回帰する英雄 (瓶ラムネ)
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回帰する現実

守りたかった。

世界を、祖国を、そこに住む人々を。何より掛け替えのない大事な仲間たちを。

ただ、平和な日常を、穏やかに暮らす人々の生活を守りたかった。

そんなささやかな願いを抱いて戦った。

 

──世界が、悪意と狂気に満ちていく。

 

眼下に広がる世界は今や漆黒のモヤに包まれ、崩れ落ちかかっている。

濁流に飲み込まれるように漆黒の悪意と狂気が伝染し、エレボニアを、いや世界中を蹂躙して行く。

 

背後には仲間たちの屍が積み上がり、今なお彼──イシュメルガ──に立ち向かっているのは自分だけだ。

それも、もう、どうやら難しい。

 

どうしてこうなってしまったんだろう、とは()()()()

 

俺たちは明日を夢見るただの子供で、仲間たちと一緒ならなんとかなると無邪気にも信じていた。

心から信じあった仲間たちとなら、奇跡すら起こし、目の前に君臨する諸悪の根源を打倒しうる。

そう、どこか勝って当然と言う気持ちを持ちながら、その場の勢いのまま至極当然のように彼に戦いを挑んだ。

 

その結果がこのザマだ。

 

諸悪の根源が、何故(なにゆえ)諸悪の根源と言われているのかすら忘れ、続々と集結した数多くの仲間たちを見て無邪気にも絶対に勝てると信じ込んだ無様な負け犬。

それが俺、リィン・シュバルツァーと言う男だ。

 

帝国の英雄、守護神、灰の剣聖──

数々の美麗字句で褒め称えられ、国民の期待を一身に受けた男の、その最後の仕事が世界を滅亡させる邪神に無様に敗北することとは、物語なら皮肉が効きすぎている。

まぁ、父の期待にも、我々を信じて後を託してくれた鋼の聖女にも、後方で我々を信じて待つ仲間たちの期待にも応えることが出来なかった自分には、もはやどうしようもないのだが。

 

漆黒の狂気を全世界にばらまく敵、帝国の不倶戴天の敵であるイシュメルガがこちらに手を(かざ)す。

彼の表情はこんな時でも怒りと苦悶に満ち溢れ、無様に這いつくばる虫の一匹を適当に蹴散らそうと言う物。もはやこちらを敵とすら認識していない。

 

莫大な虚無のエネルギーがその掌に収束し、世界すら滅せる一撃が放たれる。

 

 

──そして俺、リィン・シュバルツァーの意識は永遠に途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い長い微睡から覚醒した脳が熱を持ち、急激に視界が開ける。

 

──俺は…ッ!

 

バッと目蓋を開き、周囲を見渡すと()()()()トリスタの風景。

つい先ほどまで立っていた黒の騎神イシュメルガが作り上げた機動要塞ではない。

 

ライノの花弁が舞い散り、あちこちで新入生らしき()()()()()()()()()()が学院へと足を向けている。

 

平和な光景、しかしリィンの意識とは大きな齟齬が発生する景色だった。

 

──ドンッ!

 

茫然と立ち尽くし、どこか懐かしい衝撃に背中を叩かれる。

振り返ると、彼女。

 

艶やかで美しい金髪を靡かせた、どこかあどけなさの残る少女。

 

自分は、その少女を知っている。

 

アリサ、ラインフォルト。

エレボニアの皇族のシンボルカラーである緋色の制服を纏った彼女、彼女が自分との接触で転んでいる光景に眩暈(めまい)を覚える。

 

急速に冷えて行く体が脳にここがトリスタの街の、駅の出入り口だと言うことを理解させて行く。

いった〜いなどとどこか馬鹿っぽく無邪気な声を上げる彼女の懐かしい姿にどんどんと心臓が早鐘を打つ。

 

自分は夢を見ているのだろうか。

だが、突然のことで鋭敏になった自分の肉体の知覚は、そうは言っていない。

 

ライノの花弁が美しく舞い散る光景も、入学式当日のどこか騒がしいトールズの喧騒も、花屋から香る少し甘い匂いも、トールズを吹き抜ける清涼な風も。これが現実だとリィンの肉体に明確に叩きつけてくる。

 

これほどまでに違和感のない幻覚を見せることなど、出来はしないだろう。そう心から信じてしまうほどの風景。

 

記憶の中にあった光景をなぞる様に彼女に手を差し出し、引っ張り上げる。

 

何を話したのか、自分でも覚えていないのに体が勝手に言葉を紡いでいく。

自分は今、どんな顔をしているのだろうか。彼女の綻ぶ様な笑顔を見れば多分、そう変な顔はしていないのだろう。

大人になって身に付けたポーカーフェイスが知らずの間に上達していたことにほっと一息つく。

 

しかし、やはりここは1204年の春。トールズに入学した時分なのだと、改めて彼女との会話でわからせられる。

"そんなわけないだろう"と思う自分と、これはチャンスだと思う自分が心の中で反発し合う。

 

だから、アリサに手を掴んで引っ張り上げて笑顔で別れてからも、リィンは一人でトリスタの街を見回ってこの不可思議な現象に頭を悩ませる。

 

この世界には不思議がいっぱいある。

自分の知らない世界の真実など、もう何度も何度も目の当たりにしては驚愕に表情を歪ませてきたものだ。

 

だが、それでも。これは、これだけはどう言うことなのだ!と煩悶せざるにはいられない。

 

体にはなんの外傷もない。

だが、イシュメルガとの激闘で負った傷も、最後の最後に放たれ自分の肉体が消し飛ばされて行く感覚も全て、色鮮やかに残っている。

 

彼に戦いを挑んで無様に散った愚か者がもう一度やり直しのチャンスを貰える?

そんな都合の良いことがあるわけがないだろう。

 

そんな都合の良いチャンスが与えられるのであれば、もっとふさわしい存在がいるはずだ。

こんな能天気に、馬鹿みたいに戦いを挑んで死んだ愚か者よりもずっと。

 

それこそ鋼の聖女がお似合いだ、なんなら最悪ルーファス卿でも良い。

 

少なくとも彼らの方がまだ自分よりも優れている。

腕っぷしの強さじゃない。何がなんでもどんな手を使ってでもイシュメルガに勝つと言う決意。

それが自分たちには圧倒的に足りず、それが故に慢心を生んだ。

 

彼らなら最後の最後まで慢心などしないだろう。

まぁルーファス卿に任せるくらいなら鋼の聖女に任せたいところだが。

 

しかし、どんどんと思考の袋小路に迷いながらも足は迷いなく進んだ。

 

トリスタの街まで出てくるまでに買った缶ジュースの空き缶を、気功を用いて針金状の物体に変形させてピッキングする。

古くなった錠前を外し、堂々と真正面から侵入する。

 

気配はしない。だが、真下にその存在を感じとる。

長年の契約によるリンクが今なお生きているのか、それとも相棒と認めて一緒に戦った相手だからか、この世界でも契約者候補とされているからなのか。

 

理由はわからない。それでも感じとった。

 

懐かしい、昔戦いの最中に折れてしまった昔の相棒の太刀。

入学祝いと言って師匠が送ってきた物だ。

 

引き抜くと流れる様に美しい波紋がきらりと頼もしい光を反射する。

 

この世界がどんな世界かなどわからない。

しかし、最後まで一緒に戦った相棒に会えば何か進展するかもしれない。

 

ダンジョンに巣食う魔獣を一刀の元に切り伏せ、足早に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下1層、2層、3層、4層、5層、6層、そして7層。

 

かつてあれほど苦戦し、クラスの仲間全員の力を集結させて倒した相手。

幻想の黒の騎神を打倒する。

 

名前はロア・エレボニウスとか言ったか。

 

今思えば()()()()()()()()()とは、笑わせてくれる。

直訳すると「エレボニアの言い伝え」。こんなところにも黒の騎神のヒントが残されていたとは、当時ふーんくらいに流していた自分たちが今思えば本当に滑稽だ。

 

何事にも疑念を覚えること。嘘と過大解釈と謙譲と卑下で溢れるこの世界の真の姿をみるには、常に疑い続けなければならない。

そう、師匠に言われ続けた教えを、やはり自分はどこか軽んじていたらしい。

仲間たちにはリィンは素直すぎる、なんて褒められる性格。世界を救えないでいて素直さなどなんの意味があろうか。

 

自分が甘く能天気で自分の手が悪事を働くことを許せない。そう言う性格だと言うのはもうわかっている。

世界大戦となった相克は元より、内戦でもそうだった。

人斬りを忌避し、ずっと一緒にいた仲間と敵対することを嫌い、軍にも貴族にも敵対しない第三の道などと(のたま)って逃げた。

しかも最後の最後は正規軍と事実上手を組んでの皇城攻略。とんだ日和見の蝙蝠野郎だ。

 

逃げて逃げて綺麗事だけを振りかざして生きて、最後の最後がアレ。

 

今こうやってロア・エレボニウスと言う名の黒の騎神の似姿を斬って捨てているのが空虚に思える。

 

現実は御伽噺の様にハッピーエンドになるとは限らない。

そんな事百も承知といいながら、どこか自分たちは特別だと言う傲りが心のどこかにはあった。

 

そう、暗く淀んだ思考。

 

だから、懐かしい声が掛かった時に反応が遅れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今代の契約者を確認。起動。』

 

『我が名前は灰の騎神ヴァリマール。』

 

『上階の試しを突破した主を我が起動者として認める。』

 

──あぁ、本当に戻ってきたんだな。

 

そう、腑に落ちる感覚。

何も。そう何も疑念を覚えることなくこちらに()()()()()と声をかける彼に、ついにリィンは現状を受け入れざるを得なくなる。

 

どんな時でも一緒に戦ってきた相棒。いつだって自分がピンチの時には助け、道を示してくれた相棒。

彼との永劫と誓った絆が失われていることがはっきりと叩きつけられる。

 

カチリとピースが嵌まり、ここが現実なのだと脳が、心がようやく認める。

彼がそう言ったのなら、そうなのだろう。

 

そう心底から浮かんでいた疑念が消し飛ぶくらいには彼を信用していたのだ。

 

2,3言葉を交わして今後ともよろしくと言葉を交わして逃げる様に外に飛び出る。

 

たった一人、誰も自分を覚えていない世界に放り出されて一人ぼっちになった感覚。

あまり長いこと彼と話していたら、彼に全てをぶちまけてしまいそうだった。

 

そんな無様は晒せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧校舎の扉をバンと開け放って、逃げる様に外に飛び出ようとした瞬間、自分に向かって攻撃が放たれる。

導力銃による攻撃だ。

 

とっさに太刀を振るって弾き飛ばし、下手人の首筋に太刀を当てて顔を確認する。

 

 

──空気が死んだ様に急速に冷凍されていく。

 

 

下手人と思った相手はサラ教官だった。

 

「……リィン・シュバルツァーくん。入学式をすっぽかして貴方は何をしていたのかしら?良ければお姉さんに教えてくれないかしら?」

 

ビキビキと額に青筋を当てて烈火のごとく怒る彼女に、後方ではあちゃーみたいな顔をしているかつての同級生たち。

マキアスやラウラなどは入学式初っ端からサボった不真面目な学生をみて憤懣やるかたないと言う様相。

 

こう言う時の対処法だけは自分は随分と詳しく知っている。

 

太刀を鞘にしまい、サラ教官がブレードを構えた腕を捻り抑えた左手を離し、丁寧にゆっくりと距離を離す。

太刀を地面に置いて土下座という名前の五体投地する。

 

修羅場を何度も潜り抜けた歴戦の戦士による土下座。

 

その見事な土下座はしかし、サラ教官には通用しなかった。

 

 



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行動開始

音速投稿(当社比)


五体投地してなんとかそれっぽい理由を話して許してもらってもなお、サラ教官にいびられ続けた自分は、当初の予定通り旧校舎地下のダンジョンに放り込まれていた。

 

ユーシス、マキアスの2人は喧嘩別れの様にいなくなり、ラウラとエマ、アリサは女性陣だけで行くことにするわと言って居なくなった。フィーは当然の様に霞の様に消えている。

 

残されたのは男子3人である俺とエリオットとガイウス。

前回と全く同じ構図だ。

 

だが、構図は同じでも自分というイレギュラーが混じっている。

たかが旧校舎1階の魔獣如きに遅れを取るわけがない。

 

太刀を振るう。

肉体はやはり17歳当時のものだ。まだまだ未熟で鍛錬の足りない肉体。

しかし、その体に宿るのは曲がりなりにも剣聖という一つの頂に至った武術家。気の運用はお手の物で、それが自分のかつての肉体だとしてもそれは変わらなかった。

 

だからどんどんと破竹の勢いで先に進んだメンツを追い越して行った。

 

こちらを入学式をサボった不届きものと思っていた彼らが、驚いてこちらを信じられないものを見る様に見るのは非常に申し訳ないが、こちらは2年後から来ているのだ。

この程度のダンジョンに湧く魔獣に遅れを取ろうはずもない。

そして手を抜く意味もない。

 

一刀のもとに全ての魔獣を切り捨てる。

視界に入った瞬間には切り捨てられる魔獣たちに全員が驚愕し、何度もこちらを信じられない瞳で見つめては魔獣の死体へと視線を行き来させる。

両断され、臓物をぶちまけられた魔獣たちがセピスをばら撒くがそれを回収する気も起きない。

 

追い越されるくらいならと合流し、お手並み拝見と言う彼らには悪いが、こんな面倒なことに時間を割いている余裕は自分にはない。

 

さっさと寮に戻って今後のことを考えたいのだ。

 

何せ今から逆算しても残っている時間は後わずか2年あまり。

あまりにも短い。もう何度も戻ってくると言う奇跡が起きるとも思えない。

そうであれば、本当に後2年。

 

その短い時間の間に彼らと真っ向から対抗して勝つための方策を考えなければならないのだ。

 

絶対的に、圧倒的に時間が足りない。

こんなことに時間を使っている場合ではないと言う感覚がどんどんとリィンの足を早める。

 

だから、最後の最後くらい全員であの強大な敵に立ち向かおうと言う声をあげた彼女にイラついたし、その程度の雑魚にわざわざ一緒に戦おうなんて馬鹿じゃないのかと言う感情が首をもたげた。

 

目の前には大きな部屋。

いつかの日に見た最後の関門。

部屋の中心にはガーゴイルが我々を通さないと言う様に立ち塞がっている。

 

あの巨大な敵は自分が倒したいと、こちらを見て肩を回す彼ら彼女らに白い視線を向ける。

心の底からそんなことをやっている時間がもったいないと思った。

 

頭を振るって悪い方向に流れる思考を打ち切る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

あの厳しい相克を勝ち抜けたのは仲間の助けがあったから、それを忘れてはいけない。

謙虚さと仲間を大事に思う心だけは忘れてはいけない。

 

リィンは黙って見ていてくれと駆け出す彼女たちを自分はどんな瞳で見ているのだろうか、そう思いを馳せる。

今鏡を見たら絶対に濁った瞳を浮かばせているだろうことはわかる。彼女たちが純真な人間だから騙せていると言うだけだ。

 

──どうせ彼女たちはガーゴイルにすぐに敗北する。

 

そこをさっさと救出しながらガーゴイルの首を吹き飛ばして仕舞いだ。

さっさと負けてくれないかな、そうリィンは思いながら彼女たちの奮闘を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そいつを最初に見た時は入学早々から不真面目な奴だな、くらいにしか思っていなかった。

 

自分に突っかかってくる()()()()()()()()()()のあの馬鹿とも、自分の武術に絶対の自信を無邪気に持つ井の中の(かわず)女。

他にも異国風の男やらどこぞの令嬢の様な風格を見せる女に()()()()の男などなど。

 

旧校舎と言う古く寂れた場所に集められた我々は本当に多種多様で、ここに我々をわざわざ集めさせた人間は何を思っているのか意図が全く読めない。

そんな空間にあって、奴だけは本当に異質だった。

 

全員が異質じゃないのかと言えば、それはもう異質というしかないが、それでも全員がなんだかんだ学生と言うカテゴリーに収まる。それはおそらく自分もそうだろう。

 

だが、奴だけは飢えた餓狼の様な瞳を爛々と輝かせ、そのくせ表情だけは穏やかな笑顔をみせるこの男だけは、やはりこの空間にあって特別に異質と言わざるを得ない。

 

ここで奴の異常性に気付いているのはおそらく自分だけだろう。いや、その異常すぎる戦闘力には気付いているだろうが、こと人間性と言う話についてだ。

貴族社会と言う伏魔殿で鍛え上げられた自分だからこそ見抜けた、そう確信する。

 

これが自分の傲りなのかどうなのかはわからないが、 さりとて奴が異常な人間であると言うことだけは確かだろう。

 

奴の剣の腕はそれこそ帝国最高峰の黄金の羅刹やら雷神やら剣匠やらに比肩しうる、そう確信させられる武芸の腕。

少なくとも自分とは比べ物にならず、達人級と言われる正規軍のほんの一部の精鋭達よりも明らかに強いことが見て取れる。

見たこともない太刀とか言う武器を使う奴が、彼ら帝国最大の武術家たちと同格?こんな名前も初めて聞いた様な奴が?

その異常性に気付いているのは果たして何人いるのやら。

 

武力とは本来ひけらかしてナンボだ。

自分はこれだけの力を持っている、そのことをことさらにアピールし、戦わずして敵の戦闘心を削ぐ。

それが出来るほどの人間というのが少ないだけで、本来であればこれほどの武術家が在野に眠っているなど国家としてあってはならない話だ。

 

俺がもっと前からこいつを知っていたら、とうの昔にアルバレアの家臣に推挙するなり、国家にツテを頼って推挙するなりしていた。

 

それほどの武芸の腕。

そして、その本人ときたら腹芸もまぁまぁに出来るときた。

これほどの人材を眠らせて置くなどあり得ないのだ。

 

それが()()()()()()()

あの辺境の片田舎、温泉くらいしか取り柄のない場所を治める、それでも貴族のあの?

確かにかの家は社交界でも顔も見ない家だが、それでも皇家にもツテのある歴史ある家だ。

まごうことなき、()()だ。

 

この帝国でも片手で数えれるほどしか居ない極致に至った武人を貴族が放置しておく?

そんなことはあり得ない。

いかにかの家が閉鎖的であろうと、国に恩を売っておけば補助金が出たりするだろうし、そうでなくても名誉なことだ。

名誉は金になる。辺境領主なら、そんな金になる木を放置するとは思えない。

絶対に、そんなことはあり得ないと確信を持って言える。

万が一、億が一にミラクルが起きてシュバルツァー家が彼を隠そうと思っても、これほどの武人を隠そうと思って隠せるとも思えない。

 

そう、あり得ないのだ。

 

あり得ないことが目の前で起こっていると思うと、やはりどうにも奴の腹の中が探りたいと思ってしまう。

 

ラウラとかいう女が馬鹿みたいに最奥の巨龍を我々だけで倒すと張り切る姿、その姿に辟易とする。

チラと横目で見るとリィンと名乗った奴は明らかに白けた視線を向けていた。

目が語る。どうせお前らじゃ勝てない、と。

 

その瞳には遺憾ながら自分もそうなのだろうな、と思う。

これほどの腕をもつ武人の見立てが外れるとも思えない。

 

これからこの馬鹿共と敗戦必死の戦いに駆り出されるかと思うと正直憂鬱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、解散。明日からはきちんと時間通り学校に来るのよ!」

 

サラ教官がこちらを睨みつけながらホームルームを終わらせる。

ホームルーム中もこの後の動きをどうするかで思案中だった自分は苦笑いしかできない。

 

懐かしの同級生たちには悪いが、秒速で、それこそ今退出しようとしているサラ教官を追い抜く速さで即座に帰宅の途に着く。

 

何人かが話しかけてこようとしていたのは気付いていたが、そんなことに頓着している場合でも余裕もなかった。

忠告もどこふく風で走り去る自分に、サラ教官のガチギレしている顔は非常に恐ろしかったがまぁ、それも仕方がない。

 

 

行動指針はいくつかホームルーム中に立てた。

 

手元のノートに書いたやることリストは以下の通りだ。

 

1: イシュメルガの呪いの分析

2: イシュメルガの呪いの解呪方法の発見

3: 剣と騎神操縦の修行

4: 世界各地にある遺跡の再調査。

 

ざっくりとした指標。だが、そう大外しはしていまい。

そしてある程度世界の真実がわかっている自分をして、これだけ足りていないというのが本当にもどかしい。

しかもイシュメルガ関係は自分では調査しようにも知識が足りなさすぎてどうにもならない。

 

自分でも勉強はする。しかし、数百年もの間を生きる魔女をして解呪方法がわからないというのだから、お手上げに近い。

何かないかを模索する。その時間すら無い。

 

忸怩たる思いを舌打ちと共に道端に吐き捨てながら分け身を発動する。

持ちうる全ての気力をぶち込んだ全力の分け身十体。

彼らに帝国中の遺跡の再調査を命じ、自分はこの若く未熟な肉体を強化しにかかる。

運命の日になんとしてでも間に合わせる。そう自分を戒める。

 

運命の日までわずか2年と少しばかりだ。その間で何ができようか。

失敗した自分に今度こそうまく出来るなどという自信は無い。

 

だが、泣き言を吐いている暇があれば、行動するしか無い。

足掻いてもがいて無様に転げ回った先に、輝く未来がある。そう信じて進むしかないのだ。

 

何より、もうあんな光景はごめんだった。

 



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不真面目な学生

リィン・シュバルツァーは不真面目な学生だ。

 

そう誰もが口を揃えていうだろう。

選ばれし7組というクラスにあって授業をろくすっぽ聞かず、自己に埋没するかの様に上の空で何事かを思案する姿。

 

フィーという女学生もまた不真面目だが、こちらは爆睡。

 

寝てるよりは起きている方がマシと言えばまぁその通りかも知れないが、明らかな上の空の様子のリィン・シュバルツァーという男、こいつはこいつで不真面目だ、そう誰もが思う。

 

しかもどの先生も彼を見かねて注意するために問題を解かせてみればあっさりと回答され、さらに自分が後から補足しようとしていた内容まで言われ面目を潰される。

だからどの教師も煩くは注意できず、さりとて無視もできない。そんな学生。

 

優秀なのは認める。その卓越した武芸の腕がおそらくどの教師よりも学生よりも上回り、教師陣の教えがなくとも既に知っている内容だというのも認める。

 

だが、それでも納得がいくかと言えばそうでは無い。それが人間という生き物だった。

 

特に教師陣はまだしも、同じクラスの一部の学生たちはリィンのその様子に憤懣し、もっと真面目に授業を受けろと圧をかける。

隣でもっと不真面目な様子のフィーに文句を言わず、リィンに文句をつけるというのがなんとも不可解ではある光景だが、さりとて小さな少女に怒りづらいという感情もわからなくは無い。

 

だが、彼らがどれだけの言葉を重ねようともリィンは取り合わない。

真面目に授業を受けているの一点張り。

 

ラウラなどリィンに一騎討ちを挑んではまるで歯牙にも掛けられずその価値なしと言われ、怒髪天をつく有様。

 

普段はこれだから貴族は!と言うマキアスをして、彼、リィンの拾われた親なし子と言う境遇を考えれば貴族のくせにとは言いづらいのも事実。

 

そして、別にコミュニケーションが取れないわけでは無いと言うのもまた一面の事実だった。

普通に、穏当に、彼に話しかけるエリオットやユーシス、ガイウスにアリサにフィー。

彼は彼、自分は自分、ときちんと線引きして話しかける相手には誠実に話を返す。そもそも彼らの脳内では隣にもっと不真面目な学生がいるだろうと言う思考があったと言うのもある。

 

特にラウラのせいであの日死にかけ、命の危機に瀕した面々を助けたのは彼だと言う意識があったのも強い。

だからこそクラスの大概の面々は彼に()何か色々事情があるのだろう、と思って深くは聞かない理性を保っていた。

 

ラウラとマキアスに突き上げを食らい、だからこそ教室で非常に浮きながらもまだ破局には至らず、さりとて問題がないわけでも無い生徒。そんな立ち位置に彼は居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィン・シュバルツァー、彼をどのチームに配分するか。それが問題です。」

 

トールズ士官学院大会議室に居並ぶ面々を前にして重々しく口を開くサラ。

どこか楽観的に見ていた中で非常に面倒なことになっているクラスの状態を(つまびらか)に語らねばならないこの会議の予定がここ数日本当に憂鬱で仕方がなかった。

 

正面に並ぶのは学園の理事たち。

こちら側は学院長のヴァンダイクにハインリッヒ教頭、トマス教官、ナイトハルト教官、ベアトリクス教官、そしてサラ。

 

自分のクラスの子供すらまともに管理できないのかと言う理事たちの鋭い視線が突き刺さり、サラは早く家に帰ってビールを飲みたい気分だった。

 

既にマキアスとユーシス、ラウラとフィーと言う特大の爆弾と言う話は既にしてある。

そこにさらにもう一つ爆弾が隠されていたと言うのは、帝国を代表する権力者でもある理事たちを持ってして面倒極まりない厄介ごとの種だ。

 

特に彼、リィン・シュバルツァーを()()()()()()()ルーファス・アルバレアとしては表情にはおくびにも出さないが、内心で驚いていた。

故郷のユミルでは多少屈折しつつも極々普通の域を出ない程度の少年だった彼が、トールズに来てから激変している?

それは、あまりにも興味を引く事象だった。

 

だからこそ先ほどまで()()()()()敵方であるレーグニッツ知事とプロレスを繰り広げ、ネチネチと嫌味ったらしい貴族を演じていたルーファスの口数がほんの少し、誰も気づかないほどにほんの少し、少なくなる。

 

そしてそれは彼の実力をまとめた資料を見せられている理事たちもまた同じだ。

まさか、太刀を用いた東方の武術、八葉一刀流のおそらくは皆伝者。

ようは剣聖が学生として混じっているなど、寝耳に水も良いところだった。

 

八葉一刀流と言えば別に武術に精通しているわけでも無い自分でも名前を多少は聞くことのある名の知れた武術。

リベールの英雄カシウス・ブライト、クロスベルの風の剣聖アリオス・マクレイン、彼らと同格の武芸者がこの学院の一年生として入学してきている?

 

そんなことはあり得ないだろうとも思うし、こんなことをかの戦神と謳われたヴァンダイク学院長が大真面目に報告しているなど、おかしすぎて何かのギャグだとすら思う。

 

しかし、事が本当であれば非常に重要な意味をもつ。

剣聖級と言うのは、それだけ非常に意味のあるものなのだ。

単機で要塞をすら落とす事ができる人形の戦略兵器。

 

ただの一振りで数十体数百体の人間をいっぺんに屠り、ただの一歩で音速をも超えたスピードを叩き出す生き物。

それが理の地平に足を踏み入れた武人と言うものだ。

 

彼がどこかの派閥に与したらそれこそ今なんとか保たれている均衡が崩れかねない。

なればこそ、彼がそんな存在だとは認めることが出来なかった。

 

無視する。

彼がどれほどまでに強くても、どれほどまでに本来重要な存在であったとしても。今は無視する。

今このタイミングで表に出てこられては困る。そう思い、冷静で理知的な理事の面々はこの報告書をなかったことにした。

 

──()()()()

 

だから硬く口を閉ざした彼らは穏便に、波風を立てないように彼、リィン・シュバルツァーをサラ教官が出してきた素案通りケルディック行きで可決させた。

 



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早めの出会い

エレボニア帝国首都、帝都ヘイムダル。

道ゆく人々は誰も彼もが前を向いて歩いている。

 

初めての自由行動日。

リィンはある探し物をしに帝都の古本屋を巡っていた。

 

なかなか見つからない探し物に苦慮しつつも、着実に一件一件探して回る。

 

そんな悠長な時間の使い方ができるのも修行の方が(すこぶ)る順調だからだ。

 

衰えを取り戻すかのようにあっという間にかつての肉体と同程度まで力を取り戻す。

多少肉体が成長しきっていないから、2年間の分多少の扱いなれなさはあるものの、ほぼ万全と言える状態にはなった。

 

とは言え、これではまだまだ足りない。

 

かつてと同程度ではまた敗北するのがオチだ。

自分はもう二度と同じ過ちは繰り返さない。

そう決めたのだ。

 

だから、聖女も超え、黒も超えた領域に到達せねばならない。

そのために必要な道ならば、どんなに過酷であろうとも進む覚悟がある。

 

今の自分は言うなれば劣化鋼の聖女だ。

 

この劣化状態から抜け出すためには、なんらかのピースを見つける必要がある。

それが前回の人生ではミリアムと言う名の「()()()()()()()()」と仲間の存在だったわけだが、仲間の存在はともかくミリアムを今度も犠牲にするなど、容認できようはずもない。

 

しかして、黒を打倒するためであれば大地の聖獣を殺害せねばならず、そのためには根源たる虚無の剣の存在は必要というどうしようもない構造的問題。

それを解決するためのピースはおそらく魔女たちにあると思うが、自分から接触するのも難しいという状況だ。

 

自分の持っている情報を開示して、彼女たちが納得するのか?という問題もある。

そして何より、普段から偉そうなことを言っている彼女たちは、その実この800年の間に黒の騎神に対する対抗策を生み出せていないというどうしようもない事実もある。

 

だからこそ、なんなら結社に泣きつく方がまだ可能性があるとまで思ってしまう。

 

それはさながら悪魔の契約だが、必要性という神の言葉には逆らえない。

最悪の場合、そうなるだろう。少なくともその覚悟はしておくべきだ。

 

まぁ、それをしたのがどこぞの歌姫様なのだろうな。そう、思う。

それに、まずそもそもからして彼らと接触を持つための機会が欲しいところだった。

そのための策は色々と考えているが、どうせならやはり一辺に接触を持ちたいところだ。

 

()()()()()()()()()

 

一冊くらいどこかに転がってるだろうという甘い考えは、やはり甘い考えだったようだ。

こうなればさらに分け身を量産しての人海戦術に切り替える必要性すらありそうに思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく見つかったその本。その心底から望んで探していた本を抱えて噴水広場のベンチで少し休憩する。

結局温存していた気を全力で放出しての分け身による人海戦術がハマり、スラムの一角で廃品売りをしていた老人の売り物の中に見つけて購入した。

 

流石に発禁扱いになったから、本屋側もきちんと処分したのだろう。それを怠って自分がお上に睨まれたら困るだろうし。

帝都の古本屋など在庫管理も出来てないだろどうせと思っていた自分の甘さが突きつけられるようで口端が自然とへの字に歪む。

 

全く度し難い。

 

あれほど楽観を戒めたというのに、まだまだ自分は染み付いた癖が抜けていないようだ。

この程度のことならば良いが、後々足元をひっくり返されてはたまらない。予防のためにもサポートしてくれる人間が欲しいところだ。

 

心底からそう思う。

かつてならば7組の面々がサポートしてくれたが、こちらでは今それを望むのはいささか現実が見えていないと言うもの。

ならば何か良い方策を考える必要がありそうなところだ。

 

「どうしました?そんな思い詰めたような顔をして」

 

噴水広場の光景を眺め、眼前に広がる平和な光景に目を細めていた時分。そんな頃に声がかかる。

目の前には翡翠色の髪を風になびかせながらこちらを見る少女。

 

年の頃はフィーと同じくらいか。

 

いや、確か()()()()()()()1()()()()1()4()()()()()な。そう思い直す。

 

なんの運命の悪戯か、目の前にはかつての教え子の顔があった。

 

「いや、なんでもないよ。ありがとう、心配してもらって」

 

「そうですか?でしたら良いのですけど……」

 

「あぁ、ちょっと久しぶりに帝都に出てきてはしゃぎ疲れてしまってね。いや、お嬢さんに心配されるとはお恥ずかしい」

 

「……そうですか。えぇ、それなら良かったです」

 

こちらの嘘を見抜いたのだろう。だが、それでも良いとするのは彼女の優しさ故か。

昔の姿でも変わらない優しさを持った少女に少し心が軽くなる。

 

「あぁ。心配してもらってありがとう。少し元気が出たよ。」

 

「ふふっ。お上手ですこと」

 

「いやいや。そう言えば君の制服は確かアストライア女学院だろう?」

 

「え?えぇ……」

 

自分の制服をみて何故それを今言うのか?という疑念を抱いただろう彼女に被せるように話をする。

少し、息抜きがてら今の彼女と話をしてみたい気分だった。

 

「いや、自分の妹もアストライアに通ってるんだ。妹と同じ学院の子に心配かけたとあっては家に帰ったらなんて言われるか……そう思ったらちょっと怖くなってね」

 

「あら!そうだったんですか!?妹さんはなんと言う名前なんですか?」

 

もしかしたら、私知ってるかもしれません!と腕まくりするポーズを取る彼女に相変わらずのあざとさだな、なんて思う。

こちらの視線を読み取ったのだろう。少しジトっとした視線が混じり、慌てて妹を売り飛ばすことにした。

 

「エリゼって言うんだ。エリゼ・シュバルツァー。」

 

「エリゼ先輩のお兄さん!?本当ですか!」

 

それはまるで新しいおもちゃを見つけたような瞳だった。

学院でいじられることになるだろうエリゼには申し訳ないことをした。不出来な兄で本当に申し訳ない。またやる。

実際、今目の前で爛々と目を輝かせる彼女には今のところ勝率がよろしくないから多分また似たようなことになると本当に思う。今のうちに心の中で謝っておこう。

 

「本当も本当さ。いや、挨拶が遅れて申し訳ない。リィン・シュバルツァー。今年からトールズ士官学院に通い始めた学生さ」

 

「リィンさんですね!エリゼ先輩もお兄さまが今年からトールズに進学するとそう言えばおっしゃっていた気も……」

 

「そうかい?まぁ、自分がここにいたと言うことは内緒にしておいてくれ。帝都まで出てきたのに妹を放って遊び倒していたなんて知られたら何を言われるかわからないからね。」

 

「私たちだけの秘密と言うことですね?」

 

面白がってシーっと人差し指を唇に当て、こちらを楽しそうに見るミュゼ。

やはり絵になる女性だ。

 

「そう言えばリィンさんは帝都には何をしに?」

 

「あぁ、一冊の本を探しにね。」

 

ほら、と持っていた本を見せる。

 

()()()()()()()()()、ですか?」

 

しれっとした顔で半日以上をかけて手に入れた本を見せる。

ちなみにこの本、前回は確か音楽喫茶の店員から貰ったはずだが、今回はなんのツテもない状態だ。貰えるはずがない。

 

何この本?と言う感じでこちらを見るミュゼ。

少なくとも自分では彼女が嘘をついているようには思えなかった。彼女はこの本を読んだことない?少しあてが外れたようだ。

が、まぁ良いだろう。

 

「そう。トールズでは歴史研究会に入っていてね。そこでこの本の存在を知ってどうしても欲しくなってね。」

 

「そうなんですか。そんなに面白い本なのですか?」

 

私、興味あります。と言う顔で言葉をかけてくるミュゼ。

これを肴にエリゼをからかう気だろう。ごめん本当に。また似たようなことになると思うけど。

 

()()()()()()。ちょっと帝国ではほとんど流通していなくて手に入れるのは難しい本なんだけど、広い帝都ならまだ残ってるかも」

 

「あらそうなんですか?それは、ちょっと読んでみたいですね」

 

「あぁ、なんなら自分が読み終わったら貸そうか?」

 

「……。いえ、自分で探してみますわ」

 

自分で探して読んでみると言うのも楽しそう、と言うミュゼ。

著者はミヒャエル・ギデオン、と脳内で反芻するかのように呟く彼女をみて、まず間違いなく探すのだろうなと思う。

実際帝都で探すのは相当難しいと思うけれど、貴族領域なら余裕で出回ってそうだからまぁそう言う意味では彼女にとっては難しくもないのかもしれない。そこまでここでヒントを出すことはしないが。

彼女ならそう遠くないうちに辿り着くだろうし。

 

それから彼女と2,3言葉を交わし、別れる。

 

()()1()()()()()

 

これがどう芽吹くのかはわからないが、しかし少なくとも前回とは違う流れが1つ発生しそうだ。

 

そして、この手元にある爆弾。

これをうまいタイミングで起爆できれば、さらにその流れは加速するだろう。

 

どのように盤面を動かすか。

今会った彼女の得意分野だったそれ。

 

彼女を見習い、自分も稚拙ながら盤上の差し手としてこの難解で無為に動きの止まっている盤上を加速させる一手。

それを見出して指さなければいけないのだ。

 

 



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実技試験と在りし日の光景

「それでは実技試験を始めるわよ。全員一列に並びなさい!」

 

グラウンドに集合した全員を見渡してサラ教官が号令を掛ける。

 

前回は確か戦術殻相手にガイウスとエリオットと一緒に戦ったはずだ。

黒の工房製の戦術殻を相手の試験。全く面倒なことだが、機械人形相手であれば楽で良い。

 

この世界でも前回同様の相手が用意されているとは思わないが、まぁ見てみないことにはどうしようもないと頭を振って無駄な思考を叩き出す。

 

座学ならともかくびゅうびゅうと風がふくグラウンドでは考え事も覚束ない、とまでは言わないが、こちらを睨み付けているサラ教官をみて肩を竦めて諦める。

普段は適当な授業ばっかりしてるくせに無視されるのは嫌、と言われるのは正直それはどうなのだろうか?と思わなくもないが、こちらは学生の身だ。

 

フィーをちらりとみてサラ教官に視線を戻す。

 

こちらの意図を読んだのだろう。サラ教官はビキリと額に血管を浮かべた。

 

「・・・まぁ、いいわ。まずはガイウス、エリオット、フィー前に出てきなさい!」

 

やはり前回とは流れが違うようだ。

 

一人でやれと言われるのか、また別の相手が用意されているのか。

興味はあるが、やはりどうしても現在帝国中に散った分身体(わけみ)の様子が気になるし、()にどうやって話を持っていこうかと言う悩みに思考が奪われる。

 

だから、感覚としてはあっという間だった。

いつの間にか他の全員の試験が終わり、自分の番になっていた。

 

予想通り残ったのは自分たった一人だけ。

やはり余程目をつけられているようだ。こんなに目をつけられるほどか?とは正直思うが。

フィーはもちろん、この時期のクロウなど授業をサボりまくっていたはずだが......

 

いや、彼らと同レベルの扱いになるのは嫌ではあるのだけれど。

 

アリサやエリオットなどのリィンだけ特別に目をつけられていて大変だね?と言う視線が痛い。

 

「じゃ、次はリィンね。相手は私が務めるわ」

 

「自分一人ですか?ここは士官学校で軍人を育てる場所だったと思いますけど。」

 

おいっちにーさんし、と準備運動をし始めるサラ教官に苦言を呈する。

軍は団体行動こそが要で、軍人育成学校なのだからチームワークを活かすような試験にするべきだと強く思う。

具体的には戦術殻相手の(ぬる)い試験に変えて欲しい。

 

一部の理級の武人なんかは戦略兵器扱いだから別なのだろうけれど、一士官学院生を相手にその対応はどうなのだろうか、と言う苦言。

サラ教官はそれを華麗にスルーした。

 

「リィンに戦術殻をぶつけても意味ないでしょ?試験なのだから生徒の上限を測るようなものにしないと意味ないじゃない」

 

「はぁ……わかりました」

 

何を言っても無駄のようだ。

まぁ正直戦術殻相手だろうがサラ教官相手だろうが、こちらとしてはどちらでもいい。

 

こんな時間のもったいないイベントはさっさとスキップすべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リィンとサラ教官がグラウンドの中央で対峙し、剣を構える。

 

方や東方由来の武器である太刀を両手で構えるリィン。

方や右手にブレード、左手に導力銃を構えるサラ教官。

 

リィンが強いのは既に誰もが理解している。

だからこそ全員が興味を持ったのはサラの方だった。

 

これで両者がどの程度の強さを持っているのかがわかるのではないか?

 

そう思いながら眺めていたⅦ組の面々は、だから驚愕することになった。

 

 

「紫電一閃!!!」

 

「弧月一閃」

 

脚に気を注ぎ込み、グラウンドを盛大に陥没させるほどの爆発的な踏み込みからのブレード一閃。

文字通り閃電の如き速さでリィンの懐に飛び込んでのブレードによるなぎ払い。

開始の合図もなくいきなり仕掛けたサラに観客の面々は驚くが、それを涼しい顔をして納刀状態から余裕を持って防ぐリィンに更に驚愕する。

 

「鳴神!!」

 

「螺旋撃」

 

間を置かず即座の銃撃。

ブレードでリィンの刀を押さえ込んでいるからこそ出来る追撃はしかし、気による肉体強化で突如爆発的に増大したリィンの膂力でサラは弾き飛ばされ、そのままコマ回しのようにリィンは太刀を振るう。

 

太刀にまとわりついた気が瞬時に炎に変換され、瞬く間に炎の竜巻となり飛来した銃弾を弾き飛ばした。

 

その光景をなぎ払われ、空中で体勢を立て直しながらもみてとったサラはさらに導力銃による追撃を行う、が、全て見切られて切り捨てられる。

 

 

チッと舌打ちをしてそのまま一旦は距離を離すサラ。

 

 

リィンはそれをわざと見逃し、早くかかってこいとでも言わんばかりの棒立ち。

 

リィンの、まるでお前では相手にならないと言うかのような態度にますますイラりときたサラは、更に本気を出すことに決める。

 

全力の気の放出。

気が全身に行き渡り、肉体を大幅に強化していく。

名付けられた戦技の名は「雷神功」

 

文字通り雷神の如き速さと力強さを肉体に付与する、肉体強化系戦技の中でも随一の力を発揮できる文字通りサラの奥の手。

 

先ほどとはまるで比較にならないほどの速度と力がサラの全身に満ち、パッと雷光が(またた)いたかのような速さでリィンに切りかかっては瞬時に反転離脱する。

 

圧倒的な速さを武器にしたヒットアンドアウェイ戦法で一方的にリィンに打ち掛かっていく。

サラが攻撃を仕掛け、リィンがそれを凌ぐ。両者の戦いはそういう展開になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・サラ教官がこれほどの使い手だったとは・・・・・・」

 

ラウラの発言がⅦ組の総意だった。

普段はぐーたらな教官だと思っていたが、流石は音に聞こえしトールズの、それも特科クラスなどという前代未聞のクラスを任されるだけはある。

そう全員が理解する。

 

「だ、だがあれだけ一方的に攻撃されてリィンは大丈夫なのか?」

 

「……ふん、なんだ。普段はあれほど目の敵にしているくせに随分とお優しいことだな」

 

「なにおぅ!?」

 

「まぁまぁまぁ。マキアス抑えて抑えて」

 

なんだかんだ言ってマキアスの根の優しさが露呈したことで喜び勇んでチャチャを入れに入ったユーシスがふんとそっぽを向く。

それに怒るマキアスをエリオットが宥めるといういつもの光景が広がるがしかし、問題ないと最初に発言したのは意外にもガイウスだった。

 

「リィンなら恐らく大丈夫だろう。というよりもまず教官の攻撃を一撃も貰っていないように見える」

 

ガイウスの発言に瞠目する面々に更に追い討ちがかかる。

 

「ふん、当たり前だ。あのレベルの武術家がただの学院の教官程度にやられて溜まるか」

 

「・・・・・・意外、ユーシスがリィンを褒めるなんて」

 

「あれは別格だ。褒めるとかそういうレベルの話ではないだろう、フィー、お前もなんとなく感じているのではないのか?」

 

「まぁね。というかサラも最初からわかってたと思うよ。・・・リィンは正直、団長レベルだし」

 

団長というフィーの呟きに首を傾げる面々をしれっとスルーするフィーに詳しく話を聞こうとするが、グラウンドからの爆発音が強制的に遮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オメガエクレール!!!!」「無月一刀」

 

気を全開にしたサラの渾身の奥義、オメガエクレール。

 

雷神功で強化された脚力を存分に発揮し、縦横無尽にグラウンドの端から端まで利用してリィンを撹乱、そうしてから全身に回していた気を剣に集約させての一撃を放つ。

文字通りサラの必殺の一撃。

 

剣に込められた気が雷に属性変換され、それによって発生した莫大な(いかづち)がグラウンド中を閃くように荒れ狂う。

 

まさに紫電の呼び名に相応わしい、苛烈極まる一撃。

 

 

迎え撃つのは最新の()()

 

放つのはただの抜刀術。

 

しかし、その太刀に込められた気は尋常ではない。

 

サラの一撃同様、可視化され光を放つレベルに練りこまれた気が構えられた太刀に収束していく。

 

莫大な気が練りこまれた電気の塊が文字通り稲妻の速さで飛来するのに合わせて、一閃──

 

腰だめに構えた太刀を一振り、

──それが稲妻を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実技試験が終了し、今日の修行も一段落ついての帰り道。

真っ赤な夕日が落ちていくのを横目に近く迫るケルディック行きの

 

「よ、後輩くん」

 

そう言ってアッシュグレイの髪を風に靡かせ、 こちらに歩いてくる()()()()()()()()()()()()()

音符マークでもついてそうなその口ぶりに思わず吹き出してしまいそうだ。

 

今回の世界は前回とは随分と違う流れにあるが、自分にとって大事な一幕がこうして忘れた頃にやってくると言うのは、存外悪い気分ではない。

まぁ今回の世界では自分でいうのもなんだが、自分が現時点で武術家として相当な域に達しているからか、クロウの表情には少しばかり警戒心があるように見える。

のだが……このくらいの時期のクロウは元々こんなだったかもしれないか。

 

ただ、それでもこうして律儀にも話しかけてくるクロウ。

それがなんだか、リィンにはおかしくて仕方がなかった。

 

「……なんだよ?人の顔を見て笑いやがって?」

 

「い、いえ…お気遣いありがとうございます。クロウ・アームブラスト先輩?」

 

「あん?なんだお前さん俺のことを知ってんのか?」

 

少し警戒されてしまったか。

クロウの顔色は微妙に、しかし明らかに色を変えている。

この辺のポーカーフェイスはやはりこちらに一日の長がありそうだ。

何せこちらは今から2年以上未来から来ている。それを加味すれば本来であればこちらが先輩と言われるに相応わしい。

 

クロウがリィン先輩、などと話しかけてくる光景にはゾッとするものがあるが、それはそれとして。

 

「そりゃ知ってますよ。2年の問題児、クロウ先輩は有名人ですからね」

 

「チッ1年の問題児代表のお前に言われたくねーっつの……」

 

「あはは…問題行動を起こしているわけではないのですがね……」

 

「グラウンドをめちゃくちゃにしといてよくもまぁ抜け抜けと言えたもんだな、オイ」

 

サラとの勝負の話は2年でも噂で持ちきりだったんだぜ、と大仰に身振りしながらこちらにジト目を向けるクロウ。

 

サラ教官との1回目の実技試験、あの最後にサラ教官が放ち自分が切り捨てたオメガエクレール。あれの余波がグラウンドの端にあったサッカー部の部室を木っ端微塵に粉砕したのだ。

そのせいでサラ教官は今頃職員会議でこってりと絞られている。

 

ちなみに自分も厳重注意はされたが、早々に解放された。

何せ自分はサラ教官の戦技を迎撃しただけで、非はほとんどない、──はずだ。

 

「あれはほとんどサラ教官が悪いじゃないですか」

 

「んなもんは同罪だ!同罪!!……ったく今時の若者ってのは随分と先輩に対する口の利き方がなってねぇようだな」

 

「あれ?でもクロウ先輩は確か留年間近でしたよね?」

 

「グエッ」

 

喉を叩き潰されたかのような変な声をクロウは上げた。随分と芸達者なものだなと思う。

 

「来年から同級生としてよろしくお願いしますね」

 

「待て待て待て待て!誰が留年するっつったよ!ちゃんと卒業するわ!!」

 

「出来るんですか?トワ会長は随分心配してらっしゃったと思いますけど」

 

無論、前の世界での話だ。

こちらの世界ではほとんど関わり合いがない。

 

「トワの野郎……」

 

「まぁまぁ。で、先輩はなんの御用ですか?」

 

いつまでもクロウとプロレスを繰り広げているわけにもいかない。

話を戻す。

 

「ったく、可愛くねぇ後輩だなオイ」

 

「可愛さを求めるならトワ会長にでも会いに行った方がよろしいと思いますが?」

 

「小言はごめんだぜ」

 

やっぱりロクな性格をしていない。

あんなにも得難い良き同級生がいてのコレだからなぁ、と内心で呆れる。

 

「はぁ……まぁ、なんでも良いです。用がないなら行きますけど?」

 

「まぁそう慌てなさんなって。」

 

「いや、そこまで自分も暇じゃないんで……」

 

「お、そうだ。お近づきの印に手品を見せてやるよ。50ミラコインあるか?」

 

──()()

 

「えぇ、ありますよ」

 

「お、サンクス。……そんじゃ、よーく見ておけよ」

 

そこからは、いつかの光景の焼き直し。

あまりにも懐かしく、自分にとっては大事な光景を噛み締めながら言葉を紡ぐ。

 

「そんじゃあな、後輩くん。明日からの実習も頑張れよ!!」

 

しれっと50ミラを持って行ったクロウを眺めながら見送る。

結局リィンは50ミラをクロウに預けた。

 

違う未来も見てみたかったが、どうにもやはりこのやりとりだけは残しておきたかったのだ。

 

クロウを見送り、寮へと足を向け直す。

今回の利子は十一(トイチ)ということにしよう。

莫大な利子で首が回らなくなったクロウの顔を想像して、どうにもニヤニヤと笑うのをごまかせそうに無かった。

 




トイチで50ミラを借りた先輩、莫大に膨れ上がった借金に首が回らなくなる。
そんな彼に灰の英雄が突き付けた示談の条件とは──

内戦の終わりとかに多分こんな事になる。

(と言うか戦闘描写が難しすぎてもう戦闘書きたくないわ)


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ケルディックの騒がしい日

「リィン!あなた絶対に向こうで騒ぎを起こすんじゃないわよ!!?」

 

太い太い釘を刺すように注意するサラ教官。その瞳は常にないくらいに真剣だ。

 

彼女に心配されるだけの態度をとってきていたのは本当のことで、彼女の心配もわかるつもりだ。

隣の明らかに崩壊の兆しが見えているB班はこちらよりも、もっと太い釘が刺されているわけだし。

 

まぁだがここまで語気が強いのは、先日の実技試験の顛末で自分だけお咎め無しになったことでサラ教官はお冠だというのもあるだろうなとは思う。

それについては俺は悪くない、そうリィンは思うわけだけれど。

 

別に自分はケルディックで何かしようなどとは思っていない。

本音を言えばケルディックで2日も無駄にするのは嫌なのだが、かといって他に今できることがあるわけではない。

着々と今後の仕込みを続けている最中で、次のアクションを取れるようになるまでにどうしても時間がかかる。

 

この2日間は普通に大人しくしていようと思っている、それは本当のことだ。

 

前回とは違って随分と警戒されているのが心に痛いが、さりとて本当に時間的余裕がない。

サラ教官には迷惑を掛けて本当に申し訳ないが、まだまだ迷惑をかけることになるだろう。許して、などとはあえて言わないが。

 

何せ動くにはまだ早い。

()()()()()()()()()()()()()()()もう少し機を待つ必要があるだろう。

 

それに我が分身体(わけみ)部隊が必死に各地で()との交渉材料を探しているが、もう少しかかりそうというのもある。

 

現在帝国中に散った分け身の調査報告では、続々とかつて集めた黒の予言書の回収と各地の遺跡に残っている情報の収集が進捗している状況だ。

しかし、まだまだ魔女たちからの接触も、結社からの接触もない状況でもある。

 

まぁ各地を嗅ぎ回っていることに、結社と政府、いや宰相派閥の面々は気付き始めているようだが。まだまだ接触はない状況だ。

 

差出人不明の手紙は自分のところに来ているが、これは彼女だろう。全く、集団で活動してる連中よりも個人で足掻いている彼女の方が動きが早いとは。

予想はしていたが現在の逼迫した状況を理解している人間がこれほどに少ないと思うと、舌打ちの一つも打ちたくなるというものだ。

 

前回の人生で能天気に生きてた奴が言えた言葉ではないのだが。

 

ともなれば、この現状では本当に自分を鍛える事しか出来ず、修行であれば別にどこででも出来ると言うもの。

 

チーム全員での共同生活など面倒どころの話ではないが、それが必要なのであればそれはそれでやりようがなくも無い。

自分には分け身という非常に便利なスキルもあることだし。

 

まぁ気の注入にも限度というものがあるから過信は禁物なのだが、便利なものは便利だ。

少なくともケルディックでの活動くらいなら分け身に任せても問題はない。サラ教官には直ぐバレるからやらないけど。

 

そんな事をつらつらと考えていたら、サラ教官の呆れたような顔が目の前に迫って来た。

本当にわかっているのか?という顔だ。

 

わかってますわかってますと両手を上げて降参のポーズを取ることでようやく解放された。

 

アリサとエリオット二人から、ちゃんとしてよね?というセリフと共に肩を叩かれる。

ラウラは釈然としない表情で、もちろんにべもない。

 

前途は多難だが、まぁ上手いことやろう。

そう自分に喝を入れて列車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケルディックでの実習は前と変わらずの内容で、答えを知っている自分からすれば欠伸が出るような仕事内容ばかりだった。

薬の材料調達という名前の買い物を済ませ、街道の外灯を取り替え、手配魔獣を処理する。

 

酷く単調な依頼(クエスト)の数々。

大市での商人の真似事は非常に苦労したが。

肉体的にはともかく、精神的に酷く疲れたその日はそれでもなんの問題もなく就寝、するはずだった──

 

「リィン、私と本気で戦ってくれないだろうか?」

 

夕食を食べ終わり、明日の予定を決めようかというタイミングで一つの爆弾が投げられる。

爆弾を投げたのはラウラで、その矛先は自分だ。

 

うわ来た、と辟易するが顔には出さない、──出てないはず。

正直いつかは来るだろうな、と思っていたから心構えは出来ていた。

 

学院の生徒や教師陣からの目がない実習先であれば心置きなく戦えると言うもので、 まぁ今日あたり来るんじゃないかなとは思っていた。

 

「……はぁ。ラウラ、俺が君と戦うメリットがないぞ。何故そんな事をしなければならない」

 

覚悟はしていたとはいえ、苦言は呈す。

ラウラの性格上、自分が勝つまで絶対に毎日のように勝負しろ勝負しろと言ってくるのが予想できる。それを防ぐための布石としても釘を差しておかねばなるまい。

 

「これは武人と武人の試合。対価など……」

 

「それはラウラの価値観だろ?俺の時間を一方的に奪おうと言うのだからふさわしい対価を用意するのが筋と言うものだと思うのだが、言っていること間違っているか?それに、武人という言葉は相手に無理を押し付けるための言葉じゃない」

 

「ッ!……リィン、そなたは何故そうにも……」

 

考え方の違いでどうにもラウラには理解がしてもらえそうにない。

正直自分としても暇なんだったらなんぼでも付き合うところだが、生憎と暇がない。

前回のように笑って流せるほどに余裕のある状況ではないのだ。ラウラには申し訳ないが。

 

「ラウラ、正直私はリィンに同意よ。仕事には対価を支払う。当然のことでしょう?」

 

「うん、ちょっとラウラの言い分は一方的すぎると僕も思うかな」

 

どんどんと険悪になる雰囲気にフォローを入れてくれるのはアリサとエリオット。

正直助かる。

 

「リィン、あなたももう少しくらいラウラに譲歩できないの?」

 

「出来ない。こうしている間も時間が着々と進んでいる。その事を考えれば申し訳ないがラウラの我儘に付き合えるほどの余裕は自分にはない」

 

断言する。そんな余裕は自分にはない。

こんな話し合いをしている間に、素振りが何回出来るだろうか。

少しでも進まなければならない自分からすれば正直学院も今すぐにでも退学したいくらいだ。まぁ、まだ学院でやることがあるからこうして通っているのだが。

 

「リィン……前から気になっていたんだけど、リィンがそんなに余裕がない理由なんだけど、それって僕らには話せないような事?」

 

「ちょっとエリオット!?」

 

「ごめんリィン。でもこの一ヶ月君を見てて、話して貰いたいなっていう気持ちが湧いてきちゃってさ。リィンが話せる内容ならだけど、話してくれないかな。それでラウラも多少は納得できるかもしれないし」

 

エリオットの柔らかい笑顔に貫かれる。

これだから人格者は強い、そう思わせられる。

 

ため息を吐く。

ため息を吐くと幸せが逃げるというが、それでもそうせざるを得ない心境だ。

 

「……仕方がないな。聞いたところで君らが納得するかはわからないが」

 

「それでもいいよ。リィンが話してくれればどんな内容でも少なくとも僕は納得するから」

 

「ぐ……エリオット、随分卑怯な技を使うな」

 

「ばれた?ごめんね、でも一緒のクラスでこれからやってくんだからさ、多少の歩み寄りは必要だと思うんだ」

 

こちらの視線をハハハと愛想笑いで頬を掻いて流すエリオット。

何度でもため息が出てくる。

 

「はぁ……。別に俺だけじゃないだろうに、色々抱えてるのは。」

 

「それはそうなんだけどさ。授業中の態度の悪さのせいだから、因果応報じゃないかな……」

 

随分と強めの当たりが飛んできたものだ。

エリオットにやり返したい気持ちが湧いてこないでもないが、そんなはしたない事をする程落ちぶれたつもりもない。

 

「……まぁいいか。確かにエリオットの言うことも一理ある。ここじゃなんだし、部屋に戻って話そうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ある男の話をしようか」

 

部屋に戻った全員を椅子やらに座らせ、自分はあてがわれたベッドに腰をかける。

馬鹿正直に話しても納得は得られないだろうから、抽象化して話すことにする。

直截な表現を好むラウラでもわかりやすいように話す必要があるが、こう言うのは短かったとはいえ教師生活で鍛えられた。

なんとかなるだろうたぶん。

 

「──その昔、随分と要領が悪くて、それでいて無駄に正義感が強くてそして楽観的な男がいたんだ」

 

リィンの話だ。

そう、全員が確信する。

 

過去を思い出しながらの話は精神的にくる物がある。

意識して顔に力を入れていないと、正直今にも泣きそうだ。

 

「男は中途半端に強くて、中途半端に優しくて、中途半端に人間だった。無鉄砲で楽観的希望にあふれてて無駄に正義感が強い、そんなどうしようもない男だった。でも、彼にも多くの大切な友人や仲間が居たんだ。そう、つい、こないだまでのことだ。」

 

この間までのこと。ポツリ、掠れたような声で囁かれるように放たれた言葉に全員が硬直する。

今、どうしているのか?という問いが浮かび、次の言葉で粉砕された。

 

「彼には守りたい世界があった。守りたい仲間たちが居た。守りたい女性が居た。でも、彼にはどうしようもなく巨大な敵も居た。いや、彼だけじゃない。彼が住んでいる世界には、隠された強大で邪悪な敵がね。」

 

「でも、彼がそんな強大な敵がすぐ身近にいると知った時には随分と遅くて、彼もその仲間も自分たちの世界を守るために戦いを挑んだけど、失敗した。」

 

──失敗した。

 

そう、自分たちは、どうしようもなく、完膚なきまでに、失敗した。

話していて思わず、掌をギリッと握りしめる。

 

あれほどの、いっそ潔いほどの大敗は生まれて初めてで、それがあのどうしようもない局面で体験することになるなど、今考えても悪夢でしかない。

そして、今も悪夢の状況は刻一刻と近づいてきている。

何せ、自分の中に息づく鬼の力はドクドクと鼓動しているのだから。

 

「そう、失敗した。乾坤一擲の全てを投げ打つような彼らの死力を尽くした大攻勢は、しかし完膚なきまでに失敗に終わって、みるも無残な屍を晒した。勝ったのは敵で彼らは負けた。……だから、彼らが愛した世界は滅びを迎えた。」

 

「だが、その強大な敵に最後の最後まで抗ったたった一人のその馬鹿だけは、なぜか命拾いすることになってね。無様にも生き残ってしまった」

 

「彼はその強大な敵を許すことはないし、また無謀にも立ち向かうだろう。だからだろうな、彼が必死になって努力するのは。」

 

「絶対的に努力が足りない。絶対的に強さが足りない。絶対的に知識が、覚悟が、仲間が足りない。かつて一緒に戦った戦友も無くして、それでもなお敵を許せないと戦い続けるのならば、そうであるならば努力するしかない。だから彼、いや、俺は努力し続けるし、立ち止まる気など毛頭ない。それだけ。」

 

そうだ、立ち止まる暇などないのだ。

前回よりは今時点で強い?それがなんだ。

その程度で倒せるなら苦労はない。

そんな程度の相手であるならば、とっくに誰かが倒している。

 

人間の枠から飛び出るほどに努力し続けた女性が居た。

その女性を倒した男が居た。

 

それほどまでに至った男が、されど負けたのだ。

 

楽観はした。どうしようもないほどに解決策を全く考えずに挑んだ馬鹿者だ。

しかし、かの黒の騎神との戦いの中では、慢心も油断もしなかった。それもまた事実だ。

 

自分の慢心や油断で負けたのならばどれほど良かったか。いや良くはないが。

だが、それならば今の自分はここまで追い詰められ、狂ったように鍛錬に邁進していない。

 

しかし違うのだ。

味わったのは完膚なきまでの敗北だ。

 

確かに自分たちの力が全く通用しなかったわけではない。

が、その貧弱な攻撃では、彼の命まで到底刃が届かなかった。

 

それが、どうしようもない現実だ。

 

そして今回の未来ではミリアムという犠牲を容認しないと自分は定めている。もちろんクロウや他の仲間たちもだ。

 

それを考えれば、どうしても前回よりも苦しい状況からスタートすることになる。

彼女が生きて人間として過ごせるという奇跡を引き寄せる。なればこそ、その代償を自分の力量を上げて支払う。

それはあれほどの敗北を突きつけられて、それでもなお甘ったれた考えを今なお貫き通そうとする自分の責務で覚悟だ。

 

そして、そもそもの話が前回は彼に届いてすらいないのだ。

そんな状況で容認できない犠牲としてミリアム達を守る気でいておいて、努力を放棄するなどそれこそ()()()()()

 

どうやって彼に刃を届かせるか。

そこにすら回答を持てていない自分が、今の歩みを止めれるわけがない。

 

だから、どれほどまでに周囲に迷惑を掛けようと、彼らから心配されようと、立ち止まる気はこれっぽっちも無かった。

 




閃の軌跡を発売初日に購入して4章。

ラウラとフィーの決闘騒ぎの時にラウラが放った
「この勝負、私が勝ったらそなたの過去を教えて欲しい」
と言う言葉に当時衝撃を受けたのを思い出しました。

あまりの衝撃で持っていたPS Vitaを床に叩きつけた記憶があります。


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最後の一日

ケルディックに朝が訪れる。

 

夜中、なんだかんだ熱くなって語ってしまった自分が恥ずかしくなって、逃げるように外に修行に出た自分は朝食の時間ギリギリになって帰ってきた。

今日は帰りの列車で爆睡しよう。そう考えを巡らせる。

 

その反面修行は(すこぶ)る順調だ。

おそらく以前よりも大分強くなれそうな感覚がある。理の地平に曲がりなりにも到達したからか、やけに自分の肉体状況と足りないところが把握できていた。

いや、それで聖女に勝てるかというと多分無理だが。

 

確か今日はケルディックの大市で盗難事件が発生するんだったか。

 

そのせいだろう、朝っぱらから大市が騒がしい。

 

貴族派の面々の面の皮は非常に厚く、領邦軍の面々が平気でそこら辺をいつも通り巡回しているのを窓から見かける。

まぁ彼ら領邦軍の面々の大半は平民階級な訳なのだが、しかし面の皮が厚いなぁという感想は出てきてしまうものだ。

 

ちょっとどこかぎこちない朝の挨拶を交わす。

3人ともどこか精細を欠いているが、まぁ一方的に色々とぶちまけたから処理に困っているのだろう。

多分困ったら似たようなことをまたするけど。

 

今日のところは自分がフォローに回ることにする。

それでもおずおずと話しかけてくるのはアリサだ。

 

「それで、リィン。今日はどうするの?」

 

「依頼は落とし物の財布と手配魔獣一件だよね?」

 

「あぁ、それなんだが先に大市に行ってみないか?随分と大市が騒がしい。ちょっと様子をみてからでも遅くはないだろう」

 

「うーん、そうね。ちょっと気になるくらいには騒がしいし、落とし物の依頼でどうせ大市に行くしね」

 

「うん、僕も賛成。……えーっと、ラウラは?」

 

なんだかんだで図太いエリオットもいつもの調子がだんだんと戻っている。

問題はラウラだが、まぁいいか。時間が解決してくれるだろう。

 

コクリと頷くラウラ。

どうにも調子が狂うなぁなんて言っているエリオットにラウラのことを押し付けることにリィンは決めた。

 

「じゃぁ早速行動を開始しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とんとん拍子で依頼を片付けていく。

 

落とし物と手配魔獣はあっという間に片付け、大市での窃盗事件の調査に本格的に乗り出す。

それも、リィンのさりげない誘導であっという間に事態の究明にまで至ってしまった。

 

だからこそ、異常なまでの早さで真実に到達したからこそ、面倒な状況に陥っていた。

 

「手を上げろ!」

 

こちらに銃口を向けるのは領邦軍兵士たち。

我々の動きを嗅ぎ回っていたのは知っていたし、追ってを放っていたのは把握していたがしかし。

 

()()()()()()()()

 

普段の領邦軍の態度なら、おっとり刀で駆けつけてくるものだと思っていたが、やはり自分たちの責任問題と進退が関わってくるともなると動きが早くなるようだ。

全く普段からそのくらい職務に熱心なら良いのだが。

 

ラウラが自分の身分を明かし、威嚇するが領邦軍の面々はにべもない。

何せ彼らの背後にいるのは公爵だ。

確かに帝国で二大武門と言われるアルゼイドを敵に回すのはアルバレア公爵的にはよろしくないが、そんなことは一介の下っ端にはわからない。

公爵からいくつも位階が落ちる子爵の家の娘。

そんな程度の女に彼らの掲げる美旗が霞むはずもなかった。

 

至極当然のように我々を取り囲み、拘束しようと試みる。

こうなってはもう、仕方がない。

TMPを待とうとも思っていたが、こちらにつくのにはもう少々かかりそうだ。

 

「……もし、我々を無理にでも拘束しようとするのであれば──」

 

「なんだ?今更命乞いか?」

 

こちらの状況を見て煽る盗賊ども。

随分と自分たちの状況がわかっていないようだ。

 

いや、俺の様子の異常性に気づいたのはエリオットとアリサ、そしてラウラだ。

 

丹田に力を込め、気を急速に練り上げる。

言葉でわからない人間に言葉をぶつけても無意味だ。

この手の手合を相手にするのであれば、その身でもってわからせるしかない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

瞬間、リィンの全身から極光が溢れる。

 

それは瀑布のような極大の気の流れ。

人間の姿をした気の塊と言える何か。

 

普通ならただの気の放出は可視化されず、せいぜい剣に付与した気が光を放つ程度だ。

だが、あまりにも濃密に、一辺に、莫大な量を放出したリィンの気が極大の光となって溢れ出す。

 

一般人の域を出ない領邦軍の軍人ですら知覚してしまうほどの莫大な気。

それがすぐ間近のリィンから発生し、波濤のように気の波動が叩きつけられる。

 

──腰が砕ける。

 

それはまるで、目の前に神でも降臨したかのような光景。

極光を放ち、人智を超越した男がこちらを睨み付けている。

 

その事実にカチカチと歯が震えて音を鳴らし、かってに膝が地面に着く。

全身から力が抜け、武器を放棄し、衝撃で声が出ないながらも持てる全力で命だけは取らないでくれと乞い願う。

 

公爵家がどうこう、そんなことは頭からすっかり抜け落ちていた。

 

「よろしい。」

 

彼らの様子を見てとり、気を収束させる。

光を放っていたのはほんの十数秒。

 

だが、その十数秒で領邦軍の面々は既に彼、リィンに対して銃を向けることは出来ない。

そう思い知らされていた。

 

それから数分経って、鉄道憲兵隊のクレア大尉たちがこちらに到着する。

 

打ち拉がれ、泣いてリィンに許しを請う彼ら領邦軍の姿を見て、どっちが悪役なのか一瞬わからなくなったクレアだが、とはいえ盗賊が最優先として彼らを受け取ってひったてていく。

 

その後のリィン達への取り調べは本来より少し長引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぅすぅと静かな寝息をたててリィンが眠る。

 

その様子を微妙な表情で見ながらアリサたちは迎えに来たサラと話をしていた。

 

「教官はリィンの素性を知っているんですよね?」

 

聞きにくそうにアリサが口火をきる。

リィンが昨日話した話はあまりにも重い内容で、あの程度のいざこざでリィンが素直に話すような内容ではなかった。

だが、昨日の話があの場を凌ぐための嘘だとはリィンの様子にあまりにも凄味がありすぎてそうは思えない。

 

だから、気が付けば口を開いていた。

 

「えぇ、知ってるわよ。でも、多分君たちが知りたいことは私も知らないわ」

 

「……そう、ですか。」

 

「でもリィンは少しは事情を話してくれたんでしょう?それなら一歩前進じゃない?」

 

「それはそうかもしれませんけど……」

 

「あの話を聞いちゃうと…ちょっと……」

 

ラウラの完全に萎れた様子はともかく、なんだかんだで図太いアリサとエリオットが消沈した様子にサラも興味が湧いてくる。

生徒のプライバシーなどあってなきが如くのエレボニアだ。

良識に従えば選ぶのは沈黙なのだが、生徒のことについては知っておかないと後々困ることになるかもしれないと言う大義名分がサラの口を軽くする。

 

「リィンの目的ね。それは先生も聞いてもいいのかしら?」

 

「……」

 

「……すみません、ちょっとサラ教官でもお話しできません。申し訳ないんですが、リィンに直接聞いて下さい」

 

アリサもラウラも沈黙。だからリィンに話を聞く発端となってしまったエリオットが重々しく口を開く。

正直今すぐにでも教会の懺悔室で昨日の軽挙を懺悔したい気分だ。

サラ教官からリィンを庇うくらいはなんと言うこともない。

 

エリオットの追い詰められたよう様子に、サラとしても流石に口が重くなる。

 

「……それほどなの?」

 

「少なくとも僕としては普段のリィンの素行不良など、リィンの目的に比べればどうでも良いと思うくらいには」

 

「……そう。学院の素行調査ではなんの問題もなかったんだけどね……これは少し調査が必要そうかしら?」

 

「!!……サラ教官、流石にそれはやめて上げて貰えないだろうか」

 

サラの呟きを耳聡く拾ったラウラがバッと顔をサラに向ける。

その必死な表情にサラこそが困惑する。

 

ラウラは自分の()()()()()()行った事が他人を傷付けて足を引っ張っていたと言う事実に今にも泣き出しそうだった。

 

「ラウラ…あなたがそう言うほどの事なの?」

 

サラ教官に昨日の話を懺悔するように教えてしまいたくなる。

3人の追い詰められたような顔に、これ以上は藪蛇だと思い口を噤まざるを得ない。

 

「……まぁいいわ。あんた達がそこまで言うと言うことはリィンにもそれなりの深い事情があると言うことなんでしょ。あんたらの様子とリィンの普段の様子を見れば別に学院には問題なさそうだし、一旦この件については忘れましょ」

 

「はい、そうしていただけると本当に助かります」

 

「ったく、エリオットまでそんな事を言うとはね。このクラスは問題児が多すぎて困っちゃうわ」

 

「はは……でも、リィンが問題児と言うのはちょっと疑問が残る気はします」

 

「随分肩持つじゃない。……まぁ良いわ。少なくともB班のあの馬鹿達よりはマシと考えておくわ」

 

マキアスとユーシスのせいで崩壊したB班に比べれば実際マシだと毒づく。

まだ最低限他人と合わせる事ができるリィンの方が比較すればの話だが、彼らよりはまだ扱いやすいと言える。

 

「教官の苦労は想像できます。こっちもリィンが居なければたぶん今頃領邦軍に捕まって牢屋の中でしたけど……」

 

「そういえば、それよそれ!私も報告で読んだしTMPからも聞いたけど本当なの?」

 

思い出したくもないB班の悪夢から、これ幸いと話題を変えるが実際驚きではあった。

 

正直そこまでの存在だとは思っていなかったというのが本当のところだ。

話に聞く全身が光り輝き、極光を放った姿。

 

そのレベルの気の放出を十数秒持たせる?さらにその後も平気な様子で動き回り続ける?

しかもそれが徹夜明け?

 

──どういうことよ。

 

サラは本気で疑問に思う。

そんな事ができる人間がどれほどいると言うのか。

 

自分の雷神功だってせいぜい暴風と雷を起こし多少発光する程度のものだ。

全身が完全に光り輝き、あの憎たらしい領邦軍の連中をして神とまで言わしめるなど、普通ならあり得ない。

 

「もちろん本当ですよ!!」

 

「私たちも見てたけど、本当に光の神かと思っちゃう姿だったわよね……」

 

ラウラまで同意の頷きを返すところに凄味がある。

 

「まぁあんた達がいうなら信じるし、TMPと領邦軍の有様を見ちゃうとね……」

 

お互い頷き合う。

 

そう、もちろん、あの領邦軍の有様は自分も確認した。

 

あれほどの畏怖をいつも居丈高で高慢ちきな領邦軍の面々に抱かせるなど、自分では到底無理だ。

それこそ人死にを出して何人かの首を跳ね飛ばさねば出来ない芸当だ。それだって彼らの心をああまでへし折れるかというと怪しいものだ。

 

それを無傷で、ただの気の放出で成し遂げる?

 

それはもう、奇跡と言って良い。

 

あのクレアをして、遠くで感じた気の放出の波動だけで発狂しそうだったというのだから彼らの言っていることが正しいのだとは思う。

だが、それを素直に認められるかは微妙だった。

 

本当に剣聖級ね。

 

それは、ストンと腑に落ちる言葉ではあったが、しかし理性が全力で拒否反応を起こす言葉でもあった。

 

おそらく彼の全力を引き出すにはそれこそ光の剣匠や雷神、黄金の羅刹などの帝国最高峰の面々でなければならないだろう。

だが、彼ら人外の化物どもが本気で戦ったりしたらトールズはあっという間に崩壊する。

 

まだまだ道半ばで修行中で未熟なサラが挑んだアレでさえグラウンドの地形を変形させ、余波で部室を一つ消し去ったのだ。

 

それ以上の化物どもの真っ向勝負など、いかに頑強なトールズといえども半壊は免れないだろう。

 

だが、嫌な予感だけはした。

いつの日か、血気盛んで同クラスの武芸者に飢えた力の申し子どもがリィンを求めて学院に来る。

そんな未来を幻視してしまっていた。

 

「あーまぁ、リィンのことは忘れなさい。正直理に至った化物レベルのことを考えても意味がないわ」

 

「もちろんですよ。士官学校で求められているのがあのレベルというなら直ぐに退学届を叩きつけてます」

 

「全く同意ね。そんなの冗談じゃないわ」

 

「それなら私は教師失格ね。だって出来ないもの」

 

アッハッハと3人で笑い合う。

ここでもう一人のラウラが明らかに消沈しているのがどうにも目についたが、まぁリィンに無駄に突っかかって行かないだけマシになったことだろう。

 

「ま、焦らずあんた達はあんた達のペースで強くなって行きなさい。学院での強化トレーニングはきついけど、少なくとも理不尽ではないはずよ」

 

「えぇ、それはもちろん」

 

「きついのは嫌だけどなぁ、僕」

 

朗らかに笑う夕方。

トリスタに向かう列車の中は行きよりは明るい様子だった。

 



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女三人寄れば姦しい

エリゼ・シュバルツァーは激怒していた。

かの邪智暴虐なる後輩の魔の手から敬愛する兄を守らねばならぬと奮起していた。

 

怒髪天を突く。

その言葉が相応しいほどの激しい怒りにエリゼが打ち震えているのは、後輩が放ったある言葉が原因だった。

 

「エリゼ先輩♪お兄様が帝都にいらっしゃっていたのなら教えてくだされば良かったのに、この間先輩のお兄様にお会いして……きゃっ♡」

 

「は?」

 

思ったよりもドス黒い声が出て自分でもびっくりする。

栄えある聖アストライア女学院に通う淑女が出すような声ではまるでない。

だが、その威圧の効果は莫大で、生意気な後輩が多少ビビった様子を見せるのは悪くない。

 

ハートマークでも飛び散りそうな甘ったるい声でいやんいやんとこちらを煽るように身をくねらせていたミュゼが緊急停止する。

が、この場にいたのはエリゼとミュゼだけではなかった。

 

「あら、エリゼのお兄様が?エリゼも言ってくれれば良かったのに……」

 

あからさまに私興味あります!と目を輝かせる姫に、これからこの不届きな後輩から()()()()をしようと思っていたエリゼが出鼻を挫かれる。

ミュゼがニンマリと笑うのを視界に捕らえ、歯軋(はぎし)りするがもう遅い。

 

「今丁度エリゼとお茶にしようと思っていたところなの。良かったらミュゼもどうかしら?」

 

「もちろん。殿下のお誘いとあれば喜んで」

 

淑女特有のやりとりが目の前で超速で展開され、逃げ道を失う。

 

ここに居ない兄を酷く恨む。

そもそも帝都に来ていたことなど初めて知りましたけど!!?と完全にキレた様子で、それでも瀟洒に椅子に座るエリゼ。

 

エリゼの様子に、あんまり突ついたら反撃でこちらが大火傷になりそうだと思ったミュゼとアルフィンだが、それはそれ、これはこれ。

いつも事あるごとに口にするエリゼの兄の実物の話をするのだ、アルフィンは辞める気はなかった。理由は多少違えどもちろんミュゼも。

 

「で、エリゼのお兄様はどんな方だったんですか?」

 

待ちきれませんと(はや)るアルフィンをどうどうと押し留める。隣のエリゼ先輩が沈黙しているのが怖い。

運ばれてきた紅茶を一口飲んで一息ついて、話始める。

 

「素敵な殿方でした♡噴水広場でお会いしまして、まさに運命的な出会いでしたわ♡」

 

「きゃ〜♡どちらから話しかけましたの?」

 

()()()()()()()話しかけてくださいました♡ お買い物で疲れていた自分を心配してくださって……♡」

 

いやんいやんと体をくねらせ最大限にエリゼを煽る。

しれっと嘘付いたが、まぁバレないだろう。

 

相変わらず殿下はきゃーきゃーと黄色い声を上げている。が、エリゼへ爆弾を投げたのもアルフィンだった。

 

「そういえばエリゼ、あなた確かリィンさんの写真を持ってましたわよね?」

 

「え!そうなんですかエリゼ先輩!?」

 

「見せませんよ!」

 

機先を制するように初手から威嚇するエリゼに、それでも二人はちっともめげない。

ちょっとくらい良いじゃ無い見せて♡という二人掛かりの攻撃。

エリゼは頑として見せようとしないが、しつこく食い下がる。

 

アルフィンはともかくミュゼは割と必死だ。

その必死さもあって、数分の攻防を経てようやく渋々とエリゼが折れて胸元のペンダントの写真を見せる。

 

リィンの顔を見てあらー♡と黄色い声を上げるアルフィンに、食い入るようにみるミュゼ。

 

隅から隅まで確認し、確信を得る。

やはり、おそらくこの間噴水広場で出会った彼は本当にエリゼ先輩の兄なのだと。

 

写真で見分けがつかないくらいの変装をされていたという可能性もあるが、少なくとも自分程度を相手にそこまでするとも思えない。

 

その前提を確認したかったと言う自分の目的は果たされた。

 

あとは、エリゼ先輩もまた彼と同じ志を持っているかどうかだが……これは多分そう言うことはないだろうと既にわかっている。

何年も後輩やっているのだ。彼女の思考と嗜好くらいは既に大凡把握している。

いや、彼の妹だと考えると油断は禁物なのだが。

 

「エリゼもこんなに格好良いお兄様がいたなんて、なんで黙ってましたの!?」

 

こうなるからだよ、とでも言わんばかりの顔をエリゼは浮かべていた。

その顔を見て益々楽しくなるのがアルフィンとミュゼと言う女であり、エリゼのその行動は悪手なのだが、勝手に表情筋が動くのだから仕方がない。

 

──が、()()()()()()()()()()()()()

 

「ミュゼ?一つお聞きしたいのだけど、兄様とお会いしたのはいつのことかしら?」

 

鋭い。

今は既に週の終わりの金曜日。

買い物で疲れていたというフレーズ(ひんと)から平日ではなさそうだと当たりをつけたのだろう。

愛する兄のこととあっては普段以上の集中力を発揮しているようだ。全く家族仲が良さそうで羨ましい。

 

「先月の中頃ですわ♡」

 

「あら、……でも今はもう5月ですわよ?」

 

ビキリと額に血管を浮かばせ、般若の如き顔となっているエリゼに恐れ慄いたアルフィンが恐る恐るミュゼに話を振る。

その声のトーンは大分落ちていた。

 

「リィンさんから妹には内緒ね、と言われていまして♡」

 

が、それを知ってもなおミュゼは全力で地雷を踏み抜いた。

隣の友人の顔ももう見れなくなったアルフィンが流石に不味いと思い、椅子をエリゼともミュゼとも少し離し、緊急離脱の構えを取る。

が、その構えもすぐに吹き飛ぶことになった。

 

「……では、なぜ今更になって話したんですか?」

 

「それがちょっと今度の週末にリィンさんと帝都でお会いすることになりまして」

 

「は?」

 

まるで恋する乙女のような顔のミュゼに、エリゼの全身から気すら立ち上り始める。

その異様な様子から飛び出る渾身の「は?」の威力でミュゼは心底恐怖したが、それはそれ。

 

愉悦の心が恐怖心を軽々と超克する。

それは、隣に座っていたアルフィンも同じようだった。

 

「あらあらあらあらあら♪ ちょっとミュゼ、いつの間に?」

 

「黙っていてすみません、姫様。4月にあってから私とリィンさんは文通を開始してまして♡」

 

「きゃー♡ちょっとミュゼ、貴方だけずるいですわよ?」

 

「ふふっ。リィンさんと秘密の文通でしたから」

 

当然秘密に決まってる。

誰があんな内容の文を公開できようか。

が、それはそれ、これはこれ。

 

ただ、文通していたと言う事実でエリゼ先輩を翻弄するのが楽しい。

普段は厳格な上級生として君臨しているのだ。今日くらいは多少のおイタは許されるだろう。

 

「私もお会いしてみたいですわ、リィンさんと」

 

「駄目です♡」

 

えーとか、うふふとやり取りする二人の様子にとうとう堪忍袋の尾がキレたエリゼが立ち上がる──

 

と言うところで丁度予鈴(よれい)のチャイムがキンコンカンと鳴り、次の授業に出席しなければならなくなる。

ミュゼの完璧な先読みによる時間調整の賜物だった。

 

「では、先輩方。次の授業がありますので私はこの辺で」

 

「えーもっとお聞きしたかったですわ♡」

 

「では、また来週どこかで。デートのご報告をいたします、先輩方♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、エリゼ。どこに向かうのかしら?」

 

「ッ!?……姫様!!?」

 

週末の土曜の午後。

ミュゼが()()()()()()()()を着て外出していくのを見て、立ち上がったエリゼに声がかかる。

 

顔を向けるとそこにはアルフィン。

マスクにサングラス、帽子にその艶やかで長い髪を全て隠した姿。

明らかな変装の様子にため息が出る。

 

何せ自分も同じような格好だ。

栄えある聖アストライア女学院の女学生がこんな不審者みたいな格好をしているなど、厳格で名を馳せる寮監殿に見つかったらどんな雷が落ちるかわかった物ではない。

 

ここで彼女を巻いたりしたら絶対に拗ねられて寮監に報告され(チクられ)るのがわかっている。

それに尾行はやはりツーマンセルが基本だ。

 

──敵は噴水広場にあり。

 

どちらともなく頷き、ミュゼの後を追いかけた。

 

 




女学院3人組、好きです(告白)


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