宮古小鈴は探索者ではなかった (白煙)
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宮古小鈴は探索者ではなかった
─ 序─
ピピピ、ピピピと単調に繰り返すアラームで目が覚めた。
か細く、危うく聞き逃してしまいそうなそれを止めるために、
自らのスマートフォンを手に取る。
おかしい。いつもの操作を繰り返しても鳴りやむ気配はなく、不思議と鳴り続けていた。
鳴りやまぬそれに徐々に目を覚まされ、スマートフォンをしかと確認したと思えば、気づかぬ内にアラームは鳴りやんでいた。
スマートフォンの画面にはまだ目を覚ますには程遠い位の時間が描かれ、通知タブには数時間後のアラームの予定、クリスマスともう一つ大事な予定を伝えるだけの通知が積もっていた。
それを確認すると、背筋に薄ら寒いそれを感じた。アラームの音はどこから聞こえたのだろうか。
そのことに気づくや否や、目が冴え始める。
まだまだ早い時間帯だ、しかし、私が眠るには、あまりにもこの体験は怖すぎる。
かわいいくまさんのスリッパを履き、寝間着のままリビングへ向かう。
その道すがら、同居人のミーゴちゃんとすれ違う。
ミーゴちゃんはいつもの白衣ではなく、淡い赤のロングコートに身を包み、もこもこの防寒具を身に着けていた。
「あれ、ミーゴちゃんお出掛け?」
「うん。ほら、今日って十二月二十五日でしょう?だから、お出掛けなのだ。」
「そういえば、そうだったね。いってらっしゃい。」
ミーゴちゃんがくるりと振り返って、こちらを向く。
いつも通りとは、ちょっと違う。今日、この日だからこその物寂しそうな表情で話している。
本人はいつも通りのつもりだから、それには触れずにいるのが、この家の暗黙の了解になっていた。
「いってらっしゃーい!今夜はパーティーだよー!」
「楽しみにしてるのだね。いってきますなのだ」
玄関から出ようとしているミーゴちゃんへ声をかける。
そう、今日はミーゴちゃんの誕生日なのだ。
手を振りながら見送れば、ミーゴちゃんも控えめに手を振り返してくれた。
さて、今夜のパーティー、ミーゴちゃんの誕生日パーティーの準備も、早いけどちょっとだけ始めてしまおうかと、意気揚々とリビングへ入る。
朝早くで暖房も効いていないリビングにびっくりするまで、あとちょっと。
─ 壱─
グールちゃんに見送られて、歩を進める。
いつもとは違い、コートと防寒具に身を包みながら。
まずは最寄りの駅だ。そこから、電車で数時間の旅を過ごして、目的を達成するのが今日の予定だ。
体を暖めることも兼ねて歩いて向かう。この防寒具をしまう程度のすきまはカバンにもあるし、どうせ、コートもそのうち白衣へと着替えるのだから。
寒さに体を震わせて歩いている。夜空の星々を眺めながら。
数年前。
冬、それも日が射しはじめる前というのだから当然ではあるが。
今日、私が何をするのかといえば、お墓参りだ。
骨も埋まっていない。お手製だから陳腐なそれへお墓参りに行くのが、私の習慣だ。
わたしの墓へ行き、一年間で何があったかを伝える。
それが、今日、
駅も近づき、ごそごそとスマートフォンを探る。
コートの中から引っ張り出したそれに入れられた、白に黒文字のロゴの入ったカード。ICカードに、『喫茶ユゴス』のロゴシールを貼ったものだ。
それを取り出す。
まずはこれについて話そうと思いながら、自動改札へと、それを翳した。
ポーンと鳴った残高不足の表示には、少々驚いてしまったが。
─ 弐─
無事、改札を通り過ぎることが出来た。所謂島型ホームと呼ばれる、ホームの左右にレールのある形式のホームにたどり着く。
乗る電車は、十分後位にはホームに着くだろう。
ほう……と息を吐く。白く染まったそれは、私以外誰もいないホームに揺らめいていた。
立ち昇るそれをただぼうっと眺めていると、反対のホームに電車が入って来た。
その電車に乗れば、何時か行った海子町にたどり着ける。
毎年この旅はしているが、それでも、この時は後悔と懺悔の念が強くなって。
あの電車に乗って、遠く遠く、何も知らぬ海子町へ行きたくなってしまう。
何故、宮古小鈴は死ななければならなかったのか。
意味もなく、そんなことを考えてしまうのは、あの町で起きたことを知っているからだろうか。
逡巡しているうちに、電車の扉は閉まり、遠い遠い海子町へ向かってしまう。
頭を振って雑念を払い、電車を待つ。
徐々に空も白んで来た頃。遠巻きに人の動きが見えるようになったころ。
ようやく、電車がついた。
車内に乗客は居らず、今日の旅は疲れも少なめに出来そうだ。
ストンと座って、窓の外を眺めながら電車が動き出すのを待つ。
ゆっくりと動き出し、心地よい揺れを感じながら、流れ始める風景を眺める。
─ 参─
ぼんやりと、その光景を眺める。
少し眺めるだけで、その光景は
この光景と似た記憶を
私の周りに”人„は少ないからだ。人に近いものでも、人と神話生物。人と寄生生物。人と何かの混ざりものばかりで、純粋な人という物は意外と少ないのだ。
随分と慕われているようで、ひっきりなしに質問が飛んでくる。
”わたし„はこれほどまでに好かれていたのかと、今更ながらの発見だ。
そんな光景を、集団から一歩引いた視点から眺める。
次から次へと舞い込んでくる問いにてんてこ舞いになりながらも答える、その姿。
困ったような笑みを浮かべながらも、丁寧に答える、その姿。
質問に苦笑いをしつつ紅茶を飲んで、答えを考えている、その姿。
数年前は彼女の視点で見ていた、その行動。
何度も夢に見て、何度も、自分に聞いた。
『なんで、宮古小鈴は死ななければなかったのか。』
こんなにも慕われていたのに。
あんなにも素晴らしい”人„であったのに。
幾度となく行った自己問答の答えは、いつも変わらない。
『宮古小鈴は探索者ではなかったからだ。』
人として、歪んで壊れ切ったその答えにしか、私はたどり着けない。
─ 肆─
ふわり、と欠伸を噛み殺しながら目を覚ます。心地よい揺れに、気付かぬうちに眠ってしまっていたらしい。
幸せだが、ずいぶんと悲しい夢を見た。
益体もなくそんなことを考えながら風景を眺めていると、電車のアナウンスが無機質に次に止まる駅を言い放っている。
どこか、地名に聞き覚えがある……と思えば、白木君の家があった町だった。足の不自由だった彼と、不器用だった彼女たちは今も平穏無事に過ごしているだろうか。
窓の外からあの懐かしい家が無いかを探す。家の場所もうろ覚えで、外観がかろうじてわかる程度のそれを見つけられるはずもなく、電車は再度出発する。
ガタンゴトンと、揺れる電車は街を往く。
電車、というのは不思議で、この中と外が隔離されて異世界のようだと思う。
駆け抜けていく景色を見てそう感じた。
電車の中に閉じ込められる、電車の中で非日常に遭遇する。
そういった体験は喫茶ユゴスの客にも、自分自身にも、何度も起きていた。
しかし、それ無しにしても、やはり異世界の様だと思うのだろうか。
私は人と神話生物の混ざりもので、探索者ではないが、まともな人でもない。真っ当な人であったわたしは電車に乗って、異世界の様だと思うのだろうか。
探索者と神話生物と一般人。
互いに理解しあうことはない三者の内二つの丁度中央にいる私とわたしなら、それら全てを理解することが出来るのだろうか。
それとも、何もかもから外れてしまうのだろうか
答えの見つからぬその問いを脳裏に浮かべ、やけに今日はノスタルジィな気分になっているなと、笑い飛ばす。
相互理解するには、人にも探索者にも、憧れすぎていると言うだから。
諦めた様にため息をついて、背もたれに身を預ける。無意味な問いから目を逸らして。ただ窓の外を見ていよう。
─ 伍─
気付けば、目的の駅にたどり着いていたようで慌てて降りる。
時刻は朝と言うには遅く、昼と言うには早い程度の時間。
長々と電車に乗っていたせいで、背が凝り固まっていた。改札へと向かいながらも、体を伸ばして解していく。
改札を抜けると、クリスマスの雰囲気が崩れ、年末年始の予感がにわかに渦巻いている。もう今年も終わりなのかと、周囲を見渡しながらそっと思う。
空を見上げればからりとした晴れ模様で、風も吹いていなかった。これなら大丈夫だと防寒具を外す。持ってきた鞄にそれらを放り込みながら、そっと深呼吸をすれば、冬特有の冷たい空気が体を通る。
眠気と、無意味な疑問に悩んでいた自分の頭がすっきりと冴えていくのがわかる。
まずは供える花だ。既に予約と入金は終わってるから、後は受け取るのみ。
そうして、花屋に向かおうとしていた時だった。
歩き始めて十分ほど。もうそろそろ花屋が見えてくるだろうかと言った頃合いに。ぽつり。と一滴の雨粒が頭に当たる。
先ほどまでの晴れはどこへやら。本降りと言うほど強くはないが、無視するには強すぎる勢いに、慌てて近くのコンビニへ駆け込む。
手ごろな位置に有った傘をつかみ、セルフレジにて支払いを終了する。ICカードに余分にお金を入れていたおかげで、支払いに困ることはなかった。
コンビニを出て、黒い傘を差す。妙に大きいと思えば、男性用のそれであった。
また喫茶ユゴスに置いておく傘が増えてしまったなと思いながら、歩きだす。
一度元の道へ戻ってから、花屋へと向かう。
変に近道をして、迷うよりはマシだろう。
雨音を心地よく聞きながら歩くこと数分。何故か顔馴染みとなっている花屋へとたどり着いた。
─ 陸─
傘を仕舞いつつ中に入れば、恰幅の良いおじさんの店主が出てくる。
子気味よく笑いながらおじさんが話しかけてくる。
「やぁやぁやぁ、今年も相変わらず勿忘草を一束だね。」
「うん。代金はいつも通り払ってあるのだ。」
「確認済みだよ。はいどうぞ。」
もう数回目になるこのやり取りも、とうに馴れた。一束だけの勿忘草を持って、墓へ向かって歩く。
相変わらず大きい傘に体のバランスを崩されながら、のんびりと歩いている。先程までの晴れ模様は消え失せ、すっかり藍色の分厚い雲に染まっていた。
ふと、あの研究所の跡地が目に入る。前回来た時はまだ更地であったが、漸く買い手が見つかったのか、何か工事をしている。
もしかしたら、またあの地で宇宙狂気的事象が起きるのだろうかと、考え込んでしまう。
巻き込まれるのは探索者だけではない。無事生還できるのは探索者のみであるが。ぶんぶんと頭を振ってその思考を振り払う。
少なくとも、今の自分にはそれほど関係ないことである。やはり気が滅入っているのだろうか。
今日はやけに思考が暗く傾いている。何か悩みでもあるのか、或いは、今日だからなのか。
はぁ……と溜息をそっと吐く。
そんな時だった。スマホが通知を鳴らす。
何事かと覗いてみれば、ムンビから連絡が入っていた。
『今日、特にやることも無いし、少ししたら喫茶ユゴス開いちゃうわね。』
【別にいいのだよ。何かあるわけでもないし。】
『鍵はいつものところよね?』
【そうなのだよー。】
【あ、今日帰り際に喫茶ユゴスに寄っちゃうのだね。】
『はいはい。じゃ、後でね。余り遅くならないようにしなさいよ。』
【わかってるのだよ。】
『今夜はパーティーだからねー。忘れないのだよ。』
メッセージアプリで軽口を交わしてから、再度歩き出す。
ムンビと話したおかげか、少し気持ちが楽になった気がする。
先ほどよりちょっとだけ軽くなった足取りで、残り少しの道を歩む。
─ 漆─
鬱蒼とした森の中。かつて
少しぬかるんで歩きづらい道を進んでいく。山中にある道なき道を歩いているうちに雨足は徐々に弱くなり、完全に止んでしまった。
自身で掛けた平凡への見せかけを解除してやれば、二本の木で作った簡素な十字架が見える。
そっと、その前に勿忘草を供えて、手を合わせる。
沢山の事が有った一年だった。それらすべてを伝えるまで、この場は動けまい。
喫茶ユゴスのこと。
神父との冒険のこと。
ムンビのこと。
TRPGで遊んだこと。
鯛として捌かれそうになったこと。
落とし仔ドーナツのこと。
結婚式や麻雀大会のこと。
親の仇チャーハンのこと。
Re.Lineのこと。
他にも、数えきれないくらいの思い出を一つづつ。
時系列こそバラバラだけれど話していく。
これを聞いたわたしは、どんな反応をするのだろうか。
私には、ミ=ゴである私にはわからない。
それでも、
合わせていた手を解き、そっと墓を見つめる。木々の間から差し込む陽光が柔らかく包み込んでいた。
地面に置いていた傘を手に取って、墓から離れる。平凡の見せかけを掛け直してから。
すっかり墓が見えなくなったことを確認して、森から立ち去っていく。
─ 捌─
すっかり肩の荷も降りて、足取りが軽くなった。どうやら、この墓参りは予想以上に精神を消耗するらしい。それでも、最低限の贖罪だと思えばまだ軽い方だ。
私とわたしは地続きでいて、対岸よりもかけ離れている。私とわたし。どちらが価値ある存在なのかに悩んだこともある。おそらく、永遠に付きまとうこの問いに、答えはないのだろう。
わたしには沢山の友人がいたように。
私にも沢山の友がいる。種族は、ちょっとばらばらだが。
私に手に入らないものをわたしは持っていたのだろう。
それでも、私はわたしと私の価値を信じたい。
自らの底から湧きだす情動に一応の結論を出して、空を見上げてみれば曇天模様はどこへやら。すっきりとした晴天へと移り変わっていた。
清々しい気持ちになりつつ、駅の方へと歩き始める。
─ 玖─
駅へと向かう途中に商店街へ寄っていく。
今夜はパーティだそうだ。なら、何か飲み物とか食べ物を買って帰った方が良いだろう。と思っての行動であった。
きょろきょろと周りの店を見ながら、よさげな店はないかと探す。
中々に人が多く、真っ直ぐ進むのも苦労する位だ。
そんな時であった。ふと、とある店が目に入る。
周りの人からは見向きもされない店。
しかし、私には見覚えのある店だ。こんな離れた地なのに。
見覚えがあるなんて、可笑しさすらも感じるが。
ああ、ここは見覚えのある店だ。見覚えのある、私の店だ。
扉には開店中と書かれたプレートと、『喫茶ユゴス』と書かれた看板の二つが掛かっていた。
ギィ。と扉を開ける。見覚えのある光景が広がっていた。
「あら、いらっしゃ──って、あなたなの?そっちから来るなんて珍しいわね。」
「ふ、今日のミーゴはお客さんなのだよ。」
店番をしているムンビが声を掛けてきた。ニヤリと笑いながら返せば、憎たらしいほどに上品に笑っている。
カウンター席へ座る。こちら側は滅多に座らないから、この光景は新鮮だ。
座った私へムンビが声を掛けてくる。
「それじゃ、今日は何を飲みたいの?」
「んー、紅茶にしようかな、種類はお任せするのだ。」
「あら珍しい、じゃ、すぐ入れるからそこで待ってなさい。」
ムンビが紅茶を入れている。その光景を見ながらこの店の因果を想う。
喫茶ユゴス、ここは探索者だけが入れる喫茶店。
店主は神話生物で、客は一人余さず探索者だという。
私は店主で神話生物だ。わたしはなんでもない一般人だった。
「探索者」とは程遠いはずの
宮古小鈴は探索者ではない。ミーゴは神話生物である。
そして私は探索者なのかもしれない。
そんな事を考えながら頬杖をついてムンビの入れた紅茶を待つ。
ふと、こちらをムンビが振り向いた。
「どうしたの?そんなに楽し気で。」
「なぁーんでもないのだよ。ちょっと面白いことがあったのだ。」
「ま、いいわ。はいこれ。紅茶よ。キャンディって品種で、飲みやすいからあなたでも飲めるんじゃない?」
「ありがとうなのだ。」
紅茶を味わいながら、自らの気付きを楽しむ。
どうやら、喫茶ユゴスはまだまだ味わい深いようだ。店主である私にすら見せてない顔があるのだろう。
何時か見れると思うとそれすら楽しみである。
閲覧感謝です。
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