怪獣8号の二次創作 (多田七究)
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前編

 休日。

 正確には、日本防衛隊の一部隊員の。

 まだ、フル装備でなければ過ごせないほど寒くはない季節。どこかの寮の通路に、ひとつの人影があった。

 普段着のその人物は、銀髪。一見して、成人しているかどうか迷うほど若い。端正な目元にすこしだけ髪がかかっている。

 足は、日比野(ひびの)と書かれた部屋の前で止まった。

 コンコン。

 扉が2回叩かれた。ノックだ。返事がない。

先輩(せんぱい)?」

 男がドアノブに手をかけると、あっけなく扉が開いた。

 何かあったのか?

 嫌な予感を振り払うように、おそるおそる中に入る銀髪の男。

 殺風景な部屋の中には、布団の上で横たわる人影が。

「なんで寝てるんですか!」

 30歳くらいに見える人物が叩き起こされた。黒髪で短髪。すこしだけあごヒゲを生やしている。

「悪い。きのう飲みすぎて。あたた」

 眉毛が二股に分かれている男は、頭をおさえた。候補生とはいえ、防衛隊に入れたことが嬉しくて、かなり酒を飲んでいたのだ。

 半袖半ズボンの状態から服を着こむ男。

 二人が続けて部屋の外に出た。

 

「で、なんだっけ? 市川(いちかわ)

気分転換(きぶんてんかん)ですよ」

 どうやら、先輩(せんぱい)なる人物を誘ったのは、市川(いちかわ)と呼ばれた男らしい。

「自主練したほうがよくないか?」

「何をする気ですか。そもそも二日酔いで――」

 後輩(こうはい)の言葉を受け流し、中年の男は街の様子を眺めていた。

 街は普段どおりの人ごみであふれている。怪獣の姿は見えない。辺りをうかがう男が、ほっとした表情を見せる。

「あと、変身しないように」

「わかってるって。実験台になりたくないし」

 普通の人には理解できない会話をしている二人。

 その二人を、物陰に潜む黒い人影が見ていた。

 何者かは、まったく気づかれていない。

 しばらく経過。

「最近、ようやく慣れてきた」

「どうやって変身してるんですか?」

「そりゃ、気合いだよ、気合い」

 やはり、二人はまったく気づく様子がない。雑談をつづけている。

 しびれをきらして、その人物は自分から現れた。高飛車(たかびしゃ)な態度で。

「堂々と変身の話をするな!」

「おっ。キコル。偶然だな」

「偶然だな。じゃなーい! 日比野(ひびの)カフカ。やっぱりアンタから目は離せないわ」

 ほんとうに偶然なのだろうか。

 と思った市川(いちかわ)は、何も言わなかった。

 キコルと呼ばれた女性は、市川(いちかわ)よりも若そうだ。左右でまとめられた金髪が、それぞれ稲妻のような形で揺れていた。

「それはそうと、ずいぶん暇をしているみたいね」

「そうでもないけど」

市川(いちかわ)レノ。暇でしょ?」

「はい。暇っすね」

 キコルの有無を言わさぬ威圧感(いあつかん)に負けて、市川(いちかわ)が答えた。

「おい!」

「自分の立場を忘れたなら、思い出させてあげるわ」

 キコルの説教が始まった。そして、市川(いちかわ)も口を出す。

 いつものように、変身しないように釘を刺されるカフカ。

 怪獣の姿になれることを知られると、人体実験の被検体にさせられる、もしくは処分が免れないからだ。

 カフカは、怪獣に変身できることを悟られてはならない。

 

 昼まではまだまだ間がある。

 カフカ、市川(いちかわ)、キコルの三人での行動になった。

 ゲームセンターに入るわけでもなく、都会の喧騒(けんそう)にもまれている。

「何するつもりだったの?」

「言えるか」

 キコルに対し、カフカが速攻で返した。

「ちょっと先輩。そういう言いかたはよくないですよ」

 まさか、言えないようなことをしようとしていたなんて。

 などと少女が思っているとはつゆ知らず。二人は、キコルから誤解されてしまったようだ。

 なぜか怒り出した少女に対し、二人は顔を見合わせた。頭を振ったキコルがいつもの調子を取り戻す。

「トレーニングでもしたほうがマシじゃない」

 その言葉に、カフカが食いついた。

「解放戦力の上げかたを教えてくれ」

 解放戦力とは、防衛隊のスーツと武器の力をどれくらい引き出せているかの指標である。20パーセント近く引き出さなければ、隊員として活躍できないのだ。

 ちなみに、カフカの解放戦力は、選抜試験の時点で0パーセントである。

 両肩をつかまれた少女は、頬を染めて口を真一文字に閉じるばかり。

 頼むカフカに、キコルは教えなかった。

 

 街路樹(がいろじゅ)のない無機質な道。

 三人で歩いているカフカたち。

「こっちに行くぞ」

「こっちでしょ」

「落ち着いてください」

 そこを、長くて黒い自動車が通りすぎようとしていた。高級車だ。

 後部座席に、髪の長い女性が乗っている。

 ふつうならありえないことだ。

 男女二人の目が合った。

 亜白(あしろ)ミナ。日本防衛隊第3部隊隊長。あいつの隣で戦うんだ。絶対に。

 カフカは、心に強く誓っていた。

 それを、市川(いちかわ)とキコルは気づいていないようだ。

 

 カフカは、どうしても解放戦力について知りたい様子。

 市川(いちかわ)に聞いても要領をえない。

「特に何もしてないっすよ」

 やはり頼れるのはキコル。なんせ、解放戦力が50パーセント近くもある。

 そう思い、カフカが期待の眼差しを向ける。

「仕方ないわね。気合いよ、気合い」

 キコルは冗談か本気か分からないことを言う。

 カフカは気合いを入れる練習を始めた。

「いや、何やってんすか先輩(せんぱい)

 そのとき、とつぜんサイレンが鳴り響く。

「おい」

「こんなときに」

 怪獣だ。

 市川(いちかわ)は、いち早くイヤな予感を覚えた。

 



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後編

 響き渡るサイレン。

「フォルティチュードは6・5程度と推定されます。この怪獣による津波の心配はありません。住民の皆様はすみやかに――」

 ビルディングに設置された巨大なモニターから、ニュースの音声が流れてきた。

 蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていく、街の人々。

 そのなかで立ち止まる三人の姿があった。

 カフカと市川(いちかわ)とキコルだ。

「防衛隊はまだか!」

「そんなすぐにはムリですよ。先輩(せんぱい)

 防衛隊の到着までには時間がかかる。

「私の出番みたいね」

 おもむろに、少女が上着を脱ぎ始める。下には肌着ではなく、防衛隊で使っているのと同じような対怪獣用のプライベートスーツを着込んでいた。

「キコル、いつも着てんのか? それ」

「なわけないでしょ。今日はたまたまよ」

 本当にそうだろうか。

 市川(いちかわ)がいぶかしみながら、別のことを気にしている。

「それにしても、怪獣はどこなんでしょうか?」

「ん。そういえば姿が見えないな。余獣(よじゅう)か?」

 余獣(よじゅう)とは、基本的に大きな怪獣が現れたあとに現れる小さな怪獣のことである。姿が見えないため、カフカはこれを疑ったのだ。

 しかし、最近この辺りに怪獣が現れたことはなかった。

「違うわ。これは」

「空からだ!」

「何?」

 見上げるカフカのすぐそばに、巨大な顔が落ちてきた。

 幅が10メートル近くもある巨大な頭の落下。衝撃で吹き飛ばされるカフカと市川(いちかわ)。すでにほかの人たちはいないため、人的被害はない。

「来なさい、顔だけ怪獣」

 スーツの効果で体勢を保っていたキコルが応戦するも、怪獣が巨大なため効果が薄い。ツインテールが(むな)しくたなびく。そもそも、武器を持っていない。

先輩(せんぱい)、起きてください!」

「ああ。寝てる場合じゃねえな」

 控えめに言って、大ピンチだ。

「ダメですからね。って……あ!」

 男の制止を振り切り、もう一人の男が走った。

 電話ボックスは、ない。だったら。

 カフカが、ゲームセンターへと向かう。自動ドアが開くのも待ちきれない様子で、中に入る。写真を撮るブースへと行き、カフカは服を脱ぎだした。

「あのバカ」

 青い瞳が動く。怪獣のかみつき攻撃をかわしながら、キコルはあきれている。戦いながらも周囲の状況把握をしていた。

 カフカの身体(からだ)が、黒く変貌していく。一回り大きくなったようだ。

 ゲームセンターの自動ドアが再び開くと、禍々しい黒色の人型怪獣が現れた。

 にらみ合う二体。骸骨(がいこつ)のようなドクロ(づら)の怪獣のほうが先に動いた。躍動する、発達した黒い筋肉。

 怪獣8号と巨大な顔怪獣との戦いが始まる。

 

「さて、どうすっかな」

 普通に戦うと被害が拡大してしまう。

 怪獣8号に変身したカフカは、悩んでいた。とはいえ、長々と考える時間はない。

「力任せに殴らないでください!」

「こいつに加減ができると思う?」

 市川(いちかわ)とキコルの言葉を聞いて、カフカは何かを閃いたような表情になる。

「わかった。殴らなけりゃいいんだな!」

 パンチよりもキックのほうが威力は上。

 襲いかかる顔怪獣を正面から受け止め、カフカは巨大な怪獣を真上に蹴り飛ばした。

 血しぶきとともに打ち上げられる顔怪獣だったもの。

「相変わらず、とんでもないわね」

「はっ。先輩(せんぱい)! すぐに元に戻ってください!」

「いや、まだだ」

 巨大な骨すらもバラバラに砕け、天へと昇っていく怪獣の(むくろ)。わずかに砕ききれなかった骨のかたまりが混じっていることを、怪獣8号の視覚がとらえていた。

 空を見上げ続けるカフカから察したキコルが告げる。

「もう防衛隊員が来るから、あとは任せればいいでしょ」

「そうですよ。早くしないと、バレちゃいますよ!」

 二人の言うとおり、すぐ近くまで防衛隊員が迫っている。怪獣8号の聴力がそれを察知した。

 つまり、ジャンプして骨を砕けば銃で狙い撃ちにされてしまう。

「わかった」

 短くそれだけ告げたカフカは、ゲームセンターへと向かった。

 変身を解除してそそくさと服を着る姿を、キコルが見ていなかった。

 カフカの姿は見られていない。間一髪のところで、防衛隊員がやってくる。

「貸して、早く!」

 現場に到着した防衛隊員からむりやり銃を借りるキコル。天に狙いを定め、小さい骨を吹き飛ばした。

 おおきな解放戦力のなせる(わざ)。武器の威力が増していた。

 まだ、大きな骨が宙を舞っている。

 それを見ている人物が、現場から遠く離れた場所にいた。亜白(あしろ)ミナだ。ベランダに出るとおもむろに銃を放つ。

 残る大きな骨が吹き飛ばされた。

 被害はおさえられたものの、血や臓物、その他が降り注いでくる。ゲームセンターの中でそれを見つめる三人。

 後処理で業者が必要になった。

 

「おもろいことになっとるようやな」

 血を踏みしめながら関西弁を放ったのは、糸目の男。年齢は20代に見える。

保科(ほしな)副隊長? なぜ、現場に?」

「とりあえず、出るわよ。アンタはここにいて」

 市川(いちかわ)とキコルがゲームセンターから出るのを、カフカは黙って見ていた。

 二人は、ぐうぜん現場に居合わせたと説明する。

「へぇ。僕も偶然いただけで。私服やろ?」

 確かに、第3部隊の隊員でスーツを着ている者はいない。いや、いるにはいる。キコルだ。しかしそれは自前。今日は、第3部隊のほとんどの隊員が休みらしい。

 べしゃべしゃと血を踏む音がひびいてくる。

 カフカがやってきた。

「バッ……」

 あわてて口をふさぐキコル。怪しいそぶりをしてはいけない。

 カフカが怪獣8号だと、正体を悟られてはならないのだ。

「奇遇です。副隊長。わはは」

 カフカの笑いがぎこちない。

 馬鹿正直に出てくることはなかったのに。

 と思う市川(いちかわ)。声には出せない。

「ちゃんと身体(からだ)を休めるんも仕事のうちやで」

 保科(ほしな)副隊長は去っていった。

 安堵する三人。

「バレたらどうすんのよ!」

 どうやら心から怒っている様子のキコル。

「後先考えずに変身しないでください」

 市川(いちかわ)も怒っていた。

 立ち止まらずに、保科(ほしな)が考える。

 何かがおかしい。

 目をすこしだけ開き、振り返ろうとしてやめた。前へと歩みを進める。

 おかしい“何か”の正体は、いまはまだ分からなかった。



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