シュレディンガーの猫 (少佐)
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出会い

シュレディンガーの猫って面白いよね。


ダンジョンとは無限に広がる構造物である。

世界で最も発展した【オラリオ】の下に広がり、その恩恵によってオラリオは発展してきた。

怪物が溢れ出さんとするその魔窟は神の祈祷によって怪物は外に溢れださない。

わずかな可能性を摘むために神々より恩恵を賜った【冒険者】と呼ばれる人間たちが魔窟に潜っていく。

死ぬ者は多かった、不死を望んだ者もいただろう。

神々は不老不死であるが、下界では神としての力を発揮できない。

不老ではあるが死ぬと相当することはありうる。

【送還】と呼ばれるのはそのことである。

神界に戻り、二度と下界に降りられないというものだ。

神が下界で死傷した場合と決まりを破った場合にその罰が与えられる。

 

神々が下界に降りたのは一様に下界の神秘を求めるためだ。

好奇心を満たすためである。

そんな彼らが自らに課したのは力のほとんどを封印すること。

特別な時に許されるものはある、そしていつも使えるものもある。

いつも使えるのは人間たちに与える【神の恩恵(ファルナ)】だ。

人間たちの身体能力を格段に上昇させ、経験によって経験値(エクセリア)が貯まる。

そして【偉業】を成し遂げれば【ランクアップ】し、前のランクとは桁が違うほどに強くなる。

過去の最強はレベル9で、現在の最強はレベル7である。

レベル1が大半であり、第一級冒険者と呼ばれるレベル5以降は数えられるくらいしかいない。

レベル1の間に生涯を閉じる冒険者がほとんどであり、レベル2に上がったとしても落ちぶれていく者も多い。

光と闇がある都市、そんな場所は【英雄の都】と呼ばれている。

特別でもなんでもない少年は、その都市に足を踏み入れた。

その都市には希望を持って、夢を持って訪れる者は多い。

 

白髪のいまいちパッとしない少年もその一員であったのだ。

冒険者になりたくてファミリアを巡ったがどこにも受け入れてはもらえなかった。

理由は外見である。

細い体に純朴そうな瞳、戦ったこともないような雰囲気。

事実として少年はこれまでやったことは農村で農具を振るっていたくらいだ。

モンスターと戦闘をした経験など少年にはなかった。

門前払いの連続はある意味仕方のなかったことであったのだ。

しかし、少年には冒険者以外の道なんて見えていなかった。

 

「‥‥‥はぁ」

 

都市全体、ギルドに行った時に貰ったファミリアのリストを見て少年はため息をつく。

何十とあるファミリアの名前の隣には全てにバツがつけられていた。

つまりは全てに門前払い、門前払いされなかったにせよ入団を断られたということである。

日はもう落ちかけており、メインストリートからは赤い夕日が見えている。

朝に来てファミリア探しを始め、見つからないまま一日目が終わる。

宿を探さなければならないかと二重のため息をついた。

 

少年は実に短絡的であり、楽観的であった。

次々とファミリアを訪ねては入団を断られ、往生際の悪いことに夕方までファミリアを訪ね続けたのだ。

その結果が路地で肩を落として歩く少年の姿である。

 

「どうしたの?」

 

そんな声が下から聞こえた。

女の子の声であった。

小柄な僕よりも小さいのかなと下を見ると、人はどこにもいない。

 

「あれ‥‥‥?」

 

周りを見渡しても人はいない。

人懐っこそうな猫が一匹いるだけであった。

落ち込むあまりに幻聴が聞こえたのだろうと自己完結すると、メインストリートに向かって歩こうとする。

 

「無視しないでよ」

 

同じところからの声。

後ろから聞こえたその声に応えて後ろを振り向いたが、やはり誰もいない。

 

「気の‥‥」

 

「気のせいじゃないよ、馬鹿」

 

「いてっ」

 

猫の跳躍力とは侮れないものである。

声と同時に猫は僕の顔にまで跳び、引っ掻いてきた。

 

「これで分かった?」

 

肩に掴まり、猫は僕の耳の近くで言葉を話す。

こればかりは気の所為とは言えず、猫が喋っているという事実を受け入れざるを得なくなる。

 

「えっ、猫が喋ってる!?」

 

「その反応久しぶりだねぇ。で?何か困ってたんじゃないの?」

 

猫は流暢に僕に事情を聞いてきた。

状況を呑み込めない。

 

「魔法だよ、魔法。これで解決。だから何か話してくれる?」

 

「魔法!?魔法なんです!?それ!」

 

魔法、その言葉にテンションが上がった。

興奮して、猫に叫ぶように聞く。

 

「五月蝿い」

 

「あうっ」

 

猫パンチ、目には直撃しなかったが言葉は止まる。

それに安堵したのか、猫はため息をついて再度問いかけてきた。

 

「君は何してたの?」

 

「ファミリアを探してました」

 

「ふーん、それで断られて落ち込んでたと」

 

「‥‥‥はい」

 

肩の猫の存在に舞い上がっていて少し忘れかけていたことを思い出して再び落ち込む。

 

「落ち込まない」

 

今度は猫の抱擁であった。

誰かに手入れされたのであろう毛並みはフカフカで気持ちの良いものであった。

 

「ささ、猫さんに話してみ?」

 

自然と言葉が出てくる。

肩に乗っている猫は僕の言葉に相槌を打っているだけだ。

その言葉は優しく、僕を包み込むようであったという。

 

「よしよし」

 

肉球を顔に押し付けて猫は僕の額を撫でる。

理由は単に頭に手が届かないだけなのだろう。

撫でる、とは言ってもペタペタと軽く叩いているだけだが。

 

「そんな少年にいいことを教えてやろう」

 

「いいこと?」

 

涙の痕が残る少年は猫にそう聞く。

首を傾げる少年に胸を張ったような仕草の猫。

なんとも奇妙な絵面である。

 

「ファミリアに招待してしんぜよう!」

 

「いいんですか!?」

 

「うむ。本拠地(ホーム)を見て帰らないことが条件な」

 

日は完全に落ち、オラリオを包むのは夜の帳。

まだ夕方といえる時間帯ではあるが、これからは危ない。

 

「どんな所でもいいです!」

 

「いい心意気だね。じゃあ案内してしんぜよう」

 

とうっ、と猫は僕の肩から飛び降りる。

茶色の毛並みに、三本の尻尾が特徴的なその猫は特に何かを念じるでもない。

しかし、唐突に現れたのは煙である。

 

「えっ!」

 

驚くのは必定である。

僕でも知っている魔法の基本は詠唱が必要であるということ。

猫が何かを口ずさんでいるようには見えなかったし聞こえもしなかったのだ。

それと同時に何が起こったんだろうという興味も湧く。

 

「キラン☆」

 

何やら珍妙なポーズを取っている猫人(キャットピープル)がそこにいた。

背丈は少年よりも低く、茶髪で茶色の耳に三つの尻尾が見える。

先程の猫と同一人物なのだろう。

 

「じゃ、行こっか」

 

「は、はい!」

 

ポーズを決めていた時とは全く違う無表情と冷たい口調。

それに気圧されて三本の尻尾には最後まで突っ込めなかった。

 

「あ、あの」

 

「ん、何?」

 

「お名前を聞いてなかったですよね?」

 

「あー、言ってなかったね」

 

忘れてた、と少女は言う。

そして僕は名乗っていなかったことも思い出した。

 

「ボクはシュレディンガー。君の名前は知ってるよ。ベル・クラネル君でしょ?」

 

「えっ、なんで知ってるんですか?」

 

「企業秘密」

 

「その三本の尻尾は‥‥‥」

 

「企業秘密」

 

「ですよね」

 

流れからは予想できた。

姿は小さいけれど僕なんかより長く生きているのだろう。

 

「ここの地下が本拠地(ホーム)だよ。大丈夫?」

 

「‥‥‥大丈夫です!」

 

「ならよし」

 

少し言葉を失ったけれど、突っ込んでくれなくて助かったと安堵する。

穴だらけのボロボロの建物、廃教会はとても人の住む場所には見えない。

シュレディンガーさんの言う通り、地下に住居があるならば安心だ。

 

「ヘスティア呼んでくるから待っててね」

 

シュレディンガーさんは廃教会の中に入ると僕にそう言って地下への階段を降りていく。

廃教会は見れば見るほどボロボロだ。

いつ倒壊するかも分からない。

 

「大丈夫なのかな‥‥‥?」

 

一抹の不安を抱えながらシュレディンガーさんを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




哲学的なことってだいたい面白い。


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2話

新キャラ登場です。


ツインテールに巨乳、それに見た目は幼い。

つまりはロリ巨乳のうえに女神という属性過多なヘスティアはソファでくつろいでいる。

そんなヘスティアの現在の楽しみは夕食だ。

新入団員のベルに、いつも作ってくれているシュレディンガー、この二人の合作は想像だけでもヘスティアの舌を喜ばせる。

 

「どんなのだろうなぁ」

 

ふんふーん、と鼻をくすぐる良い香りから夕食を想像しながら鼻歌を歌う。

腹の虫は鳴きっぱなしで、それは最高のスパイスになること請け合いだろう。

そんなボクは早くにダンジョンに行ったモーゼ君が帰ってこないかと夢想する。

ご飯は出来たてが一番であるということはこの世の真理の一つだ。

そんなことを考えているとガチャりという音が聞こえる。

この地下の唯一の入口である階段の上からだ。

 

「あ、帰ってきた!」

 

ウキウキして入口の扉を見つめる。

階段の上の扉が開いたら次に開くのはこの扉である。

足音が近くなって、扉が開くのを目が捉える。

 

現れたのは焦げ茶色のトレンチコートに身を包んだ赤目の長身の男。

人狼(ヴェアヴォルフ)】とシュレディンガーが呼ぶ彼は常に何も喋らない。

表情も滅多に変えることがない。

 

「お帰り!モーゼ君!」

 

コクン、とモーゼ君は頷く。

彼はやはり何も話さずに着替えを取るとシャワーを浴びに行った。

 

「もうすぐご飯だよー!」

 

後ろ姿にそう呼びかけると振り返って頷いてそのまま行ってしまう。

いつもすぐに終わらせて上がってくるので問題はないと思うけれど何となくだ。

モーゼ君が座るからベッドに移動して本棚から本を取り出す。

シュレディンガー君が持ってきたまんが、というやつらしくて読んでみると面白かった。

これを読んで時間を潰すことにする。

 

「できましたよー!」

 

「座ってねー!」

 

シュレディンガー君とベル君の声、それに香ばしい香りが鼻を刺激する。

それにはモーゼ君もボクも反応せざるを得なかった。

死んだように活動を停止していたモーゼ君は目を開き、ボクはベッドから素早く食卓についた。

居間には二つのソファがあって、ベル君とモーゼ君が同じソファ、ボクとシュレディンガー君が同じソファに座って食卓を囲む。

 

「おお、美味しそうだ」

 

「ベルが手伝ってくれたからね」

 

「いやぁ、シュレディンガーさんがすごくてあまり手伝えてませんけど」

 

「大したものだよ。ボクはじゃが丸くんしか作れないからね」

 

シュレディンガー君とモーゼ君とベル君と囲む食卓。

お店のものもいいけれど、家で食べる料理は外とは違う感じだ。

可愛い子供が作ってくれた料理、それだけでも嬉しさと美味しさと、様々な感情が綯い交ぜになって胸がいっぱいになる。

モグモグと食べ進める度にその感情は膨れ上がっていって、まあ簡潔に言うならば美味しさに打ち震えているだけだろうか。

 

「あ、ヘスティアがボクの取った!」

 

「あ、ごめんよ!つい」

 

「ついって言って昨日も取ってたでしょ」

 

「いや、ほんとにゴメンよ」

 

「もー許さない!」

 

「あっちょ」

 

「えっ、お二人共!?」

 

楽しい毎日であることには変わりないし、これからもこんな日常が続いて欲しいとも思う。

シュレディンガー君のご飯まで食べてしまうのは絶対にやめなきゃいけないから、頑張らないとなぁ。

 

「むぐぐぐ」

 

「‥‥‥」

 

「明日埋め合わせするから、ね?」

 

「‥‥‥分かったよぅ」

 

「良かったぁ」

 

モーゼ君がシュレディンガーくんを押さえての下りもいつものことで、埋め合わせも毎日やっている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕とシュレディンガーとモーゼさんでギルドを目指す。

ヘスティア様はバイトがあるらしくて見送ってくれた。

シュレディンガーには呼び捨てにしてと言われたので呼び捨てにすることにしている。

姿も言動も年下っぽいので割と早くに受け入れられた。

実際は僕よりも何倍も年上らしい。

シュレディンガーの言っていたことなのでいまいち信じられないけれど。

 

「着いたよー」

 

昨日にも見たギルド本部の建物。

夢いっぱいに訪れた昨日の自分を思い浮かべて、苦笑する。

シュレディンガーの快活さに救われているところもあるのだろうか。

モーゼさんに背中を任せているとこの上ない安心感があるのはおかしくないだろう。

 

「朝だけあって静かだねぇ」

 

「確かに、忙しい感じはないですね」

 

シュレディンガーが言っていたギルドが開く時間ぴったりに来たのだから当然とも言える。

それでも冒険者はまばらにいて、モーゼさんを見て萎縮しているように見える。

確かにこの人は威圧感が半端ないから、そんな反応になるだろう。

 

「さて、と。エイナに会いにいこー!」

 

「エイナさんですか?何でです?」

 

「ウチのファミリアの担当なんだよ」

 

「ああ、そういうことですか」

 

僕達は真っ直ぐに受付に向かうことにする。

モーゼさんは僕とダンジョンに潜るから、シュレディンガーはバイトが休みで暇だから、僕は冒険者登録のためである。

長い耳、緑の瞳、ギルドの制服に美人。

そんな要素を備えた受付嬢は都市に来て右も左も分からない僕に親切にしてくれたギルド職員のエイナ・チュールさんが見えてくる。

 

「エイナー!」

 

「エイナさーん!」

 

人がいないから、エイナさんの姿を認めるとシュレディンガーはどうしてか分からないけど、僕は興奮して駆ける。

 

「ベル君に、シュレディンガーちゃん」

 

「やっほー!」

 

「エイナさんっ!」

 

「ベル君、ファミリアに入れたんだね」

 

「はい!入れました!」

 

大声を出す僕にエイナさんは微笑んで祝福してくれる。

優しいなぁ、と昨日思った通りのことを思った。

 

「あと、不法侵入はやめてね。シュレディンガーちゃん」

 

「ヤダ〜」

 

「‥‥‥まったくもう。それで、今日はベル君の冒険者登録?」

 

エイナさんは落ち着いた様子で座り、要件を聞いてくる。

要件は言葉通りだ、肯定する。

 

「そうだよ」

 

「そうです!」

 

「だよね。じゃあこの紙に書くもの書いてね」

 

エイナさんは苦笑しながら用紙を机に置いて指示をする。

言われた通りにして、ペンを握って順番に沿って要項に記入していく。

 

「あ、モーゼ氏もいたんですか」

 

よろしく、と言っている気がする。

帽子を目深く被っている上にトレンチコートによってさらに表情は見えないが。

何となく雰囲気で読めるようになってきた。

 

「講習はやるの?」

 

そう聞いたのはシュレディンガーだ。

講習、というのはダンジョンについてのことだろう。

受けられるならば是非受けたいものである。

 

「ベル君が受けたいならかな」

 

「だってさ、どうする?」

 

「受けます」

 

勿論、受けることを選ぶ。

ダンジョンについて知れるならば生存確率が上がるだろうし、モーゼさんに迷惑をかけることも少なくなるだろう。

 

「分かった。準備はできてるけど、もうする?」

 

「お願いします!」

 

安請け合いは恐ろしいものだ。

そんな言葉が脳裏によぎる。

 

「じゃあボクは帰るね」

 

コクン、とモーゼさんは頷いてシュレディンガーと共にギルドの入口に向かっていく。

え、これそんなに時間かかる系なの。

そんなことを思ってエイナさんの方を振り返る。

 

「じゃあ行こっか」

 

なんだか、エイナさんの顔が悪魔に思えた。




モーゼさんの元キャラは分かる人には分かるはず。
名前の元はモーゼル銃からだぞ。
シュレディンガーの猫を理解するに至った作品から拝借したけど、まあクロスオーバーはしてないからね(震え声)
ダンまち見たんならHELLSINGも見れるっしょ。
見たらさらに理解度が上がるはずだな!


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