雄英高校1-Aの副担任 (とりがら016)
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ライヴホープとイレイザーヘッド

 タバコの匂いがしたらすぐ逃げろというのは、この街の(ヴィラン)の常識だ。いや匂いがする前に逃げろという方が正しい。タバコの匂いがしたその時には、()()()はすぐ側まできている。

 

「クッソ、今日あいつ非番なんじゃなかったのかよ!」

 

「知らねぇよ! 噂はほんとだったんだ。あいつ、暇さえありゃ敵を狩るやべぇやつだって……!」

 

「おい、前!」

 

 路地裏を逃げ回る二人の敵がいた。あるヒーローが非番の日を狙い、店へ強盗に入り、逃走経路もあらかじめ確保して、完璧な作戦を立てた。完璧なはずだった。

 しかし、あるヒーローが非番の日、という作戦成功への第一歩がそもそも間違いだった。いや、間違いではなかった。確かにそのヒーローは非番であり、ヒーロー活動を休む日であった。

 

「暇さえありゃ敵を狩るってショックな言い方すんなぁ。それじゃ俺がやべーやつみてぇじゃん」

 

 二人の敵の前には、一人の男がいた。灰色のウルフカットに、黒の瞳。長身で、細く見えるが確かに鍛えられているということがわかる肉体。黒のジャケットにエンジ色のシャツ、黒いパンツに首からは金のネックレスをかけている。

 そしてその口には、一本の煙草が加えられていた。

 

 二人の敵は、男の登場に恐怖する。更に言えば、男の後ろに控えている()()()()()を見て、心が折れていた。

 男が紫煙を吐くと、紫煙が人の形を形成していく。怪しくうごめきながら、腕、脚、頭。奇妙な生物の誕生に、二人の敵は声にならない悲鳴を漏らした。

 

 怪物の正体は、男が吐き出す紫煙。ただの紫煙だったそれらが、命を吹き込れたかのように二人の敵へ襲い掛かる。

 

「に、逃げろ!」

 

「よし、掴まれ!」

 

 敵のうちの一人は、ばねになれる個性を持っていた。脚をばねにすれば高く跳べるため、それを利用して逃げようという算段である。

 ばねの敵にもう一人が掴まり、個性を発動しようとした。しかし。

 

「なっ、なんで発動しねぇんだ!?」

 

「何してんだお前、早く──」

 

 そして、絶句。もたついている間に、紫煙の怪物が二人の敵を取り囲んでいた。目も鼻も口もない、生きているか死んでいるかもわからない。ただ恐怖だけを持ってそこに存在する紫煙の怪物。

 

「んじゃまぁ」

 

 二人の敵の上下左右を取り囲む紫煙の怪物に、男が命令を下す。

 

「眠らせちゃって」

 

 無数の恐怖が、二人の敵に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「非番なのにも関わらずありがとうございました、ライヴホープ!」

 

「やー、いいんスよ。敵退治はヒーローの仕事っスから」

 

 それでは、と頭を下げて去っていく警察を、にこやかな表情で見送ったのは先ほど二人の敵を退治したヒーロー、『ライヴホープ』。本名伊吹(いぶき)(みこと)。個性を使い犯罪を行う敵を取り締まり市民を守るヒーローの一人であり、ヒーロー免許を取るために通うヒーロー科、その最高峰『雄英高校』の卒業生である。ヘビースモーカーであり、ヒーローの体裁を守るために街中で吸うことはないが、敵退治の時には個性の関係上というのもあるが、それをいいことにひと箱なくなるほど吸っている。

 

 伊吹は警察を見送ると振り返って路地裏に入り、タバコに火をつけて紫煙を吐きだす。そして生まれた紫煙の怪物に乗って、ビルの屋上へと上っていった。

 

「さっきはありがとうございました。イレイザーヘッド」

 

「助けいらなかっただろうがな」

 

 ビルの屋上で柵に寄りかかっていたのは上下真っ黒な服に、『捕縛布』をマフラーのように巻いている小汚い男。ばねの敵が個性を使えなくなった原因であり、見るだけで個性を使えなくする『抹消』の個性を持っている。

 名は相澤消太。ヒーロー名を『イレイザーヘッド』。伊吹とはヒーロー活動を通して何かと縁があり、相澤が敵退治をしていれば伊吹が、伊吹が敵退治をしていれば相澤が現れる、といった奇妙な関係だ。

 

「いや、そんなことないっスよ。あのまま確実に捕らえられる自信ありませんでしたし」

 

「よく言う。お前の『息吹』はそこまで弱い個性じゃないだろ」

 

「恐縮っス」

 

 個性『息吹』。それが伊吹の持つ個性である。自身の口から出たものに命を持たせ、それを自由に使役できる。ただし一度外から口に含んだものしか命を持たせることができず、更に本人が「命を持たせたい」と思ったものしか個性を発動することができない。そのため、伊吹は自身の好きな『タバコ』、その紫煙に命を持たせている。

 

「っつーか、俺を待ってるの珍しいっスね。いつも勝手にどっか行っちゃうのに。なんかあったんスか?」

 

 伊吹は相澤を慕っている。それは相澤の精神性に惚れ込んでいるためであり、上下を黒にしているのも相澤を意識してのことだった。

 そんな伊吹は相澤が自身の現場に現れると、決まって相澤と話すために相澤を追う。相澤は仕事が終われば関係ないとさっさとどこかへ行こうとするが、伊吹が無理やり追いついて無理やり交流を深めようとする、というのがいつもの流れとなっていた。

 

 今回は、相澤が伊吹を待っていた。それを不思議に思い、問いかけた伊吹が紫煙を吐いて相澤の言葉を待つ。相澤は、黙って伊吹が吐き出す紫煙を目で追っていた。

 

 しばらくして、相澤が口を開いた。

 

「教師をやることになった」

 

 今度は、伊吹が黙る番だった。

 

 伊吹は、相澤と過ごす時間が好きだった。なんだかんだ言いながらも付き合いがよく、邪険に扱われたことは一度たりともなかった。だからこそ、考えてしまった。相澤が教師になれば、その時間がなくなってしまう。今こうしてビルの屋上で話すということも。

 

「……どこで教師やるんスか?」

 

 その感情を隠しながら伊吹が聞くと、「雄英」と短く相澤が返す。

 

 雄英高校。伊吹と相澤の出身校であり、ヒーロー科の最高峰。そこで教師をやるのであれば、人格者でなければならない。

 色々考えていた伊吹だが、少ししてから「なるほどな」と納得していた。そして、紫煙と一緒に笑いが漏れる。

 

「俺が教師をやるっていうのが笑えるほどおかしいか」

 

 不機嫌そうに言った相澤に、「いやいや」と笑いながら返し、伊吹はタバコを口の端に咥えた。

 

「似合ってるって思ったんスよ。ほら、復讐に燃えてた俺を正してくれたのもイレイザーヘッドでしょう? 向いてると思いますよ。誰かを導く仕事」

 

 教師に向いてない、と笑われたわけではないとわかっても、それとは別方向に不機嫌になり、相澤はため息を吐いた。

 

 伊吹は、相澤に恩を感じている。幼い頃に敵に家族を殺され、それが原因で人を守るためにヒーローを志すも、ヒーローになったその年に義理の両親を敵に殺された。

 結果、伊吹は敵を根絶やしにする、ともすれば殺してしまうほど危うくなり、そのタイミングで現場が一緒になった相澤が伊吹を復讐の道から正したのである。

 

「『敵の罪関係なく殺すっていうなら、お前も敵と変わらない』。いやぁ厳しいっスよね。あんとき俺殴られましたし。俺、敵になってもおかしくなかったっスよ」

 

「お前なら正しく伝わると思った。それだけだ」

 

「やっぱ向いてますって、教師」

 

 タバコを咥えながら、相澤に人懐っこい笑みを向ける。

 

「にしても、教師っスか。これからは相澤先生って呼んだ方がいいっスか?」

 

「やめろ。お前は生徒でもないし、今まで通り呼べ」

 

「俺、イレイザーヘッドの授業受けてみたいっスけどね。今から学生に戻んのって可能っスかね?」

 

「楽しい高校生活に戻りたいだろうが、新しい資格をとる授業しか受けれないだろうな。当然そこには俺はいない」

 

「つれないっスねイレイザー」

 

 紫煙を吐き、タバコを携帯灰皿にねじ込んだ。肺に残った煙を吐き出すかのように大きく息を吐くと、柵に寄りかかる相澤の顔を覗き込んだ。

 

「それで、何でそれを俺に言ってくれたんっスか?」

 

「……お前に言っておかないと、あとでうるさいだろ。雄英に抗議にこられても困る」

 

「ははっ、確かに。俺なら『なんで言ってくれなかったんスか!』って攻め込みますね」

 

「今俺は本当に言ってよかったと思ってるよ」

 

 相澤は小さく笑って、柵から離れた。そのまま伊吹に背を向けて、別れを告げるように手を挙げる。

 

「ま、お前なら俺がいてもいなくても関係ないだろうからな。頑張れよ、『ライヴホープ』」

 

「……っス。そっちこそ頑張ってくださいね。相澤先生」

 

「先生はやめろ」

 

 ぶっきらぼうに言い放った相澤に、伊吹はからからと笑った。

 

 これが、雄英高校教師相澤消太としてのある種の始まりであり。

 

「……俺も教師なろっかな」

 

 雄英高校教師伊吹命としての始まりでもあった。



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伊吹と香山

 とある座敷の居酒屋、その一角。そこで、一組の男女が席を共にしていた。

 一組の男女とはいってもそこに恋愛などピンク色の雰囲気はなく、先輩と後輩の関係性が見えるだけであり、一つわかることがあるとすれば、女性が妙にいやらしい格好をしている、ということだけだった。

 

 男性の方は伊吹。プロヒーロー『ライヴホープ』として活動しており、つい先日敬愛する相澤から「教師になる」と告げられた悩める若者。

 女性の方は香山睡。相澤を雄英高校に引き連れていった張本人であり、雄英高校の卒業生であるため、相澤と伊吹の先輩でもある。

 

「そう。それであなたも雄英の教師になれないか、ってことね」

 

「そうなんスよ。一応教員免許も持ってますし、俺が相澤さんに正してもらったように、学生を正しい方向へ導きたいって思いまして」

 

 伊吹が香山を呼んだ理由は、「雄英教師になりたいが、どうすればなれるのか」という相談のためだった。相澤が教師になるから自分も、という気持ちが強いのは否定できないが、伊吹自身先ほど言ったように、『導く立場』になりたいという気持ちも強い。

 簡単に言えば、どちらにせよ伊吹は相澤に憧れているのである。

 

「そうねぇ。伊吹くんいい子だし、私は大賛成なんだけど……すぐにっていうのは無理かもしれないわね」

 

「なんでっスか?」

 

「だってあなた、自分の街での影響力すごいじゃない。いきなりあなたがいなくなったら、敵が一気に暴れだしてもおかしくないわ」

 

「……俺そんなつもりなかったんスけど」

 

「実際あなたが担当している街、他の街と比べてものすごく治安がいいのよ。だから、そうね」

 

 んー、と唇に指を当て考え込む香山に、伊吹はそれを見ないように違う方向を向きながら酒を一口。

 ひたむきにヒーローへの道を歩んできた伊吹は、女性に対する免疫がない。普通に話す分なら平気だが、女性らしさを目にすると途端に恥ずかしくなってしまう。伊吹が積極的にメディア露出するタイプであれば、「ライヴホープの初心な一面!」といって特集を組まれるくらいには初心である。

 

「まずは非常勤講師として、徐々に教師へステップアップしていく、っていうのはどうかしら」

 

「非常勤講師」

 

「そ。あなたが雄英勤務になったって話が流れて、私の想像通り敵が暴れだしたら、あなたは対応へ向かう。そうすると、『雄英勤務になったはずのあいつがくるなら、どうせ今暴れても一緒だ』って敵が思ってくれる。そうやって落ち着いて行けば、あなたも雄英教師の一員になれるってわけ」

 

「んー、それなら、俺がいなくても敵が暴れなくなる街にする、ってのもよさそうっスね」

 

 伊吹は敵が現れれば体が勝手に動くタイプであり、特に考えて行動していない。その結果が『ライヴホープで成り立つ街』なのだが、それを作り上げた張本人が「俺以外ももっと頑張ってもよくね?」と常々考えていた。他が頑張っていないのではなく、伊吹が頑張りすぎなのだが、そのあたりも考えていない。

 

「えぇ、それができるなら一番ね。でもあなた、相澤くんと同じで一人で活動してたわよね? 今から相棒(サイドキック)を育て上げるのは……」

 

紫煙兵(パープル・ソルダード)を配置すりゃいいんスよ。今30までなら使役可能なんで、5か10配置すりゃ十分っしょ」

 

「……あなたの個性、ほんととんでもないわね」

 

「まぁ、あいつら俺がいないと見た目より弱いんで、結局他のヒーロー次第になるんスけどね」

 

 伊吹が吐き出す紫煙から作り出される紫煙の怪物、『紫煙兵』は現在、30体使役できる。しかし、伊吹の半径30メートル以内の紫煙兵は伊吹の意思をもとに動くが、それ以上離れると作り出した時に与える一つの命令しかこなせいない。例えば、「敵が出たら倒しに行け」という単純な命令はこなせるが、それ以外のことはできない。

 半径30メートル以内にいれば戦い、伝令、防衛にわけることもできるので、その点においては不安要素が残る。

 

 ただ、これは伊吹が心配しているだけで、香山からすれば街の防衛機能として十分な役割を果たしているように思えた。

 

「まぁ、試運転してみてからっスね」

 

「そうね……そういえば、あなたの紫煙兵って消えちゃったりしないの? というか、元々煙なのに打撃能力持ってることがそもそも不思議なんだけど」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ」

 

 紫煙兵は煙であるのにも関わらず実態があり、その上飛行能力を持つ。そんな軍隊を一人で作り上げることができる、という個性であることは多くのヒーローが知っているが、その詳細まで知っているヒーローは多くない。

 

「最初この個性を使った時、色々試してみたんスよ。それこそ学生の頃はタバコなんて吸えませんでしたから、水だったりガムだったり。でも結局『人の形をした水』だったり、『人の形をしたガム』だったりで、打撃能力は一切なかったんスよね」

 

「どうしてタバコならそれがあるの?」

 

「タバコならっつーか、タバコならわかりやすかったっつーか、あれっス。タール数っスよ」

 

 伊吹が女性が相手だからと気を遣って吸っていなかったタバコを胸ポケットから取り出し、香山に見せた。銘柄は『HOPE』。タール数は14mg。

 

「成人してからタバコ吸ってみて、『息吹』を使ってみたんスよ。そしたら、タール数が上がるたびに『紫煙兵』が固くなっていきまして。そっから他のものでも試してみたんスけど、例えば水なら硬水軟水で変わりましたし、ガムならキシリトールが一番固くなりました。タバコに落ち着いたのはカッコよかったからっスね。一番量産できますし」

 

 『息吹』は個性の特性上、一度口に含んだものを外へ出す必要がある。水の場合絵面が汚くなり、ガムの場合いちいち一つ一つ噛まなければならない。その点、タバコは伊吹にも『息吹』にもマッチしていた。

 

「持続時間は?」

 

「ほぼ永遠っスよ。30の上限超えると古い奴から消えていきますけど、半径30メートル以内にいるなら自在に消せますし。ただ、自分の意思と関係なく気絶しちまうとアウトっス。寝るとかならいいんスけど……あぁ、香山さんに眠らされるのは別っスけどね」

 

 自然な動作でタバコを開け、一本取り出そうとしてハッとし直そうとするが、香山がそれを取り上げてタバコを一本、伊吹に咥えさせた。そのままテーブルに置かれていたジッポを手に取ると、有無を言わさず火をつける。

 

「私にタバコの火をつけてもらうなんて、そうそうないわよ?」

 

「でしょうね。女性なんで気ぃ遣ってたんスけど……」

 

「だと思ったから、我慢させるのも悪いと思って」

 

 いい人だな、と香山に煙がいかないようそっぽを向いて紫煙を吐きだす。もちろん紫煙兵を生み出すことはせず、純粋にタバコを楽しんでいるだけである。

 

 その姿を見て、香山が上品にくすりと笑った。訝し気に首を傾げる伊吹に対し、妖艶にも見える微笑みを向ける。

 

「タバコ吸ってる人って、みっともない吸い方する人いるでしょ? でも伊吹くんが吸ってるとサマになるわね」

 

「それでなんで笑うんスか? イメージじゃないとか」

 

「カッコいいと思ったのよ。悪い意味じゃないわ」

 

 からかわれてる、と伊吹は直感で理解した。別に香山とどうこうなれると思っているわけではないが、それで意識するのとしないのとは別の話であり、そこにつけこんで香山はよく伊吹をからかう。初めのうちはどぎまぎして大いに香山を楽しませたものだが、慣れてきた伊吹は香山から目を逸らし、「どうも」とぶっきらぼうに答えるだけ。

 

 それでも慣れたとは思えないほど初心な反応なので、香山がゾクゾクと体を震わせることになるのだが。

 

「いいわねぇ、青くて。私、伊吹くんみたいな人大好物」

 

「俺で遊ぶのやめてくださいよ。クールな大人目指してんスから」

 

「いいじゃない。クールな人が私の前では可愛くなるなんて」

 

「香山さんはいいでしょうけど、俺がよくないんスよ」

 

 伊吹は自分に気が合って香山がからかってきているわけではない、ということを理解している。香山の表情は弟、または可愛い後輩を見守るそれであり、男に向ける熱視線のそれではない。それは信頼の証でもあるのだが、伊吹はなんとなくそれが気に入らなかった。

 

「……そういや思ったんスけど、教師が敷地内で喫煙っていいんスかね」

 

「……そういえばそうね。授業のときはともかく、普段は吸えないんじゃない?」

 

「マジっスか……いや、まぁ、大丈夫っしょ」

 

「にしては言いよどんでるけど。ま、その辺りも推薦ついでに言っておくわ」

 

「お願いします」

 

 その後、二人は先輩後輩として酒の席を楽しんだ。

 

 これが、後に『紫煙の街』と呼ばれるようになった街の誕生秘話である。



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雄英高校1-A 副担任

「えー、ホームルームを始める前に、君らにこのクラスの副担任を紹介する」

 

「副担任?」

 

 4月。入学から次の日、雄英高校1-Aにて。朝のホームルームの時間、教壇に立った担任の相澤の言葉に、生徒の数人が首を傾げた。

 

「そんな人いるんですね」

 

「副担任と言っても、教師の卵として俺につく、といった形だな。時折授業を受け持つが、基本的にはサポート役と考えてもらえばいい……じゃ、入ってこい」

 

 諦めたような態度の相澤を生徒が疑問に思いつつ、教室の入り口に目を向ける。ドアがゆっくり開くと、そこから小汚い相澤とは正反対に、清潔感漂う灰色の髪の男が教室に入ってきた。ただ、前が開いている黒のジャケットにエンジ色のシャツ、ノーネクタイのスーツ姿と、どこかホストのような印象も受ける。

 

 男は教壇に立つと、ゆっくりとクラス全体を見渡してから笑顔を見せ、自己紹介を始めた。

 

「えー、君らの副担任の伊吹命だ。雄英には今年から赴任ってことになるから、お互い卵ってことで仲良くしてくれるとすげー嬉しい」

 

「相澤先生からの好青年……」

 

「二人がかりのギャップでハートをつかみに……?」

 

「芦戸さんと葉隠さん。相澤さんを前座みたいに言ってるけどこの人すげぇいい人だ。俺よりも大分魅力的だからそこんとこよろしく」

 

「余計なことを言うな」

 

 笑顔のまま女子生徒二人に相澤がいい人であると伝えた伊吹の後頭部を、相澤が持つ出席簿が襲う。パン! といい音が鳴り、伊吹の視界に星が見えたところで相澤が伊吹を強制連行する。

 

「質問等があれば空き時間にこいつを捕まえてするといい。もっとも、君らにそんな呑気な時間があればの話だが。まぁ、こいつは今日の午後のヒーロー基礎学に出るから、そん時にでも交流を深めてくれ。授業ちゃんと受けろよ」

 

 ホームルームは……? という生徒の疑問は解消されることなく、伊吹を引きずって相澤は教室を後にした。入学して次の日とは思えないほど雑なホームルームに不安が募るが、逆に空いた時間を好きに過ごそうと一時間目が始まるまで各々好き勝手に喋り始める。

 

「イケメンだったねぇ! 私と葉隠の名前知ってたし、もしかして『生徒と仲良くなりたいから事前に全員の顔と名前は一致させてるぜ』タイプ?」

 

「相澤先生があぁだからちょっとびっくりしちゃった!」

 

 切り出したのは、先ほど伊吹に名前を呼ばれたピンク色の肌を持つ女子生徒芦戸と体が透明な女子生徒葉隠。二人の名前を覚えていた理由は「その方が合理的だ」という相澤の指導があってのものであり、伊吹自身は生徒とコミュニケーションをとり、そこから覚えようとしていたので芦戸の言うタイプではない。

 

「にしても、俺伊吹センセーみたいなヒーロー見たことないぜ? 相澤先生と似たようなタイプのヒーローなんかな」

 

「かもな! 相澤先生と仲良さそうだったし!」

 

「仲良さそうってか、敬愛してるっぽくね?」

 

 そして男子生徒三人が伊吹の正体を探る。1-Aのほとんどが金髪の男子生徒上鳴の言う通り息吹を見たことがほとんどなく、現在わかっている情報は赤髪の男子生徒切島としょうゆ顔の男子生徒瀬呂の合わせ技で予想できる『伊吹先生は相澤先生を敬愛している』ということのみ。

 

 そんな中、もじゃもじゃ髪の男子生徒緑谷は、伊吹の正体について引っかかりがあった。

 

(相澤先生、イレイザーヘッドと似たようなタイプのヒーロー……確か、何かいたような……)

 

 ヒーローオタクである緑谷の脳内には、多くのヒーローの知識がある。その中の一つに伊吹についての知識がないか探るが、そもそも個性もわかっていないため情報が掴めない。それもこれも、伊吹が相澤を真似してメディアに露出しなかったためであり、その真似具合は『紫煙兵』がはびこる街として有名な『紫煙の街』を作り上げた張本人として取材依頼が来た時も断ったほどである。

 

 好き勝手騒いだ結果、『ヒーロー基礎学の時に聞いてみよう』という結論に落ち着いた。相澤も何か質問があればその時に聞け、と言っていたのだが、それでも喋りたくなるのが高校生というものである。

 

 そうして自分の話をされているとはいざ知らず、伊吹は相澤と並んで職員室に向かっていた。

 

「いやー、なんかいいっスね。まさに卵! って感じで」

 

「俺はまだお前が俺のところで卵をすることに納得いってないがな」

 

「そりゃねぇっスよ。俺、相澤さん以外の人につく気ねぇっスもん。香山さんか山田さんならまだいいっスけど」

 

「じゃあそっちに行ってくれ」

 

「でも決まっちゃいましたし」

 

 香山睡、ヒーロー名『ミッドナイト』と山田ひざし、ヒーロー名『プレゼントマイク』の二人と伊吹は個人的な関係がある。ほとんどが相澤関連の話で集まるだけであり、個人的と言うのは少し微妙なところもあるのだが、伊吹個人としては尊敬する先輩であることに変わりはない。

 

「つか何で嫌なんスか? 自分で言うのもなんですけど、俺優秀っスよ」

 

「優秀とはいっても卵に変わりはないだろ。俺からすれば生徒が一人増えたようなもんだ」

 

「ご指導お願いします、相澤先生!」

 

「先生はやめろ」

 

「立場的におかしくないからいいじゃないっスか」

 

「おかしくはないが、気持ち悪い」

 

「ひでぇ」

 

 ひでぇ、と言いつつショックを受けた様子はなくからからと笑う伊吹に、相澤は小さくため息を吐いた。 

 別に、伊吹が副担任だということが本気で嫌なわけではない。嫌な気持ちも多少はあるが、その能力は相澤も認めるところであり、将来的に業務が楽になるだろうということも確信している。

 しかし、相澤から見て伊吹は、教師以外、ヒーロー活動を主体とする方が向いている人物であった。

 

 伊吹の個性は無数の強力な生物を生み出せる個性であると言え、その戦闘能力は語るまでもない。本人の近接戦闘能力も高く、一人で数人分のヒーローの役割をこなすその能力が、教師という枠に収まることで無駄になっている、と相澤は感じていた。

 

 伊吹の『紫煙兵』がいるだけで、敵犯罪の抑止力になる。それは『紫煙の街』の存在で証明されている。教師にならなければ、二、三の『紫煙の街』を作り上げることができた。

 

 このようなことを考えた結果、つまるところ相澤は少しキレているのである。相澤から見れば、自分を追うために教師になったようにしか見えなかったからだ。

 

「あら二人とも。相変わらず仲がいいわね」

 

「えぇ! 相変わらず仲がいいんですよ、香山さん!」

 

「よくない。ミッドナイトも、あまりこいつをノせないでください」

 

 職員室に入り、二人の姿を見つけた香山が声をかける。笑顔で答える伊吹とうんざりした表情の相澤を見て香山は小さく笑い、「お似合いよ」と告げて職員室を出て行った。

 

「お似合いらしいっスよ、相澤さん」

 

「誰が嬉しがるか」

 

「俺が嬉しいっス」

 

「おー懐かれてんなイレイザー!」

 

「うるさいのが増えた……」

 

 うんざりした表情を更にうんざりさせた相澤の視線の先には、山田ひざし。相澤の中で『うるさいの』のうちの一人であり、もちろんもう一人は伊吹である。

 

「懐いてるっスよ山田さん!」

 

「相変わらず気持ちいい返事ナイスだな! ただ雄英ではプレゼントマイクって呼んでくれ! オーケー?」

 

「オーケープレゼントマイク! ってことは相澤さんもイレイザーヘッドって呼んだ方が?」

 

「外ではそうしろ。雄英の中ならなんでも……いや、先生をつけなきゃなんでもいい」

 

「プレゼントマイク。相澤さんが先生って呼ぶの許してくれないんスよ」

 

「きっと照れてんだぜ! こう見えて意外とシャイだからな!」

 

 無言で相澤が山田を睨みつけると、山田は口笛を吹いて素知らぬ顔。流石にやりすぎたかと伊吹も何も言っていないフリを決め込んで、「さぁ俺の席はどこかな?」とわざとらしく歩き出した。

 

 そうして歩き出した伊吹に肩を組む人物が一人。機嫌が悪くなった相澤から逃げてきた山田その人である。

 

「ようホープ。ここだけの話、イレイザーはホープが歩み始めた教師人生にお怒りだぜ」

 

 肩を組んだのはウザがらみをするためではなく、伊吹を心配してのこと。相澤が教師になった伊吹をよく思っていないのは周知の事実であり、その原因をよく知る香山、山田の二人はフォローに回ろうと勝手に協定を結んでいた。

 

「ハハッ、知ってるっスよ。相澤さんから見たら、相澤さんを追って教師になったようにしか見えないっスもんね」

 

「お?」

 

 ただ、山田にとっては意外なことに、伊吹はそれを理解していた。伊吹は恥ずかしそうに笑って、業務に集中している相澤を見ながら、

 

「だから、これから教師として信頼してもらうつもりっス。相澤さんから見たら俺はまだまだガキなんで、その方がいいっしょ?」

 

「……こりゃ心配いらねぇみたいだな! 期待してるぜ俺らのホープ!」

 

「任せてください! まずは今日のヒーロー基礎学でかましてきてやりまス! ところでそのことについてオールマイトと話したいんスけど、オールマイトはどこに?」

 

 職員室を見渡す伊吹の視界にはオールマイトの姿は見えない。すると伊吹の肩に山田の手が置かれた。

 

「今日も今日とて人助け。まぁ平和の象徴だから仕方ねぇけどな!」

 

「仕方なくはないだろ。教師が遅刻すると何かと合理性に欠く」

 

「かてーよイレイザー! それにほら、噂をすれば」

 

「私が通勤した! と言ってる場合じゃないですよねすみません遅れましたァ!」

 

 職員室のドアが開き、勢いよく金髪ムキムキの大男、今年から雄英で教師を勤めることになったNo.1ヒーロー『オールマイト』が勢いよく入ってきた。遅刻だと慌ててやってきたため、額には汗が浮かんでいる。

 

「おはようございますオールマイト! 今日のヒーロー基礎学よろしくお願いします!」

 

「おぉ、伊吹くん! こちらこそよろしく! 新任同士お互い頑張ろう!」

 

「新任同士っつってもヒーロー歴で言えば天と地ほどの差っスけどね! ですがオールマイトに負けないよう張り切って頑張らせてもらうっス!」

 

「素晴らしい心意気だ! それならぜひ伊吹くんにお願いしたいことがあるんだが……」

 

 オールマイトからの提案に、伊吹はにやりと笑って「もちろん、いいっスよ!」と快諾した。



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1対4

「さぁ始めようか有精卵ども! 戦闘訓練の時間だぜ!」

 

 オールマイト、伊吹、A組の全員は午後のヒーロー基礎学の時間、グラウンドβに集まっていた。市街地を模したグラウンドであり、現在とあるビルの前でオールマイトが授業の説明を始めている。

 

(香山さんじゃねぇけど、若いっていいなぁ)

 

 伊吹はコスチュームを身に纏ったA組の面々を見て、その初々しさににこにこと微笑んでいた。その伊吹もA組の面々に注目を浴びる立場であり、その原因は伊吹の咥えているものにあった。

 

 タバコ。学生たちの前で堂々と喫煙しているその姿に、ある者は不安を、ある者はギャップを覚え、それぞれの視点から伊吹に視線を注ぐ。

 

「コラコラ。副担任の伊吹くんが気になるのはわかるが、ちゃんと聞いておかないとダメだぞ?」

 

「いや俺が悪いっスよオールマイト。吸えるってんでテンション上がって、うっかり始まる前に吸っちまった」

 

 生徒たちに煙がいかないように上を向いて紫煙を吐き自分の比を詫びる伊吹に、オールマイトは笑って「構わないさ!」と爽やかに言って、

 

「アイドリングは必要だろう? 説明している間でもお構いなしに吸っておきなよ!」

 

「んじゃお言葉に甘えて」

 

 短くなったタバコを携帯灰皿に入れて、もう一本懐からタバコを取り出して口に咥える。そして銀色の何も装飾されていないジッポを片手で開け、そのままタバコに火をつけた。一口目は肺に入れず吐き出して、タバコを口に咥えてゆっくりと煙を吸い込む。

 

「なんかカッケー」

 

「タバコは二十歳になってからだぞ上鳴くん」

 

 咥えタバコの伊吹をキラキラした目で見る男子生徒上鳴にやんわり注意して、「さ、説明お願いします」とオールマイトに促した。

 

「今から行うのは屋内での対人戦闘訓練だ! 敵退治は屋外の方が目立つが、実は屋内の方が凶悪敵出現率は高い!」

 

「そこで君らには『ヒーロー組』と『敵組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう」

 

「あれ、私に任せるんじゃなかったの!?」

 

「センセーのお仕事してみたいじゃないっスか」

 

 やる気があって全然よろしい! と伊吹にサムズアップを向けるオールマイトに、『蛙』の個性を持つ女子生徒蛙吹が挙手して疑問を投げかける。

 

「基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知る為の実践さ!」

 

「ただ、入試んときはロボぶっ壊せばオッケーだったが、今回は違う」

 

 全然よろしいと言いつつ自分で説明したかったのか、伊吹が説明する度に伊吹の方を見るオールマイト。だからか、どちらかと言えば堂々としている伊吹に、推薦組で個性『創造』を持つ女子生徒八百万から質問が投げかけられた。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

 

「アー、そうだな。ルール諸々を今から説明すっから、質問したがりのみんなちょっと静かにしててな」

 

 口の端から紫煙を吐きだしながら答え、オールマイトに『説明どうぞ』と手で合図をする。そんな伊吹にオールマイトは「はじめての授業なのに緊張してないのかな」と尊敬の念を覚えながら意気揚々とルール説明を始めた。

 

 その手に小さなカンペを用意して。

 

「状況設定は『敵』が核兵器をアジトに隠していて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしている! 制限時間は15分! 『ヒーロー』は制限時間内に核を回収するか、『敵』を捕まえること。『敵』は制限時間まで核を守り切るか、『ヒーロー』を捕まえることがそれぞれの勝利条件だ!」

 

「ちなみに当然のことながら核の場所はヒーローには知らされない」

 

「そしてチーム及び対戦相手はくじで決める!」

 

「適当なのですか!?」

 

 くじの箱を取り出したオールマイトに、個性『エンジン』を持つ男子生徒飯田天哉がツッコむが、緑谷に「プロは他事務所と急造チームアップすることが多いから」と言われ納得し、オールマイトに謝罪した。

 

「結構物知りなんだなぁ緑谷くん。もしかして俺のことも知ってたりする?」

 

「え、あ、いや、その……」

 

「ハハハ! いいっていいって。あんま表に出るタイプじゃねーし、知ってる方が珍しいからな」

 

 『考えるタイプ』と『アツいタイプ』が好きな伊吹は緑谷にちょっかいを出し、「ほら、くじ引いてこい」とその背中を押す。

 

(個性使うとボロボロになるらしいけど、伸びそうな子だなぁ)

 

 伊吹は緑谷の将来性に目を光らせて、吸い終わったタバコを携帯灰皿に突っ込んでから周りを見る。伊吹の目から見れば、入学して間もないにしてはコミュニケーションが十分に取れており、そうでなければちょっかいをかけようとしていた伊吹は拍子抜けして自分の出番に備えて懐にあるタバコを一箱開けた。

 

「さて、じゃあ始めようかと行きたいところだがここでサプライズ! 今からヒーローの箱、敵の箱からくじを引くが、最初は二組ともヒーローとして戦ってもらう!」

 

「え、じゃあ敵は誰がやるんスか?」

 

 耳たぶがコードのように伸びている個性『イヤホンジャック』を持つ女子生徒耳郎の疑問に答えたのは、懐からゴーグルを取り出して装着した伊吹。

 

「俺」

 

「そして伊吹くんと戦うのはGチームとJチームだ!」

 

「上鳴くんに耳郎さん、切島くんに瀬呂くんね。よろしく」

 

 伊吹は何か説明してほしそうなA組を置いて、さっさとビルへと入って行った。

 

「さ、これから5分間は敵の準備期間。5分経てばヒーローチームが潜入する。そして『捕まえた』判定はこの確保テープを巻き付ける事! 4対1だから巻き付けやすいと侮るなかれ! 相手はプロヒーローだ。それに伊吹くんは強いぞ! 心してかかるように!」

 

 そして我々は地下のモニタールームへ移動だ! とオールマイトもさっさと今から戦う四人以外の生徒を引き連れて去っていく。ここまで迅速に動いているのは今回の戦闘がアドリブだからであり、本来の授業には組み込まれていないためなるべく早く始めようという算段である。

 

 残されたGチームJチームは顔を突き合わせ、まずはお互いの個性を教え合ってからどう攻略していくかを話し合っていた。

 

「つっても俺らが伊吹センセーについて知ってんのって、クールでカッケーってことくらいだもんなぁ」

 

「個性については何も知らないもんね」

 

 タバコの件で『カッケー』という伊吹に対するイメージが自分の中で定着した上鳴に、耳郎が同意で返す。伊吹としては『A組の前でタバコを吸う』ということでヒントを与えたつもりだが、この二人はそれに気づいてはいなかった。

 

「んー、でもどっちにしろプロだから、一筋縄じゃいかねぇってことは確かだぜ!」

 

 両手を『硬化』させ拳を打ち付ける切島もそれには気づいていない、が。

 

「多分タバコが関係してんじゃね? じゃねーと流石に俺らの前で堂々とタバコ吸う理由がないっしょ」

 

 個性『テープ』を持つ男子生徒、瀬呂はなんとなく気づいていた。雄英教師が生徒の前でわざわざタバコを吸う理由。それは自分たちに対する『個性』のヒントなのではないか、と。

 

「タバコが個性? それって確か……」

 

「『紫煙の街』! 俺聞いたことある! 煙の化け物が守る街があるって!」

 

「ってことはつまり、煙の化け物を生み出せるってこと? コエーよ!」

 

 瀬呂の言葉で、耳郎、切島、上鳴が『ほぼ答え』にたどり着いたところで、戦闘訓練の時間がきた。

 

 インカムでオールマイトに開始を告げられた四人は、正面から潜入することを選んだ。耳郎の個性は索敵に優れており、コードのようになっている耳たぶの先にあるプラグを刺せば、周囲の音、更に自分の心音を相手に大音量で伝えることで武器にもできる。

 

 耳郎が外壁にプラグを刺して安全を確認したところで、切島を先頭に中へ入って行く。切島の個性『硬化』は全身を硬くできる個性で、不意打ちを喰らっても耐えられる可能性が一番高い。

 

 だが不意打ちもなく全員が潜入に成功し、耳郎が壁にプラグを刺して索敵を開始した。ビル内は無機質な狭い廊下、等間隔に部屋があり、ビルの所々に広間がある、といった造り。四人が入った一階は正面に狭い廊下があり、奥の方に階段、廊下の壁には等間隔にドアのある部屋。廊下の狭さは、三人並んでギリギリといったところ。

 

 しばらく歩くと、耳郎が「止まって」と静かに言った。

 

「足音。正面の階段から降りてきてる。二階から」

 

 四人は正面の階段を注視して、戦闘態勢に入る。相手はプロヒーローであり、個性も詳細にはわかっていない。警戒しすぎてもし足りない相手。四人の視線は階段に向かって注がれた、その時。

 

「ん? なんだこのにおい」

 

「しまっ、後ろだ!」

 

 上鳴の「におい」という言葉に勘づいた瀬呂が叫ぶが、それは遅く。

 

 背後から現れた煙の化け物に、上鳴が叩きつけられた。そして煙の化け物の手には確保テープが握られており、まるで人間のような手つきで上鳴にそれを巻き付けた。

 

「なっ、くそっ、上鳴!」

 

 一瞬遅れた切島が煙の怪物を殴ろうとするが、煙の怪物はふわりと浮いて階段の方へ飛んでいく。

 

 そこには、今飛んでいった煙の化け物……紫煙兵を3体従えている、ゴーグルをかけ、タバコを咥えた伊吹がいた。

 

「『紫煙兵(パープル・ソルダード)』ってんだ、こいつら。一体一体の戦闘能力は今見てもらった通り。んで」

 

 伊吹が紫煙を吐きだすと、それはみるみる人の形となる。あの戦闘能力を持つ化け物が簡単に生み出された光景を見て、地に沈んだ上鳴以外の三人は冷や汗を浮かべた。

 

「作り方はこう。簡単だろ? まぁ例え潰されようが俺が煙吐きゃすぐに生み出せる。Plus Ultra(更に向こうへ) だ。超えて来いよ」

 

 紫煙兵を従えて、伊吹は凶悪に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、紫煙ヒーロー『ライヴホープ』! 紫煙の街を作り出したヒーローで、個性は『息吹』! 一度口に含んだものを吐き出すと、それに命を吹き込める! それを自由に使役できるっていうとんでもない個性……まさか伊吹先生がそうだったなんて。メディア露出も紫煙の街を作り出したのにも関わらず相澤先生並に少ないから個性を見るまで気づかなかった。それに噂には聞いてたけど紫煙兵があんなに強いなんて。紫煙の街が成り立っていることから効果時間はかなり長いというか、もしかしたらないのかもしれない。考えれば考えるほどすごい個性だ」

 

「デクくんすご……」

 

 絶好調の緑谷を横目で見ながら、オールマイトはモニターに映っている伊吹を見た。

 

(……敵役、似合ってるな!?)

 

 凶悪な笑みを浮かべる伊吹は、誰がどう見ても敵そのものだった。



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初級トレーニング

(さて、どう出んのかなー)

 

 普段の自分なら接敵したその瞬間に全員まとめて物量で押し切るスタイルの伊吹だが、今回は教師と生徒という立場もあり、様子見に入っていた。上鳴を倒したのは『油断するなよ』というためのパフォーマンスであり、なおかつ個性を見て一番厄介そうなのを潰すという、様子見と言いつつも勝ちを拾いにいく狡い真似である。

 

(窓から出て違う階に行けそうなのは瀬呂くんと、硬化して壁に指突き立てたらなんとかいけそうな切島くん。まぁ瀬呂くんの個性なら全員抱えて逃げられそうだな)

 

 もっとも、逃げるためには紫煙兵を撒く必要があり、宙を自由自在に飛び回れる紫煙兵から逃げるのは至難の業。単純な逃げ方をすればの話ではあるが。

 

 では単純ではない逃げ方とは何か。

 

「お」

 

 膠着状態を打ち破ったのは瀬呂。その両肘からテープを伸ばし、通路を塞ぐようにテープを張り巡らせる。伊吹と瀬呂たちを隔てるテープのバリケード。それを作った瀬呂は上鳴をテープでぐるぐる巻きにして抱え、近くにあるドアを開けた。

 

「煙がなんで物理攻撃できんのか知らないっスけど、ってことはこのテープも有効ってことっスよね! 今のうちに違う階に逃げるぞ!」

 

「おぉ! 漢だな、瀬呂!」

 

「ナイス!」

 

「んん。いいね」

 

 伊吹は全員が近くの部屋に入るのを見届けてから、一体の紫煙兵に指示を出す。指示を出された紫煙兵は砲弾のように飛んでいき、テープを強引に突破すると瀬呂たちが入って行った部屋に突入した。

 

「うわっ、もうきた!」

 

「早く上がってこい切島!」

 

 上鳴を抱えた瀬呂、耳郎が上の階へ上がり、後は切島だけというタイミング。窓から出ようとしていた切島は一瞬迷った後、窓から離れて部屋に残った。その行動に対して瀬呂が何か言う前に、切島が「先行け!」と漢らしく叫ぶ。

 

「俺たちが煙に追われるっていう状況は作らねー方がいいだろ! すぐぶっ飛ばして追っかけっから気にすんな!」

 

「……絶対核見つけるからな!」

 

「無理しないでよ!」

 

 仲間二人のエールを受けて、切島は紫煙兵と対峙する。紫煙兵は切島が瀬呂たちと会話している明らかな隙をつかず、それが終わるまでただじっと待っていた。ただの人の形をした煙だと思っていた切島はそのことに驚きつつも笑い、硬化した両拳を打ち付ける。

 

「そんじゃまぁ、ワリィけど倒れてもらうぜ!」

 

 全身を硬化させ、紫煙兵に突っ込んでいく。それを紫煙兵は飛んで避け、切島の拳が届かない位置で留まった。

 

「……やられた!」

 

 喧嘩する気でいた切島はしばらく紫煙兵を見上げた後、気づく。今の自分の状況が何を意味するか。

 

 喧嘩しないのならとここから逃げ出せば紫煙兵はすぐに瀬呂たちを追いかけ、折角逃げたのに位置がバレる。かといって宙に浮かんでいる相手に対して切島は有効打を持っておらず、しばらくはここにずっといるしかない。

 

「瀬呂、今煙に浮かばれて手が出せなくなった! 俺が離れても問題なくなったら教えてくれ!」

 

 自分の状況を理解した切島は小型無線で離れ離れになった瀬呂へ通信する。今切島にとって最悪なのはここから離れるタイミングを間違えて、瀬呂たちが紫煙兵に追われること。ならばそのタイミングを確認できるようにすればいいと考えての通信だったが、返ってきたのはその最悪以上を想像させるような言葉。

 

『あー切島。撒けるなら撒いて三階まで上がってきてくれ。ヤバイ』

 

「ヤバいって、おい瀬呂! そっちで何が──」

 

 焦った様子の瀬呂に状況を聞こうとした瞬間、頭上から紫煙兵が急降下し、その腕を振るって切島を床に叩きつけた。硬化しているのにも関わらず、生身で叩きつけられたのと同程度の、いや、それ以上の衝撃が切島を襲う。背中から叩きつけられた切島は肺の空気を無理やり吐き出され、呼吸を整える暇もないまま紫煙兵が振り下ろしたもう片方の腕を顔面に喰らった。

 

「くっ、そ!」

 

 そしてもう一度腕が振り下ろそうと紫煙兵が腕を振りかぶった隙に、切島は紫煙兵の下から抜けだす。そのまま転がってから立ち上がり、攻撃に備えて腕で盾を作るように構えた。

 

 それを嘲笑うかのように、紫煙兵はまるで砲弾のように切島へ向かって突進して、腕で作った盾ごと切島を吹き飛ばす。切島の体が浮いたところを逃さず、体を掴んでそのままの勢いで壁へ抑えつけられる。

 

(たった一体でこの戦闘力って、どんだけだよ……!)

 

 腕を抑えつけられながら、薄く目を開いて紫煙兵を見る。何も喋らない、目も鼻も口もない、ただ人の形をしている煙。それが恐怖心を煽り、一瞬切島の体を硬直させた。

 

 この化け物を倒したとしても、一息でまた同じ化け物が生み出される。

 

 伊吹と戦った相手が辿り着くのはその考え。一体一体の戦闘能力が高い紫煙兵をやっと倒しても、また簡単に生み出される。敵はその事実に辿り着くと同時に抵抗を諦めるか、無様に逃げるかのどちらかの行動をとった。

 

「……ぉお」

 

 対して、切島は。

 

「おおおぉぉおお!!」

 

 立ち向かう。自分の個性が通じていないわけじゃない。まだ負けていない。まだ自分の知らないところで仲間が戦っている。

 

 だから、折れるわけにはいかなかった。

 

 無理やり腕に力を入れて、徐々に紫煙兵を押し返す。そして少し腕が壁から離れた瞬間、壁を蹴って勢いをつけて、一気に拘束を引きはがした。

 切島と紫煙兵が宙に浮く。その状態から、切島は不格好に拳を振るった。

 

「どけぇ!!」

 

 拳が紫煙兵を捉える。切島に伝わってきたのは岩を殴ったような感触と、その後にやってきた腕にまとわりつく煙の感触。それが何か理解できないまま床に投げ出された。

 すぐに立ち上がって紫煙兵の攻撃に備える。が、切島の目には紫煙兵の姿は映っていなかった。そこにあったのは、紫煙兵を形成していたであろう煙が宙に漂っている光景。遅れてやってくるタバコのにおい。

 

 倒した、と理解するのに数秒かかった。同時に、なぜ、と疑問に思う。あれほど強かった紫煙兵が、不格好な拳一発で。

 

 それは、紫煙兵の耐久度にある。紫煙兵の耐久度を決めるのは、伊吹の肺活量。吐いた時の勢い、煙の大小によって耐久度が決まる。今回の紫煙兵はいわば、『初級トレーニング用』。

 

「……あ、三階!」

 

 そんなことを知る由もない切島は答えに辿り着けず、ひとまずこの疑問を放り投げて部屋を出て、階段へと走っていった。ふらつく体に鞭打って、階段を駆け上がり三階に到着する。

 

「……マジかよ」

 

「おぉ切島くん。待ってたぞ」

 

 そこには、瀬呂と耳郎に確保テープを巻き付けて床に転がし、紫煙兵を10体従えている伊吹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、切島と別れた後。瀬呂と耳郎は上鳴を逃げた先の部屋に寝かし、その部屋を出た。

 

「三階に核がありゃ一番なんだけどな」

 

「こうなったらほとんどスピード勝負だね。あんなの相手にしてらんないし」

 

「だな。手あたり次第見ていくぞ」

 

 耳郎が索敵を行いつつ、ドアを開けて部屋の中を確認していく。見つからないまま廊下を突き進み、やがて大きな扉の前まで辿り着いた。その先には階段がある広間があり、つまり伊吹がいる可能性がある。

 

 ただ、それは索敵ができない時の可能性の話。耳郎は部屋を見て回っている間にも索敵を行っており、三階に伊吹がきていないことを確認している。

 

 瀬呂と耳郎は顔を見合わせて無言で頷いた後、扉を開けた。

 

「……三階に核がありゃ一番って言ったけどさ」

 

「まさかこんなところに……」

 

 そこには、核があった。正面に見える階段側の壁、その隅に。近くに窓がないことから最低限の注意は払っているのだろうが、それでも舐められていると感じた二人は少し憤りつつも、伊吹の接近を警戒して核に向かって走り出す。

 

「耳郎、伊吹先生は!?」

 

「上がってきてる! でも核の確保は間に合う速、さ……」

 

 核まで後数メートル。あと少しで手が届くその瞬間に、階段の方から7体の紫煙兵が現れ、核の前で壁を作った。どうするかと立ち止まっている間に、誰かが階段を上がってくる音が二人の耳に聞こえてくる。

 

「切島、じゃないよなぁ」

 

「よう瀬呂くん。サプライズは気に入ってくれたか?」

 

「……全然。切島は?」

 

「さぁ」

 

『瀬呂、今煙に浮かばれて手が出せなくなった! 俺が離れても問題なくなったら教えてくれ!』

 

 とぼける伊吹の代わりに答えたのは、切島本人。ひとまずやられていないことに安心した後、瀬呂は冷や汗を流しながら切島に答える。

 

「あー切島。撒けるなら撒いて三階まで上がってきてくれ。ヤバイ」

 

『ヤバいって、おい瀬呂! そっちで何が──』

 

 そこで、衝撃音とともに通信が途切れる。音だけで感じ取れた強さに苦笑して、瀬呂は伊吹に向き直った。

 

「あの、センセー。可愛い教え子に勝たせてあげるって選択肢は……」

 

「倒せる相手見逃す敵がどこにいるんだ?」

 

「ですよね!」

 

 返事とともに、瀬呂がテープを伊吹に向かって伸ばす。それに合わせて耳郎が駆け出した。

 

 瀬呂と耳郎がとった選択肢は、伊吹を確保する。核の前にいる紫煙兵には勝てないと判断して、核の確保以外の勝利条件である相手の確保を選んだ。

 

 瀬呂は右ひじのテープを伊吹に向かって伸ばし、左ひじのテープをフリーにした。壁となっている紫煙兵が襲ってきたときに逃げるためのものであり、伊吹はそれを見て面白そうににやりと笑った。

 

 耳郎がプラグを伊吹に刺すためにコードを伸ばす。それに合わせて伊吹は小さく紫煙を二回吐き出すと、小さな紫煙兵が2体生まれ、1体がテープを防ぎ、1体が伸びてきたコードを掴んだ。

 

「なっ」

 

「うわっ!」

 

「はいこんにちは」

 

 一瞬体が硬直した瞬間に伊吹は耳郎へ肉薄して肩に手を置き、そのまま床に倒して腕を取って確保テープを巻き付けた。

 

「はい確保」

 

「クソっ、耳郎!」

 

 小さな紫煙兵が付いたテープをちぎって、伊吹を捕えるためにテープを伸ばす。伊吹は瀬呂に向かって駆けだし、勢いよく小さな紫煙を吐きだした。それはそのまま人の形を成しながら弾丸のような速度で瀬呂の顔面に直撃し、仰け反ったところを床へ張り倒して確保テープを巻き付ける。

 

「はい確保っと」

 

「普通につえぇ……」

 

「強いのあの煙だけかと思ってた……」

 

「ハハハ。まぁ紫煙兵倒せないってなったら俺倒すしかないってなるだろ? そりゃ鍛えるだろ」

 

 普通に紫煙を吐きだして、切島を待つ。最後は物量で倒そうと核の前で壁を作っている紫煙兵を集めて、階段の前で仁王立ちしていると、やがて切島がやってきた。

 

「……マジかよ」

 

「おぉ切島くん。待ってたぞ」

 

 頬を引きつらせる切島に、伊吹は容赦なく10体の紫煙兵を突撃させた。



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伊吹の講評

「さぁ講評の」

 

「センセー強すぎ!!」

 

 講評の時間だ! と意気揚々と言おうとしたオールマイトを遮って、芦戸が伊吹に詰め寄る。自分を見ながら硬直しているオールマイトに苦笑して、伊吹は「ちょっと落ち着け」と芦戸を制しておとなしくさせてから、オールマイトに手で合図。「仕切り直しどうぞ」という意味だ。

 

「さぁ講評の時間だ!」

 

 右腕を突き上げて言ったオールマイトの隣に立つのは伊吹、そして訓練に参加していた四人が他A組全員の前に立たされている。

 

 伊吹はタバコを咥えてオールマイトの言葉を待っていると、ちょんちょんと大きな手で優しく肩をつつかれた。それからオールマイトが中腰になって伊吹に耳打ちする。

 

「まずは実際に戦ってみた伊吹くんから頼むよ」

 

「それ小声で言う必要あるんスか?」

 

 まぁ新人でヒーローの後輩の自分を立たせてくれようとしてるんだろうと勝手に納得した伊吹は、紫煙を頭上に向かって吐き出してから四人を順に見て、口を開いた。

 

「ヒーローの卵なり立てにしちゃあよかった方だな。状況判断がよかった。特に瀬呂くんがいい。バリケードみたいに張り巡らせたテープ、逃走の判断。優秀だな」

 

「マジか、あざっす!」

 

 まず手前側にいる瀬呂を褒める。瀬呂は伊吹の個性を推測し、また逃走の判断も早く、ちゃんと個性を活かせていた。伊吹からすれば十分及第点であり、言葉通り優秀。

 

「切島くんは途中ちゃんと見れていないからわからないけど、一人だけ残ったのってなんで?」

 

「あのまんま俺が一緒に行ったら煙に追われて、その先の戦闘音で位置がばれちまうって思ったからっす!」

 

「なら素晴らしい。ただ、君の個性は相手が喧嘩する気なかったら全然意味ないから、喧嘩に持っていく立ち回りをするように。後手に回っちゃだめだ」

 

「うっす。今回のでめっちゃ思いました」

 

 切島は短く褒めて、次につながるアドバイスを。伊吹はA組全員の個性を見て、どの状況で、どういう行動をすれば活かせるかを考えてきた真面目な教師であり、生徒と訓練する機会があれば弱いところは突いて行こうと決めていた。ヒーローという職業は、『自分が苦手なのでできませんでした』では話にならない、と相澤に言われたことをそのまま生徒に下ろしている。

 

「耳郎さんの個性はマジでいいな。俺君が欲しいよ」

 

「伊吹くん! 教師と生徒の恋はご法度だぞ?」

 

「そういう意味じゃねぇっスよ。ただ、耳郎さんの個性ってめちゃくちゃ便利じゃないっスか。単純に強い戦闘能力より好みっスよ」

 

 茶化してきたオールマイトに冷静に返して、タバコを携帯灰皿にねじ込む。

 

 オールマイトの「そういえば相澤くん好きだもんね」という呟きをスルーして、伊吹は耳郎に対する講評を続けた。

 

「動きとしてはまだまだ。なまじ聞こえすぎるから他の感覚器官からくる情報に少し遅れて反応してた気がする。自分で判断してるってよりついて行ってただけって感じもしたから、そこらへんは課題だな。でもそこをクリアして順調に個性伸ばせばどこの事務所行っても重宝されると思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

 これは完全に好みだが、伊吹は先ほど自身でも言っていた通り単純に強い戦闘系の個性よりも、耳郎、瀬呂のような個性を好む。もちろん相澤の個性は世界一好き。

 

 なぜ伊吹がそのような個性を好むかと言えば、単純に『考えるのが楽しいから』である。どのような使い方をして、どのように敵と戦うのか。個性自体の強さよりもそれを扱う本人の性格、思考が見えるためだ。余談にはなるが、伊吹は対戦ゲームで弱キャラを使うタイプである。

 

 次に伊吹は上鳴に目を向けた。上鳴は伊吹に見られていることに気が付くとそっと目を逸らして、小声で「くるなくるな……」と呟いている。伊吹も上鳴がなぜ講評を嫌がっているかを理解できるが、立場上無視するわけにもいかなかった。

 

「んで、上鳴くん。出会い頭に潰して悪かった」

 

「そーですよ! 俺だけ何にもいいとこないじゃん!」

 

 瀬呂、切島、耳郎と比べると、いや、比べるところもなく上鳴は一瞬で退場した。その個性を使わず、頭を働かせることもなく。

 

「いや、ほんとに悪かった。教師としてはもっと動かさせて学ばせるべきだったんだろうが、それ以上に俺が敵なら絶対上鳴くんは放っておかなかった」

 

「え?」

 

 続けて文句を言おうとした上鳴は『なぜだか褒められそうな雰囲気』を察して黙り込む。実際に伊吹は上鳴を褒めようとしているのだが、それは動きでも思考でもなく、単純に個性の強さ。

 

「上鳴くんの個性はマジで強い。俺は体が強くなる個性じゃないし、触れられたらほぼアウト。放電もできるってなったら厄介なことこの上ない。教師としては失敗だったが、敵っていう状況設定に則った場合には大正解だと思ってる。油断せず、ちゃんと警戒して状況も見て動けば間違いなくいいヒーローになれるよ」

 

「……何もしてないけど褒められた! 嬉しい!」

 

「って感じでどうっスか? オールマイト」

 

「これ以上言うことないよ! 次いこう!」

 

 喋りすぎたな、と思いながらオールマイトに振ると、オールマイトはサムズアップで返して次の対戦相手を決める。右手と左手それぞれをくじの入った箱に突っ込んで、勢いよく引いた。

 

「Aコンビがヒーロー! Dコンビが敵だ!」

 

 Aコンビ、緑谷と麗日。Dコンビ、爆豪と飯田。確か緑谷と爆豪は同じ中学だったな、と思いながら初期位置へ向かう四人を見送って伊吹は生徒たちの横に立った。

 

 そんな伊吹に注がれる複数の視線。隠すこともなく注がれる視線に苦笑して目を向けると、案の定『聞きたいコトあります』と目で語っている生徒の姿があった。その筆頭は芦戸であり、既に伊吹の至近距離まで近づいて手を挙げている。

 

「はい芦戸さん」

 

「はい、芦戸です! センセーは彼女いますか!」

 

「質問はいいがせめて授業に関係のあることを質問するように」

 

「いいじゃないか伊吹くん。副担任なら生徒と打ち解けることも必要だぞ?」

 

 教師としては同じ新人のオールマイトからアドバイスを受けた伊吹は、「あんたも新人だろ」と返すことなく「それもそうっスね」とアドバイスをありがたく受け取ってから芦戸の質問に答えた。

 

「彼女はいない。これが意外にできたこともない」

 

「えー、ホントに意外! センセーイケメンなのに!」

 

「ありがとな。でもそんな暇もなくヒーロー目指して、ヒーローなった後もヒーローやるのに必死だったからな」

 

「ヒーローってモテるんじゃねぇのかよ……」

 

 伊吹は高身長で顔もよく、スタイルもいい。そして雄英出身で更に強い。モテない要素と言えば敬遠される要素である喫煙者というところだけ。それを補ってあまりあるスペックがあるのにも関わらず「彼女ができたことがない」という発言に、『モテるため』にヒーローを志したブドウ頭の男子生徒、峰田が膝をついた。

 

 そんな膝をついた峰田を見て笑いながら、「まぁモテないわけじゃない」と言って、内ポケットにしまってあるタバコを取り出そうとして、生徒の隣だと自分律してタバコを取り出すことなく峰田に続ける。

 

「ヒーローは人気職だからな。そりゃモテないはずもないが、俺はあんまり表に出るタイプじゃなかったからファンとの交流もほとんどないし、出会いってのがそもそもない。知り合いのヒーローすらそんなにいないからな。普通にヒーローやってりゃ彼女はできるよ」

 

 伊吹は相澤と同じくアングラ系ヒーローであり、ヒーローオタクである緑谷が初見でわからないほどメディア露出もない。もちろんファンはいるが、ファンイベントもファンサービスもほとんど経験のない伊吹には出会いというものがなかった。出会うとすれば相澤経由の知り合い、もしくは敵、警察くらいのものである。

 

「んじゃ俺からもいいですか!」

 

「お、どうぞ切島くん」

 

「先生の個性って結局なんなんですか? あの煙めっちゃ強かったんですけど」

 

「あー、そういや説明してなかったか」

 

 時計をちらっと見て時間的に問題ないことを確認すると、伊吹はタバコを箱ごと取り出して生徒に見せた。

 

「俺の個性は『息吹』。一度口に含んだものを吐き出すと、それに命を与えられる。命っつっても人の形をしていて、効果範囲内なら俺の好きに動かせるってだけだけどな」

 

「つまり水もいけるってことかしら」

 

「その通り蛙吹さん。ちょっと不思議な個性でな。切島くん、実際に戦ってみてあの煙……紫煙兵はどうだった?」

 

「浮くし硬いし速いし強かったっす!」

 

「それの秘密がコレ」

 

 切島の言葉の後に、伊吹はタバコの側面に書かれているタール数の表示を生徒に見せる。「タール数?」と首を傾げる生徒たちに笑いながら、「未成年喫煙者はいないみたいだな」と言ってから、

 

「このタール数によって紫煙兵の硬さと重さが決まる。浮くのは煙の特性だ。でも殴ったら簡単に消えただろ?」

 

「はい。ホントに勝ったのかわかんないくらい」

 

「あれは煙吐いた時の勢いとか量とかで耐久力が決まっててな。こう言っちゃなんだが、さっきのは君たち用に作った紫煙兵ってわけだ。本気で作ったやつはあれより数倍強い」

 

「えげつねぇ……」

 

 実際に紫煙兵と戦った切島は頬を引きつらせて、自身が戦った紫煙兵よりも数倍強い紫煙兵を想像する。「もう伊吹先生だけでいいんじゃね?」と思ってすぐ後に、八百万が手を挙げた。

 

「はい八百万さん」

 

「上限はあるのですか? 先ほどは最低でも10は生み出していましたが……」

 

「あー、今は大体50くらいだったかな」

 

「はい先生! 好きな女の子のタイプはなんですか!」

 

「よくこの流れでその質問ができたな葉隠さん。そんなに気になる?」

 

「そういうのが気になるお年頃なのです!」

 

 好きなタイプと聞かれ、伊吹は真面目に考えた。

 

 伊吹の知り合いの女性と言えば、真っ先に思い浮かぶのは香山。18禁ヒーローその人であり、伊吹をからかう悪女である。次に、香山がタイプかどうかを考えた時、そもそも自分の好きなタイプはなんなのか考えたこともなく、女性を好きになったこともないことを思い出す。

 

 そして伊吹は答えを弾き出した。

 

「……一緒にいて心地いい人?」

 

「ちなみに心地いい人で思い浮かべるのは誰ですか!」

 

「さぁオールマイト。そろそろ始まりそうですね」

 

「あー、逃げた!」

 

 女性関連の話題は疎い伊吹は授業に逃げた。その背後で獲物を見つけたと笑う者がいることも知らずに。



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一番になる

「オールマイト、止めた方がいいっしょこれ」

 

 緑谷・麗日チーム対爆豪・飯田チーム。始まってすぐ爆豪が単独行動を開始し、奇襲。執拗に緑谷を狙い、ニトロのようなものをため込んだ籠手から高威力の爆破を放ち、大規模な破壊を行った。

 

 それを見た伊吹は止めに行こうと歩き出した時、オールマイトに手で制される。

 

「待った伊吹くん。彼は妙なところで冷静だ。まだ大丈夫」

 

「……止められるうちに止めた方がいいと思いますけどね」

 

(大人しく止まるようなタマじゃなさそうだし)

 

 モニターに映る爆豪を見て、無線から聞こえる爆豪の声を聞いて、伊吹は思わずタバコを取り出して火をつけた。そして胸の内にふつふつと沸いたマイナス感情を吐き出すかのように、紫煙を立ち昇らせる。

 

(抱いてる感情は違うけど、似てるなぁ)

 

 伊吹が相澤に正される前。余裕がない、口が悪い、暴力的、そして何かに苦しみもがいている。爆豪と自分を重ね、「周りから見たら俺もあんな感じだったのか……」とため息と同時に紫煙を吐き出した。

 

『何で個性を使わねぇんだ! 俺を舐めてんのか!?』

 

『違うよ』

 

「オールマイト」

 

 名前だけ呼んで「止めた方がいい」と再度告げる伊吹に、オールマイトは俯いて答えない。そんなオールマイトに対し伊吹は紫煙兵を数体生み出して、ビルの方へと向かわせた。

 

「危なくなったら止めさせますからね」

 

「すまない」

 

「謝るくらいなら止めてくださいよ。何かあったら俺も怒られるんスよ?」

 

『ガキの頃から、ずっとそうやって、俺を舐めてたんかテメェはぁ!!』

 

『君がすごい人だから、勝ちたいんじゃないか!』

 

 緑谷が個性を使おうと腕を振りかぶり、爆豪もそれに合わせて腕を振りかぶる。二人が激突しようとしたその瞬間に、伊吹はオールマイトの指示を待たずに待機させていた紫煙兵を向かわせるために指示を飛ばそうとしたその時。

 

『行くぞ、麗日さん!』

 

 緑谷が爆豪の一撃を左腕で受け止め、上に向かって拳を突き上げた。天井を何枚も破り、それはやがて核のある部屋、麗日と飯田がいる部屋にまで到達する。

 

「いくよ、即興必殺! 彗星ホームラン!」

 

 そして、『無重力』で浮かせた柱を持った麗日が、瓦礫を飯田と核に向かって柱をバットのようにスイングして打った。飯田が硬直した隙をついて、麗日は自身を無重力状態にし、飛んでいって核に触れる。

 

『ヒーローチーム、WIIIIIN!!』

 

(あーあ)

 

 緑谷に爆破を防がれ、個性を使われた。ということは本気でやりあっても爆豪は負けていたということであり、それがわからない爆豪ではない。そのことを察した伊吹は頭をがしがしと掻いて、「フォロー大変そうだなぁ」とぼんやり考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相澤さん」

 

 緑谷以外大怪我もなく、授業が終わり、ホームルームも終わって、放課後。相澤とともに教室を出た伊吹は、消臭スプレーを自分に吹きかけながら相澤に話しかけた。

 

「なんだ」

 

「爆豪のことなんスけど、結構難しそうな問題抱えてまして。今日の授業でちょっとフォロー必要かなって思ったんで、ミスったら尻ぬぐいお願いできます?」

 

 廊下で立ち止まって、教室の方を気にしながら聞く伊吹に、相澤は小さく息を吐いてから伊吹に背を向けた。

 

「副担任だろ。好きにしろ」

 

「あざっス」

 

 相澤に『副担任』と呼ばれたことに喜びながら、伊吹は教室へ向かう。どんな個性を持っていても大丈夫なように作られた巨大なドアを開けると、すぐ目の前に爆豪が立っていた。

 その表情は沈んでいるというより、無。ため込んだものを放出できないでいる、そんな表情。

 

「お、爆豪。ちょうどよかった。今から帰んのか?」

 

「……ス」

 

 爆豪は短く言って、伊吹の隣をすり抜ける。それを止めるでもなく、伊吹は教室内にいる生徒たちにひらひらと手を振ってから、爆豪の後ろを歩き始めた。

 

 何も喋らず、静かな空間に二人分の足音だけが響く。廊下を歩き、校舎を出て、そこで初めて爆豪が振り返った。

 

「……なんか用かよ」

 

「おいおい、俺一応先生だぞ? 敬語使え敬語」

 

 さっきはギリギリ使ってたのに。と文句を言いながら、伊吹はタバコを咥えた。そのままゆっくり火をつけて、頭を整理させてから口を開く。

 

「負けたなぁ」

 

「テッメェ……!!」

 

 爆豪の顔が怒りに歪む。体ごと振り返って今にも掴みかかりそうな自分を鎮めるかのように手をわなわなと震わせて、伊吹を睨みつけた。『相手は教師』だという理性がストッパーとなっているだけで、その手のひらからは小さな爆破が漏れている。

 

「全然冷静じゃなかった。ありゃダメだ。『冷静じゃなかったから勝てませんでした』じゃ話にならねぇ。センスあるんだからバカな真似すんな」

 

「……確か雄英の校風は『自由』が売りなんだよなァ? そりゃつまり今ここでテメェとやりあっても文句はねぇってことか?」

 

「ちゃんとした場ならな。喧嘩は別だ」

 

 伊吹は後ろから聞こえてきた足音に気づいて、紫煙兵を生み出した。そのまま紫煙兵に乗って、爆豪を見下ろす。

 

「一番になりたいなら、いつでも付き合ってやるよ」

 

「は?」

 

「雄英はちゃんと使用許可とれば訓練場を使えるんだ。悪くない話だろ? 一番になるために、プロヒーローを踏み台にできるんだから」

 

 にやりと笑って、紫煙兵とともに宙へ浮かぶ。そしてピースサインを作ってそれを爆豪に向けた。爆豪は呆けた表情で伊吹を見上げ、それから校舎から出てきた緑谷に気づく。

 

「かっちゃん! ……って、伊吹先生!?」

 

「ま、俺もまだまだ若いんだ。青春させてくれや」

 

「……おい待てコラ!」

 

 爆豪の静止を聞かず、伊吹はそのまま飛んでいった。遅れて聞こえてきた、「俺は、ここから一番になってやる!」という爆豪の声を聞いて笑いながら。

 

「相澤先生が聞いてたら『0点だ』って言われんだろうなぁ。なぁ、お前はどう思う?」

 

 困ったように首を横に振る紫煙兵に、伊吹はまた笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 

 紫煙兵に乗ってゆったりと通勤していた伊吹は、眼下に敬愛する人物を見つけさっそうと飛び降りた。その敬愛する人物は突然現れた伊吹に驚くこともなく、冷静に紫煙兵を見上げてから呆れた目で伊吹を見た。

 

「おはようございます、相澤さん!」

 

「おはよう。お前、いつもあれで通勤してるのか」

 

「日中は教師、帰ってからは敵退治。俺の街にいる敵を根絶やしにすりゃあこっちに集中できるんで、ちょっと頑張ってるんスよ。だからあんまり休む暇ないんで、通勤中は休むことにしてるんス」

 

 『紫煙の街』は紫煙兵が蔓延っており、敵の発生率が極めて低いとはいえ、いなくなったわけではない。水面下で動いている敵も複数いて、その敵の調査、取り締まりを行っている為、伊吹の休む時間は極端に少ない。一日の睡眠時間は4時間あればいい方で、今日はなんとか2時間確保した程度。

 

「休むのも仕事だぞ」

 

「頑張れるうちに頑張っておかないと! それに、そんなんでパフォーマンス落とすヘマしねぇっスよ!」

 

 朝から相澤と会話できる嬉しさからいつもよりも二割増し爽やかな笑顔を相澤に向けて、力こぶを作って見せる。相澤はそれに笑って返すこともなく、「ならいいが」と不愛想に返してふと足を止めた。

 

「おー、なんか集まってますね。マスコミ?」

 

 相澤の方を見て気づいていなかった伊吹は、ふと相澤の視線の先に目を向けると、そこには雄英に押し掛けるマスコミがいた。

 

 現在雄英には『オールマイトが教師に就任した』というニュースが流れたことから、連日マスコミが押しかけてきている。わらわらと集まるマスコミに向かって伊吹は聞こえないように「邪魔だなぁ」と身も蓋もない言葉を発すると、相澤の肩をちょんちょんとつついた。

 相澤が伊吹を見ると、伊吹は宙に浮いている紫煙兵を指し、笑顔で言った。

 

「乗ります?」

 

「……目立つだろ。変なことを書かれてもめんどくさい。このまま行くぞ」

 

「残念」

 

 相澤と空の旅を期待していた伊吹は口の先を尖らせながらマスコミの群れへ向かっていく。その近くまで行くと二人に気づいたマスコミが一斉に二人を取り囲んだ。

 

「すみません、オールマイトについて……小汚っ!」

 

「彼は今日非番です。授業の妨げになるんでお引き取り下さい」

 

「明日から見た目整えた方がいいんじゃないスか? そのまんま放送されたら雄英の評判悪くなりますよ」

 

「あなたは……あの煙、もしかしてライヴホープ!?」

 

 けらけら笑いながら相澤にちょっかいを出していた伊吹は、マスコミの一人に正体を言い当てられ思わず「げ」と漏らし、嫌そうな顔を隠すことなく相澤に視線で助けを求めた。

 

 相澤はさっさと門をくぐっていた。

 

「メディア露出のないライヴホープ! 貴重だぞ!」

 

「そういえばライヴホープも雄英教師になったって! ライヴホープ! 教師生活はどうですか!」

 

「オールマイトは教師としてどうですか!」

 

(うるせぇ)

 

 と思いながらも、人気者になれた気がして悪い気がしていない伊吹は順番に答えていきそうになったが、もう一度相澤の方を見ると相澤が首だけ伊吹の方に向けて、しっかり伊吹を睨んでいた。

 

「すんません! 授業の準備とかあるんで!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 相澤の怖い視線に慌てて伊吹はマスコミの集団から抜け出して、門をくぐった。一人のマスコミが伊吹を追って門をくぐろうとすると、門に取り付けられたセンサーが反応して完全に門が閉じられる。

 

「おー、雄英バリアーでしたっけ? 俺初めて見るんスよね」

 

「マスコミに捕まったら適当に撒け。情報はどこから漏れるかわからないからな」

 

「っス。気を付けます」

 

 雄英にはいたるところにセンサーがあり、学生証や通行許可IDを持っていなければセキュリティが働いて、先ほどのように弾き出される。

 伊吹はうっすら聞こえてくるマスコミの文句を聞いて、「俺の評判下がらねぇかな……」と小さいことを考えながら相澤とともに校舎へ入って行った。



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副担任二日目

「おはよう」

 

「伊吹先生! おはようございます!」

 

 朝のホームルームが始まる数分前。時間きっかりに現れる相澤よりも先に、伊吹は教室へ入った。伊吹自身、メディア露出をしないのは相澤の真似であり、本来人と関わることが好きなので、生徒と関われる時間を積極的にとっていこうという考えの下、朝のホームルーム前に教室へ行こうと決めていた。

 

 向かう前相澤に「休まなくていいのか」と有難い言葉を頂いた伊吹はなおさら頑張ろうと心に決めている。

 

 教室に入って挨拶をすると、席の近い蛙吹と話していた芦戸が一番早く反応した。そこから爆豪を除き全員から挨拶が返ってきて、伊吹は微笑みながら教壇に立つ。

 

「あれ、今日は伊吹先生がホームルームやるんですか?」

 

 教壇に立った伊吹に上鳴が聞くと、伊吹は手に持っていたファイルから紙を取り出しながら、

 

「いや、ちょっとここに立ってみたくてな。なんか気分よくなるだろ?」

 

「なんか先生がそこに立つと一気に夜! って感じするー!」

 

「それな!」

 

「色っぽいって意味で受け取っておくよ」

 

 クラスの賑やかし担当である芦戸と上鳴からおちょくられながら、伊吹は手に持っていた紙を黒板に貼りつけた。バン、と大げさな音を立てて貼ったからか、クラス全員の視線がその紙に向かって注がれる。

 

 目を丸くする生徒にふふんと笑って、「なんですかそれ?」と聞かれる前に伊吹は説明を始めた。

 

「雄英が許可取れば訓練場使っていいって知ってるか?」

 

「はい、お伺いしています! ということはその紙は許可書か何かでしょうか!」

 

「残念不正解!」

 

 勢いよく挙手した飯田の言葉を否定して、その紙が全員に見えるように体をずらす。その紙には、『伊吹先生貸し出し書』と書かれていた。

 

「来週ド頭から放課後、訓練場貸してもらって俺との訓練を開始する。定員は一日5名で早い者勝ちだ。ただなんとなく譲り合ってくれよ。そこは平等に行きたいからな」

 

「ら、ライヴホープの個人指導……! 絶対に行きたい……!」

 

「やる気だな緑谷くん。っつーわけで来週のド頭からこの紙貼りだしていくからじゃんじゃん記入していってくれ。君らが来る前に黒板に貼りつけるから、マジで早い者勝ちだ」

 

 伊吹との訓練。それは生徒にとってかなり身になるものであり、向上心を持っている者であれば確実に参加したいもの。伊吹のヒーローとしての活動はあまり知られていないが、『紫煙の街』を作り出したということ、昨日の戦闘訓練での実力。それらを見て指導を受けたくないと思う者はいなかった。

 

 そしてこれは伊吹にも得がある。生徒たちと交流できることもそうだが、合法的にタバコが吸えるのだ。流石に敷地内で何本もタバコを吸うわけにはいかず、副担任という立場もあり『勉強』という名目で授業にずっと出ている為、吸う時間は昼休憩の時しかない。放課後になって帰った後はヒーロー活動で、安心できる環境で吸えることはなく、ならばと考えた手段がこれだった。

 

 もちろん、伊吹にとっての最優先は生徒の成長である。しかし、そこに欲があることも伊吹は否定できない。

 

「ってわけでよろしく! 誰もこなかったら泣いてやるからな」

 

「絶対行きます! リベンジしてぇ!」

 

「オッケー待ってるぜ切島くん。ぜひ俺にほえ面かかせてくれ」

 

 笑顔で教壇を下りながら、伊吹は自身を睨んでくる爆豪にウインクした。爆豪は眉間に皺を寄せ、舌打ちして目を逸らす。

 

(爆豪だけにってわけにはいかねーし、ある程度の交流の場は必要だろうからな)

 

 昨日、爆豪に訓練をつけてやると言ったのは、このことを早めに伝えただけである。

 

(全員同じ条件で、頭一つ抜ける。そっちのが一番感あっていいだろ?)

 

 爆豪には直接言わず、笑いながら頭の中で爆豪を挑発する。この時点で多少爆豪に対しての贔屓が入っているのだが、伊吹本人は気づいていない。

 

 クラスが伊吹との訓練の話題で盛り上がる中、チャイムが鳴りその音とともに相澤が教室に入ってきた。この数日間で訓練された生徒たちはその瞬間に静かになってピシッと前を向き、相澤が教壇に立つのをじっと待つ。

 

「はいみんなおはよう」

 

「おはようございます!」

 

 生徒全員だけでなく伊吹からも挨拶が返ってきたことに若干呆れながら、相澤はホームルームを開始した。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった……爆豪、わかってるな」

 

「……ス」

 

 相澤は『伊吹がフォローを入れた』ことを考慮して、あまり何度も言うのは鬱陶しいだろうと軽い注意で終わらせ、次のターゲットに移る。

 

「緑谷。お前また腕ぶっ壊して一件落着か。個性の制御ができませんでしたをこの先ずっと通すつもりはない。それさえクリアすればやれることは多いんだ。焦れよ」

 

「はい!」

 

(なるほど、そんな感じで発破かけるのか)

 

 教師としての相澤の姿を見て勉強しながら、心のメモ帳に『生徒への発破のかけかた』をメモしていく。伊吹は自身もそうであったため、下手に触れると人がどうなるかを知っている。昨日の爆豪に対するそれももしかすると悪い方向に転ぶ可能性があったため、表面上は笑いつつも伊吹の内心はびくびくだった。

 

「さて、急で悪いが君たちには今から学級委員を決めてもらう」

 

「学校っぽいのきたー!」

 

 クラス全員のテンションが上がり、それぞれ手を挙げて「やりたい!」の大合唱。伊吹は笑いながら「元気っスねー」と相澤に言うと、相澤は怖い目をしながら「元気すぎるな」と低い声で返した。このままみんなを放置するとキレるな、と判断した伊吹は一旦静かにさせようと口を開いたその時、飯田が声を張り上げた。

 

「静粛にしたまえ! 多を牽引する重大な仕事だぞ、やりたい者がやれるものではない。これは投票で決めるべき議案!」

 

 そうやって提案しながらも、飯田は挙手して『やりたいアピール』をしていた。伊吹の中では「飯田くんでいいんじゃね?」という気持ちになったが、相澤の「時間内に決めりゃなんでもいいよ」と放り投げたことによって投票による委員長決めが開始される。

 

 生徒がわいわいと投票をしている中で、伊吹は寝袋に入った相澤にそっと話しかけた。

 

「相澤さんって委員長やってました?」

 

「やってたように見えるか?」

 

「先生やってるくらいなんスから、似合わないとは思わないんスよね」

 

 伊吹の中での相澤の評価は信じられないくらいに高い。それは相澤が嫌な顔をするほどであり、少々どころかかなり甘めの採点をしている節がある。今回のこれも伊吹からすれば論理的思考に基づくものなのだが、相澤からすれば妄信以外の何物でもなかった。

 

「そういうお前はどうなんだ」

 

「俺っスか? 訓練で大忙しだったんで、仕事増やすようなことしたくなかったんスよね。だから一回も経験ないっス」

 

 合理的にヒーロー目指してたんで。と付け加えた伊吹に相澤は嫌な顔をして、そんな相澤の表情に「ひでー」と笑う伊吹。

 

 そうして二人の世界を作り上げていると、投票が終わった。結果は緑谷三票、八百万が二票。委員長は緑谷に、副委員長は八百万に決定した。

 

(飯田くんと麗日さん、轟くんがゼロ票。飯田くんと麗日さんは緑谷くんに入れて、轟くんが八百万さんにってとこか。なんで?)

 

 伊吹は生徒の動向をストーカーのごとくチェックしており、緑谷と麗日、飯田の仲がいいことは把握している。その中で緑谷が委員長に向いていると思ったからこそ二人は緑谷に入れたのであろうと推測できるが、轟が八百万に入れた理由が見当たらなかった。

 

(あとで聞いてみるか? でも心開いてくれなさそうだしなぁ)

 

 変なところで臆病な伊吹は、『とりあえず様子見』という結論に落ち着いた。いきなり距離を縮めようとして失敗しては元も子もないためである。

 

「そんじゃ、今日も一日頑張るように。行くぞ、伊吹」

 

「俺相澤さんに名前呼んでもらうの好きなんスよねー」

 

「気持ち悪いな」

 

「こいつぁシヴィー!」

 

「マイクの真似するな」

 

 本気で睨まれた伊吹は「はい……」と委縮して、相澤のあとについて教室を後にした。

 

「伊吹先生ってなんで彼女いたことないんだろー。イケメンで高身長で、相澤先生と一緒にいるときカワイイのに」

 

「作らなかったんじゃないかしら。私も彼女がいなかったとは思えないもの」

 

 教師がいなくなった教室は無法地帯。いくら天下の雄英といえどもそれは変わらず、それぞれ思い思いに喋りだす。

 

 そんな中で芦戸が切り出した話題は『伊吹の彼女問題』についてだった。それに返したのは優等生らしく一時間目の用意をしながら答えた蛙吹。実際、伊吹は『作りにいかなかった』のは真実だが、モテるとはいっても触れてはいけない遠い存在のような扱いをされていた。ひたむきに訓練し、交友関係は最低限。ほとんど遊びにもいかず、友だちとは仲良く話す程度。『邪魔をしてはいけない』と当時のクラスの女子に思わせるほど、伊吹は努力家だった。

 

 さらに、ヒーローになってからは色々あり、近寄りづらいことこの上なく、相澤の手によって人当りがよくなった後も表に姿を現すことはほとんどなくなり、結果恋愛経験ゼロへとつながる。

 

「えー、若いから恋バナできると思ったのになー」

 

「でもなんかダークな話でてきそうじゃね? 若いけど大人な雰囲気だし!」

 

 机に体を預けてつまらなさそうにしていた芦戸に、チャラついた上鳴が新たなネタを放り投げた。上鳴からの伊吹の印象は『強い、カッコいい、クール、オトナ』であり、あの相澤を敬愛していることもあって、『表面上は綺麗だけど裏側は汚れている』という不名誉なイメージを抱いていた。

 

「いや、伊吹先生は絶対漢だぜ!」

 

「それどういう評価なん?」

 

 切島の『漢』という評価に呆れた瀬呂がツッコんだ。続けて、「ダークってのはちょっとわかるかもな」続けて、それに耳郎が賛同する。

 

「敵役めっちゃ似合ってたもんね。上鳴は見てないだろうけど」

 

「見させてくれなかったんだよ! 俺も見たかったよチキショー!」

 

「まぁまぁこれからもチャンスあっから、頑張ろうぜ上鳴!」

 

「はっ、訓練にいけば伊吹先生のあれやこれや聞けるかも……!?」

 

 邪な理由で芦戸が訓練への参加を決めた時、教室のドアが開いた。そこから入ってきたのはプレゼント・マイクと話題の種になっていた伊吹。マイクは面白そうににやにやと笑って、伊吹は頭を抱えて、どこか嬉しそうな表情をしている。

 

「ヘイリスナー! 伊吹のこと聞きてぇなら俺に聞いてもいいんだぜ! 何を隠そう俺と伊吹はイレイザーつながりで超仲良しだ!」

 

「やめてくださいってマイクさん。別に面白い話なんもないんスから」

 

 マイクと伊吹は教室に向かっている途中、A組から聞こえてくる話声を耳にして、授業開始時間になる前に教室へ突撃した。もっともその目的は別で、マイクは伊吹をいじるため、伊吹はマイクを止めるためではあるだが。

 

「何が聞きたい? 伊吹のファンの話? それとも伊吹がミッドナイトにたじたじな話? どっちも面白いぜ!」

 

「どっちもー!」

 

「授業しろよアンタ!」

 

 結局、伊吹が授業開始時間までマイクを止めることで阻止し、伊吹は生徒からのブーイングを受けながらほっと胸を撫でおろした。



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伊吹いじり

 昼になると、それぞれ思い思いの昼食をとる。食堂に行くか、持参したものを食べるか、そもそも食べる暇がないか。

 

「相澤さん! 飯行きましょう飯!」

 

「俺らと一緒に行こうぜイレイザー!」

 

「うるさい」

 

「ヒュー!」

 

 そんな中、職員室では相澤がうるさいやつ一号・二号(相澤目線のマイク、伊吹)にしつこく昼食に誘われていた。

 相澤は基本的に食事は手軽に済ませる。仕事が多い時には確実にゼリー飲料を食事として摂取し、食堂に行って食事をとることはほとんどない。

 

 逆に、今相澤をしつこく誘っているマイクと伊吹は食堂に直行する。雄英の食堂では安価でかなりおいしい食事を頂けるため、雄英教師を勤め続けてきたマイクはもちろん、赴任して数日の伊吹も雄英食堂の虜になっていた。

 

「つれねーこと言うなよイレイザー! 親愛なる同期と可愛い後輩が誘ってるってのによ!」

 

「そうっスよ相澤さん! 別に俺たちと飯食ったって悪いことがあるわけじゃないし!」

 

「うるさい」

 

「ヒュー!」

 

 しつこく誘う二人にまったく折れない相澤。そうして隣のデスクで騒がれては気にならないはずもなく、ミッドナイトが艶めかしく脚を組み、髪をかきあげながら、

 

「じゃあ、伊吹くんは私と、マイクはイレイザーとっていうのはどう?」

 

「ヘイミッドナイト! ランチにしちゃあちょっと刺激的すぎねぇか!?」

 

「ていうかそれ結局うるさいのが片付いてないじゃないですか」

 

「え、うるさいってもしかして俺のこと? そりゃオメーがダウナーすぎるんだ! もっと上げてけイレイザー!」

 

 YEAHHHHHHH!!! と叫ぶマイクとそれを鬱陶しそうに睨む相澤をよそに伊吹はミッドナイトにロックオンされ、壁に追い詰められていた。妖しく自身の唇を舌で潤し、とろんとした目つきで伊吹の顎にそっと指先を添える。

 

「ねぇ、どう? そろそろ私の食事になっていい頃だと思うんだけど……」

 

「相澤さん、相澤さーん! あなたの可愛い後輩の食べ頃チェリーが捕食されそうです! 助けて!」

 

「ここ学校ですよミッドナイトさん」

 

「いーじゃねぇかイレイザー! 伊吹もそろそろ男としてランクアップしなきゃなんねー頃だろ!」

 

 股の間に膝を差し込まれ、必死に顔を逸らすも強引に向き直させられる伊吹。その頬は赤く染まっており、それがミッドナイトの嗜虐心を更に煽った。ミッドナイトにとって決して自分に跪かず、なおかつ初心な伊吹は格好の獲物。伊吹からすればたまったものはなくこうして迫られる度に相澤へ助けを求めるが、相澤が助けてくれた試しは一度たりともない。マイクは逆に煽る側。更にいつも止めに入ってくれる他の教師陣は今職員室にいないという悲劇。

 

 伊吹が今、ミッドナイトにおいしく頂かれようとしていた。

 

「んー、どこで頂こうかしら。ねぇ、伊吹くんはどこがいい?」

 

「相澤さんと食堂に行きたいです!」

 

「イレイザーに見られながら食堂でイきたい? あら、すっごい性癖持ってるのね」

 

「言ってねぇよ脳内ドピンクお花畑! 俺は可愛らしい後輩らしく尊敬する先輩と一緒に飯食いたいって言ってるんスよ!」

 

 耳元で囁かれ、いよいよ余裕がなくなり先輩に対して失礼な発言する伊吹に、マイクは腹を抱えて笑い、相澤はゼリー飲料を一瞬で空にしてため息を吐いた。相澤としては、こうして無駄な時間を過ごしている間に食事をとればいいのに、と思わざるを得ない。にも関わらず、伊吹とマイクは連日相澤を食事に誘い、伊吹はミッドナイトにロックオンされるというのを繰り返していた。

 マイクは伊吹がそうなるのが単純に面白いという理由からの悪ノリではあるが、伊吹は純粋に相澤とご飯と食べたいという想いからの誘いである。それがなんとなくわかっている相澤は『無駄』と言いつつも優しい人間であるので、冷たい態度をとりつつもどうしようか、と悩む程度には伊吹のことを気にいかけていた。

 

 そんな伊吹はミッドナイトにエロく密着され、目を瞑ってぶるぶる震えている。ちなみに相澤はこの状態の伊吹をどうにかする気はない。なぜなら面倒だからである。

 

「イレイザー、どの画角がいいと思う? 可愛い後輩伊吹の初体験! こりゃムービーで残すしかねぇだろ!」

 

「……まぁ、ミッドナイトさんも本気でやらないだろ」

 

 それともう一つ。ミッドナイトは伊吹をからかっているだけであって、本気でどうこうしようという気はない、というのを理解しているからだ。もし伊吹が乗り気になれば本当にどうこうするだろうが、伊吹が嫌がっているうちはどうこうしない。ミッドナイトはドSだが、ヒーローなのでそのあたりの分別はついている。

 

「もうイレイザー。盛り下がること言っちゃダメじゃない」

 

「安心してください。そいつそっち方面は初心なんで、ミッドナイトさんにその気がないってわかってても反応変わりませんよ」

 

「あら、なんだかんだ伊吹くんのこと理解してるのね。妬けちゃうわ」

 

「ミッドナイト! そろそろ伊吹が焼けちゃいそうだぜ! タコみてーに真っ赤にホットになっちまってる!」

 

 あら、とイレイザーに向けていた視線を伊吹に戻すと、伊吹は目を瞑ったまま真っ赤になり、ウイルスに感染したのかと疑うほど体に熱を帯びていた。「やりすぎたかしら」と言いつつも特に反省することもなく伊吹から体を離すと、伊吹は膝から崩れ落ちて深呼吸を数回。

 

「おー伊吹。ちゃっかりミッドナイトの個性対策やってたんだな?」

 

「ね、眠らされたらどうしようと思って……」

 

「流石にそこまでしないわよ。多分」

 

「多分とか言うから安心できねぇんスよ!」

 

 ミッドナイトの個性は『眠り香』。自身の肌から放たれる香りを吸い込むと吸い込んだ者は眠りに落ちてしまう。それを警戒し、伊吹は万が一にも香りを吸い込まないようにと、ギリギリのところで呼吸を制限していた。それがたまらなくミッドナイトの嗜虐心をまたも刺激するのだが、伊吹は気づいていない。

 

「そういやミッドナイト! 伊吹のやつA組の女子リスナーから結構な人気なんだぜ?」

 

「そうなの? 確かに伊吹くんモテない要素ほとんどないものね。でもダメよ? 生徒に手出しちゃ」

 

「出さないっスよ。そういう目で見れないっスし、そもそもそういう恋愛とかわかんねぇっスもん」

 

「もったいない。青春しないとダメよ?」

 

「さっき手ぇ出しちゃダメって言ってませんでした?」

 

「それはそれとして、教師と生徒の恋なんて燃えるじゃない?」

 

 自分の体を抱きながら体をくねらせるミッドナイトから目を逸らし、「こんな青少年の教育に悪そうな人、教師でいいのか?」と今更な疑問を浮かべながら相澤の方にすすす、と近寄る。

 

 伊吹はまだ相澤を誘うことを諦めておらず、第二回戦に移るべく「さぁ行きましょう」と言おうとしたその時だった。

 

 警報が鳴り響き、『セキュリティ3』が突破されたというアナウンスが校内に流される。それを聞いた瞬間、先ほどまで伊吹をいじめていたミッドナイトも、それを見て爆笑していたマイクも、我関せずと仕事をしていた相澤も、そんな相澤を誘おうとしていた伊吹も表情を真面目なものに変え、一斉に動き出した。

 

「私は生徒の避難誘導、三人は現場へ!」

 

「OK! ランチとはいかなかったが、三人で行動できるな!」

 

「呑気なこと言うな。行くぞ」

 

「この場合って校内でタバコ吸っていいんスかね?」

 

「非常時だ、仕方ない」

 

 相澤の許しを得た伊吹は職員室を飛び出して走りながらタバコを咥え、火をつける。そして紫煙兵を3体生み出すと、そのうちの1体に飛び乗った。

 

「こっちのが早いっス! 二人も!」

 

「ヒュー! こいつに乗んのは久しぶりだな!」

 

「においがつくから避けたかったんだが……」

 

 そうも言っていられないと相澤が飛び乗り、マイクがノリノリで飛び乗ったと同時、三人は風になる。

 

 セキュリティ3は校舎内に誰かが侵入してきた、という意味。つまり校内に敵が潜んでいる可能性もあり、伊吹は紫煙兵を次々に生み出して校舎の見回りに向かわせる。

 

「流石対応がスピーディ! 先輩として鼻が高いぜ!」

 

「ありがとうございます! もうすぐつくっスよ!」

 

 紫煙兵に乗った三人は、校舎を飛び出してそれを目の当たりにした。

 

 マスコミが押し寄せている、拍子抜けの光景を。

 

「……Huh?」

 

「こりゃあまた」

 

「……」

 

 怒りを通り越して呆れがやってきた三人を発見したマスコミは、一斉に詰め寄った。口々に「オールマイトを!」と言うマスコミに対し、通り越していた怒りがまた湧いてきて、マイクが目で「やっちまうか?」と相澤に合図するが、相澤は「面倒なことになるからやめておけ」と首を横に振ることで応えた。

 

「伊吹。これの対応は俺たちでやっておくから、念のため周りを見てきてくれ。紫煙兵は連れて行っていい」

 

「お願いします」

 

 相澤とマイクは紫煙兵から降りてマスコミの対応に回った。伊吹は言われた通り紫煙兵に乗り、他2体を引き連れながら空へと飛び上がる。

 

(マスコミは確かに拍子抜けだけど、ただのマスコミが雄英のセキュリティー突破できんのか?)

 

 伊吹は雄英に赴任してまだ日が浅いためはっきりとはわかっていないが、普通のマスコミが雄英のセキュリティを突破できることはまずない。つまり、セキュリティの誤作動、または本当に敵がセキュリティを突破した可能性があり、後者の可能性を考えて相澤は伊吹を見回りに向かわせた。

 

 そして、その可能性は的中した。

 

「おいおいこりゃあ……」

 

 伊吹が見たのは、粉々になった雄英バリアー。それも、綺麗にその部分だけが粉々になっており、地面には焦げた跡も擦れた跡もない。

 

「ワリィ、お前らここ見張っておいてくれ」

 

 伊吹は紫煙兵2体をその場に残し、急いで校舎へ飛んでいく。この事実を雄英教師陣に伝えるために。

 

 結局。

 

 雄英バリアー以外の被害は何もなく、食堂では警報を聞いた生徒たちを飯田が鎮め、それを見ていた緑谷が飯田を委員長に推薦するなど、平和的なことしか起きなかった。しかし、この事態を重く見た雄英教師陣はしばらく厳戒態勢で演習を行うこととなる。



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USJにて

 ヒーロー基礎学、災害救助訓練の時間。A組と相澤、伊吹は訓練場に向かうため、バスに乗っていた。伊吹は座席に座るとき相澤の隣に座ろうとしたが、無言で睨まれたため相澤の後ろの席に座っている。

 

 生徒たちは遠足に向かうかのごとく騒いでおり、伊吹はその様子を微笑ましく思いながら前の席に座っている相澤に話しかけた。

 

「相澤さん。いつになったら俺と飯食ってくれるんスか?」

 

「知らん」

 

 伊吹は今日も相澤を昼食に誘い、別の意味でミッドナイトに誘われ、マイクに爆笑されるというもはや恒例となった昼の時間を過ごし、「そろそろ一緒に食べてくれてもいいんじゃ?」と首を傾げている。

 対する相澤は一緒に食べる気などはまったくなく、それは「伊吹がくるとマイクもくるからかなりうるさい」という理由からくるもので、更にわざわざ食堂に移動してまで食事をするくらいなら、手軽にゼリーで済ませればいいという判断からくるもの。

 

「ゼリーばっかじゃ死にますよ?」

 

「夜はちゃんと食べてる。それに、昼も余裕あるときは食堂に行ってるから問題ない」

 

「お、ならしばらく待ってれば自然と一緒に食えるってことっスね?」

 

「そうなるな。まぁ俺が食堂で食べる時も一緒には食べないが」

 

「えー! 一緒に食べましょうよ! ほら、こんなに一緒にいたいって言ってくれる後輩って可愛くないっスか?」

 

「いや、うるさい」

 

「ひでー!」

 

 尊敬する相澤の性格に似れば相澤も一緒に食べる事を許すかもしれなかったが、伊吹はどちらかと言えばマイクの性格に似ている。気を許した相手にはハイテンション。生徒に対してハイテンションではないところがマイクとの違いというだけで、相澤の前ではほとんどマイクと変わりはなかった。敬語かそうでないか程度の違い。

 

 故に、生徒と話すときは落ち着いた態度であった伊吹は、現在生徒たちにハイテンションな姿を見られて「あんな一面もあるんだ……」と驚かれている最中である。

 

「お、もうすぐ着くっスね。おーいみんな! もうすぐ着くから出る準備しとけよー!」

 

「はーい!」

 

 本当に遠足の目的地に着いたかのような合図を送る伊吹に、相澤はため息を吐いた。ヒーロー基礎学の内容が災害救助なため相澤としては気持ちを引き締めてもらいたいところだが、今更注意するとかえって逆効果になりそうなため、相澤は黙ってバスを降りる。

 

 伊吹は生徒全員が降りたのを確認し、座席を見て忘れ物がないかチェックしてからバスを降りた。色々騒がしくはしているが、仕事はちゃんとするのが伊吹という男である。

 

 バスを降りた一向の目の前に広がっているのは、テーマパークのような演習場。水難事故、土砂災害、火事など、あらゆる状況を再現したもので、その名を。

 

ウソの(U)災害や(S)事故ルーム(J)。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です」

 

 USJ。それを作ったのは、今生徒たちに演習場の説明を行ったスペースヒーロー13号。宇宙服のようなものを身に纏った、災害救助で活躍するヒーローである。

 

 13号の登場に生徒たちのテンションが上がる中、相澤と伊吹は辺りを見渡しながら、ここにいるであろうはずの人物がいないことに気づく。

 今回のヒーロー基礎学はオールマイト、13号、相澤、そして伊吹の4人体制で行うはずであった。先日の雄英バリアー破壊の件でしばらくは警戒態勢を敷こうという方針になったためである。しかし、オールマイトがこの場にいない。

 

「13号さん。オールマイトはまだ来てないんっスか? 現場集合って聞いたんスけど……」

 

「それが通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで」

 

 オールマイトには活動制限があり、活動制限を迎えると筋骨隆々な姿ではなくガイコツのような見た目になってしまう。それを知っているのは教師陣のみであり、生徒たちに知られてはいけない。

 

「なので、今仮眠室で休んでいます」

 

「不合理の極みだなオイ」

 

 呆れた相澤の「仕方ない、始めるか」という言葉を合図に、13号が生徒たちへ説明を始めた。

 

 人を簡単に殺せる個性であっても、その個性は人を傷つけるためにあるのではなく、助けるためにある。そういった内容。13号の説明を聞きながら、伊吹はタバコを咥え火をつけた。

 

「おい」

 

「警戒態勢っスよね? 念の為っス」

 

 吸いたいからというのもあるが、伊吹は『警戒態勢』を整えるために紫煙兵を生み出す。とはいえ、吸いたいというのが8割、警戒態勢を整えるためというのが2割。それを察しているからか、相澤は呆れた目で伊吹を睨む。

 

「大目に見てくださいよ。現代は喫煙者の肩身が狭すぎるんスから」

 

「……まぁ、もしもの時のためだ。大目に見るよ」

 

「あざっス!」

 

 伊吹は『もしもの時』のために紫煙兵を10体生み出す。漂い始めたタバコのにおいに顔を顰めながら、相澤は13号の説明が終わったのを見て生徒たちを誘導しようとセントラル広場に目を向けた。その時。

 

 セントラル広場に、黒い渦が現れる。そこから現れたのは、手を顔につけた男。教師側が用意したサプライズなどではない。

 

「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ、って」

 

 それを見た伊吹は、相澤の指示が飛んでくる前に動き出していた。紫煙兵の1体に乗り、5体の紫煙兵を残してセントラル広場へ飛んでいく。そして、黒い渦から現れた敵の数人を紫煙兵が殴り飛ばした。

 

「天下の雄英に不法侵入ご苦労様クソ敵! テメェらはライヴホープがお相手するぜ!」

 

「……お前に用はない」

 

 平和の象徴はどこだ? と続けた手を顔につけた敵の言葉に、伊吹は敵の狙いを察した。

 

「平和の象徴……オールマイトが狙いか」

 

「みたいっスね」

 

 伊吹より少し遅れてセントラル広場へ降りてきた相澤に同意し、紫煙兵を次々に生み出していく。生み出された紫煙兵は敵を蹴散らしていき、たとえ紫煙兵が消されても無限に生み出していく。

 

「うざいな」

 

 顔に手を付けた敵……死柄木は、暴れ回る紫煙兵に苛立ち敵の数人に目で合図を送った。その敵は、水に関する個性を持つ敵。敵は今回の訓練の内容を調べており、訓練に参加する教師陣も調べている。13号、オールマイト、伊吹。この三人が元々参加する予定であった教師陣であり、その中でも伊吹の個性を鬱陶しく思った死柄木は、伊吹対策を用意した。

 

 伊吹の紫煙兵は水に弱い。『紫煙の街』は透明な屋根に覆われており、それは雨を防ぐため。水を一定量浴びればすぐに消えてしまう。更に、伊吹の持つタバコを濡れさせてしまえばタバコに火をつけることもできなくなり、伊吹は無個性同然となる。

 

 合図を受けた水の個性を持つ敵は、紫煙兵、そして伊吹に向けて個性を()()()()()()()()

 

「……あ?」

 

 が、個性が発動しない。その不思議に硬直した隙をついて、紫煙兵が水の個性を持つ敵を殴り飛ばす。

 

「見ただけで個性を消すイレイザーヘッド……ほんと嫌になる」

 

 個性が出なかった理由は、相澤が『見た』から。相澤は死柄木の目の動きを見て、その先にいる敵が紫煙兵と伊吹に何か仕掛けようとしていることに気づき、その敵の個性を『抹消』した。

 

 相澤、伊吹。この二人は、二人で行う戦闘に慣れている。それは、伊吹が相澤に道を正されてから相澤が雄英教師になるまでの期間ずっと、二人で敵退治をすることが多かったことからくる経験値。相澤は敵の動き、視線、細かな動作を見て伊吹に何かしようとする敵を優先的に『抹消』し、伊吹は相澤が『抹消』できない異形型を優先的に紫煙兵で蹴散らしていく。

 

「すごい……相澤先生と伊吹先生、信じられないくらい息が合ってる」

 

「分析している場合じゃない! 早く避難を!」

 

 その戦いぶりに思わず目を奪われた緑谷が飯田の注意を受けて避難を開始する。伊吹は聞こえてきたその声に笑いながら、紫煙兵から降りて自ら敵を蹴散らしていく。時には小さな紫煙兵を生み出して体勢を崩させて蹴り飛ばし、時には殴りかかってくる敵を無視して違う敵を対応し、殴りかかってきた敵を相澤が仕留め、時には相澤を襲おうとしている敵を殴り飛ばし。

 

 まるで、呼吸をするかの如く、当たり前にお互いに敵を蹴散らしていく。

 

「久しぶりっスね、相澤さん……や、イレイザー」

 

「浮かれてる場合か。集中しろライブホープ」

 

 呼ばれたヒーロー名に気分が高揚するのを感じながら、伊吹は紫煙兵を従えながら敵と交戦を続ける。そんな中、かなり早く紫煙兵が消えていくのを感じ、その原因に目を向けた。

 

(触れただけで紫煙兵を……? 手で触れたものを崩壊させる個性か)

 

 視線の先には紫煙兵に触り、それだけで消えていく紫煙兵の姿。紫煙兵に触れたのは死柄木。その近くにいる脳をむき出しにした黒い巨体の怪物も警戒しながらも、相澤に推測を伝える。

 

「あの手を顔につけてるやつ、多分手で触れただけで崩壊させる個性っス」

 

「あぁ、見てた。紫煙兵が触られただけで消えるなら、そういう個性だろうな」

 

 流石相澤さん、と心の中で褒めながら、個性の相性の悪さに冷や汗を流す。紫煙兵の強みは煙らしからぬ耐久性、硬度、純粋な強さ。戦闘時の紫煙兵はちょっとやそっとの攻撃では消えず、並の攻撃では一撃で消えない。それが、触れただけで消えてしまうというのは、紫煙兵の強みが一切なくなってしまうことを意味していた。

 

「あいつはイレイザーが個性消して、紫煙兵で仕留めましょう」

 

「それがいい」

 

 相澤は死柄木を見て個性を『抹消』すると、伊吹が紫煙兵に指示を飛ばして死柄木に向かわせた。二人から見て死柄木は主犯格であると睨んでおり、真っ先に倒すべき対象である。生身の人間では紫煙兵と渡り合うことはほぼ不可能。

 

「脳無」

 

 だが、死柄木も一人ではない。短く呟くと、隣にいた黒い怪物が腕の一振りで紫煙兵を蹴散らし、一瞬で伊吹との距離を詰めた。

 

「はやっ」

 

 目の前に来た、ということだけ理解して、次の瞬間には車にはねられたような衝撃が伊吹を襲った。

 

「ライヴホープ!」

 

 伊吹は相澤の声を聞いて、殴られたんだと理解した。痛む体を奮い立たせてほぼ反射的に横へ転がると、先ほどまで自分がいた位置を踏み抜く黒い怪物、脳無の姿があった。

 

「んだこのバケモン……」

 

「お互い様だろ」

 

 凶悪に笑う死柄木に、伊吹は嫌な汗を流しながら新しいタバコを咥えた。



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