[完結]FIAFormula1 WorldChampionship the new generation (九嶋輝)
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Round0ヤングドライバーテスト

今シーズン念願のワールドチャンピオンを獲得した俺こと九嶋 輝の新たなる挑戦の幕が上がる!!


今シーズンF2で、念願のワールドチャンピオンを獲得した俺は、アブダビのヤスマリーナサーキットで開催されているヤングドライバーテストにスクーデリア・アルファタウリ・ホンダレーシングからエントリーしてる。何故かと言われると、来季F1へのフル参戦をする準備をしてるからだ。そして一昨年と昨年型のマシンとの違いも理解する為である。でも1番助かったのが、フランツ・トスト監督から「ヘルメットは自分のを持って来て。」と言われている為、最終戦で使ったメット「ブロッサム・カローラ」と普段使っていて今シーズンは、最後まで星奈との死闘を繰り広げた、第11戦まで使っていた「ナスタチウム・カローラ」を持って行き、今回のテストに臨んだ。このテストで、かなり話題になったのが、なんと日本人ドライバー(一飛も日本のライセンスを持ってる為、日本人としてのエントリー)が4人もエントリーしてるという事だ。その内の2人目というのが今シーズン、ランキング3位になった佐藤晴南選手だ。そして3人目は、今シーズンランキング5位の宮藤星奈(きらな)選手がアルファロメオ(中身はザウバー)からエントリーしている。あと俺の後輩の晴南は、俺と同じスクーデリア・アルファタウリ・ホンダからのエントリーである。一通りのレクチャーを済ませたらセッション開始の表示が出されて、俺もイモラでのテスト(フル参戦用のSライ取得するのに必要だった。)以来、久しぶりのF1マシンに乗り込んで、深呼吸して無線で「engine startup!」と合図を送り、ホンダエンジンに火が灯った。メカさんの合図でタイヤウォーマーが外され、ピットロードへと誘導されてガレージから出て行き、走行待ちの列に並んだ。ピットロードシグナルがレッドからグリーンに変わり、各車両一斉にコースイン。俺もピットリミッターを解除すると同時に、シートに押さえつけられる位の、あの暴力的なパワーが身体に伝わってきた。まず1周は、自分の身体に、この感覚を馴染ませるために慣らし走行をして2周目から本気のアタックを開始した。でも後ろに宮藤選手がいると何故か闘争本能が刺激されてしまい、俺もパワーユニットを大切に扱いたいあまり、使うのを躊躇っていた「クオリファイ・ブーストモード」を起動させてしまいさっきよりも膨大なパワーが身体に伝わってきた。ホントにドッカンターボに近い感じのパワーが身体中を駆け巡り、俺のシナプスは極限の領域まで強制的に踏み込む羽目になり、アドレナリンが普段の2倍近い量がダバダバ出ていた。でも俺の目標は、来季F1に復帰するスペインのマルク・アロンソのタイムを更新する事だった。今回のこのテストには俺の「戦友」がかなりエントリーしており、ルノーワークスには、宮藤選手のチームメイト、李一飛(リー・イーフェイ)もエントリーしている。アイツ…俺が知らん間にルノー育成兼開発ドライバーになってたのは、驚きだよ。流石に今シーズン、俺を幾度となく撃墜しかけた狂犬野郎(アイロット)はエントリーしてないか。そんなアイロット、来季は、フェラーリの開発兼リザーブドライバー兼新生DTMレギュラードライバーとは、少し出世したもんだよ。それにしても宮藤選手走らせるなんて、流石ペーターさん!人を見る目があるよ!話を戻すと、後ろに宮藤選手が居るあまり、「クオリファイブーストモード」をステアリング上でダイヤルとボタンをいじって起動させてしまい、かなり本気で走ったら、なんとトップタイムのマルク選手のタイムを更新して、トップに躍り出た。実は走行前、メカニックの人達に「頼むからぶっ壊さないでくれよ!!」と、かなり口酸っぱく言われた為、かなり注意深く走っていたから、ガレージから見てるメカニックの人達は、俺のスーパーラップに度肝を抜かれた事だろうけど、ガレージに戻るのが怖くなってきた。そして晴南も俺よりコンマ3秒遅れの5位と大健闘している。宮藤選手は、俺よりコンマ1秒遅れの2番手と、F1に初めて乗ったドライバーとは思えないタイムを叩き出した。各車両一斉にガレージに戻り、そこから約1時間の休憩時間が設けられた。俺は、ガレージに戻るやいなや、無線でフランツ・トスト監督から「君は本当に一体何者なんだ?普通予選ブーストモードを起動させて走らせてもこんなタイム出ないのに。君の走りにはみんな驚きを隠しきれてないよ。彼は一体何者なんだよ!って。」と言われて俺もかなり大満足して、無線で「ありがとうフランツ。俺もそう言われて嬉しいよ。ただ一つだけ言うと、俺はガレージに戻ってる最中に心配したのが、俺のアクションが仇となってPUぶっ壊したんじゃないかって心配しながら、ピットロード走ってたよ。でも幸いPUには大したダメージも無いと聞いて一安心したよ。」と返した。マシンをガレージへと戻してマシンから降りると、やっぱりF2との「差がデカいが故」の「副作用」が襲いかかって来た。それは「首が痛い」という症状だ。まぁGがF2より半端ないから、そりゃ首も応えるはな。でもこの症状は、誰もが経験するからあまり言えないけど、首周りのトレーニングを怠ってはいけないというのが改めて実証されてしまった。休憩時間も終わり、再びマシンに乗り込み、2本目の走行開始となった。今度は決勝用のパワーユニットモードでの走行となった為、予選ブーストモードとは勝手が違う。でも、あのパワーは未だ健在である。マシンにも慣れてきて、もう完全にモノにしていた。そして2本目のタイムは、トップタイムには僅かに及ばなかったものの、3番手とかなり大収穫の1日となった。俺はガレージへと戻り、マシンから降りると、そこには晴南がいた。そして晴南は、開口一番、「何故先輩は、あそこまで速く走れるのですか?私に速く走るための秘訣を教えてください」という一言が出てきた。その質問に俺はこう答えた「速く走る秘訣ね、とにかく今自分が何をすべきかに集中する事とあとは何があっても常に前向きに考える事と笑顔を絶やさない事」とだけ答えた。すると晴南も「分かりました!!今度から試してみます!!」とすごい笑顔で返事をしてくれてこちらとしてもすごい嬉しい。そんな一幕もあったアブダビでのヤングドライバーテストは無事に閉幕した。



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Round0.1ヤングドライバーテスト inside of Hikaru&Senna

F2,F1の最終戦も終わりを告げ、迎えた、F1ヤングドライバーテスト俺と晴南はアルファタウリからエントリーした。今回はその裏側と契約までの道のり編。


F2の最終戦も終わり、念願の世界王者を獲得した俺は、バーレーンから一度、チームの本拠地兼自分の活動拠点でもある、イギリスに戻るのではなくて、そのままアブダビへと向かい、ヤスマリーナで行われる、F1ヤングドライバーテストへとエントリーしている。実はシート合わせ自体、既にシーズン中にイタリアファエンツァにあるファクトリーで済ませており、必要な物だけ持ってのアブダビ入りをした。ヤスマリーナへと到着すると、俺は一度アルファタウリの所へと行き、ヘルムート博士の所へと向かって、彼からのアドバイスとかを受け「何かあったら私に言ってくれ」と言われ、俺も「分かりました。今回はよろしくお願いします。」と言って部屋を出た後に、俺は自分の部屋に行き、新しくなったアルファタウリのレーシングスーツへと着替えた。俺自身、トロ・ロッソ時代以来のF1ドライブとなる訳だけど、レーシングスーツもガラリと変わっていた。黒、青、赤のトリコロールでは無く白と紺色に「HIKARU 38」という すごくシンプルなデザインでカッコよく仕上がっていた。俺はヘルメットを置くと、大体の事をそつ無くこなしてくれる俺のメンタルトレーナーでもあり、良き相棒でもあるハンが、すごく綺麗にサンバイザーに捨てバイザーを貼ってくれた(俺は、手先が非常に不器用)。そして何より悩んだのが、普段使ってるメット「ナスタチウム・カローラ」を使うか最終戦で使ったメット「ブロッサム・カローラMS1」を使うかですごい悩んでると、ハンが「最終戦のメットを使ったらどう?このチャンスも親友と一緒に掴み取ったんだから。その方がきっと親友も天国で喜んでくれるよ。」とアドバイスされ、俺も「そうしようかな。その方がきっとあいつも天国で喜んでくれるに違いないし。世界王者だってあいつと一緒に取ったようなものだから。」と最終戦仕様のメット「ブロッサム・カローラMS1」を使う事にした。というより、前持ってこうなることを見据えて、Araiに許可を得ていた。( ハンよ、俺が少しだけ部屋空けてる間に捨てバイザー貼ってくれたのはすごくありがたい!)俺は、必要な物を全部持って、ガレージへ向かうと、そこにはカルロやジュリオやルキノが「F2世界王者獲得おめでとう!!」と盛大に出迎えてくれた。俺も「ありがとう!!」とお礼を言った。俺はメットを置くと皆すごい気になってたらしくて写真を撮り始めた。するとルキノが「すごいメット。どこで使ってたの?」と聞くと俺は「あぁ、これ?先週の最終戦で使ってたヤツよ。」と言うと更に「デザインはどうやって決めたんだ?」と聞き俺は「答えは簡単だよ。実は、あのレースウィーク中に、ふとスマホであいつのメットの写真を探して、あいつの人生最後のレースとなった、スパのウィーク中に写真撮ってたんだ。そしてあの一件の後、このメットとかは、俺がご家族の了解のもと引き取って、3年後の最終戦で使うと決めていて、先週遂に3年間の封印を解いたんだ。」と答えるとルキノも納得していた。そしてある程度雑談を済ませたら、カルロが「今日やる事を今から言うよ。今日は先ず柔らかいタイヤで走って、その後硬いタイヤでデータ収集とか行う予定だから、そこんとこよろしくぅ!」と今日やる事を伝えてくれた。俺は準備を済ませて、マシンに乗り込み、カルロの「エンジンスタートアップ!!」という掛け声と同時に、ホンダRA620Hが始動した。ギアを1速に入れて、カルロの誘導の元コースイン。その際カルロは俺に無線で「お前、久しぶりだからと言って手加減するなよ。」と言われると俺は「元から手加減するなんて一言も言ってないし、するつもり無いから。」といい。最初はある意味、慣らし運転みたいなことをしていたが、それでもスロットルはフルスロットルになっていた。そしてタイムを記録すると周囲がザワついた。何故なら、一発目からこんなタイム出せないからだ。その時にカルロが無線で「お前、もしかして本当にフルパワーで走ってるのか?」と怪しんでいたが、俺は「いやせいぜい30%位しか力出てない。これからフルパワー出す。」と、明らかにベテランが言いそうな事を無線で言った次の周から有言実行。「今からフルパワーで行く。」と無線でカルロに伝えると「フルパワー出すは良いけど、絶対ぶっ壊して帰ってくんなよ!!」とだけ言われ、俺も「了解。」と返事をした。ハンドル上のダイヤルで、クオリファイブーストモードを起動させてアタック開始。後ろには星奈がいる。だけど彼女は、未だにこのモードの存在に気づいていない。何故なら各チーム、ダイヤル設定が違うからだ。俺は立て続けにタイムを更新。恐らく彼女も「何で?彼は何でいつも私の前に居るの?何で?」と思ったに違いない。それもそのはずだ。このコースは、過去に4度走っていて経験豊富だからな。しかもそのうち1回は、ここで王者獲得してるし。セッションが終わり、俺はガレージへと到着すると、カルロがビックリしていて「お前マジで何もんだよ?!あんな立て続けにタイムを更新する奴を俺は見た事ねぇよ!!やっぱお前はすげぇよ!!」と無線で高揚した口調で話すと、俺も驚きながら「1年ぶりとは言え、こんなタイム出ると思ってなかった!?けどPUが無事か1度確認してくれ。俺多分長い間クオリファイブーストモードで走ってたから、PUにダメージ及んでじゃねぇかって心配なんだよ。」という驚きと同時に、メンテナンスまで頼むとカルロも「喜んで!!マシンをバラして悪いとこ見つけて直す!!それが俺たちメカニックの仕事でもあるし、セッティングも俺たちメカニックの仕事だからな!!」と喜んで引き受けてくれた。マシンを降りて、ゆっくりしてるとアルファロメオの方から、何やら人が歩いて来ていた。アレっと思って見ると星奈だった。俺は「どうした?」と聞くと、彼女は「何でアンタはあそこまで速いの?何か絶対裏あるでしょ?教えなさいよ!!」と凄い気迫で迫られ、俺は泣く泣く教える事に。「クオリファイブーストモードを起動させて走ってただけ。」と遂に教えてしまった。すると彼女は「クオリファイブーストモード?何それ?」と聞き俺はこう説明した。「予選時にパワーをあげるモード。各チームダイヤル設定が違うから、どこにあるか分からないけど、次のセッション始まる前にメカニックにどこにあるのかを聞くことをオススメするよ。だけど先に言っとくよ。あまりの速さとGで首痛くなっても俺は知らんよ。」とだけ教えた。すると彼女も「じゃあ試してみるね。ありがとう。」と言いガレージへと直行して行った。あぁ言ってしまった。俺は、このモードの存在を教えた事をマジで後悔してる。だってどうなるか知ってるからだよ。次のセッションが始まると、まさに言葉通りだった。俺はこの時に、タイム等を見ていてカルロと色々やり取りしながら、彼女の走りを見守っていた。このセッションが終わると、彼女は俺の元へお礼を言いに来た。「ありがとう。初めてF1乗ってトップに立てたのは、アンタのおかげよ。」と言うと俺も「教えて良かったよ。俺もモニター越しに見守っていたけど、すごく走りも上達してたし、元世界王者を抑えてのトップ、いや、現世界王者を抑えてのトップなんだからすごいよ!!何よりすごく落ち着いて走っていたというのも上達してる証拠だよ。」と言うと彼女も「ここまで褒めてくれる人いなかったから嬉しい!!」とご満悦の様子。そして俺は「絶対F1に来い!!また一緒にバトルしたいから!!あの時みたいにな!」と言うと彼女も「アンタも絶対F1に来なさいよね!!一緒にバトルしたいから!!あの時みたいね!」と約束して2日間のヤングドライバーテストは終わり、俺は自分の部屋に戻って、片付けとかして綺麗な状態にして部屋を出た後、晴南の部屋に行き「お疲れ〜。どうだった?初めてのF1?楽しかったでしょ。また一緒に走れる日を楽しみにしてるよ。」と言うと晴南は「それより日本にはいつ着きますか?」と言い、俺は「そのまま日本には戻らないよ。何でかって?一回イギリスに戻って、引越しの手続きとか家に置いてあるものとか整理しないといけないし。何ならいっその事、一緒にアッテンボローからファエンツァに拠点移しちまうか?その方が良いと思う。」と言うと晴南も「そうします。その方が一人でやるよりは心強いですし。片付けとか直ぐに終わりそうですし。」と言い俺は「なら話は決まったな。1度イギリスに戻って引越しの手続きや大使館に連絡入れたり片付けとか色々やるか。」と言うと晴南は「分かりました!。今日は、子供の頃からの夢が叶った様で本当に楽しかったです!!ありがとうございました!!」と言うと俺も「今日は本当に楽しかったし、子供の頃からの夢も叶いそうな日になった!!こちらこそありがとう!じゃあな!!イギリスに着いたら連絡するよ!」と言うと晴南は「お疲れ様でした。またイギリスで。」と言い俺も「お疲れ〜イギリスでまた会おう。」と言い部屋から出ていった。そして俺の捨てバイザーを超綺麗に貼ってくれたり俺のメンタル面でのトレーニングとか色々してくれるハンと一緒に帰る前に俺は「ハン、ちょっと待っててくれ!俺、ヘルムート博士のとこ行ってくる!3分で終わるから!」と言いハンは「分かった。」と言った。そして俺はヘルムート博士の部屋に行きドアをノックし「ヘルムート博士、失礼します。」と言い部屋に入った。そしてヘルムート博士は先ず最初に「ヒカル君、今日のヤングドライバーテスト本当にお疲れ様。楽しかったでしょ。君が3年前に初めてF1に乗ってからずっと見てたけど3年間で走りもすごく綺麗な走りをしていて私も驚いたよ。来季のシートの事は心配しなくていいよ。こちらでどうにかするから。後はセナちゃんのシートもこちらでどうにかするから安心してくれたまえ。それと君は1度日本には戻るのかい?」と聞かれ俺は「日本には戻らず1度イギリスに戻って引越しの手続きや大使館に連絡入れたりしなきゃいけないんで日本に戻るのはこれらが片付いて落ち着いてからだと思います。」と言うとヘルムート博士は「引越しとは言えどこに引っ越すんだい?」と言い俺は「アルファタウリの本拠地ファエンツァに住もうと考えてます。」と言うと博士も「その方が良いかもね。ファクトリーもあるしね。」と納得していた。そして本当に3分で話を片付けて、ハンに「話を済ませてきた。シートの方はこちらでどうにかするから安心してくれだとさ。また俺のメンタル面とかのトレーニング頼んだよ。」と言うとハンも「それは良かった。また君と一緒に世界を回る事が出来て嬉しいよ。」と喜びながら一安心。そして後日、俺はアルファタウリの本拠地に呼ばれ「とある部屋」に招かれた。そこには1枚の紙とペンが置いてあり、俺はヘルムート博士に「これは一体何ですか?もしかして契約書とかですか?」と聞くとヘルムート博士は「その通りだよ。レギュラードライバーのね。あとオプションで2年延長も入ってるから安心してくれたまえ。さ、ここにサインを」と言われるがままサインを書くとヘルムート博士は「F1昇格おめでとう!!君は今日F1ドライバーと言う大きい夢を叶えたんだよ!!」と言われ俺は泣きながら「ありがとうございます!!」と握手を求めるとヘルムート博士も「こちらこそ。君という素晴らしいドライバーを見つけられて光栄だよ。」と言い握手を交わした。そして俺は先ず最初に家族では無く宮藤に「レギュラーシート獲得した!!」と連絡を入れると宮藤も「私もアルファロメオのレギュラーシート獲得した!!私もやっと世界最高峰の舞台に立てる!!」とすごく嬉しい様子だった。そして晴南にも「シートどうだった?」と連絡すると「先輩!私もレギュラーシート獲得出来ました!!アルファタウリの!!」と大喜びだった。そして俺は日本にいる家族にも連絡を入れると「おめでとう!!また世界で走れる姿が見れるのが楽しみだよ」と返事が来て嬉しかった。こうして俺はF1ドライバーと言う子供の頃からの夢を叶える事が出来た。そしてスポンサーもCASIOとオーディオテクニカが引き続きスポンサーとして着いてくれる事にもなった。そして、アニメ好きで知らない人は居ない「バンダイ」が更なるブランドイメージ向上の為に、俺と晴南のスポンサーに就任してくれた。



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Round0.5イモラテストラン&フィルミングデイ

前回のヤングドライバーテストからかなりの期間を経て迎えたイモラテストラン。今回は新型のマシンをドライブ。そしてニューマシンAT02のスペックはいかに!


前回はアブダビでヤングドライバーテストに参加してAT01の性格も理解出来たが、今回はプライベートテストという事でF1のレギュレーション上現行型マシンではなく2年落ちのマシン「STR14」での走行となる。俺にとってはすごい思い出のあるマシンでもある。このマシンはアルファタウリ(当時のトロ・ロッソ)がホンダPUにして2年目のマシンでもあり、レッドブルもホンダPUに切り替えた最初の年のマシンでもある。そして、俺が日本GPでF1グランプリウィークデビューをした思い出のあるマシンでもある。久しぶりにこのマシンとご対面した時はもうあの青色のカラーではなくて、アルファタウリのカラーリングになっていたが、それ以前に超久しぶりにこのマシンに乗るので、ステアリングの操作をすっかり忘れていてどれがどのボタンか分からなくなっていた為、もう一度メカさんからレクチャーを受けてた。でもステアリングを握った時にあの時の感覚が蘇った感じがした。俺は集中力を高めてマシンに乗る準備を済ませて、2年ぶりとなるSTR14のコックピットに乗り込んだ。でも俺の場合、ある意味レアなドライバーである。実は3年前に初めてF1をテストドライブした時は、トロ・ロッソが初めてホンダPUを搭載したSTR13をカタロニアでのルーキーテストで初めてドライブして、翌年の日本GP金曜フリー走行の2回目で初めてグランプリウィークデビューした時はSTR14に乗り、昨年はAT01と今のAT02の先代機全てに乗ったという相当レアなドライバーである。俺がエンジン始動の合図を送るとメカさんもエンジン始動の合図を送りホンダ「RA619H」に火が点った。コースコンディションはインターミディエイト。所謂半乾きという状態だ。俺はメカさんの合図のもとコースイン。ピットリミッターを解除して最初の2周をウォームアップに使い、3周目からアタックを開始。ペースを順調に上げていった時にコーナーの立ち上がりでリアが暴れて危うくスピンしそうになったが、俺はすぐにカウンターステアを当てスピンしないように制御した。はっきり言ってマジで怖かった。午前中の走行が終わりひとまずガレージで休憩を取っていて晴南と雑談してる時に晴南から「先輩よくあのコーナーでスピン制御出来ましたよね。私だったら負けてます。」と言っていたが俺は「はっきり言ってマジで怖かったよ。いきなり来たから。あれで寿命軽く縮んだよ。でもこれもF2で似た経験したからかなり役に立った。」と話すと晴南は「似た経験とは?」と聞き俺はあの時の事を話した。「実は最終戦のスプリントで晴南との差が詰まり始めてかなり焦ってて、その時にダウンフォースが抜けて、危うくスピンしそうになってすぐにカウンター当てて制御したんだ。でもあの時はとにかく晴南のタイヤを消耗させるのに必死だったね。」と当時の事を振り返った。すると晴南もかなり納得の表情だった。そして午後の走行も、とにかくテスト内容の消化をするだけだったが、走ってるうちにすごく楽しくなっていた。全ての内容を2人で消化してイモラテストランは幕を閉じたけど、カーナンバーも前回はチームの固定ナンバーである38を着けて走ってたが、今シーズンの俺のカーナンバーは71番に、晴南は81番に決定した。そしてこのテストと並行して、ニューマシンAT02のフィルミングデイも敢行した。AT02はAT01の正常進化版だと捉えてもいいだろう。フィルミングデイにも関わらず、俺も晴南も2人して全開走行したもんだから、皆から何か言われんじゃないかとヒヤヒヤしてたが、逆にこのマシンの性格も知る事が出来た。性格は8年前に乗ってたカーリンのマシンに限りなく近い性格で、あまり乗り手を選ばないオールマイティーな性格である。パワーユニットも昨年導入したかった要素をふんだんに取り入れたまさに「ホンダラストイヤー」に相応しい代物となってる。そして全開走行を終えガレージに戻ってデータを見せてもらうと、2人してかなり良いデータが取れてすごく満足するテストになった。




今回はイモラでのプライベートテスト。そして俺のカーナンバーが決定しましたが、現実世界のF1だと17は故ジュール・ビアンキ選手が着けていたのと、このナンバーは永久欠番になっている為、ひっくり返して使っています。


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Round 0.6 バーレーンテスト

前回はイモラでフィルミングデイを行いニューマシンの感覚もかなり良く大満足の結果となったが今回はニューマシンのポテンシャルをさらに引き出すためにバーレーンへと向かった。


イモラでのフィルミングデイから少し月日を経て、迎えたバーレーンでの全チーム合同テスト。今シーズン走るマシンが一堂に集うこのテスト。全チームドライバーラインナップも整い迎えたこのテストだけど、ウィリアムズは一日だけテストドライバーであるイスラエルのリナス・ニッサニーを起用することが発表された。アルファロメオは宮藤選手とマティアス・ライコネン選手。そして俺が所属してるスクーデリア・アルファタウリは、初日の午前は俺が走り、午後は晴南という感じになっており、次の日は初日の逆で最終日は初日と一緒という感じ。そんな感じでバーレーンでの合同テストが始まった。しかし、午前一発目からの走行となると、こっちもそれなりに緊張するもんである。何故ならこのテストの前に行ったブリーフィングでこんな一言がメカさんの口から飛び出たのである「一度お前さんのデータを午前中にとって、午後にそのデータをセナに使ってみたい」という一言で今日何やるかが決まった。そんな裏がある。俺も一通り準備を済ませてガレージへと向かい、セッション開始の時間となった。俺はマシンに乗り込み、メカさんの合図でタイヤウォーマーが外されPUに火が入った。俺はガレージからマシンを出しコースイン。超久々のF1ドライブに少々テンションが高いがそれもそのはず。しばらく乗ってなかったから感覚が消えていたが、また乗りたいという気持ちが前面に出ていたので乗ってない間、過酷ともいえるトレーニングを積み重ねていたのだ。しばらくして各チームがペースを上げ始めて、タイミングモニター上でもすごい盛り上がりを見せ始めたときに、俺がトップタイムを出すと皆触発されて、タイムを更新しようと試みたらしいが、ここで午前のセッションがタイムアップとなり、午前のセッションの全体ベストタイムは俺とルーキーらしからぬ走りで、周囲からかなり注目されることになった。午後は晴南がトップに立ちアルファタウリが昨年よりも格段に強くなったのことが分かった。でも俺は一つだけ気になるとこがあった。それはタイヤが変わると挙動が繊細になることであるが、これは次の日に解決するとしよう。迎えた二日目。俺は午後からの出走となるため午前中は晴南の走りを見届けるとしよう。午前のセッションで特筆すべきことは、晴南からかなりやばいオーラが出ていたことである。理由は簡単。三回も赤旗が出れば、そりゃ普段怒らない彼女も流石に怒りを抑えられず、ガレージに戻るや否や何かあってはまずいと俺がいつでも彼女を止める準備だけしていた。そして一度彼女がガレージに戻ってヘルメットを脱ぐと、彼女はよく人が本気でキレた時に現れる、超満面の笑みを浮かべていたが、実際のところかなりキレており、何をしでかすか分かったもんじゃないと警戒していた。とにかくかなりやばい感じがしたので、ここは俺が彼女を止めるしかないと得意技を披露することにした。その得意技というのは「アンガーコントロール」という、すぐにキレない為の超簡単な感情のコントロールである。やり方は超簡単。五秒かけてゆっくり息を吸い、また五秒かけてゆっくりと息を吐くそれだけで落ち着くことが可能なのである。これを俺は彼女に伝授させようと機会をうかがってたがまさかこんなタイミングでこの時が来るとは願ってもないチャンスだった。まず彼女に「晴南、一度五秒かけてゆっくり息を吸ってみてくれ」というと彼女はちゃんと五秒かけてゆっくり息を吸った。そして俺が「じゃぁまた五秒かけてゆっくり息を吐いてみて」というとちゃんと五秒かけてゆっくり息を吐いた。すると彼女は今まで通りに戻った。そして俺は彼女に「今やったのはアンガーコントロールという怒りを鎮めるのにうってつけの方法だから覚えとくといいさ」と伝えてる間に赤旗の影響で午前は終わった。午後は俺の出番。昨日できなかったことをこなしてこの日は終わった。続く最終日。最終日はすべての最終調整といった感じのメニュー。午前は俺が走ることになっていたのだが、急遽晴南が走ることに。実はこれに関してだけど今日の朝のチーム会議、いや、朝飯食ってる時に決まった。まず俺と晴南は大体ご飯食うとこが一緒であり、そこでいつも雑談したりしてるのだが、晴南が開口一番「今日の午前中は私に下さい!!」と言って、思わず俺も理由を聞いたところ昨日の赤旗で思うように物事が進まず、データ不足になったのとマシン特性をもっと深く知りたいためとのこと。俺は「分かった。」と答えて、朝のチーム会議の際に「午前は俺じゃなくて晴南にしてほしい。」と頼むと監督も理由を知ってか「いいよ」と返事をもらった。午前のセッションが始まると一番最初に晴南がコースイン。そしてトップタイムと昨日とは大違いの結果だった。ガレージに戻ってくるといかにもやりきった感全開で超すがすがしくマシンから降りた晴南と話をして俺の出番となった。俺はもう今日は二日間で得たデータを取り入れて走ることにした。午後のセッション開始の時間となり真っ先にコースイン。この日の全体での最多ラップと全体ベストを叩き出してバーレーンでの合同テストは幕を閉じた。



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Round 0.7 今シーズンのドライバーラインナップ

前回はバーレーンでのテストの様子をお届けしたけど今回は全チームの今シーズンのラインナップを紹介!!


前回はバーレーンでのテストの様子を紹介したけど今回は、全チームの今シーズンのドライバーラインナップを紹介するよ。まずは、昨シーズンの年間王者でもあるメルセデスGP。このチームは体制そのままに今季も王者防衛に挑む。ドライバーラインナップはライアン・ハミルトンとロバート・ボッタスと不動のラインナップで戦う。

 

続いて、昨シーズンいきなり覚醒して2度の表彰台を獲得したマクラーレン。今季は2014年以来7年振りにメルセデスPUを搭載して挑む。

 

ドライバーラインナップはミゲル・リカルドとF1界屈指のパリピ リチャード・ノリスというテンション高いコンビで今シーズン戦う。

 

そして昨シーズンは、無茶な走りやそれを起因とする同士討ちや自爆といった、ダークサイドぶりが目立ったフェラーリはエディー・ルクレールとマクラーレンから移籍したラファエル・サインツというラインナップで今シーズンを走るとの事。

 

昨シーズンは、あまりにもピーキー過ぎるマシン「RB16」に手を焼いたレッドブル・ホンダレーシングは、アレックス・フェルスタッペンとレーシングポイントから移籍したダニエル・ペレスというラインナップで今シーズンを走る。

 

そして我らが、トロピカル〜ジュ!プリキュア・スクーデリア・アルファタウリ・ホンダは、ファーストドライバーは、昨シーズンのF2世界王者であるこの俺、九嶋 輝と、昨シーズンF2にレギュラードライバーとしては初参戦ながら、ランキング3位に入った、佐藤晴南という日本人ドライバー男女2人というラインナップで今シーズンを突っ走る。

 

フェラーリのカスタマーチームの1つ目であるアルファロメオ(ザウバー)は、昨シーズンF2ランキング5位の宮藤星奈(きらな)と、いつも冷静沈着でアイスマンの異名を持つマティアス・ライコネンというルーキー&ベテランというラインナップで今シーズンを走る。

 

1960年以来61年振りにF1へとカムバックしたアストンマーチン(と言っても中身はレーシングポイント)は、メルセデスのカスタマーチームとしてF1に挑む。ドライバーラインナップはフェラーリから移籍してきた、ロベルト・ベッテルと「大富豪」の父を持つドミニク・ストロールというラインナップで今シーズンを戦う。

 

今シーズンルノーからアルピーヌへと名前を変えたアルピーヌF1は、今年3年振りに復帰する、2度のF1世界王者マルク・アロンソとミシェル・オコンというラインナップで今シーズンを走る。

 

フェラーリのカスタマーチームの2つ目である、ハースは今シーズン、ロシアで超メジャーな化学肥料企業「ウラルカリ」がスポンサーに就任しエントリーネームも「ウラルカリ・ハースF1チーム」として今シーズンを戦う。ドライバーラインナップは、このチームがF1に来てから初めてダブルルーキーラインナップとなる。まずはファーストドライバーはレースでもSNSでもかなり悪名高いセルゲイ・マゼピンがファーストドライバーだけど彼の場合国籍はロシアだけど「RAF」(ロシア自動車連盟)のドライバーとしてエントリーしているが、これには裏があって、それはかつて、ロシアがオリンピックとかで集団ドーピングをしていた事が公になり、WADA(世界アンチドーピング機構)が2021年から2年間は「ロシア人」としての国際競技への参加を認めないという処分が下された為であり、仮に彼が勝利してもロシア国旗を掲揚したり国歌を流す事も認めないという処分が下された為である。もし参加するのであれば「ロシアのスポーツにおける中立的立場に居る選手」という名義での参加となる。そしてモータースポーツも例外では無く、もし参加するのであれば「ロシア自動車連盟の選手」という名義での参加となる。ちなみにF2やF3とかはこれには何故か該当しておらず今まで通り「ロシア人」として活動できるとの事。そんな彼もストロール同様親は大富豪。そしてセカンドドライバーはあの伝説のドライバー、マイク・シューマッハの息子ミケーレ・シューマッハと言うラインナップで今シーズンを走るが、そもそもハース自体なんと「来季型マシンの開発にリソースを注ぐ」為、もう初っ端から今年のマシン開発を諦めている(おいおい、諦めんの早くないっすか?)という前代未聞の状況(俺も聞いた事ないし、多分皆、聞いた事ない。)でどこまで戦えるか非常に楽しみなチームでもある。

 

さぁF1でも老舗チームの1つでもある、ウィリアムズ・レーシングはメルセデスのカスタマーチームの2つ目であるが、ここ最近は低迷しており、いつも惜しいとこでポイントを逃したりとツキに恵まれてないチームでもあるが、昨年の途中で、家族経営から資本家経営へと運営形態を変えたけど、ウィリアムズの伝統でもあるマシンネーム「FW」(フランク・ウィリアムズの略)は続けるみたいで一安心。ドライバーラインナップは昨年と変わらず、ファーストドライバーは、昨シーズン新型コロナウィルスに感染したハミルトンの代役として1戦限りでワークスチームからエントリーして、悔しい初ポイントをゲットした、ジャスティン・ラッセルと、いつも惜しいとこでポイントを逃してるニック・ラティフィというラインナップで今シーズンを戦う。

 

今シーズンのF1にはイギリス、オランダ、フィンランド、メキシコ、モナコ公国、オーストラリア、スペイン、日本、カナダ、イタリア、フランス、ドイツ、ロシア(RAF)の計13ヶ国から選ばれた20名のドライバーとドイツ、オーストリア、イギリス、フランス、イタリア、スイス、アメリカの計10ヶ国のチーム、日独伊仏四ヶ国のメーカーがそれぞれのプライドをぶつけ合い年間王者をかけて激しい戦いを繰り広げる事間違い無し!!そしてホンダラストイヤーとなった今シーズンの走りも見逃せない!!そして最後に待ち受けるものとは一体何なのか…



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Round1 Sword Summit(バーレーン)

前回は今シーズン参戦するチームとドライバーを紹介したけど今回は遂に開幕戦!!


遂に開幕戦を迎えた、今シーズンのF1世界選手権。その開幕戦の舞台はバーレーンにあるサクヒールサーキット。そしてナイトレース。そしてここに集いし、全20名の選ばれしドライバーが、勝利を賭けた戦いが繰り広げられる。そしてこのコースの特徴はストレートでのDRSを用いたオーバーテイク合戦が見物。そして始まった木曜フリー走行FP1。ここでは1からセッティングを探るという仕事から始める。俺は、一通り準備を済ませてマシンに乗り込み落ち着いていた。そしてセッション開始の時間となり各車両一斉にガレージからピットレーンへと並んだ。そしてピットレーンシグナルが赤から青になり各車両続々とコースイン。俺もコースインしてまずはコースに慣れる事に専念した。そしてしばらく走りコースにも慣れた所でセッティングを探る為にレース本番のペースで走る事にした。前にはレッドブルのフェルスタッペンが居るが速くて追い付けない。これがF1という世界なんだというのを改めて実感した。フェルスタッペンはF1では史上最年少である17歳でレースに出走しているが初めてF1のグランプリウィークデビューはなんと16歳、しかも日本で!?これには流石のFIAもヤバイと感じたのかレギュレーションを改定して「F1にエントリーするには、18歳以上で、その国の普通自動車免許とスーパーライセンスを所有している事」という規則に改定されている為今後これが無くならない限り最年少ドライバーは出てこない。今までのF1では、だいたい1番若くて18~19歳でエントリーするというのが若手の定番だったが彼はこの「常識」を覆してしまったのだ。でも、その「若さ」故に荒い運転が目立ち、最初の頃は出走停止にならない様に気をつけてたとの事。話を戻すと、とにかく彼があまりにも速くて追い付けないということだけど俺もこんなとこで負けてなんていられない為最適なセッティングを探りつつ彼に追い付く様にしたがここでなんとハースのマゼピンが邪魔をした挙句バランス崩して俺の前で事故って赤旗中断。はっきり言ってこう言ったスポーツマンシップの欠片も無い行動はマジで辞めて欲しかった。俺は無線でブチ切れてFワードを連発してピー音だらけの無線を世界中に晒してしまった。まだこれだけでは足りずピットに戻るや否や俺はすぐさまハースのガレージへと直行し、開口一番「マゼピンの馬鹿野郎を呼べ!!」と怒鳴ると慌ててチームのメンバーがマゼピンを呼び俺の所に「何の用だい?」などと言ったすごいとぼけた感じで来た為俺の怒りはさらにヒートアップ。俺は「お前マジでいい加減にしろ!!F1に乗れたからなんて良い気になりやがって!F2の時からなんも変わってねぇじゃねぇか!!馬鹿野郎が!ちょっとは自分の行いを反省したらどうだ?お前次やったら予選が決勝で完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しろ!!」とかなりブチ切れた。そしたら、アルファタウリの皆も同情してくれて、メンバーの1人に「こういう日もあるさ。だけどいい事もある。」と声をかけてくれて少しだけど救われた気がした。そして赤旗解除となりセッション再開。だけどセッティングはある程度出来上がってる為俺は残りのピースを探す事に徹するだけ。そして走り込んでいると2番手。となるとフェルスタッペンのすぐ後ろということでメディアからすごい注目されることとなった。そしてセッティングも探り終えてこの日は終わった。そして金曜フリー走行はセッティングのバリ取りに徹しておりタイムなどどうだって良かった。だけど改めて実感出来たのは今シーズンで最後となるホンダパワーユニットの素性の良さである。踏めば踏むだけパワーは出るし低速域のトルクもあり、メルセデスに匹敵するくらいになっている上に信頼性等も今までと比べ物にならないくらい良くなってる。と言ってもレッドブルが手を加える様になってから見違える様に良くなった。これも3年前から搭載してる我々のおかげでもある。最初の頃はあのフランツでさえ「絶句」するくらいの酷さであった。それは恐らく当初掲げていた「サイズゼロ」とかいうまさに「狂気」の沙汰とも言えるコンセプトが原因だった。最初のうちは、どこまでこのPUを小さく出来るかというのが当初どのメーカーも競走していたのだがホンダは完全に出遅れているどころか2008年で撤退しており今のF1に疎過ぎたのが完全に仇となった。しかもこれだけではまだしもマクラーレンが何でもかんでもホンダの所為にして早く袂を分かちたかったのだろう、これに似た様な現象がレッドブルでも起きており両者共に供給元を変えたかったのだ。そしてホンダも、もし仮にマクラーレンと提携解除した際に供給するチームがどこも無かった場合最悪「撤退」というデカいリスクも孕んでいた。そんな「絶体絶命」のピンチを救ったのが俺が所属してるアルファタウリ(旧スクーデリアトロ・ロッソ)だ。そしてホンダパワーユニットが来ると前述の通りフランツは「おい…嘘…だろ…信じられん。これがマクラーレンがして来た事なのか?」と本当に絶句するくらいの酷さであったと同時にフランツは怒りに満ちていた。「今すぐ今シーズン用のマシンをホンダパワーユニットに対応させる為に改修しろ!何としてもマクラーレンだけは潰さねばならない!!いいか!?これは至上命令だ!!」とファクトリーにいる人達に通達して当初ルノーを搭載する事を前提にしていたマシンを大幅に改修してホンダパワーユニット搭載を前提に開発される様になったと同時にこのまま上手く行けばレッドブルも欲しがるとフランツは考えていた。そしてこのマシンはレッドブルにホンダパワーユニットの情報提供をすると同時にホンダパワーユニットの開発も並行して行われるようになった。そしてフランツは最初に見た時に「マクラーレンめ!ホンダのパワーユニットをこんな粗末な使い方をするとはいつかホントにバチが当たるぞ!」とこれまでに無い怒りをあらわにしていた。そして色々紆余曲折を経てレッドブルも「来年はホンダを搭載したい。あそこまで興味深いパワーユニットもそうそう無いのと勝てそうだから」というすごい理由でホンダパワーユニットを搭載したらまさにそのとおり、いや、マクラーレン時代のアレは一体何なのかというくらい目立ったトラブル(強いて言うならスペインでのテストでガスリーが2回事故ってパーツ枯渇させた事くらい)も見受けられなかった。そしてホンダの苦労は開幕戦ですごい割とあっさり報われた。なんと開幕戦でいきなりフェルスタッペンが表彰台を獲得。そしてホンダが本当に報われたのがオーストラリアGP。スタートこそ出遅れたもののそこから恐ろしいペースで挽回して遂にF1でも数ある名言の一つである「エンジンモード11ポジション5の使用を許可する!!全開で行け!!」という無線が炸裂した。この「エンジンモード11ポジション5」というのは耐久性度外視の超高出力モードの事。要は切り札である。ホンダとアルファタウリとレッドブルの関係の話はここまで。さて話を本題に戻すとしよう。そして迎えた予選。予選では俺がルーキーとは思えない走りを披露することとなった。まずはQ1。Q1ではなんとトップタイムで通過して各チームから驚かれた。そして俺の予選は惜しくもQ2で終わる事となった。それはラスト3分での出来事であった。俺はノックアウト方式で10番手にいた為このまま上手く行けば最終セッションに駒を進められると誰もが思ったのだがここでレッドブルとメルセデスのお二人さんが好タイムを出した為、俺は呆気なく予選Q2で姿を消す事となった。その時俺はステアリング上でどうなってんのか確認しておりタイマーがゼロになり俺もゴールを通過したが結局最終セッションにコンマ2秒くらい足りずここでノックアウト。俺は悔しさを堪えながらガレージへと戻った。一方晴南はと言うとやっぱり彼女もマゼピンに妨害されQ1で不本意なノックアウト。俺より彼女の方がよっぽど悔しいに違いない。俺はQ1終了後ガレージへと戻った彼女に「次は2人揃って最後まで生き残ろう。」と約束した。そして俺達は2人して最終セッションをモニターで見ていた。そこにはホンダ勢の最後の1台であるフェルスタッペンのマシンが映し出されており俺達はフェルスタッペンを応援していた。そして最終セッションが終わると思ったその時にフェルスタッペンが逆転ポールポジションを獲得して大喜び。もちろんレッドブルは俺たち以上に喜んでいた。そして迎えた決勝。決勝ではちょっとしたアクシデントが発生した。実はセーフティカーラップ中にペレスのマシンが突如ストップしてしまいこれによりもう一周セーフティカーラップになり1周減算されてのレースとなった。そして俺はグリッドにつきスタートの瞬間を今か今かと待っていた。そして無線で「今日が初めてのレースだから俺から一つだけいい事を教えておく。最初の1コーナーは堪えろ。無理に攻めるな。」とアドバイスをしてくれた後に「F1初レース!頑張れよ!グッドラック!!」と励ましてくれた。そしてシグナルが赤からブラックアウト。スタートは完璧に決まったが最初の1コーナーはアドバイス通り堪える事にした。これで順位が下がるのは致し方ない。そしてレッドブルでは爆速でペレスのマシンの修復が終わりピットスタートとなったがすごいペースで追い上げていく。俺はまず最初の1周は生き残った。後ろではハースのマゼピンが1人自爆してレースを終えている。俺はそこからペースを上げていき迎えたピットストップ。作業もかなり完璧に決まり順位をキープしたままコースイン。だけど9位との差はまだ縮まってないが徐々に縮まり始めていた。無線で監督が「9位のシューマッハとの差は2秒3」「1秒2」と教えてくれた為すごい助かった。そしてファイナルラップのゴール手前でシューマッハを捉えて9位でフィニッシュ。そして初めてのレースで初めてのポイント獲得と話題ずくめのフィニッシュとなった。俺は「今日はありがとう!君達のおかげで最高のレースになったよ!!」と言うと監督が「本当は最初から攻めさせたかった。すまない。」と謝ると俺は「そんな事気にしないで下さい。最初に堪えてなかったら完走してないんで」と笑いながら答えてマシンをパルクフェルメへと止めてマシンから降りた。そして無事に完走した晴南とも握手を交わすとシューマッハが「今日はいいレースが出来て良かった。ありがとう!」と感謝の意を俺に述べて握手を求めて来た。俺もそれに応えるように「俺もシューマッハといいレースが出来て良かった。ありがとう!」と握手して抱き合い互いの健闘を称えた。そしてザウバー勢はと言うと宮藤選手が俺の2つ前の7番手でフィニッシュしてこれまた初レースで初めてのポイント獲得となり話題になった。一方ライコネンは下位に沈んでノーポイントと言う結果に。そして優勝はメルセデスのハミルトン、2位がレッドブルホンダのフェルスタッペンとなった。そして第2戦の舞台はアイルトン・セナが眠りしイモラでのレース!ここでもホンダパワーが炸裂!!



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Round2 OUTSIDER RODEO(エミリア・ロマーニャ)

前回はデビュー戦でいきなりポイントを獲得して話題となった俺が向かった次なる舞台はアイルトン・セナが眠りしイモラサーキット。グランプリ名は「エミリアロマーニャGP」。昔はイタリアの隣の国である「サンマリノGP」として開催していたがファンにとっては忘れたくても忘れられない悲しい出来事が今から27年前に起きている。それは英雄アイルトン・セナの死とラッツェンさんことローランド・ラッツェンバーガーの死である。この2人の死がきっかけでF1は大きく舵を切った。超高速のスピードと安全性の確保というのに。そしてセナが散ったコーナー「タンブレロ」には彼の銅像が建てられておりフェンスにはブラジルの国旗や写真が飾られている。そして今もファンがここに来ては手を合わせたり花を手向けたりしている。そしてその事故の後翌年からF1は3度のエンジンのダウンサイジング化をして低速化を図ろうと考えていたらしいが逆に技術が進歩したおかげで低速化どころか小さい排気量でどれだけのパワーを稼げるかという「パワー戦争」へと発展して行った。1番過激だったのは2005年の時の排気量3リッターV型10気筒エンジン最終年度である。もうこの時点で自然吸気エンジンながらざっと1000ps近い馬力を20250回転という超高回転で叩き出していたと言われてる。もしこれを今の時代に参戦してるメーカーにやれと言えばこれ以上の物が出来ると思う。規則は2005年当時の規則に則ってやるとするとまず排気量は3リッターでエンジン形式はV型10気筒でバルブ数は4つとすると推定でも最高出力は1035psで最高回転数は22500回転という超高出力超高回転エンジンになると思う。まぁ今に至るまでのF1のよもやま話もここまでにして話を本題へと切り替えよう。イモラサーキットへと到着した俺達が最初に向かったのはセナが眠ってるタンブレロである。当時はコンクリートウォールだったが今はタイヤバリアへと改修されている。どのチームも彼を尊敬しており、ここに来るとタンブレロの方へと行って花を手向けるなり手を合わせるなりしている。特にホンダとセナは切っても切り離せない関係である。何故そういった関係なったかと言うとそれは1986年にセナがロータスに居る時である。その時はまだホンダではなくゴルディーニチューンのルノーエンジンであった。そしてあるレースの時のことである。当時は確かウィリアムズに供給しており当時絶大な速さを誇っており誰も手がつけられないくらい速かった。そしてその最強エンジンを搭載してるマシンにぶち抜かれたセナはこの1件以降ホンダエンジンを欲していたのだ。そして翌年はまさに凄い年だった。それは日本人初のF1レギュラードライバーでもありSRS-Fの元校長先生でもある中嶋 悟さんがフル参戦した年でもありこの時にロータスにはホンダエンジンが搭載されておりセナも念願叶ってホンダエンジンを使えると大喜びしてたとか。そしてセナも翌年に自身初の年間王者となり日本ではセナ人気とこれらがリンクして空前のF1ブームが起きてアイルトン・セナというのが日本でもすごい人気者となっていた。そして今でもせなのヘルメットカラーである「黄色と緑色」はどのドライバーも大好きなカラーであり誰もが着けたがっている憧れの色でもある。そして俺はこのラウンド限定でオリジナルカラーのヘルメットを被る事にしており、事前にアライの方へと「このラウンドでオリジナルメット被りたいので製作お願いします。」と頼んでおりファエンツァに居る時に届いたのである。そして箱を開けると一通の手紙が同梱されていた。中身を見るとこう書いてあった。「いつも弊社のヘルメットをご愛用して頂き誠にありがとうございます!!前回のデビュー戦は私達も見ていましたが素晴らしい走りに皆釘付けでした。今回は輝選手のご希望通り、偉大なるドライバー、アイルトン・セナのカラーで挑むというご一報を受けて製作致しました。今回も素晴らしい走りに期待しています!!頑張れ!輝選手!!株式会社アライより。」というお手紙だった。最初読んだ時は思わずうるっと来てしまった。こうして皆に支えられてると。そのオリジナルメットと言うのは自分がいつもつけてる「ナスタチウム・シューティングスター」にアイルトン・セナのヘルメットカラーである「黄色と緑」を纏わせ上には日の丸に自分の名前。横にはカッコ悪くならないようにナスタチウムを纏わせつつ自分の名前を入れている。何故花を採り入れてるかと言うとそれは俺自身花が好きであり特にナスタチウムは自分の誕生月である3月の花だからだ。ちなみに予定では今回と日本で限定のメットを被る予定である。そして予備として普段しているメットも持ち込んでいる。ちなみにだけどHANSデバイスにもナスタチウムと自分の名前を纏わせている。そしてマシンにも俺の機体だけ白い部分にナスタチウムを纏わせている。そしてトラックウォークを済ませてこの日は明日からやる事のミーティング等をした。コスト削減策として水曜フリー走行が無くなった為どのチームもこう言ったことをするとか。そして向かえた木曜フリー走行。今回はデータ収集に徹する事となりそうだ。しかし何でこのレースウィークに限って天候が良くないのか教えて欲しいくらいだ。そして路面がウェットの為ウェットタイヤを装着して走る事にした。セッション開始の時間となりメカさんの合図でコースイン。まずはタイヤに熱を入れる為数周走ってそこからデータ収集開始。この際俺はトラフィックに引っかかってしまい無線でブチ切れ散らかしていた。「お〜い!!ふざけんじゃねえよ!!!何なんだよクソッタレが!!このクソトラフィックが!!これじゃぁトラフィックパラダイスじゃねぇか!!野郎共マジで遅くて危ねぇよ!!arghhh!!」と開幕戦に続いてピー音多数Fワード多数の無線芸を披露してしまった。メカさんから「分かったから落ち着けって。冷静さを失ってるよ。それとお前怒りの沸点低いなぁ。」と言われてやっと落ち着きを取り戻した。俺も十分にデータ収集が出来た為「今からピットに戻るよ。すまねぇ取り乱しちまって。」と無線で伝えてピットへと戻りガレージへと戻った。これで土台は築けた為あとはこれを基にセッティングを作るだけである。そしてFP2も順調にこなして木曜を終えた。金曜日は更に手を加えて走りこの日のトップタイムを記録した。スピードトラップでもメルセデスにあと一歩と着実に進化している。そして向かった予選。予選では脅威のアタックで強豪チームを脅かした。まずQ1からは路面がドライと昨日から積み上げてきたものがお釈迦になったかと思ったが俺の場合事前にこういった事も想定してドライ用のセッティングも作っていたのだ。それが見事に嵌って絶大な速さを得たのだ。そしてセッション開始の時間となりコースイン。俺は思いっきりアクセルを全開にしてアタックしていた。その際に無線で監督から「くれぐれもトラックリミットには注意してくれ。これでタイム抹消は勿体ないからな。」と言われていた為トラックリミットを超えないようにしてアタックをする事にした。そして全セクター最速タイムをマークしてトップでQ1を通過。一方晴南も3位で初めてQ2へと駒を進めた。そして少しのインターバルを挟んでQ2が始まった。俺はマシンに乗り込みピットアウト。コースイン待ちの隊列へと並びピットレーンシグナルが赤から青へ変わり皆コースイン。でもよく見たら晴南の後ろに宮藤がいる。やばいぞ。そして俺もコースインをしてタイヤに熱を入れてアタック開始。そしてここでもこのラウンドから投入した新パーツが威力を発揮。そしてQ2でもトップで通過とかなり調子が良かったが嫌な予感もしていた。晴南も俺の次に通過。宮藤は4番手で通過した。彼女には宮藤を変に刺激するとろくな事ないから辞めとけとだけ伝えておいたからまぁ大丈夫だろうと信じてた。そして向かえた予選Q3。この中にはメルセデスもいる。レッドブルもいる。この中でどう戦うかが試されているのだ。そしてセッション開始の時間となりコースイン。そして予選終了30秒前で俺がトップに立つと実況も皆も大盛り上がり。晴南も4位と大健闘。肝心な宮藤はと言うと晴南の隣と言う非常に危険な位置である。そして向かえた決勝当日。ミーティングで俺は晴南に次のような指示をした。「スタートの際にシグナルが消えた瞬間にロケットスタートをしろ。そうすれば彼女との差が広がるはずだ。」と実はこのマシンには伝家の宝刀「ロケットスタートシステム」と言うのを搭載してる。このシステムはロケットスタートを行う為に作られたデバイスだけどかつてジョーダンがこれに似たシステムでアンチストールシステムを採用しており起動後10秒以内にオフにしないと安全上の理由でマシンが止まるという危険なシステムだったけどこのデバイスにはそんな害悪な機能は着いていない。スタートを完了したら勝手にこのシステムだけがシャットダウンするだけである。そのシステムを今回両者初めて使う事を朝のミーティングで決めていた。俺は逃げ切り専用で使い、晴南は対宮藤用のアイテムとして使う事に決定して相互間で紳士協定を結んだ。そして俺達はマシンに乗り込みコースイン。そしてグリッドに向かった。グリッドに着くと2人にメカさんから無線で「RSシステム、セットアップ。」と伝えられ俺達はロケットスタートシステムを起動させ「RSシステムアクティベート。システムオールグリーン。」と無線で伝えるとメカさんも「copy」と答えた。ちなみにこのシステムはセーフティカーラップ中は作動しないようになっている。何故ならこれが誤作動起こして暴発すると危険走行としてペナルティーを喰らうからだ。そしてセーフティカーラップを終えてグリッドに着き、再び「RSシステムアクティベート。システムオールグリーン。」と伝えメカさんから「copy」と伝えられるともう臨戦態勢となった。そしてシグナルがレッドからブラックアウトした時に2人して「今だ!」とクラッチパドルを放してクラッチを繋いだ。そしてこのシステムが更にアシストしてくれて俺たち2人は最高のスタートを披露した。そして俺は逃げ切る為に使った為相手との差をグングン広げることに成功し、晴南も宮藤から逃げて、何と2台をスタートでぶち抜くという技を披露した。流石にFIAもF1のトップも俺達がこんなデバイス搭載してるとは考えてもいなかっただろう。一応名目上は「前後のブレーキバランス調整ダイヤル」という名目だけど本当はこのデバイスのダイヤルである。実はこれには裏があって俺は晴南に「レース中もし宮藤に絡まれたら迷わず俺を前に出せ。俺がアイツを対処してる間にお前はとにかく逃げろ。流石にアイツはお前では非常に対処しにくい奴だから。やばいと思ったら俺を抜いても構わない!!とにかく逃げろ!!」と伝えており本人も「分かりました!」と言い頷いた。そしてその瞬間が来た俺もあのシステムを利用して逃げていたがタイヤがそろそろ限界の為ピットインをした。その際監督に「晴南にとにかく逃げろ!!俺を抜いても構わないからとにかく逃げろ。と伝えて欲しい。」と伝えてピットアウト。順位は予定通り晴南の後ろ。その後ろには宮藤もいる。こんなチャンスは願ってもなかった。そして遂にレース前に2人して考えた作戦を決行。ちょうどこのタイミングで晴南に監督が無線で「ヒカルを抜け。そしてとにかく逃げろ。タイヤなんてどうだっていいからとにかく逃げろ。最低でも3.5秒差を広げてくれ。」と言うと本人も「了解しました。今から作戦開始します。」と言い作戦開始。さぁ俺は昨年のF2の第11戦以来のバトルを楽しまねば。俺の作戦ではこうだ。最初はわざと隙を作り宮藤を先行させる。そしてそこから俺が抜いて晴南に追いついてもとの順位に戻るという作戦だ。そして俺はわざと隙を作った。そして彼女を先行させて、さぁ俺も作戦開始。俺は彼女がDRSゾーンに入った瞬間にDRSを作動させた。「DRSの作動条件はDRSゾーンで相手との差が1秒以内である事。」と言うのを満たしておりDRSを起動。そしてスリップストリームに入ってブレーキングで俺はレイトブレーキを炸裂させて彼女をぶち抜いた。そしてこれを見た観客やファンから大歓声が上がり実況も大盛り上がり。そして俺は彼女との差を広げて晴南に追いつき順位を譲ってもらった。俺はこの時監督に「晴南にお疲れ様と伝えて欲しい。後は俺がレースを引っ張るだけだから。あと晴南にはそろそろピットインの頃だ。」と伝えた。そしてレースは完全に俺のペースで進んでいった。そしてファイナルラップ。俺はもう後はミスせずにゴールするだけだった。そしてそのまま俺がポールトゥウィンを飾った。そしてF1で初優勝初表彰台を獲得。一方の晴南も2位とこれまた初表彰台を獲得。宮藤も3位と日本人ドライバーの1,2,3フィニッシュを飾り表彰台に3つの日の丸を掲げる事が出来た。そして宮藤は俺に「久しぶりにいい勝負出来た。ありがとう!!今度は私がやり返すから覚えてなさい!!」とF2時代から威勢のよさを見せつけた。俺も「今度も負けねぇからかかって来な!!」とあの時以来のバチバチを披露してファンを湧かせた。そして晴南はゴール後俺と抱き合い「やったぁぁぁ!!」と嬉し涙を浮かべていた。そして俺に「今日のレースは本当にありがとうございました!!私あの作戦無かったら今頃こんなとこいませんよ。すごく良い経験出来て嬉しいです!!」と言うと俺も「トップを走ってる間は気持ちのいいものだったろ。誰にも邪魔されずに自分のペースで走れるから。だけど俺も今日のレースはすごく楽しいものだったよ。こちらこそありがとう!!」と言い表彰台に向かい国歌を聴きそこからシャンパンファイトをするとF2の再来である。宮藤が俺に「あの時はよくもやってくれたわね!!」と言わんばかりに俺に集中砲火してきた。俺も負けじと彼女に思いっきりシャンパンを浴びせてやった。そして晴南はというと俺の背中にシャンパンを流し込まれ俺は「冷てぇよ!!」と仕返しをした。そして全てが終わると俺達はピット前で記念撮影を行いエミリア・ロマーニャGPは幕を閉じた。



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Round3 Embrace of light(ポルトガル)

前回は2人の作戦が功を奏してワンツーフィニッシュをした俺たちが向かったのはポルトガル。そこで待ち受けていた運命とは…


前回は2人の作戦が功を奏してワンツーフィニッシュを成し遂げて迎えた第3戦。舞台はポルトガルのアルガルヴェサーキット。このサーキットはよくトヨタがWECで走らせているハイパーカー「GRX010 HYBRID RACER」の耐久テストを行ったり耐久レースを行ったりWECのプロローグ(公式テスト)を行う場所としても有名だ。以前にもポルトガルGPはあったもののサーキットはここアルガルヴェではなくエストリルだった。そしてこのサーキットの特徴は、地上の起上に沿って波のようにアップダウンを繰り返すレイアウトが多く「ハイスピード・ローラーコースター」と呼ばれており先が見えないブラインドコーナーが多く加減速の調整が難しいコースである。実は俺自身、過去の経験上こういうコースが大の苦手である。(てか、こんな事抜かしといてよくマカオF3制覇できたと思うよ。あのコースも見通しが悪いし。)でもあっちに比べたらアルガルヴェの方がマシに見えてきた。何故ならギアサーキットは壁直行だけどアルガルヴェはまだグラベルという救いの手がある。しかもストレートの全長は0.969km。メートル換算すると969mの短いストレートがメインとバックにあり、しかもバックストレートエンドの5コーナー手前は急な下り坂になっていてブレーキングの勝負所となる。そして11コーナーがこのコースのてっぺんでそこから次の12コーナーまでの一気に下りそしてまた上がりそして14,最終15コーナーは下りながら右に旋回し続ける為タイヤにもの凄い負荷がかかる。まさに言葉通り「ハイスピード・ローラーコースター」である。これがMotoGPになると最軽量クラスのMoto3はジャンプするレベルと言われてるコースでもある。そして何より恐れているのがタイヤがこの負荷に耐えきれなくてバーストしてしまうというリスクだ。過去にミシュランがアメリカGPでコースの負荷に耐えきれずにバーストしてしまいその結果ゴタゴタが起きてミシュラン勢は皆スタート前の1周を走ってレースをボイコット。結果ブリジストン勢6台という文字通り前代未聞のレースとなった。ボイコットしたミシュラン勢の中には一ノ瀬琢磨選手もおり非常に残念な結果となった。でも今の技術が例え発展していてもこういったことはかならず付きまとってる。でもピレリも公式プレスリリースではタイヤには「問題無い」から「安心してレースをして欲しい」と言ってるみたいだけどこれに関しては実際に乗って確かめないと分からない。百聞は一見にしかずである。そしてトラックウォークの時に歩いてみて分かったのは結構下り坂がすごいと言うのとブレーキのタイミングをミスったらおしまいということ。そして迎えた木曜フリー走行。いざマシンに乗ってコースイン。そして走ってる時だった。ステアリング上に「Caution !!Engine Faile Alert!! safety Mode Activate.」と表示され何故かセーフティーモードに強制移行してしまいその後スローダウンしてマシンがストップしてしまい身動きが取れなくなってしまった。いくらアクセルを踏んでも加速しない。これは可笑しいと無線で「エンジントラブル警告と言う表示がステアリング上に出て何故か知らんけどセーフティーモードに強制移行してマシンがうんともすんとも言わなくなった。これからレッカーで俺も一緒にドナドナされて帰るよ。」と言うとカルロも「分かった。とりあえず気をつけて帰ってこいよ。」と言った。そしてマシンと俺もガレージへと戻ると監督から「何があった?いきなりスローダウンからのストップって?」と聞かれ俺も「何故かそれが原因不明で何の前触れ無くステアリング上にエンジントラブルの警告出てセーフティーモードに強制移行してしまい身動きが取れなくなったっていう感じですね。本当に何の前触れ無く来ました。異常な振動も無ければ異音も無かった。」と理由を話すと監督も「分かった。多分この調子で行くと仮にその場しのぎで修復してもまた二の舞になるかもしれない。それを考えたら走らない方が得策なのかもしれない。これが単なるソフトウェアのエラーかバグかもしれないし、はたまた別の要因かもしれない。」と言うと俺も「その方が良いのかも。変に走って止まるよりマシですから。」と今日は多分この日で解決する様な事態では無い為このままマシンを降りてこの日は終わった。が…まさかこのトラブルが発端となって悪夢の連鎖になるとはこの時まだ誰も考えていないどころか知る由もなかった。そして金曜フリー走行では思わぬところがトラブルを起こしていた。それは走行中であった。よしこれからアタックするぞと意気揚々と走っていたのだったがステアリングを旋回したら何故か普段より妙に重くて扱いずらかった。まさかとは思ったけどここに来て今度はパワステがおかしくなった。もうツキに見放され過ぎにも程がある。とりあえずアタックをこの重ステで敢行して好タイムを出した所で1度ガレージに戻った。俺も重ステと久しぶりに格闘したためかなり疲れた。そして俺はカルロに「今度はパワステがイカれやがった。」と言うとカルロは「任せとけ!!すぐに直してやる!!」とかなり自信満々だった。でもこんなトラブル続きなレースウィークもそうそう経験した事ない。強いて言うならばGP3に初参戦した2010年から数えてもマノーにいた翌年とイェンツァーに居たその次の年位かもしれない。あの時は、まぁトラブルとチーム内の混乱に泣かされてたな。そして俺はイライラが溜まりに溜まって「こんなチームいられるかよ!!」ってキレてマノーやイェンツァーを離脱してカーリンに移籍したらトラブルという言葉知らずなマシンでシリーズを圧巻して王者に輝いたなんて言うのもいい思い出の1つだ。まぁここまで良いこと尽くめでトントン拍子で進んでいたからたまにはこういう経験も有りかもしれない。そして万全を期して臨んだ予選。予選では前回に引き続き最終セッションまで生き残った。が、その最終セッションでまたパワステがおかしくなって重ステでアタックをするしか手が無いため俺は意地と気合とアドレナリンを頼りにアタックを敢行した。そしてその結果重ステでのポールポジションとなったがパワステが壊れてなかったらもっと早く走れたと思う。そして予選後俺達は晴南にも下手したら同じ事が起きかねないのでパワーユニットとトランスミッションを除く全部品を総交換するという決断を下した。そしてこの作業はすぐに始まりレギュレーションで定められてる時間ギリギリまで行われた。そしてその結果マシンは元通りになり改めて全システムを起動させ異常が無いか確認する作業は流石に少しでもメカさん達の負担を減らそうと俺達2人も加担した。各々のマシンに乗り込み、キルスイッチを除く全システムを1つずつ起動させてステアリング上にもエラー表示等がないかも全て確認し終えたのが実は決勝当日の朝!?実はこれには訳があってたまたま昨日はレギュレーションに抵触するという観点から作業を出来る所までやり後は明日やろうと決めていたが皆が頑張る姿をたまたま通りすがりに見かけたFIAの人が「こりゃ一体何があった?」と言うとカルロが行こうとしたがカルロに「俺から訳話すからカルロは作業続けてて。」と俺から「実は俺のマシンはこの3日間トラブルに見舞われ続けており、予選でも気付いた人は気付いてますが実はパワステが壊れており重ステでアタックを敢行していました。そしてこのままだと僚友のマシンにも同じ症状が出ると言う考えに至ったのでPUとミッションを除く全コーポネントを交換するという決断を下しました。」と話すとFIAのお偉いさんも「それは大変だ!本当は良くないけどレギュレーションで定められてる時間ギリギリまで作業していいよ。そして次の作業は明日の決勝の開始30分前までやる事を許可する!!」と言ってくれると俺と晴南も「ありがとうございます!!」と口を揃えてお礼をすると「君とそのチームメイトが泣くのは見てて嫌だからね。少しでも笑っていて欲しいと言う私の良心だよ。」と言ってくれて許可してくれたという経緯がある。そして本当に全システムチェックが終わったのが決勝開始30分前ピッタリ。実はこれにも裏があって俺達だけではどうにもならない事態に陥りこれを知ったメカさん達が総出で本当に30分で直ったという経緯がある。本当にチームのメカさんには感謝してもしきれない!そして決勝開始の時となり俺達はもう一度システムに異常が無い事を確認してコースイン。そしてグリッドに着きフォーメーションラップが始まった。そしてグリッドに戻り前回から導入したロケットスタートシステムを起動させスタートに備えていた。そしてシグナルがブラックアウト。俺達はロケットスタートシステムをフル作動させて完璧なロケットスタートを決めた。そして決勝は中盤戦に突入。俺は前回同様晴南を先行させ絶対王者ハミルトンを俺が塞ぐという格好になったがそろそろ晴南にも勝たせてやりたいという思いから無線で「そのまま晴南を前に行かせてくれ!!」と伝えて俺は最後までハミルトンをブロックしていた。そしてチェッカーフラッグが振られトップは初優勝の晴南、2番手はトラブルを皆んなで乗りきった俺、3番手には絶対王者ハミルトンという結果となった。初めて優勝というでかい物を手にした晴南は嬉し泣きしていた。そして俺とハミルトンは互いの健闘を称え合うどころか俺は初めて絶対王者ハミルトンと握手を交わすという滅多にない経験が出来た上に彼にかけて貰った一言で泣いてしまった。彼は俺にこう言ってくれた「今日は君だけではなく皆にとっても最高のレースになったんじゃないかな?特にドライバーのみならずメカニックの皆にとっても最高のレースになったんじゃないかな?特に君とは最後の最後までバトル出来てすごく楽しかったし、僕の猛攻を果敢に防いでた。ここまですごいドライバーは他に居ないんじゃないかな?特に1番助かったのはどんなに熱くなっててもマシン1台分のスペースを確保してくれていた所かな。君はこれから先最高にして最強のドライバーになると思うよ。そして今日こうして君と一緒にポディウムに立てることが出来て僕は本当に光栄だと思ってる。さ、ポディウムへと行こう!!君のチームメイトが待ちくたびれる前に!!」と言うと俺は泣きながら「うん!!行こう!!ハミルトン!! 」と一緒にポディウムへと向かい3人揃って思いっきシャンパンをぶちまけた。



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Round4 OVER LOAD(スペイン)

前回はトラブルに振り回され個人的に納得行かない終わり方をしたが心機一転。


前回はトラブルに振り回され思う様に行かなかったが、気持ちを入れ替えて向かったのはスペインカタロニアサーキット。このコースはF3(旧GP3),F2で散々走ってるので馴染み深いコースの1つでもある。そして前回ラウンドで何故かいきなりセーフティーモードに入ってしまった俺のマシンにはその対策として新たにECUを交換して挑む事になった。ここまでしないとまた再発するというリスクがあるからだ。そしてこの日はガレージにてメカさんと晴南と皆してマシンにエラーが無いかを確かめたりする作業をしていた。実は俺達のマシンにはこのラウンドから新たに「パワーステアリングアジャスター」というパワステの効きを調節できるダイヤルを追加している。実はこれ、自分好みのハンドルの重さに調整出来るという超優れモノ。段階は0〜5まであって最高レベルの5はもうそこら辺の市販車と変色ないレベルだけど実際そんなレベルになると逆に怖くて使えたものでは無い。もし使うとしてもレース中に腕が限界に達した時くらいだと思う。ちなみに0は完全な重ステで1が少し軽くなった程度で2が扱いやすくなってる程度で3~5はもう完全に楽して走りたい時に使うレベルである。ちなみに俺は普通よりも少しだけ重いのが好みの為晴南のマシンとは別に0.5刻みになっている。ちなみにアジャストレベル2.5で俺好みの重さになる。そして迎えた木曜フリー走行。この日はこのダイヤルのテストも兼ねて走る事になっており俺は遊び半分で最大レベル5までダイヤルを回して走ってみる事にした。そしてカルロの「GO!!」という掛け声と共にコースイン。そして最初のカーブを曲がった時に思った以上にステアリングが動いた為かなり焦った。流石に怖くなって2.5までダイヤルを回して走ってみるとやっとまともに操作出来るくらいまで落ち着いた。俺は無線で「レベル5は禁断の果実だよ。このレベルは常用してはいけない。」と言うとカルロもかなり納得していた。そしてこの日はこのダイヤルの威力も試せた為タイムはそんなに気にしてなかった。迎えた金曜フリー走行。この日から決勝用のセットアップを探る事にした。このコースはミディアムダウンフォースという極めて稀なセッティングが必要な為このセッティングを試す事にした。そしてタイムもトップタイムを叩き出し、かなり良いデータが得れた為かなり有意義な日になった。そして迎えた予選。予選では遂にパワステのアジャストシステムが本領発揮。そしてQ1をトップタイムで通過した。晴南もそれに続く形となった。そしてQ2ではなんとシューマッハがトップタイムで通過して俺はコンマ1秒遅れでの通過、そして晴南も俺の次にそして宮藤も続く形となった。一方メルセデスの御二人とレッドブルの御二人もQ2を突破してホンダ勢全員が予選最終セッションへと駒を進める事が出来た。そして迎えた予選最終セッション。ここで遂に王者VSルーキーの直接対決が実現した。そしてセッション開始の時間となりコースイン。まず俺がタイムを出すとそれを塗り替えるように王者ハミルトンがタイムを出す。そしてこの時から予選ではなくなり皆してコースレコード更新合戦が始まった。まず俺がハミルトンのタイムを上回りコースレコードを更新した直後に今度は宮藤が更新、そしてすぐに晴南が更新と誰がポールになっても可笑しくない状況になっていた。そして予選終了間際に俺が6番手から大逆転ポールポジションを獲得。俺は無線で「Yes Boys Come on!!!Yes!!Foooo!!!」と喜びを爆発させた。そして2位には宮藤とこれまたF2の時の名バトルを繰り広げた2人が並び、その次に晴南、ボッタスと続いた。そして迎えた決勝。俺はもうあのシステムをガレージ内にて設定していた。そしてフォーメーションラップを終えてグリッドに着きスタートの瞬間を待っていた。そしてシグナルがオールレッドからブラックアウト。スタートはあのシステムが働いたおかげでロケットスタートを決め宮藤との差を拡げる事が出来た。そして晴南もボッタスから逃げる事に成功して宮藤との差を縮める事が出来た。そしてレースも中盤に差し掛かりピットイン。タイヤはスーパーハードタイヤと後半も苦しまない様にしてピットアウト。順位は宮藤の後ろだけど攻略法を知ってる為すぐに前に出て彼女のタイヤを使い切らせる作戦にした。そしてレースも最終ラップへと突入。俺は感覚を極限まで研ぎ澄ませており彼女のラインが予測出来るレベルだった。そして迎えたチェッカーフラッグ。結果は俺の完全勝利そして2位に宮藤、3位に晴南と第2戦以来の日本人ワンツースリーフィニッシュとなった。



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Round5 Blood on Fire(モナコ)

前回は、俺の快勝で幕を閉じたスペインGP。今回の舞台はモナコモンテカルロ。このコースはF2で走った事あるから馴染み深いけどこのコースの特徴は超低速域サーキットでセッティングも「モナコスペシャル」という特殊なセッティングを要求されるコースでもある。トップスピードは出せても320Km/h行くかどうかである。そしてマカオ同様1コーナーで必ずといっていいほど大混乱が生じる。だけどトラックリミットが取られるのはターン10のみと比較的トラックリミットは緩いコースでもある。後は「ラスカス」というホームストレートへと向かうコーナーで刺さると最悪な事態を引き起こしてしまう為、要注意である。俺も約2年ぶりにモナコに来た訳だがF2の時と違って誇り高き気品あるコースに見えていた。そして迎えた木曜フリー走行。まぁ、荒れたね。まずはコースインして久しぶりのモナコを堪能しながら感覚を掴んでる最中に「ん?赤旗?まさかとは思うけどアイツやらかしたか?どっかで?」と赤旗で一時中断となり無線で「おい?誰があの壁の餌食になった?まさか晴南じゃないよね?。」と聞くと監督から「壁の餌食になったのはセナじゃない。宮藤だ。」と無線が飛ぶと俺は「まさか初っ端から神様が試練を与えるとはね。神様も容赦ないな。」と言うと監督も苦笑いしていた。確かにあの壁はデンジャーゾーンでもある。参戦歴が10年を越してるドライバーでさえあの壁の餌食になる。とりあえず俺はピットに戻る前に事故現場へと向かいマシンのギアを1速にしたまま停めて彼女に「大丈夫か?怪我とか無いか?」と安否確認すると彼女は「心配してくれてありがとう。怪我とか無いから大丈夫よ。」と言い一安心。俺はマシンに乗り込みシートベルトを締めてピットへと戻った。そして中断解除のアナウンスが流れセッション再開となった。結果は全体通して7番手と悪くない結果だった。そして金曜フリー走行は少しだけアプローチを変えてみた。それは晴南がまだこのコースに慣れてない為上手いことタイムが出せてないというのを聞いて俺のセッティングを使わせてみる事にした。そしたら15番手から2番手へと大躍進を果たした。俺も昨日から2つ順位を上げて5番手に着けてモナコマイスターになる準備は万端。そして迎えた予選。予選ではまさかの事態が起きた。それはQ3終了の際に赤旗が掲示され俺のポールポジションは幻と化したという事だ。それはトンネルを通過した際に起きた。ステアリングのディスプレイを見ると「RED FLAG SESSION STOPPED」という表示が出て来て俺は無線芸を披露してしまった。「what the F××k!!NoNoNoNo!!!arghhh!!Holy s××t!! Holy s××t!! Holy s××t!!F××ing God!!」と放送禁止用語のオンパレード。だけど予選2位は今までモナコに挑んだ日本人ドライバー予選最高位を更新するという快挙でもあった。けど俺はこんなの全然嬉しくなかった。インタビューでも「まだまだ行けそうだった。予選最高位を更新したとはいえなんかスッキリしない。」と言うくらいであった。そして迎えた決勝。世界三大レースの頂点を決める戦いが始まる。シグナルがオールブラック。スタートから俺は上手く決まりトップを奪取。でもスタート前にどうやらフェラーリのルクレールがドライブシャフト折損により棄権している。そしてピット作業も完璧に決まりホンダにとっては1992年以来29年振りそして日本人ドライバー初のモナコGP制覇という偉業を成し遂げた。そしてこの瞬間に日本人ドライバーが世界三大レースを全て制覇するという歴史も生まれた。2位にはフェラーリのサインツ、3位にはマクラーレンのノリスと若手が表彰台を独占する結果となった。晴南はあともう少しの4位。宮藤はその後ろの5位と一瞬何があったと思ったがゴール手前で晴南が宮藤をぶち抜いて4位でフィニッシュしたと聞いて俺もその映像を見たがホントにゴール手前で抜いてそのままフィニッシュしたのを見た時には思わず拍手を送った。



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Round6 百花繚乱花吹雪(アゼルバイジャン)

前回は日本人として初のモナコGPを制覇して迎えたアゼルバイジャンGP。舞台はバクー市街地コース。そして俺は2年ぶりにこの地へと足を運んだ。本当なら昨年もここでF1,F2をやってるはずだったのだがコロナのおかげで中止に。そしてF1では初のアゼルバイジャンである。このコースはホンダにとってあまり得意では無いコースでもある。理由としては高速域が多くエンジンパワーがメルセデスより劣ってるホンダにとっては、まさにネックであるコースなのだけど、今年に入ってホンダはPUに大幅な改良を施しており、エンジンパワーはメルセデスに匹敵するレベルまで引き上げられてるが、まだこんなのは序の口であり、予定では次のフランスGPで全マシンに新たなPUが供給される予定である。このラウンドで今まで着けていた「HONDA Hybrid」というロゴでの最後のレースとなる。そして、このコースのセッティングはローダウンフォースなのだけどF2の感覚で物事をやると全てが狂ってしまう為、慎重にやらなければいけない。特に、このコースは今年に改修されたばかりでどこがどう変わってるのかが良く分からないので、ひとまず既存のローダウンフォースセッティングで走る事にした。迎えた、木曜フリー走行。俺はいつも通りマシンに乗り込みコースイン。そして事件はこの時に起きた。ストレートをフルスロットルで走行中にいきなり左リアタイヤが「バンッ!!」という音を立ててバースト。俺はすかさずカウンターを当てつつ、ブレーキを踏んで減速したが間に合わずそのまま壁に激突。この時に監督から無線で「大丈夫か?」と飛んできたが俺は「マシンは壊れてるけど俺には怪我ひとつないから大丈夫。」と返答した。実際バーストした時に右側面からヒットした為、右側がめちゃくちゃになっていた。その時に、俺にもかなりの衝撃が来た為めちゃくちゃ痛かった。その代わりHANSのありがたみを知る事も出来た。もしこれ無かったら多分むち打ちになっていたと思う。それくらい重要なアイテムでもあるというのを身をもって体験出来た。でも今回のピレリのタイヤは、ちゃんと内圧を守ってるにも関わらずすぐに壊れるという不思議な現象がどのチームにも見受けられる。このクラッシュは、かなりのものだったが、メカニック達の手によりすぐに元通りになった。もう一度走るとさっきより改善されていてむしろ扱いやすくなっていた。タイムもメルセデスに割って入るタイムを叩き出した。晴南も良い感じのタイムを叩き出し、2台ともトップ10に入るという結果になった。レッドブルも2台ともトップ10に入りホンダ勢は幸先の良いスタートを切ることが出来た。そして金曜も良いデータが取れて決勝に向けて万全の体制が築けた。そして迎えた予選。予選ではまさかの奇策が的中する事になった。はっきり言って俺も良く分からない状況だった。まさか俺がF2でスランプに陥ってる時にやった「アレ」をやるつもりなのではと思ったらそのまさかだった。あぁ、これ知らねぇ方がマシだったかもしれないな。最初にこれをカルロから聞いた時に「ウソだろ!マジで言ってんの上は!」と笑いが出るレベルだった。カルロ自身も「最初は俺も嘘だと思ったよ。だけど上の奴等が何を血迷ってとち狂ったかは知らんけどやると言い出したもんだからさ。俺も従うしかないのさ。」と言う始末。まぁ面白そうだしやってみるかとこの奇策を「自己責任」の元やってみることにした。今回供給されているコンパウンドを前後左右に装置していざコースイン。そしてウォームアップをしてからいざアタック開始。コーナリング時の挙動もなかなか面白い挙動で走ってるこっちも楽しくなってきた。その気になれば「ヒカルスペシャル」という俺好みのセッティングを施したマシンも作れるけど基本は2人の意見を交互に交えて開発してるからそうも行かないけどその気になればいつでも作れるように準備だけはしている様な状況である。この「ヒカルスペシャル」は予定では日本GPで実戦投入する予定である。それまでは「オリジナル」という2人の意見を交互に交えて開発したマシンで走る事にしている。そろそろ晴南も「セナスペシャル」というのを作ればいいと思うのは俺だけだろうか?まぁ話を戻すと、とにかく面白い挙動の為凄い楽しくドライブできQ1はトップで通過。晴南も三番時計で通過。レッドブルも2台揃ってQ1を通過してQ2へと駒を進めた。Q2ではなんと普段Q1でノックアウトされてるウィリアムズのラッセルが初めてQ2へと駒を進めていた。そしてQ2が始まると同時にコースイン。そしてアタック開始。ストレートではメルセデスをも凌駕するスピードを叩き出しワークスを少しばかしビビらせることに成功した。タイムはフェルスタッペンの次のタイムでQ2通過を成功したが、問題は晴南とペレスであった。それは俺がガレージへと戻ってマシンから降りて一休みしてる時だった。ふとモニターを見上げるとタイマーが残り少ない時間をカウントしており、俺もこのまま行けば4台揃ってQ3まで行けると思っていたその時、メルセデスワークスがそうはいかせないという感じでコースレコードを更新、なんと2台揃ってノックアウトされるという前代未聞の事態に陥った。俺は「嘘でしょ!!マジかよ!!」とリアクションした所、見事に国際中継に映ってしまい、メディアの笑いの種に。はっきり言ってそれくらい衝撃的だった。そしてホンダ勢はフェルスタッペンと俺が最終セッションへと駒を進めた。最終セッションでは、遂に隠していた爪を出す時が来た。セッション開始と共に2台揃ってコースイン。俺とフェルスタッペンはQ2でノックアウトされた2人の分まで全開で走るという使命の元アタック開始。ホンダの本領発揮をメルセデスは目の当たりにする事になった。はっきり言ってハミルトンやボッタスなんざ敵では無いのだ。とにかくこのコースのレコードを更新してメルセデスを焦らせて決勝でミスを誘発させてポイント圏外へと引きずり下ろすというのが今回の作戦だからむしろ2台揃ってQ3進出というのがホンダにとっても好都合だった。そしてセッションタイマーが0:00を示した所で俺がこのコースのレコードを更新して逆転ポールを獲得した。俺はガレージへと戻り晴南に「今回は星奈の相手をするな。今回はメルセデスを焦らせて決勝でミスを誘発させてポイント圏外へと引きずり下ろすという作戦だから関係ない奴の相手をするな。でも良い事言うと、かなり好都合なポジションを取ったな。まさに今回の作戦にはうってつけだ。」と言うと晴南も「了解しました。スタートと同時に星奈ちゃんを抜き去っときます。」とかなり自信満々の様子。俺は予選終了後マシンをパルクフェルメへと止めてフェルスタッペンと一緒にガレージへと戻る時に「なぁフェルスタッペン、今回の作戦は本当に上手くいくと思うか?」と言うとフェルスタッペンは「上手くいく。理由は、お前がコースレコードを更新してメルセデスに対して膨大なプレッシャーを与えることが出来たから。メルセデスのマシンにはマジックブレーキがある。それを焦らせた勢いで作動させてミスを誘発させてポイント圏外へと引きずり下ろすという作戦は、まさに年間王者を取るのに必要だからな。」と言うと俺は「今回はフェルスタッペンのバックアップをするよ。」と紳士協定を締結することが出来た。そして迎えた決勝。と、その前に今回はF2が組み込まれている為、ホンダが送り込んだ若き2人の侍の走りを見ることにした。実際何度か2人には連絡をとっており、このコースの走り方を教えてる為、2人とも良い走りを披露してくれた。何故か俺はヴィルトゥオーシの監督席でその走りを見ているとギャレットが後ろから「久しぶりだな!元気にしてたか!」と話しかけてきて俺は「元気にしてるよ!どうだい?2人の様子は?」と言うとギャリーも「2人とも自分なりのセッティングで自分らしく走ってる。」と言うと俺は「また何かあったらその都度連絡してくれ。」と言いレースを見ていた。結果は2人揃って3レースとも表彰台へと登壇する事が出来た。そして俺はモーターホームへと戻り決勝の準備をしていた。レーシングスーツに着替え、バラグラーバとイヤープラグとヘルメットとHANSを持ってガレージへと戻り全てを着けてヘルメットを被り最後にメガネをかけてマシンへと乗り込んでコースイン。決勝前のWUPでも良い感じのタイムを出してマシンをグリッドへと戻して降り、国歌斉唱の時間となり、これが終わり全てを着けてマシンへと乗り込んだ。フォーメーションラップを終えて決勝の時間となった。シグナルがブラックアウト。今回はRSシステム自体、フェルスタッペンのバックアップという事で無効にしている。スタートは完璧に決まり、まずは序盤を乗り切ったとこでなんとアストンマーティンのストロールがタイヤトラブルでクラッシュしてリタイア。幸い彼には怪我ひとつないから無事だけどこれにより赤旗中断。赤旗解除されてスタートした時に予想通りハミルトンが「例のスイッチ」を切り忘れていて1コーナーで白煙をあげてオーバーシュート。この時にすかさず晴南も順位を上げてペレスのバックアップに徹していた。そしてチェッカーが振られ結果はフェルスタッペンの完勝。俺は2位と納得いく結果だった。晴南もペレスのバックアップに徹して4位と2台揃ってアルファタウリはポイント獲得をした。その時、裏ではどうやらとんでもない計画が動き出していたのであった。もちろん俺はそんな事知る由もなかった。



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Round7 UNLIMITED FIRE(フランス)

前回はフェルスタッペンのバックアップに徹して2位を獲得して波に乗った俺達が迎えたフランスGP。そこでも再び光を放つ。


前回はフェルスタッペンのバックアップに徹して2位を獲得してポイントランキングも良い感じの所に位置して迎えたフランスGP。舞台はポールリカールサーキット。F2でも走ったこのコース、高速域コースの為、パワーユニットにもかなりの負荷がかかるので、F2と違って慎重に走らなければいけない。そしてこのラウンドから「HONDA E-technology」というロゴを掲載すると同時に新しいパワーユニットを全マシンに投入し、戦闘力を向上した状態で迎えたこのレース。果たしてこれが吉と出るか凶と出るかは自分次第である。そして前のエピソードで話した「とんでもない計画が動き出していた」というのは恐らく俺のレッドブル・レーシングへの昇格の計画だろうけど俺自身嬉しい半面あまり快くないのである。理由としてはそもそもウチのところとレッドブルのマシンでは性格も挙動も全然異なる為、慣れるのに時間が必要なのである。まぁいきなり乗って「走ってみろ」と言われてしまえばそこまでだが。だけどこれにはとんでもないリスクを孕んでいてもしここで結果を残せなければ良くてアルファタウリへの更迭、悪くてクビ。その2通りしかない。まぁでもレッドブルへの昇格も悪くもないかな。話を戻すと今回から新型のパワーユニットを全マシンに投入してどんなもんかというのが分かるというのが今回のレースである。そして迎えた木曜フリー走行。まずは新型パワーユニットの特性を理解するために軽く慣らし運転をする事にした。まずはコースインをするとその威力をもう遺憾なく発揮した。踏めば踏むだけパワーも出るし、減速時やコーナリング加速時のパワーや応答性も良い。はっきり言ってめちゃくちゃ素直な性格である。そしてタイムもメルセデスの2人より速いタイムを叩き出して結果的にも大満足の1日でもあった。金曜フリー走行は、何事も波風が立たずに普通に終わった。迎えた予選では、Q1から波乱の展開となった。まずは晴南がバランスを崩してスピン。そのまま壁に接触。これにより赤旗中断。そして第2セッションは3台揃って通過。そして最終セッション。ここでは遂にホンダの1~3位独占という奇跡が起きた。俺は3番グリッドを獲得して取り敢えずは優勝とかは狙える位置に着けた。そして迎えた決勝。シグナルがブラックアウト。スタートはRSシステムをフル活用して俺が容易くホールショットを奪うという形になった。そして中盤も途中ピットでミスがあったもののこれをチャラにするかのようにトップを奪還。そのまま俺のペースでレースを引っ張っていきそのまま俺の完勝となった。2位にはペレス、3位には晴南が入りホンダのポディウム独占という結果となった。そして前述した通りレッドブルへの昇格の計画だろうけど恐らく年内中に発表される事になると思う。しかしこれを知ったのが今回のレースというまだF1で7レースしかしてない人にとってはとんでもないプレッシャーになると思う。でも近いうちにテスト走行とかを行うと聞いている為まずは一安心できた。



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Round8 ONENESS(ステイリア)

前回に引き続き、舞台はオーストリアレッドブルリンクで行われる第8戦ステイリアGP。実はあのレースの後にレッドブルのクリスチャン・ホーナー氏と接触する機会があり、開口一番「どうやら巷では、俺が来季レッドブルに乗るなんて言われてますがどっからそんな情報出てきたんすかね?気になりますよ。」と言うとホーナーは「どうやら上の連中があんたの走りを見て判断したんだと思う。」そう言うと俺は「いくらなんでもまだシーズン序盤でこれは早すぎます。あなた方達だってガスリーの1件で良く分かってるはずなのに…何で…」そう言うとホーナーは「あれはまだ未知数だったからだ。でも予定ではフェルスタッペンがまだ留まるだろうしセカンドはあんたかヴィップスのどれかになる。でもまだ始まったばかりだしそれだけはまだ分からないよ。まぁ楽しみにしていてくれ。それでは」そう言って彼は過ぎ去って行った。でもここで俺も「俺にはまだ契約がある」なんて言うと次の年にはシート喪失してそうだから言わん事にしている。そしてFP1では今年もアルピーヌ育成兼開発ドライバーを務める友達の李一飛(リー・イーフェイ)が初めて公式セッションデビューをする事になった。このセッション前に俺も久々に彼を見かけた時に思わず「イーフェイ!!久しぶりだな!!元気にしてたか!!」と大はしゃぎした。彼も「久しぶりだな!!ヒカル!!元気にしてたか!!」と言いお互いF2以来の再会に喜んだ。そして俺は、「そういえばお前、確か中国人ドライバーでは2人目の公式セッションデビューをするという話を聴いてるがそれは本当か?」と言うと「本当さ!!俺が中国人ドライバー2人目の公式セッションデビューをするのさ!」とすごい自信満々かつ意気揚々と話していた。俺は「ハヤテの方も順調なレース運びをしてるしな。志龍と千暁も良い結果残してるみたいよ。」と言うと彼も「それは良かった。俺はヤングドライバーテストの後開発ドライバーとしてアロンソ達のサポートをしてたからなかなか見に行けなくてね。」と今のハヤテの体制に太鼓判を押していた。はっきりいってヴィルトゥオーシとハヤテはドライバーチョイスが上手い。だから成績が安定してる。ちなみに志龍と千暁に関しては俺がGP3で活動してる時に初めて知ったレベルであった。でもあの時はまだ無名だったドライバーがこうしてここまで登り詰めてるのだから凄いと思う。これもイーフェイと宮藤のおかげでもある。この2人があのレベルまで持ってきたのだから。はっきりいってヴィルトゥオーシも同じである。俺がいなかったら多分あそこまで到達出来なかったと思う。ちなみにヴィルトゥオーシのマシンが何故あそこまで扱いやすいかというとギャレットのおかげでもあるが、実はブレーキにそのタネがある。そう、あの2人はマシン特性とセットアップが真逆になっており結希の方が俺と一緒のフロントブレーキバランス特化及びオールラウンダータイプ(またの名をスリングショット)という俺が一番好んで使っているセッティングでブレーキバランスをフロントに全振りして超的確にブレーキング出来てそこから一気に加速してトラクションを稼ぎつつコーナーを抜けるというセッティングだ。そして龍輝の場合だとブレーキバランスを前後均等に振り分けた完全バランス重視のセッティングである。まぁ話が随分逸れたからそろそろ戻そう。そんな俺ら2人は久しぶりの再会を喜んで「明日のフリー走行でまた会おう!」と約束しお互いのガレージへと戻った。そして迎えた木曜フリー走行。FP1では遂に俺が一番やりたかった事が出来る。と知りめちゃくちゃテンション高いなか迎えていた。そのやりたかった事というのはもちろんブレーキバランスをフロントに全振り出来るというものだ。このセットアップに関してはこの俺が一番よく知ってる為、昨日F2時代のセッティングデータが欲しいから送ってくれと密かにギャレットに連絡を取っていたのだ。最初は「どうしたんだいきなり?セッティングデータが欲しいなんて?もしかして佐藤へのアドバイスとかか?」と聞かれたが俺は「まぁ半分それもあるし実はこのセットアップをF1でやったらどうなるか試してみたい。頼む!!データを送ってくれないか?!」と言うとギャレットも「よし!分かった!!ただし悪用厳禁だからな!!」と言われ俺も「分かってるって!」と言い何とかデータを送ってもらう事が出来た。そして俺はこのデータが送られてきた直後にすぐさま自分のPCにバックアップを取り、何かあっても良いようにはしていた。そして元のデータをベースにF1の場合その値の2~3倍だからその値に書き換えてその日のうちにバックアップデータとセットでカルロに見せると「お前、良くそんな危なっかしい事出来るな。バレたら大事だぞ。でもすごい的確な数値が出てる。はっきりいって俺もこんなセッティング初めて見た。でもこれ、いつのラウンドのやつだよ?下手すると全く合わないやつになるぞ。」と言われると俺は「いつって昨年のF2最終戦のスプリントレースの時のやつだけど。」というとカルロは「少しだけこのデータを貸して欲しい。流石にこれではレース中にタイヤがいくらあっても足りなくなるリスクがある。」と言いそのデータを持ち出そうとしたもんだから慌てて俺が「ちょっと待て待て待て!何なら俺も一緒にやるよ!元はと言えば俺がギャレットに無理言って送ってもらったんだし。」と言い1人で外部に持ち出すのをすんでで阻止する事が出来た。そしてその日はまだ時間があった為2人して色々言いつつも完成する事が出来た。そして迎えた今日。このデータをようやくAT02にぶち込む事が出来た。そしてコースイン。実は前回のセッティングも多少キャリーオーバーしている為今回はこのデータを煮詰めるのに時間が割けるのだ。そして俺がコースインした数分後にイーフェイがあのアルピーヌブルーのマシンと共にコースイン。そして俺はトップタイムを叩き出すとその後に続くかのようにホンダ勢が1~4位を独占する結果となった。イーフェイは初めてのフリー走行の為慣れてない部分も多かったのか14位だった。そしてセッション終了後イーフェイはすごい喜んでいた。それはまるでどこか懐かしさを感じるような喜び方だった。俺はイーフェイの元へと向かうと彼は「今日はすごくすごく特別な日になった!!ありがとう!!」とすごい喜んでいた。俺もすごく嬉しかった。こうして友達と再会出来たのと一緒に走れたのがどうも楽しかったみたいだ。そしてFP2ではアゼルバイジャンのバーストゲートを受けピレリが新スペックのタイヤを作った為全チーム最低フリー走行のどこかで装着して走る事が義務付けられた。もちろん俺も装着して走ったがこのタイヤが今のセッティングとすごくベストマッチで扱いやすい為すぐにでもピレリの元へと向かおうかと思ったくらいだった。そしてFP3は特に大きなトラブルも出ずに終わった。そして予選。予選では何と現在低迷中のウィリアムズが初のQ3進出という大波乱も起きた。これくらい荒れてもらわないとこちら側としても楽しくない!!まずはQ1。Q1では俺がトップタイムを叩き出し余裕の通過。Q2では何とシューマッハがあの開発が止まりかけてる様なマシンでトップという衝撃的な出来事が起きた。それはQ2が終了する数秒前に起きた。俺はこのまま行けばトップで通過出来ると余裕な顔して気を抜いていてアウトラップを挟んでいてカウントダウンをしていて良し!!と思った瞬間ステアリングのディスプレイには「P2」と表示されていてあぁまたフェルスタッペンかなと思って無線で「トップ誰?」と聞いたら「シューマッハだ!!」と返ってきて「えっ!マジで!?嘘でしょ!?おいおい、冗談はやめてくれよ。」と笑いながら言うと「笑い事じゃないって!!現実で起きてることなんだから!!」と監督がかなり焦った声で俺に話していた。俺も「分かった。」とだけ言い無線をオフにした。そしてQ3では普段は見ない顔ぶれが大集合!ますます面白くなってきた!!もちろんホンダ勢も全車ここに居る。そしてセッションが始まり全車勢い良くピットから出て行った。そしてピットシグナルが赤から青に変わり全車コースイン。そして情け容赦手加減無しの潰し合いの始まりを告げた。もうこちら側は楽しくて楽しくてしょうがなかった。まずはペレスがトップに経つとその次にフェルスタッペンと目まぐるしく変わっていった。もちろんシューマッハも例外ではない。そしてセッション終了間際に何と晴南がトップタイムを叩き出し初のポールを獲得という予選だった。俺はシューマッハの後ろ3番手という結果になった。そして決勝。決勝では、本当の情け容赦手加減無しの潰し合い、そしてサバイバルレースが始まりを告げた。まずはスタート自体は特に大きな混乱も無く無事に切られたが問題は中盤に起きた。それはウィリアムズのラティフィが恐らく相手のマシンの後輪に前を当ててしまいその勢いでクラッシュ。幸いケガは無いとの事。そして俺はスタートの際に例のシステムを巧みに利用しトップの座を晴南から奪い取った。だけど黄旗でマージン自体お釈迦になった為いつ抜かれても可笑しくない状況だった。そして黄旗が解除される頃には残り数周という超がつくほどのスプリントレースへと変貌を遂げていた。俺はグリーンフラッグに全神経を集中させていた。そしてセーフティカーが離れグリーンフラッグとなった瞬間に直ぐにアクセルをベタ踏みしてシューマッハとの差を広げるという策に躍り出た。一種のギャンブルでもあった。外せば全ておじゃんというデカいリスク付きの。その策は俺の予想通り的中した。リスタート後俺はシューマッハとの差を広げる事に成功した。あとは集中力を切らさない事に徹していた。そしてチェッカーフラッグが振られ結果は俺の優勝。2位は初ポディウムのシューマッハ。3位は晴南と言う結果になった。マシンをパルクフェルメに停めたあと俺はシューマッハの元へと向かうと彼は「今日は、すごく楽しかった!!」とご満悦の様子だった。でもすごく紳士的でもあるのが父親譲りなんだろうな。そして全て終わりこのまま順調に行けばオーストラリアでも走れると思ってたがその後に中止が発表された。そしてまたアルガルベか久々の登場となったインドのブッダサーキットでレースをやるということになった。どちらにせよ22戦やると言い張ってる為ラウンド数には変わりないと思う。



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Round9 first sprint(イギリス)

前回も表彰台と波に乗って迎えたイギリスgp。このレースから行われる初の試みとは…


前回も表彰台と波に乗って迎えたイギリス。このレースから何とF2ではお馴染みの「スプリントレース」が行われその順位が予選の順位となるというすごい試みだ。だけどあまりやる意味無いと思うんだよな。これ。F2は正式なレースとしてだけどこれ予選レースみたいなもんじゃん。だけどテールエンダーにはチャンスかもね。そして迎えたフリー走行。とにかく俺は今回ばかりはかなり保守的なセットで行く事にした。理由としてはいちいちやるのが面倒いとかではなく今回はかなり堅実に行くというのが目的だ。そしてセッション開始となりコースイン。タイムもペレスのすぐ後ろとかなりいい出だしだ。そして晴南もマシンに慣れてきたのか、何と全体トップを叩き出して周囲を驚かしていた。俺は既に決勝を見据えたセッティングをしていた為タイムなんて関係なかった。とにかく「スプリントレース」さえどうにかなれば良いと思っていた。そしてセッションは終わった。とにかくデータは取れるだけ取れた為結果オーライ。金曜は金曜でとにかく荒れた。昨日が可愛く見えるレベルだ。まず他チームのPUがトラブルを起こしストップ。これで赤旗となり一時中断。そして解除されると今度は晴南のマシンのサスペンションが突如破断してそのままタイヤバリアに直行して大クラッシュ。俺は危うく、かつてのトラウマが蘇りそうになり、慌てて無線で「晴南は無事か?!」と叫ぶとマークから「安心しろ彼女は無事だ。怪我もない。」という返事が来て「わかった。」と一安心して返事をした。すぐにアルファタウリ側は俺に「今すぐ引き上げてくれ。このままではお前も同じ目に遭う。それを避ける為だ。」と無線を送り、俺は「了解。すぐに引き上げる。それとついでにブレーキバランスを以前のよりもうちょっとだけフロント寄りにして欲しい」と伝えてピットへと戻りそのまま走行を打ち切り金曜は終わった。俺は晴南に「なんか前兆あったか?例えば身に覚えのない振動とか音とか」と言うと彼女は「何もありませんでした。ホントに、いきなりバンッ!!っていう感じで。」と言うと「分かった。」そう返事をして俺はその場を去った。この後俺は晴南の事故後までのオンボードを解析していた。そのシーンを何度も流して。その時は流石に一人ではやる事では無かったので俺の担当メカさんのカルロと晴南の担当メカさんのマークも呼びその映像を見てもらい原因を特定してもらう事に。そして映像から分かったのは、肉眼では確認不可能なクラックが入っていてそれが走行中の負荷が原因で進行してしまいサスペンションが破断したという結果が出た。言ってしまえばサスペンションの劣化という事だ。とにかく俺も晴南と同じ目に遭いたくなかったので新品に交換する事にした。そしてついでにブレーキバランスをフロント寄りにしてくれと頼みこれで元通りになった。そして迎えた予選。予選はあくまでも仮決めに過ぎなくなった。だけど良いとこを確保したいため全力でアタックして結果はトップに。晴南もニューサスペンションが威力を発揮して3番手とひとまずスプリントレースのグリッドは確保した。だけど久々のスプリントレースだから忘れかけてたけど確か1~8番手までがリバースグリッドになるから俺逆ポールやん。なんなら最初っから手を抜いときゃ良かった。だから意味無いつったのに。そんな中迎えたスプリントレース。とにかくF2時代に嫌という程経験してるがF1では初めての為すごくうずうずしていた。そしてマシンが全車グリッドに着き、シグナルがブラックアウト。俺はRSシステムをフル稼働させてロケットスタートを成功させ1コーナー前までに3台をパスして5番手で1コーナーへと差し掛かった。そしてコーナーを無事に通過してからが俺の本領発揮となった。まずは次のコーナーでアクセルを踏んで加速したまま1台抜き4位に。ほんとに周回数が17周しかないから早くやらないと後で後悔すると思いとにかく相手の隙をついては抜くを繰り返していた。そしてバックストレートで2台を抜き去り2位になった。そして次の周のメインストレートでトップを抜きリーダーとなった。そしてあとはこのまま走り切りトップでフィニッシュ。そして晴南も7位から3位と大健闘した。そして迎えた決勝。昨日はかなり楽しいレースが出来た為決勝でも良い結果を残せると自信に満ち溢れていた。マシンが全車グリッドに着き、シグナルがブラックアウト。スタートの時点で俺は最初さえ封じれば勝てると思っていた。そしてロケットスタートを成功させてトップのまま1コーナーへと差し掛かり、そのまま制圧。これで全部俺のものとなった。そして予定通りのピットインを済ませて中盤へと突入。そこでは大きなアクシデントもなかったが終盤に差し掛かった時だ。宮藤がタイヤバーストによりクラッシュ。幸い怪我もなく無事とのこと。そしてイエローが解除されたのは何と残り5周という超スプリントレースが始まる事間違いなしのときだった。そしてイエロー解除と共にフルスロットルで俺は逃げる事にした。そしてエンジンの耐久性度外視の「フォービドゥンフルーツ」を起動させてとにかく逃げる事にした。この「フォービドゥンフルーツ」というのはその名の通り「禁断の果実」であり、ドライバーが使える最後の切り札兼希望でもある。だけどこれは1度監督の許可を得ないと起動出来ないため、俺はあの時に「フォービドゥンフルーツモードの使用許可お願いします!」と無線で言うと「分かった。フォービドゥンフルーツモードの使用を許可する。全開で行け!!!」という返事が来て使えるのだ。そして残り3周位からモニターを食い入るように見ながら走行していた。そしてファイナルラップには案の定エンジン警告が表示されていたが頼むから持ってくれと祈りながら走り抜き優勝。晴南も3位とアルファタウリは両者ともに表彰台という結果になった。



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Round10悪夢再び(オーストリア)

前回も表彰台という形でレースを終えることが出来て、ランキングでもトップ独走中だったが、ここに来てまたスランプに陥るとは…。舞台はオーストラリア、レッドブルリンク。F2時代もここで優勝したりと相性が良くてF1でも好成績を残せると思って自信に満ちていた。 そして木曜フリー走行が始まった。俺はコースインをするや否やいきなりトラブルに見舞われた。それは最終コーナーを立ち上がった時だった。PUからいきなり「バンッ!」という音が鳴り、炎が上がった。俺はすぐさま安全地帯にマシンを停止させて消化器を受け取り消火作業に取り掛かった。その影響で赤旗中断。俺は作業を終えるとすぐさまガレージに戻り、カルロに「テレメンタリーを見せてくれ。」と頼み、原因究明に取り掛かった。でも自分自身、何かの歯車が狂い始めてるのを自覚していた。でも原因を究明する事は出来ずに終わった。そして俺のPUは交換される事になった。そして交換作業をし終わったと同時にタイムアップとなり、珍しくノータイムでこの日を終えた。そして金曜フリー走行は交換したPUの慣らし運転も兼ねた走行となったが何かが噛み合わず18番手に沈んだ。そして予選でも久々にQ1で姿を消す事になった。そして決勝。決勝ではかなり考え込んだ作戦を敢行することにした。それは普段あまり日の目を見ないミディアムタイヤを使う事にした。そしてセーフティカーランを終えてグリッドに着き、シグナルがブラックアウト。スタートは少し反応が遅れて1台に抜かれたが最初のコーナーで荷台を抜き返し17位に浮上。そして次のコーナーでも1台抜き16位と虎視眈々と順位を上げてく事に徹した。そして最初のピットインのタイミングになり遂にミディアムタイヤの出番がやってきた。そして4輪ともミディアムに変えて賭けに出た。そしてホームストレートで2台をまとめてパスして15位になった。そして2回目のピットインとなり、今度はハードに変えて最後まで温存させる作戦を敢行した。そして、レースは中盤も終わり終盤に突入。ここでイエローフラッグが提示されてからのVSC(バーチャルセーフティカー)が導入された。とにかく今自分に出来ることは1ポイントでも多く持ち帰る事。それだけ。そしてVSCが解除されてトップが加速したと同タイミングで俺もインから2台をまとめてパスして13位に。これであと3台抜けばトップ10。そしてオーバーテイクしやすいエリアで2台まとめてパスして11位。だけど周回数的にも行けてトップ10。そして残り2周。俺はDRSを使い1台抜きこれで10位。1ポイントは確保出来た。だけどまだ行ける。そしてファイナルラップ。俺は1コーナーで1台しとめて9位に浮上。そしてあとはとにかくこの順位を死守する事に徹した。そしてチェッカーフラッグが振られ俺は9位完走、2ポイントを持ち帰る事が出来た。そして優勝はフェルスタッペン、2位はライコネン、3位宮藤という結果になった。なお晴南は表彰台手前の4位で完走した。



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Round11 負の連鎖(ハンガリー)

前回は、散々な結果に終わり遂にランキングも下の方へと転落。俺が向かった次なる舞台は、ハンガリーにあるハンガロリンク。このサーキットとは相性が良い為、良い結果が望めそうだけど、実際に走ってみなくちゃ分からない。迎えた木曜フリー走行。天候は晴れ。俺はコースインをして走ってる時に縁石に乗りすぎてバランスを崩してスピン。そのままクラッシュしてしまった。幸い俺には怪我は無かったけど、マシンは見ての通りボロボロ。すぐに修復されてもう一度コースイン。この日を3番手で終える事が出来た。金曜は、とにかくロングランをしてデータ収集に徹していた。そして予選。負の連鎖なんて言うのは止まることを知らなかった。俺は珍しく予選Q1で敗退。俺はガレージに戻ってマシンから降りると、晴南の走りを見守る事にした。マシンが悪くなかっただけに残念だ。せめてQ2までは生き残りたかった。予選が全て終わり、俺が予選18番手、晴南が9番手、レッドブルの御二方はフロントローという結果になった。迎えた決勝。俺はこの時僅か10ラップで終えるなんて考えてもなかった。スタートは良い感じに決まり一気に16位まで浮上。その後も、淡々と順位を上げて行きポイント圏内に。迎えた10ラップ目。突然ストレートでパワーユニットが停止してしまい、スローダウン。俺のレースはここで終える事になった。本当にいきなり過ぎて、俺も頭が整理出来てない。なんの前触れも無しにいきなり起きた。特に変なボタン押したりした訳でもなく。いきなりである。とにかくピットレーンにマシンを止めてから俺はマシンから降りて天を仰いだ。「嗚呼…神よ…なんて無慈悲なんだ」と。無線でも「何で…何で…いつも俺ばかりこんな事起きんだよ!!誰か教えてくれよ!!頼むぜ…マジで…」と漏らす程、俺のフラストレーションは溜まる一方であった。レッドブル・ホンダ勢は1,2フィニッシュを達成。晴南は5位入賞という結果になった。レース後すぐに、アルファタウリは原因を突き止めるべく、色々調査する事にした。ECUに「ノイズ」や「異常信号」が無いかとかテレメンタリーやデータロガーに前兆が記録されてるかとか。本当に穴があったら入りたいくらいだ。まったく、踏んだり蹴ったりというのはこういう事だ。俺もこれに関して、身に覚えがあるような事をしたか思い出そうとしていたが、まったく思い出せずに終わった。本当に何もしていないのにいきなり「ヒューン」とパワーユニットが息絶えるかの様な音はもう聞きたくないからね。本当にステアリングをマシンに戻す時に聞いた「カチャ」という音はどこか虚しくて何か空っぽの様な音だった。



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Round12 果たす事が出来た「約束」(ベルギー)

前回は、まさに「負の連鎖」が続きまともに走れたものではなかった。今回の舞台は、自分のキャリアと人生の「ターニングポイント」になったベルギーにある、スパ・フランコルシャンサーキット。そこへ俺は3年ぶりに「ルーキー」として戻って来た。あいつと交した「約束」を果たす為に。俺は「あの一件」以降欠かさずに、ここに来ては必ずラディオンへと向かい、花を手向けている。そして手を合わせて「約束、果たしに来たぜ。」とだけ伝えその場を後にした。今回のレースに向けて2つ目のオリジナルメットをAraiに作ってもらった。ベースは普段俺が使ってる「ナスタチウム・シャイニングスター」をベースにしているが頭部に彼の名前「誠真」と彼が最期に付けていたナンバー「1」を刻んでいる。マシンにも今回限定で「71+1」というスペシャルナンバーを付けている。そして晴南のマシンにも、今回だけでもいいから、少しでも力を貸してくれという意味で「81+1」と言うスペシャルナンバーを付けている。どうしても俺にとってはこのレースだけは何がなんでも勝ちたかった。「あの日誓った約束」を果たす為に。そして天候もスパ・ウェザー。例えどっか晴れていても、全日程通して晴れとは限らない。そしてグローブとシューズも俺はあの時からあいつの形見を使っている。あの時にメットを引き取った時、ついでに、ご両親方達に「グローブとシューズも貰って良いですか?俺はどうしても自分のやつではなくてこのグローブで再来年の最終戦のレース2まで、いや、F1まで駆け抜けたいんです。」と伝えたところ、ご両親方達も、「ありがとう。ここまであの子の事を思ってくれて。きっとあの子も遠い空から喜んでくれるはずだよ。」と快諾してくれた。そして遂に「有言実行」する時が来た。俺はこのレースウィークの為に全身全霊で臨む事を決めていた。そして日本のメディアにも聞かれた時に「今回のベルギーGPは、俺の為のレースでもあり、天国にいる、誠真の為のレースでもあります。」と語った。そしてフリー走行開始の時間となり、俺は晴南に「よし、そろそろ行くぞ。」と伝えて2人揃って、マシンに乗り込んだ。そして俺は無線で、カルロに「エンジン、スタートアップ!!」と伝えてエンジンが始動。晴南も「エンジン、ファイヤーアップ!!」と、気合が入った声で無線を入れエンジンが始動。実はマシンに乗り込む前まで、2人揃って裏で集中力を高めつつ、緊張を解していた時に、ふと晴南が「先輩、今週は特別なレースウィークって言ってましたがどういう事ですか?」と俺に聞いてきて、俺は「晴南はまだ確か、GP3にいて、あまり分からなかったと思うけど、3年前のF2ベルギーGPのレース1で、俺の人生は180度変わったんだ。今でも鮮明に覚えてるよ。あの修羅場を。ラディオンで起きた修羅場をね。あの時確か、俺はあいつの2台後方にいたんだ。そして、その3秒後に全てが狂った。マシンはコックピットとエンジンが真っ二つになり、パーツは四方八方へと吹っ飛んで行った。サバイバルセルも木っ端微塵。俺は巻き込まれないようにフルブレーキングして難を逃れたけど、かなり気が動転していて無線でもかなり取り乱していた。そして前方に見えた光景は俺も信じたく無かったさ。これが現実で起こっている事だとね。夢であって欲しかったさ。だけど俺はこれ以降あいつの分まで走ると決めて今を駆け抜けてる。軽度のサバイバーズギルトやPTSDとも格闘しながらね。」と言うと晴南は「そんな事があったんですね。でもこうして天国にいる友達の分まで走ってるなんて聞いてると本当にカッコ良いです。」と素直な気持ちを口にしていた。そして俺はガレージから出て行きコースイン。そして無線で「今週は俺の為のレースでもあり、天国にいる誠真の為のレースでもあり、皆の為のレースでもある。ここまで本当に諦めないで良かった。皆本当にありがとう。今週はいつも以上に全開で行くぜ。皆見ててくれ俺の走りを!」と伝えた。そしてアタック開始。俺は全速力で青空快晴の中オールージュを駆け抜けた。他の誰よりも早い速度で。そしてその後を追うように晴南も「先輩も頑張ってるんだ!私も頑張らないと!」と言う勢いでオールージュを駆け抜けた。そしてタイムはトップタイム。しかもフリー走行通して全てトップタイムと言う久々に嬉しい結果になった。それに続き晴南も2位とアルファタウリがワンツーを占める形となってフリー走行を終えた。そして迎えた予選。俺は「今日と明日は笑顔で終れるように」と全てを出し切ることにした。そしてセッション開始の時間となりコースイン。そして無線でカルロが「例えタイヤウォーマー使って加熱したからと言っても、コースには注意しろよ。路面温度が下がってるからな。」とアドバイスをくれた。そして慣らしを終えてアタック開始。俺はもうアクセルがコックピットをぶち抜く位の勢いでガンガン踏んだ。オールージュもラディオンも躊躇う事無く。あの時交わした「約束」を果たす為に。そしてQ1をトップタイムで通過。迎えたQ2もこの勢いは留まる事を知らなかった。今週の為にと俺とメカニック総出でセッティングを施したのだから。もちろん晴南もQ2へと駒を進めた。ここまでホンダ勢は誰1人欠けることなく来ている。そして俺はQ2もトップタイムで通過。晴南もフェルスタッペンの後ろの3番手で通過。そして皆欠けることなく迎えた最終セッション。ここまで全てトップタイムで通過している俺にとってはまさに「絶好調」という言葉がお似合いだ。そして結果は、俺のポールポジション。俺はこの時、嬉しさのあまり「よっしゃァァァァァ!!なぁカルロ!もう1回言ってくれよ!ポールポジションだ!って。」と思わず涙を流しながら言うとカルロは「ヒカル、ポールポジション、ポールポジションだ!」と言ってくれて余計嬉しかった。そして晴南も2番手とアルファタウリがワンツーを獲得。そして迎えた決勝だけど…ここに来てスパウェザーが本気出してきた。(いや、本気出さんといて欲しかった…マジで。)もう、あまりにも酷い雨で、レースどころの騒ぎではなくて、セーフティーカー先導のもと、4周走って赤旗が振られ全車グリッドへと戻って、レース再開を待った。俺はこの時、無線でカルロに「もし今日の天気が晴れだったらまたオールージュとラディオンをフルスロットルで駆け抜けれたのにな〜。それより聞きたいけどさ、マシン降りてもいいんだよね?良いのであれば降りたいんだけど。マジで風邪ひきそうで怖ぇんだよ。特に晴南にはマシンから降りてとジュリオに伝えておいた方が良いと俺は思うんだ。俺もだけどな。」と言うと「降りていいと思うよ。このパターンで行くと、多分再開するとかいう発表が何時間待っても、果ては一日待っても出なさそうだし。ジュリオにも伝えておくよ。晴南に降りていいよと伝えてと。」と言ってくれて、俺と晴南はマシンから降りた。その前に、俺は「一日は言い過ぎだな。hahaha!じゃ、マシンから降りるよ。」と言うと、カルロが「copy」と言ってから、マシンから降りた。そして晴南は「何故、私をマシンから降ろしたんですか?」と聞くと俺は「晴南、自分でも気付いて欲しいんだけど、女性の体は冷え過ぎると良くないんだよ。嫌でしょ、冷え過ぎて体のリズム崩壊するなんて言うのは。だから俺は、母さんに教えて貰った事思い出して、カルロにマシンから降りるように伝えたの。」と完全にメット類一式を脱いでダウンジャケットを羽織ってこう言うと晴南は「体の事まで思ってなんてありがとうございます。」と感謝していた。そしてカルロの読みが見事に的中して、レースディレクターから「決勝は…残念だけど…この結果を持って終了とする。確かにまだ皆走りたいという気持ちは分かるけど、安全第一だという事も忘れないで欲しい。」というレースディレクションが発表された。この時、俺の久々の優勝が確定して、思わず涙が溢れた。その涙は、勝てたという嬉しさと、まだ走りたかったという悔しさが入り混じった涙だった。そして俺はメット類一式を装着してポディウムへと向かい、メットをポディウムへと持ち込んで、天高く掲げて頭部に刻んでいる「誠真」を指さして優勝出来たことを報告した。そして日本のメディアにも、「やりました!!!やったァァァァ!!」とありったけの感情を大爆発させた。そして「今日の決勝は4周走って、終わりだったんですけどフリー走行、予選通して、すごく調子良くて、もしかしたら今日、これはいけるぞ!と思ってました!そしてここまで本当に諦めないで良かったと思ってます!皆さん本当に、今日は4周しか俺の走る姿をお届け出来なくてごめんなさい!だけど応援ありがとうございました!!」と言って締めた。そして晴南もこれまで見た事ないような笑顔でポディウムに登りシャンパンを味わっていた。



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Round13~21までのハイライト(オランダ~サウジアラビア)

前回は、雨でたった3周で中断となり、そのまま俺の優勝で終わったベルギーから、しばらくして迎えたオランダGP。舞台は高速コースのザントフォールト。どうやら最近、改修されてバンクが出来たらしい。そこでも俺は、バンクを利用して意外な適応力を披露し、3位表彰台を獲得。一方の晴南は、初のコースながらアグレッシブに攻めて5位入賞。

 

14戦モンツァは俺が得意とする高速コース。そこでも俺は2位と連続表彰台を獲得。

 

続く15戦ロシアは、一番肝心なところで、タイヤを使い果たしてしまい、悔しい8位入賞。

 

16戦トルコは、初めて走るコースだけど、ゲームを用いてトレーニングしたおかげで3位表彰台を獲得。ここら辺で本来なら日本GPがあったはずなんだけど、新型コロナウィルスの影響で中止に追い込まれた。けどホンダの最後の走りを日本で見せようとタイムリミットの最後の1秒まで尽力してくれたホンダの山本さんやモータースポーツに関わってる関係者の皆様並びに政府の皆様には感謝してもしきれない。

 

17戦COTAはまぁ荒れた荒れた。ホンダ勢で生き残ったのが俺と晴南の2人だけという形に。でも結果は2人揃って表彰台を獲得。

 

18戦メキシコGPは、何と!俺がスピードレコードを樹立した。その記録は383.95Km/hという速度。はっきり言ってめちゃくちゃ怖かったよ。そしてベルギー以来のトップでフィニッシュ。

 

19戦ブラジルGPはサンマリノGP以来久しぶりにセナメットを被り2連勝。晴南も表彰台を獲得。

 

20戦は、初開催となるカタールGP。ここではまだコースに不慣れ故に辛うじて入賞圏内の10位でフィニッシュ。晴南も8位と大健闘。

 

そして問題はここからだよ。舞台は、サウジアラビア、ジェッダサーキット。このコース見る限り、マカオギアサーキットよりすごく危険で、はっきり言ってすごく怖い。DRSを開けっ放しで曲がる所が多くあるとかはっきり言って正気の沙汰とは思えない。そして俺が言った事がホントになるとはね。それは予選最終セッションだった。この時フェルスタッペンは何がなんでもポールが欲しいあまり思いっきり攻めていた。そして最後のセクションでマシンが限界を超えてダウンフォースを失いそのまま壁ドン。俺と晴南もモニター越しに「嘘!!マジかよ…」と叫んでしまう程だった。俺と晴南は最終セッションまで生き残り、これ以上ポジションを上げようとも考えてなかった為そのままアタックを終えてガレージに引き上げて飲み物を飲んでゆっくりしている時の出来事だったから飲み物が変なとこ入ってむせて大変だった。良かったよ。吹かなくて。そして決勝も決勝で大荒れだった。まずスタートで多重クラッシュが起きたり赤旗中断だったりとかなり荒れた。それでもホンダ勢は俺とフェルスタッペンが表彰台を獲得。そして遂に次回、最終回「ラストダンス」。ホンダと俺らが織り成す最後の晴れ舞台をとくとご覧あれ。そしてふたつのビッグニュースも舞い込んで来た。なんと、俺の友達である一飛(イーフェイ)が来年アルファロメオから中国人ドライバー初のF1ドライバーとしてレギュラー参戦が決定。この時にチームハヤテのコンビが復活という微笑ましいニュースも入ってきた。そして俺らホンダ勢は、来季「レッドブル・パワートレインズ」という名称でホンダから知的財産権等を譲渡された、パワーユニット「RA622H」をベースに作成した「RBPTH001」として参戦するけど、来季から、ホンダのモータースポーツ部門の管轄が本社から、MotoGPとかで有名な、HRCに管轄を変えたとの事。でも一概にホンダがF1から手を引いた訳では無くて、技術支援等で支えていくとのこと。でもホンダお手製の美味しい「ご飯」が食べれないとなると少し悲しくなる。いつも俺はざるそばとかうどんとかお茶漬けを楽しみにしていた。美味しかったんだよ。とにかく。レース後に食べると、とにかく身に染みたんだよこれが。トルコGPでホンダ飯とバイバイした時には危うく「禁断症状」が出かけてマシンを破壊しかけるところだった。これには流石のカルロも「おいおい、やめてくれよ!」と叫んだとか。でもアルファタウリのご飯も美味しくていつもレースの次の楽しみになっている。



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最終回 Round 22 ラストダンス(アブダビ)

遂にホンダと歩んで来たF1世界一周旅行もここでおしまい。


前回は、荒れに荒れまくってレースどころの騒ぎではなかったジェッダから遂に最終戦の舞台、ヤス・マリーナへと向かった。このレースでホンダともお別れとなると、胸がギュッと締め付けられて辛くなってくる。今回の役割は、フェルスタッペンの王者獲得のアシストの為、マジで余計な事はしない様にしている。そしてここまで来れたのは、ホンダと皆のおかげ。今回はその最大限の感謝を込めて走ると決めていた。俺は、このラウンド限定というより日本GPで使うはずだったヘルメットも作っていた。名前は「サクラ・ハリケーン」という名前で、とにかく日本をイメージしたデザインになっている。周りには桜吹雪を散りばめ、サイドと頭上には、日の丸と自分の名前を入れている。ホントは「セナ・ユナイト」を持ってきたかったけど、最後くらいは自分らしく行こうと思ってファエンツァのお家に置いて来た。晴南も、多分初めての限定のヘルメット「サクラ・ストリーム・ユナイト・セナ」という、アイルトン・セナのメットをオマージュした限定ヘルメットを持ち込んだみたいだ。そこから、今シーズン最後のフリー走行の時間となった。俺は、まだ皆に感謝の言葉を言うには早いなと思って、胸にそっと秘めておいた。そしてマシンに乗り込み、コースイン。晴南も後を追うようにコースイン。かなり走り込んで結果はトップ5と納得いく結果に。晴南もそのトップ5に入っている。そして今シーズン最後の予選。ここでもホンダパワーが炸裂。まずは皆揃ってQ1突破。Q2では、なんと晴南が12番手とあともう少しのラインでノックアウト。俺は3番手でQ2突破。Q2終了後晴南は涙を流して泣きながら俺に、「先輩…今シーズン…本当に…ありがとうございました!私は、先輩と一緒に走れて良かったです!…来年もよろしくお願いします!」とメット越しに感謝のメッセージを述べた。俺も「俺も今シーズン晴南と一緒に走れてよかったよ。次の最終セッション、晴南の分まで戦うから!見てて俺の走りを。でも早いけど、今シーズン本当にお疲れ様。ダブルルーキーという事もあって色々大変だったけど、俺も晴南から学ぶ事も多くあったし一緒に走れて楽しかったよ。こちらこそありがとう。そして、ここまでよく頑張ったね。ヨシヨシ」と抱きしめながらメット越しに頭を撫でてた。今シーズン最後の予選最終セッション。俺は、とにかくメルセデスをぶっ潰す事に固執していた。あの漆黒の矢「ブラック・アロー」を絶対に前に出してはならないと。言い方は悪いけど、ハミルトンには、そろそろ王座という椅子から降りてもらわないと、見てるこっちが大変つまらなくなってしまう。もう8回も王座という椅子に座って、我々を見下ろしてる面拝むのは真っ平御免だ。そしてセッション開始の時間となり、俺は晴南に「じゃ、晴南の分まで戦ってくるよ。行ってきます。」と言いグータッチしてマシンに乗り込み、「エンジン、スタートアップ!!!」と言うとエンジンが始動。そしてギアをローに入れて、先陣切ってコースイン。レッドブルの2人も、その後にコースインからのアタック開始。まずは俺がトップになった。そしてその後に、フェルスタッペンがトップになった。セッション残り時間がほぼゼロになったと同時に、再度フェルスタッペンがポールポジションになり、最終戦の最前列を獲得。俺はメルセデスの前の3位で予選を終えた。俺はこの時、「悔しい、もっとやれた。」などという言葉は一切無かった。むしろ「やりきった。もうこれ以上無いくらいに。」その言葉が浮かんでいた。そして迎えた「最終決戦。」フェルスタッペンの王者獲得条件は「とにかく勝つ事。」それだけであった。レース前に俺は、フェルスタッペンに「今回のレースはフェルスタッペンが主役だから、俺はメルセデスの2人を、晴南と共にぶっ潰しとくよ。とにかく今日は勝って欲しい。どうしても。」と言い、フェルスタッペンも笑顔で快諾してくれた。そして58周という長くとも短い最終決戦の幕が上がろうとしていた。俺と晴南はレース前に、2人揃って来期残留の報せを聴いて舞い上がっていた。もう、トス爺ったら、焦らすの大好きなんだから!レース前には皆して集合写真を撮った後に今シーズン選ばれし20名の集合写真を撮るはずが、ここに来てマゼピンが新型コロナウィルスのPCR検査とかやった結果「陽性反応」が出た為欠場に。したがってハースは、すぐにすぐリザーブなんて見つかる訳もなく、シューマッハだけの1カー体制に。そして、ドライバー達で集合写真を撮った時、皆、開幕戦以上の笑顔を見せていた。まぁ、あんだけピリピリしてた分、笑顔はとびきり級だった。そして写真を撮った後、俺らは一度モータールームへと戻ると晴南がとんでもない事を抜かしてきたからすごく驚いた。それは俺がレーススーツとかに着替え終わった後だった。ドアをノックする音が聞こえて晴南が「入って良いですか?」と言うと俺は、「入っていいよ。」と言うと晴南が「失礼します。」と言い入ってきて「先輩…私、今すごく不安なんです。無事にラストダンスを踊りきれるかどうか。初めてなんです。こんなに不安になってソワソワするの。だから一人でいて不安とソワソワでおかしくなってしまうより、先輩と一緒に居た方が落ち着くんじゃないかと思って。それと先輩にひとつお願いがあります。わ…私の…は…初めてのキスを奪ってくれませんか!!ギュッと抱きしめて貰うだけじゃ収まらないんです。この不安とソワソワが。」と言って来て、俺は「お…おい、待て待て待て、気は確かか?流石に緊張のあまり気でも狂ったのかと思ったよ。でも君の願いはよく分かった。おいで。」と言い晴南も「はい。」と言い俺のとこに来て、俺は「晴南、目を閉じて。いくよ。」と言い、何の躊躇いもなくやった。そして終えて「目を開けて。」と言い晴南は目を開けて、俺は「君の初めてのキス、奪っちゃった♪そして付けちゃった♪キスマーク。これで不安も少しは和らいだんじゃない?それとラストダンスをちゃんと最後まで踊りきる為のお守りだよ。それとこのキスマーク、ピンチの時には何が役立つと思うから。これにはデカい力宿ってると思ってもいいから。だから首筋に付けた。何がなんでもポディウムを取るぞという「執着心」があるという意味で。」と言うと晴南は顔を真っ赤にしながら「あ…ありがとう…ご…ございます。わ…私は、ど…どうしても…せ…先輩に初めてのキスを奪って欲しかったんです。そして付けて欲しかったんです。キスマークも。これで私は今日のラストダンスを自分らしく思いっきり踊りきれそうです。」と完全に湯気が出てるような感じだった。そして俺は「よし、不安と緊張も和らいだ事だろうし、気持ち切り替えて行くぞ。準備しな!ホンダと踊るラストダンスの準備を!」と言い晴南も「はい!」と今まで通りの感じに戻って準備をしに自分の部屋へと向かった。そして俺も一人集中力を高めた状態でガレージへと向かい、ヘルメット類を被り、HANSデバイスを着けて、晴南に「それじゃ、パルクフェルメかゴールラインで。」と伝えてハイタッチをしてマシンに乗り込み、「エンジン、スタートアップ!!」と言いエンジンを始動させてコースイン。そしてグリッドへと向かい、マシンから降りて一通りの儀式を終えて再びマシンに乗り込んだ。そしてセーフティカーランを終えて、俺は無線で、「さぁ、踊ろうじゃねぇか!ラストダンスを!ホンダと踊る本当に最後のダンスをな!!レッドブルと一緒に!!悔いのない様に!さぁ、かかって来いメルセデス!!今の俺達は無敵だ!!ホンダを侮るな!!今日の舞台の主役は俺達ホンダだ!!」と言うとカルロも「あぁ!!全く持ってその通りだぜ!ヘッヘッヘ…踊ろうじゃねぇか…ホンダと踊るラストダンスをよ!!ホンダと踊る本当に最高で最後のダンスをな!!お互い悔いの残らねぇ様に、思い残す事なんて無ぇ様にな!!」と、イタリア出身の彼は、かなり血が騒いでいたのか、口調からして、俺の想像以上に気合が入っていた。そしてシグナルが赤から黒になり「最終決戦」の幕が切って落とされた。スタートはほぼ完璧に決まりメルセデスを封じ込める事に成功した。そして晴南も12位から伝家の宝刀「ロケットスタート・システム」を使い、8位へとジャンプアップ。そして俺はフェルスタッペンの後でとにかくメルセデスを封じ込める事に徹していた。そしてレースも中盤となった所で、今回はフェルスタッペンのバックアップ役に徹していたペレスが、燃料をかなり軽くした状態で走って、相手を前に出さない様にして、フェルスタッペンのバックアップをする「軽タン、鬼ブロ大作戦」を無事に遂行してリタイア。そして俺もピットイン。俺はウルトラソフトタイヤへと替えて勝負に出た。そして晴南もその後にピットイン。俺と同じ戦略を採った。そしてレースも終盤に差し掛かったところでイエローフラッグ。俺はこの時「ラティフィのやつ」と言いかけていた。しかし、これで差がほぼゼロになった。しまいには、ハミルトンの後。完全に希望の光が消えたかのように見えた中、ラスト1周という超スプリントで、泣いても笑ってもこれが本当にラストの「最終決戦」が始まった。俺はイエロー解除直後から、いつでもハミルトンをぶち抜いて撃墜する準備をしていた。そしてイエロー解除及びレース再開直後にぶち抜いて即撃墜。この時俺は、無線で「よし!これでメルセデスは封じ込めた!あとはフェルスタッペンのバックアップに徹する!!晴南にはボッタスのリズムを崩壊させて3位になれとジュリオに伝えてくれ!」とカルロに無線で伝えるとカルロは「了解!今すぐジュリオに伝えるよ!」と返ってきた。そして晴南もジュリオからの無線を聞いて、最後の力を振り絞り、ボッタスのリズムを上手いこと崩壊させて、3位へとポジションアップ。そしてフィニッシュラインを通過して、フェルスタッペンが初の年間王者を獲得。ホンダも最後の最後を1991年のアイルトン・セナ以来30年ぶりの王者獲得という最高の形で締めくくる事が出来た。俺も2位でフィニッシュして晴南はその後ろ3位だったけど「最後くらいは2台揃ってゴールラインを通過しよう」と俺がわざとペースを落として晴南に追いつく形で2台揃ってランデブーフィニッシュ。ホンダの最後をポディウム独占という最高の形で終える事が出来た。俺は無線で「やっと踊りきったな。ラストダンス。本当に皆、今シーズン、本当にありがとう。そしてホンダ、いや、アルファタウリの皆にはありったけの感謝を伝えたいくらいだ。2009年からF3で育成に入って、2013年のGP3世界王者、2015年の失意の帰国からの2016年の欧州復帰、そして昨年のF2世界王者獲得からのF1デビューとホンダには感謝してもしきれない。明日にはもう…あれ…何でだろう…涙が…涙が止まらない。でも…ここまでホンダと一緒に歩んで来た旅路はこれからもずっと続いていく。例えそれがどういう形になろうと、どういう姿になろうと。アブダビのテスト後には…も…もう…ホンダという名前はF1から消えちゃうけど、完全に消えちゃう訳じゃないんだ。皆の心の中で生き続けて行くんだ。そしてまた帰ってきた時は、また俺らアルファタウリとレッドブルをパートナーとして選んで欲しいな。ホンダがまたF1に帰ってくるその時までずっと待ってる!!何年も何十年もずっと待ってる!!そしてまた帰ってきたらさ、もう一度、また皆と一緒に歴史を作ろうよ!今度はドライバーとコンストラクタータイトルの2冠を!そして、今まで本当にありがとう!!The Power of Dreams!この言葉信じて突き進むから!!ありがとう!!ホンダ!!」と今、自分が言いたかった事と、ありったけの感謝を全部言った。そしてパルクフェルメに向かいマシンを降りて俺はフェルスタッペンに「王者獲得おめでとう!!!」と伝えると「ありがとう!!!やっと夢が叶ったよ!ホンダと一緒に世界の頂点に立つという夢が!!」と大喜び。そして晴南も俺のとこへと向かって来て「先輩、今シーズン本当にありがとうございました!!私もホンダとのラストダンスをポディウムという最高の形で踊りきることが出来て嬉しいです!!!それとファーストキスとキスマークを付けてくれてありがとうございました!!私は、あれで不安とソワソワが全部吹っ切れました。そして、ファイナルラップに先輩が背中を押してくれたおかげでポディウムを獲得することが出来ました!!あれ…おかしいな…何でだろう…な…涙が…と…止まらない…なんで…。う…うァァァァあああああん!ァァァァあああああん!!先輩…先輩!!。やっぱり私辛いです。ここでホンダとお別れするのが…せっかくここまで来れたのに…ここでお別れなんて嫌ですよ!まだまだ一緒にホンダと戦いたかったです!!」とプツンと何かの糸が切れたかのように大粒の涙を流しながら言うと、俺も涙をこらえながら「とにかく今シーズンお疲れ様。俺も今はっきり言って辛いんだ。こんな終わり方を迎えたくないって。でもな、晴南、これから先、俺もそうだけど晴南もいっぱいこういう経験していくと思うよ。出会いと別れを。とにかく今は呼吸を1回整えようか。もし一人で無理そうだったら俺が優しく抱きしめてあげる。」と言い、今にも壊れてしまいそうな程、繊細な晴南を、優しくそっと抱きしめた。そして晴南は「せ…先輩…い…今は顔を見ないでください…だ…だから…バ…バイザー…あ…開けないで…く…ください。もし…開けちゃったら…わ…私…ほ…本当に…お…お嫁さんに…い…行けなくなっちゃうから。こ…こんな…恥ずかしい…か…顔…み…見られたくない。」と泣きながら、「今は離れないで!!」と言わんばかりに俺の胸の中からなかなか離れなかった。よほど落ち着くんだろうな。そして俺は「ヨシヨシ。よく頑張ったね。辛かったよね。苦しかったよね。俺がもっと寄り添ってやればよかったね。来季はもっともっと晴南に寄り添ってやるから。これだけは、約束する。だけどファーストキスの味忘れたりしちゃダメだよ。でも、晴南もまだこういう子供らしい所もあるんだな。それと、少しだけバイザー開けさせてくれ。」と言って俺は晴南のバイザーを開けて自分の指で、そっと涙を拭った。すると晴南は「輝…先輩…お…お願いですから…い…今は…恥ずかしい事をしたり、言わないでください!もう!輝先輩の…バカ…この責任は、ちゃんと取ってもらいますからね!」と顔から湯気が出てるような感じで俺に言った。そして俺はしばらくしてメディアに「今日のラストダンスは、ホンダと全世界のF1ファンとモータースポーツファンの皆で踊った最高のダンスでした!ペレスがリタイアしたと聞いた時はペレスの分まで頑張らないといけないと思って、もっと気合い入れて踊りました!!そして、今日のレースは記録より、皆の記憶に残る最高のレースになったと、俺は思います!!そして最後の最後まで諦めずに頑張ってきて良かったです!!また来季も暴れ回りますから、皆しっかり見ててください!!今シーズンは、本当に多くの応援ありがとうございました!!」こう、インタビューに答えた。そして最終成績は以下の通りになった。年間王者はフェルスタッペン、2位はとにかくホンダの為に、自分の為にと頑張った晴南、3位はスランプに陥りながらも諦めずに頑張って晴南とは1点差まで追い詰めた俺とホンダの123独占。そしてヤングドライバーテストのドライバーも発表された。ドライバーは俺の後輩の柳川 結希選手と岩佐 龍輝選手と2年連続の日本人コンビに。これにて激動の2021シーズンも幕を閉じ、来年は車両規則も大幅に変わり新世代のマシンに。パワーユニットも「ホンダ」から名前を変えて「レッドブルパワートレインズ」に。そして、ありがとうホンダ。また会う日まで。そしてレース後に宮藤も俺のとこへとやって来たら、まぁ、晴南はものすごい形相でこっちを見ていた。そして俺は宮藤に「今シーズンもドンパチできて良かったよ!ありがとう!来季もまた走ると聞いて嬉しいよ!今度はイーフェイと一緒に。また、楽しくやろうぜ。」と言うと宮藤も「いつでもかかって来なさい!望む所よ!!今度はイーフェイと!」と彼女らしい返答をした。そして話し終えて帰ろうとすると晴南が「先〜輩♪待ってください♪私の中では、まだ今シーズンは、終わっちゃいませんよ♪」と完全に俺をシバキ回す準備をしていた。俺は「やべぇ!これ以上は危ねぇ!」と思って開口一番「すまない!晴南!この通りだ!!許してくれ!ダメか!?」土下座して謝る羽目に。またこれをルキノとかが面白がってスマホで撮影してたもんだから余計すごい事に。そしたら晴南は「今回は目をつぶってあげます!!でも、今度やったら今日の仕返ししますからね!!覚えておいてくださいね!!私に付けたキスマークと同じ部位に。」と完全にヤキモチ妬いていた。でもこんな姿も見せるから憎めないんだよな。こうして今シーズンのF1世界選手権は、F1の歴史にまた新たな1ページを書き記したのであった。そして、パルクフェルメで晴南が放った一言に対して俺は晴南に「良いよ。確かに晴南が顔見るなって言ってんのにバイザー開けて見てしまったの俺だし責任取るよ。でも泣いてる君もカッコよかったし、俺がここまで一緒になってやって良かったと言える最高のパートナーだよ。今シーズン本当によく頑張ったね。実はアルファロメオにいる宮藤との女子会をどっか行くふりしてニマニマしながら少し聴いてたけどなかなか楽しそうだったみたいね。俺は龍輝や結希、イーフェイと同じチームから若手テストに出る志龍とかと馬鹿話して大爆笑してたけどね。それと2年前に言った事忘れちゃいないよね?」というと晴南は「もう!!輝先輩のこういう所ですよ!!でも…私自身もなんか輝先輩といると自然と落ち着くんです。これからも…いや…ずっと先輩の隣に居させてください!!1人のドライバーでは無くて1人の男性として!!先輩…私は…先輩の事が…大好きです!!でも、初めてなんです。人を好きになるのって。だからどうしたらいいかわかんなくて。私は先輩と一緒にホンダの育成ドライバーとして海外で走る事が決まってからこれをいつ言おうかずっと悩んでて、だから宮藤先輩にも頻繁に相談してたんです。私、先輩の走りと、人柄と、優しさに一目惚れしていて、ずっと胸にこの想いを秘めてたんです。GP3やFIA-F3の時からそうでした。私が下位チームからエントリーして一番辛くて苦しいい時期に手を差し伸べてくれた時に。「俺も頑張るから、一緒に頑張ろ。俺も全力でサポートするから。」その一言があるから今の私が居るんです。先輩…私が一番辛くて苦しい時期に助けてくれてありがとうございました!あの一言があったからマカオF3を制覇出来たんです!それと2年前に私が言った事まだ忘れてないなんて先輩にはまだまだ追いつけません(笑)」と本音全開。俺も多少困惑しつつ、「俺も実はずっと隠し通せるかな〜って思ってたけど、どうやらここまでみたいだね。晴南…俺は君が好きだ!!!1人のドライバーでは無くて1人の女性として。だから俺もずっと晴南の隣に居てもいいか?もっと寄り添っていいか?俺は晴南の事が大好きだ!!」と俺からも告白した。「これでやっとモヤモヤが晴れた。2年前に出来なかった事を出来た。」そんな気持ちでいっぱいだった。ちなみにこれを誰も見てない訳なくて宮藤が見てて「WOW!なんと、ダイナミックな告り方な事。でも晴南ちゃんも輝にちゃんと想いを伝えられて良かったね。」とつぶやく程だった。とりあえず晴れて「先輩後輩」から「カップル兼チームメイト」になった訳だけど、俺は晴南に「それと頼むからさ、Twitter上で女子会開くのだけは勘弁してくれ。見てて無性にリプ送りたくなっちまうから。それと毎回毎回Twitter上で女子会やるのは良いけどごく稀に話題がかなり生々しくなってんのに気付いてくれ。まぁ面白い事に変わりないのは良いけどね。たまにはリミッターかけようね。」とアドバイスを送ると晴南は「えっ!!アレ見てたんですか!?」と驚いていた。俺は、「リツイートしてないだけ良いと思った方が良いぞ。1回だけ俺面白半分でリプ送った事あるけど、そしたら宮藤が「おい、何見てんだ!!変態野郎!!シバくぞ!!お前はpixivで小説か同人誌か何か漁っとけ!!それと後でDM来ようね♪いい子いい子してあげるからさ。」って超辛辣なリプ来たけどね(笑)それと危うくDMで処刑されかけたよ(笑)。」と話していたら晴南も大爆笑していた。そして、どっから聞いたのかは知らないけど後ろから宮藤が「この…幸せ者!」と後ろからやって来てくれて「晴南ちゃんの事、大切にしなさいよ!!もし大切にしなかったりしたらマジで私の拠点でもあるスイスのヒンウィルからあんたの活動拠点であるイタリアのファエンツァまで行って家凸ってシバき回しに行くからね!覚悟してなさいよ!」と言ってくれた。そんな事もあった今シーズンは無事に閉幕したのであった。



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Round23 番外編 エピローグ

前回は、ホンダと踊ったラストダンスをお届けしたけど今回は、若手テストでの様子とかをお送りするよ。と言ってもだよ、今回のテストでの俺と晴南の役割は来季導入する18インチタイヤのテストだから走り込むという事はあまりしないかな。あくまでも確かめるだけだから。でもF2以来の18インチタイヤだからF2で培った経験が活かされると思う。そしてセッション開始となりコースイン。今回のメニューは午前中は俺で午後が晴南という感じ。そして俺はここで一つ大きな違いに気付いた。それはタイヤ特性があまりにも違いすぎると言うこと。だけど自分が納得行くまで走り込み、データもある程度取れた為、ここで俺はピットへと撤収。これで俺は走り納めだ。そして次は、晴南の番。俺は晴南の走りを見守る事にした。そして晴南もかなり走り込んで満足してピットへと撤収。これで晴南も走り納めとなった。そしてその後に若手の結希ちゃんと龍輝がAT02(しかも結希ちゃんの方は、俺が作ったヒカルスペシャル)をシバきにシバいてくれたもんだから、こっちは「シバくのはいいけど、頼むからぶっ壊さないでくれよ」とかなりヒヤヒヤしながらモニターを見ていた。そしてテストも終わり俺と晴南はイタリアのファエンツァのお家に帰る準備をしていた。そして俺は晴南に「そろそろ帰るとするか。」と言うと晴南も「はい!久しぶりにお家に帰りましょう!!」とかなり高揚した様子で返事をした。そしてフランツ監督に「今シーズン本当にお世話になりました。来年もまたよろしくお願いします。」とお礼を言うと監督も「今年は大いに楽しませてもらったよ。こちらこそお礼を言いたい。ありがとう。また来年もよろしくね。」とお礼を言ってくれた。そして俺と晴南は帰路へと着きファエンツァのお家に帰ってきて久しぶりに、活動拠点のイタリアの、のどかな景色とかを眺めたりヘルメットのメンテナンスとかをしてリラックスしていた。あとはTwitterやインスタの更新とかもしたりしていた。これで全て終わったとホッとできる反面「あっという間に終わっちゃったな。ホンダと歩んだ22戦。」という寂しさにも包まれていた。あとは晴南に「普段はカップルとして接していいけどレースの時はチームメイトとして動いて欲しい。レースが終わるまではチームメイト、サーキットを出たらカップルという取り決めをしたいけどいいかな?」と聞くと晴南も「わかったよ〜。」とかなり気の緩んだ返事をしてくれた。まぁ…凄くわかるよ。久しぶりにお家に帰ってきて、年間22ラウンドも戦って、身も心もかなり張り詰めすぎて疲れた状態だから、気が緩んで素が出ちゃうの。俺は晴南にそれとなく「あれ?もしかして気が緩んで素が出てた?今?」と聞いてみたら晴南は「ふぇ!?もしかして私出ちゃってました?」と驚いた様子だった。俺も分かるよ。こうなるの。俺だってそういうタイプだから。とにかく2人して決めてるのは「レースの時は上下関係を忘れないような話し方をする。プライベートは普通にタメ口でいいよ。」というのをお互いに告った時に決めた為、普段とは比べ物にならないくらいゆるゆるなコンビになっている。その為レースでは「輝先輩」という呼び方だけどプライベートだと「ひー君」と呼び方が変わっている。そして晴南が「ひー君」と言ってハグをすると俺はちょっとフリーズした感じになって動かなくなっていた。そして晴南は「すごく落ち着く」と言ってなかなか離れなかった。確かに人の心音は落ち着く事が出来る。俺は何故か晴南の頭を撫でて背中をとんとんしていた。なんだろう、母性本能が疼いていたのかもしれない。そして俺もついウトウトし始めてうたた寝しかけていた。いっそこのまま寝るのも良いなと思ったけど流石にリビングより自分の部屋派の為、お風呂はいってリフレッシュして晴南にも「お風呂はいってきてリフレッシュしてきな。俺は自分の部屋に居るから。」と言って自分の部屋へと向かって久しぶりに一昨年のF1日本GPのレースウィーク前に、日本から持ってきていたギター2本(俺が大好きなバンドリの劇中に出て来たやつ)をギターケースから出してそれのメンテナンス及び動作確認とかをしていた。ちなみに誠真のメットもF2ラストレースで使った後も、いや、引き取った時から、しっかりメンテナンスしている。だけど一つ問題がある。それは無線機が装着されたままということだ。だけど基本マシンにマイクジャックを繋がない限り動かない為一応動かそうと思えば動かせるのだが、今はただの飾りになっている。そして晴南も自分の部屋へと向かい色々作業とかしてたとかしてなかったとか。そして翌日、俺は、ふとある事を思いついた為晴南に「ちょっと俺の部屋に来て欲しい」と俺の部屋に呼んでとある提案をしてみた。「早い話だけど、再来年の夏にさ、鈴鹿10時間サマーエンデュランスレースに出てみないか?俺と一緒に?実はここだけの話、俺は二回出てるんだよ。ホンダのチームで。NSX GT3に乗って。」と言うと晴南は「出てみたい!でも…私に耐久レースを戦い抜く体力が…それと…聞いた話だと電子制御の塊だから慣れる事が出来るのか心配。」と俺に言うと、俺は「心配し過ぎだって。実際に乗った人間がここに居るじゃん。ひとつ言うと、当時乗ってたF2マシンよりめちゃくちゃ楽で運転しやすかったよ。ABSとTCSは標準装備でしかも電動パワステ。あれで俺はパワステのありがたみを知ったね。」と言うと晴南は「なら、私にも扱えそう。」とかなり興味津々。そして俺は「それと俺らは常日頃からピレリの世話になってるから膨大な知識量とデータ量がある。だけどスペックが違うから慣れるのには多少時間かかるけどね。でもピレリを知り尽くしてるドライバー2人も乗せたらある意味チートになるよ。しかも現役バリバリのF1ドライバーを。」なんて言ってたら晴南も「そうだね。」と言った。そして俺は「何ならホンダレーシングに電話するかアルファタウリに行って話つけてこようか?徒歩で行ける距離だし。散歩がてら。それとアルファタウリを走らせたら面白い事になると思うよ。」と言って俺は大至急ホンダに連絡してみた。そしたら「君達が耐久レース出たいなんて珍しいね。どないしたん?日本が恋しくなったんか?」と聞かれて「まぁそうですね。簡潔に言えば。それと少し面白い事したいんですよね。レッドブルとアルファタウリで鈴鹿にNSXGT3EVO使って参戦しませんか?」なんでボソッと言ったら「えらい、面白いアイディアやな。」とノリノリだった。そして俺はアルファタウリのメインベースへと向かいある部屋のドアを3回ノックすると「入って良いよ。」と言われ「ヘルムート博士、失礼します。」と言い部屋に入り、俺は開口一番「再来年の夏の鈴鹿10hサマーエンデュランスレースにエントリーしてみませんか?ドライバー編成はこんな感じにしました。第1ドライバーが俺で、第2が晴南、第3がスーパーGTでチームクニミツから、スーパーフォーミュラでは、チーム無限で絶賛大暴れしてくれてるガスリーという編成です。どうでしょうか?」と言うとフランツ監督は「実に興味深くて面白い組み合わせだね。それで晴南ちゃんの方は?良いって言ってくれたのかい?」と聞かれて俺は「はい。実はこれ思いついたの昨晩頃なんですよ。しかも昨年のF2最終戦で使ったメットと日本から持ってきていたギター2本のメンテナンス及び動作確認をしてる時に。それで、その日に言おうかなと思ったんですけど時間も時間で流石に寝ないとなんて思って、晴南には今日伝えたんです。そしたら彼女も出てみたい!と快諾してくれました。」と監督に伝えると「それは良かったよ。たまにはこういう経験も大切だしね。」と言うと、俺は「ここでもう一つ思いついたのが、俺んちとことレッドブルで再来年の夏に、鈴鹿10hに参戦してみませんか?」と言うとヘルムート博士は「大変興味深い。何なら今すぐにでもクリスチャンに電話しようか?」とマジで電話し始めた。「もしもしクリスチャン?うちのとこのヒカルがさ、鈴鹿の夏の耐久レースにチームとしてエントリーしてみないかなんていう提案をしてきてさ、しかもF1同様のパッケージで。ドライバー編成はうちのとこはもうヒカルが決めたみたいだし、あとは、クリスチャンの所を決めれば良いわけだよ。あっ、そうそう確かジュニアにイワサというドライバーがいるはずだからその子も入れてやって欲しい。また鈴鹿で一緒に暴れようじゃないか。」とヘルムート博士が言うと、クリスチャン・ホーナー監督は「いきなりなんの電話かと思えば、鈴鹿の夏の耐久レースの話ですか。それならとっくに答えなんて決まってますよ。もちろんYesですよ。ヘルムート博士。」と返して「それなら安心だよ。」なんて言う会話を終えて電話を切るとフランツ監督は「レッドブルも出るだとさ。それとナンバーはどうするんだい?」と俺に聞いてきてナンバーは「252で、その理由は俺と晴南のナンバーである71と81、チームクニミツのナンバー100を足した数です。」と言うとフランツ監督は「良いね。」とお気に入りの様子。そしてしばらく話をした後「失礼しました。かなり早いですが良いお年を。」と言ってフランツ監督の部屋を出て家に戻って晴南に「結果はokだって。それとドライバー編成は第1ドライバーが俺で、第2が晴南、第3がチームクニミツにて大暴れしてるガスリーなんて言うのはどう?」と言うと晴南は「良いね。それとガスリーを入れようなんて良く思いついたね。」と俺に聞いて来て、俺は「ちょうど今日本で活躍しててね。つい最近もSFのテストどうだった?なんて話してたし。」と言うと晴南も「あ〜。それならドライバー編成に入れるのも分かるよ。」と納得の様子だった。それと俺は晴南にある事を言った。「俺を1人のパートナーとして選んでくれてありがとう。」と。すると晴南も「私こそ、1人のパートナーとして選んでくれてありがとう。」と言ってくれた。そして俺は晴南に「あの時、俺を助けてくれてありがとう。」と言うと晴南は「あの時、私はひー君にできる事をしただけよ。それで助かったのなら私は嬉しい。それとマカオでの勝ち方を教えてくれてありがとう。」と素直な気持ちを言葉にすると俺も「俺は何としても晴南を世界の頂点に立たせたかった。だからART GPがマカオにカムバックして晴南が出ると聞いた時に進んでアドバイザーになった訳よ。」と言うと晴南は「最初、ひー君がアドバイザーとして帯同する事になったと聞いた時はよすごく嬉しかったし、自信もって走れた。だから勝てたんだ。」と懐かしんでいた。そして時間が経ち、「さて、時間も時間だしそろそろ寝るとするか。」と俺が言うと晴南も「うん。そろそろ寝る時間だね。おやすみ、ひー君。」と言い、俺も「おやすみ、晴南」と言って眠りについた。こうしてホンダと晴南と共に歩んだF1参戦初年度は無事に終わるのだった。Good bye Honda.Idon't never forget.see you soon.



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Round 24 番外編その2 俺と晴南の出会い

今回は、俺と晴南がどのような経緯で出会って結ばれたかを紹介するよ。まず俺は、つい最近まで晴南の事を知らなかったし顔も見たこと無かった。そして晴南を初めて知ったのは…確か…2013年頃だったかな?ちょうど俺は、この時GP3にカーリンから出てて、ノリノリで大暴れしてた時だった。実はこの時まではっきり言って彼女と面識がなかったくらいだ。そして初めて彼女と顔合わせたのがその年の東京オートサロンだった。でも「トヨタの方から一人新人持ってきた」という話自体は耳にしてたし個人的にも、その「新人」というのが凄く気になっていて実際に会って話をしてみたかった。そして体制発表の時にアナウンサーが「今シーズンのGP3に参戦するドライバーを紹介します。まず1人目は、カーリンから九嶋 輝選手が、そして2人目は、MWアーデンから佐藤晴南選手がエントリーします。」とアナウンスして俺と晴南はステージに立ち「今年こそ悲願の王者獲得を狙ってるので応援よろしくお願いします!!」と俺は言った。そしてその後に晴南が「初めての海外レースなので自分らしく精一杯頑張りたいと思います!!」とコメントしてからだ。関係が始まったのは。最初のうちは俺も「よ…よろしくお願いします。」という感じだった。そして転機が訪れたのは第4戦ドイツGPだった。晴南はこの時早くも海外レースの洗礼を受けておりかなり苦しい様子だった。そして俺は快勝する中、晴南は下位集団に埋まってるという感じが続いていた。そしてレース後、俺は晴南に「おいおい、大丈夫か?なんか辛いことでもあった?話聞こうか?」と言うと晴南は「先輩、私どうしたら良いか分からないんです。このまま消えちゃうんじゃないかって。怖いんです。でも…でも…私がここで諦めたら全てを捨てることになっちゃう!!だけど辛いよ…なんで…なんでなの!なんで私の思い描いてる様に行かないの!!なんで!!」と俺に泣きながら取り乱したかの様な感じで言うと俺は晴南に「分かった。もう話さなくて大丈夫だよ。辛いよね、苦しいよね、でももう大丈夫だよ。俺が居るから。俺だって最初のうちはそんな感じだった。その時に色んな人に助けて貰って今がある。今度は俺が君を助ける番だ。大丈夫だよ。俺がついてる!!だから君も頑張ろ。俺も一緒に頑張るからさ!」と励ましてやった事から関係が始まったのだ。そしてその5年後に晴南はGP3で年間2位を獲得したけどF2のシートに空きが無い様な状態だった為、晴南は引き続きFIA-F3(旧GP3)に王者獲得を目標に挑んだ。そして晴南にある転機が訪れた。それは晴南がカンポスからベルギーから最終戦まで緊急参戦するという本人も思わぬ形でF2シートを獲得したという事だ。そして晴南がベルギーから最終戦までカンポスからF2に緊急エントリーしてる間にトップから陥落したにも関わらず、何とトップ4が最初の1周目でリタイアするという大波乱が起きて、大逆転で王者獲得を決めた時に、俺は、すぐ様晴南の元へと駆けつけて「やったね!!王者獲得おめでとう!!!」と一緒になって大はしゃぎした。そして今度は晴南が俺を助けてくれた。それは、今でも忘れることない2019FIA-F2ベルギーGPのスプリントレース。あの時俺は、泣きながらガレージへと帰ってきた時、レース後に晴南が「輝先輩、お疲れ様。よく頑張ったね。今度は私が先輩を助ける番。ヨシヨシ。すごくカッコよかったよ。いつか私も先輩と同じ舞台に立つから見てて!私の走りを!!」と励ましてくれた。そして晴南は次の年に念願のF2へレギュラー参戦が実現。しかも俺がかつて在籍していたカーリンからのエントリー。俺はこの時位から少しだけ晴南を意識する様になっていた。そして活動拠点も同じイギリスという事で尚更だ。そして俺は晴南にある提案をした。「一緒に生活してみないか?アッテンボローで。こっちも晴南のチームの様子とか聞きたいし、カーリンの特徴とかも教えたいし。あとはオンボードとかを見て色々比較したいから。」と。そしたら晴南も「良い提案ですね。私も毎回毎回拠点探しに苦労するタイプなので。これで一安心できます。拠点を探さずに済むので。」と快く受け入れてくれた。そして迎えたF2最終戦ではかなり晴南は葛藤していたと思う。「私が抜けば勝てるけどこれじゃ先輩の夢をダメにしてしまう。」と。そしてF1へとステップアップした時にもそうだけどもうこの時から本気で俺は晴南の事を意識する様になっていた。彼女も一緒だっただろうよ。そしてラストダンスを踊る前に晴南の方から言われて初めて口付けを交わしてキスマークも付けた。そして「ラストダンス」を踊り終えて色々済んだ後に晴南の方から告白されて、俺も晴南に告白してお互いにokを出し合って今に至る。そして今は貴重なシーズンオフを拠点のファエンツァで2人して過ごしている。そしてお互いの部屋にはあの時撮った集合写真を飾っている。そしてお互いにシーズンオフという事もあって結構自由気ままに過ごしている。色々やったりしてね。ゲームとか趣味とか。あと、これだけは欠かせないのがひとつある。晴南がマカオF3を制覇した時の話は次回書くよ。



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特別編 2人の経歴

今回は、俺と晴南の2人の経歴を紹介するよ。まずは俺から。俺は、2009年にSRS-Fを首席で卒業したと同時に、ホンダの育成ドライバーとしてキャリアをスタートさせた。まずは全日本F3(現スーパーフォーミュラ・ライツ)でデビューイヤーで年間王者を獲得。その勢いで、翌年2010年から2014年までGP3で活動して2013、14年に2年連続で世界王者を獲得。そして2015年は、GP3でのシートを見つけられず、フォーミュラ・ルノー3.5とスーパーGTにチームクニミツからエントリーして、フォーミュラ・ルノー3.5で年間王者を、スーパーGTでは年間3位(15ポイント差)を獲得。そこからマカオF3も制覇。この功績が認められて、翌年からステップダウン覚悟のGP3再挑戦。2017年に、年間3位でGP3を卒業して、2018~20年までFIA-F2世界選手権で活動して、2020年に悲願の年間王者を獲得。そして今年、念願のF1デビューという感じだ。晴南に関しては、少し特殊なケースで、ホンダ育成ドライバーとしてのキャリアスタートが、2013年からという少し稀なケースだ。俺が2014年をもって1度GP3を離脱する事になった時は「私も離脱します!!」と言ったけど俺が「晴南はこのままGP3に残れ!!いつか必ず帰ってくる!!」と軽く声を荒らげてしまった事を今でも後悔してる。けどこの時の晴南は、嫌な顔一つせずにちゃんと俺の言う事を聞いてくれた。そして晴南は、これまでホンダの育成ドライバーとしてでは無くて、実はトヨタの育成プログラムであるTDP(現TGR-DC)で活動してたけど2011年をもってユーロF3(現FIA-F3)への派遣を終了。晴南はタイミングが悪い時に育成に加入してしまったのが尾を引き、全日本F3でも、なんかあまりパッとしない成績だった為、育成から放出されて、路頭に迷ってた所を、ホンダが拾って、色々調べたらとんでもない実力を持ってるとのことで、即育成ドライバーとしてホンダに加入した。なんて言う経緯がある。2013年に初めて俺と晴南は一緒にヨーロッパで活動する事に。ちなみに晴南曰く「今の方が居心地がいいし、トヨタの方からTS030に乗ってWECに行かないかなんて言われたけど私を見捨てたところに誘われたって良い事ないと思ってホンダに加入したの。」と言う位ここは快適な場所なのだ。こうしてF1に行くまでのルートを形成する事も育成ドライバーとしての仕事なのだ。ただ俺と晴南は、F1を除いて一緒のチームで活動してたのが2019年のF2でARTGP在籍時とEFOでモトパークで第2戦から最終戦まで緊急参戦した時だけという感じで、あとは別々のチームで活動してたのがほとんどを占めている。だけど晴南も本気でF1目指すきっかけは、俺が2019年の鈴鹿でトロ・ロッソ(現 アルファタウリ)からGPウィークデビューした時からだと思う。ちなみに2015年と19年に、晴南には「スパイ」になってもらう形で育成枠でユーロフォーミュラオープンに「モトパーク」からエントリーしたことがある。理由としては、マカオF3を制覇するにあたって「HWAとスピースが何故あそこまで強いのか」を探る為である。その点だけ晴南には謝っても謝りきれないのだ。でも晴南も結構楽しかった反面「こっちは、いつもヒヤヒヤしながら情報横流ししてたんだからね!バレたらどうしようバレたらどうしようって!」と当時を振り返ってくれたけどこれがあったおかげで「ホンダHRF-3-204」という名機が生まれたのだ。ただユーロF3はこのエンジンで無双して年間王者に輝けたのだから開発能力はかなり高い事が分かる。



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Round exhibition 晴南とマカオ

それは、今から遡る事3年前の11月。ちょうど晴南は俺と一緒のチーム「モトパーク」から、4年ぶりに、EFOにフル参戦(途中からカンポスからF2にステップアップ。)して、最終戦イタリアGPで大逆転王者を獲得した後に待ち構えていたのは、伝統のマカオF3。俺はこの時に「今度のマカオはドライバーでは無くて、アドバイザーとしてマカオF3に行こうと思ってる。」と晴南に話をしており、晴南も快諾してくれた。そしてEFOが終わってから、そのままマカオへと行くのではなくて、一度スペインのバルセロナにある、リカルドトルモサーキットで、マカオF3を見据えた、最終調整とかを行いマカオへと向かった。しかしカーリンは、不安要素が多く「マカオマイスター」の俺でも、心配するレベルだった。だけど俺は、こうなる事を見据えており、事前に色々と策を練っていた。そして晴南にも、マカオの走り方とかを教えていた。そんな感じでマカオのレースウィークが幕を開けた。俺は、とにかく晴南をあの表彰台のてっぺんに立たせてあげたいと、最大限のサポートをする事にした。今回の主役は俺ではなくて晴南なのだから。そしてフリー走行が始まり、俺は晴南に無線で「とにかく無茶とかはするな。落ち着いて走れ。それじゃ、行ってらっしゃい。」と言うと、晴南は「分かりました。先輩。行ってきます。」と言いガレージから出て行った。その間俺はどうも落ち着かなかった。それを見てたトレバーとかからは「本当は、もう一度、お前も走りたかったんだろ。マカオ。」と言われ、俺は「う、うるせぇ。俺は今回、晴南のアドバイザーとして帯同してるだけで走りてぇなんて一言も言ってねぇよ。」と言い返すとさらに「またまたぁそんなこと言っちゃってぇ。」なんて言う会話もしていた。晴南も、現行マシンで初のマカオも慣れてきていたが、どうも走りに一貫性が無いっていうのか、なんて言うのか、まだ完全にモノに出来て無かったので、無線で「晴南、この周でピット戻って。」と言い、晴南をピットへ戻した。俺は晴南に、「もしかしてダウンフォース増やしてる?なんかストレートで遅いなぁなんて思ったから。てか、スペインでやった、ポストシーズン時のセットでしょ。」と聞くと晴南は「はい、増やしてました。コーナーでの安定性が欲しかったので。」と言うと俺は「よし!今すぐ削ろう。このコースには、こんなに立てたウィング必要無い。むしろその逆だ。」と言いメカさん達に「ウィングを寝かせるだけ寝かせて!それと足も少しだけ柔らかくしよう!」と言い、とにかくウィングを寝かせるだけ寝かせて、足もガチガチから柔らかくして、とにかくこのコースに適したセットを施した。勝つ為にはここまでしないと勝てない。そして走らせたらタイムもかなり向上して、マカオ制覇へ期待が持てる一日になった。2日目は実戦を見越した事を色々トライしていた。そして予選。予選でも、晴南は、これまで見た事ない様な強さを発揮して、ポールポジションを獲得した。そして迎えた、予選レース(レグ1)。俺は晴南に無線で「このレースで勝ったくらいで絶対に喜ぶな。ここで勝っても明日勝てなきゃ意味無いから。だけど最初に言っておく。最初のコーナーは注意しろ。ミスったら全て終わる。とにかく落ち着いて。」と言い聞かせてコースへと送り出してやった。そして予選レースは、赤旗中断もあったが晴南が他を寄せつけない速さで圧勝。そして迎えた最終決戦。これが泣いても笑っても最後。これで全てが決まる。勝つ者と負ける者。泣く者と笑う者。全てが。俺はレース前に晴南にこう伝えた。「コースへと向かったら目に見える全てのマシンは皆、敵だと思え。例えそれがチームメイトであれ友達であれ何であれとだ。でも大丈夫。俺がついてる。独りじゃない。それと、晴南が着けてるグローブ誰のだと思ってる?」と言うと晴南は「もしかして先輩のですか?!」と驚いた様子だった。そして俺は「その通り。ちょうどサイズ合うんじゃないかと思ってな。そしてこれは俺が2015年にマカオ制覇した時のグローブだよ。これをお守りにして走って欲しい。大丈夫!晴南なら絶対に勝てる!それじゃ、最終決戦、行ってらっしゃい。」と手を振って送り出した。晴南もそれに応えるかの様に勢い良くコースへと向かった。国際映像には「2015 Macau F3 Winner Hikaru Kushima」と誇らしげに映してくれた。もちろん俺も笑顔でカメラに、誇らしげにサムズアップをした。そしてJスポーツも「あっ、あの姿は…九嶋選手ですね。今回はドライバーでは無くてアドバイザーとしてのマカオF3エントリーですね。」と実況のサッシャさんが言うと、解説のカイル(日系人ドライバー初のマカオマイスターでもあり現在スーパーGTでARTAからエントリーしていて、大暴れ中)が、「聞いた話ですと、今回は晴南をどうしても勝たせてあげたいという事で、自らアドバイザーを申し出たとの事です。」と解説してくれた。そして最終決戦の時間となり、フォーメーションラップが始まった。俺はガレージから、祈る様に見届けていた。そして全車グリッドへと着き、シグナルがオールレッドからブラックアウト。スタートこそ少し出遅れたものの、すぐさま首位奪還。そしてレースは、中盤に突入。ここまで順調なペースで相手との差をガンガン突き放している晴南。このまま行けば、念願のマカオ制覇も時間の問題になってきた。するとそこに「よっ!ヒカル!元気にしてたか?」と何やら気さくな声が聞こえて、振り向くと俺は、「アスマー!久しぶりだな!お前こそ元気にしてたか?こっちはお前から連絡来ねぇからなんかあったんじゃねぇか心配してたんだぞ!?ったく、変な心配かけさせんなよ。」とアスマーに言った。ちなみにアスマーの本名はユーリ・アスマー。エストニアのドライバーで、俺のライバルでもあり、友達でもある。そんな彼は、俺に「すまんすまん!こっちにも色々あってな、連絡する余裕無かったんよ。心配かけさせてホンマにごめんな!」と謝っていたが、彼は何故か知らないけど、日本語がめちゃくちゃ流暢で、関西弁で喋っている。しかも超絶ノリが良い。そしてアスマーは、「何や?もしかして後輩の事が心配なんか?」と話すと、俺は「あぁ。晴南があともう少しでマカオウィナーになるからな。」とアスマーに話すと「ホンマかいな!?そりゃすごい訳だ!道理で俺の周りが、この子の名前で騒がしかった訳だ。」と話してるうちに、ファイナルラップ。俺は晴南に無線で「ラストラップだけど気を抜いたらダメだからね。さ、リスボアの西日が晴南をお出迎えしてくれてるよ。相手との差も大きいから大丈夫よ。そしておめでとう!君が2019年FIAマカオF3ワールドカップの勝者だよ。晴南!」と話すと晴南は「やったァァァァァァァァァァ!!!!」と思いっきり泣きながら喜びを爆発させていた。そしてパルクフェルメにマシンを止めて晴南がマシンから降りると渾身のガッツポーズを決めて感情を爆発させていた。そしてポディウムに登り久しぶりに君が代をマカオに響かせた。そしてレースが終わり全て片付け終わった時に晴南は「輝先輩…大好き!」と思いっきりハグをしながら伝えてきて俺も「俺もだよ!晴南!」と晴南に伝えた。そして集合写真もこれまで見た事ない笑顔を披露して2019年マカオF3ワールドカップは幕を閉じた。



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特別編 今シーズンのプレイバック

さて、アブダビでの劇的な最後を迎えて終えた、今シーズンのF1世界選手権。今回は、エントリーしたチームとドライバーの紹介と今シーズンの目立った所を一挙プレイバック!!それでは、行ってみよう!!

まずは、「絶対王者」メルセデス

 

マシンは、メルセデスW12

 

パワーユニットは、メルセデスM12 E Performance

 

No44 ライアン・ハミルトン(フル)(イギリス)(30歳)

 

No77 ロバート・ボッタス(フル)(フィンランド)(30歳)

 

このチームは今シーズン、レッドブルとバチバチしたチームでもあるが、ボッタスに対する待遇が日に日に悪くなって行き、仕舞いには、ボッタスが「退職届」と言わんばかりのファステストラップを叩き出したりと結構話題に富んだチームだった。今シーズンの締めは、トトさんのヘッドホン破壊というとんでもないラストを飾ったりもしていた。と言うより今年一番のネタキャラは、トトさんだと思う。

 

そして今シーズン、ホンダにとっては30年ぶり、フェルスタッペンにとっては初の世界王者を獲得したレッドブル・ホンダ・レーシング

 

マシンは、RB16B

 

パワーユニットは、ホンダRA621H

 

No33 アレックス・フェルスタッペン(フル)(オランダ)(22歳)

 

No11 ダニエル・ペレス(フル)(メキシコ)(25歳)

 

このチームは、今年すごく強くてメルセデスも太刀打ち出来るかどうかの強さだった。特にフェルスタッペンの活躍もそうだが、レッドブルに移籍してからそのバックアップぶりを発揮して、皆から「必殺仕事人」と呼ばれる様になった、ペレスのバックアップも凄かった。特にアゼルバイジャンでの2勝目もバックアップに徹した賜物だと思う。

 

そして今シーズン、日本人ドライバーのコンビかつダブルルーキーコンビになった、トロピカル〜ジュ!プリキュアスクーデリア・アルファタウリ・ホンダ・レーシング

 

マシンは、AT02

 

パワーユニットは、ホンダRA621H

 

No71(サマー) 九嶋 輝(ルーキー)(フル)(日本)(18歳)

 

No81(ラ・メール) 佐藤 晴南(ルーキー)(フル)(日本)(18歳)

 

このチームは、レッドブルの次に大活躍したチームで、2人揃って優勝と表彰台を経験してるチーム。しかも2人揃ってランキングトップ3になるという快挙も達成したし、無事にカップルとしても成立した。ちなみに余談だが、このチームには柿の種が常備してあり、殆ど俺が飽食している。でもダブルルーキーかつ史上最年少コンビだった分、お互いに学ぶ事も多かったし、楽しかったな〜。最初は規則の関係上、晴南のデビューが一時保留されかけたけど、すんでのところで誕生日を迎えて18になったから、エントリーに漕ぎ着けたなんて言うのもあったな。

 

今年は新たにリカルドが加入してやたらテンション高いチームになった、マクラーレン・メルセデス

 

マシンは、MCL35M

 

パワーユニットは、メルセデスM12 E Performance

 

No3 ミゲル・リカルド(フル)(オーストラリア)(27歳)

 

No4 リチャード・ノリス(フル)(イギリス)(20歳)

 

このチームは、この2人の活躍でかなり盛り上がった。特にリカルドは「シューイ」という行為をよく皆にさせてたとか。でも表彰台とったりとかしてるし、かなり進化していた。

 

そして今シーズン、最終戦を最後に引退表明をしたライコネンと、ルーキーの星奈がコンビを組んだアルファロメオ・レーシング・オーレン。

 

マシンは、C41

 

パワーユニットは、フェラーリ065/6

 

No7 マティアス・ライコネン(フル)(フィンランド)(41歳)

 

No40 宮藤 星奈(ルーキー)(フル)(日本)(18歳)

 

このチームは、なかなかしぶとかったな。でも宮藤が表彰台取ったりと、ルーキーとは思えない活躍をしていた。俺ら同様マシンとの相性が良かったのかもしれない。

 

お次は、実質「昨年型」でしぶとく走っていた、ウラルカリ・ハースF1チーム

 

マシンは、VF-21

 

パワーユニットは、フェラーリ065/6

 

No47 ミケーレ・シューマッハ(ルーキー)(フル)(ドイツ)(22歳)

 

No9 セルゲイ・マゼピン(ルーキー)(Rd1~21)(ロシア自動車連盟所属ドライバー)(25歳)

 

このチームは、シューマッハが初の予選Q2に行ったり、マゼピンの素行が日に日に良くなって行ったりと、結構成長していた。マゼピンにはロシアGPでとても美味しい紅茶を貰ったりと俺も良くしてもらった。ありがとよ。マゼピン。美味い紅茶を渡してくれて。今度日本GPの時には、お前にロシアでのお返しとして柿の種をあげるから。

 

今シーズン、61年ぶりにF1に蘇ったアストンマーチン・コグニザント・フォーミュラワン・チーム。

 

マシンは、AMR21

 

パワーユニットは、メルセデスM12 E Performance

 

No5 ロベルト・ベッテル(フル)(ドイツ)(32歳)

 

No18 ドミニク・ストロール(フル)(カナダ)(22歳)

 

このチームは、上位がめちゃくちゃカオスな事になった時にすごく強さを発揮していた。ベッテルに関してはハンガリーで表彰台取ったりとかもしていた。その代わりストロールが、結構地味な印象しか無かった様な気が…

 

今年は、オランダとかで表彰台取ったりと、何故か、いきなり覚醒したウィリアムズ

 

マシンは、FW43B

 

パワーユニットは、メルセデスM12 E Performance

 

No63 ジャスティン・ラッセル(フル)(イギリス)(23歳)

 

No6 ニック・ラティフィ(フル)(カナダ)(25歳)

 

このチームは、今年は凄かった!!何せ久しぶりの表彰台とポイントを獲得したのだから!!特にラティフィの男泣きにはグッときたよ!!

 

今シーズンは、新たにサインツが加入し、復調の兆しが見えた、 スクーデリア・フェラーリ・ミッション・ウィノウ

 

マシンは、SF21

 

パワーユニットは、フェラーリ065/6

 

No16 エディー・ルクレール(フル)(モナコ)(24歳)

 

No55 ラファエル・サインツ(フル)(スペイン)(24歳)

 

このチームの見所は、モナコでの表彰台かな。ルクレールのドラシャ折損は悔しかったに違いない。そして最近は、脱ダークサイドをしつつある。

 

今年、電撃カムバックを果たした、マルク・アロンソ擁するアルピーヌF1チーム

 

マシンは、A521

 

パワーユニットは、ルノーE-Tech 20B

 

No14 マルク・アロンソ(フル)(スペイン)(42歳)

 

No31 ミシェル・オコン(フル)(フランス)(22歳)

 

このチームは、この2人が派手に暴れてくれて、何かと楽しませてくれた。メット越しから見てても凄かったよ。アロンソに関しては、F1最年長表彰台記録を更新したりと、何かと話題になったり、オコンも初優勝したりと結構話題に富んだチームだった。

 

この20名で争った今シーズン。それぞれの思いを胸に、最後まで全力全開で挑んだドライバー。来る者と去る者。得る物と失う物。勝者と敗者。嬉し涙と悔し涙。喜怒哀楽。様々な感情と思惑が折り重なって、織り成した今シーズン。学校なんかじゃ決して教えてくれなかったF1。混沌がある、美学がある、政治がある、経済がある、科学がある、そして、ほんの少し…愛がある。だから、ちょっぴり…涙が出るのだ。時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しみ、時に感情的になる。勝つ者居れば負ける者もいる。嬉し涙流す傍ら、悔し涙を流す者もいる。得て気付く事や物もあれば、失って気付く事や物もある。勝って気付く事や物もあれば、負けて気付く事や物もある。F1は、時に人の心を鷲掴みにし、時に人の心を動かし、時に人を魅了し、時に人に感動を与え、時に人に「夢」を与える。例えそれが、小さな星であれ、何であれと。心で泣いて、笑顔見せる事もある。それがF1でもある。嗚呼なんて美しいのだろう。こうしてF1は人から人へ、今の世代から次の世代から未来の世代へ歴史を受け継いで紡いでいくのだ。今シーズン、それぞれの思いを胸に全力全開で戦った、全20名のドライバーと全10チームに、今一度、感謝と敬意を表したい。ありがとう。

 

※年齢は、エントリーリストに記載された時の年齢です。

 

 



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