百合だらけの世界で私は京太郎くんに愛を叫びたい (うどんではない)
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ノーマル?

 作者様のブログ情報の世界観からお話を膨らませてみましたー。
 こんな二次はいかがでしょう?


 生まれ変わり、ってあなたは信じるかしら?

 私は信じたくないわね。でも、実際に起きてしまったからには認めざるを得ないのよ。

 簡単に言えば、私は人生二回目。長野でぐだぐだ過ごしている今の人生の経験だけじゃなく、前世の記憶っていう面倒なのがあるの。

 

 前世は、高校生になる手前あたりで終わってるわね。もっとも通学する予定の高校のスカートのチェックの色がダサくてやだなとか、そんな記憶ばかりで前世の終わり、それこそ死んだ記憶はないの。

 そりゃあ、死の際の記憶なんてトラウマものでしょうからなくてもいいのだけれど、そんな区切りもない半端だったから私の中で前世の記憶と今の経験がごっちゃになってた時期があったのよね。

 幼い頃両親に、どうしてパパとママじゃなくてママとママなの、と聞いて不思議がられたこと、よく覚えているわ。曰く、私達の周りには異性婚なんていなかったのに、どうして知っているのかしら、って。

 

 いや、この世界普通に同性婚があるのよね。普通に同性同士で子供を作る技術確立してるし。だから、男同士、女同士で付き合うことなんて当たり前のようにあるの。

 そんなの摂理に反してないか、とはこの世界の人には流石に怖くて言えないわね。この世界だとそれってあたり前のことみたいだし。

 むしろ、おかしいとおもうことの方がおかしいの。そもそも、前世の記憶あり、なんて私のほうがよっぽどあっちゃダメなのは分かりきっているしね。

 

 まあ、でも幼心にそんな判断は出来ないわ。私、普通に両親に変な記憶があるって話しちゃったの。

 そうしたら、なんかオカルトがどうのこうので当時過ごしていた岩手から鹿児島くんだりまで旅行みたいに連れてかれてなんか怪しげな巫女さんたちに囲まれたことすらあったわ。あれは、怖かったわね。

 でもまあ、そのおかげでどうにも私には魂が二つ分あるってことが分かったの。

 すごいですね、とはそこでお姫様みたいに扱われてた、現私のマブダチ小蒔の言ね。ただ、実際そんな単純に思ってくれるひとは少ないわ。

 

 私が純粋な子じゃないって分かったら途端にママもママもどこかよそよそしくなっちゃったし、悲しかった。それに、私から私を引き剥がそうとママたちが言ったのも、辛かったわ。

 まるで私が私じゃダメであるみたい。それで、私もママたちに怒っちゃったの。ママも女同士で結婚していて気持ち悪いって。

 私は、わんわん泣いて。疲れて眠って起きたわ。そしたら私、起き抜けに二人のママにぎゅうぎゅうに抱かれていたのを知ったの。

 二人は言ったわ。貴女は聞き分けが良すぎるから、それが怖かったって。そんな貴女が本音を話して子供らしくしてくれたから、ようやく私達も安心できた、って。

 そこで認められたって知った私はまた泣いたわ。でも、それ以降はもう私、泣いたことなんてないの。まあ、ドラマの感動シーンとかでうるうるしちゃう時くらいはあるけど、それくらいね。

 もう、ママたちにあんまり心配かけさせたくないから。

 

 

 えっと、そんな風にして、私は受け入れられたの。でも、私はそれでもこの世界を受け入れきれなかった。

 違うところが他にほぼなかったから、かもしれないわね。ママとママは仕方ないにしても、どうにも同性同士の好きが恋であってもいいというのに馴染まなかった。

 前世の友達の、エツコとかなら男の子同士が好きだったから順応出来たかもしれないけれど、私にはちょっと無理。付き合うなら男の子じゃないと嫌。

 

 まあ、勿論異性婚もあるといえばあるから、私はそれほど気にせずに過ごしていたわ。

 女子同士仲良くして、ときに男子にちょっかい出したりして、小学時代の大半を岩手で普通にしていたはずだったの。

 けれども、前世の記憶に引っ張られてた私はやっぱりどこかおかしかったのね。

 きっかけとしては、私の家が長野への転居することを話したからかしら。友達の中でも特に仲良くしていた子――先輩なのにちっちゃくて可愛らしかったからつい構っちゃったのよね――胡桃から、言われちゃったの。

 

「百合、私と付き合って!」

 

 そんなどストレートな告白を。あ、百合って私の名前ね。小瀬川百合っていうのがフルネーム。ま、そんなことはいいかしら。まあそんな風に、真っ赤な顔で胡桃は勇気を出して私に告白したのよ。

 でも、私はそれに応えることは出来ないわ。むしろ、嫌だとすら思ったの。その上で、なんとか私は返事を返せたわ。

 

「ごめん」

「…………どうして?」

「え?」

 

 でも、そうしたら胡桃はこの世の終わりのような顔をして、聞いてきたのよね。よく分からなくて、私は何も返せなかった。

 そうしたら、まるで愛らしいこけしのようだった胡桃は――従妹の白望が言うには今もあまり変わらないみたいだけれど――言ったの。

 

「私のこと、好きじゃなかったの?」

「えっと……好きだけど、そっちの好きじゃなかったっていうか……」

「好きなら、付き合ってくれてもいいでしょ?」

「その……」

 

 私には、分からなかったわ。前世の当たり前を行っていた私に女子同士にも機微があったことなんて、分からなかった。

 どうも、やりすぎていたみたい。それでも、私は前世を引きずっていていたから。

 

「……気持ち悪い」

「え?」

 

 そんなことを口走って、胡桃を傷つけてしまった。

 あの子の頬をつうと流れた涙は、未だに忘れられない。ごめんねといくら謝ったところでずっと残る、これが私の後悔の記憶。

 

 

 

 ま、そんなのがトラウマになって、長野で過ごし始めてからも女子同士のふれあいに臆病になってしまったり、そこで同じく周りに馴染めていなかった子――咲っていうの。一番の親友ね――と仲良くなったりしながら、しばらく過ごしていたわ。

 で。中学生になったところで、私は出会ったの。とっても素敵な男の子と、ね。

 

 もっとも、進学した当初から私は彼をクラスメートの間柄として見知ってはいたの。けど、ちょっと格好いいなと思えども話をしたのは少し経ってから。

 放課後に彼が独り、グラウンドの壁にボールを投げ当てている――今思えばあれ、顧問に部員募集中な彼が唯一行えるハンドボールの練習だったのよね――ところ、投げ損ねたボールが通りがかりの私達の足元にぽこん。

 それを私がひょいと投げ返してあげると、彼――須賀京太郎――は朗らかに私達に声をかけてきたわ。

 

「あー……宮永と小瀬川か、すまん。ボール拾ってくれて」

「えっと……百合ちゃん」

「こら、咲。私の後ろに隠れないの。須賀くんも、気にしないで」

 

 この頃は特に人見知りだった咲に盾にされながら、私は京太郎くんと相対したわ。まず私が思ったのは、彼がおっきいなってこと。のっぽの高久田誠くんには負けるけど、京太郎くんは立派な長身男子。

 そして、私は京太郎くんの金色のてっぺんから視線を下ろしてその目にどきりとしたわ。優しげな緩みの中に、真剣な強さがあるというか、そんな素敵な視線を受けた私は一気に彼が気になったの。

 それで知らずに私は零しちゃうのよ。

 

「……あの、少し練習見てていい?」

「えっ?」

「ああ、別にいーぞ」

 

 女子どころかそもそも人付き合いを恐れていた私が、急に乗り気になったことに驚く咲を尻目に、承諾を得た私は早々に休みながら観れるポジションを見つけるために動いたわ。

 そして、おずおずついて来た咲と一緒にしばらく彼の格好いいところを見つめた。

 

「どうも、須賀くん」

「うう……」

「また来たのか?」

 

 その後私は咲を引き連れながら放課後に飽きるまで京太郎くんをみつめるルーチンを、何日も繰り返して。

 

「すまない、宮永、小瀬川」

「えっと、気にしないで、須賀君」

「もう、そこはありがとう、でしょ?」

「ああ、ありがとう。まさか俺と誠しかいないハンド部に二人もマネージャーとして入ってくれるなんて思わなくてさ。嬉しいよ」

 

 ハンドボール部のマネージャーとして半ば押しかけながら働くことになった。

 すると、私と咲も、京太郎くんとどんどん仲良くなって。

 

「よいしょ、よいしょ……」

「咲、貸して。ここに置いといていいかな、須賀くん?」

「それでいいが……あー、小瀬川。そろそろ、名字呼びだと他人行儀な感じだから俺のことは、京太郎で良いぞ。宮永、お前もだ」

「え、私も?」

「ああ、俺も小瀬川に宮永を……百合と咲って呼ぶからさ。それでいいだろ?」

「えっと、京太郎、くん?」

「ああ、百合」

「うう……………きゃー!」

「あ、百合ちゃん逃げないでっ! 速いよぉ」

 

 私が逃避時に見せた健脚を陸上部に買われかけるなんて紆余曲折ありながら、結局下の名前で呼び合うことになったわ。

 

「咲」

「京ちゃん」

「むー……」

「えっと、百合ちゃんどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないですー……」

 

 その後に、知らない間に抜け駆けしてた咲が京太郎くんをあだ名で呼んでることにほっぺを膨らませたこともあったわね。

 けれども、愛称で彼を呼ぶなんて怖くて出来なくって、私はそのまま。ひょっとしたら、このままだと咲が最大の恋仇になるのかなかと思ってたら意外とそんなこともなくて。

 

「おかしな百合ちゃん」

 

 ただ、彼女は笑顔で私の後をついて回ってた。

 

 

 試合ができるくらいの部員集めに、一年。試合で勝ち抜くための練習を積むのに一年。

 ハンドボールに打ち込む須賀くんを私と咲は多少の手助けをしながらただ、見守ったの。

 そして、集大成。三年生最後の県大会にてどんどんと勝ち上がっていく京太郎くんたちを私は固唾を呑みながら応援したわ。

 彼の頑張りの、その結果は。

 

「準優勝、か……」

「惜しかったね」

「ああ」

 

 あと一歩。もう少しが届かなくって皆泣いてた。そして顧問の先生の友達のお店で打ち上げしてからの帰り道、私は須賀くんとそんなお話をしたわ。

 夕に焼けた空の下、私達の影法師も遠くって。夏も終わるんだな、ってそんな気がした。

 なんとなく、私は京太郎くんをそっと見上げたわ。そうして何か彼が口を開こうとした時。

 

「京ちゃん」

「ん……咲」

 

 反対隣を歩いてた咲が先んじて京太郎くんの名前を言ったの。私は、なんとなく彼女が彼の邪魔をしたのだと察した。

 けれども、空気の読める私はだんまり。そうしてしばらくしてから。

 

「じゃあな、百合、咲」

「またね、京ちゃん」

「また明日」

 

 手を振り、私達は京太郎くんと別れたの。そして、一等長い影は遠ざかり、小さな二つが寄り添ったわ。

 でも、それはどうにも近すぎた。何となくそれが嫌になった私は一歩離れようとして。

 

「逃げないで、百合ちゃん」

「咲?」

 

 真っ直ぐ私を見つめる咲に捕まったの。

 いぶかしがる私に咲は、あの日の彼女と同じように顔を赤くして、口を開く。私は怖気を感じた。

 

「あのね、私。……百合ちゃんのことが好きだよ。愛してる」

「え? それって、京太郎くんじゃなくて?」

「それは、京ちゃんのことだって大好きだよ? でも私……百合ちゃんの方が大好きだから……」

 

 頬を染めてそんなことを口にする咲。私は、そんなこの世の普通の告白をうまく受け入れられない。

 どうしようもなく、気持ち悪くて。でも、今回ばかりは嘔気を我慢して、言う。

 

「あの、その……ごめんね」

 

 本当に申し訳なくて、私は頭を下げた。私が普通ではないせいで、大好きな人を惑わせちゃう。そんなの嫌なのに。

 泣きそうになりながらも我慢する私に、咲は。

 

「あはは……うん。その答えは分かってたかな。百合ちゃん、京ちゃんのこと大好きだもんね」

 

 そう言って、はにかむのだった。

 咲は、それ以上何も言わない。そのおかげで、私はその夕に痛みで別れることがなくて済んだのだった。

 

 

 

 

「……いっそのこと、二人共手に入れちゃうってのもアリかな?」

 

 手を振り別れた後の、そんな言葉を私は勿論知らない。

 

 




 続けるべきかは迷い中です!


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おっぱい大きいわね

 沢山の投票どうもありがとうございますー。
 どうかなと思いましたが、続きを書いた方がいいということでしたので、急ぎ書いてみました!
 楽しく読んでいただけたら幸いです!

 改めましてこの作品は、咲の登場キャラの半数以上が同性愛者で女性×女性の子供で同性婚可能な世界、という作者様ブログの嘘かホントかな情報を本気にして書いていますー。


 

「むー、どうしたらいいのかしら?」

 

 

 真新しい清澄高校の制服――前世の高校で着る予定だった蛍光チェックと違ってベーシックな感じ。でもこういう普通ので良いのよね――でふらふらと一人色んなところを見て回りながら、私は一人呟いたわ。

 吹奏楽の遠い音を聞きながら、部活動に打ち込む先輩方やそれに混じって教えを受けている新入生を教室の外から見つめて、なんとなく私は嘆息した。皆すっごいなあ、って思って。

 真剣と遊びが入り混じった熱気っていうのか、とにかく楽しそうで。ちょっとアレに混じるのは今の私には難しいかな、って思っちゃう。

 

「私って、別にハマってる趣味とかないしね。中学の時にマネージャーしてたのもちょっと邪な動機だったし。あーあ。好きを見つけるって難しいなあ」

 

 何となく、私は白い――前世ではちょっとありえない自毛の色ね――前髪を弄りながら、悩む。以前途中で終わってしまった影響のためか未来に夢もなにも持てていない私に、改めて部活を選ぶというのは難しかった。

 私達の中学から清澄高校に進学したのは、私に京太郎くんに咲に高久田くん。見事にハンド部のメンバーだけだった。

 そして、京太郎くんと高久田くんは高校でも共にハンド部に入部済み。しかし時代遅れ気味に硬派な清澄ハンド部は女子マネージャーを募集していなかったので、私と咲はあぶれちゃったの。

 でも、好きなもの、本を読む趣味を持っている咲は早々に文芸部に入っちゃった。ずっこいわよね。

 

「ったく、何が百合ちゃんも一緒に入ろうよ、よ。私が本を読むと眠くなっちゃう性分だって知らないはずもないでしょうに」

 

 本をろくに読めない私は、だから咲の誘いを蹴ってから、こんな風に部活を探してうろうろしている今を過ごしているの。

 部活には入っときたいのだけれど、なんか冷めてる私は場違いな感じがして二の足を踏み続けて。

 

「そう――――やっぱり好きがないとこの世に混じるのは難しいのかしらね?」

 

 好きな人は、いる。言わずもがな、京太郎くんだ。もっとも、彼本人には言っていないから伝わっていないと思うけど。ただ、私が彼のことを好きなのは間違いない。

 ただ、他に好きがなにかあるかと言われると疑問。この世界の普通に混じりたいと、いっぱい色んなことをしてきた私だけれど、何かにハマることなんてなかった。

 

「得意なことがないわけじゃないんだけどね。ただ人を負かすことって別に好きじゃないし」

 

 性格は勝ち気とか言われるんだけど、どうにもね。他の人の悔しそうな顔なんて見たくないし、自分を勝利で飾ることだって、そんなの面倒。

 まあ、ゲームならいいけど、それに真剣になるってのもどうもね。それにそもそも将棋部とか囲碁部とかあっても私、ルール分かんないしなあ。

 

 と、そんな風にごちゃごちゃ私が考えていると、知らない間に目の前に女の子がぽつん。なんかふんぞり返ってるちっちゃな女の子がこっちを見てる。

 よく周りを見てみたら、廊下に人気がないわ。つまり私に用があるということね。どうしたのかしらと思って私が首を傾げると。

 

「おおっ、暇そうな一年坊、見つけたじぇ!」

 

 そんなことを言われたの。暇そう、なんて私の悩む姿を一言で片付けた彼女に私はちょっとカチンとくるわ。

 でも、初対面の子に悪気があったかどうかなんてわからないもの。ムカつくのを抑えながら、私は彼女――このミニサイズは胡桃を思わせるわ――に相対したわ。

 

「……何よあんた」

「ふっふー、何を隠そう、私こそ高遠原中学出身の片岡優希様だじょ!」

「舌っ足らずねぇ。ちっこいし。ご飯ちゃんと食べてる?」

「なにおぅ! ついさっきタコスを平らげたばかりの私を欠食児童扱いするとは、太い奴だじぇ」

「ああ、だから口元にソースついてるのね。ほら」

「むぐ……ありがとうだじぇ!」

 

 二言三言言葉を交わしてから私は、ちっちゃい子片岡さんの頬にハンカチを当ててゴシゴシ。笑顔でお礼を言ってきた彼女に、私はわずかに額に寄ってた険を取る。

 話してみるとなんだ、ただ子供っぽいだけだった。素直なだけね。怒るだけ損。

 なんとなく、胡桃の世話をしていたことを思い出しながら、のほほんとした気分になる私。ソース取れたかー、と訊いてくる片岡さんに頷きで返した。

 そうして彼女から離れた私。そこに、駆けてくる姿が。なんかぶるんぶるんとしたシルエットをした少女は、止まってから言う。

 

「何やってるんですか、ゆーき……そして、貴女は?」

「のどちゃん!」

「のど? ああ、私は小瀬川百合。歩いてたら、この子に絡まれてただけよ」

「そうでしたか……まったく、ゆーき。いけませんよ?」

 

 そう言って、片岡さんをたしなめる彼女は、なるほど大人びていて可愛らしい。まあ、私ほどじゃあないけれどね。

 というか、普乳の私と比べるにはこの子、ホルスタイン種に近すぎるわ。何よこれ。ふざけてるのかしら。

 とんでもないものを持つ桃色髪の少女に戦慄すら覚える私を他所に、片岡さんは言い訳を始める。

 

「うう、誤解だじぇ。私はただこの……百合ちゃんでいいかだじょ? 百合ちゃんを麻雀部に誘おうと思っただけで……」

「麻雀部?」

 

 そして、私は初耳に首を傾げた。

 麻雀部。この学校にもあったのね。なんかこの世界では流行ってるみたいで中学では結構入部してる人多かったけど、そういえば部室棟とかで見なかったからあるって分かんなかった。

 部活紹介の時間にも、紹介がなかったような……いや途中で私寝てたから定かではないわね。とにかく、麻雀部はあって、片岡さんは入っているみたい。

 ひょっとして、と私はおっぱいの妖精みたいな――なんかここまでデカイとホント、ご利益ありそうよね。後で拝んでおきましょう――彼女の方を見る。

 

「申し遅れました、私は原村和と言います。優希と私は麻雀部に所属していまして……」

「ふぅん。原村さんね。ねえあんた」

「なんでしょう?」

 

 そして、何だか気になった私は原村さんの勧誘を言葉を挟んで断ち切る。

 で、首を可愛く傾げる彼女に私は、つい本音を零してしまうの。

 

「おっぱい大きいわね」

「へぇっ!?」

 

 真顔の私に、真っ赤になる原村さん。横でどうしてだか片岡さんはけらけらと笑って。

 あ、やらかしたと気づいた私が何か言い訳する前に。

 

「ふふ……面白い子」

 

 いつの間にか私達に寄っていた学生議会長――要は生徒会長らしいわ――が、先日の壇上の上では見れなかったチェシャ猫みたいな笑みをして、私をそう評したわ。

 

 

 

 

「ほれ。おっぱい子。おんしの手番じゃぞ?」

「はい……あと染谷先輩、その呼び方は止めてもらえます?」

「ぷ、すまん、すまん。小瀬川さんだったのぉ」

 

 なんか、どっかの地方のコテコテな言葉を操る先輩――染谷まこさんっていうみたい。二年生ね。この人も結構可愛いわ――の私につけた酷いあだ名に文句をつけてから、私は牌を引いてきて、がちゃがちゃ。

 あまり慣れない本物の牌での麻雀に挑む。対面の人を食ったような染谷先輩のニヤケ顔に少しイラッとしながらも、私は一番要らない牌を直ぐ様捨てた。

 

「へぇ……」

 

 途端に、私の後ろから出た感心の声。そう、試しに部活に参加してみた私を、竹井久部長――学生会議長だけじゃなくて麻雀部のトップまでやってるのね。凄いわ。当然のようにこの人も美人――が後ろで見てくれてるの。

 なんか私の牌の優先順位をどうにも面白がっているみたいだけれど、おかしなところがあったら言って下さいと伝えてあるから、まあ私のやりかたも間違ってはいないでしょう。

 

「よし」

 

 ほら。()()()()また良いところにくっついた。これなら凹んだ部分をすぐに取り替えせる。

 と私が内心ほくそ笑みながら三筒を捨てたその時。大きな声が上がったわ。

 

「ふふ……ロン、だじぇ!」

「嘘。さっきから片岡、速すぎない? なんかズルしてんの?」

「そんなことしてないじょ! ただ東場だから調子がいいだけだじぇ……そういえば百合ちゃんは計算できないんだったんだじょ。今回は五千二百点だじぇ」

「はい……ええと、これが千点棒で……」

「これが百点棒です」

「ありがと」

 

 慣れない支払いにまごつく私に、丁寧に声をかけてくれる原村さんに私は感謝。

 本当はこういうの、後ろに控えている部長が教えてくれるものなのだろうけど、まあ何か考えがあるのでしょう。大方、新入生同士仲良くしてほしい、とか思ってるのかしらね。

 しばらく経ち、私は洗われて再びせり上がってきた牌をいただきながら、ふと口を開く。

 

「しかし、ありがとうとは言ったけど、ゲーム上だと原村さんってありがたくないのよね。片岡と勝負出来るくらいに速いし」

「ええと……そうですね。私は慣れていますから」

「インターミドルのチャンピオンなんだっけ? 凄いわねえ」

「そんなのどちゃん相手に、手加減しないでと言い張った百合ちゃんもある意味すごいじょ……」

「まあ、ねぇ……」

 

 最強とか戦い甲斐がありそうだったから、という本音を隠したままに、うそぶくわたし。

 しかし、今の所私はボコボコサンドバッグ。点棒も残り少ないままに、一回も和了れていない。

 みんなそんなバカみたいな点数を出してくるわけじゃないけど、速いのよね。特に片岡。次に原村さん。染谷先輩もそれに合わせてる。

 私は、あんまり低い点数で刻むのが()()()()()()から、速度には劣る。

 

「ふむ」

「じょ……」

「……なるほど」

 

 でもまあ、それでもずっと最高速が出るものではないって私は知ってる。最効率で駆け回ろうが、このゲームは畢竟運だもの。

 悪い時は悪くって、それが皆に重なることだってある。

 

「チャンスね」

 

 それを感じた私は、真っ先に既に揃っている順子を切っていく。私が最初に捨てた五萬に。

 

「ふふ」

 

 竹井部長は笑ってた。

 

 

 さて、私は魂が二つ重なった状態にあるっていうのは先に語った通り。

 実際魂って二十一グラムだったっけ? 人が死んだ前と後を測ったらそれくらいの違いがあったって、聞いたことがあるわ。

 体重計には表れない、秤に乗せれば傾く程度。でもまあ()()()()違えば牌を引く力に影響だってあるわよ。

 

 運ってよく分からないものを、よく分からない魂の力で引き寄せる。そんな強引を出来るのが私の強み。

 

「ま、引力の違いね」

 

――――ほら、出来た。

 

 

「ツモ。――――たしかこれ、一番強い役よね?」

 

「嘘、だじょ?」

「そんな……」

「四暗刻、単騎……!」

「ふふ……とんでもない子が来ちゃったわね」

 

 驚きの渦の中、竹井部長にそう称されながら、しかし私は原村さんのおっぱいの方がよっぽどとんでもないのでは、とぼやっと思うのだった。

 

 

 

「そっか、百合ちゃん麻雀部に入ったんだ」

「うん」

 

 私は放課後の帰り道を咲と一緒に会話。今日の出来事を話す度に、どんどん憂いを増させている親友を気にしながら家路に就く。

 足元のたんぽぽの綿毛を視界の端に、私は話を続ける。

 

「あんだけ求められちゃ、ね」

 

 あの後。私は強めに受けた勧誘を跳ね除けきれずに渋々麻雀部への入部を承諾。笑顔の彼女らに、私はなんだかなあと思うのだった。

 確かに私はああいうゲームは強いかもしれない。けれども、それだけ。

 これで皆で大会に出ることが出来ると喜ぶ皆の他所に、私があんまり熱意を持てないのはどうなのかな、と思う。

 

 さて、これからどう麻雀を好きになっていけばいいのかな、と悩む私に原村さんとは対照的にスレンダーな咲は、私の内心を知ってか知らでか、ぽつりと言った。

 

「……私、麻雀キライ」

「そうなの?」

 

 初耳だ。いや、そもそも私は前世の弟と違って麻雀にハマった試しがないから話す機会がなかっただけか。

 でも、遊戯が嫌い、というのはあまり分からない。この世界だと麻雀はあまり賭け事として行われていないというのは聞いているし、咲が苦手にしているのはどうしてだろうか。

 首を傾げる私に、咲はおずおずと言う。

 

「百合ちゃんは、好きなの?」

 

 なんとなく、縋るような視線。しかし、好きかどうか。そんなの私には分かりきったことだった。

 

「んーん。そうでもないわ」

 

 だから、素直に私はそう言う。これから好きになるかもしれない。けれども今はどうでもいいものの一つ。

 

 貴女のほうがよほど好き。それは言ってないからきっと伝わらないだろうけど。

 

「良かった」

 

 でも、どうしてだか笑顔になる咲。彼女は曇り空を見上げる。そして私はなんとなく同じ空を見上げながら歩いて。

 

 

 

 それきり、別れるまで私達は言葉を交わさなかった。

 




 ご覧の通りに百合さんは麻雀強い設定ですが、このお話だとあまり意味がありません!


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●宮永咲は輪っかを作りたい

 評価感想お気に入り、どうもありがとうございます……しかし今回早くも番外編を挟んでしまいました!
 あまり行うつもりはありませんが、これからも●が付いたお話は番外編とする予定ですー。
 今回は咲さん視点で語るお話となりますね。

 僅かでも読んでびっくりして、楽しんでいただけると嬉しいです!


 

 私、宮永咲には愛おしいほど大好きな人が二人いる。

 京ちゃんに、百合ちゃん。彼彼女は男の子と、女の子。色の異なった、でもとても大切な私の想いの両天秤。

 

 京ちゃんは、優しいし格好いい。百合ちゃんは、意地悪だけど可愛い。大好きだ。

 でも、どっちの好きが私の本当なのだろう。異性愛も同性愛もどっちも当たり前な世の中だけれど、流石に両方っていうのはあんまり聞かない。

 好きと好きで迷ってふらふらとしていた私は、しかし次第に考えるようになった。

 

 また――――大切なものを手放していいのかな、って。

 

 目を瞑れば燃え盛る炎の中で、車輪ばかりがくるくると回って、私の無力を教える。ああ、もうこんな思いをするのは嫌だ。

 

 

「京ちゃん、百合ちゃん!」

「うおっ」

「咲、今日は嫌に元気ねー」

 

 だから、私はためらわない。二人の手をしっかり握って、もう離さないのだ。

 

 

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐いてから、私は本に視線を落とす。

 文字の羅列に目を這わせていけば、自然と思考はそっちに向かっていく。すると落ち込んだ気持ちだって、次第に紛れていくのだ。

 放課後、外の風すら届かない図書室の静けさの中。そんな風にして、私はつまらない今と酷い過去を忘れるのだった。

 

 私には辛い思い出があった。多分、話せば憐れまれてしまうくらいに悲しいことを私は経験していたのだと思う。

 後には、家族の別居に、連絡一つも取れない姉妹関係という事実が残骸として横たわるばかり。

 

 そんなこんながあったから、私は少しばかり捻くれた。昔から本は好きだったけれど、中学に進学してからはもっとのめり込んだ。

 忘れるために。そしてもうあんな思いはしたくないと、大切なものを作らないよう孤独になって。

 でも、そんなことばかりをしていて楽しいわけがなかった。

 

「ふぅ」

 

 いくらそっちに意識を割いても、最後のページに辿り着いてしまえば、現実に帰る他にない。逃避のための読書が終わり、私は一息。

 間違いなく、面白かった。心から、この本を読んでよかったと思う。でも。

 

「お姉ちゃんなら、どういう感想を持つのかな?」

 

 思わず私はそう、呟いてしまう。一人ぼっちの読書には慣れてきた。でも、二人で一冊の本を読みあった、あのあたたかな過去のことを忘れることなんて出来ない。

 

「……寂しいよ」

 

 一人では、温もりが足りない。どうしたって、心が凍えてしまう。耐えられず、あえぐように私は頭を上げて。

 

「ふぅん」

 

 そして、青と目があった。深い深い、黒に近い海の底の色。それが、私を見つめる二つの瞳であると気づいた時、私は慌てた。

 

「きゃっ」

 

 思わず、椅子と一緒に後ろに下がる私。私はそのままガタリと本棚に椅子の背をぶつけて停まった。

 そんな私の反応を見た青色の主、小瀬川百合ちゃんは。美形のままにこりともせずに、こう言ったの。

 

「ごめん。私、本読むの苦手なのよ」

「え?」

 

 私は、思わずきょとんとなった。そうしたら、今度こそ彼女は私に優しく微笑んで。

 

「でも、貴女と一緒に居ることくらいは出来るわ」

「あ」

 

 そう言って、私に手を差し伸べてくれたのだった。

 

 

 でも、私はその日。百合ちゃんの手を取らなかった。もう大切なものは作らない。そうあの日の私は決めていたから。

 

「宮永さん……ったくそんな逃げなくてもいいじゃない」

 

 けれど、百合ちゃんは顔を見たら逃げ出そうとする私を放っておいてはくれなかった。

 彼女は、背中を向ければその都度私を追いかけた。

 

「こら。私が来たからって嫌な顔しない! ……図書室では静かに、っていうのは確り覚えたわ」

 

 そして、私の逃げ場にだって、私の威嚇――後で聞いたらむしろ可愛らしかったて言ってたなぁ――にも怖じずに割り込んでくる。

 うざったかったのは間違いない。でも、彼女が隣で本を読み始めるとすぐに聞こえ出す寝息を、私はもう嫌わなかった。

 

「はぁ。あいつらやってくれたわね、後でぶっ飛ばしてやるわ! おっと……ったく。あんたはそんな顔しないの。……折角宮永ったら可愛らしい顔してるんだから」

 

 決定的だったのは、抜きん出て美人さんな百合ちゃんを袖にしている私が嫌われて、意地悪をされた時。

 庇ってくれた百合ちゃんが私が浴びる筈だったバケツの水を被ることになってしまった時、私にそう言ってくれたこと。

 自分のせいだと泣きそうになった私に、百合ちゃんはびしょ濡れの自分を気することなく慮ってくれた。

 濡れそぼった彼女の手のひらは、冷たくて、温かかった。

 

 こんなに優しくして貰って、好きにならないなんて、嘘だ。そして、その日から私は百合ちゃんが大好きになった。

 

 

「咲って、どんな男の子がタイプ? 私はね……」

「……そんなのないよ」

「咲?」

「知らない」

 

 でも、鈍感な百合ちゃんは知らずに私の心に意地悪をしてくる。ちくちく、彼女は私の胸をくすぐるのだ。

 百合ちゃんが異性愛者であることは、大好きらしくて時々してくる恋バナでよく分かった。ただ、私はそれを認められなかったけれど。

 だとしたら、彼女が変わってくれなければ、私が結ばれることがないということだから。

 

「……あの、少し練習見てていい?」

「えっ?」

「ああ、別にいーぞ」

 

 そして、私は一人の男の子に積極的になり始めた百合ちゃんに焦りを覚えた。

 相手は、須賀京太郎という男子。私としては一人で部活を始めるなんて暑苦しいことをしてる子だな、といった感想だったけれど、百合ちゃんは違ったみたいだ。

 彼の部活動ともいえない一人でする運動を、百合ちゃんは見守り始めた。

 

「どうも、須賀くん」

「うう……」

「また来たのか?」

 

 そんなことを言って驚く彼を、私は百合ちゃんの後ろから恨みを込めて見つめるばかり。

 私は一人ぼっちの時間が長すぎたために自らの対人技能が下がっているのをひしひしと感じるのだった。

 

 でもまあ、そんな風にして百合ちゃんに付いて行って、その練習ぶりを見ていれば彼、京ちゃんの頑張りに人柄も分かってくるものだ。

 次第にすっかり京ちゃんに気を許してしまった私は、毎日彼を見守る百合ちゃんにこう零すのだった。

 

「須賀君も最近高久田君が入部してくれたけど、ボール片付けとか二人でするの大変そうだよね」

「そう? 何時も私達が手伝ってるから、そうでもないと思うけど」

「……制服姿の部外の人間が毎日部活手伝いしてる姿、すっごく目立ってるみたいだから私嫌なんだけど……いっそのこと、私達マネージャーにでもなっちゃう?」

 

 思いつきの、すぐに否定されるだろうと思って発したそんな言葉。けれども百合ちゃんはしばらく考えてから。

 

「なるほど……そうね!」

「え」

「ありがとう、咲!」

 

 そう言って去っていった。百合ちゃんは、担任の先生を一日で丸め込んで、ハンドボール部の正式発足からマネージャーの役割の詳細の設定に至るまで、あっという間に片付けていく。

 それを口をあんぐりさせながら見ている内に、私は知らない間にマネージャーその2として登録されていた。そして、百合ちゃんは笑顔で一緒に頑張りましょう、と私に言う。

 この日から、私は小豆色のジャージに親しむことになるのだった。

 

 やがて。京ちゃんの頑張りに感化されたのか、それともずば抜けた美人さんな百合ちゃんが所属している効果か、ハンドボール部の部員が順調に増えてきた時。

 百合ちゃんが風邪をひいて休んだことがあった。ごめんね、と電話越しで伝えてきた彼女に、すっかり人見知りが治っていた私は任せてと胸を張って返せたのをよく覚えている。

 

「ふぅ。これくらいでいいかな?」

「お疲れ、咲」

「京太郎君」

 

 でも、流石に二人でやっていたマネージング作業を一人で、というのは大変。すっかり日が落ちた中で、帰り支度をしている私に、京ちゃんが声をかけてきた。

 恋仇。けれども、好感が持てる相手に私の想いは複雑。そんな中、彼を拒絶しなくなったのは成長だったのだろうか。

 

「咲、お前もこっちだったよな?」

「そういえば、そうだね」

 

 会話は三々五々。私と京ちゃんは、二人並んで帰り道を歩き出した。

 長野は山ばかり、というのは流石に偏見だろうけれど、そういえば中学校の周辺は勾配が急なところが多かったと思う。

 坂道に遅れる私を、しかし京ちゃんは苦にもせず合わせてくれた。よく急かしてくる百合ちゃんと違って気が利くな、って思う。まあ百合ちゃんは面白おかしく、私に構っているだけだけれど。

 

「そういえば、さ……」

「なに?」

 

 私がそんな風に、百合ちゃんのことを思い出しながら平らになった道路をゆっくり歩いていると、なんだか先まで気楽に話していた京ちゃんが言葉に詰まった。

 なんだろうと、私がそっと見上げると、頬を掻きながら彼は意外なことを口にする。

 

「なあ、咲。百合とお前って付き合ってるのか?」

「え?」

 

 問に思わず、ぽかんとする私。

 彼はからかっているのだろうか。そうあって欲しいけれど、実際そんなことはないのに。

 しかし、京ちゃんは真剣だ。私の前で、未だ整いきらない少年は悩みに複雑な表情をしていた。

 だからこそ、私は何含むことなく正直に返す。

 

「えっとそれは違うよ。百合ちゃん、私との詮索される度にそれは違うってよく言ってるけど……京太郎君は聞いたことなかった?」

「いや、聞いてるけどさー。それにしてもお前らの仲は……」

 

 首の後に手を当てながら、また、言いづらそうにする京ちゃん。仕方無しに、私は彼の口にしたいだろうことを予想して、継いだ。

 

「――友達同士にしては距離が近すぎるってことかな?」

「まあ、な」

 

 なるほど。京ちゃんがそこをおかしいと思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 確かに、百合ちゃんは嫌にボディタッチが多いし、そもそもプライベートスペースっていうものがないんじゃないかって思うくらいにべたべたしてくる。

 それは、まるで女の子同士に恋愛が存在しないと信じ切っているみたいで、私が百合ちゃんに邪な思いを抱く度、彼女のその純粋さに打ちのめされるのだった。

 思い出し、つい悶々としてしまう私に、尚も京ちゃんは言う。

 

「っていうか、あんな女子にモテそうなタイプの美人でフリーってことそもそもありえるのか? 性格も少し棘があるけど悪くないってのに」

「うーん……それは、多分……百合ちゃんの異性愛志向が強いからかな」

「……あんなに女子にモテるのに?」

「うん……あんなに女子にモテるのに」

 

 美人でどこか中性的なところもあって、モデル体型。女子が憧れる要素が百合ちゃんには揃っている。

 その女子人気の高さは、普通だったら相当にモテそうな京ちゃんが隠れてしまうくらい。もし、嫉妬で人が殺せるのなら、私は何度百合ちゃんのファンの嫉妬で死んでしまっていることだろう。

 小さくため息を吐いた私に、真実味を覚えたのか京ちゃんは顎に手を当ててしばし考える。そして、ぽつりと呟いた。

 

「……なら、俺も少し本気になってもいいのかもなぁ」

「え?」

「いやさ」

 

 そして、京ちゃんは。私をまっすぐ見つめて、言う。

 

 

「俺、咲のことが好きなんだよ」

 

 私は、頭の中が真っ白になった。

 

 

 

「咲」

「京ちゃん」

「むー……」

「えっと、百合ちゃんどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないですー……」

 

 分かりやすくむくれる百合ちゃんに、私は苦笑。私達の周りをぐるぐる回っている矢印を知っているだけ、私は複雑だ。

 そう、京ちゃん。いつの間にか私は彼のことをそんな愛称で呼ぶようになっていた。

 それはつまり私と京ちゃんとの間に一つ壁が取れたということ。そして、近くで見れば、尚更京ちゃんの良さが見て取れた。

 

 偏見持たずに人のことを想える。京ちゃんは実に好ましい異性、だと思う。

 彼には手を伸ばそうと思えば届くという安心感もまた、魅力的。彼には胸痛むばかりの恋とはまた違う愛を感じるのだ。

 京ちゃんは、間違いなく優しくて格好いい。

 

 でも。

 

 

「あのね、私。……百合ちゃんのことが好きだよ。愛してる」

 

 つい告白してしまうくらいには百合ちゃんのことが私は大好き。

 

 

「あーあー……ダメだったかぁ」

 

 それは、ごめんねと言われてしまっても、同じ。胸の痛みも、彼女の微笑みの愛らしさの前ではないようなもの。

 悔しいけれど、百合ちゃんは意地悪だけれど可愛いのだ。

 

 しかし、傷心でとぼとぼと帰り道を往く中。以前彼女の手を取れなかった右手を見て、この前彼の手を取れなかった左手を見て。私はふと、気づく。

 

「あ。そっか……」

 

 そう、私の手は一つではないことに。そう、やろうと思えば私は全てを拾うことの出来るのだ。

 

「……いっそのこと、二人共手に入れちゃうってのもアリかな?」

 

 そして、私はそんな独り言を口にした。

 しばらくその場に立ちすくんだ私は朱に染まる。そして次第に暗く暗く。夜の帳が降りてくる。

 

「えへへ」

 

 そして気づけば私は、笑ってた。

 

 

 

「百合ちゃんも京ちゃんも、二人共、大好き!」

 

 私のもとに伸ばされた二つの手。それを結んで繋いで大きな輪っかに。そうしてもう失くさない。

 

 私は、そう心に決めたのだ。

 



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二人共私の嫁

 改めまして感想評価にお気に入り、ありがとうございます!
 ランキングにも入れていただけたみたいで、嬉しかったですねー。
 おかげさまで、こうして更新頑張れてます!

 設定小出しと伏線ぽいぽい回。
 色々と迷いましたが、この作品の和さんはこんな感じとなりますー。


 

『そうですか……百合さんも麻雀をはじめたんですね』

「まあね。でも初心者もいいところで、今は役を覚えてるとこ」

『分からないところがあったら、私に聞いてくださいね! 頑張って教えますから!』

「そうねー。困ったら頼むわ、ん……」

 

 ストレッチをしつつ、話の途中に風呂上がりの水を一杯。

 ついでに化粧水でちょっともちっとしたお肌を確認したりしながら、私はマブダチ――旧いけど前世のお父さんが仲のいい友達に言ってたからこの呼び方気に入っちゃった――の神代小蒔にスピーカー通話。

 小さい頃の前世系のごたごたで神境のお世話になった私は、そこで同年代の子達――恐ろしいことに幼児という年代から皆巫女さんの格好してた。私もついでに着せられた――と仲良くなった。

 その中で特に仲良くなったのは、今話してる――機械音痴らしくて携帯電話の操作を覚えるのが大変だったらしいけど――小蒔と同い年の春。

 春とはメッセージアプリでしょっちゅう連絡を取ってるけど、小蒔は文字入力が苦手だからこうして電話でよく話をしてる。

 

 小蒔が私の世話にやる気になってくれてるのは、嬉しい。しかし、麻雀を覚えたのが前世は居た弟にやらされた携帯アプリからである私には、正直なところ分からないところが多すぎた。

 それこそ役どころか、点数計算も定石も、憧れるべき有名選手だって分からない。いや、最後は余計かもと思うかもしれないけど、憧れっていうかこうなりたいっていう存在って競技をするには大きいと思うの。

 でも、ネットで調べたら石飛プロやら大沼プロやら、どっかのプロの名前ばかりが出てくるのよね。いや、動画で見たら間違いなくあの人達強かったけど、それだけに誰も彼も真似できそうになくって。

 

「あ、そうだ」

『何かありましたか?』

 

 そこまで考えて、ぬいぐるみだらけの部屋に響く愛らしい声色を聞きながら、唐突に私は久部長から借りたWEEKLY麻雀TODAYという雑誌のバックナンバーをぺらぺら。

 私はそうして、丁度去年のインハイの特集のページに映る――グラビア的とはいえこの写真、胸元強調しすぎじゃないかしら? にしても原村さんとまではいかなくても小蒔も大概巨乳よね――我がマブダチを確認してから口を開く。

 

「小蒔。実は、あんた結構凄かったのね」

『え、どうしたんですか、百合さん?』

「いや、あんた麻雀雑誌に載ってたわよ? 去年はインハイで一年ながら大活躍したらしいじゃない」

 

 私も鼻が高いわ、と人の手柄を喜ぶ私。雑誌にはインターハイで荒れ狂った永水旋風、とか書かれてた。

 まだ全部は読んでないけど――集中すると寝ちゃうし――普段のほほんとしている小蒔が実は凄かったてのは、なんだか燃えるわね。私も何時か勝負してみたくなっちゃった。

 と、勝手に盛り上がる私と反して、小蒔はどうにも話題に乗り気じゃなかったらしいの。彼女は、こんな風に言ったわ。

 

『あ、それは……うう、恥ずかしいです』

「何を恥ずかしがる必要があるのよ。というか、東京まで来てたのならこっちにも顔出しなさいよ」

『いえ……去年私、神様の力をお借りしていたのに、負けちゃいましたから……とても百合さんにあわせる顔がなかったんです』

「ああ、なるほどね。チートしてたんだ」

『ちーと?』

「なんでもないわ」

 

 聞いて、去年の小蒔の活躍ぶりに私もちょっと納得。

 いや、神の力とか普通の人は何言ってんのってなると思うけど、オカルティックにも実は私の転生みたいに神って――降ろさないと存在できないくらいにぼやっとしてるみたいだけど――あるの。

 そして神様の力ってのはチート――ずる――と呼ぶには充分。引力なんて私なんかと比べものにならないくらいあるでしょう。

 そんなの、麻雀で使ったらもう大変なことになるでしょうね。圧倒的なアドバンテージ。それを使って負けたなら、自慢できないのも恥ずかしがるのもうなずける。

 

「って、神を降ろした小蒔が負けた?」

『……そう、ですね。やはり全国ではとても強い方が多くて……』

「へぇ……」

 

 そんな事実には流石に私も驚く。すきあれば直ぐ寝ちゃうコンビとして、霧島神境では仲良くなった小蒔と私。

 けれど、私と小蒔はその実()()()()()の格が違うのだ。

 前世の自分を降ろしてくっついちゃった私に、幾柱もの神を降ろし放題――はらうのが面倒らしいけど――な小蒔。明らかに、私劣ってるわよね。

 いや、そりゃ私だって巫女としてもそこそこやる方だから、弱い神を降ろすことくらい出来るわよ。まあ、神境の設備とか他の巫女の手とかを借りたりしないと中々、って辺りどうあがいても小蒔には勝てないのだけれどね。

 不思議パワーでは、そりゃあ()()は強いわ。

 

 まあ、とはいえ。土俵が小さければ相撲にはなる。

 神が憑いた小蒔が普通の女の子たちに負けたのは、麻雀という全力を発揮するには狭すぎる場所だからっていう理由なのでしょうけれど。

 

『百合さん?』

 

 いや、面白くなってきたわね。

 小蒔にはどこかシンパシーを覚えてた私だけど、でも同時に負けたくない――特別扱いしたくない――とも思ってた。

 そんな彼女に戦う機会が、このまま麻雀を続けていたら、もしかしたらあるかもしれない。

 そして、小蒔を負かせたヤツ。つまりは、小蒔が胸を張って私と再会を果たすことが出来なくなった原因の相手を、この手でぶっ倒すことだって出来るのだ。

 

 ああ。これは、楽しくなってきたわね。次第に私の頬は持ち上がり、勝手に笑みが形作られた。

 

「私、ちょっと本気になってみるわ」

 

 そして私は八重歯を顕に、鏡写しなあの子、白望ではとても出来ないようなエネルギーに満ちた喜色を浮かべるのだった。

 

 

 

「ふわぁ……」

「大丈夫ですか?」

「うん。へーき」

「何だか眠そうだじぇ……」

「さっき充分寝たから大丈夫」

「うん? 百合ちゃんたら、休み時間に寝てたのかー?」

「まあ、そんなとこ」

 

 優希から発される疑問の声に、力なく雑に返す私。そして、広げたばかりの原村さんが手に持つお弁当が放つ良い香りに勝手にお腹が鳴る。

 なんとなく、膝下に置いた弁当箱に視線を置く。そして、私はため息を付いた。

 

「はぁ」

 

 どうにも、ダメね。目の前のことに真剣になりきれてない。やりたいことをやれないって、こうもストレスになるものなのね。

 

 小蒔に色々と聞いた私は、やる気を出してみた。けれど、本を読めば眠くなる自分のダメっぷりを忘れてたの。

 大きく板書された文字を暗記するのは得意なんだけど、ちっちゃくて密な文章にはソーシャルディスタンスをお願いしたくなっちゃう。

 そう、授業中に点数計算の勉強をしていた私は、耐えられなくなって授業中に眠っちゃったのよ。

 麻雀の本に顔を埋めながら寝入った私は、数学の先生にカンカンに怒られたの。そして、どこからかその話を聞いた久部長に、授業には集中しなさいと釘を刺された。

 

 そうしたら、後はやる気がから回るばかり。先生に買ったばかりの麻雀本を取り上げられちゃったからには、休み時間もそぞろに周りとコミュを取るだけ。

 放課後が待ち遠しいわ、とかやってたら優希に原村さんからお昼のお誘いがかかったわ。そして、行ってきなよ、との咲の許可を得た私は京太郎くんに手を振って別れてから、今現在ビニールシートの上。

 おなかの虫はお昼を摂れとうるさいけれど、気持ちは今ひとつ乗らない。でも、急く気持ちを落ち着けながら、私は弁当包みを取ってから、蓋を開けた。

 

「お、百合ちゃんの弁当、美味しそうだじぇ。ご飯の代わりにパスタってのもおしゃれだじぇ」

「ママが作ってくれたの。パスタ入ってるのは、私がご飯好きじゃないってだけ」

「そうですか……それにしても手の混んだ料理ばかりで、ゆーきの言う通り美味しそうです」

「そうね。ママ……専業主婦してる方のママは昔喫茶店で料理作ってたらしくて、弁当だろうが手を抜けないみたい」

「へぇ。百合ちゃんは母母家庭なのかー。うちと一緒だじょ」

「そうなんだ。原村さんは?」

「私の家は、父母家庭です……もっとも仕事の都合上、母は不在にしている期間が長いですけど……」

「ふーん。私の家もちょっと似てるかな。働いてる方のママ、結構出張が多いのよ」

「そうですか……」

 

 そんなこんなをぺちゃくちゃしながら、ようやく食欲がお腹の主張に追いついてきた私は野菜をぐるぐるしてるお肉をぱくり。

 繊細に味付けされたその美味しさに、ママの子供で良かったと再確認しながらもぐもぐとしていると、タコスをあむあむしてる優希の姿が目に入る。

 とても美味しそうにしてるけど、そういえば出会った時にその膨らんだ頬にソースつけてたわね、とか考えてたら案の定一気に詰め込みすぎたために口の端にサルサソースの赤が残った。

 仕方ないわね、と私が前のようにハンカチを取り出し、彼女の口元に向けると。

 

「あ」

「っ」

「じょ!」

 

 私と同じことをしようとした原村さんの手と手がぴたりとくっついた。

 なんか原村さん、ちょっと体温が低いのかしら。私が冷たくも心地いい感触を覚えたところ、手の甲は慌てて離された。

 あ。よく考えたらこれあんまりよくないわよね。前世だと考えられないけど、免疫のない女子は接触するのを極度に恥ずかしがるきらいがあるから。

 もっとも優希みたいに仲良しの女子が居る彼女がそうである可能性は低いけれど、でも私は直ぐ頭を下げたわ。

 

「ごめんね、原村さん。気を遣ったつもりで、貴女とぶつかっちゃって」

「い、いえ……」

「のどちゃん、恥ずかしがり屋だから……二人に気を遣わせちゃって、こっちこそごめんだじょ」

「あちゃあ。無遠慮だったわね……いや、そういえば優希に初めて会ったときも、ハンカチ越しとはいえ遠慮なく拭いちゃってちょっと失礼だったかしら?」

「……正直なところ、声かけた相手がとんだプレイガールだったと思って、ちょっとドキドキしてたじぇ」

「うわぁ」

 

 顔を赤くして触れた方の手を抱きながら沈黙してしまった原村さんの前でプレイガールとまで呼ばれ、私はげっそり。

 ところ変われば品変わる。世界が違えば貞操観念も違うもの。それを前世とごっちゃにしてしまうのが私の悪い癖。

 

 またやらかした、と思って頭を抱えていたら。

 

「……ぷっ。ふふ」

 

 唐突に、どうしてだか原村さんが笑ったの。驚くばかりの私に、先んじて優希が問いただしたわ。

 

「わ、のどちゃんどうしたんだじぇ?」

「い、いえ。ただ……おかしくって」

「私またなんかおかしなことしてた?」

 

 おかしい。そんな言葉に慌てる私に、しかし原村さんは首を振るわ。

 その度に、散らばり跳ねる桃色の長髪が綺麗。まあ、でもノーマルを気取ってる私が同性に見惚れることなんてない。

 真っ直ぐ私が原村さんを見つめると、またどうしてか頬を赤色に染めて、彼女は言ったわ。

 

「実は正直なところ……私は役満を和了っても気にもとめた様子もない小瀬川さんに身構えていたんです。何を考えているのか分からなくてちょっと怖いな、って」

「あー……まあ、それは私初心者だから役満の確率とかよく分かんなかっただけだけど」

「そう、だったのでしょうね。今なら分かります」

 

 くすくす。柔らかに笑う上品な子。原村さんのことをそう認識を上書きした私に、尚も綺麗に彼女は微笑んで。

 

「小瀬川さんは、とても素直な素敵な人でした」

 

 そう、酷く愛らしく――まるで物語のヒロインみたいに――私に婀娜を見せたわ。

 なんだか少し、時がとまったような気がした。

 

「……ありがと」

 

 照れた私は、そう言うしかなかった。

 

 

 で、それだけでお終いってことはない。

 私の隣でごしごし袖で赤色ソースを拭き取った優希が、何を思ったか気勢を上げたの。

 

「むむ……強敵の予感だじぇ。百合ちゃん、先に言っとくじぇ。のどちゃんは、私の嫁だじょ!」

「ふぅん。そうなんだ」

「ち、違いますよ! 勝手なことを言わないで下さい、ゆーき!」

 

 嫁宣言に、慌てる原村さん。初心な子ね。優希の子供みたいな純粋さといい、これじゃ私が汚いみたい。

 

「でもまあ、一緒に居て楽しいかな」

 

 無垢に触れるのは、中々の面白みがあるもの。そう思い、誰知らず私はつぶやくの。

 いつの間にか、私の顔は楽しみからではなく、楽しさに笑ってた。それはとてもありがたいこと。ようやく地に足がついた感覚がして、これから頑張れる気がした。

 

「え? ひょっとして、のどちゃんは私以外の嫁になりたいのかー?」

「そういう意味じゃなくてですね……」

「あはは……あーあ。二人共、最高」

「褒められたじぇ!」

「いえ、呆れられてるのですよ……」

 

 私は本心から、笑う。そう、なんだか原村さんには揶揄したのだと誤解されたけれど、本当に最高なのかもしれない。

 ようやく私は、ひょっとしたらこの子たちと一緒に部活出来るってとても運がいいことじゃないか、って思ったわ。

 

「いっそのこと、二人共私の嫁にしちゃおうかしら?」

 

 だから、そんな冗談も口から転がり出た。これは、我ながらユニークなことを言えたと思ったのだけれど。

 

 

「ええっ!」

「百合ちゃん……な、なんて旺盛な人なんだじぇ……」

 

 そんな言葉がこの世界だと冗談にならないこと、忘れてた。真っ赤な二人に、もう私はどうしていいか。

 

「えっと……ち、違うのよ!」

 

 そうして、私はお昼休みの残りの大部分を失言の言い訳に使う羽目になるのだった。

 

 



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女の人が好き

 感想お気に入りに評価、どうもありがとうございますー。今回投稿遅くなって申し訳ありません!
 次は詰まらないように、頑張りますねー。

 今回は意外(?)にもあの方が出てきます!
 驚いていただけると嬉しいですねー。


 

 ツツジの赤にピンクに彩られた路端に触れない程度に寄って、心だけは掠めさせていく。ああ、憎たらしくなるくらいに、綺麗ね。

 どこにだって花は咲いてるけど、だからって一つ一つに価値がないかと言われたらそんなことはないわ。ありきたりがあってくれることこそ大切。

 それに、私を愛して、って頑張った結果の綺麗なんてどうにも親近感湧いちゃうところだしね。見習って私も頑張らなくちゃ。

 

 そんな風につらつら考えながら、私は分かれ道でくるり。円かに動いたスカートは膝丈あたりで弧を描いた。

 そして、鞄を後ろ手に微笑んでから私は彼にエールを送ったの。

 

「京太郎くん、頑張ってね」

「ああ。百合も麻雀がんばれよ」

「うんっ!」

 

 そう、ここは旧校舎の屋根裏なんかにある麻雀部の部室と運動部部室棟との分かれ道。

 この場で手を振って、大好きな京太郎くんと一緒の幸せな時間は、お終い。でも、その後に待つのは楽しい楽しい、麻雀の時間。どう転んだって、私の心は弾んじゃう。

 良いばかりの日々。こんなに幸せでいいのかしら、って私は思うわ。

 

「……百合ちゃん、俺のことは無視かい?」

「高久田くんはむしろ頑張らなくていいでしょ。前に練習のし過ぎで膝やっちゃってるんだから、気をつけて」

「お、おう。ありがとうな」

 

 そうしてたら、なんだか頑張ってとは言わなかったことに高久田くんが少し口を尖らせてしまったけど、ごめんね別に無視してたわけじゃないのよ。

 数少ない高久田くんだって、私の幸せのカタチのひとひら。ただ、彼には頑張っては厳禁だからそう言わなかっただけ。

 

 頑張って、それに過ぎちゃうところのある高久田くんは、中学生の時――二年の春頃だったかしら――何時の間にか膝にサポーターを付けてくるようになったことがあったの。

 それが、マネージャーの私が気づかない間に頑張りすぎた彼が膝を患ったがためのこと、と知った時は悲しかったわ。

 どうして近くに居た私が気づかなかったのか、ってのとなんで私に言ってくれなかったのか、っていうのが辛くって、ごめんなさいって泣いちゃった。

 高久田くんは直ぐ許してくれたしその時京太郎くんが慰めてくれたのも嬉しかったな。みんな、優しいのよ。

 

 ま、そんなこともあって、中学ハンドボール部のほぼ初期メンな私達三人――なんでか咲は高久田くんのことを目の敵にしてるフシがあるから除外――はとっても仲がいいの。

 今もほら、にこにこしてる私の前で、京太郎くんが高久田くんの肩に手をおいてなんか言い出したわ。

 

「誠、何赤くなってんだー? でかくて赤いとか、お前停止標識かよ」

「今俺上手いこと言った、って顔してんじゃねえぞ京太郎! それに、キーパーの俺はどっちかというと進入禁止標識だ!」

「声まででかすぎだっての。悪かった。……にしても誠、嬉しそうだな」

「はぁ。まあ……お前のおまけ扱いされてないって知ったらそりゃ嬉しくもなるさ」

「良かったな」

「おう」

「ん?」

 

 なんだか二人の会話がよく分からなくて、私は首を傾げてしまう。

 京太郎くんも高久田くんも、価値ある私の中の花。そりゃあもう、京太郎くん大好きな私だけど、おまけにするには高久田くんだってでっかすぎる――身長192cmはすごいわ――存在。

 友達を好きなんて当たり前じゃない、と私は思うのだけど。この世界だと皆、それだけじゃないのかしら。それだけに、留めておけないのかしらね。

 

「ふぅ」

 

 でもまあ、いいかな。二人共なんかいちゃいちゃしちゃってるし、放っといて先に行こうかしらね。私はそっとため息を吐いてから手を振ったわ。

 

「二人共、じゃあね」

「おう」

「じゃあな」

 

 遠ざかる背中を見送ってからすっと前を向き、私は旧校舎の麻雀部室へと向かい出すわ。そして、ニ歩三歩。

 途端に駆け寄る足音を聞いた私は振り返ったの。

 

「百合」

「染谷先輩」

 

 すると、走ってきたのは染谷先輩だった。愛らしさの中に、理知が光るその顔立ちは間違いようもない。

 最近麻雀で私のことをやりにくい相手だと公言してはばからない彼女は、しかし面倒見が良くってはじめたての私を気遣ってくれる。この人も、優しい人よね。

 

「何時も早いですけど、今日はどうして?」

「いや、委員の集まりがあってのぉ」

「へぇ」

 

 ちょっと待って、隣り合ってから私達は共に歩き出したわ。なにせ、行き先は一緒だしね。

 清水の流れを見下ろして、空の高さを見上げて、しばらく。あまり散らばった桜の花びらを踏まないように私たちは歩んだの。

 そして、旧校舎まで後少し、といったところで染谷先輩は再び口を開いたわ。

 

「……実は先から見とったが、ひょっとしておんし、あのノッポの二人組の……ちょいと小さな方が好きなんか?」

「まあ、そうですね」

「ほぅ。すんなり頷いたのぅ」

「嘘をついても仕方ないですから」

 

 意外そうにする染谷先輩に、私は照れて誤魔化した方が良かったかしらと一瞬思うけれど、そんなことは出来ない相談。

 だって。

 

「それに、人が人を好きになるのは恥ずかしいことではない、ですから」

「……それもそうじゃな」

 

 目を瞑る染谷先輩の前で、私は胸元に手を置く。気持ち悪がって、彼女の好きの気持ちを否定した過去の私を今の私は否定したい。

 そう、拒絶されるのが怖くってまだ京太郎くんには伝えていないのだけれど、私は彼が好きだ。きっとそれは、恥ずかしい間違いなんかじゃない。他の人のだって、それは一緒。

 

 この胸のドキドキ。それだけは、嘘みたいな私の中で、本当のことだと思うのだ。

 

 

 

 麻雀楽しく打てれば幸せ。そう思っていた過去もあったわね。

 確かに、こんなんでも楽しく打つのは可能かもしれないわ。でも、私の望む幸せのカタチはこんなにひらひらしていなかったのだけれど。

 私は頭に載せられたフリルたっぷりのカチューシャ――確かホワイトブリムとか言ってたわね――の位置を確かめながら、独りごちたわ。

 

「あー、良いことばかりが続くもんじゃないって本当ね。どうして私がメイドなんてやんなきゃなんないのよ。ガラじゃない」

「……そうでしょうか? その格好もお似合いだと思うのですけれど」

「違うのよ……頭下げるのは大丈夫だけど、媚びるのってちょっと苦手で。メイドってこう、萌えって感じにしなきゃダメなんでしょ?」

「それは偏見だと思いますが……それに、下手に媚びなくても小瀬川さんは魅力的です」

「う、そう?」

 

 流石に、ここまでの美人さんに魅力的とか言ってもらえると嬉しいものね。私はメイド服も悪くないんじゃないかって少し血迷っちゃった。

 ただ、スカート丈はここまで際を攻めたものでなくても良かった気がするけど。どうしてかしら、原村さんが無造作に選んだ二人一組のセットはちょっと丈がアレだったのよね。

 なんとなく、彼女のせり上がった胸元とその太ももの眩さに、目を背けたの。やっぱりちょっと原村さんって、性徴凄すぎだわ。

 

 そう、私はなんでかメイド服を着込んで麻雀を打とうとしている。それも、雀荘で店員として。

 いや、メイド雀荘とかヤバいんじゃないのって正直ドン引きしたけど、この世界だとなんかとっくの昔に風俗営業に麻雀が外されてるとかなんとか力説されて渋々納得したわ。今更だけどもう、この世界なんもありってことなのね。

 ちなみに、このメイド雀荘――roof-topっていうそうね――は染谷先輩の両親が経営しているところ。

 なんか人手が足りないと電話で両親に呼び出されて部室に顔を出すなり帰ろうとした染谷先輩。

 去りゆく背中に、それなら貴女たちもヘルプに出てみたら、社会経験にもなるわよと私と原村さんは――後で理由を聞いたら優希は急なバイトとして派遣するには見目が稚すぎたからダメとかなんとか――久部長に追い出されてついていくこととなる。

 

 そして、お手伝いとして着替える羽目になって、結果がこんなメイド姿。

 このままむさ苦しいおっさん達の中に混じって覚えたての麻雀を打たなきゃいけないってのはちょっと気が重いわ。

 

「おー、よう似合っとるのぉ。かわいらしいもんじゃ」

 

 そんな風に思っていたら、なんか染谷先輩がメイド服姿――随分クラシカルな感じ。私もそっちが良かった――でやって来た。

 

「これがうちのルールじゃが……まあ、やりながらゆっくり覚えておけばええ。今日は突然のことだったしのぉ」

「分かりました。なになに……え、ちっちーは満貫? うむむ……覚えられるかしら?」

 

 私は染谷先輩から受け取った用紙に書かれた内容を見て、うわと思うわ。そもそも公式ルールが今ひとつな私には、違うところがよく分からない。

 これはどうしたものかしら、と思ってると私はちょいと肩を叩かれた。そっちの方を向いたら、原村さんが優しげに微笑んでいたわ。柔らかに、彼女は言ってくれるの。

 

「同じ卓に付きましょう。お手伝いしながら私が手取り足取り教えます。染谷先輩、それでも大丈夫ですか?」

「まあ、そうじゃな。初心者にあまり無理させるのも心苦しいしのぉ」

「ありがとう、原村さん」

「ふふ、和でいいですよ?」

「分かった。和さん。私も百合でいいから!」

「分かりました。百合さん」

 

 和さんは、麻雀の玄人。そんな人について貰えるなんて安心ね。向こうから名前呼びに変えてくれたことだってまた、嬉しい。

 でも、そんなことを思ってると、私気づいちゃったのよね。そして、気づいたからには無視なんて出来ないでしょ。

 

「あ」

 

 そっと、私は彼女の震えているその手に触れて、握る。冷たくて気持ちいいわね。そして言うわ。

 

「面倒かけちゃってごめんね。でも、一緒だからそんなに怖がらないでいいから」

「……はい」

 

 私の手のひらの中で、次第に震えは治まる。良かった、落ち着いたみたい。そっと、私は和さんから手を離したわ。

 

「スケコマシじゃのぉ……」

 

 安心しきったた私は、そんな染谷先輩の小声に、和さんの頬の赤さにも気づかなかった。

 

 

 

 さて、そうしてフロアに勇んで出てきた私は、予想以上の熱気にびっくりするわ。

 麻雀人口が多いこの世界だけれど、けれどもお金を出してでもやりたいという人の熱さに触れたことってなかったから。

 さて、どうしようかと私は同じようにぽかんとしている和さんに声をかけたわ。

 

「それにしても、結構な人数。立ってる人もいるわね。どうしてかしら?」

「なんだか、麻雀プロが()()いらっしゃったみたいですね。なんだか近くで試合があったとか」

「へぇ。どんな人かしら」

「このようなプロでは?」

「わ」

 

 そうして二人で現況の理由を話していると、元凶がぴょこりと顔を出してきたわ。びっくりした。

 プロ、かぁ。なんか綺麗というか可愛い感じの人で、まとまり損ねた髪型がぴょこぴょこしてちょっとおもしろい。

 しかし、どんな人かも分からないで接するのは難しいわね。やったことなかったけど接客って苦手かも。まじまじとこちらを見つめてくる彼女に、私は苦笑いをしてしまうわ。

 

「えっと……」

「久しぶりですね、百合。珍しいコインシデンスです」

「あ……え? ひょっとして……良子さん?」

「はい」

「知り合いでしたか?」

「うん……でも麻雀プロになってたって知らなかった……」

「ええ。百合にはティーチしていませんでしたから」

 

 そして私は思わぬ再会をしていたことにようやく――以前から変わらないその変な英語混じりの話し方のおかげで――気づいたの。

 この茶目っ気のある大人は戒能良子20歳。私の友達の滝見春とは従姉妹の関係で、つまりは鹿児島で幼い頃私と一緒に巫女さんしてた人。

 私にとって彼女はおっきな巫女さんってイメージで麻雀やってたなんて意外。それもプロとか。私ちょっとネットで調べてたんだけど、もっとよく調べておけばこんなに驚かなくて済んだのかしら。

 それに、こんなに可愛く成長してるとはね。思わず、私は彼女の胸元についた私の倍以上ある巨きなものをまじまじと見つめたわ。

 

「良子さん、原村さんに負けないくらいにでっかい……しばらく見てない間にびっくりだわ」

「百合さん……」

「おっと。百合がホットな視線を向けてきますが、私にはラヴァーがいますのであしからず」

「え。良子さん、いい人出来たの?」

「既に()()のマムには挨拶済みです」

「ワオ」

 

 彼女って。ああ、なるほど良子さんはそっちだったのね。

 人と人が結ばれることなんて、喜ばしいことでしかないけれど、しかし同性同士っていうのはどうにも慣れないわ。

 困惑してしまう私に、勘違いした彼女は尚も驚きの言葉を重ねるわ。

 

「それに、私でサプライズなら、きっと霞を見たらアストニッシュでしょうね」

「え、霞さんそんなにヤバいの?」

「はい、ベリーラージです」

「まじかー……」

「はぁ……」

 

 私の隣でため息を吐く和さんには悪いと思う。思うけど、私にはあのちっちゃかった霞さん――石戸の子だったっけ――が良子さん以上っていうのはどうしようなくびっくりよ。

 多分、身長伸びてると思うんだけど、ひょっとしたら和さんを超えるアンバランスになってる可能性もあるわ。

 

「そろそろ、いいかな?」

「あ、はい」

 

 内心恐々とする私に、そっと声がかけられたわ。あ、そうだった。考えたらプロって二人居るのよね、やらかしたわ。

 今度は恐縮する私。すると、ふっと、彼女は笑って返してくれた。この人もいい人っぽいわね。

 

「そんなに固くならなくていいよ。私は藤田靖子。君は戒能プロの知り合いか……強いのかい?」

「え? 私は麻雀はじめたてで……」

「強いですよ」

「良子さん?」

 

 事実を伝えた私に、え、一度も私あなたと麻雀やったことないのにどうしてそんなこと言うの、というような驚きの断言をする良子さん。

 プロに強いとされて困惑する私に、目を細めて―ああ、この人も目の奥に深いものを持っているのよね――言ったわ。

 

「私が持つモノが束になっても敵わないような()()()()を彼女は持っていますから」

 

 それは21グラム程度の薄っぺら。けれども他の嘘みたいなものたちよりも確かではあって。

 だから、間違いなく比べたら重くはある。あるけれど。

 

――――私の中の前世の私なんて、特に凄いものではないのだけれどなぁ。

 

 でも電波ちゃん扱いされたくなくて私はそう、口には出来なかった。

 

「へぇ……」

 

 でも、口を噤んでいたら、藤田さんに火が点いちゃったみたいで。

 

「それじゃあ、やろうか」

 

 問答無用、といった風に言われちゃったの。

 

 

 

 

「負けちゃったわね」

「そう、ですね……」

 

 二人ぼっちの帰り道。遠く橙色の太陽に向かって、私達は歩いていくわ。

 あ、流石にもうマニアックなメイド服姿じゃないわよ。ベーシックな制服姿。そんな当たり前の高校生な様子で、しかし私達はちょっと煤けてた。

 

 いやさ、良子さんと藤田プロと一緒に私達卓を囲んだんだけど、まあトばなかったのが奇跡ってくらいにやられちゃった。

 いい牌が来ても、あぶれたやつで当たり前のように和了られて、簡単な方で早く和了ろうとしたらそれを見越したように早く和了られる。

 インターミドルチャンピオンの和さんだって、その肩書何ってくらいに軽々と負かされちゃってた。強いとか言われてたのに私ったらドベ安置で、恥ずかしいもなんのって。

 

「まあ、でも最後には引き勝ちして一泡吹かせてやったから、まあ良かったかな」

 

 それでも、最後にちっちー、いいやここだと8000点を奪い返せたのは楽しかった。安心しきってた藤田さんの驚いた顔にしてやったりだったわ。

 まあ、なんだかんだ麻雀って面白いわよね。実力とか関係ない運ゲー的なところが特に。

 ちょっと、これは止められないなと私がそんな風に思っていたところ、和さんがどうにも暗い。ぼそりと、彼女は言ったわ。

 

「私は良いところなしでしたが……」

「んなことないわ。何回も、あの二人の当たり牌を引いてたのに、よくもまあ沢山逃げ切ってたじゃない」

「分かっていたのですか……でも」

「でももなにもないの! 和さんは私なんかよりよっぽど凄い! 格好いいわ!」

「あう……」

 

 和さんはなんでか恥ずかしがってるけど、私みたいな準チートも使わずによくもあそこまで当たり牌を察知できたものと感心するわ。

 頭いいのに違いはないけど、それだけじゃなく頑張りっぷりが感じられる。本当に凄いわ。格好いい。

 

「可愛い! あざとい! おっぱい大きい! 優しくしたいわ!」

「……うぅ」

「髪が綺麗だし、他には、えっと……」

 

 私はバカだから、本当のことを次々に囃し立てるわ。そして次第にバカだから褒め言葉も尽きていくの。さて、次にどんなことを言おうかと考える私に。

 途端に怜悧に私を見つめて、和さんは言ったの。

 

「でも――百合さんは男の人が好き、なんですよね?」

 

 私はなるほど、いたずらに同性を褒め称えるのも、ちょっとモーションかけてるように思えるものなのかと、そう学んでから。

 

「ん、そうよ?」

 

 あっけらかんと、返したわ。

 

 

 そうしたら。

 

「そう、ですか。私は――」

 

 はにかんで。女の人が好きなのですよ、と彼女は続けた。

 

 

「そ」

 

 私は特に意外には思わずに。ただ向けられた視線の熱を気の所為にして、そう返すのだった。

 

 



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世界って別に私達が麻雀をするためだけにできてるわけじゃない

 まこ飯単行本一巻発売、おめでとうございます!
 そして衣さん、雀魂での出演おめでたいです!
 諸々の想いを込めて書いてみましたー。


 

 

 月と花。それが対するべきものか、或いは仲良くするべきものなのか、そんなの私には分からない。

 まあ、花天月地のたとえもあれば、花鳥風月のことばもあるわ。

 この子は競うの――花天月地――が好きみたいだけれど、でも私は断然後者――花鳥風月――ね。

 だって、折角綺麗なのが二つ、喧嘩するなんてつまんない。どうせなら、一緒になって世界を華やかにしてしまえばいいのよ。

 無理に一人ぼっちになることなんてないの。だって。

 

「あんたがいくら麻雀強くたって、一緒に遊ばない理由にはなんないでしょ」

「え?」

 

 どうしてそこで首を傾げんのよ。

 嫌になったら、別のことをすればいいじゃない。私、指相撲とかだったら絶対にあんたに負けないわ。それやったりして飽きてからまたあんたの得意な麻雀をすればいいのよ。そうしましょう。

 

「世界って、広いわよ」

 

 それこそ、こんな小ちゃなハウスの……どれくらい倍々すればいいかわからないくらいに広大だから。

 そんな中で、禁じられていることなんて殆どない。なら、一緒に色々しましょうよ。

 

 だって、そもそも――――この世界って別に()()()()()()()()()()()()()()()()()わけじゃないでしょう?

 

 

 

「失礼しますわ。私は龍門渕透華。京太郎の隣にいらっしゃる貴女は……」

「私? 小瀬川百合だけど」

「なるほど、お綺麗なこと……でも、こうぞっとくるものはないのですね。残念ですわ」

「あの。初対面で問うのも悪いけど……どういうこと?」

「ふむ。この言い回しも通じませんか……残念ですわね。貴女は本当にプロと伍せる方ですか?」

「いや、言い方も何も……というか、プロがどうして急に出てきて……」

「あー……百合、すまん。こういう人なんだよ、透華さんって。ちょっと自己完結してるところがあるっていうか……」

「ええ。よく、分かったわ……しかし何、透華ってつまりこのひとが言ってた京太郎くんの……」

「ああ。ちょっと遠いが親戚のお姉さんだ」

「似てないわ……」

 

 何やらふんぞり返っている透華さんとやらを他所に京太郎くんと語らう私――ちょっと二人の距離近いのがいい感じね――は、その自信の塊のような様子を見てそう断じた。

 いや、よく見た目がそっくりだとか言われてた私と白望だって、中身は完全に別個極まりなかったところだし、血的に遠い彼と彼女が違うのは当たり前か。

 まあ、それでもリムジン、っていうのかしらそんな感じの高そうな車から颯爽と出てきたこの透華さんは京太郎くんと親しいわけだし無視は出来ない。

 なにせこうしてかなり立派な京太郎くん家の前にて中々突飛な彼女と出会うハメになったのも、私が彼の親戚と会って欲しいとの言葉に二つ返事で応じたせいでもあるわ。

 とりあえず、京太郎くんも知らないという用向き、聞かないと、と私が口を開けようとしたその時。

 

「……トーカ。それが件の?」

「ええ。そのようですわ」

「衣からすると有象無象、それこそ張三李四な輩にしか見えないぞ?」

「……能ある鷹は爪を隠す、とも言いますわよ?」

「ふむ、大智は愚の如し、というならば衣も何も言うことはないが……」

 

 でっかい車の扉がばんと空いて、中からちっちゃいのが出てきて私を舐め回すように見ながらなんかまた偉そうなよく分かんないことを言い出したの。

 私は口を開けたまま、ぽかんとしてるとその子――中学生に上がるか上がらないかくらい? なんか瞳が厭世的――がはっとしてから言ったわ。

 

「ああ、失礼した。衣は衣。天江衣だ! 今日はよろしく頼むぞ!」

「えっと?」

「透華さん、そろそろ……」

「こほん。申し遅れましたわね。今日私が京太郎を介して小瀬川さん、貴女をお呼びしたのは……」

「衣の玩具になってもらうため、だな!」

「……衣! こほん。……正確に直しますと、貴女には衣、私の従姉妹と一緒に麻雀をして欲しいのですわ」

 

 無遠慮に寄ってきてなんか一人できゃっきゃはしゃいでる衣って子を少しうざいなって思ってたら、彼女の言葉足らずを透華さんが訂正してくれた。

 なるほどまったく、従姉妹に遊び相手を探されるなんて衣ちゃんも困った子ね。この()()()()な感じ、心が同級と合わなくてボッチな感じになってしまっていると見たわ。ちょっと私もそれに近い感じがごく小さな頃にあったから分かるの。

 でも、この私をおもちゃ認定してくれてるうさぎカチューシャぴょこぴょこしてる子供の麻雀相手に、どうして私が選ばれたかは分からない。だから、正直に私は透華さんに問いただしたわ。

 

「いいけど……どうして私?」

「それはまあ、人づてに貴女が強いとお聞きしまして」

「そりゃ麻雀部に入ってるし、人よりは強いとは思うけど……それだけよ?」

「ふん。お前は()()()()とやらで、衣と仇するつもりか?」

 

 自分を客観的に評してみたところ、下から見上げながら見下げる、なんて地味に凄いことをしてる衣ちゃんが挑発的な視線を向けてきた。

 でも、私はその意味がいまいち分からない。だって、普通仇する――害し合う――ってまで遊びで行いはしないでしょう。素直に、ちっちゃな子の勘違いを私は訂正するわ。

 

「は? 麻雀するだけでしょ、大げさねぇ。あんた、別にゴリラってわけでもないでしょ? 話通じて打てるんならべつに、相手するのは構わないわ」

「ふふ。衣を狒々と並べるか、これは片腹が捩れそうだ!」

 

 私が諭しても、衣ちゃんは偉そうなまま固まっちゃってる。これは良くないわね、解さないと。

 とりあえずは、と。私は柔らかそうなその脇腹に指を這わせたわ。そして。

 

「……こちょこちょ」

「わ、何を……ふふ、きゃははは! や、やめろぉ……きゃはは!」

「面白いわね、この子。こちょ……」

「はぁ……そこらへんにしておけよ、百合」

「はーい」

 

 衣ちゃんの反応が想像していたよりも大きくて――触れられ慣れてないのかしらね――私が面白がってると、後頭部をぺちんと叩かれた。

 叱咤とそれが京太郎くんのものであるからには、私は止まらざるを得ない。

 くすぐりに暴れたためかはぁはぁ言ってる衣ちゃんは、大人しくなった私を前に、むしろ激したわ。

 

「は、破廉恥な真似を……百合と言ったな……お前は晩鐘すら忘却する程の、暗澹に落としてくれる!」

「怒っちゃった? ごめんねー」

「むっ、衣を撫でるな、この破廉恥漢!」

「あ、そうだったこういうの良くなかったんだった。改めてごめんごめん」

 

 振り回された手を、ひょい。強い拒絶に、ようやく私はちょっと失礼なことをしてたことに気づいたわ。

 なんか視野が狭まってる子に、そんなに怖がってちゃだめだよって触れたことが悪いとは思わないけど、この世界だと普通に同性同士でも脇腹弄るのはセクハラチック。

 私はちょっと悪いことしたかしらと、謝ったわ。当然のように、衣ちゃんはぷんぷんしたままだけど。

 

「むうっ、なんなんだお前は!」

「ごめんねー。こんなのなのよ」

「また惚けてっ」

「京太郎……あなたのお友達は、その、随分とコミカルな方なのですわね」

「はは……それだけじゃ、ないんだけれどなぁ」

 

 どうどうと、衣ちゃんをなでなでしながら、私は背中に二人のそんな会話を聞く。

 衣ちゃん怒ってるけどまあ、後でたくさん麻雀で遊んであげればいいかと、そのときは思ったの。

 

 そう、後の大変を知らずに、そんなことを思ってたのよね。

 

 

 

 

「あー、今日はどうにも運が悪いわ……」

「痴れ言を。愚昧の真似事は止すんだな!」

「はいはい。分かってますよ貧乏神さん。――――どうせ厄っぽい何かを押し付けてるのあんたの仕業なんでしょ?」

「理解した上で衣を黒闇天と呼ぶか……猪口才この上なし! 自摸!」

「はぁ。祓っても祓ってもきりがないって面倒ね……その上でこの打点の高さを相手しないといけないっていうのは酷だわ」

 

 私は対面の小憎たらしい衣ちゃんが倒した牌のその綺麗さを羨ましく見つめる。自分の揃いが悪い牌たちと比べたらもう、残酷なくらい違う。

 全く、このスキあれば私を水面下に引きずり込もうとしてくる手がうざいわね。いちいちその手を祓ってるのも面倒というか苦手。私はどっちかと言えば、降ろす方の巫女さんなんだから。

 ホント、疲れる。でも、とはいえ()()()ほどじゃないから、いいかな。

 点を支払い、左右のメイドさんと執事さん――杉乃さんとハギヨシさん。なんと彼ら本職らしいわ。龍門渕さんの家とんでもない金持ちみたい――の重々しさを尻目に、私は顔を上げたわ。

 

「慣れてきた、かな」

「――――汚穢に親しんだ、とでも囀るつもりか? 挫衄にその身を慣らしたと?」

「んー。おわいもざじくってのもよく分からないけど……小蒔がミスった時に引き受けた神様と比べたら、まずまずってくらいの重さよこれ。思い出すわねー。あの時からだっけあの子と本格的に仲良くなったの」

「何を―――」

「見てなさい。こっからよ」

 

 やっぱり怯えてばっかの彼女をまっすぐに見つて。そうして私は、水月の化身の前にて、本気を出す。

 いやね、私も今まで別に弛んでたわけじゃないのよ。けど、今までのは一般人としての本気。

 オカルト相手なんだから、巫女としての私で挑まないといけないじゃない。そう、チートしてくるヤツにはチートをぶつけないと、ということね。

 

「潮波にも水禍なんかにも、花は折れてらんないのよ」

 

 そうして私は、私の中の()を起した。

 

 

 

「突然変わった気配もそうだけど、凄いね、あの子。衣の支配を普通に破ってる……」

「聴牌は遅いままですし、打点も低い……とはいえ満月の日、夕の頃の衣とここまで相対せるなんて……」

「すごく大変だったけど……調べてみたら彼女、六女仙に連なってた……大変なオカルト持ち」

「祓うって言ってたし、巫女かなにかか? オカルトにはオカルトってことかよ」

「違う……」

「違うの?」

「六女仙は、巫女というよりそのように欺瞞しているだけの神仙らしい……つまり」

「――――あの子も、人の領域外の存在だと?」

 

 

 

「はぁ。そろそろ、止めない? ちょっと疲れてきちゃったわ」

「まだだ! まだ衣は……」

「駄々っ子ね」

 

 多重存在。一つを一つに重ねて一つに。まるで花びらみたい、と言ったのは小蒔だったかしら。

 まあ、私はそんなもの。でも昔を引っ張ってくるって、過去を思い出せない人が多いことからも分かるみたいに、けっこう大変なことなのよね。だから、本気で牌を()いてみるのもキツい。

 可愛く怒ってる子、衣ちゃんの力との引っ張り合いになっているのも大変なのよね。疲れすぎて、正直目、霞んできちゃった。半荘何回目かしら、そんなに時間やってるわけじゃないのに。

 でも、まあ。衣ちゃんの気が済むまで遊んであげたいというのも本当のところ。

 

「仕方がない、か」

 

 ぶっちゃけこんだけオカルトが強いと、衣ちゃんてこの世の棘と変わんないわよね。彼女が理解されないのも孤独そうなのも、そのせいか。

 まあでも、痛いからって泣きべその乙女の無視をするなんてナシ。覚悟を決めて、私は衣ちゃんに尋ねる。

 

「聞くわ。どうして、衣ちゃんは麻雀で勝つのに拘ってるの?」

「それは……強くなければ衣が衣ではなくて……そうでなければ」

「誰も見てくれない?」

「そうだ! そうに決まって……」

「バカね」

 

 聞き、私は心の底から、そう言えた。だって、性能だけで人を測るなんて、バカなことこの上ない。

 皆違ってそれで良くて。それでも、もし突き抜けて誰かが孤独になってしまっていたら。

 背比べを辞めて、ただ一緒にいればいい。そう、たとえば花はひとひらでは出来ない。そんな自然もあるってのに。

 

「あんたがいくら麻雀強くたって、一緒に遊ばない理由にはなんないでしょ」

 

 だから微笑んで、私はそんなことを言ったの。

 

 

 

「ふぁ」

 

 私は、寝て起きたわ。なんか疲れが過ぎちゃったみたい。夜更け過ぎね。寝床を貸してくれたのかしら、ふっかふかが身体を覆ってる。

 これは直ぐお暇しないと。でも夜中だし、今帰るとろくろく衣ちゃんを撫でることも出来ず仕舞いになりそうね。そう思ってたら。

 

「むにゃ」

「衣ちゃん?」

 

 可愛い寝言を聞いて、私の胸元に眠り姫の小さな頭がぽてりと乗っかってたことにようやく気づくの。

 あらあら、こうしてみるとお人形さんみたいな容姿が本当に愛らしい。銀の私と対照的な金の髪が、どうしても目を惹くわ。

 おもむろに彼女をそっと撫で付けてから、少し。名残惜しいとは思いながらも、私はそっと立ち上がろうとしたの。そうしたら。

 

「あ……この子、服の裾掴んじゃってる」

「衣を置いて……行かない……で」

「はぁ」

 

 この寝言が彼女が難しい言葉で隠していた本心からのものだというのは、私だって分かった。

 なら、置いていってなんてやるもんかっての。覚悟した私はそのまま、小さな小さな子どもを抱くわ。

 

「大丈夫。貴女は一人じゃないよ」

「うぅ……」

「はぁ」

 

 青白かった衣ちゃんの顔色が戻っていくことに喜びを覚えながらも、私はため息。

 こういうセラピー的なことをするのは、別に私じゃなくて良かったと思って。ぶっちゃけ、こんなの誰だって出来ること。怖がらずに本心を語って、寄り添うだけの簡単な作業。それを、どうしてしなかったのかしら。怖がりが、多かったのかな。

 

 そんな疑問に答えてくれたのは、がらりと開いた扉の奥から来たる冷たい風。

 凍えるような雰囲気を持ちながら、彼女は私を静かに見つめていた。私は、それに気取られることなく、尋ねる。

 

「透華さんは、どうしてこの子を救わなかったの?」

「――――救えなかったのですわ。私と衣は、近すぎた」

「同類相憐れむ的に思われちゃうってこと? そんなの……」

「ふふ――――私たちの鬼形を知って、そう言えるのはきっと、貴女だけですわ」

「ううん。京太郎くんも言えると思う」

「―――それは恋の欲目?」

「愛の真実、だったらいいかな。もう一度言うけど、世界は広いわよ」

「そうですわね――――そんなの、知っている筈でしたのに」

 

 私の言葉に透華さんは、一度その凍った面を苦渋で歪ませた。そして。

 

「――――頼みますわ、小瀬川百合さん。貴女が、衣に世界を見せてあげて下さい」

 

 彼女がそんなことを言うから私は。

 

「ヤダ」

「――え?」

 

 むっとして、そう返したのだった。

 

「貴女がやるんだ。ただ好きって言って、抱きしめなよ。この世界だとそれも難しいのかもしれないけど……でも、恥ずかしがらずにやるべきだと、私は思うんだ」

「貴女は――――」

「大丈夫。人が人を好きになるって恥ずかしいことじゃないから」

 

 以前失敗したからこそ再びそんなことを語る私に、透華さんはいつの間にか頬を赤く染めて。

 

「分かり、ましたわ」

 

 そう、言う。

 

「良かった」

 

 だから安心して、私は目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 

「それにしても……あのまま最終局を中断しなかったとしたら、三倍満を直撃させて逆転でしたわね、彼女。満月の夜の衣相手に……」

 

「人が人を好きになる、と言っていましたが……果たして彼女は、ヒトなのでしょうか?」

 

 後にどこかで呟かれたそんな独り言なんて、私は知らない。

 

 



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これは普通

 遅くなってすみません!
 登場人物一杯、大変でしたー。掛け合いを楽しんでいただけると嬉しいですね!


 

「ふん、ふ~ん」

 

 定期的な掃除のためにと私は部屋中をハンドモップをかけて回る。窓を開け放っているのはちょっと寒いけれど、私の周りで新鮮な空気が踊ってると考えるとなんだかいい気分。

 それにしても、と私はそれを見つめる。どっちかといえばポップに統一してある私の部屋。そんな中異色を放っているのは壁に架かるテラコッタの色をした、でっかい複雑な仮面。

 ボゼとかいうお祭りに使うものらしいけれど、ぶっちゃけ見た目はキモい感じ。でもこれ大切なものなのよね。丁寧に、埃を払いながら、私はつぶやくの。

 

「そういえば、はっちゃんが何度も誘ってくれたけれど、結局悪石島には一度も行かなかったわねー……」

 

 思い出すのは私のマブダチである小蒔のお世話係みたいな六人の凄い巫女さんの一人――私が鹿児島に居た当時は継承者候補、だったらしいけれど――薄墨初美ことはっちゃんの健康的な肌とその笑顔。

 鹿児島ではよくあの人とは海で遊んでた。一緒に居ると嫌でも焼けちゃうのが困りものだったけれど、それでもはっちゃんと一緒だと子供らしく笑えた。そういえば妹みたいだとも言われたっけ。

 

「あー。なんか、北にも似たような()()があるんですか奇遇ですねー、って初対面で言われたから気になって引っ付いていたら、自然と気に入られたんだった。……これを見ると思い出すわよね、別れ際のはっちゃんの泣き顔」

 

 最後にボゼ仮面を押し付けられて困惑していた私と反して、別れを惜しんでぼろぼろ泣いていたはっちゃん。

 思い出してそれとなく、私もしんみり。不思議ね。普段は怒っているように見える仮面も、どうしてだか哭いているようにも見えてきちゃった。はっちゃん、元気してるかしら。

 

「ま、文面ではその元気ぶりは分かってるんだけど……実際はどんな感じに成長してるのかしらね、あの人。うう、私より出てるところ出てて引っ込んでるところ引っ込んでたりしたらなんか嫌ね……」

 

 ホント、春を経由して、スマホアプリで繋がってよくやりとりはしてるんだけど、あの人どれくらい大っきくなってるだろう。

 なんでか自撮りとか見せてくんないのよね。風景とかよく分かんない神職の品とかはクラスのみんなには秘密ですよー、って見せてくれるんだけど。

 しかし私が居た当時既にちょっと身長高い方だったから、ひょっとしたら和さん以上と噂に名高い霞さんばりのおもち持ちになっているかもしれないのよね。

 だとしたら霞さんと揃って、ダブル。和さんと揃ったらトリプル鏡もちね。意味分かんなくなってきたけどきっと視覚的な迫力はすごそうだわ。京太郎くんとか泣いて喜びそう。

 

「……っと、そんな妄想してる暇ないわね。掃除なんて直ぐに終わらせて、着替えないと」

 

 時計を見てみたら、そろそろ早朝掃除なんて止めておいた方がいい時間になってた。私はモップを片付けて、クローゼットへと向かいながら独りごちるわ。

 

「うーん。家で遊ぶのが好きらしい衣ちゃんとはいえ子供と遊ぶんだから、運動しやすい格好がいいかしら?」

 

 言いながらも私は、まあパンツルックを選べばいいでしょうね、と思う。とはいえ、変なのは着れないわね。何しろ。

 

「京太郎くんが来るんだもの……これは気合が入るわ!」

 

 さて、衣ちゃんのリクエストで私のお友達と遊びたい、というのがあったから今日は都合が合った友達、京太郎くんに咲に和さん――高久田くんは家の用事、優希はタコス関係の大事があったみたいでダメ。残念ね――と遊ぶことになったのだけれど。

 そのこと自体が嬉しいし、会わせたことのない友達たちが出会ってどんな反応をするのか、それもまた楽しみね。

 

 思わず、私も微笑んじゃった。

 

 

 ――ああ鏡の向こうのあの子も今、笑ってると良いのだけれど。

 

 

 

「ハンドボール? むむ……名前から大凡予想は出来るが……実のところ衣は天日の元で行われる遊興に滅法弱くて……」

「簡単に言えばサッカーとバスケの間の子みたいなスポーツなんだけれどさ……っと流石にサッカーとバスケは分かるよな?」

「蹴球と籠球は衣も知っている。とはいえ、キョータローの言う球技も恐らくはまた花形なのだろうな……申し訳ない」

「気にするなって。それを言うなら俺だって百合に衣がやってるっていう麻雀のこと一つも分からないぞ? おあいこだって」

「そうだよ、衣ちゃん。それにお互いの全部が分からなくても、こうして一緒に遊べるんだから、そんなにくよくよすることはないと思うよ?」

「なるほど愚を守るとはあるが、交友に競争も何もないものか……あ、ユリ!」

「おっと。ふふ。皆来てるみたいね。皆、おはよう!」

「もはよう、だ」

「ふふふ」

 

 私と和さんがえっちらおっちら来たら、既に待ち合わせ場所の清澄と衣ちゃん家の中間くらいにありでっかい公園の前に三人集まってた。

 とび跳ねて私にそのちっちゃな全身を巻き付かせてきた衣ちゃんの、もごもごした挨拶と一緒に返ってくるおはようを聞きながら、私はにっこり。

 あんまり良くはないことを知りながらも、あえて私は衣ちゃんの頭を撫で付けたわ。

 そうしてから私は、後ろでちょっとおどおどしてる感じだった和さんを――胸元の衣ちゃんをそっと剥がしてから。力弱いから簡単だった――前に押し出してから、ふりっふりな彼女を紹介するの。

 

「皆既に結構仲良くしててるみたいだけれど、この子もよろしくね! 私の伝達ミスでまさかのフリルたっぷりドレッシーな姿で来て下さいました、原村和さんです!」

「はぁ……いえこの格好は、遊ぶというのをウィンドウショッピング程度のものだと思い込んでいた私の失敗ですが……本日は皆さん、よろしくお願いします」

「おおっ、見事な和魂洋才というか兎に角似合いだな! ハラムラノノカ、よろしく!」

「ありがとうございます、ええと……衣ちゃん?」

「そうだ、私は天江衣だ! ノノカも麻雀をすると聞き及んでいるぞ? 出来れば竜虎相搏つ戦いをを期待して……っと、どうしたのだ、ユリ?」

「はいはい。衣ちゃんも麻雀好きはいいけど、そこら辺にしとく。今日のあなたのやりたいことって?」

「そうだった……衣は衣の知らない世界を知りたいんだ! 今日は衣には不案内な昼日中の楽しみ方を教えて欲しい!」

 

 なんか麻雀つながりを意識して意気を燃やし始めた衣ちゃん。どこか自分の強みに依存している危ういところを感じた私は、直様軌道修正。何時かの遊びじゃなくて、今何したいか訊いてみた。

 すると、衣ちゃんは喜色満面な――年相応な――表情をして、ぴょんぴょんしながらそんなことを口にしたの。

 私には、なるほど外で遊びたいのねとは分かる。けれども曖昧な言葉に内情を知らない皆は首を傾げたの。代表して、咲が訊いてきたわ。

 

「えっと、つまり?」

「さしあたっては、友達と公園で遊具とか使って遊んでみましょうってことね。なんせ、そんなことも衣ちゃんほぼやったことないっていうんだもの、びっくりよ」

「マジか? それはなんというか……大事に育てられ過ぎだな……」

「深窓の令嬢……衣ちゃんはこんなに可愛らしいですから、そう扱われてしまうのも仕方ないでしょうが……」

「深窓の令嬢? いやどちらかといえば衣は韜光晦迹、いや籠の鳥というか……」

「それは……」

「はい、皆そこまで。なんだか落ち込んできそうな過去のことなんてもういいでしょう? そんなことより今日を楽しまなくっちゃ!」

 

 高まれば確率を越え現実にすら作用しかねないオカルト能力。それで人を傷つけてしまうのが嫌で、衣ちゃんはあまり外出をしなかったとは私も聞いてる。

 そんなこんなを言動からなんとなく察して、皆が気を落としてしまうのも、私には分かる。理解できるわ。

 出来るけれど、でもそれがなんだってのよ。そんな過去の悲しみで、今を楽しめないなんてバカげてる。

 辛かったなら、それを忘れるくらいに幸せになればいい。それだけの簡単なことを忘れちゃダメじゃない。そのためには、ニコニコから始めないと。

 私があくまで重くなりがちな空気を破ろうとしているのを一番に察して――ここらへん、やっぱり凄いわよね――京太郎くんもあえて笑顔を作ってから、言ったわ。

 

「そうだな……よし、衣。まずはどういうものか気になってるみたいだし、ハンドボールの楽しさってのをまず衣に教えようか。そういえば別に、衣は身体が弱いっていうのはないんだよな?」

「おおっ、それは楽しみだ! そして気にしなくていい、衣は元気一杯だぞ!」

「ふふ、それはいいですね。でも、運動する前には準備運動しなければいけませんよ?」

「むむ……どうやるんだ? こうか? いたっ!」

「わわっ、前屈はいいけど、そのまま転がっちゃダメだよ……大丈夫?」

「ぷぷっ……」

 

 前に傾いでそのままころりと、私の足元に転がってきた衣。ユーモラスに前転した彼女の全身を、咲は大丈夫かつぶさに見てる。

 私は一瞬きょとんとしたけど、でも明らかに大丈夫そうで笑顔な衣を見て、一安心とともに、ようやく笑みにエンジンがかかってきたのを感じたわ。

 やっぱりちょっと草が付いちゃった彼女のおぐしをひと撫でしてから、私は思わず口にしたの。

 

「今日は一日、楽しくなりそうね!」

 

 そして、それはその通りになる。そんなの、皆がそうしたから叶った、当たり前よね。

 

 

 

 日が暮れるちょっと前。帰りの音楽が辺りに流れた頃合いに、遊びに疲れた子供たちは別れを惜しむわ。

 私達の前で、今衣ちゃんは仲良くなったばかりの同い年くらい――そういえば衣ちゃんって正確には幾つだったっけ?――の女の子三人とでっかいハンドシェイクをしてる。

 もう、皆すっかりお友達ね。にっこにこで衣ちゃんは言うわ。

 

「緋菜、菜沙、城菜。今日は楽しかったぞー!」

「こっちもたのしかったし」

「ころもちゃんおしろつくるのじょうずだったー」

「できればまたあそびたいし!」

「そうか、それは重畳だ!」

「ちょーじょー?」

「ころもちゃんのちょうじょうにはうさちゃんのおみみがあるし」

「とってもいいし?」

「あたしもつけてみたいし!」

「そ、それはダメだ……わわ、3対1は卑怯……わー」

 

 そうして、最後の最後、もみくちゃになる衣ちゃんと池田ちゃんズ。うわ、砂場でごろごろはキツいわね。後で洗濯が大変そう。

 何とかカチューシャを死守しながら逃げ出す衣ちゃんを尻目に、私はお隣の三人の妹を連れて公園に来てたお姉さんに話しかけるわ。

 

「ふふ……ありがとう、華菜さん。私達が一緒に遊ぶの許してくれて」

「こっちもチビたちが楽しそうでなによりだったし! むしろ助かったなー。流石に三人の相手は大変で……」

「そうですね……どこに行ってしまうか何をしたいのか気が気じゃなってしまいます」

「そうなんだし! 一人だと、見てやれないところがでちゃうから、実際……原村だったっけ? 達には助けられたし!」

「三つ子、ですよね……いや、俺体力には自信があったんですけど衣といい、子供の体力は無限かっていうくらいありますね。正直クタクタです」

「だよなー……そんなでも、家に帰ったらコテンと電気が落ちたみたいに寝たりしちゃうんだよな……子供って不思議だし」

「ふふ、私達もそんな子供だったんですけどね」

「そうだったし!」

 

 咲の言に私も不思議生物だったのかー、とか天然ボケをかます元気な華菜さんに、私達もつい笑顔を引き出される。

 この華菜さんって麻雀部――しかも名門の大将に内定してるらしい――だっていうのが嘘みたいに元気体力の塊だった。

 

 運動が激しくなってから真っ先に木陰のベンチ行きになった和さんに、咲。彼女らが楽しそうに話しているのを尻目に、私と京太郎くんは結構必死だった。

 いや、最初は衣ちゃん一人だからって安心してたのよ?

 けれども、それは甘い目算だった。私達がハンドボールなんて珍しいことしてたら、子供が集まってくること。

 そして、子供が興味を持ったそれをチャンスと見た奥様方が、自分たちに世話を任せて――それに京太郎くんったら二つ返事で了承しちゃって。人が良すぎるのもこまったものね――しまったの。

 もう、途中で好き勝手してる子供たちにあわあわしてた私達を華菜さんが見かねて助けてくれなければ、本当に大変だった。

 

 それでもキツかったけど、私達の衣服がどろんこになっただけで皆が無事ってのは良いことよね。

 何より、皆楽しそうだった。これは満点ね。

 

 と、うんうんしてる私を横目に見て、京太郎くんは言うの。その長身の整いから、真剣な眼差しが覗いたのを見て、私は思わず姿勢を正したわ。

 

「ありがとうな、百合。今日は、楽しかった」

「え? むしろこっちがありがとうよ。京太郎くんが居てくれて、私とっても楽しかった。そもそも居なかったらこんなに子供たちの面倒見ようとも思えなかったし、それが殊の外面白いなんて知れなかった」

「そっか。まあ……ただ今回楽しかったっていうだけが感謝の理由じゃなくてさ。何ていうか……そうだな、気が楽になった」

「……何かあったの?」

 

 今は笑顔の京太郎くん。けれども、その言には含みがあった。勿論、今が良ければそれでいいと思う能天気は変わらないけれど、これからまた過去の悪い中に彼が戻ってしまうなら、それは見過ごせない。

 心配した私が顔を寄せると、しかし何のてらいもなさそうな表情で真っ直ぐ空を見上げながら、京太郎くんは言った。

 

「いや、最近ハンドキツいばかりでさ。久しぶりに、ハンドが楽しいってのを思い出せて良かったなって」

「そっか……うん。それは本当に良かった」

「ああ。これからも頑張れそうだ」

 

 その言は、ちょっと重そう。高校の部活動が大変だなんて私も知っていたけれど、それが競技の面白さを忘れさせてしまうくらいだなんて、知らなかった。

 けれども、それでも今日の体験で京太郎くんはそれを思い出せたんだ。そして頑張るって言ってくれた。

 ああちょっと、泣けてきちゃうわね。嬉しいわよ、こんな自分が役に立てたんだって実感できるのは。

 

「ふーん……ふふーん?」

 

 そして照れから私がそっと彼から顔を背けると、なんだかチェシャ猫じみた顔が。私は思わず問うわ。

 

「華菜さん、ニヤニヤしてどうしたの?」

「いやなーに。お世話して貰ったお礼代わりにちょかいかけたくなっただけだし! さっき連絡先交換したとき、あまりしょっちゅうは連絡できないかも、って言ったけど、撤回するし!」

「えっと、それはどうして?」

「青春は応援したくなっちゃうもんだし! 何、安心してお姉さんに任せるのが大吉だしー」

「んん?」

 

 よくわかんない。それでも楽しそう。ならいっかな、と思う私。

 けれども、思わず見た京太郎くんの笑顔はどうにもちょっと苦そうで、私はどうにも不思議になるのだった。

 

 

 

「いや、正直和さん、咲と一緒に放っといちゃったけど……ごめんね」

「ふふ……私としては、何も問題はありませんでしたよ? 彼女と色々と……それこそ中学時代の百合さんのお話も出来ましたし」

「あちゃあ、こっ恥ずかしいわね。咲に口止めしとくんだったわ」

 

 着替えた後に笑顔で皆と別れて、二人になった帰り道。私は和さんと会話する。

 今日は服のミスではしゃげなくてつまんなかったかな、と思いきや意外と楽しめたみたいで、私もほっとした。

 その代わりに、私の黒歴史――中学時代は結構やらかしてた――が知られちゃったみたいだけれど、まあそれはトレードオフだってしておきましょうか。

 まあ、彼女の笑顔をまた見れたことは何より。と、思ってると和さんは続けたわ。

 

「後、これも聞いちゃいました。……百合さんは須賀君が好き、なのですね」

「ああ……咲ったらそんなことまでバラしたの? これは後でお尻ペンペンね」

「ふふ……それはちょっと見てみたいですが、違うんです。私が宮永さんに無理を言って訊いたんです」

 

 だから、叱らないであげて下さいと柔らかく言う和さんに、私は口の軽い咲に対するお仕置きの手を緩めることにする。

 まあほっぺムニョムニョぐらいで勘弁してもいいかな、と考えながら、私はしかしどうして無理をしてまで私の好きを訊いたのか、それを変だと思い、正直に言った。

 

「えー。私が誰が好きとか嫌いとか、どうでも良くない?」

「いえ、それは違います」

 

 しかし、彼女は頭を振る。そして、確りと私を見つめて、和さんは頬を赤らめながら、言うのだった。

 

「好きな人の好き、なんてどうしたって気になるものです」

 

 ああ、やっぱり。そう思う心もある。そして、彼女の恋を否定したくなる私の持ち前の常識も確かにあった。

 だからつい、私の口は囀ってしまう。

 

「和さんのそれは、気の迷い、じゃないの?」

 

 そんなことはない。同性愛は、あって当然のこの世の普遍。

 けれども、それを認められない自分のアブノーマルを認められなくって、私は。

 

 そんな無駄なあがきを全て認めて、優しく微笑んで。

 

「いいえ、これは普通(ノーマル)ですよ」

 

 言って、そして()()()にとってはそうでもないみたいですが、と和さんは続けるのだった。

 

 

 

 二人並んで、私達の歩みは揃っている。けれどもそれは本当に?

 

 




 果たして百合さんの正体は?

 実はこのイベントに京太郎くんを誘わなかった場合、彼がハンド部退部して麻雀部に入部する、という可能性もありましたー。


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●原村和は普通を変える

 今回は原村さん視点なお話です!
 意外性は薄いかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいですねー。


 

 原村和は、異性婚で生まれた少女である。そして、物心ついた頃から両親の仲の良さを目の当たりにしてきたからには、同性の恋愛について他人事のように感じられるのも当然だった。

 夢の一つに格好いい誰か(異性)のお嫁さん、というものが挙がるくらいに、和は自分が異性と付き合うのを当たり前と思い込んでいたのに違いはない。

 女子友達は、どこまで行っても友達。だから深くなりすぎずに、強いアプローチには一歩引いて応答する。

 そんなこんなで線引きをはっきりさせて少し同性と距離をとっていたいた彼女が、かけがえのないただの友人、というものを持てたのはきっと幸運だったのだろう。

 

 しかし、そんな貴重なただの同性の友人たちとは引っ越しで疎遠となり、反動で依存してしまったただひとりの親友には、アプローチめいたしかし冗句を向けられる程度の今。

 望ましい異性との関わりについてどうなったのかといえば、それは中々難航していた。

 よく知らない男の子からの告白を断ったことでの心労でため息をつきながらも和が戻ってきたことを喜びながら、親友こと片岡優希は、笑顔で言う。

 

「行っちゃったじょ……のどちゃんったらモテモテで羨ましいじぇ」

「はぁ……ゆーき。少しは私の身になったつもりで考えてください。こんなの、大変なばかりですよ?」

「確かに、断るのは大変そうだったけど……そんなに好かれるって凄いことだじぇ?」

「好きでもない人から想われても、仕方ありませんから」

「ふーん。真面目なのどちゃんらしいじぇ」

 

 ただひたすらに倦厭を表情に出して高鳴りもしない胸元に手を置く和に対して、優希はとても興味深そうに観察しながら彼女の周りをちょこちょこ回る。

 そして、優れたプロポーションからも溢れ出す憂いにこれは本当に辛いのだろうと感じ取れた優希は、和に向けて諭すように言うのだった。

 

「でも、のどちゃんも坊主共の告白をそんなに真剣に取らなくてもいいと思うじょ。恋なんてはしかみたいなもんだっていうじぇ?」

「……そうですね。熱病みたいに軽いからこそ、私が受け取りそこねてしまうのかもしれません」

「奴ら、結構のどちゃんは面倒な性格してるってことも知らずに好きとか言ってるもんなー。全く、見た目だけに恋するのなら、大好きなグラビアにでも告白するんだじぇ」

「面倒、というのは酷いですけど……そうですね。告白はせめて日常的に会話を交わしてからとか、段階を踏んでからにして欲しいものです」

「高嶺の花をやるってのも大変なもんだじぇ」

 

 そう、ぼやく優希。高嶺と彼女は軽く口にしているがしかし、なるほど確かに和は近くで眺めるには見目が麗しすぎた。

 遠巻きに見つめた上で魅了されてしまい、そのまま性急にも段階飛ばして求めてしまっても仕方がないくらいの愛らしさ。

 きっと美少女、という言葉は和のためにあるのだろう。また困ったことに、彼女は異性が殊更惹かれるところがボリューミーであったりもするのだ。

 清澄男子の人気をほしいままにする和。しかしいやらしい視線より甘酸っぱい恋愛(触れ合い)こそが望みの彼女は、正味がっかりしていた。

 

「格好いい人、とまでは行かなくても安心できる人なら考えるのですけれど」

「中々そんな男子はいないみたいだじぇ……お」

 

 和と優希がそんなこんなな悩み話をしながら帰路につこうとした時。植え木の緑の向こうに銀の軌跡が見えた。

 それが艷やかな髪の流れだと気づいた二人は、その持ち主の果実の唇の動き――隣の女子に話しかけているようだ――すらつぶさに見て取る。

 少し離れた距離で和達に気づくこともなく彼女、小瀬川百合は宮永咲に向けて言った。

 

「それにしても、どうして咲ったら勝手に部活決めちゃったのよ。私が部活勧誘者たちをミヤナガバリアで防ぐこと、これから出来なくなっちゃうじゃないの」

「……そういうところが悪いんだよ、百合ちゃん! 毎度気づいたら私を置いて逃げちゃうんだもの。それは私だっていじわるしたくなっちゃうよ」

「で、黙って文芸部? もうっ、私それじゃ一緒できないじゃない!」

「それは、運動神経抜群でよりどりみどりな百合ちゃんと違って、私は本を読んだ数くらいしか取り柄がないから……」

「何いってんのよ。ただでさえ私なんかの数倍賢い上にこんな可愛い顔して、取り柄がないなんてよく言えたもんね。アイドル部とかあったら私、咲を推薦してたところだけど?」

「それを言ったら百合ちゃんの方がよっぽど……ううぅ、頬を触らないで……」

「なに、こんなの大した触れ合いじゃ……ないわけでもないのかな、ごめん」

 

 そして、和たちがぽかんと観たのは二人の女子のいちゃつき。

 ああなるほどこういう風にするといいのかと勉強になるくらいにさりげなく頬に手を当て、そして相手の真っ赤になってからそっと離れるその上手な手管。

 格好いいを極限まで女性化したらこうなるのだろうというような美人がそんな大胆をしているのだから、一連の所作がアプローチに見えてしまうのも仕方がなかった。

 

「はぁ……なんだか凄いの見ちゃったじぇ」

 

 ため息。二人がそのままきゃっきゃしながら、離れていったのを確認してから、優希はそう言う。

 同性異性関係なく恋慕の情が起きることが当たり前な世の中。強めのスキンシップはどうにも刺激が強く映る。百合の前世で言うところのキスを見てしまったのに近いドキドキを覚えながら、和は零すのだった。

 

「大胆、でしたね」

「だじぇ。あの子と比べたら私なんて口だけ番長みたいなもんだじょ」

「ふふ、優希はそれで良いんですよ。もしあんな風にされたら私……」

 

 ふと、柔らかな唇に人差し指を当てて、和は考える。

 確かに、奈良の友達から冗談じみたスキンシップを受けたことはあるし、優希から少し度の過ぎた触れ合いを受けることだってある。

 しかし、それらは稚さから来るものであって、親身に熱を伝えるものではなくて。もし、肌と肌の触れ合いをあんなに格好いい人にされてしまったとしたら。

 

「困ってしまいます」

 

 想像するだけで、さしもの異性恋愛志向の和も頬を紅くするのだった。

 

 

 

 

「小瀬川さん、ですか……」

 

 翌日の夕方。生返事続きに業を煮やした優希が先に帰ってしまって尚、暮れの帰り道を和はゆっくり歩んでいた。

 和の脳裏を占めているのは、オカルティックな百合の闘牌の軌跡。ためしに部室に呼んでみれば当たり前のように役満を和了ったその恐ろしいまでの冷静に、これから一緒に麻雀をすることすら何故か不安に感じる。

 つまるところ、効率を究めて己に克つゲーム。そのようにデジタル風に麻雀を捉えている和は、あまり対戦相手を意識はしない。しかしどうにも百合の()()()は無視するには重過ぎた。

 

「目が吸い寄せられる……心が奪われるよう、とはあのことを言うのでしょうか……」

 

 重い、それこそ肩に何かが乗っかったような緊張に似た錯覚には思えない感触。和は百合が四暗刻を和了った際にはそんな奇妙を覚え、戸惑った。

 威に圧された。それをそう受け取った和は、そんなオカルティックな感触に怯えすら覚えたのだった。そして、否応なしに百合を意識してしまう。

 

「怖いですけどキレイな人、でしたね……」

 

 もし自分が可愛らしさの強調であるならば、あの人は格好良さの強調だろうと、和は思う。クールビューティ。そんな文句がふと浮かんでくる。

 

「でも性格は思い返すに愉快でしたか。……それにしても私のむ、胸のことか気にして……ちょっとフケツです」

 

 しかし、見目と違って中身は存外面白い。おっぱいだのなんだので騒ぐあたりは、むしろ子供っぽくもあった。

 そう、怖くて綺麗で、愉快。そんな人物像が上手く和の中ではまとまらない。でも、そのままにしてはおけなくて。

 

「気になる、のですね……」

 

 つまるところ、そういうことだった。

 和は、新しい部活仲間を受け容れられるか、気になっている。そして、それだけでなく何より。

 

「困りました」

 

 不安からか思えば思うほど胸がきゅんとなってしまうのがまた、困りものだった。

 明日も会うのにこれではいけない。自分は果たして平静を保ち続けられるだろうか。

 これがただの吊り橋効果だと、和は思いたい。

 

 

 

 そして後。風呂に肩まで浸かり、柔らかなふとももを揉みながら、部活の先輩の実家のメイド雀荘にて百合とプロと戦った後、彼女に言ってしまったことに、悩む。

 

「どうして私、女の人が好きって言ってしまったのでしょうか……」

 

 そう、どうしてだろうか。

 自分に無遠慮にモーションをかけてきた彼女が、しかし異性愛志向と知って、反発したくなってそう心にもないことを言ってしまった。そうなのだと和は思いたいところ。

 しかし、どうしてだろう。今まで妄想するばかりだったお嫁さんになりたいだけの理想の格好いい何か、は気づけば百合に姿を変えていた。

 何しろ、このアピールの多寡に敏感になって想い合う同士以外互いに遠慮しがちの世界の中で、百合は格段に。

 

「温かいから、ですかね……」

 

 そう。それは全力の親愛。褒めて、触れて、友愛を心よりぶつけてくる彼女は、どうしたって憎めない。むしろ、愛らしくすらあった。

 勿論優希だって本気の友情を披露しているのに違いないが、百合はなんだか種類が違う。思いやり、無遠慮、色んな言葉が浮かぶけれど、結局の所触られるのが心地良くて。

 だからきっと、好きだ。ドキドキが優しくされてからずっと、止まらないのがその証拠。

 ぽうっと立ち上る湯気を見上げながら、和は結論づけた。

 

「普通って、変わるのですね」

 

 きっと、そうなのだろう。そして、彼女の普通だってきっと変わってくれる。

 和は、そう願うのだった。

 

 

 

 そしてある日。遊ぼうと連絡され、和は二人きりの待ち合わせ場にて気合を入れた格好で待った。

 そこで知らされたのは、お気に入りの愛らしい服はこれからの運動には失格という無情な事実。

 やがて、運動神経的な意味で同じく失格となった咲と、到着した遊び場所の公園で戦力外同士一緒の時間を過ごすことになったのは当然の流れだったのかもしれない。

 

「……そうですね……」

「んー……あ。そうだ」

 

 互いに人見知りをする方であるから、自己紹介から続けていった会話は盛り上がらずに、三々五々。

 しかし美人に見飽き何やら思いついた、というよりも踏ん切りがついたという様子で、咲は口を問う。

 

「原村さん、百合ちゃんのこと、好きでしょ?」

「ええ、私は百合さんのことが好きです」

 

 そして、それに返せる言葉は一つきりだった。青空のもと、本当の音色は喧噪にかき消される。

 だって嘘を言ったところで仕方がない。むしろ、引けないからこそ本音でぶつかる。そんな和の意気を知って、目を細めた咲は値踏みするように言うのだった。

 

「そっか。なら貴女はやっぱり敵なんだね」

 

 敵。なるほど同じ相手に恋する二人は普通ならば敵対者となりうるのだろう。しかし。

 

「貴女は、私の敵ではなさそうですが」

 

 子供たちの笑顔の中、銀の隣で金が走る。その似合いの光景こそ、心より邪魔したくなるもの。

 それと比べれば同じ蚊帳の外である相手なんて、正直敵にも思えなかった。どうでもいい。そうとすら思う。

 やがて視線どころか意識の欠片も自分に向いていないことに気づいた咲は、口を尖らして零す。

 

「……私原村さんのこと、嫌い」

「そうですか、困りました」

 

 言葉をかわし、視線は同じく笑顔で駆け回る彼女のところ。しかし心はてんでバラバラで。

 

 

 それきりしばらく、それこそ彼女が声をかけてくるまで二人に会話はなかった。

 

 



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