

 

 むしろ、褒めている方だと続けても、説得力は皆無に等しいだろう。

 何せ、水星に対応する大抵の者は、特殊プレイ好きの歪んだ性癖の持ち主なのだから。(けな)されているように聞こえても無理はない。

 

 「(みな)に内緒で、すぐ何処かへ行く所とか、君、自覚しているかい?」

 「······別に」

 「なんか距離を置いている感じにスカしてて、少し感じが悪い所は?」

 「············」

 「リンドウさんと微妙に怪しかったり」

 「······おい」

 「ははっ。今のは流石に冗談だ。気にしないでくれ」

 

 笑えない冗談に、ソーマは顔を(しか)め、射抜くようにエリックを睨みつける。

 文句の一つでも言い返してやろうかと思い、口を開きかけた──その時。

 

 「だが···少しだけ、悔しく思ってね」

 

 ポツリと、漏らすように(つむ)がれた言葉に、思わず(ぼう)(ぜん)と目を(みは)ってしまう。

 息を詰めるソーマとは対照的に、エリックは(ろう)(ろう)と言葉を継いでいく。

 

 「ソーマの顔は、常に何か悩んでいる顔だ。だと言うのに、何も相談してくれない······無論、僕はまだ若手だ。

 神機奏者(ゴッドイーター)としてキャリアが長い君に、烏滸(おこ)がましい事を言える立場ではない。だが、忘れないでくれ、ソーマ。たとえ君が認めずとも、僕は君の味方だ。辛い時ぐらい、頼ってくれ」

 「············」

 「僕のブラストは、中々の火力を誇るぞ」

 「誤射率No.2の野郎に言われても説得力がねぇな」

 

 指摘してやれば、エリックは()ねたように(ほお)(ふく)らませる。

 本人曰く、カノンよりはマシだと自負しているようだが、ソーマから見れば五十歩百歩だ。どんぐりの背比べと何ら変わらない。

 にも関わらず、相談してくれと(のたま)う自称親友の姿に、ソーマはフードの下で密かに苦笑を浮かべていた。

 

 ああ、この男は──全く、どうして。

 ここまで世話焼きなのかと、思わざるを得ない。

 

 駄目なことだと、分かっている。

 心を開き、気を許してはいけないことを。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ソーマという青年は誰よりも何よりも、その恐ろしさを理解しているからこそ、駄目だと己の心を自戒するのだ。

 

 「あ、そうそう!

 聞いてくれたまえ、妹が明日(あす)、久しぶりに僕に会いに来てくれるそうだ!」

 「お前···またそれか······」

 

 ゆえに──いいや、だからこそ。

 

 ()()()()()()()()()と、そんな馬鹿げたことを祈る自分がいることに、ソーマはついぞ気付かない。

 

 

 

*1
死者の霊。亡霊。





 リメイク前同様、エリックのキャラ掘りがメイン。
 ドラマCDのエリックとはかなり異なると思いますが、うp主はゲーム外に『GE』のメディア媒体に弱いので、捏造するしかありませんでした。

 何より、本作におけるエリックとエリナは、『Dies irae』に登場した「アルフレート・デア・フォーゲルヴァイデ」の血筋という設定。
 勿論、ベア子との子孫。せめて、せめてアルフレートは報われて欲しいッ(切実)

 ふと、思ったこと。
 不動遊星は盧生の資格保有者だと思う。
 というか、普通に甘粕の好みだろ、彼。

 では、今回はここまで。
 またの次回にお会いしましょう´∀`)Ψノシ

 


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第八話 光と闇の邂逅/Memento mori 中編




 ──······“勝利”からは逃げられない。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

     3

 

 

 くすくすと(わら)*1う、その彼方(かなた)で。

 美しく恐ろしくおぞましい、歌が響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「全く···やれやれ」

 

 リンドウから届いたメールを思い出し、コハクは無意識に(ため)(いき)を吐く。

 輸送ヘリで、指定された合流地点に急ぎながら、()(だる)そうに独り()ちた。

 

 「まさか、置いて行かれるとはなぁ〜」

 

 困惑して頭を()く。だが、その態度と言動は普段と変わらぬユルいもので、慌てているようには見えない。

 想定外の事態を前で、その余裕。肝が据わっていると言うべきか、或いは、自覚が足りないと言うべきか。

 

 否、そのどちらでもない。

 彼は事態の重さを理解している。新兵の実地演習で当事者を同行させず、任務出撃するなど、前代未聞にもほどがあるだろう。

 だが、同時に神宿コハクは知っているのだ。

 

 慌てたところで意味は無い。事態の収拾を望むのなら、自らその問題に取り組むしかないということを。

 無論、思う所は色々ある。一体、何処の世界に当事者を置いて実地演習に行く奴がいるのかと、問い詰めてやりたいし、文句も言いたい。

 ゆえに、コハクはこうして行動していた。追いつく為に。

 

 「よっと···」

 

 神機を担ぎ、輸送ヘリから降り立つ。

 携帯端末に表示される腕輪のビーコン反応を確認すれば、今回の同行者が出撃地点から差ほど離れていない場所にいることが判明した。

 

 「これなら、なんとか追いつけるか」

 

 独り呟き、携帯を携行品ケースに放り込む。

 同行者と合流する為、出撃地点から施設跡に飛び降り、周囲を見渡した──その時。

 

 「妹は病弱でね。つい、この間も高熱を出して、家で静養さぜるを得なくなってしまったんだ。

 だから、元気になった暁には、新しい服を買ってやるって約束したんだけど······実の所、妹が好みそうな服がまったく! これっぽっちも! 思い付かない!

 という訳だから、頼む! ソーマ! 君の華麗なるファッションセンスで、僕を助けてくれッ!!」

 「断る」

 「んなッ──!」

 

 これでもかと、静寂に包まれた発電施設に()(だま)する大きな声。

 音源を辿るように視線を走らせれば、そこにはクセの強い赤髪の少年と、紺色のフードを(かぶ)った青年が立ち話をしている。

 

 「な、何故だ、ソーマ。君も明日は非番だろう? なら、丁度良いじゃないか。君と僕の華麗なる友情を育む為にも──へぶっ!」

 「誰が友情だ。寝言は寝てから言え」

 「し、しかしだな! いくら君が健康優良児でも、一日を拳銃の手入れで消費するのは、身体に──アばッ!」

 「余計なお世話だ。殴るぞ、クソガキ」

 「も、もう既に、殴られてるんだが······」

 

 とてもバイオレンスな漫才に、何処からツッコミを入れて良いのか分からない。

 ふと、フードを被った青年と目が合った。瞬間、彼は露骨に顔を歪める。まるで、忌々しいものを見たと言わんばかりに。

 

 「誰かに構って貰いたけりゃ、そいつに構って貰え。俺に関わるな」

 

 そして、突き放すように殴り飛ばした赤毛の少年へ告げて、彼は足早と(きびす)を返して周囲の警戒に当たる。

 青年の行動の意図が分からず、首を(かし)げると、無様に尻もちを着いていた青年が立ち上がった。

 

 「え、そいつって一体、誰のこと──···」

 

 言いながら、少年がこちらを振り返る。

 サングラスの下、(とび)色の(そう)(ぼう)が好奇心で輝くのを瞬時に察知し──

 

 「お、君が例の新人クンかい? (うわさ)は聞いているよ! さぁ! そんな所で立ち止まってないで、こっちに来るといい! そして、華麗なる出会いを共有しようじゃないかっ!」

 「············」

 

 言いつつ、引き千切れそうな勢いで腕を振りながら、こちらの方へ走り寄る赤毛の少年。

 その面影が、別の場所で実地演習を受けているはずの同期と重なって見えたのは、恐らく気のせいではない。

 いや、もしかしたら、同期よりも(おお)()()のように思える。

 取り敢えず、彼に主導権を渡してはいけないような気がして、コハクは呆気に取られながらも、名を名乗った。

 

 「···神宿コハクです。まだ配属したばかりで、至らぬ点もあると思いますが、今後からよろしくお願いします」

 「うん。御丁寧にどうも。

 僕はエリック。エリック=デア・フォーゲルヴァイデ。君も僕を見習って、人類の為に華麗に戦ってくれたまえよ」

 

 と、エリックが自己紹介を終えた──刹那に。

 

 「エリック! 上だ!」

 

 後方にいた青年が、怒号にも似た声を張り上げた。

 同時、不得要領のままエリックが背後を振り返り、コハクは息を()むように我へ返る。

 視界の端で、高さ40フィートはあるコンテナ状の高台から、こちらに飛び付いて来るオウガテイルの姿が映った。

 

 その軌道上には、未だ接敵に気付かぬエリックが立っていたものだから······

 

 「危ねぇッ!」

 

 続く展開を予見して、(たま)たずコハクは叫んだ。(とっ)()に地を蹴り上げ、エリックへと手を伸ばす。

 切羽詰まった声に釣られ、エリックは再びコハクの方へ向き直る。しかし、彼はここに来て(ようや)く異変に気付いたのだろう。

 反射的に己の頭上をエリックが(あお)ぎ見ると、そこにあったは(ぼう)(ぜん)と立ち尽くす彼にめがけて、一気に飛び込んで来るオウガテイルの姿だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 瞬間──

 

 「うッ、うわあああぁぁぁぁぁぁああッ!!」

 

 耳を(つんざ)*2く断末魔。(がく)(ぜん)と見開いた瞳に、紅の液体が間欠泉のように噴出する。

 電光石火、刹那の一瞬。奇襲に成功したオウガテイルは、悲鳴ごとエリックの頭から喰らい付き、ぶちぶちと肉と骨と神経を力任せに引き千切っていく。

 伸ばした手は(むな)しくも(くう)(つか)み、心が引き裂かれるような激痛を訴えた。

 

 確定した死。(くつがえ)せない結末。

 今更どう足掻いた所で、エリック・デア=フォーゲルヴァイデは助からない。神であろうと救えない。

 ならば今、新兵であるコハクが優先すべきなのは、自分の身の安全を確保することだ。体勢を立て直し、もう一人の同行者と共に状況を改めて把握することだ。

 それは分かっている。誰よりも分かっているが······

 

 「───()()()ッ」

 

 関係ない、知ったことか──そんな()()()()()なんかどうでもいい。

 すぐに諦めようとする思考(ヤミ)と、突き進まんと猛る理性(ヒカリ)()鹿()()()()()で押さえ付け、コハクはオウカテイルに向かって(とっ)(かん)する。

 頭から捕食され、大量出血で赤黒い水溜まりを広げていく少年の姿を視界に入れる度、胸が(きし)むような痛みを訴えるのだ。

 

 ゆえに、情け容赦をかける余裕は何処にもない。

 ただ、眼前で行われ続ける捕食活動。それを一刻も早く終わらせる為に、コハクは高速を軽く(しの)ぐ速度で槍を振り上げる。

 

 「ギシャアッ!?」

 

 衝撃波の伴う斬撃を直に受け、吹き飛ばされるオウガテイル。同時、その顎門(あぎと)からエリックの亡骸(なきがら)が解放された。

 視界の端で、血の海に倒れ伏すのを確認する。そして、コハクは即座に神機を銃身に切り替え、更なる追撃をオウガテイルへ叩き込んだ。

 

 急所を的確に撃ち抜かれ、オウガテイル鋼を()()わせたような悲鳴を上げる。その先で待ち構えていたのは、いつの間にか迎撃態勢に入っていたフードの青年だった。

 

 「···くたばれッ」

 

 罵声と共に、振り下ろされた神機がオウガテイルの身体を縦一直線に斬り伏せる。

 真っ二つにされた身体は、地に落ちる寸前で黒い(ちり)となって消滅した。恐らく、体内にあったコアごと破砕したのだろう。オラクル細胞の結合を維持出来なくなったのだ。

 

 それを静かに見届けた後、銃形態にしていた神機を元の槍形態へと変形させる。

 不意に、カシャンという音を聞いて視線を滑らせると、赤黒い血の海に壊れかけた一本のサングラスが沈んでいた。

 

 時間にして、僅か25秒······

 まさしく、過ぎ去っていく刹那のように、一つの命が踏み潰された瞬間である。

 

 

     4

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「···ようこそ、クソッタレな職場へ······」

 

 血に濡れ、黒光りする神機を肩に担ぎながら、ソーマは吐き捨てるように言葉を継いだ。

 

 「俺はソーマ···別に覚えなくても良い」

 

 名乗るだけ名乗り、エリックの死体に歩み寄る新人を冷たい眼差しを向ける。

 神機奏者(ゴッドイーター)になるということは、その身にオラクル細胞を宿すということ。いわば、人型の(アラ)(ガミ)になるようなものと言っても過言で他はない。

 ゆえに、生命活動を終えた神機奏者(ゴッドイーター)の身体がどうなるかなど、語るまでもないだろう。

 

 「············」

 

 消えるのだ。()()ではなく、()()()()

 コアを失った(アラ)(ガミ)の身体を形成する禍神体(オラクル)が崩れ、少しずつ黒い塵へと変わるが如し。神機奏者(ゴッドイーター)の亡骸もまた、黒い塵となって世界に消える。

 実際、通路を埋め尽くす血痕は既に消え失せていた。残るのは、エリックが適合した神機と腕輪、そして身に(まと)っていた衣服だけ。

 

 神宿コハク──

 エリックにそう名乗った新人は、(おもむ)ろに片膝をついて破損したサングラスを拾い上げる。

 前髪が影となり、その表情を(うかが)うことは出来ないが、予測を立てられない訳ではない。

 目の前で仲間が死ぬ。恐らく、この新人にとって未知の出来事のはずだ。ならば、自分がここで伝えるべきことはただ一つ。

 

 「······言っとくが、ここじゃこんな事は日常茶飯事だ」

 

 言外に諦めろと、ソーマは冷たく事実のみを告げた。

 この凄惨な光景こそ、正しい世界の()(かた)であり、変えようのない理なのだと。

 

 「そうやって···お前は(すべ)てを諦められるんだな······」

 「なに?」

 

 聞き捨てならない台詞(セリフ)に、ソーマは(たて)(じわ)を寄せた。逸らしていた視線をコハクへ戻し、射殺せんとばかりの目で睨みつける。

 立ち上がったコハクは(きびす)を返して、自分の背後にいるソーマを()()り、一言。

 

 「なあ、お前さ。そう諦めてばかりいて、悔しくねえのかよ?」

 

 瞬間、息が詰まるのをソーマは自覚した。

 真っ直ぐと見据えてくる新人が一歩、ソーマに近付く。そっと、先ほど拾い上げたばかりのサングラスを差し出してくる。

 

 「······お前のダチだったんだろ? なら、せめてお前の手で、こいつだけでも極東支部(アナグラ)に連れて帰ってやれよ」

 

 同時に、(のう)()()ぎるのは、エリックの最期。警戒を(おこた)り、油断していた所を突かれた彼は、満足な抵抗も出来ず、オウガテイルに頭から捕食された。

 それを振り払うように、目の前の新人から顔を背け、ソーマは冷たく言い放つ。

 

 「知らん。アイツが勝手に名乗っていただけだ」

 

 聴く者が聴けば、血も涙もない人だと(ふん)(がい)するに違いない。

 少なくとも、ソーマは実際にその目で見てきたのだ。淡々とした態度で事実のみを告げる彼に対し、まるで()()()でも見るかのような()(べつ)の眼差しを向ける同僚たちの姿を。

 ゆえに、ソーマは普段通りに、淡々と事実を述べた。

 

 眼前の新人が、自分に忌避感を抱くように。

 他の者達のように、自分を()()()のように蔑視してくれる事を期待して。

 だと言うのに──

 

 「······なら、どうして悲しむ?」

 

 不自然に鼓動が跳ねる。何かが心臓を蹴り上げる。

 視界の端に映り込む新人の瞳は、()()までも(しん)()で、そこには侮蔑も(れん)(びん)も何も無い。

 本当に、心の底から純粋に感じた疑問と、一点の(くも)りもない■■。それにソーマは耐えられず、何の(ちゅう)(ちょ)もなく、肩に担いでいた大剣を振り下ろすのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 コハクの喉元で、鋭く光る黒の(きっさき)

 あと半歩前に出ていれば、間違いなく、その大剣で彼は真っ二つに引き裂かれていた事だろう。

 だが、無抵抗のまま急所を(さら)してやるほど、神宿コハクは甘くない。それが証拠に、ソーマの喉元には黄金の穂先が突き付けられていた。

 

 まさに、一触即発。

 次の刹那には、本来の目的も忘れて、彼等は互いの刃を交え始めるだろう。

 息が詰まるような緊張感の中、目を吊り上げたソーマは挑むように問う。

 

 「お前は、どんな覚悟を持って、()()に来た···?」

 「···············」

 

 無言。返答はない。

 呆気に取られている訳でも、返答に当惑している訳でもなく、答える気が無いのだろう。それとも、話題を強引に変えたことを呆れているのか。

 どちらにせよ、自分には関係ない。そもそも、眼前にいる青年がどんな覚悟を持っていようと、興味がないのだから。

 

 「なんてな···

 時間だ、行くぞルーキー」

 

 言いながら、コハクに突きつけていた大剣を再び肩に担ぐ。

 踵を返し、再び背を向けると、ソーマは漏らすように言葉を続けた。

 

 「······とにかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 「···なに?」

 

 聞き捨てならない台詞(セリフ)だったのか、背後でコハクが()(げん)そうに目を細める気配を感じ取る。

 更なる追求が来る前に、さっさと行ってしまおうとした──その時。

 

 『──ッ! 緊急事態です!

 付近にオラクル反応を確認! このままでは、(アラ)(ガミ)に囲まれます!』

 

 通信機に入るヒバリの切羽詰まった声と共に、地面から飛び出すように現れたのは、二匹のコクーンメイデンと三匹のオウガテイルだ。

 恐らく、霧散した禍神体(オラクル)が新たな個体を形成したのだろう。囲まれると言うよりも、(アラ)(ガミ)誕生の瞬間に居合わせたと、言う方が正しい。

 

 『一度、コクーンメイデンの射程から離れ、各個撃破して下さい!』

 「···だとよ、先輩」

 「ソーマだ。遅れを取るなよ、ルーキー」

 「コハクだ。ま、置いてかれねえように努力するさ」

 

 出現と同時に捕捉され、異なる二種の(アラ)(ガミ)が威嚇の咆哮を上げた。

 対するコハクとソーマは、決して友好的ではない言葉を交わしながら、それぞれの武器を構え、臨戦態勢に入っている。

 

 『ソーマさん、コハクさん、聞こえますか!? このままでは危険です! 一度、コクーンメイデンの射程から離れ──·········』

 「断るッ!」

 

 下さいと、続くはずだったオペレーターの指示を、二人は声を重ねて(いっ)(しゅう)し、ほぼ同じタイミングで地を蹴り上げるのだ。

 

 

*1
小説や漫画では、花が咲いたように雰囲気が明るくなるという意味で使用する。

*2
勢いよく突き破る。つよく裂き破る。





 二日遅れのメリークリスマス。
 
 タグにもあるけど、原作沿いです。
 なので、エリックには原作通り上田さんになって貰いました。

 ただ、1主の演出のみ変更。
 理由はコハクのキャラではないと感じたからです。
 何より彼、光の眷属なのに「正論なんざクソ喰らえ」と考えてるので、基本KYな正論に耳を貸しません。

 この言葉が正しいか分からないけど、レインと同じタイプの光。
 そこにゼファーやケルベロスと似た価値基準が存在するので、コハクは「まだだ」を使いたがらない。
 (その分、狂い哭かせ易いというメリット持ち)

 最後にお報せ。
 ただいま、八命陣を回す準備をしております。
 鈴子√をクリアしてからになるので、具体的な時期は分かりませんが、気楽に吸えるよ! という方は、もう少しお時間を頂けると幸いです。

 では、また次回会いましょう| ・∇・)ノシ♪



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第八話 光と闇の邂逅/Memento mori 後編




   5

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ──忘れてはならない。

 この世で最も()かれ合う間柄とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを。

 同胞にして宿敵。仲間にして不倶(ふぐ)戴天(たいてん)。性質の大半に相通じるものを持ちながら、心の奥底にただ一つだけ、決して相容れぬ点を持つ(いびつ)(とも)(かがみ)*1

 そういう手合いこそ、誰よりも互いの輝きを共有しながら、僅かな違いで反発する切っても切れない関係性を得られるのだ。

 

 ゆえに、それは彼らもまた──

 

 人界の蒼穹の下、銀の運命(シルヴァリオ)は完遂された。

 その結果が、ここに現れる。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「「創世せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」」

 

 同時に解き放たれた起動詠唱(ランゲージ)

 一瞬で発動値(ドライブ)に移行を完了したコハクとソーマの二人は、二色一対の双星と化して敵陣深くへ突入する。

 それ自体、何ら珍しいことではない。何故なら、前例は既に存在するのだから。

 だが、先達と明らかな違いが見られるのも、また事実だろう。彼等は別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「ぐおぉぉぉぉおおお──ッ!!」

 

 次瞬、一番手前にいたオウガテイルが()(たけ)びを上げ、自ら肉迫してくる獲物へ牙を()く。

 ならばと、二体目のオウガテイルもそれに続いた。鬼面を思わせる尾を鎌首のように持ち上げ、無数の針を発射する。

 同時に、鉄骨と配管。それぞれ高低差の異なる高台に出現したコクーンメイデンが、一斉にその砲台から禍神体(オラクル)の火を噴いた。

 

 本格的に告げられた開戦の号砲。

 完璧に近い相手の連携攻撃が向かう先は、ただ一つ。

 

 「··················」

 

 コハク──ソーマと比較して(もっと)も経験の浅い人間を、彼等は真っ先に狙ったのである。

 相手が二人以上存在する際の常識戦術。多勢も無勢も関係ない。戦場における弱者など、(ねぎ)を背負った(かも)と同じ。

 加え、コハクが真っ先に狙われた要因は、もう一つある。それは、二人の扱う武器が深く密接していた。

 

 刀身パーツの中でも随一のリーチを誇り、全体的にシャープな造りである為、ショートブレードに次ぐ機動力を発揮する槍を武器とするコハクと。

 ブレード型神機の中でも優れたリーチと破壊力を持つ反面、機動力が低下してしまう大剣を武器とするソーマ。

 この二人が(そろ)う場合、どうしてもコハクが先頭に立たざるを得なくなる。

 

 「──、────ッ」

 

 荒神(アラガミ)による一斉攻撃が迫る中、コハクは不意に身を(かが)めた。疾走する速度を更に高める為には、姿勢を低くする必要があったのだ。

 ゆえに、断言しよう。彼は決して、続く展開を予想していた訳ではないのだと。

 

 「──邪魔だ」

 

 神機解放(バースト)状態と化したソーマが低い(つぶや)きと共に、コハクの背を柵のように飛び越えた。瞬時に大剣を振り下ろし、降り注いでくる鋭針と弾丸の(あめ)(あられ)を弾き返す。

 そのまま滑るように着地すると、先陣を切る形で飛び込んで来るオウガテイルの姿を視界の端に捉え、即座に装甲を展開。敵の攻撃を防ぐと同時、ソーマは大剣によるアッパーを相手に叩き込む。

 

 「グギャアッ!」

 

 直撃を受け、宙にかち上げられるオウガテイル。

 それと入れ替わる形で、二箇所の高台から降り注ぐ砲撃を、二人は左右に別れて回避する。

 目も(くら)むような閃光に次ぎ、轟音と爆炎が炸裂する中、コハクは煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)を起動させ、一陣の()(ふう)と化した。

 

 一瞬にして、鉄骨にいるコクーンメイデンまで接近し、滑空と共に(おの)が長槍を振り下ろす。

 穂先に(まと)うのは、星の光が生み出す黄金の灼炎。鉄をも焼き切る超高熱は、コクーンメイデンの身体に内包された棘による防御さえも許さない。武器や硬い表皮ごと斬首された敵が、炎に包まれ燃え落ちていく。

 

 同時にソーマもまた、爆炎に紛れて襲おうとするオウガテイルを、無数の肉片へと斬り飛ばしていた。それは神機解放(バースト)による恩恵か、その身体が躍動(やくどう)する度、大剣が閃けば鮮血の(わだち)がその後に続く。

 仮に、敵が群がりでもすれば、それは据え物斬りと同じと化すだろう。冥府へ(いざな)うかのような青黒い闇の手が絡みつくや、その活動が明らかに減退していた。まるで、星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)に依存する限り、あらゆるものが彼の前で無力化されているかのよう。

 

 低地にいる(アラ)(ガミ)をソーマに任せ、コハクは死角から迫る殺意に即応する。

 

 「······ッ!? く···ッ!」

 

 (とっ)()に装甲を展開すれば、押し出されるような衝撃波の(かたまり)に叩かれ、思わず踏鞴(たたら)を踏んだ。

 鉄骨から落ちぬよう足裏に力を込めながら、コハクは態勢を立て直し、そして──

 

 「ハアァァァッ!」

 

 続けざまに、彼は長槍を振り上げる。

 放たれた黄金の斬撃が、奥の高台に出現したコクーンメイデン目掛け(はし)るものの、やはり態勢が悪かったのか、数ミリほどズレて不発に終わった。

 軽く舌を鳴らすが、再び飛んでくる砲撃は文句を言う暇さえ与えてはくれない。ゆえに、コハクのやることは一つだ。

 

 「······仕方ねえ、ちょいと()()()()か」

 

 そう呟くのと、炎翼加速の段階を引き上げたのは、ほぼ同時だった。砲撃を(かわ)し、鉄骨の表面を蹴り上げると、当たり前のように足を用いて壁面を垂直に疾駆する。

 後を追い、絨毯(じゅうたん)爆撃(ばくげき)のように降り注ぐ弾丸。何発か獲物に直撃するものの、奇跡(まだだ)を用いた以上、それら損傷(マイナス)は彼を止めるに(あたわ)ず。

 

 「終わりだ······」

 

 飛び込みざまの一閃で、二体目のコクーンメイデンの首を()ね飛ばす。燃えながら宙を舞うそれを(いち)(べつ)した後、コハクは即座に神機の形態を切り替えた。

 

 銃口を低地にいるオウガテイルに向け、一言。

 

 「頭上注意···ま、お互い様ってことで······」

 

 そう言って、引き金にかけた指を引くのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 同刻──小さく紡がれた言葉に気付き、ソーマは咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 

 無論、打ち合わせなどしていない。する暇も無かったが、それでも()()()()()()()()()()。神宿コハクと名乗った新人が何をしたのか。

 ゆえに──彼のやることも、また一つだけ。

 

 「沈め」

 

 呟きと同時、闇を纏わせた大剣を振り下ろす。

 瞬間、二体のオウガテイルが見えない重力場により、地面へ縫い付けられ、頭上から紅いエネルギー弾が熱気を伴い、次々と降り注ぎ、その全てが二体のオウガテイルに直撃した。

 

 「ギギィィィィィィィィッ!」

 

 鋼同士を()り合わせたような悲鳴を上げる、オウガテイル達。激痛にのたうち回る二体の荒神(アラガミ)睥睨(へいげい)しながら、哀れだな、と他人事のように思う。

 先ほど降り注いだ弾丸には、核分裂反応を引き起こす星光が付属されていた。星辰体(アステリズム)の特性上、鋼の英雄と同一の能力に目覚めた訳ではないだろうが、放射能分裂光(ガンマレイ)と非常に酷似した性質を持つことに変わりはない。

 まして、直撃を受けたのが細胞の(かたまり)ならば、尚のこと。体内で泡のように弾け、細胞の一つ一つを破壊する異能など、(たま)ったものではないはずだ。

 

 「······今、楽にしてやる」

 

 暗い情念を(たた)えた瞳に、鈍く赤い光を宿し、漆黒の大剣を再び振り上げる。巨大な刀身に渦巻き始める蒼黒の星光。

 限界まで力を装填(チャージ)したそれを、ソーマは力任せに振り下ろすのだった。

 

 刹那、アスファルトに(ほとばし)る力の奔流(ほんりゅう)

 先程まで、押し潰されるような重力場に囚われ、今では激痛に(もだ)える事しか出来ぬオウガテイル達は、闇を纏う斬撃によって瞬く間に切り刻まれ、跡形もなく消滅した。

 

 それを見届けたのか、高台にいたコハクが低地に飛び降りてくる。

 神機を元の形態に戻しながら、周囲を見渡し、敵映画無いのを確認。

 そして、彼はインカム越しのオペレーターに向けて、静かに告げるのだ。

 

 「···対象の討伐を確認······そっちはどうだ?」

 『はい···こちらでも、オラクル反応の消失を確認······』

 

 歯切れの悪い言葉。無理もない。

 戦う以上、殺し殺される覚悟が求められる。たとえ、それが荒神(アラガミ)であろうとも、殺しが(もたら)す意味は何も変わらないのだから。

 

 だが、それでも──いいや、()()()()()

 

 『すみません···わたしが注意を(おこた)らなければ······こんな、事には······』

 

 その正論が、どうしようも無く痛むのだ。

 仲間の死という喪失を、簡単に拭うことが出来ない。

 頭では理解していても、心では──という奴だろう。思考に対して、気持ちは依然として、事実を受け入れずにいる。

 

 「···ふん」

 

 ヒバリの口上に、ソーマは鼻を鳴らして(いっ)(しゅう)すると、影を落とすように顔を(うつむ)かせた。そんな彼を視界に映しながら、さして多くもない言葉を探して空を見上げる。

 

 「気にすんな······別に、あんただけのせいじゃない」

 

 (なぐさ)めにもならない言葉を告げながら、コハクはそっと静かに(まぶた)を閉じたのだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

   6

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ──そして、エリックの葬式は粛々(しゅくしゅく)と行われた。

 

 彼の死を知ったリンドウは、即座に()()()を終わらせ、極東支部(アナグラ)に帰投する。

 

 「あ、リンドウさん···」

 

 その時、出撃準備中にエリックの死を知らされたであろう、防衛班の二人と遭遇した。

 普段から人見知りなカノンはともかく、熱血漢を絵に描いたようなタツミまで気を落としている辺り、彼の死は(まぎ)れもなく事実なのだと理解する。

 当たり前だろう。事実を知らされた程度で、人の──まして仲間の──死を受け入れられるほど、人の心は強く出来ていない。

 

 「······他の奴らは?」

 「ソーマとコハクなら無事に帰還したぜ。ただ···」

 

 そこまで言うと、タツミは口を閉ざし目を伏せた。

 恐らく、二人の心情を(おもんばか)ってのことだろう。直接その目で仲間の死を見届けたのは、他ならぬ彼ら自身なのだから。

 

 「そうか···こんなことの後だ、気をつけろよ」

 「言われなくても。ほら、カノン。さっさと行くぞ」

 「は、はい!」

 

 二人の出撃を見届けた後、リンドウは(きびす)を返すと同時に、気持ちを切り替えた。

 ソーマに関しては一時放置で構わないだろう。エリックの死で、(しばら)くの間は口一つ聞いてはくれまい。

 問題はコハクの方だ。自分の知る限り、目の前で仲間に死なれるのは、今回が初めてのことである。ならばこそ、気が気でならなかった。

 

 古来より、人の血や死は気枯れに通じるという。

 これは何も、荒唐(こうとう)無稽(むけい)な迷信ではない。人の死に付き纏う負の情動は、生理的嫌悪を齎すだけでなく、それを目撃した者から生きる気概さえ()いでしまう。

 要は、(うつ)のようなものだ。誰であれ、陰鬱な話を延々と聞かされていたら、自分まで鬱になりそうで気分が悪いと思うのと、同じ理屈である。

 ゆえに、気枯れは気枯れを呼ぶという、極東ならではの思想は、そうした負の情動が人同士に与える影響力の事を指しているのだ。

 

 少なくとも、あの青年はそれを受けやすいだろうと思い、探していた──その時。

 

 「Pater Noster qui in caelis(天に坐す我らが父よ),

 es sanctificefur nomen tum(願わくば御名の尊まれんことを).

 Requiem aeternam dona eis(彼らに永遠の安息を与え),

 Domie et lux perpetua luceat eis(絶えざる光もて照らし給え)

 

 不意に響いてきたのは、レクイエム。戦場の死者に捧げる、哀悼(あいとう)の歌。

 美声である。

 大教会の聖歌隊と言えども、こうはいくまいという"格"がある。

 死者を労り、悼み、讃え、尊厳を重視する真面目極まる歌声だからこそ、その美しさは尚更だし、誰が歌っているのかも明白だった。

 

 「お、いたいた。こーんなところにいたのか」

 「────」

 

 歌声が止む。突然の来訪に驚いたのだろう。

 ハッと息を飲むように顔を上げ、コハクは慌てた様子でリンドウの方へと振り向いた。些か大袈裟な反応にも思えるが、無理もあるまい。

 荒神(アラガミ)跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する昨今、極東黄金教(エルドラド・ジパング)さえも衰退し、無神論が主流と化している。

 聖堂があるのは、死者に対して祈るのは神に対する祈りとは異なるだろうと、形だけ取り入れたものだ。

 ゆえに、真顔で神に祈る者を目撃した場合、大半の者が白い目を向けるだろう。それを理解しているからこそ、先のような反応を見せたのである。

 

 が、リンドウはそんな事など気にしない。

 いつもの態度で彼に接する。

 

 「探したぞ、コラ。心配させやがって」

 「···何の用だ?」

 「ん、まあ、なんだ。お前の過去がどうあれ、目の前で仲間に死なれるのは初めて······だろ? この際、お前とゆっくり話そうと思ってな」

 

 言いながら、コハクの隣に腰掛ける。

 彼の手には砕けたサングラスが握られており、それがエリックの物だと、リンドウは即座に見抜いた。

 

 「お前、それ···」

 「ん? ああ······遺族に渡そうと思ったんだが、あまりのショックに耐えられなかったのか、遺族の一人が気絶しちまってな···」

 「あー······」

 

 何も珍しい話ではない。

 人は、自分の精神では耐えられない情報を前にした時、咄嗟に気絶することで、その情報を整理しようとする安全弁が機能する。

 恐らく、エリックの遺族も似たような感じだろう。

 

 「······なぁ、エリックはどんな奴だった?」

 

 問いに、リンドウはやはりと苦笑した。

 天井を仰ぎながら、エリックのことを思い出す。

 

 「エリックは所謂、ボンボンでなぁ···甘ったれた所もあったが······妹想いの良い奴だったよ。神機奏者(ゴッドイーター)になると、多かれ少なかれ、その重責と戦わなきゃあいけない···」

 

 生きて行く重み。置いて()く覚悟。

 大切なモノがあればあるほど、その重責は大きくなっていく。

 “勝利”からは逃げられない──とは、よく言ったものだ。

 

 「アイツはアイツなりに、精一杯に踏ん張ってたな······」

 

 ソーマを目標とし、妹の笑顔を(かて)に戦い続けた。

 彼の人生は妹の為にあったと言っても過言ではない。ゆえにソーマを放っておけず、世話を焼いて振り回し、その度に煙たがられていたのを覚えている。

 

 「そうか···」

 「他に、何かあるか?」

 「特に何も」

 

 言って、コハクは席から立ち上がった。

 

 「おい、待て。ちょっと待て」

 「···何だ?」

 

 口下手なのは互いも同じ。振り返って視線を()るコハクに、当惑したように頭をかく。

 

 「ソーマについて、なんだがな···あまりアイツを、責めないでやってくれ」

 「なんで責める必要がある?」

 「アイツの厳しい言動が(しゃく)に障るかもしれんが、誤解はしないでくれ。オレはアイツほど優しい奴はいないと思ってる。

 アイツはお前と同じだ。アイツは、目の前で仲間に死なれることを、一番恐れてる。だから──」

 「仲間を遠ざけて、独りになろうとしている。それが正解だと信じて、貫こうとしてる······か」

 

 どこか吐き捨てるように(つむ)がれた言葉に、リンドウは目を丸くする。その台詞は、その言葉は、自分が彼に伝えようとしていたものと全く同じで。

 

 「心配すんな、俺はソーマを責めるつもりはねぇよ。じゃあな」

 「················」

 

 軽く手を振って教会を後にするコハクに、奇妙な安堵と同時に、嫌な予感を覚える。

 それが杞憂(きゆう)に終わることを、リンドウは祈らずには居られなかった。

 

 

 

*1
合わせ鏡に同じ。




 遅くなりましたが、祝・謹賀新年!
 今年もよろしくお願いします。

 本作における銀の運命(シルヴァリオ)は、ラグナロクで銀の運命(シルヴァリオ)は完遂されたことが大前提としています。
 そうしないと、ラグナ達に失礼。なので、ゼファー&ヴァルゼライドを発端とした因縁もありません。完全に新しい形の銀の運命(シルヴァリオ)になります。

 そう言えば、ソーマの神機であるイーヴルワン。
 ヘルプ欄に「悪をもって悪を征す邪悪な剣」と書かれてたのを思い出したんだが、黒白のアヴェスター読了後だと、これなんてマグサリオン? になりますね。
 そう言えば、GEレオで緋衣クレハというキャラが居たようですが、何で九条博士といい、lightゲームと妙に縁がありますね、GEシリーズ。

 くらなくんはまぞ。

 鈴子√クリア。
 取り敢えず、無善無悪説な盧生が欲しいです。
 甘粕の持論は、ゼファーの存在で肯定出来るし、
 四四八の持論は、ゼファーの存在で否定できるし、
 やべぇよ、ゼファーさん、遂に作品の垣根超えちゃったよ。

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう。



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第九話 家族の為に/Für die Familie 前編





 ──おれ···ほんとバカだ······。

 

 残酷な真実に耐えられず、気絶した少女。

 深刻そうな顔をして、その場を離れていく同期。

 それに気付かず、見たいものだけを見ていた自分。

 

 一言、情けない。

 

 彼等だけではない。エントランスを行き交う誰もが、悲痛な顔をしながら、各々の仕事をこなしている。

 誰もが辛い現実と向き合い、今この時を生きているのを目にして、彼は力の限り拳を強く握りしめるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

   1

 

 

 時は、少し(さかのぼ)る──

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 帰投すると、何やら極東支部(アナグラ)内が騒がしかった。

 

 それは、活気とは異なる騒々しさで、全体的に鬱々(うつうつ)とした(ふん)()()が流れている。

 任務に同行していたプラチナブロンドの青年が、忌々しげに舌を鳴らすと、人には聞こえない声で何かを(つぶや)き始めた。

 

 対照的に、彼と行動を共にすることが多いと言う、赤毛が特徴的な少年が、これは好機(チャンス)()()た笑みを浮かべている。

 その様子に気付いたのか、割と強い力で少年の後頭部を小突いた青年は、苛立ちを隠しもせず、コウタの方を一瞥(いちべつ)するのだ。

 

 「おい、お前···オーダー表持って、任務が完了したことを教官に報告しろ」

 「えぇっ!? なんで、おれが──······」

 「いいから行けよ。これも訓練の一つだろうが、ガキ」

 「〜〜〜〜〜〜ッ」

 

 反論は、出来ない。

 報・連・相は社会において当然の義務だ。ならば、早い内に報と連は慣れた方が良いだろう。

 特にコウタは、教官の雨宮ツバキが苦手だ。

 

 それは(ひとえ)に、彼の集中力の無さが懸念(けねん)されているのもあるが、コウタの使用する神機は、かつてツバキが使用していた神機でもある。

 自らの神機を引き継いだ神機奏者(ゴッドイーター)が、懸念点の(かたまり)ともなれば、態度が厳しくなるのも当然だろう。

 

 「あ〜、分かりましたよ! 行けばいいんだろ? 行、け、ば! ···くそっ。あいつら、人のことガキ扱いしやがって······」

 

 目を半眼にさせ、愚痴(ぐち)愚痴(ぐち)と文句を言いながら(きびす)を返す。

 ツバキは今、神機保管庫にいる。何でも、サクヤに話したいことがあるそうで、コウタの任務に同行していた彼女が帰投するのを待っていたらしい。

 なので、ここはサクヤに任せて休んでも良いと命令されたのだ。

 

 他ならぬ上司の命令だから、これで心置きなくバガラリーの続きを見られると思っていたのだが······どうして中々、現実は上手くいかないものである。

 エントランス二階に戻って見れば、支部内全体がまるでお通夜(つや)のような様相を呈していて。

 それに苛立った先輩──カレル・シュナイダーが、本来は己の仕事にも関わらず、任務完了の報告を押し付けてきて。

 コウタは出撃ゲートに乗り込んだ後、沼に沈むような溜息を吐いた。

 

 「あの二人、新人イジメするタイプだろ、絶対。

 あーあ···なんで、あんな奴らと一緒に任務行かなきゃいけないんだよ······」

 

 無論、実際の所は分からない。

 なにせ、新人イジメの基準点が彼個人の価値観に依存しているのだ。

 1+1は2にならないように。(ぜろ)が億に変貌するように。

 あくまで藤木コウタから見た人物像、という贔屓(ひいき)まみれの天秤で評価されている為、その正確性は全く当てには出来なかった。

 

 仮に、子供扱いを新人イジメの基準とする場合、それに(もっと)も当てはまるのは、(くだん)の二人ではなく、サクヤその人だろう。

 任務中、コウタが彼女と言葉を交わした回数は軽く十を超え、その度に大人な対応であしらわれたのだが、彼はそれを指して子供扱いされたとは、認識していない。

 むしろ、満更でもない様子である。しかしそれも、むべなるかな。カレル達は嫌味や悪意の延長戦でコウタを子供扱いするが、サクヤは善意だ。

 

 悪意と善意、どちらを選ぶかと聞かれたら、後者を選ぶ者が圧倒的に多いはず。要は、それだけの話だった。

 

 ゆえに、コウタは思考をプラス方面に切り替える。

 もしかしてこれは、サクヤさんと二人きりになれる好機(チャンス)では、と。

 

 ツバキやリッカの存在など都合良く忘却し、その状況に鼻の下を伸ばして、想いを馳せるコウタ。

 不意に、響いた到着音に驚き、慌てて緩みに緩んだ表情筋を元に戻した──その時である。

 

 「えっ、エリックがッ!?」

 

 神機保管庫内に、サクヤの驚愕に満ちた声が聞こえてきたのは。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「サクヤ」

 

 (いさ)めるような声音で名前を呼ばれ、ハッと我に帰った。

 

 口元を掌で(おお)い、サクヤは周りを見回す。

 誰もいないことを確認し、ツバキの方に視線を戻すと、彼女は改めて問い返すのだ。

 

 「すみません···つい······しかし、本当なんですか? エリックが、任務中に殉職した···というのは······」

 「事実だ」

 

 即答。狼狽(うろた)える様子もない。

 泰然(たいぜん)と告げられた現実に、サクヤはついと(まぶた)を落とす。

 ツバキは嘘をつくような人種ではない。ましてそれが、人の生死に関わることであれば尚更だ。

 

 だが、しかし──ああ、()()()()

 

 「············」

 

 サクヤは(くちびる)を噛んだ。力の限り拳を強く握り締める。

 極東支部に入隊して、既に六年。その内、二年間はオペレーターとして活動していたものの、彼女もまた、リンドウやソーマと肩を並べる古株の神機奏者(ゴッドイーター)だ。

 

 だが、そのことが必ずしも良いこととは限らない。

 古株ということは、それだけ長く生き延びているということ。その分、多くの人死を見てきたということ。

 それこそ、両の指で数え切れないほどに。

 

 しかし同時に、人は慣れる生き物だ。同じ作業を六年間も繰り返し続ければ、誰だろうと慣れるし、飽きるだろう。

 ならば、それと同じ理屈が人死にも通じるのかと言われれば、否である。何故なら、それを()とすることとは即ち、作業と人死を同列に扱うようなもの。

 

 当然、そんなことを言えば、誰だろうと反論する。

 人の死という事象が生み出す重みを、作業と同列に扱うなど、人命軽視にも(はなは)だしいと、中には怒りを()き出しにする者もいるだろう。

 無論、作業を軽視している訳ではない。それはそれで大切なことだが、作業をこなしているのは他ならぬ人である以上、人命より軽く見えるのが自明の理。

 

 つまり、そういうこと。

 人死は慣れるものではない。これは一般社会においても通じるものであり、医師や看護師、介護士など人の死に立ち会う機会が多い福祉厚生の人々の中には、何時(いつ)までも患者ないし利用者の死を引き()り、涙を流す者もいるという。

 無論、中には人死に慣れる者もいるらしいが、それはそれで心苦しく感じるのだと聞く。

 彼等は単に、死に接しても動じていない風に見える外面を()(つくろ)い、それを受け入れるのが上手いだけ。内面の部分では、かなり動揺していることが多いのだ。

 

 “エリック···か······”

 

 ゆえに、サクヤもまた、死者に思いを馳せる。

 記憶に(よみがえ)るのは、よくソーマを追いかけ回すサングラスが特徴的な少年。

 

 “ちょっと我儘(わがまま)なとこもあったけど···何だか、憎めない子だったなあ······”

 

 瞬間、胸に針が刺さるような痛みが走る。

 馴染み深い痛みに、サクヤは思わず胸元に手を添えた。何時になろうとも、この痛みには──仲間がいなくなる痛みには、慣れそうにない。

 

 「任務から帰投したばかりだと言うのに、暗い話を持ち掛けて悪かったな」

 「いえ、大丈夫です。お心遣い、感謝します」

 

 サクヤの様子に気付いたのか。相手を気遣うような優しい声で、ツバキが謝罪を口にする。それにサクヤは軽く首を横に振りながらも、感謝の気持ちを伝えた

 

 本音は決して大丈夫ではない。だが、それ以上に心配なのは、目の前にいる彼女のこと。

 雨宮ツバキは常に厳格な態度を崩さないが、決して冷徹という訳では無い。部下の死には心を痛め、部下には必ず生きて帰るよう命令するなど、根は心優しく、誰よりも彼らの命を案じている。

 そんな中、エリックが殉職したのだ。恐らく、自分以上に心を痛めているのは彼女だろうと思い、サクヤは瞬時に気持ちを切り替えた。

 

 何より、気になることがあったから。

 任務から帰投して、ツバキに呼び出された時から感じていた疑問を、サクヤは口にするのだ。

 

 「···どうして、その事を私だけに? 仲間の訃報(ふほう)なら、先に行かせた三人にも教えた方が良いのでは?」

 「ああ······」

 

 刹那、ツバキの顔が暗い(かげ)りが落ちる。まるで、()()()()()(うれ)い、(いきどお)っているかのよう。

 その様子に、サクヤは不思議そうに首を(かし)げた。雨宮ツバキという女性は、人前で感情の機微を見せるようなことはしない。

 

 にも関わらず、彼女は今、人前で感情の機微を(あら)わにしていた。しかも、幼馴染であるサクヤの目の前で。

 これは(ただ)(ごと)ではないなと悟りつつも、であれば何故という疑問はしかし、直ぐに氷解することとなる。

 

 「···エリックは、()()()()()()()()()()()()

 「────ッ!?」

 

 瞬間、サクヤは息を()んだ。

 真っ直ぐとこちらを見据える瞳が、何よりも雄弁に事実だと告げている。

 サクヤは唇を震わせながら、絞り出すような声で(つぶや)いた。

 

 「······そん···な····」

 

 エリックが同行していた新型の任務とは、間違いなくコハクの実地演習のことだろう

 今回の演習の目的は、近接と遠隔の両方をこなせる新型だからこそ出来る立ち回りを覚えて貰うこと。即ち、遊撃兵としての戦術を教えることにある。

 

 当然の流れとして、同行者は近接専門と遠距離専門の神機奏者(ゴッドイーター)と決定したが、リンドウとサクヤは別任務がある為、同行することは出来ない。

 勿論(もちろん)、防衛班から助っ人を借りる。ないし、助っ人として借り出す案も存在していたが、しかしそれを他ならぬ支部長の判断により、反対されたのだ。

 

 曰く、今は大切な時期だから、防衛班を手薄にさせる訳にはいかない。

 また、コハクには前線での活躍を期待している。極東支部初の新型神機適合者だからこそ、ある程度の実績が欲しいのだと。

 

 サクヤは彼の意見に賛同したが、リンドウはそうではなかった様で、まるで射殺さんばかりにヨハネスを睨みつけていたから、かなり印象に残っている。

 結果として、同行者は消去法で選ばれた。その一人がエリックであり、そして──

 

 「っ·········!」

 

 脳裏(のうり)()ぎった面影に、サクヤの顔から血の気が引いていく。

 同時に彼女は理解する。何故、ツバキが自分だけを呼び出したのか。何故、感情を露わにしたのか、その理由を。

 

 「理解したか? お前を呼び出したのは他でもない。エリックの殉職に伴い、起こり得るであろう諸々の問題に備える為だ」

 

 真っ直ぐと向けられる声は、(すく)んだサクヤの耳に朗々(ろうろう)と突き刺さるのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   2

 

 

 そんな二人のやり取りを、コウタは咄嗟(とっさ)にターミナルの影に隠れて聞き耳を立てていた。

 

 が、自他ともに認める馬鹿である彼に、ツバキとサクヤが交わしている言葉の意味までは理解出来ずにいる。

 辛うじて分かることは、エリックという神機奏者(ゴッドイーター)が殉職したこと。他はまるで検討がつかない。

 サクヤだけに(しら)せた理由も、コハクとエリックの関係性も、何もかも分からないが──分かることは一つだけ。

 

 “······誰がどう見ても···任務の報告に行けるような空気·······じゃねえな、これ···”

 

 藤木コウタは馬鹿ではあるが、KYではない。

 改めて出直そう。その時、ことの真偽を確かめれば良いだろうと考え、ゆっくりと(きびす)を返し、忍び足で来た道を戻っていく。

 幸い、出撃ゲートに乗り込む二人の男女と遭遇出来た為、扉が開く音でサクヤとツバキに気付かれることは無いだろう。

 そそくさと、姿勢を低くした忍びのように出撃ゲートに乗り込むコウタに、蒼いジャケットの男は首を(かし)げ、隻眼の女にクスクスと笑われたが気にしない。

 そんなことより、サクヤとツバキの話を盗み聞きしていたことを彼女ら──特に後者──に知られた日には、間違いなく人生の破滅だ。

 

 ──人の話を立ち聞きとは、良い趣味をしているな、貴様·····偵察が得意なら、それ専用の訓練メニューを用意してやっても良いんだぞ?

 

 と、メラメラと燃える地獄の業火を背景に、閻魔(えんま)も真っ青な鬼の形相で言われるに違いない。

 安易に想像できる分、怒られるよりも笑われる方が数倍もマシである。

 

 「また一人、()ってしまったな···」

 

 ふと、蒼ジャケットの男が口を開いた。

 「······エリックのこと?」

 「ああ···自信過剰な若造だったが、いずれは良い神機奏者(ゴッドイーター)になれただろうに······」

 

 エリックの死を惜しむ男に、彼の隣に立つ眼帯の女は、瞼を閉じて男の意見に賛同しながらも、淡々とした口調で言葉を継ぐ。

 

 「エリックのことは、残念だったけど···まずは、自分が生きていることが大切じゃない? 少なくとも、ワタシはそう思うわ。でないと、死んで逝った仲間に失礼だもの」

 「···確かに、ジーナの言う通りだな······明日は我が身だ、お互い気をつけようぜ」

 「ええ、そうね」

 

 目の前で再び起きた湿っぽい話に、コウタはうんざりとした様子で目を半眼にさせる。

 何故なら、決してそれは珍しいことでは無いから。

 今の時代、そんなことは何処(どこ)でだって起きている。ましてそれが、神機奏者(ゴッドイーター)ともなれば、尚更だろう。

 

 「ただ──」

 

 ふと、ジーナと呼ばれた女が、出撃ゲートの扉が開くと共に口を開いた──刹那に。

 

 「ウソよッ!!」

 

 エントランスホールに怒号が弾けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「エリックは死んでなんかない! ウソつかないでっ!」

 

 哀訴する少女の声に、二人は顔を見合わせると、駆け足で出撃ゲートから降りていく。

 対して、コウタは怪訝(けげん)そうに首を傾げている。恐らく、未だ不得要領の状態なのだろう。二人に遅れる形で出撃ゲートを降りるが、いつもの調子で状況を確認する気にはなれなかった。

 

 「嘘ではありません。エリックさんの神機と腕輪は、既に回収されています。エリナさん······突然の訃報に、さぞかし驚かれたことか···心中お察し申し──······」

 「うるさーーーーいッ!」

 

 上げますと、続くはずだったヒバリの言葉を、エリナと呼ばれた少女の大声により押さえつけられてしまう。

 

 「わたしの気持ちが分かるなら、今すぐエリックに会わせなさいよ! わたしは、エリックに会いたいの!!」

 「そ、それは──」

 「ほら、やっぱりウソなんじゃない! エリックが本当に死んだのなら、会わせられるはずよ! だって、エリナ知ってるもん!

 おそうしきの時、ひつぎの中にごい体を入れるんでしょ? お母さんの時がそうだったもん! それなのに、エリックの時はごい体が無いなんて、こんなの不自然よ!」

 「っ······」

 

 迫力のあるトーンでありながら、言葉の内容自体は核心をつくものだったので、思わずヒバリが(くち)(ごも)る気配を感じた。まだ言い足りないのか、エリナの辛辣な言葉は続く。

 

 「ねえ、だから会わせなさいよ! ごい体でもいいからっ! エリックに会わせなさいってば!!」

 

 ()(だん)()を踏みながら、涙を流す気配と共に(こん)(がん)するエリナ。

 如何(いか)に不得要領なコウタでも、彼女の(すが)りつくような(どう)(こく)を聞き、それが響き渡る極東支部(アナグラ)内を満ちる空気に触れれば、否が応でも周囲に状況を確かめるような空気ではないと理解できる。

 エントランス二階──出撃ゲートのすぐ目の前に(もう)けられたラウンジへ向かう二人の背を目で追えば、そこには同期の姿もあった。

 

 受付のある一階ロビーを一望できる場所に(たたず)み、深刻そうな顔付きで眼下に広がる光景を見下ろしている。

 それに続く形で、二人の男女がラウンジに辿り着くや否や、彼等は僅かに目を()らす。だが、コハクは目を離さない。その目には、何処(どこ)か罪悪感と悲哀を()()ぜにしたような色合いさえ浮かんでいた。

 

 見ているのが辛いのなら、見なければ良いのに。

 状況を確認する為、ラウンジに駆け付けた二人のように目を逸らしても、恐らく誰も責めはしないだろう。

 何故なら、エントランス二階を行き交う人々もまた、コハクと似たような心境なのだから。エリナの悲痛な叫びに胸を痛め、各々が各々のやり方で彼女の悲哀から目を逸らしているのだ。

 

 にも(かか)わらず、コハクはそれをしない。

 まるで、()()()()()()()()()()と言わんばかりに、エリナが口にする嘆きの数々を(つぶさ)*1に見詰め、その耳を(かたむ)けている。

 

 「······申し訳ありません」

 

 その時、数秒にも満たない(はん)(もん)の末、ヒバリは短く告げた。

 

 「会わせることは、出来ません」

 

 エリナの願いは、決して聞き入れることは出来ない。いいや、叶えたくても叶えられないと、言うべきか。

 彼女の言う通り、人は死んでも、遺体という形で再会することが出来る。だが、神機奏者(ゴッドイーター)と化した存在は、そんな当たり前さえ現実にすることが出来なくなるのだ。

 

 「どうしてよ!?」

 「···()()()()()()()()()······()()()()()()()()

 「えっ···」

 

 遠回しに告げられた真実に、エリナの身体が強張るのを感じ取る。

 (うつむ)き、彼女は小さく(うめ)いた。

 

 「···何よ···それ···」

 

 会わせられるものが、何も無い。

 (あい)(まい)で、かつ(ばく)(ぜん)とした言い回しだが、エリナは(よわい)十の子供である。

 たかが子供。されど子供。大人とは違い、常識や理屈というものに縛られぬがゆえに、その柔軟な思考は大人よりも簡単に最悪を想像することが出来るのだ。

 

 だがしかし──いいや、だからこそ。

 

 「······う······そ···」

 

 ひとつ(かぶり)を振る。カタカタと小刻みに身を震わせて、激しい怒りがふつふつと()き起こるのがエントランス二階まで伝わって来る。

 

 「何が会わせられるものが無いですって!? そんなの何の証拠にもなってないじゃない! エリナは信じない、信じたくもない! そんな···何も無いのが死んだ証拠だなんて、誰が受け入れるもんですか······っ!!」

 

 激昂するエリナに対し、ヒバリは何も言わない。

 当然だ。人は、例え生存が絶望的であろうと、遺体が見付からない限り、大切な人の死を決して認めようとはしない生き物である。

 曰く、証拠がないから。証拠は無いが、可能性が低いので、死んだことにします──などと、言える方が異常だし、誰もが発言者の正気を疑うだろう。

 

 「エリナっ!」

 

 不意に、威厳と落ち着きを兼ね備えた声が響いた。

 コハク達がいるラウンジへと歩み寄り、下の階を見下ろすと、壮年の男がエリナと思われる少女の元に駆け寄っていく。

 そして、まだ言い足りない様子のエリナの肩を掴み、男は静かに(なだ)め始めた。

 

 「やめなさい。受付の人が困っているだろう」

 「でも···っ」

 「エリナ」

 

 (はん)(ぱく)しようとするエリナを、再び名前を呼ぶことで諌め、男は彼女の目線に合わせて片膝をついた。

 

 「エリナ、よく聞きなさい。エリックは、確かに死んだんだ」

 「うそ! なら、どうしてごい体が無いの!?」

 「それはな、神機奏者(ゴッドイーター)だからだ」

 「どういう────」

 「神機奏者(ゴッドイーター)は、死んでもご遺体が残らないんだよ。荒神(アラガミ)が死んだ時のように、消えてしまうんだ」

 

 決定的な真実を告げられた瞬間、少女はまるで糸の切れた操り人形のように、その場に倒れ込む。

 思わず飛び出そうとする青ジャケットの男を、ジーナが制止した。

 

 「止めなさい、ブレンダン」

 「しかし······」

 「一時的に気絶しただけ。大丈夫、すぐに目を覚ますわ」

 「なら、良いが···」

 

 言って、ブレンダンと呼ばれた男は目を伏せる。

 恐らく、先の男が下した判断が正しいものとは思えないのだろう。そんな彼の気持ちを汲み取るように、ジーナは続けた。(とつ)(とつ)と。

 

 「あなたの気持ちは分かるけれど、嘘も方便にならない時があるのよ。特にあの子は真実を欲していた。いえ、この場合は真実を裏付ける証拠······というべきかしら?

 なら、本当のことを教えた方が懸命だわ。下手な嘘で希望を与えることは出来ても、その真実を真意も分からないまま知ってしまった時、彼女は絶望してしまうから」

 

 そう、嘘は必ずしも方便になる訳では無い。

 目的を達成する手段の一つとして用いた優しい嘘が、猛毒に反転することもまた、起こり得る可能性があるのだ。

 

 だが──と、ブレンダンは言葉を継ぐ。

 

 「···エリナはまだ10歳······兄であるエリックが死んだと言うだけでも、受け入れ難いというのに···余りに酷では無いだろうか」

 「えっ······」

 

 瞬間、耳を疑う情報に、コウタは目を見開いた。

 鼓動が跳ねる。今、なんと。彼はなんと、言った。

 殉職した、エリックが、エリナの兄と言ったのか。

 

 硬直したコウタは、目だけを動かしてエリナを見た。

 ぐったりとした様子で、気を失った少女。蒼白と化した彼女の顔を見据え、壮年の男が何事かを(つぶや)いている。

 そして、エリナの身体を抱き上げ、深々とこちらへ向けて頭を下げた。(きびす)を返し、足早と受付ロビーから立ち去っていく。

 

 同時に、停滞気味であった極東支部(アナグラ)内が、陰鬱とした空気のまま活動を開始する。

 彼等とて、忘れたいのだ。今すぐに。だが、人の死という現象を普遍(ふへん)のものとして、受け入れたくないとも考えている。

 今の時代、人の死は決して珍しいものではない。

 しかし、そんな風に無意識の内に思い込み、納得した瞬間、人は人の死に何も感じなくなるだろう。それを当たり前だと即座に割り切り、命の取捨選択を平気な顔をして行えるに違いない。

 

 それは、ある種の強さ。

 迷うことも、悩むことも、悔やむこともない。

 鋼の英雄の如き雄々しさで、前を向くのが当然になり、立ち向かうのも当たり前になる。

 最終的には苦もなく、正しいことを、正しい時、正しいように行って、ただの一度も間違えなくなるだろう。

 そして当然、自分達のような凡人は、そんな強さは憧れるが、同時に嫌悪しているのだ。

 

 「────ぁ」

 

 ふと、視界の片隅に絹のような金髪が映り込む。

 反射的にそれを目で追えば、先程よりも悲哀の色を強く宿した同期の横顔を見て、コウタはようやく現実を飲み込むことが出来た。

 

 殉職したのは、自分と同じ動機を持つ男だった。

 家族のために。とりわけ、妹のために戦うことを決めた、自分の写し鏡みたいな男だった。

 

 だと言うのに──

 

 “おれ···ほんとバカだ······”

 

 そんな男の死を、自分は他人事のように感じていた。

 知らなかったから、仕方ない。など、言い訳にもならぬだろう。何故なら、知らなかったことに胡座(あぐら)をかいて、何も知ろうとはしなかったのだから。

 

 一言、情けない。

 

 誰もが辛い現実と向き合い、今この時を生きている。

 だというのに、自分だけが見たいものしか見ていなかったという事実に、コウタは力の限り拳を強く握りしめるのだった。

*1
細かくて、詳しいさま。詳細に。




 リメイク前より長くなった( ̄▽ ̄;)
 これ、コウタとの合同任務も三編集になりそう······。

 アシュレイ並とは言え、コウタは凡人。
 地底アリサや天国アリサで描かれた、アラガミのいる世界における人の命の軽さ、という影響を人知れず受けていてもおかしくない。

 近くに光の眷属がいるので、闇落ちは無いがな。
 言わば、アシュレイとヘリオスが同期で、親友で、行動範囲の大半を共有しているような状態。

 え? 本編と何も変わらない?
 ま、細かいことは気にするな!

 というか、コウタ君、ハゲエル要素もあるのでは?
 ハゲてないし、馬鹿だけど。

 因みに、コハクがエリナの哀訴に居合わせながら、形見を渡せなかったのは、未だに現実を認識出来ず、混乱している相手に形見を渡すべきか否かと悩んでいたから。
 なまじ、光の眷属として振り切れない為、過去を過去として忘れないと選択したことで、そうした光の眷属なら出来た正論さえ、彼は迷うし、悩むし、出来ない。

 そんな感じで、渡しそびれた。
 なので、エリックのサングラスは、彼が未だに所持。
 渡すのは、また別の機会。

 では、今回はここまで。
 また次回に会いましょう(*´∇`)ノ



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第九話 家族の為に/Für die Familie 中編




  3

 

 

 家族の為に──

 戦う理由など、それ一つで十分だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 藤木コウタの父は、ただの軍人だった。

 

 神機奏者(ゴッドイーター)としての適正は(もち)(ろん)のこと、星辰奏者(エスペラント)の素養も持たない。

 唯一の特別性と言えば、貴種(アマツ)の血を引く程度のものだろう。コウタも人のことを言えないが、普通という言葉は彼のような存在の為にあるのだろうと、幼いながらに思っていた。

 

 だが同時に、それで(おの)がアマツの(らく)()(しゃ)だと嘆くほど、父は卑屈な感性を持ち合わせてはいない。

 彼にとって、神機奏者(ゴッドイーター)の適正だとか、星辰奏者(エスペラント)の素養だとか、そんなものは総じて()()

 何故なら、それは目的達成の手段に過ぎないのだから。

 

 そして当然、必ずしも手段が一つとは限らない。

 父は常に、自分に出来ることを探し続ける男だった。仮に無いのなら、出来ると思うことを提案してみる。

 ある意味、頑固なのだろう。出来ないことは出来ないのだと、そのまま受け入れるつもりがない。

 

 例えば、神機でもない(ただ)の弾丸に禍神体(オラクル)()()して、小型アラガミを討伐してみたり。

 それを応用して、禍神体(オラクル)を塗布した火薬やニトログリセリンの類で爆弾を作り、接触禁忌種と呼ばれる個体でなければ、大ダメージを与えたりなど。

 母曰く、色々尽くせる限りのことを尽くしたらしい。

 

 らしい、と表現したのは、コウタに父の記憶が余り無いからに他ならない。思い出が無いという意味ではなく、幼過ぎて思い出すことが出来ないのだ。

 少なくとも、鋼の英雄のような気質の持ち主では無いと断言出来る。

 父がそうした諸々を実行したのは、別に不特定多数の“誰か”の為ではない。より根本的な問題から家族を守る為に、彼は行動に移したのだ。

 

 だから……

 

 ──俺は別に、大したことはしてないよ。

 

 それが、父の口癖。

 

 ──ただ、大切な家族を守りたかった本当にそれだけなんだ。

 

 本当に、ただそれだけ。

 無論、かと言って、それ以外はどうでもいい訳では無い。

 

 ──それにさ、……………られに、家族を…………なん…………こと…………だろ?

 

 今では、(おぼろ)()と化した父の言葉。

 何を語っていたのか、全く思い出すことは出来ないが、一つだけ言えることがある。

 彼がその理念を抱いていたからこそ、結果的に不特定多数の“誰か”を助け、家族も守ることが出来ていたと。

 

 何故なら、そんな父の背中に憧れ、自分もまた彼のように生きてみたいと、藤木コウタは心の底から願ったのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   4

 

 

 そして──

 

 なべて世はこともなし。

 時は流れる。日はまた昇る。数多の傷と痛みを(れき)(さつ)しながら。

 荒廃した日々は(ゆる)やかに、されど穏やかではない様相で続いていくのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌日。

 昇降機からエントランスに降りたコハクは、小さな(ため)(いき)を吐いた。

 

 周囲を見渡せば、普段通りの任務に勤しむ神機奏者(ゴッドイーター)達の姿があり、昨日のお通夜状態が嘘のようである。

 別に、その変わり身の速さに呆れた訳ではない。死者を(いた)み、嘆く時間を共有出来るのが僅か半日程度という現実に嫌気がさしただけ。

 

 ──なるほど確かに、()()()()()()()()だな……

 

 ソーマの言葉を思い出し、胸中で独り吐き捨てる。

 何を指して、彼はクソッタレと称したのか。その真意は未だに分からないものの、別の視点見た場合、何も的はずれな意見ではない。

 神宿コハクが愛しているのは、なんていうことはない、ありきたりな日常だ。悲しければ嘆き、腹が立てば怒れば良い。そうして分かち合える刹那こそ、()()えのない宝である。

 ()()神機奏者(ゴッドイーター)の本質が軍人であるとは言え、戦う相手がいなければ、普通の生活を送れたに違いない。そう断言出来るからこそ、コハクはソーマの意見に賛同したのだ。

 

 ふと、(のう)()にスノーノイズが走る。

 その向こう側。(ぎょう)(こう)とも西日とも受け取れる光に、悠然と(たたず)む人影があった。

 

 『世の不条理に怒るかね? 英翼(ベレロフォス)

 “いや

 『ほぉ……。その理由を()いても?』

 “理由、ねぇ

 

 問いに答えながら、コハクは(きびす)を返し、歩き出す。

 ラウンジに設置された長椅子に腰を下ろすと、流れるように1階ロビーに視線を向けた。やはりと言うべきか、そこにエリナの姿は見渡らない。

 (しばら)く会えそうにないことを深く噛み締めながら、言葉を継ぐ。

 

 “一番は、()()()()()かな”

 『と、言うと?』

 “怒る気持ちは分からんでもないが怒った所で俺の夢が叶う訳じゃあない。(アラ)(ガミ)が生まれた事実が変わる訳でもない。

 だったら、どうしたら俺の夢が叶うのか、お前と一緒に考える方がマシだぜ”

 

 コハクの持論に、金髪の偉丈夫は僅かに驚愕で揺らいだ後、()(ちょう)にも似た苦笑を浮かべた

 

 『フッなるほど、(けい)らしい』

 

 11年前のあの日以来、二心同体として共に生活を送ってきた男だからこそ分かる。先の弁は、嘘偽りない神宿コハクの本音なのだと。

 光の眷属でありながら、(ただ)(びと)の感性を持つ比翼の(まぶ)しさに、思わず目を細めた──その時。

 

 「おお、今日はアンタと一緒かぁ」

 

 不意に、明るい声がエントランスに響き渡った。コハクが我に返ると同時に、昇降機からコウタが降りてくる。

 それと入れ替わるように、彼の脳裏を覆おおい尽つくしていたスノーノイズが、男の姿と共に、空気に溶け込むように消えていく。

 

 「よぉ、久しぶり」

 「うーっす、お互い無事で何よりだね! 命あってのこの商売だからねぇ」

 「…………?」

 

 普段通りの明るさを振り()きながら、こちらに歩み寄ってくる同期に違和感を覚えて、思わず(いぶ)かしげに目を(すが)めてしまう。

 何だ、これは? 何かが()()しい。

 その声音も、その態度も、普段とは何も変わらないのに、とても不自然に見えるのだ。まるで、背伸びをしているような、無理をしているような……そんな印象が(にじ)み出ている。

 

 「どうした、いきなり。お前がそんなことを言い出すなんて……なんか、あったのか?」

 「────! いや、別に! 何でもねえよ」

 「本当か?」

 「本当だって! おまえこそどうしたんだよ、いきなり……

 「なんとなく──」

 

 そう、本当になんとなく。

 

 「らしくねえなって、思ってな」

 

 コウタから感じた印象を言葉通りに伝えると、彼は苦笑しながら、指先で(ほお)()いた。

 後ろめたそうに視線を彷徨(さまよ)わせ、恐る恐ると言った様子で(たず)ねてくる。

 

 「はは、分かる?」

 

 無言で頷き、肯定する。

 特にこの同期は、コハクが知り得る太陽属性の中で(もっと)もヒユリと酷似していた。

 それは単に、彼の(おも)(かげ)と重ねて見ている訳ではない。性格面で似ている所があるからこそ、もしかして──という直感が働いただけのこと。

 

 明るさが持ち前の者が、無理をしてそれを心掛けようとすると、何故か不自然に感じてしまう。それが自然体であるならば、尚更に。

 無論、見慣れている者にしか分からないだろうが。

 

 「言えよ。吐き出しちまった方が、楽になる時もある」

 

 だから優しく、諭すようにコハクは提案した。

 それに、コウタは申し訳なさそうに眉根を寄せ、考え込むように顔を(うつむ)かせる。

 幸か不幸か、出撃までには時間がある。許される限り、彼の返答を待ち続けていると、意を決したのか。俯いていた(かや)色の(そう)(ぼう)が、再びコハクを映す。

 

 「聞いたよ……同行してた人が、亡くなったんだってな」

 「ああ」

 

 コウタの言葉に納得すると共に、今度はコハクが俯くように目を伏せた。

 

 耳を(つんざ)く悲鳴。宙を舞う鮮血。周囲に(ただよ)い始める鉄錆の匂いに、虚しく(くう)を掴んだ手。

 あの時のことが鮮明に(よみがえ)り、後悔と虚無感に(さいな)まれる。

 常識的に考えて、エリックを助けることは不可能だ。それだけ彼の油断が招いた死は致命的であり、一瞬の出来事だったと言っていい。

 神機奏者(ゴッドイーター)の本質が軍人であることを(かんが)みれば、エリックの自業自得なのかもしれない。だが、そんな()()()()()と折り合いを付けるには、もう少し時間が必要だった。

 

 「最初はさ、そんなこと珍しくねーのにって、他人事(ひとごと)のように考えてた。だって、そうだろ? 今の時代、どこにいても荒神(アラガミ)に襲われて、大勢の人が死んでるんだからさ」

 「そうだな」

 「でも……エリックだっけ? おれ、その人の妹を、たまたま見ちゃってさ」

 「ああ」

 「それを見て、おれって本当に馬鹿だなって、思ってさ。おれにも妹がいるから、なんとなくエリックが妹の為に戦ってたんだって、分かるんだよ。だから──」

 

 だから──人死を当たり前だと無意識の内に思い込んで、納得していた自分の弱さが許せないのだと、コウタは続ける。

 

 「忘れてたよ。家族の為に戦うことが、何を意味してるのかってこと。おれに何かあったら、母さんも妹も路頭に迷っちまうだけじゃない。

 大切な家族を置き去りにしちまうことで、母さんと妹をスゲェ悲しませちまうことなんだって」

 「…………

 

 それは、忘れてはならない大切なこと。

 ()()に家族の為とは言え、それで当人に何かあれば、遺された家族は自分達の為に……と傷付いてしまう。

 実際、エリナがそうだ。エリックの戦う理由は知らなくとも、あの自暴自棄から薄々勘づいていた可能性が極めて高い。

 

 目の前で(かい)(こん)の念に(さいな)まれる同期に対して、コハクは一歩だけ歩み寄る。

 不安に揺れる瞳がこちらを映したその時、彼は自分の気持ちを正直に伝えた。

 

 「だが、直ぐに気付いて反省することが出来た」

 「えっ?」

 瞬間、目を丸くするコウタ。

 それに構わず、コハクは続ける。

 

 「人って生き物は厄介で、なかなか自分の間違いに気付いたり、認めたり出来ないものなんだぜ。だから、そんな当たり前のことができる時点で、お前は充分強い奴だよ」

 「コハク……

 

 何時になく能弁なことに驚きながら、されど(つむ)がれる言葉の内容に、心が自然と惹かれていく。

 男が男にそんな感情を抱くのはおかしなことかもしれないが、今のコハクにはそれだけの()()があった。

 

 それが一体何なのか、藤木コウタには分からない。

 だが、一つだけ分かることがある。

 

 それは、置き去りにはしないということ。

 仮に、コウタが道に(つまず)くことがあろうとも、時には立ち上がる力を貸したりしながら、必ず待っていてくれるということ。

 

 無論、根拠など何一つ無いのだが、しかし──()()()()()()()()()()()()

 その事実があるだけで、筆舌に尽くし難いほどの喜びが溢れるのだ。

 

 だから──

 

 「間違いに気づけたなら、正せば良い。そうだろ?」

 「────! ああ!」

 

 淡く微笑みながら問い掛けてきた同期に、コウタは力強く頷いた。

 

 「そうだよな。こうやって、暗くなっててもどうしようも無いことだよな。

 うん大丈夫、何か自信出てきたぜ! 根拠なしに決めてるから、無敵っしょ!」

 「それはなんか、違う気がするが……

 「硬いこと言うなよ〜。あ、そうだ。

 サクヤさんって、知ってるよね?」

 

 唐突な問いに訝しみながらも、コハクは(しゅ)(こう)する。

 

 「もしかして、仲良い?」

 「さぁ、どうだろうな……知り合って、まだ日が浅いし

 「マジ? でもさでもさ、あの人って何かよくね?」

 「は?」

 

 刹那、何かが道化のように()けるような音が響いたような気がした。

 

 「だってそうじゃん! 美人だし、感じも良いし、強いしさ。戦うお姉さん、って感じでさ。たまんないよなー!?」

 「そ、そうだな?」

 

 先程とは打って変わった態度に、コハクは困惑しながらも(あい)(づち)を打つ。

 まさか、自分の励まし方に問題があるのだろうか? と不安になった。だが、悲しいかな。これが藤木コウタの通常運転である。

 

 「よおおし! なんか、テンション上がってきたああ!」

 

 不意に同期が大声を上げ、反射的にコハクの肩がビクリと跳ねた。

 それこそ頭に何個ものクエスチョンマークを浮かべながら、恐る恐るとコウタに声をかける。

 

 「な、何がだ?」

 「ん? そんなの当たり前だろ〜」

 「そうなのか……?」

 「おう! 今回の任務、どっちが多く倒すか勝負しようぜ!」

 「はぁっ!?」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 だがそれも、むべなるかな。先程まで自分の馬鹿さ加減と、家族のために戦うことの意味を話していた空気が完全に消え去っているのだから。

 

 「サクヤさんに、いいとこ見せてやるぜー!」

 

 一人勝手に盛り上がるコウタに、完全な置いてけぼりを喰らいながら、コハクは深い溜息を吐く。

 今度は嫌気から来るものでは無い。正真正銘、呆れからくる溜息である。

 

 「もう勝手にしろ」

 

 お手上げポーズをして、心底仕方なさそうに、コウタの提示してきた勝負に乗るのだった。

 

 

 




 コウタの切り替えの速さは、神がかり的だと思う。
 合同任務=演習と考えると、エリックの死からそこまで日は経過してないと思うのに、これだよ? 凄くね?
 普通にゼファーさん、狂い哭くよ? ←オイ

 神座世界とクロスさせると分かるけど、GEの世界観はかなり覇道神が生まれやすい環境やね。
 むしろ、世界に怒らない方が不自然。みたいな?

 コウタの父は完全捏造です。(´>∀<`)ゝ

 遂に始まりましたね。アーディティヤ。
 まさか、あそこまで地獄だとは。
 第一神座は死ねるだけ、マシだったんだな。

 しかし、他の後書きにも書いたが、ソーマが更に自分の名前を嫌いになりそう······インド神話のソーマは、アムリタと同一視されてるんだよ。
 あれ? そもそもGEシリーズに「アムリタ」という素材が登場してね?

 アムリタ···荒神の脂が乳化して出来たとされる液体。
 あばばばばば((( ;゚Д゚)))
 ちょっと! 荒神の性質的に笑えないんだけど!!

 ん? そう言えば、リザレク編の「月を睨む影」で出てきた荒神のコア······ビスマスと似ているような······あははは、まさか(白目)
 これは、予想よりスケールがデカくなりそう(小並感)

 ※余談※

 遂にSwitchを購入して、GE3本編クリアしました!
 因みに男主。武器は双剣。ボイスは男13。

 エンゲージ発動-6
 「不可能などないと···証明してやる!」

 止めろ! 光の魔王が釣れちまうだろ!!
 と、冗談はともかく。
 最初の感想は、逆襲劇(ヴェンデッタ)始めよう? だった。

 世界観的に相性良すぎるんだよ、逆襲劇(ヴェンデッタ)と。
 特にヴェルナーの最期。
 モブ兵士のブーメラン発言には殺意湧いたわ。

 これだけ殺しておいて?
 今まで散々、AGEの命を食い物にしてきて。
 現在進行形で殺してる奴等が言えること?

 多分、Diesのプロローグよろしく、やられた側の心情を描写したつもりなんだろうが、今迄の所業を考えると因果応報、自業自得。何今さら被害者ヅラしてるの? って感じ。
 これならまだ、ヴァルター・ゲルリッツ曹長の方が同情出来るし、感情移入も出来るわ。

 取り敢えず、ヴェルナーは救います。
 以上。

 男主とユウゴの関係が尊い······(ナーキッド感)

 という訳で、今回はここまで。
 では、またの次回に!



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第九話 家族の為に/Für die Familie 後編Ⅰ




   5

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そうして──

 二人は、今回の作戦エリアに足を踏み入れた。

 

 「うっひょー、すっげぇー」

 「……

 

 同時、視界一面を(おお)()くす白銀の世界に、年相応の反応を示すコウタと感嘆の息を()らすコハク。

 はらはらと舞う白い欠片(かけら)が、廃墟と化した寺院に降り積もる様は幻想的で、美しく映えるがゆえにどこか人智の及ばぬ風情を(たた)えている。

 原則、人と大自然は相容れない。彼岸花が土を踏まれると咲かなくなるように、人の手が入っていないからこそ美しいという見方があり、それは即ち人が入り込めない場所であることを意味していた。

 

 何故なら、人の存在は自然を(おか)す。その営みが侵入するだけで、ある種の生臭さが生じてしまうのは避けられない。

 それは人工物も同じことだが、元より貴種(アマツ)の祖先は自然崇拝。自然を(おそ)(うやま)うからこそ、神仏を(まつ)る神体から社に至るまで、(すべ)て自然のものから調達する。

 だから、この銀世界に馴染むのだろう。人の手が入らなくなれば、自然由来の人造は朽ち果てていく運命であり、それこそが自然の摂理。

 人造は天然に敵わないなど()(まん)という言葉があるが、あれはあれで的を射ている。現に、()()()()()()()()()()()()()()のだから、敵わない理屈などある訳ないのだ。

 

 「見ろよ、コハク! 雪だ、雪!」

 「見りゃあ分かる」

 

 素っ気なく応えるものの、内心はコウタと似たようなもので、目の前の光景に感動している。

 年相応の反応を示す同期に代わり、周囲を警戒しているのだから、無理もない。()()に出撃ゲートと言えど、安全が確保されているとは限らないのだ。

 

 「おれ、こんなに雪が降ってるとこ、初めて見たよ」

 「俺もだ」

 

 目を輝かせながら告げるコウタに、コハクは静かに同意する。

 旧西暦時代、日本は四季が明確とした国として、他国から人気を博していたらしい。その一部だった影響か、今の極東にも明確な四季がある。

 残念ながら花見や紅葉狩りという文化は(すた)れてしまったが、まだ日常の中で季節の移り変わりを楽しむことが出来た。

 

 だがそれも、過去の話になりつつある。

 (アラ)(ガミ)の発生により、桜や銀杏(いちょう)などの木々が食い荒らされてしまった。加え、六年前のロシアで次元間相転移式核融合炉が暴発した影響か、近年世界中のいたる所で異常気象が続いている。

 その為、一年で(もっと)も寒い時期だと言うのに、支部の方では未だに雪が観測されていない。ましてや、これほどの雪となれば尚のこと。

 

 「……ノゾミにも見せてやりてえな」

 

 不意に、コウタから()れた無意識の本音。

 出撃前まで交わしていた会話を(かえり)みるに、ノゾミとは彼の妹を指しているに違いない。その口振りから雪を見たことがないのだろう。

 ならばこそ、見せたいと願う。その素朴でちっぽけな──それでいて()()えのない幸せこそを(たっと)ぶ少年の夢に、自然と笑みを浮かべた。

 

 だから──

 

 「なら、尚のこと生きて帰らねーとな」

 

 コウタの背を軽く叩き、コハクは続ける。

 

 「雪、妹さんに見せてやろうぜ」

 

 同期が口にした願いは、叶えようと思えば叶えられる夢だ。いつ、どのタイミングで荒神が出現するか分からない為、雪遊びするほどの時間は確保出来ないが、見学ぐらいは実現可能だろう。

 とある本によれば、人は何を経験するかではなく、誰と経験するかで幸福度が変わるらしい。

 それが事実なら、コウタの存在は必要不可欠だ。ノゾミと呼ばれた少女にとって、彼は掛け替えの無い身内なのだから。

 

 それは別に、先の話を掘り返すようなものではない。

 突如として提示された案に、少しだけ面食らいながらも、コウタは笑顔で(うなず)いて見せる。

 

 「だな! よ〜し、お兄ちゃん頑張るぞぉ〜」

 「ふっ。なら、ついでに俺の出番も持ってってくれ」

 「おう、任せろ! ──て、なにさりげなく勝負から逃げようとしてるんだよ、おまえッ」

 「だって、面倒くさいんだもん」

 「何がもんだ! 何が! ぜんっぜん可愛(かわい)くねぇよッ」

 「可愛くなくて結構だ」

 「いいから、真面目に聞けぇ〜〜〜っ!」

 

 軽くあしらいながら、呆れ気味に嘆息する。

 流れ的に勝負を無かったことに出来そうな空気だったが、どうにも上手くいかない。

 欧州で外交官をしていた先祖に、そのコミュニケーション能力を分けて欲しいと本気で願うほどに。

 

 「そもそも、おまえは──」

 

 と、コウタが言いかけた、その時──

 

 『こちらヒバリ。コハクさん、コウタさん、聞こえますか?』

 

 まるで間に入るように通信機から、ヒバリの声が響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 刹那、二人は瞬時に気持ちを切り替える。

 オペレーターから連絡が来たということは、今から出撃しようとしている作戦区域内で、何か動きがあったということだ。

 

 「こちらコウタ。聞こえるよ、ヒバリちゃん」

 「こちらもだ」

 『数分後に雪が降り止みます。視界を確保してから出撃して下さい』

 「うっし、分かった」

 「りょーかいした」

 

 (しばら)くすると、吹雪が徐々に弱くなり、景色の大半を覆う白い(ゆき)(けむり)が空気に溶けるように消えていく。

 そうして見え始めた景色は、木造による建造物群。およそ、神の社にあるとは思えないほど生活感溢れる民家だった。

 

 「ここが、鎮魂の廃寺

 「まさにアーカイブで見た、古き良き日本って感じだな。ヒバリ、これも旧日本の遺物(ロストテクノロジー)なのか?」

 『そのようです。何でも大破壊(カタストロフ)の際、空間変動の影響で鶴岡八幡宮と古民家の一部が融合したと考えられています』

 「なるほどな」

 

 作戦区域として指定されるほどだ。アドラーや古都プラーガのようなロストテクノロジーは存在しないのだろう。

 少なくとも、それらしい痕跡も見られなければ、気配も感じられない。六年前のロシアのように、ロストテクノロジーを守りながら荒神を討伐──などということにはならないはずだ。

 

 ただ、懸念点があるのもまた事実。

 古民家と融合した影響か、或いは鶴岡八幡宮の時からそうなのか。どちらにせよ分からないが、鎮魂の廃寺という場所は、あまりに少数精鋭向きではない。

 敷地全体を受け持つというには些か広大過ぎる。()()でも何でも無く、真面目に索敵していたら夜になってしまう。

 

 無論、それはあくまで常人の話であり、神機奏者(ゴットイーター)ともなれば話は違ってくるだろう。

 だがしかし、無問題かと問われれば否であり──

 

 “こりゃ下手な戦力分散は命取りになるな。流石(さすが)に広すぎて、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 加え、積雪で足場が悪いのは確実で、通路も狭い。

 一歩でも間違えれば、荒神の攻撃を(かわ)し切れない可能性を秘めている。

 少なくとも、勝負をしていい場所ではないのは確かだ。

 

 “コウタには悪いが、今回の勝負、俺は降りさせてもらうぜ”

 

 それは事実上の敗北宣言。

 "勝利"に対する(こだわ)りがないわけではない。ただ、時と場合により勝利することよりも敗北を避ける必要があると考えただけ。

 

 『今回の任務は、中型アラガミのコンゴウが討伐対象となります。これまでのアラガミと比べ、格段に高い耐久性と攻撃力を持ち合わせています。

 携行品の使用ペースには、充分に注意して下さい。ご武運を!』

 

 同時に、ヒバリの声が途絶える。

 オペレーターとして、モニタを注視しているのだ。いくら、オラクル細胞のお陰で電子機器類が復活したとて、その性能は決して高くはない。

 エリックのこともある。恐らく、それを避けたい一心なのだろう。

 

 「よぉーし、頑張ろうぜ!」

 「ああ、行くか···」

 

 言って、二人は雪原に飛び降りた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

  6

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 今回の任務は、新兵二人でコンゴウという中型アラガミを討伐すること。

 廃寺に住み着いた三体のオウガテイルの討伐は、そのオマケのようなものだ。(えさ)として狙われている以上、放置する訳にもいかない。

 首尾よく三体目のオウガテイルを倒した瞬間、通信機に連絡が入った。

 

 『中型アラガミ、作戦エリアに侵入しました! 侵入地点のデータを送ります!』

 「分かった、対処するぜ」

 

 返答と同時に、携帯電話がデータを受信する。電子画面に映し出されたオラクル反応は、山の中腹にある広場を指している。

 半壊した本堂にいたコハクとコウタは互いに目を合わせ、前者は無言で後に着いてくるように指示を出すが、後者は二手に別れようと提案していた。

 

 確かに、コウタの言い分にも一理ある。だが、今回初めて来た場所で、今回初めて戦う敵を相手にするには、(いささ)危険(リスク)が高すぎる。

 だから、コハクは緩やかに首を横に振った。その意図に気付いたのだろう。それにコウタは一瞬だけ、ムッと(ほお)(ふく)らませた後、仕方なさそうに肩を(すく)める。

 恐らく彼自身、今回の任務における危険(リスク)を認識していたに違いない。

 

 「サンキュー、コウタ」

 「良いって良いって。さあ、早く行こうぜ」

 「ああ」

 

 そうして、二人は(きびす)を返して中型アラガミが侵入した場所へと向かう。

 足音を消し、息を殺す。本堂から広場に繋がる階段を駆け下りた後、すかさず高く積み上げられた石垣の影に身を潜めた。

 

 首だけを動かし、その影から広場を(のぞ)き込む。

 討伐対象の姿を探していると、視界の端にオレンジ色の巨体が映る。

 瞬時に視線を戻して確認すれば、(しょう)(ろう)のすぐ真下で、(のん)()に食事している中型アラガミがいた。

 

 「見つけた」

 「マジ?」

 「ああ。俺らに気づいてないのか、絶賛食事中だぜ。丁度いい。俺が奇襲をかけるから、コウタは後方から支援してくれ」

 

 と、言った刹那に。

 

 「えぇ〜ッ!」

 

 コウタからブーイングが飛んできた。

 

 「それだと、おれがお前に負けちゃうじゃん!」

 「お前な······まだ、そんなことに拘ってんのか」

 「そんなことってなんだよ! そんなことって! いいか? 男にはな、意地を張りたい時があるんだよ! 意地を!」

 「んなこと言われてもな、俺だって男だし···意地を張りたい時ぐらいあるし······」

 「だったら──······」

 

 分かるだろと続くはずだった言葉はしかし、コハクが口元に人差し指を立てたことで飲み込まざるを得なくなる。

 そして、彼は滑るように背後へ視線を向けた。

 

 近付く足音。既にオウガテイルは倒しているし、歩幅からして小型のそれではない。

 恐らく──いいや間違いなく、今回の討伐対象が二人の存在に気付いて襲いかかろうとしている。

 

 「なあ、コウタ」

 「──? なんだよ?」

 「ちょい、歯ぁ食いしばれ」

 

 言いながら、コハクはにこやかに微笑んで、コウタのマフラーを掴み上げる。

 訳も分からずコウタが首を(かし)げた──刹那に。

 

 「舌、噛むなよッ」

 「え? おわぁぁぁぁぁぁあああッ!!」

 

 コハクは背負い投げの要領で、同期の身体を投げ飛ばした。間髪入れずに、コンゴウと思しき中型アラガミが(ちょう)(やく)しながら空気弾を放ってくる。

 そのまま槍を振り上げ、空気弾を切断するコハク。だが、(ぎょう)(しゅく)された空気までは切断することが出来ず、切断と同時に爆風が吹き荒れた。

 

 「コハク! ッ、くそ」

 

 投げ飛ばされたコウタは瞬時に体勢を立て直し、銃の引き金を引く。

 サクヤとは異なり、アサルトライフルをモデルにした彼の神機は、一度の発砲で無数の弾丸を敵に撃ち込むことが出来る代物だ。

 

 プレスのように地面へ落ちていく敵影だがしかし、場所は空中。如何(いか)に荒神と言えど、身動きは取れない。

 大量の弾丸が直撃し、敵影の体勢が崩れた。その(かん)(げき)を決して見逃さず、巻き上がる雪煙の中からコハクが流星の如く敵に突貫する。

 

 「ギャアッ!」

 

 喉元を勢いよく貫かれ、中型アラガミから苦鳴が上がった。それを(いっ)()だにせず、コハクは容赦なく敵を地面に向けて投げ付ける。

 荒神により(なら)された雪原の固さは、アスファルト舗装と対して変わらない。子供に捕まった(かえる)のように雪原へ叩きつけられた中型アラガミに警戒しながら、コウタは言う。

 

 「こ、こいつか!?」

 「ツバキさんから渡された資料通りだから、間違いねーだろ」

 「ゴリラみたいな図体しやがって! 黒焦げにしてやるっ!」

 「実際に、ゴリラなんだが······」

 

 と言うよりも、猿か。

 筋肉質で巨大な身体を起こし、怒りで喉を鳴らす猿型の荒神。瞬間、それは身体を丸めて転がりながら、一直線に突進してくる。

 新兵二人は咄嗟に左右へ別れて回避し、続く追撃に備えようと警戒するが──

 

 「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!!」

 

 再び上がる苦鳴。

 無論、二人は何もしていない。ただ見ていただけだ。

 コハクとコウタが自身の攻撃を回避したことも気付かずに、壁に向かって激突して雪煙を巻き上げるコンゴウの姿を。

 

 「えぇ······」

 

 と、コハクが困惑気味に()らし。

 

 「へッ、こんなの楽勝!」

 

 と、コウタが鼻で笑いながら(うそ)ぶいた。

 

 無理もない。通常、極東支部以外のフェンリル支部では、コンゴウが現れるだけでも大騒ぎだと聞く。

 ゆえに、二人はこう考えていた。極東では王道(メジャー)(アラ)(ガミ)だろうが、決して油断出来ない相手である、と。

 

 しかし、現実は違う。

 コウタの声に気付き、奇襲をしかけてくるほどの驚異的な聴力を持つ割に、視力が悪いのだろう。自分から転がり、突進してきたにも(かか)わらず、壁に激突して自滅している始末。

 これでは、せっかくの(かん)(ろく)が台無しだ。少なくとも、大騒ぎするほどの脅威は感じられない。

 

 ゆえに、これ幸いと銃撃を再開しようとしたコウタだったが、その直後に彼は自分がどれだけ相手を舐めていたのかを自覚させられた。

 

 「──ッ、コウタ!」

 「え?」

 

 不意に名を呼ばれ、思わず(とん)(きょう)な声が出てしまう。その刹那に、コウタの視界に映ったのは、殺気に満ちたコンゴウの顔。

 口端から白い息を吐きながら、狂気に血走る金色の(そう)(ぼう)が、獲物をぎらりと睨んでくる様は恐怖以外の何者でもない。

 

 「っ·········!」

 

 コウタは、攻撃を続けようとしたままの体勢で、反射的に身体を硬直させた。

 人間、いざという時に限って動けないものだ。特に正確な情報を得られない時ほど、動ける人間はそう多くはない。

 その逆も存在するが、少なくとも藤木コウタは行動に移せない人種であり──

 

 「·········っ」

 

 彼は無意識に息を詰め、思わず目を閉じた。

 コンゴウの巨腕に殴られ、全身を襲うであろう痛みに備えようとした──その時である。

 

 ガァンッという、(にぶ)い音が響いたのは。

 

 「············?」

 

 恐る恐る(まぶた)を開くと、そこには──

 

 「コハクッ!?」

 

 星と神の(ほのお)(まと)った同期の姿。

 無様にも尻もちをつくコウタを(かば)い、コンゴウが繰り出される攻撃を、タワーシールドで防ぐ背中がある。

 それは雄々しく、目を奪われるほど凛々しくて。

 

 「油断すんな、コウタ。

 お前になんかあったら、お袋さんと妹さんが路頭に迷うんだろう?」

 

 問われ、言葉を失う。

 ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだ。

 

 「俺が前線で陽動する。お前は後方から支援してくれ」

 「で、でもよッ!」

 

 遠回りに守られてろと言われ、思わず異を唱える。

 確かに、それが正しい役割分担なのは理解しているが、藤木コウタは男なのだ。如何に守られて(しか)るべき役割にいても、男の意地と誇りがそれを許さない。

 ()()()()()()()()()()()()()()とも解釈できる役割に、彼はどうしても恥を覚えてしまう。

 

 女に戦いを任せることを酷く不格好に感じてしまうように、男と同じ土俵で戦えないことが、凄く不甲斐ないと思ってしまう。

 不要な無力感に(さいなま)れ、自分は相手と同じなんだと見栄を張り、格好良い所があるんだと叫びたくなる。ましてや、同性ならば尚のこと。

 

 ああ、だから──

 

 “今回の任務、どっちが多く倒すか勝負しようぜ!”

 

 だから、コハクに勝負を挑んで。

 

 “サクヤさんに、いいとこ見せてやるぜー!”

 

 それを素直に認めるのが嫌で、任務にいない女の名を口にして。

 

 “て、なにさりげなく勝負から逃げようとしてるんだよ、おまえッ”

 

 だけど、本音は変わらないから勝負に(こだわ)った。否、今もそれに拘ろうとしている辺り、自分はかなり面倒な人間なのかもしれない。

 ようやく自覚した己の本音に、コウタは別の意味で恥ずかしくなる。対等になりたいだけなのに、何を意地になっているのだと、思わざるを得ない。

 

 「なら、俺の背中はお前が守ってくれ」

 「えっ」

 

 指示に、再び頓狂な声が出た。

 カウンターでコンゴウの顔面を切り捨てながら、コハクは言葉を継ぐ。

 

 「聞こえなかったか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──と、俺は言ってるんだぜ」

 「···············」

 

 確かに、新型神機は従来の神機とは異なり、一人で物事が完結する側面があるのは否定しない。

 神機で食い千切れた禍神体(オラクル)は、銃身形態に変えれば消費出来るし、仮にガス欠を起こしても近接形態に変えて荒神(アラガミ)を斬るなりすれば、簡単に補うことが出来る。

 加え、コハクは神機可変の際に生じる隙がほぼゼロに等しい。だから尚更、一人で何でも出来てしまうと思われてしまう。

 

 それでも、彼は人なのだ。当たり前に、一人では無理な事態に陥るし、一人で背負い切ることも出来やしない。

 実際、神宿コハクはコンゴウの攻撃を防ぎ、(さば)くことは出来ても、攻勢に出られていない。そしてそれは、断じてコウタが足手まといになっている訳ではなく、純粋な火力不足に因がある。

 彼の纏う焔は、かつて同じ技を使用していたとされる灰色の境界線や焔の救世主と、使い方が異なるのだ。

 

 彼等は精神的高揚を燃料とするのに対し、コハクは星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)を燃料としている。

 感応可能な細胞・粒子ならば、恐らく何でもいいのだろう。それこそ、古都プラーガで観測されたという()()()()()()()()()()()()()()()()()に違いない。

 少なくとも、神宿コハクという人間は、()()()()()()()()()()()()

 

 神機奏者(ゴッドイーター)星辰奏者(エスペラント)が使用する星辰光(アステリズム)は、素養の大小で決定する。

 星辰体(アストラル)──神機奏者(ゴッドイーター)禍神体(オラクル)も含まれる──に対する感応性に恵まれた(てん)()の才を持つ者ほど、()()()()()()()

 つまり、より自分が望む、強力で運用性が高い星の異能(アステリズム)を引き当てやすくなるのだ。

 

 ゆえ逆説的に、素養の低い者ほど自分が望まぬ星に選ばれるということ。

 理想と現実の(かい)()。如何に理想の星を望もうと、現実に見合った能力しか手に入らない。それは、常人とて同じだろう。

 星に選ばれることなく、自らが望む理想と渇望を能力に押し上げるなど、さすがに神機奏者(ゴッドイーター)とて出来はしない。

 

 例外はあくまでも例外。

 どだい、精神力と意志力だけで能力を勝ち取るなど、鋼の英雄しか出来ない特権である。

 

 だから、彼は()()()()のことをコウタに告げた。恥だとも思わず、助けてくれ──と。

 

 「お、お、おうッ!」

 

 あまりに青臭いことを真顔で言われて、(ぼう)(ぜん)としながらも、コウタは慌てて返事をした。

 

 「じゃあ決まりだ。さっさと終わらせて、さっさと帰ろうぜ」

 

 言って、コハクがガメラのように回転ラリアットを始めたコンゴウに向かって走り出す。

 その大きくも自分とは変わらない背中を見詰めながら、コウタは独り納得する。

 

 “そっか···そうだよな······”

 

 守られてばかりが嫌なのなら。

 格好悪いと思うのなら。

 

 “おれがお前を、お前が俺を守れれば、そっちの方が格好いいもんな!”

 

 何より、自分の憧れるイサムのようで悪くない。

 それに──

 

 “俺がお前を守るから、お前が俺を守ってくれ”

 

 頼ってもらえるという事実が、どうしようもなく嬉しくて、誇らしい。

 

 「よっしゃぁぁぁぁああッ! 行くぞォッ!」

 

 俄然やる気が出てきて、コウタは再び銃を構える。

 そして、発砲。負けてなるかと、闘志を燃やすのだった。

 




 後半一つで終わらない、だと(`-д-;)
 まあ良いか、リメイクだし。表現したいことが増えれば、そりゃあ文字数増えるよね。

 最後に開示した、コウタの動機。
 Dies iraeや戦神館をプレイした後だと、「もしかしてコウタは、遠距離専門であることをダサいと感じてたから、カッコつけようとしたのかな?」と考えるようになったんですね。

 サクヤさんもいないのに、「いい所を見せてやるぜ」って、なんか矛盾するというか。男の子だからこそ、意地とか見栄とか張りたかったのかな? って。
 ほら、主人公の神機が神機ですし。キャラメイクによっては、女な訳じゃないですか。正田卿作品の特徴と、コウタの特徴から「あ、やべ、恥ずい」となるのは、目に見える訳ですよ。

 因みに、コウタ君は光のホモになりません!

 次回、コウタの星辰光(アステリズム)を開示。
 別作品の更新の後になるので、少し遅れるかも?
 それでは! | ・∇・)ノシ♪



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第九話 家族の為に/Für die Familie 後編Ⅱ




 

     7

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 だから、自然と。本当に自然とした流れで、コウタが口にしたのは、星の光を解き放つ起動詠唱(エンゲージ)

 

 「女神が育てた不死の蛇神。再生と増殖を繰り返す多頭竜(ヒュドラ)の首が、お前は無力だと未熟な勇者に毒を吐く」

 

 誇るように、叫ぶように、(つむ)がれていく言葉。呼応して輝き始める星辰体(アストラル)禍神体(オラクル)の燐光が彼の握る神機を淡く包み、異能の力を宿していく。

 その反応は、一見して実に穏やかだった。本人の気性に反し、あまりにそつがなく、危険性などないかのように使用神機へと染み入り、生体武器を強化する。

 

 「ゆえ、彼は求めた。難行にさえ同行する者、お前の力を貸してくれ。疾風の如く戦車を駆り、毒蛇を滅ぼす我が一助となって欲しい」

 

 異変はたったそれだけだ。火も出なければ、闇も出ない。

 風が吹き(すさ)ぶわけでもなければ、気温も光も不動のまま。世界に変化は訪れず、星の起動に対して依然、森羅は毅然とそこに()る。

 

 「ああ、己は何を勘違いしていたのだろう。(さか)えの英雄、神成る戦士、()()なる名誉で褒め(たた)えようと、彼の本質は変わらない。我らと同じ独りの人間なのだ」

 

 だからこそ、恐ろしいのは()()だった。つまりこれが示すのは、外界(せかい)()(じん)も干渉しない。完全な内界(じこ)強化だから。

 

 己の一部を押し上げて、コウタは神機という専用武器(アダマンタイト)に高性能化を促していく。

 

 「気付いたからこそ、応じる心に偽りなし。凡俗たる馬方が、必ず汝の旅路を導こう。たとえ詩神の掟を逆手取ろうと、我が命を()とすに(あた)わず」

 

 藤木コウタとは、そういう人間なのだろう。

 仮に世界と大切な人を天秤にかけるならば、彼は世界も大切な人も()()()()

 自分以外の何かに成り果ててまで、事を成そうなどとは考えないし、出来はしない。

 ()()までいこうとも彼は真っ直ぐなだけの、普通の凡人。それに不満を抱きながらも、そんな自分に胸を張ることが出来る人物だから。

 

 ゆえに、それは(あらわ)れるのだ──神機強化という星光(カタチ)となって。

 

 「超新星(Metalnova)──

 雷鳴と轟く水煙よ(Mosi blow)天地を繋ぐ馭者たれ(Iphikles)!」

 

 半神半人の英雄を運ぶ者。

 天地奈落を駆け巡った人間の従者。

 二頭立ての戦車を巧みに操る(ぎょ)(しゃ)が、今ここに輝照を果たすのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 「いっけぇぇぇえええッ!!」

 

 ──刹那、残弾など知らぬとばかりにコウタが猛攻を仕掛ける。自動小銃と汎用機関銃、二つの特徴を兼ね備えた銃身による連続射撃は絶妙で、まさに天衣無縫の鋭さに迫る。

 と言っても、実弾を撃ち出す訳ではない。遠距離型神機とは、オラクル細胞をエネルギー弾に変換して撃ち出す装置なのだ。

 

 当たり前だが、(アラ)(ガミ)にも個々の特徴と弱点がある。たとえば、眼前にいるコンゴウは火と雷の属性に弱い。

 コウタの使用する遠距離型神機モウスィブロウは、雷属性のバレットと相性が良く、相手よりも優位に立ちたいのなら、バレットを雷に切り替える方が良いだろう。

 だが、今の彼はそれをしない。まるで、()()()()()()()とでも言うように、火と雷のエネルギー弾を交互に撃ち出していく。

 

 コウタは()()()()()()()()()()()()()()()()というのに……

 

 無論、一つのバレットに複数のエネルギー弾を仕込めない訳ではない。だが、それを戦闘中に行うなど絶対に不可能だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()それが、異能看破のきっかけとして、コハクに糸口を掴ませる。

 

 「──即時バレット編成、なるほど……それなら納得だ」

 

 そう、それこそが藤木コウタの星辰光(アステリズム)。その効果は至ってシンプル、()()()()に他ならない。

 凡俗たる馬方従者(イフィクレス)……その名の通り、彼の星は前線に立つあらゆる者を(すく)うべく、何処までも早く、速く、(はや)()()()()()()()()()()()()

 

 たとえば今こうしているように、己と感応する星辰体(アストラル)を利用して、エネルギー弾の源を自主的に集めることも可能にする。

 如何に神機奏者(ゴッドイーター)が人間兵器たる星辰奏者(エスペラント)を土台にしているとはいえ、血肉通う生物だ。

 身体能力、反射神経、代謝の活性化による治癒力の上昇や、物質硬化の星を利用して肉体防御力の強化は見込めても、発動体の()()()()という概念はそうそう上げられるものではない。

 

 ゆえに、コウタの星は単純ながらに非常に強力だった。

 本人の無計画な性格とその銃身による(ほん)(ろう)が合わされば、まさに移動する弾幕射撃。並の防御力では突破することさえ叶わないだろう。

 よって此方(こちら)も炎翼加速に用いていた炎を全身に(まと)わせ、鋼さえ焼き尽くすほどの熱を持った不滅の鎧を作り出す。

 防御面を高めることで、同期による誤射を確実に防ぐ方向へと舵を切った。

 

 「が、あ……ああああぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!!」

 

 弱点である火と雷属性のエネルギー弾で表面の肉を(えぐ)られながら、コンゴウが怒りの咆哮を上げる。

 無線の向こうで、こちらの様子を観察していたヒバリから活性化の(しら)せが届くものの、コハクという生きた火球は止まらない。

 ()(ふう)の如く吹き(すさ)ぶ弾幕射撃を背に、一瞬でコンゴウの(ふところ)に飛び込んでいた。

 

 もし仮に、(アラ)(ガミ)にも感情というものがあるのなら、彼は間違いなく呆然としただろう。

 10m近い距離を──しかも弾幕射撃が引き詰める中を──瞬く間に詰めるなど、人間業ではない。

 にも関わらず、やってのけたのである。この、(せい)(ひつ)な目をした人間は。

 そして、寸分の躊躇(ためら)いもなく、狂いもなく、コハクは槍の穂先をコンゴウの顔面に突き刺すのだ。

 

 「ぎゅがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 猿を(ほう)彿(ふつ)とさせる顔面を破壊されて、痛みにのたうつコンゴウ。

 暴れる巨体に押し潰される寸前、コハクが後ろに飛び退()けば、それと入れ替わる形でコウタの弾丸(ホシ)がコンゴウに殺到する。

 その数、実にこの刹那で千発以上。自動小銃の規格を完全に逸脱しているが、何ら不思議なことではない。

 元より対人用に造られた従来の銃身と異なり、コウタたち遠距離専門の神機奏者(ゴットイーター)が使用する神機は、対アラガミ戦を想定して造られている。

 加え、基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)に切り替えているとなれば、語るに及ばず。

 

 ゆえにこの時、(じゅう)(たん)(ばく)(げき)もかくやの勢いで連続した銃弾は、驚異的な威力を(もたら)した。倒れながらも、振り下ろそうとしていた力任せの打撃を相殺し、動きを止めてパイプの結合を壊してしまうほどに。

 

 「ぐううぅ、がああああああああッ!!」

 

 苦悶の咆哮を上げながら、突然コンゴウが後方へ飛び退(しさ)る。

 同時に、胴体を風船のように(ふく)らませて、壊れたパイプから空気弾を連続で打ち下ろしてきた。

 

 「コウタッ」

 「おうッ!」

 

 頭上から迫る空気弾を、コハクはコンゴウに追い(すが)る形で、コウタは空高く跳躍することで回避。

 狙いの()れた空気弾は雪の地面に当たり、地吹雪が舞い上がる。

 結果、一気に視界が悪くなった。しかし、コハクはそれすら意に介さず敵の元へ肉薄していく。

 

 それにコウタも気付いたのか。未だ空中に身を置きながら銃を構え、同期の援護をしようと銃声を轟かせる。

 星の力を得たモウスィブロウに援護され、着地したコンゴウの目の前にコハクは自ら進んで(おど)り出た。

 

 「があッ!!」

 

 (わずら)わしげな咆哮と共に、引っ掛けるように突き出される左フックは、ひた速い。

 狙いもなければ、予備動作もない。ただ無造作に、力づくで獲物を排除しようと叩きつけてくる。しかし、コハクは下から払い上げた石突部分でその軌道を逸らした。

 流れるように槍を後方に回転させ、強く右足を踏み込みながら、コンゴウの巨体を縦一文字に斬り上げる。

 

 「……………………!」

 

 声にならない絶叫を上げながら、コンゴウの体勢が大きく()()った──その時。

 

 「これで、トドメだぁっ!!」

 

 駄目押しだと言わんばかりに、コウタはLLサイズのエネルギー弾3連発をコンゴウに叩き込んで──

 

 「が、がああ……

 

 遂に、コンゴウの生命活動が完全に停止した。

 

 鎮魂の廃寺に静寂が戻り、自然と沈黙が降りる。

 背後にいるコウタから(かた)()を飲み込む音が聞こえたような気がしたが、恐らく気のせいではない。

 これから行う作業を(かんが)みれば、むしろ彼は普通の反応を示していた。

 

 新兵二人に、異形の死骸は黄色く(にご)った瞳を向けている。

 猿を思わせるその顔に浮かぶのは、憤怒の形相。生意気にも自身に抗う卑小な人間たちを許さぬ暴虐の(そう)(ぼう)は、まさしく荒ぶる神のそれと言えるだろう。

 深い溜息を吐いて、コハクが死骸の前に歩み出た。

 

 「()()()()()は趣味じゃねーんだがな……

 

 心底嫌そうな口振りで、しかし、その表情には任務中の時と同様、(いち)()の隙も感じられぬ(せい)(かん)さを浮かべたまま、コハクは殺したてのコンゴウの元へ歩み寄る。

 肩に乗せた槍を気だるげに下げて、構える。その穂先は、既に息絶えたコンゴウに向けられており──ならばこそ、コハクは死体イジメと評したのだ。

 

 確かに、(アラ)(ガミ)は人類にとって()()(たい)(てん)の天敵である。

 しかし、だからと言って、その尊厳を踏み(にじ)る行いをしていい理由にはならない。

 それを理解した上で、ゆえに──

 

 「悪ぃな、俺らも生きる為だ。容赦してくれ」

 

 言って、コハクは神機を捕食形態へと変化させる。

 黄金に輝く穂より生まれた黒い獣の顎門(あぎと)が、(むさぼ)るようにその死肉に喰らつく。

 肉を引き裂き、噴き出る体液を浴びながら()(しゃく)を繰り返す光景に嫌悪感を覚えつつも、コハクは思うのだった。

 

 いつか、この光景も見慣れたものになってしまうのだろうな、と。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

     8

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 極東支部(アナグラ)へ帰投を果たした新兵二人は、普段通り榊の講義を受けていた。

 

 研究室に用意された床置きモニターには、ペイラー榊のなぜなに講座という、子供向け番組みたいな題名と共に、とてもファンシーな絵柄の榊とオウガテイルが表示されている。

 あれ、榊博士が自分で描いたのかな、とか。今日の講義、早く終わらねーかな、とか。そんな割とどうでもいいことを考えながら、コウタは眠気眼で榊の話を聞いていた。

 

 「完全環境都市(アーコロジー)という言葉を知ってるかい?

 アーコロジーとは、“それ単体で生産、消費活動が自己完結している建物”を指す言葉でね。そう、実は極東支部(アナグラ)を中心としたフェンリル支部は、一種のアーコロジーだと言えるんだ」

 

 榊の右隣にあるモニター画面が切り替わり、ファンシーなタイトル画面が一転して、荒廃したフェンリル支部の写真が映し出される。

 (アラ)(ガミ)の侵入を防ぐ外部周壁が見当たらないことから、恐らく対アラガミ装甲壁が開発されるより以前のフェンリル支部に違いない。

 事実、その写真には壁のような建造物が映り込んでいた。

 

 画面に向けられていた視線を新兵二人に戻しながら、榊は続ける。

 

 「これって、極端な話、ある支部を除いた全てのフェンリル組織が滅んでも、残った支部は単独で生産、消費活動を行い、今まで通り生き残ることが可能ってことなんだよ」

 

 そう言うと、榊は手に持っていたリモコンを操作した。モニターが切り替わり、今度は五枚の写真が挿入された説明書を思わせる映像だ。

 

 「極東支部(アナグラ)は、地下に向かって食料や神機、各種物資の生産を行うプラントがあり、外周部には対アラガミ装甲壁や、キミたち優秀な神機奏者(ゴッドイーター)を始めとした、強固な防衛能力もある。

 それがフェンリルの支部であり、人類を守るために最適化された完全環境都市(アーコロジー)なんだよ」

 

 強烈な睡魔と戦いながら、コウタが大きな欠伸(あくび)をして、背伸びをした──その時である。

 

 「ただ、そこにも問題はあって、それは収容可能な人口に()()()()()()()なんだ」

 

 榊の口から、一瞬でコウタの中にある睡魔を吹き飛ばす言葉が飛び出したのは。

 

 「キミたちも知っている通り、この極東支部の周囲には、広大な外部居住区が形成されている。しかし、彼ら(すべ)てを収容するだけの規模は、まだこの支部にもない。

 外周部に対アラガミ装甲壁を巡らすことが、今できる最大限の対処策なんだ」

 

 でも、とコウタは思わず口走る。

 二人の視線が自分に集まっていることも気付かずに、コウタは続けた。(とつ)(とつ)と。

 

 「それだけで足りるのかな。現に装甲は(ひん)(ぱん)に突破されてるんじゃ……

 「だからその為に、神機奏者(ゴッドイーター)の防衛犯が配備されている……

 

 意味がないと、言い終える前に榊が即座に反論する。

 だがしかし、何かに気付いたのか。まるで、自分の言動を恥じるように、彼は軽く咳払いをする。

 そして、コウタの方へ向き直ると、榊は誠心誠意を込めて謝罪してきた。

 

 「いや、すまない。

 コウタ君のご家族は外部居住区にいるんだったね。軽率な物言いを許してくれ」

 「いえ、おれはただ……

 

 ただ、もう少し安全を確保することが出来ないのだろうかと、思っただけ。

 せっかく対アラガミ装甲壁を巡らせているのに、物資不足で頻繁に突破されていては、宝の持ち腐れというものだろう。

 何より、客観的な事実を述べていただけとは言え、より大勢の人が榊と同じ認識を持てば、それこそ()()()()()()()の繰り返しだ。

 

 それだけは……

 それだけは、どうしても避けたいと思うから。

 

 コウタの真意に気付いているのか、いないのか。分からないが、どこか口惜しむように榊が内情を()()する。

 

 「本当は、極東支部(アナグラ)を地下に向けて拡大して、内部居住区を増やす計画もあったんだけどね……

 

 だが、その計画は実行されることは無かった。

 

 ここ極東支部には、旧暦の日本において神奈川県と呼称された土地と、ほぼ同じ活断層が確認されている。

 一般的に、地下は地上より揺れが小さくて安全とされているが、建物の支柱が折れてしまえば話は別だ。容易に逃げられる場所ではない以上、内部居住区を増やしていくわけにはいかない。

 

 「でも、その計画をより安全で完璧にしたのが、“エイジス計画”なんだよね!」

 「そうだね」

 

 問いに、返答はどこか冷めたもので。

 

 「現状、極東支部の地下プラントの多くの資源リソースは、エイジス建設に割り当てられているんだ」

 

 普段通りの明るさを取り戻しつつあるコウタとは裏腹に、今度は榊の顔に(かげ)りが指したように思えた。

 

 「その話は、また今度にしようか」

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 いつも通りの()(さん)(くさ)くも明るい調子で、彼は今日の講義の終了を知らせるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 「いやー、今日はすげーやりやすかったよ!」

 「そうか、そりゃ良かった」

 「こう、コハクがさ、ザシュッザシュッって斬ったり貫いたりしてさ、後ろに引いた後に俺がズバババッて撃ち込んだ時あったじゃん?」

 「そうだな」

 「コンゴウの奴よろけまくってたよな!?」

 「ああ、確かによろけてたぜ」

 

 その後、互いの自室がある区画に戻りながら、コハクとコウタは談笑を交わしていた。

 だがそれは、ほとんど一方的にコウタがコハクに語り聞かせているだけであり、コハクはそれに(あい)(づち)を打つだけ。

 

 「いや、本当にすげぇ! おれとあんたの見事な連携! 息ピッタリだったよな? ってか最強コンビじゃね?」

 「かもな」

 「こりゃあ、家帰ってノゾミに自慢できるぜ。地球の平和はおれが守る! ってさぁ!」

 「ふっ。頑張れよ、お兄ちゃん」

 「やめろよ、その呼び方! 気持ち悪ぃ!」

 

 別段、苦には思わない。

 恐らく、変な所だけ先祖に似たのか。コハクは話すことより、人の話に耳を傾ける方を好む。

 一種の聞き上手なのだろう。コウタの話を聞いている間に、自室のある新人区画の前に辿り着いた。

 

 「じゃあ、また明日な!」

 「ああ。おやすみ」

 

 夜の挨拶を交わしながら、コウタと別れた後、コハクは先ほど講義中に見せた同期の暗い影を思い出す。

 家族の為に──藤木コウタという人間の根底にあるのはただそれのみであり、それ以上でも以下でもない。

 それが何故、対アラガミ装甲壁の話になった途端、危ういと直感的に思うほどの翳が差したのか。

 

 そんな事を考えながら、突き当たりにある自室へ戻ろうと足を進めていた──刹那に。

 

 『無理もない。(けい)が感じているように、アレは(いささ)か危うい』

 「────!」

 

 ()()から語りかけて来る声に、思わずその場に立ち止まってしまう。

 いつの間にか当たり前のように受け入れていた内奥存在──11年前のあの事件以降、確固として存在するもう一人の何者かが、今朝の時と同様に語りかけてきたのだ。

 

 “……どういう意味だ”

 『言葉通りの意味だよ、英翼(ベレロフォス)。ひたむきな想いは力となり、(みち)(たが)えば心を壊す──アレはその典型だ』

 “………

 

 男の言う通り藤木コウタの原動力とは、家族に対するひたむきな想いだ。

 しかし、今回の講義で肝心の存在意義が家族を愛する己ではなない。家族の安全を確保してくれる()()しれない、エイジス計画に傾いていると分かってしまった。

 

 もし仮に、エイジス計画が何らかの原因で(とん)()したとしよう。その瞬間、彼の存在意義は崩壊する。

 そして最悪の場合、エイジス計画の成功を信じた自分自身に対する憎悪と(えん)()に囚われて。心が日増しに崩れていくのだ。

 

 “どうしたら良いんだろうな。あいつの想い自体、別に間違っているわけじゃねえ。希望を信じ、未来に進む心だって、とても当たり前で大切なことだろうが”

 『ふっ。なに、簡単なことだ。アレが迷い、悩んでいる時、相談に乗りつつ、共に支え合えば良い。丁度、今日のようにな』

 

 要は、今まで通り当たり前のことを積み重ねていくしかないということ。

 言外にそう言われ、思わずコハクはため息を吐く。その当たり前が、何よりも難しいことだと理解しているがゆえに。

 だがしかし、だからと言って、それを怠れば最悪の結果を招くことになる。その事実を、コハクは誰よりも知っていた。

 

 だから……

 

 『その糸、決して手放してはならんよ』

 “分かっている”

 

 男からの忠告を、コハクは素直に聞き入れる。

 それに満足したのか。男が微かに笑みを浮かべ、再び意識の深層へ戻ろうとしていく気配を感じ取った。

 

 “あ、おい。ちょっと待て”

 

 慌てて男を呼び止めて、はぐらかされ続けた疑問を口にする。

 

 “いい加減、教えてくれ。あんた一体、何者なんだ”

 

 刹那、男の気配が僅かに揺れた。そこから微かに感じ取れるのは、明らかな惑いと迷い。

 心の底からコハクを想いやるからこそ、彼は今、片翼の疑問に応えるべきか否かと考えあぐねている。

 無理もない。今までこの男は、名を尋ねられる度に、黄金の天駆翔(ハイペリオン)()()するだけで、本名を名乗ろうとしなかったのだから。

 

 こういう時、コウタの隣室に誰もいなくて助かると思いながら、コハクは返答を待ち続ける。

 数秒近い(めい)(もく)の末、彼はようやく真実の一端を開帳させるのだった。

 

 『ヘラクレス-No.γ(ガンマ)耀翼(アルカイオス)

 蝋の翼に手向けの花と捧げられた、救世主最後の人間性の塊だ』

 

 長い時を得て、大義も裁きも怒りも削り落とされ、雷神の側面を持つに至った、新たな太陽……

 

 英雄の一次感情を象徴する耀翼(アルカイオス)は、どこまでも穏やかに(おの)が真名を告げたのだ。

 

 そして、同時に神宿コハクは悟る。

 どうやら自分は、とんでもない運命に巻き込まれたらしい。

 

 何故なら、三番目(γ)がいるということは、その始まりとなる一番目(α)と、()の運命を司る二番目(β)がいることを意味するのだから。

 

 

 

戦いへの序曲/Sshlacht Overture...END

 

 

 






 終わったぁぁぁぁぁぁ!
 やっと、やっと、終わったよぉっ(´;ω;`)
 偏頭痛とコウタの詠唱に悩まされること、約二ヶ月半。ようやく、コウタを中心としたepが書き終わりました。

 最後の最後でアルカが全部持っていくのは、リメイク前から既に決めていました(笑)
 何せ、リメイク前はコハクに名乗るシーンすら描写していないという、酷い雑な感じでしたので( ̄▽ ̄;)

 そこで、第一章の最後を飾るコウタとの合同任務後に名乗らせるかと、本編に至る。
 黄金の天駆翔(ハイペリオン)はあくまでアルカの自称で、本名ではないと丸わかり。
 だって、アッシュの功績を鑑みれば、天駆翔(ハイペリオン)なんてコードネーム、歴史の教科書で出てきそうなほど有名だと思うの。

 後は、ヘリオスやケラウノス閣下のような名乗り口上をどうするか?
 最初は普通に、ヘリオスのオマージュで行くのを考え出たんだけど、アルカの正体を隠す必要性がない上に、早く判明させないと深堀出来ないので、どストレートに名乗って頂いた。

 余談だが、原始ケルトの太陽神は雷神も兼ねている。

 では、話もひと段落した所で、コウタのステータス。オープン!!

雷鳴と轟く水煙よ(Mosiblow)天地を繋ぐ馭者たれ(Iphikles)
AVERAGE(基準値)B
DRIVE(発動値) A
STATUS
集束性 A
拡散性 E
操縦性 A
付属性 A
維持性 B
干渉性 C


 モウスィブロウ イフィクレス

 藤木コウタの星辰光(アステリズム)
 能力は、神機性能強化・即時バレット編成
 詠唱の元ネタは、イオラオスとイフィクレス父子と、ケルト神話のロイグ。

 本来なら不可能な戦闘中でのバレット編成を即座に可能にする能力で、バレット内の属性を装填されたバレットに付属したり、集束性を利用することで貫通性能を高めることも可能。

 ただし、拡散性が壊滅的に低いので、放射や爆発などの破砕系バレットを使用し、再干渉。更に広範囲に攻撃することは不可能。
 反面、操縦性と維持性が高く、干渉性も平均的な為、広範囲に星辰光(アステリズム)の能力は広げられなくても、発射した弾丸をある程度は自由自在に操縦することが出来る。

 総じて前衛で戦う神機奏者(ゴッドイーター)の援護に向いた星辰光(アステリズム)
 後に可変式神機が主流になることを考えれば、彼の星辰光(アステリズム)は可変が上手く出来ない新型の神機奏者(ゴッドイーター)の強い味方になるに違いない。



詠唱

創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星

女神が育てた不死の蛇神。再生と増殖を繰り返す多頭竜(ヒュドラ)の首が、お前は無力だと未熟な勇者に毒を吐く。
ゆえ、彼は求めた。難行にさえ同行する者、お前の力を貸してくれ。疾風の如く戦車を駆り、毒蛇を滅ぼす我が一助となって欲しい。

ああ、己は何を勘違いしていたのだろう。
(さか)えの英雄、神成る戦士、()()なる名誉で褒め(たた)えようと、彼の本質は変わらない。我らと同じ独りの人間なのだ。

気付いたからこそ、応じる心に偽りなし。
凡俗たる馬方が、必ず汝の旅路を導こう。たとえ詩神の掟を逆手取ろうと、我が命を()とすに(あた)わず。

超新星(Metalnova)──
雷鳴と轟く水煙よ(Mosiblow)天地を繋ぐ馭者たれ(Iphikles)




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設定集(2)





・神宿コハク (18)

 声-三浦祥朗

 出生:2月10日 身長:177cm

 神機:チャージスピア/スナイパー

 

 極東支部において、初の新型神機奏者(ゴッドイーター)

 ペイラー・榊によるメディカルチェックの結果、非常に高い潜在能力が認められた。

 藤木コウタとは同時期に極東支部へ配属となる。

 

 自他共に認めるユルい性格で、常に気怠げで飄々とした調子を崩さない。そのため、やる気のない人物と思われがちだが、根はひたむきで誠実。

 優しく思いやりがあり、困っている人を放って置けない熱血漢な面も。

 

 基本的に面倒事や厄介事を好まず、平凡な日常をこよなく愛する。

 その反面、やる時は徹底的にやる性格。頭の回転が早く、戦局や敵勢力などの分析に長けていることから、部隊長としての素養も高い。

 

 が、先祖譲りのラッキースケベ体質。

 女性関係に滅法弱く、よくラッキースケベな展開に遭遇しては極端に狼狽して醜態を晒してしまうことも。

 

 

耀翼(アルカイオス) (?)

 声-田中秀幸

 身長:192cm 体重:77kg

 

 神宿コハクの精神世界に住み着く謎の男。

 彼を「英翼(ベレロフォス)」と呼び、その行動を試し、後押ししている節がある。

 

 何の脈絡もなくコハクの脳裏にビジョンとして現れ、時に助言を与え、時に叱咤し導く存在。

 基本的に感情が乏しく無表情な上、寡黙で物静か。滅多な事では現世に干渉せず、コハクの成長を見守ることに徹している。

 

 正式名称は、ヘラクレス-No.γ(ガンマ)耀翼(アルカイオス)

 どのような経緯で、また何が要因となって彼がコハクの精神に宿るに至ったのか、現時点では一切不明である。

 また、その容貌についても焔の救世主より別の誰かを彷彿とさせるが……?

 

 

神機感応奏者(ゴッドイーター)

 

 フェンリルに所属し、神機をを操りアラガミと戦う者。また、星辰体(アストラル)及び禍神体(オラクル)と感応することで超常の力を発揮する能力者──その名を神機感応奏者という。

 軍事帝国アドラーが生み出した星辰奏者(エスペラント)技術を土台にした新世代の超人であり、一般的には神機奏者と呼ばれる。

 

 一律して常人離れした身体能力を有し、(りょ)(りょく)、生理機能、知覚器官などなどが大幅に強化されている。

 その為、並の兵士とは一線を画する戦闘力を誇り、優れた神機奏者ならば、個人で大隊規模の戦力に匹敵する者がいるほど。

 

 星辰奏者(エスペラント)の最大の特徴である星辰光(アステリズム)を使用することが出来るが、神機を操るために「オラクル細胞」を自らに移植している。

 星辰体(アストラル)との適正に加え、神機との適合を求められるので、星辰奏者(エスペラント)よりも全体的な人口が少ない。

 また、星辰奏者(エスペラント)には星辰奏者(エスペラント)の完全上位互換がいたように、アラガミの中から神機奏者(ゴッドイーター)の完全上位互換が現れるのではないか? と疑問視されている。

 

 

・神機

 

 (アラ)(ガミ)に唯一対抗できる兵器。

 その正体はアダマンタイトで武装を施し、「アーティフィシャルCNS」と呼ばれる人為的に調整された「コア」を有する、言わば武器型の(アラ)(ガミ)そのものである。

 

 神機奏者(ゴッドイーター)は体内に投与された「偏食因子」を媒介とし、「腕輪」を通じて神機を操り、更に神機を媒介とすることで大規模な星辰体(アストラル)及び禍神体(オラクル)との感応を行使し、星辰光(アステリズム)を発現させる。

 

 神機と星辰光(アステリズム)の両方を操作する為には、星辰奏者(エスペラント)の強化措置を受け、「オラクル細胞」を人体に深く埋め込んで神経と接続する必要がある。

 この為、本人の遺伝的体質が該当神機に対して「適合」していることが前提必須条件となる。

 

 

・コア

 

 正式名称は「オラクルCNC」。「オラクル細胞」の群体としての(アラ)(ガミ)を制御する司令細胞群のこと。

 

 一体の(アラ)(ガミ)につき、一つのコアが存在する。

 無傷で取り出すことができれば、神機の中枢パーツとして利用することができ、加工されたコアは「アーティフィシャルCNS」と呼ばれる。

 

 この人工コアは、神機で荒神を捕食することで、感応する禍神体(オラクル)星辰体(アストラル)を増幅させて神機奏者(ゴッドイーター)の出力、能力を本人の資質以上に強化する機能を持つ。

 

 また、荒神から入手できる「オラクルCNS」は、「ビスマス鉱石」を彷彿とさせる極彩色をしているが、加工されたコアは宝石のような光沢を帯びており、個々人の適合神機により、色が異なる特徴がある。

 

 例:)コハク⇒レッドスピネル、ソーマ⇒ヘリオドール、リンドウ⇒アンバー。

 

 

・アドラー英雄譚

 

 (アラ)(ガミ)の大発生以前に作成された長編映像作品。

 軍事帝国アドラー・第37代総統、クリストファー・ヴァルゼライドの生前を描いた物語であり、その()(とぎ)(ばなし)から飛び出して来たような英雄の姿に(どう)(けい)を抱いたのか、「バガラリー」と二大巨頭を誇る超人気番組。

 

 物語は、英雄出撃→ガシッ、ボカッ→悪は滅びたガンマレイ♪という単純明快なもの。

 英雄に憧れる余り、「ヴァルゼライド閣下なら出来たぞ?」、「どうして本気にならないんだ?」と言ってヴァルゼライド並の意志力を他者にまで押し付ける(やから)が現れ、一時期社会問題にまで発展したという噂が存在する。

 





 書くことが……書くことが多いッ!
 なんとなく正田卿が設定集とキャラクター紹介を分けた理由が分かった気がする(遠い目)

 取り敢えず、第一章で触れた設定の中でもクロスオーバー要素を含み、尚且つ、今の段階でも引き出して構わないものに的を絞り込んで執筆。
 原作のデータベースを参考にしながら執筆したので、もしかしたら日本語が不自然な所があるかも(;´Д`)

 アドラー英雄譚に記した何処ぞの糞眼鏡や欲望竜を思わせる発言は、よくいる一部の過激ファンであって、断言して彼らの転生体ではない。

 それはさておき、アルカイオスの中の人は完全にイメージ。
 ヘリオスとは逆に、中の人をカグツチと同じにしても良かったんだが、そうすると糞眼鏡とも中の人が同じになるので止めた。
 カグツチはともかく、糞眼鏡と同じとか絶対ヤダ。

 ただ元ネタとしては、アンジェリークのクラヴィス。
 彼は闇の守護聖で、アルカイオスは光の眷属だけど(苦笑)

 余談だが、ビスマス鉱石の同位体は放射性元素らしい。
 …………………
 ( ゚д゚)はぁ?




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第二章 死想月天/Hecatos
第一話 死神の噂/Gerüchte den Tod 前編






 

     1

 

 

 異端なものには往々にして疎外感を抱く。

 強者、狂者、或いは弱者⋯⋯何でもいいが、突き抜けた個を見た時、その外れ具合に何らかの理屈を求めてしまうのが人類普遍の認識だ。

 

 努力(しか)り、覚悟(しか)り、不幸な過去や切実な理由があるからこそ素晴らしいと感じてしまう。

 よって逆説的に、()()()()()()()()()()()などにおいては何の免疫もないことの証明であり⋯⋯

 自分が()()()と呼ばれたのは、(ひとえ)にその(はん)(ちゅう)を逸脱していたため、異端なものを排除しようとした結果に過ぎなかった。

 

 これは言わば、それだけの話。

 誰であれ、異端と呼ぶに値するものを望んで(そば)に置いたりしない。まして今の時代、希釈効果を期待して群れている者もいる。

 そうした価値観も(あい)()って、自分──神宿コハクは()()()と認識されたのだ。

 

 そのこと自体に文句はない。むしろ、妥当な結果だろう。

 いくら日独ハーフと言えど、黒髪の父と茶髪の母の間から金髪の子供など産まれはしない。仮に遺伝子の突然変異や先祖返りだとしても、やはり確率が低すぎる。

 

 更に基礎代謝が普通の子供と比べて異様なまでに高く、八針を()うような怪我をしても翌日には傷が修復するともなれば、()もありなん。

 人間じゃない⋯⋯と、(ささや)く看護師の言葉を病室越しで聴きながら、なるほど。確かに、自分は周りの言う通り()()()だと、諦観とも違う感情で受け入れた。

 

 今の自分ならば、神機奏者(ゴッドイーター)である父親から偏食因子を受け継いだ影響だろう、と(いっ)(しゅう)するほど根拠のない暴言だったが、しかしかつての自分は十代未満の小童(こわっぱ)である。

 槍など握ったこともないお子様が、それが如何に根拠の弱い暴言であることか証明できるはずもなかった。

 

 直後にヒユリのことまで()()()と呼ぶ集団が現れて、その現場を運()く目撃したのも愚挙に拍車をかけていく。

 彼女まで危害が及ぶのならば、自分一人が標的になった方がマシと考えたのだ。

 ならば後は語るまでもないだろう。意図的に相手を拒絶するような言動と冷淡な態度を取ることで、危険の矛先を自分に向けるよう仕向けていった。

 

 何故なら──

 

 「俺も一応、男だからな」

 

 自分が住んでいた外部居住区を見渡せる場所にて、独り言のように(つぶや)いたのを覚えている。

 

 「せめて危ない目に()わねえよう、あいつのことは必ず守る」

 

 守る、護る──たとえ、この身が()()()だとしても。

 子供じみた、されど自分なりに精一杯の思考の末に掲げた誓いに嘘偽りはない。

 だからこそ、最後の最後まで大切なことを見落としていたのだ。

 

 心の底から失くしたくないと願いながら、その前提に()()()が存在したこと。

 拒絶の言葉に意味などなく、冷淡な態度を取れば取るほど、あちらから手を掴んでくること。

 本当に守りたいと願うのなら、今目の前にある現実を心から信じ抜くことなのだと言うことに──

 

 結果、当たり前に失い、当たり前に取りこぼした。

 守れたものは何ひとつとして存在せず、残ったのは彼女に命懸けで守られ、(こつ)(ぜん)と舞い降りた奇跡に助けられた自分の命だけ。

 彼女の未来を愛する余り、あらゆる過去を切り捨てさせようとした⋯⋯その(けつ)(まつ)がこれだ。

 

 自分と彼女の関係を、()()()()()で捉えてしまったこと⋯⋯

 そして、彼女の気持ちなど考えもせず、自分独りで勝手に決めて、勝手にやっていたこと⋯⋯

 

 間違えてはいないし、何もおかしくはない。

 自分の置かれた立場と状況を(かんが)みれば、時にはそういう押し付けがましい自己満足とて、立派な正論だ。

 

 ──ならばこそ。

 

 「もういい⋯⋯こんな強さ、俺には要らない」

 

 (うめ)くように絞り出した(どう)(こく)は、紛れもなく光に属する者としての自分に対する(けつ)(べつ)宣言だった。

 

 ああするべきだとか、資格がどうだとか、そんな()()()()()はどうでもいい。心の底から自分には不要だと思っている。

 ()()()()()()()()()()──その痛みを痛みだと思わずに、躊躇(ためら)いなく突き進めるほど自分は強く出来ていない。

 正誤の(はかり)なんて、下らないものは捨ててしまおう。大切なことは自分の“心”で決めるのだ。

 

 もう二度と同じ後悔を繰り返さないために。

 正論や王道を選ぶ強さより、しかし()()()()と選べる強さを掴むために。

 今度こそ──掴んだ手を離さないために。

 改めてそう意識した時、不意に世界の輪郭が白くぼやけていくのを感じた。

 

 あの日の約束を忘れないよう、過去(うしろ)を振り返る夢から覚める。そのまま現実へ浮上していく、刹那に。

 

 ふと、垣間見えた黄金へ自分は静かに振り向いた。

 

 そこにいるのは、常と変わらぬ一人の男。夢の中にも当たり前に存在する彼は、(もの)()げな瞳で空を見上げている。

 獣の(たてがみ)を思わせる黄金の髪が風に揺られ、舞い散る紫の(はな)(びら)と相重なって、およそ俗な気配を感じさせない。

 彼が目を細めた瞬間、その黄金の瞳に悲しげな(かげ)が降りる。

 余程、物思いに(ふけ)っているのだろう。いつも感じる圧力と質量は(なり)を潜め、周囲の成長を静かに促すような陽光の気配も感じ取れない。ただじっとそこに(たたず)んで、空を見詰めているだけ。

 

 何か思い悩んでいるのだろうか。

 そう思い、夢の中に留まろうと──(きびす)を返そうとしたが、しかし。

 

 「──何をしている? 以前忠告したはずだ、(ここ)に長居するのは懸命ではないと。さぁ、早く目を覚ますと良い。(けい)は今を生きる刹那なのだから」

 

 ⋯⋯動きを()いとめたのは、落ち着きのある優しい声。

 現実の肉体へ()かる小さな圧力と共に、鼓膜に響いた慈愛の言葉が自分を夢から目覚めさせていくのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そして──

 浮遊する意識が肉体の存在を知覚した、その時である。

 

 「おっきろ〜!!」

 「う"っ!?」

 

 そんな軽快な声と共に、何かが身体の上へ飛び乗ってきた。

 一体、何が起きたのだろう。不思議に思い、()(だる)げに前髪を()き上げながら、コハクはそっと目を開けて──

 

 「⋯⋯は?」

 「よ! おはよう、コハク。どうだ? ビックリしたか?

 おまえな〜、いくら仕事が休みだからってだらけ過ぎなのは良くないぞ! ほぉら、早く起きて一緒にメシ食おうぜ!」

 

 すぐ目の前に迫る(どう)(がん)、無邪気な口調で言い放つ。寝台に横たわったコハクの上に、見覚えのある相手が馬乗りになっていた。

 笑顔で顔を(のぞ)き込む猫めいた印象の大きな瞳。それを見た瞬間、なぜ彼がこんなことをしたのか瞬時に理解する。

 要するに、自慢したいのだろう。まだ入隊して数日程度しか経っていないが、早くもコハクは早起き常連客に名を連ねつつあった。

 

 無論それは、夢を見る形で過去(うしろ)を振り向いている弊害でしかない。だが、事情を知らぬ側から見れば、面白くないと感じるのもまた事実。

 加え、年齢が年齢だ。些細なことでも競い合い、意地を張りたくなる──そんな感情が強く出やすい年頃なのだろう。

 

 気持ちは理解出来る。

 出来るのだが──

 

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 年頃の男児が、齢19一歩手前の男の上に馬乗りしているというのは、なかなか不味いような気がしてならない。

 日頃から身につけていた首周りのマフラーがないせいで、元から高い露出度が更に強調されているわけで。意外に筋肉質なその体格に、意識せずとも視線が吸引されてしまう。

 鍛えられた筋肉というのは、男女問うことなく魅力的に見えてしまうのが人間の悲しい(さが)であり、意外と鍛えてるなー程度の認識しかない。

 が、世の中には同性だろうと関係ないと言って、(こじ)らせてしまう(やから)が存在するのもまた事実。

 

 「⋯⋯あー、コウタ? 起こしてくれたのは、ありががてーんだが⋯⋯」

 「うん? なんだよ?」

 

 首を傾げるコウタを見て、やはり無自覚かと、心の中で1人納得する。

 自覚有りの方が色々と厄介な気もするが、もしもを考えていてはキリがない。大切なのは、今この場において、藤木コウタに危機感が壊滅的に欠如していることだ。

 

 今とて、精神の昂揚が隠しきれないのか。人の上に馬乗りになりながら、嬉しそうに身体を左右に揺らしており、見る人によっては目に毒な光景だろう。

 そんな光景を目の当たりにしつつも、 心は一ミリもブレないのだから、光の眷属様々である。

 はぁ、と思わず吐き出した(たん)(そく)は、自分でも驚くほど実感がこもっていた。

 

 「⋯お前な⋯⋯流石にその体勢はないと思うぜ?」

 「はぁ? 何がだよ?」

 

 訳の分からない自己正当化と、今後ないであろう自身の属性に心の中で感謝を述べながら、コハクは仕方なさげに指摘する。

 だがしかし、同期の反応は鈍いもので。()(げん)そうに目を(すが)め、意味が分からないと言わんばかりに首を傾げるだけ。

 

 予想していた通りの反応に、本日二度目となる溜息を吐く。

 理解困難ならば仕方がない。ならば、彼でも分かるように言い方を変えるだけだ。

 

 「あのな⋯他の誰かに、お前が俺の上に馬乗りしてるトコを見られてみろ。下手すりゃ、即アウトな上に、俺の未来没収案件になるだろーが」

 「うぇっ!? ま、マジ?」

 「ま、最悪な⋯」

 

 真剣な眼差しで相手を見据え、自分でも驚くほど真面目な声で応じてみせる。

 それにより、ことの重大さを理解したのだろう。健康的な色をしたコウタの顔から、瞬く間に血の気が引いていく。

 

 「わ、悪ぃ! 別に、おまえを困らせたくて乗ったとか、そんなんじゃなくて⋯⋯」

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 「これは、その⋯妹を起こす時のノリと勢いが、癖で出ちまっただけで⋯⋯って、あれ? おれ、もしかして妹にもヤバいことしてる!?」

 「いや⋯身内相手なら問題ねーと思うが⋯⋯」

 

 問題は、いくら同期とは言え、血の繋がらぬ赤の他人にも同じ態度で起こそうとすること。

 極東の古い(ことわざ)に、親しき仲にも礼儀ありというものがある。つまり、親しみも過ぎれば遠慮がなくなり、不和の元になるので気をつけようという意味だ。

 

 コハクはそれを伝えたいだけで、別にコウタを混乱させる意図など断じてない。

 ないのだが⋯⋯

 

 「ちょ、ちょっと待ってろよ! すぐ退()くからなッ!」

 

 今どき珍しい、健全な精神を持ったまま成長した弊害なのか。顔を青くしながら、(ほお)を赤く染めるという器用な真似をして、慌ててコウタはベッドの上から降りようとする。

 しかし、その途中で足を()け布団に引っ掛けてしまい──

 

 「「あ──っ」」

 

 グラッと、傾くコウタの身体。

 反射的に腕を(つか)もうとするが、時すでに遅し。伸ばした手とすれ違うように、バランスを崩したコウタは寝台の上から転落する。

 

 「へぶしッ!」

 

 思いきり床で顔面を打ち付ける音と共に、コウタの情けない悲鳴が上がった。

 慌てて身を起こし、寝台の上から(のぞ)き込む形で、心配そうにコハクは、(おの)が同期を()()るのだ。

 

 「お、おい。大丈夫か!?」

 「あぉあぁ〜ッ、くぁwせdrftgyふじこlp───ッッ!!」

 

 するとそこには、打ち付けた顔面を両手で抑え、痛みに悶えるように、ゴロゴロと床を転がるコウタの姿。

 無理もない。何せ、頭から硬さのある無垢材の床に転落したのだ。その激痛は想像に(かた)くなく、彼が訳の分からない悲鳴を上げてしまうのも仕方の無いことだろう。

 

 「大丈夫⋯じゃあ無さそうだな⋯⋯」

 「当たり前だろ!」

 涙目で睨みつけてくる同期を見て、コハクは思わず溜息を吐く。

 仕方なさげに肩を(すく)めながら寝台から降り、備え付けの戸棚から救急箱を取り出す。

 そうして彼は(きびす)を返すと、痛みに悶え続けるコウタの傍に腰を降ろした。

 

 「ほら、()てやるから、いい加減止まれ」

 「うぅ〜、でもぉ⋯」

 「でも⋯じゃねえ。別に男だから〜なんて、厳しいことは言わねーが、それじゃあ診れるものも診れねぇだろ」

 

 そこまで言うと、床を転がっていたゴロゴロ虫は、(ようや)く転がるのを止めた。

 

 「⋯⋯分かった」

 

 ムクリと、コウタが起き上がる。

 彼の(ほお)に触れ、目立った怪我がないか、確かめていた──その時。

 運命の如く唐突に、部屋の扉が開いたのは。

 

 「よぉ〜コハク、朝だぞ、起きろー! 配属して初めての休日だからって、グダグダしてると、ラウンジが閉まっちまうぜ⋯⋯っと、ほうほう。なるほどなるほど。そうきたかー」

 

 そこに現れたのは、黒髪の偉丈夫。面白いものを見つけたと言わんばかりに、ニヤリと偉丈夫こと雨宮リンドウは口角を釣り上げた。

 

 ああなるほど、彼が起こしにくるほど熟睡していたのか。それはそれで嬉しいことだが、周りに心配をかけさせるのは良くないな──よし、新たな学びを得られて良かったなー、英翼(ベルレフォス)

 などと思考がフリーズしたせいか、混乱しつつも妙に冷静な気分になる。断頭台に上がる囚人とは、こんな感覚なのかもしれない。

 

 「こいつはまた⋯⋯()()()()()に来ちまったって感じか? そうかー、そうだよなー。お前らも新兵とは言え、立派な男だってことをすっかり忘れてたわ。

 とんだ野暮をして悪かったな。しかし、コハクって意外と大胆なんだなぁ、人は見た目によらずとはよく言ったもんだ」

 「な──」

 

 思わず反論しようとするよりも早く、コウタが全力で否定する。

 

 「ご、誤解ですっ! これには深い訳がっ!」

 「ほほぉ? 同期二人が、一つ屋根の下で、どんな深い訳があるって言うんだ?」

 「そ、それは──」

 「なに、恥ずかしがることはねえさ。オレはそこら辺の偏見なんざないし、誰にも言い触らす気はないからな。さあ、思う存分、春を楽しむといいぞ若者! 最後まで手取り足取りお兄さんが見届けてやるぜ」

 「だから、そんなんじゃないっての! だあ〜ァァァ、もぉーォォォ──おい、コハクも黙ってないで何とか言ってくれよ! このままだと、多分ずっとリンドウさんのターンだぞ。おまえだって、人のオモチャになるのは嫌だろ、なぁ!」

 「え? あ、ああ。そう⋯だな⋯⋯?」

 「何で語尾に疑問符を付けるんだよッ! そこは昨日みたいに、よく分からんくても格好よく任されてくれよォォ!!」

 

 訳も分からず、首を傾げて同意すれば、朝からキレのいいコウタのツッコミを浴びせられた。

 しかし、混乱するのも無理はない。何故なら、神宿コハクは自他ともに認める口下手だ。外交官をしていた先祖の如きコミュニケーション能力を彼に求めるなど、それこそ酷というものだろう。

 

 無論、コミュ障を患っている訳では無い。

 思考回路はショート寸前まで回転させているし、言い募るべき言葉も頭に浮かんでは消えるを繰り返している。

 要は、俗に言う許容量(キャパシティ)超過(オーバー)。あまりの混沌とした状況に、コハク自身の思考が追いついていなかった。

 

 加え──

 

 「おやおや、コハクさんにしては遅いと思い、見てきてみれば、お盛んですね? お二方」

 「状況を見るに、双方同意の上って感じー? ベッドの上とかに居てくれれば、シーツのシミとか確認して、お赤飯ーとか出来たのになー」

 

 誰も呼んでいないに、小悪魔な双子ウェイトレスがここぞとばかりに乱入してくる。もはや泣きっ面に蜂を通り越して、地震と雷が一度に襲ってきた感じだ。

 ああ、これはもう駄目だと顔面から血の気が引いた。隣のコウタを(いち)(べつ)すれば、コハクと同じような表情をしており、希望はどこにもないのだと悟る。

 そして、コハクは思った。この世に神などいない。仮に居たとしても、既に死んでいるだろうな、と。

 

 「二人して何言い出すんだよ! そんなんじゃないって、言ってるだろ!」

 「ええ、勿論。分かっていますよ、そんなこと」

 「へ⋯」

 「くくくっ⋯あーっははははは! お前らの反応、さいっこー! やっぱ、(いじ)りはこうじゃないとな!」

 「分かる。分かるよ、リンドウさん! 純情な子を弄る時の反応って堪らないよねー!」

 「ねー!」

 

 しかも、意図的に最悪な方向へ持っていこうとしている悪魔三人(トリニティ)に、コハクは頭を抱えたくなった。

 

 「な、な、な、な⋯アンタら最悪ゥゥッ! 女の純情ならぬ、男の純情を返しやがれェェェッ!!」

 「⋯⋯俺、泣いていいか?」

 

 終わることなき(いじ)りの円環に放り込まれた新兵二人に、為す術などあるはずも無い。

 色々と手遅れになった状況に、コハクはただただらしくなく弱音を吐くのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

   2

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それから、およそ小一時間後。

 ()う這うの(てい)*1で、コハクとコウタはラウンジを後にした。

 

 「つ、疲れたぁ⋯⋯」

 「俺、もう二度と寝坊しねー⋯⋯」

 「朝飯の間じゅう、ずっとあの調子だったもんな⋯⋯そりゃトラウマにもなるって⋯⋯」

 

 そう。というのも、あの後は更に輪をかけた混乱が二人を取り巻くことになったのだ。

 根掘り葉掘り()かれるだけに留まらず、あることないことを邪推されたりもした。

 

 無論、こちらも否定したが、否定すればするほど火に油と言わんばかりに面白がられるので、もはや脱出不可能な底なし沼状態。

 何とか朝食にありつけたのは良かったが、お陰で味気のないレーションが更に味気なく感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 思い出すだけで、どっとのしかかる凄まじい疲労感に自然と足取りも遅くなる。隣を歩くコウタも心底から参ったようで、いつもの明るさが()(じん)も感じられなかった。

 

 「リンドウさん⋯⋯終始あの悪戯っ子みたいな笑顔だったのを察するに、分かってて面白がってたよな」

 「ちくしょー! オレらが新人だからって、イジりやがって! 今に見てろよ!」

 「止めとけよ⋯⋯流石に相手が悪すぎる⋯⋯」

 

 ティナとティセは、手馴れているという印象を受けた。恐らく、彼女たちのような手練は、反骨心で燃える姿も楽しむに違いない。

 対して、リンドウは極東支部所属の神機奏者(ゴッドイーター)の中でもエース級だ。その実力は、一般的な神機奏者(ゴッドイーター)の3.2倍程だと言われている。

 何より、こちらの反応を見て楽しんでいた辺り、弄るのが好きなのに日頃は無視されがちなのだろう。だからこそ、その反動だと言わんばかりに弄り倒してきたのだ。

 

 様々な観点から見ても、勝てる見込みなど何処にもない。むしろ、反応すればするほど楽しむのが彼らのような人種だろう。

 ゆえに、今日は運が悪かったと言うことにしようと、二人で納得した末に(うなず)いた──その時。

 

 「ん⋯?」

 

 視界の端に、小さな人影が映り込む。

 思わずその場に立ち止まると、階段下に見覚えのある少女が(たたず)んでいた。

 

 物珍しげに周りを見渡すわけでも、年相応にはしゃぐわけでもない。顔を(うつむ)かせたまま、細かく肩を震わせて、千切れんばかりにスカートの(すそ)を握りしめている。

 コハクは直感で、彼女が泣いているのだと悟った。

 事実、僅かに(のぞ)く少女の(ほお)は赤みを帯びていて。ぽた、ぽたと、床の上には涙の雫が零れ落ちていた。

 

 「コハク? どうかしたのか?」

 

 それに釣られる形でコウタもまた足を止め、コハクが見詰める方角に視線を向ける。

 次瞬、息を()む音が響いた。驚愕に瞳を揺らし、受付前で静かに泣き続ける少女のことを凝視している。

 無理もない。いくらコウタが自他共に認める馬鹿でも、それは決して空気が読めないわけでもなければ、記憶力が悪いわけでもないのだ。

 

 知っている。覚えている。忘れるわけがない。

 否、忘れることなど誰が出来ようか──

 

 「あの子って⋯確か⋯⋯」

 「エリックの妹だよ」

 

 震えた声で、コウタが少女のことを口にしかけた瞬間、それに割って入る形でタツミが口を開いた。

 恐らく新兵二人が顔を出す前から、ラウンジに滞在していたのだろう。ソファに浅く腰を下ろしたまま、彼は言葉を継ぐ。

 

 「⋯⋯どうやら、自分の兄貴が死んだことに、まだ実感を持てないみたいでな。一人でここに来て、本当にエリックが死んだのかって、ところ構わず()き回ってんのさ。

 いやぁ⋯、流石にオレでも参ったね。エリックは⋯仲間は⋯死んだ⋯⋯って、教えたり、他の仲間が言い聞かせてるのを又聞きするのはさ⋯⋯」

 

 タツミの顔には、彼らしくない、乾いた笑みが浮かんでいた。

 無論、コハクは彼と共に仕事をしたことはない。だが、三日もあれば大森タツミという男を理解することができる。

 

 まるで、王道主人公のような男。

 困難に独り立ち向かうのが鋼の英雄ならば、彼はまさしくその対極。

 気心の知れた仲間がいるからこそ、どんな強大な敵にも立ち向かえる──そんな、子供たちが好むであろうヒーロー像を具現化したような人物なのだ、彼は。

 

 片想いの相手を前にすると、一転して情けなくなるものの、タツミは防衛班の班長だ。第二部隊と第三部隊を束ねる上司だ。

 自分の士気が下がれば、隊員達の士気が下がること。

 仕事が上手く回せず、空回りしてしまうこと。

 作戦に支障を来たしてしまえば、その苛立ちが仲間割れを呼び込んでしまうこと。

 そして、それら積み重ねが()()()()()を招くことを、彼は雨宮リンドウと並ぶ域で理解していた。

 

 だがしかし──ああ、()()()()

 

 「()くヤツがいりゃあ、来るヤツがいる⋯アナグラは今日も異常なし、ってか。

 いやぁ、()()()()()()()()とは、よく言ったもんだ」

 

 そう、呟かずにはいられない。

 ()()にタツミが先輩で、防衛の要である班の長だとしても、彼もまた独りの人間だ。痛いことは痛いし、辛いことは辛い──ただ、立場的に泣くことが許されないだけ。

 

 それを聞いて、コハクは目を細めた。

 上着の胸ポケットには、何時でも形見を手渡せるようにと、彼が身につけていたサングラスを入れてある。しかし、それは同時にエリックの死を現実として突きつけることに他ならない。

 だけど、受付前に独り泣く少女の姿を見て、このまま話を有耶(うや)無耶(むや)にしてしまうのも、彼女の心を傷付けるだけだと言うのなら──

 

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 長い(はん)(もん)の末、コハクは意を決して(きびす)を返す。

 

 「お、おい、コハク? 何処に行くんだよ?」

 

 歩き出そうとした刹那、コウタに声を掛けられて足を止める。

 コハクは同期の方へ振り返り、ばつ悪げに指先で頬をかいて、口元に苦笑を浮かべた。

 

 「エリックの妹のとこ。流石にあのままってわけにもいかねぇだろ?」

 「それはそうだけど⋯⋯あの子、まだ子供だし、そんな無理に兄貴が死んだって現実を教えなくても⋯⋯」

 「そうだな。教えたところで、嘘だって言われちまうかもしんねぇ」

 「なら──⋯⋯」

 「だが、同時に知りたいと思ってるはずだ。本当にエリックは死んだのか? 仮にそうだとして、何で死んだのか? って⋯⋯」

 

 かつての自分もそうだった。

 

 十年前のあの日、父が死んだかもしれないという現実に直面した時、()()()()()()()()()()()()()()()() ()という感情に駆られたように。

 彼女が死んでしまった時、何故、どうしてと、頭の中で疑問に思ったように。

 枕詞に多分きっと、という言葉がついてしまうが、今のエリックの妹も似たような状態なのではないかと思うのだ。

 

 それに──と、コハクは言葉を続ける。

 

 「タツミさんの言う通り、()()()()()()()()──けど、()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 「⋯⋯コハク」

 

 言葉を失うコウタに、今度は苦笑ではなく微笑みを見せる。それは、他者を想いやる父のような微笑みだった。

 

 「ま、どーにかなるさ」

 

 そして、エリックの妹の元に向かって歩き出す。

 

 他人は、自分の行動にどう思うだろうか?

 子供に対して残酷だ、と思われるかもしれない。他の光の眷属と何も変わらない、と軽蔑されるかもしれない。

 けれど、それでも構わない。

 少女の前で立ち止まり、片膝をついて目線を合わせる。

 

 「⋯君が、エリックの妹か?」

 

 確かめるように、コハクは問いを投げた。涙で濡れた相手の瞳を真っ直ぐと見据えながら。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

*1
大変な目に合って、慌ててやっとのことで逃げたり、立ち去ったりする様子。





 どうも、妹に「ヒプノシスマイク」を勧められ、1度沼るとトコトン沼る性格+小説の冒頭が苦手=更新が遅れに遅れたうp主です。

 いや、本当に申し訳ないです。
 一応、ちまちま書いてはいたんですが、中々に納得する冒頭が決まらず、難産になった次第です。

 コハクは光の眷属ですが、価値観は凡人寄りなので、過去の喪失でゼファーと同じ結論に到達してます。
 だから、光の眷属として未完成なんですね。そこは、幼馴染の少女を殺されたことで覚醒した疑惑のある閣下とは対照的かも。

 タツミさんに関しては、完全イメージ。
 「ONLINE」で「防衛レッド」と名乗るイベントがあり、そこから着想を得た感じです。

 それでは、今回はここまで。
 長らくお待たせして、本当に申し訳ございません。
 では、またの次回に| ・∇・)ノシ♪



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第一話 死神の噂/Gerüchte den Tod 中編





 

 迷いがないと言えば、嘘になる。

 

 躊躇(ためら)いも恐れも消えていない。痛みと苦しみも同様だ。そして、それも込みで自分なのだと受け入れられるほど、神宿コハクは器用ではない。

 本当にこれでいいのか。

 他に方法はないのか。

 自分の決断は目の前の少女の為になるのか。

 一方的なお節介になりはしないだろうかと、少女を目の前にした今でも尚、心の中で自問自答を繰り返していた。

 

 答えは、分からない。

 分からないが、しかし──

 

 "⋯⋯今は、信じて向き合うしかない"

 

 兄であるエリックの死を受け入れたくないが、その真偽を確かめたいと願う目の前の少女に、真っ直ぐと。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   3

 

 

 重い沈黙が降りる。

 コハクに声を()けられた少女は、涙に濡れた瞳を丸くさせて、じっと目の前にいる人物を凝視する。

 彼はただ、優しく微笑むだけ。重ねて問いかけたり、焦らせたりはしない。

 神宿コハクは、自他ともに認める口下手だ。だが、長所と短所は表裏一体という言葉があるように、それは逆説的に傾聴が得意であることを意味している。

 

 ⋯⋯だから、だろうか。

 

 「⋯⋯っ、うん⋯⋯」

 

 彼の問いに、少女は涙ながらに(うなず)いた。

 少し間を置いた後、コハクは重ねて問いを投げる。

 

 「名前を聞いても⋯?」

 「⋯エリナ⋯⋯」

 「慈愛の光(エリナ)、か⋯良い名前だな」

 「っ、当たり前でしょ。エリックが付けてくれた名前だもん」

 「⋯⋯うん」

 「エリックが⋯付けてくれたんだから⋯⋯っ、いい名前に決まって⋯⋯ぅっ」

 「うん⋯そうだな、ごめん」

 「なんで、あんたが謝るのよぉ⋯わけ、分かんない⋯⋯」

 「はは、確かに」

 

 自然と、乾いた笑みが(こぼ)れた。

 ああ。タツミもこんな気分だったのだろうなと、先にエリナと向き合い、何とか説得を試みた先輩に心の中で敬意を示す。

 理解と体験は違うのだ。実際に経験して見なければ、分からないことも沢山ある。

 

 「本当、は、ね⋯っ、ひとりで⋯⋯ここに来ちゃいけないって⋯⋯うっ、パパに言われてるの⋯⋯」

 

 ふと、小さな肩を細かく震わせながら、エリナが進んで語り出した。涙声で、(とつ)(とつ)*1と。

 

 「でもね、みんな⋯うそ、つくの、エリックが⋯死んだ⋯って!」

 「⋯⋯⋯⋯」

 「うそ、だよね? エリック⋯死んでないよね? お願いだから⋯⋯っ、うそだって⋯言ってよぉ⋯⋯」

 

 少女の切実な願いに、思わず奥歯を噛み締める。

 本音を言えば、その願いを聞き入れてやりたいと思う。だが、それは駄目なのだ。無責任に安直な嘘を(ささや)くなど、コハクには出来ない。

 何故ならそれは、最も彼女を傷付けてしまう行為だから。真実を知った時にきっと、悲しいほどに泣かせてしまうと分かるのだ。

 

 だから──

 

 「エリックは⋯もう⋯いない」

 

 心の奥に走る痛みを噛み締めながら、コハクは声を絞り出すように、優しく、優しくそう告げた。

 

 幼い子供だから? 可哀想だから? そんなことで真実を隠して? (やさ)しい冗談はそこまでだ。

 エリナの為に戦い続けたエリックにも悪ければ、何とかして彼の死と向き合おうとしている目の前の少女にも悪いだろう。

 

 「ほら! またウソ言ってる!」

 

 しかし、エリナは首を横に振って、エリックが殉職した日と同様、その事実を否定する。

 無理もない。ある日突然、身内が死んだと知らされて、その現実を簡単に受け入れられる人間などそうはいない。

 ましてやそれが、家族や友人、恋人などの親しい者であればあるほど、尚のこと信じられなくなる。否、信じたくないと言うべきか。

 

 そんな、まさか。アイツに限って、そんなこと──と、考えずにはいられない。

 頭では理解していても、心がそれに追いつかない。なんてことも、時にはあるのだから。

 

 「やっぱり私が確かめなきゃ⋯! ねえ、基地の中に入れてよ!」

 

 今すぐにでも階段を駆け上がりかねないエリナを見て、コハクは反射的に彼女の手を掴んだ。鋭い眼光に射抜かれながら、それを静かに受け止める。

 微かに首を横に振って、エリナの心を傷付けないよう、細心の注意をはらいつつ想いを()めて言葉を選ぶ。

 

 「ごめん⋯出来ることなら、確かめに行かせてやりてーけど⋯⋯関係者の付き添いがないと、基地の中に入れねえんだ」

 「どうして!?」

 「どうして、か⋯⋯これで君が納得してくれるとは思えないけど、基地の中には、俺らでも入っちゃ行けない場所があってな。

 そこに誤って迷い込んだりすると、衛兵に取り締まられたり、下手したら怪我をしちまう可能性もある。だから、付き添いが必要なんよ。万が一の時、危ないことから君を守ってやれねえだろ?」

 「でも⋯、それ、でも⋯⋯ッ、ぅ、⋯わた、し⋯⋯」

 

 それでも、エリックに会いたいのだと──泣きながら続けたエリナの言葉に、コハクは目を伏せる。

 胸ポケットの辺りを握り締め、ゆっくりと深呼吸してから、真っ直ぐと目の前にいる少女を見据えた。

 

 そして、静かに問いを投げかける。

 

 「本当に⋯エリックのことを確かめたいのか?」

 「⋯⋯うん」

 「たとえそれが⋯⋯君の望まない結末だったとしても?」

 「⋯⋯⋯⋯⋯うん」

 「⋯⋯分かった」

 

 エリナの決意が固いことをきちんと確かめた上で、コハクは胸ポケットに入れて置いたエリックのサングラスを取り出した。

 もはや原型も留めていないほど砕けてしまったそれは、生前のエリックが身につけていたものだ。

 

 サングラスを身につけている神機奏者(ゴッドイーター)など、この極東支部(アナグラ)では恐らく、彼しかいないだろう。

 仮にそうでなくとも、エリックがこのサングラスを大切にしていたことは、砕けてもなお残る手入れ具合から想像に(かた)くない。

 

 「⋯これは⋯⋯エリックの⋯⋯」

 

 事実、エリナはそれを一目見ただけで、エリックが常に身に付けていたものだと見抜いてみせた。

 小刻みに肩を震わせながら、(せき)を切ったように問いかけてくる。

 

 「ねぇ、どうして⋯? どうして⋯、あなたがこれを⋯⋯エリックのサングラスを持ってるの⋯? どうして、こんなに⋯ボロボロに⋯⋯ッ」

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 コハクは何も言わず、しかし沈痛な面持ちで少女と向き合い続けていた。サングラスを握り締めて、エリナは身を乗り出す。

 

 「あなた⋯エリックの近くに⋯⋯いたんでしょ? だから⋯だか、ら⋯⋯ッ、エリックのサングラスを持ってたんでしょ? だったら、どうしてエリックを助けてくれなかったの? ねぇ、なん──」

 

 手元のサングラスに涙をこぼすエリナを、コハクは優しく抱きしめた。

 

 「⋯⋯、⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 ()ける言葉が見つからない。

 どんな言葉も不適切に思えるし、何を言っても陳腐(ちんぷ)に聞こえてしまいそうで。

 だけど、目の前で悲しむ少女を放って置くことが出来なくて。 

 

 例え、()()()()()()()()()()()()()()()から、彼女の悲しみを和らげたい。

 その想いで、自然と──本当に自然とした流れで、触れる寸前で躊躇(ためら)いながらも、コハクはエリナを抱き締めたのだ。

 

 「う、うぅ⋯、ぁ、ぅ⋯⋯」

 

 その想いが伝わったのかは分からない。分からないが、しかし──

 

 「あ、あぁ、ああああああ──」

 

 ようやく兄の死を自覚し、涙が止まらなくなったエリナは本格的に嗚咽(おえつ)を上げ、瞬く間に号泣へと変化していく。

 ⋯そう、いくら彼女が望んで手にした真実とは言え、愛する人の死を実感して、普通でいられる人間などそうはいない。これはただ、それだけの話に過ぎなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

   4

 

 

 それから(しばら)くすると、エリナの父と思しき人物が、極東支部(アナグラ)のエントランスに駆け込んできた。

 

 恐らく、父に無断で此処(ここ)に来たのだろう。彼女の名を呼びながら、走り寄ってきた彼の顔に日頃の優雅さは何処にもない。

 だから、更に彼が少女の名を呼ぶその前に、コハクは口元で人差し指を立てた。そっと視線を落とした先には、泣き疲れて眠ってしまったエリナの姿がある。

 紳士のような男は、そんな娘を複雑な思いで見詰めた後、起こさないように彼女を抱えて、深々と頭を下げるのだ。

 

 「すみません」

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 (きびす)を返し、遠ざかっていく二人の気配。コハクは無言で彼らを見送る。

 何も言わない。言えるほど雄々しくはない。

 そんな強さは余計で、不必要で、気持ち悪くて⋯⋯

 

 心の中で独り誓う気にもなれない。

 綺麗で雄々しい宣誓(せんせい)をしたところで、心の傷は()えたりしないのだ。

 失えば穴が空く。魂に空隙(くうげき)が生じてしまう。

 だがしかし、それを癒してやれるのは当事者だけ。外野に出来ることなど、たかが知れている。

 

 「あの⋯、コハクさん⋯」

 

 その時、ふと声を()けられた。

 (うつむ)き掛けていた顔を僅かに(もた)*2、音源であるヒバリへと視線を向ける。

 

 ⋯彼女は、酷く罰悪げな顔をしていた。

 いや、実際に罰が悪いのだろう。

 

 何故なら──

 

 「すみません⋯本来なら、わたしの仕事だというのに⋯⋯」

 

 殉職した神機奏者(ゴッドイーター)の遺族に事情を説明し、落ち着かせるのもまた、オペレーターたる彼女の仕事だ。

 ただ今回は、当事者が当事者であるがゆえに、どう対応すべきか分からなかったのだろう。少なくとも、第三者では測りきれない苦悩と(しゅん)(じゅん)を繰り返したに違いない。

 

 そんな光景が、容易に想像出来て、頭の中にひとつの映像として浮かび上がる。

 だから、コハクは無言で首を横に振った。

 

 「⋯⋯別に良いさ。こういうのは、流石に得手不得手があるからな。それに⋯⋯あいつの形見も渡してやれたし⋯⋯」

 

 あの少女も、(ようや)く兄の死を受け入れられたようだし。

 

 「だから、まぁ⋯困った時はお互い様ってことで」

 「⋯⋯はい」

 

 渋々と言った様子で(うなず)くヒバリを見た後、コハクはエントランス二階で呆然としているコウタに視線を移す。

 

 「悪ぃな。まだ朝だってのに、湿っぽい思いさせちまって⋯」

 「ぇ⋯ぁ、いや⋯⋯べ、別にお前が謝ることじゃねえだろ。だから、お前もあんま気にすんなって」

 

 言いながら、コウタの浮かべた笑顔は何処かぎこちないものだった。しかしそれも、むべなるかな。あの光景を、あのやり取りを見て聞いておきながら、自然と振る舞える者などそうはいない。

 タイミングが良かったかは分からないが、場所を間違えたなと心の中で反省する。配給日に何か詫びでもした方が良いだろう。

 そう思いながら、ソファから立ち上がった──その時。

 

 「いやぁ〜。流石(さすが)、リンドウさんの弟子は伊達じゃないね〜」

 

 コハクとコウタのすぐ脇から、下卑(げび)た声が響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 そこにいたのは、1人の青年。

 コウタと同じくらいの身長と、まだあどけなさを残す顔立ちが印象的な青年だった。

 

 だが、口元に浮かべた笑みは底意地の悪いもので。一言、場の空気に似つかわしくない。

 わざとらしい嫌味を無視するのは簡単だ。しかし、あまりに空気を読まぬ発言を見逃す訳にはいかないだろう。

 コハクは眉間に(たて)(じわ)を寄せ、やや険の込めた声で応じる。

 

 「何を勘違いしてるかは知らねえが⋯⋯俺は別にリンドウさんの弟子じゃない。ただのあの人の部下だ」

 「へぇ、その割にはリンドウさんから色々と気にかけて(もら)ってるらしいじゃねえか。聞いたぜ? 何でも神機整備もあの人が手伝ってるんだろ?」

 

 そこまで問われ、ようやく青年の真意を理解した。要は、新型の新入りが極東支部(アナグラ)きってのエースに目に()けられているのが気に入らないらしい。

 呆れて溜息を吐き、大仰に肩を(すく)めた。自然と、相手を見詰める瞳が冷たくなっていく。

 

 「⋯⋯あのなァ、気にかけて貰うことは、気に入られることと必ずしも同義じゃない。俺の神機が()()()だから、リンドウさんが気にかけてくれてるだけだ。

 テメェが事情知らずなのは仕方ねえが、勝手に嫉妬して人を揶揄(からか)うにしても、もうちと空気読んでから絡んでこいよ、()()。そんなんだから、ガキ扱いされるんだぜ」

 「んだと、てめぇッ!?」

 

 どうやら図星だったらしく、今にも掴みかかる勢いで、青年が食い下がってくる。

 

 そう、先輩。

 一見、少年に見紛(みまが)いそうなほど華奢(きゃしゃ)な体躯と、幼さを残す童顔な顔立ちをしているが、年齢はコハクと同じだ。

 極東支部に入隊して五年以上と、防衛班の中ではタツミに次ぐ古参の神機奏者(ゴッドイーター)である。

 しかし、ベテランという訳では無い。極東支部の一人前基準──ヴァジュラ一体を単騎で討伐というのもどうかと思うが──を満たしていない為、未だに半人前扱いされている。

 

 ゆえに、コハクは指摘した。相手の瑕疵(かし)*3を。

 何故なら、彼の中でガキ扱いされることと、半人前扱いされることは同義だから。

 

 「フンッ、まあいいさ。それより新入り、ちょっとした噂話があるんだ、耳貸しな」

 「断る。そんな気分じゃねえ」

 

 心底、興味が無いといった体で突き放す。嫉妬の念を抜きにすれば、彼の気さくな態度は嫌いではないが、時と場所が最悪過ぎる。

 何より、青年の浮かべる底意地の悪い笑みが(しゃく)に触って仕方がない。否、本能にも近い勘が告げているのだ。このまま彼と会話を続ければ、()()()()()()()()()()()()()と。

 それを避けるべく、コハクはコウタに目配らせして、先に行くよう促すが──

 

 「そう、つれねえこと言うなよ。おまえらにも関係ある話だぜ」

 「おれ達に?」

 

 コウタにまで話を飛び火させ、それに彼は釣られてしまう。

 

 「ああ、耳寄りな情報だ。聞いといて損はないぜ?」

 「⋯⋯どんな話だよ」

 

 階段を降りて来ながら、コウタはよろず屋の傍にいる青年へ聞き返す。

 無論、コウタに悪気は無い。彼は人の悪意というものに(うと)いから、自分にも関係があると言われると無視できなくなる性分なのだ。

 

 厄介なのは、それを赤毛の青年が理解していないことだろう。

 彼は単に反応の薄いコハクよりも、反応の分りやすいコウタに持ちかけた方が楽だと思い、それを実行しただけに過ぎない。

 

 「聞いてくか?」

 

 その問いに、コウタは頷いた。

 階段を降りてくるまでの間、その瞳には敬遠にも近い警戒が宿っていたものの、好奇心には勝てなかったのだろう。青年の話を聞く体勢に入っている。

 結果的に、彼の話を聞かないとは言い出しにくい空気となり、聞くしかないかとコハクは落胆するのだった。

 

 

*1
話しぶりが流暢でなく、途切れ途切れの調子で喋る様子の意。

*2
持ち上げる。首などを起こす

*3
一般に、きず・欠点などをさす。





 すげー難産で更新遅れた⋯⋯(;´Д`)

 特に、エリナとのやり取り。
 身内の死を受け入れられない人と、どう接したら良いのか分からなくて、リメイク前より苦戦した。
 リメイク前はノリと勢いで書いてた所があったので。

 GE2におけるエリナの人物像を踏まえた上で、悩んで悩んで悩んだ末に辿り着いた答えが、「ただ寄り添うこと」だった。
 やや実体験も込み。でも、こういう話って何が最善手なのか分からないよね。時と場合により、嘘をつくことも最善になりえるんだから、凄く難しい。

 作業BGMは「Ewige Wiederkunft」

 このBGMが流れると、大体ろくなことがないで有名なBGMですね。はい( °-° )

 ※オマケ※

 コハク「真面目にご先祖さまの爪の垢、煎じて飲みたいぜ」
 海洋王「うーん。流石の俺でも彼女みたいなケースは、ちょっと⋯⋯」

 という訳で、今回はここまで。
 では、またの次回に会いましょう| ・∇・)ノシ♪


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第一話 死神の噂/Gerüchte den Tod 後編






 

 

   5

 

 

 「そーいや、新型の方には自己紹介がまだだったな。

 オレはシュン。小川シュンだ。お前の言う通り、これでもオレが先輩だからな。先輩の忠告は素直に聞けよ」

 

 上から目線の口上に、コハクは思わず溜息を吐く。同時に、初の実践演習から帰還したコウタが彼に対する愚痴を漏らしたことにも納得した。

 高慢で横柄な態度は、時にトラブルの原因にもなる。だからこそ同期は、シュンの態度を指して、新人いじめするタイプと判断したのだ。

 

 何より、平然と空気の読めない発言をした先輩の言うことなど、素直に聞ける者がいるとは思えない。

 実際コハクは、恐らく──という枕詞がつくものの、彼の態度から(ろく)でもない話を聞かされるのだろうとさえ考えていた。

 

 「死んだエリックは、若手の神機奏者(ゴッドイーター)としちゃ腕は悪くなかったぜ。それが、こうもアッサリ死ぬにはワケがあるって話だ⋯⋯」

 

 言われ、コハクは怪訝(けげん)そうに目を細め、コウタは首を(かし)げる。

 要するに、エリックの死には()()()()()()()()()()()と言いたいのだろう。

 無論、そんなものなどありはしない。

 エリックが周囲の警戒を(おこた)り、油断していたところを荒神(アラガミ)に目をつけられて襲われた──これの何処(どこ)()()()()()()()()()()()と言うのか。

 

 「なんだよ? その、訳って」

 

 知的好奇心に負けたのだろう。コウタが(たま)らず、シュンに先を促した。

 彼は嬉々としてそれに応える。

 

 「簡単な話さ。おれたちの中に、()()()()()んだよ」

 

 刹那、不自然に鼓動が跳ねた。

 

 「⋯⋯⋯⋯死神⋯⋯だと⋯?」

 

 聞きたくないと、コハクは思った。けれども意に反して唇は動く。

 聞きたくない。聴きたくない。聞けば、心の中で渦巻いていた疑念が確信に至ってしまう。聴けば、無視できなくなってしまう。

 だが、聞かなければ、彼の真意が分からない。聴かなければ、受け止めることも出来ない。

 コハクの目が怪訝(けげん)そうに細められる。彼がようやく話に興味を抱いたと勝手に解釈したシュンは、したり顔で笑った。

 

 しかし。

 

 「なんだよそれ? 都市伝説か何かか?」

 

 コウタが呆れたように目を半眼にさせ、シュンに疑問を投げかけたことで、コハクはハッと我に返る。

 相手の空気に()まれかけていたことを自覚し、彼は(かぶり)を横に振った。額に手を当て、しっかりするよう己を叱咤し、大きく息を吐く。

 

 そして、コハクもまた、自分の意見を述べるのだ。

 

 「アホらしい⋯⋯もう行こうぜ、コウタ」

 

 加え、馬鹿馬鹿しい。荒神(アラガミ)が出現して以降、新西暦におけるの概念は一変した。

 結論から言うと、神は死んだ。人の手ではなく、(アラ)(ガミ)という新たな神の存在によって。

 

 少なくとも、旧西暦から続く宗教はそれが原因で衰退したと言っても過言ではない。

 聖教皇国と呼ばれた西洋の島国では、極東黄金教(エルドラド・ジパング)の時と同様、新たな神を盟主に迎えることで権勢を保とうと足掻いたものの、結果としては()もありなん。順当に荒神(アラガミ)に襲われて聖教皇国は滅亡した。

 

 もはや神とは、西洋でいう祈るものでも東洋でいう(まつ)(しず)めるものでもない。

 人類の天敵、絶対の捕食者、世界を破壊するもの──それが、今の新西暦(じだい)におけるの定義である。

 シュンの話にコハクとコウタが呆れたのは、無論それだけではない。

 エリックが死んだのは、死神と呼ばれる(なに)(がし)のせい──そう言外に語るシュンの姿勢に呆れたのだ。

 

 いや、気分を害したと言うべきか。

 

 二人は別に、自己責任論を語る気はない。立ち上がれぬ者は捨てて行けなどと言う戦場の、兵士達の、大原則であり絶対のルールに彼らは納得していないのだから。

 ゆえに当然、彼のように人死を嬉々として語り合う趣味などない。

 だから早々に話を切り上げ、退散しようと揃って(きびす)を返した──その時。

 

 「そいつの言ってることは本当だぜ」

 

 不意に、頭上から声が落ちてきた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 釣られ、視線をそちらに向ければ、ブロンド物で身を固めたくせっ毛の青年──カレル・シュナイダーが、人を小馬鹿にするような笑みを口元に貼り付けて階段を降りてくる。

 それを見て、コハクは舌を打ち鳴らした。この青年もまた小川シュンと同類だと見抜き、更に心が冷え込んでいく。

 

 コハクはついと(まぶた)を落として、沸き上がる激情を抑えながら口を開いた。

 

 「お前ら正気か? 本気で⋯⋯そんなことを言っているのか?」

 「ふん。正気も何も、()()()()()()。この支部には、死神じみた凶運を運んでくる奴がいる⋯シュンはそう言いたいのさ」

 「だったら、尚のこと性質(タチ)が悪い! まして、そんな話を面白おかしく言いふらすなんざ、馬鹿げてる⋯!」

 「はン! お前はあいつのことを知らないから、そう言えるのさ」

 「そうそう。だから、人の話は最後まで聞くもんだぜ、後輩」

 

 小馬鹿にするかのようにせせら笑う裏側で、何か別の(かげ)りが仄見えた。

 それは畏怖、嫌悪、忌避の類。およそ、この二人には似合わない、生々しい恐怖の感情そのものだった。

 コハクは僅かに眉を(ひそ)める。

 

 「何が言いたい?」

 「別に。ただ、稼ぎたいなら身近に潜む危険ぐらい知っといても損はない」

 「ああ、ソイツは荒神(アラガミ)より危険だぜ? 何せ、ソイツとチームを組んだ奴は、バンバン死んでいくんだからな!」

 「⋯⋯⋯⋯っ!?」

 

 思わず絶句したコハクの耳朶(じだ)に、シュンの放つ言の葉が突き刺さる。

 

 「その死神はよ⋯⋯ソーマってんだ」

 

 同時に、コハクは理解した。いや、彼の話を聞いたことで、胸の中で渦巻いていた疑念が核心へと至れたと言うべきだろう。

 あの日、ソーマから言われた、あの言葉。

 

 ──⋯⋯とにかく死にたくなければ、俺とはなるべく関わらないことだ──

 

 リンドウの想いを汲み取った上で解釈するならば、仲間想いゆえの自己嫌悪から飛び出した言葉と、受け取ることが出来た。

 だが、違う。ソーマのアレは、そんな(しゅ)(しょう)な心掛けだけでは成立しない。

 それには、ある種の事実が必要だ。他者を拒み、遠ざけるに足り得る"何か"があるからこそ、ソーマは無頼漢で居続けられる。

 

 何故ならカレルの言う通り、()()()()()()

 ソーマと組んだ神機奏者(ゴッドイーター)が高確率で死ぬことも、荒神(アラガミ)よりも危険な存在であることも。

 

 「アイツといると、荒神(アラガミ)が自然と寄ってくる。一緒にいるヤツは、すぐ死んじまうよな」

 

 だからシュンは、その事実を噂する。面白おかしく、さも世間話をしているような軽い調子で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 迂遠(うえん)に話すのは、聞かせた相手の反応を楽しむため。悪びれる様子がないのは、他者を(おとし)める行為に悦楽を見出しているからだろう。

 理由は不明だ。だが、そこはかとなく感じるものがある。

 彼は、ソーマのことが気に入らないのだ。

 

 「でもよ、アイツは何でか生きてるんだ。バースト時間もやたら長いしよ。

 な? 人間とは思えないだろ⋯? アイツはな、死神なんだよ」

 

 そうして同意を求められた瞬間、コハクの中で何かが音を立てて切れたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

   6

 

 

 「だからよ、お前らもあいつと組む時は、せいぜい死なねえように気を付け──⋯⋯」

 「──もういい、黙れ」

 

 るんだな、と続く言葉はしかし、不意に響いた地を()うようなコハクの声により寸断される。

 話の腰を折られたシュンは、苛立ちで顔を(しか)めた。一歩踏み出し、わざとらしく耳に手を当てながら、彼は改めて聞き返すのだ。

 

 「は? なんだって?」

 「聞こえなかったか?」

 

 それに返されたのは、どこまでも冷えた声だった。(ちょう)(しょう)でも(れん)(びん)でもない、シュンの気持ちと理屈に対して心底から()()()()()()()という、明確なまでの拒絶。

 まるで(はえ)でも追い払うかのような(いと)わしさを(にじ)ませて、コハクは告げた。

 

 「黙れと言った」

 「ごあァ───ッ!?」

 「なっ⋯⋯!」

 

 次瞬、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、シュンが冗談みたいに弾け飛ぶ。それを前にし、彼と共に新兵達に絡んできたカレルまでもが言葉を失った。

 そのまま鉄製の欄干に叩きつけられ、支柱を折り曲げる勢いで倒れ込むシュン。いかに彼が(きゃ)(しゃ)とはいえ、()()()()()()()()()()()で成せるような所業ではない。

 

 エントランスの床に座り込む形で倒れたシュンは、口元を手で拭うと、その手についたものを確認し(げっ)(こう)する。

 

 「⋯っの野郎ぉ⋯⋯、いきなり何しやがる!?」

 「⋯⋯テメェの話にムカついた。だから殴った⋯それだけだ」

 「はぁ!? 意味わかんねぇ! おれはただ、事実を教えてやっただけじゃねえか!!」

 「何が事実だ! ふざけるな!!」

 

 静かに応えたのも束の間、シュンのそれに倍する怒号が爆発した。

 

 世界を震わすほどの激しい感情の発露に、その場の全員が息を()む。

 唯一気圧されていないのはソーマ一人だけだが、彼にしてもある種の驚愕に近い思いを(いだ)いていたのは間違いない。

 それは、なぜ──という疑問。なぜコハクは、あんなに激怒しているのだろう。なぜコハクは、シュンの語る死神の噂が許せないのだろう。

 恐らくそれは本人にも答えられない問いで、()いた所で何の意味もない問いだった。

 

 約十年の月日を越えて理解した()()の心情の元、ただ譲れないという感情を胸に、神宿コハクは激怒する。

 

 「ソーマが死神だと? 馬鹿も休み休みに言えッ!

 あいつはあいつなりに、エリックを助けようとしてたんだ! 荒神(アラガミ)の接敵にいち早く気付いたのも、その危険を知らせたのも全部⋯ッ」

 

 心の芯を灼熱の怒りが貫く。握り拳へ更に力が()もる。駄目だ、駄目だと胸中で繰り返し自制を試みるが、覆水盆に返らず。

 一度溢れ出した感情は止まらない。

 

 しかしそれも、むべなるかな。コハクはエリックが殉職する瞬間を文字通り、目と鼻の先で目撃している。

 その日の任務が新兵の実地演習も兼ねており、作戦区域を指定したのは当然、彼等の上司である雨宮リンドウその人だ。

 共に出撃するだけで運が良いと評されるほどの実力者が、鉄塔の森に潜む危険を知らぬはずがなく──

 

 要は、単なる不運。エリックの油断と慢心が生み出した結果に過ぎない。

 頭では理解している事実だが、しかし素直に受け入れるには辛すぎて、心は今もそれを拒絶している。

 

 だから分かるのだ。

 アレは断じて、ソーマの所為ではないと。

 

 「テメェらにあいつの気持ちが分かるか? 知っていたのに何も出来なかった苦しみがッ! 助けたくても助けられなかった虚しさがッッ!!」

 

 確かに彼の人外じみた戦闘センスは、羨望の的ではあるだろう。

 まして態度や言動がアレなのだ。相手の言葉が正しいと理解できる分、余計に疎ましく思うに違いない。

 しかし、結局それは他人事だから感じることであり、当事者となれば見える風景も当然変わる。

 

 優れた五感も、桁外れな星辰(チカラ)も、現実を(くつがえ)すには足らない以上、ソーマにとって(とう)(ろう)の鎌にも劣る無意味な代物でしかない。

 何故なら、いち早く仲間の危機に気付いても、時既に遅く。それを知らせた所で、事態は好転するどころか悪化するばかり。

 ならばと助けに動いても、その手は空虚。何かを掴むことはおろか、仲間の元に駆け寄ることさえ(まま)ならないのだ。

 

 コハクは知っている、そのとき味わう死と喪失の痛みは想像を絶することを。

 やがてそれは後悔という、心を同じ(とき)に縛り付ける呪いの鎖と化すことを。

 

 ゆえにこれが、彼の源泉──怒りに燃える理由だった。

 

 当たり前だが、後悔など率先して抱くものではない。ましてそれを人一人に押し付け、有意義な話のごとく語るなど、狂気の沙汰と言える。

 彼でなくとも、健全な精神と倫理観を持つ者ならば誰であれ、シュンの話に顔を(しか)めるはず。

 

 事実、コハクの後ろに控えるコウタもまた、怒りで顔を険しくさせていた。

 

 「そんなことも分からねえ奴らが、好き勝手ばっか抜かしてるんじゃねェッ! エリックが死んじまったのは、あの場にいた俺ら全員の責任だ! エリックの所為でもなければ、誰か一人の所為でもない!!」

 

 周囲を警戒しながらも、後方支援の射程距離外に身を置いていたソーマ。

 遠慮がないエリックの態度に、何処か懐かしさを覚えて、気が緩みそうになっていたコハク。

 エリックに至っては、もはや語るまでもなかった。

 

 意味のない仮定だが、もしあの場で誰か一人でも()()()()()()()()()()をしていれば⋯⋯

 重軽傷は負うかもしれないが、死という唯一無二の終焉を迎えることはなかっただろう。

 良くも悪くも光と闇の眷属たちは身内を愛し、天敵を憎む傾向がある。ならばこそ、怪我をした事実だけでも目にすれば、コハクとソーマの二人はエリックが死んだ時と同様の反応を見せるのは自明の理だが⋯⋯しかし。

 

 今となっては、後の祭りという他ない。

 

 「それとも何か? 仲間を守れなかった負い目を、あいつ一人に全部背負わす気か? ハッ、ふざけろ。

 そんなことはな、心が卑しい負け犬のすることだ! もう、弱い奴ですらねえ!」

 「なッ⋯⋯なんだと、てめえ」

 

 怒りに任せて吐き捨てたコハクを、射殺さんばかりの目でシュンは睨みつけた。

 のろのろと立ち上がって、危なげな足取りでコハクに近寄り、その胸倉を無造作に掴みあげる。

 

 「⋯新人だからって下手にでてりゃ、ごちゃごちゃ好き勝手に言いやがって! 撤回しろ!!」

 「断る」

 「野郎ッ!」

 

 刹那、空いている右腕が(うな)った。

 コハクの左頬目掛けて飛ぶそれに、事の一部始終を見ていたヒバリとコウタが何やら叫ぶが、時すでに遅し。

 

 殴られた、とコハクは胸中で悟り。

 殴った、と──シュンの顔がその喜悦に歪んだのを目にしたと同時──

 

 「─────は?」

 

 頬から鋼鉄でも殴り付けたかのような、ありえない音がエントランス内に木霊した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 小川シュンのあるかも分からない名誉の為に言っておくならば。

 彼の拳は、確かにコハクの左頬を捉えてはいたのだ。ただ、その際に付随する反応が見られないのである。

 

 殴られた箇所から走る衝撃も、ぐらりと揺れるはずの視界も、肉体が訴える痛みも、今のコハクには何も感じられない。

 強いて分かることは、シュンの拳が頬にめり込んでいることだけだった。

 

 思いも寄らない異常事態に、コハクもまた驚愕する。

 怒りで沸騰していた頭が冷静さを取り戻し、ここに来てようやく、自分が()()()()()()()()()()()()()()()()ことを認識した。

 

 ゆえに、続くシュンの言葉も当たり前の反応として受け入れる。

 

 「殴ったんだぞ、当たったんだぞ、なんで平然としてられるんだよ、ありえないだろ!」

 「な⋯ッ。おまえ、自分から人を殴っといて、なんだよその言い草は!!」

 「おまえだって見てただろ? 聞いてただろ!? 殴られても平気な顔してるこいつをッ! 殴った所からありえねー音が鳴ったのをッ!!」

 「だからってなぁッ!!」

 

 言外に普通では無いと叫ぶシュンに、堪らずコウタが(はん)(ぱく)した。

 同期とて、シュンの話す理屈に思うところがある。

 そこに越えてはならぬ一線が加われば、年上相手にコウタが(ふん)(がい)するのも無理はない。

 

 ソーマの件もあり、言い合いになる二人を()()りながら、事の発端であるコハクは嘆くように溜息を吐いた。

 忌々しげに目を細め、誰にも聞こえない声で独り()ちる。

 

 「⋯⋯だから、()()()()()()()()

 

 だと言うのに、心の(うち)にある怒りは今も(くすぶ)っていた。

 恐らく、この怒りは別のところに因がある。ゆえに燻り、冷静さを取り戻してなお鎮火する気配がない。

 自分が納得する形で折り合いをつけぬ限り、これは決して消えることはないだろう。

 

 ならばと考えたコハクは、不意に踵を返した。

 細心の注意を払ってカレルの横を通り過ぎ、一人先に階段を登り始める。

 

 「あ、おい! 待てよ、コハク!」

 

 すると、それに気付いたコウタが、慌てて後を追いかけてきた。

 対してシュンは偉そうに鼻を鳴らしているが、それだけだ。

 よほど先の異常現象に堪えたのだろう。後を追いかけてくる気配はない。

 

 「いいのかよ、このまま逃げ出して! おれ、あいつらと組んだことあるから分かるけどけ、絶対あることないこと噂し始めるぜ、きっと! なあ、おい──」

 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 コウタが何やら言い募られても、今は無視を決め込む。下手に相手をしたら、彼にも怒りの矛先を向けしまいかねない。

 それだけはすまいと己を律し、残り少ない理性で同期の友人に謝罪しながら、コハクは黙々と歩き続ける。

 

 ソーマの()り方は、かつての自分と同じだ。

 拒絶こそが守ることに繋がるのだと信じて疑わず、健気にそれを貫こうとしている。

 だが、その先には何も無い。あるのはただ、大切なものを守ろうとして、()()()()()()()()という度し難い結末だけ。

 

 「⋯⋯⋯冗談じゃねえ」 

 

 吐き捨てると同時に、エントランス二階へ辿り着く。

 視線だけを動かして周囲を見渡せば、居住区用のエレベーターとは真逆の方向に、コハクが探す目的の人物は立っていた。

 

 物分りが良いように(うつむ)いているその青年は、こちらを見るなり忌々しげに顔を(しか)める始末。

 その態度が、余計にコハクの苛立ちを誘った。舌打ちし、再び歩き出してソーマの前に立つ。

 

 そして、一言。

 

 「で? テメェはテメェで、何ありもしねえ事実を受け入れてやがる」

 

 抉るような低い声で、シュンの時とは異なる怒りをソーマにぶつけるのだった。

 

 





 や、やっと書き終えた(震え声)
 まさか、こんなにも怒るシーンが難しいだなんて⋯⋯本当、正田卿って凄いやと改めて思いました。

 ただ、作品としてはまだ序盤中の序盤。
 そこまで詳しく描写せずとも、今は「ただそれだけ」で良いのでは無いか? と開き直った訳です。
 結果は、言わずもがなですね。神座シリーズの世界観を考慮すれば、コハクの異常性が分かると思います。

 まあ、怒るのが嫌な分、爆発した時の威力がとんでもねー人なんですけどね、彼。

 次回からは、リメイク前から大体コピペして、加筆修正するだけで済むコハクとソーマの殴り合いになります。


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第二話 喧嘩しよう/Lasst uns kämpfen 前編





 

    1

 

 

 重い沈黙が降りるエントランス二階。食堂へ繋がる扉を背にして、コハクとソーマは睨み合う。

 一触即発とはまさにこのこと。

 意図せず目撃者となった藤木コウタは、ただ(かた)()を飲み込むことしか出来ない。

 室内でも目深く(かぶ)ったフードの下、不意にソーマの瞳がついと細められた。

 

 心底うんざりとした様子で肩を(すく)め、彼は(おもむ)ろに腕組みをする。ただそれだけなのに、更に緊張感が増した。

 拒絶の意をコハクに示しているのだろう。

 重い口が開く。

 

 「⋯⋯何のことだ?」

 「エリックのことだ。聞こえてただろ?

 いいや、テメェなら全部聞こえてたはずだぜ」

 

 事実、彼の聴覚は常人の域を越えている。

 エリックに近付く(アラ)(ガミ)の足音さえ敏感に拾い上げているのだ。人同士の会話など、意識せずとも入ってきてしまうに違いない。

 図星なのか、ソーマは露骨にコハクから視線を()らして。

 

 「エリック⋯? 俺には関係ない⋯⋯弱い奴から死ぬ⋯⋯ただ()()()()()()だ」

 

 (うつむ)きながら、抑揚のない声で彼は答えた。

 ギリッと唇を噛み、堪らずコハクはソーマの(むな)(ぐら)を掴み上げ、逸らされた視線を無理やりこちらに向ける。

 その衝撃でフードが脱げて、浅黒い肌とは対照的な()の髪が(あら)わになった。が、この際そんなものは()()()()()()。 

 

 「違うッ! 俺が言いたいのは、そういうことじゃねえ」

 「ッ、──なら、何が⋯⋯」

 

 言いたいのかと、問い返してきたソーマに、コハクは顔を歪めた。わざわざ口にしなければと、激しく悲しむように、深く哀しむように。

 腹の底で煮え(たぎ)る怒りを必死に(こら)えながら、彼は言葉を(つむ)ぐ。

 

 「⋯⋯エリックが(アラ)(ガミ)に襲われる寸前、それにいち早く気付いたのはソーマ、お前じゃねえかッ」

 

 危険を知らせるように声を上げたのも、誰より先に駆け出していたのも、全て。

 少なくとも、コハクはそれを知っている。

 だからこそ──

 

 胸倉を掴む力が更に強くなる。

 怒りと悲哀を()()ぜにしたような光が、コハクの(メタル)(ブルー)の瞳に宿った。

 

 「それをテメェ⋯⋯、陰であんな風に言われて、なにすました顔して受け入れてやがるって、俺は言ってるんだッ」

 

 叩きつけるように怒号を上げれば、ソーマの瞳が当惑で揺れ動く。

 しかしそれも、むべなるかな。コハクの言葉に否定も拒絶もない。ただ光の眷属らしい真っ直ぐな(しん)()さをもって、闇の眷属へ喝を飛ばしていた。

 

 死神などと呼ばれてまで、人の死を背負う必要はない、と。

 殉職したエリックも、そこまでしてソーマに覚えていて欲しいなんて、思ってはいないはずだ、と。

 

 だが、その当惑も次の瞬間に消え失せて──

 

 「()()()()()()──」

 

 冷淡な語気で言い放ち、胸倉を掴み上げているコハクの手首を、ソーマは力づくで引き離した。

 怒りで感覚が鈍くなっているのだろう。骨が不気味な音を立てているのに、眼前の新人は眉一つ動かしていない。

 

 「俺と任務に同行した奴は、いずれ必ず死ぬ。しかも決まって、(アラ)(ガミ)に襲われてな」

 「⋯⋯観測計器だって万能じゃあない。そうやってお前は、自分に関係ないことまで自分のせいにする気か?」

 「⋯⋯⋯⋯っ⋯」 

 

 一瞬、ソーマが口を(つぐ)んだ。

 そう。コハクの言う通り、観測計器とて万能ではない。むしろ、精度が低くて日常的に緊急事態が多発している。

 相手は(アラ)(ガミ)。文字通り、我欲と衝動の牙しか持たぬ獣だ。そしてそういう存在と(たい)()した時、人は平静を保てない。

 何せ、当たり前に恐いのだから。

 

 ソーマとて、それは理解しているのだろう。

 閉じた唇の奥で歯噛みし、忌々しげに吐き捨てる。

 

 「それが何度も続けば、偶然は偶然じゃなくなる。シュンの野郎も言っていただろうが、俺といると(アラ)(ガミ)が自然と寄ってくるってな」

 「だったら、回復球設置するなり、リンクエイドするなりすればいいだろ」

 

 怒りの滲む声で()(だる)げに告げたコハクに、ソーマは鼻で笑い飛ばす。

 

 「ふん⋯。ルーキーも所詮、ただのルーキーか⋯⋯」

 「あ"?」

 「お前は知らないだろうが⋯⋯リンクエイドをする時、その神機奏者(ゴッドイーター)の間で荒神(アラガミ)にしか分からない匂いを発するらしい。

 奴らの中には、その匂いを()ぎつけて寄ってくるのもいる。無駄にリンクエイドしたところで、余計そいつを苦しませるだけだ」

 「お前⋯何が言いたいんだ⋯⋯?」

 

 問いに、ふっとソーマの表情が消えた。

 氷のように()てついた瞳でコハクを射抜き、彼はやれやれといった風情で肩を竦める。

 そして、ふいと顔を彼方に向けて。

 

 「なら、いっそ⋯⋯()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「──、──────」

 

 そんな、どこか懐かしい()(ろん)を、ソーマは言ってのけたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

     2

 

 

 「分かったら、もう──⋯⋯ッ」

 

 次瞬──ソーマの続く言葉を留めたのは、間違いなく殺気の類。

 空気が変わった。先程まで放たれていたものとは全く違う、異質な気が満ちていく。

 それは凄まじい威圧感を伴い、彼の肌をびりびりと刺す。全身が総毛立つのを自覚して、ソーマは反射的に眼前の青年へ視線を戻した。

 

 表情の抜け落ちた(おもて)が、静かにソーマへ据えられている。しかし、その瞳に宿るのは明らかな怒り。

 もはや、悲哀の色など何処にも宿していない。

 

 「おい、お前⋯本気でそう言ってるのか? だったらどうして、エリックを助けようとした? 死なせてやった方がそいつの為になるんだろ?

 なら、(アラ)(ガミ)に気付いて声なんか上げず、見殺しにすれば良かったじゃねえか」

 

 淡々と語るコハクの声音には、感情がまるで感じられない。

 ひくりと息を()んで、ソーマは驚愕に目を(みは)る。存在が(まと)う威圧に圧倒されながら、彼は口を開いた。

 

 「⋯⋯、なぜッ、そうなる」

 「はっ、惚けたこと言いやがる。何故もなにも、ソーマ。先にお前が言い出したことだろ、まさか⋯根暗すぎてボケたか?」

 「違うッ。なぜ今になって、エリックの奴を見殺しにすれば良かっただのと、そんなことを⋯⋯」

 「ああ、それな。別段不思議なことじゃねえだろ。簡単な理屈さ。じゃあ、お前が鈍感っぽく振舞えないよう、もっと分かり易く言ってやんよ。

 ──死なせてやるのがそいつのためになるなら、どうしてエリックを助けてやると思って、見殺しにしなかったんだって聞いてんだぜ、俺はッ」

 「⋯⋯っ⋯」

 

 言葉を吐き捨てられると同時に、コハクの全身から(にじ)み出したのは、紛れもない殺意と(かく)()

 彼は今、本気でソーマへ向けて、仲間を見殺しにしてしまえば良かったのだと告げている。

 あまりにらしくない言葉に、後ろで見守る同期でさえ驚きを隠せていない。

 だからこそ、そんなコハクが許せず、ソーマは怒鳴り返す。

 

 「──お前、⋯⋯ッ、馴れ馴れしいガキだッ!」

 

 己と対極に位置するはずの存在なのだ。殉教者よりも半端とはいえ、正しいことを、正しい時に、正しいように行える人間なのだ。

 決して穢れることのない光が、まるで()()()()が言い出しそうな極論を口にしたのが、我慢ならなくて。

 

 「とっととクソッタレな日常に慣れやがれ! ⋯⋯それしか⋯ねぇだろうがッ。それを承知の上でここに来た奴が、なに寝ぼけたことをほざいてやがる!

 投げやりそのものじゃねえか。ありえねえ⋯⋯似合わねえこと言うなよ、なんで言うんだよ、そんなこと言うようなタマじゃねえだろうが、お前はッ!」

 「何言ってやがる。言ったろ、人助けだと思えってな。そう感情的になるなよ、ソーマ。一回頭冷やして、よく考えてみやがれ」

 

 激昂を(はら)んで吼えに応じるコハクの声は、嫌になるほど落ち着いていて。

 

 「お前が抱えるその苦悩を、どうにか出来るかもしれねえ⋯⋯。俺は、さっきからそう言ってるんだぜ。

 ここにいる連中、みんな助けると思って見殺しにしちまえば、それで全部すっきりするかもしれないぜ⋯⋯ってな」

 「なにを⋯言っ⋯て⋯⋯」

 

 聞きたくないと、ソーマは思った。けれども、その意に反して唇が動く。

 聞きたくない。()きたくない。聞けば、必死に保っていたものが崩れてしまう。聴けば、逃げ続けることが出来なくなってしまう。

 なぜなら、光の強さと素晴らしさを誰よりも正しく評価し理解しているのは、他ならぬ闇の眷属である。

 

 負け犬みたいに死が救済などと、光の眷属が言うはずはない。彼らなら、そんな不条理さえ(くつがえ)せると、疎ましく思いながら信頼にも近い感情で本気にしないのだ。

 光の恐ろしさを理解しているからこそと⋯⋯予想した未来はしかし、皮肉にもその張本人によって否定されていく。

 

 「考えてもみろよ、ソーマ。仮に(アラ)(ガミ)に襲われてた奴を助けたとしてだ、それで何かが改善される訳でもねえのに、生きてるだけで(もう)けモンだなんて⋯⋯おいおい、本気で考えられると思ってんのか?」

 「それ、は⋯⋯」

 「無理だわな。ガキでも分かる」

 

 適合者のほとんどが若年層な神機奏者(ゴッドイーター)と、生きている実感がなければ生きていけない資質なき大多数の人々。

 対して敵は、その体を構成するオラクル細胞の存在により、討伐されても新たな個体が無限に形成され続ける荒神(アラガミ)の群れ。

 

 数も、質も、パワーバランスも──何もかもが違いすぎる。天秤の両端は常に片方へ傾いたまま、釣り合いすら見せていない。

 

 「つまり、抜本的な解決方法は無いわけだ。お前も言ったろ、ここじゃ死人が出るのは日常茶飯事だ。やってらんねえよ、まともに人助けしたって徒労に終わるだけだ。

 正直、お前の言う通りだと俺は思うぜ? 後はこの持論を、どう上手く貫くかって話さね」

 「貫くだと⋯」

 「そうさ。ただ生かせばいいってモンじゃない。だから、ただ楽に死なせてやった方がいい時もある。こう考えて貫いたら、話は全然変わってくる」

 

 今の時代、(まか)り通るのは弱肉強食の理だ。むしろ荒神(アラガミ)が出現する以前から、それを徹底する自然界において、人の営みこそ有り得ない。

 常に死と隣合わせの状況で、ただ生きているだけでも幸せだと取るか、それともただ(いたずら)に苦痛を長引かせるだけだと考えるか。

 倫理観を基準に判断すれば、前者一択。だがしかし、逆にそれを無視して人という生き物を考えるのなら⋯⋯

 

 「⋯⋯⋯」

 

 それは、あまりに無慈悲な天啓。

 そう、忘れてはならない。人間とは、とても弱い生き物である。

 

 少しの絶望と激痛を捕食者から与えられただけで、その大半がすぐに生き延びることを諦める。心身を破壊されながら、血を流しながら、なおも抵抗を選べる人間は極々稀だ。

 通常は腕一本も()がれてしまえば、それだけで彼らはこぞって死にたがる。

 現に外部居住区の底辺にいる人間は、その八割方が真面目に生きることを止めていた。もういいと思いながら、諦観に(まみ)れた日々を無気力に過ごしているから──

 

 「なあ、よく考えたら笑い話じゃねえか、これ。

 良かれと思って人助けしてるのによ、助けられた側の大半はそれを余計なお世話だと思ってるんだぜ? 骨折り損にも程があるだろ」

 

 にやりと、皮肉を利かせるように唇の端を歪めるコハク。

 そう、今を生きている人々が助けて欲しいのは、荒神(アラガミ)からでは断じてない。

 ただ()()()()()()()しかない、今の生活⋯⋯否、救いようのない世界そのものからだった。

 

 無論それは、神機奏者(ゴッドイーター)とて例外ではない。

 人同士の戦争でさえ、長引けば長引くほど人の心は()り切れていく。ならば、荒神(アラガミ)との戦いも言うに及ばず。

 そうして疲れ果ててしまえば、人は生きていることが嫌になる。死に場所を求めるようになる。

 

 「不幸中の幸いか、お前がいるのは討伐班だ。無関係な人間を無関係なまま見殺しにする必要はねえだろうし、気兼ねもいらないぜ。何せ、向こうから勝手にくたばってくれるんだからな。

 そうなりゃ話は簡単だ。ここにいる連中全員、弱い奴から諦めて無関心を貫いたまま、お前はただ堂々と開き直ればいいのさ」

 

 偽悪的な態度で、コハクはソーマの持論を具体的に代弁する。

 神機奏者(ゴッドイーター)は代用の効く歯車。見つけるのに時間は掛かるものの、代替品がないわけではない。ならば、それはつまり⋯⋯

 

 「⋯⋯⋯⋯⋯」

 「そういうことだ。死んじまうんだったらな、助けなけりゃいいんだよ。それこそ永遠に」

 

 二の句が継げない。握り締めた拳に、自然と力がこもる。

 コハクが語ったのは、理想的なソーマの在り方だ。全ての生命を等価にすることで、死を(いた)む行為そのものの意味を投げ出す。

 大切に想うことが二度となくなるのなら、それは生きながらに他者を死亡させているのと同じことだろう。

 

 死への対策、正面から向き合う以外の解決法。光のように振り返ることなく、何もかもから逃げ出すという最も闇の敗残者が得意とする安全策。

 どくんと、不自然に鼓動が跳ねた。

 

 だが、それは、そのためには──

 

 「だから、なぁ」

 

 一歩、コハクが距離を詰めてくる。

 掛けられた言葉は親しげだが、その顔に先ほどまでの偽悪的な笑みはない。

 ソーマの目の前に立つ青年は、凍りついた目で彼をじっと見据えながら、やおら*1唇を小さく動かした。

 

 「リンドウさんもサクヤさんも、諦めちまえよ」

 

 心臓が跳ねる。

 死を想え(メメント・モリ)──人はいつか必ず死ぬのだ。彼らとて、いつまでも強者でいられる訳ではない。

 それは世の理。生きとし生けるものは(すべ)て、その条理に縛られている。

 

 「それが出来ないってんなら」

 

 (おもむ)ろに、コハクが自身の胸元へ手を据えた。まるで、()()()()()()()()()()()かのように。

 

 ⋯⋯いや、実際に()()なのだろう。

 

 「もう一度、あの時と同じように」

 

 鼓動が跳ねる。

 あの時と同じように、とは。何のことだ。

 どうしてか、物心つくより前の記憶が(のう)()に浮かぶ。曖昧とした自我の中で、手から()()が零れ落ちて、後に残るは奇妙な空虚さだけ。

 瞬間、言いようのない恐れが胸の奥に広がり、コハクから離れようとソーマは知らず後ずさった。

 

 一方の青年は、怒りの割に泰然(たいぜん)とした様子で、(しん)()な眼差しで彼を見据えている。

 しかし、ソーマの態度に苛立ちはしているのか。忌々しげに舌打ちをして、コハクは冷めた声で続く言葉を吐き()てた。

 

 「俺を諦めれば、すぐ楽になれるぜ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()

 鼓動が跳ねる。

 もう一度、あの日と同じことをすると。お前が未だに逃亡を選び続けるのなら、望み通りにしてやると。

 そう何よりも明確に、誓いすら伴わせて告げられた瞬間が……我慢の限界だった。

 

 

 

 

*1
ゆっくりと動作を起こすさま。おもむろに。





 セリフ回しって難しい⋯⋯( ̄▽ ̄;)
 後、喧嘩シーンのインプット資料が少ないorz
 何で、玲愛√の蓮VS司狼を参考にしてます。

 いやー、本格的にコハクとソーマの喧嘩が始まるところまで書きたかったのですが、その前半部分を加筆しただけで1万字を軽く突破。
 あ、これ、1万字と少しなんて文量で収まんねえな⋯⋯('ω' ;)と気付くまで執筆し続けていたら、必然的に更新日が遅れたorz

 いやー、書くのが楽しくて楽しくて(;・∀・)

 それでは、今回はここまで。
 リメイク前と同様、長くなると思いますが、よろしくお願いします。



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第二話 喧嘩しよう/Lasst uns kämpfen 後編




 更新が遅れて申し訳ありません。
 新年のご挨拶の後、急に用事が入ってしまい、書き初めの日に間に合わせることが出来ませんでした。
 前回に引き続き、インプットが少ないため、Dies iraeの蓮と司狼の喧嘩を参考にしてます。
 最低でも月一ペースで投稿していきたいと思っているので、これからもよろしくお願いします。



 

   3

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 瞬間、ソーマは背後の壁を殴りつけた。

 同時に響くのは、耳を(ろう)する大轟音。これには流石のコウタだけでなく、エントランス内にいる誰もがビクリと肩を震わせ、驚愕する。

 

 力任せに殴打したのだろうか、その壁には巨大な(ひび)が入っていた。衝撃で()がれた破片が、ぱらぱらとソーマの足元へ落ちていく。

 だが、そんなものに一瞥(いちべつ)*1をくれる余裕など今の彼にはない。

 

「⋯ふざけるな⋯⋯ふざけるなよ、ルーキーッ!

 ()()()()()()()()()()()だと? そんなこと、俺は絶対に──⋯⋯」

「ふざけてんのはそっちだッ! いつまでもそうやって、逃げ続けられる訳ねえだろうが!!」

 

 怒号が飛び交い、食って()かったソーマを強烈な威圧が襲う。

 獣のような眼光。先ほど、シュンに見せたものとは質の違う⋯⋯本気の怒り。

 

 それはもうどうしようもない、二人の間に生まれた溝で。完全に互いの見ている地平がズレた、その証左だったから。

 

()(くび)るなよ、俺は本気だ」

 

 抑揚のない声で言われ、ソーマは思わず目を見開いた。コハクは続ける。

 

「ラリってるんじゃねえぜ、ソーマ。目玉磨いて、脳味噌丸洗いしてから周りをよく見てみやがれ。

 お前の言う同行者は死んだ、エリックもだ。今更テメェが訳分かんねえ意地張ったところでなぁ⋯⋯もう何もかも手遅れなんだよ!

 言ったろうが、他ならないてめえ自身が。とっととクソッタレた日常に慣れろ、それしかねえだろうがって⋯⋯ありゃなんだ? どういうことだ? 今のてめえの態度と比べてよ。

 死んだらそいつに(すが)りつくための言い訳か? 違うのか? そんなシケた(つら)しやがって、まだスカしたこと抜かしてカッコつけやがって。

 今のお前は、落としたもんが石ころだろうが、宝石だろうが、何の区別もついてねえ。全部失っちまった後になって、大切だったことに気付いて、落っこちたもん片っ端から抱え込んでるだけのクソガキだ。

 戻ってこねえよ、みっともねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()⋯⋯本当イライラするぜ」

 

 歯噛みし、睨みつけてくる激情が、痛い。

 何よりも。押し潰されそうで、辛くて。

 

「そうさ死んじまったんだよ、もう二度と戻っては来ねえ。

 なのに吹っ切れることもなく、死人みたいな理論いつまで垂れ流してやがるんだ、てめえはッ。悔しくねえのかよ、死なせたくなかったって吼え返してみろッ!」

「黙れ⋯っ。お前には、関係ない!」

 

 反論に僅か敵意が薄れ、コハクは(ちょう)(ろう)の笑みをこぼした。

 

「⋯⋯じゃあ、どうするんだ? いつまでもそーやって永遠と延々に、積み上がった髑髏(どくろ)の山でも()でてるつもりか?」

「違うッ!」

「何が違うんだよ。今だって、()()()()()()()()()()()()

「⋯⋯ッ!?」

 

 思わず絶句したソーマの耳朶(じだ)に、コハクの放つ言葉が突き刺さる。

 

「図星か⋯⋯お前、意外と分かり易い奴なんだな。少なくとも、俺にはお前がそう見えるぜ。

 過去を引きずって、後悔ばっかして、いつも死を想ってやがる。だからお前は、生きてる奴を見ないんだろ? 大切に想えないんだろ?

 馬鹿が。いい加減気付けよ、ソーマ。そーやって過去(うしろ)向きに逃げ続ける限り、お前は何もかも失う羽目になるんだぜ」

 

 確かに、彼の言う通りだった。

 大切な人を失いたくないと想うのなら、怒りよりも、憎しみよりも、恐れよりも。他のどんなものよりも、いま目の前にある現実と向き合わなければならない。

 その分、喪失した時の痛みは計り知れないが、まだ結末に納得して乗り越えることは出来るだろう。

 少なくとも、まるで昨日のことであるかのように、愚痴(ぐち)(うら)みを垂れ流すことはないはずだ。

 

 けれどソーマの理屈にとって、それは決して(うなず)いてはならない言葉でもあったから──

 

「お前が⋯⋯お前こそ何言ってやがる、ルーキー。らしくなく、弱きじゃねえか」

 

 震えそうな声で否定する。まるで、信じられないと言わんばかりに。

 

「俺のことなんざ気にせず、お前はただ()だけを見てればいい。簡単なことだろ、勝手に諦めようとしてるんじゃねえッ」

 

 悲しいわけではない。痛いわけでもない。なのに心の底から激情が込み上げて、喉に絡まる。

 それが表に出ないよう必死で(こら)えながら、ソーマは語気(ごけ)を荒げた。

 

「偽悪的な態度なんかやめちまえ。言わせて貰うが、似合ってねえんだよ。お前の十八番(おはこ)は、頭の硬さと頑固さだろ? ならそれらしく、ブレずに負けん気でも燃やしたらいいじゃねえかッ。

 スカしてカッコつけてるのはそっちだ、賢そうに切り捨てさせる算段なんざつけんな──ッ」

 

 死神の噂を理不尽だと思うのなら、その原因ごとお前が焼き尽くしてしまえばいい。

 荒神(アラガミ)を駆逐する。誰一人として死なせない。お前もサクヤもリンドウも、何があろうと生き残る。どうしてそれに本気を出さない。

 

 その場にいた誰もが、ソーマの激しさに息を呑んだ。

 対するコハクは、瞠目(どうもく)したまま彼を(ぎょう)()している。

 驚愕で瞳が揺れ、次いで困惑。そして深い嘆息の後、小馬鹿にするように口角を吊り上げた。

 

「はっ、何を言い出すかと思えば⋯⋯お前それ、()()()()()()?」

「なっ⋯」 

「悪いが俺は、鋼の英雄様でもなければ、焔の救世主様でもないんでな。

 あの二人みたいに、決めたからこそ果てまで()くとか⋯⋯俺には、()()()()()()()()()()()()()⋯」

 

 刹那、視線を落としてくしゃりと歪むコハクの相貌(そうぼう)

 気付いたソーマは、はっと息を詰める。初めて見る顔なのに、妙な既視感を覚えるのは何故なのか。

 だが、その表情は一瞬で消え、再び剣呑なものに変わる。

 

「話を戻すが⋯⋯お前、またエリックみたいに、大切だと想える奴が現れたらどうするつもりだ?」

「それは──⋯⋯」

「エリックみたいに遠ざけて、拒絶して、それで終わりか? 馬鹿が。それじゃ駄目だ」

 

 簡単に、それこそ呆気なく。考えていた言葉すら否定された。

 

「あの手の人種はめげることを知らねえからな、拒絶しても意味がねえ。例え手酷く罵倒されようが、ぶん殴れようが、お前の思い通りにはなってくれねえのさ」

 

 むしろ、その逆。ソーマの言葉や態度の裏に見え隠れする()()()()()を正しく汲み取り、淡い笑みすら浮かべて見せるだろう。

 君は優しいな、仲間想いだなと。言われた本人からして、見当違いも(はなはだ)しい評価を下しながら。

 

「その上で、だ──なぁ、ソーマ。お前一体、何がしたい?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 再び問われ、ソーマは返答に(きゅう)して唇を噛んだ。

 

 死神らしく仲間を見捨てるにしろ、しないにしろ。過程に重要なのは己の意志。

 もうそれしかなくて、その選択しかないのなら。

 この俺に、()()と言うのか? ■■■とこれから現れるだろう大切な者、その二つからどちらか片方だけを抱き締めろと?

 

「ま、そーいうこった」

 

 先ほどまでと打って変わり、静けさを取り戻したコハクの声音は、聞く者に薄ら寒さを感じさせた。証拠に彼の背後に控えたコウタが、堪らず生唾(なまつば)を飲み込む。

 一方のソーマは、眼前の新兵をきつく睨み返した。これほど彼が忌々しいと思ったのは、初めて共に任務をこなしたあの日以来である。

 

「で、お前は選びたくねえんだろ? だから俺が、嫌でもお前に選ばせてやるっつってんだぜ」

 

 ついと、コハクは目を細めた。言い逃れなど許さぬと言うように。

 

()()()()()()()()()。駄々こねて、逃げてばっかいるお前は、結局最後まで何も選べない。

 極限まで追い詰められねえと、お前は戸口を開けねえトロイの木馬だ。八方美人しやがって、今だってきっちりかましてやがる」

 

 冷たく響く声は淡々としていて、(だい)(おん)(じょう)で怒鳴られるより、余程心に突き刺さる。

 そこにあるのは、確かな思いやり。ソーマにかつての己と同じ(わだち)を踏ませたくないという、哀切の思いがよく分かる。

 難しいことは()(じん)もない。おかしなことも言ってはいない。

 

 コハクが伝えたいのは、とてもとても簡単なこと。そう──

 

「それが嫌なら、大切なことぐらい自分の心で選びやがれ! エリックの死を、無駄にすんなッ!!」

 

 ああするべきとか、資格がどうとか、そんな()()()()()()()()など関係なく、全ては己の心によって。そうでなければ意味はないのだと。

 そんな激烈な活が、神託を告げるかの如き忠告と共に轟いた。

 

 刹那に。

 

「──はっ、なんだそれは」

 

 吐き捨て、ソーマは乱暴にコハクの胸倉を掴む。次いでぐいと、華奢(きゃしゃ)な肢体を引き寄せた。

 (ぎょう)()してきた彼の視線が痛い。言葉の続きを促されているようで⋯⋯なのに何も言えず、息が詰まるような思いに襲われる。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 しかしそれも、むべなるかな。ソーマとて理解はしているし、気付いてもいるのだ。何もかも、コハクの言う通りであることを。

 けれど、無理なものは無理なのだ。彼は眼前の新兵みたく過去から学び、(ちゅう)(ちょ)なく他の道を選び取ることは勿論。選んで捨てて、残ったものを誇ることもできやしない。

 

 認めよう。相手の方が余程、自身よりも先に進んでいたのだと。

 闇の眷属だからだろうか。属性を言い訳にするつもりはないが、自分はいつまでもしがみついていた。今に積み重ねた喪失は、(すべ)てそれが原因だったのだと。

 

 けれど、ああそうだとも、()()()()()──

 

「ふざけるのも大概にしろ、ルーキー。目障りだ」

 

 冷たい語気(ごけ)で言い放ち、突き飛ばすようにコハクの胸倉から手を離す。

 加減などしなかったためか、思わず体勢を崩した彼が勢い良く床に尻餅(しりもち)をついた。その姿を冷めた目で睥睨(へいげい)しながら、ソーマは闇の眷属らしく(あざ)(わら)う。

 

 そもそも、おかしな話だ。いずれ現れるかもしれない大切なもののため、自分の意志で“《/ref》勝利《font:82》”を選べと言う割に、この青年は自分の存在を(かん)(じょう)に入れていない。

 恐らく、互いの属性を考慮した結果なのだろうが⋯⋯

 忘れてはならない、闇の眷属とは得てして、理屈よりも感情が先に来る生き物だ。相手の属性など些事(さじ)であり、証拠に前例もいくつか存在する。

 そうした自身の特性を、ソーマとて無自覚なわけがなく。

 

「俺のことなんざ放って置け。無駄な手間をかけさせるな」

 

 ゆえに拒絶する。選択肢など総じて邪魔だと(いっ)(しゅう)する。

 ああそうとも、こんなところで別の可能性(みち)に逸れるわけにはいかないのだ。

 

 手放したくないと、何故か強く思う目障りな一滴。

 自分に関われば最後、エリックよりも容易く(こぼ)れるであろう期待の新人。それを承知で(おの)勝利を選ぶなど、絶対にすることができなかった。

 

「勘違いするな。お前が何を簡単に切り捨てようが、なに勝手に⋯⋯俺の許可得て馬鹿げたことやろうが、俺には関係ない。

 いなくなるならいなくなるで、()()()()()()()()()()()。決まって俺を巻き込もうとするな。でないと、俺は──」

 

 お前を大切だと思うようになってしまう。

 たとえ英雄(ヒカリ)と同類だとしても、自分との任務で何とか生還してくれたこの新型を、知らず知らずの内に身内として見るようになってしまう。

 そんなのはごめんだ。絶対に認めない。

 お前にはずっと、それらしく──やり過ぎない程度に輝きながら生きて、馬鹿みたいに未来を目指してて欲しいんだ。

 

「だから⋯⋯お前は俺に関わるな。

 価値なんてつけるか、優先事項なんぞ知るか、できるかできないかにも興味はない。守ってやるつもりなんざハナからねえ。

 俺はお前に、関わるつもりはない。お前の存在に興味もない」

 

 大切な存在だと思える可能性があるからこそ、その選択のどれかを選ぶわけにはいかなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 ソーマの慟哭にも似た()(とう)の数々に、コハクは再び目を見開いた。

 

 何も言葉が出ない。返答もない。沈黙がおりる、数秒の永遠。

 (しゅん)(じゅん)は一瞬で──次の刹那には苦笑を(たた)え、やおらコハクは立ち上がる。

 そうして息をついて、やれやれといった()(ぜい)で肩を(すく)めた。

 

「はっ──全く、この博愛主義者は」

 

 その仕草からは険が取れていて、仕方なさげに髪を()いて⋯⋯

 

「いつまでもペラペラ──甘ったれたこと抜かしてんじゃねぇッ!」

「──ッ、が!?」

 

 刹那、暗転する視界。(ほお)を突き抜けた衝撃に身体は吹き飛ばされ、コンクリートの壁と激突を果たす。

 (とっ)()に片膝をついて、何とか座り込むことだけは阻止したが、顔面と背中──思いがけぬ場所への痛打に視界が(またた)き、素早く立ち上がることができない。

 意識さえ朦朧(もうろう)とする中、巨大な覇気を引っさげた影が歩み寄ってきた。

 

 ──本気だ。

 

 誰に言われるまでもない。ソーマに備わる闇の眷属としての本能が、もはや取り返しはつかぬと(けい)(しょう)を鳴らしている。

 

「な⋯何やってんだよ、コハクっ!」

「お前はすっこんでろ。これは⋯⋯俺とこいつの問題だ」

 

 慌てて止めようと駆け寄るコウタを、声で制した。

 片膝をついた姿勢から見上げた先には、こちらを見下ろすコハクの姿。

 

「ルーキーっ、てめえ⋯⋯!」

「怒ったかよ、腰抜け野郎。どいつにもこいつにもいい顔して、あれは嫌だ、これは嫌だ、その上これまで嫌だってか」

 

 彼の(メタル)(ブルー)の瞳が、凄絶に煌めく。

 

「だから結局、最後は誰かに寄りかかるんだ。いい歳しておんぶにだっこか、笑わせる。そうやって何でもかんでもすぐ誰かに与えちまうから、そいつがアキレス腱になっちまう。

 テメェ独りでどうこうしようとするのも、その裏返しだろ。誰かがいなきゃ立てねえから、そっちばっか見て、挙句テメェはそのざまか。

 阿呆(あほ)が。お陰で後悔しかしねえ大馬鹿になってやがる。どうしようもないな、こりゃ。戦いながら寝てるのか?」

「⋯⋯っ、なんだと⋯⋯」

「違うのかよ」

 

 ふらつきながら、上から目線で吐き捨てられる言葉へソーマは立ち上がる。

 睥睨しているのが(しゃく)(さわ)るのもあったが、何よりコハクにその視線を向けられることが我慢

 叩きつける気迫など意に介さず、返る視線は涼しげだ。けれど呼応するかのごとくエントランス内へ満ちるのは⋯⋯紛れもない戦意の類。

 

 同時、二人の脳裏に襲いかかったのは、雑音混じりの既知感だ。

 

 かつて何処(どこ)かで同じように対峙し、一方を排除した記憶が。その焼き直しをするように、後継者となって殺し合った経験が。確かな実感と共に押し寄せ、ソーマを激しく困惑させる。

 なんだこれは? 全く訳が分からない。

 辛うじて分かることと言えば、今まで静観していた()()()()()が現れたということだけ。まるで警告するかのように、破滅的な光と闇の決戦を流し込んでくる。

 

 一方のコハクに、戸惑いは一切見られない。

 恐らく、誰の差し金か気付いているのだろう。深い溜息を吐き、だがしかし──()()()()()だと(まなじり)を決する。

 

「⋯こいよ、ソーマ。喧嘩しようぜ。

 光だとか闇だとか、そんなの全部どうでもいい。俺とお前のケリを、今ここでつけようじゃねえか」

「野郎──っ!」

 

 脳内に響いたのは、自分でも正体が分からない、糸の切れる音。

 振り上げた拳に、一瞬の交差。

 喉を迸ほとばしったのは、怒りの咆哮で。そして間違いなく⋯⋯悲鳴の亜種でもあった。

 

 

 

*1
ちらっと見ること。ちょっとだけ見やることの意。





 長いこと苦戦し続けて思ったのですが、光の眷属の中にも「できない人」っていますよね、多分。
 ラグナロクの実況動画を見る感じ、ラグナは「できるけど自制してやらない」という印象を受けたのもあります。
 なら、私の書くコハクはその逆にしようと考えました。ただ腐っても光の眷属なので、仮にできても長続きしないぐらいの塩梅です。

 尚、実際にプレイはしていません。
 なので、ラグナに対する認識が間違っている場合、ご指摘して下さると助かります。

 それでは、また次回。


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