霧幻旅【秘封倶楽部】 (萩崎紅葉)
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前日譚
1


霧幻旅

~fantasy traveler in unknown world~


「あぁ...またやっちゃった...。」

 

霧島夏楓は京都のとある大学に通う大学生である。

 

現代の日本では、首都は東京から京都に遷都され、京都の街並みは近未来的な物へと化していた。

 

その影響は勿論学生にまで及んでおり、全ての学問とてつもなく難しくなってしまったのだ。

夏楓は苦戦していたのであった...。

 

「このままじゃあ、あの本を読み解くのは無理だなあ」

 

この大学では、所属学部が文系でなくてもある程度の国語、歴史の講義を受けなければならないのだ。

 

夏楓は抜き打ちで行われた比較歴史の試験を思い出し、ため息を着いた。

理系は国内でもトップクラスな夏楓でも、(この大学の)比較歴史学はまるで理解ができないようだった。

 

出来ないと言っても夏楓の通う大学は難関校。

普通よりはできる方なのだが。

 

比較物理学を専攻にしてる事もあり、物理と化学に関しては大学の中でも良い方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼にはとある目標があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

設定

 

 

霧島 夏楓 (きりしま かえで)

 

 

性別=男

 

職業=大学生

 

住所=京都のどこか

 

出身=神奈川県鎌倉市

 

趣味=小説を読むこと(主に推理小説、サスペンス系)

 

好物=アップルパイ、コーヒー、科学、国語

 

嫌物=お酢、燻製、(苦手=歴史)

 

所属=オカルトサークル(秘封倶楽部)

 

親友=蓮子&メリー

 

能力=???

 

その他

・目が悪く、丸眼鏡をかけている

・一人称は僕

・運動は(かなり)苦手

・身長は高くもなく低くもない

・体重は重くもなく軽くもない

・誕生日=7月15日

・大学1年生(蓮台野夜行)

・蟹座

・AB型

・特技はトランプタワー作りとチェス

・酉京都大学に通っている

・比較物理学専攻

 

 

 

 

 

宇佐見 蓮子 (うさみ れんこ)

秘封倶楽部会長。明るい。夏楓と同い年。

原作通りにやりたい。超統一物理学専攻。

星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力。

 

マエリベリー・ハーン (まえりべりー・はーん)

秘封倶楽部会員。かわいい。夏楓と同い年。

原作通りにやりたい。相対性精神学専攻。

結界の境目が見える程度の能力。

 

 

 

 

 

 

 

秘封倶楽部に関して、原作の設定がかなり曖昧な部分が多かった為、大学の設定で少しだけ違う部分があるかも知れません。また、作者は東方の音楽CDを持っていないため、原作通りと書いていたとしても原作と少し違うストーリーになってしまう可能性があります。気付いた方はそこを指摘して頂けると助かります。

秘封倶楽部の設定について詳しい方、何か知っている方はぜひ教えて下さると嬉しいです...!

よろしくお願いします。

 

 



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2

霧幻旅


「って事があったんだよ...」

 

「ふふっ。夏楓は相変わらずね。」

 

 

彼女は夏楓が所属しているオカルトサークル『秘封倶楽部』のメンバー、マエリベリー・ハーンである。

彼女...通称メリーは『相対性精神学』を専攻にしており、夏楓に勉強のアドバイスをしていた。

 

 

「そんなに笑い事じゃないよ...今回はギリギリ合格出来たけど次落ちたら僕はね、」

 

「分かってるわよ、長期休暇も補習に行かなきゃいけなくなる、でしょ?こないだも聞いた。」

 

「僕は長期休暇に補習だなんて絶対嫌だからね、秘封倶楽部の活動を楽しみにしてるんだ。」

 

夏楓は秘封倶楽部の活動を楽しみにしていたのだ。別に長期休暇で無ければ活動ができないという訳ではない。

秘封倶楽部では遠方での調査や活動が多い為、情報収集以外は3連休や長期休暇を使って行う事が多いのだ。

 

長期休暇に補習なんて入ってしまえば、夏楓はろくに活動が出来なくなってしまう。それだけは絶対に避けたかったのだった。

 

 

「そういえば、蓮子遅いね。」

 

「蓮子が遅いのはいつもの事よ。今日は何分遅れるのかしら。」

 

 

そう言ってメリーは笑った。

 

宇佐見蓮子は秘封倶楽部の会長である。

彼女は『超統一物理学』を専攻にしており、頭はいいのだが、楽しい事が好きで危険を犯す事が多いために夏楓は何時も目が離せないのであった。

 

今日も秘封倶楽部の会議に遅れている。何か企画を持ってくるのだろうか。

 

 

「蓮子こっち!!」

 

「全く...もう10分も遅れてるわよ、」

 

「ごめんごめん、前回よりはマシよ。」

 

 

走ってやってきたのは蓮子だった。

 

 

「今日は何をするの?」

 

 

夏楓は聞いた。

 

 

「前回の廃屋の件、どうやらただのイタズラだったみたいなの。」

 

 

『廃屋』とは、『夜に幽霊が出る』と子供達の間で流行っていたウワサの事である。秘封倶楽部は、10月後半から半月程度この廃屋について調査するつもりだったのだ。

 

 

「やっぱりただの子供の噂かぁ...」

 

メリーはため息をついた。

 

「あら、子供の方が見えるって言うじゃない。」

 

「もう11月だし、早く次やる事を決めないとだね、僕は御伽噺とか伝説に詳しいんだ。行ってみれば何か分かるかもしれない。」

 

夏楓が本の虫だからというのもあるが、彼は趣味で昔の書物などに書かれた伝説などについて調べていた為、民族伝承などに関してはとても詳しかった。

 

夏楓が提案すると、蓮子はこっちを見ながらニコニコと微笑んだ。夏楓とメリーは最初、なぜ微笑んでいるのか分からなかったがそれはすぐに分かった。

 

 

 

「実はね、私企画を持ってきたの!」

 

 

「2人とも!蓮台野から冥界を覗いてみない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと原作に入ります。
蓮台野夜行はきっとこんな感じ。


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蓮台野夜行編
1


蓮台野夜行


夜のデンデラ野を逝く

少女秘封倶楽部

東方妖々夢〜 Ancient Temple

古の冥界寺

幻視の夜~ Ghostly Eyes

魔術師メリー

月の妖鳥、化け猫の幻





次の日、秘封倶楽部の3人は冥界について話していた。

 

 

「冥界って、どこから行けるのよ?」

 

「これが冥界よ。」

 

 

メリーが尋ねると、蓮子は古い寺が写った写真を取り出した。

 

 

「なんで冥界の写真なんか持ってるの...。」

 

「私には裏表ルートがあるのよ。夏楓。」

 

 

流石会長なだけあるな、と夏楓は思った。

他のオカルトサークルと交換でもしたのだろうか。

 

 

「冥界の写真...。死体相手の念写、かしら。」

 

「冥界を直接撮影出来る訳無いし、そうなるとやっぱり『冥界にいる者の見ている風景』の写真なのかな。」

 

 

メリーと夏楓が冥界の写真について分析していると、蓮子が言った。

 

 

「山門の奥を見て。」

 

 

蓮子が指さした場所には、夜の平野と1つの墓石が写っていた。

 

 

「空気の色が違う...これは私たちの世界(顕界)の色...。」

 

「ここからなら、僕たちも冥界に入れるってこと?」

 

 

メリー曰く、ここが冥界と顕界の境目らしい。

 

 

(そういえば、山門じゃなくて三門だった気が...。)

 

 

夏楓とメリーは蓮子に指摘しようか迷ったが、結局言わなかった。

 

 

「そういえば、なんで蓮子は入り口が分かったの?」

 

 

夏楓はずっと疑問に思っていた。結界を視認出来るメリーと違い、蓮子は結界を見ることは出来ないはずだ。メリーも蓮子も夏楓も霊能力(というか異能力)を持っているが、結界を視認できるのはメリーだけなはずである。

 

 

「簡単よ、ここに月と星が写っているじゃない。」

 

 

蓮子の能力。それは『星を見るだけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる』程度の能力だった。

 

蓮子もメリーも、眼が特殊な為、自分の能力(眼)を気持ち悪いと思っていたのである。

 

現代において、結界やら霊能力やらは科学的に証明され、もはや常識と化していたのだ。だからと言って全員が能力を持っている、とは言えなかった。能力故に差別の対象になってしまうなんてことも少なくはなかったのだ。特に夏楓は蓮子やメリーと違っていた。小さい頃の差別のせいで、夏楓は自分の能力を嫌っていた。

 

 

「月と星が写っていれば、時間や場所が分かるのよ。」

 

初めて蓮子が能力について話した時、夏楓は思った。

 

それは、『実際に月や星に行ったら、どうなるのだろうか。』という疑問だった。

 

 

「別に、ここは月ですよーってなるんじゃないの?別に特別なことは起きないと思うわよ。」

 

 

メリーは言った。

当たり前のことだ。考えればわかる。

夏楓はそう思ったが、何か違和感があった。

 

 

 

 

 

「か...ぇ...!」

 

 

 

 

 

「で!かえで!」

 

 

蓮子が夏楓を呼んだ。

 

 

「なっ、何?」

 

 

どうやら夏楓はぼーっとしていたようだ。全く話を聞いていなかった。

 

 

「もう、やめてよね。この話してる時にそう言うことするの。気味が悪い。」

 

「あ...。ごめんねメリー。ちょっと考え事してたんだ。」

 

「もう...。いつも言ってるでしょ!」

 

 

蓮子とメリーは夏楓を叱った。夏楓は1度考えだすとなかなか戻ってこないので、オカルトの話をしている時には考え事をするな、と2人にキツく言われていたのだった。

 

 

 




原作以外にも秘封活動記録とかから引用してたりします。


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2

蓮台野夜行


過去の花~The fairy of lower~

魔法少女十字軍






会議は終わり、3人は帰路についていた。

 

 

「私、彼岸花って気持ち悪いから嫌い。」

 

「僕は好きだけどなぁ。なんか幻想的じゃない?」

 

「夏楓の感性は本当によく分からないわ...。」

 

 

メリーが彼岸花を見つけた。温暖化の進んだ現代では、彼岸花は11月に咲くものとされていた。

 

 

「蓮台野で1番彼岸花が多く咲いているお墓が冥界への入り口よ。」

 

「..........。」

 

 

何故か蓮子が言った。

メリーと夏楓は、蓮子が言うのなら間違いないと信じ込んでしまい、目的地が決まってしまった。

 

 

「彼岸花って、毒があるらしいね。」

 

「そういえば、私聞いたことがあるわ。三途の川付近では、彼岸花の毒は死人を思いとどまらせる効果があるって。」

 

「私は彼岸花が足に絡まるって聞いたけど...。」

 

「そうだっけ?」

 

 

夏楓が言うと、2人が反応した。

 

夏楓は彼岸花が嫌いではなかった。どちらかと言うと、『好き』に分類されるだろう。

死人(魂)を思いとどまらせる効果があるなんて、冥界に咲く彼岸花はいったいどんなものなのだろう。いつもの事だが、夏楓は知りたい、という好奇心でいっぱいだった。

 

 

 

「じゃあ、また明日。」

 

「明日ね!」

 

「じゃあね。」

 

 

3人は十字路で分かれた。

1人左に曲がった夏楓は、三途の川について考えていた。

 

 

(彼岸花も気になるけれど、三途の川はいったいどういう仕組みなんだろう?泳ぐこと以前に浮くことすらできないって聞いたけど...。沈んだらどうなるんだろう。)

 

 

現代の技術でも、さすがに三途の川の謎までは解明することは出来なかった。それ以前に、生身の人間は三途の川まで辿り着く事ができないのである。

 

 

「とりあえず、明日が楽しみだ。」

 

 

明日といえど、あと6時間程度で来てしまうのだが。

 

 

 

 

 

 

そして、蓮台野結界探索決行日。

 

 

3人はわざわざ人気のない夜に出発した。

初めは元気だったものの、蓮台野が墓場だった事を思い出しメリーは静かになった。

 

 

「あっ、あれじゃない?」

 

 

夏楓が指さしたのは、あの彼岸花に囲まれたお墓だった。

 

 

「じゃあメリー、夏楓。2時30分ぴったりになったら合図を出すから、そしたら墓石を4分の1回転させてね。」

 

「わかったわ。」

 

「了解。」

 

 

メリーと夏楓は合図が出るまで墓をいじったり卒塔婆を抜いたりしていた。

 

 

「29分52秒、」

 

「29分56秒、」

 

「30分ジャスト!!」

 

 

蓮子がそう言った瞬間、メリーと夏楓は墓を4分の1回転させた。

その刹那、

 

 

「なにこれ...。」

 

「なっ...。」

 

 

秋なのにも関わらず、3人の目の前には1面桜の世界が広がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現代日本は温暖化が進んでいる、とは作者の勝手な妄想です。


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3

蓮台野夜行


少女幻葬~Necro-Fantasy

幻想の永遠祭






いろいろ調べたんですけど、冥界を探索した様子が載っていなかったので冥界探索は飛ばします。






冥界探索をしようとした3人だったが、結局幽霊であろう白髪の侍に追い返されてしまった。

 

 

「そういえばこれ、誰のお墓かしら?結構古いお墓みたいだけど。」

 

メリーが2人に聞いた。

 

 

「最初の文字は『西』に読めなくもないね。後は『古』と読めるぐらいか。」

 

「最後の文字は『年』?『寺』に読めなくもないけれど。」

 

「真ん中に関してはもう解読不能ね。」

 

 

夏楓と蓮子が読みにくい墓の文字を調べる。こんなところにぽつんとある墓だ。流石に最近建てられたものとは思えない。献花もされていないあたり、管理者もいないのだろう

 

 

「読めない、ってことはやっぱり風化してしまったのかしら。」

 

「相当古い墓だろうね。」

 

 

夏楓の考えでは、この墓はもう建てられてから1000年以上は経過しているらしい。

 

 

「でも1000年以上前でこんなお墓が建てられるなんて、この人は結構な偉人だったんだのね。」

 

「そんな偉人なら、役所に何かしらの記録が残ってるんじゃないの?わざわざここに放置しておくとは思えない。」

 

 

蓮子が聞いた。

 

 

「いや、この地域にはそういう墓も多いんだ。無理もないよ。なんてったって都だもんね。」

 

「まぁ、冥界に行けただけでもう十分じゃない。もうすぐ夜も開けるし、そろそろ帰りましょう。」

 

 

こうして、秘封倶楽部の蓮台野探索は終わった。

3人は、『冥界に行く』という偉業?を成し遂げたのだった。

 

 

秘封倶楽部―――表向きはオカルトサークルのくせに降霊や除霊をしない不良サークル。しかし裏の顔は日本中に張り巡らされた結界を暴くサークルだった。均衡を崩してしまう恐れがある為、日本では『結界を暴く』という行為は禁止されていたのだった。

 

まず、一般人は結界を見ることも通り抜けることも出来ないので、結界を暴く事は不可能である。

 

しかしメリーは結界を見ることが出来る。

 

メリー曰く、「不可抗力だから仕方がない」とのこと。

 

こう見ると、いかに秘封倶楽部が不思議なサークルであるのかがよく分かる。

 

 

 

 

 

蓮台野探索からしばらくして―――

 

 

紅葉も終わる晩秋、またしても秘封倶楽部の会議が始まろうとしていた。

 

いつもの事ながら、蓮子は会議に2分19秒遅刻していた。彼女は夜、曇っていなければ空を見上げるだけで時間が分かるので、時計を見るという習慣が無いらしい。そして蓮子はいつものように写真を取り出し、話し始めた。

 

 

 

「ねぇ2人とも、博麗神社にある入口を見に行かない?」

 

 

 

 

また秘封倶楽部の活動が始まるのであった。

 

 

 

 

 




次は番外編です。


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番外編(年越し)



ちょっと早いけど年越しやります。






「なんでここに...。」

 

 

 

12月31日の夕方。

蓮子、メリーの2人は夏楓の家に遊びに来ていた。

 

 

「いいじゃない。夏楓の家広いんだし。」

 

「年越し蕎麦も買ってきたのよ。」

 

 

なんだかなぁ...と夏楓は思った。

 

家の広さなら蓮子の方が少し勝っているだろうし、メリーがわざわざ年越し蕎麦を買ってくる理由が分からない、まさか自分の家に泊まろうとしているのでは...と少し不安になる夏楓であった。

 

 

「じゃあ僕が準備するから、2人は座っててよ。」

 

 

夏楓は2人をコタツへ案内すると、台所で夕飯の支度を始めた。今日のメニューは豪華にカニ鍋。1人でゆっくり楽しもうと思っていた夏楓だが、材料にも限りがある。豪華に、とはいかないようだ。

 

 

「夏楓、私家にリストバンド(※1)忘れてきちゃった。今から取りに行くんだけど、何か買ってきて欲しいものとかある?」

 

 

蓮子が言った。京都でリストバンドを忘れると、施設は何も利用できなくなってしまう。

 

 

「じゃあ、カニ鍋セット、ってやつ2人分買ってきてよ。コンビニでも売ってると思うからさ。」

 

 

蓮子は一旦家に帰った。一方その頃メリーは、夏楓の手伝いをしていた。

 

 

「カニ鍋なんて久しぶりだわ...。」

 

「僕も。一人暮らしだと、鍋ってあんまりやらないんだよね。」

 

 

夏楓は高校生の時から京都で一人暮らしをしている。

蓮子もそうだが、京都は一人暮らしをする学生が多い。別に学生の街だとか、隔離された街だとかそういうのでは無い。

京都には有名な学校が集まりやすい上、セキュリティに関しても問題がないので親も安心できるからだ。

 

 

「夏楓ー!」

 

「あ、帰ってきた。」

 

 

蓮子が買ってきたカニ鍋の材料を使い、3人分のカニ鍋が完成した。

 

 

「いただきます!」

 

「美味しそうね!」

 

 

3人は炬燵で紅白歌合戦を見ながらカニ鍋を食べた。

 

 

「来年も、いろんな事したいね。」

 

「そうね、そろそろ月旅行にも行きたいわ。」

 

「何それ。夫婦みたい。」

 

 

そう言って3人は笑った。蓮子もメリーも夏楓も今年は実家に帰省しない。たまには友達と過ごすのもいいな、と思った夏楓だった。

 

 

「はいこれ。」

 

「シャンメリーよ。私達まだ19だし、お酒飲めないからね。」

 

(シャンメリーって、クリスマスの飲み物だったような...。)

 

 

蓮子とメリーが出したのはノンアルコールのシャンパン、シャンメリーと呼ばれるものだった。

 

 

「じゃあちょっと早いけど、乾杯しようか!」

 

「私、グラス持ってくるわ。」

 

 

こうして2151年の秘封倶楽部の活動は終わりを迎えた。廃墟で深い穴に落ちたり、蓮台野から冥界に行ったり。色々なことがあったが、夏楓にとってはどれも素晴らしい思い出となったのだ。

 

 

 

 

『乾杯!!』

 

 

 

 

 

 

 

 




(※1)リストバンド


アップルウォッチの進化版的なやつ。
京都の人はみんなこれ付けてる。

物買ったり家の鍵閉めたり。生徒手帳代わりにもなる。

(原作には出てこない)


これを忘れた蓮子。家の鍵も閉め忘れてます。





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夢違科学世紀編
1


夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream


童祭 ~ Innocent Treasures

華胥の夢

上海紅茶館 ~ Chinese Tea

ヴォヤージュ1969

科学世紀の少年少女





 

 

 

夢違え、幻の朝靄の世界の記憶を

現し世は、崩れゆく砂の上に

空夢の、古の幽玄の世界の歴史を

白日は、沈みゆく街に

幻か、砂上の楼閣なのか

夜明け迄、この夢、胡蝶の夢

 

夢違え、幻の紅の屋敷の異彩を

現し世は、血の気無い石の上に

空夢の、古の美しき都のお伽を

白日は、穢れゆく街に

 

 

 

 

 

 

 

 

蓮台野を探検してから数日後、僕と蓮子はメリーに呼び出され近所のカフェに来ていた。

 

 

 

「そうそう、それでね。昨日はこんな夢を見たのよ。」

 

 

 

「って、また夢の話なの?」

 

 

 

「だって、今日は夢の話をする為にあなた達を読んだのよ。」

 

 

 

「他人の夢ほど、話されて迷惑なものはないよ...。」

 

 

 

 

 

ここ数日間、メリーはずっと夢の話ばかりしていた。

 

メリーの家系は元々霊感がある人が多い。メリーは世界中の結界が見えるので、そのような不可解な現象の影響を受けやすいのかもしれない。

 

 

 

 

 

「お願い、貴方達に夢の事を話してカウンセリングして貰わないと、どれが現の私なのか判らなくなってしまいそうなのよ。」

 

 

 

 

 

メリーがあまりにも深刻そうな顔をするので、蓮子と夏楓は断れなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「アイスコーヒーと、アップルパイ1つずつ。」

 

 

 

 

 

このカフェの名物だと言う、アップルパイを注文した夏楓は再びメリーの方を向いた。

 

 

 

 

 

「夢と現は紙一重って、僕の読んだ小説にはあったよ。僕なんかで良ければ、その夢の話を──なるべく詳しく教えて欲しい。」

 

 

 

 

 

夏楓は興味津々だった。メリーが夢と現を判別できなくなりそうになる程の夢を、夏楓は見てみたかったのだ。

 

 

 

 

 

「そうね。私も少し気になる。」

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を1口飲んだメリーは、少し俯きながら話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「──これが、赤いお屋敷で頂いたクッキーと、竹林で拾ってきた天然の筍よ。」

 

 

 

「え?夢の話じゃ無かったの?」

 

 

 

「夢の話よ。さっきからそう言ってるじゃないの。」

 

 

 

「夢の話なのに、なんでその夢の中のものが現実に出てくるんだ?」

 

 

 

「だから、貴方達に相談してるのよ。」

 

 

 

 

 

蓮子と夏楓に質問攻めにされたメリーはそう言った。

 

夢の中で登場した、赤いお屋敷のクッキーと竹林の筍。それが現実に存在するはずは無かった。それはもちろん、夢の話だからだ。

 

 

 

 

 

「私には、何が現で何が夢なのか判らなくなってきたの。いつも見る夢は、大抵妖怪に追いかけられて終わるわ。悪夢といえば悪夢だけれど...。でも夢の中の物をいつの間にか持っていたりして、もしかしたら今ここにいることも夢なのかもしれない...。」

 

 

 

「教えてあげるよメリー。それはもう既に筍じゃない。そこまで成長しているのならもう堅くて食べられやしないよ。」

 

 

 

「──でも、悪夢を吉夢に変えられるとしたら今より...。」

 

 

 

「メリー、天然の筍はね、美味しい時は土の下に隠れて身を守っているのよ。ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」

 

 

 

 

 

全然2人の話を聞かないメリーであった。

 

 

 




月の兎、月面探査車
――夢か現か、吉夢か、それとも悪夢なのか。




お久しぶりです。いろはにです。


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2

夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream



永夜の報い ~ Imperishable Night

夜が降りてくる ~ Evening Star

人形裁判 ~ 人の形弄びし少女

夢と現の境界






 

「天然の筍って、どういう物なのか知らなかったのよ。

合成の物しか見た事ないもの。筍は味しか知らなかったの。」

 

「まぁ、確かに。竹林に生えてる筍はかなりの田舎に行かなきゃ見られないからね。」

 

 

 

「そういえば、竹林は微妙に傾斜が付いていて、私の平衡感覚を狂わせたわ。まっすぐ走っているつもりだったけど、本当はどうだったのかしら?」

 

 

メリーはまた話し出した。

 

 

「──蓮子みたいな『客観的に見て明確な真実が存在する』という考え方はいかにも前時代的だわ。真実は主観の中にある。見たことのある景色しか出てこない...あそこはそういう所なのよ。」

 

「確かに、真実は自分自身にしか分からないこともあるし. . .。」

 

「だから私は走っていたの。夢の中だろうと、得体の知れない物からは逃げなきゃいけないの。それが真実だから。」

 

 

夢と現は対義語なんかじゃない。真実は主観の中にある。客観の中にある。どちらの言い分も理解出来た。しかし、真実は自分自身の中にある...主観的に見なければわからない。

 

だが、夢でもその理論が成り立つかどうかは分からない。

 

「私は、客観的に見る事は大切だと思うわよ?」

 

「確かに。──それにしても不思議ね。貴方みたいな前時代的な人は、夢と現を正反対な物として考える人が多いみたいだけど。」

 

 

メリーが蓮子に言った。すると、今度は横でアップルパイを食べていた夏楓が話し出した。

 

 

「大昔の人は、夢と現実を区別していなかった。そして今は、夢と現実は区別するけど同じ物。まるで時代が1周したみたいだ。」

 

「そうね。現の現実と夢の現実、現の私と夢の私、それぞれが存在するわ。夜の胡蝶が自分か、昼間の人間が自分か。」

 

「今の常識では、両方自分なのね。」

 

 

ようやく、3人の意見が一致したようだ。

 

 

 

「──でね。これがその大鼠と女の子が去った後に落ちていた紙切れよ。」

 

 

大鼠やら、妖怪やらが出てきてどう考えても現実の話ではないが、夢なのか現実なのか、メリーは紙切れを見せてきた。

 

 

「ねえ、それほんとに夢の話なの?」

 

「だぁからぁ、夢と現なんて同じ物なのよ。いっつもいっつも言ってるじゃない。私にしてみれば、貴方と会っている今が夢の現実かもしれないし──。」

 

「まぁまぁ、夢の世界の話でも聴いてあげるから落ち着いて、メリー。」

 

「そういえば、その女の子は何者だったの?その後どうなったの?」

 

 

夏楓が聞くと、メリーは紙切れを机に置いた。

 

 

「知らない。その後は、大鼠が逃げていって――女の子も去っていったわ。私はね、ずっと大鼠にも女の子にも見つからないように隠れていたの。」

 

「どうして大鼠を追い払ってもらったのに隠れてたんだ?」

 

 

「だって──あれは人間じゃないから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




真実って、結局なんなんでしょうね?


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3

夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream


幻想機械 ~ Phantom Factory

幽玄の槭樹 ~ Eternal Dream




結局、メリーは満足したのか話すだけ話して帰ってしまった。残された2人はメリーが置いていった幾つかの品を見つつ、頭の中で整理していた。

 

 

「メリーは夢だと言っていたけれど、本当にそうなのかな...。」

 

「そうね、例え昨今の相対性精神学の常識がそうだと言っても、それはあくまでも精神の中での話。夢の中の物体が現実に現れたりしたらエントロピーはどうなってしまうの。」

 

「しかも質量保存の法則が成り立たない。」

 

 

メリーが見たのは夢では無く現実。それはこの品々が語っていた。

 

 

「メリーはきっと気が付かないうちに、実際に結界の向こうに飛んでいる。それを夢だと思いこんでいる。こうすれば辻褄が合うわ。メリーの家の近くに結界があると考えるのが妥当ね。」

 

「いや、それはちょっと違う。メリーの近くに境界があるならとっくに彼女が気づいているだろうしね。多分、結界が消えたり現れたりしているんだよ。」

 

「まさかメリーの能力が結界を視る能力から操る能力に、なんて。」

 

「とにかく...メリーは今すごく危険な状況に置かれている。別の世界で夢では無いと気づいてしまえばこっちに戻れなくなるかもしれない。」

 

神隠しにあうかもしれないし、妖怪に襲われてしまうかもしれない。メリーの想いが色んな世界に揺らいでいた。

 

 

 

蓮子の考えたカウンセリング方法は2つあった。

 

 

1つ目はこれらの品を捨てて完全に夢、幻だった思いこませる方法。

そうすれば二度と現実には夢の世界にいけなくなるだろう。夢と現は別物なのだ。

 

2つ目は夢ではなく、実際に別の世界にいる事を強く意識させて夢から眼を覚まさせる方法。

そうすれば、夢の世界で訳も判らないうちに死んだりしない。ただ――この世界に帰れなくなる可能性もある。

 

 

「メリーにはどっちが良い? 私にとってはどちらが一般解?」

 

「そんなの──決まってるだろう?」

 

 

 

 

「もう、いつも蓮子は呼び出しておいて時間に遅れるんだから」

 

次の日、3人は同じカフェに集まっていた。

 

 

「メリー、たったの3分15秒の遅刻じゃない。惜しいわね。」

 

「蓮子ったら、1回ならまだしも、毎回だなんて駄目だよ。」

 

 

夏楓は笑いながら言った。

3人がここに集まったのは他でもない。メリーの夢の件だ。

 

 

「惜しいって何? というか、今日は何の用かしら?」

 

「勿論サークル活動だよ。せっかくサークルメンバー全員揃ったんだから。」

 

「3人しか居ないけどね、ってまた何か『入り口』らしき所を見つけたの?」

 

 

2人が出した結論は一つしかなかった。メリーが言っていた夢の世界。、美しき自然とほんのちょっぴりのミステリアス。人里離れた山奥の神社、楽しそうにはしゃぐ子供達、深い緑、白く輝く湖、紅いお屋敷、木漏れ日の下でのティータイム、迷わせるほどの広さの竹林、天然の筍、人を狂わす満月、人の顔を持った人ではない生き物、そして禍々しい火の鳥。

 

 

 

──メリーだけが見ているなんてずるい!

 

 

 

「勿論、別の世界の入り口だったら見つけられるよ。ほらこんなに手掛かりだってあるんだからな。」

 

「手掛かりって、これは私の夢の世界の品じゃないの、蓮子。」

 

「だから、メリーの夢の世界を探しにいくのよ。ねぇ、何で日本の子供達が楽しくなさそうに見えるのか、メリーに判るかしら?」

 

 

 

 

 

 




こないだ、予知夢を見ました。家族で日曜日にアップルパイを作る夢だったのですが、ほんとうに日曜日にアップルパイを作りました。

いやーこんなことあるんだなーと思いましたね。





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──貴方みたいな考えの学者の所為で、夢と現を同じ物として見るようになったからよ。

 

 

夢をただの脳が見せる虚像として、現実の一生理現象に組み込んだからよ。

 

 

主観の外に信じられる客観がある。絶対的な真実がある。

 

 

主観が真実だって? 

 

 

貴方の言っている事は矛盾している。その学説は間違っている。

 

 

その証拠に貴方は主観を認めないで夢にしちゃっているじゃない。

 

 

夢と現実は違う。

だから夢を現実に変えようと努力出来る。

 

 

だから子供達は笑う事が出来たの。────

 

 

 

 

三つ編みの女は、赤毛の学者に向かってそう言った。

 

大学の研究室は、夕日の光で輝いていた。

 

「そうね。だからこそ確かめなければならないのかもしれない。夢の正体を暴いて学会に復讐するのよ。」

 

「それが、貴方の夢?」

 

「ええ。この世界では、夢と現の定義は鮮明過ぎる。でも夢現の境界は誰にもわからないわ。魂は夢、肉体は現の結晶だとも思える。夢の正体を暴くのが、この研究の目的なの。」

 

「夢も、現実も、この科学世紀では区別されてしまっている。私はそれが信じられない──。さぁ、今日は遅いし、もう帰りなさい。」

 

 

赤髪の学者はそう言うと、研究室を出ていった。

 

 

「――夢か現か、吉夢か、それとも悪夢なのか。確かに、夢現の境界は誰にも分からないわね。」

 

 

沈む夕日を見つめ、少女はそう言った。

 

 

 

 

夜が明ける。幻の朝靄の中で夜が明ける。

私は幻想の世界で子供達と一緒に遊んでいたわ。

子供達はみんな楽しそうだった。みんな笑っていた。

――こんなに笑っている子供を最後に見たのは一体いつだろう。聴いた事もない不思議な唄、不思議な踊り。どうやら今日は祭らしい。

 

私も、いつかはこんな子供達の笑顔がある国に住みたいと思ったわ。

 

でも、それは叶わないみたい。

 

 

 

 

──A moon rabbit and a lunar exploration vehicle―

Is it an illusion or reality a pleasant dream or a nightmare?──

 

 

 

夢違科学世紀〜Changeability of Strange Dreamより引用

 

 

 

 

 

 

夢違科学世紀編 『完』

 

 

 

どうも。作者のいろはにです。なんと夢違科学世紀編を2日で終わらせてしまうというね...。

 

まぁ1月は全然更新してなかったので。

 

今回のテーマは夢と現、そして真実。

バリバリ哲学でしたね。

 

私はこういう事を考えるのは好きですが、それを文章にするのはとても苦手です。

 

夢と現は別の物。だけれど紙一重。私にはそう思えます。

 

いつか夢と現が融合したら。どんな世界になるのでしょう。

 

 

2021/01/30 12:50

 

 

 

 

 



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卯酉東海道編
0.


2052/9/20

 

 

卯酉の道、心の旅

-東海道の地下は日本で最も日本的だった。

 

 

 

──ヒロシゲは二人を乗せて東へ走る。音もなく、揺れもなく、ただひらすらに東に走る。

 

四人まで乗れるボックス型の席には空きも多く見られ二人で乗ってたとしても相席を求められる事は無かった。

朝の反対方向は芋洗いの様に通勤の人でごった返すが、東京行きは空いている。二人にとっては好都合だった。

 

 

車窓から春の陽気が入ってくる。最新型のこの新幹線は全車両、半パノラマビューが一つの売りである。半パノラマビューとは上下を除いた全てが窓、つまり新幹線の壁は殆ど窓で、まるで大きなガラスの試験管が線路の上を走っている様な物だ。

進行方向と反対に座っている金髪の少女の左手には、見渡す限りの美しい青の海岸、右手には建物一つ無い美しい平原と松林が広がっていた。

 

 

出発から25分ほど経っただろうか、遠くに雲の傘を被った富士の山が見えた。

まるで仙人でも住んでいそうな厳かな姿をしている。

 

 

富士山復興会の努力により、近年になって漸く世界遺産に認定された富士だが、ヒロシゲから見えているこの富士の方が何倍も荘厳に見える。

というのも、ヒロシゲのパノラマビューから見ると、高層ビルも送電線も高架線も何一つ見つけられないのも一つの理由だろう。

 

 

富士どころか、左手に見える海岸だって、世界遺産に一ダースほど認定されてもまだ足りないくらい美しい。東海道はこんなにも美しいのだ。

 

 

だが、この卯酉(ぼうゆう)新幹線『ヒロシゲ』から見えている極めて日本的な美しい情景も、金髪の少女、メリーにとっては退屈な映像刺激でしかなかった。──

 

 

 

 

 

まもなく、3番線に11:07分発、「ヒロシゲ36号」卯東京行きが到着致します。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。

 

──お待たせ致しました。3番線に停車中の11:07分発、「ヒロシゲ36号」卯東京行き、発車致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも。いろはにです。

 

卯酉東海道編スタートです。とはいえ、2月中旬に学年末試験が控えているので更新は遅くなります。

ほんとに、やばいんです。もう2ヶ月もすれば受験生だから...。志望校がぁ...偏差値がぁ...塾忙しすぎてホントにやばいんです。

 

どうでもいいんですが、久しぶりにエヴァンゲリオンを見ました。3週連続なんて金曜ロードショーはやっぱり神ですね。でもアスカが喰われるシーンは何回見てもドン引きします。相変わらずレイが尊い。

 

早く上映されて欲しい...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1


卯酉東海道 ~ Retrospective 53 minutes


ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express

53ミニッツの青い海

竹取飛翔 ~ Lunatic Princess




「ヒロシゲは席は広いし、早く着くし便利なんだけど──カレイドスクリーンの『偽物の』景色しか見られないのは退屈ねぇ。」

 

「これでもトンネルに映像が流れるようになって、昔の地下鉄よりは明るくなったのよ。まるで地上みたいでしょ?」

 

「でも、地上の景色は建物やら電線やらでごちゃごちゃしてるから僕はこっちの方が好きだな。」

 

 

秘封倶楽部の3人は大学の休みを使ってわ旅行に来ていた。新幹線「ヒロシゲ」、酉京都から卯東京までの53分の旅だ。旅行と言っても蓮子と夏楓の彼岸参りに便乗するだけだが、まだ東京や鎌倉に行った事が無いメリーは、今回の東京、鎌倉旅行を非常に楽しみにしていた。

 

卯酉新幹線が通るのは地下だが、それでも昼間の外と同じくらいの光が窓から射し、そして外には美しい富士と太平洋が映し出されていた。

 

──それが、卯酉東海道最大の売りと予算を使った装置『カレイドスクリーン』だった。

 

 

「地上の富士はここまで綺麗じゃないかも知れないけど、それでも本物の方が見たかったわ。これなら旧東海道新幹線の方が良かったなぁ。」

 

「何を贅沢言ってるのよ。旧東海道なんて、もう東北人とインド人とセレブくらいしか利用していないわよ。ま、メリーは東北人並にのんびりしているかも知れないけどね。」

 

「飛行機で言うところのファーストクラスだね。」

 

「私はセレブですわ。」

 

 

――ちなみに、卯酉東海道が出来たのは、二人が生まれる前の事である。

 

神亀の遷都が行われてから、大量の人間が東京と京都を行き来する必要が生まれた。旧東海道新幹線だけではすぐに交通インフラに限界が来て、政府は急ピッチに新しい新幹線の開発に取りかかったのだ。

 

そこでできたのが卯酉新幹線。京都―東京を通勤圏内にし、あっという間に日本の大動脈となった。 当時の最先端の技術を詰め込んでおり、速さも世界最速だった。しかし旧東海道新幹線に速さを抜かれてしまい、今では卯酉新幹線は観光メインの路線となってしまっている。

 

────驚くべき事に、卯酉新幹線の全てが地下に、そして直線的に作られている。始点から終点まで、空も海も、山も森も、太陽も月も、何も見ることは出来ないのだ。

 

 

「あっという間に着くのは良いけど、こんな偽物の景色を見てるだけじゃ蓮子は退屈じゃないの?夜は夜で空に浮かぶのは偽物の満月、ってのもなんかねぇ。

東海道も昔は53も宿場町があったというのに、今は53分で着いちゃうのよ? 昔よりも道のりも長いのに、こうなっちゃうと、もう旅とは呼べないわよねぇ。」

 

「大昔の人は東京と大阪まで新幹線を使っても8時間近くかかっていた訳だから、随分と技術は進歩したし、酉京都鉄道には観光用の減速運行なんかもあるみたいだけどね。」

 

「道中が短くなっただけで、旅行は旅行よ。東京観光巡りは面白いわよ?

新宿とか渋谷とかには歴史を感じる建物も多いしね。そういう観光の時間が増えたと思えば良いじゃない。」

 

「はいはい、そうですね。あーあ、偽物の満月には、太古の兎が薬を搗ついている姿が見えるのかなぁ。」

 

 

酉京都鉄道とは、観光用の電車で、京都の歴史的な場所を巡るものだ。レトロな雰囲気が人気で開通してから5年間、全国各地のファンに愛されている。

 

 

 

 



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2



彼岸帰航 ~ Riverside View

青木ヶ原の伝説




「そうそう、こんな話知ってる?実は、ヒロシゲは最高速を出せば53分も掛からないらしいんだけど、わざわざ 53分になる様に調整したらしいよ?」

 

「一分一泊ね。その調子なら三週間で老衰だわ。短い旅ねぇ。」

 

「やっぱり、その辺は凝っているんだね。」

 

歌川広重の東海道五十三次。それが卯酉新幹線のテーマだった。ヒロシゲの名前や53分など、かなり凝っている。ちなみに、お土産やさんには五十三次せんべいなどが売っている。

 

 

 

 

「メリー、関東のお彼岸には変わった風習があるのよ。知ってた?」

 

「ええ?どういうの?」

 

 

「お墓参りと一緒にね。お墓の周りの結界のほつれを見つけて、冥界参りもするんだ。、お盆が冥界からご先祖様が帰ってくるだろう?だからお返しに彼岸には、こっちから挨拶に行くんだ。」

 

「そうなの?あらいやだ、何の準備もしていないわよ。何で言ってくれなかったのよ。」

 

「嘘だからだよ。」

 

「あら、でも折角だからやるよ?」

 

 

結局、どこに行ってもやることは変わらない秘封倶楽部だった。

 

卯酉東海道は、最も効率よく東京の人間を京都に運ぶ為だけに作られた。だから、駅は二つしか作られていない。卯東京駅と酉京都駅の二箇所だけである。

つまり、始点と終点以外は駅が無い。なので、鎌倉に行くには乗り換える必要があるのだ。二人が酉京都駅を出発して、すでに36分ほど経っている。

 

外の景色は、歌川広重が見て歩いただろう東海道、その物だった。どこまでもどこまでも美しい。空と海と、富士の山、五十三の宿場町...。

 

 

「あ、今……」

 

「どうしたの? メリー、急に怖い顔をして……」

 

「急に頭が重くなった気がしたの。2人は感じない?ここら辺の空間は少し他と感じが違うわよ。それに結界の裂け目も見える……スクリーン制御プログラムのバグかしら。」

 

「ああ、それはきっとここが霊峰の下だからだよ。少しは空気も違う、いや時空すらも異なるかも知れないね。過敏なメリーにはちょっと緊張が走るかも知れない。」

 

「なるほど、富士山の地下ね。なら判らないでもないわ。昔から富士の地下には冥界の入り口があるって言うもんね。でも、富士山って火山でしょう?そんな地下にトンネルなんて掘って大丈夫なのかなぁ。」

 

「心配性ね。そういう時はお酒でも飲んで考えるのをやめましょう?富士が世界遺産に認定された時に、休火山から死火山になったと断定されたでしょう?」

 

 

とにかく東京と京都を結ぶ事だけを考えて設計した卯酉東海道だったが、政府は霊峰富士の真下に穴を開けるという、畏れ多き事態だけは避けた。

 

卯酉東海道は、富士を避け、樹海の地下を走っている。ただ、樹海には古くから良くない言い伝えが多く、樹海の真下を走るというだけで新幹線の運行や乗客数に影響が出てしまうかも知れない。

 

そう考え、樹海の真下を走っているという事は一般には明かされなかった。

 

 



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3


お宇佐さまの素い幡

月まで届け、不死の煙



 

 

「あはは。朝からお酒が美味しいわね。そういえばこの新幹線、最初は京都と東京だけじゃなくて、鎌倉にも駅を作る予定だったらしいよ?」

 

「蓮子は物知りだね。」

 

「そりゃ、物知りだもの。なんでも、三つの都を繋いで名前も繋都(けいと)新幹線にしたかったんだって。」

 

「暖かそうな新幹線ね。って、鎌倉は都じゃないでしょ?それに鎌倉って、京都と東京の間にしては東京寄り過ぎじゃないの。」

 

「鎌倉が都...相当昔の話だね。」

 

「ま、そういう理由でお蔵入りになったらしいんだけどね。そういえば、『お蔵入り』の蔵って、何の蔵なのか知ってる?」

 

「そんなこと、最初から判りそうなものなのに……。蓮子は誰かに嘘情報吹き込まれたんじゃないの? 八幡様が好きな誰かに。」

 

 

 

富士と言えば北斎の『富嶽三十六景』が有名であるが、北斎は富士を幾ら描こうとも満足することはなかった。富嶽三十六景は実際には四十六枚ある事からも判る。

 

若い広重が『東海道五十三次』を出版し、それが人気を博すと、過去に三十六景を出したというのに、負けじと北斎は『富嶽百景』を出版した。

その位、富士に魅入られていたのだ。

 

何にしても現代の日本は広重を選んだのだ。

卯酉新幹線ヒロシゲは、地下を東に走り続ける。今はちょうど鎌倉辺りだろうか。

 

 

 

「ねぇ夏楓。トンネルスクリーンに映ってる富士山って、ちょっとダイナミック過ぎないかしら?」

 

「うーん。余りまじまじと実物を見た事がないから何とも言えないけど、こんな感じだと思うよ?きっと、周りに人工物が殆ど映っていないと、こんな感じに見えるんじゃないかな。」

 

「この富士は、広重と言うよりは北斎かなぁ。スケールだって、オートマチックビデオリターゲッティングの処理された様な感じがするわ。リアリティよりインパクトを重視した様な気がする。」

 

「2人とも、広重も北斎に対抗して、富士の三十六景を描いていたってのは知っている?」

 

「ええ? パクリ?インスパイア?」

 

「その名も、『富士(不二)三十六景』というの。しかも北斎の没後に出版したのよ。」

 

「あらあら。」

 

 

建物の少ないカレイドスクリーンの景色では、富士山は霊験あらたかで、迫力のある姿を見せていた。

本物の富士山も、富士山復興会の努力により今は綺麗である。本来の富士の姿の余りの迫力に圧倒されたか、復興会の厳しい掟に嫌気がさしたか、山を登る人の姿も少なくなり、観光協会が大打撃を受けたというのは皮肉だが。

 

日本が広重を選択したのは北斎の奇才を認める事が出来なかったからである。日本は狂気を徹底的に嫌ったのだ。

 

だがしかし、もしこの新幹線がヒロシゲではなく、ホクサイだったとしたら、カレイドスクリーンにはどういう情景が映し出されていただろうか。

 

きっと、今よりも目的地に早く着く、『36分間の狂気の幻想』を愉しめたに違いない。

 

 

 

 

 

 



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4



レトロスペクティブ京都

ラクトガール ~ 少女密室

千年幻想郷 ~ History of the Moon




 

 

 

ふと窓の外を覗いて見ると、カレイドスクリーンの映像も富士山から遠ざかり江戸の方向を映しているのが見えた。

 

 

「もうすぐ東京かしら...。やっぱり物足りないわね。」

 

「確かにね。でも着く前に疲れなくて良いじゃん。」

 

「そう焦らないの。まずは実家に着いてから彼岸の墓参りを済ませて、荷物を置いてから見学に行きましょう?」

 

「あれ?冥界参りに行くんだっけ?」

 

「東京は、京都に負けず劣らずの霊都だから、きっと楽しいわ。メリーと夏楓と一緒なら。」

 

 

アスファルトで固められた地霊の罪も時効を迎え、東京の道のそこら中にひびが入っていた。

 

環状線も一部が草原と化し、葉っぱもなく、茎と赤い花弁だけの奇妙な花が道を覆いつつある。人口の減少と共に、自動車という前時代的な乗り物も減っていた。道がどうなろうと不便な事は無かったのだ。

 

派手な格好の若者達が、独自のルールを形成している事が特徴的な東京。町奴や旗本奴、火消しが暴れる町の様に……。

 

────東京は昔の姿を取り戻しつつある。

 

 

 

「京都と違って東京は田舎だから、懐かしい物が沢山あるんだよ。」

 

「閉塞感ある狭くて高いビルの中で遊ぶテーマパークとか、超大型ショッピングモールとか。」

 

「良いわねぇ。その洗練されていない庶民的な娯楽がまだ残っているのね。」

 

「その辺、京都は厳しいからなぁ。...娯楽と言えば新茶道とかしかないし。」

 

「あら、お茶は好きよ?あの茶室の密室さ加減が。」

 

 

東京にはその昔、食のテーマパークが流行った時代があった。全国各地から美味しいと評判の店を持ってきて、一箇所に集めただけという何とも風情の無いテーマパークだったが、それでも東京の人間には大好評だった。

 

東京には、江戸時代の頃から、闘食会と呼ばれた死をも恐れない食の大会があった。それを考えると、現代の東京で食のテーマパークが流行るのも当然の事である。

 

江戸の血を確実に引く東京の街。

 

本でしか見た事の無い、時代を超えた街、東京に近づくにつれて、メリーの気持ちがますます高揚した。

 

 

「富士が小さくなっていくわ。もう東京は目の前ね。」

 

「2人の話を聞いていたら、なんだか楽しみになってきたわ。東京が。」

 

「でもね、京都に比べるとやっぱり、精神的に未熟な都市って感じは否めないなぁ。」

 

「結界の切れ目もほったらかしだしね。千年以上も霊的研究を続けてきた京都とは大違いだから。」

 

「あ、スタッフロールよ。こんな風景まで作者の権利を主張しようとするのねぇ。」

 

 

窓の外の景色に文字が浮かび上がっている。

53分のカレイドスクリーンの映像が、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 



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5

本来、景色には誰の著作物である、という考え方は無い。さらに言うと、この映像は広重が見たであろう東海道を基にしているのだ。それでも、人間は自分の物だと主張する。乗客は皆、本物の景色ではないかと思って見ていた立体的な風景に、映像の制作者の名前が浮かんでは消え、消えては浮かんでいる。

 

風景の真ん中に「Designed by Utagawa Hiroshige」と言う文章が浮かんだのを最後に、世界は闇に閉ざされた。────

 

 

 

 

────ハイダイナミックレンジの映像も、極めて日本的な情景も、本物の空の色には敵わない。という前時代的な認識を持つ人間は、もはや居ないだろう。

 

ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激する。夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶は区別出来ない様に、ヴァーチャルとリアルは決して区別出来ない、と言うのが今の常識である。

 

言うまでもなく、ヴァーチャルが人間の本質なのだ。

 

身は華と与に落ちぬれども

心は香と将に飛ぶ

 

53分間の他愛の無い会話の続きを地上でする為に、三人は東京駅を後にした。

 

 

 

────A journey of the mind along the Boyu Line.

The Tokaido Subway is the most Japanesque subway in Japan.────

 

 

 

 

 

 

久しぶりです。いろはにです。

 

さて、未来の東京は現在とは全く違う見た目になっていることでしょう。

しかし、それは東京だけでは無く、ロンドン、ニューヨーク、パリ、上海、ベルリン...。なんなら都市だけでは収まりきらず、人間までもが変わり果ててしまうかもしれない。

"永遠"はこの世に存在しない。生物は必ず進化するしもちろん地形だって変わる。宇宙でさえ星が消えたり生まれたりしている。

しかし、それがヴァーチャルならどうでしょう?

ヴァーチャルはインターネットがある限りこの世に存在し続ける。そして、"永遠"に人の心に刻まれる。どんなに凄い人でさえも"永遠"に人の心に刻まれることはありません。語り継いでいたとしても人間はやがて忘れてしまう。

人間が不老不死の誘惑に負け餌食にされてきたのには忘れ去られることの恐怖があったからなのでしょうか。

 

幽閉サテライトさんの楽曲、「造花であろうとした者」を思い出します。外で忘れられて、幻想郷で思い出される。これが現世の美しさなのかも知れませんね。

 

 

いろはに──謎の後書きと共に──

(2021/02/19 15:54)

 

 

 

 



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霧幻世界編
1


オリジナル。



「ふー、ついたついた。」

 

「なんか疲れたね。早く家に行こう。」

 

 

秘封倶楽部の3人は蓮子の彼岸参りのついでに夏楓の実家に来ていた。京都から東京までは卯酉新幹線1本で行けてしまうのだが、鎌倉までは2回乗り換えなければならない為、3人は疲れきっていた。

 

夏楓の実家は鎌倉の中でも山の方、田舎にある。駅に着いたとしてもそこからかなり歩かなければならない。

 

 

「はぁ、なんでこの時代に歩いて行かなければならないんだろ。」

 

「そうね、バスとかあったらいいのに。」

 

「人口の減少で予算が足りないんだよ。きっと。」

 

(あ、懐かしい...。)

 

 

見えてきたのは夏楓の母校だった。人口が減少してしまった為、近くの学校と合併されてしまい、今は誰も使っていない廃校となっていた。

 

 

「それにしても、人が少ないわね。」

 

「関東なんて、どこもこんなもんだよ。あ、もうそろそろで着くよ。」

 

 

見えてきたのはかなり大きい、洋風の家だった。壁はレンガでできており二階建て。黒い屋根には煙突が着いている。

すると、庭のところに立っていた女性が夏楓に話しかけた。

 

 

「おかえりなさい。待っていたわ。2人とも、こんにちは。」

 

「さぁ、3人とも行こう。」

 

「こんにちは、ありがとうございます待っててくださってたみたいで...。」

 

「あらいいのよ。みんな疲れたでしょう。ゆっくり休んでちょうだい。」

 

 

建物の中もかなり良い雰囲気の家だった。華やかさとはまた違う、シンプルだからこその美しさが感じられた。

 

 

「そういえば、夏楓の部屋ってどうなってるの?」

 

「別に、普通だよ。本だらけだけどね。」

 

 

3人は2階に上がり、1番奥の夏楓の部屋へ向かった。

 

 

「うわ、ホントに本だらけなのね。」

 

「どのジャンルもあるように見えるけど、科学の本が多いのね。」

 

「うん、姉さんが学者だったんだ。その影響。」

 

窓の葉の隙間から、白い何かが見えたような気がした。霧島家の、庭の奥の森。

メリーは目を凝らすが、よく見えない。

 

 

(なにあれ...。)

 

「どうかしたのメリー?」

 

「ううん、な、なんでもないわ。」

 

 

メリーは少し動揺しながら応えた。

 

 

「それにしても暗いわね。この木のせいで全然光入らないじゃない。」

 

「まぁ、夏は涼しいからありがたいんだけどね。冬は寒くて...。」

 

「秋は葉っぱが凄そうだわ。」

 

「ははっ!その通りだよ!」

 

 

夏楓は楽しそうに笑った。しかし、怪しい瓶を見つけたメリーはそれどころでは無かった。

 

 

(さっきからなにか変なものを感じるけど...なんなのこの家は...。)

 

 

「夏楓のお姉さんって、何の研究をしているの?」

 

「比較物理学。異世界...パラレルワールドについて京都で研究してたんだ。5年前に事故で亡くなったんだけどね。姉さんは研究熱心だったよ。」

 

「素敵な人だったんだろうね。きっと。」

 

「うん。尊敬してるよ。」

 

 

そこまで話すと、夏楓はドアを開けた。メリーはずっと下を向いて黙っていたが、夏楓がドアを開けた音で顔をあげた。

 

 

「そろそろ行こうか。母さんの紅茶が冷めちゃうしね。」

 

「うん。楽しみだなアップルパイ。って、どうしたのメリー、さっきからおかしいわよ?」

 

「ううん。なんでもないわ。」

 

 

そして、3人は1階へ降りた。

 

 

 

 



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2

下に降りると、そこには夏楓の母、椿妃(つばき)がいた。紅茶やパイの用意をしていたのだ。

 

 

「はい、これがアップルパイでこれがパンプキンパイよ。材料が余ったから作ってみたの。」

 

「美味しそう!」

 

「これは本物の食材(天然食材)を使っているんですか?」

 

「いいえ、合成よ。夏楓は天然食材の殆どがアレルギーで食べれないの。味も見た目も同じはずなのにね。」

 

「もしかしたら、合成食品を食べすぎたのかもね。」

 

 

夏楓は合成食品以外は食べれない。身体が強烈な拒否反応を起こすからだ。それはアレルギーによるもの。だが、幼少期は普通に天然食材を食べていた。

 

 

「天然食材にアレルギーなんかあるんですね。改良されてるからてっきり無いものだと思ってました。」

 

「僕もそう思ってたよ。医者に聞いても分からないって言うし。今は定期的に体内のデータを国に送ってるんだ。」

 

 

アップルパイをペロッとたいらげた夏楓は蓮子とメリーを置いて一足先に部屋に戻った。

 

 

「夏楓。妙に急いでいるようだけれど何かあったの?」

 

「実はレポートが終わってないんです。提出が明明後日までだから急いでるんですよ。」

 

「そうなの。あ、メリーちゃんも蓮子ちゃんも味はどうだった?」

 

「とても美味しかったです!」

 

「はい、皮のサクサク感が凄かったです!」

 

「あら良かった。最近作ってなかったから心配だったのよ。ありがとうね2人とも。」

 

 

椿妃はとても喜んだ。

歳は40を超えているが、見た目も話し方も若者そっくりだった。勿論、京都には若く見える人も沢山いるが、ここまでの美人で若い女性は珍しかった。

 

 

「あの…後で森に行ってもいいですか?」

 

「あら、勿論良いわよ。」

 

 

メリーは蓮子に聞こえない程の小声で椿妃に話しかけた。あの白いのが気になっていたのだ。

 

 

その後、食べ終わった2人は客室へ案内された。夏楓の部屋と違い日の当たりが良い部屋だ。

 

 

(それにしても、この結界は何なのかしら。かなり歪んでいるし強い、卯酉新幹線の時よりも強い反応ね。)

 

 

夏楓の天然食材アレルギー、妙に歪んでいる結界、庭の外側の森、研究者だった夏楓の姉。

 

メリーは初めて会った時から夏楓の事を疑問に思っていたが、あえて何も言わなかった。この時代、そのように特殊な『モノ』を持っている人は多いからだ。

 

 

(夏楓は自分に能力があるって言ってたけれど、それっていったい何なのかしら...)

 

 

そもそも、こんな歪んだ結界の近くにいたら結界が見てなくても何かしら異変に気づくはずだ。しかし椿妃も夏楓も何も疑問に思っていないようだった。2人が何かを隠している可能性も否定できないが。

 

 

 



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3

夕方、メリーは1人で森に来ていた。塀で囲まれているため、森に入るには庭の奥の扉を使わなければならない。何年も使っていないのか扉はかなりボロボロになっていた。

 

 

「まぁ、夏楓も何年も帰ってきてないみたいだし、仕方ないわね…」

 

 

扉を開けると、冷たい風がメリーを襲った。

そこに広がるのは、華やかな庭の雰囲気とはかけ離れた鬱蒼とした森。

 

 

メリーが森に足を踏み入れてから2分ほど経った頃、霧がもやもやと立ち込め、彼女の方向感覚を奪った。

メリーは怯まず進むが、5分経つ頃には完全に迷ってしまっていた。

 

 

「この森、こんなに広かったっけ……?」

 

 

森に入ってから30分なのか2時間なのか、時間の感覚もよく分からなくなるぐらいにメリーは疲労していた。

外から見た時はこんな風に見えなかったのに……と思いながら歩いていると、緑色の木々に囲まれた1本の枯れ木を見つけた。

 

 

「こんなところで、何してるの?」

 

「か、夏楓?!どうしてここに…」

 

 

後ろからメリーの手を掴んだ夏楓は、彼女にそう聞いた。夏楓の瞳が怖くて見てられなくなったメリーは、急いで逃げようと嘘を考える。

 

 

「結界の気配がしたから見に来たんだけど勘違いだったみたい。この森結構怖いし、そろそろ帰ろうかな」

 

「嘘。この木を見に来たんだろ」

 

 

その言葉で、メリーは眉を下げた。夏楓はまた真剣な面持ちで話した。

 

 

「……僕が小学生の時に枯らしたんだ」

 

「枯らしたって、なんで…」

 

「それは僕にも分からないけど、君がある日突然結界が見えるようになったのと同じだと思うよ。きっとこれが僕の能力だ。」

 

 

夏楓が優しく木に触れるが、何も起こらない。

 

 

「木を枯れさせる程度の能力?」

 

「いや、多分もっと何か…凄い能力のはずさ。メリーと蓮子と並ぶぐらいにはね。」

 

「例えば?」

 

 

 

具体的なことを言わない夏楓にメリーは聞いた。

 

 

「生命力、もしくは死を操る程度の能力…いや、運命に干渉する程度の能力なんてのもありえるかもしれない。制御できてない時点で欠陥品だけどね」

 

 

夏楓の能力でできることは今のところただ1つ、木を枯れさせることだ。だが制御できていない為いつ能力が発動するかは分からない。

 

 

「さぁ、蓮子も怒ってるしそろそろ帰ろうかな。君が家を出てから3時間以上経ってるよ。」

 

「う、嘘?!」

 

「ホント。あと、この話内緒にしといてくれるかな。もっと能力について分かるまで」

 

「ええ」

 

 

夏楓はメリーに右手を差し出した。これは手を繋げという意味なのだろうか、でも違ったらどうしよう…とメリーが困っていると、夏楓がメリーの手を取って歩き出した。

真っ赤に染まったメリーが見た夏楓は、頬がほんのり赤くなっているようだった。

 

 

 




お久しぶりです


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